Sword Art Online 赤い炎の妖精と水色の猫妖精 (マグナス)
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prologue

「なあ朝……じゃなかった。――――シノン」

 

 

いつもお気楽そうに笑顔を浮かべてる彼が凄く真面目な表情で、私の水色の瞳を見ながら、一度口にしかけた現実での名前――この世界で出すのはマナー違反――を急いで訂正し、この世界での私の名前を呼んだ。

 

「……何よ」

 

 

 私は、こんな真面目な表情を浮かべた彼を見たことがない。そう思うと何故か人には見せていない一面を見れたような嬉しさが少しだけ込み上げたが、深く関わりすぎたかもしれないと言った卑屈的な考えも同時に現れた。

 

 ――――どっちが私の本当の気持ちなんだろう、GGOであんな目に遭って以来、恐怖で少数の人間にしか心を開かなかった私が。でも心を少し開けただけでも幼い頃の事件を経験した自分としては凄い進歩だったろう。

 

 そんな私が感じた二つの気持ち、どっちが自分の本当の物なのかなんて分かりはしない。

 

 ううん、今すぐに分かるわけなんてないのよ。そんな想いを感じた事も無いし……って

 

「いつまで見てんのよ……」

「心の整理が付くまで」

 

 

 見られている照れを隠す為に、半ば怒り気味に言ったが表情と同じで静かだけど、すごく圧力のある声で返されてしまう。

 

 ……何よ、いつもは“今が楽しければいい”みたいな感じで生活してるくせに。

 

 なのに、いきなりそんな表情をされて、そんな声で言われたら……何も言い返せないじゃない……!

 

 それに……心の整理って言ったわよね……。

 

 恋愛感情、いい思い出がないなぁ……。

 

 新川君に迫られた時は本当に死の危険が迫ってたし、まあ…あれは恋愛と言うよりは“狂愛”ね、新川君には悪いけど…狂ってた。

 

 でも彼の赤色の瞳は、何故かそんな思いを忘れさせてくれそうな程澄んでいて、自然と吸い込まれて……。

 

 と、そこまで思考して自分の顔がゆっくりと彼の顔に近づいて行ってるのが分かった。

 

 真剣な表情の彼は気づいてないみたいなので、少しずつ顔を離してく。

 

 ……絶対に今、顔が真っ赤になってる。

 

 それこそ彼の髪色並みに、赤い炎のように。

 

 そんな顔の火照りを静める為に、視線を斜め下に落としながらちょっとだけ彼の顔を覗いてみる。

 

 こうして見ると、この世界の彼はそこまで悪く無い容姿をしてると思う。

 いつも笑っているせいで穏やかそうに見えるけど、実際彼の目、結構鋭いんだ……。

 

 ……現実世界だと、まじまじと人の顔を見る機会なんて無いからちょっと新鮮。

 

 作り物の身体だとしても、現実世界と変わらない。そんな事をムカつく誰かが言っていたわね。

 

 ――――でも、正しいと思う。朝田詩乃も、シノンも。今私の目の前にいる彼も、現実世界の彼も。どれも現実なんだと思うと、この身体も凄く愛おしく思えてくる。

 

 そんな事を考えていると、彼も心の整理が付いたのか僅かに赤くなって、薄らと汗の様なオブジェクトが浮かんだ顔に先ほどよりも真剣な表情を浮かべながら、私の顔に手を当てて正面に向き合うようにしながらゆっくりと、しかし確実に言った。

 

「俺、お前の事が――――」

 

 

 その先は聞かなくても分かった、私は照れ隠しと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて、この世界での私の特徴とも言える猫耳を揺らし、尻尾を大きく振った。

 



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第一話 教科書、一緒に見せてくれないか?

 ……あぁ、眠い。

 

 どうして授業ってこんなに退屈なんだろうな、もうペンを持つ気力もねーし……。

 俺は両手を机の上に置いてそこに顔を乗せて瞳を閉じる。

 

 あー……、昼休み前だから腹減ってるけど寝れそうな気がしてきた。

 

 よし、寝「おい羽原、単位落としても俺は責任を取らないからな。態度も成績に入れるって、何回言えば分かるんだお前は」…れなかった。

 

 今の授業を担当してるのは俺のクラスの担任、ちょっと口煩いけどこうやって一度注意をしてくれるのは教師なりの責任と、優しさなんだろうなと思う時がある。

 

 仕方ない、担任様がご立腹になる前に授業を受けるとしますか……ってやばい。

 

「教科書ロッカーの中に入れっぱなしじゃねえか……」

 

 

 誰にも聞こえないように俺はそう呟き、机の中に手を入れて捜索するが何も入っていない。

 

 …隣の奴に見せてもらおう、そうしよう。

 

 えっと今の隣は……

 

「なあ朝田さん、悪いんだけど…教科書一緒に見せてくれないか? ロッカーの中に入れっぱなしでさ」

 

 

 声を潜めて俺が話しかけた隣の席の人物。

 

 そう、メガネをかけたショートヘアの女子、朝田詩乃だ。

 皆は大体一人でいる事が多いからよく分からないって言ってるけど、俺はただ単に皆が距離を置いているだけだと思う。

 

 朝田さんは一人でいるのが好きってよりも、無理に距離を置いている感じがするしな。

 個人的には美少女に入ると思う、綺麗っつーよりは可愛い方の美少女だけどな。

 

 とか何とか考えて返答を待ってると無言で軽く机を寄せてくれたので一度身体を横に向けて両手を合わせて会釈。

 

 こんな優しい一面だってあるんだしよ、無表情だけどな。

 

 そんな事を思いつつ机を着けると、当然身体も近くなるわけで……何かいい香りがしてきた。

 

 フワッとしてるっつーか何つーか……女の子独特の匂いってやつ。

 

 とか軽くふしだらな事を考えてノートに字を書こうとしたら消しゴムが見事に落ちやがった。

 

 美術の時間に角を全て使って丸くなった消しゴムは綺麗に転がって朝田さんの小さい足に当たって止まった。

 

 朝田さんも感触が伝わって気づいたようで、大きな溜め息を吐いて目を細めながら椅子を少し引いて身体を横に倒しながら手を床に伸ばして…って近くね!?

 

 机を着けてる上に、朝田さんが俺の方に身体を倒して来る。

 

 確かにそっちから手を伸ばした方が近いけど、もう少し意識しようぜ……。

 

 俺がどきまぎしてる内に朝田さんは消しゴムを拾ってくれたようで、ゆっくりと身体を起こしながら面倒くさそうに俺のノートの真ん中に消しゴムを置いた。

 

 とりあえず…礼は言っておかなきゃな。

 

『サンキュー』

 

 ……っと、ノートの左側に書いてそれを朝田さんに見えるように軽く机の接点に寄せる。

 その際に朝田さんが自分のノートに俺のノートが当たり字がずれ、恨めしそうな表情を浮かべ、綺麗だけど見た目通り冷たい字で『どういたしまして』と書き返してくれた。

 

 ふむ、今なら上手くコミュニケーションが取れるかもしれないな。

 

『いつもは昼飯、どこで誰と食べてんの?』

 

『教える必要なんてある?』

 

 

 むっ……やはりか、ツンツンとした返事が返って来た。

 

『教えない必要があんの?』

 

 

 俺がこう書くと朝田さんはまた溜め息を吐いて俺のノートに返事を書いた。

 

『場所は決めて無い、大体一人で食べてるけど』

 

 

 なるほど、こう言っちゃ悪いが想像通り一人で食べてるのか。

 

『一緒に食わない? 女っ気が薄くて寂しいんだよ。女もちゃんといるけどさ』

 

『遠慮しとく、ごめんなさい』

 

 

 律儀にそう最後に書いてくれた朝田さんは俺にノートを返した。

 ……仕方ない、今回は諦めようか。

 

 とか何とか思いつつ残りの時間は真面目に授業を受ける俺であった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あー……何でこの歳になって幼馴染と飯を食わなきゃいけないんだよ」

 

 

 昼休みになったので俺は昼休み限定で解放している屋上に行って持って来たサンドイッチを目の前に座ってる幼馴染と食べてる。

 普段はこいつ、"鳴宮(なるみや) 心(こころ)"とその知り合いと食べているんだが、体調を崩したとか何かで今日は欠席だ。

 

 こんな季節に屋上で飯食ってる奴なんざ少ないから解放的でいい、寒いけど。

 

「女と食べられるだけいいでしょー?」

 

 

 やめろ、そんな甘えたような声を出すな。

 女らしさなんて殆どないようなもんだろうが、性格も凶暴、更には色々な部分も残念な具合だが何故か身長だけは俺と5cmくらいしか差がないくらいデカイんだから。

 

「痛てててててっ!! ちょおま、マジで離せ! 痛いから、痛いからあぁぁぁぁああ!!」

 

 

 俺の思考を呼んだかの様に、心が黒い笑みを浮かべてプロレス技をかけてきた、餓鬼の頃から何回も喰らってきたがやっぱり慣れない、ていうか慣れたらお終いな気がする。

 そもそも同じ技を続けて使わないで、対策をさせないところが汚い。

 

 その体勢のまま数分、俺はサンドイッチを左手に握って必死に耐え抜いた。

 

 ああヤバかった、身体が悲鳴を挙げてるんだが……。

 

 まあ何も言わないでおこう、時間がかかるとこの後の用事に響く。

 

 残りのサンドイッチを口に含んで咀嚼、手を払って付着していたカスを落として立ち上がる。

 

「お前と食ってても出会いが無くて退屈なんだよ、俺教室戻るからなー」

 

 

 短くそう言って屋上を後にする、その際何か言っていた気がするが気にしない、気にしたら負けだ。何せ戻ったらまた技をかけられるに違いないからな。

 

