ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地 (ナタタク)
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主要メンバー『レック』

レックの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第38話現在の状況)


レック 17歳

 

つよさ

レベル 23

力 86

素早さ 49

身の守り 43

かしこさ 40

かっこよさ 85

攻撃力 132

守備力 118

HP 226

MP 37

 

装備

ヒノキの棒→銅の剣→兵士の剣→イリアの剣→破邪の剣

旅人の服→鉄のプロテクター→旅人の服→精霊の鎧

なし→兵士のカイトシールド→なし→鉄の盾→なし→魔法の盾

 

職業

戦士 レベル7(現在)

 

装備品詳細

 

武器

 

ヒノキの棒

最初から所持していた堅い木の棒で、レックの物が剣そっくりな形に彫られている。

ヒノキは建築材等、様々な用途に使われていて、ライフコッドでも家や家具などにそれが使われている。

マルシェ西の森での沈黙の羊との戦闘では銅の剣との2刀流で使われたが、あっさり破壊されてしまった。

 

銅の剣

マルシェでランドと一緒に購入した剣。

銅を鋳型に流し込んで固めただけのシンプルな量産品で、刃こぼれがしやすい実質的には打撃用武器だが、他の剣と比べると比較的安価(それでも、貨幣をあまり持たないレックとランドにとっては2人の小遣いすべてを払わなければ買えなかった)。

 

兵士の剣

攻撃力21 かっこよさ17

下級兵士に配られる鉄製の剣。刀身は細いが王宮で雇用されている鍛冶職人が精魂込めて作っているため、攻撃力・切断力は高い。しかし、あくまで下級兵士専用で、すさまじい守備力を持った魔物(特にムドー)には歯が立たない。ホラービーストとの戦闘中に破壊された。

 

イリアの剣

攻撃力35 かっこよさ18

イリアから譲られた鋼製の片手剣。元は鋼の剣だが長年鍛えなおされながら使われてきたため、性能は高い。事実としてかなりの硬度を持つホラービーストを貫くことができた。現実世界でのムドーとの戦いで刀身が破壊される。

 

破邪の剣

攻撃力42→52 かっこよさ23→25

使い手の精神力によって、熱の閃光を放つことができる剣。もともとはレックが父親の形見として所持していたが、ずっと抜くことができず、背中にさされたままのお飾りの状態だったが、現実世界でのムドー戦で抜くことに成功し、それ以降のレックの愛剣となる。なお、刀身にレイドックの国章が刻まれているが、それに関してはこの件はレイドック王から父親が授かったためと解釈しているものの、真相は不明。2代目ロン・ベルクの手により、強化された。

 

 

旅人の服

レックが最初から着ている服。

麻生地の服で、布よりも丈夫。

ライフコッドでは住民が魔物と戦うことがあるため、男はそれを着用するのがスタンダードになっている。

ただし、沈黙の羊のようなパワーが高い魔物の攻撃や炎などには対処できない。

また極度に気温が高い、もしくは低い地域での旅には不向きであり、その地で旅をする際は別の装備品を装備することを推奨されている(しかし、好んでそのような地を旅しようとする物好きはそれほどいない)。

なお、旅人の服の形には個人差や地域差があるが、装備品としての性能はさほど変わりはない。

 

鉄のプロテクター

守備力20 かっこよさ9

下級兵士に配られる胸当て。胸部を鉄製のプレートで守っており、肩にかける紐は利き腕ではないほうにつけているため、戦闘の際はあまり邪魔にならない。

また、左肩甲骨部分あたりには盾を置くためのラックがついている。

なお、レックとハッサンが装備しているそれはレイドック製で、レイドック国旗が左上あたりに刻まれている。

幻の大地のレイドックの偽王子騒動で失う。

 

精霊の鎧

ライフコッドの武器屋が長い年月をかけて作り上げた鎧。

入手した鉱石を厳選しており、その耐久度は兵士長を中心に支給される鋼の鎧を大きく上回る。

また、精霊の力が宿っているためか魔法に対しても高い耐性を誇っている。

彼自身もなぜ精霊の力が宿ったのかわかっておらず、精霊の紋章をつけた日の夜に精霊が鎧に入って行く夢を見て、起きたらいつの間にか宿っていたというのが本人談。

完成後はずっと飾られていたが、出世払いという形でレックに贈られた。

 

なし

 

兵士のカイトシールド

守備力14 かっこよさ13

片手剣を使う下級兵士に優先的に支給されるカイトシールド。

市販されている鉄の盾よりも安価で、若干重量も軽い。

な腕のたつ片手剣+盾使いは剣で盾をたたき、周囲にいる敵や上空の敵を引き付けることができる。

なお、ハッサンにも支給されるはずだったが動きの邪魔になるという理由から受け取りを拒否されている。

こちらにはレイドック国旗は描かれていない。

幻の大地のレイドックの偽王子騒動で失う。

 

鉄の盾

文字通り鉄製の盾で、冒険者に人気の高い防具。

ギラやヒャドなどの下級呪文であればそのまま防ぐことが可能。

レックが装備しているそれはアモールで購入したもの(更にいうとハッサンがある事情で入手した金で購入)。アーリーキラーマシンとの戦闘で失う。

 

魔法の盾

ムドー討伐後、レイドック王から贈られた盾。アークボルトやフォーンで採掘される金属であるミスリルで作られており、魔法に対してわずかながら耐性がある。なお、レックが装備しているものは過去に各国首脳会談(サミット)がレイドックで開かれた際にアークボルトから贈られたもの。

 

習得呪文

ホイミ

生命力を促進させて傷をいやす下級の回復呪文

 

ルカニ

細胞結合を弱め、敵の守備を弱める脆弱呪文

 

インパス

入れ物の中身を見たり、実体のない魔物を一時的に実体化させる念写呪文。

しかし、レックやハッサンはこの呪文でも実体化できなかった。

 

???

黄金の雷を落とす正体不明の呪文。

ムドーを倒すとまではいかなかったものの、大きなダメージを与えることができたが、発動したレック自身も大幅に力を消耗させている。

 

習得特技

気合ため

深呼吸をして精神を落ち着かせ、次の攻撃に備えるという戦士にとっては初歩の技。戦士が本当の意味でそれを名乗るには、まずはこれができなければ話にならないという。

 

皆殺し

理性を一時放棄するほど力をため、強烈な一撃を浴びせる技。それ故に味方にその攻撃が命中することが珍しくなく、ある時にはそれで自爆したというケースがある。なぜ、ダーマの書にこの特技の技術があるのかは不明で、一説によると、力を求めすぎることへの戒め…らしい。

 

隼切り

力加減を調整することで、一撃の威力を弱める代わりに連続で切りかかる剣技。1人で複数の敵と剣で戦うことになったときに有効。

 

疾風突き

両腕への力を緩める代わりに、両足へ力を集中させることで素早く相手の懐に踏み込む槍技。居合切りとは異なり、武器をしまうことがない。

 

