フェイト・テスタロッサは壊れている (ごまさん)
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やっぱりフェイトは壊れているに違いない

 習慣というのは恐ろしいもので、どんなに寝るのが遅くとも、疲れていても、同じ時間に起き出してしまう。本当ならもっと眠っていたいところだが、この時間になると途端に目が冴えて、眠れなくなる。でも眠い。

 職業病とでもいうべきか。むしろ呪いか何かに思えてくる。生憎と呪いをかけて来そうな相手の心当たりなどごまんとあるので、誰かは知らないが。

 いや特にあの女なんかは怪しいか。自分に対してあいつにバレない程度のみみっちい嫌がらせをする事が生き甲斐みたいな奴だからな。効果があると知ったら本気で仕掛けて来そうだ。

 だからと言ってどうという訳ではないし、何をするつもりもない。それはそれで面白い。

 

「あーあ、今日も仕事だよかったりー」

 

 今さら毒にも薬にもならない思考は中断して、モゾモゾとダブルのベッドから這い出す。新素材を用いて、程よくスプリングの効いた最高級品だ。

 寝室の扉を抜け、廊下を辿って行けば洗面所に出る。適当に顔を洗って洗面所の隣にある便所で用を足したら、また逆側に廊下を辿った先にある扉を潜ればリビングダイニングに出る。

 魔導師の砲撃を受けても壊れない、が売りだった、魔導技術をふんだんに用いた合成ガラス製の大き目な二人がけダイニングテーブルには当然の如く並べられている料理の数々。今日も朝からヤケに手の込んだ料理だ。胃に重たい事この上ないが、管理局の執務官なんて腐った仕事をしていると、これ位は食べてないとやって居られない。魔法はバカみたいにカロリーを消費する。

 

「あ、おはよう、シン」

「おはよう、フェイト」

 

 キッチンの奥からひょっこりと顔を覗かせた、やたらと綺麗な金色。フェイト・テスタロッサ。

 下着の上に大き目の白いワイシャツとエプロンという扇情的な格好だ。朝から誘ってんのかと思いかねないが、これがこいつのデフォである。

 今日も自分の起床に合わせた完璧なタイミングで料理が完成するように調節したらしい。毎日同じ時間に起きてくれるから、とフェイトは言うが、とてもではないが自分には真似出来そうにもない。

 それ以前に彼女が自分よりもずっと早くに起きている事になるわけだ。早起きとかその時点で無理。まぁ睡眠時間は計算して、必要分は取らせているのでこいつの体調面では問題無いだろう。

 さてそんな朝食は、中々に美味い。不味かったら自分が食わないのだから彼女が必死に料理の腕を上達させるのも当然だ。

 

「ふむ、今日もまぁまぁだな。明日も頼んだ」

 

 思わずこんな言葉が出ていたが、良しとする。これでもかなり上達したのだ。ならば飼い主としてキチンと餌をくれてやらなければいけない。

 

「あ……うん! ……コーヒー淹れたからここに置いておくね。私は準備とかしてくるから、ゆっくりしてて」

「ああ」

 

 嬉しそうにはにかんだ彼女に短く返事を返して見送ると、デバイスに命令して幾つかのニュースサイトに繋げ、ホロウィンドウに同時に表情させる。

 ミッドの新聞はどこも彼処も昨日自分達がひっ捕まえた魔導犯罪者についてだ。確かにあいつの魔力量は多かったからな。まともに戦闘訓練も受けていない雑魚だったけど。

 それでも住民からしてみれば魔導師の犯罪者とか悪夢でしかないだろう。それが大魔力量ならなおさら。どうでもいいことだが。

 暫くすると支度を終えたらしいフェイトが出てきた。既に黒い執務官の制服に着替えている。デカイ胸は服の上からでも主張し、ウエストの部分をベルトで締めているために身体のラインがクッキリ出る。短めなタイトなスカートは腰のくびれと肉付きのいい尻を浮き立たせている。万人の女が羨み、そして欲するだろう見事なプロポーションだ。

 管理局の制服をこうもエロく着こなす女など、こいつぐらいな物だろう。

 だが自分は今さらそれに動揺したりもしない。十分見慣れている。無視してニュースを読み進める。

 

「ちょっと寝癖ついてる。今から整えるからね」

「ああ、頼んだ」

「うん、任せて」

 

 そう言って嬉しそうに甲斐甲斐しく世話を焼く。そんなフェイトを特に気にもせず読み進め、丁度ピックアップしているニュースサイトを全て読み終えたあたりでいい時間になった。

 

「そろそろ時間だよ。用意しないと」

「ああ、分かってる」

「そっか、ごめんね」

「いや、いい」

 

 そう言って一度洗面所に向かい歯を磨いて戻ればフェイトが自分の制服を用意している。

 服の着替えまで手伝われていると、今もどこぞの世界にいる旧態依然とした封建貴族にでもなった気分だが、慣れると楽で案外悪くない。

 

「終わったよ」

「ああ、じゃあ行くか」

「うん」

 

 さて、今日もふざけた一日の始まりだ。

 

 執務官というのはある程度独自の裁量を持って動いている。とは言うが有り体に言えば個人によってまちまちと言うわけだ。

 部隊に所属する内勤の連中は部隊の法務統括とか言って日がな一日書類と格闘してるし、子飼いの捜査官やらを囲い込んである程度の人数で動き回る奴らも居る。

 これらは空戦魔導師に出てこられたら手に負えなくなる陸戦魔導師の執務官に多い。戦いを避けて完全に頭脳労働に走るか、空の戦闘屋を囲い込むかというわけだ。武装隊が出張る迄もない任務と思いきや、空戦魔導師が出てくるなんて例は偶にあるのだ。

 勿論例外はあって、空戦だが内勤の奴もいるし、所属部隊でドンパチやっているのもいる。

 そもそも狭き門の執務官試験は陸戦魔導師の方が空戦魔導師よりも難易度は跳ね上がるのだが、それでも突破する奴らが居ない訳では無い。

 自分たちの場合は部隊には所属せずに好き勝手に動き回って節操無く捜査し、犯罪者をとっ捕まえて回るタイプだ。

 このパターンだと自分達みたいにペアで組んで動き回るという例も無い事はない。執務官同士が連むという事自体が極めて稀な例ではあるが。執務官同士は基本的に出世競争相手、他を出し抜いて我先にと事件を解決したがる奴は多いのだから。

 自分達みたいな少人数活動派は、ミットチルダ地上なら現地担当の捜査官をひっ捕まえて捜査本部を形成し、捜査させる。ミットチルダの警察組織は管理局だけなので上意下達がしっかりしており、これは割りとすんなり行く。楽な仕事だ。

 戦艦の乗組員からの依頼を受ける、若しくは追いかけていた犯罪者の追跡の為に海の連中の戦艦に乗り込む事もあるが、これはA級以上の犯罪者や犯罪組織、もしくは広域犯罪者、組織を捜査し、捕縛するために船に同乗するという場合が多い。

 現地の警察組織や各次元世界に配置している地上本部の人員では対処が難しい広域犯罪や危険度の高い犯罪者の対処をするのがお仕事だ。

 そもそもわざわざ戦艦が出動するのは紛争や戦争の調停か、危険度の高いロストロギアの確保、若しくは極めて危険度の高い犯罪者の逮捕に乗り出す場合が殆どだ。となると紛争や戦争の調停以外は執務官の領分とカチ合う事が多い為、戦艦の乗組員と協力する事も殆どだ。この場合は該当事件の捜査責任者という形になる。

 執務官を囲い込み、戦艦所属になる事もある。部隊所属の内勤の連中と同様に、居てくれると法務面で楽だし、他の執務官に捜査協力の依頼を出さずに済むので、戦艦の艦長は子飼いの執務官を確保したがる事が多い。

 かく言う自分たちにも戦艦や部隊への所属の打診が幾つも来ているが、全て突っぱねている。折角気ままにやってるのに、自分からしがらみを増やしてどうする。

 因みに執務官ともなると少なくとも尉官待遇以上になり、士官とは別ルートの出世コース乗れる。執務官の方が人数が少ない分に出世も早い。よって士官学校出で出世思考の強い奴には執務官試験を受けている連中も多い。そもそも執務官は士官学校出の奴か、捜査官から成り上がった奴が殆どだ。

 要するに執務官資格というのは、持っていると実務的にも出世を考えるにしても非常に便利な資格という訳だ。フェイトにも便利だからわざわざ取らせたんだし。

 

 さて、こんな今更過ぎるつまらん思考をしている間にもフェイトが運転する車で最寄りの転送ポートに到着した。

 今日は昨日とっ捕まえた犯罪者に関する後処理と、いくらか溜まった事務書類を片付けなくてはならない。面倒だがとっとと終わらせるためにはフェイトや奴隷に全部押し付ける訳にもいかない。今は他に特にやる事も無いし。つまらん一日になりそうだ。

 

 本局にある自分の執務室に着いた。これから事務仕事かと思うと憂鬱だ。

 執務官ともなると、個別の執務室が貰える。当然自分とフェイトにもそれぞれ用意されているが、自分達はペアで仕事をしている関係から同室の方が楽だ。よって隣合った部屋を用意させ、直通の扉を繋がせた。基本的にフェイトはこちらの部屋で実務をこなし、彼女の執務室は半ば物置と化している。奴隷にやらせる資料とかの整理にもそちらの方が便利なのだ。

 さて、そんな執務室に入れば既に一人の女がいた。

 

「おはようございます、シンさん、フェイトさん」

「ああ、おはよう、シャーリー」

「おはよう、シャーリー。調子はどう?」

「あはは、昨日一日休暇を頂けたのでバッチリですよ」

「そうか、なら今日のお前に回す分の仕事を増やしておくか。ほら……こいつな」

「なぁっ……!?」

 

 デバイスから端末に送りつけた内容を見て愕然としている眼鏡の女はシャリオ・フェニーノ。自分で愛称のシャーリーと呼んで欲しいとヤケに主張してきた。この女が執務官補佐という名の奴隷だ。いつかは忘れたがフェイトがどこぞから拾って来た。事務処理に渉外にデバイスを始めとした電子機器の調整・整備となかなかに便利な女である。

 フェイトも良い拾い物をして来た。

 

「やれるよな?」

「え、でも、これは……」

「やれるな?」

「は、はい……」

 

 そんなやり取りをしていると、隣でフェイトが剥れていた。

 

「お仕事ならわたしに回してくれればやるのに……」

「当然だ。お前にも仕事は何時もの通りにたっぷりある。だが事務仕事をこなさない補佐なんて存在価値が無いだろう。だからシャーリーにはアイデンティティの保持の為にも仕事を沢山回してやる必要がある。分かるよな?」

「そっか。うん、確かにそうだね。シンの言う通りだ。じゃあシャーリー、私からももう少し回しておくから頑張って。あとバルディッシュのメンテも頼みたいな」

「フェ、フェイトさぁん……」

 

 情けない声をあげている奴は無視して、仕事である。シャーリーの心配は要らない。これが自分達のデフォルトだ。

 

 さて、仕事が一段落して昼休憩。奴隷に回す分を多くした為、思ったよりも時間を取れそうだ。フェイトも仕事を回した分、いつもより時間が取れたらしい。今日は結構ノンビリできそうだ。

 よって今日も早い安いがモットーの食堂ではなく、レストラン街の方に足を向ける事にした。

 自分は食堂の不味い飯なんて食いたくないので、いつもこちらに来ているのだが、フェイトは執務室で摘める物で済ませる事もままある。弁当を作らせると朝食と同じメニューになるのでNGだ。違うものを作れと言えば喜んで作るが、そうするとフェイトの睡眠時間が足りなくなる。それで倒れられても困るし、弁当だと出先で食いにくい。よって昼は基本外食だ。その分朝食を豪華にしているらしい。

 仕事は殆ど等分しているが、フェイトの方が仕事が遅いのだ。それでも凡骨の執務官よりはずっと優秀だが。

 バカみたいに広い管理局本局内にはこういったレストラン街をはじめ、総菜屋やパン屋、雑貨屋や本屋、託児所、服屋などを組み込んだショッピングモールもどきが所々にいくつか入っている。流石にそこ迄の大きさではないし、種類も限られているが、それでも結構なものだ。

 特にレストラン街には其れなりの種類の世界の料理が揃っていて、見事なものである。それに食堂と比べたらずっと美味い。その分に少し値は張るが、自分もフェイトも結構な高級取りなので何の問題も無い。

 さて、そんな風にレストラン街に向かっていると、道端に見知った顔があった。濃いピンクの長髪を後頭部で一つに纏め、凛とした顔立ちに高い身長、地上部隊の茶色い制服を身にまとったおっぱいさん、シグナム・ヤガミ三等空尉だ。

 

「あれ、シグナムだ」

「む、テスタロッサ……とスクイートか」

「久しぶり、シグナム」

「おや、シグナム・ヤガミ三等空尉か。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

 

 自分の方を見て何とも言えない表情になるシグナムに自分はにっこり笑って話しかける。自分の笑みは他人から見ると、人を食ったような笑みだとか、小馬鹿にしたような笑みに見えるらしい。そんな事は無いと思うのだがな。

 それにしても警戒してるなーシグナム。警戒した所で意味無いんだけど。

 なんかちょっと憂鬱そうにしていたな。

 これは何かあったか? 面白い。ちょっとおちょくってみよう。

フェイトは自分が興に乗った事を理解してか、側で静かに微笑んで佇んでいる。

 

「ああ、久しぶりだな。お前達も変わりなさそうだ。因みに今は二等空尉だ」

「昇進ですか。それはそれは、おめでたい事で。それにしても随分とお早い昇進ですねぇ」

「そうかもしれんな」

「そのままぜひ心を入れ替えて管理局の狗になれば、どんな経歴であれ戦いが上手ならば優遇されるということを『世間にいるお仲間達』に示してあげて下さいね」

「ッ……! ……そうだな、私たちと同様に『望まずに』犯罪者になってしまった諸君の道標になれればと思う」

「そうですね、戦闘能力があれば尉官には成れますからね。悲しい事に生来の素質が恵まれず、貴女より長い年数務めている『綺麗な身の』下士官の方々もいますけれど、彼らの献身っぷりにはいつも感嘆させられますよね」

「……そうだな、私も長き年月を生きたとはいえ、この組織では若輩の身。いつも隊の者には助けられているよ」

「それはそれは、隊の皆さんもさぞや安心でしょう。なにせ数多の『血と命を吸ってきた剣』が上司に立つのですから。こんなに心強いことは無い」

「ッッ……ふぅ……そうだな、私もかつての罪を償う為、隊の皆を守り、市井の人々を助け、『かつての私たちの様に』追い込まれた末に剣を振わざるを得ない者を救えたらと思う」

「……そうですか。そうですか。貴女が剣を振るって来たのは貴女の意思ではないと……くふふっ……」

「貴様……何がおかしい」

「……いえいえ、貴女は命令さえあれば、自分の意思とは関係無しに剣を振るえるのだなぁ、と。そんな貴女の背を見る隊の若者達もそれはそれは立派な軍人になることでしょうね」

「ッッ! ……きっ、貴様ぁぁ! ……言わせておけばっ!!」

 

 そう言って自分の胸倉に掴みかかろうとするシグナム。

 最近はこいつにも犬の様に煽り耐性が付いてきて詰まらんと思っていたが、こうも乗ってくれるとは。チビと金髪はもっと面白い反応をしてくれるのだがな。

 もしかすると何処かでこの女の昇進を僻む声を聞いたのかも知れないな。憂鬱そうにしていたのはソレか。

 これは面白い。

 そんなシグナムの腕が自分に触れる前に、横合いから素早く伸びてきた白くて美しい手がそれを止めた。

 

「ねぇ、シグナム。何をしようとしているのかな?」

「テ、テスタロッサ……だがっ!」

「だがも何もないよね? ……シンを傷つけようとするなら、例えシグナムでも……許さないよ?」

「ッ……! ……くそっ……貴様っ」

 

 感情が一切抜け落ちたような表情になったフェイトを見て、自分を睨みつけてくるシグナム。

 

「おー怖い怖い。そんなに睨むなって。恥ずかしいだろ。それに自分は何か間違った事を言ったか?」

「……ッ」

「なぁ、フェイト。何か言ってやってくれよ」

「シンの言う通りだよ、シグナム。シンは何も間違えた事を言ってないよね。これはいきなり掴みかかったシグナムが悪い」

「テスタロッサ……」

 

 先程の無表情が消え、綺麗な彼女本来の微笑みでのフェイトの言葉。それを聞いたシグナムは一言フェイトの名を呟いて絶望したような表情になる。

 だが気を持ち直す様に自分を一度睨みつけてから、フェイトの方に向き直り、そして意を決したように。

 

「…………なぁ、テスタロッサ。私の隊にいた執務官が移動になって、今はその席が空いているんだ……ぜひ来てくれる気は無いか?」

「へぇ、それってわたしとシンの二人でって事?」

「い、いや……保有戦力の問題でお前達二人ともと言うのは無理だ。だか、テスタロッサだけでも……」

 

 それを聞いたフェイトは極上の微笑みで。

 

「それはダメだよシグナム。シンは私が居ないとダメなんだから。私がシンと離れる訳にはいかない」

「ッ……テスタロッサ……」

「話は終わりかな。それじゃあ自分達はそろそろ。行くぞ、フェイト。ではまた、シグナム・ヤガミ二等空尉」

「うん。じゃあね、シグナム」

 

 再び絶望したようなシグナムに挨拶し、彼女の横を通って立ち去ろうとすると、またもやシグナムが気を取り直した様に声をかけて来た。

 

「まてっ、スクイートッ!」

「……まだ、なにか?」

「私は、諦めないからな」

「そうかい、どうぞご勝手に。無駄だと思いますけどね」

 

 そう言って今度こそ自分とフェイトは立ち去った。

 

 暫くレストラン街を見て回った自分とフェイトは、第3管理世界のとある地方が発祥の料理を出す店に決めた。これは管理世界では広く食べられる、割りとポピュラーな料理で、フェイトが嘗て住んでいた第97管理外世界では地中海料理と呼ばれる物に近いのだとか。

 そんな店で注文を頼み料理が届く。フェイトは甲斐甲斐しく自分の分を取り分けている。

 それからフェイトと仕事の話をしながら食事を終えた。

 あらかじめフェイトが頼んでいたシャーリー分の包みを彼女が受け取ると、彼女が会計済ませる。

 

「ごめんね、ちょっと待たせちゃったかな」

「いや、別にいい」

「そっか、じゃあ行こうか」

「ああ、そうだな」

 

 フェイトと二人でまた来た道を戻る。

 フェイトのリクエストで途中で生菓子屋に寄っていく。ラッキーハッピーとかいう極めて頭の悪そうな店だ。おやつに食べよう、との事。

 流石に局内で腕を組む程に自分もフェイトも馬鹿じゃないが、距離はかなり近い。

 これは自分に何かあった時に一瞬でも早く身を呈して守るため、なのだとか。自分はフェイトに守られる程に弱くはないのだが、それで気が済むのならばと好きにさせている。

 フェイトと歩くといつも感じる妬む様な視線などは完全にスルーして、悪意や害意ある視線以外にはフィルターを掛ける。

 フェイトは自分への視線や悪意に誰よりも敏感だし、自分はフェイトへの視線や悪意に誰よりも敏感だ。

 あちこちでカメラが回っている局内で何が起きるとも思わないが、これは最早クセみたいな物だ。

 自分への悪意ある視線に気がついてだろう、フェイトの眉がピクピク動いているが、大半が実行するだけの意思はないだろう。顔だけ覚えてスルーしている。自分もまた然り。

 そんなこんなで自分の執務官室に着く。

 室内に入れば、奴隷が死んでいた。

 

「おい、何やってんだよ」

「ううぅぅぅ……お腹空きましたぁ」

「そうか、それで午前の分は終わってるのか?」

「は、はいぃ、一応は……」

「一応じゃダメだろうが。まぁいい、フェイト、くれてやれ。エサの時間だ」

「うん。はい、シャーリー」

 

 それを聞いてシャーリーはバッと起き上がる。

 

「買ってきてくれたんですね! ……ありがとうございます! ……ありがとうございます!」

 

 現金な奴め。

 

 それからはお茶やら何やらとしたが特に大した事も無く、本日の業務は早めに終えて、帰宅の時間。

 

「帰るぞ、フェイト、シャーリー」

「お疲れ、シャーリー」

 

 シャーリーは本局内の女子寮に住んでいる。途中転送ポートまでは一緒だ。

 

「はい。お疲れ様でした。……はぁ、お二人は良いですよね。クラナガンの高級マンションに二人で暮らしてるんでしたっけ? ……羨ましいなぁ。私はこれから寂しく管理局の女子寮に帰りますよ……はぁ。私も彼氏欲しいなぁ……出会い無いかなぁ……」

