魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~ (燐禰)
しおりを挟む

第一話『雪に墜ちる日』

 ――新暦67年・辺境世界――

 

 

 仰向けに倒れている自分の体。ぼんやりとした視界には舞い降りる雪が見えた。

 ゆっくりと視線だけを動かすと……少し離れた場所に、数分前まで左肩の先にあったモノが、周囲の雪を赤く染めながら転がっている。

 痛みも感覚も殆どなく、ロクに動こうとしない体。俺は必死に顔だけを少し上げ、微かに重みを感じる場所へ向ける。

 庇う様に回された俺の右腕の中には、気を失っているのか目を閉じた茶髪の少女の姿があった。

 少女の白い服についている赤い染みは、俺のものか彼女のものかは分からなかったが……その小さな口から白い息が出ているのは確認できた。

 ――よかった。無事みたいだ。

 眠りに落ちる直前の様なぼんやりとした頭にそんな考えが浮かぶと同時に、力を失った俺の頭は地面に戻り、視界には再び雪の降る空が映る。

 そしてその空からは、まるでスローモーションの様にゆっくりと……見覚えのある赤い服を着た赤毛の少女がこちらに向かって飛んで来ていた。

 涙の浮かぶ目は大きく見開かれ、口元は必死に何かを叫んでいる様にも見えたが……何も聞こえない。

 まるで体から体温が直接流れ出る様な、雪によるものではない寒さを感じると同時に、俺の瞼は力を失って閉じ始める。

 次第に狭くなっていく視界に、黒い空と白い雪……そして赤い少女を映しながら、俺の意識はゆっくりと消えていった。

 

 

 ――可笑しいな? どうして、こんな事になったんだろう?

 

 

 ――難しい任務じゃなかった。順調に終わって、後は帰るだけだったはずだ。

 

 

 ――寒い世界での任務だったのに、戻ったらアイスが食べたいだなんて言い出すあの人の事を笑って……

 

 

 ――これでお別れだと、寂しそうな顔をするあの人を元気付けて……

 

 

 ――帰ったら三人でお茶でもしようって話して……

 

 

 ――なのはさん、ヴィータさん……ごめんなさい『約束』守れ……なく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦66年・時空管理局本局――

 

 

 数多ある次元世界の平和を守る時空管理局。その本局の一室で、俺は落ち着く事が出来ずにウロウロと動き回りながら、ある人物達を待っていた。

 かつてこれほど緊張した事があっただろうか? 初陣の時でさえ、ここまでソワソワした気持ちになった覚えはない。

 今までの俺の人生は、ごくごく平凡なものだった。孤児として時空管理局の施設に拾われ、魔法の才能があった為、10歳の頃に魔導師として管理局に入って早五年。

 エースと呼ばれる程の才能があった訳でもなく、実力もAランクの真ん中程度。配属された部隊も次元航行部隊……通称「海」の下の下。辺境世界の調査が中心の小さな部隊。

 物珍しい出来事も無く、報道されるような大事件とも無縁の平坦な日々……しかし、それが今日大きく変わろうとしていた。

 

 初めは一体何の間違いかと思ったが、うちの部隊に期間限定ながらとんでもないビックネームが配属される事になっていた。

 僅か10歳にしてAAAの魔導師ランクを保有する掛け値なしの大天才……高町なのは。彗星の様に現れ、瞬く間に管理局の魔導師達の間で語り草になったスターともアイドルともいえる存在。

 別に俺はミーハーなつもりはなかったのだが、以前公開模擬戦の映像を見て一目で惚れ込んだ。そんな憧れの様な存在だった。

 

 本来俺の様な、掃いて捨てる程居る中堅魔導師がお近付きになれる存在ではない。しかし、どんな運命の悪戯か彼女は一年の期間付きでうちの部隊に配属され、しかもその期間中の上官に俺が抜擢されるという奇跡が起こった。

 ちなみにもう一人、ヴィータと言う子も配属されるらしいが……この子もまた物凄い。

 古代ベルカ式の希少技能を持った同じくAAAランクの魔導師らしく、何故なのは『さん』の様に噂になっていないのか不思議な位だった。

 希少技能の保持者の情報は、基本的に同部隊以外には特秘事項として扱われるという話を聞いた事があるが……その辺が関係しているのだろうか?

 

 ともかくそんなとんでもない二人が、期間限定とはいえ俺の下に就く。その事実に俺は……緊張しまくっていた。

 今日も集合時間の一時間前にこの場所に来て、今の今まで落ち着きなく部屋の中をウロウロしていた。

 

 緊張を落ち着かせる為に、何十回目か分からない深呼吸をした辺りでノックの音が聞こえてくる。

心臓が大きく脈打つのを感じながら、それでも出来るだけ冷静な声で言葉を発する。

 

「……どうぞ」

「失礼します」

 

 やや声が高くなるのを自覚しながら入室を促す言葉を発すると、幼いながらもしっかりとした返事と共に扉が開き二人の少女が入室してくる。

 両者とも俺より頭一つ以上低い小柄な身長で、一人は栗色の髪を左右で纏めた幼さの残る顔立ちながら芯の強そうな目が印象的な少女……見覚えのある天才魔導師、高町なのはさん。

 もう一人は赤みの強い橙色の髪を二本の三つ編みにしてた勝気な印象を受ける少女……こちらは恐らくヴィータさんと言う人だろう。

 正直驚いた。なのはさんの事は事前に知ってたが、ヴィータさんの方もどう見ても10歳前後みえる。

 ……若くても才能のある人ってのは、居る所には居るもんだな。

 そんな事を考えていると、小柄な二人は見た目からは想像も出来ない程綺麗な敬礼をして口を開く。

 

「本日付で配属になりました。高町なのは二等空士です」

「同じく、ヴィータ三等陸士です」

 

 二人の言葉を聞き、俺も一度頷いてから敬礼と言葉を返す。

 

「本局・1026調査隊、クオン・エルプス海曹長です」

 

 憧れの人物を前にして、声が震える様に感じながらした俺の自己紹介を聞き、俺が敬礼を解くのを確認してから二人も上げていた手を下す。

 そして穏やかに、はにかむ様な笑顔でなのはさんが俺に対し言葉を発してくる。

 

「これから一年間、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。なのはさんのご活躍は耳にしています。一緒に仕事が出来る事を、光栄に思います」

 

 俺も微笑みながら言葉を返すが、それを聞いたなのはさんはどこか困った様な表情で苦笑いを浮かべる。

 

「あ、あの……呼び捨てで大丈夫ですよ? 後、口調も敬語で無くても……エルプス曹長の方が、立場も階級も上ですから、どうか畏まらずに……」

「と、とんでもない!」

 

 なのはさんが発した言葉を聞き、俺は慌てて首を横に振る……呼び捨てにする? そんなの、出来るわけがない。

 

「俺は一魔導師として、貴女の事を深く尊敬しています。とても呼び捨てになんて出来ません。それに階級も、勤続年数の差で今は俺の方が上なだけで、なのはさんなら後1、2年もすれば追い越すでしょう。なのはさん達の方こそ、話しやすい口調で結構です」

「そ、そんなわけには……」

 

 そう、俺は目の前のこの子……自分より5つも年下の女の子に心から憧れていた。勿論変な意味では無く、魔導師として……比べるのも失礼だが、似た系統の魔導師として彼女の事は心から尊敬している。

 

「……まぁ、いいじゃねぇか? 構わないって言ってくれてるんだし、普段の口調で話せば」

「で、でも……」

 

 俺の勢いに押されてか、今まで事の成り行きを茫然と眺めていたヴィータさんが口を開き、なのはさんは困った様な表情でそちらを向く。

 

「大丈夫ですよ。うちの部隊は固いところでは無いので……どうか気楽に」

「……はい」

 

 ヴィータさんの言葉に続ける様に俺も言葉を発し、それを聞いたなのはさんは依然戸惑った表情ではあったが小さく頷いて了承する。

 その後二人に室内の席に着席を勧め、部隊説明等の連絡をする前に軽く雑談を交わす。

 

「そう言えば、お二人は陸の階級なんですね?」

「あ、はい。私は陸士訓練校で三ヶ月の速成訓練を受けたので……」

「あたしは、はや……家族が陸士を習得した流れで……かな?」

 

 時空管理局には階級の呼び名は提督等の特殊な物を除けば、陸士、空士、海士の三つに分けられる。

 この内、海の部隊に所属する者には海士。陸……時空管理局地上部隊に籍を置く者には、基本的に陸士か空士の階級が与えられる。

 事前に受け取った資料によると、二人は次元航行部隊の任務等を多く行っている様だったので海士だと思っていたが、それぞれ事情があって階級は陸のものみたいだった。

 話しながら二人の様子を見てみると、なのはさんはまだ少し緊張しているみたいだったが、ヴィータさんはもう慣れた様子で口調もおそらく素であろうものに近付いてるみたいだ。こちらとしてはその方が気楽で良い。

 

「なるほど……では、簡単にうちの部隊での任務等の流れについて説明しますね」

「あ、はい!」

「ああ」

 

 主に俺の緊張をほぐすための軽い雑談を切り上げ、俺は事前に預かっていた二人の資料に目を通しながら説明をしていく。

 

「お二人は常駐勤務では無く、なのはさんは緊急時と週二日。ヴィータさんは緊急時と週五日の勤務でしたね?」

「あ、はい……学校があるので……」

「あたしは基本的に毎日これるけど、保護観察官への報告とかもあるからな」

 

 保護観察? ヴィータさんの発した言葉を聞いて、俺は手元の資料に視線を落とす。するとヴィータさんの情報が書かれている資料には「現在保護観察処分中」との文字が記載されていた。

 元軽犯罪者なのかな? まぁ、別に珍しい事でもないか……どんな経緯があるかは知らないが、元犯罪者が管理局任務への従事と言う形で罪を償うのは良く聞く話だ。

 あれ? でもこれ……具体的な犯した罪の内容が書かれてない? 普通この手のものはどういう罪を犯したかも記載されてる筈だけど……

 まぁ、見た感じ悪い人ってわけでもなさそうだし……あまり触れない方が良いか……

 

「そう言えばお二人は、別世界から通ってるんでしたね」

 

 保護観察の話題に触れない様に、その一つ前のなのはさんの発言を拾いながら微笑む。

 それと同時に、手元の資料を軽く眺め……驚愕する。

 

「場所は……第97管理外世界……管理外世界!?」

 

 数多ある別世界の内、主に次元航行技術を保有する世界は管理世界。文明レベルが及ばず次元航行技術が無い世界を管理外世界と呼ぶのだが……目の前の二人は、その管理外世界から時空管理局に勤めているらしい。

 一体どういう経緯でそうなったんだ。普通管理外世界の住人が時空管理局と接触することなんてない筈なのに……しかもそれどころか、態々管理外世界からの通勤も認められてるなんて……さ、流石に規格外って言うか、俺の常識は通用しないみたいだ。

 

「あ、あの?」

「し、失礼しました……話を続けますね」

 

 茫然としていた俺は、なのはさんが心配そうに発した言葉で我に帰り、慌てて説明を再開する。

 任務の傾向や二人にしてもらう主な仕事など、二人がうちの部隊に来るにあたって必要な説明を続けていく。

 

 1時間ほど経過した辺りで必要な説明は全て終わり、俺は資料から目の前の二人に視線を戻して言葉を発する。

 

「長くなりましたが以上です。なにか、質問などはありますか?」

「大丈夫です」

 

 確認する為に発した俺の言葉を聞き、いくらか緊張が解けたらしいなのはさんが笑顔で答え、ヴィータさんもその言葉に同意する様に頷く。

 

「では、部隊へ向かいましょう。そこで隊員の紹介を終えた後、幾つか簡単な仕事をしてもらって本日は終了です」

「はい!」

「ああ」

 

 俺が席から立ち上がったのを確認して、二人も座っていた席から立ち上がり、そのまま部屋を後にして転送ポートのある場所へ向かう。

 その道中、廊下を歩いているとなのはさんが俺に向って可愛らしい笑顔で言葉を発してくる。

 

「クオンさん。改めてこれから一年間よろしくお願いします。是非、色々教えてください」

「教えるだなんて、とんでもない……」

 

 未だ固さは少々残っているものの、初対面の時に比べればいくらか打ち解けられたようで、なのはさんは柔らかくした口調で話しかけてくる。

 その言葉を聞いた俺は、頬を指でかきながら言葉を返す。

 

「俺も力不足ながら収束砲撃を得意とする砲撃魔導師で、教えるどころか……俺が貴女に色々とご教授を願いたいです」

「え? あと、えと……わ、私で教えられることならなんでも……」

「本当ですか!?」

「……あ、はい」

 

 公開模擬戦で一目見た瞬間に惚れ込んだ。圧倒的な魔力の収束技術と強大な砲撃魔法……目の前の少女は、正に俺の理想とする魔導師そのものだった。

 そんな憧れの存在から直接魔法を教わる事が出来る。そう考えただけで嬉しくなり、思わず大きな声を出すと、なのはさんは戸惑った様な表情で頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方を歩く黒のセミロングヘアの青年の後姿を眺めながら、後ろに続いていたヴィータはなのはに念話を飛ばす。

 

(……なんか、変わったやつだよな?)

(う、うん……でも、良い人だとは思うよ)

(まぁ、確かに……偉ぶったりしない分、話しやすくはあるな)

(ヴィータちゃんは遠慮し無さ過ぎだよ! クオンさん、上官だよ!?)

 

 二人は未だ目の前を歩くクオンと言う人物の事を計りかねていた。

 明らかに年下のなのはに対しても非常に丁重に接し……それどころか魔導師として憧れていると口にする。自分より魔導師ランクが上のなのはに嫉妬する訳でもなく、逆に子供扱いするわけでもない。

 そんなクオンに対し、なのはは戸惑いながらも……悪い印象は抱いていなかった。

 

(本人が良いって言ってるんだし……まぁ、お前の言う通り良い奴だとは思うぞ、あたしが保護観察処分者だって聞いても嫌な顔一つしなかったしな)

(……うん)

 

 嬉しそうな顔を浮かべて話すヴィータの言葉を聞き、なのはも嬉しそうに微笑む。

 二人は目の前を歩く、少し変わった上官と過ごすこれからの一年間を思い。期待する様に微笑みながら廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして始まったなのはさん、ヴィータさんとの同部隊での日々は順風満帆に流れていた。

 初めは固さがあったなのはさんとも、時間が経つにつれて打ち解け、彼女自身も自分の事を多く話してくれるようになっていった。

 以前までは退屈でしょうがなかった調査任務も、彼女達と三人でこなすとまた違った風に感じられた。

 別世界の物が珍しいのか、色々と興味を示す二人に俺が説明をしたり、二人の故郷である『地球』という場所の話を聞かせてもらったり、二人の友人や家族と知り合う機会があったり……

 変わり映えの無かった日々が色を得て、楽しく騒がしいものへと変わっていった。

 そして同時に……若き天才魔導師への憧れという感情から、高町なのはとヴィータという人物自体を好ましく感じる様に俺の心が変わるのにも、それほど多くの時間はかからなかった。

 なのはさん、ヴィータさんと過ごす日々はとても楽しくて……気が付けば、瞬く間に時間は過ぎ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・時空管理局本局――

 

 

 時空管理局の本局にある訓練用のスペース……シミュレーションシステムによって表示された岩山に、緑色の閃光が当り轟音と共に巨大な穴をあける。

 

「……ほぅ」

 

 俺が目の前で起きた光景に自分の事ながら驚いていると、少し離れた場所に居たヴィータさんが感心した様な声を漏らす。

 そして少しして、白いバリアジャケットに身を包んだなのはさんが満面の笑みを浮かべて近付いてくる。

 

「クオンさん、凄いです! 完璧でした!! もう、収束砲に関しては……私に教えられる事はない位ですよ」

「じ、自分でも驚きました……こんなに強力な魔法が撃てるなんて……」

 

 興奮したように話すなのはさんの言葉を聞き、俺も構えていた杖型のデバイスを降ろしながら言葉を返す。

 なのはさんがうちの部隊に配属されてから、もうすぐ一年……短い期間ではあったが、その一年間が俺にもたらした変化はとても大きかった。

 彼女から魔法を教わる様になって、以前はAランクの中程度……AAランクなんて夢物語の様に思っていた俺が、今ではAAランク試験を一発合格できる程に成長していた。

 

「伸びるもんだよなぁ、実際……一年でここまで成長するとは、大したもんだよ」

「うんうん! これなら、AAAランクもそう遠くないよ!」

 

 ぶっきらぼうながらどこか優しさを感じる口調で話すヴィータさんの言葉を聞き、なのはさんはまるで自分の事の様に嬉しそうに答える。

 

「全部二人のおかげですよ……二人共教え方が凄く上手くて……教導官とか向いてるんじゃないですか?」

「……なに言ってんだか、あたしが教導官なんて柄か?」

「いやいや、ヴィータさんは優しくて面倒見がいいですし、良い教導官になりそうですよ」

「なっ!? 真顔で、ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」

 

 俺の言葉を聞いて、ヴィータさんは何とも分かりやすい真っ赤な顔で叫ぶ。

 

「でも、私もヴィータちゃんに教導官は向いてると思うけどな~」

「なのは! お前まで何言ってんだ! ……大体向いてんのは、あたしよりお前の方だろ?」

「私?」

 

 なのはさんの言葉を聞き、ヴィータさんは真っ赤な顔のままで言葉を返す……するとなのはさんは、よく分からないと言いたげに首を傾げて聞き返す。

 

「ああ、クオンに教えてる時……随分生き生きしてたぜ」

「あ、それは俺も思いましたね」

「そう……かな?」

 

 ヴィータさんと俺の言葉を聞き、なのはさんは考える様に……ただどこか、まんざらでもない様な表情に変わる。

 そんななのはさんの様子を微笑ましく感じている自分が居る。

 何と言うのか、一年間一緒に仕事をして……俺はすっかり二人が好きになってしまったみたいだった。

 それが異性としてのものなのか、あるいは家族を持った経験が無かった故に、二人の事を妹の様に感じているのかは定かではないが……はっきりしているのは、人間的に好ましく思っている事だった。

 明るく前向きで、誰からも愛される様ななのはさん。ぶっきらぼうな所はあるが優しく、照れ屋なヴィータさん。

 もうすぐ二人の配属も終わりになると思うと、言い様のない寂しさを感じる程に……二人は俺にとってなにより大切な人になっていた。

 

 談笑する二人を眺めながらそんな事を考え、俺は展開していたデバイスを解除して言葉を発する。

 

「話の続きは食堂でしましょうか? そろそろ昼時ですしね」

「はい!」

「りょ~かい」

 

 俺の言葉を聞いた二人はそれぞれバリアジャケットを解除、俺に続いて訓練スペースを後にする。

 

 廊下を三人で食堂に向って歩いていると、ヴィータさんが俺の方を向きながら笑顔で話しかけてくる。

 

「なぁ、クオン。アイス買ってくれ」

「またですか? ホント好きですね……じゃあ、ヴィータさんにはアイスでなのはさんは……ケーキとかで良いですか?」

「えっ? わ、私は大丈夫です」

 

 聞き慣れたヴィータさんの要望に苦笑しながら答えた後、なのはさんの方を向いて話しかけると、なのはさんは驚いた様な表情で慌てて首を振る。

 

「こうして訓練に付き合って貰ってるんですし、それ位のお礼はさせて下さいよ」

「……あぅ……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 出会ったばかりの頃は随分遠慮されていたが、一年で仲良くなれたおかげか……最近はなのはさんも、素直に甘えてくれるようになってきていた。

 

「しっかし、クオンは本当に上官っぽくないよなぁ……まぁ、そこが良い所なんだけどな」

「その辺についてはもう諦めてますよ。ええ、どうせ威厳とかありませんとも……」

「そ、そんな事無いですよ! クオンさんは……えと……その……や、優しいですし!」

 

 ……どうやら俺の上官らしくない有様は、なのはさんの力を持ってしてもフォロー不可能の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂につき、二人のお姫様のためのデザートを買ってから三人で同じテーブルにつく。そしてそのまま他愛のない雑談をしながら食事を始める。

 

「そう言えば、なのはさん。毎週学校と仕事の繰り返しみたいで、自由な時間が殆どないみたいですけど……疲れたりしてませんか?」

「え? う~ん。大丈夫ですよ……何て言うか、私には頑張る事位しか出来ないですし、自分の力が誰かの為に役に立つ事が嬉しいんです」

 

 時々考える……この幼さの残る11歳の少女が、どうすればこれほどに強い心と信念を持てるのかと……

 まだ遊びたい盛りの筈なのに、大人と変わらない……いやそれ以上に厳しい世界に身を置いている。遠巻きに眺めていた頃には、単純に憧れたものだが……最近は時々それを不安に感じ始めていた。

 具体的に何がどう悪いという訳でもないのだが、どこかこの子には危うさとでも言うのだろうか? なにかがある様な気がしていた。

 

「相変わらずクオンは心配性だよな。コイツは誰もが認める無敵のエースだぜ? やわな体なんてしちゃいねぇよ」

「ヴィータちゃん……その言い方は、私の女の子としての尊厳が傷つくよ……」

 

 確かにヴィータさんの言う通りかもしれない。これだけ立派に仕事をこなしている彼女の事だ……いくら若くても体調管理は万全なんだろう。

 

「確かに、俺が心配し過ぎなのかもしれませんね。まぁ、でも……出来るだけ無理はしない様に、俺に出来る事は微小かもしれませんが、いつでも力になりますので」

「あ、ありがとうございます……微小なんて、そんな事無いです。クオンさんは本当に私達に優しくしてくれて……その、ホント言うと最初は凄く不安だったんです。経験の為に新しい部隊に配属されて、上手くやっていけるかなぁって……」

 

 なのはさんがうちの部隊に配属となった理由は、早い話が色々な経験を早期に積んで欲しいという上の判断だった。

 稀有な才能を持つ彼女に対して、上層部は大きな期待をしているみたいで、その為に多種多様な経験を積ませたいという感じだった。

 実力的には次元航行部隊の本隊に配属されてもおかしくないのだが、いきなり危険の大きい場に配属して何かあっても困るという事で、うちの様な部隊で経験と自信を付けされると言った意向らしい。

 ヴィータさんはなのはさんの事を心配して、自分で同じ部隊への配属を希望したとのことだ……本当に友達思いの子なんだと思う。

 

「でも、クオンさんは凄く優しく色々教えてくれて……一年間で、とても勉強になりました」

 

 彼女にかかる期待という名の重圧。それがどれ程のものかは、俺には分からないが……俺の存在が、僅かにでも彼女の助けになれているのなら嬉しい限りだ。

 

「あはは、教えた事より教わった事の方が多い気もします」

「それは、確かに」

「……否定はしてくれないんですね。ヴィータさん」

「ふふふ」

 

 穏やかで楽しい時間……しかしこれももうすぐ終わる。なのはさんとヴィータさんの配属期間は、残り二週間ほど……後何回こうして三人で過ごせる事か……

 寂しさを感じながらも、俺はそれを表には出さない様に二人に向き直って雑談を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・辺境世界――

 

 

 かつてあった文明の名残らしき廃墟の並ぶ辺境世界……雪の積もった道を部隊員達と並んで歩く。

 すぐ傍には雪を鬱陶しそうに踏みしめているヴィータさんと、寂しそうな表情で俯きながら歩くなのはさんの姿があった。

 

「あ~もうっ! 飛んでいけば一瞬なのに、面倒なもんだなぁ」

「まぁ、魔導師では無い隊員もいますから……しょうがないですよ」

「早く帰って、アイスが食いたいぜ」

「こんな寒い世界で、よくそんな言葉が出ますね」

 

 雪の降る中を歩いて居ながら、アイスが食べたいという発想が出るヴィータさんに、俺は苦笑しながら言葉を返した後、俯いたままのなのはさんに声をかける。

 

「なのはさん、どうかしましたか? 体調でも悪いんですか?」

「……あ、いえ……これが、最後の任務だと思うと……その、少し寂しくて」

 

 俺の言葉を聞いて、なのはさんは寂しそうな表情で俯いたままで言葉を返してくる。

 確かになのはさんの言う通り、今日が俺と二人が一緒に働く最後の任務……いや、最後の任務だった。

 二人の配属日数自体はまだ数日あるが、学校に通って居るなのはさんの事を考えると……三人一緒に仕事が出来るのは、今日が最後だった。

 任務自体は普段と変わらない、辺境世界の調査だったので既に終わり、後は本局に帰還して報告書を纏めるだけ……名残惜しさは、確かにある。

 

「だな……クオンと一緒に仕事できるのも、今日で終わりかぁ~」

「うん……せっかく、仲良くなれたのに……」

 

 どうやら二人も名残惜しく感じてくれているようで、発してくれる言葉がとても嬉しかった。

 

「別にこれが今生の別れでもないですよ……それに、もしかしたらいずれ又同じ部隊になれるかもしれませんよ?」

「「え?」」

 

 微笑みながら発した俺の言葉を聞き、二人は驚いた様な表情で俺の顔を見上げる。

 確かに俺は辺境の調査隊所属で、普通なら今後武装隊員として活躍していくであろう二人と同じ部隊で働く事はありえなかった……そう、俺がこの部隊に所属しているままだったら……

 

「実は、受理されるかは分かりませんが……少し前に次元航行部隊の本隊に転属希望を出したんですよ」

「そうなんですか!?」

 

 俺の言葉を聞き、なのはさんは可愛らしく目を輝かせて微笑みを浮かべる。

 

「ええ……なのはさんとヴィータさんと仕事をして、俺も貴女達みたいに……自分の力を、誰かの為に役に立てたいって、そう思ったんですよ」

 

 目を輝かすなのはさんに対し、俺は微笑みながら半分は本当の事を告げる。

 実際の所は、俺も二人と別れるのが寂しくて……出来れば又一緒に仕事を出来る機会を、という考えも少なからずあった。

 

「それはいいな……じゃあ、あたしがクオンより階級が上になったら、お前の事副官に希望指名してやるよ」

 

 ニヤニヤとからかう様な口調ながらも、そう告げるヴィータさんの表情は満面の笑顔で、見ているこっちまでついつい笑顔になってしまった。

 

「ずるいよヴィータちゃん!? わ、私も……」

「なんだ? なのはもクオンを副官にしたいのか?」

 

 ヴィータさんの言葉に反応したなのはさんが、慌てた様子で言葉を発し、ヴィータさんは楽しそうにそれに聞き返す。

 

「……どっちも『部下』にする事前提なんですね……」

「え? あ、ち、ちが……」

 

 まぁ実際、俺よりは二人の方がよっぽど昇進スピードは速いだろうし、俺自身二人の部下になるのも良いと思えるので傷ついてはいないが……慌てるなのはさんの反応が可愛らしくて、ついつい落ち込んだ振りをしてしまう。

 

「ご、ごめんなさい! クオンさん……あの、本当に違って……」

 

 目に見えて狼狽していくなのはさんを見て、俺は少し間を置いてから笑顔で言葉を返す。

 

「……なんてね。気にしてないですよ」

「ッ!? ひ、酷いですよ! からかったんですね!!」

 

 俺の落ち込んだ態度が冗談だった時が付いたなのはさんは、顔を真っ赤にして抗議してくる。

 その様子が可愛らしくて、なんだか自然と笑顔になりながら言葉を続ける。

 

「まぁともあれ……いつかまた、三人で一緒に仕事をしましょうね」

「……はい」

「ああ……約束だからな」

 

 俺の発した言葉を聞いて、なのはさんもヴィータさんも微笑みながら頷く……うん。俺も、もっと頑張ろう。ちゃんとこの子達との約束を果たせるように……

 

「さて、それじゃあさっさと帰って報告書かいて……三人でお茶でもするか?」

「そうだね。今日はクオンさんの奢りで!」

「あ、あれ? なのはさん……もしかして、さっきの事怒ってます?」

「怒ってないですよーっだ!」

 

 どうやら機嫌を損ねてしまったみたいで、なのはさんは頬を膨らませてふいっとそっぽを向く。

 俺の今回の悪ふざけの代償は、お茶+デザート+お姫様のご機嫌取り……思ったより高くついてしまいそうだった。

 そんななのはさんの様子に、俺が苦笑を浮かべた瞬間……部隊の進行方向に閃光が走り、爆音と共に雪が舞う。

 

「なっ!?」

 

 驚愕して足を止めるのと同時に、さらに複数本の光……レーザーの様な物が、部隊に向けて飛んでくる。

 敵襲? そんな馬鹿な……レーダーには何の反応も無かったのに……

 

「総員! 戦闘隊形!」

 

 部隊長の怒号が響くと同時に、俺達はデバイスを展開して戦闘の準備をする。

 なのはさんとヴィータさんを伴って空に上がり、レーザーの発射方向に目を向けるとそこにはこちらに向かって迫りくる見た事が無い機械の集団が居た。

 

「なんだあれ……自立機械?」

 

 やたら鋭角的なフォルムに、カマキリを思わせる様な刃状のアーム……目視できるのにレーダーの反応が無いという事は、高度なステルス性を持った機械? しかも無音飛行!? それがこんな辺境世界に、あんなに大量に?

 

「各員迎撃に当れ! 射撃魔導師は前衛の補助! 非戦闘員は後方に待機!」

 

 部隊長の指示を聞き、俺は混乱していた思考を一旦しまい込み、前衛が接近する補助の為に魔力弾を生成して謎の機械に向けて放つ。

 しかし、俺の放った魔力弾は対象に接近すると同時に小さくなり……着弾しても機体を僅かに揺らすにとどまった。

 何だあれ? 障壁? 魔法の威力を……弱めた!? 

 未知の出来事に混乱する俺の耳に、なのはさんの力強い声が聞こえる。

 

「火砲支援、いきます!」

 

 その言葉と共に、とんでもない魔力が込められた桃色の収束砲が放たれ……迫っていた機械の編隊の一部を、文字通り薙ぎ払う。

 

「クオンさん!」

「ッ!? ヴィータさんは前線に! なのはさんは俺と一緒に中距離支援! 敵編隊の両サイドから削っていく!」

「「了解!」」

 

 続けたなのはさんの言葉を聞いて我に帰り、なのはさんとヴィータさんに指示を飛ばす。

 あの機械は未知の物だが……先程の様子を見る限り、攻撃が効かない訳じゃない。この数ならなんとか……

 なのはさんと並び、収束砲を放ちながら戦局を見る。ヴィータさん達前線も順調に撃破してるみたいだし、数も確実に減ってきている。

 

「後方より更に同型の未確認体接近!」

 

 しかしそんな考えを打ち砕くように、悲鳴に近い叫び声が響く。前衛の大半は前方の敵だけで手一杯……なのにさらに、後方の空から大量の機影が迫ってきていた。

 

「クオンさん! 前方の支援はお願いします……後方の編隊は私が!」

「なのはさん!?」

「大丈夫です。あの位の数なら、私一人で何とかなります」

 

 確かに、なのはさんの実力ならあれだけの数でも対応できる。人員が足りない以上、それしか方法はない。

 

「……分かりました。お願いします」

「はい!」

 

 俺の言葉に力強く返事を返し、なのはさんは俺から離れて後方の敵編隊に向かって飛んでいく。

 ともかく今は……一刻も早く前方の敵を片付けて、なのはさんの補助に回らないと……魔力を節約している余裕なんてない。

 そう考え、本来周囲にある魔力素を収束させて利用することで、大量の魔力を消費しなくとも放てる収束砲を一秒でも早く発射する為に、周囲の魔力だけではなく自分の魔力も大量に注ぎ込みながら発射していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から十数分が経過し、前方にいた敵編隊が片手で数える程に減った辺りで、俺は火砲支援を切り上げて後方を向く。

 

「……はぁ……はぁ……なのはさんは?」

 

 大量の魔力を消費したことで俺の体はかなり疲弊していたが、そんな事を気にしている余裕はない。なのはさんはあれだけの数を相手に一人で戦ってるんだ。

 額の汗を拭い、なのはさんが戦っているであろう空域に全速力で向う。

 少しして目に映ったのは、雪の大地に落ちた大量の機械の残骸と続けざまに放たれる桃色の閃光……なんて強さだ。もう殆ど倒してしまってる。

 

「なのはさん!」

「クオンさん……前方は?」

 

 空に浮かんでいるなのはさんに近付きながら呼びかけると、なのはさんはこちらを見て僅かに微笑むが……その額には大量の汗が流れていた。

 あのなのはさんがここまで疲労するなんて……もしかして、かなり無茶な戦い方をしたんじゃ……いや、俺も人の事をとやかく言える様な戦い方はしなかったけど……

 

「残り数機、すぐに片付くと思います。こちらは?」

「こっちも……後数機です」

 

 本当にとんでもない人だ。十数人で戦ってた前方と殆ど同じペースで撃墜してた。

 そのまま俺はなのはさんの近くに陣取り、周囲に残存する機体に攻撃を開始する。

 

「こちらを手伝います」

「ありがとうございます……じゃあ、一気に片付けましょう!」

 

 そのまま向かってくる機体に砲撃を放ち、俺の視界に映る機影を全て破壊し終えた辺りで……こちらに向かって飛んでくるヴィータさんの姿が見えた。

 

「前方は、終わったみたいですね」

「はい! こっちも後二機だけです」

 

 ヴィータさんの姿を確認してなのはさんの方に振り向くと、なのはさんは一機の機体を破壊し、後方から自分に向って迫る最後の一機を迎撃しようとしていた。

 

 ……心配なんてしていなかった。なのはさんの実力は良く知っている。既に迎撃用の術式は完成しているみたいだし、後は振り返って撃つだけ。最後の一機も数秒後には破壊されると……そう思っていた。

 

「っぅ!?」

 

 しかし、後方に振り向こうとしていたなのはさんの表情が歪み……その動きが停止する。

 

 何が起こっているのか分からなかった……分かったのは一つ……迎撃が間に合わない事だけ……

 

「なのはさん!?」

 

 状況を理解しようとするよりも先に体が動いた。しかし俺の力では瞬時に魔法を発動させて機体を迎撃する事など出来ず……出来たのは、迫る鋭利な刃となのはさんの間に自分の体を割り込ませるだけだった。

 景色がまるでスローモーションのように流れ、迫る刃は強固な防御力を誇るバリアジャケットと共に……俺の体を紙の様に貫き、その刃はなのはさんにまで届いた。

 

「くっ!?」

 

 痛みというより焼けるような熱さ……体に熱した鉄板を突き刺された様な感触がしたが、俺は吐血しながら右手に握っていた杖型のデバイスを叩きつける様に謎の機械に突き付け、ゼロ距離でありったけの魔力を込めた魔力弾を放つ。

 

 爆発が起こり、熱風と衝撃で俺の体は風に弄ばれる木の葉の様に吹き飛び、落下し始める。

 

 自分の体がまるで別の物の様な熱さを感じ、意識が薄れる中……俺の視界には、同様に落下する見知った少女の姿が見えた。

 白いバリアジャケットには赤い染みができ、爆発の衝撃で気を失ったのか目は閉じられていた。

 

 今にもブラックアウトしてしまいそうな意識の中、俺は必死に目の前の少女に向って手を伸ばす。

 

 左腕は感触が無く、残った右腕を必死に伸ばし、少女の体を自分の胸に抱き寄せる。

 

 魔力はもう既に残っておらず、浮遊魔法を発動させる事も出来ない。

 

 熱さと痛みで思考はぼやけ、ただ条件反射の様に少女を庇う為に自分の体で抱え込む。

 

 ロクに思考が回らなくとも一つだけ確かな事があった……この子を、死なせたくない。

 

「なのはぁ!! クオン!!」

 

 泣き叫ぶような悲痛な声……それが、俺が最後に聞いた音だった。

 

 少しして体に鈍い衝撃が走り、視界が暗く暗転する。

 

 消えかける意識の中、ぼやける視界に見えたのは……舞い降りる……白い……雪だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、導入編その1でした。

導入編は基本的に主人公の一人称で、後数話続きます。

本編開始からは、三人称視点で進行していく予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話『三つの未来』

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央区画・病院――

 

 

 白を基調とした清潔感の漂う病室には、ベットで眠るなのはの周りには三人の少女の姿があった。

 一人は長い金髪を白いリボンで左右に纏め、やや赤みの強い目を不安げに揺らすフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。

 もう一人は黒みのある茶色の髪を襟足よりやや下辺りで揃え、青みのかかった瞳を辛そうに俯かせる八神はやて。

 最後の一人は、普段の勝ち気な様子がなりを潜め、目元を自身の髪の様に赤く腫らしているヴィータ。

 異世界での任務からの帰還中に起こった襲撃。その際に怪我を負ったなのはは、現在まで数日眠り続けていた。

 なのはが墜ちたという信じられない凶報を聞いたフェイトとはやては、他の全てを投げ出してなのはの元に駆けつけたが、その日の内になのはが目を覚ます事は無かった。

 その後は、はやての家族であるシグナム、シャマル、ザフィーラの三人と交代で眠り続けるなのはの傍についていた。

 彼女達だけではなく、なのはの家族は勿論。忙しい立場ながら本局のユーノ・スクライア司書やクロノ・ハラオウン執務官。はては次元航行部隊の提督を務めるリンディ・ハラオウンなども、仕事の合間になのはの様子を見に来ていた。

 

 

 

 どれぐらいの時間が経ったのか、病室にいる三人が一言も言葉を交わさないまま時計の長針が幾度か回り、彼女達の待ち人の目が微かに動いた。

 

「……ここ……は?」

 

 ぼんやりと、まだ夢見心地の様に呟くなのはの姿を見て、三人は止まっていた時が動き出した様にベットの周囲に集まる。

 

「なのは!? よかった……気が付いたんだね」

「私、先生呼んでくる!」

 

 安堵したような表情を浮かべたフェイトがなのはに話しかけ、はやてが慌てて担当医を呼びに行く。

 しかし、ヴィータは……なのはの目覚めに嬉しそうな表情を浮かべたものの、その後すぐに複雑そうな表情で俯いた。

 

「……私は……えと、確か……」

 

 まだ意識がはっきりしていないのか、なのはは今の自分の置かれた状況を思い出す様に呟く。

 

「……任務の帰りに……襲撃があって……それで――ッ!?」

 

 そこまでぼんやりと呟いた辺りで、なのはの目は大きく開かれ……頭の中には一つの光景が浮かびあがる。

 未確認機体との激しい戦闘中、突如自分の体に起こった不調。そして、振り返ろうとした視線の先で……自分を庇って刃に貫かれる青年の姿。

 そこまで頭に浮かび、なのはは弾かれた様に上半身を起こす。

 

「つぅっ!?」

「「なのは!?」」

 

 急なその動きに、数日眠っていた体がついていけずに痛みが走り、なのはは苦痛の表情を浮かべフェイトとヴィータが慌てて傍に駆け寄る。

 

「クオンさん! クオンさんは!?」

 

 なのはは駆けよって来た二人に対し、必死の形相で叫ぶように尋ねる……が、その言葉を聞いたフェイトとヴィータの顔は暗い色に染まる。

 

「……フェイトちゃん? ヴィータちゃん?」

 

 その二人の表情に、とてつもなく嫌な予感を感じたなのはは、瞳を大きく揺らしながら尋ねる。

 

「……クオンは……」

 

 何かの言葉を絞り出そうと動くヴィータの口元。しかし、悔しそうに噛まれた唇から続く言葉は出てこない。

 

「搬送されて、二日ぐらいは生死の境を彷徨ってたんだけど……」

 

 言葉の続かないヴィータの代わりに話そうとしたフェイトも、最後まで言葉を続ける事は出来ず、暗い表情で俯く。

 しかし、なのはが残酷な真実を理解するには……直接的な言葉を言わずとも、その様子だけで十分だった。

 

「う……そ……クオンさんが……死ん……だ?」

 

 まるで他人事の様に実感の湧かない、感情の欠片もない乾いた声が漏れた後、なのはの体は不自然な程に震えだす。

 瞳孔が完全に開かれた目は虚空を見据え、震える両手を自分の顔に当てる。

 

「わた、私の、せいで……あ、あぁ……」

 

 うわごとの様に呟く言葉が段々と大きくなり、見開かれたままで揺れる瞳からは涙が流れだす。

 

「ああああぁぁぁぁぁ!!」

「なのは!?」

 

 そしてその声が尋常ならざる叫び声に変わった瞬間、フェイトはなのはの体を抑える様に抱きしめるが、なのははどこから出るのか分からない程の力で激しく体を暴れさせる。

 

「私の! 私のせいで!! クオンさんが!!」

「落ち着いてなのは!!」

「どないしたんや!?」

「はやて! なのはが!」

 

 完全に錯乱した様子で暴れるなのはをフェイトが必死に抑え、ヴィータは病室に駆け込んできたはやてに涙交じりの声をあげる。

 

「先生!」

「……いかん、完全に錯乱してる。おいっ、鎮静剤を!」

 

 はやてに続いて入って来た医者は、なのはの様子を見て慌てて看護婦に指示を出し、数人でなのはを抑えて鎮静剤を注射する。

 そのまま少しの間、なのはは悲痛な叫びをあげていたが……しばらくすると鎮静剤が効いてきたのか、少しずつ声が小さくなり、瞳を閉じて眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査に気を使って一度病室を出たフェイト、はやて、ヴィータの三人は、そのまま少し広いロビーまで移動してそこにあったテーブルの席に座る。

 三人ともなのはの様子にショックを受けた様で、言葉は出てこずに全員俯いたままで時間が経過していく。

 そしてなのはの病室の方向から先程の医者が歩いてくるのを見て、はやてがその医者の元に向い言葉を幾度か交わした後でフェイトとヴィータの元に戻ってくる。

 

「なのはちゃん……体の方は大丈夫みたいや。後遺症とかも無いだろうって……ただ、また目が覚めた時に錯乱するかもしれんて」

「……そう」

 

 はやてが医者から聞いた話をそのまま伝え、フェイトは辛そうな表情で俯く。

 なのはが目覚めたのは嬉しい事ではあるが、責任感の強い彼女がクオンの死を受け止められるかどうか心配だった。

 いや、むしろ……フェイトとはやての二人もクオンの死は受け入れられてはいなかった。彼女達もなのはを通じクオンとは少なからず交流を持っていて、人当りの良い性格に好印象を持っていた。

 そんな相手が突然「死亡した」と告げられ、詳細は分からないが複雑な手続きで遺体を見る事も叶っていない現状……そしてそれを理解するよりも先に、彼女達より遥かに取り乱し涙を流した人物が居た事もあり、未だ実感が湧かずにいた。

 

「……あたしのせいだ……あたしが、もっと早くアイツ等の援護に向ってたら……」

 

 はやての説明を聞いた後、ヴィータは俯いたまま小さな声で、ここ数日幾度となく繰り返した言葉を呟き始める。

 腫れあがった目には再び涙が浮かび、強く握りしめられた拳からは強い後悔と自責の念が伝わってきていた。

 

「あたしが、なのはの不調に気が付いてれば……こんなことには……」

「ヴィータ。自分を責めたらあかん……ヴィータのせいなんかやないから!」

 

 小さな肩を震わせるヴィータを抱き寄せ、はやてはここ数日で何度も繰り返した言葉を伝える。

 目の前でなのはとクオンが墜ちる姿を目の当たりにしたヴィータは、とても強い責任を感じていた。

 自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと早く駆けつけていれば、自分がなのはの状態を軽視しなかったら……そんな風に自分の事を責め続けていた。

 三人の間に再び重い沈黙が流れ、少し間を開けてからはやては無理やり明るい声で言葉を発する。

 

「さっ、病室に戻ろうか? なのはちゃんが目覚めた時、一人やったら寂しいやろうしな……こんな時やからこそ、私らは無理してでも明るくせんと駄目や……私らが、なのはちゃんの事支えてあげんとな」

「……うん」

「……ああ」

 

 はやての言葉と作り笑いを見て、フェイトとヴィータもその気持ちを察し、静かに頷いて席を立つ。

 そのまま三人で病室に向かおうとした所で、同じく病室の方に向かう知り合いを見つけた。

 

「……リンディさん?」

「……なんだろう、凄く険しい顔してるけど……」

 

 俯き加減で歩く女性は、彼女達が良く知る人物……次元航行部隊の提督であり、フェイトの義母であるリンディ・ハラオウンだったが、その表情は普段の彼女からは想像できない程険しく、唇は悔しそうに噛みしめられていた。

 

「リンディさん!」

「えっ!? ああ、皆……なのはさんは?」

 

 はやてに声をかけられハッとした様子で顔をあげたリンディは、穏やかな笑みを『作って』三人に尋ねる。

 はやてが先程医者から聞いた話と、なのはの状態を簡潔に説明すると、リンディは心配そうな表情で溜息をついて口を開く。

 

「……そう、無理もないでしょうね。あれだけ親しくしてた上官を失ったんだから……でも、体が無事なのは良かったわ。精神的な面は、周りにいる私達がしっかり支えてあげましょう」

「はい。それで、その……」

「リン……母さんは、何かあったの? なんだか深刻そうな顔をしてたけど」

 

 リンディの言葉に頷いた後で、三人は先程のリンディの様子が気にかかり、最近彼女の養子になったフェイトがまだ少しぎこちない呼び名で尋ねる。

 するとリンディは再び顔を伏せ……しばらく何かを考える様に複雑な表情を浮かべた後で口を開く。

 

「今日、管理局上層部から通達があったわ。クオン・エイプス海曹長は――」

 

 躊躇いがちに、苦虫を噛み潰す様な表情で告げられた言葉を聞き……三人は大きく目を見開く。

 リンディの口から語られた言葉は、三人がまともに受け止められるような内容では無かった。

 聞いた言葉が理解できないという感じで、茫然と立ち尽くすフェイトとはやての横で……ヴィータの瞳が、とてつもない怒りに染まっていく。

 

「……んだよ……なんだよそれ!!」

 

 ヴィータはここが病院であるのも忘れ、力の限り叫び声をあげる。冷静でなどいられなかった。今リンディの口から告げられた言葉は、なのはを守った大切な友人の尊厳を粉々にするものだった。

 

「アイツはっ! アイツは、なのはの事を守ったんだぞ!! なのに……なんでそんな事になるんだよ!!」

「落ち着き、ヴィータ! リンディさんを責めてもどうにもならんやろ!」

 

 今にもリンディに掴みかかりそうだったヴィータを、はやてが肩を掴んで止める。

 

「ヴィータさんの言う通り。私もこんな事はふざけてると思うけど……それが上の決定、もう覆せないわ」

 

 ヴィータの様子を見ながらも、リンディはあくまで冷静な口調で告げる。しかしその表情は悔しさに染まっていて、その姿は彼女がその決定を覆そうと戦って……どうにもならなかった事を明示していた。

 

「クオンさん……明るくて、優しくて、良い人だったよ……なのに、どうして……」

「死人に口無し……政治的判断ってやつですか?」

 

 フェイトは今にも泣き出しそうな表情で呟き、はやては口調こそ冷静だったが、その表情は納得できないと言いたげに険しかった。

 

「上層部の総意か、一部が強行したのかは分からないけど……それが決定した事だけは確かよ」

 

 その言葉を聞いて黙り俯いたままで辛そうな顔をする三人を見た後、リンディはなのはの病室の方を向きながら言葉を続ける。

 

「……私は、先になのはさんの病室に行ってるわ」

「その事、なのはちゃんには……」

「しばらくは伏せておくつもりよ。今はとても受け止められないでしょうから……いつかは話さないといけないけれど……ごめんなさい。私は、何も出来なかった」

 

 はやての言葉に辛そうな表情で謝罪した後、リンディはなのはの病室に向って歩いていき、廊下には俯いたままの三人が残った。

 

「いつか話すって……こんな事……なのはに、何て説明すりゃぁ良いんだよ……」

「分からんけど……リンディさんの顔、見たやろ? きっと必死に抗議してくれたんやと思う。それでも、どうにもならんかったんや……私達が騒いだところで、覆すことなんてできん」

 

 ヴィータは俯いたまま血が出る程に拳を握りしめながら呟き、それを見たはやては悔しそうな表情のままで言葉を返す。

 

「……これが、時空管理局の……偉い人のやり方なの?」

「たぶん一部のお偉いさんが押し通したんやと思うけど、考えてもどうにもならんよ……病室にもどろ? なのはちゃんについておいてあげんと……ほんの少しでも、苦しみを和らげてあげな」

 

 涙を流すヴィータとフェイトの姿を見て、はやても悔しさで泣きたい気持ちを必死に抑え込み、二人の肩に手を置いて優しい口調で言葉を発する。

 

 クオンの死。そしてそれについて上層部から告げられた決定はなのはのみならず、その周囲にも大きく暗い影を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ・???――

 

 

 目を開くと、ぼんやりとした灯りと見知らぬ天井が視界に入った。

 

「……ここは――ぐっ!?」

 

 そのまま無意識に体を起こそうとすると、全身に痛みが走る。まるで自分の体が岩にでもなった様な感覚がして、思う様に体が動かない。

 何とか痛みに耐えながら、首から上だけを動かして周囲を見る。

 どこか薄暗い印象を受ける広い部屋、そしてベットの脇に置かれた機械が目に映った所で体に奇妙な違和感を感じる。

 岩の様だった体には段々と感覚が戻ってきていたが、左腕だけ麻痺でもしているかの様に感覚が無かった。

 バキバキと関節が鳴るのを感じながら、必死に右腕を動かして左腕がある筈の場所を探るが……そこには、何も無かった。

 そのまま少しずつ腕を肩の方に動かすと、包帯が巻かれ腕の付いていない左肩に手が当った。

 

「なんだこれ……左腕が……ない?」

 

 そう口に出し、頭で実感した時……一気に意識が覚醒し、脳内に記憶がフラッシュバックしてくる。

 任務帰還中の襲撃と激しい戦闘。迫る刃を前にして動きの止まるなのはさん。それを庇って刃に体を貫かれる自分の姿。

 

「そうだ……俺は――あぐっ!?」

 

 意識を失う前の、自分が左腕を失った経緯を思い出した瞬間。左肩に痺れる様な痛みが走る。

 

「ぐぁっ……ぅっ……」

 

 今まで経験した事が無い不思議な痛みに、俺はロクに動かない体で悶える。

 しかし肩の痛みから逃げようともがけば、今度はやけに硬い体が関節の鳴る音と共に痛みを伝えてくる。

 

 しばらくのたうち回っていくらか痛みが引き、ほんの少し冷静になった俺は硬い体を少し上げて周囲を見渡す。

 

「どこだ? ここ?」

 

 思わず口を付いて出た言葉はそれだった。

 俺の居る部屋には、何も無かった。壁と扉と俺が寝ているベット、そしてその周囲にある医療器具以外何もない……広いくせに何故か閉鎖感を感じる部屋。

 病院……とは思えなかった。あまりに広すぎる。それこそ、俺が寝ているのと同じベットが、後10ほどあっても良いと思えるほどに……

 

「なんだ……何が、どうなってるんだ?」

 

 言い様の無い不安が心に沸いてくる。目が覚めたら見知らぬ場所にいて、治療は施されているのに病院っぽくはなくて……自分の身に何が起こっているのか分からない。

 そんな不安で頭が埋め尽くされそうになっていると、突如部屋のドアが開く。

 ドアを開いて部屋に入って来たのは、管理局の制服……陸士の制服に身を包んだ茶色のショートヘアで、メガネをかけた女性。

俺と同じか少し上ぐらいの年齢に見える女性は、俺の姿を見ると穏やかに微笑んで言葉を発する。

 

「ようやくお目覚めみたいね。よかったわ」

「……貴女は?」

 

 優しげに微笑む女性の顔と着ている管理局の制服を見て、いくらか不安が消えた俺は呟くように尋ねる。

 すると女性は、俺の寝ているベットの方に近付き俺の体を軽く眺めてから言葉を返してくる。

 

「自己紹介は後でしましょう。先ずは貴方の体……意識ははっきりしてる? 自分が誰かは分かるかしら?」

「はい……ただ、上手く体が動かなくて……」

 

 あくまでも俺を安心させるように微笑んだままの女性の言葉に、俺は素直に頷いて自分の状態を伝える。

 

「無理もないわ。貴方は一ヶ月以上眠っていたんだから……」

「一ヶ月!? つぅっ!?」

「ああ、駄目よ。まだ激しく動いちゃ」

 

 女性の告げた言葉に驚愕して体を起こそうとすると、再び痛みが走って表情が歪む。

 それを見た女性は、俺の体を押さえながら穏やかな口調でたしなめる。

 

「そうね……説明しなきゃいけない事も沢山あるけど、先ずは貴方の質問に答えましょうか……今の状況について、何か知りたい事はあるかしら?」

 

 穏やかな口調で続ける女性の言葉を聞き、いくらか落ち着いた俺の頭に真っ先に浮かんだのは一人の少女の事だった。

 

「あの、一緒に墜ちた子は……なのはさんは?」

「ふふ、この状況で自分の体の事より先にそれを聞くなんて……貴方は、随分お人好しみたいね」

 

 俺の言葉を聞いた女性は明るい笑顔を浮かべた後、端末を取り出し画面を表示してから言葉を発する。

 

「安心して、貴方が守った高町なのは一等空士は無事よ。三日程意識が戻らなかったみたいだけど、それはむしろ溜まった疲労が原因。あの件での怪我はあまり深くないみたいで、後遺症も残らないそうよ」

「そうですか……よかった」

 

 なのはさんが無事だと聞き、俺は安堵の言葉を漏らす……よかった。無事だったんだ。本当に、良かった。

 

「ただ……」

「え?」

 

 そんな俺の耳に、少し深刻そうなものに変わった女性の声が響いてくる。

 

「貴方の事で、かなりショックを受けたみたいで……当初は一時錯乱状態だったみたい。尤も今は周りの友人達の支えもあって、少しずつ立ち直ってきているみたいだけどね」

「そ、そうなんですか……」

 

 無理もないかもしれない。先程の女性の言葉通りなら、俺は一ヶ月以上意識不明の重体だったんだ。あの優しいなのはさんの事だ、きっと責任を感じてたりしたんだろうな。

 

「まぁ、その反対に……貴方の状態は中々凄まじかったわよ」

 

 女性は俺の方を見て少し申し訳なさそうに俯いた様に見えたが、すぐに顔をあげて真剣な表情のままで言葉を続ける。

 確かに左腕は無くなったものの、こうして生きている事が不思議な位だ……いや、実際よく生きてたな俺。体を貫かれて、あの高度から落下までしたのに……

 

「貴方の容体に関しては、医者の一人がノイローゼになったわ」

「……は?」

 

 続けて放たれた女性の言葉を聞き、俺は意味が理解できずに間抜けな声で聞き返す。

 すると女性は、しばらく考える様な表情を浮かべた後、静かに重い口調で話し始めた。

 

「……本来なら、今こうして生きている筈が無いのよ」

「え? で、でも、現にこうして……」

「貴方、自分が何処を貫かれたか分かってる?」

「え?」

 

 女性の言わんとする事が分からない俺に対し、女性は寝ている俺の胸元……みぞおちの辺りに指を置き、その指を左肩の方に滑らせる。

 

「リンカーコアから左肩にかけて完全に貫通。その上、怪我を負ったのは異世界で、搬送までに時間がかかる……奇跡的に内臓の全てを避けて刃が刺さったとしても、出血多量で死ぬ程の傷。しかも貴方は、心臓も肺もばっちり貫かれてたのよ?」

「はぁ? え、えぇ?」

 

 女性の言っている事が理解できなかった。心臓を貫かれてた? 搬送に時間がかかったのに出血多量で死んでいない?

 戸惑う俺に対し、女性は真剣な表情のままで更に信じられない言葉を続ける。

 

「実は貴方の左腕が無くなっているのもそれが原因なのよ。今の医療技術なら、腕が千切れていたってその腕さえあれば接合は容易の筈なのよ」

「そ、それは……爆発に巻き込まれたりしたので、発見できなかっただけじゃ?」

「いいえ……貴方と同じ部隊の隊員、そして搬送に関わった救護班はこう証言していたわ『搬送されるまで、貴方の左腕は確かに存在していた』ってね」

「なっ!? そ、そんなわけないです!」

 

 女性の言葉に俺は頭が完全に混乱するのを感じながら、それでも必死に言葉を返す。

 今現実に俺の左腕は無くなっている。それが、搬送されるまで存在してて、搬送されたら消えて無くなりました何て言われても……信じられる訳が無い。

 

「これに関しては複数の人間が証言しているし、貴方の治療を担当した医師も容体を見て『出血が少なすぎるし、どうやって生存していたのか分からない』って頭を抱えたらしいわ」

「え? えぇ? ちょ、ちょっと待って下さい! 全然、頭が追いつかない」

「……気持ちは分かるわ。この件に関しては、後で落ちついてからじっくり話し合いましょう。私もいくつか仮説を立ててるから」

「……は、はい」

 

 完全に混乱してしまった俺に対し、女性は無くなった左腕を探す様に置いてある俺の右手を取り、安心させるように微笑みながら言葉を発する。

 そのまましばらく無言の時間が流れ、いくらか落ち着きを取り戻した俺は女性の方に首を動かして尋ねる。

 

「貴女は……誰なんですか? どうしてこんな?」

 

 目の前の女性が良い人である事は、立ち振る舞いや今までの会話で感じ取れた。しかし誰なのかは、依然分からないまま……服装を見る限り地上部隊の人とは思うのだが、そんな人が海の俺に事情説明をしている事に違和感を感じる。

 

「あ、そうね……そろそろ自己紹介をしておきましょうか? 私は、オーリス・ゲイズ。見て分かる通り地上本部の局員よ」

「クオン・エルプスです……その、ゲイズさん?」

「呼び名はファーストネームの方でいいわよ」

「では、オーリスさん。何故地上本部の貴方が……海の俺に事情説明を?」

 

 どこかで聞いた様な覚えがある名前だったが、今はそれよりも疑問の方が強く。俺はオーリスさんに尋ねる。

 

「……そうね。こういう事を遠回しに言うのは趣味じゃないから、単刀直入に言うわね……貴方は、公式上では先の事件の二日後に死亡した事になっているの」

「……は? え、えと……一体、何を……」

「聞きたい事はあるでしょうけど、先ずは話を最後まで聞いて」

「は、はい」

 

 オーリスさんの口から出たとんでもない言葉に思わず起き上がろうとするが、強く告げられたオーリスさんの言葉に従って頭を枕に戻す。

 オーリスさんはそのまま、深刻な表情で冷静に……衝撃的な内容を続ける。

 

「クオン・エルプス海曹長は、部隊任務の帰還中に起こった戦闘において、部隊長の指示を無視して単独行動を取り、救援に来た高町なのは一等空士を巻き込んで撃墜……これが、管理局上層部が発表した内容よ」

「……い、一体……なにを……言ってるんですか? 俺が、命令無視をしてなのはさんを巻き込んだ? 俺はっ!」

「分かっているわ!」

「ッ!?」

 

 あまりにもふざけた内容を聞き、軽く錯乱気味に叫びかけた俺の言葉を遮り、オーリスさんが少し大きな声を発する。

 

「貴方がそんな事をしてないのは分かってる。だけど、これが管理局上層部の公式発表なの」

「……なんで……そんな……」

 

 言葉が上手く出てこなかった。意味が分からない……いや、意味は分かるが理解が出来ない。

 俺はこうして生きているのに死んでいる事にされていて、しかも事実無根の罪まで付随……理解なんて出来るわけがない。

 

「……もし仮に、貴方が庇ったのがただの一般局員だったら、こんな形にはならなかった。でも、貴方が庇って一緒に墜ちたのは……上層部から将来管理局を担う逸材として期待されている天才魔導師。正当な判断をするのなら、本来は体調管理が不十分であり上官を巻き込んだ高町一等空士が処罰を受ける」

 

 オーリスさんが静かに語る言葉、それだけでもう何を言おうとしているかは分かった。

 告げられる言葉が予想できる内容……聞きたくない真実。俺はただ茫然としたまま、続くオーリスさんの言葉……処刑執行の様なその言葉を待っていた。

 

「稀有な才能を持った彼女の経歴を、凡百の魔導師如きの為に傷つける訳にはいかないと……そういう判断よ」

「……は……ははは……」

 

 何故か口元からは乾いた笑い声が零れた。意識した訳じゃない。頭は破裂しそうなほど混乱していて、信じたくないのに思考は現実を認識し始める。

 そして……全て理解してしまった。俺となのはさんでは人間としての価値が違うと……管理局の上層部は判断したという事だ。

 

「……俺は、身寄りのない孤児で……しかも、局の施設育ち……隠蔽工作は楽……元々、性格に問題があった……とでも書類を変えれば……簡単に切り捨てられるって……そういうことですか?」

「残念だけど……そうよ。実際に貴方の経歴書は既に改竄されているわ。命令違反の常習犯にね」

 

 頭をハンマーで殴られた様な気分だった。混乱しきった頭には、色々な思考が渦巻く。

異常なほど早く頭が回転し、今までの人生で経験した事が無い程早く膨大な思考を生み出すが……どれ一つとして言葉にならない。

 

「……それが……上層部の……やり方なんですか……」

 

 ようやく絞り出した言葉はそれだった。何がどうなっているのか、これからどうなっていくのか欠片も理解できない。あまりにも理不尽な事実に、押し潰されそうだった。

 しかしそんな暗く沈んだ俺の耳に、暗雲を切り裂く様な凛とした声が響く。

 

「勘違いしないで、確かにそう言うふざけた考えを主張した連中はいたわ。でも、それが全てじゃない……いやむしろ、初めは上層部の大半は貴方の側についていたわ」

「……え?」

「私の父もそうだった。そんな行為は、貴方の人としての尊厳を無視したものだって反対した」

「……」

 

 思考が闇に閉ざされそうだった俺は、僅かな光……オーリスさんを、助けを求める様に見続ける。

 

「一番初めに行われた話し合いでは、殆どの上層部が貴方側についてその一部の提案を一蹴した……でもその結果を受けて、一部の奴等はとんでもない事をしでかそうとした……それが、今貴方がここにいる理由に繋がるの」

「……とんでもない事?」

 

 未だ混乱の中にいる俺は、オーリスさんの言葉に対しオウムの様に聞き返す。

 するとオーリスさんは、嫌悪感を表情に出して忌々しげに言葉を続ける。

 

「強行派の一部は、生死の境……意識不明だった貴方を、秘密裏に抹殺しようと画策し始めた」

「なっ!?」

「……そうすれば奴等は『死んだ人間より、未来ある存在を重視すべきだ』なんてふざけた言葉を、意気揚々と語って自分達の意見を押し通せる」

 

 続けざまに放たれるとんでもない言葉。オーリスさんは嫌悪感を隠すことなく表情に出したままで、説明を続けていく。

 

「本当にふざけた考えだわ。自分達の意見を押し通す為に、一人の命を奪おうだなんて……その動きに気付いた私の父が、病院に手を回して貴方を死亡扱いにした。そして、気付かれない様に貴方をこの場に移した。それが、今貴方がこの場にいる理由よ」

「そ、その……お父さんって言うのは……」

 

 話の途中ではあったが、その上層部の人間……俺の事を庇って命まで助けてくれた人物の事が知りたくて、話の腰を折って尋ねる。

 

「レジアス・ゲイズと言うんだけど、知ってるかしら?」

「レジアス少将!?」

 

 オーリスさんの口から告げられた名前を聞いて驚愕する。

 レジアス少将……地上本部に籍を置き、部下の信頼も厚く、間もなく中将への昇進も囁かれている地上部隊の中心人物。海に所属している俺でさえ知ってる程の有名人だ。

 そんな有名人が、俺の味方をして助けてくれた……それを理解すると、ほんの少しだけだが心が軽くなった様な気がした。

 そんな俺の表情の変化を感じ取ったのか、オーリスさんは少し微笑んだ後で、申し訳さなそうに頭を下げて言葉を続ける。

 

「ごめんなさい。どうしても、迅速に事を運ぶ為には、貴方を死亡扱いにするしか無くて……貴方が傷つく事は分かっていたんだけど……」

 

 この人は本当に、良い人なんだと思う。初対面の俺を本気で心配してくれて……伝えにくい事も、隠さずに話してくれた。

 

「……その、ありがとうございます。まだ正直、冷静にはなれませんが……オーリスさんと、レジアス少将の行動は嬉しいです」

「……うん。でも、結局貴方は死亡という事になって、貴方の味方をしていた人達も勢いを維持できなくなったの……それで最終的に押し切られる形で、さっき言った様な公式発表が行われたわ」

 

 まだ現実を受け止める事は出来ない……でも、味方が居てくれたと言うのはとても安心できる事実だった。

 俺は少しだけ微笑みを浮かべた後、独り言のように小さな声で尋ねる。

 

「俺は、これから……どうなるんでしょうか?」

 

 今は受け止められない現実でも、いつかはそうしなければならない。そうなった時、公式で死亡扱い……仮にそれが覆っても、待っているのは命令無視をして天才魔導師を巻き込んだという非難。

 身寄りもなく、魔導師以外の生き方も知らない。そんな自分が、これからどうなっていくのか、どうしていけば良いのか、不安でしょうがなかった。

 今頼れるのは、縋れるのは、隣にいる同じ年ぐらいの女性だけ……そう思うと、自然と俺の口はそんな言葉を紡いでいた。

 

「私は今の貴方に、三つの選択肢を用意してあげられるけど……聞く覚悟はあるかしら?」

「……はい」

 

 俺の言葉を聞いたオーリスさんは、優しげに微笑みながら言葉を返してくる。

 その提示される選択肢は、きっとロクなものではないだろう。オーリスさんの微笑みが、無理やり作ったものだったとしても……俺を安心させようと気遣ってくれているのが嬉しかった。

 だから俺は、静かに頷く。

 覚悟が出来ていた訳ではないが、既に十分ダメージは受けている。ロクなものでないのなら、今の内に……ほんの僅かでも、心が穏やかな内に聞いておきたかった。

 

「一つ目は……全てを忘れて、どこか別の世界で新しい人生を生きる事」

 

 まるで子守歌でも歌うような優しい声で、オーリスさんは俺の前に一つ目の未来を提示する。

 

「管理世界でもいいし、管理外世界でもいい……出来る限り貴方の希望は叶えるし、何不自由なく生活できるように援助も怠らないわ」

「……え?」

 

 続けられた内容は俺の想像を裏切り、本当に優しいものだった。

 何不自由なく生活できるように援助してくれる? 赤の他人の俺に?

 

「勿論、絢爛豪華な生活とまではいかないけど……働かなくても十分に生活できるだけのお金は用意するわよ?」

「な、なんで……そこまで?」

 

 嘘を言っているようには見えなかった。本当にこの人は、俺がその選択肢を選べば……それこそ死ぬまで、何不自由なく生活できるように助けてくれるのだろう。

 身寄りもない俺にとっては、この上なくありがたい申し出だが……何故そこまでしてくれるのか分からなかった。

 

「……性格、かしらね? 私は、一度関わっちゃうと途中で投げ出したり出来ないのよ。父さんには、頑固な性格だ。なんてよく言われるけどね」

 

 まるで俺を助けるのは当然の事だとでも言う様に、僅かな苦笑と共に放たれる優しい言葉。

 その笑顔は眩しくて、とても温かいものだった……すぐにでも、甘えてしまいたいぐらいに……

 それから少し間を置き、オーリスさんは再び口を開いて二つ目の未来を提示する。

 

「二つ目は……元居た場所。貴方の友達の元に帰る事」

「……へ?」

 

 どこか期待し始めていた俺の耳に飛び込んできた二つ目の選択肢は、これもまた驚く程に優しいものだった。

 

「死亡扱いを撤回して、高町一等……いえ、なのはさんの元に戻る。あの子は例の公式発表の時も、友達と一緒に喉が裂ける程に叫んでいたわ『巻きこんだのは自分だ。貴方は何も悪くない』って……残念ながらいくら声を張り上げようとも、周りには優しい彼女が貴方を庇っている様にしか映らなかったみたいだけど」

「なのはさん達が……そんな事を……」

 

 オーリスさんから告げられた言葉を聞き、俺の心はとても温かいものに包まれる。たとえそれで周囲の認識が変わらなくても、なのはさん達が俺の為に訴えてくれた事は涙が出そうな程嬉しかった。

 

「だからきっと、彼女は貴方の生存を心から喜んでくれるわ。そして、周りの非難からも全力で守ってくれると思う。勿論私も、可能な限り貴方への非難が少なくなるように力は尽くすわ」

 

 確かにオーリスさんの言う通りだ。なのはさんも、ヴィータさんも、フェイトさんやはやてさんも、きっと俺の事を守ってくれる。俺に対する非難や、それを決定した上層部とも戦ってくれる。

 そんな事を考えた俺の耳に、続けたオーリスさんの言葉が聞こえてくる。

 

「だけど……最初に言った通り、貴方の体が負った傷は深い。リンカーコアの五割近くが機能停止して、魔力は以前の半分程まで落ちている。それに左腕も失ってしまった……魔導師として、再び戦うのは困難だと思う」

「……」

 

 オーリスさんの言葉を聞いて、情けない事に俺の頭には甘えた考えが浮かぶ。

 確かに今の俺は、再び魔導師として戦う事は困難かもしれない。でも、なのはさん達は……きっとそれでも構わないと言ってくれると思う。

 そして俺が以前の様に魔導師として戦おうとすれば、全力で手助けをして守ってくれるだろう。

 たとえ足手まといだったとしても、文字通り命をかけて守ってくれるだろう……だけど、それでいいのか?

 俺が魔導師を辞めれば、きっとなのはさんは深い責任を感じる。だけど俺が魔導師を続ければ、なのはさんはきっとあの時以上の無茶をしてでも俺を守ろうとする。

 どちらを選んでも、俺の存在自体がなのはさんの事を縛りつける鎖になってしまう……そんな状況に、耐えられるのか?

 

「……すぐに答えを出す必要はないと思うわよ」

「……はい」

 

 そんな俺の葛藤を読みとったのか、オーリスさんは腕の無い左肩に手を置きながら優しく微笑む。

 そして俺が頷くのを確認してから、最後の未来を語り始めた。

 

「そして最後、三つ目は……全てを捨てて、幸せな生活に背を向けてでも、戦い続ける事」

「戦う?」

 

 俺が聞き返すと、オーリスさんは優しげだった表情を真剣なものに変えて言葉を発する。

 

「コインに裏と表がある様に、どんな組織にも光と闇はあるわ。それは管理局も例外じゃない。いや、むしろ光の部分が大きければ大きい程、そこに隠された闇は巨大なものよ。貴方もその一端を、今まさに目の当たりにしたはずよ」

「……」

「もちろん全てがそうじゃない。むしろ平和を愛し、人々を守ろうとしている局員が大多数よ。だけど、高い所に居る人間の一部が歪んでしまえば、多くの人達が知らず知らずにそれに加担させられてしまう」

 

 オーリスさんの真剣な言葉の意味は、俺も身を持って体感していた。

 一部の人間がふざけた考えを押し通した事により、俺は今や管理局全体の爪弾き者だとも言えた。

 

「私の父さんは、そういった連中を『管理局の膿』と呼んでいた。そしてそれを綺麗にしてから、次の世代に引き継ぐ事こそが自分の務めだと、今も管理局の闇の部分と戦い続けているわ。私もその考えに共感して、父さんをサポートする為に管理局に入った」

「……立派な方なんですね」

「ええ、自慢の父さんよ」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、素直に感心した。

 自分の信念を持って、巨大な闇と戦うレジアス少将はとても立派な人なんだろう。それは誇らしげなオーリスさんの笑顔からも伝わってくる。

 俺は、どうなんだろう? 管理局の闇の部分なんて考えた事も無かった。違法行為を犯している局員が居たりすると言う噂を聞いて嫌悪感を感じた事はあっても、それをどうにかしようなんて思った事は無かった。

 自分には関係ない事だと建前を並べて、聞かない振りをしていたのかもしれない。

 

「つまり三つ目の選択肢は、その管理局の闇と戦うって事ですか?」

「ええ……だけど、この選択肢はお勧めしないわ」

「……え?」

「高い立場にいる人間は、それだけ大きな権力……力を持っている。正攻法で戦うのは難しいでしょう。それこそこの選択肢は、貴方に犯罪者となってくれって頼む様なものだからね」

 

 俺の問いかけに、オーリスさんは自嘲気味な笑みを浮かべて言葉を返してくる。

 

「例え全ての闇を払っても、光がある限りまた新しい闇は生まれる。そんな終わりのない戦いな上に、たとえどんなに苦しんで勝利を収めても賞賛を浴びることなんてない。努力が報われる事はないでしょうね……だから、お勧めはしないわ。これは正直、単に仲間が欲しい私のワガママみたいなものだからね」

「……オーリスさん」

 

 儚げな表情で笑うオーリスさんの表情を見て、自分と歳もそう変わらないであろうこの女性が、今までどんな戦いを続けてきたのかを垣間見た気がした。

 それと同時に、やけに自分がちっぽけな様な……何とも惨めな気持ちも感じた。

 だけど、じゃあ俺も一緒に戦います。なんて即答できる訳もなく……俺はただ黙って、枕に頭を預ける。

 

「……ごめんなさい。オーリスさん……すぐには、どれかを選ぶ事は出来ません。少し、考える時間を下さい」

 

 オーリスさんが提示してくれた三つの未来。言うならば『逃げるか』『守られるか』『戦うか』。

 どれを選んでいいのか、自分がこれからどうしたいのか……今はまだ、よく分からなかった。

 そんな俺の様子を見て、オーリスさんは優しく微笑んだ後で言葉を発する。

 

「うん。満足いくまで考えていいから……逃げる事も、守られる事も、何も恥ずかしい事なんかじゃないからね。貴方自身が納得できるまで、何日でも考えていいわ。ただ……一つだけ、覚えておいてほしいの」

「……え?」

「貴方がどの選択肢を選んだとしても、私は……貴方の味方だからね」

 

 ……その言葉はとても優しく、そして今の俺にとって何よりも嬉しいものだった。

 

「まぁ、どれを選ぶにしても……先ずは体を動かせるようにならないとね。明日からリハビリが出来る様に、手配しておくわ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしなくていいわよ。さっ、今日は長話で疲れたでしょ? 病み上がりなんだし、今はしっかり休みなさい」

「……はい」

 

 話を切り替える様に明るい声で告げ、オーリスさんは俺に何かあった時の為の形態端末を差し出し、周囲にある機械について軽く説明してから部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーリスさんが部屋から去った後、説明を受けた通りに電気を消して、真っ暗な部屋で天井を見つめながら考える。

 考えるのは勿論、オーリスさんが提示してくれた三つの選択肢……これからの俺の、三通りの未来について……

 

 『逃げる』選択肢を選べば、その先に待っているのは平穏な日々だろう。以前俺が身を置いて居た様な、大きな出来事もない平凡な毎日。

 全てを忘れて、辛い事を考えずに生きる人生は……幸せなのかもしれない。でも、果して俺は忘れる事が出来るだろうか? 

 なのはさんの事を、ヴィータさんの事を、オーリスさんの事を……全て忘れて、自分の事だけを考えられるだろうか?

 

 『守られる』選択肢を選べば、望んだあの日々に戻れるかもしれない。なのはさんが居てヴィータさんが居て、騒がしくも楽しい毎日が再び手に入る。

 だけどそれは、俺という枷をなのはさん達に付けた上に成り立つもの……果して、本当の意味で俺が望んだような……なのはさんとヴィータさんと、三人和気あいあいと友達の様な関係に戻れるのだろうか?

 責任を感じるなのはさん達から目を逸らし、守られ続ける事に俺は耐えられるのだろうか?

 

 『戦う』選択肢を選べば、その先に何が待っているのか正直良く分からない。管理局の闇という漠然とした存在と戦い続ける未来。

 管理局程巨大な光がある組織なら、その闇もまた途方もなく大きなものなのだろう。果して戦ったとしても、打ち勝つ事が出来るのか……そもそも、ゴールの様なものは存在しないのかもしれない。

 そしてそれを選べば、きっともう二度とあの場所……なのはさん達の元には戻れない。なのはさんに、ヴィータさんに、自分の幸せに背を向けて……それでも俺は、剣を持って戦い続ける事が出来るのだろうか?

 

 

 頭に浮かぶのは一人の少女の姿……自分の力を誰かの役に立てたいと語る明るい笑顔。

 

 

 続くように浮かぶのは、まだ耳に残る女性の言葉……関わったものを途中で投げ出せないと告げる優しい言葉。

 

 

 思えば……初めから、答えは出ていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、オーリスさんは再び部屋にやって来た。携帯端末に表示されていた時間は朝早く、おそらく出勤前に立ち寄ってくれたのだろう。

 

「どう? 昨日はちゃんと眠れた?」

「はい。お陰さまで、ぐっすり眠れました」

 

 優しげな笑顔で話すオーリスさんの言葉に、俺も微笑みながら言葉を返す。

 

「それは良かったわ……発見されない為とは言え、隔離病棟なんかじゃ寝辛いかと心配したわ」

「……隔離病棟だったんですか? ここ……」

「あら? 言って無かったかしら?」

「……初耳です」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、ようやく自分の居る部屋がどういう場所かを知る事が出来た。

 窓も無かったり、ドアまでの距離がやたらあったり妙だと思っていたが……成程、隔離病棟か……

 

「ま、まぁ、ともかく……今日から、リハビリも……」

「オーリスさん」

「うん? なにかしら?」

「俺、決めました……これから、どうするか」

 

 オーリスさんの言葉を遮り、俺ははっきりとした口調で言葉を発する。

 その言葉を聞いたオーリスさんは、一瞬沈黙した後で穏やかに微笑みながら尋ねてくる。

 

「……そう、それで……貴方は、これからどうするの?」

「……戦います。何処まで出来るか分かりませんが、管理局の闇ってやつと戦おうと思います」

 

 真剣な表情で告げた俺の言葉を聞き、オーリスさんは驚いた様な表情を浮かべる。

 

「本当に、いいの? 言った通り、報われない……幸せな未来なんて、きっと得る事は出来ないわよ?」

 

 俺の意思を確認する様に、オーリスさんは真剣な表情で尋ねてくる。

 そんなオーリスさんの目を見て、俺は軽く微笑みを浮かべながら言葉を返す。

 

「……俺も、オーリスさんと一緒みたいです」

「私と?」

「はい……知ってしまった事を、忘れてしまう事は出来ないし……関わってしまった事から、途中で逃げ出す事も出来ないみたいです」

 

 俺の言葉を聞き、オーリスさんは一瞬キョトンとした目をした後……先程までの大人っぽい表情では無く、年相応の無邪気な笑顔を浮かべながら言葉を返してくる。

 

「それはまた……貴方も、随分難儀で損な性格をしているのね」

「……みたいです」

 

 どこか嬉しそうな笑顔で笑うオーリスさんにつられ、俺も笑顔を浮かべ病室に笑い声が響く。

 

 

 ――正直……未練が無いと言えば嘘になる。

 

 

 ――平穏な生活や、心に浮かぶ友人達への想いは未だ強いままだ。

 

 

 ――だけど、それでも……迷いながらではあっても、俺は自分自身で選んだ。

 

 

 ――全てを捨てて、日の当る場所……幸せな未来に背を向けても……

 

 

 ――自分自身の力で、戦い続ける事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作ではあれですが、この作品においてオーリス・レジアスは良い人です。

というか、恐らくオーリスの出番が一番多くなるかと予想されます。

ちなみにクオンのリンカーコアの破損具合は、原作のなのはを遥かに超える50%近くが使用不可。魔力量もAA⇒B程まで低下している感じですね。

後なのははクオンがいた部隊所属中に、二等空士⇒一等空士に昇進しております。

導入編は残り……2話位の予定になっていて、その後は徐々にアニメ本編に近付いていく感じですね。



知り合った人や、知ってしまった事実を忘れて『逃げる』ことはできず、

責任という枷を強いたまま、大切な人達に『守られる』事もできない。

そしてクオンは『戦う』事を選びました。まだオーリスやレジアスのように強い意志がある訳ではなく、迷いながらではありましたが……

今後、なのはやヴィータとの接触は避けられないでしょうが……その際、彼は何を思ってどう行動することになるのやら……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話『無くした力、新たな刃』

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央区画・病院――

 

 

 ミッドチルダにある病院……友人であるなのはが入院している病室を訪れたヴィータは、ドアの前で何度か深呼吸をする。

 あの事件から二ヶ月近くの時間が経過したが、なのはは怪我がそれほどでもないにも拘らず、未だ入院したままだった。

 親しい友人を失った事、そして上層部の非道な発表……それはなのはの心を大きく傷つけた。

 なのはも若いながら既に大きな事件を二つも経験していたが、その事件は大変ではあったものの彼女の仲間は無事に生き残っていた。

 戦いの最中、親しい人を目の前で失った事……それは、11歳の少女が受け止めるにはあまりにも重い現実であった。

 実際目覚めたばかりの頃は、錯乱して鎮静剤を注射される事も多く。誰の目からも彼女の精神的ダメージはとてつもなく大きく見えた。

 それでも彼女の家族や親友、今まで知り合った多くの人達の懸命な支えがあり、今では徐々に立ち直り始めていた。

 そんな立ち直りかけのなのはに、余計な心配はかけない様にヴィータはしっかり笑顔を作ってからドアを開ける。

 

「よう、なのは。見舞いに来たぜ……調子はどうだ?」

「あっ、ヴィータちゃん。うん。元気だよ……ただちょっと、体が重い感じかな?」

 

 病室に入って来たヴィータを見て、なのはは取り戻し始めた明るい笑顔を向けて答える。

 しかし、自分の体を動かす仕草はまだ大げさで、目元はほんのり赤く染まっていた。

 ヴィータはそれに気付かない振りをしたままベットに近付き、お見舞いの果物を置きながら近くの椅子に座る。

 

「まぁ、二ヶ月近くロクに動いてないからな。無理もねぇよ」

「うん……ブランク、結構きついかも? 現場復帰までにしっかり取り戻さないと」

「……復帰、決まったのか?」

 

 苦笑と共に発せられたなのはの言葉を聞き、ヴィータは少し悲しそうな顔を浮かべて聞き返す。

 なのはの言う復帰とは、当然ながら管理局の仕事……魔導師として、再び戦う事を意味していた。

 

「そんな顔しないで、ヴィータちゃん。大丈夫……まだ、完全に立ち直れたわけじゃないけど、今のままじゃいけない事は分かってるから」

「……なのは」

 

 自分を心配するヴィータに対し、なのはは取り戻しつつある明るい笑顔を浮かべながら言葉を発する。

 

「泣いてばっかりいたら、きっとクオンさんにも怒られちゃうよ『後ろを向いて後悔するよりも、前を向いて進んでいく。貴女は、そういう人でしょ?』って感じにね」

「……ははは、確かに言いそうだな」

 

 たとえそれが空元気だとしても、ヴィータは立ち上がろうとしているなのはを止める事は出来なかった。

 だからこそ彼女は強く……自分の心に誓った。

 目の前にいる大切な友人が、再び空に上がるなら……二度と墜とさせはしないと、今度こそ守って見せると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 ベットから降りて軽くジャンプする様に動かす。何度か足を折り曲げたり、右腕をぐるぐると回したりして自分の体を確認する。

 あまり良いとは言えない目覚めを迎えてから一月経ち。リハビリのかいもあって、まだ違和感は感じながらも体は順調に動くようになってきていた。

 そのまましばらく体操する様に体を解していると、部屋のドアが開き制服姿のオーリスさんが入ってくる。

 

「調子はどう?」

「概ね良好ですが……まだ時々、左肩が痛みますね」

 

 軽く微笑みを浮かべて尋ねてきたオーリスさんの質問に、包帯が巻かれたままの左肩を触りながら答える。

 

「幻痛は流石に簡単には消えないでしょうね。どうしても辛いようなら、医者に相談してみるといいわ」

 

 幻痛……正確には幻肢痛と言うらしいが、四肢を失ったりした場合脳がその部分を『存在しない』と認識できずに起こる痛みらしく、本来存在しない筈の部分が酷く痛む症状。

 個人によって差が大きいらしく、俺の場合は左肩……以前左腕が付いていた部分から、存在しない肘辺りまでが痺れる様に痛む事がある。

 実際痺れると言うよりは、電流でも流されている様な痛みな上に痛み止めや麻酔も効かず、いつ起こるかも分からないと言うとんでもなく厄介なものだった。

 基本的には月日の経過と共に緩和されていくらしく、今は我慢するしかないみたいだった。

 オーリスさんの言葉に頷いた後、俺は思い出したように自分の顔を触りながら言葉を発する。

 

「……ああそれと、やっぱりまだ『この顔』も違和感がありますね」

「それはいい加減慣れなさい。これから行動していくのに、以前と同じ顔と言う訳にもいかないでしょ?」

 

 俺の顔は以前とは違う顔に変わっている。正しくは、整形手術によって違う顔に変えられていた。

 実際オーリスさんの言う通り、以前のままの顔では色々と問題もある為慣れるしかないのだが……やはり鏡を見た時など、未だに違和感を感じる事が多い。

 昨今の整形技術と言うのは凄いもので、おそらく以前の知り合いが見ても誰も俺とは気付かないだろう。

 

「それにしても……整い過ぎじゃないですか? どこぞの俳優みたいで落ち着かないんですが……」

「あら? 不細工な顔よりは、カッコイイ方がいいと思うけど?」

「それは……まぁ、確かに」

「ともかく早く慣れる事ね。他にもしなければならない事は多いのよ。新しい名前も考えないといけないし、喋り方も変えた方が良いわね」

 

 確かにオーリスさんの言う通り、俺がやらなければならない事は非常に多い。

 体を万全にするのは勿論、戦う事に関しても知らなければならない事は多い。その上、まだこの体になってから魔法は一度も使っていない。どれほどまでに力が落ちているのかを確認して、どうすれば魔導師として戦えるのかも考える必要がある。

 俺がそんな事を考えていると、オーリスさんはふと思い出したようにポケットから一枚の写真を取り出し、俺の方に差し出してくる。

 

「そうそう。これを渡しておかないと……」

「これは……俺の写真?」

 

 オーリスさんが差し出してきた写真には、顔を変える前の俺の姿が写っていた。

 それを受け取り、意味が分からずに首を傾げる俺に対し、オーリスさんは優しげな微笑みを浮かべて話す。

 

「大事に持っておくのよ。それが無いと、元の顔に戻りたい時に困るでしょ?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 元の顔に戻れる日が来るのかどうか、正直まだよく分からない……俺が戦う事を決めた管理局の闇と言う存在も、未だ漠然とした認識しか出来ていない。

 だけど、きっとこの言葉は俺の事を想っての言葉……今は、いつかそんな日が来るかもしれないと言う風に考えておこう。

 

「あ、それと……医者がそろそろ本格的に動いても大丈夫だろうって、近い内に魔法を使ってみましょうか?」

「そうですね。実際自分が今どれだけ戦えるのか分からないですし、ありがたいです」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は少々不安を感じる気持ちを隠しながら微笑む。

 実際どれほど力が落ちてるのだろうか? リンカーコアの5割近くが破損、左腕も無くなった……そもそも、まともに魔法を使う事が出来るのかどうかも怪しい。

 オーリスさんは、そんな俺を元気付ける様に明るい声で端末を取り出しながら言葉を発する。

 

「じゃあ、近い内に訓練のできる場所と『簡易デバイス』を用意しておくわね」

「……あの、俺が以前使っていたデバイスは……」

 

 オーリスさんの言葉の中にあった『簡易デバイス』と言う言葉を聞き、俺は今まで不安で聞けなかった事を尋ねる。

 簡易デバイスは、最低限の機能だけを搭載した練習用のデバイス。当然ながら、まがりなりにも武装局員だった俺が使っていたものではない。

 以前俺が使っていたデバイスは、次元航行部隊の本隊や武装隊のエース級が持つような高級品では無かったが、五年間使い続けた相棒だった。

 

「貴方が使っていたデバイスは、酷く破損……いえ、殆ど粉々の状態で回収されたわ。残念だけど、修理する事は難しいでしょうね」

「……そうですか」

 

 覚悟はしていたが、実際に聞くと落ち込みを隠しきれない。

 インテリジェントデバイスと呼ぶほど高度なAIでは無かったが、愛着のあった相棒ともう会えないのは辛い。

 しかしそんな俺の考えを察したように、オーリスさんは微笑みながら言葉を続ける。

 

「ただ……コアのAI部分は何とか無事だったから、新しく作り直すデバイスにそのまま流用しようかと思ってるんだけど……構わないかしら?」

「本当ですか!? ぜ、是非お願いします!」

 

 沈んでいた気持ちが一瞬で吹き飛び、俺は慌ててオーリスさんに言葉を返す。

 

「了解よ……でも、左腕が無い分のサポートなんかも考えると……先ずは、今の貴方の状態を確認してからね。

「はい!」

「それから、正式に依頼して……貴方専用の物に作り変える。まぁ、任せておいて! 武装隊のエースが持っててもおかしくない位の物を用意してあげるわ」

「……は? い、いえ、何もそんな高級な物は……」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は慌てながら言葉を返す。

 デバイスは……ハッキリ言って高級品だ。量産型の物であればそうでもないが、個人の専用デバイス。完全なオーダーメイト品なんて、一部の実力者ぐらいしか手に出来ない。

 そんな俺の焦りを完全に無視したまま、オーリスさんは更に驚愕する案を告げる。

 

「カートリッジシステムがあれば、魔力不足もいくらか補助できるでしょうしね」

「カートリッジシステム!? い、いやでも……お、俺、あんまりお金持ってませんよ?」

 

 カートリッジシステムは、最近急激に研究の進んできた技術で、今は滅んだベルカと言う世界で使われていたものらしい。

 予め魔力を込めておいたカートリッジをロードすることで、本来の術者が持つ魔力以上の魔法を行使したり、巨大な魔法の発動時間を短縮したりする事が出来る。

 近代ベルカ式という、滅んだベルカの魔法とミッドチルダの魔法を組み合わせた形式の発展により、最近ではミッド式の魔法への応用も研究されているとは聞いた事がある。

 実際なのはさんが使用していたデバイスも、ミッド式のデバイスにカートリッジを組み込んだものだった。

 しかし、そんな物は最新鋭技術の塊。もっと普及が進めば安価になっていくだろうが、今はとんでもない高級品。

なのはさんの持っていたデバイスだって、一本で武装隊一個小隊分のデバイスが作れる程のとんでもない一品だった。

 俺は現在死亡扱いで局員では無い。と言う事はデバイスが支給される訳でもなく、個人でお金を払わないといけない。

 しかし、以前特に大きな活躍をしていた訳でもない。ごくごく平凡な局員だった俺に、そんな高級品を買うお金がある訳が無い。

 そんな俺に対して、オーリスさんはさも当然と言いたげに信じられない言葉を返してくる。

 

「ああ、お金なら私が持つから安心して。こう見えても結構個人資産は沢山あるのよ?」

「い、いや……流石に、それは……」

「そこを節約して、やられでもしたら意味が無いでしょ? 大丈夫。任せておいて!」

「……は、はい」

 

 明るい笑顔で話すオーリスさんの言葉に、押し切られる様な形で頷く。

 ……本当に俺は、何から何までこの人のお世話になりっぱなしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 

 中央にターゲットが浮いているだけの何もない広い空間……俺は杖型のデバイスを構え、ゆっくりと先端に魔力を収束させていく。

 しばらくして杖の先端に緑色の魔力球が出来上がり、俺は足に力を込めて術式を発動させる。

 

「……ぐぅっ――ッ!?」

 

 杖の先端から収束砲が放たれるのとほぼ同時に、俺の体には重たい反動がかかり、そのまま押さえきる事が出来ずに弾き飛ばされる。

 放出されたままだった魔力が地面に当り、その衝撃でピンボールの様に何度か跳ねながら転がり、最終的にうつ伏せで落下。叩きつけられた全身に激しい痛みが走る。

 

「大丈夫!?」

「……な、なんとか……」

 

 離れた場所でそれを見て居たオーリスさんが、慌てた様子で駆けよってくる。

 俺はデバイスを地面に立てて体を支えながら、起き上がって言葉を返す。

 

「まさか……左腕が無いのが、ここまで大変だとは……」

「筋力の低下もあるんでしょうけど……完全に反動を支えられてないわね」

 

 体も順調に回復してきて、事件後初めて魔法を試してみたのだが……結果は、予想よりもはるかに酷かった。

 簡単な射撃魔法や、飛行魔法は以前と変わらず使用する事が出来たが、かつて俺が最も得意とした砲撃魔法は全くと言っていい程使えなくなってしまっていた。

 何度試しても片腕では砲撃の際に杖がぶれる事を押さえる事が出来す、放出する魔力に弄ばれる様に弾き飛ばされてしまい。魔力量の低下に関しても、以前と同じ規模の砲撃を放とうと思えば、発動までにかかる時間は三倍以上。

 

「私は魔導師じゃないから、詳しい事は分からないけど……砲撃魔法を使うのは、難しいじゃないかしら?」

「確かにそうですが……片手では近接戦闘も難しいですし、俺は他の魔法はからきしで……」

 

 オーリスさんの言葉に答えながら、その場に座り込んで顔を俯かせて考える。

 砲撃魔法は、オーリスさんの言葉通り……もう、まともに撃てないと思った方が良い。

 でも、だとしたらどうする? 他の魔法で戦うしかないのか?