人物詳細

ライフコッド出身の少年。

父親は元レイドック兵士で、母親はライフコッドの機織り職人。

結婚時に父親は兵士をやめ、ライフコッドで農民となる。

それは彼女と交際する前に魔物との戦いによるけがで戦士としては再起不能となってしまったためだ。

数年前に両親が病で死亡したため、現在は妹のターニアと2人暮らし。

妹思いな優しい性格で、羊の毛刈りや牛の乳搾りが特技。

また、幼少期に父親から剣の稽古をある程度受けているため、ヒノキの棒でも村周辺の魔物には対処できる。

1歳年上のランドとは親友関係で信頼はしているが、ターニアとの交際については認めていない。(シスコンかどうかについては完全否定)

ランドと共にマルシェへ買い出しに向かった際、ビルデが西の森で消息不明であることを知り、2人で現地へ急行、そこで沈黙の羊と戦い、ソルディらレイドック兵の助けもあって辛勝する。

その際に見かけた巨大な穴の中に空や海、大陸、そして町の光景が見えたことを疑問に思っている。

そして、何者かのお告げを受けて旅に出る。

その道中でハッサンと知り合い、共に兵士の試練を受けることになり、無事に合格した。

その後、ラーの鏡捜索のため、幻の大地へ向かう方法を探す任につくがとあるアクシデントで穴に落下し、幻の大地へ向かう。

幻の大地でミレーユとバーバラに出会い、ラーの鏡を入手する。

帰還後、王の正体が現実世界で眠るレイドック王妃、シェーラであることを知り、彼女と共にムドーのいる地底魔城へ向かう。

しかし、そこにいたムドーは幻想で、その正体はレイドック王だった。

現実世界に今だ脅威として存在するムドーと戦い、これを撃破する。

その後は偽王子騒動の償いをするため、トム兵士長捜索を始める。

なお、レイドックの王子とは容姿が瓜二つ。



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主要メンバー『ハッサン』

ハッサンの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第38話現在の状況)


ハッサン 21歳

 

つよさ

レベル 20

力 97

素早さ 71

身の守り 49

かしこさ 24

かっこよさ 78

攻撃力 160

守備力 105

HP 208

MP 29

 

装備

なし→鉄のアームガード→炎の爪

皮の腰巻→鉄のプロテクター→イリアの鎧

 

職業

武闘家レベル6(現在)

 

装備品詳細

 

武器

鉄のアームガード

攻撃力22 かっこよさ4

武闘家用のアームガード。武闘家にとって体は最大の武器であり、拳と足が負傷することは致命的なこと。そのため、魔物が狂暴化した最近ではアームガードの需要が高まっている。これを装備することによって、敵の武器による攻撃を防御することができるようになるが、わずかに重みがあり、拳のスピードが若干遅くなる。ブラディーポ戦で、左手の裏側部分の装甲に穴が開いている。

 

炎の爪

攻撃力53→63 かっこよさ21→26

武闘家の弱点としては、拳や爪による攻撃しかできず、物理攻撃だけということからギズモなどの実体のない魔物に対して無策だということにある。それを解決するための結論の1つが武器に魔力を宿すことだ。炎の爪は炎の魔力を宿すために特殊な金属を素材に作ったものだ。爪で切り付けられた部位を焼くだけでなく、集中することで爪からメラミと同じ威力の火球を放つことができる。家を出る際に荷物の中に入っていた(ハッサンの予想では、父親であるマーヴィンと母親のシーラからの餞別)もので、ムドーとの闘いで失ったが、再びムドーの城に来た際に記憶とともに取り戻した。2代目ロン・ベルクの手により、強化される。

 

皮の腰巻

獣の皮をなめして作られた腰巻。

腰巻というだけあって上半身は完全に露出しているが、身軽な動きが求められる修行中の武闘家にとっては上半身の動きが自由になるという理由からよく装備されている。

なお、形状から女性の武闘家には装備することはできず、そのかわりとして武闘着が市場に出回っている。

 

鉄のプロテクター

守備力20 かっこよさ9

下級兵士に配られる胸当て。大きさがハッサン用のものになっている点以外はレックの物と同じ。

 

イリアの鎧

守備力31 かっこよさ30

イリアが長年装備していた鋼の鎧。イリアの剣同様長年鍛えなおされながら使用されてきたため、性能は高い。しかし、サイズがレックにあわなかったことでハッサンが使用することになった。

 

なし

 

なし

 

習得呪文

なし

 

習得特技

跳び膝蹴り

跳躍と共に敵の腹部に膝蹴りする技。

元々は対人戦闘で相手のみぞおちへ強烈な一撃を叩き込むための物。

魔物が跳梁跋扈する現在は浮遊する格闘戦の手段となっている。

しかし、人間が跳べる高さには限界がありかなりの高度で浮遊する敵には通用しない。

 

捨て身

武闘家は決定的なダメージを与えるためには時に自身へのダメージを考えずに突撃する必要がある。

ただし、そうする前に倒れては元も子もない。

そのため、敵の攻撃をあえて受けるがそれを自身の急所から外すという動きが重要だ。

達人の域に達すると、これは更に昇華され、敵の攻撃を紙一重の差でかわし続けて敵の急所を拳で打ち砕く技となっていく。

 

正拳突き

地底魔城で初めて発動した技。相手の光っている部分(自分にだけ見える)に全力で拳を叩き込むことで、多大なダメージを与える。最初は自分の意志で発動することができなかったものの、記憶を取り戻した際に使い方を思い出したことである程度自由に扱えるようになった。ただし、高い集中力が要求されており、光が見える状態でなければ威力を発揮しないという弱点を持つ。現在のハッサンでは2秒しかその状態を維持できない。

 

仁王立ち

激しい咆哮と威圧によって、相手の注意を引き付ける技。

本来ならば敵を引き付けるのは戦士の役目だが、武闘家がこの技を持つ理由は防御のためではなく攻撃のためで、まんまとひきつけられた敵を正拳突きで破壊するため。ただし、遠距離からの攻撃は無視できないため、やはり味方との連携が重要となる。

 

みかわしきゃく

武闘家の弱点である攻撃への耐性の低さを補うために編み出された技。両足の動きをランダムに変化させ続けることで、相手の的になることを回避する。

 

足払い

滑るように足を払うことで、相手を転ばせる技。対人戦で使用されることが多いものの、魔物との戦いでは基本使われることがない。

 

かまいたち

武器もしくは足を高速で振ることで、空気中の魔力を利用してかまいたちを発生させる技。武闘家は肉眼以上に精神統一しつつ、心の目で見ることが重要視されており、目隠しをしたままこれを相手に命中させることができれば、一人前とされている。

 

急所突き

相手に急所に拳を叩き込むことで、相手を戦闘不能にさせる技。人間であれば、急所はある程度分かるものの、魔物の急所は種類によって異なるため、魔物マスターの支援が成功のカギとなっている。

 