 とりあえず飲み物を買ってっと……自販機の前に立って適当に小銭を入れる。

 

 ココアとコーヒー、どっちかなら飲めんだろ。

 

 そんな風に考えて両方を一本ずつ買って学校内を散策する。

 

 一人で飯食ってるらしいから、大方庭のベンチか何処かにいんだろ。

 

 靴に履きかえて外に出る、おー寒い。

 

 もう冬なんだからそりゃ寒いわなぁ……。

 

 こんな寒い中で飯食ってるってのは流石に無いかな……っているよ、朝田さん。

 

 そーっと後ろから近付いてベンチの背もたれの後ろに立って息を吐いてボーっとしている朝田さんの冷たそうな左頬に左手に持った暖まったココアを軽く当てる。

 

「きゃっ!」

 

 

 定番の驚いたリアクションをしてくれた、ここは人間だったらこんな感じの反応をするだろうな、うん。

 

 ごめん朝田さん、いきなりは悪かった。謝るからそんな人を一人殺せそうな鋭い視線を俺に向けないでくれ、本当に怖いから。

 

 とりあえず俺は右手のコーヒーをポケットにぶち込んで右手を空ける。あ、やばい。ポケットだけじゃ熱防げないじゃんか、今足が凄い熱いんだが。

 

 急いでやる事をやろうそうしよう。

 

 俺は相変わらず鋭い視線を顔をこちらに向けて送ってくる朝田の身体側に回り、朝田の冷えた右手を掴んで軽く開かせてココアを握らせる。

 

「奢り、さっきの授業のお礼だから」

 

 

 我ながら気障で無理やりすぎたかもしれないな、これ。

 

 朝田は一瞬きょとんとした顔になって俺に缶を返そうとしたがやはり暖には敵わずに俺が握らせたココアを両手で包み温まってる。

 

 あーそうだな、うん。静かだと何かいい。「いつもこうなりゃ素直で可愛いのにな」

「途中から口に出てるわよ……」

 

 

 あー……出てましたか、口に…ってそりゃ拙い。

 

 朝田もどこから聞こえたのか分からんが、どうやら素直で可愛いだけはがっつり聞こえたと取っていいだろう、こんなに顔が赤くなってんだから。

 

「と、とりあえず俺は寒いから教室戻るわ。朝田も風邪引かないようにしろよな」

 

 

 うわぁカッコ悪い、顔を赤くしながら居た堪れなくなって俺は駆け足気味で校舎の中に戻る。

 

 失敗したかな、これ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

何なのよ、もう。

 

 羽原君……別に隣の席っていうだけで接点なんか無かったし、関わろうとも思わなかった。

 

 よくよく考えれば羽原君は大勢の友達と一緒にいるのをよく見かけるのに、どうして今日は一人だったんだろう。

 

 私にお礼をする為…っていうのは考えすぎね。

 

 私みたいないつも一人でいる奴と一緒にいたら陰口叩かれるかもしれないし、何も利点なんか無いもの。

 

 というか、何で私……

 

「羽原君の事考えてんのよ……」

 

 

 まあこうやって律儀にお礼してくれたり出来るし、悪い人じゃないんだろうけど。

 

 相手が私をどう思ってるのかは分からないけど、関わりを持つのは止そう。

 そのほうが羽原君の為になるもの。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 さーて学校終わり……っと。

 

 あー今日は何するかな、ダチは皆部活だしなぁ……。

 

 一瞬朝田さんを遊びに誘おうかと思ったけどそこまで深い仲じゃない上に二人だけだと絶対に拒否されるのでそれは流石に自重した。

 

 俺はマフラーを巻いている首を左右に倒して間接を鳴らしながら暇つぶしの方法を必死に考えた。

 

 そうだ、久しぶりにあれでもやるか。

 

「アルヴヘイム・オンライン。絶剣に負けて以来ログインしてなかったけなぁ……」

 

 

 アルヴヘイム・オンライン。この時代では最も人気なゲーム、VRMMOの一種。

 

 何が凄いのって、簡単に言うと自分のもう一つの肉体がゲームの中にあって、ゲームの中ではその身体を自分の意思で現実世界と殆ど同じ感覚で動かせるんだから。

 

 それにアルヴヘイム・オンラインはレベル依存じゃなくてスキル依存制、やる時間が少なくても何とかなるし、何より魅力的なのが……飛べる事なんだよなぁ。

 

 もう空を飛ぶのが気持ちいいのなんのって、一回やったら病み付きになるね。

 

 アイツ、強すぎだろ。確かあのちょっと有名な黒の剣士……名前が出てこないけどソイツも負かしたんだっけか。

 

 俺も周りに比べたらそれなりに持ったほうだとは思うけど、流石に勝てるわけがない。

 何が凄いって、今まで何十人と一緒にプレイしてきたけど、あそこまで反応が速いやつなんて一人もいなかった。

 

 まあ……今はその絶剣さんもいつの間にかいないらしいけどな。

 

 それじゃ、やる事も決まった事だし急いで帰るかなぁ……。

 あ、その前にアップデートの情報とかまとめてあるの知りたいし、本屋でも寄ろうか。




感想等お待ちしております。


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第二話 じゃあ……始めますかっ!

 俺は家に帰ってシャワーを浴びてとりあえず米を炊飯器に入れた。

 

 そうだなー……7時半頃に炊けりゃいいか、今が5時半すぎくらいだからまず2時間ダイブ、んで飯食ってから明日は休日だからいい感じの所までALOにいよう。

 

 傍らに置いておいたコップに入った水を飲みほし、用を足してから自分の部屋に向かった。

 

 海外で生活してる父親も、電気代に水道代とかは全部払ってくれてるから凄い感謝してる。

 

 この家だって、俺が海外に着いて行きたくないって言ったら父さんが学校に近い家を買ってくれたしな。

 

 ……要するに父さんは相当金を持っている、それこそ海外で仕事をして成功してるからだろうな。

 

 母さんが死んで……いや、殺されてからだろうな。父さんが俺にこんなに尽くしてくれるようになったのは。

 

 母さんは今は少年院に入れられてる兄貴が殺した。仕事も持たない兄貴を厳しい母さんが毎日毎日説教していて、ストレスが溜まったのが原因だろう。

 

 この間面会する前までは、母さんにも非は有ると思ってたけど、それは違ってた。兄貴が言ったのは、とんでもない事だったんだから。

 

 仕事も持たないで、部屋で毎日毎日やる事無く寝そべってる兄貴を見て注意したくなるのも分かる。けど人間なんだから、そんなんじゃ駄目だって分かってるんじゃないか。兄貴だってそう思ってると心の中で異議を唱えてる自分がいた。

 

 それから程なくして、兄貴が母さんを包丁で刺して殺した。

 

 勿論罪を問われ、今は少年院生活。面会だけは許されてるから、この間会いに行って“出てきたらやり直そうよ兄貴、兄貴だって……あのままじゃ駄目だって分かってたんだろ?”ってさ。

 

 そしたら兄貴は俺の予想を覆した答えを返してきた。

 

『親なんだったら、仕事が無かろうと有ろうと子供を育てるのが普通だろ。グチグチ五月蠅かったから殺されて当然だ』

 

 ――――そう言ったんだ。勿論俺は怒りで頭が一杯になって、殴りかかろうとした所を看守に止められて必死に怒鳴りつけてたのが今でもリアルタイムで見てるかのように再生出来る。

 

 以来、包丁は握っていない。

 

 料理なんて大体、簡単な物で済ませてる。

 

 軽く恐怖になってんだろうな、兄貴が握っていた血の滴る鈍く輝いた包丁が……さ。

 苦笑を浮かべながらドアノブに手をかけて回し、相変わらず物が散乱している部屋に足を踏み入れる。

 

 8畳はあるちょっと大きめの部屋の真ん中に透明のガラステーブルが陣取り、その周辺には漫画やら携帯ゲームの充電器やらが放ってある。

 

 んで、部屋の端にはベッドと、その横にはALOに行く為の機械、アミュスフィアが繋がれたPCが置かれた机がある。

 

 <<アミュスフィア>>、SAO事件と呼ばれる事件の切っ掛けともなった“ナーブギア”の後継機。

 

 あんな事件が遭った後だって言うのにこれは信じられないくらいに売れた。

 

 まあ安全性も格段に上昇しているってのが主な理由なんだろうけど、俺も買ってるし。

 

 そんでこれは脳が送る信号を確かどうとか書いてあったけど、説明書を読むの苦手だから読んでないんだよな……。

 

 まあ、大体の使い方が分かってれば問題ないんだ。

 

「あー寒い……、暖房は点けっ放し…じゃ駄目だな。仕方ねェ、毛布に包まってダイブするかな」

 

 

 あまり身体に何も着けないでやった方が感覚が遮断されるとかでいいらしいが、こんな寒い中で服を脱いだりして何て出来るわけがない。

 

 すっかり冷えた身体を毛布で覆いながら制服も脱がずにベッドに入り、手を伸ばしてアミュスフィアを掴んで頭に被ってスイッチを入れる。

 

 とりあえず今日はー……ユージーンさんとデュエルでもして見るか、負けそうだけど。そしてあの人に時間があったらだけど。

 

 <<魔剣グラム>>は流石にチート並みだけど打開策はあるしな。

 

 まあ……唯一対抗出来るって<<聖剣エクスキャリバー>>は持ってないけど、発想の転換でどうにかなるんだから。チートって呼べる程強くないかもしんないな。

 

 領主の弟ながら権力を使わないあの人は人望も厚いし人柄も良い、だから俺は結構いい友人だと思って付き合ってる。

 