 だけど俺は、砲撃魔法以外は殆ど使えない特化型の魔導師だった。勿論他の魔法が全く使えないと言う訳ではないが、得意だった砲撃魔法に変わるものがあるかと言われれば……思い浮かばない。

 近接戦闘用の魔法は……駄目だ。元々俺は、身体強化等ではベルカ式に劣り、遠・中距離向きのミッド式の魔導師。格闘戦が苦手だったと言う訳ではないが、人より優れていた訳でもない。

 しかも今は、左腕が無くなってしまっている。近接戦闘をするには、ハンデが大きすぎる。

 ならばやはり遠距離戦闘用の魔法……だけど、一番得意だった砲撃魔法はまともに撃てない。射撃魔法は簡単な物なら使えるが、中距離型の射撃魔導師として戦うには魔力が足りない。

 魔力消費も少なく一撃の威力も高い収束砲では無く、単なる射撃魔法で戦う事になれば、必然的に手数か精密性が必要になってくる。

 リンカーコアが破損し、魔力量が著しく下がっている俺には手数で押す戦法は不可能。となると精密性の高い射撃位しか手段はないが……あまり得意な分野では無い。

 その上、精密性の高い誘導弾は総じて威力が低いものが多い。基本的に精密射撃型の魔導師は後方支援や指揮官となる場合が多く、自身の火力不足を仲間で補う為に問題はない。

 しかし俺の場合はその補う仲間が居ない。そうなると相当高度な誘導弾でなければ、ロクに戦う事は出来ないだろう。

 

 早くもぶち当たってしまった壁に対し、俺はこれと言った解決方が思い浮かばないまま俯き続ける。

 オーリスさんは、そんな俺をしばらく眺めた後……少し遠慮気味に口を開く。

 

「……これは、あくまで仮説。もしかしたらという程度なんだけど……貴方の悩みを、解決する糸口になるかもしれない事があるわ」

「……え?」

「覚えてる? 貴方が目覚めた時に話した事。本来貴方は、生存できるような容体じゃ無かった」

「はい。覚えてます。搬送されるまでは左腕があったと言うやつですよね?」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は以前の事を思い出す様に答える。

 リハビリや整形などやる事が沢山あった為、うやむやになったままだった件で……ある意味一番謎な部分ではあるが、それが今のこの状況と関係しているのだろうか?

 

「そう、貴方は奇跡なんて言葉では納得できない様な状態で生存した。その事について、私なりにだけど仮説を立てているの」

「仮説……ですか?」

「ええ、私は貴方の生存の要因は『レアスキル』によるものなんじゃないかと思っているわ」

「レアスキル!? い、いやでも俺にそんな力は……」

 

 オーリスさんが真剣な表情で話す言葉に、俺は驚愕して立ち上がりながら言葉を返す。

 レアスキル……極一部の人間だけが持つ、他に類を見ない希少な技能。保持者は例外無く重宝され、その個人情報も特秘扱いにされる。

 しかし俺はそんなものを持っていた覚えはない。

 

「私は魔法についての知識は貴方以下でしょうから、確実とは言えないのだけれど……そうでなければ説明が付かない程の事なのよ」

「……」

「だから、どうかしら? 一度、魔法研究の専門家に意見を聞いてみるってのは……仮にレアスキルが存在しなかったとしても、今の貴方の状態に何らかのアドバイスが貰えるかもしれないわ」

「……つまり、魔法適性の検査を受け直すと言う事ですか?」

 

 オーリスさんの言葉を聞き、俺は納得する様に頷く。

 専門家に見せると言う言い方をすれば少し大げさだが、つまりオーリスさんの言いたい事は魔法適性検査を受け直してみろと言う事らしい。

 魔法適性検査は、魔法の才能があるものが受ける検査で……自身の飛行適性や向いている術式など、魔導師にとっての一つの指針となる検査だ。

 魔法を習得する前に受けるものという先入観があり、今までその考えは浮かばなかったが……確かに、オーリスさんの言う通り良い方法かもしれない。

 少なくとも今のまま考え込んでも、解決法は見つかりそうにない。

 

「そうね。信頼できる研究者が知り合いに居るから、事情をある程度説明して頼んでみるわ」

「……分かりました。是非、お願いします」

 

 オーリスさんの言葉に頷きながら、俺は何もない自分の左腕を見る。

 早くこの左腕のハンデがあってもどうにかできるように、手段を見つけないといけない……けど、搬送されるまでは左腕が存在していて、それが俺のレアスキルと言うならどんなものなんだろうか?

 そんな事を考えながらぼんやり本来左腕がある場所を眺めていると、俺の目には自分の左腕の幻覚が見え始める。

 今までも何度か見えた……と言うかこれは不味い。無くなった部分の幻覚が見えるのは、幻痛の予兆だ。

 数十秒後に訪れるであろう痛みを想像し、憂鬱な気分を感じながら考える。

 この幻の腕が本物だったら、どんなに良かった事か……リンカーコアが傷ついていても、左腕さえあればまだ何とか戦いようもあったのに……

 そんな考えを頭に浮かべながら、訪れるであろう幻痛に身構えていると……突如、驚愕した様な声が聞こえてくる。

 

「く、クオン!? あ、貴方……そ、その左腕……」

「え?」

 

 声の聞こえる方に振り向くと、大きく目を見開きながら俺の方を指差しているオーリスさんの姿があった。

 オーリスさんにもこの幻覚が見えるのかな? いや、待て……そんな訳が無い。

 これはあくまで俺の頭が失った左腕を認識できずに起こっている幻覚で、他の人に見える訳が無い。

 そう思いながら無意識に自分の右手で、左腕を触ると……右手には人の肌の感触が伝わってくる。

 

「……は?」

 

 触れた? なんだこれ、一体どうなってるんだ?

 頭が混乱し始めるのを感じながらも、左腕を動かしてみると……動く。

 そのまま地面に置いてあった簡易デバイスを『左手』で拾い上げ、大きく目を見開きながらオーリスさんの方を向く。

 

「も、持てた?」

「今、一体何をしたの? 突然左腕が現れた様に見えたんだけど……」

「い、いや、俺にも何がなんだか……」

「あっ!?」

「えっ!?」

 

 突然現実の物になった左腕に、俺もオーリスさんも茫然としていると……突然俺の左腕が消えて無くなり、持っていた簡易デバイスが地面に落下する。

 

「つぅっ!?」

「クオン!」

 

 直後にやって来た凄まじい痛み、何度か経験した幻痛に左肩を押さえてうずくまる。

 何かを考える余裕が無い痛みがしばらく続き、それが引き始めると……俺は妙な違和感に気付く。

 

「あ、あれ?」

「どうかしたの?」

 

 心配そうに俺を覗き込むオーリスさんを見て、俺は自分の右目を一度押さえ……勘違いでは無い事を確認してから、言葉を返す。

 

「右目が……見えない」

「えぇ!?」

 

 まるで目の前に黒い膜が出来た様に、俺の右目は暗闇に包まれてしまっていた。

 その言葉を聞いたオーリスさんは、慌てた様子で立ち上がりながら言葉を発する。

 

「医者を呼んでくるわ! 貴方は、そのまま動かずじっとしていて!」

「は、はい」

 

 そう告げて部屋から飛び出していくオーリスさんを、俺は見えなくなった右目を押さえながら見送った。

 

 

 

 

 

 オーリスさんが連れて来てくれた医者による診断結果は『異常無し』。どこかが傷ついている訳でもなく、正常に見える筈だと言われた。

 最終的な結果を言えば、俺の右目に視力は戻った……丸一日ほど経った後に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――ミッドチルダ・先端技術医療センター――

 

 

 俺は現在、オーリスさんの紹介でミッドチルダ中央区画にある先端技術医療センターにやって来ていた。

 勿論訪問の目的は魔力適性の検査、局の施設に居た時は管理局本部で受けたが……流石に今はそうもいかないらしい。

 受付で紹介状を差し出すとやけに広い部屋に通され、待っていた白衣の男性と挨拶を交わす。

 その後促されて椅子に座ると、事前にオーリスさんがある程度の情報は伝えてくれているらしく、男性は手元にモニターを表示させて言葉を発する。

 

「さて、詳細は検査を終えてからになるが、先ず先に私の見解を説明させて貰おうと思う」

「はい」

「事前に貰った情報を見る限り、やはり君は何らかのレアスキルに覚醒してるとみて間違いないだろう」

「やっぱりそうなんですか? でも、俺今までそんな特殊な力が使えた事は無かったんですが……」

 

 モニターを確認しながら、真剣な表情で話す男性の言葉にやや戸惑いながら聞き返す。

 すると男性は顔を上げ、僅かに微笑みながら言葉を続ける。

 

「レアスキルは基本的に後天的なもので、生まれながらに覚醒している人はごく少数だよ。そしてそれが、何らかの外的要因により目覚める事はよくあるよ。おっと、レアスキル自体が珍しいので『よくある』と言う表現は少し違うかもしれないね」

「……は、はぁ……」

「これはあくまで私の自論だが、レアスキルと言うのは本来多くの人が持っているものなんじゃないかと思う。ただそれに目覚める事が出来る人が少ないというだけでね……君の場合は、事故によるリンカーコアの破損。生命の危機に瀕したことで、眠っていた力が覚醒し命を繋ぎとめた。と考えるのが一番説明が付く」

 

 流石にそういった分野を研究している人だけあって、男性は詳しく分かりやすい説明をしてくれる。

 俺はそれに何度か頷いて答えながら、特に口は挟まず男性の言葉を待つ。

 

「君は魔導師経験者みたいだし、通常の適性検査だけじゃなくもっと詳細な……実際に様々な系統の魔法を使用してもらって検査しようと思う。そしてその結果から、君のレアスキルを検証していこう」

「はい。よろしくお願いします」

 

 男性の言葉を聞き、俺は頷いてから頭を下げる。

 オーリスさんが信用に値する人だと判断して、俺の正体や経歴も全て伝えているみたいだ。ならば俺が余計な口を挟む事は無い。

 オーリスさんの事は信頼しているし、何よりも今はこれから魔導師を続けていく上での武器が欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な検査を終えて、室内で結果を待つ。

 色々な魔法を使用してみると言っても、使用するのはどれも基礎的な魔法ばかりだった上、適性が無く発動できなかったものもあるので自分ではどうなのかよく分からない。

 時折浮かぶ悪い考えを押し込めながら待っていると、部屋のドアが開きバインダーを持った男性が入ってくる。

 

「長時間の検査お疲れ様。疲れていないかい?」

「いえ、大丈夫です」

「ふむ、流石は魔導師経験者といったところかな」

「……」

「それよりも結果が気になるという顔をしているね。じゃあ、さっそく検査結果を教えようか」

「は、はい。よろしくお願いします。

 

 俺の様子を見て察してくれたようで、男性は苦笑しながらバインダーに視線を落とし、俺は少し申し訳なく感じながら頷く。

 

「先ず殆どの適性は、君の自己申告通り……収束系魔法に適性が偏ってる感じだった。ただ……ある一つの系統に、君の申告には無かったほどの高い適性が見られた」

「……高い適性!? そ、それは一体……」

「幻術魔法だね。収束系魔法を遥かに上回る程の異常に高い適性が出ていたよ」

「幻術魔法!?」

 

 男性の言葉に驚愕して聞き返す。確かに俺は以前も幻術魔法の適性があり、ごくごく簡単な魔法は使えた。

 しかし得意なんて呼ぶにはほど遠く、二種類ほどの基礎的なものが発動できたというだけだった。

 それに収束魔法を遥かに上回る程の適性があるというのは、まさに寝耳に水だった。

 

「信じられないという顔をしているね。気持ちは分かるが、これは間違いない事だ。おそらくその原因の一つは、リンカーコアの破損だろう」

「リンカーコアの破損?」

「ああ……君のリンカーコアは中々凄まじいよ。少なくとも私が今まで目にした中では、最も破損した状態で機能している。48%の破損だ……適性が変化しても可笑しくはない」

「……なるほど」

 

 正直良くは分からなかったが、専門家がそういうのならそういうものなのだろうと、頷きながら返事を返す。

 男性はそのまま真剣な表情でバインダーを眺め、俺の方を向いて言葉を続ける。

 

「それともう一つ……これは確定ではないが、これだけ高い数値。君のレアスキルは、幻術魔法に近いものなのかもしれない。つまり、それが覚醒したことで幻術魔法への適性が高くなった……たしか、それらしい現象は無くなった左腕が一時的に再生したんだったかな?」

「はい。急に現れて……少し時間が経つと、また元通りに」

「それだけでは断定できないか……なにか、その現象が起こる前に予兆の様なものは無かったかい? 体に違和感があったとか……」

 

 男性の言葉を聞き、俺は先日あった出来事を思い返してみる。

 

「そういえば、無くなった腕の幻覚が見えた覚えがあります。そうしたらそれが他の人にも見えて……」

「幻覚か……幻術魔法への高い適性、即死の筈の重傷での生存、突如現れた失った左腕……」

 

 俺の言葉を聞いた男性は、顎に手を当ててブツブツと何かを考える様に呟く。

 そしてしばらくして呟きは止まり、その目が大きく見開かれる。

 

「まさか……そういうことか? 確かにそれなら、全ての現象に説明が付く」

「あ、あの……」

「ああ、すまないがもう一度検査室に行こう! 試してもらいたい事がある!」

「は、はい」

 

 ハッとした表情で立ち上がり、そのままどこか嬉しそうな興奮したような声で話す男性に連れられ、俺は再び検査室の方へ移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 検査室で幾つかの検査をした俺は、男性に手を引かれながら部屋の出口に向かう。

 

「そのまま真っ直ぐ。あ、そこ段差あるから気を付けて」

「はい。お手数をかけて申し訳ない」

 

 何も見えない暗闇で聞こえる男性の声だけを頼りに、慎重に歩を進めていく。

 男性の言う通りにしてみた結果、俺はレアスキルらしき力を発動する事が出来た。そして今現在、俺は両目の視力を失っていた。

 

「片目に付き一回で計二回。君の証言通りなら、回復するのは丸一日後……詳細を調べるには数日かかりそうだね。その間ここに滞在してもらう事になると思うけど、問題無いかい?」

「えと、オーリスさんに連絡を入れないと……」

「ああ、そちらは私の方から連絡しておくよ」

 

 どうも俺のレアスキルは反動があるタイプらしく、一度使用することで片目の視力を一時的に失うようだった。

 まだ狙って使えたのは二回だけではあったが、その効果はその名にふさわしい摩訶不思議なものだった。

 

「……でも、本当に驚きました。あんな事が出来るなんて……」

「ふふ、いやはや本当にレアスキルと言うのは特異なものだ。こうした現象に立ち会えるからこそ、この研究はやめられないね」

 

 未だ自分の力を何処か信じられない様に話す俺の言葉に、楽しそうに笑う男性の声が返ってくる。

 幻術魔法……そしてこのレアスキル。

 少しだけだが、今後魔導師とてして戦っていく為の道が見え始めた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 

 泊まり込みでの検証を一通り終えた俺は、広い部屋でバインダーを持った男性と向かい合って座っていた。

 

「それじゃあ、今日までの検証で判明した君のレアスキルについて、私独自の見解も混ぜながら説明するよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 男性の言葉を聞き、俺は少し姿勢を正して聞く態勢になる。

 今日までの検証で、俺もある程度は自分の力に関して理解する事が出来たが、まだまだ漠然としている部分もある。

 やはりそこは専門家らしく、目の前にいる男性の方が深く理解している様だった。

 

「君のレアスキルは『幻覚を現実に変える』力。現実にしたものは一度の発動に付き30秒程度で消えて無くなる。そして君は一度使用すれば片目の、二度使用すれば両目の視力を24時間失う事になる……ここまでは、君も分かっているね」

「はい」

「発動の条件は君が見ている幻覚である事。つまり、両目の視力を失えば発動する事は出来ず、二度発動すれば24時間のインターバルを置かなければ再使用できない。君に見えてさえいれば幻覚の種類は問わない。幻覚魔法で作り出した幻影でも、他人が発動したものでも可能」

 

 丁寧に一つ一つ俺のレアスキルの特徴を説明していく男性の言葉を聞き、俺は黙って何度か頷きながら聞く事に集中する。

 

「……そして、強力な能力であるだけに制限はかなり多いね。まず、機械等の幻覚を現実にするには、君が内部の構造を完全に把握しておく必要がある。そうでない場合に能力を使用しても、外見が同じハリボテが出来上がるだけ。幻覚のテレビを現実にするなら、その内部の機械部品まで完全に君が記憶しておく必要がある」

「……なるほど」

「そして次に、生物は種類や大小を問わず現実にする事は出来ない。これは心の有無が関係しているのか分からないが、まぁそういうものであり不可能と認識した方が良いね。ただし、自分の体だけはあらゆる面で例外みたいだ」

 

 男性の言う通り、このレアスキルを使って生物を現実にする事は出来なかった。機械の場合は内部を知らなくても外見だけなら現実に出来たので、単純に生物は現実に出来ないのだろう。

 ただし自分だけは別で、左腕は勿論。見えていない筈のリンカーコアでさえも、レアスキルによって一時的に完全な機能を取り戻す事も出来た。

 

「おそらくこれが、君が生存していた理由だろう。つまり君は件の落下事故の際、このレアスキルに覚醒。無意識の内に自分の体の失われた部分をこの力で補っていたと推測される。となると、搬送の時間を考えれば……もっと長時間発動できる筈なんだがね?」

「そうなんですか?」

「うん。いくらなんでも計1分の使用時間では搬送に間に合わない。両目合わせて数十分程度は出来る筈なんだが……これは今後、君がレアスキルを磨いていくことで伸びていくかもしれないね」

 

 首を傾げる俺に微笑みながら答える男性。

 つまり、俺はまだこのレアスキルを使いこなせてはいないって事か……幻覚を一時的に現実に変える力。確かにこれを使いこなす事が出来れば、今のパワーダウンした状態でも戦う事が出来るかもしれない。

 そう思うと俺の手には自然と力が入り、自分の右手を握りしめる。

 

「とまぁ、私の見解はこんなところかな」

「ありがとうございました! おかげで、何となく進む道が見えてきた気がします」

「うん。それは良かった……君が今後、この類まれな力をどう使うかまで聞く気はない。ゲイズさんからも、詮索しないようにと言われているしね。ただ……専門家として、一言だけ忠告させて欲しい」

 

 お礼を言う俺に対し、男性は微笑みながら言葉を発した後で、真剣な表情に変わって俺の方を見る。

 俺もその真剣な票素に高揚していた気持ちを押さえ、姿勢を正して再び聞く態勢になる。

 

「レアスキルは確かに強力な力だが、万能なものではない。君の力は特にそう、切り札としての側面が強い。だからこそ、得た力に驕らないでほしい。君自身の力を高める事こそが、この力を使いこなす一番の近道だからね」

「……はい。肝に命じます」

「よろしい。では、君の検査結果とレアスキルの資料は私が責任を持って処分する。そして私自身他言は決してしないと、科学者としての誇りに誓おう……短い期間ではあったが、有意義で楽しい時間だったよ。君がこれからどうするのかは知らないが、後悔の無いよう頑張りたまえ」

「はい! 本当に色々お世話になりました」

 

 男性の言葉を聞き、俺は座っていた席から立ち上がって深く頭を下げる。

 戦い続けると決めた中、少しずつだけど見え始めた光明……それを過信することなく、模索し続けよう。そう、お世話になった目の前の男性と、自分の心に深く刻みつけてから、俺は数日滞在した医療センターを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数週間後――

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 先端技術医療センターで自分の新しい魔法適性と、レアスキルについて知った俺は以前より遥かに熱意を持って訓練に取りかかっていた。

 主な内容はやはり幻術魔法。実際あの男性に言われた通り、俺の幻術魔法への適性はかなり高くなっているらしく。以前まででは発動できなかったであろう規模の幻術魔法も発動する事が出来る様になっていた。

 とはいえ、幻術魔法はそもそも使い手が少なく。あまり研究の進んでいない魔法なので、資料もろくに無い。

 なので、基礎的なものを習得した後はほぼ独学と言った感じで訓練を行っていた。

 そんな中で、幻術魔法の参考になりそうな資料などをかき集めてくれ、訓練用のスペースまで確保してくれたオーリスさんには本当に頭が上がらない。

 レアスキルに関しては、訓練を積むのは少々難しく、あまり数はこなしていなかった。

 一度使用すれば片目の視力を丸一日失ってしまうと言う反動は中々きつく、片方の視力が無くなるだけでも遠近感などが狂って訓練を継続するのが難しい。

 両目とも使用してしまった場合には、24時間はロクに歩く事も出来なくなってしまう……目を開けなくても移動できたりする様な訓練もした方が良いのかもしれない。

 そのまましばらく訓練を続けていると、部屋のドアが開きオーリスさんが入ってくる。

 

「おはよう。今日も頑張ってるみたいね」

「おはようございます」

 

 微笑みながら俺の方に近付いてきたオーリスさんに、俺も頭を下げて挨拶を返す。

 

「今日は、良い知らせがあるわよ」

「……良い知らせ、ですか?」

 

 満面の笑みで話すオーリスさんの言葉を聞き、俺は首を傾げながら聞き返す。

 すると、オーリスさんはポケットからデバイスコアらしきものを取り出して、俺の方に差し出してくる。

 

「貴方のデバイス、ようやく完成したわよ」

「……これが……俺の、デバイス?」

 

 オーリスさんからデバイスコアを受け取り、俺はやや不安げな声で尋ねる。

 元々俺が使っていたデバイスとは明らかに違う代物。コアクリスタルだけを見ても、量産型の支給品とは形状が違う。

 明らかにオーダーメイドで造られたであろうそれを、俺は若干遠慮気味に眺める。

 

「AIの人格データなんかは、以前貴方が使っていた物を流用して、性能だけをグレードアップしてあるわ……さあ、認証をしてみて」

「あ、はい……マスター認証、クオン・エルプス」

 

 オーリスさんの言葉に従い、俺はやや戸惑いながら言葉と共に手に持ったデバイスに魔力を込める。

 すると少ししてデバイスコアに光が灯り、懐かしい女性AIの声が聞こえてくる。

 

≪認証完了。お久しぶりですマスター。お顔が変わっていますが、私の事は覚えていらっしゃいますか?≫

「ああ、勿論だよ。イ――そういえば、名前は同じままでいいのかな?」

 

 デバイスの名前を呼ぼうとして、ふと気が付く。俺は顔を変え、後に別の名前を名乗る事になるのだが……デバイスは元の名前のままでいいのだろうか?

 そんな俺の考えを察したように、手に持ったデバイスコアが点滅して言葉を発する。

 

≪フレーム等が新しくなると同時に、オーリス様より『ロキ』と言う名前を頂いています≫

「ロキ?」

 

 デバイスが告げた自分の名称を聞き、俺はその聞き慣れない単語に首を傾げる。

 するとオーリスさんが軽く指をあげて、微笑みながら説明をしてくれる。

 

「別世界にある空想上の物語に登場する神様の名前よ」

「へぇ……良い神様なんですか?」

「いいえ、すこぶる悪い奴だけど?」

「あ、そ、そうなんですか……」

 

 どこか誇らしげに、さも当然と言わんばかりに告げるオーリスさんの言葉を聞き、俺は軽く額に汗を流しながら頷く。

 

≪ともあれ、また改めてよろしくお願いします。マスター≫

「うん。こちらこそよろしく……あの時はごめんな。壊しちゃって」

≪お気になさらず。それでマスターの命が守られるなら、安いものです≫

 

 ロキに以前の戦いの事を謝罪するが、ロキはどこか穏やかに感じる音声で気にするなと告げてくれた。

 気のせいか、以前よりも感情のこもった声に聞こえるが……それも性能が上がったということの証明だろうか?

 そんな俺とロキの会話を眺めていたオーリスさんが、ふと思い出したように手を叩いて言葉を発する。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。近い内に父さんを紹介しようと思うんだけど、大丈夫かしら?」

「あ、はい。そう言えばまだレジアス少将にはお会いしてませんでしたね。俺も、お礼が言いたかったので……」

 

 オーリスさん達に助けられてから二ヶ月。眠っていた期間も合わせれば三ヶ月が経過していたが、俺はまだレジアス少将と会った事はなかった。

 当然の事ながら、多忙な人なのでしょうがないと思ってはいたが……流石にいい加減、助けてもらったお礼を言わなければならないだろう。

 

「父さんも会いたがってはいたんだけど、最近は特に忙しいみたいでね」

 

 溜息を付きながら話すオーリスさんの言葉を聞き、俺の頭にはふとある事が浮かんだ。

 今まではどこか……俺自身それを避けたい気持ちもあり聞いていなかった内容だが、いい加減にはっきりと知らなければならない事があった。

 

「……あの、オーリスさん?」

「うん?」

「以前言ってた管理局の闇……レジアス少将が戦っている。戦おうとしている相手は、具体的にどんな存在なんですか? 俺、その辺がまだあやふやで……」

 

 レジアス少将は俺でも知っている程の有名人……海曹長程度だった俺では想像も出来ない程の力を持った人だ。そんなレジアス少将が戦っている相手……それは、相応に巨大な存在じゃなないのだろうか?

 そう考えると、今まで聞けずにいたが……レジアス少将へのお礼の様に、これから先避けて通れるものではない。

 戦闘に関してもある程度先が見え、頼りになる相棒も返ってきた……だからこそ、知っておきたかった。自分がこれから戦うであろう相手が、どれほど巨大なのかを……

 そんな俺の言葉を聞いたオーリスさんは、表情をとても深刻そうなものに変え、顎に手を当ててしばし考える。

 

「……そう……ね。いい加減、貴方にもちゃんと話しておかないと駄目よね」

 

 そうまるで、自分に言い聞かせる様に呟いた後、オーリスさんは真剣な表情で俺の目を見つめる。

 

「貴方は……最高評議会って言葉を、聞いた事がある?」

「ええ、耳に挟むぐらいは……ってまさか、実在するんですか!?」

 

 オーリスさんから告げられた言葉を聞き、俺は驚きを隠せずに大きな声を出す。

 最高評議会……旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立の立役者となったとも言われている三人の英雄。

 その三人が管理局設立後に一線を退き組織したとされるもので、時空管理局を裏から操っている……という何処にでもある都市伝説の様な存在で、正直実在するなんて夢にも思っていなかった。

 だけど、今のオーリスさんの表情にこの重い空気……冗談で言っている様には聞こえない。

 

「一部の上層部しか知らない事だけど、最高評議会は存在するわ。メンバーは貴方も知ってると思う旧暦の英雄……組織の目的は、次元世界の平和の維持」

「ま、待って下さい! その人達って……物凄い昔の人達なんじゃ……」

 

 管理局が設立されたのは新暦になってからだが、旧暦時代に活躍した三人の英雄の話は歴史の授業で習った事がある。

 質量兵器が禁止された新暦1年よりもはるか前、三人の英雄が活躍していたのは150年近く前の話だった。

 当時現役だった三人が、仮に30歳……いや20代だったとしても、信じられない内容だった。

 

「驚くのも無理はないけど、これは事実よ……旧暦の英雄は一線から退いた後も、肉体を捨て次元世界の平和を見守り続けようとした。ただ、長い年月が彼等を歪めてしまったのか、それとも元々そういう思考があったのかは分からないけど……近年、多くの黒い噂が囁かれる様になってきた」

「……黒い、噂?」

「ええ、過剰なまでの平和維持。平和の犠牲と称しての人体実験や惨劇……その裏には、最高評議会の影が見え隠れし始めた。発覚してないものまで上げると、キリが無い程にね」

 

 真剣な表情で告げるオーリスさんの言葉に、俺はただ茫然と口を開く事しか出来なかった。

 ただどこか、その言葉に納得し始めてしまっている自分も居た。

 確かに最高評議会が実在して、それがオーリスさんの言う管理局の闇の一部だとしたら……レジアス少将程の人が苦戦しているのも頷けた。

 

「父さんも数年前からその噂の元を探っているみたいなんだけど、流石と言うかなんというか……これと言った証拠は何一つ掴めないみたい。表向きは平和を謳っていて、信奉者も多い巨大な存在……安々とどうにかできる相手ではないわ」

「……」

「だけど、貴方は知ってる? 非人道的な人体実験で生み出された被害者達。平和のための犠牲と称され、ロクな抵抗が出来ないままに虐殺される命。それに対するあまりにも遅い管理局の対応……この黒い噂を、放置しておく事は出来ない。誰かが、戦わなくてはいけないの」

 

 オーリスさんの言葉に、俺は何の言葉も返す事が出来なかった。

 告げられた話は想像よりも遥かに大きく、今までの俺の常識からは程遠いものだった。

 茫然としている俺の姿を見たオーリスさんは、真剣な顔から優しげな笑みに変わり言葉を発する。

 

「……だけど、貴方にまで強制するつもりはないわ。貴方が戦うと言ってくれた事は嬉しかったけど、相手は全貌すら分からない程の存在。降りたくなったらいつでも降りてくれていいわよ……その為に、元の貴方の写真を渡したんだからね」

「……オーリスさん」

 

 なんだろう? 何か言わなければならない筈なのに、頭がついていかない。優しげなオーリスさんの笑顔が酷く儚くて、とても遠い様に感じられた。

 

 俺が何も言葉を発する事が出来ず、茫然としたまま立ちつくしていると……突然オーリスさんの端末が音を鳴らし始める。

 

「通信だわ。ちょっと、ごめんなさい」

 

 オーリスさんはそう言って微笑み、俺に背を向けて通信をし始める……が、途中でその様子が明らかに変わった。

 

「う、うそ……ゼスト隊が、なんでそんな!?」

 

 ゼスト隊? 確か、レジアス少将の親友が隊長を務める部隊と聞いた様な覚えがあるが、何かあったんだろうか?

 ただならぬ気配に体を動かすと、青ざめているオーリスさんの横顔が見えた。

 そのまま通信が終わるまで待って、モニターが消えると同時にオーリスさんの元に駆け寄る。

 

「何かあったんですか?」

「ぜ、ゼストさんが、と、特秘任務、こ、このままじゃ」

 

 オーリスさんは今までに見た事が無い程狼狽していて、口から零れる言葉も途切れ途切れでよく分からない。

 俺はオーリスさんの肩に手を置き、出来るだけ優しい声で語りかける。

 

「落ち着いて、詳しく説明してください」

「……ゼストさんの部隊に……父さんも知らない特秘任務が与えられた形跡があって、連絡も取れないって……」

「なっ!? まさか、最高評議会が?」

 

 オーリスさんから以前聞いた話だと、ゼストさんの指揮する部隊はレジアス少将の直轄の筈……そのレジアス少将すら知らない特秘命令は誰が出せる?

 今までなら分からなかったかもしれないが、先程の話を聞いた今、その候補は最高評議会しかないように思えた。

 オーリスさんは言った。レジアス少将は最高評議会の噂を探っていると……もし本当に最高評議会がオーリスさんの語った様な事をしているのなら、レジアス少将は奴等にとって邪魔な存在だろう。

 だけど、地位も人望も強いレジアス少将に直接何かをするのは難しい……だから、親友のゼストさんを……

 

「どうしよう、このままじゃ……ゼストさんが……」

 

 レジアス少将の親友と言うからには、オーリスさんもよく知った人物なのだろう。オーリスさんの目には涙が浮かんでいた。

 そんなオーリスさんの肩を強く掴み、俺は迷うことなく叫ぶような声で告げる。

 

「場所はどこですか! 俺が、行きます!」

「だ、だめよ……貴方は、まだ戦える様な……」

「それでもっ! これが本当に最高評議会の仕組んだ事なら、局の援軍は間に合わない!」

「ッ!?」

 

 弱々しく首を振るオーリスさんに、早口で告げて立ち上がる。

 今まで沢山お世話になったオーリスさんが、これほどまで狼狽しているのを放っておく事など出来なかった。

 まだろくに戦えないとしても、じっとしている事なんて出来る訳が無かった。

 

「場所は!!」

「せ、正確な場所は分からないけど……予想地点を送るわ」

 

 オーリスさんの言葉に頷き、ロキにデータが転送されるのを確認してから走り出す。

 

「クオン! 無茶は、しないで……」

「はい!」

 

 後ろから聞こえた心配そうな声に、振り返らないままで答えて出口に向かって全力で走る。

 出口に向かう廊下を走りながら、手に持ったロキに強い口調で言葉を発する。

 

「急ぐぞ! ロキ!」

≪はい! あの様子を見るに、事は一刻を争います≫

 

 そのまま建物の出口から出ると同時に、ロキを強く握り締める。

 

≪Standby, ready≫

「セットアップ!」

 

 ロキに魔力を注ぎ、俺の視界が一瞬強い光りに包まれる。

 バリアジャケットに身を包み、展開したロキを握った俺は、そのまま全力で空に飛びあがる。

 俺の右手には展開した大鎌型のデバイスが握られ、その黒い色に合わせる様な漆黒のバリアジャケットが目に映った。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 以前まで俺が来ていた武装隊のバリアジャケットでは無く、黒を基調とした長いロングコートが印象的なバリアジャケット……それに、驚くほど軽い大鎌型のデバイス。

 連想されるイメージは、まんま死神のそれだった。

 

≪形状とバリアジャケットのデザインは、オーリスさんです≫

「……文句言っていいかな? オーリスさんは、物凄い恩人だけど……流石にこれは、文句言っていいかな?」

 

 全速力で飛行を続けながらも、自分のあまりの格好に唖然とする。

 

≪見た目はあれですが……フレームの素材も含め、最新鋭の技術が余す事無く使われています≫

「そう言えば、大きさの割にやけに軽いな……」

≪片腕のマスターでも戦いやすいようにと、小型の魔力放出式の推進システム用の噴出口がいたるところにあります。制御は私が行いますので、不便に感じる事はないでしょう。湾曲した形状の方が、多方向に対応しやすいそうです≫

 

 説明を受けるとそれっぽく聞こえてくるのだが、やはりどこか恥ずかしさは感じる。しかし、今はそんな事を言ってる場合でもない。

 

 

 頼む……間に合ってくれ……

 

 

 願いを込める様に強くロキを握りしめながら、俺は可能な限りの最速で現場に向かって飛ぶ。

 

 

 これから目にする、地獄の光景を想像すらできないままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クオンは最も得意とした砲撃魔法を失い、代わりに幻術魔法とレアスキルを得ました。

攻撃力のある魔法はほぼ失いましたが、応用幅は広くなった感じですね。

そして導入編も、残す所次回でラスト……その後は、アニメ本編の時間軸に近付いていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話『決意の仮面』

 ――新暦67年・ミッドチルダ・森林地帯――

 

 

 オーリスより渡された情報を頼りに、ミッドチルダ都市外部に広がる広大な森林地帯の上空まで辿り着いたクオンが、初めに目撃したのは遠方に上がる煙だった。

 その煙を目印にして更に近付くと、クオンは突如顔を歪めて呟く。

 

「……肉の焼ける臭い?」

 

 鼻を突くキツイ臭いを感じながら、煙が上っている地点に降下したクオンは、そこに広がる光景に目を大きく見開き絶句する。

 

「……なん……だ……これ?」

 

 茫然と呟くクオンの視界に広がっていたのは、あちこちに転がる人……いや、かつて人だった肉片だった。

 周囲には異臭が立ち込め、地面にはおびただしい程の血と壊れた機械の残骸らしきものが転がっていた。

 

「……まだ戦闘があってから、それほど経っていない」

 

 こみ上げる不快感を噛み殺す様に、クオンは忌々しげな表情で周囲を見渡す。

 壊れた機械の中にはまだ火花を散らしている物もあり、ここで行われた戦闘から多くの時間が経過してない事を示していた。

 そして周囲を見渡すクオンの視界に続けて映ったのは、まだある程度原形を残している……決して忘れる事が出来ない機械の残骸。

 

「これは、まさか……あの時の……」

 

 見覚えのある特徴的なフォルム……そこにあったのは、間違いなくあの雪の世界でクオンを貫いたものと同型の自立機械だった。

 その姿を見たクオンの頭には様々な憶測がよぎったが、今現在それを考えている場合では無いのを思い出し、慌てて周囲を見渡す。

 一隊丸々と言うには少ない人数の死体。様々な方向に散っている機体の歩行跡らしき物。

 それを確認したクオンは、現在もどこかで戦闘が継続されていると判断し、移動をしようとした瞬間。自分の体を庇うように右手のデバイスを構える。

 それは仮にも武装局員として五年戦った経験から、自分に迫りくる危機を感じ取っての行動。

 同じく彼と五年戦い続けた相棒もその動きに応え、即座に障壁を自動発動させる。

 直後に金属のぶつかる様な音と共に、クオンの体に凄まじい衝撃が走る。

 

「がっ!?」

 

 巨大なトラックに衝突されたかの様な、凄まじい衝撃を押さえる事が出来ず、弾き飛ばされる様に地面を跳ねて転がるクオン。

 そして、先程までクオンが立っていた位置には、一人の人物が入れ替わる様に着地する。

 

「……生き残りか……クアットロめ、適当な仕事を」

「っぅ……(なんだコイツ? 魔導師?)」

 

 痛みを堪えて立ち上がるクオンの視線の先には、短い紫色の髪と金色の目。ボディラインを強調する様なスーツが特徴的な女性が悠然と立っていた。

 

「誰だ、お前は!」

「……片腕の魔導師、私の初撃を防いだのは見事。だが、だらだら問答を交わす気はない」

 

 叫ぶクオンの言葉を、紫髪の女性……トーレは淡々と流し、静かに冷徹な言葉を告げる。

 

「すぐに、殺してやる」

「!?!?」

 

 トーレから放たれる凄まじい殺気を感じ取ったクオンは、即座にバックステップをしながら地面に数発の魔力弾を撃ち込み、大量の土煙を巻き上げる。

 視界を遮る様に広がった土煙を見て、トーレは特に気にした様子もなくクラウチングスタートを行う様な姿勢になる。

 

「目くらましか? 無駄な事を……」

 

 そして小さく呟き、レーダーの役割も果たす自分の目を土煙の方に向ける。

 目に映る視界が別の色に切り替わると同時に、背を向けて逃走している人影を補足……そのままトーレは静かに呟きながら大地を蹴る。

 

「IS発動。ライドインパルス!」

 

 IS……機械と人間が融合した戦闘機人と言う特殊な存在である彼女が持つ、先天性固有技能。

 超高速機動を可能にする自身のそれを発動したトーレは、まさに閃光と呼ぶにふさわしい速度で加速。数百メートルはあるであろう距離を一瞬で縮め、その腕に作り出したエネルギー翼で人影の首を切りつける。

 視認速度を遥かに超えた高速の斬撃により、対象は絶命の声をあげる間もなく胴から首が離れ、地面に落下する。

 トーレは転がった首を興味無く横目に映し、その首から血が地面に流れ落ちるよりも早くその場から飛び去る。

 

「この分だと、他にも生き残りがいるかもしれんな……まったく!」

 

 トーレは一人の人物……排除対象をいたぶって楽しむ悪い癖がある妹の顔を思い浮かべ、舌打ちをしながら去っていった。

 ……自身が跳ね飛ばした首が、数秒後に消えた事に気付かないまま……

 

 

 

 

 

 

 

トーレが去った後、一本の木がノイズが走る様にぶれてクオンへと姿を変える。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 クオンは額に大量の汗をかき、跳ねる心臓を落ち着かせるように胸に手を当てる。

 

≪ギリギリでしたが、切り抜けましたね。二度しか使えないレアスキルを、使用してしまったのは痛いですが……≫

「……一撃受けただけで分かる。アイツは……今の俺が、何とか出来る様な相手じゃない」

 

 クオンは見えなくなった右目に軽く手を当てた後、額の汗を拭いながらロキに答える。

 先程のトーレとの遭遇。一瞬で感じた圧倒的な実力差と、僅かな躊躇いすらない殺気……それを思い返し、背筋が寒くなるのを感じながらも、クオンは懸命に体の震えを止める。

 

「あんなのが居るとなると……見つかる訳にはいかないな……オプティックハイド」

≪オプティックハイド≫

 

 クオンの足元に一瞬魔法陣が浮かぶと、発動した魔法によりその姿が消える。

 切り札であるレアスキルを一度使用。二度目に使用して視力を失えば、まともに歩く事も出来なくなってしまう以上、ここから先は敵と遭遇する訳にはいかなかった。

 クオンは自身の姿を隠し、物音を立てぬように慎重に移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林地帯の一画……総数二十以上は存在しようかと言う程の自立機械の前には、二人の女性の姿があった。

 一人は木を背にし、血まみれの体必死に立たせている長い紫髪の女性……ゼスト隊に所属するクイント・ナカジマ。

 もう一人はクイントを取り囲むように並んだ自立機械の前に立ち、楽しそうな笑みを浮かべる茶髪を左右に纏めたメガネの女性……戦闘機人の一人、クアットロ。

 

「あらあら~もう鬼ごっこは終わりですか~?」

「……くぅ……」

 

 心底楽しそうに笑うクアットロに対し、クイントはまともに言葉を返す程の力も残っていなかった。

 特秘任務で訪れたプラントらしき施設で、大量の未確認機体に襲われて部隊員は散り散りになり、彼女と共に戦っていた親友とも戦いの最中で逸れてしまった。

 その後も懸命に自立機械を迎撃しながら部隊員を探していたが、自分以外の隊員は死亡したと目の前のクアットロから告げられ、その後はまるでいたぶる様に追い立てられながらも一人で戦い続けた。

 しかしそれも既に限界……傷だらけの体は既に言う事を聞かず、もはや打つ手はなかった。

 

「さ~て、それじゃあ……最後まで頑張った貴女は、特別派手に殺してあげま~す」

 

 残酷な笑みを浮かべたクアットロが、間延びした声と共に自立機械の後ろに移動して手をあげる。すると彼女の考えを感じ取る様に、周囲を取り囲んでいた二十機以上の自立機械が攻撃の体勢になる。

 そしてクアットロが挙げた手を振り下ろすのと同時に、コア部分から一斉に最大出力のレーザーが放たれ、クイントとクアットロ……二人の視界が光で埋め尽くされ、大地を揺るがす程の巨大な爆発が起こる。

 

 爆発によって上空に上る大量の煙を、クアットロが楽しそうに眺めていると……すぐ後方にトーレが現れる。

 

「今の爆発は?」

「あら? トーレ姉様……いえいえ~最後の締めに、大きな花火をあげただけですわ~」

 

 苛立ったような口調で尋ねるトーレの言葉に、クアットロは煙が晴れ初め……現れた巨大なクレーターを満足げに眺める。

 

「あらあら、可哀想に……跡形も残ってませんわね~」

「まったくお前は……いつもお遊びが過ぎるぞ! ……こんな爆発を起こした以上、早く撤収しなければならんな」

「あら? ここのプラントは?」

「破棄するらしい。ドクターが言うには、ここは単なる『餌』らしいからな。チンク達も既に戻っている……私達も急ぐぞ」

「りょうか~い」

 

 トーレの言葉を聞いたクアットロは、間延びした返事を返した後、周囲に控えていた自立機械を伴ってその場を立ち去る。

 道中生き残りが居た事についてトーレからお叱りを受けながらも、今日の戦闘は楽しんだ様で満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーレとクアットロが去っていくのを見ながら、クイントは混乱していた。

 自分は確かに死ぬはずだった……レーザーを回避する余力なんて存在しなかった。

 しかし自身の体を光が飲み込む直前、体の横から強い衝撃を感じ、今は何者かに後ろから口を押さえられて抱えられていた。

 反射的に抵抗しかけたが、離れた場所から聞こえてきたトーレとクアットロの会話で冷静になり、今も去っていく彼女達を茫然と遠目に眺めていた。

 そして完全にトーレとクアットロの姿が見えなくなると同時に、頭の上から小さな声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい……今の、俺じゃあ……アイツ等には、歯が立たない……」

 

 小さく懺悔する様な言葉と共に、クイントの頬にはその声の主が流したであろう涙が落ちる。

 その言葉と涙……今自分を抱えている人物が味方である事を理解し、限界を超えて疲弊していたクイントは安心すると共に眠る様に気を失う。

 

 そんなクイントを右手で抱きかかえ、幻術魔法で姿を隠しながら……クオンは、止まる事無く涙を流し続けていた。

 クオンはトーレと遭遇してから、三度生きている人間を発見できていた。しかし、その手が届いたのはクイントにだけ……他は、目の前で命が消えるのを見ているしかなかった。

 今の自分では自立機械一機にだって勝つ事は出来ない。それを自覚していたからこそ、クオンは目の前で命の火を消される人達を見捨てた。

 一人目に発見した人物は、接触することで他者にも効果を及ぼす隠蔽幻術魔法……オプティックハイドの状態で助けようと手を伸ばしたが、その手が届くよりも先にクオンの目の前で体を自立機械の刃で両断された。

 二人目に発見した人物は、複数の自立機械に取り囲まれていて手が出せず……その体がレーザーで貫かれるのを見ている事しか出来なかった。

 手の届く命を、一つでも救う為に……血が出る程に唇を噛み、張り裂ける様な心の痛みと無力感に耐え、涙を流しながら消えゆく命を前にして身を隠し続けた。

 そして届かなかった手は、最後の最後……三人目の生存者であるクイントまで届いた。

 クオンにとって幸いだったのは、クアットロの遊び心。派手に殺す為に距離を取り、自身の視界を埋め尽くすほどのレーザーと、飛行音を隠してくれるほどの爆発。そして距離を取るだけの時間を与えてくれた土煙のおかげでクイントの命を救う事が出来た。

 しかしクイントを救う事が出来たとしても……彼の心には、無力な自分への怒りしか残らなかった。

 お世話になった恩人の親友も……見つける事すら、叶わなかった。

 

 そのままトーレ達の姿が見えなくなった後も念のためにしばらく身を隠したままで、クオンは周囲に転がる死体をその目に刻みつけた。

 現実から目を逸してしまわないように……この光景を、消えた命を、決して忘れないように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ中央地区――

 

 

 ミッドチルダの中央区画にある一軒の大きな家……そこの応接室では、俺とオーリスさん。そして、レジアス少将が向かい合う形で席に付いていた。

 レジアス少将とは初めての対面だが、挨拶を交わしたり助けてもらったお礼を口にする様な空気では無く、俺達は三人とも一言も話さないまま俯いていた。

 既にこの状態になって十数分は経過していたが、誰一人口は開かぬまま重い沈黙が部屋を支配していた。

 

 俯く俺の頭に浮かぶのは、今までは無縁だった地獄と言えるような光景。

 一隊丸々の壊滅……一体何人の人間が死んだ? 十人? 二十人? それとも、もっと沢山?

 かつて管理局に武装局員として所属していたと言っても、大きな事件と関わりが無かった俺はあれほどの死を目の当たりにするのは初めてだった。

 周囲に充満する血と焼けた肉の臭い。あちこちに赤い染みを作る誰のものとも分からない肉片……そして、目の前で消えていく命。

 ……どうすることも、出来なかった。

 初めに見つけた生存者は間に合わず目の前で縦に体を両断された。二人目に見つけた生存者は、複数の機体に囲まれ手出しする事すらできなかった。

 三人目は、何とか命が消える前に手が届いたが……それが、隊の最後の生き残りだった。

 

「……すみません……俺の、力が足りないばかりに……施設らしき場所には、近付く事すら出来ませんでした」

 

 悔しさが蘇ると共に、俺の口からは懺悔の言葉が零れ落ちた。

 俺が到着した時には、時間的にはまだ複数の生存者が居た筈だった……だけど、俺は姿を隠しながらコソコソ慎重に動き回る事しか出来なかった。

 レジアス少将の親友であるゼストさんに至っては、それらしい姿を確認する事すら出来なかった。

 俺にアイツ等と戦うだけの力があり、遠回りをせずに迅速に動けていたら……死なずに済んだ命はもっとあった筈なのに……

 

「……君に責任はない。むしろ一人の命を救ってくれただけでも、感謝してもしきれない。責任があるというのなら、気付く事が遅れたワシにこそ全ての責任がある」

 

 俺が溢した言葉を聞き、レジアス少将が慰める様に言葉を発する。

 しかしその言葉に力はなく、普段は威厳溢れるであろうその姿には深い悲しみが見て取れた。

 

「クオン……貴方は本当によくやってくれたわ。まだロクに戦う事も出来ない様な体だったのに……ありがとう」

「……」

 

 弱々しく告げられる優しい言葉が、今は心に突き刺さった。

 俺は自分の無力さに唇を噛み、手を握りしめながら呟くように言葉を発する。

 

「……これは、最高評議会の仕業なんでしょうか?」

「確たる証拠はないが……おそらく。いうならば、奴等からワシへの警告といったところか……」

 

 俺の絞り出すような言葉を聞き、レジアス少将は重い声で答える。

 そしてまた少しの沈黙が流れた後、オーリスさんが一つの疑問を口にする。

 

「……父さん。クイントさんは、どうなるの?」

 

 俺が助ける事が出来たたった一人の人間、クイント・ナカジマさん。今は治療を受けて眠っているが、そう遠くない内に目を覚ますだろう。

 

「……クオン君が目撃したという謎の女性二人に、最近になって確認され始めた未確認機。特秘任務がゼスト隊を始末するためのものだったとしたら……彼女を家族の元に帰すのは、危険すぎる」

「秘密を知ってしまったから……狙われると?」

「そうだな。少なくとも事が片付くまでは……他のゼスト隊の面々と同様に死亡したとするしかないだろう」

 

 レジアス少将とオーリスさんの会話を聞き、俺は再び顔を伏せる。

 ……あの人も、俺と同じような事になるのか……いや、戻れば巻き込んでしまう家族が存在する分、俺よりもっと悪い。

 それを理解すると同時に、俺の心には悔しさと怒りが沸いてくる。

 噛みしめた歯から音が鳴るのが聞こえ、強く握り締めた手は振り下ろす先を探す様に震える。

 

「……オーリスさん。これが……平和の犠牲ってやつなんですか?」

「連中にとっては、きっとそうでしょうね。歪んでしまった過剰なまでの平和維持思想。それは時に、酷く理不尽なものなのよ」

 

 俺の言葉を聞き、オーリスさんは悲しそうな表情で話す。

 その言葉は、他にもこれと似た様な事が存在していると語っている様だった。

 それを聞いた俺は、ゆっくりと座っていたソファーから立ち上がる。

 

「クオン?」

「……俺、今までどこか夢見心地でした。管理局の闇、最高評議会、そんな言葉を聞いてもいまいちピンとこなくて……戦うって事の意味も、ロクに理解してなかった」

 

 ゆっくりと絞り出す様に言葉を発しながら、俺の頭には今日見た地獄の光景が蘇っていた。

 初めから仕組まれていた特秘任務、何も知らないままで戦った多くの人達。一人一人が色々な志や夢を持っていた筈なのに、理不尽な理由で消えてしまった命。

 

「でも、今日ハッキリ認識しました……戦わなくちゃ、いけない……あんな惨劇の上に成り立つ平和が、あっていいわけが無い!」

 

 無力だった自分を後悔する様に叫び、深い怒りと共に心に決意を宿す。

 そんな俺の言葉を聞き、少し沈黙した後でレジアス少将はゆっくりと口を開く。

 

「……ああ、その通りだ。こんなことで、未来ある命が消えていい筈がない。戦わなくてはいけないが、ワシには前線で戦う力は無い。叶うのなら、どうか……君の力を貸してほしい」

「……はい」

 

 強い口調で語り、俺に向って頭を下げるレジアス少将を見て、俺はハッキリと自分の意思を込めて頷く。

 

「あら、父さん? 私も忘れてもらっちゃ困るわ……言っておくけど、途中で降りたりはしないわよ」

「ああ、お前は昔からワシ以上に頑固だからな。改めて、二人共……ワシに力を貸してくれ」

 

 レジアス少将の言葉に、俺とオーリスさんは同時に頷く。

 今までは、自分で戦う事を選びながらどこか漠然としていた。敵のあまりの大きさに想像がつかず、どこかオーリスさんの決意につられる形だった。

 だけど今、俺の心にはハッキリと戦う理由と戦う決意が生まれた。

 

「オーリスさん」

「うん?」

「……用意してもらいたいものがあります」

 

 もうあんな惨劇を繰り返さない為にも……戦おう。全てを捨ててでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――新暦67年・ミッドチルダ西部・エルセア地方――

 

 

 エルセア地方の一画、夕暮れに染まるポートフォール・メモリアルガーデン。

 多くの死者の魂が眠るその場所には、四人の人物と開けられた穴に入った一つの棺が存在していた。

 棺のある穴の前には三人の人物が並び、残った一人……牧師服に身を包んだ男性が、祈りの言葉を奉げる。

 

「うぅ……母さん……」

 

 続く祈りの言葉を聞きながら、俯いたままで止まる事無く涙を流す短い青い髪の少女……スバル・ナカジマ。

 そんなスバルの手を握り、悲しみに染まった表情を俯かせる母と同じ紫のロングヘアーをしたスバルの姉……ギンガ・ナカジマ。

 そして二人の隣に立ち、棺の小窓に映る妻の顔を見つめ続ける白い髪の壮年の男性……ゲンヤ・ナカジマ。

 今三人の目の前には、安らかに目を閉じて眠るクイントの棺が存在していた。

 牧師の告げる祈りの言葉が終わるのを聞きながら、三人は深い悲しみと共に俯く。

 

「それでは、埋葬いたします……ご家族の手で、行いますか?」

「……ああ」

 

 三人に一礼しながら告げられた牧師の言葉を聞き、ゲンヤは静かに頷いた後でスコップを手に取り、墓地に開かれた穴……クイントの棺の上にゆっくりと、別れを惜しむ様に土をかけ始める。

 少ししてギンガが……さらにしばらくしてスバルがその作業に加わり、三人は大切な家族との最後の別れを行う。

 

 しばらくして棺は完全に土の中に消え、その上に墓標が置かれると共に埋葬は終了した。

 牧師は墓標に向って短く祈りの言葉を告げ、三人に深く一礼をしてからその場を去っていく。

 残された三人はそのまましばしの時間……完全に日が沈むまでの間、墓の前に立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が完全に沈み、三人が墓地を去ってしばらくの時間が立った後……クイントの墓標の前には、先程祈りの言葉を奉げた牧師の姿があった。

 牧師は慎重に周囲を確認し、足元に緑色の魔法陣を展開。それが強い輝きを放つと同時に、牧師の横には数時間前に埋葬した筈のクイントの棺が現れた。

 

≪やってる事は完全に墓荒らしですね≫

「……いくら身寄りのない死体だって言っても、別人の名前のままで埋めておくわけにもいかないだろ?」

 

 牧師が胸元から聞こえる声に答えながら右手の指を弾くと、棺の小窓に映っていたクイントの姿が歪み別人……本来の姿に戻る。

 そして続ける様に牧師は魔力で浮遊させたスコップを動かし、クイントの墓標の下の土を違和感が無いように補強していく。

 

「このままじゃあまりにも申し訳ないし、この人は俺が責任を持って本来の名前で埋葬するよ」

 

 独り言のように告げた後、牧師は棺を浮遊させて移動……予め、その棺に眠る本来の人物の為に用意していた場所まで運んでいく。

 しばらく歩き、広い墓地の端に開いた大きな穴に棺を入れると同時に、牧師の姿がノイズの様に揺らぎクオンのものへと変わる。

 

「本来なら貴女は、身元不明遺体と一緒に纏めて埋葬される筈だったんだけど……こんな事に利用してごめんなさい」

 

 穴に入った棺の小窓に映る身寄りのない女性に向って、クオンは申し訳なさそうに顔を俯かせながら話しかける。

 

「罪滅ぼしと言う訳でもないし、許してくれとも言いませんが……貴女の名前は忘れませんし、お墓参りにも必ず来ます」

 

 死してなおその体を利用してしまった事に罪悪感を感じながら、クオンは聖書を右手に持ち心を込めて祈りの言葉を奉げる。

 しばらくして祈りの言葉を終えたクオンは、今度は魔力で浮遊させるのではなく片腕しかない自分の手でスコップを持ち、ぎこちない動きでゆっくりと棺に土をかけていく。

 魔力を使わず片腕で行う作業は困難を極め、完全に棺を埋め終えるまで数十分の時間を要した。

 額に汗を流しながらも土をかけ終え、クオンはまたも片腕で必死に墓標を動かしてその上に置く。

 

「願わくばどうか、安らかに……また、来ます」

 

 墓標に刻まれた身寄りのない……今は自分しか祈る者が居ない名前に向けて、深く祈りをささげてからクオンは墓地を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・???――

 

 

 今は使われてない施設、元々は研究所だった建物の中にある無駄に広い部屋に戻ってくると……俺の事を待っていたのか、室内にはオーリスさんの姿があった。

 

「おかえり。どうだった?」

「……正直辛かったですね。何度も家族の顔を見て、口を滑らしかけました」

 

 俺の助けた女性……クイントさんについては、死亡扱いにして保護。俺と似たような状況になる事が決定した。

 ただクイントさんが俺の場合と違ったのは、彼女には家族が居るという事……その為俺が姿を変えて牧師に扮し、同じくゼスト隊に所属していた身寄りのない女性の遺体を使って偽の葬儀を行った。

 レジアス少将が事情を説明し、本人も納得してくれたこととはいえ……悲しみに打ちひしがれるクイントさんの家族を騙すのはとても辛く、何度も本当の事を言ってしまいそうになった。

 

「……クイントさんは?」

「まだ傷が癒えてないからね。今は眠っているわ」

 

 俺の質問に答えた後、オーリスさんは手に持っていた紙袋を探り、そこから取り出した物を俺の方に差し出してくる。

 

「後これ、頼まれてたものだけど……仮面って、そういうので良いのかしら?」

 

 オーリスさんが差し出してくれたのは、不気味な笑い顔の……サーカスのピエロが付けている様な仮面。俺がオーリスさんに、用意してほしいと頼んだものだった。

 

「はい……それと、俺がこれから名乗る名前も、決めました」

「……何て名乗るの?」

「クラウン」

「クラウン……道化師? なにも、そこまで自分の事を卑下しなくても……」

 

 俺が告げたこれから名乗る新しい名前を聞き、オーリスさんは少し悲しそうな表情で言葉を返してくる。

 俺はその言葉に対し、僅かに微笑みながら自分の考えを口にする。

 

 

「いえ、これは……覚悟です」

「覚悟?」

「俺、今までは正直甘えた考えがありました。オーリスさんは全て最初に言ってくれたのに、ちゃんと認識してませんでした。いつかは、あの頃に……幸せだった場所に帰れるんじゃないかって……」

 

 そう、俺は今まで心のどこかで甘えていた。自分で戦う事を選んだ筈だったのに、その意味をちゃんと理解なんてしていなかった。いや、理解しようとしていなかった。

 全てを捨てるなんて全然出来て無くて、未練から来る希望みたいなものが心のどこかにあった。

 いつかはあの頃に……幸せだったあの場所に戻れるんじゃないかと……自分の置かれた状況を、どこか夢物語の様に考えていた。

 でも今はハッキリと分かった。俺が選んだ道はオーリスさんが初めに語ってくれた通り、決して優しいものなんかじゃない。

 

「正直言って、オーリスさんみたいな強い戦う理由。戦う事に対する決意は、今までの俺には無かったです」

「……じゃあ、今は?」

 

 真剣な表情で尋ねてくるオーリスさんの言葉に、俺は受け取った仮面に視線を落としながら言葉を発する。

 

「……これから自分がする事も、今日俺が行った事も……正当化する気はありません。俺はこれから自分が戦うとしている相手と同じ、犯罪者にだって……喜んでなります」

 

 一言一言に決意を込め、俺は手に持った仮面を見つめながら言葉を発する。

 

「犯罪者を倒す為に犯罪者になる。そんな道化の様な人生を生きていく覚悟は決めました。もう、あんな惨劇は繰り返させない……全てを捨て、甘えた心と弱い自分を仮面で覆い隠して……戦い続けます。たとえもう二度とあの幸せな頃に戻れなくても……自分の意思で」

「そう……分かったわ。じゃあ、貴方の新しい身分証と戸籍IDは近い内に用意するわね。勿論偽装で……」

 

 俺の言葉を静かに聞いて居たオーリスさんは、目を閉じてから一度頷き、そして明るい笑顔を浮かべて言葉を発する。

 

「それで私も、公文書偽装の立派な犯罪者ね」

「……オーリスさん?」

「貴方一人に罪を負わせるなんて、初めから考えて無いわ。私には貴方の様に最前線で戦う力は無い。だけど、サポートする事は出来る。忘れないで、貴方と私は共犯よ……もし貴方が犯罪者として捕まったら、私も一緒に捕まる」

「……」

 

 微笑みを浮かべながらも強い決意があるオーリスさんの言葉を、俺は黙ったままで静かに聞き続ける。

 

「だから、一緒に戦いましょ? 『クラウン』」

「……はい!」

 

 オーリスさんの言葉にハッキリと頷き、俺は手に持っていた仮面を自分の顔に被せる。

 

 

 ――この日を境に、俺の人生は再び大きく変わった。

 

 

 ――顔を変え、名前を変え、心に残る幸せな思い出に背を向ける。

 

 

 ――これから歩いていく道の先に、光が当る場所が無くとも後悔はしない。

 

 

 ――選んだのではなく、今度は自分の意思で踏み込んだ。

 

 

 ――今まで立っていた場所から離れ、闇に包まれた場所で道化として生きていく事を……

 

 

 ――最後まで……戦い続ける為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明確な姿が見えない犯罪者を倒すため、自分も同じ犯罪者となる。

それが矛盾している事は自覚しながらも、クオンはクラウンと名前を変え、日の当たらない場所で戦う事を決意しました。

自分が目の当たりにした地獄を、繰り返さないために……

これにて導入編は終わり、次回から時間が流れ本編に近づいていきます。

ただ、クイントの生存等、原作とは違う部分も多い為、流れはあちこち変わってくると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話『業火の離合』

 ――新暦71年・ミッドチルダ・首都クラナガン――

 

 

 ミッドチルダの首都……高層ビルの立ち並ぶクラナガンの道路を、一台の黒塗りの車が走っていた。

 明らかに一般人が乗る様なものではないその高級車の中には、顎ひげを蓄えた小太りの中年男性と、長い金髪と真っ赤なドレスが特徴的な美女が腕を組みながら座っていた。

 そのまま車は高級そうなホテルの前に止まり、二人は車から降りてそのホテルの中へと入っていく。

 その二人の後ろ姿を見送りながら、管理局制服を着た中年男性の部下らしき運転手が「またか……」と言いたげに呆れた表情を浮かべる。

 

 中年男性は管理局内でもそれなりに力を持った存在であり、また同時に黒い噂と女遊びの絶えない困った人物でもあった。

 数日ごとに連れ添う女性を着物の様に取り換え、毎夜ホテルに入るその姿は運転手として付き合わされる部下には溜息ものだった。

 直属の部下である彼の目から見ても中年男性はロクな人間では無かったが、横領等の黒い噂を囁かれながらも権力者としての地位は保っており、一介の局員である彼が文句を言える訳もなかった。

 また明日の朝に迎えに来なければならない事に頭を抱えつつも、彼は車に戻りホテルの前から移動する。

 

 

 

 

 高級ホテルの最上階にある広いスイートルームには、中年男性と美女の姿があった。

 美女は胸元の大きく開いた赤いドレスを誘う様に動かしながら妖艶に微笑み、それを見た中年男性は口元を笑みへと変える。

 少ししてドアがノックされ、ワインの入ったカートを押してホテルの従業員が入ってくる。

 中年男性が従業員にチップを渡すのを見ながら、美女はそのワインのボトルをカートから取り、慣れた手つきでコルクを空ける。

 そして従業員が退出するのを見送りながら、深い笑みを浮かべてグラスに注がれた真っ赤なワインを中年男性の前に差し出す。

 その様子……美女の誘う様な表情を見て、中年男性は下卑た笑みを浮かべながら自分の口元を指差す。

 すると美女はそれを了承する様に頷き、ワインを口に含んで微笑みながら中年男性の腰に手を回して顔を近づけていく。

 二人の唇が重ねられ、口移しでワインを喉に通していく中年男性。

 中年男性が臀部に回した手を撫でまわす様に動かすのを感じながら、美女は再びワインを口に含んでそれを口移しで中年男性に飲ませていく。

 むせる様な鼻をくすぐる甘い香水の香り、本来ならそのまま中年男性は年齢からは考えられぬほど盛んに事を楽しんだ……筈だった。

 しかし美女の臀部に回されていた中年男性の手は次第に勢いを無くし、下品な笑みを浮かべていた表情は何処か虚ろになり始める。

 少しして中年男性の瞼がゆっくりと下がり始め、目は焦点を失い夢でも見ている様に揺らぐ。

 美女が手を引き、中年男性がそれに導かれるままにベットにたどり着いた時には、中年男性の体は力を失い。引かれる力に抵抗すらしないまま、うつ伏せの状態で倒れこむ様にベットへ体を沈める。

 

 中年男性が完全に意識を手放すのを見届け、美女は深く微笑みながらワイングラスをベット脇のテーブルに置き、中年男性の体を弄って懐から携帯端末を抜き取る。

 そしてどこからか取り出した複数の機械を携帯端末に接続し、まるで人が変わったかのような表情でそれを操作し始める。

 しばらくそのまま表示されたモニターを眺めつづけた後、美女は取り付けていた機械を取り外し、携帯端末をベットで眠る中年男性の元に無造作に投げる。

 すると同時に美女の姿がノイズの走る映像の様に歪み、その姿がホテルの制服を着た従業員の男性へと変わる。

 男性はそのままワインが乗っていたカートを掴み、それを押して部屋の出口の方に向かって歩いていく。

 ドアを前にした所で、ふと男性は何かを思い出したように自分の首元を触り、ベットにうつ伏せで倒れた中年男性の方を振り返って不気味に笑う。

 

「目覚めたときには悪事を暴かれ、貴方の平穏な生活は終わる。明日からは、転落人生の始まり……まぁ、最後位はせめて良い夢を~」

 

 何処か芝居がかった様な口調で独り言を呟き、男性は何事もなかったかのようにドアを開けて部屋から去っていく。

 男性が去り静かになった部屋には、自分に起こった事すら理解できないままで、安らかに眠り続ける中年男性の姿だけが残った。

 翌日、男性の言葉は現実に変わり……横領等の情報が漏れ、今の地位も生活も全てを失う事を知らずに眠るその姿は、何処か無垢な少年を想わせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇と静けさに包まれたその道路に、一人の従業員の男性が現れる。

 ホテルの裏口から出てきたその男性が、裏口のドアを閉めると同時に……その姿はノイズが走る様にぶれ、不気味な片腕の道化師が姿を現す。

 夜の闇に溶け込む様な黒く長いロングコート、顔を覆う様に取り付けられた笑みを浮かべる仮面。

 道化師はまるでそこが自分の居場所だとでも言う様に、より暗く闇に包まれた路地に向って歩を進めていく。

 歩きながら首輪の様なチョーカーを触り、小さく呟くように言葉を発する。

 

「転送術式……とりあえずA-4地点」

≪了解しました≫

 

 仮面の中から籠った様な若い青年の声が零れ、同時に青年の胸元から機械的な女性の声が応える。

 すると道化師の足元に緑色の魔法陣が浮かび、光と共にその姿が消え失せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・公園――

 

 

 昼は多くの人で賑わう憩いの場である緑豊かな広い公園……今は静けさが支配し、夜の闇に染まった誰も居ないその公園を道化師が悠然と歩いていた。

 時折周囲を探る様に首を動かし、目当てだった水道を発見した道化師は、一直線にその水道へ向かう。

 そして仮面を少しずらし、現れた口元に水を含んで何度かうがいを行う。

 

「……アイツ、口臭っ!」

 

 忌々しげな声で呟きながらうがいを繰り返し、しばらくして落ち着いた道化師は再び遊歩道を歩きながら呟く。

 

「ハニートラップは展開が早くて良いけど、精神的なダメージがキツイ……他の手段、考えようかなぁ」

≪マスターのラブシーン。バッチリ高画質で撮影しておきました!≫

 

 肩を落としながら歩く道化師に向って、胸元から彼の相棒が心底楽しげに言葉を発する。

 

「……何、してんのお前? なんで、人の黒歴史を記録してるわけ?」

≪単なる趣味ですが?≫

「……どんどん悪い意味で人間っぽくなってるみたいで、嬉しい限りだよ……」

≪光栄です≫

「褒めてない!」

 

 以前より高性能になった影響か、どんどん人間の様になりつつある相棒に向って、道化師は疲れた様に溜息をつく。

 

「……まぁ、いいや。すぐ削除しろ」

≪いくらマスターの願いとは言え、聞けない事も……≫

「そうだな。AIデータごと抹消した方が手っ取り早いよな」

≪じょ、冗談に決まってるじゃないですか! 私が、マスターを困らせる様な事をする訳がありませんとも!≫

 

 相棒とくだらない会話を交わしながら、道化師は再び人気のない公園を歩き始める。

 そんな道化師の胸元で、彼の相棒は切り替える様に尋ねる。

 

≪お宝は発見できましたか?≫

「いや、横領や横流し……何かと悪さはやってたみたいだけど『奴等』との繋がりは無かった。はずれだ」

 

 相棒の質問を聞いた道化師は、先程ロックを破ってコピーした中年男性の端末情報について話す。

 そのまましばらく相棒と差し障りの無い会話を続けながら歩き、数分ほど経過した辺りで足を止める。

 

≪追っ手は、ついてないみたいですね≫

「……だな。念のためにC-14、D-8、B-6を経由してから戻る」

≪了解。転送術式展開します≫

 

 相棒の言葉にミッドチルダの東西南北の区画を割り当てた、彼等にしか分からない座標ポイントを指示。再び道化師の姿は緑色の光に包まれて消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アジト――

 

 

 広大なミッドチルダの一画……拠点として利用している元研究所に戻ってきた道化師は、端末を取り出して通信を行う。

 夜遅い時間にもかかわらず数度のコールで通信は繋がり、モニターには彼の仲間であるオーリスの姿が映る。

 

『お疲れ様、クラウン。どうだった?』

「残念ながらはずれだったよ。データはいつもの方法で送っとくから、確認しといて」

『分かったわ。じゃあ、明日そちらに行くから……詳しい報告はその時に』

 

 クラウンと呼ばれた道化師とオーリスは、最低限の確認だけを行って通信を終了させる。

 そしてクラウンは仮面を外し、広さの割に家具の少ない自室のソファーに疲れを癒す様に座る。

 セミロングに揃えた明るい金髪を触り『今の顔』を疲れた様な表情に変えて溜息をつく。

 彼がクオン・エルプスからクラウンへと名前を変えて早三年半。現在の彼はあちこちの黒い噂を探って世界を飛び回りながら、潜入と調査を繰り返していた。

 以前はまだ幼さが残っていた表情も、今はどこか影を秘めた大人のものへと変わりつつある。

 そのままクラウンはベットには移動せず、疲れた体をソファーに沈めてゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日――

 

 

 翌朝……出勤前に大きなビニール袋を持って、オーリスはクラウンの元を訪ねた。

 

「おはよう……随分疲れた顔をしてるわね」

「おはようございます。まぁ、一仕事終えたばかりですからね」

 

 迎えてくれたクラウンの顔を見て、オーリスは軽くため息をついてから簡素なソファーに座る。

 クラウンもそれを見て、対面のソファーに座りながら言葉を発する。

 

「データはちゃんと届いてました?」

「ええ……仮面を付けて無い時は、相変わらずその話し方なのね」

「まぁ、追々慣れていきますよ」

 

 敬語で話すクラウンの言葉を聞き、オーリスは軽く微笑みながら言葉を返す。

 クラウンは仮面の有無……任務中かプライベートかで口調を使い分けていた。

 本人はまだ慣れてないからだと口にしてたが、実際の所はそうしないと昔の自分を忘れてしまいそうだったからだった。

 以前とは顔も変わり、名前も変わったクラウンにとって、話し方だけは以前の自分を思い返す事の出来る唯一のものだった。

 オーリスもそれは知っているのか、それ以上は何も聞かずにクラウンから報告を受けていく。

 しばらくして大まかな報告を受け終わり、オーリスは溜息をつきながら言葉を発する。

 

「まぁ、分かってはいたけど……そう簡単に尻尾は掴めないわね」

「地道に調べていくしかなさそうですね。とりあえず、次のターゲットの所には明後日には潜伏します」

「……いくらなんでも急ぎ過ぎじゃないかしら? ここのところロクに休んで無いんでしょ?」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、オーリスは心配そうな表情で言葉を発する。

 オーリスの言葉通り、クラウンはこの三年半という期間の間、非常に忙しく各地を飛び回っていた。

 ターゲットとなる相手が見つかればその場に向かい、情報を集めている間は自己鍛錬に費やす。ロクに睡眠すら取ってないように思えた。

 本人にも自覚はあるのか、クラウンはオーリスの言葉を聞いて少し困った様な表情を浮かべる。

 

「……それは……」

「気持ちは分からないでもないけど、焦っても良いことなんてないわよ? 休む事も仕事の内だと思いなさい」

「……はい」

 

 真剣に自分を心配してくれているオーリスに対しては、クラウンも頭が上がらない様で……告げられた言葉に、少し沈黙してから頷く。

 それを見たオーリスは満足そうに微笑み、持ってきていた大きなビニール袋をクラウンに差し出す。

 

「よし、そうときまれば……はい、これ!」

「なんですか? これ?」

「外出用の私服よ。貴方任務以外ではロクに外にも出てないでしょ? たまには街にでも出て羽を伸ばしてきなさい」

「……」

 

 オーリスから差し出された服の入ったビニール袋を受け取り、クラウンは再び困った様な表情を浮かべる。

 確かにオーリスの言葉通り、クラウンは任務以外で外に出る事は『あまり』無く。任務用の服と部屋着以外の衣服も持っていなかった。

 しかしやはり、休むという事には気が引けるのか……クラウンは困った様な表情のままでビニール袋を眺める。

 

「さっきも言ったけど、休む事も仕事の内よ! どうせここにいたんじゃ、訓練ばっかりで休まないんだし……ちゃんと外出する事!」

「……了解です」

 

 自分の考えを見透かす様に強い口調で告げられたオーリスの言葉を聞き、クラウンは悪戯がばれた子供の様に苦笑しながら頷く。

 

「よろしい。じゃあ、さっそく着てみてくれる? たぶんサイズは大丈夫だと思うけど……」

「わかりました。じゃあ、着替えてきますね」

 

 オーリスの言葉に頷き、クラウンは奥にある寝室として利用している部屋に移動する。

 そして少しして……何故か先程より困った顔を浮かべ、オーリスの元に重い足取りで戻ってきた。

 

「あ、あの……オーリスさん?」

「サイズはピッタリみたいね」

「い、いやサイズじゃなく……こ、これは一体……」

 

 戻ってきたクラウンの姿は、ドクロマークの入ったTシャツに黒い革のジャケット。やたらツヤがある黒いジーンズと、一昔前の不良の様な格好だった。

 

「え? だから、貴方の服だけど?」

「いや、その、これを選んだ基準は?」

「カッコイイじゃない!」

「……」

 

 満面の笑顔で答えるオーリスの言葉を聞き、クラウンは絶句した様に口を開く。

 

「うんうん。とても良く似合ってて、素敵よ」

「は、はぁ……(バリアジャケットのデザイン見てから薄々思ってたけど……オーリスさんのセンスって……)」

 

 満足そうに頷くオーリスを見て、クラウンは反論を諦めてがっくりと肩を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーリスが仕事に向かうのを見送った後、クラウンはアジトの中を出口とは別の方向に進んでいた。

 そのまま厳重に閉ざされた扉を幾つかくぐり、元々研究所として使われていたこのアジトの一番奥に当る部屋の前までやってくる。

 そして扉の前で訪問を知らせるチャイムを鳴らし、ドアのロックが解除されるのを確認してからその部屋に入る。

 

「おはようございます。クイントさん」

「クラウン! 帰ってきてたのね。おはよう」

 

 広い部屋の中には料理をしていたのだろう、エプロンを身に付け長い紫の髪を邪魔にならないように後ろで束ねたクイントの姿があり、クラウンの姿を見たクイントは明るい笑顔を浮かべて挨拶を返す。

 クイントはレジアスに保護される事になってから、ここでクラウンと共に生活していた。

 と言っても建物自体が広い元研究所であり、クイントの立場上かなり厳重に匿われている為、一緒に暮らしているというよりは近くに住んでいるという方が正しかった。

 広い室内には生活に必要なものが一通り揃えられており、部屋から出なくとも十分に暮らせるようになっていた。

 

「ええ、昨夜遅くに……顔を出すのが遅れて申し訳ないです」

「そうなんだ……どうだった仕事は? やっぱり大変だった? 疲れて無い?」

「あ、えと……」

 

 クイントはクラウンの返答を待たずに次々審問を重ね、クラウンは困った様に苦笑する。

 そことふとクイントはクラウンの着ている服がいつもと違う事に気付き、その妙な格好に一瞬怪訝そうな表情になって尋ねる。

 

「あれ? ……その格好は?」

「あ、あはは……その、色々事情がありまして」

 

 その表情から大体の感想は読み取り、そしてクラウンは自分も同意見な事を感じながら頭をかく。

 そして気を取り直す様に表情を切り替え、クイントに向って微笑みながら尋ねる。

 

「クイントさんの方はお変わりないみたいですね。今回は少し長く空けてしまいましたし、何か足りないものがあったりしますか?」

「ううん。食糧なんかもまだまだ余裕はあるし、大丈夫よ。ただ、ちょっと運動不足ではあるかな」

 

 クイントはクラウンの言葉に笑顔で答えながら、自分の二の腕を軽く触って苦笑する。

 クイントは外出する事が出来ず、クラウンは任務で空けがちな事もあり、生活用品等は基本的にオーリスが補充を行っている。

 マメなオーリスの事なのでクラウンも心配はしていなかったが、一応念の為に毎回確認するのが恒例だった。

 

「不自由な生活をさせてしまって申し訳ないです」

「気にしないで、事情は理解してるから。それに私が寂しくないように、クラウンが気を使ってよく顔を出してくれるからね」

 

 今までも何度もあったやり取り、クイントが今こうして外出も出来ない生活をしている事に、クラウンは少なからず責任を感じていた。

 しかしクイントはクラウンを恨んでなどいないどころか、命を救ってくれた事に深く感謝していた。

 

「貴方が優しいのは知ってるけど、なんでも自分のせいだと思っちゃ駄目だよ?」

「……はい」

「あ、そうだ。折角なんだし、一緒にご飯食べましょ」

「そうですね。では、ご馳走になります」

 

 まるで姉の様に優しく言い聞かせるクイントの言葉を聞き、クラウンは強張っていた顔を少し緩めて頷く。

 口では今思いついた様に言っていたクイントだが、クラウンが入室してきた時から作る料理の量はちゃんと増やしていた。

 

 

 

 料理を挟んで席につき、時折雑談を交わしながら朝食を取るクイントとクラウン。

 

「いつもながら、器用に食べるわね」

 

 右腕一本で器用に食事をするクラウンを見ながら、クイントは口元に微笑みを浮かべて言葉を発する。

 

「流石にもう三年半経ちますし、慣れましたよ。片腕にも、この『箸』ってやつにも」

「ふふふ、ごめんね。私の旦那がそういう料理が好きで、私のレパートリーもそっちに偏っちゃってるからね」

 

 クイントの作る料理の多くは、和食と呼ばれるミッドチルダでは珍しいものだった。

 スプーンやフォークではなく、箸で食べるその料理に初めは戸惑ったクラウンだったが、今ではすっかり慣れて違和感無く食べられるようになっていた。

 クイントとそんな雑談を交わしながら、ふとクラウンはクイントの方を向いて微笑みながら言葉を発する。

 

「あ、そうそう。実はこれから街に出てくるんですが……なにか、買ってきましょうか?」

「そうねぇ……あっ、あれが良いかな。何て言ったっけ? あの、丸いチョコレートの中に色々入ってるやつ!」

「チョコポット……でしたっけ?」

「そう、それ! 普通の食糧には困って無いけど、お菓子とかはあまり食べる機会が無いからね」

 

 コロコロと表情を変えて話すクイントを見て、クラウンも穏やかに微笑みながら話す。

 行っている任務の性質上、人の悪意と言うものに非常によく触れるクラウンにとって、オーリスやクイントとの会話は一種の清涼剤のようなものだった。

 実際オーリスが指摘した様に、クラウンは精神的にかなり疲労していた。今日外出前にクイントの元を訪れたのも、それを自覚していたが故だったかもしれない。

 

「わかりました……また西区にも寄って、ご家族の様子も見てきますね」

「……ごめんね。貴方も疲れてるのに……」

「いえ、構いませんよ。と言うよりも、もっと頼んでくれていいです。連れて行って会わせる事は出来ませんが、様子を見るぐらいならいつでも行ってきますので」

 

 クラウンの言葉を聞き、クイントは一瞬さみしそうな表情を浮かべて俯く。

 外出できないクイントの代わりに、クラウンは時折ナカジマ家の様子を見に西区に足を運んでおり、それが任務以外での数少ない外出の目的だった。

 

「ありがとう……それじゃあ、クラウンが怪しい人に見られない程度にまたお願いしちゃうわね」

「10歳前後の女の子を監視するストーカーですか?」

「ふふふ、しかも父親も監視する感じの……」

「そんなので捕まったら、もう精神的に立ち直れませんね」

 

 楽しげに笑いながら言葉を交わした後、クイントは真剣な……母親の表情になって言葉を発する。

 

「あの人の事もそうだけど……ギンガとスバルも、何ていうかこう……一直線な所があって、何かと心配なのよ」

「ああ……きっと母親に似たんでしょうね」

 

 しみじみと語るクイントの言葉を聞き、クラウンは頭に浮かぶクイントの姿を想い浮かべながら苦笑する。

 しかし本人には自覚が無い様で、その言葉を聞いたクイントはキョトンとした表情で首を傾げる。

 

「え?」

「いえ、なんでも……そろそろ、出かけます」

 

 それ以上は藪蛇だと感じたクラウンは、空になった食器に箸を置きながら言葉を発する。

 

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「あ、後片付けは私がやるから、置いておいて」

 

 クイントの言葉に頷いて立ち上がりドアの前まで歩いてから、クラウンは振り返ってクイントに言葉を発する。

 

「そうそう、また明日近接戦闘をご教授いただいても良いですか?」

「ええ、勿論。私なんかじゃ、教えられることも少ないと思うけど……」

「ご謙遜を……貴女の戦闘技術が一流なのは、普段叩き潰されてる俺が良く知ってますよ」

「た、叩き潰すって……」

 

 クラウンの発した言葉を聞き、クイントは不満そうな表情をするが……否定できる要素が思いつかなかったので苦笑する。

 クイントは時折クラウンの訓練に付き合っており、片腕だけになってしまったクラウンの近接戦闘の師と言って良い存在だった。

 片腕に大鎌と言う特殊なクラウンの戦闘スタイル。その近接戦闘が今ではまともな形になっているのは、彼女の功績が何より大きかった。

 元々クイントもやや特殊な格闘術『シューティングアーツ』の使い手であり、培った経験を生かして片腕でも違和感なく戦える戦闘技法を考案した。

 

「ともあれ、またよろしくお願いします。それでは、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい……気を付けてね」

 

 微笑みながらドアを開け部屋から去っていくクラウンを、クイントも笑顔で軽く手を振って見送る。

 一般的とは言えない共同生活を送る二人。しかしその関係は、どこか家族のそれに近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クイントの部屋から出口へ向かって廊下を歩きながら、クラウンは改めて自分の姿を見て溜息をつく。

 ただでさえ目立ちそうな服装の上に、彼は戦闘等の邪魔になるという理由で義手も付けておらず、中身の入っていない左側の袖と……何とも視線を集めそうな様相だった。

 

「にしても、やっぱりこの格好は……」

≪大丈夫です。とても良くお似合いですよ。どこからどう見ても、街のチンピラにしか見えません!≫

 

 そんなクラウンに向って、胸元にあるネックレス型のデバイス。彼の相棒であるロキが楽しそうな口調で話しかけてくる。

 

「何一つ嬉しくない褒め言葉をありがとう」

≪お褒めに預かり、光栄です≫

「……」

 

 いつも通りのロキの様子を見て、クラウンは大きくため息をつきながら疲れた表情を浮かべる。

 

「昔はもっと機械的な性格だったのに……なんで、こうなっちゃったかな?」

≪おそらくですが……私は元々高度処理が出来るAIでは無かったにも拘らず、人格データを維持したまま外部からバージョンアップした影響かと≫

「人間的になったと喜ぶべきか、性格が悪くなったと嘆くべきか……俺が疲れてる原因の一端は、お前にある様な気がしてきたよ」

 

 以前は量産型のデバイスらしく、融通のきかない硬い性格で口数も少なかったロキだが……高度処理が出来るまでにバージョンアップした影響か、性格は非常に人間味をおびていた。

 言葉にはどこか感情が籠り、交わす言葉も時折からかう様なものが混ざる様になってきていた。

 

≪マスター……お疲れなのは承知していますが、他者に責任転換をしてしまうのは荒んでいる証拠です。先ずは自分が悪いという自覚を持って、改善していきましょう≫

「……」

 

 さらり非難の言葉を流すロキを、クラウンはジト目で睨みつける。

 

≪さあ、今日はどこに行きましょうか?≫

「とりあえず、新しいデバイス買いたいからデバイスショップかな?」

≪ご、ごめんなさい! それだけは!!≫

 

 呆れた様に話すクラウンだが、その言葉はどこか優しい声色だった。

 ロキのクラウンに対するからかう様な言葉は、精神的に疲れがちの彼の気を紛らわせるためのものである事を、クラウンはちゃんと気が付いていた。

 魔導師とデバイス。交わす言葉はどこか悪友じみたものでありながら、同じ道を歩くその絆はとても強いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ西部・エルセア地方――

 

 

 ミッドチルダの西部の市街地。平日の昼でも多くの人々が行きかう中、クラウンはオープンテラスの席でコーヒーを飲みながら人の流れをぼんやりと見て呟く。

 

「まぁ、街に出たからと言って……遊ぼうって気分になるわけでもないよなぁ……」

≪真っ先にクイントさんの家族の様子を見に行ってる辺り、どうしようもないですね≫

「留守とは思わなかったな。確かギンガさんも今日は陸士訓練校が休みの筈だし、スバルさんと一緒に家にいるかと思ったんだけど……」

≪その発言は、紛う事無きストーカーですよね≫

 

 携帯端末のモニターを起動して、そこに表示されたデータを眺めながら呟くクラウンに、ロキが呆れた様な突っ込みを入れる。

 街に出てから数時間……クラウンは早くもやる事が無くなっていた。

 と言うのも彼は、昔から休日を過ごすのが得意では無かった。

 局の施設で育ち、10歳になった頃には早くも局員として社会に出た。真面目な性格だった事と、これと言って趣味も無かった為に以前も休日は訓練などに費やしていた。

 ここ三年半は特にそれが顕著で、ひたすら任務と訓練の繰り返し……急にこうして街に出てきても、なにをどうして良いか分からなかった。

 唯一出かける前から決定していた目的、クイントの家族の様子を見るというのも留守だった為に空振りに終わり、現在はカフェでコーヒーを飲みながら考え込んでいた。

 

「ゲンヤさんは仕事中。流石に陸士部隊隊舎まで見に行くのはリスクが高いか……まぁ、夜には帰ってくるだろうし後でまた様子を見に行くとして……何をするかなぁ?」

≪とりあえず……私服買ったらどうですか? このままだと、毎回それ着る事になりますよ≫

「そうしよう……」

 

 これと言ってする事も思い浮かばなかったクラウンは、ロキの提案に頷きオープンテラスを出て服屋に向かう。

 

 しかしそれも大した時間はかからず、30分足らずでクラウンは再び手持無沙汰になってしまった。

 買った服を魔法でロキに収納し、困った様に頭をかきながら街をぼんやりと歩き……結局何もする事が思い浮かばなかったので、あまり興味の無い雑誌を適当に買ってカフェに戻り時間をつぶす事にする。

 再びオープンテラスの席に座り、買った雑誌をパラパラとめくるクラウン。

 

「なんか無理にアレコレしようと考えると、逆に疲れるもんだよな」

≪マスターは本当に休むのが下手ですね。趣味の一つ位作ったらどうですか?≫

「……そうだな」

 

 雑誌を眺めながら時折街行く人々に視線を向けながら、クラウンはロキの提案に何処か他人事のように答える。

 自分が今身を置いている場所、選んだ道に後悔は無かった。ただこうして平穏の中に身を置くと、それがどこか遠いものに感じるのは、クラウンが精神的に疲れ切っている証拠とも言えた。

 結局そのままクラウンは平穏に混ざる事を拒む様に、遠い目で時間をつぶし続けた。

 

 辺りが夕暮れに染まり始めると、クラウンは数時間座っていた席から立ち上がって歩き始める。

 途中で花屋に寄り、小さな花束を買ってからエルセア地方の外れにある墓地へと向かう。

 それは彼が一方的にした約束……夕暮れの墓地で、今ではクラウン以外墓参りに訪れる者が居ない。一人の女性の名前が刻まれた墓に花を供え、数分間祈るように目を閉じた後で再びクイントの家族の様子を見る為に彼女の家に向って歩き出す。

 墓地を出ようとした所で、クラウンの携帯端末が通信を知らせる音を鳴らす。

 

「どうかしました?」

 

 モニターを起動して尋ねるクラウンの前に、オーリスの焦った様な姿が映し出された。

 

『休んでいる所、ごめんなさい。ちょっと厄介な事が起きてね』

「厄介な事?」

 

 オーリスの言葉を聞き、クラウンはすぐに表情を真剣なものに戻して聞き返す。

 先程までの覇気が無い様子を考えると、皮肉ながら彼はやはり仕事をしている時が一番元気みたいだった。

 

『北部にある臨海第8空港で、大規模な火災が発生したわ』

「空港火災!?」

 

 オーリスの告げた言葉に、クラウンは驚いた様な表情に変わる。

 

『現地の部隊が救助活動に当っているのだけど、どうも難航しているみたいでね……行けるかしら?』

「勿論行けますが……」

『言いたい事はあるだろうけど、今はとりあえず現地での人命救助を優先して……くれぐれも、見つからないようにね』

「了解です」

 

 今までもクラウンはこうした緊急災害に対し、オーリスの要請で参加した事があった。

 理由は単純で、出動要請等の手続きに時間がかかる増援部隊よりも、場合によってはクラウンの方が迅速に人命救助を行う事が出来るからだ。

 クラウンは通信を終えて周囲を見渡し、人目が無いのを確認してからデバイスを展開。仮面を付けた黒いバリアジャケットの姿に変わる。

 

「第8臨海空港が近いのは……」

≪A-13ポイントです。転送術式展開します≫

 

 一瞬でクラウンの考えを察したロキが転送術式を展開し、緑色の光と共にクラウンの姿は墓地から消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・臨海第8空港付近――

 

 

 臨海空港から近く、人目につきにくい裏路地に姿を現したクラウンは遠目に空港を見て呟く。

 

「物凄い規模だな。あれ空港全体に及んでるんじゃないか?」

 

 巨大な空港を丸ごと包むかのような大きな炎を見て呟いた後、クラウンは空中に浮遊しながら魔法陣を展開させる。

 

「ともかく、急いで向かうか……インビシブル」

≪インビシブル≫

 

 クラウンは正規局員ではない為、こうした災害救助の際も姿を隠して行う必要がある。特にこの手の火災現場だと、下手をすれば犯人に疑われかねない。

 オプティックハイドを改良した魔法……インビシブル。継続して魔力を消費しなければならないという欠点はあるものの、オプティックハイドよりも継続時間が長く術者の激しい動きにも強い魔法。

 それを唱えたクラウンの姿は空中で見えなくなり、そのままクラウンは燃え盛る炎を目印に空港へと向かう。

 

 

 

 空港に到着すると、周囲には火災規模に比べ明らかに少ない……一部隊か、多くて二部隊程度の局員の姿が見えた。

 

(いくらなんでも少なすぎるんじゃ……地上本部はなにやってんだか……)

(また出動要請がどうのこうので到着が遅れているんですかね? とりあえず、生体反応探知開始します)

 

 あまりに少ない人数を見てクラウンが念話で呟くと、ロキも同意する様に念話を返して要救助者の探索を開始する。

 クラウンはその言葉に頷いた後、火の手が遠い安全な地点の座標を転送術式に記憶させてから、燃え盛る空港に向かって突入する。

 

 

 

 爆発でもあったのかと思える様な崩壊した通路を奥へと進み、早々と三名の要救助者を発見したクラウンはその周囲に障壁を展開する。

 三人の要救助者は突然出現した障壁に驚くが、それが周囲の熱を遮っているのを理解すると、何処か安心したような表情を浮かべる。

 そして三人の足元に順々に転送術式を展開し、空港の外へ三人を転送する。

 

(正直この方法は、効率悪すぎるよな?)

