ラブライブ!~金色のステージへ~ (青空野郎)
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STAGE.1 廻る季節

今日も今日とて窓から朝日が差し込む。

明日への希望を見いだせず、あの頃の俺はただ自堕落に毎日を過ごしていた。

朝だろうが夜だろうが関係ない。

向かい合うのはいつだって大学首席卒業者にえらい医者や学者先生たちが書き連ねた論文や書物の数々。

しかし俺にとっては暇つぶしの単なる読み物に過ぎなかった。

恵まれすぎた天賦の才ゆえに周りから疎まれ、蔑まれ、いつしか俺も周囲の人間を見下し、自宅の部屋に引きこもるようになってしまっていた。

今日も部屋の向こうでお袋が学校へ行くように説得を試みている。

おそらく涙も流しているのだろう。

だが知ったことか。

外の世界に俺の居場所はない。

この部屋が唯一残された安寧の地なのだ、邪魔をしないでくれ。

これが当時の俺の日常。

自分は一体何がしたいのか、何のために生きているのか。

誰もが抱く当然の哲学でさえ、俺の中から消え失せるのは時間の問題だった。

何をしてもつまらない日々に、もはや生きる気力は枯れ果てようとしていた。

まだお袋が外で喚き散らしている。

.........いい加減ウザったくなってきたな。

 

「やかましいっ!何で俺があんな低レベルな連中と友達にならなきゃいけねぇんだよッ!」

 

また今日もお袋と何の利益も生まない口論が始まる。

相手をするだけ面倒だ、とっとと追い払っておとなしくしていてもらおう。

だがそんな時、お袋との口論に割って入る者が現れた。

 

「こらキサマ!母上に向かってやかましいとは何事だ!」

 

それは予想もできないほど突然の出来事だった。

俺の目の前で、ブリを背負った素っ裸の少年がオオワシにぶら下がって窓を突き破り部屋の中に飛び込んできたのだ。

なにを言ってるかわからないだろ?

本の読みすぎで疲れたのかと思うほどの衝撃だったのは間違いない。

適当に積み重ねた書籍やプリントの束が宙を舞い、ものの数秒で散らかってしまったが、さすがの俺もこの時ばかりは気にも留める余裕がなかったな。

これが俺、高嶺清麿とかけがえのない生涯の友、ガッシュ・ベルとの最初の出会いだった。

 

                      ☆

 

ガッシュとの出会いをきっかけに俺の日常は人生レベルで大きく変わった。

まずは友達が増えた。

ド天然、スポーツバカ、UFOオタク、ツチノコマニア、妖怪志願者、etc………。

他の誰かに紹介することは軽く躊躇ってしまうほど個性が強すぎる連中だが、俺にとっては約2年間をともに過ごした大切な友人たちだ。

関わる度に何かしらのトラブルに巻き込まれてしまうが、そんな出来事も今ではいい思い出だ。

友人たちと一緒に些細なことで怒り、泣き、そして笑った。

ああ、俺も笑えるんだな。

できることなら、ひねくれていた昔の自分をブン殴ってやりたいところだ。

そんな陳腐な考えさえを持つようになった自分にも驚きだ。

例え小さなきっかけでも、一歩踏み出せば自分は変われる。

ガッシュが教えてくれたことだ。

そしてガッシュと出会ってから間もなく知ることとなる魔界の王を決める戦い。

『神の試練』とも呼ばれ、1000年に一度、100人の魔物の子が王座を目指して争うバトルロワイヤル。

魔物は魔本に記された呪文を読むことができる人間とタッグを組み、互いの魔本を燃やし合う。

そして最後に勝ち残った魔物が次期魔界の王になるのだ。

かなりぶっ飛んだ話かもしれないが、これが俺の前に立ちはだかる新たな現実だったんだ。

激戦の連続に何度も死にかける思いをした。

いや、確か一度死んだのかな?

まあ、それでも俺は途中で逃げ出すことはしなかった。

ガッシュの『やさしい王様』という願いを叶えるために、共に戦うことを決意したんだ。

魔界の王候補の中には関係ない人たちを巻き込むことを何とも思わず、魔物の力を私利私欲のために使うクソッタレな連中もいた。

だが、魔物との戦いはつらいことばかりではなかった。

周りがすべて敵にも拘らずたくさんの仲間に出会えた。

勝利や敗北から成長を学んだ。

どんなつらい現実でもくじけずに前に進む強さを得た。

ひとりでは決して戦い抜くことなんてできなかっただろう。

やがて訪れるガッシュとの別れの時。

それははじめから分かっていたこと。

しかし別れは次にまた大きく成長するための旅立ちだ。

そしてガッシュは―――王になった。

いつか日か、また会うことを約束し、今もまだ、ガッシュとの思い出は『財産』として俺の心の中で生き続けている。

 

                      ☆

 

今日も今日とて窓から朝日が差し込む。

目覚まし時計の音が起きるようせかしてくるが、正直なところまだ寝ていたい。

まだ寝ていたいという気持ちはあるのだが、今日からはそうはいかない。

睡魔を振り払い、すでに着慣れた制服に腕を通しながら漏れ出るあくびを噛み殺す。

あれから一年の時が過ぎた。

高校生になった俺はそれなりに充実した時間を過ごしていた。

俗にいう青春だ。

そして今日は高校生活最初の春休みを終え、新学期が始まる日だ。

 

「おはよう清麿」

 

「おぅ、おはよう」

 

俺がキッチンに入ると丁度俺のお袋が朝食の準備をしてくれていた。

いつもの定位置の席に腰を下ろし、キッチンを見渡す。

当然のことだが、今この場所にガッシュの姿はない。

賑やかだった食卓が今では懐かしい。

同時に、ある種の寂しさという感情が心の中で渦巻く。

すでに慣れたつもりではいたが、ガッシュが魔界に帰って1年が経った今でもやはり寂しいものは寂しい。

思い出に浸りながらも、俺はもう一度あくびを漏らす。

 

「コラ、今日から新学期でしょ?シャンとしなさい」

 

「へーい」

 

温和な口調のお袋の小言を気のない返事で応じる。

俺自身も内心で気を引き締めなおさなければと思いながら、とりあえずテーブルの上の朝刊を手に取った。

コーヒーを含みながら紙面に目を通す。

何気なく朝刊を広げると俺の目にまず飛び込んできたのは、煌びやかなステージの上でかわいらしい衣装でポーズを決める3人組みの女の子の姿だった。

 

「確かスクールアイドルって言ったかしら?最近の高校生ってすごいのね。その子達まだ高校生なんでしょ?」

 

すでに朝刊の内容を把握していたのかお袋が話しかけてきた。

今、巷では『スクールアイドル』というものが流行っているらしい。

スクールアイドルとは、学校生活を送る女子学生がアマチュアながら自主的に活動を行い自分たちの学校を盛り上げるアイドルのことである。

スクールアイドルは全国各地に存在し若者たちを中心に人気を集めている。

新聞、テレビのほかにも、雑誌やネットなどあらゆるメディアがスクールアイドルについて取り上げない日はないほどだ。

さらには専門のグッズショップまでもが存在するほどの好評を博しているらしい。

日本のアイドル文化はここまで来たのかと思わず感嘆してしまう。

今紙面を飾っているのは『A-RISE』というスクールアイドルの中で頂点を極めたグループらしい。

特段、アイドルに興味のない俺でもその人気ぶりは新聞やテレビで何度も耳にしたことがある。

この分だといつか恵さんと並び立つ存在になってもおかしくはないのではないかと個人的に思う。

そんなこんなで朝食を食べながら流し目で朝刊を読み終えるころには丁度時間がきたようだ。

 

「ほら、そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ」

 

「わかってるよ」

 

最後にコーヒーを飲みほし、俺は鞄を取りに一度自室に引き返した。

今日の日程は始業式で終わり。

用事を済ませればいつもより早めに帰宅できるだろう。

さて、今年のクラス分けはどうなっているだろうか。

そんなことを思いながら鞄を手に取り、俺は机の引き出しを開けた。

そこにあったのは、奇怪な顔が描かれたお菓子の箱と割りばしで出来た簡素なおもちゃ。

今ではあいつの忘れ形見でもある『バルカン300』ーーーその胴体に収められた一枚の写真を取り出した。

 

「行ってくるぜ、ガッシュ」

 

写真に写る魔界の魔物たち。

そして今も魔界で『やさしい王様』として頑張っている友を思いながら窓から青空を見上げる。

さて、今日から心機一転、頑張るとしますか!

 




………やっちまった。
ほんと、何やってるんでしょうね、私。
とりあえず息抜き感覚で執筆するので更新速度は激遅です。
よければ感想お待ちしております!


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STAGE.2 音ノ木坂学院

俺は今、春の陽気を浴びながら自転車をこいでいる。

高校生になってからはたまに自転車を使って通学するようにしたからだ。

俺の通う国立音ノ木坂学院は長い歴史と由緒正しい伝統を誇る進学校だ。

学校教育法上は国立学校として分類されているが、学校法人が設立、運営する私立校に近い性格を持つ学校のため全国でもトップレベルの偏差値をたたき出している。

ちなみに、設立当初は女子高だったらしいが、数十年前に共学へと切り替わったという話を聞いたことがある。

元が女子高だったためか、今現在も男女の比率は3:7と女子側に大きく傾いている。

学院自体は自転車を使えば自宅から約20分程度で通える距離に位置しているため通学はそこまで苦ではない。

通学路を進むにつれ、全身で感じる春の風が心地いい。

通学路の所々に植えられた桜の木が見事な花を咲かせている。

風に煽られ、舞い散る桜の花びらを眺めながら自転車を走らせていると、やがて学院が設けている専用の駐輪場にたどり着く。

自転車を止め、視線を向ける先―――駐輪場のそばにある階段を上った先に学院がある。

まだ時間に余裕があるな。

のんびりと階段を上っているとたくさんの生徒たちに追い抜き追い越されが繰り返される。

期待に胸を膨らませる者、新たな環境に不安を過らせる者、友人同士で談笑するグループなど様々だ。

ようやく階段を登り終え校門をくぐるころには荘厳な桜並木が出迎えてくれた。

登校初日に桜が咲いていると、やはりうれしいものがあるな。

そしてその奥に立派な佇まいの音ノ木学院の校舎が見える。

町の真ん中の位置に、象徴のように聳える校舎を見上げると自然と背筋が伸びる。

さて、とりあえずまずはクラス分けの確認だな。

新鮮な空気をめいいっぱい吸い込み、俺は生徒玄関を目指した。

 

                      ☆

 

すでにクラス分けの掲示板の周りにはたくさんの生徒たちでごった返していた。

俺もすぐに確認したいが、わざわざ人ごみの中に入り込むというのも気が引けるな。

とりわけ急ぐ必要はないし、さて、どうしたものか。

 

「おはよう、清麿くん!」

 

軽く考え込んでいると、不意に後ろから声をかけられた。

振り向くと3人の女の子がこちらに歩み寄ってくる。

俺も軽く手をあげて挨拶を返した。

 

「ああ、おはよう3人とも。久しぶりだな」

 

「きーくん、おはよう」

 

「おはようございます。しばらく会っていませんでしたがお元気そうでなによりです」

 

「そっちこそ元気そうで安心したよ」

 

高坂穂乃果、南ことり、園田海未の3人の元気な姿に笑みがこぼれる。

3人ともこの音ノ木坂学院でできた新しい友達だ。

ショートカットのサイドテールで括り、活発そうな印象を受ける穂乃果、黒髪のロングヘアで大和撫子を思わせる海未に長い髪を同じようにサイドテールでまとめ癒し系を連想させることり。

三者三様の彼女たちは幼馴染だとか。

ちなみに、ことりの『きーくん』とは俺のあだ名のようだ。

 

「清麿くんはもうクラス分け見たの?」

 

「いや、まだこれからだ」

 

「そっか、二年生になるとクラス別れちゃうけど、どうせならみんな一緒のクラスになれるといいね」

 

この学院は一年が1クラス、二年が2クラス、三年が3クラスという風にクラス分けが少し変わっている。

1クラスしかないとはいえ去年同じクラスで過ごした仲間としては、やはり別々のクラスに分かれてしまうの寂しいものだ。

 

「まあ、こればっかりは運次第だからな。なるようにしかならんだろ?」

 

「そうですね。………あれ、穂乃果は?」

 

海未に釣られて辺りを見渡すと、なるほど、先ほどまで一緒にいたはずの穂乃果の姿が消えていた。

 

「おーい、みんなこっちこっち!ここからならクラス表が見えるよ!」

 

声のした方へと視線を向けた先に穂乃果が大きく手を振って俺たちを呼んでいた。

確かに、今穂乃果がいる場所ならここよりずっと近くで確認できるだろう。

 

「穂乃果ちゃん、待って~」

 

まったく、いつの間にと思っていると、ことりが穂乃果の元へと駆け出していく。

そして残された俺と海未の2人。

やれやれと肩をすくめると海未と目が合った。

困ったよう見小さく笑む様子から、どうやら俺と同じこと思ったらしい。

 

「しゃーない、行くか?」

 

「そうですね」

 

ここにいても何も始まらない。

俺も早くクラスを確認するとしよう。

ことりの言うとおり、今年もみんな同じクラスになれればいいな。

クラス表に近づいた俺はとりあえず2年1組の欄から自分の名前を探す。

高嶺、高嶺………お、さっそく見つけた、2年1組だな。

さて、あの3人組はどうなったのかなと様子をうかがうと、目の前で3人ともそれぞれが手をつなぎあい嬉々とした声を上げていた。

 

「その様子だと3人とも同じクラスだったみたいだな」

 

「うん、私たち揃って2年1組だったよ!清麿くんは?」

 

どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。

 

「俺も2年1組だ」

 

「本当!?やったね清麿くん!」

 

喜んだ穂乃果が俺の手を掴むや否やその場で跳躍する。

同じクラスになれたことで内心安堵している俺が言うのもなんだが、いくらなんでもはしゃぎすぎじゃないか?

ほら、周りの連中が好奇な視線を向けてきてる。

 

「これで心置きなく勉強でわからないところ教えてもらえるよ!」

 

「それが本音かい!」

 

思わずツッコんでしまった。

まったく、素直すぎるというか裏表がないというか。

まあ、それがこいつのいいところではあるんだがな。

ただ、穂乃果気づいているか?

今の発言を海未も聞いていることを……。

 

「ほ~の~か~?」

 

「――――ハッ!」

 

あ、手遅れだな。

穂乃果の後ろに素敵な笑顔を浮かべる海未がいる。

あいつは根が真面目だから横着は許せないんだろう。

なんとか言い訳を考えようとアタフタする穂乃果にさらに詰め寄っていく海未。

かわいそうな気もするが自分で蒔いた種だ、ドンマイ。

ことりはというと2人のやり取りを止めることはなく、ただ楽しそうに眺めていた。

ああ、また今日からにぎやかな日常が始まるんだな。

そう思うと不思議と笑みがこみ上げてくる。

 

「まあ、ともかく、今年もよろしくな」

 

仲裁がてらの俺の言葉に、3人とも大きく頷いてくれた。

ガッシュ、とりあえずは今年も退屈せずに済みそうだぜ。

 

                      ☆

 

始業式のあとHRも済ませ、本日の予定は滞りなく終了した。

 

「清麿くん、よかったらこれから一緒に帰らない?」

 

配られたしおりやプリントを鞄にしまい、帰り支度をしていると再び穂乃果たちに声をかけられた。

屈託のない笑顔で誘ってくれるのはうれしいのだが、残念ながら俺はこの後予定が入っている。

 

「悪い、この後生徒会で集まりがあるんだ」

 

そう、いま俺は音ノ木坂学院の生徒会に所属しているのだ。

付き合いたいのはやまやまなんだが、これからすぐに生徒会室に向かわなければない。

俺の言葉に穂乃果は少し表情を陰らせた。

海未と小鳥もなんだか残念そうにしている。

ほんと、申し訳ない思いでいっぱいになる。

 

「そうなんだ、新学期早々大変なんだね」

 

「もう慣れたさ。ほんとゴメンな、また今度誘ってくれ」

 

「うん。じゃあね、また明日!」

 

「ああ、またな」

 

片手をあげる俺に穂乃果に続き、海未とことりも、それでは、バイバイ、と一言残して教室を後にした。

3人を見送り、俺もさっさと生徒会室に向かうとしよう。

 

                      ☆

 

「失礼しまーす」

 

扉を開け、生徒会室をのぞけばすでに2人の女子生徒が作業を進めていた。

 

「いらっしゃい、清麿。久しぶりね」

 

「久しぶりって、昨日の入学式の手伝いで一緒だっただろ……」

 

最初に俺に話しかけてきたのは生徒会長の絢瀬絵里。

きれいなプラチナブロンドの髪を後ろで束ね、アイスブルーの瞳をこちらに向けている。

整った容姿から外国人かと思いがちだが、実際はロシアのクォーターの日本人らしい。

 

「やあ、ようやく来てくれたね。待っとったよ、キヨちゃん」

 

「希、頼むからその名前で呼ぶのはやめてくれないか?」

 

キヨちゃん、とふざけたあだ名で俺を呼ぶのは生徒会副会長の東條希だ。

普段から関西弁まじりの独特な口調で会話を行い、のほほんとした雰囲気を醸し出している。

絵里と希は親友同士で、2人とも3年の先輩だ。

2年の俺がなぜ先輩に対してタメ口をきいているのかというと、2人ともそれでかまわないと言ってくれたからだ。

さすがに他の人がいれば正さざるをえないんだがな……。

冷めた視線で注意するが希はさらに意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「え~、ウチとキヨちゃんの仲やろ?あ、ならマロちゃんならどう?」

 

「余計に悪いわ」

 

ことりの『きーくん』はただ純粋な気持ちで使っているのだが、希の場合は完全に俺をからかうために使っていやがる。

今も俺にニヤニヤと悪意のある笑みを向けている。

完全に確信犯だな、こいつ。

嘆息しながらとりあえず希の隣の席に腰を下ろし、他のメンバーを待つ間絵里に確認する。

ちなみに、俺の役職は会計だ。

 

「なあ、今日の会議の議題ってなんなんだ?よくよく考えればまだ内容を聞いてなかったんだが?」

 

「全員そろえばすぐにわかるわ」

 

あらら、バッサリと切り捨てられてしまったよ。

彼女の視線は俺ではなく手元の資料プリントに向けられている。

あれが何か関係してるのか?

というより、今日の絵里はなんだか様子がおかしい。

なんだか彼女の周りの空気がピリピリしているような気がする。

 

「なあ、絵里の奴何かあったのか?」

 

「さあな、ウチにもさっぱりや。理事長室から帰ってきてからずっとあんな調子なんよ」

 

親友の希でさえ知らないとなると完全にお手上げだな。

無理やり聞こうとすれば絵里の機嫌を損ねかねないが、本当何があったんだ?

ここは素直に全員そろうのを待ったほうがいいのかもしれない。

そうこうしていると、ぞろぞろと他の生徒会メンバーが集まりだす。

 

「さて、全員そろったところでさっそく会議を始めるわよ」

 

席から立ち上がる絵里の号令でいよいよ会議が始まる。

 

「今回の議題は我が校の現状についてです」

 

俺たちの視線をものともすることなく絵里は口火を切る。

議題のテーマが学院の現状か、これはまた意外だな。

漠然とした議題に最初は気にも留めていなかったが、絵里の話を聞くにつれて事態は俺の思っていた以上に深刻なものだった。

要約すると現在の音ノ木坂学院は昨今の少子化に加えて、周辺の進学校に生徒が流れ、まとまった数の入学者が確保できず、全校生徒数は減少の一途をたどっているということ。

淡々と話しを進める絵里の様子には鬼気迫るものを感じ、同時にどこか切羽詰っているようにも見える。

 

「生徒たちへの発表は来週の全校集会になりますが………」

 

ここで絵里はしばし間を置いた。

そのわずかな間が妙に重く感じられた。

そして意を決したように絵里が口にする。

 

「我が音ノ木坂学院は来年の入学希望者が募集人数を下回った場合、3年後に統廃合することが決定しました」

 

…………は?

絵里の言葉の内容に思わず俺は自分の耳を疑った。

新学期早々、とんでもない事態になってしまったようだ。

 




っしゃあッ!
長らく停滞していたクウガと同時に第2話更新!
いまさらだけどこの作品は他の半分くらいだからもしかしたら更新早いかもしんないと気づいた俺。
とりあえず感想………オナシャス!


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STAGE.3 週明けの騒動

週明けの月曜日の全校集会で理事長を通して全校生徒に廃校の旨が伝えられた。

その場に集まる誰もが信じられないという顔をしている。

当然だ、新学期早々自分の通う学校が廃校になるなんて聞かされれば誰だってそうなるさ。

特に新入生にとってしてみればその衝撃は計り知れないだろう。

そしてここにもまた廃校の知らせに茫然自失としている者がいる。

 

「う、嘘ぉ……」

 

俺の目の前で穂乃果、ことり、海未の3人が掲示板に張り出されたプリントを顔を寄せあった姿勢で凝視している。

 

「廃校って……」

 

「つまり、学校がなくなるってことですね……」

 

ことりに続き、さすがの海未も動揺を隠せないでいる。

正直、彼女たちの心境は計り知れない。

なんて言葉をかけたらいいものか悩んでいると不意に穂乃果の身体が背中から倒れてきた。

 

「穂乃果!?」

 

咄嗟に踏み出したおかげでどうにか床に激突する寸前に穂乃果を受け止めることができた。

だが、穂乃果は視点の定まらない瞳でただただ虚空を見つめている。

 

「穂乃果!」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

一瞬遅れて事態を察知した海未とことりも慌てて駆け寄ってくる。

 

「私の、私の輝かしい高校生活がぁ……」

 

とうとう限界が来たのか、目に涙を浮かべながらそれだけ言い残し、穂乃果はそのまま意識を失ってしまった。

おいおい、さすがにこれはシャレにならんぞ……。

 

                      ☆

 

「清麿くんは廃校のこと知ってたんですか?」

 

とりあえず穂乃果を保健室に運んだあとの教室で海未が問うてきた。

 

「ああ。始業式のあった日に、生徒会の会議で、な」

 

別に隠すことでもないため俺は素直に頷いた。

 

「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!?」

 

周りにかまわず声を荒げて詰め寄ってくる海未。

海未がここまでとりみだすなんて、よほど廃校の現実がこたえているみたいだな。

 

「そのことについてはすまないと思ってる。ただ、簡単に話していい内容でもなかったから、つい……」

 

「それは、そうですが……でも!」

 

「まあまあ、きーくんが悪いわけじゃないんだしさ、少し落ち着こうよ海未ちゃん」

 

自分もまだ気持ちの整理がついていないだろうに、海未を止めてくれることり。

ことりに諭され、海未もある程度の冷静を取り戻したようだ。

こんな時のさりげないフォローは本当にありがたい。

安堵とともに吐息をこぼすと、教室の扉が開かれた。

保健室から帰ってきた穂乃果がトボトボと重い足取りで俺の後ろの席に座る。

 

「ほ、穂乃果ちゃん、大丈夫?」

 

「うん………」

 

ことりが尋ねるが、頷く割には明らかに覇気がない上、表情も暗い。

気絶してしまうほどだ、想像以上に廃校の2文字が重くのしかかっていたのだろう。

しかし、ここまで沈んだ穂乃果は初めて見たぞ。

 

「学校がなくなる。学校が、なくなる。うぅぅ………」

 

終いには両手で顔を覆いながら涙を流す始末だ。

傍目から見てもかなり重症だな。

 

「穂乃果ちゃん、すごく落ち込んでる。そんなに学校が好きだったなんて……」

 

「違います。あれは勘違いしてるんです」

 

穂乃果の姿に心を痛めていることりだが、海未はひとり冷めた表情で否定した。

 

「勘違い?」

 

俺もことりも海未の言葉の意味が分からず首をかしげる。

 

「どうしよう!全然勉強してないよぉおお!」

 

「え?」

 

「はい?」

 

予想外の穂乃果の言葉に思わず間の抜けた声をもらしてしまった。

穂乃果、お前もしかして……。

 

「だって学校なくなったら別の高校行かなきゃいけないんでしょ!?受験勉強とか、編入試験とか!」

 

「やはり………」

 

額を抑える海未の隣で俺は何とも言えない脱力感に襲われた。

ことりも苦々しい笑顔を取り繕ってしまっているじゃないか。

そういうことかい。

要するに穂乃果の廃校よりも編入試験のことで頭がいっぱいになっているということだ。

納得と同時に心配して軽く損したぞ、おい。

とりあえず俺の同情を返せ。

 

「穂乃果ちゃん落ちつい―――」

 

「ことりちゃんと海未ちゃんはいいよ!そこそこ成績いいし!清麿くんにいたっては学年主席だし!でも私はぁ……!」

 

なんとかなだめようとすることりだが、穂乃果は頭を抱えたまま聞く耳を持たない。

だが、この様子からしてまだ知らないみたいだな。

 

「穂乃果、とりあえず話を―――」

 

「うぇええええええええん!」

 

穂乃果、完全に泥沼にはまってやがる。

仕方ない………アレを使うか。

 

「落ち着けい!」

 

スパン!

 

鋭い音ともに小さな衝撃が穂乃果の頭に走った。

 

「ふにゃんっ!」

 

かわいらしい呻き声とともに、穂乃果は大きく蹲る。

大げさなだな、そこまで強く叩いてはいないぞ?

ため息をつきながら俺は手に持つソレを肩に担ぐ。

 

「久しぶりに見ましたね、ソレ」

 

苦笑いを浮かべる海未の視線の先にあるのは、蛇腹に折りたたんだ紙の片側を扇子状に開いた小道具―――ハリセンである。

しかも表面に『ザケル!』と書いた自慢の一品だ。

え?どこから取り出したかって?

ハハハハハ、それは秘密だ。

 

「痛いよ!ひどいよ!清麿くん!」

 

「やかましい」

 

涙目の抗議を冷めた眼差しで一蹴してやる。

こうでもしなきゃこいつは止まらないからな。

 

「とりあえずお前は最後まで人の話を聞け」

 

「話を聞くって、この学校が廃校になっちゃうってことでしょ!」

 

「ああ、3年後にな」

 

「ほら、やっぱり3年後に廃校に………え?3年後?」

 

俺の言葉に呆けた表情を浮かべる穂乃果。

ふむ、ようやく気付いたか。

ならば、ここでさらに一発で現状を理解できる結果論を教えてやるとしよう。

 

「つまり、俺たちが卒業するまで学校はなくならないってことだ」

 

                      ☆

 

「よかった~。いやぁ、今日もパンがうまい!」

 

場所を移し、中庭に設けられた木陰のベンチで穂乃果はパンを頬張る。

リスのように頬を膨らませる能天気な姿からは先ほどまでの落ち込んでいた様子がウソのように思えてしまう。

正式に廃校が決定したとても今いる生徒が全員卒業した後のこと。

その旨を伝えた結果がこの有様だ。

 

「太りますよ?」

 

呆れている海未の警告も今の穂乃果にはどこ行く風だ。

 

「ほんと、現金な奴だよな」

 

「えへへ~」

 

俺の皮肉も笑顔で返されてしまった。

いや、別に褒めてないからな?

だが、この立ち直りの早さが穂乃果の長所でもあるのもまた事実だ。

 

「でも、正式に決まったら次から1年生が入ってこなくなって、来年は2年と3年だけ……」

 

「今の一年生は後輩がずっといないことになるのですね」

 

穂乃果が元気になったと思ったら、今度はことりと海未が表情を陰らせた。

 

「そっか……」

 

2人の言葉に再び肩を落としてしまった穂乃果。

気持ちはわからないでもない。

2人が指摘した事もまた廃校問題の核心のひとつだ。

廃校が決定すればこの学校に新入生が入ってくることはない。

後輩のいない学校生活とはどんなものなのだろうか?

きっと想像する以上に虚しい青春時代になってしまうのかもしれない。

3人と同じで俺自身も未だに整理がついていない状態だ。

だが、まだ1年しか通っていないが紛れもなく俺はこの学校の生徒なんだ。

このまま流されるままでいるつもりなど毛頭ない。

悲しい気持ちのまま終わらせてたまるか。

廃校が決定されるまでに時間はあるんだ。

残された時間で必ず探してだして見せるさ、俺たちの学び舎を救う方法を。

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

秘かに新たな決意を胸に抱いたとき、聞きなれた声が耳朶を打った。

振り返ると、案の定俺たちの目の前にいたのは絵里だった。

彼女から一歩引いたところに希の姿もある。

突然の生徒会トップ2人の登場に3人が慌てて立ち上がる。

何か生徒会の用事でもあるかと思ったが、絵里はことりに視線を向けていた。

 

「南さん」

 

「はい」

 

「あなた確か、理事長の娘よね?」

 

「あ、はい」

 

絵里の問いに恐々と返答することり。

うーむ、完全に気圧されてしまってるな。

 

「理事長、何か言ってなかった?」

 

「いえ、私も今日知ったので……」

 

「そう、ありがとう」

 

たった数秒のことりとのやり取りは単なるの確認。

抑揚のない声音から恐らく、絵里はそこまで期待してはなかったのだろう。

ほな、と希が踵を返す絵里とともにこの場を立ち去ろうとした時、穂乃果が2人を呼び止めた。

 

「あの、本当に学校なくなっちゃうんですか?」

 

穂乃果の言葉に視線だけ向けて、絵里は一言だけ言い残す。

 

「あなたたちの気にすることじゃないわ」

 

俺たちを一瞥する絵里の眼差しは冷たい刃のようだった。

 




ようやくアニメ第1話突入。
3話目にして早くも挫折しかけている自分に気づいた今日この頃。
自分の未熟さを棚に上げるつもりはありませんが、清麿、ガッシュがいないとすげぇ使いづらい……(笑)
なんとなくこの作品でもザケルっぽいことがやりたくて考えたザケルハリセン。
これからもちょくちょく使っていきたいと思っているんですが果たして、これが吉と出るか凶と出るか……。
とりあえず、アニメは全話見終えて今一度構想を練り直しているんですが、果たしてどのような結末になってしまうのやら。
試行錯誤を繰り返しながら、とりあえず今の目標としてはミューズメンバー全員登場させたいなと思っています。


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STAGE.4 スクールアイドル

「入学希望者が定員を下回った場合廃校にせざるを得ないって発表にはあったよね?てことは、入学希望者が集まれば廃校にはならないってことでしょ?つまりこの学校のいいところをアピールして生徒を集めればいいんだよ!」

 

穂乃果の言うとおり、それが廃校を回避する単純明快な解決方法だ。

しかし、解決のためのプロセスはそう単純ではない。

何も廃校の話は今年急に決まったわけではない。

入学希望者の減少が顕著になり始めた頃から、つまり俺たちが入学する以前からすでに検討されていたことだ。

数年も前から見積もられていた事案を1年という短期間で巻き返すことは至難の業である。

とりあえず俺たちは昼休みを使って廃校回避のヒントを探すために校内を探索することにした。

図書室、中庭、武道場、室内プール、校庭、陸上競技場、講堂などなど。

改めて校内を回ってみると、この学校もかなり充実した設備が整っているんだな。

ひいき目を抜きにしても、廃校にするには本当に惜しい学校だと思う。

だが結局のところ、これといった収穫が得られないまま放課後、誰もいなくなった教室で俺たちは机を囲んでいた。

 

「いいところって、例えばどこです?」

 

「えっと……歴史がある!」

 

海未の問いに穂乃果が答える。

アバウトすぎるが、まあ今はいいだろう。

 

「ほお、なら他には?」

 

「他に?……えっと、伝統がある!」

 

「それは同じです」

 

「え?じゃあ、じゃあ―――ことりちゃん!」

 

こいつ、早速投げやがったよ。

 

「う~ん、しいて言えば古くからあるってことかな?」

 

「ことり、話聞いてましたか?」

 

「振出しに戻っちまったな」

 

「あ、でもさっき調べて部活動では少しいいとこ見つけたよ」

 

「本当!?」

 

このままでは堂々巡りのままで終わってしまうと思ったが、さすがはことりだ。

確かに、部活からの切り口は妥当の案だ。

だが、確かうちの高校の部活で最近一番目立った活動といえば何があったかな?。

俺が思案しているうちに、ことりがあらかじめ用意した資料の内容を読み上げていく。

 

「まずは珠算関東大会6位」

 

「うわぁ、微妙すぎ……」

 

「合唱部地区予選奨励賞」

 

「もうひと越え欲しいですね」

 

「最後は、ロボット部書類審査で失格」

 

「どうやら部活面でも期待できそうにないな」

 

「だめだ~」

 

「考えてみれば目立つところがあるなら生徒ももう少し集まっているはずですよね」

 

「そうだね」

 

海未の言うことも最もだ。

完全に出鼻をくじかれてしまったな。

一日やそこらで状況を打開できるとは思っていなかったが、やはりそううまく事は運ばないか。

よくよく考えれば音ノ木坂学院数十年前に共学になって尚、廃校の危機に瀕しているんだ。

ふむ、思ったよりハードルは高そうだ。

 

「家に戻ったら、お母さんに聞いてもう少し調べてみるよ」

 

そうだな、ここはことりの報告を待ったほうがいいのかもしれない。

 

「俺も生徒会の方で別の方法を探してみるさ」

 

まだ動き始めたばかりだ、焦るにはまだ早い。

 

「私、この学校好きなんだけどな……」

 

今にも消え入りそうなほどの穂乃果の呟きが教室に木霊する。

約1年の付き合いが長いか短いかは置いておくとして、自分のことのように心から悲しんでいるのは見ているだけでわかる。

本当にいい奴だよ、お前は。

 

「私も好きだよ」

 

「私も」

 

「俺もだ」

 

そう、みんな気持ちは同じなんだ。

それが確認できただけでホッとする俺がいた。

 

                      ☆

 

自宅に帰った後、適当なところで授業の予習復習を終わらせた俺はベッドに身を投げていた。

理由はもちろん廃校回避、正確には入学希望者を増やすための企画を思案していたからだ。

署名活動、近隣の中学生を対象とした説明会、学園祭の早期開催、制服デザインの変更。

出来る限りさまざま案をたたき出してみたはいいものの、どれも一朝一夕で結果が出せるとは到底思えない。

どうしても決定打に欠けてしまう。

やはり改めて明日にでも絵里と一度話し合う必要がある。

しかし、ひとりで悩んでいても仕方ないとわかってはいるのだがどうしても考えてしまう。

廃校を回避するためにはどうすればいいのか?

今ここで俺の『能力』を発動させたとして、出てくる答えはさほど変わらないだろう。

ただ、例え答えを出したとしてもそれを実行できるかどうかはまた別の問題だ。

企画、実行自体は可能かもしれないが、限られた時間の中で即効性と実現性を両立させなければならない。

それがどれだけ難しいか、まして、そんな案が簡単に思いつけば苦労はしない。

『今まで』ならば倒すべき敵を倒せば自ずと解決へと進んでいたが、今回は倒すべき敵は存在しない。

解決策があっても、それは敵を倒すことではないのだ。

 

「ええーい、くそ!」

 

とうとう出口の見えない無限ループを振り払うように俺は上体を起こし、頭を掻き乱す。

 

「清麿ー、晩ごはんできたわよ。早く下りてらっしゃい」

 

まだ何も始めてもいないのにも関わらず立ち往生している自分にいい加減嫌気が差してきた時、お袋が俺を呼ぶ。

仕方がない、考えることをやめて俺はキッチンへと足を運んだ。

 

                      ☆

 

「だいじょうぶ清麿?」

 

席に腰掛けるなりお袋が俺に声をかけてきた。

 

「顔色、少し悪いわよ?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

心配そうに顔を覗き込んでくるお袋に俺はできる限りの愛想笑いで答える。

だがお袋のことだ、俺が平静を装っていることはすでにお見通しなんだろうな。

それでも余計な心配はかけたくない。

向かいに座るお袋と一緒にいただきますと箸を手に取った。

夕食のひと時はよくお袋が話しかけてくる。

会話といっても友達と仲良くやっているかとか、ちゃんと授業についていけているかとか主に俺の学校生活についてがほとんどなんだがな。

いろいろ根掘り葉掘り聞かれるのは正直参るのだが、こんな他愛もないやり取りは嫌いじゃない。

 

「そういえば音ノ木坂、なくなっちゃうんだってね?」

 

だからだろうか、突然のおふくろの言葉に箸を動かす手が止まってしまった。

 

「そう……」

 

その反応だけで悟ったのか、小さく息をこぼすお袋。

俺の知らない内に、もう噂が広がってたんだな。

いま一度、事態の深刻さを思い知らされた気分だ。

 

「もし本当に廃校になんてなったらお父さんも悲しむわね」

 

「ああ、そうだな」

 

口に運んだご飯がなんだか味気ない。

 

「時代の流れには逆らえないっていうけど、私も卒業生だからやりきれないわ」

 

「ああ、そうだな」

 

俺だけじゃなくお袋の母校でもあるんだよな。

 

……………………。

 

…………………。

 

……………ん?

 

「はあっ!?」

 

お袋が音ノ木坂の卒業生だと!?

思わず立ち上がった俺にお袋が行儀悪いわよと非難を飛ばしてくるがそれどころじゃねだろ!

 

「お袋も音ノ木坂出身なのか!?」

 

「あら、言ってなかったかしら?」

 

「聞いてねえよ!」

 

初耳だぞ!

 

「そうだったかしら?あ、ならお父さんも音ノ木坂の卒業生だってことも話してないわよね?」

 

「はああッ!?」

 

まさかの暴露に本日2度目の衝撃が俺を襲った。

今お袋は何て言った?

お袋どころか親父も音ノ木坂の生徒!?

 

「ほら、音ノ木坂って元々は女子高だったけど30年くらい前に共学になったでしょ?お父さんは共学になって初めての男子生徒だったのよ」

 

ちなみに、親父との出会いも実は音ノ木坂だったとか。

し、知らなかった。

まさか親子揃って同じ高校に通っていたなんて……。

前に穂乃果たちは親子三代で音ノ木坂の出身だと聞いたことがあるが、まさかうちも同じだったなんて……。

 

「そっか、そうだったんだ……」

 

吃驚と同時に、自然と破顔が浮かんできた。

俺の表情の変化にお袋がどうしたのと聞いてきた。

 

「いや、なんでもないよ」

 

先ほどと同じ受け答えで返したが、その時のお袋は安堵の表情を浮かべていたような気がした。

また学校を守る理由がひとつ増えちまったな。

同時に、俺の決意はより一層確固たるものになった。

 

                      ☆

 

そして次の日の昼休み、さっそく俺は再度状況を確認しようと生徒会室に赴いたのだが、残念ながら室内には誰もいなかった。

うーむ、事前に約束を取り付けていなかったとはいえ絵里や希ならいると践んだんだが、見事に当てが外れてしまったな。

いずれ現れると思いその場に留まることにしたが、やはり誰も生徒会室を訪れることがないまま放課後になった。

手持ち無沙汰のまま再び生徒会室の扉をくぐると、今度は絵里と希の姿があった。

 

「…………ああ、いらっしゃい清麿」

 

俺を確認するなり絵里のいつか見た冷たい刃のような視線で出迎えられた。

おぉう、いてくれたはいいがなんだこの重苦しい空気は……。

絵里の奴、どう見ても不機嫌だよな。

声をかけることすら憚られてしまうほど、彼女を取り巻く空気は始業式の比ではないぞ。

それとなく希に聞いてみると、どうやら今日の昼休みは理事長室に出向いていたとか。

生徒会を代表して学校存続に向けて独自での活動を行う許可を求めるために理事長と交渉していたらしいが、結果は今の絵里の様子を見れば容易に想像できた。

理事長を説得できなかった不甲斐なさが焦燥となって表れているのだろうか、今の彼女になんて声をかければいいか考えていると、不意に扉が叩かれた。

失礼します、という声ともに現れたのは意外にも穂乃果、海未、ことりの3人だった。

3人そろって生徒会室を訪れるなんて俺の知る限り初めてのことじゃないか?

さらには海未やことりはともかく、あの穂乃果までもが真剣な表情を作っている。

珍しいなんてものじゃない、一体何事だ?

内心穏やかでない俺をに目もくれず、穂乃果は1枚のプリントを絵里に差し出していた。

しばしプリントに視線を移していた絵里の目つきがさらに鋭くなった。

 

「これは?」

 

ようやく静寂を破った絵里の第一声はどことなく苛立ちを孕んでいたように思えた。

だが、絵里の様子に臆することなく穂乃果が答える。

 

「アイドル部、設立の申請書です」

 

…………はい?

今、あいつは何と言った?

アイドル部?設立?なぜに?Why?

絵里がこちらに視線を向けてきたが言いたいことはわかるぞ。

だが俺も寝耳に水なんだ。

腕を振る仕草でまったく存じ上げませんと訴えると、絵里は再度穂乃果たちと向き直った。

 

「それは見ればわかります」

 

「では、認めていただけますね?」 

 

「いいえ」

 

そりゃそうだ、突然の申請が二つ返事で了承されるわけがない。

お前のその自信は一体どこから出てくるんだ?

 

「部活は同好会でも最低5人は必要なの」

 

「ですが、校内には部員が5人以下のところもたくさんあるって聞いてます」

 

確かに、海未の言うとおりこの学校には部員が5人以下にもかかわらず部として機能している部活がある。

ただ、何れも設立した当初には5人以上の部員が在籍していたはずだ。

事実絵里もその趣旨を説明している。

 

「あと2人やね」

 

「あと2人。……わかりました、行こう」

 

希の言葉に頷くや否や、生徒会室を後にしようと踵を返そうとした穂乃果を絵里が咄嗟に呼び止めた。

 

「まちなさい。どうしてこの時期にアイドル部を始めるの?あなたたち2年生でしょ?」

 

そして絵里の問いに穂乃果が答えた。

 

「廃校を何とか阻止したくて!スクールアイドルって今すごい人気があるんですよ!だから……」

 

スクールアイドル、だと?

スクールアイドルってあのスクールアイドルだよな?

 

「だったら、たとえ5人集めてきても認めるわけにはいかないわね」

 

しかし絵里の反応は至極冷たい。

驚愕する3人に、絵里はさらに容赦のない正論を浴びせる。

 

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃない。思いつきで行動したところで状況は変えられないわ。変なこと考えてないで残り2年自分のために何をするべきかよく考えるべきよ」

 

結局、部活設立の申請書を突き返す絵里に反論することはなく、今度こそ生徒会室を後にする穂乃果たちを俺はただただ見送っていた。

 

「あの子たち、キヨちゃんのクラスメイトやろ?」

 

「あ、あぁ……」

 

一連の出来事を静観していた希に尋ねられたが、俺は曖昧な返事しか返せなかった。

俺の頭はちょっとしたパニックを起こしてるんだ。

とりあえず、まずはあいつらの真意を知りたい。

 

「スマン、今日は帰る。また明日な!」

 

「あ、清麿!」

 

申し訳ないが絵里の呼び止める声を振り切り、俺は生徒会室を飛び出した。

 




はい、とりあえず第四話投稿&本編第一話終了!
早く話を進めることに尽力していますが、本編以外にも過去編とかオリジナルとかいろいろ妄想しちゃうんですよね。
いまの楽しみは少しでも早くその辺を投稿できたらいいなと思っていることです。
ただ、そろそろほかの作品も進めなければと危機感を感じています。
頑張りますんでこれからも応援、感想、批評の方どうぞお願いします。
以上、ヒロイン枠誰にしたろかと本気で考えている青空野郎でした、さよなら!ノシノシ


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STAGE.5 やるったらやる!

生徒会室を飛び出した俺はすぐに3人の後を追いかけた。

彼女たちが生徒会室を出てから時間は経っていないため、まだそう遠くへは行っていないはずだ。

――――いた!

視線を巡らせた先に丁度階段に差し掛かろうとしていた3人の背中を見つけた。

 

「ちょっと待った3人とも!」

 

咄嗟に声をかければ、穂乃果、海未、ことりの3人は駆け寄る俺の存在に気づいてくれた。

 

「あれ、清麿くん。生徒会の仕事はもういいの?」

 

「んなことはどうでもいい!」

 

いやどうでも良くはないんだが、そうも言ってられるか。

 

「とりあえず、まずは説明してくれないか?」

 

3人が廃校を阻止するために思考していたことは知っている。

俺自身も当事者のひとりだからな。

ただ俺の知らないところで、予想を遥か斜め上を行く結論を叩き出した彼女たちに置いてきぼりをくらった気分だった。

 

「私たちスクールアイドルを始めることにしたんだよ!」

 

うん、それはわかってるんだよ。

俺も絵里との会話を聞いてたからな。

俺が聞きたいのはなぜ廃校阻止の着地点がスクールアイドルなのか。

正直な話、穂乃果たちがスクールアイドルを選択した理由は大体察しがついていた。

全国各地に存在するスクールアイドルの活躍によって人気のある学校は絶大な支持とともに現在も生徒をたくさん集めているという話を聞いたことがある。

大方スクールアイドルとなって活躍することで学校の知名度を上げて入学希望者を集めようといったところだろう。

だが俺はその経緯を知りたいんだ。

昨日の今日で一体何があった?

しかし俺の動揺など知る由もなく、さらに先に行こうとする穂乃果の言葉に頭を抱えそうになった。

普段はその裏表のない素直さはお前の美点だが、今はただの悪い癖でしかないからな、穂乃果。

いや、落着け、俺。

ここで穂乃果のペースに乗せられれば話は進まない。

どうにか怒鳴りたい衝動を抑え込んで俺は視線で海未に助けを求めた。

こういう時は3人の中で一番の常識人である海未に聞くのが手っ取り早い。

俺の言わんとすることを理解してくれたのか、海未は小さくため息をついた。

 

「場所を変えましょうか」

 

                      ☆

 

連れ出されたのは普段からお世話になっている木陰のベンチだ。

そこで俺はまず穂乃果から一枚のパンフレットと数冊の雑誌を手渡された。

パンフレットの表紙には『UTX学院』と見出しが書かれている。

UTX学院―――確か秋葉原にあるエスカレーター式の女子高だっけか。

中を開くと学校の簡単な概要や設備の説明などが記載されてある。

そして中盤に差し掛かった辺りでUTX学院が擁するスクールアイドルグループ『A-RISE』の紹介ページが開かれた。

中身に目を通しながら、聞けば昨日初めてスクールアイドルの存在を知った穂乃果は今日の登校前にUTX学院に足を運んでいたとか。

その時の経緯を嬉々とした表情で語っている。

なるほど、これがきっかけか。

脚光を浴びるA -RISEの姿に魅了され、穂乃果はその人気ぶりに目を付けたということだ。

今度は地方ごとに結成されたスクールアイドルについて特集された専門の雑誌に目を向ける。

 

「その雑誌のように私たちがスクールアイドルとなって生徒を集める。それが私たちの出した答えです」

 

やはりそういうことだったか。

よし、ようやく理解が追い付いてきたぞ。

穂乃果たちは学校を救う方法を探すのではなく、自分たちの手で作り出すことを選んだわけだ。

そしてその答えがスクールアイドル。

アイドルの力というものはすでに身をもって実感しているが、これは完全に盲点だったな。

確かに、これなら上手く事を運ぶことができれば短期間で結果を出すことができる。

だが、これはある意味賭けだ。

 

「というか、よく海未も協力する気になったな」

 

正直なところ、海未も一緒にスクールアイドルに賛同するとは思わなかった。

普段は凛とした振る舞いが印象的な彼女だが、元々恥ずかしがり屋の一面があるからな。

まさか海未だけ裏方というオチじゃなかろうか……。

だが、俺の指摘に海未は顔を赤らめながらわずかに身を強張らせた。

 

「そ、それは……その、穂乃果は一度言い出したら聞きませんし、止めても無駄だってこともわかってますから……その、仕方なくです!」

 

「フフ、でも本当は海未ちゃんもスクールアイドルに興味があるんだよね?」

 

「もう、茶化さないでください、ことり!」

 

さらには大きく取り乱してしまっている反応を見るに、どうやら俺の思い過ごしだったようだが、それはそれでまた別の不安が残る。

 

「……だが正直、好奇心だけで上手くいくとは思えないし、始めるからにはプロのアイドルと同じくらい努力が必要だってことぐらいは俺でもわかるぞ。………それでもやるのか?」

 

俺の言葉が一瞬にして静寂を生み出す。

これから進む先が途方もない道のりであることをきっと覚悟はしているのだろう。

だが、やはりアイドルという未知の領域に足を踏み入れようとする彼女たちにとっては絶望的なスタートになることは間違いない。

失敗して当たり前、それが常識と言ってもいい。

だからこそ、ここで確かめておかなきゃいけない。

彼女たちの覚悟が生半可なものなら、多少強引でも今ここで説き伏せておかなければならない。

 

「もちろん!絶対に諦めたくないから、必ずやりとげてみせるよ!」

 

俺の問いに対して彼女たちはどう出るか静置するつもりだったが、しばしの静寂は穂乃果の言葉で呆気なくかき消された。

ここまで力強く食い下がってくる穂乃果は見たことないな。

それだけ必死なのだろう。

だが、まだ足りない。

決意はわかったが、同時に彼女たちを否定した絵里の思いも理解できるんだ。

俺は鋭い視線を突き付け、さらに厳しい言葉を投げかける。

 

「口だけでならなんとでも言える。廃校の決定まであと1年もないんだ。もっと現実的な方法を探すべきじゃないのか?」

 

「そんなことないよ!」

 

―――ッ!

まさか即答されるとは思わなかった。

しかも虚を突かれた俺を見つめる穂乃果の瞳は無理矢理わがままを押し通そうと駄々をこねるガキの瞳じゃない。

 

「確かに清麿くんの言うとおり1年もないかもしれない。でも裏を返せばまだ私たちにはそれだけ時間が残されてるってことだよ!やっぱり私たちはこの学校が大好きだから、何もしないままで後悔したくないから……やるったらやる!そう決めたの!」

 

その時、今までの穂乃果からは想像できないほどの力強い言葉が俺の心を強く揺さぶった。

今、確実に、彼女たちに期待する俺がいる。

 

「それでね、清麿くんにも協力してほしいの!」

 

「………なぜだ?俺が協力したところで上手くいく保証なんてどこにもないんだぞ」

 

まだだ、まだ折れるわけにはいかない。

予想外の申し出に眉を顰めながらも動揺を押し殺す俺に、さらにことりと海未が前に出てきた。

 

「勝手なことを言ってるのは承知しています。ですが、私たちだけでできることには限界があるんです。この学校を救うために、私たちには清麿くんの力が必要なんです!お願いします、清麿くんの力を私たちに貸してください!」

 

「生徒会としての立場もあることはわかってるよ。でも、私からもお願い、きーくん!」

 

俺は彼女たちの姿から目を離せなかった。

どうやら、海未もことりも成り行きに身を任せたままこの場にいるわけではなさそうだ。

俺の目に映る彼女たちの姿が、これまでに培ってきた絆の証なのだろう。

穂乃果も、海未も、ことりも、その瞳に強い意志を宿していた。

俺は、この瞳を知っている。

こうして向かい合ってるだけで俺の中から熱い何かが湧きあがってくるのがわかった。

この想いは決して理屈なんかじゃない。

………………そうだよな。

『あの時』だって何もわからないままから始まったんだ。

だからこそ、どんなに可能性が小さくても、どんなに無謀でも、挑戦する価値はある。

例え俺の『能力』がどんな答えを出そうと、俺の意志は決まった。

お前らの決意、しっかりと見させてもらったぜ。

 

「……やるからには徹底的にやるぞ。一度始めたからには『やっぱり無理でした』は無しだからな」

 

強張った顔の力を抜き口元を綻ばせる俺の表情の変化に、3人にも笑顔が咲いた。

 

「それじゃあ………!」

 

「ああ、俺たちで作り出そうぜ。俺たちの学校を救う『答え』をよ!」

 

俺の言葉に安堵し、弾けるように3人が喜びを分かち合う。

そんな彼女たちの姿と舞い上がる残り少なくなった桜の花びらを眺めながら思う。

始める前からあきらめるなんてバカげている。

そうだろ?―――ガッシュ。

 




むう……一話が短い割にはなかなか進まない。
予定では本編第2話のAパートまでいくつもりだったんですけどね……。
やはり個人的にガッシュのクロス作品を書いてるからにはやっぱりガッシュを、ガッシュキャラを出したい!
ちなみに、一番最初に登場するガッシュキャラはもう決まっています。
クウガとウィザードともどもできるだけ早めに投稿していくんで、いろいろよろしくお願いします!
以上、最近はエリチカに矢印が向いている青空野郎でした!


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STAGE.6 前途多難

放課後のひと騒動の後、家に帰った俺はさっそくスクールアイドルについて調べることにした。

いざネットで検索にかけてみると、もう出るわ出るわ。

今、俺が覗いているのはスクールアイドルの公式の総合ポータルサイトだ。

このサイトには古今東西すべてのスクールアイドルのホームページにつながっている。

試しにA-RISEのページを開けば、メンバーの紹介やグループについての概要欄、楽曲のPVにライブ映像の動画はもちろん、UTX学院のURLまで掲載してある。

なんとなくライブ映像を視聴してみると、次第に言葉を失うほどの衝撃を受けた。

曲調や歌詞、ダンスの運びに照明の当て方、その他もろもろのクオリティが半端じゃない。

前にお袋も言っていたが、これ本当に俺と同じ高校生なのか?

素人目の判断だが、本職の恵さんのライブとそこまで大差がないように思える。

いや、確かに恵さんも高校生のころからアイドルとして活躍していたが、むしろ本業が学生である彼女たちの方が身近に感じられる。

『本職』と『学生』の違い、もしかしたらこれがスクールアイドルの一番の強みなのかもしれない。

そしてこのポータルサイトのもうひとつの特徴がランキングシステム。

文字通り、ファンやユーザーの投票によりランキングが上昇し、スクールアイドルのスコアとして表示されるシステムだ。

ランキングの一位がA-RISEであることを確認し、後は適当に画面をスクロールさせてみたがとても一晩で閲覧できる量ではない。

今になって俺もスクールアイドルの規模のデカさを甘く見ていたことに気付かされた。

最終的には穂乃果たちのグループもこのサイトに登録することになるのだろうが、正直なところ今更ながら不安になってきた。

電源を切ったパソコンの画面には悩ましげな俺の顔が写っていた。

 

                      ☆

 

穂乃果たちがスクールアイドルの結成を見届けた翌日のこと。

よくよく考えれば俺たちの目標は入学希望者を集めて廃校を阻止することただひとつなんだ。

何もスクールアイドルの頂点を極める必要はない。

そうだ、何事もプラス思考だ、プラス思考、うん。

残された時間は限られているがまずは確実に地盤を固めて行こう。

 

「……………………」

 

しかしあくまでポジティブに考えながら登校するなり、俺は掲示板の前で盛大に脱力していた。

その原因は目の前に張り出されている一枚のポスターだ。

『初ライブのお知らせ!』

『welcome みんな来てね!!』

『場所・音ノ木坂学院講堂前!』

かわいくデフォルメされた穂乃果、海未、ことりの3人イラストに添えられた吹き出しの内容に開いた口がふさがらない。

さっそくやらかしやがった………。

残念ながら、俺はこんなことをしでかす人物をひとり知っている。

なんかひとりで考え込んでいた自分がバカらしく思えるほどの破壊力に朝っぱらから茫然となっていたそんな時、廊下の向こうから血相を変えた海未が駆けつけてきた。

だが、俺の気の抜けた姿を見るなりすべてを悟ったのか、溜息を溢しながら額を押さえていた。

同時に、俺の予想も確信に変わった。

 

「……海未」

 

「お願いします何も言わないでください」

 

ですよねー。

逆の立場だったら俺も同じことを言っていたと思う。

 

「あ、清麿くん。おはよー」

 

後から現れたやらかした人物―――穂乃果の呑気なあいさつに示し合せるわけでもなく、俺は海未といっしょに大きく溜め息を吐くのだった。

 

                      ☆

 

「勝手すぎます!」

 

怒気をはらんだ海未の声が響く。

 

「あと一ヶ月しかないんですよ!まだ何ひとつできていないのに見通しが甘すぎます!」

 

教室への廊下を進む俺の前を大股で歩く彼女は大変ご立腹だ。

聞けば今朝方に講堂の使用許可をもらうために再び絵里の元に出向いた時に、穂乃果がバカ正直に初ライブを行うと宣言したとか。

もうすでに頭が痛い。

一応、希が上手くやってくれたようで許可自体はもらえたらしい。

だが、絵里のことだから露骨な妨害工作はしないと思うが、完全に目をつけられてるだろうな。

そして出だしから段取りが崩れたところへ海未がポスターの件を耳にして今に至る。

さっそく行動に移るのはいい傾向だがいくらなんでも段階をすっ飛ばしすぎている。

 

「でも、ことりちゃんはいいって言ってたよ?」

 

そうは言うが、ことりは穂乃果に甘い節があるからいまいち説得力に欠けるんだよな。

しかし告知したことで完全に後戻りができなくなってしまったわけだ。

悪気がない分、その場で止められなかった俺は怒るに怒れない。

結局やり場のない怒りは本日何度目かの溜め息とともに吐き出す他方法を思いつかなかった。

そんなこんなで教室に入るとことりの姿を見つけた。

 

「ん~と、こうかな?」

 

珍しく一緒にいないと思ったらことりはひとりスケッチブックと格闘していた。

 

「うん、こんなもんかな!」

 

クラスメイトにあいさつしながら席に着くころには丁度ことりも作業に区切りがついたようだ。

海未も気になっていたようで、とりあえず穂乃果といっしょに3人でことりの机を囲む。

 

「見て、ステージ衣装考えてみたの」

 

そう言ってこちらに見せてきたのはひとつのイラストだった。

 

「おおー!かわいい!」

 

「ああ、たしかにすごい!」

 

瞬間、第一声を発する穂乃果が目を輝かせる。

俺も思わず感嘆していた。

赤を基調としたワンピース型の衣装で胸元に大きめのリボンがいいアクセントになっている。

背面の腰の部分にも大きなリボンが備えられていて、余計なものがないシンプルなデザインに目が引かれる。

どうやら掲示板のポスターもことりが手掛けたようだ。

しかし、ポスターのイラストといい、ことりは本当に絵がうまいな。

 

「本当?ここのカーブのところが難しいんだけどなんとか作ってみようかなって。海未ちゃんはどう?」

 

うれしそうにはにかむことりは今度は海未に意見を求める。

先ほどから秘かに狼狽していた海未はイラストのある一転に視線を集中させていたが、やがて意を決したようにその部分を指さした。

 

「……こ、ここの、スーっと伸びているものは?」

 

「脚よ」

 

「素足にこの短いスカートってことでしょうか?」

 

「アイドルだもん」

 

妙に淡々としたやり取りの後、途端に海未は自身の脚を見下ろしながらもぞもぞとし始めた。

海未の謎の行為については、改めて衣装のイラストを見れば合点がいく。

衣装のスカートの丈は膝上にかかる程度の短さだ。

袖も肩口までしかなく、若干露出が多い気もしないでもない。

海未の性格上、決意はしたもののやはりまだ恥ずかしさを完全に捨てきれてないか。

そんな時、何を思ったのか穂乃果が見上げるように顔をのぞかせた。

 

「大丈夫だよ、海未ちゃんそんなに脚太くないよ!」

 

あまりにもド直球な発言に今日で何度脱力したのだろうか。

穂乃果よ、お前には遠慮というものはないのか?

 

「人のこと言えるのですか!?」

 

海未は海未で、どうやら図星を突かれたようで覚えず立ち上がりながら激高を飛ばす。

嘆息しながらやれやれと呆れていると、なぜか肩で息をする海未に睨まれてしまった。

えー?

わずかに赤面しているのは羞恥からによるものだと思うが………俺、何かしたっけか?

内心で首をかしげていると視界のはしで穂乃果が何やらひとりで思考していた。

 

「ふむ、ふむふむ、ふむふむふむ………」

 

しばしの間を置いて、そして一言。

 

「よし、ダイエットだ!」

 

お前のそういうところ、ホント尊敬するよ。

 

「ふたりとも大丈夫だと思うけど……」

 

さすがのことりもただただ苦笑いを浮かべていた。

 

「あー、他にも決めておかなきゃいけないことがたくさんあるよね。サインでしょ?街を歩く時の変装の方法でしょ?」

 

「そんなの必要ありません!」

 

なんだろう、穂乃果の言葉を聞くたびにだんだんとやる気が削がれていく気がする。

いくらなんでも気が早すぎる。

 

「それより………」

 

一刻も早くすでに暗雲が漂うこの状況を打開しなければならない。

しかし、追い打ちをかけるかのようにことりが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

本当、これ以上は勘弁してほしいが今度はなんだ?

 

「グループの名前、決めてないし……」

 

...............まさかの練習以前の問題だった。

 

「「おお!」」

 

遠慮がちな指摘に穂乃果だけでなく海未までもが驚嘆していた。

いや、おお!じゃねえよ。

 

「お前ら、もう少し危機感持とうぜ………」

 

本当にこんなんで大丈夫なのだろうか、頭を抱える俺は心の底からそう思った。

 

                      ☆

 

急遽グループ名を決めるために俺たちは図書室へ場所を移した。

ネーミングに関する書籍を参考に、頭を悩ませるがどうしてもしっくりくる案が思い浮かばない。

こんなところでつまずくわけにはいかないのだが、やはりグループ名ぐらいはある程度の特徴やこだわりはほしいところだ。

だが煮詰まった状況の中でなかなか決まらないままいたずらに時間だけが過ぎていくのかと思ったが、穂乃果の機転で件の告知ポスターに『そして…グループ名募集!』という吹き出しと投票箱が設置された。

 

「これでよし!」

 

廊下のど真ん中で穂乃果がペンを片手に満足げにうなずいた。

 

「丸投げですか……」

 

行き当たりばったりな穂乃果の発想にげんなりする海未の隣で俺は本日何度目かのため息を吐いた。

いい加減、数えるのも嫌になってきた。

 

「こっちの方がみんなも興味持ってくれそうだし」

 

「そうかもね」

 

「物は言いようだな」

 

果たして、これが吉と出るか凶と出るか。

 

「よーし、次は歌と踊りの練習だ!」

 

気を取り直して行動を再開させた俺たちがまず始めたのは練習場所の確保だ。

練習するからには昼休憩だけでは時間が足りなさすぎる。

しかしいざ校内を見まわってみれば、放課後は運動場や体育館と言った代表的な場所は運動部に占領されてしまうため使えない。

空き教室は部活動として認可されなければ使用できない決まりになっているためこの案もアウト。

了見がことごとくつぶされた俺たちが最終的にたどり着いた場所は学院の屋上だった。

 

「ここしかないようですね」

 

確かにここなら邪魔になることはなさそうだ。

 

「日陰もないし雨が降ったら使えないけど、贅沢は言ってられないよね?」

 

屋上を見渡すことりも異議はないようだ。

 

「うん、でもここなら音も気にしなくてすみそうだね。よし、頑張って練習しなくちゃ!」

 

そして俺の目の前で意気込む穂乃果とともに海未とことりが並ぶ。

 

「まずは歌の練習から」

 

「「はい!」」

 

そういえば、3人の歌を聴くのはこれが初めてだな。

さて、まずはお手並み拝見と行こうか。

 

「「「……………………」」」

 

「…………………………」

 

しかし待てど3人が歌いだす気配が一向に感じられない。

沈黙が続く。

…………おい、まさか……

 

「………曲、は?」

 

苦笑を浮かべることりがポツリと漏らした。

 

「私は知りませんが……」

 

海未も笑顔を取り繕っているだけだ。

さて、穂乃果はどうだ?

 

「私も……」

 

案の定、ホント期待を裏切らないよなお前ら、悪い意味で。

何度も思う、本当に大丈夫なのだろうか?

おや、3人が視線で何かを訴えかけてきてるぞ?

そんな彼女たちに俺は笑顔を浮かべて―――

 

「ん、ーーーっん。さーて、今日の晩飯はコロッケだとイイナー」

 

大きく伸びをしながらわざとらしく背を向けてやった。

 

「現実逃避はダメだよ清麿くん!」

 

やかましい、もうこうでもしなきゃやってられねーんだよ。

ここまで来ると落胆を通り越して乾いた笑いが浮かんでくる。

 

「……前途多難だな、こりゃ」

 

俺の儚いつぶやきは無情にも澄み渡る青空に溶けて消えていくのだった。




来年の春にデジモンが帰ってくるそうですね。
太一が17才になって帰ってくるみたいですね。
本当、世代としてはうれしいものがあります。
この作品を書いているとガッシュもリメイクして帰ってくれないかなと秘かに願う青空野郎です。
叶うならアニメでもゼオンと和解してほしいかった!
当時のアニメはファウード編の途中から迷走したまま終わってしまって釈然としなかったのを覚えています。
最近のアニメは第二期に続くことがほとんどですからそうでもありませんけど、昔のアニメは最終回が終わったら心に燻るあの置いてかないでくれよ感が何とも言えないんじゃないでしょうか?
あれが昔のアニメのいいところなのではと今になって思います。
原作のガッシュは何度読んでも涙腺決壊するんでもうたまりません。

これからも応援よろしくお願いします!


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STAGE.7 心の強さ

初ライブの日程は約一か月後に控えている新入生歓迎会の放課後ということで、会場となる講堂もすでに許可を得ているため問題はない。

しかしグループ名は先延ばし、歌う曲も決まらないと問題は山積みだ。

そんな八方ふさがりな今の状況を打破するべく、俺たちは一度作戦会議という名目で穂乃果の自宅に集合することになった。

俺は生徒会、海未は部活動があるため後で合流する手筈となっている。

生徒会の仕事も終え、校門に差し掛かろうとした時にちょうど海未の姿を見つけた。

どうやら向こうも部活を終えたところのようだ。

しかし、弓道部の荷物を担ぐ後ろ姿はどことなく元気がないように見える。

考えてみれば、いざ始めようと意気込んだものの結局、踏んだり蹴ったりな結果で終わってしまったんだ。

あ、海未が小さく肩を落とした。

やはり気にしないほうがおかしいよな。

ふむ、どうせすぐに顔を合わせることになるのもあるが、どうしても今の海未を放っておくことはできなかった。

 

「よお、お疲れさん」

 

軽く手を挙げて俺は海未に声をかけた。

 

「お疲れさまです、清麿くん」

 

少しばかり歩み速める俺に気付いて海未が小さく笑むも、彼女の表情にいつもの凛とした雰囲気が感じられなかった。

やはり思ってる以上に精神的に堪えているのかもしれないな。

カラスの鳴き声すらすでに遠ざかりつつある陽が沈みかけた道を海未と並んで歩く。

そういえば、こうして海未と2人きりで帰るのは初めてのことだな。

いつもは穂乃果とことりもいっしょだったからずいぶんと静かだ。

別に女の子と下校することに不慣れというわけではないのだが、どこか今までにない緊張感を感じる。

 

「………………」

 

「………………」

 

そのせいか、ただいま現在進行形でお互いまったくの無言の状況が続いていた。

時折、チラチラと海未が何か言いたげな視線を向けてくるが、こちらが気付く素振りを見せれば途端に顔を背けられてしまう。

なんだかよくわからないが…………とりあえず空気が重い。

穂乃果の家までまだ少し距離があったせいか、結局、静寂に耐え切れず、意を決して俺は海未に話しかけることにした。

 

「なあ―――」

 

「はいッ!な、なんでしょうか!?」

 

声をかけるなりビクッと肩を震わせた海未の上ずった返事が返ってくる。

どうでもいいが、反応するなり一歩距離を取るのはやめてくれないか?

さすがにちょっと傷つくぞ。

 

「………本当にそんなんで大丈夫なのか?」

 

まあ、俺の傷心は適当に流すとして、言いたいことを理解したのか海未は顔を俯かせた。

 

「うぅ…………やはり恥ずかしいです」

 

俺のすぐとなりで海未はかつてないほど顔を紅潮させている。

だが、アイドルとして舞台に立てば当然衆人の注目は避けられないわけで、現時点でこの様なら緊張が限界に達したら果たしてどうなるのだろうか。

来月に控える初ライブまでにこのあがり症を何とかしなきゃいけないな。

 

「………清麿くんは、私はアイドルに向いてると思いますか?」

 

唐突に、今にも消え入りそうな声でそんなことを問うてきた。

顔をうつむかせる彼女の姿は吹けば飛んでしまいそうなほど小さく見えた。

 

「さあな、俺は別にアイドルにくわしいわけじゃないから正直何とも言えん」

 

これが俺の本音だ。

確かに俺は恵さんとは仲がいいし、何度かライブやコンサートを見に行ったこともあった。

だが、それでもアイドルに興味を抱くことはないまま今日に至る。

協力すると言った手前、俺自身も手探りなスタートになるわけだ。

 

「そう、ですよね………」

 

何かを堪えるように海未の表情がさらに曇り、鞄を持つ手にさらに力が込もる。

今、海未の中では不安や焦り、恐怖といった負の感情がせめぎ合っているのだろう。

でも、俺は知っている。

伊達に今まで友達をやってきたわけじゃないんだ。

この程度で潰れるほど、園田海未という少女は弱い心の持ち主ではない。

 

「なら、いっそのことあきらめるか?」

 

だから、あえて試す言葉を投げかけてみる。

 

「―――それはダメです!」

 

刹那に叫声が響く。

 

「半端な気持ちで決意したわけじゃないんです!それに、一度決めたことを途中であきらめるなんて、そんな不義理なことはできません。いえ、絶対にしたくありません!」

 

俺を睨む海未にはいつもの凛々しさが戻っていた。

―――よかった。

その姿に安堵し、俺は口元を綻ばせる。

 

「それでいいんだよ」

 

「え?」

 

俺の返答が予想外だったのか、海未は呆けた表情を浮かべていた。

 

「もし弱気なこと言ってたらザケルかましてたぜ?」

 

からかい半分でおどけてみるも、まだ少しばかり動揺を露わにしている。

 

「ほら、アイドルって自分を見てくれる人を笑顔にしたり、元気にさせるのが仕事だろ?」

 

多少にわかが介入する予想だが、決して間違いではないはずだ。

ええ、と海未も首肯してくれている。

 

「だったら尚更、自分に自信を持てない奴が誰かを元気づけられるわけがない。きっとアイドルにもそういう心の強さってのが必要なんだよ」

 

「心の強さ、ですか?」

 

「ああ、何があってもその心を忘れなければ大丈夫だ。どんな困難にだってまっすぐ立ち向かっていける」

 

拳で軽く胸を叩く俺にならって、海未も自身の胸にそっと手を置く。

そう、例え目指す先が違っても、どんなにつらい現実を前にしても、その根本は変わらないんだ。

 

「何をしたらいいのかわからないのは俺も同じなんだ。一歩ずつでいい。一緒に前に進んでいこうぜ」

 

「清麿くん……」

 

お節介だと言われても構わない。

ただ、あいつが、ガッシュが教えてくれたことを忘れたくないんだ。

俺の言葉が、強さが、力が、少しでも誰かを支えられるのなら、俺は俺の全力で応えよう。

それが、友として立てた誓いで、俺にできることだから。

 

「約束しただろ?俺たちで『答え』を作ろうって。今さらイヤつっても俺は最後まで付き合うからな」

 

この想いはきっとあいつも同じはずだから。

 

「…………やっぱり打ち明けてみてよかったです。ありがとうございます、清麿くん」

 

燻っていた迷いが晴れたのか、海未は頬を緩め柔らかな笑みを浮かべる。

そんな彼女のはにかんだ笑顔に俺は不覚にも見とれてしまっていた。

 

「お、おう。...とりあえず俺は3人のサポートに徹すればいいんだよな?」

 

なんとなく悟られたくなくて、それとなく視線を泳がした。

 

「ええ、主にライブや練習についての提案いただけると助かります。当面は体力作りを中心にした内容を考えていますがどうでしょうか?」

 

あらかさまなすり替えだったが、どうやらうまくいったようだ。

秘かに胸をなでおろす俺の心境は置いておいて、先ほどまでの弱気が嘘のようにハキハキと答える海未の言うことにも一理ある。

かつて、恵さんも魔物同士の戦いで大きく立ち回りを演じていた。

体力は当然として、心の力を消費して術を発動させる魔物の戦いにおいては身体的、精神的にかなりの負担がかかる。

そう考えると恵さんも当時から相応の体力を有していたということになるわけだ。

 

「わかった。なら明日までに練習メニューをいくつか考えておくよ」

 

「助かります。…………はあ、それにしても穂乃果には困ったものです」

 

海未の溜息をきっかけに話題が穂乃果への皮肉に変わった。

 

「ハハ、確かにな」

 

本当に出会ってから今日まで、穂乃果のやることには何度も唖然とさせられたものだ。

 

「能天気で強引で無鉄砲で。付き合わされる身にもなってほしいものです」

 

若干グチっぽくなってる気もするが、その気持ちはよーくわかるぞ、海未よ。

 

「一度火が付いたら周りが見えなくなって後先を考えない」

 

「ええ」

 

「それでこっちの都合などお構いなしで、いつもさんざんな目に合わされて」

 

「その通りです!」

 

「底抜けの楽観主義なクセにああいう奴に限ってバカみたいに前向きだからたちが悪いんだよな」

 

「………………」

 

そこで不意に海未の歩く足が止まった。

急に黙り込んだかと思えば意外そうな視線だけをこちらに向けている。

今度はどうした?

 

「………ぅっ、ううぅ……………」

 

何事かと思うや否や、海未は口元を抑えて瞳を潤ませていた。

 

「え!?ちょっ、えぇえ!?」

 

思わず予想外の展開に今度は俺が取り乱してしまった。

そりゃ、突然泣かれたら誰だって驚くわ!

なぜだ?一体なぜだ!?

俺、何か泣かせるようなこと言ったっけか!?

今の会話を思い返してしてみるがまったく心当たりがない。

 

「いえ、違うんです。うれしいんです。このやり場のない気持ちを理解してくれる人がいてくれて……」

 

俺の心情を察してか海未が慌てて嗚咽交じりの声音でフォローしてくれた。

でも今のは本気で焦ったぞ。

 

「んな大げさな……」

 

「そんなことありません!」

 

緊張から解放され苦笑する俺だったが、矢庭に圧巻する剣幕で迫る海未に怒られてしまった。

 

「基本的にことりは穂乃果に甘いですし、あの性格ですから結局今回のように私も押し切られてしまうわけですし………清麿くんのように穂乃果の扱いに慣れている人は本当に珍しいんです!」

 

「いや、そう言われてもだな……」

 

きっと幼馴染という立場だからこそ、常に気苦労が絶えない日々を送ってきた海未にしてみれば思うところがあるんだろうな。

 

「でも、不思議とそれが嫌じゃなくて、最後はみんなで笑ってられるから今も友達でいるわけだろ?」

 

「ええ、そうです。まさかそこまで的確に言い当てるなんて、ちょっと驚きです」

 

「俺の友達にもいたんだよ。穂乃果に似て、自分に正直で、うらやましいくらいまっすぐな奴が。あとはまあ、感覚かな?」

 

自然と俺の脳裏にガッシュの姿が浮かびあがる。

あいつの奔放さに救われたのは事実だが、加減がなかった分何度も極限を覚悟してたっけな。

もしあの2人が出会ってたら速攻で仲良くなっていたに違いない、賭けてもいい。

穂乃果と妙に馬が合い、友達になれたのも、そういう部分が懐かしく思えたからなのかもしれない。

 

「なるほど、そうだったんですか」

 

納得する海未を横目で見ながら、もしもガッシュを会わせたらどんな反応を見せるんだろうな?

それはそれでちょっと見てみたい気もする。

 

「フフ、そういうことなら是非頼りにさせていただきますね」

 

「ちなみに、どっちの意味でだ?」

 

「もちろん全部です」

 

ハハハ、素敵な笑顔でさらりと無茶なことを言ってくれやがるよこのお嬢さん。

どうやら完全に立ち直ったようだな。

 

「曲についても目途が立ち次第、意見を聞かせてください。男の人の意見は重要ですし」

 

海未の言いたいことはわからなくはない。

スクールアイドルは女子だけではなく男子にも支持を得ている。

今日だってポスターの件をきっかけにクラスの男子たちも盛り上がっていた。

男女を問わない人気のため、主観が女子側に偏ることは回避したい。

しかし何度も言うが、俺はアイドルにそこまで興味はない。

恵さんのCDを数枚持っているだけで、音楽鑑賞自体ほぼたまにという程度だ。

そんな俺が果たして口出ししていいものか。

 

「別にかまわんが、俺の意見なんかで参考になるのか?スクールアイドルに関して俺以上に詳しい奴ならクラスにもいるぞ?」

 

正直、曲に関しては実際に歌うことになる穂乃果たちに任せるべきではないだろうかと思っていると、海未の奴は再び恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「えっと……その、情けないことですが、男の子で仲がいいのは清麿くん以外いないので………」

 

………ああ、ものすごい勢いで納得した。

思えば海未が他の男子と会話しているところはあまりみたことがない。

穂乃果やことりもそうだが、海未にも歌やダンスの練習以外にクリアしなきゃならん課題があるようだ。

 

「それに、清麿くんならきっと新たなきっかけをくれると思うんです」

 

その時の海未は懐かしむような微笑みをたたえていた。

 

「どういうことだ?」

 

怪訝に思っていると海未は滔々と語り始めた。

 

「あれは私たちが音ノ木坂に入学した日のことです」

 




………思っていた以上に長丁場になってしまった。
ちょっと想定外です。
今回は海未さんオンリーのやりとりな第7話でした。
いかがだったでしょうか?
本当はもう少し早めに投稿するつもりだったんですけど、会話が上手く繋げられず苦戦を強いられてしまいました。
投稿できた時の心境はまさしく「連鎖のラインは整った!」

次回は初の過去編&海未視点で行こうと思います。
乞うご期待!


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STAGE.8 大きな背中

私が音乃木坂学院に入学した日、つまり今から1年ほど前のことになります。

入学式を終えた私は春爛漫の陽気に照らされた帰り道を穂乃果とことりの3人で歩いていました。

落ち着いた優しい空気に満ちた穏やかな街並みを幼馴染3人そろっての下校。

小学生のころから続いてきた今までとはさして変わらない光景ですが、私はかつてない高揚感で胸を膨らませていました。

当然です。

私にとって、ひいおばあさまの代からの母校である音ノ木坂学院に通うことは物心ついた時からのささやかな夢でした。

そして今、幼いころからの念願が叶ったわけですからうれしくないはずがありません。

憧れていた制服に身を包んでいるためか、見慣れた景色もいつもより鮮やかに見えます。

ですが、この小さな幸せも当たり前と思ってはいけない。

当時の私はありふれた日常という幸せをかみしめていました。

過去にそう思わせる出来事があったからです。

あれはさらに1年前―――正確には私がまだ中学2年の3月の終わりのことです。

あと少しで春休みも終わり、月が替われば晴れて3年生になります。

中学の3年生は進路を意識する重要な時期に立たされるわけですが、この時の私はすでに音ノ木坂に進学することしか考えていませんでした。

しかし、そんな私の日常を引き裂くかのように、突如として超巨大な人型の怪物が現れたんです。

周りの山ですら膝の高さにも届かない巨体はまさに巨人。

真夜中の静寂を打ち破り、海の向こうから進撃するその光景に我が目を疑ったものです。

警察や自衛隊の誘導に促されるまま避難するころには町中が阿鼻叫喚の巷と化していました。

悪い夢だと自分に言い聞かせようともしましたが、巨人が口から光線を放った瞬間、それが私たちに死をもたらす存在であり、世界中のどこにも逃げ場がないことを否応にも理解させられました。

光線は運よく空の彼方へと消えていきましたが、もしも地上に直撃すればどれほどの被害をもたらしていたのでしょうか。

巨人が迫りくるにつれて周りに不安が伝播し、恐怖が雪だるま式に大きくなっていきます。

そして巨人があと一歩踏み込めば街ごと踏み潰してしまう距離まで迫った時には、私もただただ震えて涙を流すことしかできず、もう死を待つだけだとあきらめかけたその時でした。

 

 

バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!

 

 

突如として、雷鳴の如き咆哮が天に轟いたのです。

何事かと目を開くと、その先には光がありました。

いえ、正確には金色を纏った光の龍が巨人の前に立ちはだかっていたんです。

巨人の身の丈をもさらに大きく超えるその巨躯から放たれる金色の輝きに目を奪われました。

今までの常識が覆る光景に言葉を失ってしまう始末でしたが、なぜか私の中から恐怖の感情は消えていました。

むしろ私たちを照らす金色の光に不思議と安心感を覚えていました。

誰もが固唾を飲んで行く末を見守る中、再び咆哮を響かせて光の龍は巨人に牙を突き立てました。

巨人は抵抗を試みていましたが、寸時の拮抗の末、光の奔流に飲み込まれるのを最後に私たちの前から姿を消してしまいました。

取り戻された静寂で状況を把握した途端、誰からともなく狂喜乱舞の歓声が沸きあがりました。

夢だったのではないのかと疑いもしましたが、私もあの時ほど生きていることに歓喜したことはありません。

当時はかなりの話題になりましたが、結局最後まで正体はわからないまま一年が過ぎた今、私は穂乃果とことりと3人そろって無事に音乃木坂学院の門を潜ることができました。

 

「う~ん、今日もパンがうまい!」

 

私の隣で穂乃果が呑気な面持ちでパンを頬張っていますが、泣きついて勉強を見ていた頃が懐かしく思えます。

 

「穂乃果、行儀が悪いですよ」

 

「むぅ~、海未ちゃんのケチぃ」

 

「まあまあ海未ちゃん、今日ぐらいいいじゃない」

 

そして今日も平常運転の穂乃果を叱咤し、ことりが和ませる。

本当にささいな日常の一幕ですが、あの日の出来事をきっかけに何気ない平穏を享受できるということがかけがえのない奇跡なのだと知ることができたのです。

今では良き教訓として私の胸に深く刻み込まれています。

 

「よくありません。今日から高校生になったことを穂乃果はもっと自覚するべきです」

 

そうです。

私たちの高校生活は始まったばかりなのです。

これからはまた新たな目標に向かって精進しなければなりません。

しかし、心のどこかで気持ちが浮かれていたせいか、この時の私は背後から迫りくる気配に気づくのが遅れてしまったのです。

 

「きゃあっ!?」

 

突然の悲鳴とともに穂乃果の体勢が崩れました。

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

私もことりも何事かと思ったと同時、穂乃果の手から鞄が消えていました。

視線を巡らせると、私たちの前方に自転車を走らせる男性が穂乃果の鞄をつかんでいたのが見えました。

ひったくりにあったのだと理解した時には頭の中が真っ白になってしまいました。

 

「ま、待ちなさい!」

 

それでも何かしなければと思い立ちますが、足は地面に縫い付けられたように動いてくれません。

卑劣極まりない行為を許せない心情と非常事態に直面した精神的なプレッシャーとの激しい鬩ぎあいに飲まれてしまい、私は咄嗟に声をあげて呼び止めることしかできませんでした。

しかし、所詮はただの無駄な足掻き以外の意味しか成さず、もちろんそんなことでひったくり犯は止まるはずがありません。

距離が開けていく様をむざむざと眺めることしかできない現実に結局、私はいざという時には何もできない無力な存在であることを思い知らされたような気がしました。

理不尽な事実と異様な恐怖で震える体を抑えるのが精いっぱいでしたが、自分の惨めさに心が押しつぶされそうになった時でした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

私の忸怩の念を吹き飛ばすように、すぐ隣を一陣の風とともに何かが通り過ぎました。

 

「待たんかいコラアアアアアアアアアアッッ!!」

 

通り過ぎた何かの正体は、雄叫びを上げながらひったくり犯の後ろを追いかける学生服を着た男性でした。

速い。

腕や脚が残像を残すほどの現象から生みだされる速度でみるみるうちにひったくり犯との距離を詰めていき、勢いの乗ったところで跳躍。

空中で体勢を整えながら狙いを定めるように腕を大きく振りかぶる彼がその手に持つもの、それはハリセンでした。

 

「ザケル!」

 

スパーン!

 

「ほぶぁっ!?」

 

何かを叫びながら振り切ったハリセンの一撃が見事ひったくり犯の後頭部に直撃。

そのままひったくり犯が自転車から転落するという一連の光景に私は目を白黒させていました。

 

「何しやが―――」

 

「あ゛ぁ゛ん?」

 

ひったくり犯が食って掛かろうとした瞬間、地の底から響くような声音が耳朶を叩きました。

所謂、ドスの利いた声にひったくり犯は黙りこんでしまいます。

それどころか顔は青ざめ、目の端に涙を浮かべていました。

一体彼はどんな表情でひったくり犯を見下ろしているのでしょうか。

私の位置からでは彼の顔を窺い知ることはできませんが、口元の辺りから牙が覗いているように見えたのは気のせい………ですよね?

