Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら? (ヤメロイド)
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プロローグ
運命の出会い(ただし鷲巣に限る)


注意点
時系列ははっきりいってぐちゃぐちゃです。まあ、咲とコラボの時点でお察し下さいという話で……
主体となる時間。咲-saki-
鷲巣に流れる時間。アカギに登場した時点での鷲巣が参加。
赤木に流れる時間。天に登場した時点での赤木しげるが参加。
愉快な裏プロの皆さん。電導体質の方を除き、適宜対応。


それは何年も前のこと、人影が薄い東京のアスファルトを一人とぼとぼ歩く少女がいた。年は多分小学生くらいだと思われる。

その少女の名は宮永咲といい、長野の某所に住んでいる。彼女は数年前に喧嘩別れのように東京に行ってしまった姉、宮永照に会いに来ていた。出来れば仲直りがしたい、そんな希望を抱いて。

結論を先に書くと、咲は姉と会うことは出来なかった。扉越しに聞いた辛辣な言葉は、咲を傷付けるのには充分鋭かった。後は逃げるように、そこから逃げ出した。

「ひぐっ……なんで……」

よほど姉に拒絶されたのが悲しかったのか、咲の目には涙が

「どうしていつも迷子になっちゃうの……」

訂正。見知らぬ土地で迷子になって泣いていた。心配して損した。しかし、彼女が迷い込んだ場所少しまずかった。そこは知る人ぞ知る共生コンサルタントの代表が住む別荘があった。別名、鷲巣邸。そこには老いの恐怖に耐えきれず、化け物とかした老人が--

「ええい、離せ吉岡!」

「なりません、鷲巣様!もうお若くはないのですから!」

「黙らんか!長生きの秘訣は健康な生活にこそあるのじゃ。例え神でも日課のジョギングを妨げる輩は許さん……!」

……狂気にとりつかれた老人が住んでいた。嘘だろ。

鷲巣巌というのは、僅か一世代で巨万の富を築き上げた天才である。若い頃は才能とプライドに溢れ、数々の敵を葬ってきた。しかし、そんな鷲巣も老いの恐怖には勝てなかった。日々衰えていく肉体、消えていく過去の記憶。今や、鷲巣は才能の無い若者を憎むようになっていた。

--なぜ、儂は死ぬ?許せん、許さぬ……!

気付けば、彼は鷲巣麻雀という超高レート麻雀をするようになっていた。もう一歩、あともう一歩踏み違えれば、彼は完全な狂気に取り付かれる。そんな淵に立たされていた。事実、それに近いことは既にやっているのだ。

ジョギングの為に鷲巣邸を出る狂人。そして、何気なく泣きながら歩く少女の前を通り過ぎたときのことだ。

「ここどこ……」

「……ん?」

鷲巣に電流走る。

(なんじゃ、あの小娘は。ただの凡夫だと思ったが、今走った感覚が告げおった……こ奴はバカな若者とは違う。儂と同類だと……)

しかし、次の瞬間鷲巣は苛立ちにかられた。

(馬鹿な……儂は王だぞ!儂の同類など……!)

「おい、そこの小娘」

結果、鷲巣は何かに導かれるように少女に声をかけた。

「ひっ……は、はい」

恐る恐るといった風に振り返る咲。しかし

「ぐふっ……!」

鷲巣に電流走る。

(なんだ、これは……愛らしい……!)

別にナボコフが囁いたわけではないが、鷲巣の脳内に様々な思いが駆け巡った。

(なぜか儂は今まで女と会ったことが無かった……!しかし、もし儂に家族がおって孫がいたら……)

きっとこんな気持ちになれたのだろうか。狂気に走らずに済んだのだろうか……

いつの間にか、鷲巣の顔からは狂気が去っていた。

「この辺りは何かと物騒じゃ……家に来なさい」

そう咲の頭を撫でながら、鷲頭は久しぶりに表情を崩した。

「あ、あの……おじいちゃんは誰なの?」

「儂か?」

本来なら「頭か高い」など気の利いたセリフの一つや二つも浮かんだだろう。だが、

「儂の名前はな、鷲巣巌と言うのじゃ」

「わ、私咲って言います。宮永咲」

すっと鷲巣の目が細まる。

「いい名じゃな。咲く、山の上に花咲くか」

「あ、私の名前……」

鷲巣は小さい咲の手を優しく握ると、歩き出した。咲も黙って歩く。これが、本来宮永咲が通るはずだった道を逸れた瞬間だった。

 

「鷲巣様!良かった、直ぐに戻られて」「ふん、野暮用が出来たのでな」

そう言うと、手をつないだ咲の手を見せた。

「鷲巣様!まさかそのような子供も……!」

「アホ!鷲巣麻雀はせん。道に迷っていたから連れてきただけだ」

この辺りの察はあてにならんからな。そう吐き捨てると、白服に咲が止まるのに必要なモノを買いに行かせた。

「いったいどうされたというのだ?」

「さあ、鷲巣様の考えることは我々では想像もつかないからな。まあ最も、こんな御命令なら楽なものだけどな」

ハハハと笑いながら買い物リストを見る白服。上から下まで見て、品物を見る。

子供用の服。

子供用のパジャマ。

肌に優しい石鹸。

小さめの枕。

 

その思いの外行き届いた気遣いに流れる涙。

 

………

……

子供用の下着

 

 

ps 下着に触れたら愛の献血。

 

「どうしろと!?」

鷲巣の闇は深い。

 

 

結局白服達が町を駆けずり回って品物を買い揃えたとき、日は暮れかかっていた。

「申し訳ありません、鷲巣様。何分このような品物は不慣れなもので」

「構わん構わん。お陰で面白いものが見れた」

しかし、鷲巣から怒声がとばされる事はなく、好好爺然とした返事が返ってきた。見ると、咲、鷲巣は卓について麻雀をやっていた。それもガラス牌を使っての。一瞬、白服の頭には「ヤメロー!シニタクナーイ!」という絶叫が再生されたが、直ぐに脇に積まれたお菓子の山に気付いた。どうやらお菓子を取り合ってのゲームらしかった。

「ツモじゃ。リーチ一発ドラドラ。満貫じゃからうまい棒160本か」

「桁がおかしいいいい!?」

多分照だったら血抜きとか関係なく死ぬ気で勝ちに来ただろう。しかし、今差し馬を握っているのは咲。そうはいかない。

「あ、ツモです。嶺上開花、300.500」

「嶺上開花か……珍しい役だな」

目聡く鈴木が卓を覗いた。しかし、次の瞬間顔が歪んだ。

(なんだ、この手牌?九萬を鳴いて打六萬?わざわざ門前とタンヤオを消して……)

「それだけでは無いぞ、鈴木。この子は、咲は五回の上がり全てが嶺上開花じゃ」

思わずむせかえる鈴木。しかし鷲巣は至ってご機嫌だった。

「はは、何も驚く事は無い。咲は儂と同じなんじゃ。ならば、これも当然の結果じゃ」

鷲巣は、咲がイカサマをしているという可能性は最初から捨てていた。鷲巣麻雀においてはイカサマの発覚は容易いし、なにより今回に限ってはする必要が無かったからだ。賭けているのはあくまでうまい棒。サマをするほどのことでもない。第一、咲はプラマイゼロなのだ。どちらにしろ、勝つためのイカサマでないなら無視してもいい。最も、鷲巣は咲のプラマイゼロに関しては気になって仕方が無かったが。結局、半荘二回の勝負は引き分けで終わった。鷲巣は一回だけプラマイゼロを阻止して終了。咲は、その差し込みで一位抜け。両者痛み分けで終わった。

夕食後、咲は予約したホテルには戻らず、鷲巣邸に残った。理由は単純で、鷲巣が泊まっていけと言ったからだ。咲自身、誰もいないホテルに一人いるのは寂しかったので素直に頷いた。

 

 

夕食後、鷲巣は自分の書斎に一人籠もっていた。

「家族麻雀が原因か……」

咲がプラマイゼロの得点調整をするようになった経緯は、夕食のときにそれとなく聞いてみた。聞いてみて、正直呆れてしまった。

「そんな理由であんな芸当が出来るとはな……」

鷲巣と言えど、そこまで完璧な点数調整は不可能だ。確かに咲も人外の者だった。しかし、鷲巣はそれが悔しくてたまらなかった。

(なぜあれほどの才能を持ち合わせながら、バカな若者共にたかられるような打ち方をする……気に喰わん、気に喰わん……!)

本来、鷲巣はこういう男だ。身分というかプライドが高く、思い通りにならない事に関しては非常に短気。だから、鷲巣がこんな考えを持ってしまっても、なんらおかしいことは無かった。

「……吉岡。引っ越すぞ」

「はっ……はあ?左様ですか。行き先は?」

「長野じゃ。そこで麻雀教室を開く。そのように手配しろ」

「よろしいのですか?東京から離れてはもう鷲巣麻雀は……」

彼がこんな遊びをして来れたのは、東京に強い影響を持っていたからだ。長野に行ってしまっては、もう無闇に人は殺せない。しかし、鷲巣は寂しげな表情を浮かべただけだった。

「咲に…………あんなものを見せる訳にはいかんからの」

そこからの鷲巣の行動は異常に早かった。涙ながらに咲を見送った後、東京の別荘を売り払い長野に引っ越し。その際、宮永家周辺の土地を押さえることも忘れない。次に麻雀教室を開くための人員を確保するために動く。

(鈴木も悪くないが、儂と同等の打ち手がいなくては話にならん……ん?そういえば、確か昔、裏プロ市川を破った小僧がいたと聞くな。確か、あか……アカギしげるじゃったか)

そいつも確保と。

 

 

こうして長野の某所に小さな麻雀教室が誕生した。その麻雀教室は外装内装共に不気味だったので、入塾希望者は一人しかいなかったという。しかし、鷲巣の描いた理想はほぼ実現した。それは、麻雀を嫌いになってしまったある小さな女の子に、もう一度麻雀の愉しさを思い出させるという夢だった。今では、その少女も一緒に麻雀を楽しんでいる。

……ただ、「ほぼ」と言ったのは、少し理由がある。鷲巣もそうなのだが臨時講師で雇った男があまりに強すぎたこと。鷲巣とその男に対抗するために少女もまた強くなり……結果、神域の領域に片足を突っ込み始めたのだ。

 

七年後、その少女はその年の麻雀界に一つの歴史を作ることになる。森林限界の先の華、「宮永咲」として……

 

 

 

Q.もし咲が鷲巣と邂逅したら?

A.咲もざわざわ勢に殿堂入りします。




コンセプトは「ぼくのかんがえたさいきょうの宮永咲」という頭の悪い設定となっております。
咲の能力+鷲巣の剛運+アカギの理外のセンス→最強じゃね?
何はともあれお付き合いお願いします。


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進撃の長野

朝起きて何気なくマイページを開いたら……
「めっちゃ感想来てる!?」
ビビりました。何もかんも咲さんが可愛いのが悪い……
いや、読んでくださってありがとうございます。今回はぶっちゃけ繋ぎのような微笑ましいストーリー寄りですが、少し原作と違う箇所もあるので、読むのが面倒な方は後書きだけでもご覧下さい。

因みに、二日前
友人「二次小説で原作まんまの部分があったらパクりになるからな」
ヤメロイド「ふーん。その基準は?」
友人「いや、知らんし。通報されたら終わりじゃね?」
ヤメロイド「……よし。俺はオリジナルストーリーを作る!」
という流れがあったのですが、気にしない。


長野県某所、長い坂道を上がったところに清澄高校はあった。公立高校ではあるが、設備などがしっかりしているので案外人気が高かったりする。

入学式が終わった後、ギリギリの成績で合格を勝ち取った須賀京太郎は自分の教室で中学時代の友人であり、命の恩人である咲に話しかけた。

「いやー、名前を書き忘れたときはもうダメだと思ったぜ」

「……落ちれば助かるのに」

ざわ……

「ん?なんかいったか、咲」

「へっ?何も言ってないよ」

なんか一瞬咲の顎が尖ったように見えたが気のせいだった。そうに違いない。

「咲はもう部活とか決めたのか?」

「ううん、まだ。京ちゃんはもう決めたの?」

「ああ、麻雀部に入ろうと思ってるんだ。咲はどうする?一緒に入るか?」

その言葉に、咲は苦笑いを浮かべた。

「いや、私はいいよ。のんびりお爺ちゃん達と打つ方が好きだし」

あれから七年の年月が流れた。その間に咲は色々なことを経験し、強くなっていた。心も、麻雀も。

--三流になろう。まだお爺ちゃん達には及ばないけど、誰よりも熱い三流になるんだっ……!

今の咲はある種の境地に達していた。無欲、というわけではない。結果に対して無欲になれていた。

--大切なのは動くこと。それを赤木おじちゃんや、お爺ちゃんに教えてもらった。だから、もう迷わない。自分を捨てない。

咲は一つの決意をした。姉が自分から離れていくならそれでもいい。ただ、そんなことを言い訳に殻に閉じこもらない。

だから幼なじみの京太郎の言葉にも自分の言葉を返した。

 

 

「私はまだまだ弱いから」

 

 

……盛大な勘違いをして。

さっき咲は「のんびりと」なんて言ったが、咲が麻雀を打っているのは基本的に全員裏プロばかりだ。しかも全力で勝ちにきている。最近では原田クラスの男がラスを食らうこともある状況で「のんびり」なんて言葉が使えるのはある意味で咲くらいだった。

しかし、そんなことは咲も、ましてや京太郎も知る由はない。「そっか……」と言ったきり、その話題は終わってしまった。恋愛フラグなど立ちません。

 

 

立ちません。重要なことなのでry

 

事が起きたのは、その日の放課後だった。いつものように学校の食堂で宿題をやっていたときのことだ。

「あ、サッキーだ」

目の前に見知らぬブロンズヘアーの女子生徒がいた。ピンクじゃ……ない!?

「えっと……大星さん?」

咲は頭の中から今日の出来事を思い出す。直ぐに思い出した。大星淡。たまたま席が隣になっただけで特別接点は無かった。咲が一方的に綺麗な髪だなと思って名前を覚えていただけだ。

「ピンクなんて居なかったんだ……」

「何の話?」

「いや、原村がどうのこうのって」

「ハラ……ムラ?」

何やら電波を受信する咲。どうやら何かズレた所が有ったらしい。ま、わっかんね~けど。

……因みに、原村さんは何事も無かったかのように阿知賀に進学していたりする。

しかしそんな咲を見て、淡は面白いものを見つけたような子供の顔をした。

「一人で何してるの~」何とも間の抜けたような声で話しかけてくる。

「宿題。家でやるのは面倒だからここでやってるの」

「うわっ真面目さんだ」

「いやいや、真面目だからやるんじゃなくて怠け者だからやるんだよ」

「じゃあ中学時代は朝のホームルームで片付けてきた私はスーパー真面目さんだ!」

「いや普通にしなよ」

そこからは窓に打ち付けられる雨の音を聞きながら二人で時間を潰した。なんでも淡は東京に住んでいたらしいのだが、長野に行けば「神域の男」に会えるという信憑性零の噂を聞いて……白糸台の推薦を蹴って来たらしい。おい、長野はどこに戦争仕掛ける気だ!?

まあそんな身の上話をしていたが、いつの間にか話の行き着く先は神に定められたように麻雀になった。

「それにしても麻雀部が見つからなくてさ~」

「え、淡ちゃんも麻雀やるんだ」

「『も』て言うのは、咲も?」

「あー、うん。お爺ちゃん達と軽く打つくらいだけど」

繰り返すようだが、咲が打っている相手は全力の裏プロばかりである。「いやー、室田さんも強かったよ」とは咲の談。しかし、淡の中のイメージでは孫と老人会のみんなが和気あいあいと卓を囲んでいる様子しか浮かんでこなかった。結果、咲の評価を間違えてしまった。これ伏線。

「ふーん。まあ初心者じゃないんだ」

「えへへ。結構ラスをくっちゃうこともあるけど」

嘘ではない、嘘では。卓に神域の男がいるということや、たまに差し馬を握る形での勝負もしているということを言っていないだけだ。幸か不幸か、咲は相手の素性も自分の実力も知らないでいた。

(話を聞く限りでは弱そうだけど、確かここの麻雀部、人数がカツカツじゃなかったっけ……)

何やら悪い笑みを浮かべる淡。

「サッキー」

「ん?」

「麻雀部入らない?」

「ぶっ」

思わずむせてしまう。

「話聞いてた?私弱いよ?」

「大丈夫、高校百年生の実力を持つ淡ちゃんが教えてしんぜよう!」

えっへんと断崖絶壁の胸を張り--

「ああん?」

……グラマスな胸を張り、咲の手を握る淡。

「……そうだね。たまには同世代の人と打ってみるのも面白いかも」

いつの間にか咲もその気になっていた。しかし、そうと決まっても思い通りにはいかないわけで……

「で、話は戻るけど麻雀部はどこ?」

「さあ……」

話は次に持ち越しとさ。

 

その日の夜。

「イーピン……!ワシのイーピン……!どこじゃ……!」

「やかましい!さっさとツモらんかい!」

「ワシズ、もっと綺麗に打てないのか?……ポン!」

「まあまあ、抑えて抑えて」

……化け物共の宴が繰り広げられていた。昭和の怪物、鷲巣巌。現役最強の代打ち、原田克美。神域の男、赤木しげる。そして、宮永咲。いずれも麻雀の腕は怪物レベルの傑物ばかりだった。

「落ち着いていられるかいな!咲お手製のたこ焼きが懸かってんやで!」

「曲げられねえな、今日の夕食はっ……!咲のフグチリは譲れねえんだよ」

「バカを言え、健康重視の野菜料理に決まっとろうがっ……!咲に万が一があったら……!」

いずれも最高レベルの雀士たちである。今は孫を溺愛する中高年の集まりに見えなくもないが、これでも現代の魔物達である。……本当ですよ?

「まあまあ……」

三人を宥めながら、咲は今一番危険な対面、つまり鷲巣の河を確認する。

(一、二巡はソウズ対子落とし……その後、東、南を落としての打八ピンリーチ。待ちは解らないけど、多分下に寄っての門清多面待ちかな……嘘でしょ?)

まだ四巡目なのに清一多面待ちとか人間技では無かった。時刻は回って八時半。今日は鷲巣の他に赤木、原田も卓についていた。東3が終わってトップは鷲巣。二位に赤木。三位にやっと咲がいた。親は鷲巣。しかし、鷲巣や原田は勿論、赤木さえも今の咲を侮っていなかった。今の咲は一枚のツモで状況をひっくり返す。

「おっと……カン」

「おいおい、ドラ西を暗カンか……」

流石に赤木も冷や汗が流れる。と言うのも、

「ツモ。嶺上開花、ドラ四。2000.4000」

ほぼ確実に嶺上開花であがるから。しかしその程度では誰も動揺しない。

「リー棒入れて9000だから……」

「ギリギリ逆転には届かないな」

「……ワシの六面待ちがカン二萬に負けるか」

がっくり肩を落としながら、牌を自動卓に落とす鷲巣。少し苦笑いしながら咲は話題を切り出した。

「そういえばお爺ちゃん達も子供の頃は部活とかに入っていたの?」

その言葉に顔を上げたのは、意外にも赤木だった。

「いや、俺はそもそも学校自体殆ど通ってなかったからな。なんだ、咲は部活に入るのか?」

「友達に麻雀部に入らないかって誘われてて」

「ふーん、まあやれば良いんじゃねえのか。確かお前の姉ちゃんもどっかの高校で麻雀やってんだろ?」

理牌しながら会話する二人。もう何年もやってきた動作のようで淀みは無い。

「鷲巣はどうなんだ?大学まで行ったのはお前くらいだろ?」

「ワシの学校生活を話しても無駄じゃろう。戦前の話じゃからな」

お前は何歳なんだと突っ込みたくなるが、敢えてスルー。そういうものなのです。

「まあ、ワイも赤木に賛成や。したいことを存分にするとええがな」

そして始まる東4。親は原田。そして

「おっと、ツモだ。リーピン一発、純チャンリャンペーコー」

「んなアホな!?」

親っ被りで流される原田。

 

結局、その半荘は赤木トップで終わり、晩御飯は咲のフグチリとフグ鍋になった。

 

次の日の放課後、淡と咲の二人は京太郎に連れられて部室に向かった。

「ふーん、だったら俺に電話すれば直ぐに迎えに行ってやったのに」

「京ちゃん、私が携帯持ってないの知ってて言ってる?」

「いや、今時の高校生なら携帯くらい持ってるっしょ。大星もそう思うだろ?」

「何これ、ずっこい!」

「大星さあああぁぁぁぁん!?」

そこには京太郎の携帯をいじくり回す淡の姿があった。

そんなこんなあって旧校舎に。途中咲が迷子になったり、京太郎の携帯が旅だったりと微笑ましいエピソードも有ったのだがカット。

「部長ー、新入部員候補連れて来ましたよ」

扉を開けて入る京太郎。それに続けて入る淡。瞬間、その目が輝いた。

「何ここ!本当に旧校舎?」

淡が驚くのも無理はなかった。使われていない筈の旧校舎に、なぜか電気や水道まで通っているのだ。

「ええ、間違いなく旧校舎よ」

そのとき、よく通る声が部屋の奥から聞こえてきた。見ると、髪の長い女子生徒がベッドの中でムクムクと起き上がっていた。

「あ、生徒会長だ」

「生徒議会長ね……ようこそ、麻雀部へ。部長の竹井久よ」

 




清澄魔窟化計画進行中
大星淡in長野
タグにあわあわの名前があった時点で何か感づいた方もいましたが……あわあわまさかの長野入り。決してのどっちの闘牌書くの面倒くさいからダブリーで一発解決してくれるあわあわを入れた訳じゃありませんよ?(目そらし)
ただ、あわあわが好きな身としては、淡がカタカタする姿は書けなさそうなので……許せ、のどっち。


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淡ちゃんマジダブリー

似非闘牌シーン満載です!
……本当は専用のツールでもあれば楽なんですけど、ガラケーじゃね……?


挨拶も早々に切り上げると、久は三人に卓に着くように勧めた。

「飲み物は何がいいかしら?」

「あ、すみません。私が煎れましょうか?」

申し訳なさそうに立ち上がる咲だが、久は手で制した。

「いいのいいの。今日は気にしないで」

そう言うと注文を取り付ける。

「わたし、ココア!」

「じゃあ、紅茶で」

「俺も咲と同じで」

俺もココアで。

「あん?」

……全員に飲み物が行き渡って少し世間話でもしようかという頃に、ドアをノックする音が聞こえた。

「ドーン!」

擬音語を口で言いながら侵入して来る女子生徒、片岡優希。どうでもいいが、ドアを開ける際「ドーン」なんて音が出てはたまったものではない。しかし、そこは華麗にスルーする久。

「あ、優希。ちょうど良かったわ」

そう言うと久は自分の分のカップを優希に渡す。

「紹介するわ。この子は片岡優希。一応麻雀部員だけど昨日入ったばかりだから、咲や淡と同じ一年生よ」

「よろしくだじぇ!」

その手には大量のタコスが入った袋が握られていた。それに淡が目聡く反応する。

「タコス!」

「む、何奴!?」

「あ、こっちは大星淡ちゃん。私は宮永咲です。よろしくね、片岡さん」

なんか面倒になりそうな空気を察して咲がさっさと流してしまう。

(あ~、なんか淡ちゃんと片岡さんって似たようなタイプの人だな)

要するに火と油。熱が入ると止まらない。案の定、高校生二人の口論は

「高校100年生の実力を持つ私に挑もうなんて99年早いね!」

「なにおう!なら私は通常の三倍のスピードで成長してやるじぇ!」

「……あの、結局33年はかかるんだけど」

「しまったじぇ!?」

よく訳の解らん領域に達していた。

「淡ちゃん、面白いな……」

しんみり呟く咲。そう言えば、いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?

「昨日の放課後からだけど」

「咲、誰と話してんだ?」

「へ、あ……誰だろ?」

場は整いつつあった。何故か鷹のポーズを取る淡とタコスを構える優希……。

「何があったの……?」

「さあ……?」

 

場は整いつつあった。

 

優希に遅れること五分、遂に最後の部員がやってきた。

「わりー、わりー。村岡の奴に捕まっての」

爺言葉で喋る女子高生、染谷まこだ。見計らったように久がホワイトボードの前に立つ。

「はい、じゃ、みんな卓に着いてー」

注目というように、久が手を叩く。

「今日は新入部員の歓迎を兼ねて大星さんと宮永さんの実力を見たいと思います」

パチパチパチ……となぜか拍手。

久の話はこうだった。半荘二回の勝負で咲、淡が交代でまこの対面に入る。昨日のうちに実力を見てしまった優希と京太郎が数合わせで上家、下家に入る。赤ドラ、喰いタンあり。

「そんなに気負わなくて大丈夫よ。別に負けたからといって入部出来ないわけじゃないから」

知ってた。

「どうする?淡ちゃんが先に行く?」

「うん!」と快諾。

今、淡の中にはこんなプランがあった。

圧倒的点差で勝つ→淡ちゃんマジあわあわ→咲が惚れる→大勝利

単純極まりないが、案外悪い作戦でもなかった。かっこいいところを見せるのは王道ではあるし、事実淡はそれをするだけの実力もあった。……百合前提の恋愛があるということを無視すればの話だが。

結論を先に書くと、淡は麻雀には勝利する。しかし、今麻雀を見せようとしているのは闇の中で花を咲かせる天才だ。果たして、惚れるのはどっちになることやら……

こうして、清澄の旧校舎で新歓麻雀が始まった。

 

東1 親 優希 ドラ5ピン

久は優希の手牌を見る。

(粘れば三色が狙える手か。悪くはないけど……)

五シャンテン。面子が無く、下の三色を狙うよりは喰いタンで流すのも考える必要がある手だった。

(ここは様子を見るじぇ……)

親だがゆっくり字牌の整理をする。しかし、

「リーチ」

それを上回る速度でリーチをする人物がいた。

(ダブリーか……なんて強運)

それが久や、同席していた者の感想だった。しかし、後ろで見ていた咲は全然笑えてなかった。

(淡ちゃんの手、凄いことになってるよ)

12379m555p456s南南

つまりこの手、ドラ5!ドラ5!

 

ドラ5!

 

(赤五ピン二枚抱えてのドラアンコ……これは酷い)

唯一の救いは待ちが悪い事くらいだが、八ワンは山に三枚埋まっている。恐らく六巡もすればツモるだろうというのが咲の考えだった。案の定

「カン!」

淡は引いてきた5ピンをそのままカン材にした。

「フフ……嶺上開花ダブリーツモ。裏が乗って数え役満だ!」

東1から大荒れである。

「うう……親っ被りの上に流されたじぇ」

半泣きで点棒を渡す優希。

「流石にしょうがねーだろ。いきなり役満なんて運がなかっただけだって」

運が悪かっただけだと言って優希を慰める京太郎。しかし、その意見はあまりに鈍感に過ぎた。逆に、ツモられたものの優希にはある予感とも言うべき淡に対する直感が芽生えていた。それは、今のツモはただの運ではないということ。恐らく、淡の作った流れはそう簡単にはひっくり返らない。そんな波乱の予感を感じ取っていた。

東2 親は淡だが、配牌の時点で既に聴牌していた。役こそ無いもの、満貫への道が見えている。

「リーチ」

「またかいの!?」

「はいいい!?」

そう何度もダブリーがかかってはたまったものじゃないが、事実淡はしてきた。京太郎は気付くよしも無いが、ことここに至り久やまこも感づいた。

(こいつも人外の類……!なら逃げるわけにはいかんの)

「その南、ポンじゃ!」

オタ風をポンするなんて最悪極まり無い選択だが、結果的にその判断は正しかった事になる。

六巡目、まこは六ソウを引き当てる。

(周辺の牌が切られとる。これは通るか……)

そのとき、淡いの表情が少し揺らいだ。次順、

「京タロー、ロン。7700」

「のわっ!」

一気に点棒を毟られる京太郎。しかし、まこの目は淡の手牌にいっていた。

(六ソウをアンコで大星が抱えとったか……)

もしまこがポンをしてツモ順を変えなければ、六ソウは淡いの所に行っていただろう。

(カンしてドラが乗っかれば跳ね満まで行く手。須賀はとばされとった)

須賀 残り9300

「しゃーないか……」

東2 連荘

「チー!」

まこは作戦、というか方針を変えた。優希が鳴けそうなところを切っていって、

「それだじぇ!ロン!タンヤオ三色ドラ3の一本付け!犬、お前の箱テンだじぇ!」

「のわああああ!」

(大星に直撃させられればとおもったんじゃがな……)

全ては後の祭り。淡は+59の大勝利だった。

(これはとんでもないこが入ってきたわね……)

淡の力のおおよそを察した久は、その異常性に驚いた。

他家を強制的に5シャンテンからスタートさせ、自らは好配牌。加えてカンをすれば暗カンがごっそりドラになる。なにそれ怖い。

(勝負感さえ掴めば、淡はほぼ負けない強さを持っている。うまく行けばインターチャンプとだって闘える……でもこうなってくると問題は……)

もう一人の新入生、宮永咲だった。

(流石に淡ほどの強さは無いでしょうけど……)

それでも期待せずにはいられなかった。

「宮永さん、次入って貰えるかしら」

竹井久は考える。もし咲に期待が持てるなら、この長野を、魔窟を出られると。

しかし、後に思い知る。宮永咲が化け物というカテゴリーを超えた、神域に臨む打ち手だと。

 




いやー、ダブリーしかしない淡ちゃんの闘牌は書きやすい。お陰で筆者の底が簡単に知れる♪
……すいません、淡ちゃんの闘牌どう書けばいいの?完全なソリティアゲーになってしまう。
次回は咲さんの闘牌です。


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神域に臨む少女

変則的ですが、投稿。


大星淡の麻雀は南場を迎えることなく終結した。しかし、こうなってくると問題は咲だ。

「サキー!一発かましてこーい!」

「淡ちゃん、野球じゃないんだから……」

苦笑気味に卓に着く咲。しかし、悪待ち大好きの久はどうしても期待してしまう。

(さあ、見せて貰うわよ、咲。あなたの闘牌を)

一体どんな打ち手なのか?否応にも期待が高まる最初の第一打。

咲 手牌

33479m233p7s東西南北 3m

打 北

しかし特別な打ち方はしない。平凡、手なり。淡のような派手さは無い。

六巡目、優希の親リーがかかる。

「リーチだじぇ!」

待ちは東、7ソウのシャボ待ち。咲が字牌を整理していけば、いずれは切らざるを得ない牌だった。

(高めダブ東の放銃は避けられても、流石に7ソウは振っちゃうかな)

しかし、

咲「……」

打 東

(ええぇぇぇ!?それ切る!?)

案の定

「ローン!リーチ一発ダブ東ドラドラ!親ッパネ!」

優希が牌を倒した。

(もろ初心者だじぇ)

ニヤリと笑う優希。

「クク……」

しかし、咲の表情が崩れることはなかった。

「聞こえなかった、片岡さん?」

「ほえ?」

思わず卓を見てしまう。すると……

「……すまん、優希!上がり牌だから思わず倒しちまった」

京太郎も咲の東にロンしていた。

「中ドラ1。頭ハネだ」

さら~と、何か魂のようなものが優希から出ていった。

「わ、私の親番が終わってしまったじぇ……」

「ククク……まあ、そういうこともあるから」

笑いながら優希を宥める咲。しかし、久はそれどころではなかった。

(な、なんなのこの子……あんな危険な牌をあっさり切るなんて……!今のを狙ってやったなら、物凄い芸当よ!)

勝負再開。親は咲。しかしこの局、咲は跳ね満をツモあがると連荘拒否。三局では、対面のまこに差し込んで京太郎の親を一蹴した。

「う~、東場なのに上がれないじぇ」

思わず愚痴ってしまう優希。しかしその直後、咲は優希の和了り牌をだす。

「ろ、ロンだじぇ!7700!」

「はい」

そういって点棒を渡す咲。

「やられちまったなー、咲。折角トップ目だったのに」

「あはは、そうだね」

しかし久には、そのセリフが薄ら寒いように思えた。事実、優希にしてみれば最悪の和了り方だったと言える。東場を終え、その時点で

咲30100

優希25700

まこ21600

京太郎22600

という平たい場になっていた。

(うう~和了ってしまったじぇ……)

本当はロンする気などさらさら無かった。手代わりを待ち、最低でも倍満の手でツモらなければ、南場で憂き目に会うのは確実だったからだ。しかし、東場で一度も和了れてないプレッシャーが牌を倒させてしまった。優希にしてみれば非常に安い手で。

そして久も、別の考えに思考を巡らせる。

(どういうことかしら?大きな点数変動があったのは咲の跳ね満だけ。それも、どちらかというと仕方無くツモったていう感じがする……)

普通、赤ドラアリの東場に優希が入ってこの結果は有り得ないモノだった。もっと点数が荒れ狂ってもおかしくはない。しかし、そこで久は思い当たる。この東場で一番点数の変動が激しかった人物に。

(ま、まさか……三度の放銃は全て差し込み!?だとしたら、勝負が動くとすれば南場……!それも序盤で一気に蹴りをつけにくるはずっ……!)

久の予想は当たっていた。事実、南場に入ると、咲の麻雀が急変したのだ。

南一局、軽く1000点をツモあがると咲は加速する。南二局、鳴き三色をきっかけに親で連チャン。淀みなく打点を上げていった。現在、東場を終えた優希は勿論、京太郎も流れを掴めていなかった。現在、咲と闘っているのは実質的にまこ一人である。しかし、

(まずいな、こりゃあ……)

まこもハルにはハルのだが、

「通るかな」

「ぽ、ポンだじぇ……」

優希が咲の二萬を鳴き、打一萬、つまりまこの当たり牌を零す。

(安目の一萬でロンはしたくないの……これじゃ三色もタンヤオも失う)

結局見送り。同順、咲、打四萬。まこの上がり牌を強打。しかし……

(ふ、フリテンじゃ……)

同順内に和了り牌を見送っているのでロンできず。そしてまこ、咲に危険な牌を引く。

(満貫を打ち込めばとぶ……おりじゃ……)

しかし、

「ククク……ロン。2000点の三本場です」

絡め取られる。

(な、なんじゃコイツは……こげなん今まで一回も見たことがないっ……!)

 

はたから見ていれば、マジックのような闘牌だ。しかし、咲からすれば酷く簡単なことだった。逃げようという気のある人間の心理は読みやすい。というか、今まで腐る程に経験していた。なら、後は先に行くだけ。相手の心理に寄り添えば、一手先を読むことも出来る。

(片岡さんが嫌な空気を出してたから、東場を最速で終えて正解だったな……)

結局、南場は咲の独壇場だった。須賀と優希にまこの危険牌を出させ、後を悠々通る。その牌をロンするなら、それはそれで構わない。局を消費して逃げ切らせてくれるなら有り難かった。

(しゃあない……)

「ロンじゃ!混一2000」

腹を括ってのロンだったが、

「ごめんなさい、頭ハネです」

「嘘じゃろ!」ぐにゃ~

 

 

「凄い子が入ったわね……」

最後は咲が差し込んで終わったこの半荘、咲の収支は+60000近く。圧倒的勝利だった。しかし、実際は点棒以上の結果を咲はこの半荘でだしたのだ。魅せる麻雀。久といえども真似出来そうになかった。

(下手をすればプロでも勝てないんじゃないかしら……)

狐に摘ままれたような感じで咲を見る。

「咲~」

「へっ、なに京ちゃん……ってイタタ!」

「何が『弱いから』だ!めちゃくちゃつえーじゃねえか!」

ぐにゃんぐにゃん頬を引っ張られる咲。

「ほ、本当だじぇ……咲ちゃん強すぎだじぇ……」

ガックリと力尽きる優希。因みに、まこはまだ「ぐにゃぁ~」ってなってる。

「だ、だって本当なんだもん!おじいちゃん達とすると、ラス食らっちゃうことだってあるし、アカギおじちゃんが入ったらトップも絶対に取れないもん!」

それはしゃーない。相手が悪すぎるだけだ。しかし、そんな言葉は信じられなかった。

「嘘付け!長野に咲みたいな奴が何人もいてたまるか!」

いるんだな~それが。

しかし、一番驚いているのは京太郎や優希、まこや久でもなかった。それは、今まで何も言わず咲の闘牌に見入っていた人物だった。セリフが無かったのは決して忘れていたわけではない。

「サッキー凄すぎ!」

そこには目を輝かせ咲に抱き付く淡の姿があった。

「えっ淡ちゃん!?ちょ--」

「初めてだよこんなに楽しい気分なのは!」

スリスリ

「ちょっやめっ」

「オマケにめちゃくちゃ可愛い!いや、これはもうくちゃくちゃだ!くちゃくちゃ可愛い」

スリスリスリスリスリスリ

「どこ触っ……」

スリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリ

「んあ……」

「ストオオオオップ!?部室で不純同性交友は認めてませんよ!?」

なんかヤバそうなところまできたとき、流石に京太郎が止めに入った。チッ……

後には何とか息を整えようとする咲の姿が。

「はあはあ……」

凄く、良いです……

「ごめんごめん!つい、ね?」

「ついで襲われたの……?」

いいぞもっとやれ(確かにそんな理由で襲われてはたまったものではなかった)

「建て前と本音が逆になってるがな」

「ふえ?染谷先輩、誰と喋っているんだじぇ?」

「大人の事情だ」

 

 

「それで、二人ともうちの部に入る?」

百合も終わって一段落。久が本題を切り出した。

「えっあのっ……」

「サッキーが入るなら!」

勢いよく返事する淡とどこか戸惑いがちな咲。時間は回って午後7時。暗雲が立ち込め稲光がする天気だった。

(引き際か……)

まだ咲には迷いがある。無理に押すのは得策ではない。そうあっさり見切りをつけると、

「今日はもう遅いし、答えは明日でいいわ」

お疲れ様。久は部室の窓を締めに回った。要するに、今日はお開きというわけだ。

そして、残った一年生四人。

「じゃあ、親睦でも兼ねてラーメン喰いに行くか!」

と京太郎が言おうとしたその刹那、

 

「あ、しまった!」

珍しく咲が大きな声を出した。

「どうしたの、サッキー?」

「おじいちゃん達にご飯作ってあげないとっ……!」

また明日。それだけを言うと、咲は慌ただしく部室を出ていった。残された淡は、

「サキーの手料理……ずっこい!」

顔も知らぬ老人に嫉妬していた。

 

 

誰もいなくなった部室で久は一人つぶやく。

「これは靖子に頼んで……ダメだ。下手したら靖子も、ぐにゃぁ~ってなる」

一年生二人のやる気をいかに起こさせるか、一人頭を悩ましていた。しかし、本人は気づく由もないが、その頬は笑みを抑えるのに必死だった。

(これで五人……遂に五人。皆で楽しめるんだ、この祭りに)

 




咲「私はまだ嶺上開花と靴下を残している。その意味がわかるかな?」
まだ全力じゃないんですね……(諦め)
少しアカギっぽい闘牌にしてみました。あと、東場はプラマイ0になるよう書いたのですが、案外難しい。
そんなふうに点数を調整できるのはあんたくらいのもんなんですよ、咲さん……


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二人の約束

とりあえず、これでプロローグは終わりです。しかし、咲の小説を書いていると、百合こそが正常な価値観だと思えてくるから不思議。つまりこういうことか。

赤木「もう漕ぎ出そう。所謂……まともから解き放たれた人生に……」


夜も更けた深夜、咲は一人部屋の中で俯いていた。

「お姉ちゃん……」

目の前に有ったのは、埃被った雀卓だった。全ての始まりであり、あの時の情景を凍らせたように留める卓。

もう一度、その場にいない人の名を呟く。

お姉ちゃん、と。

 

 

 

 

咲と淡が麻雀部に入ってから一週間が経った。これで大会に参加できる。何もかもが順風満帆に思えた。しかし、

「調子悪いの、サキ?」

淡が心配そうに咲の顔を覗き込んだ。

「うん……ちょっと、スランプかな」

思わず顔がうなだれてしまう。面子は久、まこ、京太郎、咲の四人だが、現在咲の持ち点22000点。逆転は狙えるとはいえ、咲にしてみれば有り得ない失点だった。

(参ったな……振り込み先の点数が絞りきれない)

3900の手に差し込んだつもりが、三色が絡んで満貫の出費になることや、頭ハネで差し込むつもりのない相手に和了られてしまうことが多々あったからだ。端的に言うと、最初に咲がやって見せた切れのある闘牌が錆び付いていたのだ。

結局、咲はこの半荘をプラマイ0で終わらせた。

(ダメだ……集中しないと。ちゃんと牌の声を聴かないと……)

しかし、そう思えば思うほど、何年も見てない顔が脳裏を削るように浮かび上がってくるのだ。

(うう……なんで……吹っ切った筈なのにっ!)

悔しくて、拳を握り締める。爪が肌に食い込み、容赦なく柔肌を破った。

「サキ!どうしたの!?」

「何やってるの!?」

瞬間、耳朶を二人の声が同時に打った。見ると、久と淡が心配そうに詰め寄っていた。

「ごめん……なさい」

崖の淵から這い出るような声に、久は「今日はもう帰りなさい」と言うのがやっとだった。

「すいません……そうします」

鞄を持って部室を出る咲。その後ろ姿を見て、淡は嫌な感触を覚えた。

「サキ……また、明日……」

「うん……また明日」

でも、結局は声をかけるのがやっとだった。淡は、まだ咲という人間に踏み込んでいない。それだけしか言えなかった。

 

 

咲が去った後の部室は重苦しい空気が漂っていた。

「どうしたんだろ、咲ちゃん……」

優希の声が乾いた空気に溶け込んだ。

「解らんの……ワシ等は咲のこと何も知らんけんの……」

まこのセリフは残酷なほどに正鵠を射ていた。誰も知らない。

「そうだな……俺もあんまり気にしたことはなかったな……」

そこまで踏み入れるほどに、まだ淡達の時間は経っていなかった。少なくとも、昨日今日出会っただけの友人に打ち明けられる程度の悩みではなかった。

「淡、大丈夫?」

後ろから、淡の肩に細い手が触れた。

「ヒサ……」

「顔、真っ青よ……」

思わず顔に手を当てる。確かに、なんとなく冷たいような気がした。

「あの……」

「解ってる。いいわ、今日はもう解散」

そう言うと、久は牌譜の整理をしだした。

「後のことはやっておくから、今日はもう解散」

カランと、部室に響く声。後に残ったのは、淡と久の二人だった。

そのまま時間が経った。何分も、何十分も、気が遠くなって指が冷たくなるほどの時間が過ぎていった。

「寒いね……」

「そうね……もう春なのに……」

雪の中で凍ってしまったような時間が過ぎた。淡は、雪の中を掻き分けるように言葉を吐いた。

「ねえ、ヒサ……」

「言わなくていいわ……解ってる」

顔も挙げずに会話する久。

「多分このままだと、二、三日中……ううん、早ければ明日にも咲は来なくなっちゃうでしょうね」

「何でそんなこと……」

「解るわよ、それくらい……解ってしまうわよ」

咲の錆び付いた闘牌を見れば否応なく。

「どうすればいいかな……私、サキと一緒がいい。一緒じゃなきゃ……嫌だよ」

その質問に、久は答えず、真っ直ぐ淡の方を向いた。

「私はね……悪待ちが好きなのよね」

「ヒサ?」

突然の言葉に、目を大きく開く淡。しかし、久はかまわず続けた。

「私は明日も……ううん、明日も明後日も、ずっとこの部室に来てくれると信じてる」

 

 

ここに来て、一緒に全国に行けると信じている。

 

 

「それが私の最高の待ち」

そう笑顔で言い切った。その笑顔で、漸く淡も笑った。

「あはっ……さっきサキはもう来ないかもって言ったばかりじゃん」

「普通に考えればね。でも、ここには皆がいる。だから、私は……安心して待てる」

そう言うと、淡に携帯を見せた。

「須賀君からのメールよ」

そこには『咲は○○湖の近くにいる』とだけ書いてあった。

「サキ……」

「行って、淡。咲をここに……」

黙って頷くと、淡は鞄も持たずに部室を飛び出した。

 

 

「サッキー……」

後ろから、自分の名前を呼ぶ声がした。そんな風に、自分の名前を呼ぶ人物は一人しかいなかった。

「淡ちゃん……」

「隣、いい?」

場所は、小さな湖のほとり。湖を囲むように据えられたベンチの一つに、咲はいた。隣に腰掛ける淡の様子がただならぬものに思えて、反射的に声をかけてしまう。

「どうした--」

「サキは麻雀嫌い?」

言葉を遮るように淡が言葉を被せた。それが咲を知る第一歩だと信じて。

「ううん。今は好きだよ」

「今はって……昔は嫌いだったの?」

その言葉に、少しだけ目を閉じた。小さかった頃の思い出。家族の顔。姉の顔。そして、鷲巣や赤木、原田や色んな裏プロの姿。

(多分、私は……)

「ううん。昔から大好きだったよ」

それが彼女なりの結論だった。

「嘘だよね」

でも、淡の一言にあっさり壊された。

「な、何言って……」

「だって最初に見た麻雀以外、全然楽しそうじゃなかったもん」

「違う」と言おうとして、それは喉を灼くだけで終わった。代わりに口から出てきたのは

「解らないよ、淡ちゃんには……」

何かを堪えたような呪詛だった。

「勝つことも負けることもできない……淡ちゃんには解らないよ……」

淡は黙って咲の声に耳を傾けた。

「脳を引っ掻くんだよ……お姉ちゃんと会うかもしれない、そう考えるだけで、頭の後ろで何かが掻き毟るんだよ」

「『お姉ちゃん』?」

「宮永照って知らないかな?」

その単語に、ハッと咲の顔を見た。似ていた。確かに面影があった。どうしようもない程に麻雀が強い二人。片やインターハイチャンプ。片や神域の打ち手。

「小さい頃ね、お年玉を賭けて家族麻雀をやってたんだ。勝ちすぎたら怒られる。わざと負けても怒られる」

「っ……」

思わず息を呑む。

「最後に残ったのは、獲得点数をプラマイゼロにする打ち方だった……でも、これが一番やっちゃいけなかったんだ。なんでだろうね?」

疲れたような笑みを浮かべる咲。そこから先は坂を転げ落ちるように話が進んでいった。姉とは絶縁状態。運が良かったから今も麻雀をやっているが、何かが掛け違っていたら

「もう二度と麻雀をやってなかったと思う……」

長い咲の話がやっと終わった。かに見えた。

「でも今は普通に……」

「うん、お爺ちゃん達のお陰だね。最近は漸くお姉ちゃんのことは忘れられた。吹っ切れたんだって思ってた」

でも、違った。

「あそこで麻雀を打つと、期待しちゃうんだ。お姉ちゃんとまた会える。また、あの頃みたいに笑ったり、喧嘩したり、一緒にお菓子を食べたり出来るんだって……」

そこで漸く淡の中で、バラバラだったパズルのピースが合わさった。

「もう吹っ切った筈だと思ってた!忘れた筈なんだ!なのに……なんでまたっ」

そこから先は嗚咽と混ざって、よく聞き取れなかった。そのまま泣いて、泣いて、気がつけば淡に寄りかかるように泣いていた。

「ごめん……服、汚しちゃった」

気にしないでというように肩を叩く淡。辺りはもう真っ暗で、顔を近付けなければお互いの顔も見れなかった。

「サキ、ごめんね」

へっ?と顔を上げる咲。その顔を、淡は包み込むように抱きしめた。

「気付いてあげられなくて」

また涙が零れそうになった。

「ねえ、サキ。これからは、私の為に麻雀を打って」

「淡ちゃん……」

顔を挙げようとして、そのまま胸に押し込まれた。

「顔は見ないでっ……多分、今物凄く真っ赤だから」

言われた通り、そのまま顔を埋める。

「参ったな……高校百年生の実力を持つ私が、こんな恥ずかしいセリフを言うことになるなんて」

空を見上げると、数々の星がすぐそこにあった。

(やっと聞けた……咲の過去、苦痛を……)

「ねえ、サキ。約束しよ」

「約束?」

「うん」

笑いながら淡は小指を出した。

「指切りげんまん。サキは私の為に麻雀を打つ。私はサキを守る」

「守って……何から?」

「何もかもから。私は強いから」

なし崩すように、二人の指が絡まった。

指切りげんまん。嘘ついたら……

「タコス千本飲ます、指切った」

 




何か黒歴史っぽい話を書いてしまった……orz
明日くらいにもう一度読み返して悶えている自分が見える……!だ、だって「ガールズラブ」入れてるし……

後、久に恭介っぽいセリフを言わせたくなってしまう病気にかかってしまいました。


久「あのね……そんなの私の方が嫌にきまっているでしょ!なんであなた達を置いていかなきゃいけないのよ!私だってあなた達といたいよ!ずっと、ずっと、いたかったのよ!」的な……


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県予選へのプロローグ
雀荘にて


えーと、活動報告に書いたように、とある事情から牌画像変換ツールを使用しておりません。まあ、もともと言うほど闘牌シーンは書いてないからいっか♪
そういうことで勘弁して下さいお願いします。


時は進み、季節はすぎる。梅雨を越し、初夏の暑さが肌に差し始めた頃の事だった。

「暑いわね……」

そう言いつつ、久は冷房の温度を二度下げた。今、彼女は部員の牌譜を見ていた。例えば、優希は降りるときにヤオチュウハイに頼りすぎる傾向があるとか、京太郎はそもそも地力が足りないとか。

「淡の麻雀は相変わらずイミフね……私にはさっぱりだわ」

淡が普段打つのは、ダブリー、カン、のみ。普通に打っても強いのだが、淡の華はやはりこの火力だった。そして、一方の咲は、と言うと……

「正直、不気味なくらい魅力的よね」

一見するとふつうに見える咲の闘牌だが、よくよく見ると淡以上にオカルチックな麻雀をする。

「振り込みを避けつつ、相手がツモりそうなら差し込み……本当に高校生?」

基本デジタル派の久から見ても、咲の牌譜は不思議だった。恐らく、牌効率とかを重視する人が見たら下手だとこき下ろすだろう。だが、それでも強い。

「魅せられるわね……」

そう言って咲の牌譜を仕舞おうとしたときだ。

「ん……?これ……」

久は咲のある打牌に目がいった。

 

 

45557m456p11456s ツモ6m

 

 

「ツモ切り?なんで?」

咲が奇妙な麻雀を打つと言っても、基本はデジタルだ。加えて、今回は三色が見える好形だ。どう考えても、ここは7ワン切りしかない。

しかし、久はそれから数巡後の咲の手を見て

「……」

黙って牌譜を鞄にしまった。

 

 

リーチ

55577m456p11456s

次順

 

 

和了

77m456p111456s カン5m

 

 

「まさか……まだ全力じゃなかったなんて……」

ポツンと、その場にいない誰かに話しかけるように呟いた。

(あー、ダメだ。多分咲は意図的に力を隠しているんじゃなくて、使う必要が無いから使ってななっただけだ……)

今回使ったのは、偶々だろう。そう考えると、いよいよもって頭が痛くなってくる。

(まいったわね……)

直接聞けば、咲は直ぐに答えてくれるだろう。けど、それじゃ意味がない。やれば清澄の麻雀部は、咲を受け入れるだけの器がないと認めるようなものだ。

「……待てよ」

ハタと思いつく。最近、咲と淡の仲がいいことを。

それから久は電話とって、知り合いのプロ雀士にコールした。

「もしもし、靖子?……うん、お願いがあるんだけど」

 

 

翌日、咲と淡はまこの家が経営する雀荘にいた。咲はチャイナ服を改造したようなメイド服姿で、淡はいつもの制服姿。

「すまんの。バイトが風邪をこじらせてしもうてな」

ばつが悪そうに手を合わせるまこ。

「いえ、私は……」

恥ずかしそうに頬を赤らめる咲。

「大丈夫!凄く似合ってるから!」と、目をキラキラさせながら写真を撮る淡……と、原田。

「咲、よう似おうとるで」

「原田おじちゃん!?何でここに!?」

「部下から連絡が入ってな。咲がメイド服で働いているっちゅう情報を掴んだからじゃ」

「もう、おじちゃんったら」

パシャッとフラッシュが、少し頬を膨らませる咲を照らした。

……。

(いやいやいやいや!?明らかにヤクザもんやろ!)