(仕方ないですよ。この炎の現場で、そんな仮面付けた片腕の男が現れてみてください。阿鼻叫喚ですよ)

 

 要救助者を一人一人転送魔法で送るのは魔力の消費が非常に厳しいが、以前似た様な現場で姿を現し要救助者の子供に泣き叫ばれた事もあった。

 泣くだけならまだいいが、混乱して逃げ回られでもしたら危険すぎる。その為クラウンは姿を消したままで転送魔法という、魔力消費が大きく非効率的な手段で救助を行っていた。

 

(まぁ、他にも救助してる局員は居るだろうし……魔力が切れる前に救助活動が終わる事を祈るよ)

(ですね……あ、次はかなり奥です。エントランスらしき広いスペースに一名)

(了解)

 

 ロキの言葉を聞き、クラウンは再び姿を隠したままで飛行。生体反応のある地点に向かって移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生体反応のあった地点の付近まで来た辺りで、突如ロキがクラウンに念話を飛ばす。

 

(待って下さい! 生体反応が、二つに増えました!)

(……増えた?)

 

 ロキの念話を聞き、クラウンは一旦空中で停止してから聞き返す。

 

(一方は非常に大きな魔力反応。魔導師かと思われますが……どうしますか?)

(救助に当ってる魔導師か? この地点まで来るのは早すぎる気がするけど……念のために、確認はしておこう)

 

 クラウンは現地の救助隊との鉢合わせを避ける為、出来るだけ奥の方……中々救助隊の手が回らない地点を中心に行動していた。

 他の要救助者を救助しながら、既にこの地点まで来ているという事は相当優秀な魔導師だと想像出来た。

 クラウンは一旦地面に着陸し、通路の影からエントランスの方を覗き込む。

 覗き込んだクラウンの視線の先、一人は周囲の瓦礫と炎に隠れて姿が見えなかったが、もう一人は見覚えのある少女だった。

 

(……うん? あれは……)

(スバルさん!?)

 

 床に座り込んでいた青髪の少女は、クラウンが何度か様子を見に行った事のあるクイントの娘……スバルだった。

 スバルが空港火災に巻き込まれていた事に驚いたクラウンだが、直後に聞こえてきた声は更に彼の心を大きく揺さぶった。

 

「良かった。間に合って……助けに来たよ」

(!?!?)

 

 その声は、彼が知っているものよりもいくらか大人びてはいたが……聞き間違える筈の無い人物の声だった。

 そしてその声が聞こえた直後。視線の先、スバルの前に白いバリアジャケットに身を包んだ長い茶髪のツインテールの女性が降り立つ。

 

「よく頑張ったね。偉いよ」

 

 スバルの頬に手を当て、優しい声をかける女性。

 

(ま、まま、マスター……あ、あれって……)

(なのは……さん……)

 

 以前よりは随分背も高く、顔も大人っぽくなってはいたが見間違える筈もないその姿。彼が心から憧れ、家族の様に大切に思った人物……高町なのはの姿がそこにあった。

 局員に復帰したというのはクラウンも噂を聞いて知ってはいたが、直接その目で姿を見るのは事件後初めてだった。

 まさかこんな場所で遭遇するとは夢にも思っていなかったクラウンは、ただ茫然となのはの姿を見続けていた。

 

「もう大丈夫だからね。安全な場所まで、一直線だから!」

 

 そんなクラウンの視線には気付かないまま、なのはは優しく告げて立ち上がり、スバルの周囲に障壁を展開してから杖を天井に向けて構える。

 足元に桃色の魔法陣が展開すると同時に、彼女のデバイスであるレイジングハートが砲撃の準備に入る。

 

≪ファイアリングロック、解除します≫

「一撃で、地上まで抜くよ!」

 

 なのはは力強く言葉を発し、天井を睨むように見る。

 

(一撃で!? そんな、何層あると……)

(いや、あの人なら……)

 

 なのはの言葉を聞いて驚愕するロキに、クラウンは確信したように言葉を返す。

 そしてレイジングハートに二発のカートリッジがロードされ、なのはがそれを構えると先端に凄まじい魔力が収束し始める。

 

「ディバイーン! バスター!!」

 

 なのはの声と共に杖の先端から巨大な桃色の閃光……クラウンが……クオン・エルプスが憧れた。今も記憶に強く残る。いや、それ以上に力強く美しい収束砲が放たれ、何層もある空港の天井を軽々と貫通する。

 そしてスバルを抱え、貫通した天井から空へ飛び上がるなのはの姿を、クラウンは顔に付けていた仮面を外して見送る。

 

≪……よろしいのですか? たとえあの人がマスターに気付かなくても、言葉を交わす事ぐらいは出来るんですよ?≫

 

 いつの間にか仮面を外して姿を現し、想い焦がれる様な視線を空に向け続けるクラウンに、ロキは念話では無く音声で尋ねる。

 

「いいんだ……元気な姿が見れただけでも、十分すぎるよ」

 

 そんなロキの言葉に優しげな笑みを浮かべて答え、クラウンはゆっくりとなのはの飛んでいった方向に背を向ける様に真逆の通路を見る。

 頭に浮かぶのは、以前なのはが笑顔で語っていた言葉。

 

「……(なのはさん。貴女は今も変わらず、その力を誰かの為に使っているんですね)」

 

 心から嬉しそうな笑みを浮かべた後、クラウンは再び手に持った仮面を自分の顔に被せる。

 

≪マスター……あの……≫

「後悔なんてしてないよ。なのはさんにはなのはさんの、俺には俺の……自分で選んだ道がある」

 

 そのままクラウンはなのはの飛んでいった方向に背を向けたままで歩きだす。

 

「さあ、他にも要救助者は居る。急いで救助しよう……見つからないようにね」

≪……はい≫

 

 別々の道を進んだなのはとクラウン、いずれその道が交わる時が来るのかもしれないが……少なくとも、今はまだその時では無かった。

 心に浮かんだ喜びの感情、なのはと言葉を交わしたいという願い。その全てを仮面で覆い隠し、燃え盛る炎に向って道化師の姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新暦0071年4月29日……ミッドチルダ臨海第8空港において発生した大規模火災は、駆け付けた航空魔導師達の尽力もあり解決した。

 利用者、職員共に多数の負傷者を出し、空港施設のほぼ全てが焼失する記録的な大事故であるにもかかわらず、死者は一人も存在しなかった。

 そんな奇跡とも言える鎮火救出劇において、現場に居合わせた三人の魔導師の活躍は報道されず、一部の関係者達の記憶のみに残った。

 ……そして、姿を見せる事無く要救助者を救った仮面の魔導師の存在は、その場に居合わせた誰一人として知る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アジト――

 

 

 複数の要救助者を助け、航空魔導師部隊が到着したのを確認してから、クラウンは火災の現場からアジトへと戻ってきていた。

 そして仮面は付けたままで携帯端末を取り出し、オーリスに通信を入れる。

 

『お疲れ様。どうだった?』

「問題無いよ。とりあえず航空魔導師の本隊が到着したのを確認してから戻って来たけど……いくらなんでも遅すぎない? 出動承認の取り方、見直した方が良い気がするよ」

 

 クラウンは仮面を付けたままで、呆れた様な口調で言葉を発する。

 実際今回の大規模火災で活躍したのは、災害救助部隊と付近に拠点を置く陸士部隊。それに現場にたまたま居合わせた高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神はやての三名。

 救援要請を受けた航空魔導師が到着する頃には、要救助者は殆ど全て救助し終えていた。

 

『……まったくね。この手の緊急事件に対し、航空魔導師部隊の本隊が現場に到着するまで1時間弱。あまりに遅すぎる対応よね』

「組織が大きくなると、その分小回りが利かなくなるか……大変なもんだね」

『ともかく、ありがとう。折角の休息だったのに台無しにしてごめんなさいね。疲れてるでしょうから、次の潜伏先へ向かうのは数日ずらして……』

「いや、予定通り明後日に向かうよ」

 

 心配する様に話すオーリスの言葉を遮り、クラウンは力強さを感じる声で告げる。

 

『で、でも……』

「大丈夫、元気なら貰ったから……大切な友人にね」

 

 どこか誇らしげなクラウンの声、その表情は仮面で隠れていて分からなかったが、オーリスを安心させるだけの元気は感じられた。

 その言葉を聞き、オーリスは少し沈黙した後で微笑んで言葉を発する。

 

『そう……じゃあ、またよろしく頼むわね』

「了解」

 

 通信を切ってからクラウンは、疲れを感じさせない足取りでクイントの部屋へ向かう。

 買ってきたお土産を渡し、今日あった出来事を報告する為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翌日――

 

 ――ミッドチルダ北部・ホテル――

 

 

 夜通しの鎮火作業と、その後の事後処理を終えたなのは、フェイト、はやての三人は並んでベットに寝転んでいた。

 元々なのはとフェイトは、この北部に拠点を置く部隊で指揮官研修をしていたはやての元に遊びに来ていて、偶々発生した災害救助に参加していた。

 その為三人は事後処理が一段落した後で一緒に借りていたホテルに戻り、そのまま一部屋に集まって疲れた体を休ませながら先の事故の事を話していた。

 そんな三人の耳に、はやてが付けたテレビの音が聞こえてくる。

 

『はい、こちら現場です。火災は現在鎮火していますが、煙は未だ立ち上がっている状態です。現在は、時空管理局の局員によって、危険の調査と原因の究明が進められています』

 

 テレビのモニターにはレポーターの姿が映り、その背後にはなのは達が鎮火救助を行った空港が映し出されていた。

 

『幸いにも、『迅速に出動した本局航空魔導師隊』の活躍もあり、民間人に死者は出ておりません』

「うぁ~、やっぱりな~」

 

 レポーターの報道を聞き、はやては呆れた様な声をあげてベット倒れ込む。

 

「うん?」

 

 はやての声を聞いたフェイトが、眠たそうな目をしながら顔をあげて首を傾げると、それを見たはやてが言葉を続ける。

 

「実際に働いたんは災害担当と、初動の陸士部隊と、なのはちゃんとフェイトちゃんやんか」

「まぁ、民間の人達が無事だったんだし」

「……」

 

 1時間以上到着が遅れた航空魔導師隊が中心になって対応したかのような報道に、心底呆れた様な声をあげるはやてに対し、フェイトは苦笑しながらなだめるような言葉を発する。

 しかしなのはは、特に反応する事も無くぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。

 

「なのはちゃん?」

「え? あ、うん。なに?」

 

 はやてがその様子を見て首を傾げながら尋ねると、なのはは慌てて返事を返す。

 

「疲れてる?」

「あ、えと……そうじゃなくて」

 

 心配そうに尋ねるフェイトの言葉を聞き、なのはは何度か自分の中で言葉を探す様に首を傾げた後で口を開く。

 

「なんか……懐かしい感じがして」

「懐かしい? なにが?」

「んー。いや、ごめん。よく分かんない」

「「?」」

 

 なのは自身どうやらよく分かっていない様で、その言葉を聞いたフェイトとはやても揃って首を傾げる。

 なのはは昨晩空港で鎮火救助作業を行ってから、自分でもよく分からない不思議な感情が心にあった。

 表現するなら懐かしいという気持ちが一番近いが、それが何に対してなのかは心当たりが無かった。

 そんなよく分からない気持ちを振り払う様に、なのはは気を取り直してはやての方を向く。

 

「それで、はやてちゃんの話の続きは?」

「え、あ、うん」

 

 なのはに促され、はやては少し考える様な表情を浮かべた後で意を決する様に口を開く。

 

「……私、自分の部隊を持ちたいんよ。今回みたいな災害救助は勿論。犯罪対策も、発見されたロストロギアの対策も、なんにつけミッドチルダ地上の管理局部隊は行動が遅すぎる」

 

 組織が大きくなれば、それだけ小回りも利かなくなる。クラウンがオーリスに対して呟いたのと同じような感想を、はやてもまた感じていた。

 ただ管理局に身を置いていないクラウンとは違い、管理局に所属しているはやては内部からそれを変えようと考えていた。

 

「少数精鋭のエキスパート部隊。それで成果をあげてったら、上の方も少しは変わるかもしれへん」

 

 はやては正直、現在の管理局上層部をあまりよくは思っていなかった。動きが遅く体面を重視するような体制を、何とか変えたいと考え続けていた。

 そして思いついたのが小回りの効く動きの速い部隊を作る事。事件を迅速に解決してその有効性を示す事で、上層部に現状を見直すように働きかける。

 その根底にあるのは三年半前にあった上層部の発表……今自分が考えている手段が最善とは思えなかったが、それでも何かしなければ何も変わらない。

 はやての親友、今目の前にいるなのはが味わった様な悲しみも繰り返されるかもしれない……まだ上層部に意見する程の地位も権力も無いはやてにとっては、現状思いつく上層部を変える手段はそれだけだった。

 

「そ、それでな……私がもし、そんな部隊を作る事になったら……フェイトちゃん、なのはちゃん、協力してくれへんかな?」

「「ん?」」

 

 はやての言葉を聞いたなのはとフェイトは、キョトンとした様な表情を浮かべて顔を見合わせる。

 それを見たはやては、少し慌てた様子で言葉を付け足す。

 

「も、もちろん! 二人の都合とか、進路とかあるんは分かるんやけど……あのでも、その……」

 

 遠慮した様子でどんどん声が小さくなるはやてを見て、なのはとフェイトは優しく微笑みながら言葉を発する。

 

「何、水臭い事言ってるの? はやてちゃん」

「小学三年生からの付き合いじゃない」

「え?」

 

 なのはとフェイトが優しい笑顔で告げた言葉を聞き、はやては少し驚いた様な表情を浮かべる。

 

「それに、そんな楽しそうな部隊に誘ってくれなかったら逆に怒るよ。ね? フェイトちゃん」

「うん!」

「……おおきに……ありがとうな……なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 なのはとフェイトの言葉を聞き、はやては感極まった様に目に涙を浮かべる。

 

 

 この三人の会話、はやての決意が……

 

 

 何の運命の悪戯か、裏表に別れた二人。いや、三人の道を……

 

 

 謀らずも再び一つに重ねる事になるとは……

 

 

 今はまだ、誰一人として想像していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で前回より三年半ほど経過したクラウンのお話でした。

タイトルの離合は、車の免許を持っている方ならご存知かと思いますが、狭い道で車がすれ違う事ですね。

今回クラウンの使った魔法、インビシブルは……オプティックハイドのパワーアップ版みたいな感じです。
魔力消費が大きくなった代わりに、持続時間が大幅に強化されています。外部からの衝撃に弱いのは変わりません。

幻術魔法は本編でも数が少ないので、クラウンが使う魔法はオリジナルのものが多くなっていくかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話『二人の暗躍者』

 ――新暦74年・ミッドチルダ・アジト――

 

 

 アジトの一室……仮面を外したクラウンが、いつも通りオーリスに任務の報告を行っていると、ふとオーリスが思い出したように言葉を発する。

 

「そういえば、貴方のお友達……中々凄い事やろうとしているみたいだけど、知ってる?」

「あー確か、はやてさんが新部隊の設立案を提出したんでしたっけ?」

 

 オーリスの言葉を聞いて、クラウンは思い出す様に額に指を当てながら呟く。

 クラウンもあちこちを飛び回っている影響もあり、オーリス程ではないが情報は色々と知っていた。

 今回話題に上がっているのはその内の一つ、つい先日管理局上層部に八神はやてが提出した新部隊設立の提案書。

 

「そうそう。興味ある?」

「そりゃ、まぁ……」

「じゃあこれ、昨日の会議に提出されたデータよ」

 

 やはり気にはなるのか、悩む様な表情を浮かべるクラウンに、オーリスは苦笑しながらデータを送る。

 それを受け取ったクラウンは、しばらく自分の端末で内容を眺めた後で呟くように言葉を発する。

 

「……ロストロギア対策を中心とした少数精鋭の多目的部隊……これって」

「ええ、恐らく『例の予言』に関係していると思うわ」

預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)ですか……」

 

 オーリスの言葉を聞き、クラウンはベルカ自治区にある聖王教に籍をおき、管理局でも少将という地位についている一人の女性……カリム・グラシアが持つレアスキルの名前を口にする。

 カリムの持つレアスキルは半年から数年先の出来事を、詩文形式で書きだした予言書を制作できる。未来を見通す希少技能。

 預言書は失われた古代ベルカの言語で書かれるので解読自体が難しい事や、二つの月の魔力が揃わなければ発動できないという欠点はあるが、他に類を見ない希少な力である事は間違いなかった。

 解釈ミスなどもある為に確実に当るという訳ではないが、その予言には管理局上層部も必ず目を通す。

 オーリスが口にした『例の予言』とは、近年予言書に記され始めた一つの大きな事件についての予言。

 

「上層部でもその予言については半信半疑と言った感じだけど、過去の実績を考えれば……実現してしまいそうなものね」

「未来予知ですか……レアスキルってものは、色々と凄いですね」

「……貴方の『道化の嘘(ハンブルスト・リューゲ)』も大概よ……」

 

 カリムのレアスキルについて感想を漏らすクラウンに、オーリスもクラウンの持つ常識では考えられない能力。嘘を現実に変えるレアスキルを指して苦笑する。

 

「まぁ、ともあれ……はやてさんが動いてるって事は、あの予言とレリックが関係してるって事ですかね?」

「その可能性は高いわね。何せ彼女は、レリックと未確認機……今はガジェットって呼ばれてるんだったわね。その両者の関係性に、私達よりも早く気付いてたみたいだしね」

 

 かつてクラウンが遭遇した未確認機……現在はガジェットと呼称されているそれは、同制作者のものと思われる機体が、近年になり各地で確認されていた。

 そのガジェットが、危険指定ロストロギア……レリックを狙って出現する事や、ガジェットが裏で最高評議会に関連している可能性が高いという事もあって、クラウンもレリックとガジェットについては調査を行っていた。

 しかしガジェットとレリックの関連性に一番初めに気が付いたのは、クラウンでもオーリスでも無くはやてだった。

 実際クラウン達がその関連性を知ったのも、はやて達が報告した資料を見てからだった。

 尤もはやてが、ガジェットの裏に居る存在にまで気がついているかは、今の段階では分からなかったが……

 

「最高評議会の存在は?」

「流石にそこまではたどり着いていないんじゃないかしら? 局上層部にそれらに関わる存在が居る位は、気付いているかもしれないけどね」

「予言、レリック、ガジェット、ロストロギア対策用の新部隊……ここまでの材料が揃ってると、結び付けて考えない方がおかしいですね」

 

 真剣な表情で考えるクラウンを見て、オーリスは静かに頷いた後で尋ねる。

 

「それで、貴方はどうするの?」

「どうする……とは?」

 

 オーリスの質問の意図が分からず、クラウンは首を傾げて聞き返す。

 

「彼女がレリックを追う為の部隊を作れば、貴方としては行動し辛くなるんじゃない?」

「まぁ、確かに……現場で鉢合わせする危険性も出てきますね。というか、そもそもこの部隊案……通るんですか? この部隊規模だと、なのはさん、フェイトさん、はやてさんの三人だけで魔力制限に引っ掛かる気がするんですが……」

 

 管理局に存在する部隊には、その部隊規模に応じて保有魔力の上限が定められている。多数の魔導師を有する大規模な部隊ならともかく、はやてが作ろうとしているのは少数精鋭部隊。規模に応じて決められる保有魔力の上限は当然ながらあまり多くは無い。

 そもそもなのは、フェイト、はやての様なオーバーSランクと呼ばれる魔導師ランクS越えの魔導師は、通常ならそれこそ数部隊に一人いるか居ないかと言う程度。

 それが三人も集まれば、並の部隊の保有魔力上限にはすぐに引っ掛かる筈だった。

 

「ああ、それに関しては……当人では解除不可のリミッターを付けて、実質の魔力ランクをダウンさせるみたい。まぁ、反則ギリギリの手って感じね」

「そんな抜け道が……じゃあ、設立する可能性は十分にあるって事ですか?」

 

 オーリスが告げたはやての裏技的な手法を聞き、クラウンは感心したような表情で頷く。

 

「うーん。五分五分って所かしらね。本局の方は結構乗り気みたいなんだけど……拠点を地上に置く以上、地上本部での承認も必要になるでしょ? ほら、陸には海嫌いが多いから」

「海と陸との確執は、今も変わらずですか……」

 

 次元航行部隊を主とする通称『海』と、地上部隊を主とする通称『陸』……それぞれの本部である本局と地上本部の間には、昔から確執が存在した。

 その原因の一つに、両者のパワーバランスがあった。

 海の部隊は様々な別世界での任務があり、昇進の機会も多い。その為若く優秀な魔導師は海に流れがちで、陸には魔導師が不足していた。

 様々な事態に対応するための強力な戦艦の存在もあり、海は陸に比べて非常に大きな武力を有していた。

 その為地上部隊……特にその武力差や魔導師流出による弊害を受ける地上本部の上層部には、海を毛嫌いしている者が多く存在していた。

 

「レジアス中将は?」

「父さん個人としては賛成みたいなんだけど……前とは違って、今は部下が多いからね。そういう立場的な問題もあって、表だって賛成する訳にはいかないみたい」

 

 以前は少将だったレジアスも現在では中将となり、かつてと比べて部下も桁違いに増えていた。

 現在では地上本部の実質的なトップとまで評される様になっていたが、そのせいで個人の意見を強行できない場面も多くなっていた。

 

「アインヘリアル建造の時も、そんな感じでしたっけ……あんな馬鹿でかい大砲作って、陸は戦争でもする気なんですかね?」

「自分達はこんな大きな力を持っている。これさえあれば大丈夫……とまぁ、お偉方は安心が欲しいんでしょうね。それにしても過ぎた力だとは、私も思うけどね」

 

 二人の会話に出たアインヘリアルとは、現在地上本部が現像を進めている巨大魔力攻撃兵器の事。戦艦の主砲に匹敵するその兵器を、ミッドの各地に製造して防衛を強化する計画だった。

 あまりにも巨大なその力に対し、本局は慎重に検討するべきという意見を強め、現在運用の可否を巡って本局と地上本部で幾度も議論が行われていた。

 レジアスもどちらかと言えばそんな危険な兵器には反対なのだが、地上本部の実質的トップと言って良い立場。海と陸との確執の問題もあって、あまり表立って否定はできない様だった。

 

「まぁともあれ、はやてさんの部隊が設立する可能性は十分にあるって事ですね」

「ええ、それで貴方はどうするの? 応援する? それとも反対する?」

 

 話を戻す様に語るクラウンの言葉を聞き、オーリスは少し意地の悪い笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「仕事のやり辛さは置いといて、そりゃ応援したいですが……俺に手伝える事は何も無いでしょ? まさか、反対派に脅しかけて回る訳にも行きませんし」

「あら、残念……折角反対派の名簿を用意したのに……」

「オーリスさん!?」

「ふふふ、冗談よ」

「……オーリスさんが言うと、冗談に聞こえな――っと」

 

 からかう様なオーリスの言葉にクラウンが反論しようとすると、部屋にあったオーブンから音が聞こえてくる。

 

「何か作ってたの?」

「ええ、ちょっとクッキーを……最近の趣味ですよ」

 

 オーリスの言葉に微笑んで答えながら、クラウンはミトンを手に付けてオーブンの中を確認しながら答える。

 

「へぇー良い趣味ね。まぁ、貴方が一人でそんな趣味を思いつくとも思えないから……大方クイントさんに勧められたんだろうけど」

「うぐっ!?」

 

 冷静なオーリスの言葉を聞き、完全に図星だったクラウンは困った様な表情を浮かべる。

 オーリスの指摘した通り、お菓子作りはクラウンがクイントから勧められたもので……レシピ等も、完全にクイントのものを真似ているだけだった。

 

「じ、時間潰しには丁度いいんですよ……あ、お一つどうですか?」

「ありがと……流石ね。クイントさんから貰ったレシピを、分量1gも変えずに作ったんでしょうね。美味しいわ」

「……」

 

 全てお見通しと言う感じのオーリスの言葉を聞き、クラウンは冷や汗を流しながら苦笑するしかなかった。

 そのまま話題を続けるのは不利と思ったのか、クラウンは焼き立てのクッキーを小さなケースに詰め始める。

 

「あら? 詰めるの?」

「ええ、自分用じゃ無くて……これから人と会う約束があるので、お土産にと思いまして」

「人と会う約束?」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、オーリスは少々驚いた様な表情を浮かべる。

 それもその筈、基本的にクラウンの交友関係は狭い。普段でも会話をするのはオーリスとクイント、時折レジアス位のものだった。

 態々人と会う約束と語る所から、クイントやレジアスの事ではないだろう……となると、思い浮かぶ人物はいなかった。

 そんなオーリスの質問を受け、クラウンは詰め終えた小さな箱を仕舞い。懐から仮面を取り出し、自分の顔に被せてから言葉を返す。

 

「以前任務で知り合った子と、デートの約束がね♪」

「……局員が駆け付けない程度にしておいてよ?」

 

 オーリスはクラウンが仮面を取り出した時点で、興味深々と言う顔は引っ込めていた。

 何故ならクラウンが仮面を被るという事は、任務に関係している事……つまりはターゲットないし、その関係者と接触してくるという事だった。

 

「了解。それじゃ、いってきまーす」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 大げさに手を振りながら、部屋を出ていく。ある程度改善されてきたとはいえ、やはり仕事人間のクラウンを見て、オーリスはやれやれと言いたげな溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ中央区画・首都クラナガン――

 

 

 首都クラナガンにあるオープンカフェの一席に、一人の女性が小説らしき本を読みながら座っていた。

 やや深い茶色のストレートヘアに、潤いを帯びた深緑色の瞳。大人と少女の間の様な、可愛らしさと美しさが共に感じられる顔立ち。

 美女と呼ぶにふさわしいその女性は、ただ静かに本のページを捲っていた。

 少しすると女性の座るテーブルに影が映り、女性は本から視線をあげてそちらを向く。

 

「……待たせたかな?」

「気にしないで、貴方が遅れるのはいつもの事でしょ?」

 

 女性の前に立った赤く短い髪の男性……姿を変えているクラウンは、軽く微笑んで言葉を発した後で向い合う様に席につく。

 注文を取りに来た店員にコーヒーを頼み、クラウンは懐から小さな箱を取り出して女性に差し出す。

 

「まぁ、お詫びって事で……クッキーでも」

「あら? 気が効くわね。一体何を企んでいるのかしら?」

「あはは、企んでるのは一体どっちなのやら……」

 

 クッキーの入った箱を受け取り、まるで挑発する様に言葉を発する女性に対し、クラウンも不気味に笑いながら言葉を返す。

 二人の間に流れる空気は友人と言うにはあまりにも鋭く、敵と言うには驚くほど穏やかで……何とも奇妙な空気だった。

 

「遅れる事より、毎度毎度顔を変える事を謝って欲しいわね。私を信用してないって事でいいのかしら……クラウン?」

「うーん。君が素顔を見せてくれたら、俺も見せても良いよ……ドゥーエ?」

「そう言いつつ、貴方は私が何者か……ある程度想像がついてるんじゃないの?」

「それはお互い様じゃないかな? それとも、俺が話す事をそのまま信用してくれるのかな?」

 

 お互い笑みを浮かべたまま、探る様な会話を交わすクラウンとドゥーエ。

 二人は以前クラウンが潜入した先で知り合い。その後もある協定を結んで何度かこうして会っていた。

 しばらくそのまま無言で視線を合わせる二人だったが、クラウンが注文したコーヒーが運ばれてきたのを見てドゥーエは軽くため息をついて言葉を発する。

 

「……探り合いは、この辺にしときましょうか?」

「だね。お互い相手の事は深く詮索し無いって協定だしね」

「ええ、私も貴方も狙っている相手は一緒。衝突するよりも共闘した方が得策……今は、ね」

 

 クラウンとドゥーエ。両者に共通しているのは、標的を最高評議会と定めている事だった。

 両者共に戦闘よりも潜入に向くタイプであり、両者共に騒ぎを起こしてバレるとまずい正体がある……遭遇した二人が共闘と言う形を取るのは、ある種当然の流れだったかもしれない。

 ドゥーエの言葉を聞いて軽く微笑み、クラウンはコーヒーを一口飲んでから尋ねる。

 

「じゃ、いつも通りの形で……どうだった?」

「あまり良い収穫は無いわね。三人とも表立って動く事は殆ど無く、それらしい動きを見せる時も配下を使っている……配下と思える人物は、こんな感じよ」

 

 クラウンの質問を聞き、ドゥーエは軽くため息をつきながら説明した後、データでは無く紙に記されたリストを手渡す。

 差し出された紙を受け取り、クラウンはゆっくりとそれを眺める。

 

「……そっちは?」

「こっちも同じかな……かなり慎重に動いてるね。密談は基本的に通信、二人以上が一ヶ所に固まる事はまず無い。迂闊に手を出せば、残った奴等は雲隠れしちゃうだろうね」

 

 ドゥーエの質問に答えながら、クラウンも懐から紙を取り出して手渡す。

 二人は互いに互いを信用していない為、情報交換はデータでは無く紙で行われる。

 受け取った紙自体も記憶した後に処分するという徹底ぶりは、両者が潜入や暗躍に長けている事を物語っていた。

 

「まぁ、何か大きな事件でも起こって、それが連中に関わってる事なら……三人雁首を揃えてくれるかもしれないね」

「大きな事件……ね。何か心当たりでもありそうな顔をしてるけど?」

「それはこっちの台詞。一体何をするつもりなのかな? 君の後ろにいる連中は……」

 

 一瞬両者とも鋭い目で視線を合わせ、少しして水掛け論になると判断して表情を戻す。

 

「まぁ、今後も少しずつお互いに情報交換しながら探っていこうか」

「そうね……ところで、一つ聞きたいんだけど」

「うん?」

 

 クラウンの言葉に頷いた後、ドゥーエは試す様な笑いを浮かべて言葉を発する。

 

「貴方との協定。貴方が私の事を局に報告しない代わりに、私はターゲットと関係ない局員には手を出さない……だったわよね?」

「……それが?」

「もし、破ったら?」

 

 ドゥーエにしてみれば、クラウンは非常に謎の多い人物。当然の事ながら信用していないし、その存在を危険視していた。

 現在は共闘関係にあるが、何れターゲットを始末し協定が終わった時に備え……出来れば今の内に、クラウンの弱みの一つでも握っておきたかった。

 そんな思惑と共に放たれた言葉を聞き、クラウンは深く微笑みながら静かに告げる。

 

「その質問の答えは……俺が君の仲間を殺した場合に、君が取る対応と一緒かな」

「……」

 

 瞬間、周囲の気温が下がった様な感覚が両者を包み……クラウンとドゥーエ、互いに向けて凄まじい殺気が放たれる。

 殺気と視線が数度ぶつかり合った後、クラウンは軽くため息をついて表情を戻す。

 

「怖いね~俺が本気だったら、躊躇い無く殺す気だったよね?」

「それも、お互い様でしょ? あ~あ、結局最終的には戦う事になりそうね」

 

 からかう様に笑いながら話すクラウンの言葉を聞き、ドゥーエも挑発的な笑みを浮かべて言葉を返す。

 クラウンはドゥーエの事はよく知らない。精々最高評議会を狙って管理局に潜入している程度。

 そしてそれはドゥーエも同様で、クラウンの正体も最高評議会を狙う理由も知らない。

 

「あはは、そうみたいだ」

「ふふふ、ホント面白いわね」

 

 しかし互いに一つだけ確信しているのは、目的は同じでも互いに相容れない立場に存在している事。

 先程交わした言葉と殺気……互いに相手を敵と見据えながら、それでも今は共闘関係にある。

 ターゲットである最高評議会の件が片付けば、その瞬間から戦いが始まる。そんな奇妙な関係ながら、そこに身を置く二人はどこかその状況を楽しんでいる様に見えた。

 

「まぁ、精々連中に見つからない様に気をつけなさい。そうすれば貴方のにやけた顔は、いずれ私が冷たくて綺麗なものに仕立ててあげるわよ」

「君の方こそ、俺がちゃんと拘留所のスイートルームを用意してあげるから、他の人に捕まっちゃ駄目だよ」

 

 挑発する様に微笑みながら話すドゥーエに、クラウンは手元のコーヒーを飲みほして立ち上がり、不気味な笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「……腹の立つ道化師ね」

「……おっかない女狐だね」

 

 殆ど同時に言葉を告げ、クラウンが背を向けて立ち去っていくのを見送ってから、ドゥーエは再び持っていた本に視線を落そうとする。

 そこでふとクラウンから貰ったクッキーを思い出し、小さな箱を開けて一口サイズのクッキーを口に運ぶ。

 

「……悪くは、無いわね。こういうのも……」

 

 一時的な味方でもあるが、同時に後の敵でもある。そんな奇妙な関係にある道化師の姿を思い浮かべ、ドゥーエは微笑みと共に独り言を呟く。

 互いにナイフを突きつけ合った状態で握手する様な、そんなクラウンとの共闘を楽しむ様に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ・アジト――

 

 

 アジトの一室では、クラウンの焼いたクッキーを茶請けに、クラウンとクイントが雑談をしていた。

 クイントは綺麗に焼かれたクッキーを一つ手に取り、それを考える様な表情で食べて言葉を発する。

 

「う~ん……65点」

「き、厳しい……」

 

 微笑みながら告げられたクイントの言葉を聞き、クラウンは苦笑いを浮かべて頬をかく。

 

「作りは丁寧だけど、面白みが無いって言うか……少し冒険してみるのもいいかもね」

「まだまだクイントさんには敵わないって事ですね」

「まぁ、私も経験豊富な主婦だからね!」

「え? 主婦? 誰が?」

 

 クラウンは目の前にいる……どちらかといえば殴り合いが本業の様な人物を見て、呆れた様な表情で言葉を発する。

 その言葉を聞いたクイントは素早く反応し、拳を握りしめて満面の笑みを浮かべる。

 

「なにか、不満があるのかしら?」

「め、滅相もありません!」

 

 逆らってはいけないその笑顔を見て、クラウンは冷や汗を流しながら勢い良く首を振る。

 そんな雑談を続けていると、ふとクイントが思い出したように言葉を発する。

 

「そういえば、あの人達の様子はどうだった?」

「相変わらずですかね……スバルさんは、災害救助の現場で活躍中。特に最近は上司達からもかなり評価されてるみたいですよ」

 

 クイントの言葉を聞いたクラウンは、手元にモニターを表示しながらクイントの家族の様子を伝えていく。

 

「ギンガさんの方も順調に活躍してるみたいで、陸曹に昇進しましたよ。ゲンヤさんは……最近やたら警戒してて、情報が探りにくいんですよね」

 

 話の途中でクラウンは、困った様な表情に変わり頭をかきながら続ける。

 

「見つかっちゃったの?」

「いえ、流石にそんなヘマはしませんし、痕跡も残してないです。ただどうも最近行動が慎重と言うか、周囲を警戒してるような節が見えるんですよ。もしかしたら、何者かが自分を探ってる位の事には気付いてるかもしれません」

 

 クラウンはクイントの為に定期的に家族の様子を探っており、それは娘二人が局入りした後も変わらなかった。

 ただ場所が実家から局の寮などに移った事もあり、以前と比べると少々苦戦していた。

 特にゲンヤは秘密裏にゼスト隊壊滅の事件を追っていて、そのせいか周囲を非常に警戒している様だった。

 

「正直大したもんですよ……仮にも俺はこれが専門ですからね。多少とはいえ気取られたのには、驚きましたよ」

「ふふふ、流石私の旦那だね」

「……まったくです。おかげで調べ方を変えたりと、色々面倒ですよ」

 

 ゲンヤに苦戦しているクラウンの言葉を聞き、クイントはどこか嬉しそうな表情で微笑む。

 そんなクイントを見て苦笑した後、クラウンは立ち上りながら言葉を発する。

 

「じゃあ俺は、幾つか調べる事があるので……ちょっと出かけてきますね」

「ええ、気を付けてね」

 

 そう告げて出口の方に向かって歩くクラウンの姿は、何処か堂々としたもので……以前の様な精神的疲れは見えない。

 そんなクラウンを微笑んで見送りながら、クイントは65点と告げたクッキーを美味しそうに口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ中央区画・地上本部――

 

 

 地上本部の内部にあるオフィス。夜勤の人間がぽつぽつと居るだけのその室内で、局員に姿を変えたクラウンはデスクのパネルを片手で器用に操作していた。

 

(うーん。やっぱり本局が主体だし……地上本部のデータベースには、あまり詳しい情報は無いみたいだな)

(例の新部隊設立についてですか?)

 

 呟くように念話を飛ばすクラウンに、ロキが現在調べているデータについて尋ねる。

 

(まぁ、ね……多少は手助けも出来るかなって)

(何をする気なんですか?)

 

 クラウンはオーリスやレジアスという後ろ盾があるからこそ、こうして局員になり済まして潜入する事が出来るが、厳密には局員では無い。

 その上、彼の交流関係……オーリスもレジアスも、元々新部隊設立には好意的。ならばどういう形で手助けをしようとしているのかと、ロキは自身の主に疑問を投げかける。

 

(大した事じゃないよ。予定をちょっと変えて……反対派の何人かに失脚してもらおうかと思ってね)

(……ああ、なるほど)

(いずれは潜入するつもりだったんだけど、レリック追ったりで後回しになってたからね)

 

 クラウンは念話でロキに説明しながら、目星を付けていた何人かの情報をデータベースから抜き出していく。

 しばらくしてお目当ての情報を確認し終え、クラウンは何事も無かったかのようにオフィスから外へ出ていく。

 

(これで大局が変わるわけでもないけど、1%位は設立の可能性をあげられるでしょ……)

(設立すると、マスターの仕事はやり辛くなりますがね)

(あっちを立てればこっちが立たない……世の中上手くいかないもんだよな)

(ホントですね)

 

 楽しげな様子でロキと念話をしながら、クラウンは人の殆ど居ない廊下を進んでいった。

 

 

 それから数ヶ月後、八神はやての提出した新部隊案が受理され、新部隊の設立が決定した。

 

 

 当初は五分五分と見られていたその新部隊案も、強硬に反対していた数名の権力者が悪事の露見により失脚する事になり、それが強い追い風となった。

 

 

 そしてこの新部隊設立により……謀らずもクラウンに、大きな転機が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前話から3年の月日が流れ、クラウンもある程度行動に余裕が出てきた感じです。
主人公なりに考える、クラウンという道化の姿が明確になってきた感じですね。

クラウンのレアスキルにも名前が付きました……『道化の嘘(ハンブルスト・リューゲ)』……嘘の嘘といった感じの名前です。

今回さらりと現在のクラウンを取り巻く環境を書いた所で、いよいよ次回からアニメ原作の時間軸、機動六課稼働に関わっていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話『重なり始める道』

 

 ――新暦75年・ミッドチルダ中央区画・地上本部――

 

 

 時空管理局地上本部の一室、オフィスに隣接した部屋の窓際に複数の人物が座っていた。

 執務官制服に身を包んだフェイトと、陸士部隊の制服を着たはやて。

 はやてとフェイトの間、ソファーの背には長い銀髪の小人……はやてのユニゾンデバイスであるリインフォースⅡの姿もあった。

 そんな三人とテーブルを挟み、やや緊張したような表情で座る二人の女性。

 一人は青のミディアムヘアーをした活発そうな印象を受ける女性……スバル・ナカジマ。

 もう一人は橙色のセミロングヘアーをツインテールで纏めた。やや勝気な印象を受ける女性……ティアナ・ランスター。

 二人は本日行われた陸戦魔導師Bランク試験を受験し、その試験が終了した際にはやて達と出会い。そのまま合否発表を待つ傍ら、はやて達から話を聞いていた。

 

「――とまぁ、そんな経緯があって……八神二佐は新部隊設立の為に奔走」

「四年ほどかかって、やっとそのスタートを切れた……というわけや」

 

 微笑みながら話すフェイトの言葉に、はやてが合わせる様に補足を入れる。

 スバルとティアナが現在聞いている話は、数年前に起こった空港火災の一件から始まったはやての夢の話。少数精鋭による新部隊の話だった。

 スバルにとってはその空港火災は、なのはに命を救われ、彼女への憧れから魔導師になる事を決意した大きな転機ではあったが……何故今現在、自分達が新部隊の話を聞いているのかは、実の所よく分かっていなかった。

 ティアナにしてみてもそれは同様で、執務官に佐官という今まであまり会う機会も無かった高い立場の人間。そんな二人が態々こうして、自分とスバルの元を訪れてそんな話をする理由は分からなかった。

 

「部隊名は、時空管理局本局・遺失物管理部・機動六課!!」

 

 そんな二人の心にある疑問を知ってか知らずか、リインフォースⅡ……リインは、その小さな体で両手を大きく広げながら言葉を発する。

 そんなリインの言葉に軽く微笑み、はやてが詳細を口にする。

 

「登録は陸士部隊。フォワード陣は陸戦魔導師が中心で、特定遺失物の調査と保守管理が主な任務や」

「遺失物……ロストロギアですね」

 

 はやての言葉を聞き、スバルはキョトンとしたような表情を浮かべるが、ティアナは冷静に言葉を発する。

 

(ティア! ティア!)

(……なによ?)

 

 真剣な表情で続けられる説明を聞いていたティアナは、突如飛んできたスバルからの念話に不機嫌そうに答える。

 

(ロストロギアってなんだっけ?)

(うっさい! 話し中よ? 後にして!)

 

 ロストロギア……現在の科学では解明できない古代遺産や技術の総称で、数多の次元世界には非常に多く存在している。観賞用程度の安全なものから、使い方一つで大災害を引き起こす危険があるものまで、その種類は多種多様。

 基本的に管理局と関わりの無い一般人でも知っている程の常識。その常識を、ど忘れしたと言いたげに尋ねてくる……陸士訓練校首席卒業者の言葉を聞き、ティアナは心底呆れた様な口調で念話を終わらせる。

 

「で……スバル・ナカジマ二等陸士。それと、ティアナ・ランスター二等陸士」

「「はい!」」

 

 真剣な表情で自分達を呼ぶはやての声を聞き、二人は慌てて返事を返す。

 

「私は二人を機動六課のフォワードとして、迎えたいて考えてる。厳しい仕事になるやろうけど、濃い経験は積めると思うし、昇進機会も多くなる……どないやろ?」

「あ、え~と……」

 

 続けて告げられたはやての言葉、自分の部隊にスバルとティアナを勧誘したいという言葉を聞き、二人は戸惑った様な表情を浮かべる。

 スバルがそのまま返答に困る様に呟くと、はやての隣にいたフェイトが微笑みながら言葉を続ける。

 

「スバルは高町教導官に魔法戦を直接教われるし、執務官志望のティアナには、私でよければアドバイスとか出来ると思うんだ」

「あ、いえ……とんでもない。と、いいますか……恐縮です……と、いいますか……」

 

 フェイトの言葉を聞き、ティアナもどう返答していいか分からないと言いたげに戸惑った表情を浮かべる。

 スバルにしてみれば、命の恩人であり魔導師を目指すきっかけになる程の憧れ、今回試験の場で四年ぶりに再開する事になったなのはから指導を受けられるのは嬉しい。

 ティアナにしてみても、執務官を目指すという自身の夢。それを実現するのに、現役の執務官からアドバイスを貰えるというのは魅力的であった。

 二人共にとって良い話ではあるものの、まだ管理局に入局して二年ほど……新人の二人にとっては、スカウトを受けるなど初めての事態であり、戸惑うのも当然と言えた。

 そして……はやての言葉に戸惑っているのは、実は二人だけでは無かった……。

 五人が囲むテーブルの裏には、凝視しなければ分からない程の小さな機械が取り付けられていた。

 

 

 

 五人が話をしている部屋に隣接したオフィス。その一画でデスクに座り、頬杖をつきながら額に軽く汗を流している人物が居た。

 

(な、なんか妙な展開になってきたな……)

(マスターもすっかりストーカーが板についてきて……デバイスとして、哀しい限りです)

 

 あくまで五人の居る部屋には視線を送らず、頬杖で耳に付けたイヤホンを隠してロキに念話を飛ばすクラウン。

 彼はスバルの試験をこっそり見に来ていたのだが、そこに合流したはやて達を見て何かあると考え、現在盗聴器を仕掛けて話を盗み聞きしていた。

 

(茶化すな……にしても、まさかスバルさんを勧誘するとは……)

(ですね。ただでさえ、機動六課の本格稼働が近くなって仕事がやりにくくなってるのに……その上、ストーキングの対象まで機動六課に所属する事になったら、面倒ですよね?)

(お前、今日メンテナンス抜きな……)

(えっ!? あ、ちょっ!?)

 

 辛辣な言葉を混ぜながら返してくるロキに対し、クラウンは冷たく言い放ってから念話を切って聞き耳を立てる。

 するとその視界の端に、はやて達の居る部屋に入っていくなのはの姿が見えた。

 

 

 

 五人が少し遠慮がちに入ってきたなのはの方に視線を向けると、なのはは軽く苦笑しながら言葉を発する。

 

「えーと、取り込み中かな?」

「ふふふ、平気やよー」

 

 なのはの言葉に対し、はやてが微笑みながら言葉を返す。

 その言葉を聞いたなのはは、五人の座っているテーブルに近付き、はやての隣に座る。

 そして手に持ったバインダーに軽く目を通した後、スバルとティアナに向って言葉を発する。

 

「とりあえずは、試験の結果ね」

 

 なのはの言葉を聞き、スバルとティアナは表情を硬くして背筋を伸ばす。

 

「二人共、技術はほぼ問題なし……」

 

 続けたなのはの言葉を聞きスバルの顔が一瞬明るくなるが、なのははやや口調を強めて言葉を続ける。

 

「でも、危険行為や報告不良は……見過ごせるレベルを超えています」

 

 スバルとティアナはBランク試験において、序盤は非常に順調なペースで進めていたのだが……中盤で確認不足により、ティアナが足を負傷。その為に終盤は、強引な手を使って試験を進めた。

 下手をすればビルが倒壊してしまう危険がある定められたコース外からの側面突入や、足を負傷したティアナを背負った状態での制御が効かない程の高速移動……それは試験官の目には厳しく映った。

 

「自分や仲間の安全だとか、試験のルールも守れない魔導師が人を守るなんて、出来ないよね?」

「うっ……」

「……その通りです」

 

 なのはの指摘に対し、スバルとティアナも自覚はあった様で、反論する事が出来ずに顔を俯かせる。

 

「だから……残念ながら、二人共不合格」

 

 なのはの口から告げられた不合格と言う言葉を聞き、スバルとティアナは悲しそうな表情を浮かべる。

 しかしなのはは軽く微笑み、そのまま少し間を置いて言葉を続ける。

 

「……なんだけど」

「「え?」」

 

 雲行きが変わる様な言葉を聞き、スバルとティアナは落としていた視線をあげてなのはの方を見る。

 

「二人の魔力値や能力を考えると……次の試験まで半年間もCランク扱いにしておくのは、かえって危ないかも? というのが、私と試験官の共通見解」

「ですぅー」

 

 軽く目をとした後真剣な表情で話すなのはの言葉に、二人の試験を担当した試験官であるリインも同意する様に頷く。

 魔導師ランクの昇級試験は、基本的に一度受けると半年間は再試験を受ける事は出来ない。

 しかし試験官が受検者の能力がそのランクの基準を十分満たしていると感じ、再試験した場合に合格の可能性が高いと判断した場合は条件付きで再試験を行う事がある。

 スバルとティアナに対しても、なのはとリインは昇級するだけの十分な実力はあると判断した様だった。

 

「ということで……これ」

 

 そしてなのはは、スバルとティアナの前に数枚の用紙と二通の封筒を差し出す。

 

「特別講習に参加する為の申込書と推薦状ね。これを持って本局の武装隊で三日間の特別講習を受ければ、四日目に再試験を受けられるから……」

「え、ええ?」

 

 条件付き再試験と言う結果は初めてなのだろう、二人は戸惑った様な表情を浮かべてなのはの顔を見る。

 なのははそんな二人に向って、優しく微笑みながら言葉を続ける。

 

「来週から、本局の厳しい先輩たちにしっかりもまれて、安全とルールをよく学んでこよ。そしたらBランクなんて、きっと楽勝だよ……ね?」

「「……ありがとうございます!」」

 

 優しく微笑みながら発せられるなのはの言葉に、スバルとティアナの表情は明るくなり、二人揃ってなのはに頭を下げる。

 そんな二人を見て、はやても優しげな口調で言葉を続ける。

 

「合格までは、試験に集中したいやろ? 私への返事は、試験が済んでからって事にしようか」

「「すみません! 恐れ入ります!」」

 

 自分達より遥かに階級が上のはやての計らいを聞き、二人は勢いよく立ちあがり敬礼をして言葉を返す。

 そして五人の話は終わり、スバルとティアナは何度か深く頭を下げてから部屋を後にして、それに続く様になのは達もオフィスから出ていく。

 

 

 

 全員が別室から離れたのを確認してから、クラウンは先程まで六人が居たテーブルに近付き、さりげない動作で盗聴器を回収する。

 そしてそのまま何食わぬ顔でオフィスを後にし、廊下を歩きながらロキに念話を飛ばす。

 

(……さて、どうするかな?)

(返事は保留みたいですが……受けると思いますか?)

(スバルさんは……受けるだろうね。で、スバルさんが受けるとなったらティアナさんも受ける)

 

 ロキの言葉に対して、二人の事を割とよく知っているクラウンは、疲れた様な様子で言葉を発する。

 

(出来る事なら、スバルさんをレリックに関わらせたくないんだけどな……)

(……戦闘機人、ですか?)

 

 少し困った様な口調で話すクラウンの脳裏には、レリックとガジェット……そしてその裏に見え隠れする存在が浮かんでいた。

 

(そういう事……クイントさんに、何て説明しよう……)

(とりあえず、考えるのは地上本部を出てからにした方が良いのでは?)

(そうだな『この顔』の本人と遭遇する訳にもいかないしね)

 

 ロキの言葉に答え、クラウンは考える様に頭をかきながら出口に向かって廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ・アジト――

 

 

 アジトにあるクイントの部屋で、向い合って席に付き会話をするクラウンとクイント。

 現在クイントは、クラウンからスバルが機動六課に勧誘されたという話を聞いていた。

 

「……そう、スバルが……」

 

 話を粗方聞き終わり、クイントは表情を険しくして何かを考える様に俯く。

 そして少しの間沈黙して、目に力を込めてクラウンの顔を見る。

 

「クラウン!」

「駄目です!」

 

 しかしその言葉は、最後まで言う前に強い口調で話すクラウンの言葉で遮られる。

 

「あ、えと……まだ何も……」

「貴女を外出させる事も、戦闘協力させる事も出来ません!」

 

 あまりに速い返答を告げてきたクラウンに、クイントは少し戸惑った様な表情になるが、更に続けられた強い口調の言葉を聞き不満そうな表情に変わる。

 二人の間にこの手の会話は、今までも数えるのが馬鹿らしく思える程繰り返されてきた。

 クイントはその性格上黙って保護される事をよしとする人間では無く、今までも度々クラウンに協力を申し出て……全て断られていた。

 

「でも……」

 

 今までならばクイントも自身の複雑な事情は理解していたので、クラウンが拒否の言葉を告げればそこで会話は止めにしていた。

 しかし今回は自分の娘も関わっている事で、やはりそう簡単に引き下がれない様だった。

 そんなクイントに対し、クラウンは普段の仮面を外している時の彼からは想像できない様な鋭い目と強い口調で言葉を続ける。

 

「いいですか? クイントさんには、最高評議会を倒した後で帰るべき場所があるし、貴女の帰りを待っている家族も居る」

「……」

 

 クラウンはまるで諭す様に、それでいて有無を言わさぬ強い口調で言葉を告げる。

 そんなクラウンの表情と、告げられた家族と言う単語を聞き、クイントは言い返す事が出来ずに沈黙する。

 

「……分かってください。貴女を、俺の様な犯罪者にする訳にはいかないんです」

「犯罪者!? ち、ちがっ、クラウンは……」

 

 表情を優しいものに変えて微笑みながら発するクラウンの言葉を聞き、クイントは自分の事を犯罪者と呼んだクラウンの言葉を否定しようと口を開く。

 

「たとえそこにどんな思想があっても、どれほど正しい目的があったとしても……俺は法を犯す犯罪者です。汚い手で情報も集めました。何人もの人間を失脚させてきました」

「ッ!?」

 

 儚く微笑むクラウンの表情を見て、クイントは悲しそうな顔で俯く。

 クイントはクラウンの事を犯罪者だとは思っていない。何の為に戦っているのか、何を守ろうとしているのか……目の前にいる彼がどんな人物かも知っている。

 しかしクイントがいくらそう思った所で、クラウンが実際に法を犯している事実は変わらない。

 そして目の前にいる自分よりも若い男性が、自分の罪から逃げる様な人物で無い事も……涙が出そうなほど知っていた。

 

「自分の事を正当化するつもりはありませんし、選んだ道にも後悔はしてません……だけど、貴女に同じ道を歩かせる訳にはいかないんです」

「……クラウン」

 

 そこまで告げた後で、クラウンはゆっくりと立ち上がり、クイントに対し優しく微笑んで言葉を発する。

 

「安心してください。貴女の守りたいものは、俺が代わりに守ります……命に変えても」

「……」

 

 強い決意を感じる言葉を告げて部屋から去っていくクラウンを、クイントはただ茫然と見ている事しか出来なかった。

 クイントはクラウンの正体に関しては、深くは知らない。自分の命を助けてくれた恩人で、管理局の闇と戦っている人物。

 明るくて、いつもクイントの事を気にかけてくれる優しい存在……正確な年齢は知らないが、間違いなく自分より年下の筈の……そんな彼の背中が、途方も無く遠く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――ミッドチルダ中央区画・地上本部――

 

 

 地上本部……変装したクラウンが、ロキと念話をしながら廊下を歩いていた。

 

(結局、マスターの予想通りになりましたね)

(ああ、これでスバルさんも機動六課所属が決定か……)

 

 ロキの念話に対し、クラウンは少々複雑そうな表情で言葉を返す。

 彼は今日別件で地上本部に来ていたのだが、偶々スバルとティアナが局員ID……再試験を突破してBランクになった魔導師ランクの更新に来ていたので、話を盗み聞いた。

 二人の話を聞く限りでは、両者とも機動六課入りを決めたらしく。近くはやてに返答をするようだった。

 

(……もうこうなると、機動六課との接触は避けられそうにないですね)

(そうだな……とりあえずは、待たせても悪いから急ごう)

 

 ロキが明言を避けた事……クラウンは立場的に非常に微妙な存在であり、レリック追う過程で機動六課と遭遇すれば、最悪の場合は交戦する可能性も出てくる。

 クラウンにしてみれば友人達と戦いたくはないが、かと言って自分の正体を明かす訳にもいかない。

 そんな頭を抱える要因を先送りにするように、クラウンは移動する足を速める。

 

 地上本部にある一室。小規模な会議等に利用される事が多い部屋の前につき、クラウンはノックをしてから入室する。

 すると室内で待っていたオーリスが、入室してきたクラウンを見て微笑みながら言葉を発する。

 

「悪いわね。態々出向いてもらって……」

「いや、それは構わないけど……重要な話って、なんですか?」

 

 クラウンは部屋のドアをロックし、オーリスに言葉を返しながら変装を解いて仮面を外す。

 そしてオーリスに促されて席に付き、向い合う様に座るオーリスの言葉を待つ。

 

「その前に……貴方の立場から見て、機動六課の事をどう思う?」

「厄介ですね。一課から五課の情報収集能力……対応が遅ければ先回りも出来ますが、機動六課は足が早そうですからね」

「そういえば、JF704型のヘリも配備されるらしいわよ」

「……最新型じゃないですか……ホントどういう手で集めてるんだか」

 

 オーリスの口から出た管理局武装隊最新鋭機の名前を聞き、クラウンはうんざりした様に溜息をもらす。

 実際クラウンは機動六課の存在に頭を悩ませていた。まだ正式稼働はしていないものの、稼働してしまえば恐ろしく広い情報網と現場に急行可能な体制。

 機動六課と同じくレリックを追うつもりのクラウンにとっては、色々な意味で最も厄介な相手であった。

 

「やっぱり苦戦してるみたいね……それで、今回の本題になるんだけど……」

「あ、はい」

「貴方、機動六課に潜り込んでみない?」

「……は?」

 

 オーリスが告げた言葉を聞き、クラウンはその言葉の意味が理解できないと言いたげに茫然とする。

 そんなクラウンの反応は想定内だったのか、オーリスは特に表情を崩す事無く言葉を続ける。

 

「ほら、機動六課に所属しちゃえば、色々行動しやすくなるでしょ?」

「い、いや、あの……オーリスさん!? あそこには、俺の事を知ってる人が大勢いるんですが?」

「ええ、だからバレない様に……いつもやってる事でしょ?」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 

 オーリスの言葉を聞き、クラウンは明らかに戸惑った様な様子で言葉を探す。

 そんなクラウンに対し、オーリスはたたみかける様に言葉を続けていく。

 

「今後の展開を考えると、レリックとガジェット……ひいては最高評議会に一番近くなるのは、間違いなく機動六課の筈よ。だったら、無理して別に探るよりも所属しちゃった方が追いやすいでしょ?」

「た、確かにそうですが……」

「今のままだと、最悪の場合。現場で鉢合わせして、敵と間違われる可能性が高い」

「……」

 

 続けられたオーリスの言葉は、クラウンも考えていたものだった為、これと言った反論が浮かばずに押し黙る。

 

「機動六課に所属してレリックを追う傍ら、最高評議会の情報も集める。たぶんこれが、この件を一番早期に解決できる手段だと思うけど……」

「……」

 

 オーリスの言葉を聞き、クラウンは困った様な表情のままで俯く。

 クラウンにもオーリスの話した手段が最善だとは分かっていたが、それでも即決する事は出来なかった。

 そんなクラウンの悩みを察したのか、オーリスは僅かに微笑みながら言葉を付け足す。

 

「……まぁ、あくまで提案ね。貴方が嫌だというなら強制するつもりはないし、それしか手が無いってわけでもないしね」 

「……」

 

 オーリスの言葉に、クラウンは無言で俯いたままで考える。

 確かにレリックを追う上では機動六課との接触は避けられないし、遭遇して交戦と言うリスクが無い分所属するのは得策だった。

 正体に関しても、クラウンにしてみれば悟らせない様に振舞うのは得意分野だ。

 ただそれでも、騙す相手がなのは達だと思うと……彼の心には迷いが生まれる。

 どうするべきか、どうしたいのか……悩むクラウンの心に、ふとある言葉が蘇る。

 

 

――約束だからな――

 

 

 クラウンとしてではなく、かつてクオン・エルプスとして交わした一つの約束。

 それを思い出すのと同時に、彼の心にゆっくりと決意が固まっていく。

 

「……わかりました」

「うん?」

「その話、受けます」

 

 静かだがハッキリと通る声で伝え、クラウンは顔をあげてオーリスの方を見る。

 

「そう……じゃあ、準備はこっちに任せてね。私や父さんには結びつかない様に、上手く潜り込ませる。詳しい日取りなんかは、また追って連絡するわ」

「了解です」

 

 オーリスの言葉を聞き、静かに頷いた後で再び仮面を被って変装をするクラウン。

 オーリスの言葉通り、手段は他にもあったかもしれない。しかしクラウンは、再び友人達の前に姿を現す道を選んだ。

 一度は完全に別れたクラウンと、彼女達の道……それが一時的にでも重なるのは、今を置いて他には無いだろうと……二人の少女と交わした小さな約束を守るために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ・アジト――

 

 

 オーリスとの話を終えアジトに戻ってきたクラウンは、首に巻いていた変声機を外し調整し始める。

 

≪何をしてるんですか?≫

「うん? 地声を設定してる……声が正体に繋がったりしないようにね」

 

 クラウンが普段つけている首輪型のチョーカーは、変声機の役割を果たしている。

 平常時はオフになっているが、機動六課に所属する際の事を考えベースとなる声を設定していた。

 

≪なるほど、じゃあ私も声でバレない様に……≫

「お前の音声データは、武装隊支給の量産機と同じやつだから大丈夫」

≪……≫

 

 ロキが告げた言葉を聞き、クラウンは設定を続けながら簡潔に答える。

 しかしどうやらそれは不満だったようで、ロキはしばし沈黙した後で不貞腐れた様な言葉を発する。

 

≪……いいじゃないですか……確かに元は量産機ですけど、今は専用機なんですし……単一ぶったっていいじゃないですか……というか、これを機に特別な音声データとか入れてくれたって……≫

「いや、お前の声が変わると俺が困るし……」

≪マスターばっかり、ずるいです≫

 

 デバイスとは思えない様な不満を口にする相棒を見て、クラウンは大きくため息をつく。たしかに量産機の音声パターンでは表現しきれない程、彼のデバイスは感情的だった。

 

「分かったよ……その内何とかしてやるから、今はとりあえず我慢してろ」

≪本当ですか!? 絶対ですよ! 録音しましたからね!!≫

「はいはい」

 

 返答を聞いた途端、機械的ながら何処か嬉しそうに聞こえるロキの声を聞いて、クラウンは苦笑する。

 機動六課に所属する事に対し未だ不安な部分はあるが、こうして人間臭い相棒と話をしていると、それが和らぐように感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日後――

 

 ――ミッドチルダ・機動六課・隊舎――

 

 

 首都からやや離れた場所に経つ大きな建物……明日から稼働を開始する新部隊・機動六課の隊舎。

 その中にある部隊長室では、はやてとリインが内装の最終点検を行っていた。

 真新しさを感じる大きなデスク、五人以上座れそうな応接用のソファー。そして部隊長補佐を務めるリインの為の小型デスク。

 

「いよいよ、明日からですねー」

「うん。しっかり気い引きしめんとな」

 

 満面の笑顔で話すリインの言葉を聞き、はやても明日から動き始める自分の部隊について笑顔で返事を返す。

 するとはやての携帯端末に通信を知らせる音が鳴り、はやてはそれを取り出して通信を繋ぐ。

 

「お久しぶりです」

 

 はやてが通信モニターを表示すると同時に、リインは邪魔にならない様に静かに自分のデスクに座る。

 

「……はい。え? ええ……ホンマですか!?」

 

 リインの位置からでは通信の詳しい内容までは聞こえなかったが、どうやら悪い知らせでは無い様で、はやては嬉しそうな声で驚いていた。

 

「ええ、是非お願いします。えと、私が出向いた方が……え? ああ、そうなんですか……分かりました」

 

 細かい打ち合わせをしているらしく、はやては時折嬉しそうな笑みを浮かべながら通信を続けていく。

 

「はい。大丈夫です……ホント助かります。ええ、ありがとうございました」

 

 はやては丁寧にお礼を言って通信を終わらせ、それを見計らってリインがはやての元に近付いて尋ねる。

 

「はやてちゃん? なにかあったんですか?」

「あ、うん。探してた魔導師が見つかってな」

 

 首を傾げて尋ねてきたリインに対し、はやては嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「魔導師? 増やすんですか?」

「うん。ほら、ティアナとキャロはちょお特殊な魔法を使うやろ? 流石のなのはちゃんでも専門外の指導は難しいかと思うてな。その辺をアドバイス出来る魔導師を探してたんよ」

 

 リインの質問に対して、はやては機動六課の新人フォワードとなる二人の人物。幻術魔法と召喚魔法、使い手の少ない特殊な魔法を使う二人の人物を指して説明する。

 実際に局内で見てみてもその二つの魔法は、ある種希少技能扱いされる程珍しいものであり、使い手も数えるほどしか存在していなかった。

 

「探し始めるのが遅くなったんと、数自体が少ないから……半分諦めてたんやけどな。さっきお世話になった人から連絡があって、召喚魔導師の方は見つからんかったけど、幻術魔導師は丁度いい人材が見つかったって」

「おぉ! じゃあ幻術魔導師さんがくるんですね!」

 

 はやての言葉に納得したように頷いた後、リインは興味深げに目を輝かせて言葉を発する。

 

「流石に急な話やから、稼働日には間に合わんみたいやけど……三日後に、挨拶をかねて本人が局員データを持ってきてくれるらしいわ」

「じゃあ、その時に細かい打ち合わせをするんですね」

「そういう事。詳しい出向の日程なんかは、正式な局員データをもろうてからやけど、簡単なデータならもろうたよ」

「おぉ、どんな人ですか?」

 

 リインも今まで幻術魔導師と言うのは殆ど見た事が無いので、はやての告げる言葉に興味深々と言った様子で聞き返す。

 はやてはそんなリインの姿に微笑み、自身の端末に送られてきた簡単なデータを確認して答える。

 

「えっと、クラウン一等空尉って人らしいわ」

「あれ? ファミリーネームは無いんですか?」

「うん。孤児院出身らしくて、ファミリーネームは無いみたいや……年齢は私より上の25歳。キャリアは12年のベテランさんや。魔導師ランクは空戦Aランクで、現在は調査部に所属してるみたいやね」

「へぇ~楽しみですね!」

 

 はやての説明一言一言に対し、リインは大きく頷きながら微笑む。

 本当に楽しみにしている様子のリインを見て、はやては微笑みながら資料に視線を戻し……ふと気が付く。

 

「……(あれ? 顔写真が添付されてない……まぁ、急な話しやったからゴタゴタしてるんかな?)」

 

 資料に顔写真が添付されていない事を疑問に思ったが、どうぜ三日後には本人が挨拶に来る為、深くは考えずに疑問を引っ込める。

 その見た目に心底驚く羽目になるとは、予想すらしないままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ・アジト――

 

 

 アジトにあるクイントの部屋で、普段潜入以外で着る事のない陸士制服に身を包んだクラウンが、クイントに対し説明を行っていた。

 

「……というわけで、近い内に機動六課に所属する事になったので……長くここを空ける事になります。休暇には戻ってきますし、オーリスさんも定期的に来てくれるらしいので心配ないかとは思いますが……」

「ええ、こっちは大丈夫だけど……」

 

 クラウンの言葉に頷くクイントだが、その表情はやや暗く心配そうにクラウンを見ていた。

 そんなクイントの表情はあえて無視をして、クラウンは簡潔に言葉を区切って立ち上がる。

 

「それじゃあ、色々準備があるので……スバルさんの事は、安心して俺に任せてください」

「……待って、クラウン!」

「はい?」

 

 そのまま背を向けて出口の方に向かおうとしたクラウンだが、直後にクイントが発した声に振り返って首を傾げる。

 クイントはそんなクラウンの目を真っ直ぐ見たまま、真剣な表情で言葉を続ける。

 

「前に言ってたよね……私の守りたいものは、貴方が代わりに守ってくれるって……」

「はい」

 

 クイントの言葉を聞きながら、クラウンはしっかりと頷いて返事を返す。

 そんなクラウンを心配そうに見つめ、クイントは大切な言葉を伝える。

 

「だったら忘れないで、貴方も私の守りたい大切な……弟みたいな存在なんだから、私の守りたいものを守ってくれるなら……自分の事もちゃんと守って……無茶は、しないでね」

「……」

 

 クイントの言葉を聞き、クラウンは大きく目を見開いて茫然とした表情でクイントを見る。

 そしてしばらく沈黙した後で、何処か嬉しそうな笑顔を浮かべて後で頷く。

 

「……はい!」

「うん! 約束だからね!」

 

 クラウンの表情を見て、クイントも心配そうな表情から笑顔に変わる。

 そして丁重に頭を下げてから部屋を出ていくクラウン……もう出会ってから8年経つ弟の様な存在を、クイントは笑顔で手を振って見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スバルの髪は、ショートなのかミディアムなのか……個人的には後ろがある程度長いので、中間ぐらいという印象ですが……キャロほど分かりやすいミディアムヘア―でもないし……

クラウンはスバルの事を時折見て報告が……既に8年、もう立派なストーカーです。

さて今回からアニメ本編に関わり始め、クラウンも機動六課に所属する事になりました。

クラウンという名前で登録しているって事は、仮面付けて片腕で行くつもりなんでしょうけど……はやて達はどんな反応をするのか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話『小さな嘘と大きな嘘』

 

 ――新暦75年・機動六課・隊舎――

 

 

 先日新規稼働の式を終えたばかりの機動六課……その隊長室では、はやてとリインがある人物を待っていた。

 はやてはデスクに座り室内に汚れが無いか何度も眺め、リインは落ち着かない様子で空中をフワフワと飛んでいた。

 基本的に機動六課の構成局員には、二人の知り合いが多いのだが……今回新しく迎えるのは、機動六課では数少ない初対面の人物。

 階級こそはやての方が高いが、キャリアも年齢も相手が上ということで少々緊張していた。

 そんなはやての端末に受付から通信が入り、はやては緊張を押し殺す様に一度深呼吸をしてからモニターを開く。

 

『や、八神部隊長……クラウン一等空尉と言う方が、い、いらっしゃってます』

「うん。ここまで通して」

 

 何故か声が若干震えている受付に首を傾げながらも、はやてはクラウンを部隊長室に案内するようにと告げて通信を切る。

 

「い、いよいよですね……」

「もう、リイン。緊張しすぎや。そんなとんでもない人が来る訳でもないんやから、ちょお落ち着き。まぁ、失礼だけは無い様にな」

「は、はいです」

 

 自分よりも遥かに緊張した様子のリインを見て、はやては穏やかに微笑みながら言葉を発する。

 しばらくしてリインが落ち着いた辺りで、部隊長室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

『失礼します』

「……うん?」

 

 入室を促すと帰ってきたやけに甲高い……まるで変声機でも通した様な声に、はやてとリインは少し首を傾げる。

 

「「!?!?」」

 

 そしてその表情は、入室してきた人物を見て……驚愕のそれに変わる。

 不気味に微笑む仮面を付けた片腕の人物。空士制服が恐ろしい程に似合わない……というより、来る場所を間違えてるとしか思えないその人物を見て、二人の目は大きく見開かれる。

 

(は、はは、はや、はやてちゃん! な、なんかとんでもない人が来たんですけど……)

(え? うそ……この人が、そうなん?)

 

 完全に混乱した様子で念話を飛ばしてくるリインに、はやても状況が理解できずに言葉を返す。

 しかしそんなはやて達を尻目に、クラウンは右腕だけで綺麗な敬礼をして言葉を発する。

 

『クラウン一等空尉です! 本日は、ご挨拶にまいりました!』

「「……」」

 

 甲高い声で発せられた挨拶に対し、はやてとリインは思考が追いつかずに返答できない。

 しかし目の前の人物が、自分達が待っていたクラウンと理解し、少しずつだが頭が動き始める。

 そしてリインが震える指をクラウンの仮面に向けながら、はやてに必死の念話を送る。

 

(か、仮面です。仮面付けてるです)

(リイン! 指差したらあかん! ……噂では聞いた事あるけど、映画とかの影響受けてああいう事する人がおるらしいわ。実物見るのは初めてやけど、別に禁止されてる訳でもないからな)

 

 慌てるリインに対し、はやてはいくらか落ち着きを取り戻した様子で口を開く。

 

「よ、ようこそ機動六課へ……部隊長の八神はやてです。こっちが補佐の……」

「り、リインフォースⅡ空曹長です!」

『お会いできて光栄です。こちら、私の局員データになります』

 

 はやて達の言葉に答えた後、クラウンは近くで見ると一層不気味な姿ではやてに近付き、ポケットから一枚のデータチップを取り出して渡す。

 それを受け取りながら、はやては額に汗を流して言葉を返す。

 

「あ、あの……クラウン一等空尉?」

『クラウンで大丈夫です。堅苦しいのは苦手なので』

「じゃ、じゃあクラウン。できれば……『その仮面』を取ってくれると、嬉しいんやけど……」

『あ、はい』

 

 ぎこちない様子で話すはやての言葉を聞き、クラウンは自分の付けた仮面に手をかける。

 はやてとリインが息を飲むのと同時にそれは外され……今度は、青い涙のマークがついた泣き顔の仮面が現れた。

 

(か、仮面外したら……また仮面が出てきたです!?)

(なんで二枚重ねにしてんねん! ロシア人形か!!)

 

 再び混乱の中に落とされたはやてとリインは、高速で念話を交わす。

 そしてはやては更に額に汗を流し、引きつった様な笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「い、いや、そうやのうて……仮面自体を、外してもらえると嬉しいかなって」

『ああ、そうですか……気が回らずに申し訳ない』

 

 はやての言葉を聞き、今度こそクラウンはその意図を理解したらしく、顔に付けていた仮面を完全に外す。

 すると……比喩では無く文字通り白い肌。口や目元に真っ赤ペイント……サーカスで見る様なピエロのメイクが仮面の下から現れた。

 

「これで、よろしいでしょうか?」

「「……」」

 

 仮面に変声機が付いていたらしく、声が変わったクラウン……いや、目の前のピエロを茫然とした表情で見つめる二人。

 

(ぴ、ぴぴ、ピエロ!? 仮面取ったら、ピエロが出てきましたよ!?)

(なんでや! なんで仮面の下にメイクしてんの!? 意味無いやん!)

 

 はやても完全に混乱してきたようで、表情もいつの間にか口を大きく開き茫然としたものになっていた。

 

(そ、そうや! 今もろうた局員データ!)

 

 ピエロのメイクを取ってくれと言えば、又妙な事が起こりそうだったので……はやては慌てて受け取ったデータチップを端末に接続する。

 

「ちょ、ちょお待ってもらえるかな? データを確認するんで……」

「了解です」

 

 正規の局員データには当然顔写真もついている筈で、それを確認する為にはやてがモニターを表示すると、リインも慌てて画面を覗き込み……二人して口と目を大きく開く。

 確かに局員データにはクラウンの写真が付いていた……二人の目の前にいるままの姿で。

 

(で、データも……ピエロです!? こ、こんなの良いんですか?)

(い、いや確かにメイクとか禁止されては無いけど……だって、普通はこんなことする人おらんもん!)

 

 確かにはやての言う通り、局のルールとしてピエロのメイクで顔写真を登録する事は禁止されていない。

 それはそんな事をする人物が居ないからであり……言うならば飲食店に『車で店内に突っ込むのはご遠慮ください』などの注意書きが無いのと同じ、常識的な問題だった。

 

(う、上は、ようこんなん通したなぁ……リイン。私、もう、疲れたわ)

(はやてちゃん!? しっかりするです!)