腰を抜かすひったくり犯を見下ろす彼。

蛇に睨まれた蛙とは、まさしく今の状況のことを言うのでしょう。

私自身も声をかけることすら憚れる恐怖を肌で感じました。

 

「ジェヤアアアアアアアアア!」

 

「ひぃ――――」

 

遂にはトドメと言わんばかりに彼が怒号を張り上げるや否や、ひったくり犯は白目をむいて倒れてしまいました。

どうやら気絶したようです。

ちなみに、頭部から角が伸びていたような気がしましたがきっと目の錯覚ですよね?

穂乃果もことりも唖然とした表情を浮かべるほどの突拍子もない光景でしたが、いつの間にか体の震えは止まっていました。

 

「ったく、くだらねえことしやがって」

 

落ち着きを取り戻した声音で悪態をつく彼は穂乃果の鞄を拾い上げてこちらに歩みを向けてきます。

 

「あ、あの………」

 

私は無意識のうちに私は彼に声をかけていました。

 

「はい。これ、キミのだろ?」

 

そう言って、とても穏やかな笑みで彼は穂乃果の鞄を手渡してくれました。

 

「あ…ありがとう、ございます」

 

おずおずとお礼を言う穂乃果の隣で私は彼に見覚えがあることに気づきました。

音ノ木坂学院の入学式では、入試で1位の成績優秀者が新入生の代表として挨拶をするらしいのですが、今私たちの前にいる彼こそが颯爽と壇上に現れた人物でした。

 

「えっと、確か同じクラスの高坂さん、園田さん、南さん、だよな?」

 

「え、あ、はい。でも、どうして……?」

 

いきなり名前を言い当てられたことで、心に思ったことをそのまま口にしてしまいました。

1年は1クラスしかないとはいえ、総代として新入生にその存在を知らしめた彼とは違い、私たちはHRで一度だけ自己紹介を行った程度です。

さらには彼と言葉を交わすのもこれが初めてなのにもかかわらず、名前を憶えられていたことに素直に驚きました。

 

「なんでてって……そりゃ、クラスメイトなんだから名前覚えるぐらい普通だろ?」

 

さも当然と答える彼の言葉に今度こそ二の句がつなげなくなりました。

 

「じゃあ、また明日。これからよろしくな」

 

私たちの動揺を知ってか知らずか、最後にそう言い残して彼は来た道を戻っていきます。

時間にしてみればほんの数秒のやりとりでしたが、私は自然と、横を通り過ぎる彼の姿を目で追いかけていました。

不覚にも、私たちに向けたあの穏やかな笑みに見惚れてしまっていたからです。

特に、幼いころから武道を積み重ねたことで培ってきた強さや誇りがちっぽけに思えるほど強く、圧倒的な気迫だけでなく落ち着きのある静けさをも持ち合わせた瞳に強い意志の輝きを確かに感じました。

私の心は悔しさよりも、清々しさで満ち足りています。

とても不思議な感覚でした。

彼は私にないものを持っている。

そう思わせるほど遠ざかっていく彼の背中がとても大きく見えたんです。

彼の名前は確か―――

 

「―――高嶺、清麿」

 

いつの間にか、清麿くんの名前を呟く私がいました。

 




原作段階から思ってましたけど清麿って鈍感設定な節がある気がする青空野郎です。
はい、というわけで過去編というか、回想編っぽい第8話でした。
いや、初めて挑戦してみましたが、女性キャラ視点はこれはこれで難しいっすね(笑)
わかる人はわかると思いますが、巨人と光の龍の件は原作29巻のバオウがファウードを打ち破った場面ですね。
この作品はガッシュとのクロスですから、海未さんたちも一応目撃者だったという設定がほしかったためこのような形に着地しました。
ちなみに、海未さんたちはモチノキ第2中学とはまた別の場所に避難していたという設定なので、当然、真相を知るよしもありません。
その辺はご了承ください。
そして次回、ようやく1年キャラが登場.........できるのか!?




他作品に関することなのですが、先日、同時連載している『仮面ライダークウガ 青空の約束』の総合評価が1000ptをこえました!
これも連載当初から後愛読してくださった皆様のお陰です。
いち早くご報告したかったためにこの場を借りて謝辞を述べさせていただきます。
閲覧者はもちろん、評価者、お気に入り登録者の皆様、本当にありがとうございます!
というわけで、日頃の感謝を込めてこれからは各作品に挿し絵、またはイラストを挿入していこうかと思います。
お礼になるかどうかはわかりませんが、楽しんでいただけると幸いです。
とりあえず、参考程度に下にリンクを張っておきます。


【挿絵表示】


ちなみに、僕の大好きなキャラクターです。
それでは、今後とも青空野郎の作品をよろしくお願いいたします!

以上!


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STAGE.9 一緒に

学校からの帰りの道すがらに海未の話に耳を傾けていた俺はもどかしさを感じていた。

その日のことは俺も覚えている。

しかし、改めて語られるとなんだかくすぐったいものがあるわけで、正直、どんな反応をすればいいのかわからない。

 

「……まあ、そういやそうだったよなぁ、うん………」

 

そうして、どうにかひねり出したのがそんな気の抜けた一言だった。

あの日は入学式を終えた後、俺はしばらく町中をぶらついていた。

当時は受験以外にもいろいろとごたごたしていたからそれどころじゃなかったんだよな。

改めてこれからお世話になる学校がある町並みを見ておきたかったんだ。

隣町でもあったからか、秋葉原、神田、神保町という大きな街と隣接しているわりには俺の住んでいる町とどことなく似通った印象を受けた。

そんな時に事件に出くわしたわけだ。

ちなみに、話の途中で出てきた巨人と光の龍の件で冷や汗をかいたのは内緒だ。

巨人と光の龍の正体は間違いなくファウードとバオウ・ザケルガのことだ。

あの時はなりふり構ってられなかったとはいえ、大勢の人の前でやらかしてしまったにも拘らず、誰も俺が渦中の人物であることに気付かなかったことはある意味奇跡だと言えよう。

あの日から2年以上経つわけだが、今になって墓穴を掘る事態は避けたいためこの件についてはあえて触れないでおこうと思う。

しかし、私にはないものを持っている、か………。

 

「さすが買いかぶりすぎじゃないか?」

 

当時のことを海未は誇らしげに語ってくれているが、むしろ俺はそれほどまでに大きな影響を与えたことに戸惑いを覚えていた。

頼ってくれるのは素直にうれしいという気持ちは確かに俺の中にある。

最初の頃は会話するにも心なしか距離感を感じていたが、今はこうして自然体で振る舞えるということはそれなりに信頼してくれているということだろう。

それでも、果たして海未の言うきっかけを教えられるのだろうか。

俺の胸中にそんな不安が過った時、煽るような口調で海未が問うてきた。

 

「何を弱気なことを言ってるんですか。つい先ほど最後まで付き合うと言ったのは清麿くんじゃないですか」

 

勝ち誇った微笑を向ける海未に俺はぐうの音も出せなかった。

 

「一緒に前に進んでくれるんですよね?」

 

さらにここぞとばかりに畳みかける彼女は言い返す暇すら与えてくれないようだ。

 

「一緒に『答え』を作ってくれるんですよね?」

 

強気ににじり寄る海未に呆気にとられる俺だったが、いつの間にか立場が逆転していることに気付いた時にはひとりで勝手に悩んでいたことがバカらしく思えていた。

本当、今さらだよな。

 

「わーったよ。そういう約束だもんな」

 

「フフ、お願いしますね」

 

わざとらしくため息を吐きつつ、潔く降参する俺に海未は満足げな笑みをたたえている。

痛いところを突いてくる容赦のなさは、さすが穂乃果の幼馴染といったところか。

伊達に今まで振り回されてきただけではないというわけだ。

そんなこんなで他愛もない会話をしている間にようやく目的地が見えてきた。

和菓子屋『穂むら』

穂乃果の家族が経営する老舗の和菓子屋だ。

ここに来るのは今日で何度目になるのだろうか。

と言うのも、実は入学式の日に道草をくっていたのにはもうひとつ別の目的があったりする。

その日は久々に親父が日本に帰ってくるということで土産を探していたんだ。

先の事態を収拾させた後も土産を求めて町中の店を見て回っていたのだが、どれもしっくりこなくていい加減決めあぐねていた時に丁度通りかかったのが穂むらだった。

海外から帰ってくる親父にとっては新鮮でいいかもしれない、と最初はそんな安易な考えだった。

時間も時間だったこともあり、そうと決まればと暖簾をくぐれば割烹着姿の穂乃果と再び出くわしてしまったんだ。

向こうも俺に気付くなり満面の笑顔で迎えてくれた。

だがこの時、タイミングが良かったのか悪かったのか、すでに穂乃果がその日の出来事を話していたらしく、ぜひお礼をと半ば強引に自宅に連れ込まれてしまったんだ。

しかし、招いたことはあってもこちらから女の子の家にお邪魔するのは初めてのことだったため少しばかり緊張を覚えていたのは確かだった。

それでも意を決して穂乃果の部屋の襖を開ければ、今度は談笑していた海未とことりと鉢合わせになってしまったんだっけな。

さすがにあの時は数時間前にまた明日と言った手前、かなり恥ずかしかったのを覚えている。

まあ、その日を境に自然と話す機会が増えて俺たちは友達になったことを考えると、返ってよかったのかもしれない。

 

「っん!?あら、2人ともいらっしゃい…」

 

さっそく表の扉を開く海未に続いて店内に足を踏み入れた俺たちを穂乃果の母親の美穂さんが出迎えてくれた。

油断していたのか、まだ営業時間なのにもかかわらず売り物らしき団子を頬張る姿を目撃されたわけだが、こういう抜けているところが親子だと感じさせる。

 

「お邪魔します」

 

「こんばんは、穂乃果は?」

 

「上にいるわよ。そうだ、お団子食べる……?」

 

後ろめたさからか美穂さんはとっさにお茶を濁そうとしていたが、俺にとってはすでに日常茶飯事の一幕となっているので特に気にはならない。

 

「いえ、結構です。ダイエットしないといけないので」

 

「あ、それ本気だったんだ」

 

「なにか問題でも?」

 

ついついこぼしてしまった本音が気に障ったのか、半眼で睨めつけられてしまった。

 

「いや、なんでも」

 

ここで機嫌を損ねられても困るのでおとなしく引き下がるのが正解だ。

てっきり冗談かと思っていたが、けっこう本気で気にしてたんだな。

いや、やる気があるのはいいことだもんな、うん。

さわらぬ神にたたりなし。

ただ、ダイエットもそうだが、どうにか今日中に曲の目途ぐらいは立てておきたい。

意気込みを新たに、店内を後にする俺たちはさっそく穂乃果の部屋へと向かう。

 

「「2人ともお疲れさま~」」

 

そんな俺たちを待っていたのは呑気に団子を頬張る穂乃果とことりの姿だった。

 

「「…………………」」

 

部屋の敷居を境に生じる温度差に海未とそろって絶句。

まさかの光景に俺は鞄を取り落してしまった。

海未に至っては眉間に皺を寄せ、頬を引き攣らせてしまう始末だ。

 

「お団子食べるー?」

 

「いまお茶入れるね~」

 

立ち尽くす俺の心境など知る由もなく、2人は相変わらずの雰囲気を醸し出していやがる。

だだ下がるモチベーションと反比例して湧き上がるこの黒い感情は晴らさずにしておくべきか……。

だが、俺の気持ちを代弁するように、海未が冷徹な一言を告げる。

 

「…………あなたたち、ダイエットは?」

 

「「――――ッ!」」

 

瞬間、蒼白してしまう穂乃果とことりの両名。

だから気付くのが遅えよ。

 

「お前ら、とりあえず努力という言葉を辞書で調べて赤線引いてこい」

 

「「返す言葉もございません……」」

 

穂乃果と並んで落ち込むことりの無駄に息の合った反省に溜息が漏れる。

本当、今日1日だけで何度溜息をついたのだろうか。

 

「それで、曲のほうはどうなりました?」

 

海未も落胆気味に訊ねるが、意外にも答えを返したのは穂乃果だった。

 

「実は1年にすっごく歌のうまい子がいるの。ピアノも上手で、きっと作曲もできるんじゃないかなって。明日聞いてみようと思うんだ」

 

「へえ、驚いた。まさかもう目処は立ててたんだな」

 

「むぅ、失敬!失敬だよ清麿くん!穂乃果だってちゃんと考えてたんだから!」

 

まさか当てを見つけているなんて思わなかったから覚えず感嘆してしまった俺の反応が不服だったのか、頬を膨らませる穂乃果。

しかし、お前は日頃が日頃だからな。

ほら、海未も目を丸くしているじゃないか。

 

「もし作曲をしてもらえるなら作詞は何とかなるよねってさっき話してたの」

 

「なんとか、ですか?」

 

続くことりの言葉に海未も首をかしげる。

 

「うん。ね~?」

 

「うん」

 

対して、示し合わすように頷く穂乃果とことりがテーブルから身を乗り出すや、意味深な笑みで海未に詰め寄っていく。

 

「な、なんですか……?」

 

傍から見ている俺でさえ気味悪く思えるほどだ、その異様な迫力に海未は笑みを繕うも明らかに怯える節を見せていた。

そして穂乃果が異様な沈黙を破る。

 

「海未ちゃんさぁ、中学の時ポエムとか書いたことあったよねぇ~?」

 

「え゛………」

 

途端に海未の苦笑が固まった。

ポエム?海未が?

 

「読ませてもらったことも、あったよねぇ~?」

 

ことりの追い討ちに、器用に正座のままを後ずさる反応を見るに、嘘というわけでもなさそうだ。

 

「へえ、そうだったんだ。ちょっと意外だ―――」

 

突如俺の驚嘆は遮られてしまう。

いや、決してバカにしたつもりはなかったんだ。

しかし、最後まで言い切る寸前に海未の鞄が俺の顔面を直撃していた。

 

「ブルアアアッ!?!?」

 

ドゴッ!と、鞄でぶたれたのだと理解した時には、俺は錐揉み回転しながら宙を舞っていた。

ガンッ!と、そして壁に激突。

そのまま床に倒れ伏す視界のはしで海未が部屋を飛び出していくのが見えた。

慌てて穂乃果とことりが後を追いかけていく。

逃げた!やめてください!帰ります!海未ちゃ~ん。いいから!よくありません!……………

部屋の外で巻き起こる喧騒を聞きながら思う。

なぜだ? 俺、何か悪いことしたっけか?

そうして、懐かしい理不尽さに俺はひとり涙を流すのだった。

 




どうもー。最近、ヒロインは海未さんでいいかなと思い始めている青空野郎です。
この話を書いている途中で新たな海未さんフラグの話を考え付いたりしましたしね。
実際、2年組は海未さん押しですしね(笑)
個人的に結構お似合いの2人ではないかと思っています。
それはそうと………………ちくしょー!
やっぱ1年組が出せなかった!
気持ちはもう初ライブ終わらせて年1年組が入部してるんですけどね………。
今年中にクウガは原作第2期、ウィザードは第1期を終わらせたいと思います。
頑張るんで、今後とも応援よろしくお願い致します!
P.S.
穂乃果の母親の名前は調べても分からなかったので、勝手に考えさせていただきました。
悪しからず。


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STAGE.10 アイドルを始めよう

クリスマスっぽい扉絵パート2です。
ホント、女の子キャラは意外と難しい!


【挿絵表示】



「お断りします」

 

夕飯時の高坂家で起きた一悶着もとりあえず収まり、改めてテーブルを囲む俺たち。

さっきまで激しく取り乱していた海未も今は冷静さを取り戻し、開口一番に拒絶の一声を放つ。

穂乃果とことりが不服そうな反応を見せるが、そんなことよりもハッキリとさせておかなければならないことがひとつある。

 

「海未よ………仕切り直す前に何か言うべきことがあるんじゃないのか?俺に……!何か………!」

 

どうしても納得できない俺は怒気を孕ませた視線を海未に突きつける。

 

「………………………コホン」

 

だが是が非でも弁解を求める俺の思惑とは裏腹に、しばしの沈黙の後にいかにも白々しい咳払いが木霊しただけ。

今の間は何だ、今の間は?

 

「お断りします」

 

結果、海未の返答は先ほどと同じ拒絶の一言だった。

こいつ………俺への仕打ちを丸々なかったことにしようとしてやがる!

 

「えー?なんでなんで?」

 

「絶対イヤです!中学の時のだって、思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ!」

 

今すぐ怒鳴りあげてやろうかと思ったが、穂乃果とことりが海未に倣って話を進めていく。

俺を無視して進行していく状況を前に、儚くも込み上げてくる怒りは霧散していった。

……………うん、もういいやちくしょー。

涙が出そうなのをぐっとこらえる俺を余所に、依然として拒絶の意を崩さない海未に穂乃果がさらに詰め寄っていく。

 

「アイドルの恥はかき捨てって言うじゃない?」

 

「言いません!」

 

「それを言うなら、旅の恥はかき捨てだろ……」

 

確かにアイドルは恥を捨ててなんぼかもしれないが、捨てちゃいけない恥もあるだろうよ。

明らかに意味を履き違えた説得で勢いのまま言い包めようとする穂乃果だったが、結局はあっさりと海未に切り捨てられて終わってしまう。

だが、今の俺たちに足踏みをしている時間はないのも事実だ。

できることから消化していかなければ来月に控える初ライブには到底間に合わない。

今回の初ライブのターゲットは音ノ木坂の生徒に限られるが、まずは彼女たちの存在を知らしめなければ俺たちの目標である廃校阻止は果たせなくなる。

衣装の仕立てはことりがまかせてとのことでクリア済み。

音響や照明などの裏方作業は俺が請け負うとして、残る問題はやはり作詞と作曲だ。

曲を作って歌詞を作るのか、歌詞を作って曲を作るのか。

現状を鑑みるに、残念ながらここにいる誰も作曲のスキルを持ち合わせてはいないため、優先的に後者を選択せざるを得ないことになる。

最悪の場合はダメもとで恵さんに相談するという手もあるが、やはりそれは無いものとして動かなければならない。

一番の課題であるからこそ、こんなところで躓いていてはこれから先の活動で必ず暗礁に乗り上げてしまうことになるだろう。

 

「でも私、衣装作るので精いっぱいだし……お願い!海未ちゃんしかいないの」

 

「私たちも手伝うから!なにか、元になるものだけでも!」

 

あくまでも本当の最終手段として頭の片隅に追いやっていると、今も尚、必死に懇願する穂乃果とことりに対して海未は難色を示したままだ。

作曲に関しては穂乃果の当てに望みを託すとして、可能ならばやはり海未には何としても了承しもらいたいところだ。

海未だって今更後には引けないということはわかっているはずだ。

それでも責務と羞恥の葛藤で一歩を踏み出せないでいるのかもしれない。

そんな彼女をさらに追い詰めるようで申し訳ない思いでいっぱいになるが、それほどまでに事態は切羽詰まっているのだ。

 

「すまない、俺からも頼む」

 

「清麿くんまで………ですが…………」

 

すがる思いで頭を下げる俺にわずかに戸惑いを見せる海未だったが、そんな時、何かに気付いたようで怪訝な様子を見せる。

俺も追うように視線を向けた先にいたのは思いつめた面持ちのことりがいた。

こちらも少し様子がおかしい。

 

「海未ちゃん………」

 

胸元できゅっと拳を作り、うるうると潤ませた瞳でまっすぐ海未を見据え、そして一言。

 

「――――おねがい!」

 

果たして、放たれた言霊が反響したように聞こえたのは気のせいか?

しかし、そんなどうでもいい疑問はすでに忘却の彼方へと消えていった。

か、かわいい………。

常識に捉われたあらゆる理論や理屈をふっとばしてしまうほどの甘い声音は俺に向けられたものではないとわかっていても、思わずときめきを感じさせてしまうほどだ。

いや、だがそんなんで海未が折れるわけ―――

 

「もう……ズルいですよ、ことり……」

 

ウソだろ、おい………。

あの海未を一方的に無血開城させた、だと………!?

これが世間一般でいう、かわいいは正義というやつなのか?

だとしたら恐るべし、南ことり。

がっくりと肩を落とす海未の姿に戦慄すると同時、初めてことりに脅威を覚えた瞬間だった。

 

「―――ただし」

 

だが、やったーと穂乃果とことりが喜びを分かち合うのも束の間、緩んだ空気を断ち切るように海未が立ち上がる。

さきほどまでの情けない様相とは打って変わって、彼女は真剣な眼差しで2人を見下ろして言う。

 

「ライブまでの練習メニューは私と清麿くんで作ります」

 

「「練習メニュー?」」

 

その明言に揃って首をかしげる2人に海未はひとつ頷き、俺に視線を移す。

お互い似通った境遇に身を置いてきたせいか、ある程度の意思疎通は視線を合わせるだけで可能となったのは余談だが、おかげで彼女の意図を難なく読み取り、俺も首肯でこたえる。

 

「穂乃果、パソコン借りるぞ」

 

一言断りを入れてパソコンを拝借、慣れた手つきでキーボードを操作する背後から2人が覗き込んでくるのを感じつつ例のスクールアイドルのポータルサイトを経由して、A-RISEのライブ映像のページに辿り着く。

さっそく再生ボタンを押して数秒、静寂が支配していた高坂家の一室に曲が流れ始める。

最初は真っ暗だった画面にはスポットライトの光が暗闇を切り裂き、姿を現すのは3人の少女。

曲名は『Private Wars』

パソコンから離れれば、入れ替わるように穂乃果とことりが食い入るように画面を見つめる。

少女たちの歌声がメロディと調和し、自らの存在の御旗を立てるように踊り舞うステージはまさに彼女たちの独壇場。

光輝の下で魅せるパフォーマンスは何度見ても圧巻の一言に尽きる。

だが、彼女たちが築き上げた輝かしい栄光はその裏で血の滲むような努力を重ねてきた賜物なんだ。

頃合を見計らい、ライブ映像に釘付けになっていた2人に海未が説く。

 

「楽しく歌ってるようですが、ずっと動きっぱなしです。それでも息を切らさず笑顔でいる。かなりの体力が必要です。穂乃果、ちょっと腕立て伏せしてもらえますか?」

 

海未に言われ、幾分か訝しながらも腕立ての体勢をつくる穂乃果。

 

「こう?」

 

「それで笑顔を作って」

 

「こーお?」

 

「そのまま腕立て、できますか?」

 

そうしてゆっくりと腕を曲げ始めるが、次第に穂乃果の笑顔が引き攣っていく。

 

「………ぁっ、ぅ………ぅぁっく……………うわぁぁぁあーっ!?」

 

それでも踏ん張ろうと気張れば気張るほど、笑顔はさらに歪なものになるが最後、ついに彼女の細腕は自身の体重を支えきれずに崩れ落ちてしまった。

 

「いったぁ~!」

 

途端に穂乃果の喚泣が頂点を極めた少女たちの楽曲を掻き消した。

あーあ、鼻から行ったぞ。

あれは痛いよな。

 

「弓道部で鍛えている私はともかく、穂乃果とことりは楽しく歌えるだけの体力をつけなくてはなりません」

 

「そっかぁ、アイドルって大変なんだね」

 

赤くなった鼻を押さえながらのた打ち回る穂乃果を尻目に淡々と言い連ねる海未と納得することり。

なんともシュールな光景に穂乃果が不憫に思えるのだが、まあ、いい教訓にはなるだろう。

 

「はい、ですから………」

 

                      ☆

 

翌日の早朝。

春先とはいえ未だ肌寒さを感じさせる澄んだ空気に身が縮む上、本能が睡眠を欲しているせいか油断してるとあくびが出そうになる。

さて、穂乃果たちの地元には神田明神という神社が存在する。

古さを感じさせるが、きちんと手入れが行き届いているようで壊れている様子は一切うかがえない本殿が建つ境内からは長い石造りの階段が伸びている。

そして今、その階段を駆け上る少女が2人。

今にも泣きだしそうな穂乃果とことりは息も絶え絶えで、フォームも完全に瓦解している。

途中で足が止まったりした時はリタイアも時間の問題かと思ったが、それでも2人は一段一段着実に登りつめていき、そしてようやく頂上にそびえる神田明神男坂門に辿り着いた。

瞬間、俺と海未も同じタイミングでストップウォッチを切りタイムを確認する。

10分を軽く越えているが、まあこんなものだろうとさして驚くことはない。

むしろ、見事走り切ったことに驚嘆を覚えた。

 

「これ、きついよ~」

 

「もう足が動かないぃ~」

 

「ほい、おつかれ」

 

確認したタイムをノートに記録した後で地面に倒れこむ2人にタオルを手渡すが、受け取るだけで大きく荒らぐ息が落ち着くのを待っている。

やはり走り終えた直後は汗を拭く気力さえ失ってしまっているようだ。

海未の言う体力づくりとは、この男坂の階段の上り下りを10往復で1セットというもの。

昨日の学校から穂乃果の家までの帰り道での打ち合わせて出した結論がこれだ。

当面の様子見もかねているが、やはり急な生活リズムの変化に2人の身体はついてこれていないようだ。

返事がない、ただの屍のようだ………とまではいかないが、まだ眠っているであろう時間帯に身体を酷使しているんだ。

実際に先に走った海未でさえ呼吸整えるまでに時間を要していたことを考えれば、普段から運動をしていない2人がグロッキーにならないはずがない。

だがこの程度はまだ序の口の域だ。

これからは海未も含めて相応の、いや、それ以上の努力を積まなければならないんだ。

 

「これから毎日、ここでダンスと歌とは別に基礎体力をつける練習をしてもらいます」

 

「1日2回も!?」

 

衝撃的な通告に揃って表情を驚愕に染める穂乃果とことりに、腰に手を当てる海未は至極真面目にそうです、と肯定する。

 

「やるからにはちゃんとしたライブをやります。そうじゃなければ生徒は集まりませんから」

 

「……はぁい」

 

真っ当な正論に返す言葉もあるはずもなく、渋々と返事を返しながらも投げ出すつもりないようだ。

根は上げても、投げ出そうとしない姿勢はいい傾向だ。

 

「よし、じゃあもうワンセット!」

 

海未の活に穂乃果とことりは気を引き締めなおして立ち上がる。

実際に練習を開始して最初は不安を覚えたがこの分なら心配はないだろう。

 

「キミたち」

 

そんな時、俺たちに声をかける人物が現れた。

聞き覚えのあるイントネーションの声音の主は俺の知る限りひとりしかいない。

 

「よう。おはよう、希」

 

挨拶するその先にいたのは、やはり見慣れた柔らかい笑みを湛える希だった。

だが、おはようと返す今の彼女は普段とは違う印象を俺たちに与えていた。

 

「その恰好……」

 

開口一番に穂乃果が不思議そうに指摘した。

そう、今の希は見慣れた制服姿ではなく白衣と緋袴を着こなした、いわゆる巫女装束を身に纏っていたのだ。

お世辞を抜きにしてもよく似合っている。

他の2人もやはり今の希の姿をまじまじと見つめている。

 

「ここでお手伝いしてるんや」

 

神聖な出で立ちが優しげな面持ちを浮かべる彼女の大人な雰囲気をいつも以上に引き立てている。

ちなみに、俺は彼女の巫女姿は去年にこの神社で行われた夏祭りで一度目にしている。

余談としてその時に一騒動起きていたりするのだが、まあその話は機会があれば追々ということで。

 

                      ☆

 

「神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね。せっかく階段使わせてもらってるんだから、お参りぐらいしてき」

 

スピリチュアル云々は置いといて、そんな希の勧めで練習を切り上げて3人はさっそく賽銭箱の前に並んで二礼二拍手一礼。

 

「初ライブがうまくいきますように!」

 

「「うまくいきますように」」

 

俺と希は少し離れた場所から3人の背中を眺めていた。

 

「あの子たち、本気みたいやな。練習のほうは順調?」

 

「今日始めたばかりだぜ?まだ何とも言えねえよ」

 

訊いてくる希に苦笑気味に答える。

俺が穂乃果たちのアイドル活動に協力することはすでに昨日のうちに伝えてある。

特に何か言われることはなかったが、あの時の絵里の悲痛な顔が、俺に向けていた悲壮や怒りが入り混じった視線が今も頭から離れないでいる。

 

「フフ、生徒会の仕事もきっちり熟してもらわんとあかんよ?」

 

それが唯一の気がかりなのだが、内心で割り切っていると希が釘を刺してくる。

もちろんこの俺に抜かりはない。

 

「それなら大丈夫だ。中には絵里のチェックが必要なのもあるが、新入生歓迎会までの仕事なら昨日の内にほとんど片づけておいた。しばらくは自由に動けるよ」

 

伊達に下校時間を遅らせてまで作業してたわけじゃないんだ。

今頃絵里の奴、机に積み上げておいた仕上げ済みの書類の束に驚いていることだろうな。

さて、俺も本腰を入れるとしますか。

そんなことを考えながら、景気づけに俺も穂乃果たちと入れ替わる形で賽銭箱に小銭を投げ入れた。

 




この日のために貯めてたんでクウガと一緒に投稿します。
……………ウィザードが、ウィザードがァアアアアアアアアアア!!!

今回は思春期な清麿を意識してみました。
これからも照れて照れさせていきたいと思っています。

それではみなさん、今後とも青空野郎の作品をよろしくお願い申し上げます。
よいお年を!


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STAGE.11 その理由は...

「ふぅ、とりあえずこんなもんかな」

 

昼休みも図書室に訪れていた俺は頃合を見計らって、ノートに走らせていたペンを置いた。

時計を見れば、あと少しで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る時間にまで迫っていた。

俺と同じように図書館を利用していた生徒たちの数もまばらになりつつある。

昼休みも、と言ったのは朝にも図書室に来ていたからだ。

その間に穂乃果たちは作曲してくれる子と話をつけに行く手はずで別行動をとっていたのだが、教室で3人そろって落ち込んだ姿を見れば結果は簡単に想像することができた。

くわしく話を聞けば、作曲の子に一蹴されたところに絵里に簡単な考えは逆効果だと正論を突きつけられたとか。

そういやまだ件の子の名前を聞いてなかったが、また後で聞けば分かることだろうし、気にする必要もないか。

 

「あいつら、引きずってなきゃいいんだがな……」

 

不安が過ぎり、ついついひとりごちっていた時だった。

 

「ずいぶん気合入ってるんやね」

 

後ろから声をかけられ、振り向けば今朝方ぶりの希が立っていた。

 

「希………珍しい場所で会うもんだな」

 

「ここにはたまに本を読みにくるんだけど、たまたま見覚えのある背中を見かけてな」

 

「そっか。で、いつから見てたんだ?」

 

「キヨちゃんが向こうの棚から何冊も本を引っ張り出してた時から、かな?」

 

「ほぼ最初からじゃねえか……。あと、キヨちゃん言うな」

 

苦笑する俺に希はいつもの得意げな笑みを浮かべている。

今、机の上には数冊のノートと、その周りにいくつかの書物が広げられている。

どれも身体能力を伸ばすためのトレーニングに関する本ばかりだ。

時間は限られているが無理のないトレーニングメニューを作らないといけないからな。

まずは今朝の穂乃果たちの記録と照らし合わしながら最初の目標である基礎体力を効率よく向上させていく方法を俺の『能力』を駆使して模索していた。

特に海未と穂乃果、ことりの2人とでは体力的に大きく差が開いている。

海未は海未で主にメンタル面に懸念を抱えている節が見受けられる。

その点も考慮した上で、それぞれに応じたトレーニングメニューを作成していたんだ。

歌やダンスの振り付けに関してはまだ手を付ける段階ではないが、時間を見つけて関連する書物には目を通しておこうと思っている。

 

「キヨちゃんはどうしてあの子たちに協力しようと思ったん?」

 

手早く片付けを始めると、唐突に希がそんなことを問うてきた。

 

「なんだよ、藪から棒に?」

 

「ウチな、てっきりキミはあの子たちに思い留まるよう説得するんじゃないかと思ってたんよ。いくら友達に頼まれたからって安請け合いするほどキミは阿呆やない。でも現にキミは彼女たちに尽力してるし、キミ自身もとても楽しそうに見えたから不思議に思ってね」

 

楽しそう、か……。

前々から感じていたことだが、希は勘が鋭いというか、人を見る目が非常に長けていると思う。

普段ののほほんとした様相とは裏腹に、物事の核心を突いてくる的確さは舌を巻くほどだ。

まあ、確かに疑問に思うのも当然か。

今までスクールアイドルなんて存在しなかったこの学校で、果たしてどれほどの可能性を見出せるのだろうか。

成功する確率は皆無といっていい。

それこそ、生徒会の活動に徹する方がまだ現実的である。

そんなことは問われれば誰もがそう答えるはずだ。

希の言うとおり、最初に穂乃果たちから話を聞いた時にあきらめさせようと思ったのもまぎれもない事実だ。

俺だってこの学校が無くなってほしくはないけど、失敗して傷つくのはあいつら自身だからな。

だが現に俺はそれをわかった上で、図書室に籠って作業に没頭しているわけだ。

俺が穂乃果たちに協力する理由、それは――――

 

「なんていうか………似てたんだ」

 

「似てた?」

 

ああ、と頷き、机の上に積み重ねていた一冊のノートを手に取った。

『ガッシュ・ベル』と書かれた表紙を見つめながら、俺は懐かしい心地で思いを馳せる。

 

「どんなに可能性が小さくても希望を捨てなかったあいつらが、誰かのために一生懸命だったあいつに、似てたんだ……」

 

共に過ごした日々の中でずっとそばで見てきた。

何があってもあいつは絶対にあきらめることをしなかった。

非情な現実に悩み、苦しみながらも信念を貫いて王になったあいつは俺の誇りだ。

そして今、あいつと同じように決意の光を宿した奴らがいた。

 

「いきなり廃校なんて言われてもさ、俺たちでできることなんてたかが知れてるだろ?だから結局、みんなはそれを現実として受け入れちまう」

 

「まあ、普通はそうやね」

 

俺の言葉を希は素直に肯定する。

そう、本来ならそれが普通なんだ。

 

「でも、あいつらは違った。受け入れて、そこから自分の意志で『答え』を見つけようとしている」

 

穂乃果の言葉が俺の心に強く響いた。

海未の決意が俺の中の熱い想いに火をつけた。

ことりの覚悟が俺に可能性を感じさせた。

そして誰もがあきらめる中で、光を作り出そうとしていたあの時の3人の姿がガッシュの面影と重なって見えたんだ。

 

「確かに方法としては無茶かもしれないけど、あいつらだって承知の上さ。それに、どんなに無茶でも不可能ってことは絶対にないんだ。だから、俺はあいつらの可能性を信じる。今度はあいつらと一緒に前に進む。そう決めたんだ」

 

もちろん、不安がないと言えばウソになる。

でも、俺が固く見据えるのはいつか見たような光り輝く未来ただひとつ。

だからこそ、俺も一度心に決めたからには不安なんかで立ち止まってられるかってんだ。

図書室の一角で俺の本心を打ち明けたところで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

そういや片付けがまだ途中だったな。

 

「そっか………なるほどな」

 

やがて予鈴も鳴り止んだ静寂の中、静観していた希が納得したようにひとつ頷き、そして穏やかで優しい笑みを浮かべていた。

 

「フフ、そんなんじゃまたエリチが機嫌悪くするよ?」

 

「………なんでそこで絵里が出てくるんだ?」

 

何を思ってかの一言に思わず拍子抜けを食らう俺。

確かに絵里は快く思ってはいない節を見せていたが、それはすでに分かっていること。

今さら持ち出すことでもないはずだろうに。

 

「フフ、ナイショ」

 

だが、怪訝に思う俺に希はおどけるように小さく笑むだけ。

とりあえず、俺の反応を楽しんでることだけはわかった。

すぐに聞き返そうと思ったのだが希はほなね、とこちらに背を向ける。

 

「少なくとも、ウチはエリチがキミ以上に信頼してる男の子なんて見たことないからね」

 

呼び止める間もなく、この場を後にした希が去り際に意味深な一言を残していったがが、結局俺は彼女が紡いだ言葉の意味を知ることはできなかった。

 

                      ☆

 

事態が動き出したのはその日の放課後のことだった。

今日もいつかのように誰もいなくなった教室に残る俺たち。

ただ、唯一違う点を挙げるとすれば、それはこの場に穂乃果の姿がないことだ。

今彼女は投票箱を確認しに行っているのだが、教室を出る時に見せた足取りの重さが悲壮感を窺わせていた。

 

「やはり相当堪えてるみたいですね……」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

終いには海未とことりまでもが弱気になる始末だ。

まずいな………。

このままではこの後のトレーニングに絶対影響がでる。

 

「海未、ことり。今のうちにこれ渡しとくぜ」

 

空気を入れ替えるついでに俺が鞄から取り出したのは2冊のノート。

青いノートには海未の名前が、グレーのノートにはことりの名前が書いてある。

 

「今朝の練習と海未の意見を元にある程度だが当面のトレーニングメニューを作ってみたんだ。とりあえず目だけは通しておいてくれ。これはことりのな」

 

穂乃果のノートはまた後で本人に渡すとして、俺はもう一冊を海未に手渡す。

 

「で、これが海未の分だ」

 

「私の、ですか?」

 

「ああ、お前はお前でクリアしなきゃならん課題があるだろ?」

 

おずおずとした面持ちで受け取る海未だったが、不思議そうにノートを開いた途端に大きく目を見開いた。

同じように中身に目を通していたことりもすごぉい、と感嘆の息をこぼしている。

 

「まさか、これ全部ひとりで作ったんですか?」

 

「やるからにはちゃんとしたライブをやるんだろ?」

 

関連書物の内容だけでなく過去の経験や資料を参考にした部分で組み立てているが、やはり朝と昼の短時間で3人分のトレーニングメニューを作成するのはさすがに骨だった。

それでも俺はあくまで裏方だ。

これから彼女たちが直面することになるプレッシャーと比べればこれくらいの手間はなんてことない。

 

「ありがとうございます、清麿くん……」

 

驚く海未にいつかの仕返しで勝ち誇った笑みを向ける俺だったが、逆にノートを胸元で抱きしめる彼女はにかんだ笑顔に思わず見惚れそうになってしまった。

そんな純粋な反応で返されるとこっちも対応に困る。

本当、そういうのは卑怯だと思う。

 

「おう……。まあ、何かわからないところがあったらいつでも聞いてくれ」

 

内心で羞恥をごまかそうと努めていた丁度その時、教室のドアが勢いよく開け放たれた。

現れたのはおそらく廊下を走ってきたのだろう、肩で息する穂乃果だった。

 

「大変だよみんな!」

 

俺たちの姿を確認するなり声を上げる穂乃果。

 

「入ってた!」

 

それは何の脈絡のない一言。

しかし教室を出ていく時とはまるで違い、生き生きとした輝きに満ち溢れていた表情で彼女の言葉の真意を容易に察することができた。

 

「入ってた!?」

 

「本当に!?」

 

海未もことりも期待で席から立ち上がり穂乃果も元へと駆け寄っていく。

 

「あったよ!一枚!」

 

そう言って穂乃果が高く掲げるのは折りたたまれた小さな便箋。

さっそく便箋を開いて中身を確認する。

 

『μ’s』

 

それが便箋に書かれてあった内容だった。

 

「ゆー、ず?」

 

「いや、ミューズだな」

 

「ああ、石鹸の?」

 

いや、どう考えてもそれはねえだろ。

天然を発動する穂乃果にもれなく場の空気が苦笑で包まれた。

 

「違います。おそらく、神話に出てくる女神からつけたのだと思います」

 

穂乃果のボケはさておいて、海未の言うとおり確か芸術を司る9人の女神の総称をもじっているのだろう。

 

「……いいと思う。私は好きだな」

 

「私も素敵だと思います」

 

不思議と引き付けられる2文字の言葉に、ことりと海未はうれしそうに微笑みを浮かべる。

どうやら2人ともお気に召したようだ。

 

「μ’s……」

 

そして噛みしめるように呟く穂乃果に笑顔が弾ける。

 

「うん!今日から私たちはμ’sだ!」

 




遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
皆様は正月をどうお過ごしだったでしょうか。
今年最初のサプライズは、ようやく僕の地域でもラブライブの放送が始まってテンションアゲアゲな青空野郎です。
この作品も今話でようやく「μ’s」という言葉が出せました。
個人的にはようやくエンジンがかかり始めたのではと思っています。
今年からDXDとDOG DAYSの3期が始まるようでしょっぱなからキャッホーな心境にいます。
僕の作品の方も頑張って投稿していきたいと思います。
応援、感想、意見、その他もろもろよろしくお願いします!


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STAGE.12 夕陽の邂逅

人間万事塞翁が馬。

人生における幸不幸は予測しがたいという意味だ。

気持ちが落ち込んだ矢先に『µ’s』というグループ名が決定したことで活気を取り戻した俺たちは興奮冷めやらぬうちに放課後の練習に励んでいた。

だが悲しいかな、一時の勢いで事が順調に運ぶほど現実は甘くない。

 

「も、もうダメぇ~」

 

「もう、動かないぃぃ……」

 

今、俺と海未の前では特訓の半ばで穂乃果とことりが虫の息で倒れこんでしまっている。

今朝のトレーニングの疲れが抜けきらないままで授業を終えてから本日2度目のトレーニングだ。

華奢な身体には相当な疲労が蓄積されていることだろう。

明日になれば筋肉痛で悶え苦しむ姿が目に浮かんでくる。

後で痛みを和らげるストレッチの方法も教えておくか。

 

「ダメです。あと2往復残っていますよ。それとも諦めますか?」

 

疲労の極致にいる2人に心の中で合掌する俺の隣で海未の厳しい叱咤が飛ぶ。

 

「海未ちゃんの悪代官!」

 

「それを言うなら、鬼教官のような?」

 

たまらずデタラメな文句をあげる穂乃果に苦笑することり。

この光景も見慣れてきたなとひとりほくそ笑みながら、俺は2人を少し休ませるがてら訊ねてみた。

 

「なあ、そういや結局、作曲の件ってどうなったんだ?」

 

歌詞はすでに完成させていたと聞いていたが、なんだかんだ言いながら海未も仕事が早いよな。

すると、ずっと気になっていた疑問に穂乃果が答えてくれた。

 

「一応、練習に来る前に海未ちゃんの歌詞は渡しておいたからあとは西木野さん次第になるかな?」

 

「西木野さん?」

 

「うん。西木野真姫ちゃんっていうんだけど、本当に歌もピアノもすっごい上手なんだよ!清麿くんも一度聞けばきっとびっくりしちゃうから!」

 

まるで自分のことのように純粋無垢な笑みで絶賛する穂乃果。

彼女がそこまで西木野さんとやらに期待を寄せているのに小難しい根拠はないのだろう。

喜々と語る穂乃果だが、俺は別のことを考えていた。

 

「西木野、真姫……」

 

反芻する名前にはどこかで聞き覚えがあった。

確か――――

 

「キャーーーーーーーーーッ!」

 

しかし俺の思考は突然の甲高い少女の悲鳴に遮られてしまった。

 

「なに?」

 

「事故?」

 

閑寂を引き裂く金切り声に3人も何事かと動揺を露わにしている。

悲鳴は階段を降りてすぐに曲がった路地の辺りから聞こえたためここからでは目視できない。

何が起きているかはわからんが、放っておくことはできない。

 

「ちょっと見てくる、3人はここにいろ!」

 

それだけ言い残して俺は全速力で階段を駆け下りる。

クソッ、頼むからシャレにならんオチだけは勘弁してくれよ!

最悪を覚悟しながらも、心の中で祈りつつ最後の一段を飛び下りた俺の視界には――――

 

「いきなりなにすんのよ!?」

 

「まだ発展途上っといったところやなぁ」

 

―――背後から少女の胸を揉みしだく希の姿があった。

 

「ノオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー!!!?」

 

 

ッッゴーーーーーーーーーーン!!

 

 

あまりにも予想外な光景にたまらず絶叫する俺は飛び出した勢いのまま正面に聳えていた電柱に顔面からモロに激突、鈍く間延びした音が夕暮れのオトノキ町に木霊した。

 

「ぬごぉおおおおおおおおおおおおおおお…………」

 

「うわぁ、痛そうやね」

 

か細い悲鳴を漏らしながらエビ反りの体勢でのた打ち回る俺の姿を見て、さすがの希も困惑気味に感想を呟く。

怒涛の急展開に希の餌食になっていた少女も茫然自失となっている始末だが、もちろん今の俺に彼女の反応を確認する余裕はない。

 

「希……なにやってんだ?」

 

痛みに耐えつつ気力を振り絞りながら説明を求めるのだが、自身の奇行について希はしてやったりなドヤ顔を返して答えた。

 

「なにって、見ての通り...............ワシワシやで?」

 

 

 

ブチンッ

 

 

 

奴に反省の色がないと理解した瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。

 

「なにまぎらわしいことしとるんじゃ、おのれはアアアアアッ!!」

 

なんだよワシワシって!

ただチチ揉んでただけじゃねえか!

フォルゴレかお前は!?

フォルゴレだったらザケルぶちかましてたぞオラーッ!

 

「う゛ぇえ……」

 

だが、怒りの赴くままに泣き叫ぶ俺の豹変に、苦笑する希のそばにいた少女が身を竦ませる。

我を忘れていたとは言え、予想以上に怯えさせてしまったようだ。

見ればその少女は音ノ木坂の制服姿で、リボンの色は青、1年生だ。

とりあえず一度冷静を取り戻すと同時に、彼女の容姿が俺の記憶とつながった。

 

「えっと、確かキミは1年の西木野さんだよな?」

 

俺が名前を言い当てたことが意外だったのか、少女は気が強そうなつり目を大きく見開く。

否定しなところを見るとどうやら正解のようだ。

 

「あ、やっぱりキヨちゃん知ってたんやね?」

 

「そりゃ、入学式で総代を務めてくれた子だからな」

 

そう、去年の俺と同じように新入生を代表してあいさつしてくれた子こそが俺の目の前にいる西木野真姫さんだ。

 

「ああ…驚かせてスマナイ。俺は高嶺清麿。そこの変態と同じ生徒会の人間なんだ」

 

ちょっとそれひどない?と希が頬を膨らませていたが適当にスルー。

おそらく穂乃果が言っていた西木野さんとは彼女のことだろう。

もしかして作曲の件でわざわざ足を運んできてくれたのだろうか。

 

「……どうも」

 

しかし当の西木野さんは俺たちから距離を取り、こちらの様子を窺うような視線で睨めつけてくる。

 

「あらら、ずいぶん警戒されたもんやね」

 

対してまるで他人事のように頬笑む希だが、誰のせいだと思ってやがる。

 

「もしかして穂乃果たちに用かな?話があるなら呼んでくるけど」

 

「ち、違うわよ!私はただ帰り道だから通りすがっただけ!別に練習を見に来たわけじゃないんだから!」

 

念のために確認を兼ねて訊ねればあらかさまに否定する西木野さん。

たがその顔は夕陽に負けないくらい羞恥で真っ赤に染まっているため説得力がまるでない。

 

「なるほど、ツンデレやね」

 

「そうか、ツンデレなのか」

 

「なんでそうなるのよ!イミワカンナイ!」

 

なんとなく希のボケに乗ってみれば間髪入れずに西木野さんが鋭いツッコミを炸裂させる。

素直じゃないところがちょっとティオに似てるかなと思いつつ、俺の周りに彼女のようなタイプはあまりいなかったから正直新鮮だったりする。

まあ、兎にも角にも彼女自身がそう言うなら仕方ない。

無理強いさせたところであの3人も納得しないだろうしな。

ここは素直に引き下がことにしよう。

 

「とりあえず何事もないようで安心したよ。じゃあ、俺は戻るけど西木野さんも気を付けて帰れよ」

 

特にどこかの誰かさんにはな、とあえて含みのある言い方で冷めた視線を送るが、事の発端である巫女姿の変態副会長さまはおどけたように小さく舌を出すだけ。

希らしいと言えばらしいのだが、今回ばかりは本当に心臓に悪かった。

できることなら自重してほしいのだが………無駄なんだろうなぁ。

内心でぼやきながら2人に背を向けてこの場を後にする俺は、戻るためには当然男坂の石段を登らなければいけないわけで……。

先のやりとりで脱力していたせいか、この時ばかりはただでさえ長い石段がさらに長く続いているように感じた。

 

                    ☆                  

 

さて、最初のトレーニングを始めてから3日が経過した。

その間も俺と海未の指導に穂乃果とことりは弱音を吐くことはあっても着実にトレーニングを熟している。

見かけによらず中々の根性を垣間見ることができたことにまずは人心地ついたある日の事だった。

俺たちは練習を始めるわけでもなく屋上に集まっていた。

原因はµ's宛に届けられた1枚のCD。

今朝、穂乃果の自宅に届いていたそうだ。

差出人不明の代物ではあるが、俺の心は不思議と期待で溢れていた。

緊張した面持ちで穂乃果がさっそくCDをパソコンに挿入する。

 

「それじゃあ、いくよ」

 

そして、誰もが固唾を飲んで見守る中、屋上の一角にピアノの伴奏が静かに鳴り渡った。

イントロから始まり、ピアノの旋律が奏でるメロディに歌声が乗る。

間違いない、西木野さんの声だ。

澄んだ声音が海未の歌詞を紡いでいく。

 

「すごい……歌になってる……」

 

「私たちの……」

 

「私たちの、歌……」

 

穂乃果も、ことりも、海未も、息をするのを忘れるほど聴き惚れている。

 

「ハハ……すげえや………」

 

気付けば心に思った事がそのまま言葉になっていた。

とても素人とは思えない完成度は余計な理屈が入り込む余地すら与えない。

それほどまでに俺の意識はピアノと歌声の世界に引き込まれていた。

穂乃果の言ったとおりだ。

まさかたった3日でここまでのモノを作り上げるなんて……。

なにより、俺たちのために作ってくれたという思いがうれしくてたまらない。

聴けば聴くほど感動で満ちていく。

すると、最初は茫然としていた穂乃果たちが立ち上がる。

どうやら3人にも本格的にエンジンがかかったようだ。

 

「さあ、練習しよう!」

 

今、俺たちの元にふたつの贈り物がある。

グループ名に関しては未だに誰が考えてくれたかはわからないが、間違いなく俺たちを応援してくれてる人たちがいる。

俺たちは確実に前に進んでいる。

―――――光が見えた。

 




『kira-kira sensation』が一番ガッシュとマッチしているんじゃないかと思う今日この頃、とりあえず今話からサブタイをつけることにしました。

ハイ、というわけで、真姫ちゃん初登場回いかがでしたでしょうか。
若干出番が少ないような気がしないでもありませんが、とりあえずは、やっと真姫ちゃんだせたぜ……。
次回では花陽とにこが出せるかなと思います。
ちなみに、ガッシュキャラの登場は原作4話後を予定しています。
今回は清麿との邂逅部分を特にこだわってみました。
ある意味で清麿らしさが出てるのではないでしょうか?

P.S.
今さらながらですが清麿の町はモチノキ町ということなので、この作品の穂乃果たちの住んでいる町はオトノキ町で行こうと思います。


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STAGE.13 星に願いを

月日が経つのは早いもので暦は5月。

さらに言えば新入生歓迎会、つまりµ'sの初ライブ前日となっていた。

今日までの約一ヶ月の間は西木野さんのおかげで歌やダンスの練習にも取り掛かることができたことが一番大きな進歩だった。

自前のデジカメでの撮影を繰り返し、慎重な打ち合わせと修正を重ねてきたおかげでどうにか完成にまで至ることができた。

もちろん基礎体力のトレーニングも怠ることはなく、特に穂乃果とことりの体力は当初とは比べ物にならない域に達している。

初ライブに関しては正式な部活動として認可されていないため歓迎会でのお披露目こそはできないが、講堂の使用の申請はすでに通っている。

ライブは歓迎会終了後の放課後に行う予定だ。

だが、ようやく練習の成果が芽を出し始めてきたと思った矢先の出来事だった。

 

「やっぱり無理です……」

 

海未が屋上の一角でふさぎ込んでしまっていた。

丁度、日陰の辺りで膝を抱えるせいかどんよりとした凹み具合が一層際立ってしまっている。

新入生歓迎会を前日に控え、生徒会の仕事を終えた後で様子を見に来てみればご覧の有様だったというわけだ。

 

「どうしたの?海未ちゃんならできるよ!」

 

「できます……」

 

「え?」

 

どうにかして元気づけようとする穂乃果に覇気のない声音が返る。

わずかにあげた顔から覗く双眸にはいつもの凛々しさが欠落していた。

 

「歌もダンスもこれだけ練習してきましたし……でも、人前で歌うのを想像すると………」

 

「緊張しちゃう?」

 

ことりの問いに海未は無言でうなずいた。

なるほど、どうやら本番直前という土壇場のタイミングで気持ちがナーバスになってししまったということか。

 

「そうだ!そういう時はお客さんを野菜だと思えってお母さんが言ってたよ?」

 

「野菜……?」

 

ひらめいたように説得を試みる穂乃果の言葉に海未は怪訝そうな面持ちでしばし思索に耽る。

そして――――

 

「私にひとりで歌えと!?」

 

「そこ?」

 

結果、どうやらデタラメな答えにたどり着いてしまったようだ。

一体何を想像したのか、怯えた悲鳴は穂乃果でさえあ然とさせていた。

 

「でも、海未ちゃんがつらいんだったら何か考えないと……」

 

「人前じゃなければ大丈夫だと思うんです!人前じゃなければ……!」

 

さすがのことりも危機感を露わにしているが、当の本人は元も子もない泣き言を零して耳を塞いでしまう始末だ。

今にも泣きだしてしまいそうなその姿は見ているこっちまでもいたたまれなくなってしまう。

まさか本番前のプレッシャーがここまで海未を追い詰めてしまっているとは………これは思った以上に重傷だな。

一応、海未には精神面のトレーニングに重きを置かせていたおかげですでにプレッシャーに対する耐性は身についているのだが、本人が自覚してないんじゃ意味がない。

練習の時はそんな素振りは見せていなかったから完全に油断していた。

気持ちが沈んだ海未に励ます言葉をかけようとしたその時、穂乃果が動いた。

 

「いろいろ考えるより、慣れちゃったほうが早いよ」

 

業を煮やした様相で海未の腕を掴んで強引に立ち上がらせると、困惑する彼女に言う。

 

「じゃあ、行こう!」

 

それはいつもと変わらない爛漫な笑みだった。

 

                    ☆

 

「じゃーん!ここでライブのチラシを配ろう!」

 

放課後、穂乃果に連れられて俺たちがやって来たのは日本最大の電気街、秋葉原だ。

俺は初めて訪れたわけだが、たった数分電車を乗り継いだだけで様変わりする景色に、本当に隣町なのかと疑ってしまうほど、鳴り止まぬ喧騒や人の往来は地元の比ではなかった。

 

「ひ、人がたくさん………」

 

海未も目の当たりにする規模のでかさに圧倒されてしまっていた。

 

「当たり前でしょ?そういうところを選んだんだから。ここで配ればライブの宣伝にもなるし、大きな声出してればそのうち慣れてくると思うよ?」

 

確かに穂乃果の言うことには一理ある。

一見して単純な考えかもしれないが、今の海未には多少荒療治の方が効き目はあるかもしれない。

 

「穂乃果にしては考えたな」

 

「でしょでしょ?どうかな?」

 

「俺は大丈夫だぜ」

 

「私も平気よ。でも、海未ちゃんが……」

 

そう言ってことりが苦笑を浮かべた視線を向けた先には―――

 

「あ、レアなの出たみたいです…………」

 

煌々と光を焚く街のど真ん中で見るも虚しくガチャポンの前にひとり暗い影を落とす海未がいた。

 

「う、海未ちゃん!?」

 

慌てふためく穂乃果の隣で俺は海未のぶっ壊れ様に俺は言葉を失った。

今までのわずか数秒でいったい何があったかはわからないが、恥ずかしがり屋も限界超えるとこうなっちまうんだな………。

こうして、穂乃果の作戦は始まる前から出鼻を挫かれてしまうのだった。

 

「ほら、見てください。野菜ですよ?野菜ひとりぃ、野菜がふたりぃ………ウフフフフ」

 

とりあえず海未、はやく戻ってこい!

 

                    ☆

 

秋葉原はさすがにハードルが高すぎたようで、俺たちは学校でチラシ配りを再開させることにした。

つーか最初からここでやればよかったんじゃないかと思ったが、今さら気にしても仕方ないか。

 

「ここなら平気でしょ?」

 

「まあ、ここなら……」

 

慣れ親しんだ場所であるためか海未はある程度の落ち着きを取り戻していたが、やはりまだ不安を完全に拭えていない様子だった。

 

「じゃあ、始めるよ!」

 

そんな彼女に構うことなく、さっそくチラシ配りを始める穂乃果は持前の前向きな性格のおかげか、先輩相手でも積極的に声をかけていく。

さて、俺も穂乃果に倣って始めるとしよう。

お願いします!明日µ'sファーストライブを行います!ぜひ見に来てください!ありがとうございます!明日ライブをやります!……………

チラシ配りを始めて数分、下校中の生徒に片っ端から声をかけてはチラシを配って回れば、生徒たちは物珍しそうに受け取ってくれている。

順調な出だしに心なしか安堵を覚えつつ、さて、海未はどうだろうか。

 

「………ぅ……………ぁ…………」

 

見れば、言葉にすらならないほど微小な声音を漏らすだけでただその場で立ち尽くす海未がいた。

 

「お、お願いします!」

 

それでもいざ意気込んで前を通りすがる女子生徒にチラシを差し出そうものなら、

 

「………いらない」

 

冷たい視線で一瞥しただけで素っ気なく一蹴されてしまうのだった。

今のはキツイな……。

 

「ダメだよそんなんじゃ!」

 

すぐに穂乃果が気落ちする海未の元に駆け寄り活を入れるが、それで彼女の戸惑いが消えることはない。

 

「穂乃果はお店の手伝いで慣れてるかもしれませんが、私は……」

 

「ことりちゃんだってちゃんとやってるよ?」

 

穂乃果の言うとおり、愛想のよい笑顔でチラシを配ることりの姿は堂に入っていた。

物怖じしないというよりは、かなり手馴れていると言った方が正確かもしれない。

 

「ほら、海未ちゃんも。それ配り終えるまでやめちゃダメだからね!」

 

「む、無理です!」

 

尚も暗い面持ちで弱音を吐く海未だが、穂乃果は挑戦的な視線を向けて、ニヤリと口角を上げた。

 

「海未ちゃん、私が階段5往復できないって言った時なんて言ったっけ?」

 

すると、穂乃果の煽るような目つきと含みのある物言いが癇に障ったのか、途端に海未が眉根を寄せた。

 

「………わかりました。やりましょう!」

 

言うや否や、海未は表情を引き締めて機敏な動きでチラシを配り始めた。

臆することのないその姿はさっきまでの弱腰を微塵も感じさせないほどだ。

 

「さすが幼馴染。上手いこと発破かけたな」

 

「えへへ~、イエイ!」

 

海未を促した前向きな変化に感心すれば、穂乃果は得意げにブイサインを掲げる。

幼馴染として相手のことを熟知している点では穂乃果も同じってことだな。

 

「あの……」

 

その時、鈴を転がしたような声音が俺の耳朶を叩いた。

振り向けば、眼鏡をかけたおとなし目な印象の少女が立っていた。

青色のリボンということは西木野さんと同じ1年生だ。

 

「ライブ……見に、行きます……」

 

気を抜けば聞き漏らしてしまうほどの小さな声だったが、少女はとても真摯な眼差しでそう言ってくれた。

 

「本当?」

 

「来てくれるの?」

 

「では、1枚2枚と言わずこれを全部――――」

 

「おいコラ」

 

パスン、と穂乃果とことりの顔が綻ぶどさくさに紛れて暴挙に及ぼうとした海未にはさすがの俺もハリセンを振り下ろせざるを得なかった。

 

「海未ちゃん………」

 

「わ、わかってます……」

 

これには呆れ果てた穂乃果の白い目に海未は肩をすぼめてしまう。

しかし、例え自分じゃなくても、こうして間近でファンがいることを実感するとうれしいものがあるな。

それがわかっただけでも今日の宣伝は有意義なものだったと言えよう。

 

                    ☆

 

 

新入生歓迎会と初ライブを明日に備え、部屋で寛いでいた夜のことだった。

 

『清麿くん!すぐに神社に来て!すぐだからね!』

 

穂乃果の言う神社言えば心当たりはひとつしかない。

突然の一方的な連絡を受けて俺たちは再び神田明神に集合していた。

どうやら穂乃果たちの間で、明日のライブの成功を願って願掛けを行おうという話になっていたらしい。

何事かと思い自転車をとばして来てみれば……人騒がせな奴らだよ、まったく。

 

「どうか、ライブが成功しますように……いや、大成功しますように!」

 

「緊張しませんように……」

 

「みんなが楽しんでくれますように……」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

手を合わせ、海未もことりもそれぞれの祈りを呟き、最後に穂乃果が締める。

いつかのように境内の前に並ぶ穂乃果たちから一歩下がった位置で俺も静かに瞑想を解いた。

 

「明日か……。楽しみだな」

 

3人が想いを重ねるように手を繋ぐ姿に微笑ましさを覚え、彼女たちと夜空を見上げれば宝石を散りばめたような満点の星空が広がる。

そういえば、こうして星空を意識するのは何年振りだろうか。

たまには神頼みではなく、星に願うのも悪くないかもしれないな。

願わくば、彼女たちの願いが叶いますように………。

もう一度、俺は噛みしめるように心の中で呟いた。




今になってラブライブとクロスさせるならファイズかドライブ辺りかな?と思う青空野郎です。
それに加えてこの作品を書いていると最近、清麿1年生時代から書き始めた方がよかったんじゃね?と考えつつ、ただ、今さら書き直すのも違う気がして………番外編とかで新しく作るか?

それはさておき、予告通りにこと花陽が出せました。
名前出てないけど……(笑)

とにかく、次回はようやくファーストライブだ!


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STAGE.14 ファーストライブ

「これで、新入生歓迎会を終わります。各部活とも体験入部を行っているので興味があったらどんどん覗いてみてください」

 

檀上に立つ絵里の演説で新入生歓迎会は滞りなく終了した。

さて、残るもう一仕事に取り掛かるとしようか。

 

「リハーサルとかしたいでしょ?」

 

「私たちも学校なくなるの嫌だし」

 

「穂乃果たちにはうまくいってほしいって思ってるから!」

 

穂乃果たちが最後の宣伝に出向いた時に手伝いに名乗りを上げてくれたのは、穂乃果の友人であり、クラスメイトでもある原ミカ、山本フミコ、三宅ヒデコの3人だ。

学校を救いたいと思ってるのはあいつらだけじゃない。

彼女たちも彼女たちなりの思いがあるということだ。

3人の協力を得て、俺も音響や照明の確認を無事に確認することができた。

講堂の放送室から会場を見渡す。

もうすぐここが生徒たちで埋め尽くされるんだろうな。

そんなことを思いながら俺は控室の前まで足を運んでいた。

最初はどうなることかと思ったが………もうすぐだ。

もうすぐ穂乃果たち、µ'sの頑張りが報われる時がやってくるんだ。

不思議と心がうれしさで高揚してくる。

俺がコレなら本人たちの心境はどれほどのものなのだろうか。

 

『海未ちゃん、かわいいよ』

 

『こうして並んで立っちゃえば恥ずかしくないでしょ?』

 

『……はい。たしかにこうしていると………』

 

扉を隔てた向こう側で3人の嬉々とした会話が聞こえてくる。

安堵とともに高ぶる心地を落ち着かせて、ノックして扉を開いた。

 

「3人ともそろそろ出番だぜ」

 

俺の目に飛び込んできたのは赤、青、緑、それぞれの衣装に身を包んだ少女たちだった。

 

「どう?似合ってる?」

 

スカートの端をつまんでことりが訊いてきた。

実際に実物を目にするのはこれが初めてだが………うん、3人ともすごく似合ってる。

派手すぎず、地味すぎず――――思わず見とれてしまうほどの可憐さがあった。

 

「おお、さすがだ―――――」

 

「いやああああああああ!」

 

「ホゴォッ!?」

 

しかし、俺が感想を述べようとした時、突然悲鳴を上げた海未にペットボトルを投げつけられてしまうのだった。

なんて世の中だ、ちくしょう……。

 

                    ☆

 

とりあえず穂乃果たちをステージまで見送って放送室に戻れば、予想外の人物が待ち構えていた。

 

「絵里……?」

 

本当に意外すぎて呆けた声が出てしまった。

 

「驚いた、てっきりもう帰ったんだと思ってたよ」

 

「生徒会長として結果を見定めなくちゃと思っただけよ」

 

思えば、新学期が始まってから生徒会以外でまともに会話するのはこれが初めてかもしれない。

壁にもたれかかり、俺を認めるなりわざとらしく溜め息を吐いて、いつになく冷めた声が耳朶を打つ。

少なくとも絵里はライブを楽しもうという気は微塵もないようだ。

まあ、それは本人の自由だし俺がとやかく言うことでもないか。

 

「本当にやるつもりなのね……」

 

「そのために頑張ってきたんだからな」

 

「そう。……でも、その頑張りは無駄に終わりそうよ」

 

退屈そうな絵里の言葉に俺はわずかに苛立ちを覚えたが、俺が問いただすことを見越してか、彼女は確信めいた視線で促す。

何気なく釣られて視線を巡らせて、俺は、今、初めて目にした。

 

「な………っ……!」

 

口から出たのはそんな掠れた声だった。

異様な緊張にのどが渇く癖に、全身からは嫌な汗が噴き出してくる。

わけがわからず俺は無意識の内に拳を握りしめていた。

俺の目に映ったのは穂乃果たちを迎えに行く前と同じ、閑散とした会場だった。

運命というものは、時に残酷な現実を突き付けてくる。

世の中は理不尽で溢れてる。

何度も目の当たりにしてきた。

そんなことは当の昔にわかっていたことだ。

わかっていたけど、なんで………なんで、それが今なんだよ!

全部、この時のために頑張ってきたんだぞ……。

どんなに疲れていても、どんなに弱音を吐いても穂乃果は懸命にトレーニングに励んできた。

ことりはステップを間違えれば、時間を見つけては練習を重ねていた。

本当は恥ずかしくてたまらないくせに、海未は自分が納得するまで何度も歌い直してきた。

曲だって、せっかく西木野さんが託してくれたってのに……。

あいつらはただ純粋に、自分たちの学校を救いたいと願っていただけなのに……この仕打ちはあんまりじゃねえか!

 

「残念だけど、これが現実よ」

 

起伏のない冷淡な声音が立ち尽くしていた俺の意識を現実に引き戻す。

だが、おかげでやり場のない怒りで荒れる心を落ち着かせることができた。

ここで憤りを感じたって何も始まらない。

拳から力を抜く。

 

「どうする?今ならまだ引き返せるわよ」

 

それはライブの中止を暗に示している。

確かに絵里の言うとおり、今すぐ事情を話してライブを中止することが得策かもしれない。

誰も見ていない今ならば穂乃果たちが負うダメージも最小限に抑えられるし、今後彼女たちが後ろ指を指されることのないように強引に理由を取り繕うことだって可能だ。

ライブだってまたの機会に改めればいい。

考えれば実に簡単なことだ。

――――――――――ふざけるな。

頭の中を駆け巡る言い訳を、胸の内に沸いて出る戯言を捻じ伏せ、俺は静かに席に着く。

 

「ここで逃げることは今までの俺を、あいつらを否定することになる。たとえあいつらを傷つけることになるとしても、俺は俺のやるべきことをやるだけだ」

 

もしかしたらそれはただの強がりなのかもしれない。

でも、これは彼女たちに課せられた最初の試練だ。

戦うのか、逃げるのか……。

あいつらはこれから直面する現実を前にして、果たしてどちらを選ぶのか俺には分からない。

それでも、俺は――――

 

「俺は、あいつらを信じる」

 

そう決めたんだ。

 

                    ☆

 

開演のブザーが鳴る。

ゆっくりと開く垂れ幕の中から3人が姿を現す。

だが、講堂に俺たちが望んでいたものは何もない。

注目も拍手も、喝采も熱狂も、声援も待望も、興奮も響きも…………何もない。

あるのは静寂という非常な現実。

最初は期待に胸を躍らせていたに違いない。

照明が照らすステージの上で、穂乃果は、海未は、ことりは、ただただ立ち尽くす。

自分たちが目にしている光景に困惑する彼女たちから笑顔が消える。

 

「穂乃果ちゃん……」

 

「穂乃果……」

 

海未とことりが悲痛で面を歪ませる。

宣伝に出ていたクラスメイトの3人も申し訳なさそうな面持ちを浮かべていた。

観客がいないなんて誰が予想しただろうか。

培ってきた想いを届ける相手はいないんだ。

つらくないわけがない。

 

「……そりゃそうだ」

 

誰もいない講堂を前に穂乃果は笑みを作って言葉を絞り出す。

 

「世の中そんなに甘くない」

 

だがその声は弱弱しく虚しく震え、やがて気丈な笑みも崩れていく。

そんな彼女たちの姿がいたたまれなくて目を逸らしたくなる、耳を塞ぎたくなる。

泣くまいと唇を引き結んでいたが、今にも堪えていた感情が決壊しようとしていた。

やっぱり、ダメなのか……そう思った――――その時だった。

 

「あれ?………ライブは?」

 

不意に響く少女の声。

声のする方―――講堂の入り口にいたのは昨日、見に来てくれると言ってくれた1年生の子だった。

 

「花陽ちゃん………」

 

穂乃果が花陽ちゃんと呼んだ少女は息を切らしながらもまだ状況を飲み込めていないのか、ライブが始まっていないことに戸惑いがちに手にするチラシを確認にいていた。

どうにも心許ない姿ではあったが、彼女は確かにµ’sのライブを見に来てくれた。

たったひとりだけれども、1と0違いが光となった。

なんだよ………やっぱりまだ、残されてんじゃねえか……。

 

「穂乃果!海未!ことり!」

 

たまらず俺はマイクのスイッチを入れて叫んだ。

 

「俺には、今お前らがどれだけつらい思いをしてるかは分からねえ。……でも、この日のためにどれだけ頑張ってきたかは知っている!」

 

この一ヶ月の間、ずっと見てきた。

ずっと見てきたからこそ、あいつらの努力を、願いをこんな理不尽で終わらせていいわけがない。

ここが踏ん張りどころなんだ……!

 

「都合のいいことを言ってるのはわかってる。……けど、今ここで逃げたらその先に光はねえんだ!お前らはひとりじゃねえ!まだ光は消えちゃいねえんだ!だから――――戦うんだ!」

 

もう、今の俺にはこんなことしかしてやれないけど………だからこそ羞恥なんてかなぐり捨てて俺は精一杯の声を届ける。

 

「戦って『答え』を出すために、お前らの覚悟を見せてくれ!お前らの中にある可能性を証明してくれ!お前らの心の力で、目の前の現実に打ち勝ってくれ!」

 

叫びは静寂に響いて消えていく。

今、彼女たちは何を思っているのだろうか……。

ただ、ここから先はあいつらにしかできないことだ。

後、俺にできるのは最後まで見守ることだけ。

 

「やろう!」

 

そして、聞こえたのは弱さの消えた穂乃果の声だった。

 

「歌おう、全力で!」

 

その姿は揺るぎのない決意に満ちていた。

 

「だって、そのために今日まで頑張って来たんだから!」

 

もう、その瞳に恐怖の色はない。

 

「歌おう!」

 

もう一度、強く呼びかける穂乃果の言葉に、海未とことりの瞳にも光が宿っていく。

俺は静かに拳を握る。

だが今度はさっきのように怒りにまかせたものではなく、湧き立つ喜びを噛みしめるように。

さあ、いよいよµ’sファーストライブの開始だ!

 

                    ☆

 

♪START:DASH ! !♪

 

曲が流れ、照明を落とした暗闇の中から青いスポットライトの光にやさしく照らされて3人の女神が現れる。

力強く歌声を響かせ、ひたむきに踊る姿は何よりも眩しく見えて……。

初めての披露に歌詞を忘れたり、ステップを踏み間違えたりするんじゃないかと気が気ではなかったが、同時に、不安以上に心が躍る。

ふと、会場の方に視線を移せば小さな影が花陽ちゃんの元へと駆け寄っていた。

友達だろうか、ショートカットの少女が花陽ちゃんに声をかけていたが、彼女は気付く素振りすら見せず、ただ一心に羨望の眼差しを穂乃果たちに向けていた。

少女も夢中になっている花陽ちゃんに倣ってµ’sのステージを不思議そうに見つめていたが、次第に整った双眸をキラキラと輝かせていた。

ん?今講堂の奥側の扉が開いたように見えたが………。

目を凝らせば座席の裏からひょっこりと顔を覗かるた少女がいた。

はて、彼女もどこかで見覚えがあるような、ないような?

怪訝に思っていると、その向かい側の入り口にこれまた見覚えのある少女が中の様子を窺っていた。

西木野さんだ。

最初は辺りを警戒している風だったが、徐々に引き寄せられるように講堂に足を踏み入れていく。

彼女もまた、素直じゃないなりに駆けつけてくれたんだな。

その表情がうれしそうに見えたのはきっと気のせいじゃないはずだ。

再びステージに目を向ける。

この会場には今、彼女たちの姿を見届けてくれる人たちがいる。

今、お前らにはどん底だった世界がどんな風に見えてるんだろうな………。

 

                    ☆

 

最後の伴奏が余韻を残して曲が終わる。

静寂が訪れるが、次の瞬間には持てる力を出し切った彼女たちに拍手が送られる。

ここにいるのは3人のクラスメイトに花陽ちゃんとその友達、西木野さんに今は座席に隠れて姿が見えない少女、そして俺の後ろにいる絵里だけだ。

会場を満たすには小さいかもしれないが、今この場では最大級の賛辞だ。

穂乃果も、海未も、ことりも、肩で息をしながらもその表情は晴れ晴れとしていた。

 

「っしゃあ!」

 

俺も込み上げてくる熱い感情に任せて拳を突き上げていた。

だが、達成感に浸っていたその時、感動の拍手の中に紛れて靴音が響く。

 

「生徒会長……」

 

穂乃果たちが見つめる先にいたのは至極真剣な面持ちで見下ろす絵里だった。

 

「どうするつもり?」

 

絵里の一声が水を打ったような静けさに冷たく木霊する。

 

「続けます」

 

急いで放送室を出る俺の耳に届いたのは力強い穂乃果の声音だった。

 

「なぜ?これ以上続けても意味があるとは思えないけど?」

 

「やりたいからです!」

 

間髪入れずに一言、穂乃果は絵里を見据えてはっきりと告げる。

 

「今、私もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんも……ことりちゃんも!」

 

穂乃果の言葉に迷いを振り払った表情で2人も頷く。

 

「こんな気持ち、初めてなんです!やってよかったって本気で思えたんです!今はこの気持ちを信じたい……。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って届けたい!今、私たちがここにいる、この想いを!」

 

そして穂乃果はその胸に秘めた決意をまっすぐ言葉にする。

 

「いつか………いつか私たち、必ず、ここを満員にして見せます!」

 

自らの意志で『答え』を出した姿を見て改めて思い、喜ぶ。

お前らを信じて、本当に良かったよ。

だが、穂乃果たちと同じように、絵里の意思も揺らぐことはなかった。

 

「そう。……でも、どんなに理想を掲げたって、必ず叶えられるほど現実は甘くないわ」

 

否定はしない。

目の前の現実を見れば、俺たちが進む道は思う以上に過酷なものになるに違いない。

これからもつまずいたり、転んだり、打ちのめされて悩んでいくのだろう。

それでも穂乃果たちは戦うことを選んだ。

だから、今度は俺の番だ。

 

「そんなことはわかってるさ」

 

途端に、鋭く研ぎ澄まされた蒼い瞳が俺を射抜く。

 

「それでも俺たちは前に進む。あいつらがあきらめない限り、俺たちが求める未来を目指して、またひとつひとつ積み重ねていくさ」

 

俺たちはこの敗北を絶対に忘れない。

 

「この敗北のスタートは、確実に大きな一歩になる」

 

今はこの胸に育んだ光を信じよう。

まだ、背伸びをする頼りない小さな芽かもしれない。

だが、いつか希望の花が咲くその日まで、今度は彼女たちとともに歩いていくさ。

 




清麿は基本苗字呼びなので、穂乃果のクラスメイト3人組の苗字はそれぞれの声優さんからいただきました。という時数稼ぎはさておき、最後まで読んでいただきありがとうございます。
まずは無事、ひとつめの山場を越えることができました!
今回は清麿がガッシュと戦うことを決意した場面(原作2巻:LEVEL.10 運命との戦い)とOP『カサブタ』を意識してみました。
これからも穂乃果たちと共に、水をやるその役目を果たしていく清麿の活躍も含めて楽しんでいただけると幸いです!
次回からアニメ4話に移ります。
ようやく本格的に真姫と花陽が登場するので次回もお楽しみに!


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STAGE.15 一夜明けて

さて、いきなりだがみんなはアルパカという動物を知っているだろうか。

南アメリカ大陸の、主にペルー南部に生息するラクダ科、ラマ属に属する動物である。

約2メートル程の全身から極めて良質な体毛を具えており、衣類を始めとする生活用品の加工利用の一役を買っている家畜の一種でもある。

と、とりあえず文学的な説明をしてみたわけだが、では今度はなぜアルパカの話題になるのかという疑問が浮上してくる。

これは音ノ木坂学院スクールアイドル『μ's』のファーストライブから一夜明けた昼休みの出来事なのだが、安心してくれ、別に現実逃避でもないし、その答え事態も至極簡単だ。

なぜなら――――

 

 

フェエエ~~

 

 

いかにも長閑を感じさせる鳴き声が耳朶を打つ。

そう、今、俺の目の前にそのアルパカがいるからだ。

正確には、音ノ木坂学院には白い毛並みのアルパカと茶色の毛並みのアルパカの計2頭が飼育されているのだ。

いかに世の中広しと言えど、アルパカを飼っている学校はおそらくここだけのものだろう。

そもそもなぜこの学校でアルパカが飼われているのか………誰もが抱く当然の疑問だが、その真相は依然謎のままだったりする。

そしてここにアルパカに魅了された少女がひとり。

 

「ふわぁ~~……ほえぇ~ん………」

 

もっさもっさとエサを頬張る白アルパカをことりがうっとりとした声音を漏らしていた。

 

「ことりちゃん最近毎日来るよね?」

 

「急にハマったみたいです」

 

そして俺は穂乃果と海未と並んで恍惚な表情でアルパカを見つめることりをただただ眺めていた。

 

「ねえ、チラシ配りに行くよー」

 

「あとちょっと~」

 

穂乃果がことりに呼びかけるが、当の本人は適当な生返事を返すだけでその場を動こうとはしない。

傍から見てもすごい執着ぶりだ。

 

「5人にして部として認めてもらわなくては、ちゃんとした部活はできないのですよ?」

 

確かに、µ'sがこれから本格的に活動するためには相応の場所が必要になる。

そこで行き着いたのがアイドル部の設立だ。

部活動ならば今後の活動の申請も通りやすいし、資金面も部費で補うことだってできる。

だが新しく部活を設立させるためには、まずは最低条件である5人以上の部員を集めなければならない。

現在µ’sは穂乃果、海未、ことりの3人、最悪俺も部員の頭数に入れるとしても4人。

当然、部活設立の条件をクリアするまでには至らない。

 

「うーん。そうだよね~」

 

これからのことを考えると一刻も早く部員を確保しなければならないわけなのだが、ご覧のとおり、アルパカに心を奪われたことりが忘我の世界に旅立ってしまっているため動くに動けないでいるのだった。

 

「かわいい……かな?」

 

「まあ、人それぞれじゃなないか?」

 

「えー?かわいいと思うけどなぁ~。首のあたりとかフサフサしてるしぃ」

 

穂乃果とともに訝しげな疑問を抱くが、そんな俺たちを尻目にことりは柵から身を乗り出してアルパカの首元に手を伸ばしていた。

 

「はあぁ~、幸せぇ~……」

 

フエエ~、と声を鳴らすアルパカをとろけきった面持ちで撫で回す姿はまんざらでもないご様子だ。

 

「ことりちゃんダメだよ!」

 

「危ないですよ?」

 

「大丈夫だよ――――ヒャウッ!?」

 

しかし穂乃果と海未が警告した束の間、ことりか小さな悲鳴を上げた。

白いアルパカがペロリとことりの顔を舐めたのだ。

そして不意のことではあったのだが、ことり以上に動揺を露わにする人物が約2名。

 

「ことりちゃん!?」

 

「あぅ……ど、どうすれば………!ここはひとつ弓で!」

 

「ダメだよ!」

 

 

グルウゥー!

 

 

なにやら物騒な発言をする海未と窘める穂乃果のやり取りを察したのか、唸るような鳴き声を上げて前に出てきた。

 

「ほら、変なこと言うから!」

 

獣特有の威圧感にさらにビクつく穂乃果と海未だが、お前らテンパりすぎだって……。

別にそこまで取り乱すこともないだろ?

 

「落ち着けって2人とも。たかが動物のしたことじゃないか」

 

ひとなつっこいやつだなー、と俺もアルパカに手を伸ばそうとした時だった。

 

 

ペッ

 

 

「「「あ……」」」

 

突如頬に不快な感覚を覚えたと同時、3人がいかにも苦々しい声を発する。

前に本で読んだことがある。

アルパカは身の危険を感じると威嚇、防衛のために唾を吐きかける習性があるらしい。

俺に唾を吐きかけたのはことりと戯れていた白いアルパカではなく、茶色のアルパカだ。

まあ、それはいいとしよう。

だが……俺、お前に嫌われるようなことを何かしたかな?

 

「あの、清麿くん?」

 

「………大丈夫だ。問題ない」

 

恐る恐る声をかける海未に俺はとても晴れ晴れとした笑みで応じる。

そうだ、落ち着けって俺、たかが動物のしたことじゃないか。

そっと唾を拭き取る……………ハハハ、くせえや。

ん?どうした3人とも、何をそんなに怯えた表情で俺を見てるのかな?

 

「ハハハハ。少し照れてただけなんだよなー?」

 

こみ上げる溜飲を下げるようにやさしく語りかける―――――

 

 

ブフーーーーー!

 

 

ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!!

 

 

「こんの毛ダルマがあああああああっ!」

 

わざとらしく鼻息を吹き出しながら浮かべる嘲笑に俺の怒りは臨界点を突破した。

 

「上等だコラ!表出やがれコンチクショー!」

 

「落ち着いてきーくん!相手はアルパカさんだよ!?」

 

ことりが庇うように両手を広げて立ち塞がり、拳を振り上げ怒りに任せて跳び掛かろうとする俺を穂乃果と海未が取り押さえてくる。

 

「そうです!それにさっきと言ってたことがメチャクチャですよ!?」

 

「うおおおおおおおおーーーーー!やかましい!」

 

見ろよ!あの野郎これでもかと口角を上げてニヤついてやがんだぞ!

あんな態度見せつけられて冷静でいられるわけねえだろーがあああああああああ!

 

「離しやがれ!あいつの毛、全部毟り取って八つ裂きにして燃やしてやらあああっ!」

 

「いけません清麿くん!動物虐待ですよ!?」

 

海未、お前さっき弓で仕留めようとしてただろ!?

