力と心の軌跡 (楓と狐)
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序章
3月31日 入学式


この話は女オリ主ーーリア視点です。


 帝都《ヘイムダル》より東に存在する近郊都市《トリスタ》。ここトリスタにはドライケルス大帝が建てたとされている士官学校が存在する。トールズ士官学院。その名前は有名で、多くの卒業者が軍に進んでいる。また、《貴族》と《平民》の身分関係なく学べる場所としても有名である。身分社会の帝国では珍しい学校だろう。今日、そのトールズ士官学院で入学式が行われる。

 帝都よりやってくる列車が駅に到着するころ、町の西口の街道より私は《トリスタ》に到着した。何度か来たことのある街なので、雰囲気や建物の位置関係は覚えている。もちろん、今日入学するトールズ士官学院までの道のりもわかる。

 

「少し遅れたかな」

 

 時間を確認すると、到着を予定していた時刻から10分ほど進んでいる。入学式には余裕で間に合うが、あまり寄り道はできないかもしれない。このまま学院に向かうべきだろう。

 駅の入り口の近くを通ろうとしたとき、金髪の女子が黒髪の男子にぶつかったところを目撃した。どうやら金髪の女子がよそ見をしていたみたいだ。

 私は黒髪の男子を心の中で応援した。その子、かわいいから頑張って付き合うといいよ。まして、入学式に背後からぶつかられたのだ、物語ならヒロイン確定だ。まあ、現実はそう上手くはいかないだろうが。

 それにしても女子の金髪は綺麗だ。彼女の髪は腰のあたりまで綺麗な髪が伸びている。それに対し私の栗色の髪は手入れをあまりしておらず、動いたときに邪魔にならないような長さにしている。私も髪には気を付けた方がいいのかもしれない。

 私は先ほどの2人が別れたのを確認してから、再び歩き出す。決して夢中になっていたわけではない。少し興味があっただけだ。結果的に黒髪の男子は名前を聞かず、応援していてがっかりした。黒髪の男子には一緒に学校へ行こうと金髪の女子を誘ってほしかった。

 

「人の恋路は邪魔するなかれってね。余計な手助けは不要かな」

 

 今後、2人が知り合いになる可能性も低いだろうし、余計なことはしないほうがいい。

 ふと、視界に入る男子学生の制服姿が気になった。彼の制服は白が基調の制服だった。他の男子を確認すると緑が基調である。視界に入る大半の学生が白か緑の学生服を着ていた。それに対して私や金髪の女子、黒髪の男子が着ていた制服は赤を基調としたものだった。この色分けにどういった意味があるのだろうか。もしかしたらクラス分けに関わってくるのかもしれない。そしたら金髪の女子と黒髪の男子は同じクラスだろうか?

 

「気にしたってしょうがないか」

 

 私は考えるのを止め、再び歩き出そうとした。しかし、視線の先にある光景が私を歩かせなかった。視線の先には中央広場のベンチがあり、そのベンチの上で赤の制服を着た銀髪の女の子が寝ている。あれは起こしたほうがいいかな。あのまま寝ていて遅刻したらいけないし、何よりスカートであの体勢はまずい。

 

「……ふわぁぁ~~……」

 

 起こそうと近づこうかと思ったとき、少女は体を起こし伸びをした。どうやら起こす必要はなくなったようだ。起こそうとしたのは余計なお世話だったのかもしれない。

 

「ん……そろそろ行かなきゃ」

 

 そうつぶやいて彼女は学院のほうへ走り去った。なんだか猫みたいな子だった。同じクラスになったら友達になってみたい子だ。赤の制服を着ていたし、同じクラスになれることを期待しておこう。

 

「それにしても、一瞬こっちを確認していたような……」

 

 気にしても仕方がないと思い、走り去った彼女と同じ方向に私は歩き出した。トールズ士官学院はこのまま直線に進めばつける。

 

 

 

「あのー、これってどういうことですか?」

 

 士官学院についた私は目の前の光景に驚きを隠せない。同じ学年であろう赤い制服を着た男子が、小さい女の子相手に正座して謝っている。傍から見て謎な光景である。

 

「ははは、今は気にしないでいいよ。それより、名前を聞いていいかな?」

「……リア・ケルステンです」

 

 つなぎを着た太った男子は質問に答えてくれず、こちらが逆に質問された。名前を聞いたつなぎの男子は手に持っていた用紙にチェックを入れる。名簿表みたいなものだろうか。

 

「申請していた武器は短剣だね。今、出せるかい?」

 

 私は腰から短剣を取り出す。街道を歩いてくるときに戦闘に使っていたものだ。私は格闘技を学んでいないので、魔獣相手に素手で挑めない。素手で挑んだ日には返り討ちに合うだろう。短剣は長年使っていた護身用武器でもある。今は護身用にアレンジを加えて、戦闘用になっている。

 

「いったん預からせてもらうよ。ちゃんと後で返されると思うから心配しないでくれ」

 

 私は頷いて、短剣を手渡した。いつも常備していた短剣がないと少し不安に駆られる。自分にとって短剣がどれほど身近なものだったか理解させられる。

 

「入学式の会場は向こうの講堂だから間違えないように」

 

 つなぎの男が指さす先には体育館のような建物。あそこが講堂なのだろう。制服を着た男子が入っていくところが見える。

 

「トワもそこらへんにしときなよ。彼が入学式に遅れるから」

 

 トワと呼ばれた少女は怒るのをぴたりとやめた。少ししてから、彼女は時計を見て、時間を確認した。その間、怒られていた男子生徒は土下座のまま、ちらちらとその様子をうかがっていた。

 

「わわ、もうこんな時間」

 

 彼女はあわてたよう、金髪の男子へ入学式の会場を教えている。少女はやっぱり先輩なのかな。緑の制服を着ているし、道案内もしている。飛び級の可能性もあるが、この学校はそんなの認めているのだろうか。

 

「そこの栗色髪の子。一緒に行こうぜ」

「へ?」

 

 気が付くと目の間に怒られていた男子が立っていた。どうやら少しぼうっとしていたようだ。

 

「時間がないからそうするといい」

「そうだね。行く方向も同じだし、いいんじゃないかな」

 

 つなぎを着た男子とトワさんが勧めてくる。いや断ってないし、いきなり言われてびっくりしただけだ。それに、何もしなくてもこの男はついてきそうな気がする。つけまわされるよりは一緒に行くほうがましだろう。

 

「はあ、わかりました」

「ため息はひどくないか……」

 

 思わずため息が出てしまった。金髪の男子には申し訳ないことをしたな。1人で旅をすることが多いので、他人と歩くのに少し抵抗がある。1人に慣れすぎたかもしれない。

 

「とりあえず、行こうぜ」

 

 金髪の男子の誘いに私は頷く。立ち直りの早い男子でよかった。まあ、彼も冗談で言ったのだろうが。

 

「あ、そうそうーー《トールズ士官学院》へようこそ!」

「入学おめでとう。充実した2年間になるといいな」

 

 私たちが歩き出すとき、トワさんとつなぎを着た男子が言葉をかけてくれる。私と金髪の男子は一礼して歩き出した。

 

 

 

「ーー最後に君たちに1つの言葉を贈らせてもらおう」

 

 入学式の学院長の挨拶も終盤に差し掛かった。私は指定された一番後ろの席でその話を聞いていた。先程、一緒に来た金髪の男子ーーテオ・フォイルナーは真ん中の列の一番右の席に座っている。先程から顔が下を向いて動いていないので寝ているのだろう。入学式の最中に寝るなんてありえない。

 1番前の2列に白色の制服を着た生徒が座っていて、残りの席に緑と赤の制服が混じって座っている。この様子だと白色の制服を来ているのは《貴族》生徒だろう。貴族が平民より後ろに座るというのは、帝国では問題がある。気にしない人もいるが、貴族の中ではプライドのたかい人もいる。そういった配慮もあるのだろう。

 

「若者よーー世の礎たれ」

 

 今までで一番大きい声を出すヴァンダイク学院長。今のが私たちに贈りたい言葉なのだろう。

 

「世という言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの2年間自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい」

 

 ワシのほうからは以上である。そういって学院長の挨拶は終わった。一気にハードルを上げられた気がする。単なるスパルタ教育よりもはるかに難しい。いままでにしてきた2年間の旅でも、その答えは見つからない。この学院で過ごす2年間で私は見つけられるのだろうか。

 

「以上で《トールズ士官学院》、第215回・入学式を終了します」

 

 貴族風の男性教官が入学式の終わりと今後の指示をする。どうやら指定されたクラスへ移動しなければならないようだ。しかし、クラス分けは入学案内書に書かれていなかったはずだ。入学式に発表されるものと思っていたが違うかったみたいだ。

 

「どうやら赤い制服を着ている奴には伝えられてないみたいだな」

 

 テオが私に近づいてきていた。まわりを見渡すとテオの言うとおりだった。私とテオを含む11人の赤い制服を着た生徒が困っていた。

 

「はいはーい。赤い制服の子たちは注目~!」

 

 気が付くとみんなの前にサラさんが立っていた。彼女の姿を見るのは2年ぶりだ。相変わらずのようで少し安心した。しかし、これからのことを考えると不安が残る。

 

「ーー君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」

 

 ほら、やっぱり。特別オリエンテーリングの内容はきっと面倒なことだろう。だって、あのサラさんだし。旅に出る前もサラさんにかなり巻き込まれた。今回も同じようなものだろう。

 

「それじゃあ全員、あたしについて来て」

 

 サラさんは一人、講堂の外に歩き出す。それに困惑しつつも赤い制服を着た生徒はついていく。残っているのは私とテオだけになった。

 

「はあ、行きたくないなあ」

「それには同意するが、行かないとダメだろ」

 

 テオの言葉にしぶしぶ頷き、歩き出す。テオも私の横をついてきた。1人で黙々と歩くよりは話している方がいいので、とくに文句は言わない。

 

「そういえば、朝はなんで怒られていたの?」

「あぁ、あれか……あれは、あの生徒会長を年下扱いしたからだな」

 

 少し間をあけて話し出すテオ。小さい女の子を年下扱いして怒られたのだろう。そりゃあ、身長をコンプレックスに思っている人に年下扱いはまずいだろう。私も飛び級かを考えていたから人のこと言えないけど。今後、あの会長を年下扱いしないように気を付けておこう。

 

「って会長!?」

「意外だろ?さすがの俺も驚いたぜ」

 

 テオは笑いながら肩を竦める。嘘……ということはなさそうだ。学校の校門で私たちを待っていたのだ。案内の仕事、すなわち生徒会の仕事に関わっていることになる。どうやら、本当に会長のようだ。

 

「それにしても、年下扱いで土下座?」

 

 そう、私がテオを見つけたときにはすでに土下座をしていた。年下扱いで土下座はやりすぎだと思う。

 

「いや、頭も撫でたから正座させられて、その状態で頭を下げたら土下座になるだろ?」

 

 つまり、会長の頭をなでて、正座をさせられる。そこで、謝罪の意味を込めて頭を下げる。まあ、その様子は傍から見たら土下座に見える。というか土下座そのものだ。

 

「頭をなでたって、なんでそんなことしたの?」

「いや、会長が怒って少し頬をふくらました状態で、手をこぶしにして体の前で振っていたんだ。それに加えてこちらを睨んでいたんだが……それが身長の差で上目づかいに見えてな。かわいいと思って思わず手が出た」

 

 何をやっているのだろうかこの男は。正直、火に油を注いだようにしか見えない。土下座は自業自得だと思う。

 

「やって後悔はしなかったな。むしろやってよかった」

 

 テオはちっとも反省をしていなかった。今度、会長にあった時に言っておこう。反省はするべきだ。

 

「おっと、到着したみたいだぜ」

 

 視線の先には古びた建物が建っていた。旧校舎といったところだろうか。ここが私たちの教室ということはないだろう。座学に使える状態ではなさそうだし、なりより魔獣の気配が少しする気がする。私の気のせいかもしれないが。それでも1つ言えることがある。

 

「ほんと嫌な予感しかしない」

 



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3月31日 特別オリエンテーリングⅠ

今回もリア視点です。
というより、テオの視点より、リア視点のほうが多くなる予定なんですけどね。


 旧校舎の中は薄暗く、あまり光が入ってきていない。入ったところには広い空間があり、ステージのようなものもある。サラさんはそのステージの上にあがり、中央のあたりに立つ。私たちはステージに上らず、サラさんの前にばらばらに集まった。

 

「ーーサラ・バレスタイン。今日から君たち《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ」

 

 このサラさんの一言でここにいる生徒に動揺が広がった。それもそうだろう。去年までこの学院は全部で5クラスだった。それも身分と出身でクラスを分けられている。それが今年より新クラスの設立をする。それだけだとよかったのだろう。だが問題は、身分に関係なく集められた生徒で構成されることだ。プライドの高い貴族生徒や貴族が嫌いな平民には無理なクラスだ。

 

「ーー冗談じゃない!身分に関係ない!?そんな話は聞いていませんよ!?」

 

 緑髪のメガネ男子がいきなり声をあげた。どうやら彼は気にするタイプなのだろう。

 名前を思い出そうとしていたサラさんに、緑髪のメガネ男子はマキアス・レーグニッツと名乗った。

 

「まさか貴族生徒風情と一緒のクラスでやって行けって言うんですか!?」

 

 どうやら貴族嫌いな平民生徒のようだ。でも、貴族風情とは思い切ったものだ。貴族が優遇されるこの帝国で、そんなことを言うと大変な目に合うことが多い。そのため、マキアスのような発言をする平民は珍しい。

 

「フン……」

 

 その時、マキアスの近くにいた金髪の男子がマキアスに聞こえるように挑発のような行動をした。それを見過ごすマキアスでもなく、マキアスの矛先は金髪の男子へと移った。

 

「“平民風情”が騒がしいと思っただけだ」

 

 “平民風情”といったのはわざとだろう。明らかに喧嘩を売っているような内容だ。正直、今喧嘩をするのはやめてほしい。

 

「ユーシス・アルバレア。“貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」

 

 私は金髪の男子の名前を聞いて驚いた。《アルバレア家》といえば四大名門の一つで、東クロイツェン州を治めている公爵家として有名だ。そんな大貴族の中の大貴族をこの《Ⅶ組》に選ぶとは、サラさんも何を考えているんだろう。

 

「だ、だからどうした!?」

 

 マキアスは大声を出して、まだ抗おうとする。腰が引けている状態で言っても、意味がない。もっと堂々としていなければいけない。これはもう止めるべきだろう。

 

「はいはい、そこまで」

 

 私が動こうとしたとき、ステージの上から声がした。どうやら先にサラさんが動いたようだ。サラさんを見るとこっちをみてウインクをしていた。どうやら動こうとしていたことがばれていたようだ。

 

「色々あると思うけど文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」

 

 ようやく本題に入るようだった。本題に入るまでが長かった気がする。少し《Ⅶ組》と話した後、サラさんはステージの奥へと下がっていった。

 

「ーーそれじゃ、さっそく始めましょうか」

 

 そういってサラさんはボタンを押すような仕草をした。途端に足元より嫌な予感がした。私はとっさにその場より後ろに飛びのいた。この予感には従った方がいい。2年間の旅で学んだことだ。念のため腰に手を伸ばし、短剣を抜こうとするが空振りに終わる。そういえば、短剣は校門で預けたんだった。

 前を見ると先程まで《Ⅶ組》が立っていたところに大きな穴ができていた。どうやら床が傾いて滑り台のようになったみたいだ。この場にいる4人以外みんな落ちていったのだろう。ここに残っているのは私とサラさん、テオに朝見かけた銀髪の少女だ。サラさんはステージにいたので巻き込まれない。というか、落とした張本人だ。テオは私と同じくとっさに飛びのいたみたいだ。銀髪の少女はワイヤーを使って梁からぶら下がっている。

 

「ーーこらあんた達。サボってないであんた達も付き合うの。オリエンテーリングにならないでしょーが」

 

 どうやらこの穴の下に降りなければいけないようだ。サラさんが関係していることを考えると、あまりおりたくないのが本心なのだが。

 銀髪の少女とテオはサラさんと少し話してから降りて行った。私も早く追いかけないといけない。だが、その前に少しサラさんと話したかった。

 

「サラさん。お久しぶりです」

「……そうね。2年間の旅は楽しかったかしら?」

 

 一瞬、サラさんが寂しそうな表情をする。サラさんが寂しそうな表情をする理由は判る。でも、ごめんなさい。今はまだこのままでいさせてください。

 

「ええ。また、機会があれば話しますよ」

「その時は酒を片手に聞かせてもらうわ」

 

 サラさんは本当に変わりないようだった。酒好きのところも変わっていない。そう、変わってしまったのは私の方だ。

 私は逃げるように、穴の下に降りて行った。

 穴の下に降りるとちょうどみんなが起き始めているところだった。

 

「何あの体勢。あれはちょっとまずいんじゃないかな」

「多分、落ちるところを黒髪が金髪助けようとして下敷きになったんだろう」

 

 降りたとき前に広がっている光景を見て、私は驚きを隠せない。テオが状況の説明をしてくれてわかるのだが、下敷きのなり方が悪い。互いに向き合う体勢で金髪の女子が黒髪の男子の上に重なるように倒れているのだが……。黒髪の男子の顔が金髪の女子の……。やめよう。あんまり見ていると彼女に悪い。そういえば、あの黒髪の男子と金髪の女子は朝の駅でぶつかっていた2人だろう。応援をしていたがもう無理だろう。さすがにあれはやばい。

 少し後、ビンタの音があたりに響き渡った。

 

 

 

 金髪の女子は露骨に不機嫌だった。黒髪の男子は左ほおを抑えながら隣の紅毛の男子とひそひそ話している。どうやら、先程の話をしているのだろう。本人も厄日だと言っている。

 ってあれ?あの紅毛の男子はエリオット君だよね?雰囲気などもあのころと変わってないから多分そうだろう。向こうは私のことを覚えているだろうか?多分、覚えてないだろうなあ。出会ったのも数少なかったし。

 その時、あたりに複数の電子音が鳴り響いた。どうやら私たちの持つ《戦術オーブメント》からなっているようだった。そういえば、この《戦術オーブメント》には通信機能も備えられているのだった。あまり通信設備も整っていないため使える場面がまだ少ないのだが、どうやら《トリスタ》では使えるのだろう。

 《戦術オーブメント》とはクオーツと呼ばれるものをセットすることで《アーツ》と呼ばれる導力魔法を使えるようになったり、身体能力の強化などが可能な導力機である。今持っているこの《ARCUS》は中心に《マスタークオーツ》という特殊なクオーツが必要になる。従来に比べ不便にも思うが、《マスタークオーツ》は成長もするし、クオーツに比べ効果もいい。

 《ARCUS》にはまだ機能が備わっているのだが、サラさんはまだ明かしていなかった。あえて隠しているのだろうか?

 

『というわけで、各自受け取りなさい』

 

 導力機越しに届くサラさんの声に合わせるように、暗かった部屋に灯りがともる。どうやらマスタークオーツと校門で預けた武器を用意してくれたみたいだ。各々自分の用意した武具に向かって歩き出していた。私も遅れないよに、自分の短剣を見つけ歩き出す。

 

「そういえばサラさん。私には《ARCUS》と一緒に《マスタークオーツ》も届いていたんですが」

『ええ。あんたの場合は必要かと思って、私が別に用意したプレゼントを贈っておいたわ。まあ、再会のプレゼントよ。今回は学院からの支給品だから、受け取っておきなさい』

 

 一緒に贈られてきたのはサラさんからのプレゼントだったのか。あれのおかげで旅は楽になってありがたかった。今度、私からもプレゼントをしないといけないな。

 マスタークオーツをサラさんのプレゼントの《アリエス》から、学院から配給された《タウロス》に付け替える。その後に短剣を装備しなおす。やっぱり短剣を装備すると落ち着く。短剣がそれほどまでに私に大切な武器のようだ。

 

『ーーそれじゃあさっそく始めるとしますか』

 

 同時に奥の扉が開いた。どうやら扉の先はダンジョン区画になっているらしく、弱いけど魔獣もいるみたいだった。終点まで着くと1階に戻れるらしく、脱出してこいとのことだった。

 

『ーーそれではこれより、士官学院・特科クラス《Ⅶ組》の特別オリエンテーリングを開始する。各自、ダンジョン区画を抜けて旧校舎1階まで戻ってくること。文句があったらその後に受け付けてあげるわ』

 

 通信が切れた後、《Ⅶ組》の面々は開いた扉の前に集まっていった。私も遅れずに集まる。最初に口を開いたのはテオだった。

 

「それで、どうする?このまま各自でダンジョン区画に行くわけにはいかないだろう」

「ああ、武術の未経験者もいるだろうし、グループに分かれて行動したほうがいいだろう」

 

 答えたのは黒髪の男子。まあ、妥当な意見だろう。パッと見た感じ武術の未経験者は結構いる。メガネの女子に金髪の女子、エリオット君、マキアスはあまり武術の経験がないだろう。ユーシス、黒髪の男子、テオ、青髪の女子、長身の男子、銀髪の女子、私は武術の経験があるだろう。

 ってあれ?いつの間にか銀髪の少女がいなくなっている、1人で先に行ってしまったのだろうか。彼女なら大丈夫だろうが、一応追いかけてみよう。

 みんなに言ってから行きたかったのだが、マキアスとユーシスが喧嘩をしていて言い出せなかった。仕方なく気配を殺して、銀髪の少女を追いかける。私が抜けたことにテオだけは気づいたみたいだが、どうやら見逃してくれるようだ。たぶん意図を理解してくれたのだろう。

 

 

 

 少しすると銀髪の少女が待っていた。どうやら私が追いかけてくる気配を知って、止まってくれていたようだ。思ったより早く追いつけて嬉しいと感じてしまう。彼女とは仲良くなりたかったし。

 

「……どうしたの?」

 

 私が追いつくと銀髪の女子は首を傾げきいてくる。少し無表情に見えるのがネックかな。

 

「一緒に行きたかったから追いかけてきたの。一緒に行かない?」

「……いいよ」

 

 そういって彼女は武器を構えた。どうやら双銃剣のようだ。私も短剣を構える。以前なら《アーツ》での戦闘もできたが、今のマスタークオーツの《タウロス》がまだ成長をしていない。それにみんなと合わせるために、ほかのクオーツも外している。今は《タウロス》で最初から使える《アーツ》の範囲系の物理防御力を上げる《ラ・クレスト》しか覚えていない。そのため攻撃手段は短剣しかない。

 私と銀髪の少女が合流した時に現れた魔獣の《飛び猫》。この少女となら手こずらずに倒せるだろう。

 

「そういえば、あなたは《戦術リンク》使える?」

「……使える」

「なら、繋ごうか」

 

 私と銀髪の女子はその場で《ARCUS》の《戦術リンク》をつなぐ。《戦術リンク》とは《ARCUS》に備えられているもう一つの機能である。《戦術リンク》をつなぐと、繋いだ相手の行動がわかったり、考えが少しわかったりする。すなわち、連携がつなぎやすくなるのだ。彼女の戦闘の仕方を知らない状態での初戦闘ではかなり重要なものだ。

 

 

 

 数分も経たないうちに《飛び猫》の集団を片付け終わる。思っていた以上に簡単に終わってしまった。《戦術リンク》で彼女の行動がわかったのも大きいだろう。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったね。……リア・ケルステン。リアでいいよ」

「フィー・クラウゼル。フィーでいいよ」

 

 できれば戦闘の始まる前にしておきたかったが、魔獣が来たのでできなかった。戦闘中少し不便だった。名前を知らないということは思ったより弊害が出るものだ。

 

「それにしてもフィーは素早いね。戦闘中に何度も助けられたよ」

 

 実際その通りだった。命に関わるようなものじゃなく、戦術的に助けられたということだが。

 

「リアの短剣術もすごい。攻撃を的確に捌いてた」

「あはは、私にとってはまだまだなんだけどね」

 

 私より短剣の使い方の上手い人は数多い。私の師匠だってそうだった。師匠のような短剣さばきができるようになりたいとも思う。

 

「それより先にいこっか?」

 

 私は来た方向と逆の道を指さす。あの道が多分外に通じる道だろう。何時までもここにとどまっておらず、先に進むべきだ。

 

「……ん」

 

 フィーが頷いたのを確認して私は歩き出した。といっても、フィーの隣を歩くようにしている。彼女とは少し戦術で話しておかないといけない。特に私の《アーツ》についての事情は確実に話しておきたい。

 

「ん。物理攻撃がききにくい相手にはわたしが《アーツ》を使う。その間、前衛はよろしく。他の魔獣は2人とも前衛でいく」

「了解。もしもの時は《アリエス》に付け替えることもできるから、無理そうなときは頼んでくれていいからね?」

 

 彼女は頷いてくれる。これで戦術的には問題ないだろう。できれば《アリエス》を使わなくて済むといいんだけど。




ということで、フィーは単独行動ではなくなりましたとさ。
まあ、テオ君のおかげで残りのメンバーも行動が変わるでしょうね。
次回はテオ視点で描かれます。


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3月31日 特別オリエンテーリングⅡ

今回は前回宣言したように、男オリ主ーーテオ視点です。


「それで、どうする?このまま各自でダンジョン区画に行くわけにはいかないだろう」

 

 全員が開いた扉の前に集まったことを確認して声をかける。ちょうど声をかけ時に銀髪の少女が扉を出ていくところを見かける。気配を消していて、俺以外に誰にも見つかっていない。慣れ合う気はないってことかねえ。

 

「ああ、武術の未経験者もいるだろうし、グループに分かれて行動したほうがいいだろう」

 

 気が付くと黒髪の男子が答えてくれていた。まあ、妥当な案だろう。武術の未経験者にここを突破するのは難しいだろうしな。ぱっとみ武術経験者はユーシス、俺、黒髪の男子、長身の男子、青髪の女子、リアとさっきの銀髪の女子だろう。その他は少したしなんでいる奴から待まったくたしなんでいない奴もいるようだ。

 

「まあ、妥当な案だろうが、ユーシスとマキアスを同じ班にするわけにはいかないだろう?そういった班分けはどうする?」

「「当たり前だ!!」」

 

 俺の言葉にユーシスとマキアスが同時に言葉を返してくる。ほんと仲がいいのか悪いのかわからないな。まあ、今口喧嘩を始めようとしているから仲は悪いんだろうが。

 その時、リアが扉をくぐっていくのが見えた。どうやら銀髪の少女を追うつもりなのだろう。申し訳なさそうにくぐっていくあたり、一度は言おうとしたみたいだ。ユーシスとマキアスが険悪な雰囲気を出しているのが原因だろう。

 

「ふむ。それなら、武術経験者で班をいくつか作り、未経験者を相性などで決めるのはどうだろうか」

 

 答えてきたのは青髪の女子だった。ま、これも妥当な案だろう。実際のことを言うと甘すぎるのだが。ここは戦場でも裏社会でもない。今はダンジョン区画を突破できればいいだろう。そのうちサラさんがどうにかするはずだ。

 

「だったらここにいる9人を、4人と5人の2グループに分ける形でいいか?」

 

 俺の言葉に全員が疑問を浮かべている。何かおかしいことを言っただろうか?

 

「いや、11人じゃないか?」

 

 黒髪の男子が丁寧に教えようとしてくれたが、残念ながら間違っているのはそっちだ。どうやら気配を消していった2人のことは誰も気付いていなかったらしい。

 

「リアと銀髪の少女なら先にダンジョン区画に入っていったよ」

 

 その言葉でようやく気付いたみたいだ。こいつら本当に大丈夫か?少し心配になってくる。

 

「とりあえず、黒髪のあんたと長身のあんた、ユーシスに青髪のあんた。武器を見せてくれ」

 

 武術の経験者と思われるメンバーに声をかける。ユーシスを呼び捨てにしたのはこっちのほうが本人好みではないかと思ったからだ。無用に畏まると、逆に苛立ちそうな性格をしていそうだし。

 黒髪の男子は「太刀」、長身の男子は「十字槍」、ユーシスは「騎士剣」、青髪の女子は「大剣」だった。

 

「そなたの武器はなんだろうか?」

 

 青髪の女子にきかれた俺は自分の足から「符」を取り出し、見せる。どうやら全員どうやってこの符で戦うのかわからないようだ。まあ、わかる人のほうが珍しいだろうが。

 俺はその符を近くの壁に貼り、少し離れる。全員が俺の行動に疑問を浮かべている。

 

「『爆炎符』!」

 

 俺の声とともに壁に貼った符が爆発し、火を噴き上げる。これに対してほとんどの奴らが驚いたものの一部の奴らは反応が違った。どういった原理でと解明しようとしている奴がいる。

 

「聞かれても原理は答えられないからな。それより、班分けだが黒髪と長身で1つ、俺とユーシスとラウラで1つでいいか?」

 

 原理を知りたそうにしていた奴は残念そうな表情をする。班分けに関しては反対の意見がなかった。むしろ、全員が納得しているようだった。

 

「それじゃあ、残りの人も武器を見せてくれるか?」

 

 黒髪の男子が残りの奴に声をかけてくれる。どうやら、彼にはまとめる才能がありそうだ。いままで、仕方なくやっていたのであとは任せることにしよう。

 残りの奴の武器も見事にばらばらだった。金髪の女子が導力弓、メガネ女子と紅毛の男子が魔導杖、マキアスがショットガンだった。まあ、武器を聞かなくても班分けは決まっていたようなものだが、武器バランスもまったく問題ないようだ。俺たちはついでに自己紹介も済ませることにした。

 

A班:リィン・シュバルツァー(黒髪)、ガイウス・ウォーゼル(長身)

   エリオット・クレイグ(紅毛)、マキアス・レーグニッツ(緑髪)

B班:テオ・フォイルナー(俺)、ラウラ・S・アルゼイド(青髪)

   ユーシス・アルバレア(金髪貴族)、アリサ・R(金髪女子)

   エマ・ミルスティン(メガネ)

 

 ユーシスがB班にいることでマキアスはA班へ行った。逆にリィンがA班にいることでアリサがB班に来た。女子1人は可哀想だろうとエマもB班になり、人数と武器的問題でエリオットがA班になった。

 

「それじゃあ、先に行った2人を探しながらA班、B班は別々に探索。彼女たちを見つけ次第、班に合流してもらおう」

「あの二人なら大丈夫な気がするけどな」

 

 リィンがまとめに入ったところで、2人の話題が出てきたので、一言入れておく。この程度のダンジョンなら問題ないだろうし、なにより彼女たちはあまり無理をしないだろう。

 

「念のためだよ。それじゃあA班は出発するよ」

 

 リィンを戦闘にA班は歩き出した。さて、こちらは作戦会議をしてから出ていくべきだろう。

 

 

 

 《飛び猫》の攻撃を回避し、符を貼りつけてから戦線を離脱する。横目でラウラが今の敵に走りこんでいるのを確認した。

 

「『招雷符』!」

 

 ラウラが敵に辿りつく少し前に符を発動させる。何もない空間から雷が落ち、それで敵の体勢が崩れる。そこを容赦なくラウラの大剣が振り下ろされる。ラウラの一撃で《飛び猫》は息絶えた。正直なところオーバーキルな気もする。《飛び猫》に黙とう。

 

「なにしているのだ?」

「いや、気にしなくていい。それより全員戦闘に慣れてきたみたいだな」

 

 エマとアリサも《アーツ》と己の武器の特性を活かして戦っている。最初に比べたら、頼りになる戦い方になった。ラウラやユーシスもまだまだ成長の伸びしろはある。案外《Ⅶ組》の成長を見ていくのも面白いかもしれない。

 少し休憩をした後、俺たちは先に進んでいた。どうやらだいぶ余裕が出てきたみたく、アリサとエマが話している。

 

「それにしても長いわね」

「ええ……一体いつまで続くんでしょうか」

「もうそろそろ終わりと信じたいわね」

 

 ふむ、こういったところは話を盛り上げたほうがいいのだろう。今までそういったことをしたことはないが、やってみるのもありかもしれない。俺はアリサとエマの会話しているところに近づき、会話に参加する。

 

「アリサはリィンのことを許したのか?」

「許すわけないでしょ!」

 

 俺が会話に入った途端、アリサが不機嫌になった。あれ?会話の選択をミスった?やばい、アリサに睨まれている。なんかフォローしないと。

 

「でも、リィンはアリサのことを助けようとしていたよな?」

「うっ……」

 