カタカタ震え出すまこ。こっそり咲に耳打ちする。

(咲、あのグラサンの人、咲の知り合いか?)

(はい、原田さんて言うんです。見た目は怖そうですけど、良い人ですよ)

笑顔を一切崩さない咲。その横では早速淡と原田が仲良さげにじゃれ合っていた。

「サッキーは私のだ!」

「おんどれが!お前のような馬鹿な小娘に咲は渡さん!」

「なにおう!」

…………。まあ、喧嘩するほど仲が良いって言いますしね。

(めっちゃ怖いんじゃが!)

さっきからカタカタ五月蝿いまこ。流石に見咎めてか、原田も謝る。

「すまんな、店ん中で騒いで」

「い、いえ……」

良かった、常識のある人で。きっと咲の言うとおり、見た目ヤクザなだけで実は良い人かもしれない。そう思った直後だった。

「迷惑料じゃ」

カウンターに十枚ほど載せられる福沢諭吉。

(やっぱ訂正!ホンマモンじゃこいつ!)

震える手で諭吉をレジに入れるまこ。結局貰うんかい。

そうこうしているうちに、咲に卓につくよう声がかかった。

「はい、解りました」

そう言って輪から外れる咲。後に残ったのは淡と原田だった。

「なんじゃ、お前は手伝わんのか?厨房とか……」

「マコに『二度と厨房に立つな』って言われた……」

「そうか、あのシュールストレミングの臭いはお前じゃったか……」

淡さん女子力パネェっす。

「で、でも良いもん!咲が家に来れば……」

「咲は渡さん!ワシ……や赤木を倒してからじゃ!」

ん?今、ひよらなかったか?

淡が何か言い返そうとした直後だった。

「ロン!18000」

咲の座っている卓から和了宣言する声が聞こえた。見ると咲の点棒がごっそり減っていて、変わりに対面のワカメっぽい男子高校生の点棒が増えていた。

「ふーん。咲、プラマイゼロする気なんだ」

「じゃとしたら良い滑り出しじゃの」

「そうなの?」

意外そうに淡が原田に話しかけた。

「ああ、初見の相手には敢えて振り込んで手をみる癖があるからな。ハネ満手ともなれば振り込んだ先の実力は直ぐに解るじゃろ」

事実、咲は適当に対面の相手を和了らせつつ、自分はプラマイゼロへの道を築いていた。最終局、咲の点数は32700。喰いタンで逃げたい親に、ドラの5ワンを差し込めばプラマイゼロの完成だった。

(流石に本気で打つわけにはいかないよね……)

咲は適当に相手の欲しそうな牌を切って鳴かせまくって、

「ロン!2900だよ、お嬢ちゃん」

きっちり差し込んだ。咲の点数は29800。

「逃げ切られちゃいましたね」

「まあしょうがないよ。なんせ僕は小学三年の頃から牌を握ってきたからね。にわかじゃ話にならないさ」

苦笑気味に点棒を渡す咲。それを、眼力だけで相手を飛ばしそうな形相で見る原田と淡。

「はあ?バッカじゃないの、あんな見え見えの差し込みにすら気付かないなんて……」

「あのクソガキが……!咲が本気でやりゃ東2はないんじゃ……!」

 

視線だけで相手を殺してしまいそうな勢いで睨みつける。

「「あのワカメ……箱割らす……!」」

ゴゴゴ……という効果音がマジで出る程に二人の殺意(雀力)が高まる。

しかし、結果的に言うと、二人はワカメを処分する必要はなくなった。「さあ、もう一回だ」と脳天気にワカメが意気揚々と言った時だった。突如、店の空気がガラッと変わったのだ。

「原田おじちゃん……」

「ああ……」

何かを感じ取ったのか、咲が原田に視線を送る。元凶は直ぐに現れた。攻撃的なファッションの女。藤田靖子。

「……ああ、そういうことか……」

さっき相手にした男など話にならない。いらっしゃいませと、まこの声が遠く聞こえた。彼女を見て、咲は察する。久が自分をここに呼んだ理由。淡と一緒に行かせた理由を。

(この人、鷲巣お爺ちゃん程じゃないけど明らかに場違い……一般人とは格が違う。こんな雀荘にひょっこり現れるような人じゃない)

となれば、何か用事でもってあったか、誰かに呼び出されたくらいしか思いつかなかった。

「部長……」

咲の視線に気付いてつかつかと、こちらに歩み寄ってくる藤田。そして、

「ここ、空いてる?」

丁度面子が入れ替わって、ワカメと藤田。後一人誰かが入れば卓は埋まる状況だった。

「え、なんで僕巻き込まれてるの?」

原田にガシッと押さえつけられて卓に着いているからです。しかし、隣の惨状に気付く様子もなく、咲は藤田の言葉に頷いた。

「はい……淡ちゃん、入ってくれる?」

咲は静かに話しかけた。

「え、良いけど」

「いや、僕は全然宜しくないんだけど」

少し煮え切らない声を挙げる淡だが、咲は構わず藤田に話しかけた。

「部長に言われてですか?」

「久のことか?ああ、あいつに言われてな。本気を出させて欲しい相手がいると言われてな」

ニヤリと笑う藤田。

「何でも実力を完全に隠しきっている不思議な一年がいるって聞いてな……解ってはいるとは思うが」

自分は力を隠して勝てる相手じゃない。その一言は呑み込んだ。

(久から聞いていたよりは温和しい感じだな……天江衣ほどの危うさは感じない)

だが、と気合いを入れ直す。久の実力は良く知っているだけに、彼女に「手に負えない」と評された咲を侮る気持ちは無かった。

「勝負は私とお前が差し馬を握る形での半荘三回勝負だ」

卓につくと藤田はルールの確認した。

「じゃあ私とワカメは箱下あり?」

「いやワカメじゃなくて……」

「ああ、そうだ。悪いが、お前とワカメはギャラリーみたいな感じでいてくれ。点棒が無くなったらマイナス計上する」

「あの--」

「解りました。ワカメさんと淡ちゃんは箱割れ無しですね。私達は25000スタートですか?」

「ああ、ワカメは箱下ありで私達は普通の麻雀を楽しもうじゃないか」

ワカメ苛めて楽しいか!?という絶叫が聞こえたが、三人は気にせず賽を振った。

賽が回る。まるで、今がある一つの終着点目指して踊るかのように、賽が回る。そんな狂ったように回る賽を見て、不意に淡は嫌な感触を感じた。

(さっき、コイツはサッキーがまだ本気を出してないって言った……冗談じゃない!何でサッキーと出会ったばかりの奴がそんなこと解るんだ!嘘だ、嘘に決まってる……嘘、だよね……?)

淡の直ぐ隣には咲が座っている。でも、その咲が酷く遠いところにいるように思えてならなかった。

自分には手の届かない、遙か高みに。

「さあ、始めよう。まずは私が親だ」

こうして、藤田と咲の闘牌が始まった。しかし、咲の瞳には暗い光が宿っていた。

(私と淡ちゃんがいるところに、場違いの実力者……つまり、淡ちゃんに見せろっていうことなのかな……)

彼女の、宮永咲の全力闘牌を。




もし、淡がうちの咲さんの完全体を見たらどうなるか……?

めげるわ……

まあ、何事も順風満帆にはいかないということで。


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同じ高みへ

明日から大学が始まるので、夏の締めくくりということで知る人ぞ知る名作ゲーム「智代アフター」をもう一回やってみました♪


まさか、最初のキーボードカタカタする音で一日ダウンするなんて……
そんなん考慮しとらんよ……



藤田対咲。二人のデスマッチ形式で進んだ半荘一回目は現在東3だが、場は既に不思議な熱気に包まれていた。非公式とはいえプロが打っているのだから、当然ギャラリーが集まる。しかし、彼等が見たのは圧倒する藤田ではなく、

(グッ……)

「ツモ。6300オール」

怒涛の流れに身を任せる咲だった。

「誰だよあの子?」「プロに勝ってない?」「馬鹿、藤田プロは捲りの天才だろ」「でもさ、ちょっとやばくない?」

この勝負は他家が箱割れしない、言わば点棒が幾らでもあるので、飛び終了というのは基本的には考えられない。藤田ほどの腕になれば、他家から点棒を毟るくらいは簡単だからだ。しかし、今藤田の点棒は既に5200まで減っていた。

(こいつ……くそ、安手だが仕方ない)

「ロン!7700の四本場!」

点棒を集めるため、ワカメが切った牌をロンしたのだが、そういった逃げの心理は完全に読み切られる。

「頭はね。中ドラドラの四本場」

(こいつ……!)

「五本場です」

さっきまでと変わらない穏やかな声で咲が連荘を宣言する。それが既におかしかった。

(この一年、人間か?点棒差が80000超えれば大抵の奴は油断する。油断すれば逆転も出来る。しかし、こいつは……)

喰いタンで逃げる気などハナから無いように見えた。咲の目が静かに語る。「南場など無い。この親で終わらせる」と。

(マズい……捲るどころか、南場に辿り着けるかどうかさえ……)

「……驚いたな。私が高校生に追い詰められるなんて」

「そうでも無いですよ」

誉めたつもりで咲に話しかけたのだが、当の咲は軽く受け流すだけだった。

「謙遜するな。今まで出会った雀士の中でも」

指折りの実力だぞ。そう言おうとしたときだ。藤田は向かい側に座る咲の目を見て身の毛がよだった。暖かい瞳の中に宿る狂気の色。それを見た瞬間、藤田は悟る。こいつは今も油断などせずに虎視眈々と獲物を狙う、正真正銘の化け物だと。

「謙遜じゃないんですけどね……」

そう言って、牌を横に倒す咲。

「リーチです」

六巡目、リーチ。

「油断出来ないだけですよ。これだけ点差があるのに全然油断出来ない。藤田さんから牙を全て抜くまでは、八万なんて差は有ってないようなものですから」

相変わらず、咲の笑顔は崩れない。しかし、藤田はもう取り繕っている余裕は無かった。

(また……!多分、待ちは場に二枚見えているドラ西の地獄待ち。なら、)

手の中にある西を忌々し気に見る。

(コイツは切れない……この手、聴牌にたどり着く事は出来てもそれまで)

しかし、ある意味で藤田にとってはチャンスだった。もし他家が和了ってくれれば咲の親が終わる。そう思って他家にキツい所を出したのだが、

「くっ……」

咲を恐れて鳴こうとしない。流局。咲の待ちは案の定、西単騎だった。

「流石に振り込みませんか」

「当たり前だ、プロを舐めるなよ」

思わず安堵の汗が流れる。まだ東3で八万の差なら逆転出来る。そう思った直後のことだった。

東3六本場。十巡目、藤田の手牌。

 

 

23456m12377p白白白北

 

 

(よし、ドラの役牌白をアンコで抱えて北を切れば理想の三面チャン。リーチをかければ満貫確定で、裏ドラ次第では……)

そう思って北をきった瞬間だった。

「カン」

対面から声が聞こえた。

「えーと、藤田さん」

咲が靖子に初めて自分から喋りかけた。

「牌を倒した後で揉めたくないので、先に確認しますけど……ここでは大明カンをして嶺上開花が成立した場合、鳴かせた人の一人払いとなりますけど、大丈夫ですか?」

口調そのものは穏やかだが、不意に言いようのない悪寒が靖子を責め立てた。

「責任払いか……」

苦手なんだよなとボヤく。

「解った。いいだろう」

藤田が頷くのを確認すると、咲は嶺上牌へ手を伸ばした。その時、藤田はやっと、不吉な感じの正体を掴んだ。

(そうか……!やられた!)

もう遅い。咲は、自分の最も慣れ親しんだ役の名前を謳った。

「ツモ、嶺上開花、鳴き三色。新ドラが……頭に乗っかりましたね。13800です」

牌を握った藤田の手が力なく手折れた。

「藤田さんの飛びですね」

最後の方は、もう聞こえていなかった。飛び終了。プロがアマチュアに。野次馬の声だけが五月蝿く店内に響いた。

(甘く見るつもりは無かったが……その考え自体甘かったわけだ……)

そう言えばカツ丼頼むの忘れたなとキセルを咥えながら、藤田がボヤいた。

「どうします?もう二回の約束ですが……」

「……。いや、止めとこう。私じゃお前には勝てない。どちらにしろ、ワカメも萎えてしまってるしな」

見ると、まるで味噌汁の中で湯だったような顔をしながら、ワカメが気絶していた。

「ワカメじゃ……」

「あはは……途中から他家の待ちとか見ずに打ってましたからね」

そんな異次元とも思えるレベルの会話を、淡は黙って聞いていた。そして、咲の目が自分の方を向こうとした瞬間、

「っ……」

その場から逃げ出すように、ルーフトップを飛び出していた。

「淡ちゃん……」

咲は、その場で一歩も動くことが出来なかった。その目からは、さっきまでの狂気が消え去っていて、藤田は漸く目の前にいるのが普通の15歳の少女だと思い出した。

「……なぜ、その力を黙っていた?」

藤田が少し責めるように問い詰めた。誰だって、譲られた勝利は素直に受け取れない。今まで、淡は咲と互角の勝負をしていたつもりだったが、それも幻想だった。今日、咲が見せた闘牌は確実に高校レベルを遥かに凌駕するものだった。

もし、全力の咲と淡が闘えば……百回やって百回咲が勝つだろう。

「……私は--」

 

 

 

 

店を出た後、淡は当て所なく歩いていた。

(サキは本気じゃなかった……本気じゃ……)

目を閉じれば浮かび上がったその顔も、今はよく思い出せなかった。

そんな淡に、声をかける人物がいた。

「おい。どこ行くつもりじゃ」

「さっきの……別にどこでもいいじゃん」

投げやり気味な声が出てしまった。それに対して、原田の声は冷たい熱を帯びた静かなものだった。

「咲から逃げるんか……?」

「逃げるもなにも……最初からサキは遠いところにいただけじゃない」

出来れば、最初から知っておきたかった。知っていれば、こんな惨めな気持ちも味わうことは無かったのに。

「サキが遠いよ……追いつける気がしない……」

そんな淡に原田は、

「馬鹿か、お前は」

一言、そう言った。

「咲の麻雀はもう神域に近いところにある。ワシも咲と麻雀はしょっちゅうするけど、正直経験の差がなければ……考えたくもないな」

原田自身、自分が相当な打ち手であることは理解している。だがそれでも届かない域がある。原田は鷲巣や赤木の領域には辿り着けない。それは、原田が誰より知っていた。

だが、麻雀を止めるという選択だけは絶対に出来なかった。麻雀も好きだし、今の……咲や赤木、鷲巣と卓を囲む時間が狂おしいまでに好きだから。

「ワシは咲に負けることがあっても麻雀は止めへん。咲と打つ麻雀は最高の時じゃからな」

「でも、私は!……多分、咲には届かない。今日それがはっきり解った……」

それが淡なりに辿り着いた結論だった。でも、だからだろうか、原田の声はいつになく優しかった。

「どうしてだ?」

「へ?」

「どうして結論を急ぐ?お前はまだ本気で咲と向かい合ったわけじゃないだろう。諦めん限り、お前は咲に追いつける……お前は咲と一緒にいたいんじゃろ?」

「そりゃ居たいよ!サキと一緒にいたい……でも」

「なら咲と麻雀を打ち続ければいいだろう」

「それが出来ないから!」

「なぜだ?」

「だって、サキは私なんかよりずっと強くて……」

「強くて?」

「……一緒にいたら、迷惑かける」

ぽつりぽつりと言葉が口から零れた。

「サキ、優しいから……私が側にいたら気を使って本気で打てない……あんなに強いのに私のせいで……」

最後の方は、蚊の鳴くように小さく萎んでいった。

「そんだけか?」

「それだけって……!」

「咲はそんなことを迷惑がる奴じゃない」

「そうだとしても……」

「そうだったら何だって言うんだ!」

突然の原田の叫び声に、ビクッと淡の身体が震えた。いつの間にか、原田自身気付かないうちに大声で叫んでいた。

「迷惑かけるのが嫌だから離れるって……お前にとって咲はそんなに安っぽいもんやったのか!?」

「そ、そんな訳--」

「俺は今までの人生で多くを積み過ぎた!もう棺桶に入っているみたいな人生だった!来る日も来る日も、重ねた成功が成功を強要する、全てを捨てないと逃げられない日々だった!俺は出来なかった!積み重ねたものを全て捨てて自由になるなんて出来ないと思ってたんだ!でもな……捨てれたんだよ……!咲が、家族がいれば捨てれたんだ!大事なもんが側にあれば、他のもんは皆捨てることができたんだ!成功だらけの人生から逃げることが出来たんだ……!」

途中から原田は泣き叫んでいた。その迫力に、淡は何も言い返すことが出来なかった。

「お前はいいのか!?そんな自分でも訳の分からん理由のために咲を……心から大切に思えるもんを手放していいのか!?」

「わ、私は……」

「俺は、いろんなもんを手放した!地位や名誉も!お陰でこれでもっていうくらい泥も啜ったし傷付いた!だが、後悔だけはしてねえ!咲と……あいつらと一緒におれて後悔なんて出来るわけが無いやろ!」

すっと、周囲の気温が下がったように思えた。言わないといけないことを言い切ったのか、さっきまでの熱が原田から消えていた。

「怒鳴って悪かったな……言いたいことはそれだけじゃ。後は自分で決めるがええわ……」

後ろを振り返ると、原田は店の中に消えていこうとしていた。淡から見たその背中は、まるで傷だらけのようだった。

「ねえ……サキと同じところに行こうとしてさ……立ち直れないくらい傷付いたら、どうすればいいのかな?」

その言葉に、思わず原田は苦笑してしまった。そう言えば、アイツもこんなセリフを言ったなと。

「いいじゃねえか、傷ついたって。傷を負うことは奇跡の素……挑んだ証だ。だから、恐れるな……!繰り返す……失敗を、傷つくことを恐れるな……!」

 

 

夜、清澄の麻雀部にはまだ灯りがともっていた。

「そろそろかしらね……」

自分以外誰もいない部屋で、久は誰ともなく呟いた。時計の針が回っていく。

淡がやってきたのは、久が三杯目のコーヒーを飲み終わった頃だった。ギーという古めかしい音をたてて、扉が開かれる。

「ヒサ……まだ居たんだ」

「ええ。私はいつでも待っているわよ」

淡の目を見て、久はカップを机に置いた。

「ねえ、ヒサ。私、強くなりたい。もっともっと強くなって、サキと一緒にいたい」

その答えを聞いて、久は

「解ったわ、任せなさい。偶には部長らしいこともしなくちゃね」

漸く安心して、大会へ向けての準備を始めることが出来た。

 




あれ?主人公誰だっけ?て言うかこれ……あわあわ覚醒フラグ……?
原田さん好きなのでこんな感じにしてしまいましたけど、怒らないで下さいね……咲は県大会編で無双するので、暫くお待ちを。
さて、次回は合宿編。どうなることやら?


一言評価頂いた方へ。
どうも返信とか出来ないみたいですけど見させて貰ってますよ~応援、ありがとうございます。


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奇跡と書いて悪夢

すいません。本当は9/26に合わせて「最強と天才」という赤木とすこやんの小話を入れるつもりだったんですが、間に合わず……!
それで急遽、書きための一つを代用で更新します。何か期待してくれていた方がいたらゴメンナサイ。



県大会迫る六月の終わり、清澄高校麻雀部は二泊三日の合宿に出掛けていた。

「はーい、あなた」とタコスを京太郎に突きつける優希。

「何かスケジュールでも立てとんのか?」と久に笑いかけるまこ。そして、

「……」

「あ……あわい……」

押し黙ったままの淡と、必死に話しかけようとする咲。

(あら~裏目っちゃったかな……)

今更ながら後悔する久。あの日以来、咲と淡の仲はギクシャクしたものだった。良かれと思ってやったことが、完全に裏目にでていた。

しかし、何もかもが失敗した訳ではない。なんと、久はこの日のためにプロ雀士を招待することに成功したのだ。

(ふふ……咲達の驚く顔が楽しみね!)

そしてバスは彼女達を合宿所へと運んでいった。

 

 

その日の晩。

「ヤメロー!シニタクナーイ!シニタクナアアアアイ!」

一つの断末魔が部屋から聞こえた。部屋の外では京太郎が膝を抱えてガタガタ震えていた。

「俺は何も見てません俺は何も見てません俺は何も見てません……」

京太郎が恐れているもの、それは……

「あっ……だ、大丈夫ですか?」

必死に、そのプロ雀士を介抱する咲だった。

卓に着いていたのは咲、淡、久、そして……理詰めの麻雀をするプロだった。以下、彼の名をダメギとする。

最初、ダメギは順調に点を伸ばしていたのだが……

「ダブルリーチ!」

「カン!」

という具合に、咲が淡のカンする手間を省いて一巡目から無理やり倍満聴牌させていたのだ。後は、勝負から降りたダメギの後を淡と咲が通るだけ。なんという鬼畜麻雀。因みに久は、というと……

「死ぬかと思った!」

何とかハコらずに済んでいた。

「でも驚きましたよ、部長。急にこの人が倒れるんですから」

「ええーー……ま、いっか……」

確かに咲の驚く顔は見れたのだが、何か違うと首を捻る。こんな筈じゃなかった……こんな筈じゃ……

「どうすんじゃ?もうこのプロ使いもんにならんぞ」とサラッと非道いことをいうまこ。

「お爺ちゃん達、来れば良かったのに……」

「いやいや、旅行じゃないんだから」と笑いながら久が窘めるが、確かにあの三人が来たら旅行じゃ済まなくなるな。

「それもそうですよね……」

のっけから久が計画した強化合宿は破綻していた。頭を抱えるが、とっておきが壊れてしまってはどうしようもなかった。

「仕方ないから一旦休憩にしましょうか……」

諦め気味にそう呟くと、彼女は大の字に転がった。

 

 

「休憩にしましょうか」

久のセリフが聞こえるや否や、淡は部屋を出て行ってしまった。

(ダメだ……あれじゃ……)

さっきのダメギ、淡がダブルリーチをかけたくらいでは降りなかった。咲が無理やり淡の手にドラを載っけたから降りただけで、独りで闘ったら五分五分になっていただろう。ダメギは決して弱くはない。弱くはないのだ。相手が悪かっただけで……

「あれ、淡ちゃん」

「ユウキ……どこ行ってたの?」

廊下の角で、優希と鉢合わせた。

「これだじぇ……」

その手にはボロボロになった計算ドリルが握られていた。

「疲れたじぇ。染谷先輩、手加減してくれないから……」

どうやら一日中、算数と戦っていたようだった。季節は初夏の入り口。二人とも少し汗臭かった。

「ユウキ……ねえ、これから一緒にお風呂に行かない?」

「やったじぇ!って、あれ?咲ちゃんは?」

今は会いたくない。それだけは言えなかった。変わりに出て来たのは「いいの!」という何のごまかしにもならない言葉だった。

そして、淡は咲を残して部屋を離れた。

 

温泉は宿の端っこにあった。

「気持ちいいじぇ~」

と肩まで湯に浸かる優希。

「ひっろーい!」

湯の中で綺麗なバタフライを決める淡。こらこら。優希に迷惑でしょうが。

「競争だじぇ!」

と思った矢先にこれだった。優希、お前もか……

それから暫く二人で遊んだ。泳いだり、潜水したり。気付けば、二人一緒に背中を合わせて夜空を見上げていた。

「綺麗だじぇ……」

「うん……星ってさ、手が届かないから綺麗なのかな」

「……咲ちゃんのこと?」

こっくりと頷く。あの日から、咲は淡には全力で挑むようになった。結果は、全戦咲の圧勝。どう頑張っても、咲には届かなかった。それ以来、淡は人が変わったように咲と話さなくなってしまった。

「あの日、決めた筈なのに。強くなるって……」

「淡ちゃん……」

「でもっ……もう挫けそうだよ」

背中越しに、淡の泣く声が聞こえた。

「どうしよう……これじゃ咲と一緒にいられない……」

一緒にいたい。

ただそれだけを願って挑んだのに、背中にかすりもしなかった。

「凄いじぇ……」

吹き抜けの真夜中の天井に、優希の声が吸い込まれていった。

「凄い?」

「うん……凄いじぇ……私はもう、咲ちゃんに追いつこうなんて思ってない。あの日、最初に咲ちゃんと闘った日から諦めてしまったじぇ……」

「ユウキ……でも、頑張れば……」

いった後で、その言葉の虚しさにぞっとした。案の定、諦めたように笑う優希の声が返ってきた。

「無理だじぇ。咲ちゃんは百年に一度とか、山の上の花とか、そういう存在なんだじぇ。私にはどう足掻いても届かない……」

でも、と優希は言葉を重ねた。

「淡ちゃんは違うじぇ……淡ちゃんなら届く。星は山よりも高いところにあるから、きっと届くじぇ」

その言葉に、淡はもう一度空を見上げた。夜空を支配するのは満天の星々。

優希がもう一度、確かめるように同じ言葉を口にする。

「淡ちゃんは、本当に凄いじぇ……」

その何気ない一言が、背中を通じて心臓をもう一度熱くさせた。

 

 

『傷付くことを恐れるな……!』

 

 

「ねえ、私さ……きっと幸せなんだよね。最高の友達に出会えて、最高の先輩に出会えて……人生の宝物も見付けることが出来たんだから」

夜空に手を伸ばし、あの日の決意を思い出す。

(あの日、私は強くなるって決めた。でも、それだけじゃダメだ……決意を誓いに変えないと、サキには辿り着けない)

だったら言おう。大声で、サキに届くように……!

「サキ、待ってて。どんなに時間かかっても追い付いてみせるから」

強くなるんだ。咲と一緒にいるために。誰のためでもない、自分の為に。

二人は気付かない。ドア一枚挟んだ向こうの脱衣場で、物音がしたことに気付かない。

 

 

「強くなるんだ」

それを聞いた咲は、手に抱えていたタオルを落としてしまった。

「いけない……」

慌てて拾おうとして、身を屈めて、視界が歪んだ。

「あ、あれ……?」

さっきから目が熱い。目を擦っても痛いだけで、全然前が見えなかった。

「何で……」

擦って、擦って、目が真っ赤になった後で、漸く泣いていることに気付いた。

(こんな風に泣くのって、何年ぶりだったかな……)

そんなことを考えられるくらい頭はクリアなのに、涙は全然止まってくれなかった。

『何で黙っていたんだ?』

藤田の声が頭を過ぎる。怖かったからだ。照と同じように、淡まで自分から離れて行くのかと思ったら、怖くて堪らなかった。だから口を噤んだ。

「淡ちゃん……ごめんね……」

でも、淡は離れて行かなかった。自分の全てを知った上で、一緒にいたいと言ってくれた。

その場にうずくまるようにタオルに顔を埋める。早く行かないと二人に見付かる。でも、今だけは……そう願って、咲は人知れず泣いた。

 

 

温泉から戻った淡と優希が見たのは、目を真っ赤にした咲と

「あーはっはっはっ!プロなんて要らなかったのよ!」

ぶっ壊れた久と、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

この世の終わりのような顔をした京太郎だった。

「一体何があったの……?」

説明しよう。淡が部屋を出てから三十分後のこと。

「あぁー……どうしよう……まさかプロが一時間保たないなんて」

(土に)還っていったプロを見送ると、久は何時になく愚痴をこぼした。

「これじゃ強化合宿の意味ないじゃない」

頭の中を色々な考えが巡る。どうすればいい。どうすれば部員全体の底上げになる。自分達だけでもある程度は強くなれる。でも、それはある程度までで、長野を抜けるにはそれ以上が要求される。でも咲より勝負感の強い人間なんて……

 

 

瞬間、久に電流走る。

 

 

(あれ……?もしかして、プロに優希達を指導してもらうよりも……)

結論。プロなんて要らなかった。

「あーはっはっはっ!」

という訳だ。もっとも、そんな事情を知らない淡達には、部長が遂に狂った程度にしか見えなかった。

ギロッという擬音語が似合いそうな具合に、久の目が咲を捉えた。

「ひっ!」

「これより作戦プランBに移行する!」

Aは失敗なんですね……

「これから私達は咲に麻雀を挑んでいく。東場終了時点で持ち点があれば合格!」

「「「ええー」」」

遂にぶっちゃけやがったぞ。

はいスタートと、久が手を打った。その直後だった。

「あ、ちょっといいですか?」

当の咲が待ったをかけた。

「つまり、私より勝負としての麻雀が強い人が居れば良いんですよね」

そうだよいないから困ってんだよコンチクショウと言う本音をオブラートに包み込んで

「そうだよいないから困ってんだよコンチクショウ」

そのままストレートにぶつけた。

しかし、咲は何か考えるそぶりを見せると

「ちょっと待ってて下さいね」

そう言ってロビーの方に降りていった。

十分後、咲は直ぐに戻ってきた。

「どこに行ってきたんだ?」という京太郎の質問に、

「電話」

単語で答えた。

いったいどこに電話したのだろうと皆がいぶかしむ中、遂に奇跡の夜は訪れた。

コンコンとドアを叩く音が聞こえた。

「あ、来た来た」

嬉しそうにドアに駆け寄る咲。

「咲ちゃん?誰呼んだんだじぇ?」

「え?ああ……お爺ちゃん達だよ」

お爺ちゃん、達?最初、どんな凄い人を呼んだのかと待ち構えていただけに、麻雀とは無縁そうな単語に、皆、頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。しかし、そんな皆の疑問に答えることなく咲は扉を開けて……悪魔どもを迎え入れた。

「咲ー!」

「お爺ちゃん!」

ひしっと抱き合う咲と鷲巣。

「ククク……案外寂しがり屋だな、鷲巣巌」

と言いつつ咲を抱き締める赤木。

「咲の浴衣姿が見れると聞いて」

カメラを構えながら部屋に上がり込む原田。

「な、なんじゃこいつら!」

予想だにしない面子に完全にビビるまこ。しかし、ここに来たのは三人だけじゃなかった。

「咲ー!久し振りやな!土産持ってきたで!」

「僧我のおじちゃん!こっち来てたの?」

「久し振りに昔の面子で麻雀でもと思ってな」

蜜柑が沢山詰まった箱を抱えながら部屋に入ってくる僧我。

そして、

「衣擦れの音が三回……咲は浴衣を着ているな?他の者は誤魔化せても儂は誤魔化せんよ」

「市川のお爺ちゃんまで……!」

裏プロのトップ集団計5名、可愛い孫みたいな咲のお願いで推参。

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

流石にこれだの人物が集まるとざわざわが半端ない。オカルトとは遠い久達も、嫌でも解った。この老人達、出来ると。

「……でも、目が見えないのに来るの大変じゃなかったの?」

「なーに、咲の声を聞くためなら……」

「それより早く蜜柑食いながら麻雀やろう……!」

シニカルに笑う市川と目を輝かせ咲を台に引っ張って行こうとする曽我。どいつもこいつも孫煩悩だった……まぁ、初めて持った家族のような存在だから仕方ないか。

しかし、そんなカオスな状況で、一番早く自分を取り戻したのは……淡だった。

必死にシャッターを押す原田。しかし、自分に近づいて来るのが淡だと解ると、諦めたようにカメラをしまった。

「……なんじゃ?俺は咲の思い出写真を撮るのに忙しいんじゃが……」

「え?その思い出写真壊されてるよ」

「は?何を言って……ふぉぉぉおおお市川貴様!?」

「割りいな、壊しちまったよ」

そこには見事にへしゃげたカメラの残骸が……

「まあ、目が見えなくてな。悪気は無かった」

「本音は?」

「儂だけ咲の浴衣姿が見れないのが悔しいからカッとなってやった。後悔はしとらん」

「貴様ああああ!」

なんか別の所でバトルが始まりそうだった。

「ぐっ……まあ、いい。合宿は一度じゃない……!次があれば必ず……!」

そう言ってオールバックをぐちゃぐちゃにすると、改めて淡に向き直った。

「……フフ。咲の本気とぶつかっても折れんかったか」

少し嬉しそうに呟く原田。

「ねぇ、お願いが……」

「わかっとる……焚き付けた責任くらい取るわ……二日間じゃ。二日間、みっちり扱いたる。付いて来いや……!」

こうして淡と原田の特打を皮切りに、後の清澄高校麻雀部の伝説となる悪夢の二日間が始まった。

 




多分、あわあわ以外はあまり強化されないかな……だって、咲の出番無くなっちゃうし……
ただメンタルは皆強化されてますよ。
さて、次回は……何を書きましょうか……わっかんね~


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一緒に楽しもうよ……!

大変お待たせいたしました。薄ら寒いギャグで流すか、合宿後編をキンクリすることも考えたのですが、却下。普通に書きました。したら、こんなに時間がかかって……


???「早く書きなよ……時の刻みはあんただけのものじゃない」


ごめんなさい。


夏草や強者共が夢の跡。清澄高校麻雀部の泊まる部屋では、アフリカ像が通った後の草原のように皆萎れていた。コ○ンの某被害者のようにノートに「タコス」と書いて力尽きている優希。真っ白に燃え尽きたまこ。消える寸前の某紅茶のようにキレイな笑顔を浮かべる久。因みに気絶してます。そして……

「それや、ロン。18000」

「……!次……!」

面々の中でただ一人、原田に食いついている淡。呆れたように原田が

「お前も大概やな。ここまでやってまだ折れんか」

淡と原田の勝負。半日やった今のところの成績は、原田が8回トップ。淡は二着が8回。後は三着かラスという散々なものだった。

(おかしい……幾ら何でもここまで一方的なんて……)

その違和感に、淡も薄々感づいていた。淡の能力は正常に機能している。原田は強制的に5シャンテンスタートであるし、淡もダブルリーチをかけられている。なのに、未だに原田を超えることが出来ないでいた。

「はあ……一旦休憩や」

見かねたように原田が皆に聞こえるように言った。その言葉に淡が食ってかかろうとして

「ま、まだ……」

 

 

バタン

 

 

と、盛大に雀卓に突っ伏して倒れた。

「あ、淡ちゃん!?」

「安心しな、咲。少し疲れて眠っとるだけや」

体を抱き起こしてみると、静かな寝息が聞こえてきた。それを聞いて安心したのか、咲は淡を先に布団に寝かせた。

「ホンマ根性あるわ、この大星っちゅう奴は」

後ろから原田が話しかける。

「うん……」

「能力っちゅうか、天運に頼り切るところがあるが、それを差し引いてもコイツは強い」

「そっか……」

淡の髪を撫でながら、咲は目を閉じる。子供の頃の自分の闘牌を。全然勝てなかったあの頃を……

「やっぱり……自分で気付くしかないのかな。それだけじゃダメだっていうことに……」

 

 

 

 

淡が目を覚ましたのは、夜の9時だった。最初、ここがどこだか解らなかったが、周りで末期患者のように布団で蠢く久達を見て

「そっか……合宿だったんだ」

自分が原田に惨敗して、悔しくてくってかかろうとして倒れた所まで思い出した。

「負けた……あんな一方的に……」

指がヒリヒリして、頭は間近でドラム缶を叩かれているように痛かった。

「ダメだ……まだこんなのじゃ……」

いつまで経っても咲に届かない。そう思って立ち上がろうとしたとき

「サキ……?」

部屋の中に咲の姿が無いことに気付いた。いや、「ヤメロ……」とか「シニタクナイ……」とか断末魔の叫びが聞こえる、なんちゃってお化け屋敷の中で眠れるのか疑問なのだが……

そのとき、襖一枚挟んだ向こうの部屋で何か音が聞こえた。

「白」「お爺ちゃん、それロン」「クク……悪いな、咲。頭ハネだ」「どうした、僧我よ?キレが無いぞ。久しぶりに咲と打って緊張しているのか?」「う、五月蝿いわ……!」

という少し喧しい声が聞こえてきた。

どうやら麻雀をしているようだった。そっと襖を覗いてみると、卓には咲、赤木、市川、僧我の四人が座っていた。今日一日で、淡は鷲巣以外の麻雀を全て見た。理の市川。剛腕の原田。暗闇の僧我。華の赤木。はっきり言って、彼等の強さは出鱈目だった。恐らくサバイバル戦になったら、そこらのプロでは勝負の中に入ることも難しい。そんな予感を漂わせる人外の中で、咲は闘っていた。

「おう、目が覚めたか」

淡が見ていることに気付いたのか、原田が声をかけた。

「そんな所で見とっても何もならんやろ」

言われた通り淡は隣の部屋に行き、ちょこんと原田の隣に座った。

「今はどんな状況?」

「南3。ラスは咲やが、親で連チャンの可能性がある状況や」

見ると、咲の点棒は5000まで減っていた。一方、トップは市川で点棒は42000近く。取り敢えずは安全圏というところだった。

「サキが負けてる……」

本気で打っている咲がここまで点棒を吐き出すのを見るのは、これが初めてだった。淡が見た咲の麻雀はいつも華があり、どこか高い所にある物を見るような感覚になっていた。その咲の麻雀が、今は圧されていた。少なくとも淡の目からは……

「いや、それは少し違うな……」

 

しかし、原田の見立ては違っていた。

「違うって?」

「この局、咲は和了れてはないが振り込みもしていない。咲が失った20000は全て他のツモによるもんや」

咲は耐えていた。東1から今まで場は順子場で、カン材が集まってくる咲の手は他三人と比べてどうしても遅れざるを得なかった。故に耐えた。耐えて耐えて、勝負を決するラス親まで待った。事実、市川に苦しげな表情が浮かんでいた。

(くそっ……さっさと和了っちまいたいときに手が重い……場が順子から対子優勢になってきたか……)

ピンフやタンヤオで逃げ切りたい市川の手には九ピンが暗刻でよっていた。

(ならこの時点で一番警戒しなければならんのは……咲か)

そう見切りをつけ、ツモる。

「見てみ……他の三人も咲への警戒が厳しくなっとる。六順以降、皆生牌は絶対にきらんやろ」

原田の予想は当たった。市川や僧我はベタ降り。というより降りざるを得なかった。咲の手の進みが予想以上に早かったのだ。

「カン」

場風の南を暗カンする。そしてめくられるドラ表示牌。東。

「ドラ4確定!?」

しかし、それではまだ終わらなかった。次順、咲は西を暗カンする。

「も一個、カン」

瞬間、部屋の空気が緊張する。最悪なのは、南がダブドラになり嶺上開花で和了られること。門前で進めているから、今見えている手で倍満確定なのだ。

まずめくられるドラ表示牌は、三ソウだった。それで漸く僧我と市川の表情が緩んだ。

「なんや、この流れなら東が出てくるかと思ったわ」

「いやいや、そう簡単にはカン材がドラに早変わりする訳ないから」

あははと笑っているが、それで何回か捲られたことがある僧我には冗談に聞こえなかった。

「そうか……何とか首の皮一枚繋がったか……」

市川も少しホッとしたように汗を拭く。幾ら技術があると言っても、相手のツモ和了だけは防げない。一番怖い親倍が無くなったので、どうしても糸が少し緩む。

「……」

が、一人。赤木しげるだけは未だに空気を張りつめていた。嶺上開花、和了ってくれるなら問題無い。問題なのは……

「リーチ」

リーチしてきた場合だ。咲、打四ソウリーチ。

(不味いな……流れからしたら咲が和了るのは確定だとしても、こうなると親倍満の芽がまた復活する……)

赤木は予測する。市川と僧我の親は終わっている。ここで咲に和了られると、ほぼ逆転の可能性が消える。すると多少強引に攻めようとする。無論、振り込むなんてバカな真似はしないだろうが、咲に場の空気を支配されている現状、どうしても聴牌速度は落ちる。

(どちらにしろ、壁以外は切れねえか……チャンタもしくは混老頭の可能性がある以上は……)

赤木は咲が親倍満を和了る可能性を考慮しつつ、降りる。市川、僧我もそれに続くように降りた。そして、咲の番へ……

(くっ……一発を消したいところだったが……)

そう思っても、順の早い段階で降りなければならない状況で鳴いて手を限定化させたくはなかった。

(ツモるな……!)

しかし、今の、対子場の流れで咲がツモれない訳が無かった。

「もう一個、カン」

引いてきた一ワンをそのまま暗カン。

「バカな……!」

市川の悲鳴にも似た息が漏れる。王牌へ伸ばされる咲の手。そして、

「ツモ。リーチ嶺上開花自模。チャンタ、三暗刻、三カン子、ドラ4……16000オール」

この麻雀を決定付ける数え役満をうち放った。

 

 

「凄い……」

淡の口から、陳腐だが心からの言葉が零れた。それを聞いて、原田は少しだけ頷いた。

「ああ……けどな、咲はそれまでがホンマに凄かったわ……!」

「それまで?」

「この麻雀、咲は最初から運に見放され取った。何度も赤木や僧我の当たり牌を掴ませれたんや。しかし、天から見放されながらも、自棄になって放銃することは無かった……焼き鳥になりながらも息を潜めて耐えとった……!それが一番凄い」

耐える。その言葉で淡は思い当たった。原田や咲が強い理由。彼等にあって淡には無いもの。それは耐えることへの勇気だった。

「ダブルリーチは確かに脅威的や。しかし、同時に両刃の剣でもある。他に手が来ているときは、そいつらも捨て身覚悟で突っ張る……!」

ダブルリーチをかけた後は、ただツモ切るだけ。流れに乗った相手が聴牌した場合、どちらが勝つかは火を見るより明らかだった。十中八九ロン牌を掴まされて、それを切る。咲や原田はそれを突いて淡に勝ってきた。気付けばなんてことはない。

 

 

淡はまだ麻雀の楽しさを知らない。

 

 

それが咲が予感し、淡が漸くたどり着いた応えだった。

(まだ、私は麻雀を、麻雀の持つ本当の楽しさを、理不尽さを味わっていなかった……麻雀を楽しんでいなかったんだ)

 

恐れるな……!繰り返す……失敗を、傷つくことを恐れるな……!

 

 

不意に、頭の中を原田の言葉が巡った。それで、なんだか両肩が軽くなったような気がした。

麻雀は傷つかなければ始まらない。傷ついて初めて、勝つ喜びが解る。だから、傷を負うことは決して悪いことではない。

(やりたい……麻雀を、勝負を……成功も失敗も平等に訪れる……咲に挑みたいっ……!)

もう動こう。やがて来る過酷がどんなに辛くても、受け入れた上で乗り越える。だから……

気付けば勝手に口が動いていた。

「サキ!」

「うん。どうしたの、淡ちゃん?」

笑顔で振り返る咲。少し前は遙か高みにあると思っていた笑顔が、今は直ぐ傍にあった。

「次、サキと打ちたい!」

淡がそう言うな否や、場は騒々しくなった。

「おし、次は原田と大星が入るから三とラスが抜けるってことだな」

「なっ……!ふざけんなや赤木!儂のラス親は終わっとんやで……!折角大阪から来たんやで……!」

「断る。仮にワシがお前と同じ所まで点棒を積んだとしても断るよ……咲と麻雀出来ない機会が1%でもうまれるような愚はせんよ……」

「てめえ、市川!ずっと座っとくつもりやったんか!」

「こら、喧嘩しない!三、四が抜けること……!」

そうして、いつもより人数の増えた狂宴は過ぎていった。淡にとって、咲と過ごしたこの三日間はとても濃く、心臓に直接ナイフで刻み込んだような思い出となった。

「一緒に楽しもうよ……!」

満天の星空を見上げながら、淡は優しい声を聞いた。

そして、時は流れ……

 

 

「えー、三日間の特打合宿、お疲れ様でした。今回はその打ち上げと……」

 

 

 

オーダーを発表します!

 

 

 

ところで、京太郎は?

「……で、咲とはどういう関係なんじゃ?」

「いえ、咲とは--」

「“咲”?」

「い、いえ……!宮永さんとは幼なじみで……」

鷲巣お爺ちゃんの個人面談を受けていましたとさ。良かったね。

面白いので、少しリプレイ。

「ほう、つまり咲とは何にも無いと……」

「は、はい!宮永さんとはクラスメイトというだけで」

「咲に女性としての魅力が無いと……!」

「い、いやだからそうじゃなくて」

「何!やっぱり在るのではないか!?」

(あーもう!咲のおじいさん面倒くさ過ぎる!)

このやり取りがまる二日間ループしたので、以下割愛。

 

京太郎の夜は長い。

 



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ドキッ!魔物だらけの県予選。ぐにゃぁ~もあるよ編。
出会い


不幸な事故だった。会場は人のざわめきだけが溢れかえり、卓には異様なオーラを放つ金髪の少女と、所謂レイプ目の少女達が座っていた。

「ありがとうねー」

淡の愉悦に満ちた「ありがとう」にやっと返事が出来たのは、彼女が去ってから五分後のことだった。

千曲東 45800

東福寺 58200

今宮 62400

清澄 233600

 

どうしてこうなったのか、という疑問が生じるが、原因は遡ること一時間前に存在する。

 

 

「取材?」

会場に訪れた淡達を待っていたのは、意外にも雑誌記者達達だった。

「ええ。大星さんはアメリカでとても素晴らしい成績を残していましたので」

それは事実で、その実績があったから淡は白糸台に推薦されたのだ。

(よく覚えてないんだけどな……あの試合。退屈で途中で帰っちゃったし)

いや、帰んな。

そこから清澄の面々、当然咲も無視してシャッターが淡にきられた。咲も無視して……これ重要。

 

 

あわあわ怒りゲージ レベル1

 

 

「……で、大星さんはどのくらいまでいけると思います?長野のレベルは高いですし、大星さんだけではキツいと思われますが?」

大星さんだけ→他は戦略外→咲が戦力外

(キレちゃダメだ……キレちゃダメだ……)

シンジ君風に言うな。セリフも物騒になっているし。

 

 

あわあわ怒りゲージ レベル2

 

 

 

 

原田・鷲巣怒りゲージ レベル5

 

 

……っておい!あんた等が先にキレるな!

「おどれら……!」

「覚悟は出来ておるんじゃろうな……!」

ここから先は大変見苦しいシーンが続いたので、想像だけでお楽しみ下さい。

「クク……アイツ等、まだまだ現役じゃねーか」

付き添いといった感じで付いてきている赤木がおかしそうに二人を見ている。そして、そんな赤木を、咲は疲れたように諫める。

「お願いだから赤木おじちゃんまで暴れないでね。吉岡さんも止めるの大変なんだから……」

因みに他の三に……四人は目を逸らしていた。

(いやいや!咲は本当に気付いてないみたいだけどあの人達絶対堅気じゃないから!)

二日間も一緒にいれば大体そういうことは解るものだ。流石に原田がうっかり落としてしまったドスを大人のおもちゃと言い張るには無理があった。

「あ、あれやアレ!SM用の刀や!」

んなもんねーよ。

さて、会場に突如白服と黒服の混合部隊が突入するハプニングもあったが、何とか死人だけは出ずにインタビューは終わった。

「ふー。サキー、お待たせ」

ひしっと抱きつく淡。赤木、鷲巣、原田の前でこんな事が出来るのは淡くらいなものです。原田の顔がマスクメロンになっているのも、きっと気のせいである。

さてその淡だが、彼女の口から出たのは愚痴だった。

「もー、何なのアイツ等。私以外アウトオブ眼中?ふざけんな皆強いよ!全国とサキ狙ってるよ」

ぷんぷんと怒った顔でさらりと抱負と野望を口にする淡。かわいい。

しかし、改めて見ると身の毛のよだつような顔ぶれである。清澄の面子は総じてレベルが高いが、その中でも二人は頭何個か飛び抜けていた。力の麻雀、大星淡。華やかな麻雀、宮永咲。正面から挑むことだけは絶対にしたくない二人だが、彼女達がいるチームに喧嘩を売るような人物なんて……

 

 

「聞いたー?次の対戦校」

「ああ、東福寺に清澄だっけ?何それ、知らねー」

「そもそもちゃんと麻雀出来る奴居るの?」

 

 

「……おい、大星」

原田の嫌に冷静な声が、周囲で蜷局を巻いた。

「……解ってるよ、ハラダ。幸いな事に私は先鋒だから……最初から全力でいく……!」

そして、物語は敷かれたレールを辿るように最初に移る(意訳 伏線回収ご愁傷様様です、今宮女子)

 

 

結局、清澄の初戦は中堅で幕を閉じた。当然、咲の出番っ……無し!