 

「そうだよ!それにアルパカだよ?高級品だよ?燃やすなんてもったいないってば!」

 

「ツッコむところはそこですか穂乃果!?」

 

アルパカの飼育小屋の前で周囲の迷惑などお構いなしに騒ぐµ’s+俺。

気付けば事態が変な方向に進んでいるような気もする状況の中、ひとりの少女が俺たちの横を通りすぎた。

 

「よーしよし」

 

体操着にジャージ姿の彼女はまっすぐアルパカに近づくと、臆することなく茶色の野郎を撫でた。

奴も安心しきっているのか、彼女に身を委ねている。

 

「大丈夫、ことりちゃん?」

 

「うん………嫌われちゃったかな?」

 

「平気です。楽しくて遊んでただけだと思うから」

 

彼女には悪いが違うと思う。

ことりは驚いた拍子に尻餅をついただけで俺たちに外傷はない。

だが少なくとも、同じ遊ぶでも俺とことりとでその意味合いは全く異なっていると断言してもいい。

俺の憤りなど知る由もなく少女は慣れた手つきで水の容器を取り換えている。

 

「あれ、キミってたしか……」

 

「おー!ライブに来てくれた花陽ちゃんじゃない!」

 

「駆けつけてくれた1年生の!」

 

穂乃果とことりが笑顔を咲かせ、海未も合点が行った面持ちを浮かべた。

こうして顔を合わせるのは昨日ぶりになるか。

 

「ねえあなた!」

 

「は、はい……」

 

突然何を思ったのか、穂乃果が花陽ちゃんの肩を掴んだ。

そして、しどろもどろになる彼女に言う。

 

「アイドルやりませんか?」

 

直球だな、オイ。

 

「穂乃果ちゃん、いきなりすぎ……」

 

だが苦笑を浮かべる俺たちに構わずさらに詰め寄っていく。

 

「キミは光っている!大丈夫!悪いようにはしないから!」

 

「なんか、すごい悪人に見えますね……」

 

唖然とする海未の隣で俺も同意する。

鏡持ってきてやろうかと思うほど、花陽ちゃんを覗き込む穂乃果の顔には濃い陰りが生まれている。

 

「でも、少しぐらい強引に頑張らないと……」

 

………まあ、間違っちゃいないわな。

ここで正論持ち出されると返す言葉もない。

 

「あ、あの……」

 

すると、おずおずとした様子で花陽ちゃんが口を開いた。

 

「に、西木野さんがいいと、思います。すごく、歌、上手なんです……」

 

「そうだよね!私も大好きなんだ、あの子の歌声!」

 

西木野さんか……。

穂乃果の言う通り、µ'sの曲というのもあるが、彼女の作ってくれた『START:DASH!!』は俺の心にも強く印象に残っている。

彼女がメンバーに加わってくれれば力強い仲間になってくれることを確信している。

確信しているのだが………

 

「だったらスカウトに行けばいいじゃないですか」

 

「行ったよー?でも絶対イヤだって」

 

ということらしい。

 

「あ、スミマセン。私、余計なことを……」

 

途端に花陽ちゃんが自身の発言にバツが悪そうに戸惑う。

 

「ううん、ありがとう」

 

しかし落ち着かせるように彼女の手をやさしく掴んで穂乃果が返したのは屈託のない笑顔だった。

 

「かーよちーん」

 

と、校舎の方向から聞こえてくる第三者の声。

 

「早くしないと体育遅れちゃうよー!」

 

声のする方を向けばこちらに向かって大きく手を振る少女がいた。

彼女も体操着姿ってことは花陽ちゃんの知り合いか…………そうだ、確か花陽ちゃんと一緒にライブを見に来てくれた子だ!

 

「失礼します……」

 

花陽ちゃんも彼女の姿を認めると丁寧なお辞儀をして、少女の元へ向かっていく。

その子も軽くこちらに一礼すると花陽ちゃんと一緒に走って行った。

もう少しで昼休みが終わる、この場所にもう用はない。

 

「俺たちも授業が始まってしまう前に早く戻ろうぜ」

 

「はい」

 

「そうだね」

 

「うん………」

 

潔く昼休みの勧誘をあきらめてこの場を後にする俺たちだったが、穂乃果だけは花陽ちゃんたちが走り去っていった場所を見つめていた。




清麿が花陽のことを『花陽ちゃん』と呼称していたのはそれしか彼女の呼び名を知らないからです。
決して高校生になってチャラくなったわけではありません。

アルパカとのやり取りはウマゴンとのやり取りを想像していただければ相違ありません。
てか、そこをイメージしてみました(笑)

次回は再び真姫ちゃんと邂逅するお話です。

最後に感想、意見、リクエストなどなど、心からお待ちしております!


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STAGE.16 心の音

金輪際アルパカには近づかないと心に決めて放課後になった。

とりあえず、改めて今後の方針を話し合うために穂乃果の家に集合することに決めた後、穂乃果は穂むらの手伝いに、海未は弓道部に、ことりは一度自宅に帰ってから向かうということになった。

そして俺はというと………

 

「むー、やっぱけっこう難しいもんだな」

 

誰もいない音楽室でひとりピアノを弾いていた。

目の前の楽譜と睨み合い、つたない運びで鍵盤と格闘し、口遊みながら室内に木霊する調べは『START:DASH!!』のものだ。

だが慣れないことをしているせいか、かなりゆっくりな曲調にもかかわらず音の波は途切れ途切れで、途中で音程を外してしまうこともしばしば、はっきり言ってリズムもクソもない。

なんともぎこちなく、お世辞にも聴くに堪えない伴奏であることは承知しているが、別に誰かに聞かせてるわけでもないから大目に見てほしい。

それに俺は元々ピアノを弾くために音楽室に訪れたわけじゃない。

と言っても、今日その目的を果たせるかどうかは疑問だったりするのだが…………。

そんなことを思いながらどうにか最後まで演奏をやり遂げる。

最初は時間つぶしのつもりだったが、無意識のうちに熱中していたようで、引き終わると同時に一息こぼす程度の脱力感を覚えていた。

 

「ヘタクソなピアノね」

 

鍵盤から指を離して気を緩めていると、俺の心を代弁するような手厳しい言葉が飛んできた。

確かに、演奏と定義することすら烏滸がましい代物だったもんな。

そう思いながら苦笑を向けた先に仏頂面の西木野さんが立っていた。

 

「そうは言ってもピアノを弾くのは初めてなんだよ。その辺は勘弁してほしいな」

 

「……まあいいですけど。というか、なんで先輩がここにいるんですか?」

 

「ここに来れば西木野さんに会えるんじゃないかと思ってな」

 

別に隠すようなことでもないし、正直に答える。

前に彼女がよく音楽室でピアノを弾いていたことを穂乃果から聞いていたからだ。

当然、今日確実にここを訪れるという保証があったわけではないし、もしも現れなかったら素直にあきらめるつもりだったが、とりあえず無駄足にはならなかったようで秘かに安堵する。

だが俺の心境とは裏腹に、西木野さんは盛大な溜息を吐いていた。

 

「はぁ......。あの人の次はあなたってことですか?」

 

あの人というのは十中八九、穂乃果のことだな。

 

「何度来られても私はアイドルなんてやりませんよ」

 

ある種の敵意を視線に籠めて、表情を険しくさせる西木野さん。

そこには断固たる意思が露わになっている。

 

「違う違う。別に勧誘しに来たわけじゃないんだ」

 

あっけらかんとした俺の言葉に西木野さんは眉根を寄せる。

まあ、彼女が怪訝に思う気持ちがわからんでもないが、俺の思惑は全く別にある。

 

「どうしてもお礼を言いたくてさ」

 

「お礼?」

 

頷いて俺は楽譜を西木野さんに投げ渡した。

楽譜といっても『START:DASH!!』の音源をそのまま書き直しただけのノートなんだがな。

 

「キミのおかげであいつらは前に進むことができた。ホント、ありがとな」

 

緩い放物線を描いくそれを西木野さんが見事にキャッチするのを確認し、穏やかな心地で言葉にする感謝は紛れもない本心だ。

下手に対面を取り繕うだけ相手に失礼ってもんだろ。

 

「べ、別にわざわざお礼を言われることじゃないわ。あの時だってただの気まぐれよ!」

 

対して、西木野さんは照れているのかくるくると横髪をいじり始める。

なんとも初々しい仕草に自然と笑みが零れた。

そんな俺の反応が気に障ったのか、途端に西木野さんが半眼で睨めつけてきた。

だが頬が羞恥の赤に染まっているせいか、いまいち迫力に欠けてるんだよな。

 

「いや、スマナイ。知り合いに似てたから、ついな」

 

「~~~ッ!」

 

開き直る俺に耐えかねたのか、ごまかすようにノートに視線を移した。

すると、しばしノートに目を通していた西木野さんの整った容貌が驚いたものに変わっていく。

 

「………先輩は絶対音感でも持ってるんですか?」

 

「いや、全然」

 

西木野さんの疑問に即答、もちろん嘘は言ってない。

俺の返答に西木野さんはさらに大きく目を丸くする。

彼女の言うように絶対音感でもなければ音階を書き写すなんて芸当はまず不可能だ。

だが、当惑する彼女には悪いが正直に語るつもりはない。

お茶を濁す後ろめたさはあったが、これ以上下手に突っ込まれる前に話題を変えさせてもらおう。

 

「そうだ。よかったらさ、キミのピアノ聴かせてくれないか?」

 

「…………はい?」

 

俺の提案に一瞬で目を丸くする。

 

「初めてキミの作った曲を聴いた時、すげえ感動したんだ。だから今度は直に聴いてみたいなって」

 

ちょっとした好奇心から言ってみるが西木野さんはバツが悪そうにその場に佇んでいる。

音楽室から去ろうとする素振りも見せないし、……ならばここでひとつ発破をかけてみよう。

 

「あ、もしかして人前じゃ緊張してできないとか?」

 

「う゛ぇっ!で、できますよ、そのくらい!これでも昔はコンクールでいくつも賞をとってたんだから!」

 

わざとらしく煽るような含み笑いを向ければ、わかりやすいくらいムキになってピアノに歩みを進み始めた。

コロコロと表情を変える様子は見てておもしろい。

本当、いろんな意味で素直だ。

最後の抵抗のつもりか、西木野さんが何か言いたげな視線をぶつけてくるが、入れ替わるように近くの席に腰掛けて俺はただ促すだけ。

やがて諦めたように吐息を吐いて、西木野さんは瞑目し、静かに鍵盤に手を添える。

そして次の瞬間、音楽室にピアノの音色が駆け巡った。

 

―――愛してるばんざーい!ここでよかった―――

 

ピアノの旋律と並んで歌の詞が放たれる。

窓から差し込む陽の光を背に、ピアノと向かい合う彼女の姿はどこか神秘的で。

流れるように生み出される音の調べはとても心地よくて。

初めて聞く曲だったが、紡がれる歌詞も『START:DASH!!』とは違って、背中を押してくれるようなやさしさを感じさせてくれた。

目を閉じ、耳を傾け、俺は歌声と音の世界に心をゆだねていた。

 

                    ☆

 

西木野さんの歌声とピアノの後奏が重なって、演奏が終わる。

 

「………すげえな」

 

胸の高鳴りを強く感じながら、言葉になって出てきたのは初めて西木野さんの歌を聞いた時と同じ飾り気のない感想だった。

 

「なんていうか、うん…すげえや」

 

人間は本当に心を震わせるものを前にすると感情をうまく言葉にできないことがあるというが、今の俺の心情が正にそれだった。

だが、当の西木野さんはどこかうんざりとした面持ちを浮かべていた。

 

「西木野さんってやっぱ音楽の道を進んだりするのか?」

 

「………」

 

彼女の心境に違和感を覚えつつも興味本位に訊ねてみれば、陰りが生まれた表情で閉ざしていた口を開いた。

 

「私、将来は病院を継ぐことになってるんです」

 

「病院?」

 

「知らないんですか?西木野総合病院。あそこ、私の両親が経営してるんです」

 

「………え、そうなの?」

 

思いもよらぬ暴露に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

西木野総合病院って確か、御茶ノ水駅の近くにあるけっこうデカい病院だよな?

西木野さんがそこの跡取り......。

なるほど、ならば入試トップの成績も頷ける。

 

「ええ、ですから大学も医学部に決まってるので私の音楽はもうとっくの昔に終わってるんです」

 

「へえ、そいつはまたすげえな」

 

淡々と語る西木野さんに感嘆を感じるが、同時になぜか俺は彼女から目を離せないでいた。

沈んだようにうつむいた表情が俺の心に空虚を植え付けてくる。

 

「でも、それっておかしくないか?」

 

気づけば思ったことをそのまま口にしていた。

 

「病院継がなきゃいけないからって、音楽を終わらせなきゃいけない理由にはなんねえだろ?だったら――――」

 

 

ビギャァンンッ!

 

 

しかし、俺の言葉は突然の噪音によって掻き消されてしまった。

西木野さんが乱暴に鍵盤を叩き付けていたからだ。

 

「あなたに何がわかるんですか……?」

 

俺を射抜く視線には苛立ちが濃く表れていた。

 

「言われなくてもわかってるわよ、そんなこと……。でも仕方ないじゃない!そういう運命なんだから!親の期待を裏切るなんて私にはできないし、簡単に割り切れたら最初から苦労なんてしないわよ!なにも知らないクセに勝手なことばかり言わないでッ!」

 

音楽室に西木野さんの金切り声が響く。

………ああ、そうか。

そこで先ほどから感じていた違和感の正体がわかった気がした。

西木野さんの瞳に映るのは憂いの色だ。

彼女は将来、病院を継ぐことを受け入れていれようとしている。

そして、それと同じくらいに音楽が未練として心に棲みついているのだろう。

彼女自身、必死に言い聞かせようとしていても、やはり決別でしきれずにもがいている。

そこに俺が干渉してしまった。

整理しようとしている心境に赤の他人が必要以上に踏み込めば不快に思うのは当然だ。

でも、だからこそ、なおさらここで退くわけにはいかねえんだ。

 

「そうだな。確かにキミの言うとおり、俺にはキミの気持ちなんてわからん」

 

人は100%相手を思うことなんてできない。

さっきの言葉にだって俺個人の主観が含まれている。

故に西木野さんの思いを受け止めて、肯定する。

 

「だから今日、弾いてみたんだ」

 

「――――え?」

 

俺の言葉が予想外だったのか、西木野さんは再び呆けたような面持ちを浮かべた。

 

「今まで本気で音楽に心惹かれるってことはなかったからさ、実際に弾いてみればキミがどんな思いで作ったのかわかると思ったんだ」

 

「……それで、何かわかったんですか?」

 

「いや、これがまた全然。弾くので精いっぱいだったよ」

 

潔く両手を上げて降参の意を示す。

最初なんて、鍵盤の重さに戸惑いを覚えていた。

さらに力を入れて音を鳴らした時なんて、至極当たり前なことにちょっと感動したほどだった。

 

「けど、キミがピアノを弾いてる姿を見て、本当にピアノが好きなんだなってことはわかった。ピアノを弾いてた時の西木野さん、すごく楽しそうだったからさ」

 

演奏していた時の西木野さんには俺の存在なんてきっと目に入っていなかったのだろう。

それほどピアノに向き合っていた彼女の姿が深く印象に残っていた。

 

「さっきヘタクソって言ってたのだって、俺の伴奏に苛立ってたからなんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「そう言うのって、本当に音楽が好きじゃないとありえないことだと思うからさ」

 

第一、音楽がすきじゃないならわざわざ音楽室に来てまでピアノを弾く必要なんてないはずだ。

 

「言葉で強がっても、やっぱり心では捨てきれていない。……違うか?」

 

「………」

 

俺の問いに返ってくるのは無言。

だが、俺から視線を逸らす様子から肯定だと察する。

 

「だから、俺は自分で決めた未来のためだからって、好きなことを終わらせなくちゃいけないって考えは間違ってると思う」

 

「そんなのただのきれいごとじゃない……」

 

絞るような声音が音楽室に溶けて消えていく。

でも2人だけの静寂の中でその慟哭ははっきりと

耳朶を打ったからには聞こえなかったことになんてできないし、そもそも聞き流すつもりなんて毛頭ない。

 

「確かにきれいごとかもな」

 

なにより、目の前で悩み苦しんでいる奴を放っておくことなんて、俺にはできない。

 

「でも、たとえきれいごとでも、なにもせずに後悔するよりはずっとマジだ。少なくとも俺は、運命を理由に何かをあきらめたりはしない。そして、それはあいつらも同じだ」

 

まだやらなければならないことは山積みだが、あいつらのやる気はライブを終えてからも衰えを見せることはなかった。

 

「何事だってやってみなきゃわかんなえだろ?可能性がゼロじゃない限り、進んでみる価値はある。どんなにかっこ悪くても、本気で立ち向かえばまた違った『答え』が見えてくるもんなんだぜ」

 

その先にある光を信じて、俺もあいつらを信じて前に進むだけだ。

………さて、とりあえず目的は果たした。

もう長居は無用だ。

 

「ああ、そうだ。気が向いたらでいいからさ、メンバーになるとかならないとかそう言うの抜きにして、また今度練習見に来てくれよ。あいつらもきっと喜ぶから。じゃあな」

 

それだけ言い残して俺は音楽室を後にした。




本当はも少しコンパクトにするつもりだったんだけどな………。
今回は真姫ちゃん回パート2です。
こうやってひとりひとりスポットを当てた話を書いてると、なんとなくそのキャラルートを書きたくなってきます。
最初はそのつもりはなかったのですが、ポチポチと真姫ルートやことりルート用の話ができつつあったりします(笑)
もしかしたら外伝的な章を作るかもしれません。
まあ、そん時はそん時ということで。

次回は花陽が穂むらを訪れるお話です。
じゃそゆことで。ノシ


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STAGE.17 一抹の疑念

学校からまっすぐ穂むらに訪れた俺はそのまま穂乃果の部屋に向かう。

 

「穂乃果、入るぞー」

 

そう言って戸を開ければ、当然ながら穂乃果の姿があった。

ただ、少し様子がおかしい。

 

「穂乃果?」

 

「………」

 

声をかけてみても返事は返ってこない。

穂乃果はなにも映らないパソコンを前に口角を痙攣させたまま放心状態になっていた。

 

「おい、どうかしたのか?」

 

怪訝に思いながらも、近づいてもう一度声をかける。

 

「……清麿くん?」

 

すると向こうもようやく気付いたようで、焦りが覗える視線を向けてきた。

 

「うわあああああん!清麿くーん!」

 

そして視界に俺を認めるや否や、泣き叫びながら弾けるように飛びついてきた。

 

「ちょっ!穂乃果!?」

 

衝突する寸前に受け止めるが、体勢的には俺の胸に飛び込んできた穂乃果を抱き留めるような形になってしまっていた。

というか近い!

 

「お、落ち着けって!なんかあったのか?」

 

予想外の出来事にドギマギしながらも、再度問い直すと埋めていた顔を上げる。

 

「どうしよー!パソコンが壊れちゃったぁっ!」

 

そして、動揺する俺を涙目で見上げながら穂乃果が喚呼する。

 

「さっきから何度も電源入れてるんだけど、その度にウィ~って音が鳴ってすごく熱くなったと思ったら急に画面が真っ暗になっちゃうんだよ!」

 

ついには電源すら入らなくなってしまったと切羽詰まった説明を聞いていると、幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

なるほど、パソコンの故障ともなれば取り乱すのも無理はないな。

 

「ホントにどうしよう!もうすぐことりちゃんと海未ちゃんが来ちゃうし。私もすぐに店の手伝いしなきゃだし……」

 

穂乃果の言うとおり、このタイミングでパソコンが使えないというのは痛いな。

確かここの事務室にもう1台パソコンがあるがあれは持ち運びが利かないデスクトップ型だ。

それに事務室に屯すれば間違いなく仕事の邪魔をしてしまう。

どうしたものかと思いながらパソコンに目を向けてみる。

穂乃果が言ってた症状から思い浮かぶのは熱暴走による強制的な電源落ち。

念には念を入れて―――――試に俺も電源を入れてみるがやはり反応はない。

だが、同時に『答え』を得ることができた。

 

「これぐらいなら直せるぞ」

 

「え、本当に!」

 

俺の言葉を聞いて、途端に穂乃果が目を輝かせた。

 

「ああ、1時間もあれば直せる。少しかりていいか?」

 

                    ☆

 

「さて、始めるか」

 

穂乃果からふたつ返事で了承をもらい、居間に場所を移してパソコンと向かい合う。

道具も揃えたことだし、さっさと修理に取り掛かろう。

キーボードを外して内部の構造を露わにして最初に目に入ったのはCPUクーラーにたまったほこりだった。

部品交換や損傷がひどかった場合はことりにでも代わりのパソコンを持ってきてもらおうかと思ったが、改めて実物を目にして、中のメモリやハードディスクに損傷は見られないことに安堵しつつ、まずは掃除機でほこりを吸い取っていく。

 

「あれ、清麿さん来てたんだ?」

 

粗方目立つほこりを取り除いた後、排熱用のファンを基盤から取り外した時、後ろから馴染みのある声をかけられた。

振り返ると、そこには穂乃果と似た顔立ちの少女がこちらに顔を覗かせていた。

 

「よお、雪穂。お邪魔してるぜ」

 

あいさつを交わす少女の名は高坂雪穂、今年受験を控えた穂乃果の妹だ。

 

「なにやってるの?」

 

「んー?見てのとおり、穂乃果のパソコン直してんだよ」

 

「えっと、それって大丈夫なの?そういうのって一度分解したら修理出せなくなるんじゃ……」

 

「問題ない。この程度の機械の故障なら今までに何度も直したことがあるからな」

 

それに修理と言っても『能力』を使うほど損傷が激しいわけでもないしな。

簡単に受け答えを返しながら再び作業に意識を戻すと、興味深げな視線が手元をのぞき込んできた。

 

「清麿さんってホントなんでもできるよね。この前もウチのコピー機直してたし」

 

「まあ、元々こういう作業は得意だからな」

 

まじまじと感嘆を発する雪穂。

 

「そういえばお姉ちゃんから聞いたよ、昨日のこと」

 

「あー、あれなぁ」

 

昨日のµ’s初ライブに懐古の念を抱きながらも手は休めず修理を続行する。

ファンにたまったほこりを綿棒で取り除いていく。

 

「最初アイドルやるって聞いた時はどうなるかと思ったけど、まさか清麿さんまでお姉ちゃんに協力するなんて思わなかったな」

 

しみじみと意表の言葉をつぶやく雪穂だが、まさか彼女からもそんなことを言われるとは……。

 

「なあ、俺が穂乃果たちに協力することって、そんなに意外なことなのか?」

 

かつて希の他に原、山本、三宅をはじめとした何人かのクラスメイトにも同じことを言われたことがある。

素朴な疑問に雪穂はあっけらかんと答えてくれた。

 

「だって清麿さん、アイドルとか興味なさそうじゃん」

 

ごもっとも。

雪穂は物事を冷静に見極め、問題点を的確に指摘する現実的な一面を持っている。

姉妹というものはここまで違ってくるものなのだろうか?

いや、むしろ穂乃果が楽観的な分、真面目にならざるを得なかったと言うほうが正確か。

 

「なのに1からお姉ちゃんたちの特訓メニューを考えて、ライブできるまでに指導したんでしょ?」

 

「結果は散々だったけどな」

 

「みたいだね。でもお姉ちゃん言ってたよ?間違ったクセがあったらすぐに指摘してくれるし、初ライブの時も清麿さんが励ましてくれてうれしかったって」

 

「……ふ~ん、そっか」

 

平静を装って答えるが、内心うれしかったりするのか口元が緩んでいたのが分かる。

 

「それにネットではけっこう注目されてるみたいだよ?」

 

「は?」

 

しかし、次に発せられた言葉に思わず作業する手を止めてしまった。

 

「え?」

 

雪穂も俺の反応が予想外だったのか、キョトンと目を丸くしている。

 

「えっと、清麿さんもしかして知らないの?」

 

そう言って雪穂はしばしスマホを操作してこちらに差し出してくれた。

一言断って受け取ったスマホの画面には端末版のスクールアイドルのポータルサイトを経由した音ノ木坂学院スクールアイドルµ'sのページが映し出されていた。

これはいい。

そもそもこのサイトにµ'sのページを登録したのは他でもない俺自身だからだ。

問題なのはµ'sのページにアップされていた(・・・・・・・・)動画だ。

『音ノ木坂学院スクールアイドルµ’sファーストライブ』というタイトルに俺は目を疑っていた。

試に動画を再生すれば、流れる楽曲、メロディに合わせて3人の少女が紡ぐ歌詞と振り付けは見まごうことなき、昨日の初ライブの映像だ。

 

「これ撮ったの清麿さんじゃないの?」

 

「いや、違う。これは俺が撮ったやつじゃねえ……」

 

確かに俺は昨日の初ライブの様子を撮影していた。

それに昨日は映像の確認をしただけで、動画のアップロードは今夜海未とことりが来てから始めるつもりでいたんだが、現にスマホの画面にはµ’sの初舞台の映像が流れている。

ちなみに、雪穂の言ってたとおり動画の再生回数はもう少しで4ケタに達しようとしていた。

メッセージ欄にもたくさんのコメントが書き込まれている。

これを見ればあいつらきっと喜ぶだろうな……。

だが、込み上げてくるうれしさが胸の内に芽生えた疑念をかき消すことはなかった。

 

                    ☆

 

それじゃ、ごゆっくりーと言って雪穂が席を外して数分。

掛け時計の秒針が時を刻む音を聞きながらパソコンの修理は終盤を迎えようとしていた。

故障の原因はやはり、ファンにたまっていたほこりとCPUを冷やすためのヒートシンクに塗られていたグリスの固化が招いた熱暴走だった。

とりあえずグリスを塗り直し、分解した逆の手順でパソコンを組み上げていく。

最後に電源が入ることを確認してようやく修理完了!

息を吐きながら伸びをすると背中や指からポキポキッと音が鳴る。

ひとり達成感を感じていると、玄関の方から穂乃果の声が聞こえた。

ちょうどいい、報告がてら穂乃果の部屋に戻るとしよう。

玄関に顔を出してみると、案の定そこには三角巾に割烹着姿の穂乃果が立っていた。

穂乃果ー、と名前呼べば向こうも俺に気付くなりどうだったと駆け寄ってくる。

 

「もちろん、バッチリ直しといたぜ」

 

「ホントに!?ありがとう!さっすが清麿くん!」

 

たちまち綻ぶ穂乃果の笑顔を見てると、俺も頑張った甲斐があったなと思えてくる。

その時、ふと玄関に見慣れた2組の靴があることに気付いた。

 

「あれ、もう2人来てるのか?」

 

「ううん。海未ちゃんは来てるけど、ついさっき花陽ちゃんが」

 

は?と素直に感情が表に現れた。

 

「私、もう少しでお店の手伝い終わらせるから花陽ちゃんのことお願いするね。それじゃまたあとでねー!」

 

そして穂乃果は呼び止める間もなく店の方に消えていってしまった。

いやいや、初めて他人の家を訪れた後輩を放置するってどうよ?

俺はただただまごついていたわけだが、なおさらここにつっ立ってるわけにはいかなくなるな。

少し駆け足気味に階段を上り、廊下に出ると小さな背中をひとつ見つけた。

 

「えっと、大丈夫か?」

 

「せ、先輩?!」

 

声をかけると、花陽ちゃんは面食らった反応を返してきた。

彼女が立っているのは雪穂の部屋だ。

大方どちら部屋なのか迷っているといったところだろうか。

 

「穂乃果の部屋はこっちだよ」

 

そう言って、何気なく穂乃果の部屋の扉を開けたのが間違いだった。

 

「チャ~ンチャチャ~ララ~ン、ララララ~ン、チャ~ン!ありがとー!」

 

 

パタン

 

 

咄嗟に、されど静かに扉を閉めて一度情報を遮断する。

 

「……………」

 

危ねぇ……もう少しでパソコンを落とすとこだった。

さて、扉1枚を隔てていた向こう側で何が起きていたかを考えてみよう。

端的に言えば、海未がポーズの練習をしていた。

詳しく言えば、マイクを持つ手の小指を伸ばし、片足立ちの体勢で観客の前を想定しているのか本棚に向かって普段からは考えられないような完璧なアイドルスマイルで手を振っている海未がいた。

あんな姿、練習でも見たことねえぞ……。

穂乃果の部屋にただひとりという状況、あらゆるしがらみから解放された海未はとても輝いていた。

輝いていたのだがなんだろう、この猛烈な見てはいけないものを見てしまった感は……。

お互いのためを思って直ちにに見なかったことにしようと思ったのだが、すでに手遅れだったようだ。

 

 

ガララッ!

 

 

矢庭に開かれる扉。

そこにいるのは当然、海未。

だが前屈の体勢で前髪が垂れているためその表情を窺い知ることができない。

部屋の敷居を境に生じる明暗の演出が無言で佇む迫力を強調している。

冷や汗をかく俺の後方では、花陽ちゃんがおびえた表情で体を強張らせてしまっている。

気持ちはわからんでもない。

ああ、怖い……今の海未は本当に怖い!

身の危険を感じて一時退避も検討したが、今度はガラッと雪穂の部屋の扉が開かれる音が耳朶を打った。

雪穂、なんだその恰好は……?

唖然とする俺たちの前に姿を現したのは、タオル一枚で顔面にパックを張り付けた雪穂だった。

 

「「………見ました?」」

 

問いかけてくる2人の異様な威圧感に言葉が出ない。

特に、海未からはチャージル・サイフォドン並みの恐怖を感じたのだった……。

 




前回花陽が出張るようなことを言ってたような気がしましたが、どちらかというと今回は雪穂初登場回みたいな感じになりました。

予定通り執筆するってやっぱ結構難しいですね(笑)


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STAGE.18 迷いを晴らす可能性 

俺が恐怖を感じるなんて、いったいいつ以来だろうか……。

高坂家の廊下のど真ん中で俺と花陽ちゃんを挟む形で前方に海未、後方に雪穂が睨みを利かせていた。

まさに前門の虎、後門の狼状態。

なんて、冷静を装ってみたけど怖いもんはやっぱ怖い。

きっと今の俺は恐怖で顔をひきつらせていることだろう。

俺の後ろにいる花陽ちゃんに至っては、身を竦ませて涙目になっている。

彼女はすでにギリギリの状態だ。

さて、この状況をどのようにして打開するためにまずは後ろの関門を排除しよう。

 

「雪穂、とりあえず早く服着たほうがいいんじゃないか?」

 

「?………あっ、え、わ?!」

 

横目でそれとなく目のやり場に困ることをアピールすると、雪穂も我を取り戻してくれた。

こういう時は異性の目というものは都合がいい。

 

「し、失礼しました!」

 

状況を把握した途端に、慌てて部屋の中に引っ込む雪穂を見送る。

よし、狼は去った。

しかし、問題は目の前に立ちはだかるチャージル……じゃなかった、ただ静かに佇む海未だったりするんだよなあ……。

 

「覚悟はできてますね?清麿くん……」

 

オオオォォォォォォォオオオオオオオン

 

いや、だから怖えよ。

負のオーラを放つ海未に冷や汗が止まらない。

言葉を選べ、選択肢を間違えるな高嶺清麿。

 

「落ち着け、海未。確かにノックもせずに扉を開けた俺が悪かった。でもな、こういう時だからこそ振り上げた拳を下ろす勇気が必要なんだよ」

 

こんな争いは不毛なだけだ。

誰も幸せにならない、特に俺が。

 

「話し合おう。ほら、世界はこんなにも幸福で満ちているのだから!」

 

「何か言い残すことはありますか?」

 

どうやら弁解の余地はないらしい。

うん、最初からわかってた。

この手の怒りを収める方法はひとつしかない。

ならば俺は残された道を突き進むのみ!

覚悟を決めて、俺は――――

 

「この前ことりから聞いたんだが、ラブアローシュートだっけ?今度はそれでいくのもありだと思うな」

 

「天誅!」

 

「ほごあっ?!」

 

海未の手刀が脳天に直撃、そのまま廊下の床に沈む俺。

ああ、無情。

 

                    ☆

 

「ご、ごめんなさい……」

 

一応、事態が収拾した穂乃果の部屋で花陽ちゃん、もとい小泉花陽さんが申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。

確かにあの時の海未は本っ当に怖かった……。

同時に、ジンジンと痛むおでこを押さえながら思う。

……やっぱ俺悪くないよな?

 

「ううん、いいの。こっちこそごめん。でも海未ちゃんがポーズの練習をしてたなんて……」

 

苦笑から一転、店の手伝いを終えた穂乃果が含みのある笑みを向けるのは肩身を狭める海未。

 

「穂乃果が店番でいなくなるからです!」

 

たまらず憤慨する海未だが、羞恥のせいでまるで迫力がなかったりする。

 

「あ、あの―――」

 

「おじゃましまーす」

 

意を決して話しかけようとした小泉さんだったが、しかしタイミング悪く訪れたことりによって遮られてしまった。

一瞬の静寂に、戸惑う視線と期待の視線が交差する。

 

「え、もしかして本当にアイドルに!?」

 

「たまたまお店に来たからご馳走しようかと思って」

 

そう言って穂乃果が持ち出したのは穂むら名物、穂むらまんじゅう。略してほむまん。

おいしいよ、と薦めるだけあって最初食べた時なんて思わずうまいの言葉を口にしたほどだ。

 

「穂乃果、これ返しとくぜ」

 

全員揃ったところで、さっそくパソコンを穂乃果に手渡す。

 

「ありがとう。やー、急に壊れたときはどうしようかと思ったけど、清麿くんがいてくれて本当によかったよ!」

 

無邪気な笑みを浮かべてパソコンをテーブルに置く際、小泉さんがまんじゅうやせんべいを乗せた皿を持ち上げてスペースを確保してくれた。

 

「あ、ごめんね」

 

手を煩わせたことを謝罪ながら、穂乃果はパソコンの電源を入れてキーボードを叩いていく。

 

「それで、ありましたか?動画は」

 

「うん、ちょっと待ってねー。もう少しでページが……あった!」

 

パソコンを操作することしばし、目的のページを見つけた穂乃果に反応するなり、海未とことりが近寄っていく。

画面に映るのは先ほど雪穂に見せてもらったものと同じ、昨日のファーストライブの映像だ。

こうして見れば、ロクに技術も円熟していない段階で互いが互いに合わそうとしているせいか、返ってタイミングがずれてしまっている箇所がいくつも見受けられた。

所詮、一ヶ月程度のトレーニングは素人目で見てもわかるくらいのアラさをより明確に露わにしていた。

―――それでもこいつらはやりきったんだよな。

不安を振り切り、恐怖に打ち勝って、こうして自分たちの存在を知らしめることを成功させた。

 

「うわ~、こんなに見てもらったんだぁ……」

 

「誰が撮ってくれたのかしら?」

 

「すごい再生数ですね……」

 

画面を見つめる3人も当時を思い返すように感想を紡いでいた。

 

「ここのところ、きれいにいったよね!」

 

「何度も練習してたところだから、決まった瞬間ガッツポーズしそうになっちゃった」

 

ふと視線を巡らせると、穂乃果たちの横手から小泉さんが画面をのぞき込んでいた。

 

「あ、ごめん花陽ちゃん。そこじゃ見づらくない?」

 

「…………」

 

穂乃果も気づいて声をかけるが、小泉さんから返事は返ってこない。

両手に皿を持った体勢のまま、至極真剣に画面にくぎ付けになっている小泉さん。

その瞳に映るのは羨望か、憧憬か。

声も聞こえなくなるほど真剣なその姿を見てると感じるものがあった。

それは3人も同じだったようで、お互いに顔を見合わせている。

その後で同意を求めるように視線を向けてくるが俺もその意図を容易に察することができた。

もちろん俺に異論はない、首肯で応じる。

 

「小泉さん」

 

「―――は、はいっ」

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

 

海未に呼ばれて意識を現実に引き戻されて慌てる小泉さんに穂乃果が言う。

 

「でも私、向いてないですから……」

 

躊躇いをごまかすように小泉さんが愛想笑いで答えるが、まっすぐ見据えるまなざしが3つ。

 

「私だって人前に出るのは苦手です。向いているとは思いません」

 

「私も歌忘れちゃったりするし、運動も苦手なんだ」

 

「私はすごいおっちょこちょいだよ!」

 

欠点を挙げていく3人に物怖じした様子はない。

ちゃんと弱さを受け入れて前に進もうとしている証だ。

 

「でも……」

 

未だに逡巡しているようで、やはり小泉さんの瞳に差していた陰りの色が消えることはない。

そんな彼女を見て、ことりが立ち上がる。

 

「プロのアイドルなら私たちはすぐに失格。でも、スクールアイドルならやりたいって気持ちを持って、自分たちの目標を持ってやってみることができる!」

 

体全体で表現するようにして自分たちの可能性を伝えることり。

そして海未と穂乃果も生き生きとした笑みを浮かべて続いていく。

 

「それがスクールアイドルだと思います」

 

「だから、やりたいって思ったらやってみようよ!」

 

「もっとも、練習は厳しいですが」

 

「む、海未ちゃん……」

 

半眼で穂乃果に指摘され失礼、とばつが悪そうにする海未だが、彼女の言うことも最もだ。

いくら本職のアイドルよりハードルが低いことで知られるスクールアイドルと言えど、今のµ’sは駆け出しの新米グループであることには変わりない。

現時点の再生数だって、それがアドバンテージになっている部分が大きい。

 

「心配すんな。それをどうにかするのが俺の役目だ。そん時は俺がなんとかしてやるさ」

 

だからこそ、こいつらの決意を無駄にしないためにも、なおさら中途半端なことはやってられないんだ。

改めて俺たちは小泉さんと向き合う。

 

「ゆっくり考えて、答え聞かせて?」

 

「私たちはいつでも待ってるから」

 

俺たちの自信に満ちた様相を見て、小泉さんに笑顔が戻った。

 

「………はい」

 

そして迷いの晴れた笑みで、確かに頷いてくれた。

 




若干、鉄拳制裁キャラとなりつつある海未ちゃんに感慨深いものを感じるのは気のせいではないはずです。青空野郎です。

海未ちゃんといえばコツコツとためたラブカストーンで勧誘をした結果、海未ちゃんのSRが当たりました。
海未ちゃん推しの僕としてはテンション上がりまくりの一時でした。

次回は「まきりんぱな」編、完結......の予定。
ああ、はやくガッシュキャラ出してぇ……。


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STAGE.19 まきりんぱな

陽が落ちたオトノキ町の街路に2つの影が伸びる。

人気のなくなった町並みを俺は小泉さんと並んで歩いていた。

時間が時間だったこともあり、小泉さんを家まで送り届けることにしたからだ。

いくら地元だといってもひとりで帰らせて、もしものことがあったら目も当てられないもんな。

 

「小泉さんってアイドル好きなんだな」

 

「え?!あ、えっと、あのっ……その、すみません……」

 

「いや、謝られても困るんだが……」

 

「あぅ……」

 

普通に話題を振ったつもりだったんだが、思った以上に困惑させてしまったようだ。

無駄に落ち込ませてしまい、逆にこっちが申し訳なく思ってしまう。

苦笑を浮かべてその場を取り繕っていると、顔をうつむかせていた小泉さんが小さく口を開いた。

 

「………はい。ずっと小さいころからの、夢でしたから……」

 

「……そっか」

 

彼女の言葉に嘘はないのだろう。

小泉さんは心の底からアイドルという存在に憧れを抱いている。

穂乃果たちがメンバーに誘うのも単に数合わせのためなんかじゃく、彼女のアイドルに対する強い熱意を感じ取ったからだ。

 

「なら、今日穂乃果たちと話して、キミはどう思った?」

 

「えっと、それは……その………」

 

返ってきたのは何とも要領を得ない反応。

彼女自身、なんて答えればいいのか迷っているのだろう。

 

「……正直、怖いです」

 

焦らず小泉さんが話してくれるのを待っていると、とても弱弱しい声音でつぶやいた。

 

「怖い?」

 

怪訝に聞き返すと、小泉さんの表情に落ちる影がさらに濃くなっていく。

 

「私には、才能なんてないから……。ずっと憧れていたからこそ、私なんかができるのかなって……。もし失敗したらどうしようって考えると、すごく、怖いんです……」

 

眼鏡の奥の瞳に映るのは自分に自信が持てない心境と、一歩踏み出すことに対する不安。

 

「まあ、確かに気持ちだけじゃどうにもなんない時だってあるもんな。俺も昔はそうだったから、気持ちはよくわかるよ」

 

「先輩も、ですか……?」

 

「もちろん、アイドルになりたかった、ってことじゃないぜ?ただ、自分に自信が持てなかった時期があったんだ」

 

開き直る俺に、小泉さんは意外そうな面持ちを浮かべていた。

 

「やりたい気持ちはある。けど、先に言い訳が浮かんで、何もしない自分を正当化しようとする。そしてまた、自分にウソをついちまう。……そんなの、自分が一番よくわかってるのにな」

 

いつだってそうだ。

誰だって常に気持ちひとつで行動できれば人間苦労はしない。

人それぞれ境遇や価値観が違っても、根っこの部分はみんな同じなんだ。

 

「先輩は……」

 

「ん?」

 

「いやっ。えっと、その……そんな時、先輩はどうするんですか?」

 

おずおずと訊ねてる小泉さん。

その問いに逡巡することなく言い切った。

 

「考えないことにした」

 

「……え?」

 

「できるできないとか、そんなもん全部取っ払って、考えずに走ることにしたんだ」

 

「走る、ですか?」

 

「ああ」

 

呆けた小泉さんの視線を感じながら俺は夜空を見上げて、ひとつ深呼吸をして言った。

 

「もう考えるな!走ってしまえ!……そう言って昔、迷ってた俺の背中を押してくれた奴がいたんだ」

 

思えば、その言葉で俺は変われたんだ。

あいつの言葉が俺の心を導いてくれた。

 

「結局はさ、最初の一歩を踏み出すのはいつだって自分なんだよ」

 

だから、お前が教えてくれたことを、これからは俺が伝えてく番だよな――――ガッシュ。

 

「それがたとえどんなに怖くても、誰かが背中を押してくれれば最初の一歩を踏みだせる。だから、どんなに小さくたっていい。その先で泣いたっていいし、挫けたっていい。無理だと決めつけるのが一番ダメなんだ」

 

それにさ、と続けて小泉さんと向かい合う。

 

「さっき自分に才能がないって言ってたけど、そう思うのは自分や周りが気付いていないだけなんだぜ?」

 

俺の言葉に、驚いたように目を見開きながら小泉さんはじっと耳を傾けてくれている。

 

「穂乃果だってそうだ。周りの人を惹きつけ、心を動かす魅力を持っている。あれがあいつの才能だ」

 

一口に才能といっても、そこまでたいそうなことは必要ない。

周りに溶け込めること。

好きなことに没頭できること。

自分に正直でいられること。

誰もがあたりまえだと思ってることだって、立派な才能なんだ。

そして、才能は可能性でもあるんだ。

一度足を止め、俺は自信を持って小泉さんの瞳を見つめる。

 

「だからさ、自分に才能がないなんてことは絶対にない。大丈夫。キミにもちゃんと、デカい可能性が眠ってる」

 

誰にも文句は言わせない、たとえそれが小泉さん自身であってもだ。

ひどいエゴだといわれても関係ない。

泣き虫だったあいつは何度も立ち上がって可能性を証明してくれたんだ。

ガッシュと同じように、あいつらも自分の可能性を信じるなら、俺はその可能性を1%でも大きく引き出せるように全力を尽くすだけだ。

 

「後は自分を信じて、勢いに任せちまえばどうにでもなるさ。必ずやりとげてみせるぐらいの強気で丁度いいんだよ。いつだって最後に奇跡を起こすのはここに力があるやつなんだぜ」

 

絶対の確信を持って、胸を叩く。

そんな俺を見て、小泉さんは顔をうつむかせる。

だが、そこに戸惑いの色はなかった。

 

「やりたいからやってみる。考えずに走ってみる。……そんな考え方も、あるんですね」

 

噛みしめるように言葉を紡ぐ小泉さん。

そして、こちらを見上げた表情には笑みが戻っていた。

 

「ありがとう、ございます。少しスッキリしました」

 

俺と小泉さんの間を春の夜風が吹き抜けていった。

 

                    ☆

 

翌日の放課後、俺は図書室から新たに借りた本を携えて屋上に向かっていた。

すでに穂乃果たちは練習を始めている。

足早に歩いて、一階の渡り廊下に差し掛かろうとした時だった。

 

AhーAhーAhーAhーAhー

 

ふと耳朶を打つ、音階を踏んだ澄んだ声音に俺は歩みを止めた。

 

「……ぁーぁーぁーぁーぁー」

 

次に聞こえてきたのは先ほどとは違う柔らかなソプラノ。

気になって声のした方に視線を向けると、中庭に設置されてある木陰のベンチの前で西木野さんと小泉さんが向かい合っていた。

 

「AhーAhーAhーAhーAhー」

 

「アーアーアーアーアー」

 

先導する西木野さんに続いて、小泉さんもさっきより大きく発声する。

 

「いっしょに!」

 

「「AhーAhーAhーAhーAhー」」

 

そして、2人の少女が同時に奏でる歌声に、俺は聞き惚れてしまっていた。

へえ、西木野さんは知ってたけど、小泉さんもなかなかいい声してるんだな……。

 

「かーよちぃーん!」

 

西木野さんと小泉さんの美声の余韻に浸っていると、俺と反対側の方向からひとりの女の子が2人のもとにやってきた。

見覚えのあるショートカット、小泉さんとよくいっしょにいた女の子だ。

 

「西木野さん?どうしてここに?」

 

駆け寄るなり、少女はそんな疑問を口にした。

確かに、西木野さんと小泉さんなんて初めて見る組み合わせだもんな。

 

「励ましてもらってたんだ」

 

「私はべつに……」

 

小泉さんの微笑みに照れているのか、西木野さんは決まりの悪い表情で視線を泳がせる。

しかし、そんな彼女の反応に興味を示すことなく少女は小泉さんの手を取っていた。

 

「それより、今日こそ先輩のところに行ってアイドルになりますって言わなきゃ!」

 

「そんな急かさないほうがいいわ。もう少し自信をつけてからでも―――」

 

「なんで西木野さん凛とかよちんの話に入ってくるの!?」

 

留まるように説得する西木野さんだったが、癇に障ったのか少女は声を荒げて遮る。

………ああ、小泉さんの友達は凛っていうんだな。

そんなことを思いながら成り行きを見守っていると、西木野さんと凛ちゃんの言い争いはヒートアップしていく。

 

「別に!歌うならそっちのほうがいいって言っただけ!」

 

「かよちんはいっつも迷ってばっかりだから、パッと決めてあげたほうがいいの!」

 

「そう?昨日話した感じじゃそうは思えなかったけど?」

 

「あの……ケンカは……」

 

場を宥めようとする小泉さんだが、残念ながら彼女の言葉は2人には届いていない。

睨み合う2人に挟まれて小泉さんはただただあたふたとしていた。

 

「かよちん行こ!先輩たち帰っちゃうよ!」

 

「待って!」

 

腕を引っ張って小泉さんを連れて行こうとする凛ちゃんだったが、咄嗟に西木野さんがもう片方の手を掴んで押しとどめたのだ。

彼女の意外な行動に小泉さん、凛ちゃんとそろって面食らう。

 

「どうしてもって言うなら、私が連れて行くわ!音楽に関しては私のほうがアドバイスできるもし!µ’sの曲は私が作ったんだから!」

 

あ、勢い余ってとうとう言っちゃったよ西木野さん。

 

「え、そうなの?」

 

予想外の告白に小泉さんが一層大きく目を見開いていた。

 

「え?いや、えっと………っ!とにかく行くわよ!」

 

一度口にした言葉は戻せない。

結果、やぶれかぶれになった西木野さんは小泉さんの腕を引くという暴挙に出るのだった。

 

「待って!連れてくのは凛が!」

 

だが、先を行く西木野さんに凛ちゃんが並ぶ。

 

「私が!」

 

「凛が!」

 

私が!凛が連れて行くの!なんなのよ、もう!………

小泉さんそっちのけで口論する2人。

西木野さんも凛ちゃんも、小泉さんを思ってのことなのだろう。

ただ、小泉さん、今にも泣きそうな顔になってるぞ?

先を譲ろうとしない西木野さんと凛ちゃんに引きずられながらも抵抗を試みる小泉さん。

…………なにその修羅場もどき?

 

「だ、誰か………ダレカタスケテェエエエエ!」

 

そして今日一番の小泉さんの声が木霊するのだった。

 

                    ☆

 

「つまり、メンバーになるってこと?」

 

あの何とも言えない好況を目撃していた手前、放置するわけにはいかず3人を連れてきたわけだが………。

 

「はい!かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです!」

 

ことりの問いに答えたのは小泉さんの友達である凛ちゃん、もとい星空凛さん。

なんでも小泉さんと星空さんも幼馴染の間柄だとか。

穂乃果たちの前で半ば吊るしたような状態で小泉さんの腕を抱える西木野さんと星空さん。

2人にされるがままになっている彼女にちょっと同情してしまう。

 

「そんなことはどうでもよくて!この子はけっこう歌唱力あるんです!」

 

「どうでもいいってどういうこと?」

 

「言葉どおりの意味よ!」

 

一度は収まったと思っていたが、西木野さんと星空さんが再び口論で火花を散らせていく。

 

「あ……。私は、まだ……なんていうか………」

 

しかし、気持ちの揺れに苛まれている小泉さんを支えるのまた、西木野さんと星空さんの2人だった。

 

「もう、いつまで迷ってるの?絶対やったほうがいいの!」

 

「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやってみたほうがいいわ」

 

「で、でも……」

 

「さっきも言ったでしょ?声出すなんて簡単!あなただったらできるわ!」

 

「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっと、アイドルになりたいって思ってたこと」

 

西木野さんも星空さんも、小泉さんと真摯に向き合って精いっぱいの言葉を贈る。

 

「凛ちゃん……西木野さん……」

 

「がんばって。凛がずっとついててあげるから」

 

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」

 

3人の後ろに立つ俺に視線を向けて訴えてくる穂乃果たちに、このまま成り行きを見守るように促す。

すると、向こうも俺の意思を汲み取ってくれたようで、柔らかな笑みを浮かべてうなずいてくれた。

そして、意を決して小泉さんが前に出る。

 

「えっと……私、小泉……」

 

だが、それでも紡がれるのはとてもか細い声。

うつむき、戸惑いを見せる小泉さんに西木野さんと星空さんは歩み寄り――――

 

 

トン

 

 

やさしく彼女の背中を押し出した。

そのちいさなきっかけは小泉さんにおおきな変化をもたらした。

微笑む2人に送られて、もう1度前に歩み出る小泉さん。

涙を浮かべながらも、その瞳からは今度こそ迷いの色は消えて失せていた。

 

「私!小泉花陽と言います!1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです。でも……でも、アイドルへの思いはだれにも負けないつもりです!だから……µ'sのメンバーにしてください!」

 

それは彼女に訪れた、恐怖を乗り越えて最初の一歩を踏み出した瞬間だった。

 

「こちらこそ、よろしく!」

 

穂乃果たちもまた彼女の想いに答えるために、まっすぐ差し伸べていた。

小泉さんも手を伸ばし、そして、2人の手は確かに繋がった。

小泉さんの決断を後ろから見守っていた西木野さんと星空さんも感無量な面持ちを浮かべていた。

 

「かよちん、えらいよ……」

 

「なに泣いてるのよ?」

 

「だって……西木野さんも泣いてる?」

 

「だ、だれが?泣いてなんかないわよ!」

 

「それで、2人はどうするの?」

 

そんな2人にことりが声をかける。

 

「「え?どうするって……ええ!?」」

 

予想外だったのか、そろって声を上げる西木野さんと星空さん。

いろんな意味で息が合ってるよなこの2人。

 

「まだまだ、メンバーは募集中ですよ!」

 

海未とことりもまた西木野さんと星空さんに手を伸ばす。

しかし、2人は顔を見合わせながらもどうするべきか逡巡していた。

一歩踏み出すのに、細かい理屈なんていらない。

 

「もし一緒に進んでくれるなら、あとは俺が助けてやる。教えてやる。何とかしてやる」

 

だから―――そう言って、俺もまた、2人がしたように背中を押してやった。

 

「俺たちと一緒に戦おうぜ」

 

呆気にとられる2人に俺は不敵に笑って応じる。

あとは彼女たち次第だ。

そして、2人が決意を露わにするのに時間はかからなかった。

笑顔を浮かべて西木野さんと星空さんは海未とことりの手を取る。

こうして、夕陽に照らされた屋上で3人の少女は女神の仲間になった。

 




わーい、今回はなんか調子よかったから早めに投稿できたよ、わーい

とりあえずタイトル通り今回で「まきりんぱな」編を終わらせる予定でがんばったら5000字オーバー。
この小説では最長です。

今になって花陽は清麿にひと目惚れとか、実はA-RISEのメンバーのひとりが清麿と元クラスメイトとか考えちゃったり……。
後者ならまだ間に合うか?

とりあえず、次回はいよいよガッシュキャラの登場です!
誰が出るかは読んでからのお楽しみということで!


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STAGE.20 雨に誘われて

「それでは、メンバーを新たに加えた新生スクールアイドルµ'sの練習を始めたいと思います!」

 

練習着に着替えた穂乃果の第一声で廊下に集合したみなが一斉に注目する。

 

「いつまで言ってるんですか?それはもう一週間も前ですよ?」

 

「だってうれしいんだもん!」

 

少し呆れた様子の海未が小言を向けるが、穂乃果の面持ちは尚も明るいままだ。

西木野、小泉、星空の3人を新たにµ’sのメンバーに加えて一週間、穂乃果はずっとこの調子で練習前には必ずと言っていいほど先の号令をかけるのだ。

まあ、気持ちはわからんでもないが、本当によくあきねえよな。

 

「なので恒例の………1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「くぅううううう~~~ッ!」

 

これまた定着しつつある点呼に感極まって、ノートを抱きしめながら体をひねるっている。

俺はあくまでµ’sのメンバーではないので眺めているだけだ。

 

「6人だよ!6人!アイドルグループみたいだよね!」

 

「いや、お前らアイドルだろ」

 

「いつかこの6人が神シックスだとか仏シックスだとか言われるのかな?」

 

脱力を覚える俺の冷めた視線も、今の穂乃果はどこ行く風である。

 

「仏だと死んじゃってるみたいだけど……」

 

小泉が苦笑気味に的確なツッコミを入れるが、穂乃果には些末なことに過ぎない。

ちなみに、今の小泉はメガネを外している。

練習の邪魔になるという理由でコンタクトに変えたそうだ。

それだけでも練習に対する熱意が伝わってくる。

 

「毎日同じことで感動できるなんてうらやましいにゃあ!」

 

猫のような語尾を使うのは星空だ。

小泉曰く、幼少のころからほぼこれで会話を行っていたそうだ。

口調自体はガッシュや希で慣れていることもあるし、特に気にはならない。

 

「私、にぎやかなの大好きでしょ?それにたくさんいれば歌が下手でも目立たないでしょ?あと、ダンスを失敗しても―――」

 

「違うだろ」

 

 

スパン!

 

 

最初はともかく、その後の不純すぎる内容を、指を折りながら列挙していた穂乃果にハリセンを食らわせた。

 

「穂乃果……」

 

「冗談、冗談……」

 

「清麿くん、こうなれば失敗する心配がないくらいに穂乃果の練習量を増やすべきでは?」

 

「検討する余地はあるな」

 

海未が持ちかけてきた提案にわりと本気で即答する。

 

「だから冗談だってば!」

 

「そうだよ、ちゃんとやらないと」

 

「それより、練習。どんどん時間なくなるわよ?」

 

やんわりと注意することりに続いて練習を促すのは西木野だ。

横髪をいじりながらぶっきらぼうを装っているが、実際は毎日熱心に練習に取り組んでいる。

歌の練習に関しても西木野の意見を取り入れられたおかげで効率よく、かつ質の高い内容に仕上げることができた。

さすが経験者は違う。

 

「お?真姫ちゃんやる気マンマン!」

 

そんな西木野に星空が抱き着く。

しかし西木野は突然の接触に驚きを見せることはあっても、拒絶することはなかった。

この一週間で1年生組の仲が深まったことがよくわかる。

こうして距離感が縮まったことを実感し、新たな一面が見れるということがうれしく思う。

 

「べ、別に。私はただとっととやって早く帰りたいの!」

 

「またまた~。お昼休み見たよ?ひとりでこっそり練習してるの」

 

「な!?……あれはただ、この前やったステップがかっこわるかったから変えようとしてたのよ!あまりにもひどすぎるから!」

 

覗き込むような星空の視線にたまらずそっぽを向く西木野。

しかし、照れ隠しで矢継ぎ早に放った最後の一言で喪心する者がいた。

 

「そうですか……。あのステップ、私が考えたのですが……」

 

気づいた時には時すでに遅し。

海未のやつれた声音にこっちの気持ちまで沈みそうになってしまっていた。

その面持ちに生気はまるでなく、本人は笑顔を取り繕っているつもりかもしれないが、はっきり言ってかなり不気味だ。

 

「気にすることないにゃ!真姫ちゃんは照れくさいだけだよね?」

 

そう言って能天気に階段を駆け上がっていく星空。

続いて屋上を目指す俺たちだったが、星空が踊り場で振り返った時、みなの視線が彼女の向こう側に注がれていた。

不思議に思った星空も振り向いた先に気にあるのは踊り場に取り付けられた窓。

そこに映る景色は灰色の雲に覆われた曇天。

 

 

ザーーーー

 

 

「雨だ……」

 

そして耳朶を打つ雨音と窓にたたきつけられる雨粒に誰もが悲壮感を漂わせていた。

 

                    ☆

 

「どしゃぶりぃ……」

 

改めて屋上の扉の窓から外を覗き込む穂乃果がつぶやく。

 

「梅雨入りしたって言ってたもんね」

 

ことりの言うとおり、まだ5月の半ばであるにも関わらず今年は早めの梅雨シーズンが到来したと天気予報で言っていたことを思い出す。

 

「それにしても降りすぎだよ!降水確率60%って言ってたのに!」

 

なんだそのよくわからん理屈は?

西木野もあきれて溜息ついてるぞ。

 

「60%なら降ってもおかしくないんじゃない?」

 

「でも、昨日も一昨日も60%だったのに降らなかったよ?」

 

「つっても、所詮確率だからな」

 

「あ、雨少し弱くなったかも」

 

今度はことりの言葉を聞いた途端、穂乃果は扉を開けて屋上に飛び出した。

 

「ホントだ!やっぱり確率だよ!」

 

「これくらいなら練習できるよー!」

 

よかったー、と安堵の表情を浮かべる穂乃果の隣に星空も並ぶ。

 

「ですが下が濡れて滑りやすいですし、またいつ降り出すかも……」

 

海未が不安げな面持ちで灰色の空を見上げている。

俺も海未に賛成だ。

弱まったというだけであってまだ雨は降っている。

ケガでもしたらそれこそシャレにならんぞ。

しかし俺たちの心配を余所に穂乃果と星空の2人は屋上を駆け回っていく。

 

「大丈夫、大丈夫!練習できるよ!」

 

「ぅぅぅぅぅうううっ!テンション、上がるにゃあああー!」

 

あふれんばかりの活力を放つように叫びを上げるなり、星空は前方倒立回転跳びを披露する。

助走なしで、しかも2連続だ。

この一週間で分かったことだが、星空の運動神経はµ'sの中で群を抜いている。

水たまりを滑ることで、着地の際の勢いの殺し方も完璧だ。

もしかしなくても、星空もとんでもない逸材なのではないだろうか?

そして最後に水しぶきを上げながらにゃーん!と横ピースでフィニッシュを決める星空。

 

 

ザーーーーー!!

 

 

――――瞬間、待ち構えていたかのように雨は勢いを強めた。

おおう……なんか、全部台無しになっちまったな……。

星空、お前雨乞いでもしたのか?などと思ってしまうほどのタイミングの良さだったぞ。

 

「おーい、風邪ひくから早く戻ってこーい!」

 

おー、PVみたいでかっこいい!とはしゃぐ穂乃果たちを呼び戻しながら練習の中止を判断する。

 

「こりゃもう、今日の練習は無理そうだな」

 

「そうね、また明日にしよっか」

 

「えー、帰っちゃうの?」

 

「それじゃあ凛たちがバカみたいじゃん!」

 

「ああ、バカだ」

 

「バカなんです」

 

明確な中止ムードに不満を露わにする穂乃果と星空に海未とそろって容赦のない一言かます。

 

「ですが、これからずっと雨が続くとなると練習場所をなんとかしないといけませんね……」

 

「体育館とかダメなんですか?」

 

「講堂も体育館も、他の部活が使っているので……」

 

「でも、これから練習できないってのもマズいんじゃない?」

 

西木野の言うとおり、平日はともかく休日まで潰される事態は絶対に回避したい。

そのためにも何か手を打たねえとな……。

 

「練習場所、どうにかならないかな清麿くん?」

 

そこで俺に振るのか………と言いたいところだが、考えても見れば練習場所の確保も俺の役目でもあるんだよな……。

 

「そう言われてもな……。雨風をしのげて、ある程度の広さが確保された場所だろ?そんな都合のいい場所があるわけ…………」

 

その時、考え込んでいた俺の脳裏ににとある場所が浮かんできた。

 

「……あ」

 

「あるの!?」

 

俺の様子に穂乃果とが希望を見出すような反応を見せるが、すぐに頭を振って考えを打ち消す。

確かにあそこなら練習するための条件を満たしている。

ただ、あそこにこいつらを連れて行くことに抵抗がある。

ほら、意地悪く笑むあいつの姿が簡単に想像できるじゃないか。

できることなら個人的にあそこは避けたい……!

 

「いや、でも使わせてもらえる保証もないし。第一、俺ん家の近くだから少し歩くことになるぞ?」

 

「いいよそれでも!練習できないよりはずっといいもん!」

 

どうにか抵抗を試みるが、穂乃果はさらに笑顔を咲かせて食い下がってくる。

 

「この際、贅沢なことは言いません。練習できるなら是非その場所を紹介してくれませんか!?」

 

さらには穂乃果と同調するように海未も真剣なまなざしで詰め寄ってくる。

周りを見れば、ことりも、小泉も、星空も似たような面持ちでこちらを見つめていた。

西木野に至っては素っ気なさを装っているが、時折チラチラと期待を込めた視線を向けてきている。

…………………………ああ、ちくしょう!

俺個人の事情を優先してみんなの練習の妨げになるのもそれはそれで後味が悪い。

葛藤の末、自棄とまではいかないが、内にくすぶるわだかまりを振り払うように頭をかきむしりながら俺も覚悟を決める。

 

「わかった!聞くだけ聞いてみる!それでいいな!」

 

やぶれかぶれになりながらも俺は学内に設置された公衆電話に足を運ぶ。

俺、携帯持ってないんだよ………。

正直、あいつがOKを出してくれるかどうかはわからないが、とりあえず今日の中止を補うためでも自宅でできるトレーニングをあとで教えておくとしよう。

そんなことを思いながら公衆電話に小銭を投入してダイヤルをプッシュする。

そして数回のコールの後に回線がつながる。

 

『はい、もしもし。こちら―――』

 

受話器から聞こえる勝気な口調、それだけで電話の相手を容易に特定することができた。

 

                    ☆

 

翌日、その日はちょうど休日だったために朝から神社の前に集合という手筈になっている。

結果から言うと、あっさりと了承を得ることができた。

ダメ元で頼んでみたら「明日にでも来なよ」と色のよい返事がもらえたのは正直意外だった。

練習場所を確保できたとわかった時のみんなの喜びようと言ったら、恥を忍んだだけの価値はあったというものだ。

神社に着いた頃にはすでにみんなの姿があった。

どうやら俺が最後のようだ。

 

「よう。みんな、おはよーさん」

 

「あ、おはよう、清麿くん!」

 

「おはようございます」

 

「おはよう、きーくん」

 

「先輩、どうもです」

 

「おはようにゃ!」

 

「まったく、遅いわよ」

 

さっそくあいさつをすればすぐに各人各様のあいさつが返ってくる。

みんな心なしかうれしそうな表情を浮かべている。

まあ、ようやく雨の心配をせずに練習できる場所が見つかったんだ、反応としては当然か。

さて、見上げれば相変わらず灰色の空模様。

天気予報では午後から雨が降ると言っていた。

早く移動を開始したいところだが………そう思い神社の石段に視線を向けながら海未に訊ねる。

 

「で、どうする?とっとと終わらせるか?」

 

「いえ、今日はいいでしょう」

 

彼女もわずかな仕草だけで俺の意図を察してくれた。

さすがは海未だ。

海未の意外な返答に穂乃果が本当に!?と目を輝かせていた。

確かにあの石段の往復はキツイのは知っているが、反応が露骨すぎるぞ……。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 

「その代わり、練習場所までランニングです!」

 

その言葉を聞いた途端、イエイ!とハイタッチしていた穂乃果と星空の両名は顔面が蒼白させた。

なるほど、今日やる分の石段の往復を目的地までのランニングで補おうというわけか。

別に反対する理由はないが、ふと、気になることがひとつ。

 

「なあ、海未。それだと俺も走らなきゃならなくなるんだが………?」

 

事実、目的地の道筋は俺しか知らない。

ゆえに俺は道案内をしなくてはいけないわけで………。

 

「清麿くんもたまには走るのもいいんじゃないですか?」

 

有無を言わせない、とても素敵な笑顔で言われてしまった。

同情の目はない。

こんなことなら自転車で来ればよかったとひとり後悔する俺だった。

 

                    ☆

 

「ほら、着いたぞ」

 

µ'sを率いて俺たちは目的地に到着した。

 

「はへぇぇぇ、やっと着いたぁぁぁぁ……」

 

「疲れたにゃ~」

 

大きく息を吐きながら穂乃果と星空が背中合わせでその場にへたり込む。

他のみんなも乱れた息を落ち着かせるのに集中していた。

時間にして約30分。

それでも俺がペースを考えているのもあるが、みんなちゃんと着いてきた。

それなりに体力がついている証拠だ。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

「うん……なんとか、ね。疲れたけどいい気分転換にはなったかな」

 

呼吸を整える俺の確認にことりが答えてくれた。

そう言えば、みんなこっち(モチノキ町)に来るのは初めてなんだよな。

初めて見る景色に新鮮さを感じていたということか。

 

「それにしても、清麿くんもかなり体力あるんですね?」

 

「ハハ、まあな……」

 

汗を拭う海未の問いに不敵な笑みを浮かべて答える。

伊達に鍛えていたわけじゃないんだ。

と言っても、本格的に走りこんだのは約1年ぶりだ。

今日走ってみて、ガッシュが魔界に帰ってからのブランクを実感したのも事実だったりする。

これから俺もたまにはトレーニングに参加するか?

脳裏によぎる考えを隅に追いやりながら、改めて目的地の看板を見上げる。

『モチノキ町立植物園』

それがこの施設の名称だ。

 

「隣町にこんな場所があったんですね……」

 

小泉がまじまじとした視線を看板の文字に向けていた。

 

「ああ、ここにはいろいろと世話になってたんだ」

 

そう言って、さっそく人数分の入園料を支払って園内に足を踏み入れると、緑の世界が俺たちを出迎えてくれた。

 

「わあ、おっきな木!」

 

「おっきな葉っぱだにゃー!」

 

途端にさっきまでの疲れはどこへやら、目を輝かせる穂乃果と星空があちこちに走り回っていく。

ガッシュも似たようなことを言ってたな……。

 

「こら、2人ともはしゃがない!」

 

騒ぐ2人に注意する海未だが、彼女も興味深げなまなざしを園内に巡らせていた。

ほかのみんなも似たり寄ったりだ。

 

「ねえ、本当に使わせてもらって大丈夫なの?」

 

「ああ、心配ない。あまり騒がないって条件付きだがちゃんと話は通してあるから気にするな」

 

西木野の疑問に答えながら舗装された道を進むと、やがて芝生で覆われた広場にたどり着いた。

ここなら練習するのに支障はないだろう。

 

「よし、俺はここの人にあいさつしてくるからみんなは少し休んでてくれ」

 

みんなのもとを離れ、とりあえず目的の人物を探すために周囲を見渡す。

 

「本当、ここは変わんねえな。せっかくの休みなのに閑古鳥が鳴いてらあ」

 

移動するまでに視認できたのは5人程度。

梅雨入りしたせいもあるだろうが、相変わらずのがらんどうぶりだった。

 

「大きなお世話だよ。変わんないのはあんたも同じだろ?」

 

感慨深く思っていると、不意に背後から声をかけられた。

このやり取りも懐かしい。

 

「久しぶりだね、清麿」

 

「そっちも元気そうで何よりだよ―――つくし」

 

振り返った先にいたのは勝気な印象を抱く女性。

木山つくし、この植物園の管理人で中学からの俺の友人だ。

 

「あたしが元気なのは当たり前。あたしが倒れたら誰がここの植物の世話をするんだい?」

 

「違いねえ」

 

今から約3年前、ここは一度戦いの舞台になった。

それでも植物たちが元気に育っているのはつくしの尽力の賜物だろう。

さすがは植物の友達を自負するだけのことはある。

 

「それより悪かったな、急に変なこと頼んじまって。助かったよ」

 

「確かに、いきなり連絡よこしてきた時は何事かと思ったけどね。まあ、気にするな」

 

そう、µ'sの練習にここを使う許可を出してくれたのはこのつくしだったりする。

本当、つくし様々だ。

 

「それにしても、いったいどういう風の吹き回しだい?突然場所を使わせてほしいなんて」

 

つくしの疑問に思うのも当然だ。

昨日は必要最低限のことしか伝えていなかったため、改めて俺は事情を説明する。

俺の通う学校が廃校の危機に瀕していること、廃校を阻止するために宣伝を兼ねて穂乃果たちがスクールアイドルとなったこと、そして練習するための場所に困っていたことを話した。

 

「ふ~ん、なるほどね。ようするにまたやっかいなことに首突っ込んでるってわけだね」

 

つくしがどのように解釈したかは知らないが、別に間違ってはいないので一応肯定しておく。

 

「とにかく、ガッシュがいなくなっても元気そうで安心したよ」

 

「………まあな」

 

つくしには珍しい落ち着いた声音となにかを含んだような言い回しはそういうことか。

ある程度だが、つくしはガッシュの事情を知っている。

それでも尚、ガッシュを受け入れ、友達でいてくれた数少ない理解者でもある。

 

「あいつは今も向こうで頑張ってんだ。落ち込んでる暇なんてねえよ」

 

俺の中にはガッシュとの思い出とひとつの約束がある。

胸を張れる大人になって、いつかまた必ず再会すること。

約束を果たす時、俺はどんな未来に立っているのか、その『答え』はまだわからない。

それでも………いや、だからこそ俺は今できることに全力を尽くすだけだ。

 

「そっか」

 

落ち着いた笑みを浮かべて、つくしもまた、俺の言葉を受け止めてくれた。

 

「で、どの子が本命なんだい?」

 

「は?」

 

しかし今までの真摯な雰囲気から一転、予想外の言葉に俺は間の抜けた声を漏らした。

そこにあったのはなんともいやらしい微笑みだった。

出たよ………。

 

「またまた、どぼけちゃってぇ~。あんなにきれいどころをそろえちゃって、あんたも意外と隅に置けないね」

 

このこの~、と肘で腕をつついてくる。

 

「な!?べ、べつにあいつらはそんなんじゃねえよ!全員ただの友達だっての!」

 

「照れるな、照れるな。ほら、だれにもしゃべらないからお姉さんに正直に話してみなって?」

 

想像通りの意地の悪い笑みで近づいてきたかと思えば、今度は腕を肩に回してくる。

ああ、鬱陶しい!

 

「やかましい!とにかく話は通したからな!もう俺は行くからな!」

 

じゃあな!と腕を振り払い、これ以上の追及を逃れるために俺は足早に来た道を戻る。

横目で見れば、ニヤついた笑みで俺を見送っていた。

だからここに来るのは嫌だったんだよ……。

そうして、もといた場所に戻ればみんなは練習前のストレッチを終えようとするところだった。

だが、おかしい。

いるべきはずのµ’sのメンバーの内、約2名の姿がないことに気付いた。

 

「なあ、穂乃果と星空はどこ行った?」

 

俺の疑問に誰もが苦笑を浮かべる。

 

「えっと、穂乃果ちゃんと凛ちゃんなら果樹園を見てくるって言って、そのまま走ってちゃった」

 

代表して答えてくれたことりの視線を追えば、その先には『果樹園』と書かれた看板。

そういえば最近果樹園を導入したってこの前言ってたっけな。

なんだろう…………嫌な予感しかしねえ!

 

「ちょっとあいつら探してくる!少し待ってろ!」

 

それだけ言い残して俺は果樹園に向けて走りだす。

あいつらに常識があることを祈るばかりだ、ちくしょう!

 




冒頭は本編から拝借しましたが、内容の構成上、2つに分割すると前回に続いて大きく文字数更新してしまいましたとさ(笑)
文字数が多い割に早めに投稿できたのはあらかじめ使用するセリフを書き溜めていたからです。
どうしても上手く内容がまとまらない時はこうして時間をつぶしています。
今日までに時間がかかったのは最後のキャラ視点を海未で行くか、ことりで行くか悩んでたからデス!(わりとガチで)
…………やっぱことりで行くべきだったか?

さて、予告通り今回はガッシュキャラの登場です。
トップバッターはまさかのつくし!
はてさて、正解した人は何人いたのでしょうか?
恵たちのような主要キャラと比べてハードルが高すぎず低すぎずって感じでとりあえず、つくしの先発は作成当初から考えていました。
こんな調子でこれからも進めていく所存です。

次回はつくしとの出会いをきっかけにµ'sが清麿の過去に触れていくお話です。
お楽しみに!


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STAGE.21 近づく面影

「行っちゃいましたね………」

 

呼び止める間もなく清麿くんは穂乃果たちを探しに果樹園の方に走って行ってしまいました。

その行動の速さに私はただ茫然と見送るばかりです。

 

「みんな~、ただいま~」

 

タイミングが良かったのか悪かったのか、清麿くんの姿が果樹園の中に消えたちょうどその時、別の方向から穂乃果と星空さんが戻ってきました。

 

「いっぱい果物があっておいしそうだったにゃあ!」

 

弾んだ声音の星空さんの言葉を聞くと、どうしても2人に確認せずにはいられませんでした。

 

「一応聞いておきますが、勝手に果物を採ったなんてことはありませんよね?」

 

「大丈夫だよー。穂乃果だってそれくらいちゃんとわかってるんだから。それに周りに柵が張ってあったから採れるわけないよ!」

 

私の問いに、不満げに頬を膨らませる穂乃果。

柵がなければどうするつもりだったのでしょうか……?

彼が不安に思うのもわかる気がします……。

とりあえず、清麿くんの好意が無駄にならなかったことに安堵することにしましょう。

雨のせいで練習場所に困っていた私たちµ'sでしたが、清麿くんの案内で彼の地元であるモチノキ町の植物園を使わせてもらうことができました。

今日も空を見上げれば、いつ降り出してもおかしくないほど雨雲が立ち込めていましたが、ここはガラス張りの天井に覆われた屋内空間です。

公共施設の関係者に知り合いがいることに驚いたりしましたが、おかげで雨の心配をすることもなく今日は心置きなく練習に励むことができます。

さらに空調が調整されているおかげで、とても清々しい気分でいられます。

紹介してくれた清麿くんには感謝の一言に尽きますね。

 

「まあ、いいでしょう。それでは時間も限られていますし、さっそく練習を始めたいと思います」

 

そうして、本日の練習メニューを確認しようとした時でした。

 

「キミたちが清麿の友達だね?」

 

突然、初めて聞く声音が私たちの耳朶を叩きました。

声のした方を向くと、そこには白衣を着た女性が立っていました。

清麿くんの名前を口にしたということは、この人が昨日言っていたこの植物園の職員の方でしょうか?

 

「あたしはここの管理人をやってる木山つくし。よろしくね」

 

やはり思った通り、職員の方でした。

すでに清麿くんが話を通してくれていると思いますが、私たちも場所を使わせてもらっている側としてあいさつするのは礼儀ですよね。

 

「こちらこそ初めまして、私たちは――――」

 

「音ノ木坂学院スクールアイドル、µ's……だっけ?事情は清麿から聞いてるよ」

 

無意識の緊張を察してくれたのか、懇ろな微笑みで促してくれました。

サバサバとした気立てのおかげで調子も落ち着いたことですし、私は改めてあいさつを返します。

 

「園田海未と申します。本日は私たちのわがままを聞いていただきありがとうございます」

 

先導する私に続いて穂乃果たちも自己紹介を済ませていきます。

それを見て、木山さんは「お、礼儀正しいね」と感嘆していました。

この人が、木山つくしさん……。

場所を使わせてもらっているので当然といえば当然なのですが、昨日清麿くんとの電話口での会話を聞いていた時はとても親しい間柄であると推測できました。

 

「えっと、木山さんは清麿くんのご友人と伺っていますが……」

 

「まあね。あいつが中学の時からの腐れ縁ってやつだよ。それにしても……なるほどね~」

 

不意に木山さんが私たちを見渡したかと思うと、意味深な笑みでひとり納得していました。

悪意ではないと思いますが、別の意図を感じるのは気のせいでしょうか……?

 

「みんな学校を守るために集まったんだってね?清麿のやつ、なにか迷惑かけたりしてない?」

 

「いえ、そんなことはぜんぜん!むしろきーくんにはいろいろ助けてもらってばかりで……!」

 

「きーくん……?」

 

少々慌て気味にことりが答えましたが、木山さんはどこか気抜けしたような面持ちを見せました。

 

「―――ぷっ!」

 

しかし、それも束の間のこと。

こちらも怪訝に思っていると、木山さんは頬を膨らませながらプルプルと肩を震わせていました。

そして――――

 

「ぷっククク………クハッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

突然、木山さんの高らかな笑い声が植物園内に木霊しました。

唐突の反応に私たちはお腹を抱えながら笑い泣く木山さんをただただ見つめるばかりです。

ひーっ、ひーっ、と必死に笑いを堪えようとしている木山さんに困惑してしまう始末でした。

 

「あいつ、『きーくん』なんて呼ばれてるのかい?クッククブッ…ふー……はー、はー。いやー、ゴメンゴメン。別にバカにしたつもりじゃないんだよ」

 

ようやく落ち着いてきたのか、目元の涙をぬぐいながら呼吸を整えて木山さんの謝罪に苦笑を浮かべるので精一杯でした。

『きーくん』とはことりが清麿くんを呼ぶ時に用いる愛称です。

幼なじみである私から見ても珍しいことだとは思いますが、そこまで大げさにすることでしょうか?

 

「そっか、そっか。フフ、『きーくん』ねえ……。あいつのこと、そんな風に呼んでくれてるんだね」

 

すると先ほどとは打って変わって、とても落ち着いた声音で返す木山さんの面持ちは暖かさに満ちたものでした。

昔の清麿くん、ですか………。

めまぐるしく様変わりする反応を見てると、ついつい興味がわいてきました。

今さらですが、私は知り合う前の彼のことはよく知りません。

そして木山さんは私の知らない清麿くんを知っている……。

 

「昔の清麿くんってどんな子だったんですか?」

 

本当は褒められたことではありませんが、私は今日まで抑えていた疑問を訊ねていました。

私の質問に穂乃果たちの目の色が変わります。

やはりみんなも興味があるみたいです。

 

「んー……そうだねえ………」

 

何気なく問うてみたつもりでしたが、その瞬間、木山さんの雰囲気ががらりと変わったのがわかりました。

飾り気のない印象は影を潜めてしまい、水を打ったような静けさに包まれます。

やはり他人に訊くのは無粋だったでしょうか……。

ひとり不安に苛まれていると、やがて木山さんは柔らかな笑みを浮かべ、ゆっくりと閉ざしていた口を開きました。

 

「昔のあいつはなんて言うか……こっちから話しかけても顰めっ面しか浮かべない無愛想なガキだったよ」

 

「………ぇ?」

 

それは一瞬たりとも考えもしなかった、予想を大きく裏切る答えでした。

言葉を失った私はもちろん、他のみんなの反応も似たり寄ったりでした。

対して私たちの反応は想定内だったのか、木山さんは気にすることなく語ってくれます。

 

「あいつ、中学の頃は学校サボってよくここに来ててね。まあ、来たら来たで、いつもひとりで小難しい本ばっか読んでたっけねー」

 

サボりってことは不登校だったということですか……?

無愛想で不登校という過去に驚きを隠せない私たちでしたが、次に発した木山さんの一言がそれをさらに上回りました。

 

「あいつ ね……学校でいじめられて孤立してた時期があったんだよ」

 

いじめられていた……?あの清麿くんが……?

 

「いじめていた、ではなくてですか?」

 

「キミ、何気にひどいこと言うね……」

 

衝撃の事実に思ったことをそのまま言葉にしてしまい、木山さんに苦笑を向けられてしまいました。

とんでもない失言をしてしまった自分を心の中で叱責しますが、木山さんが口にした内容を理解するのにしばし時間を有しました。

 

「あいつ頭いいだろ?当時はそのせいで周りからかなり疎まれてたみたいでね」

 

木山さんの言うとおり、清麿くんは勉学において入試以降も1位の成績を独占しています。

ですが、普段から頭の回転が速く、どのような状況においても常に臨機応変に役割をこなす能力の高さを鼻にかけない気さくさを持ち合わせた人柄でもあります。

それは私たちのアイドル活動はもちろん、今までの日常生活の中でその才能を発揮していました。

実際に彼の機転の良さに何度助けられたことか……。

 

「それでも気にかけてくれる子はいたみたいだけど、その時にはすでにあいつは心を閉ざしちゃっててね......」

 

心を閉ざす………なぜかその一言が心に深く突き刺さりました。

中学生は心身ともに未成熟な段階ですが、それでもあの清麿くんがかつては不登校に追い込まれるまで荒んでいたなんて………今も半信半疑の心境です。

今の清麿くんを知っている私からすればまったく想像がつきません。

何気ない思い出話を想像したつもりがとんでもなく重い話になってしまいました。

みんなもどう反応するべきかわからないまま、木山さんの話を聞き入っています。

 

「たぶん、本当は怖かったんだと思うだよね」

 

「怖い、ですか?」

 

清麿くんの過去になにか思うことがあったのか、反芻する西木野さんに木山さんはうなずきます。

 

「信じていたものに突然裏切られて、なにを信じればいいのかわからなくなったままあいつも周りを蔑んでたら結局居場所をなくして……あたしもひとりぼっちになってたあいつをただ見ているだけで何もしてあげられなかった」

 

最後の言葉には木山さん自身の後悔の念が込められているように思えました。

ですが、当時の清麿くんは向けられる悪意に耐え切れず未成熟ゆえに逃げることを選んでしまったのだとしたら、新たに生まれた疑問がひとつ。

なら、今の清麿くんはいったい?