 これで言葉に詰まるあたり、自覚はあるのだろう。あぁでも、ラッキースケベには罰を与えるべきな気がしてきた。ビンタ一発がむしろ許せない。

 

「やっぱりアリサ、もっとリィンをビンタするべきだ」

「……あなた、仲直りさせたいのか、させたくないのかどっちよ?」

 

 呆れを含んだ口調で言われた。隣のエマも笑っている。ユーシスの露骨なため息には少し腹が立つが。

 

「いや、あのラッキースケベには鉄槌を下すべきだと思ってな。アリサが無理なら代わりに俺がやるぞ?俺の符ってそういったことにも便利に使えるし」

「い、いいわ。早く謝って仲直りするから」

 

 アリサはあわてたように仲直りの宣言をする。なにやらリィンが危ないと言っているのが気になるが。

 

「そうか、残念だ」

 

 俺から手を出すことはやめといた方がいいな。できれば鉄槌を下したかったが、アリサがこういっているのだ。諦めよう。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 あたりに魔獣の咆哮が響き渡った。これは魔獣が撃破された時にあげるものか?それとも、戦闘中にあげているものか?どっちにしろこの道中に戦ってきたような魔獣ではなく、もっと強いタイプだろう。急いだ方がよさそうだ。さっきの咆哮ならここからは近いだろう。

 

「ここから近いから走るぞ!」

 

 それと同時に俺たちは走り出した。間に合ってくれるといいのだが。A班が戦っているならまずい。A班は引き際を間違える可能性がある。それに無茶しそうだ。2人組のほうは大丈夫だろう。あの2人の場合、無茶はせず引き際も間違えないだろう。

 目前の扉の先から魔獣の声が聞こえる。どうやらまだ生きているようだ。4人の気配もあるからA班も無事のようだ。

 

「エマとユーシスは中に入ったらアーツを放ってくれ。最大威力ので頼む。詠唱時間は気にしなくていい!」

「わかりました」

「ああ」

「アリサは弓で敵を牽制してくれ。ラウラはさっきまでと同じで頼む!」

「わかったわ」

「心得た」

 

 走りながら4人に指示を出す。4人とも素直に従ってくれてありがたい。

 部屋に突入するとそこには人の身長の1.5倍くらいの竜とそれを相手にするA班がいた。A班のほうは疲労がうかがえる。だがなんとか間に合ったみたいだ。

 

「お前ら下がれ!」

 

 A班はこちらを確認した後、素直に前衛から下がった。アリサの弓の牽制で離脱はしやすかったようだ。

 俺が近づくと竜は右手でひっかくような攻撃をしてきた。俺はそれをジャンプで相手の背中に回ることでかわし、相手の背中に1枚の符を貼る。それとは別の符を相手の両足に貼る。敵は俺に追撃しようとしていたので前衛を離脱し、ラウラの様子をうかがった。どうやら突入を始めるところのようだ。

 

「『爆炎符』!」

 

 俺はタイミングよく背中に貼った『爆炎符』を発動し、敵の隙をつくり、ラウラの一撃が入りやすいようにする。ラウラは一撃を入れると無茶はせず、前衛から離脱した。どうやらまだ息絶えないようだ。

 

「ファイアボルト!」

「ゴルトスフィア!」

 

 ちょうどエマとユーシスの《アーツ》が発動された。どうやら間をつなぐ必要はなかったようだ。エマの発動したアーツは自身の前に炎ができ、それが竜に向かって飛んでいく。ユーシスの発動したアーツは敵のまわりに3つの球が浮かび上がり、それが一気に竜に当たり砕け散る。どうやらアーツを食らわせても、まだ殺し切れなかったようだ。

 どうやらA班も持ち直したようだ。A班とB班のみんなが敵を囲むように立っている。この人数なら勝機さえつかめれば簡単に勝てるだろう。だったら、俺がその勝機をつくってやろう。

 その時、俺たちを青白い光が包んだ。どうやら《戦術リンク》がつながったようだ。サラさんから事前に聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。俺がつくる勝機から全員がどう動こうとしているかが伝わってくる。これは使いこなせれば便利だろう。

 

「『招雷符』!」

 

 俺の声に反応して、敵の両足に貼った符が発動する。突如現れた雷は敵の両足に当たり、体勢を崩した。それを気に全員が攻撃を仕掛ける。最後はラウラの大剣で敵の首を切り落として終わった。

 敵が動かないことを確認すると、俺たちはその場に座り込んだ。多くメンバーは体力の限界で、俺は精神的疲労で座り込んだ。リーダーを務めるのが初めてで、かなり疲れた。それでも、やったことに後悔はしていない。このメンバーが成長するところを見るのは楽しかった。

 

「それにしても……最後のあれ、何だったのかな?」

 

 エリオットが疑問を掲げ、全員がそれについて考える。《戦術リンク》はサラさんの口から伝えるようなことを言っていた。今ここで俺が口をはさむべきではないだろう。

 それより、気になることが一つできてしまった。

 

「なあ、リィン。あそこにある石像。さっきの竜に似てないか?」

「え?」

 

 俺が指さす先には、先ほどの竜とそっくりの石像があった。あの石像はよくできていると思う。

 

「おい、どうしたリィン」

 

 気が付くとリィンは何も話さず、じっと石像を見ていた。まるで、何かを祈っているようにも見えた。

 

「い、いや。さっきの竜はあれが動いて襲ってきたんだよ」

「……ってことはだ、あの竜の石像ってーー」

 

 俺の言葉が全部言い終わる前に、答えは示された。いきなり、指さしていた石像が動き出したのだ。そういえば、自分でフラグを立ててしまっていた気もする。

 ほんといやだ。勘弁してくれ。

 




あれ?マキアスとユーシスが最初から班行動してる?
テオがいるだけでこれだけ違うってことですね。多分。
そして、今回は初の戦闘描写がありました。
個人的には判りやすく書いたつもりなんですが、わかりにくいでしょうね。
これからも努力していきます!

補足 テオの《マスタークオーツ》は《ジャグラー》です。
   《ジャグラー》は状態異常付与の《マスタークオーツ》ですね。
   個人的には《サイファー》にしたかった。他キャラの装備なんでしませんけど。
   《サイファー》は能力低下付与の《マスタークオーツ》です。
   まあ、今のところあんまり関係ない。


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3月31日 特別オリエンテーリングⅢ

今回はリア視点です。
視点がよく変化するのは仕方がないと思いたい。


「フィー。今何か聞こえなかった?」

「ん。魔獣の咆哮が聞こえた」

 

 やはり私の聞き間違えではないようだ。となると、《Ⅶ組》のメンバーが戦闘している可能性が高いだろう。咆哮をあげるような魔獣は未だ遭遇していないことを考えると、この迷宮区のボス的存在なのだろう。戦っているメンバーが危ないかもしれない。

 

「フィー。少し急ごうか」

「了解」

 

 私たちは歩くペースをはやめた。咆哮が聞き逃しそうなほど小さかったから、ここからは遠いのだろう。走って行っても、到着した時に体力がなければ意味がない。フィーもそれは判っているらしく、私と同じように歩くペースをはやめるだけだった。できれば、私たちがつくまでに終わっているほうがいいのだが、無理な場合は私たちがつくまで持ちこたえてほしい。

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。未だ終点につかない。それに咆哮をあげた魔獣も気になる。他の《Ⅶ組》のメンバーの安否も知りたい。それはフィーも同じみたいでそわそわしているのがわかる。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 さっきよりはっきりと魔獣の咆哮が聞こえた。場所はこの通路の突き当りの扉の先からだ。私とフィーは何も言わず同時に走り出した。これだけ近ければ走っていても、体力は尽きない。

 

「リアは入ったら一番強いアーツの準備をして。わたしが敵を引き付ける」

「いいけど、フィーは大丈夫?」

 

 フィーは頷きで答えを返してきた。フィーがこういうなら大丈夫だろう。私はフィーの言うとおりに行動するだけだ。

 

「マスタークオーツ変えてからアーツを放つよ。放つアーツは『クリスタルフラッド』ね」

了解(ヤー)!」

 

 ちょうどそのタイミングで部屋に突入した。部屋には首の切り落とされた一匹の竜。その周りに座り込む《Ⅶ組》の面々。それを今にも襲い掛かろうとする別の竜がいた。どうやら《Ⅶ組》の大半は疲れて動けないようだ。

 フィーは双銃剣を発砲し、敵の注目をこちらに引き付ける。どうやら《Ⅶ組》に被害が出ることを抑えられそうだ。私は《タウロス》から《アリエス》にマスタークオーツを変更し、《アリエス》に触れアーツの準備をする。アーツの準備は集中しなければいけなく、動けないのが難点だ。だが、フィーの考えていることと行動は《ARCUS》を通じて伝わってくる。フィーは敵の行動を自分に引き付けつつ、敵の攻撃をよけている。敵に隙があれば攻撃することを忘れていない。しかし、敵の攻撃を一撃でもくらえばこの均衡は崩れる。私はアーツの準備を急いだ。

 私はアーツの準備ができると、すぐに《ARCUS》を通じてフィーに伝える。フィーはこちらを振り向きもせず、一撃を入れて戦線から離脱した。どうやらフィーは私がアーツを放ちやすいように敵をこちらに引っ張り出し、《Ⅶ組》を巻き込まないようにしていた。おかげで何も考えずに最大火力でアーツを放つことができる。フィーに感謝を。

 

「クリスタルフラッド!」

 

 アーツを放った途端、私から竜にめがけて氷の道が出来上がる。そしてその先にある竜は氷漬けされる。少しして氷は砕け散り、竜も息絶えたようだった。

 フィーと私はそのことを確認すると、互いに近づきハイタッチをする。今日の探索でフィーと繰り返してきた行動だ。もう癖になりつつあった。

 

「すごい。たった二人であの竜を……」

「ああ。銀髪の子の動きが特にすごかったな」

「アーツのほうも私たちが使えないレベルのアーツでした」

「付け加えると、あの二人は互いがわかっているように動いていたわね。敵をアーツの範囲に引っ張り出すのも、前衛から離脱した時も互いを見ずに動いていたわ」

 

 エリオット君、黒髪の男子、メガネの女子、金髪の少女と私たちの戦闘に感想を漏らしてくる。恥ずかしいからできればやめてほしい。フィーのほうをみると、嬉しそうにしていた。私はフィーが羨ましいよ。

 

「アリサが言ったのはあの2人の相性がいいこともあるでしょう。けれど、最大の理由は《ARCUS》の真価である《戦術リンク》にあるでしょうね」

 

 気が付くと《Ⅶ組》の前にはサラさんが立っていた。どうやら、ここでのことは見ていたんだろう。いざとなれば助ける準備はしていたみたいだ。

 

「これにて入学式の特別オリエンテーリングは全て終了なんだけど……なによ君たち。もっと喜んでもいいんじゃない?」

 

 どうやら喜んでいる人はいないようだった。私たちには疲労と疑い、不信感の表情が浮かんでいるだろう。

 

「単刀直入に問おう。特科クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」

 

 身分や出身に関係ないのはこのオリエンテーリングを始める前の会話でわかる。けれど、私たちが選ばれた理由は判らない。他にも貴族や平民生徒はいる。なぜ私たちなのかが知りたい。

 

「一番わかりやすい理由はその《ARCUS》にあるわ」

 

 そういってサラさんは《戦術リンク》の説明を始めた。どんな状況下でもお互いの行動を把握できて最大限に連携ができる。そんな精鋭部隊が軍にあれば、ありとあらゆる作戦行動が可能になる。戦場における“革命”といってもいい代物だ。だが、現時点での《ARCUS》には個人的な適正に差があり、新入生の中で私たちが特に高い適性を示したこと。それが私たちが身分に関係なく選ばれた理由だと。

 サラさんは一息あけて私たちに質問を投げかけた。

 

「《Ⅶ組》に参加するかどうかーー改めて聞かせてもらいましょうか?」

 

 誰も動き出せず、互いに顔を見合わせる間が少しの間続いた。それを破ったのは黒髪の男子だった。

 

「リィン・シュバルツァー。--参加させてもらいます」

 

 自分が高められるならどこのクラスでも構わない。リィンは続けざまにそういった。当然《Ⅶ組》のカリキュラムはほかのクラスよりハードなものになるだろう。リィンにとってはこのクラスに在籍する方がいいのだろう。

 

「ーーそういう事ならば、私も参加させてもらおう」

「ーー俺も同じく」

 

 似たような理由で青髪の女子は参加の意を示した。続けてやりがいのある道を選びたいと長身の男子も参加を表明した。どうやら青髪の子が新入生最強の使い手で、長身の男子は留学生みたいだ。

 

「私も参加させてください」

「ぼ、僕も参加します……!」

 

 次に参加を表明したのはメガネの女子とエリオット君だった。奨学金をいただいているから協力をしたいとメガネの女の子が、エリオット君はみんなとは上手く行きそうだからと参加をする。正直、エリオット君が参加するとは思わなかった。どうやら、彼は私の知っているころから少し変わったのかもしれない。

 

「ーー私も参加します」

 

 そういって参加したのは金髪の女子。彼女はリィンがいるクラスに参加するとは意外だ。案外、脈ありかもしれない。これは応援のしがいがあるかもしれない。

 

「これで6名ーーテオとフィー、あんた達はどうするの?」

 

 ここでサラさんはテオとフィーに振った。

 

「俺は面白そうだから参加で」

「別にどっちでも。サラが決めていいよ」

 

 何が面白そうかわからないがテオが参加した。フィーは本当にどっちでもいいようだった。サラさんに自分で決めなさいと言われている。どうやら、入学前に自分のことは自分で決めると約束をしたみたいだ。

 

「めんどくさいな。じゃ、参加で」

 

 参加の理由としてそれはないでしょうに。むしろほかのクラスに行った方がめんどくさくないだろう。決して口にはしないが。サラさんも呆れていた。

 

「これで8名だけどーー君たちはどうするつもりなのかしら?」

 

 サラさんの視線はマキアスとユーシスのほうへ向く。この2人が一番の問題なのだろう。このオリエンテーリングで一番仲が悪かったのかもしれない。テオにきくと正確に教えてくれるはずだ。

 無言の2人にサラさんはちょっとした冗談を投げかける。それに反応したのはマキアスだった。

 

「帝国には強固な身分制度があり、明らかな搾取の構造がある!その問題が解決しない限り、帝国に未来はありません!」

 

 確かに搾取の構造はある。この2年間の旅で散々見てきた。なかにはそういったことも好まない貴族もいたが、現状はひどいものだ。だが、それを今ここで言ったってしょうがない。それはマキアスもわかっているはずだが。

 

「ーーならば話は早い。ユーシス・アルバレア。《Ⅶ組》への参加を宣言する」

 

 いま、マキアスの言葉を聞いて、参加を表明した?どうやらユーシスにも思うところはあるようだ。このユーシスの参加にマキアスは食いついた。相変わらずのようだった。ユーシスも偉そうな言葉遣いで返事をしている。本当に面倒な2人だ。

 

「ーーマキアス・レーグニッツ!特科クラス《Ⅶ組》に参加する!」

 

 喧嘩の流れのままマキアスは参加した。今の流れ、ユーシスがマキアスを参加にもっていったようにも見える。私の気のせいだろうが。

 

「これで10名。--リア。最後はあんたね。あんたはどうするつもり?」

 

 サラさんは最後に私に聞いてきた。この質問に答える前に、サラさんに聞いておきたいことがあった。サラさんもそれを配慮して最後にしてくれたのだろう。

 

「その前に1つ聞きたいことがあります。サラさんはどうして私を誘ったんですか?」

 

 サラさんは私の質問を聞くと少しの間、目を閉じ考えているようだった。その間、私はじっとサラさんを見ての答えを待っていた。

 

「それを聞くってことはあたしの言いたいことは判ってるんでしょ?あたしはもう決めたから、あとはリア、あんたが決めるだけよ」

 

 そういってサラさんは微笑んだ。やっぱりサラさんはそのために私をこの学院に誘ったんだ。2年前の事件から、あの人の死から逃げ出さず、前に進もうと。それも、1人で進めるはずのサラさんが、私と一緒に進もうとしてくれている。本当におせっかいだと思う。

 この2年間旅を続けていても忘れることはできなかった。むしろ、より鮮明にあの幸せの日々を思い出せるようになった。サラさんの言う通りいい加減前に進むべきかもしれない。サラさんとならーーサラ姉さんとなら乗り越えられると思うから。

 

「リア・ケルステン。《Ⅶ組》に参加します」




ノリでやってしまった感が否めない。でも、後悔はしてない。
序章はここで終わります。次回から1章に入ります。
閃の軌跡Ⅱが発売されたら、当分の間は更新できないだろうと思います。
なので、その分ストックしてる分を投稿しておきます。
ストックの2/3ぐらいの投稿はしておきます。


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1章
4月17日 2人の友達、「サラ姉さん」


今回もリア視点です。


「相席いいですか?食後のコーヒーを飲みたいので」

「え?あ、はい。どうぞ」

 

 緑の制服を着た桃色髪の女の子は顔を上げ、相席を承諾してくれる。ありがとうとお礼をしてから席に座る。やっと食後のコーヒーを飲めそうだった。

 

「赤い制服……」

 

 ぼそりと桃髪の女の子がつぶやいた。どうやら、この制服が気になるらしい。この制服は今年からできた《Ⅶ組》の制服であるから仕方ないかもしれない。

 

「身分や出身に関係なく集められた《Ⅶ組》の制服ですよ」

 

 あわてて口をふさぐ桃髪の女の子。どうやら無意識に出た言葉みたいだ。まあこの学院でも珍しい姿なのでわからなくもない。個人的には気にしてほしくはないのだが。

 

「私は1年Ⅶ組の……リアです。ちなみに平民です。あなたは?」

「私は1年Ⅲ組のモニカです」

 

 彼女の着ているのは緑色の制服。すなわち平民だ。私の場合は制服で判断ができないから自己紹介に平民であることを言った。私が平民と言ったときも空気が少し緩んだから、彼女は気にするタイプなのだろう。

 

「同じ学年のようですし、敬語じゃなくていいですか?」

 

 少し悩んだ後、モニカは頷いてくれた。彼女の方も敬語をやめてほしいのだが、それをこちらから言うのもよくないだろう。彼女の口癖が敬語かもしれないし。

 私はそこでコーヒーに口を付ける。やっぱりコーヒーは少し嫌いかもしれない。私にはひどく苦く感じる。食後の飲み物はいい口実としても、違う飲み物を頼めばよかった。

 

「それで、モニカは何を考えていたの?」

「え?」

 

 私がいきなり本題に入ると、モニカは驚いていた。ちょっと突然すぎたかもしれない。ましてや、私たちは初対面だ。もう少し話をしてからでもよかったかもしれない。まあ今更、戻れやしないのだが。

 

「いや、私が話しかける前、少し考え事をしているみたいだったから」

 

 そんなモニカをみて、相談に乗ってあげたいと思ったのだ。そのためにコーヒーを買ったのだが、モニカには秘密にしておく。彼女のことだ申し訳なく感じてしまうだろう。

 そういえば、旅をしていた2年間でもこういったことが多かった。どうやら私はお人好しみたいだ。だとしたら、おかあさんとおとうさんに似たのだろう。あの2人はかなりのお人好しだった。

 

「えっと、私は運動が得意じゃないですけど、学院で武術は必修だからなんとか克服したくて。それで運動部に入ってみようかと思ったんですけど、どの部にしようか迷っているんですよね」

「あー。運動部だとラクロス、馬術、水泳、フェンシングしかしらないなあ。見て回ったりはした?」

 

 この学院の運動部は思っていたより少ない。授業で武術が必修科目にあることが理由にあげられるだろう。といっても、文化部は園芸、美術、吹奏楽、文芸、釣り、写真、チェス、調理があったはずだ。こちらは士官学院にしては珍しく、多いだろう。

 

「今日の放課後に水泳とフェンシングを見学に行こうかと思っていて」

「まあ、見てからじゃないと決められないよね。ちなみに水泳とフェンシングはしたことがあるの?」

 

 どちらも初心者大歓迎だろうが、経験者の方が気持ち的に入部はしやすいだろう。私の場合、経験のある方に入部する。

 

「両方とも未経験です。やっぱり、やめた方がいいでしょうか?」

「いや、別にいいと思うよ?初心者大歓迎だろうし、人に教えるのって結構自分のためになるから」

 

 モニカは少し安心したようだった。やっぱり初心者であることに抵抗を感じていたんだろうか。特に気にしなくてもいいと思うのだが。

 

「そういえば、リアは何の部活にするんですか?」

「私は特に入るつもりはないかなあ」

 

 もし入るとすれば馬術か水泳、園芸のどれかだろう。といっても、部活に縛られるのが嫌で、入部はしたくないのだが。

 

「今日の放課後、一緒に見学に行きませんか?」

「えっと、誘われて嬉しいんだけど、今日の放課後は用事があるんだよね。ごめんね」

 

 モニカは残念そうにうつむいた。ほんとに申し訳なく思う。今日の放課後はサラ姉さんに2年間の旅のことを話す約束になっている。長引きそうなので、サラ姉さんが帰ったら話始めることになっている。

 

「入る部活決めたら教えてね。今度、モニカの部屋に遊びに行ったときにでも教えてくれたらいいから」

「はい。……遊びに来るんですか?」

「そのうちね」

 

 せっかく仲良くなったのだ。一緒に遊んでも罰は当たらないだろう。遊ぶ時間があるのかはわからないが。

 それから私たちは次の授業が始めるまで様々な話をしていた。モニカも私をリアと呼ぶほど打ち解けてくれたようだ。敬語は口癖なのかもしれない。コーヒーは嫌だったが、楽しい時間を過ごせてよかった。

 

 

 

 放課後、私はすぐに寮には戻らず、学院で時間を潰すことにした。サラ姉さんも仕事があり、帰るのは少し遅れる。サラ姉さんが仕事を終えるまでは私も暇なのだ。モニカについて部活見学に行ってもよかったのだが、どれだけ長引くかわからなかった。できればサラ姉さんを待たせたくなかったので、断ったのだ。

 屋上に時間をつぶしに行こうと教室を出たときにアリサとエマにも誘われた。これも先ほどと同じ理由で断った。それに今ここで彼女たちの誘いに乗れば、モニカに申し訳ない。せっかくできた他のクラスの友達なのだ、大切にしたい、もちろんクラスの友達も大切なのだが。

 

「っ!」

「きゃ!」

 

 考え事をしながら廊下を歩いているのがいけなかった。前から歩いてきた人にも気づかず、ぶつかってしまった。目の前に緑色の制服を着た茶髪の女の子が倒れている。どうやらぶつかった時にこけたようだ。私はその子に右手を差し出した。

 

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だよー」

 

 彼女は私の差し出した手を握って、立ち上がった。どうやら本当にどこもいたくないらしく、動きに不自然なところもない。少し安心した。

 

「あれ?その制服、《Ⅶ組》だよね?」

「はい。1年Ⅶ組の……リアっていいます」

「わたしは1年Ⅴ組のコレットだよ。よろしく~」

 

 どうやら同じ学年だったようだ。先輩の可能性もあって敬語を使っていたのだが、その必要はなさそうだ。というか、よろしくされてしまった。彼女の中ではすでに友達扱いなのかもしれない。

 

「いよいよ明日は自由行動日だねぇ」

 

 どうやら本当に友達になっているようである。私もコレットに合わせたほうがよさそうだ。初対面の相手がここまでフレンドリーなのは初めてかもしれない。いつもの私はこんな感じなのだろうか。いつも相手に合わせてもらっていた気がするので、たぶんそうだろう。でも、それで仲良くなれるのだから問題ない。

 自由行動日とは休みのようなものだ。授業がなく過ごし方は学生にゆだねられる。部活でもバイトでも勉強でも好きな過ごし方をしていい。

 

「ふふ、わたし明日はトリスタの商店街でショッピングしまくるよ♪」

 

 どうやらコレットはショッピングが好きなようだ。必要最低限の物しか買わない私にとって、ショッピングの楽しさは判らない。これは今までをどう過ごしてきたかが関係しているのかなと思う。少なくとも私の場合はそう考えられる。

 

「厳しい授業に耐えてきたのはこの日のためだもん!羽根をのばさないとね~!そうだ、リアも一緒にショッピングに行かない?」

「んー、ごめん。明日はしたいことがあるからパスかな」

 

 今日は断ってばっかりだと思う。用事があるのだから仕方ないのだけど、もう少しやり方はあったかもしれない。

 

「また機会があったら誘ってね。第二学生寮にもたまに遊びに行くと思うから」

「うん!」

 

 第二学生寮へはモニカの部屋に遊びに行くときに訪れる。その時にコレットにも会いに行けばいいだろう。モニカとコレットは2人とも平民生徒で、第二学生寮にすんでいるのだから。

 

「それじゃ、またね~」

「うん、また」

 

 コレットと別れの挨拶をして歩き出す。このまま屋上に行くつもりだ。コレットとの会話で少し時間をつぶせたが、まだサラ姉さんの仕事は終わらないだろう。少しだけ屋上の景色を見てから帰り、サラ姉さんを第三学生寮で待とうと思う。

 それにしても、コレットはフレンドリーな性格をしていた。私もフレンドリーな性格をしているとサラ姉さんに言われたことはある。けれど、私の場合は職業病に近いものがある。おとうさんの仕事を手伝っていたころからの癖だ。対してコレットのほうは天然だろう。あった人全員を友達にしそうな子である。

 屋上への階段上り、扉を開ける。目の前には茜色に染まる空。それとギムナジウムが見える。ギムナジウムはプールや武道場が設置されている。今頃、モニカもあの中にいるのだろう。

 私はギムナジウムの反対ーー町の景色を見るために移動をした。けれど、そこには先客がいた。赤い制服を着た銀髪の少女、フィーがいた。特別オリエンテーリング以来、《Ⅶ組》で一番仲がいい相手だ。クラスでフィーと私はよく2人でしゃべっている。

 

「フィー。こんなところで何してるの?」

「……ヒマしてる」

 

 どうやらフィーも私と同様、時間をつぶしているようだった。彼女の場合は寝ていることもあるのだが、今日は寝ていないらしい。

 

「フィーは何か部活はやらないの?」

「めんどいからいい」

 

 フィーらしい答えである。《Ⅶ組》への参加理由もめんどいからと言っていた。そのうちフィーもやる気を出してくれるといいのだが。

 

「屋上、意外と景色いい。……ヒマなときはいいかも」

 

 突然の感想にびっくりしたが、どうやらこの景色を彼女も気に入ったようだった。私も前に来た時に同じ感想を抱いた。フィーと同じ感想を持てて、嬉しかった。

 私たちは少しの間、屋上位からの景色を楽しんだ。

 

 

 

「あれ?サラ姉さん、何してるの?」

 

 私はフィーと一緒に帰るために2人で教室に鞄を取りに来た。そこで教卓の引き出しを探っているサラ姉さんをみつけたのだ。

 

「実は教卓の引き出しに生徒名簿を忘れちゃってね」

「それって、ハインリッヒ教頭にお小言を言われるんじゃなかった?」

「そうそう。だからこうして取りに来たのよ。あったあった」

 

 サラ姉さんは教卓から生徒名簿を取り出した。ほんとに忘れていたようだ。お小言を言われて、帰ってくるのが遅れるのはやめてほしい。遅れる分だけ私たちは夜更かしすることになる。

 

「それで、リアとフィーは何してたのよ?」

「屋上に時間を潰しにいってた」

「ヒマしてた」

 

 私とフィーの答えは言い方が違うだけで、内容は同じだった。サラ姉さんは呆れたようにため息をついた。

 

「暇そうで羨ましいわねえ。あたしもそういった生活がしたいわ」

「サラに言われたくない」

 

 フィーの言うとおりだ。普段から学生寮で酒盛りをしている人に言われたくない。というか、明日の自由行動日も酒を飲むと聞いた気がするのだが。

 

「こうみえても仕事で忙しいのよ。それよりあんた達はこれから帰るの?」

「そうだけど、どうして?」

 

 頼みごとをされそうで怖いが、聞き返すしかない。聞き返さなくても、サラ姉さんは話すだろうけれど。

 

「だったら、校門で待ってなさい。あたしもすぐに行くわ」

「あれ?仕事は?」

「そんなものとっくに終わってるわ」

 

 サラ姉さんは生徒名簿を手に持って教室を出て行った。どうやら、何も頼み事はないようだった。すこし拍子抜けである。

 

「リア。わたしたちもいこ」

 

 私たちは自身の鞄をもって、廊下を並んで歩き始めた。私がフィーに歩くペースを合わせている。私の身長は一般平均的で、フィーは小柄な子である。そのため、私のほうが歩幅の差で歩くのが少し速い。

 そうは言っても、走るとフィーのほうが私より少し速い。私は結構ずばしっこい方なのだが、フィーはその上をいく。まあ、特別オリエンテーリングの時にわかっていたことなのだが。

 《Ⅶ組》としてはリィンも素早い。けれど彼の場合は他の人より踏み込みが少し甘い気がする。彼からは何かを恐れているような感じが少し伝わってくる。ラウラは「大剣」を背負っていなかったらもっと速いだろう。武器の性質上、仕方ない。テオは速いほうに入るのだが、何か違和感がある。手を抜いている感じではないのだが、もっと早く走れるのではないかと思えてしまう。

 

「リア、自由行動日どうするの?」

「細かい用事をいろいろ終わらせる予定をしてる」

「細かい用事?」

「おかあさんに手紙書いたり、短剣の特訓をしたりかなあ」

 

 実際、すると言えばそのくらいだろうか。後は学院に暇をつぶしに来るぐらいだ。

 

「フィーは何するの?」

「ヒマする」

 

 うん。何となくわかってた。だってフィーだものね。

 

「昼寝するのもいいけど、ちゃんとまわりには気をつけてね」

「ん」

 

 まあ、何か近づいて来たりしたとき、彼女は自然と起きるようだが。私が旅で身につけた技術でもある。身につけなければ夜に魔獣に襲われて死んでいた。

 私とフィーは歩みを止めた。校門についたので、サラ姉さんを待つためだ。もうすぐしたらサラ姉さんも来るだろう。

 

「リアは、サラのことサラ姉さんって呼んでるのは何で?」

 

 いつかはされるだろうと思っていた質問がフィーよりされる。てっきりアリサかリィン、エマあたりにされるだろうと思っていた。フィーとは意外だった。

 

「昔、姉のように慕っていたからかなあ」

「特別オリエンテーリングでサラさんだったのは?」

 

 ばっちり聞かれていたらしい。確かに特別オリエンテーリングではサラさんと呼んでいた。その次の日からサラ姉さんに変わったのだ。気になるのも仕方ない。

 

「……2年ぶりにあったから変に緊張しちゃってね」

「サラさん呼ばれて、敬語まで使われて。あたしは寂しかったわよ」

 

 気が付くとサラ姉さんが後ろに立っていた。どうやら話を聞いていたらしい。ということは、私のついた「変に緊張した」という嘘も丸判りである。実際のところは2年前から距離を置こうと敬語にしたのだ。ばらされないといいのだが。

 私たちが気づいたことを確認するとサラ姉さんは歩き出した。私たちも続けて歩き出す。

 それにしても、オリエンテーリングで寂しそうな表情をしたのは、予想した通りの理由だった。まあ、他人行儀は寂しくも感じるだろう。それも手紙で2年間も続いていたのだから。

 

「それで?今日は楽しい話を聞かせてくれるんでしょうね?」

「楽しいかはわからないなあ。旅の話をするだけだし」

「いいのよ。あんたの経験したこと話してくれれば」

 

 それを聞いて安心する。楽しい話はあまりなかった気がするのだ。色々と騒動に巻き込まれたりはしたけれど、楽しくはなかった。むしろ、命がけでもあった。

 

「むぅ。疎外感を感じる」

「ごめんごめん。そんなつもりはないって」

 

 私たち2人で盛り上がっていたところにフィーがすねる。フィーは思っていたよりもしゃべる子でリアクションも面白い。友達になれてよかった。

 

「なんなら、フィーも聞きに来なさいよ。リアも別にいいでしょ?」

 

 私たちをみて笑いながら、サラ姉さんはひとつの提案をした。それを聞いたフィーは私の方を見て、首を傾げる。いいのかをきいているのだろう。

 

「フィーも来たい?」

 

 フィーは頷き答えを返してくれる。どうやら決まりのようだ。

 

「じゃあ、夕飯の後にサラ姉さんの部屋ね」

 

 サラ姉さんはそんな私たちを見て、微笑んでいた。

 




モニカさんとコレットさんの登場です。
しゃべる回数が少なくて、話し方が分からないのは秘密。
他にも《Ⅶ組》以外の生徒は出すつもりです。
まあ、出るキャラは判りやすいでしょうけれど。

後付のような「サラ姉さん」の理由。
決して後付けではないですよ。
後、血はつながっておらず、昔に姉妹のように仲の良かっただけですからね?