「お嬢様ー!」

白服、涙っ!咲の初舞台を見るために有給を使ったので、当然涙!

一方、清澄はというと……

「あちゃー」

完全に予定が狂った久は、頭を抱えてうずくまっていた。

(ここまで派手にやったら流石に淡が警戒されちゃうわね……)

久の考えたシナリオは、大将に咲を据えて温存しつつ、中堅の久が暴れて勝ち上がる作戦だった。こうすれば決勝で警戒が薄くなった淡が暴れられて、咲の負担を減らしつつ天江衣の相手をさせられるという考えだった。

「全てパーじゃない!」

この先の事を考えると、初っ端から暗雲立ちこめる勝利だった。

 

 

しかし、そんな勝利も、外から見れば華々しい勝利にしか見えなかった。ロビーに溢れかえるのは、清澄高校の噂ばかりだった。

「おい、見たかよあの試合!」「見た見た!大星淡でしょ!凄かったよね!」「一人で十万点以上稼ぐなんて宮永照みたいじゃね?」「清澄どこまでいくんだろ?」

しかし、この状況を好ましく思わない人物が一人居た。

「き、清澄高校!よくも私達の目立つ邪魔をしてくれましたわね!」

もんぷち透華である。

「誰がもんぷちですの!?」

龍門渕透華である。

「あの大星って奴と相手をするのは俺か……骨が折れそうだ……」

やれやれといった風に井上純が男らしく肩をすくめる。その、あんまり気負っていない態度が意外だったのか、国広一が口を開いた。

「あれ?もうちょっと緊張するものかと思ったけど」

「別にどうってことないぜ。俺の後ろには国広君や衣がいるからな」

それもそうかという具合に、一の顔にも笑顔が戻った。

「ま、一番の問題は衣が朝起きてくるかどうかっていうことなんだよな」

そんな折だった。透華の「清澄!」という声が聞こえたのは。見ると、丁度階段を降りようとしている人影に、話題となっている清澄高校の制服を見た。

「お待ちなさいませ!」という透華の声に、ショートヘアーの少女はゆっくり振り返った。

「はい?」

「なあ、あんた。清澄高校の奴だろ」

純は冷静にその少女を観察する。

(オーラは感じない。至って普通の女子高生っていう感じだ……)

期待外れ感否めないながらも、純は一番の関心事を聞く。

「あんた……名前を聞いていいか?」

「宮永です。宮永咲。淡ちゃんじゃなくて残念でしたか?」

「あ、いや……そういう訳じゃ……」

ニッコリ笑う咲にしどろもどろになる純だが、事実なので否定出来なかった。

「ごめんね。純は初対面の人に少し失礼なところがあるんだ」

一が苦笑しながら、フォローを入れる。その少女は終始笑顔だった。

「いえ、私の方が年下だから構いませんよ」

「あれ、僕達のこと知ってるんだ」

透華の機嫌が少しは良くなるんじゃないかと思って一の声が弾んだ。

「はい。全員一年生ながら去年の全国大会では大暴れ。全国屈指の実力を持ち、王者白糸台の対抗馬としても名高い。知らない訳がありませんよ」

(良し、目立っている)

一自身は目立つのは好きではないが、さっきから清澄のせいで透華の機嫌が悪かったのだ。ここは素直に喜んでおく。

「じゃあ要らないと思うけど自己紹介……」

「大丈夫ですよ。皆さんの名前は知っていますから」

そういうと咲は順番に諳んじ始めた。

「右から順に……井上純さん。沢村智紀さん。あなたが国広一さんで、金髪の方が龍門渕透華さん……天江衣さんはいないみたいですけれど、みんな知っていますよ」

思わず頬が熱くなる。人から誉められるというのも、案外悪くはないと。

「それじゃあ、私はこれで」

そう言うと、彼女は階段を降りていった。後に残った三人は、零れる照れ笑いを堪えていた。

「なんて言うか……意外と柔らかい感じのするヤツだったな……」

「うん。先鋒だけで十万点以上稼ぐなんていうチームの人だからもっと怖いイメージが在ったけど……透華?」

そのとき、一は透華が黙りきっていることに気付いた。

(あれ?ああいう話題なら真っ先に食らいつきそうなものなんだけど)

「どうしたのさ、透華?」と振り返った先に居たのは

「キンキンに冷えてやがる!?」

一発で冷えてしまった龍門渕透華だった。

(え?どういうこと?さっきの子が原因?でも、透華がこんなに一気に冷たくなるなんて前に小鍛治プロとたまたま出会ったときくらい……まさか!?)

ある一つの考えに行き着き、思わず純と智紀の顔を見る。純も、同じ結論に行き着いたのか顔を真っ青にしていた。

「国広君も同じ考えか……智紀はどうおも……智紀?」

しかし、智紀はそれどころじゃないといった風に、ただパソコンを弄っていた。思わず苛ついて怒鳴ってしまう。

「おい!少しは話を--」

「壊れた」

しかし純の怒声を、智紀の絶望に満ちた声が遮った。

「は?」

「ここに来てからパソコンの調子がおかしかったけど……あの子と出会った瞬間に壊れた」「え……ちょ……」

「嘘じゃない。本当」

差し出されたパソコンからはゆっくり黒煙が立ち上っていた。

「う……嘘だろ」

思わず、背中に氷を押し当てられたような感覚を覚える。今まで安全だと思って歩いて来た道が実は地雷源で、気付かないうちに足が既に地雷を踏んでいた。そんな、後から急に襲い掛かる恐怖だった。

もしかして、清澄で一番ヤバいのって……

「宮永咲じゃね?」

そんな純の声は、大将戦を知らせるブザーでかき消えた。

 




咲さんの危険度を上げてみました。一応普段は美少女なので悪しからず。


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決戦前夜

第三章のタイトルに突っ込みが入らなかったことにホッとしてます。


「決まったあ!決勝進出は風越女子!名門の風越が帰ってきた!」

アナウンサーの興奮気味の叫びがマイクを通じて観客席まで運ばれてきた。

試合室には、これまた猫耳を生やした猫女もとい池田が胸を張っていた。しかし、ドアの外にキャプテンの姿を見るとさっきまでの威風堂々とした姿がうそのように、まるで猫のように抱きついた。

「キャプテン!」

「カナ!お疲れ様」

そう言って、福路美穂子は池田の手を拭いた。さっきの試合、池田は二校纏めて飛ばしたのだ。流石は風越の大将といったところか。部員も皆笑顔だった。

しかし、彼女達は忘れていた。そこは鬼の居座る部だということを……

 

 

 

「池田ァ!」

 

 

パァン!

 

 

怒鳴り声と共に平手で何かを打つような音が風越女子の控え室から聞こえた。そこには、鬼のような形相をしたコーチの久保が

「イェーイ!決勝進出やったな、池田ァ!」

満面の笑みを浮かべ池田とハイタッチする鬼の久保コーチがいた。

「いや、流石にカナちゃんもドン引きだし!?」

鬼のコーチに笑顔で迫られて別の意味で涙目になる池田。室内はイヤに静まり返っていた。

「福路も打牌にキレが合って良かったぞ!流石は風越のキャプテンだな!」

「は、はい?」

「お前が気持ちのいい麻雀を打つと、後輩達も伸びやかに打てる!その調子で明日も頑張れ!」

「……ええ~?」

その名門風越のキャプテン、福路美穂子も異常にハイテンションなコーチに付いていけず、右目が開眼していた。こっそり「綺麗だし……」と池田が呟いたが気にすることはない。

しかし、鬼コーチの笑顔は池田達だけではなく、他の三人にも向けられた。

「他の三人……未春も文堂もド……深堀もキチンと自分の仕事をこなしていたなァ!良くやったぞ!」

「今ドムって言いかけませんでした!?」

しかし、ド……深堀の訴えは、まるで蒼天に吸い込まれるように消えていった。まるで子供のように風越の勝利を祝うコーチの笑顔を見ていたら、毒気を抜かれてしまったのだ。

後に残るのは、綺麗な笑顔を浮かべる久保コーチだった。誰だコイツ。

「お前等はこの一年、よく頑張った。文堂は風越のレギュラーになるという血の滲むような努力をしたし、福路は他の部員を支えてくれてきた。他の三人も、打倒龍門渕の為に自分達の青春を麻雀に費やしてくれた……私はこのチームが大好きだァ!」

「「「コーチ!」」」

本当に誰だァ!?

感極まったように池田が叫ぶ。

「カナちゃん頑張るし!絶対風越を全国に連れて行くし!」

「私もっ」

つられて文堂も叫ぶ。

「絶対に大将にバトンを渡して見せます!」←中堅

何だか異様な空気に包まれながらも徐々に室内の空気は高まっていき……遂にコーチの一言で幕が下りた。

「見せてやれ……もんぷちではない、私達が最強だと!」

「「「押忍!」」」

……。なにこの茶番?

結局その日は、風越の部員がはり倒されることなく、最後に決勝進出校の牌譜を美穂子が受け取ってその場はお開きになった。

その後、久保コーチは「これから用事があるから」と言って何処かへ消えていき、美穂子達は近くのホテルへ休みに行った。

「えーと……出場校はうちにもんぷちに鶴賀に清澄……半分が初出場校だし!」

風呂上がりの、少し湿った池田の声が聞こえた。見ると、五人で集まって対戦校の牌譜を見ていた。

「相変わらず龍門渕の選手はレベルが高いですね……」

これから相手をする選手のことを思うと頭が痛くなる未春だったが、ふと気になるものが目に入った。

「あれ?清澄……」

「清澄がどうかしたの?」

美穂子が訝しげに尋ねる。

「いえ……なんか目立つように赤丸でマーキングされている選手がいて……」

マーキングされる選手というのは、天江衣や宮永照といった怪物クラスの打ち手に限られる。初出場の清澄にマークされる選手なんていたかと首を傾げる。

「大星淡じゃないですか?」

深堀が思い当たる節を言う。

「何でも先鋒だけで十万点以上稼いで清澄高校を決勝に導いたとか……」

「カナちゃんも知ってるし!でも大丈夫だから!なんたって相手するのはキャプテンだから」

「もう……買いかぶり過ぎよ」

照れたように美穂子が笑う。だが、美穂子への、部員からの信頼は厚かった。名門風越のレギュラーという肩書きだけでは無い。全国区でも名を知られる、それだけの実力を彼女は持っているのだ。

「清澄は大丈夫だし!先鋒さえ止まってくれれば後は私が何とかするから」

そう言って池田は未春を励まそうとした。しかし、続く未春の一言で部屋の空気は再び凍った。

「でもこれ……マーキングされている選手が清澄に二人いますよ……」

 

 

時間を少し巻き戻す。

決勝進出をかけた大将戦。咲は少し感慨深い思いを味わっていた。

「そう言えば……これが初めての大会で打つ麻雀か……」

別に緊張しているわけではない。寧ろ、少し残念に思っていた。

扉を開ける。そこには既に他校の選手達が卓に着いていた。

淡から始まり、まこまで繋がったこの試合、トップの清澄と二位の差は既に十五万点以上あった。

(やっぱり皆レイプ目だ……こんなの地獄単騎で張れば勝手に振り込んでくれるよ……)

よろしくお願いします。自分の声が酷く乾ききっていることに気付きながらも、咲は卓に着いた。

(最初の試合がこんなハンデ戦なんて……)

配牌はいい。タンピン三色が匂う格好だった。

(要らないよ、こんなの。せめて五シャンテンから始まってくれないとつまらない……)

この七年、咲は鷲巣達と麻雀を打ってきて強くなったが、代わりにある一つの弱点を背負ってしまった。それは……

(つまらない……)

確実に得られる勝利に価値を見いだせず、斬ったはったの勝負に拘るようになってしまった。

(暇だし……赤木おじちゃんが昔やってたアレやろ……気付いてくれたなら……)

そう思って、咲は……

 

 

「間違い無い。清澄の大将は衣の同類だ……」

幼い声が聞こえた。そこには小学生と言っても通りそうなくらい小さい高校生が座っていた。

「そうなの?僕には普通の麻雀……せいぜいヤオチュウハイの単騎待ちが多いくらいにしか見えないんだけど」

一は自分の言葉に自信が持てないように呟いた。

その言葉に、衣は少し目をつむった後、隣に座る純に声をかけた。

「純は如何に考える?」

場所は龍門渕邸別宅。そこにはハギヨシを含め、龍門渕のレギュラーがテレビを囲んで対戦校の麻雀を見ていた。しかし、ここまで入念に研究しているのは咲だけで、他の選手は牌譜を見るに止めていた。理由は単純で、明日に大会が迫る中、今までノーマークだった宮永咲という人物の危険度が上がったためだ。時間が圧倒的に足りないのだ。

「……ああ。この女、可愛い顔して舐め腐った打ち方してる」

しかし、その限られた中で、彼女達はベストを尽くす。

「この女、自分の和了り形を捨て牌で教えてやがったんだ」

「どういうことですの?」という透華の質問に、衣が答えた。

「清澄の大将は字牌の向きで自分の待ちがヤオチュウハイ単騎か否かを示していたのだ」

改めてビデオを見てみる。確かに、字牌の向きが正位置ならヤオチュウハイ単騎で和了っていて、逆位置ならタンヤオや平和で和了っている。しかしこの打ち方は麻雀の王道を行く役、平和やタンヤオを意図的に殺すものでもあった。

「馬鹿げていますわ!こんな非効率……!大体、自分の手を教えて一体何の得が……!」

「衣も同感だ」

透華の言葉に一旦頷きながらも、直ぐに否定する。

「だが、他の三校はそれだけで束縛されているぞ」

見ると、他の三人の手牌はヤオチュウハイの整理が出来ずに手が進まないでいた。

「この大将は末恐ろしい……技術だけで衣と同じことをやってのけるのだからな」

衣は密かに考える。

(清澄の大将……宮永咲といったか。恐らく衣と同類……退屈に飽いている。勝って当然の勝負などゴミ同然に思っている……だからあんな危ない打ち方、自分の手を教えるという真似もやってみせる)

 

 

猪口才……!

 

 

果たして潰れるのはどちらなのか?自分は、特別から解き放たれるのか?

(良いだろう。待っておれ、清澄……!衣が全力で潰す……!)

 

 

「明日の試合、私達鶴賀は苦戦するだろうな」

夜も更けた中、鶴賀の部長……部長、加治木ゆみが明日の勝負の外観を語る。

「ワハハ……泣かないぞ……」

どこかでそんな声も聞こえたが、今の話には関係ないのでスルーする。本人にとっては重要かもしれないのだが、スルーする。

「天江衣を始め、清澄の大星淡も強い。おまけにまだ何やら隠している気配がある」

彼女は咲の危険性に気付いている訳ではない。ただ、清澄は一年を中心にチームを作っている節があった。その流れからすると、どうしても咲の存在が無視できなかった。

「お前にはポイントゲッターとして期待している。頼むぞ、桃」

ゆみが向ける視線の先には、闇に溶けてしまいそうなくらい存在感が希薄な女子生徒がいた。

「やるっすよ、先輩。必ず、先輩を全国に連れて行くっす」

 




これ、キャラ崩壊のタグ入れた方がいいかしら……?
近いうちに一つアンケートを取りたいと思います。それは、「白糸台の大将」です。最初、原作で淡を抑えたシズを入れて、「遊ぶんだ、和と」的な話にしようと思ったのですが、正直うちの咲さんだと「あ……(察し)」的なことになりかねないので。
つまり、オリキャラ一人入れるか、当初の予定通りシズが体を張るか、です。
投票は長野編が終わると同時に活動報告欄の方で集めますが、始まらなかった場合はこっそり教えて下さい。十中八九忘れているので。(というか、忘れないように今書いているわけで……)
そのときに、どっちを選べばどういうストーリーになるかも少しだけ書かせて頂きます。


追記

咲の単騎待ちは赤木のチャンタを改造しています。チャンタは無理やった……


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先鋒戦前半(3/16修正)

何とか週末投稿できた……


大会当日。一夜明けた次の日の空には、真っ白なキャンバスに鮮血を垂らしたような暁が描かれていた。それはまるで、これから起こる惨劇を暗示したかのような空で--

「おう。何余計なフラグ立ててんだこら」

「ちっ」と唾を吐く純。今日はインターハイ予選決勝だというのに、なんとも不吉な空だった。

「嫌な予感がするな」

と悪態をつく。衣しかり、こういう日の麻雀は必ず何かある。今日はいきなり化け物退治をしなければならないのだ。

「何事もなきゃいいんだがな……」

何やら嫌な予感を抱えつつ、彼女は一人対局室に向かった。一人で。

 

 

 

「……って、見送りは無しかよ!」

 

 

 

長野県予選決勝先鋒戦卓。対局が始まるまでまだ少しだけ時間があるというのに、部屋は既に濃縮された殺意と緊張で張り詰めていた。原因は間違い無く卓で可愛らしく座っている金髪の少女、大星淡。

卓に居るのは井上純、福路美穂子、津山睦月という実力派な面子だが、その中でも淡は際立って見えた。淡の周りには、形容し難いオーラのようなものが溢れ出ている。嫌でも警戒しないわけにはいかない。

(やばい……昨日出会った清澄の大将とは別のタイプだコイツ……!)

(周囲に危険な臭いを漂わせてる……!)

(胃薬胃薬……)

その、獲物を見るかのような目つきに立ちすくんでしまう。鋭い眼孔……まさに、試合開始十分前だと言うのに我慢できずに咲に襲いかかってしまったような者の目つきをしていた。ああ、確かに怖いか……

三人が立ち尽くしているのを見て、淡は「牌、捲ったら?」と促す。

恐る恐る場決めの牌を捲る三人。

「西だ」

「北です」

そして最後に、睦月が東の牌を捲ると同時に

『それでは決勝戦先鋒戦卓、開局です!』

試合の開始を告げるアナウンスが流れた。

 

東一 ドラ2ピン

 

純 配牌

 

 

12589m669p12s中中

 

 

(げっ……最悪だ……)

悪形の4シャンテン。仮に中を鳴けたとしても、残るのは処理に困る数牌。

(大抵の奴なら門前なんだろうが……)

ちらりと上家に座る淡を見る。

(こいつが卓にいる以上、そうも言ってられない……)

純とて一日あれば淡の能力には気付く。

(悪過ぎたんだ……こいつと同卓した奴の配牌が決まって悪過ぎた。恐らくこの最悪配牌はずっと続く筈だ……なら!)

純は手牌で浮いていた5ワンを切り出した。

(悪形だろうが鳴いて攻める!)

しかし三巡後、淡の聴牌宣言がかかった。

「リーチ」

 

 

淡 河

 

9s8s5s

 

 

「ぐっ……!早すぎだろ……!」

思わず毒づく。純の手牌に現物は無い。

(どうする……筋を追って2ソウを処理するか?流石に初っ端から流れは読めねえし……ここは)

打、中。対子落としで手を回した。このまま横に伸びれば平和。でなければ降り。

(元々闘う手格好になって無かったんだ……被りもないし、打ち込みだけを避ける)

しかし、ここで純の手は思いも寄らぬ方に逸れた。

四巡後

 

 

 

122889m2266p112s

 

 

 

綺麗に打ち回していた手が、いつの間にか七対子ドラドラの一シャンテンに育っていた。

(牌が横じゃなくて縦に伸びるか……)

場は進み、四巡前より状況が見えやすくなっている。淡はリーチ後、3ソウ7ワンと切っている。どうもソウズは待っていそうにない。直後引いてきたのは1ワン。2ソウか9ワンで七対子ドラドラの聴牌。

(こうなるとリーチをして追いかけるのもありか……どうせ他の対子も危険牌で降りることは出来ないしな……)

しかし、そうなると問題なのはどちらを切るか?

(さて、どっちを切るかね……無難に筋でも追うか……)

そう思い2ソウに指が伸びた瞬間だった。

(待てよ……風越……)

ちらりと美穂子の河を見る。改めて見ると、美穂子は4ピンや赤5ワン、2ピンといった無筋は切っている癖に、ソウズは現物牌以外切っていなかった。

(風越……清澄の待ちはソウズとでも言うのか……)

美穂子の実力は知っている。去年の決勝戦では唯一抵抗らしい抵抗が出来たのは彼女だけだった。卓に同卓した選手がもう少し上手ければ、彼女が大将として出ていればあるいは、と言える実力の持ち主である。大将として出ていれば……

何やら外がにゃーにゃー五月蠅いが、マナー的にいかがなものだろうか、池田ァ!

(ちっ……ここは2ソウ残しだ)

散々迷った挙げ句、純は2ソウ待ちを選択し、リーチもしない。

一見臆病風に吹かれたような選択だが、純のこの判断は正解だった。なぜなら淡は純が捨てようとした2ソウで待っていたからである。

 

 

淡 手牌

 

123m123p1333s南南南

 

待ちは1.2ソウ。淡の和了牌を押さえての聴牌だった。観客席からは『すげー今の!』『やっぱ龍門渕は格が違うわ!』とか色々な声が上がっていた。

しかし実力者、例えば龍門渕勢から見たら、最悪とまでは言わずとも顔をしかめるような流れだった。

「同じ待ちだけど清澄のあの金髪の子の方が待ちが一本多いから有利だよね」

龍門渕の中堅を勤める国広一が確認する。それに同調するように頷くと、智紀も「しかも頭跳ねだから純が出和了する目は無い……」

「仮に振らないとして……危険牌を引いた時にチュンチャンパイだらけの手牌で逃げ切れるかな……」

純とてそんなことは百も承知だ。この2ソウが淡の当たり牌だとすると圧倒的に不利。ツモのみを考慮した聴牌だった。しかし……

「2ソウは純カラなんだよね……」

睦月 手牌

 

346m25(赤)889p1222s南発白

 

純の和了牌である2ソウは睦月が三枚抱えており、和了目は完全に消えていた。どちらにせよ、純の七対子は聴牌までが限界だった。まさしく、巡り合わせが悪いとしか言いようの無い勝負。しかし……

「これは純には厳しいかな……」

その意見は半分しかあっていない。今一番厳しいのは安牌が無い鶴賀の睦月である。睦月が淡のリーチに対して振って来なかったのは、美穂子が先に危険な道を掃除してきたからであり、美穂子が露払いを止めればあっさり振り込んでしまう可能性がある。

(安牌が増えない……)

そして、その頼みの要である美穂子も遂に超危険牌、生牌の発を引いた。

(流石にこれは打てない……)

他をフォローして自分が打ち込むなど論外である。仕方無く現物で降りるが、こうなると苦しいのは睦月である。手の中が危険牌で溢れかえっている上に、次に引いてきたのは生牌の東。

(くっ……安牌が……)

こうなるともう選択肢が消えてくる。今、睦月の手牌には2ソウが暗刻であるのだ。1ソウの当たり目は低く見える。

(ワンチャンス……これなら……!)

だが、淡が待っていたのはこの一牌だった。バラっと淡の手が倒された。

「ふっ……まさかこんなお決まりの手に引っかかるとはね」

(まさかっ……!)

背筋に怖気が走る。

「ロン。6400」

淡の手が倒された。リーチ南ドラ一。決して安くは無い手。しかし……

(なんだ、低めか……)

(良かった……リーチ南ドラ一のみなら痛くない……)

その淡にしては低い打点に、純と睦月の緊張が解けてしまった。

今まで見てきた淡の派手な和了と比べると、リーチまでしたのに裏も乗らずと地味な和了だった。どうしてもある一点が見えていないと、

(この程度なら当たっても痛くない……なら)

(リーチに対しても突っ張る価値はある……!)

という勇み足になってしまう。はい、これが典型的な負けるパターンです。無論、これはギャラリー達にも言えることで、地味な和了に嘲笑う声が多かった。

『なんだ、あんな低めで和了なよ』『高め2ソウが生牌何だからツモに賭けても良かったんじゃ……』

しかし、少し落ち着いて考えると淡のリーチからは別の意味が見えてくる。淡のリーチを本当に怖いと思えるような人物は、一部のおかしい人を除くと、美穂子しかいなかった。

(その手でリーチ……?そんな馬鹿な!?)

何故なら、それは本来やってはいけないリーチなのだから……

(単純に高め追求ならダマしかない……リーチした以上、和了の見逃しはフリテンになってしまうから、安めでも和了するしかなくなってしまう……)

しかし、低めではリーチしても6400止まり。それに対してダマなら2ソウの出に期待出来る上、手も南三色ドラ一の満貫になるうえ2ソウも出やすくなる。ここで淡が敢えてリーチした理由はただ一つ……

(誰が一番点棒を取りやすいか計るためのリーチ……こんなの普通の高校生がやる打ち方じゃない……!)

いや、プロでもやらない。ただ一打、血糊にまみれたこのリーチは……

 

 

 

「まあ……合格やな……」

「素直に褒めて上げたらいいのに。原田おじちゃんだって自分の麻雀が生き残っていくのは嬉しいでしょ?」

「まあ、な……あいつに真似されるのは少し癪だが」

 

 

 

ただ圧倒的な暴力のような象徴、原田克美の打ち方だった。

 

 

 

「相手の力量は見た。流れも掴んだ……なら、後は解っとるな……?」

 

 

徹底的に鶴賀を叩け……!

 

 

(……っ!鶴賀が危ない!)

それは雀士としての本能ような直感だった。清澄は鶴賀を潰すつもり……

しかし、この流れで引いた親番で淡が乗れない訳が無かった。

東一の和了で既に流れにのった淡は、東二で狙いを鶴賀に絞る。八巡目、淡のダマテンが睦月を打ち取る。

「ロン。11600」

 

345678m34p34588s

 

 

 

睦月が打った2ピンを討ち取ってのタンピン赤赤。これ自体は何もおかしいところは無い。しかし……

「おい待て!一巡前に切った俺の5ピン見逃してるぞ!」

淡が和了る一巡前、淡の北はツモ切りだった。純が5ピンを切った時には既に聴牌していたことになる。

「あ、高め見逃しちゃったー」白々しく驚く淡。

(なんてね、点棒に余裕があるなら凹みを一人作った方がいいから)

無論、ここまであからさまにやると流石に睦月も淡の意図に気付く。

(不味い……清澄が私を狙い打ちし始めた……しかし……!)

もっとも、気付いたところで逃げ切れなければ意味が無い。一本積んでの一本場。淡はまたダマテンで睦月を狙い打ちした。

「3900の一本場」

 

二本場

 

淡 配牌

 

 

113889m56p12477s北

 

 

(うわ……微妙~)

三シャンテンだが、急所の多い手牌だった。

(これなら七対子が本線かな?)

どうせ他家の配牌は悪いだろうし、時間はまだある。そう見切りをつけると淡は北を切り出した。

九巡後

 

 

112388m66p11477s2m

 

淡、聴牌。3ワン切りならリーチで満貫確定。しかし、

(4ソウはドラだからね……リーチしたらまず何があっても出ないよね……)

ちらりと鶴賀の捨て牌を見る。

 

睦月 河

 

1m2m白発8p2p7s2s

 

 

(真ん中の三色を狙っているような感じがするんだよね……それに)

白発を序盤で切っているあたり、手がチュンチャンパイで肥えていて逃げが効くような形になっていないかもしれない。

(じゃ、ここはこれだね)

そこまで洞察すると淡は聴牌を拒否した。打 7ソウ。無論この一挙一動はカメラで撮られていたので、観客席からは異様に映った。端から見たら非効率的な打ち方でしかない。有るとすれば、ドラを重ねての聴牌か?しかし更に三巡後、淡はその予想すら裏切った。

 

 

 

1122388m66p1147s3m

 

「リーチ」

打 7ソウ。手変わりも何もない。

『ドラ重ねてのリーチなら解るけど……』『リーチしたら絶対に4ソウは出ないぜ!』

それは確かに最もな考えだ。リーチ者相手に現物で無い限り、初心者でもドラは打たない。普通なら……

 

睦月 手牌

 

 

3444556m336p445(赤)s

 

 

(まずい……安牌が無い!)

睦月の手牌には、どれもこれも淡の裏筋にあたるという牌しか残っていなかった。解説が入る。

『345の三色に気を取られすぎたな……』

『手を肥やし過ぎましたからね……』

こうなると、本格的に筋を頼りに打つしかなくなる。

淡 河

 

北9m2s1s5p8p3s白7s2s8s7s

 

 

この捨て牌に混一まであるマンズは打ちにくい。かと言って裏筋のピンズも打てない。それに比べて……

(4ソウはドラだけど1ソウと7ソウが切られている……まさかドラで待つわけが……)

 

 

『……あの七ソウ落としが鍵だったな。あがれない満貫が確実にあがれる親倍になった』

 

 

かくして、鶴賀は打つべくして打ち込み、点棒を吐き出した。

「ロン。リーチ一発七対子表表裏裏」

 

 

 

結局、その半荘は類を見ないほどの独壇場となった。鶴賀を狙い撃ちさせないため、純や美穂子は差し違え覚悟で挑んだが、流れにのった淡を止めることは出来きず、被害を最小限で終わらせるのが限界だった。あぁ……と誰かが声を上げた。

「ツモ!ダブリー一発ツモの2000.4000でラスト」

 

清澄 183400

風越 83400

龍門渕 74800

鶴賀 58400

 

 

(嘘だろ……!)

 

これが前半戦で起きた出来事だった。

 

 

 

 

「以上、解説の寺井と矢木プロでした」

「修正の際に紹介するの忘れやがって……」

……あ、紹介するの忘れてた。

 




早く咲vs衣書きたいです……
それとお詫びです。最近感想を頂いても返信出来ていませんでしたが……ちょいと39℃くらいの軽い熱をだしてしまって……
少し体調が落ち着いたら返信いたしますので、暫くのご無礼目を瞑って下さい。
では、御無礼!


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先鋒戦後半(3/16修正)

やっぱり咲の魔改造は赤木がベースになってしまうのか。鷲巣様は大好き何ですが……


「アンコ……!どこじゃアンコぉ……!ワシのアンコ……どこぉ」
「ああ、俺のイーピンはそこにある」

後者の方が勝てる気がしなくて……いや、前者も相当ですね。


それは、大会前日のことだった。最後のならしと言いつつ、いつものようにメンバーで打つ淡達。半荘一回やった結果は、咲が一位の優希が二位、三位が淡。まこが跳びといういつもの光景が広がっていた。いつもの?

「ほっとけ」

しかし、と淡が言う。

「本当にサキは強いねー高校三百年生くらいあるんじゃない」

「淡ちゃんは私をどれだけ留年させたいのかな、カナ?」

ひぐらし~じゃなくて。

「それぐらい強いって言うことだよ!ほら通常の三倍で…」

そこまでいったらもう退学させてあげようよ……

「にしても、本当に強いわよね」

後ろで咲の打ち方を見ていた久も溜め息をつく。

「私も結構強い方だと思うけど、咲には敵わないわ」

咲の強さとは、何か理外の所にあるような気がする。確率は勿論、効率、オカルト……そう言う諸々を除いたところに咲の強さがあるような気がしてならなかった。

 

 

「ねえ、サキ。サキが考える強いって何なの?」

 

 

 

前半戦から後半戦への繋ぎ。その合間の、十分間のうちにあった出来事だ。

「ダメだ……とてもじゃないが敵わない」

会場の隅っこにあるトイレ。オーラス、淡のダブリー一発を見せられた睦月の足は、誰もいないトイレに向かっていた。

(失敗が目立ち過ぎた……)

特に東二の三本場の放銃が痛かった。

(三色に目が眩んで手を太らせてしまった……あいつは私の河を見てそのことに気付いて七対子の聴牌を一旦拒否したんだ……)

これが単なる能力持ちか否かの差ならまだいい。しかし、今回は……

「腕の差だ……」

戦う方法は幾らかはあった。放銃を抑える。それだけで、ここまでの失点は無かった筈だ。事実、自分が前に出るのを止めた途端、場が長持ちするようになり、美穂子と純が動けるようになったのだ。

(どうする……あの面子の中では私が一番弱い……)

なら、逃げるか?徹底して降りに徹した麻雀に変えるか……

「いいさ……それで勝てるならっ……!」

そう。勝てるならそれでも構わない……しかし、それだけでは勝てない。何か策が必要だ。何か、淡を出し抜くための一手が……

顔を上げる。そこには、何かを決めた漢女(オトメ)の顔が写っていた。

「よし……やるか!」

 

 

 

 

 

睦月が戻ったのは、試合開始の三分前だった。

「遅れてすみません」

急いで卓に駆け寄る睦月。その顔からは、さっきまでの絶望一色が抜けていた。

(鶴賀が立ち直った……これならもしかしたら)

(いけるかもしれない)

倒すとまではいかなくても淡を、現代の魔物から逃げ切れるかもしれない……

睦月から順に風牌を捲る。東は淡。南が純。西が睦月。北が美穂子という席になった。

(やる……やってやるんだ……必ず点棒を取り返す!)

 

こうして始まった後半戦。ドラは1sで親は美穂子。その配牌は……

 

 

1344799m3p19s東東北

 

(マンズは濃いけど……)

果たして混一に向かって和了れるのか……

逆に、淡の手は動きやすいものだった。三巡目でこの形。

 

 

2356m458p1234s白白

 

(これなら白を頭にしての門前かな……今は点棒はあんまり要らないしね……)

先に誰かが張るようなら、白を回してもいい。手はタンピン向きの融通が効きやすい手だから、これが正解かと思われた。美穂子が動くまでは……

 

五巡目

美穂子、手牌

 

12344799m3p12s東東

 

一応進んではいるが、手牌の急所が引けない。

(点差を考慮して染め手に走ったのは失敗だったかしら……)

見るからに淡の手は早そうだ。このままでは出遅れる。そう思った矢先のことだった。

「へっ!?」

思わず声が漏れてしまった。一見してマンズの染め手に走っている美穂子に対して、睦月が清一混一の鍵となる9ワンを切り出したのだ。

「ぽ、ポン!」

これを鳴き、手のシャンテン数を進める。打 2ソウ。

直後、淡が引いたのは8ワンだった。

(ツモがよれた……流石にまだ張ってないとは思うけど……)

この8ワンは打ちにくかった。

(幸い近くの牌がまだある……くっつくのを待とう)

しかし、淡はここで上家の美穂子に気を取られて、虎視眈々と自分を狙うもう一匹の狼を見逃してしまった。

「チー」

(しまった……!コイツを鳴かせると面倒なんだ……!)

淡の焦燥をよそに純は淡が打った8ピンを鳴き、発を打つ。それを今度は睦月が鳴く。

「ポン!」

この二人の鳴き、実は和了に向かう為のものでは無かった。純の手はバラバラで睦月の有効牌も半分が使われているような形だ。リスクを犯してまで鳴いたその目的は……

(これが今、流れに乗っている清澄のツモ牌……)

 

 

美穂子 手牌

 

 

1234447m3p1s東東

ポン9ワン

 

 

美穂子に好牌を流すことだった。美穂子が引いたのは4ワン。それは淡が引いて手を進める為の急所となる牌だった。

無論、淡はこの一連の鳴きで何があったのかを直ぐに察した。

(喰い取られた……!)

同巡、淡が引いたのは生牌の東。

(これは打てないな……風越は親で染め手をやってる。とすると、鳴き混にダブ東で満貫)

ここは手を回す淡。しかし、次巡……美穂子は出だしで7ワンを打つ。

(まずった……!7ワンを零した以上聴牌は確実……)

 

淡 手牌

 

 

23568m45p1234s白白東

 

(あの捨て牌に白東は打てない……なら!)

淡 打1ソウ

しかし、

「ロン」

 

美穂子

 

123444m東東東1s

ポン999m

 

 

(え、染め手じゃ―-しまったドラ!?)

「ダブ東ドラドラで12000」

 

古典的な引っかけだが、引っかかった時は本当に痛い。思わず、美穂子をマジマジと見てしまう。

(ふーん……少しはやるじゃん)

 

一本場

 

淡 配牌

 

 

1347m2459p46s南北北

 

(あれ……思ったより配牌がいい)

この段階で既に三色が見えている。

(この流れだと、いつもならもう少し配牌が悪くなるんだけど……)

しかし、そんな淡の戸惑いとは裏腹に手は最高の形で聴牌した。

七巡目

淡 聴牌

 

 

34567m22456p456s

 

 

赤は無いものの、ドラ2ピンを頭にしてのタンピン三色。

(リーチツモなら倍満まであるけど……いや、ここはリーチで行ってみよう)

どうせ危険牌をツモってもこの形じゃ逃げられないし……そう誰に言うでもなく言い訳すると、淡はリーチした。そしてその直後

………。

(しまったぁぁぁああああ!)

心の中で大絶叫した。

(リーチしたらそもそも誰も2-5-8の筋は出さないよね!?あーやってしまった……)

和了れる気がしない……

しかし、そんな淡とは関係無く場は進んでいく。同巡、また睦月が動いた。

「チー!」

純が切った一ワンを無く。打北。

(一発消された上に、またツモがズレた……対面の鶴賀、わざとやってる?)

一方、淡のツモ牌がいった純だが……

 

 

1236m13489p347s中

 

 

この手にツモった牌は2ピンだった。

(こいつ……なんて引きしてやがる!三色のカンチャンを一回で引けるなんて……)

しかし、この後の展開はそんな鬼ツモなど吹き飛んでしまうようなツモの連続だった。

五巡後……

純 手牌

 

 

1236m12389p1239s

 

 

(……あれからたった一回の無駄ヅモで聴牌しやがった)

淡のツモが入ってから真っ直ぐ最高目に手が育ち、手牌が純チャン三色にまで育っていた。しかし……

(問題はこいつ何だよな……)

手牌の6ワンを忌々しげに見る。

(多分清澄はマンズで待っていると思うんだよな……)

下手したら三色が絡みそうな淡の捨て牌。

(仕方ない……6ワンは頭で三色にすっか)

そんな弱気な純だが、流石に次のツモを見て表情が消えた。

ツモ 9ソウ

 

(あの……これ、カメラに撮られてるんだよな……)

この場にいない透華の声がはっきり聞こえる。

「逝かなきゃクビ」と。

(はっ!?これ6ワン切りで回せる場面じゃないぞ!?)

6ワン回したら、多分一生「チキン(笑)」と言われ続けるだろう……

(え、なに!?切るの!?切らないと行けないの!?)

早よ切れや

「あっ!?」

まるで誰かが優しく谷底に突き落としたような感じだったと純は後に語る。目に見えない手が「早よ切れや」と純の腕を叩いたような……

そして目立ちたがり屋の誰かが純の決意を代弁するかのように「リーチ」と叫んだような……

「そんなこと一言も言ってねえええ!」

もう目を瞑って耐えるしか無かった。これで振ったら笑えない……しかし、

「と、通ったか……?」

恐る恐る目を開ける純。淡からの声は……無かった。

(勝った……こいつのリーチに競り勝った……)

望外の出来事に気が抜ける純。絶望が去ったら後は希望を迎え入れるだけ……

「……」

「あ、ロンだ」

淡の捨てた牌を一発で出和了った。

「リーチ一発純チャン三色ドラ一」

 

 

 

 

当然ながらその和了は透華達にも見られており、部屋は興奮で包まれた。

「やりましたわ……純がやりましたわ!」

「やっぱり純はやれば出来る子なんだね!」

「あの子鳴いてない……」

「あ……」

それにしてもと透華が慌てて口を開く。

「鶴賀のあの睦月という人、まるで純みたいな麻雀打ってませんか?」

「言われてみれば……」

確かに睦月の鳴きで状況が一変した箇所が幾つかあった。嘘だと思うなら画面をスクロールして確かめて貰っていい。

「それは粗探ししていいっていうこと?」

ごめんやっぱ無しで。

「……。まあ、良いですわ。一応事実ですし」

「やっぱり鳴くと流れが変わるとかそんな話?」

うーんと頭を悩ませる三人。衣はお寝坊さんだからまだ来てない。ま、まだ朝だし、慌てるような時間じゃないし……(震え声)

しかし、もし衣がこの場にいたらこう言うだろう……

「鶴賀の先鋒は流れが見えている訳では無い」

……。

「あれ!?衣いつの間に!」

「地の文と混ざって一瞬解らなかったよ!」

「この下手っぴ……」

三者三様の反応をする透華達だが、衣は気にせずに笑った。

「どういうことですの?今の鳴きはまさしく純とそっくり……」

「鶴賀のは純ほどはっきり流れが見えている訳ではないと思うぞ」

なぜなら、あの鳴きは寧ろ衣がする鳴きに近いのだから。

「衣も勝負の急所になるとたまに見えるが、奴の感覚は恐らくそのときの衣のそれに近い」

「衣の同類だっていうの……?」

ゾッとするような話だが、直ぐに首を横に振った。

「それは無い。何故ならば衣の方が強いからだ!」

さいですか……

「しかし一時的ではあるが、感覚だけは衣と同じ所にあるように思う」

衣のこの予想は当たっていた。今の睦月は、感覚で打っている。

「チー」

(おっ……絶妙な鳴き!)

(また私の牌が……)

さっきから淡の牌が横に喰い流されている。結果、東三からは小さな和了が続く小競り合いが続いている。

「ツモ、1000.2000」

「ロン、7700」

「それだ!5800」

睦月が鳴いて場を攪乱する以上、淡はリーチがし難い。残念ながら、淡には流れを喰い取ることはまだ出来ない。

(嘘……鶴賀のポニテ、前半戦とは別者じゃん!)

今のところ睦月は和了ていないが、放銃もしていない。後半戦での失点は僅か4200。後半戦は寧ろ淡の方が失点している。自由に動けるようになった純と美穂子が淡に挑んでくる以上、失点覚悟で淡も打って出ている。が、美穂子の的確なサポートと睦月と純の鳴きでいつものように動けない。加えて、今回は純と美穂子も淡からのロンに的を絞り打っている。結果、淡は南3の時点で前半の得点を半分溶かしていた。

(別の言い方をすれば「攻めているから半分で済んでいる」とも言えるんだけどね……流石に厳しい……!)

現在は南三。相変わらず敵の包囲網が激しい。

「ポン!」

淡の切った1ピンを純が鳴く。

(混一……いや、こいつは後付け麻雀が主な筈。だったらピンズよりも役牌での直撃に注意……)

一方の美穂子は、典型的なタンピンの河を作っている。しかし……

(それに引っかかって何回か振り込んだ……多分、風牌か筋の単騎……現物以外信用出来ない……)

短時間で相手の狙いを読み切り牌を絞る淡。その読みは正しい。純は役牌シャボの一シャンテンで、美穂子は丁度淡の手から浮き加減の2ソウで張っていた。

(流石に対応が早い……)

(もう振り込みは期待出来ないかしら……)

しかし、彼女達とて楽ではない。点棒的には依然淡の方が上なのだ。

(この点差を利用して突っ走る……幸い、今回あのポニテも大人しい……今のうちに……張る!)

 

淡 聴牌

 

 

56778m234p123s中北北

 

 

(よし……平和聴牌!これで……)

中切りで聴牌。幸い、中は二枚切れで美穂子と純に現物。正に、九死に一生を得るような牌。

(これで逃げ切り……)

だとしたら、それをなんと呼べばいいのだろうか?

 

 

「ロン」

 

 

 

「……へ?」

それは、今まで一切気にしていなかった所から出た。

もし、勝利の女神がいるのだとしたら、それは気まぐれな乙女なのではなく、じっと待った人の所にしか降りてこないのだろう。解説を殆ど地の文に取られ、座っていることがお仕事になった矢木は後にこう語った。

 

 

 

睦月

 

 

444999m888p111s中

 

 

「四暗刻単騎……48000です」

 

 

 

 

役満直撃。その一撃に鶴賀の部屋は沸き立った。

「睦月……よくやった!」

「ワハハ。苔の一年という奴だな」

「わっ……凄いです、睦月ちゃん!」

親の役満直撃。これで点棒状況は一変した。鶴賀はダントツのラスから一気に三位に浮上。逆に清澄はまさかの最下位転落という逆転劇。漫画でももうちょっマシな展開があるだろう展開に興奮が高まる。もうちょっとマシな展開は出来なかったのだろうか……

この言い知れぬ達成感は高まり、画面を通して睦月にも伝わっているようだった。

(やった……ついにやったぞ……!大逆転……!)

睦月は耐えた。耐えて耐えて、和了を省みず他二人のサポートに徹して耐え抜いて、最後の一振りで淡を切り裂いた。

(これが私の覚悟……!)

流石にこの和了には驚いたのか、純も美穂子も口を開けて、黙って見ている。しかし、それもほんの数秒のことで、直ぐに「頑張ったな」という笑みに変わった。

(よし……これで私は役目を果たした……これで……)

繰り返しになるが、幸運の女神は最後まで耐え抜いた人に微笑むのだ。

(えへへ……やった)

繰り返す。『最後まで』耐え抜いた人に微笑むのだ。

「へ?」

「は?」

「え?」

今、第何局だと思う?

「高校100年生の実力を持つ私を前にして集中を解くなんていい度胸してるよね……まだ南四だよ?」

答えられない三人に変わり、淡が答える。

「私ね……少し前にサキに聞いたことがあるんだ。『強いって何なの?』って。サキは教えてくれたよ、『どんな人達に囲まれてもこんなセリフを言える人かな』」

 

 

 

三人で囲めば圧勝出来る……?馬鹿じゃないの?そういう小賢しい所と無関係の所に……強者は存在する……!

 

 

 

 

「ねえ、私は強かった?」

最後の一凪は、淡のツモで幕を閉じた。最後は大好きな少女の、大好きな役で。

 

 

「嶺山開花自模。混一チャンタ小三元」

 

 

三倍満。

 




長らくお待たせしました。体調も回復したので、週一ベースで頑張ります。


現在、長野編を修正(手直し)していますが、分量が多くて以後の手入れに時間がかかるような有り様です。修正の印が入ったものと、それ以降の話は繋がっていないのですが、手直し出来るまではご容赦下さい。


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斜陽(4/15修正)

まこ「キングクリムゾン!」


先鋒戦が終わった後のこと。

「たららいま~」

ドアの向こうから泥酔者のように千鳥足な声が聞こえてきた。一体何者と振り返る久達だが、

「らんとかトップにゅけ~」

入ってきたのは疲労困憊で今にもぶっ倒れそうな淡だった。おぼつかない足取りで向かってくる。

「ちょ、ちょっと!大丈夫なの!?」

慌てて久が声をかける。

「らいじょーぶらいじょーぶ」

とは言うものの、呂律が回っていない。ふらふらになりながら久に受け止められる。その姿はまるで末期の病院患者のようで、さっきの闘牌が如何に過酷なものだったかを物語って

「ありがと、ムー○ン」

「ん゛?」

「あはは!マコーワカ○が頭の上に乗ってるよ!」

「表へ出ろやこの泥酔者が」

どう考えても意識朦朧にかこつけて喧嘩売ってるようにしか思えないのは気のせいだろうか。

「はあ……咲、パス」

手に余ると淡をペイっと放り出す久。向かった先は咲の腕の中で、

「あ、サキだー」

「なんで咲の顔はしっかり判別出来るんじゃ……」

愛ですよ、愛。

まるで元の鞘に収まったかのように大人しくなる淡。ゆっくり咲をソファーに押し倒すと馬乗りになり

「……って全然落ち着いてないじゃない!」

「こいつほんまに酔っとるのか?」

今にでも薄い本が出来上がりそうな展開に、慌てて淡を引きはがそうとする二人。しかし、

「あれ……ちょっと待って」

咲の怪訝そうな声で制せられた。

「淡ちゃん、もしかして風邪ひいてる?」

ほとんどされるがままになりながら、淡の額にぴったり自分の額を押し付ける。途中、何やらムラムラする声が聞こえたような気がしたがキコエナイ。そして、

「うん、やっぱり少し熱いね」

そう言った。試しに自分の額に手を当ててみるが、淡ほどは熱くない。

「あはっサキの顔が近くにある」

語尾に音符でもつきそうな勢いで咲に抱きつく淡。それを小さな体で必死に受け止めながら、咲は近くに休める場所は無いかと久に聞いた。

「今休んでおけば閉会式には出られるかもしれませんし」

その言葉に、少し考えるように首を傾げる久。

(そんな場所あったかしら?)

頭を捻って捻って、ふと西館の一室が思い浮かんだ。

「あ、それなら確か西館の奥に仮眠室があった筈だけど……いいの?病院に連れて行かなくて」

子供が出来たら親バカになりそうな咲のことだ。淡が風邪をひいたと判断した時点で、てっきり病院に行かせるものだと思っていたが……咲は苦笑しながら首を振った。

「多分七度後半も無いですから大丈夫ですよ」

それにと、咲は少しはにかみながら続ける。

「淡ちゃんには近くで見て欲しいかなって……私が麻雀を打つところを……」

最後は消え入るような声で、少しだけ顔を赤くしながら答えた。

「ふーん……」

「な、なんですか?」

「別に」

何やらニヤニヤしながら咲と淡を見比べる久。

「っ!じ、じゃあ私はこれで!」

急に恥ずかしくなって、咲は逃げるように淡の手を引いて控え室を出た。そんな二人の背を見ながら

「青春ね」

そっと、久は呟いた。自分はもう三年で青春を送るには年を取りすぎた。だから、せめて二人には後悔の無い夏を送って欲しいと思い

「人の心を捏造するのやめてくれない?」

……とは特に想うことなく、そう言えば風越の先鋒の子どっかで見たなと物思いに耽っていた。

「え?風越の先鋒?覚えてないな……」

ドンマイ、美穂子。

ところで、部屋を後にした咲はというと……

 

 

「ここどこ……?」

 

がっつり迷子になっていた。お約束。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、次鋒戦が白熱し咲が涙目で会場内を歩き回っているころ。

「どうしましょう……」

ズーンという擬音語を頭の上に置いたら似合いそうな美穂子がいた。

「ズーン……」

いや口で言わなくていいですよ。

しかし、それでも何か言わずにはやってられない。まさにそんな気分だった。先鋒戦の最終スコアは

 

 

風越 100600

龍門渕 93100

鶴賀 89900

清澄 116400

 

 

となった。一応は原点で帰ってきたのだが、それは当初期待されていた結果ではなかった。

本当は三ペコトップで終わらせたかった。しかし結果は一万以上離されての二位。思わず泣きたくなるような結果で視界がかすれ、部屋に戻れずにいた。

「ごめんなさい……みんな……」

いくら悔いても悔やみきれない。美穂子が咲と出会ったのは、そんな折だった。

「っ!何これ!?」

それは、曲がり角を曲がろうとした途端、突如現れた。

(なに、この感覚!?)