彼と知り合ってまだ1年程度ですが、それでも常に誰かの顔色を伺うような素振りは感じられませんでした。

まして、私たちが見ている笑顔が取り繕っているだけもまがい物だとはとても思えません。

 

「でもね、そんなあいつを変えてくれた子がいたんだよ」

 

私たちが抱く疑念を晴らしたその声音は、暖かく活き活きと弾んだものでした。

 

「いや、変えたというよりきっかけを与えたっていう方が正しいかな?最初の一歩を踏み出したのはあいつ自身だからね」

 

そう言いながら木山さんはポケットから取り出した携帯をこちらに差し出してくれました。

 

「ガッシュっていってね。清麿を振り回すぐらいにそりゃあ元気な子でね、あいつも弟みたいにかわいがってて、まるで本当の兄弟みたいに仲が良かったよ」

 

そこには苗木が植えられた植木鉢を抱えたひとりの男の子が映っていました。

太陽の光で柔らかく輝く金色の髪の毛、クリリとした大きな瞳にあどけなさを宿した顔立ちは若い、というよりはむしろ幼いという印象がしっくりときます。

ブローチの付いたマントのような紺色の衣服を纏った背丈は小学生……いえ、もしかしたらもう少し下かもしれません。

 

「わぁ……かわいい~」

 

写真の男の子、ガッシュくんを見て、ことりたちが笑顔を咲かせます。

私も眩しい笑顔に釘付けになっていました。

 

「信じられないでしょ?こんな小さな子が清麿の閉ざしていた心の扉を開かせただなんて。『清麿を鍛え直すためにやってきた者だ!』って言った時は思わず笑っちゃったけど……でも、あいつが変われたのもわかる気がする。それくらい、気持ちがいい、まっすぐでいい子だったよ」

 

「じゃあ、この子が……」

 

「にゃ?かよちんはこの子のこと知ってるの?」

 

「え、ううん。でも、前に先輩が迷ってた自分の背中を押してくれた子がいたって話してくれたことがあったから、もしかしたらって……」

 

小泉さんの話を聞きながら、そういえば前に清麿くんがそれらしいことを言ってたことを思い出しました。

 

『俺の友達にもいたんだよ。穂乃果に似て、自分に正直で、うらやましいくらいまっすぐな奴が』

 

思えば、あれはガッシュくんのことを言ってたんですね。

こんな小さな男の子が清麿くんを鍛え直して振り回していた、ですか……。

まだ少し信じられませんが、なぜかその光景を容易に思い浮かべることができました。

なるほど、確かに穂乃果みたいな子ですね。

 

「このガッシュくんは今どうしてるんですか?」

 

津々と穂乃果が率直な疑問をぶつけます。

みんなも待望のまなざしを向ける先で、しかし返ってきたのは寂しさを滲ませた声音でした。

 

「さーね。清麿が中学を卒業してすぐに元いた場所に帰るって挨拶に来て……それっきり」

 

「そう、ですか……」

 

木山さんの返答に穂乃果の表情が沈んでしまいました。

私も期待していた分、何も言えなくなってしまいました。

 

「前に清麿が話してくれたことがあってね。俺が中学を卒業できるのはガッシュのおかげでもあるから、あいつには最後の姿を見届けてほしいんだって。……きっと、あいつにとっては卒業よりもガッシュと別れることの方がつらかっただろうね」

 

それだけ清麿くんがガッシュくんのことを大切に思っていたということでしょう。

ですが、そのガッシュくんはもうここにはいない。

いったいどれほどの勇気を必要としたのでしょうか……。

もしも穂乃果やことりと離れ離れになるようなことになれば………正直、考えたくもありません。

 

「でも、ガッシュと出会ってあいつは本当に変ったよ。いじめを克服して、大切なことに真正面から向き合えるようになった。本当に強くなったよ」

 

それはよくわかります。

清麿くんの打算的ではなく純粋に人と関われる誠実さは間違いなく本物です。

ですが、人の過去を知るだけでここまで印象が変わってしまうなんて思ってもみませんでした。

清麿くんだって悩む時もあれば、悲しむ時もある。

至極あたりまえのことですが、私は心のどこかで美化しすぎていたのかもしれません。

しかし、今まで大きく感じていた彼に少し近づけたような気がして、私の中は驚き以上にはうれしさで溢れていました。

 

「そして、今もあいつがあいつでいられるのはキミたちのおかげでもあるんだろうね」

 

「私たちがですか?」

 

意外な一言に戸惑いを覚える私たちに木山さんはとても誇らしげな笑みで頷きます。

 

「清麿を受け入れて、真正面から向き合ってくれている。きみたちの誰かを思うその優しさは間違いなくあいつの支えになってるはずだよ。そういう気持ちを、あいつは本当に大切に思ってるからね」

 

実は、今まで清麿くんに頼り気味になっていたことに引け目を感じていた私にとって、その言葉は強く胸に響きました。

言葉通り、私たちのがんばりが清麿くんの支えになっているのだとしたら本当にうれしいです。

まるで心が温かくなる心地でした。

 

「あたしが言うのはお門違いかもしれないけど、これからもあいつと友達でいてあげてね」

 

そう言って私たちに微笑みを向ける木山さん。

彼女もまた、誰かを思いやることができる誠実な人でした。

おかげで、清麿くんの強さを知ることができました。

今日はここに来て本当に良かったと思います。

 

                    ☆

 

ひと通り果樹園内を巡ってみたが穂乃果と星空の姿は見当たらず、もしやと思って引き返してみれば案の定2人は元いた広場に戻っていた。

そこにつくしがいたことに特段驚きはない。

だがなんだろう、この全身に纏わりつくような嫌な予感は………。

妙な胸騒ぎを感じつつみんなの元に足を向けると、つくしも俺を見るなりこちらに歩み寄ってきた。

 

「なんか話してたみたいだな」

 

「まあね。あいさつがてら少し話してみたけど、いい子たちじゃない」

 

それとなく探るように問うてみれば返ってきたのはあっけらかんとした口調。

だが、それでも嫌な予感は拭えないでいる。

 

「変なこと吹き込んでねえだろーな?」

 

「さあ、どうだろうね~?ま、あとはがんばんなよ、きーくん」

 

肩に手を置きながらつくしが横を通り過ぎていく。

なんとなく振り向けば、つくしはこれでもかというぐらいにニヤついた笑みを張り付けていた。

ちなみに、あいつに『きーくん』呼ばわりされたことに羞恥を覚えたのはここだけの話だ。

同時に、俺の中で蠢いていた嫌な予感が肥大化していくのが分かった。

なぜか重くなる足取りで合流すれば、俺を出迎えたのは不自然なほどに優しい笑みを浮かべたµ'sの面々だった。

 

「えっと……なんかあったのか?」

 

いかにも白々しい問いをしてみれば、最初に穂乃果が答えた。

 

「ん~、そうだねー。つくしさんからいろいろ教えてもらったよ、ガッシュくんのこととか!」

 

そこで俺はすべてを悟った。

 

「昔のきーくんのこととか、ガッシュくんのこととか、もっと教えてほしいかな~」

 

「いや、それよりもさっさと練習はじめようぜ。な、海未?」

 

追い打ちをかけてくることりをやんわりと受け流しながら俺は海未に助けを求める。

そして海未はとても素敵な笑顔で口を開いた。

 

「私もすごく興味があります。ぜひ話しを聞かせてください!」

 

そんなバカな……!

1年生組の反応も言わずもがな。

つまり、今この場に俺の味方はひとりもいないということだ。

奴のことだ、こうしている今もどこかでほくそえんでいるに違いない。

おのれ、つくし……後で覚えていやがれ!

乾いた笑みを浮かべる俺の悲痛が届いたのか、ちょうどその時、植物園の外で雨が降り始めた。

 




話の構成上、前話の一部を削り、改変しました。
まずは僕の判断で読者のみなさまを混乱させたことをお詫びします。

2度目の海未視点でいった第21話です。
今話でμ'sは清麿の過去とガッシュの存在に触れることができました。
自己解釈を入れたところがありますが、清麿の過去に関する描写や、海未の感情の変化など、今回は全体を通して話の展開に苦戦させられました。
うまく書けたかどうか、正直不安でたまりません……(笑)

さて、次回はにこ登場回です。
かいつまんで言うと、にこ登場→清麿暴走→μ'sドン引き………な感じになります。
お楽しみに!


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STAGE.22 にこ襲来

梅雨が本格化してきた6月のある日の放課後。

勢いを増す雨足のせいで本日の練習も中止、手持無沙汰となった俺とµ'sのメンバーは近所のファーストフード店に集まっていた。

 

「むぅぅぅぅ………」

 

じめじめとした湿気を鬱陶しく思う俺の真正面で、窓を叩く雨粒を背にして穂乃果が不機嫌を露わにしながらポテトを貪っていた。

仮にもアイドルがそんなことしていいのか?

 

「穂乃果、ストレスを食欲にぶつけると大変なことになりますよ?」

 

「雨、なんで止まないの?」

 

「私に言われても……」

 

俺の隣で注意する海未だったが、理不尽極まりない返答に辟易としていた。

 

「練習する気マンマンだったのに天気ももう少し空気読んでよ、ホントにもう……!」

 

本来ならまたメチャクチャなことを、と呆れるところだが、今回ばかりは正直穂乃果に同意だ。

雨のせいでただでさえ少ない練習時間が削られる上、その度に練習メニューの変更やスケジュールの調整に悩まされるハメになるんだよな……。

 

「だからってヤケを起こすな。またこの前の書き込みみたいなことを言われるぞ?」

 

あれは1年生組がメンバーに入った直後のこと。

新たに更新したµ'sのホームページに、ひとつのコメントだった書き込まれていたのだ。

『アイドルを語るなんて10年早い!(((┗─y(`A´ ) y-˜ケッ!! 』

決して気分のいい内容ではないが、いちいち気にしていたらキリがないのも事実だ。

あー!ウンチウンチ!うるさい!

脳裏に浮かび上がるコメントを適当に隅に追いやっていると、隣からそんな会話が聞こえてきた。

いくらなんでも飲食店でウンチはないだろ……。

気が滅入る思いでポテトを咥えると、丁度注文したセットメニューを持ったことりと小泉が合流してきた。

 

「穂乃果ちゃん、さっき予報見たら明日も雨だって」

 

「えー……あ~あぁ~……」

 

ことりに告げられた悲報に落胆の息を零しながら穂乃果がポテトを頬張る。

しかし、咀嚼し、嚥下した後で再びポテトに伸ばした手が止まった。

 

「………あれ?」

 

彼女が不思議そうに見下ろす先にあるのは空っぽになったポテトの容器。

なくなった……と呟きながらしばし容器を見入った後、断定したかのように俺を睨めつけてきた。

 

「清麿くん食べたでしょ!」

 

「……はあ?」

 

在らぬ疑いに一瞬理解が遅れてしまった。

 

「なんで俺がお前の分にまで手を出さなきゃならねえんだよ?」

 

ひとりで勝手に不貞腐れた内に、ついには自分で食べた分も忘れたのかこいつは?

脱力しながら反論していると、俺の視界で何か白い影がチラついたのが見えた。

 

「………?」

 

何気なく視線を下すと今度は俺のポテトが容器から姿を消していた。

…………ちょっと待て、ついさっきまで半分は残ってたはずだぞ?

 

「穂乃果、お前まさか!」

 

「わ、私は食べてないよ!?」

 

今度は俺の疑いの眼差しに穂乃果が慌てて無実を主張する。

 

「そんなことより練習場所でしょ?平日は植物園まで時間がかかるわけだし、教室とか借りられないの?」

 

しかし、俺と穂乃果のやり取りは西木野の一言であっけなく遮られてしまうのだった。

いやいや、こちとら現に実害を被ってるんだぞ?

そんな心境を知る由もなく、話題の流れを修正した西木野の疑問にことりが答えた。

 

「うん。前に先生に頼んだんだけど、ちゃんとした部活じゃないと許可できないって」

 

「そうなんだよね~。部員が5人いればちゃんとした部の申請をして部活にできるんだけど……」

 

未練がましくポテトの容器を置きながら肩を落とす穂乃果だったが、その時の彼女の言葉に違和感を覚えた。

 

「5人?」

 

それは他のみんなも同じだったようで、互いが互いに視線を交わしていく。

 

「5人なら………」

 

部活申請に必要な人数は5人、そしてここにいる面子は7人。

……………あれ?

 

「……………あ」

 

遅れて穂乃果も現状を悟ったようで勢いよく立ち上がる。

 

「そうだ、忘れてた!部活申請すればいいんじゃん!」

 

「忘れてたんかぁぁぁあいっ!」

 

呆けた発言の直後、なぜか仕切りを隔てた向こう側から本場関西顔負けの突っ込みが飛んできた。

もちろん、俺たちの意識はそちらに向けられる。

 

「……今のは?」

 

訝しく思いながら隣を窺おうとすると再び西木野が問うてきた。

 

「それより、忘れてたってどういうこと?」

 

「いやー、メンバー集まったら安心しちゃって……」

 

苦笑を浮かべて実に簡潔に答える穂乃果に俺は頭を抱えてしまっていた。

やばい……俺もすっかり忘れてた………。

 

「この人たち、ダメかも……」

 

「面目ない……」

 

頬杖をついて盛大な溜め息をこぼす西木野に俺はそれ以外に返す言葉は思いつかなかった。

 

「よし、明日さっそく部活申請しよう!そしたら部室がもらえるよ!」

 

今までの憂鬱な雰囲気から一変して、穂乃果が嬉々とした面持ちを浮かべる。

今更ながら、ようやく部活設立までにこぎ着けられたわけだ。

条件は満たしたことだし、絵里も文句は言うまい。

 

「はぁ~。ホッとしたらお腹減ってきちゃ、った……」

 

安堵の息を吐きながら席に戻る穂乃果。

だが、最後に耳朶を打ったのは困惑を滲ませた声音だった。

不思議に思っていると、穂乃果は間の抜けた眼差しである一点を凝視していた。

釣られるようにその視線を追うと、仕切りの隙間から伸びた手が穂乃果のハンバーガーを掴んでいたのだ。

 

「「「「「「「…………………」」」」」」」

 

今にもハンバーガーを持ち去ろうとしていた一コマに、その場にいる全員が目を疑ってしまっていた。

 

「……………」

 

向こうも俺たちの視線に気付いたのか、元の位置にそっとハンバーガーを戻すと伸ばした手を奥へと引っ込めていく。

そして極力気配を消して立ち上がったつもりだろうが、仕切り越しに螺旋状の帽子が覗いていたせいでその場を離れていく様子がはっきり窺えた。

なるほど…………ウンコだ。

 

「ちょっと!」

 

危うく現実逃避しかけていた間に、素早く回り込んだ穂乃果がポテト泥棒を捕まえた。

俺も慌てて追いかけると、穂乃果が捕えた犯人は帽子にサングラス、白いポンチョ型のストールに同色のふくらみのあるスカートという、かなりド派手な格好をした少女だった。

はっきり言って、かなり悪目立ちしている。

あんな格好で平然としていられる図太さは魔物並みか……?

 

「か、解散しろって言ったでしょ!」

 

まあ、彼女のセンスは置いておくとして、逃走を阻まれた少女が開口一番に口にしたのは謝罪でもなければ言い訳でもない、まさかの解散を要求する発言だった。

もしかしなくても例の書き込みはこいつの仕業だったりするのか?

 

「解散!?」

 

少女の言葉に小泉が驚愕を示すが、穂乃果の意識はまるで別の方向に向けられていた。

 

「そんなことより、食べたポテト返して!」

 

そっち?!と再び反応する小泉には悪いが、確かに今はポテトの弁償が先決だ。

 

「あ~ん」

 

しかし穂乃果が詰め寄れば、少女はこれ見よがしに口をあけて挑発してくる。

恰好が恰好なら、態度も態度ときた………またずいぶんと面倒な奴に絡まれちまったな……。

 

「買って返して!」

 

ふてぶてしい少女の態度に煽られるまま穂乃果が頬を引っ張りながらさらに迫っていく。

だが、少女の態度も頑ななものだった。

 

「あんたたちダンスも歌も全然なってない!プロ意識が足りないわ!」

 

逆に少女は開き直るようにダメ出しを飛ばしてくる。

予想外の反抗に穂乃果が虚を突かれた瞬間に腕を振りほどき、さらに少女はビシッと指を突き付けて言い放つ。

 

「いい?あんたたちがやってるのはアイドルへの冒涜、恥じよ!とっとと辞めることね!」

 

最後に捨て台詞を残して少女は再度逃走を図る………………が、いや、だからそう簡単にうやむやにさせるわけないだろ。

 

「逃げるな」

 

今度は俺がその場で背中を見せる少女の肩を掴む。

え?腕が伸びてるだって?ハッハッハ………それは気のせいだ。

 

「離しなさいよ!警察呼ぶわよ!」

 

「人様の物盗んどいてなに言ってんだてめーは!」

 

むしろ俺のセリフだろそれ!

こちとらポテト弁償するまでは開放するつもりはねえぞ。

しかし後になって思うことだが、体格差のこともあって、この期に及んで抵抗を試みる少女を『たかが』と油断していた俺がバカだった。

 

「こんのっ、いいから………」

 

おとなしくなったかと思ったその刹那、少女は大きく足を振り上げていたのが見えた。

 

「離しなさいってのおッ!」

 

怒りに乗せた少女の一撃は見事俺の股下を直撃したのだった……。

 

「ーーーーーーーーーーーーーッッ!?!?!!??」

 

一瞬で脳天へと駆け抜ける衝撃に俺は声にならない悲鳴を漏らしていた。

痛いなんて次元じゃない。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………っっっ」

 

激痛をはるかに超えたシャレにならない痛みに蹲っている内に、少女は今度こそ逃走を成功させる。

 

「き、清麿君。大丈夫……?」

 

穂乃果が心配して声をかけてくるが、残念ながらこの時の俺の耳に彼女の言葉は届いていなかった。

一連の光景をただ茫然と眺めていたみんなの何とも言えない視線を向けられながら、悶絶する意識の中で俺のナニカが切り替わる。

さすがにこの仕打ちを許容できるほど俺は仏じゃねえぞ………。

 

「ゥオルラアアッ!」

 

助走なしで跳躍し、その勢いのまま俺は店を飛び出した。

しかし右を見ても、左を見ても奴の姿は見当たらい。

 

「どこ行きやがったぁああんのクソチビィィイイイイイイイイイイイッ!」

 

店先で雨音を掻き消すほどの咆哮がオトノキ町に轟き渡っていく。

は?キバが剥き出しになってる?知るかんなもん!

 

「うえ゛ぇ……」

 

「かよちん、先輩がこわいにゃぁ……」

 

「た、タスケテ……」

 

後を追いかけてきたのか、俺の様相を目の当たりにした2年生組はただただ困惑を露わに、1年生組は恐怖で身体を震わせていた。

 

「ねえ、なんなの……アレ?」

 

恐る恐る訊ねる西木野に海未が苦笑を浮かべながら説明する。

 

「その、何と言いますか………元々清麿くんには少々短気なところがあってですね……。それがさらに度を超えると、ああなってしまうんです………」

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

 

怒りの矛先を見失った俺の怒号にさらに身を竦ませるµ's一同。

 

「と、とりあえず落ち着こうよ、清麿くん。ほら、周りの人みんな見てるよ?」

 

それでもどうにか宥めようとする穂乃果の言うとおり、俺は周囲にいた人たちから奇怪な視線を向けられていた。

…………だからなんだ?

こちとらタマ蹴られたんだぞ!?

タマ蹴られた痛みがてめーらに分かってたまるかァッ!

 

「あのウンコ頭のクソチビィ、絶っっ対ぇ許さねえええええええ!」

 

「なっ……!?街中でなんてこと言ってるんですか清麿くん!破廉恥ですよ!」

 

「じゃかーしー!世の中にはウンコティンティンって名前の奴だっているんだよ!今さら破廉恥もクソもあるかぁあああッ!!」

 

あいつは魔物だったけどな!

俺の怒りのままの発言に穂乃果たちは羞恥を通り越して絶句する始末だった。

あ?角が生えてる?それがどうした!

 

「アハハ………これはもうお手上げ、かな?」

 

力のない笑みを浮かべることりが匙を投げようとした時だった。

 

「あれ?何か落ちてる……」

 

穂乃果が足元に落ちていた手帳のようなものを見つけ、何気なしに拾い上げていた。

 

「これは、どうやら音ノ木坂学園の生徒手帳みたいですね」

 

「矢澤にこ。3年生……」

 

「あれ?この人、もしかしてさっきの……………あ」

 

その時なにかに気付いたことりに続いてみんなが視線を巡らせる。

手帳を落としたことに気づいて戻ってきたのだろう、振り向けば奴がいた。

 

「…………」

 

「…………」

 

そして俺と手帳の持ち主、矢澤にこの視線が交錯する。

 

「ファァァァァァァァァァァ………」

 

膠着状態に包まれる中、牙と牙の隙間から吐息を溢す姿に穂乃果たちが目玉を飛び出させていたが、それは一瞬のこと。

表情を強張らせる矢澤にこに俺は静かに狙いを定め、そして―――――

 

「見ぃつけたあああああああああッ!」

 

「ひぃぃぃぃぃっ?!?」

 

俺の怒号に悲鳴を漏らすや、すぐさま彼女は来た道を逆走していった。

逃がすか!

 

「待てやあああああああああっ!」

 

俺たちの行く道に水飛沫が跳ね上がる。

雨に濡れるのも構わず俺はただ矢澤にこを追いかけることだけを考えていた。

先輩だろうが容赦しねえ!

捕まえたらまずあのちんちくりんな脳天にザケルかましてやらあっ!

 

「待ちやがれこのウンコオオオオオオオオオオオッ!」

 

「ウンコ!?ウンコってもしかしてにこのこと!?」

 

てめえ以外に誰がいるよ!

すると、思うことがあったのか矢澤にこが急停止しこちらに振り向く。

 

「ジェラララララララララララララララララァァッ!」

 

「やっぱり無理うわあああああああああああああん!」

 

だが、矢澤にこは一層泣き叫びだしてしまい、結果的に逃走劇に拍車をかけてしまうことになってしまった。

いつしか場所は賃貸マンションが立ち並ぶ住宅街に移っていく。

しかし、とあるマンションの一角を曲がった時、矢澤にこの姿は忽然と消えていた。

チィッ、見失った!

大方、どこかに隠れたかと思い、周辺を隈なく探してみたが結局奴を見つけるまでには至らなかった。

しばらく雨に打たれていたが、俺の怒りが治まる気配はまるでない。

 

「次見つけた時は覚悟しやがれクソッタレがァアアッ! 」

 

追跡を断念せざるを得ない状況に俺は溜まりに溜まった憤りを雨雲が立ち込める曇天に撒き散らすのだった。

…………その後、穂乃果たちに迷惑かけたことを丁重に謝罪したのはまた別の話である。

 




ハイ、というわけでにこ登場回です。
予告通り清麿を暴走させてみました。
雰囲気的にはモモン登場回の状態を想像してみてください。
にこ襲来というよりは襲来されてしまいましたね。
うまく書けてるかどうかはわかりませんが、書いてて楽しかったです(笑)

活動報告の方でアンケートを始めました。
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STAGE.23 アイドル研究部

「アイドル研究部?」

 

「そう。すでにこの学校にはアイドル研究部というアイドルに関する部が存在します」

 

矢澤何某の襲来があった次の日の放課後、部活設立の申請のために再び生徒会室を訪れ俺と穂乃果、海未、ことりの4人はいつかのような冷たい眼差しを向ける絵里の説明に眉根を寄せていた。

 

「まあ、部員はひとりやけど」

 

「え、でもこの前部活には5人以上って……」

 

戸惑い気味に確認する穂乃果に、絵里の隣に座る希が答えてくれる。

 

「設立する時は5人必要やけど、その後は何人になってもいい決まりやから」

 

「生徒の数が限られている中、いたずらに部を増やすことはしたくないんです。アイドル研究部がある以上、あなたたちの申請を受けるわけにはいきません」

 

「そんな……」

 

「これで話は終わり―――」

 

「に、なりたくなければ、アイドル研究部とちゃんと話をつけてくることやな」

 

「希……!」

 

険しい面持ちのまま話を打ち切ろうとしたところを遮った希に絵里が初めて困惑を見せた。

 

「ふたつの部がひとつになるなら、問題はないやろ?部室に行ってみれば?」

 

柔らかに笑みながら動揺する絵里を諭すように言う希に促されて、さっそく穂乃果たちは生徒会室を去っていく。

俺も後に続こうとしたが、その前にどうしても聞かずにはいられなかった。

 

「なんでアイドル研究部があることを最初に言わなかったんだ?」

 

先に説明したとおり、音ノ木坂学院の部活は部員がひとりになったとしても存続はできる。

しかし、4名以下の部活は同好会扱いとして部費は降りない決まりとなっている。

逆を言えば、部費を持たない部活動は生徒会の予算会議に出席する必要はない。

これが、俺がアイドル研究部の存在を認知していなかった理由だ。

しかし、自分の落ち度を棚に上げるつもりはないが、今回の絵里のやり方には納得できないでいた。

最初は人数不足で、そして今回はアイドル研究部の存在を告げて。

ことごとく申請を撥ね除けようとする手札の切り方に明らかな意図を感じていた。

 

「別に大した理由なんてないわ。生徒会長として校則に則って判断した、それだけよ」

 

静かな怒りをぶつける俺に絵里は淡々と冷たく言い放つ。

 

「なら、現実を突きつけるために動画を投稿したのも、生徒会長としてか?」

 

「ーーーッ。………さあ、なんのことかしら?」

 

誤魔化すように視線を逸らす絵里だったが、一瞬だけ双眸を見開いたのを見逃さなかった。

なるほどーーーやはり(・・・)そういうことだったのか(・・・・・・・・・・・)

お互いの思惑をぶつけ合う光景を希は微笑みながら見守っている。

生徒会室には窓を叩く雨音だけが響いていた。

 

「……そうか。邪魔したな」

 

短く息を吐いて、俺は早々に切り上げることにした。

カマをかけたつもりだったが、もう充分だ。

ほんの僅かな仕草で至った確信を追及するよりも、今は少しでも早くこの場を離れたいという思いに駆られて俺は2人に背を向ける。

 

「………バカ」

 

最後に扉を閉める時、絵里の絞り出すような声が聞こえた気がした。

 

                   ☆

 

足早に文化部の部室が集まる校内を進んでいくと小さな人だかりを見つけた。

といっても、その後ろ姿は穂乃果たちのものだ。

 

「じゃあ、もしかして……あなたがアイドル研究部の部長!?」

 

声をかけようとした時、突然穂乃果が驚きの声を上げた。

何事かと思いながら近づくと、穂乃果たちと相対する人物に俺は目を見開いた。

そこにいたのは、当然だが音ノ木坂の制服に身を包み、黒髪を両サイドに束ねた小柄な身長の女子生徒。

まさかこんないも早く再会の場が訪れるとはな………。

目の前の少女―――矢澤にこの姿を捉えて、俺の中で一度静まっていた怒りがぶり返してきた。

向こうも俺に気付くや否や、その行動は早かった。

 

「ふやあああああああああ!」

 

「わあっ?!」

 

乱暴に腕を振り回して牽制し、穂乃果が仰け反ったその隙に矢澤は俊敏な動きで部室に駆け込み、ガチャッ、と鍵をかけた。

 

「部長さん、開けてください!部長さん!」

 

咄嗟に穂乃果が扉をたたく音に混じって、中から重いものを積み重ねる音が耳朶を打つ。

おそらくバリケードを築いているのだろう。

 

「外から行くにゃあ!」

 

溌剌とした星空の声が向こう側から聞こえた(・・・・・・・・・・)

それは中に立て籠もっていた矢澤にこも同じだったようで、何かを蹴り倒す音とともに慌ただしい足音がこちらに近づいてくる。

そして締め切られたカーテンと窓を開け放った(・・・・・・・・・・・・)のが奴の間違いだった。

雨雲に覆われているとはいえ、今は日の入り前。

しかし部室に入り込むべき日の光がひとつの陰によって遮られてしまっていた。

なぜならば………

 

「やぁざぁわぁぁ、にぃこぉおおお………」

 

「ひぃっ!?」

 

すでに部室の窓側で待ち構えていた(・・・・・・・・・・・・・)俺が矢澤にこを見下していたからだ。

今の俺がどんな顔をしているかは想像にお任せする。

 

「あ……ぁあっ………」

 

青ざめた表情でへたり込む矢澤にこに悪魔の翼が広がったような気もしないでもない影が覆い被さる。

さあ、覚悟しろ………!

 

「ジェヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 

俺の咆哮が平穏な学院を揺るがした。

 

                   ☆

 

とりあえず矢澤さんにザケルの制裁をくらわせた後、俺たちはアイドル研究部の部室に足を踏み入れていた。

 

「A-RISEのポスター!」

 

「あっちは福岡のスクールアイドルね」

 

そこで俺たちの目に飛び込んできたのは部屋中に所狭しと並べられたグッズの数々だった。

CDにDVD、ポスターやタペストリー、天井から吊るされたぬいぐるみの数々。

もしかして、ここにあるものすべてアイドル関係のものなのか?

 

「校内にこんなところがあったなんて……」

 

「まさか、これ全部あんたが集めたのか……?」

 

その光景はまさに圧巻の一言。

他のみんなも感嘆の息を溢しながら部室を眺めていた。

 

「勝手に見ないでくれる?」

 

額に絆創膏を貼りつけた矢澤さんが不貞腐れたように言うが、心なしか照れているのかその頬は少しばかり赤らんでいた。

しっかし、何度見てもホントすげえや。

これだけ集めるのにいったいどれほどの時間と労力がかかってんだろ……?

再び感嘆しながら改めて見渡していると見慣れた名前を見つけた。

『大海恵』……なるほど、この列は恵さん関連の商品が占めているようだ。

こうして見ると友人の身として内心うれしいものがあるな。

だが、なんだろうか。

この部屋に入ってから俺の中で言い知れない違和感が渦巻いていた。

 

「こ、こここ……これは……!伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス!持ってる人に初めて会いました!」

 

丁度その時、部室の一角で小泉が手にしたものを見ながら肩を震わせていたかと思えば、かつてないぐらい瞳をキラキラさせた笑顔で矢澤さんに詰め寄っていた。

え、小泉?

 

「そ、そう?」

 

「すごいです!」

 

即答する小泉の羨望の眼差しに矢澤さんもご満悦の様子だった。

 

「へー、そんなにすごいんだ」

 

「知らないんですか!?」

 

次に穂乃果が呆けたような反応を見せれば、途端に声を荒げて弾丸のごとき速度で部室のパソコンを陣取った。

え、なにがあった?

 

「伝説のアイドル伝説とは各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDボックスで、その希少性から伝説の伝説の伝説、略して伝伝伝と言われるアイドル好きならだれもが知ってるDVDボックスです!」

 

え、誰……?

 

「は、花陽ちゃんキャラ変わってない?」

 

戸惑いを見せる穂乃果の隣で俺も開いた口がふさがらない心境だった。

アイドル好きだとは知っていたが、まさかここまでとは………。

今までの引っ込み思案な印象を覆し、饒舌に語る小泉に誰もが唖然としていた。

 

「通販、店頭ともに瞬殺だったそれを2セットも持っているなんて………尊、敬……!」

 

「家にもう1セットあるけどね」

 

それって必要あるのか?

 

「ホントですか!?」

 

「じゃあ、みんなで見ようよ」

 

「ダメよ。それは保存用」

 

スマン、もう1度言わせてくれ………それって必要あるのか?

単に金の無駄だと思うんだが………。

 

「くあぁぁぁっ、伝伝伝……!」

 

穂乃果の提案が却下され、キーボードの上に沈んで小泉は涙を流していた。

スマナイ、俺はもう付いていけそうにない。

 

「かよちんがいつになく落ち込んでいる!」

 

小泉の変貌に珍しく星空も動揺していた。

ふと思ったことだが、今ここで俺が恵さんの友達であることを明かしたらどうなるんだろうか?

…………イヤ、やめた。なんか怖くなってきた。

その時、視界の端で立ち尽くすことりの姿をとらえた。

何かを見上げているようだが、彼女の視線を追うと、その先にはサインが書かれた1枚の色紙があった。

 

「ああ、気づいたの?秋葉のカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ」

 

秋葉のメイドって、メイド喫茶のメイドのことだよな?

はあぁ、その手の店には言ったことがないからわからんが、まさか一般人のサインも通販に出回る時代になってたんだな………。

ここに来て俺は日本のアイドル文化の片鱗を再確認させられていた。

 

「ことり、知ってるのですか?」

 

「あ、いや……」

 

「ま、ネットで手に入れたものだから本人の姿は見たことないけどね」

 

矢澤さんの言葉になぜかことりは安堵の息を吐いていた。

 

「と、とにかくこの人すごい……」

 

「それで、何しに来たの?」

 

ことりの様子に疑問を抱きつつも、俺たちの視線は再び矢澤さんに向けられる。

先輩の問いをきっかけに、それぞれが席に着くとまず最初に穂乃果が口火を切った。

 

「アイドル研究部さん」

 

「……にこよ」

 

「にこ先輩、実は私たちスクールアイドルをやっておりまして」

 

「知ってる。どうせ希に部にしたいなら話しつけてこいとか言われたんでしょ?」

 

なるほど、すでに希が話を通してくれていたみたいだ。

 

「おお、話が早い!」

 

「ま、いずれそうなるんじゃないかと思ってたからね」

 

「なら―――」

 

「お断りよ」

 

思わぬ兆しに穂乃果が笑顔を咲かせるが、返ってきたのは拒絶の一言だった。

 

「お断りって言ってるの」

 

半眼で念押しする矢澤さんに穂乃果は完全に言葉を失ってしまっていた。

 

「私たちはµ’sとして活動できる場所が必要なだけです。なので、ここを廃部にしてほしいとか言うのではなく……」

 

「言ったでしょ?あんたたちはアイドルを穢しているの」

 

今度は海未が代わって説得を試みるが、矢澤さんの顔色は依然として変わらない。

 

「でも、ずっと練習してきたから歌もダンスも」

 

「そういうことじゃない」

 

それでも食い下がる穂乃果を静かな声音で一蹴する矢澤さんに誰もが怪訝に思う中、厳しい面持ちで言った。

 

「あんたたち…………ちゃんとキャラづくりしてるの?」

 

…………………は?

 

「………………は?」

 

しばしの沈黙の末、心と言葉が一致してしまった。

 

「きゃら?」

 

狙ったようなタメから放たれた言葉にポカンとする俺たちに、矢澤さんは立ち上がり熱弁する。

 

「そう!お客さんがアイドルに求めるものは楽しい夢のような時間でしょ?だったらそれにふさわしいキャラってものがあるの。ったくしょうがないわね………」

 

いい?たとえば、と言って矢澤さんが一度俺たちに背を向ける。

そして………

 

「にっこにっこにぃ♪あなたのハートににこにこにい♪笑顔とどける矢澤にこにこ♪にこにーって覚えてらぶにこ♪」

 

「「「「「「「……………」」」」」」」

 

わけのわからんフレーズが部室によく響いたこと。

妙に説得力があるなと思えばコレかよ......。

時間が止まったような感覚とは正に今のことを言うのだろう。

両の親指と人差し指と小指を立てて、これでもかと言うぐらいのアイドルスマイルに俺たちはただ困惑していた……。

おそらく、これが矢澤にこという人物が描くアイドル像なのだろう。

彼女の価値観を否定するつもりはないが、少なくとも恵さんはこんなあらかさまなキャラ作りはしていない。

それに最初に素を知っていた分、笑顔に隠されたあざとさが半端なかった。

一瞬で世界が静まり返ったぞ、おい。

その脱力感はフォルゴレの『チチをもげ』やビッグ・ボインの『ボイン・チョップ』に匹敵していた。

なんなら、キースの『第九もどき』まである。

 

「どお?」

 

いや………どおと聞かれても、むしろこの惨事をどうしてくれるんだ?

みんな返すべき言葉を探していた。

 

「うぁ……」

 

穂乃果は笑みを引き攣らせ、

 

「これは……」

 

海未は戦慄を露わにし、

 

「キャラというか……」

 

ことりは唖然とし、

 

「あたし無理……」

 

西木野はすこし引き気味で、

 

「ちょっと寒くないかにゃー?」

 

星空は思ったことをそのまま口にする。

 

「ふむふむ……」

 

一方、小泉はひとり真面目にメモを取っていた。

そして俺は………

 

「きーくん!ハリセン、ハリセン!」

 

ことりの呼びかけで俺はいつの間にかハリセンを取り出していたことに気付いた。

いかん、無意識の内に俺の行動は本能に支配されていたようだ。

湧き上がってくるこの形容しがたい感情が何なのかはわからないが、ひとつだけ確かなことがある。

もしこいつが男で、今この場にガッシュがいたら俺は間違いなく電撃(ザケル)をぶちかましていた。

 

「そこのあんた、今寒いって……?」

 

星空の感想に、矢澤さんの瞳に陰りが宿った。

あ、これはヤバイ。

 

「あ、いや……すっごいかわいかったです!サイコーです!」

 

「あ、でもこれいいかも!」

 

「そうですね、お客様を楽しませるための努力はだいじです!」

 

「素晴らしい!さすがにこ先輩!」

 

最後の小泉はおそらく本心だとしても、危機感を感じて咄嗟に誤魔化そうとする星空に続いてことりと海未がフォローを入れるが、それは単に火に油を注ぐ行為だった。

 

「よし!そのくらい私だ」

 

「出てって」

 

最後に場を丸く収めようとした穂乃果だったが、それは怒気を孕んだ矢澤さんの一言にさえぎられてしまった。

 

「とにかく話は終わりよ!とっとと出てって!」

 

結局、俺たちは矢澤さんにすさまじい剣幕に押されるように部室を追い出されてしまうのだった。

 

「………」

 

ものの見事に交渉は決裂し、項垂れるµ’sの面々。

しかしその中で、閉ざされた扉を見つめながら俺はようやく違和感の正体に気づくことができた。

そう、あの部屋は………

 

「やっぱり追い出されたみたいやね」

 

「……希?」

 

突如かけられた声に振り返ると、そこにいたのは俺たちにこの部屋に来るように仕向けた張本人だった。

 

 




前半は絵里との衝突、からの鬼麿ならぬ悪麿登場、からのアイドル研究部訪問の23話目です。
本当は今回でにこ襲来編を終わらせる予定だったんですが、キリがいいのでここで分割させていただきました。
次回はそこまで長くはならないと思うので近日中には更新できると思います。
…………できるように頑張ります、ハイ。

どうも、ご無沙汰しています。
以前投稿した21話、22話でお気に入り登録者数が100人を超え、お気に入り件数が500件を突破したという奇跡に驚きを禁じ得ないと同時に、これからの執筆に相応のプレッシャーを感じている青空野郎です。
いや、ホントびっくりですよ。
いったい何が起きたとうれしさ通り越して軽く戦慄しましたからね。

さて、今後の方針といたしましては………

24話:にこ加入

25話:リーダー編………かと思いきや清麿は生徒会に舞台を移します。

26話:絵里との過去編

………的な感じで行く予定です。

これからもみなさまの期待を裏切らないように更新していくので、どうぞよろしくお願いいたします!


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STAGE.24 雨あがる時

アイドル研究部部長矢澤にこ先輩から部室を追い出された俺たちだったが、そこで待ち構えていた希から衝撃の事実を聞かされていた。

 

「スクールアイドル?」

 

「にこ先輩が?」

 

希が語った内容は、穂乃果たちがµ'sを結成する前にもこの音ノ木坂学院にスクールアイドルが結成されていたというものだった。

そしてその発起人は間違いなく………。

 

「1年生のころやったかな?同じ学年の子と結成してたんよ。今はもうやってないんやけどね」

 

「やめちゃったんですか?」

 

「にこっち以外の子がね……」

 

青を塗りつぶす雨空を見上げて、当時のことを思い返すように目を閉じる希の話を聞きながら思う。

希のことだ、きっとこうなることを想定していたに違いない。

それを見越したうえできっと希は……。

 

「アイドルとしての目標が高すぎたんやろうね。付いていけないってひとりやめ、ふたりやめて……。だから、あなたたちがうらやましかったんじゃないかな?歌にダメだししたり、ダンスにケチつけたりできるってことはそれだけ興味があって、見てるってことやろ?」

 

振り返るいつもと変わらない希の微笑みがそこにあった。

 

                    ☆

 

「なかなか難しそうだね、にこ先輩」

 

今の空模様のようにどんよりとした雰囲気の中で帰路につき始めた時、最初にことりが呟いた。

 

「そうですね……。先輩の理想は高いですから、私たちのパフォーマンスでは納得してくれそうにはありませんし、説得に耳をかしててくれる感じもないですし……」

 

「そうかな?」

 

沈んだ声音で吐息を溢す海未だったが、意外にも穂乃果が異を唱えた.

 

「にこ先輩はアイドルが好きなんでしょ?それでアイドルに憧れてて、私たちにもちょっと興味があるんだよね?それって、ほんのちょっとなにかあればうまくいきそうなきがするんだけど……」

 

しかし穂乃果も何かを掴みかけている様相ではあるが、明確な決定打がわからず頭を悩ませていた。

 

「具体性に乏しいですね……」

 

「それはそうだけど……清麿くんはどう思う?」

 

穂乃果に問われ、俺は頭の中の考えを整理する。

彼女の言う『なにか』が指し示しているものはおそらく……。

 

「なんとなくだけど、根本はもっと単純だと思うんだよな……」

 

校門に差し掛かったところで足を止め、胸の中に蟠る思いを吐き出すように言葉を紡ぐ。

 

「みんなはあの部室を見てどう思った?」

 

「え?えっと、なんて言うか……すごいなぁって」

 

俺の問いに不安げに答えることりに、穂乃果も海未も同意するように頷く。

 

「ああ、そうだな。俺も同じだ」

 

3人の反応は正しい。

俺も最初は驚いて感嘆したわけだしな。

矢澤さんのアイドルに対する情熱は間違いなく本物だ。

だが、同時に俺は気付いてしまった。

そして、希が語ってくれた矢澤さんの過去を聞いて、彼女が俺たちに向けてくる怒りはまったく別の感情の裏返しであることを確信した。

 

「でもな、俺は同時に………寂しいって思っちまった」

 

「寂しい?」

 

俺の返答が意外だったのか、穂乃果たちは揃って首を傾げる。

ひとつ頷いて、俺があの部室で感じた違和感の正体…………それは既視感だった。

似てるんだ、俺もあの人も。

傷つくことに怯え、周りに背を向けていた頃の俺と。

そしてあの部室は、昔の俺の部屋に似ていた。

外で居場所を失くし、傷つけるもののいないひとりぼっちの世界。

遠ざけ、拒絶して閉じこもっていた頃の俺の部屋と同じように、あの部室はまさに矢澤にこのためだけの世界だった。

 

「ひとりだけの高すぎる意識は周りとの軋轢しか生まないんだよ。誰も共感してくれない、誰にも理解されないってのは、結構きついんだよな………」

 

それとなく察してくれたのか、3人ともが悲痛な面持ちに変わっていく。

あの人もまた、失われたものを求めて足掻いていた。

だが、足掻いている内に失ったものの大きさを知ってしまい、諦めて本心に蓋をしてしまった。

最初は同じ理想を掲げていたはずが、いつしかすれ違い、結果、矢澤さんだけがあの場所に取り残されてしまった。

それが今のアイドル研究部。

でも、今ならわかる。

孤立する痛みを知っているからこそ言えることがある。

あの場所を、逃げるための場所にしちゃいけない。

あの場所にあるものを、慰めに使っちゃいけない。

あんな空虚な世界は、つらすぎる。

せっかくつくりあげた居場所で腐っていくなんて、悲しすぎる……。

 

「清麿くん……」

 

「ま、経験者は語るってやつだな」

 

最後に自嘲の笑みを作るが、やはりこの落ち込んだ空気を拭うことはできなかった。

その時、視線を前方に移すとひとつの人影を見つけた。

向こうも俺たちに気付いて階段の陰に隠れてしまったが、視界から消える時に小さく揺れるツインテールを確かに見た。

 

「今の……」

 

「たぶん……」

 

「どうします?」

 

「今声かけてもまた逃げちまうだろうな……」

 

きっかけは掴めたが、出口が見えずに足踏みしてしまう。

 

「う~ん…………あ!」

 

しかし、何かを考え込んでいた穂乃果がフフッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「どうかしましたか?」

 

「これって海未ちゃんといっしょじゃない?ほら、海未ちゃんと知り合った時!」

 

不意の変化に気付いた海未が訊ねると、穂乃果が弾んだ声音で跳んで振り向く。

その時の笑顔はとても生き生きとしたものだった。

 

「そんなことありましたっけ?」

 

だが、海未は海未で半信半疑の様子を見せる。

 

「海未ちゃん、すっごい恥ずかしがり屋さんだったから~」

 

「む……それが今の状況と何か関係があるんですか?」

 

からかうような含み笑いを浮かべる穂乃果に煽られ、途端に頬を羞恥で染めて海未が反論する。

 

「うん!ね?」

 

大きく頷いてことりに視線を向ける穂乃果。

すると穂乃果の意図を察したのか、ことりもまた笑顔を咲かせた。

 

「あ、あの時の!」

 

「そうそう!」

 

逆に今度は事情を把握できずにいる俺は海未と並んで首を傾げる。

疑問に思ってると、穂乃果とことりが幼き日のことを話してくれた。

聞き終わる頃には海未は恥ずかしさで一層顔を紅潮させてしまい、俺はというと――――

 

「クッハハハハハハハ!」

 

「もう、笑わないでください清麿くん!」

 

海未に怒られてしまったが、俺の心は晴れ晴れとした心地よさが広がっていた。

 

「フハハ、いや、悪い悪い。でも穂乃果はやっぱり穂乃果なんだなって思ってさ」

 

「そ、そうかな?えへへ~」

 

照れ笑う穂乃果を見ていると考えこんでいたことがバカバカしく思えてくるから不思議だ。

だが、これでいい。

なにも難しく考える必要はなかったんじゃねえか。

 

「なら話は簡単だ」

 

吹っ切れた俺は自信満々な笑みを浮かべて、高らかに言い放った。

 

「俺たちであの部室、ぶっ壊しちまおうぜ」

 

                    ☆

 

次の日も昨日と同じようにしんしんと雨が降り続いていた。

しかし、今の俺たちは今か今かと浮足立っていた。

放課後、電気を消した薄暗い部屋の中で俺たちは扉が開かれるのを待ち構えている。

そうして息を殺していたからか、遠くの方からこちらに向かってくる足音が耳朶を打つ。

足音が止み、しばしの静寂の中でガチャリとドアノブが回る。

開かれた扉の隙間から光が差し込み、待ちわびていた人物の姿を照らす。

だが向こうは俺たちに気づくことなく扉を閉めて、溜め息を溢そうとしたタイミングを見計らい、薄暗かった部屋に灯りが点した。

 

「「「「「「「お疲れさまでーす!」」」」」」」

 

そしてアイドル研究部の部室で俺たちは声を揃えて矢澤さんを出迎えた。

当然、突然の出来事に矢澤さんは大きく目を見開いていた。

 

「お茶です、部長!」

 

全員が笑みを浮かべる光景に、一瞬たじろいだ矢澤さんにまずは穂乃果が先陣を切る。

 

「部長!?」

 

「今年の予算表になります、部長!」

 

「部長。ここの活動日誌読ませてもらってまーす」

 

「あんたまで!?」

 

驚く矢澤さんだが、すかさずことりと俺が前に出る。

 

「部長、ここにあったグッズ邪魔だったんで棚に移動しておきました!」

 

「コラ!勝手に――――」

 

「さ、参考にちょっと貸して。部長のおすすめの曲」

 

「なら迷わずこれを!」

 

「あー!だからそれはっ!」

 

後に続く星空、西木野、小泉にたまらず声を荒げていたが俺たちは止まらない。

 

「ところで次の曲の相談をしたいのですが部長!」

 

「やはり次は、さらにアイドルを意識したほうがいいかと思いまして」

 

「それと、振り付けも何かいいのがあったら」

 

「歌のパート分けもよろしくお願いします!」

 

畳み掛ける穂乃果たちに最初は困惑を浮かべる矢澤さんだったが、次第に寄せた眉を震わせていく。

 

「………こんなことで押し切れると思ってるの?」

 

静かに、されとて突き放すように言葉を紡ぐ矢澤さん。

しかし、穂乃果は穏やかに微笑みで思いを告げる。

 

「押し切る?私はただ相談しているだけです。音ノ木坂アイドル研究部所属の、µ'sの7人が歌う、次の曲を」

 

「7人……?」

 

「ああ。穂乃果と、海未と、ことりと。西木野と、星空と、小泉と、そして………矢澤さん。あんたを入れた7人だ」

 

これが、俺たちが出した答えだ。

目指す場所が同じなら一緒に進めばいい。

なにも変わらない、俺たちは最初からそうしてきたんだから。

 

「悪いと思ったが、あんたの昔のことを聞かせてもらった」

 

俺の言葉に矢澤さんの顔が怒りで強張った。

構わず俺は続ける。

 

「でも勘違いしないで下さいよ?俺たちは同情や情けでここに来たわけじゃない」

 

俺が矢澤さんに対して気付いたこと。

この人は、とても優しいんだと思う。

信じていたものに見放され、後に残った後悔と未練の重圧にもがき苦しみながらも、それでもアイドルへの憧れは捨てきれずにいる。

そうでなければこの部室に留まることを選ぶわけがない。

もしも、アイドルとして舞台に立ち、そしてその厳しさを知ってしまったからこそ、俺たちに同じ境遇を味あわせたくなかったとしたら……。

素直になれず、思いを怒りにして反発していたとしたら……。

矢澤さんが懸念する気持ちもわかる。

だが、そんなもしもに怯えて光を見失っちゃいけないんだよ。

だから俺たちは、ここで生み出された絶望をぶっ壊すために来たんだ。

 

「確かにあんたは1度失敗してしまったのかもしれない。でも、だったらやり直せばいい。やり直しちゃいけない理由なんて、どこにもないんだ」

 

理想が高い?上等だよ。

こちとら学校を救うために立ち上がったんだ。

それくらい実現できないでなにがアイドルだ。

 

「俺たちはあんたの理想から逃げたりしない。絶対にだ」

 

確信をもって言い切る。

これは絶対に曲げちゃいけない信念だから。

 

「にこ先輩」

 

あとは矢澤さん次第だ。

俺たちの思いを受け止めて彼女はなにを選ぶのか……。

穂乃果に促され、矢澤さんは今一度俺たちを見る。

 

「………厳しいわよ?」

 

そして呆れたように息を吐き、一言紡いだ。

 

「わかってます!アイドルの道が厳しいことぐらい!」

 

「わかってない!」

 

力強く気概を見せる穂乃果だが、鋭い語気で返して矢澤さんが指を突き付けてきた。

 

「あんたは甘々!あんたも、あんたも!あんたたちも!」

 

その後も俺たちを順番に指を差して、小さな部長は大きく胸を張る。

 

「いい?アイドルってのは笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なの!それをよぉおく自覚しなさい!」

 

それは矢澤さんが自らの意思で心の壁を壊した瞬間だった。

こうしてµ'sは7人となり、2枚目の申請用紙には新たに7人の名前が記された。

いつの間にか雨は止んでいた。

 

                   ☆

 

「いい?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになりきってもらうわよ!わかった?」

 

「「「「「「はい!」」」」」」

 

「声が小さい!」

 

「「「「「「「はいっ!」」」」」」」

 

絵里に申請用紙を提出した後、俺たちは屋上に場所を移して矢澤さんの指導を受けていた。

果たしてこれが練習になるのかと言われればビミョーなラインだが、今はなにも言うまい。

前に立ってアイドルの何たるかを語っているが穂乃果とことりが互いに顔を見合わせていた。

 

「うまくいってよかったね」

 

「うん」

 

「でも、本当にそんなことありましたっけ?」

 

囁き、笑い合う2人に未だ腑に落ちないのか訝しげに海未が割って入る。

 

「あったよ」

 

「あの時も穂乃果ちゃんが――――」

 

昨日、穂乃果が語ってくれたのは穂乃果とことりが海未と初めて出会った時のことだった。

恐怖と恥ずかしさで友達の輪の中に入れずにいた海未を穂乃果が強引に巻き込んだとか。

ホント、そういうところもガッシュによく似てらあ。

 

「にっこにっこにー!……ハイ!」

 

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

 

「全然ダメ、もう一回!」

 

気が付けば、このあざとい練習はこれで何度目になるのだろうか……?

 

「ほら!突っ立ってないであんたもやる!」

 

そう言って、矢澤さんが俺を半眼で睨めつけてきた。

突然なにを仰るかこの先輩は?

 

「いや、俺関係ないでしょ?」

 

「文句言わない!ハイ、にっこにっこにー!」

 

ハイ、じゃねえよ。

完全にとばっちりじゃねえか……。

なんかみんなもおもしろおかしそうにこっちを見てくるし……。

..............................はあ。

 

「に、にっこにっこにぃ……」

 

「うわ、なんか気持ち悪いわね……」

 

「ぶっとばすぞ、てめえ!」

 

仕方なく折れたらこの仕打ちだよ!

だが、怒りを見せる俺にかまわず練習が再開される。

 

「ハイ、ラスト一回!」

 

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

 

その時、1度失ったものを取り戻した矢澤さんが口元を綻ばせる。

初めて見る矢澤さんの笑顔だった。

 

「っ……全然ダメ。あと30回!」

 

背を向け、目元に浮かんだものを拭う矢澤さん。

ごまかすように出すメチャクチャな指導にたまらず星空が不満の声を漏らすが、穂乃果が笑顔で制した。

 

「なに言ってんの?まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」

 

雲の隙間から日差しが降り注ぐ。

 

「よーし、頭から!いっくよー!」

 

顔を覗かせる青空に嬉々とした叫びがよく響いた。

 




今思えば、シスターとにこママの声の人、いっしょやん!青空野郎です。

短めと言っておきながらそうでもなかった………。
でも予めセリフ部分を溜めていたんで早めに仕上げることができました。

今回でにこ襲来編は終了です。
次回からは予告通り、清麿が生徒会で絵里と対峙する感じになります。
最初はもどかしく、最後は心あたたまるような展開にしていこうと思っています。
それでは、また次回。
お楽しみに!


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STAGE.25 擦れ違いと取材

周りに人工的な灯りはなく、夜空の淡い月明かりだけが私を照らしていた。

いいえ、正確には私たち、ね。

遠くの方から囃子立つ喧騒に耳を傾けながら私は今、ひとりの男の子に背負われた状態で夜の小道を進んでいる。

と言っても、別段親しいわけではなく、一度同じ仕事をした程度の間柄なのだけれど。

彼のことを知ったのは、今年の入学式より一週間くらい前だったかしら。

新入生の代表として挨拶してもらうための打ち合わせで顔を合わせたのが最初。

でも、私はもともと男の子に対して良い印象は持っていなかったから正直なところ、彼のことは快く思っていなかったわ。

今思えば、本当にひどい偏見ね。

次に彼と時間を共にしたのは7月に控えたオープンスクールに向けて活動を始めた時。

その時、実行委員のひとりとして選ばれた彼といっしょに仕事していくと、彼の能力の高さに驚かされたわ。

けれど、それはあくまで正当な評価であって、彼とは最低限の会話だけで、結局それ以上の言葉を交わすことはなかった。

そのままオープンスクールも滞りなく終わらせ、もう接点を持つことはないと思っていた。

けれど、妹と夏祭りに来ていたこの日、トラブルに巻き込まれて泣きそうになっていた私の前に彼が現れた。

あの時の彼の笑顔に目が離せなかったわ。

その後、しばらく腰が抜けて立てなくなってしまった私を彼が背負ってくれて今に至る。

私の方が年上なのに少し情けない。

男の子に背負われるなんてもちろん初めてのこと。

今はどちらとも声をかけることはないけど、私はこの静かな揺れに身を委ねていた。

背中、意外と大きいのね……。

少し汗ばんでいるけど、それだけ本気で探してくれていたってことかしら。

乗り心地は悪くない。

 

『あんたが傷ついて悲しむ人間が、ここにいることを忘れないでくれ』

 

『あんたを大切に思ってる人たちのためにも、もう無茶なことはしないでくれ』

 

 

トクン

 

 

道中で彼が言ってくれた言葉が胸に広がっていく。

………あたたかい。

自然と心が安らぎ、私の中で凍っていた何かが融けていくような不思議な心地だった。

この時、初めて彼のことを知りたいと思ったわ。

夏休みが終われば生徒会選挙がある。

私が生徒会長になれば希には副会長になってもらって、そしてその時は彼もいっしょに……。

 

『ありがとう』

 

感謝の言葉を口にしていると、私は肩に置いた手を伸ばして彼の前で腕を組み、少しだけ力を入れていた。

後ろから抱き付く格好になってしまい、我ながら大胆なことをしたと思ったのはここだけの話。

その時、彼は平静を装って歩みを進めていたみたいだけど、一瞬だけ身体を強張らせたのを見逃さなかったわ。

よく見れば耳まで赤くなってる。

こういうところはやっぱり男の子なのね。

でも………フフ、ちょっとかわいい。

やがて目の前で道が開け、光が差した。

 

                    ☆

 

ゆっくりと閉じていた瞼を開く。

カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。

昨日はなかなか寝付けなかったせいか、気分もあまりよくない。

それになんだか体も少しだるい気がする。

特に最近は、胸が締め付けられるような痛みに悩まされている。

でも、それは生徒会長としての使命を果たせないでいるだけだからじゃない。

原因はきっと……。

胸の辺りに手を添えて俯く私の脳裏に彼が浮かび上がる。

最後にまともに口をきいたのはいつだったかしら……。

 

「………バカ」

 

パジャマをくやくしゃに握りしめる私の呟いた言葉はただ静かに溶けて消えていく。

それはここにいない彼に向けた心の声だった。

 

                    ☆

 

「スクールアイドルとは言え、学生である」

 

始まりはマイクを片手に、珍しく標準語で声を当てる希の第一声。

アイドル研究部部室で希の隣に星空が、その正面の位置に海未、穂乃果、ことりの順で並び、俺はその後ろから1台のビデオカメラを囲んでいる。

事の発端は、音ノ木坂学院の部活動を紹介するビデオを制作するという生徒会の活動の一環だ。

これは7月に控えたオープンスクールでの宣伝も兼ねており、活動が制限された生徒会にとっての最大限の活動でもある。

もちろん、アイドル研究部にもこの話が舞い込んできた。

最初は、主に海未が抵抗の意思を見せていたが、ようやく部活という拠点も確保でき、アイドル活動の軌道が安定し始めたµ’sにとって悪い話ではない。

おまけに取材に応じてくれれば、そのお礼にビデオカメラを貸してくれるとのことだ。

今までは自前のデジタルカメラで対応していたが、はっきり言えば学校が所有するビデオカメラの方が性能がいい。

そうすれば、今後のµ'sのPV撮影も大きく捗ることは間違いない。

まだファーストライブの動画しかないµ'sからしてみれば断る理由などあるはずがなかった。

さて、話を戻して。

カメラの画面には、真横から穂乃果の姿を捉えた映像が映し出されていた。

 

「プロのように時間外に授業を受けたり、早退が許されるようなことはない」

 

最初は真面目に授業を受けていた穂乃果だったが、次第に瞼が下がった面持ちであくびを漏らし、視線が下に落ちていく。

 

「よって、こうなってしまうこともある」

 

映像が切り替われば、やはり穂乃果は襲い掛かる睡魔に抗いきれず寝息を立ててしまっていた。

 

「昼食をしっかり取ってから………再び熟睡」

 

再び希の語り始めると、映像の中で穂乃果はパンを頬張り………机に突っ伏して夢の世界へと旅立っていた。

普段からずぼらだと思ってはいたが、ここまで来ると逆に見入ってしまう自分が悲しい。

 

「そして、先生に発見されるという1日であった」

 

最後は机ごとひっくり返るというオチで終わる。

ちなみに、俺の席は穂乃果の真ん前だったためあの時は本当に驚いた。

 

「これがスクールアイドルとは言え、まだ若干16才、高坂穂乃果のありのままの姿である」

 

「ありのまま過ぎるよ!」

 

希がナレーションで締めるや、ようやくここで沈黙していた穂乃果がツッコむ。

まあ、あんな恥ずかしい姿を知らないうちに撮影されていたと知れば当然か。

 

「って言うか、いつの間に撮ったの?!」

 

「むしろ、よく撮れたなコレ」

 

カメラの位置から考えると、穂乃果の隣は確か……。

 

「うまく撮れてたよ、ことり先輩!」

 

「ありがと~。こっそり撮るの、ドキドキしちゃった」

 

星空に褒められ、みんなの視線が集まる中で撮影していた人物、ことりが頬に手を添えて恍惚とした笑みを浮かべていた。

やはりことりが一枚噛んでいやがったか。

ことりってかわいい顔してやることは徹底してるよな……。

 

「えぇ!?ことりちゃんが……!ひどいよー!」

 

当の穂乃果も、幼馴染の暗躍に涙目で訴えていた。

自業自得といえばそれまでなんだが、まあ同情の余地はないな。

 

「普段だらけているからこういうことになるのです。これからは――――」

 

「さっすが海未ちゃん!」

 

ことりと反対側に座る海未が戒めるが、先ほどと一転して穂乃果が感嘆する声をあげていた。

今度は弓道場の舞台の上で弓矢を構える海未の姿が映し出していた。

正面を見据え、弓を放つ姿はまさに凛々しという言葉がよく似合う。

 

「真面目に弓道の練習を……」

 

しかし感心するのも束の間、ひとつ息を吐いたかと思えば海未は周囲に視線を巡らせる。

そして周りに誰もいないことを確認すると、そばに立てかけてあった姿見の前でいつかのようなアイドルスマイルを作っていた。

 

「これは……?」

 

「かわいく見える笑顔の練習か?」

 

食い入るように見ていると、突然画面が暗転し、間を海未の手で遮られてしまった。

 

「プライバシーの侵害です!」

 

視線を上げると、顔を真っ赤に染めて取り乱した海未がカメラの電源を落としていた。

しかし、あんな海未はホント珍しいからもうもうちょっと見てみたかった気もするなー。

 

「清麿くん、何か変なこと考えてませんか?」

 

「ハッハッハッ、バカだなー、海未。……そんなことあるわけないじゃないか」

 

半眼で見据えられて、目を逸らしてこの場を取り繕う。

だって怖いし……。

惜しい気もするが、またこの前みたいに沈められるのはゴメンだ。

……なんで女の子はこういう時に勘が冴えわたるんだろうな。

 

「よし!こうなったら、ことりちゃんのプライバシーも………」

 

内心で冷や汗をかいてると、穂乃果が勢いよく立ち上がり、ことりも巻き込もうと動き出す。

その迷いのない行動の速さに、注意するよりも早くことりの鞄のファスナーに手をかけていた。

 

「ん?なんだろこれ――――」

 

最初は嬉々とした様子で中を覗き込んでいた穂乃果が、なにかを見つけたようで怪訝な声を漏らす。

しかし、それがなにか確かめる寸前にことりが素早くファスナーを閉め直し、足早に穂乃果と距離を取った。

 

「ことりちゃん、どうしたの?」

 

「ナンデモナイノヨ」

 

不思議そうに問う穂乃果にことりは即答する。

 

「でも」

 

「ナンデモナイノヨナンデモ」

 

あくまで笑みを浮かべて妙に早口でごまかそうとすることり。

俺がいた位置からでも確認できなかったわけだが、一体なにがあったんだろう。

 

「そうそう、実はこういうのもあるんよ」

 

そう言って、カメラを操作していた希がまた新たな映像を差し向けてきた。

そこには見慣れない、しかし確信が持てる後姿があった。

 

「あ、今度は清麿くんだ」

 

ああ、間違いなく俺だな。

映像の中で俺は数冊の本を抱えて廊下を歩いていた。

画面の日付は矢澤さんがµ'sのメンバーになった翌日になっている。

そう言えばこの日は、前日に新たに矢澤さんの練習メニューを作成した後で他のメンバーのメニューを見直して徹夜したんだっけか。

 

『ふぁぁぁぁ~……』

 

『ワアッ!』

 

そうそう、こんなふうにあくびを漏らしていたら、背後から希に大声をあげられたんだよな……。

 

『ゥワアアアッ?!』

 

驚かされたとは言え、なんとも情けない悲鳴を上げて抱えていた本を取り落してしまう。

そして運悪く、無駄に分厚い医学の本の角が足の親指に直撃したんだっけ……。

 

『ノッホッホッホッホッホッホッ!』

 

気が緩んでいたところの激痛に、俺はたまらず片足でその場で跳ね回っていた。

……つーか、これ撮られてたのか!?

 

「これこそが音ノ木坂学院スクールアイドルµ’sのマネージャー、高嶺清麿の隠された一面である」

 

「消せ!今すぐそれ消せ!」

 

「いやー、なかなかおもしろいもん見せてもらったよ」

 

すぐにカメラを奪おうと試みるが、寸前のところで希に取り上げられてしまう。

ちくしょう!あのしてやったりなにやけ顔が腹立つ……!

 

「完成したら各部にチェックはしてもらうようにするから、問題あったらその時に」

 

「でも、その前に生徒会長が見たら……」

 

希に言われて途端に穂乃果が不安の声を上げる。

まあ、気がかりに思うのも当然かもな。

こんなものを見たら――――

 

『困ります。あなたのせいで音ノ木坂が怠け者の集団に見られてるのよ?』

 

ハハハ、厳しく突き放つ絵里を容易に想像することができた。

それ以前にこんな姿を全校生徒に見せるつもりはないんだけどな……。

 

「まあ、そこは頑張ってもらうとして」

 

「え?希先輩なんとかしてくれないんですか!?」

 

「そうしたいんやけど、残念ながらウチができるのは、誰かを支えてあげることだけ」

 

「支える……?」

 

意味深な言葉に穂乃果は疑問符を浮かべるが、希はただ柔らかく笑むだけで今度は俺の方に視線を向けてきた。

 

「ま、ウチの話はええやん。さあ、次は―――」

 

その視線の意図がいまいちわからず、しかしそれ以上答えることなく再び希が口を開いた時だった。

バタンッ、というけたたましい音ともに部室の扉は開け放たれた。

 

「あ、にこ先輩」

 

そこには盛大に肩で息をする矢澤さんがいた。

よほど急いでいたのか、雑に垂れ下がった前髪の隙間から覗く開いた瞳孔でこちらを見る出で立ちははっきり言って不気味だった。

 

「取材が来るって本当!?」

 

「もう来てますよ、ホラ」

 

矢澤さんの問いかけをことりが促し、希がマイクを、星空がカメラを掲げる。

それを確認すると、矢澤さんは息を整えて一歩前に出る。

 

「にっこにっこにー♪みんなの元気ににこにこにーの矢澤にこでーす!ええっとぉ、好きな食べ物はぁ――――」

 

「ゴメン。そういうのいらないわ」

 

さらりと矢澤さん自称のにこにーを遮る希に全員頷き、満場一致。

うん、やると思ってた。

むしろ最初に苛立ちを覚えていたところから、冷静にいられる今の自分に驚きだ。

相変わらずの脱力感は置いておくとして………慣れって怖いな。

 

「部活動の生徒たちの素顔に迫るって感じにしたいんだって」

 

「素顔……?あーOK、OK!そっちのパターンね」

 

星空に言われて仕切り直そうとする矢澤さん。

いや、パターンと言ってる時点で嫌な予感しかしないんだが……。

 

「ちょーと待ってね」

 

不安が過ぎる俺たちを余所に矢澤さんは背中を向けると、おもむろに髪を結んでいたリボンをほどく。

 

「いつも……いつもはこんな感じにしているんです。アイドルの時のにこは、もうひとりの私。髪をキュッと留めた時にスイッチが入る感じで。あ、そうです。普段は自分のこと、にこなんて呼ばないんです」

 

肩まで伸びた黒髪をなびかせてお淑やか少女を演じるのだった。

すげえ……もうザケルをかます気すら失せてちまったよ。

ここまであざとさを使い分けられれば、もうある意味才能だな。

しかし、俺たちが反応を返すことはない。

 

「って、いないし!?」

 

もぬけの殻となった室内を見て矢澤さんの驚愕する声が聞こえた。

文字通り、俺たちはとっくの昔に部室を後にしていたのだ。

付き合ってられるか。

 




…………アレ?もしかしたら意外と長丁場になるかもしれないリーダー編、基、絵里衝突編。
この調子で進めればあと3~4話ぐらい行くんじゃね?

まあ、とりあえずこんな感じでがんばります!

さて、冒頭は絵里さんの回想から入ってみました。
今回のシリーズを通して清麿と絵里と希が親しくなった理由を書いていこうと思います。
最初にも言いましたが、僕が思っている以上に長丁場になると思いますが、その分気合い入れていきますのでどうぞ最後までお付き合いしていただければ幸いです。

では、また次回!


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STAGE.26 センターは誰だ?

早々に部室での茶番をやり過ごした俺たちは場所を中庭に移した。

 

「た、タスケテ……」

 

まずは1年生組にも召集をかけてから部活紹介の撮影を再開させたわけだが、トップバッターに選ばれた小泉は明らかに現状に緊張していた。

 

「緊張しなくてもへーき。聞かれたことに答えてくれればいいから」

 

「編集するからどんなに時間かかっても大丈夫やし」

 

カメラを向けられて笑顔を取り繕うも助けを求める小泉を星空と希が励ますが、やはり困惑が拭えずにいるようだ。

まあ、普段から気弱な性格の彼女からしてみれば当然の反応と言えるか。

 

「真姫ちゃんもこっちくるにゃー」

 

戸惑う小泉の次に星空はカメラを動かし、渡り廊下に設けられた桟にもたれる西木野を呼ぶ。

 

「私はやらない」

 

しかし、無関心な一言を返す西木野は徹底して外野を決め込む腹積もりのようだ。

 

「ええんよ?どうしてもイヤなら、無理にインタビューしなくても」

 

そんな頑なな西木野を見て、意味深な言葉で希は星空に合図を送る。

断言しよう………あれはなにかを企んでる笑みだ。

 

「真姫だけはインタビューに応じてくれなかった。スクールアイドルから離れれば、ただの多感な15才。これもまた、自然の――――」

 

「なに勝手にナレーションかぶせてるの!?」

 

あろうことか、希は横髪をいじる西木野をカメラで捉えたまま語りを入れ始めた。

西木野もそれに気付くや、憤慨してカメラを抑えるためにこちらにやってくる。

結局、希の思惑にはまってしまったわけだ。

 

「だって部活紹介の取材なのにひとりだけ不参加ってのはよくないやろ?」

 

「だからって勝手にあることないこと吹き込まれたらたまったもんじゃないわよ!」

 

「なら取材に応じてくれるよね?」

 

「―――っ。そ、それは……」

 

最初は依然として抵抗を見せる西木野だったが、希の正論にバツが悪そうに視線を泳がしてしまう。

 

「あきらめろ、西木野。こいつは碌でもないこと考えたら一切躊躇がない。いちいち本気にしてたらキリねえぞ」

 

「もー、人聞き悪いなキヨちゃんは。いくらなんでも考えすぎやって」

 

嘆息する俺に対して、小さく口角を上げる希。

そこに悪びれた様子はない。

 

「確信犯が何を言ってやがる……。あと、キヨちゃん言うな」

 

苦々しく冷めた視線を向けるが、希はただおもしろおかしそうに片目をつむる。

だが、この程度で目くじらを立てていたらこっちの身が持たない。

それはあの時にイヤというほど思い知らされたことだから……。

その時、呆れて再び溜め息をついてると、今までの一連を静観していた穂乃果が徐に口を開いた。

 

「清麿くんって希先輩からキヨちゃんって呼ばれてるんだね」

 

………………………あ。

いつものやり取りだったから完全に油断してしまった。

気付いた時にはもう遅く、俺は周りのみんなから好奇の眼差しを向けられていた。

 

「なら、私も今度からそう呼んじゃおっかな?ね?キヨちゃん」

 

「たのむことり勘弁してくれ」

 

そもそもお前には『きーくん』があるだろ?

 

「ずいぶんと希先輩と仲がいいんですね、キヨちゃん?」

 

「海未、なんか笑顔が怖いんだが......」

 

もしかしなくても怒ってるよな?なぜだ?

 

「気にすることないにゃ、キヨちゃん!」

 

「お前はホント迷わないよな、星空!」

 

とりあえずお前は遠慮と言うものを覚えろ!

 

「えっと……とってもかわいいですよ?き、キヨちゃん……」

 

「小泉、それ結局なんのフォローになってないからな?」

 

く.........なぜか怒るに怒れねえ.........!

 

「なんでもいいから早く始めましょ?時間だって限られてるんでしょ?……………キヨちゃん」

 

「西木野も恥ずかしいなら無理に合わせるな!」

 

キヨちゃんに恥を忍ぶほどの価値はねえぞ!

あれー、俺の黒歴史が瞬く間に伝播していく……。

つーか、なんで俺はみんなからキヨちゃんコールを浴びてる?

まさかと思い振り向くと、案の定、希はニヤリと口角を上げていた。

は、謀りやがったな希………!

 

「それでは清麿くん改めキヨちゃん。カメラに向かって今の心境を一言お願いします!」

 

「お前ら取材忘れてるだろ!?」

 

                    ☆

 

中庭でのひと悶着をどうにか治めて三度軌道を修正。

カメラを受け取り、今度は小泉だけでなく、星空と西木野も一緒に並んで撮影を始める。

 

「まずは、アイドルの魅力について聞いてみたいと思います。では、花陽さんから」

 

「え?えーと、えっと……」

 

「かよちんは昔からアイドル好きだったんだよねー?」

 

改めて希が小泉に質問を投げかけるが、未だどう答えればいいかわからずに戸惑う彼女に代わって星空が答えてくれた。

小泉も安堵し、自信がついたのか星空の橋渡しにはい!と元気に応じる。

 

「それでスクールアイドルに?」

 

「あ、はい。えっと………?」

 

星空のおかげで小泉がいくらか緊張が和らいだ面持ちを浮かべた束の間のことだった。

 

「……ぷ、ぷぷっ」

 

何かを見た小泉が口元を抑えて小さく吹き出した。

 

「ちょっと止めて!」

 

何事かと思えば、眉根を寄せた西木野が詰め寄ってくる。

彼女の視線の先―――背後を振り返ると穂乃果がひょっとこのように口元をとがらせた変顔をしていた。

 

「穂乃果……何やってんだ?」

 

「いやー、緊張してるみたいだからほぐそうかなーと思って」

 

穂乃果が呑気な笑顔で言うが……まずい、また目的が脱線し始めてきたぞ……。

 

「ことり先輩も!」

 

「がんばっているかね?」

 

さらにその後ろには、穂乃果のような中途半端なモノマネではない、本物のひょっとこがいた。

いや、どこから取り出したのか、ひょっとこのお面をかぶったことりがいた。

彼女の声音に違和感を覚えたが、それは単にくぐもっているだけだと思いたい。

これには海未も投げやりな苦笑で嘆息するのだった。

 

「まったく、これじゃµ’sがどんどん誤解されるわ!」

 

確かに、撮影を始めて小一時間経つわけだが………残念かな、これが音ノ木坂スクールアイドルµ'sの現状である。

こんな映像見せられてもきっとアイドルさは伝わらないだろうな……。

しかし………まさか西木野の口からµ'sを想う言葉が出るなんてな。

やはり素直になれないだけで、心は正直なようだ。

 

「おお、真姫ちゃんがµ'sの心配してくれた!」

 

「べ、別に私は………」

 

今になって恥じらいを見せる西木野だったが、そんな姿が微笑ましく思えてくる。

すると、感嘆する穂乃果が俺の手からカメラを抜き取り、そっぽを向く彼女にレンズを向けていた。

性懲りもなく撮影を試みる穂乃果に西木野がたまらず一括する。

 

「撮らないで!」

 

しかしながら、良くも悪くも、これがアイドル研究部の日常だ。

 

                    ☆

 

部室でいじけていた矢澤さんを回収した後、屋上に移動したµ'sはさっそく練習に取り掛かる。

最初にストレッチで筋肉を解した後でメンバーは次の練習に移る。

 

「みんなはなにしてるん?」

 

希が視線を移す先には、静かに瞑目する穂乃果たちの姿があった。

俺と希は彼女たちから離れた位置で練習風景を見ているわけだが、やはり目の前の光景は予想していたものと違っていたようで、腑に落ちない様子で訊ねてきた。

 

「呼吸を整える練習だよ」

 

「呼吸?」

 

「ああ。呼吸は平常心と集中力を高める最適な手段なんだ。極限にまで高めた集中力はトラブルやプレッシャーに関係なく自分の力を引き出してくれる。スポーツのトップアスリートはみんな呼吸を大切にしているし、もちろん、大勢の観客の前でパフォーマンスを披露するアイドルもこの呼吸法が力を発揮するんだ」

 

過去の経験を思い返しながら説明するが、まさかこうしてデュフォーの指導を今度は俺が教えることになる日が来るとは思ってもみなかったな。

内心で苦笑してみんなの様子を観察すると、メンバーになってまだ日が浅い矢澤さんはともかく、他のみんなは呼吸を繰り返す間隔が安定してきている。

中でも海未は普段から弓道部だけでなく自宅が道場であることもあってか、その姿はかなり様になっていた。

 

「ようするに座禅みたいなもん?」

 

「いや、少し違うな。座禅のように心を落ち着かせるんじゃなくて、むしろイメージトレーニングと並行して呼吸のタイミングを意識させてるんだ」

 

たかが呼吸とバカにしてはいけない。

むしろ穂乃果たちにとっては呼吸法で培われるスキルこそ体力以上に重視すべき能力だと言ってもいい。

もちろん、呼吸法の他にも基礎体力を伸ばすトレーニングや身体能力や瞬発力を鍛える『答え』はすでに彼女たちのノートに記してある。

俺の『能力』を基にして、関連書物を読み漁り、改めて俺とガッシュのトレーニングメニューを見返して、µ’sそれぞれの『答え』までの途中式に当てはめていった。

あとは明確化した途中式の確実性をより高めるために状況に応じて内容を変更、補強していく。

 

「へえ、結構考えてるんやね」

 

「まあな。……つっても、ほとんど受け売りみたいなもんなんだけどな」

 

「ふーん。でも、ならキヨちゃんはどうやってこのメニューを考えたん?」

 

「......それは企業秘密だ」

 

希の疑問は最もだが、こればっかりは答えるわけにはいかない。

………いや、答えたくないというのが正確だな。

穂乃果たちに俺の『能力』について明かしていない。

話せないということはないのだが、やはりどうしても肝心なところで憚れてしまうものがある。

それでも、もう引き返すことができにいところまで来てしまっているのも事実だ。

罪悪感を押し殺して意識を練習に戻すと、うとうとと舟を漕いでる頭を3つ見つけた。

.........これもよくある光景だったりする。

溜め息をついて俺は穂乃果、矢澤さん、星空の背後に歩み寄りゆっくりと狙いを定め――――

 

 

スパン!スパン!スパン!

 

 

「いてっ」

 

「あだっ」

 

「ふにゃっ」

 

小切れのいい炸裂音と、3人の少女の呻きが青空に吸い込まれた。

今日もµ'sは平常運転でなによりだ。

 

                    ☆

 

「1、2、3、4、5、6、7、8………」

 

呼吸の練習を済ませて次はダンスの練習に移り、カウントを刻む海未の指揮のもと、手拍子に合わせて各々がそれぞれの振り付けでステップを踏んでいく。

 

「花陽はちょっと遅いです!」

 

「はい!」

 

「凛はちょっと速いです!」

 

「はい!」

 

「ちゃんとやりなさいよー」

 

「にこ先輩、昨日言ったところのステップ、まだ間違ってますよ!」

 

「わ、わかってるわよ……」

 

海未に指摘されリズムを整え直す小泉と星空に矢澤さんが野次を飛ばすが、すかさず彼女も注意を受けてしまう。

事ある毎に立つ瀬を無くしていく矢澤さんがいい加減不憫に思えてきた。

 

「真姫、もっと大きく動く!」

 

「ハイ!」

 

「穂乃果、疲れてきた?」

 

「まだまだ!」

 

「ことり、今の動き忘れずに!」

 

「うん!」

 

大きく返事をする西木野に続いて、穂乃果は根性を見せ、ことりは自信に繋げていく。

 

「ラストー!」

 

そして海未の掛け声でみんなが一斉にフィニッシュを決める。

誰も最後まで笑顔を忘れていなかった。

 

「かれこれ1時間。ぶっ通しでダンスを続けてやっと休憩。全員息は上がっているが、文句を言う者はいない」

 

ダンスの練習にも一区切りつき、その場にへたり込んで息を整える穂乃果たち。

希の言う通り、ダンスを始めてからの間で誰も脱落することはなかった。

本番では踊りながら歌も歌わなければならないため相応の体力が必要になるわけだが、みんなボーダーラインを超えている。

特に練習量が一番少ないはずの矢澤さんがすさまじい追い上げを見せている。

ダンスの出来はまだ拙い部分が目立つが、かつてはスクールアイドルとして活動していた頃の意地からか必死に練習についてきている。

 

「さすが練習だと迫力が違うね。やることはやってるって感じやね」

 

「まあな。最低でも人様に見せられるものに仕上げなきゃいけないんだ。手を抜いてる余裕なんてねえよ」

 

今の彼女たちのダンスを見て、『能力』で導き出した『答え』をノートに記していく横で希が称賛する言葉をくれる。

 

「でも、練習ってふつうリーダーが指揮するもんじゃない?」

 

「………まあ、ふつうはそうだよな」

 

至極当然な疑問かもしれないが、俺はそれを肯定的に受け止めることはできなかった。

後に、その問いがµ'sにひとつの波紋を生み出すこととなる。

 

                    ☆

 

「リーダーには誰が相応しいか……。だいたい、私が部長についた時点で一度考え直すべきだったのよ」

 

開口一番に矢澤さんが真剣な声音で一石を投じた。

取材から一夜明けた放課後、場所はアイドル研究部部室。

俺から見て左側を2年生組が、右側を1年生組が、そして真正面に矢澤さんを見据える形でテーブルを陣取っている。

雰囲気作りのためか窓から差し込む日の光だけで室内は薄暗い。

…………いや、電気消す必要あるのか?

そもそもは昨日、取材の一環として穂乃果の自宅を訪れた希の疑問から始まる。

 

『なんで穂乃果ちゃんはµ'sのリーダーなん?』

 

今さらだが、µ'sのリーダーは穂乃果ということになっている。

今日の会議をきっかけに今までの穂乃果の役割を思い返してみた。

主に練習メニューは俺が、歌詞は海未が、ステップや衣装づくりはことりが中心に、作曲は西木野が担当している。

穂乃果と言えば…………うん、見事になにもしてないな。

それでも穂乃果がリーダーのポジションについていたのは単にµ'sの発起人だったからだ。

だが、それでµ'sは機能していたから特に気にすることはなかったわけだ。

 

「私は、穂乃果ちゃんでいいと思うけど……」

 

「ダメよ。今回の取材ではっきりしたでしょ?この子はリーダーにまるで向いてないの」

 

おずおずという感じでことりが言うが、矢澤さんはそれを一蹴する。

 

「そうとなったら、早く決めたほうがいいわね。PVだってあるし」

 

「PV?」

 

「リーダーが変われば必然的にセンターだって変るでしょ?次のPVは新リーダーがセンター。それでいいわよね?」

 

確認するようにまっすぐこちらを見つめてくる矢澤さんに逡巡することなく俺は頷いた。

 

「ああ、別に問題はない。タイミング的にもちょうどいいんじゃないか?」

 

むしろ部活紹介とともに新曲のPVを披露できれば、相応の効果が期待できる。

 

「でも、誰が……?」

 

「リーダーとは!」

 

戸惑う小泉に応えるように立ち上がるや、矢澤さんはそばに立てかけてあったホワイトボードに手をかけ、ひっくり返す。

すると、半回転した白い板面には『リーダーとは!!』という題目で関連した内容が記されていた。

 

「まず第一に、誰よりも熱い情熱を持ってみんなを引っ張っていけること!」

 

「………いつの間に用意したんだ、ソレ?」

 

しかし俺の疑問を華麗にスルーして矢澤さんは声高らかに力説していく。

 

「次に、精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持った人間であること!そしてなにより!メンバーに尊敬される存在であること!この条件を備えたメンバーとなると……!」

 

そして初めて先輩らしい威厳を見せて矢澤さんが続きを口にしようとした瞬間――――

 

「海未先輩かにゃ?」

 

「なんでやねぇええんっ!」

 

……ぶち壊しだよ。

せっかくの真面目な雰囲気がたったひとつのツッコミで台無しになってしまった。

 

「そうだよ、海未ちゃん。向いてるかも、リーダー!」

 

あとはいつものように流れるまま、意外にも乗り気な笑みで穂乃果が海未に促していた。

 

「それでいいのですか?」

 

「え?なんで?」

 

「リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」

 

「それが?」

 

「………何も感じないのですか?」

 

「だって、みんなでµ'sやってくのはいっしょでしょ?」

 

単にこだわりがないのか、それとも深く考えていないだけなのか?

懐疑的に眉を顰める海未とのやりとりの中で穂乃果は疑問符を浮かべていた。

 

「でも、センターじゃなくなるかもですよ?」

 

「おお、そうか!」

 

取り乱す小泉に言われて初めて事態を理解したようで、ポンと手を打つ穂乃果は腕を組んでしばし考え込む。

 

「ま、いっか」

 

「「「「「えぇっ!?」」」」」

 

「軽いな……」

 

思索に耽ること数秒、なんとも楽観的な答えに俺たちは揃って唖然としてしまうのだった。

 

「そんなことでいいのですか?」

 

これにはたまらず海未が問いただすが、尚も穂乃果の反応は軽い。

 

「じゃあ、リーダーは海未ちゃんということにして……」

 

「ま、待ってください……」

 

そのままリーダーが変わるかと思いきや、途端に海未は渋りを見せた。

 

「無理です……」

 

目を逸らし、あと一押しで泣き出してしまいそうなほど弱弱しい面持ちを浮かべ、海未は今にも消え入りそうな声で紡ぐ。

 

「……面倒な人」

 

「じゃあ、ことり先輩?」

 

クールに嘆息する西木野に続き、小泉といっしょに次のリーダー候補に注目する。

 

「ん?私?」

 

「副リーダーって感じだねー」

 

これに関しては、星空の言うとおりみんなが納得する。

確かにことりにリーダーが務まらないことはないと思うが、どちらかというとサポートに回ってもらった時の安心感が彼女の持ち味だと思う。

 

「でも、1年生でリーダーっていうわけにもいかないし……」

 

「仕方ないわね~」

 

「やっぱり、穂乃果ちゃんがいいと思うけど」

 

「……仕方ないわね~」

 

それとなく名乗りを上げたつもりだったのだろうが、みんなは矢澤さんを無視して討論を続けていく。

 

「私は海未先輩を説得したほうがいいと思うけど?」

 

「仕方ないわねー!」

 

口元を痙攣させながらも矢澤さんは食い下がるが、やはりみんなの反応は変わらない。

 

「と、投票がいいんじゃないかと……」

 

「仕方ないわねええええっ!」

 

しかし、とうとう我慢の限界を超えたのか、どこからか取り出した拡声器で声を張る。

狭い室内の中で大音量が反響し、すげえうるさい。

 

「で、どうするにゃ?」

 

「どうしよう?」

 

だが耳を塞いだのは俺だけで、他のみんなは何事もなかったかのように会話を交わすのだった。

なんだその無駄な団結力は?