人物詳細

旅の武闘家と称する大男。

招待はサンマリーノの大工であるマーヴィンの一人息子で、幼少期の経験から武闘家を志すようになり、家を飛び出した。

自称しているだけあって、腕力は並みの武闘家以上。

だが、あくまで自称であり独学で学んだ程度であるため、技術力に関しては見劣りがある。

それでも、戦闘経験の多さから相手の動きを見て、突破口を開くヒントをつかむことができる。

もしも技術力が追い付けば、大成する余地がある。

ちなみに先天的に魔法力が弱く、勉強ができないことから呪文を使うことができないことにショックを受けている。

レックとはレイドックで知り合い、共に試練を乗り越えて兵士となった。

なお、彼の出身地はどこかは不明。

そして、時折見せるすぐれた大工の技術をどこで学んだは父親のマーヴィンから教わったもの。

ちなみにファルシオンの名づけの親。

ムドーの城で本当の記憶を取り戻した。



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主要メンバー『ミレーユ』

ミレーユの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第25話現在の状況)


ミレーユ 22歳

 

つよさ

レベル 22

力 33

素早さ 56

身の守り 28

かしこさ 63

かっこよさ 79

攻撃力 56

守備力 41

HP 96

MP 61

 

装備

イバラの鞭→なし→蛇皮の鞭

絹のローブ

 

職業

踊り子レベル8

遊び人レベル3(現在)

 

装備品詳細

 

武器

イバラの鞭

薔薇を素材に作られた鞭。棘があるため、皮の鞭よりも殺傷能力が高いものの、薔薇を育てる必要があるためか、生産数が少ない。

ミレーユが装備しているそれはグランマーズが育てたイバラで作った物。

ホラービーストとの戦闘中に破壊されてしまう。

 

蛇皮の鞭

攻撃力23 かっこよさ5

森や街中で捕獲された蛇の皮を用いて作られた鞭。

殺傷能力は皮の鞭やイバラの鞭よりも高いものの、素材が蛇であること、そして毒蛇にかまれて教会に世話になる職人が存在することから生産数が少ない。

 

 

防具

絹のローブ

絹によって作られたローブで、女性だけでなく男性魔法使いも装備可能。

普段着やパジャマにも利用可能。

 

なし

 

なし

 

習得呪文

ホイミ

生命力を促進させて傷をいやす下級の回復呪文。

 

ベホイミ

生命力の促進量をさらに引き上げた中級回復呪文。

 

キアリー

体内の解毒代謝を促進させ、毒を分解する解毒呪文。

 

マヌーサ

視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる幻惑呪文。

魔法力を高めると、そのままメダパニと同じく任意の幻覚を見せたり相手を失明させたりすることも可能で、国によっては危険な魔法として禁じられている場合もある。

 

ヒャド

空気中の水分で氷を生み出す氷結呪文。

氷をそのままぶつけたり、足元を凍らせるなど応用性が高い。

しかし、火山や砂漠などの気温が著しく高いか湿度の低い空間では大した効果がない。

 

ラリホー

相手の脳内の活動を停止させ、眠らせる催眠呪文。

 

スカラ

不可視の障壁で対象を包み込むことで物理攻撃によるダメージを軽減させる障壁呪文。

 

スクルト

周囲の味方に不可視の障壁を与える範囲障壁呪文。

 

イオ

空気中の水素を集め、火を加えることで爆発させる爆発呪文。火を加えることに関してはメラよりもわずかな魔力で行うことができるものの、水素を集めることに関しては多くの魔力を必要とする。

 

習得特技

口笛

練習すればできる遊びの一つ。魔物をおびき寄せてしまうことがある者の、おとりになるときには有効。なお、聴覚のない魔物には無意味。

 

みかわしきゃく

体全体を使って表現する踊りのレッスンの影響で、自然に覚えることができるランダムな体の動き。

 

踊り

ダーマの書に残っている魔力を操作する踊りをミレーユが実行したもの。踊り方によって、魔力の操り方が異なり、マホトラやザキ、メダパニなどを発動することができる。なお、使用するのは空気中の魔力だけなので、本人の魔力を消費することはない。

 

踊り封じ

相手が同じ、魔力を操作する踊りを使う相手だった場合に備えたもので、相手の周囲にある空気中の魔力の活動を一時的に停止させる。

 

なめまわし

生物にとって、好きでもない相手になめまわされるのは不快なこと。相手をなめまわすことで、相手の動きを一時的に封じる。なお、ミレーユはさすがに恥ずかしいとのことで、この特技を使うことは一切ない。

 

遊び

ストレス発散や楽しむためなどの理由で行うもの。戦闘中では役に立たないが、偶然やった遊びによって危機を脱したというケースがある…しかし、戦闘中の遊びは仲間に迷惑をかけるのでやめておこう。

 

人物詳細

サンマリーノでレックとハッサンを待っていた女性。

グランマーズに師事しており、回復呪文の使い手。

他にも氷の呪文や様々な状態異常呪文による援護も可能。

彼女は南東の国、ガンディーノ出身で幼いころに両親を失い、老夫婦の元へ身を寄せる。

しかし、重税の代わりとして半ば強引に国王の妾にされる。

更に彼女の美しさに嫉妬した王妃の策略で兵士と荒くれ達の接待役へ転落する。

そこで不遇の1年を過ごし、何らかの声の導き、そして革命がきっかけで自由の身となる。

その時にグランマーズと出会った。

幻の大地にやってきたレックとハッサンの姿が見えるようにした後、彼らに同行する。

なお、声の主はいまだ分かっておらず、約束の印としてオカリナを手にしている。

そして弟についてはその1年の間に兵士から死んだと伝えられている。

ダーマの書入手後は踊りにより魔力の操作というものに興味を持ち始める。



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主要メンバー『バーバラ』

バーバラの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第38話現在の状況)


バーバラ 17歳?

 

つよさ

レベル 16

力 23

素早さ 39

身の守り 17

かしこさ 49

かっこよさ 59

攻撃力 59

守備力 42

HP 69

MP 111

 

装備

ダガーナイフ×2

皮のドレス

ヘアバンド

 

職業

僧侶レベル7

 

装備品詳細

 

武器

ダガーナイフ

攻撃力18 かっこよさ3

本来、短剣は力の弱い女性が利用する刃物だ。

そのため、非力な面を補うために刀身に毒を塗る、もしくは特殊な素材な魔力で追加効果をつけるのが基本だ。

このダガーナイフはそのような小細工はされておらず、堅めの刀身でできた市販の武器だ。

だからといって油断してはいけない。

油断している相手に致命的なダメージを与える利点は他の短剣と変わりない。

多くの暗殺事件の影にはこの短剣があるとかないとか…。

 

皮のドレス

獣の皮をなめして作られたドレス。

少し経済にゆとりのある家の女性が良く身に着けている。

とある男女格差の激しい国では、女性たちが自分たちの地位を向上させるためにそれを作り続けたという話がある。

 

ヘアバンド

女性用の髪留め。

防御力よりも見た目を重視しているためか、耐久性は低い。

 