 

 次々飛び出してくる異様な光景に、はやては呆れた様な声で念話を送る。

 そしてふと、クラウンが立ったままな事に気が付き、ソファーの方に手を向けて着席を促す言葉を発する。

 

「あ、ええと……説明とかもあるから、座ってもらってええよ」

 

 今回が挨拶だけで終了するのであれば問題無いが、今回の訪問には出向の日取りと部隊説明も含まれている為に長い話になる。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 はやての言葉を聞いたクラウンは、綺麗に敬礼をして一礼した後でソファーに座る。

 

(……ピエロなのに、礼儀正しいです)

(なんやろう、これ……言動も行動も問題無いのに、この胡散臭さは……)

 

 先程まで付けていた仮面のせいか、それともピエロのメイクのせいか……二人にはクラウンの行動全てが胡散臭く見え始めていた。

 はやては軽くため息をつき、局員データにもう一度目を通す。

 データの中には前部隊の部隊長からのメッセージもあり、そこには『性格に多少問題があるが、職務態度自体は真面目で優秀』と記載されていた。

 果して多少で済ませていいものかと、はやては軽く額に手を当てるが……出向の日取りや部隊説明と話さなければいけない事が多い。

 顔に関しては本人が頑なに隠している上に、上層部があの写真で通しているので、これ以上の追及は無駄と結論付ける。

 気持ちを切り替える様に数度首を振った後、はやてはデスクから立ち上がってクラウンの正面に向い合う様に座る。

 

「それじゃ、基本的な部隊説明と出向の日取りを決めようか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 とりあえず顔については考えない事にして、はやては局員データを見ながらクラウンと話しを進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部隊説明等を話し始めてから1時間ほど経過し、はやてもリインもすっかり落ち着きを取り戻していた。

 出向の日取りも決まり、はやては軽く息を吐いて微笑みながら言葉を発する。

 

「……部隊の概要については以上。次は部隊内で、クラウンにやってもらう仕事の詳細なんやけど……」

「はい」

 

 はやての言葉を聞き、クラウンは背筋を伸ばしたままでしっかりと頷く。

 

「うちの部隊には、高町なのは隊長率いるスターズ分隊と、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン隊長率いるライトニング分隊の二つの分隊があって……クラウンは基本的に、ライトニング分隊の補佐として動いてもらう形になると思う」

「……基本的にと言うのは?」

「うん。ライトニング分隊の方は、フェイト隊長が執務官としての仕事。副隊長のシグナムが交替部隊のリーダーも兼任してる事もあって人手が不足しがちやから、そこで副隊長補佐として動いてもらいたいんよ。せやから、分隊任務とかの際はライトニング分隊として行動してもらうんやけど……」

 

 そこまで話した所で、はやては端末を操作して一人の新人フォワードのデータを表示してクラウンの方に向ける。

 

「任務以外……特に訓練では、スターズ分隊のこの子を指導してほしい」

「……この子は?」

「ティアナ・ランスターって新人の子でな。ポジションはセンターガードで、幻術魔法の適性がある子なんよ。センターガードとしてはなのは隊長が指導する予定やけど、幻術魔法に関しては他に教えられる人がおらん。それで、なのは隊長とクラウンの二人体勢で指導してもらおうかと思ってる」

「……なるほど」

 

 クラウンはティアナの事は三年以上前……スバルとティアナが出会った頃から知ってはいたが、まさかそんな事を口にする訳にもいかないので、初めて聞いた様な表情でデータを眺める。

 

「要するに、任務ではライトニングとして。訓練ではスターズとして動いてもらう……ちょお複雑な形になるけど大丈夫かな?」

「ええ、問題ありません」

「ありがとう。もっと細かい仕事内容に関しては、実際に出向してからなのは隊長とフェイト隊長に聞いてもらうとして……それ以外で何か質問はあるかな?」

「いえ、大丈夫です」

 

 はやての言葉に対し、クラウンは軽く微笑みを浮かべて答える……が、メイクのせいでやけに不気味だった。

 そこではやてとクラウンの話を黙って聞いていたリインが、やや遠慮気味に手をあげながらクラウンの方を向く。

 

「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

「はいはい。なんでしょう?」

 

 リインの言葉を聞き、クラウンは不気味な笑みを浮かべてリインの方を向く。

 それを見て若干怯えた様な表情になりながら、リインは恐る恐る口を開く。

 

「あ、あの……聞いちゃいけない事だったら、ごめんなさい。その左腕は……」

「ああ、これですか……」

 

 最初は仮面のインパクトで意識がそっちに向いていたが、いくらか落ち着いたことでクラウンの腕の無い左袖に興味が沸いた様で、リインは無理には聞かないと前置きしてから尋ねる。

 それに対しクラウンは、空の袖を軽く右手で触りながら遠い目をして言葉を発する。

 

「そうですね……あれは、六年前の雨の日……」

「「……」」

 

 重々しい口調で話し始めたクラウンを見て、やはりはやても気にはなっていたようで、リインと二人で息を飲んで言葉の続きを待つ。

 クラウンはまるで焦らす様に、たっぷりと間を空けた後で言葉を続ける。

 

「……ロケットパンチを撃ったら、そのままどっかにいっちゃって」

「……」

 

 無駄に明るい口調で告げられた言葉を聞き、はやては真面目な答えを期待した自分が馬鹿だったと言いたげに肩を大きく落とす。

 ……しかしもう一人の反応は、はやてとは対極のものだった。

 

「ろ、ろろろ、ロケットパンチ!? う、撃てるんですか!?」

「……」

 

 リインはまるでヒーローを見る少年の様に目を輝かせ、両手を強く握って喰い気味にクラウンに聞き返していた。

 明らかな嘘を一切疑って無いリインに対し、はやてはひきつった笑みを浮かべ、クラウンは楽しげに言葉を続ける。

 

「昔は撃てたんですが、今はもう……ほら、右腕も無くすと大変なんで」

「そ、そうですか……残念です」

「……信じんな、リイン……」

 

 心底残念そうな表情を浮かべるリインに、はやてはもう突っ込む気力もなく呆れた様な声を出す。

 少しの間沈黙が流れ、はやては無理やり話を切り替える様に明るい声でクラウンに手を差し出す。

 

「ま、まぁ、そういう訳で……改めて、これからよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 差し出されたはやての手を握りながら、クラウンも笑顔で言葉を返す。

 

「リイン。出口まで送ってあげてくれるか?」

「はいです!」

 

 続けたはやての言葉を聞き、リインは元気よく敬礼をしながら言葉を返す。

 

「では、よろしくお願いします。リインフォースⅡ部隊長補佐」

「あ、リインでいいですよ。後、敬語で無くて大丈夫です。クラウン一尉の方が階級も年齢も上ですから」

「うーん。じゃあ、リインの方も一尉とか付けずにクラウンって呼んで。口調も話しやすいのでいいから」

「了解ですよ~」

 

 元々人見知りをしないのか、それともクラウンの表情を見慣れてきたのか、リインは明るい笑顔で言葉を交わす。

 そんなリインを眺めた後、クラウンは外していた仮面を被ってから立ち上がる。

 

『八神部隊長。それでは、また出向の日に……』

「うん。気を付けて帰ってな」

 

 甲高い声に戻ったクラウンの言葉を聞き、はやては苦笑しながら頷いて手を振る。

 そのままリインと一緒に部屋から出ていくクラウンを見送り、大きくため息をついて独り言を口にする。

 

「確かに、仕事関係は真面目やけど……」

 

 今まで出会った事が無い……奇妙という言葉を体現した様なクラウンを思い出し、はやては再び溜息をついてデスクに戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラウンとリインは部隊長室を後にし、出口に向かって廊下を進んでいた。

 クラウンの隣をフワフワと浮いて移動しながら、リインはクラウンの顔に付いた仮面を覗き込むようにして尋ねる。

 

「クラウンは、なんで仮面の下にメイクしてるんですか?」

 

 子供の様に好奇心に満ちた目で尋ねてくるリインを見て、クラウンは仮面の下で微笑みながら言葉を返す。

 

『……実は、この仮面には呪いがかけられていて……つけた人は皆、ピエロになってしまうんだ!』

「ええぇぇぇ!?」

 

 明らかに嘘と分かる様なクラウンの言葉に対し、リインは全く疑う事無く大きなリアクションを取る。

 そして顔を青くし、微かに震えながら聞き返す。

 

「……う、嘘ですよね!? そ、そんな怖いものだったんですか」

『うん。嘘だけど?』

 

 完全に怯えた様子で尋ねてくるリインに対し、クラウンは当たり前の様に即答する。

 その言葉を聞いたリインは一瞬意味が分からず停止した後、顔を赤くしてプルプルと震える。

 

「ひ、酷いですよ! なんで嘘つくんですか!!」

『あはは、ごめんごめん』

 

 頬を膨らませて怒るリインに、クラウンは甲高い声で笑いながら謝罪の言葉を口にする。

 そして制服のポケットに手を入れ、中から小さな包みを取り出す。

 

『お詫びにこれ、クッキーでもどう?』

「え? いいんですか? ありがとうございます!」

 

 先程までの怒りはどこに消えたのか、リインは差し出された小さな……リインのサイズを考えると大きなクッキーの包みを受け取り、満面の笑みでお礼の言葉を口にする。

 そのままどこか微笑ましい雑談を続けながら歩いていると、クラウンがふと思いついた様に言葉を発する。

 

『そういえば、俺が出向するのはまだ先だけど……部隊自体はもう稼働してるんだよね?』

「はい。四日前から稼働してますよー」

 

 クラウンの言葉を聞き、リインはクッキーに釘付けだった視線を戻して答える。

 

『じゃあ……訓練風景だけでも見学してみたいんだけど、大丈夫かな?』

「大丈夫ですよ。丁度よく見える所があるんで、そこへ行きましょう」

 

 クラウンの要望を了承し、リインはクラウンを隊舎の屋上へと案内する。

 

 

 

 海に隣接した広い訓練スペースが一望できる隊舎の屋上……リインとクラウンがたどり着くと、その場には先客が居た。

 桃色の長髪をポニーテールにし、陸士制服が似合う凛々しさを感じる女性。

 その姿を見つけたリインは、嬉しそうな表情で女性に近付いていく。

 

「シグナムもきてたんですか?」

「ああ、リインか……少し様子を見――」

 

 シグナムと呼ばれた女性は、リインの言葉に微笑みながら振り返り……クラウンを見て固まる。

 視線は当然の如く仮面に釘付けになり、少しして空士制服に移り、最終的に左袖で止まる。

 

「な、なんだ……そいつは?」

「来週から六課に来るクラウン一等空尉ですよ」

 

 絞り出す様なシグナムの言葉を聞き、リインがそれに答える。

 その説明を聞いたシグナムは信じられないと言いたげな顔になった後、慌ててクラウンに敬礼をする。

 

「し、失礼しました。シグナム二等空尉です」

『よろしくね。畏まらず、話しやすい口調でいいよ?』

 

 階級が上のクラウンに対し失礼な態度を取ったと謝罪するが、クラウンは特に気にした様子も無く甲高い声で答える。

 

「クラウンは堅苦しいのが苦手ですしね」

『ねー』

「……(普通に話してる。わ、私がおかしいのか?)」

 

 あまりに異様なクラウンと気にする様子も無く会話をしているリインを見て、シグナムは額に軽く汗をかきながら沈黙していた。

 そのまましばらく考える様な表情になり、突っ込むのも失礼に当ると結論付けて敬礼を解く。

 

「前線に新しく加わる。幻術魔導師さんですよー」

「なるほど、主はやての言っていた方か……」

 

 リインがクラウンの事を簡単に説明し、それを聞いたシグナムは興味深そうな表情に変わる。

 

「クラウン一尉」

『クラウンでいいよ?』

「では、クラウン。幻術魔導師とは初めて見たが……どんな戦い方をするんだ?」

「……シグナムの悪い癖が出たです」

 

 興味深々と言うか、何かを期待する様な表情で尋ねるシグナムを見て、リインは軽くため息をつく。

 シグナムも幻術魔法自体は見た事があったが、それを専門とする魔導師と会ったのは初めてだった。

 その異様な雰囲気は強さの表れなのか、どんな戦い方をする魔導師なのか……一戦交えてみたいと言いたげな目でクラウンを見続けていた。

 そんなシグナムの意図を察したのか、クラウンは軽く手を振りながら言葉を返す。

 

『いや、ご期待には沿えないと思うよ?』

「……期待とは?」

 

 考えを見透かすように告げられたクラウンの言葉を聞き、シグナムは真剣な表情のままで聞き返す。

 

『俺、弱いよ? 戦闘能力で言えば、精々Bランクよりちょっと上……そもそも幻術魔導師ってのは、正面切って戦うタイプじゃないからね』

「興味深いな……詳しく教えてくれ」

『幻術魔導師ってのは、騙す事と逃げる事に特化してるんだよ。集団戦闘で言えば支援魔導師寄りだし、単独戦闘なら……俺は君みたいな相手と戦場で会ったら、迷わず逃げるよ』

「なぜ、私相手なら逃げるんだ?」

 

 言い回しに疑問を抱き、シグナムが怪訝そうな表情で尋ねると、クラウンはしばし沈黙した後で口を開く。

 

『……最初に視線が仮面に行くのは当然として、今は俺の全身を広く見てる。立っている距離は恐らく、自分の間合いの半歩外。俺の事をまだ信用してないのか、それとも癖なのかは分からないけど……立ち振る舞いや目線の動きから考えて、近接戦闘に絶対の自信を持つベルカ式の騎士』

「ッ!?」

『さっきのリインの発言から、性格的には正面からのぶつかり合いを好みそうだね。体はスラリとしてるし、パワータイプじゃ無くてスピードタイプ……となれば武器は、剣か槍。あまり相性の良い相手じゃないね』

「……素晴らしい観察眼だ」

 

 クラウンの言葉を聞いたシグナムは、心底感心したような表情になる。

 しかしクラウンは、少し沈黙した後で楽しげに言葉を続ける。

 

『……っていうのは冗談で、前に高町教導官とやってた公開模擬戦見ただけなんだけどね~』

「……」

 

 楽しげに告げられたその言葉を聞き、シグナムの目が怒りの色に染まる。

 クラウンはそんなシグナムの様子を眺め、怒りに肩を震わせるシグナムが何かを言う前に言葉を発する。

 

『っとまぁ、これが幻術魔導師。嘘を尤もらしく語って欺く……正面から戦うタイプじゃないんだよ』

「……なるほど、な」

 

 その言葉でクラウンのおおよその性格は分かったのか、シグナムは深くため息をついて言葉を返す。

 だがその直後、シグナムの後方から信じられない声が聞こえてきた。

 

『納得してもらえた様で、なによりだよ』

「なっ!?」

 

 完全に自身の死角から聞こえてきた声。シグナムが驚いて後方を振り返ると、そこには屋上の縁に腰かけるクラウンの姿があった。

 そしてシグナムの視界の端で、先程まで自分と話していたクラウン……クラウンの作りだした幻影が煙の様に消える。

 

『パフォーマンスは、こんな所でいいかな?』

「……いつ、幻影と入れ替わった……」

 

 シグナムは今まで多くの戦いを経験してきた騎士であり、戦いの場で無くともそう簡単に隙を見せたりはしない。

 ましてやクラウンに対しては、その異様な外見から警戒を強めていた程……にも拘らず、完璧に背後を取られたというのは、彼女にとって衝撃的な事だった。

 

『手品のタネを明かしちゃ、面白くないでしょ? まぁ、これから一緒に戦う事もあるんだし……その時にでもね』

「……ふふ、なるほど……ではその力、いずれ戦場で見せてもらうとしよう」

 

 クラウンの言葉を聞いたシグナムは、どこか嬉しそうな様子で笑いながら言葉を返す。

 考えや行動の読めないクラウン……シグナムにとって未知に近い幻術魔導師と言う存在は、彼女の興味をより深く強くしていた。

 そんなシグナムの視線をあえて無視する様に、クラウンは訓練スペースで動く新人フォワード達を眺めながら呟く。

 

『あれは……ガジェットかな?』

「そうですよ。尤も再現しただけで本物では無いですが……クラウンは、ガジェットと戦った事があるですか?」

 

 新人フォワード……クラウンが知っているスバルとティアナの他に、赤い短髪の少年とピンクのミディアムヘアの少女を加えた四人。

その四人が戦っている楕円形の自立機械を眺めながら呟いたクラウンの言葉を聞き、リインが傍まで近づいて尋ねる。

 

『あるよ。アイツ等最近あっちこっちに出てるからね。AMFは中々厄介だよね』

 

 AMF……ガジェットの持つフィールド計防御障壁で、魔力の結合・魔力効果発生を妨害する。

 高ランクの魔導師であれば対応策もいくつかあるが、未熟な魔導師にとっては捕まるとロクに魔法が使用できなくなる厄介な能力。

 それを再現した訓練プログラムを遠目に数十秒程眺めた後、クラウンは立ち上がってリインに話しかける。

 

『リイン。ありがとう』

「あれ? もういいんですか?」

 

 訓練スペースから視線を外したクラウンを見て、リインは首を傾げながら尋ねる。

 

『うん。大体分かったからね……それじゃ、シグナム副隊長。来週から、よろしくね』

「ああ、共に戦える日を楽しみにしている」

『……そんな期待されても困るんだけどね』

 

 シグナムと軽く言葉を交わし屋上を去ろうとするクラウンを、リインが慌てた様子で追いかける。

 

「ま、待って下さい! ちゃんと、出口まで送ります」

『そう? ありがとう。リインは優しいね』

「そ、そうですか?」

 

 そのままリインと一緒に屋上から去るクラウンの後姿を、シグナムは真剣な表情で見送り、姿が見えなくなった後で呟く。

 

「考えが読めない……食えない奴と言ったところか……」

 

 先程クラウンが眺めていた訓練スペースに視線を向け、シグナムは腕を組みながら微かに微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ・アジト――

 

 

 機動六課の隊舎からアジトに戻ったクラウンは、仮面を外し顔のメイクを落としてからソファーに座る。

 そして首に付いた変声機のスイッチを切り、今日の出来事を振り返る様に考えてから呟く。

 

「……おおむね予想通りの展開だったかな」

≪マスター、質問があるのですが……≫

「うん? なに?」

 

 クラウンが一息ついたのを確認し、ロキはある疑問を口にする。

 

≪なんで態々、あんな怪しい恰好をして行ったんですか? マスターの顔は整形してますし、素の顔でも大丈夫なんですよ?≫

 

 ロキの口にした疑問。それは機動六課に挨拶に行った際の格好についてだった。

 仮面を付け、明らかに不自然な声。その上素の顔にはメイクまでして……どこからどう見ても怪しい姿。

 正体をバレたくない筈のクラウンが、何故わざわざ怪しまれる様な姿をしたのか分からなかった。

 

「……怪しまれる為だよ」

≪は? え、えと……それでは意味が無いのでは? マスターは正体を知られたくないんですよね?≫

「正体を知られない為に、わざと怪しませたんだよ」

≪え、ええ?≫

 

 クラウンの発した言葉の意味が分からず、ロキは戸惑った様な言葉をあげる。

 そんなロキに対し、クラウンは微かに微笑みを浮かべながら穏やかな口調で言葉を発する。

 

「順を追って説明しようか……まず、一番知られるとまずい事は何だと思う?」

≪え、えと……マスターとオーリスさん達に関わりがある事、ですか?≫

「いや、それは別にバレた所で問題無いよ。俺とオーリスさんが知り合いだったとバレても、それはただ単に別人を通して俺と言う人材を紹介しただけ。俺にとっても、オーリスさんにとっても痛くも痒くもないさ」

 

 ロキの言葉に首を振って応えた後、クラウンは真剣な表情で言葉を続けていく。

 

「一番知られちゃいけないのは、俺がクオン・エルプスだって事……それがバレれば、俺が正規の局員じゃないのもばれるし、そもそも色々追及されるだろ?」

≪は、はい≫

「俺とクオン・エルプスを結び付けるものは何か……さっきお前が言った様に、今の俺は昔とは顔が違う。名前も勿論違うし、局員データだって偽装してる……それを考えた上で、俺が一番隠さないといけないのは?」

≪……声、ですか?≫

 

 ゆっくりと丁寧に説明するクラウンの言葉を聞き、ロキにもだんだんとその真意が読めてきた。

 

「その通り……まぁ、昔に比べれば多少変わってるだろうけど、なのはさん達を誤魔化せるとは思わない」

 

 ロキの言葉に頷いた後、クラウンは自分の首に巻かれた変声機を指差しながら説明を続ける。

 

「つまり俺が一番疑問を持たれたくないのは、これが変声機であり、地声を変えているかもしれないって事……他は疑われても、いくらでも切り抜ける方法はあるんだよ」

≪それが、仮面とどういう関係が?≫

「機動六課での職務には戦闘も含まれるから、普段から幻術で姿を変え続けるのは……正直厳しい。となると素顔で過ごす事になるんだけど……その場合、この首輪はやけに浮くだろ?」

 

 戦闘行為を行わないのであれば、姿を変えて出向いたが……機動六課においてクラウンが配属されるのは前線。魔力総量の少ないクラウンにとっては、戦闘以外の場であまり魔力を消費したくは無かった。

 そこまで話した所で、クラウンは置いてあった仮面を手に取りながら深い笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「だから、そこに疑問を持たれるよりも先に……分かりやすく不自然な部分を用意した」

≪えと、つまり……声に疑問を持たせない為に、あえて顔に疑問を作ったって事ですか?≫

「こんな不自然な局員が配属されてた時の反応は、まず初めに驚く。そして次に戸惑う、それから疑問を持ち始め……最終的には探りを入れる」

≪……で、でも、結局疑われてしまうのでは?≫

 

 クラウンの言葉を茫然と聞いていたロキは、結果的に疑われて探られてしまっては意味が無いのではないかと聞き返す。

 しかしクラウンにはその質問も想定内だったようで、深い笑みを浮かべたままで説明を続けていく。

 

「だから、顔に関してはタイミングを見計らってこっちから素顔を見せる」

≪え、ええ!?≫

「そうだな……大体部隊内の全員が疑問を持ち始める頃、二週間から一ヶ月位。そこで出来るだけ自然な感じで素顔を晒す……そうなった場合の周りの反応は?」

≪……何故顔を隠していたのかを、聞くと思います≫

 

 問いかけに対ししばし沈黙してから答えるロキを見て、クラウンは肯定する様に頷く。

 

「その質問に対し、俺は出来るだけくだらない理由を答える……趣味だからとか、カッコイイからとか……それこそ呆れさせるぐらいにね」

≪えと……≫

「人間ってのは、一度答えが出るとそれ以上は中々追求しないもんなんだ。特に呆れが伴うと、多少強引にでも自分を納得させる……そうなったら、もう大丈夫と思っていい」

≪……≫

 

 クラウンの説明に対して、ロキは感嘆した様に無言で続く言葉を待つ。

 

「……さて、最初の話に戻るけど、なんで態々俺が仮面を付けている時は怪しい声。仮面を外したら設定しておいた地声に切り替えるようにお前に頼んだと思う?」

≪あ、ああ! そ、そういうことだったんですか!≫

 

 クラウンは予め本来の声とは違う地声を設定していて、今回の挨拶の際に仮面の着脱で切り替える様にロキに指示を出していた。

 今までは意図が分からなかったロキだが、クラウンの語った言葉で完全に思惑が読めたらしく、驚いた様な声をあげて納得する。

 

「分かったみたいだね。そう、仮面の着脱でわざと声を変えることで……仮面と変声機。顔と声の二つの疑問を連動させる」

≪仮面に変声機が仕込んである様に、思い込ませるんですね!≫

「そういう事……さっきも言った通り、人間ってのは答えに対して納得しようとする生き物なんだ。仮面の着脱で声を変えておけば……俺が何も言わなくても、仮面を付けていれば変声機を通していて、外していれば地声と結論付けてくれる」

≪そこでマスターがタイミングを見て素顔を晒す事で、仮面に関する疑問に答えが出た。つまるところ追及してもいないのに声に関しても解決した様に思い込むと……≫

 

 クラウンの作戦は見事なものだった……全てを隠すのではなく、探られても構わない部分をあえて探らせる。

 それにより一番まずい部分から目を逸らさせ、別の疑問で答えを出してやることで、連動させた声に関しても答えを与える。

 

「上手に嘘をつくコツってのはいくつかあってね。小さな嘘を隠すには、大きな嘘に目を逸らさせるのが一番有効なんだよ」

≪流石です! こういった卑怯で根暗な騙し合いでは、マスターの右に出る者はいませんね!≫

「え? なにそれ? 全然嬉しくないんだけど……」

 

 褒めているのか馬鹿にしているのか分からないロキの言葉を聞き、クラウンは複雑そうな表情で言葉を返す。

 

≪もしかして、ああいう性格を演じていたのにも理由が?≫

「そっちはあまり大した理由じゃないよ。疑問を持ちやすい様に胡散臭さを強調する程度。正直もう少しふざけた性格で行っても良かったけど……仕事に支障が出るレベルって判断されると面倒だからね」

≪なるほど……マスターの予想よりも早く探られ始める可能性は?≫

「それは無いね。身元不明の相手ならともかく、ちゃんとした局員としての階級もあって……上層部も顔を隠した状態での写真を通してる。奇妙に思われたとしても、しばらくは様子見だよ」

 

 ロキの質問に対し、クラウンは確信を持った様子で答える。

 容姿に性格、行動も含めて挨拶に行く前から先の展開を予想し尽くした準備……八年に渡り暗躍を続け、騙し欺く事に特化したクラウンは、ロキの言葉通り心理戦に関しては非常に優れていると言えた。

 

「後は……俺自身がボロを出さない様に気をつけないとね。出向期間は一年……まぁ、うまくやるさ」

≪……悪い顔してますよ。マスター≫

 

 ソファーに座ったままで不気味に微笑み、クラウンは機動六課で過ごすこれからの展開を頭の中で組み立てていく。

 

 

 まずは一週間後の出向……その日の為に、今回の訪問でも幾つかの布石は既に打っていた。

 

 

 それが実を結ぶか、無駄に終わるかは分からない。

 

 

 しかし道化師はその不確定な未来を楽しむ様に、誰も居ない部屋で不気味に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仮面に片腕と怪しさ爆発の恰好で機動六課を訪問したクラウン。

反応はそれぞれでしたが、リインは素直で可愛い子ですよね……

今回クラウンが取った作戦は……木を隠すなら森の中、嘘を隠すなら嘘の中といった感じです。

怪しませてから呆れさせるという手法は、実際やられてみるとかなり効果的です。

クラウンは純粋な戦闘能力は、レアスキル未使用で現在の新人フォワード達よりちょっとだけ上程度。

遅くとも六課の休暇編辺りになると、追い越されている感じですね。

さて次回は、正規出向からファーストアラート近くまで行けると……いいなぁ……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話『策略と既視感』

 ――新暦75年・ミッドチルダ・アジト――

 

 

 日が昇るよりも早い時間、本日から機動六課に出向する事になるクラウンは、身支度を終えた後でソファーに座り複数の資料を真剣な目で眺めていた。

 

≪朝早くから、何をされてるんですか?≫

 

 まるで手元の資料を全て記憶するかの様に真剣なクラウンを見て、ロキが不思議そうに尋ねる。

 クラウンの手元にある資料に記載されているのは、今日から出向する機動六課の数名の隊員の家族情報。

 ロキの質問に対し、クラウンは視線を資料に向けたままで簡潔に言葉を返す。

 

「……早く部隊に馴染む為の準備かな。まぁ、あんまり多くの相手に使える手じゃないけどね」

≪……また、何か企んでるんですね?≫

「人聞きの悪い……あくまで備えだよ」

 

 やや呆れた様な様子で話すロキの言葉を聞き、クラウンは口元を僅かに緩めながら言葉を返す。

 潜入等はクラウンにとっては専門分野であり、当然ながら潜入先で手早く交流を深められるような手段も多く心得ている。

 実際にクラウンは、既に機動六課に出向するに当り、幾つかの布石は打ち終えていた。

 

「まぁ、これが実を結ぶかどうかは出向してみてからかな」

≪……本日は、午前中が部隊内施設を案内するオリエンテーションでしたね≫

「もう既に稼働してる24時間勤務の部隊に出向する訳だから、部隊員集めて紹介って訳にはいかないさ。部隊内を案内しながら、あちこちに挨拶回りって形かな」

 

 ロキの告げた言葉を聞き、クラウンは資料に視線を向けたままで答える。

 本日からクラウンは機動六課に所属する事になるが、前線部隊に紹介されるのは午後からの予定になっていた。

 前線は早朝から訓練を行っており、隊員を集めて紹介するなら昼食後のタイミングが一番良い。その為、午前中は施設案内という形で管制等に挨拶をして回り、午後から前線に紹介されて詳細な仕事の説明を受ける。

 

≪オリエンテーションは、誰が案内してくれるんでしょうね≫

「9割ぐらいの確率で、リインさん」

≪……え?≫

 

 ぼんやりと溢した発言に対し、確信に満ちた返答をするクラウン。その言葉を聞いたロキは、不思議そうな声をあげる。

 そんなロキに対し、クラウンは資料に向けていた視線を一度外して口を開く。

 

「たぶん本人が立候補してくれる筈だよ。一応そうさせる為に、この前の挨拶の時にも下準備はしたしね」

≪……どういう事ですか?≫

「俺がごくごく普通の局員だったなら、手の空いてる隊員に案内させればいい。だけど俺はあの外見と性格。初対面の人間を向かわせるとややこしい事になりそう……って感じにはやてさんは、俺の案内係を決める際に悩む。そしてその場にリインさんが居たとしたら、間違いなく自分が案内をするって言ってくれると思う」

≪そ、その心は!?≫

 

 ゆっくりと話すクラウンの説明を聞き、ロキはその先が気になりクラウンを急かす。

 その言葉を聞いたクラウンは、苦笑しながら説明を続けていく。

 

「まずは性格。人見知りをあまりせず、面倒見が良い。次に『俺を一度、案内した経験がある』って所が後押しして、立候補してくれる筈だよ」

≪……以前訓練風景が見たいって、リインさんに案内してもらったのは……この展開を作る為ですか?≫

「そういう事。別にどこでもよかったんだよ……俺を一度でも案内した事があるって形にさえ持っていければね。まぁ、そこでシグナムさんと会えたのは思わぬ収穫だったけど……」

 

 クラウンの言葉を聞き、ロキは一週間前の部隊訪問での出来事を思い返す。

 自分から訓練風景を見たいと申し出ておきながら、少し眺めただけで切り上げたあの行動も彼の計算の内だった。

 そこまで話した後で、クラウンは楽しそうに笑いながら人差し指を立てて言葉を続ける。

 

「じゃあ、一つ問題。なんで俺は、リインさんに案内役になってほしかったでしょうか?」

≪……素直な良い人だからですか?≫

「まぁ、それもあるね。リインさんとは初対面だったけど、明るくて話しやすい子だし、性格的には好きなタイプだよ……まぁ、だからこそ、利用するのは罪悪感があるけどね」

≪利用?≫

 

 クラウン自身が語った様に、彼にとって一週間前の挨拶での最大の収穫は、リインと知り合えた事だった。

 しかしそれは人格的に好感があるからという訳では無く、今後彼が機動六課で行動していく上で、仲良くしておく事がそのまま利点に繋がるからだった。

 

「機動六課みたいな身内が多く存在する部隊で、余所者の俺が手っ取り早く馴染む方法は……その身内の誰かと仲良くしている所を見せるのが一番なんだよ。リインさんと仲良くなって、楽しげな感じで各施設を回れば……それだけで、俺にとっては今後の利点になる」

≪……本当に、マスターは悪い人ですね≫

「……自覚してるよ」

 

 ロキが冗談を言う様に発した言葉を聞き、クラウンはどこか自虐的な笑みを浮かべる。

 そのまましばらく遠い目で虚空を見つめた後、真剣な表情になって言葉を締めくくる。

 

「……綺麗な手段ばっかり使う程の余裕はないよ。機動六課には、はやてさんが居る……油断したり躊躇したら、俺の正体もバレるかもしれない」

≪貴方がそれで良いのであれば、私は付いて行くだけですよ≫

「ありがと……出向の時間が近付いたら教えてくれ」

≪了解です≫

 

 クラウンはロキとの話を終え、再び手元の資料に視線を戻す。

 ロキは下手にクラウンを慰める様な事は言わない……その言葉が一番主を傷つける事になると知っているから。

 クラウンの行動を一番批判しているのは、他ならぬクラウン自身。彼は自分のやっている事を正しい事だとは思っていない。むしろ、常に間違っていると考えている様にも見えた。

 罪悪感に苛まれ、自分を卑下しながら、それでも彼は望んで暗闇を歩き続ける。

 だからこそロキは主に辛辣な言葉を投げかける。非難する為では無く、それこそがクラウンの一番望んでいる言葉だから。

 そんな言葉でしか主の負担を軽くする事が出来ない事を、歯痒く感じながらも……いつかクラウンが、自分にその苦しみを共に背負えと命じてくれる事を願いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・隊舎――

 

 

 集合時間の五分前、一週間ぶりに機動六課の隊舎前にやってきたクラウンを迎えたのは、彼が予想した通りの人物だった。

 

「あ、クラウン! こっちですよ~」

『やあ、リイン。一週間ぶりだね……今日のオリエンテーションの案内って、もしかしてリイン?』

 

 笑顔で手を振るリインに近付き、クラウンは軽く手をあげて挨拶を交わす。

 

「そうですよ。ビックリしました?」

『うん。驚いたよ……でもリインが案内してくれるのは嬉しいね。初勤務の緊張も和らぐよ』

「えへへ、喜んでもらえたなら良かったです。クラウンも、緊張とかするんですね」

 

 もうクラウンの外見に関しては完全に慣れた様で、リインは明るい笑顔で言葉を発する。

 そんなリインに対し、クラウンはやや大げさな動きで右手を仮面に添えて言葉を返す。

 

『もう緊張しまくりだよ。昨日なんて八時間しか寝られなかったしね』

「……十分だと思います」

 

 一週間前と変わらない様子のクラウンを見て、リインはどこか楽しげに苦笑しながら言葉を返す。

 元々リインがあまり人見知りをしない性格というのもあるが、クラウンも明るい性格である為、二人の間での会話は途切れることなく続く。

 しばらくそのまま雑談をした後、頃合いを見てクラウンがリインの方を向いて敬礼をする。

 

『ではでは、改めて……クラウン一等空尉。本日付けで遺失物管理部・機動六課に合流します!』

「はい! 改めて、これからよろしくですよ」

 

 クラウンの敬礼を見て、リインも小さな体で敬礼をしながら言葉を返す。

 

『じゃあ、最初は八神部隊長に出向の挨拶からかな?』

「あ、それなんですけど……部隊長は午前中ちょっと手が離せないらしくて、オリエンテーションが終わってから来て欲しいそうです」

『了解。じゃあ、午前中が終わって前線へ紹介してもらう前に尋ねる感じかな?』

「はい。オリエンテーション後、部隊長に挨拶してもらって、昼食を取った後で前線への紹介になります」

 

 クラウンの質問に対し、リインは微笑みながら今日の予定を説明する。

 その説明にクラウンが頷いたのを確認した後で、満面の笑みを浮かべて隊舎の方に手を向ける。

 

「では、さっそく行きましょうか」

『うん……案内よろしくお願いします! リンフォースⅡ部隊長補佐』

「了解です!」

 

 芝居がかった様に真面目な声を出すクラウンに対し、リインも笑顔で敬礼をしながら答える。

 そして二人は隊舎に入り、楽しげに雑談を続けながら各施設へ向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは高所にある施設から順に紹介していくという事で、クラウンはリインに連れられて、隊舎の屋上にあるヘリポートへとやってくる。

 リインが事前に話を通しておいてくれたのか、ヘリポートでは輸送ヘリと共にパイロットスーツを着た男性が二人を待つように立っていた。

 茶色の短髪の男性……機動六課のヘリパイロットであるヴァイス・グランセニックは、ヘリの隣に直立して二人を待っていたが……その姿がはっきりと見え始めると、表情に戸惑いが現れる。

 視線は明らかにリインの後ろに続くクラウンに向けられており、どんな反応をして良いか分からないと言った様子だった。

 

「ヴァイス陸曹! お待たせしました」

「……」

 

 すぐ近くまで来たリインが笑顔で話しかけるが、ヴァイスはクラウンを見つめたままで茫然としていた。

 しかし少しして我に返り、慌てた様子でクラウンに敬礼をする。

 

「ヴぁ、ヴァイス・グランセニック陸曹長であります!」

 

 事前にクラウンの階級は聞いていた為、下官に当る自分が先に挨拶をするのが礼儀と考え、ヴァイスは敬礼したままで挨拶をする。

 その挨拶を聞き、クラウンも右手で敬礼をし、ヴァイスに比べてやや軽い口調で言葉を返す。

 

『クラウン一等空尉です……えと、ヴァイスって呼んでいいかな?』

「はい。大丈夫です」

『じゃ、改めてよろしくヴァイス。俺の事も気軽に、クラウンって呼んでね。勿論口調も話しやすいので良いからさ』

「りょ、了解しました」

 

 挨拶を交わしクラウンが敬礼を解くのを確認してから、ヴァイスも手を降ろす……しかし視線は仮面に釘付けなままで、引きつった様な笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「あ、あのクラウンさん……は、随分と、その、個性的な方っスね」

『ふふふ、ファッションにはちょっと五月蠅いよ』

「ファッションて言うか、仮面の事だと思うです」

 

 何を話していいか分からないと言いたげに恐る恐る言葉を発するヴァイスに対し、クラウンは顎に手を当ててどこか誇らしげな口調で言葉を返す。

 それを見ていたリインが、やや呆れた様な表情でクラウンに尋ねると、クラウンは懐に右手を入れてカラフルな仮面を五枚取り出す。

 

『今日は、五パターン用意してきたよ!』

「お、おぉ! 仮面が一杯ですよ!」

「……(普通に話してる……あれ? 俺の反応がおかしいのか?)」

 

 クラウンが取り出した五種類の仮面を見て、楽しげな様子で話すリイン。ヴァイスはその光景を見て、茫然としたまま立ちつくしていた。

 そんなヴァイスを軽く横目に見た後、クラウンは置いてあるヘリに視線を向けて言葉を発する。

 

『お、これって……JF704式じゃない?』

「……ご存じなんスか?」

 

 クラウンが口にしたヘリの名称を聞き、ヴァイスは混乱から立ち直って尋ねる。

 

『現時点で最速の大型輸送ヘリだよね。配備されてる所がまだ少なくて、実物見るのは初めてだけど……かなり速そうだね』

「飛行速度もさることながら、輸送可能重量もかなりのもんですよ」

『メインローターは四枚組……機動性も高そうだね』

「……ホント良くご存じっスね! ええ、このサイズでかなり小回りも効きますよ」

 

 スラスラと語るクラウンに言葉を聞き、ヴァイスもいつの間にか熱が入った口調で話し始めていた。

 そのまましばらくヘリについての雑談を続けた後、クラウンは少し間を置いてから言葉を発する。

 

『……ちょっと不謹慎かもしれないけど、乗る時が楽しみだね』

「しっかり、前線の皆さんを現場まで送り届けますよ!」

『頼もしいね。期待してるよ』

「任せて下せえ(……見た目には驚いたけど、随分話しやすい人だな)」

 

 実際の所、クラウンはさしてヘリに興味がある訳ではなく。事前に六課に配備されている機体のデータを頭に入れていただけだった。

 勿論その目的は、手早く隊員と打ち解ける為……それはヴァイスに対して効果的に働き、ヴァイスの口調からはいつの間にか固さが取れ、表情も明るいものへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリポートから始まり、管制ルーム、医務室、食堂等一通りの施設を回り終わり、クラウンはリインと共に部隊長室に向かう廊下を歩いていた。

 各所での挨拶において、やはりクラウンの外見に初めは驚く人が多かったが、リインが気兼ねなく話している事が追い風となり、最終的にはある程度会話は出来るようになっていた。

 しかしクラウンは最初に出会ったヴァイスを除き、意図的に打ち解けた会話が出来る様には話を持って行かなかった。

 あちこちへの潜入を行い、話術に長けているクラウンにとっては……ある程度まで全隊員と打ち解けるのは、さほど難しい事では無かったが、あくまで彼の機動六課での勤務は今日が初日。そこであまり多くの人と親しくなっては逆に違和感が出てしまう。

 その為クラウンはヴァイス以外とはあまり多く会話をする事無く、形式的な挨拶のみにとどめていた。

 

『……(前線メンバーとはある程度親しくなった方が良いのを考えると、初日ならこんなものかな)』

「クラウン? 何か考え事ですか?」

 

 自分の思惑通りに展開が進んでいるのを考え、今後の行動を思案していたクラウンに、リインが隣をフワフワと飛びながら声をかける。

 

『うん? ああ、部隊長に挨拶した後のお昼の事なんだけどさ……』

 

 リインの質問に対し、クラウンは顎に手を当てて大げさに考えていると言いたげな動きをする。

 そのまま少し沈黙した後で、隣で首を傾げているリインに明るく言葉を発する。

 

『食堂はもう案内してもらったけど、リインさえ良かったら、お昼一緒に食べない?』

「勿論良いですよ!」

 

 首を傾げていたリインは、クラウンの言葉を聞いて明るい笑顔で頷く。

 そんなリインを見ながら、仮面の下で口元に笑みを浮かべるクラウンに、ロキが念話で話しかける。

 

(……また何か企んでますね)

(運次第だけど、上手くいけば午後が楽になるかなって……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやてに対しては一週間前に既に面識があった事もあって、挨拶は滞りなく終わり、約束通りクラウンとリインは二人で食堂へ来ていた。

 さりげなく全体から目につきやすい位置に座ったクラウンに対し、リインは特に疑問を抱く事無くサイズがサイズなので、同じテーブルの上に座る。

 そのまま昼食を取り始めるが、すぐにリインはクラウンの様子を疑問に思って口を開く。

 

「仮面付けたままで、どうやって食べるんですか?」

『……ふふふ、見くびってもらっちゃ困るよ』

 

 尤もなリインの疑問に対して、クラウンは楽しげに答えた後……恐ろしいほど器用に仮面の隙間から食事を口に運んでいく。

 

「お、おぉ……な、何がどうなってるかよく分からないですけど、なんか凄いです!」

 

 仮面を付けたままで食事をするクラウンを見て、リインは深くは考えず感動した様な視線を送る。

 少しそのままクラウンが食事を取るのを眺めた後、リインは自分用に小さく盛り付けられた料理を食べ始める。

 

『あ、そういえばさ……リインって、ユニゾンデバイスだったりするの?』

「そうですよー。はや……八神部隊長のユニゾンデバイスです」

 

 魔導師達が使うデバイスには様々な種類があり、リインはその中でも特に希少なユニゾンデバイスであった。

 元々は古代ベルカで生まれたとされるそのデバイスは、あらゆる面において他のデバイスには無い独自の機能が備わっている。

 独立しての魔法行使に始まり、人間と変わらない程の感情と思考能力。そしてその性能は主と融合することで最大限に発揮される。

 マルチタスクと呼ばれる並行処理を使わずに複数の魔法を同時行使出来たり、術者が行使した魔法にユニゾンデバイスが魔力を上乗せする事により、その威力や精度を倍加する事も出来る。

 他のデバイスとは一線を隔す極めて高性能なデバイスだが、その反面融合適性と呼ばれる資質が必要で、適性のある者でもユニゾンデバイスとの相性次第で、融合事故と呼ばれる現象が起こる可能性も高い。

 その為現在では使用者は殆ど存在せず、クラウンも実際に目にしたのはリインが初めてだった。

 小柄な外見から想像して尋ねたのだが、肯定された事にはクラウン自身も少々驚いていた。

 

『へぇ……噂には聞いてたけど、実際に会ったのは初めてだよ』

「……やっぱり、変でしょうか?」

 

 他人とは違う自分の体に多少なりともコンプレックスがあるのか、リインはやや不安そうな顔で聞き返す。

 しかしクラウンは、特に気にした様子も無く即答する。

 

『別に変じゃないよ。むしろユニゾンデバイスで、管理局の階級も持ってて、魔導師ランクまで習得してるんでしょ?』

「え? あ、はい」

 

 表情は仮面で見えなかったが、さも当前の様な口調で話すクラウンの言葉を聞いて、リインは少々驚いた様な表情で頷く。

 そんなリインの掌では大きすぎる程小さな頭に、クラウンは人差し指を乗せて軽く撫でる。

 

『リインは凄いね。尊敬しちゃうよ』

「そ、そうですか?」

『うんうん。それに……変って言うなら、俺の方じゃない?』

「……あはは、それはそうかもしれないです」

 

 冗談めいたクラウンの言葉を聞いて、リインは再び明るい笑顔に戻る。

 表情が戻ったのを確認したクラウンが手を引くと、リインはしばし考える様に沈黙した後、満面の笑みを浮かべて言葉を発する。

 

「……クラウンが、良い人でよかったです」

『……』

 

 その言葉を聞いて、クラウンが仮面の下で辛そうな表情を浮かべた事には気付かず、リインは笑顔のままで食事を再開する。

 クラウンも仮面の下の表情を表に出す事は無く、そのままリインと雑談を交えながら食事を続けた。

 

 

 

 二人が食事をしている食堂……その入り口では、数名の人物が茫然とした表情で立ちつくしていた。

 

「……アレ、何だ?」

「さ、さぁ?」

 

 唖然とした表情でヴィータが告げた言葉に、なのはが呟くように答える。

 その後方ではフェイトと新人フォワードの四人が、一言も発さないままで食堂中央に鎮座する仮面の男を見つめていた。

 彼女達は午前中の訓練を終え、昼食を取る為に食堂に来たのだが……食堂に入って真っ先目に付いたのは、クラウンの姿だった。

 どんな風にリアクションを取って良いか分からないままで立ちつくす七人の元に、少し遅れてシグナムがやってくる。

 

「……なぜ、入り口で立ち止まってるんだ?」

「シグナム……いや、なんか変なのが……」

 

 シグナムの言葉に反応し、ヴィータが表情を引きつらせながら食堂の中央に視線を送る。

 その動きを見て、シグナムも食堂中央を覗き込み、少しして納得した様に頷く。

 

「……ああ、クラウンに驚いていたのか」

「クラ……ウン? え、じゃ、じゃあ、あの人が?」

「今日から来るって言う、前線の人?」

 

 シグナムの発した名前を聞き、フェイトとなのはが驚愕した様な表情で聞き返す。

 

「そうだ……リインも一緒か、仲が良いなあの二人は」

「うん? ああ、ホントだ……よく見たらリインも一緒に居やがる」

 

 クラウンのあまりのインパクトで同席者までは意識が向いていなかったようで、シグナムの言葉を聞いてヴィータも同じ席に座るリインの姿を見つける。

 内容までは聞こえないが何かを話しているようで、リインは満面の笑顔で楽しげにしていた。

 

「まぁ、見た目は奇妙だが悪い奴ではない。話して見ると、存外話しやすかったぞ」

「へぇ……」

 

 リインの姿を見ていくらか驚きから戻ってきた七人に対し、シグナムが軽く微笑みながら説明し、ヴィータが少し驚きの残る顔で呟く。

 その展開は、クラウンにとって想定していた中で最高のものだった。

 そもそもクラウンが食堂でわざと目立つ中央の席に着いたのは、自分をより多くの人間の目に晒す為……そして叶うならば、午前訓練を終えたフォワード陣に一度見られておきたかった。

 そしてその場にシグナムが居合わせれば、以前の訪問の際に自分と話している為、ある程度の説明は入れてくれるだろうと想定していた。

 前線と昼食の時間が合うかどうか、現段階で教導に参加していないシグナムがその場に居合わせるか否か、不確定な部分が多く。そうなれば運が良い程度に考えて取ったリインとの昼食だったが、偶然はクラウンに味方した。

 

「午後の訓練が開始する前に紹介がある筈だ」

 

 シグナムがそう締めくくり、七人もある程度納得した表情でそれぞれ食事を取る為に動きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えたクラウンとリインは、前線メンバーへの紹介の為に隊舎の一室に来ていた。

 隊長・副隊長・新人フォワードの計八人が一列に並び、それに向い合う形でクラウンとリインが立つ。

 

『本日付けで、機動六課・ライトニング分隊へ配属となりましたクラウン一等空尉です。コールサインはライトニング05。階級とかは気にせず、気軽にクラウンって呼んでもらえたら嬉しいです。まだまだ不慣れで足を引っ張るかもしれないけど、早く馴染める様に頑張るので、これからよろしくお願いします』

「クラウンは幻術魔法を専門に使う魔導師さんで、任務ではライトニング分隊として行動しますが、教導では主にスターズ分隊を教えてもらう予定です」

 

 クラウンの挨拶の言葉に続ける様に、リインが軽く補足を入れて紹介する。

 シグナムを除く前線メンバー達は、まずその甲高い声に驚き、そして見た目からは想像できない丁重な挨拶に再び驚いていた。

 そしてリインの説明が一段落した後、八人もそれぞれ順に自己紹介を行い顔見せの挨拶は終了となった。

 挨拶を終えた後、まずはライトニング分隊としての仕事を説明する為にフェイトとシグナムが残り、なのはとヴィータは新人フォワード四人を連れて午後の訓練に向かった。

 リインも自分の仕事に戻る為にその場で別れ、室内にはフェイト、シグナム、クラウンの三人だけが残る。

 

「あ、そ、それでは……改めて、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

『よろしくお願いします。フェイト隊長』

「あ、えと、話しやすい口調で大丈夫。ら、楽にして下さい」

『了解』

 

 いくら一度見ているとは言っても、やはり直接目の前で会話するのは戸惑う様で、フェイトはやや緊張した様子で話す。

 そんなフェイトを見て、クラウンは考える様に顎に手を当てた後、明るい声で言葉を発する。

 

『……ハラオウンって言うと……もしかして、クロノ・ハラオウン提督のご家族だったり?』

「え!? あ、はい。義兄です……知ってるんですか?」

『直接会った事は無いんだけど、以前次元航行部隊に所属してた時があって、その時にクロノ提督の艦と合同任務に出た事があるよ……第189観測指定世界で、そこそこ大きな任務だったんだけど……』

「あ、聞いたことあります。確か危険性ロストロギアの回収任務ですよね」

 

 クラウンの口から出た義兄の名前を聞き、フェイトは少し驚いた様な表情を浮かべて会話をする。

 

『そうそう。そこで旗艦が大きなダメージを受けて、クロノ提督の艦が代わりに隊列の前に出たんだけど……あれは見事だったね。若いのに的確で冷静な対処、素晴らしかったよ』

「へぇ……そんな凄い事を……」

『クロノ提督が居たからこそ、あの任務は成功したみたいなもんだったよ……あっと、ごめんね。話が逸れちゃって……』

「いえいえ、それじゃあ、仕事の説明をしますね」

 

 先程まで固かった筈のフェイトの表情を緩んだのを見て、クラウンは話を元に戻す。

 クラウンの言葉を聞き、フェイトは明るい微笑みを浮かべた後、ライトニング分隊としての仕事を説明し始める。

 説明される仕事の内容に頷いたり返事を返すクラウンに、ロキが感心した様な声で念話を送る。

 

(……朝の資料は、この為だったんですね)

(フェイトさんみたいなタイプは、本人を褒めたりするより、身内の話題を出した方が打ち解けやすいんだよ)

 

 勿論クラウンはクロノと同じ任務などに行った事は無い。クロノの経歴を調べ、出来る限り新しく大規模な任務を記憶していただけ。

 それを態々思い出す様に間を空け、尤もらしく語ることで信じ込ませる……詐欺師の様な話術だった。

 

 

 

 仕事の説明は数十分ほどで終わり、話し終えたフェイトは軽く息を吐いて言葉を発する。

 

「……何か質問はありますか?」

『うーんと……今日、この後はどうすればいいのかな?』

「今日、すぐにやってもらう仕事は無い。午後は部隊内を自由に回ってもらって大丈夫だ。午前中のオリエンテーションでは挨拶だけで、あまり会話も出来ていないだろうから、隊員達と親睦を深めてきてくれ」

 

 フェイトの言葉を聞いてクラウンが発した質問に、シグナムが軽く微笑みながら言葉を返す。

 

『了解。じゃあ、通信コードを転送しておくから、仕事があれば呼んでね』

「はい。それじゃあ、改めてこれからよろしくお願いします」

『こちらこそ、これからよろしく』

 

 微笑みながら話すフェイトの言葉に、明るい声で答えた後、クラウンは丁重に頭を下げてから退室する。

 その姿を見送り、フェイトは隣に立っていたシグナムに話しかける。

 

「シグナムの言った通りでしたね」

「うん?」

「見た目より、ずっと話しやすい人でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイト達と別れたクラウンは、寄り道をする事無く訓練スペースに向かい。新人フォワードの訓練を眺めているなのはとヴィータの元に近付く。

 

『見学しても良いですか? なのは隊長、ヴィータ副隊長』

「あ、クラウンさん。ええ、勿論……後、敬語じゃ無くていいですよ? 私の方が年下ですし」

 

 話しかけられて振り返ったなのはは、クラウンに対し微笑みながら言葉を発し、隣にいたヴィータもそれに同意する様に頷く。

 その言葉を聞いて、クラウンは少し考えた後で明るく言葉を返す。

 

『じゃあ、お互い敬語は無しって事でどうかな?』

「わかりま……ううん。分かった」

「ああ、あたしもその方が話しやすい」

 

 シグナムからの説明やリインの態度を見て、ある程度クラウンの人となりを察していた二人は、特に抵抗する事無くクラウンの提案を了承する。

 そのままクラウンはなのはの隣に立ち、訓練スペースを走り回る新人フォワード達に視線を向ける。

 

『俺が教える予定のティアナって子は……ああ、あの子だね』

「あ、クラウン……その事なんだけど……」

『うん?』

 

 新人たちの中にティアナの姿を見つけて言葉を発するクラウンに、なのははやや申し訳なさそうな表情で話しかける。

 

「その、しばらくは基礎訓練に専念させたいから……クラウンに参加してもらうのは、ある程度基礎が固まってからにしたいんだけど……」

『了解。基礎は大事だからね』

 

 しばらくは教導に参加しないでほしいという旨を、やや遠慮気味に伝えるなのはに対し、クラウンは特に気にした様子も無く答える。

 

『ああ、でも、何か手伝える事があったら何時でも言ってね。教導官資格は持ってないけど、部下を指導した経験はあるし、少しは役に立てるかも?』

「うん。ありがとう……その時は、よろしくね」

 

 なのはの教導方針を尊重すると語るクラウンの言葉を聞き、なのははホッと安心した様な表情で微笑む。

 

「ところで、クラウン?」

『うん?』

 

 なのはとクラウンの話を聞いていたヴィータは、それが一段落したのを見計らって言葉を発する。

 

「幻術魔導師って、どんな事が出来るんだ?」

「あ、それは私も興味あるかも」

 

 やはり幻術専門の魔導師というのは珍しいらしく、ヴィータの言葉を聞いてなのはも興味深そうな言葉を発する。

 二人の言葉を聞いたクラウンは少し考え、足元に小さな魔法陣を浮かべる。

 するとクラウンの姿がノイズが走る様にぶれ、二人に増える。

 

『どんなと言われても……』

『困るんだけど?』

「おぉっ!?」

「え、えぇ!?」

 

 二人に増えたクラウンが、顔を見合わせて会話するのを見て、なのはとヴィータは驚愕の表情を浮かべる。

 

「フェイクシルエット? いや、こんなスピードで展開……それに喋ってるし」

「……どっちが、本物か全く見分けがつかねぇ……」

 

 なのはの頭にはティアナが使う幻術魔法が浮かぶが、ティアナのフェイクシルエットは言葉を発する事は出来ない上に、高レベルの魔導師である二人ならばじっくりと見ればある程度は違和感を感じ取る事が出来る。

 その為ティアナが実戦で使う際には、作り出したシルエットを遠隔操作で動かし、違和感を悟られにくくしているのだが……クラウンの作り出した幻影は、二人がどれ程注意して見ても判別できなかった。

 

『どっちが本物?』

『本物は……』

 

 恐ろしく高度な幻影に二人が感心していると、目の前の二人のクラウンは顔を見合わせながら話す。

 すると突然、なのはとヴィータの後方から声が聞こえてきた。

 

『こっちが本物だけど?』

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 完全に目の前にいる二人のクラウンに集中していたなのはとヴィータは、後方から聞こえてきたクラウンの声に驚愕する。

 慌てて二人が振り返ると、そこには三人目……もとい本物のクラウンがいつの間にか回り込んでいて、彼が指を弾くとさっきまで話していた二体の幻影が消える。

 

『とまぁ、この場で出来るパフォーマンスは、こんなところかな?』

「ぜ、全然気付かなかった……」

 

 なのはもヴィータも歴戦の勇士であり、一週間前のシグナムがそうだったように、完璧に後ろを取られたのは驚きだった。

 驚きで目を見開いたままの二人に対し、クラウンは軽く手を横に振りながら言葉を続ける。

 

『これ以外の幻術魔法……特に大規模幻術魔法なんかは、魔力もかなり消費するから、機会があれば実戦で見せるよ』

「……成程、おもしれぇな」

 

 楽しげに話すクラウンの言葉を聞き、ヴィータもニヤリと笑いながら言葉を返す。

 そして再び訓練風景を眺め始めたクラウンを横目に、なのははヴィータに念話を飛ばす。

 

(ヴィータちゃん、印象は?)

(……どうにも読めねぇ、妙な奴だが……シグナムの言う通り、悪い奴じゃねえと思う)

 

 クラウンに対する印象を訪ねるなのはの念話に、ヴィータは少し言葉を選ぶようにゆっくりと答える。

 

(いや、というか……悪い奴には思えないっていうか……よく分からねぇが、なんかホッとするんだよな……)

(……奇遇だね。私もそんな感じ……何か変な所は一杯なのに、あんまり気にならないっていうか……なんだろうね? これ)

 

 なのはとヴィータは、クラウンに対し不思議な印象を抱いていた。

 初め見た時は驚いた筈だったが、何故か少し話すとそれは気にならなくなっていた。疑問に思う部分は沢山ある筈なのに、それを追求する気にならない。

 本人達にも理由は分からなかったが、何故か漠然と……クラウンは悪い人物では無く、信用に足る存在なのだと認識し始めていた。

 答えの出ないその感情に戸惑いながらも、二人の胸中にはこれから先への期待とも言える思いが生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんだか書いてる内に、どんどんリインの事が好きになっていってる感じがします……リイン可愛いよ。

そしてロキも、内面的にはマスター大好きっ子です……あんま表には出さないですが……

それはさておき、ようやくクラウンは機動六課に合流しました。

クラウンは非常に徹底しています……やり口が殆ど詐欺師ですね。

新人フォワード達との絡みはまだですが、なのはやヴィータとは言葉を交わしましたね。

以前なのはが空港火災で懐かしさを感じたように、やはり二人はクラウンに対して奇妙な印象を抱いているようです。

それが果たして答えに繋がるかどうかは……今後の行動次第ですね。

次回はファーストアラート……の筈、きっと、たぶん……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話『戦いの予兆』

 ――新暦75年・機動六課・訓練スペース――

 

 

 遺失物管理部・機動六課……廃ビルの立ち並ぶ街が再現された訓練スペースでは、新人フォワードの四人が今日も厳しい訓練に励んでいた。

 訓練スペースの中央付近には、バリアジャケットに身を包んで空中に浮かぶなのはの姿があり、周囲には彼女の魔力光である桃色に染まった魔力球が数個展開していた。

 まるでそこは自身の領域だと言わんばかりに、確固たる存在感を持って空中に存在するなのはの後方から、青い魔力で出来た道の様なものが伸びる。

 なのはの教え子である新人フォワードのスバル……彼女が持つ先天性の固有技能によって造られた空中の道、ウィングロード。

 即座に反応して体を動かすなのはの視界に、周囲にあるビルの一画からこちらを狙うティアナの姿が見える。

 

「……アクセル!」

≪スナイプショット≫

 

 なのははあくまで冷静に手に持った杖を横に振り、その言葉に反応した彼女のデバイス……レイジングハートが、周囲に浮いていた魔力球を弾として発射する。

 加速された誘導性のある弾は一直線に迫っていたスバルと、射撃体勢のティアナに向う。

 しかしその弾が両者の体に当ると同時に、スバルとティアナの姿はぶれ、跡形もなく消える。

 

「シルエット……やるね、ティアナ」

 

 先程まで見ていたスバルとティアナが幻術魔法で作り出した幻影だと理解し、感心した様になのはが呟いた直後、なのはの上部から新たにウィングロードが伸びてくる。

 そしてオプティックハイドにより姿を隠していたスバルが、青い道の上に出現し、構えた拳を速度を乗せてなのはに突き出す。

 しかし、なのはは動揺することなく左手をスバルに向けて掲げ、その前方にシールドを展開する。

 スバルの拳となのはのシールドがぶつかり、込められた魔力が火花を散らして衝突する。

 

「くぅ……」

 

 シールドを破ろうと全力を込めるスバルだが、なのはの掲げた左手は微動だにせず、その表情には余裕すらあった。

 なのははそのままシールドでスバルの拳を止めながら、二つの魔力球を誘導弾としてスバルに向かって発射する。

 

「ッ!?」

 

 左右から自身に向かって飛んでくる魔力弾を見て、スバルは慌てて足についたローラースケート型のデバイスを逆回転させて離脱する。

 

「うん。良い反応」

 

 攻撃を即座に止めて緊急離脱したスバルを見て、なのはは満足そうに頷き、二発の誘導弾でスバルを追撃する。

 その誘導弾に対しスバルは、やや強引に空中にある道を飛び移る事で回避を行う。

 

「う、うぇ……うわあぁぁ!」

 

 しかし強引な移動が災いしてバランスを崩し、ローラーに火花を散らせながら斜めに向いたウィングロードを滑る。

 スバルは慌てて体勢を立て直し、なおも迫りくる魔力弾に背を向けて逃げる。

 

(スバル! 馬鹿! 危ないでしょ!)

(うぅ……ごめん)

 

 強引な離脱を見ていたティアナは、スバルを念話で叱咤してから、自身の手にある銃型のデバイスを構える。

 

(待ってなさい。今、撃ち落とすから)

 

 スバルを追いかける二発の魔力弾に狙いを定め、ティアナは魔力を込めて引き金を引く……が、直後に空撃ちする様な感触と共に、ティアナが放とうとした魔力弾が不発となる。

 

「えぇ!?」

 

 デバイスの故障か不調か、最悪のタイミングで訪れたそれに、ティアナは驚愕の声をあげる。

 

「ティア! 援護、援護!?」

 

 期待した援護が来ず、後方に迫る魔力弾。スバルは、焦った様な声で相方を呼びながら逃げ回る。

 

「このっ! 肝心な時に!!」

 

 ティアナは苛立ったような声をあげながら弾丸状のカートリッジを再装填し、今度は引き金を引かず自身の魔力をトリガーとして魔力弾を発射。

 銃型デバイスから四発の魔力弾が放たれ、そのうち二つはスバルを追っていた誘導弾に向かい。残る二つは途中で進路を変えて、なのはの方に向かう。

 自身に向って飛んでくる魔力弾を視認し、そちらに注意を向けるなのは。

 そんななのはからやや距離を取った後方では、足元に魔法陣を展開した二人の子供の姿があった。

 

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!」

≪ブーストアップ・アクセラレイション≫

 

 桃色のミディアムヘアーの少女……新人フォワードの一人、キャロ・ル・ルシエは、グローブ状のデバイスに魔力を込めてブースト魔法を発動。

 その前方で槍を構えていた赤髪の少年……キャロと同じく新人フォワードの一員である、エリオ・モンディアルは、自身の体にキャロのブースト魔法の効果が表れるのを感じてから、遠方に見えるなのはに向って槍型のデバイスを構える。

 

「あのっ! かなり加速がついちゃうから、気を付けて!」

「大丈夫! スピードだけが、取り柄だから!」

 

 エリオが構えた槍の両端から、黄色の魔力光が噴出し発射の時を待つ。

 

「いくよ! ストラーダ!」

 

 エリオが自身のデバイスの名を呼ぶと共に、噴出する魔力が膨れ上がる。

 狙う先では、なのはが迫るティアナの魔力弾を回避しながら、エリオを迎撃する為の体勢を整えようとしていた。

 

「キュクルー!」

 

 しかしその直後、なのはの上空から白い小型の竜……召喚魔導師であるキャロの竜、フリードリヒがなのはに向って火炎弾を放つ。

 即座に反応し火炎弾を回避するなのはだが、やや体制は崩れエリオへの対応が遅れる。

 

「エリオ! 今!」

 

 これを逃せばもう訪れないかもしれないなのはの隙に、ティアナがエリオに叫ぶように指示を飛ばし、それを聞いたエリオはストラーダを振りかぶる。

 

「いっけえぇぇ!!」

≪スピーア・アングリフ≫

 

 まるで槍投げをするような動作と共に、槍を構えたエリオが猛スピードで空を駆けてなのはに向かう。

 高速で迫りくるエリオを見て、なのはは回避する事は出来ないと判断し、前方に防御魔法を展開してエリオと衝突。ブースト魔法により強化されたエリオの一撃と、なのはの展開した障壁がぶつかり、大きな爆発が起こる。

 激突の衝撃でエリオの体は投げ出され、近場にあったビルの壁に足を付け滑る様に落下していく。

 

「エリオ!」

「……外した!?」

 

 壁を滑りながらも何とかビルの途中で停止したエリオを見て、スバルが心配した様子で声をかけ、ティアナがエリオとは違い爆煙に包まれたままのなのはの方を見る。

 少しして爆煙が晴れ、その中からは……悠然と空中に立つなのはの姿が見える。

 しかしその表情は先程までとは違って優しく微笑んでおり、エリオ達に追撃を加える様な様子も無かった。

 

≪ミッションコンプリート≫

「お見事……ミッションコンプリート!」

 

 その言葉は四人が行っていた弾丸回避訓練……シュートイベーションの結果を伝えるものだった。

 なのはの攻撃を五分間被弾なしで回避するか、なのはに一撃でもクリーンヒットを入れれば完了と言うものだが、まだまだ新人の四人にとってはかなりの難関だった。

 

「ホントですか!?」

 

 エリオがビルの壁に掴まりながら、信じられないと言った様子で聞き返す。

 その言葉を聞いたなのはは、自分の左胸……バリアジャケットに付いた微かな焦げ目を指差しながら微笑む。

 

「ほら、ちゃんとバリアを抜いて、ジャケットまで届いたよ」

 

 四人共力を尽くして攻めたにも拘らず、なのはに与えられたダメージは皆無に等しかったが、自分達より遥か格上であるなのはに対し、微かでも攻撃が届いたという事に四人の表情は明るく変わる。

 

「じゃ、今朝はここまで……一旦集合しよう」

「「「「はい!」」」」

 

 明るい笑顔を浮かべてなのはが訓練の終わりを告げ、四人はそれに応えてそれぞれ移動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練スペースよりやや離れた位置にある隊舎の屋上では、クラウンが頬杖をついて訓練を眺めていた。

 

『皆、頑張ってるね~』

≪どうですか? マスターの目から見て、ティアナさんは≫

 

 訓練が終わったのを確認して呟くクラウンに、ロキがいずれ彼が指導する事になるティアナの名前を出して尋ねる。

 

『真っ直ぐで素直な、いい子だよね』

 

 クラウンの言葉は答えになっていない様なものだったが、ロキはそれだけで主が何を言いたいかを察して言葉を返す。

 

≪騙す事が専門の幻術魔法を使うには、もっと性格が悪くないと……ですか?≫

『うーん。まぁ、あの子は俺と違って幻術がメインじゃないから、そこまでは言わないけど……ちょっとフェイクシルエットとかの使い方が、あまりにお手本通り過ぎる気がするね』

≪確かに、あれでは魔力消費も大きそうですね≫

『応用力が無いって訳じゃないんだけど……やっぱりメインは射撃だから、幻術魔法は研究が遅れがちなのかもね』

 

 先程までの訓練風景を思い返す様に話すクラウンの言葉を聞き、ロキも納得した様に言葉を返す。

 

『まぁ、教える事になったら……その辺からかな』

 

 今後自分が教える事になるティアナの姿を眺めた後、クラウンは立ち上がって隊舎の方へ引き返していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・隊舎――

 

 

 シャワーを浴び、訓練着から制服に着替えたフォワードの四人となのはは、寮のから隊舎に向って歩いていた。

 いつも通りなら訓練が終わった後は食事になるのだが、今回は今までの酷使の影響で、スバルとティアナのデバイスが限界を迎えた。

 そしてなのはの判断により、機動六課が四人の為に制作した実戦用デバイスへと切り替える事になり、今はデバイスルームへと向かっていた。

 五人が隊舎の入口から中に入ると、廊下の先から非常に特徴的な人物が歩いてきた。

 

『や、皆。お疲れ様』

「「「「お疲れ様です」」」」

 

 手をあげて声をかけてくるクラウンの言葉に、フォワードの四人が丁寧に頭を下げる。

 クラウンが機動六課に配属されてから二週間近く経ち、フォワードの四人も含め機動六課の隊員は、彼の容姿にすっかり慣れていた……一匹を除いて。

 

「クゥゥ~」

『なんで、フリードは俺に会うたび唸るのかな? 俺、嫌われてる?』

 

 威嚇する様に自身を睨みつけるフリードを見て、クラウンは困った様な声をあげて頭をかく。

 その言葉を聞き、フリードの主であるキャロは、やや慌てた様子で言葉を返す。

 

「す、すみません! フリード……クラウンさんの事、怖がってるみたいで……」

『怖がる? なのは隊長。品行方正と自負してるんだけど、俺どこか変?』

「……奇妙って言葉が、服を着て歩いてるぐらいには……変かな」

 

 キャロの言葉に対し大げさに首を傾げて尋ねるクラウンに、なのはは呆れた様に苦笑しながら言葉を返し、他の面々もなのはの言葉を肯定する様に苦笑いを浮かべていた。

 

『うーん。俺動物好きなんだけどな~』

「フゥ!!」

 

 クラウンが肩を落としながら手を伸ばすと、フリードは「寄るな」と言いたげに鳴き声をあげる。

 フリードに懐いてもらえない事がショックだったようで、クラウンは手を引いた後で仮面を外して、涙顔……の仮面に変わる。

 

「だ、大丈夫ですよ。きっとその内、懐いてもらえますよ」

 

 その様子を見ていたスバルが、慰める様な言葉をかけると、クラウンはスバルの方を向いて仮面を戻しながら話す。

 

『……スバルは優しいね。クッキーあげよう』

「あ、ありがとうございます……あの、どこから出したんですかこれ?」

 

 いつの間にかクラウンの手にあった小包を受け取りながら、スバルはひきつった笑みで言葉を返す。

 

『ひ・み・つ・♪』

「……」

 

 容姿には慣れてきたとはいえ、掴みどころのないクラウンの性格に、フォワードの四人は戸惑った様な表情を浮かべる。

 

「……ところで、クラウンもお出かけ?」

 

 そんな微妙な空気を変える様になのはが尋ねると、クラウンは表情の見えない仮面のままで頷いて言葉を返す。

 

『うん。ヴィータ副隊長とシグナム副隊長に合流して、交替部隊の仕事を教えてもらってくるよ。シグナム副隊長が不在の時は、俺が担当する事になりそうだしねって……も?』

 

 なのはの質問に対して答えた後、クラウンは先程の言葉を疑問に思い首を傾げる。

 

「先程、フェイトさんと八神部隊長も出かけて行かれました」

 

 首を傾げるクラウンを見て、エリオが自分とキャロの保護責任者であるフェイトと、部隊長であるはやての名前を出す。

 それを聞いたクラウンは納得したように頷いてから言葉を返す。

 

『ああ、そういえばフェイト隊長。今日は、捜査部の方に行くとか言ってたね……皆は、これからご飯かな?』

 

 仮面の口元に指を当てて呟いた後、クラウンは五人の姿を眺めながら言葉を続ける。

 

「その前に四人に新デバイスを渡そうと思って、これからデバイスルームに行く所だよ」

『おぉ! そうなんだ! 皆もいよいよ新デバイスへ切り替えか~この前シャーリーに見せてもらったけど、中々凄そうだったよ』

 

 なのはの説明を聞き、クラウンは機動六課のデバイスマイスターである……シャリオ・フィニーノ、通称シャーリーの名前をあげながら言葉を返す。

 その言葉を聞いたフォワードの四人は、表情を期待する様なものに変える。

 そんな四人の表情を眺めた後、クラウンは少し間を置いてから言葉を発する。

 

『……っと、引きとめちゃってごめんね』

「ううん。クラウンも仕事頑張ってね」

『ありがと、じゃあ、またね~』

 

 なのはが微笑みながら言葉を返すのと見た後、クラウンは出口に向かって歩きながら軽く手を振って言葉を発する。

 その後ろ姿を見送った後、五人は改めてデバイスルームに向って歩き出し、スバルがクラウンから受け取った小包を困った表情で見つめながら呟く。

 

「……どうしよ。これ……」

「貰っとけば? 別に変なものが入ってる訳でもないでしょ」

 

 スバルの呟きを聞き、隣を歩いていたティアナが言葉を返す。

 その言葉を聞いたスバルは、何故か不安そうな顔でティアナの方を振り返る。

 

「で、でも……クラウンさんだよ?」

「……」

 

 その一言で全て察したのか……ティアナはなのは曰く、奇妙という言葉が服を着て歩いている様な上司を思い浮かべ、何も返答できずに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・道路――

 

 

 ミッドチルダの北部にあるベルカ自治区と呼ばれる地域の付近……道路を走る一台の車の中では、フェイトが機動六課の管制……ロングアーチと通信を行っていた。

 

「……うん。はやてはもう、向こうについてる頃だと思うよ」

 

 ベルカ自治区内にある管理局との繋がりも深い聖王教会。そこに用事があったはやてを送り終え、フェイトは自身の目的地に向かって車を走らせていた。

 

『はい。お疲れ様です』

 

 フェイトの報告に対し、モニターに映っていた紫髪のメガネをかけた青年。はやて不在の際のロングアーチの責任者であり、交替部隊の指揮官も兼任する部隊長補佐……グリフィス・ロウランが穏やかな笑みを浮かべて言葉を返す。

 その言葉を聞いて頷いた後、フェイトは今後の自分の行動についても連絡を行う。

 

「私はこの後、公安地区の捜査部に寄って行こうと思うんだけど……そっちはなにか、急ぎの用事とかあるかな?」

『いえ、こちらは大丈夫です。副隊長二人とクラウン補佐は、交替部隊と一緒に出撃中ですが……なのはさんが隊舎にいらっしゃいますので』

 

 フェイトの質問に対し、グリフィスは穏やかな口調で答え、その言葉を聞いたフェイトは安心した様に微笑んで頷く。

 しかしその直後、新たな通信モニターが出現……緊急を伝える赤い色に染まった画面と、アラートの音が車内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ南部・森林地帯――

 

 

 ミッドチルダの南部に広がる森林地帯……その一画には陸士部隊の車両が複数台停車しており、周囲には管理局制服に身を包んだ多くの局員が居た。

 捜査活動を行っていた機動六課の交替部隊に合流したクラウンは、シグナムとヴィータからある程度の仕事内容を教わり、現在は車両に背を預けて休憩していた。

 そんなクラウンの元に、ヴィータが腕を組みながら近づく。

 

「どうだクラウン?」

『うん。大体覚えたよ……次回からは、一人でも大丈夫かな?』

 

 ヴィータの質問の意図を理解し、クラウンは仮面の口元部分に指を当てながら言葉を返す。

 

『ただ……何か周囲の視線がちょっと冷たい気がするね。なんでだろ?』

「……仮面を取れ、話はそれからだ」

 

 交替部隊の隊員達の視線が注がれてるのは、当然の如くクラウンの仮面に対してであり、ヴィータは呆れた様な表情で言葉を発する。

 それを聞いたクラウンは、しばし沈黙した後……仮面を外して、ピエロのメイクをした顔を出す。

 

「……すまん。あたしが悪かった……仮面かぶってろ」

 

 怪しい仮面を外すことで、更に怪しくなったクラウンを見て、ヴィータは大きなため息と共に言葉を発する。

 それを聞いたクラウンは一度首を傾げた後で仮面をかぶり直し、周囲で休憩している隊員を眺めながら言葉を発する。

 

『ところでヴィータ副隊長。この交替部隊の前線って、どんなもんなの?』

「うん? ああ……腕が悪いとは言わねぇが、ガジェットと戦った事がある奴は少ねぇな」

『じゃあ、戦力的にはあんまり期待し過ぎない方が良いのかな?』

「まぁ、そうだな。基本的に何かあれば、オフシフトでもあたし達が出る事になるだろうよ」

 

 交替部隊は基本的に機動六課のメンバー……特に前線の面々が自由待機の際に、穴埋めとして動く部隊。24時間勤務体制である機動六課にとっては、無くてはならない存在だった。

 しかしその性質上、幅広い事態に対応できる汎用性が求められる為、魔導師の数はそう多くなく、戦力的には機動六課前線メンバーには遠く及ばない。

 

『うちの部隊って、休暇とか取れるのかな~?』

「……間違い無く交代制だろうな」

 

 おどけた様子で話すクラウンの言葉を聞き、ヴィータも楽しげに苦笑しながら言葉を返す。

 二人の間に穏やかな空気が流れ……僅かに間を置いて、ヴィータが戸惑いがちに口を開く。

 

「……なぁ、クラウン?」

『うん?』

 

 やけに神妙な面持ちのヴィータを見て、クラウンは大きく首を傾げながら聞き返す。

 

「その、なんだ……あたし、お前と……どっかで、会った事あるか?」

 

 自分自身でも自信なさげな様子で、言葉を選ぶ様に告げられたヴィータの言葉を聞き、クラウンは少し沈黙してから言葉を返す。

 

『……ナンパ?』

「……」

 

 クラウンの言葉を共に、ヴィータの顔は呆れた様な物に変わり、冷たい視線をクラウンに送る。

 仮面の下でクラウンの口元が歪んだ事には気付かず、ヴィータは自分の勘違いだったと溜息をついて言葉を発する。

 

「まぁ、お前みたいに奇天烈で怪しい奴、一度見たら忘れねぇよな」

『なんて口の悪いチビッ子なんでしょう……』

「……ちょっとその仮面の耐久力試してみてぇから、殴っていいか?」

『駄目』

 

 拳を握りしめながら言葉を発するヴィータを見て、クラウンは慌てた様子で首を横に振る。

 会話こそ遠慮のないものだったが、互いに冗談と分かっているのか、二人の間に流れる空気は不思議と楽しげなものだった。

 クラウンが機動六課に配属されて二週間……リインを除けば、ヴィータはかなり早い段階で彼と打ち解けていた。

 そんな二人の元に、ロングアーチからの緊急通信を知らせる音が聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

 二人は即座にモニターを展開し、同じく通信を受けたであろうシグナムと、グリフィスの姿が表示される。

 ヴィータが真剣な表情で尋ねると、グリフィスも同じく真剣な表情で言葉を発する。

 

『教会本部から緊急出動の要請です。教会調査団で追っていたレリックらしきものが発見されました』

『……場所は?』

 

 グリフィスの言葉を聞き、モニターに映ったシグナムが真剣な表情で聞き返す。

 

『場所は、エイリム山岳丘陵地帯を走行中のリニアレール内部。対象は、ガジェットに制御を奪われ暴走中です』

「……エイリム……」

『殆ど真逆だね』

 

 グリフィスの告げた場所を聞き、ヴィータが考える様に呟き、クラウンは自分達の現在位置を表示しながら言葉を返す。

 するとそこへ、部隊長であるはやてからも通信が届きモニターが開く。

 

『三人とも、聞こえるか?』

「ああ……大体の事情は理解した」

『それで、私達は?』

 

 はやての言葉に対し、ヴィータが簡潔に自分達の情報認知量を伝え、シグナムが指示を仰ぐように尋ねる。

 二人の言葉を聞いたはやては考える様な表情になった後、クラウンに対して言葉を発する。

 

『クラウン! 転送魔法は使えるか?』

『流石にリニアレールに直接ってのは難しいですけど、付近でいいなら……術式の準備に15分程もらえれば、三人同時に転送できますよ』

 

 はやての尋ねたい事を察したクラウンは、モニターで位置を確認しながら言葉を返す。

 

『そっか……じゃあ、取りあえず転送準備はしてもらって、三人は指示があるまでその場で待機』

『待機?』

『うん……今、隊長二人とフォワードの四人が現場に向かっとるから……現場の状況次第では、三人にも出てもらう』

『……新人の動きを見たいと?』

 

 はやての言わんとする事は理解したのか、シグナムとヴィータは無言で頷き、クラウンは確認する様に聞き返す。

 

『そういうこと……三人は急行できる準備だけして、固まって待機しといて! 細かい指示は、追って伝える』

『『了解』』

「了解だ」

 

 はやての言葉に三人は頷き、続けてクラウンはグリフィスとシグナムに通信を行う。

 

『じゃあ、開けた場所で術式の準備をするから……シグナム副隊長はこっちに合流してもらえる? で、現地の座標をこっちに送って』

『わかった。交替部隊に指示を出してからすぐ合流する』

『了解しました。座標データを端末に転送します』

 

 簡潔に通信を終え、クラウンは車両から離れて開けた場所へ移動しながら、ロングアーチから送られてきた座標データを確認する。

 ヴィータもクラウンに続くように移動し、準備の邪魔にならない様に少し離れた位置でデバイスを展開する。

 開けた場所にたどり着いたクラウンは、足元に緑色の魔法陣を出現させ、転送魔法の準備を行いながらロキに念話を飛ばす。

 

(……どう思う?)

(今回は随分派手に動いてきてるかと……)

 

 今まで独自にレリックを追ってきたクラウンは、当然ながら今までのガジェット出現情報等も把握していた。

 複数回ガジェットと戦闘した事もあるが……今までのガジェットの出現は殆どが夜間、それも小規模のものが多く。今回程の構成は初めてだった。

 

(真昼間からリニアレールの乗っ取り……推定機数は最低でも30以上……)

(新型らしき大型や飛行型も、出現の可能性があるそうです)

 

 まるで独り言を呟く様なクラウンの念話を聞き、ロキは端末に送られてきたデータを報告する。

 

(……いよいよ。本格的に動き始めたってことかな?)

(戦闘機人が出てくる可能性も、考えておかないといけませんね)

 

 クラウンの念話を聞き、ロキはかつてクラウンが遭遇した敵戦力の名を出して言葉を返す。

 ゼスト隊が壊滅した現場で交戦した戦闘機人らしき女性……あれ以降一度も目にする事が無かった存在の名を聞き、クラウンは何かを思案する様に言葉を返す。

 

(機動六課稼働から約三週間……教会の予言がそれだけ正確なのか……あちら側に、何らかの準備が整ったのか……なんにせよ、これから忙しくなりそうだね)

 

 いずれ来るとは理解していたが……大きな戦いが始まる予感を感じ、クラウンは真剣な表情で考える。

 

 

 かつて彼が、歯が立たなかった戦闘機人……いや、当時のクラウンの状態を考えればまともに戦ったとは言えない一戦。

 

 

 その戦いで刃を交え、クラウンに戦闘機人と言う存在を強く印象付けたトーレ……彼女が再びクラウンの前に現れる日も、そう遠くは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳で、アニメ本編におけるファーストアラートの部分でした。

交替部隊等は、アニメでほぼ登場がないので……大部分は想像になっておりますが、アニメでのファーストアラート中、ヴィータとシグナムどこ行ってたんだろう?

別世界とは考えにくいですが、そうなるとな第一種戦闘配備でハブられたのか……

それはさておき、ヴィータはクラウンに対し、多少なり何かを感じているようです。今後どういった展開になっていくのか……そして、トーレとの再戦はいつ訪れるのか……

しかし少々原作場面の扱いに迷っております……皆分かってると仮定して、がっつり削っていい物なのか、ある程度は原作場面も描写しておいた方が分かりやすいのか……悩み所です;;

まぁどっちになったとしても、初出動は次回で片を付けて……地球への出張はどうするか;;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話『少女の決意』

 

 ――新暦75年・輸送ヘリ内部――

 

 

 レリック発見の知らせを受け、新人フォワード四人の機動六課前線としての初陣を飾る場所に向け、大型運送ヘリが最高速度で飛行を行っていた。

 ヘリの内部にある席に座り、四人はそれぞれ渡されたばかりの新デバイスを握りしめ、一同に緊張した表情を浮かべている。

 その中でも特に落ち着かない様子なのはキャロで、現場が近付くにつれその表情は強張り、何かを思いつめている様に瞳は不安げに揺れていた。

 そんなキャロを隣に座るエリオが心配そうに見つめ、そんな二人の様子をなのはも考える様な表情で見つめる。

 そして現場まで数分となった所で、ヘリの内部に流れる沈黙を切り裂くように機動六課管制……ロングアーチからヘリに通信が入る。

 

『ガジェット反応! 空からです!』

『航空型、現地観測隊が補足!』

 

 通信スタッフであるアルトとルキノの声がヘリの内部に響き、空気が一気に慌ただしくなっていく。

 ロングアーチからは次々現場付近に現れた航空型ガジェットの情報が届き、なのはとリインが真剣な表情で部隊長であるはやてと通信を行う。

 新人フォワード四人が固唾をのんで見守る中、作戦を話し終えたなのはは端末を閉じてヘリパイロットであるヴァイスに声をかける。

 

「ヴァイス君! 私も出るよ。フェイト隊長と二人で空を押さえる!」

「うっす、なのはさん……お願いします!」

 

 現れた航空型ガジェットの集団には、空戦可能ななのはとフェイトが当る事になり、なのはは現地管制をリインに引き継ぐ。

 そして緊張した表情を浮かべている新人四人の方を向き、安心させるように微笑みながら言葉を発する。

 

「じゃ、ちょっと出てくるけど……皆も頑張って、ズバッとやっつけちゃおう!」

「「「はい!」」」

「は……はい」

 

 なのはの言葉にスバル、ティアナ、エリオがしっかりと頷く中、キャロの返事だけがやや遅れ、それを聞いたなのはは微笑みながらキャロに近付く。

 そして不安げな表情を浮かべるキャロの頬に、優しく手を当て穏やかな口調で言葉を発する。

 

「……大丈夫。離れていても、通信で繋がってる。一人じゃないから、ピンチの時は助け合える。キャロの魔法は、皆を助けてあげられる優しくて強い魔法なんだから」

「あ……はい!」

 

 竜召喚という巨大な力を持つが故に生まれ育った地を追われ、その後も制御できない力の暴走を経験した彼女にとって、実戦……竜召喚を使わなければならない状況が予想される戦闘は、不安でしょうがなかった。

 優しい彼女にとっては自分が傷つく事以上に、自分の力で他人が傷つく事が怖かった。

 そんなキャロの抱える事情を伝え聞いていたなのはは、キャロに対し一人で戦う訳ではないと優しく諭す。

 なのはの言葉を聞いたキャロは、ほんの少しだけ表情を緩め……今度はしっかりと頷く。

 

「いい返事。それじゃあ、行ってくるね」

 

 キャロの返事を聞いたなのはは笑顔で頷き、開いたハッチからその身を空に踊らせる。

 かなりの高度を飛ぶヘリから落下しながら、なのはは空中でレイジングハートを展開してバリアジャケットに身を包み、空中を飛ぶガジェットの集団に向って高速で空を駆ける。

 

「スターズ1、高町なのは……行きます!」

 

 ヘリを遥かに超える速度で飛行し、瞬く間に姿が見えなくなったなのはを見送った後、ヘリに残った新人四人はリインから作戦の説明を受ける。

 リインは端末を起動しヘリ内部に取り付けられた大きめのモニターに、ロングアーチから送られてきた情報や写真を表示して説明をしていく。

 

「任務は二つ。まずは、ガジェットを逃走させずに全機破壊する事。そして、レリックを安全に確保する事」

 

 簡潔に任務の内容を説明するリインの言葉と共に、表示されている映像が切り替わり目的となるリニアレールが表示される。

 

「ですから、スターズ分隊とライトニング分隊それぞれに分かれて、ガジェットを破壊しながら中央に向かいます。ちなみにレリックはここ……7両目の重要貨物室。スターズかライトニング、先に到着した方がレリックを確保するですよ」

「「「「はい!」」」」

 

 説明を聞き終えたフォワード四人がしっかりと返事をするのを見て、リインも頷きながら端末を閉じる。

 

「で……私も現場に降りて、管制指揮を担当するです!」

 

 端末を閉じた後でリインが体を軽く回転させると、薄い光が彼女を包みその服装が陸士制服から騎士甲冑へと変わる。

 それぞれ準備を整える中、目標となるリニアレールが見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ南部・森林地帯――

 

 

 交替部隊の車両が複数停車している森林地帯では、転送魔法の準備を終えたクラウンが一本の木にもたれかかり、自然な動作で右手を耳に当てながら考えていた。

 

(……妙だな)

(妙なのは貴方です。いつの間に盗聴器なんて仕掛けたんですか?)

 

 念話で呟くクラウンに対し、ロキが呆れた様子で突っ込みを入れる。

 大鎌型のデバイスを支える様に右手を当てた彼の耳には、小さなイヤホンが付いていて、そこから現在現場に向かっているヘリ内部の会話が聞こえてきていた。

 

(備えあれば憂いなしってやつかな……何かに使えるかもしれないと思って、スバルさんに渡したクッキーの箱を二重底にしておいたんだよ)

(それ、明らかにこの状況を想定していた訳ではないですよね……普段の癖でスバルさんに盗聴器仕掛けただけですよね? スバルさんはマスターを訴えても良いと思います)

(……ま、まぁ過程は置いといて……レリックの位置情報が聞けたのは収穫だったかもしれない)

(どういう事ですか?)

 

 完全にストーカーでしかないクラウンの行動にロキが突っ込みを入れるが、クラウンはあっさりと話題を戻して呟く。

 クラウンが気にかかっているのは、先程リインがフォワードに告げていたミッション内容の一部……目標となるレリックの位置に関しての発言だった。

 

(対象のリニアレールは、首都ミッドチルダから外部に向けての便……最初はレリックが荷物に紛れ込んでいて、ガジェットがそれを発見したのかと思ったけど……重要貨物室に入れられているって言うなら話は別だね)

(要するに、レリックを何者かがどこかへ輸送しようとしていたと言う訳ですか?)

(そう、そしてそれは遺失物管理部じゃない……もし遺失物管理部なら、事前に機動六課に情報が入ってない訳がないし『発見された』なんて言い方はしないだろ?)