一方、矢澤さんはというと――――

 

「…………」

 

ただただ力ない表情で拡声器を下ろしてしまっていた。

リーダーをどうするよりも、むしろ矢澤さんをどうするよ……。

一向に平行線をたどる話し合いに脱力を覚えながら時計を確認すると、そろそろ時間が迫っていたことに気付いた。

 

「悪いが、リーダー云々に関してはみんなに任せるわ」

 

「あ、そっか......。清麿くん、確か今日は生徒会の会議があるんだっけ?」

 

溜息を吐いて席を立つ俺に気付いた穂乃果に頷く。

不安は残るが、もうここに留まっているわけにはいかない。

 

「ちょっと清麿!今はµ'sの存亡がかかってるっていうのに生徒会ってあんた正気!?」

 

「スマナイ。こっちばっかり贔屓したくねえんだよ」

 

声を荒げる矢澤さんの気持ちもわからんでもないが、俺としてはどちらかを優先するようなことはしたくない。

 

「………ゴメン。さすがにちょっと軽率だったわ……」

 

矢澤さんも頭に上った血が下がり、俺の立場を理解してくれたようで申し訳なさそうな面持ちで納得してくれた。

 

「清麿くん!」

 

さて、気持ちを切り替えてドアノブに手をかけようとした時、海未に呼び止められた。

 

「最後に……清麿くんなら、どう思いますか?」

 

振り返ると海未が不安げな眼差しで問うてきた。

リーダー、か。

俺が思うリーダーは、やっぱり………。

あいつの姿を想い描きながら俺は一瞬だけ穂乃果に視線を向けて口を開いた。

 

「俺は、穂乃果でいいと思うぜ」

 

俺の答えに穂乃果はもちろん、他のみんなも目を丸くしていた。

せっかくの会議を根底からひっくり返すことを言ったんだ、逆にみんなの反応は簡単に予想できていた。

 

「その根拠はいったい……?」

 

再度海未が問うてくるが、俺はただ穏やかに笑む。

 

「深く考えなくても、みんなならすぐにわかるさ。きっとな」

 

それだけ言い残し、今度こそ俺は部室を後にした。

 




遅くなったけど…………希、誕生日おめでとう!
スクフェスでもらったラブカストーンで勧誘したら希のSRゲット!
間に合わなかったけど、近いうちに希をメインにしたお話も書くのでヨロシク!

センターは誰だ?編ということで清麿の新たな黒歴史を混ぜつつ、今回はアニメ沿いで進めましたが、次回は生徒会に移ります。
これからの絵里との衝突から和解までの流れをお楽しみに!


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STAGE.27 音ノ木坂の亀裂

昼間と比べて人の行き来が圧倒的に少なくなった廊下を進み、生徒会室の前にまで辿り着く。

後は目の前の扉を開ければいいのだが、俺の手はただ虚しく空中を彷徨っていた。

ここに来るのはアイドル研究部の存在を知った日以来、約一週間ぶりになるか。

あんな歯切れの悪い別れ方をしてしまったことに、今になって後悔の念に苛まれてしまうが、ここで立ち往生しても何も変わらないのもまた事実。

 

「すぅー、はぁー……」

 

一度深呼吸をして気を引き締め直し、俺は扉に手をかけた。

 

「悪い、少し遅くなった」

 

俺の心境とは裏腹に、拍子抜けするほどすんなりと開いた扉を潜れば、すでに絵里と希がいる光景が広がる。

 

「うん。おつかれー、キヨちゃん」

 

「…………」

 

希はいつものように挨拶を返してくれたが、絵里は俺を軽く一瞥しただけで手元の資料に視線を落としてしまう。

おおう、とうとう声もかけられなくなってしまったか……。

どうやら俺と彼女の間にできた溝は想像以上に大きいものらしい。

ヤバイ、もう気持ちが折れそうだ……。

込み上げそうになる涙をグッと堪えていつもの席に腰を下ろすと、思わず溜め息が零れた。

とにかく、空気が重い……。

依然として絵里は資料から目を離さず、希はほがらかに笑むだけでなにを考えてるかわからない。

どうしたものかと、不自然なほど息がつまりそうな沈黙に居たたまれなくなった時だった。

 

 

ケホッ、コホッ

 

 

突如室内に小さな咳払いが木霊した。

 

「大丈夫か、絵里?」

 

「………あなたには関係ないわ」

 

窺うように声をかけてみたものの冷たい言葉の刃で一蹴されてしまい、5秒にも満たず会話は終了。

結局、残りのメンバーが集まるまで誰も口を開くことはなかった。

 

                   ☆

 

間もなくして、絵里の号令で会議が始まる。

議題は7月に行われるオープンスクールに向けての簡単な現状報告。

本格的な打ち合わせは明日、各部活動の代表と実行委員を交えて行うことになっている。

なので今回はオープンスクールの目的を簡単におさらいし、運営状況と各部活の出し物を確認し、次にそれがオープンスクールの趣旨に沿っているか、または現段階で実現可能かを話し合っていく。

会議自体は滞りなく進んでいき、本来ならば最後に校内に関する定時の報告を済ませるだけのはずだった。

 

「では最後に、前回に引き続いて廃校を阻止するための打開案について話し合いたいと思います」

 

気を張った様子の絵里が整然と新たな議題を提示する。

予感はしていたが、絵里の発言をきっかけにただでさえ重かった室内の雰囲気がさらに沈んでいくのが感じて取れた。

前方の席に座る2人の役員に至っては、途端に顔を俯かせたまま視線を逸らし、口を閉ざしてしまっていた。

決して、意見がないということはないだろうが、やはり現実という壁の大きさを前にして、責任の重圧を恐れて頭の中にある考えを迂闊に出せないでいるのかもしれない。

だが、このまま黙っていても事態は好転していく一方であることは明白だった。

 

「そのことで少しいいか?」

 

重い沈黙を破った俺に全員の視線が集まる。

 

「なにかあるの?」

 

この時、初めて俺の視線が青い眼差しと交わった。

期待ではなく懐疑的な反応だったが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。

ひとつ頷くと、席を立ちあがって一冊のファイルを絵里に差し出した。

 

「一応、入学希望者を増やすための案をいくつか考えてみた。理事長の許可が下りればすぐにでも動けるはずだ」

 

絵里が受け取ったファイルには廃校阻止の打開案、つまり入学希望者を増やすための企画案がまとめてある。

規模を問わず、細かい詳細をアクシデントが起きた場合の対処法と一緒に記してある内容に一時は双眸を見開いた絵里だったが、後半の俺の一言を聞いた途端にファイルを持つ手に力が籠めていた。

どうやら未だ理事長の説得が難航しているようだ。

 

「それでも、結果が出せるかは五分五分と言ったところだな」

 

今の進捗状況を考えてもこれ以上の遅れはいくつかの打開案の実現を妨げてしまう。

できるだけ早い段階で理事長の許可が下りることに越したことはないが、それとはまた別に懸念することがあった。

廃校を阻止するための方法を考えていた時、同時に廃校に追い込まれた原因を調べてみたことがある。

原因はやはり生徒減少が招いた経営難で間違いない。

調べて分かったことだが、音ノ木坂学院の廃校問題は約30年前から既に続いていたらしい。

入学希望者が減少の傾向を見せ始め、廃校を懸念した当時の音ノ木坂学院は共学化に打って出た。だが、その新たな試みは異性の目を気にしなくて済むという利点を失うことになり、女子高を志望していた女子生徒の数を減らすことに繋がってしまった。

男子生徒の立場からしても、進んで元女子高に通いたいと考える物好きはそう多くなく、むしろ男女比に圧倒的な偏りを見せる環境で肩身の狭い思いをすることに抵抗を覚えるものがほとんどだった。

結果は生徒数の減少を抑えたというだけであって、音ノ木坂学院の共学化は期待以上の効果を生むことができなかった。

それでも共学化という賭けは功を奏し、学校は廃校という事態を免れることに成功するが、生徒数が安定の兆しを見せ始めた5年前に音ノ木坂学院を廃校に追い込む決定的な出来事が起きた。

秋葉原に新たにUTX学院が開校された。

外観、内装ともに従来の学校施設と一線を画し、当時の最新鋭のシステムを導入した設備が大きな話題を呼んだ。

さらには当時のスクールアイドルブームに肖り、1年前に結成されたA-RISEの登場に一層注目を集めたUTXは多くの入学希望者を確保できたという。

しかし、そんなUTXの快挙は音ノ木坂学院に致命的な打撃を与え、その結果、今年になってとうとう廃校問題が浮き彫りになってしまい、今に至る。

問題は、30年にも亘って広がり続けた亀裂を1年にも満たない期間で埋めることができるかどうかにある。

例え期間内に企画案を完璧に熟せたとしても、決めるのはあくまで入学希望者だ。

選択肢を不特定多数の対象者に委ねなければならないため、どうしても予測の域を出ない『答え』になってしまう。

 

「ありがとう。後でもう一度理事長と交渉してみるわ」

 

パタン、と中身に目を通していた絵里がファイルを閉じる。

 

「ひとつ聞いていいか?」

 

「なにかしら?」

 

俺も拭いきれない気がかりを頭の隅に追いやって声をかけると、冷淡な返事が返ってくる。

明らかに敵意の色に染まった青い瞳で射抜かれるが、意を決して俺は問いかけた。

 

「お前、一体なにに怯えてんだ?」

 

「………どういう意味?」

 

一瞬だけ挙動が止まり、剣呑な声音でこちらを見上げてきたが、構わず俺は続けて言葉を投げかける。

 

「そのままの意味だ。今の絵里はなにかに怯えてる自分をごまかそうとしてるようにしか見えない。………違うか?」

 

それはファーストライブ後も生徒会に参加していた時に感じていたことだ。

それは学校が無くなることかと思っていたが、絵里の中で渦巻く感情の矛先はもっと別のなにかに向けられてる。

俺への態度の他にも、日増しに変化していく絵里の様子の見ていくに連れて、最初はほんの小さな疑念がやがて大きな確信となった。

 

「私が怯えている?ふざけないで。私はただ学校を存続させたいだけよ……」

 

俺の言葉をどのように受け取ったのか、静かだが苛立ちを含んだ語気で吐き捨てる絵里。

彼女の言葉に嘘はない。

それでも今の絵里は大切なものを見失ってしまっていることは確かだった。

 

「それは誰のためだ?」

 

「そんなのこの学校のために決まってるじゃない!」

 

怒りを孕んだ金切り声とともに、勢いよく立ち上がった拍子で椅子が倒れる音が室内に響いた。

 

「私には学校を守るという使命があるの。それは生徒会長としての義務よ。当然でしょ………!」

 

机の上できつく拳を握りしめ、絵里が昂ぶる感情をこらえるように低い声音とともに睨み付けてくる。

だが、俺も絵里の瞳をまっすぐ見据え、正面から想いをぶつける。

 

「誰かのための義務と、誰かを想う意志は全くの別だ。何かを背負うってのは、そんな簡単なことじゃない。義務や使命だけで果たそうとすれば、いつか必ず潰れちまうぞ」

 

「…………」

 

しばし無言がこの場を支配する。

俺と絵里のどちらも目を逸らそうとはしない。

絵里には絵里で譲れないものがあるのかもしれないが、俺もこの一線だけは絶対に引くわけにはいかなかった。

 

「まあまあ、2人とも落ち着きやって。また明日考えればええやん。ね?」

 

その時、俺と絵里の衝突を潮時と判断したのか、今まで静観に徹していた希が仲裁に入ってくれた。

包み込むような柔らかな笑みを見てると、知らない内に強張っていた感情が緩んでいくのがわかった。

 

「……スマナイ。少し、言い過ぎた」

 

蟠っていた緊張を息とともに吐き出し、小さく頭を下げた。

 

「案を出してくれたことには感謝するわ。これからのことはまた日を改めて検討します。今日はお疲れさま」

 

返ってきたのはあくまで事務的な言葉。

………とうとう俺と絵里の溝も決定的なものになってしまったかもしれない。

活動面では前進したかもしれないが、間違いなく雰囲気は悪化させてしまった。

希が止めてくれたからよかったものの、結局はお互いにしこりを残す形になってしまった。

そうして、席に戻ろうと踵を返した時だった。

 

 

バタンッ

 

 

不意の物音に視線を戻すと、俺の視界から先程まであったはずの絵里の姿が消えてしまっていた。

 

「絵里……?」

 

一瞬で頭の中が真っ白になりながらも、俺は絵里がいたはずの場所を覗き込む。

 

「……はぁ、はぁ…………」

 

俺の目に飛び込んできたのは冷たい床に倒れ伏した絵里の姿だった。

 

「絵里!」

 

「エリチ!?」

 

突然の事態に希も顔色を変えて駆け寄ってくる。

 

「しっかりしろ!絵里っ!!」

 

肩を抱えながら身体を抱き起して声をかけるが、耳朶を打つのは荒い息遣いだけ返事が返ってくることはなかった。

よく見れば顔もかなり赤い。

希は先ほどから血の気が引いた顔で絵里の名を呼び、他のメンバーはオロオロとしているばかりだ。

だが、今は悠長に状況を把握している場合じゃない。

 

「ぐ...............!」

 

たまらず俺は絵里を抱きかかえて生徒会室を飛び出した。

絵里に衝撃を与えないよう細心の注意を払いながらも、俺は校内を駆け走る。

 

「悪い!通してくれ!」

 

まだ何人か生徒が残っていたようで、誰もが何事かと振り向いてくるが気にしてる暇はない。

とにかく俺は保健室に急ぐことだけを考えて夕暮れの廊下を突き進んだ。

 




面倒くさいことこの上ない用事を済ませて、ようやく昨日ラブライブの映画を見に行ってきました!
いやー、素晴らしかった!
どれくらい素晴らしかったかというと、久々にエンディングでおいてかないでくれよ感が沸き起こるぐらい素晴らしかったです!

そして、劇場版見たテンションと清麿Verのカサブタを聴きながら一気に最新話の約半分を書き上げることができました!
今回は自己解釈が入りましたが、音ノ木坂の廃校の原因を踏まえてから予定通り絵里と衝突させてみました。
この絵里衝突篇は後2話ほど続く予定です。
次回は絵里との過去編あたりまで行けたらなと思っています。
お楽しみに!



もしかしたら修正を入れるかもしれませんが、この物語における簡単な時系列を載せておきます。

5年前:春   ・UTX学院開校

3年前:春   ・清麿、中学2年生。ガッシュと出会う

2年前:4月  ・清麿、中学3年に進級

1年前:4月  ・清麿、音ノ木坂学院に入学  ・UTX、A-RISEが結成される


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STAGE.28 優しい風

氷水を溜めた洗面器に浸したタオルから水気を絞り取り、ベッドに寝かせた絵里の額に乗せる。

 

「キヨちゃん、エリチは……?」

 

穏やかな寝顔を確認して、ゆっくりと布団を被せると希が訊ねてきた。

そこにいつものほがらかな様相は消え失せ、不安に揺れる瞳で俺を捉えているが、いきなり目の前で親友が倒れたんだ、取り乱さない方がおかしい。

こんなか弱い一面はなかなか見られないが、生憎今の彼女をからかうほど俺は悪趣味じゃない。

 

「大丈夫、軽い風邪だよ。多分、今までの疲れが吹き出しちまったんだろうな」

 

最初は荒かった呼吸も落ち着きを取り戻し、今は穏やかな寝息を立てていた。

まだ顔は少し赤らんでいるが、この分なら今日一日休めば明日には復帰できるだろう。

安心させるように笑みを向けると、希は緊張の糸が切れたように胸を撫で下ろしていた。

俺も近くの椅子に腰を下ろして一息吐く。

まさか潰れると言った矢先にぶっ倒れるとは思わなかったが………あの時はさすがに肝が冷えた。

 

「やっぱ無茶してやがったか……」

 

思ったより軽い症状だったことに安堵するが、俺の心は晴れない。

結局俺は、絵里が倒れるまで気付けなかったわけだ。

何とも情けない話だな。

 

「キヨちゃん、怖い顔しとるよ?」

 

心の隙間を縫うように湧き上がってくる罪悪感に奥歯を噛みしめていると、落ち着きを取り戻した言葉をかけられた。

どうやら自分でも知らない内に険しい表情になっていたようだ。

眉間に寄った皺をほぐすと、希も隣に腰を下ろしていた。

 

「……フフフ」

 

「どうした?急に笑い出して」

 

「ううん。なんか、こうしてると思い出してな」

 

不意の口ずさむ含み笑いについて聞いてみれば、とても穏やかな声音が返ってくる。

絵里の寝顔を見つめる希の横顔は包み込むような優しさに満ち満ちていた。

 

「ほら、前にもこんなことあったやろ?初めてキヨちゃんがエリチを助けてくれた日のこと」

 

懐かしむように紡がれる声を聴きながら俺も思い耽る。

 

                    ☆

 

それは去年の夏の日の出来事。

その日はオトノキ町の神社で夏祭りが催されていた。

穂乃果たちに誘われて足を運んでみれば、その盛況ぶりに感嘆したものだ。

焼きそばにたこ焼き、綿アメや射的、金魚すくいなど、もはや定番となった出店が並ぶ風景を眺めるだけでも自然と心が躍る。

後半に差し掛かると花火も打ちあがるらしい。

本当ならガッシュも一緒に……という思いもあったが、そこはちゃんと線を引いて今を楽しむことにした。

穂乃果たちの浴衣姿に見惚れてしまったことは置いておくとして、一度待ち合わせていた彼女たちとさまざまな屋台を見て回っていたまでは良かった。

だが、時間が経つにつれて勢いを増していく人の波に翻弄されてしまい………気付けば俺はものの見事に3人とはぐれてしまっていた。

 

「まいったな……」

 

目の前を行き来する人たちの喧騒に掻き消されるとわかっていながらも呟かずにはいられなかった。

携帯を持っていなかった俺には穂乃果たちと連絡を取る手段もないわけで……。

それまでに楽しんでいた反動が返ってきたのか、なんだか一気に気が滅入ってしまっていた。

夏の夜特有の張り付くような蒸し暑さを鬱陶しく思いながらも、いつまでも留まっているわけにもいかず、俺はこの場から移動することにした。

適当に歩いていればその内合流できるだろう。

そんなことを考えながら行く当てもなくぶらついていると、境内の一角で見覚えのある後姿を見かけた。

普段は2つに結った紫紺色の髪をひとつに束ね、白い小袖と緋袴を着込んだ人物に声をかけてみた。

 

「あれ、東條さん?」

 

「あ、高嶺くん……」

 

俺の声に気付いて振り返ったのはやはり2年生の東條希先輩だった。

生徒会に所属しており、入学式やオープンスクールの実行委員会のメンバーとして参加した時に何度か顔を合わせたことがあるが、学外で会話するのはこれが初めてだったりする。

最初は彼女の巫女姿を新鮮に思いながら軽い世間話でもと歩みを向けてみたが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。

よく見ると、東條さんの他にもうひとり、浴衣姿の女の子が立っている。

淡い金色の髪の毛に透き通るような碧眼という顔立ちの女の子は涙で濡れた瞳で俺を見つめていた。

いや、彼女だけでなく、東條さんの今にも泣きだしそうな面持ちが、2人が深刻な事態に直面していることを物語っていた。

 

「……なにかあったんですか?」

 

一向きに訊ねてみると、東條さんは戸惑いがちではあったが話を聞かせてくれた。

女の子の名前は絢瀬亜里沙ちゃん、これまたどこかで見覚えのあるかと思えば絢瀬絵里先輩の妹さんだとか。

今日は俺たちと同じように絢瀬さんと夏祭りに来ていたみたいだったが、どうやらその通り掛けでガラの悪い連中を見かけてしまったそうだ。

多くの人は人目を憚らず非行に走る行いに気付いても、見て見ぬふりをして通り過ぎていたとか。

人間の本能の特有である集団心理が働き、関わり合いになるのを避けたかったのだろう。

そんな中でただひとり、亜里沙ちゃんが止めるのを聞かずに絢瀬さんが注意しに行ったのだが、それがまずかった。

不躾な連中に運悪く日本人離れした容姿に目をつけられてしまい、絢瀬さんはそのまま強引にどこかに連れ去られてしまったらしい。

幸いにも亜里沙ちゃんは被害に合うことはなかったが、ひとり取り残されどうすればいいかわからないでいたところを東條さんが見つけて今に至る。

話を聞き終わる頃には東條さんと亜里沙ちゃんの整った容貌にさらに陰りが差し込んでいた。

 

「…………………」

 

対して俺はというと、胸の内で抱いていた祭りの高揚感や、さっきまでの倦怠感はきれいさっぱり消え失せていた……。

いつの時代、その手の輩はどこにでも存在する。

頭ではわかっているが、そんな理屈は心の奥底からふつふつと込み上げてくる怒りで簡単に塗りつぶされていく。

せっかくのお祭りを台無しにしやがって………。

羽目を外すにしたって限度ってモンがあるだろクソッタレがッ!

 

「私……目の前でお姉ちゃんが連れて行かれるのに、なにもできなかった……。怖くて、ただ見てることしかできなかったんです……ごめんなさい………でも……でもっ………」

 

嗚咽を漏らしながら悲痛な叫びが胸に突き刺さる。

拭っても止めどなく溢れる涙に俺は目が離せないでいた。

 

「お願いです!お姉ちゃんを………お姉ちゃんを、助けてください……!」

 

「ああ、もちろんだ」

 

刹那、東條さんがなにか言いかけたところを割り込んだ俺に、2人に驚きの視線が向けられた。

構わず俺は亜里沙ちゃんの許へ歩み寄り、目線を合わせるようにしてしゃがみこむ。

 

「お姉さんがどこに連れて行かれたかわかるか?」

 

続けて訊ねる俺の問いに、亜里沙ちゃんは震える指で、ある方向を指差してくれた。

その先にあるのは境内の裏手にある小さな雑木林。

なるほど、よからぬことをやらかすにはまさに絶好の隠れ場所だな。

だが、だいたいの方向さえわかれば自ずと居場所は限られてくる。

これで少しでも悲しみが紛れてくれればと思いながら俺はゆっくりと手を伸ばす。

 

「ありがとう、勇気を出して答えてくれて。あとは俺に任せろ」

 

そして、亜里沙ちゃんの頭に手を置き、優しく撫で回した。

 

「大丈夫。キミのお姉さんは必ず助ける………必ずだ!」

 

重ねて約束し、呆けた亜里沙ちゃんの眼差しを見据えながら、立ち上がって俺は背後にいる東條さんに声をかける。

 

「東條さんはすいませんけど、この子のことお願いします。あと、実行委員会の人たちにも連絡を」

 

東條さん亜里沙ちゃんを任せて、踵を返した時だった。

 

「待って!」

 

そのまま横を通り過ぎると、急に肩を掴まれた。

横目で振り向くと、俺を止めたのはやはりひどく狼狽した東條さんだった。

 

「いくらなんでもひとりじゃ危険すぎや!関係ないキミにまでもしものことがあったら―――」

 

「あんたの友達は、今危険に晒されてるかもしれねえんだぞ!?つべこべ言うな!!」

 

瞳を潤ませ、震える声で食い下がろうとしてくる東條さんだったが、俺は振り向きざまに肩に置かれた手を振り払い、感情の赴くままに声を張り上げた。

きっと不安でたまらないはずなのに、東條さんから誰かを想う優しさを感じる。

でも、関係ないってことはねえだろ……。

俺は静かに拳を握り、ギリリと歯を食いしばる。

確かに、もうガッシュはここにいない。

約束した手前、必ず救える根拠を示すこともできない。

それでも、だからこそ……俺はここで足を止めるわけにはいかねえんだ!

俺に見捨てるという選択肢はない。

もう一度進むべき道に視線を戻して、俺は大きく足を踏み出した。

 

                    ☆

 

一層強い熱気を放ちながら往来する人たちを掻き分けて、ようやく俺は雑木林の中に足を踏み入れた。

それを境に急激に人気がなくなり、辺りは鬱蒼とした静けさに包まれていた。

木々が生い茂る深奥は薄暗く、頼りになるのは天上の月明かりぐらいだ。

雑木林自体はそこまで大きくはないが、さすがに電灯もなしで全体を隈なく探すとなると相当な時間がかかってしまう。

………迷ってる暇はない。

決断とともに、俺は『能力』を発動させた。

答えを出す者(アンサー・トーカー)

あらゆる事象、状況、疑問、謎に対して考えれば、瞬時に『答え』が出せる能力。

発動するのはガッシュが魔界に帰って以来になるが、今でも自由にこの力を引き出すことができる。

当分は使うことはないと思っていたが、予期せぬタイミングが舞い込んできたことに皮肉すら覚える。

瞳が波紋状の模様に代わり、周囲を見渡しながら、考える。

―――絢瀬さんは今どこにいる?―――

直後、頭の中に『答え』が浮かんできた。

すぐさま『答え』が指し示す方向に向けてさらに足を速めた。

木々の間を縫うようにして最短ルートを導き出し、全力で駆け走る。

目的地に辿り着くまで時間はかからなかった。

最初は姿が見当たらなかったが、近くから言い争うような声が聞こえてくる。

 

「おいおい、あんま調子こいてんじゃねーぞ?」

 

「イヤ、離して!」

 

その方向に視線を移すと、繁みの向こう側で数人の男たちがひとりの女の子を囲んでいた。

見つけた!

暗さに慣れた俺の視界が絢瀬さんの姿を確かに捉える。

その時、男のひとりが綾瀬さんに無骨な腕を伸ばそうとしていた。

瞬間、一気に距離を詰めて、男の腕が絢瀬さんに触れようとした寸前に掴み上げ、無理やり捻り上げた。

 

「いででででででででで!」

 

「よかった、間に合った……」

 

「……え?」

 

突然の出来事に、俯いていた絢瀬さんが顔を上げ、初めて俺の存在に気付いた。

 

「探しましたよ、絢瀬さん」

 

耳障りな悲鳴を適当に聞き流し、唖然とした青い瞳に笑みを返す。

 

「高嶺、くん?」

 

ポツリと俺の名前を呟く絢瀬さん。

どうやら向こうも俺のことを憶えていてくれていたみたいだ。

すぐさま拘束している野郎を別の男にぶつけるようにして開放し、絢瀬さんとの間に割って入るようにして腰を落とした。

着ていた浴衣が多少はだけてはいたが、それ以外に危害は加えられていないようだ。

 

「一応確認しますけど、この頭悪そうな人たちってお友だちだったりしませんよね?」

 

「当たり前でしょ!誰がこんな人たちと……!」

 

なら安心だ。

しかし軽いやり取りをしている間に、いつの間にか周りを囲まれてしまっていた。

 

「いきなりなにしやがんだテメー!」

 

「チョーシのってっとやっちまうぞ!」

 

相手は3人。

隙をついて逃げるにしても、絢瀬さんを連れてこの暗い森の中を速く走ることはできないだろう。

素手での喧嘩は得意じゃないが、やれないことはない。

 

「~~~――――っ」

 

静かに息を整えていると、とても小さな悲鳴が耳朶を打った。

見ると、不良たちの叫声に絢瀬さんは小刻みに肩を震わせていた。

強がる体裁を装っているようだ彼女の目元にはうっすらと涙も浮かんでいる。

………内心、相当怖かったんだろうな。

普段は毅然とした振る舞いで近寄りがたい雰囲気を出しているが、絢瀬さんだってどこにでもいるか弱い女の子なんだ。

それを寄って集って泣かせるようなマネしやがって………。

今も周りで野郎たちが怒鳴り散らしているが、俺は、理解することを放棄する。

不気味なほど静寂で静まり返っていた心に一度抑えた怒りがぶり返してくるのが分かった。

その瞬間――――俺の中で感情が最後の一線を吹っ切った。

 

「女の前だからってイイ気になってんじゃ―――」

 

「だまりやがれ!!!」

 

俺の怒号が、一瞬にして辺り一帯を支配した。

誰もが息を飲む静寂の中で、俺は目の前のクソ野郎どもに睨みを利かせる。

 

「てめぇら、もうしゃべるな………」

 

いつぶりだろうか、自分でもわかるくらいに底冷えする声音を口にするのは……。

 

「た、高嶺くん……?」

 

今、後ろにいる絢瀬さんの眼には俺の姿はどんな風に映っているのだろうか。

だが、こいつらはやってはいけないことをやったんだ……。

躊躇をしてやる義理はない。

 

「お、おい。なんだこいつの迫力は.....?」

 

「び、ビビってんじゃねーぞ。こ、こんなのハッタリだ!」

 

「なにカッコつけてんだテメー、ちっとばかしガンつけがスゲーからってオレらがびびるなんて思う―――」

 

「しゃべるなつってんだろ!」

 

不快極まりないダミ声が俺の神経を逆撫でし、さらに語気を荒げて黙らせる。

この時点で、すでに野郎どもの腰は引けていた。

 

「これ以上続けるってんなら、てめえら全員――――」

 

畳み掛けるようにゆっくりとした動作で立ち上がり、そして俺は溢れんばかりの怒気を言葉に乗せた。

 

「覚悟はできてるんだろうなあああ!!!」

 

「「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!?!?」」」

 

足を震わせながらも見せつけていた虚勢から一転、不良たちはヘタレた悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。

腰を抜かし、転びながらもこの場から離れて行く後ろ姿は情けないことこの上ないものだった。

残されたのは俺と絢瀬さんの2人だけになった。

さて、俺は身体の力を抜いて―――っと、スマイルスマイル。

振り返ると、ポカンと口をあけた絢瀬さんが俺を見ている。

………同時に、俺の目に浴衣の隙間から覗く、透き通るような白い肌が飛び込んできた。

あー、たぶん道中でけっこう抵抗したんだろうなー。

俺を見上げる絢瀬さんの姿はかなりきわどいことになっていた。

 

「……………」

 

「……?」

 

咄嗟に顔に熱を覚えて視線を逸らすと、俺の行動に首をかしげる絢瀬さん。

 

「――――っ?!」

 

しかし、自身の状態を確かめた途端、絢瀬さんも羞恥で頬を赤らめながら俺に背を向けると、慌てて浴衣を着直すのだった。

 

「えっと、大丈夫ですか?絢瀬さん」

 

「………どうして?」

 

居心地の悪い沈黙をどうすればいいか分からず問いかけると、そんな疑問が絢瀬さんから返ってきた。

どう答えればいいものかと、ポリポリと頬をかきながら苦笑いで答える。

 

「どうしてって……まあ、東條さんとあんたの妹さんから話を聞いて。それだけですよ」

 

実際にあの時に偶然2人に出くわさなければ知らないままになっていたかもしれない。

そんな最悪な結末は考えただけでもゾッとする。

 

「どこか怪我してるところはありませんか?」

 

「え……ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 

「……よかった………」

 

よし、絢瀬さんが無事だとわかったことだし、もうここに長居する必要はないな。

安堵の息で心を落ち着けて、俺は彼女に手を差し出す。

 

「行きましょう?東條さんと妹さんが待ってますよ」

 

俺の言葉に促されて絢瀬さんも手を伸ばすが、その指先は空中で止まってしまった。

なにを迷ってるかは知らないが、そんな仕草がもどかしく思えてこちらから手を掴み、腕を引いた。

 

「きゃっ」

 

だが、かわいらしい悲鳴とともに浮き上がった腰が再び地面に落ちる。

 

「……ホントに大丈夫ですか?」

 

「……男の子でしょ?ちゃんと持ち上げなさいよ………」

 

「腰抜かしてるくせに何言ってるんですか……」

 

頬を膨らませながらも減らず口を叩けるなら心配はいらないな。

小さく肩を竦ませて、俺は絢瀬さんに背中を向けた状態でしゃがみこんだ。

 

「ほら、乗ってください」

 

「えっと……高嶺くん?」

 

「それとも、歩けるようになるまでここにいますか?」

 

夜空を見上げてみれば、今まさに月が雲に隠れようとしていた。

花火大会に支障はきたさない程度だったが、場所が場所だけにこのままだと辺りは一段と暗くなってしまうだろう。

俺としては、そんな場所に女の子を放置するのは正直気が引ける。

少しからかうように問うてみれば、絢瀬さんもしばし逡巡した末、おずおずと俺の肩に手をかけた。

後ろから圧し掛かる体重に踏ん張りを利かせ、勢いよく立ち上がる。

小柄な女の子ひとりくらい何の問題もない。

 

「あ、ありがとう……」

 

背中越しに小さく紡ぐ絢瀬さんの顔は一層赤く染まっていた。

 

                    ☆

「その、今日は本当にごめんなさい……」

 

絢瀬さんを背負って来た道を半分ほど進んだ時、唐突に謝られた。

 

「俺よりも先に謝らなきゃいけない人たちがいるでしょ?東條さんと、亜里沙ちゃんでしたっけ?2人とも本当に心配してましたよ」

 

すると、絢瀬さんはバツが悪そうに顔を背ける。

自分の非を半ば認めているのか、すぐに反論できないでいる様子だった。

 

「あんたがしたことは間違っちゃいないが、やり方がよくなかった」

 

俺の言葉で絢瀬さんが意外そうに面持ちを上げる。

オープンスクールの準備で一緒に仕事をしていた時に責任感が強い人だとは思っていたが、どうも彼女の危なっかしさを放っておけず、気付けば俺は言葉を続けていた。

 

「そういう時は誰かを呼ぶなり、他に方法があったでしょ?ひとりでつっ走った挙げ句に連れ去られたら世話ねえや」

 

「だって目の前で悪いことをしてるのに、見て見ぬ振りなんてできるわけないでしょ!」

 

「それで取り返しのつかないことになってからじゃ遅いんだよ!」

 

絢瀬さんの言うことは正しいが、肩に置かれた手に力が込められるのを感じながら、俺は苛立ちを含んだ語気を放っていた。

 

「少しは周りにいる人のことも考えろよ……」

 

今、俺は絢瀬さんに怒りを抱いていた。

もちろん、さきほどのクソ野郎どもとはまた違った感情だ。

ひとりで無茶することは決して間違いではない。

だが、どう足掻いたって人ひとりにできることには限界がある。

人のことを言えた義理ではないが、後先を考えない絢瀬さんの行いを素直に受け入れることができず、俺は胸に蟠る憤りをぶつけていた。

 

「少なくとも、あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ」

 

絢瀬さんが俺の言葉をどう受け止めたのかはわからない。

ただ、俺の精一杯の想いに、背中で息を呑むのを感じた。

 

「俺だけじゃない。東條さんも、あんたの妹さんも同じだ。あんたを大切に思ってる人たちのためにも、もう無茶なことはしないでくれ」

 

「……………」

 

夏の夜風で木々のざわめく音に混じって、遠くから騒がしい喧騒が聞こえてくる。

目の前の道の先にも光が見えてくる。

あと一息で林を抜けられる、そう気が緩んだ時だった。

 

「ありがとう」

 

先ほどとは違う、とても優しい声音が俺の耳元で囁かれた。

さらに、こちらが反応する前に肩に置いていた手が前で組まれさらに体重をかけられる。

そうなると必然的に背中に柔らかな感触が伝わってくるわけで……。

こ、これは………なにがとは言わないが、この人、結構ありおる!?

いやいやいやいやいや!落ち着け、俺!邪念を捨てろ!

確かに、今までここまで女の子と密着するようなことはなかったけれども!

この場合、俺はどうすれば正解なんだ!?

つーか、この人はわかっててやってんのか!?

だが、このまま振り返るとさらにからかわれそうな気がして、結局背中に感じる未知の感覚にドギマギしながらも俺は平静を装うことにした。

そう、決して俺にやましい気持ちなんてない!

最後の最後で釈然としないまま、俺たちの許を優しい風が通り過ぎて行った。

 




絵里との会話部分はサブタイ通り、ガッシュのBGM「優しい風」でお楽しみください。

どうも!清麿がマントに乗るより、ガッシュが背負うスタイルが好きな青空野郎です。

今回は希と保健室での会話から絵里との回想編に持ち込んでみました。
この作品の10話で匂わせた「一騒動」がこの話になります。
最初は絵里視点で行こうかと考えていましたが、希とのやり取りのことを考えて清麿視点で落ち着きました。
もしかしたら編集の都合上で絵里視点も載せるかもしれませんが……。
そしてさりげなく亜里沙が初登場(笑)

清麿が激怒した部分は鬼麿とか悪麿のような魔改造ではなく、1000年前の魔物を引き連れたパティにブチ切れた時の清麿をイメージしてください。
今回は特に清麿のカッコよさが追求できた回になってるのではと思っています。

以上、もう1度劇場版ラブライブ!を見に行こうかと考えている青空野郎でした!


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STAGE.29 憧れたのは

「ウチな、怖かったんよ……」

 

去年の夏祭りの出来事を思い返していると、隣に座る希がポツリと口を開いた。

 

「エリチが連れて行かれたって聞いた時……助けなきゃと思っても足が動いてくれなくて……気休めにしかならんってわかってても亜里沙ちゃんを慰めることしかできんかった………」

 

告解のように、希は秘めていた感情を語っていく。

しんと静まる空間で、俺は胸の内を打ち明ける言葉に耳を傾けていた。

 

「でも、怖くてたまらんかったそんな時に、キミが来てくれた」

 

開いた窓からカーテンを揺らす風が2つに結った長く艶やかな髪を揺らし、傾き始めた陽の光を帯びた澄んだ瞳が俺を捉える。

 

「あの時助けるって言ってくれて、本当にうれしかった……。まさか年下の男の子にあんな乱暴な言い方されるとは思わんかったけどね?」

 

かと思えば、途端にからかうように希は口角を上げていた。

が、その笑みにはいつも安心させてくれる包容感とはまた違った温かさがあった。

 

「いや、あの時は勢いというかなんというか……その、悪かったとは思ってるよ………」

 

「フフ、冗談や」

 

希に言われて今更ながら気恥ずかしくなり、ごまかすようにそっぽを向く。

なんだかいいように遊ばれてるような気がしてむずがゆくなってくる。

今に始まったことじゃないが、ホント、いつになってもこいつの相手はやりにくくて仕方がない。

 

「でも、それと同じくらいウチはキヨちゃんに憧れたんよ?」

 

あきらめ半分で息を溢すと、希の冗談めいた口調が一変した。

 

「あの時も今も、迷うことなく飛び出すことができて………エリチのことだけやない。今までも、キミはいつだって誰かのために一生懸命になれて……そういうところが、ずっとうらやましいなって思ってたん」

 

そう言って、希ははにかむような仕草で俺を見る。

よくもまあ、本人を前にして恥ずかしげもなく言えるよな……。

危うく見惚れてしまいそうなほど彼女の姿が魅力的に見えていた。

しかし……憧れ、か。

 

「そんな大層なもんじゃねえよ」

 

そう、そんな大袈裟に飾り立てるような話じゃない。

 

「怖いのは俺も同じなんだよ」

 

そもそも、気付くことができなければ助けに行くことすらできない。

逆立ちしたって俺の手が届く範囲には限界がある。

 

「だから、知っちまったから見捨てたくなかった………それだけの話だ」

 

今だって、目の前で誰かが傷つくことが、大切なものを失うことが怖くて仕方がない。

所詮、俺も至極あたりまえな現実に足踏みしてしまうちっぽけな存在だ。

ただ……それでも、ちっぽけなりに理不尽を突き付けてくる運命に抗いたくて……。

間違ったことをする連中が笑う結末を認めたくなかった。

罪のない誰かが悲しむ最悪を許容したくなかった。

誰かに言われたからじゃないし、そこに小難しい理論や理屈は存在しない。

やりたいからやる。

守りたいから守る。

助けたいから助ける。

あまりにも陳腐で、きれいごとだ笑われるような戯言かもしれない。

だが、俺を突き動かすのはいつだってそんな子ども染みた強がりだった。

 

「その思いは今も変わらねえんだ」

 

……けれど、どんな理想を掲げたって必ず叶えられるほど現実は甘くない。

ファーストライブの日に絵里が言っていた言葉がまさかこうして自分の身に降りかかってくるなんてな……。

 

「でも結局、俺は最後まで絵里が無茶してたことに気付けなかった。……ホント、情けない話だよ」

 

廃校を阻止するためにµ'sの活動だけでなく、生徒会の活動でも本気で取り組んできたつもりだったが、その結果がこのザマだ。

絵里と衝突するとわかっていても、本気で向き合っていたつもりが、俺は一番大切なことを見落としてまっていた。

義務だ意志だと偉そうに説教垂れたくせに、もう少しで俺は本当に守るべきものを見誤るところだった。

 

「そっか……」

 

無意識のうちに俺も心の奥底に抑え込んでいた弱さを口にする隣で、希が呟く。

失望、させてしまっただろうか……。

どんな反応が返ってくるかはわからないが、俺はただ続きを待つ。

 

「なら、エリチがもう少し素直だったら結果は変わってたんかな?」

 

しかし、俺の思惑とは裏腹に弾んだ口調で希が投げかけたのはそんな疑問だった。

促されるように今も規則正しい呼吸を繰り返す絵里を見やる。

一瞬にして虚を突かれてしまったが、希の問いを理解すると同時、俺も自然と笑みを溢していた。

 

「……こいつがそんなタマかよ」

 

思いのほか、簡単に答えが出すことができた。

責任感が強すぎる余り気張りすぎてしまう。

誰かを想う優しさを持っているのに、素直になれず強がってばかりいて……。

それでいて、どれだけの重荷を背負うことになったとしても決して弱さを見せようとしない頑固者。

それが絢瀬絵里という女の子を知っていく内に抱いた印象だった。

 

「普段は要領いいクセに、肝心なところはいつも不器用なんだよな」

 

「やっぱり、キヨちゃんもわかっちゃう?」

 

「わかるっつーか、なんだか昔の俺を見てるような気がしてな……」

 

「昔のキヨちゃん?」

 

不思議そうに首をかしげる希に、絵里の寝顔を見ながら頷く。

 

「程度を比べれば俺の方がひどかったけどな。むしろ腐ってたな」

 

ホント、苦笑でも漏らさないとやってられない。

それくらい、あの時の俺は相当ひねくれていたもんだから 。

 

「なんつうか、俺以外の人間はみんなクズだと見下すくらいのクソガキだったよ」

 

俺の告白を聞いて、希はピクリと眉を跳ね上げた。

よほど驚いたのか、双眸を大きく見開いた反応を横目で捉えながら俺は滔々と語る。

 

「まだガキだった頃、親父の部屋にある本を適当に読み漁ってたら、特に苦もなく理解できて……まあ、俗にいう天才ってやつだな」

 

あの時は、ただ純粋に『知る』ということが楽しくてたまらなかった。

知り得たことを褒めてもらえることがうれしかくてたまらなかった。

 

「でも、いつの間にか俺は、何かがわからない人の気持ちがわからない。そんな奴になってた」

 

「......イヤな子やね」

 

自分のことながら呆れ果てれば、あの時の歪さを希にズバリ言い当てられてしまう。

思い切りが良すぎて、覚えず笑いを吹き出してしまった。

 

「そうだな、まったくもってイヤなガキだったよ」

 

今になって思えば、うまくかみ合っていたはずの歯車があの時から軋み始めていたんだろう。

それがいけなかったんだよなー、と嘆息しながら天井を仰ぐように身体を反らす。

 

「天才であることをひけらかしてたら、みんな俺から離れて行って……結局俺はひとりぼっちになっちまった」

 

たとえどれだけの才能を持ち合わせていたとしても、誰とも共感しようとしなければ受け入れてもらえるはずがない。

どんなに明晰な頭脳を披露したとしても、相手を理解しようとしなければ俺という存在を認めてもらえるはずがない。

そんな当たり前のことがわからず、俺は空回りを繰り返して……そして、気付いた時にはすでに手遅れになっていた。

 

「居場所を失くして……それでも周りを蔑んでたら、誰も必要としなかったし、誰かに必要とされようとも思わなくなってた」

 

傷つくことを恐れ、他人を拒絶した。

孤独であることに耐えられなかったクセに、他人と交わることをあきらめた。

色褪せた世界が突き付けてくる現実を受け入れられず、いつしか俺は抗うことをやめてしまっていた。

 

「なんや、今とは大違いやね」

 

静かに話を聞いてくれた希が相槌を打つ。

同情でもなければ興味本位でもない、ありのままを受け止めてくれたその一言がとてもありがたかった。

だからだろうか………

 

「ひねくれてた俺を変えてくれた奴がいたんだよ」

 

俺は口元を綻ばせて、共に理想を追い求め、夢を叶えた友の名前を口にしていた。

 

「ガッシュって言ってな。いじけてた俺の前に突然現れて、俺に友達作るんだって、人をさんざん振り回して……それまで退屈で仕方なかった世界をぶっ壊してくれたんだ」

 

盛大に転んで、生まれて初めての挫折を味わった俺は起き上がることはしなかった。

少なくとも、起き上がらなければその先で傷つくことはない。

傷つくくらいなら転んだままの方がずっと楽だから。

でも、傷つくことはなくなっても、苦しみから解放されることはなかった。

本当は、苦しみに苛まれながらも心のどこかで助けてほしかったんだと思う。

それなのに、手を伸ばす勇気も、差し出された手を掴む勇気もなくて、俺は現実から目を背けることを選んでいた。

……そんな絶望に沈んでいた俺の手を掴んでくれたのが、ガッシュだった。

 

「あいつに苦しんでたところを助けてもらって………口にするのは恥ずかしいんだが、あいつがいなければ今の俺はいない。それくらい、俺にとってでかいことだったんだ」

 

『だまれ!!おまえに清麿のなにがわかる!!』

 

今でも思い出す、あいつが叫んでくれた言葉を。

 

『清麿は悪くない!だから私は清麿を助けに来たんだ!!』

 

今でも思い出す、自分が何者なのかもわからなかったくせに、自分が信じたものを貫こうとしていた姿を。

 

『これ以上私の友達を侮辱してみろ!!おまえのその口、切り裂いてくれるぞ!!!』

 

何も知らないから、分かり合おうと全力で俺と向き合ってくれたあいつの言葉が、幼稚なプライドで塗り固めた心の壁をぶっ壊してくれた。

ボロボロになりながらもバカみたいに俺を信じることをやめなかったあいつの姿が、俺を絶望から救い出してくれた。

希の言葉を借りるなら、正しく、ガッシュは俺の憧れだった。

 

「だからかな。土壇場になるといろんなものをひとりで丸抱えようとするこいつが危なっかしくて、どうしても放っておけねえんだ……」

 

とても落ち着いた心地で俺はもう一度絵里を見やる。

 

「強いんだよ、絵里は……」

 

傷つくことが怖くて、失敗から逃げてた俺なんかとは違う。

どんなに絶望的でも、あいつらと同じように希望を見失わないこいつの強さは本物だ。

 

「でも、その強さはちょっとしたことで折れちまうほど脆くて……前にも言ったけど、ひとりでできることなんてたかが知れてんだよ」

 

いつだって、ひとりだけで築き上げてきた力には限界が存在する。

 

「でも、同じ願いを重ねた時の力の大きさも知っている」

 

かつては一冊の本で結ばれた繋がりが、決してひとりでは見つけられなかった『答え』を気付かせてくれた。

支えること、支えられることでひとりだけの力の小ささを知り、力を合わせることの可能性を知ることができた。

肩を並べられる仲間がいてくれるおかげで、心に希望を灯し、俺は前に進むことができたんだ。

たとえ詭弁だと言われようと、ガッシュが、たくさんの友が教えてくれたこの思いだけは絶対に譲らない。

 

「だから俺は、俺の意思であいつらの味方になることを選んだ」

 

この決断に迷いも後悔もない。

 

「けど、絵里の敵になったつもりはない」

 

俺は知らない内に絵里を傷つけ、衝突する羽目になってしまったが、これだけは何が何でも断言する。

学校を守りたいという想いは同じはずなのに、擦れ違ってしまったことがもどかしくてたまらない。

けれど、それ以上に、不器用なりに残された小さな光を全力で守ろうとする絵里の力になりたいという気持ちに変わりはない。

だから今も俺は、進む道が違っても、同じ未来を見ているなら必ずどこかで道は繋がっていると信じていられる。

 

「たとえこれからも、どれだけ拒絶されることになるとしても、俺は最後まで絵里の味方であり続けるさ」

 

俺のやることは変わらない。

これからもたくさん苦しんで、たくさん迷うことになるかもしれない。

その先でまた衝突することになったとしても、その度に正面からとことんぶつかっていけばいい。

その先でつまずいて転んでしまったら俺は何度だって手を差し出すし、何度だって繋いでみせる。

そうして最後に、お互いが認め合って手と手を取り合えればそれでいい。

一度あきらめた俺が失くしたものを取り戻すことができたんだ。

絵里と分かり合えない道理なんてない。

 

「フフ、なるほどな。そうやったんやね」

 

そして、俺の決意の言葉に希は柔らかく表情を緩ませていた。

瞳を閉じ、合点がいったように頷くその笑みには清々しさが見て取れた。

 

「………さて、俺はもう行くよ。目が覚めたら今日はもう帰るように言っといてくれ」

 

そう言って、俺は席を立つ。

あとのことは希に任せるとして、念のためこれ以上無理をさせないように釘を刺しておくことを忘れない。

µ'sの活動に生徒会、やることは山積みだ。

だが、久しぶりに腹を割ったおかげか不思議と心持は軽かった。

 

「キヨちゃん」

 

扉の前に立った時、不意に希に呼び止められた。

振り向けば希はまっすぐ俺を見据え、小さな吐息をこぼしながら言葉を紡いだ。

 

「ありがとね」

 

文字にすればたった5字程度の言葉。

だが、それは、俺が信じたものは間違ってはいなかったと思える瞬間だった。

 

「おう………あと、キヨちゃん言うな」

 

まさかの不意打ちに、咄嗟に照れ臭さをいつものやり取りでごまかそうとしてみたが、やはり希はいたずらっぽい微笑みを湛えていた。

 

                    ☆

 

保健室を後にした俺は、まずは保健の先生にベッドを使わせてもらったことを報告しに職員室に立ち寄って、生徒会室を目指していた。

あ、そういや絵里と希の鞄はどうすっかな……。

他の生徒会のメンバーにはまた明日連絡する旨を伝えているため、もうすでに帰宅していることだろう。

さすがに勝手に俺が片付けるのはまずいよな……。

今になってそんなことを考えていた時だった。

 

「あ、清麿くんだ。やっほー!」

 

ちょうど階段に差し掛かったところを弾んだ声音で声をかけられた。

 

「よお、穂乃果。それにみんなもお疲れさん」

 

挨拶を返す先にいたのはさっきぶりの穂乃果の姿と、彼女に続くµ'sのメンバーだった。

 

「清麿くんもお疲れさまです」

 

その時、穂乃果はもちろん、ほかの全員も晴れ晴れとした面持ちをしていることに気付いた。

話を聞くと、俺が生徒会に向かった後で、誰がリーダーに相応しいかを決めるためにみんなで街に出ていたらしい。

最初はカラオケで歌唱力を、次にゲームセンターでダンス力を、最後に魅力を競うために街中でチラシ配りをしたらしい。

ことりがその結果を記したノートを手渡してくれた。

なるほど、小泉はダンスの得点が低い代わりに歌の点数が高い。

そしてことりはチラシ配り対決では群を抜いていたが、歌の点数がみんなと比べて低い。

低いといっても全員が90点以上を記録していることに素直に驚いた。

ちなみにチラシ配り対決第2位はまさかの矢澤さん。

あのあざとさで食らいついたのだろうか………だとしたらある意味すごいな………。

他にも歌唱力では西木野がトップだが、海未も負けていない。

ダンスは星空がAAとひとり飛び抜けたスコアを記録していた。

穂乃果も全体的に中々の結果を出している。

つまるところ、みんなの結果は似たり寄ったり、といったところだな。

どれかの点数が低くても、別の部類で高得点を叩き出している。

総合的に見てµ'sの中で大きく差が広がっていることはない、つまり皆が同じラインに立っているということだ。

これなら後は状況を見て練習内容に手を加えて全員のスキルを底上げしていけばいい。

今後のトレーニングの参考にもなるし、なにより、みんなの努力がこうして形になっていることを強く実感する。

 

「で、新リーダーの方は決まったのか?」

 

ここでそもそもの懸念していたことを訊ねてみた。

点数で結果が出せなかったということは、またあの緊張感ぶち壊しの話し合いで決めたのだろうか。

 

「それなんだけどね、やっぱりリーダーは無くてもいいんじゃないかと思うんだ」

 

俺の疑問に穂乃果が答えてくれた。

 

「無くていいって………なら、新曲のセンターはどうするんだ?」

 

リーダーを決めるために競っていたはずなのにリーダーはいらないという元も子もない答えに再度問い返してみたが、穂乃果は戸惑わない。

 

「みんなだよ」

 

「みんな?」

 

呆ける俺に穂乃果は一層明るい笑顔で応じた。

 

「うん!次の曲はみんなで歌ってみんながセンター!みんなで順番に歌を繋げていくんだよ!どうかな?」

 

どうやら俺の心配は杞憂に終わった………いや、むしろ少し肩透かしを食らった気分だ。

そして、答えとしてはかなりぶっ飛んではいるかもしれないが、なんとも穂乃果らしい答えだと思ってしまった。

みんなで歌って、みんながセンター……か。

他のみんなに視線を向けると、誰もが吹っ切れたようなを浮かべていた。

 

「なるほど、そいつはまたおもしろい形にまとまったな」

 

「でしょでしょ?これから練習だから、清麿くんも早く来てね」

 

「ああ、あとでちゃんと顔を出すよ」

 

そうして、階段を跳ねるようにして登っていく穂乃果を見送り、今度は海未たちに言葉をかけた。

 

「その様子だと、リーダーも決まってるみたいだな?」

 

「不本意だけどね」

 

素っ気なく答える西木野だったが、彼女もちゃんと納得している様子が見え見えだ。

くすりと笑って海未も頷く。

 

「何にも囚われないで、一番やりたいこと、一番おもしろそうなものにひるまずまっすぐに向かっていく。それは、穂乃果にしかないものかもしれませんから」

 

「やっぱり私たちのリーダーは穂乃果ちゃんだよね」

 

「ホント、とんだリーダーがいたものよね」

 

ことりが声を弾ませ、矢澤さんはやれやれと嘆息しながらも口元の笑みは隠しきれていないでいた。

小泉と星空も初めての曲でセンターを飾ることがうれしいのか、実に楽しそうだ。

 

「もしかしなくても、清麿くんは最初からわかってたんですね?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

海未の問いかけてる割には妙に確信めいた疑問に俺はわざとらしくとぼけてみる。

確かに、俺は穂乃果にガッシュの姿を重ねていた。

あいつはガッシュと同じように、どんな理想でも叶えられるような気持ちにしてくれる。

それは答え云々よりも、自分らしく、自分の信じたものを迷わず信じ抜こうとする姿が、あいつと同じ、俺が憧れた姿だったから。

 

「ただ、期待はしてたかな?」

 

だから、俺は心から自信満々に笑っていた。

 

                    ☆

 

とりあえずみんなと別れて、少しばかり歩を速めて廊下を進む。

一応、明日のミーティングのためにもう一度くらい資料を確認しておくか。

 

「清麿」

 

そうしてようやく生徒会室が見えてきた時、突如、後ろから名前を呼ばれて声のした方を向く。

この時はまさかの人物の登場に、思わず俺も彼女の名前を口にしていた。

 

「……絵里?」

 




お久しぶりです。約一ヶ月を経てようやく更新できました。
今まで、お待たせして申し訳ありません。
なぜここまでかかったのか、簡単に言うと…………暑さにヤられてました……………。
そんな状態でまともな内容が書けるわけもなく、書いては消し、書いては消しを繰り返していました。
他の作品も気分転換で書いていたので、近いうちに投稿できるようにしたいと思います。
ホント、重ね重ね申し訳ありません。
ホント、この暑さの中で定期的に執筆できる作者さんたちを尊敬します。

この作品を書いている時にふと気付いたことがあります。
………この作品の言語どうしよう?ということです。
ガッシュの登場人物ってよく考えたらフォルゴレとかサンビームとかリイエンとかアリシエとか明らかに言語バラバラなのに普通に会話成立させていましたから気にも留めませんでしたが、ラブライブの劇場版見て………あれ、どうしよ?ってなりました。
今のところ、魔本による翻訳機能というオリジナル設定を考えていますが、未だに触れるかどうかもわからない程度のことですので、これからも追々考えていこうと思います。

と、いうわけで清麿が腹を割った最新話です。
その後、保健室を後にした清麿がμ'sと合流。
そしてそのまま『これからのsome day』に続くかと思いきや再び絵里登場。
まだまだ続くよ!
お楽しみに!


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STAGE.30 絵里の心

前にも言ったけど、もともと私は男の子を毛嫌いする節があった。

もしかしたら小学校3年までおばあさまの故郷であるロシアに住んでいたこともあり、文化や価値観の違いのせいで、少しばかり人見知りしていた部分もあったからかもしれない。

でも、それを差し引いても尚、おばあさま譲りの容姿を目当てに近づいてくる子は後を絶たなかった。

興味本位ならまだ対応は容易かったけど、ほとんどががさつで傲慢で粗暴で自分勝手な人ばかり。

その上、いつも口先だけで努力を軽んじる姿が幼稚に見えて仕方がなかった。

最初は苦手意識から敬遠していたが、中学に上がると言い寄ってくる男の子の数は減るどころか増加の一途を辿る始末。

それどころか、名前の知らない男子から告白されることも多々あったが、もちろんその度に容赦なく一蹴してやった。

そもそも、一度も話したこともないのに上手くいくと思える思考回路が理解できない。

ホントくだらない、他にやることはないのかしら?

とりあえず学校での生活は平穏に過ごすことができたけど、気付けば周りと距離を感じるようになっていた。

もちろん、話しかけられれば普通に応じていたけど、どこかそっけない対応だったのかもしれない。

だからだろうか、ひとり、またひとりと私に話しかけてくる人は減っていき、やがて学校で会話することはほとんどなくなった。

さすがに除け者にされるまではなかったけど、それからはまるで腫物に触れるような扱いに辟易する毎日だった。

遠巻きに好奇と奇異の視線を向けられる日々への反発心からか、次第に私は自分から周囲に壁を張るような日常を送るようになっていた。

おかげでひとりで過ごすことがほとんどになったけど、別に不自由は感じなかったわ。

むしろあの時は、ひとりで生きていけるよう、ひとりで何でもできるよう、何事も全力で取り組むことを心掛けた。

決して妥協は許さない。

弱みを見せたら付け込まれるような気がして、私は幼いながらも強くあろうと決めていたから。

だから常に気を張り詰めたままの私は友達というものには恵まれなかった……つまり、自分が孤独であることに気付くのにはそう難しいことではなかったけど、慣れてしまえばどうということはなかったわ。

中学を卒業した私は迷わず音ノ木坂学院に入学した。

かつておばあさまが通っていた憧れの地。

ここに来れば何かが変わるとは思わなかったけど、私はおばあさまの母校の一員になることができた、ただそれだけで満足だった。

けれどその場所で、私は友達と呼べる相手に出会えた。

 

『うち、東條希。よろしくね』

 

まだ頑なだった私に笑って話しかけてくれたのが始まり。

最初は関西弁まがいな言葉遣いに戸惑いを覚えたけど、私は彼女から他の人とは違うものを感じた。

どうやら予想は的を得ていたようで、話していくうちに彼女も似た境遇を経験していたことを知り、お互いに友達になるのに時間はかからなかった。

それからはと言うと、希と過ごしていくうちに、自分でもわかるくらい雰囲気が柔らかくなったと思う。

希以外にも気軽に話せる相手が増えて、私も自然と笑えることが多くなった。

なにより、心を許せる相手がいることでこんなにも気が楽になれるなんて思ってもみなかったわ。

おかげで充実した高校生活を送れたけれど、音ノ木坂学院に入学してからも変わらず男の子への苦手意識は変わらないままだった。

やはり幼いころから根本に染みついた偏見はそう簡単に拭えないみたい。

けど、それとなく距離を置いた接し方は変わらないままの私に、また新たな出会いが待っていた。

それは今から1年前、生徒会に所属して2年生に進級した夏休みのある日のこと。

その日は地元で催される夏祭りに妹の亜里沙といっしょに遊びに訪れていた。

まだ日本に来て間もない亜里沙にとっては見るものすべてが珍しいらしく、いろいろな出店を除いては目を輝かせる姿を見てると私も頬が緩んでくる。

聞けば、もうすでに転校した中学で友達ができたとか。

私もあれくらい素直だったらもしかしたら……なんて思うほど、誰とでも打ち解ける裏表のない無邪気さが亜里沙のいいところ。

妹に羨望の念を持ちながら半ば振り回されるようにお祭りを楽しんでいた。

でも、そんな時に出店が並ぶ一帯から少し脇にずれた一角で屯する男の子たちの姿を見かけた。

何やら様子がおかしいことにすぐに気付いた。

大柄な3人の男たちが年下らしき男の子を囲んでいる光景を目にした途端、自分の中の正義感に突き動かされて私は目の前で行われている非行を咎めに行った。

それが悲劇の引き金になるとも知らずに……。

最初は不機嫌そうに顔を歪めていた男たちだったが、私の姿を認めるなりその目の色を変えた。

見てるこちらが不快になるぐらいの目つきで、標的を私に変えたということはすぐにわかった。

そしてそのまま私の腕を掴んで境内の裏手へと引っ張っていった。

大声を出そうとすれば口を押えられ、力の差がありすぎて振り解こうとしても逆に腕を強く締め付けられてしまい、私はあっという間に雑木林に連れ込まれてしまった。

奥に進むに連れてお祭りの喧噪も明かりも遠のいて行き、男たちは怪しく口元を吊り上げている。

恐らくこれからしでかそうとする行為に気持ちを昂らせているのかもしれない。

鋭く睨み付けても下卑た笑みに得体のしれない恐怖がこみ上げてくる。

……やっぱり男なんて碌な人はいない。

抵抗も虚しく狂気の手が私に迫り、もうダメだと目を閉じてしまった。

今更叫んでも誰に届くことはない。

わかっていながらも、それでも、私は願わずにはいられなかった。

だれか、たすけて………!

 

『探しましたよ、絢瀬さん』

 

しかし、目を瞑り真っ暗な絶望に苛まれていた私に訪れたのは、あまりにも場違いな穏やかな声音だった。

ゆっくりと目を開くと、私の視界にいたのは見覚えのある男の子。

でも、最初はなぜ彼がここにいるのかがわからなかった。

彼とはつい最近まで同じ仕事をした顔見知りってだけの間柄だったはず。

突然の急展開に理解が遅れて呆けてしまったけど、あの時の月明かりに照らされた笑顔は今もはっきりと覚えている。

けど、彼が現れたところで事態が好転したわけではない。

お楽しみを邪魔されて、苛立ちと怨嗟の眼差しで男たちが周りを囲む。

喧嘩慣れしているであろう男たちを相手にして、彼が無事にこの状況を打開できるとはとても思えなかった。

私が何とかしなくちゃと思っても、体は震えて言うことを聞いてくれそうにない。

無駄だとわかっても睨みを利かせるので精一杯だった自分自身が本当に惨めで……。

けれど、男たちに恫喝されて今にも恐怖で心が押しつぶされてしまいそうになった、そんな時だった。

 

『だまりやがれ!!!』

 

突如投下された男たちの叫声を掻き消す怒号によって、一瞬にして辺りが静まり返る。

誰が叫んだのかはすぐにわかったけれど、とても信じられなかった。

 

『てめえら、もうしゃべるな………』

 

今度は凄みを含んだ重く低い声。

彼の発する怒気に、先ほどまで目を血走らせていた男たちは明らかな怯えを露わにしていた。

対して私はというと、その時までの温厚な印象から一転して、初めて目の当たりにする彼の激怒する姿を目が離せないでいた。

むしろ、恐怖を微塵も感じないまである。

 

『これ以上続けるってんなら、てめえら全員――――覚悟はできてるんだろうなあああ!!!』

 

ゆっくりと立ち上がり、彼は一気に怒声を解き放つ。

結果から言うと、彼から放たれる憤怒の威圧感に男たちは見るも無様な姿を晒して暗い茂みの奥へと消えていった。

そうして取り戻された静寂の中、振り返って私の無事を確認するなり安堵の息を吐く彼。

その柔らかな笑みを見てると、威圧だけで不良を追い払った人と同じだなんてとても思えなかったわ。

そんな彼が一連の出来事に放心していた私に手を差し出してくれた。

それは純粋な好意による行動だったけど、この時の私はかつてないトラウマからこの手を取っていいのだろうかと邪推してしまっていた。

今思えば申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

最も、そんな勘繰りは杞憂に終わる。

彼は私の手を掴んで引っ張り上げようとしてくれたが、緊張の糸が切れたせいか、腰が抜けてうまく力が入らず、私は再び地面にへたり込んでしまった。

 

『……男の子でしょ?ちゃんと持ち上げなさいよ………』

 

なんとも情けない姿を晒してしまった私が口にした皮肉でさえ、彼は苦笑いで一蹴する。

すると今度は背中に乗るように促してきた。

ここまでされると、警戒していた自分バカらしくなってくる。

なんだかハードルが上がったような気もするけれど、ようやく心に余裕ができた私は夜空の月が今まさに雲に隠れようとしていることに気付いた。

会場から離れたこの場所で唯一の明かりが途絶えてしまえばどうなるか………。

べ、別にそれくらいどうということはないけど、せっかくの親切を無下にするのはよろしくない。

それに、今は少しでも早く亜里沙に無事を知らせないと。

希にも心配かけたみたいだからちゃんと謝らないといけない。

決して……決して暗い場所が怖いってわけじゃないんだからね!

…………これが、彼に助けられた日の出来事。

雑木林を抜け、希と亜里沙と合流できた時にちょうど花火大会が始まっていた。

友達を待たせてると言って彼は足早に去っていく。

あっけない別れ方だったけど、今はこれでいい。

彼の背中に身を預けた道中で、彼の言葉に確かな重みを感じた私の中で何かが大きく変わった。

私の中に生まれたこの感情が何なのかを知るためにも、人ごみの中に消えていく彼の背中を見送りながら私は親友に話しかけてみた。

 

「ねえ、希。ちょっといいこと考えたんだけど」

 

「奇遇やね。ウチもや」

 

そう、わざわざ答え合わせをする必要はなかったわ。

私たちは意味深な笑みを交わして、夜空を鮮やかに彩る花火を見上げていた。

 

                    ☆

 

あの時はそんな期待で満ち溢れていたはずなのに、どこで間違えてしまったのだろうか……。

愛する母校が廃校の危機に直面してるにも関わらず、生徒会として活動が認めらないまま無駄に時間だけが過ぎていく。

それだけならまだしも、目下の悩みの種がもうひとつ。

廃校の知らせと同じ時期に結成されたスクールアイドル『µ’s』

廃坑阻止を目標に掲げて活動を始めているが、正直彼女たちの存在は目障りで仕方がない。

彼女たちのダンスだって私にとっては子ども騙しもいいところのお遊びにしか見えない。

その証拠に、ファーストライブの結果は散々なものだった。

……にも拘らず、彼女たちの活動はまだ続いていた。

むしろ解散するどころかさらに大きくなっていく規模に比例して世間の注目も集まっている。

それでも、あんな素人集団に学校の名前を背負わせるわけにはいかない。

彼女たちへの敵対心から、生徒会長として廃校を阻止しなければという思いが日に日に増していく。

例え誰を敵に回すことになるとしても、これだけは絶対に曲げるわけにはいかなかった。

でも、後先を考えないまま無理をしていたせいか、身体はすでに悲鳴を上げていたみたい。

これからが正念場って時に私は倒れてしまった。

そして今、保健室で寝かされているわけだけれど、その隣で彼と希が懐かしい話をしていた。

せっかくの機会だから私はそのまま2人の会話に耳を傾けることにした。

 

「怖いのは俺も同じなんだよ」

 

内容は丁度あの夏祭りの日の件。

『怖い』………彼が簡単にその言葉を口にしたことが私の興味を引いた。

 

「知っちまったから見捨てたくなかった………それだけの話だ」

 

そのまま彼が打ち明ける本音に触れて、なんとも拍子抜けな理由に今度は毒気が抜かれる気分だった。

けど、なんだか彼らしいと思う自分もいる。

ひとりで何でもできると思い込んで、無力さに打ちひしがれていた私にとっては間違いなく救いだったことに変わりはない。

 

「でも結局、俺は絵里が無茶してたことに気付けなかった。……ホント、情けない話だよ」

 

ううん、そんなことは決してない。

これは弱さを隠して無茶した自業自得。

彼に負い目を感じさせる自分に罪悪感が芽生えてくる。

 

「なら、エリチがもう少し素直だったら結果は変わってたんかな?」

 

「こいつがそんなタマかよ」

 

む、そんなにあっさり否定されるとなんだか癪な気分ね。

 

「普段は要領いいクセに、肝心なところはいつも不器用なんだよな」

 

よく言うわ。

あなただって私と似たようなものじゃない。

でも、似ているけど、どこかが違う。

おそらくそこが私と彼にある決定的な差。

やがて両者は話を切り上げ、彼は保健室を後にする。

静かになる室内は私と希の2人だけ。

頃合を見計らって目を覚まそうと考えた、その矢先だった。

 

「みんないろいろ悩んでるんやね。……エリチもそう思うやろ?」

 

どうやら、私の思惑はものの見事に打ち砕かれてしまったみたいね……。

けれど、このまま目を覚ますのは手玉に取られた気がして納得がいかない。

やっぱりここは現状を維持してタイミングを――――

 

「ふ~ん。まだ狸寝入りこく言うんなら、その豊かな胸、ワシワシするよ?」

 

「……いつ、気付いてたの?」

 

うん、わかってたわ。

希にこの程度の小細工は通用しないってことくらい。

潔く白旗を上げる私を見て希が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「割と最初からかな?キヨちゃんが何か言う度に反応してたし」

 

そ、そこまで露骨だったかしら……?

自分では上手く抑えていたつもりだったのだけれど……。

でも、ここまで見透かされてると逆に清々しくなってくる。

私は大きく嘆息しながら身体を起こした。

 

「もう起きて大丈夫なん?」

 

「平気。少し頭がぼーっとするけどこれくらい問題ないわ」

 

「そう、ならええんよ。でも、急に倒れた時は本当に心臓止まるかと思ったんやからね?」

 

「それは、その……ごめんなさい」

 

あの時のように心配をかけてしまったことに居たたまれなくなってくる。

引け目を感じて謝る私に、希は柔らかく笑んで頭を振った。

 

「謝る相手が違うよ。エリチをここまで運んでくれたんはキヨちゃんなんやから」

 

そう、よね……。

希の言うとおり、後で彼にもちゃんと謝らないといけない。

話を聞いてくれるかどうかわからないけど、生徒会室から抱きかかえてくたんだから。

……………。

………。

……抱きかかえて?

 

「あ、もしかして最初から起きてたとか?」

 

「………」

 

「図星みたいやね……」

 

冗談のつもりで言ったつもりだろうけど、上手く返せない私の反応に苦笑を浮かべる希。

そう、もともと私は気なんて失っていなかった。

だから朦朧とした意識の中でなんとなく覚えている。

彼が私を運んでくれた時の体勢はまるで――――

 

「ならどうやった?お姫さま抱っこされた感想は?」

 

「ど、どうって、別に大したことなんて……」

 

そうよ、たかだかお姫さま抱っこじゃない。

た、確かに抱きかかえられた時は意外と力あるのねとかちょっと強引なところも悪くないかなとか思ったりなによりあの時の彼の横顔がとっても凛々しくて……………

促される形で彼が私を抱えて生徒会室を飛び出したところを思い返すと、途端に身体中に暖かなものに包まれていたような感覚が蘇ってきた。

 

「はらしょー……」

 

「まんざらでもないみたいやね」

 

希の言葉で我に返ると、私は頬に両手を当てて有頂天な心地に浸っていた。

盛大に自爆してしまったと気づいた時にはすでに手遅れで、横目で様子を伺うと実に楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「~~~~ッッ!」

 

恥ずかしさのあまり、私は一層熱くなった顔を枕に埋める。

おそらく、穴があったら入りたいって言う心情は今のことを言うんでしょうね……。

 

「まあ、エリチの満悦な気持ちは今は置いとくとしてや」

 

「希……」

 

相変わらず一言多い親友にせめてもの反抗心から半眼で睨みつけてみたけど笑って躱される。

ホント、ある意味で一番的に回したくないタイプね。

 

「エリチはどう思った?」

 

何が、なんて聞くまでもない。

 

「……正直、なんて言えばいいのかわからなくなった、ってところかしら」

 

冷静になった頭で思い返すのは先ほどの彼の言葉。

 

「実を言うとね、ウチ、さっきまでキヨちゃんのこと少し誤解してたん」

 

不意に、希が紡ぐ。

 

「成績優秀。頭がキレて仕事もできる。人当たりもよくて頼りがいがある。まるで、完全無欠な優等生を絵に描いたような子やん?」

 

小さく頷き、そのまま静かに希の言葉を聞き入る。

 

「きっと彼は今まで何でもそつなく熟して来れたんやろなって、どこか遠い存在に感じてたん」

 

ズバリ希の言うとおり、それが彼に対する印象だった。

持ち前の能力を如何なく発揮して挫折を経験したことなんてない。

きっと多くの人たちに慕われ、羨望の眼差しを浴びて、私たちとは無縁の世界を歩んできたに違いない。

 

「けど、本当はそんなことなかった」

 

しかし、今に至るまで思い描いていた人物像を希の一言が切り捨てる。

 

「キヨちゃんも、ウチらと同じ痛みを知っている。それがね、すごくうれしかったん」

 

希の言う痛み、それは――――孤独。

希のご両親は所謂転勤族で、彼女自身も小学生の頃から仕事の都合で何度も転校を繰り返してらしい。

転校先の学校では環境に慣れることが必死で、友達と呼べる人はいないに等しかったとか。

音ノ木坂学院に入学してからはマンションで1人暮らしを始めたみたいだけど、その程度で過去の傷が癒えるわけじゃない。

きっと新たな環境に身を置く不安から、孤独を抱える苦しみに人一倍敏感になっていたんだと思う。

だけど、私は一歩踏み込む勇気を持っていた希を尊敬しているし、感謝している。

あの時希が声をかけてくれなかったら今の私はなかったから……。

だから彼の過去は意外だった。

完全どころか、心に壁を作って他人を寄せ付けない私と同じように彼もかつては孤独を抱えていた。

違いはそれぞれがどう向き合ってきたか。

私は抗い、希は受け入れ、彼は逃げることを選んだ。

けれど根っこの部分はみんな同じ。

かつては誰もが同じ場所に―――ううん、ある意味で彼がいちばんドン底にいたのかもしれない。

なのに、今は私よりもずっと先を進んでいる。

 

「正直言うとね………全部、彼の言う通りなの」

 

抱えた枕から上半分だけ顔を覗かせて、ポツリと呟く。

 

「理事長から廃校の話を聞かされた時の全身から血の気が引くような感覚、今も覚えてるわ。でも、この学校は小さいころから憧れた場所だったから、絶対に守らなくちゃって思った」

 

一度口にしてしまうと、今日までせき止めていた感情が滔々と溢れ出してきた。

 

「それにね、彼となら廃校だって阻止できるって、心のどこかで軽く見てた」

 

これまでの彼への信頼から、そう思える何かを私は見出していたつもりだった。

 

「けど、あの子たちに協力するって言われて……その時になって初めて恐いって思ったの」

 

何食わぬ顔で告げられた一言に、一瞬で頭の中が真っ白になったわ。

それからだ、あの子たちのアイドル活動に励む彼の姿を見るたびに胸が締め付けられるような痛みに苦しめられるようになったのは。

 

「こっちは理事長に活動を認めてもられなくて………なのにあの子たちはどんどん前に進んで行ってる」

 

この学校を守りたいという一心で私なりに頑張ってきたつもりだった。

母校を愛する気持ちはだれにも負けない自信がある。

だが、いざ蓋を開けてみたらどうだろうか。

廃校阻止のために何度も理事長の説得を試みても、その度に跳ね除けられてしまう体たらく。

自分のことながら、生徒会長が聞いて呆れる。

 

「もしかしたら見限られたんじゃないかって思うと、どうすればいいのかわからなくなって……本当は怖くてたまらないの。でも、この恐いって気持ちを認めてしまったら、私のやってきたこと全部が無駄になってしまうような気がして……筋違いなのに、私は彼に当たり散らして……」

 

いつしか私は何もできずに歯噛みする現実に焦燥感を煽られ、積もり積もった苛立ちの矛先を彼に向けてしまっていた。

 

『絵里の敵になったつもりはない』

 

けれど、たった一言。

彼が紡いだその一言で、全て私の勘違いだったと気付かされた。

 

「勝手に期待して、勝手に失望して……私は、彼を……傷つけた……っ…」

 

本当に最低だ。

彼だって失敗することだってある。

そんな当たり前な可能性すら考えもしなかったクセに、何が彼のことを知りたいと思っただ。

結局私は知った気になって思い上がっていただけ。

必死に隠してきた弱さと一緒に視界が霞んできた。

もう、頭の中がぐちゃぐちゃになって自分で自分が分からなくなる。

 

「私、間違ってたのかな……?」

 

そして、ついに言ってしまった……。

瞬間、今まで積み上げてきたものが崩れ落ちていくような感覚が襲ってくる。

 

「なら、思い切って思ってること全部ぶつけてみたらどう?」

 

だから、その言葉を理解するのが遅れてしまった。

 

「今、エリチが思ってること。怒りも、悲しみも、不安も……とにかく、全部や」

 

困惑する私に構わずさらに希は諭すように続ける。

私もようやく理解が追いついたが、素直に首肯することはできなかった。

散々迷惑をかけたくせに、今さらどんな顔をして会えるだろうか。

罪悪感からから目を逸らす私に、それでも希は笑む。

 

「たとえ弱さを見せても見下したりするほど彼は心の狭い子やない。どんな思いだってちゃんと正面から向き合って受け止めてくれる。エリチだって、よくわかってるやろ?」

 

希の言葉を沈黙で肯定する。

思えば彼はいつだって私と向き合おうとしてくれていた。

目を背けていたのは、むしろ私の方だった。

 

「それだけやない。エリチが怖がってるのが分かってたってことは、それだけエリチのことを見てたってことやろ?」

 

そう、なのかな……?

怯える自分を誤魔化すために傷つけてしまった身勝手な私を、彼はもう一度信じてくれるだろうか。

 

「いろんなことができるのに、肝心なところはいつも感情でぶつかって……。まるで誰かさんみたいやね」

 

含んだような笑みを浮かべて希が私を見つめる。

対して、彼女の視線がこそばゆくって私はそっぽを向いてしまった。

……やっぱり希には勝てそうにない。

 

「それに、最後までエリチの味方でいるって言うてた彼がエリチを裏切るようなことをするわけないやん。大丈夫。キヨちゃんはエリチを見限ってなんかないよ」

 

しかし、希の落ち着いた、しかし確かに芯のある声音が背中を押してくれる。

いつの間にか、涙は止まっていた。

今やるべきことは決まった。

あとは覚悟を決めるだけ。

もう一度、決意を固めてベッドを降りる。

 

「エリチ?」

 

「ありがと、希。もう、大丈夫だから。……ちょっと行ってくるわ」

 

そばに掛けてあった制服に袖を通して、静かに言う。

 

「うん。頑張ってな、エリチ」

 

そして最後に、穏やかに笑う親友に見送られて私は保健室を後にした。

 

                    ☆

 

すでにだれひとりとして影を潜めた夕暮れの廊下をひた走る。

本来なら生徒会長自らが校則を破るようなマネをしまえば他の生徒に示しがつかないけど、幸い、今現在私を咎める人はいない。

それ以前に、そんなことは私の中から完全に抜け落ちていた。

今はただ、手遅れにならないことだけを祈って彼の姿を探しながら、私は温かな記憶を巡らせていた。

私が生徒会長に就任し、彼を生徒会に迎えてまだ間もない頃。

数ケタの計算を暗算でやってのける彼の能力の高さに改めて脱帽した時のことだった。

 

『各部の予算申請の計算終わりました。確認お願いします』

 

ものの数分で仕事を熟し、積み重ねたファイルを運ぶ彼を希が何か言いたげな眼差しで見つめていた。

 

『えっと、どうかしましたか?』

 

彼も気付いたようで、それとなく訊ねると希が答える。

 

『ううん、別に大したことはないんやけどな。ただ、素のキミを知ってるから、なんか違和感があってな。エリチもそう思うやろ?』

 

『ええ、そうね。今さらかしこまることはないわね』

 

『いや、そう言われましても。2人とも先輩ですから………』

 

思うところは希と同じだったから同意する。

けど彼の言うことも最もだ。

ただ、それでも希は納得していないようで、渋る彼にニヤリとその口角を上げた。

 

『『あんたの友達は、今危険に晒されてるかもしれねえんだぞ!つべこべ言うな!!』』

 

『な……!?』

 

突然なにを言い出したかと思えば、希は絶句する彼に挑発的な笑みを浮かべていた。

 

『他には『あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』やったっけ?』

 

すると彼はしゃべったのか?とでも言いたげな視線を向けてきた。

冷めきった虚ろな双眸に耐え切れず、苦笑を浮かべて逸らす。

一応、心の中で謝っておくわ…………ごめんなさい。

 

『現生徒会長を危機から救ってくれた人の名言や。是非ともこれは後世に伝えていかんとな』

 

『ただの黒歴史じゃないですか!』

 

嬉々とした笑顔で揺さぶりをかける希に彼は顔を真っ赤にして叫ぶが、今の彼女にはどこ吹く風。

 

『恥ずかしがることないって。『あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』……いや~、いい言葉やん』

 

『おおおおおおおおおおおおおおっ!やめろおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

頭を抱えて絶叫をあげながら蹲る彼。

他人事ながら、中途半端に彼の声マネをしてるところに悪意を感じるわね……。

しかし、希の追撃は続く。

 

『いやいや、なかなか言えることやないよ?『あんたが傷つついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ』......胸に刻んでおくね』

 

『いっそ殺せええええええええええええええええっ!』

 

今度は大きく仰け反りながら顔を覆う両手の隙間から涙が舞う。

年甲斐もなく号泣する姿がなんだか不憫になってきた。

もしかしなくても意外とメンタル弱い?

 

『そう言えばもうひとつあったよね?確か『あんたを大切に思ってる人たちのためにも、もう無茶な―――』』

 

『わかった!希!絵里!これでいいかちくしょう!』

 

さらに追い詰めていく希に、とうとう彼は音を上げる。

そして、盛大にため息をこぼす彼に希は柔らかく微笑んだ。

 

『うん。よろしくね、キヨちゃん♪』

 

『私も。改めてこれからいっしょにがんばりましょ―――』

 

ちょっと照れくさかったけどいい機会だ。

意を決して私は、彼の名前を呼んだ。

 

                    ☆

 

「清麿」

 

生徒会室の手前で振り返るのはいつもと変わらない間の抜けた顔。

入れ違いにならなくてよかったとまずは安堵する。

 

「……絵里?」

 

よほど私の登場が予想外だったんだろう、目の前で清麿は驚いたように目を丸くしていた。

無事に出会えたはいいが、いざ相対すると何を言うべきかわからなくなってきた。

どうすればいいか考えていると、先に清麿が口を開いた。

 

「もう歩いて大丈夫なのか?」

 

「ええ。おかげでだいぶ楽になったわ」

 

「そっか。それはよかった。でも、今日はもう仕事させねえかなら?」

 

「わかってる。ただ鞄を取りに来ただけよ」

 

普通に会話ができてることにまずはひと心地ついた。

そのまま2人で生徒会室に入って、清麿は手早く荷物をまとめていく。

彼の後姿を見つめて、今一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

ここしかない。

勇気を出して私は彼に声をかけた。

 

「清麿はどうして不安にならないの!?」

 

緊張から半ば叫ぶようになってしまい、彼が不思議そうに振り向いた。

出だしが成功か失敗かなんてこの際どうでもいい。

胸の内の想いを言葉にして感情の赴くままに解き放つ。

 

「今まで自分の弱さを悟られたり、不安を打ち明けることが怖くて隠してきたけど、もうダメなの……」

 

少しでも気を緩めれば震える身体を必死に抑える。

でなければ、せっかく覚悟を決めた意味がなくなってしまう。

それだけは絶対に嫌だった。

 

「ずっと考えないようにしてきた……。けど、もし廃校を止められなかったらって思うと震えが止まらなくて……最悪な未来が来るかもしれないって考えることがこんなに苦しいなんて思わなかった……」

 

言葉を紡ぐにつれて声音が涙ぐんでいくのが分かった。

視界もだんだん滲んでいく。

 

「もし廃校を止められなかったら、私が今までやってきたことは何だったんだろうって……。それでも、実際に目の当たりにすると嫌でも認めなきゃいけない……。廃校になってしまうなら、不安と絶望のまま終わってしまうなら、いっそのこと受け入れてしまえば楽になれるかもしれないなんて思ったりもしたわ」

 

歯を食いしばっても、もう堪えることはできなくなった。

とめどなく涙が頬を伝って流れ落ちていく。

 

「なのに清麿はずっとまっすぐ前を向いている……。どうして、どうして清麿はそんなに強くいられるの!?」

 

精一杯の慟哭が生徒会室に響く。

今までこんなに弱さをさらけ出したことはあっただろうか?