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4月17日 会長の手伝い

今回は視点を変えましてテオ視点です。
彼はこれで2回目の視点ですね。やはり、リアの視点が多くなる。
それと、これは前の話と同じ日です。
前の話とこの話、2つとも朝から夕方まで書かれているのでご注意を。


 朝六時。学校が始まるまでまだ時間はかなりある。鍛錬や部活の朝練などの理由がない限りこんな時間には起きていないだろう。そんな時間に俺は制服を着て外に出る。もちろん鞄をもって、これから登校するのである。

 

「あれ?テオ、こんな時間にどうしたの?」

 

 第三学生寮を出たところで、リアに捕まった。そういえば、彼女は早起きして散歩を毎日している。飽きないのだろうか。

 

「学校に用があってな。今から登校する」

 

 あえて、用の内容までは口に出さない。聞かれたらごまかすだけだ。

 

「ふーん。あ、そうそう。特別オリエンテーリングの時は見逃してくれてありがとうね」

「なんのことだか、判らんな。それに助けられたのはこっちだ。ありがとな」

 

 俺が言いたくないことを察したのか、リアは話題をそらしてくれた。といっても、この話題も早く終わらせたいものだった。内容は嘘だらけだからだ。

 見逃したことは礼を言われることではない。問題は俺が助けられた時に、俺がまだ動けたということだ。そのことにリアは気づいているだろう。まわりの奴らが礼を言っているので、俺も言っておかないといけないが。

 

「礼が言いたかっただけだから別にいいよ。それじゃ、また学院で」

 

 そういって、リアは学生寮に入っていった。嘘つきと小声で言われたので、彼女は俺の嘘の部分にも気づいているだろう。けれど、彼女は俺がこの話題があまり好きでないのを知っている。すぐに終わらせてくれた。

 

「っと、早くいかないとな」

 

 俺はすぐに学院に向かって歩き出した。

 この時間はまだ店も開いておらず、開店の準備をし始めているところがあるくらいだ。学生が登校する時間には開店するだろう。

 商店街を抜けると、川の上の橋を渡る。渡った先の右手には住宅が、左手に教会が見えてくる。教会には朝のお祈りをしている人もいるだろう。教会の朝は早そうだ。

 その奥に進むと学院につく。その手前の道を左に行くと第一学生寮が、右手に行くと第二学生寮がある。第一学生寮は「貴族生徒」の住む寮で、メイドや執事もいるらしい。用もないのに近づくと、プライドの高い貴族生徒にちょっかい出されて面倒くさそうだ。対して、第二学生寮は「平民生徒」が住む寮である。俺も《Ⅶ組》に所属していなかったらこの寮に入っていただろう。ちなみに《Ⅶ組》は第三学生寮に住んでいる。学院から少し離れているのが難点だが、住み心地はいい。まあ、第二学生寮の住み心地を知らないが。

 俺がその分岐点に到着した時、第二学生寮より一人の生徒が歩いてきた。トワ会長だった。どうやら、生徒会室に行く前に合流できたようだ。

 

「あ、テオ君。おはよう。もしかして、今日も手伝いに来てくれたの?」

「おはようございます。いつも通りに手伝いに来ました」

 

 入学式の次の日以来、俺は放課後に会長の手伝いをしていた。入学式の次の日に用事で生徒会を訪れたとき、生徒会でトワ会長が忙しそうにしていたのだ。それを見た俺は少しでも会長を楽にできればと、それ以来ずっと手伝っている。最初のころは会長も申し訳なさそうにしていたが、最近ではいるのが当たり前になってきたようだ。そして5日前に、朝にも生徒会の仕事をかたずけていることが判明。俺はその次の日から朝も手伝っている。会長も特に何も言わず認めてくれた。放課後の手伝いと同様、いずれは当たり前になるのが目に見えていたのだろう。

 

「そういえば、テオ君は何部に入部するつもりかな?」

「特に入ろうと思っていませんね。今の生活が面白いし」

 

 朝と放課後に生徒会の手伝い。おそらく今度の自由行動日も生徒会の手伝いに費やすだろう。生徒会の仕事が楽しいっていうのは少し違う。トワ会長と話しているのが思ったより楽しいのだ。時折入ってくる先輩たちも個性が豊かで面白く、すぐに仲良くなれた。生徒会室の居心地が思ったよりいいのだ。

 

「あはは。テオ君、あっという間に生徒会に馴染んじゃったからなあ」

「最初はこんなに馴染めるとは思いませんでしたけどね」

 

 ここまで馴染めたのはトワ会長と、先輩たちのおかげだろう。あの空間ならば誰でもすぐに馴染めそうだ。

 

「あら、会長とテオじゃない?……もしかして、邪魔しちゃったかしら」

「ふぇ?」

「おはようございます。サラさん。生徒会の仕事の邪魔はしていますね」

 

 俺たちの向かっていた方よりサラさんがやってきた。どうやら、俺よりも早く寮を出ていたようだ。

 というか会って早々、そういった冗談はやめてほしい。トワ会長はそういった冗談を真に受けてしまう。相手を考えていってほしい。まあ、サラさんのことだ、考えたうえでわざと言っているんだろうが。

 

「あら、ノリが悪いじゃない。まあいいわ。実は会長に1つ頼みたいことがあるのよ」

「頼みたいことですか?」

 

 どうせ禄でないことだろう。サラさんの頼み事は毎度のことそうだ。少し会長が可哀想だ。

 

「実は《Ⅶ組》の子達が忙しそうな生徒会を見て、手伝いたいって言ってきたのよ。『特科クラス』の名に相応しい生徒として自らを高めようって。みんな張り切っているから、生徒会の仕事を《Ⅶ組》の子に分けてくれない?できれば、あなた達が去年経験した形でお願いね」

 

 って、俺たちに仕事を押し付ける気か!安心していた俺がバカだった。まさか、被害がこっちにも及ぶなんて。というか、生徒会の手伝いをするなんて話は一切あがってない。サラさんの嘘だ。しかも、話を合わせるようにアイコンタクトをおくっているし。ここで断ったら、あとが怖い……。

 

「それはいいですけど、今でもテオ君が手伝ってくれていますよ?」

「それはテオ個人で、でしょ?《Ⅶ組》で手伝いをしたいらしいのよ」

 

 くっ。トワ会長のアシストを受けて逃れる手を思いついたが、一瞬でつぶされた。さすがサラさん。逃げ道を的確につぶしてくる。

 

「まあ、そういう事でよろしく。今日の放課後にリィンを生徒手帳取りに行かせるから」

 

 そういって、サラさんを校舎へ歩いて行った。こんな朝早くから仕事があるのだろうか。いつもはもう少し遅くまで寝ていた気がするのだが。

 それにしても、リィンはいきなり巻き込まれて可哀想だ。多分、今回の標的は《Ⅶ組》ではなく、リィンだ。手伝いで《Ⅶ組》が巻き込まれる可能性はあるが、それ以外はリィン1人で片付けられる仕事だろう。すなわち、試されているのはリィン1人だ。そう信じたい。

 

「それより会長たちが経験した形ってどういうことですか?」

「口止めされているから詳しくは言えないけど、《Ⅶ組》のお試しみたいなことだよ。だから、《Ⅶ組》に頼むのは生徒会に来た『依頼』をしてもらうことになるかなあ」

 

 さすがサラさん。先に口止めをしていたか。だとすると、他の先輩も口止めされているだろう。これは、話してくれる時を待つしかなさそうだ。

 それにしても、任されるのは生徒会に来た『依頼』。何となくだが、サラさんのやりたいことは判ってきた。といっても、確信はできないから、なんとも言えないが。

 

「それにしても、テオ君たちも1年なのに感心しちゃうな。さすが新生《Ⅶ組》だねっ」

「俺は今まで通りの生徒会の手伝い方なんで、それはリィン達に言ってください。それよりも生徒会室に行きましょう。仕事が片付きませんよ」

「そ、そうだった。行こう、テオ君」

「はい」

 

 

 

 放課後になると俺は生徒会室にいた。いつも通り、トワ会長の手伝いをしに来たのだ。

 

「失礼します」

「あ、テオ君。今日も手伝いにきてくれたのかな?」

「はい」

「それじゃあ、今日はその書類からまとめてくれないかなぁ」

「了解です」

 

 俺がいつも使っている机に書類が置かれている。書類には課外活動申請書と書かれている。学外でバイトなどをする時に提出する書類だ。申請書の受理はされているのだが、その整理が済んでいない。先生から整理の仕事がまわってきたのだろう。

 

「自由行動日の前日にこの仕事かよ……」

「あはは……少し遅いよねぇ?」

「少しじゃないですよ、かなり遅いです」

 

 自由行動日にバイトをする人もいる。その課外活動申請書もこの書類の中にあるだろう。学院側は誰が課外活動をしているのか把握できていないと言っているようなものだ。

 文句を言っていても仕方ないので、仕事を始める。この程度の仕事ならすぐに終わるだろう。

 

「そういえば、テオ君。今日の帝国史の授業で寝ていたんだよね?」

 

 気が付くと会長はこちらに笑顔を向けていた。笑顔を向けてくれるのは嬉しいのだが、出しているオーラが怖い。

 確かに俺は帝国史の授業を寝ていた。トマス教官の授業は眠くなるのだ。寝てしまうのは仕方がないと思う。だが、誰から情報が漏れたのだろう。

 《Ⅶ組》のメンバーは会長に出会うタイミングがなかったはずだ。だとすると会長は俺にカマをかけたのだろうか。これに引っかかってはいけない。

 

「いやいや、寝てないですよ。誰がそんなことを言っていたんですか?」

 

 表情は変えないで嘘を言う。授業中に寝ていたなんて会長にばれたら大変なことになりかねない。《Ⅶ組》のメンバーには口止めをしておこう。

 

「その整理の仕事ね、トマス教官からもらったんだ」

 

 会長の言葉で誰が密告したのか理解した。帝国史を教えているトマス教官から伝わったのだ。教官の中でタチの悪い冗談を言うのはサラさんぐらいだろう。すなわち、会長には寝ていたことがバレバレなのだ。

 

「テオ君。まだ嘘をつくのかな?」

「すみません。反省しています」

 

 俺は作業の手を止め、謝罪していた。生徒会室に入り浸るようになってから、五回目くらいの謝罪だった。さすがに自分でもびっくりするぐらい謝っている。

 

「もう。次からはちゃんと授業を受けてね」

「はい」

 

 それにしても、教官から会長に伝わると思わなかった。これからは授業も寝れない。授業をさぼっても同じように伝わるだろう。正直、手の打ちようがない。まあ、寝るほうがいけないのだが。

 作業に戻ろうとしたとき、扉をノックした音が聞こえた。どうやら、誰か来たようだ。今朝のサラさんとの会話を考えるとリィンだろう。

 

「はいはーい。鍵は掛かってないからそのままどーぞ」

 

 来訪者の対応は会長がしている。質問などには会長のほうが的確に答えられるからだ。それに、俺も入学してから一か月も経っていないため、質問にも答えられないことが多い。

 

「失礼します。ーーって、テオもいたのか」

「いたら悪いのか……」

 

 入ってきたのは予想通りリィンだった。どうやら、俺がいることは聞かされていないらしい。

 

「いや、そういうわけじゃないんだ。テオもサラ教官に頼まれたのか?」

「いや、俺は自主的な手伝い。それより会長に用があるんだろ?」

「あ、ああ。……って、会長!?」

 

 俺はそれ以上リィンとしゃべらず、目の前の仕事に集中する。リィンが今後どんなリアクションを取るか気になる。だが、それ以上にリィンの巻き添えをくらいたくない。サラさんが考えることは碌なことがないからな。

 それにしても、《Ⅶ組》の課外活動申請書は一枚もない。誰もバイトなどはしないということだろうか。まあ、あのメンバーでする人は少なそうでもある。

 

「これはテオ君のだから、今渡しておくね」

 

 不意に声をかけられ振り向くと、こちらに生徒手帳を差し出している会長がいた。

 

「そういえば昨日届いていましたね。すっかり忘れていました。ありがとうございます」

 

 受け取った生徒手帳をその場で開いた。中の生徒情報に自分の名前が記載されていることを確認するためだ。残りの部分は今晩にでも確認すればいいだろう。

 

「うーん、でもリィン君たちも一年なのに感心しちゃうな」

 

 会長は本当に感心していた。今朝のサラさんから頼まれた、依頼を《Ⅶ組》に回す件だろう。実際はサラさんが勝手に決めたことなのだが、会長は知らない。知らないとはなんと恐ろしいことか。

 これ以上聞いていては俺も巻き込まれてしまうだろう。俺は再び仕事に取り掛かった。リィンが助けを求めるような目をこちらに向けているようだが無視だ。

 ……まあ、《Ⅶ組》に頼む依頼を簡単なものにする努力くらいはしてやろう。

 




ということで、今後あまり描かれることのないだろう生徒会室の手伝い描写。
そして、サラさんがトラブルメーカー。
ちなみに、サラさんが朝早くに学校にいたのは、放課後に仕事から早く解放されるためです。
もっと正確に言うと、前の話にあったリアの旅の話を聞くためです。
……先輩も描きたかった。1章では出で来ないだろうと思います……。


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4月18日 初めての自由行動日

今回はリア視点です。


 私は寮の自室の机に手紙を書く準備をしていた。一か月ぶりにおかあさんへ書いてみようと思ったのだ。今までは旅をしていて一方的に送るだけだったが、今回からは返信も期待できる。おかあさんがどう過ごしているのか気になっているので、時間があるときに書いておこうと思ったのだ。

 

「でも、その前に水分補給しよっと」

 

 一通り準備ができたところで、1階の食堂へと降りていく。女子は3階に部屋が割り当てられているので、階段の上り下りが一苦労だ。こういう時は2階の男子が羨ましく思う。まあ、男子と女子が同じ寮に住む時点で仕方がないことなのだろうが。

 1階の食堂に入ると、そこには先客がいた。

 

「エリオット君、何しているの?」

「あ、リア。実家から荷物が届いたみたいでさ。これがまた重いのなんの……」

 

 私はキッチンに入り水を飲みながら彼のほうを確認する。彼の前には2つの大きな段ボール。実家から届いた荷物とはそれのことだろう。確かに2つ一気には持ってあがれなさそうだ。

 

「1つ持ってあがろうか?」

「え?重いから別にいいよ。僕一人でも持ってあがれるし」

「1人で持ってあがるよりは2人のほうが早いし。私に気を遣わなくていいよ」

 

 私はコップを洗い、元の場所に戻した。そのあとエリオット君に近づき、一方の荷物を持つ。思っていたより重かったが、持ってあがれない重さではなかった。

 私の行動を見てから、彼はもう一方の段ボールを持った。彼のほうも思っていたより重さがありそうだ。一体何が入っているのやら。

 

「手伝ってくれてありがとう」

「別にいいって。こっちが言い出したことだし」

 

 荷物をもってエリオット君の部屋に向かっている最中、彼は感謝を言葉にしてきた。相変わらずまじめな子だ。

 

「それよりこれって何が入っているの?」

「大量の衣服に日用品、食料品、あと実家で使っていた楽譜だったよ。さっき食料品は下で片付けてきたけど」

「楽譜も入っているんだ。今度、聞かせてほしいな」

「あはは……そのうちね」

 

 彼のことだ、上手いんだろうなあ。お姉さんも演奏が上手かったし、エリオット君もたくさん練習していたからなあ。「そのうち」に期待しておこう。

 彼の部屋につくと、私たちは運んできた段ボールを床に置いた。そのままの流れで私は荷物整理を手伝うことにした。私も時間に余裕はあるのでこれくらいは大丈夫だ。

 

「うわあ、さすがにこれは多いね……」

 

 段ボールを開くと中身は思っていたよりも詰め込まれていた。指定の制服がある学院生活でこんなにも衣服はいらない。日用品はあって損はしないが1度に送る量としては多い。この様子だと食料品も多かっただろう。

 

「でしょ?姉さんったら過保護なんだから……」

「あはは。相変わらず仲が良い姉弟みたいだね」

「え……?」

「え?どうかした?」

 

 何か私に失言があっただろうか?それとも、何か仕送りに問題があったのかな?

 

「……リアって僕たち姉弟のこと知っているの?」

 

 ああ、そういうことか。やっぱり気づいてなかったんだ。あんまり出会ってなかったとはいえ、少し寂しいかな。

 

「知っているよ。エリオット君の家の近くにテレーゼ・ケルステンって名前の人がアパートを借りていると思うんだけど。知らない?」

「……もしかして、テレーゼさんってリアの母親?」

「義理のだけどね」

 

 どうやらお義母さんのことは知っていたようだった。まあ、お義母さんとエリオット君のお姉さんが仲良かったから、自然と知り合いにはなるのかもしれない。

 

「あれ?でも、テレーゼさんって2年前から1人暮らししていたような……」

「そうだよ。その2年間私は旅に出ていたから。そして、そのままここに入学」

「じゃあ僕たちが出会っていたことがあるのは……」

「2年以上前だね。だから忘れていても仕方ないよ」

 

 私とエリオット君は名前を知っている近所の知り合いみたいな関係だった。お義母さんの影響で多少は関わったぐらいだろうか。それでも、お義父さんとよくいた私は関わる機会が少なかっただろう。

 

「リアが僕にだけ君付けなのは、昔にそう呼んでいたから?」

「うん。そうだね。呼びなれているのが君付けだから」

 

 私は他の《Ⅶ組》のメンバーや同じ学年の友達は全員呼び捨てにしている。エリオット君だけ“君”が外れないのだ。自然と“君”がついた状態で呼んでしまう。

 

「やっと謎が氷解した気分だよ……。リアが僕について少し詳しいように感じたのも、他の人と少し態度が違うのもこれが理由だったんだね」

「あはは。ごめんね。色々と迷惑かけてしまったみたい」

「少し不思議に思っていたくらいだから大丈夫だよ」

 

 エリオット君はすっきりしたような表情をしていた。そんなに疑問に思っていたなら聞いてくれればよかったのに。また、いらぬことを考えて遠慮していたのだろうか。

 

「とりあえず、残りを片付けてしまおうか」

「そうだね」

 

 私たちは荷物の整理を再開した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 お義母さんへ

 

 1か月ぶりの手紙でごめん。いろいろ立て込んでいて手紙を書くのが遅れた。

 サラ姉さんから聞いているかもしれないけど、トールズ士官学院に入学したんだ。旅は一旦お預けで、これから2年間サラ姉さんが担任のクラスで頑張ろうと思う。まあ、来年はサラ姉さんが担任かわからないけど。

 この学校に入っていろいろな友達ができたよ。一番仲が良いのは銀髪の女の子で「フィー」って子。猫みたいな気ままな子だけど、一緒にいて楽しい。これからもずっと仲良くしていたい。

 そういえば、同じクラスにエリオット君がいたよ。彼もこの学院に入学したんだね。彼は私のことを覚えていなかったみたい。けれど、さっき近所に住んでいたことがばれたよ。なんだかいろいろ納得されたけど、彼ともこれから仲良くやっていければなあって思っている。

 最後に1つお願い。寮生活を始めたから、お義母さんの手紙を受け取れるようになったよ。だから、お義母さんからも手紙を出してほしい。私もお義母さんの様子を知っておきたいから。

 また、時間ができれば家に帰ります。何時になるかわからないけど、なるべく早く帰りたいなあと思っています。

 

 リアより

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 手紙を書き終えポストに出した後、私は街道に出て短剣の特訓をした。昔、師匠に教えられた特訓ほうだ。最初のころは無茶だと思っていたが最近はできるようになっていた。

 特訓を終えた私はシャワーを浴びた後、第二学生寮へと訪れていた。これから寮の門限ぎりぎりまで、同じ学年の生徒と集まって雑談を繰り広げる予定なのだ。

 

「あれ?リア。もう来てたの?」

「思ったより早く用事が終わったからね。ヴィヴィこそ早いよ。いたずらはしてこないの?」

 

 彼女は1年Ⅳ組のヴィヴィ。悪戯好きの女の子で私も悪戯をされたことがある。それ以来仲良くしている。彼女には双子の姉のリンデがおり、こちらは物静かな女の子だ。リンデのほうも1年Ⅳ組に属している。

 

「昼間、散々したわ。《Ⅶ組》の黒髪君にもしたわよ♪」

「ああ。リィンのことね。どんな悪戯をしたの?」

「下着の見比べを頼んだわ」

「ヴィヴィ。それはやりすぎだよ……」

 

 相変わらず悪戯のレベルが悪質である。唯一救いなのは後腐れがないようにしっかり後処理をすることぐらいだろうか。

 

「今度はリンデに変装して悪戯しようかな」

「もう、ヴィヴィ。また、悪戯したの!?」

「いいじゃん。面白いんだし」

 

 噂をすればなんとやら。双子の姉のリンデがやってきた。この2人は毎日こんな会話をしているような気がする。よくも飽きないものだ。

 

「あ、リアだ。こんなところでどうしたの?」

 

 声がしたのは第二学生寮の玄関。そこには荷物を持ったコレットがいた。私に話しかけるべく、座っているところにコレットが近づいてきていた。申し訳ないなあ。

 

「これから、雑談会をしようかと思ってね。コレットは1日中ショッピング?」

「ううん。午前中は学院で生徒手帳探していたよ。生徒会の手伝いのリィン君がきてくれなかったら見つからなかったよ」

「リィンが生徒会の手伝い?なんかあったのかな?」

 

 そういえば、昨日も生徒会から生徒手帳の配布を頼まれたとか言っていたなあ。それに、サラ姉さんがリィンに頼み事をしたとかも言っていたような。リィンはもしかしたらサラ姉さんの被害にあっているのかもしれない。ご愁傷様です。

 

「ねえ、リア。私も雑談会に参加してもいい?」

「ん……コレットなら問題ないと思う」

「やったあ。それじゃあ荷物を置いてくるね」

 

 そういってコレットは階段を上っていった。コレットなら見ず知らずの相手でも仲良くなれるから問題ないだろう。それに今回は初対面の人もいるみたいだし。

 

「えっと、ここでいいのよね?」

「あ、ブリジット。こっちだよ」

 

 再び玄関のほうより声が聞こえる。第二学生寮ではほとんど見ない白色の制服。1年Ⅱ組の貴族生徒のブリジット。彼女もこの雑談会の一員として呼んでおいた。メンバーには了承済みである。

 

「なんだか、視線が痛いのだけれど……」

「あはは、そりゃあねえ。第二学生寮にその寮生でない赤と白の制服がいれば目立つよ」

「確かにそうね……」

 

 どうやら彼女の性格を考えると、商店街の喫茶店で集まったほうがよかったかもしれない。今日のところは我慢してもらおう。

 

「それよりリンデ。みんなの視線を集めてるよ」

「え……」

 

 先ほどまで口論をしていた双子。ヴィヴィがリンデに周囲の状況を伝えると、リンデが固まった。まわりを見渡した後、恥ずかしそうに椅子に座る。その様子を楽しんでみているヴィヴィも椅子に座った。ヴィヴィのことだわざと怒られて視線を集めていたのだろう。本当に悪戯心が過ぎるというものだ。

 

「ごめんなさい。待たせてしまって」

 

 やってきたのはモニカ。どうやら急いで帰ってきたようだ。

 

「いや、まだ揃ってないから大丈夫だよ。それにただの雑談だからそこまで気負わなくて大丈夫」

「あれ?集まるのは5人では?」

「1年Ⅳ組のコレットも参加したいって言っていたから、もうすぐ来ると思う」

「へぇ、コレットも来るんだ。リンデ、ヴィヴィを演じてみない?わたしはリンデを演じるから」

「やらない。というか、ヴィヴィ。いい加減に反省して!」

 

 先ほどコレットとした約束を伝えると、ヴィヴィが新しい悪戯を考えついていた。ヴィヴィとリンデが入れ替わって、リンデの姿でコレットに悪戯をする気だったのだろう。まあ、姉のリンデに断られているわけだが。

 

「あの2人、髪型と口調でしか区別できないわね」

「ヴィヴィがリンデに変装していることがあるから、それも頼りにならないけどね」

「できればやめてほしいわね……」

 

 ヴィヴィがリンデの真似をしていると、本当にリンデに見える。口調も髪型も完璧にリンデを真似をしている。2週間仲良くしてきた私でも未だヴィヴィかリンデかわからない。

 

「それにしても、すぐに喧嘩を始めるよね……」

「まあ、ヴィヴィが聞き流しているだけだけどね」

 

 そのあと、コレットが来るまでリンデはヴィヴィを叱っていた。

 




なんと、リアとエリオット君はご近所でしたとさ。まあ、そんなに仲がよかったわけではありませんが。
さらに、さらに、今回はブリジットさん、リンデさん、ヴィヴィさんの初登場です。
まあ、今後出てくるかもわからないのですが。できれば出したい。特にヴィヴィさんとリンデさん。理由は察してください。
自由行動日のテオの視点はありません。というか、本人の言っていた通り生徒会室で手伝ってます。

一応ストックの投稿はここで終了となります。
もう一つ作ってあるのですが、少し変更したくなりました。
投稿ペースがどうなるかわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。


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4月21日 人形とサラ

まず初めにこの場をお借りして一言。
感想をくださった方、及びお気に入り登録をしてくださった方、評価を付けてくださった方ありがとうございます。
感想などには目を通していますが、返信については苦手ですので、返信はしない予定です。申し訳ありません。
今後も頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

今回はリア視点です。


「それじゃあ予告通り《実技テスト》を始めましょう」

 

 グランドには武器を持った《Ⅶ組》の面々が揃っていた。今までの実技訓練で集まっていた時よりも、みんなが緊張していることがわかる。私もそのうちの1人である。

 

「前もって言っておくけどこのテストは単純な戦闘力を測るものじゃないわ。『状況に応じた適切な行動』を取れるかを見るためのものよ」

 

 すなわち、短時間で相手を倒すよりも、何かしらの工夫をして倒したほうが評点は高くなるのだ。とはいっても、そんなことを考えながら戦闘をしている余裕はなさそうだ。

 

「ふふーーそれではこれより、4月の《実技テス》を開始する。リィン、エリオット、ガイウス、マキアス。まずは前に出なさい」

「はい……!」

「い、いきなりかぁ」

「……承知」

「了解した!」

 

 4人はサラ姉さんに言われ前に出る。出たところをサラ姉さんに準備をするように言われている。前衛として優秀なリィンとガイウス。アーツを得意にしているエリオット君。ショットガンとアーツを利用して戦うマキアス。チームのバランスはとてもいい。さらに、このメンバーは特別オリエンテーリングで一緒に探索したメンバーのようだ。ある程度は戦略ができているだろう。彼ら4人はこの実技テストで恵まれた状況で戦えるようだ。

 

「次のメンバーはラウラ、ユーシス、アリサ、エマよ。準備しておきなさい」

 

 言われた4人は1か所に集まり実技テストの準備を始める。大剣の一撃が期待できるラウラ。騎士剣で前衛をある程度こなせ、アーツにも優れているユーシス。導力弓で遠距離からの攻撃とアーツを利用するアリサ。クラスで一番アーツの優れているエマ。このチームのバランスもよさそうだ。この4人にテオを含めると特別オリエンテーリングのメンバーになる。テオが抜きになった状態で、そう戦略を立てるかが楽しみだ。

 

「残ったテオ、フィー、リアも準備をしておきなさい」

「それはいいですけど、俺たちは3人ですか?」

「人数的に仕方ないわね。まあ、あなた達なら大丈夫でしょう」

 

 そういって、サラ姉さんは元の立っていた位置へ戻っていく。どうやら何を言っても無駄なようだ。大丈夫といって放置されるのは信頼されているのか、利用されているのかわからないが。

 

「テオ。諦めて準備をするよ」

 

 フィーはグランドに集まった時から隣にいるので、離れているテオをこちらに呼び寄せる。テオは少し面倒くさそうにこちらに近づいてくる。

 

「わかったよ。といってもこの3人だと俺とフィーが前衛を務めて、リアが後ろからアーツで決まりだろ?」

「でも、私たちだと決め手に欠けるよね?フィーもテオも火力が足りないと思うし、私も補助系のアーツしか使えないし」

 

 実技訓練で見たテオとフィーの戦い方を思い出しながら告げる。私の短剣もそこまで一撃に期待ができない。

 

「俺の火力が足りないのは、そういった符を使ってないからだな。もっと威力のある符も持っているから、一撃には期待してくれていい」

「なんでもありだね。テオの符は……」

「これでも不便なんだぜ?符を貼らないと使えないし」

「でも、罠として利用できる」

 

 フィーの言葉に違いないと、テオは笑い返した。どうやらそういった目的で利用したことがありそうだ。事前に仕掛けておいて、そこに敵を誘い込む。そして、符を発動させて、敵にダメージを与える。まして、一枚の落書きがされた紙切れにしか見えないのだから、バカにできない。

 

「それより、リアが補助系のアーツしか使えないのはなんでだ?特別オリエンテーリングで攻撃系のアーツを使っていただろう?」 

「今《ARCUS》につけている組み合わせだと補助系しか使えないんだよね。組み合わせを変えれば使えるんだけど、入学前に使ってたマスタークオーツに変えることになる。そうするとみんなとは不公平かなって思って」

「リアが気にし過ぎ」

 

 フィーの言うとおりだと言う風にテオが大げさに頷く。もちろんそんなことは私もわかっている。不公平だと言ってて大けがをしたら、それこそ本末転倒だ。まあ、今回はつけているマスタークオーツを成長させるためと思って我慢してもらおう。そのことを2人に話すと仕方ないと了承してくれた。

 

「あとは、《戦術リンク》を誰と誰で繋げるかだけど、どうする?」

「リアとフィーみたいに俺はつなげないから、2人で繋いどいてくれ」

「わかったよ」

「了解」

 

 私とフィーはその場で《戦術リンク》をつなげる。戦況次第では途中で繋いでいるペアを変えることもあるだろう。テオもそのことは理解しているようだった。

 これで私たちはすべて話し合っただろう。後、決めなければならないことは思いつかない。

 

「ふふ、よろしい。ーーそれじゃあ、とっとと呼ぶとしますか」

 

 すべてのチームが話し終わったのを確認して、サラ姉さんは指をパチンと鳴らす。それを反応するように変な人形がリィン達の前に現れる。

 

「……サラ姉さん。これは?」

「作り物の“動くカカシ”みたいなもんよ。そこそこ強めに設定してあるけど決して勝てない相手じゃないわ」

 

 戦術リンクを活用すればね、とサラ姉さんは付け加える。実技テストの目的を露骨に聞いた気がする。

 

「ーーそれでは始め!」

 

 リィンたちのペアが人形と戦闘を開始した。

 

 

 

 あれから十数分後、私たちの番がようやく終わった。

 リィン達は自由行動日に旧校舎の地下で《戦術リンク》を使っての戦闘に慣れていたようだ。そのため、終わった時に少し余裕があった。

 ラウラ達は《戦術リンク》が上手いこと使えず、苦戦を強いられていた。終わった時には全員がギリギリのようだった。

 私たちは人数が1人少なかったが、思っていたより簡単に勝てた。3人とも他の人に比べ戦闘経験が多く、《戦術リンク》を上手いこと使えたことが簡単に勝てた理由だろう。あと、テオの使っていた符の威力が高すぎた。

 

「ちょっと、あんたたち3人の実力がよく判らなかったじゃない。どうするのよ」

「あんなカカシ人形を標的にするからでしょう?」

 

 早く片付いたことに文句を言うサラ姉さん。それに面倒くさそうに答えるテオ。というか、そのセリフは他のグループに失礼だろう。ほら、ユーシスとか露骨に機嫌が悪そうだし。

 

「じゃあ、カカシ人形じゃなかったらいいのね」

 

 そういってサラ姉さんはコートの下から自分の獲物を出す。右手にはブレードを、左手には導力銃を持っている。その見た目がかなり凶悪そうな武器だった。

 