(……目的は、輸送ではなかったかもしれないと言う事ですね)

 

 ゆっくりと疑問点を語るクラウンの言葉を聞き、ロキも主が言わんとする事を察した様子で呟く。

 

(あくまで予想だけどね……変だと思わない? レリックはA級危険指定のロストロギアだ。一般人が所持していれば貨物に載せる段階で没収されるだろうし、管理局が別施設に移動させるにしては護衛が少なすぎる……襲撃の危険を考慮するなら、そもそもリニアレールなんて手段を選ぶ意味がない)

(まるで、奪ってくれと言わんばかりですね)

(そうだね……もしこれが、襲撃を前提とした輸送なら……当りかもしれない。洗ってみる価値は十分過ぎるほどあるね)

 

 これは予言がもたらした結果なのか、クラウン自身の目的としてもここ数年で一番と言っていい大きな動きが見え始めていた。

 仮面に隠れた表情を鋭く変え、クラウンは頭の中で今後の展開を組み立てていく。

 問題はこの疑問がどちらに繋がっているか……戦闘機人か最高評議会か……あるいは、その両方か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――リニアレール・前方――

 

 

 エイリム山岳丘陵地帯を高速で走るリニアレールの上、前方と後方に分かれて到着したフォワード四人とリインは、素早く行動を開始していた。

 空中移動が可能なリインは、リニアレール上での管制指揮を担当しつつ車両制御を奪い返す為に動き、前方からはスターズ分隊のスバルとティアナが、後方からはライトニング分隊のエリオとキャロがそれぞれ内部を7両目に向けて進軍していた。

 五人の到着を察知し、リニアレール内部に居たガジェット達も迎撃の動きを取り始める。

 

≪ヴァリアブルバレット≫

「シュート!」

 

 ティアナが受け取ったばかりの新デバイス……クロスミラージュを構えると、その先端に対ガジェット用の多重弾殻射撃魔法が一瞬で生成され、撃ち出された魔力弾は迫っていたガジェットのAMFを貫いて破壊する。

 そのままティアナが数体のガジェットに攻撃を仕掛ける中、前衛であるスバルは足にとりついたローラーブーツ……マッハキャリバーを駆り、車両内に複数存在するガジェットに向かう。

 腕に装着したもう一つのデバイス……リボルバーナックルによる打撃でガジェットを一機破壊し、そのまま速度を緩めることなく続けざまに周囲のガジェットに攻撃を加えていく。

 当然ガジェットも攻撃をただ喰らっているだけではなく、スバルに向けコア部分からレーザーを放って反撃を行っていく。

 

≪アブソーブグリップ≫

 

 マッハキャリバーがグリップ力を高める魔法を発動し、スバルはその魔法効果を利用して壁をまるで地面の様に装甲して攻撃を回避、右手に魔法陣を出現させて追撃を放つ。

 

「リボルバーシュート!」

 

 構えた拳から撃ち出された魔力弾が、密集していたガジェットに迫り大きな爆発を起こす……が、威力の加減を間違えたのか爆発はスバルの想像より大きく、車両の天井を破壊すると共に反動でスバルの体も外に投げ出される。

 

「う、わわ!?」

≪ウィングロード≫

 

 投げ出された空中で慌てて体勢を立て直そうとするスバルだが、マッハキャリバーが素早くウィングロード……スバルが持つ空中に魔力の道を作り出す先天性魔法を自己判断で発動させる。

 空中に青い魔力の道が現れ、そこを走って車両の上に戻ったスバルは、自身の新たなデバイスの性能に驚いた様に呟く。

 

「……うわぁ……マッハキャリバー……お前って、もしかして、かなり凄い? 加速とかグリップコントロールとか……それにウィングロードまで」

≪私は、貴方をより強く、より速く走らせる為に作り出されましたから≫

 

 感動したように話すスバルの言葉に対し、マッハキャリバーは機械的に淡々とした口調で言葉を返す。

 マッハキャリバーの返答を聞いたスバルは少し考える様な表情で沈黙し、それから微笑みを浮かべて諭す様に語りかける。

 

「……うん。でも、マッハキャリバーはAIとはいえ心があるんでしょ? だったら、ちょっと言い変えよう! お前はね、私と一緒に走る為に生まれてきたんだよ」

≪同じ意味に感じます≫

「違うんだよ……色々と」

 

 まだ製造してから間もなくAIも成長段階にあるマッハキャリバーは、スバルの言葉の意味を深く理解する事は出来なかった。

 しかし主であるスバルの言葉を理解しようとしない訳ではなく、少々困った様な表情を浮かべるスバルに対し補足する様に付け加える。

 

≪考えておきます≫

「うん!」

 

 その返答に嬉しそうに頷いた後、スバルは再びリニアレールの内部に突入して戦闘を再開する。

 

 

 スバルがマッハキャリバーと会話を行っていたのと同じ頃、リニアレール内部ではティアナが車両を停止させる為にケーブルの破壊を行っていた。

 

『ティアナ、どうです?』

「駄目です。ケーブルの破壊……効果無し!」

 

 ケーブルを破壊しても車両が止まる様子は無く、リインの通信に対しティアナは首を振って答える。

 ティアナの返答を聞いたリインは、それも予想していたと言いたげに次の指示を出す。

 

『了解! 車両の停止は、私が引き受けるです。ティアナはスバルと合流して、レリックを確保してください』

「了解!」

≪ワンハンドモード≫

 

 リインの指示にティアナが答えて通信モニターが閉じられるのと同時に、クロスミラージュは二丁拳銃の形態から一丁の形態へと変わる。

 一丁になったクロスミラージュを構え、空いた手でロングアーチから送られてくる情報を確認しながら、ティアナはスバルと合流する為にリニアレール内部を進んでいく。

 

「しかし……流石最新型、色々便利だし弾体生成までサポートしてくれるのね」

≪はい。不要でしたか?≫

 

 ティアナの呟きを聞き、クロスミラージュはマッハキャリバーと同じくまだ固い口調で言葉を返す。

 するとティアナは少し考える様に苦笑し、それから言葉を返す。

 

「アンタみたいに優秀な子に頼り過ぎると、私的には良くないんだけど……でも、実戦では助かるわ」

≪ありがとうございます≫

 

 努力家のティアナにとって、優秀すぎるデバイスを持つと自己鍛錬が疎かになってしまうのではないかという心配もある様だが、それはあくまで自分の心持次第と結論付けて微笑む。

 そんなティアナの複雑な考えを察したかは分からないが、クロスミラージュはティアナの言葉に素直に答えそのまま最大限のサポートを維持していく。

 

『スターズ1、ライトニング1、制空権獲得』

『ガジェットⅡ型、散開開始……追撃サポートに回ります』

 

 ティアナが手に持った端末からは、空で戦うなのはとフェイトの様子も伝わってきており、その内容から任務が順調に進んでいる事を知る。

 そのまま少し進むと、同様の指示を受けたであろうスバルが現れ、二人は合流して7両目を目指す。

 

 

 

 

 

 

 ――リニアレール・後方――

 

 

 スバル、ティアナとは逆の後方から7両目を目指していたエリオとキャロは、新デバイスの性能にも助けられ順調に進軍していた。

 エリオが槍型のデバイス……ストラーダを振るって行く手を阻むガジェットを破壊し、キャロが必要に応じて補助魔法でサポートしていく。

 そして素早く9両目を制圧し、8両目に差し掛かった二人の視界に巨大な球体が見えてくる。

 

「……あれは……」

『エンカウント! 新型です!』

 

 今まで戦っていたガジェットの数倍はあろうかという巨大なガジェット、それを見て事前に確認した資料にあった大型ガジェットを思い浮かべる二人に、それを肯定する様なロングアーチからの通信が届く。

 球体型のガジェットは、その体から巨大な二本のアームを出現させ、9両目の屋根の上に居たエリオとキャロに攻撃を仕掛ける。

 二人はそれを素早く後方に飛んで回避し、着地と同時にキャロは足元に魔法陣を浮かべて反撃の体勢に入る。

 

「フリード! ブラストフレア!」

「キュクゥ!」

 

 キャロの呼びかけに応えた彼女の召喚獣である小竜フリードが、口元に火球を出現させて迫るアームに放つ。

 しかしガジェットのアームはその火球を軽々と弾き飛ばし、なおもアームをキャロに向かわせる。

 エリオはガジェットの居る車両内部に飛びおり、ストラーダに魔力刃を出現させてガジェットを切りつけるが、大型ガジェットの強固な装甲はそれを通す事は無かった。

 

「くぅっ……硬っ……」

 

 エリオはそのまま装甲で止まった刃に力を加えるが、巨大なガジェットはピクリとも動かない。

 大型ガジェットはエリオの刃を受け止め、キャロを狙うアームを一度戻すと、その体にあるコアレンズから強い光を放つ。

 するとエリオの構えたストラーダから魔力刃が消え、キャロが足元に出現させていた魔法陣もかき消される。

 

「AMF!?」

「こんな遠くまで……」

 

 大型故に出力も大きいAMFを受け、AMF下での魔法行使技術の無い二人は焦った様な表情を浮かべる。

 ガジェットはAMFにより魔力刃が消えたエリオに向け、引き戻したアームを振りおろし、エリオはそれをストラーダを横に構えて受け止める。

 

「くっ!?」

「エリオ君!」

 

 強い圧力をかけられながら必死にアームを受け止めるエリオに、AMFによって魔法を使用できないキャロが心配そうに呼びかける。

 キャロは完全な後衛型の魔道師であり、エリオの様に接近戦闘技術は無い……その為、AMFによって遠距離攻撃を封じられてしまうと、今の彼女にはなす術がなかった。

 

「大丈夫……ッ!?」

 

 そんなキャロに対し心配ないと返そうとしたエリオだが、ガジェットのコアレンズが強く光るのを見て慌ててアームを振り払って跳躍する。

 直後にガジェットからレーザーが放たれ、先程までエリオが居たリニアレールの床をえぐる。

 レーザーを回避してガジェットの後方に着地したエリオは、即座に体勢を立て直してガジェットに向かおうとするが……その視線の端に、高速で薙ぎ払う様に振るわれるアームが映る。

 レーザーを回避した事により体勢の崩れていたエリオは、そのアームを避ける事が出来ず、巨大なアームに打ち払われ壁まで勢いよく飛ばされる。

 

「うわあぁぁ!?」

「!?」

 

 壁に叩きつけられたエリオに向って、更に追撃する様にアームが振るわれ悲痛な叫び声が聞こえてくる中、それを見ている事しか出来ないキャロの頭には、保護観察者であるフェイトに引き取られた日の事が蘇っていた。

 巨大な力を持ったが故に生まれた場所を追われ、その後もあちこちの施設をたらい回しにされてきた過去。

 自分は居ちゃいけない存在で、危険な力を持つ自分は何もしちゃいけないと語るキャロにフェイトが諭す様に語った言葉。

 周りが言うがままにしなければいけないのではなく、キャロ自身がどうしたいか、何をしたいかを考えなければいけないと告げるその表情。

 何も出来ない今の状況が……何もしようとしなかったその頃の自分と重なって見えた。

 そんなキャロの視線の先で、気絶したエリオを抱える様にアームで持ったガジェットが屋根を突き破って、力無いエリオの体をリニアレールから放り投げる。

 

「あっ!?」

 

 空中を舞うエリオの体がまるでスローモーションのように見え、キャロは大きく目を見開いてそれを見つめる。

 機動六課に来て出会ってから、ずっと一緒に戦ってきたエリオ……いつも自分を守る様に前に立って戦ってくれていたエリオの命が危ない。

 

「エリオ君!!」

 

 そう考えた瞬間、動く事が出来なかった……動こうとしていなかったキャロの体は、弾かれた様に動き始める。

 何かを考えていた訳ではなく、ただ心の中から沸き上がる衝動のままに、キャロは落下するエリオを追ってリニアレールから飛び降りる。

 落下しながらエリオに向かって必死に手を伸ばし、次第にキャロの心に生まれた衝動はその形をハッキリと写し始め……それは彼女自身の願いへと変わっていく。

 

「……(守りたい……私に優しくしてくれた人を……私に笑いかけてくれる人達を……自分の力で、守りたい!)」

 

 エリオに追いつきその手を掴んで抱き寄せると同時に、キャロの願いは決意へと変わり、不安げだったその瞳に力強い光が宿る。

 エリオを強く抱きしめたキャロは、両手についたグローブ型デバイス……ケリュケイオンを起動させ、放出した魔力で空中に一時的に浮遊する。

 そして自分を追って降りてきた……今までキャロ自身が不安と戸惑いの中にあった為に、その力を引き出せず暴走させてしまっていたフリードを見つめる。

 悲しい境遇の中にあり、自分自身の想いを心の内に押し込めていた少女はもういなく、エリオを抱えてフリードを見つめるキャロの表情は、強い意志を持った戦士のそれになっていた。

 

「フリード……今まで不自由な思いさせててごめん。私、ちゃんと制御するから……行くよ!」

 

 心に宿った決意を語るキャロを見て、フリードはその意思を読みとるかのように力強く頷く。

 両手についたケリュケイオンが力強い魔力の光を放ち、浮かび上がった魔法陣の上でキャロは今までまともに使う事が出来なかった……フリードの真の力を発揮させる魔法を行使する。

 

「蒼穹を走る白き閃光、我が翼となり、天を駆けよ」

 

 力強い言葉と共に魔力が収束し、その力がフリードに注がれていく。

 

「来よ、我が竜フリードリヒ……竜魂召喚!」

 

 詠唱を完了させキャロが魔法を行使すると、フリードの体が眩い光に包まれ、小さなその体が巨大な……白銀の竜フリードリヒの真の姿へと変わる。

 10メートルはあろうかという程の巨大な姿に変わったフリードは、その背にエリオとキャロを乗せ、巨大な翼を力強く動かして飛行する。

 キャロの腕に抱かれていたエリオは、頬をくすぐる風を受けてゆっくりと瞳を開き、自分を抱えている少女を見つめる。

 その視線に気が付いたキャロは、自分がエリオを抱きしめている事を思い出し、頬を赤くして慌てる。

 

「あ!? ご、ごめんなさい」

「あ、ううん!? こ、こっちこそ……」

 

 その言葉でエリオも完全に意識が覚醒し、キャロと同じく頬を赤くしながら言葉を返す。

 そんな二人を乗せていたフリードがリニアレールに追いつくと、待ち構えていたかのように大型ガジェットがリニアレールの上に姿を現す。

 その姿……先程は歯が立たなかった相手を見ても、キャロの瞳に宿った光が揺れる事は無く、AMFの効果が届かないだけの距離を取ってフリードの背で魔力を込めて手を振るう。

 

「フリード! ブラストレイ」

 

 足元に浮かんだ魔法陣から、強大な魔力がフリードに流れ込み、その口元には先のブラストフレアとは比べ物にならない程の巨大な火球が現れる。

 

「ファイア!」

 

 キャロの声と共にその火球は視線を覆い尽くす炎へと変わり、大型ガジェットを飲み込む。

 その炎により大型ガジェットのアームは半分程焼け落ちたが、強固な装甲に守られた本体は依然健在なままだった。

 

「やっぱり……硬い」

「あの装甲形状は、砲撃じゃ抜き辛いよ……僕とストラーダがやる!」

 

 砲撃をいなす様な形状をしているガジェットの体を見て、エリオが力強くキャロに告げ、キャロもその提案に頷く。

 フリードの背で立ち上がり突撃の体勢を取るエリオに対し、キャロは持ちうる限り最大の魔力を込めて魔法を詠唱する。

 

「我が乞うは、清銀の剣。若き槍騎士の刃に、祝福の力を……」

≪エンチャントフィールドインベイド≫

 

 両手のデバイスの片方に光が灯り、まずフィールド貫通効果を付与する補助魔法が発動し、キャロはそのまま言葉を止めずに追加で詠唱を行う。

 

「武きその身に、力与える祈りの光を!」

≪ブーストアップストライクパワー≫

 

 残った片方の手にも光が灯り、キャロはその両手を重ねる様に構えた後で、大きく手を広げる。

 

「いくよ! エリオ君!」

「了解……はあぁぁ!」

 

 キャロの言葉を受けたエリオはフリードの背を駆けて跳躍し、ガジェットに向けて空中でストラーダを構え、それを追う様にキャロが補助魔法を発動させる。

 

「ツインブースト! スラッシュ&ストライク!!」

 

 ブースト魔法の光がストラーダに宿り、その先端に巨大な桃色の魔力刃を生み出す。

 ガジェットは自身に迫るエリオに向け、半分ほど焼けた二本のアームと内部から出した複数のコードを伸ばすが、それはエリオが振った刃によって切り裂かれる。

 そのままリニアレールの上に着地したエリオは、膨大な魔力を込めて足元に魔法陣を出現させ、突撃の構えと共に叫び声を上げる。

 

「一閃必中!」

 

 その言葉を受けてストラーダから魔力のブーストが放たれ、凄まじい速度で加速したエリオは一直線にガジェットに向かい構えたストラーダを突き出す。

 キャロとエリオ、二つの力が宿ったその一撃は……強固なガジェットの装甲突き破り、魔力刃がガジェットを貫通する。

 エリオはそのまま突き刺したストラーダを握ったままで体を返し、上方向に振り抜く様に振るう。

 

「でりゃぁぁぁ!」

 

 叫び声と共に振り抜かれたストラーダにより、巨大なガジェットはその体を両断され、大きな爆発を起こす。

 その爆発はエリオとキャロ……二人の勝利を告げるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ南部・森林地帯――

 

 

 ロングアーチから伝えられた情報を聞き、集まっていたクラウン、シグナム、ヴィータは警戒態勢を解いて会話を行う。

 リニアレール内のレリックは、7両目に到着したスターズ分隊の二人が確保し、車両の制御もリインが取り戻した。

 残る作業は護送と現地部隊への引き継ぎであり、一先ずこの件は無事解決したと言っていい状況になりつつあるようだった。

 

「私達の待機は解除だそうだ。引き継ぎを行って隊舎に戻るぞ」

『了解……結局、出番は無かったね』

「だな、まぁひよっ子達が上手くやったって事だろ」

 

 ロングアーチからの指示をシグナムが伝え、クラウンとヴィータが軽い口調で言葉を返す。

 クラウンは用意していた転送魔法の術式を解除し、シグナムとヴィータは交替部隊の面々に指示を出していく。

 

(……さてさて、これからどうなるかな~)

(マスターはどうされるおつもりですか?)

 

 どこか軽い様子で念話を送ってくるクラウンに対し、ロキは深慮深い主の考えを探る様に言葉を返す。

 

(俺はいつも通り、裏でコソコソ動くとするよ)

(裏で派手に……の間違いではありませんか?)

(そうかもしれないね。どっちにしろ、一度地上本部に出向く必要はありそうだね)

 

 とぼける様な口調の裏で、クラウンは既に今後の自身の行動についてはある程度方向性を固めているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――???――

 

 

 広く薄暗い部屋に取り付けられた巨大なモニターの前で、白衣に身を包んだ男性がモニターに映る映像を興味深そうに眺めていた。

 

『刻印№9……護送体制に入りました』

「……ふむ」

 

 正面の巨大なモニターとは別のモニターに表示された、長い紫髪の女性が告げる言葉を聞き、男性は軽く顎に手を当てて頷く。

 

『追撃戦力を送りますか?』

「やめておこう……レリックは惜しいが、彼女達のデータを取れただけでも十分さ」

 

 機動六課によって確保されたレリックに対し、護送中に襲撃をかけるかと尋ねる女性に対し、男性は軽く微笑みを浮かべながら言葉を返す。

 そしてそのままモニターを操作し、先程リニアレールとその上空で行われていた戦闘の映像を表示し、楽しげに口元を歪める。

 

「それにしても、この案件はやはり素晴らしい。私の研究にとって、興味深い素材が揃っている上に……」

 

 まるで独り言のように呟きながら、前線で戦っていたフォワード四人と上空で戦っていたなのはとフェイトを順に映した後、男性は画面を切り替えてエリオとフェイトを大きく表示させる。

 

「この子達を……生きて動いているプロジェクトFの残滓を、手に入れるチャンスがあるのだから……ふ、ふははは……楽しくなりそうだ」

 

 狂気を含んだ高らかな笑い声を上げ、男性は心底楽しそうにモニターを見つめる。

 しかし後方で自分と同じくモニター見つめ、怪訝そうな表情を浮かべている一人の人物に気が付き、軽く首を傾げて振り返る。

 

「どうかしたのかい? トーレ」

「……いえ、何でもありません」

 

 男性に尋ねられたトーレは、首を振って何でもないと答えた後で、一礼してその部屋を後にする。

 部屋から出ていくトーレの手には、機動六課の情報を記した端末が握られており、その表情は何かに戸惑っているかのようにも見えた。

 部屋から出て薄暗い廊下を歩きながら、トーレは誰にでもなく静かに呟く。

 

「……まさか、同一人物か? いや……あの時、確かに殺した筈……」

 

 歩くトーレの手に握られた端末、機動六課の構成員の情報を写したその画面には……そうそう見る事は無いであろう、片腕の魔導師が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リアルがバタバタしていて、更新まで一月半も開いてしまって申し訳ありませんでした;;

とりあえず一段落しましたので、今後は更新ペースもある程度戻せると思います。

さてと言う訳で、ファーストアラートに当たる話でしたが……なのはとフェイトの戦闘は丸々カットしました。

アニメと違って小説でどこが難しいって、場面がコロコロ変わる所が一番難しいですよね;;

アニメだとロングアーチ⇒リニアレール⇒上空⇒リニアレールサクサク切り替わるんですが、小説だとそんなにテンポ良くはいけないですね;;

ともあれこれで、一先ず初出動は終わり……次回から地球編及びクラウンの暗躍編に移行していきます。

ちなみに余談ですが、スバルに渡したクッキーの盗聴器は……ロキの言う通り、癖で仕掛けただけです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話『得る信頼、隠す真意』

 

 ――新暦75年・機動六課・寮付近――

 

 

 機動六課の寮付近、夜の帳が降りて暗くなった林で隠れる様に木にもたれかかり、クラウンはオーリスとの通信を行っていた。

 

『……って訳で、俺はあんまり動けそうにないから、そっちで探ってみてほしいんだけど……』

『ええ、分かったわ。これだけの情報じゃあ、完全に特定は出来ないでしょうけど……可能な限り絞り込んでみるわ』

 

 仮面を付けたまま小声で話すクラウンの言葉を聞き、オーリスも受け取った情報を確認しながら真剣な表情で言葉を返す。

 二人が現在話しているのは、機動六課最初の任務となるレリック回収において、クラウンが抱いた疑問について……

 まるで襲撃を前提にしているかの様に手薄な輸送。それに関わっている人物……あるいはレリックが流れたルートを特定する為の話し合いだった。

 

『情報がある程度集まったら、いつもの方法でそっちに送るわね』

『了解……それじゃ、よろしく』

 

 クラウンは現在の立場上、オーリスとの関係を悟られるのは……致命的ではないにせよ不都合ではある為、早々と通信を切り上げて端末を閉じる。

 そして通信を終えたクラウンは慎重に周囲を探る様に見ながら林から出て、可能な限り自然な動作で寮の方に戻っていく。

 

『……うん? あれは……』

 

 しかしその途中、寮から隊舎に向かって移動する人物を遠目に捕らえ、クラウンは少し考えた後で『仮面を外してから』その人物を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと時を同じくして、寮の一室……スバルとティアナに割り当てられた部屋では、スバルが机の上に置かれた小箱を困った表情で見つめていた。

 その小箱は先日クラウンから貰ったクッキーの箱で、初出動でドタバタしていた為にまだ口に運んでいないものだった。

 

「……どうしよう?」

「いい加減、覚悟決めて食べたら?」

「そ、そうだよね……折角貰ったのに、食べないのは駄目だよね」

 

 悩む様に呟くスバルの言葉に、ティアナが呆れた様な様子で答える。

 スバルは別にクッキーが嫌いな訳ではないが、やはりそれを渡してきた……おおよそお菓子作り等とは縁のなさそうな上官が気になってしまう。

 

「大丈夫よ。別に変なものなんて入ってないって」

「……じゃあ、ティアも一緒に食べてくれる?」

「……いや、遠慮しとく」

「なんで!?」

 

 安心させるように話す親友の言葉を聞き、スバルは期待した表情で一緒に食べてほしいと告げるが……やはりティアナも内心不安な様で、額に軽く汗を浮かべて首を横に振る。

 その反応で更に不安が大きくなったスバルは、しばらく腕を組んで考える様に首をひねる。

 そして最終的に、やはり貰っておいて食べないのは失礼という結論に達し、恐る恐る小箱を開き中にあったクッキーを……まるでこれから戦いに臨むかの様に緊張した表情で食べる。

 目を閉じて数度クッキーを噛み、その味を確かめたスバルは、驚いた様な表情で首を傾げる。

 

「……あれ?」

「ど、どうしたの?」

「……普通に美味しい?」

「……アンタは、クラウンさんの事を、一体なんだと思ってるのよ」

 

 クッキーが普通に美味しかった事に驚いているスバルを見て、ティアナは先程の自分の事は棚に上げ、大きくため息をつきながら言葉を発する。

 ともあれこれでクッキーに対する不安は取り除かれた様で、スバルはホッっとした表情に変わり次々とクッキーを口に運んでいく。

 クッキーの味はスバルの口に優しく広がり、同時に彼女は不思議な感覚を味わっていた。

 

「……なんだろう? これ?」

「今度は何よ?」

「いや、なんか……どこかで食べた事ある様な……懐かしい味がする」

「そうなの? クッキーなんてそう作り方が違う訳でもないと思うけど……」

 

 不思議そうな表情を浮かべ、スバルは手に持ったクッキーを見つめる。

 それを見てクッキーの味に興味が沸いたティアナは、スバルに断わってからクッキーを一枚食べる。

 

「うん。美味しいけど……別に変わった味じゃないわよ?」

「う、うん。そうだよね」

 

 スバル自身その感覚は上手く分かっていないようで、ティアナの言葉に戸惑いながら頷いて残ったクッキーを食べ始める。

 結局抱いた疑問に答えが出る事は無かったが、その日スバルは不思議と安心した気持ちで眠りにつけ……そして、懐かしい人物の夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――機動六課・隊舎――

 

 

 日付が変わろうかという時間、隊舎の出口まで歩いてきたシグナムは、自身のデバイスを確認する様に一握りしてから外に出ようとする。

 するとそこで後方から突如、シグナムにとっては聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 

「こんな夜遅くにお出かけ?」

「うん?」

 

 聞き覚えのない男性の声に首を傾げながら、シグナムが後方を振り返ると……肩ほどまで金髪を無造作に流した整った顔立ちの男性が、壁にもたれかかってシグナムを見ていた。

 陸士制服に身を包んでいるその男性を見て、シグナムは不思議そうな表情を浮かべた後で言葉を発する。

 

「……誰だ?」

 

 機動六課の隊舎内にこんな遅い時間に居ると言う事は、間違いなく機動六課の隊員かその関係者である筈なのだが……シグナムはその男性にまったく見覚えがなかった。

 すると男性は不思議そうな表情を浮かべるシグナムの前で、右手を懐に入れて仮面を取り出し、それを自分の顔に被せる。

 

『俺だけど?』

「クラウン!?」

 

 見覚えのある仮面と聞き覚えのある声に変わった男性を見て、シグナムは大きく目を見開いて驚愕する。

 それも当然だろう。彼女がクラウンの素顔を見るのはこれが初めてであり、地声を聞くのも先程が初だった。

 仮面の下にピエロのメイクをしていると言う話は、はやてから聞いて知っていたのが、その素顔ははやてですら見た事がないと言う話だったので、先程目にしたクラウンの素顔に唖然としていた。

 

『寝ようと思ってメイク落としてたら、シグナム副隊長が歩いてくのが見えてね~どうしたんだろ? ってね』

「……お前、そんな顔をしていたのか」

 

 驚くシグナムに対し、クラウンは全く気にした様子も無く尋ねるが……シグナムはまだ驚愕から抜けられていないようで、茫然とした表情で呟く。

 そんなシグナムの言葉を聞き、クラウンは大げさに首を傾げた後で再び仮面を外して言葉を発する。

 

「そんな顔? え、俺の顔って変かな?」

「い、いや……変ではないが……隠していたのではなかったのか?」

 

 クラウンの素顔に関しては、「何かしらの事情があるのだろう」と機動六課内では皆触れないようにしていた。

 その為シグナムもクラウンの素顔に関して、内心気にはなっていても今まで追及する事は無かった。

 しかし今自分の前であっさりと素顔を晒すクラウンからは、特に素顔を見られた事を気にする様子は感じられなかった。

 そんなシグナムの疑問の言葉を聞いたクラウンは、キョトンとした表情になり、首を傾げながら言葉を返す。

 

「え? いや、別に隠してないけど?」

「……じゃあ、何で普段は仮面を付けているんだ?」

 

 普段のシグナムからすれば珍しく戸惑った様子で尋ねる言葉を聞き、クラウンは自分の顎に右手を当て、斜め45度に視線を傾けながら真剣な表情で答える。

 

「……カッコイイから!」

「……聞いた私が、馬鹿だった……」

 

 どこか誇らしげなクラウンの表情を見て、シグナムはガックリと肩を落として呆れた様子で呟く。

 そんな『思惑通り』のシグナムの反応を眺めつつ、クラウンは再び仮面を付けて最初の話題に話を戻す。

 

『で、どこに行くの?』

「……あ、ああ……まだどこと決まった訳ではないが、夜間に少数のガジェットが出現する事が多くてな。反応があればすぐ出られるように、見回りも兼ねて隊舎内を回っていただけだ」

『じゃあ、今は待機……ってあれ? 今まで夜間に出動かかった事無いけど?』

「ああ、調査目的なのか本当に少数だからな……基本的に私、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四名で対応に当っている。今日は私の番というだけだ」

 

 クラウンの質問に対し、シグナムは落ち着いた様子で言葉を返す。

 つまりシグナムを含めたはやての守護騎士が当直の様な仕事を行っているらしく、夜間に少数のガジェットが出現した場合は対処していると言う事だった。

 まだ少数での任務には出せない新人四名と、教導を担当しているなのは、執務官としての仕事が忙しいフェイトは除外されている。

 そんなシグナムの説明を聞いて、クラウンは感心した様な声で言葉を返す。

 

『へぇ……仕事熱心だね~』

「まぁ、新人やなのは隊長は昼の訓練で疲れているだろうしな。規模の大きなものはしょうがないにしても、少数の対応位は手の空いている私達が動けばいい」

 

 当り前の様に語るシグナムだが、当然ながら彼女も昼に仕事をしていない訳ではない。

 交替部隊のリーダーも兼任し、むしろ忙しいとすら言える職務内容だったが、彼女にとって夜に働く事も苦では無い様子だった。

 交替部隊の面々に戦闘能力が高い魔導師が少なく、機動六課自体が少数精鋭という部隊形態であるが故、訓練に参加していない自分がそれを補うのは当然と言いたげだった。

 そんなシグナムの答えを聞いて何度か頷いた後、クラウンは明るい様子で言葉を発する。

 

『ん~じゃあ、夜の散歩にお供はいかがかな?』

「……お前も大概仕事熱心だな」

 

 茶化す様な口調で発せられたクラウンの言葉を聞き、その意図を読みとったシグナムは微笑みを浮かべて呟く。

 言い方は妙ではあったが、クラウンは自分も訓練には現段階で参加していないので、シグナムの当直を手伝うと告げていた。

 

「ならば、申し出に甘えるとしよう。お前の戦い方も見てみたい所だしな」

『あんま期待されても困るんだけどね~』

 

 まだガジェットが出現すると決まった訳ではないが、シグナムは未だハッキリとしないクラウンの実力を知りたいと微笑み、クラウンは困った様に首を振って答える。

 そのまま二人は待機を兼ねて、屋外施設である訓練スペース等を見回る為に隊舎の外で出る。

 訓練スペースまでの道を歩きながら、シグナムはふと思いついた様にクラウンに質問を投げかける。

 

「クラウン……お前の目には、新人四人はどう映る?」

『う~ん。皆才能もあるし、素直でいい子だと思うよ』

 

 突発的なその質問に、クラウンはシグナムと並んで歩きながら言葉を返す。

 その言葉を聞いたシグナムは少々考える様な表情になり、それを見たクラウンが尋ねる。

 

『……なにか、気になるの?』

「いや、私の気にし過ぎかもしれないし、誰とは言わないが……少々力を付ける事を急いでいる様に見えてな」

『成程ね』

「あの位の年齢だと、力を求めるのはおかしなことではないんだがな」

 

 特定の誰かを思い浮かべる様に語るシグナムを見て、クラウンも何かに納得した様に頷く。

 二人の間に少しの沈黙が流れた後、クラウンは夜空を見上げながらぼんやりと呟く。

 

『……その子が本当に欲しがってるのは、量れないものなのかもしれないね』

「……量れないもの?」

『なんていうか『力』じゃなくて『強さ』かな?』

「興味深いな、続けてくれ」

 

 クラウンが語り始めた言葉を聞いて、シグナムも何かを考える様な表情で続きを促す。

 その言葉に頷いてから、クラウンは穏やかな口調のままで言葉を続けていく。

 

『力を戦うための武器とするなら、強さは勝利を掴む為の何か……それは目に見える様なものじゃないけど、力の差を覆す可能性を秘めたものだと思う』

「いわば、戦いに臨む信念や守るべき意思の様なものか……」

『そうだね。目に見えないし、魔導師ランクなんかの数値じゃ推し量れないそれは……持っている人が近くに居れば、持ってない人は強く感じるものなんだと思う』

「成程な……こうすれば手に入ると言うものでもないからこそ、焦りが生まれると言う訳か」

 

 言葉を交わしながら二人は、奇しくも同じ人物を頭に思い描いていた。

 才能や魔力だけでは推し量れない、強い想いで微かな可能性を掴み取り続けてきた少女の姿を……

 クラウンは仮面の下でどこか優しげに微笑み、そのまま言葉を締めくくるように話す。

 

『まぁ、良いんじゃないかな? 別に急ぐ事が悪い訳でも、間違う事が駄目な訳でもないよ。完璧な人間なんていないんだから、色々手探りで進む事も必要だよ……それが無茶に繋がりそうな時だけ、周りが止めてあげればいいんだよ』

「そうだな……答えを急ぐ必要がないのは、周りで見る私達も同じだな」

 

 クラウンが告げた言葉を聞き、シグナムは納得した様に頷く。

 そして少し間を空け、隣を歩く奇妙な道化師に微笑みながら言葉を発する。

 

「……ふふ、そういう話をしていると、お前も上官らしく見えるな」

『あれ? なんか、普段は上官っぽく見えないって言われてる気がする』

「そう言っているつもりだ」

 

 微笑みながら話すシグナムの言葉を聞き、クラウンは軽く髪をかきながら呟く。

 どうやら先程の会話でクラウンに対する信頼が少し強くなった様子で、シグナムは穏やかな表情で微笑みを浮かべていた。

 

『むぅ、威厳とかオーラとか出した方が良いかな?』

「無理だ。止めておけ」

『ひ、酷い……』

「ふふふ」

 

 そのまま二人が打ち解けた様子で雑談をしながら訓練スペースに到着すると、まるで見計らったかの様なタイミングでシグナムの端末に通信が入る。

 通信の邪魔にならない様に、クラウンが少し離れて聞き耳を立てていると、通信の内容は予想通りガジェット出現に関するものだった。

 

「……ああ、了解した。それと、今回はクラウン副隊長補佐も同行してくれるらしい。そちらにも位置情報の転送を頼む」

『了解しました』

 

 シグナムの言葉を聞き、モニターに映っていた交替部隊の通信オペレーターが頷き、すぐにクラウンの端末にも情報が転送されてくる。

 モニターを表示して位置情報を確認したクラウンは、素早くデバイスを展開してシグナムに話しかける。

 

『北部だね』

「ああ、転送できるか?」

『現地は狭いから無理だけど、少し離れた場所なら大丈夫』

 

 クラウンはそう答えながら手に持った大鎌を、自分とシグナムの間の地面に当てる。

 すると二人を包む様に緑色の魔法陣が広がり、クラウンはそのまま転送魔法の準備を行う。

 その間にシグナムも片刃剣型のデバイス……レヴァンティンを展開し、静かにクラウンの準備が整うのを待つ。

 1分程かかり転送魔法の準備は完了したらしく、クラウンは顔を上げて茶化す様な口調で言葉を発する。

 

『それじゃ、深夜のデートと洒落込みますか』

「ああ、お手並み拝見させてもらうぞ」

『だから、あんま期待されてもね~』

 

 シグナムが頷くのを見てから、クラウンが右手に持った大鎌を強く地面に当てると、魔法陣が一際強い光を放ち二人の体を転送させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミッドチルダ北部・路地――

 

 

 夜の闇に染まったあまり広いとは言えない路地……管制から送られてきたその現場に到着したクラウンとシグナムの前には、複数のガジェットの姿があった。

 

『……多くない?』

「確かに、ここ最近では一番の数かもしれんな」

 

 二人の視線の先には調査というには少々多い数が居て、その中には先日エリオとキャロが交戦したⅢ型と呼ばれるガジェットの姿もあった。

 クラウンがその光景を見ながら、これもレリックが本格的に動き出した故かと考えていると、剣を構えたシグナムが言葉を発する。

 

「半分任せても、大丈夫だな?」

『どこで俺の株はそこまで上がったのかな……まぁ、了解』

 

 クラウンとシグナムが簡単な会話を交わすとほぼ同時に、二人の存在を感知したガジェットが一斉に迎撃の体勢に入る。

 それを見たシグナムは即座に地を蹴って加速し、一瞬で抜刀して先頭のガジェットを両断する。

 

「一機残らず撃破するぞ!」

『了解!』

 

 シグナムのその言葉と切られたガジェットの爆発音を合図として、広いとは言えない路地での戦闘が幕を開けた。

 自信に向けて放たれるレーザーを軽やかな動きで回避しながら、Ⅲ型ガジェットに肉迫したシグナムは、構えたレヴァンティンに巨大な炎を宿して振り抜く。

 

「紫電、一閃!」

 

 炎熱変換資質と呼ばれる、魔力を術式を介さずに別のエネルギーに変換する力を使い放たれたその一撃は、エリオとキャロが苦戦した大型ガジェットの装甲を紙の様に切り裂いて両断する。

 そのままシグナムは倒したガジェットには目もくれず、返す刃で自身に迫っていたもう一機のガジェットを切り、少し遅れて二つの爆発が起こる。

 

『おぉ~さっすが、強いね』

「……ッ!? おいっ! 後ろだ!」

 

 その光景を見ていたクラウンが感嘆する様な言葉を漏らし、それを聞いたシグナムが視線を僅かにクラウンの方に向けると、クラウンの後方から彼の頭目掛けてⅢ型の巨大なアームが振り下ろされているのが見えた。

 慌てて叫ぶシグナムだが、クラウンは反応出来ず、アームに押しつぶされる様に飲みこまれる。

 

「ちぃっ!?」

 

 その光景を見たシグナムは、即座に救援に向かおうとするが……直後、Ⅲ型ガジェットの体から、緑色の魔力で出来た針が複数本現れるのが見える。

 生えた魔力の針……正しくは後方から押し当てられた大鎌から発生した針状の魔力刃により、Ⅲ型ガジェットは数か所を貫通されて火花を散らし爆発する。

 その様子に驚くシグナムの耳に、破壊されたⅢ型ガジェットの後ろからクラウンの声が聞こえてくる。

 

『いや~機械は素直で良いよね。同じ手に何回でも引っ掛かってくれるし、人間よりもよっぽど騙しやすいよ』

 

 爆煙の中から現れたクラウンは軽い口調で話し、そのまま自分に向けて迫るガジェット達に視線を動かし跳躍する。

 あまり速いと言う訳ではなく、むしろフワリと浮く様な跳躍で迫るクラウンに向け、ガジェット達は一斉にレーザーを放つ。

 しかしそれはクラウンに当る事は無く、まるで見当違いの方向にバラバラに飛んでいく。

 

『レーダーパターンも前と変化無しだね』

 

 そう呟きながらクラウンがロキを振るい、それがガジェットに当ると同時に、大鎌の刃部分からさらに複数本の細い魔力の針が出てガジェットを串刺しにする。

 クラウンはそのまま体の動きを止めることなく、ロキから発せられる魔力のブーストを推進力に体をひねり、魔力の針だらけになっている大鎌を大きな動作で振るう。

 

≪スプラッシュニードル≫

 

 その動作に合わせてロキが術式を発動させ、魔力の針がまるで散弾の様に前方に高速で放たれる。

 放たれた魔力の針に誘導性は無い様だったが、それでも数が多く広範囲に飛ばされたそれは、複数のガジェットを貫いて破壊する。

 その戦闘を見て自分の心配が杞憂だったと悟ったシグナムは、すぐさま体を返して自分に向かうガジェット達に刃を振るう。

 想定したよりは数が多かったとはいえ、それでも少数と言えるガジェットの集団は、シグナムとクラウンの二人の手により瞬く間に殲滅されていった。

 

 

 

 

 

 

 ものの数分で目的となるガジェットを殲滅し終えた二人は、油断せず周囲に残存戦力が居ないかを確認してから管制に報告を行う。

 シグナムが報告と事後処理の引き継ぎを行う間、クラウンはぼんやりと空に浮かぶ二つの月を眺めていた。

 しばらくして通信が終わった様で、シグナムは端末を閉じてクラウンに話しかける。

 

「周囲に残存反応は無し、引き継ぎも完了した」

『はいはい。お疲れ様』

「お前もな……見事な戦いだったぞ」

『そう?』

 

 先程のガジェットとの戦い……初めて見るクラウンの戦闘能力は、シグナムにとって満足のいくものだったらしく、シグナムは微笑みを浮かべてクラウンを称賛する。

 

「ああ、特に魔法刃の展開速度と、それをそのまま射出する魔法は素晴らしかった」

『魔力が少なくてね。高火力で誘導性のある射撃魔法は燃費が悪いからね。スピードと貫通性で補ってるんだよ』

 

 クラウンの魔力はBランク魔導師程度と低く、AMFを貫通できる威力の射撃魔法を多用するのは厳しかった。

 その為クラウンは魔力刃をそのまま弾にする事で魔力消費を、細く貫通性の高い弾を高速で射出する事で低い火力を、それぞれ補って戦闘していた。

 攻撃範囲は普通の射撃魔法よりも狭いが、魔力を高密度に圧縮するその射撃は、低魔力での対AMF戦闘のお手本と言っても良いものだった。

 

「それに、あの体捌きは自己流か? 特殊ではあったが実戦向けに洗練されていたな」

『まぁ、片腕での戦闘技術なんてあんまりないからね』

 

 実際クラウンの近接戦闘術は、近接戦闘の達人であるクイントが彼の為に組み上げたものではあったが、まさかそんな事を言う訳にもいかないので自己流という事にしておく。

 そんなクラウンの返答を聞き、シグナムは心底感心した様に数度頷いた後、嬉しそうな笑みを浮かべて呟く。

 

「今度、是非一度手合わせを……」

『嫌!』

「むぅ……」

 

 高揚する様な笑みを浮かべて話すシグナムの言葉を遮り、クラウンは大きく首を振る。

 近接に特化した古代ベルカの騎士……実際にその目で見るシグナムの戦いは、公開模擬戦の映像で見るより凄まじく、クラウンにしてみれば遠慮したい相手だった。

 あるいは過去の鍛錬で毎回のように、ベルカ式の近接魔導師に叩きのめされていたのが、軽いトラウマとなっての返答だったかもしれない。

 不満そうな表情を浮かべるシグナムを見て軽くため息をついてから、クラウンは転送魔法の魔法陣を出現させ機動六課隊舎へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・隊舎――

 

 

 隊舎に戻ってきたシグナムとクラウンは、並んで廊下を歩きながら言葉を交わす。

 

『シグナム副隊長。これからは俺も、当直のローテーションに加えといてよ』

「確かにあれだけの戦闘力があれば、十分こなせるとは思うが……構わないのか?」

 

 シグナム達四人が交替で行っている当直に、自分も参加することを提案するクラウンの言葉を聞き、シグナムは少し申し訳なさそうな表情で尋ねる。

 確かに当直を担当する人数が増えるのはありがたいが、昼にくわえて夜間にも仕事を増やしてしまう事に少し抵抗がある様だった。

 そんなシグナムの言葉に対し、クラウンは明るい口調で言葉を返す。

 

『休憩が必要なのはシグナム副隊長達も一緒でしょ? 俺だってまだ教導には参加してないんだし、その位はいくらでも手伝うよ』

「……そうか、助かる」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、シグナムは微笑みながらその厚意を受ける事にする。

 穏やかに微笑んで廊下を歩くシグナムを見て、クラウンは仮面の下で微笑み、それと同時にロキが念話を送ってくる。

 

(初めからこの展開を狙ってたでしょ? いつもはあんな派手な戦闘しない癖に……)

(……これで、夜間に外出する大義名分が手に入ったな)

 

 呆れた様なロキの念話に対し、クラウンは自身の思惑通りに事が進んでいるのに満足しながら言葉を返す。

 ロキが告げた通り、クラウンはシグナムの話を聞いた瞬間からこの展開に持っていきたいと考えていた。

 オーリスと連絡を行ったり、色々裏で動くには機動六課内では周囲にかなり気を使わなければいけない。

 しかし夜間の当直……見回りや単独出動する機会を得れば、それだけでクラウンはかなり動きやすくなる。

 その為に幻術魔法の多用は避けて、普段はあまり行わない自分の戦闘力を誇示するかの様な戦い方をし、シグナムの信頼を勝ち取る事に成功した。

 

(マスター、絶対今悪い顔してますよ)

(あはは、自覚はあるけど躊躇する訳にはいかないよ……もしアレが当りなら、ここから数ヶ月が勝負だ)

 

 オーリスに調査を頼んだ情報……それがクラウンの望んでいる相手に繋がった場合、彼の目的の一つは大きく躍進する事になる。

 

 迫るその事態に備える様に……機動六課の面々の信頼を得つつ、クラウンは裏で動く為の準備を着々と進めていた。

 

 全ては追い続けてきた管理局最大の闇……最高評議会を、その刃の射程内に捕らえる為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アニメ本編では教導に参加してなかったり、アグスタと最終決戦以外戦闘参加していなかったりのシグナムですが、当小説内では交替部隊の件といい、かなりガッツリ働いています。

現時点では機動六課の面々では、リインに次いで登場場面が多いですね。

うん……クーデレは素晴らしいものだと思います。

今回は完全オリジナルでしたが、次回はサウンドステージ01を舞台とした地球編……勿論クラウンの行動がメインになるので、実際のサウンドステージとは多々違います。

寧ろサウンドステージの場面は殆ど無く、クラウンの行動ばかりになるかも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話『茜色の空で』

 

 ――新暦75年・機動六課・隊舎――

 

 

 朝の日差しが差し込む早朝……機動六課隊舎の正面口に位置する受付の元に、部隊内でも一番異質な見た目をした人物が訪れていた。

 

『おはよう。荷物が届いてるって聞いたんだけど?』

「おはようございます。はい、こちらですが間違いありませんか?」

 

 機動六課に届く宅配物は、一度受付が纏めて受け取り、その後に各隊員に配布される事になっている。

 受付の女性はクラウンの言葉を聞き、通信販売ショップのロゴが付いた小さな箱を取り出して、本人が注文したもので間違いないかどうかの確認を促す。

 その言葉を聞いたクラウンは、指先に小さな魔法刃を出現させて箱の封を切り、中から一冊の本を取り出す。

 

『うんうん。これこれ、間違いないよ』

「……そ、そうですか……」

 

 クラウンが取り出した『仮面全集』と書かれた不気味な表紙の本を見て、受付の女性は引きつった笑みを浮かべながら頷く。

 クラウンが機動六課に来て一月近くが経過し、部隊員達もある程度は彼の見た目や性格に慣れてはいるが、相変わらずの奇妙な趣味を理解出来る者はいなかった。

 そんな女性の引きつった笑みを見たクラウンは、何故か明るい表情で尋ねる。

 

『あ、興味あるなら後で貸してあげようか?』

「え、遠慮しておきます」

『そう? 面白いのに……まぁ、確かに受け取ったよ。箱は適当に処分しておいて』

「分かりました」

 

 クラウンの問いかけに対し、女性は興味はあるが読みたくはないと言いたげに答え、その言葉を受けてクラウンは一度首を傾げてから本を持って受付を去る。

 その背中を見送りながら、受付の女性は軽くため息をついて疲れた表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮――

 

 

 宅配物を受け取り寮の自室に戻ってきたクラウンは、扉をロックしてから手に持った本の裏表紙を開く。

 するとそこにはマイクロチップが貼り付けられており、それを取り外して微かに微笑んだ後でロキに呼びかける。

 

『ロキ』

≪はい。データの読み込みを開始します≫

 

 『いつもの方法』でクラウンの手元に届いたオーリスからの情報。マイクロチップに収められたそれを、ロキが解析してモニターに表示させる。

 起動したモニターに映る情報を確認し、クラウンは考える様に小さく呟く。

 

『……密輸ルートかな』

≪複数ありますね……流石のオーリスさんでも、あの情報だけでは個人の特定は出来なかったみたいですね≫

 

 クラウンが眺めるモニターには、非合法でロストロギアを取引しているいくつかのルートの情報が記載されていて、そのうちのいくつかには『管理局員が関与している疑いあり』という文字が記されていた。

 先日クラウンが依頼したレリックを輸送したであろうルートに、関わりがある可能性が高いものから順に並んでいる様で、現時点で絞り込むのはこれが限界と最後にメッセージもあった。

 密輸に関与している局員の割り出しをするには、記されたルートを探って追加情報を得る必要がある。

 

『ここからは、俺の仕事だね』

≪そうですね。探りをかけて、可能なら密輸品を回収できれば……≫

『一番可能性が高くて、動く日が確定しているのは……アグスタか』

≪骨董美術品オークションの会場ですね≫

 

 密輸ルートを探るなら、その密輸品を直接手に入れるのが最も効率良く、クラウンは近く開始される取引許可の出ているロストロギアのオークションに目を付ける。

 一口にロストロギアと言っても危険なものばかりではなく、観賞用等の安全な物も多く存在する。

 そういった品々の内で、時空管理局が取引許可を出した物はオークションの様な形で、民間のコレクター達の手に渡る。

 しかし表で行われる合法のオークションを隠れ蓑にし、裏で非合法品オークションも行われていて、クラウンが探ろうとしているのはそちら……密輸品や横流し品のオークションだった。

 

『とりあえず、当日までにホテルの見通り図は用意しときたいね』

 

 オークション当日の現場へ乗り込む事を決めたクラウンは、この先の展開を考える様に真剣な表情でモニターを見つめる。

 すると端末から通信を知らせる音が鳴り、クラウンは表示していたデータを閉じてから通信画面を開く。

 

『おはようございます。八神部隊長』

『おはよう。クラウン……朝早くから申し訳ないんやけど、ちょっとええかな? 出張任務が入ってな』

『……出張任務?』

 

 モニターに表示されたはやては、クラウンの挨拶に笑顔で答えた後で通信の目的を話し始める。

 

『第97管理外世界の地球ってとこなんやけど……知ってるかな?』

『……そこって確か、部隊長達の出身地では?』

『そうそう。そこでロストロギアの反応が見つかってな、教会本部からの依頼で回収に出向く事になったんよ』

『……新人四人はともかくとして、俺も参加してよろしいので?』

 

 はやての説明を聞く限りでは、該当ロストロギアが観測されたのは魔法技術の無い管理外世界であり、必然的にそこでの探索は現地への影響を考慮して少数で行われる筈だった。

 しかも今回の対象管理外世界ははやて達の出身地で、機動六課内に現地の土地柄に明るい人物が多数存在している。

 そうなると新人四人は出張を経験させたいと言う意味で連れていくとしても、現地知識の無いクラウンは足を引っ張りかねない。

 その事を考えて尋ねるクラウンに対し、はやては微笑みながら言葉を発する。

 

『うん。捜査は現地住民に悟られんようにする必要があるし、それやったら幻術魔導師のクラウンは専門やろ?』

『ああ、成程』

『認識阻害魔法とかでの補助を期待しててな……10時に出発するから、準備をしてヘリまで来てな』

『了解しました』

 

 はやてが明るい笑顔で告げた言葉を聞き、クラウンは頷いてから敬礼をして返事を返す。

 そのまま軽く任務内容の説明を受けてから、通信を終える前にクラウンは言葉を発する。

 

『ああ、そうだ。少しお願いしたい事があるんですが、今言ってしまっても大丈夫ですか?』

『うん。かまわんけど?』

『実は……』

 

 首を傾げるはやてに対し、クラウンは簡潔にお願いの内容を告げ、その話を聞いたはやては納得した様に頷いてから言葉を返す。

 

『じゃあ後で申請書類を渡すから、早めに記入して提出してくれるかな?』

『了解です』

 

 快く申し出を了承してくれたはやてを見て、クラウンは軽く頭を下げて言葉を締めくくる。

 そしてはやてとの通信を終え、端末のモニターを閉じてから、クラウンは静かに呟く。

 

『……まだ、完全に信用はされてないみたいだね』

≪どういう意味ですか?≫

 

 クラウンの呟きを聞いてロキが言葉を返すと、クラウンは少し間を空けてから言葉を返す。

 

『……今回の任務で、俺を連れていく利点は無いに等しいよ』

≪……疑われていると言う事ですか?≫

 

 クラウンの言葉通り、今回の任務にクラウンを連れていく利点は無いと言ってよかった。

 はやてが語った認識阻害魔法等についても、今回の任務にはシャマルもティアナも同行するので、クラウンの出番は殆どない。

 しかもクラウンは目立つ。仮面等は当然現地では外すにしても、左腕がないと言うのはそれだけで人目を引きやすい要因とも言えるので、こういった現地捜査に向いているとは言い難い。

 それならばクラウンは機動六課に残し、出張中の交替部隊の仕事等を担当させた方が効率的……にも拘らずクラウンを待機ではなく同行させる理由は、一重にはやての性格だった。

 

『いや、疑われているって程じゃないよ。まだ完璧な信頼を寄せてない相手は、出来るだけ目の届く範囲に置いておきたい……まぁ、指揮官らしい考え方だね』

≪成程≫

 

 はやての考えを読みとる様に呟くクラウンの言葉を聞き、ロキも納得した様子で言葉を返す。

 そしてクラウンはしばし考える様に俯いた後、仮面を外して呟く。

 

「まぁ、でも……これはこれで良い機会かもしれないね。そろそろ皆に一度、素顔を見せておいた方が良い頃だろうと思ってたし」

≪確かに、管理外世界への出張任務なら自然と仮面もメイクも取れますね≫

 

 クラウンが機動六課に出向してから、間もなく一ヶ月が経過するこのタイミングは、当初クラウンが考えていた通りに自分の素顔を晒すには良いタイミングだった。

 それならば自然と仮面もメイクも外す理由があるこの出張は、クラウンにとって都合が良いものとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヘリ内部――

 

 

 第97管理外世界への移動の為、転送ポートを目指して飛ぶヘリの中では、どこか楽しげな空気が流れていた。

 出張任務自体が初めての新人四人は、数年間地球に住んでいたエリオとキャロを中心に、これから行く地球の事について話をしている。

 地球に魔法文化が存在しない事にティアナが驚き、先祖が地球出身であるスバルが答え、そこにはやてやなのはも加わって会話が盛り上がりを見せる。

 そんな盛り上がる新人フォワード四人の声を聞き、クラウンが明るい言葉を発する。

 

「ちょっと不謹慎ではあるけど、楽しみだね~」

「「「「……」」」」

 

 しかしクラウンが会話に参加した瞬間、新人四人だけでなく周囲も水を打ったように静かになる。

 それもその筈、現在クラウンは素顔で話しかけており、新人達から見て左の壁を背に座っている為、特徴的な左袖が見えなかった。

 ジーンズに薄手のパーカー付きの上着と、カジュアルな服装のクラウンを見て、殆ど全員キョトンした表情を浮かべている。

 そんな沈黙が流れる中で、リインが信じられないと言った表情でクラウンに近付いて尋ねる。

 

「その声……まさか、クラウンですか?」

「そうだけど?」

「「「「「ええぇぇぇぇ!?」」」」」

 

 クラウンがリインの質問に首を傾げて答えた瞬間、機内は驚愕の叫び声で埋め尽くされる。

 皆大きく目を見開いて叫び、はやてですら言葉を失った様に茫然としていた。

 その反応を見てクラウンは再び大きく首を傾げ、機内で唯一自分の素顔を見た事があるシグナムに尋ねる。

 

「なんでそんな驚くかな? ねぇ、シグナム副隊長……やっぱ俺の顔って変?」

「違う。変なのはお前の顔じゃなくて、普段の行動だ」

 

 クラウンの質問に対し、シグナムは呆れたように溜息をつきながら言葉を返す。

 他の面々はしばらくの間、初めて見るクラウンの素顔にどう反応して良いか分からず硬直していたが、その中で一番早く回復したリインが慌てて言葉を発する。

 

「く、クラウンが、ピエロじゃないです!?」

「そりゃあ、今回の任務であんな怪しい恰好してる訳にはいかないでしょ」

「……怪しいって自覚はあったんやな」

 

 リインの言葉にクラウンが笑いながら答え、それを聞いていたはやてが意外そうに呟く。

 

「と、と言うか……そもそも、何で普段は仮面を……」

 

 初めて見るクラウンの素顔に戸惑いながら、ティアナが周囲の誰もが気になっていた質問を投げかけ、その答えを唯一知るシグナムは疲れた様に肩を落とす。

 一同の視線が集まる中、クラウンはたっぷりと間を使い……口元に手を当てて、誇らしげな表情で言葉を返す。

 

「ミステリアスで、カッコイイから!」

「「「「「……」」」」」

 

 その発せられた言葉を聞き、一瞬で周囲は再び静寂に包まれる。

 疲れた表情で溜息をつくはやて、引きつった笑みを浮かべるなのはとフェイト、どう反応を返していいか分からず唖然とする新人四人。

 そんな面々に共通しているのは「この人にまともな答えを期待したのが馬鹿だった」という、クラウンが望んだ通りの感想だった。

 そしてその沈黙の中、やはりいち早く硬直から抜け出したリインが、呆れた表情で言葉を発する。

 

「……いや、カッコよくは……ないと思います」

「やれやれ、リインはまだ仮面の魅力ってのが分かってないね……今度じっくり教えてあげよう」

「い、いいです! 知りたくないです!」

 

 リインの呟きを聞いて、クラウンは不気味に口元を歪めて懐から仮面を取り出し、それを見たリインは慌てて首を横に振る。

 そんなクラウンが思い描いた通りの展開になったヘリの内部で、唯一クラウンが予想していたのとは違う反応を見せる存在が居た。

 

「キュ?」

「おや? フリードが唸らない」

 

 普段はクラウンを見かける度に距離を取り、警戒する様な唸り声を上げるフリードだったが、現在は特にクラウンから離れる様子は無くその顔を興味深そうに眺めていた。

 その普段とは違うフリードの反応を見て、クラウンが懐に仮面をしまってから手を伸ばすと……フリードはそれを避けることなく素直に頭を撫でられる。

 

「お、おぉ……」

 

 その反応に感動した様な表情を浮かべるクラウンだが、すぐその原因が思いついたのか考える様な表情を浮かべて再び仮面を取り出し、それを自分の顔に被せてみる。

 するとフリードの表情は一変し、即座にクラウンから距離を取って鋭い目を向ける。

 

「フゥゥ~!」

「……」

 

 普段の反応に戻って敵意丸出しの視線を向けてくるフリードを見て、クラウンは珍しく唖然とした表情で仮面を外す。

 仮面を外すと同時にフリードの唸り声は消え、再びクラウンの顔を見て首を傾げる。

 

「キュ?」

「そっか……フリードが俺に懐いてくれない原因は、仮面か……」

 

 完全に敵意が消えたフリードを見て、クラウンはショックを受けた様にがっくりと肩を落とす。

 そんなクラウンの様子を見て、スバルが呟くように言葉を発する。

 

「仮面、付けなきゃいいんじゃないですか?」

「やだ! だってこれ付けてないと、俺って感じがしないもん」

「あはは……それはまぁ……確かに」

 

 一同既にクラウンの仮面姿は見慣れており、むしろ素顔の今の方が違和感のある状態だった。

 スバルの言葉に頑なに首を振るクラウンを見て、リインが苦笑しながら同意して、周囲も同意見と言いたげに苦笑を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――第97管理外世界・地球――

 

 

 はやて、シャマル、シグナム、ヴィータの四名は現地協力者と合流する為に別の転送地点に向かい。隊長二人にリインとクラウン、新人四人は一足先に調査の拠点となる場所へ向かう。

 転送の光りが消え、地球の調査拠点に到着した一行の前には緑豊かな自然と美しい湖が広がる。

 

「ここが……」

「なのはさん達の故郷……」

 

 視界に広がる大自然を見て、ティアナとスバルが物珍しそうに周囲を見渡しながら言葉を発する。

 エリオとキャロは以前地球に住んでいた事があるからか、どこか懐かしむ様な様子で景色を眺めていた。

 

「そうだよ……ミッドと殆ど変らないでしょ?」

「確かに、ミッドの自然公園みたいな雰囲気だね~」

 

 なのはが微笑みながら答え、スターズの二人と同じく地球は初めてのクラウンも興味深そうに視線を動かす。

 そのまま視線を動かしていたクラウンだが、ふと湖の近くにあるコテージを見つけ、軽く首を傾げながら尋ねる。

 

「あれは、コテージかな?」

「そうですよ。現地の方がお持ちの別荘です。捜査員待機所としての使用を快く許可してくれたんですよ」

「へぇ、八神部隊長達が訪ねている人だっけ?」

「え~っとその人じゃなくて……」

 

 クラウンの質問に対し、10歳の子供ぐらいの姿……アウトフレームと呼ばれる形態に変わっているリインが、笑顔で質問に答える。

 その答えを聞いたクラウンは、別の地点に向かったはやて達の事をあげて質問するが、リインはそれに対して答えを探す様に腕を組む。

 そして少し考え込んだ後で説明する為に口を開こうとした時、一行の居る場所に向かって近づいてくる一台の車が見えた。

 

「自動車……こっちの世界にもあるんだ……」

「文明レベルBだからね。航空技術とかもあるんじゃないかな?」

 

 近付いてくる自動車を見てティアナが呟き、それに対してクラウンが考える様な表情で言葉を返す。

 管理局は基本的に次元航行技術を持つ世界を管理世界、持たない世界を管理外世界と呼称しているが、管理外世界は対象の文明レベルによってさらに細かく分けられていた。

 機械技術が殆ど発展していない世界はC以下、ある程度の機械技術が発展しており現在成長段階にある世界はB、近い将来次元航行技術を得るであろう世界はAとされている。

 第97管理外世界地球は文明レベルBであり、車や航空機が存在していても不自然ではない。

 クラウンの言葉を聞いてティアナが納得した様に頷いていると、車が止まり中から金髪セミショートでなのは達と同年代ぐらいに見える女性が降りてくる。

 

「なのは! フェイト!」

「アリサちゃん!」

「アリサ!」

 

 車から降りた女性は明るい笑顔を浮かべてなのは達に手を振り、その姿を見たなのはとフェイトも明るい笑顔を浮かべてアリサと呼ばれた女性に駆け寄る。

 どうやら三人は仲の良い知り合いの様で、久々にあった事を喜び合い嬉しそうに言葉を交わし、そこにリインも加わって更に賑やかに話をしている。

 アリサの事を知らないクラウンと新人四人は、一様に首を傾げてその光景を眺めていた。

 その視線に気付いたフェイトが、五人の方を振り返ってアリサの事を紹介する。

 

「紹介するね。私となのは、はやての友達で幼馴染の……」

「アリサ・バニングスです! よろしく!」

「「「「よろしくお願いします」」」」

「よろしく~」

 

 フェイトの言葉を受けてアリサが自己紹介をし、新人四人はやや緊張した様子で頭を下げ、クラウンは軽い口調で挨拶を返す。

 アリサは五人の挨拶を受けて笑顔で頷いた後、五人を見渡す様に視線を動かした後で呟く。

 

「あなた達が、なのはの生徒ね」

「そうだよ~」

「いや、クラウンは違うでしょ……」

 

 さも当然の様に答えるクラウンを見て、なのはは呆れた様な溜息をついて呟く。

 アリサはクラウンを見て一瞬その腕が入って無い左袖を凝視したが、突っ込んで聞くのも失礼と考え、先程の発言にだけ苦笑する。

 そのまま本当の生徒である四人とアリサが軽く会話をし、それを眺めていたクラウンが思い出したように呟く。

 

「じゃあ、俺はヴィータ副隊長に合流して空中散布だから、先に移動するね」

「うん。よろしくね」

 

 今回のロストロギア調査はセンサーとサーチャーを設置して行われる。

 地上を足で歩きながらサーチャーを設置していく者と、空中からセンサーを散布する者に別れ、クラウンはその目立つ見た目から空中散布担当に割り振られている。

 一足先に合流ポイントに向かうと言うクラウンの言葉を聞き、なのはは微笑みながら了承した様に頷く。

 

「それじゃ、行ってくるね~」

≪インビシブル≫

「!?」

 

 軽く手を振って歩きだしたクラウンの姿が即座に見えなくなり、それを見たティアナは驚愕の表情を浮かべる。

 ティアナもオプティックハイドと言う姿を消す幻術魔法は使えるが、クラウンの発動させた魔法は彼女の知るものではなく、発動も格段に早かった。

 まだクラウンの戦闘等を見た事がないティアナだが、足音も無く文字通りその場から消えた幻術魔法の技術は己との力量差を感じるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――上空――

 

 

 空に上がったクラウンは、ヴィータと合流してセンサーの空中散布を行っていく。

 バリアジャケット姿になると共に仮面の姿に戻ったクラウンを見て、ヴィータは作業を進めながら尋ねる。

 

「なんでまた仮面付けてるんだ?」

『何でって言うか、これバリアジャケットの一部だからね』

「……普段のとどう違うんだ?」

『全然違うよ。強度も違うし、見やすい様に目の穴も十字になってるでしょ?』

「あたしの方から聞いておいてなんだが、心底どうでもいい……」

 

 自分の付けている仮面について熱く語り始めるクラウンを見て、ヴィータは興味無さそうに呟く。

 そのまま少し間を空け、ヴィータは少々不満げな様子で言葉を発する。

 

「……というか、なんであたしはお前とセットで行動なんだ?」

『う~ん。スバルとティアナ、なのは隊長とリイン、エリオとキャロ、シグナム副隊長がフェイト隊長と合流で八神部隊長とシャマルが管制……余ったんじゃない?』

「……」

 

 地上でのサーチャーとセンサー設置を行っている前線メンバーと、管制指揮を担当している二人をあげて余りもので組まされたと話すクラウンの言葉を聞き、ヴィータは釈然としない表情を浮かべる。

 そんなヴィータの様子をみて仮面の下で苦笑しながら、クラウンは穏やかな声で呟く。

 

『それにしても……のどかで良い街だね。任務じゃなければ、のんびり観光でもしたいとこだよ』

「……そうだな」

 

 クラウンの呟きを聞いたヴィータは、懐かしむ様な目で眼下の街並みを見ながら言葉を返す。

 それを聞いたクラウンは、ふと思い出したように尋ねる。

 

『そういえば、ヴィータ副隊長は地球出身だっけ? やっぱ懐かしかったりするのかな?』

「……実際数年前までは住んでたから、やっぱり戻ってくりゃ懐かしさはあるな……お前だってそういうのはあるだろ?」

 

 ある意味故郷と言っても良い地球に帰ってきて、任務とは言え懐かしさを感じながら話すヴィータの言葉を聞き、クラウンはしばし考える様に沈黙してから言葉を返す。

 

『う~ん。どうだろ……あんまよく分からないや』

「うん? お前の出身はどこなんだ?」

 

 クラウンの妙な言い回しが気にかかり、ヴィータが首を傾げてクラウンの出身地を尋ねると……クラウンはしばし考える様に沈黙した後で言葉を返す。

 

『俺は孤児だからね~どこ出身とかは分からないや。ミッド育ちではあるけどね』

「そ、そうなのか……」

『引き取り手が見つからなくて、魔法の才能があったから自動的に局に入れられてね……部隊もあちこち転々としてたから、いまいちその辺の感覚は分からないかも』

「そ、そうか……悪りぃ……」

 

 基本的に管理世界で保護された孤児で、魔法の才能……リンカーコアを持つ者は管理局の施設に引き取られる。

 引き取られた施設である程度の年齢まで育てられ、引き取り手が見つからなかった者は、ミッド自体が低年齢での就職・自立が一般的な事もあり、若くして魔導師となる事が多い。

 クラウンもその例にもれず、10歳になったばかりの頃に短期予科訓練校を出て武装局員となり、その後も辺境部隊を転々としていた為、故郷と呼べるほど思い入れのある土地は無かった。

 さらっとクラウンが語った境遇を聞き、ヴィータは聞いてはいけない事を聞いてしまったと思って謝罪の言葉を口にする。

 するとクラウンは驚いた様に沈黙し、少し間を空けてから明るい口調で言葉を返す。

 

『……どうしたの? なんか悪い物でも食べた?』

「……お前は……」

『あはは、うそうそ、ありがとうね。ヴィータ副隊長は優しいね~』

「なっ!?」

 

 おどけた様子で話すクラウンの言葉を聞き、ヴィータは照れたように顔を赤く染める。

 そんなヴィータの反応を見たクラウンは、楽しげにからかう様な言葉を続ける。

 

『おぉ、真っ赤になっちゃって……可愛いね~』

「て、てめぇ……」

 

 楽しげなクラウンの言葉を聞き、ヴィータはワナワナと肩を震わせながら呟き、それを見たクラウンはセンサーの散布は続けながらヴィータから軽く距離を取って言葉を続ける。

 

『うんうん。ヴィータ副隊長は、優しくて可愛いね~』

「……言わせておけば……コノヤロウ……一発殴らせろっ!」

『や~だよ♪』

「待ちやがれ、クラウン!」

 

 空中で追いかけっこを始める二人だが、それはあくまで冗談の範囲の様で……その証拠に二人共、ちゃんと指示された地点へセンサー散布は完璧にこなしていた。

 なんだかんだで仲良く会話を行いながら、作業を正確に進めていく二人は良いコンビの様で、それをモニターで眺めていたはやてとシャマルは苦笑しながら通信で呟く。

 

『二人共、仲えぇな~』

『ホントね~』

「どこがだっ!?」

 

 通信から聞こえてきた声を聞き、ヴィータは顔を赤くしたままで怒鳴る様に答える。

 怒った様な言葉ではあったが、ヴィータの様子はどこか楽しそうにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が指定されたポイント全てにセンサーを散布し終えた頃には、景色は茜色に染まっていた。

 

『これで、一先ずは終わりかな?』

「だな……後は待機所に戻って反応待ちだな。後、いい加減一発殴らせろ」

『嫌!』

 

 起動した端末のモニターで散布状況を確認して呟くクラウンの言葉を聞き、ヴィータはクラウンにジト目を向けながら答える。

 地上でサーチャー設置を行っていた面々の作業もほぼ完了しているらしく、二人は待機所となっているコテージに向かい緩やかに飛びながら会話を続ける。

 しばし二人が雑談をしながら飛行していると、管制のはやてとシャマルから通信が届く。

 

『教会本部から新情報が来ました。問題のロストロギアの所有者が判明……運搬中に紛失したとのことで、事件性はないそうです』

『本体の性質も逃走のみで、攻撃性は無し。ただし、大変に高価な物なので、出来れば無傷で捕らえてほしいとの事……まぁ、気ぃ抜かずにしっかりやろ』

 

 シャマルの報告の言葉に続き、はやてが少し安心した様子で言葉を続ける。

 攻撃性が無いロストロギアと言う事で、危険性は低いという説明を聞き、ヴィータも少しホッとした様な表情になる。

 

「まぁ、少しは気が楽になったな」

『だね。危険性A級とかだったらどうしようかと思ったよ……油断は出来ないけど、少しは安心だね』

 

 ヴィータの言葉を聞き、クラウンも穏やかな口調で言葉を返す。

 ロストロギア捜索の為の下準備は終わり、二人ははやて達の待つ待機所に向かって日の暮れる空を並んで飛行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳で地球編の始まりです……次回で片を付ける予定ですが;;

そして今回はヴィータとの絡みが多かったですね。

クラウンはヴィータといる時は、若干からかうような……どこか楽しそうに話をする事が多く、この辺はシグナム等との会話では見られない変化ですね。

やはりそれはヴィータとなのはの事は、特別に思っているという表れなのかもしれません。

そしてクラウンは、又何かを企んでいるようですが……はやてに頼んだ事は、一体何なのか……

後なんだか、ティアナに劣等感フラグがちょっとずつ立ってますね;;


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話『道化師の誇り』

 

 ――新暦75年・第97管理外世界・地球――

 

 

 サーチャーとセンサー設置に向かっていた前線メンバーが待機所に戻ってくると、そこでははやてを始めとした管制と現地協力者が料理を行っていた。

 なのは達の幼馴染で親友の月村すずか、フェイトの使い魔である人狼アルフ、クロノの妻でありフェイトの義姉に当るエイミィ・ハラオウン、なのはの実姉の高町美由紀……それにアリサを加えた五人が、現地協力者として機動六課の待機所に来ていた。

 戻ってきた前線メンバーと共に食事の席につき、初対面の面々がそれぞれ自己紹介を終えて、ロストロギアの反応を待つ傍ら夕食を食べる。

 現地協力者が食材を用意してくれ、はやてが調理したバーべ―キューがテーブルに並び、新人四人をはじめとして様々なテーブルで賑やかに食事は進む。

 なのは達も気心知れた友人や家族が一緒という事もあり、普段よりも明るい様子で会話を楽しんでいた。

 

「しかし、なのはもしっかり先生やってるみたいで安心したわ」

「あ、あのね、お姉ちゃん……なのはにも一応上官としてとか、教導官としての威厳ってのがあってね……」

 

 嬉しそうな表情でなのはの頭を撫でる美由紀に対し、なのはは新人四人の視線を気にしながら答える。

 同じテーブルに居たヴィータは、そんななのはの様子を見て苦笑しながら言葉を発する。

 

「安心しろ、クラウンに比べりゃ十分威厳はあるから」

「あの、ヴィータちゃん……それ全然フォローじゃないよね。クラウンと一緒にされると、ちょっと落ち込んじゃうんだけど……」

「クラウンさんって、あの片腕の人だよね? 私達は初めて会ったんだけど、偉い人なの?」

 

 ヴィータがあげたやや特殊な人物の名前を聞き、なのはは複雑そうな表情を浮かべ、それを見ていたすずかが首を傾げながら尋ねる。

 その話題には他の面々も興味があるらしく、アリサと美由紀も食事を進める手を止めてなのは達を見つめ、その視線を受けて同じテーブルに居たフェイトが口を開く。

 

「はやてを除けば階級は一番上で、キャリアは私達より大分上だよ」

「へぇ……じゃあ、何でなのはは同列にされてショックを受けてるわけ?」

 

 高い階級を持ちキャリアもなのは達より上だと説明するフェイトの言葉を聞き、アリサは不思議そうな表情で聞き返す。

 そのアリサの疑問を受け、なのはは困った様な表情を浮かべ、言葉を選ぶ様に口を開く。

 

「その、なんていうか……クラウンは、その、ちょっと変わってると言うか……」

「う、うん。明るくて楽しい人なんだけど……えと……」

「問題は、あの仮面だよなぁ」

「「「仮面!?」」」

 

 顔を見合わせながら発せられた言葉を聞き、三人は驚愕した様な表情を浮かべる。

 三人はクラウンと会うのは今日が初めてであり、彼の仮面も甲高い声も知らない。なのは達にしてみれば、クラウンを妙だと思う一番特徴的な部分が伝わらないので、どう説明して良いか分からないと言う表情を浮かべていた。

 その後、フェイトとヴィータが普段のクラウンについて説明を始め、なのはは軽く視線を動かして首を傾げる。

 

「……あれ?」

 

 話題に出たクラウンを探したなのはだったが、はやて達が居るテーブルにも新人達のテーブルにもクラウンの姿は無かった。

 バーベキューという食事形態である為、テーブルをあちこち移動している者も多かったが、何度周囲を見渡しても特徴的なその姿は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかな声が聞こえるコテージ前とは違って静けさを感じる湖の傍で、クラウンは一本の木にもたれかかりながら、夜空に浮かぶ星を眺めていた。

 クラウンは特に何かをするわけでもなく、ロキと言葉を交わす事もせず、ただ静かに空を見続ける。

 少しすると静かな空間に足跡が聞こえてきて、クラウンは空を見上げていた視線を降ろしてそちらを振り向く。

 

「……クラウン?」

「やぁ、なのは隊長。こんな所でどうしたの?」

 

 歩いてくるなのはの姿を見て、クラウンは明るい笑顔を浮かべて尋ねる。

 その言葉を聞いたなのはは、軽く苦笑してからクラウンの傍まで近づいて言葉を発する。

 

「いや、それは私の台詞だよ。姿が見えないな~っと思って、何してるの?」

「あはは、単に食休みをしてるだけだよ」

 

 少し心配そうな表情を浮かべるなのはに対し、クラウンは微笑みながら言葉を返す。

 普段は仮面で隠れて見えないクラウンの表情……先程空を見上げていたその表情はどこか寂しげで、なのははそれを気にかかっていた。

 クラウンの返答を聞いたなのはは少し考える様な表情を浮かべた後、出来るだけ暗い雰囲気にならない様に明るい声で言葉を発する。

 

「……賑やかなのは嫌いかな?」

「……いや、どっちかっていうと好きだけど……ちょっと、眩しいかな」

「眩しい?」

 

 なのはの質問を聞いたクラウンは、賑やかな声が聞こえるコテージの方に視線を動かし、少し目を細めて呟くように言葉を発する。

 その言葉と表情を見たなのはが少し首を傾げて聞き返すと、クラウンは空を見上げる様に視線を動かして言葉を発する。

 

「なんていうか……歳をとってくると、ああいう若さって言うのかな……遠いものは眩しく見える様になるんだよ」

「……そう、なんだ」

 

 寂しそうに話すその言葉を聞き、なのははどう答えていいか分からず俯きながら頷く。

 それを見たクラウンは、明るい笑顔を浮かべて空気を変える様に言葉を続ける。

 

「俺ももう25だからね~なのは隊長程、若くはないんだよ」

「……あんまり、年上には見えないんだけどね」

 

 クラウンが自分に気を使って明るく話している事を察し、なのはは軽く微笑みながら言葉を返す。

 その言葉を聞いたクラウンは、やれやれと言いたげに首を横に振って苦笑する。

 

「似た様な事をシグナム副隊長にも言われたよ……まぁ、その辺は諦めてるよ。どうせ俺には威厳なんてないですよ~」

「……」

 

 おどけたように話すクラウンだったが、その言葉を聞いたなのはは少し目を見開いて驚いた様な表情を浮かべる。

 その反応を見たクラウンは、不思議そうに首を傾げて尋ねる。

 

「どうしたの?」

「……あ、いや……似た様な事を言ってた知り合いが居たから、思い出しちゃって……」

「うん? その人と俺が似てるって事?」

「いやいや、全然似てな……くもないかな」

 

 クラウンの質問に慌てて答えたなのはは、続けられたクラウンの言葉を否定しようとしたが、その言葉は途中で止まる。

 なのはの頭に浮かんでいる忘れる事が出来ない人物は、性格も行動も目の前に居るクラウンとは正反対の筈だったが……何故かそれを口にする気にはならなかった。

 

「気になる言い回しだね?」

「う~ん。雰囲気って言うのかな……何となく、クラウンはその人と似てるかもって」

「へぇ、興味あるね。どんな人なの?」

「……優しくて頼りになる人で……私が教導官を目指すきっかけになった人かな」

 

 クラウンの言葉を聞いたなのはは、空を見上げる様に視線をあげて、懐かしんでいる様にも悲しんでいる様にも見える表情で言葉を発する。

 その横顔を見つめるクラウンの表情は変わらなかったが、瞳は微かに揺れていた。

 

「ごめんね。聞いちゃいけない話題だったかな」

「そんな事はないけど……じゃあ、お返しに私からも質問しても良いかな?」

「質問?」

「うん。言いたくなかったらごめん……クラウンの左腕って、戦闘で失ったものなのかな?」

 

 謝罪するクラウンに微笑んだ後、なのはは前置きをしてから質問を口にする。

 リインから同様の質問をされた際は適当にはぐらかしたクラウンだったが、今回のなのはの質問に対しては真剣な表情を浮かべ、しばらく考えてから口を開く。

 

「まぁね……でも、後悔はしてないよ。腕一本で済むなら十分過ぎる程、大切なものを守った結果だからね」

「……そっか」

 

 詳細な部分は語らなかったクラウンの言葉を聞いて、それでもなのはは満足そうな表情で頷く。

 二人の間には静かな沈黙が流れ、しばらくしてからなのははゆっくりと口を開く。

 

「私は昔、凄く大きな……失敗なんて言葉じゃ片付けられない事をしちゃって、教え子にはそうならない様にって指導してる」

「戦果をあげる事より、無事に帰ってこられる力から……って感じかな?」

「うん。自己満足なのかもしれないけど、繰り返さない事が何よりの償いだと思うから……」

 

 要点を得ない懺悔にも似たなのはの呟きを、クラウンはどこか穏やかな表情で静かに聞き、それからなのはと同じ様に空を見上げながら言葉を発する。

 

「俺は、間違ってないと思うけど?」

「……ありがとう……あはは、私、何でこんな話ししてるんだろ? そろそろ、戻るね」

「うん。俺も、もう少し休んだら戻るから」

 

 クラウンの言葉にお礼を言った後、なのはは苦笑しながら頭をかいて皆の元に戻る事を伝え、それを聞いたクラウンは軽く手を振って見送る。

 なのはが視線を降ろした際に、その目に微かに見えた涙には気付かない振りをして……

 クラウンに背を向けて賑やかなコテージ前に向って歩きながら、なのはは己の目に微かに浮かんでいた涙を手で拭って自嘲気味に呟く。

 

「駄目だな、私……あれからもう8年も経つのに……クオンさんの事、全然割り切れてない……クオンさんが、今の私を見たら……なんて言うんだろう……」

 

 呟いた言葉は誰の耳に届く事も無く風の中に消え、なのはは気を取り直す様に表情をあげる。

 その後姿を辛そうな表情を見つめながら、クラウンは唯一胸の内を話せるロキに念話を送る。

 

(正直、辛いな……叶う事なら、今すぐにでも全部話してしまいたいよ)

(……マスター)

 

 クラウンが胸中に抱える複雑な感情を感じ取り、それを知るロキも辛そうに言葉を返す。

 

(でも、本当の事を話してあの人の前に立つには……俺の手はもう汚れすぎちゃってるな)

(……後悔……いえ、貴方は過ぎた事を悔む人ではないですね。その、私にはマスターの苦しみを消す事は出来ませんが……無力ながら、私は、私だけは……いつまでも貴方の味方ですよ)

(……ありがとう。心強いよ、相棒)

 

 辛そうに語るクラウンだが、彼は自分の選んだ道を後悔したりはしない。

 ロキもそれが分かっているからこそ、今はただ多くを語らず静かに主に寄りそっていた。

 大勢の待つ明るいコテージに向かって歩くなのはと、薄暗い湖畔で一人空を見上げるクラウン……その両者の姿は、それぞれが選んで歩く道そのものを示しているかのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 コテージに戻ったなのはと入れ違いになる様に、湖には新人フォワード四人がやってきていた。

 四人は湖で冷やしておいた予備のジュースを取りに来たようで、エリオとキャロがペットボトルを一本ずつ持って先に戻り、スバルとティアナは袋に詰まっている缶ジュースを確認しながら言葉を交わす。

 

「機動六課に来て……私達、良かったよね?」

「……まだ、分かんないわよ」

 

 賑やかで楽しい食事の余韻を感じながら呟くスバルの言葉を聞き、ティアナは複雑そうな表情を浮かべて言葉を返す。

 その言葉を聞いて首を傾げるスバルを見て、ティアナは少しばつが悪そうに手に持った袋に視線を落としながら言葉を続ける。

 

「訓練だってずっと、基礎と基本の繰り返しで……本当に強くなってるのか、いまいち分かんないし」

「なってるよ! 威力とか命中率とか、明らかに上がってるし」

「それは……クロスミラージュが優秀だからでしょ」

 

 元気付けるように話すスバルの言葉を聞き、ティアナは自分の力ではないと答える。

 機動六課に来て得た最新型のデバイスであるクロスミラージュ……それに自分が頼ってしまっている様に感じ、ティアナは考える様な表情を浮かべる。

 少々卑屈になっている様にも見えるティアナの様子を見て、スバルは優しげな口調で元気付ける様に話しかけ続ける。

 気心知っている仲だからこそか、しばしスバルと言葉を交わした後、ティアナはまだ釈然としない部分がある様には見えたが、ひとまず気を取り直してスバルと共にコテージに戻る。

 袋を持って言葉を交わしながら歩く二人が見えなくなると、湖の傍の空気がぶれ……考える様な表情を浮かべたクラウンが姿を現す。

 

「親の心、子知らず……とはちょっと違うか?」

 

 遠目に見える二人……ティアナの後ろ姿を見ながら呟いた後、クラウンは少し沈黙してから自分の髪をかく。

 

「……駄目だな。どうもなのはさんの肩を持ちそうになる」

≪ティアナさん、何かに悩んでいるみたいですね?≫

「う~ん。前からちょくちょくそんな傾向は見えてたけど……けど、何がどう悪いってわけでもないんだよな。それぞれ教えたいものと求めてるものの順番が違うだけで……」

≪どうします?≫

 

 先程たまたま聞こえてきた二人の会話を聞き、クラウンはその中でのティアナの様子を思い返す様に考える。

 以前シグナムとの会話でも話題に上がった問題。なのはが教えようとしているものと、ティアナが手に入れたいと考えているものの微かな違い。

 戦果を手にする術を先に得るか、己を守る力を確実にするか……最終的にはどちらも必要になってくるものの順序の違い。

 

「う~ん。でも俺が下手に出たとしても、余計にややこしくなる可能性もあるし、明確に問題がある訳でもないんだよな……妙な事にならないと良いけど」

≪何か起こるとお考えですか?≫

 

 含む様なクラウンの言い方には覚えがあり、それは彼が何かを想定している時だと読みとったロキが尋ねると、クラウンは少し沈黙してから口を開く。

 

「数年前から知ってるからこそ分かるんだけど……ティアナさんは、どこかなのはさんに似ていて……それ以上に、俺に似てる」

≪ああ、成程……相談せずに抱え込んだあげく、一人で解決しようとしたりするって事ですね≫

 

 スバルとティアナが知り合った陸士訓練校の頃から、スバルの様子を見る傍らティアナの事も見ていたクラウンは、ティアナは自分に似ていると語る。

 そしてそれだけしか語っていないにも拘らず、ロキは全て納得した様に言葉を返す。

 その言葉を聞いたクラウンは、微かに苦笑しながら頭をかいて口を開く。

 

「まだ、そこまでは言ってないんだけど……」

≪分かりますよ。ティアナさんやなのはさんの事はともかく、貴方の事でしたら私が一番よく知ってると自負しております≫

「優秀な相棒で、嬉しいよ」

≪光栄です≫

 

 10年を越える年月を共に過ごしてきた事もあり、ロキはクラウンの性格は完全に把握しており、それ故に彼が心配している事が何なのかは分かった様だった。

 クラウンはそんな相棒に苦笑した後、もう姿は見えないがティアナが歩いて行った方を見つめて独り言のように言葉を締めくくる。

 

「まぁ、今はまだ様子見かな……杞憂で済むなら、それに越した事はないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい食事を終えた一同は片付けを終え、サーチャーとセンサーの反応がない今の内に入浴を済ませてしまおうと、全員で近所にあるスーパー銭湯を目指して移動する。

 コテージにも入浴施設は存在していたが、人数が多く時間がかかる為共同浴場で済ませてた方が効率的という訳だった。

 ミッドにはあまりそういった銭湯という文化は無く、ミッド育ちのスバルとティアナ、それにクラウンの三人は初めていく銭湯に興味深々の様子だった。

 程なくしてスーパー銭湯に到着した一同を、受付の女性が明るい笑顔で迎える。

 

「いらっしゃいませ! 海鳴スパラクーアⅡへようこそ。団体様ですか?」

「えっと……大人十三人と、子供が……」

「エリオとキャロと私とアルフで、四人です!」

 

 受付の女性の言葉を聞いて、先頭に居たはやてが人数を確認しながら話し、リインは元気良く手をあげて子供の人数を告げる。

 その言葉を聞いたスバルは、四人以外でもう一人背が低いヴィータの方を向いて、少し首を傾げながら呟く。

 