もうすでに生徒会長としての威厳は消え失せている。

 

「どうして、か......」

 

そして、かつてないほど苦しい沈黙の中で涙を拭う私に、清麿は柔らかく笑んだ。

 

「なんて言うか、約束したからかな?」

 

「……約束?」

 

涙ぐんだ声で反芻する私に清麿は頷いて窓の外を眺める。

 

「絶対にあきらめないこと。大切なことを教えてくれた奴がいたんだ。俺が俺でいられるのも自分の可能性を信じて、挑み続けることをやめなかったあいつのおかげなんだ」

 

きっとガッシュくんのことを言ってるんだと思う。

ガッシュくんのことを語る今の清麿、とても優しい目をしている。

それだけ大切な存在だったであろうことはすぐに分かった。

 

「もちろん、不安だってあるし絶対なんて言い切れない。でも、いつかまたあいつと胸を張って会うためにも、こんなところで怖いとか不安なんかで止まってる暇なんてねえんだ。だから、『絶対』にこの学校を救ってみせる。そう決めたんだ」

 

思いを馳せた面持ちで清麿が私と向き直る。

その時の彼の姿から釘付けになっていた。

曇りのない決意の光が宿る瞳に、私は不覚にも見惚れてしまっていた。

 

「でも……それでもやっぱり私は彼女たちを受け入れることはできない」

 

不思議と、恐怖は消えていた。

だから、言おう。

 

「大切な場所を守れないなんて絶対に耐えられないから……だから、必ず救えると確信できない限り、任せられない」

 

そして、私のすべてをぶつけるために最後の迷いを振り切った。

 

「私は、彼女たちを認めることはできない」

 

言った……。

とうとう言ってしまった。

もう後戻りはできない。

 

「そっか」

 

私の意思を乗せた言葉を聞いて、清麿は短く答える。

水を打ったような静けさに一度は影を潜めていた恐怖がぶり返してきた。

今すぐにでも逃げ出してしまいたい気持ちに駆られるが、今度は私の番だ。

何を言われても、もう絶対に逃げたりしない。

私はただ静かに清麿の答えを待った。

 

「なら、それでいいんじゃないか?」

 

「え……?」

 

けど、私の決意とは裏腹に、まさかの返答に気の抜けた声が出てしまった。

受け止めてくれると信じてはいたけど、まさか肯定されるなんて思わなかったから。

 

「別に考え方を変えろって言ってるわけじゃないんだ。絵里がこの学校を守りたいっていう思いは間違ってないし、誰にも否定なんてさせない」

 

憐れんでるわけでも、嘲笑うでもない。

私の中の恐怖を吹き飛ばすように、清麿は力強く言う。

 

「ただ、同じ場所に、同じ思いを持ってる奴が他にもいて、結局は方法が違うってだけで、みんな同じなんだよ」

 

……なんとなく、清麿の強さがわかった気がした。

どんな現実を前にしても、受け入れ、自分の意志をしっかり持って最後まで貫こうとする姿。

都合の悪いことを言い訳の盾にしてた私が追いつけるはずもない。

 

「今この学校を守れるのは俺たちしかいないんだ。俺たちの力を必要としてくれる人たちがいる。まだ守れるものが俺たちにはあるんだ。だから、これからも守るために前に進めばいい。もし間違えそうになった時は、ぶん殴ってでも止めてやるさ」

 

「……なによそれ。乱暴な子は嫌われるわよ?」

 

「それでも、後悔するよりはずっとマシだ」

 

気が付けば、私は表情を和らげて皮肉を返していた。

 

「だから、いつか必ず認めさせてみせる。その時にまた答えを聞かせてくれればいい」

 

そう言って、清麿はポンと私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。

子ども扱いのような仕草だったが、私は自然と受け入れている。

なんだろう……心が楽だ。

 

「清麿」

 

じゃあなと言って横を通り過ぎていく彼に、最後に問いかけた。

 

「これからも私のこと、見ててくれる?」

 

それはあからさますぎるほど確信めいた問いかけだったが、彼は逡巡することなく答えた。

 

「そんなの、当たり前だろ」

 

迷うことない答えに私はようやく心から笑えた気がした。

 

「明日の会議、遅れたら許さないわよ?」

 

「おう、また明日な」

 

生徒会室を後にする彼を見送り、私は彼が撫でてくれた頭に手を置く。

 

 

トクン

 

 

いつかのように胸が高鳴る。

それになんだか苦しいけど、ちょっと心地いい。

これが惚れた弱みって奴かしら?

自分でも単純だと思う。

でも、清麿がそばにいてくれることがうれしくてたまらない。

 

「ばーか」

 

生徒会室でひとり、不思議な感覚に思いを馳せた小さな呟きはどこか弾んでいた。

 




まずは一ヶ月以上待たせて本当にすいませんでした!

一ヶ月以上の間何をしていたかと聞かれれば、自分パズドラやってるんですが、少し前までエヴァコラボをやっていて、ボス戦のBGMがベートーベン第九だったんです。
ここまでくれば察しが付く方もいるかも知れませんが………ハイ、キースの第九もどき歌ってました……。
「ウィ~ベロ~」からザケルばりにフィニッシュかましてました。
そして、エヴァコラボが終わった後に思いました………俺は何をしてるんだろう……。

まあ、そんなこんなで一ヶ月以上かけたせいか文字数が13000を超えました(笑)
まさかここまで行くなんて……自分でも驚きです。
後半部分がなんだかキャンチョメがクリアに倒された後のガッシュとティオのようなやり取りになった気がしますが、エリチはヒロインですからね。
意外と長くなったリーダー編、もとい絵里衝突編ですが、やはり今回はμ’sではなく清麿と和解するお話はこれで一区切り付きます。
10000字超えという初の快挙に頑張って妄想を爆発させてみました。
楽しんでくれると幸いです。
それでは、また次回!


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STAGE.31 メイド喫茶での再会

音ノ木阪学院に入学したその日、わたしは幼馴染の海未ちゃんといっしょにもうひとりの親友の穂乃果ちゃんのお家に遊びに来ていました。

穂乃果ちゃんのお家はわたしたちが生まれる前から続いている老舗の和菓子屋さんなんです。

今はお店の手伝いでいないけど、あとで名物のほむまんを持って来てくれるって言ってました。

ことりが好きなのはチーズケーキなんだけど、幼いころから慣れ親しんだ地元の味も大好きなんです。

海未ちゃんと一緒に今か今かと楽しみにしていますが、ここまで来るのにいろいろなことがありました。

音ノ木坂学院の受験もそうだけど、やっぱりまずは一年前の巨人騒動かな?

突然わたしたちの前に現れた謎の巨人と、巨人を倒してくれた光の龍。

特に、真夜中の暗闇を塗り替えるように照らされた金色の輝きは今でもはっきりと覚えてる。

見た目はちょっと怖かったけど、あの光の龍はわたしたちを守ってくれる……そう思わせてくれるあたたかさを感じたんです。

と言っても、根拠はないんだけどね。

でも、おかげでわたしは穂乃果ちゃんと海未ちゃんといっしょに晴れて音ノ木坂学院に入学することができました。

あの時はあっという間の出来事だったからお礼を言えなかったのは残念だったり。

今もこうして大切な友達と一緒にいられることが本当にうれしく思っています。

それくらい、わたしたちの明日を守ってくれた光の龍には感謝してるんです。

 

「それにしても、入学早々大変でしたね」

 

「そうだね。ことりも一時はどうなるかと思っちゃった」

 

穂乃果ちゃんの部屋でくつろぐや、海未ちゃんの溜め息混じりの呟きにすぐに察しがつきました。

それは今日の帰り道での出来事でした。

入学式を終えて、私たちはいつものように下校していた途中で穂乃果ちゃんがひったくりにあったんです。

でも突然のことでどうすればいいか戸惑っていた時、犯人の後を追いかける人がいたんです。

自転車相手でも風を切る速さで追いついたその人はあっという間に穂乃果ちゃんの鞄を取り返してくれました。

驚いたことに、その人はわたしたちと同じクラスになった男の子だったんです。

 

「まったくです。高嶺くんにはまた明日お礼を言わなければいけませんね」

 

「へえ~。海未ちゃん、もう名前覚えてたんだ?」

 

「なっ!?か、からかわないでくださいことり!彼は新入生の代表として挨拶をしたんですよ?ましてや、クラスメイトなのですから名前くらい憶えてなにも不思議ではありません!」

 

珍しく海未ちゃんの口から男の子の名前が出たので、少しだけからかってみると途端に顔を真っ赤にさせて反論されちゃいました。

普段の凛々しい海未ちゃんもいいけど、恥ずかしがる海未ちゃんも見ててかわいいです。

そんな風に、いつもと変わらない日常にほっこりこりしていた時でした。

ちょっと待て!さすがに急すぎるだろ!?そんなことないって!ゆっくりしてって!いや、でもさすがに今じゃなくても……!大丈夫!穂乃果は今お礼したいの!ほらほら!……………

海未ちゃんの何度見ても飽きない初々しい反応を楽しんでいると、下の方から何やら慌ただしい声が聞こえてきました。

声からして穂乃果ちゃんと、もうひとつは男の人のもの。

しかし、小さな喧噪はすぐに止み、静かになったと思った時のこと。

今度は次第に足音が近づいてくるのがわかりました。

穂乃果ちゃん、お店のお手伝い終わったのかな?

海未ちゃんと首を傾げるのも束の間、勢いよく部屋の扉が開かれました。

 

「ことりちゃん、海未ちゃん!お客さんだよ!」

 

そう言って溌剌と現れたのは割烹着姿の穂乃果ちゃんと、そして――――

 

「こ、こんばんは……」

 

穂乃果ちゃんの隣で放たれた強張った第一声に、私と海未ちゃんは状況を把握するのに数秒を要してしまいました。

よく人の出会いは一期一会というけど、一度目は単なる巡り合わせ。

二度目は偶然。

……なら、同じ日に三度目はなんて言うんだろう?

 

「「こ、こんばんは……」」

 

この時は、まさかこんなに早く再会するなんて思わなかったからたった今話題に上がっていた男の子、少し虚ろな目に焦りを浮かべた表情で高嶺清麿くんに私は海未ちゃんと揃ってあいさつを返す以外、考えつけないでいました。

 

「ついさっきお店に来てくれたからお礼も兼ねておもてなししようかなと思って連れてきちゃった!お店もお手伝いがもうちょっとかかっちゃうからそれまで海未ちゃん、ことりちゃん後はお願いね!」

 

一方、穂乃果ちゃんはそれだけ言い残して呆然とする私たちには気付かないまま、お店の方に戻っていっちゃいました。

残された私と海未ちゃん、そして高嶺くん。

すでに通い慣れたはずの居場所なのに、両者の間になんとも言えない沈黙が流れていました。

こういう時はいつも穂乃果ちゃんが引っ張ってくれてたから、余計に気まずさが重く圧し掛かってきます。

一体どうしたらいいのかわからないけど、やっぱりこのままってわけにもいかないよね?

まずは何かしゃべらなくちゃと高嶺くんの様子を伺ってみると――――

 

「……………」

 

悲壮感を禁じ得ない眼差しで虚空を見つめていました!

 

「えっと、立ったままもなんですから……どうぞ」

 

「あ、ああ。じゃあ、失礼して……」

 

どうにか海未ちゃんに促される形で、高嶺くんはおずおずと足を踏み入れる。

座るのも律儀な正座をしていて、まるで借りてきた猫みたいに微動だにしない姿からは、入学式で見事な演説を披露したような堂々とした佇まいの欠片も見られません。

 

「……あの、大丈夫?」

 

「え?……ああ、大丈夫だ。問題ない。ただ……」

 

「ただ?」

 

重い空気を打破するつもりで何気なく問うてみれば、優れない顔色で言葉を濁す高嶺くん。

けれど、少しだけ逡巡した末、意を決したように重く閉ざした口を開きました。

 

「ただ……女の子の部屋に入るってのが初めてだから、その、どうすればいいのかわからなくてな……」

 

「あ、あ~。なるほどね……」

 

返ってきたまさかの返答に苦笑いで取り繕うのが精一杯でした。

同時に意外と初心だと驚きながらも、目の前で明らかに私たち以上に緊張している彼は、数時間前に穂乃果ちゃんの鞄を取り返す逆転劇を見せてくれた姿は見る影もないほど、まるで別人でした。

 

「それは、その……申し訳ありません!穂乃果が迷惑をかけてしまったようで……!」

 

「いや、別に迷惑に思ってるわけじゃないんだ。それに振り回されるのにも慣れてるからな」

 

穂乃果ちゃんに代わって頭を下げる海未ちゃんを高嶺くんが慌てて制す。

その時の様子はどこか自嘲を含ませたようにも見えたけど、どうやら怒ってはいないみたいです。

いつも唐突なのは穂乃果ちゃんらしいけど、さすがに今回ばかりはと思っちゃったよ。

でも私の心配はどうやら杞憂で終わり、ひとまず安堵しつつ、私たちは会話を再開させました。

話を聞けば、どうやら高嶺くんが穂むらに来たのは本当に偶然みたい。

穂乃果ちゃんのお店だと知らずに訪れたら案の定鉢合わせして今に至るとのこと。

 

「あいつ、いつもあんな感じなのか?」

 

「あんな感じ、と言いますと?」

 

「なんと言うか……能天気と言うか、警戒心ゼロと言うか……」

 

高嶺くんが口にした穂乃果ちゃんへの印象にまた苦笑いが出ちゃいました。

私たちにとっては今さらだけど、さすがに初対面の人なら戸惑っちゃうのも無理はないかな?

 

「うん、そうだね。穂乃果ちゃんは出会った時から穂乃果ちゃんだったよね」

 

「ええ。それに穂乃果が強引なのは今に始まったことじゃありませんから、もう慣れちゃいました」

 

我が道を行くって言うのかな?

確かに穂乃果ちゃんの一度決めたらとことんまで突き進んでいく底なしの行動力には何度も驚かされたこともあるけど、今まで嫌な思いをしたことは一度だってありません。

お日さまのような笑顔で、いつだって最後にはみんなを笑顔にしてくれる自慢のお友達なんです。

すると、自信満々に穂乃果ちゃんのことを語る私たちを見て、高嶺くんは口元を柔らかく綻ばせました。

 

「そっか。……そいつは大変だな」

 

それは同情を伺わせるものではなくて、憧憬に思いを馳せているような優しい笑みでした。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。改めまして、私は園田海未と申します。先ほどは助けていただきありがとうございます」

 

「いや、俺もたまたま居合わせただけだから気にするな。俺は清麿。高嶺清麿だ、よろしく」

 

互いに自己紹介を済ませる海未ちゃんと高嶺くん。

気付けば緊張も解れ、私たちは自然と笑顔を浮かべていました。

清麿くん、か………よし、ならことりもちょとだけ思い切ってみたいと思います!

 

「じゃあ、きーくんだね。私は南ことり。よろしくね♪」

 

                    ☆

 

「おかえりなさいませ、ご主人さま♪」

 

程よく甲高いドアベルの音が弾む扉を潜れば、近くに控えていた女性から普段ではまず聞くことのない出迎えを受けた。

若干の動揺を覚える俺の目に飛び込んできたのは、レースのカチューシャとフリルの付いた黒を基調としたドレスに白いエプロン姿の衣装、所謂、メイド服。

実際に生で見る新鮮さを感じながらも表に出さないように努め、待ち合わせしていることを伝えてやり過ごす。

辺りを見渡せば、当然のことながら同じ格好をした女性たちが忙しなく動いていた。

 

「あ、高嶺くーん!こっちこっち!」

 

そんな時、天然を感じさせるおっとりな声で名前を呼ばれ、そちらの方に視線を巡らせると窓際の一席でひとりの少女が俺に向かって大きく手を振っているのが見えた。

どうやら、俺が最後のようだ。

俺はそこに座っていた面子との再会に思わず口角が緩むのを止められないまま、まっすぐその席に歩みを進めた。

 

「久しぶりだな、水野。それにみんなも」

 

「うん!高嶺くんも久しぶり!」

 

「やっほー、高嶺くん」

 

「おう、高嶺!久しぶりだな!」

 

「よ!しばらくだったが元気そうだな!」

 

「中学を卒業して以来だね。また会えてうれしいよ」

 

懐かしい顔ぶれに声をかければ、向こうも各々が再会の言葉を返してくれた。

 

「俺もだよ。そっちも元気そうでなによりだ」

 

軽く言葉を交わして腰を下ろした席にいたのは、水野をはじめとした中学時代の友達の仲村、金山、山中、岩島。

この日、俺は俗に言う、メイド喫茶でかつての旧友たちとの再会を果たしていた。

なぜ、再会の場にこの場所を選んだのかというと、話は約一週間前に遡る。

きっかけは水野からかかってきた電話だった。

内容はもちろん、久しぶりにみんなで集まろうとのこと。

突然の誘いだったが、水野が指定した日はちょうどµ'sの活動の休みの日だったため、せっかくの機会を見送る理由はない。

そのままその場でふたつ返事を返して今に至るというわけだ。

 

「それじゃ、みんな集まったことだしなんか頼もうぜ!」

 

山中の言葉に俺たちはさっそくそばに立てかけてあったメニューを開いた。

『ストロベリーチョコケーキ』

『ふわふわチーズケーキ』

『日替わり定食 本日はオムライス!』

中をのぞけば、ポップなイラストとともにいかにもな名前が付けられたドリンクやデザートなどの軽食を中心としたラインナップが並んでいる。

内容自体は普通の喫茶店で出されるものと変わらないが、俺はメニューひとつひとつの単価がやけに高い部分に目が行ってしまっていた。

それこそファミレスで提供されるより倍近い値段に届くものまであるほどだった。

やはりこの手の店はメイドによるおもてなしを売りにしている分さらに上乗せされていると言うことだろうか。

まあ、だからと言って文句を言っても仕方ないし、ここは無難に日替わりランチでいこう。

てっとり早く決めて顔を上げると、正面に座る水野が満面の笑顔でまだ決めあぐねているみんなの様子を見つめていた。

 

「うれしそうだな、水野」

 

「当然だよ。だってこうしてまたみんなと、高嶺くんと会えたんだもん」

 

素直な言葉に、そっか、と短く返す俺も自然と笑みを浮かべていた。

そうだよな、こうして顔を合わせるのも1年ぶりになるんだよな……。

卒業式の日に岩島が言っていたように、高校に入ってからみんな忙しいんだろうなと思いながらも会えないままでいたせいか、俺も久々にあいつらと会えると思うと楽しみで仕方なかったしな。

 

「それにしても、なんでまたメイド喫茶だったんだ?」

 

すでに用意されていたお冷に口をつけながら訊ねてみたが、そもそも俺は水野がメイド喫茶を指定したことを意外に思っていた。

と言うのも、なにぶんメイド喫茶に来るのは人生で初めてなため、店の前でしばしまごついてしまっていたのはここだけの話。

偏見と捉わられるかもしれないが、メイド喫茶といえばその手の趣味の客をターゲットにしたサービスをメインにした特異な飲食店をイメージしていた。

だが、いざ店内に足を踏み入れれば俺たち以外にもごく一般的な人たちの姿も多く見受けられ、思っていた以上に落ち着いた雰囲気を感じ取れたため、今は幾分か気が楽になっている。

 

「えっとね……実は高校のお友達からこのお店の割引券をもらったんだけど、その後お母さんからも同じものをもらっちゃって。でもひとりで使い切るのももったいないし、せっかくだから久しぶりにみんなに会いたいなって思って誘ったんだ」

 

「ああ、なるほどな」

 

嬉々として語る裏表のない理由に納得してしまった。

中学の時のスケートの時だって結局理由は聞きそびれてしまったが、思えばそこまで大した理由はなかったんだろう。

 

「それにね、前一度ここに来てからまたこの店に来てみたいなって思ってたんだ」

 

「メイドに興味でもあるのか?」

 

なんとも水野らしいと言えば水野らしいと思っていたら、意外な言葉に素直に驚いた。

仮に水野がメイドとして働く姿を想像してみるが…………ダメだ、盛大にやらかす結末しか見えてこない。

 

「それもあるんだけど、ここってミナリンスキーさんが働いてるお店なんだ」

 

「ミナリンスキー?」

 

だが今度は、水野が続けて口にしたどこかで聞いた名前に首を傾げる。

はて、なんだったか?

 

「それ私も知ってる!なんでも巷で噂されてる伝説のカリスマメイドさんでしょ?」

 

喉のあたりまで出かかっていると、水野の隣に座っていた仲村のおかげで思い出せた。

そうだ、たしか部室にサインがあったな。

あのアイドルマニアの部長が手に入れたほどだ、よほど有名なんだろうな。

そうこうしているうちにどうやらみんなも決まったらしく、呼び出しボタンを押した山中が再び切り出した。

 

「メイドもいいけどよ、せっかくこうして集まったんだ。いろいろ話そうぜ」

 

「それもそうね。と言っても、どうせあんたは高校でも野球やってんでしょ?」

 

「あたぼうよ!目指すは当然甲子園!そのために今は炎の消える魔球を完璧に使いこなすために特訓してるんだぜ!」

 

おい、まだあきらめてなかったのかその魔球。

おまえそれで中体連惨敗したんだろ?

今でこそ腕を組んで自信満々に語る山中だが、あの時ほど申し訳なく思ったことはなかったな……。

甲子園は置いといて、その努力がどこかで報われることを祈るばかりだ。

 

「で、金山はどうよ?相変わらずケンカばっかしてんのか?」

 

「相変わらずは余計だ山中!あいにく今は獣医目指して勉強してんだ。そんな暇ねえよ」

 

「「「「「……………」」」」」

 

金山のまさかの一言に一同沈黙。

 

「「「「「ええっ!!?」」」」」

 

そして理解に至った俺たちは思わず驚きの声を上げてしまった。

だが、俺たちの反応はすでに想定していたのか、その様子はとても落ち着いたものだった。

 

「あれは去年の夏休みのことだったな。いつものように山でツチノコ探しにしてたんだけどよ」

 

いつものようにって………まだ続けてたのか、ツチノコ探し。

 

「その最中で怪我した子ぎつねを見つけてな。どうすればいいかわからなくて近くの獣医に駆け込んだらそこの先生がいい人でな、嫌な顔ひとつせずに診てくれたんだ。それがきっかけで俺も将来はこんな仕事してみたいと思ってがんばってんだよ」

 

「「「「「……………」」」」」

 

対して、思い出を誇らしく語る内容に俺たちはそろって唖然とするばかりだった。

 

「おまえ……本当に金山か?山でなんか変なもんでも食ったんじゃねえか?」

 

「どういう意味だコラァッ!?」

 

訝しむような山中の返しはさすがに外だったのか、矢庭に額に青筋を浮かべて声を荒げる金山。

気持ちはわからんでもないが、未だに信じられないというのが本音だったりする。

だってあの金山だぞ?

本当、人間何がきっかけで変わるかわからんもんだな……。

そんなことを考えながらとりあえず金山の怒りを鎮めさせて、次は岩島の番になった。

 

「ボクは高校では新聞部に入ってるんだ。本当はオカルト研究部とかに入りたかったんだけど、ボクの通ってる高校にはなくてね……。でも、学校中のスクープを追いかけるのが思いのほか楽しくて今じゃ副部長さ」

 

「ってことはもうUFOや宇宙人は追いかけないのか?」

 

「まさか、UFOへの情熱は日に日に増してくばかりさ。今の目標は2年前に現れた巨人の正体を突き止めること!そしてゆくゆくはUFOに誘拐されてその実体験を本にするつもりさ」

 

もしかしなくてもまだ叫んでるんだろうな………アーブダークショーン!って。

これについてはもう何も言うまい。

ただ、ファウードに関しては真実を知る日は一生来ることはないだろう………とりあえず、スマン。

心の中で謝ってると、岩島が仲村にパスを回していた。

 

「私は高校でも合唱部に入ったわ。あとは将来の夢ってほどじゃないけど、本格的にスケートを始めたの。最初はあの時の雪辱を果たすつもりだったけど、今では結構滑れるようになったのよ」

 

仲村の言う『スケート』で心当たりがあるとすれば………やはりあの時しかないよな……。

それは今から約2年前、ちょうどファウードが人間界に出現してから間もないころの思い出。

水野の計画でみんなでスケートをしに遊びに出かけたはいいが、俺たちを待っていたのは悲鳴と執念が交錯するスケートとは名ばかりのカオスすぎる一時だった。

俺の中で今でもあの日の出来事は強烈過ぎて忘れたくても忘れられない、ある意味でトラウマとなっているためここだけの話に留めておきたい。

 

「はーん、なんか意外だな。てっきりお前ならスケートでオリンピック目指す!とか言うもんだと思ってたぜ」

 

「それもいいかなって思ったんだけどね。ただ、スケートに縛られるよりも今はたった一度の高校生活をめいっぱい楽しみたいなって。これから何を目指すにしてもこれからゆっくり考えて決めていくつもり」

 

拍子抜けを食らった面相で金山が言うが、仲村は穏やかに相槌を打っていた

先の3人と違って明確な将来像ではなかったがしっかり者の仲村のことだ、心配はないだろう。

 

「そう言や、水野も仲村と同じ高校なんだよな?」

 

再びお冷を仰ぎながら今度は水野に話題を振ってみた。

今言ったとおり、水野は仲村と同じ高校に通っているようなのだが、平生を知っていた身からすると気が気でない部分があったりする。

 

「うん、マリ子ちゃんも一緒だから楽しくやってるよ」

 

「フフン。でもそれだけじゃないんだよね、スズメ?」

 

「マ、マリ子ちゃん……」

 

なぜか自分のことのように付け加えた仲村に水野が焦りの色を浮かべていた。

 

「もしかして将来なりたい夢でもあるのか?」

 

「あっと、えと………うん……。その、笑わない、かな……?」

 

「ああ、笑わねえよ。な?」

 

恥ずかしいのか、妙に言いよどむ水野に真摯な面持ちで頷く。

他のみんなにも確認すれば全員が同じように首肯した。

そうだ、ここに簡単に人の夢を笑うようなクズはいない。

それは水野もわかっていたようで、俺たちの反応を見て安堵の表情を浮かべて口を開いた。

 

「えっとね………保育所の先生に、なりたいなって思ってて……」

 

「保育所の先生?」

 

「うん。中学の時、テレビで見ていいなって。そのことをTM・リー先生に話したら『きっかけなんてなんでもいい。なりたいと思ったらまずはその思いを持ち続けることが大切だ』って言ってくれて。その後も保育士になるためにいろいろと教えてくれて……それで、頑張ってみようかなって」

 

照れたようにはにかむ純粋に語る姿を誰もが微笑ましく見つめていた。

なるほど、天然なところが玉に瑕なところがあるが、それ以上に誰とでも接せられる優しさならぴったりだと思えてくる。

それにTM・リー先生か……。

中学で担任だった中田先生の第2形態、初めて目の当たりにした時は本当に驚いたけど、生徒の将来に対して真剣に向き合ってくれたいい先生だったもんな………基本的に授業はめちゃくちゃだったけど。

 

「そっか……叶うといいな」

 

「うん!………だからお願い高嶺くん!今度勉強教えて~!」

 

しかし感心したと思った束の間、途端に泣きつかれてしまい一気に脱力してしまうのだった。

それでも、久しぶりに再会しても水野は水野だったことに安心する俺がいた。

 

「ああ、もちろんだ。連絡くれれば予定を合わせるよ」

 

涙ぐむ水野を落ち着かせて、最後に残った俺にみんなが好奇の眼差しを向けてきた。

 

「それで、高嶺は最近どうなんだよ?確か音ノ木坂って元女子高に通ってるんだろ?彼女でもできたか?」

 

「いきなりだな、おい。話が飛躍しすぎてやしないか?」

 

意味深な含み笑いを向けてくる山中に苦笑いで答える。

元女子高というが、共学化したのはもう30年も前の話だ。

すでに女子高という認識はほぼ完全に風化している。

 

「ほ、本当なの高嶺くん!?か、彼女い……いいい、いるの!!?」

 

だが、山中の軽口を本気にしてしまった人物がひとり。

やれやれと嘆息していると、激しく狼狽した水野に食いつかれてしまった。

テーブル越しに詰め寄ってくる水野は先ほどと同じように涙ぐんではいるのだが、今度は負のオーラのようなものを纏っているように見える。

 

「落ちつけ、水野。彼女なんていないし、そもそも山中の冗談だから真に受けるな。あとは、俺もそれなりに楽しくやってるよ」

 

だからこれ以上負のオーラを纏った目で見つめないでくれ……さすがにちょっと怖い。

すると、なんとかともに水野をなだめてくれていた仲村が問いかけてきた。

 

「でも、高嶺くんが通ってる音ノ木坂って廃校になりそうなんでしょ?いろいろと大変なんじゃない?」

 

なるほど、仲村も知っているところを見るに、どうやら思ってる以上に廃校の話は広まっているようだ。

 

「まあな、でも廃校を止めようと頑張ってる奴もいるからな。できることがある限り俺もあきらめるつもりはねえよ」

 

それこそ今さらだ。

まずはもうすぐ行われるオープンスクールに向けて追い込みをかけようと思った、その時だった。

 

『UTX高校へようこそ!』

 

突如耳朶を打った一声に全員がそちらの方向に視線を向けた。

みなが見る先――――店内に設置されたモニターには3人の少女の姿が映し出されていた。

 

「あー、A-RISEだ!」

 

「アイドルと学業を両立させてるんだろ?すげーよな」

 

「今度の文化祭で開かれるライブのチケットも即日完売らしいぜ?俺もほしかったんだよなー」

 

モニターに注目したのは俺たちだけではない。

たった数秒の映像でありながら、この場にいる全員の意識を一気に引き込む影響力を目の当たりにして、改めて俺も彼女たちの実力の一端を実感するのだった。

 

「ずいぶん詳しいんだな?」

 

「それはそうだよ。ほら、アレ」

 

岩島が『アレ』と指したのは窓から見える向かい側の建物の一面に掲げられたA-RISEのポスターだった。

 

「スクールアイドルも今では流行の中心。その中でもA-RISEは頂点を極めたグループだからね。知らないほうがおかしいよ」

 

それもそうだな。

今でもPV見たさにUTX学園の前には大勢の人が屯していると聞く。

ライブは当然として宣伝ひとつとってもそのスケールのでかさが窺い知れる。

 

「そういえば音ノ木坂にも新しいスクールアイドルが結成されたんだってね」

 

思い出したように言う仲村の話題に他の面子も反応を示した。

 

「それ俺も知ってるぜ。石鹸みたいな名前だったよな?えっと確か、み……みゅー?」

 

「µ'sな」

 

「そう、それだ!なんだ、やっぱ高嶺も知ってるんだな?」

 

「いや、知ってるも何も――――」

 

むしろ、間近で活動に関わっている。

 

「お待たせしました。ご注文をお伺いいたします、ご主人さま♪」

 

さて、なんて説明すればいいものかと言いあぐねていると、聞き覚えのある甘い声音が俺の思考を遮断した。

視線を巡らせると、そこにはすごく見覚えのある女の子が立っていた。

 

「わぁ、ミナリンスキーさんだ~」

 

その少女に目を輝かせる水野が口にした名前に、俺は本日最大の衝撃を感じた。

 

「………ことり?」

 

事実、俺はメイド服を身に纏ったことりの名前を呟くので精一杯だった。

 




毎度のことながら、お待たせして本当に申し訳ありません。
いつもリアルが忙しい忙しいと言いながら、今回は本当にシャレにならないくらいのレベルで振り回されていたので、書く時間がなかなか取れないでいました。

というわけで、2か月ぶりに投稿できました31話です。
前半はことり視点からの、まさかタイミングでモチノキ中勢の登場。
ただ言っておくと、彼女たちはまだ暴走しません。
次の機会の登場を考えているので、それまで寝かしておくつもりです。
今回は前々から言っていたことりの個人回のつもりで書き始めたつもりが、なぜか制服が衣替えする間のワンクッション置いた感じの内容になってしまったことについてはいじらないでもらえると幸いです(笑)
あと、書いているうちに長くなってしまったのでキリのいいところで分割させていただきました。
後半で本格的にことり回に持ち込めるかなと思います。
とりあえず次話を投稿したらテスト回→絵里、希加入回とつなげていく所存です。
μ'sが揃うまでもうしばらくお待ちください。

それでは、次の投稿もいつになるかわかりませんがお楽しみに!


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STAGE.32 名前に込めた思い

時刻は昼飯時。

ほとんどの飲食店なら一番の書き入れ時であり、客も店員も自然と喧騒が大きくなる時間帯である。

にもかかわらず、とあるメイド喫茶の一角は静寂に包まれていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

俺とメイド服姿のことりはお互い石のように固まったまま無言で見詰め合っている。

だが、その眼差しに込められているのは驚愕と困惑。

いや、それ以前に水野は今ことりを何と呼んだ?

俺の聞き間違いでなければミナリンスキーと言ったよな?

ミナリンスキーといえばついさっき話題に上がったばかりの秋葉のカリスマメイドの名称だ。

え、まさか………ことりが?

 

「ご注文をお伺いいたしますご主じ―――」

 

「何やってんだ、ことり?」

 

しかし、俺の疑念をよそに何事もなかったかのように注文を取ろうとしていたことりに、思わず遮るような形で訊ねてしまっていた。

いや、聞き方を間違えたな。

メイド喫茶でメイド服着てるんだから、メイドしかないだろ。

どうやら俺は思ってる以上に混乱していたようだ。

そうこうしている内に再び訪れた沈黙の中で、未だ乾いた笑みのまま固まることりを見据える。

 

「………ぴ」

 

するとことりの口から気を抜けば聞き逃してしまいそうなほど小さな声が紡がれた。

だが、……ぴ?

 

「ぴぃっ!」

 

疑問に思っていると、何ともかわいらしい悲鳴を上げるや、ことりは呼び止める間もない速さで店の奥に消えて行ってしまった。

俺は脱兎のごとく走り去っていくことりの後姿をただ茫然と見ていることしかできないのであった。

それにしても、ぴぃって……そんな悲鳴初めて聞いたぞ。

まあ、それはおいとくとして、冷静になった思考で考える。

なぜここにことりがいるのか?

………普通に考えてアルバイトだよな?

そんなくだらない自問自答をしいると、また新たな異変に気付いた。

 

「た、たか…高嶺、くん……?」

 

「どうした、水……のぉうっ!?」

 

目の前に座る水野が今日一番の悲壮感に震える眼差しで俺を見ていた。

一体何が映されているのかと問いたいほど、光を失ったその瞳は思わずビクゥ!と仰け反ってしまうほどのドス黒さを放っていた。

 

「い、今……み、みな、ミナリンスキーさんのことを……な、なんて呼ん、で……?」

 

おまけに呂律も壊れたラジオみたいに上手く機能していないと来ている。

 

「もしかして、コレか?コレなのか高嶺!?」

 

何と説明したらいいものかと考えあぐねていると、目を血走らせた山中が意味深に立てた小指を突き付けてきた。

表現の仕方もそうだが、邪推にもほどがある。

 

「だから違うっての。ことりは―――」

 

「ふむふむ、ミナリンスキーさんの名前はことりちゃんって言うんだね?ぜひそこのところをもっとくわしく!」

 

「高嶺キサマ!まさか女子高選んだのはそれが目的か!?」

 

しかし、否定するよりも先に新聞部だからか記者魂に火が付いた岩島と声を荒げてまくし立てる金山までもが迫ってくる始末だった。

中学時代に経験則から、このままでは面倒事に発展しかねないと確信した俺はどうにかこの場の鎮静化を図ろうとしたが、変なスイッチが入ったかつての旧友は聞く耳を持とうとはしない。

 

「いやー、高嶺くんもなかなかどうして、隅におけませんな~」

 

そして頼みの仲村はにたついた笑みを向けて傍観を決め込んでいる。

何を勘違いしてるのかは知らないが、とりあえず今の状況を楽しんでいることだけはわかった。

………あとで覚えておきやがれ。

 

「えーい!いいから人の話を聞け!さっき彼女はいないって言ったばっかじゃねえか!高校の友達だよ!」

 

「ほ……ほほほ本当なんだよね!?嘘じゃないんだよね!?信じていいんだよね高嶺くん!?」

 

水野は水野で心中穏やかでない様子でさらに顔を近づけてくる始末だ。

涙目でテーブルをバンバン叩く姿は忍びないものがあるが、これ以上騒がれるとお店に迷惑がかかるため、ひとまず落ち着いてもらおう。

 

「でも、さっきの人がミナリンスキーさんなんだ。まさか高嶺くんの友達だったなんてね」

 

「ああ、俺も驚いてる」

 

いっしょに水野をなだめてくれている仲村の言葉に頷く。

中学時代の友人と会うためにこのメイド喫茶を訪れたわけだが、まさか同じ場所で高校の友人と鉢合わせするなんて誰が予想できるだろうか。

それもメイド服姿で。

まったく知らなかったとは言え、世間の狭さに驚くばかりだった。

 

                    ☆

 

ど、どうしよう……。

どうしようどうしようどうしよう!

なにがどうしようって………うわああああん!どうしよぉぉぉっ!!

急いでスタッフルームに逃げ込むようにして身を隠した私はかつてないほどパニックになっていました。

けれど、次第に冷静になれば冷静になるほど今度は恥ずかしさでいっぱいになってきます。

お母さんや穂乃果ちゃんたちにも内緒にしてたのにまさかきーくんに見られちゃうなんて……。

あの時のきーくんの目、やっぱり気付いちゃってるよね?

それに思わず変な声を出して逃げてしまった。

………うぅ、絶対に変な子だって思われちゃったよ。

今一度そっと顔を出して店内の様子を窺うと、少し騒がしくなった席で慌てふためくきーくんの姿がありました。

きっとわたしについていろいろと問いただされているんだと思います。

こうして逃げてしまった手前、もう一度きーくんの前に戻ることを考えると足がすくんでくる。

いっそのこと今日は厨房でお皿洗いでもしていようかな……なんて考えすら頭を過ぎりました。

ってダメダメ!こんなことで怖気づいてる場合じゃない!

ここで逃げたら、今までの頑張りを無駄にすることになっちゃう。

迷いをはたき出すように両手で頬を叩いて気を引き締め直す。

………うん、もう平気。

大丈夫、さっきはびっくりしただけでいつもどおりにいれば問題ない。

そうと決まれば、今一度店内に大きく足を踏み出す。

ミナリンスキー、行ってきます!

 

                    ☆

 

と、意気込んだのはいいものの……。

 

「あ、戻ってきた」

 

きーくんから見て斜め前に座っている女の子が近づく私に気付くと、みんなの視線が一斉に向けられてきました。

いざ戻ってきてみたはいいけど、改めて顔を合わせるとやっぱりどこか気まずさが肌を突き刺してくる。

一度逃げてしまったことの後ろめたさもあってか、好奇や戸惑いなどさまざまな思惑に染まった眼差しに早くこの場所を離れたいという衝動に駆られてくる。

けど、そこはグッとこらえてことりは笑みを浮かべて応えます。

 

「先ほどは失礼いたしました。お冷でございます」

 

どんな時でも笑顔を忘れちゃいけない。

このバイトを始めて最初に教えられたことを思い出してきーくんたちの前にお冷を配っていく。

 

「あの、ひとつ訊いていいですか?」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

配り終えるころにはいつもの調子を取り戻せていたことに安堵していると、先の女の子が声をかけてきました。

 

「ミナリンスキーさんって高嶺くんと知り合いなんですよね?」

 

その問いかけと言うよりは確認に近い質問に動揺しつつも平静を保つ。

戻ってきたからには、あらかじめ予想できていたのでさして驚くことはありませんでした。

 

「そうですね。きーくんとは1年生の時からのお友達なんです」

 

「き、きーくん!!?」

 

わたしの返答に真っ先に反応したのはきーくんの真正面に座っていたもうひとりの女の子でした。

整った容姿が泣き顔で崩れてしまい、鬼気迫った様子で硬直している。

周りにいる人たちも驚いたように目をぱちくりさせています。

対してきーくんはというと、照れているのか赤くなった顔で視線を泳がせていました。

なかなか見れない姿がちょっと新鮮♪

ただ、いっしょにいる人たちの視線で針のむしろになっている状況に耐えかねたのか、コホンときーくんからわざとらしい咳払いが小さく木霊しました。

 

「ほら、せっかくなんだから早く注文しようぜ。水野はどうする?」

 

おもむろにメニューを広げて水野さんと呼ばれた女の子に話しかけるきーくんでしたが、当の本人から返事は返ってきませんでした。

 

「水野?」

 

きーくんも怪訝に思ったのか再度声をかけてみますが、依然として水野さんの反応はありません。

けれど、よくよく耳を澄ませてみると………

 

「きーくん?下の名前どころかきーくん?私でもまだ名字でしか呼べていなのに……ハハ、ハハハハハ」

 

「!?」

 

まるで生気の抜け落ちた瞳で呪詛のように言葉を連ねていました……。

その異彩に包まれた姿にどうにか悲鳴を呑み込めたのは奇跡だったのかもしれません。

 

「や、やばい!水野が壊れた!」

 

「ちょっとスズメ!しっかり!」

 

「アハハハ、きーくんかぁ……いいなぁ……本当は私だって、私だって……ハハ……」

 

果たして、ことりが戻ってきたのは正解だったのでしょうか?

一層騒がしくなるきーくんたちを余所に、店内の一角に立ち尽くすわたしはただただ苦笑いを浮かべるのでした。

 

                    ☆

 

「お疲れ様でした」

 

あいさつを済ませてお店を出る頃には、空は傾きかけた夕日の茜色に彩られていました。

あの後は滞りなくバイトを終えて、足早に秋葉原を離れていく。

オトノキ町に戻ってからも家ではなくそのまままっすぐある場所に向かいます。

ひっそりと静まり返った道を進み、辿り着いたのは近所の公園。

一応時間は伝えていたはずだけど、もしかしたらすでに待たせちゃってるかもしれない。

一抹の不安を胸に、入り口で息を整えて公園の中に足を踏み入れると、まずはすべり台やジャングルジムなどの遊具が目に入ってくる。

幼いころは毎日のように穂乃果ちゃんや海未ちゃんといっしょに遊んだ思い出深い場所。

昔はまるで世界のすべてのように見えていた景色も、今では軽く一瞥するだけで全体を見渡すことができる。

そんな懐かしくも不思議な感覚に浸りながら視線を巡らすと、ちょうどベンチに腰掛けるきーくんの姿を見つけました。

 

「きーくん!」

 

「よう、ことり」

 

名前を呼べば、気付いたきーくんは軽く手を上げてこちらに歩みを向けてきました。

ことりも急いできーくんの元に駆け寄ります。

 

「ごめんね。急に呼び出しちゃって。……待たせちゃったよね?」

 

「いや、気にするな。こんなの渡されれば無視するわけにはいかねえだろ」

 

そう言ってきーくんがポケットから取り出したのは一枚の紙切れでした。

お店で使うメモ用紙に、公園で待ち合わせる旨を伝える内容が書かれてあります。

もちろんそれを書いたのは他でもない、わたし自身。

きーくんが注文した料理を持っていく時にこっそり渡しておいたものです。

 

「えっと、一緒にお店に来ていた人たちの方は大丈夫?」

 

この時はまだ少しばかり心にしこりが残ってたんだと思います。

いきなり本題を持ち出す勇気がなくて、最初に話題にしたのは、きーくんと同席していた人たちのこと。

きーくんの話では、やはりあの人たちは中学からのおともだちでした。

なんでも、今日は久しぶりにみんな集まろうという話が持ち上がり、ことりの働いているお店で待ち合わせていたとか。

一時期は交友関係がこじれていたって聞いたけど、わだかまりがなくなってからは今でも仲は良好みたい。

わたしも傍から見ていて、賑やかで、それでいて温かさのある雰囲気を感じ取ることができました。

 

「ああ。こっちもさっき解散したばっかだから心配いらねえよ」

 

人心地つく反面、せっかく楽しんでいたところに水を差してしまったような気がして申し訳ない気持ちが募ってきましたが、きーくんの柔和な笑顔でことりの懸念は杞憂で終わってみたいで胸を撫で下ろすことができました。

 

「それより今日はいろいろ悪かったな。騒がしかっただろ?」

 

「ううん、謝るのはことりの方だよ。こっちこそ本当にごめんなさい」

 

急なことだったとは言え、一度はメイドとしての職務を放棄してしまったことは事実。

きーくんもきっと内心ではかなり動揺しているはずなのに、先に謝らせてしまっていることがたまらなくて、ことりも頭を下げます。

そのまま決心が鈍らない内にわたしは本題に入りました。

 

「それでね、今日のことなんだけど……ことりがメイド喫茶でアルバイトしていることはみんなには内緒にしてほしいの。ダメ、かな?」

 

いつもより心臓の鼓動が大きく聞こえる緊張の中で言葉がつまりそうになるのをどうにか堪えて最後まで切り出すことができた。

 

「その様子だと、穂乃果や海未も知らないのか?」

 

意外そうに目を丸くするきーくんの疑問に小さく首肯する。

実際のところは、今まで秘密にしてたことの罪悪感が心に重く圧し掛かっていたせいで何も言えなかったんだと思います。

 

「わかった。いいぜ」

 

「……ぇ?」

 

しかしことりの不安を裏切るかのように、きーくんは軽く相槌を打つだけでまさかの即答。

考える素振りもまったくなかったから思わず呆けた声が出てしまいました。

 

「だから、俺が今日見たことはみんなには秘密にしておけばいいんだろ?」

 

「う、うん。……でも、本当にいいの?」

 

「いいもなにも、ことりはそうしてほしいんだろ?だったら俺が言うことはなにもないよ」

 

なんとも呆気なさ過ぎることが信じられなくて、もう一度確認してみたけどそれでもきーくんはあっけらかんと言ってのける。

きーくんのことだから、なにも考えていないなんてことはない。

何も聞かずに頷いてくれたのだって、きっと純粋にことりの気持ちを汲んでくれたから。

けれど、それなりの勇気を出して臨んだつもりだったのにこんなにもあっさり話が進んでしまうことに拍子抜けをくらった気分でした。

 

「ありがとう、きーくん」

 

わたしのお礼の言葉に、おう、と返事をしてきーくんは暗さの増した空を見上げました。

 

「さて、そろそろ暗くなるし近くまで送るよ」

 

そしてきーくんに促されて、ことりたちは公園を後にしました。

帰り道を進む道中ではきーくんに中学のおともだちのことについて聞かせてもらいました。

よく勉強を見てあげたこと、野球の練習に付き合ったこと、森の中でツチノコ探しをしたこと、徹夜でUFOを呼んだこと。

あ、あとはみんなでスケートに遊びに行った時は大騒ぎになった話にはちょっと同情しちゃいました。

ことりも穂乃果ちゃんにたくさん振り回されてきたけど、きーくんはそれ以上を思わせるほどでした。

話していく内に乾いた笑いを浮かべるきーくんでしたが、どこか誇らしげに語る表情に遺恨の色はありませんでした。

それだけ大切な思い出になってるってことなんだね。

そんな風に楽しくおしゃべりしている間に家の近くにさしかかったところで、楽しかった時間に名残惜しさを感じた時でした。

 

「なあ、なんで『きーくん』なんだ?」

 

気が緩んだところへの唐突な問いに足を止めてしまいました。

 

「ほら、ことりが愛称で呼ぶのは俺しかいないだろ?少し気になってな」

 

「えっと……もしかして、嫌だった?」

 

「まさか。ただ、ことりって穂乃果と海未のことは普通に名前で呼んでるだろ?俺より仲がいいはずなのになんでだろうなって思ってな」

 

どこか懐かしむような口調で語るきーくんは何気なく問いかけていたつもりなのかもしれませんが、明らかに返す言葉が震えてるのがわかりました。

 

「もしかして、なんかまずかったか?」

 

「ううん!ぜんぜんそんなことないよ!」

 

言い淀むわたしに何かを察したみたいで、途端にバツが悪そうな顔を浮かべるきーくんに慌てて首を横に振る。

きーくんは何も悪くないのに引け目を感じさせたことにいたたまれなくなってくる。

それどころか、すべてはただの思い過ごしだったと分かった時はさっきの約束以上に安堵する自分がいた。

 

「なんて言うか、その……ことりにとってはきっかけ、みたいなもの、かな?」

 

「きっかけ?」

 

自分でも呆れちゃうくらいにたどたどしく紡いだ言葉に首を傾げるきーくん。

わたしはちらりと左ひざ―――そこに伸びる薄く小さな傷跡に目を向けました。

 

「実はね……ことり、昔は少しだけ足が悪かったの」

 

文字通りの意味で、わたしは生まれつき左足のひざが弱かったんです。

さすがに歩けないっていうほど重症ではなかったけれど、その頃は足を軽く引きずることがありました。

そのせいで当時は周りの子から、特に男の子からからからかわれることが度々あったんです。

ですが、5歳に時に手術を受けてからは、すっかり完治して今では普通に歩いたり走ったりできるようになりました。

おかげで次第にからかわれることもなくなっていきましたが、同時にその頃の出来事が一種の恐怖として心に根付いていたんです。

それからは男の子とお話しすることはあっても、穂乃果ちゃんか海未ちゃんがいっしょにいないと不安になる時がありました。

そうしていまいち距離感が掴めないまま、つい親友を頼ってしまう自分が情けなくて……。

そんな時に出会ったのがきーくん、あなたでした。

 

「きーくんとなら2人きりでもこんなふうにお話ができて、楽しい気持ちになれるんだ」

 

初めてお話した時だってもうまく説明できないけど、いつもの自分でいられたんです。

あの時見せてくれた笑顔が臆病な自分を変えたいと思わせてくれたんです。

きっときーくんにとっては本当に些細なことかもしれない。

でも、この『きーくん』と言う呼び方は、わたしにとっては決意の象徴でもあるんです。

 

「なるほど。それできーくん、ってわけか」

 

ひと通り話し終えた後で、きーくんは納得したように呟きました。

責めるでも同情するでもない。

いつだってありのままを受け止めてくれるきーくんだからこそ、もしかしたらことりも素直に勇気が出せたんだと思います。

 

「うん。それにね、アルバイトを始めたのも似た理由なんだ」

 

そして気付けば、わたしは今までずっと抱えていた胸の内を明かしていました。

 

「わたしには、何もないから……」

 

弱弱しく本音を零すわたしをきーくんはただ見守るだけ。

 

「いつだって穂乃果ちゃんと海未ちゃんの後をついていくことしかできない空っぽな自分を変えたくて、穂乃果ちゃんや海未ちゃんみたいにみんなを支えられるようになりたくて……それに、もしかしたらきーくんみたいに新しい自分になれるかもって思ったんだ」

 

けど、実際は何も変わらないまま時間だけが過ぎて行くだけで結局この日きーくんにバレてしまう始末。

突然の事態を前に怖気づいてしまった自分自身一層気が滅入ってしまう。

自信がなくなり目を伏せたその時、今まで沈黙を貫いていたきーくんが口を開きました。

 

「ことりがあの店でバイトを始めたのは今年からか?」

 

「え?あ……う、うん」

 

思いがけない質問に戸惑いながらも小さく頷く。

あれは穂乃果ちゃんと海未ちゃん、そしてきーくんと4人でµ’sを始めたばかりの頃、秋葉原でスカウトされたことが始まりでした。

最初は恥ずかしさでいっぱいだったけど、実際にメイド服を着てみるとあまりにもかわいくって!

 

「で、そのままのめり込んじまったわけか」

 

決してからかってる口調ではなかったけど、脱力するきーくんにことりも苦笑いで肯定する。

途端に恥ずかしさで顔を背けるわたしを見て、きーくんはなるほどな、と大きく息を零しました。

 

「まあ……なんて言うか、ことりが何を悩んでるのかはわかったよ」

 

でもな、ことり……と耳朶を打つ真剣さを帯びた声音、そして引き締めた表情できーくんは言いました。

 

「誰かみたいになることと、自分を変えることは違うぞ」

 

決して強く言ったわけじゃない。

意味を理解できたわけじゃない。

ただ、自分が息を呑む音がよく聞こえた。

なぜかその言葉がことりの胸に強く突き刺さったんです。

 

「ことりの言うきっかけってのは『何もない自分』を隠すためのものなのか?バイトだって、あいつらに内緒にしてなきゃ自信をなくしてしまうほど半端な気持ちで続けてるのか?」

 

「それは違うよ!メイドのお仕事だって中途半端な気持ちで続けてなんかない!」

 

始めこそは大した理由は持ち合わせてなかったかもしれないけど、一度だって疎かにしたことはありません。

お店に来てくれる人みんなに楽しんでほしくて、ことりは常に全力で取り組んでいるんです。

思わず頭に血が上ってしまい、そこには声を荒げてきーくんを睨めつける自分がいました。

張りつめた空気の中できつく唇を引き締めるわたしの姿に、きーくんは厳しい面持ちから一転して優しい笑みを見せました。

 

「だろうな。でなきゃ、たった2ヶ月程度で『伝説のカリスマメイド』なんて呼ばれるはずがない。それって誰にでもできることじゃねえだろ?」

 

そう、なのかな……?

確かに伝説のカリスマメイド・ミナリンスキーという名前は誇りに思っている。

でも有名になるために始めたわけでもないし、そう呼ばれるために特別なことをした覚えもない。

ただ、純粋にメイドのお仕事が楽しくて一生懸命だっただけ。

一瞬にして毒気を抜かれてしまい唖然とするわたしを余所に、再び顔を引き締めてきーくんは続ける。

 

「言っとくが、さっき俺みたいにって言ってたけど、俺を手本にしても何も変わらねえぞ。変えなきゃいけないものもあれば、変えちゃいけないものだってあるんだからな」

 

面倒臭そうに頭を掻きながらそう断言するきーくん。

まるで、かつては周りに心を閉ざしていた自分自身を卑下しているように見えました。

 

「だいたい、そんな簡単に変われるぐらいなら誰も苦労しねえよ」

 

「でも、だったらことりはどうすれば……」

 

もう、何が正解かなんてわからない。

失意を感じて顔を俯かせていると、住宅街の道に伸びる影が近づいてきました。

 

「それでいいんだよ。今すぐにわからなくてもいい。思いっきり悩んで、思いっきり迷って、いつかその先で胸の張れる自分を見つければいいんだ」

 

顔を上げると、ことりの目をまっすぐ見つめながらきーくんがくれたのはとても穏やかで、それでいて確かな実感の籠った言葉でした。

 

「大丈夫、ことりならきっと見つけられるさ。『何もない』なんてことは絶対にない。今もことりはちゃんと、みんなを支えてくれてる。だからもっと自分に自信を持ってもいいんじゃないか?」

 

結局、今何をするべきかはわからないままです。

でも、ことりの中で新しい何かが見つかったような気がします。

 

「……うん、そうだね。もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

 

「おう、その意気だ!」

 

少しだけ晴れやかになった心地で頷くと、きーくんも笑顔で背中を押してくれる。

互いに笑い合い、何とも言えない照れくささが心をくすぐる。

胸がすっと軽くなるこの気持ちは決して気のせいなんかじゃない。

やっぱり、きーくんはすごいなぁ……。

いつだって、ありのままを認めて受け入れてくれるんだから。

 

「それに、俺は知ってるぜ、ことりだけが持ってるいいところ」

 

「え、それってなになに?」

 

「今それを言ったら意味ないだろ」

 

「え~、なんか今日のきーくんは意地悪だよ~」

 

うるせえ、と悪態をつくきーくんですがその顔はちょっとだけ赤くなっている。

笑ったり焦ったり、ことりの知ってるいつもと変わらない姿がなんだかかわいいと思っちゃいました。

そんなやり取りが心地よく感じられるのは、いい具合に気持ちがほぐれたからだと思います。

そして、不思議と軽くなった足取りできーくんと向き合いました。

初めて名前を呼んだ時の驚いた顔は今でも忘れられません。

あの時の姿を重ねながら、ことりはこの名前に今の精一杯の気持ちを込めました。

 

「ありがとね―――きーくん♪」

 




遅ればせながらメリークリスマス!……つってももう新年目の前なんですけどね。
もう羊が猿にバトンを渡す寸前なんですけどね。

いや~、今年はいろいろありましたね。
劇場版からMステ、そしてまさかの紅白ですよ!
それなりにラブライブ旋風を実感したつもりですがまさにµ’s快進撃の1年でした。
そんなµ'sも来年の4月で完全に解散。
名残惜しいけど、これでいいんだと思います。
µ’sは永遠に不滅です!
あ、先日劇場版の円盤買いました。
迷いながらも最後はきちんとケジメをつける姿はまさに憧れです。
EDが最高でした。
特に歌詞の中にメンバーの名前が入ってるところが素敵でしたね。
清麿どっか入らねーかなー?
『今が最高』→『最高』→『高』→『高嶺』
………スイマセン、作者の戯言です。忘れてやってください。

そんなこんなでようやく書けたことり回後半です。
一部はSIDから拝借していながら一ヶ月以上も時間がかかってしまったのは、何を隠そう、作者の力不足ですorz
そもそも今回のことり回は、ことりが『きーくん』と呼び始めたきっかけの部分が書きたかったらなんですよね。
それがどうした、思いっきりメイドがメインになってるような気がするのは気のせいか?

次は穂乃果視点の話を書こうかなと思いますが、その前に次回はようやく本編のテスト回です。
それではみなさん、、良いお年を!

P.S.
活動報告で第2回アンケートを始めました。
よろしければ、ご協力お願いします。


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STAGE.33 ラブライブ

夏の気配が本格的に近づき始めた頃、音ノ木坂学院には衣替えの季節が訪れていた。

生徒たちは学ランやブレザーから半袖姿に変わり、その内の何人かはさらにスクールベストを着用した薄手の服装に切り替わる。

しみじみと季節の移ろいを実感しつつも、いつものように談笑に花を咲かせていたそんなある日の放課後のことだった。

 

「た……た、助けて!」

 

突然開らかれた扉のけたたましい音とともに部室に響き渡る叫声。

何事かと皆が視線を向ける先には血相を変えた顔色で息を切らせる小泉がいた。

いきなり飛び込んで来るなり、助けてときた。

普段は大人しい彼女の言葉は、一気に空気を張りつめさせる緊張感を持っていた。

 

「助けて?」

 

「じゃなくて大変!大変です!」

 

……なんじゃそりゃ。

緊張するのも束の間、訝しく反芻する穂乃果と即座に訂正を入れる小泉のやり取りに思わずこけそうになるのをどうにか堪えた。

しかし、何をどう間違えたら大変が助けてになるのかはともかくとして、尚も小泉は声を張り上げる。

 

「『ラブライブ』です!『ラブライブ』が開催されることになりました!」

 

彼女が口にした『ラブライブ』。

未だに取り乱している様子からするとそれなりの一大事であることには変わりないようだ。

そもそも『ラブライブ』というものがなんなのかがわからないが、あの小泉が冷静さを失っていることを考えれば、十中八九アイドルがらみであることは予想がついた。

 

「ラブライブ……!」

 

聞きなれない言葉に誰もが疑問を覚えるが、その中で真剣な表情で立ち上がったのは穂乃果だった。

静かに息を呑む様相は反応の薄いメンバーとは明らかに異なっている。

もしかして穂乃果は『ラブライブ』について何か知ってるのだろうか……。

 

「……って何?」

 

 

ガンッ

 

 

思い切りずっこけた拍子に机の角に頭をぶつけてしまった。

ま……まぎらわしい!

案の定、穂乃果の天然ぶりは、頭に走る鈍い痛み以上の脱力を感じさせてくる。

それどころか、大丈夫ですか?と心配してくれる海未の心遣いに涙ぐんでしまったじゃないか。

 

「スクールアイドルの甲子園、それがラブライブです!」

 

だが、俺の気苦労はあっけなく一蹴されてしまう。

見れば、プスプスと煙を上げるたんこぶを押さえながら蹲る俺には目もくれず、いつの間にかパソコンの前に移動した小泉が発する口調には怒涛の勢いが乗っていた。

目の色を変えてキーを打ち込んでいく今の彼女には慈悲も同情もないのは明らか。

こうなるともう止められないことは分かっているため、やるせない無常さに打ちひしがれながらも、おとなしく小泉の話を聞くことにした。

 

「エントリーしたグループの中から、このスクールアイドルランキング上位20位までがライブに出場、ナンバーワンを決める大会です!噂には聞いていましたけど、ついに始まるなんて……!」

 

熱が入っていく説明に耳を傾けながら穂乃果、海未、ことり、星空が小泉の周りに集まっていく。

俺も彼女たちと一緒に打ち出された画面に目を向け、さらにその後ろからひとりテーブルに肘をつく西木野も興味深げな視線を送っていた。

なるほど、俺もここ最近になってスクールアイドルの人気ぶりを強く実感してきたつもりだったが、とうとう甲子園と呼ばれるところまで来たというわけか。

全国規模のイベントの告知に感嘆の息をこぼす海未の隣で、星空も盛り上がること間違いなしにゃあ!と期待に胸を躍らせていた。

 

「今のアイドルランキングから上位20組となると……1位の『A-RISE』は当然出場として、2位3位は……ま、まさに夢のイベント。チケット発売日はいつでしょうか?初日特典は……!」

 

「って花陽ちゃん、見に行くつもり?」

 

全国の選ばれたアイドルたちが一堂に会する光景でも想像しているのだろうか、感極まって頬を緩ませる小泉だったが、穂乃果の何気ない一言をきっかけに目つきが変わった。

 

「当たり前です!これはアイドル史に残る一大イベントですよ!?見逃せません……!」

 

弾かれるように立ち上がったかと思えば、刃物のような鋭さを宿した眼差しで穂乃果に睨みを利かせる小泉。

仰け反らせるほどに詰め寄るその顔は、普段では想像できないほどの凄みを放っていた。

 

「アイドルのことだとキャラ変わるわよね」

 

「人ってここまで変わるもんなんだな」

 

「凛はこっちのかよちんも好きだよ!」

 

少々呆れ気味の西木野に何とも言えない心地で同意する。

小泉の豹変は今に始まったことではないが、声高らかに小躍りする星空は別として、アイドル絡みの話題に熱弁をふるう気勢に慣れつつある現状を、みんな苦笑で取り繕うのだった。

 

「なんだ、私てっきり出場目指して頑張ろうって言うのかと思った」

 

「そ、そんな!私たちが出場なんて恐れ多いですぅ!」

 

予想外の肩透かしにあっけらかんと笑う穂乃果。

その次の瞬間には、一瞬にして部室の隅にまで後ずさり、身を縮こませる小泉の姿があった。

 

「キャラ変わりすぎ」

 

「凛はこっちのかよちんも好きにゃあ!」

 

そして嘆息する西木野に何時ものごとく乱れない星空。

すでに日常の一部となった一幕にホッとする自分がいた。

 

「でも、スクールアイドルやってるんだもん。目指してみるのも悪くないかも」

 

「っていうか、目指さなきゃダメでしょ!」

 

「そうは言っても、現実は厳しいわよ?」

 

確かに、これほどの大きな大会に出場できれば学校のアピールにもなる。

上手くことが運べば入学希望者増加につながり廃校を阻止できる可能性も十分見込めるわけだ。

突如として舞い込んできた絶好のチャンスに活気づいていく面々。

しかし、冷静に指摘する西木野の言うことにも一理ある。

µ'sは結成して3ヶ月にも満たない駆け出しの新米グループであることに変わりはない。

現在、全国で結成されているスクールアイドルの総数は1000組を超えている。

さらにA-RISEを始めとした上位グループは、長期間に亘って厳しい練習と努力を積み重ねてきた猛者たちだ。

その中から上位20組に入り込むとなると、ラブライブ出場への道のりは限りなく狭き門になることは想像に難くなかった。

 

「確かに、西木野の言うとおりだな。今µ'sは何位なんだ?」

 

「正確なところは把握していませんが、先週見た時はとてもそんな大会に出られるような順位では……」

 

西木野の指摘に、小泉に代わってパソコンを操作し始める海未。

不安を声に滲ませながらµ'sの順位を確認していたが、次第に彼女の心境に変化が訪れた。

 

「穂乃果、ことり、清麿くん!」

 

目の色を変えて叫ぶ海未に引き寄せられるように画面を覗き込むと、穂乃果とことりとそろって大きく目を見開いた。

 

「これって……!」

 

「すごい!」

 

「順位が上がってる!」

 

「ウソ!?」

 

驚いたことに、µ'sの順位が大きく跳ね上がっていたのだ。

矢継ぎ早に吃驚の声を上げる俺たちに続いて、傍観していた西木野も慌てて立ち上がる。

画面に映し出されたµ’sのページに流れているのは『これからのSomeday』のPV。

µ’sが7人になって初めて制作された渾身の新曲だ。

『全員がセンター』というテーマが好評を呼んだらしく、動画の再生数はすでに4ケタを軽く超えていた。

もちろん、それでもまだ出場圏内には届いてはいないが、この短期間での伸びしろは紛れもない事実。

 

「急上昇のピックアップスクールアイドルにも選ばれてるよ!」

 

「本当だ!ほらコメントも!」

 

『新しい曲、かっこよかったです!』

『7人に増えたんですね!』

『いつも一生懸命さが伝わっていて大好きです!』

 

順にコメントを読み上げていく度に、穂乃果たちの目が輝かやいていく。

中には歌やダンスについて指摘するものも多く書き込まれていたが、むしろ自信につながっていく結果をもたらしてくれた。

 

「うわぁぁ……。もしかして凛たち人気者?」

 

「そのせいね」

 

みんなが画面に釘付けになっていたその時、西木野が納得したような面持ちで呟いた。

聞けば、つい最近に校門で待ち伏せしていた女子中学生に声をかけられたとか。

俗に言う『出待ち』というやつだ。

最終的には一緒に写真を撮ってあげたらしいが、ランキング以上に実感する人気ぶりはまさに感嘆の一言だった。

 

「ウソ!私全然ない……」

 

「そういうこともあります。アイドルというのは残酷な格差社会でもありますから」

 

まさかのタイミングで突きつけられた現実によほどショックを受けたのだろう、愕然と落ち込む穂乃果。

そして冷静に諭す小泉もまた、興奮冷めやらぬ様子だった。

しかし、出待ちか……。

それを聞いて恵さんとフォルゴレのことが思い浮かぶ。

恵さんはいいとしても、フォルゴレはアレでも世界的大スターだから当然経験はあるはずだ。

だが、なんて言うんだろうな……。

うれしいはずが、急に素直に喜べなくなってしまった。

 

「でも、写真なんて真姫ちゃんも随分変わったにゃ!」

 

「わ、私は別に……」

 

星空の言うとおり、知り合ったばかりの西木野だったら出待ちに応じることはなかったはずだ。

部活紹介の撮影の時だって抵抗を示していたことを思い返せばなおさらだ。

本人も自覚しているのか、照れ隠しで視線を逸らしていた。

 

「あ、赤くなったにゃあ!」

 

「……ふんっ」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめる西木野の顔を覗き込む星空。

そんな彼女のからかうような仕草が癪に障ったのか、がら空きになっていた額に不満を込めた手刀を振り下ろすのだった。

 

「痛いよぉ~」

 

「あんたがいけないのよ」

 

涙目で訴えかける星空だが、西木野は少しむくれてそっぽを向く。

素直になれないところは相変わらずかなんて思いながら、部室で織りなされるささやかなじゃれあいが微笑ましく眺めていた時だった。

 

「みんな、聞きなさい!重大ニュースよ!」

 

再び勢いよく開け放たれた扉から現れたのは今まで姿が見えなかった矢澤さんだった。

 

「フッフッフ……聞いて驚くんじゃないわよ?今年の夏、ついに開かれることになったのよ!」

 

勿体つけた言い方で俺たちの前に躍り出るテンションが異様に高いのは、それだけとっておきの情報を持ってきたからだろう。

 

「スクールアイドルの祭典―――」

 

「ラブライブですか?」

 

しかし、ことりに先を越されてしまい不発に終わる。

ピンクのカーディガンを着た小柄な体を目一杯広げたまま固まってしまっていた。

 

「……あ、知ってるの?」

 

喜々とした笑顔から一転して、落胆の声が虚しく消えていく悲観が胸に痛かった。

 

                    ☆

 

「どう考えても答えは見えてるわよ」

 

部室から場所は変わって、俺たちは生徒会室の前に移動していた。

ラブライブに出場するための許可をもらうためにやってきたわけだが、西木野の一声で穂乃果のノックする手が止まる。

 

「学校の許可ぁ?認められないわぁ」

 

何を思ったのか、後ろで星空の中途半端なモノマネを見せる。

もしかしなくても絵里のマネだろうが、まったく似てない。

とりあえず、本人がいないことが幸いだったな。

 

「だよね……。でも、今度は間違いなく生徒を集められると思うんだけど……」

 

「そんなの、あの生徒会長には関係ないでしょ?私らのこと目の敵にしてるんだから」

 

矢澤さんもすでに返答の予想がついてるようで、どこか投げやりな様子でため息をこぼしていた。

 

「ど、どうして私たちばかり?」

 

「それは………はっ!もしかして学校内での人気を私に奪われるのが怖くて」

 

「それはないな」

 

「それはないわ」

 

「ツッコミはやっ!」

 

生憎、しょうもない冗談に付き合うつもりない。

偶然にも西木野とシンクロしたツッコミで矢澤さんを空き教室に押し込んだのはいいとして、確かに絵里がµ'sを敵視している理由が引っ掛かる。

そもそも、なぜ絵里はµ'sを敵視しているのだろうか。

アイドル活動を通したアピールの不安要素の大きさはわかっているが、それを度外視しても、必要以上にµ'sを毛嫌いしているように思えてしまう。

生徒会室での一件を含めて改めて考えてみても、どうも点と点が繋がらない不快感を抱いたまま、結局今も分からずじまいになっている。

 

「もう、許可なんて取らずに勝手にエントリーしてしまえばいいんじゃない?」

 

「ダメだよ。エントリーの条件にちゃんと学校の許可を取ることってあるもん」

 

立ち往生している現状にいい加減面倒になってきたのか、西木野がなかなか強引な提案を持ち出したが、即座に小泉が否定する。

スクールアイドルは文字通り、学生で構成されたアイドルだ。

ホームページの更新や動画のアップロードぐらいならグループ内で自由に進められるが、世間では部活的な印象が根付いてるため小泉の言うように、大会へのエントリーとなるとまた話は変わってくる。

何もスクールアイドルに限らず、学生である以上、大会の類に出場するために学校の許可が必要なことは至極当然の話だ。

 

「清麿くんが許可してくれるのじゃダメなの?」

 

「難しいな。生徒会と言っても、正確には生徒会長の承認が必要なんだ」

 

学生の活動に生徒会が是非を問うことはあっても、最終的な決定権はあくまで生徒の代表である生徒会長にある。

学校の許可を得るためには生徒会長に話を通すこともまた当たり前のことだ。

 

「じゃあ、直接理事長に頼んでみるとか?」

 

俺の一存で決められないことに歯がゆさを感じていると、これまた西木野がぶっ飛んだことを言い出した。

 

「そんなことできるの?」

 

「確かに、部の要望は原則生徒会を通じて、とありますが……。理事長のところに直接行くことが禁止されているというわけでは……」

 

「まあ、やってみる価値はあるかもな」

 

音ノ木坂学院の校則には、部の要望は生徒会に話を通す旨が生徒手帳にも書かれてある。

ただ、『原則』であって『絶対』ではない。

上手く校則の裏をかいた作戦ではあるが、前例を聞いたことはないためどうしても言いよどんでしまう。

てか、よくそんなことを俺の前で言えるよな。

 

「でしょ?なんとかなるわよ。親族もいることだし」

 

不安を拭いきれないでいる俺たちを余所に、意味深なセリフとともに西木野が視線を移す。

その先にいたのは、学院の理事長の娘でもあることりだった。

 

                    ☆

 

「うぅ……さらに入りにくい緊張感が……」

 

今度は生徒会室から理事長室に場所を移した俺たち。

しかし、いざ目の前にすると校内で唯一木製の扉が放つ独特な重々しい雰囲気が勢いを削いでくる。

 

「そんなこと言ってる場合?」

 

「わかってるよ……」

 

一度深呼吸で気持ちを落ち着かせ、意を決した穂乃果が右手を上げる。

だが、その拳がノックする寸前に扉が開かれた。

 

「お揃いでどうしたん?」

 

理事長室から顔を覗かせていたのは、まさかの希だった。

なぜ希がいるのか、と言うより、希がここにいるということはもしかして……。

そして、さらに開かれた扉の向こうから、眉根を寄せた絵里が姿を現した。

 

「せ、生徒会長……」

 

「タイミング悪……」

 

たじろぐ穂乃果に顔を顰めてる矢澤さん。

他のみんなの反応も似たり寄ったりだ。

まあ、元々絵里を避けるために赴いたわけだが、こうして鉢合わせてしてしまっては無理もないだろう。

う……絵里の視線が痛い。

 

「何の用ですか?」

 

「理事長にお話しがあってきました」

 

「各部の理事長への申請は、生徒会を通す決まりよ」

 

冷淡な一声で問いに誰もが顔を陰らせる中で西木野が答えるが、絵里の返す言葉はなおも冷たい。

 

「申請とは言ってないわ。ただ話があるの!」

 

「真姫ちゃん、上級生だよ」

 

語気を強めて噛みつく西木野を穂乃果が諌める。

そんな彼女たちを絵里は歯牙にもかけず氷のような冷たい眼差しで見据えるだけだった。

 

 

コンコン

 

 

その時、扉を叩く音が両者とも引くに引けないまま膠着する沈黙を破った。

 

「どうしたの?」

 

そこにいたのは、ことりの母親にして音ノ木坂学院の理事長、その人だった。

 

                    ☆

 

理事長室に入室した俺たちはさっそく理事長にラブライブに関する説明を始めた。

 

「へぇ、ラブライブねえ……」

 

一通りの説明を終えれば、興味深げに口角を上げている。

見る限りでは、ラブライブの公式サイトに目を通す理事長の反応は概ね良好と言ったところか。

 

「はい、ネットで全国的に中継されることになっています」

 

「もし出場できれば、学校の名前をみんなに知ってもらえることになると思うの」

 

「私は反対です」

 

続いて海未とことりが説得を試みる最中に割り込む絵里。

彼女は剣呑な雰囲気を纏わせて理事長の前に立つと、再び口を開く。

 

「理事長は、学校のために学校生活を犠牲にするようなことはすべきではないと仰いました。であれば――――」

 

「そうねぇ……でも、いいんじゃないかしら?エントリーするくらいなら」

 

「本当ですか!?」

 

しかし、理事長は絵里の反論を遮ぎって、ええ、と容認の意を口にする。

これは正直驚いた。

絵里よりは幾分か話しやすいかもしれないという希薄な理由で訪れたわけだが、まさかこんなにもあっさり了承してくれるとは思わなかった。

穂乃果たちは安堵の笑顔を見せるが、逆に絵里は簡単に納得するわけがない。

 

「ちょっと待ってください!どうして彼女たちの肩を持つんです!?」

 

「別にそんなつもりはないけど」

 

「だったら、生徒会も学校存続のために活動させてください!」

 

「んー、それはダメ」

 

慌てて交渉に転じる絵里に理事長は生徒会の活動を抑止する姿勢を崩さない。

生徒会の一員としてはやりきれない部分があるが、俺よりも絵里の動揺は計り知れない。

 

「意味が分かりません……」

 

「そう?簡単なことよ?」

 

まるで何かを見据えた眼差しで微笑みを向ける理事長。

だが、苛立つ感情を押し殺しながら絵里は一礼をしてこの場を去って行くだけだった。

 

「絵里……」

 

「えりち……」

 

希とともに名前を呼ぶが、絵里は振り返らないまま扉が閉じる音が静かに響いた。

 

「ふん、ざまあみろってのよ」

 

「矢澤さんっ」

 

「ただし、条件があります」

 

複雑な心境で余計なひと言を口にする矢澤さんを視線で諌めていると、引き締めた表情で改めて理事長が口を開く。

 

「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験でひとりでも赤点をとるようなことがあったら、ラブライブへのエントリーを認めませんよ。いいですね?」

 

やや強めの口調で念を押す理事長の言うことも最もだ。

特に廃校を阻止するために結成されたµ'sにとってしてみれば、赤点で成績を落としたなんて話が世間に知れれば本末転倒もいいところである。

アイドルである前に学生であるからには、理事長が提示する条件は当然といえば当然。

しかし、途端に表情を凍りつかせる人物が約3名。

 

「ま、まあ……さすがに赤点はないから大丈夫かと………アレェ?」

 

ことりの戸惑う言葉に振り返れば、部屋の片隅で顔面を蒼白にして崩れ落ちる穂乃果、星空、矢澤さんの姿が……。

 

「……とりあえず、また面倒事が起きたのは間違いないな」

 

先ほどまでの意欲はどこへやら。

新たな不安の種を前にして、俺は渇いた溜め息とともに肩を落とすのだった。

 




スイマセン、大変長らくお待たせしました。
まずは謝罪から始まり一ヶ月遅れて新年最初の投稿です。
えー、前回の投稿が大晦日で、新年あけてから今まで何をやっていたかというと…………はい、バトライドウォーやってました……。
今月の終わりに新作が出るということで、思いっきり熱中してました!
いや~、暴れん坊将軍Lv.99がガラ怪物態を倒す画は異常でした(笑)

と、言う事でここにきてようやくタイトルでもある『ラブライブ』を登場させることができました。
ある意味でキリがいい出発ではないでしょうか?
とりあえず、次回は清麿の天才っぷりが知れ渡り、巷で噂の天使登場の予定です。

それでは遅ればせながらのあいさつになりますが、今年も一年、どうぞよろしくお願いします!


あ、あと、活動報告のアンケート2の締め切りは撤廃したので、そちらの方もどうぞよろしくお願いしまーす!ノシ


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STAGE.34 受け継がれたもの

「大変申し訳ありません!」

 

「ません!」

 

部室に戻るなり、穂乃果と星空が机に指を立てて頭を下げていた。

スクールアイドルの祭典『ラブライブ』への出場を目指すこととなったアイドル研究部、もといµ’s。

そのために理事長が出した条件は『次の期末試験で赤点を取らない』こと。

しかし、そんな真っ当な条件に危機感を感じている連中が、今、ここに、目の前にいた。

……ああ、わかってたよ。

どうせこうなるだろうと思ってたさ。

 

「小学校のころから知ってはいましたが……穂乃果」

 

「数学だけだよ!ほら、小学校のころから算数苦手だったでしょ?」

 

「7×4?」

 

「………にじゅう、ろく?」

 

「冗談だろ?」

 

指まで使った挙句に答えを間違える体たらくに思わずツッコミを入れてしまった。

 

「かなりの重傷ですね……」

 

もうすでに怒りすら通り越して脱力する海未。

さすがの俺もみんなとそろってただただ途方に暮れてしまっていた。

できれば冗談であってほしかったが、単純な九九でこの様だ。

このまま試験に臨めばどうなるか………結果は容易に想像できた。

 

「凛ちゃんは?」

 

「英語!凛は英語だけはどうしても肌には合わなくて……」

 

「た、確かに難しいよね?」

 

「そうだよ!だいたい凛たちは日本人なのにどうして外国の言葉を勉強しなくちゃいけないの?」

 

「屁理屈はいいの!」

 

続いて星空は気落ちした様子で英語が苦手であることを主張する。

あわよくば、同情する小泉に便乗しようとしていたが、そうは問屋が卸さない。

英語を苦手とする者ならば一度は使うであろう決まり文句で開き直ったところを、すかさず西木野が机を叩いて一喝した。

 

「真姫ちゃん怖いにゃぁ……」

 

「これでテストが悪くてエントリーできなかったら恥ずかしすぎるわよ!」

 

「そうだよねー……」

 

目くじらを立てて鼻先が触れる距離まで迫る西木野の迫力に気圧されて、星空はしゅんと肩を落とすのだった。

 

「やっと生徒会長を突破したっていうのに……」

 

「ま……まったくそのとおりよ」

 

呆れ気味に溜め息をこぼす西木野に、震える声音が同意する。

危うく忘れるところだった。

そう言や、この部室にはもうひとり問題児がいたんだったな。

 

「あ、赤点なんか絶対取っちゃダメよ!」

 

全員がどこか冷めた視線の先で、俺たちに背中を向ける矢澤さんの声は明らかに震えていた。

教科書を逆さに持っているのはわざとなのか、それとも………。

 

「にこ先輩……成績は……?」

 

「ににに……にこ?」

 

ことりに問われて不自然なレベルで狼狽えたかと思えば、おもむろに立ち上がる。

 

「にに……にっこにっこに~が赤点なんてとと……取るわけないでしょ~」

 

「……動揺しすぎです」

 

「うぅ……」

 

結局、お得意のにこにーも冷静に海未に図星を突かれて空振りに終わる。

説得力の欠片もない引きつらせた笑みが、なんだか見ていられなくなってしまうのだった。

 

「とにかく、試験まで私とことりは穂乃果の、花陽と真姫は凛の勉強を見て、弱点教科をなんとか底上げしていくことにします」

 

「まあ、それはそうだけど……にこ先輩は?」

 

このままではラブライブ出場は到底不可能であると言わざるを得ない状況だが、幸いにも試験までにはまだ時間はある。

試験期間も含めて、今日から練習時間を勉強に充てれば挽回の余地は十分見込めるだろう。

気持ちを切り替えて海未が役割を分担していくが、必然的に矢澤さんがひとり余ってしまうことを西木野が指摘する。

仕方ない、ここはひとつ矢澤さんには先輩としてのプライドは捨ててもらうことにしようと思い立ち、俺がやる―――と口を開こうとした時だった。

 

「だから言ってるでしょ?にこは――――」

 

「それはウチが担当するわ」

 

矢澤さんの難色を示す言葉が、新たに割って入ってきた声によって遮られた。

 

「希……いいのか?」

 

「もちろん。テスト期間中は生徒会の仕事もないから結構時間があるんよ」

 

「い、言ってるでしょ?にこは赤点の心配なんてな――――」

 

突然の希の登場に注目が集まる中、なおも強がりを見せる矢澤さんに彼女は目の色を変えた。

両手を掲げて狙いを定めるあの構えは………

 

「ウソつくとわしわしするよ~?」

 

「わかりました教えてください……」

 

「はい、よろしい」

 

そのまま一瞬で距離を詰めたかと思えば、矢澤さんの背後から慎ましい胸をわし掴みにして抵抗する暇すら与えないまま降す手際の良さったらそれは見事なものだった。

まんざらでもない笑みを浮かべる希によってなす術もなくおとなしくなる矢澤さんが憐れに思えてしまったが気にしないでおこう。

 

「よーし、これで準備はできたね。明日から頑張ろー!」

 

「おー!」

 

「今日からです」

 

「「あぅぅ……」」

 

やる気を見せたかと思えば、さりげなく先延ばしにしようとする穂乃果と星空だったが、その程度の浅知恵を海未が見逃すはずがない。

目論みが呆気なく打ち破られて項垂れる2人の姿を見て、頭を抱えそうになるのをこらえるのだった。

 

                      ☆

 

勉強を始めて早一時間、結論から言うと、さっそく雲行きが怪しくなり始めていた。

さっそく試験勉強を始めたはいいが、穂乃果、星空、矢澤さんの3バカはとにかくあの手この手で時間を稼ごうとしやがる。

どうやら思ってる以上に長丁場になりそうなため、現在、俺は一度クールダウンがてら飲み物でも買おうと部室を出ている。

やや重い足取りで自販機のある方に足を向けると、そこで先客がいることに気付いた。

 

「理事長……」

 

「あら、高嶺くん。こんにちは」

 

どうも、と言って会釈を返して入れ替わるように自販機の前に立つが、その実、ついさっきぶりの再会もあってか自然と背筋が伸びていた。

 

「あれからあの子たちの様子はどう?」

 

「さっそく試験に向けて取り掛かってますよ。あまり順調とは言えませんが……」

 

近くの椅子に腰かけて柔和な笑みで問いかける理事長に、少しばかりの緊張も忘れてしまうぐらいに苦々しく答える。

おそらくこうしている間にも、文句を垂れながら問題を解いていることだろう。

 

「それはなかなか大変そうね。彼女たちも、あなたも」

 

「少しはゆっくりできると思ったんですけどね……まあ、それでも自分で決めたことですからね。どっちにしてもやれるところまでやるだけですよ」

 

今度はあくまで前向きな考えを巡らせながら応じる。

期末試験やラブライブのこともそうだが、その他にもオープンスクールや今後のµ'sの活動、そしてµ’sと絵里の確執など課題が山積みの上、廃校の足音は確実に近付いている。

先が思いやられる現状に悩みは尽きないが、決して救いがないわけではない。

少なくとも期末試験に関しては、あくまで赤点回避が条件であることを考えればまだ望みはある。

 

「本当なら、廃校のことなんて気にせずただ純粋に楽しんでほしかった……」

 

購入した缶コーヒーを自販機から取り出そうと腰を落とした時、理事長の沈んだ声音の呟きが耳朶を叩いた。

 

「ずっと以前からこうなることは分かってたのに、何も変えられなかった……。それどころかあなたたちに私たちの重荷を背負わせることになってしまった」

 

振り向くと乾いた笑みを浮かべた理事長が淡々と言葉を紡いでいく。

吹けば飛ぶような、なんて表現が当てはまる。

それほどまでに小さく肩を落とす理事長から嗜虐的な感情が窺えた。

 

「たとえ今回は運よく免れたとしても、廃校の波はまたいつか押し寄せてくる。このまま同じ過ちを繰り返すくらいならいっそのこと――――」

 

「それ以上はダメですよ、理事長」

 

だからこそ、後悔を伺わせる言葉を、静かに、されど強く遮った。

 

「あなたがその先を言っちゃいけない」

 

空虚を見つめていた理事長の瞳が俺に向けられたことを確認して、もう一度強く言う。

 

「俺も最初は理事長と同じことを考えていました」

 

理事長の言うように、俺たちのやってることは、結局はその場しのぎに過ぎないことかもしれない。

もしかしたらこのまま終わらせることが正しいことなのかもしれない。

……それでも、そう簡単に納得することはできなかった。

 

「どんなに願ってもいつか必ず失う時は来てしまうんです。……それでも、最後まで一緒にいたい。一緒に笑っていたい、そんな仲間たちと出会えた居場所がなくなるなんてことは、やっぱりイヤなんです」

 

昔の俺なら、たかがひとつの学校がいつ廃校になってもおかしくない状況に追い込まれていたことが分かれば当然だと割り切り、気にも留めなかっただろう。

それが今では注目を集めるためとは言え、アイドルなんてものに存続を掛ける自分がいる。

それどころか、共に過ごす一時が楽しくて仕方がないと思うほどの体たらくだ。

本当、世の中どう転ぶかなんてわかったもんじゃないよな。

 

「この学校を守りたいと思うくらい、みんな、この学校が好きなんですよ。そして、俺たちにそう思わせてくれたのは、他でもない、理事長なんです」

 

所詮は歴史や伝統なんて過去の産物に時代の流れを押し返す力なんてない。

それでも、現にこの学校は存続している。

 

「何も変えられなかったなんてことはありません。今まで理事長が守ってきてくれたからこそ、俺たちはようやく希望を見出すことができたんです。なのに、これからって時に理事長であるあなたが堂々としてなくちゃどうするんですか」

 

それはまだ、未来を照らすには頼りない小さな灯火のような光なんかもしれない。

だけど俺は、たとえどれだけ小さな光でも、集まれば大きな輝きになることを知っている。

『1+1』が、時には常識だって超えてしまう奇跡を生み出すことを知っている。

だからこそ、ひとりひとりに眠っている無限の可能性を信じて、最初の一歩を踏み出すことができた。

何より、繋がった未来を歩むことができるのも、理事長の頑張りがあったからこそだ。

誰よりも踏ん張ってきてくれたからこそ、あきらめてほしくなかったから……。

 

「理事長がやってきたことは決して過ちなんかじゃありませんし、そもそも、誰も重荷だなんて思っちゃいませんよ。みんな、やりたいようにやってるだけです」

 

片手でコーヒーを弄びながらでも、容易に思い浮かべることができる。

どいつもこいつも我が強すぎて、自由気ままで、騒がしくて仕方ない、大切な友たち。

ですから、と続けと続けていまだ戸惑いの様子を見せる理事長に笑って見せた。

 

「あいつらの思いを受け止めてくれて、ありがとうございます」

 

いつかみんなで心の底から笑いあえる未来を思い浮かべながら頭を下げた。

みんなと出会えた場所を守ってくれたことへの、精一杯の感謝を込めて。

 

「……やっぱり清太郎さんの息子さんね。そういう変に飾らないところなんて、よく似てるわ」

 

そろそろ部室に引き返そうと思い立ったその時、とても穏やかな声音で理事長が親父の名前を口にした。

そういえば、親父も音ノ木坂の卒業生だと前におふくろが言ってたっけ。

学生時代のことはあまり知りえないが、親父はここでどんな青春を過ごしたのだろうか。

理事長との意外な接点を新鮮に感じながら…………

……………………は?