 別に役職が無いとか、種族にあまり貢献してないとかで偏見を持たないのがあの人の人気と強さの秘訣なんだと、俺は思う。

 

 でも……あんま好きじゃないんだよな、ユージーンさんの兄のサラマンンダーの領主は。

 

 何か権力振りかざして偉そうにしてんのが余計に……間違っても口走れないな、これ。

 口走ったら領地追い出されて居場所が無くなりそうだよなぁ……。

 

 ちなみに領地を追い出されたら中立地帯に留まる“レネゲイド”ってのにならなきゃいけないんだよな。

 

 結局噂されてた“転生システム”が導入されてないから、種族変更も出来ないしよ。

 

 あー……まあいいや、とりあえず領地に行ってから考えよう。

 

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*****

 

 

 

 

 

「……さー、ねえキリト君。ちゃんと聞いてるのー?」

 

 

 値の張るプレイヤーホームと呼ばれる空間、宿屋を使わずともログアウトする事が出来、他のプレイヤー達とは完全に断ち切られた謂わば現実世界の家と同じだ。

 

 勿論高いが、払えない程では無く友人達を数十人呼んでも余裕があるほど広いこれは交流を求めるVRMMOではある意味一番の交流場かもしれない。

 

 そんなプレイヤーホームの揺り籠の中でキリトは頭に手をやり、軽く瞳を閉じながら話を聞いていたのだがいつの間にか意識を飛ばしてしまっていたようだ。

 

「……ああ悪い、ちょっと考え事してた」

 

 

 だがキリトは少し悪びれた様子を見せたが、堂々と寝ていた事を隠したのだ。

 

 そんな彼のいつも通りのポーカーフェイスをアスナは一度ジトッと睨んだが、すぐにいつもの通り、先ほど話していた時と同じような柔らかい笑みを表情に浮かべた。

 

「まあいいや。それよりさ……何かユージーンさんがデュエルするみたいだよ? さっきクラインからメール入ってたんだけど、滅多にデュエルしない人だし見に行かない?」

 

 

 と、明るく心が落ち着くような女性らしい、現実の明日奈とは違う声で言ったので、キリトはまだ少し残っている眠気を隠しながらも身体をお越し、傍らに置いていたファーが着いたジャケットを手に取り、袖を通しながらアスナの方に顔を向けた。

 

「間に合うかは知らないけど、行くだけ行ってみるか。一回デュエルした事あるし、相手がどうやって<<魔剣グラム>>を攻略するかがちょっと楽しみだしな」

 

 

 そう、キリトは一度ユージーンを負かしている。

 

 その時はエクスキャリバーを所持しておらず、勝機など殆ど無かった。

 

 常識に囚われた戦い方をし、剣を振る速度が遅かったならばだが。

 

 <<魔剣グラム>>は特殊な能力、<<エセリアルシフト>>。

 

 剣や盾で受けようとすれば非実体化し、すり抜けるエクストラ効果を持ったその魔剣を、キリトは破ったのだ。己の最大の武器、二刀流で。

 

 通常ならば、同時に二本もの剣を操るなどと普段から鍛錬をし、それこそ何年も積み重ねなければ出来ない技をキリトは既にマスターしている。

 

 ユージーンを破った二刀流での戦い方とは、片方の剣で<<魔剣グラム>>を受けようとしたがやはり透過し、誰もが直撃を喰らうと思った。

 

 しかし、キリトの行動と思考はそれを上回ったのだ。

 

 その場にいた誰もがハッタリだと思っていた二刀流のもう片方の剣で、再び実体化した瞬間の<<魔剣グラム>>に剣を当て、弾いたのだ。

 

 そこから一気に乱舞で押し切った……それがそのデュエルでの結末。

 

 そんな力を持った魔剣を相手にするからこそ、自分以外の人間がどうやって攻略するのかが気になるのだろう。

 

「それで? 場所は?」

 

 

 既に袖を通し終わったキリトが、伸びをしながらアスナにそう尋ねると、アスナはキリトの背中に手を当て、押しながら歩き出した。

 

「場所は私が分かってるから、早く行くよー!」

 

 

 キリトは自分で歩こうとしたがアスナに押されてしまい、バランスを崩してしまっている為、外に出るまでは仕方なくそれに付き合った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「悪いな、レイン。見世物の様になってしまって……な」

 

 

 俺の前でユージーンさんが口元に軽く皺を寄せながら、申し訳なさそうな声色でそう言った。

 

 あ、ちなみにレインってのは俺のキャラネーム。

 

 羽原 蓮が俺のフルネームだから、蓮の間に”イ”を入れてレイン。

在り来たりだけど、何となく気に入ってる。

 

 俺は出来る限り愛想のいい笑みを浮かべながら、申し訳無さそうにしているユージーンさんに向かって両手を胸の前に挙げ、横に何度も振った。

 

「気にしないでいいですよ、デュエル頼んだのは俺ですし。ここまで人集めたの、クラインですから。気にしないで俺の事倒しに来ていいですからね」

 

 

 せっかく強い人とデュエルが出来るんだし、本気になって貰わなきゃ勿体ない。

 

 俺は念のためユージンさんにその旨を伝えたが……

 

「安心しろ、手は抜かないさ。だが……デスペナルティが惜しいな。全損モードではなく、クリティカル制にさせてもらおう」

 

 

 うん、やっぱりユージーンさんの人柄は好きだ。

 

 さり気無くデスペナの事を気遣ってくれるし……な。

 

「確かにデスペナルティはデュエルで付いてもあれですからね、そうしましょうか」

 

 

 目の前で僅かながらに苦笑を浮かべてるユージーンさんに、俺も苦笑を返しながら、スクリーンを出して武装をオブジェクト化。

 

 背中にずっしりとした重みが加わる。

 

 俺は背中にオブジェクト化した剣に手を掛けながら、ユージーンさんに鋭い視線を送った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 人込みを掻き分けながらアスナとキリトは前へ前と進み、漸く自身達を呼び出した人物を見つけ出した。

 

「おいクライン。お前……予め言っておいてくれよ、ユージーンのデュエルがあるって事」

 

 

 あからさまに不機嫌丸出しで、無精髭の生えたその縦長の顔を見つめながらキリトはそう言ったが、すぐに“まあいい”と付け加え、視線を人ごみの中心で対峙している二人に向けた。

 

「あの“レイン”って名前のサラマンダ―……聞かない名前だけど、強いのかしら?」

 

 

 ふと聞き慣れた声がし、キリトがクラインのすぐ隣に視線をやると見たことのある猫耳が目に入り、キリトは軽く驚愕の表情を浮かべた。

 

「何だシノン、お前もコイツに呼び出された口か」

「ええ、クラインが面白い物を見せてくれるって言うから」

 

 

 そう、クラインはシノンにも声をかけていたのだ。

 

 シノンは未だに返事をしないクラインの方に視線をやり、その鋭い目つきで軽くクラインの事を睨んだ。

 

「まァそれなりに強いだろうな、あまりログインしねェみてェだからよォ……。アイツが戦う所を見れるのも、結構珍しいんだぜ?」

 

 

 視線に気圧されたのか、クラインは悪趣味な柄をしたバンダナを軽く目深に被りながら早口で捲くし立ててそう返した。

 

 口ぶりからすると、知り合いのようだが三人とも敢てそこには触れずに、ただデュエルが始まるのを待った。それぞれが思い思いの考えを持ちながら、少しずつ込み上げてくる気持ちの昂ぶりを抑えながらも集中し、どちらかが動き出すのを待っていると――

 

「じゃあ……始めますかっ!」

 

 

 ――レインが威勢の良い声を挙げながら思いっきり地面を蹴ったのを合図に、ユージーンも<<魔剣グラム>>を抜き、迎撃の体勢に入った。

 



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第三話 《魔剣グラム》破り……ッ!

 日が沈み始めた黄昏の街で、レインは相対するユージーンに向かって突撃を仕掛けながら、背中に斜めにかけられた鞘から愛刀を抜き出した。

 

 その剣は全長がレインの身長に迫る程、目分量で170cmは裕にある物で、刀身の長さも然る事ながら、横幅も途轍もなかった。

 

 レインは痩せ形で長身のどちらかと言えばややスピードタイプよりの体系なので、横幅も当然小さい。

 

 そうなれば当然刀身が長くとも、横幅は小さく筋力パラメーターを重視しない武器を持つのが定石(セオリー)のはずなのだが……。

 

「おらっ!」

 

 

 横幅も彼自身の横幅より多少小さいか全く同じなのだ。

 

 その明らかに見た目に不釣り合いな大剣を物ともせずにレインは勢いよくユージンに向かって己の得物を振り下ろした。

 

「甘いっ!」

 

 

 が、黒の剣士キリトに負けるまで、そして絶剣が現れるまで最強プレイヤーと謳われていたユージーン相手にそんな直線的な戦法が通じるはずも無かった。

 

 眉間に皺を寄せ、声を荒げながら振り下ろされた大剣を躱しユージーンは彼自身を最強と謳わせた愛刀、<<魔剣グラム>>をレインの腹部に向かって思い切り突き出した。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 声にならない声を挙げ、険しい表情をしながらレインは振り下ろした大剣の勢いでバランスを崩しながらも身体を横向きにし、紙一重の所でその突きを回避した。

 

 一瞬安堵の表情を浮かべたが、その安心感をすぐに打ち消して大剣を地面に擦らせながらバックステップで距離を取ろうと試みた。

 

「――――むんっ!」

 

 

 気合の籠った声と共に、ユージーンが<<魔剣グラム>>をバックステップ中のレインの腹部目掛けて横薙ぎに振るった。

 

 ――ヤバい。レインはそう直感し、身体を“くの字”に曲げ、限界まで腹部を後ろにやった。

 