オカルトには耐性の無い美穂子でも感じることが出来た。一メートル先の曲がり角、そこを曲がった先に「何か」がいる。

(足が……指一本動かせないっ……!)

まるで首筋に刀が添えられているかのような感触だった。一歩でも動けば殺される。指一本、呼吸すら憚られる。そんな時間が永遠に続くかと思った。が、それは

 

 

「ここどこ……?」

 

「へ?」

そんな声で霧散してしまった。曲がり角の奥から現れたのは、清澄の制服を着た小柄な……小柄で可愛らしく、栗色の髪がなんとも言えない柔らかさと愛らしさを醸し出す美少女だった。控え目な胸は自己主張することなくそれ自体の美しさを保ちながら、咲のスレンダーな肢体を引き立てて

「ちょっとちょっと!?何この無駄に詳細な身体描写!?」

……引き立てており、手の中にすっぽり収まりそうな愛くるしさを一層引き立てていた。ここで注目すべきはその恐ろしいまでの調和性であり、肢体が胸を、胸が肢体をより魅力的にしており、咲をより高次元の存在へと(略)

更に特筆すべきは咲の白さと柔らかさを兼ね備えた太ももである。このことは幼咲の姿と合わせて考察するが(以下略)

 

 

 

 

 

一時間後、淡・咲・美穂子の三人は仮眠室にいた。

「一時間も咲について語りやがって……咲が真っ赤じゃん」

咲の柔らかい太ももを枕にしながら横たわる淡が口を尖らせる。

「淡ちゃん、寝てないと」「なんで私も混ぜてくれなかったの!?」「そう言う問題じゃないからね!?」

お元気そうでなにより。

「あ……もう駄目だ……サキ、最後のお願いだからキs」

「怒るよ」

「もう寝るからサキの番になったら起こしてね」

あわわと目を閉じる淡。逃げたとか言ってはいけない。

咲の太ももをあわあわしながら眠るあわあわ。それを確認すると、咲は何やら取り残されたような顔をする……具体的には「小柄で可愛らしく」の件から取り残された美穂子に向き直った。

「福路さん……ですよね?ここまで連れてきてくれてありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。そんな咲になぜか「い、いえこちらこそ」と頭を下げる美穂子。

「淡ちゃん風邪みたいで、ゆっくり出来る場所で休ませてあげたかったんですけど……私方向音痴ですからたどり着けなくて」

「風邪?本当に?」

「はい、おでこも熱くて」

「サキ可愛いよ可愛いよサキ」

……。寝言だった。圧倒的寝言だった。暫し無言が続いた。

「……確かに、(あなたに)お熱みたいね」

その言葉に少し照れ笑いを浮かべる咲。「それより福路さんはどうしてあそこに?」

それはと、その先を喉に詰まらせる。初対面の相手に「お宅の先鋒に凹まされて落ち込んでいました」と正直に言うわけにもいかず、

「少し頭が痛くて」と茶を濁した。

「風邪ですか?」

「あ、いえ、そう言う訳じゃなくて……」

「じゃあ」と咲がなんとなしに思う所を告げた。

 

 

 

「淡ちゃんに凹まされて後輩に合わせる顔が無くてああしてたんですか?」

 

 

 

その、一気に核心をつく答えに息を詰まらせる美穂子。

「なんで……?」

「淡ちゃんを真正面からみようとしていませんでしたから。それで、何となく……」

淡の髪を手で梳きながら話す咲。その目は美穂子に向けられていないにも関わらず、まるでその心中を見透かしているようだった。

「そんなに落ち込むことも無いと思いますけど。所見で淡ちゃんを相手に収支をプラスにするなんて、並大抵じゃないんですから」

それは本当の話だ。実際合宿でも、淡は格上の原田を追い詰めたことがあり

「勝ったらサキは貰うね」

という約束が無ければ勝っていたであろう試合も幾つか有った。孫離れできていないとか突っ込んではいかない。

「あれ?そう言えばおじいちゃん達は?」

世の中には知らない方が幸せなこともあります。まさか、第三次東西戦に参加しているなんて言うわけにもいかず、ましてや賭けているものが全国編で咲の麻雀を解説する権利だとは口が裂けても言うわけにもいかず、こうして誰にも知られないようにひっそり黙っているのだ。

「……今全部洗いざらい吐きましたよ?」

あ……

「全くおじいちゃん達は……」

頭が痛いと言わんばかりに溜め息を吐く咲。

「大会で遅くなるなら朝のうちに教えてくれないと困るよ……食事の都合とかあるのに」

そっち!?

……まあ、それはいいとして。

「相手が悪かっただけですから。あまり気にしちゃ駄目ですよ」

淡の髪を弄りつつ、そう諭す咲。実際のところ美穂子はよく耐え抜いたと言える。元ラスボスを相手に原点回帰するなど、そんじょそこらのキャラでは出来ないわけで……

「白糸台……準決勝……大将戦……うっ頭が……」

「どうしたの、淡ちゃん!?」

何やらうなされるように頭を抑える淡。何やら自分から傷口を切開しているが、悪い夢でも見たのだろうか。

「で、でも……!私は先鋒で!チームの為に勝つ必要が……」

「激戦区の先鋒戦を無傷で耐え抜いたエースを邪険にする人がいると思いますか?むしろ、今ここで落ち込んでいる方が後輩の足枷になると思いますけど」

エースの不在というのはそれだけで士気に影響する。今、良くも悪くも美穂子に出来る事は後に続く後輩達のバックアップだった。彼女が頑張れとか言えば、池田あたりは玉と砕けんばかりの勢いで当たって砕けるだろう。ただの玉砕じゃね?とか思ってもいってはいけない。

「……辛いことやどうにもならないことがあったら仲間を頼る。全てを抱え込むことがエースの仕事……っていう訳じゃないですよ」

その言葉は、意外な優しさに満ちていた。だから、それが受け入れられなくて、目の前の少女にらしからぬことを言ってしまった。

「そんな……そんな気休めで納得出来るわけ……」

「直ぐに納得する必要はないですよ」

しかし、咲はそれすらも暖かく受け入れた。

「これが私の……祝福だよ」

書き間違えた。こっちだ。

「少しでいい……誰かを信じる。それが本当の強さじゃないんですか?」

そう。それが咲が大将のポジションにいる理由、序盤に咲が出しゃばらない理由だった。他人を信じられない人間は自分を信じることが出来ない……そこには熟成した考えがあり、決してその場の勢いでオーダーを考えた訳ではない。

「信じる……華菜達を?」

「ええ」

「ハマれば強いけど大ボカしたら二度と再浮上出来ない、勝負の後には遺骨すら残さないから骨も拾ってあげられないパンドラの箱系女子の華菜を信じる?」

「………。…………………。ええ、まあ」

なんだ今の間は?

パンドラの箱……最後になんか希望が残ってればいいね。

「……ごめんなさい。私、こんな所で落ち込んでいる暇なんて無かったわ」

「……急いで戻って上げてください。手遅れにならないうちに」

その言葉に頷き、立ち去る美穂子。その目には、今までにはない強さが秘められていた。しかし、

「あ……名前」

聞きそびれてしまった。あの少女の名前……綺麗で可憐で優しくて、思慮深くて(略)嫁にしたくなるような少女から名前を聞きそびれてしまった。

(……いえ、今はいい。きっとまた会える。また会えたら、そのときに名前を聞いて……)

 

 

 

 

 

 

 

福路さん……元気出してくれたらいいな。そうしたら、大将戦は幾らか面白くなるかもしれない。美穂子が出て行ったドアをじっと見ながら、咲は今までの麻雀を思い出した。

(県予選は退屈だったな……漸く少しは骨がありそうな人達が出てくるかも)

それは間違いない。大将戦に出てくるのは、(パンドラの箱と)天江衣だ。淡を除けばこの大会、唯一咲を止められるかもしれない魔物。咲は魔物を欲し、魔物もまた友を欲している。邂逅の時は近い。二人は今から三時間後に出会い、ギリギリの死闘を演じることになる。

 

 

 

……ただし、その前に、会場の誰も……咲すらも予測しない事態が起こることになるが。控え室に戻った淡と咲を迎えたのは

 

 

 

鶴賀 170400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 25800

 

 

 

 

絶望だった。

 




完全に出落ちなタイトルでした。微妙な終わり方は、力尽きたあとの証拠品です。
私の力ではこれ以上文章を練ってもろくな事にはならないと、大胆なキンクリをしましたが、しても大して変わりませんでしたよ……
次回投稿と同時に以前告知させて頂いた「白糸台の代理メンバー」のアンケートをとる予定です。ラインナップはこんな感じ

① オリキャラ……何とか王者白糸台になります。一応、そこそこ強い感じです。

下馬評 優勝候補
② 高鴨穏乃 多分先鋒戦に出てきて、咲vs照になる予定。

下馬評 決勝進出は堅い

③ は、直前で発表します。ある意味大本命か?

下馬評 優勝間違いなし!

では、また次回。


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大将戦直前の出来事

週末投稿がセオリーですが、このままだと一ヶ月近く更新出来なくなりそうなので更新。



--今からオーダーを発表するわよ。先鋒は淡。淡には、文字通りエースとしての麻雀を期待しているわ--

--次鋒は優希。南場で弱くなってしまう弱点があるけど、淡がきっと流れを作ってくれる筈だから、ここで他校を突き放してもらいます。--

--中堅は私がやるとして、副将はまこに任せるわ。--

ワシか?いいのか、そんな重要なポジションにワシを据えて……

--副将に求められるのは、安定感。清澄であなた以上に安定したプレイヤーはいないわ。いい、なんとしても副将戦を静かに終わらせて。副将が転べば大将の咲に負担がかかる。まこ、あなたの麻雀に期待しているわよ--

 

嬉しかった。ワシのやってきたこと、ワシの麻雀無駄じゃなかったと言われて、嬉しかった。なのに……なのに……!!

「すまん……!咲……久っ!」

こんな不甲斐ない結果で大将にバトンを渡してしまって……

 

 

 

 

 

 

『さて、ここまでを振り返ってですが。矢木プロは今回の決勝戦卓にどのような印象を?』

『全体的に実力が素直に表れた麻雀だな。鶴賀を除く三校のエースが共倒れたのは大きい』

『と言いますと?』

『先鋒戦終了時点での三校点棒は十万前後。稼ぎ負けたところはないが、エースの収入としては少ない。事実、清澄の次鋒は防御力の低さがはっきりでた。先鋒の圧倒的点棒で上手く隠れるようにオーダーが組まれていたが、今回はっきり露呈したと言える』

『なるほど……確かに今まで目立っていなかった中堅の竹井久は終始安定したプレイで目を見張るものがありました』

『そう。つまり、今回の卓は“全体的に見れば”実力がそのまま反映されていたと言っていい』

『そうですね。全体的に見れば高校生らしい麻雀がみれましたね』

 

 

HAHAHA……HAHAHA……

 

 

『では副将戦ですが、一言』

『これは酷い』

 

 

副将戦卓は、今までに類を見ないほど荒れていた。

「ツモ……リーチ一発。メンピン三色。インパチ」

「は、はい……」

「あ、ツモりました。タンヤオ」

 

234234234m222p6s

 

 

「す、四暗刻……!?」

よお、ダディ。

現在の点棒状況は、

鶴賀 173400

龍門渕 132000

風越 48800

清澄 45800

 

(くっ…鶴賀の妹尾という初心者、振るには振るが何故かワシには絶対放銃せん……加えて、振る以上に役満を和了って稼ぐ……!)

この卓、まこの放銃率は断トツで低い。一回佳織に振っただけで、後の失点は全てツモによるものだったりする。まあ、その一回が緑一色だったりするのだが……

さて、その妹尾佳織だが、後半戦南2の時点で和了ったのはたったの三回である。三回なのだが……和了の全てが役満という肉を切らせ骨を叩き割る戦法を地でやる打ち方だった。振り込みも多いが、それを補ってあまりある豪運でワカメを凪払う……ハーベストタイム泣き目である。

しかし、ただ役満を和了るだけの相手ならそこまで怖くはなかった。喰いタンや中のみの安手で流してしまえばいい。最終的には二万点前後の失点に抑えられる。しかし、そうは出来ない事情があった。

「ツモですわ。メンピン純チャン三色ドラドラ。4000.8000」

龍門渕透華ならぬ冷やし透華が原因だった。彼女は二つの麻雀を持つ。一つは、

「目立ってなんぼ!原村和より稼いで見せますわ!」とデジタルに徹し、なんだかんだ目立てない透華。

もう一つは、

(くそ……鳴けん上にツモも最悪じゃ)

(何なんですか、この人……)

高校生最強の一角とまで言われるオカルト麻雀。その能力は、治水。これだけ言われても解らないのでより具体的にいうが、それは「河に置かれた牌を拾うこと」を禁ずる。つまり、冷やし透華がいる卓では鳴けなくなるというもの。おまけにツモにも影が差し、聴牌にたどり着くのも厳しくなる。

更にわかりやすく言うなら、白糸台のフィッシャーマン……あ……(察し)

という訳である。

結果、卓全体がゆったりとした流れの中、佳織と透華の独壇場となっていた。

しかし、だ。透華が冷えるには一つクリアしなければならない条件がある。それは、雀力の高い雀士と相対することである。いったい、地方予選の会場にそんな人物がいるのだろうか?アラフォーと名高い小鍛治健夜と正面から向かい合うことが出来る雀士が、長野に何人いるのだろうか?決して多くは……

 

 

「えっと……五人かな?」

「サキ?なんの話?」

「え?私に麻雀を教えてくれたおじいちゃん達の人数だよ」

「ふーん」

 

なんか、案外いました。寧ろ今まで冷えなかった方が驚きである。

ともかく、卓に座るのはビギナーズラック辿り着く所までたどり着いてしまった妹尾佳織と、絶対零度の雀士龍門渕透華である。いま、まこに出来る手はほとんどなかった。

(八巡目にしてまだ字牌の整理……オーラスじゃというのに何もできんかった……焼き鳥じゃ……)

否、実は違う。事態はもっと最悪の方向に向かっていた。そのことに気付いたのは八巡目、まこが手牌の中で浮いた北をキろうとした瞬間だった。眼鏡を外したまこは、ふと既視感を覚えた。

(うん?この卓、見覚えがある……)

それは眼鏡を外したまこにしか解らない、経験という名のカン……一種の予感。

(河に見える字牌の数が少ない……いや、八巡目じゃというのに四枚切られたヤオチュウハイが一枚も無い……)

まさかと思い、まこは各校の捨て牌を見る。

(鶴賀は恐らくドラの八ピンを頭にしてのタンヤオ……若しくは123の三色。風越は真ん中よりのタンピン。上手くすれば三色ついてタンピン三色……ドラが絡めば跳ねる)

そして、透華の河だが……

(一、二巡目で西と東をきっている。一見するとタンヤオ志向の打牌……北は通るように見えるが……)

理屈抜きに、まこは手牌の北に嫌な匂いを感じていた。この北を捨てると、取り返しのつかない事態になると。

(国士……!となると降り…親の役満には振れん)

そう判断し、変わりに2ワンを捨てた。

この判断、実は正しかった。この時、透華は国士無双を聴牌していた。待ちは生牌の北。まこの勘が冴え渡った放銃回避劇だった。

(ツモは仕方ない……親役満は痛いが、終わらせるわけには--)

しかし次の瞬間、風越の深堀が暴挙に出た。

「リーチ!」

打3ワン。裏筋が明らかに見て取れる捨て牌だった。だが、問題はそう言う次元の話には収まらなかった。まこは、透華の手が国士だと解っているのだ。

(馬鹿な……国士に対してリーチじゃと?万が一にも親役満に触れないこの状況で……!)

しかし、それはある意味仕方の無い事だった。普通、序盤に切られた字牌から国士の気配を掴むのは不可能。まこにしか避けることの出来ない刃だった。

その直後、透華は引いた牌をそのままツモ切った。

(一ワン……マズい、この女、次かその次で確実に当たり牌を引く……!いや、風越が北を引く可能性も……!)

まこの経験からして、それは十分にあり得る事態だった。前局の龍門渕の和了を入れると、振った時点で勝負が決する。

となると、まこが取れる手段はもう一つしか残っていなかった。

差し込み。それもどう転んでも跳ね満以上への、リーチへの差し込み。問題は、それをいつやるかだ。

(せめて一発は避けたい……)

しかし、流れからして次深堀が透華の当たり牌を引いてもおかしくはない。

(ぐ……)

 

 

 

「すまん……!咲……久っ!」

 

 

打 4ワン

 

 

ロン!リーチ一発。タンピン三色ドラ四。16000です。

 

 

副将戦が終わった後の各校の様子は三者三様だった。

 

 

戸惑う者

「あ、ただいまです。あの……あれで良かったんでしょうか?」

初心者故に現在の状況がよく解らない佳織の言葉だが、他のメンバーには謙遜としか聞こえなかった。

「いや……その……オーダー間違えたかも」

「なんでステルスモモより稼いでいるっすかー!!これじゃオーダー組んだ部長の立場が無いじゃないですか!」

因みに、オーダーを組んだのは加治木ゆみです。

「ワハハ……おかしいな」

まあ、しかし、それはさておくにしても鶴賀は決勝戦に挑むに際し、予想外の収入を得た。これで負けたら……負けたら……

「何してるんすか、先輩?」

「いや、胃薬を……」

10分後、胃薬を片手に試合室に向かうゆみの姿があった。

 

 

眠る者

で、件の冷やし透華はどうなったかというと。

「きゅ~」

という可愛い声を出してソファーにぶっ倒れましたとさ。

「透華!?大丈夫!」

驚いて一が駆け寄るが、透華から「もうゴールしてもいいよね?」というかなりヤバい断末魔を聞いて安心した。

「良かった……いつもの透華だ」

いつも?

怪訝そうな顔をしながらも、純は衣はどこにいるか尋ねた。

「衣ならもう試合室だよ」

「なんだ、珍しいな。子供がやる気満々だなんて……」

普段の衣を知っている純からすれば、この段階で既にエンジンがかかっている衣は、本当に珍しかった。普段は夜型、夜行性、ニー

「それ以上はいけない」

「智紀?いきなり声を挙げてどうしの?」

「さ、さあ……」

「一君……ほっといてやろうぜ。出番をキンクリされた上、収支もマイナスという立場の無い状況なんだ……」

「そうだね……ごめんね、智紀が一切活躍できなかった事実に気付いてあげられなくて……」

いじめ、ダメ、絶対。

 

後悔するもの

「ごめんなさい……点棒を減らしてしまって……」

風越の控え室。そこにいたのは深堀と、

「深堀さん……」

何とか涙を堪えようとする美穂子。

「大丈夫だし!清澄よりはマシだから気にすることないし!」

尻尾を踏まれた猫のような声で喋る池田。そして、

「もうダメだ……逃げるんだ……」

一人この世の終わりのような表情を浮かべる久保コーチ。

「だ、大丈夫ですよコーチ。カナちゃんならこの状況でもなんとかなりますから!天江衣なんて……なんて……」

蘇る、みんなのトラウマ。

「……骨は拾って下さい」

「池田ァあああ!?」

「いや、流石のカナちゃんもここから天江を捲るのは厳しいし!!」

「負けたら焼き土下座だ池田ァ!!」

「聞いてないし!?」

そんなときだ。美穂子が池田の肩に手を置いたのは。

「きゃ、キャプテン……?」

綺麗な瞳が自分の姿を写していた。それはいつものオドオドした眼ではなく、何か一皮向けたような、強い意思に染まった瞳だった。

「カナ……お願い。勝って」

その瞳を見て、池田ははたと気付いた。いつもは他人にばかりに気を使うその人が、初めて誰かに託したのを。

「……大丈夫です。必ず私が風越を全国に連れて行ってみせます」

 

ここまでは副将戦である程度の成果を出せた者の状況だった。しかし一人、最善を尽くしたにも関わらず、最悪の結果に終わってしまったものがいた。それは、うたわれるもの……じゃない。失敗したもの。

 

 

全てが終わって、誰も居なくなった試合室。少しだけ熱気が残る部屋にまこは一人残っていた。

(はは……これで良かったんじゃ。もし風越が振ればこの勝負は終わっていた。大将に、咲に繋ぐことも出来んかった……良かったんじゃ、これで……)

清澄はオーラスの振り込みで点棒を30000割らしていた。トップとの差は100000以上。現実的にはもう勝負はついていた。

『矢木プロ……』

『ああ……清澄はよくやった。よくやったが……これはあんまりだ』

観客席の方からも

「最後甘い牌打ちやがって」とか

「戦犯確定だな」と色々言いたい放題だった。

「私ならあんな牌打たないわよ」

「ばーか。あんなのモロ裏筋見えてるじゃん。打つ時点で雑魚だよ」

まこの最後の4ワンの意味を理解出来た人間は少なかった。ほんの一部の人間にしか、その一打を理解できなかった。

 

 

 

しかし、だ。まこの一打は、倍満振り込みを考えても、それを補って余りある意義を持っていた。それは、

「染谷先輩……」

「咲っ……」

宮永咲に繋ぐという、最大の仕事。それをやってのけたのだ。

「咲っ…!すまん、こんな……こんな!」

頭を下げるまこに対して、

「……」

咲は何も言わず、無表情を貫いていた。

「咲……?」

その姿に、まこは違和感を覚えた。いつもは何らかの感情を見せる咲が、今日、今このときに限っては本当に表情をピクリとも動かさなかったからだ。

(まさか……怒っとるのか?)

 

恐る恐る咲を見るまこを尻目に、咲は牌の散らばる卓に近付いていった。

「染谷先輩。私、怒っているんですよ」

「そ、それは……」

思わずどもってしまうまこに構うことなく、咲は言葉を続けた。

「最後の4ワン。その本当の意味を理解せずに戦犯だなんだ……本当に腹がたちますよね」

その言葉に、思わず咲を見つめてしまった。

「先輩は風越が一発では龍門渕の当たり牌を引いてこないかもしれない、ていう“もし”を追わなかった。それだけでも先輩はちゃんとした評価を貰って然るべきなんですよ……!」

最初は何とか感情を押しとどめて喋っていた咲だが、次第に感情が高ぶったのか余計に言葉が冷えていった。

「なのに言うに事欠いて戦犯呼ばわり、ですか……」

その手が自然と山に、風越が一発でツモる筈だった牌を掴んだ。

「なら……教えて上げますよ。先輩が打った4ワンの意味を……もしを追わなかった正しさを」

「咲……まさか……!」

白くて華奢な手が真っ赤になるほどに牌を握りしめる。そして……開かれた手の中には、少しだけ赤く滲んだ北が握られていた。

 

「安心して下さい……勝ちますよ、私。絶対に先輩を戦犯呼ばわりさせませんから。血だらけになりながらも先輩が守ったこの点棒……決して無駄にはしないっ……!」

こうして、県予選最終決戦は遂に開幕した。しかしそれは、始まりに過ぎなかった。伝説の始まり……宮永咲という森林限界の先の華を全国が垣間見た、その瞬間だった。

 




ヤメロイドの成長過程
ビフォー「咲淡さいこー!」
アフター「淡咲さいこー!」
本質的には何も成長していない件。
は、置いといて……なんの前触れもなくアンケート開始です。
前回(と言っても一ヶ月近くも前の話ですが……)予告した通り、白糸台の代わりは誰がいいか?
候補としては
① 静乃が白糸台に参加。多分、照が大将戦に回って夢の姉妹対決が見れますが、アカギ成分が混じった咲と対決する時点で既に死亡フラグが起つ不思議。
② オリキャラの投入。こっちは確定で、照が先鋒に回っての、オリキャラが咲と対決するパターン。咲よりは福本作品よりのキャラ。予定としては、咲にやらせたいことを全部やらせることが出来るキャラ。
③ さて、前回書いた通り、優勝間違いなしの原作キャラ。それの回答編。
いるじゃないですか。淡と同じ一年生で、高一最強のあの人が……


二条泉がっ……!



すいません。深夜のテンションのまま書いていたら泉ちゃんのドヤ顔が浮かんできて、「この咲さんとぶつかっても最強宣言出来るのか?」と思いやってしまったあの日の過ちです。
誤解を避けるために書きますが、soaと言いつつかなりオカルトな完全のどっちについて行けたなら、普通に強いです。よく見ると、人数カツカツな清澄と阿知賀と淡を除くと、全国で唯一(だったかな?)の一年生ですし。周りがおかしいだけです。まあ、“地区”優勝は堅いだろうということで、謎の三人目は二条泉さんでした。パチパチ……


なんかすいませんでした。多分、③を本気でやるとこちらの精神が折れてしまいそうです。③はネタとして軽く流して下さい。

追記
アンケートは活動報告にて集めます。期間は来週の日曜まで。つまり28日までです。何かあれば活動報告で随時報告します。では……


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波乱の予兆(4/16修正)

一応この後のプロットは全部頭の中に入っています。いますが……正直手に負えなくなる可能性が微レ存。
まあ、なんとかなるさ。なんとかな~れ~


ムロマホコンビが会場にやってきたのは宴もたけなわ、副将戦が終わり大将戦が始まって10分ほど経ったころだった。

「はわわわ……何とか間に合いました」

「マホが寝坊するから」

ムロマホコンビというのは、優希の中学時代の後輩であり、リアル中学生である。咲-Saki-が始まってから随分経つのでもうそろそろ中学生を名乗るのは……

まあ、それはさておき、今は試合の状況である。

「えーと、清澄、清澄……」

ムロが試合のパンフレットを見る横で、マホが現在の状況を確認する。重要なのは、今清澄が何位か、ということよりも、点棒は幾らか、ということ。

 

「へ……?」

だから、マホは清澄が最下位であること自体にはあまり驚かなかった。

「……ねえ、清澄高校だよね。片岡先輩がいるの……」

「そうだけど?」

「最初の持ち点は10万だよね……?」

「それがどうかしたの?」

煮え切らないマホの声に苛立ち、ムロは視線をマホに向けた。そこには、

「……」

顔面蒼白で各校の点棒状況を表すディスプレイを指差すマホと、

「なっ……!」

 

 

清澄 0

 

 

無情な数字がくっきり出ていた。

 

 

 

試合開始10分前。一番最初にカメラの前に現れたのは池田だった。アナウンサーの池田の紹介が始まる。

が、その前に

『さて、本当は先鋒戦の最初に自己紹介する筈でしたが、修正の際に作者がタイミングを見失って今の今まで名前が明らかにされてなかった司会の寺井と』

あれ?寺井?山田?どっちだったっけ?

『カツ丼が終始五月蠅いとの苦情を受けて、急遽カツ丼プロの代わりに解説になりました矢木でお送りします』

カツ丼さん干されてるじゃないですか……て言うかそれプロはプロでも裏プロやん。いいの?

『いいの』

さいですか。

『さあ、大将戦。風越からは今年も池田選手が出場です』

『ああ、高火力が売りの選手か……どちらかというと中堅あたりに回した方が……』

それは言っちゃあかん。

『池田選手は良形の両門よりも三色を好む選手です。その火力で巻き返しなるか。はたまた昨年の悪夢が再現されるか。注目の選手です』

何だか随分悪意に満ちたナレーションだった。因みに、アナウンサーの方も用意された原稿を読んだだけである。他意はない、はず。

しかしそんなナレーションも、試合室にいる池田には届かない。というか、そんな事を気にしている余裕はなかった。

「トップとの差は十万以上……流石にカナちゃんも余裕はないし……」

卓に置かれた場決めの風牌を捲る。

 

 

 

 

「起家か……不幸中の幸いだし」

池田は去年対戦したから解るのだが、天江衣はかなりのスロースターターな打ち手だった。下手に西家や北家になるよりは起家の親で点棒を稼いだ方がいい。完全に天江衣を意識した上での判断だった。

そう考えているうちに、試合室は次の人物を向かい入れた。何故か大事そうに胃薬を抱えた選手。加治木ゆみだった。

「よろしく」

「ああ、こちらこそ」

そう言いつつ牌を捲る。表れたのは北。

(北家か……ついているな、オーラスでラスオヤが出来るのは)

これは個人差にもよるが、オーラスとラスオヤが被るのは比較的やりやすい。オーラスというのはこれ以上状況が変化しない、言わば後の状況変化に対して一番対応しやすい面がある。

(二位の龍門渕とは僅か一万の差……満シュウでひっくり返る)

手堅く行きたいところだった。

『鶴賀学園は今年が初参加ですから牌譜が在りませんが……矢木さんはどう思われますか、加治木選手の麻雀を?』

『そうだな……偶に経験の少なさが目立つ打牌があるが悪くない。もう一年早く大会の中で揉まれていればこの大将戦での軍配も挙がりやすいんだがな……』

何かを悔やむように矢木は思う節を述べた。

『恐らく龍門渕が優勢だろう。天江衣……プロとの親善大会でも上位に入賞するほどに強い……そこらのプロじゃ勝てないだろう』

そこらのプロ……どこぞでカツ丼を喰っていた人物が盛大にくしゃみをしたとな。

『残念だが鶴賀も風越も基本は真っ直ぐ打つオーソドックスな打ち手。勝機は薄い』

本当に偏ったナレーションだった。しかし、何も龍門渕を贔屓にしているわけでも、矢木がロリコンな訳でもない。少し引いた位置から見ると、どうしてもそう結論づけるしかないのだ。

はあ……と矢木は溜め息をつく。試合室の様子を移す画面の中には、件の人物が映っていた。

高二とは思えないほどの矮躯。しかし、そんな小さな体からは想像出来ない程のオーラが迸っていた。因みにカナちゃんは何か見える人です。

(凄いプレッシャーだし……でも、負けられない…キャプテンと約束したんだ。絶対に勝って)

へたり込んでしまいそうになる体を、なけなしの勇気を振り絞って起こす。

「久しぶりだな、天江」

「ん?お前は何奴だ?」

「忘れたのか!?去年戦った池田カナだし!」

「いけ……ああ、あれだな。うん、あれだあれ」

絶対思い出してねぇ。しかし、池田からすれば因縁の相手である。

「今年はカナちゃんがお前を倒して全国に行くし!」

「はっ」と鼻で笑う衣。

「今日お前とは戦うつもりは毛頭無い」

「なっ!?」

唖然とする池田。因みに、ゆみは二人をハラハラ見守っていた。こんなキャラだったっけ?

「戦うつもりが無い?」

「衣が今宵潰す打ち手はただ一人……」

そう言って衣は、最後の打ち手を受け入れる為に閉ざされた扉を見つめた。

「清澄か?それこそ有り得ないし。幾ら清澄の大将がカナちゃんと同じくらい強くても……」

もう突っ込まないぞ。しかしだ。池田の言い分にも一理あった。清澄は現時点で三万点を割っての最下位である。現在の点棒状況は

 

 

鶴賀 169400

龍門渕 148000

風越 56800

清澄 25800

 

 

というものだが、常識的に考えて優勝争いからは外れている。しかし、だ。衣はある予感があった。

 

 

もし、清澄の大将が衣と同じなら……きっと向かってくる筈だと。

 

 

『矢木プロ。さっき二校の大将は真っ直ぐ打つタイプの打ち手だと仰いましたが……普通ではない選手なら勝てるかもしれないということでしょうか?』

『あるいは……な』

『清澄高校の大将はどうでしょうか?大星選手と同じ一年生ですし、何かあるかもしれませんが?』

その言葉に、記憶の片隅から昨日の牌譜を引っ張り出す。

『ああ。多分な……しかし、もうそれは関係無い。これほどの大差だ。三位狙いが関の山だろう』

確かに奇妙な打ち方をする打ち手だった。自分の待ちを捨て牌で教える。強者故の余裕だろうか、確かに何か感じるものはあった。しかし、足りない。足りないのだ。

『この状況で優勝を取りに行く……そんな事が出来る奴は、俺の知る限り一人しかいない』

かつて裏プロの自分を破った男。代打ちとしての自分に見切りをつけることになった麻雀……伝説の夜。年老いた自分の中には、確かにあの夜があった。

(あの男なら……或いは何とかしてしまうだろうか……?)

驚いたようにアナウンサーが反応した。

『居るんですか!?』

『さあな……今じゃ行方も知れない……神域の男の話だ。女子高生には関係な--』

その時だ。四人目を迎えるべく、試合室の扉が開いた瞬間だった。

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

矢木に電流走る。

『……訂正だ。この勝負、まだ解らない』

『矢木プロ?』

突如、年甲斐もなく一人の女子高生を見つめる矢木。その口がニヤリとつり上がる。

『……この試合の解説をやれて良かった……生きた伝説が再び動き出す……!』

 

衣がそれを感じたのは、矢木に電流が走った瞬間と時を同じくした。

 

 

トン……

 

 

(ん?なんだ?)

どこか耳の奥、或いは遙か彼方から地を叩くような音が聞こえた。最初、それが何か解らなかった。しかし、次の瞬間奔流となって衣の内側に侵入した。

 

 

 

「--!?」

音すら聞こえない。ただ、何かとんでもない物が迫ってきている。そんな予感だけが走っていた。

(まさか清澄か!?しかし、何だこの圧力は!?)

衣の力は大きい。そこいらのプロと打ち混じっても力だけなら遜色ない。故に、自分よりも大きなものに遭遇したことがなかった。

「ん?どうしたんだし?」

急に顔を青ざめだした衣を見て、無神経に池田が声をかける。

(ぐっ……風越……鶴賀も気付かないとは……!)

疑う余地は無い。その必要も無い。もはや、壁の向こうから無言で扉を叩く怪物がいることは明らかで……それは

(……!もしや、衣と対等に闘えるかもしれない!)

そう思わせるに余りある力を滲み出していた。

 

 

トクン……トクン……

 

 

(早く来い、清澄!早く衣と遊ぼう……!)

そして、それは遂に扉を開け放って入ってきた。

 

 

 

雷鳴が。

 

 

 

硝子を叩きつけたような音が屋内に響き渡った。

「にゃああああああ!?」

「馬鹿な屋内だぞ!?」

全くだよ。突如として停電に陥る長野ホール。いやーやっぱ長野は魔窟ですわ。

「なんで長野予選は毎年荒れるんだ!?」

因みに去年は衣が各種照明をぶっ壊したらしい。そんな訳で幸か不幸か、長野予選の職員達には停電になった場合の対応マニュアルが渡されていた。壊れる前提のマッチポンプ対応とか言ってはいけない。

スーツを着た大人達が走り回る。当然ながら、会場は真っ暗で一寸先も見えな

「大丈夫だし。華菜ちゃん夜目が効くから」

「衣も発光出来るから問題無い」

そう言う問題じゃない。本当に衣の周りだけ明るいから反応に困る。

やがて……

「予備電源に切り替わりました!」

「よし。電力発電部隊はそのままペダルをこぎ続けろ!何とか主電力の回復を……!」

漸く電気が回復した。と同時に衣も発光を止めた。

「何だったんだ、今のは……?」

ゆみが呆然と呟く。知っているか?雷鳴轟く嵐の夜は伝説が起きると……

照明が回復した対局室。そこには、いつの間にか四人目の少女が幽鬼のように立ってい

「か、雷……なんでいっつも私が対局室に入ると落ちてくるの……?」

……四人目の少女が涙目でうずくまっていた。いや、あんたが引き起こしたんでしょうが。あとなぜかずぶ濡れだった。

「海水浴でもしてたのか?」

雨曝しなら濡れるがいいんですよ。しかし、そんな事情など衣が知る由もなく、

「お前が清澄の大将……?」

「は、はい……」

(本当にこれがさっきまで触れれば切れるほどの圧を放っていた打ち手か?)

その余りの変貌ぶりに戸惑っていた。変貌……胸に穴が空いたりする訳じゃないので悪しからず。

(もしかして……衣の見立て違いか?)

衣の感覚は並外れているとはいえ、百発百中という訳ではない。何千回に一回かは失敗もする。これもその一回なのかと諦めて、卓に着く衣。

しかし、君は知るだろう。どうしようもない絶望に曝されたとき、人は自分の判断の誤りを。最初の犠牲者が卓に着いたとき、僕らはまだその中に混じった化け物の真の力を、まだ知らなかっ「このタイミングでデスポエムは勘弁してくれ!」

「ん?どうしたんだし?」

「いや、ここで止めておかないと後々酷いことになりそうなナレーションが……」

 

 

 

 

 

開局直前。場決めの風牌を触る咲。残りは南と西。その二枚のうち、咲は牌の背を少し撫でて……

「西か……」

誰にも聞こえないように、ひっそりと呟いた。

(うん……仕上がりは十分。後は勝つだけだ)

これが開局直前に起きた、誰もが見逃してしまった、見逃すべきでなかった事実だった。唯一モニターで咲を、咲だけを見ていた淡だけが気付いた。

「ありゃー仕上がっちゃってるね、咲」

何の話?と、久が訊ねる。

「んー?ヒサの心臓が終局まで持てばいいねっていう話」

「面白い冗談言うわね。そのくらい大丈夫よ」

ハハハ。ナイスボート。

 

 

 

 

 

こうして色々ヤバそうなフラグを抱えたまま、その日最後を彩る試合が始まった。願わくば、最後まで死人が出ないことを祈るばかりで……

 

 

東 1

ドラ、7ピン

 

池田手牌

 

 

2359m344577p123s北

 

 

(やった絶好の二シャンテン!ドラの7ピンを頭なり面子にしてしまえばタンピン三色ドラドラ……もしくはタンヤオ三色ドラ3。リーチツモで親の倍満だし!)

 

『池田選手の手は凄くいい形ですね。和了れれば優勝争いに絡めるかもしれません』

アナウンサーの解説が入る。

一方の衣は、少し手が遅そうだった。

 

 

 

112399m79p78s南北北

 

 

(手が重い……確かにチャンタや純チャンが見える二シャンテンだが……)

そうなるとオタ風の北対子が邪魔になる。

衣 第一ツモ 6ソウ

 

(手は進んだがチャンタが消える方……とりあえず聴牌を目指すか……気になる曲者が混じっていることだし……)

幸い風越以外は特に早そうな気配も、高そうな感じもしなかった。時間はあると踏んでの判断だった。

(クク……確かに厄介そうだ)

一方の咲は衣の南切りを見て、事前に当たりをつけていた情報が正しいと知った。

(天江ちゃんは何となく相手の手の高さが解る……か)

この力は大きい。相手の手牌の高さが解ると言うことは、ブラフが通じない。仮に咲が役満を張ったら、衣はベタ降りするだろう。

(火力に加えて防御力も高い……か)

困ったことに、東1は咲も流れに乗れていない。数牌が三種とも別々に寄っての4シャンテン。

(仕方ない……取り敢えず今はカン材を集めよう)

しかし、7巡目。

「リーチせずにはいられないな」

池田が張った。

 

池田

 

 

23456m23477p234s

 

 

タンヤオ平和三面張。安目は1mだが4-7mならタンピン三色ドラドラ。リーチが一飜あるので裏ドラ一個で出和了でも倍満が狙える。

(なんという事だ……風越が張るとは……)

衣はベタ降りである。一方の咲は、

「ポン」

衣の9pをポンをした。そして、打7ピン。ドラを強打。

「-!?」

(馬鹿な……タンピン志向の相手にチュンチャン牌のドラ切り……!?)

池田の捨て牌はこう。

 

北9m4p6s1s南北5p

 

ドラそばを最後まで引っ張ったあたり、5ピンの裏筋あると思えなくもない捨て牌だった。

しかし、咲はその後もピンズやソウズは殆ど無視した打ち回しを見せた。

(こいつ……馬鹿なのか?)

思わず池田は毒づいてしまう。しかし、実態はそうではなかった。

(風越……タンピン志向の手であることは確か。加えて……)

ちらりと、衣を見る。

(衣ちゃんはベタ降り。十万近いリードがある龍門渕が振り込みを恐れる手……あの捨て牌で役満や三倍満は無いにしろ跳ね満か倍満であることは確か。となると必然的に手はタンピン三色で決まる。5ピンの切り出しはカンチャンから両門への変化を待ったというよりはドラの7ピンを頭なり面子として確定させた結果……ピンズの待ちは無い)

ここまでは、咲なら一目で看破する。更に咲は長年の経験を生かして池田の手を予測する。

(ソウズも確かにきな臭い……けど、早めの6ソウ切り出し。不要になったから切り出したのだろうけど、後の手出しの1ソウ切り出しと合わせ考えるとおかしい……タンヤオ三色の志向で6と1の切りは無視できない。恐らく最初から三色234が強かったのだろうけど、あっさり6ソウを見切った辺りまず123が面子として確定していたと見るべき……そこへ1ソウを切ったとなると234への変更。同時に6ソウを切ったことにより、マンズの方が横に伸びている筈。234絡みで横に長い待ち……即ち1-4-7m待ち)

ほぼ一発で池田のあたり牌を突き止めていた。池田のリーチは足止めにすらならなかった。

『矢木プロ……これは……』

『ああ……ここまで完璧な打ち回しを見るのは二度目だ』

そして13巡目、岐路が訪れた。

 

咲 手牌

4477m東東東白白白

 

明刻 9p

 

ツモリ三暗刻が見えていた。

『三暗刻対々東白……ツモで跳ね満が見えますね』

『ああ……』

解説室の方は異常な熱気に包まれていた。原因は間違い無く咲である。

そんな時だ。咲が4枚目の9pを引いたのは。

「カン」

(カンか……こいつからは出和了ることは出来ないから、寧ろ有り難いし)

そして引いてきたのは、東。これも四枚目。

「カン」

(また……?)

連カン自体はたまに見かける。これ自体はそこまでおかしいことではない。しかし、

「もう一個……カン」

「に、にゃぁぁあああ!?」

「う、嘘だろ……!」

今回は少し事が事だった。

 

 

咲 手牌

 

44777m

 

暗カン 東東東東白白白白 明カン9999p

 

『こ、これは……嶺上開花三暗刻三カン子対々東白。倍満だ!』

アナウンサーの興奮気味な声が聞こえる。和了れば点棒を一気に盛り返すことが出来る。しかし……

「……」

『あ、あれ……?』

『これは……』

咲は牌を倒さなかった。変わりに、手が4ワンに伸びる。

『だ、駄目だ切るなああああ!』

マイクを破らんばかりの声でアナウンサーが絶叫する。しかし

 

 

咲 打4ワン

 

 

今まできっちり押さえてきていた池田の和了牌を打ち出した。思わず、池田牌を倒してしまう。

「ろ、ロン!」

しかし

「頭跳ねだ……」

どこか呆然としたようなゆみの声で遮られた。

 

23m55667799s中中中

イーペーコー中のみ。別に驚くような手ではない。しかし、池田は勿論衣もこの事態には唖然とするしかなかった。なぜなら、咲がカンをしたことによりめくられた新ドラは……

 

 

 

発発発

 

 

 

と三つ並んでいたのだ。つまり、ゆみの手はイーペーコー中ドラ9の三倍満となっていた。

「えっと……つまりどう言うことだし……?」

何も言えない三人を代表して池田が指を折る。そんな池田を見かねてか、優しく咲が語りかけた。

「今の振り込みで私の残り点棒は残り1800になったということです」

 

 

鶴賀 194400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 1800

 

 

後に誰かは語る。これほど荒れに荒れた予選を見たのは初めてだと……

 




えっと……アンケートに関しての補足みたいなもの。
以前個人メールで、阿知賀は穏乃あってなので和を白糸台に入れるべきなのではという意見がありまして。それについて、一応の釈明はしたのですが、メール履歴が残っておらず、送ったかどうか不安になったので、この場を借りて釈明。まぁ、確かに最もな考えだと思いますので、重複の質問を避ける意味合いも兼ねて。

和を白糸台に入れて展開が無理やりになる可能性があるというのが一番の理由です。仮に和を入れたとして、誰が先鋒大将をやるの、となった場合、正直照以外にあの二人にガチで挑める人がいないので。もし無理に淡ないし咲に拮抗出来るように書くと、展開がおかしくなる(既におかしいという突っ込みは無しで)ので、僕には無理ということで一つ。
その点、シズならワンチャンありますから。



因みに、久保コーチについては次回あたりで。


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唐突だけど淡咲いいよね

深夜のテンションで全ツッパしたら出来てしまった最新話。本題とは一切関係無いタイトルがその証拠~♪


池田が去った後の控え室。風越に与えられたら部屋には、池田以外のメンバーと崩れ落ちた久保コーチがいた。

「コーチ……一体どうしたんですか?」

「どう……とは?」

その、いつも眉間に皺が寄った顔には、それしか笑い方を知らないピエロのような泣き笑いの仮面が張り付いていた。

「今のコーチ……らしくないです。いつもは絶対に勝ってこいとか、負けたら許さないとか……でも今日は」

いや、久保コーチがおかしくなったのは今日からじゃない。数日前から何かがおかしかった。まるで未来を知っているかのような怯え方。絶望と諦観が入り交じったような……

「宮永咲」

そう耳元で囁いた美穂子の声に、久保コーチの体が、まるで傷口に辛子を塗られたように跳ね上がった。

「お、お前……なんでそれを……」

「さっき少し咲さんとお話をしました」

美穂子の返事を聞いて、久保コーチはどこか諦めたようなため息を吐いた。

「そうか……会ったのか、宮永咲と」

「はい……でも、どうしてそんなにあの子を怖がるのですか?」

確かに危険な薫りを嗅いだような気がした。綺麗な華なのに、触れば凍り付きそうな冷たさと、全てをドロドロに溶かし尽くしてしまうような熱さを秘めた少女。そんな印象はあった。しかし、肝心の……肝心の麻雀はそんな感じが一切しなかった。冷めに醒めて……まるで埃被ったような打牌だった。そんな麻雀を、少女を、なぜ久保が恐れるのか美穂子……いや、他の者には解らなかった。

「……。はあ……」

最初は沈黙を守っていた久保だが、少女達の訴えるような目に負けたのか、遂に語り出した。4年前の、その日のことを……

 

 

「赤木しげるって……知っているか?」

 

 

 

さて、白々しくも状況を整理しよう。

淡が大量リード出来なかった。

ステルスモモのお陰で優希がリーチ後の見逃しを何度もしてしまった。

まこが冷やし透華にこてんぱんにされた。

咲が三倍満に振り込んだ。←今ここ

 

残り点棒僅か1800の清澄高校、果たしてその運命やいかに!?

 

……というナレーションがこれほど似合わない女の子もなかなかいないだろう。

衣の目の前にいるのは不適な笑みを浮かべる咲。その目は言葉以上に語っていた。計画通り、と。

しかし、そんな細かなことまで観客席からは見ることが出来ない。一連の出来事は混乱を引き起こした。

 

 

 

「え……なに今の……?」「振り込んだ……?三倍満に……」「いや、振り込んだって言うよりはさ……」

 

 

 

訳が解らない。差し込んだにしても、あの状況で和了ない理由が見つけられない。なぜ差し込み?なぜ?解説席の方も、声がひっくり返っていた。

『ど、どういうことでしょうか!?清澄高校宮永、倍満の和了を拒否して三倍満に放銃!』

 

『すごいな……』

よくよく考えてみれば簡単な話だが、今その場で咲の意図を理解した人物は矢木のみだった。

『点棒を見てみろ。これで風越と龍門渕のツモ和了は殆ど封じられた』

矢木の声にアナウンサーは慌てて各校の点棒状況を確認して、あんぐり開いてしまった口から溜め息に混じった言葉が零れ落ちた。

『これは……』

『まぁ、今はまだいい。問題はこれからだ。宮永が作り上げたこの状況、一体どんな結末になるか……』

そう。これはカウントダウンだ。咲が勝利に向かうための、一局一局が流れ落ちる血のようなカウントダウンだ。その間に、何とかしなければ……

「き、清澄の……」

高まる鼓動を必死に抑えつけたような表情で、衣が話しかける。

「ん?何かな、天江さん」

「今のは……」

「うん……まあ、わざとだよ」

「なぜそんなことを!?今のでお前の点棒はっ……!」

衣の愕然とした表情に反し、しかし咲は終始笑顔だった。結果はそのうち解るから。そう言うと咲は、和了なかった手をかき混ぜて洗牌機に入れてしまった。

倍満の手を……

(馬鹿な!衣の感覚では今の手は間違い無く16000相当の手の筈……!それに一切未練を感じさせないなど……)

理解出来なかった。もとより点棒が少ない状況で何をとち狂ったことを……しかし、そんなことに一々気を止めていられるほど、咲の闘牌は甘くなかった。

 

 

東 2

衣 手牌

 

234689m679p333s中中

 

(早そうな手……風越の手は些か遅そう。中を衣が鳴ければ親で連荘出来る)

 

 

しかし、衣が孤立した9ピンを切った同巡、つまり一巡目からゆみが仕掛けた。

「チー」

咲が切った4ワンを23ワンで受けて打9ワン。典型的喰いタンの流れだった。

 

(くっ……対面の鶴賀は衣と48000の差がある。喰いタンでも清澄から和了れれば一気に勝負を)

咲の点棒は僅か1800しかない、誰かの満貫ツモで死ぬ状況である。今一番勝利に近いのは必然的に鶴賀ということになる。しかし、それを嬉しいなどとは思えなかった。

(清澄……何を考えているかは解らないがあまり私を舐めるなよ)

伊達に部長などやっていない。三巡目でゆみは聴牌した。

 

34567m77p678s

 

チー234m

 

待ちは2-5-8m

 

(さあ、出せ清澄。討ち取ってやる……)

しかし、咲は一切勝負を仕掛けて来なかった。東1で見せた打牌からすれば打ち込んでもおかしくないような気がしたが、ディフェンスに徹した咲の守備は非常に固く、咲から直撃を取るのは不可能に近かった。

(手出しの字牌……こちらの手はタンヤオと見抜かれているか……)

鳴いたのは失敗だったか。そんな後悔が頭をよぎる。

(何とか和了たいが……)

しかしなかなか出てこない。山は残り僅か。刻一刻と海底が近付く中、ゆみは遂に和了牌を引いた。

(清澄から和了が取れれば良かったが……仕方ない)

「ツモ!300.500!」

ビクンと衣の肩が震えた。この和了で咲の点棒は更に減り、残すところ僅か1500。

(直撃を清澄から和了れれば良かったが構わない。清澄の点棒を削れたなら……私が有利なことには変わり……な、なんだ!?)