なし

 

習得呪文

メラ

手、もしくは指に火球を生み出し、敵に向けて発射する火球呪文。

雨の時や海では熱を思うように集めることができないため、発動できないことが多い。

 

ラリホー

相手の脳内の活動を停止させ、眠らせる催眠呪文。

 

マヌーサ

視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる幻惑呪文。

魔法力を高めると、そのままメダパニと同じく任意の幻覚を見せたり相手を失明させたりすることも可能で、国によっては危険な魔法として禁じられている場合もある。

 

ルカニ

細胞結合を弱め、敵の守備を弱める脆弱呪文

 

ルカナン

ルカニの魔力を周囲に分散させる範囲脆弱呪文。

 

ギラ

高熱の閃光を手から放つ閃光呪文。

メラとは異なり、高熱に耐性を持つ敵にも効果があるケースがあり、更に貫通力もある。

ただし、熱量や瞬間的な破壊力に関してはメラに比べると見劣りがある。

 

ベギラマ

ギラを上回る熱の閃光を手から放つ中級閃光呪文。

 

ホイミ

生命力を促進させて傷をいやす下級の回復呪文。

 

ベホイミ

生命力の促進量をさらに引き上げた中級回復呪文。

 

キアリー

体内の解毒代謝を促進させ、毒を分解する解毒呪文。

 

キアリク

体内の解毒代謝を促進させ、麻痺の成分を含む毒を分解する解毒呪文。

 

ベホマ

全身の傷をいやす上級回復呪文。

 

ザキ

相手の心臓の動きを停止させ、即死させる即死呪文。心臓がない魔物には意味がない。

 

ザラキ

ザキの魔力を周囲に分散させる範囲即死呪文。

 

バギ

魔力によって風を起こし、鎌鼬によって切り裂く真空呪文。

僧侶は基本的に回復や防御のための呪文しか使えないため、自衛という目的でバギの習得が義務付けられている。

なお、殺生に関して厳格な戒律を持つ僧侶のグループの中にはバギの習得および使用を禁じているものもある。

 

バギマ

バギ以上の規模の風で、かまいたちを発生させる中級真空呪文。

 

ニフラム

激しい光を発生させる発光呪文。

主に視界を封じるためではなく、やむなく逃走するという目的で用いられることが多い。

ただし、視覚を持たない魔物やセンサーで識別するタイプの魔物には効果はない。

 

マホトーン

相手の体内に流れる魔力を干渉し、一時的に呪文の発動を封じる魔封呪文。

 

スカラ

不可視の障壁で対象を包み込むことで物理攻撃によるダメージを軽減させる障壁呪文。

 

スクルト

周囲の味方に不可視の障壁を与える範囲障壁呪文。

 

マホトラ

相手の魔力の流れを制御し、その流れを自分に吸収することで魔力を奪う吸収呪文。

 

 

人物詳細

月鏡の塔でレック達が出会った記憶喪失の少女。

メラやギラを中心とした呪文に精通している。

ただし、回復呪文はまったくできない。

また、小柄な体と素早い動きから2本の短剣を使った変則的な戦いをする。

出会ったときはレック達と同じく透明人間になっていたが、夢見の雫で実体化する。

そのことからわかるように、時期は不明だがとあるアクシデントで月鏡の塔に落下、記憶喪失となった。

しかし、ミレーユの調べによると彼女は数多くの呪文を契約しているらしいが、その経緯は全くの闇の中。

天真爛漫な性格で、記憶がないことをさほど苦と思っていない様子。

夢のお告げを理由に、ムドーの島へは向かわず船の警備を行うことになる。

ムドー討伐後にダーマで合流する。



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主要メンバー『チャモロ』

チャモロの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第38話現在の状況)


チャモロ 15歳

 

つよさ

レベル 20

力 41

素早さ 67

身の守り 44

かしこさ 63

かっこよさ 35

攻撃力 56

守備力 53

HP 112

MP 79

 

装備

ゲントの杖

旅人の服

皮の帽子

 

職業

魔物マスターレベル7(現在)

 

装備品詳細

 

武器

ゲントの杖

樹齢1000年以上の木を使って作られる杖で、ゲント族の僧侶以外は持っていない。樹木に宿った力が杖に残留しており、その力によってベホイミと同等の力を発揮することができる。また、杖に宿る魔力は杖が土や石などの自然の物質に接触させることで回復できる。

 

旅人の服

チャモロが装備している旅人の服はゲントの村で作られたもので、僧侶の袈裟のような形となっている。理由として、この土地では旅をする人間のほとんどが僧侶であるためだという。

 

皮の帽子

動物の皮を利用して作られた帽子。ファッションもしくは防寒用という役回りが大きく、防具としては期待できない。なお、チャモロ曰く決して坊主頭を隠すためにかぶっている訳ではないという。

 

なし

 

習得呪文

ホイミ

生命力を促進させて傷をいやす下級の回復呪文。

 

ベホイミ

生命力の促進量をさらに引き上げた中級回復呪文。

 

ベホマ

全身の傷をいやす上級回復呪文。

 

キアリー

体内の解毒代謝を促進させ、毒を分解する解毒呪文。

 

キアリク

体内の解毒代謝を促進させ、麻痺の成分を含む毒を分解する解毒呪文。

 

ザオラル

回復呪文では治すことのできない切断された部位や複雑骨折、臓器の異常を治癒する再生呪文。しかし、治癒のための魔力の制御が難しく、回復呪文と比べると習得が困難。

 

バギ

魔力によって風を起こし、鎌鼬によって切り裂く真空呪文。

僧侶は基本的に回復や防御のための呪文しか使えないため、自衛という目的でバギの習得が義務付けられている。

なお、殺生に関して厳格な戒律を持つ僧侶のグループの中にはバギの習得および使用を禁じているものもある。

 

バギマ

バギ以上の規模の風で、かまいたちを発生させる中級真空呪文。

 

ニフラム

激しい光を発生させる発光呪文。

主に視界を封じるためではなく、やむなく逃走するという目的で用いられることが多い。

ただし、視覚を持たない魔物やセンサーで識別するタイプの魔物には効果はない。

 

マホトーン

相手の体内に流れる魔力を干渉し、一時的に呪文の発動を封じる魔封呪文。

 

習得特技

魔物のブレス

魔物はそれぞれが体内に持っている器官を利用して炎や氷、毒などの多種多様なブレスを使用する。魔物マスターは独自に調合した薬草を利用することでそれを再現することができる。

 

百裂舐め

連続で相手をなめまわし、身の守りを忘れさせるほどに動揺させる技。当然、チャモロは使うつもりがないとのこと。

 

 