「さ、サラ姉さん。その手の武器は何?」

「あたしが直々に相手をして、実力を測ろうと思ってね。3人とも武器を構えなさい」

「いや、なんでサラさんが相手なんですか。他にもやり方はあるでしょうに……」

「テオ。うるさい。早く構えなさい」

 

 テオが言っても無駄だった。もう誰にも止められないだろう。正直、戦いたくない。

 

「やるしかないみたいだ……」

「みたいだね。テオがもっと説得してくれれば……」

「無理言うなよ……」

「役立たず」

「フィーまで!?」

 

 そんな冗談を交えながら私は《ARCUS》を、フィーは双銃剣、テオは符を構えた。そういえば、今日は一度も短剣を抜いていない。ずっと《アーツ》の補助だけで戦っている。まあ、短剣を抜いてもサラ姉さんには勝てないだろう。

 

「トールズ士官学院・戦術教官、サラ・バレスタインーー参る!」

 

 開始とともにテオとフィー、サラ姉さんが同時に駈け出す。2人がサラ姉さんと戦っている間に私は《ARCUS》につけてある《タウロス》に触れ《ラ・クレスト》のアーツを準備する。これは対象者の周囲にいる味方の物理防御力をあげるアーツだ。これをかけておくだけで不思議と相手の攻撃の威力が軽減される。切られた時にできる傷口も普通に切られるより浅かったりするのだ。皮膚を固くしているのだろうか?よく判らない。サラ姉さん相手には意味をなさないかもしれないがないよりはマシだろう。

 

「《ラ・クレスト》」

 

 フィーを中心にテオにも防御力上昇のアーツがかかる。今使えるアーツはこれだけなので同じアーツを重ねがけする準備をする。

 

「しまった!リア!」

 

 テオの声を聞き、集中するためにつぶっていた目を開く。目に映ったのはサラ姉さんがこちらに導力銃を向けている姿だった。

 

「まずは一人目!!」

 

 サラ姉さんの声が聞こえたときには、サラ姉さんの導力銃の銃弾が私に当たっていた。模擬弾とはいえ当たると痛い。私はその場で動けなくなる。どうやら《アーツ》を使うのに目をつぶっていたのがいけなかったようだ。今度から《アーツ》は目をつぶらずに準備しよう。

 フィーとテオがすぐに《戦術リンク》をつなぎなおし、サラ姉さんの相手をする。

 だが、フィーとテオの2人でもサラ姉さんにかなわないようだ。フィーの攻撃は的確に捌かれている。テオは《符》を貼らないと攻撃できないのだが、サラ姉さんに1枚も《符》を貼れていない。

 

「これで2人目!」

 

 見るとテオがやられていた。どうやら残っているのはフィーだけのようだ。だが、テオがいなくなってこちらの手数が減った。すなわちサラ姉さんに余裕ができたということだ。

 

「これで終りね」

 

 思った通りすぐに決着はついた。さすがにフィー1人では厳しかったようだ。

 

「フフン、あたしの勝ちね」

 

 そういってサラ姉さんは武器をしまった。あれでも一応手加減をしているんだろう。アーツを使わず短剣で戦闘していたら、もう少しマシな結果にできる自信はあるが勝てはしないだろう。本当にかなう気がしない。後ろで見ていた《Ⅶ組》のメンバーも呆気にとられているようだ。サラ姉さんの強すぎる実力を始めてみたのだから当然か。

 

「ーーさて《実技テスト》はここまでよ。先日話した通り、ここからはかなり重要な伝達事項があるわ。君たち《Ⅶ組》ならではの特別なカリキュラムに関するね」

 

 少し休憩した後の私たちは最初と同じように集まっていた。どうやら《Ⅶ組》の特別なカリキュラムについてやっと話してくれるようだ。他のみんなも気になっていたようで空気が一変した。

 サラ姉さんはひとつ咳払いするとサラ姉さんは説明を始めた。同時に班分けを記したプリントも配っている。

 《Ⅶ組》の特別なカリキュラムは《特別実習》と呼ばれる。《Ⅶ組》はA班、B班に分かれて指定実習地に行く。そこで期間中に、用意された課題をこなすそうだ。課題の内容と実習地、メンバー次第で難易度が変わりそうだ。

 

 

 

【4月特別実習】

A班:リィン、アリサ、ラウラ、テオ、エリオット

(実習地:交易地ケルディック)

B班:エマ、マキアス、リア、ユーシス、フィー、ガイウス

(実習地:紡績町パルム)

 

 

 

 ケルディックは東にある交易が盛んな場所で、パルムは帝国南部にある紡績で有名な場所である。距離的にA班とB班に差があるがそこは考慮されるのだろう。

 問題は班分けの方だ。A班には互いに仲直りしようとして未だにしていないリィンとアリサ。B班には仲が悪化しているマキアスとユーシスがいる。悪意のある班分けだ。

 私もB班になっている。正直、このメンバーで行きたくない。行くときの列車で喧嘩が勃発するだろうし、実習期間中ずっと喧嘩を止めなければいけない。私には無理だ。他の3人。特にエマとガイウスが頼りだ。フィーは面倒くさがって何もしないだろうなあ。

 

「お二人ともよろしくお願いしますね」

「うん。こちらこそよろしく」

「よろしく」

 

 《実技テスト》が終わるとエマが挨拶をしてきた。律儀だと思う。私なら挨拶をせずにそのまま行くところだった。男子のメンバーはすでに教室へと戻っているようだが。

 

「とにかく努力だけはしてみようか……」

「あはは……そうですね」

 

 私たちの実習は無駄に疲れそうだった。

 




サラさん戦っちゃいました。
2章の実技テストは……まぁ、何とかなるでしょう。
というか、リアがサボりすぎですかねー?

さて、次回から《特別実習》が始まります!
メインの主人公はリアですけど、今回の特別実習はテオ視点になりそうです。
時間があれば、というかやる気が出たら、リア視点の特別実習も書いてみてもいいかもしれない。
現在、そこのところを悩んでます。


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4月24日 本格的活動前

今回から《特別実習》始まります。
そして、今回は短めになっていると思います。
では、テオ視点でどうぞ。


 特別実習1日目。俺たちA班は午前6時40分までに第三学生寮の玄関に集合することになっている。

 普段の俺は午前6時に第三学生寮を出て、生徒会の手伝いに行っている。そのため今日は40分ほど暇をすることになる。リアのように散歩をして時間をつぶすのもいいが、見慣れた街を散歩する気にはなれなかった。それならいつも通りに行動しようと思い、俺は生徒会室に足を進めていた。生徒会の手伝いはさせてもらえないだろうが、トワ会長と喋って時間をつぶすぐらいはできるだろう。

 

「トワ会長、おはようございます」

「あ、おはよう、テオ君。……あれ?今日って特別実習の日だよね?」

「集合時間まで時間があるので、喋りに来ました」

 

 学院前の分岐路でトワ会長と出会った。朝から生徒会を手伝うようになってからはここで待ち合わせをしている。今日は特別実習があるので待ち合わせをしていなかった。いつも通りに出会えてよかった。

 

「実習の準備は大丈夫かな?」

「多分、大丈夫だと思います。向こうでどんな無茶振りをされるかわからないので、絶対とは言い切れませんが」

「あはは……大丈夫だよ。いくらサラ教官でも無茶振りはしないよ」

 

 そうであると信じたいのだけど、今までの前科があるからねあの人。まあ、達成できないことを要求されたことは一度もないが。今回も初めてということである程度は簡単なはずだ。リィンとアリサが仲直りしていてくれると、もっと楽になるのだが。

 

「でも、絶対に無茶はしないでね。なにがあっても無事に帰ってきてね?」

「わかってますよ。会長のほうこそ無理はしないでくださいね」

「ふぇ?む、無理なんてしないよ」

「どうだかなぁ。会長は自然と仕事増やしていくタイプだし」

 

 3週間、生徒会で働いていてよくわかった。教官からの仕事や生徒会に届く「依頼」。それらを許容量を超えないか心配になるほどもらってくるのだ。俺が手伝い始めてからは少し量が増えた気もする。だから、この特別実習で抜ける2日間が心配であったりする。

 

「ふふ、だったら私がトワの様子を見ておこうか?」

 

 気が付くと後ろに黒いつなぎを着た女子がたっていた。2年の貴族生徒のアンゼリカ・ログナー先輩だ。ユーシスと同じで、《四大名門》の一角を担うログナー侯爵家の娘である。本人曰く、こんな不肖の娘は勘当されているだろう、とのことだ。まあ、彼女が貴族生徒らしくないのは見ていればわかる。まず、服装からしておかしい。貴族生徒の白い学生服を着ておらず、黒いつなぎ。この人が白い制服を着ているところを見たことがない。

 

「お願いします。無理をしそうなら連れ出してください」

「了解したよ。君も気を付けて行ってくるといい」

「ええ」

 

 こう言ったところにはアンゼリカ先輩も気が利く。俺が生徒会室に通い始めたときにも何度か気遣ってもらった。仲良くなったのもその時からだ。

 

「そろそろ時間なので、実習に行ってきます」

「気を付けてね。テオ君」

「トワのことはこちらに任せて、気にせず行ってくるといい」

 

 トワ会長とアンゼリカ先輩に背を向け歩き出す。後ろから会長の不満そうな声が聞こえたのは聞き流しておく。

 

 

 

 俺たちA班の特別実習の幸先は良かった。

 仲が悪かったリィンとアリサだったが、A班の集合時間には仲直りをしていた。もとより互いに謝りたいと思っていたため、きっかけさえあればすぐだったのだろう。自由行動日の夕方、リィンがアリサのラクロスの片付けを手伝ったときに、仲直りできなかったのはなぜだかわからないが。そして、仲が悪かった3週間を取り戻すように、列車ではずっとしゃべっていた。仲良くなりすぎな気もするが、今は気にしないでおこう。

 列車でケルディックに向かっているときにもう一つの出来事があった。どちらの班にもついていかないと言っていたサラさんが、同じ列車に乗っていたのだ。補足説明のためにA班についてきたと言っていたが、したといえば宿への案内くらいで、そのほかは何もしていない。だけど、宿を見つける時間が減ったので良しとしよう。

 

「んくっ、んくっ、んくっ……ぷっっはあああああッ!!この一杯のために生きてるわねぇ!」

 

 貿易地ケルディックにある俺たちA班が泊まる宿の一階の酒場スペース。俺たちが2階で用を済ませている間に、サラさんは昼前からビールを飲んでいた。この様子だと本音はビールを飲みに来たのだろう。だから、B班の仲が悪くなりそうなところを放置して、A班についてきたのだ。なにが補足説明をするだ。見直しかけた俺が馬鹿かもしれない。

 

「あら君たち、まだいたの?あたしはここで楽しんでいるから遠慮なく出かけちゃっていいわよ?」

「も、もう!勝手に纏めないでください!何なんですか『特別実習』の内容って!?」

 

 先ほど2階で済ませていた用の1つだ。この宿の女将さんから渡された《特別実習》の課題。それは手配魔獣の討伐、街道灯の交換、薬の材料調達だった。薬の材料調達以外は必須になっていた。この形式は自由行動日にリィンへと頼んだ「依頼」とまったく同じだった。

 

「全部君たちに任せるからあとは好きにするといいわ」

「だ、だからそうやっていい加減なことを言わないでーー」

「いや、そうした判断を含めての『特別実習』というわけですか」

 

 アリサがまだ問い詰めようとするところを、リィンが途中で止める。どうやらリィンには思うところがあるようだ。

 《特別実習》では最低限として必須の課題を済ませておくこと。その他の行動は各班で話し合って決め、行動する。そこでとっていた行動をレポートにまとめ、後日サラさんに提出。それで、成績が決められるようだ。正直、あまりやりたくないタイプの実習だった。

 

「とりあえず、外で今後の方針を決めようか」

「そうね。これ以上は聞いても答えをはぐらかされそうだし」

 

 一通りサラさんから聞き出した俺たちは、リィンとアリサの案に従い外に出ようと歩き出した。アリサが男女同室の件を問い詰めると言っていたが、すかっり忘れているようだった。

 

「テオは少し残りなさい」

「……わりぃ。先に外で話し合っててくれ」

 

 立ち去ろうとしたところをサラさんに呼び止められる。俺はサラさんの言葉に従い、リィン達に先に行ってもらう。俺自身はサラさんの元に戻り、隣の椅子に腰掛ける。飲み物でも注文したかったが、そんな時間はなさそうだ。

 

「それで、俺を呼び止めた理由はなんです?」

「あら、すぐに聞いてくるわね?なにか飲み物を頼んでもいいのよ?」

「どうせすぐに話が終わりますよね?なら、頼む必要はないと思いまして」

「あら、そう」

 

 サラさんはジョッキに口をつけ中身を全部飲み干す。そのあと近くにいたウエイトレスに追加の注文をした。どうやらまだ飲むらしい。ウエイトレスが離れたのを確認すると、サラさんは口を開いた。

 

「あんた、力をどれくらい封じてるの?」

「……さあ。適当に封じたから判りません。でも、俺の本来の力は判ってますよね?」

「ええ。ちなみにその封印は戦闘中でもすぐに解ける?」

「解こうと思えば」

「そう……」

 

 少しの沈黙。ウエイトレスが注文されたビールをサラさんの前に置き、立ち去る。サラさんはそのビールを少し飲んでからこちらを向いた。

 

「本当に危険な状態になったら、その封印を開放していいからね」

「……ここはそんなにまずい状況なんですか?」

「いえ。多分、大丈夫のはずよ。ただ、もしものことがあると思ってしまうとね。経験も大切だとは思うけど、命にはかえられないからね」

「俺たちはえらく気にいられてますね」

「そりゃね。大切な教え子ですもの」

 

 サラさんはもう一度ビールを飲む。ただ、始めに飲んでいたようなペースではない。飲んでいるのもちょっとだろう。

 

「だから、本当に危険で封印を解除するしか生き残れない時は頼むわね」

「……わかりました」

「ありがとね」

 

 また沈黙の間が訪れる。外の4人に呼ばれるのももうすぐだろうから話せる内容は話しておくべきかも知れない。サラさんの主な用事も終わったようだから、今度は俺が切り出そう。

 

「あの課題。サラさんの元の職が関係してますよね?」

「……ええ。あの子達には言わないでね。リアやフィーも黙っててくれるはずだから」

「わかってますよ。ですが、いずればれると思いますよ?」

「そうでしょうね。まあ、それまでは隠していてもいいじゃない」

 

 わかったうえで隠しているならば何も言うまい。後はサラさんの好きなようにすればいいと思う。これを決めるのはサラさん自身なのだから。

 

「おーいテオ。そろそろ行こう」

 

 後ろを振り向くと扉を開け俺を呼んでいるリィンがいた。どうやら方針は決まったようだ。あの4人なら変な方針は立てないだろう。

 

「それじゃあ、行ってきますよ」

「ええ。がんばってきなさい」

 

 俺はサラさんに一言告げ、外へと歩き出した。どうやら、サラさんはこのまま飲み続けるようだった。




やった!アンゼリカ先輩を出せた!
出せないと思っていた分、より嬉しさがこみあげてくる。

あと、露骨なフラグ回。ただ、回収は何時になるかわかりません。
というか、うかつに回収ができないです。
ラウラ対策の気がしなくもない。実力はサラ以下の予定。
忘れているころにやってくるフラグになると思います。


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4月24日 本気と全力

久しぶりの投稿です。遅くなった理由は後書きにて。
まあ、判りやすいと思うのですが。

今回もテオ視点です。特別実習の間はテオ視点なのですが一応。


「さて、課題にあった討伐対象を見つけたわけだが」

 

 東ケルディック街道のはずれにある高台。そこには2足歩行の蜥蜴(とかげ)がいた。俺たちの倍はありそうな巨体だ。一撃をまともにくらえば、それだけで致命傷になりかねない。

 

「それで、どうしかける?まさか、無策とは言わないよな?」

「それはないんじゃないかな。見るからに強そうな魔獣だよ?」

「だからきいてるんだがな」

 

 魔獣から見えないような位置で、俺たちは簡易的な作戦会議をし始める。エリオットの言う通り無策はない。無策で挑むなんて真似は馬鹿のすることだ。そんな戦い方をしているといつか痛い目に合う。それに作戦さえよければ強いものを倒すことができるのだ。そのため、簡易的な作戦会議だとしても重要な意味を持つ。

 

「そうだな……俺とテオで敵の引き付け、隙をつくってラウラが攻撃する。エリオットは弱点を解析してから《アーツ》で攻撃。アリサは最初に弓での攻撃を。エリオットの解析が終わったら、《アーツ》も使った戦闘にしてくれ」

「俺が引き付け役になるのはわかるが、リィンもするのか?」

「引き付け役が一人はその人に負担がかかりすぎるからな」

 

 言っていることはもっともだ。でも、俺個人にかかる負担は別に気にしなくていいのだが。まあ、1人でも問題がなさそうなら、リィンもラウラと一緒に攻撃にまわるだろう。そこのところの判断はリーダーになりつつあるリィンに任せよう。

 

「みんな準備はいいか?」

 

 全員が武器に手をかけ、頷き返す。《戦術リンク》もリィンとラウラ、エリオットとアリサで繋いでいる。俺は繋ぐ相手がいなくて繋いでないが、戦況によっては誰かと繋ぐことになるかもしれない。その心構えもしておく。

 

「よし、行こう!」

 

 その掛け声と同時に俺とリィンはかけ出した。俺は敵の右側へ、リィンは左側へと。敵はまだこちらに気付いていない。できればこの間に少しでも近づいておきたい。後衛との距離はなるべく離しておきたいからだ。

 その時、弓の射る音が聞こえた。アリサが攻撃を開始したのだろう。敵も俺たちに気付きこちらへ向き始めていた。タイミングとしては完璧だ。

 

「グルァッ!?」

「……え?」

 

 敵の叫び声が聞こえ、攻撃に対する警戒をした。だが攻撃は来ず、敵は苦しんでいた。アリサが射た第一射目。それが敵の右目に的確に射ていたのだ。思ったよりやることがえげつない。少し評価を見直すべきかもしれない。

 でも、確実に敵の視力を奪えたのは確実。戦闘がより楽になるだろう。敵の見える目は俺が走っている側。ならば最初の引き付け役は俺がするべきだろう。敵のぴったりと近づき、符を2種類の札を貼る。

 

「『招雷符』」

 

 離れ際に1枚起動させダメージを与える。離れる方向は敵から見て左側。敵の視界にしっかりと入っておき、こちらに注意をひきつける。

 見事に敵は引っ掛かりこちらへと向かってくる。もちろん残っている4人がそれを許すはずもない。がら空きの右側面からリィンの抜刀術にタイミングよく追撃をするラウラの攻撃がヒットする。2人が引いたところをエリオットが放った勢いのある水の球が当たえる。それに続くように敵のまわりに現れた3つの球が、敵に当たって砕け散った。エリオットが放ったアーツは「アクアブリード」。アリサが放ったのは「ゴルトスフィア」だろう。

 そこで、敵の注意はその4人に向く。致命傷ではないにしろ、ここまでのダメージを与えたのだから当然だろう。今度は俺がフリーになったので、敵に新しく符を貼るために走り出す。もう1枚貼ってある符を使ってもいいが、もしもの時のために残しておきたい。用心するのは別に悪いことではない。

 先ほどと同様に敵に近づき、符を貼ろうとする。だがその直前、差し込んでいた光が遮られる。

 

(あれ?……まずっ!!)

 

 光が遮られた瞬間、敵の右手がこちらに振るわれていたのだ。咄嗟に回避をするが思っていたより後ろへ飛びのくペースが遅かった。致命傷にはならないものの、深手を負って後ろへと吹き飛ばされる。

 

「テオ!?くっ……エリオットはテオの回復を!俺が引き付け役に回る!アリサとラウラは変わらずに攻めてくれ!」

 

 すぐにリィンからの指示が飛ぶ。出された指示にみんなは従い、エリオットがこちらへ走って近づいてくる。そのあとすぐに回復アーツの「ティア」を使い治療をし始めた。戦っている3人も確実にダメージを与えていて、戦況が一気に持っていかれることはなかった。

 俺の治療が終わるころには、戦闘が終了していた。

 

 

「すまない。少し油断した」

「はぁ、今回はこれだけの被害で済んだからよかったが、次からは気を付けてくれよ?」

 

 戦闘が終了すると戦っていた3人もすぐに駆け寄ってきてくれた。それほど心配をしてくれていたのだろう。本当に申し訳ない。

 ちなみにこれだけの被害というのは、俺のケガのことだ。すぐに治療したとしても、完治するまで持っていくことはできない。それにまだ傷もひどく、今日は安静にしておかなければならない。すなわち、今日1日は戦闘に参加できない。というか、参加させてもらえない。アーツだけでもとお願いしたが、却下されてしまった。

 

「でも、《戦術リンク》がなかったら厳しかったかもしれないわね。《ARCUS》……悔しいけどそれなりに見込みはあるみたいね」

「?悔しい?」

「あ、ううん、気にしないで」

 

 それからアリサは話題を変えるかのように、報告をしにいこうと言い出した。今のは触れてほしくない話題だったのだろうか?まあ本人が気にするなと言っているし、気にしないが。

 それよりも気になるのはラウラの視線だった。先ほどの魔獣を倒してから、俺とリィンに何か言いたそうな視線を送ってきている。なぜなんだろうか?よくわからない。

 

 

 

 特別実習日1日目の夜、俺たちは宿の1階で食事をすませた。俺は他の4人より早く食べ終わったので、先に部屋のベットで休んでいる。他の4人はまだ1階で夕飯を食べているだろう。

 

「それにしても、前にできたことができないのは辛いな」

 

 待っている間に考えるのは、今日の魔獣討伐のことについて。あの時の回避行動が思っていたよりも遅かったことだ。学院に入学する前なら、気づいてからの回避はできただろう。それほどまでに身体能力が制限されている。

 

(学院前までの自分と今の自分。この能力差に早く慣れないとな……)

 

 今日のケガ程度ならまだいい。だが、下手をしたら死んでいたと思うと、このまま放置していい問題だとは思わない。能力を制限しないことが1番いいのだろうが、他の《Ⅶ組》のメンバーとの能力差が問題になる。俺の力に頼ったり、まわりと等しく扱われないのは気持ちよくない。

 

「やっぱり今の自分に慣れるしかないか」 

 

 当分の間は今の自分に慣れながら、まわりの様子を確認することに決める。時期が来れば力を制限しなくても対等になれる日が来る。何時になるかはわからないが、今はそう信じておく。

 

「それにしても、あいつら遅いな」

 

 俺が食事を終えてからだいぶ時間が過ぎている。4人ともすでに食べ終わっていると思うのだが何をしているのだろうか。レポートを書くことを忘れてないよな。

 

「仕方ない呼びに行くか」

 

 このまま待っていても退屈なので、呼びに行くことにする。横になっていたベットから体を起こし、部屋の扉を開ける。そこには下をのぞき込んでいるアリサとエリオットがいた。

 

「……何してんの?」

「うわぁ……びっくりさせないでよテオ」

「わるい。それで下をのぞき込んでどうした?」 

 

 エリオットのリアクションを横目に、エリオットの横に並び下をのぞき込む。そこにはリィンとラウラの姿が見えた。

 

「部屋に戻るときにリィンがラウラに呼び止められてね。何の話か気になって」

「それでこの覗き見か」

 

 俺も2人に倣うように下の会話に耳を澄ませる。今日の魔獣討伐から俺とリィンに向けられていたラウラの視線。その視線の理由がわかるなら聞いておいていいだろう。リィンと俺に対する視線は別の物かもしれないが。

 

「これが俺の“限界”だ。……誤解させたのならすまない」

 

 限界?途中から聞いていたからよく判らない。今日の魔獣討伐から感じていたラウラの視線とこの会話は関係あるのだろうか。

 

「……いい稽古相手が見つかったと思ったのだがな」

 

 そういってラウラは宿の外へと出て行った。アリサとエリオットが何か話しているが、今の会話を詳しく話しそうにない。俺から聞き出すほうがよさそうだ。

 

「なあ、今の話って何?」

「リィンが本気を出していないとラウラが勘違いしたみたい。そのことについて話していたよ」

「あー、なるほど」

 

 リィンが使っているのは《八葉一刀流》だ。この流派を修めたものは達人が多い。だが、リィンはまだその域に達していない。それでラウラは勘違いしたのだろう。

 それにしても、“本気”を出していないか。視線を俺にも向けていたってことは、気づいているのかもしれない。一度話しておくべきだろう。

 

「先にレポート書いといてくれ。少し散歩してくる」

 

 エリオットとアリサにそう告げ、宿を出て行く。途中で考え事をしているリィンとすれ違ったが、今は気にしないでおく。限界を自分で決めてしまっているリィンの問題は、リィン自身が解決するべきだろう。

 ラウラは外に出て探し始めてからすぐに見つかった。素振りにはいつものようなキレはなく、あんな素振りを続けていても意味がないだろう。俺は待つことなくラウラに声をかけた。

 

「そのまま剣を振っていても意味がないだろ」

「む……テオか」

 

 俺の声を聞いてラウラは素振りを止め、近くの壁に剣を立て掛ける。そしてこちらに向ける顔は、やはり何か言いたげの顔だった。だが、言うべきかは迷っているようだ。待つのは面倒なので後押しをすることにする。

 

「俺に何か言いたいことがあるんだろ?」

「……聞きたいことはある」

「俺に答えられることなら答えるよ」

 

 ラウラは少しびっくりした後、覚悟を決めたような表情になった。これで言わない、なんてことはしないだろう。俺も今日中に解決をしておきたいので、答えないなんてことはしない。

 

「……そなたの動きには違和感がある」

「違和感?」

「そう。なんというべきか……そなたが本気を出しているのはこちらに伝わっているのだ。しかし、そなた本来の力はもっと強いのではないかと思ってしまうのだ。その違和感の正体が知りたいのだが」

 

 驚いた。思っていたより見る目があるのかもしれない。ズバリ言い当てられてしまった。最初からごまかすつもりで来たが、これは下手にごまかすと大変かもしれない。多くは語らず、嘘もつかずに話すべきだろう。

 

「確かに俺は本気を出しているが、全力は出していない」

「どういうことだ?」

 

 俺が言ったことが理解できず、首を傾げる。まあ、こんな説明では誰もわからない。

 

「俺は自分に封印をかけて力を制限してあるんだ。だから今出せる本気で戦ってはいるが、全力ではない」

「……なぜ、そんなことを?」

 

 当然の疑問だろう。持っている力をわざわざ封印をする必要がない。封印を施さず、手加減をすれば済む話でもある。

 

「あまり人に頼られたくないからかな。力があるからと言って持ち上げられるのも嫌だから」

 

 力があると頼られる。前の俺なら気にしなかったかも知れない。だが、今は《Ⅶ組》に所属している。それぞれが実戦を経験し、対等で切磋琢磨する。それが一番成長しやすいだろう。そこにとびぬけた力を持つものは不要だ。だから、俺は力を封印した。封印しないととびぬけた力を出してしまうから。

 

「だが、それではそなたは強くなれないのではないか?」

「……この力は褒められる力じゃないからな。別にいいんだよ」

「?」

「いや、気にしなくていい」

 

 また、判らないという風に首を傾げるラウラ。少し必要のないことをしゃべってしまった。気を付けないとな。

 少しの沈黙の後、ラウラは再び剣をその手に持った。そして、縦に一振りした。俺が今まで見たラウラの素振りの中で、キレが一番よかった。

 

「そなたの力を封じる理由は判ったつもりだ。そなたにとって今の私は全力を出す相手ではないということもわかった。……だから、この士官学院を卒業、いや、1年以内に私はそなたの全力に追いついて見せる。そして、そなたに全力で私の相手をしてもらう」

「……」

 

 ラウラからの宣戦布告。俺に全力で相手をしてもらえるまで成長すると。嫌われる可能性があると思っていた分、驚きで何も話せない。ラウラはそんな俺を見ながら、気にせず続ける。

 

「それで、そなたの力を封じる理由もなくなるであろう?」

 

 確かにラウラが俺に追いついたならば、力を封印している必要はない。全力でラウラの相手をしたらいいだろう。

 ラウラの出したそんな単純な答えに、俺は笑いを隠すことができなかった。

 

「な、何がおかしい!?」

「いや、わるい、わるい。そんなこと言う奴を始めてみたからさ。でも、楽しみにしてるよ、ラウラ」

「うん。待っていてくれ。すぐに追いつく」

 

 士官学院での生活。思っていた以上に面白いものになる気がする。やはり入学してよかった。

 そのあと、俺はラウラの素振りが終わるまで、横でそれを見て時間をつぶした。戻った時にアリサに遅いと怒られたのは余談だ。




投稿が遅くなった理由……
それは閃の軌跡Ⅱをやっていたからです。
とりあえず一度はクリアしときたかったんです。早めに。
どこからネタバレされるかわからないので。

この作品ではⅡに入るまでに多少のネタバレが入ると思います。
予定していたイベントに関わるネタがあったので……。
一応、Ⅱに入るまでにネタバレが入る場合は前書きで宣言する予定です。
気付いた範囲でですが。

さて、今回の話でですが……ラウラさん気づいちゃった。
当初の予定では気づかなかったんですが。
流れ的にはこっちのほうがしっくりくるんで。

それではまた次回。


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4月25日 孤独な調査

投稿、遅れてすみません。

今回もテオ視点です。


 翌日の早朝。俺たちA班は大市に来ていた。買い物を楽しむためならよかったのだが、今回はそれが目的ではない。大市の屋台が壊されたと聞いて、確認をしに来たのだ。

 現場についたときには人が集まっていて、その中心には喧嘩をしている2人の商人と大市の元締めがいた。喧嘩をしているのは、昨日も喧嘩をしていた人たちだ。昨日は出店する屋台が被っていたのが理由で、今日は出店場所の屋台が壊されていたのが理由だ。今はリィン達と元締めが仲裁をしようとしている。商人の2人は聞く耳を持たないのだが。その一方で、俺は屋台を調べていた。喧嘩の仲裁はすべて放り出して、屋台を調べたほうが効率的だと思ったのだ。

 屋台の状況は思っていたよりひどいものだった。出品物はすべて持っていかれている上、屋台も荒らされている。しかも、被害にあった屋台は昨日喧嘩をした2人の出店場所だ。屋台は少し手直しすれば普段通りに開けるが、出品物のほうが問題だ。この2人が予備を持っているといいのだが。

 

「そこまでだ」

 

 聞こえてきた声はリィン達のものでも、元締めや喧嘩をしている2人ものでもなかった。振り向いて確認すると、こちらに向かって歩いてくる領邦軍の姿があった。《四大名門》が保有する貴族軍と言ってもいいよいうな連中だ。態度や言動が偉そうで、正直なところ関わりたくない。

 

「ならば話は簡単だ。おい、2人とも引っ立てろ」

 

 介入してきた領邦軍は元締めに事件について説明してもらった。それを聞いてすぐの発言がこれだ。屋台の調査や聞き込みを一切せず、犯人を2人に決め込んだようだ。その理由は簡単。領邦軍にはこんな事件に手間を割く余裕がないらしい。なんともふざけた理由だ。これだから、領邦軍は好きになれない。

 結局、2人の商人は領邦軍の言う通りに、今回の事件をなかったことした。互いに領邦軍に捕まりたくなかったのだろう。

 そのあとは元締めの指示の元、大市の準備を急ピッチで進められた。リィン達もその手伝いをしていたようだ。俺はただ一人、その場から離れて行った。

 

「あ、いたいた。おじさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 俺は西ケルディック街道出口付近に来ていた。今、そこにいる酒におぼれているおじさんに話を聞きに来たのだ。実はこのおじさんのことは俺は知っていたりする。西ケルディック街道にある《ルナリア自然公園》の管理者をやっている人だ。たまに《ルナリア自然公園》へ行ったときに会っていた。たしか名前はジョンソンといってたはずだ。

 その彼がなぜここにいるのか。昨日見たときから気になっていた。ジョンソンさんは仕事熱心だったので、何かあったのかと思っていたのだ。それが今回の事件とかかわりがあるのかはわからないが、気になることは調べておいて損はないだろう。

 