ゆみが点棒を回収し終えたその直後、彼女は不意に寒気に襲われた。見ると、対面の衣が凄い勢いで自分を睨みつけていた。

(鶴賀……清澄警戒で泳がしていたが、ここまで……!これ以上好き勝手はさせん!)

(ちっ……怪物に目をつけられたか)

そう言いつつもゆみにはまだ余裕があった。二位の衣との差は48000以上。おまけに他家は箱割れ寸前。

(三倍満とタンヤオの軽い和了……大丈夫、流れは私に有るんだ……勝てる!)

 

 

「うん。清澄に良いように操られているね」

所変わって龍門渕控え室。一の素直な感想がポロッと漏れた。

「ああ……鶴賀のあの手ならメンタンピンでドラを一丁抱えての和了がいいな」

あの時点ならまだゆみへの警戒も若干は薄かった筈だ。手を晒して和了気を晒す必要も無かった。本来なら東3は無かったかもしれない。しかし……

「何なんですの、この宮永咲という子……わざと有効牌を喰わせるなんて」

咲の第一打は4ワンだが、その4ワンは面子として確定したのだ。順当に考えるなら、あそこはオタ風の西なり北なりを先に処理すべきだった。まるで和了たくないような打牌。自称デジタル雀士の透華には理解出来ない打ち方……その時だ。

「失礼ながらお嬢様……」

後ろから音もなく執事服の男が現れた。この男こそ龍門渕が誇る最強執事、ハギヨシだった。イケメン高身長紳士……なんもかんも政治が悪い。

「僭越ながら、一つ、もしもの話を……」

「もし?」

ハギヨシの言葉をそのまま返しながらも、透華は少し奇妙な感覚を覚えていた。ハギヨシというこの男は、絵に描いたような執事である。主である透華に差し出がましい進言をするような人物ではない。

(まあ、それはそれですわ。今は少しでも情報が欲しい…)

「続けなさい」という透華の声に押されて、ハギヨシは自分の予想を語った。

「はい……もし、清澄の大将宮永様が和了ることを目的にされていなければ、どうでしょうか?」

その言葉にすかさず純が絡んだ。

「どういうことだ?やっぱり流れを変えるとかの……」

「いえ……もし、宮永様の目的が和了る事ではなく……"鶴賀の手を限定させること"だとしたら……」

 

「「--っ!?」」

 

 

「和了り気を晒させることで相手の手牌に大まかな当たりをつける。今回は喰いタン一直線でしたからヤオチュウハイ全てが安牌になりましたが……加えて手を限定させることで自分が鶴賀のツモで箱割れする未来を回避する……」

最後に何かを言いかけて、ハギヨシはその言葉を晒すことなく腹の中にしまい込んだ。

「いえ……それだけです」

「それが本当だとしたら凄いね……清澄の部長」

「ああ……こんな一歩間違えれば自分も巻き込まれかねない人間を大将にするなんて……よっぽどギャンブラー気質なんだな」

いえ、単にここまでヤバいとは思っていなかっただけです。

そんな彼女達の声を聞きながら、ハギヨシは自分が想像した最後の言葉を確かめた。

「もし、宮永様の最終的な目的は"衣様を利用して他家の足止め"をする事なら……」

 

 

いや、まさか。幾ら何でも自分の命運を簡単に手放してしまえるような人間がいる筈がない。きっと思い過ごしだ……

(ふう……確かに天江ちゃんに事前の情報無しで闘ったら危なかったよ)

ハギヨシの予想は、最悪な事に当たっていた。現在東3だが、ゆみの手は一シャンテンで凍り付いていた。

(馬鹿な……幾ら何でもこれは有り得ない……!!)

聴牌すれば平和イーペーコードラ1。ツモで文句無く決着だ。だと言うのに、肝心な一牌が入らなかった。

(言ったであろう鶴賀の……もう二度とお前に和了は無い……)

これが衣のもう一つの能力、一シャンテン地獄。一シャンテンまでは比較的早く辿り着く事が出来るが、そこから先が、まるで沼の中を泳ぐように進まない。この能力は時間と共に強度が増し、満月の夜になるともう破る事が不可能となる。

現在は15巡目だと言うのに池田とゆみの手は五巡目から進んでいなかった。

しかし、そんな嵐の中、咲の手だけは悠々と進む。タンピンイーペーコードラドラ。ツモで親跳ねが見えるこの手を僅か六巡で聴牌していた。

(なるほどなるほど……天江ちゃんのこの能力は手が一シャンテンから進まなくなる、と言うよりは場を支配するものか……)

他二人が苦しむ中、咲が聴牌しているのがその証拠。咲は着実に衣の力を見抜いていた。

一方の衣は……

(とりあえず清澄が和了らなければ話にならない……)

衣の好きな役は海底撈月である。無論、海底を意のままに出せるという訳ではなく自分の能力と相性が良いから使っているのだが、つまるところ衣の麻雀は基本的にはツモり麻雀である。しかし現在、衣とゆみの点差は48000であり、ツモでは親役満以外ひっくり返せない状況に陥っていた。

こうなるとツモり麻雀は不利である。今は自分の和了より咲の支援を優先するしかなかった。

(清澄……衣が二人を押さえている間に和了してくれ……!)

そんな衣に天が味方したのか、海底間近で咲が和了牌を引いた。

(掴んだな、清澄……)

これで点棒を二万近くまで回復させられる。直ぐ死ぬという状況からは脱出出来る筈だった。しかし、

「……え?」

ツモ切り。咲は顔色一つ変えずその牌を河に放った。直後、

「ポン!」

ゆみの手が咲の牌を拾った。形聴だが、とりあえずノーテン罰符はなくなる。

流局……

「テンパイ」

「ノーテン」

「テンパイ」

 

案の定池田は聴牌出来ず終いだった。

(くっ……清澄、なぜ和了ない……まるではお前は……)

まるで意図的に点棒をまき散らしているような闘牌。そうとしか思え--

その瞬間、衣に今日何度目と知れない悪寒が走った。それは、血の池から衣を引き吊りこむような腕の感触……

「まさか……清澄!」

怒鳴るような声に池田とゆみは思わずそちらを向いてしまう。

衣の予想は当たっていた。そこには……満面の笑みを浮かべる咲がいた。

「すいません。ノーテンです」

伏せられる手牌。それは同時に、清澄が全ての点棒を吐き出したことを意味していた。

 

 

清澄 0

 

 

ムロとマホがやってきたのは丁度この時だった。

「な、ななななな……何なんですか清澄の大将!?」

「正気の沙汰じゃない……!!」

いつしか観客席はおろか解説部屋、中継を見る雑誌関係の記者たちも呼吸を止めていた。息すら出来ない。吐く息、その音でさえもこの状況を壊してしまいそうな気がしてならなかった。

東4になってもこの異常な空気は続いた。

(ふざけるな……こんな麻雀成立させてたまるかだし!)

(もう喰いタンでも何でもいい……!和了ば勝ちなんだ……!!)

(嫌だ嫌だ!こんな負け方衣は絶対に認めない)

ある者は怒りを抑え、ある者はただゴールを見るため以外の視界を消し、ある者は勝負の行く末を先延ばしにしようと躍起になる。

 

 

ゆみ 手牌

 

 

123799m1679p337s北

 

(くそっ……こういう時に限って……)

打 北

 

和了は何でもいい。ツモ和了ることだけが勝利条件のこの状況下で、ゆみの手は致命的に遅かった。それに対し、衣の手は伸びやかな三シャンテンから始まる。六巡目で衣は聴牌する。

 

23488m34p567s西西西

 

待ちは2-5ピン。丁度ゆみの手から零れそうな2ピンを狙っての待ち。だが、ゆみがそれに手をかける直前……

「通るかな?」

咲、手出しで赤5ピンを強打。これにより衣は一番欲しいトップからの出和了を見逃す羽目になった。

しかし、苦しいのはゆみも同じである。一シャンテンから動かないばかりか上家の咲が手出しで超危険牌を出したのである。よくよく見ると、咲の河はピンズの色だけが忘れ去られたようにぽっかり空いていた。

(ダメだ……ピンズは絶対に打てない。赤5ピンを切り出したあたり門清聴牌。降りよう……)

咲はこの一打で衣とゆみの和了目を完全に絶った。

流局。

「ノーテン」

「ノーテン」

「ノーテン」

「ノーテン」

ゆみと池田は聴牌出来ずにノーテン。衣は咲がノーテン申告したせいで仕方無くノーテン申告。

そして、南場に移った。

南1の親は池田だが、最早親とか子とかそんなのは関係なくなっていた。

(聴牌出来ないし……)

(くっ……なんだこの麻雀は?二位との差は48000もあるのに体の震えが止まらない……!)

今はただただ宮永咲という怪物を前に縮まっているしかなかった。

(何なのだ!?先のノーテン罰符といい倍満跳ね満見逃しといい……死にたいのか?無意味な死が怖くないのか?)

牌を握る手が震える。常識が通用しない相手。

(そうだ七対子だ!七対子ならば待ちも偶然……清澄も七対子の待ちまでは読めまい!)

しかし、衣が四つ目の対子を作った時点で咲もこの動きを察知。

「ポン」

対面の池田が零した9ワンを鳴き、衣のツモ番を飛ばしツモ順も変えた。普段は鳴いて自分に有効牌を入れれば良いだけだが、七対子は役の性質上鳴くことが出来ない。衣が漸く聴牌出来たのは流局間際のことだった。そして、

「……ノーテン」

やっとの思いで作った七対子も水泡に帰した。

しかし、そのぐらいしか衣に打てる手が無かった。普通に手を作っていけば待ちは基本的に両面になる。両面の聴牌をしたとして、そこから単騎の待ちにすると更に最低三巡を要する。そんな隙を、咲の前では曝したくなかった。

(そんな……衣は……衣は!)

気づいた頃には全てが遅かった。その後も、ゆみや池田は聴牌出来ず、衣も倍満や跳ね満を何度も見逃して……

 

『大将戦前半終了……10分の休憩を挟んだ後に後半戦を開始します』

 

初めて一度も和了ることが出来ず半荘を終えた。

 

 

 

「か、カナ……!!」

「言っただろう……宮永咲は別なんだよ」

風越一行も控え室のテレビで試合を見ていた。その内容は、一言で言えば狂気の闘牌だった。持ち点ゼロの人間が十万を超える点棒を持つ人間を圧倒する。気がつくと、久保は昔話をしていた。

「私は若い頃、各地の雀荘を歩いていたんだ。当時の私は自惚れていたんだ……誰にも負けない自信と、そこそこの腕があったから……」

そのとき、私は偶々出会ったんだ。悪鬼が集う裏社会においてなお、神域と呼ばれる男に。私は向こう見ずにも、直ぐに勝負を申し込んだ。当然勝つつもりだった。しかし……

 

 

--「悪いな。俺は今、長く戦う体になってねえんだ」

--「変わりと言っちゃ何だが、今“俺達”が麻雀を教えている子供がいるんだ。咲って言うんだがな……」

--「俺の代打ちとして咲を出す。もしお前ぇさんが勝ったら『赤木しげる』に勝ったと公言して貰って結構……」

 

 

そして、私は当時小学生だった宮永咲と対戦して……手も足もでなかった。

「コーチがですか!?」

その腕は嫌というほど知っている。すぐさまプロ集団の中に突っ込んでも藤田とタメを張れるくらいには強い。その久保が当時小学生の咲に負けた……その場で聞いていた誰もがその言葉を飲み込めないでいた。

でも、それはいつしか喉を通り脳に直接叩き込まれた。納得するしかなかった。さっき咲が演じた闘牌は明らかに別次元の強さだった。

「インターミドルの大会で姿を見なかったから……てっきり大会にはでないのかと思っていたがな……」

まさか、もう一匹化け物を連れてくるとは思わなかった。そう自嘲気味に呟いた。

「当時から宮永の麻雀は既に洗練されていた。能力に頼らず駆け引きと自分だけを武器に私を圧倒する才……もうあれは怪物なんてカテゴリーには収まらん。間違い無く……」

 

 

神域……

 

 

その言葉を聞き終わるや否や、美穂子は駆けだしていた。最悪の敵を前にしてしまったカナの下へ……

「待ってて、カナ……お願い!」

 




さて、「波乱の予兆」では大変なミスをしてしまいました。一ワンが五枚あったり三倍満が数えになったり……
しかし、そんなことが霞むくらいの落丁が有りました。


「どうして咲が扉を開けた瞬間に雷を落とさないんだ!?」


やってしまいました。致命的なミスです。という訳で修正の傍ら追加しました。気が向いたら一読してくれたら、それはとても嬉しいな……って。
しかし、衣戦。他の作者様と比べて二話という呆気ない終わり方をしそうで辛いです。何とかもう一話くらい水増しできたらな……(衣が地獄の鬼達と戦いながら咲を目指す展開……)
うん!やっぱり普通に終わらせよう!


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鷲巣麻雀いつ終わるのだろうか(大将戦中盤戦)

前回、「二話くらいでおわってしまう~」とか書いたな。アレは嘘だ。なんか四話くらいになりそうですごめんなさい。


さて、今年最後の更新です。指摘があった17話のミスは明日の午前三時くらいに修正する予定です。皆さん、良いお年を。


東京西地区。そこではついさっきまで麻雀予選の大会が開かれていた。いた、というのは、その大会は大将戦を待たずに終了してしまったのだ。優勝校は全国二連覇を賭け息巻く白糸台高校。チームのエース宮永照を筆頭に今年も強力なチームが出来上がっていた。

流石は白糸台高校。三連覇も間近。会場のあちこちからそんな風に嘯く声が聞こえた。しかし、やはり王者。そんな声に浮かれることもなく、兜の緒を締めていた。

「ずみれぇ……!グルジイ!ギブギブ!」

「煩いポンコツ!あれほど試合中にお菓子を喰うなと言ったのに……!」

訂正。兜の緒どころか首の根を締め上げられていた。流石白糸台。やることが一々常識から外れている。

「私がどう考えてもオー・ザックにしか見えない袋を運営に『持病の薬』と説き伏せるのにどれだけの金とコネを使ったと思ってる!?」

白糸台麻雀部後援会にかなりの圧力をかけさせたそうな。因みにこの不祥事、もみ消す為の買収金に麻雀部予算の三分の一が使われた。白糸台麻雀部の予算の三分の一は、現在の価格にして2000000ペリカ以上。カイジ泣き目である。

「全く……次からはちゃんとお菓子の類は置いていけ」

そう言うと、白糸台麻雀部部長の弘世菫は漸く照を解放した。

「ごめん……次からはじゃがりこにする」

「お前はっ……!」

何にも解っちゃいなかった。

「はぁ……まあそれはいい。照、一つ聞きたいことがあるのだが」

解放されたとたんリスのようにお菓子を食べ出した照を尻目に、今テレビで話題になっている人物について聞くことにした。

「照……お前に妹はいるのか?」

その言葉に、照は一瞬喉にお菓子を詰まらせた後、ゆっくり答えた。

「わふぁふぃてぃにいむぅとぅは」

「会話の時くらい食うのを止めたらどうだ」

もうコイツポンコツ確定やん……

「むぐっ……私に妹はいない」

せっかく凛々しい顔で言ったのに全て台無しである。

しかし、そんな顔でも感情を覆い尽くすには充分だった。一切感情を見せない鉄仮面を一瞥した後、菫は

「それは……少し困ったな」

戸惑ったような表情を見せた。

「菫?」

「ああ。済まない。長野県の予選で照に似た一年が大将戦でやっているのだが……」

「長野なら龍門渕が出てくるんじゃないの……?正直、大将戦で天江衣と当たったら私も勝てるか解らない」

去年のMVP選手。所謂、牌に愛された選手として、天江の名は宮永照や神代小蒔と共に知れ渡っていた。

「言うのは何だけど……長野にあの子を止められる選手がいるとは思えない」

それが大方の見方であり、多くのプロの共通見解だった。しかし……

「まあ、そうなんだが……取り敢えずテレビで確認してくれ。ネットではアクセス数が多すぎて回線が繋がらない」

そう言うと、菫はリモコンに手を伸ばした。そして映ったのは、

「咲……」

もう何年も会ったことのない妹と、

「…………へ?」

清澄 0

の文字だった。

 

 

大将戦後半開始!そのアナウンスを「もう一回遊べるどん!どん!」と聞いてしまうあたり、もうダメかもしれない。いや、問題はそういう事ではなくて……

「待て!?なんで前回のあの終わり方でいきなり後半戦が始まるんだ!?」

まずは休憩を!というか休ませろ!という突っ込みがあったが、大体原作通りなので華麗にスルー。何故か池田がカタカタしているが、なに、気にすることはない。今彼女達に重要なのは、目の前の敵である。綺麗な顔に小さな笑みを浮かべる天江衣以上の化け物。宮永咲。事ここに至り、流石にこの会場にいる全員が、誰が一番危険か気付いた。しかし、今彼女達に出来ることは、信じる事だけである。自分の命運を、想いを、仲間に委ねて、一緒に溺死する。その覚悟が求められていた。

『カナ……お願い、勝って……』

『先輩、頑張るっすよ……あんなペチャパイに負けちゃダメっす……』

『衣……ええ、しっかり楽しんでいらっしゃいませ』

『うん……初めて衣が全力を出せる相手なんだ』

『大変だじぇ!部長が息してないじぇ!』

『糞!医者は!医者はまだ来んのか!?』

それぞれの思いを乗せて、今後半戦が始まる……なんか一校だけ救命病棟24時よろしく壮絶なバトルが展開されていたが大丈夫なのだろうか?

「久っ……!頼む目を開けてくれっ…久っ……!」

「いやだじぇ……!こんな形で部長とお別れするなんていやだじぇ!」

「あはっ!サキかっこいいー!」

もう解っていることだが、久が死にかけている間、淡はうっとりしながら頬を赤らめつつ興奮して咲を見ていた。薄情者と思うかも知れないが、淡は「麻雀で人が死ぬわけないじゃん」と言ったきり咲の姿を追っていた。正論なのに怜を見ていると笑えないのはなぜだろう。因みにこの後、他校が自分達の大将を応援するなか、清澄の控え室ではクラナドアフターストーリー第16話的な展開がなされた後、

「まこ……サインペン…あるかしら?」

と、自分の生きる意味に気付いた久がドナーカードに丸をつけるのだが、それはまた別の話。

……というか、咲-Sakey-を今やる必要性が全く無いわけで。

「あ、サキは西家か……行けーサキ!蹂躙だ!」

今はどう足掻いても絶望の大将戦である。

 

 

『さあ大将戦後半です。矢木プロはここまでをどう見ますか?』

なんとも曖昧な質問に、矢木は

『まぁ、流れは間違い無く清澄だな』

と答えた。

『しかし、清澄が大変なのはここからだ。幾ら清澄の大将と言えど半荘一回でこれだけの点差をひっくり返すのは難しい筈だ』

矢木の言うとおり、咲は苦しい。咲が勝つためには鶴賀の二十万近い点棒を削り取り、眠れる天江との決着をつけなければならない。

現在の点棒状況は以下の通りである。

 

鶴賀 197000

龍門渕 149000

風越 54000

清澄 0

 

しかし……

『流局ー!大将戦前半合わせて九回目の流局です!嘗てここまで静かな試合は見たことがありません!』

大将戦後半。風越はともかく、ゆみの方針は変わっていた。

(二位との差は丁度48000……)

この状態が続くなら、いっそ終盤までは咲に合わせた方がいいと判断して、防御に徹した麻雀に切り替えていた。幸い咲は今のところ和了っていない。

(後半戦になってから天江の威圧感も増してきている……今は耐えるしかない)

ところが、圧倒的なオーラを撒き散らす衣は、その表層とは裏腹に内心は荒んでいた。

(清澄の……あれは一体どういう意味なのだ?)

大将戦が始まる直前、衣はつい咲に話しかけてしまった。「一体お前は何がしたいのか」と。

 

 

「衣ちゃん?」

「お前が有象無象の打ち手でないことは解った……で、でも--」

「そんなに不思議かな?私が和了ろうとしないこと」

牌を数枚手の中で弄びながら、咲は衣を見つめた。

「私も原因は解らないけどね……なんだか今日の私達のチーム、流れが歪んでいる感じがするの」

その言葉に衣は首を傾げた。

「流れ?衣が見た限りお前はツキに恵まれていると思うが……」

「う~ん……そうじゃなくてね。私達一人一人の流れじゃなくてチーム全体の流れみたいなもの」

例えばと、咲は淡が打った半荘を持ち出した。

「正直な所を言うとね、私は淡ちゃんがあそこまで失点するなんて思ってなかったんだ。最後、風越のお姉さんに多少噛みつかれるだろうけど二位と五万点くらいは差をつけて帰ってくるって……」

しかし、現実はそうではなかった。清澄は高火力選手の淡と優希を潰されたばかりか、完全安牌のつもりで副将においたまこも普段では考えられないような失点をしてしまった。

「ここまで不運が重なると流石に偶然じゃすまされない」

 

 

私達は……勝てない……流れは変わってしまった……。

 

 

「まっすぐ打ったら……多分、私も最後の最後でとんでもない失敗をする。役満直撃以外逆転不可能とか……そういうの。そうならないためにも、先に地獄を潜ってしまう必要があったんだ」

確かにその説明は一見合理的に見えた。言われてみれば確かに、衣の目から見ても疑いようの無い力を持つ淡が先鋒戦で苦戦すること自体おかしかった。となると、もう全体の流れがあらぬ方に向いているとしか思えないのも確か。しかし、

「だ、だからと言って……なにも自ら点棒を全部吐き出すなんて……そんな不合理……」

衣にしてみれば、わざわざ自分を死地に追いやること自体理解出来なかった。誰かがツモ和了すれば終わってしまう状況……しかし、咲は何が可笑しいのか衣の頭を撫でながら笑った。撫でるな~と言うころたん可愛い。

「別におかしいことじゃないよ。麻雀なんて不合理な遊び……このくらいでいい。あっさり死んでしまうくらいで丁度いいんだ……」

「し、しかし……」

「仮にあの状況でトンでしまうなら、それはそれ……構わない…まるで構わない。それが麻雀の本質…麻雀の快感……不合理に身を任せてこそギャンブル……」

いやギャンブル違うからとはとても言えそうに無かった。元々お年玉争奪戦に参加していたあたりその手の才能も育ってしまったのだろうか。

「私からすれば衣ちゃんの方が理解出来ないよ?」

「こ、衣が?」

「うん……何て言うか……麻雀を楽しんでいるようには見えないんだ」

その言葉に、衣は慌てて首を振った。

「そんなことない!衣は麻雀が好きだ!」

「好きである事と楽しんでいるかは違うよ。衣ちゃん……実は今まで退屈だったんじゃない?」

思わずドキリとして咲を見つめる。

「好きな事を楽しめない……それは自分を全うしないこと……停滞してしまうことと本質的には何も変わらない」

間もなく大将戦後半が始まります。と言うアナウンスが流れた。話はここまでだ、と言うように咲は場決めの牌を捲る。

「これが最後の半荘……私は南2までは和了ないから。それまでに衣ちゃんなりの答えを出してみて」

それがラストチャンスと付け加える。それまでに答えを見つけられなければ……この大将戦、衣ちゃんに勝ちは無い、と。

 

 

(衣が麻雀を楽しんでいない……?有り得ぬ……)

サイコロが回る。配牌はイマイチだが、海底に回すための材料は揃っている。しかし、それも無意味。

(どうすればいいのだ……?今までやってきた衣の打ち方では清澄の大将には勝てない……)

必死に聴牌まで持って行くが、完全にベタ降りなゆみからは点棒がむしれない。流局。全員ノーテン。続く咲が親の局も、流局。流局……気が付けば南場に突入していた。咲が手を出さないでいてくれる最後の局。

(ダメだ……タンヤオ平和の三面待ち……理想的だがこんな待ち、清澄の大将でなくとも一目瞭然……)

八巡目で張ったにも関わらず、衣はその手を和了れずにいた。

(なんとかせねば……なんとか……)

その時だ。

 

 

 

「死ねば助かるのに……」

 

 

 

対面の咲がぼそりと呟いた。

ざわ……ざわ……

 

 

「き、清澄の……?」

「な、なんなんだし……?」

突然の物騒な言葉に、池田や衣はざわつく。

「衣ちゃん……気配が死んでいるよ……」

「気配?」

「勝とうという気迫が見えない……ただ助かろうとしている……怯えているだけの麻雀……」

その鳥肌が立つような冷たい言葉に、唐突に衣は理解してしまった。このままでは攻撃モードの咲には勝てないと。

(い、嫌だ……衣は……)

もう覚悟を決めるしかなかった。この状態を脱するという覚悟。咲の警戒をかいくぐり、鶴賀から和了をとる決意。流局間際だというのに、ここからもう一度手作りをするという暴挙。

(まず、この聴牌を一旦崩す……!)

衣は面子として確定していた8ソウを外した。それをゆみが鳴く。

「チー!」

まず、今の鳴きで張っただろう。咲が聴牌しない以上、これが最後になる可能性もある。

(いい……鶴賀は見ない。今は自分だけ……自分の手だけを見る……)

牌が音を上げて入ってくる。そして

 

 

衣 手牌

 

567m1234567p567s北

 

北切りで1-4-7ピン待ち。高め三色。しかし、流局まで間近。普通ならもしかしたら鶴賀が切るかもしれない三面に賭けて北切りでいいかも知れない。しかし、

「リーチ」

4ピン切りリーチ。待ちは場に二枚見えている地獄の北単騎。当然、観客席からは戸惑いの声が挙がる。

「馬鹿な……流局間際だって言うのに……」「リーチしたっていうことは聴牌確定……この局で和了切れなかったら罰符で清澄が飛んで自動的に鶴賀の勝ちだぞ!?」

しかし、だ。一つ思い出して貰いたい。衣が海底牌を感覚的に知ることが出来ると言うことを。そして、ゆみの手牌は鳴いて手が狭くなった上に衣に対しての危険牌で溢れかえっている。まさか、衣がリーチするとは思えずに聴牌を急いだのが裏目に出た結果だった。そんな折り、ラスヅモで引いてきたのは場に二枚見えている北。衣の捨て牌は途中まで普通のタンピン三面待ちであっただけに、典型的タンピン志向の河が出来上がっていた。躊躇い無く切ってしまう。

「ろっ、ロン!リーチ河底三色ドラドラ!18000!」

 

その和了は場を興奮させ、状況を一変させた。観客席は一瞬波が引いたような静寂に包まれると、次の瞬間、衣の驚異的な和了方にどよめめいた。しかし、一番の変化と言えば、長い息の詰まるような大将戦に突然終わりの兆しが見え始めた。衣は遂に親役満ツモという条件を破ったのだ。これで衣は後一回、親満で文句なく勝利である。

「しっ…しまった……!」

最後の最後で化け物を解き放ってしまい手で顔を覆うゆみ。そんな彼女に、衣は目をくれる事無く自分の和了形に目をやっていた。

(和了れた……和了れたのか……?)

トクンと胸がなる。血が一瞬引いたかと思うと、次の瞬間体中を駆け巡った。

(なんなのだ……この感覚は……初めて。そうか、これが嬉しいという感情……麻雀の快感なのか……)

ククク……という笑い声が対面から聞こえた。見ると咲が嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。

「清す……咲!これが麻雀の悦楽なのかっ?」

「うん……少なくとも私はそう信じているよ」

それを聞いて、衣は初めて笑顔を見せた。長い真っ暗な夜が終わり、雲に顔を閉ざしていた月が待ちわびたように見せた笑顔だった。

(衣はもう一人ぼっちではない……だって麻雀を、衣が好きな麻雀を全力楽しめるのだから……!)

 

 

 

嬉しそうにはしゃぐ衣を見ながら、咲は少し目を細めた。

「さて、予定より少し早いけど、そろそろ私も勝ちに行こうかな……」

そう静かに、仲間の仇討ち宣言をした。

 

 

 

番外編・漢達の闘牌

長野ホール。そこでは高校選手権が行われる中、地下ではもう一つの決闘が始まろうとしていた。

「カカカ……裏プロの諸君……よくぞ集まってくれた」

大勢の裏プロが注目する中、昭和の怪物であり彼らを集めた張本人、鷲巣巌の声が響く。

「皆に集まって貰ったのは他でもない……儂等の可愛い孫、咲についてじゃ……本当に可愛い……今でも『おじいちゃん』って呼んでくれる優しくて可愛い咲についてじゃ……」

さっさと話を進めて下さい鷲巣様。鷲巣麻雀とか……

 

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

「知っての通り、咲の所属する清澄高校は全国を目指して勝ち上がってきた……そこでじゃ。儂は裏プロを一人、全国大会において咲の麻雀を解説するために推薦する権利を持っている……ここまで言えば解るな?」

咲の名前は裏社会でも広く知られている。鷲巣の孫や、神域の後継者として。早い話が代打ちでもないのに、本人の預かり知らぬところで咲は最強の代打ちの一角として一目置かれていた。おまけに可愛い。

つまり、だ。咲の麻雀を解説するということは、自分の実力に泊をつける意味合いも含んでいる。

まあ、早い話がこういうことだ。

 

 

 

「これより第三次東西戦を開始する!咲の麻雀を直で見たい奴は卓につけえ!」

 

 

一瞬の静寂の後、「うおおおお!咲ちゃん可愛いいいいい!」という裏プロ達の雄叫びが雪崩のように地下一杯に満ちた。

 

 

本編とは全く関係ない所で第三次東西戦まさかの開幕。各地から大量の裏プロを集めたら流れもおかしなことになるし、冷やし透華も出現すると気付いたのは、それから暫くたった後のことだった。

 

 

 

唐突に思い付いた意味のない小ネタ。衣が一日目いなかったのはこういうことかと思って……既出ならごめんなさい。

 

168 名前:××× 投稿日:○○/07/17 10:43 ID:korotan

いよいよ明日が県予選本番ですよ!

むっちゃドキドキしてきた…。

選手の皆さん、今日くらいは練習は休んで明日に備えますよね?

169 名前:××× 投稿日:○○/08/17 10:57 ID:wahaha

>>168

 

ワハハ……

 

今日と明日だよ

来年こそはがんばってよ

シーズン開幕からこんなことになるなんて

 

 

 

衣「……」ブワッ

 




先日、咲のSSを何気なく見ていたら「憧咲」という絶滅危惧のタグを見つけてしまいまして……
ヤメ「目覚めた」
クソ忙しい時期に変なスイッチガガガガガ……一体どうしろと?


ではなくて……
なんかお気に入り登録して下さっている方がありがたいことに、2000人近くまで増えていました。いぇーい。
という訳で年始で何かしたいのですが……以前出来なかったものを一つ……

「最強と天才」を来月投下しましょうか?(コトッ


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抗え、最期まで

明けましておめでとうございます。今月はもうダメだ……!と思っていたのですが、息抜きで書いていたら、何とか聴牌できました。
本当はファフナーを見ていたらなぜか続きを書きたくなったとは口が裂けても言えない……
まあ何はともあれ、一月中に一話だけでも投稿出来て良かったです。



淡が仕事から帰ると、家の灯りはまだついていた。二人で暮らすようになってから半年が過ぎた。

咲と暮らすまでに色々な障害があった。ある時は原田が淡が購入しようと思っていた土地の登記を先に抑えていたり、ある時は原田が各方面に根回ししてアパートを借りれないようにしたり、ある時は原田が咲に「行くな咲ー!」とすがりついてガチ泣きしたり……

「全部ハラダじゃん!!」

大体原田のせいだった。しかし、そんな苦境も乗り越えて二人は一緒になった。

「ただいま、サキー!」

「お帰り、淡ちゃん」

廊下の奥から現れたのは、エプロンを付けた咲だった。咲は少しだけ頬を赤らめながら、新婚さんがよくやるあの質問をする。

「淡ちゃん……ご飯にする?お風呂にする?それとも……」

 

 

ワ・シ・ズ?

 

 

 

「ぴぎゃぁぁああああああ!?」

ガバッと起き上がる。見ると汗だくで、パジャマもびっしょり濡れていた。

「はぁっ……はぁっ……夢?」

最後に見たのは、七十才児のおじいちゃんが迫ってくる……

そこまで思い出して、淡は考えるのを止めた。その時、横で呻き声が聞こえた。

「サキー……」

そう言えば、昨日咲の家に泊まってベッドが一つしかない云々のやりとりをしたのことを思い出した。県大会で書けなかった百合百合なお昼寝タイムはここで回収した筈である。

暫く目を擦った淡は……「ねむ…」と呟くと咲に抱き付いて二度寝した。

淡が見た初夢……鷲巣様。縁起が良いのか悪いのか全然解らない。

 

 

 

衣による起死回生のホウテイ。場は遂に最終局面に突入した。咲の点棒は相変わらずの0。対して、ゆみと衣の点棒は十万オーバー。衣は満貫ツモ、ゆみはツモ和了で勝利である。池田?知らん。

(咲……衣を楽しませてくれたことには感謝する。だが、お前は危険過ぎる。衣の親で朽ちるがいい!)

 

しかし、南一の一本場だが衣の配牌は想像以上に悪かった。波にも押すときと引くときがあり、さっきまでが波に乗れている状態だったのだろう。聴牌出来るのは海底間近。

一方のゆみも、配牌は良いと言えない。

 

11245699m79p1s北北

 

(くっ……)

二シャンテンと言えば聞こえは良いが、鳴いたとしても残るのは悪形。門前で手作りせざるを得ないにも関わらず、よれよれの待ちだった。

(さっさと和了なければならないこの時に……)

しかし、光明もあった。対面に座る池田である。五巡後の池田の捨て牌はこう。

 

北白8s7p中

 

 

飜牌を序盤から切っているあたり、自分よりも池田の手の方が早そうだった。

(そうだ……今一番不味いのは天江が親だということ。親番さえ終わらせてしまえば得点能力は落ちる)

ゆみは面子として確定していた4ワンを落とした。案の定、池田から声が挙がった。

「ロン!3900の一本場だし!」

出費は痛かったものの、とりあえず危険な衣の親番は終わった。ついでに池田の出番も終わった。

「ニャアアアアアア!?」

「ど、どうした!?」

(あまりの点差にネジが飛んだか?)

「あ、あのさ……誰か牌、いじったりしてくれてないよね……?」

いじってない、いじってない。ノーウェイノーウェイ。

しかし後から思えばこの選択、最悪の一言に尽きた。南一とは、衣が親ではあるが同時に咲が動かないでいてくれる最後の局でもあったのだ。明らかにメリットとデメリットが釣り合っていない。

(さて……私も動くかな)

肩慣らしと言わんばかりに背を伸ばす。

(鶴賀のお姉さん……逃げ延びた気になるのはまだ早いよ……一瞬で凍り付かせてあげる)

 

南 二

 

「チー」

三巡目で初めて咲が仕掛けた。一番最初の局で見せた鳴きとは違い、和了る為の鳴き。

 

チー 123m

 

(1ワン鳴きの西切り?)

まだ巡も浅く、咲の捨て牌からは待ちが読めない。

(仕方ない……とりあえずタンヤオに邪魔な一ワンを切ろう)

しかし、

「ロン」

咲が牌を倒した。

「ダブ南のみ」

 

1678m789p南南南

 

「なっ……」

何だその手は!?と思わず叫んでしまいそうになった。なぜなら、咲は鳴くまでもなく既に聴牌していたのだ。鳴く前の手牌がこう。

 

 

123678m789p南南南西

 

この手なら9ワンを引き入れてチャンタを作った方がいい。リーチをかけずとも満貫をクリア出来る。

しかし、咲の目的は打点ではない。徹底して、ゆみからの出和了を狙うことである。

南 三 親 咲

 

「ポン」

三巡目でまた咲が仕掛けた。今度は衣が切った中を鳴く。打 一ワン。

(また早仕掛け……ここなら大丈夫か?)

手牌に三枚ある西を切り出した。しかし、

「ロン」

(ぐ……西単騎)

まるで狙い澄まされたなかのような待ちだが、ゆみは何とか平常心を保とうとする。

(落ち着け……字牌単騎はよくあることだ。いちいちアクションに惑わされるな)

しかし、それはとんでもない思い違いだった。次局も、

「ロン……白のみ」

「ロン……三色」

 

「ロン……タンピンのみ」

咲はノミ手ながらも全ての和了が出和了で、それらは全てゆみからとったものだった。点数の低さから最初はあまり気にしないようにしていたゆみだが、ことここに至り遂に察してしまった。咲の本領を……

「ロン……東ドラ一」

(また……間違いない、こいつ私だけを狙い撃っている……!)

となると降りる一手なのだが、

(二ワンは私から全て見えている。一ワンが当たり牌だとすると地獄の単騎しかないわけだが……)

「そこが出るとはね……」

「ひっ……」

「目が曇ってますよ、加治木さん……それです」

中発ドラ一

「次に行きましょうか」

そう言うと、咲は賽を回した。

(間違いない……清澄の大将…宮永咲……こいつは)

 

 

最悪の出和了麻雀だ!

 

 

『今のところ宮永選手の和了は全てロン和了ですが、これは白糸台の弘世菫選手と似たようなものでしょうか?』

アナウンサーの一見正しそうな見解が流れる。が、即座に否定された。

『精度が違い過ぎる。シャープシューター菫は相手の不要牌を狙って待つが、宮永は相手が降りることすら計算して打っている』

しかし、幾ら咲が神業的なプレイを見せたところで、彼女には越えなければならない関門が多すぎた。

まず第一に、打点が低すぎること。これ自体は普通は問題にならない。和了続けることが出来るなら多少足枷が付くくらいで致命的な弱点にはならない。

第二にトップとの点差がありすぎること。小さな和了を拾い続けて点棒を一万点台まで回復させたとは言え、現在トップの衣との点差は相変わらず十万以上ある。この差は絶望的過ぎた。そして最後に、これが一番致命的な理由なのだが……

今回の大会では、八連荘を認める代わりに親の連荘も八回までしか認めないという謎ルールが加わっていた。これは去年の照を見た偉い人達が「八連荘認める代わりに連荘の上限も設けた方がまだましじゃない?」と、その場のノリで決めたルールである。

もっとも八回も連荘出来る方が稀なので特に気にされることはなかった。しかし、そのルールが今咲に重くのし掛かっていた。

 

……かに見えた。

 

 

(クク……私は別に構わないよ……)

もとより咲はこの面子を相手にそんなに連荘出来るとは考えていなかった。出来て八連荘まで。それを前提に咲は闘う。誰よりも熱い闘志を胸に秘め、相手を罠に嵌める。

今、ゆみは完全に咲の姿を見失っていた。打てば打つほど、咲の麻雀が解らなくなり、同時に魅せられている自分に恐怖していた。

(ば……馬鹿な。私は大将だ。勝たなくては……勝たなくては……!)

そして、遂にゆみは踏み込んではならぬ聖域に踏み込んでしまった。八巡目にして生牌北の暴打という、咲に対して絶対にやってはならない字牌の打ち込み。

「クク…カン……!」

そのとき、初めてゆみは聞いた。咲の本当の声を。神域に踏み込んだ先にいた少女の声を……

「嶺上開花ドラ一……」

「り、リンシャンだと!?」

最早言うまでもないが、嶺上開花は出る確率がとんでもなく低い。まず第一にカンしなければならない上に、和了形を作っておかなければならない。

しかし、咲はその役を息を吸うように和了り、吐くように新ドラを乗っける。

「クク……もろ乗りしましたね。嶺上開花ドラ五。親っ跳ねの責任払いです」

「なっ……ぐっ……」

叫びたいのを堪えながら点棒を渡す。これで咲の点棒は36900。ほんの少し前まで死線を彷徨っていた人物の点棒とは思えない。しかし、そんなことは今誰も気にしていない。

そのことに気付いていないのは、この会場ではマホだけだった。

「凄いです、清澄の宮永さん!私もあんな風に……」

「いやいやいやいや!それどころじゃないから!」

ムロの慌てた声に首を傾げる。

「何でそんなに慌てて……」

「八連荘!八連荘が……!」

そう。咲とていつかは高い役を和了る必要があった。連荘が限られた状況では親の役満か三倍満がどうしても必要なのだが、咲の足は既にそこへ半歩踏み出していた。

 

八連荘

 

この大会ルールでは親になった時点で和了続ける必要があるため、ある意味九蓮宝灯より出る確率が低い役満。

咲が八連荘を狙っているのが解っているので衣も必死に咲を止めようとするのだが、咲は一シャンテンまでたどり着くや否やあっさり鳴いて聴牌してしまう。無論、ゆみや衣も出来るだけ牌は絞っている。しかし……咲がやった麻雀は、そのことすら計算に入っていた。

咲は今まで全ての和了を放棄する代わりに、ある利を得ていた。それは情報。衣達は和了に向かうための闘牌を続け、結果全てをさらけ出した。一方、咲は全て覆い隠した。最終局面にてものを言うのが、相手はどんな打ち手なのかという情報。それが無ければ牌を絞るもくそもない。牌を絞るつもりが、ただ自分の首を絞めるだけの麻雀にすり替わっていた。

咲は相手を見て、期を窺う。そして、その期は唐突に訪れた。

南三の七本場の配牌時、池田が山を崩してしまった。

「うっ……ごめんだし……」

こぼしたのは、リンシャン牌から一枚。北が見えてしまった。

「あ…ああ……」

しかし、ここで助け舟を出したのはゆみだった。

「見えたのは三枚目の嶺上牌だ。チョンボは無しで千点供託でいいんじゃないか?」

山を崩した場合、チョンボや和了放棄などの罰則がある。千点の供託で済ましてくれるなら安いものだった。審判に突っ込まれる前に池田は卓に千点置いてしまった。流石池田ァ!厚かましい。

「よし!続行だし!」

何気なく終わったこの一幕。しかし、このとき見えた北こそが、咲の真価だった。

勝負再開。ゆみの手は相変わらず悪い。萬子への偏りが酷いくせに、処理に困る九ピンのドラドラがあった。

(順当に考えるならここを頭にしての平和だが……そうなると見え隠れする清一の匂いが足枷になる……)

取りあえず牌を整理していくが、思わぬ事態が発生する。

(む……牌が重なるか……)

対子場。そして……

「カン」

咲が遂に動いた。6ソウを四枚晒し、池田に新ドラをめくらせる。カチャッという音を立てて現れたのは……

「5ソウ……だと……!」

つまり咲の手、今見えているだけでもドラ四の大物手。

(くそっ……張ったな。龍門渕の天江が降りだした……)

恐らく聴牌しているのだろう。二巡連続して咲への現物が二枚切り出された。

(私も降りだな……)

ゆみも現物を処理。しかし次巡、咲は新たに引いてきた牌を見るや否や、「リーチ」と二ソウを切り出した。

(っ……!降りだ降り…!リーチドラ四の怪物手に向かっていく馬鹿がいるかっ…!)

しかし、ゆみは苦しい。ゆみの現物の手牌はこう。

 

22225679m7999p4s

 

仮に九ワンが通ったとして、七ピンが処理に困る。八ピンは場に三枚見えているので、その辺りの引っ付きを待つことは現実的ではない。ならば降りの一択しかないのだが、肝心要の現物が切れていた。萬子は下の方は一枚も咲に通っていない。カンをしてリンシャン牌に安牌を求めてもいいが、危険牌を引いてきたときは目も当てられない。ピンズはドラ傍で切れない。ソウズも真ん中の危険そうなところだった。

そして場は回り……

 

ゆみ 手牌

 

2222556m7999p49s

 

ここに来て引いてきたのがドラの9ピンだった。

(くそっ……なんだこの対子場は……!)

流局まであと数巡だと言うのに、安牌が切れていた。手牌全てが危険牌。

(いっそカンしてしまえば楽なのだろうが……)

 

 

その時……ゆみに電流はしる!

 

 

(そうだ!あのリンシャン牌…確か北の筈)

現在北は場に二枚見えている。現状最も安全な牌。ゆみは迷わず牌を倒した。

「カン!」

まずやってきたのが7ピン。咲には危険な牌。しかし、問題ない。

「カン!」

二回目の暗カン。引いてきたのは北。

(開局前、山から零れた一牌が北だったということはこいつも知っている……!)

なら咲が北を待つ筈がない。なぜならそれは一番和了が期待できない牌なのだから……

(よし……凌いだ!)

この一牌さえ通してしまえば私に海底が回ることはない……

そしてゆみは北を切った。

 

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

 

「へっ……?」

その時、下家の咲から笑い声が聞こえた。カタリ……と倒される牌。

 

 

 

 

 

「加治木さん……今あなたは堅固な金庫のようなもの……そこから点棒をむしり取るのは生半可なことじゃない……」

最早、何も言うことが出来なかった。ゆみや、衣すらも咲の声に聞き入っていた。

「理では駄目……理では鍵穴の入り口で引っかかる。鍵穴を満たすには別の力を借りるしかない……例えるなら偶然という名の力……」

そして、バラバラ倒される手牌。

 

 

567m123p111s北

 

暗カン 6666

 

 

「偶然そうなるということに無防備……その金庫の鍵穴は…偶によって満たされる……」

咲の手が無造作に裏ドラに伸びる。

「裏、合わせて10か…リーチを加えて三倍満」

「あ……かはっ……」

その時になって、ゆみは呼吸をしていなかったことに気付いた。息を止めるしかなかった。理外の刃。常人の遙か上を行くアカ……咲の理。

 

 

「な、なんということでしょうか……!」

「これは……北を待ったというよりは偶然の機会を待ったというべきか……」

七本場の海底間際、遂に咲の狂気がゆみを貫いた。

(間違いない……清澄の大将宮永……あの男と同じ匂いがする……)

天才の資質。矢木とて、嘗ては裏プロとして凌いだ身だ。去年までランドセルだったアカギの資質を一瞬で見抜く……決して才能が無かった訳ではない。それでも……

(宮永咲……仮に俺がいかさまを使ったとして勝てるのだろうか……?いや、無理だな)

恐らく、トッププロでも勝つのは難しいはず。

そこで矢木は考えるのは止めた。既に八本場に入っていたのだ。皆、なんとか咲が和了るのを阻止しようと必死に鳴いたりして流れを変えようとしていた。

「無駄だな……」

ぼそりと呟く。

「もうここまで来たらあの選手を止めることは不可能……見ろ」

『フフ……ツモ。喰いタンの八本場。つまり、八連荘の八本付けです』

色々妨害してみたが、咲が和了のにそう時間はかからなかった。

これで各校の点数は

 

龍門渕 150200

清澄 126400

鶴賀 86200

風越 37200

 

 

となった。咲は僅か一回の親で、十万点近い点棒を稼いでしまった。大会ルールのためこれで親番は終了となるが、咲は三倍満ツモか衣への跳ね直で逆転である。勝負は、今まで全然、これっぽっちも、米の粒ほども出番が無かった池田の親で決着である。

 

 

ごめんね、池田。

 




白糸台の大将。


発表が遅れて申し訳ありませんでした。件の投票結果の発表です。

投票の結果。15票のうち、
シズ・イン白糸台が四票。
オリキャラが十票。
最強の一年生が一票でした。
泉ちゃんは完全なネタだったのですが……
まぁ、何はともあれアンケート終了です。白糸台にはオリキャラが入ります。詳細な設定などはまだ明かせませんが、ビジュアルは取りあえず……


決めてなかったorz
取りあえず2015の冬アニメで誰か探してみます。ファフナー?

それ誰も生き残れないヤツや……


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最後まで抗った結果がこれだよ!

小説には大きく分けて二つのパターンがあるらしいです。地の文型か主観的文章型か。最近は後者のパターンが流行っているようです。
ヤメ「じゃあ俺は硬派に地の文でいくぜ!」
その結果がこれだよ……


追記
Twitterなるものを始めてみました。
多分、
@hankyu2000extra
でなんか出ると思います。


理とは、積み上げた上で崩すもの。咲、リーチ偶期待ち。

オーラス間際、遂に宮永咲の狂気の闘牌が逆転への道を切り開いた。依然衣の優位は変わらないが、咲も三倍満ツモか跳ね直で勝利である。その悪魔の如き叡智に、至る所で熱が湧き上がった。

『大将戦南三局、信じられないことが起きてしまったぁ!宮永咲、僅か一局で120000点をもぎ取り優勝圏内!』

『後は天江衣がいかに凌ぐかだな』

実況席は咲の麻雀を間近で見せられて。

 

 

「な、ななななな」「何だ今の和了!?」「衣!?」

 

「センパイッ……!」「ゆみちん!?」「また藤田プロか……」

 

 

「これが宮永……!?」「すごい……」「よっしゃはやりんツモ!」

 

 

他の面々は、咲の手牌を裏側から見せられていただけに、その有り得ない和了を見せつけられて。

 

 

 

「サキ……」

 

 

淡は咲の食べかけのタコスを目の前にしてどこから口をつけようか真剣に悩んで。淡ちゃんマジあわあわ……

しかし、一番熱が籠もっていたのは解説席でなければ選手達の部屋でもない。生まれて初めて奇跡を見た、観客席だった。

 

 

「お前さ……あの状況で北を待てるか?」「いや……字牌単騎ならまだしも」「だって最後の一牌はリンシャンハイの三枚目でしょ!?無理無理!」「お嬢最高です!」

 

 

 

 

多少でも麻雀の心得がある人なら、決して咲のような打ち方はしない。いや、出来ないと言った方が正しい。奇跡は神様が起こすもので、断じて人が自力で実現するものではない。

 

 

「神域……」

 

 

誰かが頭の中に浮かんだその言葉を、そのまま口にした。それはすぐさま隣の人間に伝播して、伝播して、伝播して……いつの間にか、魅せられていた。咲の麻雀に。咲に……

 

 

「宮永咲……お前聞いたことあるか?」「知らないわよ……なんでこんな人が今まで無名だったのよ……」「去年のインターミドルに出てたらさ……」

 

 

その先を言うことは出来なかった。思わず頬を抓ってしまう。今見ているのは、果たして麻雀なのか。何か悪い夢を見ているのではないか。

そんな恐怖が会場を包み込む。

誰もが予感した。勝負の終わりは近いと……

 

打って変わって、こちらは奇跡が舞い降りた試合部屋。勝負の熱気とは裏腹に、冷たい絶望と恐怖が充満していた。

(バカな!?なぜ北で待つ!?よりにもよって一番和了目の無い北で!?)