 その場にいたギャラリーが躱せないだろうと言いたげに溜め息を吐いたが、ユージーンの振るった<<魔剣グラム>>は綺麗に“くの字”に曲げられ、前に出された腕と脚の間をすり抜けたのだ。

 

 腹部にだけ集中し、ピンポイントで狙ったのが仇になったのだろう。

 レインは口笛を軽く吹き、自身を心の中で小さく賞賛しながら、愛刀を構えた。

 

ユージーンは眉を顰めながら力強く地を蹴り抜き、レインに向かって<<魔剣グラム>>を斜めに振り下ろした。

 

 それを見てレインは本能的に愛刀で受ける動作を取ってしまい、舌打ちをしながら僅かながらに身を反らした。

 

 ぶん、と<<魔剣グラム>>の赤黒い刀身が震動した。

 <<エセリアルシフト>>によって透過された刃が、レインが防御しようと上げた横幅のある大剣の刀身をすり抜けながらレインの胸元を深く斬り込――

 

 ――めなかった。

 

 白色の動きやすそうな上着の布に小さく斬り込みが入り、レインの肌が露出されたが傷はよく見なければ確認出来ないほど薄く、浅い物だった。

 

 レインが咄嗟に身を反らしており、彼が構えていた大剣の影に隠れていたので、ユージーンはレインが防御体勢に入る前に確認した位置に狙いを定めていたので、浅く傷をつけた程度だったのだ。

 

「やっぱり、狡くないですかねッ!」

 

 

 涼しい顔を浮かべてるユージーンに向かってお返しと言わんばかりに、下段に構えていた愛刀を両手で思い切り振り上げた。

 

 剣先が石作りの床を削りながら、牙を剥きユージーンの頑丈そうな赤い鎧に包まれた胸元を切り裂こうとした。

 

「そう思うのなら、<<聖剣エクスキャリバー>>でも取って来るのだな!」

 

 

 しかし、ユージーンは先ほどレインがやってのけたように身を横にして大剣を避け、大きく振りあがった大剣の根元に<<魔剣グラム>>を振り上げた。

 

 振り上げた為、左手を外した状態なので大剣を支えているのは右手一本。

 

 危険だと判断しながらも、圧倒的な大きさ故に重量も凄まじいその大剣を右手一つで動かすのは殆ど無理だと思い、なるようになれと心の中で叫んだ。

 

 赤黒い刀身が、レインの使う灰色の刀身を持つ大剣の根元に力強く当たり、レインの右手に衝撃が伝わる。

 

 小さな呻き声を挙げ、力を緩めたレインの右手から灰色の刀身をした愛刀が離れ、高々と宙に舞い上がった。

 

 ――決着だ、その場にいた誰もがそう思っただろう。

 

 しかしレインは諦めずに、剣を振り上げて隙が生じているユージーンの腹部に鎧の上から右足で蹴りを入れたのだ。

 

「――――な…ッ!」

 

 

 驚愕を顔に張り付け、声を挙げながらユージーンは後ろに軽く吹っ飛び、靴底を地面に擦らせながら火花を散らせた。

 

 ギャラリーからもレインの今の攻撃を称えるかのような口笛が出たりもしたが、まともにヒットはしたが鎧の上からなので殆どダメージは通っておらず、クリティカルとは認められなかった。

 

 ――――しかし、時間は稼げた。

 

 大きな音を立てながらレインの大剣が落下し、金属音を挙げながらその剣先を地面にめり込ませる。

 

 レインは急いでそれを抜き、両手で握りユージーンに向かって構えた。

 

「打撃が来るとは思ってもなかったが……いやはや、大した奴だ」

 

 

 <<魔剣グラム>>を構え直しながら、ユージーンは剛毅な口元に僅かながら笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「へぇ……案外やるじゃん、あのサラマンダー。ちょっと押されてるけど、殆ど互角にユージーンと戦ってる」

 

 

 素直に思った事を述べながら、俺は隣にいるクラインにチラリと視線をやる。

 

 まあ確かに、呼び出されても見る価値はあるかもしれないな。この試合なら。

 

「そうだろキリの字、ログインしてンの中々見ねェし、あんま種族に貢献してねェ感じだから名が売れてないだけだ。腕だけだったら……多分俺と同等か、それ以上だぜ」

 

 ……それは結構意外だな、クラインだって俺と一緒にSAOをクリアしたんだ。

 なのにそのクラインがそれ程までに言うとは思わなかった。

 

「キリト、ちゃんと見てないと。いつ終わるか分からないわよ、これ」

 

 

 シノンが視線をユージーン達に向けたまま、冷静にそう言う。

 相変わらず冷たい感じがするけど、まあシノンらしいと言えばシノンらしい。

 

 俺はレインの実力を測るべく、先ほどよりも真剣に試合を見ることにした。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「しかしレインよ、お前は勝算も無しに俺に挑んだのか? <<魔剣グラム>>を一度も破れていないぞ」

 

 

 少し呆れが混ざった声色で、ユージーンがそう尋ねるとレインは少し癪に障ったのか眉を顰めて目を細めながら。

 

「そんなわけないでしょ。破れるかもしれない方法を見つけたから、お願いしたんです」

 

 

 あからさまに不機嫌になりながら、そう返した。

 

 当然だろう。ユージーンの口ぶりは“まるで相手にならない”そう言ってる様な物なのだから。

 

 その返答に、ユージーンは再度口元に笑みを浮かべながらその強面な顔に僅かながら期待を現した。

 

「そこまで言うのならば、どの様に破るかを期待しておこう!」

 

 

 大気を揺らすほどの大声を挙げながら、ユージーンは一瞬で距離を詰め、赤黒い刀身をレインの肩に噛み付かせようと振り下ろした。

 

(本気で斬りかかって来てるよ、嬉しいと言えば嬉しいけど……えげつねぇよな)

 

 

 心の中でそう悪態を吐き、身体全体の力を抜きながら肩に赤黒い刀身が喰らい付く寸前でレインは身体を先ほどと同様に横向きにし、やり過ごす。

 

「それじゃあ……まずはお返しからしますかねッ!」

 

 

 <<魔剣グラム>>を振り下ろし、僅かながら右の脇腹の防御が留守になっているユージーンに向かってレインは愛刀を振るった。

 

 だが、先ほどよりも速度が速い。そして剣が辿った軌跡からはオレンジ色のライトエフェクトが残光として残っている。

 

「いっ……けぇぇぇぇぇええええ!」

 

 

 そう、OSS(オリジナルソードスキル)が発動されたのだ。

 

叫び声を挙げながら、レインはライトエフェクトを引かせている愛刀をシステムの動きに任せ、眼の前に立つユージーンがどう動くかに集中する。

 

頬と瞳に僅かながらの驚愕を浮かべ、一瞬だけ硬直したユージーンだが、脇腹から胸を辿るように迫り来る灰色の刀身を見て即座に身体の右半身を引いた。

 

 ライトエフェクトがユージーンの脇腹があった空間を通過し、残っていた右の胸部に僅かながらに掠った。

 

 ――しかし、これで終わりではない。

 

 ユージーンの胸部を通過した大剣は再度オレンジ色のライトエフェクトを引きながら、横薙ぎに振るわれたのだ。

 

「――――――ぬっ!」

 

 

 小さく声を挙げながら、ユージーンが今度はバックステップをし、鎧に剣先を擦らせながらも難を逃れる。

 

「ま……だ、もういっ…ぱつ!」

 

 

 そう声を漏らしながら、レインは愛刀を横に振り抜いた勢いで半回転すると同時に地面を蹴り、ユージーンとの距離を回転しながら詰め。

 

「らあぁぁぁぁあああ!」

 

 

 身体が前を向くと同時に愛刀を振り下ろした。

 

 勿論オレンジ色のライトエフェクトは引かれており、ここまでがOSSなのだとユージーンに認識させる。

 

 しかし、ユージーンも最強プレイヤーと謳われた男。

 凄まじい反応を見せ、更にバックステップをし大きく距離を取った。

 

 鎧があった空間をオレンジ色のライトエフェクトを散らしながら大剣が通過し、地面に当たり大きく音を立てた。

 

 顔には出さないが、ユージーンは全てを躱せた事に心では大きく安堵しており、多少息が乱れている。

 

 それとは対照的に、3連撃が全て外れたレインだが涼しそうな顔を浮かべて挑発的な笑みを浮かべ、大剣を構え直しながら。

 

「今のが攻撃の分の仕返し。それじゃあ本命……<<魔剣グラム>>破り、やるとしますか!」

 

 

 と嘯きながら、大剣を構えて地面を踏み抜き、走りながらユージーンとの距離を詰めていく。

 

 そんなレインに対し、ユージーンは“間合いに飛び込んで来たと同時に横薙ぎに斬る”と考えている。

 

 胸部を狙えば先ほどのように身体を曲げて避けるのも不可能、そう踏んだユージーンは何故かどんな方法で破ろうと考えているのかも僅かながら楽しみであり、少しばかりの期待を感じている自分を心の中で笑っていた。

 

「――――――むんッ!」

 

 

 間合いにレインが飛び込んだ。それを合図にユージーンがレインに向けて赤黒い刀身でこの試合を終わらせようと横薙ぎに<<魔剣グラム>>を振るった。

 

(さあ、どうでる! 破れるのなら……破ってみせろ!)