「お前にもいただろ、何て言ったか……そうだ、グリフォン君」

「グリフィスです! ……彼はそんなんじゃないですよぉ……幼馴染ってやつです。彼との関係には無粋な惚れた腫れたを持ち込みたく無いんです」

「なるほど、こういう女が売れ残る訳だ」

「シンさん!?」

「だめだよ、シン。思っても言って良い事と悪い事がある」

「フェイトさぁん……それ肯定してますよぉ……」

「おっと、ここまでか。またな、シャーリー。精々賞味期限が切れないよう女を磨けよ。まずはそのダサい眼鏡をどうにかしたらどうだ」

「そうだね。その眼鏡はちょっと色気が無いかな。それじゃあまた明日、シャーリー」

「え? ……これダメですか!? ……結構気に入ってたんですけど…….はぁ。……それではお疲れ様です、お二人とも……」

 

 その声を後に自分とフェイトは転送ポートに乗った。

 自分とフェイトが暮らすのはクラナガンにあるとある高層マンションの上階角部屋だ。

 駅近、転送ポートにも近く、少し出歩けば大抵の物が揃っている、最高の立地条件である。

 3LDKで一部屋を寝室、その他に一部屋ずつを私室として当てがっている。

 周りで夕飯の買い物を適当に済ませると帰宅。

 フェイトが手早く作った夕飯を食べてからは、フェイトが家事をこなすのを横目に適当にバルコニーでのんびりする。

 今日は二つの月が満月だ。アレを見ているとなにやら柄にも無くシンミリしてくる。

 今夜は二人で晩酌でもしようか。

 何だかそんな気分だった。

 

「おい、フェイト」

 

 呼びかけると恐らく魔法も併用しているのだろう、凄まじいスピードで側に来たフェイトが返事をする。

 

「どうしたの、シン?」

「酒呑むぞ、酒。適当に見繕ってきてくれ。ツマミはいらん。後お前の分もな」

「私も? ……うん、わかった。ちょっと待ってて」

 

 そう言うと再び凄まじいスピードで去っていく。

 一分もしない内に徳利と二つのお猪口を持ってきた。

 これは、フェイトが以前住んでいたという第97管理外世界の国の酒を送って貰っていたやつか。日本酒と言うらしいが、中々に美味い。

 

「今日は少し暑いし冷でいいかな。シンは辛めのが好きだったよね」

「ああ、それで良い。気が利くな。褒めてやろう」

「やったっ。嬉しいなぁ」

 

 そう言って本気で嬉しそうにはにかむフェイト。可愛いが、偶に見るのが良い訳で、無闇矢鱈に褒めない様にしている。

 

「それじゃあ、乾杯」

「乾杯」

 

 お猪口の中身を一気にあおる。

 やはりこの酒は中々に美味い。

 フェイトが酌をする。

 丸い双月を見ながら酒を呑んでいたら、ふと思った事がある。

 

「なぁ、フェイト。良かったのか?」

「ん? ……何が?」

「昼間のシグナムの話だ。俺から離れる良い機会だったんじゃないか?」

「え? ……どういうこと?」

「いや、たまには自分から離れて連中の方に行ってみたくはならないのかってこと」

「別に会ってないわけじゃないよ」

「そう言う意味じゃ無くて、もっと完全にだ。要するに今ここで自分とお前とはお別れ、ハイさよーならーって事だ」

 

 それを聞いた途端にフェイトは真っ青な顔になって、手に持っていたお猪口を取り落とした。手が震えている。それを中身が零れないよう浮遊魔法でテーブルの上に乗せる。

 

「え? ……え……? ……わ、私、もしかして迷惑だった? ……もしかしてシンはわたしと離れたいの? ……わたし、なにか嫌なことしちゃったかな? ……わたし、何か悪いことしちゃったかな? ……ねぇ、もし何かあるなら治すから……いってくれれば何でもするからぁ……ねぇ、だから、言ってよ、お願い、だから……ねぇ、お願い、だからぁ、わたしを、捨てないでぇ……」

 

 あら、何か妙なスイッチを入れちまったようだ。ワザとだけど。

 真っ青な顔で縋り付くように涙目涙声で訴えかけてくる。

 こんな所が可愛いよなぁ、とか思いつつ、そんなフェイトをじっくりと眺めて楽しみつつ、手酌で注いだ酒を呑む。暫く堪能してから、返事をしてやる。

 

「……じょーだんだよ。冗談。自分がフェイトを放してやるわけ無いだろーが。そう言う所が可愛いよなぁ、フェイトは。ただお前は昔馴染みの戦友より、自分を取ったんだぞ。フェイト・テスタロッサとしてそれでいいのかよ」

 

 それを聞いたフェイトはホッと安堵したような表情になる。

 

「かわいい……ありがと。シンを選ぶのは当たり前だよ。わたしはシンだけに尽くして、シンだけを愛して、シンに愛される。わたしはシンが笑ってくれればそれで良い。それで満足。それがわたしの幸せなんだ。それが本当のわたしの思いなんだ。本当のわたしの意思なんだ。シグナム達も好きだけど、それは全然別だよ。だからそこに他人は関係ない」

「……そうかい、あのやたらキラキラした連中よりも自分を取るとか、お前も大概馬鹿だよなぁ」

「知ってる。でもシグナム達じゃシンとは全然釣り合わない」

「あいつらの近くにいれば、きっと素敵な幸せが待っているかもしれないのにな」

「そうかもしれない。でもわたしの幸せはわたしが決める」

「あのナニカに愛されているとしか思えない奴らの側にいれば、よく分からないご都合主義が働いて、結局は万事が少しの悲しみと大きなハッピーエンドとかいう物語みたいな終わり方でもしそうなものだがな」

「わたしもそう思う。でもシンがいてくれるならハッピーエンドじゃなくてもいい。シンが居ないならソレは全部わたしにとってのバッドエンドだ」

「お前もあんなキラキラした連中の一人だった筈なのに、自分の所がいいなんて、愚かだよなぁ」

「そうなのかもね。でも愚かでいいよ。愚かなわたしがいいよ。シンが居てくれるなら」

 

 お前は本当に愚かだよ、フェイト。

 だが自分はそれで良いと思っている。

 フェイトが愚かである事を望んで、壊れている俺の近くにいることを望んだのだから、それでいいのだ。

 フェイトが言っていた通り、それがフェイトの意思であり、幸せならばそれでいい。

 フェイトの人生はフェイトの責任であり権利なのだから。

 フェイトは自分の所有物である事を望んでいて、自分はそれを叶えてやる。なんと素敵な支え合いか。win-winの関係というやつだ。

 多分お互いに完全に依存し切ってていて、自分にはもうフェイトの無い生活は考えられないし、フェイトもまた然りだろう。

 自分が死んだら恐らくフェイトも後を追うし、逆もまた然り。

 フェイトは自分に尽くす事で彼女の存在価値を見出すし、自分はフェイトに尽くされる事で自己を肯定する。

 完全な形の共依存。

 それを互いに理解していて、それで良いと思っている。それが良いと考える。

 ならばそれが自分とフェイトにとっての正解なのだ。

 自分とフェイトの選んだ生き方なのだ。

 だからシグナムがどんなに諦めなくても、無駄でしかない。例え記憶を完全に消去しても、自分とフェイトの縁は切れないだろうから。

 それは比翼の鳥のように、連理の枝のように。

 それは天に輝く二つの丸い月のように。

 自分とフェイトはもう切れない。

 切るには遅すぎた。それだけ。

 

「フェイトのそんな愚かな所が愛おしいよ」

「そっか……嬉しいなぁ。わたしもシンの全てを愛してるよ」

 

 そう言って笑ったフェイトは、二つの月も妬む程に美しく見えた。

 こんなに美しい笑みを自分なんかに向けられるフェイトは、やっぱり壊れているに違いない。




MOVIE1stを見ていたらふと閃きました。
これが天啓か……! と思いました。


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はやては大嘘付き

ほのぼの日常回です。


 朝起きて、何時もよりはダラダラとした時間を過ごす休日。

 ソファにて自分の頭に膝を貸して頭を撫でて遊んでいるフェイトに何ともなしに声を掛ける。

 

「なぁ、フェイト。何処かに行こうか」

「んー? ……私はシンと居られるなら何処でも良いけど」

「いや、それだと仕事の時と変わらないじゃん。また前回の休日みたく怠惰で情欲に塗れた腐った一日を送ってみるってのもそれはそれでアリだが、何か勿体ない気がするだろ」

「うーん、それならそれで魅力的ではあるんだけど、それもそうかも」

 

 じゃあどうするよ、という話である。

 自分達の年齢というのはどうにも微妙なのだ。遊びに行くとは言ってもじゃあ何をするのかとなるし、かと言って昼間から呑みにいくのもなぁ。フェイトも自分も遊び慣れていないというか。

 割りと普段から人生を楽しんでいるからか、こういう普通の遊びがよく分からない。

 趣味でも作れば良いのだろうが、今日はそこまでアクティブになりたい気分でもない。

 

「あっ、じゃあデートに行ってみたいかも」

 

 フェイトは自分が何も言わなければ殆ど自己主張しないで静かにしているが、少し要求してみればこうやって提案してくる。

 つまりは自分がフェイトの考えを求めていると知ればそれに最大限に応えようとする。

 馬鹿みたいに健気な女だ。

 そんな所が可愛いのだが。

 

「デートぉ? ……いいけど、何でいきなりデートになったんだ?」

「えっと……管理外世界の学校に通っている時にクラスの子がデートしたって聞いたのを思い出して。お嬢様学校だったから、デート一つでも珍しくてね、凄く嬉しそうに自慢して回っていたから印象に残ってるんだ」

「へー」

 

 想像するだけでもなんて哀れで、なんて惨めで、なんていじらしい。

 結局そういう女は男をアクセサリーかなにかと思ってる事が殆どだし、逆もまた然り。

 だがアクセサリーならアクセサリーでいいじゃないか。

 しかし男を取っ替え引っ換えしている事を自慢する女が偶にいるが、アレはなんなのか。己がビッチであるアピールをして何が満足されるのだろう。自分には分からない世界だ。しかしそれならそれで良い。

 それが本人の幸せなのだからそれでいいのだ。

 

「うん、なんか馬鹿らしいなーとは思ってたんだけどね。でも周りがわーきゃー言ってたからそんなもんなのかなって」

「それ位の年齢ならそんなもんなんだろう。それで、デートだっけ。いいよ、どうせやる事無いし」

「そっか、ありがとう。じゃあ何処に行こっか」

 

……。

 

「なぁ、デートって抽象的過ぎないか? ……結局話は元に戻ってるし」

「あれ? ……ほんとだね。どうしてだろ」

「アホか。まぁ、アレだ。男と女がデートだと認識して二人で出かければ、それはデートなんだろ。だから何の解決にもなってない」

「そっか、そうかも。じゃあ……デートらしい事をやってみたい」

「らしい、ねぇ。デートごっこってか。じゃあ取り敢えず、買い物とか行ってみるか? ……確かこの前オープンした所あったろ」

「うん、そうだね。それで何か美味しいご飯でも食べて、そこでまた考えればいいよね」

 

 要するに行き当たりばったりで何か楽しい事を探しましょう、という事だ。

 慣れた連れ合いとのデートなどこんなモノだろう。

 そもそもフェイトは行為に価値を見出す程に正常な感性をしていない。

 最初に言っていた通り、自分が居て、世話を焼ければ、本局の執務室でも犯罪組織のアジトでもどこでも幸せなのだ。

 だからデートというのも本当に思いつきでしか無く、本気でどうでも良かったと思われる。

 パタパタと出掛ける準備をするフェイトを横目に自分はソファに寝っ転がって目を瞑る。

 暫くすると、自分の服を抱えたフェイトがとことこやってきた。

 

「あれ、自分そんな服持ってたっけ」

「あー、この間見かけて買っておいたんだ。シンに似合いそうだから」

「へー。結構良いヤツみたいだな」

「そうだね、其れなりの値はしたかな」

「何か黒いな」

「シンは黒が似合うから。……嫌だった?」

「いや、別に。何でもいい」

 

 フェイトが選んだという事に意味が有り、その他の要素はどうでも良い。

 かなりの上物だが、問題ない。

 執務官なんてやっていると、金は溜まる。

 執務官一人でも大家族を余裕で養って行けるだけの給料が出るのだ。

 だから使わないと余って仕方が無い。何か買う時にはなるべく良い物を買う事にしている。

 フェイトが自分のサイズをズボンの丈の寸法まで熟知している事は何の疑問も無い。普通だろう。

 フェイトに着替えを手伝って貰い、自分は手ぶらで家を出る。

 実際持っていく物って無いんだよな。取り敢えずデバイスさえ腕に巻いておけばどうにでもなる。

 支払いは基本電子マネーだから財布も要らないし。

 フェイトは何やらちょこんと引っ掛けているが、これはファッションの一部であると同時に自分のお世話をするのに必要なグッズらしい。

 さて、そういう訳で繰り出した街中。フェイトの運転する車の助手席でボケっとしていれば直に目的地のクラナガン郊外にある複合大型ショッピングモールに着いた。

 

「なんだここ……ヤケにデカいな……」

「そうだね。案内によるとミッドチルダでは最大みたいだ」

「それは……他の次元世界にはこれより大きい所があるって事か」

「そうかもね。それなら次元世界最大ってキャッチコピーにするだろうし」

 

 それもそうだ。しかしここまで来ると一つの街だ。

 これを作った奴らは何を考えたのか。いっそ頭が悪いのではないか。

 

「それじゃあ行こうか」

「うん」

 

 そう言って車を降りるなり腕を組んでくるフェイト。

 何時もの事なので無視して歩く。

 周りは家族連れかアベックばかりなので、いつもよりは鬱陶しい視線も少ない。無いことはないけど。

 艶やかさと言えば聞こえは良いが、フェイトほどエロく見える女もそうは居ないからな。

 男の本能。仕方なし。仕方なし。

 とりあえず適当によさげな店に入ってみる。

 

「じゃあフェイト、適当に頼んだ」

「うん、何時もの通りだね」

 

 そう言ってスタコラと見て回るフェイト。自分はのんびりと店内を練り歩く。

 暫くするとフェイトが幾つか服を抱えてとてとて戻って来た。

 何か黒い。

 

「これとかがいいかな」

「じゃあそれで」

「うん」

 

 即決。自分の着る服はフェイトが見繕った方がセンスが良いし、そもそも彼女に見せられれば十分なので、全て任せっきりだ。

 必然的に黒が多くなるが。

 フェイトが会計を終えるのを待って店を出る。

 荷物など無い。ミッドチルダは超高速交通網が張り巡らされているので、買い物なんて全て郵送だ。

 そもそもこうやって出て来なくとも、家でパンフレット発注すれば一時間もしない内に大抵の物は届く。それでも買い物という行為自体を娯楽として楽しむためにこういった施設は根強い人気がある。

 その後も幾つか男物の店を見て回り、フェイトのお眼鏡にかなった物をポイポイ購入していく。

 

「なぁ、今日はお前の分も買ったらどうだ」

「え?    でも、シンの服を見てる方が楽しいし、私のためにシンの時間を取らせるのは……」

「別にいい。今日はデートだからな。それにフェイトの私服は黒ばっかりだろ。偶には違うのを着たらどうだ」

「うん、シンがそう言うならそうする」

 

 こんどは女物の店を回ってフェイトの私服をポイポイ購入する。

 白、赤、茶、など見事に黒以外だ。

 似合うかな、などとは聞いて来ない。こいつに似合わない服を探す方が難しい。それをお互い理解している。

 暫く色々な店を回っていると、なんか喉が乾いてきた。

 

「シン、そこの喫茶店に入ろうか」

「ああ」

 

 相変わらず目敏い。

 自分の観察にかけて、こいつの右に出る者は無い。プロフェッショナルだ。自分のプロ。なんかエロい。

 

「はい、コーヒー。ホットでいいよね」

「ああ」

 

 一口。んー微妙。

 とある事情から味覚が敏感な自分は味には煩い。

 薄いし豆も微妙。

 すると表情の変化を見て取ってか。

 

「はい、お水」

「ありがと」

「えへへ。どういたしまして。このコーヒーはわたしが飲むね」

「すまんな」

「ううん、うれしい」

「そうか。お前は馬鹿だなぁ」

「うん、馬鹿でいいよ。シンに尽くせるから」

 

 本当に馬鹿だ。

 稼ぎは良くて、尽くしたがりで、要求は最大限に応え、命令は絶対遵守、その上やたらと気が回る。

 そこいらの男がこいつと付き合ったら、絶対にダメになる。

 フェイトは幼少期の体験からか、滅私で人に尽くす事が当然になっている。管理局に入局したのも元々はその為だ。今はその対象が自分一人に向いているだけ。

 始めは母親に笑って欲しい、だかの目的があったらしいが、自分といる内に手段が先に出て、尽くす事に喜びを見出すようになった。

 その上で母親に捨てられた経験や特殊な出自、その他諸々の要因から、自己を肯定できなくなった、哀れな女。

 自分に必要とされる事で始めて己の価値を認識し、自分の命令に応える事で幸福や快感を感じる究極のマゾヒスト。

 自分が喜ぶならば、求めるならば、笑うならば、何をしても良いし何をされても構わない。本気でそう思っている。例えば自分が不良の溜まり場に裸で寝ていろと言えば喜んでそうするし、本局でテロ起こせと言ったら楽しんでやるし、死ねと言われれば微笑んで死ぬだろう。

 完全に壊れている。

 本当に愚かで惨めで哀れな女だ。

 しかし。

 ――だからこそ愛おしい。

 

 喫茶店で休んでいると、随分と遠いが、ふと知った気配を感じた。

 これは、面白そうだ。

 

「お、これは……着いて来い、フェイト」

「え? ……うん」

 

 一瞬不思議そうな顔になったが、直ぐに納得したように着いてくる。自分の異能を知っているフェイトは、何となく事情を察したのだろう。

 やがて見えてきたのは、小さめな背丈、小ぶりな胸、茶色いショートカットとたぬきの様な童顔の、女子学生にしか見えない女。

 奴が、一人で歩いている。

 気丈に、意識して凛々しい顔を作りながら、泣きそうになるのを堪えて。

 全身から謎のプレッシャーを発しており、道行く人は皆が避けて通る。まるでフェイトに聞いたモーゼのようだ。

 彼女に後ろから声をかける。

 

「こんにちは、お嬢さん。お一人ですか? ……良ければ少しお茶しませんか?」

 そう声を掛ければ、嬉しいくせにソレを意識して隠して、ちょっと迷惑そうな顔を取り繕い振り向いて。

 ――固まった。

 直に再稼働して、心底忌々しい表情になり、舌打ち一つすると、地獄の鬼も裸足で逃げ出すようなドスの効いた声で一言。

 

「リア充は死ねや」

 

 その言葉には万感の想いが込められていた。

 

 

 立ち話も何だし、丁度良い時間になった事もあって、近場の蟹料理専門店に入る事にした。この女の希望だ。

 個室が空いていたのは都合がいい。

 

「それにしても久しぶりだな、はやて。偶に噂は聞いていたが、元気そうで何よりだ」

「そうやな。シン君も相変わらずえらい優秀みたいで、よう聞くわ。フェイトちゃんとも相変わらず仲良いみたいやね。フェイトちゃんも久しぶりや。2ヶ月ぶりくらいか」

「そうだね。久しぶり、はやて」

 

 嫌味ったらしい口調で言ってくるはやて。

 あれ、自分はこいつに何かしたか?