「ルナリア自然公園の管理はどうしたの?」

「クビにされちまったよぉ~。自然公園の管理は俺の生きがいだったのによぉ~」

「クビ?」

「そうだよぉ~。いきなりクロイツェン州の役人サンがやってきてさぁ……解雇されちゃたんだ~よぉ」

 

 クロイツェン州。そういえば、ここを統治しているのはその州だったな。領邦軍もクロイツェン州の領邦軍だったはずだ。そういえば、領邦軍の方もおかしな動きをしていた。昨日の喧嘩は仲裁に入らず、今日は仲裁に入ってきた。町の人曰く、仲裁に入る方が珍しいそうだが。

 

「それに、あんなチャラチャラした若僧達より、おじさんのほうが絶対いい仕事するよなあぁ~」

「チャラチャラした若僧?」

「昨日の夜もここでのんでたらよぉ。管理員の服を着た若僧たちが西口から出てったんだよ~。あんな夜中に、木箱やらなにやら抱えて走っててなあ……」

 

 管理員の服を着た若僧達が夜中に木箱を運んだ?怪しすぎるな。調べてみる価値はあるかもしれない。

 

「おじさん。ありがとう。参考になったよ」

 

 そういい残して、その場を立ち去る。向かう場所はルナリア自然公園。俺の予想が正しかったら、犯人はそこに潜伏しているはずだ。

 

 

 

 今回の事件。まず、最初に疑うのは《領邦軍》だ。昨日に介入しなかった領邦軍が、今日は介入してきた。そして、明らかに事件をなかったことにしようとしていた。これは犯人候補にあげられても仕方がないと思う。彼らの権力を前にみんな押し黙っているのだろう。

 だが、ここで気になることが2つある。1つ目は何のために。これは税金の値上げに対するクロイツェン州への陳述が原因だろう。これが原因でクロイツェン州の領邦軍は大市に嫌がらせをしていると聞く。

 2つ目はどうして被害にあった商人が大市に出店している全商人ではなく2人であるのかだ。さらに言うと、”たまたま”出店場所が被っていて、前日に喧嘩していた2人が被害にあったのか。これは互いに疑いをかけ、犯人に仕立て上げることができるようにしたのだろう。となると、”たまたま”被るのを待ったか、被るのも計画的だったのか、”たまたま”計画に使えそうだったから計画に含んだのか。そういえば、出店の場所を指定してるのはクロイツェン州だったはずだ。先ほども述べたように領邦軍もクロイツェン州の貴族軍だ。だとするならば、計画的な犯行でクロイツェン州が絡んでいる可能性がある。

 ここで犯人像が変わった。《領邦軍》ではなく《クロイツェン州》。相手がより巨大な存在になってしまった。だが、これで推理も一歩進む。

 犯人像が変わったことで、ジョンソンさんが言っていた、クロイツェン州の役人が解雇に来た、ということも怪しくなる。これもクロイツェン州が絡んでいる。そしてジョンソンさんの証言の、木箱を夜中に運んで行った管理服をきた若者たち。これは事件に関わっていると思っていいだろう。

 すなわち、実行犯は「管理服を着た若者たち」、計画したのは「クロイツェン州」と言ったところか。まあ、そのつながりがよく判らないが、金で契約しているのだろうか。まあ、そこは犯人にきけばいいだろう。

 そして、証言から実行犯は今、ルナリア自然公園にいる可能性が高い。これはある意味チャンスだ。できれば、遊撃士など領邦軍に屈しない勢力の助けが欲しいが、今は無理だろう。これは一人で行くしかなさそうだ。

 

(そして、ルナリア公園の最奥に来たわけだが……いるな)

 

 予想していた通り、盗難品を木箱に詰めた犯人達がそこにいた。犯人グループは4人。一気に攻めるには少しきつい人数だ。入るときに鍵は外していないし、気配も殺して茂みに隠れている。当分の間はばれないだろうし、あの場から離れた者を一人ずつ捕まえて行こう。それまではずっとここで様子を見よう。いざとなれば出ていくしかない。その時のために力にかけてある封印を外す準備もしておく。あまり解放はしたくないのだが。

 

「連中が陳情えお取り下げなけりゃ、もうちょい稼げるってことか」

「しかし、あいつらいったい何者なんだろうな?領邦軍の兵士にも顔が利いてるみてえだし」

 

 あいつら?領邦軍にも顔が利く?これはとんだミスリードをしていたかもしれない。あくまでクロイツェン州は手伝っただけで、第三グループが計画したのか。できればもっと詳しく聞きたいんだが、捕まえたときに話してくれるかな……。

 

「甘いな」

 

 偽管理員達の前に出てきたのはリィン達だった。どうやら、あいつもこの事件を追っていたらしい。てっきり探らないと思って一人で調べていたが。とんだ見込み違いだ。調べるのなら、一緒に調べたらよかった。

 偽管理者達はライフルを取り出した。どうやら、リィン達を倒すつもりらしい。実力としては同じくらいだろう。だが、《戦術リンク》を使いこなせれば、余裕で勝てる。できれば手助けをしないで、見守っておこう。

 

(それにしても、あいつら連携がよくなってないか?)

 

 戦闘を見ていると昨日の手配魔獣の時よりはるかに動きがよくなっていた。互いの連携がいつも以上にスムーズに行われている。たった1日であれはど連携がよくなるのはなぜなんだろう?俺が入ると無茶苦茶になりそうで、ちょっと疎外感が心にある。俺が単独行動しているのが原因というのは判るのだが。

 そうこう考えているうちに戦闘は終わったようだ。リィン達にはまだまだ余裕があり、偽管理員たちは膝をついていた。どうやら、事件はこのまま解決しそうだ。

 

(?これは笛の音……か?だめだ、判断できない)

 

 その時かすかに音が聞こえてきた。聞こえてくる聞き逃しそうな音に耳を傾けるが、その音はよく判らない。エリオットも気付いたようだった。他のメンバーは聞こえていないようだ。

 音が途切れたとき、地面を揺るがすような振動が徐々にこちらへと近づいてきた。俺の視界の先、そこから一匹の大型のヒヒのような魔獣が出てきた。体長は人の3倍以上もあり、この公園のヌシにあたる存在だろう。その強さは今のリィン達では少しきついレベルだろう。これは出て行くしかなさそうだ。

 

「リィン!!」

「!?テオか!」

「ああ。話は後だ。指示くれ!」

「昨日の手配魔獣と同じパターンでいこう!みんな、何とか撃退するぞ!」

 

 それと同時に俺は魔獣に駈け出した。昨日のようなヘマは犯さない。絶対に無傷で終われるような引き付け役をこなしてみせる。そんな意気込みをもとに符を敵の関節部に貼り付ける。もちろん敵の攻撃を回避することは忘れていない。昨日と違い、一撃で死に至る可能性があるから攻撃を受けていられない。

 

「凍っちまえ、『氷塊符』!」

 

 声に反応して、貼った符が効果を発揮させる。今回は符の貼った左肘の部分に氷の塊がいきなり出現させるものだ。これである程度動きが制限されるといいのだが。

 

「四の型・紅葉切り」

「鉄砕刃!」

 

 リィンが反対側から俺の攻撃に続いた。リィンが放った技は通り間際に幾度となく切り付ける抜刀技だ。そこに続くのはラウラのジャンプしながら振り上げた剣を降り際に叩きつけるもの。かなりの高威力を持つ一撃だ。

 

「やば!」

 

 リィンとラウラの一撃をものともしないように敵は俺に右手を振り攻撃を仕掛けてくる。俺はとっさに前に転がり、敵の下に潜り込む。そして、そのまま敵の後ろに抜ける。もちろん符を貼りつけるのを忘れない。

 

「アクアブリード!」

 

 タイミングを見計らったようにエリオットのアーツが放たれる。勢いのついた水の球が敵に当たるが、やはり敵はもろともしない。

 

「『爆炎符』!」

「ヒートウェイヴ」

 

 先ほど回避の時に貼っていた符を発動させる。その符の炎が消えるころにアリサのアーツが発動する。アリサが放ったのは敵の足元から炎が吹き上げるアーツだ。これは少しきいているようだ。

 この調子だと撃退するのにかなりの時間がかかるか、こちらの敗北でおわりそうだ。これは少しきついかもしれない。逆転するための威力のある一撃があればいいのだが。




今回遅れた理由。閃Ⅱではありません。
そう……C言語に手を出していたのです。
はい。ごめんなさい。私の悪い癖です。いろんなとこに手を出してしまいます。
この癖、直したほうがいいですよねぇ……。まあ、いいか。

さて、今回はテオさんの調査になります。リィン達と別行動になってしまいました。
なんでこうなった……。まぁ、後悔はしてないです。

そして、中途半端っぽくなってごめんなさい。
次回の投稿を早くできるように頑張ります。
では、また次回。


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4月25日 盗難事件解決

テオ視点でどうぞ。


「くっ!……っあぶねえ」

 

 すぐ目の前を巨大なヒヒの腕が通り過ぎる。もう少し後ろに下がるのが遅ければ、直撃していただろう。俺はそのまま敵から距離を取る。ヒヒは俺を追いかけてこず、その場でこちらの様子をうかがっている。リィン達も引いているため、一時的な休憩タイムだ。とはいってもすぐに崩れ去るだろう。

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。1つ1つの行動に集中して、着々と巨大なヒヒにダメージをあたえていく。それをずっと続けているため、すでにどれくらい戦っているかが分からなくなっている。俺の武器である《符》もすでに底が見え始めていた。

 

「こ、このままだとジリ貧だよ」

「そうね……《ARCUS》のエネルギーも尽きかけてるわ」

「我らの体力も限界が近いだろう」

「俺の符もあと5枚くらいだ」

 

 これは本当に厳しい状況だ。敵もある程度は消耗しているだろうが、先に倒れるのはこちらであることは見ればわかる。勝つためにはこのまま戦っていてはだめだ。サラさんが言っていた通り、封印を開放するしかないようだ。

 

「テオ。少しの間、引き付けを頼めるか?次で決める」

「リィン?……判った」

 

 封印を開放しようとしたとき、リィンに声をかけられる。リィンを見ると、真剣な顔で集中をし始めていた。なにやら緊張をしているようにも見えるが、勝つための一手を持っているようだった。ここまで粘ったんだ。俺が力を開放して勝利を一人でもらっていくより、A班で勝利をおさめたほうがいい。だから、俺はリィンの案にのることにした。

 

「リィン。あまり気負うなよ。失敗しても、また違う方法を探せばいい」

「!」

 

 リィンのリアクションからしっかりと伝わったことがわかり、俺はその場を走り出した。符は使わない。リィンが失敗した時のために残しておく。それに敵は先ほどから執着に俺を狙ってきている。ならば、回避だけで引き付けはできるだろう。

 

「よっと」

 

 敵が振り上げた手を振り下ろしてきたので、右にジャンプして避ける。それを確認した敵はそのまま右手をこちらに振り回してくる。今度は上にジャンプし振り回された敵の腕に手を当てて、回転をして着地をする。敵の腕を利用して、敵の右腕を飛び越えたのだ。もちろん敵も暇にしている左手で攻撃を試みるが、近づいてきていたラウラの攻撃により動きが阻害されてしまう。

 

「ナイス、ラウラ!」

「そなたも気を付けるがよい!」

「わかってるよ」

 

 俺はそのまま敵の懐へもぐりこみ、敵の背後に飛び出る。ラウラもこちらに抜けてきたようだ。まあ、行動を阻害したラウラは狙われやすいので、こちらに来てもらったのは良い判断だ。これで敵がこちらを向けば、背後からリィンが一気に攻めることができるのだ。いくら巨大なヒヒだといっても、思考は単純なようだ。俺たちを見つけて、こちらに向かってくる。

その時、視界に刀を構え集中しているリィンの姿が見えた。そのリィンが持っている刀が少しずつ赤い炎を纏っていることも見て取れる。リィンはそれを振るうためにかけだすと敵も気付いたようだが、遅かった。敵が防御の体勢を取る前にリィンの炎を纏った刀で三連撃が放たれる。最後の一撃でリィンはこちら側に抜けてきて、刀に纏っていた炎は敵を焼き尽くそうとしていた。炎がおさまってくると、今の攻撃がどれだけの威力があったのかうかがえる。あれでは敵もこれ以上の戦闘は無理だろう。

 

「焔の太刀」

 

 リィンがそうつぶやくころには、敵は退散していた。俺たちはなんとか敵を撃退したのであった。

 

「……もう大丈夫だな」

 

 敵が見えなくなると、俺はその場に座り込んだ。《ARCUS》で確認すると10分ほど戦っていたようだ。もっと長い間戦っているように感じた。できればこのような戦闘は2度としたくない。

 

「リィン。今しがた見せたのは?」

「ああ……修行の賜物さ」

 

 リィンが最後に見せた技は何だったのか。気になっていたのはラウラだけではない。俺も含めその場にいるものが皆気になっていた。今まで実戦で使えなかったようだが、つい先ほどコツを掴んだようだ。さすがはリィンと言ったところか。できればぶっつけ本番はやめてほしかったが。

 

「この勝利ーー俺たちA班全員の“成果”だ」

(“全員”……か。悪くない)

 

 今まで1人で活動をすることの多かった俺には新鮮に思えた。全員で何かを成し遂げたときの一体感。昔に感じられなかったこの感覚は思っていた以上に心地よかった。今は学院へ入学させてくれたサラさんに感謝すべきかもしれない。

 その時、笛の音があたりに響き渡った。

 

「っち。最悪だな」

 

 笛の鳴らした方向には《領邦軍》の数名がいた。俺たちが動いていることに気付いて、追いかけてきたのだろう。

「手をあげろ!」

 

 《領邦軍》が警告したのは俺たちA班。どうやら俺たちの邪魔するつもりらしい。結局、《領邦軍》も黒だったわけだ。こんな犯罪に手を貸す軍なんて、存在自体に意味ないだろうが。

 

「俺たちを迷わずに囲むってことは証拠があるんですか?領邦軍隊長殿」

「ふん。盗品がここにあり、その現場にお前たちがいる。ならば疑うのは当然であろう?」

「……そこまで我らを愚弄するか」

「本気でそんなことがまかり通るとでも?」

 

 俺がした質問に領邦軍の隊長はすぐに答える。その答え返しはもっともだが、士官学院の制服を着ている者を一番最初に囲む理由にはなっていない。どちらかというと“味方”と判断するのが普通だ。さすが犯罪者の肩を持つだけはある。

 隊長の答えに反応を示したのはラウラとリィンだった。だが、《領邦軍》はそんなこと気にしない。こいつらは事実を捻じ曲げることを普通にする。本当に性質の悪い連中だ。

 その時、この付近にこちらへ近づいてくる集団の気配を感じた。その中の1人の気配は知っているもので、彼女ならばこの場を任せても大丈夫だろう。ならば、俺のすることが決まった。

 

「弁えろと言っている。ここは侯爵家が治めるクロイーー」

「さてさて、弁えるのはどっちだか。おっとすみません。話の途中で遮ってしまって。続きをどうぞ~」

「……貴様ぁ」

 

 話を遮って言い返したことに腹を立てたのか、今にも捕まえろという指示を出しそうだった。ちょっとやりすぎたかもしれない。でも、俺の溜まりに溜まったストレスは発散しておきたい。彼女が来てしまってはそれもできないのだから。

 

「だから謝ったじゃないですか。それに話の続きを聞きたいのですが?それとも何話していたのか忘れました?」

「お、おい。テオ。さすがにそれ以上は……」

 

 リィンが止めに入る。といっても、俺はただ聞きたいと主張しているだけなのだが。まあ、少し毒を含んでいるが。

 

「貴様、私を愚弄する気か」

「いやいや。そんなつもりはありませんって。続きを聞きたいだけですし。忘れてなければ話せますよね?ね?」

「……」

 

 いやぁ、イラついてるね。まあ、俺の感じている苛立ちよりははるかに軽いだろうが。まあ、一時期俺も領邦軍と同じようなことをしていたので、こんなことする権利はないのだが。

 さて、もうタイムリミットのようだな。

 

「もういい。連行するぞ」

「ーーその必要はありません」

 

 視線の先からやってくるのは《鉄道憲兵隊》。帝国正規軍の中でも最精鋭ともいわれる集団だ。声を発したのはその中の水色の髪をした女性。クレア・リーヴェルト大尉だ。“氷の乙女”(アイス・メイデン)とも呼ばれている。先ほど感じた気配は彼女たちのものだ。

 クレア大尉の手腕でこの場は鉄道憲兵隊が処理を行うことになった。領邦軍は撤退を始め、俺たちは調書をつくるために同行を求められた。それ自体に問題はなく、リィン達も同意した。

 

「とりあえず、ケルディックまで戻りましょうか。そこで調書を取りましょう」

 

 このままここにいるわけにもいかないので、俺たちは各々好きなように歩き始める。といっても、ある程度は固まって歩いている。公園のヌシは撃退させたとはいえ、魔獣はいるので警戒は怠れない。

 

「そういえば、テオは大市の事件の後からどこに行ってたんだ?」

「んー。どうせ調書の時に言うと思うから、その時で」

 

 二度手間になるのは正直面倒だ。一度にまとめられるのならそうしたい。聞いてきたリィンも納得はしてくれたようだ。気になってはいるようだが。

 

「それより、あなたクレア大尉に何かしたの?さっきからずっとあなたのことを見てるけど」

「さぁ、さっぱりわからないんだよな」

「そう。でも、何か悪いことしたのなら謝っときなさい」

「わからないからどうしようもないよ。アリサ」

「それもそうね」

 

 そう、先程からクレア大尉がじっと俺を見てくるのだ。アリサにはわからないと言ったが、実は視線の理由は判る。昔、彼女とはいろいろあったからなあ。警戒される理由もわかるし、立場上仕方がないだろう。だが、リィン達の前でその視線はやめてほしい。

 

「テオさん、少しいいですか?」

「……少し離れて話をしましょうか」

「ええ」

 

 突然、クレア大尉がこちらに近づいてきて、話を持ち掛けてきた。彼女が聞きたいこともわかるので、リィン達の傍から離れるように促す。彼女も意図を察してくれたようで、互いにリィン達から少し離れたところを歩くようにする。リィン達は気になるようで、こちらに視線を送ってきている。それでも、会話の内容は聞き取れないだろう。

 

「それで?何か聞きたいことが?」

「あなたの家業についてです」

「家業?なんのことだかわからないですね」

「《幻》といった方がいいですか?」

「……」

 

 やはり隠し通すのは無理らしい。まあ、もとより隠すつもりはない。俺たちが使う符は独特ですぐにばれるからだ。俺の親も自分の正体をばらしている。でも、それは依頼者と被害者、公共機関に限りだ。一般人には家業のことはほ広がっていても、素性ははあまり広がっていない。素性を知ったもの、広げようとしたものは殺される。そういった噂が流れているからだ。

 依頼さえ受理されればなんでもしてくれる便利屋。簡単なものから暗殺まで、なんでもこなす。それが昔の俺で、《幻》と名乗っていた。俺たちの家はその仕事を家業としてやってきた。

 

「それで《幻》について聞きたいこととは?」

「あなたは何をするために士官学院へ入学したのですか?何の仕事ですか?」

「……仕事ならあなたに言うことはできませんよ。たとえプライベートでも」

「……」

 

 やはりと言った顔になる。最初から聞き出せると思っていなかったのだろう。それでも諦めないようだ。すぐに表情を戻した。

 

「でしたら、今回の事件に関わったのは依頼があったからですか?」

「はぁ……何か勘違いしているようですね」

「勘違いですか?」

 

 クレア大尉が勘違いする理由もわかる。昔の自分を知っている者にとって、今の自分はそれほどにまで意外なのだ。人間は変わろうと思えば変われるのだ。

 

「俺は何かの仕事を請け負って士官学院に入学したわけではありません。自分自身で決めて入学しました。今回の事件に関わったのは、解決する人がいなさそうだったから。リィン達と鉄道憲兵隊が動いていたのは予想外でしたが」

 

 リィン達が動くなら一緒に捜査をすればよかった。鉄道憲兵隊が動くなら、捜査すらする必要はなかった。結局、俺のしたことは無益だったようだ。

 

「本当に《幻》は、家業は辞めたんですね。意外でした」

「お前はまたこの世界に戻ってくる。なんて親父には言われましたが」

「ふふ、そうならないことを祈っておきますね」

 

 そういって彼女は笑った。今日2度目の笑顔だった。1度目はリィン達に自己紹介するときに。これはリィン達を安心させる目的で。2度目は今の会話だ。これは目的もない、駆け引きもない笑いだった。

 

(この人も笑えるんだな……)

 

 彼女の笑った顔を初めてみた俺はそんなことを思ってしまった。何度か彼女とは仕事で話したことはあったが、そこに笑う余地なんてなかった。敵同士として出会っていたのだから仕方ない気もするが。

 

「私の顔になにかついていますか?」

「い、いえ。何も」

 

 どうやら長い間、見つめていたようだ。俺は急いで彼女から視線を外し、前を向く。すると、視線の先にはリィン達が微笑ましそうにこちらを見ていた。何か勘違いされていそうだ。誤解を解くのにどれくらいかかるだろうか。少しばかり骨が折れそうだ。でも、クレア大尉の笑顔を見た俺は別にいいかと思ってしまった。思っていたよりも俺は単純なのかもしれない。

 

(まあ、単純でもいいか)

 

 俺はケルディックに戻るまでクレア大尉と楽しく話し合っていたのであった。 




 当初の予定よりかなり早く明かされたテオの過去。そして、クレアとテオの仲が思っていたより良くなった。なんか、その場のノリって怖いですね。
 さて、零、碧の軌跡をプレイしたことのある人はわかるでしょうが、テオのイメージとしては帝国版《銀》です。まあ、《銀》とは少し違うのですが。
 さて、今回で思ったことがあります。一回の投稿が短いでしょうか。個人的にはベストなんで、これからもこれぐらいの量で登校する予定なのですが。短いと思う方には申し訳ないです。
 次回で一章を終わる予定です。たぶん。メイビー。下手したら今回で終わってるかも……。個人的には三章以降まで早くいきたい。というかやりたいことを早く書き終えたい。今は我慢ですね。一章特別実習リア視点、もとい今後のもう片方の特別実習については……要望があって、やれることがあればやりたいと思います。活動報告にアンケートをつくります。そちらへのこコメントやメッセージに要望があるまで一切考えないと思います。特別な場合を除きますが。すみません。
 最後で申し訳ないですが、読んでくださっている方ありがとうございます。それではまた次回。


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2章
5月22日 生徒会での日常


そうです。今回から2章です。
結局、1章は前回で終了となりました。
書いてみて、これくらいなら次の話と混ぜればいいや、ってなりました。

さて、今回はテオ視点です。早くリア視点が書きたいですね。


 放課後になり俺は生徒会室にいた。もう日常となっている生徒会の手伝いをするためだ。今では生徒会の仕事もすっかり身に付いて、トワ会長に言われずとも仕事をこなしている。自分で言うのもなんだが、他の生徒会メンバーよりも雑務をこなしていると思う。まあ、会議の類はさすがに参加できないが。今の俺の役割は生徒会雑務担当兼会長補佐と言ったところか。なんか長い。

 

「テオ君、そろそろ休憩しようっか」

「そうですね。キリもいいので、そうしましょう」

 

 俺はペンを置き、紅茶の準備をするために席をたつ。会長は机の側から離れ、ソファーの方へ移動していた。前までは会長が準備をしてくれていたが、最近では日によって交代して準備をしている。今日は俺が担当の日だ。

 

「授業の方はついていけてるかな?」

「今のところは問題ないですね。来月の中間試験が少し心配ですが」

「そっか初めての試験だもんね。テオ君なら大丈夫だと思うけど、わからないことがあったら聞いてね?」

「はい。そのときはお願いします」

 

会長の前に淹れた紅茶を置き、向かい合うようにソファーに腰掛ける。座った後、持っていた紅茶に口を付けた。うん、美味しい。会長も紅茶を飲むと満足そうに微笑んだ。どうやら、今回も問題なく淹れられたようだ。ちなみに会長の笑った姿がかわいいと思ったのは秘密だ。

 

「そういえば、クラスの雰囲気はどうかな?」

「特に変わりはないですね。もう少しマシになったらいいんですけど」

「そうだね。1年間は同じクラスだし、なんとかできるといいんだけど」

 

 特別実習の後、マキアスとユーシスの仲は悪化していた。特別実習期間中に殴り合いになりかけたこともあり、サラさんが来なければ危なかったとB班のメンバーも言っていた。そのため実習がグダグダになり、評価は赤点といってもいいEランク。B班だったメンバーには悪いが、聞いていて俺はA班でよかったと思ってしまった。

 ちなみに余談だが俺たちA班はAランクだった。俺の単独行動でマイナス点がついたが、依頼を全部こなしていたことや依頼になかった大市の体験や大市の事件を解決したのがプラスに働いた。なんとかAランクを保った形だ。

 それはさておき、クラスの抱える問題はそれだけではない。特別実習の帰りにリィンが明かした自身の身分が問題となっている。特別オリエンテーリングの際には「高貴な血は流れていない」とごまかしていたようだが、実際には貴族の家の養子として育っている。それにマキアスが反応して、一方的にリィンを嫌っている。本人曰く、貴族かどうかは関係なく嘘をつく人間を信用できないとか。リィンは嘘をついていないのだが、マキアスにとっては騙されたものだ。マキアスの言っていることも判る。

 

「そんなに家柄にこだわる理由がわからないな。こだわっても不快な思いしかしないのに」

「それでも、この帝国ではこだわっちゃうんだよ。そういった概念が根付いちゃってるから。それにマキアス君は理由がそれだけじゃない気がするよ」

「どういう事です?」

「んー。昔になにかあったから身分にこだわっている気がするんだ。聞いた感じだと他のこだわっている人と雰囲気が違うから」

 

 確かに他の人とは違う。一般的な例は貴族だから避ける、関わりたくないといった感じで、牙をむくことは少ない。それに対して、マキアスは喧嘩腰で貴族と関わっている。会長の言う通り、昔に何かあったのかもしれない。できれば知りたいが、無理に聞きだすことはしないほうがいいだろう。

 

「聞いているとユーシス君の方も何かありそうだね」

「ユーシスもですか?」

「うん」

 

 会長はうなづいて、詳細までは言わなかった。ユーシスのことも本人から教えてもらった方がいいのだろうか。でも、マキアスと同じで無理に聞き出すことはしないほうがいいはずだ。やはり、人付き合いは難しい。

 

「がんばってね、テオ君」

「俺よりも適任者がいそうですが……まあ、頑張りますよ」

 

 何とかできるのなら何とかしたい。このまま次の学年に進むまで耐えるのはさすがに無理がある。毎日、喧嘩を聞かされる身にもなってほしい。そのうち病気になって倒れそうだ。

 俺はそこで考えるのを止め、紅茶を飲む。このまま考えていても、あまり意味がないように思えたからだ。どうせならもっと楽しい話をしたい。

 

「そういえば、アンゼリカ先輩はどうしたんです?最近見ていないんですが」

「アンちゃんなら今日もバイクに乗ってると思うよ」

「ということはジョルジュ先輩もそこに?」

「うん。今日は調整をしてから乗るって言ってたから」

 

 ジョルジュ先輩は導力器の調整などを一手に受け持っていてくれる先輩だ。《ARCUS》の整備などもしてくれているので、よく先輩には会いに行っている。黄色いつなぎを着て、太っているのが特徴の先輩だ。最近ではアンゼリカ先輩と導力バイクの改良をしているようだ。

 

「そういえば、テオ君。クロウ君となにか企んでないかなあ?」

「企んでないですよ?」

 

 クロウ・アームブラスト。銀色の髪、赤い線の入った白いバンダナ、赤い目が特徴の2年の平民生徒だ。よく生徒会室に遊びに来る大のギャンブル好きだ。お調子者だが頼れる面も持ち合わせる嫌いになれない先輩である。

 ちなみに企んでないとは嘘だ。近々、盛大にギャンブル大会を開こうとしている。その計画を会長にばれるわけにはいかないので、嘘の口裏合わせも済ませている。

 

「クロウ君にも確認していいかな?」

「俺って信用ないんですね……」

「普段からこう言ったことに嘘をつかないなら信じられるんだけど」

 

 そういいながら会長は《ARCUS》でクロウ先輩に連絡を取っている。大丈夫、ここまではまだ想定済みだ。クロウ先輩との作戦は完璧なはずだ。ばれるわけがない。

 

「あ、クロウ君?テオ君が一緒に悪巧みしてるって白状したよ?」

「な!?」

『な!?テオの奴、ばらしやがったのか!』

 

 終わった。いきなりの行動でびっくりした俺もいけないが、クロウ先輩の発言がすでにアウトだ。これは確実に会長にばれた。ここは戦略的撤退を試みるべきだ。

 

「テオ君、どこに行くのかな?詳しいこと聞かせてくれるよね?」

 

 ひそかに席を離れようとした俺を会長が呼び止める。会長の浮かべている笑顔が怖い。なにが完璧だ。穴だらけじゃないか。いきなりあんな行動をするなんて、予想外にもほどがある。クロウ先輩も見事に引っかかったじゃないか。

 

『すまんテオ。そっちは任せた』

 

 そういって、クロウ先輩は《ARCUS》を切ったようだ。会長の持つ《ARCUS》から向こうの音が聞こえなくなった。見事に逃げられた。身代わりにされた。今度会った時にしめ上げてやる。先輩後輩なんて関係ない。

 

「大丈夫だよ。寮に戻ってからクロウ君にも事情を聞くから」

 

 どうやら俺が何もしなくても、罰が与えられるらしい。まあ、それよりも自分の心配をするべきなのだろうか。でも、無理だ、恐怖で体が動かない。これは諦めるしかなさそうだ。

 

 

 

 

「ただいま……」

「お帰りテオ。ってどうした?」

「聞かないでくれ」

 

 会長にすべてを話してやっと解放された俺は、おぼつかない足取りで第三学生寮まで帰ってきた。迎えてくれたのはリィンで、どうやら食堂から出てきたところのようだ。

 ちなみに怒られた俺はもう2度とクロウ先輩と悪巧みをしないと誓った。もう2度とあんな怒られ方をしたくない。今頃、クロウ先輩も同じ目にあっているだろう。いや、俺よりも中心的人物だったのでもっとひどいかもしれない。明日はお見舞いに行った方がいいかもしれない。

 そういえば帰り際にリィンに渡す依頼を預かっていたんだった。丁度いいので今渡しておこう。

 

「リィン、これが明日の依頼だ。よろしく頼む」

「あぁ、受け取っておくよ」

 

 リィンはその場で封を開けた。どうやらここで依頼を確認するようだ。依頼の内容は知っているので、質問があれば答えるべきだろう。俺はその場にとどまりリィンを待つことにする。

 

「旧校舎の探索に代理教師、教官用図書の配達か。何とかなりそうだ」

「相変わらずまじめな奴だな」

「毎日、生徒会の手伝いをしているテオに言われたくないんだが」

 

 確かにそうだ。俺も人のことは言えないな。一体どうしてこうなったんだか。《幻》として活動してた時からすると、考えられないくらいに自主的に活動しているようだ。昔の俺に聞かせてやりたいものだ。

 

「明日の旧校舎探索はテオも来れるか?」

「俺か?生徒会の仕事の片付き具合にもよるが、行こうと思えば行けるぞ」

「だったら、探索を始める時に連絡を入れるよ」

「了解。いけそうだったら行くよ」

 

 旧校舎の探索か。オリエンテーリング以来だ。あれから構造が変わったらしく、先月にはリィンとガイウス、エリオット、マキアスで探索をしたらしい。そして、最深部でいきなり現れた大型の魔獣と戦ったと聞いている。今回も先月から構造が変わったらしいので、最深部で大型の魔獣と戦うことになるかもしれない。準備はしっかりしておくべきだろう。

 

「ちなみにほかのメンバーは?」

「アリサとラウラ、ガイウス、エリオット、誘えればマキアスにも来てほしいと思っているんだが」

「まあ、来ないだろうな」

 

 最近のリィンとマキアスを見ていればわかる。リィンが関わっていこうとしても、マキアスは逃げるだけだ。そのため、ずっと仲直りできていないのだ。いまさら、その態度を変えるとは思えない。

 

「まあ、焦らなくても仲直りできる機会はあるだろう」

「そうだな。その時を待つとするよ」

「とりあえず、明日は互いにできることをしようぜ」

「そうだな。マキアスのことは今後も頑張っていくよ」

「ああ、そうしろ。じゃ、俺は部屋に戻るわ」

 

 案外、本人同士でこの問題は解決してしまいそうで、他人が無理に手を出す必要はないかもしれない。そんなことを思いながら俺は部屋に戻った。

 




 いよいよ入りましたね2章。
 そして、日常編が一番困ったりします。何をさせようか迷ってしまうんですよね。なんだかんだで、特別実習のほうが書きやすかったりします。……多分。
 さて、次回こそはリア視点で描きたいですね。
 テオの旧校舎探索?ナニソレ。ボクシラナイ。
 細かいところはノリで書いているので、本当にどうなるのやら。できれば書きたいのですが。旧校舎探索も1度は描いておきたいので。
 では、また次回です。


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5月23日 夢と約束

今回はリア視点です。やっとですね。長かった……。



 少女はソファーに座り外の景色を眺めていた。特にすることもなく、ただ時間をつぶしているようだ。同じ部屋にいる彼女の母親らしき人物は台所で何かをつくっている。部屋の中にはベリーの甘酸っぱい匂いが広がっているので、彼女の得意なベリータルトでも作っているのだろう。少女も何度か教えてもらったが、上手くいかない。大人になるまでに一度は自分だけの力でつくる。そう少女は心に決めていた。

 

「もうすぐできるから、エーファを呼んできて」

「えー。どうせすぐに戻ってくるよ」

「戻ってくるまで出さないから、早く食べたいなら呼んできなさい」

「仕方ないなぁ」

 

 台所に立っていた女性は、ソファーに座っている暇そうな少女にお使いを頼んだ。少女は面倒くさそうにソファから立ち上がり、玄関へと向かう。その途中で短剣を携帯することも忘れない。師匠の教えで外出時は短剣を装備することにしているのだ。同じ師に戦い方を教えてもらった妹も武器を携帯しているだろう。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 少女は部屋の中を見ず声をかけ、そのまま出て行く。呼びに行くと言ってもすぐそこだ。母親も特に心配をした様子もなく送り出す。これはいつもの少女の日常。ごくありふれた生活の1ページだ。そんな日常が少女には幸せだった。

 

「エーファ。お母さんがベリータルトつくってくれたよ。家に帰ろう」

「あ、お姉ちゃん!うん。今戻るね」

 

 村の中央の広場についた少女は、自分とそんなに歳の変わらない妹に声をかける。エーファはすぐに反応して、楽しく話していた人たちにお辞儀をしてやってくる。村の人たちは少女にも笑顔を向けてきたので、少女もお辞儀を返した。そのあと、少女とエーファは手をつないで、家へと戻っていった。礼儀の正しい、仲の良い姉妹だった。

 

「ただいまー」

「ただいま」

「お帰り。2人とも手を洗って、席につきなさい。すぐにタルトを持っていくわ」

 

 姉妹は母親の言うことを素直に聞き、席につく。すぐに母親がベリータルトを運んできて、3人で食卓を囲む。それからはエーファが先程までしていた会話で楽しかったことをずっと姉である少女に話していた。少女は妹の話に相槌を打ち、しっかりと聞いていた。母親もそんな姉妹に笑顔を浮かべていた。

 ベリータルトを食べ終えた2人に、母親は伝え忘れていたことを口にした。

 

「そういえば、お父さんが今日に帰ってくるわ」

「え?ほんと!だったら、出迎えなきゃ!」

 

 そう言って、エーファは家を飛び出した。武器の双剣を装備していくあたり、師匠の教えはしっかりと身についているようだ。

 

「とりあえず、エーファのことを頼んでいいかしら。ここの片付けはしておくから」

「わかったよ。エーファも少しは落ち着いてほしいよ」

「あなたも昔はあんな感じだったじゃない」

「覚えてないよ。そんなこと」

 

 少女は短剣を再び装備して、エーファが行くであろう村の入り口に向かって歩き出した。お父さんが帰ってくるとしたらそこだからだ。お父さんが帰ってくるのは1か月ぶりだ。何をしているのかは聞いたことがないが、あまり帰ってこれないのは確かだ。今回の1か月振りの帰郷だってかなり早い方に入るだろう。それほどにまでお父さんとは会えない。だから、こうして会える日は楽しみになる。

 

「エーファ。そんなに急がなくてもーーって、あれ?エーファ?」

 

 曲がり角を曲がった先にいるだろうエーファに声をかけようとするが、当の本人がいなかった。家からこの門までは一本道で横を通り過ぎたこともない。だとするならば、エーファはどこに行ったのだろう?