 

 

 心の中でそう叫んだユージーンの気持ちが通じたかのように、レインが一度だけ口元に笑みを浮かべると、誰もが予想もしなかった行動に出た。

 

 勢いよく腕を伸ばし、大剣を地面に突き刺しながら、止まろうとせずに大剣との距離を徐々に詰めていく。

 

 横幅がある大剣の刀身にグラムが食い込もうとした瞬間に<<エセリアルシフト>>が発動し、刀身が透過される。

 

 その後ろにいるレインには確実に赤黒い刀身が喰い込むとギャラリー、キリト達。そして振るったユージーンでさえも思っただろうが――

 

 ――刀身は大剣の中心まで到達しても現れなかった。

 

「<<魔剣グラム>>破り……成功ッ!」

 

 

 そう歓喜の声を挙げ、表情に笑みを浮かべたレインが未だに止めていなかった足で勢いよく地面を蹴り。

 

「そ……らぁぁぁあああ!」

 

 

 剣を支柱にし、一回転しながら剣を抜いた。

 

 小さく浮かび、自身の背中の下を<<魔剣グラム>>が通過するのを感じながら、レインは回転の勢いを利用して腕を振り、風切り音を盛大に辺りに散らしながら、大剣を上段から振り下ろしてユージーンの胸部の鎧を切り裂いた。

 

 ユージーンの鎧から赤色の破片がまるで血のように飛び散り、HPゲージにダメージが見て取れるほど現れ、彼の顔が苦い物を浮かべると同時に――

 

 ――ウインドウが現れ、決着を告げた。

 

「……っし!」

 

 

 それを見たレインは小さくガッツポーズをし、辺りを見回した。

 

 予想外の結果に口を開けて呆然としていたギャラリー達も……。

 

「おおおおぉぉぉおお!!」

 

 

 と驚きの声を挙げながら各々が拍手、指笛などとレインを賞賛した。

 

 

 レインは満面の笑みを浮かべながら手を振り、周りに適当に返事をしている。

 周りもそれに連れてテンションが上がっており、どんどん声が大きくなっていく。

 

「あーもう……五月蠅い」

 

 

 最前列にいるシノンが、周りの声でかき消される程度の大きさの声量でそう言いながら猫耳を抑えていると、ユージーンがレインに歩み寄り声を掛けた。

 

「まさか本当に破るとはな……どういった方法か、教えてもらおう」

 

 

 などと凄まれ、レインは一瞬冷や汗を浮かべたがすぐに打開策を思いつき、意地の悪い笑みを顔に張り付けながらギャラリーの中で最前列にいたサラマンダーの男性に視線を向けて手招きをし……。

 

「どっかの店でゆっくりと説明しますよ、勿論こんだけギャラリーを集めたクラインの奢りで」

 

 

 走って逃げようとするクラインの首根っこを掴み、腕でホールドを決めながら笑みを浮かべてそう言ったのだった。

 

「ふざけんな! 俺ァ奢らねェぞ、絶対に!」

 

 

 頑なに抵抗するクラインを見て、レインは腕の力を強くしたがクラインも引き剥がそうとレインの腕を掴み、思い切り力を込めた。

 

「そうだなクライン。俺達も呼び出されたんだから飯の一つでも食わせてもらおうか」

 

 

 が、目の前に笑顔で現れたキリトとアスナ、そして傍らにポツンと立つシノンにも迫られて逃げ場を無くしてしまい……。

 

「嫌だぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 

 軽く涙を流しながら絶叫し、その声が辺り一帯に響いた。

 



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第四話 どうせってなんだ!

「いやー悪いね、クライン。あんなに人を集めて貰ったのに飯まで奢ってもらって」

 

 

 まあこの世界ではいくら食べても現実世界で腹は膨れないし、栄養も取れないんだけどな。

 

 形が問題って事で、俺はクラインのユルドを削り取るべく色々と注文をして、皮肉を込めた言葉を満面の笑みで言った。

 

 俺の右横にはユージーンさん、左にはクライン。前には黒ずくめのスプリガンさんと、そのスプリガンさんを挟むように女の人が座ってる。

 

「そう思ってんなら奢らせんじゃねェよ! 何で俺が全員分出さなきゃならねェんだ!」

 

 

 あー五月蠅い、隣でぎゃーぎゃー喚かないでくれよ。

 周りのプレイヤー達だってこっちを凝視してるぞ、主にユージーンさんがいるからだろうけど。

 

「人の事を呼び出した上に、貴方の知り合いの決闘(デュエル)だったんだから、軽い祝勝会も兼ねてると思えばいいでしょ」

 

 

 む、良い事言うなケットシーの女の子。

 俺の左斜め前の水色のショートヘアから、同色の猫耳を生やした女の子がお冷をちびちび飲みながら落ち着いた表情でそう言った。

 

 その言葉を聞きクラインは一瞬反論しようとしたが、スプリガンさんとウンディーネさんが頷いたので渋々といった感じで黙った。

 

 でも……これだけでクラインが引き下がるって事は、スプリガンさんとウンディーネさんはクラインと付き合いが長いみたいだな。

 

「それで、クライン。この人たちはお前の知り合い?」

 

 

 名前ぐらい教えろと遠回しに言うと、クラインは頷いてスプリガンの少年を指差した。

 

「キリト、スプリガンだ。クライン(こいつ)とは腐れ縁」

 

 

 キリトと名乗ったスプリガンの少年が面倒くさそうにしながら片手を挙げて、俺の横のクラインを指差しながら言った。

 

 なるほど、やっぱり付き合いは長いわけか。

 まあお互いに軽い罵声を浴びせながら苦笑をしているから、そうだとは思ってたけど。

 

 何処で知り合って発展した関係かは知らないけど、やっぱりそういった仲が良い奴と一緒にVRMMOって何か憧れる。

 

「初めまして。キリトくんの恋人で、ウンディーネのアスナです」

 

 

 と、次はキリトさんの左側に座っている長髪の女の人がキリトさんの左手に自分の腕を軽く絡ませながら笑顔でそう自己紹介してくれた。

 

 ……この二人、リアルでも知り合いでそっちでも付き合ってるんだろうか。

 

 凄い幸せそうな顔で腕を組みながら視線をキリトさんにやってるよ、でもキリトさんも少し恥ずかしいのかやんわりとそれを解いた。

 

 聞きたい衝動に駆られたが抑える、VRMMOでリアルの事を聞くのはタブーだからな。

 

 それで、最後のケットシーさんはっと……。

 

「ケットシーのシノンよ」

 

 

 やっぱり無愛想だな、第一印象からそうだろうとは思ってたけど。

 ていうか、このクールっていうか人を寄せ付けない感じが誰かに似てる気がするが……気のせいだろ、うん。

 

 とかそんな事をしてるうちに適当に注文した料理が俺達の前に並べられる。

 

 時間は今は……

 

「19時かよ……」

 

 

 飯、もう炊けてんだろうな……。

 

 などと思いながら呟かれた俺の小さな声にユージーンさんが反応したので“何でもないっす”とだけ返しておいた。

 

「それで、結局どうやったんだよ。<<魔剣グラム>>破り」

 

 

 隣に座って自棄になりながら酒を飲みながらクラインが逃げられないようにか知らないが、腕を首に絡めながらそう耳元でデカい声を出す。

 

 あー鬱陶しいなコイツ。

 

 俺は表情に苛立ちを少しだけ出し、クラインの腕を払って。

 

「知ったら拍子抜けする、そんぐらい簡単な発想だったんだよ」

 

 

 短くそう言って口の中を潤す為に水を口に含んだ。

 

 キリトさんもアスナさんも、ユージーンさんも興味深々といった様子だが、相変わらずシノンさんだけは何処となく冷めてるような、興味が無さそうな感じが否めない。

 

「<<エセリアルシフト>>は武器に当たっている間の透過だろ? 俺の武器は決闘(デュエル)を見てれば分かると思うけど、馬鹿でかい大剣」

 

 

 ここまで言えば大体分かるだろ、キリトさんは顎に手を当てて必死に答えを探して、少しして何か閃いたと言わんばかりに俺に軽く指を向けた。

 

「これが正解だとしたら、本当に簡単な発想だな……。その大剣の横幅を活かして影に隠れて、<<エセリアルシフト>>が持続するようにした?」

 

 

  お、当たり。俺は笑みを浮かべながらキリトさんに向かって

 

「正解ですよ、それで。最初に言ったでしょう? 簡単な発想だって」

 

 

 キリトさんの言葉で、アスナさんやユージーンさん達4人は納得したみたいだけど、俺の横で「分からねえ……」と必死に唸ってる男が一人……。

 

「仕方ない、馬鹿なお前の為にゆっくりと話してやるよ」

 

 

 俺が半ば呆れ気味に溜め息を吐きながらそう言うと、クラインが何かを言いそうだったので言われる前に話を続ける事にする。

 

「<<エセリアルシフト>>は武器に当たると透過するエクストラ効果、つまり武器に当たってる間は透過するだろうって考えたんだよ。俺の得物は大剣で横幅も俺自身と同じくらいあるから丁度いい、そう思って試してみた。そしたら俺の身体に当たっても透過してたから成功したってだけ」

 

 

 そう、たったこれだけの事。少し考えればすぐに思いつきそうな程簡単で、それなりに能力値があれば実践出来そうなくらいの。

 

 実際透過した状態から戻った時に、武器の中心とかで止まってたらどうなるのかが知りたい、大方両方とも折れそうだし、現実だと絶対に有り得ないからここでも無いんだろうけど。

 

 でもこの方法で勝とうとしたけど、簡単に言っちゃえばあの場面で縦振りが来たら俺は負けてた。あの勢いじゃ流石に方向転換も出来ないし、弾き防御(パリィ)も出来ないしな。

 

 だから冷静に考えると、全然合理的な破り方じゃないし、もう通用しない。

 今だから言えるけど、クリティカル制にしておいて本当に良かった。

 

 OSSも掠っただけだったし、そう考えるとよく勝てたと本気で思う。

 

 やっぱ凄い人だよ、ユージーンさんは。

 