 

「この間はウチのシグナムがお世話になったようで」

 

 それか。

 

「あー、あれな。憂鬱そうな顔してた上に自分を見た瞬間あからさまに警戒するもんだからなぁ。ちょっと興に乗ってな」

「ホンマ質が悪いわ。あの子あれでも結構気にしぃなんやで。家に帰って慰めるのに苦労したわ」

「でも事実だろ」

「事実だから質が悪いって言ってるんよ」

 

 そう言って疲れたようにため息をつくはやて。

 苦労人気質の女だ。懐に入れた奴は何があっても見捨てられずに、世話を焼かずにはいられない。

 何も捨てられない強欲なのだ、この大嘘付きは。

 今は両手で抱え込める範囲だが、増えていくとどうなるだろうか。

 いや、それを理解しているこの女はそもそも増やさないだろうか。

 興味は尽きない。

 

「ほんまにアンタは苦手や。その見透かしたような目。やめてほしいわ」

「ような、じゃなくて殆ど見透かしてるんだがな」

「あー、レアスキルやったっけ? ……天はなんでこいつにそないなモン与えてしまったんや」

 

 そう言って額を抑えて天を仰ぐはやて。

 

「寧ろ自分の性質との相性も役職との相性も最高だろ」

「だから厄介なんや……えっと、なんて言ったっけ?」

「『六感拡張』な」

 

 六感拡張、つまり視・聴・嗅・味・触の五感と魔導師だけが持つ魔力を感知する第六感。それらが強化できるだけだ。

 応用の幅は広くて便利なのだが。

 表情の動き、些細な仕草、体臭、心音、魔力波の些細な乱れなどから嘘を見抜いたり。

 はやての気配もこれで感知した。

 

「そうや、それな。って、そんなに簡単に教えてええんか?」

「知ってただろ。なら隠す意味も無い」

 

 レアスキル保持者の情報はかなり統制されている。それはレアスキルを保護するためであり、また囲い込んで管理するためでもある。

 だがその情報を自分がどうしようと、自分の勝手だ。

 

「それは、そうやな。でもアンタ確かミッド式やなかった? ……珍しいなぁ」

「あーベルカ式の適性もあるから」

「なるほど、しかしホンマに桁外れな異能やなぁ」

「そうか? ……異能なんて皆そんなもんだろ。少なくとも未来を予知したり、頭の中身を覗いたり、頭の中に知らないはずの魔法の知識があるよりは常識的で健全だと思うがなぁ」

「なんや、アンタ。喧嘩売っとるんか? ……高値で買うで」

「本当に?」

「いや、やっぱ辞めとく。アンタと喧嘩とか危なっかしくてしゃーないわ」

「利口だ。だから俺の前では嘘着いても仮面被っても意味ないぞ。お前の素顔ぐらい分かるからな、小狸ちゃん」

 

 性質としては自分に近しい物があるクセに良識を持っている。いや、持とうとしていて、自分は良識あるいい子ちゃんだと自己暗示している。

 究極的には己と大切な者以外はどうでも良いくせに、そうでない様に振る舞い、本気で思い込んでいる。

 世の為人の為皆の為という良い子のキャラクター。しかしそれは結局の所、打算に塗れたペルソナ。自分に最大限のリターンがある様に計算尽くの振る舞いだ。

 自分と大切なモノが良ければいくら他人を蹴落としても構わない。他人がどうなろうとも知ったこっちゃない。己でそんな自身の性質を理解している癖に、でも自分はそうじゃないと本気で思い混む完璧な自己暗示。そのアンバランスさ。

 ただの自己中心者が開き直っても面白くない。誰にでも分かる程度に隠していてもつらまらない。

 だが人が誰しも持っている自己中心的な感情をここまで隠せるやつは珍しい。

 他人を、そして他の誰よりも己を騙す事に長けた大嘘付き。

 だからこの女は面白い。

 

「うっさいわ、ボケ。おちょくんなや」

「小狸なんて可愛いもんじゃ無いのにな。豆狸か、山姥か、悪狐と言った所か」

「黙っとけや、サトリ妖怪」

「それにしても小狸とは良く言ったもんだ。あえて本性をちょっと晒したか」

「うがあああぁぁっ! ……もうアンタほんと嫌や!」

「ふふっ。図星か」

 

 するとはやては開き直ったような顔になる。

 

「……はぁ。まぁあんたらの前では繕う必要もないから、気は楽っちゃあ楽なんやけどな。でも誰にも言わんといてな。少しでも疑念を持たれるとやり難くなるんや」

「分かったよ。成る程な。その演技力が経歴に傷があるにも関わらずのスピード昇進か」

「そういう事や。少しぐらい性格悪く無いと私みたいんはここまでの昇進なんてできひんよ。人畜無害で健気で優秀な良い子ちゃん、その上美少女や。民衆に目立つように活躍すれば上も私を上げざるを得んやろ」

「美少女ねぇ。くくっ」

「なんや、文句あるんか?」

「いいや、ないない。まぁリリカルマジカル魔法少女を自称しないだけマシか」

「なのはちゃんディスんなや」

「誰もあいつの事とは言ってないがなぁ」

「こいつっ……! ……腹立つわぁ……!」

 

 あー、面白い。

 

「……はぁ。これでまた一つ弱みを握られた訳や。これが裁判での勝訴率100%の秘訣やな」

「弱みとは言っても、最初に会った時から知ってたがな。それに、そんな自分に助けられたのは誰だったか」

「あーはいはい。あの件はどうもありがとうございましたー」

 

 闇の書事件で裁判を担当したのは自分だ。

 クロノにせがまれて会ってみたら面白そうな奴らだったから担当してみた。

 結局は情状酌量の余地有りと、1年の保護観察に勤労奉仕、5年の管理局での労働約束で罰は終えた。

 

「それにしてもどうしてあんな軽罰で済んだんや。今でも不思議やで。ヴォルケンリッターの皆は消滅するまで強制労働でもおかしくなかった」

「あーそれは、お前の処分を盾にシグナムとシャマルに肉体関係を迫ろうとしたアホがいてだな」

「あー……大体分かったからもうええわ」

 

 彼は今頃何をしているだろうか。とりあえず逆恨みされても面倒なので、二度と這い上がれない程度に突き落としておいたが。

 まぁあんなつまらない小悪党はどうでもいい。

 そんな話が一段落したら、一人黙々と自分の分の蟹の殻を剥いていたフェイトも、自分に食べやすくなった蟹を渡して話に加わってきた。

 

「はい、シン。身が取れたよ」

「おー、良くやった、フェイト」

「えへへ。はい、あーん」

「あー」

「ホンマ、相変わらずやなぁ」

 

 遠い目をして呟くはやてにフェイトが話しかける。

 

「そういえば、はやてはこんな所でどうしたの?」

 

 抉りに行くか、フェイト。流石は自分の女、完璧なタイミングだ。

 しかも無意識。素晴らしい。

 

「どうしたのって……見ての通りお買い物や」

「一人で?」

「ぐはっ……」

「?」

「くくくっ」

 

 フェイトは偶に天然で相手を追い詰める。悪意は無いモノだから、相手も怒るに怒れない。ある意味で立派な才能だ。

 自分の事には矢鱈と敏いくせにコレだ。

 何て面白い。

 テーブルに突っ伏しているはやてに声をかけてみる。

 

「家族はどうしたんだよ?」

「……今日はシグナムもシャマルもヴィータもリインも仕事や」

「あれ? ……ザフィーラは? ……あ、そう言えばアルフは元気?」

 

 それを今聞くか。

 自分も聞こうと思った。

 

「……元気なんやないかなぁ! ……きっと今頃家でヨロシクやってるんやないかなぁ!」

 

 やはりフェイトは長い間自分といて、観察し続けているせいか、かなり影響を受けているのだろうか。

 無意識で自分と似た行動を取る事がよくある。

 つまり無意識で天然に人の心を抉りに行く訳だ、誰よりも皆に優しかった、誰よりも自分に優しいフェイトが。

 

「ん? ……ど、どうしたの、はやて?」

「どーもせんよ! ……どーもせんけど、どうにかなってしまいそうやぁ!」

「え? ……え? ……大丈夫、はやて?」

「なんやあの二人と家にいると、凄い申し訳ないような目で見てくるんよ。めっちゃ気ぃ使ってくるんよ……それが居た堪れなくて……」

「くくくっ」

 

 成る程、逃げて来たか。

 

「だが何でここに来たんだ? ……もっと惨めな思いするだけだろ」

「惨めっていうなや! ……ちょっと興味あったから来てしまったんや!」

「それで移動したら負けた気分になるって訳か」

「うぐっ……」

「無駄なプライドだ」

「無駄やない! ……こういう小さな積み重ねが大事なんや!」

 

 あーあ。見苦しい。

 するとフェイトがポン、と両手を合わせて呟いた。

 

「……あぁ、成る程。はやては彼氏が居ないから悔しいんだ」

 

 ぶっちん、と音が聞こえた気がした。

 

「うっさいわぁ!! ……黙っとれやこの精神異常者がぁ!! ……アンタらのせいで私がどれだけ大変な思いしてるか分かってるか!? ……なのはちゃん関係の苦情とか、全部私かヴィータに来るんやで!? ……つまり私に彼氏ができひんのはアンタ等が悪い!! ……どないしてくれんねや!!」

 

 心の底からの叫びだった。

 魂の慟哭だった。

 しかしフェイトには効かない。

 

「え、それとはやてに彼氏ができるかできないかは関係ないよね。責任転嫁もいいところだよ。はやてに彼氏ができないのは、はやてに何か問題があるんじゃないかな」

「う、う、うっさいわぁぁ! ……黙っとれやボケぇぇぇ!」

 

 八神はやては泣いていた。

 心からの涙だった。

 面白い奴だ。

 蟹入りの茶碗蒸しを食べながら暫く待つと、漸くはやては落ち着いてきた。

 未だに涙目だが。

 

「それにしても何ではやてには彼氏ができないんだ?」

「それや! ……私にも訳が分からんのや!」

「うーん、どうしてだろう。はやては可愛いのに」

「そうや! ……こんな美少女放っておいて、世の男は何やっとるんや!!」

「荒れてるなぁ……」

「ザフィーラ達がいるからだろ。それで今日ここに来て、こうなったと。よく見ておけ、フェイト。これが焦り始めた女の図だ」

「うん、分かった」

「黙っとれ!!」

 

 取り敢えず皆で温かいお茶を飲んで一段落。

 

「それで、そういう女は大抵が現実が見えていないと言うが……はやてには男の条件とか有るのか?」

「それは……一応あるにはあるけど……でもそんな大したモンじゃないんや……」

「どんなの?」

「えっと……

 

少なくとも私より年収があって、将来性も欲しいわ。あと私より弱い男の人はNGやね。やっぱり女の子やし、守って貰いたいんや。あと年齢は年上がいいかな。でも離れすぎるのは嫌やから、3歳以内や。頭の悪い人は嫌いやけど、これは話してみんと分からんなぁ。あとは身長が180くらいは欲しいわ。顔は余りこだわらへんけど、目は二重で鼻が高い人が好みや。後は細マッチョな、細マッチョ。ゴリマッチョはザフィーラでお腹いっぱいやからな。それに他の女の人と付き合った事が無い人がいいわ。最初で最後の女になりたいんよ。それに私の仕事が忙しくて余り会えなくても笑って許してくれて、私の休暇の日には一緒にいて欲しいなぁ。それと、無垢な笑顔が素敵で少年みたいに明るくて、でも決める時にはビシッと決める人がええな。そんで優しくて、優柔不断やなくて、私の頼み事を何でも聞いてくれて。それと紳士的で、気も効いてて、一緒にお喋りしてて楽しい人がええかな。あとは……

 

ん?    どうしたん、二人とも。ポカーンとしてもうて。もうちょっとあるで」

 

 愚かな。

 

「何も言うな、フェイト。より一層哀れになるだけだ」

「そうだね。そっとしておこう……」

「どういう意味や!!」

「いや、なんでも無い、なんでもないぞ、はやて」

「そうだね、うん。なにもなかった」

「なんなんや!!    何でこの話すると皆そんな反応になるんや!!」

 

 他でもしてしまったのか。

 取り敢えずはやてを宥め賺しておく。

 

「はぁ、まぁええわ。いつか私にも私だけの白馬の王子様が迎えに来てくれるんや」

「そうだな、きっと来てくれるな」

「うん、来てくれるよ」

「せやろせやろ。きっと素敵な人なんやろうなぁ……」

「そうだな。素敵な人だな」

「きっと素敵な人だね」

 

 鸚鵡返し便利でした。

 




ほのぼの日常回でしたっ!


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今までクロノは〇をしていた

「これで全部、か」

「そうだね、もう終わりかな」

「じゃあとっとと周りで待ってる連中に引き渡して帰るか」

「うん。はやく帰ろう」

 

 そんな呑気な会話をしている自分たちの周りは死屍累々。

 フェイトが嬉しそうにとてとて近寄ってきた。

 一応面倒な法律に則って殺してこそいないが、魔力ダメージでも物理ダメージに近い痛みを伴う。

 一度死に近しい体験をする事で、PTSDになったり後遺症を残す者は多いんだとか。当然だろう。今回のフェイトがやっていたように、金色の鎌で脳天かち割られたり、心臓グッサリやられたら、トラウマにもなる。

 痛みに慣れていなければ、身体が死んだと錯覚してショック死なんてザラだ。

 だから本来ならば頭部や胸などの重要箇所は狙わない事を推奨されてはいるが、流石にそれは大人数の相手の抵抗があった事を考えると厳しいものがある、とされる。

 要するに管理局としては、お題目として直接殺してさえなければ、後はどうなろうと知る由も無い、という事だ。

 それも当然だろうと思う。そもそも度合いにもよるが、敵対する犯罪者にまで情けをかけ、心配などしている連中の方が狂っている。

 その上今回の標的はテロリストだ。

 現管理局の体制が気に食わないと、テロに走る連中が極稀に居ない訳ではない。

 成功例が無いので、狂信者の類か自殺志願者くらいのものだが。今回は前者。魔導師はヒトでは無いと盲信する連中。

 しかしミッドを狙わないだけの理性はあったようで、他の管理世界でだ。

 広域に活動していたために『うみ』の出番だった。

 こういったテロは大抵の場合が魔導師ではなく、質量兵器で武装した非魔導師である。

 魔導師は何処に行っても求められ、優遇されるため、テロなんて普通はしない。犯罪行為は偶にあるけど。

 質量兵器で魔導師のバリアジャケットを抜くのは不可能ではないが、テロリスト風情がそんな武装を入手するのは困難だ。

 必然的に人質を取る事になるため、カウンターテロリズムの場合はいかに人質の救出を迅速にかつ正確に行うかが鍵になる。

 そのパターンの対策は研究され尽くしているし、多くの演習時間を取らされる内容であるので、余り効果は無いが。

 そもそも魔導師ランクからして、対人質を取った魔導師戦が昇格試験内容だったりする。

 

「心音を確認したが、一応、全員死んではいないみたいだ」

「そう、良かった。死んでたら報告書が面倒だもんね」

「そうだな。確実にPTSDには成ってるだろうが」

「そうかな。私は別に何時も通りに魔力刃で切ったりフォトンランサーで吹き飛ばしただけだけど」

「そうだな。だからだな。しかし死神とは良く言ったもんだ」

「そんな、恥ずかしいな」

 

 頬を赤らめるフェイト。

 恥ずかしがる所か?

 まぁいい。自分も影では悪魔とか閻魔とか呼ばれているらしいし。お似合いだろう。

 そんな風に楽しく雑談しながら建物から外に出れば、包囲させていた武装隊と待たせていた捜査官達がいる。

 逮捕状を指揮官の端末に送りつけて、確保などの処理は任せてしまおう。

 後は武装隊員と捜査官達に任せておけば、必要資料は勝手に奴隷の所に送りつけられてくる。

 

「じゃあ船に帰還するぞ」

「わかった」

 

 

 転送魔法で帰還した戦艦のブリッジ。

 この船の艦長であるクロノ・ハラオウンが待っていた。

 こいつは事ある毎に自分とフェイトに協力の要請をしてくる。

 フットワークが軽い都合の良い大戦力としても重用してはいるのだろうが、自分はそんなに安くない。

 他にも何か考えがあっての様に見える。

 大方フェイトを心配してなどだろうが、そう考えてもどうにも違和感がある。

 今も自分を見る目の奥には厳しい色が見え隠れしており、それに気がついているフェイトはあからさまに警戒している。

 何かあったら即座にクロノを取り押さえられる体制だ。

 それに気づいてか、少々硬い声でクロノが挨拶してきた。

 

「……ご苦労だった、スクイート執務官、テスタロッサ執務官。お陰で未然にテロ行為を防げた。最善と言って良い結果だろう」

「ああ、どうも、ハラオウン艦長」

「……シンのお陰です。彼が他の世界にも散っていたテロリストグループを上手く誘導して纏めたので、制圧は楽でした」

「……そ、そうか。よくやってくれた、スクイート執務官」

「いえ、それでは」

 

 そう言ってもう用事は無いとばかりに立ち去ろうとする。

 すると意を決したようにクロノに呼び止められた。

 

「っ! ……ま、待ってくれ! ……スクイート執務官は後で時間が空いた時に艦長室に顔を出してくれないか」

「自分一人でか?」

「あ、ああ」

 

 それを聞いたフェイトがクロノを睨みつける。

 

「……問題ない、フェイト。自分も少し聞きたい事がある」

「……そう、わかった。シンがそう言うなら。でも何かあったら念話で直ぐに呼んで。直ぐに駆けつけるから」

「ああ。行くぞ、フェイト」

 

 自分に不意打ちや奇襲はまず不可能なので、そこまで心配する必要も無いのだが、こう言っておいてやった方が安心するだろう。

 フェイトは自分が密室で誰かと二人になるのを恐れている。特に呼び出しという形だと。

 今回のように、あからさまに自分に友好的でなければ尚更だ。

 例え相手が誰であろうとも。

 かつての出来事の結果だろう。

 さて、一度自室に戻ってから、フェイトと艦長室に向かう。自室で待っていろと言っても聞かないだろう。

 フェイトは艦長室の扉の前に残して、入室する。

 中ではクロノが目を閉じて待っている。

 こいつとは士官学校からの付き合いか。当時は二歳年下の自分をやたらとライバル視してきていた上に、局員としての心構えがどうとか素行がどうとか言って鬱陶しかったが。

 自分が入室した事を知ると少し長い息をついていたクロノが目を開けて、依然として厳しい視線を向けてきた。

 

「最近はフェイトはどうだ?」

「どうとは何だ?」

「……何か変わった事とかは無いか?」

「特に無い。お前も出港初日に二人で話していただろう」

「そうだな……」

 

 そう言って疲れたようにため息をつき、何とも言えない表情になるクロノ。

 何か言いたい事があるが、言葉が見つからないか、躊躇っている風だ。

 少し突ついてみるか。

 

「何か言いたい事でもあるのか?」

「ふぅ……いや、何でもない」

「何でもない事は無いだろう。大方フェイトについての事だろうが」

 

 自分がフェイトという単語を出すと、嫌そうな顔をして睨みつけてきた。

 

「っ……! ……いや、こう、何故ああなってしまったのかと思ってな。出会った当初はもっと、何というかこう……誰にも心優しい子だったのだがな……」

 

 ……ああ。成る程。成る程。

 漸くフェイトと二人でこいつに会う時に感じる違和感の正体を理解した。いや、可能性として上位に考えてはいたのだが、それでもまさかという思いが強かった。

 今までこいつからこの類の話題は出てこなかったからな。

 大方母親に止められていたのだろう。

 あいつは事情を知っているからな。

 だがついに我慢できなくなって少し本音が漏れた、と。

 そうか。そうか。面白い。

 こいつは知らなかったのか。

 ――フェイトが壊れた原因を。

 

「くくく」

「……なんだ?」

「くくく。くふふっ」

「何が可笑しい!?」

「いやいや、何でも無いぞ、何でも。いやいや、それにしても本当に何故ああなってしまったのだろうなぁ? ……くくっあはっあはははっ!」

「っ……! ……君はっ! ……君のっ! ……ふざけるなよっ! ……君のせいだろう!!」

 

 ああ、やっぱり知らないのか。聞いていたこと。

 はぁ。可笑しい。

 

「果たしてそうかな? ……本当に自分のせいかな?」

「っ! ……どの口がっ! ……どの口がそれを言う! フェイトは君といておかしくなった! あの優しいフェイトがっ! ……くそっ、僕はっ、僕がっ! ……君の補佐になることを何がなんでも反対していればっ! ……僕の側に置いておけばっ! くそっ! くそっ……! ……君が、君さえっ、君さえ居なければ……っ!!」

 

 この船の艦長が、悔しそうに目に涙を滲ませている。

 そうかそうか、分かった。良く分かった。

 この態度と目の色で全部が繋がった。

 しかも自分では気がついて居ないのか?