 

「理事長は親父をご存じなんですか!?」

 

ようやく理事長の言葉に理解がいたった瞬間、思わず素っ頓狂な声で反応してしまった。

危うくスルーしてしまうところだったが、予想だにしなかった事実に唖然とする俺に、理事長は僅かに口角を上げて口を開いた。

 

「ええ。清太郎さんは音ノ木坂が共学化してから最初の男子生徒だったの。私はその次の年入学したからからちょうど先輩に当たるわね」

 

理事長もかつては音ノ木坂の生徒だったと前にことりから聞いたことがあるが、まさか出身が同じどころか、本当に顔見知りでもあっただなんて……。

矢継ぎ早に明かされたまさかの新事実に、まさに開いた口がふさがらないほどの衝撃を受けて立ちつくす俺の反応に理事長は実に楽しそうに語っていた。

 

「そのまま彼に続いて生徒会に入ったのが運の尽き。学校を盛り上げるためと言って周りを巻き込もうとおかまいなし。さんざん無茶に付き合わされたものだわ」

 

「心中お察しします……!」

 

誘拐された身でありながら平気で授業を開くほどのずぶとさ持ち合わせたあの自由人のやることだ。

疲れたようなため息をこぼす理事長を見れば、相当振り回されたであろうことは容易に想像できた。

申し訳なさと気恥ずかしさからあのクソ親父に代わって身内の粗相を謝る。

そんな内心穏やかでいられない俺に理事長から予想を大きく反した反応が返ってきた。

 

「でも、みんなと過ごした日々を後悔したことは1度だってなかったわ。気苦労が絶えない毎日の中で、気付けば誰もがいろいろなことに夢中になっていた。立場の違いですれ違うこともあったけれど、その度に本音でぶつかりあって、そして最後にはみんなが心から笑ってこの学校を卒業できたから……」

 

そう語る理事長はいつかの日を懐かしむように目を細めながらクスリと笑みを浮かべていた。

 

「だから、絢瀬さんももっと肩の力を抜いてくれればいいと思うのはきっと私の傲慢なのでしょうね」

 

そして、数瞬躊躇った後に続けた言葉が、どこかもの寂しく感じたのはきっと気のせいではないはずだ。

 

「絢瀬さんには悪いことをしたと思ってるわ。あなたにとっても気分のいい話ではないかもしれない。……けれど、理事長であると同時に、先輩として今の彼女のやり方を認めるわけにはいかないから」

 

理事長の言葉を聞いて、数日前、生徒会室で心の叫びをあげた絵里の悲痛な顔が過った。

絵里が抱く学校を守りたいという思いは、義務感、使命感よりも、どちらかというとある種の強迫観念によって突き動かされているように思えてならないのは、果たして俺の驕りなのだろうか。

今でこそ、決裂しかけていた絵里との溝も幾分か埋まってきてはいるが、そもそも絵里があそこまで自分を追い詰めてしまうまでの過程がわからない現状だ。

 

「きっとあなたのことだから、私がなぜ生徒会の活動を許可しないのかもうわかってるんでしょう?」

 

「………そうですね。気付けば実に簡単なことなんですけどね」

 

どこか複雑そうな面持ちを浮かべる理事長に、素直に首肯する。

今のあいつは大切なことを見失っている。

昔の俺なら決して気付くことはなかった。

気付くことができたとしても、簡単に切り捨てていた。

それは人として当たり前でありながら、されど気付くまでが大変なこと。

だからこそ、こればかりは自分で気付かなければ意味がないこと。

挫折や困難が立ちはだかる道で一歩を踏み出すための、とても、とても大切なことだから。

 

「でもまあ、別に心配はいらないと思いますよ?あれくらいでへこたれるほどヤワじゃありませんし、それに自分の弱さを受け入れることができたあいつなら気付けると信じていますから」

 

あの日、恐怖を乗り越える強さを見せたあいつなら必ず見つけられる確信を持って清々しく言ってみせた。

そんな俺の自信を察したのか、理事長は柔らかく口元を綻ばせた。

 

「そう……。なら、私もあなたの言う希望を信じてみようかしら。けれど、彼女のことももちろんだけど、その前にあなたたちも油断はしないようにね。期末試験、期待してるわ。後悔のないように頑張ってね」

 

「はい、もちろんです」

 

その時の理事長には先のような自嘲的な色はなかった。

それを最後に理事長は校舎の奥へと戻っていった。

さて、これでますます学校を廃校させるわけにはいかなくなったわけだ。

親父たちが積み上げてきたものを終わらせてしまうなんて、格好がつかないもんな。

理事長も前向きになってくれたことだし、気持ちを切り替えるように俺はコーヒーを一気に飲み干した。

 

                      ☆

 

「うー、これが毎日続くのかにゃぁ……」

 

「当たり前でしょ」

 

「うぅー……あ、白いごはんにゃあ!」

 

「引っ掛かると思ってる?」

 

「どこ?ごはん炊きたてなのか……」

 

「……………」

 

何はともあれ、まずは今度の期末試験だ。

これからの活動に大きく影響を与えるからには手を抜いてはいられない。

理事長のエールに元気付けられたことだし、意気込みを新たに部室の扉を開いた俺をまず待っていたのは、気をそらせようと試みる星空に手刀をおろす西木野、そして星空の戯言を真に受けてありもしない白米を探すまさかの小泉。

 

「ことりちゃん」

 

「何?あと一問よ。頑張って!」

 

「おやすみ」

 

「うわっ、穂乃果ちゃん!穂乃果ちゃ~ん!」

 

「まったく……。ことり、後は頼みます。私は弓道部の方に行かなければならないので」

 

「わかった!起きて~!寝たら死んじゃうよ!」

 

今度はことりの応援もむなしく、机に突っ伏して不貞寝を決め込む穂乃果の姿。

丁度弓道部に参加するために席を立ち上がった海未がおかえりなさい、と声をかけてくれたが、俺はただ呆然とした返事しか返せなかった。

そしてお次は……

 

「わかった、わかったから!」

 

「フッフッフッフ……。じゃあ、次の問題の答えは?」

 

「え、えぇと……。に……にっこにっこに~?」

 

「ヘッヘッヘッヘ……」

 

「やめて!やめて……いやあああ!胸はもうやめてえええ!」

 

「次ふざけたらわしわしMAXやよ!」

 

こちらも限界が近いのか、にこにーで誤魔化そうとする矢澤さんを悪い笑顔で威圧する希。

間もなく両手を構えて凄む希に恐れ戦く矢澤さんが部室の隅に追い込まれていくが、もう何も言うまい。

少し離れただけでこの惨状か……。

なんとなく予想はできてたんだがなあ……。

 

「あれで身についているんでしょうか?」

 

「言うな。虚しくなる」

 

格好つけたばかりでまことに恥ずかしい限りなのですが、理事長。

これは冗談抜きでマズイかもしれません………。

思わず天井を仰ぎ見るその時、視界の端で床に落ちた1冊のノートを見つけた。

恐らく希から逃れる際に矢澤さんが落としてしまったのだろう。

 

「こんなので本当に大丈夫かしら?」

 

「んー、問題はないと思うよ。なんせ、ここには勉強のエキスパートもいることやし、ね?」

 

辟易とする西木野の不安に答えるような希の視線を適当に受け流し、俺は矢澤さんのノートを拾い上げた。

なんとなくノートの中に目を通してみたが、案の定溜め息を吐いてしまった。

 

「ちょっと清麿!人のノート見て溜め息吐いてんじゃないわよ!言っとくけど、あんたもアイドル研究部の一員なんだから余裕ぶっこいて赤点なんてとったら承知しないわよ!」

 

部室の隅で小柄な体を震わせながら何か喚く矢澤さんだが、俺は冷静に手にしたノートを見せ付けた。

 

「矢澤さん……こことここの問題の答え間違ってますよ」

 

「……え?」

 

しばしの沈黙。

 

「あ、あんた、何言ってんのよ?これは3年生の内容なのよ?2年のあんたに解けるわけが――――」

 

「あ、ほんまやね」

 

「でえぇええ!?」

 

どうにか動揺を悟られまいと振舞う矢澤さんだったが、希の言葉を聞くなり絶叫を上げてノートをひったくった。

 

「いや、それよりなんでわかったのよ!?これ3年生の問題よ!?」

 

未だ俺に指摘されたことが信じられないのか、矢澤さんはノートと俺を交互に見ながら慌てふためいている。

これには1年生組も目を丸くして呆然と頷いていた。

 

「うーん、というよりキヨちゃんは3年の範囲くらいなら軽く押さえてるんやないかな?」

 

「まあ、そもそも清麿くんは学年トップでもありますからありえない話ではないですね」

 

「「「「へ……?」」」」

 

そんな疑問に答えた希と海未の言葉に1年生組と矢澤さんが今度は揃って間の抜けた声を漏らした。

 

「今までのテストでも90点台が数回あるかないかで、後はすべて100点をとっているところしか見たことありませんから心配は要らないと思いますよ」

 

補足を入れてくれる海未の言うように、俺だって伊達に天才を名乗ったことはないからな。

正直、高校の範囲ぐらいなら『答えを出すもの』なしでも余裕でカバーできる。

 

「な、7469×4835は!?」

 

唐突に矢澤さんが問題を投げかけてきた。

 

「ハン、学年トップがなんぼのもんよ!答えられるもんなら答えて――――」

 

「36112615だ」

 

「…………………」

 

何を思ったのかはわからないが、妙に強気な態度が癇に障ったからしれっと答えてやった。

まさか即答されるとは思わなかったのだろう。

矢澤さんはものの見事にフリーズしていた。

 

「も、もう一度言ってみなさい!適当に言ったところで同じ答えを2度も出せるわけが――――」

 

「36112615だ答えは変わらん」

 

カウンターの要領で再び即答。

 

「…………………」

 

「どうした?自分から振っておいて正解なのか計算できんか?」

 

何故かはわからないがその光景に既視感を覚え、もう少し追い詰めてみることにした。

 

「さあ、何とか言ってみろ矢澤さん。さあ。さあ!さあっ!」

 

「ご、ごめんなさい。私が悪かったです………」

 

結果、涙目であっさりと崩れ落ちるその様がちょっと面白かったのは、彼女の名誉のために心の内にしまっておこう。

 

「さ、さすがですね……」

 

一部始終を見ていた海未の言うさすがが何を指しているかはこの際気にしないことにする。

 

「きーくんって計算とか得意だもんね」

 

「まあ、単純な計算なら6ケタは余裕だな」

 

「6ケタって……」

 

唖然とする西木野を珍しく思いながらも、人に言われるとやはり少し照れくさいものがあった。

 

「うんうん。おかげで生徒会の仕事も捗るから大助かりなんよ」

 

「その分どこかの誰かの仕事が回されてくるのは一体どうしてなんだろうな?」

 

「さ、時間も限られてることやし早く続きを始めよか!」

 

さりげなく職務の怠慢を認めた希に説明を求めると明らさまにはぐらかされてしまったが、これ以上下手につついて今度はみんなの前でどんな爆弾発言を投下されるのかわかったもんじゃない。

悔しいが、ここはおとなしく引き下がろう。

 

「まあ、俺は状況を見てフォローに回るよ。ほら、そうと決まったらさっさと始めるぞ。穂乃果もいい加減起きろ」

 

スパン、といつものように穂乃果の頭部にハリセンの軽快な音が響いた。

 

                      ☆

 

そんなこんなで本日の勉強会を終えた放課後。

靴に履き替え、校門を目指す俺の足取りはどことなく重かった。

やはりというかなんと言うか、それぞれがハリセン、威圧、わしわしのお仕置きを食らいながらも、どうにか今日のノルマは達成したといったところだ。

だが、とりあえず3人の苦手とする問題の傾向はおおよそ把握することができただけでも前進だ。

なに、どこかの人間できてない性悪教師のような鬼畜極まりない内容でなければ問題はない。

……いや、さすがにこの学校でそんなことをする教師はいないだろう。

なんてかつてのトラウマを片隅に追いやっていると、校門の前で海未を見つけた。

傍目からでも困っている様子が窺えるが、もしかして出待ちの子と遭遇したのだろうか。

西木野といい、μ’sも人気が出ているんだとしみじみと実感する。

こうして彼女たちを応援してくれる人がいるということはやはりうれしく思う。

そんな風に感慨深く思っていると、海未の瞳が俺の姿を捉えた。

すぐさま視線で助けを求めてきたのがわかったが、正直どうしたらいいものか。

相手の姿は丁度校門の陰に隠れて見えないが、あまりにしつこいようならその時で対処の仕方を考えればいいだろう。

そう結論付け、まずは無難なあいさつで声をかけてみた。

 

「よ、海未。お疲れ」

 

「お疲れさまです、清麿くん」

 

俺の登場に安堵の表情を浮かべる海未からどんな子が出待ちをしているのだろうかと視線を巡らせると、そこには俺にとって予想外の少女が立っていた。

 

「……あれ、亜里沙?」

 

「お兄さん!」

 

向こうも俺に気付いた途端、少し身体がよろめく程度の衝撃を受けた。

淡い亜麻色の髪をなびかせ、透き通るような青い瞳が輝く整った顔立ちには年相応のあどけなさを感じさせる。

そして、雪穂と同じ中学の制服に身を包んだ少女に、俺は抱きつかれていたのだ。

名前は、絢瀬亜里沙。

名字から察せるとおり絵里の実の妹で、去年の夏祭りの一件以来、俺のことを「お兄さん」と呼んで慕ってくれている。

 

「お久しぶりです。元気そうで亜里沙、安心しました!」

 

今も思わず保護欲をそそらせるような人懐っこい笑みの上目遣いで見上げてくるのも、彼女なりのスキンシップで他意はないのだろうが、今回ばかりはタイミングがまずかった。

 

「へえ……清麿くんにはそんな趣味があったんですね?」

 

「……海未?」

 

突如、全身に悪寒が走った。

恐る恐る声のした方を向くと…………海未が笑っていた。

先ほどまでの不安気な様相から一転して、それはもう素敵な笑顔で。

しかしとても素敵な笑顔にもかかわらず、こっちはまったく笑えない。

 

「いえいえ、気にすることはありませんよ?人の好みはそれぞれですから。……しかし、さすがに中学生に手を出すのはいかがなものかと。………ウフフフ」

 

咄嗟に言葉を発そうとしたが、不気味なほどに穏やかな声音に遮られてしまう。

やさしさもあたたかさも感じられない微笑みに戦慄しながらも、それでも俺はどうにか弁解を試みた。

 

「ちょっと待て、海未。誤解だ。お前は勘違いをしている」

 

「勘違い、ですか?」

 

必死な俺の様子に訝しむように半目で睨まれてしまうが、話は聞いてくれるようだ。

変な勘繰りをされる前にも、とりあえず亜里沙に自己紹介するように促した。

 

「初めまして。私、絢瀬亜里沙って言います!µ'sの大ファンです。よろしくお願いします!」

 

「絢瀬……。ということはもしかして生徒会長の?」

 

「ああ、絵里の妹だよ」

 

ついでに言うと雪歩の親友でもあり、今までに何度か一緒に勉強を見たことがある旨を伝える。

俺の説明に海未はどこか不貞腐れるような面持ちを浮かべるが、どうやら納得はしてくれたようでひとまず安堵の息を吐いた。

 

「それにしても珍しいな、わざわざこんなところまで来るなんて。もしかして出待ちでもしてたのか?」

 

「いえ、今日はお姉ちゃんと一緒に帰ろうと思って待ち合わせしてたんです」

 

ふとした俺の疑問に答えてくれた亜里沙になるほど、と相槌を打つ、丁度その時だった。

 

「なにをしてるの、清麿?」

 

背後から名前を呼ばれて振り向くと、少しむくれた絵里の姿があった。

 

「おう、絵里」

 

「お姉ちゃん!」

 

「生徒会長……」

 

「あなた……」

 

三者三様の声音に対し、特に俺と海未を見るや絵里は一層不機嫌を露にしていた。

 




原作『ラブライブ!』×『金色のガッシュ!!』


「ガッシュとの思い出は、俺の心に残す」


――――すべては、突然の出会いから始まった


「財産はもう…俺の心に……」


――――それは、出会いと別れの記憶


「また会おう、ガッシュ」


――――そして、やさしい王様を目指して過酷な運命に立ち向かった少年たちの物語だった……






新章:『ラブライブ!~金色のステージへ~』





「ウソ……だろ……」

母校を廃校から救った9人の女神『µ’s』と高嶺清麿

「まさか……ここは……」

新たな目標に向かって歩き出した彼らの前に突如発生した時空の乱れ――――

彼らが迷い込んだその場所は――――




「―――魔界」




「あなたたち、もしかして人間なの?」

「イミワカンナイ」

「いっくにゃー!」

「ハラショー!」

「ダレカタスケテェエエエエ!」

「メルメルメ~」


しかし、見たことのない世界との触れ合いはほんの序章に過ぎない


「今こそ、我が理想郷をこの手に……」


突如清麿たちの前に現れた謎の魔物



「貴様がいなくても世界は回る。だから……安心して消えていけ」

「……悪い。みんなとは、ここでお別れだ」

「いやよ……こんな未来………私たちは望んでないッ!」




『神の試練』の真実が解き明かされる時、封印された禁断の魔本が目覚める


「あれが、『神の魔本』……!」


そして少女たちは、真実を知る


「王を決める、戦い……?」

「あんなにつらい思いをしてまで王様って決めなくちゃいけないものなのかな?」

「こんなの……あんまりだよ……ッ!」

「あれが、清麿の仲間……」

「本当に……本当に、来てくれました……!」

「私たちは、あの背中に守られていたのね……」


そして人間界と魔界を分かつ扉が開かれる時、ふたつの世界の存亡をかけた戦いが幕を開ける!


「もう、お前たち守れるものなどありはしない!無様に足掻くがいい!脆弱なる者たちよ!」

「あきらめるにはまだ早すぎるんじゃないか?」

「信じるんだ!清麿は必ず来る!」

「今までだって、彼はどんなに傷ついても何度でも立ち上がってきました!」

「そうよ。いつだって清麿くんは……」

「「「「私たちの希望だ(だから)(なのです)!!」」」」

神の如き力を前に再び集うかつての仲間たち

「ガッシュ……」

「いくぞ、清麿。今度は私が清麿を助ける番なのだ!」

そして、約束に導かれ――――想いは時空を超える


♪イメージソング:カサブタ♪


「我はこの力で王を超え、神へと至るッ!」

「こんな俺でも、守れるものなら、まだあるさ……」

「歌おう!みんなで!」

「みんなと出会えたことを素晴らしいことだと思いたいから!」

「私たちの未来は……私たちの手で掴んで見せます!」

果たして、清麿の運命は?

そして迷いの果てに辿り着いた女神たちの『答え』とは?

「いくぞ、ガッシュ!必ず守り抜く!ここからは、俺たちのステージだ!!」

「ウヌ!」

「バオウ・ザケルガーーーーーーー!!」



『ラブライブ!~金色のステージへ~:School idol memories』



「µ’s!」



いつか、未来で……



「「「「「「「「「ミュージック、スタート!!」」」」」」」」」













…………という、ウソ予告でした(笑)

期待させてしまった人、大変申し訳ございません…………!
以前感想のほうで、穂乃果たちが魔界に行くエピソードはないんですか?的なコメントをいただいてふと考えついてそれっぽく組み上げてみた新章(嘘)なんですが、第1期終了後か、2期の間のどこか、はたまた劇場版前後か、それとも本編関係なしのオリジナルでいくかぐらいの目処しか立っていない段階なので、ぶっちゃけ新章と言っておきながら制作するよていはまったくございません。


そして…………長らくお待たせしてホント、すんまっせんしたアアアアアアアアアア!!!
いや、投稿する度に謝ってますけど、今回ばかりは特に申し訳ありませんでした。

と言うのも、私今年から社会人となったわけなんですが、なんかもうね、おっっっそろしいほど時間が取れなかったんです。
いざ書こうとしても気づけば寝オチしていたなんてことが何回あったことやら……。
いや、嘘予告書いてる暇あんなら早く投稿しろよと言われたとしても言い訳の仕様がありません。
ですが、何があったとしても絶対にエタったりはしないので、これからも応援していただけると幸いです。

と、言うわけで半年以上かけてようやく投稿できた第34話。
今回は皆さんご存知の勉強会、理事長登場、そして亜里沙初登場の3部構成でお送りいたします。
特に今回の主軸である理事長との邂逅部分は、以前に清麿の父親も音ノ木坂の出身であると言う設定をぶっこんでしまったので、ここいらで回収しておいたほうがいいかということでまとめてみました。
次回は、清麿たちがいよいよ絵里の過去を知る『エリーチカ』です。
お楽しみに!




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STAGE.35 エリーチカ

「どうぞ清麿くん。隣、空いてますよ」

 

まず最初に声をかけてきたのは海未。

彼女は柔らかな物腰で隣に座るように微笑みを向けてくれている。

 

「どうしたの清麿?そんな所に立ってないで早く座ったら?」

 

その場で立ち尽くすままの俺を不思議の思ったのか、今度は絵里が小さく首を傾げる。

 

「………」

 

さりげない仕草には実に絵になるような可憐さがあったが、俺は依然としてそこから動けないでいた。

まあ、現在の異様な膠着状態はいったん置いておくとして、まずは現状を確認しようと思う。

時刻は夕暮れ。

なんの因果か校門で鉢合わせしてしまったあの後、俺たち近くの公園に場所を移していた。

ただ、いざ場所を変えたまではよかったが、どちらも自分から言葉を交わそうとはせず、俺と亜里沙を介してようやく成立するというやり取り以外で俺たちの間に会話という会話はない。

警戒心剥き出しで睨み合っていた出会いがしらから、相手の出方を伺うような居心地の悪い沈黙があった。

理事長室で一悶着あった直後の出来事であることを考えても、2人ともがまるで俺としか会話をしていないような不自然さが半端じゃなかった。

そんな彼女たちが、お互いが挟む位置に座れと言ってくる。

別に座れないことはないのだが………正直すげー座りたくない。

ただ、視界の端で公園の入口付近の自販機を前に悩む亜里沙、今彼女に頼ることは不可能。

 

「………」

 

「………」

 

そうこうしている間にも、不意に海未と絵里の視線が交わったかと思ったのもほんの一瞬、すぐに顔を背けて俺に隣に座るよう訴えかけてくる………無言のままで。

冷汗が伝うのを感じながら今一度2人が示す場所に意識を向ける。

3人腰かけられるスペースのど真ん中――――お互いが壁を張るかのように距離を置いた空間から伝わってくる得体のしれない威圧感は気のせいじゃない。

 

「………はぁ」

 

やがて、根を上げるように溜め息をこぼす。

いい加減こんなところで立ち往生していても一向に話が進まないと判断し、ゆっくりと彼女たちの隣に腰を下ろした。

左側に海未、右側に絵里という並びで、少し動けば肩が触れ合うほどの距離間が少しばかり窮屈に感じる。

だが、それ以上に

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

数メートル先で近所の子どもたちが気ままに遊ぶ憩いの場と同じ空間とは思えない静けさが公園の一角を支配していた。

まさに無。ただただ、無!

それどころか、最近はだいぶ落ち着きを見せていた絵里から今までとは段違いな不機嫌がヒシヒシと伝わってくる現状だ。

これまでことあるごとに衝突を繰り返してきた両者が出くわしたわけなのだが、ここまで沈黙が重たいと思ったことが果たしてあっただろうか……。

とにかく、まさしく地雷原としか言いようがない空気にこれ以上踏み込む度胸は………俺にはない。

笑いたい奴は笑えばいいさ。

 

「お待たせしました!」

 

誰も自分からから動き出す気配を見せない鬩ぎ合いに、さすがに限界に迫りかけたそんな時、亜里沙が戻ってきてくれた。

無言ゆえの圧力をものともしない鈴を転がしたような声音につられて視線を上げれば、一転の汚れのない純真な眼差しが眩しかった。

道中を含め、この無垢な笑顔にどれだけ救われたことか、そんなことを思いながら手渡されたソレに目を向ける。

 

おでん

 

………なるほど、こう来たか。

存在自体は噂程度で知ってはいたが、まさかこのタイミングでお目にかかることになるとは………つーかこの辺でも売ってたんだな、初めて知ったよ。

などとでかでかと記された文字を乾いた双眸で見つめるその隣では、海未もまた手にしたおでん缶に困惑の表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさい」

 

ただ、どこかホッとする天然っぷりのおかげでさっきまでの息苦しい緊張が解れたのか、最初に絵里の言葉が沈黙を破った。

 

「向こうの暮らしが長かったから、まだ日本に慣れてないところがあって」

 

「向こう?」

 

「ええ、祖母がロシア人なの」

 

疑問に思った海未にクォーターであることを説明する絵里。

 

「亜里沙、それは飲み物じゃないの」

 

続けて絵里に諭され亜里沙はハラショー、と驚嘆の一言。

素直な反応がなんとも微笑ましい。

そして絵里が別のものを買ってくるように促すと、元気な返事を残して再び自販機の元へと駆けていくのだった。

………さて、亜里沙のおかげで気まずい雰囲気も霧散したことだし、今一度気を引き締めなおす。

そもそも、ある意味で敵対している立場にいる者同士が話し合いの場を設けてまで行動を共にしているのか。

そこには険悪を承知の上でもどうしても確かめなければならない真意があったからだ。

 

「それにしても、あなたに見つかってしまうとはね……」

 

きっかけは絵里が見つめている音楽プレイヤーの動画だった。

ここまでの道すがら、亜里沙に見せてもらった音楽プレイヤーから再生されたのは、穂乃果の家で見つけたµ’sのファーストライブを撮影した映像。

さらには、ところどころにネットにもアップされていない映像が差し込まれたものだった。

 

「前から、穂乃果たちと話していたんです。誰が撮影してネットにアップしてくれたんだろうって。でも、生徒会長だったなんて……」

 

確信に触れる海未の言葉に、絵里が唇を引き結ぶのが見えた。

今まで有耶無耶のままになっていたことだったが、考えてもみればそう難しいことではなかった。

そう、絵里がµ’sのファーストライブの動画をサイトに投稿したことを認めた瞬間だった。

 

「あの映像がなければ、私たちは今こうしてなかったと思うんです。あれがあったから、見てくれる人も増えたし、だから―――」

 

「やめて」

 

予想だにしない真実に戸惑いながらも、心の内を語っていく海未だったが、しかし、絵里と向き合おうとする彼女の言葉は唐突に遮られてしまった。

 

「別にあなたたちのためにやったんじゃないから。むしろ逆。あなたたちのダンスや歌がいかに人を引き付けられないものか、活動を続けても意味がないか、知ってもらおうと思って」

 

淡々とした声音が冷たく響く。

当然、善意や応援ゆえの行動………なんて都合のいい展開はありえない。

だが絵里の思惑がどうだったにしろ、件の動画がµ’sにとって大きく飛躍する火種となったことに変わりはない。

絵里自身も、自分の行動が皮肉にも裏目に出たことに困惑しているはずだ。

それでもどうにか気持ちに折り合いをつけるかのように動揺を押し殺しているようにも見える。

 

「だから、今のこの状況は想定外。無くなるどころか、人数が増えるなんて………でも、私は認めない。人に見せられるものになっているとは思えない、そんな状態で学校の名前を背負って活動してほしくないの。話はそれだけ」

 

故に、淀みなく、一貫して、揺るがない。

最後に突き放すような声色を残して絵里は腰を上げる。

 

「待ってください!」

 

ただ、自分たちが積み上げた努力を足蹴にされて納得できるはずがない。

一方的に話を切り上げる絵里に対し、立ち上がった海未の叫びが、亜里沙の元へと向かう歩みを止めた。

 

「じゃあ、もし私たちが上手くいったら、人を引き付けられるようになったら、認めてくれますか?」

 

陰りを生んだ視線を彷徨わせて問いかける彼女の横顔には祈るような感情が見て取れた。

 

「無理よ」

 

しかし、絵里は短く切り捨てた。

虚空を睨めつけるその瞳には、果たして何が映っているのだろうか。

 

「どうしてですか?」

 

願うも空しく、悲痛な面持ちでなおも食い下がる海未に、絵里は静かに答える。

 

「私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの。一番実力があるA-RISEも、素人にしか見えない。あなたたちがやってることなんて所詮は――――」

 

「絵里!」

 

声を上げた俺に、絵里は苛立ちを含んだ響きがあった声を詰まらせる。

 

「清麿………」

 

「それ以上はダメだ」

 

突然のことで振り返る彼女は初めて動揺の表情を見せていた。

感情の昂ぶりの中に蟠りの色を見せた眼差しを、俺は強い視線で突き返す。

ここまで絵里が徹底して否定する根底に何があるのかはわからない。

だが、一時の感情に流されたまま貶してほしくなかった。

あの日、生徒会室で絵里の心を知ったからこそ、絶対にその先を口にさせるわけにはいかなかった。

 

「お姉ちゃんお待たせ。新しいの買ってきたよ!」

 

一触即発も覚悟したその時、亜里沙の呼びかけが俺たちの意識を呼び戻した。

俺の思いが伝わったのかは定かではないが、複雑そうに歯噛みして絵里は再び背を向ける。

もう話は終わったと亜里沙の前で冷静さを振る舞い、そのまま帰路に就いていく。

お互いにしこりを残したままの終幕に、やるせなさが溜め息となって零れた。

 

「お兄さん、海未さん。よかったらこれ、どうぞ」

 

そんな俺たちに歩み寄ってきたのは、新しく買い直してきたプルタブ缶を差し出す亜里沙だった。

ありがとう、と表情を曇らせた海未とともに受け取れば飲み物の正体が飛び込んでくる。

 

おしるこ

 

「………」

 

さすがは亜里沙。

おでんに続いてまさかこれをチョイスしてくるなんてな、さすがの俺も恐れ入ったぜ。

力が抜けるのを感じながら唖然としていると、亜里沙は海未に恥ずかしがる素振りを見せると、意を決したように熱の籠った視線を向けていた。

 

「あの、亜里沙……µ’s、海未さんたちのこと大好きです!」

 

同情や嫌みの欠片も感じさせない純粋な声音を弾ませてうれしいことを言ってくれる。

亜里沙なりに気を利かせてくれたってことだろう。

 

「お兄さんも、またいつでも遊びに来てください。亜里沙もお姉ちゃんも待ってますから!」

 

天真爛漫な笑顔を咲かせてそれだけ言い終えると、亜里沙は絵里の元へと夕日に照らされた道を追いかけていくのだった。

 

「どうして、あんな風に言えるのでしょうか?」

 

絵里と亜里沙が仲良く並んで歩く後ろ姿を見送ると、ふと、怒りと悔しさの色が入り混じった表情で海未が呟いた。

 

「さあな。たぶん、あいつにもあいつなりに譲れないものがあるってことなんだろうな」

 

「だとしても、あの人の言い分はあまりにも勝手すぎます!清麿くんは悔しくないのですか!?」

 

やりきれない思いを吐き出した疑問に無難に答えてみれば、たまらず声を荒げる海未。

 

「そんなの、悔しくないわけがないだろ」

 

「なら―――」

 

「でも、だからこそ結果を残さなきゃ意味がないんだよ」

 

どっち付かずでなんとも情けない返答だと自覚しつつ、悩ましくガシガシと頭をかく。

 

「俺たちは思い出作りのために取り組んでいるわけじゃないんだ。海未だってわかってるだろ?」

 

俺の指摘に海未はわずかに顔を俯かせる。

ランキングでは着実に順位を稼ぎ、人数が増えたことでパフォーマンスの幅も広がり注目度も高まっているµ's。

加えて、『ラブライブ!』という一大イベントで彼女たちの―――もとい、音ノ木坂学院の名前を広めることができれば、まさに逆転の一手ともなり得る可能性がある。

ただ、ここまで順調といってもいい活躍を見せてはいるが、なにがきっかけで状況がひっくり返ってもおかしくない崖っぷちの段階まで追い込まれているのもまた事実。

 

「たとえラブライブに出場できたとしても、たとえどれだけ人気を集められたとしても、廃校を止められなきゃ全部無駄に終わっちまうんだ。もう、悔しい悔しくないなんかにこだわってる場合じゃないんだよ」

 

俺たちは決して楽観視なんてできない状況に立たされている。

それ以前に、俺たちは別に絵里と競い合っているわけじゃない。

入学式に理事長が発表した時点ですでに遠い未来の話じゃなくなっている段階で、内輪で張り合っても不毛でしかない。

 

「確かに生徒会長の言うように、私たちにはまだ未熟なところがあるのかもしれません……」

 

平行線をたどるような状況に辟易とする俺の耳朶を叩いたのは、海未の絞り出すような声音。

 

「ですが、無駄になるかどうかなんて、やってみなければわからないじゃないですか!」

 

そして、迷いのない、一際強い怒声、こらえきれない感情が拳を震わせていた。

 

「私たちのやってることは無茶なのかもしれません。無謀なのかもしれません。それでも、エゴや自己満足だけで続けているわけじゃないんです!ラブライブだって道楽で目指すわけじゃありません!学校を救うと決めたあの時から、覚悟も決めているんです。何があったって、私たちの努力を無意味になんてさせません!絶対に、絶対にさせません!!」

 

誰もいなくなった公園で2人。

海未は俯かせていた顔を上げるや鋭い視線で俺を射抜いていた。

単なる反発じゃない、確固たる意志を見せる顔がそこにはあった。

 

「………あ!す、すいません。いきなり怒鳴ってしまって……。清麿くんのせいじゃないんです。ただ、言われっぱなしなのが我慢できなかっただけで、決して清麿くんにあたろうと思ったわけじゃなくてですね……。ですから、あの、その………」

 

―――かと思えば、途端に海未はあたふたと顔を赤らめてしまうのだった。

なんとも締まりのないオチになってしまったが、ただ、不思議と羞恥を誤魔化そうと慌てふためく姿に安堵する自分がいた。

もしかしたら絵里の言い分に臆してしまったのではないかと不安が過ぎったが、まだ闘志は死んでいないようだ。

 

「ああ、その通りだな」

 

だから俺も海未の思いに強く頷いた。

 

「覚悟は決まってるなら、絵里に認めさせたいなら、今は迷うな。道を間違えたら誰かが教えてくれる」

 

そしてあっけらかんとした返答に呆気にとられる海未にカバンを手渡せば、彼女は嘆息混じりに口元をほころばせた。

 

「なんだか試されていたみたいで釈然としませんが、なるほど。言いえて妙ですね。……ありがとうございます、清麿くん。おかげで、少しすっきりしました」

 

肩をすくめながらも柔らかく笑む様子を見るに、どうやら彼女も気分が晴れたようだ。

悲観に暮れるぐらいならいっそのこと、開き直るくらい前向きになってくれれば勝算は少なくても勝ち目はある。

ほぼ一点賭けという心許ない現状だが、なおさら、こんなところで足踏みをしている暇はない。

 

「まあ、とにかく今は期末試験をどうにかしなきゃだ。俺たちも早く帰ろうぜ」

 

これからどう転ぶにしろ、とりあえずあのバカ3人には頑張ってもらわなければならない。

はっきり言えば絵里との確執以上に気が気じゃないのだが……

 

『私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの』

 

ふと、先ほどの絵里の言葉が脳裏を過ぎる。

頑なに拒絶する言葉に垣間見た、単なる嫌悪とは違う敵意。

体裁すら度外視した感情を剝き出しにするほどの何か。

もしかしたら『素人』と吐露した辺りが、絵里がµ’sを認めない理由と関係しているのかもしれない。

いかん……なんだか考えれば考えるほどるつぼにはまってしまいそうで頭を振る。

どっちにしろ、決定的なピースが欠けている段階で思考を巡らせたところで解決に繋がることはない。

それに、どうやら自分でも思っている以上に絵里のことが気が気ではないみたいだ。

たった今海未にはえらそうに振舞っておきながら、まったくもって格好がつかない自分に呆れてしまう。

まとまりようのない考えを感傷とともに振り払い、無意識のうちにおしるこのプルタブにてをかけていた時だった。

 

「ところで清麿くん」

 

家路につこうとした歩みは、不意の海未の呼びかけに止められた。

ただ、ここに来て唐突の優しい声音に、なぜか冷や汗が止まらない。

背筋に走る悪寒は気のせいだと言い聞かせながら振り向けば、ああ、既視感のある微笑みが俺を見据えていた。

 

「生徒会長のお宅にお邪魔したことがあるんですか?」

 

………なぜ今そこに食いつくかな?

気を引き締めなおしたかと思った矢先、見事な切り替えの早さには乾いた笑いしか出てこない。

さて、どう説明したものかと考えを巡らせながらおしるこを口に含む。

夏場に差し掛かった季節に飲むおしるこは何気に強敵だった。

 

                    ☆                   

 

いつかはやるだろうと思ってはいたが、早速やらかすとは思わなんだ。

それは翌日の昼休みのこと。

目指すは屋上、目的は……

 

「いぃやあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「穂乃果ちんはなかなかやねえ」

 

「て言うか、希センパイ楽しんでないかにゃ!?」

 

上の方から絶叫、愉悦に浸る声、困惑に震える叫びが聞こえてきた。

叫び声をあげた2人の存在を確認。

あともう一人も十中八九行動を共にしているはず。

約一名がすでに『おしおき』を執行しているみたいだが、これは別にどうでもいい。

俺は、俺のやるべきことをやるだけだ。

 

「逃げるわよ、凛!穂乃果の犠牲を無駄にしないためにも!」

 

「言ってることは最低だけど合点にゃ!」

 

「う、裏切り者ぉおおおおおおおおおお!」

 

怨嗟を纏った叫びを背に屋上の扉からふたつの影が飛び出してくる。

両者とも背後を気にしているため、まだ俺の存在には気が付いていない。

実にちょうどいい。

ターゲットを確認、目標までの距離を計算。

まるでスローモーションのように景色が流れるが意識は冴えわたっている。

そんな矛盾した感覚の中で一呼吸。

ただただ無心に、冷徹にこちらも一歩踏み出す。

目の前のバカ2人が俺を認識した時には、すでに俺の間合いに達していた。

つまるところ、これで、チェックメイトだ。

 

「ザケルゥ!」

 

ズバズバーンッ!!

 

すれ違いざま、屋上の扉を潜ると同時に星空と部長それぞれの顔面にハリセンの一撃が炸裂していた。

 

「ふぎゃ!?」

 

「ぷぎゃ?!」

 

ふむ、やはりザケル呼称のおかげか、キレも威力も割り増しといったところか。

さて、あともうひとり。

視界いっぱいに太陽の日差しが差し込んだ向こう側に奴はいた。

 

「き、清麿……くん?」

 

開口一番、恐怖の滲む声音を紡ぐ穂乃果。

後ろから抱きすくめている希とともに挙動が固まっている。

気になるのは俺を見るや、2人してなぜかおびえるように身を震わせていること。

そういえば部室を出る時もことりたちが顔を引きつらせていたような気がしたのが……それはまるで化け物でも見るような眼差しだった。

まったくもって解せぬ。

まあ、そんな不満は苛烈な息吹とともに吐き出し、無様に倒れ伏す2人を引きずりながら再び歩みを進める。

 

「いや、これは違うんだよ清麿くん!最初はにこ先輩に唆されて少しぐらいいいかなーなんて思ったりしてただちょっと魔が差したと言いますか出来心と言いますか……。だから決して!決してサボろうとしてたわけじゃなくてですね!」

 

一歩ずつ近づくに連れて勝手に言い訳をし始める穂乃果だが、聞く耳を持ってやる義理はない。

すでに希がワシワシをくらわせていたようだがそれはそれ、これはこれ。

それに、首謀者が誰かなんてどうでもいい。

全員平等にしばきあげる、それだけだ。

 

「穂乃果、息抜きは結構だがお前………状況わかってんのか?」

 

「ひぃいいいっ!希先輩!フォローを!何かフォローを!」

 

ドスのきいた声に、一瞬にして青ざめる穂乃果。

必死に助けを乞うも、しかし希は静かに首を横に振る。

 

「穂乃果ちゃん、骨は拾っておいてあげるからね」

 

「いやあああああああああああああ!!」

 

珍しく遠い目をする希に見放され、絶望に染まった悲鳴を適当に聞き流し距離を詰める。

穂乃果を見下ろす位置、俺の影の下でガタガタと歯を鳴らしていた。

本来ならここでもザケルをかましてやりたいところなんだが、生憎今はバカ2人の首根っこを掴んでいるため両手は塞がってしまっている。

なに、こういう時こそ頭を使えばいい。

……そう、頭を(・・)、な。

ゆっくりと空を仰ぐ。

ああ、太陽が眩しいぜ。

 

スゥゥウウウウウゥゥウウウウゥゥゥウウウウゥ

 

鼻から、口から、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込でいく。

 

「うわーお……」

 

そして次に俺の目に映ったのは、穂乃果のあきらめを悟った力のない双眸だった。

 

「往生しやがれ!このクソガキャア!」

 

苦悶の悲鳴すらかき消す頭突き(鉄槌)の重い音が空に吸い込まれていき、若干の痙攣を見せた後、穂乃果は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちていく。

大きなたんこぶから煙を上げ、白目をむいているが、後遺症が残らない程度に加減はしたから問題はないひと夏の風情であった。

 

「相変わらずこういう時って容赦ないなぁ、キヨちゃんって」

 

「……とっとと帰るぞ」

 

「了解であります!」

 

もはやいつもの返しをすることすら面倒くさい。

憐みの眼差しからビシリと敬礼する希を一瞥して小さくため息を零す。

俺のお仕置きも済んだことだし、来た道を戻ろうと踵を返す。

―――が、振り返った視界に映り込んだ人影にその歩みが止まった。

 

「海未?」

 

ちょうど給水塔の影が覆う辺り、フェンスを背に佇んでいる。

表情に落ちる陰りはどうやら建物の影にいるだけではなさそうだった。

 

「ちょっと、ショックが強すぎたかな?」

 

俺の予想を肯定するかのように、背後でぽつりと希が漏らした。

 

                    ☆

 

「今日のノルマはコレね!」

 

その後、部室に戻るなりバァンッ!と机に置かれたのは分厚い本の数々。

 

「「「鬼……」」」

 

「あれ?まだワシワシが足りてない子がおる?」

 

「「「まっさかー!」」」

 

塔のように積み上げられたそれを見据えて、呟きがハモる。

しかし、希がひとたび脅しをかければ、白い目で睨みを利かせていた3バカも察知した危機感を前に取り繕った笑みをシンクロさせた。

まったくわかりやすいと来たら、こちらにも苦笑いを誘うほどの現金さだった。

そんな雰囲気の中でもなお、暗い面持ちをしていた海未が立ち上がる。

 

「……ことり、穂乃果の勉強お願いします」

 

「え?うん……」

 

呼び止める間もなく、力のない一言を残して海未は部室を出て行くのだった。

 

「海未先輩、どうしたんですか?」

 

「さぁ……」

 

去り際の姿に違和感を覚えたのか、西木野が訊ねるが誰もが首をかしげるばかり。

その中でただひとり、希だけが憂いの表情で海未の去り際を見送っていた。

 

「希、一体あいつになに吹き込んだんだ?」

 

昨日のことを踏まえると、海未は俺と別れた後で希と会い、そこで何かを知った……と言ったところだろうか。

ならばここは正攻法に問いを投げかける。

 

「うぅ、ストレートど直球でありながら棘のあるもの言いやなぁ。人を疑うんはよくないよ?」

 

「うるせえ。ハナから隠す気もないクセによく言うぜ」

 

悪態をつきながら呆れ半分の横目で希の様子を見やる。

話を誤魔化そうとするには、開き直るように彼女は口角を上げていた。

 

「さて、ウチはちょっと生徒会室に用があるから後はよろしく頼むな、キヨちゃん」

 

今度はわざとらしくウインクまでしてきやがった。

 

「……はあ、わかったよ。とっとと終わらせて来い。あと、キヨちゃん言うな」

 

追い出すように手を払う仕草を見せれば、俺に少しだけ微笑みかけ希もまた部屋を後にした。

 

「きーくん、何か知ってるの?」

 

「いや、ぜんぜん」

 

希が絡んでいるであろうことは確信しているが、その内容は把握しきれていない。

中途半端に話したところで、場を混乱させるだけだ。

 

「ただでさえ普段から何考えるかわからん奴だからなー。まあ、アレでも律儀にお節介なところもあるから心配いらないだろ」

 

「なんだか妙に実感のこもった言い方ね」

 

「伊達にあいつと生徒会やってませんからね。慣れですよ、慣れ」

 

部長の辟易した眼差しが他人事とは思えなかった。

この人もかなり苦労しているようだ。

 

「なにはともあれだ。今は勉強を続けるぞ。ノルマ熟せなかったら最後、何されるかわかったもんじゃないからな」

 

                    ☆

 

事態が動き出したのはそれから数分後のことだった。

 

「穂乃果!」

 

半ば脅…………プレッシャーをかけたおかげか、死に体ながらも3バカの勉強が順調に進んでいた空間に、勢いよく開かれた扉から海未が飛び込んできた。

 

「う、海未ちゃん……?」

 

ところが、今の彼女の表情は晴れ晴れとしている。

驚く穂乃果を始め、様変わりした雰囲気に誰もがシャーペンを動かす手を止めていた。

 

「今日から穂乃果の家に泊まり込みます!勉強です!」

 

凛とした佇まいで声高らかに指を突き付ける。

追い打ちのごとき宣言に穂乃果の涙目の抵抗も、今の海未にはどこ吹く風だった。

希よ、うまい具合に焚きつけたようだが、コレは滾らせすぎではなかろうか?

 

「ご愁傷様にゃ、穂乃果センパイ」

 

「かわいそうだけど頑張りなさいよー」

 

「なに余裕かましてんだ?お前らも残り5日、ガンガンペース上げていくからな?」

 

「「――――ッッ!!?!」」

 

不謹慎だが、2人して顔を蒼白させる様が実に愉快だった。

 

                    ☆

 

「ふむ、とりあえず部長と星空は赤点を回避できた。よく頑張ったな」

 

いざ始まってしまえばあっという間のもので、試験も終わり、最後の答案用紙が返却された日の放課後。

目を通すのは部長と星空の答案。

結論から言うと、2人とも赤点をクリアしていた。

 

「ふん、当然よ!スーパーアイドルたるこのにこにーが赤点なんかで躓くもんですか!」

 

「そのわりには試験終わった時は屍になってたじゃない」

 

「やめて真姫ちゃん!今は何も思い出したくないにゃ!」

 

得意げに威張り散らす部長に、半目でツッコむ西木野、そして頭を抱える星空。

今日までの約1週間、何があったのかは彼女たちのためにも伏せさせてもらおう。

 

「でもここでちゃんと学習しとかないと、また同じことの繰り返しになるわよ?」

 

「真姫ちゃんはいいよ!今回だって学年トップぶっちぎりだったんだから!勉強教えてくれてありがとうございました!」

 

思わずずっこけそうになるほどのちゃっかりさを見せる星空。

宣言通りになることを祈るばかりだ。

 

「そっか、やはり西木野がトップだったか。さすがだな」

 

「ふ、ふん。全教科100点の人に言われたってうれしくないわよ」

 

今回も俺の結果は全教科満点。

一方、西木野は全教科まではいかなかったらしいが、それでもトータルでも減点は10点にも満たなかったらしい。

純粋に褒めたつもりだったのだが、どうやら嫌味に受け取られてしまったようだ。

 

「ただ、まあ……わからなかったところを教えてくれたことは感謝してるわ。………ありがと」

 

と思った矢先、小さく紡がれた言葉をしっかりとらえた。

西木野の言う通り、意外にも穂乃果たちの勉強を見ていた合間にわからない箇所を聞きにきたのだ。

そっぽを向いたまま横髪をいじる仕草は心を開いてくれている証だと思いたい。

さて、残りはもうひとり。

ちょうどその時、部室の扉が開かれた。

 

「どうだった?」

 

全員が注目する中、一瞬たじろいだ穂乃果に第一声、西木野が問いかけた。

 

「今日で全教科返ってきましたよね?」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

不安げな声色で見つめる海未とことり。

なぜか今回に限って、落ち着きを払っている雰囲気のせいで結果がどちらに転んでいるかがわからない。

 

「凛はセーフだったよ!」

 

「あんた、私たちの努力を水の泡にするんじゃないでしょうね!?」

 

「「「「「「どうなの!?」」」」」」

 

「……うん」

 

全員の切羽詰まった問いかけに対し、穂乃果は、静かに目を伏せた。

おい……まさか……

 

「もうちょっといい点だったら良かったんだけど……」

 

そう言ってカバンから答案用紙を取り出す穂乃果。

そこに記された点数は――――63……アレ?

 

「じゃーん!」

 

弾んだ声で広げてみせた答案の後ろでピースを掲げていた。

それは星空に部長、そして穂乃果は無事に最初の関門を乗り越えたということ。

そして、誰もが一斉に笑顔を浮かべた。

 

                    ☆

 

「………はい?」

 

「そんな……説明してください!」

 

あの後、俺は一足先に理事長室を訪れていた。

理事長から話があるということで、今この場には絵里も同席している。

まず最初に赤点クリアことを報告すれば、理事長は安心したように頷いてくれた。

対して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる絵里。

複雑な心境を抱いたまま、今度は理事長に告げられた内容に俺たちは揃って耳を疑っていた。

 

「ごめんなさい。でもこれは決定事項なの」

 

激しく取り乱して詰め寄る絵里に、理事長は申し訳なさそうに顔の陰りを濃くする。

しかしあくまで理事長(・・・)として、毅然と告げた。

 

「音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を止め………廃校とします」

 




☆オマケ☆

部室にて

こ「あ、お疲れきーくん」
清「おう、ことりもお疲れさん」

数分後

真「ごめんなさい、少し遅れたわ」
花「おふたりとも、おつかれさまです」
こ「うん。真姫ちゃんも花陽ちゃんもおつかれさま」
清「あれ、星空は一緒じゃないのか?」
花「凛ちゃんなら、昼休みになると真っ先に教室を出て行ったんですけど……えっと、もしかして、来てないんですか?」
こ「うん、てっきりいっしょに来るとおもったんだけど」
清「………」
真「ちなみに、穂乃果先輩はどうしたんですか?」
こ「そういえば、いつの間にか穂乃果ちゃんもいなくなっていたような……」
花「にこ先輩も来ていないと考えると……」
真「これは……逃げたわね」
こ「逃げちゃった、のかなぁ?」
花「逃げちゃった、かもですね」
清「………」
こ「き、きーくん……?」
清 …………シュガッ!!
真・花・こ「「「ひぃっ!!?」」」

何が起きたかは皆様のご想像にお任せします。

半年ぶりの投稿、お待たせして申し訳ありませんでした。
年が変わり、上手い具合にバレンタインに食い込みましたが、スイマセン、普通に本編です。
皆様はチョコレートをもらえましたか?
僕は宮本武蔵からだんごをもらいました。
………ウソじゃありませんよ。ホントですよ。
気になる人はググってみてください。
たぶんトップに出ます。
というのも、わたくし今までFGOに夢中になっていました。
それをきっかけにFATEシリーズにどっぷりハマってしまい、アニメのシリーズをぶっぱしてました。
第1シリーズから始まり、UBWでは士郎とアーチャーのぶつかり合いに燃えたり、zeroでは合点がいったり、カニファンで爆笑したり、プリヤで新たな扉を開きかけたり……。
とりあえずFGOの敵キャラ、ステータスの配分間違えてね?みたいに思いながら今はバレンタインダンジョンを周回しています。

そんなこんなでようやく更新できた最新話、タイトルは折り返し地点の『エリーチカ』
本作ヒロイン同士のぶつかり合いから始まり、今回はいろいろと懐かしいネタをぶっこんでみました。
わかる人にはわかると思います。

次は少しでも早く投稿できるように頑張りますので、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします!


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STAGE.36 今できること

廃校

文字にすればたったの2文字を前に、立ち尽くす俺の心情は確かな空白を晒していた。

 

「……本当、なんですね?」

 

水を打ったような静寂が支配する中、息苦しい焦燥に駆られながらもようやく紡げた問いかけに理事長はええ、と短く首肯を返した。

理事長がこの決定を下した以上、ここでいくら騒いだところで結果が覆ることはない。

ならばと、しばしの瞑目で心を落ち着かせて、一度隣に視線を移す。

その先にはやはり、今にも卒倒しそうなほどの顔色で絶句する絵里の姿が。

俺自身もまさかのタイミングでの宣告に息を呑んでいるが、それ以上に、それこそ見ているこっちが気が気じゃないくらいの動揺を露わにしていた。

だが、いつ来てもおかしくはないと覚悟はしていたのだろう、すぐに呼吸を整えて表情を引き締め直す。

そうして気持ちに整理を利かせて口を開こうとした時だった。

 

「今の話、本当ですか!?」

 

乱暴に開かれた扉から放たれた驚愕に染まる声に彼女の出鼻は見事にくじかれてしまうのだった。

 

「っ、あなた―――」

 

「本当に廃校になっちゃうんですか!?」

 

当惑する絵里には目もくれず、一息に飛び込んできた穂乃果。

いきなり割り込まれたことに絵里の瞳に苛立ちの色が込められるのは無理からぬこと。

しかし彼女の敵意はにべもなく、穂乃果の意識は理事長を問い質すことにだけに向けられていた。

おそらく扉の向こうで一連の内容を耳にしたのか、後から続いて海未とことりも理事長室に駆け込んでくる。

期末試験をクリアし、ラブライブへと確実な一歩を踏み出し、これからって時に今の知らせだ。

突発的な出来事に一時的に反応が遅れた俺たちを他所に、焦りが窺える面持ちで先ほど耳にした事実の否を希う彼女たち。

だが、理事長は一切のごまかしなく告げる。

 

「本当よ」

 

「お母さん!そんな事全然聞いてないよ!」

 

「お願いです!もうちょっとだけ待って下さい!あと一週間、いや、あと2日で何とかしますからっ!!」

 

あまりにも淡々とした物言いに、ことりが悲痛な叫びをあげる。

海未は愕然と立ち尽くし、穂乃果は先ほどにも増して理事長に懇願している。

皆、理不尽な決定を前にして尚、表情を絶望に染めながらも必死に食い下がろうとするのは当然の帰結なのかもしれない。

……ただ、傍から見ていてあまりにも切羽詰まった危機感に違和感を覚えた。

その様子からして、もしかしなくてもこの3人は肝心の部分を聞き逃しているのではないだろうか。

ますます懇願に熱を込めていく彼女たちに対して冷静さを取り戻しつつある俺と同様に理事長も察したのか、責任者としての顔を少しばかり綻ばせた。

 

「あのね、廃校にするというのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらという話なの」

 

「……お、オープンキャンパス?」

 

理事長の言葉が理解に至ったのか、途端に穂乃果は間の抜けた声音で反芻していた。

 

「一般の人に見学に来てもらうって事?」

 

他のふたりにも状況の把握に思考を回す余裕が生まれたようだ。

 

「見学に来た中学生にアンケートをとって、結果が芳しくなかったら廃校にする。そう絢瀬さんたちに言っていたの」

 

そう、つまるところ、あくまで理事長は廃校の決定を告示しただけ。

当然、俺たちの冒頭でのやりとりは今の前置きを聞いた上で行われたもの。

 

「なぁんだ……」

 

「安心してる場合じゃないわよ。オープンキャンパスは2週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら本当に本決まりって事よ」

 

理事長の説明で早合点していたことに気付いて安堵の表情を浮かべる穂乃果だったが、即座に面持ちを険しくさせた絵里に諫められた。

確かに、絵里の言う通り、廃校への王手をかけられた事実に変わりはない。

それも―――残り2週間。

来るべくして来たと言えばさして驚くことはないのだが、こうしてカウントダウンを突き付けられると、いよいよ以って俺たちは綱渡りな道を歩かされていることを自覚させられる。

 

「うぅ、どうしよう……」

 

どうにか期末試験をクリアできたと安心した矢先に、崖っぷちの宣告。

穂乃果たちも突然目の前に放り込まれた事実に危機感を禁じ得ないでいる。

そんな時、不安で足をすくませている彼女たちを尻目に、絵里は大きな歩みを踏み出していた。

 

「理事長、オープンキャンパスの時のイベント内容は、生徒会で提案させていただきます」

 

唇を強く引き結び確固たる意志を持って理事長と向かい合う。

お互いの視線が交わるしばしの沈黙はそう長く続くことはなかった。

 

「……止めても聞きそうにないわね」

 

「失礼します」

 

力を抜くように息を零した理事長の言葉を了承と受け取った絵里は、最後にそれだけを言い残して理事長室を出て行くのだった。

さまざまな思惑の眼差しが絵里の背中を見送る中、また一波乱起きると考えると俺はひとり辟易と肩を落としていた。

 

                    ☆

 

「これより生徒会は独自に動きます。何とかして廃校を食い止めましょう」

 

その後、すぐに生徒会の役員が招集され、緊急の会議が開かれた。

あの場にいなかったメンバーも理事長室での顛末を聞かされて意気消沈となっているせいか、絵里の発破の一言は不発に終わってしまっている。

一応、ここに来る前に他のμ’sの面子にも同じ内容の説明はしてある。

これで堂々と『ラブライブ』を目指せる。

意欲も十分。

今まで勉強で我慢した分、今日くらいは思う存分発散してくれればいいかな―――なんて安易に考えていたが、既に足場は崖っぷち。

突然のタイムリミットに危機感や困惑が入り混じった反応が見て取れたが、それでもあきらめの意思がなかっただけでも一安心だ。

しばらくは生徒会を優先する旨を伝えているため、気がかりはないとは言えないが、下手に気負いすぎなければ足元をすくわれることもないだろう。

さて、意識を会議に戻してみると、思わずため息を零さずにはいられなかった。

特に、絵里をはじめ俺と希を除いたメンバーの反応がよろしくない。

各々が出方を探るような目配りが暗雲の立ち込めたような雰囲気を際立たせていた。

 

「……何か?」

 

「言いたいことあったら、言った方がいいよ?」

 

それでも、何とか舵を握ろうと試みる絵里に、希がそれとなく進行を促す。

すると、メンバーのひとりが絵里の様相を伺うようではあるが、おずおずと口を開いてくれた。

 

「あの、これってこの学校の入学希望者を増やすために、何をするかの話し合いですよね?」

 

「ええ」

 

「だったら楽しいことをいっぱい紹介しませんか?学校の歴史や先生がいいってことも大事だと思うんですけど、ちょっと今までの生徒会は堅苦しい気がしていて……」

 

なるほど、一理ある意見ではある。

だが彼女には悪いが、その意見に素直に同意することはできない。

と言うのも、それは最初に着手した事項だからだ。

歴史はもちろん、設備やイベントなどアピールになるであろうあらゆる話題に手を伸ばした上での現状であることを鑑みれば、今さらその案に期待は望めない。

 

「例えば、ここの制服ってかわいいって言ってくれる人多いんですよ!」

 

しかし、難色を示す俺たちを他所に、他の役員たちも立ち上がりながら次々と賛同の意を示していく。

 

「それいい!そういうのアピールしていきましょうよ!」

 

「スクールアイドルとかも人気あるよね?」

 

「いいねえ!ウチらの学校にもいるし!」

 

スクールアイドルが話題に上がったことがまずかったのだろうか。

堰を切ったように彼女たちの盛り上がりに反比例して、絵里はみるみる顔を顰めていく。

 

「μ’sだっけ?あの子たちに頼んでライブやってもらおうよ!」

 

「「いいねえ!」」

 

「―――他には?」

 

やがて、やはりμ'sの名を口にする彼女たち。

そのまま話の矛先が俺に向くかと思いきや、どうやら絵里の我慢が限界に達する方が早かった。

苛立ちが込められた一喝に、熱を帯びていた彼女たちのテンションもピタリと止んだ。

 

「「「他には……」」」

 

                    ☆

 

フエェェェ~

 

まさかまたここに訪れることになるとはな……。

会議は振出しに戻るかと思いきや、役員たちに連れられてやってきたのはもう二度と来ることはないと思っていた因縁の場所。

 

フエェェ~

 

そう、アルパカの飼育小屋である。

 

「これ、ですか……?」

 

「ハイ!他校の生徒にも、以外と人気あるんですよ?」

 

ひとりの自慢気な紹介を聞きながら、絵里は戸惑いの眼差しで白いアルパカを凝視している。

確かにアピールにはならないと言われればウソになるが、それでもやはりこいつらに廃校を覆すポテンシャルがあるとは到底思えない。

もしもこいつらを目当てに入学を考えている奴がいたら、とりあえず人生舐めんなと小一時間は説教してやるところだ。

 

「それはそうと―――」

 

そんなことを考えながら彼女たちの様子をうかがっていると、希がこちらに振り向いて問うてきた。

 

「キヨちゃんはどうしてそんなに離れとるん?もっとこっちに来たらええのに」

 

「……個人的な事情だ。気にするな」

 

現在、俺と彼女たちとの間には数メートルの距離が置かれている。

傍から見ても明らかに不自然な距離感に抱いた疑問は最もだが、理由は当然、以前ここで一発かまされたからである。

避けられる事態は避けた方がいい。

この位置であれば、いくら狙われたところで俺に被害が及ぶことはない。

お前のことだからな、茶色いの。

……つーか、思い出したらなんかだんだん腹が立ってきたな。

 

「ちょっと、これでは……」

 

絵里は絵里で、未だに白いアルパカの前で呆気に取られていた。

疑念、困惑、驚愕……想定外の提案に思考が固まってしまっているのだろうか。

しかし、こういう時に限って現実はさらなる追い打ちを仕掛けてくる。

何をどう切り返すべきか逡巡している絵里の眼前に突然、茶色のアルパカが顔を覗かせてきたのだ。

誰もが反応するよりも早く、流れるような動作で首を反らしたあの構えは―――

 

「まずい、絵里!よけろ!!」

 

 

ペェッ!!

 

 

だが俺の叫びも空しく、奴の唾が絵里に直撃してしまうのだった。

 

「「「「「………」」」」」

 

広がるのは、誰もが言葉を失う無情の一時。

 

「え、エリチ……?」

 

「………」

 

恐る恐る希が様子を窺うが応答はない。

そこに生まれる気まずい空気に誰も動けないでいる。

同じ被害者として気持ちがわかるせいか、何かをこらえるように肩を震わせる後姿が一層痛ましく見えた。

さすがに、ただでさえ精神が参っているであろう時にこの追い打ちは不憫すぎる。

と、突然の事案発生に慌てふためいていた役員一同が俺に視線を向けてきたことに気づく。

青ざめた面持ちから、無言ながらのSOSであることは容易に察することができた。

まあ、俺としても今の絵里を放置できるわけもなく、ハンカチを差し出しつつ声をかけてみた。

 

「とりあえず、一旦離れるか?」

 

「………チカ」

 

すでに限界寸前のようだ。

 

 

ブッフフゥ

 

 

俺はこれ以上の厄介事を避けるためにも撤退を決意した時だ。

いつかの嘲笑を俺たちに見せつけてくる茶色の毛ダルマ野郎。

おいコラやめろ、頼むからこれ以上刺激するんじゃねえ。

果たしてこいつは絵里の何が気に食わなかったのだろうか?

割りとどうでもいい程度に後ろ髪を引かれる思いはあったが、これ以上の思考は不毛であるという結論を無気力なため息として吐き出すのだった。

 

                    ☆

 

「清麿、この後時間あるかしら?」

 

「ん?ああ、大丈夫だ。何か生徒会関係の仕事か?」

 

とりあえず、撤退後も有効な案が出ることはないまま会議は終わった。

気がかりがあるとすれば、飼育小屋での珍事の最中に星空と小泉と鉢合わせしてしまったことだろうか。

役員総出で絵里が受けた被害の後始末をしていたところに、偶然2人が通りかかったのだ。

アルパカの世話に向かおうと飼育用具を抱えた小泉に付き添う星空、絵里がふたりの姿を認めた途端ににらめつけるように細めた目つきには内心で肝を冷やすものがあった。

そんな俺の危惧など知る由もなく、役員たちがオープンキャンパスでライブをしてくれるよう頼み込もうとしたのがまずかった。

 

『やめなさいっ!』

 

ここぞとばかりに詰め寄る姿勢が癪に障ったのか、鋭い叱責が放たれた。

咄嗟の勢いに乗せたものだったが、有無を言わせない威圧感に委縮する役員たち、そしてたじろぐ小泉と星空は不服そうに眉根を寄せていた。

結局、これ以上の騒ぎが大きくなることはなかったが、互いにしこりを残したまま解散の運びとなって今に至る。

生徒会室で帰り支度を整えていたそんな折、不意の問いに首肯する。

 

「………え?」

 

すると、訊ねてきた側なのにもかかわらず絵里は俺の即答に呆けた顔をしていた。

 

「どうかしたか?」

 

「ううん。てっきりあの子たちの方を優先させると思ってたから」

 

怪訝に思い問い返してみると、ばつが悪そうに視線を泳がせる。

どうやら、ダメ元での問いだったらしい。

確かに、今日の今日までμ’sに付きっ切りだったこともあって絵里からして見れば、今回もあいつらを重視すると思い至るのは無理もないことなのだろう。

 

「優先って……。別に、絵里の頼みなら時間ぐらい作るさ」

 

「でも、予定を聞かれなければこの後も顔を出すつもりだったんでしょ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「まるでコウモリね」

 

「……悪かったな」

 

当たり障りなく答えると、今度は胸に刺さる刃で切り返してきやがった。

よく考えれば否定できない事実だが、さすがにちょっと効いた。

 

「ふふ、冗談よ。オープンキャンパスで読み上げる挨拶をまとめてみたのだけど、あなたの意見を聞かせてほしくて。いいかしら?」

 

だが、傷心に沈んでいるのを他所に、本人は実に愉しそうなこと。

せめてそのいたずらっぽい笑みには悪意はないと思いたいのだが。

 

「ああ。それくらいなら問題ないよ」

 

「ありがと。そうと決まれば早く行きましょ」

 

                    ☆

 

「さあ、あがって」

 

「ああ、お邪魔します」

 

とあるマンションの一室に設けられた玄関を潜った絵里に俺も続く。

亜里沙の勉強を見て以来いつぶりになるだろうかと耽けながら、リビングに辿り着いたところでふと気になったことを訊ねてみた。

 

「そういえば希は来ないのか?あいつも一緒かと思ったんだが」

 

「希は今日はバイト。その代わり亜里沙が友達を連れてきてくれるみたいだから一緒に聞いてもらおうと思ってるの」

 

「なるほど、名案だな」

 

「でしょ?」

 

確かに現役の中学生の意見を聞けるならこれほど貴重な機会はない。

期待が望める案に同調しつつ、流し目で絵里の様子を探ってみる。

下校での道すがら、他愛ない世間話に花を咲かせていた彼女は気丈に振る舞っていた。

理事長室での実質の死刑宣告に間違いなく心身ともに動揺が走っているはず。

そのうえ今日だけでも散々な仕打ちを受けたはずだが、少しは余裕を取り戻せていると見るべきか。

今も傍から見れば上機嫌な様相が窺えるも、またいつかのような空元気ではないかと不安を抱くのは、俺自身も過敏になっているからかもしれないが……。

 

「亜里沙たちが帰って来るまでまだ時間があるみたいね。私の部屋で待ってて。お茶でも用意するから」

 

「ああ――――へ?」

 

会話の流れで頷きかけた時、自重も込めて切り替えようとした思考がフリーズした。

実のところ、俺は絵里の部屋に入ったことがない。

いや本当に、一度たりともない。

確かに亜里沙の勉強を見るためにこうして自宅に訪れたことは何度かあるのだが、その時はいずれもリビングか亜里沙の自室で済ませていたからである。

向こうから促して来ないのにこっちから足を踏み入れるのも違う気がするため先送りにしていただけだったりする。

てっきり今回もリビングで済ませるものと思ったが故の、不意の反応だった。

別に今となっては女の子の部屋に入ることに抵抗がないわけではないが、なぜだか妙に胸がざわつくのは果たして。

 

「………」

 

すると内に湧いた心情を察したのか、キッチンに移動していた絵里が半眼を向けてきた。

 

「言っておくけど、勝手に変なところいじらないでよね?」

 

「しねーよ!」

 

「そ?ならいいのだけれど」

 

悲しいかな、ほぼ反射的に返答を繰り出してしまった。

そこを見透かされたように、追い打ちの如きしてやったり顔が妙に腹立たしい。

ただ、そこを指摘してしまえば一層手玉に取られる結末が目に見えてしまうため、これ以上あらぬ疑いをかけられる前におとなしく退散を決意するのだった。

まったくもって不本意ではあるのだが。

そそくさと教えられた扉の前に移動し、絵里の死角にいることを確認して秘かに深呼吸を一回。

いや、もちろん彼女の信頼を裏切る気は毛頭ない。

ないのだが……いやでもほら、なあ?

女の子の部屋ってやっぱり物怖じとまではいかなくても、少しは緊張するもんだろ?

そう、だからこそこの躊躇は決して、気恥ずかしいだとか、いたたまれないだとか、ひとりでは心細いなどといったチキンな感情によるものではない!

断じてない!異論は認めん!!