「<<魔剣グラム>>にもそんな穴があったとはな……。しかし冷静に考えれば、<<聖剣エクスキャリバー>>だけでしか勝てない剣とあらば運営にも苦情が来るだろうしな」

 

 

 隣でユージーンさんが少し残念そうな、だけど当たり前だと自分自身を納得させてるような表情で適当に料理を摘まみながら水を飲んでる。

 

 前に視線をやるとキリトさんも、アスナさんも遠慮せずにゆっくりと会話しながら食べてる。

 

 だけど一人だけ……

 

「シノンさん、だっけ? 君は食べないの? どうせクラインの奢りなんだから、遠慮しないで平気だと思うけど」

 

 

 少し身を乗り出してそう言うと、隣で酒を呑んでいるクラインが肘を脇腹に捻じ込んできた。

 

 地味に痛いから止めろ、本当に地味に……

 

「痛ェんだよこの野郎ッ!」

「ぐはっ!?」

 

 俺は声を出しながら、肘で脇腹を攻撃する為に僅かながらにこっちに寄っているクラインの頬に裏拳を入れた。

 

 情けない声を挙げながらクラインが軽く仰け反り、グラスをテーブルに置きながら胸倉を掴んできた。

 

「何しやがんだ手前ェ!」

「さっきにやったのはお前だろうがッ!」

 

 

 半ばキレ気味になっているクラインの胸倉を掴み返してそう言い返す。

 するとクラインは言葉に詰まり、少し言葉を探した後に……

 

「“どうせ”ってなんだ、どうせって!」

「あーもう一々五月蠅いな、言葉のアヤだろうが!」

 

 

 顔を合わせて食事に行くと、大体いつもこんな感じなのでもう慣れた。

 キリトさん達もクラインの人柄が分かっているからなのか、止める気配はない。

 

 暫くそのまま睨み合っていたが、俺から手を離すとクラインも適当に手を離し、お互いに服を整えながら食事にありつく事にした。

 

 ちなみにシノンさんも遠慮しながら少しだけ食べていたので、ただ奢ってもらうのに気が引けていただけの、凄いいい子なんだと思ったりもした。

 

 そしてこの後に各自家で晩飯を食べてから再度集まり適当にクエストをやるかフィールドをやる事になったわけで……。

 

 なので俺は久しぶりにパーソナルカードを交換し、いつでも連絡が取れる状態の友人を作った。

 

 とりあえず店を出て宿屋に向かいながら他の人たちと別れ、決めた集合時間に遅れないようにログアウトをした。

 



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第五話 火矢、撃ち込むわよ

「あれ、まだシノンさんだけ? キリトさん達は?」

 

 

 飯を食って早めにログインして集合場所に行くと、ケットシーの女性――シノンさんが立っていた。

 

 相変わらず冷たいクールな表情でこっちを見たかと思うと、“まだ来てないけど”とだけ言って会話を終わらされてしまった。

 

 でも、せっかく会ってんだし少しは話したいよな。

 

「シノンさんってさ、武器は何使ってるの?」

 

 

 離れた距離にいたから近づいて、シノンさんの前に立ちながら笑顔でそう言うと、シノンさんは面倒くさそうに溜め息を吐きながらウインドウを操作し、背中に武器を出した。

 

 何か凄い強そうな弓が出て来たぞ……おい。

 この世界で弓を使うなんて珍しいな、飛び道具なら魔法があるんだし。

 

「見たこと無い弓だけど、プレイヤーメイド?」

 

 

 サイトとかでも見たこと無いからドロップアイテムではないだろうし、色々な角度から見ながら聞いてみると、冷たい返事だったがどうやら“そう”と返してくれたらしい。

 

「ま、欲を言えば<<光弓シェキナー>>が欲しいんだけどね」

 

 

 ……確かシェキナーって、伝説級の武器だろ?

 凄い強いって噂を聞いた事があるけど、クエスト……難しそうだなぁ。

 

 というか、プレイヤーメイドで満足してないのが驚きだ。

 普通プレイヤーメイドでも充分戦えるだろ、うん。

 

「じゃあ、今日はシェキナーでも取りに行く?」

 

 俺が冗談めかしてそう言うと、僅かながらに耳と尻尾を震わせた。

 ああ、やっぱりシノンさんもVRMMOプレイヤーなんだな。

 

 そりゃあ誰だって伝説級の一個しか無いような武器があったら欲しいよな。

 

「べ、別にいいわよ。そんな簡単に取りに行ける物だったらもう取りに行ってるし」

 

 

 明後日の方向に身体を向けながら、そう言うシノンさんを見て、俺は思わず笑ってしまった。

 

 別の方向を向いているシノンさんの尻尾が目に入るんだけど、凄い揺れてんだもん。

 

 すると俺の笑い声に気付いたのか、シノンさんが。

 

「何よ、何がそんなにおかしいわけ?」

 

 

 今まで通りの冷たい声色でそう言ってきた。

 

「いや、分かり易いと思ってさ」

「――――はあ?」

 

 

 俺が笑いを堪えながらそう言うと、シノンさんはわけがわからないと言いたげな表情で、馬鹿にされたように感じたのか背丈的に軽く下を向いている俺の顔を覗き込むような形になってる。

 

「だって、尻尾が凄い揺れてんだもん。それって自分で動かせんの?」

 

 

 そう言いながらふざけて尻尾に向かって笑いながら手を伸ばすと、凄い力で手で払われた。

 痛いんですけど……そりゃ無いですよ、シノンさん。

 

「痛てて……、何で尻尾触っちゃ駄目なんだよー」

 

 

 俺が払われた手を抑えながらそう尋ねると、シノンさんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

 ああ……リアクションで大体分かったわ、要するに神経があるわけね。

 

 現実世界にいると着いてないモンだから触られ慣れてないから、過敏に反応しちゃうって事かな。

 

 ……だとしたら、無性に触りたいんだけど。

 

 いや、だってどんなリアクションするか凄い見たいんだよ。過敏そうだから結構……まあ、男としては期待しちゃう反応? みたいな事になるかが気になるんだよね。

 

 あー……知り合いにケットシーいないし、どうしようか。

 

 触りたい……あぁ、無性に触りたい。

 

 でも触ったら絶対に怒るよな、この人。

 

「なあシノンさん、尻尾触っていい?」

「ふざけないで」

 

 

 一言ですか、一言で駄目出しですか。

 でもそんだけ嫌だって事は間違いなく敏感だと思っていいんだよな……?

 

「あまり変な事考えてると、火矢を撃ち込むわよ」

 

 

 すいませんでした、本当にすいません。お願いですから火矢は止めてください。

 サラマンダーだけど何故か火が苦手なんだよなぁ……俺。

 

「駄目だよーレイン君、ケットシー族は尻尾触られたら変な感じがするらしいから」

 

 

 後ろからさっきも聞いた声がしたので振り向くと、キリトさんと手を繋いでるアスナさんがいた。

 

 やっぱり恋人同士か……いいねぇ、俺にはそんな兆しはリアルでもさっぱり無いしな。

 幼馴染みは狂暴だし、せっかくいるのにフラグの一つも立たないんじゃな。

 

「アスナ、余計な事言わないで。そんな事教えられて余計に興味持たれたらどうする気?」

 

 

 厳しい、俺に対して厳しいぞシノンさん。

 

 確かに会ったばかりでお互いの事全然知らないけど、流石に“興味持たれたら困る”みたいな口ぶりは俺でも傷つくぞ。

 

「まあまあ、そんなに敬遠するなよ。レインだって、良い奴だと思うぜ? クラインの知り合いなんだし、おかしいって事はないだろ」

 

 

 クラインの奴、良い友人がいるじゃん。何か負けた気がすんなぁ、あんな風に憎まれ口を叩きながらフォローを入れてくれる友人、すっごい羨ましい。

 

 アスナさんも隣でどっちの味方をするわけでも無くただ微笑んでるだけ、シノンさんは相変わらずそっぽを向いたまま。

 

「そ、そういえばキリトさん」

「キリトでいいぞ、俺は堅苦しいのって苦手でさ」

 

 

 フレンドリーだし、本当にいい人だなぁ……。

 

「じゃあ失礼して……。シノンさんの武器がプレイヤーメイドだったから聞くけど、キリト達も?」

 

 

 俺が遠慮がちにそう尋ねると、キリトが武器を見せてくれた。

 

 シノンさんと同じ紋章が入ってるし、やっぱりプレイヤーメイドなんだ。

 そう考えるとアスナさんも一緒だよな……。

 

「すっごいな。プレイヤーメイドって、かなり金取られるんだろ? 複数人でやって貰って割引とかあったとか?」

 

 

 心の底から関心し、目を丸くしながらそう尋ねるとキリトさんは苦笑しながら。

 

「いや……まあ知り合いづてに頼んだだけさ、付き合いが長いからたまに割安で作ってくれるんだよ」

 

 

 うわー……何そのキリトオンラインネットワーク。略してKON……うん、我ながら下らない。

 

 でも羨ましすぎるぞ、それ。見たところキリトの武器もかなり強そうだし、かなりのレプラコーンだろうな……いいなぁ。

 

「ふーん……、じゃあクラインも?」

 

 

 だとしたらアイツには言いたい事がある、俺はなるべく平静を装いながら尋ねた。

 

「ん? ああ、多分そうだと思う」

 

 

 キリトに俺の考えてる事が分かるわけないので、あっさりと答えてくれた。

 よし、早く来いクライン。来たら一発肘鉄入れてやるから。

 

「いやー悪ィ悪ィ、すっかり遅くなっちまったなぁっ!?」

 

 

 ちっ……微妙に浅かったか。

 俺がクラインの声が聞こえると同時にそっちの方向に勢い良く向かって肘打ちをしたが、距離があったから浅かった。

 

「レイン……手前ェいきなり何しやがる!」

 

 

 肘打ちに決まってんだろ、肘打ちに。見て分からないのか?