……いや、これは違うな。

 こんな悲劇はあるだろうか。

 こんな喜劇はあるだろうか。

 これはこれは。本当に。本当に。

 これだから世界はこんなにも。

 ――面白い。

 

「自分さえいなければ……何かな? ……フェイトはお前の補佐になっていたかな?」

「っ! ……そ、そうだ! ……僕なら彼女をあそこまで壊してしまう事は無かった!!」

「そうかな? 本当にそうだろうか?」

「っ! さっきから何が言いたい!!」

「いやいや、実に世界は、こんなはずじゃない事ばっかりだなぁ、と痛感しているのだよ」

「っっ! ……君はっ!」

「くくっ。まぁいい、落ち着け」

 

 こいつは今まで幾ら煽っても反応しなかった冷静なタイプだし、長年の付き合いだ。どんなに煽っても最後の一線は越えない奴。ギリギリで理性を繋ぎとめる奴だ。

これ以上は堂々巡りで時間の無駄だろう。

自分の性質も良く理解している。八神家のチビのようにはいかないだろう。

 こいつも知らない仲じゃない。教えてやるのが良いか。

 いつまでもフェイトに囚われていても、こいつに良いことはない。

 

「なぁ、クロノ。お前はフェイトがハラオウンに養子入りするのに反対したことがあったな?」

「え……?」

 

 クロノが自分の言葉にポカンとしている。頭を巡らせて必死に思い出している様子だ。

 

「まぁあったんだよ。お前が覚えているかは分からんがな」

「……確かにあったかもしれない。しかしそれは、反論で議論を促すための……いやまて、何故君がそれを知って……まさか!?」

「まぁ、きっとお前が想像している通りだよ。それを聞いてしまった奴がいたんだ」

 

 クロノの顔に理解の色が浮かぶ。

 

「そうか、そういう事か……正直ずっと疑問ではあったんだ。君は厄介な性質こそしているが、悪人ではない。善人でも無いが、他人を壊す事に快感を感じる狂人ではない……そんな君が何故、フェイトに限って、と……」

 

 クロノが疲れきったような顔になった。

 

「そうか……僕はずっと見当違いな怨みを君に抱いていたわけだ……」

「まぁ、そうなるな」

「ならば君は寧ろフェイトにとっての恩人というわけだな……はぁ。本当に君の言う通りだよ。世界はこんなはずじゃない事ばかりだ……」

 

 クロノが自嘲するように呟く。

 

「そうか、僕がフェイトを……」

「まぁ、今となっては自分はお前に感謝しているんだがな、クロノ」

「……どういう事だ?」

「もし自分があの時、フェイトという同類を見つけて居なければ……自分は今頃この世に居ないだろうからな」

「っっ!? ……そうか、あの時の君は、そこまで……君は厄介な人間だが、しかし僕はそんな君をライバルであると同時に友人だと思っていたハズなんだけどな……何も気がつかなかった……」

「え、何言っちゃってるの? ライバルとか友人とか熱でもあるのか?」

「うるさいなぁ!」

 

 そこで先程気になった点を追求してみる。

 

「そういえばお前はその時に、ハラオウンが名家だというのとフェイトが元犯罪者だというの以外にも言った事があったな」

「ああ、あったよ……ぜんぶ思いたしたからな……『フェイトはクローンなんですよ!?』……か。思えばそれが止めになったのか?」

「そうだな。それはフェイトのトラウマを抉り出す言葉だからな。しかし何故お前はそんな事を言ってしまったんだろうなぁ。フェイトが聞いていようがいまいが、それがタブーだというのは当時のお前にも分かっていたハズだが」

 

 ニヤニヤしながら言ってやると、弱々しく睨み付けてくるクロノ。

 

「ふぅ……君なら分かっているんだろう?」

「まぁな。気が付いたのはついさっきだが」

「はぁ。僕もまだまだだ……君の前では心を乱すのは致命的だと知っていたハズなのだが」

「乱す乱さないに関わらず、自分の前では嘘はつけないよ」

 

 流石に心を覗くことは出来ないが、それがヒトであるなら嘘は絶対に通用しない。

 

「それもそうか……君の想像の通りだ。当時の僕はきっと、フェイトに恋をしていたんだろう。あの子と兄妹になる事を恐れたんだ。それに母さんの、フェイトを駒として扱うような発言にも逆上したんだろう。母さんもそれが本音の全てだった、とは思わないが」

「当時。当時、ねぇ。自分が気が付けなかったとは、随分と上手く隠したものだ。しかし自分が気がついたのはついさっきだと言った筈だが?」

「それはあり得ないよ。君はずっと前に僕の恋心に気がついていた。そしてそれはもう終えた物だ。僕は妻と子供を愛しているからね」

「そうか。まぁ、昔馴染みのよしみだ。そういう事にしてやるよ」

「すまない、ありがとう……でもその気持ちも今日でキッパリ片を付けられそうだ」

「そうか……賢明だ。フェイトは自分のものだからな」

「ふふ。そうだな」

「おや、今まで頑なに認めなかったお前が……」

「認めざるを得ないだろう。今のあの子に必要なのは僕じゃない、君だ」

 

 憑き物が落ちたような顔のクロノ。

 なるほど、フェイトの為を考えればこそ、か。

 ……脱童貞した翌朝のような顔だ。

 

「何か失礼な事を考えているな?」

「なぜバレたし」

「失礼、君は大抵いつも失礼な事を考えている」

「良くわかってるじゃないか」

「……まぁいい。しかし、何故今まで言ってくれなかったんだ? ……いや、君に何かしてもらう、と考える方が間違っているな。僕と君はそんな無償の助け合いをする仲じゃない」

「その通りだ。自分はお前が知っていようといまいとどちらでも良かった。まぁ、知っている物と思っていたんだがな……」

「……何故だ?」

「さぁ、何故だろう。しかし子煩悩な母親も居た物だ」

「そうか、母さんが……他には誰が知っている?」

「後ははやてぐらいじゃないか? ……あいつもお前は知っているものと思っていただろうが」

「ふふっ、そうか。はやても知っていて、僕は……」

 

 悔しそうにするクロノ。それもそうだろう。母親に上手くやり込められていた事を知ったのだから。

しかも母親として、フェイトへの恋心にも気付いていたな。クロノとフェイトを前にしたときのリンディの違和感はこれか。

 リンディもクロノが傷つかないように、という配慮だったのだろうが、裏目に出たな。

 

「さて、僕にはやらなければいけない事がある」

 

 そう言って扉を開いたクロノ。

 扉をの前でまっていたフェイトが入っていいのか分からずにオロオロしている。

 

「フェイト、来い」

 

 仕方ないので呼びつけてやろう。

 

「あ、うん! ……それで、どうしたの?」

 

 今まであった刺々しい雰囲気が無くなった事に気がついてだろう。

 不思議そうな顔をしたフェイトが入って来た。

 

「さぁ。自分じゃなくて、クロノが用事あるみたいだが」

「そうなの、クロノ?」

「……ああ。以前に君を傷つけたのが僕だと知った。すまなかった、謝りたい。そんなつもりは無かったが、それを言い訳にするつもりも無い」

 

 それを聞いたフェイトはポカンとしている。

 

「え、クロノ知らなかったんだ。まぁいいや。私はクロノを恨んでなんかいないよ」

「だがっ!」

「むしろ感謝している。クロノのお陰でシンと出会えたんだから」

「君はシンと同じ事を言うんだな……」

「えへへ。そうなの? ……嬉しいな。だからね、クロノ――」

 

 ――私を棄ててくれて、ありがとう

 

 そう言った笑ったフェイトの顔は、美の女神が羨む程に極上に美しかった。

 



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こうしてフェイトは満たされた

過去回です。


 闇の書事件が無事に終えた。確かに悲しい事もあったけれど、望外の幸運が積み重なった結果に終えた事は奇跡としか言いようがない。

 リインフォースさんの事は残念だったけど、彼女は彼女なりに納得のいく結果だっただろう。自分でそう思いたいというのもあるかも知れないけど、最後に見たリインフォースさんの表情はそれまでの人生で見てきた何にも勝って綺麗で、これでよかったのかも知れない、と思えるようになった。少なくとも彼女はわたしが彼女に囚われて足踏みする事を望まないだろう、と思える程度には。

 漸く平穏な日々を過ごせるという段で、わたしにも大きな転機が訪れている。ハラオウン家に養子入りしないか、と前々から誘われていたのだ。そろそろ返事を返さなければいけない頃だろう。

 しかしわたしの心はもう固まっている。リンディさんとクロノの関係は眩しくて、わたしがずっと欲していた物で、その輪に自分とアルフを混ぜてくれると言うのだからこんなに幸せな事もないだろう。クロノが兄という事になるが、彼の人となりは実直で好ましい。わたし達も受け止めて貰えるのかな、と期待できた。

 返事を返しに行った場で、影からあの言葉を聞いてしまうまでは。

 正直その時の事はよく覚えていない。

 ただ、クロノがわたしを家族にする事を嫌がっていることだけは分かった。ハラオウンは名家で、元犯罪者を入れられないとか色々と言っていたが、リンディさんと問答して行く内に出てきた、

 

「フェイトはクローンなんですよ!?」

 

 この言葉に目の前が真っ暗になった。母さんの言葉がフラッシュバックして、あの時の気持ちが蘇ってくる。

 そうか、わたしはまた受け入れて貰えないんだ。本物じゃないから。アリシアじゃないから。クローンだから。人形だから。わたしじゃダメだったんだ。

 クロノはずっとわたしをそう思っていた。知らなかった。知らなかった。全然気がつけなかった。なんだか自分がおかしい。なんだか漠然と色々な物を信じられなくなった。何を信じたらいいのかも分からない。

 例えばそう、もしかして、もしかすると、わたしに笑いかけてくれるなのはの笑顔も……ウソ?

 そんなはずない。ありえるはずのない仮定。わたしはなのはを信じている。しかしクロノも信じていた。信じていたけど、信じた通りじゃなかった。じゃあもしかすると。もしかすると。わたしが信じるものは、真実じゃ、ない?

 わけが分からない。何を信じたらいいのかも分からない。それはわたしの心を蝕む毒。疑心暗鬼。そして考えて。考えて。考えて。考えた末にわたしは、なにも信じられなくなった。信じたいのに、信じられない。信じられない自分が嫌になって、自己嫌悪する。

 皆が可愛がってくれるのも、所詮はお人形として。飽きたら捨てられるだけの玩具。 母さんみたいに、本当は皆がわたしを嫌いなのかもしれない。きっとそうなのだ。だって所詮は人形でしかないわたしには、価値なんてないから。

 この時に手遅れになる前になのはに会っていたら、未来は変わっていたのかもしれない。あの時にクロノに問いかけていたら、何かが違っていただろう。

 しかしそれは今は昔。あり得ることのない仮定。

 今ならば分かる、子どもならではの思い込み。悲観主義とも絶望主義とも言えるわたしの性質が、負の思考に導いた。なのはや皆を信じきれなかった。それはきっと、母さんの言葉を引きずっていたから。わたしはわたしに価値を見出せなくなった。だから自分を好くなんてあり得ないと思った。自分を好いてくれた筈の皆を信じられなくなった。何も信じられなくなった。信じられないわたしに自己嫌悪して、自分の中でわたしの価値がもっと低くなって、そんなわたしが好かれる筈がないという理論。負のスパイラル。それはとても辛い事だった。

 そんな時に彼と出会った。それはきっと、陳腐な表現をするのなら、運命だったのだ。

 

「なんだお前、壊れてるな」

 

 わたしを見た第一声がこれ。

 目を見れば分かったわたしの同類の言葉。

 どういう事だと怒る気力もない。あぁ、たしかにそれは的を射ているだろう。納得すらしてしまった。自分を信じられないわたしは、人を信じられないわたしは、自分に価値を見出せないわたしは、きっと壊れてしまっているから。

 だからわたしは笑ったのだ。なんだか可笑しくなって。

 壊れているだなんて、いかにも人形らしいじゃないか。壊れた人形の末路。役に立たない人形の末路。考える迄もなく決まっている。母さんの例から一度経験してもいる。 そう、棄てるだけ。

 そうか、わたしはまた棄てられるんだ。母さんに続いてまた。

 笑った。笑った。笑った。

 可笑しくて仕方がない。なにが可笑しくてのかもよく分からないけど、それすらも可笑しい。笑いの連鎖。全てが可笑しくて。わたしの人生も可笑しくて。何もかもどうでもよくなって。どうでもいい事がまた可笑しくて。

 

「可笑しいか?」

「え、うん。可笑しいよ。なにが可笑しいんだか分からないけど、それすらも可笑しいんだ」

「そうか。修復も不可能か」

「そうだね、わたしは壊れた人形だから。後は棄てられるだけ」

「そうだな、ここまで壊れていたら棄てるしかない」

 

 彼は特に感情も示さずに、わたしに言うのだ。やっぱりわたしは壊れているんだって、棄てられるんだって、再確認しただけだけど。でも壊れているって知っても、棄てられるって知っても、何も感じない。当たり前だとすら思っている。だってわたしには価値が無いんだから。棄てるのは当たり前。

 わたしが何も感じない事を感じて、また可笑しくなった。

 

「これからどうするんだ?」

「どうしようかな。棄てられるだけならいっそ、自分で棄ててしまおうかな。わたしに棄てられる物なんて、それくらいしか残ってないんだ」

「そうか。それもありだな」

「そうだよね。わたしにも棄てられるんだね。人から棄てられてばっかりのわたしが。はははっ。なんだか可笑しいね」

「そうだな。可笑しいな。でも棄てるのはもったいなくないか?    自分はもったいないから棄てられないんだけど」

「どうだろう。もったいないけど、壊れているいる物をいつまでも取って置いたって邪魔じゃない?」

「確かにそうかもな。でも自分は壊れているけど取っておいてるんだ。どうも棄てられなくて」

「へぇ。可笑しいね。壊れているんだから役に立たないのに」

「そうだな。自分でもよく分からないんだ。理由なんてない。何となくもったいないとしか言えないな」

「へえ。君、面白いね」

「そういうお前もな」

 

 壊れてしまったわたしには分かる。わたしたちは似た者同士。彼も壊れている。彼もわたしも決定的に壊れている。もう直せない。

 

「お前、棄てるんだろ、お前を」

「うん、そうだね。棄てようかな。いらないし」

「なら自分が拾うよ」

「え、なんで?    壊れているのに」

「自分も壊れているからな。壊れている物を拾えば、何かが分かるかもしれない。なんで自分は棄てられないのか」

「そっか。確かにそうかもね。壊れたわたしでも役に立つかもしれないんだ。じゃあ拾っていいよ」

「ああ、そうする」

「でも何か分かったらどうするの?    わたしを棄てるの?」

「どうだろう。まだ何も分かっていないから何も言えない。でも分かるまでは棄てないよ」

「分かったらどうするの?」

「先の事は分からないけど、分かる事もある。お前を棄てるのなら自分も棄てるし、お前を棄てないのなら自分も棄てない。だってそうだろう。どっちも壊れているんだから。片方だけを棄てるなんてあり得ない」

「それもそうだね。じゃあわたしは今から君の人形だ」

「そうだな。自分が棄てるまでお前は自分の物だ」

「うん、よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 

 こうしてわたしは彼の所有物になった。

 彼の所有物になってからは、わたしは彼だけの為に尽くした。だってわたしは彼の物なんだから、彼以外に目を向けるのはナンセンスだ。

 周りが色々言ってきたけど、余り聞こえない。わたしは彼が拾った人形なんだから、彼の為だけにある。

 彼が何かが分かるその時まで、彼が何かを分かる為にある。そんなお人形。それだけの価値のお人形。

 彼の為に執務官の彼の補佐になった。長い時間一緒に居れば、彼が何かが分かるかも知れないから。

 ミッドではいつも一緒に居るようになった。

 彼は曰く付きというか、別に前科とかあるわけじゃ無いけど、若くて優秀であるが故に妬まれていた。彼の性格も万人に好かれるタイプではないし。そもそも彼は壊れているから通常の感性がどこまで有るかも怪しいけど。わたしを側に置いた事でやっかみの視線は更に強くなった。彼は本気で気にしていなかったけど。彼に仕事面で足を引っ張る馬鹿は殆ど居なかったので、彼としてはそれで十分なのだ。

 わたしの周りがあまりにも煩いから、管理外世界の学校に行けと彼に命令された。彼に命令されれば行くしかない。

 正直彼と一緒にいた方がずっと幸せなんだけど、仕方ない。それに他ならぬ彼の命令だと思うと、途端に素晴らしいものに思えてきた。

 彼の命令で持っていた方が便利だからと執務官の資格を取る事にした。彼が勉強を教えてくれて、魔法を鍛えてくれた。その時間はとても楽しかった。

 彼に命令されると満足した。わたしには少なくとも彼が命令するだけの価値はあるんだって分かるから。

 彼に尽くすのは心地よかった。わたしには少なくとも彼が拒まないだけの価値はあるんだって分かるから。

 彼の側に居るのは嬉しかった。わたしには彼が何かを分かる為にあるだけの価値はあるんだって事を思い出せるから。

 壊れてしまって価値なんてない筈のわたしに、価値を与えてくれた。

 それは凄く凄く、幸せな事だと思った。

 

 ある日突然なのはが彼を訓練場に呼び出した。

 それを知って、何だろうと思って見に行った。ボロボロになった彼がいた。なのはもボロボロだったけど。二人がボロボロになりながら戦っていた。

 訳がわからなかった。何でなのははこんな事をするの?

 わたしに価値を与えてくれる人に、なんでこんな酷い事をするの?    

 

「フェイトちゃんを解放して!」

 

 なのははこんな事を言っていた。

 解放。解放。解放?

 彼に解放されたらどうなる?

 解放するって事は、わたしから離れるってことだ。離れるってことは、わたしはまた棄てられるってこと?

 なんだかそれは凄く嫌だった。わたしは彼のお人形でしかないのに、なんでこんな事を思うのだろう。壊れた人形はいつかは棄てるしかないはずなのに。そんな事は分かりきっているはずなのに。いつかは棄てられるはずなのに。

 彼はわたしを棄てる時は自分も棄てると言った。それは凄く嫌だった。それが凄く嫌だった。なるほど、そういう事。わたしが棄てられるのは構わないけれど、彼が自分を棄てるのは許容できない。何がなんでも回避しないといけないと思った。何故だかは分からないけど、彼は棄てさせてはいけないと思った。なるほど、これが彼が感じていたものなんだ。

 彼が何かを分かったかは知らない。でもわたしを棄てたらきっと彼は自分を棄てるだろう。それは確実に断言できた。根拠も無いけど絶対だと理解できた。だって彼はわたしの同類だから。だったら彼にはわたしを棄てさせる訳にはいかない。わたしは彼に、彼を棄ててほしくないのだから。どうしても。何がなんでも。

 

「フェイトちゃんを縛るのはもうやめてよ!    ねぇ、わたしとお話しよ?    きっと貴方にも分かって貰えるから!」

「無理だ、お前にはいくら話した所で自分達の気持ちは分からない。絶対にだ」

「そんな事はお話してみないと分からないの!    ……ねぇ、お願いだから、わたしにフェイトちゃんを返してよぉ!」

「駄目だ。フェイトは自分の物だ。絶対に誰にも渡さない」

「フェイトちゃんは貴方の物なんかじゃないの!!」

「いいや、あいつは自分の物だ。自分の所有物だ。自分が棄てるまで、あいつは一生自分の物だ」

「じゃあ棄ててよ!    それで私にちょうだいよ!」

「なんだ、まるでフェイトがモノみたいな言い分だな」

「貴方がそれを言うの!? いいから私のフェイトちゃんを返してぇ!」

「駄目だ。自分はあいつを棄てないと決めた。一生離さないと決めた。だからあいつは一生自分のものだ」

「こぉんのぉぉお!    分からず屋!    もういいの!    力尽くでも奪い取ってやるんだから!!」

「やれるものなら、やってみろ!」

 

 その戦いは壮絶だった。彼は背中に目がついて居るようになのはの攻撃を軽々と避け、反撃までしているし、なのははなのはでエクセリオンモードまで使っての猛攻だ。

彼はなのはの厚い装甲を抜き切れずにいて、なのはは彼に攻撃を殆ど当てられない。技量は明らかに彼の方が上だけど、鬼気迫るなのはにはそれを覆さんばかりの何かがある。

 戦いは千日手で、長きに渡った戦争とでも呼ぶべき決闘は結局はなのはの魔力切れで終わった。フルドライブまでしていたなのはの方が、最小限の動きで避けていた彼よりもずっと消耗が激しかったのだ。この戦争の話は今でも一部の管理局員の間でまことしやかに囁かれている。

 でも決闘の結果なんかより、ずっと嬉しい事がある。

 彼がわたしを所有物だと言ってくれた。一生離さないと言ってくれた。一生棄てないと言ってくれた。嬉しかった。涙が出てきた。涙が溢れて溢れて止まらない。こんなにも嬉しいのは、生まれて始めてだった。

 彼が一生棄てないと言った。それが答えな気がした。つまり彼はわたしに価値を見出してくれたのだ。壊れているわたしに。棄てられるしか能の無いわたしに。こんなわたしを必要としてくれているのだ。壊れているわたしを必要としてくれている。

 思わず彼の元に駆け寄って、思いっきり抱きついた。今は少しでも離れていたくなかった。ずっと側にいてほしかった。

 

「フェイト……」

「うん」

「答えがわかった」

「うん」

「自分はお前を棄てない」

「うん」

「お前は一生自分の所有物だ」

「うん」

「お前に尽くされる事で自分は自分に価値を見出せた」

「うん」

「だからお前は一生自分に尽くしていろ」

「うん」

「お前の人生は自分の為にある」

「うん」

「自分にはお前が必要だ」

 

 そう言われて、わたしは確認せざるを得なかった。

 