(衣は……夢でも見ているのか……?)

ところがどっこい……!現実…!これが現実です……!

(私は振り込まないように最善を尽くした……なのに……)

未だに咲が解らない。咲に対する印象はもやの中で、強いという以外の情報が無かった。

(くそ……せめて時間を……!こんなところで負けるわけには……!)

もしこの流れが続けば、咲が文句なく和了ってしまう。そんな予知にも近い予感が、この場にいる全員にはしった。池田?知らん。俺の管轄外だ。

(くそっ……兎に角今は親の連荘を支援だ。ゴミ手なら最悪差し込みも……)

 

 

 

勝負再開。しかし、ゆみの執念にも似た祈りが通じたのか、勝負の流れはここで思いもよらぬ方へずれ込んだ。

オーラス、咲の配牌だが。

 

23899m157p236s北北

 

所謂ゴミ手。三色もタンヤオも平和も消える配牌だった。流石にあれだけの闘牌をしたあとだと、牌勢も息切れ気味なのか。十巡目

 

 

12399m567p234s北北

聴牌したものの、和了意味ゼロの形。一方、衣の手牌は

 

 

2345666m999p中中中

 

 

最高の形で聴牌していた。待ちは1-4-7.2-5mの多面張。しかし、これを阻止したのは咲だった。

「ロンだし!2400!」

衣の手格好が良いと見るや否や、躊躇わず池田に差し込み。

(よし……とりあえず咲との差は広がった)

和了を逃したものの、咲の手は苦しんでいるのが解った。衣はここはこれで良しと納得した。しかし、次に試練が訪れたのは衣だった。

オーラスの一本場、衣の手は相変わらず早い。役牌バックの両面待ち。八巡目。

(張ったか……)

 

237899m55888s発発発

 

 

9ワン切りで1-4ワン待ち。自然と9ワンに手が伸びる。しかしその瞬間……

(なんだ……この嫌な気配は?)

それは降って湧いたような違和感だった。

(8ソウは衣が三枚使っているから9ソウは当然弾かれる牌……なのに河には一枚も見えていない……まさか……!)

改めて河を見渡してみる。そして、咲の河を目にして流石の衣も心臓が止まりかけた。

咲 河

 

8p8p2s3p5s8m5m北

 

 

典型的な国士の河が出来上がっていた。

(くっ……!衣の支配下でも国士だけは唯一止めることが出来ない役……この土壇場で気付いたか……)

衣の一シャンテン地獄を切り抜ける事が出来る唯一の役。それが国士だった。ツモでも逆転されてしまう。

咲の手が山に伸びる。次の瞬間…

(きゅっ!?)

背中に悪寒がはしった。咲の手から9ソウが零れた。

(間違いない……張ったな……)

衣の感覚が告げる。危険……!

(ならば……)

衣、打3m

「ロンだし!7700の一本場!」

池田を使うことで場を切り抜ける。池田、大活躍である。

これで衣は8000を消費。

(苦しいか……)

勝負の流れはどちらとも言えない。咲の勢いは切れているが、衣とていつまでも好配牌が続くとは限らない。池田への振り込み合戦など絶対にやりたくない。ならば手が多少悪くても、咲が息切れしている間に勝負を決めてしまう方がいいか。

(決めたぞ……次の配牌、良ければそのまま行く)

咲のヤオチュウハイで染めあがった手が洗浄機の中に吸い込まれていくのを見ながら、衣は決心した。

その二本場。衣の配牌は

 

 

23467m2568p225s北

 

 

「良し……!早い手!」

チュンチャンパイの山脈を掘り当てたのか、衣の手からは速そうな気配が漂っていた。

(よし……手が進む)

八巡目、衣聴牌。

 

 

2234567m678p222s

 

 

(張った……恐らく咲は止まれまい)

さあ出せ!

そう念じ、咲が当たり牌を切るのを待った。

しかし、待たしても衣の想定外の事態が発生する。次巡、咲は引いてきた牌を晒した。

「カン」

四ソウを暗カンし、ドラ表示牌を捲る。表れたのは、三ソウ。つまり、

「ドラ四……だと……!」

これで衣は下手な牌が打てなくなった。咲の手、もしかしなくても跳ね満が十分あり得るのだ。最初のドラは6ピン。一枚でも抱えていれば、タンヤオドラ5。若しくは飜牌ドラ5で振り込んだら敗北する。そんな折りに引いてきたのが生牌の白。

「ぐっ……!」

幾ら何でも、この状況で生牌の役牌など打てない。仕方なく、衣は取りあえず二ワンを通す。これで衣はツモ和了しか出来なくなった。しかし、次の瞬間咲はまた鳴いた。

「チー」

ゆみのこぼした五ピンを鳴き、打6ピン。

衣から見た咲の牌はこう。

 

暗カン 4444s

チー 567p

 

(両面喰い?そんなに手格好が悪かったのか?)

ドラを切ったあたり聴牌は確定だろうが、とても倍満が見えてくるとは思えなかった。

(そこで三色を作っても倍満までは一飜足りぬ……取りあえずツモられて敗北という線だけは消えた……)

更に三巡目、今度は衣は生牌の中を引いてきた。

(中も切れない……)

そこで衣少し考えた。今回、池田は張る気配を見せていない。このまま行けば流局で衣の勝ちである。しかし、万が一にでも振り込んだら……

(宮永咲……例え何をしてきても咲ならば可笑しくない……)

初めて出会った、自分の感覚、能力を超越する天才。感覚に頼るばかりでは絶対に勝てない相手。

衣は考えていた。自分の感覚に頼り切るのではなく、頭を使い、自分で麻雀を打つ。どうすればこの化け物から逃げ切ることができるのかを。

(感覚の傀儡になるのではなく、感覚を選択肢の一部にする……ならば!)

打、6ピン

遂に聴牌を放棄した。

(この局はこれでいい……風越も聴牌出来ずこれで終了だ……!)

その後も、衣は咲への現物を連打。完全に撤退の麻雀だった。そして十二巡目、衣は二枚目の白を引き入れた。

(来た、二枚目……)

衣が白を切らない限り、咲に白をアンコにしての跳ね満は有り得ない。しかし、次の瞬間ゆみが白を捨てた。当然、衣は鳴かない。

(これで白のシャボ待ちは消えた)

つまり白はほぼ安牌となった。これでロンをすると他に一役作っていない限り満貫止まりで、咲は逆転出来ない。そんな衣の背を押すように次巡、衣は手役に北をアンコで抱えた。

(よし……)

北の在処は全て見えている。ほぼ安牌な北とは違い、完全安牌な北。衣のツモは後四回なので北だけでかなりの安全が買える。

 

衣 打北

 

その躊躇いのない字牌の打ち方に、咲はいち早く何が起きたかを察する。

(なるほど……北がアンコになったんだね……)

となると、咲が衣を打ち取れる機会は流局間際のラスト一回。普通なら勝負はついたようなものである。しかし……

(クク……逃げ切った気になるのは少し早いかな……追う道はあるんだよ……)

しかし、咲は特別なアクションは何もしない。ただツモ切るだけ。対して衣は北を切ってしのぐ。

『天江選手は完全にベタ降りですね』

『当然だ。直撃以外怖くないとなれば十人が十人降りる。正しい判断だ』

『では宮永選手の逆転する可能性は?』

その問いに、矢木は返す言葉を持たなかった。普通なら逆転のチャンスはゼロに等しい。考えなくても一目瞭然である。しかし、今打っているのはアカ宮永咲である。ただでは終わらない。そんな予感がした。

しかし、咲は苦しい。山が刻一刻と減る中、衣は北で逃げ切る算段を立てている。池田も聴牌している様子がない。万策尽きたかに見えたそのとき。

衣が最後の北を切った瞬間、咲も動いた。

「チー」

その鳴きに、衣は眉を顰めた。なぜこの土壇場で鳴く?その意図が解らなかった。しかし、次の瞬間状況が一変する。

 

 

暗カン 4444s

チー 567p

チー 567s

 

(はあああああ!?)

咲はここで復活する。三色同順。

(役に三色が加わっただと……)

こうなると衣は苦しい。なぜなら今見えている手だけで跳ね満が見えているのだ。待ちも偶然の単騎も有り得る。安牌ゼロ。

(馬鹿な……こんなことが……)

風はどちらに吹いているのか。それは誰にも解らない。衣がこの土壇場で引いてきたのは、

(西……咲の現物っ……!)

この局面で引いた現物の意味は大きい。これで衣のツモはもう無い。

「やったぞ、咲……これで衣の逃げ切りだ……」

そして、衣は躊躇い無く西を河に放った。これなら絶対に大丈夫だという自信をもって……

 

 

「ククク……ポン……」

 

 

しかし、悪魔の声は衣をあざ笑うかのように追いすがってきた。

「へ……?ポン?」

しかし時既に遅く、咲の手は衣の西を拾っていた。

(あにはからんや……なぜ西を鳴く……)

咲が西を切ったのは三巡前で、しかも手出しである。つまり、咲はアンコになっていた西を切り出したということになる。

(馬鹿なっ……なぜっ……!)

敢えて理由をつけるとすれば、それは衣に西を切らせるためだろう。自分から安牌を作り出し、その牌を改めて鳴いて取り戻す。その一見無駄に思える行動の先にあったのは……

「は、ハイテイが……」

「何してんだし?早くツモれよ」

三つの視線が自分に集まる。

「そうか最後の海底ツモは衣……」

衣を地獄に叩き落とす為の、悪魔の罠だった。ことここに及び、流石に衣咲の狙いに気付いた。

(まさか……衣の海底でロンだと……!)

つまり、今まで見せた鳴きは全てブラフ。タンヤオや飜牌、最後に見せた三色もただの布石に過ぎない……

馬鹿げていると首を振る。

(幾ら何でも偶然に頼りすぎてる……!こんな麻雀衣は認めない……!)

震える手が山に向かう。現物……!人望じゃなくて現物が欲しい……!

(ここで衣が現物を引ければそれで……!)

しかし、ここで衣の勝負運は尽きた。衣が引いたのは一ピン。咲に通っていない牌。

「クク……現物を引ければ衣ちゃんの勝ちだったんだけどね」

そのとき、対面の咲から声が聞こえた。

「ここで通っていない牌を引くようなら運も尽きた……」

カタリと、裏向きに倒される牌。そして、「それまでだ」と言わんばかりに咲は椅子からたった。

「そういう訳ですから、後は宜しくお願いします」

そして一仕事終えたと言わんばかりに咲は出口に向かう。そのあっけらかんとした姿に、流石にゆみも声を荒げた。

「お、おい!何が宜しくだ!?マナー違反だぞ!第一勝負はまだ……」

「勝負はつきましたよ」

しかし、咲は怯まない。

「その裸単騎には魔法がかけてあります……衣ちゃんは手中の牌からその牌を選び、必ず振り込む」

そのセリフに、何も言えなくなってしまうゆみ。ちなみに、今年の運営は某チャンピオンが試合中にオー・ザックを食べたのを黙認してしまったのでマナー云々は強く言えないもようです。照ェ……

「そういう訳ですから」

「何がそう言う訳だ!?いいから……」

そのときだ。ダン!と卓を強く打つ音が響き渡った。一瞬何の音か解らなかったが、見ると衣の手が河に伸びていた。どうやら牌を切った音のようだった。

衣の指が離れる。

「ど、どうだ……ここなら、無いはず……」

そこから現れたのは、2ワンだった。

「あ、あああ……」

そのとき、先月川田組を解雇され現在は審判のアルバイトをしながら生計を立てている石川(52)の悲鳴が挙がった。

「まさか……そんなことが……」

よろよろと卓に近付く。

「夢でも見ているのか……」

そして、咲が卓に伏せた牌を掴んで確認して、

「うっ……のぁぁぁぁああああ!?」

ショックのあまり牌を落としてしまった。

 

牌が落ちる。一度バウンドした牌は大きくのけぞり、自分の腹を晒した。

「ん……はあああああああああああ!?」

「う、嘘だろ……!」

 

 

 

2ワン

 

 

 

「ろ、ロンだ……河底ドラ5……跳ね満……逆転っ……!」

 

 

 

 

「そ、そんな馬鹿な……」

ぐにゃぁ~と崩れ落ちる衣。立て続けに起きた奇跡に悲鳴が飛び交う会場。

その日、会場は悲鳴と怒号の渦に飲み込まれていった。

 

 

 

 

「なに……これ……」

西東京代表白糸台高校。由緒正しき強者の麻雀が受け継がれてきた強豪校。その校舎の一室。チーム虎姫の控え室として与えられている部屋で、四人の悲鳴が聞こえた。

「なんだよシャープシューターって……」

「咲……咲がぁ……」

「火力負けした……」

「また藤田プロだ……」

四者四通りの悲鳴である。

「私はシャープシューターじゃなくて魔法小」

それ以上はいけない。

「多分……ハーヴェストタイムでもあの火力は出せない……」

複合役満ありなら天和字一色大三元のように火力を上げることもできるが、インターハイルールでは辛いものがある。

 

「私の……私のせいで妹がグレた……」

ノーコメントで。

「三連続藤田プロって……」

ノーコメントで!

 

 

閑話休題

 

 

「で、だ……いい加減現実を見よう」

頭を抑えながらSSSが部員を見渡す。

「この中で……清澄の大将と闘って生きて帰って来られる者は挙手しろ」

「無☆理」

「ここらで一杯お茶が美味い……」

しーんと静まり返る部屋。希望なんて無かった。

「照はどうなんだ?」

「実際に卓に着いてみないと解らない」

照の能力の一つに照魔鏡というものがある。これは対戦者の本質を見るための能力なのだが、これは実際に麻雀を打ち合わないと使えない。つまり今、白糸台メンバーは最悪の場合なんの対策も無しに咲に挑むことになりかねない状況にある。それはさながら、冒険者一行が初期装備で裏ボスに挑むようなもので……

「一回戦……シード枠に入れて良かったな」

ボソッと、身も蓋も無いことを呟く。

「まあ、私達は私達に出来る最大限のことをすればいいさ」

「そうですね。出来るだけ私達で点棒を稼いで和美の負担を減らさないとですよね」

あはは……と乾いた笑いが響き渡る。

「よし、そうと決まれば練習だ!」

「そうですね。お茶を煎れてきます」

「じゃあ私は他の部員を読んで面子を集めて来ます!」

そう。何も負けが決まった訳じゃない。麻雀は運が大きく関わるゲーム。やってみなくちゃ解らない。

「いくぞ……私達の麻雀は、これからだ!」

「「「はい(ああ)!」」」

 




続きますよ?


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もう一つの邂逅

随分お待たせしましたが、何とか完成です。
オリキャラの見た目ですが、これは僕と友人の厳正な審査を経て決定しました。
友「どんな感じの女の子がいいんだ?取り敢えず言ってみ?」
ヤメ「まず黒髪だろ」
友「ふむ」
ヤメ「次にロングヘアーだろ」
友「まあ、それならいるんじゃないか」
ヤメ「貧乳だろ」
友「おう。ちょっと待てや」
ヤメ「咲と同い年くらいの年齢で咲とのツーショットが似合う感じで身長はあまり高すぎずクールビューティーな感じで……」
「お前咲ハーレム作りたいだけだろ!?」


結果
ヤメ「川澄舞ちゃんがいい!」
友人「いや2015アニメ枠どうした!?その条件にはまるの渋谷凛だけだろうが!」
「タカミと名前被る!」
「名前変えるから関係無いだろ!?」
という醜い争いがありましたが何とか決まりました。
僕がじゃんけんに負けて……


本当は皆城乙姫という選択肢もあったんですが……
乙姫「あなたは咲をどう祝福する?」
淡「え……?」

ざわ……ざわ……


になりかねないので却下。



長く張り詰めた時間が遂に終わりを告げた。もうこれで終わりです。これ以上はありません。弛緩した空気はそう語りかけるようだった。

アナウンサーが何かシャウトするように何が起こったのか必死に解説しようとしている。

だが、そんな言葉が淡達の耳に入ることは無かった。宮永咲。自分達の信頼と希望と運命、その総てを託して大将戦に送り出した彼女達のジョーカーは、その才能をいかんなく発揮し、開局前誰もが予想だにしなかった奇跡の逆転劇を演じきった。

「か…勝っちゃった……」

咲が初めて見せた才能の刃。淡が見てきたのはその刃が如何に鋭いかということで、どれほど切れるのかまでは知らなかった。

スクリーンの中に映る咲の相貌は、さっきまでの狂気じみた麻雀を打ったものとは思えないほどに澄んでいて、とても綺麗だった。

清澄の待合室を出る。途中久が救急隊員に担架で担がれていくのが見えたが、無視して走る。淡が探しているのは、咲の麻雀で度々心臓を強制終了させられかけた久ではなくて……

「サキ……」

そして、曲がり角を曲がった先に咲は居た。ここはどこだろう、コイントスの裏表で帰る道を選ぼうかという顔をしていたが、淡の顔を見るなり「淡ちゃん!」と駆け寄ってきた。

「サキ!お帰り!」

「うん。ただいま」

ピシッという音がするほどに抱き合う二人。イィィヤッホォォォオ!淡咲最高ぉぉおおお!

咲の方が少しだけ身長が高いので淡の息がうなじにかかる。

「あ、淡ちゃん……」

「ん~?」

すりすりと頬を寄せる淡。

「ちょっと…その……くすぐったいかなって……」

「ナニが?」

真っ赤になる咲をニヤニヤしながら愛でる淡。こやつ……遂にS気まで発現させおったわ……

その時、廊下の向こうからドタバタと足音が聞こえてきた。恐らく野次馬プラス記者達だろう。

「あーそっか。あんな麻雀魅せられたら誰だって咲に一目会いたいと思うよね」

目の前できょとんとした顔をする咲を見てしみじみする。全くもってその通りで、もはやそのまま一目惚れする勢いである。悪い女に引っかからないか心配で心配で……

「大丈夫!サキは私が守から!」

「へ?何の話?」

「どんな苦難が待ち受けていたって私と咲……二人なら出来るよ!」

そう。淡なら出来る。なぜなら、淡は人生の宝物を見つけたのだから。

「さあ、いこう。世界は美しく、そして人生はかくも素晴らしい」

It's a wonderful life……っておい馬鹿止めろ!

「てへぺろ」

……とまあ、そんなコントしてる暇は無いわけで。

「逃げるよ、淡ちゃん!」という咲の言葉で、あの感動思い出して軽い鬱状態になっていた淡も走り出した。

 

 

 

さて、煩い野次馬根性丸出しの人だかりの会場をなんとか抜け出して街中のカラオケボックスでいちゃこらする淡と咲。しかし、咲の闘牌はあまりに破壊的過ぎて、一緒に戦った三人は悲惨な状況に陥っていた。

最初から最後まで咲の手の平で踊らされていた龍門渕の天江衣。

最初から最後まで徹底して勝負に一切絡めなかった風越の池田華菜。池田ァ!不可避。

銀行代わりにされたばかりか、二十万近くあった点棒をごっそり持って行かれた鶴賀の部長、加治木ゆみ。

『ワハ……ハ…』

 

もそりと池田が虫の息を上げる。それは枯れる前の花が最後の力を振り絞って種を蒔くようだった。

「あ……あたしも楽しかったし……」

衣が驚いたように泣き顔を上げる。

「お前が…楽しめた…?マジで?」

「ん?おかしいか?」

うん。割と。

「なにごともそーやって前向きに楽しんでいくのだよ!」

原作通りのセリフで無理やり良い話風に終わらせようとする池田。しかし最後の「でないとやってられないし……」は余計だった。

何でそんなこと言った!言え!と突っ込むまである。

ゆみが何か台本を読むような口調で喋る。

「確かに……。………。……………うん。まあ…ワタシモタノシメタヨ」

「うわー凄い棒読み」

そのセリフを言うまでの葛藤が手に取るように解る。

「まだまだここで牌を触っていたい。できれば何局でもここで続きを……すまんやっぱ無理」

無理だった。しかし、彼女達は負けたが代わりに得た物もある。それは経験……宮永咲という天才と打てたことは彼女達にとって得難い何かとなった。ゆみは三年でもう引退だが、今日の麻雀は無駄ではなかった。それだけを胸に、彼女達は名残惜しい試合室を去る。

 

 

 

 

訳がなかった。

「にゃああああああ!にゃんじゃあの麻雀はぁ!」

「よくも人を銀行代わりにしてくれたな……!」

「コノウラミハラサデオクベキカ……」

そう言えばここに揃った面子の中に黙って終わりそうな女子高生がいなかった。特に衣の表情が般若みたいになっていてマジで怖い。

三人は顔を見合わせるとそれぞれの、『打倒宮永咲!絶対にこのままでは終わらない!』という全く同じ気持ちを吐き出した。もはや主人公が誰か解ったもんじゃない。

 

 

 

 

決勝の卓で誓いを交わしあった三人は、今度こそ試合室を去っていった。部屋から出る間際、池田はふとその背中を見る。三年生のゆみと、仲間からの圧倒的な信頼を背負って卓に着いた衣の背中、それは泣いているように見えた。自分とは違う。自分は来年があるし、チームの信頼も言うほど厚くない。何か慰めの言葉をかけるべきだったか……

「いや……カナちゃんには関係無いし……あいつらの事情なんて……」

だって、

「池田ァ……覚悟は出来てんだろうな……?」

(一番ヤバいのはカナちゃんの方だから……)

最終的にプラス収支で終わらせたのにこの様である。

しかし、彼女達にも解らないことがたった一つあった。それは……

 

 

 

 

 

県予選が終わって二週間が経った頃、ミンミン蝉が鳴く大阪で

「あかん……さっぱりですわ」

とある女子校にて、目にどす黒い隈を作った女子高生が唸った。北大阪代表の千里山女子。その副将であり参謀と貴重なメガネ枠を担う船久保浩子。通称船Q。

今、彼女は長野の試合を録画したビデオの山を前に一人うねっていた。そんな船Qに「頑張ってるな~」とおっとりした声がかけられた。振り返った先に居たのは三年生の清水谷竜華と園城寺怜の、先鋒大将コンビだった。

「あ、先輩方。お疲れさんです」

「お疲れ様なのは船Qの方やろ」

笑いながらコンビニで買ってきたジュースとだんごを差し出す。

「すいません」と言って受け取る。そしてストローをさしてジュースを流し込んで

「ごばらぁ!」

一気に吐き出した。

「何ですかコレ!?」

「どろり濃厚ビーチ味や」

「クソ暑い夏にそんなもん飲まさんで下さい!」

「なに言うてんねん!夏だからこそ飲むんや!」

「くっ……やはり先輩にAIRなんて渡すんやなかった……」

さて、なんとかどろり濃厚ビーチ味を処理しきったところで、竜華が垂れ流しされているビデオに目を向けた。

「そのビデオ……」

くいっとメガネを指で持ち上げる。

「ええ。最近噂になっとる大星淡と宮永咲っちゅうルーキーコンビの麻雀ですわ」

そう言って船Qはビデオの山から一本取った。

「今流しているのは個人戦の動画ですけど、大星の方は兎も角、宮永の牌譜に関してははっきりいって見る価値は殆ど無いです」

「と言うと?」

「個人戦のビデオを見て貰ったら早いんですが……あの一年、意図的に手作りを失敗させとるんですわ」

そう言って、船Qはビデオを巻き戻す。そこに映ったのは……

 

 

 

「サキ……可愛いよ……サキ……」

「淡ちゃ……んん……ダメ……」

「ごめん。我慢で」

 

 

 

 

ブチッ

「間違いました。こっです」

「ちょい待て。なんや今の」

 

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

 

改めて船Qがエンターキーを押す。そこに映ったのは……

 

 

 

「ロン!1800」

「あらら……高めツモを狙ったんですけどね」

「ツモ!1300.2600」「あらら。鳴いたら牌がそっちに行っちゃいましたね」

「クク……ロン。リーピン一発、純チャンリャンペーコー」

「にゃああああああ!?」

 

 

 

「と、このように比較的ロスの大きい打ち回しが多いんですわ」

「今一瞬誰か飛ばしてなかったか?」

さらっと出番が消えていく池田。

しかし船Qの言うとおりで、個人戦での咲の打ち方ははっきりいって下手だった。やる気の無い麻雀。しかしその中で、一度だけ咲が本気を見せた試合があった。それは……

 

 

 

個人戦二日目。この日から東南戦になるのだが、会場の目はある一試合に釘付けになっていた。彼等が注目しているのは、

「ツモですわ!400.700」

龍門渕透華ではなくて、

「ツモです。1000.2000」

宮永咲である。あと卓に座るのは、

「あー!フリテンリーチしちゃいました!」

「ワハハ。かおりん、そういうのは言っちゃ駄目だぞ」

かおりとワハハ。なんだか被害担当役が決まったような面子だが、東3でのそれぞれの点棒は平らだった。

「宮永咲……この龍門渕透華を差し置いて目立ちまくりで……許せませんわ!」

一人加熱している人物もいるが、場は平らである。

 

 

 

「なんかさ……あれ本当に清澄の大将?何て言うか……」「やる気が無い?」

 

 

 

彼女達を映し出すスクリーンの前には大勢の人集りが出来ていた。しかし、どの顔も不満そうな顔をしている。

彼らが見たいのは宮永咲の魅せる麻雀で、平凡ありきたりな麻雀などに期待しているわけではない。最も、同席する人からすれば大人しくしていてくれた方が有り難いのだが……

(本当にこの人が宮永さん……?)

首を捻る佳織。その直後、

「ツモですわ!リーチ一発メンピン三色!親っ跳ねです!」

「はわわ……」

「あたた。この面子を相手に6000の出費は厳しいな……」

そうこうしている内に、透華に和了られてしまう。実力で言えば、透華はこの中でも咲に次いで高い。もし、団体戦みたく冷えることがあれば……

(おっと……集中、集中……)

しかし、今一番怖いのは咲である。あれだけの実力を持つ咲が、昨日からずっと良いところ無しなのである。そろそろ……

「ふう……」

その時、ワハハの下家に座る咲が少し長いため息を吐いた。

「ん?どうしたんだ?」

その溜め息に、何かヤバい気配を感じて咲に話しかけるワハハ。

「いえ……なかなか思い通りにいかないものだと思って」

そう言って八ワンを切る。

「本当は大将戦での染谷先輩……ああ、私達の副将なんですけどね。先輩の仇を取ろうと思っていたんですけど……中々思い通りに行かなくて」

そう言って咲は点棒を確認する。

(ワハハ……宮永にも調子の悪い時があるのか?)

しかし、直ぐに思い知らされる。咲の言葉の真意を。

透華が7ワンを切ったその瞬間、

「ロン」

遂に咲の口から処刑宣言が漏れた。

「えーと……タンヤオ対々でしょうか……?」

佳織の呑気な言葉が卓を舐める。しかし、ワハハと振った透華本人はそんな呑気なことを言ってられなかった。

 

 

222m555m888m444s7m

 

 

「「四暗刻単騎!?」」

 

唖然として固まる二人を睥睨しながら咲が言う。

「私が倒したいのはあっちの龍門渕さんなんですよね……中々冷えてくれないから役満を当ててみましたけど、これで冷えてくれないと本当に跳ばしてしまいますよ?」

(ワハ……この狂人がっ……!)

これで咲が自分からラスボスのスキルアップを手伝うのは何度目か……

透華が冷えたのは、この直後の事である。

 

 

 

 

なんやこれ……

ビデオの再生が終わり、独特のツーンという音が流れる部屋に、竜華の信じられないと言った声が通った。

「驚くのも無理無いですわ。自ら冷やし透華を起こしに行く選手なんておりませんでしたから」

西東京代表の臨海女子、メガン・ダヴァンが冷えた透華を恐れて他校の生徒を跳ばしてしまったのはその筋では有名な話だが、咲がやったのは全く逆の行動だった。冷えぬなら冷やしてみせよう龍門渕。

「しかし、ほんまに恐ろしいのはこの後ですわ」

「後?」

「ええ。龍門渕透華の実力は全くの未知ですが、ダヴァンが恐れたあたり本物でしょう。しかしあの一年は卓に座っていた選手三人を纏めて吹き飛ばしたんですわ」

は……?という呼吸が口から漏れた。

 

 

 

 

「チー」

咲、打2ワン。

(ワハハ……冷やし透華がいる卓では鳴けないって、確かかおりんが言ってたっけか……)

(なんなのこの人……)

「ロンです。タンヤオ三色ドラドラで8000お願いします」

「……」

透華がいる卓では鳴けない。それは嘘ではない。確かに、佳織は門前で跳ね満聴牌したし、ワハハに至っては鳴ける牌が一枚もない。しかし

 

 

 

567p5555667s

 

チー567m

 

 

((何で鳴けるんだ(です)!?))

 

 

絶望一色に染まった顔。しかし、咲からすれば既に通った道を歩いているだけのこと。

(鷲巣お爺ちゃんがいる卓じゃ鳴くどころか有効牌が来ないことなんてザラだったからね……)

しみじみと思い出す、勝てなかった日々の麻雀を。どうやったら鷲巣に勝てるのか。考えて考えて考えた末に辿り着いた答えが、

 

 

「そうだ!お爺ちゃんと同じことをすればいいんだ!」

 

 

 

という、マホちゃんもびっくりの発想だった。

それ以後、多少条件は付くものの、咲も鷲巣と全く同じ超豪運麻雀が出来るようになりましたとさ。めでたしめでたし。

「ワハハ……何もめでたくないぞ」

 

咲 81000

透華 6400

ワハハ 6200

佳織 6400

 

 

卓は悲惨な光景だった。他三人は鳴けないのに、咲は鷲巣力でカンドラなどを手牌に絡めて四巡くらいで満貫や跳ね満を聴牌してしまう。心なしか透華の目が完全に死にきっていた。

(うーん。取り敢えずこれで先輩の仇は取ったことになるのかな?)

鷲巣力で透華がワハハの河に触れられないようにしつつ、咲は牌をツモる。

(攻め一辺倒になっちゃうから使いどころが難しいんだけど、自分から牌を鳴けないように縛ってくれるなら問題無いかな)

衣戦の時もそうなのだが、咲の恐ろしい点は相手の能力を完全に無効にしてしまわないことにある。やるにしても一部だけだったり、逆に利用してしまう麻雀を得意とする。その点、ある意味冷やし透華の能力は絶好のカモだった。

「うん……カン」

そして毎度同じく嶺山牌を掴む。

「ツモ。嶺山開花、タンヤオドラ4の四本場。皆さんの跳びで終了ですね」

 

 

 

 

 

 

「これが個人戦での一部始終です。決勝戦は別ブロックから上がってきた大星淡との一騎打ちになるかと思ったんですが、福路美穂子に差し込んでの三位抜けで終わりましたわ」

船Qが見る価値が無いと断言した通り、決勝卓は咲も淡も暴れずの静かな卓だった。その上できっちり勝つあたり、本当に実力の高さを窺わせる。

「何て言うか……えげつないわ」

「ホンマや。うち、生きて帰って来れるんやろうか?」

千里山の大将は竜華である。生きるって辛いわ……

「それで何か解ったことはあるん?」

団体戦での派手な和了は聞いている。それと合わせれば何らかの方向性は見えてくる筈である。しかし、結論は冒頭に戻る。

「それがさっぱりなんですわ」

「マジで言うとるん……?」

嫌なことを聞いたような顔をする竜華。しかし、船Qは至って真面目に話す。

「大将戦オーラス。三局目の七本場で見せた和了は何とか説明がつきますわ……でも」

でも?と二人が口を揃える。

「オーラスのあの和了だけは全く解りません。あの天江衣が振り込んだこともそうですが、なぜ宮永はあんな待ちを選んだのか……オカルト能力だとしても説明がつかないんですわ」

船Qが説明する。あのとき、少なくとも咲は衣の手に2ワンがあること。衣が2ワンを切ることを解っていないといけなかった。

「怜みたいに数巡先を見る能力とちゃうのか?」

一番あり得そうな能力を言ってみる。

「まあ、それなら一応説明がつきますが……それだと十巡先が見えてることになりますが」

「……ごめん。やっぱ却下で」

手牌が丸裸だと言っているも同然である。

「あかん……本気で勝てる気がせえへん」

がくりと背もたれに体を預ける。視界がぶれて竜華の目に入ってきたのは小柄な可愛らしい少女だった。

「……なあ、船Q」

「なんですか?」

「直接聞いてみれば案外あっさり教えてくれるとちゃうの?」

ははは、まさか。と笑う船Q。その直後、

「船Q、船Q」

と怜が声をかけた。

「これと違うんか?」

ポチッとテレビの電源をつける。そこにいたのは、さっきまで怜が「あの子の太ももええな~」と思っていた少女で、

 

 

『え?大将戦オーラスの和了ですか?別にいいですけど』

 

 

 

船Qの夜なべの努力を全くの無駄にする映像が映っていた。

 

 

 

さて、テレビで咲が自分の和了について解説する前に、衣がなぜ振り込んだのか当たりを付けることが出来た人物が三人いる。

一人は、

「流石ハルちゃん!」

「赤土先生凄いです!にしても、よくあんな麻雀打てるなあ……」

「そんなオカルトあり得ません……」

「おもち力たったの30か……」

「この子の麻雀温かくない……」

阿知賀の監督、赤土晴江である。最も、千里山や姫松の監督との共同作業で何とか答えにたどり着いたのだが……

「ど……どんな…もんよ……」

かゆうまと言い出しかねないグロッキーな顔で力尽きるレジェンド。

もう一人は、

「宮永さんちょー凄いよー」

「対戦するの豊音だからね……」

「ちょー帰りたいよ……」

「だる……」

「にしてもよく解りましたね、熊倉先生……」

「コノヒトモ、センセイモ、スゴイ!」

熊倉トシ。急遽岩手の監督をやることになった敏腕監督。どの位敏腕かというと、山奥の村から豊音を引っ張り出してくるくらい敏腕。監督としても選手としてもその腕は確かなおばちゃんなのだが、流石に咲のとんでも麻雀を理解するのは老骨に響いたようである。豊音に肩を揉んで貰いながら

「イタタ!豊音、力が強すぎるよ……」

「あわわ!じゃあこう?」

 

 

ポキン♪

 

 

病院に担ぎ込まれたとさ。その日から、宮守の学校に「トヨネは悪くない……トヨネは悪くない……」という呪詛が聞こえるようになり、鹿児島パワーでお祓いして貰うのだが、それはまた別のお話。

ここまでで、咲の麻雀を理解出来たものは学生の中にはいなかった。しかし、世の中に天才は少なくても秀を極めてそこに行き着く事が出来る人間が僅かながらいる。

「うん……こんなところですね」

常勝白糸台。今年の白糸台の大将に抜擢されたのはそう言う人間だった。

「それ……本気なのか……?」

信じられないという風に菫が、今年度の白糸台の大将、和美の語った咲の麻雀を思い返す。

『あんまり能力とか気にしたらダメだと思う……思います。包み込むように考えれば、咲ちゃんの麻雀はそれほど奇をてらったわけではないです』

遠慮がちに自分の見解を電話で述べる和美。和美は今喫茶店にいるのだが、どうしてもと言う菫達に押し切られて種明かしをしていた。

電話口から照の声が聞こえる。

『じゃあ、咲の麻雀は極めてデジタルなものだって言うこと?』

「デジタルというよりはアナログだと思いますけど……デジタルにしては無駄が在りすぎですし、かといってオカルトでもないですから」

つまり何でもやりかねないということです。という一言は先輩方の精神の為に引っ込めた。照以外の人間が倒れかねない。

しかし、気を使うのはいい加減にしないといけなかった。

「そ、それから……」という誠子の声を押し留める。

「すいません。今人と会ってて……」

申し訳無さそうに頭を下げる和美。すると電話は「す、すまなかった!」と慌ただしく切られてしまった。

ツーツーとなる電話。それを流れるようにしまい、今まで待たせていた人物に謝る。

「ご、ごめんなさい。宮永さん……わざわざ東京まで来てもらったのに……」

また頭を下げる和美。彼女の対面、テーブルの向こう側に座るのは宮永咲だった。

「気にしなくて大丈夫だよ。個人戦も終わってるから、一週間後の合宿に間に合うように動けばいいだけだから。それと、宮永じゃなくて咲って呼んで」

お姉ちゃんと被っちゃうからと付け加える。しかし、随分と慌ただしい日程である。

咲の優しげな声と物腰に安心感を覚える和美。紅茶が運ばれてくる。ブラウン色のお茶に、テラスから入る陽が眩しい。

和美は何から話そうかと考えて、咲は和美が口を開くのを待って、シンシンとした時間が流れた。

そんな時間が十分ほど流れて、先に口を開いたのは咲だった。

「姉は……お姉ちゃんは元気?」

「あ……宮永先輩よね?うん。元気にお菓子を食べてるよ」

おい、麻雀しろよ。

相変わらずだな。と、懐かしむように咲が表情を崩す。そんな咲を見て、和美も意を決したように口を開いた。

「私……一度、宮な--咲さんと会ってみたかったの。卓を囲む前に……」

長野の大会で咲を一目見てから、何とか卓以外の場所で会いたいと思った和美は手紙を送った。東京行きの列車のチケットを添えて。

ところが、そこに書かれていた文章は、「あなたに会いたい」という不器用にも程があると突っ込み待ち状態だった。本来、咲はそんな手紙を真に受けてわざわざ東京に行く必要なんて無かった。道に迷ってダウジングをしながら待ち合わせの喫茶店を探す必要など無かった。しかし、咲は来た。なぜなら……

「差出人が差出人だったからね。この名前を見せられたら来ないわけには行かないよ」

そう言うと咲は和美の名前、裏麻雀界において最も有名な苗字を告げた。

 

 

 

-天-

 

 

 

「天……天和美。第一次東西戦で最強の座を手にした天貴史の一人娘。私も興味が湧いたから」

これが、両雄が邂逅した最初の瞬間だった。

 




この作品は基本的に原作に忠実です。

咲、点棒をゼロにされて追い詰められる。
そこから奇跡の逆転を決める。


間違ったことは書いていません。多分!


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四校合宿 EXODUS編までのカウントダウン
咲ちゃんかわいい


何の捻りもなくタイトルを付けてみました。
咲さんかわいい。


夏の入り口。後に悪夢と称される事になる長野県予選が終わってから3日が経ち、今や清澄の名は最悪のダークホースとして知られていた。

「まあ、勝ち方が勝ち方なだけにしょうがないわよね」

と、大会中に心臓を強制終了させられかけて仏壇的な意味で神域に辿り着きそうになった久は語る。

さて、初出場ながら団体戦で優勝し、個人戦でも淡と咲が一位、三位のトロフィーを獲得すると言う快挙を成し遂げた清澄高校だが、今は一ヶ月後に控える全国に向けて英気を養っていた。今は少しだけ弛緩した空気が部室に漂っていた。

「タコスなんかどうでもいいじぇ……」

「働いたら負けじゃからの……」

「生きてるって、それだけですばらな事なのね」

「スバラ?」

「すばら」

「スバラ!」

いや弛緩しすぎでしょ。久に至ってはなんか悟りっぽいものを開いていた。そんなに臨死体験が衝撃的だったのだろうか。

「河の向こう岸からね、暗夜行路の二番が聞こえてきてね」

うふふと壊れたように笑う久。暗夜行路二番だけはマジで勘弁して下さい……

 

 

 

 

「とまあ、冗談はここまでにして」

露出度の高かった一期のパイロットスーツのコスプレから着替えてきた久が、ホワイトボードを叩く。「死ぬ気まんまんじゃないですかやだー」と言う突っ込みを無視したその先にあったのは…

「朝練。始めるわよ!」

全国の二文字が踊り狂っていた。

 

 

朝練。帰宅部の朝練と言えば、学校に着くや否や家に帰ることを指すが、清澄の麻雀部は健気に眠たい目を擦りながら牌の音を聞いていた。それただの雀キチじゃね?と言う突っ込みは無しで。

半荘が終わり五分休憩の折り、京太朗が二日前の大会を愚痴る。

「くそー。俺も対戦相手がもう少し弱ければベストエイトくらい……」

「犬が何か言ってるじぇ」

「須賀君。デジタルに徹しろなんて言わないけど、せめて間4件のケアくらいはした方がいいわよ……」

それすらしてなかったのか……

「いや、俺が下手だってのは認めますけどね!何か対面の相手が御無礼御無礼五月蝿くて……」

やめて下さい死んでしまいます。

「いやなんですかその痛い人を見るような目は?」

「別に~」

清澄高校は今日も平和です。因みに、その時京太朗が座った卓の右の奴はひたすら倍プッシュを要求してきて、左隣の奴はひたすら天気の話をしてくると言う、完全なツミゲーだった。良かったね。面子が面子なだけにメンツは保たれたよ。

「やかましいわ!」

時間は朝の九時。朝練の為に集まった久達は、一ヶ月後に控えた全国大会に向け毎日三時間は牌を触るようにしていた。牌に馴染んでおくかどうかで、少なくとも調子などは変わってくる。特に咲や淡は、いわゆるオカルト派なので感覚を失わない為にスパンを開ける事なく打つ必要があった。しかし、一番牌に触れないといけない肝心の一年コンビが、部活の開始時間を過ぎても未だに来ていなかった。

遅いわね、と久がボヤく。

「淡は兎も角咲が遅れるなんて……」

何だか最近忘れがちなのだが、もともと咲はそう言う細かいところまで気が利く良妻賢母系の女子高生なのだ。どのくらい良妻かと言うと、咲の「めっ」の一言で赤木が食事を完食するようになり、「淡ちゃん。あーんして?」の一言で淡の好き嫌いが消えたりするくらいに可愛いのである。

「結論が咲ちゃん可愛いにすり替わってるじぇ」

今頃、家の孫は世界一ィィいいいい!とどこかのおじいちゃんが叫んでいるのだろうが、そんなことは咲も知る由がない。

と、噂をしていると階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。

「おっ。来たわね」

ダッダッダッ!と言う足音と共に、咲の

「遅れてすみません」

と言う声ではなく、代わりに

 

「ねえ!サキが今どこにいるか知らない!」

 

淡の声が飛び込んできた。

「咲?まだ来てねーぞ」

「ありゃ?咲がおぬしより遅れるとはの…」

「珍しいこともあるものね」

これは淡の信用の無さを嘆けばいいのか、咲の生真面目さを誉めればいいのか。

咲が如何にいい匂いがするかホワイトボード一杯に図を書いて久達に力説する淡を尻目に本気で悩んでいた優希だが、ふと目に白いものが飛び込んできた。

「封筒?」

何で今まで気が付かなかったのだろうか。いつも咲が愛用して使う鷲巣が手ずから作ったガラス製のカップの下に、真っ白な封筒が置かれていた。因みにそのカップ、現在の価格に換算して2000万以上に相当する。

壊したら献血待った無しなので慎重に手紙を抜き取る。

封筒には、桜色の蝋で封がしてあり、右端にちょこりと小さく

「咲ちゃんからだじぇ!」

宮永咲の名前が添えられていた。

「サキから!?」

キンクリでもしたかのような高速移動で封筒に飛びつく淡。そろそろキャラ崩壊のタグをつけるべきだろうか。

「意外ね。咲が手紙なんか置いていくなんて」

何か用事がある場合、咲はダイヤル式の電話で連絡を取る。なんでダイヤル式かって?最新型は咲ちゃんのオーラに耐えきれないんだよ……

ゴクリと爆弾でも見るかのように手紙を取り囲む久達。

面々が見守る中、淡が代表して封を開ける。出て来たのは、桜色の綺麗な紙に、咲の綺麗な文字が添えられた、

「この手紙を淡ちゃん達が読むとき、私は既に長野にいないでしょう」

おじいちゃんズが聞いたら発狂しかねない手紙だった。何だかデスポエムっぽい?

一応、その後に事細かな事情が書かれていたが、要約すると

「少し気になる(顔も知らない赤の他)人から東京に来ないかという手紙を頂きました。長野にいるとマスコミが五月蝿そうなので(これ幸いと)暫く東京に滞在します。合宿の日までには(迷子にさえならなければ)戻ってきますから、安心して下さい。

ps

お土産は東京ばななでいいですか?」

最後まで読んでぷるぷると震える久。そりゃそうだ。部員が何の断りもなく勝手に部活を休んだら怒っても仕方な

「私はふぐちりばなな派なのに!」

そっち!?

どこかで神域の男がガタッと身を乗り出したような気がしたが、多分気のせいじゃないだろう。

他のメンバーも口々に文句を言う。

「東京ばななよりもワカメばななの方が」

そんなものはない。

「タコスばななの方が」

普通にタコス食べなさい。

「お土産はサキでいいのに」

淡咲最高おおおお!

「それはもういいから……」

(´・ω・`)

「しょぼーんもせんでええから」

しかし、咲とて何も考えず長野を離れた訳ではない。手紙の最後に咲自身が書いたように、どうも最近マスコミが五月蝿いのだ。普通はたかが高校生雀士なんかにマスコミはあまり粘着しないのだが、今回は少し洒落にならないくらい大勢のマスコミ関係者が押し掛けて鬱陶しいことこの上ない。咲が東京に行ったのは久達が麻雀に集中できるようにするためでもある。

十分後、咲の隠れた気遣いに気付いた淡達は、それっきり黙って誰からともなく牌を握りだした。

 

 

 

咲が東京に行った。この事は、淡達により麻雀と向き合うきっかけを作る事になった。しかし、淡達以上に影響を受けた人間がいることを忘れてはいけない。

「一大事じゃ……」

「ああ……まさかこんな事になるとはな……」

それは、代打ち業の頂点に立つ者達……別名、

「この中の誰一人として料理が出来ないとはっ……!」

咲ちゃんに胃袋を握られた老人の会の主要メンバー。

市川と僧我はそれぞれ東京と大阪に帰ったので残るは、赤木、原田、鷲巣なのだが、この中に料理が出来る者が一人としていなかったっ……!

「どうするんじゃ!七年前から食事は咲が作ってくれとったから儂等のお料理スキルはゼロっ……」

「くっ……確かに金はあるが逆に言えば金しかないぞ……」

「今更俺達の舌が店で出される料理を受け入れるとは思えねえ……」

ざわざわさせながら今晩の献立を考える鷲巣達。何やってんだコイツ等と思うかもしれないが、これでも必死なんです。

テーマは献立。夕食の時間までに少なくとも一品は料理を決めなくてはならない。

「ぐっ……!」

難しい確率。一見料理の種類は無限にあるのだから、その中から一品を選ぶのは簡単に思えるかもしれない。しかし、鷲巣達の料理スキルを考慮すると選択肢はとても狭い。何が自分達に手に負える食材で何が手に余るのか。その判断が迫られている。

長い時間が過ぎた。刻一刻と時計の短針が7に向かう。

まず口を開いたのは原田だった。

「取りあえず……ふぐは無いな」

「なっ……」

当然これに反応したのは赤木だった。

「どういうことだ、原田?」

「考えてもみろ?フグは強い毒を持っとる……咲はフグを調理する技術を持っとったから儂等は普通に食えとったが……」

「料理スキルの無い儂等がフグ料理を作ればその時点でアウツっ……!」

そう。その考えは一見正しい。しかし、彼は一つだけ見落としていた。赤木しげると言う男の狂気……揺らぐことの無い信念を……!赤木は正しさとかそう言う自分を縛るような常識、いわゆる正しさから離れた生き方をしてきた男。

「ふっ……的が外れてやがる」

「何やと!?」

つい地の関西弁が出てしまう原田。

「俺達はフグ料理が作れないって言うのか?」

「自信はある!俺達は博打打ちだ!フグ料理くらいなんとでもなる筈だ!」

いや、その理屈はおかしい。

「しかしっ……!どんなに薄い確率でもフグの毒に当たってしまう確率がある以上、命と言う取り返しのつかんもんをかける訳にはいかんっ……!勘違いするな!死が怖いんじゃない!無意味な死は御免だと言っとるんだ!フグ如きに命が張れる訳がないっ……!」

「『無意味な死』ってやつがまさに料理なんじゃねえのか……俺はずいぶん長くそう考えてきたが違うのかな……?」

違います。

「これはタイプの問題じゃない……土俵の問題だ……ようするにお前はまだ料理という土俵に上がっていないんだ……だから料理を脳みそからひねり出した確率なんかで計ろうとする……見当違いもはなはだしい……背の立つところまでしか海に入ってないのに……俺は海を知ったと公言してるようなもの」

 

さわ……さわ……

 

 

その時、原田が立ち上がった。

「ふざけるなっ……このまま料理免許も持ってない奴が調理したふぐさしなんか喰えるかっ……!」

全くもって正論である。しかし、赤木とて引き下がらない。行くところまで行ってしまう男。その空気を、原田は如実に感じていた。

(くっ……赤木しげる……やはりこの男は別格っ……!確かに今ここで赤木の意見を無視して儂等で適当に米を炊いてしまう事も可能……だが、無理やりこちらの意見を通した場合、順番的に赤木の意見、つまりふぐさしの要求を受け入れるしかなくなるっ……!)