 

「手前ェ……。今、絶対心の中で“肘打ちに決まってる”とか思ってんだろ……」

 

 

 そんなに睨むな心を探るな、何で当たってるか分からないから余計に怖いんだ。

 

 というかそもそも……。

 

「お前が悪いんだろうが! 人に“今度礼はするからサラマンダーで可愛いアバターの知り合いがいたら紹介してくれー”って言うから、俺は紹介してやったろうが!」

 

 

 俺がクラインの胸倉を軽く掴みながらそう叫ぶと、キリトとアスナさんがジト目でクラインを睨み始めた。

 

 クラインは一瞬その視線にたじろいだが、すぐに俺の胸倉を掴み返してきて。

 

「それが何だッてんだよ! 借りはいつか返すからいいだろうが!」

「自分だけプレイヤーメイドの武器とかおいしい思いしてんじゃねよ! そういった伝手があるなら紹介してくれてもいいだろうが!」

 

 

 クラインの半ば逆ギレとも正当ギレとも取れる叫び声を、自分の叫び声で打ち消しながらそう返すと、クラインは表情に焦りを出し、そのまま黙ったが。

 

「だったらもっと上玉紹介しろよ! 何なんだよあの女どもは! アバターが可愛いだけで性格最悪じゃねェか!」

「そんなの俺の知った事じゃねえだろうが! 大体お前の好みの性格なんざ知るかよ!」

 

 

 すぐに理不尽な理論で返して来た。

 

 流石にその言葉にはキリト達もドン引きしてる、シノンさんに至っては軽蔑としか取れない視線でクラインの事を後ろから睨んでる。

 

「手前の友人はあんなのしかいねェのかよ! もちっとマシな友人作れや! 人に奢らせて飲み食いしたと思ったら、パーソナルカードも渡さないでとんずらしやがって!」

「それは簡単に奢るお前が悪いだろ!? ていうかお前は事ある毎に女、女。女しか言えねえのかよ!」

 

 

 あぁ……何か凄い長引きそうだな、この口論。引く気はないけど。

 



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7話

「なあシノンさん」

「何よ」

 

 

 うわぁ……冷たい、冷たいよその眼。何で若干睨むんだよ、もしかして俺が言いたい事がもう分かっちゃったりしてるわけ?

 

 そうだとしても言うけどな。俺は凄い目力で睨んできているシノンさんの横に並びながらスゥッと息を吸って。

 

「尻尾触らせ「火矢」……御免なさい、火矢は止めてくれ。サラマンダーだけど効かないってわけじゃないから。本当に」

 

 

 二文字で黙らさせられるとは思わなかった……。あとクライン、同情するような顔をしながら肩を叩くな、お前よりはまだマシだから。

 

 警戒してるのか、シノンさんは俺の背中を押してキリト、ユージーンさん、クラインと一緒に前を歩かせている。

 

 いやぁ……ここまで警戒されると最早清々しい、でも触りたい。

 

 そういえばキリトが一回触ったとか何だとか……よし。

 

「そういやさ、キリトってケットシー族の尻尾触った事あんだろ?」

 

 

 俺が横に並びながら歩いている、黒色の髪が軽く目にかかっているキリトに目を向けながら尋ねると、キリトは一瞬だけ詰まったが“ん、一応な”と返してきた。

 

 成る程……ほんの一瞬だけど後ろを見た、そして言葉に詰まった。

 

 結論だけ言うと、キリトはシノンさんの尻尾を触ったって事か。羨ましい。

 

 あ、それよりも……。

 

「金は払うからさ、その鍛冶師紹介してくれよ。プレイヤーメイドじゃないとちょっとキツイんだけど、鍛冶師の知り合いなんていないから」

 

 

 手を合わせて頼み込むように言う俺を見て、キリトは「んー」と声を鳴らし始めた。

 

 まぁ、そりゃ難しいだろうな。

 

「分かった。その代わり、今度は俺ともデュエルするのが条件。単純にアンタに興味が湧いた」

 

 

 はいはい、無理ですよね……って、え?

 

 マジで言ってんの? そりゃ俺にとっては嬉しいけど、何か申し訳ない気もするんだよな……。

 

 そんな事考えるなら言い出すなって話なんだろうけど、でも“良い”って言われるかもって考えたし……。

 

「デュエルするだけで、紹介してくれんの?」

 

 

 ユージーンさんに勝ったキリトみたいな強プレイヤーとデュエル出来て、その上に鍛冶師も紹介して貰える。

 

 正直、俺にとって得すぎるんだけど。

 

「ああ、興味が出たって言っただろ? でも、鍛冶師にボッたくられても俺は知らないぞ」

 

 

 ちょ、サラッと前半カッコいい事言ったぞこの人。後半は何か嫌な感じしかしないけど。

 

 飄々とした態度と台詞がマッチしてて、なんかこの世界の重要NPCみたいな、要するにゲーム世界のキャラクターだったり、主人公だったりって感じの雰囲気が漂ってる。

 

「それで、結局何処に行くの?」

 

 

 俺達の後ろから走って来たアスナさんがキリトの横に並びながら、そう尋ねる。

 

 それを見てちょっと距離を取りながら、俺はキリトの言葉を待った。

 

「んー……ヨツンヘイムで邪神狩りでいいんじゃないか?」

 

 

 結局邪神狩りになるんだ……ていうか俺、さっさと武器のタイプ戻したいんだけどな……。

 

 まぁ、もう少しこの重さになれてからにするかな。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけでやって来たヨツンヘイム。

 

 正直言って寒くてしょうがない、何でキリトが寒くないのかが不思議なくらいだ。

 そんな事を考えながら、地下に続く階段をゆっくりと降りていく俺達。

 

 キリト、アスナさん、クライン、ユージーンさん、俺、シノンさんの順番だ。

 

 順番的に言えば、これが妥当な気がする。

 

 キリトが突っ込んで受けたダメージを、アスナさんがフォロー。

 

 クラインと俺の間にユージーンさんがいるのは、ただの緩衝剤的な感じ。

 前後にいたら揉めてしょうがないだろうからって、ユージーンさんが自分から言い出した事。

 

 ま、俺は別にどこでも良かったんだけど……シノンさんの視線が怖いのを除けばね。

 

「なあシノンさん、そんなに睨まないでくれよ」

「睨んでないわよ」

 

 

 すぐに否定された、しかもあっさり一言で。

 

 手厳しいなぁ……。

 

 あまり気にしててもしょうがないし、久しぶりに大剣でモンスター相手に緊張感を楽しむ事にしようかな。

 

 そんな事を考えながら、少し間が空いたクライン達との距離を詰める為、俺は少しばかり速足になった。

 

「人型タイプか……。まあ、デカいけどどうにかなるか」

 

 

 何でそんなに落ち着いてんだよ、キリト。邪神だぞ邪神、しかも超巨大な奴。

 

 階段を下りて暫く歩いていた俺達の視界に飛び込んで来たのは、天井より数mだけ低い大型の牛人型の邪神だった。

 

 実際邪神と戦闘するのは初めてな俺だからか、ちょっと足が竦む。だって凄いデカいんだぜ? 俺の身長の十倍近くあるんじゃないかってくらい。

 

 アスナさんもシノンさんも全然動じてないし、驚いてばっかだな。

 

「何だレイン、実際に邪神見たらビビッてんのかよ?」

 

 

 うわ、こいつも何だかんだで余裕な感じの表情でこっちを見てくるからムカつく。

 

 俺のすぐ横に並んでいたクラインが、無精髭が生えた野武士みたいな面をした顔を俺の顔に近づけて挑発するかの様にそう言った。

 

「ほら、お前と俺がまずは突っ込むんだろうが。アスナさんがヒールかけて、シノンさんが援護。一回ヒール受けて、HPがイエロー切ったらスイッチ。無駄口叩いてる暇があったら行くぞ」

 

 

 あまりにも顔が近くに来たので、鬱陶しくなって右手でクラインの頬を力を込めて押し返しながら、俺は左手でウインドウを出し、一応装備を確認。……大丈夫、少し不安な点が残ってるけど多分まだ耐えきれる。

 

 そのままウインドウを消して深呼吸、3……2、1……!

 

「GO!」

 

 

 キリトがそう合図したのと同時に、俺は大剣の柄を両手で握って左側に構えて走り出した。勿論クラインも同じく武器――カタナに分類されてる片刃タイプのそれ――を構えて俺の数m左横を走ってる。

 

 もうそろそろ邪神が気づく頃だろう、俺は少しだけ感じた怖さを堪えながら会議した通りの援護を信じて速度を上げる。

 

 そして邪神が強面の牛顔をこっちに向けた瞬間、俺とクラインの間を何かが駆け抜けた。

 

 風を切る轟音を挙げながら、一直線に力強く進むもの、それは――――

 

「やっぱり、もう少し射程が欲しい所ね。その方が安定するし」

 

 

 ――――シノンさんが放った火矢だ。暗い洞窟の中だからか、ハッキリと見える火を纏って飛んで行く矢は、邪神の額に力強く刺さった。

 

「あの距離で当てるのか……よ!」

 

 

 邪神が巨大な斧を握っている右手を乱雑に振り回しながら、空いている左手の指で器用に矢を抜き去り、適当に放ったかと思うと。

 

 そのまま視界に入ったであろう俺に向かって、大斧を勢い良く振り下ろして来た。

 

 走り切れそうな距離だが、今は安全マージンを取るのが重要、俺は少しだけ左に身体を寄せてながら大剣の刀身を立てながら、頭上に掲げたまま少しだけ速度を落として走り続ける。

 

 さっきの火矢よりも大きな、洞窟内に響く程の風切り音を挙げながら巨大な斧が向かってくる。まだ、もう少し……もう少しだけ、引き付ける!