「……わたしは、壊れているよ」

「自分もだ」

「……わたしは、人形だよ」

「それでいい」

「……わたしは、偽物で、クローンだよ……」

「お前がいい。他の誰でもない、アリシアでもない、お前じゃないとダメだ」

「……わたしには、価値がないんだよ」

「自分にとって、お前以上に価値がある物はない」

 

 嬉しかった。嬉しかった。彼にこんな言葉を言って貰えるとは思わなかった。わたしにとって、こんなに嬉しい言葉はなかった。涙か溢れて溢れて止まらない。前が何も見えない。きっと今は酷い顔をしているだろう。

 

「……わたしにも、君以上に価値があるものはないよ」

「じゃあお互い様だな。自分はお前に尽くされる事で自分の価値を見出す。お前は自分に所有される事でお前に価値を見出す。これでお互いに自らを棄てられなくなったな」

「もとよりわたしは君の物だ」

「それもそうか。じゃあこれからは素敵な共生の始まりだ」

「うん、一生棄てないでね」

「ああ、一生棄てないと誓うよ」

「ありがとう、嬉しい」

「愛してるよ、フェイト」

「わたしも、愛してるよ、シン」

 

 そしてわたしたちは、二人で一つになった。

 

 




共依存の始まりです。
フェイトちゃんが「ひろってください」と書かれたダンボールに捨てられている様子を想像してみて下さい。


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なのはは必死に戦う

「たのもー!!」

 

 そんな掛け声と共に執務室に飛び込んで来た女。

 またか。面倒な。

 

「おい、奴隷。摘み出せ」

「はぁ。わかりましたぁ」

 

 グイグイと女の背中を押して行くシャーリー。そんな様子に焦った女が少し声を荒げてきた。

 

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待つの!    今日こそ私と決闘して貰うよ!」

「嫌だよ、面倒な」

「だ、だめだよ!    シン君は私と決闘するんだよ!!    今度は勝ってフェイトちゃんを解放してもらうんだからぁ!!」

 

 そう言って女、高町なのはは駄々っ子の様に手足をジタバタさせた。

 教導隊なんて入りやがって、無駄に力をつけたせいで、シャーリーが手を拱いている。くそっ、仕事の邪魔だ。

 生憎とフェイトは出払っていていない。というか恐らくその時間を狙われた。本気でどうしてくれようか。

 

「まぁいい、丁度昼飯にしようと思っていた所だ。シャーリー、30分の休憩をくれてやる」

「はい!    ありがとうございます!!」

「ほら、行くぞ」

「ちょっと、何するの!?    離してよ!!    ねぇってば!!」

 

 そう言って自分は何やら喚いているなのはの首根っこを引っ掴み、ズルズル引きずって行く。道中にいた奴らが顔を引き攣らせているが、知ったこっちゃない。

 今日は焼肉にしよう。

 自分は大きな荷物をズルズル引きずったまま、店に入った。

 注文をとって、なのはに向き直る。

 

「それで、何の用だ」

「だから!    今日こそ決闘して貰うよ!!」

「お話はもういいのかよ」

「シン君たちにはお話したって無駄だって分かったから。私も成長してるんだよ。だから力尽くで行かせてもらうよ!」

「いやだよ、お前と決闘とか。自分になにも得が無いだろ」

「……乗ってくれたら、私が密かに集めているフェイトちゃんマル秘アルバムを分けてあげるの」

「お前それ後で盗撮容疑の証拠品として没収な」

「そんな、殺生な!」

 

 こいつ、こんなアホなキャラだっけなー。

 つい遠い目になってしまう。

 

「お前なぁ、今さら決闘してお前が勝った所でフェイトが自分から離れる訳ないだろ」

「そんなの、分からないよ!    シン君の情けない姿を見せれば、愛想つかせるかも知れないし!」

「本当にそう思うか?」

 

 むしろ喜ぶだけだと思うが。

 より沢山世話を焼けるとかで。

 

「……い、いいからやるの!」

 

 ヤケになったように言いやがって。

 そもそも勝率は自分の方が高いが、最近では殆ど五分五分に近い。教導隊で余計な力を付けたらしい。

 勝った事が無いわけじゃないくせに、毎回同じ名目で来る。

 アホか、アホの子なのか?

 

「お前、自分と居る時に幼年退行してないか?」

「ふぇ?     それは私が子供っぽいっていいたいのかな?」

「ああ、ガキその物だ」

 

 こいつは自分の前では昔から何も変わらない。

 そこに居るのは不屈のエースオブエースの威厳なんてこれっぽっちもない、ただの我儘で意地っ張りな子供である。

 

「うー……そんなぁ……子供っぽいかぁ……ねぇ、シン君は子供っぽいの嫌い?」

「ああ?    別にどうでも良い。自分はお前に興味がない」

「そ、そんなぁ……!」

 

 目に見えてしょぼくれるなのは。

 だが知ったこっちゃない。

 すると頼んでいた焼肉やサイドメニューが届く。

 

「なのは、焼いとけ」

「ふん!    自分で焼けばいいの!    私はフェイトちゃんじゃないんだから!」

「そうか、奢ってやろうと思ったが、いらないんだな」

「喜んで焼かせてもらうね!」

 

 ……このアホとも随分と長い付き合いになる。なんとなく初めて会った頃を思いだした。

 

 

「フェイトちゃんを解放するの!」

 

 初めて会ったのは、フェイトが自分の物になった少し後だ。いきなり現れたチビが必死に睨み付けて来たと思ったら、そんな事を言ってくる。

 

「はぁ?    誰だお前」

「私はなのは!    高町なのはだよ!」

「そうか。帰れ」

「嫌なの!    お話し聞いてもらうまで、帰らないんだからぁ!」

「そうか。じゃあな」

「まっ、待ってもらうの!」

 

 立ち去ろうとすると、立ち塞がってくる。

 

「…….なんだよ」

「フェイトちゃんを解放するの!!」

「はぁ……」

 

 面倒だったので強制転移で何処かに飛ばした。

 

 一週間後。

 

「フェイトちゃんを解放するの!!」

「また出た……」

 

 こいつはここの所毎日毎日自分の所に来る。良い加減適当にあしらうのも面倒だ。

 

「おい」

「ふぇ?」

 

 少しお話とやらに乗ってみるか。

 

「お前は何なんだ」

「だから、高町なのはだよ!    フェイトちゃんの友達なの!    それよりもお話を聞いてもらうの!    そしてフェイトちゃんを解放するの!」

「解放?    解放って何だよ」

「フェイトちゃんは貴方と居て変わったの。私たちの方に見向きもしなくなった」

「そうかもな」

「学校に来るのも出席日数ギリギリになって、貴方とばっかり居るの!」

「それがどうした」

「そんなのダメなの!    私はフェイトちゃんの友達だから、友達が間違ってたら道を正すのが友達なの!」

「そうか。だが、何を持って間違いとするんだ?」

「それは……そんなの分からない!    でも、私たちと学校にいる時も、フェイトちゃんは何時も貴方のことしか考えてなくて、私たちを全然見てくれない。そんなのは絶対に間違ってるの!!」

 

 なんだこれ、駄々っ子か?

 我が強いというか、我儘というか。

 一度決めた事は曲げられない、融通の効かないタイプだ。面倒だ。

 

「それはそうだ。あいつは自分の所有物だからな」

「所有物!?    っっ!    フェイトちゃんは物なんかじゃないの!!」

「そんな事はどうでもいい。あいつが自分の所有物である事に変わりはないからな」

 

 するとなのはの目に怒りの炎が宿り、決意の色が灯った。

 あ、やっちまった。これ面倒なやつだ。

 こういう手合いは苦手だ。

 人に悪意などを滅多に持たず、嘘やごまかしをせず、素直に心の赴くままに真っ直ぐに、善意で動いて万事どうにかしてしまう連中。主人公体質とでも呼べばいいのか。ヤケにキラキラした人間。自分との相性が悪すぎる。いくら煽っても、罵っても、瞬間的に激発はしても怨みを長続きさせない。

 こういう連中は地位や金への執着心が低く、自らの保身の意識が弱いので、やりずらいったらない。

 脅しが余り効かないのだ。

 こういった輩は大切な人間を使って脅すのが最も効果的なんだが、この問題でそこまでする必要性を感じない。

 それにこいつは管理外世界の出身だ。管理外世界の人間に手なんて出したら確実に首が飛ぶ、どころか犯罪者にされかねない。

 自分を恨む奴も羨む奴もごまんと居る。そんな連中にこんなつまらない事で隙を与えたくない。

 管理世界に出てきたのはつい最近なので、しがらみも薄い。

 そうなるとハラオウン家か八神家を引き合いに出すしか無いが、どれだけ有効かも分からないし、ハラオウンには提督がいる。あの提督は隙を作らない真面目で実直なタイプだから、裏でコソコソやっている情報も無く、脅しも難しそうだ。隙を無理矢理に作らせて脅すか譲歩を引き出すってのもできなくは無いが、そこまでの労力をかけて、あの提督を敵に回してまで、それをやる価値があるとも思えない。

 八神は自分が裁判を担当した。隙は幾らでもあるが、ここで奴らの判決に揺らぎを出すのは、自分の経歴に傷をつけかねない。しかも今は自分が監察官として、保護観察中なのだ。リンディも名乗りを挙げていたが、敵の多い奴らには自分の方が適任だし、弁護を担当した人間が監察官になるのは一般的だと押し込めた。とにかく奴らに何かあれば、自分の責任にも波及しかねない。

 こいつなら八神を使えば黙らせられるが、どうせ直ぐにリンディ辺りが入れ知恵して、人質の効力が無い事を知る。そうなると今よりも面倒な事になるだろう。

 

「決めたの!    絶対に貴方にはフェイトちゃんを返してもらうから!!」

「それなら自分じゃなくて、フェイトに言ったらどうだ?」

「フェイトちゃんには何度も言ったの。でもまともに話を聞いてくれなかった。だからなのはは、あぷろーち?    を変える事にしたの!    行き詰まったらあぷろーち?    を変えるといいの!    アリサちゃんが教えてくれたんだよ!」

 

 ……そのアリサって奴に会ったら絶対泣かす。余計な入れ知恵しやがって。本気の精神攻撃で絶望すら生ぬるいレイプ目にしてやる。

 

「それで、どうやって自分からフェイトを取り返すんだ?」

「それは、貴方が分かってくれるまで、何度もお話するの!」

 

 なんだ、やっぱりただの子供だな。

 

「そうか。お前の言いたい事は分かったからとっとと帰れ」

「え!?    本当なの!?    絶対だよ!」

 

 何やら言っているなのはを強制転移で送り飛ばした。

 それから暫くして、アースラの艦長リンディ・ハラオウンがやってきた。

 

「ごめんなさいね、なのはさんの事」

 

 申し訳なさそうな表情を作って謝罪してくるリンディ。

 でもこれは作ってるだけで、悪いとはこれっぽっちも思っていないな。自分にその程度の演技が通用すると思っているとは。自分の異能を知っていておかしくない立場だが……ガキだからと舐めているのか?    いや、こいつに限ってそんな筈はない。ならば余程自分に自信があるって事か、もしくは演技をするのが最早癖になっているか。

 

「ああ?    あんたの差し金なのかよ」

「いいえ、違うわ。でも彼女を見出したのは私だから、私がストッパーの役割りをしないといけないのだけれど」

 

 はい、嘘。見出したのは本当だけど、ストッパーなんてやるつもり無し。寧ろ積極的にけしかけていそうだ。

 

「そうだな。何も出来てないな。アースラの艦長は子供一人抑えられない程に無能なのかよ」

 

 少しくらい嫌味でも言いたくもなる。

 

「っ!    でもね、彼女の言い分も間違っていないのよ。フェイトさんは貴方と居る様になってから、有り体にいってしまえば、おかしくなった。だから私としても、なのはさんを応援したい気持ちがあるのよね。ハラオウン家の養子にするって話も断わらちゃったし」

「はぁ?    あぁ、そうか。そうか。アンタ何も分かってないんだな。くくくっ」

 

 するとニコニコ笑いながら、しかし目の奥に鋭い光を宿して睨んできた。

 あーこれは結構イラついてるな。

 まぁ、自分みたいな小僧に馬鹿にされれば当然か。

 こいつプライド高いし。

 

「……それはどういう意味かしら?」

「んー、教えてやってもいいが……」

「えぇ、私としてはフェイトさんが心配だし、是非教えて貰えないかしら?」

「んー、どうしようかなぁ?」

「……借り一つよ」

「……へぇ。自分に借りを作る事の意味、当然分かっているんだよな?」

「……ええ、分かってるわ」

 

 タダで情報を引き出すのは無理と早々に諦めたか。賢明だ。自分に限ってうっかりなんてあり得ない。それをリンディも知っているからだろう。

 ならば時間を無駄にする愚行はしない、といった所だな。自分に気が変わられても困るというのもあるだろうが。

 表情を取り繕っていても、心底悔しそうにしているのが手に取るように分かる。

 わざわざ借りまで作って情報を聞き出したいとは、余程フェイトとなのはを気に掛けているらしい。だがそれも当然か。あんな大魔導師の卵が手付かずでポンと宙ぶらりんになっていることなんて滅多にない。ここで何としてでも手駒として取り込んでおきたいと考えるのは至って自然。

 ただでさえ自分の取り込みに失敗しているリンディだからな。

 実益の面でもプライドの面でも、どうにかして自分からフェイトを取り返したいのだろう。

 それは不可能だが。

 

「……まぁそれでいいだろう。……フェイトは自分といて壊れたんじゃない。壊れたから自分と居るんだ」

「……どういう事かしら?」

「アンタは以前、クロノとフェイトをハラオウンに養子にする事について討論した事があったな。元犯罪者がどうとか、ハラオウンがどうとか、クローンがどうとか」

「……ええ、あったわね。もしかして、貴方がそれを……」

 

 今度は隠しもせず睨んでくるリンディ。

 

「おいおい、話はちゃんと聞いとけよ。壊れたから自分と居るって言ったろ」

「それは、どういう……いえ、まさか……」

 

 顔色が悪くなるリンディ。

 

「アンタの想像した通りだ。自分はフェイトから聞いたんだよ。だからもうアンタには取り返せないし、アンタの手駒にもならないよ。残念だったな」

 

 それを聞いて片手を額に当て、天を仰ぐリンディ。

 

「そう……分かったわ。情報を感謝します」

「ああ。ついでになのはを黙らせといてくれないか」

「ええ、一応言うだけ言っておくわ。でもあの子は我が強いから、期待しないでおいて」

「ああ、よく知ってるよ」

「じゃあその対価というわけじゃないけれど、フェイトさんをもう少しちゃんと学校に行かせてくれないかしら。何をさせてるんだ、って学校側に睨まれてるのよ。今さら辞めさせる訳にもいかないし、貴方もそれは望まないでしょ?」

「まぁ、そうだな。自分から言っておくよ」

 

 5日後。

 

「や、やっと見つけたの!」

「またお前か」

「全然分かってないの!    何も変わってなかったよ!」

「そうか、それは残念だったな」

「本当だよ!    って、それは貴方の事なの!」

「そうだな」

「そうだな、じゃないの!    いい加減フェイトちゃんを解放するのーっ!」

「無理だ。そもそもあいつは壊れている。自分が解放した所で無意味だ」

 

 それを聞いたなのはは、呆然としたと思うと、再び目に怒りの炎を燃やした。

 

「こ、壊れてる?    ……フェイトちゃんは壊れてなんていない!! 何も知らないくせに分かった様な事を言わないで!!」

「いいや、壊れている。何も分かって無いのはお前だ」

「じゃあなにがあったのか教えてよ!    どうしてフェイトちゃんはああなっちゃったの!?」

「それはお前には関係ない」

「ふざけないで!    私はフェイトちゃんの始めての友達なの!」

「そうか、だからどうした?    始めてのの友達なら、何でも知って当然だと?」

「少なくとも友達がおかしくなったら、その原因を知りたいって思うのは普通でしょ!?」

「知らん。自分もフェイトも普通じゃない。お前は知る必要は無い」

「そ、そんなの、わけわかんないよ!    壊れてるとか、普通じゃないとか!    フェイトちゃんになにがあったの!? 何で貴方はフェイトちゃんを壊れてるなんて言うの!?」

「さあな。少なくとも、自分はお前よりフェイトの事を分かっている。それだけだ」

「ふ、巫山戯ないで!    フェイトちゃんと時の庭園でもヴォルケンリッターの皆とも、闇の書の闇とも、一緒に戦ってきたのは私なの!    貴方なんかよりもフェイトちゃんのことはいっぱい知ってるんだから!」

 

 まるで子供の癇癪だ。

 いや、まるでじゃなく、本当に子供だったな。

 しかし理にかなっていない事もない。全く納得出来ない訳ではない。

 でもこいつが知っても仕方が無いだろう。壊れているフェイトはきっと、こいつすらも信じられないから。

 しかし何か焦ってるな……リンディに何か言われたのが響いたか?

 あいつに頼んだのが裏目に出たか……

 それとフェイトを学校にまともに行かせるようになって、フェイトと接する時間が増えた事も原因の一つか。

 はぁ。なんて面倒臭い奴だ……

 

「それで、お前はどうしたら満足なんだよ」

「貴方が何があったのか話してくれればいいの!    それでフェイトちゃんを解放して!」

「はぁ。……もういいよ、お前。お前と話す事はもう無い」

 

 そう言って背を向ける。こいつにはもう、付き合って居られない。同じ問答は繰り返したくない。

 

「ま、まって!」

 

 そう言って服の裾を掴んでくるなのは。

 

「なんだよ、しつこいな。お前と話す事はもう無いと言ったろ」

 

 冷たい目で見下ろしてやる。

 

「っっ!    ……分かったの。一週間後の朝10時に本局のA-14演習場で待ってるから」

「……自分が行くと思うか?」

「来てくれないなら、何がなんでも来てもらうの」

「うわー……」

 

 こういう子供はこうなったら形振りかまわないだろうから、何をしてくるか分からない恐ろしさがある。

 非常に面倒だが、行っておいた方が無難か……

 

 そして一週間後。

 宣言の通りに演習場でバリアジャケットに身を包み、待ち構えていたなのは。

 

「やっと来たの」

「別に遅れてないだろ」

「女の子は待たせるものじゃないんだよ」

「あーはいはい」

 

 どうでもいい。

 

「それで、何の用だよ」

 

 分かり切っているが、一応聞く。

 

「私とお話してほしいの!」

「お前と話す事はもう無いと言ったろ」

「それでも!    話さないと何も分からないから!    私まだ貴方の事はよく知らない。いっつもあしらわれてばかりだから。でも、フェイトちゃんは私の友達で、そんなフェイトちゃんがおかしくなったのは貴方と居る様になってから。貴方が全然話してくれないから。フェイトちゃんも何も言ってくれないから。わたしはそれからしか判断が出来ないの!    だから、貴方にはちゃんと話してほしい。どうしてフェイトちゃんがああなっちゃったのか。貴方が何かしたのか。そうじゃないのか。全部全部話してほしい。それから一緒に考えよう。やっぱりフェイトちゃんがあのままっていうのは、絶対に間違ってると思うから。絶対によくないって思うから。だから、わたしはフェイトちゃんの友達として、貴方と戦わなくちゃいけない!」

「……それで?」

「私が勝ったら何があったのか、全部お話してもらうから。そして、フェイトちゃんを解放してもらうから」

 

 解放。つまりフェイトを棄てる、か。

 

「それを受けて自分に何の得がある」

「……私が負けたら、貴方にはもう付きまとわないし、フェイトちゃんを貴方から解放するのも諦める。また新しく友達になるの」

「……そうか」

 

 この決闘はどうだろうか。

 正直受けるだけの価値は感じられないけれど。

 でも。

 これは直感でしかないけれど。こんな感覚は普通は愚かしいと断じるべきかもしれないけれど。リスクが大きすぎるかもしれないけれど。

 この決闘に勝利したら。

 きっと。

 

 ――――何かが分かる気がする

 

 どっちにしろフェイトを棄てるなら自分も棄てるのだ。

 それは直感的に理解している。

 その答えがまだ見つかってない以上、直感に身を任せてギャンブルに乗ってみるのもアリかもしれない。

 そんな柄にもない事を、思ってしまった。

 きっとこんなギャンブルに挑むとか、やっぱり自分はどうしようもなく壊れている。

 自分は凛々しい顔をするなのはの目を見つめる。

 

「分かった」

「……ほっ。よかった…….」

 

 そう言ってデバイスを構えるなのは。

 

「デイブラ、セットアップ」

《stand by ready……set up》

 

 ……。

 

「アクセルシューター……シュートッ」

 

 まず先制で魔力弾を放ってくるなのは。

 それを魔力感知で全てを感知し、最小限の動きで避ける。誘導弾でも、魔力パスが繋がっているので、どちらの方向に動くのかは何となく分かる。どうしても除けられない球は魔力を込めた杖でいなし、他の球とぶつけて相殺する。術者から離れすぎた球は余り長時間は留められず、自然と消滅する。

 お返しとばかりに多数の誘導性を捨て、速度と威力を底上げしたシュートバレットを多数発射する。

 

「うそっ!?」

《protection》

 

 誘導弾が容易くイナされた事に驚くなのは。

 しかししっかり対応し、バリアを張って耐えた。

 だが。

 突如としてなのはの目の前で輝く閃光。轟く爆音。

 

「えっ!?    きやっ!?」

 

 魔法弾の中に閃光音響弾を混ぜておいた。

 なのはの目が眩んでいる隙にソニックムーブで背後に急接近する。

 ちなみにデバイスには魔法名を言わない様に、黙らせている。

 わざわざ自分の攻撃内容を宣言するアホがいるか。

 即座に魔力で強化したデバイスをブリッツアクションで速度を上げ、なのはの後首を殴りつける。

 

《protection》

 

 デバイスAIの自動生成防御で防がれた。急ごしらえのクセに結構固いな。抜くより避けたほうが早い。

 張られたプロテクションは抜かずに、ショートムーブで側面に回る。また先と同様に殴りつける。

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

 マトモに食らって吹き飛ばされていくなのは。そんな彼女にカートリッジロードした高威力魔法弾を3発飛ばす。

 カートリッジシステムはレバンティンやグラーフアイゼン、試作機であるバルディッシュの実用データも流用し、直ぐに付けさせた。

 

《protection》

 

 またデバイスに防がれた。

 だが、この弾丸はカートリッジまで使っている。即席のプロテクションでは防ぎきれず、一発目でバリアに穴を開け、2、3発目でその穴を通す。

 これで終いか、と思ったが、そうでは無いらしい。上がる土煙の中で何故か立ち上がる気配がある。

 まともに食らえば立てるはずないのだが……

 いや、違う。大量の魔法弾の反応を感知。ぶつけて威力が削がれたか。だがカートリッジまで使った魔力を三発の魔法弾に込めたため威力は此方の方が上だ。相殺には至らなかったぱず。

 なのはが魔法弾の狙いを定める前に即座に追撃を仕掛けるために接近したが、馬鹿げた量の魔法弾が土煙の中から飛び出してきた。

 プロテクションはデバイスに任せてなのはは魔法弾生成にリソースを割いたらしい。

 なんだこの量。土煙で見えないからと、誘導性は捨てて量と速度に重点を置いたか。

 自分の今の技量では、全ては避け着れない。杖に魔力を張って、イナしたが、どうしても除けられない余波を食らってしまった。

 魔力感知の異能で自分に来る魔法弾は全て分かるが、球同士がぶつかって破裂した余波までは計算できなかった。

 

 その後も自分の優勢で進むが、偶に先ほどのように余波でなどを食らってしまう。

 自分はバリアジャケットはボロくなってきているが、ダメージはなのはの方がずっと大きいはず。

 何故まだ立てるんだ?