いや、普通に断ろうよ。

もう逃げ道は残されていない。残った選択肢はただ一つ。

原田は横に抱えていた麻雀牌を卓に置いた。

「いいだろう……だが料理する前に一勝負だっ……勝手に献立を決められてたまるかっ……!俺とお前で大勝負……ふぐさしをかけたギャンブルだっ……!」

 

 

 

こうして麻雀教室の夜は更けていく。

その勝負はもはや咲を除いて誰も止められない。

 

 

 

さて、赤木と原田が夕食を賭けた大博打をし始めた頃、漸く久達も練習を切り上げる時間となった。

「うー頭がクラクラするじぇ……」

「サキの膝枕があれば一瞬で回復するのに……」

一年生組は普段よりも激しいメニューが頭にこたえて、卓に突っ伏していた。

一方の先輩組はと言うと……

「東風戦じゃなくて半荘にするんだった……」

「この悪待ち大好きっ娘が……」

自ら不利な条件で戦い過ぎて息も絶え絶えだった。

夕日が染み込む部室。久達は、懸命な追い込み麻雀をしていた。意識が切れるか切れないかの瀬戸際で牌を握る。しかし、それだけ集中して打つとどうにも他の事に気が回らなくなるらしく、結果こんなエピソードが置き忘れられていた。

 

 

時刻は三時。普段は集中力がそろそろ切れてきそうな時間だが、今の彼女達は極度の精神緊張状態になっており、部室に見知らぬ人物が入ってきたことに気付きはしたが、違和感を覚える事が出来なかった。

「あの……清澄高校の麻雀ってここでいいんですよね?」

「早く切りなさい……時の刻みはあんただけのものじゃ……ええ、ここが清澄の麻雀部よ……」

青白い顔をした久が卓から目を話さずに受け答えする。

良かった~と安心したような声の主は、次に彼女が今日ここに来た目的、

「えーと……じゃあ宮永咲さんは今居ますか?」

咲の所在を尋ねた。

「時の刻みは私に……サキなら東京だよ」

「嘘何で!?」

赤木の悪い癖が伝染しただけです。その後、電車賃無駄になったと嘆いていた彼女だが、「まぁ、それはそれで好都合よね」と呟いた。財布の中を見て東京までの旅費があることを確認にした後、彼女は「お邪魔しました~」と、最後の方は遠慮がちに声を萎めながら扉を閉めた。

このエピソードは彼女達が一番テンションが高い時に起こったので、奇跡的に頭の中にはインプットされていない。まあ、そうでもなければ淡があっさり咲の居所を教える訳がないのだが……まあ、なんでこんなエピソードがわざわざ出てきたかと言うと……所謂フラグである。

 




今でこそ淡咲最高とか言っていますが、私をその道に引きずり込んだ最初のカップリングは憧咲と言うちょーマイナーカプです。咲さんかわいいの初心を忘れないためにも、私はこの組み合わせを大切にしていく所存です。
つまり、後は解るな……?



まあ、憧咲は欲望半分と言うところで、実際はひろゆき的な立ち位置のキャラが欲しくて……淡は欲望オンリーだがな!


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夢の代償

本当はもう少し話をスリムにしたかったのですが、私には無理でした。

タイトルは某ロボットアニメから借りました。湧き上がってくるこの絶望感……


もし、今までの人生で何か一つを後悔出来るとすれば、何を後悔するだろうか。一体何を後悔すればいいのだろうか。

「ああ……」

全ての音が朽ちて視界だけがクリアになっていく。初瀬が何か言っているが聞こえない。耳に入らない。入れたくない。何も見たくない。全てが崩れ落ちていく…そんな現実なんか見たくなかった。

『決まりました!阿知賀女子学院、奈良の古豪晩成高校を破り十年ぶりの全国進出です!』

「よっしゃあ!」

「穏乃!やりましたね!」

「シズちゃんナイス!」

「流石シズちゃんなのです」

「和!玄さんにみんな!」

暖かいよ、と言う宥姉の声が聞こえてきた。シズ、和、玄、宥姉。知らない顔が一人に晴江。嬉しそうにシズに集まる輪が一つ出来上がっていた。

晩成高校は決勝戦で阿知賀に善戦するも玄が作った大差を逆転する事が出来ずに、優勝旗を譲ることになった。

私はどうすれば良かったのだろうか。どうすればこんな惨めな思いをせずに済んだのだろうか。

「何がっ……」

「憧?」

「何が間違っていたっていうのよっ……シズっ…!」

あの輪の中に、私はいなかった。

 

 

 

 

私とシズ、それに和と玄は子供の頃、よく一緒に遊んだ。シズと玄とは幼なじみで、そこから転校生の和が麻雀教室にやってきて……それから四人で一緒に居ることが多くなった。

ずっとずっと一緒に居ると思っていた。ずっとずっと一緒に居たいと思っていた。私は、あの時間が好きだった。それだけは今も昔も変わらない。

でも、それから直ぐに私は試されることになった。玄が進学し、私達も一緒に行くはずだった中学。そこには麻雀部が無かった。

玄もシズも和も好きだけど、それと同じ位に麻雀も好きだった。

私は麻雀がしたかっただけ。ただそれだけ。だから、高校は麻雀の名門晩成に進学するつもりで、中学は麻雀部のある阿太峯中に進んだ。その時は、それが正しい選択だと思っていた。

「馬鹿だ、私っ……!」

今になって後悔するなんてっ……幸せだったんだ……最初から私の幸せはすぐ傍にあったんだ……なのにっ……!

「何であの時気付かなかったのよっ……!」

後悔しても、仕切れなかった。

それが、今の新子憧だった。

 

 

初瀬から聞いた話通り、憧は大会が終わった二日後の今日、部室には来なかった。事情が事情なため、一週間は部活を休んでいいと伝えてはある。が、それは問題を先延ばしにしているに過ぎなかった。

「悪いことをしたな……」

部長のやえが呟く。

「私達が勝っていればもう少しはマシだったのだろうが……」

「幼なじみの中で自分だけ違う学校っていうだけで精神的に辛いのにその上優勝までされちゃ……」

立つ瀬がない。と、先をやえが続けた。今この場に居るのは憧の事情を知る初瀬と晩成レギュラーメンバーの五人。俄では話にならんのだよ。

「どうしよう……このままだと新子さん麻雀止めちゃうかもしれない」

それは最悪の事態だが、直ぐに初瀬が否定する。

「それは無いと思います。憧は麻雀がしたくて晩成に来たから……」

「それが危ないのだよ」

「小走先輩……」

「大事な物であればあるほど、時にそれを壊したくなる……無かった事にしたくなってしまう。新子が趣味で麻雀をやっている程度なら私もそこまで心配しないのだが、あいつの熱意は本物っ……だから…危ない……!」

あれ小走先輩こんなに格好良かったかなと言う視線を集めるやえ。後、微妙に顎が尖ってますよ。

しかし、やえの言葉は恐ろしい程に正鵠を射ていた。仮に麻雀を止めなくても、このままでは確実に傷痕を残す。

「新子さんには二年からメンバー入りして貰う予定だったのだけど……今の状態が続くようなら危ないわね……」

「そんなっ……!」

その言葉に初瀬が噛みつく。しかし、それを望んでないのはやえ達も同じだった。

「落ち着け。もしそうなったら晩成は来年の全国も危ぶまれる。そうならないよう全力は尽くすさ」

皆、憧には期待しているから、どうにかしようと考えている。しかし、肝心の方法が思いつかなかった。

(何か憧の元気が出るもの……せめて気を紛らわす事が出来る方法を……)

必死に考えて考えて……その答えは意外な所に転がっていた。

突如、隣の視聴覚室から歓声が聞こえてきた。

「な、何だ!?」

突然の歓声に驚く初瀬だが、やえの「王者たる者堂々としろ」と言う声に落ち着きを取り戻す。

「何をしているんでしょうか?」

「さあ……何やらテレビを見ているみたいですが」

窓ガラスから視聴覚室を覗く。そこには、三十人近い部員達がひしめき合って一台のテレビを囲んでいた。

「何この昭和感?」

さあ、わっかんねー

見ると、どうやら部員達は麻雀の試合を見ているようだった。今年のインターハイ注目の一局と題されたその番組では、長野の試合が取り上げられていた。

「長野と言えば龍門渕と風越が有名ですが……」

しかし、注目の的になっていたのは龍門渕の天江衣ではなくて……

「清澄……宮永咲?」

聞かない名前の選手が取り上げられていた。この番組を作るに当たり、新たに解説役として呼ばれたプロ雀士、三尋木咏がわっかんねーと叫ぶ。

『ネタばれしないように解説しろとかマジわっかんねー』

『いえ、ですからこの局の宮永選手の和了を……』

『うーん……でも解説してしまうと咲ちゃんの手の内を晒しちゃうことになりかねないからね~』

出来ればその努力をドラゴンロードの時に活かして欲しかった……

部員達の異様な熱気に飲み込まれて、知らず知らずの内に初瀬達もテレビを囲んでいた。そして……

 

 

 

その日の晩

「憧憧憧憧憧憧アコー!」

初瀬が壊れた。

「何?こんな時間にどうしたの?」

場所は憧の家の玄関前。そこにはDVD片手に息を切らしながら憧に詰め寄る初瀬と、少しやつれた憧がいた。憧の胡乱気な視線を気にせず、「今から部屋に上がっていい?」と尋ねる初瀬。

「え?今から?別にいいけど、初瀬は夕御飯食べてきた?」

テーブルゲームの割に麻雀は頭と体力を使う。部活で絞られたであろう初瀬を思っての言葉だったが、当の本人にはどうでもいいことだったらしく「いいから!」と言うと押し掛けるように憧の部屋に上がっていった。

部屋についた初瀬は部屋の中を見回して、何かDVDが再生出来る機器が無いか探し始めた。

「憧!パソコン持ってないっ?」

「有るけど……一体なんなのよ!いきなり人の家に押し掛けて……」

放って置いて欲しかった。その言葉だけは言わないように喉の奥にしまい込んだ。

そんな憧に、初瀬は構うことなく先輩から貸して貰ったDVDを再生するための準備を進めていた。ノートパソコンの電源を入れ、ディスクをセットする。

「ああもう!」

一手間一手間が煩わしいと言わんばかりのその迫力に気圧され、初瀬の横からそっと覗き込む。

「ねえ、何の映像なのよ?」

「麻雀。県予選団体戦の映像なんだけど、今凄い注目を浴びてる選手がいるって話、知らない?」

長野?と憧は首を傾げる。自分のことに手一杯で、他の事に構っている余裕が無かった。

「知らないわよ。そんなに凄いの?」

「凄いなんてもんじゃないわよ!大会の映像は私も今日見たばかりだから詳しくは言えないけど、意味不明さで言えば宮永照より上よ!」

ピクリと憧の頬が動いた。宮永照のオカルト麻雀はあまりに有名過ぎて、憧も知っていた。一和了毎に点数が高くなっていき、相手が和了前に勝ってしまうと言うミステリアスな打ち手。

「そ、そんなに?で、でもさマスコミとかの脚色も多少は……幾ら何でも宮永照は言い過ぎでしょ」

しかし、それは初瀬の神経を逆撫でするだけだった。

「あーもうじれったい!」

幾ら言葉を重ねても無駄だと思って、遂に初瀬は再生ボタンを押した。

 

 

 

その瞬間、奇跡の夜が蘇った。

 

 

 

まず最初に、二人の目に飛び込んできたのは圧倒的な点差だった。

 

 

鶴賀 170400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 25800

 

 

「うわ。物凄い点差が開いているじゃない……」

ドン引きと言う声がつい出てしまう。特に清澄とトップの差は既に150000を超えている。絶望的な点差を見て、観察するのは龍門渕と鶴賀の手牌だけにしようとする。

「憧。清澄の宮永っていう人に注目してて」

「へ?何で?普通優勝した人の手を中心に見るものでしょ?」

「だからそうしろって言っているじゃない」

ほへっ?と可愛らしい声を漏らす。

「信じられないと思うけど優勝したのは清澄よ」

「はあ!?嘘でしょ!?だってトップとの点差は……」

 

 

鶴賀 194400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 1800

 

 

「って、更に開いてるし!?」

普通、この状態から逆転したと聞かされても信じることが出来ない。しかし、そこからは咲の独壇場だった。相手の和了を徹底して封じ込め、決して振らず、総てを掌握したかのような闘牌が繰り広げられた。

咲が危険牌を切るときは必ず、

『ロッ……』

『ん?何か言いましたか?』

『な、何でもない……』

二位の衣を封じ込めるための一打だった。

「嘘……なんで点棒ゼロの人がこんなに……」

捨て身……ではない。全ては勝つため。勝つための麻雀が繰り広げられていた。

気付いたら、咲の麻雀に見入っていた。

(強い……この宮永っていう子…間違い無く強い……とんでもなく……)

そして、遂に咲が悪魔と呼ばれる所以になった局が訪れた。

『ロン。白のみです』

『ロン。三色のみ』

凛とした声が響く。

「し、信じられない……あの状況で鳴いて攻めるなんて……」

自分なら絶対に打点重視で門前で攻めてしまうだろう。そして親番を逃して敗北……

しかし、咲は揺るがなかった。小さな和了を広い続けて、遂に逆転の手を作り上げる。リーチ偶期待ち。

『理では駄目……理では鍵穴の入り口で引っかかる。鍵穴を満たすには別の力を借りるしかない……例えるなら偶然という名の力……』

その声、その吐く息、その視線、その仕草、全てが自分を捕らえて離さなかった。

(凄い凄い凄い凄い!何なのこの咲っていう子!本当に私と同い年なの!?)

ええ、恐ろしいことに……

いつの間にか、咲の点棒は120000を超えていて、優勝圏内に入っていた。

そして遂に辿り着いた神域の境地……

『その裸単騎には魔法がかけてあります……衣ちゃんは手中の牌からその牌を選び、必ず振り込む』

普通なら信じられない言葉だが、憧にはただのホラには聞こえなかった。そして……

 

 

 

『ロンだ……ホウテイ…ドラ五……逆転…!』

 

 

 

舞台に幕が落とされた。

 

 

 

(何今の……咲っていう子の麻雀、ただ強いだけじゃない)

ただ強いだけの麻雀はここまで人を惹きつけない。咲の麻雀はそれ以上の何か……華があった。あらゆる人間を引き寄せて止まない、圧倒的才能の片鱗。その才能の濁流に、いつの間にか飲み込まれていた。

「どうだった、憧?」

隣に座る初瀬が感想を求める。

「なんて言うか……その…凄かった」

喉をカラカラにしながら言えたのは、そんな安っぽい言葉だった。

初瀬が帰った後も憧は、何かに取り憑かれたように咲の麻雀を見続けた。

「宮永……咲……」

ぼーとしながらも、目はずっと咲を追い続けている。細い体に、どれだけの才気が溢れているのか?

(この子…副露のセンスが並外れて高い。牌を晒す行為そのものを武器にしている感じがする……)

だから、牌を晒した上で出和了を狙えるのだろうか。捨て牌と副露、その二つを合わせれば、高い実力を持つ人ならあっさり待ちを見破ってしまう。憧は三色や一通を絡める分、更に待ちが読まれやすい。しかし、咲は寧ろその逆。ただ一度の副露で相手に危険牌を切らせる。それは自分には無い力。

(会ってみたい…ううん。会いたい……)

そして、初瀬からビデオを見せて貰ったその翌日、憧は東京にいた。

 

 

 

電車から降りたとたん、東京の暑い日差しに焼かれた。

「なんで長野に居てくれないのよ……」

財布の中を嘆きながらスーツケースを引きずる。長野に咲は居なかった。一応そこで、東京の白糸台周辺に居るという情報を得たので来てみたが果たして見つかるか。

(どうしよう……何も考えずに飛び出して来ちゃったけど……)

よくよく考えると、何の当てもなく東京で人捜しとか、馬鹿なの死ぬのどっちなのと聞かれるレベルの愚行だ。

(あーもう!そうですよ馬鹿ですよーだ!)

適当に駅の近くを回ってみる。

「はあ、これで宮永さんが居てくれるとかそんな都合のいい展開……無いわよね」

ところが、

「どっこい?」

そんな都合のいい展開が待っていましたとさ。

駅から歩いて五分足らずの所にある自動販売機。何か飲み物を買おうとしていたところ、近くで何やら聞いた事のある声が聞こえてきた。

「ここどこ……?」

(あれ?聞き間違い?)

何か予感めいたものが走って、辺りを見回してみる。声の主は、自動販売機の後ろにいた。半泣きになりながら、恐らく何の役にも立たない地図を必死に見つめる少女。その後ろ姿に、憧は何か既視感を覚えた。

(この声…もしかして!)

急いで駆け寄る。そして、

「いたー!」

「ふぇ!?」

東京の見知らぬ土地で人捜しと言う難題をあっさりクリアしてしまった。

 




前回話の中でこのような事を書きました。
「暗夜行路二番はマジ勘弁して下さい……」

やったね祈りが通じたよ(白目)
なんか死人『は』出ていない感が半端ないのですが、それは……


さてと……暫くは広げてしまった風呂敷を畳む作業……東京編かな……
何とかコンパクトに纏めたい。





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特に理由も無く魔王と卓を囲むことになったのだが私は生きて帰れるのだろうか?

何の脈絡も有りませんが、レッツ・雀


東 一 親はメイドα

 

憧 配牌

 

 

489m1223689p99s東南

 

(さて……配牌は微妙ね。ピンズが濃いいから混一と一通……三色を考えてみるか)

五巡後

 

 

789m1236689p799s

 

 

(う……形にはなってきたけど)

一通を狙うにしても三色を目指すにもカンチャンやペンチャンの牌が致命傷になりかねない手格好。少なくとも三色で聴牌すれば平和が消える。

ここからどうしようかと迷っていたそのとき、

「ツモが悪いね……」

(8ソウ……零れた!)

上家のメイドが三色の鍵牌、8ソウを捨てた。

一シャンテンが遠いこの手、憧は迷わず鳴く。

「チー!」

そして打9ソウ。三色ドラ一を聴牌する。

(よし……取り敢えず咲より早く聴牌出来た……!この人のことだからあまりもたもたしてられない……)

今回は東風戦。確かに速攻はそれなりに理に適っている。しかし次巡、下家のメイドβがリーチをかけた。

「リーチ!」

 

 

メイドβ 河

 

8m北西3m9p6p(リーチ)

 

 

(あちゃー。手が短くなった所でリーチかぁ……)

恐らくマンズは上の方が通りそうだが……

同巡、憧が引いたのは生牌の白だった。

(押し通せる牌じゃないか……)

そう判断するや否や憧は迷わず聴牌を崩した。打6ピン。中筋の牌なら通せる筈だし、頭落としならまだ聴牌チャンスもある。二巡後、

 

 

789m123789p白

チー789s

 

 

(聴牌復活……!)

白単騎だが、変わりに打点が上がっている。

(よし、マンズを打って逃げなかったのが効いた!安牌も増えたし、最悪ベタ降りも出来る!ただ……)

気になるのは咲の動き。

(なんだか勝負に絡んできてないような気がする……)

それは確信とは呼べない勘のような物だった。しかし、このときの憧の予想は的中していた。

 

 

 

2467m33779p東西中発

 

無表情でじっと自分の手牌を見る咲。後ろで見ていたギャラリー達の予想が飛び交う。

(この子、凄く腰が重い麻雀打つのね……)

(ああ。手格好が悪いと見るや字牌を絞りに絞ってやがる……)

一見すれば臆病な麻雀に見えるかもしれないが、実は咲の下家、つまり親のメイドαがピンズの混一をしていた。

(ピンズは限界まで押さえておこうかな……)

 

 

メイドα

 

 

112456799p東東発発

 

この手、確かに高い手ではあるが、咲が東発どころか3ピンすら押さえているので実質和了目ゼロ……咲の繊細な打ち回しが光る。

しかし、苦しいのは咲も同じこと。手が戦う形になっていない。

(憧ちゃんは789の三色を目指している……両脇のメイドさんも字牌が高いし、ヤオチュウハイは無条件で打てないね……)

ちらっとメイドβの河を見る。憧には白と何かのシャンポンというところまでしか解らなかったが……

(多分、白と一ワンのシャンポンだね)

そうと言える理由が二つあった。まず、咲は憧の手に一ワンが一枚も無いことを看破する。咲は、憧が白を引いた時点で回し打ちしたと解っているのだ。そうなると聴牌形は必然的に白を頭にする形になる。一ワン頭は無い。加えて……

(三色とソウズの一通の両方を考えて打ってたのがバレバレだよ……聴牌形も二択に絞れるし、面子としても一ワンは一枚も抱えてないね……)

メイドαについても、ピンズの混一を目指している以上一ワンを持っていないのも明らか。一応、ブラフで抱えている可能性もあるが……

(私のピンズ色に反応し過ぎだよ……一ワン持ちは無いね)

となると、メイドβ以外の全員が一ワンを持っていないことになる。この巡目で河にも無いことを考えるとメイドβが抱えている可能性が高い。つまり、メイドβの当たり牌は白と一ワンのシャンポンだというのが咲の推理だった。

(それにこのメイドさん、出和了期待みたいだしね)

少し長考する咲。

(となると……普通はリーチしたら出和了が期待できない牌、マンズのチュンチャン牌が大通りだね……)

咲、打7ワン。

 

 

(おいおい……あの子、二人聴牌にあんな牌を通しやがったよ……)

(バカなの……?)

咲の思考に追いつけないギャラリーは困惑してしまう。仮に一点読みだとしても、安牌の西を先に切らない理由が見当たらなかった。しかし、その理由は終盤明らかになる。

 

十三巡目……

 

 

メイドα

 

 

12345679東東東発発

 

 

(よし張った!リーチかければ親倍の勝負手……)

あの後、このメイドはあろうことか、咲が二枚握りつぶしていた三ピンを山からツモってきたばかりか、自力で東を暗刻にしたのだ。

「リーチ!」

ためらいなくリーチをかける。こうなると憧と咲の二人は厳しい。憧は聴牌しているとはいえ、待ちが悪く手も短い。咲に至っては聴牌すらしていないのだ。

 

 

咲 手牌

 

 

1199m33778p東西発発中

 

 

「この手、お前なら何切るよ?」「親がピンズ混一してるし、西打った後は9ワンの対子落としか?」「それとも七対一シャンテンだし7ピンの壁を信じて8ピン切り勝負か?」

 

 

 

後ろでギャラリー達が好き勝手騒いでる。が、咲からすれば悪い冗談にしか聞こえなかった。

(西打つのは良いとして、親倍を和了されたらどうするの?それに8ピンは親の本命だよ?)

どうせ終盤には親リーがかかる。そう見越していた咲は安牌にしていた西を切り出した。

 

 

(そうか……!このタイミングで安牌の西を切るのか!)

(無理に和了に向かおうとしなかったのが効いてるね……)

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

しかし、次巡。またしても予期せぬ事態が起こる。

(うん……まさかこうまで当たり牌を引かされるとは……流石に予想してなかったよ)

最後の当たり牌、白を引かされた。

こうなったらもう降りるしかない。しかし光明もある。少なくともこれで憧の手が白単騎と確定したのだ。今まで切りきれずにいた9ワンが通る。

(固いな、この子。リーチ二人の危険牌を引かされてるのにかわしきってるよ)

(あんたなら8ピンで振っちゃうかもだったのにね)

(うっせえよ)

 

 

しかし、こうなると辛いのは憧である。

 

 

789m123789p白5p

 

 

 

(くっ……危険牌!)

今まで運良く安牌を引いてきたが、遂に死神の手を掴んでしまった。引いてきたのはド真ん中の5ピン。憧の目から見ても、親のメイドαは18000相当は張っているのが見えている。ピンズの混一にこの牌は通しにくい……

(最悪のシナリオは親に打ち込むこと……なら!)

ならばと、憧は今まで止めていた白を切り出した。メイドβの手は高くついてリーチ白ドラ一まで。ならばと思っての差し込みだった。

白を河に捨てる。当然メイドβから発声が挙がる。

「ロン。リーチ白で……」

しかし、

「たしかダブロンは有りでしたね……」

全く予想していなかった所からも声が聞こえた。

「えっ……嘘!?」

 

 

1199m337788p発発白

 

「七対子ドラドラで6400」

(嘘!?聴牌気配なんてあった!?)

この局、咲は危険牌を極力避けるような打ち方をしていた。当然和了には向かっていないと思っていたのだが……

「メイドさん達の方が手が良さそうだったからね。無理な聴牌しないで良かったよ」

笑いながら牌を卓の中央に流す咲。が、実態はそれほど安易なものではない。

咲も最悪のシナリオを親が跳ね満、倍満ツモすることだと考えたところまでは憧と一緒なのだが……

(この手じゃ流局までは行けないかな……)

そう悟ると、9ワンには手をつけず8ピンを対子にして七対子を目指したのだ。咲が犯した危険はただ一度、生牌の東を切ることだけ。対して憧は振り込み前提の白切り。地力の差が既に現れ始めていた。

 

東二 親 憧

ドラ東

 

 

24678m234p239s東東北

 

 

超が付くほどの好配牌。鳴けば問答無用でダブ東ドラ三で暫定トップに立てる。しかし、憧が第一打で9ソウを切った瞬間……

「ポン」

咲が鳴いた。打 一ワン。

(今度は咲が動いた!染めてる?)

しかし、

「チー」

今度はピンズの一ピンを鳴く。

(染めてない?じゃあ、チャンタ?)

そう思って6ピンを切ったのだが、それは当たりだった。

「ロン。一通ドラドラで3900」

 

 

45789p東東

ポン 9s

チー 123p

 

 

(片和了一通……!東を鳴くっていう考えは無いの!?)

確かに出にくい東だが、ハナから頭と決めて打つのはやり過ぎではないか。そんな疑問が首をもたげる。幾ら鳴き麻雀が得意とは言っても咲程にフットワークを軽くする事は出来ない。

(……って呆れてる場合じゃない!もう一万以上点棒が消えてた……!)

よくよく考えてみれば今のところ、咲しか和了っていない。

(何とか一回ぐらいは……)

しかし……

「ツモ。300,500」

またしても咲に和了を持っていかれた。

(南の片和了?三巡目で間2ソウを鳴いたから役牌バックは想定してたけど……)

 

 

789m55p345s南南

チー123s

 

 

どうせ高くなりようの無い手だったにしても、リーチくらいは出来たのでは?

(いや、まだ解らない。咲には親番が残ってる……この人が親をするとなると、絶対にタダじゃ終わらない。咲の強さの秘密は在るはず……!)

オーラス 親 咲

 

憧 配牌

 

 

345678m334p7889s

 

 

(また好配牌……でも、多分咲もこれと同じくらいの配牌は持ってきてるはず……)

今回、ドラは3ピンなので張れば逆転も可能な手だった。

(ツモもいい……鳴く必要は無いかな?)

そして、6巡後のこと。

 

 

憧 手牌

 

 

23456789m333p88s

 

 

(やった……一通ドラ三聴牌。高めならリーチで跳ねるから両脇からの出和でも逆転出来る……!)

後ろで見ていたギャラリー達もざわざわ空間を作る。一方、咲はと言うと……

 

 

117m2389s東西発発中中白

 

 

 

 

(手が重いな……)

(この子、和了してる割には配牌やツモがついて無いね……)

(多分この中では一番上手いんだろうけど……)

軽い手でいい時に限り、咲の手は重かった。役牌が鳴ければ早そうだが……

そんな時、メイドβが発を切る。が、咲はこれを鳴かない。

(なにしてんの!?せっかくの役牌だよ!)

思わず近くにいた制服姿の女子高生が咲に囁く。

(全く……これだからニワカは……)

しかし、咲はニヤリと笑っただけだった。

次巡……

 

 

117m239s東西白発発発中中

 

(おや……?)

更に2巡、

 

117m23p東白白発発発中中

(んん?)

更に数巡後……

 

 

1117m白白白発発発中中中

 

 

(ニワカァァアアア!?)

まさかの四暗刻大三元聴牌。そして……

「カン」

一ワンを暗カンする。

(うっそ!?高めが全滅した!逆転するには裏ドラ条件に……)

しかし、もう既に手遅れだった。咲の手が倒されたのと、三人が箱割れしたのは同時だった。

 

 

「ツモ、嶺上開花。確か四暗刻単騎はダブルでしたよね?48000オールです」

 

 

その、あまりにも綺麗な手に、場が一瞬静まり返る。が、直後……

「フォォオオオオ!?」

「なんでトップ目の親がそんな手作りするのよおおお!?」

「お陰で今週もタダ働きじゃない!」

おいおい。賭け麻雀じゃないんだから……

皆、思い思いに叫ぶ。しかし、この場で一番ショックを受けているのは憧である。なぜかって、それは……

 

 

「ねえ、なんで私いきなりラスボスと麻雀打ってるの?」

 

 

 

何の説明、どころか導入すら無しに咲と麻雀を打つ羽目になったからだろう。例えるなら訳も解らないままに赤木(神域)赤木(狂気の沙汰)赤木(ショタ)の卓に座れと言われた時くらいに絶望感が半端ない。

なぜそんなことになってしまったのか……それは

 

 

極めてテクニカルな判断により(面倒くさいから)次回に持ち越し……

 




お久しぶりな方は「お久しぶり」と言うことで……
ひっそりと憧咲のssを書いていたら、いい具合にストレスが発散出来ました。(晒してはいないので、同時期に憧咲を書かれている方がいても、それは私ではないので悪しからず)
気分が一新したところで、ここからもう一回始めてみようと思います。完結までに一体どれだけかかるのか検討もつきませんが……


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↑の結末と経緯

時間が少し前後するが、話は憧と咲の二人が近くの喫茶店に入ったところから始まった。

「新子さん……ですか」

「あ……ええと、憧でいい…ですよ」

どことなくギクシャクした会話が漂う。当然だ。憧は咲の麻雀に一目惚れしてやってきたのだが面識なんて無く、咲に至っては顔すら知らない状態なのだ。なお、改めて書くまででもないことだが、時系列が変化したのはいい加減女の子が書きたかったからとかそんな理由ではない。

(うぅ~~!やっぱこうなるわよね!て言うか私、まるっきりの不審人物じゃない!)

大丈夫、ヒロも通った道だ。お陰でpixiv辺りでネタにされている。

時間は夕方のニュースが流れはじめ、街は喧騒よりもカラスの鳴き声の方がよく聞こえるような午後。憧は目の前でコーヒーを飲む少女を見る。

(うぐっ……やっぱし困った顔してる……)

夕日に赤く灼かれた咲は、微笑みの中に何となく困ったような目を浮かべていた。

咲は元来人見知りな女の子なのだ。現在、突如現れた憧の存在に気圧されっぱなしで

(ファ……ファン!?私いつの間に有名人になってたの!?)

と、心臓が「滅びよ」と言い出しかねないほどに動悸していた。

(麻雀って……私大したことしてないよ!?昔お爺ちゃんがしたのと同じことをしただけだよ!)

いや、その理屈はおかしい。

しかし、咲にしてみれば憧の存在は酷く意外だったようで、半信半疑で憧を見つめる。

(綺麗な人だな……でも……)

何かを堪えるかのような、憂いを帯びた表情をしていた。咲の瞳を見返す憧。

(なに考えてるんだろ、宮永さん?)

じっと瞳の憧の奥……じゃなかった、憧の瞳の奥を見通すように考え込む咲。それは深く、物事を考えるような目だっ

(お爺ちゃん達、カレーの作り置きに気付いたかな?)

咲さん?

(というのは冗談で……この子、何だか放っておけないな……)

そう思ってしまった。自分と憧は違う。生まれも育ちも、容姿も性格も……だというのに、妙に憧の姿に自分が被さった。数年前の自分の姿が、鷲巣に出会う前の自分が妙に重なった。

(そう言えば……お爺ちゃんと出会ったのもこんなときだったっかな……)

あの時、鷲巣は何も聞かずに自分の手を引いてくれた。そして一緒に怒って、泣いてくれた。それがどれだけ救いになったか……

もし鷲巣達がこの場にいたら直ぐに否定するだろう。今咲がこうして立っているのは咲が頑張ったからで、ワシ等はただその手伝いをしたに過ぎないのだと。

しかし、鷲巣達のおかげで今も笑っていられる、少なくとも咲はそう思っていた。なら、

(今度は私が誰かの手を引く番だ……)

今自分がしなければならないこと、自分がしたいことが頭よりも先に体の中にすっと落ちてきた。

(あのとき、お爺ちゃんはどうやって私を慰めてくれたかな?)

幼子の遊びなんて知らなかった鷲巣。鷲巣の趣味なんて知らなかった咲。そんな二人を繋げたのは……

(はあ……やっぱり私にはこれしかないか)麻雀だった。

「……あたら、憧ちゃん?」

新子さんと言いそうになって、何とか言い止まる。

「憧ちゃんは全国大会には出るの?」

「え、ああうん。個人だけだけど」

そっかと頷く咲。唐突な質問に目を白黒させる憧だが、咲はお構いなしに話を進める。

(確か私が団体戦に出る人とさえ闘わなければ規約には違反しないんだよね?)

あれ、咲さん確か個人戦にも出るから問題なんじゃ……

「それはそれ。これはこれ」

さいですか。そうと決まったら、咲の行動は早かった。

「じゃあ今から一局打たない?」

そう言って憧の手を引く咲。向かう先には喫茶店には似つかわしくない麻雀卓があった。

「え、でも咲さんも個人戦に出るから私麻雀打ったら規約に……」

「大丈夫大丈夫……バレなければ問題無いよ」

ああ、赤木や鷲巣の影響が如実に……

「それにいざとなったら……」

ブツブツ呟く咲。何やら、「お爺ちゃん」やら「山」やら「血液」やら「平山幸雄」やら「ヤメロイド」といった不穏なワードが聞こえてくる……うん?ヤメロイド?それって俺のことじゃ……

「さ、一緒に楽しもうよ」

無邪気な笑みを浮かべる咲。こうして憧と咲の麻雀が始まったわけである。

 

 

 

 

 

「……で、そんなとってつけたような理由でいきなり魔王卓に着かされたわけ?」

だって実際とってつけた理由だもん。

しかしそんな事を憧が知る由も無く、咲と麻雀を打つ羽目になったわけである。

「つ、強すぎる……」

最後のトリプル役満は勿論そうなのだが、咲は彼女が持つ異常な火力とは共存出来ないまでの防御力も持っていた。

(なんで当たり牌を引かされても速度も打点も落ちないのよ……)

最後の一ワン暗カンなどその最たる物で、何気にそれが一番ショックだった。咲の麻雀を見た誰かが「神か悪魔か」と言ったそうだが、全く誇張の類でもなんでもなかった。例えば最初の東一、もし憧が咲と同じ配牌だったら……

(多分、東発と鳴かせて親の6000オールを許しちゃったかな……)

それで多分負けていた。あの和了は危険牌、親を押さえ込む事が出来た咲だけが取れた和了だった。

自分と咲との差、勝ち負けの違いはは運ではなく実力の差だった。

悔しい。本当に悔しい。でも……それ以上の感情が芽生えていた。

それは、

(打ちたい……咲みたいに麻雀が打ちたい……)

咲のように麻雀を打ち、咲が見ている頂からの光景を自分も見たい。そんな気持ちが溢れかえっていた。

(きっと気持ちいいんだろうな……咲みたいに打てたら……)

無論、今も頭の片隅には最初に自分が咲に会いに来た理由……シズ達の存在が浮かんでいる。最初、憧は麻雀が強くなりたくて東京に来た。

そのときの心を忘れてたわけではない。強くなりたいという気持ちはまだある……ただ、越えるべき山が一つ増えてしまっただけだ。

「強くなって、シズ達に追いついて……そしていつか咲のいる所まで辿り着く……!」

それが憧の出した結論だった。

(咲は強い。それは間違いない……例え咲の持つ豪運まで無理でも、もしそれ以外が咲と同じになったら……)

辿り着けない訳がない。咲の麻雀はただの豪運で全てをねじ伏せるだけではなく、全てにおいて完成度が高い。どの位完成度が高いかと言うと、一度マークザインに取り込まれたにも関わらず、より禍禍しさを増して帰ってきたニヒトさんなみに完成度が高い。

(なんで戦略兵器が例えで持ち出されるのよ……?)

さあ、何ででしょうね?

だが事実、咲は極めてテクニカルな麻雀でオカルト麻雀の代表格、天江衣を完封している。弱い訳がなかい。

……因みにその時の試合を見た小鍛冶健夜の解説は来週、週刊裏プロティーンズに掲載予定です。

(いや裏プロなのにティーンズってどういうことよ?て言うかなんで裏プロ雑誌に表プロが引っ張り出されてるのよ?)

どっかの神域が解説そっちのけで孫自慢しかしなかったからである。その時の対話談がこれ……

 

 

Q『最近は表“でも”活躍の宮永咲さんですが、赤木さんは宮永さんとよく一緒にいるらしいですね?』

赤木『クク……咲は傍にいるだけで癒される……!“お爺ちゃん”と呼ばれたとき、何度気を失ったことか……

 

ざわ……ざわ……

 

赤木『加えてこれが肝心なのだが……』

 

(一時間中略)

 

 

Q『なる程。つまり咲ちゃんは天使と言うことですね?』

赤木『ああ……!夜遅く帰ってきても、咲がカレーを温めながら待っててくれたり……』

Q『咲ちゃんは麻雀だけでなく料理も出来るのですか!』

 

 

(二時間中略)

 

 

Q『なんと!?咲ちゃんは調理師の免許も……!』

赤木『なあ……そろそろ咲の麻雀の解説した方が……』

Q『いえ、後少し……!後少しだけ……!』

 

 

(五時間略)

 

 

「……って、質問役が率先して話逸らしてるじゃない!」

バンと先週号の雑誌を地面に叩き付ける憧。その音に驚いて、ギャラリーに捕まっていた咲が振り返る。

「あ、憧ちゃん?」

「ご、ごめんごめん。ちょっと突っ込まざるを得ないものがあって」

そう言いつつ、雑誌を元に戻す憧。

「さ、咲……もしかして咲のお祖父さんってかなりの孫煩悩?」

「かもね。でも私もお爺ちゃん達大好きだし、おあいこかも……」

照れくさそうに笑う咲。

(達!?達ってなんなの!?あんな人が咲の周りに何人もいるの!?)

ええ、何人も居るんですよ……

ゴクリと、改めて咲を見る憧。きめ細やかな肌。可愛らしい顔。しかし、その内には常人には触れることすら出来ない熱い物がたぎっており、その余熱が今も向かい合った憧を灼いていた。多分髪を白くしても違和感無いだろう。

(凄い……これが他人を寄せ付けない才能の証……天才の証拠……)

傍にいたい。この自分よりも遥か高みにいる同い年の少女が見る景色を、自分も見たい。そう願った。願わざるを得なかった。

「さ、咲……!」

「はい」

「あ、えっと……」

思いを堪えきれず想いを口に出そうとした。でも、直前になってまた悩む。

(あ……何て言おう……いきなり咲の麻雀を教えて下さい、じゃ変よね……)

言葉に詰まって、声無く口を動かす。しかし、少し時間を空けると直ぐに形になった。それで、この気持ちは偽物じゃないと確認する。

やがて、決心したかのように声を絞り出した。

「私……咲の麻雀が好きなんだ……一目惚れなんだけどね……」

「うん」

咲は笑いながら憧を待つ。

「私、咲みたいな麻雀が打ちたい!咲みたいに強くなって……咲と同じ景色が見たい……!」

「うん……解ったよ」

想いは聞いた。ならば、次は咲が答える番だった。

聞きたいことは山ほどある。まだ憧のことをよく知らない。だが……

目をギュッと瞑り、俯く憧。その手を、咲の手が包み込んだ。

「へ……?」

その時、咲が口にするべき言葉は決まっていた。

 

 

 

「じゃあ、行こうよ……あの高みへ」

 

 

 

 

 

まあ、そう言って貰わないと話が進まないので。その日は二人で何件も雀荘を梯子して、徹麻したそうな。

途中、なんか「ざんすざんす」五月蝿い人も居たような気がしないでもないが、大した問題にはならなかったそうな……それよりも、

「出番……まだ?」

前振りだけしてそのまま放置されている天和美の方が問題だった。

 

 

 

バッチリ父親の立場を踏襲してるネ!



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天和美「出番まだ?」

まだ。


夢を見ていた。幼き日々の、もう二度と帰らぬ暖かい夢を。

「嶺上開花?」

無垢な瞳が自分を見上げていた。ああ……咲だ、私の妹。私の大切な……世界で一番大切な……今頃咲はどうしているのだろう?悪い女に騙されてなければいいけど。

「お姉ちゃん?」

いけない。私としたことが……えっと、あの時私は何て答えたんだっけ?確か「そうじゃ。どのような霊峰……動植物が生存出来ない森林限界の先にも花が咲くことがある」そうそうそんな感じ……いや、あんた誰?

「咲く……私の名前だ!」

そう……全くその通り何だけど……妹よ、お前の隣にいるかなりヤバい目つきのお爺ちゃんは誰なの?

「クク……全く綺麗な名前じゃないか……!」

あ、咲の頭撫でるな!それは姉である私だけの特権で……

「浴衣姿の咲と縁日にお出かけ……暴力団の組長なんか止めてて良かった……!」

なん……だと?咲の浴衣姿……

「宮永先輩」

え……か、和美?どうしてここに?

「いえ……こう呼ぶべきですか。お義姉様と……」

「ふざけるな!私をお姉たんと呼んでいいのは咲だけ……」

「お義姉さん!咲は私が幸せにしてみせますから安心して奈良に嫁--」

「安心出来るか!?駄目だ、咲をお嫁に出すなんて--」

「サキ!次はあそこに行こ!」

「うん!あの、お爺ちゃん達には内緒だよ?」

「まっ……そっちだけは駄目だぁぁぁああああ!」

最後に私が見たのは、えらく立派なホテルに吸い込まれていく金髪と妹の後ろ姿だった。

 

 

 

 

 

「--と言う夢を見たのだけど、菫はどう思う?」

「確か荒川さんの電話番号は……」

翌朝。菫は照からのTELで朝五時に叩き起こされた。

「照れるぜ」

「電話切ってもいいか?」

「ごめんなさいお願いだから切らないで今切られたら私は一体誰に相談すればいいの誠子は釣り馬鹿で頼りにならないし和美に至ってはかなりヤバそうな感じだしそもそも……」

「悪かった!私が悪かったから電話口で呪詛を並べるのは止めてくれ!」

よっぽど追い詰められているのか、照の言葉尻から嫌な汗が流れるようだった。

(む……流石にうちのエースをこの状態で放置するのはマズいか)

エースのメンタルケアも部長の仕事である。三連覇を賭けた白糸台は万が一にも負けることが許されない。他校の牌譜を研究して疲れ気味の菫だが、友人の為に一肌脱ごうと--

 

「全く……Romeとケッコンカッコカリして漸く一息つけたと言う所で……」

おい白糸台部長。

「早い……私はまだリットリオがカンストしたばかりなのに……」

……白糸台は本当に人外魔境だな(白目)て言うかそれ、単純にイベント疲れなんじゃ……

「シャラップ」

……。さて、問題の夢だが。菫がゆっくり子供に言い聞かせるように話しかける。

「いいか?お前は少し(イベントで)疲れているだけだ」

「なる程……確かに(大会)疲れが残ってるかもしれない」

突っ込んじゃダメだ……突っ込んじゃダメだ……!

「少し朝の空気を吸ったらどうだ?きっと気分が一新するだろう」

そう言いながらパソコンをカチャカチャ操作する菫。そのディスプレイには……右半分が艦○れで左半分が他校の選手の牌譜とデータだった。どうしてその無駄に廃スペックなキャパを癖の修正に充てられなかったのだろうか……

「っんしょと」

スマホ片手に立ち上がる照。部屋の窓に近づくと、「えいっ」と一気にカーテンを開けた。部屋に眩い光が入り込む。季節は七月の初頭。

「暑い……この小説、いつになったら夏を越せるのだろうか……?」

余計なお世話だよ。

「どうだ、照?何が見える?」

オゾンホールを広げんとする太陽に目を細めつつ、照は正直に答える。

まずは澄んだ空気。

「スモッグで汚れた空気」

……。

それから、サッカーボールで遊ぶ子供達。

「深夜営業するカラオケ店に騒音被害で苦情を言う市民団体の皆さん」

…………。あまりにもあんまりな光景に押し黙る菫。気まずくなって、何か目の保養になるものを必死に探す照。

「あ、あった。愛すべき妹の笑顔」

……。

「妹?」

 

 

 

 

所変わって笑顔が素敵な妹はと言うと……

「ふあ……流石に疲れたかな」

一晩中雀荘を梯子しての朝帰りで、いい具合に目に隈を作っていた。で、それに付き合わされた憧はと言うと……

「何だか一生分のギャンブルをしたかも……」

緊張とストレスと寝不足で、こっちもいい具合に頬が痩けていた。

昨晩咲は資金調達と称し、どこぞやのカジノの店長と17歩なるゲームで遊んだらしい。まあ、それ自体はいいのだが……

「なんで最初の手持ち資金二万が一時間で4千万になるのよ……?」

なんででしょうね?何やら「新聞紙」とか「見せ金」とかおっかないことを咲が呟いているが、賭事を嫌う咲がそんなことをしたとは思えない。快く譲り受けたに違いな--

 

「麻雀って楽しいよね」

この状況でそのセリフはマジで洒落にならないのですが……

で、資金調達が終わった後は色々な雀荘を梯子して……最後は東京の高レート麻雀に潜む黒ずくめの男と一晩中全力で打ち合ったらしい。その時点で既に体力が尽きかけていた憧は、残念ながらその勝負を覚えていない。

「うーん……あの人強かったな。手持ち資金が少し減っちゃったしね」

そう言いつつ、勝負の後「メアドは?」と尋ねられた咲は笑う。なんか周りが「人鬼がメアドを聞いた初めての少女っ……!」とざわざわしていたが……大丈夫なのだろうか?

因みに、咲は気付いていないが咲の携帯には大量の未読メールが溜まっていて

「昨日は楽しかったです(^_^)東京に来たら連絡下さい。また一緒に麻雀打ちましょう(^_^)v」

「もう寝たか、咲?」

「連絡が無くてお爺ちゃん寂しいです(T_T)」

「まさか東京の悪い女に騙されて泣いておらんじゃろうな?(((( ;゚д゚))))アワワワワ」

「卵はレンジで温めればいいんじゃろ?」

とか、個性豊かなメールが来ていたりする。まあ、メールに気付くのは長野に帰ってからになるのだが。

「それで……これからどうする?」

と今後の予定を相談する憧。憧としては少し休みたいので「倍プッシュだよっ……」とか言われたら困るのだが……

「そうだね……疲れたし、今日はもうホテルで休む?」

あっさり咲が折れてくれた。

「よ、良かった……「倍プッシュ」とか言い出さなくて……」

「言っちゃう?」

「冗談!冗談だから!」

顔面蒼白で怯える憧。それを見て、少しだけ微笑みながら咲が憧の手を引く。

「うん……1日お疲れ様、憧ちゃん」

「咲っ……!え、ええ!」

ぱあっと顔を輝かせる憧。そして、二人は都内のえらく立派なホテルに消えていった。

繰り返す。二人は、「えらく立派なホテルに消えていった」。

「あ、あわわわわ……」

草の茂みから、茶色のコートを着てグラサンをかけた人物が転がり出た。

「咲が……咲があ……!」

何やら妹の名を叫びながら崩れ落ちる不審者。頬を涙が伝い、レンガ敷きの地面を濡らす。後、散歩を楽しんでいた余命3ヶ月のおじいさんが腰を抜かしている。

「私の……私のせいだ……私が余計な意地を張るから咲が喰われたんだ……」

咲……咲……とうわごとのように呟きながら、幼いころの咲の写真を握りしめる照。

(駄目だ……このままじゃ、姉失格どころじゃすまない……セリフを奪われるどころか妹を失うかもしれない)

そんな兆候はあった。県予選で見た咲の麻雀、それは今まであった甘さが完全に消えていた。つまり、あの日から咲は照の存在無しにここまで歩いてきたことに他ならない。それは咲から「照さん」と満面の笑みで言われるようなもので……

「謝ろう……」

もう過去の確執だなんだ言ってる場合じゃなかった。

「謝ろう……咲のプリンを勝手に食べてしまったことも……パンツを被ってしまったことも……」

絶縁不可避。

ヨロヨロと立ち上がり、咲が見知らぬ女と消えていったホテル目指して歩く照。と、そのとき。後ろからちょんちょんと肩を叩かれた。

「あの……警察の者ですが。少し宜しいですか?」

職質されましたとさ。

 

 

 

 

 

 

結局、照が解放されたのは日も暮れた夕方のことだった。

「どうもお騒がせしました」

なぜか照の身元引受人としてやってきた菫がペッコリ頭を下げる。お巡りさんも、非常に申し訳なさそうに頭を下げる。

「すいません。身元がはっきりしている人をこんな時間まで交番に置いておくのは気が引けたんですが……」

「仕方ないでしょう。夏なのにコートやグラサンを付けていたら私でも同じことをしたでしょうし」

呆れた目で見られる照。

「菫……ごめん」

「それだけならその場での職質で終わったのですが……「パンツ」を被る被らないと言う話が聞こえてきて……」

「挙げ句の果てには幼女の写真か……」

ああ、これが全国一万人の女子高生の頂点なのか、と思わず涙を零す菫と警察官。

「うっ……妹の写真を持っていて一体何が悪いの……?」

「いえ、宮永選手に妹はいないと聞いていたもので……」

何とも気まずい空気が流れる。

「あの……裏口から帰って貰って大丈夫ですよ?表は人の目が有りますし……」

「本当に何から何まですいません」

また頭を下げる菫。こうして二人の休日は終わったのであった。

交番からの帰り道、菫が照に声をかけた。

「照……お前、妹居たのか?」

「うん……」

流石に負い目があるのか、素直に菫の質問に答える。

「なんで妹なんかいないなんて嘘を……」

「それは私のつまらない意地のせい」

その言葉に、菫は怒るでもなく、ただ頷くだけだった。

「そうか……じゃあ、やはり長野の大将が……」

「多分……」

「多分?」

その曖昧な言葉に、一瞬足が止まる。以前、照は雑誌の取材でも「私に妹はいない」と言っているのだ。もっとも、

「いや、咲は妹だけど長野代表の宮永さんとは同性同名のそっくりさんでしょ?」とか言っていたのだが……

照が、その先の言葉を話す。

「正直自信が無い。昔の咲とテレビで見た咲とでは雀風が変わりすぎてて……もしかしたら本当にただのそっくりさんかもしれない」

それっきり会話が止まってしまう。東京の空は見上げても星が見えない。ただ、見上げていれば、真っ暗な空の先にいつか妹の顔が浮かんでくるかもしれない。そんな気がした。

「……」

「……」

そのまま時間が過ぎる。いつまでも空を見上げる。

「あの……首が痛いんだけど」

まだまだ見続ける。どちらかが貧血で倒れるまでっ……

「殺す気か!?」

ガバッと首を下に向ける菫。

「あ、何か咲の顔が見えてきた……」

「違う、照!それは走馬灯だ!」

何かヤバいモンが見え始める照。しかし……

「あ、咲だ」

本当に見つけてしまった。照の目の先、そこには一軒の雀荘があり、その窓から咲の顔が光に照らされて見えていた。

「何だ?どうして清澄の大将が東京に居るんだ?」

お宅の大将に呼ばれたんだよ。

「い、行こう菫!」

「あ、おい待て!」

居てもたってもいられないと雀荘に駆け出す照と、それを追って走る菫。しかし、その時既に咲の卓はオーラスだったらしく、二人が雀荘に着いた時、咲は既に裏口から帰っていた。

「そんな……やっと咲に会えたと思ったのに……」

さっきまで咲が座っていた椅子に縋る照。しかし、

「え……?これは……」

直ぐにその目が卓に移った。咲の下家に座っていたおじさんが目聡く照に話しかける。

「ああ、その手か。さっきまで俺達と打ってたお嬢ちゃんが最後に和了した手だよ」

ああ……と頷く照。その目には、涙が溜まっていた。

 

 

 

 

 

23m123p12399s ツモ1m

暗カン 9p

 

リーチ嶺上開花自模、純チャン三色。

 

 

「全く酷い手だよ。見てみな、その河を」

 

 

8m6p西東5s2s4m(リーチ)7p6s

 

 

「あの子、逆転するためとはいえ234で和了った手をフリテンリーチにして嶺上高め引き直ししやがったんだ」

そんなことは照も一目見れば解る。だが、そんなこと重要じゃない。

「覚えていてくれた……!嶺上を……私が咲に教えた最初の役を……」

変わってなかった。ツモよりも嶺上優先。あの頃の咲が、この卓にいた。

「……菫、行こう」

「行くって……打たなくていいのか?」

「いい……今、私がしなくちゃいけないことは他に有る」

それはきっと、昔の妹の思い出に引きずられることじゃない。夏、あの武道館のあの卓で、必ず上がってくる妹に全力で向き合うこと……

「咲……待ってるから。白糸台は……私達のチームは強いから」

 




一回咲と同じようなことしたらボコボコにされました。駄目、絶対。


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天和美「あの、出番……」

まだまだ。


空を飛んでいた。風を切りどこまでも高く飛んでいき、酸素が薄くなる大気の中へ……目的なんて無い。ただ私は飛んでいた。遠く、遠くへ……

 

 

「ロン。最高めで緑一色だね」

 

 

そう、私は飛んでいた。

「って、こんな飛び方があってたまるかぁ!?」

朝の雀荘に、憧の声が天井をついた。

「なんでアガリトップなのに役満狙いなのよ咲!?」

おかけで様で、今日何度目かも解らない箱下ラスを喰らった憧。

憧と咲の二人が東京の雀荘を訪れてから三日目。寝ても覚めても麻雀というキチガイじみた生活が続いていたが、流石に跳びラスが51回も続くと「53回よ!」……53回も続くと憧の中の何かが壊れた。

「うう……4ソウ切って2-5ソウに受けてくれたら逆転だったのに……」

不発弾となった手を開ける。

 

 

345m22p35s

チー345p

チー678s

 

 

オーラス、咲と憧の差は16300なので満貫直撃なら供託リー棒込みでトップ逆転だった。憧としては、隠しドラ2ピン二枚を抱えて咲を狙い打つ算段だったのだが……

「ごめんね、4ソウが憧ちゃんに通ったら4と発のシャンポンには受けなかったかもしれないけど」

(待ちがバレてる!?)