人物詳細

ゲントの村で次期族長として育てられた少年。

赤ん坊の頃の夢のお告げで自分は世界を覆う闇を貫く矢の1本となると信じ、それに見合う力を得るために5歳の頃に親元を離れ、チャクラヴァの下で育てられることとなった。

ゲントの僧侶として、命の尊厳が重視されていることからベジタリアンとなっており、初代長老の命日でのみ肉や魚を食している。

神の船とは血の契約を交わしたことで、彼以外には操縦できなくなっている。

なお、他の国や街などへ行ったことはなく、それに関する知識は書物で得たものだけであることからいつか自分の目で世界を見ることができればと思っている。

釣りが趣味なのだが、釣った魚は常にキャッチ&リリースしている。

 

 



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主要メンバー『アモス』

アモスの詳細です。
ストーリーが進むにつれて更新していきます。(現在は第38話現在の状況)


アモス 30歳

 

つよさ

レベル 19

力 72

素早さ 80

身の守り 65

かしこさ 49

かっこよさ 39

攻撃力 137

守備力 131

HP 173

MP 30

 

装備

アモスエッジ

厚手の鎧

鉄兜

 

職業

武闘家レベル6(現在)

 

装備品詳細

 

アモスエッジ

攻撃力55→65 かっこよさ25→30

モンストラーとの戦いで武器を失ったアモスが旅立ちの日にモンストルの住民から贈られた両手斧。住民がかき集めた金属から良質なものを厳選し、鍛冶屋が寝食を忘れて試行錯誤したもので、アモス自身も気に入っている。2代目ロン・ベルクの手で強化される。

 

厚手の鎧

魔物のブレスや呪文への対策として、従来の鎧以上に分厚くした鎧。実用性重視であるため、あまりかっこよくないらしく、見た目を気にする人物には敬遠される。

 

鉄兜

城の兵士や旅の戦士などに愛用されている兜。コストパフォーマンスと性能はなかなかのもので、普及している兜の中でも生産数が多い。

 

習得呪文

ホイミ

生命力を促進させて傷をいやす下級の回復呪文。

 

習得特技

みかわしきゃく

武闘家の弱点である攻撃への耐性の低さを補うために編み出された技。両足の動きをランダムに変化させ続けることで、相手の的になることを回避する。

 

足払い

滑るように足を払うことで、相手を転ばせる技。対人戦で使用されることが多いものの、魔物との戦いでは基本使われることがない。

 

かまいたち

武器もしくは足を高速で振ることで、空気中の魔力を利用してかまいたちを発生させる技。武闘家は肉眼以上に精神統一しつつ、心の目で見ることが重要視されており、目隠しをしたままこれを相手に命中させることができれば、一人前とされている。

 

急所突き

相手に急所に拳を叩き込むことで、相手を戦闘不能にさせる技。人間であれば、急所はある程度分かるものの、魔物の急所は種類によって異なるため、魔物マスターの支援が成功のカギとなっている。

 

変身

一時的にモンストラーに変身する技。変身後は理性の種によってある程度制御できるものの、アモス自身の疲労が激しく、10分以上変身し続けると、そのあと2時間は戦闘に参加できなくなる。

 

人物詳細

モンストラーを討ったことで、モンストルの住民から英雄視されている男性。レック達と出会った頃はその戦いの傷を自身が救った村娘であるメルニーの世話を受け、療養生活をしていた。なお、魔物から受けた傷のせいでモンストラーに変身する呪いがかかっており、理性の種を飲むまでアモス自身は気づくことがなかった。だが、彼の無意識な制御のせいか、変身したモンストラーが人間を襲うことはなかった。理性の種で変身能力の制御ができるようになった後はレック達に恩返しするために旅に同行する。なお、魔物から受けた傷が変身する原因に本当になったのかについては定かではなく、現在は魔物マスターとなったチャモロが中心となって調べている。



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第1話 村の少年

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

少年の耳にいつも聞くソプラノトーンの声が届く。

目を開くと最初に見るのは木製の床。

周囲には少し大きめのテーブルと2つのイス、ベッド、タンス。

少年額には激しい痛みがある。

「額は…切れてないみたいだ」

痛い部分を手で押さえながら少年は立ち上がる。

青い布のドレスを着たそれと同じ色の肩にかかるほどの長さの髪、潤いのある白い肌と黒い瞳。

彼女があのソプラノトーンの声の主だ。

彼女の名前はターニア、今年で16歳になる少女で、少年の1歳年下の妹。

「一体どうしたの?急にベッドから落ちて…」

「だ…大丈夫。びっくりさせてごめん。ターニア」

「もう、気を付けてね。レックお兄ちゃん」

少し困ったような笑顔を見せるターニア。

切れてないかもう1度確認するため、レックは鏡の前に立つ。

ターニアのと同じ色の目と逆立った髪、重ね着した青と茶色の服、そして紫色のズボン。

腰には剣を模して彫られたヒノキの棒が差してある。

それが彼の容姿だ。

両者の服は死んだ両親が着ていたものだ。

切れていないという安心感を得たレックは妹の頭をなでると、外へ出て行った。

 

「ふうー…朝の顔洗いは気持ちいいな」

冷たい水でわずかに残った眠気が吹き飛ぶ。

水にはレックの姿がよく映っている。

天気は晴天で、麦わら帽子をかぶった農夫たちが畑仕事に精を出している。

井戸の北隣にある万屋は開催まであとわずかとなった村祭りの準備のため今は休業中で、その裏に赤いレンガ屋根の家、レックとターニアの家がある。

ここは山奥の村、ライフコッド。

山の精霊が祭られた教会を中心に作られた農村だ。

この村では商売とはほとんど縁がなく、通貨は使われず、主に物々交換が行われている。

「おーい、レック!!」

タオルで顔をふくレックの背後から少年の声がする。

「ランド、おはよう」

「よお!」

金髪で少しレックよりも背が高く、黒いシャツと白い長ズボンを着た少年が笑顔であいさつする。

ランドと呼ばれたこの少年は村の南で経営されている酒場の息子で、現在は狩りの修業をしているレックの幼馴染だ。

「今年の精霊様の使い役、ターニアちゃんがやるんだろ?エスコート役に早く選ばれてえなー…」

「ランド…エスコート役は村長さんが決めるんだよ。選んでほしいなら、俺じゃなくて村長さんに言えばいいじゃないか」

「分かってねーなー、兄貴は。こういうのはターニアちゃんの兄貴であるお前の許可がいるんだよー」

笑いながら、強引にレックの肩を組むランド。

(兄貴って…ランドの方が1つ年上じゃないか…)

「おーい、レックー。村長さんが呼んどるぞー」

村長の家へ木彫り細工を運び終えて、南の作業場へ戻っている中年の農夫が呼びかける。

「はい!今いきます!!」

「じゃあ、俺も行く!」

「なんでランドも行くんだよ?今日は狩りの特訓をするんだろ?」

「いいからいいから、行こうぜ兄貴!!」

問答無用と言わんばかりに背中を押され、レックは教会の裏の崖を登ったところにある少し大きめの家へ向かった。

 