 

「ぐっ……らぁっ!」

 

 

 ガキィン! と鈍い金属音が耳に、邪神の体重が全て乗っているかの様な重さが手に届くと同時に、俺は小さく気合を込めた声を発して、大斧が当たっている大剣を少しずつ下げていき、地面すれすれの所で引き抜く。こうでもしないと、避けられる気がしない、いや……これもかなりの懸けだったんだけど、上手くいったし結果オーライ。

 

 地面に大きな凹みを作りながら、僅かに減り込んでいるのか浮かばない大斧を邪神は必至に持ち上げようとしている。

 

 まあ、この間だけ好き放題やらせてもらうとしますか!

 

「クライン! お前も気ぃ付けろよ? この大斧……結構重いからよ!」

 

 

 数m先を走ってるクラインに届くように、そう声を挙げると速度を落とさないまま左手を横に突き出して、サムズアップを返して来た。

 

 ていうか、攻撃されてないんだからさっさと足元に着けよ。遅いんだよお前!

 

 そう悪態を心の中で吐きながら、俺は10m前後まで近づいた邪神の右足に向かって全力で走る。肉を切り裂く音と邪神の悲鳴が耳に届く。確認するまでも無い、クラインがカタナで邪神の左足を攻撃したんだろう。

 

 俺も残り3mまで近づいて、右脇に構え直していた大剣を左上に全力で斬り上げる!

 

 丸太並みに太い、しかし筋肉が薄い部分を狙ったお陰かそれほど固くはなく、寧ろ斬るには丁度良い、そう言うべきかもしれない部分を一閃した。

 

 赤色のライトオブジェクト、血を模してあるそれを浴びながらも振り抜いた大剣を切り返しの要領で右横に抜く。

 

 再び赤色のライトオブジェクト、そして邪神の悲鳴。その二つを受けながら、俺は邪神の右足に浮かぶ痕、重なった二つの傷を確認しながら横に勢い良く飛んだ。

 

 大斧が漸く地面から抜けたんだろう、右足をノーモーションで突き出して来た。

 

 もうワンテンポ回避が遅れてたら直撃、下手をすればHPバー全部が削られてたかもしれない。

 

 結果的に右足の外側に回り込む形になった俺は、上から落ちてくる邪神の拳をギリギリで躱しているクラインを視界の隅にやりながら、俺は足首に当たる部分を右から左に向かって横薙ぎに大剣を振る。

 

 目に入るのはライトオブジェクト、それを確認しながら幾度と無く大剣を振るう。何を考えるわけでも無く、ただ只管振るう。時折援護の矢が飛んでるのを確認する以外、視界には邪神の足しか入らなかった。

 

 それが不幸に繋がったんだろう、剣を振ってたせいで防御が間に合わずに振り抜かれた足を腹部に受けながら俺は一気に吹っ飛び、キリトとユージーンさんが待機している位置まで到達した。HPはギリギリレッドに留まってくれた。

 

 ユージーンさんが“スイッチだ”と言って走って行ってくれたのを確認し、俺は詠唱を始めてくれてるアスナさんの近くまでいって回復をして貰う事にした。

 

 ユージーンさんは相変わらず、重そうな鎧を着ているのにも関わらず軽快な動きで邪神の足元まで飛び込み、赤色の刀身をした、火の様なグラムを振るっている。確実に、正確に、そして安全に。その三拍子を重視している様に見える動きで、ゆっくりと邪神に攻撃を加える姿を見ていると、仲間にいる事が凄く心強く思えてくる。

 

「キリトォ! 俺もそろそろヤバいかもしれねぇ……スイッチ頼む!」

 

 

 声を挙げたのはクライン、額に汗の代わりとして浮かぶオブジェクトを浮かべながら必死に攻撃を避け続けている。

 

 キリトは黒色のコートを揺らしながら、こっちに向かって来るクラインとすれ違い様にタッチをし、今まで俺が見て来たプレイヤーの中で一番の速度であっという間に邪神の足元に潜り込んで、右手に握った片手用直剣を振るっている。

 

 丁度俺の回復が終わったので、入れ替わるようにクラインの横を通りながら、シノンさんの横に並んで詠唱を始める。

 

 一瞬だけシノンさんがこっちを見たが、気にも留めずに集中するかの様に握っている弓に視線を戻した。

 

 前衛は取り敢えず、あの二人に任せておけば数十分は持つだろう。

 

 だから俺は出来る事をやる、取り敢えず思いついたのが援護として魔法を使う事だった。

 

 一先ずシノンさんの矢の性能を上げる為に攻撃力を上げる魔法を掛ける、赤色の光がシノンさんを包んだかと思うと収縮、そして四散。これで暫くは攻撃力が上がるはず。

 

 あとは邪神に少しずつ攻撃を加えてく、俺はMPを気にしなくて済む。回復魔法は一応使える事には使えるけど、この戦闘じゃ役に立たない。剣で攻撃するならMPはいらない。だから邪神への攻撃に使えるだけ使う事にした。

 

 中くらいの威力の魔法ならそれなりに威力も射程もある、充分届くしそれなりに数は撃てるだろう。心の中でそう呟きながら必死に覚えた詠唱の言葉を口にし続けながら、刀を左手に握って地面に突き立て、右手を邪神に向かって上げる。

 

「い……けぇっ!」

 

 

 右手から頭部サイズの火球を一発振りあがってる大斧を握っている右手の手首に、もう一発を顔面目掛けて撃ち出す。

 

 発射された火球は勢い良く、火の粉を散らしながら飛んで行く。

 

 それを視界の隅に入れながら、俺は左足の所で戦闘しているキリトに視線を向ける。

 

 洗練された、無駄な部分が見当たらない滑らかな動きだけれど何処か本気じゃない、そんな雰囲気を出している動きは目を惹きつけて離さない。

 

 俺は目を離さずにキリトの動きに見入っていたが、邪神が悲鳴を挙げながら大斧をこちらに投げて来た事でそっちに視線を向ける事が出来た。

 

 ん……? 大斧を投げた(・・・)?

 

「あ、これは拙いかもしれないわね」

 

 

 いや、随分冷静だなシノンさん。俺内心凄い焦ってるんですけど、どんどん近づいて来て怖いんですけど。

 

 でも、ここで援護を切らすのもHPがゼロになるのも拙いし……一か八かって事で、やってみようか。

 

「失敗しても、怒んないでくれよ!」

 

 

 ああ、失敗しそうだなぁ……だって武器が危ないんだよ、数値的に。

 

 ていうかクライン、お前はもう回復終わってるはずなのにつっ立ってんじゃねえよ。

 あれだ、ここで俺だけHPが0になったら軽い復讐してやる。

 

 クソッ……。なるように、なれッ!

 

 心の中でそう叫びながら、轟音を上げながら回転して接近してくる大斧が当たらない程度横に離れた位置を、全力で走りながら、右脇に構えた大剣を力強く握り直して、速度を緩めないで確実に大斧との距離を詰めながら、ジャンプ――!

 

「お……らぁっ!」

 

 

 そのまま大斧より僅かながらに高い位置に到達すると同時に落下運動が始まる。

 

 その勢いを利用しながら、俺は右上に大剣を構えて回転してる大斧に向かって全体重を掛けて振り下ろす!

 

 最初と同じく、金属同士がぶつかる甲高い音を洞窟内に響かせると同時に大斧がシノンさんの数m手前で地面に落ちるのと、俺の大剣が丁度中ほどから真っ二つに折れた(・・・・・・・)のを確認する。

 

 あぁ……さよなら、俺が気に入ってたモンスタードロップ産の武器。

 

 心の中で合掌と共にそう呟きながら着地、それと同時に右手と右足の攻撃をいなしてるユージーンさんに向かって勢い良く進む。

 

 そのままウインドウを操作して、攻撃力は低いけどピンポイントで攻撃出来れば即殺性能がある短剣(ダガー)、針を巨大にした様な形をしている〝キラーエストック〟。そのまんまの名前が付けられたそれを左手に握り。

 

「ユージーンさん、ちょっと肩借りますよ!」

 

 

 背中を向けているユージーンさんの肩目掛けて、速度を落とさずにジャンプ。少しだけ戸惑うユージーンさんを気にせずにそのまま邪神の右腕に着地。

 

 バランスを崩しながらも必死に走り、肩に到達すると同時に再度ジャンプ。

 

 顔面に向かって正確に飛ぶ俺を、邪神はその厳つい目で捉えると攻撃しているキリトとユージーンさんを気にも留めずに左手を俺に向かって突き出して来た。

 

 やっぱり無謀すぎたかなぁ……。そう後悔しながら、半ば諦めていた俺の眼に飛び込んで来たのは。

 

 シノンさんが放ったであろう、糸状の矢、《リトリーブ・アロー》だった。200m近い距離を物ともせずに動いている左手にそれを着弾させたシノンさんは、そのまま糸を力一杯引っ張り、俺に当たるギリギリの所で左手の軌道をずらしたのだ。

 

 シノンさん、まじかっけぇ――――!

 

 心の中でそう感激しながら、俺は左手に握った〝キラーエストック〟を邪神の頭頂部に思いっきり突き刺した。

 

 ポリゴンを四散させながら暴れる邪神を見て、俺は言葉に出来ないような感動を覚えた。

 そして、自分が今凄い高さにいる事に気付き、飛べない状態にある洞窟内ではどうしようも無いという事も思い出した。

 



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