 戦闘が小康に入る。

 

 ――この決闘を通じて、分かった事がある。

 

「フェイトちゃんを縛るのはもうやめてよ!    ねぇ、わたしとお話しよ?    きっと貴方にも分かって貰えるから!」

 

 ――答えが分かったからにはフェイトは解放できない。

 

「無理だ、お前にはいくら話した所で自分達の気持ちは分からない。絶対にだ」

 

 ――壊れた人間の気持ちは、マトモな人間には分からない。

 

「そんな事はお話してみないと分からないの!    ……ねぇ、お願いだから、わたしにフェイトちゃんを返してよぉ!」

 

 ――どうやら劣勢になって、なのはは焦っているようだ。しかし。

 

「駄目だ。フェイトは自分の物だ。絶対に誰にも渡さない」

 

 ――何故だか知らないが、フェイトをどうしても棄てたくないと思ってしまった。

 

「フェイトちゃんは貴方の物なんかじゃないの!!」

 

 ――なのは、お前には残念だろうが。

 

「いいや、あいつは自分の物だ。自分の所有物だ。自分が棄てるまで、あいつは一生自分の物だ」

 

 ――自分は絶対にフェイトを離さない。

 

「じゃあ棄ててよ!    それで私にちょうだいよ!」

 

 どうやら自分の雰囲気が変わった事に気がついたか、劣勢に追い込まれた焦りからか、戦闘の昂りか。普段のなのはなら言わないような言葉まで出てくる。

 

「なんだ、まるでフェイトがモノみたいな言い分だな」

 

 ついこんな風に揶揄してしまう。

 

「貴方がそれを言うの!?    いいから私のフェイトちゃんを返してぇ!」

 

 ……。

 

「駄目だ。自分はあいつを棄てないと決めた。一生離さないと決めた。だからあいつは一生自分のものだ」

 

 ――悪いな、なのは。フェイトは自分のモノだ。

 

「こぉんのぉぉお!    分からず屋!    もういいの!    力尽くでも奪い取ってやるんだから!!」

 

 何かが吹っ切れたらしい。

 だけど。

 

「やれるものなら、やってみろ!」

 

 ――――この決闘は負けられなくなった。

 

 そこから戦闘は更に激化した。

 フルドライブになって、更に硬くタフになったなのはとの撃ち合い。

 技量は此方が優っているが、どうも決めきれない。

 収束砲撃は使わせない。あんなごんぶとビーム食らったら、一撃でKOだ。

 なのははこれで決める積もりなのか、かなり苛烈な攻撃を仕掛けてくる。異能で先読みしても、偶に余波をもらってしまう。自分もまだまだ技量不足だ。

 こちらの攻撃はバカみたいに硬くなったプロテクションやジャケットに阻まれてしまう。

 後先考えないなのはの攻撃が苛烈すぎて、避けるのが精一杯だ。余り威力を込められないため、なのはの防御を抜ききれない。

 このままでは千日手だ。

 しかしそれで構わない。強者同士の戦いなんて大抵がそんなもんだ。

 つまり、速攻で片がつくか、持久戦でどちらかがへばるか。

 今回は後者だった。それだけ。

 

 

「え……?    あ、あれ?」

 

 そして。ついになのはが上空でフラついた。

 

「この戦い、自分の勝ちだ」

 

 そして、そのまま魔力切れで気絶して墜落してくるなのはを抱き止めた。

 

 

 気を失ったなのはを何時の間にか見に来ていたはやてに預けると、一息。

 不意によく知った気配が近づいて来るのを感じる。

 これは、丁度いい。

 たった今、答えは見つかったのだから。

 正面から抱き付いてきたフェイトの頬に手を添えて、じっと目を見つめる。

 

「フェイト……」

「うん……」

「答えがわかった」

「うん……」

「自分はお前を棄てない」

「うん……」

「お前は一生自分の所有物だ」

「うん……」

「お前に尽くされる事で自分は自分に価値を見出せた」

「うん……」

「だからお前は一生自分に尽くしていろ」

「うん……」

「お前の人生は自分の為にある」

「うん……」

「自分にはお前が必要だ」

 

 するとフェイトが確認するように。

 

「……わたしは、壊れているよ」

「自分もだ」

「……わたしは、人形だよ」

「それでいい」

「……わたしは、偽物で、クローンだよ……」

「お前がいい。他の誰でもない、アリシアでもない、お前じゃないとダメだ」

「……わたしには、価値がないんだよ」

「自分にとって、お前以上に価値がある物はない」

 

 すべて真実。

 なのはと決闘して。なのはの強い思いに触れて。

 触発されるように感じたもの。たった今も膨れていて、溢れそうになる思い。

 フェイトが涙を流している。

 ずいぶんと酷い顔だ。

 

「……わたしにも、君以上に価値があるものはないよ」

 

 それは……よかった。

 

「じゃあお互い様だな。自分はお前に尽くされる事で自分の価値を見出す。お前は自分に所有される事でお前に価値を見出す。これでお互いに自らを棄てられなくなったな」

「もとよりわたしは君の物だ」

「それもそうか。じゃあこれからは素敵な共生の始まりだ」

「うん、一生棄てないでね」

「ああ、一生棄てないと誓うよ」

「ありがとう、嬉しい」

 

 そうか。この思いは。

 

「愛してるよ、フェイト」

「わたしも、愛してるよ、シン」

 

 どうしようもなく壊れている自分だけど。

 お前といる時には、少しはマトモに成れる気がするよ。

 

―――――――

――――

――

 

「シン君、お肉焼けたよ」

 

 回想に浸っていると、肉が焼けていた。

 

「よくやった」

「もぅ、そこはありがとう、って言うところだよ!」

「そうか、ありがとう」

「心がこもってなーい!」

「なんなんだよ……」

 

 そもそもなんで自分はこいつと焼肉なんかしているのか。

 いや、自分が引っ張ってきたのか。

 でもあのまま執務室に居座られたら、マトモに仕事もできない。

 

「なぁ、なのは。昔決闘した時に、自分が勝ったらもう付きまとわないって言わなかったか?」

「ゔっ……」

「それなのに隙あらば決闘決闘って。お前は決闘フェチか何かなのか?」

「だって……シン君と戦うの楽しかったんだもん……」

「お前が自分と決闘できないと教導で暴れるって報告あったぞ。何やってんだよ。自分の所に回されてもウザイから、はやての所に行くように手回しはしたけど」

「あー!    この間はやてちゃんに怒られたの!    苦情が回って来るって!   なんではやてちゃんの所に行くのかって不思議だったけど、シン君のせいだったんだ!」

「いや、そもそもお前が暴れなければいいだろ」

「それは……ついシン君との全力全開の戦いを思い出しちゃって……」

「そのせいで自分に、ぜひ戦ってあげて下さい、なんて頭下げに来る教導隊のやつもいたぞ。さすがに自分に苦情を言いに来るやつはいなかったが」

 

 自分は局内でかなり恐れられている。

 当然だろう。敵に回って何か妙な工作を仕掛けて来たアホは、悉く叩き潰して来たからな。

 

「うぅ……ごめんなさい」

「……まぁいい。明後日の朝8時だ。お前との戦闘は鍛錬になるからな」

 

 これも本当。

 こいつとの決闘程に良い訓練になるモノも少ない。

 フェイトは自分に刃を向けられないからな。

 

「ホントッ!?    ありがとう、シン君!!」

 

 何故こいつは自分といるとこんなにも子供なんだ……

 まぁいい。

 この果てしなく面倒でウザイ女だが。

 

 こんなんでも一応、自称フェイトの『友達』だからな。

 




外道成分が足りない……っ!
これではツンデレみたいじゃないか!
この主人公はツンデレではありません。最後の下りとかも、デレじゃありません。本気で訓練としか思っていません。
一応言い訳させてもらうと、主人公はなのはをかなり気に入っています。だからと言って虐めない理由にはならないんですが。
もうちょっと外道回を書きたいです。


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はやてと部隊と人員確保

 ――時空管理局の現体制に不満を持つ、他次元世界を発祥とする宗教団体、『人間教』を母体としたテロリストグループによる、質量兵器の爆発物を用いた大規模テロ事件の続報です。管理局本局の魔導師の尽力により火災は収まり、犯人も全員拘束されましたが、現在判明している事件による死傷者は47人に上り……

 

 ――残念だったな、シン。兄さんと義姉さんの事は自分も悔しい……嘘

 ――本当、惜しい人を亡くしたわ……嘘

 ――そういえば君に遺された家や金はどうするんだ?    何なら俺が預かって運用してやろうか……本当

 ――な、何言ってるのよ兄さん、そういうのはわたしがやるわ……本当

 ――お前こそ何だ。俺の方がシンも安心だろう……嘘

 ――シンと仲が良いのは私なんだし。きっとこの子も私が良いと言うわよ……嘘

 

 ――ふん、あんな気持ち悪い子ども、引き取れる訳がないだろう……本当

 ――だからって私も無理よ、兄さんは結婚してるんだから良いでしょ……本当

 ――おいおい、馬鹿言うな。いくら遺産が付いてくるとは言っても、心を読まれるなど気持ち悪くて仕方がない……本当

 ――そもそもあの子は何かおかしいのよ。昔から気持ち悪いと思っていたわ。感性が常人と違うのよ。気が狂っているのよね……本当

 ――ああ。どうにかして遺産だけ吸い出して、管理局にでも売り払うのが良いだろう。あの気持ち悪い異能でも管理局は欲しがるだろうしな……本当

 

 ――こいつどうするんだ?

 ――どうやら欲しがっているお偉いさんは山ほどいるそうだぞ

 ――それはそうか。こいつがいれば奇襲なども撃てないから護衛にも役に立つしな

 ――それよりも嘘や感情が読める力が欲しいんだろう

 ――ああ、こいつ程上の方のパワーゲームで役立つ道具は無いからな

 

 ――いいかい、シン君。これから会うおじさんがもし嘘をついていたり、嫌な感じがしたら、私に教えて貰えるかな?

 

 ――君は今まで大変な思いをして来たようだ。僕の所に来たからにはもう安心だぞ。道具としてなど決して扱わん……嘘

 

 ―――――――

 ――――

 ――

 ―

 

 目を覚ました時には大抵の場合では夢の内容など覚えていない。覚えていたとて、しばらくすれば頭の中から薄れて消えて行く。

 今ならどんな夢だったのか覚えているが、きっと数分後には忘れてしまう感傷でしかないのだろう。

 しかし今さら昔の夢を見るとは。

 だからどうと言う訳でもないし、自分にとって辛い思い出という訳でもない。

 自分の道具としての有用性は自分が誰よりも熟知しているし、その恩恵にも預かっている。だから自分を道具にしていた者たちに思う所は無いし、当時も連中の手から離れる前の準備段階として、情報を収集し弱みを握る時間として有用だった。

 自分の目の前で権力を貪り合う魑魅魍魎が勝手にウィークポイントを曝露し合ってくれるのだから、愚かなものだ。

 連中は自分を御し切れる自信があったらしいが、その自信諸共奴らが縋っていた権力を砕いてやった時の爽快感と言ったら無かった。クセになってしまう。

 あの有頂天になっていた面が一転、絶望で醜悪に歪む様は絶頂すら覚える。いや例えだけど。

 とにかく最高の娯楽だった。

 最近では自分に喧嘩を吹っかけて来てくれる愛すべきアホがほとんど居なくなってしまって、かなり退屈だ。

 一番最近のは、ミッドチルダでも指折りの美人に成長したフェイトにちょっかいをかけて来ていた奴だったか。

 あの色ボケはフェイトのハニートラップにまんまと引っかかってくれた。フェイトの身体を貸す気は無いので肌は見せていないが、そうする迄もなくフェイトが少し色気をチラつかせてやれば、ポロポロと情報を吐いてくれた。

 もともと親の権力に物を言わせて手当たり次第に女を脅して手を出したり、麻薬売買などにも裏で関わっていたため、親諸共に通常の犯罪者として取り締まったまでだが。

 

「ん……」

 

 そんな風につらつら思考を巡らせていると、隣で寝ていた金色がモゾモゾ動く。どうやら起こしたらしい。

 

「……ん? え? あれ? シン、起きたの? なんで? わ、私、まだ朝ご飯の支度してない……え、どうしよ……シンが起きる時に完成させなきゃいけないのに……」

 

 オロオロと非常に狼狽えているフェイト。

 こいつは自分の世話を焼く事で自己を肯定する。逆に言えば、尽くせなければ自己を肯定できない。

 今回は大した物ではないし、そもそも起きる時に朝食が完成するようにしろなんて言ったこともないのだが、この手の失敗はフェイトにとってアイデンティティーに関わるのだ。

 今日は自分がかなり早起きしただけなので、失敗とすら言えないものだけれど。

 自分に尽くせない、自分に必要とされない、フェイトは要らない子、棄てられる、という論理展開らしい。

 正直自分がフェイトを棄てるとかあり得ないし、理屈や理性ではそれをフェイトも理解してはいるのだが、感情というのはいかんともし難い。

 要するにフェイトは恐くて堪らないのだ。また棄てられるのでは、と想像すると。

 恐らくそのトラウマはもう、治らないだろう。

 壊れた人間は戻らない。戻ったように見えても、それはそう見えるだけ。ただのハリボテ。砕けた宝石が元には戻らないのと同じだ。

 今にも泣きそうなフェイトがオロオロする様は非常に可愛らしい。

 もっと眺めていたい。

 興に乗った。

 少し遊んでみるか。

 

「シ、シン……ごめんね? すぐに用意するから。だ、だからもうちょっと待ってて。ホントにごめんね」

「ああ。でも自分は腹が減っていたんだが、フェイトが用意できてないとなると……外食でもするか」

「だ、だめだよっ!! シンの朝ご飯はわたしが作るから! なるべく急いで作るから! だ、だからお願い、もうちょっとだけ待ってて、ね?」

「フェイトは腹が減ってる自分に待てと言うのか?」

「そ、それは……で、でもね、朝も外のご飯だと身体によくないんだ。シンの身体はわたしが一番良く知っているから、わたしが作らないと……ね?」

「ああ。だが栄養など一食くらいどうでもいい。自分はもう行くぞ」

 

 そう言ってベットから這い出せば、フェイトが腕を掴んで来た。

 

「ま、待って、お願いだから。わたしに作らせて……わたしの役割を奪わないで……わたしを、わたし、を、棄てない、でぇ……」

 

 そう言ってポロポロと大粒の涙を零すフェイト。かわいい。

 これ以上やると明日からフェイトの起床時間がさらに早まるな。それで無理されて身体を壊されても困る。

 それにお楽しみは次にとっておくものだ。今回は十分堪能したし、程々にしておこう。

 

「くくっ。冗談だ。何時も通りの時間でいいから、朝飯頼んだぞ」

 

 するとしばし涙目でポケッとしたフェイトだが、遊ばれていた事に気付いてか、少し剥れながらも嬉しそうに。

 

「うん!」

 

 涙を溜めながら嬉しそうにはにかむフェイトはやはり可愛いかった。

 

 

 今日の昼過ぎにはやてが執務室に訪れるとのこと。なにやら話したい事というか、頼みたい事があるらしい。

 面倒な要件だったら摘まみ出してやろう。

 しかし自分を苦手としているはやてがわざわざ会いたいとまで言って来た。おそらくは例の件が結構煮詰まってるのだろう。

 訪れたはやてを来客用ソファに案内して、シャーリーにコーヒーを用意させる。

 フェイトは自分の隣に座らせた。恐らくフェイトに関係があるからだ。

 彼女は仕事の話の時は必要ない限り気配を殺して背景になり黙っているけれど。

 

「それで、何の用だ?」

「いやー、直球やな、シン君。私とシン君の仲なんやから、もうちょっと色々とお話しとかして……」

「そうか。じゃあ彼氏はできたか?」

「さて、早速本題に入らせてもらうんやけど」

 

 素晴らしい手の平返しだ。

 ジト目で見ると咳払いしたはやて。

 

「ん、んんっ、それでな、今の私って自分の部隊を持つ為に東奔西走してるんやけどな」

「知ってる」

「そらそうか。それで、その部隊にぜひ……」

「フェイトならやらないぞ」

「なんでや!!」

 

 目を見開いて叫ぶはやて。

 今のは『なんで分かったんや』か、『なんで貸してくれんのや』のどちらなのか。いや、雰囲気からしてどちらもか。

 

「どうせ部隊の戦力がもっと必要だから、フェイトが欲しい。その上誰か優秀な人材を紹介してくれ、とかいった要件だろう」

「な、なんで分かったんや……」

「お前が部隊員の選定に難航しているという情報が入っていた。面倒な事情のある部隊だから他所の部隊からの引き抜きは難しいだろう」

「アンタの情報網はどうなっとるんよ……」

 

 頭を抱えるはやて。

 

「本局にも地上にも、情報のルートはいくらでもある。情報なんて自ずと増える」

「へー。そうなんやー」

 

 遠い目をしているはやて。

 些細なものだが、己の情報が筒抜けだったのだ。さもありなん。

 

「因みにお前もその一人だな。借りもある、恩もある、弱みも握られている。良いカモだな」

「くっそ! くっそ! 否定できないのが悔しい!」

 

 ぐぬぬしているはやて。

 こんなんでも一応、それなりに使えるコマではある。

 実際、ミッド地上部隊の情報源の一つとして情報を送らせる事も多い。見返りで必要なモノをくれてやる事もあるが。

 

「それで、お前が立てようとしている新部隊……機動六課、だったか」

「そうやね。特定のロストロギア、ていうかアンタなら知ってるやろうから言うけど、用途不明の高エネルギー結晶体レリックを捜索、確保、解析に回すのと、独立性の高い少数精鋭の実験部隊や」

「ふぅん。それだけか?」

「……どういう意味なん」

「例えば、予言の中の古い結晶が……」

「なんでそれを知ってるんや!?」

 