「……ヴィータ副隊長は?」

「あたしは大人だ!」

「そうなの?」

 

 スバルの発した言葉を聞き、ヴィータが怒った表情で言葉を発する。

 スバルは思わずこぼしてしまった失言を理解し、慌てた様な表情になって頭を下げようとするが、ヴィータの後方から軽い口調でクラウンが口を開く。

 その発言を聞いたヴィータの標的は完全に移ったようで、クラウンの方を振り返って怒りを抑える様な笑みで口を開く。

 

「クラウン……お前は、あたしをなんだと思ってるんだ?」

「ちみっこ副隊長」

「……それが遺言で良いんだな!」

「や、やだな~勿論冗談だよ」

 

 ヴィータの問いかけにクラウンが答えるのとほぼ同時に、恐ろしい速度で拳が振るわれ、クラウンはそれを回避して慌てた表情で弁明する。

 しかしヴィータの怒りは収まらないようで、ヒラヒラと手を振るクラウンに拳を数度振るう。

 

「……仲良いのね」

「どう見たらそんな感想が出てくるんだ!」

 

 そんな二人の様子を見てアリサが苦笑しながら呟くと、ヴィータは赤い顔でそちらを向いて怒鳴る。

 しかしその場の殆どの面々はアリサに同意見の様で、はやても微笑みながら言葉を発する。

 

「じゃれてるようにしか見えんて……」

「あはは」

 

 受付で一悶着あった後、料金を纏めて払うはやて以外は脱衣所の方に向かって移動を開始する。

 まだ続けられているクラウンとヴィータのじゃれ合いに苦笑しながらも、一同は男女で暖簾分けされている脱衣所の前に到着する。

 そこで男女別れて入浴をする事になる筈だったのだが、脱衣所の前に書かれた注意書きが小さな騒動を巻き起こす事になる。

 どうやらこのスーパー銭湯では11歳以下の子供は、男女どちらの湯に入っても良い様で、男湯に向かおうとしたエリオをキャロが一緒に入ろうと引きとめた。

 エリオは年頃の男の子であり、女性と一緒に入浴するのは恥ずかしいのかそれを必死に断るが、キャロだけでなくフェイトもエリオと一緒に入りたいと言い始め、他の女性陣もそれを勧める様に言葉を発する。

 どんどん追い詰められていったエリオは、自分以外唯一の男性であるクラウンに助けを求めようと、必死の形相で振り返る。

 

「く、クラウンさ……あれ?」

「クラウンなら、とっくに行ったぞ?」

「えぇぇぇ!?」

 

 振り返ったエリオの視線の先にクラウンの姿はなく、代わりにヴィータが獲物を取り逃がした様な表情で答える。

 男であるエリオ唯一の希望は、既に男湯の暖簾をくぐってしまっており、その言葉を聞いたエリオの顔は真っ青に染まる。

 そのまま流されて女湯に連れて行かれるかとも思えたが……エリオはどうしても恥ずかしくて仕方がなかったのか、大慌てで会話を切り上げ逃げる様に男湯の方に走り去る。

 その後姿をフェイトが残念そうに見送る横で、キャロは注意書きにある『11歳以下の子供』という部分を凝視しながら考え込んでいた。

 

 クラウンを追って男湯の脱衣所に到着したエリオは、ロッカーの前で服を脱いでいるクラウンを見かけて駆け寄りながら言葉を発する。

 

「クラウンさん。先に行っちゃうなんて、酷いですよ」

「え? なにが?」

「ッ!?」

 

 先程困った状態にあった自分を置いて行ってしまったクラウンに、エリオは抗議する様に口を開いたが、首を傾げながら振り返ったクラウンを見て絶句する。

 現在クラウンは上着を脱いでおり、普段は服に隠されていて見えなかった左肩がハッキリと見えた。

 胸の中心辺りから左肩に向って走る巨大な傷跡と、切り落とされた様に見える存在しない左腕……普段空の左袖を見ているのと、直接その部分を目にするのでは大きな違いがあった。

 目の前に居る飄々として明るいクラウンが歩いてきた、壮絶な人生を垣間見たかのようにさえ感じられた。

 

「エリオ?」

「あ、い、いえ、なんでもないです」

 

 言葉を失っているエリオにクラウンが首を傾げながら話しかけると、エリオは慌てた様子でなんでもないと首を横に振る。

 二人の間に想い沈黙が流れる中、突如それを切り裂く様に明るい声が聞こえてくる。

 

「エリオくん! クラウンさん!」

「え? きゃ、きゃ、キャロ!?」

「あれ? キャロはこっちに来たんだ」

 

 脱衣所前にあった注意書きを読み、エリオが女湯に入るのではなく10歳の自分が男湯に向かえば良いと考えたキャロは、女性陣から離れて男湯にやってきていた。

 着替えはあちらで済ませてきたのか、素肌にタオルを巻いているだけのその姿を見て、エリオは一瞬で顔をりんごの様に赤くする。

 クラウンは特に気にした様子はなくキャロの来訪に答える。

 

「はい。女の子も11歳以下は男性用の方にも入って良いって、係りの人――ッ!?」

「うん?」

 

 クラウンの言葉に明るく答えながら近付いてきたキャロは、エリオの体で隠れて見えなかったクラウンの肩を見て、先程のエリオと同じ様に絶句して言葉を止める。

 その様子を見たエリオも、キャロの登場で混乱していた思考から戻ってクラウンの方を向き、かける言葉が見つからなかったのか視線を僅かに逸らす。

 キャロの反応と再び気まずそうな表情になったエリオを見て、クラウンも二人が何について考えているのかを理解したようで、穏やかな表情で微笑みながら自分の左肩を見る。

 

「ああ、これ?」

「あ、えと……」

「ご、ごめんなさい」

 

 クラウンの言葉を聞き、その左肩を凝視してしまっていた事を悪く思ったのか、エリオとキャロは申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げる。

 そんな様子を見て微笑んだ後、クラウンは右手で二人の頭を順番に撫でてから、明るい笑顔で口を開く。

 

「別に気なんか使わなくて良いよ。これは、俺の『誇り』だからね」

 

 左腕がない事は一切気にしていないし、それを隠したり卑下する気も無いと告げてから、クラウンは軽く右手を振って浴場へ向かって歩いて行く。

 幼い二人にはクラウンの発した言葉の意図を、全て理解する事は出来なかったが……歩いて行く左腕の無い背中は、とても大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパー銭湯での入浴を終え、一同は合流して待機所となっているコテージに戻る為に夜道を歩いていた。

 時折雑談を交わしながら歩いていると、突然キャロとシャマル……探索能力に優れ散布したセンサーとリンクしている二人のデバイスに反応が入る。

 

「リインちゃん!」

「エリアスキャン……ロストロギア反応キャッチ!」

 

 シャマルの言葉に答え、リインがセンサーに反応があった地点付近をサーチャーで探り、ロストロギアの反応を発見する。

 その言葉を聞いて周囲の面々も真剣な表情に変わり、現地協力者の四名は仕事の邪魔にならない様に一足先にコテージへ戻る事を告げる。

 

「クラウン! シャマル先生とリインとはやて隊長の姿を」

「了解」

 

 管制指揮を担当する四人は現場に向かわずコテージで指揮を行う為、なのはが三人が素早く戻れるように指示を出す。

 それを聞いたクラウンもすぐに意図を理解し、右手の指を弾く様に動かすと……三人の姿が纏めて消える。

 

「……!? (なんて発動速度……触れる事も無く、それも三人同時に……)」

 

 クラウンが何気ない動作で発動した魔法を見て、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 ティアナが使うオプティックハイドは発動までに少々の時間が必要な上、他人の姿を消すには直接接触しなければならないし、一人ずつ順番に魔法をかける必要がある。

 しかしクラウンははやて達に触れることなく、当り前の様に三人同時に姿を消した。

 クラウン以外で唯一幻術魔法を使うティアナは、他の誰よりもクラウンの魔法技術を理解し、自分との差を感じ取っていた。

 

「……(魔導師ランクは一つしか違わない筈なのに、こんなにも差があるの?)」

 

 茫然とクラウンを見つめるティアナの前で、はのはの口から今回の作戦が説明される。

 攻撃性の無いロストロギアが対象という事で、今回は新人四人が確保に当る事となり、隊長陣は結界を張って空に上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 反応のあった河川敷のグラウンドに辿り着いた新人四人の前には、グラウンドを跳ねまわるスライムの様なものが見えてくる。

 対象のロストロギアと思わしきそのスライムは、グラウンドの半分を埋め尽くすほどの数に分裂し、不規則に飛び跳ね回っていた。

 その光景に茫然とする四人の元にロングアーチから通信が届き、対象のロストロギアは危険を察知すると多数のダミーを出現させて身を守るらしく、その中に隠れた本体さえ封印すればダミーは全て消えるという情報が伝えられる。

 攻撃を仕掛けてくる事はないものの、跳ねまわるダミーの数は多く見た目での違いも分からない。

 四人はそれぞれ分散して、跳ねまわるスライムに攻撃を加えるが……流石はロストロギアというだけの事はあるのか、スバルの拳もエリオの槍もティアナの射撃も全くダメージを与える事が出来ない。

 ダミーを倒して数を減らすと言う手段は取れない事を理解し、四人は苦戦している様子で本体を探す。

 

 そんな四人の姿を上空から眺めていたフェイト、シグナム、クラウン……ライトニング分隊の三人は、走り回る四人の様子を見ながら言葉を交わす。

 

「相当の数だな……クラウン、お前ならどうする?」

『どうって……たぶん本体は中央か、四人から一番遠い位置に居るからそこらを狙うかな』

「ダミーは身を守る為の手段みたいだし、性質的に考えると前には出てこないよね」

 

 シグナムが呟いた言葉を聞き、クラウンが飛び跳ねるスライムの集団を見下ろしながら言葉を返し、フェイトもそれに同意する様に頷く。

 三人の目から見れば不規則に見えるスライムの動きの中で、新人四人の方向に近付く様には動いていないものが数体は見え、対象ロストロギアの性質を考えれば本体はその辺りだろうと想定していた。

 

『ティアナは弱い射撃魔法を中央から後方に広く撃ってるみたいだし、流石というか気付いてるね』

「しかし、周囲に伝達はしてないみたいだな」

『仮定だからじゃない? 不確定な事をあんま話す性格じゃないっぽいし……けど、スバル達は思いっきり攻撃してるね~無傷で捕獲って事覚えてるのかな?』

「大規模な魔法は使用してない。ダメージコントロールはしている様に見えるな」

 

 戦闘の様子を眺めながら呟くクラウンの言葉を聞き、シグナムは何かを考える様な表情で頷く。

 ティアナはクラウン達程絞れてはいないもののロストロギアの性質は理解している様で、本体を探る為に比較的弱い射撃を連続で放ってその反応を見極めようとしていた。

 優れた状況判断能力を持ち、新人四人のリーダーでもあるティアナの判断は正解だったが、他三人との連携はやや取れてないようにも感じられた。

 己を過信していると言うよりは、自信がない様に見えるその姿を三人が上空から眺めていると、ティアナの射撃が当った一体のスライムが、その直後に四人から離れる様に跳ねるのが見えた。

 

「あれだな」

「あれですね」

『あれだね』

 

 その動きを見て三人は本体である事を確信し、同じくティアナもそれに気付いた様子で他の新人に指示を出していた。

 程なくしてキャロが発動した拘束用の鎖を召喚する魔法……アルケミックチェーンが、本体らしきスライムに迫るが、本体が発動させたバリアによって阻まれる。

 本体のサイズは小型であるもののバリア出力はかなり強力で、キャロの鎖でそれを破る事は難しそうだった。

 スバルとエリオはそれを見て素早く反応し、エリオの斬撃とスバルの打撃を重ねる様なコンビネーション攻撃を仕掛ける。

 エリオが飛ばした魔力刃をスバルが押し込むようにして放たれたその一撃は、ロストロギアのバリアと数秒拮抗した後にそれを打ち破る。

 その間にキャロがティアナの射撃魔法に封印効果を付与する補助魔法を発動させ、ティアナが素早く狙いを定めて引き金を引く。

 放たれた封印効果の乗った魔力弾は、正確に本体を捕らえ一時的な封印を施す。

 四人が見事な連携で本体を一時封印した事により、多数あったダミーは全て消えさり、改めてロストロギアにキャロが封印処理を行い地球での任務は終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロストロギアの回収を終えた一同は、待機所にしていたコテージの片付けとミッドへの帰還準備を行っていた。

 なのは達地球出身の面々が、現地協力者達と別れを惜しむ様に会話をしている中、ティアナはやや浮かない表情で荷物を片付けていた。

 そのティアナの浮かない表情が気にかかったのか、スバルがティアナに近付いて声をかける。

 

「ティア? せっかく任務完了なのに、なんでご機嫌斜めなの?」

「いや、今回の私……どうもイマイチね」

「そんなことないと思うけど」

 

 どうもティアナは今回の任務での自分の動きに納得がいっていないようで、悔しそうな表情を浮かべて呟き、それを聞いたスバルはフォローする様に呟く。

 実際スバルにしてみれば、今回ロストロギアの本体を発見したのもティアナの功績であり、活躍してないと言う印象は無かった。

 しかしティアナはそう考えていないようで、絞り出す様に言葉を続ける。

 

「隊長達や副隊長、クラウンさんなら……それこそ一瞬だったんだろうなって……」

「う~ん。それはそうかもしれないけど……」

 

 ティアナの呟きを聞いたスバルは、自分達とは経験が明らかに違う隊長陣と比べてもしょうがないのではないかと考えながら首をひねる。

 二人の間にはやや重い沈黙が流れ、スバルがティアナにかける言葉を探していると、後方から声が聞こえてくる。

 

「二人共、そろそろ戻るよ?」

「ッ!?」

「わっ!?」

 

 音も気配も無くいつの間にか背後に居たクラウンに、二人は驚愕した様に振り返る。

 そして帰還を告げるクラウンの言葉に慌てて反応し、軽く頭を下げてから纏めた荷物を持ってはやて達の元へ向かう。

 その後姿を眺め……先程盗み聞いた二人の会話を思い出しながら、クラウンは一人静かに呟く。

 

「この引っ掛かる感じは……経験上、嫌な予感がするなぁ」

 

 ティアナの様子に何かを感じ取ったクラウンは、その後姿を思い出の中の少女と重ねる。

 かと言って今すぐどうにかする手立ては思い浮かばず、クラウンは困惑する様に髪をかいて視線を落とす。

 

 頭によぎった考えが、現実にならない事を祈る様に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳でこれにて地球出張編は終了です。

ヴィータと絡むと陽気な感じで、なのはと絡むとややシリアスな感じ……やはりこの二人はクラウンにとって特別な存在であるようです。

今回はどちらかと言うとティアナの問題をクローズアップしておりましたが、今後どう動いていくか……なのはとティアナはこの時点ではまだ知りあって1ヶ月ちょっとですし、両方の考えに気付けるのはどちらも数年前から知っているクラウンだけかもしれませんね。

それはともかくとして次回アグスタ編に入ると、いよいよクラウンは本格的に暗躍し始めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話『それぞれの思惑』

 

 ――新暦75年・陸士108部隊・隊舎――

 

 

 ミッドチルダ西部に拠点を置く陸上警備隊……スバルの父、ゲンヤ・ナカジマが部隊長を務める陸士108部隊の部隊長室では、ゲンヤとはやてが向かい合う様な形で座っていた。

 はやては以前この部隊で指揮官研修をしていた時期もあり、ゲンヤの事は指揮官としての師匠と尊敬している。

 その為こうしてはやてがゲンヤの元を訪れている事自体は珍しい訳ではないが、二人の間に流れる空気は穏やかながらどこか緊張感があった。

 

「新部隊。なかなか調子良いみたいじゃねぇか」

「そうですね……今の所は」

 

 机に置かれたお茶を一口飲みながら、穏やかな口調で話すゲンヤの言葉を聞き、はやては僅かに苦笑を浮かべながら言葉を返す。

 その様子を見たゲンヤは少し沈黙した後、話の本題を切り出す。

 

「そんで、今日はどうした? まさか暇で古巣の様子を見に来たってわけでもねぇだろう?」

「えへへ……実は、ちょっとお願いしたい事がありまして」

「……お願いねぇ」

 

 苦笑を強くしながら言葉を返すはやてを見て、ゲンヤは何かを考える様な表情になる。

 はやての言い回しや表情、来訪したタイミングを考えると、お願いは彼女の部隊である機動六課絡みの事である事は予想できた。

 しかし部隊として依頼してくるのではなく、わざわざ個人でゲンヤの元を訪れてのお願いというからには、あまり表だって依頼はしにくい……あるいは、秘密裏に調べてほしい事である可能性が高かった。

 そんなゲンヤの表情を見て、はやては少し間を空けてからお願いについて話し始める。

 

「お願いしたいんは……密輸物のルート調査なんです」

「お前の所で扱っているロストロギアか?」

「はい。それが通る可能性が高いルートがいくつかありまして……」

「……まぁ、うちの捜査部を使ってもらうのはかまわねぇし、密輸捜査は本業っちゃあ、本業だ。頼まれねぇことはないんだが……」

 

 はやてが口にしたお願いを聞き、ゲンヤは怪訝そうな表情で言葉を返す。

 108部隊は地上警備隊の一部隊であり、密輸調査も専門として行う事が多くはあるが、それでも本局の専門部隊の方が調査能力では上の筈だった。

 そしてやはりわざわざ来訪して依頼する内容ではない事を考えると、何らかの思惑があるのが感じ取れた。

 

「八神よ……他の機動部隊や本局調査部でなくて、わざわざうちに依頼するのは、何か理由があるのか?」

「密輸ルート自体の調査は、そっちにも依頼してるんですが……地上の事はやっぱり地上部隊の方がよく知ってますから」

「……まぁ、筋は通ってるな。いいだろう、引き受けた」

「ありがとうございます」

 

 探る様なゲンヤの質問に対し、はやては微笑みを浮かべて言葉を返す。

 その言葉を聞いてまだ疑問は残るものの、はやてが隠している以上無理に聞きだす事も無いと考え、ゲンヤは軽くため息をついてその依頼を了承する。

 ゲンヤは調査担当にスバルの姉であり、はやてとも面識があるギンガを割り当てる事を告げ、それを聞いたはやては機動六課側の調査担当はフェイトが務める事を伝える。

 そのまま少し調査内容について話をした後、詳しくは担当者とはやてが話をするという事になり、はやてはゲンヤが用意してくれた会議室に向かおうと立ち上がる。

 

「……八神」

「はい?」

「悪いが、ちょっと調査対象ルートをいくつか見せてくれねぇか?」

「……かまいませんが?」

 

 立ち上がったはやてをゲンヤが真剣な表情で呼びとめ、その言葉を聞いたはやては首を傾げながら端末を起動してゲンヤの方に向ける。

 そこに表示された密輸ルートのいくつかを真剣な表情で眺めた後、ゲンヤはまるで独り言のように呟く。

 

「……ヤツも関わってきそうだな」

「ヤツ?」

 

 ゲンヤが呟いた言葉と神妙な表情を見て、はやても少し表情を硬くして聞き返す。

 その言葉を聞いたゲンヤは、端末から視線を外してお茶を一口飲み、少し間を空けてから口を開く。

 

「……お前も、聞いた事はあるだろ? ここ数年で、密輸や横領に関わっている局員が次々失脚してるって話を……」

「……ええ、新型のコンピューターウィルスによる情報漏れとかって言われてましたね」

 

 ゲンヤの言葉を聞いたはやては、思い出す様な表情で言葉を返す。

 ここ数年で黒い噂があった複数人の高官が失脚していると言うのは、はやても耳にしている情報ではあり、事実彼女が機動六課を作ろうとした際にも、反対派の高官数名が失脚していた。

 査察等が動いたと言う話は聞かない為、ウィルスによって情報が漏れたという説が局内では有力だった筈だが、ゲンヤはそれに対し何かの心当たりがある様だった。

 

「……実はな、ここ数年密輸ルートの調査中に、密輸品が消え去ったりする事があってな……」

「独自に密輸ルートを探ってる誰かが、居るって事ですか?」

「分からねぇが……少なくとも本局並の調査能力を持ってねぇと、うちの調査を先回りなんて出来ねぇ筈だ」

「……」

 

 ゲンヤの言葉を聞き、はやても真剣な表情でその話に聞き入る。

 ゲンヤが言わんとしている事は、はやても理解出来ていた。密輸品が先回りして回収され、それに関わっていた可能性のある高官が失脚している。

 それはつまり何者かが独自に密輸ルートを探っていると言う事で、ゲンヤが情報を掴んでいないと言う事は局の正規部隊ではないと言う事だった。

 

「……目的も人数も不明だが……正直、とんでもねぇヤツだ。影は見え隠れしてるんだが、痕跡は欠片も残しやがらねぇ」

「その何者かが、今回のルート調査にも絡んでくるって事ですか?」

「……可能性は高いな。まぁ、お前さんの方でも十分注意してくれ」

「……分かりました」

 

 暗躍する謎の存在。ゲンヤ達正規の調査部隊から隠れる様に行動をとっていると言う事は、管理局関係者とは考え辛い相手……ゲンヤの説明を聞いたはやては、真剣な表情でその忠告に頷く。

 

 まさかその人物が、自分の部隊に所属しているとは夢にも思わずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮――

 

 

 女性隊員に比べ男性隊員がやや少ない機動六課の寮、クラウンは自身に割り当てられた一室で明日に迫ったアグスタオークション潜入への準備を行っていた。

 基本的に機動六課の寮は隊員二人で一部屋という風に割り当てられるのだが、追加隊員であるクラウンの部屋に同居人は居ない。

 というのもクラウンの出向が決まるまでに機動六課における寮の部屋割り当ては完了しており、しかも丁度ピッタリ二人一部屋で収まっていた。

 その為クラウンには個室が割り当てられたのだが、色々と隠し事の多い彼にとっては一人部屋になれたのは幸運と言えた。

 クラウンが端末に表示されたホテルの見取り図を、全て記憶する様に真剣な目で見つめていると、端末に通信を知らせる音が鳴る。

 表示された名前を見てクラウンは一瞬驚いた様な表情を浮かべ、珍しい人物との通信画面を開く。

 

「やあ、久しぶりだね」

「お久しぶりです。レゾンさん」

 

 セミロングの黒髪を首の後ろで一つに纏めた男性が表示され、男性は人の良さそうな笑みを浮かべて口を開く。

 その姿を見たクラウンも、微かに微笑みを浮かべて丁重に頭を下げて挨拶を返す。

 レゾン・バルケッタ……先端技術医療センターに勤める科学者で、天才的な頭脳を持ちながら成果の上がらないレアスキル研究を専門しており、学界から変人扱いされている人物。

 左腕とリンカーコアの48%を失ったクラウンから、幻術魔法にレアスキルという二つの力を見つけ出してくれ、オーリスとレジアスを除けばクラウンの素性を知っている唯一の存在。

 医師免許も所持しており、立場上局の医療施設にかかりにくいクラウンの治療等も請け負ってくれている……クラウンにとっては恩人と言える人だった。

 

「珍しいですね。貴方が通信してくるなんて……」

 

 レゾンはクラウンの事情をよく理解しており、不用意な接触や通信を行う事は殆どない。

 そんな相手が珍しく直接通信を行ってきた事に、クラウンは首を傾げながら怪訝そうに呟く。

 その反応は予想出来ていたのか、レゾンは苦笑しながら通信の目的を口にする。

 

「ははは、忙しい所申し訳ないね。手早く用件をっと言いたいところなんだが……近い内に一度会えないかな?」

「……重要なお話しみたいですね」

 

 苦笑していた顔を途中で真剣なものに変え、暗に通信では詳細を話せないと告げるレゾンを見て、クラウンも表情を緊迫したものにして呟く。

 

「ああ……実は君に、折り入って頼みたい事があってね」

「……日程はどうしますか?」

「君の都合に合わせるよ。前日までに連絡してくれれば大丈夫だ」

「分かりました」

 

 表情は真剣ながらも穏やかな口調で告げるレゾンの意図は、クラウンにも読み取れないものではあったが、そこには何らかの強い意志が見え隠れしていた。

 レゾンに対して多大な恩があるクラウンは、深く追求することなく了承して通信を切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヘリ・内部――

 

 

 一夜明けた翌日。機動六課は新たな任務に就く為に、新人四人を乗せてヘリで現場まで移動を行っていた。

 ヘリ内部のモニターには紫髪のウェーブがかったセミロングヘアーと鋭い目が特徴的な男性が表示され、部隊長であるはやてがその人物についての説明を行う。

 

「フェイト隊長の調査で、これまで謎やったガジェットの製作者及びレリックの収集者である可能性の高い人物が浮かびあがってきた。現状ではこの男……広域指名手配されている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティが事件に関わってる可能性が高いとして、今後の調査を行っていく予定や」

「こっちの調査は、主に私が進めていくんだけど……皆も一応頭に入れておいてね」

 

 撃破したガジェットを調査して分かった新情報を説明するはやての言葉に、フェイトが補足する様に言葉を付け加え、その言葉を聞いた新人四人は元気よく返事を返す。

 現時点で最も有力な容疑者であるスカリエッティの画像を、全員しっかりと頭に焼き付ける様に見つめる。

 そして少し間を置いてから、リインがモニターに近付いて新人四人の方を向きながら言葉を発する。

 

「では、改めて今日の任務の確認をしますね」

 

 リインが言葉を発すると共に、モニターに表示されていた映像が切り替わり、今回の目的地であるホテルアグスタの映像が表示される。

 なのはもモニターの前まで移動し、表示されているホテルの映像を指差しながら説明に加わる。

 

「骨董美術品オークションの会場となるホテルの警護と、参加者の人員警護。それが今回のお仕事だよ」

「取引許可の出ているロストロギアも出品されるみたいで、それをレリックと誤認したガジェットが出現するかもしれないって事で、私達に声がかかったです」

 

 あくまでガジェットが現れると確定してわけではないという言葉を聞き、新人四人は少し緊張を緩めて頷く。

 それを見たフェイトは、微笑みを浮かべながら言葉を付け加える。

 

「この手の大型オークションは、密輸の隠れ蓑になったりする事もあるし……密輸品にレリックがある可能性がない訳じゃないから、色々と油断は禁物だよ」

「「「「はい!」」」」

 

 注意を促すフェイトの言葉を聞き、新人四人は気を引き締める様な表情で返事を返す。

 そのしっかりした返事に満足そうに頷いた後、なのはは現地に先行しているメンバーをモニターに表示させる。

 

「現場には昨夜から、副隊長二人とシャマル先生、ザフィーラが張ってくれてる。合流した後は、スターズとライトニングに分かれて、それぞれの副隊長の指示に従って警護を行う形になるから」

「……あの、クラウンさんは?」

 

 なのはの説明に頷いた後、ティアナが表示されている名前の中にクラウンが居ない事に気が付いて尋ねる。

 クラウンは先行してるメンバーには名前が無く、現在ヘリに乗ってる訳でもない。

 ティアナの言葉を聞いて他の三人もそれに気付いたのか、不思議そうな表情を浮かべていると、それを見たリインが明るい様子で言葉を発する。

 

「クラウンは、今日は休暇ですよ」

「きゅ、休暇?」

 

 リインの言葉を聞いて、スバルが少々驚いた様な表情で聞き返す。

 他の三人も口にこそ出さなかったが、前線メンバーだけでなくシャマルやザフィーラも出動しているにも拘らず、クラウンが休みを取っていると言うのには驚いている様子だった。

 そんな四人の表情から考えている事を読みとり、はやてが軽く手を振って言葉を発する。

 

「あ~一応言っておくけど、休暇申請をもろうたんはこの任務が来るより前で、クラウン自身はこの任務が来た時に休暇を取り下げてくれても良いって言ってくれてたんよ。けど今回は絶対にガジェットが現れるって訳でもないし、折角もろうてた申請を無下にも出来んかったから、緊急回線だけ入れて予定通り休暇を取ってもろうたんよ」

「見た目は、アレだけど……クラウン仕事には真面目だからね」

 

 あくまでクラウンが任務を嫌がったりした訳ではないというはやての説明となのはの言葉を聞き、四人もそこまで考えていた訳ではないが、どこかバツの悪そうな表情を浮かべる。

 そんな四人に飛んで近付きながら、リインは苦笑を浮かべて言葉を発する。

 

「ちなみに……友人の結婚式だそうです」

「え?」

「結婚……式?」

 

 リインの言葉を聞いて四人は一斉に驚愕した表情で顔を上げ、スバルとティアナが信じられないと言った表情で呟く。

 四人の頭にはそんな場に居れば明らかに浮きそうな、不気味な仮面を付けたクラウンの姿が浮かんでおり、その表情を見たフェイトも苦笑しながら言葉を発する。

 

「……ちなみに、朝普通に仮面付けて出かけていったよ」

「服装はスーツだったんですけどね」

 

 フェイトとリインの言葉を聞き、四人の頭には黒いスーツに仮面を付けたクラウンの姿が思い浮かび、唖然としたような表情を浮かべる。

 

「……あんな仮面付けて、結婚式とか出ていいんですか?」

「さ、さぁ……まぁ、クラウンの行動に逐一突っ込んでたらキリないしな」

 

 引きつった笑みを浮かべながら尋ねるスバルに、はやても苦笑しながら言葉を返す。

 他の面々も突っ込みたい部分は多々あったが、はやての言う通りクラウンの行動をいちいち気にしていたら身が持たないと考え、苦笑を浮かべたままで話題を終わらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル・アグスタ――

 

 

 任務の現場となるホテルに到着し、新人四人はそれぞれの副隊長の元へ指示を受ける為に向かい、内部に入って会場内の人員警護を行うなのは、フェイト、はやての三人は、ドレスに身を包んで受付に向かう。

 受付を済ませて会場となる巨大なホールに到着し、三人はそれぞれでホテル内部の防犯設備の確認を行う。

 流石に大きなホテルでのオークションだけあって警備は非常に厳重であり、一般的なトラブルにはしっかりと対応できるだけの設備もあった。

 特に防火シャッターは大規模火災にも対応できるように分厚く、ガジェットでもそう簡単には破れないであろう強度が確認でき、外は他の前線メンバーが守る事も考えればほぼ万全の体制と言えた。

 一先ず会場内までガジェットが進行してくるような事態は防げそうであり、なのは達は少し安心した様な表情を浮かべて会場で集合する為に歩き出す。

 

 なのはとはやての二人と合流する為に歩いていたフェイトは、ゆっくりとした足取りで廊下を進みながら自身のデバイスであるバルディッシュに声をかける。

 

「オークション開始まで、どれぐらい?」

≪3時間27分です≫

 

 フェイトの問いかけに対し、バルディッシュは簡潔に言葉を返す。

 その返事に頷いてフェイトが歩いていると、前方からはホテルの警備員らしき男性が歩いてくるのが見えた。

 大きなホテルだけあって対応が行きとどいているのか、警備員はフェイトの姿を確認すると、道を譲り深く頭を下げる。

 警備員の丁重な対応にフェイトも会釈を返し、そのまま会場に向かって足を進めていく。

 フェイトが通り過ぎて数秒待ってから頭をあげ、警備員はそのままフェイトとは逆方向に向かって歩き出す。

 ホテル内の見回りを行っているらしい警備員は、時折周囲に視線を動かしながら歩き、胸元に居る相棒に念話を飛ばす。

 

(一番可能性が高いのは地下なんだけど、今そっちを調査するのは厳しいね)

(そうですね。そちらは機動六課が見回っていましたしね)

 

 警備員に姿を変えたクラウンの言葉を聞き、ロキも現時点では地下の捜索は止めておいた方が良いと告げる。

 クラウンは今日のオークションを隠れ蓑に行われるであろう、密輸品の裏オークションを探る為にこの場に居た。

 彼が手に入れた情報では、裏オークションが行われるのは夜ではあるが、荷物自体は朝の内に運び込まれているらしく、夜までに密輸品を発見して回収する為に警備員に扮してホテルを捜索していた。

 ただクラウンにとって誤算だったのは、機動六課が早い段階……前日の夜から副隊長二人を警備に向かわせた事。当初クラウンの予定としては、地下駐車場に車で到着してそこから調査するつもりではあったのだが、地下を警備していたシグナムを見て断念していた。

 その後も外部からの出入りがある地下駐車場は特に厳重に見回りが行われており、そこを探りたいクラウンにとっては厄介な状況だった。

 

(地下駐車場に配置されている警備員は、出入りの監視が主で動き回ってると不自然だし……シャマルさんが居るとなると、下手に魔法を使えば探知される危険もある)

(不謹慎ではありますが、ガジェットが現れてくれれば多少は動きやすいんですがね)

(……確かにね)

 

 ガジェットが現れて戦闘が始まれば、地下を見回ってるメンバーも外に移動し、シャマルや管制の目もそちらに向く。

 そうなればクラウンはそれに乗じて地下に潜り込めるのだが、それをあてにする事は不謹慎に思えた。

 

(まぁ、ガジェットありきで考えても仕方ないさ……とりあえずは上の方から順に探して行って、地下は隙を見て捜索する事にしよう)

(そうですね。可能性が高いと言うだけで、地下にあると決まった訳でもないですからね)

 

 密輸品のロストロギアは、当然ながら違法品であり……そう簡単には発見できない様に、探知を阻害するケース等に入れられて厳重に保管されている事が多い。

 ロキは比較的探索能力に優れたデバイスではあるが、探知阻害の上から位置を特定するにはそれなりに近付かなければならない。

 クラウンは軽く自分の頭をかきながら、上の階から足で調査していく方針を固め、警備員と言う変装上エレベーターではなく非常階段を利用して上階に上がっていった。

 

(ところで、マスター。その警備員の『本物』はどこへ?)

(なんか『たまたま』旅行券が当って、『たまたま』今日がその旅行の日程で、『たまたま』休みが取れて、『たまたま』家族全員分使える旅行券で、『たまたま』家族の都合も合ったらしくて、家族揃って管理外世界に旅行へ行ってるよ……運が良かったな~)

(……貴方はペテン師だ)

(知ってる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの玄関前では、ティアナが一人見回りを行いながら考え込んでいた。

 

「……(六課の戦力は、無敵を通り越して明らかに異常だ)」

 

 彼女が機動六課に所属して二カ月近くが経ち、最初は厳しい訓練について行くのに必死で考える余裕がなかったが、最近は訓練に慣れてきたせいかティアナはたびたび焦る様に悩んでいた。

 悩みの原因にあるのは、触れ合う機会の多い機動六課前線メンバー達の事。通常の部隊であれば分隊長でもAランクかAAが当り前にもかかわらず、隊長格全員がオーバーSランクという機動六課は凄まじい戦力を所持していた。

 今までそのクラスの魔導師を目にする機会が殆どなかった彼女にとって、訓練の場等でみるなのはやフェイトの力は圧倒的なものに感じられていた。

 それでもまだなのはやフェイトはティアナとは年齢もキャリアも違うので、差があるのは当然という考え方も出来たのだが、それ以外の隊員も大きな才能を感じる者たちばかりだった。

 

「……(前線から管制官まで未来のエリートばかり)

 

 ティアナと同じく新人フォワードで括られている三人にしても、ティアナから見れば才能の塊のように見えた。

 大きな潜在魔力と高い身体能力を持ち、長い付き合いだからこそ誰よりもその才能を感じ取れるスバル。

 僅か10歳……ティアナよりも6歳年下で彼女と同じBランクを習得し、雷の魔力変換資質を持つエリオ。

 レアスキル呼んで過言ではない程希少な、召喚魔法の適性を持ち強力な竜を使役するキャロ。

 それぞれハッキリと分かる才能を有していて、それを生かして強くなっており、比べれば比べる程ティアナは自身を惨めに感じていた。

 特にそれは最近顕著になっていて、そのせいかティアナは強い焦りを感じ始めていた。

 他の三人の様な『才能』と言う力が自分には無く、なのはの指導を受けて成長している三人において行かれているようにさえ思っていた。

 

「……(結局、うちの部隊で凡人は私だけ……クラウンさんは、どうなんだろう?)」

 

 周囲に感じる劣等感から卑屈な結論で締めくくろうとしたティアナは、ふと頭に仮面を付けた上官の姿を思い浮かべる。

 クラウンは年齢もキャリアも前線メンバーでは一番上だが、魔導師ランクは新人達より一つ上のAランク。他の隊長や副隊長とは大きく離れたランク。

 戦闘能力こそ不明だが、地球の任務で見た幻術魔法からその高い技術は伺える……しかし、それでもなのは達の様な『圧倒的な力』は感じない人物だった。

 周囲を隊長陣という才能ある者達に囲まれているという点では、どちらかと言えば自分に近い存在。

 

「……(クラウンさんも、こんな風に考えたりする事はあるんだろうか?)」

 

 部隊内に一人ぼっちになってしまっているかのような疎外感を感じていたティアナは、思い付いた自分と近い立場に居る人物の事を考えようとしたが……心境が全く読めないクラウンの事を想像しても、何も分からないままだった。

 そこまで考えた所で、ティアナは自分がクラウンも同じと思う事で安心しようとしている事に気が付き、自分の甘えた考えを否定する様に首を横に振る。

 

「……(周りが、どうだろうと関係ない! 私は……立ち止まる訳にはいかないんだ)」

 

 他人の力をあてにする訳にはいかない。胸の内にある劣等感を誰にも知られたくない。

 そう考えたティアナは、自分自身を鼓舞する様に決意を固める。

 

「……(証明するんだ。私の力を、私だってこの部隊でやっていける力があるんだって……)」

 

 それが劣等感を感じている自分から逃げる為の、間違った決意である事には気付かないまま……ティアナは心に生まれる焦りから目を逸らして歩き始める。

 自分に厳しい性格をしてる彼女だからこその間違った考え、他者の才能に劣等感を感じる事がないなのは達では気付けないであろう僅かな歪み。

 残念な事に、機動六課で唯一それに気づける可能性がある存在は……今、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル近辺・森――

 

 

 アグスタの周囲に位置する深い森……静寂に包まれるその場所から、ローブに身を包んだ二人の人物が遠くホテルを見つめていた。

 片や180cmを越えようかと言う大柄な男性と、片や140cmに満たないであろう小柄な少女。

 しばしホテルを見つめていると、短い茶髪の男性が少女に話しかける。

 

「……あそこには、お前の探し物は無い筈じゃないのか?」

「……」

 

 男性の発した言葉を聞き、長い紫髪の少女は無言で何かを伝える様な表情を男性に向ける。

 二人の視線がしばし重なり、男性は少女の考えに気付いた様子で呟く。

 

「何か、気になる事があるのか?」

「……うん」

 

 改めて尋ねた男性の言葉を聞き、少女は静かに頷いて肯定する。

 すると二人の元に小さな銀色の羽虫が近付いてきて、虫は少女の前で体を奇妙に動かす。

 普通に見えれば意味が分からない動きであったが、少女にはその虫が何を伝えようとしているかが読み取れるらしく、数度虫の動きに頷いて言葉を発する。

 

「……あの人……ドクターのおもちゃが、近付いてきてるって」

「……」

 

 少女が口にしたドクターと言う単語で、それが誰を指した言葉か理解した男性は、その表情を嫌悪する様なものに変える。

 男性がドクターと言う人物を嫌っている事を知っている少女は、それ以上は何も言わず視線をホテルの方へと戻し、男性もそれに続く様にホテルを見る。

 そんな二人の視線の先に広がる森からは、先程までは聞こえなかった音が聞こえ始め、チラホラとホテルに向かうガジェットの姿が見えていた。

 二人は戦闘に参加する気は無い様で、進軍するガジェットを遠目に眺め続ける。

 間もなく警備側もガジェットの接近を察知し、戦闘が始まろうと言うタイミングで、少女の元に通信が入る。

 

『ごきげんよう。騎士ゼスト、ルーテシア』

「ごきげんよう」

「……何の用だ」

 

 画面に表示された紫髪の男性……ルーテシアと呼ばれた少女がドクターと呼称していたスカリエッティは、不気味な笑顔で二人の名を呼ぶ。

 ルーテシアはその言葉に挨拶を返すが、ゼストと呼ばれた男性は不快そうな表情でスカリエッティを睨みつける。

 

『冷たいねぇ……ホテルの近くに居るんだろ? あそこにレリックは無いみたいなんだが、興味がある骨董があってね。協力してくれると助かるんだが……』

「断る。レリックが絡まぬ限り、互いに不可侵の筈だ」

 

 スカリエッティが告げた言葉を聞き、ゼストは嫌悪の表情を浮かべたままで冷たく返す。

 その言葉を聞いたスカリエッティは、特に表情を変える事は無く言葉を発する。

 

『確かに、君達と私の関係は対等。拒否する権利は当然あるが……ルーテシアはどうだい?』

「……いいよ」

『優しいね。ありがとう……今度是非、お礼をさせてくれ。私の欲しい物のデータを送っておくよ』

「……うん」

 

 ゼストと違いルーテシアはスカリエッティを嫌悪してはいない様子で、個人的なその頼みを了承する。

 スカリエッティから彼女のデバイスであるアスクレピオスにデータが届いたのを確認し、ルーテシアはローブを脱いでゼストに預ける。

 そして足元に紫色の魔法陣を出現させ、静かに両手を広げて魔法を行使する。

 

「我は乞う。小さき者、羽ばたく者、言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚インゼクトツーク」

 

 ルーテシアの詠唱が完成すると、銀色の羽虫が周囲に多数現れ、彼女の言葉に応える様に整列する。

 その様子を見て少し頬笑みを浮かべたルーテシアは、手を軽く動かして虫達に指示を出す。

 

「ミッション・オブジェクトコントロール……気を付けて、行ってらっしゃい」

 

 その手の動きと言葉を受け、虫達は広がる様に飛び立ち、主であるルーテシアの命令を果たす為に戦場へ向かう。

 飛んでいく虫達を静かに見送った後、ルーテシアは右掌に黒い水晶の様な物体を出現させ、それを愛おしそうに撫でながら口を開く。

 

「ガリュー……アナタは、ドクターの欲しがってる物を手に入れてきて……頑張ってね」

 

 静かに話すルーテシアの言葉を受け、黒い水晶はそれに応える様に強く光を放ち、一筋の黒い閃光となってホテルへ向かう。

 

 都市部から離れ、森に囲まれたホテルを舞台に……複数の思惑が混じった戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳でホテルアグスタ編が始まると同時に、新キャラ……いや三話辺りから登場していましたが、クラウンの適性検査をした科学者の名前が判明しました。

鋭い方なら名前を見てお気づきかもしれませんが、原作メンバーのある人物に深い関わりのあるキャラクターで、出番はそれほど多くはならないですが、ある目的を持って動いていく事になります。

そしてクラウンはまさかの休暇……地球に行く前に願い出ていたのは、この休暇の申請でした。
少なくともアグスタ編では、機動六課とは完全に別の思惑で動く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話『焦心の弾雨』

 ――新暦75年・ホテル・アグスタ――

 

 

 骨董美術品のオークション開始時刻が間近に迫り、参加者達が集まっているホールを除き静けさに包まれるホテル内部の廊下を、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三名が急ぎ足で進む。

 屋上で探知を行っていたシャーリーとロングアーチから知らされたガジェットの接近。新人四人はホテル正面に集合して防衛に当り、三名は迎撃に打って出ようとしていた。

 ホテル外部に繋がる広い吹き抜けに辿り着き、シグナムとヴィータはデバイスを展開して騎士甲冑を纏って空に上がり、ザフィーラは地上からホテルに向けて迫るガジェットに向かう。

 

 警備員に扮したクラウンは、その光景を通路の影から眺めた後で非常階段がある方向に進み始める。

 ホテルの利用客に混乱を与えない為か警備員の無線に情報は入ってこなかったが、機動六課が動き始めたと言う事はクラウンの待っていた機会が訪れた事を意味していた。

 足音と気配を消して非常階段の扉を開けたクラウンは、それが閉まると同時に姿を消し地下を目指す。

 

(機動六課がガジェットを片付ける前に調べてしまわないとね)

(ですね。急ぎましょう)

 

 音無く階段を降りながら念話で呟くクラウンの言葉を聞き、ロキも状況を理解して言葉を返す。

 先程までは警戒態勢にあったロングアーチやシャマルの探知をかいくぐりつつ、密輸品の調査を行うにはこの戦闘中が一番ではある。

 しかし副隊長二人に新人四人、ザフィーラとリインとシャマルまで対応に当っているなら、殲滅するまでそう時間はかからないと予測できた。

 機動六課の目がホテル外部に集中している内に調査を終わらせてしまう為、クラウンは急ぎ目に、それでも足音は立てぬよう慎重に地下を目指して階段を下りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの正面玄関前では集まった新人四人が、モニターで前線の様子を眺め驚愕していた。

 ヴィータが自身のデバイスであるグラーフアイゼンにより撃ち出した鉄球は、AMFなど物ともせずガジェットを紙の様に貫く。

 以前エリオとキャロが苦戦したⅢ型ガジェットも、シグナムによりアームごと真っ二つに切り裂かれる。

 ザフィーラはホテルに繋がる道に陣取り、迫るガジェットが放ったレーザーを身動き一つせずに障壁で全て受け止め迎撃していく。

 四人にとって初めて見る副隊長二人とザフィーラの本格戦闘は、圧倒的としか表現しようがなかった。

 

「……信じられない。これで、能力リミッター付き?」

 

 モニターを見ながら、ティアナは茫然とした様子で呟く。

 シグナム達は魔力を押さえるリミッターを体に付けており、本来よりその力は大きくダウンしている筈だが、モニターに映るその戦いぶりは、自分達の出番などないのではないかと思えるものだった。

 自分との圧倒的な差を感じ、ティアナが微かに唇を噛むのとほぼ同時に、キャロのケリュケイオンが光を放つ。

 

「ッ!? 召喚魔法の反応です!」

『こっちでも感知したわ! かなり大きいわね』

 

 魔力探知能力に優れたケリュケイオンの反応をキャロが伝えると、少し遅れてシャマルも前線に通信を行う。

 そしてその直後、モニターに映るガジェットの動きにも変化が表れ始めていた。

 先程までまったく回避できていなかったヴィータの鉄球を突然回避し始め、シグナムの斬撃に対しても防御する様な動きを見せ始める。

 

「……無機物遠隔自動操作」

 

 ガジェットに起こった変化が召喚魔導師によるものであると感じ取ったキャロが緊張を強め、他の三人もその雰囲気を察してそれぞれデバイスを構えて警戒を強める。

 遠隔で複数体の無機物操作……ガジェットの操作を行う相手召喚魔導師の力量は、同じ召喚魔導師であるキャロには非常によく分かり、キャロはケリュケイオンの魔力探知を強める。

 すると直後に新たな反応が現れ、即座にキャロは三人に向かって声をあげる。

 

「遠隔召喚、来ます!」

 

 キャロの言葉に続く様に四人の視線の先に紫色の魔法陣が複数出現し、そこから多数のガジェットが姿を現し始める。

 優れた召喚魔導師は同時に転送魔法のエキスパートでもあり、シグナム達の防衛ラインを飛び越えてホテル前までガジェットを転送してきていた。

 四人は即座に臨戦態勢に入り、リーダーであるティアナが強い口調で言葉を発する。

 

「迎撃するわよ!」

「「「応!」」」

 

 スバル、エリオ、キャロはティアナの言葉に応え、迫るガジェットの集団と向かい合う。

 三人は気付いてはいなかった……強い口調で指示を出すティアナの顔に、微かな焦りが浮かんでいる事に。

 

「……(証明するんだ。自分の能力と勇気を……今までと同じ様に!)」

 

 機動六課に来てから感じる様になった周囲への劣等感、そしてそれから生まれる焦り。自分が機動六課で、他の三人と向かい合えるだけの存在であると言う自信が欲しい。

 防衛任務でありながら、今のティアナの心には戦果をあげることへの執着が現れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外での戦闘が激化する中、姿を消して地下に辿り着いたクラウンは、微かに緊張した様子で念話を飛ばす。

 

(どういうことかな? 先客が居るなんて、聞いてなかったけど)

(気絶しているみたいですね)

 

 クラウンの視線の先には地下駐車場に配置されていた警備員二人の姿があり、二人共地面に倒れて気を失っていた。

 機動六課がこんな事をする意味は無い。そして二人共気を失ったままで放置されていると言う事は、地下を見回っていたシグナム達がこの場を離れてからクラウンが辿り着くまでの間に、何者かがこの二人を気絶させたと言う事。

 それは当然ながら応援を呼ばれては困る事情を持つ者である事を考えると、その目的はクラウンと同じである可能性が高かった。

 まだこの場をシグナム達が離れてからそれほど時間は経っておらず、警備員を気絶させた相手はまだこの駐車場内に居ると読んだクラウンは、慎重な様子で歩を進めていく。

 すると一台のトラックが目に映り、その中から微かな物音が聞こえてくる。

 クラウンは足音をたてない様に細心の注意でトラックに接近し、力尽くで壊された様に見える扉から中の様子を覗う。

 するとその視線の先には、薄暗いトラックの中で積み荷を漁る黒い影が見えた。

 甲虫を思わせる硬そうな外見と首に巻いた紫色のマフラー……一見すると人の様にも見えるが、よくよく見ると人間とは思えない雰囲気の存在。

 

(……なんだ、あれ?)

(生体反応は、虫に近いです)

(虫? もしかして、召喚虫ってやつかな?)

(召喚魔導師自体が希少なので確実とは言えませんが、少なくともキャロさんが使役するものとは違いますね)

 

 ロキの念話を聞いたクラウンは、眼前に見える人型の虫……召喚虫・ガリューを見ながら念話を返す。

 目の前に見えるガリューは、少なくともミッドチルダに生息している生物では無い。となれば他の世界の生物であると考えるのが妥当であり、それがこの場に居る理由としては召喚魔導師が使役している可能性が高かった。

 

(このタイミングで現れてるって事は、ガジェットと関わりがあるとは思うけど……アイツ等の戦力は、戦闘機人だけじゃないってことか)

(考えたくはありませんが、その可能性が高そうですね)

 

 姿を消してロキと冷静に念話を交わしながらも、クラウンは内心穏やかではなかった。

 ガジェットの製作者であるスカリエッティが、戦闘機人と言う戦力を持っている事は当然ながらクラウンは理解していたし、いざ戦闘する場合の想定も行っていた。

 しかしそれ以外の戦力はガジェット以外確認できておらず、スカリエッティに協力している魔導師が存在すると言うのは誤算と言ってよかった。

 更に副隊長二人を有する前線を潜り抜け、この場に辿り着いているということからもその召喚魔導師はかなりの力量を持つ相手である事が理解出来た。

 

(さて、どうするか)

(狙いは何なんでしょうね? ロストロギアの反応はありますが、レリックは確認できません)

 

 困った様な声で念話を送るクラウンに、ロキが探索結果を交えて言葉を返す。

 クラウンにとってガリューがこの場に居た事は想定外であり、非常に厄介な事態だった。

 ここで戦闘となる事は避けたいが、みすみす危険なロストロギアを敵の手に渡す訳にもいかない。

 対応の為に策を巡らすクラウンの視線の先で、ガリューは目的の物を発見したのか、小さな箱を掴んで立ち上がる。

 それを見たクラウンは静かにトラックから離れ、警備員姿に変わり手に小さな魔法陣を浮かべてガリューが外に出てくるのを待つ。

 そしてガリューがトラックから姿を現したのを見計らい、大きな声で言葉を発する。

 

「おいっ! そこで何をしている!」

「ッ!?」

 

 声をかけられたガリューは一瞬硬直したが、即座に身を屈め凄まじい速度でクラウンに接近する。

 

「なっ!?」

 

 そして驚愕するクラウンの体に突進の速度を乗せた拳を迷い無く振るう。

 

「がぁっ!?」

 

 鈍い音と苦痛の叫びと共に、殴られたクラウンは吹き飛ばされて地面を数度転がり、そのままぐったりと地面に倒れる。

 ガリューはその姿を一瞥した後、応援が来ても厄介と考えたのかすぐさまその場から離脱。地下駐車場には気絶した警備員二人と、倒れたクラウンだけが残る。

 

 

 

 ガリューが去ってから一分程が経過すると、クラウンは自分の体を撫でながら当り前の様に起き上がる。

 

「痛てて、バリアジャケットじゃなかったらホントに気絶してたかも」

≪三文芝居お疲れ様です。倒さなくて良かったのですか?≫

 

 クラウンが起き上がったのを確認して、ロキが茶化す様な言葉を発する。

 ロキの言葉通りクラウンは先程のガリューの攻撃を、わざと喰らって気絶したふりをしていた。

 

「……勝てない相手だとは言わないけど、騒ぎにしたくないのはこっちも同じだしね」

 

 ロキの言葉に苦笑しながら答えた後、クラウンは懐に手を入れて『ガリューが持ち去ったのと同じ箱』を取り出す。

 そしてそれを軽く上に投げてキャッチしながら、ゆっくりとトラックに向って歩く。

 

「まぁ、目的は達成した訳だしね」

≪マスターは、スリとしてもやっていけそうですね≫

「嬉しくないな……さぁ、無駄話はこれ位にしてちゃっちゃと密輸品を回収しよう」

≪了解です≫

 

 軽い口調でロキとの会話を終わらせ、クラウンは本来の目的であったトラック内部のロストロギアに目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの周囲では、新人四人がルーテシアの召喚魔法によって強化されたガジェットに苦戦を強いられていた。

 無機物自動操縦によって動きが良くなったガジェット達は、四人の攻撃を素早い動きで回避している。

 ただ動き自体は素早くなっているが攻撃力等の性能自体が変化している訳ではない為、四人もガジェットの攻撃でダメージは負っておらず、戦闘はやや硬直気味と言った感じだった。

 

『防衛ラインの皆、もう少し頑張ってね! ヴィータ副隊長が前線から戻ってきてくれてるから!』

「はい!」

 

 四人だけで全機を迎撃するのは難しく増援の可能性も考えたシャマルは、前線からヴィータを四人のフォローの為に後退させていると通信で伝え、その言葉にスバルが戦闘を行いながら安心した表情で返事し、エリオとキャロも少し安心した様な表情を浮かべる。

 しかし四人の中で一人、ティアナだけはその通信を聞いて渋い表情を浮かべていた。

 確かに苦戦している現状では、防衛ラインを多少後退させてでも高い戦闘能力を持ったヴィータの到着を待つ方が得策な事は、新人チームの指揮をとっているティアナも理解出来ていた。

 ティアナが普段通りに冷静なままであれば、専守防衛で持ちこたえヴィータが到着してから反撃と言う手段をとれたかもしれない。

 しかしここ最近心の内に生まれ始めていた焦りが、ティアナの判断能力を曇らせてしまっていた。

 

「守ってばかりじゃ行き詰ります! ちゃんと、『私達が』全機落とします!」

『ティアナ!?』

 

 動きの素早くなったガジェットに苦戦し、ロクに戦果を上げられていない現状。

 自分の力に対して焦りを感じているティアナにとって、先程のシャマルの言葉は力不足だと告げられている様に聞こえていた。

 ティアナの頭の中で目的は既に防衛ではなく、ガジェットを全機撃墜する事にすり替わってしまっていた。

 

「エリオは後方に下がって! 私とスバルのツートップで打って出る!」

「あ、はい!」

 

 結果を出す事を焦ったティアナは、防衛に専念しろと言うシャマルの指示を無視し、前衛であるエリオを下げて自分が前に出ると告げる。

 センターガードであるティアナが前に出ると言う指示を聞き、エリオは一瞬戸惑った様な表情を浮かべたが、指揮官であるティアナの指示に従いキャロの近くまで下がる。

 

「スバル! クロスシフトA!」

「応!」

 

 エリオが指示に従って下がったのを確認し、ティアナはスバルに指示を出しながらガジェットに向って走り出す。

 クロスシフト……スバルとティアナ、訓練校時代から長くコンビを組んでいる二人にだけ通じる陣形指示で、続くアルファベットの種類でパターンを切り替えるコンビネーション。

 クロスシフトAは高い機動力と防御力を持つスバルが切り込んで誘引し、纏まった敵をティアナが一斉射撃で撃ち抜く戦法だった。

 ガジェットの反応速度が上がっている状況において、一ヶ所に密集させて回避行動をとり辛くした上での広範囲攻撃と言うのは、作戦としては間違いではない。

 しかしティアナの思考の中心は『自分が戦果をあげる』と言う焦り、そんな精神状態での強引な作戦が……望んだ通りの結果になる筈も無かった。

 ティアナの事を信頼しているスバルは、その指示に疑問を持つ事無く空に大きく円を描く様にウィングロードを展開し、ガジェットの攻撃を回避しながら自分に注意を集める。

 そしてスバルによって一ヶ所に集められたガジェットに向かって、ティアナはクロスミラージュを構え4発のカートリッジをロードする。

 一撃で纏めて殲滅する為、火力を求めてロードしたカートリッジ。その数はティアナが制御できる魔力量を越えており管制から制止の通信が入るが、ティアナはそれを無視し自身の限界を越える数の魔力弾を周囲に生成する。

 今まで制御した事がない大きな魔力に顔をしかめながら、ティアナはガジェットにクロスミラージュを向けて強く引き金を引く。

 全ては自身の力を証明し、心に生まれた劣等感を打ち払う為に。

 

「クロスファイアー、シュート!!」

 

 ティアナが引き金を引くと共に放たれた魔力弾はガジェットに向かい次々とその機体を貫いたが……彼女の思惑通りに進んだのは、そこまでだった。

 

「……えっ?」

 

 限界を越えた数の魔力弾を完全に制御する事が出来ず、ティアナのコントロールから外れた一発の魔力弾が空中を走るスバルに向かう。

 背中から迫っていたそれにスバルが気付いた時には、既に回避が間に合わない距離まで魔力弾が接近していた。

 驚き目を見開くスバルに迫る魔力弾が、ティアナの目にはスローモーションのように見えた。

 ティアナが己の失敗を悔いるよりも早く魔力弾はスバルに迫り、ロクに防御態勢も取れていない体に直撃しかけた瞬間、間一髪間に合ったヴィータが魔力弾をグラーフアイゼンで弾き飛ばす。

 構えていたクロスミラージュを力なく降ろし、ティアナはその光景を茫然と言葉無く眺める。

 そんなティアナに向かって、先程までの通信でのやり取りを聞いていたヴィータは大きな声で言葉を発する。

 

「この馬鹿! 無茶やった上に味方を撃ってどうするんだ!!」

「ッ!?」

 

 ヴィータが間に合わなければ取り返しのつかない事態になったかもしれない失敗。

 混乱していたティアナもヴィータの怒りのこもった声で自分の行いを理解し、言葉を返せないままで身を竦める様に後ずさる。

 

「あ、あの! ヴィータ副隊長……い、今のもその、こ、コンビネーションの内で」

「ふざけんな! んなコンビネーションがあってたまるか! あたしが間に合わなけりゃ、お前の背中に直撃してたんだぞ!」

 

 言い返す事が出来ず俯くティアナを見て、スバルが慌ててフォローを入れようとする。

 しかしシャマルと管制からの指示を無視して強引に決着を急いだ上、危うく味方を撃墜しかけた攻撃。ティアナに非があるのは明らかであり、スバルがいくらフォローしようとしてもそれはヴィータの怒りを大きくするだけだった。

 

「違うんです! 私が避けれなかったのが……」

「うるせぇ馬鹿共! もういい……後は私がやるから、お前等は二人纏めて引っ込んでろ!」

 

 ティアナを庇う言葉を続けようとするスバルを一喝し、ヴィータは残るガジェットは自分が片付けると告げる。

 強い怒りのこもったその言葉にスバルも押し黙り、茫然と瞳を揺らすティアナと共に後方へさがっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル近辺・森――

 

 

 ホテル近辺で行われている戦闘を、離れた場所から眺めていたゼストとルーテシアの元に、小さな箱を持ったガリューが帰還してくる。

 

「おかえり、ガリュー。上手く行った?」

「……」

 

 ルーテシアは戻ってきたガリューを見て微笑みながら尋ね、それを聞いたガリューは頷いて持っていた箱を差し出す。

 差し出されたその小箱をルーテシアが確認の為に受け取ろうとすると、それまで黙っていたゼストが静かに口を開く。

 

「……待て」

「え?」

 

 その制止の言葉を聞き、ルーテシアは首を傾げてゼストを見上げる。

 不思議そうに自分を見上げるルーテシアを視界に写したまま、ゼストはガリューが手に持っていた小箱を掴み、それを勢いよく地面に叩きつける。

 小箱は地面に当るとノイズが走る様にぶれ、そしてまるで煙の様に消え去る。

 

「「!?」」

「……魔力で出来たフェイクだ。してやられたな」

 

 小箱が消えて無くなるのを見て驚愕したルーテシアとガリューに、ゼストは静かにそれが幻術魔法で作られた偽物である事を伝える。

 クラウンが幻術魔法で作った小箱は事前に時間をかけて準備し完璧な形で隠蔽していれば、専門外であるゼストには見破る事は出来なかっただろう。

 しかし今回は突発的に思い付いて短時間で作ったものであり、経験の浅いルーテシアや魔法についての知識が深くないガリューでは分からなかったが、魔導師として長い経験を積んでいるゼストから見れば微かな違和感のあるものだった。

 

「ガリュー、もう一度……」

「やめておけ」

 

 本来の目的である品物を入手できていない事を知り、ルーテシアがガリューを再び転送しようとしたが、ゼストは静かに首を横に振って止める。

 

「狙われていると確定した物を、同じ場所には置いてはいないだろう。今回は、相手の方が上手だったと言う事だ」

「……」

 

 ゼストの告げた言葉は、至極当然なものだった。

 確かに一度狙われた物を馬鹿正直に同じ場所に置いている筈も無く、むしろ増援で固めて待ち構えている可能性すらある。

 ゼストの言葉を聞いたルーテシアは悔しそうに唇を噛み、少し沈黙した後でスカリエッティに通信を繋げる。

 

『ごきげんよう、ルーテシア。どうかしたのかい?』

「……ごめんなさい、ドクター。失敗した」

 

 微笑みを浮かべて画面に表示されたスカリエッティに対し、ルーテシアは少し俯きながら簡潔に頼まれた物を入手できなかった事を伝える。

 その言葉を聞いたスカリエッティは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて言葉を返す。

 

『そうか、君達に怪我は?』

「……ない」

『それは何よりだ。品物の事なら気にしなくて構わないよ。絶対に必要だった訳でもなく、あくまで暇つぶし程度の物だからね』

「……うん」

 

 スカリエッティは失敗の報告を聞いても特に気にした様子は無く、穏やかな表情を浮かべたままで気にするなと伝える。

 

『本命はあくまでレリック。それ以外はさほど重要ではないよ。私は気にしていないから、ルーテシアも気にやまないでくれ』

「……ありがとう」

『いやいや、私の急な願いで動いてもらったんだ。むしろお礼なら私の方から言わせてくれ……ありがとう、優しいルーテシア。またレリックが見つかったら連絡するよ』

「……うん」

 

 スカリエッティの優しげな言葉を聞き、ルーテシアは少し安心した表情で頷いて通信を終える。

 通信を終えたルーテシアにゼストが近付き、預かっていたローブを返しながら言葉を発する。

 

「さて、俺達も探し物に戻るとしよう。戦いも間もなく終わるだろう」

「……うん」

 

 ルーテシアはゼストの言葉に頷いてからローブを身に纏い、ゼストと共にホテル近辺での戦闘が完全には終わらない内にその場から離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル・アグスタ――

 

 

 ホテルの地下駐車場に止まっている一台の車。大型ファミリーカーの運転席には、中年男性に姿を変えたクラウンが座っていた。

 クラウンは右手の人差し指をハンドルにトントンと当てながら、退屈そうに暗い駐車場内を眺め続ける。

 

≪移動しないんですか?≫

「戦闘真っただ中で外に出てったら、怪しさ爆発だしね。まぁ、外での戦いが一段落してからだね」

 

 クラウンはガリューが去った後で密輸品のロストロギアをすべて回収し、それを同じ駐車場に予め用意しておいたファミリーカーの中に偽装して積みこんでいた。

 ロストロギアの量が量である為、下手に動き回っては目立ってしまうので、現在は静かにタイミングを待っている。

 

≪見つかったりはしないですかね?≫

「ないね。これ全部密輸品だからね……無くなったからって、管理局が張ってるホテル内で捜査は出来ないよ」

≪ホテル内では、ですか?≫

「そうだね。まぁ、網を張るなら外かな? 量が量だけに、運ぶのはある程度大がかりになるしね」

 

 ロキの質問に軽い口調で答えながら、クラウンは何かを考える様な表情を浮かべる。

 その表情を見慣れているロキは、それを察して言葉を返す。

 

≪まぁ貴方の事ですから、今後の展開は予想して対策してるんでしょうね≫

「大体はね」

≪そうですか、相変わらず陰険な秘密主義で、私には何も教えてくれないんですね≫

「……あれ? 拗ねてる?」

≪いいえ。マスターが秘密主義で、私を驚かせてばかりの捻くれた方だと言う事は存じ上げていますし、全然拗ねてなんかいませんよ。ええ、どうせ私はマスターほど先の展開を予想出来ませんよ≫

「……」

 

 明らかに不満そうな様子で話すロキの言葉を聞き、クラウンは苦笑しながら頬をかく。

 

「う~ん。じゃあ、あくまで予想でよければ聞いとく?」

≪……だから、別に気にしていませんって……まぁ、マスターがどうしてもと言うのであれば、聞いても構いませんが?≫

「はいはい。じゃあ、どうしても聞いてほしいから、話しても良いかな?」

≪し、仕方がありませんね。マスターがそこまで言うのであれば、私も貴方のデバイスとして聞くのもやぶさかではありません≫

 

 相変わらず人間臭いロキの言い回しに、クラウンは楽しげに微笑みを浮かべ、ゆっくりと自分が予想しているこれからの展開を説明していく。

 何とも愛らしい相棒に、今後はもう少し色々話してあげようと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下駐車場でクラウンとロキがどこか楽しげに会話をしていた頃、ホテル近辺で行われていた戦闘は、副隊長二人にシャマル、ザフィーラ、リインの活躍により終了していた。

 ホテル正面玄関前ではなのはが新人四人から報告を受け、今後の予定を説明していた。

 現場の検証やガジェットの破片回収は調査班が行ってくれるらしく、機動六課フォワード陣はしばらく待機と言う名目で現場検証の手伝いを行い、安全が確認出来たら撤退することになる。

 なのはの説明に対し、スバル、エリオ、キャロの三人はしっかりした表情で頷いていたが、ティアナだけは落ち込んだ様子で俯いたまま元気なく返事をしていた。

 ティアナが今回の戦闘で行った失敗は、なのはも管制とヴィータから伝え聞いて知っており、酷く落ち込んだその様子が気にかかったなのはは、ティアナと二人で会話する事に決める。

 

「それじゃあ、三人はそれぞれ現場検証に向かってね。ティアナは……少し、私とお散歩しようか」

「あ……はい」

 

 このタイミングで直属の上司から話をしようと言われれば、その内容がなんであるかは直ぐに察しが付く。

 優しく微笑みながら話すはのはの顔を、ティアナはまともに見る事が出来ずに俯いたままで小さく言葉を返す。

 二人はそのままホテル付近にある森の方に向かって歩き、検証現場からある程度離れた所でなのはが静かに口を開く。

 

「失敗しちゃったみたいだね」

「すみません。マルチショットが、一発……逸れちゃって」

 

 出来るだけ重い空気にはならない様に優しく話すなのはの言葉に対し、ティアナは俯いて歩きながら覇気の無い声で答える。

 戦果を焦るあまり行ってしまった今回の失敗は、ティアナにとっていくら自己嫌悪しても足りない程のものだった。

 何よりもその焦りの根底が、周囲の仲間に対する劣等感である事を自覚しているからこそ、自分の情けなさを痛感していた。

 

「私は直接現場には居なかったし、ヴィータ副隊長に叱られて、反省してると思うから……私からもう一度叱ったりはしないけど」

「……」

「ティアナはなんていうか、少し一生懸命すぎるんだよね。だから時々、やんちゃしちゃうんだと思う」

「……」

 

 なのははティアナの失敗を厳しく非難はせず、優しく諭す様に話しかけていき、ティアナはその言葉を静かに聞き続ける。

 

「でも、ティアナは一人で戦ってる訳じゃないんだよ。集団戦での私やティアナのポジションは、前後左右全部味方なんだから」

 

 歩く足を一度止め、ティアナの肩に手を置いて優しく微笑みながら、なのははティアナにもっと周囲を頼る様に伝える。

 

「その意味と今回の失敗の理由を、しっかり考えて同じミスを繰り返さないって、約束できる?」

「……はい」

 

 なのははティアナが執務官を目指し、強い力を求める動機を知っている。

 だからこそ焦り過ぎずに仲間を頼って、じっくり着実に力を付けて欲しいと諭した。

 なのはの諭し方と話の内容は、決して間違いではなかったが……残念ながら、正解とも言えなかった。

 まだティアナと知り合って一ヶ月と少ししか経過していないなのはは、彼女が心の内に隠した感情までは読みとる事は出来なかった。

 今のティアナの心には『劣等感』と、何よりも『現状に対する不満』があり、なのはの言葉は間違った形で受け取られてしまっていた。

 なのはは焦って再びミスをしない様に、ゆっくり着実に強くなっていこうと話したつもりだった。

 しかしティアナはそれを、失敗しないだけの力を早く身につけなければいけないと受け取ってしまった。

 結果としてティアナの心に生まれたのは、今までよりも更に強い焦り……早く結果を出して今回のミスを挽回しなければという、脅迫感にも似た切実な想い。

 両者の想いのすれ違いは、微かながら、致命的なものになりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課が現場検証の手伝いを終えてホテルから撤退した後、クラウンは他の利用客に紛れて地下駐車場から車で外へと出る。

 森の中の舗装された一本道をファミリーカーで進んでいると、胸元のロキが言葉を発する。

 

≪情報をキャッチ、3km前方に『マスターの予想通り』検問です≫

「了解っと、まぁそうだよね。ホテル内で表立って調査は出来ないから、別の理由を付けて付近の道で検問張るしかないよね」

 

 クラウンが回収し車に積んでいるロストロギアは、管理局高官が関わっていると予想される密輸品であり、量も車一台分はある。

 それが奪われたとすれば、その高官の元にも即座に連絡が届き奪還しようと考えるのは当然だった。

 車一台分程あるロストロギアであれば、運搬方法は車か航空機であり、機動六課が待機しているホテルで調査するよりはその移動を捜索する方が現実的と言えた。

 アグスタは周囲を深い森と岩山に囲まれており、そこから別の場所に移動する陸路は一本道。

 航空機が飛んでいればそれを発見するのは簡単、大がかりな転送魔法を使えば痕跡が残るとすれば、可能性が一番高いのは陸路であり、その一本道の途中……首都から走る道と合流する地点での検問という手段を取った。

 

「まぁ、これなら予定通り簡単に突破できそうだね」

≪そうですね。目標地点、500m前方を左です≫

「了解」

 

 一本道の先に検問が待ち構えていると言う状況であるにも拘らず、クラウンの表情は穏やかなもので、ロキの指示に従って舗装されている道路を途中で曲がり、殆ど獣道と言っていい森の中に車を走らせる。

 デコボコした道を進むクラウンに、事前に手順を聞いていたロキが落ち着いた様子でナビゲートを行う。

 

≪1km前方に『目標』の岩山、サーチャー映像と地図を表示します≫

「長さは、2kmってところかな?」

 

 車が進む先にはアグスタ付近の森を隔絶する様にそびえ立つ、長く連なった丘陵地帯が見えてくる。

 クラウンはロキが表示した岩山の先に設置したサーチャーの映像と、航空写真の載った地図を眺めた後、視線を岩山に戻して呟く。

 するとクラウンの足元に緑色の魔法陣が出現し、迫る岩山に長いトンネルの幻影が重なる様に現れる。

 そして幻術で作られた架空のトンネルに、クラウンはアクセルを踏み込み加速させた車で一直線に向かう。

 通常ならば幻術で作られたトンネルをくぐる事など出来ず、車は岩山に衝突して大破してしまうだろうが、彼にはそれを覆しうる能力があった。

 

「……道化の嘘(ハンスブルスト・リューゲ)

 

 クラウンが静かに呟くと共にその目に力を込めると、現実すらも欺くレアスキルがその力を現す。

 作られた『嘘』はその力の元で一時的に現実を上書きし、クラウンが運転する車は通れない筈の幻術のトンネルを当り前の様にくぐっていく。

 そのまま長いトンネルを抜け、岩山を通過するとクラウンはハンドルを軽く人差し指で叩いてその力を解除する。

 するとレアスキルの効力で現実となっていたトンネルは消え失せ、岩山は本来の姿へと戻る。

 本来なら存在しない道を通過したクラウンは、検問を通る事無く首都へ向けて移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課――

 

 

 機動六課の寮から近い林。夜の闇に包まれたその場所では、ティアナが一人宙に浮かぶスフィアに向けてデバイスを構えて自主練習を行っていた。

 既に開始から相当の時間が経過しているのか、ティアナの額には汗が流れ表情にも疲労が強く表れていた。

 しかしそれでもティアナは手を休める事は無く、ただがむしゃらに自主練を続けていく。

 そんなティアナの元に、やや呆れた表情を浮かべて近付く影があった。

 

「もう4時間も続けてるぜ? その辺にしとかねぇと、倒れるぞ」

「ヴァイス陸曹……見てたんですか?」

「ヘリの整備中にスコープでチラチラとな。ミスが悔しいのは分かるけどよ……精密射撃なんてホイホイ上手くなるもんじゃねぇし、無茶して詰め込んでも変な癖が付くだけだぞ」

「……」

 

 余りに過度な練習を行っているティアナに対し、ヴァイスはたしなめる様に言葉を発する。

 しかしその言葉を聞いたティアナは無言で、前線ではないヴァイスが知った様な口をとでも言いたげな表情を浮かべる。

 冷静さを欠いている様に見えるその表情を見て、ヴァイスは軽く肩をすくめて補足する様に付け加える。

 

「俺はなのはさんやシグナム姉さんとはそこそこ長い付き合いでな、昔なのはさんがそんな事を言ってたんだよ」

 

 ヴァイスの口からなのはの名前が出ると、ティアナのは何かを考える様に視線を落とす。

 そしてしばし沈黙した後で、突き離す様な口調で言葉を発する。

 

「それでも、詰め込んで練習しないと上達しないんです。私は、凡人なんで……」

「凡人ね……俺から見りゃ、お前は十分に優秀なんだがな。羨ましいくれぇだ」

 

 自らを凡人と告げるティアナの言葉に対し、ヴァイスはフォローする様な言葉を返すが、ティアナはその言葉には反応せずに無言で自主練を再開する。

 その様子を見てそれ以上行っても無駄を判断したのか、ヴァイスは大きくため息を吐いて言葉を締めくくる。

 

「まぁ、邪魔する気はねぇけどよ。お前等は体が資本なんだから、体調には気ぃ使えよ」

「……ありがとうございます。大丈夫ですから」

 

 自主練を続けながら簡潔に答えるティアナを見て、ヴァイスは再び大きく溜息をついてその場を後にする。

 

 

 

 ティアナが自主練を行っている林から出て、ヴァイスは隊舎の方へ歩きながら軽く自分の頭をかいて呟く。

 

「やれやれ、一体何を焦ってるんだか……」

『ねぇ、ヴァイス』

「うおっ!?」

 

 誰にでも無く独り言を呟いたヴァイスは、直後に真後ろから聞こえてきた甲高い声に飛び上がるほど驚愕する。

 慌てて振り返ると、薄暗い闇の中に特徴的な仮面が見えた。

 ヴァイスの背後から声をかけたクラウンは、ヴァイスのその様子に大きく首を傾げる。

 

『うん?』

「く、クラウンさん……音も気配も無く現れるのはやめてくれねぇっスか……」

 

 夜の闇の中でいつの間にか背後に仮面の男が立っている等というのは、ホラー以外の何物でもない。

 ヴァイスは額の汗を拭う様に手を動かし、大きくため息をつきながらクラウンに声をかける。

 しかしクラウンはその言葉に反応する事は無く、視線を林の方に動かしながら言葉を発する。

 

『そんなことよりさ、ティアナに何かあったの?』

「え? ええ、実は……」

 

 林の方を見ながら話すクラウンの様子で、ティアナが行っている自主練についての質問だと悟ったヴァイスは、クラウンに今日の任務中に起こった出来事を掻い摘んで説明していく。

 管制からの指示を無視して攻勢に出て、その結果として味方を誤射しかけたと言うヴァイスの説明を聞き、クラウンは仮面を軽く触りながら何かを考える。

 

『……成程ね。俺が居ない間にそんなことがあったんだ。その後は? 誰かティアナと話したりしたのかな?』

「なのはさんが一対一で話をしたらしいっスよ。内容までは知りませんけど」

『なのは隊長が、ね』

 

 ヴァイスの口から出名なのはの名前を聞き、クラウンは人差し指を仮面にトントンと当てながら考える様に呟く。

 そして少し沈黙した後で、誰に当てたものでもない独り言のように口を開く。

 

『う~ん。『今の』なのは隊長じゃ、無理かな』

「え?」

『人ってのは難しいもんでさ、自分に馴染みの無い感情ってのは察しにくいんだよね。特にティアナみたいなタイプは、自分の弱さってのを他人に見せたがらないからね』

「ど、どういう事っスか?」

 

 含む様に呟くクラウンの言葉は、まるでなのはではティアナの気持ちに気付けないと言っている様で、ヴァイスは少し戸惑った様子で聞き返す。

 するとクラウンは視線を林からヴァイスの方に戻し、軽く補足を入れる様な口調で言葉を返す。

 

『いや、別になのは隊長が教導官として未熟だとかそういう訳じゃないよ。後三ヶ月、いや二ヶ月後に同じ事が起こってたなら気付けたと思うんだけど……ティアナと知り合って二ヶ月も経ってない今の状態じゃ、あの子が心の内に隠してるモノは見えてこないだろうね』

「……クラウンさんには、それが何か分かってるってるんスか?」

『大体はね。ヴァイスは、ティアナが強くなろうと焦ってるのはなんでだと思う?』

「さわり程度しか知りませんが、執務官を目指していた兄の意思を継ぐ為じゃねぇかと」

 

 クラウンの質問に対し、ヴァイスはなのはから伝え聞いていたティアナが執務官を目指す動機を挙げる。

 ティアナの兄であるティーダ・ランスターは、かつて首都航空部隊に所属していた優秀な魔導師だった。

 兄以外に肉親が居なかったティアナにとっては、執務官を目指し努力するティーダは憧れであり、誇りでもあった。

 しかしティアナが10歳の頃、ティーダは次元犯罪者との戦いで命を落とし、その際に心無い上司が葬儀の席で発した言葉……ティアナの誇りであった兄を、役立たずの無能と罵ったその言葉は彼女の心に大きな傷を残す事になった。

 だからこそティアナは執務官になろうと決意した。

 ティーダから教わった魔法で確固たる結果を残し、兄が無能ではない事を証明すると共に、叶える事が出来なかった執務官を言う夢を代わりに叶える為。

 それ故にティアナは力を強く求めるのではないかと告げるヴァイスに対し、クラウンは軽く首を左右に振って言葉を返す。

 

『違うね。確かにそれはティアナが執務官を目指した動機かもしれないけど、今回の事の原因じゃない』

「え?」

『ティアナはこの部隊が初所属って訳じゃないんだよ? ここに来るまで2年間は別部隊で働いてた。力を求めて焦りが現れるなら、もっと早い段階で問題になっててもおかしくないでしょ?』

「そ、そういわれてみれば……」

 

 落ち着いた口調で話すクラウンの言葉を聞き、ヴァイスも納得した様に呟く。

 確かにクラウンの言葉通り、兄の事が原因でティアナに焦りが生まれるのであれば、もっと早い段階で何らかの影響が出ていてもおかしくは無かった。

 しかし以前に居た部隊でティアナが問題行動を起こしたと言う事は無く、それが意味している事は一つと言えた。

 

『つまり今ティアナの中にある焦りは、あの子が今までは抱いてなかった……あるいは意識する程大きくなかった。機動六課に所属してから表に出てきた何かが原因なんだよ』

「……」

 

 確信に満ちた様子で話すクラウンの言葉を聞き、ヴァイスは茫然とした様子で静かにその言葉を聞く。

 クラウンはそこまで話した後で、再び仮面を軽く人差し指で数度叩きながら考えた後で口を開く。

 

『……ねぇ、ヴァイス』

「はい?」

『この件は、俺に預けてもらえるかな?』

「え?」

『他の人には、この事は黙っておいて欲しいんだ。ちょっとこれは、時間をかけてちゃまずい状況だからね』

「は、はぁ……」

 

 ティアナの件は自分が何とかするので、今話した事は他の人には伝えないでほしいと告げた後、クラウンは視線を林の方に戻す。

 ティアナの現在の状態は、クラウンが想定していた中でほぼ最悪と言っていい状況であり、しかもそれは時間をかければかける程解決が難しくなる問題だった。

 そのまま戸惑った表情を浮かべるヴァイスに軽く手を振った後、クラウンは林に向かってゆっくりと歩を進めていく。

 

(よりにもよって俺が居ない間にとは、世の中思い通りにはいかないもんだな)

(どうされるおつもりですか?)