咲には殆ど筒抜けだった。

「嘘……晒した手だけ見たら2着確定の喰いタンなのに……」

憧としては咲が出来るだけ警戒しないようにと、敢えて高く手を構えすぎないようにしたのだ。だというのに……

「憧ちゃんは鳴いても三色を絡めてくるからね。気が抜けなくてハラハラしたよ……」

手の育て方の旨さが裏目に出ていた。こういう時、憧のような打ち方は手を見破られてしまい易い。

「はぁ……少し休んでいい?」

と溜め息を吐く憧。そのまま返事を待たずに雀荘の外に出る。空は、曇っていた。

「見えないな……咲の背中が……」

一度でも打てば、嫌でも咲の異常さには気付く。咲は差し込み以外では絶対に放銃しない……ばかりか、リーチ後も隙が殆どない。何回か憧が追いついたときに、咲も憧の当たり牌を引いたことがある。が、全て暗カンで逃げられている。唯一憧が見ている所で放銃したところがあったが、相手は御無礼御無礼言う奴だったのでほぼノーカンである。

「後、四日……」

東京に滞在出来る日数はあまり残されていない。それまでに、

「なんとか、しなくちゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

事が起きたのは翌日の夕方だった。二人が宿泊するホテルの食堂、そこで夕食をとる傍ら憧が愚痴を漏らした。

「はあ……やっぱり漫画みたいに一朝一夕には強くならないわよね」

魚をつついていた咲は、一瞬憧が何を言っているのか解らなくてキョトンとした。

「え……憧ちゃん気付いてないの?」

「何が?」と興味なさげにサラダにドレッシングをかける。

「憧ちゃん、漫画みたいに一朝一夕で強くなってるんだよ」

思わず、ドレッシングの入った容器を握り締めてしまった。

「それ……嘘でしょ?」

「憧ちゃん、サラダサラダ」

「変な気休めは止めてよ……」

「いや、だからサラダが」

「サラダなんかどうだっていい!」

握りつぶされるドレッシング。真っ赤に染まる夏野菜。

「う……辛そう……」

顔をしかめる咲。だが憧はそんな咲にお構いなしに話を続ける。

「今日で私が何回咲に跳ばされたと思ってる?51回よ!」

53回です。

「五月蝿い黙ってて!」

……。

「いやでもサラダが……」

「サラダがどうしたっていうのよ!こんなもの……」

「あ、それ食べたら駄目……!」

 

 

 

 

一時間後。

「あれ……ここは?」

……。

「あ、良かった……憧ちゃん、真っ赤になるまでドレッシングをかけた野菜食べたんだよ?」

「ああ、そう言えば……」

……、……。

「っと……ありがと、咲」

「気にしないで」

……。…………、…………。………?

「いや、無言でナレーションされても私達が何してるか全く伝わらないんだけど」

だって、黙れって……

「なんで言葉をストレートに受け止めるかな!?」

「憧ちゃん……?誰と話してるの?」

「なんかデジャヴ感じるんだけどこのやり取り!」

さて、改めて。

「私はまだまだ強くなんか……」

咲から受け取った水を飲みながら、今日の麻雀を振り返る憧。

「そうでもないよ。憧ちゃんがミスしなければ、今日のアレは振り込んでたかも知れないよ」

思わず咳き込んで水が器官に入り込んでしまった。

「けっ、けほっ!?」

「だ、大丈夫!?」

慌てて背中を軽く叩く咲。しかしそれどころではない。

「み、ミス!?私なんかミスしてた!?」

慌てて自分の河を思い返す。

「……もしかして、一巡目の1ピン切り?」

あの時のドラは2ピンなので、ドラ傍の1ピン切りでドラ頭が見抜かれたのか?

「まあ、それもあるけど……1ピンの早切りはまだミスに考えなくていいよ。喰いタンに向かいたいなら、当然切る牌だしね」

その言葉にホットするも、新たな疑問が浮上する。

「1ピン早切りはミスに含まなくていい……」

あの時の状況を振り返る憧。南場、オーラス。親は咲、憧は西家。点差は16300。

憧 捨て牌

 

1p東北8s9s2s6m9m西北中7s発(振り込み)

 

 

(この状況なら普通、2ソウの周りよりも6ワンの裏筋、2-5ワンか5-8ワンを警戒するはず……)

解らない。幾ら考えても咲の考えていることが解らなかった。

「うーん……前より戦い辛くなってるんだけど……」

どうすれば信じてくれるのか頭を悩ませる咲。そして不意に、ニュータイプのように何か煌めいた。

「すばらっ」

呼んでません、すばらさん。

「憧ちゃん」

「なに?」

「試しに明日は別々の場所で打ってみない?」

その言葉に、憧は目を丸くした。

「別々の場所?」

「うん。せっかく東京に来たんだから東(ひがし)東京の雀荘も見てみたいの。憧ちゃんはミスの謎解きもあるし、腕試しも兼ねて別々の場所で打ってみようかなって」

曰わく、いつまでも咲のような最上級の打ち手と打っていたら強くなった実感が湧かないのは当然のこと。思い切って、咲とは別々の場所で打ってみたら、今自分がどこにいるか解る筈--という事だった。

「なる程……」

「取り敢えず私は東(ひがし)東京の雀荘を巡ってみるから--」

そう言いかけた直後、

「冗談」

憧に却下された。

「一人で咲を電車に乗せられるわけないじゃない。どうせ迷子になって北海道あたりに行っちゃうのがオチよ」

「ひ、酷い……」

何もそこまで言わなくてもと、目をウルウルさせる咲。可愛い。

「そう言う訳で東には私が行くわ。咲は迷子になるから、私が迎えにくるまで昨日の雀荘から動かないこと」

まるで姉のように咲に言い含める憧。しょぼーんと部屋の隅で丸くなる咲。

「いいもん……市川のお爺ちゃんと遊ぶから寂しくないもん……」

そう言えば市川のおじいさんは東京在住でした。

が……駄目……!

『す、すまん咲!まさか咲が来るとは思わなくて明日は仕事入れてしまった……!』

電話口(対咲さん専用電話)の向こうから歯軋りしそうな勢いで、市川の声が聞こえてきた。

「え、お爺ちゃん引退したんじゃなかったの?」

『そうなんじゃが、知り合いの組長に泣きつかれて受けることになっちまった……』

なんでも今度の代打ち勝負で、競争関係にある相手の組が「沖縄にその人あり」と言われる強者を引っ張り出してきたらしい。そこで、裏でも五本の指に入る裏プロの市川に代打ちしてくれるよう頼み込んだらしい。

「その対戦相手は何ていう人なの?」

『さあな……確か安里っつったかな』

あ゛……

『ん?どうかしたか、咲?』

「何も言ってないよ?」

『そうかい……まあ確かに聞かねえ名前だが、俺たちの世界はぽっと出の奴がとんでもない化け物だったってこともあるからな……油断は出来ねえ』

まあ、油断は出来ないかな。

「まあ、それじゃあしょうがないよね」

『ああ……いや待て』

と少し電話置く市川。数分後、また市川の声が聞こえてくる。

『咲、明日は暇か?』

「うん、暇だけよ」

『じゃあ、お爺ちゃんと一緒に代打ち勝負に参加しねえか?』

ちょっと散歩に行かないかというのりで、一点五十円の勝負に誘う市川。こらこらこら。

「うーん。まあ大負けしても帝愛への債権があるから大丈夫だけど」

ああ……沼をATMにしたあの事件か……。『な、こっちの組長も咲の話は前々から聞いてて、是非と言ってるしな?』

もはや明日の代打ち勝負なんかどうでもよくなり、ひたすら咲と一緒に麻雀を打つべく誘う市川。

『うーん……卓は幾つ立つの?』

『2つだ。儂ともう一人は確定してるんだが、咲が入ってくれたら助かる』

と答える市川。それに悩みつつも、咲は条件付きでOKした。

「友達を一人連れて行っていい?」

『ああ……腕が確かなら構わねえぜ』

「じゃあ決まりだね。明日、どこに行けばいいの?」

『都内の公民館だ』

朝っぱらからそんな所で代打ち大会開くな。何て言う突っ込みは当然ながら通用しない。かくして、明日の予定は決まったのであった。

 

 

そして現在……

 

 

(咲……大丈夫かな?)

電車の中で揺れながら、憧は一人もの思いにふける。あの後、咲は「ちょっとお爺ちゃんと麻雀打ってくる」と言って、地図と方位磁石を持ちながら出かけてしまった。

本当に大丈夫なのだろうか?

(いや、他人の心配してる場合じゃない……なんとしてでも強くならないと……)

その時だ。ガタンと、一瞬電車が揺れた。

「キャッ……」

と同時に、バランスを崩したのか、自分の方に誰かが倒れてきた。慌てて受け止める。

「ちょっと!大丈夫!?」

ボフンという音を立てて、小さな頭が憧の胸にすっぽり収まった。

「す、すいません……」

「あ、あれ……」

憧が受け止めたその人物は、長い綺麗な髪を持っていた。

「ありがとうございます……お陰で助かりました」

申し訳無さそうに頭をさげる。日本人離れした、綺麗な顔立ちだった。街ですれ違えば、10人が10人とも振り返るような美貌……

しかし、憧の目はそれとは別の所に向かう。憧の目は、彼女が着ている制服を捉えて離さなかった。

(この制服……まさか!?)

ここは東東京。そこに入っていけば、その制服の、その人間に出会わない訳がなかった。

 

 

 

「東東京代表……臨海女子・雀明華……!」

 

 

 

ヨーロッパのトップランカー。世界ランカーが口を開く。

「あの……見かけない制服ですが、もしかして東京は初めてですか?」

頷いた訳ではない。唾を呑み込んだ、その表紙に首が上下してしまっただけだ。

(ヤバい……咲が隣に居たから麻痺しかけてたけど……)

じりじりと肌を焼くような感覚……

「そうですか!ならお礼にこの街を案内しましょうか?」

(こっちも相当にヤバい……!)

吹き荒ぶ風の中、溺れてしまわないように意識を保つのが精一杯だった。

 

そして数分後、

 

 

 

 

「へえ!やっぱり咲が!」

「はい。ネリーちゃんや智葉も興奮してましたよ。ハオなんて『リーチしたい』って言い出して……おまけに可愛くて……」

「そうそう!小さくて可愛いのよね……」

めっちゃ意気投合していた。何だったんだ、さっきのシリアスな描写は……

 

 

 

 

 

おまけのような何か。

都内の某公民館。普段は子供やお年寄りが出入りする和気あいあいとした所だが、今や殺気と緊張で汚れていた。

東京の大手某会社を青組とする。彼らが開催したこの大会は、表向きただの麻雀大会だ。しかしその実、街を開発する上で対立する辻垣内グルー……もとい町内会と揉め事があり、麻雀で決着をつけようという運びになったのである。

町内会は赤組。大手某会社は青組。社長さんは天一巻で登場した「ぐふぐふ」言ってる人をご想像下さい。

「ぐふふ……それにしても辻垣内さん。あんたも酔狂な人ですな。こんな目に見えた勝負にわざわざ乗ってくるなんて……」

気安く、町内会の会長さん(第一次東西戦で東のバックアップをするも肝心な通夜編で忘れられた方をご想像下さい……)の肩を叩く社長さん。

何も言い返す言葉が無くて黙り込む沢田さ……会長さん。

(くっ……確かに此方は圧倒的に不利だ。辛うじて、ヒロを確保出来たものの……)

敵もそうそうたる顔ぶれだった。裏で名前を通している人間が何人もいる。少し具体的に言うなら、『む○ぶち』で御無礼言われるまでは強そうな面々だった。

対して赤組は……

一応知り合いの組長を頼って有力な雀士を派遣して貰ったものの……

(盲目の爺さんに全身真っ黒な男、それに女子高生……!ダメだ……この勝負結果はもう見えている……!)

あ……うん、ソウダネ。

(向こうには『鉄の王子』も居ると言うのに……)

今回の麻雀はコンビ打ちである。つまり、如何にお互いの息を合わせられるかが重要なポイントである。間違っても、飛竜地斬をやった阿久津vs天&赤木&三井の構図は作ってはいけない(戒め)

逆に言うなら、三井のような打ち手はコンビ打ちには向かないのかもしれない。

(しかし、こちらは通しのサインも決めてない……果たして、入念に計画を練ってきた向こうに対抗出来るか……!)

沢……町内会会長の不安をよそに組み分けのルーレットが回される。

(頼む……せめて強そうな黒服の男とヒロが同じ卓に……!)

そして……組み分けは以下のようになった。

A卓

ひろゆき&盲目の爺さんvs三井(仮)&三井(仮)

 

 

B卓

宮永咲&傀vs三井(仮)&『鉄の王子』

 

 

 

(くっ……駄目だったか……!)

結果は最悪。主戦力となりうるヒロが、よりによって盲目の老人と組まされてしまった。

……。

「……いや待て。それ以前に、青組三人が全員同じ顔にしか見えないんだが……」

……なんか面倒くさくて。

さて、積もる話もあるが勝負開始五分前。A卓が「なんでここに居るんだ市川!」や「なんで咲と一緒の卓じゃねえんだ……!」と騒がしかったが、気にしない。反対に、狂気のB卓は静かに開始の合図を待っていた。黒ずくめの男と女子高生の会話が漏れ聞こえる。

「ここを押すとメールが送信されて……」

「あ、本当だ!」

なぜかバブル経済期の人間にスマホの使い方を教わる咲。

「メールに顔文字を使っても良いかもしれません」

「凄いですね、スマホも使えて麻雀も強いなんて……」

ニヤっ……と笑う人鬼。この状況ではただの照れ笑いにしか見え

 

-ギラッ-

 

何でもありません……

「それでは開局です。そちらの方、賽を振って下さい」

「…?顔が少し赤いですけど風邪ですか?」

「いいえ、お気になさらずに。続行しましょう」

こうして、一周回ってただのギャグにしか見えない闘牌が始まったのであった。

 




最近むこうぶちにハマってます。古本屋に行かないと最初の巻が無いのが残念……
まあ、昨日の敵は今日の敵という言葉も有りまして、しれっと市川&ヒロのコンビを出してみました。(隣にいる更にヤバいコンビからは目を逸らしつつ……)


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変化の前兆

むこうぶち 野上の秀→対局中に唄う

咲-Saki- 明華→対局中に歌う



はっ!


物事には何かしらの意味が必ずある。一見無意味に見えるような出会いも、実はダイヤモンドの原石であることが多々あったりする。鷲巣巌は咲との出会いを奇跡に変え、赤木しげるはそれを希望に変えた。では、新子憧と雀明華が出会った意味、それは……

 

 

 

「惚れたが無理か~ぇ しょんがいねぇ~」←明華

 

 

 

(す、すげえ……これが臨海女子中堅――)

(赤牌使い、『野上の明華』……!)

 

……これがやりたかっただけである。特に意味なんて無かった。サーセン

 

 

 

 

 

で終わると流石にマズいのでもう少し。

 

この世に終わらないものは存在しないのだという。地球にも寿命はあるし、鷲巣麻雀にも終わりがある。

しかし、その終わりがどんな形で訪れるかは誰にも解らない。きちんとゴールできる人もいれば、道半ばで力尽きてしまうことだってある……別にこの小説のことを言っているわけではないので勘違いしないように。……お、終わるよね?

それはさておき。そんなだから、終わりというやつは案外あっさりやってきてしまう。どんなに楽しいことも長くは続かないが、苦しみもずっとは続かない。咲を追いかけて東京に来た憧の旅にも、終わりが近付いていた……

 

 

 

沿岸を一歩二歩と歩くように、延々と敷かれた線路。夏の太陽に焼かれたレールの上を電車で辿っていくと、とある学校に行き着く。

 

臨海学校……白糸台と対を為すもう一つの麻雀強豪校。選手の半数以上を海外留学生が占めるという少し変わった学校だが、名を辿ればそれにも納得がいく。

臨海……それは日本という小さな国で満足することなく、世界という大海原に臨むという理念を基に名付けられたのである……多分。負けたら強制的に海に臨まされるとかそう言う意味ではないと信じたい。

さて、そんな珍しい学校のすぐ近くに一件の、小さくも大きくもない雀荘があった。名は……めんどくさいからroof topでいいや。

roof topは決して大きな雀荘ではない。しかし、訪れる打ち手の質は全国でも類を見ないほどに高かった。臨海の傍に建てられた雀荘だから当然と言えば当然なのだが、特にとある五人が店の平均レベルを上げているのだ。――辻垣内智葉、ダヴァン、ハオ、ネリーたん、そして明華――

この五人が雀荘に顔を出したりするので、店の打ち手の平均レベルは頭一つ抜けて高くなっている。それでも足りない分は全身黒ずくめの男が御無礼言って底上げしているのは内緒である。

 

「えーと。つまり何が言いたいかと言いますとね……」

 

この店の客層だと、以前の憧ではそもそも話にならないはずで、

 

「つ、ツモ。12000オール!」

 

「点棒ありません!トビです、トビ!」

 

「な、なんだこの嬢ちゃん!?」

 

「めちゃくちゃにTSUEEじゃねえか!?」

 

間違っても三人同時にぶっ飛ばしとかやっていい範疇を超えている。

 

(見える……!私にも見えるぞ、相手の待ちが!……いやマジでなんで?)

 

 

こっちが聞きたいわ。

 

 

……ことのあらましは二人が電車の中でばったり出会った所まで遡る。

前回の件からなんやかんやあって、「咲さん可愛い」「撫で撫でしたい」「甘やかしたい」「ハグハグしたい」「R-18的なことしたい」と意気投合した明華と憧の二人だが、話は憧がインハイに出場すると打ち明けたところから一気に進み始めた。

 

「あの、実は私――」

 

「なるほど!新子さんもインターハイに参加するのですね」

 

「いや私まだ何も言ってないんだけど」

 

そう言う意味の一気にじゃないよ。

 

「でしたら臨海の近くに雀荘があります。よければ紹介しますよ」

 

にっこり微笑む明華。その笑顔に釣られて(ホイホイと)くだんの雀荘に来た憧であるが……

三回戦 オーラス 親 憧

 

 

ドラ 9ソウ

 

 

憧 手牌

 

 

 

233m469s1123s南南北

 

 

 

場風の南が対子となる非常に軽い手だが、

 

(トップとの差がかなりありますネ……)

 

 

憧 26800

A 11700

B 10700

C 49800

二着狙いなら問題無いだろうが、トップを取るとなると超えなければならない壁が幾つかあった。

 

(くっ……満貫直撃か跳ねツモで逆転……でもこのゴミ手で?)

 

親の連荘に賭けてこの局は軽い手で流す選択肢も無いではないが、出来ればそれはやりたくはなかった。

 

(三着との点差が16000を切っている……黙満に振り込めば逆に三着に落とされる)

 

故にここで一着狙いの連荘はあまり得策ではない、というのが憧の判断だった。

 

(連荘は、最低でもこの手が2000オールに育たない限りはやらない……)

 

最低ラインは40符3飜。それがひとまずの目標だった。

 

(となると南ポンは出来ない……南は頭にして横に伸ばすか)

 

 

 

 

223m4689s1123p南南北

 

 

 

この形から憧は2mを切り出した。後ろで見ていた明華が眉を顰める。

 

(223を両面ターツで固定?)

 

が、それも一瞬のこと。直ぐに憧の意図に気付いた。

 

(なる程……保険ですか)

 

エリア理論の裏をかく仕掛けだが、普通第一打2mからの切り出しというのは完全な孤立牌か、

 

2589

 

というように、その色が良くない形から切り出される。聴牌したときに待ちが1-4なら1が出やすくなる……つまり、和了の保険をかけた訳である。しかし……

 

(今捨て牌に気を配っている猶予が有るのですか?)

 

問題はそこだった。7順目、

 

 

23m46889s11234s南南

 

憧の手は長い2向聴が続いていた。

 

(マズい……手が3順目から動かない……)

 

チラリと下家の河を見る。

 

 

下家(モブA)

 

北3s西東9m8s

 

 

 

憧の頬に汗が一滴垂れる。

 

(マズい……ドラ傍の8s切り出しってことは頭がドラドラで確定してる可能性が……)

 

下手すれば暗刻になっている可能性もある。

 

(見切るならこのタイミングしかないか……)

 

仕方無く9sを手放す。この判断、実は正解だった。この時の下家の手は

 

 

 

 

123678p5699s23m中

 

 

 

だったのだが、次のツモで中が重なったのである。

 

 

 

 

123678p5699s23m中中

 

 

この形から下家は3mを切り、同順に親が切った中を鳴いた。

 

123678p5699s

 

ポン 中中中

 

 

一見するといい形の聴牌に見えるが、実際はそうではない。この手、和了る意味はゼロに近い。自分のした失態に気付き、思わず歯軋りする。

 

(しまった……出和了3900じゃ誰から和了っても三着が確定するだけじゃん!せめてドラを鳴かないと……)

 

が……

 

(やらかしたー!さっきドラ切られてるじゃん!)

 

さっきまでは平和系の手だったのでドラと言えど鳴かなかったが、中を鳴いた今となっては話が違う。

 

(場に9pが既に2枚見えてる……だと言うのに逆転条件が一通になってる……)

 

仮に憧のドラ切りが一順遅れていたら……下家は喜んで鳴いて、待ち不明の単騎にしていたことだろう。そうなったら本気で原田や赤木レベルに捨て牌が読める人間を連れてこないと待ちが解らなくなる。鷲巣おじいちゃん?あの人は基本真っ直ぐ打てば放銃することもないので、そもそも読む必要が有りません。

(なる程……インハイに個人で出るだけは有りますね。ドラは消えましたが、ひとまず上家に注目するだけでよくなったのですから)

 

が、ダメ……!

 

上家(モブC)

 

 

111(5)7m345s34(5)55p 4m

 

 

この土壇場で上家が無意味に高い手を張ったのである。

 

「リーチ!」

 

しかも余計なリーチまでオマケ付きで。

 

(嘘……この局面でトップがリーチする?)

 

このリーチに対し憧は突っ張るという選択肢はない。親の捨て牌にかなりの端牌がある……最低でも赤が2枚は有るというのが、憧の推察だった。

 

 

236m48s111234p南南

 

 

ここから憧は現物の4pを落とす……更に南の対子落としで逃げる。が、そんな彼女を嘲笑うかのように11順目

 

 

(うわ……ヤバい牌引いちゃった)

 

牌を投げ捨てたくなる衝動をぐっとこらえて現実を直視する。

引いたのは9pだった。

 

(何を悩むことが?)

 

憧の意外な長考に明華が首を傾げる。

 

(9pはリーチの現物ですが……)

 

見たところ手牌とも関係が無い。一体何を悩むことが……

 

「……仕方ないか」

 

そう言うと憧は9pをツモ切った。直後、憧が懸念していた事態が発生した。

「チー!」

 

(―!これが新子さんの警戒していたことですか)

 

 

下家はピンズで一通を作ろうとしていたのである。

 

下家

 

12356p99s

 

ポン中中中

チー978p

 

 

(これで4-7pには触れなくなったか……)

 

改めて見ると厳しい状況である。オーラス、リーチ一人に黙満一人。親にも関わらず受けに回らされる……

 

(降りたくはないけど……)

 

降りなら任しとけ!(人生から)降りてる私が先駆者としてアドバイスを

 

「引っ込んでて」

 

はい。

……この状況、以前の憧なら腐っていたことだろう。手は戦う形にはならず、他家の早い聴牌。だが……

 

(あれ……リーチの待ちって、もしかして3-6m?)

 

憧は曲がりなりにも咲と麻雀を打っていた……当然今よりも厳しい状況なんて幾らでもあった。その経験が、まず憧に冴えを授けた。

 

(赤があってしかも待ちが真ん中寄り……筋を追っていけば消去法で待ちが読める。加えてトップなんだから悪形でリーチかける必要も無い……待ちは3-6mで間違い無いはず)

 

冴えは思考に余裕を与える。瞬時に、自分の手の最終逆転形に当たりがついた。

 

(目指すは123の三色。当たり牌以外は全部切る……!)

 

打 5m

 

(ぐっ……一つ隣で外れだ……)

 

 

打 5p

 

(馬鹿か!?コッチはピンズの一通してるでしょう……まさか待ちを見切られた?)

 

手が、命を与えられたように形を成していく。そして、遂に辿り着いた。

 

「カン!」

 

手牌の内、四枚を曝す。それは……

 

(ぐおっ……待ちの片筋を殺されたっ……!)

 

6mの暗カン。そして満を持しての聴牌コールをする。

 

「リーチ」

 

牌を横に曲げる憧。ここまでくれば読みなど関係無い。誰が和了牌を掴むかの勝負……

 

憧のリーチ一発目、上家のツモは1mだった。

 

(どうする……カン出来るが、こちらの和了牌は3mの一枚のみ。嶺上でアガレる気がしないし……下手にカンして親にカンドラを乗っけるくらいなら――ツモ切るか)

 

誰がこの上家を責められるか。上の事情に加え、そもそも1mは憧が出やすいように待ちを工夫したところなのだ。責めることは出来ない……

 

「ロン。リーチ一発三色表表……裏5!」

 

 

ざまあ!

「この人一瞬で手の平返しましたよ!?」

 

 

23m123s12344p 1m

 

暗カン 6666m

 

 

 

この和了形を見た下家に、嫌な汗が流れた……

 

「嘘でしょ……私の当たり牌とはいえフリテンの4ピンを重ねて再聴牌って……」

 

信じられない粘り腰だが、これも咲と麻雀を打つことにより得ることの出来た成果だった。咲さん相手に押し手で完全撤退するのは自殺行為に近い。アガれる手でしっかりアガらないとツモで跳ばされたりする……

頂にはまだ遠くとも、憧はゆっくりと咲の麻雀に近づきつつあった……

 

「よし、三倍満直撃でトップ逆転ね。じゃあ一本場」

 

「へ?」

 

余計なところまで。

 

「いやちょっと待って。あなたトップ逆転したんだよ?」

「うん。で?」

 

「でって……連荘したら逆転のチャンスを与えることになっちまうんだよ!?」

 

「でもまあ折角だし、地獄の淵が見えるまで行ってみようかなって。咲なら絶対にこう言うだろうし」

 

確かに言いかねませんね……

じゃあ一本場、と可愛い声が響いて……最初に戻る訳である。

 

 

 

 

「す、凄かったですね」

 

憧の麻雀に一区切りついた頃を見計らって、明華が声をかけた。

 

「凄いって、私が?」

 

キョトンとした顔で首を傾げる。

 

「はい……捨て牌の読みとドラを見切る判断、裏ドラに対する読み……日本刀持った智葉に追いかけ回された時より怖かったです」

 

「いやそっちのが怖いから!?」

 

しかしと、明華が口を開く。

 

「どこであんな麻雀を?アコはデジタル派のようですが、見ているモノは聴牌効率ではないような……」

 

その言葉に、ようやく憧は気付いた。咲が毎度毎度憧をボコボコにした理由、それは……

 

(防御の仕方……)

 

咲や赤木、原田が強いと言われる理由、それは高すぎる防御力ゆえんである。

麻雀が放銃せずに闘うゲームだとするならば、相手の待ちを読み切るのはほぼ必須の技術である。それで初めて、階段を登る一歩が踏み出せる。

だから咲は見せた。自分が持つ、赤木から受け継いだ出和了するための技術を、全て。

固まったように天を仰ぐ憧。不審に思った明華が肩を揺する。

 

「アコ?気分が悪いのですか?」

 

「ううん……違う。ありがとうって、今のうちに言っておかないとと思って」

 

顔を明華に向ける。その顔は、少し泣いているように写った。

 

「……私の知っている人に、麻雀の天才がいるんだけど……」

 

一瞬なんの話か解らなかったが、すぐに先ほど憧が見せた麻雀のルーツだと気付く。

 

「少し真似してみただけよ……まだまだ不格好で、無駄も多いけど……」

 

 

 

 

 

少しだけ、咲の麻雀。




なんか麻雀の勉強してたら大分時間がかかってしまいましたよ……(むこうぶち読んでただけとは口が裂けても言えない)

お待たせしてすみません。次回はなんとか一週間以内に(出来ればいいな……)


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光の先

アニメ効果

咲の場合

「最近麻雀牌が飛ぶように売れますが、いったい何があったのでしょうか?」

ファフナーの場合

「最近胃薬が飛ぶように売れますが何があったのでしょうか?」

アカギの場合

「最近墓石が飛ぶように持って行かれるのですが何かあったのでしょうか?」


アニメ効果って凄いですね……


風評被害というものがある。それは偏見、もしくは偶々耳に入ってきた断片的な情報で人を判断する許し難いものである。

「全くです。勝負の最中に飲食しなかったり差し馬握った相手が死んだり破産したりしただけで妖怪呼ばわりとは納得出来ません」

おう黙れや。

 

ところ変わって、臨海のそばにある雀荘から数十キロほど行ったところ、バブル期の面影を残すアーケード街。パフェが美味しいと噂のお店に、そいつらはいた。

「……」

かたや言葉数少ない伝説の強者――

「偶然九蓮が出て対戦相手が死んだだけで人鬼呼ばわりなんて酷いと思いませんか?」

……。……かたやペラペラ饒舌に喋る人鬼様。

「酷いですよね……たかが20万点差をひっくり返しただけで清澄の白い悪魔だなんて……」

かたや風評被害の会会長兼会計担当、神域の少女……いや会長職が会計兼任したらアカンでしょ。

などというツッコミが入る事もなく、勝負を(まるで書くのが面倒くさいと言わんばかりに)キンクリしたかのようなスピードで終わらせた二人は喫茶店でパフェをつついていた。末原さん、出番ですよ!

咲が泣きそうな顔で言葉を漏らす。

「……どうします?このままだと私達、完全に勇者に倒される魔王側ですよ……」

だいたい合ってますよね……?

「そんなはずは……一応私達は主人公ですのでこの後に友情努力勝利という王道展開が……」

うーんと頭を悩ませる二人。このままでは特に苦戦すること無く物語が終わってしまうだろう。そうなれば最終回で「私が倒されても第二第三の――」というセリフを言いかねない……最早魔王である。

なんとか主人公っぽい「友情努力勝利」的なイベントを消化したいが、二人の力に拮抗出来る力を持った敵がいない――結果、二人は頭を悩ませていた。

「敵、敵……強大で……破滅させても苦情が来ないような……」

そのとき、咲がポンと手を打った。

「そうだよ!あの人達が居たよ!」

なんで今まで思い付かなかったかと言わんばかりに微笑む咲。

 

 

 

「傀さん、幾らお金を引っ張り出しても返さなくていいATMがあるって知ってます?」

 

 

帝愛という組織を知っているだろうか?裏カジノや法外な利息で金貸し業を営む、兵藤会長の率いる闇の組織である。

最近は環境保全、託児所経営など、地域密着型の経営態勢を整えつつあるが、彼等の主たる事業はやはりカジノ経営である。彼等は全国的に高レートの賭博を用意し、そこから資金を調達する。結果、沼は帝愛にとって非常に重要な役割を担っていた。

その沼の前。一人の男が古傷を撫でるかのように、沼をそっと撫でた。

(くっ……この時期になるとあの日の記憶が蘇る……!)

一条聖。今回の被害者である。

「いきなりネタばらししてどうする!?」

……季節は初夏。彼はまだ知らない。今日、そのトラウマがまた抉られることになるということを……

「……まあいい。あの日の敗北を糧に、僕は沼を攻略不可能な要塞にすることに成功した……」

うっとりと、取り憑かれたかのように沼を見る。その三段目には空気シェルターが作られていた。

(幾ら沼と言えど完璧ではない……全てをねじ伏せる剛運に出会ったなら負けてしまう)

そう、例えば宮永咲とか……

小学校の夏休みを利用してやってきた彼女に、五年分の蓄えを全て持って行かれたのはいい思い出です。お陰様で会長にどれだけ絞られた(物理)ことか……

しかしそのお陰で、沼は更に鉄壁の防御が敷かれることになった。その点だけは、彼は咲に感謝していた。いわば一条と咲の連携プレーでカイジを追い詰めていくスタイルである。

感極まって、周りが白い目で見ているにも関わらず哄笑する。

「来るなら来てみろ、宮永咲!今の僕に隙は無い!」

「お久しぶりです、一条さん」

「いやああああああああああ!?」

本気でびびって振り返る一条。その先には、あの頃の面影を残した少女が立っていた。

「み、宮永咲……」

ゴクリと唾を呑む。ややあって、周囲の喧騒が耳に入ってきた。

「バカヤロー!誰が宮永咲入れやがった!?」「犯人コイツです!」「愉悦(笑)」「キサマアアアアア!」

……これが10話以上かけてカイジを苦しませることになる中ボスの姿である。相手が隠しボスだから仕方ないとか言ってはいけない。

「あの、大丈夫ですか?」

心配そうな顔をする咲。一条は、まるでライオンに睨まれた兔のように怯えた表情を見せた。が、それも一瞬のこと。ぐにやぁ~となりそうな顔を手で抑えつて、精一杯の笑顔で

「マジでお帰り下さい、宮永様。」

深々と頭を下げた。

(いやいや無理無理!もう一度宮永咲と勝負とか勘弁して下さい!あっちの軍資金幾らあると思ってるの!?前回の勝ち分が丸々残ってるのよ!)

流石咲さん。ちゃんと貯金してるなんて偉い「もう使っちゃいましたけど?」ええー!?

まあ、それは兎も角。なにやら誤解が有ったようなので、咲は慌てて首を振った。

「ち、違いますよ!今日は私は見学ですから!」

「へ?見学?ではそちらの方が打つのですか?」

驚きながら咲の隣に立つ黒服を見る。

「……打てますか?」

紳士的に声をかける人鬼。彼を見て一条は、「流石に咲さん以上にヤバい相手ではないだろう」と独り合点し、

 

 

 

「ええ!当店自慢の一玉五千円のパチンコで存分に遊んで下さい!」

 

 

 

何を血迷ったのか、喜び勇んで死神とホップステップしながら地獄の釜に飛び込んで行きましたとさ。直後、

 

 

「御無礼一発です。終了ですね?」

 

 

友情(魔王&人鬼)努力(獲物の捜索)勝利……なんか違う。

 

 

さて、ここからが重要なのだが、二人は計画が出だしから失敗したのでいたく機嫌が悪い。こんなときの二人と誰が好き好んで卓を囲みたいと思うだろうか……いるわけない。

だが、話の展開上一人、どうしても二人と麻雀を打たなくてはならない人物がいる。

「……まったく。その人も大変ね。同情しちゃうわ」

その人物とは、

「さてと、明日で東京滞在も終わりか。そろそろ荷物纏めて帰る準備しないと」

……いま、卓を囲んでいる憧ちゃんのことである。

 

 

人鬼 53200

咲 48500

憧 15100

被害者 3200

 

 

 

(勘弁してよ……)

そう、これが新子憧の卒業試験であった……八つ当たりとか言ってはいけない。




ちょっと短いですが投下しました。次回で東京編は終了予定です。


予定です。大切なことなので二度言いました。


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光明

次回東京編終了(予定)


……本当に予定にしてどうする


卓は、異様な雰囲気に包まれていた。学生でも利用しやすいノーレートの卓、高レート麻雀にありがちな空気を生み出さない為に設定された筈なのに、今は鉄火場の如き熱が立ちこめていた。

 

8順目

 

憧 手牌

 

 

13678m123p23s北北北 9m

 

 

(く、苦しい……)

目が、卓に散在する1ソウに泳ぐ。

(トップの黒服とは4万点近い差が……トップ狙うなら三倍満ツモか直撃が必要……)

改めて現在の点棒状況を確認する。現在トップの黒服は53200、時点で咲は48500、三位に漸く15100。オーラス、親は対面の男なので順調に手が育ってツモの親被り次第では……しかし、この卓は憧にそんな楽観を許さない。

(高め三色のキー牌、1ソウが三枚切れ……どうあってもこの手は満貫までしかない……)

この手牌から門混一通を目指すのは暴挙に等しい。思わず心の中で毒づく。どうしてこうなった、と……

 

 

 

二人が憧と待ち合わせた場所に来たとき、既に日は暮れかかっていた。カラスが鳴き、雀荘は東京の学生達で賑わう。そんな賑わいの中で、憧は麻雀を打っていた。

「リーチ!」

大学生と思しき男がリーチする。その男の捨て牌はこう。

 

 

北中東9m3m1s8s5m9s3s(リーチ)

 

以前の憧ならこの親リーチ一発目に安牌を切っていっただろう。だが……

(3マンの切り出しが早い……頭をドラの2マンで決め打っての平和系かな……役牌を序盤で乱打している以上、ドラと何かのシャンポンも考えにくい)

タンとリズム良く1マンを切りとばす。途端にため息が返ってきた。

「うわ……一発目にドラの跨ぎ牌を通されたよ……」

「普通は合わせるだろうに、ねっ」

脇の会社員風の男は、現物で逃げる。普通はそれで問題無い。親のリーチは決して安くない。東1での振り込みは致命傷となる。が……憧の読みは違った。

 

上家

 

発白8p9p東北1s8m4m西

 

 

(この上家も序盤から役牌を切りとばしてる上に親の現物も切ってる……多分、相当な手が入ってる)

憧のこの推察は当たっていた。3順後に上家が追いかける。

「通らばリーチ」

 

 

11233m4p44477s西西 4p

 

 

この形から憧は打、西。次順も西の対子落としで逃げる。ちょうど店に入ってきた咲が、憧のこの一連の切り方を見て嬉しそうに顔をほころばせる。

(なるほど……二軒リーチに対応するために親リーに向かった訳だね。確かに最初のリーチは典型的な間四件……待ちはかなり読みやすい)

 

それより厄介なのは上家のリーチ。待ちが読みにくく、ベタ読みでは危険牌で手が溢れかえる。もし咲がこの卓に座ったとしたら……

(捨て牌を見る限り最高め456の三色……リーチ宣言牌が5ソウだから親とオナ聴だね)

咲ならこの状況をチャンスだと見る。親リーチに逃げた下家は論外、二軒リーチの当たり牌を殆ど握りつぶした以上、勝ちの目は憧にしかない。今の憧なら目を瞑っていてもツモアガってしまうだろう。

(まあ、私やおじいちゃん達ならここは和了しないけど)

が、今の憧には刹那の領域には至れなかった。ラスト海底で憧はツモアガる。

「海底ツモ表表イーペーコー、2000・4000」

 

11233m456p44477s 2m

 

 

「うわっちゃー!固いなあ!4―7s全部押さえられちゃってるよ」

あちゃーと言いながらパタンと対面の大学生が手牌を晒す。案の定、ドラ頭の平和系4-7s待ちだった。

「あ、俺も親とオナ聴だ」

 

下家

 

 

45666m456p55667s

 

 

 

「キミ、若いのに麻雀強いね」

「そんなこと無いですよ。間四件を警戒しただけです」

素っ気なく返す憧。しかし、内心では大きくガッツポーズせんばかりに喜んでいた。

(よし……キチンと相手の待ちを読めてる。この分なら行ける……咲もこれなら……)

が、「どうよ?」と振り返った先にいたのは、苦笑気味に頭に手をやった咲だった。咲の隣で憧を観察する男も、嘲笑に似た笑いを浮かべている。

(い、いったい何なの……?私、何か間違えた?)

捨て牌とアガった手を見比べる……が、何もミスは犯していない。アガリ牌を押さえた最速のツモは、憧のが最も理想的と言える。

(い、一体何が……)

本気で解らない……解らなかった。それが今の、憧と咲の差と言える。答えは、次局にツケとしてやってきた。

 

憧 配牌

 

 

13489m334p35s南南中 中

 

 

(よし、早い手……役牌が鳴ければ逃げ切れる)

が、幾ら待てども中どころか南も出てこない。見ると、三人とも牌をかなり絞ってきている。

(おかしい……この人達なら役牌だってポンポン切りそうなモノなのに……)

そう、本来なら憧の南も中も鳴き頃だっただろう。東1で憧が和了しさえしなければ……

(理想的過ぎたね……幾ら素人でもあんな綺麗なアガリを見せられたら警戒されて集中砲火浴びちゃうよ?)

 

11順目

 

憧 手牌

 

 

344m333p335s南南中中 3m

 

 

(ぐっ……なんであの手が七対子になるのよ……!この終盤に3ピン切ったらリーチ宣言も同然じゃない!)

七対子に聴牌を取って字牌単騎にした場合、3ピン5ソウと切り出すことになる。親でも無いのに終盤切り飛ばす牌ではない。

(第一、今回下のチュンチャン牌はほぼ私が独占した形……誰かが聴牌してるなら5ソウは兎も角3ソウは当たり牌……)

やむなし、南を切り出して止めにする。海底のツモは上家だった。

「海底……ツモれず。流局っと」

「おっと3ピンはロンだ。2900で連荘」

上家

 

789m12p456789s中中

 

 

この和了、点数的には大したことの無いように見える。が、実は違う。その事に気付いた憧は思わず口を押さえてしまった。

(しまった……親は形聴!3ピン切りなら直前の5ソウでアガってるっ……!)

(場の状況をケアし過ぎたね……)

これをミスと言うのは酷かもしれない。麻雀にたらればは付き物で、寧ろ憧は良くやっている。しかし、最善を尽くして尚負けるが麻雀……と言うより、弱者には弱者の、強者には強者の負け方がある。

強者故の苦しみを、憧は身を持って味わっていた。

(ぐっ……何なのこのジレンマ……!)

 

 

 

結局、憧はオーラスで安手をツモアガってトップ終了した。卓を囲んだ者達が口々に「キミ、強いね」「麻雀歴どのくらいなの?」「打ち方がキレイだね」などなど話しかけてきた。が、憧には敗北感しかなかった。オーラス、憧は安手を必死に取りに行かなければ負けていた。もし咲が打っていたならと思うと、とても勝利には酔えなかった。

(改めて県予選でやった咲の出鱈目さが解るわ……)

他家の注意を自分に引きつけた上で、自分の思い通りに動かす。

(とてもじゃないけど真似出来ない……)

咲と闘うということは必然的に3対1の構図になる。

(そりゃあ相手がどんな能力持ってても負ける訳ないか……)

人が掃け、一人俯くように卓に座る憧。そんな憧が気になったのか、咲が話しかけた。

「勝ったのに浮かない顔だね?」

「まあ、ね……」と正直に胸の内を吐露する。

「いったいどうすれば咲みたいに強くなれるの……?」

ともすればそれはエンサの叫びとも、或いは嫉妬のようにも聞こえた。

少しだけ、憧の内に暗い炎が灯る。そんな憧に、咲は少し考え込むように首を捻った後に、困った風に笑っただけだった。

「私の場合は周りの環境が少し特殊だったからね」

少し……?(困惑)

「精々、黙聴を待ちまでしっかり読み切られる卓に毎日座っただけだよ」

「それ少しじゃない!?」

「少し、だよ」

「咲……」

しかし咲は、自分と憧の差は少しだけだと言う。

「控え目に言っても憧ちゃんは強いよ」

その言葉は、確かに普段ならば素直に受け取れたことだろう。しかし、今となってはただの皮肉にしか聞こえない。思わずカッとなって、

「そ、そんな……強いだなんて……」

テレテレと頬を染め、思わず咲の手を握るあ……いや、待て。そこは「なによそれ……嫌みのつもり!?」って逆ギレした憧が咲に掴みかかって、麻雀して友情を確かめるシーンだったはずじゃ――

「つまんないから却下」

勝手に台本作り替えるの止めてくれませんかね!?

「ま、まあ……そういう訳で、憧ちゃんと私の差は殆ど無い……少なくとも私はそう思ってるよ」

気を取り直して……というか、流れに全く合わないセリフにドン引きながら咲が話す。

咲が考える憧と自分の差、それはキッカケだった。麻雀の腕を更に高めようとするキッカケ……それは、

「……では、席が埋まったようなので始めましょうか?」

「卒業試験、みたいなものかな。憧ちゃん、この卓で一着をとってみて」

 

 

 

そして冒頭に戻る。

(本当になんなの、この人……)

咲が強いことは知っている。だが、それと同じくらい男の麻雀は異質だった。

「……ポン」

憧の捨てた6マンを鳴く。直後、

「御無礼、ツモりました。500オールでアガリ止めです」

 

 

123m123p2355s

 

666m

 

 

「な、なにその和了……二着と競ってる親が三枚切れの1ソウ片和了聴牌って……」

普通に考えるなら形聴にしたところ、偶々1ソウをツモってきただけと思える。だが、そもそも男は形聴に取る必要は無かったのだ。ノーテン流局終了……それで良かった。そうしなかったただ一つの理由、それは……

(私の1ソウを喰い取った……?)

まるで、「お前は本当の強者には勝てない」、そう言われたかのような鳴きだった。

「今の所、私と傀さんでトップの捲り合いが続いてるね」

サラッと人鬼とトップ争いしてる咲さんマジパネェっす。安永さんがショックで寝込んでるけど。

「……」

ニヤリと笑う人鬼。口には出さないが「わーい。久しぶりに全力が出せるぞっ」と内心喜んでいます。ファンの皆様ごめんなさい。

しかし、そうも言ってられないのは憧だ。さっきから一向にトップ争いに参加出来ないでいる。先が見えない、暗暗立ち込める……やり切れなくなって、思わず立ってしまった。

「ん?憧ちゃん?」

(あ……思わず立っちゃった……)

「……ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

仕方なく適当に言葉で誤魔化してトイレに向かう。雀荘のトイレなは、誰も居なかった。

(マズい……10戦やって全部三着って、実力差が有りすぎる……)

ここまで実力差がはっきり出る勝負も中々無い。まるで鏡を見ているようだった……

(鏡……うわ……目に隈が出来てる)

この何日かはジャンキーのように牌を触っていた。当然、睡眠時間が削られる。

(どうしたら……どうすれば……!)

どうすればいいか解らなくて、たまらなくなって壁を殴りつける……その時だった。

「つ、アイタタ……劉大人から面白い麻雀がやってるから見て来いと言われて来てみましたが……」

まさか殴られるとは、と声が返ってきた。

「えっ?あ、ごごめんなさい!」

どうやら壁を殴ったつもりが、間違えてそばにいた男を殴ってしまったらしい。

「いえいえ。見物料代わりに貰っておきますよ」

ところが、男はニヤニヤ笑うだけで怒る素振りを見せない。

「随分と面白い卓に座っていますネ。人鬼が独走させて貰えない状況は珍しい……私も混ぜて貰いたいくらいです」

咲と人鬼のいる卓を面白いと言う。思わず目を見開いてしまった。

「あなた……誰?」

 

 

 

「江崎と言います。こういう麻雀に興味深々な麻雀打ちですよ」

 

 

 

 

江崎さん、そこ女子トイレや……

 




本当の本当に次回で東京編終了(予定)


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