「失礼します」

「よく来たな、レック。ランドも一緒なのには驚いたが…」

「別にいいだろ、村長さん!兄貴の行く場所は俺の行く場所ってな!」

恰幅の良い体型で、茶色い服を着た白くて薄いひげと髪の老人が机の上に置かれている絹と木彫り細工を袋に詰める。

「レック、ここの絹と木彫り細工の評判が良いことは知っておるな?」

「はい。それでふもとの町ではよく売れる…って村長、もしかして…」

「そうじゃ。今年はレック、お前に買い出しに行ってもらいたいのじゃ」

詰め終わり、きつく袋の口を締めると、村長はレックにそれを渡す。

ライフコッドでは村祭りの際、造花と良質な木でできた冠、通称精霊の冠が必要となる。

そのため、祭りの前になると村の男性にこの民芸品を元手にふもとの町でその冠を購入することになる。

また、冠を手に入れた後は残金で鉱石や陶器といった村では生産できない物を購入する必要もある。

買い出しは祭りのためだけでなく、村の生活のためにも重要な事柄なのだ。

2年前までは万屋の双子の弟が買い出しに行っていたが、高齢とぎっくり腰のため、ドクターストップがかけられた。

そのため今では生きがいをなくしたと飲んだくれている。

「じゃ、じゃあ村長さん!俺も一緒に行っていいか?」

「ほう…ランド、お前が一緒に?」

「ああ!昨年は俺が行ったからな、先輩としてアドバイスしねえと!」

そんなことを言っているが、本当の目的はターニアとの交際を認めてもらうための点数稼ぎだということは誰の目にも明らかだ。

だから、たまにランドは仕事をさぼってレックの仕事である羊の毛刈りや牛の乳搾りの手伝いをしている。

バレバレなのに本人だけ気づかれているということにわかっていないところがあるため、どうも憎めなくなる。

「じゃ…じゃあ、頼むよ。ランド」

「おう!!」

「まあ、お前が決めたのなら儂からは何も言わん。しっかり準備をしていくのだぞ」

止めろと言っても、勝手についていくだろうと判断した村長は静かに了承した。

半分予想通りだなという思いもあるが。

 

「はい、お兄ちゃんとランドのお弁当と薬草!」

「お…おう…」

「ありがとう、ターニア」

家に戻ると、ターニアは既に2人の旅の用意をして待っていた。

「それにしてもターニア、なんでこんなに早く準備を…?」

「ジュディが教えてくれたの。昨日こっそりと私に…」

ジュディは村長の娘で、ターニアと同年代の少女だ。

村長の仕事の手伝いをしているため、こういう話は前もって彼女の耳に入る。

「ちょっと心配だけど、ランドがついてるから大丈夫だね!」

「そりゃあな!レックは俺がちゃんと守るから、安心してくれ!ターニアちゃん!」

「俺ってそんなに頼りない…?」

笑顔のランドとターニアを見て、かなり心中が複雑になるレック。

訓練をさぼっているとはいえ、ランドの弓の技術は中々よく、前に見せてもらったときは木の上からファーラットを射抜いて見せた。

ファーラットとは山に生息している緑色のもこもこした体毛で覆われた3つの目で2本足のモンスターだ。

鳴き声がなく、一説によると頭部にある2本の触角で仲間とコミュニケーションしているとされている。

「それと、お兄ちゃんにはこれも!」

「ああ、これは忘れたらいけないね」

ターニアから渡された傷だらけの鞘と柄の剣を背負う。

これは家に昔からあった剣で、父親が幼少期に崖で見つけたという。

父親が死んだあと、レックは何度も剣を抜こうとしたがびくともせず、ターニアやランドも同じ結果だ。

それでも、亡き両親の形見であり、お守りである。

「じゃあ、お兄ちゃん、ランド!気を付けてね!」

「うん、行ってきます!」

「ターニアちゃん!すぐに戻ってくるからなー!」

ターニアに見送られ、二人は村を出た。

 

「はあ…はあ…」

「はふう…もう昼か…」

崖に作られた山道を下り、一面に広がる草原まで来て、空腹となった2人は偶然目に入ったちょうどいいくらいの形の石に座る。

村を出てから4時間半。

山を下る間の道やトンネルで2人は何度か魔物に襲われた。

黄色い水滴状の物体で黒いぶちがあるぶちスライム。

植物の根に命が宿り、人型となって出てきた魔物でつられて踊ってしまいそうな不思議なダンスをするマンドラゴラ。

魔王が気まぐれでネズミとコウモリを融合して生み出したという噂のあるねずこうもり。

頭の尻尾に口がある紫色の魔物であるおばけなめくじ。

そして、ファーラット。

それらのモンスターはランドとレックの敵ではなかった。

レックはたまにある家畜を守るための魔物退治と農作業である程度鍛えられていて、ランドも弓の力量があるためだ。

もっとも、それはこれらの魔物に対してだけであってさらに強い魔物に対抗できるかはわからないが。

「にしてもレック。もうこの棒、駄目なんじゃないか?」

「確かに…。ここまでマンドラゴラと戦ったときに少し変な感覚があったからなぁ」

「じゃあ、街に着いたら剣を買わないとな!」

「買うって言ったって、お金はどうするんだよ?俺たち、そんなに金持ってないんだぞ?」

「大丈夫だって!俺と兄貴の今ある金でも兵士の剣くらい買えるって!」

「おいおい、貴重な金を俺のために使っていいのか?」

「別にいいって。兄貴のためだし」

よこしまな気持ちがないことを示すかのようなまっすぐな目をレックに向ける。

そういう優しい一面があるため、レックはランドを頼りにしている。

「ありがとう…。それにしても、その兄貴って呼ぶのよしてくれないか?」

「別にいいだろ、今更。そういえば、ターニアちゃん言ってたぜ?この頃うなされてるって。大丈夫か?」

「大丈夫。そんなに心配する必要はないよ」

弁当を食べ終えたレックは再び空を見る。

(うなされている…か…)

うなされる理由は明確に分かっている。

真っ暗な空、幾度も発生する雷。

そんな気候が安定しない険しい山の中にある煉瓦造りの城。

その城の主、魔王ムドーに挑み、敗れる夢だ。

茶色いマントをつけた黒で2本の角のある竜と人が融合したかのような巨大な魔物。

1人の男性と1人の女性がレックと共にムドーと戦う。

その2人の名前、容姿、声はなぜか分からない。

聞いている、見ているにも関わらずだ。

はっきりわかっているのは、ムドーがいる玉座の間に到達した瞬間、ムドーが作り出した虹色の空間の中で身動きが取れなくなり、石と化してしまったことだけだ。

夢が始まるのはムドーの城の宝物庫付近で、どうやって侵入したかも見当がつかない。

(なんで…あんな夢を見るようになったんだ?俺は…)