(とりあえずは、ティアナさんと話してから考えるけど……短期解決で行かないとね)

(次の何かが、起こる前にですね)

(そういう事)

 

 ロキと軽く念話を交わしながら、クラウンは強い決意のこもった目で時折訓練用スフィアの放つ光が見える林を見つめながら足を進める。

 

 現在劣等感と焦りに苛まれ苦しんでいるでいる、彼曰く自分に似ている少女を救う為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回の更新よりややあいてしまいましたが、これにてアグスタ編は終了です。

クラウンは想定外の事態もいくつかはありましたが、概ね目的通りに密輸品を獲得しました。

クラウンは読みが深いというよりは、突発的な事態でも冷静に思考出来る対応力が何より優れているのかもしれませんね。

次回は原作とは大きく展開の変わるティアナの苦悩編ですね。

クラウンは何かを考えて動いているようですが、果たしてどんな形になるのか……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話『道化の切言』

 ――新暦75年・機動六課付近・林――

 

 

 夜の闇に包まれた林で、ティアナは周囲に浮かぶ訓練用スフィアにクロスミラージュを構え自主練を行っていた。

 既に開始して4時間半程も経ち、ティアナの表情には強い疲労が現れていたが、それでも一切休むことなくひたすら続けていく。

 そんなティアナの元に足音と共に、静かな夜には不釣合な甲高い声が聞こえてきた。

 

『頑張ってるね~ティアナ』

「……クラウンさん」

 

 どこか軽い口調で話しながら近づいてきたクラウンに対し、ティアナは一度手を止めて怪訝そうな表情で振り返る。

 少し前にヴァイスが現れて諭す様な会話をされたのを思い出しているのか、どこか探る様な表情を浮かべているティアナに対し、クラウンは近くにあった一本の木に背を預けながら明るく言葉を発する。

 

『帰ってきたら、林で光りが見えてね。何やってるのかな~って』

「……自主練です」

『そっか』

 

 クラウンの言葉に対し、ティアナは簡潔に言葉を返した後で視線をスフィアに戻し、自主練を再開しようとする。

 しかし、静かに続けられたクラウンの言葉が彼女の心を揺さぶった。

 

『……辛くないかい?』

「え?」

『周りに劣等感を感じながら、追い立てられるように努力するのは辛くないかい?』

「!?」

 

 クラウンが静かに告げた言葉を聞き、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 仮面の隙間から覗くクラウンの瞳は、まるでティアナの心の内を見透かしている様に見えた。

 その視線を受けて動揺しながらも、ティアナは先程のヴァイスの時と同じ様にクラウンに背を向けて突き離す様な言葉を発そうとする。

 

「……クラウンさんには……」

『分かるよ』

「!?」

『ティアナが今感じてる苦しみはよ~く分かるよ。痛い位にね』

 

 しかし突き離そうと口にしかけた「貴方に私の気持ちが分かるもんか」と言いかけた言葉は、まるでそれが予め分かっていたかのように遮られる。

 その確信に満ちた言葉にさらに動揺して振り返ると、クラウンは空の左袖を触りながら優しげな目でティアナを見つめていた。

 優しくまっすぐにティアナを見つめるクラウンの瞳は、言葉にせずとも自分もティアナと同じ気持ちを抱いた事があると語っていた。

 そしてそれ以上言葉を続けられなくなると同時に、ティアナの動揺した心の中に微かに安堵に似た感情が芽生え始める。

 ティアナにとってクラウンは、機動六課で唯一自分と近いかもしれないと考えていた相手であり、そのクラウンが自分と同じ劣等感を抱いた事がある。

 それは自分だけが部隊内で凡人だと考えていたティアナにとっては、微かな救いの様でもあり、ティアナは導かれる様に長い沈黙の後で口を開く。

 

「……クラウンさん……も、そういう事を……考えたりするんですか?」

 

 絞り出す様に話すティアナの表情は、本人は気付いてはいなかったのだろうが、今にも泣き出しそうで縋る様なものに変わっていた。

 助けを求める様なティアナの様情を見ながら、クラウンは背を預けていた木から離れティアナにゆっくり近づきながら言葉を発する。

 

『ふふふ、俺が何年片腕で生きてきたと思う? 片腕になった事を後悔してる訳じゃないけど、もし両腕さえあればって考えた事は一度や二度じゃないよ。勿論、他人のそれを羨んだ事もね』

「……」

 

 あくまで優しく穏やかに話すクラウンの言葉に対し、ティアナは聞き入る様に沈黙していた。

 クラウンはそのままティアナの目の前まで歩いてきて立ち止まり、話を切り替える様に言葉を続ける。

 

『先に言っておくけど、俺は別にティアナの事を止めに来た訳でも叱りに来た訳でもないよ。がむしゃらに努力する事が悪いと言うつもりもないし、こうあるべきだなんて諭すつもりも無い』

「え?」

 

 クラウンが告げた言葉を聞きティアナは一瞬驚く。

 しかしよくよく思い返してみれば、確かにクラウンは先程のヴァイスと違い自主練を止めさせようとする言葉も、ティアナを諭す様な言葉も発していなかった。

 いやむしろ、だからこそティアナは先程のヴァイスの時の様に反発して拒絶する様な態度は取ってはいなかった。

 クラウンはそのままいつの間にか手に持っていたスポーツドリンクをティアナに差し出し、明るい様子で続ける。

 

『まぁでも、休憩も大事って事で……それを飲んで一休みする間だけで良いから、俺のつまらない昔話でも聞いてくれないかな?』

「……昔話?」

『そそ、もしかしたら何かの参考になるかもしれないしね』

「……分かりました」

 

 クラウンが告げた言葉に、ティアナは少し考えた後で頷く。

 クラウンの過去と言うのに興味があった事もそうだが、何より今のティアナの心にはクラウンも自分と同じかもしれないという淡い期待があった。

 そのまま二人は近場の木の根元に並んで座り、ティアナが受け取ったスポーツドリンクを一口含んだのを見てから、クラウンは静かに自分の過去を語り始めた。

 

『……俺はさ、昔は砲撃魔導師だったんだ』

「え? 砲撃、魔導師?」

 

 懐かしむように話すクラウンの言葉を聞き、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 それも当然の事で、ティアナはクラウンの戦闘は見た事が無かったが、日頃から本人が時折口にしている事と幻術主体と言う事から、火力は低く相手の隙をついて戦う魔導師だと考えていた。

 それに対して砲撃魔導師と言うのは文字通り砲撃を主体に使う魔導師で、チーム戦闘においての最大化力を誇る存在とも言え、目の前のクラウンとは対極の様に感じられていた。

 そんなティアナの反応は予想通りだったのか、クラウンはそのまま言葉を続けていく。

 

『あはは、今の俺からは想像できないでしょ? 自分で言うのもなんだけどそこそこ才能もあってね。当時の魔導師ランクはAAで、もうすぐAAAに上がれるんじゃないかと思ってた』

「思って……た?」

『うん』

 

 言葉が過去系だったの事に対して聞き返すティアナに対し、クラウンは静かに頷いた後自分の服の胸元を軽く開き、そこにある巨大な傷跡を見せる。

 胸の中心から左からにかけて走る巨大な傷跡に、ティアナが思わず息を飲むのを見た後クラウンは静かに告げる。

 

『左腕とリンカーコアの48%……これが、俺が失ったものだよ。昔は平均より多くAAAに近かった魔力も、今じゃ精々B+、良くてA-程度。しかもスバルやティアナ、エリオやキャロみたいに成長途中でこれから上がっていく訳じゃない。今の俺の魔力はこれが限界値』

「……」

 

 静かに語られる壮絶な内容を聞き、ティアナは何も言えないままで茫然とクラウンを見つめる。

 

『そうして同時に、俺は砲撃魔法も失った。片腕の体じゃ砲撃の反動を支えれなくて、仮に撃てたとしても以前の様な威力は出せなくなった。正直当時は目の前が真っ暗になった思いだったよ。もう二度と魔導師として戦えないんじゃないかとも考えた』

「……」

『悩んで苦しんで、やっと見つかったのが幻術魔法って手段だった。俺は同じ力量の相手と正面からぶつかれば、ハンデがある分必ず力負けをしてしまう。だから幻術魔法を使って、正面から戦わず不意打ちや騙し打ちで何とか魔導師を続けてるって訳なんだ』

 

 そこまで話した所で一度言葉を止め、クラウンは空を見上げる様に顔を動かし、少しの間沈黙してから声を悲しげなものに変えて呟く。

 

『……左腕があれば、俺の体が万全でさえいれば救えたかもしれない命を……目の前で失った事もある』

「!?」

 

 告げられたその言葉を聞き、ティアナは大きく息を飲んで続く言葉を待つ。

 クラウンはそのまま何かを思い出す様に空を見つめ続けた後、ゆっくり視線をティアナの方に戻して言葉を締めくくる。

 

『まぁ、繰り返しになるけど俺は左腕とリンカーコアの一部を失った事は後悔してないよ。例え過去に戻れたとしても、俺はきっと同じ行動を取る筈だからね。とまぁ、俺の昔話はこんなところかな』

「あ、えと……その、なんて言ったらいいか……」

 

 普段は明るく飄々としている目の前にいる片腕の上司。

 クラウンが歩いてきた険しい道の一部を感じたティアナは、何と返していいか分からない様子で戸惑った表情を浮かべていた。

 大変だったんだろうと、苦しかったんだろうと、慰めの言葉を口にするには、今の自分は酷くちっぽけな存在に感じられる。

 淡々と語られ本人が「つまらない話」と称するクラウンの過去は、安直に言葉を返す事が出来ない程の重みに満ち満ちていた。

 そんな戸惑うティアナを見て、クラウンは仮面の下で微笑んだ後で口を開く。

 

『今のティアナは、あの頃の……砲撃魔法を取り戻そうと、がむしゃらに頑張ってた頃の俺によく似てるよ』

「え?」

『努力する事が悪いなんて言うつもりはないし、ティアナが何を欲しがって頑張ってるのかもよく分かるよ。だけどね……今ティアナがしてる事を続けても、君が欲しいものは手に入らないよ』

「どういう、意味ですか?」

 

 優しく、そして悲しげな否定の言葉。

 ティアナはもはやクラウンに対し、自分の苦しみを理解出来ない等と返すつもりは無かった。

 クラウンは自分より多くの事を経験し、そして今の自身が抱えている悩みに対しての答えを持った人物だと悟っていたから。

 だからこそ、それを知りたかった。

 

『昔の俺は砲撃魔法が使えないという事実から、そして今のティアナは自覚している劣等感から……『逃げる為』の努力をいくら続けても、その先に求めるものなんて転がってないんだよ』

「ッ!?」

 

 心の内を鋭く射抜く様に告げられたクラウンの言葉を聞き、ティアナは大きく目を見開いて言葉を失う。

 何故ならそれは、ティアナ自身が誰よりも感じていた事だったから。

 ミスを挽回しなければならない、自分は凡人だから努力をしなければならないと言い訳を並べ、その実は周囲の仲間に対し劣等感を感じている自分自身を否定したいと、卑屈な自分の弱さを認めたくないと言う思い。

 それこそがティアナが焦りながら自主練を続けている最大の理由だった。

 

『例えば、努力をしてスバルよりも大きな魔力や身体能力を手に入れたとしたら、君は彼女より強くなれたって思えるかい?』

「……そ、それは……」

 

 クラウンが投げかけた問いかけに対し、ティアナは言い淀む様に顔を俯かせる。

 スバルはティアナと比べれば魔法技術が特別優れている訳でもなく、戦略や立ち回りを考慮した総合的な戦闘能力は、どちらかと言えばティアナの方が上回っている。

 実際に模擬戦を行えば、三回に二回は自身が勝利するであろう事も自惚れではなく理解していた。

 しかしそれでも、ティアナが自分はスバルより『強い』と思えた事は一度も無いと言ってよかった。

 それが何かを言葉にするのは難しかったが、長くコンビを組んでいた彼女にはそれが、スバルが劣勢や力の差を覆しうる『何か』を持っている事はよく分かっていた。

 そしてそれはエリオとキャロ、なのはやフェイトも持っているもので、自分にはない『才能』なんだと感じていた。

 

『ティアナがスバル達から感じているものは、ここじゃなくて……』

 

 戸惑うティアナに対し、クラウンは優しげな言葉でティアナが手に持ったクロスミラージュを指差した後、その指を自分の胸に移動させて言葉を続ける。

 

『ここに、心に宿るものなんだよ。だから、力をつけたり戦果を上げさえすれば手に入ってものじゃないんだ』

「……だったら……だったら私は、どうすればいいんですか! 分からないんです! どうすればいいか……分から、ないんです」

 

 あくまで口調は優しく、それでも心の奥底まで入り込んでくる様なその言葉に、ティアナはついに堪え切れなくなり泣き叫ぶ様に言葉を発する。

 今のまま自分がどれだけ努力を続けたとしても、クラウンの言う通りスバル達に追いつけたと感じる事は出来ないと言う事は、表に出さないだけでティアナも理解していた。

 しかし自分にはそれが無いと割り切って諦められる程、ティアナは弱くは無い。

 弱くは無いからこそ、自分には無理だと諦められないからこそ、彼女は今苦しんでいた。

 涙を流しながら、心の奥に隠していた弱さを初めて他人に見せたティアナの頭に、クラウンは優しく手を置いて言葉を発する。

 

『ティアナ、力と強さは違う。君はまず、ちゃんと自分の欲しいもの、求めているものを理解しなきゃいけないんだ。強さって言うのは何なのか、心に宿るって意味はどういう事なのか……それをちゃんと理解する。努力するのはそれからでも十分間に合うよ』

「私の、求めているもの?」

『そう。俺が君に答えを教えてあげるのは簡単だけど、それじゃ駄目なんだ。君が自分自身でちゃんと自分の心と向き合って答えを出さないといけない』

「自分の、心と……」

 

 先程までの鋭い指摘とは打って変わり、優しく諭すように告げるクラウンの言葉を聞き、ティアナはほんの少しだけ落ち着きを取り戻した様子で呟く。

 そのティアナの表情の変化を読みとったクラウンは、一度頷いてから優しい声のままで言葉を続ける。

 

『俺の言葉は、無責任で冷たく感じるかな?』

「……いいえ。クラウンさんの話を聞いて、ちょっとだけかもしれませんがクラウンさんが考えてる事が分かりました。私の事を本当に考えてくれた上での言葉だって分かったので、冷たいとは思いません」

『そっか』

 

 ティアナが微かに微笑みながら発した言葉を聞き、クラウンは満足そうに頷いてティアナの頭に置いていた手を戻す。

 そして少しの沈黙が流れた後、補足する様に言葉を付け加える。

 

『さっき、自分で答えを出さなくちゃいけないとは言ったけど、考えるのは何も一人で考えなくて良いんだよ』

「え?」

『自分でどうにも答えに辿り着く道が見つからない時は、人に相談してみれば意外とあっさり見つかったりするものだよ。君には、いるんじゃないかな? 俺なんかよりもっとちゃんとした先生がさ』

「……なのはさん」

 

 クラウンの口から出た特定の人物を指す言葉を聞き、ティアナは複雑そうな表情を浮かべて俯く。

 そんなティアナの反応は予想通りだったのか、クラウンは穏やかな声で言葉を続ける。

 

『ふふ、その様子だとやっぱりなのは隊長の教導にも不満があったのかな?』

「あ、えと、その……」

『別に悪い事じゃないよ。現状に満足せず、自分なりの考えを持つ事は大切だしね』

「……はい」

 

 確かにティアナは、目に見えた成果が上がらないなのはの教導に対し、少なからず不満を感じていた。

 しかしそれを直接口にしたりする事はしていない。

 なのはは凡人である自分の事は理解してくれないんじゃないか? そんな事を口にすれば見捨てられてしまうのではないかと、そんな考えが根底にあるのが原因だった。

 クラウンはそんなティアナの心の内を見透かしている様で、少し沈黙した後でティアナの顔を正面から見ながら口を開く。

 

『いいかいティアナ? 相手に自分の事を理解してもらうには、まず何より相手の事を理解しなきゃいけないんだよ』

「相手の事を、理解する?」

『そう、なのは隊長が普段の教導を通して君達に身につけて欲しいものはなんなのか、まずはそれを理解しない事には、なのは隊長が教導に込めた想いは見えてこない』

「なのはさんが、教導に込めた想い?」

『うん。なのは隊長の教導がどうかを考えるのは、それを知ってからでも遅くないんじゃないかな?』

「……」

 

 クラウンの語る言葉は、相変わらず直接的な答えは言わず考えさせるようなものだった。

 しかし先程までの会話から、ティアナはクラウンが自分の事を本当に気遣ってくれている事は分かっていた。

 だからこそティアナはその言葉に反発する事は無く、静かに頷く事で答えた。

 それを見たクラウンは仮面の下で優しげに微笑み、ティアナに対してこれからの事を告げる。

 

『心の内を全部話す必要はないから、自分の苦しみを自分の言葉で伝えてごらん。きっとなのは隊長は、その答えを出す為の力になってくれるから』

「……はい」

 

 クラウンの言葉に対し、ティアナは多少の迷いは持ちながらもしっかりと頷き、それを見たクラウンは満足そうに頷いて立ち上がる。

 そして座ったままのティアナに対し、締めくくる様に言葉を発する。

 

『最後に少しだけヒントをあげるよ。君は確かに才能って意味じゃスバル、エリオ、キャロの三人に劣るかもしれない』

「……はい」

 

 クラウンから告げられた言葉が、ティアナ自身が何よりも自覚していた事だった。

 目に見えず未だティアナには詳細の分からぬ『強さ』と言うものは抜きにしたとしても、持って生まれた単純な才能に関しても彼女は三人に劣っていた。

 スバルの様に成長段階にある大きな魔力と他を超越した身体能力がある訳でもなく、若干10歳でBランクを習得しているエリオ、極めて希少で強力な竜召喚と言う力を持っているキャロ、その三人と比べてしまえば自分が凡人である事は理解していた。

 改めて他人からそれを告げられるのはショックだったようで、ティアナは悲しそうな表情で頷く。

 しかしクラウンはそんなティアナに対し、確信に満ちた声で言葉を続ける。

 

『だけど、だからこそ君はその三人の誰よりも強くなれる可能性を秘めてるんだよ』

「……え?」

 

 クラウンの言葉を聞き、ティアナは驚いた様子で俯いた顔を上げる。

 クラウンはそのままティアナに背を向け、軽く右手を振りその場から歩き去りながら言葉を締めくくる。

 

『強さってのが何か分かったら、俺の所においで……その時は、その答えと力や才能の差を覆す術ってのを教えてあげるよ』

 

 それだけ告げてクラウンはその場から去り、周囲には静寂が戻ってくる。

 ティアナはクラウンの後ろ姿を見送った後も、その場に座ったままで何かを考える様な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮――

 

 

 寮の一室、なのはとフェイトに割り当てられた部屋の中では、なのはが一人机に向かい端末を操作していた。

 薄暗い部屋の中は机に取り付けられたスタンドの光だけが照らしており、なのははその光を頼りに端末に表示された訓練データを確認して調整していた。

 今日は任務で一日アグスタへ外出していた為、訓練プランをそれに合わせて修正する作業ではあったが、夜遅くまで訓練データを確認する事自体は彼女にとって日課の様なものだった。

 もう時間はかなり遅くフェイトは既に就寝しており、なのははフェイトを起こさない様に気を使いながら作業を進めていく。

 その作業も一区切りし、なのはもそろそろ眠る為の支度をしようかと端末を閉じて軽く背伸びをした所で、控えめなノックの音が聞こえてきた。

 

「こんな時間に、誰だろう?」

 

 小さなノックの音を聞いたなのはは軽く首を傾げた後、フェイトが眠っているので大きな声を返す事は無く、椅子から立ち上がって歩いて行きドアを開ける。

 ドアが開くとそこには、申し訳なさそうな表情を浮かべたティアナの姿があった。

 

「ティアナ?」

「夜分遅くにすみません。その、ちょっとだけ……よろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ。どうかしたの?」

 

 どこか元気がない様に見えるティアナを心配しながら、なのはは優しげな笑顔で言葉を返す。

 するとティアナはしばし言葉を整理する様に沈黙した後、おずおずと口を開く。

 

「その、少し相談したい事が……」

「……なんだか、大事な話みたいだね。フェイト隊長が寝てるから、ちょっと場所を変えて話そうか?」

「はい」

 

 ティアナの深刻そうな表情から、重要な相談だと言う事を悟ったなのはは、ティアナと一緒に寮のロビーまで移動する。

 そしてロビーに置いてあるソファーに座る事を促した後、少し離れた所にある自動販売機を指差して口を開く。

 

「何か飲む?」

「いえ、大丈夫です」

 

 なのはの問いかけにティアナは緊張した様子で首を振り、それを聞いたなのはは頷いた後でティアナと向かい合う様な形で座る。

 

「それで、相談って?」

「はい……えと、まずは、今日の事は本当にすみませんでした」

 

 話を優しく促すなのはに対し、ティアナは顔を俯かせアグスタでの一件の謝罪から入る。

 その言葉を聞いたなのはは、気にしないで良いと言いたげに首を軽く振って微笑みを浮かべる。

 

「気にしなくて良いよ。誰にだって失敗はあるんだし、ティアナが凄く頑張ってるのは分かってるよ。ただ今回は少しだけ、急ぎすぎちゃったんだよね? だけどあの後話したみたいに……」

「違うんです!」

「え? 違う?」

 

 フォローを続けようとしたなのはの言葉に割って入り、ティアナは何かに苦しむ様な表情を浮かべて叫ぶ様に言葉を発する。

 予想だにしなかったそのティアナの様子を見て、なのはは驚いた様な表情を浮かべて聞き返す。

 するとティアナはしばし言葉を選ぶ様に顔を俯かせた後、途切れ途切れに自分の心中を吐露していく。

 

「……私は、私は……頑張ってたんじゃ……無いんです。今回だってただ、結果が欲しくて……勝手な我儘で……」

「ティアナ?」

 

 俯いたままのティアナの目には涙が浮かび、なのはは落ち着かせるように身を乗り出してティアナの肩に手を置く。

 それで少し落ち着きを取り戻したのか、ティアナは目に浮かんでいた涙を手で拭き言葉を続けていく。

 

「私、ずっと不安だったんです。機動六課は前線も管制の人達も、皆凄い才能を持った人達ばっかりで……自分だけ、凡人なんじゃないかって……私だけ、役立たずなんじゃないかって」

「……」

「同じ新人のスバルやエリオやキャロが、どんどん力を付けていってるのに私は何も変わらないまま、目立った戦果もあげれなくて、一人だけ置いて行かれてる様に感じてたんです」

 

 ティアナが静かに語り始めた苦悩を聞き、なのはは衝撃を受けた様な表情で言葉を発する事が出来ずにいた。

 少なくとも彼女が見ていた普段のティアナからは、そんな様子は感じられず、心の奥でそんな想いを抱いていた事に気付けなかったのは悔しくもあった。

 

「だから、結果が欲しかったんです。戦果をあげて、私は役立たずなんかじゃないんだって証明したくて……だけどソレが、あんな事になって……もう、どうしたらいいか分からないんです!」

「……ティアナ」

「なのはさんが何かを考えて、訓練をしてくれてるのは分かっています。でも私には、その意図が分からなくて……今のままじゃいけないって気持ちと、早く力を付けたいって気持ちで一杯で、押し潰されてしまいそうなんです」

 

 再びティアナの目には涙が浮かび、それを見たなのはは驚愕していた表情を押し込め、真剣な教導官としての顔を浮かべる。

 そして目の前で苦しんでいる教え子に対し、肩に手を置いたままで優しく、それでいてハッキリとした言葉を告げる。

 

「ティアナ、話してくれてありがとう。辛かったよね? 苦しかったよね? ティアナは新人の子達の中でも一番冷静で落ち着いて見えて、心の奥でそんなに苦しんでたなんて気付かなかった。本当に、ごめん」

「……なのはさん」

「ティアナは、凡人でも役立たずでもない。絶対に! だから、そんなに自分の事を追い詰めないで」

「でも……」

 

 なのはは不安げに揺れるティアナの目を、強い意志を込めて真っ直ぐに見詰めながら言葉を続けていく。

 

「私の教導は地味ですぐに結果が出る様なものじゃないから、余計に不安にさせちゃったよね。大丈夫。ティアナが言いにくい事をちゃんと伝えてくれたんだから、私もティアナが知りたい事にちゃんと答えてあげるから」

「はい」

「私がどういう風に考えて教導をしているとか、ティアナ達に身につけてほしいものが何なのか、出来るなら今全部話してあげたいんだけど……」

 

 なのははそこで言葉を区切り、ロビーの壁にかかっている時計に視線を移す。

 時刻は間もなく日付が変わろうとしており、今からじっくりと話しをするには少々時間が足りないように感じられた。

 

「かなり長い話になっちゃうと思うから……ティアナ、連絡をお願いしても良いかな?」

「連絡、ですか?」

「うん。スバルとエリオとキャロに、明日は早朝訓練と午前の訓練は無しで、隊舎の会議室に集合する様にって……そこで私の教導については全部話をするから、その後でまた二人でゆっくり話そう」

「はい。分かりました」

 

 訓練を中止してまで話をする時間を作ると言うなのはの言葉を聞き、ティアナは少し安心した表情を浮かべて頷く。

 そんなティアナに対し、なのははもう一度優しく微笑みながら安心させるように言葉を発する。

 

「ティアナには、自分で気付いてないだけで素敵な才能がいっぱい眠ってる。それは私が保証するから! だから安心して、ゆっくり寝て疲れを取ってね」

「はい……ありがとうございます」

「ううん。私の方こそ、言いにくい事を相談してくれて本当にありがとう」

「……お休みなさい、なのはさん」

「うん。お休み」

 

 なのはが自信を持って保証すると口にした事で、ティアナは気持ちが随分と楽になった様で、微笑みながらなのはに頭を下げ自室に戻っていく。

 その後姿が見えなくなるまで見送った後、なのはは自分の手で自分の額を少し強く叩く。

 

「……駄目だな、私。もっとちゃんと見て、気付いてあげなきゃ……ティアナはもう少しで、私と同じ失敗をしちゃうところだった」

 

 自分を叱咤する様に独り言を呟いた後、なのはは明日新人四人にする話の準備をする為に、端末を取り出して通信を行っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課付近・林――

 

 

 時刻が日付を跨いだ頃、夜の闇に包まれた林ではティアナが一人何かを考える様な表情で座っていた。

 クラウンと話をしてから既に1時間ほどが経過していたが、ティアナはその場に座ったままで延々と考え続けていた。

 考えている内容はクラウンから告げられたなのはに相談を持ちかけると言う事について。

 なのははクラウンと違い、ティアナの抱えている感情を全て見透かしている訳ではない。

 となれば必然的にティアナの方から自分の心の内を伝えなければならないのだが、どんな風に話を切り出すべきか、自分の気持ちをどういう風に伝えればいいのかが中々纏まらずにいた。

 少しすると静寂の中に足音が聞こえてきて、ティアナがそちらを振り向くと驚くべき人物が立っていた。

 

「ティアナ、良かった……まだ居たんだね」

「な、なのはさん」

 

 優しげな微笑みを浮かべて歩いてくる人物。今まさに考えていたなのはの登場に、ティアナは驚きが隠せず戸惑った様な表情を浮かべる。

 そんなティアナの傍まで歩いてきた後、なのはは微笑みを浮かべたままで口を開く。

 

「クラウンから少し話を聞いて、まだ居るなら私も話しがしたいと思って来たんだ」

「クラウンさんが……」

「うん。隣、座っても良いかな?」

「あ、はい」

 

 クラウンの名前が出た事で、なのはがある程度の事情を知った上でこの場に居る事を理解したティアナは、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻して返事をする。

 ティアナの返事を聞いて、なのははティアナの隣に座り笑みを浮かべたままで優しく告げる。

 

「あ、叱りに来た訳じゃないからね」

「あ、はい。えと、その、なのはさんは、どこまで……」

「大体の事は、クラウンから聞いてるよ」

「そうですか」

 

 クラウンが自身の事情をある程度話してくれている事を知り、ティアナはどこか心が楽になったように感じる。

 なのはは少なくとも自分の気持ちを知った上で、わざわざ話をする為に訪ねてきてくれたというのは、彼女に安心を与える要因と言えた。

 

「でも出来ればちゃんと、ティアナの口から聞いて話をしたい。全部じゃなくても構わないから、話してくれるかな?」

「……はい。上手く伝えられるか、分かりませんが……」

 

 改めてティアナの口から、その気持ちを聞きたいと話すなのはの言葉に促され、ティアナは本人が予想していたよりも緊張することなく頷けた。

 既になのはは自分の気持ちを知ってくれているという事実が、心の内を話す抵抗を和らげてくれたおかげで、ティアナはゆっくりとではあるが自分の気持ちをなのはに伝える事が出来た。

 機動六課に来てから感じ始めた焦り、周囲に抱き始めた劣等感、そしてなのはの教導の意図が分からないことへの不安。

 一つ一つ若干たどたどしくも、クラウンに言われた通り自分の言葉でなのはにそれを伝えていく。

 ゆっくり語るティアナの言葉を、なのはは時折相槌を打ちながら口を挟む事無く聞き続けた。

 

 しばらくしてティアナが話を終えると、なのはは一度深く頷いてから口を開く。

 

「ありがとう。ティアナが自分の言葉で気持ちを話してくれて、本当に嬉しいよ。それと、ごめんね。そんなに苦しんでたのに、私は全然気付いてあげられなくって」

「い、いえ、私の方も……何も言いませんでしたから」

 

 お礼と謝罪の言葉を口にするなのはを見て、ティアナはやや照れた様な表情を浮かべて首を振る。

 少し慌てているティアナを見て、なのはは再び微笑みを浮かべた後で口を開く。

 

「それじゃあ今度は私の番、って言いたいところなんだけど……教導の意図とか、ティアナの疑問に対しての答えとか全部話すには、もうずいぶん遅い時間になっちゃったね。だから、ちょっと伝言をお願いしても良いかな?」

「伝言ですか?」

「うん。明日……ってもう今日だね。今日は早朝訓練と午前の訓練はお休みで、新人の子達は全員会議室に集合って伝えてもらえるかな? そこで、私の教導については全部話をするよ。その後で、改めて二人で話をしよう」

「あ、はい。分かりました」

 

 なのはが自分の為に訓練を休みにしてまで時間を作ってくれる事を聞き、ティアナはそれが嬉しかったのか少し微笑みを浮かべて頷く。

 そんなティアナの反応を見て、なのはも笑顔で頷いた後、ふと思い出したように言葉を発する。

 

「あ、でもこれだけは先に言っておくね。ティアナは凡人なんかじゃないよ。自分で気付いてないだけで、素敵な才能をいっぱい持ってる。それは私が自信を持って保証する」

「え?」

「だから安心して、ね? ティアナが持ってる才能の事とか、これから先どんな風にしていけばいいのかは、明日二人でじっくり話をしよう。だから、今はゆっくり寝て疲れを取って」

「……はい。ありがとうございます」

 

 明るく確信に満ちた様子で話すなのはの言葉を聞き、ティアナは不安がいくらか払拭された様子でお礼の言葉を口にする。

 

「私の方こそ、話しにくい事を話してくれてありがとう。それじゃあ、寮に戻ってゆっくり休んでね」

「はい。お休みなさい、なのはさん」

「うん。お休み、ティアナ」

 

 どこか安心した表情に変わったティアナは、訓練用のスフィアを回収した後でなのはに頭を下げ、寮に向かって歩いて行く。

 その後姿に手を振って見送り、ティアナが完全に視界から消えると、なのはの姿がノイズが走る様にブレてクラウンへと変わる。

 

『……後は、二人次第かな』

≪随分、回りくどい方法ですね?≫

 

 独り言のように呟いたクラウンの言葉に反応し、胸元のロキが言葉を返す。

 

『俺がティアナさんに、一から十まで答えを教えてあげる事は簡単だけど、それじゃ駄目なんだ。今後訓練を続けていく上でも、なのはさんとティアナさんは一度じっくりと話した方が良いからね』

≪……ティアナさんの悩みは、上手く解消されるでしょうか?≫

『きっと大丈夫だよ。あの子は俺なんかよりずっと素直でいい子だからね。ただ、ほんの少しだけ周りに甘えるのが苦手なだけだよ』

 

 ロキの会話に答えた後で、クラウンは仮面の下で優しげに微笑みながらティアナが去っていった方向を見つめ、静かに独り言を呟く。

 

『少し視線を上げて周囲を見渡すだけで良いんだよ。君が今立ってる場所は、君が思っているよりずっと暖かくて優しい場所だから……少し嫉妬しちゃうくらいにね』

 

 誰にでも無く独り言を呟き、微かに感じた劣等感は仮面で隠し、クラウンは深い夜の闇に身を沈めてその場を後にする。

 

 明日がティアナの今後にとっても、なのはの今後にとっても良いものとなるよう願いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クラウンの詐欺師の様な会話。

1、相手の動揺を誘う問いを投げかける。
2、相手の行動を否定せず、遠まわしに肯定する。
3、一度話を切り替えて、相手の意識を逸らす。
4、相手の知りえない自分の話を伝え、相手にも自身の事を口にしやすい空気を作る。
5、まずはやんわり否定の言葉を投げかける。
6、抽象的に相手の心中を示唆しながら、少し強い否定の言葉。
7、相手が自分の心中を口にしたのを確認し、一転して優しく慰める。
8、慰める言葉の中に諭す言葉をまぜ、相手の思考を自分自身に移す。
9、わざと答えは教えず、答えに至る道筋を提示することでそちらに誘導。

動揺させる⇒安心させる⇒意識を一度別の場所に移す⇒再び動揺させる⇒相手の感情を引き出す⇒再び安心させる⇒思考を誘導

という危機感を煽り商品を買わせるセールスの様な手口を使い、ティアナに悩みを他人に話すという状況を作り上げたクラウン。

駄目押しとばかりにティアナの姿でなのはの元に、なのはの姿でティアナの元に現れて、二人が自然と話し合うように仕向けました。

そうしたクラウンの裏での動きのおかげもあり、原作の様にティアナが訓練中に暴走する事態は回避されました。

次回は原作とは違い、当事者であるなのはを交えた上でのなのはの過去を語る話になります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話『星光の想い』

更新が遅くなってしまい大変申し訳ありません。

リアルで転職した関係で、なかなか執筆の時間が取れずにいましたが、ようやく新環境にも慣れてきましたので執筆を再開いたします。

長らくお待ちいただいた方、本当に申し訳ありませんでした。


 ――新暦75年・機動六課――

 

 

 機動六課隊舎内にある一つの広めの部屋。小さな会議やブリーフィング等多目的に利用されることの多い部屋には、現在機動六課内の主要人物の大半が集結していた。

 部屋の中でモニターの前にあるテーブルには、新人四人と向かい合う様な形でなのは、フェイト、はやての三人が座っており、モニターの横にはシャーリーとリインが、テーブルの周囲には副隊長二人とクラウン、シャマルとザフィーラが立って待機していた。

 今回この場を用意したのはなのはであり、ティアナを除いた新人三人は何故この場に呼ばれたのかも分からず、隊長陣総集合と言う状況にやや緊張した表情を浮かべていた。

 そんな新人達を軽く見渡した後、なのはは一息吐いてから話を始める。

 

「皆、急に集まって貰ってごめんね。今日はフォワードの四人に、私の教導についてと……昔の、失敗談をしようと思って集まってもらったんだ」

「え?」

「なのはさんの……失敗談?」

 

 ゆっくりと話し始めたなのはの言葉を聞き、エリオが首を傾げてスバルが聞き返す。

 その言葉を受けて、なのはは軽く微笑みを浮かべて頷いた後で言葉を続けていく。

 

「うん。まぁ。色々疑問はあると思うけど、一先ず最後まで聞いてね……それじゃあシャーリー、初めてもらえるかな?」

「あ、はい!」

 

 なのはの言葉に返事を返したシャーリーが、モニターの横で何やら操作を始めると、部屋の照明が暗くなり同時にモニターには映像が表示される。

 表示されたのは10歳に満たない様に見える幼いなのはの姿で、それを見た新人四人は何度か映像の少女となのはを交互に見比べる。

 

「まずはやっぱりここから話そうかな……私が、初めて魔法と出会ったきっかけ。皆も知ってると思うけど、私は魔法文明が無い世界出身。そんな私が初めて魔法ってものを知ったのは9歳の頃だった」

 

 どこか昔を懐かしむ様な表情で穏やかに話し始めたはのはの言葉を聞き、新人四人は真剣な表情でモニターに映る幼い日のなのはの姿を見つめる。

 

「当時の私は、自分で言うのもなんだけどどこにでもいるような子だったと思う。自分でも笑っちゃう位運動音痴でさ……毎日学校に行って仲の良い友達とお話しして、家に戻ったら手伝いをしたり遊んだり。そんな毎日を繰り返しながら大人になっていくんだって思ってた」

(う、運動音痴!? なのはさんが!?)

(うっさいスバル! 黙って聞いてなさい!)

 

 なのはが語る昔の自分、当時は運動音痴だったという言葉を聞き、スバルが信じられないと言いたげに念話を飛ばすがティアナはそれを一蹴して話を聞く事に集中する。

 ティアナもまだなのはが何を伝えようとしているかは分からなかったが、真っ直ぐに自分を見つめながら語るその表情と雰囲気から、この話は誰よりも自分に対してのものであると感じていた。

 

「そんな毎日が大きく変わったのは……皆もたぶん名前位は聞いた事があると思うんだけど、無限書庫のユーノ・スクライア司書長、彼と出会ったのが魔法を知るきっかけだった。傷ついた彼の代わりに危険な力を持ったロストロギアを回収する事になったんだ」

「ジュエルシード事件……今はPT事件って呼ばれてる。私の母さん、プレシア・テスタロッサが起こした事件。その事件の中で私となのはは出会って、何度も戦ったんだよ」

 

 なのはの説明に続ける様にフェイトも口を開き、それと同時にモニターの映像もバリアジャケット姿の二人が戦っているものへと変わる。

 

「なのはさんと、フェイトさんが……」

「何度も戦ってた?」

 

 なのはとフェイトの言葉を聞き、エリオとキャロは信じられないと言いたげな表情を浮かべて呟く。

 スバルとティアナも同様の感想だったのか、大きく目を見開いて食い入る様に映像を見つめていた。

 四人にとって、いや誰の目から見てもなのはとフェイトはとても仲の良い親友同士であり、そんな二人がかつては敵同士だったとは信じられない様子だった。

 そんな四人の表情を見て軽く苦笑を浮かべた後、なのははどこかおどけた様子で頭をかきながら言葉を続ける。

 

「フェイトちゃんは本当に強くてね。初めて戦った時なんて、もうボッコボコにやられちゃったよ」

「そんな事言ったら、魔法を覚えて半年も経たずに追いつかれちゃった私の立場がないよ」

 

 普段新人達の前で呼んでいる様な役職付けの呼び方ではなく、友達としての呼び方で話すなのはの言葉を受け、フェイトもどこか楽しそうに笑みを浮かべて言葉を返す。

 少し穏やかな空気が流れた後、なのはは少し間を置いて表情を教導官としてのものに戻してから話を再開する。

 

「……フェイト隊長は色々と複雑な事情があって戦ってたんだけど、私にはそういうのは無くてね。ただ大切な人達、大好きな人達を守りたくて……自分に戦う力があったから戦ってた」

「偶然の出会いで魔法を得て、たまたま魔力が大きかったってだけの……たった9歳の女の子が、僅か数ヶ月で命がけの実戦を繰り返した」

 

 あくまで穏やかに話すなのはの言葉に続き、シャリーがどこか悲しげな表情を浮かべて付け加える。

 そして再び映像が切り替わると、今度は巨大な収束砲を放ってるなのはの映像が映し出される。

 

「収束砲!? こんな、大きな……」

「9歳の……女の子が……」

「ただでさえ、大威力砲撃は体に凄く負担がかかるのに……」

 

 映し出された映像を見て、スバル、エリオ、キャロが驚愕の表情で呟き、ティアナは唖然とした表情で映像を見つめる。

 大人の魔導師ですら体に大きな負荷がかかる為に乱用は出来ない大威力収束砲。それをまだロクに体の出来上がってない9歳の少女が放つと言う事がどういう意味かは、四人もすぐに理解する事が出来た。

 

「その事件だけで済めば良かったが……さほど時を置かず、戦いは続いた」

「今度は、私達……ううん。私が引き起こすきっかけになった闇の書事件」

 

 驚愕している四人に向け、今度はシグナムが口を開いて言葉を発し、それに付け加える様にはやてが口を開いて説明を始める。

 その言葉を受けヴィータ、シャマル、ザフィーラはどこか複雑そうな表情を浮かべ微かに顔を俯かせる。

 

「襲撃事件での撃墜未遂と敗北……今までの相手とは違う、古代ベルカ術式を使う魔導師達に打つ勝つ為になのは隊長が選んだんは、当時はまだ安全性が確保されてなかったカートリッジシステム。それに体への負担を無視して限界値以上の力を無理やり引き出すフルドライブ……エクセリオンモードやった」

「「「「……」」」」

 

 ヴィータとなのはの戦闘、フェイトとシグナムの戦い、そして闇の書より生まれた怪物との決戦……モニターに次々表示される映像に、四人は一言も言葉を発する事が出来ずただ茫然とそれを見続けていた。

 

「なのは隊長は本当に強い子で、誰にも負けない程の魔法の才能があった……だけど、そんな無茶を繰り返して……体に影響が出ない訳がなかったの」

 

 シャマルが悲しげな表情で付け加える様に話し、それを聞いた隊長達はみんな揃って顔を俯かせ、同時にヴィータは悔しそうに唇を噛みしめる。

 少しの間沈黙が流れた後、再びなのははゆっくりと口を開いて言葉を続ける。

 

「私は、どんな無茶をしたっていいと思ってた。守りたい大切な人達が居て、私の力が誰かの助けになるなら、自分の体がどうなったって構わないって……だけど、それは大きな間違いだった」

 

 悲しげな口調でなのはが話し始めると同時に、モニターの映像が切り替わり一人の黒髪の男性が映し出される。

 その映像を見て、ここまで一言も発さずに壁に背を預けていたクラウンの目が微かに揺れたが、それに気づく者はいなかった。

 

「……この人は?」

 

 表示された男性は四人にとってはまったく見覚えのない人物であり、スバルが首を傾げながら聞き返す。

 

「……クオン・エルプス海曹長。入局二年目に私とヴィータ副隊長が所属した部隊で、直属の上官だった人。そして、私にとっては一番初めの生徒……になるかな?」

「なんていうか……全然威厳のねぇ奴でよ。上官の癖に私達に敬語使うわ、なのはに魔法を教わるわ、変わった奴でドが付くお人好しだった」

 

 辛そうな表情で話すなのはの言葉に続き、ヴィータも顔を伏せたままでクオンの人となりを語り始める。

 

「当時、闇の書事件の件で保護観察処分だった私や、若き天才魔導師として色んな視線にさらされてたなのは隊長に、奇異の視線を向けることなく接してくれた。それは本当にありがたくってさ、よく仕事が終わったら三人で話しこんだり、休日に一緒に出かけたりもして……上官だったけど、まるで友達みたいな奴だった」

「……うん。クオンさんと一緒の部隊で過した一年間は本当に楽しくて、それが終わっちゃうが本当に寂しかった」

 

 なのはとヴィータが話す言葉に対し、新人四人は複雑な表情を浮かべて沈黙していた。

 なぜなら先程からクオンの事を語る二人の口調は、全てが過去系であり……その悲しげな表情からは、既にクオンがこの世にはいない人だと言う事が伝わってきていたから。

 

「……事件が起きたのは、その部隊での最後の任務帰り。異世界での調査を終えて帰る途中で、不意に現れた未確認機体との戦闘……」

「いつものなのは隊長なら、きっと何の問題も無く味方を守った上で撃墜しきれる筈だった相手……だけど、本人も気付かない内に溜まっていた疲労、続けてきた無茶が……ほんの少しだけ、なのは隊長の動きを鈍らせた」

 

 唇を噛みしめ絞り出す様に本題を話し始めたなのはの言葉に、フェイトが静かな声で付け加える。

 なのはの目には涙が浮かび、長い沈黙を経た後でその言葉は告げられた。

 

「………………体に違和感を感じて動きが止まった後、私の目に映ったのは……私を庇って、未確認機体に体を貫かれるクオンさんの姿だった」

「「「「!?!?」」」」

 

 その言葉を聞いて新人四人は絶句し、なのはの目からは堪えていた涙が零れ落ちる。

 

「救助隊が到着した時、クオン・エルプス海曹長はなのは隊長を落下の衝撃から庇う様に下敷きになった状態で倒れていたそうや」

 

 はやてが静かに続けた言葉の後で映像は切り替わり、病室のベットで座っているなのはの姿が映し出される。

 泣き腫らし真っ赤になっている目に生気は無く、深い悲しみと後悔が感じられる表情だった。

 

「……私が続けてきた……自分を顧みない無茶の代償を支払ったのは、私じゃなくて……私の守りたかった大切な人だった」

「……」

 

 なのはが流れる涙を拭いて続けた言葉を聞き、ティアナの頭にはつい先日の出来事が蘇っていた。

 自分の行った無茶、そして逸れた魔力弾が向かうスバルの背中。なのはの語った出来事は、ティアナが体験していたかもしれない事態とも言えた。

 そんなティアナの表情を見て、なのはは自分自身を落ち着かせるように深呼吸をした後で、いよいよ自分が教導に込めた想いを語り始める。

 

「フェイト隊長やはやて隊長達に支えられて、何とか立ち直る事が出来た私はその後教導官を目指した。私みたいな思いを他の人がしなくて済む様に、まず何よりも自分自身を守れる力を、誰かが無茶をしなくても皆で元気に帰ってこられる様にって……」

「……なのはさん」

「勿論、全てが全てそんな風に行く訳じゃない。時には大切なものを守る為、命の危険がある様な無茶をしなくちゃいけない事だってある。だけど、これだけは覚えていて欲しいんだ」

 

 茫然とするティアナに視線を向け、なのはは優しい口調で伝えたかった想いを伝える為に口を開く。

 

「自分が持つ力を何のために振るうのか、誰の為に何を思って振るうのか……それを考えずに、ただ無茶をしても望んだ結果は付いてこない。まず何よりも自分の事を信じて自分自身を守ってあげなきゃ、誰かを守ったりする事なんて出来ないんだよ」

「……」

 

 なのはの語った言葉、そして先日クラウンにされた「逃げるための努力」と言う話……それを聞いたティアナは、ようやく自分自身の事を信じていなかった事に気付かされる。

 そして同時に、クラウンの投げかけた強さとは何かという問いに対しても、彼女自身の中で答えが形になりつつあった。

 今ティアナの目の前に居るなのはも、初めから無敵のエースだった訳ではなく、自分と同じ様に苦しみ後悔し、それでも立ち上がり前に向って歩いている。

 自分自身と向き合い、その力を振るう意味をしっかりと考え……それを信念に変える事、それこそがなのはにあってティアナには無い『強さ』だと感じられた。

 そんなティアナの変化を感じ取り、なのはは自分の頭を少しかいて言葉を発する。

 

「……偉そうな事言っちゃったけど……私も今でも不安に思ったりする事はあるよ。本当にこれで良いんだろうかって、今の私を見たらクオンさんはどんな風に思うんだろうかって……クオンさんは、私の事を恨んでるんじゃないかって……」

 

 新人四人にとっては初めて見る、明確な弱さを表に出したなのはの姿。過去の行いを後悔している様に見えるその姿と、目に再び浮かんだ涙を見て空気が微かに重たくなっていく中、更に続けようとしたなのはの言葉を遮る様に口を開く人物が居た。

 

『……くだらないね』

「!?」

 

 ここまで一言も発していなかったクラウンが突然告げたその一言、全員の視線がクラウンに集中し、同時にヴィータが明らかに怒気を含んだ目で一歩近づく。

 

「クラウン……てめぇ、今なんて言った?」

『ああ、勘違いしないでね。別になのは隊長の話がくだらないって言った訳じゃないんだよ……くだらないって言ったのはその後』

「その後?」

『死んだ人間がどう考えるかなんて話すのは、意味も無いし無駄な行為だと思わない? その人が死んだのはその人自身が選んだ事でしょ?』

 

 怒りをあらわにしているヴィータに対し、クラウンはどこか軽い口調のままで言葉を返す。

 しかしその口調はヴィータの怒りを更に増加させる要因となったのか、ヴィータはクラウンの胸倉を掴む。

 

「黙れ! お前にアイツの、クオンの何が分かる……アイツの事を侮辱しようってんなら、ただじゃおかねぇぞ!」

『その人は……幸せだったんじゃないのかな?』

「……え?」

 

 なのはの涙を無駄と切り捨てたクラウンに対し、今にも殴りかかりそうだったヴィータだったが、続けられたクラウンの言葉を聞いて驚愕した表情を浮かべる。

 クラウンはそのまま驚くほど穏やかな声で言葉を続けていく。

 

『だってさ、その人にとってなのは隊長は、命を捨ててでも守りたい程に大切な人だったんでしょ? そして今なのは隊長もその人の事を守りたい大切な人だったって言った。そしてヴィータ副隊長にとってもその人が大切な人だって事は今の態度を見れば分かる』

「……」

『……君達が大切に思うそのクオンって人は、その事で君達を恨む様な人間だったの?』

「「!?」」

 

 続けられたクラウンの言葉を聞き、なのはとヴィータは驚愕の表情を浮かべる。

 胸倉を掴んでいたヴィータの手からも力が消え、そのまま一歩後ずさりながらクラウンの仮面を見つめる。

 

『少なくとも俺がそのクオンって人の立場だったら、自分の死を大切な人達の足枷にして欲しいなんて思わない……恨まれてるかもしれないなんて考える方が、その人の行いに対する侮辱なんじゃないのかい?』

「「!?」」

『なのは隊長は前に言ったよね? 繰り返さない事が何よりの償いなんだって……それ自分で選んだなら、胸を張って歩き続けるべきなんじゃない?』

「……うん。そうだよね。過ぎた事を後悔してばかりいたら、クオンさんに叱られちゃうよね」

 

 クラウンの告げた言葉を聞き、なのはは目に浮かんでいた涙を拭き、先程までより晴れやかな表情を浮かべて答える。

 それを見て一度頷いた後で、クラウンは部屋の出口に向かって歩き出す。

 

『じゃ、俺は仕事もあるしこれで失礼するよ』

 

 あくまで軽い口調で告げて部屋を後にするクラウンだったが、彼が部屋を出て少しすると後追う様に扉が開く音が聞こえ一人の人物が姿を現す。

 

「……上手いものだな」

『何の事?』

 

 部屋から出てきたシグナムの言葉を聞き、クラウンは大げさに首を傾げながら聞き返して歩きだす。

 するとシグナムは微笑みを浮かべた後で、クラウンの隣を歩きながら言葉を返す。

 

「あのままなのは隊長が言葉を続ければ、場の空気が少し重くなっただろう。そうなれば『この後でなのは隊長が誰かと一対一で話す場合』多少なりとも影響が出たかもしれない。だからわざわざ挑発する様な言葉で遮り、最終的になのは隊長が言おうとしていた結論を口にしたんじゃないのか?」

『……半分正解かな?』

「もう半分は?」

『ないしょ♪』

 

 シグナムの言葉に対し、クラウンはおどけた様子で言葉を返す。

 そうシグナムの予想は半分正解だった。確かにクラウンは、後のなのはとティアナの会話の為に場の空気を変えておこうと考えて発言もした。

 もう半分の理由は彼にしか分からない。彼がクオン・エルプスとしてなのはとヴィータに伝えたかった言葉……自分を足枷にしないで欲しいと言う想い。

 それをクラウンと言う今の自分の口を借りて発言した……それがもう半分の理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・訓練スペース付近――

 

 

 全員を集めての話が一段落した後、なのはとティアナは約束通りに二人で話をする為に訓練スペースの付近まで移動してきていた。

 ある程度歩き、訓練スペースと海が見え始めた辺りで二人は並んで座る。

 海から吹く風で揺れる髪を軽く押さえながら穏やかな表情を浮かべるなのはとは対照的に、ティアナは申し訳なさそうに顔を伏せており中々言葉が出ないようだった。

 静かながら重くない沈黙が少し流れた後、ティアナは意を決した様に顔を上げてなのはに向けて口を開く。

 

「なのはさん。あの、その……」

 

 しかしどう切り出していいか迷っている様子で、中々続く言葉は出てこない。

 そんなティアナの様子を見たなのはは、軽く微笑みを浮かべて助け船を出す。

 

「無茶すると大変なことになるんだよって……分かってもらえたかな?」

「……はい。その……すみませんでした!」

 

 なのはが微笑みを浮かべて話しかけてくれた事で、ティアナもいくらか緊張が緩んだのかしっかりとした口調で改めて謝罪と共に頭を下げる。

 前回アグスタで行った謝罪とは違い、今回はティアナ自身がなのはの想いをしっかりと理解した上で、自分の行いが間違っていたという謝罪。その謝罪の言葉を口にするティアナの表情は、申し訳なさそうではあるものの、どこか迷いが吹っ切れた様に晴れやかだった。

 

「うん。じゃあ、分かってもらえた所で……約束してたもう一つのお話、ティアナの才能について話をしよう」

 

 ティアナの謝罪の言葉に笑顔で頷いた後、なのはは約束していた訓練を通して彼女が見たティアナの持つ才能についての話をしていく。

 

「まずティアナは自分の事を凡人だって言ってたけど……それは間違いだからね。ティアナだけじゃなく他の三人もそうなんだけど、まだまだ皆は原石の状態。デコボコだらけで本当の価値も分かり辛いけど、磨いていくうちにどんどん輝く部分が見えてくるって思うんだ」

 

 優しい口調で話すのなのは言葉を、ティアナはしっかりと顔を上げて真剣な表情で聞き入る。

 

「例えばエリオはスピードと荒削りだけど力強い槍術。キャロは優しい支援魔法に強力な召喚魔法。スバルはクロスレンジの爆発力と広範囲への機動力……そんな三人を纏めるティアナは、幻術と射撃で皆を守って、広い視野で全体を見て、知恵と勇気で皆を勝利に導く……そんなチームになれたら、きっとどんな状況でも切り抜けるんだって思う」

 

 そこまで話して一度言葉を止め、なのはは隣に座るティアナの手に自分の手を重ねて優しく言葉を続ける。

 

「私が訓練を見ただけでも、皆の……ティアナの才能はこれだけ見つけられたよ? そしてまだまだ、私もティアナ自身も気付けてない才能だって眠ってるって断言できる。その中でも一番光って見えたのは、やっぱり私も同じ射撃型の魔導師だからかな? 普段の訓練や模擬戦で見てて、ティアナの射撃魔法は本当に強い魔法だって感じた」

「!?」

「だからまずはその一番目に見えてる才能、今使いこなせてる武器をもっともっと確実なものにしてから応用的な事は教えて行こうと思ってたんだけど……成果があまり上がらないみたいに思えて辛かったよね?」

「……うっ……あっ……」

 

 なのはが優しくまっすぐした目で語ってくれる言葉は、なのはがどれだけティアナの事を大切に思い将来を考えた教導を行っていたかを伝えるものであり、それを理解したティアナの目には涙が浮かび始める。

 

「ティアナの中にはいっぱいの才能がある断言できる。だからティアナも、もっと自分の事を信じてあげて欲しいんだ……そうすれば絶対応えてくれるから……ね?」

「はぃ……」

 

 続けられた言葉に涙がこらえ切れなくなり、ティアナは涙を流しながらその言葉に頷く。

 そんなティアナを優しく抱き寄せ、包み込むように抱きしめながら、なのはは更に言葉を続けていく。

 

「改めてごめんね。気付いてあげられなくて……私も、まだまだ先生としては未熟で気の回らないとこもあるかもしれない。だけどいつかティアナ達がそれぞれの道に進む時に、一人でしっかり飛んで行ける……自分だけじゃなく、周りの人も守ってあげられる様にして見せるから……もう少しだけ、私の事を信じてついてきてくれるかな?」

「……はぃ」

「ありがとう。私の駄目な所があったらこれからも教えて、私ももっと頑張るから。ティアナは魔導師として、私は教導官として……一緒に成長していこう」

「……うぅ……ぁっ……」

 

 優しく抱きしめ、ティアナの頭を撫でながら話すなのはの優しさに触れ、ティアナはなのはにしがみ付く様にして泣き始める。

 なのはがどれだけ自分を大切に思ってくれているかが分かった今、その教導に対して不満を持っていた事が申し訳なく、同時にこうして優しく話してくれる事が嬉しくてたまらなかった。

 

「なのはさん……なのはさん……」

「うん?」

「……ごめん……なさぃ……私、わたし……何も知らなくて……本当に、ごめんなさぃ……」

「いいんだよ……これからも、一緒に頑張って行こう」

「……はぃ」

 

 二人の間にあった僅かなすれ違いで生まれた溝は完全に埋まり、泣きじゃくるティアナが落ち着くまでの間、なのはは優しくその涙を受け止め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・寮前――

 

 

 なのはと話し終えたティアナが寮戻ってくると、寮の前では一人の人物が待っていた。

 

『おかえり。スッキリした顔してるね……無事に答えは見つかったかな?』

「クラウンさん……はい。色々ありがとうございました」

 

 クラウンの問いかけに対して、ティアナはしっかりとした表情で頷く。

 本当の強さ……心のあり方は人それぞれであり、明確な正解の様なものは無いが、少なくともティアナの中ではソレが確かな形になりつつあるようだった。

 その事をティアナの表情から読み取ったクラウンは、満足そうに一度頷いた後で口を開く。

 

『それじゃあ、俺もあの時の答えを教えてあげるよ』

「三人に才能で劣る私が、三人の誰よりも強くなる可能性があるって話ですか?」

『そうそう、君は一芸特化……って言うのは少し言い方が悪いかな? それぞれに明確な得意分野がある機動六課の中では珍しい、万能型の魔導師なんだよ』

「万能型……ですか?」

 

 クラウンが話し始めた事に対して、ティアナは首を傾げながら聞き返す。

 確かにクラウンの言葉通りティアナは射撃寄りの万能型魔導師と言ってよかったが、それが三人よりも強くなる事にどう繋がるかは分からなかった。

 

『例を出して考えてみようか、例えばスバルが一番力を発揮できる距離は?』

「近距離です」

『じゃあ、質問。ティアナはスバルと戦うとしたら……わざわざ近距離で殴り合うかい?』

「!? い、いいえ……距離を出来るだけ取りながら、射撃主体で立ち回ると思います」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナはスバルとの模擬戦を思い浮かべながら答える。

 その答えにクラウンは満足げに頷いた後、指を一本立てて説明を続けていく。

 

『そうだね。射撃魔法の少ないスバルには遠距離で戦うのが最も有効だね。同じ様にエリオも遠距離相手は苦手かな? キャロは逆に懐に入られると困りそうだね……じゃあ、ティアナは? どんな距離で攻めてこられるのが苦手かな?』

「私ですか? 私は……ええっと……」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナは今度はすぐに答えを返す事が出来なかった。

 ティアナは射撃魔法を主体としている為、中距離で戦う事が多いが別に近接戦闘が苦手な訳ではないし、遠距離での戦闘の為の長距離射撃魔法も持っているので、対応できない距離と言うのは無かった。

 そんなティアナの反応はクラウンの予想通りだったようで、そのまま答えを待たずにクラウンは言葉を続けていく。

 

『君に対応できない距離は無いってことは……逆に考えてみれば、君は相手が同じ万能型でなければ『相手の最も苦手な攻め方』で戦う事が出来るって事だよね』

「!?!?」

『もっと言い方と変えてみれば、君には弱点は無いけど、君は大抵の場合は相手の弱点をつける可能性がある……これって凄いと思わない?』

 

 クラウンの言わんとする事の意味が分かったのか、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 確かにクラウンの言葉通りなら、ティアナはよほど圧倒的な力の差がない限り、大半の相手に対して有利に戦闘を行う事が出来ると言う事だった。

 

『勿論いつもそう上手くいくとは限らない。戦う相手だって自分の弱点は百も承知だろうしね。じゃあどうするか……コントロールしてしまえばいい』

「コントロール?」

『そう、自分がどう攻めれば相手はどう動くか……休むことなく考え続ける事。それが戦術っていうものであり、何よりもティアナの才能が生かされる戦い方だと思う』

「……考え続ける事が……私の力……」

『相手の苦手な距離に持って行くのか、それとも相手が『最も油断してくれる』であろう得意な距離に誘いこむのか……それはその時々だけどね』

 

 そこまで話して一旦言葉を止め、クラウンはティアナの方に歩きながらさらに続ける。

 

『とまぁここまでは戦いに臨む心構えと言うか、戦闘のコツみたいなもの……前置きが長くなっちゃったけど、ここからが本題。君が得る事の出来る力について』

「私が得る事の出来る力?」

『スバルにとっての砲撃、エリオにとっての突撃、キャロにとっての竜召喚……となれば、ティアナも欲しくない? 戦局を覆せる切り札ってやつ』

「切り札……」

 

 切り札……確かにそれはスバルやエリオやキャロにあって、ティアナには無いものであり、彼女が渇望していたものでもあった。

 そんなティアナの表情の変化を読み取り、クラウンは明るい口調で言葉を続けていく。

 

『まぁ、口で説明するより見せた方が早いかな……今日は午前中の訓練は無いし、今なら訓練スペースは空いてるかな? ついておいで』

「あ、はい!」

 

 ティアナにとってクラウンは、先日の一件から誰よりも自分の事を分かっている存在だと認識していた。

 そんなクラウンが自分に対し得る事が出来る力と語る切り札。気にならない訳がなく、ティアナは急ぎ足でクラウンの後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・訓練スペース――

 

 

 魔力弾が着弾し、煙が立ち上る訓練スペースの中央。そこでティアナは、自身のデバイスを構えたままで大きく目を見開き茫然としていた。

 

「こんな……こんな魔法が……」

 

 クラウンがティアナに対して見せた魔法は、彼女の知識の中には無かった……いや、彼女の常識すらも覆す程の物だった。

 驚愕した表情で呟くティアナの前に着陸し、クラウンはいつもと変わらない声で言葉を発する。

 

『これが、魔力で形作った幻影を出現させるんじゃなく『空間そのものを飲み込む幻術』……大規模幻術魔法だよ』

「大規模幻術魔法……初めて聞きました」

『これは俺のオリジナルだからね。教本とかには載ってないよ……まぁそれは置いといて、どうかなティアナ? 君ならこの魔法をどう戦術に組み込むかな?』

「この魔法を、私が使えたとしたら……」

 

 クラウンの語る言葉に、ティアナは暗雲から差し込む光を見つめる様な表情を浮かべる。

 クラウンが見せた大規模幻術魔法は、もしそれを使いこなす事が出来るなら彼女の戦術の幅が遥かに広がるであろうと確信できるものだった。

 そんなティアナに対し、クラウンは補足する様に注意を促す。

 

『ただ、一つだけ覚えておいて欲しいのは幻術魔法は本当に切り札って側面が強いって事。タネの分かってる手品じゃ誰も驚かないのと一緒で、今初めて見たティアナは驚いたろうけど、仕組みを聞いてしまえば対応策はいくらでも考え付くでしょ?』

「……確かに」

 

 クラウンの言葉通り、先程クラウンが使った大規模幻術魔法にティアナは成す術がなかったが、仕組みを聞いた今なら対処法も考え付いていた。

 タネの分かった手品では誰も驚かないと言うクラウンの言葉をしっかりと心に刻む様に、ティアナは深く頷く。

 

『だから使い所は選ばなきゃいけないし、そんなに何度も使える手ではないけど……もし、君がこの魔法を完全に使いこなして、確かな戦術で運用できたなら……』

「できたなら?」

『その時、その効果が及ぶ範囲においては……君がその戦いを完全に支配できる』

「!? 私が……戦いを支配する」

 

 クラウンの言葉を先程見た魔法……確かな切り札となりえる強力な幻術魔法を見たティアナは、自身の拳を強く握り締めながらクラウンを見つめる。

 そんなティアナの姿を見て、クラウンは聞くまでも無いと思いながらも尋ねる。

 

『さてどうする? この魔法、覚えてみるかな?』

「はい! 是非、教えてください!」

『オッケー……じゃあそうだね、もうすぐ訓練で俺が直接教える機会も来るだろうけど、そこではまず幻術の基礎から教え直そうと思ってるからそれ以外……俺も仕事があるから毎日って訳にはいかないけど、夜間に追加練習って形でどうかな?』

「よろしくお願いします!」

 

 クラウンの問いかけに対し、ティアナは間髪入れず力強く返事を返す。

 そんなティアナを見て仮面の下で微笑みながら、クラウンは一度頷いて話を締めくくる。

 

『じゃあ、また時間がある時に訪ねるけど……次の日に影響が出そうな程疲れてるって思ったら、すぐ切り上げるからそのつもりで……後、この魔法を生かすには他も練習しとかないといけないから、なのは隊長の訓練もしっかりとね』

「はい!」

『うん。いい返事だね。それじゃ、そろそろ戻ろうか』

 

 ティアナの力強い返事と迷いのない目を見て嬉しそうに頷いた後、クラウンは軽くティアナの頭に手を置いてからティアナと一緒に訓練スペースを後にする。

 ティアナのこれからの成長に、期待する様な思いを胸に抱きながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・食堂――

 

 

 お昼時で賑わう機動六課の食堂の一角で、ヴァイスは同じテーブルで食事を取っているクラウンに尋ねる。

 

「ティアナの奴、無事悩みは解決したみたいっスね。何かしたんスか?」

 

 ティアナの表情から迷いが消えている事はヴァイスも既に感じ取っている様で、昨夜この件は自分が預かると告げた人物に問いかける。

 早期に解決すると言う言葉通り、僅か一夜でティアナの悩みが解決した事には、確実に目の前の仮面の男が何かをしたのだろうと思っての問いだけだったが、クラウンはどうでもよさげに言葉を返す。

 

『さぁね。結果としてティアナの悩みが解決されたのなら、誰が何をどうしたとかはどうでもいいんじゃない?』

「……そんなもんスか?」

『そんなもんだよ』

 

 肯定とも否定とも取れない様なクラウンの返答に、ヴァイスは少し不服そうな表情を浮かべたが、尋ねた所で目の前の男が素直に答えるとは思えなかった為、諦めたように溜息をつく。

 そんなヴァイスの前で食事を食べ終えたクラウンは、空の容器が乗ったトレーを持って立ち上がり一言だけ付け加える。

 

『まぁ……end justifies the meansって事でね♪』

「はい?」

 

 楽しげな口調で『結果は手段を正当化する』とだけ告げて立ち去るクラウンの後ろ姿を見ながら、ヴァイスは首を傾げながら呟く。

 

「やっぱり……あの人はよく分かんねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課・隊舎――

 

 

 賑やかな食堂を出て、静けさを感じる隊舎の廊下を歩きながらクラウンは誰かと通信を行っていた。

 仮面の中の表情も先程まで浮かべていた穏やかなものではなく、どこか鋭さを感じるものへと変化している。

 

『うん。待たせちゃってごめんね……こっちの問題も解決したし、今夜にでもお邪魔するよ……うん。ああいや、そんな長くは無理かな? ちょっとその後で……一人悪夢に溺れてもらう予定だから……それじゃ、また後で』

 

 何やら物騒な言葉を呟きながら通信を終え、クラウンは誰も居ない廊下を足音も無く歩いていく。

 

 

 まだ太陽が高く上っており明るい光に包まれている世界……

 

 

 道化師の舞台の幕が上がるのは、それが沈んでから……

 

 

 世界が夜の闇に包まれてからが……本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、原作とは流れは同じながら内容は大きく変えたティアナのなのはの和解でした。

なのは自身はティアナの行っていた自主錬の内容を知らないので、原作の様にモード2を披露する展開にはなりませんでした。

クラウンは自身の成果という物は望まないようで、結局彼が行った事には誰も気づかないままでした。

そして明確に立ったティアナの強化フラグ……原作よりは確実に強くなる予定です。

ちなみに次回は、完全なオリジナルのお話……クラウンの暗躍です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話『蠢く闇』

――新暦75年・ミッドチルダ中央区画――

 

 薄暗い夜の闇、人の心を映すかのような漆黒の中姿を変えた道化師は歩く。特徴的な腕は幻術で隠され、人ごみに紛れる儚きその姿は、彼の生き方そのものを露わしているようにさえ感じられる。

 道化師……クラウンは中央区画の中でも一際大きな建物、ミッドチルダ医療技術の根底を担う最先端医療センターへとたどり着く。しかしその正面の大きな入り口は無視し、薄闇に隠れた脇道を通り眩い明るさに彩られた正面玄関とは真逆の裏口へとたどり着く。

 本来ならそこは関係者以外が立ち入る様にはなっておらず、小さな扉は厳重に施錠されている筈だったが、クラウンが扉に手をかけると、彼の来訪を待ち望んでいたかのように音もなく小さな扉が開く。扉をくぐる頃にはクラウンの姿は消えており、彼はそのまま通い慣れた様子で廊下を歩き一つの部屋に入る。部屋の中には所狭しと様々な機械が置かれ、その中央には黒く長い髪を首の後ろで纏めた男性が椅子に腰かけていた。

 

「……遅くなりました」

「いや、態々呼び立ててしまって済まなかったね。さ、座ってくれ」

 

 男の名はレゾン・バルケッタ……かつて魔導師として戦う術を失ったクラウンから、幻術魔法とレアスキルを見出した恩人であり、オーリス、レジアスを除きクラウンの正体がクオン・エルプスである事を知る唯一の人物。片腕を失ったクラウンの主治医も務めている人物である。

 

「研究はどうですか? レゾンさん」

「いやはや、やはり中々難しいものだよレアスキルというやつはね。安定した成果なんて全く上がってくれやしない……しかし、私はやはり人の可能性と言うものを感じられるこの仕事が好きだよ」

「相変わらずみたいですね」

 

 レゾン・バルケッタはレアスキル研究の第一人者であり、確たるメカニズムも解明されていないレアスキルばかりを研究しており。かつての管理局研究室長という地位を手放し、成果の上がらない研究にばかり没頭する彼は研究者の間では変わり者と称されていた。

 

「君は、以前より目つきが穏やかになっているね。良い傾向だ」

「……雑談はこの辺にしておきましょうか」

「……そうだね」

 

 レゾンは普段クラウンを呼び出す事は無い。いや、正確には今まで一度も彼の方からクラウンに連絡を取る事は無かった。彼はクラウンの立場や事情をしっかりと理解しており、それ故にクラウンの方から要請が無い限り関わろうとはしていなかった。

 しかし今回はレゾンの方から連絡を取っており、クラウンにはその理由に心当たりがあった。いや、意図的にある情報がレゾンに漏れない様に気を使っていた筈だったが、優秀なレゾンはどこからかその情報を手に入れてしまったのだろう。

 

「単刀直入に言う。君の調査している件に、私も関わらせてくれないか?」

「……」

 

 真剣に告げるレゾンの言葉を受け、クラウンはしばし顔を伏せて考える。レゾンが何を思ってその言葉を告げたのか、何の情報を求めているのか……それは理解できたが、仮にも一般人であるレゾンを関わらせるべきか否か、クラウンは静かに思考を巡らせる。

 

「……『奴』と貴方は、何の関係もない。公式的には、そうじゃないですか?」

「……ああ、そうかもしれないね。しかし、やはり無視なんて出来ないさ……彼は私だ。私には彼を止める義務がある」

「もし俺が断ったら?」

「その時はしょうがないさ、私一人で勝手に調査をさせてもらう事にするよ」

「……」

 

 再び沈黙が訪れる。クラウンは静かに視線を動かし、レゾンの『黒く染めている髪の毛』の根元、微かに見える『紫色の髪』を見つめる。

 どれだけの時間が経っただろうか? 一分……或いは数十分かもしれない。長く重い沈黙を経て、クラウンは静かに目を開き、レゾンに向け凄まじい殺気を飛ばす。一般人ではおおよそ晒される機会の無い切り裂く様な殺気を受けながらも、レゾンはただ静かにクラウンの目を見つめていた。

 

「……覚悟はあると、そう受け取って良いんですね」

「ああ」

 

 正直な所クラウンはこの件にレゾンを関わらせるつもりは無かった。たとえ結末がどうなったとしても、レゾンが傷つく事は分かり切っていたからだ。

 しかしレゾンの決意は簡単に覆せるようなものでは無く、クラウンがここで断ったとしても本当に彼は一人で調査を進めてしまうだろう。少なくとも現時点で公式には発表されていない情報を手に入れており、そう考えるとむしろ一人で放置しておくのは危険であり、むしろ目の届く範囲に置いておいた方が得策だ。

 そう結論付けたクラウンは、大きなため息と共に最後の確認をして、レゾンがそれに頷くのを見た後で再び口を開く。

 

「分かりました。俺の得ている情報は全て渡しましょう。そして、今後の調査への参加も認めます。ただし、どの件にどう関わらせるかは、俺が決めます。それを守って頂けなければ、貴方を拘束して事件に片が付くまで幽閉します……いいですね?」

「ああ、分かった。君の指示に従う」

「では、近くデータは例の方法で送ります。では、あまり長居する訳にも行きませんので、俺はこれで……」

 

 静かに警告と共に告げた後で、クラウンは立ち上がりレゾンの返答を待たずに部屋の扉に向かう。扉が開きクラウンが再び姿を消す直前、レゾンはその背中を見つめながら呟く。

 

「これは協力者としてではなく、主治医としての言葉だが……あまり一人で、何もかも抱え込まない方がいい。人間はそんな多くのものを抱えられるようには、出来てはいないのだから……」

「……これが俺の選んだ道です。俺はロクな死に方はしないと思います。いつか無残な死が訪れるでしょうが……俺はその一瞬まで、俺であり続ける。それが俺の戦いです」

「……何故君は、そんなにも強く居られるんだい?」

「……俺は……100人じゃなく『101人』を救いたいんですよ」

 

 それだけ告げて消えるクラウンの姿を、レゾンはただ静かに見つめていた。クラウンの生き様に名声は付いてこない。クラウンはあらゆる意味で裏側の人間だ。彼はきっと多くの人間を救うだろうが、救われた人間はそれに気付かない。

 そしてそれと同時に多くの人間を破滅させるだろう。彼が相手どるのは悪人と呼ばれる者達なのかもしれない……しかしそれを潰す為あらゆる手段を取る彼を、善と呼ぶ事は……出来ない。

 

 故に彼の手には罪しか残らない。まるで彼自身がそれを望んでいるかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局地上本部の正面口から、一人の強面の男性局員が姿を現す。身に纏う服と深く皺が入った顔からは、彼が高い地位に存在する人間であることがうかがえた。しかしその表情は苦虫を噛み潰したかのように歪み、傍目から見ても分かる程に不機嫌な様子だ。それもそうだろう。彼は先日大きな失敗を犯してしまったから……

 彼もまた始まりは正義感に燃え、管理局の門を叩いた筈だった。しかし彼は今、その地位を利用して違法ロストロギアの密輸を行う悪人へと成り下がってしまった。

 魔が差した……言葉にすればたった一言。これで彼の人生は大きく変わってしまった。人間とは元来欲望を持つ生き物であり、一度味わってしまった甘みは強い誘惑へと変わる。一度だけ、もう一度だけ、これで最後に……回を重ねる毎に罪悪感は薄れ、感覚は麻痺していく。

 初めてそれを犯したのは、本当に出来心からだった。遺失物管理部に属していた彼……当時は今ほどの地位もなく裕福とは言えなかった。任務の最中一人で手に入れた違法ロストロギア、娘が生まれたばかりで金周りが厳しく妻に苦労を強いている家庭……悪魔が囁いた。

 罪悪感に苛まれながら彼が違法ロストロギアを裏のオークションにかけると、彼の予想を遥かに上回る大金が転がり込んできた。そこから彼は変わってしまった。横領、書類偽装、密輸……様々な悪事に手を染めた。金と地位はある程度連動した物だ。地位があれば金が手に入るし、金があれば地位を手に入れる手助けとなる。汚れた金で今の地位まで上り詰めた男は、まるで全てが自分の思い通りに回っているとさえ錯覚した。

 しかし表の出続けるコインは存在しない。大きなオークションに流す予定だった違法ロストロギア、それが先日全て奪われたと言う報告を受けた。様々な手を尽くして捜索したが、結局それを見つける事が出来なかった。このままでは取引先の信用を失う事になるだけでなく、違法ロストロギアに自分が関わっている事がばれてしまうかもしれない。

 人間は失う事を恐れる生き物だ。また同時に弱さを怒りで覆い隠す生き物でもある。未来に暗雲が立ち込めた男は、言い様の無い苛立ちを抱えながら過ごしていた。

 

「本日はどうされますか?」

「真っ直ぐ家に向かってくれ」

「かしこまりました」

 

 専属の運転手に簡潔に告げ、広い車内の席に座りこむ。眉間には皺が寄り、苛立ちは自然と足を動かす。

 

「旦那様。お疲れの様でしたら、冷蔵庫の中に飲み物と軽食を用意しております。よろしければお召し上がりください」

「……ああ、そうだな」

 

 男の苛立ちは運転手にも伝わったらしく、気遣う様な言葉が聞こえてきた。男はその言葉に頷き、車内に取り付けられた小型の冷蔵庫を開く。

 中には酒につまみと今男が求めている物があり、準備の良い運転手の行動に満足そうに頷く。そしてワインを取り出し、それを飲みながら口を開く。

 

「お前は、ワシに仕えて何年になる?」

「4年でございます」

「そうか……気がきく様になってきたな、昇給も考えてやる」

「勿体ないお言葉です」

 

 雇われている側と言う立場を弁えた物言いに、少しだけ苛立ちが退いた男は普段より早いペースでワインを飲み始める。

 変化が表れ始めたのは、10分ほど経った辺りだった。男の頭が微かに揺れ、瞼が徐々に落ちてくる。

 

「むぅ……」

「やはり疲れがたまっているのでしょうね。どうぞ、そのままお休みください。ご自宅に到着いたしましたらお声掛け致します」

「ああ……頼む……」

 

 その言葉と共に座席には深く体重がかかり、男の意識はまどろみに沈んでいく……運転手が浮かべた笑みには気付かないままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男が目を覚ますと、そこは暗闇の中だった。1m先も見えない程の暗闇の中、男の体は椅子に縛り付けられており動く事が出来ない。

 街中ではありえない程の静寂と、微かに感じる肌寒さ、酔いで赤くなっていた男の顔はどんどん青い色へと変わっていく。

 

「何だこれは! おい、誰かいないのか!!」

 

 自分が何処に居るのか分からない。何故こんな事になっているのか分からない。しかしこの状況は決して自分には良い方向には働かない。それを本能で理解しているのか、男は縛られた体を必死に動かすが、椅子は地面に固定されている様でピクリとも動かない。

 

『おや? ようやくお目覚めみたいだね』

「な、なんだお前は! どこに居る!!」

 

 闇の中に不気味に響く、男とも女ともとれない不気味な声。声はするが姿は見えず、その状況は男の恐怖を一層駆り立てる。

 

『自己紹介は必要ないよ。今後会う事もないだろうしね』

「何が目的だ……か、金か? 金ならいくらでも……」

 

 先程まで威勢が良かった男も、響く『今後会う事もない』という言葉を受けて怯えの混じった物へと変わる。金で解決できるのであれば、金さえ渡せばこの相手が自分を解放するのであれば、それで構わないと感じた。

 言い様の無い不安、まるで死神に鎌を突きつけられているかのような焦燥感。それは感情の欠片すら無い声によって増加していく。

 

『密輸で稼いだ汚いお金なんていらないよ』

「なっ、何故それを! ……そうか、貴様がアグスタで!」

『元気がいいね……立場分かってる?』

「ッ!?」

 

 少しトーンの落ちた声を聞き、男の背筋に寒気が走る。今の言葉には、大人しく従わなければ殺すとそういう意味合いが含まれていたからだ。

 男は動く事が出来ない。その気になれば簡単に殺されてしまう……今この場の決定権は、全て声の相手が握っている。

 

「な、何が望みだ……」

『君の取引相手の情報……全部欲しいな』

「なっ!? 馬鹿な! そんな事言える訳が!」

 

 声の主が要求してきたのは、男が想像すらしていなかったものだった。密輸の取引相手の情報……それは、危機的状況にあってさえ、男が口にする事を躊躇うものだった。

 何故そんなものを欲しがるのかは分からないが、重要なのは密輸の取引相手と言う事は、全員犯罪者であると言う事だ。裏の世界において信用と言うものは何よりも得難く重いものであり、それを裏切った相手には情けなど与えられない。話せば、間違いなく男は殺されてしまう。

 

『あ、そうなの? それは残念……まぁ君にも事情があるだろうし、しょうがないね』

「あ、ああ、他のものならいくらでも……」

 

 正直こんなにあっさりと納得してくれるとは思っていなかった。しかしそれは男にとって都合の良い誤算。これで彼の身の安全は……

 

『話してくれれば、今日は生きていられたのにね』

「……え?」

『ご飯の時間だよ~』

「ま、待ってくれ! 一体何を!」

 

 そう、それはあまりにもあっさり告げられた。まるでいらなくなったものを捨てるかのように、哀れみも慈悲もなく……

 その言葉と共に男の後ろで何かが開く音が聞こえ、獣の唸り声が聞こえてきた。

 小さな複数の足音、歯を鳴らす耳障りな音、涎が地面に落ちる水滴、それらがあまりにも大きく鮮明に聞こえてきた。

 

「な、なんだ!? 何なんだ!!」

『うちのワンちゃんがさ、皆お腹ペコペコなんだよ……食いでのありそうな中年太りで良かったよ』

「なっ……あ、あぁ!? お、狼!?」

 

 無慈悲に告げられる言葉と共に、それは男の周囲に姿を現した。闇の中でもハッキリと分かる銀色の毛、赤く怪しく光る山の様な目……それらは次第に男の周囲を回り始め、狼の群れがハッキリと視認出来た瞬間、男の顔は恐怖一色に染まる。

 言葉通りお腹をすかせている様に、鋭利な牙の隙間から涎を垂らし、少しずつ輪を狭めてくる死の塊。

 

「わ、ワシを誰だと思っている! こ、こんな事をして、ただでは……」

『……甘えんなよ』

「ひ、ひぃ!?」

『お前がこの場で生き残れる手段なんて一つしかないんだよ。下らない台詞をのたまう暇があったら、お祈りでもしてな』

「あ、あぁ……」

 

 怒気を含んだ冷徹な言葉。男に与えられた選択肢はたったの二つ。全てを話し報復に怯えるか、今この場で死ぬか……

 恐怖は男の思考を侵食し、中年の男は体中から体液を流しながら頭を振る。

 しかし無情にも現実は男の思考を待ってはくれなかった。一匹の狼が男の左手に喰らいつく。直後に皮膚を破られ肉を割く鋭い痛み。

 

「ぎやあぁぁぁぁぁ!?」

 

 そしてその叫び声が合図になったのか、狼達は一斉に男に喰らいつく。体中を襲う痛み、頭が壊れてしまいそうな恐怖……男が口に出来たのは、男が口にでいるのはこの言葉だけだった。

 

「言う!! 全て話す!! だから、やめてくれぇぇぇぇ!?」

『待て!』

 

 男が叫び声を上げるとほぼ同時に、制止の声が響き狼達の動きが止まる。そして一匹、また一匹と男から離れていく。

 

「……はぁ……はぁ……」

『さ、それじゃあ楽しいおしゃべりタイムと行こうか……嘘は考えない方がいい。君が嘘付いたかどうかじゃなくて、俺が嘘だと判断したら……ディナータイムだ』

「……は、はい」

 

 男は全てを話した。死の恐怖に塗りつぶされ、洗いざらい……いや、聞かれてもいない事まで全てを話しつくす。

 体中の痛みに耐えながら十分程話し続け、男は持ちうる限りの情報を提供し終わった。

 

『……ありがとう。良い情報もらえたよ』

「そ、それじゃあ……」

『皆、食べていいよ』

「……え? ま、待ってくれ! ワシは嘘など付いていない、本当に全部!」

『うん。だから、ありがとう。ほらワンちゃん達もお腹空いてるし、ずっとお預けじゃかわいそうだからね』

「は、話が違……」

『違わないよ? 今日はちゃんと生かしてあげた。でも、後5秒で明日だからね』

「……そ、そんな……や、やめろ! くるな! うぁ……あぁぁぁぁぁ!?」

 

 暗闇の中、凄まじい悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……様……旦那様!」

「やめろ、やめてくれ……っ!?」

「だ、大丈夫ですか旦那様」

 

 体が揺り動かされ、男はハッとした様に目を開ける。目の前には見慣れた運転手の顔があり、慌てて周囲を見渡すと、そこは彼の車の中だった。

 

「こ、ここは……」

「ご自宅ですよ? 道が混んでいたので普段より30分ほど長くなりましたが……」

「……わ、ワシは眠っていたのか?」

「ええ、よくお休みでしたよ。ただ時折うなされていたようですが、大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

 不思議そうに首を傾げる運転手を見て、男は自分の左腕を見るが……そこには傷一つない見慣れた自分の手があった。

 男はホッと息を吐く。先程見たアレは夢だったのだと……よくよく考えてみれば、車の中に居た筈なのに変な場所にいたり、局を出てから1時間程度では森になどたどり着けないのに狼が居たり、夢だと判断する材料は沢山ある。そもそもまだ今は22時、明日になどなってはいない。

 

「よほどお疲れなのでしょうね。今日はゆっくりお休みください。また明日、いつもの時間に迎えに参ります」

「ああ……すまんな」

「お疲れ様です」

 

 深く頭を下げて自分を見送る運転手に背を向け、男は自分の家の扉を開く。確かに体が走りまわった様に気だるい。相当疲れているのだろうと……

 男を見送った後、運転手は車に戻り出発する。男の家から十分に離れた後、運転手は静かに口を開く。

 

「……ようやく、当りみたいだな」

≪ええ、医療系ロストロギアばかりを大金で買う存在。保身に熱心な連中らしいですね≫

「ああ、まだ場所は掴めてないが……方法はある」

≪密輸ルートと照らし合わせ、検索を開始します≫

 

 運転手……クラウンの言葉を受け、胸元のロキが数度点滅し必要な情報を検索する。クラウンの口元には笑みが浮かんでおり、今回の情報が彼にとって良いものであった事を示していた。

 

≪そう言えば、あの男は破滅させなくて良いのですか?≫

「……そうしたいとこだけど、今そうすると相手が警戒する恐れがある。発言は記録してあるし、密輸の証拠も掴んでる。この件が片付いたら、地獄に落ちてもらうさ」

≪了解です≫

「ようやく、尻尾を見つけたぞ……最高評議会」

 

 宿敵である管理局を裏から操る最高評議会。今日ようやく掴んだ手がかり、クラウンはその目に強い闘志を浮かべで夜の闇を睨みつける。

 

≪それらしい密輸品のルートを発見……ですが、これは厄介ですよ≫

「……どういう事だ?」

≪担当は……陸士108部隊≫

「……ゲンヤさんの部隊か……成程、そりゃ確かに厄介だ。出来れば、ギンガさんと一戦交える様な展開は遠慮したいんだけどね」

≪ですが……≫

「ゲンヤさんは俺の存在を薄々感じてるからね。一筋縄じゃいかないな」

 

 クラウンの頭にある今後の展開の為には、今ゲンヤの部隊が関わっているロストロギアがどうしても必要だった。それを手に入れられなければ、今後いつチャンスが巡ってくるか分からない。

 しかし108部隊は厄介だ。ゲンヤはクラウンの存在を微かに感じており、それはギンガとラットの二名にも伝わっている。警戒している相手を出し抜くのは困難であり、勘ではあるがクラウンは108部隊と鉢合わせすると感じていた。

 クラウンは少し考える様に顎に手を当てた後、端末を開いて通信を行う。

 

『……貴方が私にメールでは無く通信とは、珍しいわね』

「有力な情報が手に入った……手を貸してくれ、ドゥーエ」

『……分かったわ。詳細はいつもの場所で』

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中で通信用のモニターだけが浮かびあがり、その空間の支配者達は静かに言葉を交わす。

 

『何者かは知らぬが、鬱陶しいネズミが居る様だな』

『局員……ではあるまいな。糸を引くのは局員かもしれぬが、動いているのは裏の人間だろう』

『やれやれ、手段を選ばぬ相手ほど厄介な存在はないな』

 

 三つのモニターで会話を行うのは、この時空管理局……いや数多の管理世界を裏で統べる存在。クラウンの狙う敵……最高評議会。そして彼等は三脳と表現するのが適切な存在。狂気に辿り着いてしまったかつての英雄。

 彼等が長く、あまりにも長く世界を操る立場に居られたのは、その臆病とも取れる慎重さ故だ。その鋭敏とも言える危機管理能力は、クラウンの正体までは辿り着かないものの、その存在の影は感じ取っていた。

 

『手段を選ばぬのは、何も敵だけではあるまい』

『ああ、裏の人間を始末するには、こちらも裏の人間を使うのが効果的だ』

『聞こえているな? お前の出番だ』

 

 三脳の言葉を受け、モニターが並ぶ部屋のなかで白い影が立ち上がる。薄暗い中でさえハッキリ白と分かるその姿は、ある世界に置いて死装束と呼ばれる服を纏った白髪の少女。小柄な体には不釣合なほど巨大な錫杖を手に持ち、閉じられた瞳と能面の様な表情は感情を読み取らせない。

 

「……やれやれ、私としてはこのまま何も無く給与だけ頂けるのが一番でしたが、そうもいかない様ですね」

『当然だ。何の為に高い金を払っていると思っているのだ』

「ふむ、まぁ報酬分の働きは致します」

『期待しているぞ』

 

 チャリンと鈴の音の様な音を響かせる錫杖を動かし、死に誘う衣装を纏った少女は動き始める。

 

「私が奪う命もまた平和の為の尊き犠牲……祈りましょう。まだ見ぬ、消えゆく命に……」

『その通り』

『『『全ては清浄なる世界の為に!』』』

「……私が動くのはお金の為ですがね……」

 

 闇で蠢く道化師を狙い、今白き死神は動きだした……

 




リハビリ①


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話『欺く幻影』

――新暦75年・ミッドチルダ西部――

 

 

 大通りから道一本離れた路地、賑わう大通りとは対照的にそこは一部を除き静まり返っていた。その一部、時空管理局の部隊らしき人々が居る所では、長い紫髪の女性……ギンガ・ナカジマが指揮を行っていた。指揮を行っているのは当然の如く所属する陸士108部隊で、現在は密輸ロストロギアの回収を行っていた。

 以前部隊長であるゲンヤがはやてから密輸ルートの調査を依頼され、その調査の過程で偶然保管されている違法ロストロギアを発見し検挙と回収を行っていた。作業は順調に進んでおり、そろそろ搬送手配をと考えていたギンガの元に、一人の男性が近付く。

 

「ギンガ」

「え? あ、カルタスさん……あ、いえ、カルタス二尉」

 

 現れたのは同じ部隊に所属しギンガの上司に当たるラッド・カルタス二等陸尉だった。

 

「今日は、別件の調査で来られないのでは無かったんですか?」

「ああ、その予定だったが……ナカジマ部隊長からの指示でな」

「……まさか」

 

 カルタスがこの場に現れた理由にギンガは心当たりがあった。いや、父であり部隊長でもあるゲンヤ・ナカジマ三等陸佐がカルタスをこの場に寄こしたのなら、その理由は一つしかないと確信していた。

 カルタスはギンガを肯定する様に一度頷き、端末を開いて通信を行う。少しして画面にはゲンヤの姿が表示され、カルタスは綺麗な敬礼と共に口を開く。

 

「ラッド・カルタス二等陸尉。現地に到着しました」

『そうか、急にすまねぇな』

「いえ、自分がここに送られたと言う事は……やはり『シャドー』が」

『……ああ』

 

 シャドー……それは108部隊内でもゲンヤ、ギンガ、カルタスの三名しか知らない暗号。彼等にとって最重要警戒をすべき相手を指し示す単語。元々その存在に気付いたのはゲンヤであり、部隊の纏め役として行動することが多いカルタスとギンガだけには打ち明けた存在。痕跡の欠片も残さず、影だけが見え隠れする謎の人物。まだゲンヤ達はその存在が個人か組織かも掴んでいないが、シャドーと言う名で総称していた。

 

「ナカジマ部隊長は、今日シャドーが現れるとお考えで?」

『……証拠はなにもねぇ、言ってみりゃただの勘だが……来る』

「しかし、父さ……部隊長。もしかしたら、もう既に……」

『……ああ、紛れている可能性もある。十分警戒してくれ』

「了解です」

 

 そうギンガだけでなくゲンヤもカルタスもそうだが、シャドーの顔も性別も知らない。自分達の部隊に存在するとは考えたくないが、絶対に居ないとも限らない。そもそも裏の人間なら、変身魔法が使えたとしても不思議ではないし、警戒していなければ用意に裏をかかれる相手だ。

 緊張が見てとれる顔で通信を終え、ギンガとカルタスは全体がよく見渡せる位置まで移動する。

 

「搬送準備は、後どれ位で完了するんだ?」

「もう間もなく……10分位でしょうね。あの、カルタス二尉」

「なんだ?」

「シャドーは、どのタイミングを狙ってくるでしょうか?」

 

 シャドーが108部隊……ゲンヤの前に初めて現れたのは、約6年前だった。いや、その当時は誰もシャドーの仕業だとは思っていなかったので、『初めて現れていたのは』6年前と言う表現が正しい。

 初めはそんな存在など夢にも見ていなかった。密輸ルートを調査していて、違法ロストロギアが保管されている可能性が高い拠点を突きとめ、現地に踏み込んでみたが何も無かった。調査が間違っていたのか、勘付かれて移動されたのかは分からなかったが、ゲンヤも、当時調査にあたっていたカルタスもなにも疑問を抱いてはいなかった。翌日その密輸に関わっているであろう局員が、どこからか情報をリークされ失脚したのも偶然だろうと……そこまでは思っていた。

 しかしそれが二度、三度と繰り返されると疑問を抱き始める。何者かが自分達の調査を先回りしているのではないかと……そして丁度そのタイミングで、ゲンヤは何者かの視線を時折感じた。神経質になり過ぎているのかもしれない、結んで考えるのは早計かもしれないと何度も思ったが、陸士として叩き上げた彼の鋭敏な直感がそれを許さなかった。

 しかし局に進言する事は出来ない、何故なら証拠は何もない。その状態で管理局の調査を先回りしている者が居る等と伝えても、妄言だと一蹴されるのがオチだろう。そもそも何が目的で、どのタイミングで現れるのかも分からない。周到で慎重で、痕跡の欠片も残さない怪物。だからこそ信頼できる自分の娘と10年来の部下であるカルタスにしか話はしていない。

 

「今、この現場に踏み込む様な奴では無い。潜んでいたとしても、このタイミングで動く事はないだろう。となれば、地上本部への搬送時を狙う可能性が高い。どうしても警備は手薄になる」

「私も賛成です。やはり狙ってくるならそこでしょうね」

「ああ、だから輸送時には俺かギンガ、状況次第だがどちらかが同行しよう」

「了解です」

 

 二人がシャドーに対しての対策を話していると、足音が聞こえ陸士の制服を着た複数人の男女が歩いてくる。小隊か何かかと思える局員達は、ギンガとカルタスの姿を見つけて歩いてくる。そして二人の前に立って敬礼を行い、代表らしき男性が口を開く。

 

「地上本部首都輸送部・第三輸送隊です! ゲンヤ・ナカジマ三佐の依頼により、違法ロストロギアの搬送に参りました。私は今回の輸送隊の代表を務めてます――と申します」

「御苦労様です。自分はラッド・カルタス二等陸尉。そしてこちらが本件の責任者の……」

「キンガ・ナカジマ陸曹です。今回はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 どうやら現れたのはゲンヤが手配した輸送隊らしく、二人は簡単な挨拶を交わしてから、今回の輸送対象ロストロギアについて説明をしていく。

 打ち合わせは数分で終わり、輸送隊の面々は視線を動かして搬送用トラックを確認する。

 

「積み込みは、どれぐらいで完了しますか?」

「もう間もなく、後数分で完了します。なので少し待機でお願いします」

「了解しました」

 

 綺麗な敬礼をして少し離れた場所に移動していく面々を見送りながら、カルタスは何かを考える様な表情で沈黙する。そして少し間を開けた後、ギンガに対して念話を送る。

 

(……ギンガ)

(カルタスさん? どうして念話を?)