 目を見開いて、驚きから思わず、といった感じに叫んだはやて。煩いなぁ。

 

「曲がりなりにも自分も上層部の一員だぞ。それ以前に騎士カリムには予言の内容を誰よりも真っ先に教えて貰う『契約』でな」

「……アンタ何したんや」

 

 睨みつけてくるはやて。

 心外だ。

 

「いやいや、それ以前にお前が知ってる情報を自分が知らないと考える方がどうかしてるだろう。階級も役職もずっと上だし」

「……はぁ、まぁそうやね……そう言えばアンタは偉いんやった……」

 

 疲れたようにため息をついているはやて。

 この女はどうも抱え込むタイプだ。大事な人間の苦労は背負えるだけ背負ってしまう。苦労人気質も甚だしい。

 今ももしカリムに何かしているようなら、無謀にも喧嘩を仕掛けてくるつもりだったのだろう。

 それならそれで、返り討ちにするまでだが。

 

「なんでアンタは前線にも立ってるんや?    その気になれば上級管理職にも部隊指揮官にも船の艦長にも、もしかすると提督にもなれるんやろ?」

「確かになれるが、自分は統括執務官の役職があるから。これで今は十分だ。わざわざ部隊運営する位なら、適当な所から人を借りて来れば済むしな。所詮は執務官の仕事なんて、どこまで行っても結局は犯罪者を取り締まることだ。犯罪者を取り締まるなら、現場に出なければならん。組織運営は執務官の仕事ではない。必要な分の業務はこなすし、口も出すが、それだけだ」

 

 統括執務官なんてご大層な役職だが、結局は執務官の任免権を握る一人、というだけだ。執務官は個々の独立性が高いので、執務官を集めて何かをするという事はまず無い。部隊指揮権限などはかなり高い物を持つが、それは階級や資格によるものだ。

 よって運営面での業務で自分に回ってくるものは、肩書きの割に多くはない。

 

「それだけって、普通はそれだけやってたら現場になんて立てないと思うんやけど……アンタは普通じゃないんやったな……」

 

 はやてが呆れたように何か言ってるが気にしない。

 

「話を戻すが、カリムとのは一応、契約だからな。一方的なものではない。脅している訳では無いな。当然、裏切りなどされれば報復はするだろうが」

「そうなん。それならまぁ、私の出る幕やないね」

「そうだな。下っ端の出る幕ではない」

「……ふぅ。まぁその通りやね……それで、契約ってどんなモノなん?」

 

 一瞬イラッとしたはやてだが、押さえ込んだようだ。

 こいつは自分が煽って遊んでいる事を理解しているから、乗ったら負けだと思っているのだろう。

 

「細々とした事を抜きに簡単に言えば、カリムは自分に誰よりも先に余さず予言を伝え、自分は予言の解読をする。解読というか、照合というか。自分の知識や情報で解読に至って防げた事件も幾つもあるな」

「そうだったんか……私は聞いてなかったんやけど……」

「なんでもかんでも下っ端に言える訳ないだろう。自分は言ってしまっても良かったんだが、カリムの方に何か思う所があったらしい」

 

 自分との繋がりをはやてに漏らして巻き込む事を嫌ったか。

 ただでさえ自分は守護騎士に良い顔をされないからな。はやてと自分の繋がりを少しでも減らそうという些細な気配りだろう。

 

「まぁ、カリムのことやから私の為なんやろうけど……それにしてもさっきから下っ端下っ端って、その下っ端から抜け出そうと必死なんやから黙っといてよ」

「部隊を立てるのは成り上がる為か。上手く行って目立った功績を残せば取り立てられるという算段だな」

 

 それを聞いて少し顔を歪めたはやて。図星を突かれた顔だ。とは言っても少し考えれば分かる程度のものでしかない事も理解しているのだろう。すぐに持ち直す。

 

「まぁ、有り体に行ってしまえばそうやな。そろそろ今のやり方だと打ち止めでな。ここいらで一発大きくて目立つ功績を残しておきたいんよ」

「だがそんなドーピングやらパワーレベリングみたいなやり方だと、民衆へのアイドル扱いで実権は伴わないだろう」

 

 現状でも本局やミッド地上本部の士官には軽んじられているからな。

 

「アイドルならアイドルで良いんよ。実権は後からでも手にして行けばいい。取り敢えず私みたいな傷持ちは上がれる時に上がれるだけ上がっとかんと」

 

 なるほど、道理だ。

 

「道理だな。それにそろそろ手駒でも欲しくなったか。若手ばかり集めるのはそういう事だろう」

 

 それを聞いてはやてはギクッとなる。図星だ。

 

「な、なんのことや……ってすっとぼけても意味無いんやね。そうやー。言ったとおりやー。そろそろどこに居ても私の言うこと聞いてくれる可愛い子達が欲しかったんよ」

 

 ここで言う手駒とはつまり、どの部隊にいても余程の事で無い限り、己の命令を聞かせられる存在のこと。情報収集にも、スパイにも、いざという時の戦力にも使える。

 自分にとっては、フェイトやシャーリーは勿論だが、はやてなどもそれに当たる。

 恩義や恐怖など、縛る要素は多数あるが、はやてが行おうとしているのは縁を結び、恩を与えたりしてその縁を強めて行くといった、一般的なものだろう。

 

「守護騎士がいる分、お前は恵まれているがな。だがその闇の書の主という過去のせいで、常道では難しいのも確かか」

 

 元闇の書の主というのは途轍もないディスアドバンテージだ。いくら刑期が終えたとは言え、それに変わりはない。

 人は他人の足を引っ張る生き物だ。はやての様に引っ張りやすい足がぶら下がっていれば、掴まずにはいられない。

 

「そうなんよ! あいつら十年も前の事を今だにブチブチと……私や家族がどれだけ管理局に貢献してると思ってんねん……」

「くくく。見上げた出世欲だ。だがそれだけでは無いな。家族をもっと完璧に庇護する為か」

 

 それを聞いてはやてはまたしても少し苦い顔になる。

 しかしため息を一つつくと、すぐに開き直ったようだ。

 

「……はぁ。まぁアンタに隠し事は無理か。そういうことや。私自身の出世欲が強い自覚もあるけど、早く中央に発言力を持って守ってやりたいんよ。いつまでもリンディさんやカリムにクロノ君頼りって訳にもいかんからなぁ……」

「確かにそうだ。だがそれにしても闇の書の事でちょっかいを出してくる奴が少ないとは思わないか? あいつらは表の後ろ盾にはなっても、裏側には余り効力が無いぞ」

 

 リンディもクロノもカリムも、良くも悪くも性質が『善』の人間だ。裏から来る搦め手やパワーゲームなどの権謀術数を余り得意とはしていない。そういった類のものに長けた、例えば自分のような連中が本気になれば、幾らでも出し抜ける程度の相手でしかない。つまりあいつらには道を外した謀などを思い付けず、実行も出来ないのだから、それに対処も出来る筈はない。

 唯一カリムはそれなりに見所はあるのだが、まだまだ甘いと言わざるを得ない。クロノやリンディは本当の意味で常道で駆け上がった奴らだ。所詮は小手先程度の策謀しか出来ない。事実幼い自分からフェイトを取り返す事すら出来なかったし。まぁそれなりに謀も出来る副官などは持ってはいるのだろうが、それでは不十分だ。

 いくら八神家が教会騎士でも、教会のバックアップや庇護をいつでも無条件に十全に受けられるわけでもない。八神家は、教会騎士が管理局にも所属している形のカリムとは違い、管理局員が教会にも所属している、という形であるのだから、所詮は管理局員であり、教会にとっては外様なのだ。

 恐らくは無意識でそれを理解しているから、はやては焦っているのだろう。クロノ達の手に負えない陰謀家タイプの奴が妙な手を出して来る前に、と。

 まぁ無意識だろうが。

 それを今、意識させてやったまでのこと。

 

「え……? 確かにそうやね。そういった連中もいるけど、大抵が小物や。今までいっぱいいっぱいで、余り気にかける余裕もなかったけど、どうして……って、あ。そうか、そういう事なんか。アンタねぇ、自分で恩を売り込んで来おって……」

 

 頭を痛そうに抱えるはやて。

 自分への借りと弱みがまた一つあった事を認識したからだろう。

 はやては自分に恩も借りも作りすぎている。弱みも多数握られている。

 はやてはその事を改めて認識した訳だ。

 絶対服従、とまではいかなくとも、滅多な事で無い限り逆らわない便利な駒。使い所を間違えなければかなり有用だ。

 それをキチンと認識しているからこそ、守護騎士は自分を矢鱈と警戒するのだが。

 実際に何度も便利に使ってきているしな。

 

「くくく。恩とは売った相手が認識して居なければ意味が無いんだよ」

 

 要するに自分との縁がある事で、裏に自分が居るかもしれない、とチラついているため、手を出せない連中が多いのだ。

 もし自分がはやてと離反したと公言すれば、残された闇の書の関係者などカモでしかない。腐った連中がハエやウジ虫の様に湧いて出て、好きなだけ貪り食い尽くされて終わりだろう。それはクロノ達には対処しきれない。教会の庇護を受けているとは言え、回避する方法などいくらでもある。

 実際に自分が裁判を担当した際に、余計な手を出そうとした奴を潰した事も響いているだろう。

 それでもちょっかいをかけるような奴は、はやて自身で対処ができる程度の小物くらいだ。

 

「なんつー理論や……善意の欠片も無い……」

「くくっ。それをはやてが言うか。リターンが無ければ動かない。十分に自己中心的な奴だよ。上手く隠しているがね」

 

 それを聞いてもはやては疲れたような顔をするのみだ。

 

「……はぁ。アンタに隠し事はできひんって分かってたからええけど。やっぱり私はなのはちゃんみたいには成れへんよ……」

「あいつはあいつで異常だ。幼少期には良い子でいなきゃいけない、とかいう強迫観念に駆られていただろう。普通はそういう奴は自分が自分のままに愛されるという自己肯定が出来ずにパワーゲームに走るものだがな」

「そうなんよなぁ。まぁなのはちゃんの場合は色々と立場とかも特殊やから、仕方ないやろ。パワーゲームでなくて魔法の強大な力に縋っただけや。私みたいに面倒な事情もないから、厄介なのに目を付けられ難いしな」

 

 それもそうだ。

 なのはの様に綺麗な経歴で、しかもストライカー級の目立つ魔導師となると、ちょっかいなんてかけても得が少ない。

 それに自分との縁も有名だからな。図らずとも後ろ盾になっていた訳だ。

 するとはやてが何かを思いついたようにニヤリと笑った。

 

「なのはちゃんと言えばシン君はちょいちょい会ってるそうやね。随分と仲良さげだったそうやないか」

 

 それを聞いてフェイトの眉がピクリと動いた。

 

「なんやシン君はなのはちゃんともええ仲みたいやなぁ」

 

 フェイトの眉が更にピクピクっと動く。

 これは、面白い。

 はやては自分に一泡吹かせたいのかもしれないが、むしろ乗ってやろう。

 

「ああ、そうだな。ついこの間も会いに来てな。一緒に焼き肉を食ったんだが、あいつも可愛い奴だよ。甲斐甲斐しく焼いてくれたりして」

 

 一瞬呆気に取られたはやてだが、目を見開いているフェイトを見て直ぐに理解したような顔になり、ニヤリと笑うと言葉を続けた。

 

「へぇ、そうなんや。前々から思ってたけど、ホンマに仲ええんやな。じつはそう言う仲やったり……?」

 

 フェイトが目を見開いたまま自分とはやての顔を勢いよく交互に見ている。

 

「あぁ、ここだけの話、実は、な。焼き肉の後に会った時もかなり激しくてなぁ。なのはもみっともなく大声上げたりして」

 

 フェイトの顔色が青く染まっていく。

 はやては少し顔を赤くしている。

 恥ずかしいなら止めれば良いものを。

 因みに控えているシャーリーは、またか、みたいな呆れ顔だ。こいつは事情を知ってるからな。

 

「へぇ……そうなんや。でもそれが始めてってわけや無いんやろ?」

 

 フェイトは顔色をコロコロ変えながら、耳をダンボにしている。

 可愛い奴め。

 

「ああ、そうだな。始めてじゃないぞ。具体的には10年くらい前からちょくちょくと……」

 

 それを聞いた途端にフェイトは今度は顔色を真っ青にした。

 かく言うはやても本気で驚いているようだ。

 

「え!? それホントなん!? っていうか、さっきから流してたけど、フェイトちゃんというものがありながら、浮気か、浮気なんか!? 確かになのはちゃんも可愛いけど、でもここで言うとか、あんまりやろ! 10年前って言ったら私らが出会った時期やし……この女の敵!!」

 

 自分から振っておいて、本気ではやては怒っている。

 フェイトなんて泣きそうだ。

 

「10年前からちょくちょくと、激しい模擬戦をしているな。あいつの体調の事もあるから、あいつが熱くなりすぎないようお互いに本気は出さないがな」

 

 はやてとフェイトの目が点になる。

 

「え、は、え? 模擬戦、なんか。はぁ。心臓に悪いわ……」

 

 フェイトは本気で安堵したらしい。力が抜けて、ソファからズルズル滑り落ちている。

 フェイトで満足できなかったとなると、それも彼女のアイデンティティーに関わる死活問題なのだ。

 それ以外の理由で他の女を抱く場合は気にしないのだろうけど。そこら辺の感性が、フェイトはやはり壊れている。

 しかしフェイトは模擬戦ということを思い出してか、再び目に怒りの炎を灯す。

 こいつは自分に刃を向ける存在を許さない。例えそれが誰で、どんな理由であっても、だ。

 だからこそなのははフェイトが居ない時に突貫して来るのだが。

 しかしフェイトは後で諌めればいい。今ははやての相手だ。

 

「そもそもお前が振って来たんだろう。自分で本気にしてどうする」

「いや、せやってこんな返しが来るとは思ってなかったから……シン君の狼狽える姿が見たかったんやけど」

「はやて風情が、100年早い。そんなんだからはやてははやてって呼ばれるんだよ、このはやて」

「はやては罵倒語やありませーん。美少女を表す代名詞でーす」

 

 逆にやり包められて少し剥れているはやてはおざなりな感じだ。

 

「まぁいい。アホな事をやってないで、話を戻すぞ。レリック事件の捜査だったか」

「そうや。知ってるみたいだから言うけど、予言を阻止する為の部隊でもあるんよ」

「成る程な。本局側も地上とのいざこざがあっても突かれないよう、使い捨ての人員を隊長に据えたか。ギャンブルだな」

「別に本局の思惑とかどうでもええんよ。成功させれば良いだけの話や。ハイリスクハイリターン。でも人生ってそんなもんやろ?」

「素敵な人生観だ。それでお前は何を願う?」

「さっきも言った通り、フェイトちゃんを貸して欲しかったんやけど……」

「だ、そうだが、フェイト」

 

 一応本人にも意思確認してみる。

 どうせ意味無いだろうが。

 

「え、嫌だよ」

「だそうだ」

「フェイトちゃぁん……」

 

 うな垂れているはやて。

 

「そもそも現状集めている戦力だけでも保有戦力をオーバーするだろう。するとリミッターでもかけるのか? フェイトに力の制限をさせるなんて危険なマネ、自分が認める筈がないだろう」

「シン……」

「そ、そうかい……はぁ。私も素敵な彼氏にこんな事言ってもらいたいわぁ」

 

 頬を染めたフェイトを見て、はやてが遠い目になる。

 この手の話題になると、こいつはいつもこうだな。

 これだけ飢えてるクセに妥協はできないとか、贅沢な奴だ。

 

「……だがレリックとそれを追うガジェットやら戦闘機人やらスカリエッティはそろそろ鬱陶しかった所だ。合同捜査という形で捜査協力はしてやろう」

 

 奴は面倒な手駒を多数持っているからな。こちらも動かせる人員は山ほど居るが、通常の武装隊などではAMFと戦闘機人が組み合わさると心許ない。はやての作ろうとしている部隊は丁度いい。最大限に協力してやろう。

 

「ホンマか!? おおきにな! ありがとう……って今、レリックを追う何ちゃらって言わなかったか?」

「ああ、スカリエッティか。奴がレリックを集めている。こっちは最近確証を得たことだが、予言にある無限の欲望とはこいつだろう。だからレリックを集め、予言の成就を阻止するなら、奴が仮想敵となる」

 

 無限の欲望は管理局の内側から調べ上げて出てきた単語だが、言う必要は無いだろう。

 ちなみにミッド地上のトップの中将も十中八九繋がっているっぽいが、この情報は今はくれてやる気はない。あの中将の裏にはヤバめな影も見え隠れするしな。

 

「ほ、ホンマか!? 何でもう犯人の名前わかってんのや、とか無限の欲望ってなんや、とか言いたいことは色々あるけど、取り敢えずありがとう!」

「どういたしまして。自分は所詮は執務官だから、協力は捜査とスカリエッティや戦闘機人の捕縛になるがな」

「それは当然や。それでええよ。むしろガジェットの対策までされてもうたら、私の見せ場がなくなってしまうからな」

「まぁそういった細かい事は後で詰めればいいか。それと後見もしてやろう。自分が裏に居て、ちょっかいかけられる奴もそうは居まい。大戦力を保有する事への他の部隊からの反発も、これでかなり柔らぐ筈だ」

 

 その分に局内でまことしやかに囁かれている、はやてが自分の手先だという噂がより信憑性を増すのだが、それは現状こいつにとっては利点の方が多い。

 はやてもそれ位は理解しているだろう。

 

「そ、それホンマか!? ホンマにありがたいわ。ありがとう。ありがとう」

「人材は駒として育てようとしていた若手を二人ほど貸してやる。ついでにウチの奴隷も持って行くか?」

 

 しかしそこまで便宜を図ると、いっそ疑わしくなったらしく、ジトっとした目で見てきた。

 控えているシャーリーも驚いている。

 

「シン君……若手の二人はまだしも、シャーリーさんまでか? 何を考えてるんや?」

「別に何も。ただ、なのはが入るなら教導やらもやるだろうから、駒は育てておいてくれ。そろそろマトモな教育を用意しようと考えていたから丁度いいだろう。何れ士官学校に放り込むにしても、今回の経験は糧になる。シャーリーは部隊でのオペレーターの経験を積ませておきたい。それだけだ」

 

 本音である。

 チビ二人は潜在能力が高そうなのを偶々見つけたから保護責任者として確保しておいた。主に通常教育ばかりで、魔法技能などの育成はまだ余り進めていない。フェイトに少し魔法を教えさせて、後は教材などで自主練習をさせておいた程度だ。

 

「ホンマにそれだけか……?」

「ああ。合同捜査と後見までするんだから、成功してくれなければ困る。そもそもお前ら相手に工作など必要無いだろう」

 

 自分の絶対優位なのだから。

 するとはやては暫く考えるような姿勢になったが、じきに納得したのだろう。開き直ったように頷いた。

 

「確かにそうやな。シン君がわざわざ私に不利益を与える意味があらへん。じゃあそれでお願いしようかな」

 

 思考停止とも言うが。

 

「賢明だ」

 

 だがそれでいい。先も言った通り、自分が今のはやてに危害を加える意味がないのだから。

 するとはやてはニヤリと挑戦的に笑った。

 

「それにしても、ええんか? 私に貸してくれた子達、私に鞍替えするかもしれへんよ」

「そうか。出来る物ならやってくれてもいいぞ」

「ホンマか? その言葉、後悔する事になるかも分からへんよ。ねぇ、シャーリー?」

「え、いや、無いと思います。シンさん達を裏切るとか、恐ろしすぎてとてもとても……」

 

 控えさせていたシャーリーは即答だ。

 自分もフェイトも壊れていても、マトモな上司をやってるからな。嫌われたりはしていない。その上に間近で見ている分、シャーリーは自分達の怖さも良く知っている。天然の飴と鞭。鞍替えする理由が無いのだ。

 はやてはその言葉に顔を引きつらせている。

 

「……シン君は人心掌握も得意なんやったっけ……いや、考えてみれば当然か。感情が分かるんやもんね」

「その通り。だから余計な事は考えず、好きなだけ使っとけ」

 

はやてに貸してやる駒のプロフィールを送る。

 

「……きっとこの調子だと、この新人の子達も同じような感じなんかな。恐ろしいわぁ……ていうか9歳って……うわぁ、なんやこのプロフィール……二人とも訳ありやん……ホンマに使えるんかな……」

 

 確かに物凄い勢いで訳ありの二人ではある。

 

「今は使い物にならないが、自分が囲っておく程度の筋はある。なのはに育てさせるんだろう。一年でマトモに使えるようにしておけよ。それがレンタルの条件だ」

「まぁ、他に目ぼしい子も居ないし、分かったわ。これで少しは恩も返せるかな?」

 