 

…………

 

……

 

 

俺は一体何をしているんだろうな……。

ひとりきりでの自問自答の末、途端に虚しく思えてきた。

しかしよく考えてみれば、こういうのは勢いに任せてみれば後はどうとでもなるもんだ。

ソースは初めて穂乃果の部屋に置き去りにされた時。

あれと比べればハードルは断然低い。

誰に言い訳するわけでもないが……よし、おかげで緊張もまぎれてきた。

ドアノブをひねれば、滅入りかけた心地とは裏腹にあっさりと扉が開く。

壁際に沿って配置されたベッド、勉強机、本棚、クローゼット。

全体的に整理整頓が行き届いていて穂乃果の部屋と違って落ち着いた印象を受ける、と言ったところか。

そうして、ざっと部屋の内装を見渡しながらとりあえず手近なところに腰を下ろそうとした時だった。

ふと、視線の延長線上の位置にある二段式のカラーボックス―――正確にはその上に飾られてあるいくつかの写真立てが目に留まった。

何気なしに近づいてみると、写っているのはバレエの衣装に身を包んだ女の子。

金髪碧眼、小学生くらいの小柄な体躯から見るに、おそらくは幼少期の絵里だろうか。

初めて知る意外な過去に感慨深く思いつつ、視線を横に滑らせるとまた別の写真が。

ただ、これは他とは毛色が違うものだと一目でわかった。

金色のフレームに収められた、ただ1枚のモノクロの写真。

そしてそこに写っているのは、明らかに絵里よりも年上の女性だった。

 

「この人は……」

 

「祖母の写真よ」

 

ひとりごとのように呟いた疑問に答える声に振り替えれば、やはりそこには絵里の姿が。

 

「バレエやってたんだな」

 

「ええ。祖母の影響で、少しの間ね」

 

そう短く返し、トレイを机に置く彼女の横顔に一瞬だけ物寂し気な陰りが差し込んでいた。

 

「そんなことより、これが挨拶用の原稿よ。早速で悪いのだけれど手伝ってちょうだい」

 

すると、話題の切り替えるように原稿用紙を差し出してくる。

だが先ほどとは打って変わって、凛としたいつもの面持ちから明らかな拒絶の意思が垣間見えた。

 

「了解」

 

思うところがないわけではないが、本人が望まないのにこれ以上踏み込むのはでしゃばりが過ぎる。

ならば今は彼女の意思を尊重しよう。

胸の内に芽生えた違和感を隅に追いやり、作業に取り掛かる。

あれやこれやと互いに意見を出し合いながら、余分な部分は削ぎ落し、不足している箇所に肉付けしていくこと数十分。

 

「とりあえず、今はこんな具合でいいんじゃないか?」

 

「うーん、そうかしら?例えば、この学校の歴史について紹介する部分をもう少し具体的に説明できればきれいにまとまると思うのだけれど……」

 

ひとまず自分の中で区切りをつけてはみたが、対して絵里は暫定的な出来栄えに未だ満足いかないのか眉間を寄せている。

時計に目を向ければすでにいつ亜里沙たちが帰ってきてもおかしくない時間帯に突入していた。

 

「絵里、一旦落ち着け」

 

「あ、ちょっと!」

 

ぶつぶつと思案に耽る絵里には悪いが、頃合いだと見計らい原稿を取り上げた。

当然、不満げに睨めをきかせてくるがどこ吹く風と適当に受け流す。

 

「あんまり難しく考えすぎてるとアホな夢見ちまうぞ?」

 

「アホな夢?」

 

迂闊にも、ほぼ勢いでかつてのトラウマを掘り起こしてしまったがどうやら絵里の興味を引いたようだ。

ああ。と頷きつつ、このまま彼女の気分転換も兼ねて聞かせることにした。

 

「普段まじめな人がアホになって、ただでさえアホな奴がさらにアホになって、無理矢理アホなことさせられて……アホのビンタをおみまいされて………次第に自分もアホに染まっていくんだ……」

 

気付けば込み上げてくる虚しさに耐えきれず両手で顔を覆っていた。

無理だ。素面を貫こうと心に決めていたが、あれだけは未だに受け付けられない。

 

「……何その悪夢?」

 

絵里は絵里でアホのビンタって……、と引きつり笑いを浮かべている。

そうだな、悪夢以外の何物でもないな、アレは。

実際にアレのせいで一時は『答えを出すもの』を失ったわけだし。

ちくしょう、ちょっと泣きたくなってきた。

 

「よく分からないけど、相当追い詰められていたのね、清麿……大丈夫?」

 

「ああ、問題ない。ブラゴ大将軍なんていないんだからな」

 

「ねえ?本当に大丈夫なの?ねえ?」

 

励ますつもりが逆に励まされてしまうこの状況。

どうやらあの悪夢は思っていた以上に俺の心の奥深くに食い込んでいるようだ。

遠い目から復帰した時、げんなりする絵里を見て申し訳なく思うのだった。

 

「と、とにかくだ。俺が言いたいのは、ここからは亜里沙たちの感想を聞いてからの方がいいんじゃないかってことだ」

 

気を取り直して軌道修正に試みる。

実際問題、スピーチの良し悪しの判断は当事者である受験生に委ねられるわけだ。

これ以上煮詰めるならば、まずは当人たちの生の声を反映させるべきだ。

すると、絵里はしばし考える仕草を見せるとひとつ頷いて頬を弛ませた。

 

「なるほど……うん。それもそうね」

 

どうやら俺の提案は聞き入れてもらえたらしい。

しかし凝り固まった気持ちをほぐすように足を崩す絵里に倣って、俺も一度背筋を反らした時だった。

 

「あ、でもやっぱりこの部分だけどうしても気になるのだけど……ダメかしら?」

 

何をして時間をつぶすかと考える間もなく、期待の眼差しで詰め寄られた。

言ったそばからとも思ったが、彼女の飾り気のない笑みには譲れないという強い意志。

ならば俺もとことん付き合うしかないか。

 

「わかったよ。どの辺りだ?」

 

結局、俺たちは亜里沙たちが帰って来るまで原稿の添削は続いてしまうのだった。

 

                    ☆

 

それは、本当に唐突の出来事だった。

 

「私にダンスを?」

 

「はい!教えていただけないでしょうか!」

 

次の日、生徒会の仕事に取り組んでいたところに現れた穂乃果、海未、ことり。

3人のやけに神妙な雰囲気に何事かと勘ぐってみれば、まさかの絵里にダンスの指導をしてほしいというお願いだった。

 

「本気なの?」

 

「はい!お願いします!」

 

警戒心剥き出しで念押しする絵里だが、なおも穂乃果は食い下がる。

 

「………」

 

急転する事態にさすがに面食らっていると、海未と絵里から視線が向けられた。

察するに、各々に思惑があるようだが俺の判断も仰ぎたいといったところか。

廊下の隅の方では壁際に身を潜めるような体勢で部長と1年生組が複雑そうな面持ちでこちらを凝視している。

詳しいいきさつはわからないが、彼女たちも不本意ながらもなりゆきに身を任せるというスタンスのようだ。

……ならば、俺に異論はない。

かまわないという意味を込めて肩をすくめてみせた。

 

「……わかったわ」

 

「本当ですか!?」

 

「あなたたちの活動は理解できないけれど、人気があるのは間違いないようだし。引き受けましょう」

 

その言葉に一斉に顔を綻ばせる穂乃果たちだが、絵里の表情は依然として厳しいまま。

ただ、思うところはあっても認めるべきは認めるところは実に彼女らしい。

 

「でも、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ。いい?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ここに来て怖気づくなんてこいつらに限ってはありえない。

最後に覚悟を問う通告にも強気で受けて立つのだった。

しかし、絵里にダンスを……か。

この手の話題になれば、やはり昨日のバレエの写真が脳裏に過ぎる。

正直、絵里がバレエを習っていたことと彼女の指導を受けることの関係性に確証が持てないが、どこかこの展開をうれしく思う自分がいる。

 

「星が動き出したみたいや」

 

最後に、誰にも聞こえないくらいの小さなつぶやき。

どう転ぶかもわからない展開を前に、胸を踊らせているのだろうか。

本当にうれしそうに純粋な微笑みをたたえる希がいた。




前回の投稿から2年経ってるんですね………。
みなさま、お久しぶりです。
大変、本当、大変お待たせして申し訳ありません。
感想返せなくて済みません。
プライベートを含め、FGOが虚無期間に入って時間が空いたため、ゴルメモやってたら思いの外楽しくてテンション(´∀`∩)↑age↑の勢いで一気に書き上げることができました。

μ'sから引き継いでサンシャイン!盛り上がってるなーとか思ってたら、時代はもう新世代に移り変わろうとしていますね。
……いやー、みんなかわいいっす(笑)
皆さんはもう推しは決まりましたか?
僕はとりあえず各学年までは絞ることができました。
1年はかすみん、2年はせつ菜ちゃん、3年は果林さま。
彼女たちの今後の活躍が楽しみでなりません。

それでは、拙作ではありますが、今後も読んでいただければと思います!
絵里、希加入まであともう一息ですので、どうぞお楽しみに!ノシノシ


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STAGE.37 やりたいことは

「エリチと友達になって、生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。エリチは、本当は何がしたいんやろって」

 

この場に居合わせたのはただの偶然だった。

 

「ずっと一緒にいるとわかるんよ。エリチが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで。だから、いつも何かを我慢しているようで……全然自分のことは考えてなくて……」

 

屋上に向かう途中の廊下の一角で2人の女の子が向かい合っていた。

普段から仲睦まじい2人だが、この時ばかりは様子が違っていた。

 

「エリチの……エリチの本当にやりたいことは!?」

 

まっすぐで、祈るような問いに、壁を背にして俺はただ耳を傾ける。

しばしの静穏。

 

「なによ……なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」

 

そして彼女と一緒に答えを待っていると、やがてもう一人の少女が思いの丈を吐き出した。

 

「私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」

 

何かをこらえるように肩を小刻みに震わせていた彼女から放たれた怒号。

それは理想と現実の板挟みに苦しんできた少女の慟哭。

恥も面子もかなぐり捨てた少女の心の叫びだった。

 

「……自分が不器用なのはわかってる。でも、今さらアイドル始めようなんて、私が言えると思う?」

 

そんな彼女は、あきらめたように悲しく笑っていた。

矢庭に走り去る音を聞きながら思いを馳せる。

ようやく聞けた少女の心の声を反芻する。

今の自分にできることを考える。

そしてひとつ深呼吸して、歩みを進めた。

 

「悔しいなぁ……」

 

希の背後までたどり着けば、彼女は振り向くことなくポツリとつぶやく。

驚きはしない。

ただ、自分の不甲斐なさを嘆いているであろうことは背中から見て取れた。

 

「結局、ウチは無力や。目の前で泣いてる友達ひとり、助けられない……」

 

我慢しようとしているのかもしれないが、声音は震えている。

 

「……前から思ってたんだが、希は希でめんどくさい生き方してるよな」

 

だから俺は、ため息混じりに思ったことをそのままぶつけてやった。

その無遠慮な物言いにピクリと反応した。

 

「いつもは人をからかって落ち込むさまを楽しむ愉悦主義者のくせに、本気で困ってる奴にはさりげなく気を利かせて手助けしたり。正直、物好きというか回りくどいというか……」

 

「いくらなんでもウチはそこまでねじ曲がった性格してないよ!?」

 

「ウソつけ。お前のおかげで一体どれだけ泣かされてきたと思ってやがる」

 

「……いあやぁ。それに関してはいつもキミの反応がおもしろくてなぁ。つい興が乗ってしまうんよ」

 

心外だとでも言いたげに面食らう面持ちで振り返る希。

だが鼻で笑って一蹴してやれば、心当たりがあるようでバツが悪そうに、それでいて図々しく開き直るときやがった。

あまりにも癪に障る発言だったが、まあ、今はいいだろう。

やっぱりお前はそうでなくちゃな。

泣いてる顔なんかよりずっといい。

 

「でも、そうやって力になってくれたから俺たちはここまで来れたんだよな。部長のことも、期末試験の時も。他には……μ’sの名前を付けてくれたり、な」

 

別に確証があったわけではなかった。

根拠も証拠もない推測だが、彼女のこれまでの行動を振り返ればあり得ない話ではないというだけのあてずっぽうに過ぎない。

だが、俺の予想は的を射ていたようで、希は照れも交えた苦笑いを浮かべていた。

 

「アハハ……さすがはキヨちゃんやね。でも、そんなかっこいいことでもないやろ?所詮、こんなことくらいしかウチにできることはなかったっていう話だったん」

 

「アホか。こんなことくらいしか、なんて小さい話なんかじゃねえよ」

 

これまでの自身の行動を顧みて再び顔を俯かせる彼女に否を叩きつける。

 

「さっきだって、希のおかげであいつの本音を聞くことができたんだ。そんなお前が無力だってことは絶対にない。でなきゃ、それこそあいつはとっくの昔に折れてたさ。そんなの、俺なんかよりもよくわかってるだろ?」

 

そう、これは誰にでもできることではない。

近で寄り添って、時には遠くから見守って、ずっと誰かの支えになりたいと奔走してきた彼女だから成しえることができたことなんだ。

だから胸を張って断言する。

 

「大丈夫だよ。希の言葉はちゃんとあいつに届いてる、まちがいなくな」

 

それを誇るべきだと言って聞かせる。

 

「だから、お前はいつものようにふてぶてしく笑って待ち構えてりゃいいんだよ」

 

少しばかり挑発が含まれた言葉にそして、希は頬を弛めた。

 

「……エリチのこと、お願いしていい?」

 

そんなこと、聞かれるまでもない。

 

「またいつものカードのお告げってやつか?」

 

「ううん。今回ばかりはウチの勘や」

 

どうやら、いつもの彼女が戻ってきたようだ。

本当、こういう時に限ってこいつは、と呆れてしまうがようやく笑ってくれたから良しとしよう。

 

「希の思いはちゃんと受け取った。選手交代だ。―――あとは任せろ」

 

最後に、隣を通り過ぎたところで、わずかに涙を残す彼女に不敵に笑ってみせた。

 

「だから、それまでにはちゃんと泣き止んどけよ」

 

「―――うん」

 

こうしてまたひとつ、願いを託された。

ならば俺も、俺にできることをやり遂げよう。

あいつが何度でも手を払いのけるというのなら、俺は何度でも手を伸ばし続ける。

今度こそ掴んだ手を離さないために。

あいつの『答え』を無駄にしないために。

 

                       ☆

 

「お兄さん」

 

帰り支度を済ませ、玄関に差し掛かったところで呼び止められる。

振り向けば、不安に揺れる瞳で俺を見つめる亜里沙がいた。

 

「最近、お姉ちゃんの様子ってどうですか?」

 

唐突の質問に目を丸くしつつも、同時にも納得していた。

それは1時間ほど前のこと。

原稿の組み立てを進めていた時、予定通りの時刻に雪穂を連れて亜里沙が帰宅。

面子がそろったことを確認ところで早速スピーチの予行演習が行われた。

練習が始まって数分、まずは絵里の様子を伺う。

よどみのない声音でつらつらと原稿を読み上げていく立ち姿は実に様になっている。

まあ、この手の演説なら生徒会の仕事で既に経験済みなためこなれていても不思議ではないのだが。

特に目立つミスもなく聞く分には決して悪くない内容だと思うが、果たして外野はどうだろうか。

まずは亜里沙の姿。

彼女にしては珍しく不満げに眉根を寄せていた。

思いつめたように面持ちを曇らせているが、今は絵里の演説に耳を傾けている。

次いで彼女の隣に視線を移すと、ものの見事に船を漕ぐ雪穂の姿が飛び込んできた。

驚いた。

穂乃果じゃあるまいしとも思ったが、どうやら彼女もこの手の聴き手側は不得手らしい。

だとしても、このまま放置するのは非常にまずい。

絵里は原稿に意識を向けているため気付いていないが、それももはや時間の問題である。

どうするべきかと考えを巡らせてみたものの、無慈悲にもその時は訪れた。

 

『ふわぁ!体重増えたぁ!』

 

夢オチで盛大に誤爆したことで、悪い意味で場が静まり返る。

すぐさま状況を察してたまらず頭を下げる雪穂。

つまらなかった?と尋ねる絵里に対して咄嗟に取り繕うが、その言葉に説得力がないことは誰の目から見ても明らかだった。

思うところがないわけではないが、今は雲行きが怪しくなりつつあるこの空気を持ち直さなければと動こうとした時だった。

 

『亜里沙は、あまりおもしろくなかったわ』

 

立ち上がった亜里沙から放たれた容赦も躊躇もない一言。

今まで静観していたが故の冷然としたその言葉に俺は、おそらく絵里も悟ってしまったのかもしれない。

―――つまり、これが答えだと。

 

『お姉ちゃんは何でこんな話をしているの?』

 

『……学校を廃校にしたくないからよ』

 

矢継ぎ早に投げかける問いに返す絵里の声音は弱弱しい。

そんな彼女に、亜里沙は意を決したように口を開く。

 

『亜里沙も音ノ木坂にはなくなってほしくはないよ。でも、でもね……これが本当にお姉ちゃんのやりたいこと?』

 

真摯な眼差しを向けられて、しかい、ついぞ絵里が言葉を紡ぐことはなかった。

……そんなこともあればまともな意見交換なんてできるはずもなく、演説の練習は中途半端に終わってしまったわけだが。

あの後は簡単に今後の打ち合わせだけを済ませ、残りは後日に仕切り直しという形でまとめて今に至る。

 

「お姉ちゃんここのところ、無理して笑ってる時があるから」

 

先の問いに関して続きを促せば、亜里沙は少し顔を俯かせながらつらつらと語り始める。

 

「音ノ木坂での話を聞いてても、時々楽しそうじゃなくて。……この前だって、無理して倒れちゃったんですよね?ただでさえお姉ちゃん、ポンコツなところがあるのにこれ以上……」

 

さりげなくヌけているところがあることはすでに見抜かれているようだが、それはそれとして。

 

「……優しいな」

 

何気なくこぼした一言に亜里沙は小首を傾ける。

 

「ホント、よくできた妹だよ、亜里沙は」

 

そんな彼女の頭に手を伸ばせば、素直に受け入れてくれた。

 

「心配はいらねえよ。あいつはいつもより少し頑張りすぎてるだけなんだ」

 

そのまま強めに撫でれば少し驚きながらもくすぐったそうに目を細める純朴さに、頬が緩む。

 

「もしかしたら、今以上に無茶をするかもしれない。でも、あいつには頼りになる仲間がたくさんいるんだ。……だからもう少しだけ、いつものポンコツなあいつに戻るまで、あいつのことを信じて待ってあげていてくれ」

 

状況は好転するどころか、結果としては最悪の部類に入るのかもしれない。

これ以上あいつにしてやれることなんてないのかもしれない。

それでも、惨めでも不様でも最後の最後まで足掻いてやろう。

またひとつ、託された願いに応えるためウソ偽りなく強気で笑ってみせる。

 

「うん!約束だよ、お兄さん!」

 

俺の思いが伝わったのか、亜里沙にも爛漫な笑顔が戻った。

それを見て、俺も頑張らなければと改めて気合を入れ直すのだった。

 

 

                       ☆

 

穂乃果たちの頼みによって絵里がダンスを指導するという急展開を迎えた翌日。

 

「うわっとっとっと、どぅわああ~!」

 

まずはオープンキャンパスで披露するダンスの実演中、バランスを崩した星空が地面にお尻を打ち付けてしまった。

 

「いったーい!」

 

「全然ダメじゃない!よくこれでここまでこられたわね!」

 

涙目になる星空に見かねてさっそく絵里の叱責が飛ぶ。

 

「すみません……」

 

いたたまれなさそうに謝る穂乃果の後ろで、俺も気まずさで目を反らしそうになった。

基本的にこれまでに公開したものは、撮影した映像を編集したものだったために時間さえかければそれなりの結果は得られていた。

だが、オープンキャンパスではそんな魔法は当然使えない。

もしもこれが本番だったらと思うと、考えただけでもゾッとする。

 

「昨日はバッチリだったのに~!」

 

「基礎ができてないからムラができるのよ。足開いて」

 

「こーお?」

 

屋上に響く泣き言にかまうことなく、新たな指示を出す絵里。

言われた通りに足を開いた体勢をとる星空に近づき、その背中を強く押し出した。

 

「―――ほぉう!」

 

「ぇ……」

 

少し窮屈そうな息を吐きだしながらも特に苦も無くお腹を地面につけてみせた星空。

そして予想した結果と違ったのか、絵里に面食らった表情が表れていた。

 

「……みんなもできるの?」

 

「当然でしょ?清麿にイヤというほど指導されてるんだから」

 

彼女を中心に何とも言えない沈黙が生まれること数秒。

気を取り直した問いかけに当たり前のように部長が答えれば、絵里の視線が俺に向けられる。

別にごまかす理由もないため、大きく首肯する。

同時に、他のみんなも同意するようにうなづくのを見てしばし瞑目する絵里。

 

「なるほど、ある程度の基礎は出来上がってるみたいね。でも、得意げになってる場合じゃないわよ!ダンスで人を魅了したいんでしょ!このくらいできて当たり前!このままだと本番は一か八かの勝負になるわよ!」

 

しかし、この程度でしり込みする彼女ではない。

むしろ元々持ち合わせていた負けず嫌いに火が付いたようで怒涛の剣幕を放っていく。

 

「嫌な予感的中……」

 

いっそ開き直る勢いで立ち振る舞う絵里に、部長が苦虫をかみつぶしたように小さくぼやく。

ただ、否定しようのない正論のためそれ以上の文句が飛び交うことはなかったが。

 

「あと10分!」

 

今度は振り付け以前の、ダンスの基礎に重点を置いた指導に切り替わる。

身体的な基礎トレーニングとは傾向が異なるためか、途端に全員の顔に苦悶の色が浮かび上がっていくのが見て取れた。

 

「ラストもう1セット!」

 

ここまでの練習風景を見守ること数分でわかったこと。

彼女はかなりのスパルタのようだ。

その指導に個人的な感情が含まれている感が否めないが、絵里の指導に負けじと誰もが指導に付いていく。

されど外野に徹している俺から見ても次第に気が気でなくなってくる。

いかに基礎と言えど、ペース配分を無視し続ければあっという間に限界が近づいてしまうものだ。

そして、やはりその時は訪れた。

 

「小泉!」

 

片足立ちを維持していた小泉の体勢が崩れたのを認めた瞬間、飛び出す。

事前に警戒していたおかげで、地面に体を打ち付ける寸前に受け止めることができた。

 

「かよちん大丈夫!?」

 

「う、うん、先輩が受け止めてくれたから。ありがとうございます、先輩」

 

そう言って立ち上がる小泉。

ぱっと見では特に目立つ外傷は見られなかった点には安堵したが、これ以上無茶を続ければどうなるかわかったもんじゃない。

一度休憩を挟むべきだと進言しようとした時だった。

 

「もういいわ。今日はここまで」

 

ため息とともに絵里から紡がれる冷たい声音。

 

「ちょ、なによそれ!?」

 

「そんな言い方ないんじゃない!?」

 

見限ったように背を向ける絵里に部長と西木野が食って掛かるが、彼女は歯牙にもかけない。

 

「私は冷静に判断しただけよ。自分たちの実力が少しはわかったでしょ?今度のオープンキャンパスには学校の存続がかかってるの。もしできないっていうなら早めに言って。時間がもったいないから」

 

淡々と事実のみを並べ冷酷に言い捨てる絵里。

そのままもう用はないと立ち去ろうとする彼女だったが、しかし―――

 

「待ってください!」

 

穂乃果から放たれた一声がその歩みを止めた。

それをきっかけに表情を引き締めたμ'sのメンバーたちが整列する。

 

「ありがとうございました!」

 

「……え?」

 

そしてきちんとお礼を伝える穂乃果とともにお辞儀する一同。

対して、指導を受けた立場としての筋を通すその様に、絵里は困惑の感情を露わにしていた。

 

「明日もよろしくお願いします!」

 

「「「「「「「お願いします!」」」」」」」

 

彼女たちの本気を目の当たりにして怯みすら見せていた。

 

「―――っ」

 

最後に、臆することのないその姿勢に気圧されたのか、今度こそ絵里は屋上を後にするのだった。

 

                       ☆

 

「絵里のダンスに感動したから、か……。なるほど、ようやく合点がいったよ」

 

練習を終えた後、部室に場所を移した俺は海未から絵里の指導を受けるに至った経緯を聞きだしていた。

まず彼女から手渡された携帯の画面には、バレエを踊る幼い絵里の姿が映っている。

クラッシックな曲調に合わせ、スポットライトの下で流れるようなしなやかさで優雅に踊ってみせていた。

どうやら、先日の公園でひと悶着があった後、絵里の過去を知るであろう唯一の人物である希の元を訪れたらしい。

彼女から事の詳細を教えてもらい、この動画もその時にもらったもののようだ。

 

「勝手に決めて申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。俺の方こそ、ダンスに関してはほぼ任せきりだったからな」

 

頭を下げる海未に、かえってこっちが申し訳なくなってくる。

他のメンバーと話し合っていた時刻はちょうど絵里と生徒会の作業に取り掛かっていたころだ。

家に帰った時もかなり遅い時間だったし、携帯を持っていなかったことも災いして事後報告となってしまうのも当然だ。

これに関しては彼女たちを責めるつもりはない。

 

「清麿くんはどう思いますか?」

 

改めて意見を求められ、思案する。

 

『私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの』

 

思い浮かぶのは、あの日絵里が去り際に残した言葉と、彼女の部屋に飾ってあった写真。

海未の話によると、かつての絵里はバレエのコンクールに何度も入賞するほどの才能を持っていたそうだ。

それこそ、本場ともいえるロシアで培った技量はプロに迫る天才的な実力を誇っていたとか。

しかしコンクールのランクが上がるにつれて、彼女以上に才能を開花させたライバルたちに追い抜かれていき、次第にバレエから距離を置いてしまった。

以上のことを踏まえて、抱いた感想は―――

 

「俺からしたら、アイドルのダンスとバレエは別物に見えるんだよな。正直、まったく毛色が違うもの同士を比べて意味がないとは思うんだが……」

 

「そう、ですか……」

 

俺の返答に海未が顔を伏せる。

何も思うことがないわけではない。

自分の無力さ、不甲斐なさに苛まれる苦しみはよくわかる。

比べる話ではないが、一歩間違えば俺も脱落者(あちら)側に立っていたのかもしれない。

そういう意味では、絵里がどんな気持ちであきらめたのかなんて想像もできない。

 

「ただ、俺もアリだとは思うな」

 

もちろん、気休めで同情しているわけじゃない。

 

「テコ入れと考えれば悪くない。むしろ経験者から直接指導を受けられるなら生かさない手はない」

 

一貫してスクールアイドルを素人と見限る何かがあるとは思っていたが、それがかつての経験からくるものであれば頷ける。

観客の前でパフォーマンスをしたからこその価値観ならば、それは絵里にとっての本物なのだろう。

 

「いっその事、あいつからノウハウを奪いつくすつもりで食いついちまえ」

 

「……はい!もちろんです!」

 

挑発気味に笑ってみせれば、海未は力強い笑みを取り戻してくれた。

完全に迷いの晴れた様子を見届けて、再び映像に視線を落とす。

画面の中の絵里の笑顔を見て脳裏に過ぎるのは、昨日垣間見た寂しげな表情。

果たして、この笑顔は心から咲き誇っているものなのだろうか。

そういえば、最後にあいつの心からの笑顔を見たのはいつだっただろうか。

さまざまな疑問がせめぎ合う中で、ひとつ思う。

なあ、絵里―――お前は、本当はもう『答え』に気付いてるんじゃないのか?

 

                       ☆

 

「おはよう!」

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

彼女たちからダンスの指導を引き受けて次の日。

私は挨拶を交わす高坂さんたちの動向を出入口の陰から窺っていた。

初日はたまらず中途半端な形で終わらせてしまったため、陰口でも叩くのではないかと邪推もしたが、一向にその様子は見受けられなかった。

昨日だってかなり厳しめに指導したつもりだったけれど、打ち切るまで誰一人あきらめの言葉を口にすることはなかった。

何があの子たちの原動力となっているのだろうか。

 

『私ね、μ’sのライブ見てると胸がカーって熱くなるの。一生懸命で、めいっぱい楽しそうで……』

 

思い返すのは昨夜の亜里沙の言葉。

夢中になっていることろにお邪魔して試しに私も一緒に聞かせてもらえば、亜里沙の言う通り、生き生きとしている……のかもしれない。

けれど、やはり何度見ても粗末で拙い技量に辟易して、全然なってないと切り捨ててしまう。

 

『お姉ちゃんに比べればそうだけど……でも、すごく元気がもらえるんだ』

 

はにかむ妹を見て思う。

一体彼女たちのなにがそんなに惹きつけるのだろう。

 

『でも、同じ願いを重ねた時の力の大きさも知っている。だから俺は、俺自身の意思であいつらの味方になることを選んだんだ』

 

あなたは彼女たちになにを見出したの?

 

「のぞき見ですか?」

 

回想に耽っていたところ、横からかけられた声に意識が引き戻された。

 

「ぁ、いえ……」

 

視線を移せば、西木野さんがいぶかし気な面持ちでこちらを見つめている。

けれど少し反応が遅れてしまったせいで、押し黙ることしかできなかった。

こんな時、清麿なら皮肉のひとつでも返して余裕を見せつけるのだろうか?

 

「あー!」

 

今度は階段の踊り場から活力のある叫声が耳朶を打つ。

見れば、こちらを指さす星空さんがいた。

彼女は私の姿を認めるや否や、階段を駆け上がる勢いのま背中を押されてしまい、抵抗する間もなく屋上に足を踏み入れてしまった。

 

「おはようございます!」

 

「まずは基礎からですよね!」

 

私の登場に屈託のない笑顔で応じてくる姿勢に、さらに戸惑いを覚える。

昨日の今日だというのに邪険の感情がまったく見られない。

後から現れた小泉さんと矢澤さんも含め、向けられる視線に敵意の色もない。

心待ちにしていたかのような清廉さ。

正面から受けて立つかのような向上心。

一点の曇りのない眼差しが一層私の心を揺さぶってくる。

その一方で動揺を悟られまいとしているのだろうか、無意識のうちに訊ねていた。

 

「辛くないの?」

 

一瞬、皆が呆けた顔をしたが、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

「昨日あんなにやって、今日また同じことをするのよ?第一、うまくなるかどうかも分からないのに……」

 

「やりたいからです!」

 

正体不明のなにかに苛まれながら呟いた問いに、間髪入れずに高坂さんが言い切ってみせた。

 

「確かに練習はすごくキツいです。体中痛いです。でも、廃校を阻止したいという気持ちは生徒会長にも負けません!だから、今日もよろしくお願いします!」

 

「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」

 

思わず力強い言葉にたじろいでしまう。

目の前の少女たちから伝わってくる迷いのない意志に胸の内をざわつかせてくる。

もはや、言葉が出なかった。

 

「――――っ!」

 

気付けば、私は屋上を飛び出してしまっていた。

 

                       ☆

 

まだ朝早い時間帯のためか、人の気配のしない校舎を当てもなく進んでいく。

やってしまった。

昨日に続いてまた同じ失態を犯してしまったことが度し難いほどに情けない。

今すぐ戻らなければという焦燥と、今さら戻れないという慚愧が心をかきむしる。

どうしてこうなってしまったのか……その答えはすぐそばにあるような気がして。

清麿の強さに憧れて、頑張れば必ずその答えに手が届くと思って、でもやっぱり届かなくて。

とにかくまずはひとりになりたくて、歩みのペースを上げようとした時だった。

 

「ウチな……」

 

冷静さが失われていても、耳打つ静かな声。

 

「―――希」

 

振り返れば親友の姿が。

 

「エリチと友達になって、生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。エリチは、本当は何がしたいんやろって」

 

わざわざそんな事を言うためにやって来たのだろうか。

だとしたら、相変わらずのお節介というかお人好しというか……。

けれど、今の私は言い返すための言葉を持ち合わせていなかったために口をつぐんでしまう。

そんな私に、彼女語っていく。

 

「ずっと一緒にいるとわかるんよ。エリチが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで。だから、いつも何かを我慢しているようで……全然自分のことは考えてなくて……」

 

これ以上ここにいたくないという焦りが、沈黙を装う私の心境を容赦なくかき乱してくる。

確信を突くその言葉から逃げ出そうとしても、けれど希は見逃してはくれなかった。

 

「学校を存続させようってのも、生徒会長としての義務感やろ?でも前にキヨちゃんが言うてたやろ、義務と意志は違うって。理事長がエリチのこと認めなかったんも、そういうことと違う?」

 

……希に指摘されて、いよいよ向き合わざるを得なくなってきた。

そう、確かに彼が言ってたこと。

彼女たちが持っていて、私にないもの。

最初からすぐそばにあった本当に些細な想い。

私がいつのまにか忘れ去ってしまったもの。

ちっぽけで、それでいてあたたかな、ありふれた輝き。

もしかしたら理事長も清麿も、私がその『答え』に辿り着くのを待ってくれていたのかもしれない。

そうなのだとしたら……なおさら悔やんでも悔やみきれない。

 

「エリチの……エリチの本当にやりたいことは!?」

 

その問いかけに、握りしめる拳にさらに力がこもる。

ああ、認めてしまえばどれほど楽なのだろうか。

いつか清麿が言っていた、認めた時に答えを聞かせてほしい、と。

すぐにでもこの気持ちを伝えられたなら、きっと……。

 

「なによ……」

 

けれど、いざその一線を前にすると足がすくんでしまう。

現実が自分の愚かさを突きつける。

後悔で塗りつぶしてしまった過去が、今さらお前にそんな資格はないと牙をむいてくる。

 

「なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」

 

もう抑えの利かない激情を言葉にして、初めて大切な親友に怒声をぶつけてしまった。

これが八つ当たりだってことは分かってる。

でも、もう止められなかった。

 

「私だって、好きなことだけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」

 

義務や意志、立場の話を抜きにしても、私は生徒会長としての責任も放棄するわけにはいかない。

それは―――希、おばあさま、亜里沙、理事長、μ’sのメンバー、清麿―――私の心の中にある人たちすべて、そして私自身への侮辱だ。

 

「……自分が不器用なのはわかってる。でも、今さらアイドル始めようなんて、私が言えると思う?」

 

ぐるぐると渦を巻いていた感情が行き場を失い、やがて涙となって溢れてきた。

そして、見てしまった。

―――滲んだ視界で驚きと悲痛に染める希の顔を。

やってしまった。

凝り固まった猜疑心に振り回された末路に大切な親友を巻き込んでしまった。

何か言わなければと思っても、それなのに、私は漏れそうになる嗚咽を抑えるのが精いっぱいで。

鬱屈した自己嫌悪でますますやり切れなくなってくる。

今にも泣き崩れてしまう姿だけはさらしたくなくて、結局、今の私にできたのはこの場からただ走り去ることだった。

 

                       ☆

 

μ’sから、そして希の前から逃げ出してしまい、やがて辿り着いたのは自分の教室だった。

道中は誰かとすれ違ったような気もするし、そうでもない気もする。

ただ、今教室に誰もいないことはせめてもの救いだった。

力のない足取りで窓際にある自分の席に座り、ぼうっと外を見やる。

―――本当にこれでよかったの?

窓ガラスに映る自分自身にそう問われたような気がした。

 

「―――っ」

 

咄嗟に視線を逸らせば、今度は彼女たちの練習場所(屋上)が視界に映る。

今、彼女たちは何をしているのだろうか……。

きっと私なんかいなくても、上手く立ち回っているのかもしれない。

今となってはそれすら些末なことだが、ふと思い返す。

あれほど毛嫌いしていたはずなのに、私から見れば格下の、まだまだ未熟で、とても純粋な彼女たちのまっすぐな姿。

 

「私の、やりたいこと……」

 

そんなもの、と静かにかぶりを振る。

踏み出す勇気がなくて、自己完結で蓋をして、胸の内の声にすら耳をふさいでしまう自分にあの輪に飛び込むことなんて許されるわけがない。

もう引き返せないとわかってても、未だに未練がましく思っている自分がいて―――

自業自得の末路だと理解しても、未だに助けてほしいと叫ぶ自分がいて―――

最後に私の脳裏に浮かんだのは、なにがあっても私の味方でいてくれると言ってくれた彼だった。

でも、今ここに彼はいない。

私がここにいることなんて知る由もないのに、おこがましくも心が求めてしまう。

 

「そんなの……」

 

やがて自制心が音を立てて崩れ、堰き止めていた感情が再び溢れ出ようとした時だった。

 

「へえ、初めて見たけどここからの眺めもいいもんだな」

 

そして、たまたま見かけたから声をかけたみたいな気軽さで、いつかの夏の日に見た時と同じ何食わぬ顔で彼が私の前に現れたその瞬間、言葉にならない感慨が芽生えた。

 

                       ☆

 

希に啖呵を切ったあと、首尾よく絵里を見つけることができたことに内心胸をなでおろす。

時間も限られていることだし、辛気臭い顔をしている彼女にさっそく一撃かまさせてもらった。

 

「で、どうだい?自信もプライドも尽くへし折られた気分は」

 

絵里の目には今の俺がさぞ意地悪く映っていることだろう。

その証拠に、自分でも悪趣味な問いかけに対して彼女は眉間に皺を寄せていた。

お互いの視線がぶつかり合うことしばし、まだ朝の喧騒が届かない静寂に耐えかねたのか絵里が口を開く。

 

「……正直、基礎の部分が出来上がっていたことには素直に驚いたわ。あなたが教えてたんでしょ?」

 

睨みながらもわずかに涙ぐんだ声に首肯する。

 

「まあな。何をするにしても、真っ先に徹底させてたんだ。それこそ、あの程度で根を上げて投げ出すくらいならとっくの昔に止めさせてるよ」

 

「なら、このままあなたが指導すればいいじゃない…!」

 

今度は苛立ちの混じった声音をぶつけてくるが、その発言を否定の意味も込めて息をひとつ吐きだした。

 

「そうは言っても、あいにくバレエのことはさっぱりだからな。それに、素人と経験者とじゃやっぱり説得力が違うだろ?」

 

教える立場としての正論に顔を伏せる絵里。

本来ならば今はμ’s練習の指導をする時間帯だ。

にもかかわらず、責任感の強い彼女が希と口論をしてまで役目を放棄してしまっている。

それ程の明らかな心境の変化に揺れる今の彼女にはよほど堪えたみたいだ。

ずっと考えていた。

絵里が音ノ木坂を守ろうと息巻いていた時、その根幹になにがあるのかと。

母校であるという思い入れ。

生徒会長としての責任。

入学を控えている亜里沙のため、というのもあるのだろう。

だが、それだけではないということもなんとなく察してはいた。

そして今も確証はないが、心当たりがないわけでもなかった。

 

「確か、絵里のおばあさんも木坂の卒業生なんだよな?」

 

初めて絵里がクォーターであることを知った時についでに教えてもらったことだ。

虚を突かれたように目を丸くしたのも束の間、絵里は小さくうなずく。

その瞬間、俺がおばあさんの写真を見入っていた時と同じ陰りが差し込むのを見逃さなかった。

 

「なら、今まで絵里が学校を守ろうとしてたのはもしかして……」

 

見えない何かを掴みかけているその問いに、ついに彼女は根負けの息をつく。

 

「ええ、その通りよ。そして私が音ノ木坂に入学したのもおばあさまの影響。小さいころからの、私の憧れだから……」

 

その言葉でバラバラだったパズルのピースが当てはまっていくような確信に至った。

以前に仲違いを起こした時にも感じた、彼女が廃校のさらに向こう側で見ているもの。

突き詰めた話、罪悪感ということか。

憧れた人と同じ憧れた場所に立ち、しかし自分の代で失われてしまうかもしれない。

力及ばず、自身の不甲斐なさを受け入れられずに彷徨うなんてのは、確かにキツイ……。

それにしても―――憧れ、か。

だが、今の絵里の姿を見てると拘っている……いや、囚われていると言った方がいいかもしれない。

 

「なるほどな。で、これからどうするつもりなんだ?」

 

ようやく絵里を縛り付けているものの正体を知ることができたところで、話を戻す。

改めて現実を突きつければわずかに顔を強張らせるのを横目に、あえて彼女の言葉を待つ。

 

「……どうもしないわ。残された時間で廃校を阻止する方法を考えて、実行する。それだけよ」

 

「請け負った役割すら途中で放り出すような奴にできるとは到底思えないんだがな」

 

まだ心は折れていないようで、剣呑な言葉を繰り出すがやはりどうも尻窄んでいる。

即座に切り返せば、悔しそうに歯噛みしていた。

 

「それでも、ここで私が踏み止まなければ、誰が学校を守れるのよ……!」

 

「ならここで塞ぎこんでたらなにか変わるのか?無意識のうちにムキになったままぐずぐずしている方がよほど非合理だと思うがな」

 

誰よりも音ノ木坂の生徒としての誇りを持つ彼女が言葉を詰まらせてしまった。

心から憧れた面影を追いかける程の彼女の理想の底を見抜いてしまった。

それは、守る意味すら見失ってしまった彼女にとっての、最後の逆鱗だった。

 

「じゃあ……じゃあ、どうすればよかったの!? 私だってわかってる!だからこのままじゃいけないから変わらなくちゃと思って私なりに頑張ってきたの!彼女たちの指導を請け負ったのも、もしかしたら何かが変わるかもと思ったけど、でもやっぱりダメで……。もう、なにが間違ってたのかもわからないの……。ねえ、私はどうすればいいの!?教えてよ!教えてよ、清麿……」

 

悲痛の叫びとともに俺を睨め据える彼女の瞳からあふれる涙を見た瞬間、たまらなくなった。

今だって、煩悶しながらもひとりですべてを背負い込もうと強がって見せている。

でも、もうその役目は終わったのだと、そっと、彼女の頭に手をのせる。

わかっている。

平気なはずがない。

大丈夫なはずがない。

このままでいいわけがない。

縋るような視線が向けられるが、俺は慰めるためにここに来たわけじゃない。

助けを求めて手を伸ばす彼女をどん底の景色から引きずり出すために来たんだ。

本当はもうちょっとスマートにできると思ったんだがな……。

今の絵里と本気で向き合うためには、やっぱり、俺にはこんな方法しか思いつかねえや……。

 

「絵里、ちょっと腹くくれ」

 

一瞬怪訝な顔をする絵里が何かを言おうとしていたが、その寸前に俺は全力で拳を振り下ろした。

 

 

ガンッッ!!!

 

 

机から木霊する鈍い音に絵里が肩をびくっと震わせた。

 

「教えてよじゃねえ!いつまでもつまんねえ御託並べて自分をごまかしてんじゃねえぞ!!」

 

2人だけの世界に怒号が響き渡る。

途端に怯えた眼差しを睨み返すことで捻じ伏せ、さらに続ける。

 

「どうすればいいいかだと?その答えはもうお前の中で出てるんじゃねえのかよ!?」

 

自分の弱さをさらけ出したのなら、もう目を背けることを許さない。

それが彼女の最後の支えであるとしていても、指摘しないわけにはいかなかった。

すると、無遠慮に絵里の心に踏み込んだ言葉を聞いて、彼女の瞳に怒りの色が甦る。

 

「なによ……簡単に言わないでよ!私にはやるべきことがあって、それが私にしかできないことなんだから私がやるしかないじゃない!そんな私が、今さら生徒会長としての立場を捨てるなんてできるわけないでしょ!?」

 

「自分の気持ち押し殺してまで果たさなきゃならない使命こそ捨てちまえばいいんだよ、そんなもん!今だって結果よりも、あいつらのひたむきに頑張る姿に心が動かされたんじゃないのか!?だからこそ、お前はそんなに苦しんでるんじゃないのかよ!」

 

「―――っ」

 

未だに拒絶の姿勢を崩すことはなかった絵里が言葉を詰まらせる。

μ’sと絵里の決定的な違い。

両者とも、学校のために、そして誰かのために頑張っている。

けれど絵里にとっての誰かの中には、悲しいことに絵里自身が含まれていない。

ホント、不器用にもほどがあるだろ……。

 

「本当はあきらめたくないんだろ?だったら手を伸ばせばいいんだよ!『今さら』どちらかを切り捨てるんじゃない。『まだ』お前はそのふたつともを掴み取ることだってできるんだよ!」

 

「そんなの、無理よ……!たとえ手に取ることができるとしても、私自身がそう簡単に割り切れない!間違え続けてきた私にそんな資格なんてないのよ!」

 

「それは違う。お前は何も間違えちゃいない。ただお前は道に迷ってるだけで、お前が目指した場所は間違いなんかじゃないんだ。誰かのために光を照らそうとするその心は、自信を持って誇るべき願望なんだよ!」

 

確かに、目の前の少女は挫折を受け入れてしまったのかもしれない。

かつての俺のように後悔に屈したのかもしれない。

それでも、皮肉にも、後にも先にも道は続いている。

もしも、這いつくばってでもその道を進もうとするのなら―――

譲れない大切なものを抱えながらも折り合いがつけられないのなら―――

 

「それでも、お前が何かを切り捨てなきゃ前に進めないって言うなら、俺が拾ってやる!お前が取りこぼしたもの全部拾い上げて一緒に進んでやる!だから、頼むから自分の心にウソをつかないでくれ……!」

 

だからこそ、泥の中で藻掻き続けている彼女に届けるために謡う。

どんなに負い目を感じているとしても、手を伸ばしてはいけないなんて道理はないだと。

 

「絵里。お前は自分を変えられなかったんじゃない。変わらなかったんだ!」

 

俺の言葉に、怪訝そうに呆ける絵里に噛んで含める。

 

「どれほど後ろめたくても、屈折した自己嫌悪があっても、お前は変わることなくたくさんの人の願いを繋げようとして来た。そうやってお前はいつだって、誰かのために頑張ってきたんだ!すごいことなんだよ!お前のようにすごいやつが、過去に捉われたまま腐っていいわけねえんだよ!」

 

所詮はただのきれいごとなのかもしれない。

でも、きれいごとにはきれいごとなりの強さがある。

変わることが人の強さなら、変わらないこともまた人が持つ強さだ。

 

「絵里、お前は知ってるはずだ。無理やり正しいと思いこむことがどれだけ空しいかを……。だからこそ、お前はまず、周りを見渡せばよかったんだ」

 

確かに、変わることは怖いことかもしれない。

だが、俺は知っている。

一歩踏み出せば、自分も、世界も簡単に変えられると。

なにより―――

 

「自分を許せなんて言わねえ。でも、いい加減、下ばっか見てないで顔を上げてみろ」

 

含めた言い方で視線を移す俺に釣られて、絵里も視線を巡らせる。

そして、彼女に差し出された掌がひとつ。

 

「そうすりゃ、新しい景色に出会えることだってあるんだからよ」

 

泣いている誰かを放っておけないバカが、確かにいるのだと。

 

「あなたたち……」

 

何が起こっているのかわからないのか呆然と呟く絵里の眼の前には、掌を向ける穂乃果、μ'sの面々、そして希の姿が並んでいた。

 

「生徒会長……いえ、絵里先輩。お願いがあります!」

 

屈託のない笑顔で話しかける穂乃果に、しかし絵里は眉をひそめる。

 

「練習、なら昨日言った課題をまず全部こなして―――」

 

「μ’sに入ってください!いっしょにμ'sで歌ってほしいです。スクールアイドルとして!」

 

今度こそ何を言われたのか理解が止まったのだろう。

絵里は大きく目を見開いて、かつてない動揺を露わにしていた。

 

「……なに、言ってるの?私がそんなことするわけないでしょ?」

 

「さっき希先輩から聞きました」

 

それでもなお、拒絶の姿勢を見せる絵里に、次に海未が前に出た。

 

「やりたいなら素直に言いなさいよ」

 

「にこ先輩に言われたくないわね」

 

やれやれと息を吐く部長と、彼女に皮肉を返す西木野。

2人ともに呆れはあっても、不満の感情は見られない。

他のメンバーも同様に、絵里を待ちわびているかのように頬を弛めていた。

察するに、ここにいる全員が状況を共有しているようだ。

さて、これでウソも建前も通用しなくなったわけだが……さて、どうする、絵里?

 

「ちょっと待って。別にやりたいなんて……だいたい、私がアイドルになんておかしいでしょ?」

 

「やってみればいいやん」

 

続いて、言葉尻を弱らせながら戸惑う絵里に希が応えた。

 

「特に理由なんて必要ない。やりたいからやってみる……本当にやりたいことなんて、そんな感じで始まるんやない?」

 

これ以上にないほどシンプルで至極まっとうな物言いに、絵里は白黒させる眼差しで俺に問うてきた。

もちろん、答えは決まっている。

 

「そういうことだ。あとはお前次第だぜ?」

 

今ここに道が示された。

周りには取りこぼしたものを背負ってくれる仲間がいる。

ならば、何を迷うことがあるだろうか。

ここにいる誰もが、絵里の答えを待ちわびている。

そして、俺の言葉が最後の一押しになったようで、絵里は口元を綻ばせて静かに、それでいて確かに穂乃果の手を掴み取るのだった。

 

「絵里さん……」

 

「これで8人!」

 

「いや、9人や……ウチもいれて、な?」

 

新たな仲間が増えたことに笑顔を浮かべるメンバーたちだったが、そこに割って入るエセ関西弁。

意味深なその発言に誰もが驚きの面持ちを浮かべていた。

それはかく言う、俺も。

 

「希先輩も?」

 

「……本気か?」

 

いかん、つい口が滑ってしまった。

いや、別に彼女がメンバーに加わることを忌避しているわけではない。

ただ思うところがないわけでもなくて……。

ひとりだけみんなと思惑が異なる声音に反応した希が目を細めた。

俺だけに向けた怪しく口角を上げるその表情は間違いない、今まで何度も泣かされてきた愉悦の微笑み。

うん、ここに来て自爆は勘弁なので今は大人しくしておこう。

希もすごすごと引き下がる俺の意思を察してくれたようで微笑みの色を変える。

 

「占いに出てたんや。このグループは9人になった時に未来が開けるって。だからつけたん。9人の歌の女神―――『μ’s』って」

 

「てことは、あの名前つけてくれたのって、希先輩だったんですか!?」

 

予想外の暴露にさらに驚きの輪が広がる。

対して希はというと、してやったりのドヤ顔がご満悦であることを物語っていた。

 

「希……。まったく、あきれるわ……」

 

これには親友も言葉通りにため息で済ませる他思いつかないようだった。

そして、ゆっくりと立ち上がり教室の出入り口に歩みを進める。

 

「どこへ?」

 

海未の問いかけに、絵里はさも当然という風に口を開いた。

 

「決まってるでしょ?―――練習よ!」

 

その瞬間、閑静だった教室に歓喜の声が響き渡るのだった。

 

                       ☆

 

「いつつつつ……。はぁ、見事に腫れてるな……」

 

無事に絵里と、ついでに希もメンバーに加入したその日の放課後。

早朝に続いて昼休み、放課後とオープンスクールに向けた練習は実に質のいい内容で行われていった。

指導者の心境の変化もあってか、誰もが真剣に、それでいて楽しそうに取り組んでいった姿が印象的だった。

このままめでたしめでたし、で終われれば格好はつくのだが―――俺はひとり、保健室で嘆息をつきながら痛みで熱を帯びた右手を見やっていた。

原因は言わずもがな、あの時絵里の机を殴ったことだ。

指先もわずかに痙攣しているが、とりあえず骨や神経に異常はないことは念のため『答えを出すもの』で確認済みである。

しかしここで問題がひとつ。

あの時振るった拳は右手―――俺の利き手だ。

つまりは左手で処置をしないといけないわけで、とにかく包帯が巻きづらい。

別に後悔はないが、やはり勢いに任せるものじゃないな。

そんなことを思いつつ四苦八苦していると、ふと視界の端から伸びた指先が俺の手を取った。

 

「ぶん殴ってでも止めるって、こういう意味だったの?」

 

そこにいたのは、放課後の練習を終えてすでに下校したと思っていた少女だった。

 

「絵里……。帰ったんじゃなかったのか?」

 

俺の疑問に答えず、何やら不満げではあるがやさしい手つきで包帯を巻いてくれていた。

 

「練習中もずっと隠してたでしょ?見てたんだから」

 

どことなく棘のある指摘につい目を反らす。

上手く隠し通せたと思ったんだがな……。

そんな俺の仕草を見て、盛大にため息をついて絵里はジト目を向けてくる。

 

「希もそうだったけど、あなたも大概ね。……私が言えた義理じゃないけど、あなたが傷つくことで悲しむ人間がここにいるってことを忘れないで」

 

それはいつか俺が言った言葉。

まさかここで同じセリフを聞かされることになるとは思わなかったが、それ以上に自然と頬が緩んだ。

 

「ハハハハ、あの意固地だったエリチカさんがずいぶん丸くなったもんだな」

 

しかし、プフーと笑いを漏らせばからかわれたと思うのは当然なわけであって。

 

「ほら、できたわよ」

 

 

パチン

 

 

「イッテェッ!」

 

そのまま無防備を晒した右手を軽くはたかれてしまうのだった。

むくれた横顔に見えた頬の赤みは夕日のせいかそれとも……。

涙目で痛みに悶えていると、そっぽを向いた絵里が再び口を開く。

 

「……あなたにはいろいろと迷惑をかけてしまったわね。本当、ごめんなさい」

 

紡がれたのはものおもいに沈んだ言葉だった。

何を言い出すかのかと思ったが、彼女なりのケジメでもあるのだろう。

だが、俺としても辛気臭い顔をされるのも本意ではないため一笑に付すことにした。

 

「友達なんだから気にするなって、そんなこと」

 

「………」

 

しかし、待っていたのは無反応。

……アレ?一応、区切りにするつもりだったんだが、気のせいか?

 

「……友達……うん、そうよね……友達、だものね……はぁ~~」

 

不自然な沈黙に困惑していると、なぜか今日一番のため息をこぼす絵里。

ブツブツとどこか落胆したようにも見えるのだが、なんでだ?

だが、そんな俺の疑問を他所に、ひとり気をとり直して絵里は見つめてきた。

 

「ううん、気にしないで。とにかく、あなたのおかげで私は自分と向き合えた。弱さを受け入れることができたわ。今度こそ、もう迷わない。だから、これからも私を見てて。生徒会長として、スクールアイドルとして必ず学校を救ってみせるから!」

 

改めて俺と向き合った絵里がひたむきな気持ちを述べていく。

もう、その瞳に淀みはない。

強い心の力で目の前の道を進んでいけるだろう。

 

「ああ、もちろんだ。これからもよろしく頼むぜ、絵里」

 

それにしても、µ's、か……。

まさか本当に9人に揃うなんてな。

 

「うん。ありがと、清麿」

 

そして、心から咲かせた少女の笑顔を見て、俺も負けてられないと決意を固めるのだった。




はい、というわけでやっと絵里と希が加入しμ’sのメンバーがようやくそろいました!

ぃよっしゃあああああああああああ!
終わったああああああああああああ!!
長かった……ここまで来るまで長かったなぁ、ほんと……。

お待たせしました。
ようやく、原作の山場のひとつである絵里&希加入編までたどり着くことができました!!
やはり今回は清麿の説得する件に苦労しました絵里とね。
イメージとしてはウォンレイに叱咤するシーンや命を投げ出そうとするエリーに激怒するシーンを想像していただければと。
あの不条理に真正面から殴り掛かるようなカッコよさが皆さまに届けられればなと思っております。
そして文字数約18000字という、おそらくこの作品最大文字数であるというのはここだけの話。

とりあえず今後は、オープンスクール→ミナリンスキー→ラスボス降臨→合宿、という流れを想定しています。

しばらくはぐだぐだイベント周回しながら書き上げていくので次回の更新は未定ですが、それでも楽しんでいただけると幸いです!

では、一番好きなアーチャーは織田信長、最近のマイブームは五等分の花嫁の青空野郎でした!


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STAGE.38 CHASE in OTONOKIZAKA

「はあ、はあ………」

 

走る。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

走る。

脇目も振らず、ただひた走る。

そして物陰に隠れ、一度呼吸を落ち着けて周囲の様子を窺った。

―――いたか!?―――

―――いや、こっちにはいなかったわ。たぶん向こうよ!―――

―――逃げ足の速いやつめ!―――

―――探せ!草の根をかき分けてでも必ず見つけだすんだ!―――

耳をすませば遠くの方から聞こえてくる声。

連中の執念にも似た勢いには深い深いため息をこぼすしかない。

しかし、このままじっとしていても見つかってしまうのは時間の問題だ。

そう、俺こと高嶺清麿はただいまクラスメイトの連中に絶賛追跡されているのである。

なぜこんなことになってしまったのか……。

時間は少しだけさかのぼる。

 

                     ☆

 

予兆は、オープンスクール開催を1週間後に控えたある日の昼休憩。

生徒会室で熟していた作業の区切りがついたところで、キーボードをたたく手を止める。

 

「さて、これで部活紹介のテーブルも出来上がりっと。あと必要なものは……」

 

独り言を漏らすが、他のメンバーは各々の役割のために出払っているため気にする者はいない。

周りの目も気にする必要もないので存分に伸びをして凝り固まった身体ごと気分をほぐしていると、こちらに近づいてくる足音、そして扉が開かれた。

 

「あ、いたのね、清麿。お疲れさま」

 

「お疲れ、キヨちゃん」

 

「ああ、ふたりもお疲れさん」

 

姿を見せたのは、音ノ木坂学院生徒会ツートップであると同時に、音ノ木坂スクールアイドル、μ'sの新メンバーでもある絵里と希。

どうやら向こうは練習を切り上げて様子を見に来てくれたようだった。

 

「今日も任せきりになっちゃってごめんね、清麿」

 

ちょうど一息ついていたところに出くわしたためか、彼女の言う通り、生徒会の人間が抜けてしまえばその分の仕事が圧し掛かってくるのは当然の話。

ただ、去年も実行委員として携わっていたこともあって、開催までの運びはだいたい把握できているためにそこまで負担でもなかったりする。

現に、現時点で特に問題が起きていないことを含めて絵里の謝罪をやんわりと制す。

 

「その分ふたりにはライブの練習に専念してもらう手筈になってるだろ?こうなるのは分かってたことなんだから気にするな。それより、そっちの方は順調か?」

 

「ええ、もちろん。清麿が作ってくれた練習ノートのおかげもあって捗ってるわ」

 

迷いのない返答を聞いて安堵する。

絵里はともかくとして、希はμ’sに加入してまだ日が浅い。

それでも何も言わないのであれば心配は不要だろう。

そうだ、ライブと言えば

 

「そいつはよかった。そう言えば、今回のライブの衣装、放課後に届くって知らせがあったぞ」

 

「本当!?よかったぁ。ずっと心待ちにしてたから楽しみね、希」

 

「そうやね!衣装も揃えばいよいよって感じやし、凛ちゃんじゃないけどテンション上がるやん!」

 

瞳を輝かせて喜ぶふたりの様子に頬が緩む。

彼女たちにとってオープンスクールの舞台は初めてのライブになる。

それも学校存続の命運が決まる一世一代の大勝負でもある。

相当なプレッシャーを感じているはずなんだが、少しでも緊張が紛れてくれるのであれば御の字だ。

 

「気持ちはわかるが、生徒会の仕事もあることを忘れないでくれよ?とりあえず、そこにまとめてあるやつから確認を頼む」

 

そう言って、絵里の座る席の前に積み上げた書類の束を指さす。

主に最後に生徒会長のハンコを必要とする書類がほとんどだ。

了解、と返事をした絵里が半分を希に手渡し、二重チェックで書面に目を通していく。

すると、何枚目かの書類をめくっていた絵里の手が止まった。

 

「へえ、今年は清麿のクラスが喫茶店を担当するのね」

 

絵里から出された新たな話題。

喫茶店、と言っても文化祭でやるような本格的なものではない。

用意するものも適当なお菓子やジュースだけで、料金も取らない。

要は、参加者が在校生との交流を深めるために用意した簡易的な休憩スペースのような場所だ。

本来ならばクラス単位で行うことではないのだが、各クラスから人員を募るよりは確実に人数を確保できるという理由で決められた方針である。

何気に廃校の危機の弊害でもあったりするため皮肉としか言いようがない。

 

「接客のローテーションはこの後の授業で決めるんだが、まあ、準備するものも特に必要もないから揉めることもないだろ」

 

「んー、それはどうかな?」

 

スペースの準備と言っても、並べた机にクロスをひく程度のこと。

本番前日に取り掛かっても十分間に合うために高を括っていたが、希がその会話に否を唱えた。

 

「キヨちゃんに一騒動起こるってカードのお告げや」

 

そう言って1枚のタロットカードを見せる。

塔のカード、向きは正位置。

意味は確か、破滅、悲劇……だったか?

それを認めた途端、辟易と表情が歪んだ。

 

「やめてくれよ。お前が言うと本当に何か起こりそうだから怖いんだよ」

 

「フフ、もしかしたらキミはそういう星のもとに生まれたんかもね」

 

しかし、返ってきたのはもう見慣れた愉悦の笑み。

否定しようにも、言い返すだけの根拠は残念ながら持ち合わせてはいなかった。

無駄に運が良くて、そしてタロット占いはよく当たると評判だったりするこいつの言うことだ、ますますゾッとする。

 

「でも意外ね。てっきり清麿ならそういうオカルト染みた話は鼻で笑うと思っていたわ」

 

「そうか?世の中ってのは案外、不思議の展開で溢れてるもんだぜ?」

 

希の言葉を借りるなら、魔界の王を決める戦いこそスピリチュアル以上の出来事なわけだしな。

 

「そのとおりや。それにエリチだって経験してるはずやん?例えば、2年前の巨人騒動とか」

 

「………………」

 

予想外の話題に咽返りそうになったのをどうにかこらえる。

今年の春先でもそうだったが、ファウードを止めるために呼び出したバオウも含め、今でもその影響力は未だに大きな波紋を広げている。

世間が巨人と呼ぶものの正体、突如魔界から送り込まれた超巨大な魔物―――正式名称、魔導巨兵ファウード。

当時の混乱ぶりと言えば、それはひどいものだった。

連日連夜、テレビや新聞に取り上げられてはさまざまな憶測が飛び交っていた。

カルト教団による集団催眠、化学兵器を用いた幻覚、電磁パルスによる錯覚、宇宙人の襲来、地底人の復活……など、各分野の専門家が持論を持ち寄りながらも、話は平行線を辿るだけだったが。

今では主立って報道されることはなくなったが、その手のメディアでは当然のように特集が組まれていたりするほどだ。

ただ、否定に否定が重ねられたことが功を奏したのか、あらゆる情報が錯綜したことが真実をより曖昧にしていった。

それは1000年前とは違い、好きな時に好きな情報を共有できる現代において、真実を知る者からすれば、まさにケガの功名と言えよう。

 

「それを言われたら返す言葉もないわね」

 

「そ、そうだよな。確かにアレにはびっくりしたよな。ハハ、アハハハハハハハ………」

 

感慨深そうにしている彼女たちだが、当然真実を口にできるわけもなく、苦笑いで乗り切る他なかった。

そして、この時の俺はかつてない危機へのカウントダウンが始まっていたことなど、知る由もなかったのだ……。

 

                     ☆

 

結論、我がクラスでは新手のいじめが横行していた。

 

「はい、と言う訳で、今年の女装役は高嶺君に決定しましたー」

 

俺は黒板に記された『女装:高嶺』という文字に唖然とする。

 

「――――――ハッ!?」

 

しかし、進行をしていた原の号令であがるクラスからの拍手で我を取り戻した。

そもそも、なぜ我がクラスで担当する喫茶店で女装などと言う頓珍漢な案があがったのかと言うと―――

 

・まず、午後の授業で喫茶店での役割を決める

・とある男子「せっかくだから今までと違うこともやってみたい」

・山本「女装とか?」

・進行役、三宅「おもしろそう!じゃあ誰がやる?」

・男子全員、一斉に顔を俯けて沈黙

・俺「いや、さすがに女装はないだろ?第一、今から衣装の用意なんてできるのか?」

・原「制服だから学校の予備を借りれば大丈夫!そうだ、南さんは誰か立候補とかある?」

・ことり「うーん。じゃあ、きーくんで♪」

・俺「……は?」

・原「賛成の人、挙手!」

・クラス大多数『はーい!』

・こ、こいつら……俺を犠牲の羊(スケープゴート)にしやがった!

 

以上、ダイジェストでお送りしてみたがやはり納得できるはずもなく……。

どうにか思い留まるように説得を試みるも、原たちを始め、担任の女性教諭、女子のほとんどが俺の女装を見たいという事態に発展。

集団心理の観点から、少数派の男子共も同調していく始末だ。

元女子高の悲しい性を見た瞬間だった。

 

                     ☆

 

もはや邪悪すら感じる流れにどうにか抵抗をしたおかげか、女装は保留と言う形でその場を収めることができた。

その後の時間は喫茶スペースの飾りつけの制作に取り掛かっていた。

最初は面倒だと思っていたことだが、こうして騒ぎながら作業するのも楽しいかもしれないな。

女装の件はまだ尾を引いているが……。

などと考えていると、周囲に気配を感じた。

顔を上げると、ことりを筆頭に海未、穂乃果、原、山本、三宅が俺を取り囲んでいた。

海未だけが苦笑い、残る全員が実に愉しそうな表情を浮かべている。

 

「……何の用だ?」

 

「さあ、きーくん。採寸の時間だよ」

 

イヤな予感がしつつも尋ねてみれば、ちょうど真横の位置に立つことりが手に持った巻き尺を伸ばして、さらなる満面の笑みを見せてきた。

……前言撤回。全然まったくこれっぽちも楽しくない。

 

「ちょっと待てみんな。一旦落ち着こう。俺が女装なんかして似合うと思うか?」

 

あくまで冷静に諭してみるものの、ことりは自信ありげに言う。

 

「大丈夫。きーくんならきっと似合うから」

 

「その根拠は?」

 

「女の勘、かな?」

 

「勘弁してくれ……」

 

そろそろ本当に泣きそうになってきた。

 

「清磨くんなら問題ないって。ファイトだよ!」

 

穂乃果には少し殺意が沸いた。

他人事だと思って簡単に言ってくれやがって、このやろう。

 

「海未、お前からも何とか言ってくれ。こういうのを破廉恥、っていうんじゃないのか?」

 

ならばこの面子で唯一の良心に救いを求める……が。

 

「すいません、清麿くん。私では、今のことりは止められないんです……」

 

顔を背けられ、呆気なく最後の望みも撃沈してしまった。

 

「という訳でみんな、少し高嶺くん借りていくけどいいよね?」

 

『はーい』

 

「うおおお、うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

泣いた。人目もはばからず泣き叫んでやった。

それでも女装を受け入れたわけでもない。

もはや頼れるのは自分だけ。

女装なんて死んでもゴメンだ。

考えろ、考えるんだ、この逆境を打破する方法を!

そのためにまずは状況の確認。

俺は窓際の席に座っているため、その反対側がことりたちに囲まれている。

教室は2階にあるため飛び降りるのは現実的じゃない。

ならば―――

 

「どうかしましたか?清麿くん」

 

急に静かになったのを海未が訝しむのを他所に、俺は即座に行動に移る。

 

「大変だ!アルパカが脱走してるぞ!」

 

「え、ウソっ!?」

 

立ち上がりながら窓の外を指さして全員の意識を誘導する。

案の定、特にあの毛ダルマが大のお気に入りのことりは誰よりも食いついて窓辺に駆け寄っていく。

―――今だ!

 

「とぅおらあっ!」

 

そのスキを衝いてその場から大きく跳躍、扉付近に着地と同時に全力で走り去っていくのだった。

 

                    ☆

 

俺が逃走したことを認識して騒ぎだしたのはその数秒後のことだ。

直後に差し向けられた追っ手から逃げ延びて、どれくらい経ったのだろうか。

 

―――高嶺、覚悟ー!―――

 

「うおおおおお!」

 

―――おとなしく捕まれー!―――

 

「負けるかああああ!」

 

―――いたぞ、ここだ!―――

 

「わああああああ!」

 

誰かが立ちはだかれば、時にはすり抜け、時には飛び越え、時には掻い潜り、なんてのを何度繰り返したことか。

だが、撒いても撒いてもキリがない。

呼び止める声を背に、チラリと背後を向けば、追いかけてくるのはだいたい5,6名。

妙なテンションに中てられているせいかあきらめてくれる様子は見られない。

特に女子にいたっては眼が血走っている者がちらほら。

本当、頭が痛くなってくる。

 

「こっちだ、こっちから声がしたぞ!」

 

イヤな結束に頭を抱えそうになった時、今度は前方から別の声が。

まずい、このままでは挟み撃ちにあってしまう。

だがここは廊下のど真ん中、隣には空き教室が並んでいるがすぐに乗り込んでくることだろう。

万事休すか……いや、俺は絶対にあきらめない!

逃げられないなら立ち向かってでも必ず逃げ延びてやるんだ。

絶対に、絶対に!

 

                     ☆

 

「ここかぁ!」

 

「ヒャウッ!?」

 

勢いよく教室の扉が開け放たれる。

しかし返ってきたのは唐突の事に驚いた小さな悲鳴だった。

 

「アレ?あなたは確か1年の……」

 

「あ、はい。あの、どうかされたんですか?」

 

「ゴメン、ここに2年の男子が来なかった?」

 

「ええっと、それでしたらついさっきそこの窓から……」

 

「ちい、やっと追い詰めたと思ったのに……!ありがとう、みんな行くぞ!」

 

「……もう大丈夫ですよ」

 

息を殺しながら足音が遠ざかっていくのを聞き届け、彼女の合図で机の裏から顔を出す。

 

「ああ、助かったよ。ありがとう小泉」

 

最悪の場合は実力行使も厭わないと覚悟を決めた時、隣の教室にいた小泉のおかげで俺は難を逃れることができていた。

一時はどうなることかと思ったが……、と安堵の息をついていると彼女はペットボトルのお茶を差し出してくれた。

ありがとう、と再度お礼を言って一気に煽る。

つい先ほどまで走り通しだったためか、乾いた喉に爽快感とともに特有の苦みが染みわたっていく。

 

「ところで、小泉はこんなところで何してたんだ?」

 

「え、ええ。ちょっと準備してたこと(・・・・・・・)がありまして……」

 

ひと心地ついたところでふと思ったことを口にすると、どうも歯切れが悪くなったように感じるのだが。

そんな疑念を他所に、妙に取り繕ったようにも見える笑みで小泉が話しかけてきた。

 

「それはそうと、大変ですね。女装する羽目になった挙句にクラスの皆さんに追いかけられてしまうなんて」

 

ああまったくだ、と同意しようとしたが、瞬間―――違和感。

 

「……ちょっと待て」

 

ビクリ、と小泉の動きが止まった。

 

「小泉、なぜ俺が追いかけられていたことを知っている?それ以前に、なぜ俺が女装するハメになったことをすでに把握しているんだ?」

 

そもそも、ここはオープンスクール当日でも使う予定のない教室だ。

そんな場所で、ひとり何を準備することがあるのだろうか?

小泉は何も答えない。

だが、その沈黙こそが答えだった。

 

「―――チイッ!」

 

「凛ちゃん!」

 

舌打ちをしてこの場から逃走を図ろうとした時、小泉の掛け声で掃除用具箱から現れた影が背を向ける俺に飛び掛かってきた。

 

「つっかまえたにゃー!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」

 

そのまま足を掴まれて転倒。

顔面を強打してしまって悶絶しつつも、俺の足にしがみついた影の正体はすぐに分かった。

 

「ちくしょう!やっぱ隠れてやがったか星空!」

 

「おとなしくお縄になるにゃ、高嶺センパイ!これも学校を救うため、観念するにゃあ!」

 

「……本当は?」

 

「捕まえたらことりセンパイがラーメンおごってくれるって約束にゃ!」

 

思いっ切り買収されてんじゃねえか!

 

「もしかしなくても、小泉もか?」

 

「秋葉原の定食屋で限定発売されるおにぎりをご馳走してくれると言ってくれたので、つい……」

 

やはりこいつら、罠を張って待ち構えていやがったか……。

ただ、予想外の裏切りではあったが、おかげで俺の闘志に火がついた。

 

「お前らの思いどおりになって、たまるかぁ!」

 

かなり厳しい体勢だったが、まずは渾身の力をもって星空に頭突きをかます。

 

「ぎにゃっ!」

 

「凛ちゃん!?」

 

鈍い音とともに悲鳴を漏らす星空が昏倒し、拘束が緩んだところで脱出。

同時に、親友を心配して小泉が駆け寄ってきた。

 

「小泉、パス!」

 

そのまま星空の身体を小泉に向けて放れば、彼女はバランスを崩しながらも受け止める。

それが狙いだった。

 

「きゅ~ん……」

 

「凛ちゃん、大丈夫!?」

 

星空の安否を気遣っているところを悪いとは思うが、もう手段を選んでいる場合ではない。

心を()にして、ふたりの元へと一気に距離を詰める。

そして―――

 

「ジェヤアアアアアアアアアアア!!」

 

「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

                     ☆

 

「確か、このあたりから悲鳴が……」

 

清磨くんが逃走を図ったことで私は穂乃果とともに彼の捕獲に駆り出されていました。

彼には申し訳がありませんが、今のことりを敵に回す方が怖いのです。

決して、決して清麿くんの女装姿が見たいなどと言う邪な感情に傾いたわけではないんです。

……ええ、決して。

そんなこんなで彼の探索にはや一時間が立とうとしていた時でした。

空き教室が集まる校舎の方から女子生徒の悲鳴が聞こえてきたのです。

私の勘違いでなければ、声の主はおそらく小泉さんのもの。

 

「う、海未ちゃん、あれ!」

 

危機感を覚えて声のした方に駆け付けて、最初に気づいた穂乃果が指差す先にいたのは―――

 

「うえ~ん、うええ~ん……」

 

「ダ、ダレカタスケテェ……」

 

身体をロープでグルグル巻きにされた状態でミノムシの如く木の枝から吊るされた星空さんと小泉さんの姿でした。

わんわんと泣く様子がなんとも痛々しくて……。

これにはしばし、穂乃果と並んで呆然と見上げるばかりでした。

予想だにしない光景でしたが、これほどの容赦のない仕打ちができる人物に心当たりが。

 

「あちゃ~……」

 

「これは、手ひどくやられたみたいですね……」

 

さすがに見なかったことにするわけにもいかないので、一度清麿くんの追跡を中断してふたりの救出に動き出すのでした。

 

                     ☆

 

「やっと見つけたわよ、清麿!これもすべては次の新曲のセンターの座のため!この宇宙一のスーパーアイドルたるにこにーの手で引導を―――」

 

「ザケル!」

 

「ブルァア!?」

 

投擲したハリセンで部長を伸して、その横を走り抜ける。

ちっ、やはりμ’sのメンバーにも情報が出回っているようだ。

このまま逃げ回っていても手詰まりになってくるだけだ。

もしかしたら、明日になれば交渉の余地が生まれるかもしれない。

ならばいっその事このまま逃げる(下校する)のもひとつの手ではないだろうか。

そんな考えを巡らせながら廊下の角を曲がった時だった。

 

「あ、キヨちゃんやん。やっほー」

 

「の、希……」

 

よりにもよって、一番出会いたくない奴と出くわしてしまった。

そして彼女の姿を目にした途端、かつてない戦慄が走る。

 

「そんなに慌ててどしたん?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

「そうなん?でも、丁度えかったわ。キヨちゃんに確認してほしい資料があるんやけど、この後ええかな?」

 

ウソだな。

先も言ったとおり、まず間違いなく希にも件の情報が行き渡っているはずだ。

普段の行動から鑑みて、こいつがこんなおもしろおかしそうなイベントを見逃すと思うか?

ない、断じてない!

 

「悪い、今急いでるからまた今度な」

 

そうして来た道を戻ろうとしたが、その寸前に希に腕を取られてしまった。

 

「まあまあ、そう言わずに。すぐに済むから、な?」

 

そう言うや、そのまま腕を自らの胸元に絡めてきた。

腕から伝わってくる魅惑の感触が思考を奪ってくる。

だが、同時に確信する。

こんなあからさまなスキンシップを取ってくる時点で罠ではないことはありえないと。

 

「そんなに俺を追い詰めて楽しいか?」

 

「まあまあ、このまま流れに身を任せて楽しむんも一興やよ?」

 

おおう、とうとうごまかす事すらしなくなったか。

 

「冗談じゃねえ、楽しいのはお前の方だろうが!いいから離せ!」

 

「みんな、今やで!」

 

どうにか振りほどこうとするも、希は一層強く俺の腕を抱きすくめてくる。

そうこうしている内に後方を向いた彼女が叫べば、近くの教室の扉が開いた。

 

「ついに追い詰めたぞ、高嶺!観念しろ!」

 

「大丈夫よ、痛くはしないから!」

 

ウソだろ、おい……。

まさかクラスの連中まで待機させてやがったとは……。

だが、こいつの用意周到さに舌を巻いている場合じゃない。

 

「頼む、離せ!今度焼き肉奢ってやるから!」

 

「ほほう?でもウチ、結構拘り強いで?」

 

咄嗟に出た折衝だったが、効果はあったらしく目の色を変える希。

追ってはもうすぐそこまで迫っている。

ならばこのチャンスを逃す手はない!

 

「上等だ!とことんまで付き合ってやらあ!」

 

「なら、交渉成立やね」

 

そうして希はあっさりと開放してくれる。

勢いあまってたたらを踏んでしまったが、寸前のところで最悪の事態を回避することに成功するのだった。

 

「ほな、頑張ってなー(・・・・・・)

 

走る俺の背中に投げかけられた言葉。

妙な違和感を覚えたが、後に、その言葉の意味を知ることとなる。

 

                     ☆

 

「あなたたち」

 

「あ、生徒会長!」

 

「南さんから話は聞いてるわ。清麿なら向こうの方に逃げていったわよ」

 

「本当ですか!ありがとうございます!みんな、こっちだ!」

 

「……出てきていいわよ、清麿」

 

「…………」

 

絵里の呼ぶ声に物陰から顔を覗かせる。

希の魔の手から逃れた後も、クラスの連中の追跡が緩むことはない。

だんだんと狭まってくる包囲網の中で考えあぐねていたところで、次に遭遇したのが絵里だった。

死角から手を引かれた時はどうなることかと思ったが、一応、助けられたと思うべきなのだろうか。

いや、安心するのはまだ早い。

なにしろ前例がある。

もしかしたらこいつも近くに誰かを忍ばせている可能性を踏まえて、周りに視界を巡らせる。

 

「大丈夫よ、ここには誰もいないから」

 

「……信じて、いいんだな?」

 

「ええ、もちろん」

 

警戒心をひしひしと伝える視線を向けてなお、絵里は穏やかな笑みをたたえている。

よくよく考えれば、スクールアイドルと比べれば女装なんてリスクの塊みたいなものだ。

廃校阻止を第一に考える絵里に限って、肯定側に回ることこそあり得ない。

ならば、信用してもいいのかもしれない。

わかった、と首肯する俺に、絵里は改めて口を開いた。

 

「まずはここを離れましょう。いい隠れ場所を知ってるから」

 

そう言って背を向ける絵里についていく。

ただ、信用すると決めたものの、またいつ何者かが襲ってこないとも限らない。

やはりいつでも逃げられるように用心は怠らないようにしなければと絵里の先導に従っていると、ここ最近で見慣れた場所を走っていることに気付いた。

 

「なあ絵里、この階段って確か……」

 

「ええ、屋上に繋がる階段よ」

 

「ちょっと待て、屋上だと扉を塞がれれば逃げ場がなくなってしまうんだが本当に大丈夫なのか?」

 

「逆転の発想よ。屋上なんて逃げ場のない場所に隠れようなんて普通は考えないでしょ?」

 

思わず不安に駆られるが、なるほど、絵里の言う事にも一理ある。

それに、もしも屋上で誰かが待ち伏せていたとしてもすぐに引き返すだけの余裕はあるはずだ。

そんな風に思案している間に屋上の扉を潜り抜ける。

すでに日が傾き始めた時間帯のため、うっすらと茜色を帯びた風景を見渡す。

次に給水塔の陰を確認し、誰もいないことにようやくホッと胸をなでおろす。

だが、うかうかしてもいられない。

μ’sの面子ならいつこの場所を気取られても不思議じゃない。

 

「さて、とりあえず時間を稼いでるうちにどうするか考えねえと―――」

 

 

バタン、ガチャン。

 

 

「………………………………」

 

耳朶を打つ音に、しばし思考が停止した。

今一度辺りを見回してみれば、前を走っていたはずの絵里の姿が見当たらない。

それに、つい先ほど自分で口にしたばかりではないか。

『屋上だと扉をふさがれれば逃げ場がなくなってしまう』と。

恐怖に駆られつつもドアノブに手を伸ばす。

どうかウソであってほしいと願うが、運命とは時に残酷なのである。

 

「絵里いいいいいいいい!ウソだろオイ!開けろ!今すぐここを開けろおおお!」

 

屋上に締め出されたことを悟って、それはもう痛烈な勢いで扉をたたきまくった。

しかし、返ってきたのはこれまた無慈悲な声音だった。

 

「ごめんなさい、清麿。残念だけど、これも生徒会長としての役目なの」

 

ぶ……ブルータース!

かのカエサルもこんな気持ちだったのだろうか?

いや、それ以前に女装を強要する役目ってなんだよ!?

 

「おおぉおおおおおおおおおお……少しでも安心した俺がバカだったぁああああああ……」

 

ちくしょう、涙が止まらねえ……。

そうして立ち直れないほどの精神的ダメージで膝を屈した時だった。

ガチャリ、と鍵の開く音がしたと同時に、扉が開いた。

―――いや、開いてしまった、と言うべきか。

 

「う……あ、あぁ……」

 

前のめりの体勢で倒れた俺の視界に映ったのは、それはそれはとても素敵な少女たちの笑顔だった。

 

「さあ、きーくん。観念しましょうね~」

 

ああ、ことりが輝いてる。ハハ、真っ黒に輝いてらぁ……。

 

「―――あああああああああああああああああああ!!!」

 

刹那、音ノ木坂の校舎に絶叫が響き渡るのだった。

 

                     ☆

 

「うぅ……ちくしょう、こんなのあんまりだ……」

 

結末を悟った後、あれよあれよという間に部室に連行された俺はもはやされるがままとなってしまっていた。

その時に初めて分かったことだが、複数の女子に囲まれるとけっこう怖いんだな。

そんな現実逃避染みたことを考えながら涙ぐんでいると、西木野が歩み寄ってきた。

なんだ?こんな俺を笑いに来たか?

 

「まあ、災難だとは思いますが、大丈夫ですよ。先輩の頑張りは無駄にしませんから」

 

「………ゴフッ」

 

悪意はないのかもしれないが、せめて具体性のない慰めほど心にくるものはないことを知っていてほしかった。

 

「そう言えば、西木野だけ見かけなかったがどこで待ち伏せしてたんだ?」

 

机に伏せながらも、開き直って疑問に思ったことを訊ねると、西木野の代わりにことりが答えた。

 

「ううん。真姫ちゃんにはきーくんの動向を追ってもらってたんだ」

 

なるほど、どおりで行く先々で都合よく追手の連中と出くわすわけだ。

秘かに燻っていた疑問も晴れたところで、最後に残った問いを投げかける。

 

「なあ、やっぱりこれ……何か違わないか?」

 

その場にいる全員の視線が音ノ木坂学院の女子生徒の制服を身に纏う俺に集中する中での悪あがきでもあった。

μ’s総出による採寸が終わるや否や、光の速さで女子の制服を持ち込んできたことり。

それを皮切りに、ある意味で暴力の権化と化した女子たちを前に、なす術もなく着せ替え人形のような扱いを受けて今に至るのだ。

しかもご丁寧に椅子に縛り付けられたままと言うおまけ付きで。

と言うか、スカートを穿いているせいでさっきから股下がスース―して落ち着かない。

一応、膝下の長さには届いているが、よくもまあ女子はこんなものを穿いて平然としていられるな。

そんなどうでもいい感心を他所に、海未がうんうんと唸っていた。

 

「ことり、やっぱりこんなのダメだと思います」

 

「えー、そうかな?」

 

ここに来てようやく良心が芽生えてくれたか。

 

「やるならちゃんと、お化粧もしないと」

 

「だからなんで乗り気なんだよ!?」

 

俺の歓心を返せ!

 

「平気ですよ、清麿くんなら。お化粧も薄い感じで行けると思いますから。肌荒れの心配をするほどではありません」

 

「いや、誰もそんなこと心配しちゃいねえよ!」

 

こうしている間にも、じたばたする俺を置いて自称女神たちはメイク道具やウィッグ、果てには胸パッドまで用意する始末で盛り上がっている。

ああそうかい、そんなに俺をイジメて楽しいかいクソったれが!

 

「頼む、絵里。考え直してくれ!由緒正しき学校で、こんな行為は認められるべきじゃない。そうだろう?」

 

「え、えぇぇと……ここで振られても困るんだけど、多数決って、一見民主主義みたいだけど少数派はバッサリ切り捨てられるわけだから……」

 

「……わけだから?」

 

「諦めよっか」

 

「ごめんな、キヨちゃん。でもほら、これもお仕事。非常に重要なお仕事やから、ね?」

 

「ちっくしょーーー!」

 

                     ☆

 

「おぉおお……恥だ、末代までの恥だ……」

 

当に涙すら涸れ果てて、あきらめの境地に至って数分後。

各々が持ち寄った小道具により、俺は華麗にメタモルフォーゼ。

高嶺清麿(女性)の完成である(自棄)

いやはや、どうして女子ってのはどうしてこう、たとえ男であっても誰かを着飾ることが好きなのだろうか。

そんな哲学で諦観していると、女性陣がそろって息を呑んでいるのがわかった。

言葉を失うほどにひどい出来なのだろうか。

ならばむしろ好都合なのだが。

そんな不穏な静寂を、最初に破ったのは希だった。

 

「これは、ちょっと予想外やね……」

 

「はい。面白半分でやってみたけど、まさかこんなところにダイヤの原石が転がっていたなんて……」

 

「すごい!すごいよ、清麿くん!モデルさんみたい!」

 

珍しく呆然とする希。

彼女に同意するように呟くことりと興奮気味の穂乃果。

予想外の反応に戸惑い、海未と西木野のいる方に視線を向けると、両者とも目が合うや赤らめた顔を同時に背けた。

他の面子も、よく見ると顔を赤らめているようにも見えるが気のせいか?

 

「凛、知ってる!こう言うのをくーるびゅーてぃ、って言うんだよね!」

 

「相変わらず表情は硬いけど、むしろ凛々しさを感じるわね……」

 

舌足らずな発音で指差す星空に続いて、絵里も関心を示していた。

なぜか大絶賛のようだが、本当、全然うれしくない。

その後、教室に連れ戻されるとすでに招集をかけられたクラスの女子に黄色い悲鳴で出迎えられた。

野郎どもに至っては、妙に色めき立つ様子が大変気持ち悪かった。

そして、本来ならば喫茶店の準備のはずが、急遽撮影会が始まり、すべてをあきらめた俺は捨て鉢になってカメラのレンズを受け入れるのだった。

追伸、さりげなく連射機能を使っていた希は後でしばく。

 

                     ☆

 

「―――と言うことがあってな」

 

「それは何というか……大変、でしたね……」

 

「笑ってくれていいぞ。その方がむしろ気が楽になるからな……」

 

もはや渇いた笑いしか出ない俺の精神に、雪穂の同情が染みてくる。

あれから日が進み、やってきましたオープンスクール当日。

ここ数日はこの日が来ることを願ってもいたし、呪ってもいた。

そんなジレンマとともに重い足取りでやってくれば、すでに待ち構えていた女子たちに拉致され、あっという間に着替えさせられる。

その時のことりの恍惚とした顔はある意味恐怖だった。

正直、大変不本意だが、この1日で母校の命運が決まるために投げやりにするわけにもいかない。

軽く深呼吸で気持ちを切り替えて、いよいよオープンスクールの開催が告げられてはや数時間。

問題の客の入り具合ではあるが……。

ぱっと見で視界に映る受験生の人数は、去年と比べてまずまず、と言ったところか。

そして入場者に配られる冊子は、女装の憂鬱すら吹き飛ばすほどの減り具合を見せていた。

まず間違いなくスクールアイドル人気が大きく関わっているだろう。

もちろんまだ油断はできない。

すべては神のみぞ知るというやつだが、それでもこれは期待してもいいのではないだろうか。

そんな時に出くわしたのが雪穂と亜里沙だった。

ふたりとも、変わり果てた俺の姿に大変驚いていた。

亜里沙に至っては、

 

『なるほど、これがジャパニーズカブキ、と言うやつなんですね!』

 

と言う一言で、今度日を改めて日本の常識について教えなければと危機感を覚えたのは別の話。

そんな会話をしながら俺たちは今、校庭に建設された野外ステージで各部活動のパフォーマンスを見学していた。

素人目ではあるが、どの部活動も並々ならぬ努力が窺える。

周囲の受験生たちも生き生きとした面持ちで舞台に見入っていた。

と、もう少しでμ’sの出番が迫ってくるのでここらでお暇させてもらおう。

 

「じゃあ、あいつらの番も近づいてるから、俺もそろそろ行くわ」

 

「はい、案内してくれてありがとうございました」

 

「お兄さん!」

 

雪穂のお礼を聞き届けたところで、亜里沙に呼び止められた。

 

「お姉ちゃんたちに頑張って、って伝えてください。亜里沙、とても楽しみにしてますから!」

 

「―――おう!」

 

                     ☆

 

雪穂たちの元を去った後、野外ステージの裏側に回ると、一足先にひとり佇む絵里の姿を見つけた。

新しい衣装を着こなし、胸に手を置き深呼吸をする様子を見て、その背中を少し強めに叩いてやった。

 

「よ、おつかれさん!」

 

「わっ!?清麿……脅かさないでよ、もう……」

 

急な出来事に少しむくれるが、この前の仕返しも含めているので謝らない。

 

「やっぱり絵里も緊張するんだな?」

 

「そんなの当たり前でしょ?いつの時代でもステージって言うのは緊張するものなのよ」

 

「ハハハ、違いねえ」

 

そう言いつつも、軽い会話で多少は緊張がほぐれたようで、面持ちを綻ばせる絵里に亜里沙からの言伝を伝えた。

 

「そう、亜里沙が。……なら、なおさら頑張らなくちゃね」

 

「ああ、その意気だ。」

 

そう言えば、と亜里沙とのやり取りでひとつ思い出した。

 

「今日のライブ、おばあさんにも見せるんだよな?」

 

「ええ。客席から撮影したものを後日郵送する予定なの」

 

「……おばあさん、喜んでくれるといいな」

 

「もちろん。今度こそ、やり遂げてみせるわ」

 

向こう側の完成を聞きながら、絵里は自身の決意を表す様にこぶしを握る。

 

「おばあさまの為ってのは変わらないけど、今はそれだけじゃない。それ以上に私自身のために。ここが私のいる場所なんだって伝えられるように、ね……」

 

その時の彼女の瞳には、もう以前に見た迷いはない。

やがて穂乃果たちも合流し、舞台裏に新生μ’sの顔ぶれが今か今かと出番を待ちわびている。

そして、ついにその時はやってきた。

 

『続いては、アイドル研究部。音ノ木坂学院スクールアイドル『μ’s』の皆さんです!』

 

鳴り響く拍手に一層、緊張の色が濃くなるが、それ以上に頼りがいのある眼差しを見て、もう心配する必要はなさそうだと安堵する。

 

「じゃあ、行ってくるね、清麿くん」

 

覚悟を固め、まっすぐこちらを見据える穂乃果に頷く。

今になって多く語るだけ野暮と言うものだろう。

さて、俺にできるのはここまでだ。

せめて俺が持ちうるすべての期待を込めて後を託す。

 

「ああ、がんばってこい!」

 

                     ☆

 

期待の眼差しが降り注ぐ中で、少女たちのステージが始まる。

歌の女神の名が刻まれた垂れ幕を背に、まずはセンターに立つ穂乃果が口火を切った。

 

「皆さん、こんにちは!私たちは、音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sです!私たちはこの学校が大好きです。この学校だからこのメンバーと出会い、この9人が揃ったんだと思います。これからやる曲は、私たちが9人になって初めてできた曲です!」

 

「「「「「「「「「聴いてください!」」」」」」」」」

 

―――伝承の通り、9人が歌い、踊る、新たなスタートでもある―――

 

「「「「「「「「「『僕らのLIVE君とのLIFE』!!」」」」」」」」」

 

                     ☆

 

……そして、少女たちのパフォーマンスが終わると、かつてない拍手喝采が巻き起こる。

俺はその時の彼女たちの笑顔を見て、今はこの胸の高鳴りに身を委ねていた。




☆オマケ☆

ライブ終了後

希「ほな、キヨちゃん。約束した件、よろしくな?」
清「は?」
希「この前、焼き肉奢ってくれるって言ってくれたやん」
清「なに言ってんだ?あれは―――」
希「約束通り、ウチは腕を離してあげた(・・・・・・・・)やん?」
清「……………………」
希「という訳で―――みんな、この後キヨちゃんが焼き肉奢ってくれるって!」
清「イヤ、ちょっと待て。さすがに全員は―――」
μ’s「「「「「「「「ごちそうさまでーす!」」」」」」」」
清「いやああああああああああああああああ!!」




「四葉あああああああああああ!もどかしいにも程があんだろコレエエエエエエエエエ!取ってえええええええええ!この胸のモヤモヤした奴取ってえええええええええ!」

五等分の花嫁、90話を見た作者の感想です。
推しであることもあってか、あの1話でそれはもうますます彼女を応援したくなっていきました。
と、こんな作品を書いている都合上、無粋だとは思いつつも、ついつい清麿ならどんな行動を起こすかなと妄想するのが最近の楽しみになっています。
とりあえずは、二乃はフラグが立てばきーくん呼び確定ですな。
一花は女優つながりで恵さんが立ちはだかるんだろうな、とか。
とりあえず今のところはそんな感じです。

あとはかぐや様でやっても面白いんじゃないかと思いましたね。
こちらに関しては白銀とは別のベクトルで鈍感属性を持っている清麿ですから

   →LOVE→
かぐや    清麿
   ←LIKE←

みないな関係性になって、コレ基本的にかぐや様のひとり相撲になるんじゃね?とか妄想に耽っていました(笑)





はい、という訳でそんなこんなで本編7話に当たるストーリー、無事投稿完了しました!
今まで散々オープンスクールの話やるとか言っておきながら、少なくね?とかいうツッコみはなしで頼むナ!
今回のオープンスクール編、もとい、清麿黒歴史編は割と初期の段階で考えていました。
文化祭では割とシリアス寄りの話だったんで、ならオープンスクールで少しはっちゃけたいなと。
よし、なら清麿女装させるか、という思考回路で出来上がった話です。
とりあえずは俺ガイルの雪乃辺りがイメージとして近いと思います。
今回は久々のギャグ回でもあってテンポを優先させて書き上げたので、細かいところに目をつむっていただけれをば。
清麿にとって最大級の黒歴史が出来上がってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
以上、青空野郎でした!それではノシノシ


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