「ま、日が立てば何とかなるさ。行こうぜ、街まであと1時間だ!」

「そう…だな」

弁当を片づけ、民芸品が入った袋を背負う。

「それにしても、今回のはかなり品質がいいって道具屋のじいさんが言ってたな」

「ダズさん達が作った木彫り細工、ヨーテおばさん達が作った絹。大切に売らないと」

「だな。行こうぜ。ここらへんにはリップスって気持ち悪いモンスターが出るからな」

ランドから腕が2つあり、ピンク色の巨大な唇が特徴的な黄色い巨大なナメクジの話を聞きながらレックはふもとの町へと急いだ。




ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地第1話いかがでしたか?
突っ込みどころ満載ですけど(笑)。
作者にとってランドというのはかなり頼りになる存在です。
彼がいないと主人公は安心して村を出ることができなかったと思いますから。
さて、主人公レックはこれからどんな物語を描くのか…?
とりあえず、作者が途中でこれの更新を放棄しないようにしないと…。


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第2話 マルシェ

「らっしゃいらっしゃい!!ただ今限定商品があと1品!!100ゴールドでどうだい!?」

「そこのお客さん!ただ今皮の鎧お安くなっておりますよ!なんと、30ゴールド引きで200ゴールド!!さあ、買わないと損するよーー!!」

「今年のバザーにはレイドック王が来なかったのお…なにかあったんじゃろうか…?」

「わあ…これじゃ、完全におのぼりさんだ…」

エネルギーあふれるバザーにレックは度肝を抜く。

マルシェ、ライフコッドのふもとにある商業都市。

年に1度のバザーには世界各地から人々と商品が集まり、活気に満ち溢れる都市なのだ。

この都市を治めるレイドック王国にとっても、多大な経済効果を上げるこのバザーに注目しており、商人招致運動に補助金を与えるほどだ。

「気をつけろよ、兄貴。田舎者の俺たちはあいつらにとって格好のカモだからな。あと限定商品を100ゴールドで売るやつ見たか?去年、あいつにお鍋の蓋を100ゴールドで買わされたんだ」

ランドの言うとおり、活気であふれる反面こうして客をカモる商人も存在する。

値段設定がかなり適当なのだ。

カモられるほうが間抜けという認識が強いこの町であるため、更に性質が悪い。

「そこのお兄さんたち、ライフコッドの者ですかーーーー!!?」

「うわあ!!」

とんでもない大声にびっくりしながら、レックはその方向に目を向ける。

西側に白いテントの屋台を設置している荒くれ者が声の主のようだ。

「よお、ドガのおっさんじゃないか!」

「ランド!1年ぶりだな!!」

「知ってるのか?」

「当然だろ?去年、あのおっさんに民芸品を買ってもらったんだ。それと…」

ランドはそう言いながら、東側の青いテントに指をさす。

そこにはドガそっくりの荒くれ者が商売をしていた。

「あの人は…?」

「ボガのおっさんだよ。ドガのおっさんの弟。毎年売上を競い合ってるんだ」

「お前さん、ランドのダチか!?おたくの村の民芸品、品質がいいからよぉ、高く買い取るぜ!あのボガの店よりも!!」

「いーや、お客さん!ウチは兄さんの店よりも高く高く買い取りますよー!」

「レック…始まるぜ…」

「…何だかそんな気がしてきた…」

ドガとボガの両者が火花を散らしあう。

バトル開始!!

「300!!」

「330!」

「360!!」

「390!」

「420!!」

「450!」

「480!!」

「うぐ…」

ボガが黙り込む。

どうやら、480ゴールド以上出せないようだ。

「決まりだな。じゃあ、ドガのおっさんに売ろうぜ」

「すごい…300ゴールドから480ゴールドに値上がりした…」

これでいいのかと思うが、480もあれば冠を買ってもかなりお釣りが出る。

そのお釣りでいろいろ購入すれば村のみんなが喜ぶ。

そういう考えで自分を納得させ、レックはドガに民芸品を売却した。

「よし、じゃあ次は武器屋へ行こうぜ。銅の剣を買わねえと」

「あ…ああ…」

ドガが喜び、ボガが落ち込んだのもつかの間、旅人が来ると今度は自分たちの店の商品のセールス合戦を開始した。

都会というものを実感したレックはランドについていく。

 

「なあ…本当に良かったのか…?」

「何度も言わせるなよ。これでレックもヒノキの棒から卒業、万々歳じゃねえか!」

「でも、ランドの小遣いが…」

「見えてきたぜ、あそこが冠職人のビルデ爺さんの家だ」

町はずれにある小さな家に指をさす。

家の前には栗色の髪とドレスの若い女性がいた。

「あの人は爺さんの娘さんだ…。スージーさん!久しぶりだな!!」

「あ…ランドさん。お隣の方は…?」

「レック。俺のダチだ!!」

「初めまして、今日は…」

「お父さんに御用事があるのですね?でもごめんなさい。3日前に木材を取りに行って、まだ戻ってないんです。造花は完成したんですが…」

「木材を…?」

「ビルデ爺さんは冠を作るときは決まって西の森の木を使うからな。きっと、西へ行ったんだ。けど、この町より西へ俺は行ったことないぞ」

ここまでの魔物にはリップスと悪魔の顔を模した巨大な盾を持った緑色の小人であるシールド小僧を除けば苦も無く対処することができた。

しかし、今まで行ったことのないその西の森ではそれ以上に強い魔物が出ない保証はない。

「あの程度の魔物に爺さんが後れを取るわけがねえけど、心配だな…」

「なら、早く森へ行こう。ビルデさんがいないと村祭りができなくなる」

「だな。じゃ、行こうぜ。兄貴!」

意を決した2人は西の森へ向かう。

 

西の森は人の手が加えられていない良質な木であふれている。

しかし、道は険しく迷いやすいためある程度土地勘のある人以外が奥地に入ることは勧められていない。

「はあ…はあ…レック…今どこらへんだ?」

「もうすぐってところだな…」

「なるほどな…なら、今日中になんとかなりそうだな…」

倒したシールドこぞうやリップス、ファーラットが青い粒子となって消滅していく。

スージーから地図をもらっているとはいえ、どこからともなく魔物が襲ってくる。

方向感覚を誤らないようにするため、2人は近くの木の年輪を確認し、更に木に印をつけながら進む。

もう夕暮れになっている。

うまくいけば、明日の昼にはライフコッドに戻れる。

「キキーーー!!」

「チュバー!!」

「ゲゲ!?こんな時に…」

シールドこぞうとリップス、そして悪魔の魂が宿った玉ねぎであるオニオーン達が奥地方向から出てくる。

しかし、レック達に目をくれることなく逃げていく。

「ありゃ…?なんで俺たちを襲わないんだ?」

「グオオーーーーーン!!」

同じ方面から力強い魔物の叫び声が聞こえる。

「な…なあ、レック…もしかして…」

「もしかするかもな…」

冷や汗をかきながら、互いに目を向けあう。

両者は同時に頷くと、奥地に向けて走る。

「う…嘘だろ…!?」

「お…大きい…!」

巨大な2本の角と金色の髪を持つ巨大な2本足の羊。

羊と称したが、羊を見慣れているレックでもよく見ないとそう見えないくらいに特徴がそれと大きくかけ離れている。

あの魔物は沈黙の羊、この地域ではあまり見かけない巨大な魔物で下級兵士では3、4人が協力することでやっと倒せるくらいの強さで、当然民間人がそれを見つけたときはすぐに逃げるよう呼びかけられている。