 

「もしかして、街道にでた?」

 

 いくら武器を扱えるからと言っても、外に出るのは危険だ。さすがにエーファでもそんなことをしないだろうと思いつつも、絶対とは言いきれない。少しだけでも様子を見に行くべきかもしれない。いなければ、そのまま戻ってこればいいだろう。

 そう心の中で決め、少女はかけだした。

 

「やっぱり、いなかったな……」

 

 街道に出て少し経った後、少女は探索を打ち切った。これ以上は探す場合は、大人たちの力が必要と判断したからだ。それにエーファがもう戻っている可能性もある。少女はいったん村に戻ることにした。

 少し歩くと少女は異変に気が付いた。村の方向、そちらから黒い煙が空に昇っていた。少女は再び走り出した。

 

(火事!?……お母さんとエーファは大丈夫だよね!?)

 

 先ほどまでエーファを探していた道を迷わずに一直線に村に向かう。だが、その道のりが長く感じてしまう。いち早く状況を知りたい思いが、少女の時間間隔を引き延ばしてしまう。

 

(早く……早く!!)

 

 しばらく走って、やっとのことで村が見えてきた。しかし、そこで少女の足は止まってしまう。彼女の見た光景がその足を止めてしまった。

 

「うそ……でしょ」

 

 彼女の視線の先にあったのは、村全体が赤く燃え上がっている姿だった。

 

 

 

 私は閉じていた瞼をそっと開ける。視線の先には見慣れた第三学生寮の自室の天井。窓の外を見ると日が昇り始めていた。そのまま寝ころんでいてもいいが、汗で服がまとわりついて気持ち悪い。もう起きて着替えるべきだろう。軽く汗を拭き、シャワーを浴びた後の着替えをもって部屋に出る。

 

「懐かしい夢だったな……」

 

 シャワーを浴びるために浴室へ向かっている最中に考えるのは先ほどの夢。夢というよりは過去といった方がいいかもしれない。私の生き方が変わった7年前の事件。この事件の夢を見るのは半年ぶりぐらいだ。

 

(結局、あの場にいた人は全員助からなかったけど……)

 

 私が村についたときには、すでに手遅れだった。焼け死んでいる人やら、()()()()()()死んでいる人もいた。あの村での唯一の生き残りが私。もう、あの村の誰にも会えない。お父さんも色々な手を使って探してもらったけど見つからなかった。きっと父さんももうこの世にいないだろう。

 

「うん?リアか。そなたにしては遅いな?」

 

 2階に降りたところでラウラと出会った。彼女は自室に戻るところのようだ。それに、私が今まで寝ていたことにも気付いているようだ。普段から早いのは癖のようなもので、別に意図して早く起きているのではないが。

 

「おはよう。ラウラ。少し夢見が悪くてね。ラウラは相変わらず早いね」

「私はいつもの鍛錬だ。それにしても、少し顔色が悪そうだが」

「そう?まあ、自由行動日だし、寮でゆっくりしておくよ」

「うん。そうするがよい」

 

 どうやらあの夢を見て、少し顔色が悪いらしい。みんなに迷惑をかけるわけにはいかないので、今日は寮でおとなしくしておくとしよう。まあ寝ることはできないと思うので、するなら読書あたりだろうか。案外、寮で大人しくしておくのも大変かもしれない。

 

「それじゃあ私はシャワー浴びてくるね」

「呼び止めてしまってすまない」

「別にいいって。それじゃ、また」

 

 私は階段を下に降りていった。ラウラもすぐに3階に向かって階段をのぼり始めた。私が1階につくと今度はエマが食堂より出てきた。来ている服はいつもの制服。どこかに出かけるのだろうか。

 

「おはようございます。リアさん」

「おはようエマ。どこかに行くの?」

「はい。少し書店のほうに」

「書店?何か新しい本を買うの?」

「フィーちゃんの参考書を他にも探そうかと思いまして」

 

 そういえば、フィーはエマに勉強を教わっているんだった。年下のフィーが勉強についていくのは当然のことながら難しい。そこで面倒見のいい学年主席のエマが教える役をしてくれているのだ。私なんかが教えた場合は参考書探しなんてしない。既存のものでどうにかしようとするはずだ。これができる人とできない人の差か……。

 

「リアさんは今日、何をして過ごすんですか?少し体調が悪そうですけど」

「んー。とりあえず、寮で時間つぶしかな。本調子じゃないからあんまり外に出たくないし」

 

 どうやら、私の体調が悪いのはすぐにわかるらしい。思ったよりも重症なことに驚きだ。これは本当に横になっておくべきかもしれない。

 

「それでしたら、昼からタルトづくりしませんか?久しぶりに作ってみようかと思いまして」

「……」

「どうしました?」

「い、いや。何でもない。体調がよくなったら参加するよ」

 

 びっくりして一瞬固まってしまった。夢の中で出てきたタルト。それがエマの口から出てきて、上手に思考が動かなくなった。やっぱり、今朝の夢が今日1日の体調の悪さにつながっていそうだ。

 

「わかりました。昼前に一度声をかけますね」

「うん。ありがと」

 

 エマに返事を返した後、浴室へと入っていく。扉の掛札を使用中に変えておくのも忘れていない。これでゆったりとシャワーを浴びられる。私は寝間着を脱ぎ、シャワーを浴び始めた。

 

(……なんで、生き残ったのが私だったんだろう)

 

 私なんかよりエーファが生き残ってくれた方がよかった。あの子にもっと生きていてほしかった。あの子なら今の私のような人生でなく、私が羨ましくなるような人生を送ってくれたはずだ。私よりも様々な面で優れていたあの子なら。やっぱり私が死んで、彼女が生き残ってくれればよかった。

 いっそのこと私もここで死んだ方がいいのかな。そうすればみんなのところにいけるよね?みんなより少し長く生きていたのは恨めしく思われるだろうけど。ああ、でもみんなに会えるのなら、それでもいいのかも。

 

(……ダメだダメだ。お義父さんとの約束を守らなきゃ)

 

 マイナス方向に走っていた自分の思考を中断する。あの絶望の日に私を助けてくれた義理の父親。彼とした約束を果たさないといけない。それが殺されてしまったお義父さんの願いなのだから。あの日に「生きてくれ」と言った彼の言葉を忘れるわけにはいかない。

 

「私は本当に幸せなのかな?」

 

 村での幸せな生活。でも、それは一瞬にして奪われてしまった。そこからは義理の父親と義理の母親に育てられ、サラ姉さんに出会った。けれど、お義父さんは2年前に殺された。私の一番大切なものは毎回誰かに壊されている。こんな人生が幸せなのだろうか。こんな人生に幸せを感じられているんだろうか。

 

「少なくともその一瞬は幸せを感じていた……かな。後で壊される幸せだったとしても」

 

 過去を振り返って、そう結論付ける。私はその一瞬の幸せを大切にしないといけない。これは自分の人生から学び取ったことだ。これからの人生もそうであるだろうから、私は一瞬を大切に生きていくだけだ。

 

「だったら、まずはエマとのタルト作りを楽しまないとね」

 

 それが過去のお母さんを思い出すようなものだとしても、私は楽しむだろう。だって、そう決めたのだから。それが私の人生の生き方なのだから。

 

(それに、そろそろベリータルトをつくれるようにならないとね)

 

 ベリータルトを大人になるまでに作るという、子供のころにした決意。そろそろ、作れるようにはなっておきたい。大人になるのは、そう遠くない未来だろうから。




あれぇ?なんで、こうなった。
最近多い気が……。予定を大幅に変わる可能性があるなあ。
まあ、このままいけそうな気がするんでこのままいきましょう。

さて、今回はリアの話でした。さわり程度の過去の話ですね。また語る機会もあるでしょう。
ここで少しリアの家族構成を下にまとめておきます。

実の母親……7年前の事件に巻き込まれた。
実の父親……7年前の事件の日より行方不明。
エーファ……実の妹。7年前の事件に巻き込まれた。
義理の父親……2年前に殺された。
義理の母親(テレーゼ)……現在は帝国に住んでいる。
サラ……義父によって出会った姉のような存在。現在は学院の教官。

やりすぎた感が否めない。
では、また。


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5月23日 旧校舎第2層探索

今回はテオ視点です。
タイトル通り旧校舎探索回です。一度はやっておかないとね。


「よし。これで大丈夫だ」

 

 リィンの一撃により敵が消滅する。今のが最後の一体だったようだ。まわりの安全を確認して、みんなは武器をしまった。

 

「今の魔獣、第1層の時より強かったよね?」

「ああ。たぶんそうだろう」

「だが、この程度ならば問題もなく進めるはずだ」

「そうね。この調子で進みましょう」

 

 エリオット、リィン、ガイウス、アリサの順に敵への評価と今後の方針を決める。この4人の言っていることは正しく、敵も弱かった。今後もこの調子で進めば、とくに問題もなく最奥まで進めるだろう。

 

「……」

「テオ?どうしたのだ?」

「いや、今の戦闘。俺だけ何もしていないんだが」

 

 いや、正しく言うならば何もできなかったと言うべきだろう。俺は戦闘が始まってすぐに符を敵に貼ろうとしたが上手く行かなかった。やっと貼れたと思ったらすぐに他の仲間に倒され消滅する。後はその繰り返し。俺は碌に攻撃ができていない。

 

「あはは。みんなすぐに倒していったからなあ」

「そう言っているが、エリオットもその一人だからな?」

 

 魔導杖での攻撃とアーツによる攻撃。2つを器用にこなし敵を倒していたのが戦闘中に見えていた。だからだろうか、エリオットの言葉は皮肉にしか聞こえなかった。

 エリオットと似たような戦い方をしていたのはアリサだ。アーツと導力弓を使いこなしていた。あれが彼女の戦い方として定着してきたのだろう。

 

「このメンバーなら《戦術リンク》も活用できそうだ」

「そうね。ガイウスとも《戦術リンク》をつなげたから問題なさそうね」

 

 俺を無視して会話を続けるリィンとアリサ。どうやらフォローの言葉もないらしい。まあ、たった一回の戦闘で落ち込まれていても迷惑なだけだろう。これ以上は気にしないでおこう。次こそは活躍するから気にしなくていいはずだ。

 

「それにしても、第2層ができているなんて不思議だね」

「構造が変化するなんて常識的じゃないからな」

 

 旧校舎へと調査をしに来て見つけた第2層。もちろん今までの調査ではそんなもの見つかっておらず、今回の調査で初めて分かった。見逃したのではなく、新しくできた階層と判断するのが妥当だろう。それに、調査を始めてあった変化はこれだけではない。第1層へと続く階段部屋が、エレベータホールへと変化していたのだ。大がかりすぎる変化に、俺たちはみんな驚きを隠せなかった。

 

「これと同じことが先月も起きたのよね?」

「ああ。オリエンテーリングの時の構造から今の第1層の構造に変わっていた」

「こんな変化を見れば先月にリィン達が言っていたことも納得できるな」

「あはは。聞いただけじゃ実感がわかないよねぇ」

 

 先月に旧校舎の構造が変わったと聞いたときには「こいつ何言ってんの?」と思った。だが実際に経験してみると、あの時にリィン達が言っていたのは真実だったことがわかる。今度は俺が「何言ってんの?」って思われる番なのだろう。

 

「とりあえず、先に進もう」

「そうだな。こんな薄暗いところは早く出たい」

 

 リィンの意見に賛同してから、みんな揃って歩き始めた。

 

 

 

「着いたな」

「あれが最奥に続く扉なのね」

「今回も大型の魔物が出てくるのかなぁ」

「前回同様出る可能性はあるだろう」

「ふむ、私としては望むところなのだが……」

 

 俺たちの視線の先には他の扉とは少し違った扉があった。前回と同じなら、あの先に大型の魔獣が待ち伏せているだろう。

 

「フフ……フフフ……」

「ねぇ、さっきからテオが怖いのだけれど」

「さっきまで落ち込んでいたのに、ここに来て笑い出したからね」

 

 アリさとエリオットが何か言っているが、いまの俺には気にならない。やっと、やっとなんだよ。

 

「やっと活躍できるんだよ!」

「さっきまで落ち込んでいたのは、活躍できなかったのが原因だったのか」

「そりゃそうだよ!皆は敵を倒しているのに俺だけ何もできないんだから!」

 

 これからは活躍できると思っていた俺がバカだった。あのあとも俺だけが倒せなくて、さっきまで落ち込んでいたのだ。しかし、大型魔獣なら話は別だ。きっと活躍できるはず!

 

「テオ、油断はしないでくれ」

「あたりまえだ。誰にいっているリィン」

「テオだから言ってると思うけど」

「エリオット。言ってくれるじゃないか」

 

 先月の特別実習の大型魔獣の退治のとき?知らんな。過去は振り返らない主義だ。もちろん今だけだが。

 

「そろそろ行きましょう」

「そうだな」

 

 そういって、皆で扉の方へと歩き始める。何か扱いがひどくないですか?もちろんそんなことは口にせず、俺も気を引き締める。

 部屋の中央へと歩みを進めたとき、いきなり敵が光に包まれて現れた。門のようなものの間に人に似た形が挟まっている魔獣。門を羽のように動かして宙に浮いている。まるで人よりもサイズが2倍くらいの大きさの蝶々だ。その魔獣が三体もいる。

 

「テオ……引き付けできそうか?」

「敵の攻撃パターンにもよるが、一人で一体はできると思う。それ以上は無理だ」

「充分だ。俺とテオでそれぞれ一体の引き付けをするから、その間に皆で残り一体をかたずけてくれ!エリオットは適宜回復をしてくれ!」

「しくじるなよリィン」

「わかってる」

 

 リィンは頷くと左の敵に向かって斬りかかった。俺は真ん中の敵に向かって走り出した。他の4人は残った右側の敵を片付けてもらう。真ん中で戦わせるよりは右側のほうが戦いやすいだろう。

 

「よっと」

 

 敵の目の上にある宝玉より放たれたレーザーを斜めに飛ぶことでよける。レーザーは地面に当たると広がり、着地をしたすぐ近くまでレーザーの光がやってきていた。思っていたより広範囲に当たる攻撃に冷や汗が流れる。

 だが、足は止めない。止めたら恰好の的だ。それに今が攻撃のチャンスだ。右手に握り拳をつくり、相手の胴体を思いっきり殴る。

 

「いってぇ!」

 

 殴っても敵は全然後退せず、石を殴ったかのような痛さがこちらに伝わってくる。伝わってきた痛みにうずくまりたくなるが、そんなことを敵が許してくれない。再び敵の宝玉に光が集まり始める。また、レーザーを放とうとしているようだ。

 敵の攻撃が来るタイミングで後ろに飛び、距離を置く。他のメンバーの様子をうかがうと、リィンはしっかりと引き付けに徹している。アリサ達は思っていたよりも上手く行ってなさそうで、来るのに時間がかかりそうだ。この調子だと俺やリィンのほうが先に崩れる可能性がある。

 

「おっと」

 

 もう一度放たれたレーザーを横跳びでよけ、再び敵に向かって走る。今度は符を手に持っておくことを忘れない。敵に符を貼って離れるまでに敵の攻撃をもう一度回避し、離れてすぐに『招雷符』を起動する。

 

「思っていたよりは効きそうだ」

 

 敵の苦しんだ姿を見て、そう判断する。ラウラやガイウスの攻撃が通っていることを考えると、先程の俺のパンチは意味がなかったようだ。やっぱり慣れないことはするもんじゃない。

 少しすると敵は体制を持ち直し、もう一度レーザーを放ってくる。ただの単調な攻撃に俺はさらに後ろに後退することでよける。このままだとすぐに均衡が崩れることはわかっているので、すぐに戦闘を終わらせるためだ。

 左右の手にそれぞれ10枚ほどの符を持ち、自分のまわりに放り投げる。符はそのまま落ちることはなく移動を始め、敵全体を囲むように円形に並んだ。

 

「信じる心は幻を真に変え、信じない心は真を幻へと変える。お前が見るのは幻か真か」

 

 あたりに散りばめた符が一斉に光り始める。同時に攻撃の対象を敵3体に絞り込む。これで味方に当たったらシャレにならない。

 

「アゲニーヴィジョン!!」

 

 声を発するとともに敵が光に包まれる。見せるのは激しい痛みを伴う幻想。そのあまりの痛さに幻を現実と錯覚してしまう。つまり、時間が経てば直るが、薬などでは癒せない見えない傷を背負うこととなる。時には死を錯覚し、そのまま起きないこともある技だ。さらに言えば、ダメージを負ったよう感じて動くたびに激痛がはしり相手の動きが鈍くなったり、少しのダメージで致死量のダメージを受けたと錯覚し死ぬこともある。一度受けた相手でもあまりの激痛にもう一度くらってしまう技だ。

 ただし、そんな大技を放つのにも代償がある。符を一度に20枚使うことだ。持っておける枚数からするとかなりの消費になってしまう。今回は道中で符を一枚も使わなかったから、放てたようなものだ。今後、放てる機会も少ないだろう。

 光が消えたときに現れたのは苦しむ敵の姿だった。どうやらかなりのダメージを受けたように感じているようだ。その敵の姿に今が攻め時ということを全員が理解し、一斉に攻撃を再開した。

 それからは一方的な流れで、戦闘に勝利した。

 

 

 

 旧校舎の探索を終え学院長への報告を済ませた俺たちは、その場で解散することとなった。疲れていた俺はそのまま寮へと帰りたかったが、その足は自然と生徒会室のほうへと向かっていた。やはり疲れていても日常は大切にしたいと思ってしまうようだ。

 

「あ、おかえりテオ君」

「ただいまです。トワ会長。……アンゼリカ先輩?」

「お疲れのようだねテオ君」

 

 生徒会室に入ると、会長とアンゼリカ先輩が出迎えてくれた。なにやら立ち話をしているようで、邪魔をしたかもしれない。

 

「ちょうどいいところに来てくれた。これから3人で生徒会の仕事をさっさと片付けようじゃないか」

「はい。それは構いませんけど……先輩も手伝うんですか?」

「ああ。これからトワとツーリングに行こうと思ってね。仕事を終わらせないとトワが行ってくれないんだ」

「なるほど。それでは、すぐに取り掛かりましょうか」

 

 普段から忙しい会長への先輩からの気遣いだろう。時折、訪れてはこうしてトワ会長に息抜きをさせている。クロウ先輩やジョルジュ先輩もアンゼリカ先輩とは方法が違っても、同じようなに息抜きをさせている。本当に面倒見のいい先輩たちだ。

 

「でも、テオ君。旧校舎の探索を終えたばかりでしょ?少しは休憩したほうがいいよ?」

「大丈夫ですよ、会長。みんなと一緒に少し休憩してきたんで」

「2人とも早くしたまえ。私とトワのツーリングの時間が減ってしまうじゃないか」

 

 まったく人使いの荒い先輩だ。だが、その裏で気遣ってくれていることがわかるので憎めないが。

 俺と会長はアンゼリカ先輩の言う通り仕事を始めた。会長は会長用机で、俺はアンゼリカ先輩と部屋にある別の机で作業をしている。

 

「それで、旧校舎の様子はどうだったのかな?」

「前回の報告通り、今回も構造が変わっていました」

 

 それから俺はエレベータホールができたこと、第2層が出現したこと、最奥での戦闘など、旧校舎であった出来事を2人に話した。最後にはトワ会長が心配していて、アンゼリカ先輩が俺と会長のやり取りを楽しんでいた。

 

「フフ、テオ君はトワと仲が良いね」

「毎日、生徒会でお世話になってますから」

「……ほんとにそれだけかな?」

「?どういう事です?」

「フフ。気にしなくていいさ」

 

 そういって、アンゼリカ先輩は作業に戻った。一体、何を言いたかったのだろうか。会長もよくわかっていないように首を傾げていた。

 生徒会の仕事が片付くと、会長とアンゼリカ先輩はツーリングに、俺は寮へと帰ったのだった。




テオ君の戦闘中のセリフ。ああいったもの考えるのも苦手なんですよね。
うーん。もっといいのを考えられる気もするのですが。
ちなみにテオのSクラですね。テオは最初から使えるメンバーです。
あと、どんなのかわかりづらいですかね。今回の話で一番がんばって書いたのですが。

次回は実技テストですね。
ってか、また戦闘だ……。とりあえず、がんばります。
それではまた次回。


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5月26日 制限時間は5分

リア視点です。
それといつもより長くなっております。
それではどうぞ。


 第2回《実技テスト》。実技テストの内容は先月のものと共通点が多かった。変わったとすれば2点ぐらいだろう。1つはメンバーの構成と人数。先月は3人か4人の3グループに対して、今月は5人と6人の2グループだ。そのために2つ目の変更点がある。その2つ目の変更点とは機械人形の強さだ。先月のものよりはるかに強くなっていた。先月よりみんなが戦闘に慣れて強くなったことや、メンバーの多さがなければ勝てなかっただろう。

 

「はあっ、はあっ……」

「リィンさんたちより一人多かったのに」

「ま、仕方ないか」

 

 エリオット君、エマ、フィー、マキアス、ユーシス、そして私。戦闘を終えたばかりの私たちは6人グループだった。しかし、戦闘が終わった時にはもう一つのグループよりも余裕がなかった。その原因は《戦術リンク》を活用できなかったことがあげられるだろう。ちなみにもう一つのグループはリィン、アリサ、ガイウス、ラウラ、テオの5人グループだった。この5人は《戦術リンク》を上手いこと活用できていた。対して、私たちはマキアスとユーシスが《戦術リンク》を繋げず、互いの行動が阻害することがあった。この2人のフォローに回るのが大変だった。

 

「分かってたけどちょっと酷すぎるわねぇ。ま、そっちの男子2名はせいぜい反省しなさい。この体たらくは君たちの責任よ」

 

 何時になく厳しいサラ姉さんの言葉に、2人は悔しそうにする。仲直りしろとは言わないが、もう少し互いに妥協することができないのだろうか。

 

「今回の実技テストは以上。続けて今週末に行う特別実習の発表をするわよ。さ、受け取ってちょうだい」

 

 少し休憩して私たちが回復すると、サラ姉さんは特別実習について書かれた紙を配布する。

 

【5月特別実習】

A班:リィン、エマ、マキアス、ユーシス、テオ、フィー

(実習地:公都バリアハート)

B班:アリサ、ラウラ、エリオット、ガイウス、リア

(実習地:旧都セントアーク)

 

 バリアハートは南部にあるクロイツェン州の州都であり、セントアークは南部にあるサザーランド州の州都になる。ともに貴族主義が進んでいる地域だ。すなわち、実習地としては釣り合いが取れている。問題は実習地ではない、メンバーの方だ。

 

「冗談じゃない!サラ教官!いい加減にしてください!何か僕たちに恨みでもあるんですか!?」

「……茶番だな。こんな班分けは認めない。再検討をしてもらおうか」

 

 先ほどの実技テストで足を引っ張った2人。その2人が先月と同様に同じ班に分けられた。というより、リィンとガイウス、私とテオが入れ替わっただけだ。これだけの変化では先月の実習の二の舞にならないだろうか。フィーやエマがもう一度、あんなひどい実習を経験しないかが心配だ。

 

「うーん、あたし的にはこれがベストなんだけどな。特に君は故郷ってことでA班からは外せないのよね~」

 

 ユーシスに向かってサラ姉さんは理由を話す。確かにユーシスの実家はバリアハートにある。そういった意味ではユーシスを外せないだろう。だが、マキアスをA班に入れる理由はまだいっていない。そこをつくのは本人のマキアスであった。

 

「だったら僕を外せばいいでしょう!セントアークも気は進まないが誰かさんの故郷より遥かにマシだ!《翡翠の公都》……貴族主義に凝り固まった連中の巣窟っていう話じゃないですか!?」

「確かにそう言えるかもね。ーーだからこそ君もA班に入れてるんじゃない」

 

 理由を聞いたマキアスもユーシスと同様に黙った。貴族主義はセントアークよりもバリアハートのほうが進んでいる。だからこそ入れたということは、マキアスの貴族嫌いが原因だろう。実際にその目で見て来いとのことだ。

 

「ま、あたしは軍人じゃないし命令が絶対だなんて言わない。ただ、Ⅶ組の担任として君たちを適切に導く使命がある。それに異議があるなら、いいわ」

 

 そこでサラ姉さんは間をあけ、ユーシスとマキアスに視線をおくる。しっかりと2人の視線を受け止めたうえで、サラ姉さんは次の言葉をつないだ。

 

「ーー2人がかりでもいいから力ずくで言うことを聞かせてみる?」

 

 それを聞いたユーシスとマキアスは動けなかった。それもそうだろう。Ⅶ組にいる全員がサラ姉さんの実力を知っている。先月の実技テストで私とフィー、テオが3人がかりで戦って負けた相手だからだ。もちろんサラ姉さんは手加減をしていたはずだ。そんな相手にユーシスとマキアスだけでかなうはずがない。

 

「しょうがないわねぇ。あなたたち2人とリィンも入れていいわよ」

 

 黙ったユーシスとマキアスを見て、サラ姉さんは仕方なくリィンを入れることを許可する。もちろんマキアスと、ユーシス、リィンの3人でもかなうはずがない。巻き込まれたリィンは不運だったとしか言いようがない。私があの立場じゃなくてよかった。

 

「……なによ。これでも乗ってこないの?」

「いや、サラさんが出している条件だと、結果がみえすぎですって」

 

 妥協案を出しても動かない2人に、サラ姉さんが退屈そうにする。フォローを入れたのはテオだ。先月の実技テストがなければ、ユーシスとマキアスも乗ったのだろう。だが、サラ姉さんの実力を知っている2人は、負ける賭けには乗ったりしない。

 

「だったら、どうしろって言うのよ。2人は諦めるの?」

「そんなわけないでしょう!」

「……そもそも賭けになっていない。他の案を出してもらおう」

「うーん、賭けじゃなかったんだけど。まあ、いいわ。だったらテオ。あなたが案を出しなさい」

「え?俺?……まあ、いいですよ」

 

 ユーシスの言った他の案を出すのをテオに押し付けたサラ姉さん。言われたテオは少しびっくりしたようだが、サラ姉さんが考えるよりは自分が考えたほうがいいと思ったようだ。サラ姉さんだと先ほどのように賭けにならないかもしれないと思ったのだろう。

 

「あなただとちゃんとした案を出すでしょう。2人もそれでいいかしら?」

「ああ、それで構わない」

「いいだろう」

 

 ユーシスとマキアスの承諾を見たテオは、妥協案を考え始める。そうはいっても授業中のグラウンドではすることも限られている。テオもすぐにすることを決めたようだ。

 

「Ⅶ組の模擬戦でどうです。Aチームはユーシス、マキアス、リィンで決まりで、BチームはサラさんがⅦ組のメンバーから()()選択する。時間制限は5分。Aチームの勝利条件は制限時間内にBチームに勝つこと。Bチーム、すなわちサラさんの勝利条件は制限時間内にAチームが勝利していないこと」

「フフ。面白そうね。乗ったわ」

「……僕は構わない」

「よかろう。その案に決まりだな」

「……なんで俺も入ってるんだ?」

 

 テオが出したのは力量の釣り合っているだろう私たちの中の2人が、3人の相手をするというもの。この案にサラ姉さんとユーシス、マキアスは承諾した。制限時間があるとはいえ、サラ姉さんには不利な条件のはずだ。どうして承諾したのだろうか。勝つ方法があるのだろうか。この中の2人でAチームに勝てるとしたら……ラウラとフィーのコンビかな。きっとこの2人を選択するだろう。

 ちなみにリィンは巻き込まれているのだが、これはマキアスとの仲を考えたものだろう。テオもあえてそうしたに違いない。

 

「さて、それじゃあBチームはフィーとリアね」

「はい?」

 

 予想もしていなかった私の名前が呼ばれ、疑問で答えを返してしまう。よりによってアーツでの戦闘をしている私を呼ぶとは思わなかった。正直、勝てる気がしない。

 