 こいつは……

 

「何をバカなこと言っている。お前が欲しがったから貸してやるだけだ。それを恩返しなどと……」

「ちっ……それもそうやね」

 

 舌打ちしやがって。

 分かって言ってたな。

 

「それじゃ私は新しく決まった人員の事とかで色々せなあかんから、もう行くわ。本格稼働が始まったらでええけど、捜査情報の摺り合わせとかしたいんやけど……」

「ああ、分かった。とりあえずお前の所に送る奴らには自分から伝えておく」

「よろしく頼むわー」

 

 手をひらひらさせながら、八神はやては去って行った。

 自分とフェイトが本格的にスカリエッティ対策に乗り出した瞬間である。

 



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スバルは破壊魔では無いに決まっている

 さて、本格的にスカリエッティの捜査に乗り出した自分達だが、奴の居場所は現在の所不明。よって潜伏場所の割り出しなど情報の収集解析から始めなくてはいけない。

 機動六課はまだ稼働を始めていないが、自分達は協力するのみだ。歩幅を合わせる必要もない。

 

「そろそろ時間だな。仕事は中断だ」

「うん、そうだね。シン、お茶にする?」

「ああ、そうだな……コーヒーを頼む」

「うん、分かった。シャーリーはお菓子の用意をお願い」

「はい、分かりました」

 

 フェイトが簡易台所でコーヒーの用意をする。

 その間に現在のところ判明しているスカリエッティの情報を少し纏め直してみる。

 ・生命操作技術を研究する技術者。特に人造生命や生体技術だが、と機械との融合などを専門とする。副次的に機械工学にも秀でている。

 ・数多の罪状で広域指名手配されている次元犯罪者だが、一度の逮捕歴もない。

 ・フェイトが生み出されたプロジェクトFの骨子を作った。

 ・ガジェットドローンを多数保有しており、製造する技術を持つ。

 ・戦闘機人という戦力を保有しており、上位の戦闘型ならAAAランク魔導師に匹敵する者も居る。ガジェットによるAMFや火力支援などがあり、搦め手も用いればSランクオーバーの魔導師すら撃破しかねない可能性もある。

 ・状況の詳細は不明だが、かつてストライカー級魔導師が隊長を務める首都防衛隊の部隊が踏み込み、壊滅させられたのがスカリエッティのアジトの一つだとされる。上記の考察はこれを元にしている。

 ・資金源は多数有るだろうが、その中でも最大のクライアントが管理局上層部の何れかだと思われる。

 ・ミッド地上のレジアス中将と繋がっている可能性が高い。

 ・現在はロストロギアレリックを主に収集している。用途は不明。

 ・予言にある古い結晶はレリック、無限の欲望はスカリエッティだと思われる。

 とりあえずはおおよそこんなモノか。

 戦闘機人はかつて管理局が安定的な戦力確保の為に研究開発していた。表向きは人道的観点から禁止にされた技術だが、完成間近まで至っていた。これは上層部の駒にされていた時に掴んだ情報だ。

 その研究をスカリエッティが受け継ぎ、完成させたと見られる。

 さて、スカリエッティの保有する戦力の中で、ガジェットドローンに関しては問題はない。これは各地に無作為に放たれてレリックを捜索するが、他のロストロギアにも誤反応をする事があり、特に近年目撃例は増加している。かく言う自分達も遭遇戦になった事は何度かあり、その戦力の程も対策も把握している。管理局としてもガジェットドローンの性能情報をある程度掴んでおり、イミテーションの作成も出来る程だ。

 ただしその対策はある程度以上の魔力量を持つ魔導師の魔力に物をいわせたゴリ押しか、ある程度以上の技量を持つ魔導師による多重核弾や近接攻撃、質量変換攻撃といった高度な技術を要するものなど、かなり杜撰である。大多数を占める低位の魔導師の効果的な対処法は確立されていない。よって特に低ランク魔導師の多い地上部隊が多数のガジェットドローンに襲われた場合、太刀打ち出来ずに蹂躙される可能性すらある。AMFは通常の犯罪者とは違い、低ランク魔導師が集団戦のコンビネーションでどうこうして補うのが難しいのだ。

 まぁそれは自分が考える事では無いし、自分とフェイトなら十分対処出来るので、他の連中とかどうでも良い。自分達が無事ならなる様になる。

 

「フェイトも物好きだよな。自分から茶汲みをやりたがるとは」

 

 この程度の情報は既に整理し終えているので、今回は復習の意味合いが強い。直ぐに終えて手持ち無沙汰になったので、コーヒーを淹れて来たフェイトと雑談でもしている事にする。

 

「別にお茶汲みが好きなわけじゃないよ。でもシンのお世話は私の役目だから。こればかりは他の誰にも譲れない。だからシンのお茶は当然私が用意するんだ」

 

 チラリとシャーリーを見ると、何とも言えない顔をしている。どうせ、また始まったとでも思っているのだろうが。

 

「確かにフェイトが淹れると美味しいけどな」

「ふふ、ありがと。でも当然だよ。私以上にシンの事を知ってる人なんていないんだから」

「そうか、当然か。しかしまるで茶汲みが崇高な神事みたいな物良いだな」

「まるでじゃないよ。神事なんかよりシンのお世話の方がずっと大事で貴重なんだから。わたしは神なんて信じてないけど、シンは何よりも信仰してるよ」

「信仰と来たか。いつにも増して強烈だ」

「そうかな?    わたしは当然の事を言っただけだけど。わたしが本当の意味で信じられるのはシンだけだから。これは次元世界は広いっていうのと同じくらいの常識だと思うな」

「それはまた、随分と抽象的な常識で」

「抽象的だからこそ、際限が無いでしょ?」

「そうだな。お前の愛が重い事はよく分かった」

「うん、愛情のストッパーが壊れちゃってるみたい。好きで好きでどうにかなりそうだ。でもシンはそんな重い女が好きなんでしょ?」

「そうだな。今更お前ナシなんて考えられないよ。本当、麻薬みたいな女だ」

「そう、シンはわたしに中毒なんだ」

「そうだな。フェイトジャンキーだ」

「じゃあわたしはシンアディクトかな」

「アディクトの方がちょっと健全っぽいな」

「わたしとシンの間に健全な要素なんてあるのかな?」

「一応身体は健康だから、健全だろ」

「でも心は不健全の極みだよね。偏ってるし、欠陥だらけ。わたしもシンも、普通じゃないし。そもそも依存とか中毒とか、不健全なイメージの塊だよね」

「そうだな。でもそれに何の危機も感じないから、治そうとも思わないけど」

「治すなんてどうせ無理だよ。そもそもそのつもりが無いんだから。わたしは今以上の幸せなんて無いと思うし」

 

 要するに二人とも現状に満足しているね、幸せだね、という確認。

 こんなやり取りは結構よくある。フェイトが喜ぶのだ。

 ふとシャーリーを見ると、苦み100%の顔でエスプレッソを飲んでいた。シャーリーは自分達の補佐官になってから、エスプレッソが好物になったらしい。

 

「美味いか、エスプレッソ」

「はい、とても美味しいです。なんだか苦みが中和されて。本当はもっと苦いのが良いんですけど」

「そうなんだ。コーヒーは抗酸化作用があるからね。それにストレスの軽減にもなるみたいだ」

「それはそれは、私にピッタリの飲み物です」

「なんだ、日頃ストレスを感じているような物良いだな」

「そんなまさか。素敵な職場ですよ。もう少し仕事がアレでしたら言う事ないんですけど」

「そうか、もっと仕事を増やして欲しいのか」

「なんでそうなるんですかぁ……」

「シャーリーは勤勉だね。それなら明日からはシャーリーに回す分をもう少し増やしておくね」

「フェイトさんっ!?」

「よかったな、シャーリー」

「……えぇ、そうですね……」

 

 泣きながらコーヒーを飲んでいるシャーリー。

 

「泣くほど嬉しいか」

「すごいね、泣くほど仕事が好きなんて……」

 

 フェイトの中ではシャーリーは、仕事の虫となっているらしい。

 

「……はぁ。コーヒー美味しいなぁ……」

 

 シャーリーは遠い目でコーヒーの味と香りに浸っている。現実逃避とも言う。

 

「それにしてもシャーリー、コーヒーを飲むのはいいけど、ニキビが増えたんじゃない?」

「え!?」

 

 一転、絶望的な顔だ。

 

「確かに、デコの辺りに出来てるな」

「そ、そんなぁ……後でお薬塗らなきゃ……」

「まぁ若いんだから仕方ないよ。かく言うわたしだって、シャーリーくらいの年齢の時はニキビくらい……できたこと……ないかな」

「ないんですか!? ……フェイトさんはなんでそんなに肌が綺麗なんですか? 何かの魔法ですか?」

「女の子が綺麗でいる一番の秘訣は恋をすることだよ」

「あー……そうですか……」

「まぁ魔法も使ってるんだけど」

「やっぱりですか!? え、ていうか、そんな便利で素敵でズルい魔法が本当にあるんですか!?」

「うん、治療魔法の応用でね。シンが教えてくれたんだ」

「割と簡単な魔法だぞ。医療系統の魔法を齧っているなら、誰にでも使える」

「他にも美肌魔法とか、ツヤ髪魔法とか……」

「なんて非魔道士女子に喧嘩を売ってるような魔法……じゃ、じゃあ私にも!」

「魔力無いだろ」

「……魔導師ってずるい……」

 

 魔導師に美人が多いのは周知だ。魔力が身体に適合すると、若々しさが保たれるのは実証されているらしいが、おそらくこういった魔法の存在も一助になっているだろう。実際、美肌魔法とかは女性魔導師の必須技能らしいし。

 

「でも、魔法って便利な技能が多いよね」

「読書魔法とかな。車だって魔道技術で燃料いらずだ」

「本当、昔住んでた管理外世界の人が知ったら、凄い事になるよ……」

「実際、管理世界が一気に発達したのも、資源問題が解決したからだとも言われているな」

「クリーンなエネルギーってそもそもこの事ですもんね。今だと意味が広がって、非殺傷設定も含めてクリーンで比較的安全って言うみたいですけど」

「何が安全だか。比較的って入れてるあたりがズルいよな。非殺傷設定ほど危険な技能も少ない。相手がバリアジャケットを纏った魔導師ならいいが、そうで無いなら絶対に怪我をしないという訳でもないし」

「そうだね。でも一番危ないのは暴力への忌避が減る事だよね」

「ああ。魔法がクリーンだ安全だと押すばかりに子ども達が簡単に魔法を使うようになっている。魔法が人も簡単に殺せる危険な技能だって意識が薄れるんだ。一応魔法を教える学校では教育されているが、教師からして勘違いしている事もある。実際そんな傷害事件は後を絶たない」

「有識者には有害なプロパガンダだと主張する人もいるみたいですけど……」

「管理局としては便利な謳い文句だからな。そういう事だ」

 

 まぁ、別に連中が勝手に傷つけあっても構わないんだけど。そんな小さな事件は自分達の仕事でもないし。関係無いならどうでも良い。

 

「話を戻すけど、生活に役立つ魔法の存在も文明発達の一助になっていると思うよ」

「まぁ実際に役に立つ魔法はミッド式ばかりだけど。昔はどうか知らないが、現存するベルカ式は脳筋魔法ばかりだ。戦闘にしか役に立たない。この平和な世で廃れるのも当然だ」

「……シンさんがミッド式を使う理由って、それですか?」

「ん?    まぁそれも一つだな。本気の戦闘になったら、近接攻撃はベルカ式の方が強力だから、少しは使えるようにしているが。レパートリーは極少ないけどな」

「すごいですね、ハイブリットってやつですか。始めてみました」

「ふふっ。シンは凄いんだよ」

 

 フェイトが自慢げだ。ドヤ顔フェイト。かわいい。

 つい頭を撫でてみた。一瞬目を見開いたフェイトだが、直ぐに心地よさそうに目を細める。ほんのりと頬を朱に染めるのが、何故かフェイトだとどことなく扇情的だ。

 そうやって暫く雑談していたら、来客を告げるブザーが鳴った。

 

「シャーリー」

「はーい」

 

 以心伝心、という程のものでもない。この状況でシャーリーの名を呼んで、させる事など限られている。

 だからフェイト。頬っぺた膨らませるな。

 フェイト作の風船を指で突ついて萎ませた所で待ち人が部屋に入って来た。

 二人とも地上部隊の茶色い制服と似たような藍色の髪。

 そして、彼女達が動く度に自分には微かに聞き取れる、機械の駆動音。動きにも分からない程度に違和感がある。なるほど、これが戦闘機人か。

 

「陸士第108部隊所属、ギンガ・ナカジマ陸曹、参上いたしました!」

「陸士第386部隊所属、スバル・ナカジマ二等陸士、参上いたしました!」

 

 シャーリーと歳が近そうな二人の少女が敬礼をしている。

 

「……ふむ。ご苦労、よく来た。掛けてくれ」

「はっ。了解しました!」

「りょ、了解しました!」

 

 二人ともガッチガチに緊張している。まぁ無理も無いが。

 フェイトに目配せして少し緊張を解させる事にする。

 

「ふふ。緊張してるね、二人とも。フェイト・テスタロッサです。ギンガは久しぶり。本当に後輩になったね」

「は、はいっ!    覚えていて下さったんですか!」

「うん、当然だよ。あの時の事はよく覚えてる」

 

 確か結構大物の犯罪者によるロストロギアの密輸入と取引の情報が入って現場に向かっていた時に、爆発と火災が起きたんだったか。あの時は情報の入手が遅れて先回りができなかった。犯罪者の方は取引現場で捕まえたが。そのロストロギアがレリックだったというのは奇妙な縁だ。死傷者は運び屋を始め爆発の第一波に飲まれた少数だけで済んだため、奇跡の事件だとか俗称される。

 そこで事件に巻き込まれたのがこの二人。スバルをなのはが、ギンガをフェイトが助けたのだったか。

 なにやら目をキラキラさせて感動しているギンガ。これはフェイトに憧れているのだろうか。

 

「自分はシン・スクイート執務官だ。早速だが、今日呼び出した要件に入る」

 

 自分の顔を見て、改めて息を飲む二人。自分の悪名は彼女達にまで届いているらしい。もしくはプロフィールを見たところ保護者が佐官だったから、何か言われて来たのかもしれないが。

 今なら上手く擬態も出来るが、昔のもっといっぱいいっぱいだった頃に広まってしまったのだ。

 ここら辺の演技力というか、立ち回りははやての方が上手かったな。

 だがそもそも媚び売ったりは嫌いなのだ。人に取りいる位なら、弱みの一つでも握る。恩を売りつける。そんなスタンス。

 まぁ悪い事ばかりでも無いので、悪名を消す事も無く放置している。自分のやり口にも合っており、名前に力が有る事で抑止力にもなるし。

 フェイトは自分の話が始まった事を察し、気配をそっと薄めた。話の途中で気配を薄めるとかどうやっているのだか不明だが、健気な奴だ。

 

「今日来てもらった理由は分かるか?」

「私とスバルの二人、という事は……私たちの体質について、でしょうか?」

「その通りだ。戦闘機人としてのお前達に用がある」

「戦闘機人としての私たち……」

 

 少し身構えるギンガ。スバルはどうしたら良いのか分からないらしく、オロオロしている。まぁ地位のある人間に名指しで呼び出された事なんて無いだろうし、無理もない。

 このままからかったりと可愛がってやるのも面白いが、生憎と今日は少し時間が押している。残念だが我慢しよう。

 

「そう警戒するな。何も取って食おうという訳ではない。お前達には戦闘機人としての力を見せてもらう」

「と、とって食う!?」

 

 真っ赤になっているスバル。

 そこじゃないだろ。

 

「戦闘機人としての力……?」

「ああ。お前達戦闘機人には特殊な力があると聞いた。インヒューレントスキルと言ったか。それの事だ」

「それは……」

 

 ギンガが言い淀んでいる。

 するとスバルが意を決したように。

 

「あ、あのっ!」

「……なんだ?」

「そ、それは何のため、でしょうか!?」

「こらっ、スバル! すみません。妹が余計な事を……」

「だ、だって、ギン姉……」

「別に構わない。お前たちにも無関係とはいかないかも知れないからな」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ。端的に言うと、今追っている犯罪者が複数人の戦闘機人を作って、駒として使っている」

「なっ……!?」

「そんな……」

 

 二人とも驚いているような、ガッカリしているような、ショックを受けたような、微妙な顔だ。自分の同類が道具にされていると聞かされれば無理も無いだろう。

 だが彼女達の母親は戦闘機人プラントに踏み込んで殺された。恐らく戦闘機人との戦闘があったと見るべきだが……それを知らないのか。

 

「無関係ではない、というのはどういう意味でしょう?」

「戦闘機人の研究者にとって、お前たちの存在がどういったものかを考えれば分かるだろう」

「実験素隊……」

「そういう事だ。まぁ気をつけておけ」

 

 二人がみすみす捕まって、スカリエッティの利益になるのは避けたいからな。

 

「だから戦闘機人がどんな物かを知るべく、お前たちを呼び出した訳だ」

「なるほど……」

「わ、分かりました。そういう事なら、私、やります!」

「スバル……」

 

 意を決したように宣言するスバル。だがそもそも正当な理由もあるのだから、命令されればやる以外の選択肢は無いと思うが。

 それにしてもさっきからギンガが何か言いたげというか、言い難そうにしている。

 

「ギンガ陸曹、何か言いたい事でも?」

「は、はい……その、私にはインヒューレントスキルは無くて……」

「そうなのか?」

「ええ。私はスバルの先行機で、とりあえず完成させるのを目的に作られたらしくて。昔から何故か左手がドリルになりそうな気はするんですけど、私にはそんな浪漫溢れる機能は無いはずですし……」

「ギン姉またそんな事言ってる……」

「だってドリルよ、ドリル。憧れちゃうのも無理ないじゃない」

「なんだ、ドリルが欲しいのか? 知り合いの技師に頼んでやろうか?」

「え!? ほ、本当ですか!?」

「ダメだよギン姉! ご、ごめんなさいスクイート執務官、その話はちょっと……」

 

 嬉しそうにしたギンガをスバルが宥めている。ドリルは人の恐怖心を強烈に煽るから、尋問とかに使えると思うけど。

 ……これ以上は何故かいけない気がしたので、話を元に戻す。

 

「そういう訳でスバル・ナカジマ二等陸士。君の固有技能の実演を要請する」

「は、はい! 分かりました!」

 

 場所を移して訓練室。

 ここでダミーターゲットを相手にスバルのISを使ってもらう。

 

「シャーリー、計器の準備はいいか?」

「ばっちりです!」

「ではスバル・ナカジマ二等陸士。思いっきりやりなさい」

「はいっ!」

 

 そこからは凄まじかった。

 金色の目をギラギラさせて、ズガーンバゴーンなんて漫画みたいな擬音が付きそうな勢いで、ガジェットドローンをモデルにしたターゲットや魔法障壁を次々に粉砕していくスバル。何故かギンガも唖然としている。

 心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。なぜか高笑いが幻視されるようだ。いやまぁ、確かに物を壊すのって本能的に楽しいものだけどね。

 そんな、スバルが喜んで壊している筈が無い。だってあのスバルだよ。誰よりも優しいスバルだよ。虫の一匹も殺せない様なスバルだよ。何時だって一番に自分の事より他人の事を心配するようなスバルだよ。いつも危なっかしくてお姉ちゃんヤキモキさせられちゃうんだぁ。だから有り得ないよね。ね? スバルが破壊魔の筈が無いよね。物を壊すのに快感を感じたりしないよね。そうでないに決まってるよね。ブチ切れて敵をそれでボコボコにしたりとか無いよね。いやそれに快感を感じなければいいんだけどね。いざとなったら使ってもいいし、敵をボコボコにしてもいいんだけど、覚醒スバルとか無いよね。ね? お姉ちゃん信じてるからね。

 とかブツブツと支離滅裂な事を言っているギンガの声は聞かなかった事にした。

 しかしこれは当たれば一撃必殺だな。

 

「これは凄いね、シン……」

「ああ。幸い本人の技量が未熟だから今のところ危険度は低いが、こと壊す事に関して右に出る者はいないだろう。共振破壊だから装甲をどんなに厚く硬くしても意味が無い。殺傷破壊設定の魔力弾でも同じ事は出来るが、壊す事においての確実性ではこれの方がずっと上だ」

「魔法障壁にも通用するんですね……」

「ああ。流石に高ランクの物となると一撃とは行かないみたいだがな」

「それでも十分に驚異だね」

「人体には殺傷力が強すぎて使えないがな。AMFも無効だし、対ガジェットで有用そうだ。もしもの時には戦闘機人にも効果が高いだろう。はやてに推薦してやるか……」

 

 これから相手をしていく戦闘機人の戦力を改めて実感したのだった。

 



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