(妙だと思わないか?)

(なにが、ですか?)

 

 カルタスは何か思う所があるらしく、他に聞こえない念話で会話を行う。それは即ち非常に重要な内容であると理解でき、ギンガも緊迫した声で応える。

 

(いくら何でも到着が早すぎる。ここは中央区画からかなり距離がある。むしろ俺の予想としては、搬送準備完了後に輸送隊を待つと思っていた)

(確かに……私が確保完了報告をした時に手配したとしても、いつも通りならまだ20分位は……カルタスさん)

(ああ、シャドーである可能性が高い)

 

 そう今ギンガ達が居るのはミッドチルダ西部。今回は輸送ヘリが着陸できる場所が無い為、輸送用トラックでの搬送になる。トラックはこちらの部隊が用意する旨を事前に伝達しているので、輸送隊は護衛用車でこの場まで来る筈。そして今回は搬送先が地上本部である為、輸送隊もそちらに所属している者達が来るのが通例である。中央区画ここまで最短距離で来るにはいくつかの大通りを通る必要がある事を考えても、この到着は早すぎる。

 

(……仕掛けますか?)

(いや、流石に現時点で確保するのは不味いだろう。可能性が高いとは言え確実ではない)

(ですが、もしシャドーなら見過ごせばロストロギアを……)

(……そうだな。よし、なら俺が搬送しよう。現場責任者であるギンガが離れるのは不味いが、俺なら大丈夫だ)

(……成程)

 

 カルタスの提案を聞き、ギンガは少し考える。輸送隊の中にシャドーが紛れ込んでいる可能性を考えると、ここは信頼できる相手に任せるのが最善の手だ。

 しかし心配なのがここに居るのが全てでは無く、輸送時に強襲を仕掛けてこないかと言う事。カルタスは優秀な魔導師であり、そう簡単に後れを取る事はないだろうが……相手は犯罪者。どんな手を使ってくるか分からない。

 

(考えている事は分かる。襲撃があれば短縮で通信コールを一度鳴らす、そうしたらすぐ応援を手配してくれ)

(分かりました。それでは私は、適当な理由を付けて輸送隊をここに留まらせます)

(頼む、まだ内部に魔力反応が有るとでも言って、時間を作ってくれ)

(了解です。お気をつけて)

 

 ギンガと念話を終えた後、カルタスは素早くトラックの運転席に乗り込み、周囲の声を無視して発進させる。その急な状況に戸惑う者達へは、ギンガが順に適当な理由を付けて説明をしていく。

 部隊員と輸送隊員全てに十数分かけて説明を終え、何とかこの場に留まることを了承してもらう。後はいつでも応援に駆け付ける様に警戒をと考えていたギンガの元に、通信を知らせる音が鳴る。一瞬険しい顔になったギンガだが、ワンコールではなく鳴っており、画面にはゲンヤの名前が表示されていた。一先ずホッと胸を撫で下ろし通信を繋ぐと、すぐにゲンヤの姿が表示される。

 

『どうだ、そっちの様子は?』

「ッ!?」

『……ギンガ?』

 

 通信を開いたギンガの目は一瞬で大きく開かれ、どんどん顔が青くなっていく。その視線はゲンヤに向いておらず、ゲンヤの後ろへと向いていた。

 

「……なん……で……」

『ギンガ? どうした?』

「なんで! カルタスさんがそこに!?」

『お、俺かい? いや、俺は任務を終えて今戻ってきた所だけど……』

「!?!?」

 

 そうギンガの前に表示されたモニターには、居る筈の無い人物……ほんの20分前まで自分と話をしていたカルタスの姿があった。そして戸惑うゲンヤとカルタスの言葉を聞き、ギンガの頭には先程の会話が蘇る。

 何故あのカルタスは輸送隊の到着時間に疑問を持った? あの時ギンガはまだ、確保完了報告をいつ行ったか伝えていなかった筈なのに……何故あのカルタスは自分が搬送すると言った? ゲンヤに通信で確認を取る等の手段もあった筈なのに……

 

「やら……れた!!」

 

 顔面蒼白になったギンガだが、すぐに顔を上げトラックが向かった路地へと全力疾走で向かう。分かっていない訳では無かった。でも確かめずにはいられなかった……当然、20分も前に出たトラックの姿は、どこにもなかった……

 

「……わ、私のせいで……」

 

 ギンガの膝は力を失い地面につき、悔しそうに唇を噛みながら、素手で地面を叩く。彼女は完全にシャドーの思惑通り動かされ、相手がロストロギアを手に入れる助けまでしてしまった。

 それは……完全な敗北だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――陸士108部隊・部隊長室――

 

 陸士108部隊の部隊長室に設けられた応接用のソファーには、肩と頭を垂れ目に涙を浮かべているギンガの姿があった。

 

「……ごめんなさい……私のせいで……」

「いや、お前のせいじゃねぇ。ヤツが完全に上手だった。俺達が警戒している事を逆手にとってカルタスに化けやがるとは……」

「しかも、長い付き合いのギンガが気付かない程完璧に……ですね」

 

 彼等は今回シャドーに完全に出し抜かれた。ゲンヤ達がシャドーを警戒している事、それをシャドーは知っており逆に利用してきた。だからこそギンガはシャドーの対策の為に来たカルタスを疑わなかった。その上、態々通信を開いてゲンヤまで見せて来るとは全く予想できていなかった。

 あの輸送隊も、シャドーがゲンヤの名前で事前に手配したものだろう。そう考えると、部隊が現場に着いた時にはもう、見られていたのかもしれない。シャドーは最低でも二人以上で、変身魔法を心得ている……今回得られた収穫はそれだけ、密輸ロストロギアと交換ではあまりに釣り合わない内容だった。

 

「……カルタス」

「はい」

「今日中にこの部屋引っくり返せ。確実に一つか二つ盗聴器がある筈だ」

「……了解」

 

 今回シャドーがあれだけ情報を得ていたのは、ゲンヤ達の会話や部隊の動きを知る術があったと言う事。ならば一番可能性の高いのは、全ての報告が集まりシャドーの対策を話し合っていたこの場所だろう。管理局の部隊……しかも部隊長室に盗聴器を仕掛けるなど信じられない事ではあるが、それをやってのけるだけの力を持った相手である事は間違いない。

 

「……ギンガ、あんまり落ち込むな。今回の責任は俺に――うん? 通信か……」

 

 落ち込むギンガに慰めの言葉をかけようとしたタイミングで、ゲンヤの端末に通信が入り、ゲンヤはタイミングが悪いと思いながら通信を開く。

 

『お疲れ様です。ナカジマ三佐。こちらは地上本部首都輸送部です』

「ああ……今回の件だろ?」

『ええ……申し上げにくいのですが……』

 

 通信はどうやら違法ロストロギアを届ける予定だった部署からの連絡らしく、それはどう考えても今回の失態の件についてだった。ゲンヤは申し訳なさそうな顔で見つめてくるギンガに軽く手を振り、髪を数度かきながら口を開く。

 

「今回の件の責任は全て俺にある。処分でもなんでも……」

『処分? そんな、輸送手配書のサインがもれていたぐらいで大袈裟な。そちらの部隊では初めてですが、ままありますのでお気になさらず』

「……は? ちょ、ちょっと待て、今なんて言った?」

『え? ですから今回搬送された違法ロストロギア輸送手配書に、部隊長のサインがもれていたので、後日こちらに出向いてご署名を頂きたいんですが……』

 

 ゲンヤだけでなく、ギンガもカルタスも通信士が何を言っているかすぐには理解出来なかった。今回ゲンヤ達は完全にシャドーに出し抜かれ、違法ロストロギアを奪われた筈だった……そう、奪われたのだ。なのに今の通信士の言葉をそのまま受け取るなら、搬送は完了したがサインがもれていたという内容。それではまるで、違法ロストロギアがちゃんと届いた様な……

 

「……違法ロストロギアが搬送されているのか? 全部?」

『ええ、リストと照合しましたので間違いありません。必要であれば送信しますが?』

「頼む」

 

 通信士からはすぐに今回の搬送完了リストが送られてきて、ゲンヤはそれを頭から一つ一つ確認していく。魔力チェック等も完全に行われている様で、それらが本物であるのは間違いが無い。

 

「……確かに、全部ある……」

『よろしいでしょうか? では再度のご署名の件なのですが……』

「ああ、明日にでも行く」

『了解しました。お待ちしております』

 

 通信士との話を終え、ゲンヤは端末を閉じてギンガとカルタスの方に向き直る。二人もまるで意味が分からないと言いたげな顔をしており、現状が把握できてないとも言えた。それも当然だろう。何故ならシャドーは一度ゲンヤ達から確かにロストロギアを奪ったのだ。しかし、それは現在予定通り地上本部に送られており、つまる所態々苦労して盗んだものを、返してきたという事になる。しかも、わざわざゲンヤのサインが抜けている輸送手配書を作成して……

 

「……どうなってやがんだ? 何で一度盗ったものを返しやがった……」

「目当ての物が無かった……とかでしょうか?」

 

 或いはシャドーには何か狙っているロストロギアがあり、今回はたまたまそれが無かったので返してきたと考えることもできるが……やはり態々シャドーにリスクを冒してまで盗品を返す理由は無い。その事で得をするのは、何故か予定通り任務を完了しているゲンヤ達であり、これではまるでシャドーが自分達の責任問題を態々問われない様にしてくれとの見方もできる。

 頭を抱える三人の元、再びゲンヤに通信が入り、どうやら部隊の受付からの様だ。

 

「どうした?」

『部隊宛で小包が届いているのですが……差出人の所にはシャドーとしか書かれてないんです』

「なんだと!? す、すぐ持ってきてくれ」

『分かりました』

 

 もう本当に三人には何が起こっているのか分からなかった。何でシャドーが自分達に小包を届けるのか、まったく意図が読めなかった。

 しばらくして小包は部隊室に届き、三人はそれをジッと見つめる。

 

「金属反応等はありませんが……」

「……開けてみろ、警戒は怠るな」

 

 一見普通の小包に見える箱を、カルタスが警戒しながら開くと……そこには高級そうな菓子折りが入っていて、一通の手紙が貼り付けてあった。

 ゲンヤが再び首を傾げながら手紙を開き、机の上に置くとそこには機械で印刷したと思われる文字が並んでいた。

 

『親愛なる陸士108部隊の方々へ、今回はこちらの都合で大変なご迷惑をおかけしました。特にギンガ・ナカジマ陸曹には、騙す様な真似をしてしまい精神的に傷つけてしまった事を深くお詫び申し上げます。心ばかりの品であり恐縮ですが、よろしければ皆様で召し上がってください。今後のご活躍を心から応援しております……シャドーより』

 

 手紙を読んだ三人の元には、重い……それは凄まじく重い沈黙がのしかかる。

 

「……コイツは、本当になんなんだ……」

「……分かりません」

「……同じく」

 

 まったく意図も目的も読めないシャドー……と言うか態々詫びる位なら初めからするなと、叫びたい気持ちを必死に押し込めながら、三人はしばらくその菓子折りと手紙を見つめていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い路地裏で二つの影が向い合う。クラウンとドゥーエ、互いに敵と見定めながらも共闘するいびつな関係の二人。

 

「……ちゃんと仕掛けてくれた? バレてないでしょうね」

「そんなヘマはしないよ。バッチリ仕掛けてきたよ」

 

 二人は今回の件に置いてクラウンがカルタスに、ドゥーエがゲンヤに化け、見事目的を達成していた。ゲンヤ達にしてみれば何もしていない様にも感じるが、クラウン達の最大の目的は『一度奪ったロストロギアを上手く返却すること』であり、ゲンヤ達が理解出来なかった行動は正に筋書き通りに進んでいた。

 

「……じゃあ、アレが然るべき場所に移ったら……行動開始ね」

「うん。やっと掴んだ尻尾なんだから、確実に捕まえたいね」

「……貴方は今部隊所属だっけ? 抜け出すの大変なんじゃないの?」

「ホントにね……出来れば夜に動きたいね。今回の手は二度も使えないしね」

 

 今回クラウンが部隊を抜け出してこの場に来ているのは、協力者となったレゾンのおかげでもあった。クラウンは片腕でありリンカーコアを大きく破損している。その為定期的に診断が必要だとして、それを口実に抜け出しており、レゾンが偽の診断書を作成済みだ。

 

 しかしこれは何度も使える手では無い。特に近く動く事があれば、その時は別の手段を考えなければならないが、あまり頻繁に出ていては怪しまれてしまう。なので都合が良いのは夜であり、寝たことにしてベットに幻影を置いて抜け出すのが一番だった。

 

「……まぁ、ヘマはしないで頂戴ねクラウン」

「そっちこそ、油断はしない様にね」

「……じゃあ、連絡は例の方法で」

「了解」

 

 暗闇の中二つの影は背を向けて歩き去る。クラウン、ドゥーエどちらも潜入や変装に長ける工作員であり、利害の一致している協力者同士。二人が大きく動く時は、もうすぐそこまで迫っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、クラウンはゲンヤ達からはシャドーという名で呼ばれています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話『裏の狂人』

――新暦75年・機動六課――

 

 

 よく晴れた青空の元、機動六課訓練スペースにはそれぞれに分かれた新人フォワードの姿があった。それぞれのポジションに分かれての個別訓練。地球出張の前後から行われている訓練は見慣れたものだが、今日はその中にいつもとは違う影があった。

 

『じゃあ、今日から俺もティアナの訓練に参加するね。よろしく』

「よろしくお願いします」

 

 今日から教導に合同するクラウンの前には、彼が教えるティアナの姿があった。ティアナはセンターガードと言う前線の纏め役とも言えるポジションであり、主に射撃魔法を中心に戦う事もあって、今まではなのはが個人教導を行っていた。

 しかしティアナには幻術魔法という希少技能の適性もあり、その部分の指導に置いては幻術適性のないなのはに教導は難しく、それを見越してはやてはクラウンをこの部隊に呼んだ。今日まではなのはが射撃魔法を中心に指導しており、それが一定の水準に達したのでクラウンに声がかかった。

 現在なのははこの場をクラウンに任せており、今日は執務官としての仕事で来られないフェイトの代わりに、エリオとキャロの指導をしている。

 

『それじゃあ、前にちょっとだけ言ったけど幻術魔法の基礎から教え直していく。まぁ教本とかには細かくのってないからそうなりがちだけど、ティアナの魔法は効率も発動燃費も悪すぎるんだよね』

「そ、そうなんですか」

『うん。まぁあんなのは幻術魔法をさわりしか理解してない魔導師が書いたものだしね』

「成程」

 

 クラウンはあっさりと訓練教本の内容を否定するが、実際にその通りではある。幻術魔法は希少技能であり使い手も少ない。幻術適性を持つ者の大半はそれをサブウェポンの様に使い、幻術魔法を専門に行使するものは殆どいないと言って良い。

 その最大の理由は幻術魔法には攻撃性能は無く、あくまで味方の援護に使用することが中心な事と、使い手が少なく教本等にも細かく載ってはいないので、学ぶ術が少ないと言う点だ。そう言う意味では、若くしてそれを専門とする師に巡り合えたティアナは幸運と言える。

 

『じゃあ、さっそくだけど……先ずはフェイクシルエットから。とりあえず、今やってるやり方で自分の幻影を作ってみてくれるかな』

「はい」

 

 ティアナはクラウンの言葉に頷き、足元に魔法陣を展開する。そして10秒程の時間をかけ、ティアナの横には彼女の幻影が出現する。それを見たクラウンは首を一度振り、直後姿がぶれて二人に増える。

 

「ッ!?」

『実戦で使うには、やっぱりこの位の速度は欲しいね』

 

 それはティアナにとって衝撃的な光景だった。確かに彼女はクラウンの技術が高い事は、地球への出張の際に見た透明化の魔法で分かってはいたが、フェイクシルエットを見るのは初めてだった。その発動はあまりにも早く無駄の無いものだった。

 

「は、早い……」

『ふふふ、さて、ここで問題。俺とティアナの魔法……これだけの速度の違いは、なんの差だと思う?』

「……技術、ですか?」

 

 クラウンはエース級魔導師ではないが、前線で尤も長いキャリアに裏打ちされた確かな技術がある。むしろティアナはクラウンこそ、機動六課内で尤も魔力の繊細操作技術が優れた存在だと認識していた。幻術魔法は非常に使い手の少ない魔法。その理由の一つには間違いなくその難易度もあるだろう。

 ティアナは幻術魔法を、魔力で絵を描く様な魔法だと考えている。些細な違いで名作にも駄作にもなりえる繊細極まりない魔法であり、だからこそ中々修練を行う事が出来なかった。そう、とにかく難しいのだ。

 ティアナの知る幻術魔導師はクラウンだけ、となれば彼女の知る中で最も魔法技術のあるのはクラウンだと考える事が出来る。それこそが、自分との差なのだろうと告げたが……クラウンは首を横に振る。

 

『遠隔での魔法操作ならともかく、発動速度にはたいして変化はないよ。正解は……術式』

「術式……ですか?」

『そう、次は魔法を発動させずに術式を出して、俺のと比べてみて』

「はい……え? あっ!? そ、そうか……こんな方法が!?」

 

 クラウンに促され、自分の術式とクラウンのものを比べてみたティアナは、クラウンが期待した通りすぐにその違いに気が付き驚愕の表情を浮かべる。クラウンの術式とティアナの術式には一つの違いがあり、その違いこそがフェイクシルエットの発動速度の差と言う形で現れていた。

 

『そう、気付いたみたいだね。フェイクシルエットは本来、術式を発動後に幻影対象の形を作る訳だけど……』

「……予め、術式に幻影対象を組み込んでおけば、発動は格段に早くなる」

『その通り、フェイクシルエットの術式を複数用意して使い分ける。俺の場合は自分の姿。ティアナの場合は自分とフォワードメンバーとかが良いかな。勿論状況に合わせて、普通の術式で発動しなくちゃいけない場合もあるけどね』

 

 魔法の方では無く術式に手を加える。本来魔法の改良と言うのは、術式を変化させるのが当然の筈だが、幻術魔法は使い手が少ないこともあってか、ある種先入観の様なものがあった。特に幻術魔法は繊細なものであり、下手に術式をいじれば発動しなくなってしまう事もある。

 クラウンが足元に表示した術式には、発動対象の事前追加だけでなく消費を抑え簡略化していたり、ティアナにとっては見ているだけでも参考になった。

 

『まぁ幻術魔法の術式は結構デリケートだから、改良にはコツがあるんだけどね。今日はその辺りを教えていくよ』

「はい! よろしくお願いします!」

『うん……でもその前にもう一つ。幻影の種類についても教えておこう』

「種類……ですか?」

 

 クラウンはティアナに告げた後、更に自分の幻影を二体……合計で三体の幻影を作り出し、その内の一つを指差しながら説明を始める。

 

『フェイクシルエットで作り出せる幻影には、大きく分けで三つの種類があるんだ』

「三つも、ですか?」

 

 これもまたティアナにとっては初めて耳にする内容だった。ティアナがフェイクシルエットで作り出す幻影はいつも一種類であり、他の種類があると言う事を聞いた事はない。

 

『まず一つ目はこれ……ティアナがいつも使っている高密度の魔力で対象を形作る形式。これはかなり精巧な幻影で、上級魔導師相手じゃないとまず見破られないね。遠隔の制御で複雑な動きも出来る。だけどその分消費魔力は大きいね。これが教本に載っているから、幻術魔法は燃費が悪いって思われてる』

「……成程。確かに私も、幻術魔法は燃費が悪いと思ってました」

『うん。で、二つ目はこれ、高密度の魔力で……『外殻』だけを作って、中は空洞の形式』

「外殻だけを!? そ、そうか……それなら消費魔力は半分……いや、三分の一!?」

 

 クラウンの告げた形式はつまり、中身の無い卵の様な形で幻術を発動させる形式。確かにそれならば魔力によって形成するのは外殻のみで、中に魔力を込めない分消費も少なくなる。説明を受けてみれば、何故今まで気付かなかったのかと思うほどだった。

 

『その通り、この形式は魔力消費も少ないし、中に魔力弾とか隠して罠とかにも出来る。だけど、一つ目の形式ほど自在には動かせないし、衝撃にも極端に弱いから、触れられただけで解除されちゃうね』

「一つ目より、使い方が難しいと言う事ですね」

『その通り。で、三つ目が……空気中の魔力素に映像を投影する形式。これは実体が無い立体映像みたいなものだから、攻撃を受けても平気だけど……バレやすいし、扱いは相当難しいね』

 

 クラウンの言う幻影の種類は、高消費高性能の形式、低消費低性能の形式、実体では無く立体映像の形式と言う三種類。今まで高消費高性能の幻影しか使っていなかったティアナにとっては、目からうろこと言えるほど有益な情報だった。

 

『とまぁ、口頭での説明はこんな感じかな……じゃ、そろそろ実技をやっていこうか』

「はい。よろしくお願いします」

 

 ティアナは確信した。この人についていけば、自分の幻術魔法は遥か高い次元に引き上げられると言う事を……ひいてはそれは彼女の戦闘力の向上だけでなく、幅広い対応力を得る事もできると言える。

 ますます大きな熱意を持って、ティアナはクラウンの指導を受けていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 薄暗く広い部屋。壊れた椅子や机があちこちに散乱しており、足元はコンクリートの灰色。正しく廃墟と言う言葉がピッタリの部屋には、男性と少女の姿があった。

 中央で向い合う男性と少女……いや、男は地面に尻餅をついているので、向い合うと言う表現は少し違うかもしれない。男は怯えた様子で己より遥かに小柄な少女に視線を向ける。

 

「知らない! ほ、本当に知らないんだ!」

「……」

 

 男は裏の世界に置いて情報屋を生業としており、裏に属する数多の奇人変人を見てきた。裏の世界に20年以上居て、修羅場も数知れず乗り越えてきた男は今、子供の様に恐怖に震え引きつった顔を浮かべている。

 男に相対する少女はミッドチルダでは中々目にする事の無い死装束に身を包み、首には十字架のネックレス。耳には別世界の宗教で用いられるイヤリングを付け、右手に巨大な錫杖を持つ……様々な宗教をごちゃ混ぜにした様な格好をしている。顔は思わず見とれてしまう程整っており、目は祈る様に閉じられているが、絶世の美少女と呼んで間違いない人物。白く長い髪は淡く光る様に美しく、小柄な体は愛らしさを醸し出していた。

 しかし、男の顔には恐怖しかなく、尻餅をついたまま逃げる様に少女から離れていく。何故男は十代中盤程にしか見えない少女にここまで怯えているのか? その理由は、少女が裏の世界に置いて知らぬものが居ない程の有名人だったから……

 ツクヨ……本名では無く通称であり、少女自身も自称する名前。少女は裏の世界において、ある通り名で呼ばれている。その通り名は『白い死神』……出会ったものは必ず死ぬとまで言われており、裏の世界で始末屋と呼ばれる仕事を行う最凶の存在。

 今まで殺した人数は数え切れず、彼女自身莫大な懸賞金のかかっている賞金首ではあるが、オーバーS魔導師に匹敵する凄まじい力を持つ為、裏の人間とて容易に手の出せない危険な人物。もう20を越えた年齢ながら、あまりにも幼い容姿もまた不気味さを際立てていると言っても良い。

 

「た、確かに噂は聞いた事がある。管理局高官のみを狙う奴が居るってのは……」

「……」

 

 彼女が男の元を訪れたのは、裏でも有名な情報屋であり当然ながら情報を求めてきた。彼女のクライアントから依頼された殺害対象……クラウンの情報を得る為に……

 しかしクラウンは裏の世界でも多少は噂になっているが、基本的に裏の人間に接触する機会は少なく、あくまで噂になっているのは管理局高官等と言う厄介な相手ばかり狙う奇妙な奴が居ると言う程度だ。

 

「で、でも、そいつは情報屋から情報を買ってねぇ! たぶん独自の情報源を持ってるんだ……だ、だから、本当に俺は何も知らない!」

「……そうですか……確かに、私の集めた情報もその程度。やはり直接接触してみるしかない様ですね」

「あ、ああ……ただ、そいつは金や名声が目的じゃねぇ、それならすぐ有名になる筈だ。身入りのねぇ相手ばかり狙うのと、見かけた奴からは全身黒づくめだったって聞いたから……俺達は『黒い道化』って呼んでる」

「おやおや、確か私は白い死神でしたね。黒と白ですか……仲良くなれるかもしれませんね」

 

 機嫌を損ねたら殺されるのではないかと、怯えながら話す男だが……ツクヨはそれを聞いて、愛らしく苦笑を浮かべる。どこか空気が和らいだようにも感じる笑顔に、男も少しほっとした顔を浮かべる。

 クラウンは裏の世界に置いて黒い道化と呼ばれている。リスクが高い管理局員ばかりを狙い。かといって名を売ったりする様子もなく、狙った局員から金品を奪う事もない。奇妙なやつだと言うのが、男達の印象であり、局員しか狙わない相手……自分達に危害を加えない相手に、そこまで執着もない。

 

「ありがとうございました」

「い、いや、かまわねぇ……もし、必要なら、ソイツの情報を調べてみても……」

「もう、貴方に用はありませんね」

「なっ!?」

 

 穏やかな笑みに安堵したのも束の間、ツクヨは微笑んだまま気の弱い人間なら失神する程の殺気を放つ。それは即ち……もはや男を生かす価値は無いと判断したと言う証明だった。

 ツクヨが一歩近づき、手に持った錫杖が鈴の様な音を響かせる。男が自らの死から逃れる様に後退する様は、無様なものであり、ツクヨはその命を刈り取る為に手を上げる。すると、直後大きな音と共に部屋の扉が壊れ、大勢の武器を持った人間がなだれ込んでくる。

 

「……おや?」

「ふ、ふはは……お、俺がお前と会って、殺される事を予想しなかったとでも思うのか」

 

 デバイスや質量兵器を構えた総勢30人を越える乱入者達は、男が怯える様に隠した手で呼びよせた自分の顧客でもある裏の猛者達。中にはかつて管理局で武装隊の隊長を務めた程の魔導師や、ツクヨに及ばないまでも高額な懸賞金のかけられた犯罪者もおり、かなりの戦力であることが伺えた。

 勝ち誇った様に笑う男に対し、ツクヨはずっと閉じていた目を開く。光を宿しておらず、視点の定まらない不気味な目。そして口元には凶悪な笑みが浮かぶ。

 

「……貴方達の死もまた、未来の為の尊き犠牲。さあ、私の神の元に行きなさい」

「や、やっちまえ!」

 

 それぞれの武器を構え走るのは、一癖も二癖もある裏の猛者達。迎え撃つは白い死神……夜の静寂の中で、凄まじい轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちたビルの瓦礫の上を、鈴の様な音を響かせながら白い少女が歩く。

 

「……つまらない命でした。これでは我が神もご不満でしょう。少々お待ち下さい。未だ見ぬ私の神よ……すぐに、新しい供物を用意いたしますので……」

 

 独り言を呟きながら歩くツクヨの背には、ビルの残骸と共に眠る数多の遺体。無謀にも彼女に挑み、成す術もなくビルと共に散っていった愚か者達のなれの果て……

 月の光に白い髪を照らされながら歩くツクヨの体……その特徴的な全身白色の様相には……返り血の一滴すら、ついてはいなかった。

 

「黒い道化さん? 貴方は……もう少し、手応えのある。力を持った強い命である事を願います……未だ見ぬ我が神に捧げるに相応しい程の……」

 

 黒い道化……クラウンを狙い暗躍するのは、最凶の始末屋。数えるのも馬鹿らしくなるほどの命を散らし、闇に君臨する存在。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている……闇に手を伸ばしたクラウンだが、闇もまたクラウンに向かって凶悪な手を伸ばしていた。

 黒と白が相対する時は……もう、そう遠くない未来に用意されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はちょっと短めです。

ティアナ強化中。

蠢く相手が凶悪だからこそ、日常パートが映えます。次回は日常パートを一つはさんで、ツクヨとの戦いに近付く感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話『最後の選択肢』

――新暦75年・機動六課――

 

 

 空を茜色に染めていた恒星が落ち、空に二つの月が上がる。隊舎からの淡い光りを眺め、空に輝く星に視線を移しながらクラウンは静かな道を歩く。季節はもう夏が近くなってきていたが、海に面した機動六課には少し肌寒い風が吹く。クラウンは数度視線を動かしながら歩を進め、ふと目の前に人影を見つけた。

 

『……なのは隊長?』

「え? あ、クラウン。どうしたのこんな時間に?」

『俺は見回りだよ。こんな時間にってのは、むしろ俺の台詞なんだけどね』

 

 訓練スペースの前に立っているなのはの手元には、微かに闇を照らす光があり、彼女が何らかの作業を行っていたのはすぐに分かった。そしてなのはの性格を考え、22時近くの時間に訓練スペースに居る理由は一つだけしか思い浮かばなかった。

 

『こんな時間まで、教導のお仕事?』

「そんな感じかな……皆思った以上に成長が早いから、それに合わせて少し調整しようかなって」

『少し、って時間には思えないけどね』

「あはは……つい熱中しちゃって」

 

 なのはの勤務時間はとうに終わっており、現在は自由待機中のはずだが、当り前の様に数時間も教導の仕事を行っているのは、なのはらしいと言えばらしかった。

 

『……あんまり根を詰め過ぎちゃ駄目だよ。ティアナに無茶するなって言っておいて、なのは隊長が無茶してたら仕方がないでしょ?』

「うっ……仰る通りです」

 

 確かにクラウンの言う通り、少し前に新人フォワード達に無茶をするなと話をしたばかり。なのは本人にとっては別に無茶でも何でもなくいつも通りの事なのだが、他人から見たらそう見えるのは当然と言える。

 

『なのは隊長は、もう少し周りを頼った方が良いね。戦闘だけじゃなくて、私生活でもね』

「……そうだね。良く言われちゃうよ。前のめりになり過ぎだって……自分じゃ分かんないもんだね」

『少し手を抜く事も覚えたほうがいいかもね』

「あはは、返す言葉も無いです」

 

 クラウンが告げた言葉に、なのははわざとらしい敬語を使いながら苦笑する。おどけた姿を見せるのは、なのはにとっての信頼の証でもある。エースオブエースという管理局に響き渡る通称を持ち、数多の期待に晒される彼女が弱味を見せる事は殆どない。それを見せるのは仲のいい相手、なのはにとって仕事仲間ではなく、友人と思っている相手に対してだけ。つまり、クラウンはいつの間にか、なのはからそこまで大きな信頼を得ていると言う事だった。

 

『なんだか、機嫌いいね?』

「そうかな? そうかもしれないね……ねぇ、クラウンは今時間とかあるかな?」

『当直で待機してるだけだから、自主的に見回りする位は暇だよ』

「そっか、じゃあ、少しお話しない?」

『え? それって物理的なやつ?』

「違うよ!!」

 

 クラウンとしては何故ここまで信頼を得たのか分からなかった。無論同じ前線メンバーとして、それなりに仲良くはしていたと思う。しかしここまで好意的な感情を向けられる程、クラウンはなのはとの距離を詰めた覚えは無かった。この変化は少なくともここ最近に大きな出来事があったのだろうが、まったく心当たりは無い。なのはと共に訓練スペースの前に座りながら、珍しくクラウンの心には答えの出ない疑問があった。

 実はなのはが以前より大きな信頼をクラウンに向ける様になった原因は、ティアナの件を話した際にクラウンが口にした言葉にあった。クラウンとしてはあくまで自分を足かせにしないでほしいと、遠回しに告げただけのつもりったが……あの言葉でなのはの心はかなり楽になった。クオンに恨まれているかもしれないと思っていたなのはにとって、あの言葉は本当に心に響くものだった。

 

「そう言えば、前から聞きたかったんだけど……クラウンってどうして魔導師になったの? あ、いや、もし答えたくないなら答えなくて良いんだけど……」

『魔導師になった理由か……正直そんなに珍しいものでも無いよ。俺は、管理局の施設育ちなんだ。たぶん、エリオと同じかな?』

「……」

 

 以前地球でヴィータに対して語ったのと同じ内容。これはクラウンではなく、クオン・エルプスの過去。同じ部隊に居た時にも話した事は無く、クオン自身人に話す程面白い話でも無いと今まで他人に告げた事は無い話。

 

『可も無く不可も無くって感じだったかな。特別思い入れがある訳でもないけど、ドラマみたいに虐待とか受けてたわけでもない。本当に特別な出来事なんてない平凡な日々だったね。で、管理局の施設に居る孤児は、全員魔法適性の検査を受ける決まりで、俺にはリンカーコアがあったから魔導師になった感じだね』

「それは、強制なの?」

『ああ、違うよ。あくまで管理局は志願制だから、無理やり入れられたりなんてのはあり得ないね。自分の意思で選んだんだよ。管理局はその辺しっかりしてるから、他の職を目指しても色々サポートしてくれるし、俺も施設を出てから数年は支援金貰って一人暮らししてたし、管理局には感謝してるよ』

「成程」

 

 管理局は志願制であり、犯罪者に対しても選ぶ権利を与える。希望しない者を無理やり働かせる事は無いが、希望する者には手厚いサポートを行う。だからこそ、ここまで巨大な組織に成長する事が出来たとも言える。無論一枚岩と言うにはあまりにも巨大な為、良い者ばかりとは言えないが……

 

『これでも、結構才能はあったんだよ……辺境部隊に何年もいたけどね。自分から希望して……』

「自分から?」

『……うん。俺には覚悟がなかったんだ……』

 

 そう、クオンは魔導師として優秀な部類と言えた。若くしてA+ランク……一般部隊で部隊長を務められる技量を持ち、人当たりの良い性格から部下や上司の信頼も厚かった。それはかつてなのはとヴィータを期間限定とはいえ任された事から伺える。

 無論9歳で最高位魔導師に匹敵するなのはに比べれば霞むが、まぎれも無くクオンも天才と呼ばれる人間だった。本来なら武装隊員として活躍していて可笑しくない筈だが、クオンは自ら希望して辺境部隊に所属していた。

 

『……初めは武装隊に居たんだ。だけど配属されて半年位の時、次元犯罪者と戦った。かなり強い魔導師でね。正直その当時の俺より強かった。必死だった……初めて明確に感じる死の恐怖に晒され、俺は……非殺傷設定を解除して、その犯罪者を殺した』

「ッ!?」

『なのは隊長も知ってると思うけど、武装隊員は有事の際に自己判断で非殺傷設定を解除することが認められている。相手は次元犯罪者……俺が罪に問われる事は無かったし、むしろ周りからは賞賛された。でも、俺は喜べなかった。生温かい血の感触、力を無くし地面に叩きつけられ飛び散る死の光景……怖かった』

「……」

 

 次元犯罪者を殺した事のある武装隊員は、実はかなりの数が存在する。むしろある程度の相手……殺人やそれに匹敵する罪を犯した犯罪者相手には、むしろ殺傷設定を推奨すらされる。あくまで管理局員や一般人の命が最優先であり、危険な犯罪者の命を奪う事は罪にはならない。

 しかしそれはあくまで局の定めの話、実際はクラウンが語った事と同じ体験をして、魔導師を辞めた人間も大勢いる。管理する世界が多いからこそ、それだけ犯罪者と対峙する機会も増える。なのはやフェイト程の戦闘力があれば、危険な犯罪者を非殺傷設定で捕らえるのは容易だろう。しかし下級、中級魔導師にとって、次元犯罪者との戦闘は、正に殺すか殺されるかのレベルで危険なものと言える。

 

『……俺には、無かったんだ……危険な犯罪者を殺す覚悟も……自分の力を信じて、最後まで非殺傷設定で戦い抜く覚悟も……だから戦闘の殆どない辺境部隊に逃げた』

「……でも、今はここに……戦闘機会の多い場に戻って来たんだよね? 覚悟が出来たって事なのかな?」

『……うん。出来たよ。最後まで非殺傷設定で戦い抜く覚悟がね』

「……そっか」

 

 勿論この部分は嘘をついた。クオンがクラウンとして決めた覚悟とは、守るべき物の為、時に自分の手を染める覚悟。クラウンは8年間裏の世界で生きてきた。当然次元犯罪者と戦う機会もあったが、まだクラウンとなってから人を殺めた事は無い。彼が戦った犯罪者は全てオーリスが手配した軌道拘束所へと留置されている。

 それだけを聞けばクラウンは8年間無敗とも取れるが、そもそもクラウンは相手を欺く幻術魔導師であり、戦闘に持ち込む事自体が少ない。彼が8年間で明確に対峙して戦闘を行ったのはたったの5回であり、しかも相手は全て彼より格下だった。

 そしてそこにクラウンは一つの懸念を抱いている。もし自分より遥か格上の力を持った魔導師と遭遇した時、暗殺しか勝つ手段がない程の相手だった場合……本当に自分は、その相手を殺す事が出来るのだろうかと……

 

「それで、良いと思う」

『え?』

 

 重い思考に向かっていたクラウンに、なのはの穏やかな声が聞こえてくる。

 

「……人の命って重いものだよ。犯罪者でもね。だから私は、殺す覚悟ってのを否定はしないけど……尊敬は出来ないかな? 敵も味方も……どちらの命も守る。そんな殺さない覚悟の方が、私はずっと立派だと思う」

『……』

「だからクラウンは凄いと思うよ。凄く難しい道を頑張って歩いてる……私は、クラウンの事尊敬するよ」

『……ありがとう』

 

 クラウン……いや、クオンに覚悟、再び武装隊に戻ろうと言う気持ちをくれたのは、本人は知らないだろうがなのはだった。自分より遥かに幼い少女が、真っ直ぐ前を向き多くの人を守ろうとしている姿を見て、彼は再び戦場へ戻ろうとした。結果としてクオンは表舞台から消える事になったが、その後に決意を固められたのはなのはが自分を変えてくれたからだと思っている。

 

「……私は……最初は嬉しかった」

『……うん?』

「私は凄く運動音痴でさ、勉強も得意な教科はあったけど特別出来るってわけでも無く、これと言った趣味や特技がある訳でも無かった。自分には何の才能も無いんじゃないかって、そんな事を考えた事もある」

『……』

 

 静かな声で語り始める言葉。声は穏やかに感じるがどこか寂しげで、聞き様によっては懺悔の様にさえ聞こえる。夜空に輝く星を見つめながら、なのははクラウンにある一つの感情を吐露する。

 

「……アリサちゃんもすずかちゃんも凄い子達で、私だけ置いてかれるんじゃないかて不安がいつもあった。だから、ユーノくんと出会って、魔法が使えるようになって……初めは凄く嬉しかった。まるで自分が特別な存在になれたみたいで、これが私の才能なんだって舞い上がった」

『……地球には魔法技術は無いからね。そう思うのも無理は無いよ』

「……うん。でも戦いが続く中で、自分は多くの人の命を守ってる。物凄く大きな責任の中に居るんだって気が付いた。舞い上がってた自分を戒めて、信念をもって前に進んで行こうと思った」

 

 そこまで話し、なのはは一度下を向く。そして数秒たってから再び顔を上げ、恐らく本題であろう言葉を口にする。

 

「いつからだったんだろうね……たぶん管理局に入った瞬間からかな? 皮肉な事だよね。勘違いだって思ってたのに、私は周りにとっても特別だったなんてさ。天才魔導師……未来のエース……エースオブエース……いつからだろう? 初めて会う人が、よく知らない人達が『高町なのは』じゃなく、勝手に作り上げた『理想の天才魔導師』を見てくるようになったのは……」

『……噂がひとり歩きして、いつの間にかなのは隊長自身より、大きくなっちゃったんだね』

「……うん。私は世間が思ってるほど無敵のエースなんかじゃない。戦いはいつだって怖いし、どうしたら良いのかいつも迷ってる。だけど、それを親しい人以外には見せられなくなっちゃった……私の背中を見る沢山の人が居て、弱音なんて吐けなかったなぁ~」

『……そっか。でも、何でそんな話を俺に?』

 

 それは本当に重大な話だろう。いや、勿論クラウンにとってなのはは、怪物などでは無く一人の女性。悩む事もくじける事もあるだろう。しかしそれを自分に話す理由が分からなかった。フェイトやはやて……親友達ならともかく、出会って数ヶ月しか経っていない自分にそんな弱味を打ち明ける理由がない筈だ。最初に感じたのと同じ、何故こんなにも信頼を向けられているのかという疑問。今隣に居るのはクラウンであって、クオンでは無い筈なのに……

 

「……地球で話した時に、クラウンがクオンさんに似てるって思った理由が分かったから。クラウンは私の事を天才魔導師として見てないよね? ただの一人の女の子として、当り前の様に心配してくれる。クオンさんもそうだった……私に憧れたって言ってくれたけど、一歩引いたり壁を作ったりしなくて、本当に友達みたいに話しかけてくれた」

『……』

「だから、かな? 大事な仲間として……知っておいてほしかったのかも」

 

 今のクラウンの仮面に隠された表情は何と表現すればいいのか、瞳は大きく揺れ今まで誰にも見せた事がない程動揺していた。真っ直ぐ告げられる信頼の言葉、向けられる明るい笑顔。8年前にすぐ傍にあった何よりも眩しく、暖かな瞳……

 まるでそれが自然な事の様に、クラウンの手は動き仮面を外す。

 

「……なのは……さん……俺は……本当は……生き……」

「そうだ! 折角だからもう一つ聞いても良いかな?」

「ッ!?」

「あ、ごめん。今何か言いかけてたよね?」

「……ううん。何でもないよ。それで質問って?」

 

 それはまるで喜劇の様なタイミングだった。道化の生き様を笑う様に、その小さな声は届けたい相手には届かなかった。或いは今、ほんの数秒……なのはが口を開くのが遅かったら、もう少しだけクラウンの声が大きかったのなら……8年という時を経て、二人が再会する舞台があったのかもしれない。

 それは、本当に……最後のチャンスだった。クラウンという道化師が、クオン・エルプスに戻ることのできる最後の……選択肢だったのかもしれない……

 

「これももしかしたら聞いちゃいけないのかもしれないけど、クラウンの左腕……地球で話した時、大切なものを守った結果だって言ってたよね」

「……うん」

「それって、相手は友達とかだったのかな?」

「そうだね。大事な、凄く大事な人だったよ」

 

 仮面は外したまま、穏やかな笑みを浮かべてなのはに答える。その脳裏には、かつて目の前の女性と赤毛の少女と過ごした日々が思い浮かぶ。

 あの一年間は彼にとって最も幸せな思い出と言える。あれ程笑顔で過せた日々は他にない。そう簡単に言い切れるほど、彼の過ごしてきた人生は幸福でも不幸でも無かった。

 

「凄く才能のある立派な人だった。心から尊敬したし、生まれて初めて自分の命より大切な存在だって思った。だから、考えるまでも無く体が動いたんだ。この人が無事なら、また笑顔で歩いて行ってくれるなら、それで良いって思ったんだよ」

「……その人とは?」

「……しばらく会わなかった。俺が希望して別部隊に異動して会わなくなった」

「なんで?」

 

 クラウンは微かに嘘を交え、自分の過去を話していく。本来ならあり得ない。彼は偽り欺く道化師であり、その外殻は嘘で塗り固められている。クラウンは嘘をつく事に躊躇いは無い。事実自分の正体を悟らせぬように、機動六課においても巧みに嘘をつき続けている。

 しかし彼も人間だ。クラウンには世界に三人だけ、嘘をつきたくない、嘘をつく事が辛い相手が存在する。一人は目の前に居る、命をかけて守ろうとした相手……高町なのは。二人目は迷うことなく親友だと口にする事ができる……八神ヴィータ。かつてヴィータに以前会った事があるかと問いかけられ、その時に嘘をついた時は胸が貫かれる様に痛かった。そして最後の一人は、暗闇の中で道を指し示してくれた生涯忘れ得ぬ大恩があり、彼にとって8年を共に過ごしたパートナー……オーリス・ゲイズ。その三人は、彼にとって特別な存在。自分の命より大切な三人。

 だからこそ、クラウンはその三人には嘘を出来るだけつきたくない。自分が不利になるとしても、可能な限り偽りたくは無かった。

 

「……その人は凄く優しいからね。俺が戻れば心から、喜んでくれた。片腕を失った俺を、全力で守ってくれたと思う。だからこそ、俺はその人には会えなかった……守られるだけの自分を許す事が出来なかった。だから、片腕でもしっかり戦える様になるまでは、守られるだけじゃなくて守れる様になるまでは……会わなかった」

「って事は……今は、会ってるの?」

「……この前、結婚式に出てきたよ」

「あっ! そっか、あの時に休暇を取ったのは……」

「まぁ、そう言う事だね」

 

 最後に心に走る痛みを無視しながら嘘をつき、クラウンは話を締めくくる。なのはも何らかの空気を察したのかそれ以上は何も言わず、少しの間沈黙が流れる。

 しばし夜空の星を眺めた後、クラウンは仮面を付けて立ち上がる。

 

『……じゃ、俺は見回りに戻るよ。なのは隊長も根を詰め過ぎない様にね』

「うん。ありがとう、クラウン。おやすみ」

『お休み』

≪あの、クラウンさん≫

 

 なのはと言葉を交わしてその場を立ち去ろうとしたクラウンに、レイジングハートが声をかける。クラウンも意外な相手の言葉を受け、不思議そうに首を傾げる。

 

『どうしたの?』

≪貴方も、少しお疲れの様に見えます。多くの仕事を請け負っているのですから、どうか無理はなさらぬように……ご自愛下さい≫

『……ありがとう。レイジングハート』

 

 レイジングハートの言葉に、穏やかにお礼の言葉を告げた後、クラウンはなのはに背を向けて歩いていく。まるで闇に向かって歩く様なクラウンの後姿。それを見えなくなるまで見送った後、なのはは静かな声で呟く。

 

「……なんでだろ? 性格とか全然違うのに、なんでクラウンが時々クオンさんと重なるんだろう? やっぱり……似てるのかな?」

≪……(いえ、似ているのでは無い。彼の魔力反応は、あまりにも一致する部分が多すぎる。まず、間違いは無いでしょう。しかし、私がそれをマスターに告げる訳にはいかない。8年の時を経て現れたあの方は……きっと並々ならぬ覚悟を持って、マスターの前に立っているのでしょう)≫

「さて、片付けしないとね」

≪……(貴方の覚悟を、私が踏みにじる訳にはいかない。私は貴方の正体について、誰にも語りません。私に出来るのは、ただ貴方の無事を祈るだけ。貴方はマスターだけでなく、私にとってもかけがえの無い友です。だからこそ、どうかご無事で……クオンさん)≫

 

 かつての光景が蘇る。メンテナンスルームに居るレイジングハートを訪ね。まるで人間と話す様に言葉をかけてくれた、優しく笑う男性の姿。

 

≪……(友……デバイスの私が、奇妙な事を考えますね。マスターや友人方と接するうちに、私も人間に近い感情を持つ様になったのやもしれませんね。どうか、貴方が望む未来を掴み取れますように……)≫

「レイジングハート?」

≪いえ、なんでもありません。さあ、データの纏めをしましょう≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い道を、クラウンは物想いにふける様に歩く。一つだけ響く足音は、彼の進む未来を表現するかのようだった。

 彼は、最後の選択肢に背を向けた。全てを捨て、逃げる事を選ばなかった。

 

『……色々難しいもんだよね。ロキ』

≪……≫

『……ロキ?』

 

 同意を求める様にデバイスに声をかけるクラウンだが、いつもはすぐに応えるロキは珍しく沈黙していた。滅多に見ない相棒の様子に首を傾げていると、押し殺す様な声が聞こえてきた。

 

≪……あの、腐れデバイス……私のマスターに色目使いやがって……≫

『……は?』

 

 怒りを堪える様な声に、まるでどす黒いオーラが見えそうな雰囲気。ロキが呟いた言葉に、クラウンは驚愕した後で仮面を外しながら話しかける。

 

「お、お前、一体何を……」

≪……何とか、何とか……秘密裏に始末する方法は無いものか……いや、でもあの売女デバイスはなのはさんの……ぐぬぬ、泣き寝入りするしかないんですか……≫

「あ、あの、ロキ……あ、いや、ロキさん? 物凄く物騒な言葉が聞こえるのですが……」

 

 あまりに変貌した相棒の姿を見て、クラウンは戸惑いながら……いや、怯えながら話しかける。

 

≪マスターもマスターです! 私というものがありながら、浮気するなんて!≫

「……初めて知ったよ。他のデバイスと話す事を浮気って呼ぶなんて……というか、なのはさんと話してた部分は何も言わないのに、なんで……」

≪人間は別にどうだっていいんですよ! 問題は、デバイスですデバイス! まさか、マスター……私を捨てて新しい(デバイス)に走る気じゃ……≫

「ほ、本当に何を……」

 

 今クラウンは、珍しく戸惑っていた。というのも、彼とロキは8年来……高性能デバイスになる前も含めれば、10年以上の付き合いだ。普段からクラウンとロキは憎まれ口を叩きあう仲で、クラウンとしても自分のデバイスとはそれなりに仲良くできていると思っていた。

 そう、それなりにである。嫌われてはいないと思っていたが、まさか自分のデバイスがここまで倒錯的な愛情を持っているとは、想像すらしていなかった。

 

≪マスターは、私を捨てるんですか!? やっぱり、もっと賢いデバイスが良いんですか!!≫

「い、嫌、俺のデバイスはお前だけだから、ちょっと落ち着け……」

≪ほ、本当に!? 嘘じゃないですよね! 私だけがデバイスなんですよね!≫

「も、勿論だ。生涯お前以外のデバイスを使うつもりはないから、だから落ち着いて……」

≪ッ!?≫

 

 クラウンとしては何とか暴走しているロキを止めようと、必死に告げた言葉だったが……どうやら、それは正解だったようで、あれほど騒いでいたロキの言葉が止まる。

 一先ずロキが落ち着いてくれ、クラウンはホッと胸を撫で下ろしながら、今後の取り扱いに注意しようと心に誓った。

 

≪……生涯、私だけ……マスターが、私に……プロポーズ……≫

「ふぁっ!?」

≪仕方ないですね。それならレイジングハートさんの愚行も許しましょう。(デバイス)として寛大な心を持たなければなりませんからね≫

「いや、ちょっと、待って。お願い、10分くらい時間を下さい」

 

 訂正しなければならない。クラウンは発する言葉を致命的に間違えた。いつの間にか先程の言葉を受け、ロキの脳内ではデバイスとしての妻は自分であると認識されたらしい。

 クラウンは真剣に頭を抱えた。裏の世界で生きてきた中でも、これ程まで困惑した事は無いだろう。皮肉なものか、彼の人生において最大のダメージを与えたのは……まさかの身内だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初にクラウンの正体に気がついたのは、レイジングハートでした。
ちなみに、デバイス以外で後一人、最終決戦までに気付く相手がいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話『月夜』

――新暦75年・???――

 

 

 静けさを感じる夜道を、一台のトラックが走る。運転席には幻術魔法で容姿を変えたクラウンの姿があり、その視線の端には通信モニターが開いている。

 

『……本当に行くの?』

「……オーリスさんは、反対ですか?」

『確かに、一度回収した医療系ロストロギアに発信機を付け、わざと掴んだルートに流れる様にして場所を割り出すのには成功したわ。今までとは比べ物にならない確率で、当りだとは思う』

「……」

 

 現在クラウンは、機動六課の寝室にダミーを置き抜け出してきている。無論緊急出動がかかる可能性と言うリスクもあるが、そこはオーリスが手回しをすれば何とでもなる。オーリスが危惧しているのはそれ以外の要因……調査の過程で掴んだ一つの情報だった。

 

「……死神、ですか? 二年前からパッタリ噂は途切れてた筈ですが……」

『……10日前、裏でそこそこ名の売れている情報屋が惨殺されたわ。拠点と思わしき廃ビルには30人を越える遺体があって、鋭い刃物の様な切り口で真っ二つにされている遺体もあれば、何かに押しつぶされた様に潰れている遺体もあった。そして極めつきは瓦礫に書かれていた「我が神に捧げます」の血文字……間違いないでしょうね』

「……確かに、このタイミングで二年間の沈黙を破って現れたのなら……楽観視は出来ない状況ですね。とはいえ、今さら引く訳にも行きませんが……」

 

 クラウンとオーリスも白き死神、ツクヨの名は知っている。最重要の危険人物として、誤って接触しない様に慎重に情報を集めた事もあった。しかしツクヨは二年前から急に現れなくなり、裏の世界では死んだのではないかと噂になっていたが……結局デマだったようだ。

 死神の名は有名だが、その戦闘方法は全くと言って良い程謎……戦った人間が全て死んでしまっている為、誰もその本当の力は知らない。更に現場に残った遺体も謎を際立たせる。切り裂かれバラバラの遺体もあれば、あちこちに穴が空いた遺体もあり、更には押し潰された遺体もある。故に武器すら分からない。唯一共通点があるのは、毎回遺体の傍に残される『我が神に捧げます』と言う血文字の存在。これが一体何を意味するかは分からないが、死神の象徴とも言える一文。それが今回見つかったと言う事は、オーリスの言葉通り死神が再び動き出した証拠……

 

『止めても無駄でしょうから、一つだけ約束して頂戴。死神と遭遇したら、戦おうとなんてしない事……絶対に逃げて』

「……絶対とは、約束できない……状況次第、ですね」

『……こんな所で死ぬなんて許さないわよ。絶対に成功させて』

「了解」

 

 あくまでまだ死神がクラウンを狙っているとは言い切れない。しかしタイミング的に考えると、可能性はやはり大きくなってくる。死神の推定戦闘力はオーバーS、クラウンの現戦闘力はA~AA-程……小細工なしにぶつかれば勝てる相手では無い。策を張り巡らせ、罠に誘い込み……ようやく互角と想定できる。

 オーリスとの通信を終えたクラウンは、夜の闇を静かに見つめながら小さく呟いた。

 

「……もし、お前が本当に死神で、俺に死を与えに来たとしても……今はまだ、その刃は受けてやれない。少なくとも、最高評議会を消すまでは……」

 

 虫の知らせ……いや、多くの修羅場をくぐりぬけてきたからこそ働く直感。オーリスもクラウンも、根拠は何も無いながら確信していた……今宵、道化師の前に死を伴う神が現れる事を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗く簡素な礼拝堂。管理していた神父が死去し、今は廃教会となっている場所。その通路に両膝をつき、真っ白な少女……ツクヨは祈りを奉げる。彼女の神への想いは尋常では無く、毎日三時間以上は必ず自らの神に祈りを奉げるほど信心深い。

 

「……我が神よ。何故、未だ私の前に現れて下さらないのですか……私の信仰が足りないのでしょうか? 心も体も命も、一刻も早く神に差し出したいと願っているのです。確かに私は二十四年ほどしか時を重ねていない未熟者、未だ我が神にご満足いただける程熟していないのでしょうか? 私はこの18年、我が神の事を想わぬ日はありませんでした。数多の命を奉げました。焼けつくほどの祈りを奉げました。あらゆる場で貴方の事を探し続けました。ああ、会いたい……我が神よ。どうか、私の前に現れて下さい。私に与えて下さい。憤りでも! 軽蔑でも! 嘲笑でも! 殺意でも! 劣情でも! どうか、愚かな我が身に向けて下さい! どんな物でも受け入れます、尽くします、奉げます。私の全てを……なのに、まだ足りないと仰られるのでしょうか? もっと強い供物を奉げるべきですか? もっと賢しい供物を奉げるべきですか? もっと美しい供物を奉げるべきですか? どうか……一言私に命じて下さい。私は貴方の為に動きたい……あ、ああ、そうか、そうなのですね! これは我が神が私に与えた艱難辛苦! 会えぬ苦しみを更なる信仰心へと変えよと、そう言う事なのですね!? それとも……まさか、私は我が神の意向に背いてしまっているのでしょうか? 私は大きく道を間違えてしまっているのでしょうか? ならばそれでもかまいません! どうか、私に大いなる罰を、厳しい叱咤を!? 私が間違っていると言うなら、どうか……私を正して下さい。お導き下さい……我が神よ。私は、いつまでも貴方の僕です。私の全ては貴方に……」

 

 ここがもし廃教会でなければ、周りの人間は即座に逃げ出していただろう。それほどの、誰が見ても異常な狂気を迸らせ、ツクヨは虚空に叫び続ける。

 これは、今回が特別なのではない……いつもの事だ。彼女は毎日、これ程激しい狂気を己の神に奉げ続けている。彼女の行動理由は、良くも悪くも神の為……その一つの理念しかない。それしか感情がないと言うよりは、その感情があまりにも凄まじすぎて、他の感情全てを飲み込んでしまっている。彼女は『壊れた人間』だ。壊れ、狂い、それが混ざり合って破滅したのでは無く、奇な事に確固たる人格を形成してしまった存在。

 ひとしきり狂気を滾らせ、気を取り直す様にツクヨは一度首を振って祈りながら、かつての自分に思いをはせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白き死神ツクヨ……彼女は環境が生んだ怪物……ではない。軋む様に不幸が折り重なり、その残骸からはい出てきた魔物と言う方が正しい。

 彼女は生まれた時にこそ一つの不幸を背負ったが、両親は愛を持ちツクヨを大切に育てた。ツクヨがまだ本当の名前で呼ばれていた頃、彼女はどこにでも居る少女だった。いや、むしろ他の子と比べて幸せな子供だったのかもしれない。明るく笑顔の可愛らしい、美少女と呼んで差し支えない整った容姿、そして裕福な家庭に恵まれていた。

 人生が狂い始めたのは、彼女が6歳の誕生日を迎えた時……管理局から逃走中の次元犯罪者が、彼女の住む家に押し入ってきた。そしてあっさり、あまりにもあっさり、彼女の両親は殺された。まず初めに家族を守ろうとした父親が、次にツクヨを抱きかかえていた母親が、凶刃によりあっさりとこの世を去った。彼女が状況を理解するよりも早く、次元犯罪者達の刃はツクヨに向き、数秒の後彼女も両親の所へ行く筈だった。しかし、間一髪犯罪者を追って来た管理局員が間に合った。いや……間に合ってしまった。

 

 一瞬のうちに両親を失い、心に大きな隙間が出来たツクヨは茫然としていた。そんなツクヨを気遣い現場に来た二人の魔導師は、色々な言葉をかけて元気付けようとした。そして、その内の一人が……口を滑らせる。

 

「君の両親が引き止めてくれたおかげで、この近くに住む多くの人達の命が救われた。あの方達の死は、多くの命を守った尊いものなんだよ」

「おいっ!?」

 

 それは完全な失言だった。大きな槍を持った魔導師が叫び、口を滑らせた魔導師も己の失言に気が付く。しかしもう、遅かった。両親の死を理解していない少女に、今ハッキリと認識させてしまった。両親は他の人の為の犠牲になったと、そんな意味に聞こえる発言をしてしまった。その言葉を受け止めるには、傷の入った少女の心はあまりにも脆い。

 一言、悪意の無いたった一言……それが、ギリギリ形を保っていた少女の心を壊した。

 

「……あは、はは、あはははは……アハ、アハハハハハハハハハハ……」

「ッ!? 大丈夫か! しっかりするんだ!」

「ぜ、ゼスト副隊長、すみません……俺……」

「謝っている暇があったら、すぐに医療班を手配しろ!」

「は、はい!」

 

 この事件をきっかけに、ツクヨは奈落へと加速度的に歩を進めていく事になる。それでもまだ、この時点までなら、ここで引き戻す事が出来ていれば……白き死神は生まれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親の死から半年が経過し、彼女を助けた魔導師の口利きでツクヨは聖王教会に引き取られることになった。そこならば、心に負ってしまった大きな傷を癒すのにちょうどいいだろうと……そしてこれが、彼……ゼスト・グランガイツが今も尚、後悔し続けている選択となってしまった。

 ゼストはツクヨの心の状態を甘く見過ぎていた。表面上元気にしていたのが偽りだと言う事に気付かなかった。一度壊れ歪な形に治った事で、ツクヨの心には巨大な隙間ができた。そして彼女は、その心の隙間を埋める拠り所を探した。

 そして……いつからかツクヨは、大礼拝堂で毎日祈りを奉げる様になる。初めは周囲は何も感じていなかった。魔法の勉強を始めた時も、ただ彼女が聖王教会のシスターを目指すのだと……ツクヨには凄まじい才能があった。歴代でも類を見ないほどの魔法の才能……周囲は天才だと持て囃し、大いに沸いていた。その時はまだ……

 

 異変に初めに気が付いたのは聖王教会の司祭。ある夜、礼拝堂でツクヨが祈りを奉げているのを見かけた。その時は、実に感心なものだと思ったが……翌日も翌々日も、ツクヨはその場所で祈りを奉げていた。そしてすぐに気が付いた……ツクヨが微動だにせず何日も祈り続けている事に……

 それは異様な光景だった。8歳の少女が、一週間に渡り眠る事も食事を取る事も無く、石像の様に固まったまま祈り続ける姿。多くの人間が彼女の祈りを止めさせようと声をかけた。しかし、ツクヨは一切声が聞こえていない様に固まったまま……司祭達は力尽くでもツクヨをその場からどかそうと、決意を込めて近付こうとした時、ツクヨは168時間の祈りから立ち上がる。

 

「……居ない筈がない。私を導いて下さる神が、居ない筈がない……」

 

 うわ言のように呟きながらフラフラと歩くツクヨの姿を見て、司祭達はある絶望的な事実を認識する。ツクヨの心に狂気が宿ってしまった事実を……

 それからツクヨは自分の部屋に閉じこもり、数多の世界の聖書を読みあさり始めた。その姿はもはや恐怖の対象でしかなく、教会の者達はツクヨを避ける様になっていく。一日に一度、食事を行う為だけに出てくるツクヨは、日に日に痩せていき肌も病的に白くなっていたが、誰も狂気の笑みを浮かべる彼女に話しかける事は出来なかった。

 

 ツクヨは必死に探した。己を導いてくれる神を……彼女が全てを奉げるべき存在を……しかし、数多の宗教書を読みあさっても、彼女の求める神は見つからない。ツクヨの求める神は全能ではなく、間違いも犯す。時に優しく、時に厳しく己を導いてくれる存在。しかし、彼女が満足できる神は見つからなかった。

 それもその筈だろう。彼女が本当に求めていたのは、神などでは無い。本人すら気付いていない。神に己の全てを奉げようと倒錯するのも、狂気を感じる程祈りを奉げるのも、全てはそれを埋めるため。そう、彼女が探しているのは……彼女と同じ感情ある存在で、暖かく彼女を包みこんでくれ、彼女の間違いを叱咤してくれる……そう、彼女はずっと両親の存在を己の神に求めていた。

 それが最も不幸な事だった。誰も彼女の心の内には気付かなかった……壊れ歪んでしまったツクヨの行動は、何もかも狂人のそれにしか見えなかったから。誰かが叱咤するべきだった。彼女を間違っていると、こうするべきなんだと叱りつけなかったから……彼女は救われなかった。

 

 そして歪んだ心は、更なる狂気を思考に宿す。ツクヨは己の神に出会いたかった。その為にどうしたらいいのか、必死に思考を巡らせた。神に近付けば、神と会う事ができるかもしれない。では、神に近付くとはどういった行為だろう……そう、多くの人を救う事。ツクヨはそれこそが己の神を探す唯一の方法だと結論を出した。

 しかし、ここで再度前提を見直そう。ツクヨの心は壊れ、歪になってしまっている。そんな滅茶苦茶な心が、人助けとストレートに答えを出す訳が無かった。

 頭に蘇るのは、あの言葉……自分の両親は多くの命を救い、犠牲になった偉大な英雄……つまり、両親二人の死で、周囲の多くの人間を救った……そう、つまり、死とは多くの人間を救う行為。人を殺せば、多くの人を救い神に近付く事が出来る。

 そんな常軌を逸脱した思考を導き出し……生まれ落ちてしまった。狂気の死神が。

 

 ツクヨの時間はあの時、両親が殺された時のまま止まってしまっている。それに気付く事が出来たのは、最終的にゼスト・グランガイツただ一人だった。そして、彼が気付いた時はもう、既に全てがくるってしまった後……

 闇に染まる礼拝堂。バラバラに切り裂かれた聖王像……巨大な錫杖を持ち、瓦礫の上に佇む少女。

 

「ぐっ……うぅ……」

「貴方には恩があります。恩人を殺しては、我が神も喜ばないでしょう」

 

 ツクヨが10歳の時、狂気は凶行に変わる。神へ供物だと言って、庭に動物の死骸を山の様に積み上げ笑うツクヨの姿を見たゼスト。歪んだ歯車は歪んだまま回り始め、それから一月後……ゼストはその凶行を止め、歪んだ心を引きもどそうとして、ツクヨと相対した。

 しかし、ゼストが気付けなかった数年間は……少女を化け物へと変貌させていた。ゼストは、勝てなかった。傷付けたくない相手であった事も原因の一つかもしれないが、10歳と言う若さでありながら……ツクヨは、もはやニアS、或いはオーバーSクラスの実力を有していた。

 膝をつき立ち上がれないゼストに背を向け、ツクヨは夜の闇に消えていく。己の神を探す為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王教会を去ったツクヨは、裏の世界に身を投じ瞬く間に死体の山を積み上げていった。彼女が殺人を犯す理由は三つ。一つ目は神へ捧げる供物として、二つ目は多くの人間を救う善行であると歪んだ解釈をして、三つ目はこれもまた神に捧げる金銭を稼ぐため……

 いつからか呼ばれ始めた白き死神と言う通り名……出会った人間は全て死ぬと噂される始末屋。それがツクヨに対する裏の世界の認識だが、実際には少し違う部分がある。

 ツクヨが13歳になり、裏の世界でも名が売れてきた頃、街を歩いていると声を掛けられた。

 

「あの」

「……はい?」

「これを落とされましたよ」

「コレ……ああ、数珠ですね。それは、態々ありがとうございました」

 

 ツクヨが落した数珠を持って近付いてきた黒髪の男性局員。同じ年ぐらいのその相手が数珠を乗せて差し出してきた手に、ツクヨは少し困った顔をしてから手を動かす。目の前にある筈なのに、数度ツクヨの手は虚空を切り、数秒かけて数珠に触れて受け取る。

 

「……えと」

「ああ、申し訳ありません。生まれつき目が見えませんので……」

「し、失礼しました」

「謝罪は不要です。むしろ、改めて私の方からお礼を……貴方の優しき心に感謝します」

 

 そう、ツクヨは生まれつき盲目である。しかしその分耳や鼻、そして気配察知能力が非常に発達しており、普段は持ち歩いている錫杖の音と魔力、その反響音と流れで物の形を見ている。本来なら数珠を取る事程度では手間取らないが……青年の目の前でいきなり錫杖を動かして音を出すのも気が引けたので、臭いでおおよその位置を探った為数度空を切った。

 

「お~い、クオン! 何してんだ!」

「あ、すみません隊長! それじゃあ、俺はこれで……」

「ええ……貴方の未来に、ささやかな祝福を……」

 

 去っていく黒髪の青年……クオンを見送り、再び歩きだしながら呟く。

 

「……嫌味の無い心地良い雰囲気の方でしたね。ああいった方が増えれば、私の仕事も減るのでしょうね」

 

 ツクヨは無差別に誰でも殺すと思われているが、実際はそうではない。無論クライアントのオーダー次第では致し方ない部分もあるが、例えば先の……クオンをターゲットにと言われたら、彼女は依頼の隙をついてクオンを逃がしたかもしれない。

 

 当事者達は気付かないまま、両者の再会は実に10年以上後になるが……しかし、確実に訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祈りを静かに終え、礼拝堂で白い影が立ちあがる。神を求める気持ちはどんどん強くなり、狂気だけが深くなってしまった悲しき少女。時が止まったかのように、10歳の頃からロクに成長していない体は……彼女の心のあり方を示しているのかもしれない。

 

「さて、参りましょう」

 

 錫杖の音を響かせながら、闇の中を歩く白。壊れて歪み、不気味な笑みしか浮かべ無くなってしまった少女……神は本当に彼女を救うのだろうか? それとも裁くのだろうか……その答えを知るのは、彼女の神だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話『死神の足音』

――新暦75年・???――

 

 

 市街地から離れひと気の無い道路。そこに止まるトラックに一つの影が近付く。足音を消す独特の歩き方、気配すら闇に隠す技量。確かな隠密技術が伺えるその人物は、トラックの荷台を開け中に入る。

 

「……待たせたわね」

「いや、さっそく打ち合わせをしよう」

 

 荷台の扉を閉めたドゥーエは、座っているクラウンの前に腰を落とす。二人の間には数枚の資料と大きな灰皿が置いてあり、一度互いに視線を合わせてから資料に目を通す。その用紙にはこれから潜入する場所の警備配置が記録されており、どちらも真剣な表情で記憶していく。

 

「ふざけた大きさね。まさか、郊外にこんな巨大研究所があったなんて……」

「表向きは医療器具の研究所らしいけどね。最先端医療センターに勤める職員ですら、この研究所の存在は知らないらしい」

「……忍び込むのは問題なさそうだけど……」

「ああ、それは俺も感じた。想定通りの計画で行くと、出る時にどうしても気付かれるか……」

 

 無論二人は今までも様々なシミュレーションをしており、潜入の際の計画はしっかりと決まっている。しかしリスクの無い計画は、残念ながら思い付かなかった。二人が考えた計画によって負うリスク……まず確定なのは、正体がばれてしまう事。次に不確定なのは……目的がばれてしまう事と追手が付いてしまう事。この二つはどちらかをあえて負う事により、片方のリスクを回避する事が出来る。無論二人が選んだのは、追手が付いてしまうリスクを負う事。

 その方法は言ってみれば単純なもの。最高評議会の情報が目的と悟られない為、別の目的で侵入したと誤認させる。幸いその研究所には違法ロストロギアが大量に保管されており、それを奪う事でそちらが目的だと思わせる。しかし当然ロストロギアの保管は厳重に行われており、クラウンとドゥーエを持ってしても、気付かれずに盗み出すのは難しい。

 

「相手の初動をいかに遅らせるか……警備室は?」

「そっちは俺の方が適任だね。俺が抑える」

「じゃあ、私は盗み出す方を担当ね」

 

 更に二人は打ち合わせを重ねていく。警備配置からの進入ルート、警報器の解除。流石に研究所内を巡回する全ての警備員を抑えるのは難しく、やはりスピード勝負となりそうだ。

 それを理解した二人は頷き合い、手に持っていた紙を灰皿に置いて火を付け燃やす。

 

「とりあえず、大筋はこれでいいわね。時間も有限だし、サブプランは向かいながらにしましょう」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ南部より数十km、そこには半径10km程の荒野地帯が存在する。ミッドチルダは山稜地帯等の一部を除き緑化に非常に力を入れており、こう言った荒野地帯はそれなりに珍しい。まるで森だった場所を荒野に変えた様な……不自然に綺麗な円状の荒野の中央には、一つの巨大な研究所が存在していた。

 最新鋭の警備システムに、希少素材がふんだんに使われた壁。通常の研究所と比べても遥かに巨大な、数千人の職員が居るのではないかと思えるほど巨大な研究所だが……実はこの研究所の存在を知る者は少ない。これだけ大きい研究所なら、普通は有名な企業や施設と提携している筈だが、この研究所はどことも提携はしていない。少量医療施設に機器を生成して卸す事はあるが、本当にそれだけだと言える。

 普通に生きる者には知る由も無いが、この研究所はたった三人の為にだけ存在する。最高評議会、通称三脳が、自分達の延命の為……いや、永遠に生きる術を研究する為に私財を投じて作り上げた採算を度外視した研究所。ここで働く者は、1000人程と規模に比べて遥かに少ないが、全て三脳の配下であり余所者は一人もいない。

 警備の面でも万全で、最新鋭の警備システムに全員実戦経験者で構成された警備員。本人以外では使用できない、指紋、声紋、網膜、三つの認証が必須の入口。正しく要塞と呼べるほどの警備態勢だが、実際にそこに勤務する警備員は非常に暇だった。そもそもこの研究所は一般に知られていない。だからこそ、起こる出来事と言えば……

 

「こ、ここで?」

「大丈夫。誰も来ないさ」

 

 通路の奥から聞こえてきた声に、見周りの警備員は大きく溜息を吐く。ああ、またか……彼の心に浮かんだ感想はその一言。実はこの研究所に置いて、見回り中に逢瀬の現場に遭遇する事はそれなりにある。理由は単純で、ここはミッドチルダから遠いのだ。車で片道3時間程……勤務シフトにはその辺りは考慮されているが、要はここで良い雰囲気になっても街まで時間がかかると言うのはカップルにとって厄介な問題。魔導師経験者が居れば転送魔法と言う手があるが、当然カップルが良い雰囲気になったタイミングと魔導師経験者の帰宅時間が一致する事などそうそうない。となると、特に若いカップルにありがちだが閉鎖時間後の研究所にこっそり隠れて事に及んでいる事がある。

 

「ほら、もっとこっちに……」

「は、恥ずかしいよ」

「……もう閉鎖時間は過ぎてますよ?」

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 警備員の男性が呆れながらに声をかけると、絡み合おうとしていたカップルは体を離し、慌てて乱れた服を整え始める。予想通り20代位の若い研究者のカップル。警備員は再び大きな溜息を吐き、手に持っていた懐中電灯と卸してから口を開く。

 

「困りますね。こんな時間に残っていられては……」

「す、すみません」

「……ごめんなさい」

 

 口頭で一度注意をしてから、警備員は二人が服を整え終わるのを待つ。それでも今回は早期に発見出来たので、このまま警備員用の出口から出てもらえば大丈夫。もっと事が進んでいれば、警備室で説教だっただろうが……

 

「きゃっ!?」

「おっと、大丈夫ですか?」

 

 靴に足が引っ掛かったのか、女性がバランスを崩して倒れそうになり、警備員が受け止める。思わず乱れた胸元から覗く肌色に目を奪われたが、警備員は慌てて首を振る。

 

「さあ、立てますか?」

「はい……ありがとう……ございます」

「ッ!?」

 

 それはほんの一瞬の出来事だった。女性を起こそうと警備員がその顔を覗き込み、女性と目があった瞬間……女性の目が一瞬光った。そしてその光を受けた警備員の目は、急に焦点が合わず虚ろになっていく。

 ふらふらと体を動かす警備員の前で、女性は何事も無かったかの様に立ち上がる。そして女性が指を動かすと、警備員は無線機を手に握り口元に移動させる。

 

「……こちらC区画、異常なし」

「……こちらCくかく、いじょうなし」

『異常なし了解。一度警備室に戻ってくれ』

 

 警備員はまるでオウムの様に女性の言葉をそのまま繰り返し、警備室に異常がない事を伝える。そしてそのまま虚ろな目で直立している警備員を見ながら、女性は大きく溜息を吐く。

 

「……納得いかない。何で俺が女性役? 普通逆じゃない?」

「しょうがないでしょ、適材適所よ。それにしても魔法って便利なものね」

「催眠魔法なんて、普通にバリアジャケット着てたり、ある程度魔力耐性がある人間には殆ど効かないし、そんなに役には立たないけどね」

 

 若い男女の研究員……その姿がブレ、それぞれ男性はドゥーエに女性はクラウンに戻る。

 二人は十分にプランを話し合った後、先程まで変装していたカップルを催眠魔法で操り、備品の搬入口から内部に侵入した。本物のカップルは二人のいる場所の奥で眠っている。

 二人がこの様な手間のかかる方法で侵入した理由は三つ。先ずは物品の搬入作業を統括する二人の研究者に催眠をかける事で、入口の厳重な検査を通らず物品として侵入する為。そしてもう一つは、二つ目は警備員の持っている巡廻用の特殊カードキーを手に入れる為。そして最後に警備室の入場が網膜と声紋の認証なので、化けるより本人を使った方が楽だと言う理由。

 ともあれ二人はまんまと厳重な警備の研究所に侵入し、警備員を一人確保する事が出来た。

 

「……それじゃ、手筈通りに私はデータルームを目指すから、サポートよろしく」

「ああ、動くタイミングはこちらで指示を送る」

 

 ドゥーエが警備員の懐からカードキーを奪い取りながら呟き、クラウンはそれを聞いて頷いた後で指を振る。すると虚ろな目の警備員が踵を返して廊下を進み始め、クラウンはその後ろを姿を消して追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所警備の中心である警備室。大型のモニターには各所の映像が映っており各所の様子が映し出されている。この警備員室には、巡回中の警備員を除き実に20人の警備員が勤務している。しかし現在警備室は人が大勢いるとは思えないほど静かだった。

 20人の警備員は全員……眠っていた。ある者はデスクに伏しながら、ある者は床に横になりながら、全員当り前の様に夢の中に居た。そしてモニターの前に佇む影が一つ。

 

『……進路の指示を頼むわ』

「そのまま真っ直ぐ、次の角を右……その先の扉のセキュリティを解除するよ」

『了解』

 

 ドゥーエからの通信を受け、クラウンは警備室でセキュルティを操作していく。催眠魔法をかけた警備員を連れ警備室に辿り着き、強力な催眠魔法で全員を眠らせた。非常に順調な流れと言えるが、必ずしもそう言う訳ではない。

 先の内容と矛盾する様な物言いではあるが、催眠魔法は非常に弱い魔法だ。幻術魔法の派系と言える魔法であり、魔力によって幻影を生みだすのではなく、魔力を干渉させる魔法。しかしその効果こそ強力だが、凄まじくデリケートな魔法であり、僅かなズレで効果が表れなくなる。その為、魔力を防御するバリアジャケットや、大きな魔力を持った相手に使うと、放った魔力が乱れて効果が表れない。その為この魔法が有効な相手は、バリアジェケットを纏っておらず、かつAランク以下の魔力量の相手位と……非常に使い勝手の悪い魔法。

 しかもこの魔法はそれほど長くは続かない。最大で20分程度と、条件と扱いの難しさに見合わない。実際クラウンも自分以外で使っているのは見た事がない。と言うかほとんど彼のオリジナル魔法だ。

 とまぁ、非常に不便な魔法ではあるのだが、無論クラウンがこうして使用している以上メリットも存在する。先ずその即効性、特にリンカーコアを持たない相手に対しては一瞬で術中に嵌める事ができる。そして何よりこの魔法は後の検査でばれる可能性が低い。睡眠薬などの反応も現れない為、当人達もうたた寝したとしか思わない……対象が数人であればの話だが……

 

『この先、巡回の警備員が居るわ……どかせる?』

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 再びドゥーエからの通信を受け、クラウンは懐から変声機を取り出し、警備室の無線機を取る。

 

「こちら警備室。A区画巡回者、どうぞ」

『こちらA区画巡回者、どうぞ』

「B区画巡回者と連絡が取れない。警報なし、無線機故障の可能性あり。確認を願う、どうぞ」

『B区画巡回者連絡なし、警報なし、無線機故障の可能性了解。現地に向かいます』

 

 クラウンが警備室の連絡担当になりすまし、ドゥーエの進路上に居る警備員を別の場所に移動させる。モニター上に映るドゥーエが移動するのを確認しながら、クラウンは警備室の時計に目を移す。現在8分が経過しており、残りは12分。時間的にはギリギリと言っていい。

 少しでも時間短縮を図る為、クラウンは素早く端末を操作して必要な情報を表示していく。

 

『着いた。機密室前……パスワードは?』

「数字20桁……8、6、4、4、3……」

『8、6、4、4、3……』

 

 ドゥーエにパスワードを伝えながら、クラウンは機密室内のセキュリティを解除する。こうした研究所に置いて、最も機密性の高いデータは独立した端末に保存される事が多い。外部との接触を可能な限り断ち、データはチップ等に保存してやり取りする。原始的とも言えるが、これが一番機密漏えいが少ない方法でもある。

 

『……見つけた!』

「どう? 目当てのデータはある?」

『ええ、大当たりよ。最高評議会の使用している医療ポットの詳細データ。そして何より、奴等の側近の名前……すぐにコピーするわ』

「ああ、こっちもカモフラージュ用のロストロギアを回収する……打ち合わせ通り、地下駐車場で」

『了解』

 

 ドゥーエが目的のものを確保した事を確認し、クラウンは警備室の機器をいくつか破壊。速やかにその場から撤退する。

 そして駐車場に向かう道中で、ロストロギアが保管されている倉庫に立ち寄り、小型のものを中心に盗む。そのまま駐車場を目指して廊下を進んでいると、赤いライトと共に警報が鳴り響く。

 どうやら警備室の人間が目覚めたらしく、緊急警報を鳴らしたのだろう。しかし、通信機器は破壊しておあるので、対応は遅くなり十分に間に合う。後は追手をまくだけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、このまま簡単に逃してくれそうにはないわね」

「まぁ、向こうもお仕事だからね」

 

 トラックでは無く、警備員の自家用車に紛れこませる為に用意したファミリー用の車に乗り、クラウンとドゥーエは荒野を走る。やはり想像通りと言うかなんというか、追手はついてしまった様で……走る車の後方から、数台の黒塗りの車が追ってきている。

 

「てか、警備用車が黒塗りって趣味悪いねぇ……」

「言ってる場合? 読み違えたわね……改造してる」

「……そうだね」

 

 二人にとってこの状況は予定通りのものだったが、一つ読み違えたのは……追手の車は改造してある様で、こちらの車より速度が速いという点。徐々に距離が詰められてきてえおり、車内のミラーにライトの光が映り始める。

 

「……しょうがない。ドゥーエ、後部の座席はがして……」

「了解……あら、ライフルじゃない。良いのかしら? 管理局員が質量兵器なんて持ち出して」

「だから正規の局員じゃないんだって……威力凄いやつだから、ちゃんと動力部を狙ってよ」

「ふふふ、悪い人ね。綺麗事ばかりじゃないとこ、結構好みよ」

 

 使えるかどうかなど確認しない。ドゥーエもこの道のプロだ。当然質量兵器の取り扱いも一通り修めている。

 クラウンの言葉に微笑んだ後、ドゥーエはサンルーフから身を乗り出し、ライフルを構える。ちゃんと夜である事を考慮し、ナイトスコープも取り付けられているライフルで照準を合わせ……引き金を引く。

 銃声と共に追手の車の一つがふらつき、スリップする様に停止する。ドゥーエは止まった車に構う事は無く、次々車の動力を撃ち抜いていく。腕前は凄まじく、ドゥーエは一台の車に付き1発ずつで完璧に追手を沈黙させた。

 

「……お見事」

「良い銃ね。全くブレないわ……これ、頂戴」

「駄目」

「あら、残念」

 

 冗談の様に告げながら、ドゥーエは後部座席にライフルを放り投げ、助手席に座り直す。ここは研究所から5kmは離れている。駐車場の車をすべて破壊する時間は無かったが、これ以上の追手は無いと考えても問題は無いだろう。相手も待ち伏せの可能性を考慮しないとは思えない。つまり、この一連の戦いは……クラウンとドゥーエの勝利となった。

 後はこのまま予定のポイントまで移動して、車を乗り換えてしまえば終わる。そんな考えが二人の頭によぎった瞬間。クラウンの胸元から緊迫した声が聞こえてくる。

 

≪魔力反応! 急速にこちらに接近してきます!≫

「「ッ!?」」

≪なんて強大な……推定魔力値、オーバーS!≫

「何ですって!? 今日の警備配置に魔導師経験者は居ない筈じゃ……」

「いや、違う。警備員じゃない」

 

 告げられた推定魔力値は、まぎれも無く最上位魔導師のもの……しかし、クラウンとドゥーエが、そのレベルの相手を調査し忘れる事などあり得ない。となれば、今接近しているのは、研究所の警備員では無く別の存在。それは、つまり……

 

「……白き死神か……」

≪恐らくは……≫

「最悪ね。最近動き出したとは聞いてたけど、まさかこんな所で……どうするの?」

 

 車内に先程とは一変した空気が流れる。相手は推定オーバーSの魔導師で、この場所は開けた荒野。正直逃げ切れるとは思えない。かといって戦闘になった場合、勝ち目があるかと言えば……それも難しい。クラウンもドゥーエも戦闘より潜入に向いたタイプであり、正面きって戦うのは得策ではない。しかし、このままでは追いつかれてしまう。ならば、もはや方法は一つしかない。

 

「……ドゥーエ、運転任せる」

「貴方、まさか……」

「俺の方がまだ勝率はあるし、転送魔法もある……俺が迎え撃つ」

「……」

 

 クラウン、ドゥーエ共に勝率は低い。総合力で言えば、クラウンの方がドゥーエより強い。二人が今最も避けなければならないのは、重要なデータが入ったチップを奪還ないし破壊される事……となれば、一人が足止めを行うのが確実な手段だろう。

 ドゥーエもそれは分かっている。分かっているからこそ、悔しそうに唇を噛んで沈黙する。

 

「……分かった。借り一つにしておくわ」

「ああ、頼む」

「……貴方の命は、先に私が予約してるのよ……死ぬんじゃないわよ」

「……ああ」

 

 短く言葉を交わした後、クラウンは扉を開けて車から飛び降り、ドゥーエは運転を引き継ぐ。そのまま最高速度で離れていく車を見送った後、クラウンはバリアジャケットを展開し、視線を夜の空に移す。煌めく星の光りの元……それはクラウンの視界に現れた。

 夜の闇の中でさえ輝く、白い魔力光……その光はクラウンのを確認すると、即座に状況を理解したのかスピードを落とし、緩やかにクラウンの前に着陸する。

 色が抜けてしまったかのような白い髪、白磁と言うより病的と表現する方が適切な白い肌。ミッドチルダでは見慣れない真っ白な衣装に身を包んだその姿は、正しく白一色の少女。

 少女の手にある錫杖が地面に当り、一度鈴の様な音を響かせる。

 

「……静かで良い夜ですね。死出の旅には、相応しい」

 

 それは美しく響く。まるで楽器の様に透き通る声。穏やかながら寒気を感じる笑みを浮かべ……白き死の化身は今、クラウンの前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。