「なんで私が?ラウラじゃなく?」

「ええ。あなたよ。とりあえずこっちに来なさい」

 

 私とフィーは言われるがままサラ姉さんのところへと近づく。リィンたちAチームも集まっているようだが、喧嘩をしている声が聞こえる。あの2人はこんな時まで喧嘩しているのか。

 

「それで、サラ姉さん。私たち2人で勝てる気がしないけど」

「勝たなくていいわよ。負けなければいいだけだから」

「へ?……あっ」

 

 サラ姉さんに言われてやっと気が付いた。私たちは別にAチームに勝たなくてもいいのだ。制限時間内でAチームに勝ちを譲らなければいい。すなわち、逃げ回ってればいいのだ。

 

「サラ、考えることが黒い」

「あたしが言わなくたって、フィーならそうしたでしょうが」

「あたりまえ。別に勝たなくていい時がある」

 

 どうやら気付いていなかったのは私だけみたいだ。このことにAチームが気付いていないことを祈るが、マキアスという秀才がいるので気付いているだろう。常に最悪の状態を考えておこう。

 

「でも、まあ、勝ちに行くけどね。テオの思惑通りっぽくて気に食わないから」

 

 私としてはテオの思惑なんてどうでもいいのだが。というか、サラ姉さんが攻めに行くのも、テオの思惑通りかもしれない。今は審判を務めるかのように立っているテオに視線を向けるが、ただ笑ってA、Bチームを見ているだけだ。

 

「サラ姉さん。結局、私たちはどうするの?」

「そうねぇ。とりあえず、フィーは攻めね。マキアスを最初に狙いなさい。そのあとはユーシス、リィンの順よ」

了解(ヤー)

「リアは攻撃を回避するだけでいいわ。アーツは使わなくていい。あ、今回は短剣を抜きなさいよ」

「あはは、ばれてたんだ」

 

 特別オリエンテーリング以来、みんなの前で抜いたことのない短剣。自由行動日に特訓はしているので感覚は忘れていない。短剣での戦い方を知っているのはフィーとサラ姉さんぐらいだろう。サラ姉さんが私を選んだのも、みんなにとって初見であることが理由だろう。

 

「Aチームはどう出てくると思う?」

「……リィンとユーシスの2人がかりでフィーを攻めるでしょう。リアはそんなに脅威の対象として見られないでしょうし、マキアスとの仲の関係からするとそうでしょう」

「だよね。フィー、気を付けてね」

「何言ってるのよ。あなたがリィンを引き付けるのよ」

「はい?」

 

 何言ってるんだこの人は。今、2人はフィーを攻めると言っていただろうに。どうやって引き付けろと言うのだ。

 

「最初にリィンに切り込みなさい。そのあとリィンを引き付けながら、ユーシスも引き付けられたらベストよ」

「……無茶だ」

「敵の作戦を潰すのは定法よ?がんばりなさい。あなたならできるわ」

 

 もうなんとでもなれ。諦めた私は素直にサラ姉さんの言うこと聞くことにする。これで負けても私のせいじゃない。フィーもいるのだから何とかなるだろう。

 ちなみにわざと負けるなんてことは考えていない。負けた後のサラ姉さんが怖いし、わざと負けるのも気に食わない。なんだかんだでテオの思惑通りに動いている気がする。

 

「さて、両チームとも準備はいいか?」

 

 作戦会議を済ませた私たちは互いに向かい合い、戦闘開始の合図の準備をする。私以外の全員がいつも通りの構えをする。私は《ARCUS》を構えず、かといって短剣も抜いていない。《ARCUS》の入れてあるホルダーに手をかけているだけだ。これは少しでもいつもと違うことを悟られないようにするためだ。戦闘開始の合図の後、私は短剣を抜き、リィンに攻撃をする。この時《ARCUS》を持っていると不便なため、今からホルダーにしまっておく。対して、短剣はすぐに抜けるようにしてある。ここまでしたのだからばれないといいのだが。

 

「よし、準備はできたみたいだな。それではーー始め!」

 

 テオの開始の合図と同時に、私は短剣を抜きリィンに切りかかる。もちろん少し距離があるためにバックステップで回避されるが、これでリィンはフィーへ攻撃しに行けなくなった。行こうものなら私が切りかかるからだ。リィンもそれを理解したのか、私へと標的を変えた。これで私とリィンが向き合う形となった。

 敵側の作戦が変わったが、フィーをこのまま放置するのはマキアスがやられ不利になるという判断の元、ユーシスは私の左側を通っていこうとする。もちろんよそ見したらリィンが襲ってくるので放置するしかない。だが、フィーはユーシスの動きを見て私の右側を通る。すなわち私とリィンを挟んで、左右にそれぞれユーシスとフィーが通る状態だ。フィーは明らかにユーシスの相手も私に任せている。

 もちろんそのまま通すのはリィン達にとって不利になる。戦力がわからない私をリィンとユーシスでどれくらいで落とせるのかがわからない以上、フィーをこのまま通すわけにはいかない。フィーがマキアスを倒して戻ってくるまでに私を倒さなければ、人数的な有利がなくなってしまうからだ。それを理解したリィンは私をユーシスに任せ、フィーに攻撃をしようとする。

 

「くっ!」

 

 だが、そんなもの私が許さない。私は短剣でリィンに攻撃を仕掛け、リィンは太刀でそれを防ぐ。もちろん、ユーシスとリィンの2人の攻撃を捌くのは骨が折れる。だが、フィーが任せてくれたのだ。期待には応えたい。

 リィンに攻撃をしたところを、ユーシスは背後から切りかかってくる。私はリィンの太刀を少し押し込んだ後に、ユーシスの剣が当たらない範囲で、かつリィンの傍から離れない位置に攻撃をかわす。もちろん、リィンは追撃を私に仕掛けてくる。私は短剣で横に一閃される太刀を切り上げ、太刀を跳ね上げることで攻撃をさせない。続けてくる、ユーシスの突きを半身になってかわし、距離を取ったリィンに詰め寄る。

 この切り合いから逃してはいけないのはリィンだ。単純な話、ユーシスとリィンではリィンのほうが危険だからだ。ユーシスが行くのはマキアスとの仲の悪さで戦闘に支障をきたし、まだ対応できる可能性がある。対して、リィンとマキアスでは、リィンがマキアスに合わせるだろう。こちらは仲が悪いと言っても一方的なものだ。それに仲がよかったときは一緒に旧校舎の探索までやっている。互いの戦闘の仕方はわかるだろう。

 

「何!?」

 

 それから少しの間、ユーシスとリィンの攻撃をかわし続けていると、ユーシスに攻撃を開始したフィーがいた。どうやらマキアスを倒したようだった。後はフィーが終わるまでリィンだけを引き付ければいい。もちろん私からは攻撃しない。リィン相手に攻撃しても負ける可能性が高い。それなら、先程と同様に回避に専念するだけだ。

 

「っ……」

 

 リィンもどうやら焦っているようだ。先ほどよりも猛攻が来るだろう。私の短剣術は八葉一刀流にどこまで通用するんだろうか。せっかくの機会だから試させてもらおう。もちろんフィーが来るまでだが。

 

 

 

「くっ……はあはあ……」

「はぁ。はぁ。きつい……」

「ぶい、だね」

「ぐううううっ……」

「……馬鹿な……」

 

 戦闘が終了したあとの私たちはフィーを除いて疲れ果てていた。というより、フィーに余裕があったことに驚きだ。あの歳でどうしてそんなに体力があるのだろうか。

 ちなみに、勝者は私とフィーのBチーム、すなわちサラ姉さんだ。最後にリィンを挟み撃ちにして倒した時には私の体力は底が見え始めていた。もちろんリィンの方も底が見えはじめていたようだったが。

 

「リアが短剣を抜くのを始めてみたわね」

「そうだね。それにリィンの太刀を凌げるほどの実力みたいだし」

「ふむ、リア。そなたの流派が皆目見当も付かないが……」

「私のは近所のおじいさんに教えてもらっただけだよ」

 

 今の戦闘を終えて、注目を浴びたのは私の短剣術だった。小さいころに護身術として教えてもらった短剣の扱い方。それが今でも戦闘の助けとなっている。

 

「あいかわらず、攻撃を捌ける量がおかしいわね。前回の実技テストで抜いていたら、私に負けなかったでしょうに」

「さすがにそこまでは無理だよ。サラ姉さん」

 

 それほど買いかぶりされても困る。私の短剣術もそこまで上手くはない。師匠ならもっと余裕をもって捌けたはずだ。早く追いつきたいものだ。

 

「でも、これで……」

「決まりかな」

「フフン、あたしの勝ちね。それじゃあA班・B班共に週末は頑張ってきなさい。お土産、期待しているから」

 

 こうして特別実習の班分けは決まった。A班が上手く行ってくれることを祈りながら、前回よりも気楽な特別実習にほっとするのであった。




今回はだいぶ悩みました。いくつかパターンを考えた中で、こういった決着がつきました。ちなみにほかに考えていたパターンは下のものです。
1)サラVSⅦ組A班(次の実習)全員。
2)ユーシスたちがあきらめる。
3)無謀でも原作通りユーシスとマキアス、リィンで挑む。
個人的にどれもしっくりこない。あくまで個人的ですが。
そして、ふとリアの短剣に触れてないなぁと思った結果、Ⅶ組の模擬戦形式に。そして、普通の戦闘じゃ面白くない。制限時間ありでいいっか。という風になりました。
そして、今回のような形になりました。

では、次回特別実習で!
……あれ?また、特別実習がテオ視点になるんですか?やってしまった。


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5月29日 第2回特別実習1日目

テオ視点です。
特に追加するイベントもないので駆け足です。
遅くなって申し訳ありません。


 いったい何があったと言うのだろうか。目の前に広がる光景が信じられない。誰か俺が列車で寝ていた間にあったことを教えてほしい。マキアスとユーシスが行動を共にするなんて、何があったらそうなる。

 

「負け犬になり下がるつもりはないだけだ」

 

 ユーシスに聞くと、そんな答えがかえってきた。まったく意味が分からない。なんで行動を共にすることが負け犬になり下がらないのか。

 

「B班に実習の評価で負けたくない、ということだと思いますよ。来る時の列車でそういった話をしていましたから」

 

 その謎について考えていると、エマからフォローが入った。前回の実習の結果から、無意味な別行動は減点対象ということに思い至ったのだろうか。まあ、こちらとしても評価を下げるようなことはしたくないので助かるが、仲の悪い状態だと足手まといになる気がする。これはこれでフォローが大変そうだ。

 

「フン、それよりもお前と兄上の関係を教えてほしいものだな」

 

 話を変えるかのように、ユーシスが自身の兄であるルーファスさんと俺の関係を聞いてくる。駅からホテルにつくまでに知り合いのような会話をしていたのが原因だろう。ルーファスさんにも困ったものだ。

 

「まあ、昔から親父の仕事でちょっと付き合いがあっただけだよ」

「フン、兄上と関わり合いのある仕事か。疑わしいものだが」

「事実なんだがな」

 

 嘘は言っていない。何の仕事かを言っていないだけだ。ただし、仕事に関しては聞かれても、今は答えない。そのうち言う時がくるだろう。今はその時ではないはずだ。

 

「それよりもそろそろ実習を始めよう。今日は半日しかないんだし」

 

 列車でバリアハートについたのは昼前だった。何時までもこうしてホテルで雑談しているわけにはいかない。B班に負けたくないのなら、なおさらこうしているわけにはいかない。もちろん話を変えるためでもあるが、みんなは気付いても追及してこなかった。誰もが聞かれたくないこと、話したくないことの1つはあることを理解しているのだ。

 

「そうだな。まずは職人通りの宝石店からの依頼とハサンさんからの依頼に手を付けよう。それらが片付き次第、魔獣討伐に向かって、そのまま《オーロックス砦》に報告に向かおう」

了解(ヤー)

 

 今日の方針を決め、俺たちはホテルを後にする。いつの間にかリーダーがリィンになっているのだが、誰も気にしていない。《Ⅶ組》の中心はリィンになりそうだ。サブリーダーはアリサかエマと言ったところだろうか。なんだかんだで《Ⅶ組》はいい方向にまとまっているのではないだろうか。あとは、マキアスとユーシスの関係だが、これはリィンが何とかしてくれるだろう。来る時の列車でもリィンが活躍したようだから、間違いはないはずだ。きっとそうに違いない。できれば俺を巻き込まないでほしい。人間関係は面倒だ。

 

(でも、そうなると、俺は何故こっちの班に?)

 

 リィンにはマキアスとユーシスの仲裁やクラスの中心と様々な思惑が見て取れる。ほかのメンバーは前回の実習のまま、ガイウスは人数の都合上B班になった。ガイウスなら誰でも合わせられるということもあっただろう。なら、俺がA班になった理由は?

 

(考えられるとしたら、アルバレア家か)

 

 アルバレア家は俺の仕事に関係のあった貴族。そして、マキアスという《革新派》の中心人物の子供までいるのだ、何らかのアクションを起こす可能性がある。俺にその対応をしろということか?いや、さすがに違うか。サラさんもそこまで要求することはないだろう。だとするならば、目的が全く分からない。ただの気まぐれか?

 

「テオさん、どうしたんですか?先ほどからずっと静かですが」

「うん?ああ、少し考え事をしてた」

 

 エマに声をかけられ、思考に没頭しすぎたことに気付く。今考えても仕方のないことだ。放っておくのが一番だろう。

 

「そうですか。とりあえず、依頼されたものを取りに行きましょうか」

「へ?依頼されたもの?」

 

 気が付くと宝石店に着いていて、依頼の話もすでに聞き終えたところのようだった。まったく聞いていなかった俺はどこに取りに行けばいいのかもわからない。それとみなさん呆れた眼でこちらを見ないでください。

 

□ □ □ □ □

 

 あの後、エマに今後は注意するように言われ、北の街道にで依頼された樹精の涙(ドリアード・ティア)という半貴石を取りにいった。目的の物は目撃情報もあったためすぐに見つかり、すぐに依頼者に届けに行った。届けると伯爵が樹精の涙(ドリアード・ティア)を食べるという、嫌な終わり方をしたが無事に依頼は完了した。依頼者も伯爵にミラをもらっているので、一応は納得しているようだ。まあ、個人的には横で見ていたブルブラン男爵のほうが気になる。北の街道で見たという目撃情報をくれたが、これは男爵が街道に出たことを意味している。魔獣の出る街道に出たということは、なにか武術でも嗜んでいたのだろうか。少し気になる人ではあった。

 もう一つの依頼は《ピンクソルト》を取ってきてくれというもの。これはユーシスがとれる場所を知っていたので、案内してもらうことに。方向的には魔獣討伐の依頼と同じだったので、魔獣討伐もこなすことになった。

 そして、今は討伐する魔獣と戦っているところだ。両手に鋭いツメをもち、身長は俺たちより少しでかいぐらいの魔獣だ。

 

「悪いが、僕ら2人をアタッカーに回してもらうぞ」

「せいぜい大船に乗った気分でいるがいい」

 

 戦闘の始まる前にマキアスとユーシスの言っていた台詞だ。正直なところ泥船の間違いではないだろうかと思ってしまった。今回の実習中で初めての《戦術リンク》を大型魔獣との戦闘で試すとは。1度、あたりにいる魔獣で試してからにして欲しいものだ。ここまでの道中も他のメンバーと《戦術リンク》と組んでいて、ユーシスとマキアスは直接リンクを結んでいない。

 最終的に《戦術リンク》はユーシスとマキアス、リィンとフィー、エマと俺が組むこととなった。ユーシスとマキアスを除くメンバーで、連携が特に必要なのはリィンとフィー、俺である。俺が攻撃するときは遠目より符を発動させるだけであるので、発動のタイミングは他者と合わせやすい。そのため、リィンとフィーがリンクを結ぶことになった。

 そして、戦闘が始まって少しするとマキアスとユーシスの《戦術リンク》が切れた。このフォローに俺とエマが回ることになり、リィンとフィーに多大な負担をかけている。本当に泥船だった。そろそろ決着をつけないと、前衛がもたないだろう。

 

「四の型『紅葉切り』」

「エマ、今だ!」

「ルミナスレイ!」

 

 リィンが放った技で、魔獣がのけぞったことを確認した俺は、エマにアーツの指示をする。事前に準備をしていてもらったので、すぐにアーツが発動された。エマの前に光が集まり、その光が直線上に、魔獣を巻き込みながら放たれる。光が消えた後には、地面に倒れている敵がいた。

 

「なんとか倒せたか」

「……手強かったな」

 

 倒れた魔獣を前に俺たちは武器をしまい、戦闘態勢を解除する。途中でハプニングを起こした2人をカバーしながらする戦闘は非常に疲れるものだった。

 

「どういうつもりだ……ユーシス・アルバレア。どうしてあんなタイミングで戦術リンクが途切れる?」

「こちらの台詞だ……マキアス・レーグニッツ。戦術リンクの断絶、明らかに貴様の側からだろうが」

 

 戦闘が終わり、休憩もしないで口論を始める2人。いや、互いの胸ぐらを掴み、いまにも殴り合いを始めそうな空気を出している。今までにないくらいのひどい喧嘩になりそうだ。リィン達が必死に止めようとするが、2人とも聞く耳をを持たない。これでは止めることはできなさそうだ。

 

「っ!……まずい!」

 

 気付いたときには魔獣が喧嘩をしている2人に襲い掛かるところだった。先ほど倒れた魔獣はまだ息があったようだ。そのことに気付くのが遅すぎた。俺の位置からは間に合わない。すぐさま封印を解こうとするが、今からでは遅い。魔獣の攻撃が当たる直前、リィンが2人を押しのけ、身代わりになっていた。起き上がっていた魔獣はフィーがとどめを刺し、今度こそ死んだことを確認した。

 

「リィンさん!大丈夫ですか!?」

 

 しゃがみこんだリィンに全員が駆け寄る。エマがすぐに治療を始め、俺は見ていることしかできなかった。ケガを負ったところは肩だ。思っていたよりも深くはないが、すぐには治らないだろう。当分はリィンがサポートにまわることになり、前衛は俺とフィー、ユーシスで回すことになる。リィンが抜けるのはつらいが、なんとかするしかない。

 

「よし、そろそろ出発しよう」

 

 治療を終えると、すぐに出発することになった。オーロックス砦に報告する時間を考えると急いだ方がいいようだ。ピンクソルトの採集も忘れてはいけない。まだ、先は長そうだ。

 

(それにしても……けが人が出てしまった)

 

 前回の実習のように俺がケガをするならいい。だが、今回はリィンがケガをした。リィンが庇ってくれなかったら、もっとひどいことになっていた可能性がある。俺が力を封印していなかったら、けが人は出なかっただろう。これは俺の責任だ。やはり力を制限するのは間違っているのかもしれない。




追加イベントもないのでカットしても良かったのですが、とりあえずか書いときました。
そして、更新遅くなって申し訳ないです。少し忙しくなってきていて、更新が遅くなっています。これからも少し更新は遅いと思います。年明けまでには特別実習は終わりたいものです。


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5月29-30日 仲間

年明けまでにかけなかったです。申し訳ありません。

テオ視点です。いつもよりは短めです。


 昔は周囲の警戒や夜間の行動が多く、睡眠時間を削っていた。そのすべてが仕事関連だった。最近では警戒をする必要もなく、夜間に行動することも少ない。そのため、普段ならベットで気楽に眠っているだろう。

 だが、今日は違った。昼間の魔獣討伐でのリィンの負傷。その事が頭から離れず、眠れない。こんな眠れない夜は久しぶりだった。俺は少し頭を冷やすために、ホテルの外に出て歩き回っていた。

 もし、あのとき俺が力を解放していたら。魔獣が攻撃して仲間が傷つく前に、魔獣を倒せるだろうか。いや、倒すことはできなくても、助けることはできただろう。やはり、力を封じているのはよくないのではないか。そうでないと、今日のように彼らを危険にさらすのではないか。

 そこまできてふと気が付く。今までに多くの人を傷つけてきた自分が、彼らを危険にさらしたくないと考えていることに。俺らしくないと思う。昔の俺ならもっと冷酷になにも感じず、リィンが怪我をしただけだと考えるはずだ。それに彼らが危険にあおうとも知らないフリするだろう。

 どうやら俺は彼らのことを大切に思っているらしい。今までになかった思いに自身が驚いている。サラさんに連れてこられた学院はそれほどまでに俺へと影響を与えていた。

 一通り歩き回った俺はホテル前の広場へと戻って来た。そのままベンチに腰掛け中央にある噴水を見る。噴水には女神像が置いてあり、その視線は教会の方に向いている。知ったのも昔のことなので詳しいことはすっかり忘れてしまった。

 

「どうしたのテオ」

「フィーか。俺は眠れなかっただけだよ。そっちはどうしたんだ?」

 

 座っていたベンチにフィーが近づいてきた。どうやら俺と同じで散歩をしていたようだが、俺のように悩みでもあったのだろうか。

 

「初めての街は昼と夜を見るのがあたりまえ」

「それもそうだな」

 

 昔の俺もやっていたことだ。こういったことをやるのは暗殺者に猟兵が多いだろう。サラさんが連れてきたことも考えると、彼女もこちらの世界に足を突っ込んだことがありそうだ。

 

「……」

 

 フィーが隣に座り、互いにしゃべらない無言の間が続く。もともと喋ることも少なかった。いきなり話せと言われても無理だ。適当なことを話すよりは、無言の時間が続く方がいい。考え事があるならばなおさらだ。だが、今日はフィーに聞きたいことがあった。

 

「なあ、フィーは今日のリィンの負傷についてどう思う?」

「……私の油断から起きた私のミス」

 

 フィーはうつむき、俺にはその表情は読み取れなかった。だが、その態度や声色は後悔や謝罪に近いだろうか。自分たちより2歳年下の女の子。しかし、戦闘において他人より優れてしまっているがために責任を感じているのだろう。責任を感じるのはべきは俺で、フィーは責任を感じなくてもいいのだが。

 

「フィーの責任じゃないよ。俺の油断や手抜きのせいでリィンに怪我を負わせてしまった」

「……」

 

 フィーはなにか言いたげにこちらを見てくる。手抜きという言葉に反応したのだろう。だが、こちらを責めるような視線じゃない。なぜ手を抜いているのかといった視線だ。フィーもラウラのように違和感を感じ、薄々、気づいていたのだろう。

 力を制限しているのは実力を合わせ、頼られないようにするため。それが《Ⅶ組》のためと思ってきた。だが、今回のリィンの負傷からわからなくなった。それが本当に《Ⅶ組》のためなのか。今日は負傷ですんだが、今後は死に繋がるような場合もあるのではないか。このまま力を制限するのは間違っているのではないか。そんな思考がループする。先程からずっと同じことを考えている。このまま悩んでいても時間の無駄だろう。

 

「とりあえず、明日は気を引き締めないとな」

「……そだね」

 

 同じことは繰り返したくない。俺もフィーもその心は同じであった。明日は2日目、実習の最終日だ。全員が無事に帰れるようにしなければ。

 

□ □ □ □ □

 

 翌日、俺たちはホテルのロビーに集まっていた。先ほど今日の依頼が入った封筒をもらったばかりだ。

 

「さて、どんな依頼を兄はまとめたことやら」

「さっそく確認してみるか」

 

リィンは先ほど渡された封筒を開き、全員に見えるように依頼を確認した。一つは魔獣討伐の依頼。もう一つは材料調達の依頼のようだ。必須のものは魔獣討伐のほうで、材料調達は任意になっている。まあ、二つともこなすことになるだろう。

 

「昨日と同じく、バランスよくまとめて下さっていますね」

「ひょっとしたら……昨日の依頼のトラブルなんかも最初から見越してたのかもな」

「貴族と平民の問題を僕たちに示すためにか……。フン、さすがは貴族派きっての才子というところか」

「如才ない感じ」

 

 まあ、ルーファスさんならばそれくらいのことをやってのけそうだ。俺は依頼で何度かルーファスさんと関わっているが、毎度いいように利用されている。そのため、あの人からの依頼は少し苦手だった。

 

「まあ、兄のことはいいだろう。期間は残り一日、明日の朝にはトリスタに戻らなくてはならない。すぐにでも動いたほうがーー」

「ユーシス・アルバレア」

「……なんだ。マキアス・レーグニッツ」

 

 ユーシスが話している途中にマキアスが割り込み、ユーシスが聞き返す。なぜ互いにフルネームで呼び合っているのだろうか。そういえば、この2人から互いの名前を呼ぶところを聞いたことがない。傲慢貴族やら、あの男やら、そんなに呼びたくなかったのか。

 

「ARCUSの戦術リンク機能……この実習の間に、何としても成功させるぞ」

「なに……?」

 

 しているのは昨日と同じ様な会話。戦術リンクの成功だ。だが、切り出すタイミングが違う。昨日は魔獣戦闘の直前だった。一方、今日はすべての行動を開始する前に言っている。マキアスになにか心情の変化でもあったのだろうか。

 

「……やれやれ。我らがが副委員長殿は単純だな。大方、昨晩の話を盗み聞きして絆されたといったところか?」

「なっ、決めつけないでもらおう!君の家の事情やリィンの話など僕はこれっぽっちも。……あ」

 

 ドジがいた。まさか自分から盗み聞きしていたことをばらすなんてな。

 それにしてもユーシスの家の事情とリィンの話が気になる。昨晩ということは俺が外でフィーと話していた時だろう。悩んでいなかったら聞けたと思うと、少し自分を責めたくなった。まあ、いずれ話してくれるだろう。それまで待っておこう。

 

「フフ。いいだろう。その話、乗ってやる。俺の方が上手く合わせてやるから大船に乗った気でいるがいい」

「ふ、ふん!それはこちらの台詞だ。せいぜい寛大な心をもって君の傲慢さに合わせてやろう」

 

 昨日とは少し違った雰囲気の口喧嘩。今までの聞いていて不快になるようなものではなく、微笑ましく感じるような口喧嘩だ。この2人はもう大丈夫だろう。

 

「ユーシス様」

「アルノー?父上付きのお前がどうしてこんな所に」

 

 ホテルのロビーで話し込んでいた俺たちのもとに、執事服を着た男がやってきた。どうやらユーシスの知り合いのようなのでユーシスに対応は任せることにした。といっても俺も何度かこの人を見たことがある。昔していた仕事でみたことがあるくらいだ。

 

「今朝、参上いたしましたのはユーシス様とテオ様をお迎えするためでして」

「俺とテオを迎えに……いったいどういうつもりだ」

「……え?俺も?」

 

 まわりも困惑した様子だ。ユーシスだけならわかるが、俺まで迎えに来る理由がわからないといったところか。俺の方はこのパターンを失念していたことに後悔していた。向こうから俺にコンタクトをとってくる可能性は十分にあったのだ。これは少しまずい状況になった。

 

「ええ、公爵閣下がユーシス様とテオ様をお館に呼ぶように仰せられまして、それで参上した次第であります」

「父上が?だが、昨日はそんな素振りをまったく見せなかっただろう!?その上、何故テオまで呼ぶ!?」

「公爵閣下のお言葉は絶対……私めは従うだけでございます」

 

 どうやら呼んだ理由までは話されていないようだ。ユーシスのほうは全くわからないが、俺の方は昔の仕事関係だろう。本当に面倒なことをしてくれる。

 

「リィン、悪いけど抜けさしてもらう」

「……ということは会いに行くのか?」

「ああ。公爵家から誘われたら行かないとな」

 

 そう相手は公爵家の人間。常識的に断れるはずがない。それはほかのメンバーも察したようで、何も言ってこない。ただ、ユーシスだけは未だ悩んでいるようだった。

 

「……」

「ーー行ってきたまえ」

 

 悩んでいるユーシスに送り出す言葉をかけたのはマキアスだった。そのあとにリィン、エマ、フィーの順で俺たちを送り出してくれる。それでユーシスも決心が固まったようだ。俺たちは昼にロビーで落ち合うことを決め、それぞれの行動に移すのであった。

 

「お前はどうして父上に会いに行く?」

 

 アルノーと呼ばれた男性が運転する車の中で、ユーシスはそんなことを聞いてきた。移動している間の時間つぶしというわけではないようだ。なぜ俺が呼ばれたのかを見極めようとしているのだろう。

 

「公爵家から呼ばれたからと言ったと思うんだが」

「本当にそれだけか?」

 

 すぐに切り返してくるユーシス。その目は何かを探るような目をしている。俺が何かを隠していることに気付いているのだろう。その何かを探り当てたいと言ったところか。

 さて、どうしたものか。自分の昔の家業のことを教えるべきかどうか。俺が何か隠しているのは、今回の1件でばれているだろう。だったら、今がちょうどいい機会かもしれない。ただ、力の制限や話す内容のことを考えるともう少し後にしたい気もする。ああでも、ユーシスとアルバレア公爵の前に立ったら、すぐにばれるだろう。

 

「フン、どうやらまだ何かありそうだな。……まあいい、そのうちわかるだろう」

 

 どうするかで悩んでいると、ユーシスは俺が話さないと思って聞くことをあきらめたようだ。まあ、最後にユーシス付け加えたことはすぐにやってきそうだ。




連続投稿します。
次の話の部分と合わせて書きたかったのが理由です。細かいところなんですがこだわっておこうと思いまして。
では、引き続きどうぞ。


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5月30日 脱走

一つ前の話から連続投稿となっております。ご注意ください。

テオ視点です。いつもより長めになっているかと思います。


 公爵家についた俺たちを待っていたのは、軟禁だった。アルバレア公爵はもとより俺としか話すつもりがなく、ユーシスはすぐに軟禁状態となった。俺の方は昔の仕事関連で依頼をされ、断ったがためにユーシスと同様に軟禁された。依頼を受けるまで解放しないということだろうか。

 そして、軟禁されている俺たちに1つの知らせが入った。マキアス・レーグニッツの逮捕である。革新派の知事の息子を手の内にして、革新派への牽制とするためだろう。ユーシスが軟禁されていたのも、この逮捕をスムーズに行うためだろう。

 

「結局、俺と話すつもりなど父には最初からなかったわけだ」

 

 ユーシスはやはりといった諦めの表情になっていた。どうやらこうなることはある程度予想していたらしい。口調もどこか皮肉めいている。そんなユーシスに俺には何もいうことができなかった。他人の家庭環境に俺が何かを言えるわけがないのだ。俺みたいな特殊な家庭ではなおさらだ。

 

「それで、このままじっとしている気か?」

「フン」

 

 ユーシスは椅子から立ち上がると部屋を出て、歩き始めた。どうやらこのままじっとしているような気はないらしい。そんなユーシスの態度に思わず、笑みがこぼえる。どうやらすることは俺が何も言わずとも決まっているようだ。

 

「だったら、俺も動くとするか」

 

 俺も椅子から立ち上がり、ユーシスの後を追いかける。長い廊下を2人並んで素早く歩く。向かっている先は正面玄関や裏口ではない。

 

「ユーシス。どこに向かってるんだ?」

「地下水道だ。そこから行けば、領邦軍の詰所にも地下からいける」

「へえ、マキアスを助けるのか。てっきり逃げてリィン達と合流するのかと思ってた」

「フン、父のやり方に納得がいかないだけだ」

 

 それでも助けに行こうとしている。このユーシスとマキアスの関係はやっぱり変わったのではないだろうか。戦術リンクも今となっては容易くつなぎそうだ。

 

「とりあえず、戦術リンクを俺と結ぼう。魔獣の気配がする」

「ああ」

 

 地下水道へと降りるとユーシスは迷わずに歩き出した。どうやら地図は頭の中に入っているようだ。俺は周囲の警戒だけに集中しよう。

 

「……結局、お前は父と何を話したんだ?」

 

 歩き始めてすぐにユーシスが俺に質問してきた。自分とは話してもらえず、クラスメイトがずっと話していたのだ、気になるのは当たり前のことだろう。

 

「……」

「やはり、話せんか」

 

 車の中でのやり取りと同じで、俺の答えが返ってこないことから教えてもらえないと判断したようだ。俺も話すつもりはないから別によかった。

 ちらりとユーシスのほうを確認する。その表情は悔しさがにじみ出ていた。それもそうか。話せると思ってきたら待っていたのは軟禁。クラスメイトの後にも話す機会はなかったのだから。

 

「俺は小さい頃から父親の仕事である家業を手伝っていた」

「?」

 

