失いし記憶 ~fantasy world~ (輪舞曲)
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失いし記憶 ~fantasy world~

――夜中の香霖堂。

 

霖之助は一人物思いに耽っていた。

今日は新月で、外を見ても蛍の明かりだけが儚げに輝いている。

 

「これは…何なのだろうか」

 

霖之助の手にあるのは少し埃で汚れたアルバム。

これが"アルバム"という名前で"写真を保管するもの"という事はもちろん自分の能力で分かる。

 

中には写真が一枚だけ入っており、それ以外は何も入っていなかった。

問題はその写真の内容である。

 

写真の中では青年と女性が摩天楼の夜景をバックに手をつないでいた。

 

女性は太陽のような澄んだ笑顔――そしてとても嬉しそうな表情。

青年はとてもうれしそうな笑顔――しかしどこか悲しそうな表情。

 

青年は白髪、眼鏡、長身。

女性は黒髪、裸眼、――そして長身。

 

このアルバムを見つけたのは本当に偶然だった。

その日はもう閉店して晩御飯を食べ終わった後、霖之助はたまには店の掃除でもしようと思い少し倉庫を整理していた。

その最中に、薄汚れたアルバムを見つけたのである。

霖之助はこんな物を倉庫に入れた覚えはなく、不審に思いながらもページを開けたのである。

 

するとそこには――青年と楽しそうに手をつないでいる見知らぬ女性。

背景の夜景も霖之助はどこの場所かわからない。そもそも霖之助は"夜景"というものも分からない。

 

ただ映っている青年はまぎれもなく自分自身なのである。

そして背景に写っている儚く光る建物達は――とても幻想的であった。

 

霖之助は必死に考察した。自分のこれまで生きてきた永い年月の間でもこの様な場所は知らない。

そもそも幻想郷にこのような場所はない。

となると、霖之助は一つの結論に達した。というよりそれしか浮かばなかった。

 

「外の世界…」

 

だが霖之助は外の世界に行ったことなどない。と言いたかったが一つだけ心当たりがあった。

以前ストーブの燃料を調達しようとしてた時に、一度だけ外の世界に行った夢を見た。

かなりリアルな夢だった。霖之助は断片的にだが、覚えていた。

 

「光の洪水…汚れた空気…神社…」

 

そうだ、あれは夢なんかじゃない。だんだんと思いだしてきた。

 

「そうだ!誰かの声で幻想郷に戻されたんだ!」

 

あの時は夢だと思って流してしまったが、そんなはずは無い。さらに霖之助は自分を幻想郷に戻した声にも心当たりがあった。

 

「八雲紫…か」

 

幻想郷の創造主。妖怪の大賢者とも言われる存在であり、自分の苦手とする妖怪だ。

これで全部思い出した。

 

あの時はストーブの燃料を調達するために八雲紫と接触しようとしたが居場所がわからず、八雲紫の式である八雲藍と接触するために油揚げを使って誘き寄せたがが効果が無く、

霊夢の提案で結界を少し緩めてもらったんだ。その時に…結界を通り越して外の世界に…。

今思えばなんという遠回りでしかもリスクが大きいやり方をしたのだろう。

 

これで解決…と言いたいところだが、肝心の写真の謎がまったく解決していない。

この女性は本当に誰なんだろうか。少なくとも幻想郷の人間ではない。もちろん妖怪でもない。霖之助はそんな気がした。

この謎を知っていそうな人物は八雲紫だけだ。しかし彼女が正直に話してくれるとは思えない。

 

―完全に手詰まりだ。いつもなら霖之助はここで考えることを終了するのだが、何故かそう終わらせたくなかった。

何故かは霖之助自身もわからない。とにかくこの女性の事を忘れたくなかった。

となると、残された手段は一つ。

 

「もう一度外の世界に行く…」

 

だがそれも現実的ではない。霖之助は外の世界の道具を売るという仕事の性質上、外の世界がどのような場所か何度も気になってた事があるし、行きたいとも思った。

しかし、実際に外の世界に行ったのは霊夢が結界を緩めたときだけだ。

つまり普段の、普通の緩めていない結界では幻想の存在である霖之助は博麗大結界を超えられない、という事だ。

霊夢に適当な理由をつけて結界を緩めてもらうように頼む…というのもあるが、それは避けたい。

勘のいい霊夢の事だ。嘘をついてもすぐばれるだろう。

 

つまり、よく考えてみた結果外の世界に行くのは無理、ということだ。

ここで霖之助は"考えてもわからないことは気にしない"という特技を使い、布団に入った。

 

 

――――しかし、霖之助はなかなか寝付けなかった。

 

半人半妖である霖之助が不眠症なんかになるわけがない。

霖之助自身もわからない。しかし、このアルバムが関係していることは分かった。

なので霖之助はもう一度アルバムをめくってみた。

 

 

 

―――だが、そこに写真は無かった。

 

霖之助は慌てた。何か大事なものを失ってしまった気がしたからだ。

 

外は新月という事もあって暗闇に包まれていた。

満月は妖怪の力を強くする。逆に新月の時は妖怪の力は弱くなる。

それに対して人間は月の力の作用を受けない。

霖之助は半人半妖である。妖怪の力が弱くなっている今、霖之助は自分が人間に近い存在になっている事に気付いていなかった。

 

霖之助は一度アルバムを閉じ、無意識に"もう一度写真が見たい"と念じつつ、アルバムを開けた。

 

 

 

―――『想いは、再び結界を超えた』




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