 なぜだろうか。そんなユーシスを見ると、自然と口が動き出した。このまま黙っているのはユーシスに申し訳なく感じたのだ。ユーシスのほうはいきなりで訳が分からないようだ。

 

「その仕事はいわゆる何でも屋みたいなものだ。他人から依頼を受け、それをこなす」

遊撃士(ブレイザー)みたいなものか」

「当たらずと雖も遠からず」

 

 未だ何を言おうとしているのかわからないだろうが、ユーシスは話を聞いてくれている。

 

「その仕事の依頼者にアルバレア家が含まれている。実際に何度か依頼を受け持ったことがある」

「なんだと?ならば、今日呼ばれたのは新たに依頼をしようとしたのか?」

 

 俺は頷いてそれを認めた。しかし、ユーシスにはまだいくつか気になる点があるようだ。

 

「依頼された内容を教えてもらおうか」

「今日の詳しい依頼内容は判らない。依頼をされる前に断った」

「なぜだ?仕事で何度か請け負っていたのだろう?」

「ああ。でも、その仕事も3年前に辞めた。今はただの学生だ」

 

 その時にサラさんと出会い、学院に連れてこられたのだが、今はその話をしなくていいだろう。それよりも話さないといけないことは他にある。

 

「しかし、何故俺はそのことを知らされてない?兄上には知らされているのだろう?」

「ルーファスさんからも何度か請け負ている。ユーシスに知らされていないのは仕事の内容上の問題だろう」

「どういうことだ?」

「さっきは何でも屋と言ったが、正確には違う。遊撃士(ブレイザー)のように道案内や魔獣討伐、事件解決を主立ってやるわけじゃない。俺の、俺たちの家業はーー」

 

 そこで一拍、意図的に空白の時間をつくる。ユーシスもこれからいう事の重大性を理解してほしいからだ。

 

「人殺しや盗聴、偽装工作と言った裏の仕事の何でも屋だ。まあ猟兵に近いものだ」

「信じられん……それは本当なのか?」

「ああ」

 

 俺とユーシスはその場にとまり、互いに視線をそらさない。ユーシスは本当かどうかを確かめるような、けれど、どこかで信じたくないようにこちらを見ている。一方の俺はどんな風にみられているのだろうか。できればこんな過去を背負っているのを後悔しているように見られればいいなと思う。もちろんそんなものはただの期待でしかないだろうが。

 

「お前は……いや、辞めたと言ったな。ならば、いまさらいうことは何もないだろう。先を急ぐぞ」

 

 そう言ってユーシスは歩いていった。てっきりいろいろ言われると思ってた俺は、ユーシスの対応に反応できずその場で立ち尽くしていた。つまり、置いてけぼりにされているわけで。

 

「何をしている。置いていくぞ」

「ちょ、ちょっと待った。かける言葉もなしなのか?」

 

 俺を放って先に進みそうなユーシスを追いかけながら、ユーシスの対応についての疑問を投げかける。ユーシスに嫌われてはいないのだろうが、今の状況が全くわからない。

 

「フン。2年前に辞めたのだろう?ならば、オレから言うこともないだろう」

「いや、だとしても、隣に猟兵が歩いてるものだぞ?」

「知らん。たとえお前が過去にそう言ったことをしていたとしても、今はしていないのだろう?ならば関係ない」

 

 バッサリと切り捨てられた。こんな切り捨て方をするなら、今まで悩んでいた俺が馬鹿にしか思えない。いや、きっと馬鹿なのだろう。でも、馬鹿は馬鹿なりに考えることがある。

 先ほどのユーシスのリアクションからわかることがある。俺の過去を受け入れられるのはそんなに多くないだろうことだ。ユーシスだからバッサリ切り捨てられたと思う。けれど、他のメンバーなら引きずる奴も出てくる可能性はある。だから、黙っておきたい。今の俺には立ち向かうことは無理だから、逃げの選択をする。

 

「このことは誰にも言わないでくれ。時が来たら自分で言う」

「……いいだろう」

「ユーシス、ありがとな」

「……」

 

 ユーシスは言葉で返すこともせず、歩くスピードを速めた。俺もそれに合わせてスピードを速める。こんなところでゆくっりしている暇はない。早くマキアスを助けるために動くべきだ。

 

□ □ □ □ □

 

 あの後、俺たちはすぐにリィン、エマ、フィーと合流した。どうやら三人の方もマキアスを助けるために地下水道を通ってきたようだった。俺たちはそのままユーシスの先導で領邦軍詰所の地下までやってきた。そして、地下水道の領邦軍詰所入り口前でフィーが爆薬を使い、開かない扉を突破。同時にフィーが猟兵であることがわかった。その時にユーシスがこちらを見て何か言いたそうだが、首を振って断っておいた。フィーが明かしても、俺は明かすつもりはない。そのあと、マキアスを救出し、領邦軍に見つかったので相手を気絶さして逃亡したのだが。

 

「なんでこうなった」

「文句を言う前に走れ!」

 

 後ろから二匹の大型の犬型の獣が追ってきていた。大きいくせに早く、もう少しすれば追いつかれそうだ。

 

「『爆炎符』!」

 

 走りながらばらまいておいた符を起動させ、追跡の妨害をする。しかし、あまり効いている様子はなくそのまま追いかけてくる。先ほどから何度か試しているが大した時間稼ぎにもならない。

 通路から少し広い空間へと出たとき、とうとう追跡してきた獣に追いつかれた。一匹は俺たちを飛び越え、もう一匹はそのまま後ろから追いついてきた。獣に挟み撃ちにされ、さらに退路まで塞がれた。

 

「ありゃま、これは撃破するしか方法はなさそうか?」

「ああ……せいぜい躾けてやる」

 

 全員が武器を出しながら、戦闘態勢に入る。戦術リンクはリィンとフィー、マキアスとユーシス、俺とエマで、魔獣討伐の時と変わらないつなぎ方だ。あの時と違うのはユーシスとマキアスの戦術リンクが切れる様子もないことだ。最高の状態で戦闘に挑めそうだ。

 

「特別実習の総仕上げだ……。士官学院《Ⅶ組》A班、全力で目標を撃破する!」

 

 合図とともに俺とフィーがかけだした。ただし、狙うのはそれぞれ別の敵。フィーが青い方の獣を、俺が赤い方を狙う。俺は符を貼り、地面に数枚の符をばらまき、戦線を離脱、フィーはそのままつかず離れずの距離を保っているようだ。

 

「解析します!『ディフェクター』……下位四属性アーツが効きにくいです!使うなら上位三属性にしてください!」

「これならどうだ!『ブレイクショット』」

「そこだ!」

 

 エマが調べ終わったところで、マキアスが俺の狙っていた敵を徹甲弾を使って攻撃した。さらにのけぞったところでユーシスが追撃をした。なんだかんだで相性がいいのではないだろうか。

 敵はすぐそばにいたユーシスを狙ったようだが、もちろん俺が妨害する。

 

「『氷槍符』!」

 

 地面にばらまいた符より氷の槍が飛び出し、行動を阻害する。片足を串刺しにするつもりだったが、刺さったのは1、2本。思っていたより瞬発力もありそうだ。

 

「時間が惜しい。このままいかせてもらおう」

 

 ユーシスはそう言い、自身の前に魔方陣を描く。それがユーシスの持つ騎士剣に何かの力を与えたと思うと、ユーシスはかけだし、敵に突きを放つ。それが敵に当たる前にとまると、敵は半透明な半球に囲まれた。どうやら先ほどの魔方陣の効果の1つが働いたようだ。

 

「終わりだ!『クリスタルセイバー』!」

 

 まだ淡い光を放つ剣で3度敵を斬る。今のでかなりのダメージが通ったようだ。だが、まだ倒れない。遠吠えを上げ、まだ敵意を向けてくる。

 

「!テオさん後ろに気を付けて!」

 

 顔だけ振り向くと、フィーとリィン、エマが相手をしていた敵が俺の後ろに立っていた。片足を振り上げ俺に向かって振り下ろそうとしていた。俺はとっさに前に走り出すが、爪が背中をかすり、体勢を崩す。

 

「くっ!」

 

 俺はなんとか体勢を持ちなおそうとする。だが、それで終わりではなかった。先ほどまで俺が相手をしていた敵が、こちらに突進を仕掛けてきた。体制を崩していた俺はそれを回避することもできず、吹っ飛ばされる。

 

「テオさん!……『セレネスブレス』!」

 

 エマがこちらに駆け寄りすぐさま回復を始める。他の4人で、ユーシスがダメージを与えたほうをすぐに倒し、残り一体と相手をする。これで先ほどのような連携が来ることもなくなった。後はいかに早く倒せるかだ。

 

「エマ、助かった」

 

 回復が終わると俺はすぐに戦闘へと戻ろうとしたが、前衛のコンビネーションがよく、俺の入る余地はなさそうだった。それに、この状態ならアーツで対応したほうが早く戦闘が終わりそうだ。

 

「「ARCUS起動」」

 

 俺とエマは2人で同時にアーツの準備を始めた。先ほどのエマの忠告通り、発動するのは上位属性の幻属性のアーツ「シルバーソーン」だ。

 

「いきます!『シルバーソーン』!」

 

 先にエマのアーツが放たれる。空から敵のまわりに6本の剣が落ちてきて、魔方陣を結ぶ。そしてその中心から光があがり、敵にダメージを与える。

 

「続けていくぜ!『シルバーソーン』!」

 

 エマと同様のアーツを今度は俺が放つ。しかし、エマよりは効いた様子がない。詠唱時間はエマより長く、威力もエマより低い。自分のアーツの才能のなさに嫌になる。まあ、これでも、クラスの中位ぐらいにはいるのだが。

 

「終わりだ」

「これで終わらせる」

 

 最後はユーシスとマキアスの連携で終わりを迎えた。

 そのあと、ユーシスの兄のルーファスさんや駆けつけたサラさんのおかげで一通りの問題は解決し、翌日に俺たちはトリスタへと戻ることとなった。




今回で特別実習は終わりです。なんか駆け足気味の特別実習となってしまいました。まあ、書くことが少なく、変わった点も少ないのが原因ですね。
ですが、本編でテオの過去が明かされましたね。あくまで軽く、ユーシスにだけですが。彼はいつ話してくれるのでしょうか。私にも謎です。

そして最後になりましたが、もう一度謝罪を。
次の話の投稿は少し時間がかかるかもしれないです。また、連続投稿になるかもしれません。まあ、気分で投稿してしまうかもしれませんが。

今後もお楽しみいただければ、嬉しいです。


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間章Ⅰ
6月1日 旅立ちの日


遅くなって、申し訳ありません。

今回はリア視点です。


 人はずっと健康でいられるわけではない。時には風邪を引き、時には未知の病におかされる。もちろん突然、死が訪れることもある。そう考えると今の私の状況はまだよかったのかもしれない。

 そんなことをサラ姉さんに言うと、「ずっと健康な方がいいでしょう?馬鹿なこと考えてないで風邪を早く治しなさい」と言われた。ずっと健康でいるためには一体どうしろというのか。教えて欲しい。

 今思えば、この風邪が特別実習の間に引かなくてよかった。軽度の風邪だが、メンバーの足を引っ張るのは確実。さすがに今以上の迷惑をみんなにかけたくないものだ。

 そんなわけで私は寮に一人取り残された。現在は寝すぎで逆に眠れず、することがなくて困っている。前に授業が面倒くさくサボりたいとも思っていたが、これでは授業をサボってもすることがなく暇になるだけだ。1か月前の私にぜひとも教えてあげたい。

 今頃、《Ⅶ組》のみんなは何をしているのだろうか?今は丁度お昼の時間で、午前の特別実習の報告会も終わっているだろう。マキアスとユーシスの仲が険悪なものから変わった今、みんなで楽しくご飯を食べているかもしれない。そう思うと、少し寂しい。私は寮で一人食べることになる。やっぱり風邪なんて引きたくなかった。

 

「そういえば、お腹すいてきた。ご飯食べないと」

 

 私はベットから体を起こし、寝間着のまま廊下へとでる。どうせ寮には私だけしかいないのだ。男子に見られることもない。まあ、見られても特に構わない。同じ寮に住んでいるのだ。いつか見られるだろう。

 

「あれ?エマ?どうしたの?」

 

 階段を降りようとしたときに階下からやって来るエマに気付いた。昼休みだから戻っては来れるのだが、わざわざ用もなしに戻ってくるとは考えにくい。なんのために戻ってきたのだろうか。

 

「リアさんのお昼を用意しにきたんです。もう起きても大丈夫なんですか?」

「うん。もう大丈夫だよ。わざわざ戻ってきてくれてありがとう」

「では、下で一緒に食べましょうか。もう、準備はできていますので」

 

 そういってエマは階段を降りていき、私はその後をついていく。エマの手料理を食べられるならば風邪を引いてよかったかも知れない。1度は友達の作った料理を食べてみたかった。それにエマが作るんだ、さぞかし美味しいだろう。

 食堂に入ると、すでに机に料理が並べられているのが見え、おいしそうなにおいが私の食欲を煽る。においのもとはポタージュだろうか。病人にはお粥がセオリーだと思うのだが、エマの家では違ったのだろうか。

 

「すみません。千万五穀が用意できなくて、お粥が作れませんでした」

「大丈夫だよ。体調もほぼ完治してるから」

 

 どうやら素材が足りなくて仕方なくポタージュにしたようだ。まあ、お粥なんて味気ないものよりはポタージュの方がいい。それに初めてのエマの手料理がお粥だともったいない気もする。千万五穀がなくてよかった。

 

「いただきます」

 

 料理のおかれた席に座り、ポタージュを一口飲む。なにこれ。美味しい。前回のお菓子作りスキルに続き、料理スキルでも敗北だ。私はエマに様々な面で勝てる気がしない。唯一勝てるとしたら接近戦だろうか。アーツではもちろん負ける。女子として、自分が情けなくなる。今度エマに料理を教えてもらおう。

 

「美味しいよ。将来、エマはいいお嫁さんになるね」

「あはは、ありがとうございます……そ、それよりも、今日の報告会で報告されたことをまとめた紙です。読んでおいてくださいね」

 

 私に褒められたのが恥ずかしかったのか、途端に話を変えるエマ。エマに手渡された紙を見ると、A班とB班の内容を個別にまとめられていた。私はB班だったので、A班の報告を読んでおけばいいだろう。

 内容としては課題の達成経過や独自での活動報告だ。採集の課題や魔獣討伐の課題、私たちがした課題と似たようなものだった。途中でリィンが大怪我を負ったことやアルバレア家からの呼び出しなど書かれている。テオが呼び出されている理由について触れられていないのは本人が話したくないからだろうか。

 A班に起こった重大な事件はマキアスが領邦軍につれていかれたことだ。その解決までの経緯は詳しく書かれていた。地下水道からの潜入や、ユーシスとの合流、そして、……。

 

「……え?」

 

 私は見間違いかと思いもう一度読み直すが、同じ文字列がそこには並んでいた。私はすぐにエマに確認せずにはいられなかった。

 

「エマ、これって……」

「ああ、フィーちゃんのことですね。今は辞めているそうですし大丈夫だという話になっています。それにフィーちゃんですから」

 

 信じられない。なぜそんなにも簡単に認められるのか。なぜこのような集団に足を突っ込んだ人物と仲良くできるのか。私にはわからない。

 

「リアさんも仲良くしてあげてくださいね」

「う、うん」

 

 あり得ないと叫びたい。どうかしてるとエマに言いたい。私にはそんなことできない。でも、《Ⅶ組》のみんなは認めている。私も、認めなくてはいけないのか。このような頼まれたら人殺しでも焼き討ちでもする集団を。

 その後エマが帰るまで、爆発してしまいそうな感情をなんとか押し殺した。エマが作ってくれたポタージュも味がわからなかったし、報告書の続きも読む気が起こらなかった。それほどまでにこの集団が私は憎い。このままでは私はフィーに襲いかかるかもしれない。

 フィーに対する感情をまるっきり変えてしまう言葉。報告書に書かれていた文字は次の通りだった。

 

「フィー・クラウゼルは猟兵団に所属していた経歴がある」

 

□ □ □

 

 猟兵団はお金さえもらえれば何でもする集団である。仕事自体は殺しや焼き討ち、護衛など様々ある。なかには仕事を選ぶ猟兵団もあるようだ。

 私は幸せを壊した猟兵団が憎い。だから、私の幸せを壊した猟兵団には復讐をしたいし、そのほかの猟兵団にもあまりいい感情を抱いていない。もし、フィーが幸せを壊した猟兵団の一員なら私は彼女を襲うだろう。違う猟兵団だとしても仲良くはしたくない。しかし、《Ⅶ組》のみんなが彼女をみとめたということは、ここで私が彼女を嫌うわけにはいかないだろう。

 

「だから、休学させてほしいと?」

「はい。このままではフィーと争うことになります」

 

 私は学院長室にきていた。時間的には昼の授業が始まったところで、《Ⅶ組》やサラ姉さんに出会うことのない時間だ。この時間を狙って、風邪でだるい体に鞭打ってきた。

 

「休学したとして、どうするつもりかね?学生寮で顔をあわせるじゃろう?」

「旅に出ると思います」

「その風邪でもかのう?」

「はい」

 

 もうまわりのことなんか気にしていられない。休学が認められなくても、私は旅に出るだろう。もちろん退学でもかまわない。とにかくフィーから離れなければ。

 

「ふむ。……その理由で休学は無理じゃろう」

 

 やはり、無理だったようだ。さすがは名門校。このような理由で休学を認めるわけにはいかないのだ。もう無断で旅に出るしかなさそうだ。

 

「それにしても、これは困ったのう。参加希望者が少ないようじゃ」

 

 今までの雰囲気とは一変。どこかわざとらしい声を出し、一枚の紙を見て、わざとらしく困った表情を浮かべている学院長。いきなりすぎて話している内容がなんのことだかわからず、話についてもいけない。

 

「そう言えば、《Ⅶ組》は実習にいっておって、聞いおらんかったな。どうじゃ、リア君。参加してみる気はあるかの?」

 

 そう言って学院長は見ていた紙をこちらへ渡してきた。私はそれを受けとり、内容に目を通す。そこには「職業体験に参加しませんか?」と書かれていて、どうやら帝国の全学校からの希望者が、数ある職業の中から選んで職業体験をするというものらしい。実施期間は6月3日から6月8日だった。場所は帝都ヘイムダルの駅前に集合となっている。期間中は泊まり込みの場所も用意されているらしい。

 学院長の言いたいことがやっと理解できた。これは学院から離れることに正当性がもらえるのだ。無断で旅に出るよりは問題にならない。

 それに、私としては目的もなく放浪するよりは、目的もあったほうがいい。この期間が過ぎた後は、またその時に考えればいいだろう。今はとにかくここを離れたい。数日の空白はサボればいいだろう。

 

「私でよければ参加します」

「おお。それは助かる。手続きのほうはワシのほうで何とかしておこう」

「ありがとうございます」

 

 これで、休学せずに、《Ⅶ組》と会わない理由ができた。時間稼ぎのようなものだが、少しでも時間ができるのはありがたい。《Ⅶ組》のみんなには申し訳ないが、今はこの方がいいだろう。

 

「ついで代表者をやってみんかの?」

 

 代表者。各学校の中から希望者の中から一名を選ぶのだ。その者は先に現地入りし、担当者から説明を聞くことなっている。その説明を各学校の希望者に伝えるのは代表者の役目になっている。また、各職業の人数整理も代表者に任される。紙にはそう書いてあるのだが。

 

「私でいいんですか?」

「誰もやりたがっとらんのじゃ。頼めんかの?」

 

 私は了承した。早くから現地入りする許可がもらえたのだ。これほどラッキーなことはない。それに代表者の仕事も大した量ではない。これぐらいなら問題なくこなせるだろう。

 

「今日から現地入りするといい。我が校の情報はすべてここにまとめてある」

 

 学院長から渡されたファイルには名簿と希望する職業などがまとめられていた。これをもとに全員の体験する職業が決まるのだ。なくすのは許されない。そういえば、私の分もここに足しておかないといけない。あとで希望する職を決めておかないと。

 

「あと、この期間が過ぎたら、すぐに中間テストになる。注意しておきなさい」

 

 どうやら、この職業体験に参加したメンバーも、同じ時期に同じテストをするらしい。すなわち、周りの学生より不利になるわけだ。どうりで参加者が少ないわけだ。

 私はどうしようか。そもそも受けることができない気がしてきた。

 まあ、何とかなるでしょ。……たぶん。




少し予定を変更して、一斉投稿から連日投稿に変更しています。
まあ、そんなに長い日数は続きません。もって、3日か4日です。
そのあとの更新は……何も変わらない、低スピード更新だと思います。

さて、今回より3章!
とは行かず、間章Ⅰに突入です。
Ⅰの理由は、Ⅱがあると思われるからです。
きっとある。……きっとね。


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6月1日 ああ、懐かしき

リア視点です。


 持っていく荷物は普段の特別実習と変わらない。短剣に《ARCUS》、着替えなどだ。いつもと違うのは参加する学院生の情報がのったファイルと職場体験の資料ぐらいだろう。そのため準備自体はすぐに終わった。特別実習や旅の経験がなかったらもう少しかかっていただろう。

 準備を終え列車に乗り込んだ時、ちょうど授業が終わるチャイムが鳴ったところだった。どうやら《Ⅶ組》の誰にも会わず、トリスタを出れそうだった。普段から、病気にはよくないイメージばっかりだったが、今日ばかりは感謝してもいいかもしれない。

 私は座席に座ると、列車はすぐに出発した。帝都ヘイムダルに向かうので、列車に揺られている時間も長くない。景色を見るのもいいが、この時間で希望する体験したい職業を決めてしまおうと思った。学院長から渡された資料にもう一度目を通す。学院長室では体験できる職業について詳しく見ていなかったので、初めて見るようなものだ。

 

(えっと、ブティック《ル・サージュ》本店の接客、帝都の工房での作業全般、帝国時報の作成協力、鉄道憲兵隊の見学と体験、ラインフォルト社の製造業、ケルディックでの農家の手伝い……)

 

 軍事関係から接客、情報、農業など、結構いろいろな職業が大企業から小企業まで体験できるようだ。さらに帝都ヘイムダルの内部だけでなく、トリスタやケルディック、パルムなどいろいろな町で体験が行われる。思っていた以上に大規模な体験学習だ。

 リストの中には昔、旅をしていたころに仲良くなった店主がいる店や、逆に2度と寄りたくない店もあった。まさか、あんな店がこの企画に協力しているとは思わなかった。

 そのまま、リストの中ごろに到達すると、もう1つの見覚えがある店の名前があった。帝都のアルト通りにある音楽喫茶《エトワール》。昔に住んでいた地域の喫茶店だ。あそこのマスターとは仲が良かった。久しぶりに顔を見せに行ってもいいかもしれない。2年もあっていないので、忘れているかもしれないけれど。

 

(……そういえば、お義母さんにも会ってないなあ)

 

 お義母さんも2年間あっていない。やり取りは手紙でだけだ。まあ、手紙で見ている限りでは元気にやっているみたいだ。仕事が少し大変なようだが、一応は何とかなっているらしい。体を壊さないかだけが心配だ。

 

『次は帝都ヘイムダル、帝都ヘイムダル』

 

 どうやら帝都についたようだ。資料をしまい、列車から降りる。物思いにふけって、資料の全部に目を通せなかったのは残念だが、明日の朝までなので、まだ時間はある。宿にでも止まった時に読めばいいだろう。

 

「って、宿のこと忘れてたよ。どうしよう」

 

 お金はある。まだ、昼過ぎだ宿も空室があるだろう。だから、泊まることはできる。何も問題はない。問題はないのだが。できれば安い宿がいいかな。お金を無駄使いしたくない。今は駅前にいるので、ここから少し離れたところで探してみよう。そうすれば、少しは安い店が見つかるだろう。

 

「あの、すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

 

 歩き始めて少しすると、後ろから声がかけられた。駅前なので帝都の観光客だろうか?帝都のことを聞かれても2年前から情報が更新されてない私には答えられないのだが、このまま立ち去るのも不愛想なので対応はする。そのために私は返事をしながら振り向いた。

 

「はい。なんでしょ……う……。え?義母さん!?」

「やっぱり!リアだったのね。帰ってくるなら先に連絡をくれればよかったのに」

 

 振り向いて受け答えをしようとしたら、そこに立っていたのは私の義理の母親だった。2年ぶりの再会は何の前触れもなくいきなりやってきた。

 

「まったく、手紙だけの連絡で心配してたのよ」

「ごめんって。帰ってくる暇がなかったんだって」

「旅をしていたのだからここによる暇はあったでしょう?」

「まあ、そうだけど……」

 

 あの後、お義母さんに捕まって家へと連れてこられた。帝都のアルト通りにあり、近くにはエリオット君の家や先ほどの資料にあった音楽喫茶もある。でもまあ、すぐに連れてこられてから色々と文句を言われているのでどこにも行けていないのだけれど。

 

「まあ、帰ってきてくれたからいいわ」

「無理やり連れてこられたんだけどね」

「なんかいった?」

 

 聞こえないように小声で文句を言ったのだが、どうやら聞こえていたようだ。お義母さんの向けてきた笑顔は目が笑ってない。私は視線をお義母さんから逸らした。その先には使い古された導力ラジオなどが置かれた棚があった。

 

「手そういえば、あのころから何も変わってないね」

 

 家の中を見渡しながら、思ったことを口にした。私が家を出て旅を始めた2年前と何も変わらない。机の配置も本棚の配置も、皿やコップなどの置き場所も変わっていない。この部屋だけじゃない、廊下にある荷物の配置も変わっていなかったところを見るとほかの部屋も変わっていないだろう。まるで、この家の時間だけ止まったみたいだ。

 

「変えられるものですか。あの人と……いえ、私たち家族の思い出が詰まってるんですもの」

「……そうだね」

 

 そうだ。ここは私とお義母さん、お義父さん、サラ姉さんの4人で過ごした大切な場所。それを変えるなんてこと、私たちの誰もがするはずがない。だからこそ、私はここの帰ってくるのが怖かったのだ。すでにこの世にいないお義父さんとの思い出が溢れているから。忘れたくても思い出してしまうから。でも結局、旅に出ている間も思い出すことはあったので、意味はなかったけれど。

 

「はい。お茶。熱いから気を付けてね」

「ありがとう」

 

 お義母さんは台所で自分と私の分のお茶を入れてきてくれ、私の座る椅子の対面に座った。いつもお義母さんが座っている席だ。この四人掛けの机でお義母さんの隣はお義父さんが、私の隣にはサラ姉さんが座る席になっている。全員がそろうときは少なかったが、揃ったときはすごく賑やかだった。

 それに比べて今はとても静かだ。2人しかおらず、ラジオもついていない。あの騒がしかった頃が懐かしく、あのころに戻りたいと思ってしまう。

 

「それで、今日はどうしたの?学校があるんでしょう?」

「うん。でも、今日は明日の準備で帝都入りしたの」

「……明日の準備?」

「うん。職場体験の各学校の代表者は明日から準備しないといけないから」

「ああ、職場体験ね。ヘミングさんも言ってたわ」

 

 納得したような表情を浮かべるお義母さん。ヘミングさんというのは職場体験の職業リストにあった音楽喫茶《エトワール》のマスターだ。今回の職場体験も話のネタにされたのだろう。

 

「でも、それだけでもなさそうね?」

「!……なんでそう思うの?」

「何年あなたの母親をやってきたと思ってるの。それくらいわかるわよ」

 

 いつもそうだった。なにか隠し事していると、お義母さんが見抜いてくる。いままでで隠し通せたことは一度もない。そんなに私は判りやすいのだろうか。

 

「それでどうしたの?何かあった?」

「……うん。あったのはあったんだけど」

 

 自分の声が落ち込んでいくのがわかる。思い出しているのはフィーのことだ。結局、詳しいことを聞くこともできなかったが、彼女が猟兵であった事実は変わらない。猟兵であったと聞くだけで憎く、もし、私の幸せを壊した猟兵団の一員なら私は彼女を復讐の対象とするだろう。それは《Ⅶ組》のメンバーを悲しませるだけだ。だから、私はフィーのことを知らなくてよかったと思っている。

 

「ねぇ、お義母さんは、猟兵に復讐したい?」

「そうねえ。憎くないと言ったら嘘になるわ。でも復讐はしないかな」

「それは……なんで?」

「だって、そんなことしたくないもの。それよりは残されたものを守ったり、楽しいことを探したいわ」

 

 そう言って笑うお義母さん。どうしてこんなに笑えるのだろうか。自身の夫を猟兵に殺され、なんで憎しみを抱くだけで終われるのだろうか。なぜ、復讐を考えないのだろうか。私にはお義母さんがわからない。復讐を考えないお義母さんみたいに私はなれない。

 

「リア、あなたはどう思ってるの?」

「私は……復讐したい」

「そう。……でも、私としてはあなたにはそんなことしてほしくはない。それはあの人も一緒だと思うけれど」

 

 お義母さんは悲しいような表情を浮かべ、私にしてほしくないと伝えてくる。もちろん、私にもお義母さんとお義父さんがそんなこと望まないことが伝わってきている。確かに伝わってくるのだが、私の心の奥底はまだ許せないとうったえている。

 

「どうするかを決めるのはあなただから、私からはこれ以上なにも言わないわ。でも、時々休憩は必要よ?」

 

 そういってお義母さんがみせてくるのは、私が持っていた職業体験の資料。気が付くと、私の荷物が開かれ、取り出されていた。

 

「勝手に人の荷物を開けないでよ!」

「別にいいじゃない。家族なんだし。でもまあ、その歳で男の気配も漂わせない荷物とはわね。がんばりなさいよ」

「余計なお世話!」

 

 笑っているお義母さんから資料を取り返す。ちゃっかり彼氏チェックまでしているお義母さんを無視して部屋に籠ろうかと思った。しかし、笑っているお義母さんがどこか嬉しそうなのを見て、今日はこのままでいいやと思い、寝るまでの間、お義母さんと馬鹿騒ぎした。

 

□ □ □

 

 その夜、私は夢を見た。過去の経験談からくる懐かしい夢。2年ほど前のお義父さんがなくなってから少し経ち、旅に出る時のことだった。

 帝都の自室で私は床に座り、必要な荷物をまとめていた。その作業は旅に出る時にやるもので、必要なものを最小限でまとめているのだ。

 私の部屋にお義母さんがやってきた。その表情は疲れてきっていて、あまり動きたくないように感じる。それでも、私のことを心配して、来てくれているようだ。

 

「その準備……リア、旅に出るつもりなの?」

「うん」

「あなた一人の旅になるのよ。大丈夫なの?」

「大丈夫」

 

 私は多くをしゃべらなかった。返す言葉も単語程度。あまりしゃべりたくないように、必死に目の前の荷物をまとめている。その姿は八つ当たりしているようにみえ、よりお義母さんを心配させている。

 

「できれば行ってほしくないのだけれど、止めても無駄のようね」

「……」

 

 お義母さんはため息をつき、悲しそうな表情を浮かべる。その表情を見て私は小さくごめんとだけ呟いた。自分だけに聞こえるような声だ。きっとお義母さんには聞こえてないだろう。

 

「せめて、手紙は送ってちょうだい。なるべくたくさんね」

 

 私はただ頷いて、言葉にしてかえさなかった。それでも、ちゃんと伝わったことがわかったお義母さんは部屋を出て行った。

 残った私は手を強く握りしめ、その拳を床に叩きつけた。父を殺した猟兵への恨みと、お義母さんにあんな表情を浮かべさせている私への一発だ。こんなことをしても何もならないのは判っている。それでも、やらないとこの苛立ちが落ち着かないのだ。

 時間が経ち、落ち着いた私は準備を再開した。ある程度は準備が終わっていたのですぐに荷物は整理できた。そして、短剣を持ち家を出る時にもう一度お義母さんと会った。

 

「気を付けていってらっしゃい」

「うん。いってきます」

 

 私は街道に向けて歩き出した。そこから私は2年の目的のない旅を始まった。いや、この頃の目的はお義父さんを殺した猟兵を探し出して、復讐することだったかもしれない。今思えば、しつこく引き留めることもせず、よく見送ってくれたものだ。そのおかげで素敵な出会いをいくつかで来たのだから感謝しないといけない。




帝都に到着。職業体験イベントまであと少し。

2日連続投稿。
明日も投稿ができるかな?


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