「どうすんだよ!?俺、沈黙の羊と戦ったことないぞ!!」

「ランド!人が倒れている!!」

沈黙の羊のそばでは、レックよりも身長が10センチ近く低い、バイキングがつける2本角のメットのようなものをつけた老人が気を失っている。

その魔物に襲われたようだが、もしあのメットが無ければどうなっていたことだろう。

「ビルデのじいさん!!なるほどな…あいつのせいで…」

「やるしかないな…」

銅の剣と折れそうになっているヒノキの棒を構える。

「グオオオオオンンンンン!!!」

レックとランドの姿を見た沈黙の羊が角を前にだし、突進し始める。

「くっそお!!避けろ、レック!!」

「うわああ!!」

辛くも両者は左右に飛び、攻撃を避ける。

「この野郎!!!」

跳躍した際に落ちた矢を拾い、沈黙の羊に向けて放つ。

矢は魔物の左腕に刺さったが、ランドの腕力の問題か、それとも魔物の皮膚の厚さによるものか、深くは刺さらなかった。

「ゴワアアア!!」

矢を受けた沈黙の羊はランドに目を向けると、足元にある岩をランドに向けて投げつける。

「うわああ!!」

「ラ…ランドォ!!」

岩石を利き腕である右腕に受け、骨が折れたランドが痛みで叫びを上げながら地面を転げまわる。

沈黙の羊はとどめを刺すため、ゆっくりとランドに近づいていく。

「やめろーーー!!」

ランドを守るため、レックは銅の剣とヒノキの棒で背後から攻撃する。

しかし、切断武器というよりも打撃武器といえる2つの粗悪な武器では致命傷を与えることができない。

この状況では沈黙の羊の注意を引けるだけでも救いと言えよう。

「グワオオオオン!!」

沈黙の羊が自らの右拳をレックに向ける。

拳は彼の腹部に深々と突き刺さる。

「ガ…アア…!!」

攻撃を受けたレックが吹き飛ばされていく。

「ハア…ハア…」

巨大な穴がある開けた場所まで吹き飛ばされたレックは口にたまった血を吐きだす。

そして、左手に持っているヒノキの棒が砕けていることを確認した。

「ランド…ビルデおじいさん…」

動きたいが、腹部の激痛から立ち上がることができない。

肋骨が何本もおれているようだ。

立ち上がれない彼の元へ大きな足音が近づいてくる。

(まさか…沈黙の羊…?)

木が倒れる音がする。

その音と共に沈黙の羊がレックの前に現れる。

魔物はとどめを刺そうと近づいてきている。

(そんな…俺、ここで死ぬ…?)

彼の目から涙があふれる。

ランドとビルデが今どうなっているのかわからない。

生きているとしたら、早く助けなければならない。

動けず、こうして死を待っている今の自分が恨めしい。

(ターニア…父さん…母さん…ごめん…)

「オオオオオ!!!」

沈黙の羊が急に顔をゆがめ、体勢を崩す。

「な…なんで…?」

涙をふき、倒れた魔物をじっと見る。

頭部には何本も矢が刺さっていた。

「ま…まさか、ランドが…??」

「撃てぇ!!」

中年男性の低く太い声が聞こえる。

それと同時に、何本も矢が放たれ、沈黙の羊の体の各所に刺さる。

「ランドじゃ…ない…?」

「大丈夫か?もう、大丈夫だ」

金髪で貫録のある少し長めの髭とわずかにしわがある男性が近寄る。

男の鎧には剣を咥えた竜の頭部を模したエンブレムがついている。

「レイ…ドック…?」

「私はレイドックのソルディ兵士長だ。偶然、ここの近くで偵察を行っていたのだ」

すぐにソルディは懐から痛み止めの薬をだし、レックに飲ませる。

「うう…苦い…!!」

「我慢しろ。これで、一時的に痛みだけはどうにかなるはずだ」

すさまじい、何倍にも苦みが増したわさびを直接飲んでいるような感覚だが、確かにあれほどまでに感じた痛みが消えていく。

「君の友人とビルデさんは無事だ。それよりも早くマルシェへ戻り、手当をする!!」

「ソ…ソルディ兵士長!!!」

「何!?」

多くの矢を受け、左目がつぶれた沈黙の羊が憤怒の表情を浮かべる。

そして、レックにとどめをさすために突撃する。

「く…まずい!!」

背後は大穴、更にソルディは今、レックを抱えている。

このままでは突撃を受けて、穴の中へ落ちてしまう。

「うおおおおお!!」

「何!?」

急にソルディがレックに突き飛ばされる。

そして、彼がレックが沈黙の羊の突撃を受ける光景を見ることになった。

「あ…ああ…」

「ゴオオ…オ…」

沈黙の羊が胸から血をふきだしながら、あおむけに倒れる。

突撃を受ける寸前にレックは跳躍し、沈黙の羊の心臓を銅の剣で力任せに貫いたのだ。

絶命した沈黙の羊は青い粒子となって消滅する。

しかし、魔物がいた場所には銅の剣しかない。

「あの少年は…!?」

ソルディは周囲を見渡す。

そして、大穴のそばでうつぶせに倒れているレックを見つけた。

「おい!!大丈夫か!?しっかりするんだ!!」

レックの肩をたたく。

すると、彼はゆっくりと目を覚ました。

「え…!?」

目を開いたレックは信じられないものを見た。

目の前には大穴があり、大穴からは一面の空と大陸、島、そして町のようなものが見えた。

「そ…んな…これは…本当に…穴…??」

大穴についてはうわさでだけ聞いたことがある。

魔王が自分たちの障害になる地域を封じ、そこを大穴にしたというもので、村の人々はあまり信用していなかった。

しかし、穴の中がこのような光景だということは今まで聞いたことがない。

「どういう…こと…??」

「何を言っているんだ?君は…お、おい!!」

ダメージと戦いによる疲労のためか、レックはまた気を失ってしまった。




原作よりも早めにソルディ兵士長が登場です!
それにしても、お鍋の蓋と皮の鎧のぼったくりにはびっくりしました。
そして、2回目プレイの時に知ったドガとボガの民芸品値上げでかなり儲かったことはいい思い出です。
改めてDS版をプレイしてますが、いろんな思い出がある分、懐かしい感じがします。
ちなみにDS版をモチーフとするため、シエーナはマルシェに変更しています。


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第3話 お告げ、そして旅立ち

「う…うん…」

「ふう、ようやく目を覚ましましたよ」

「神父殿、感謝する」

レックがゆっくりと目を開く。

清潔なベッドと銀の食器、そして蝋燭立て。

「ここは…?」

「目を覚ましたようだな、ここはマルシェの教会。君はここで1日中寝ていた」

「ソルディ…兵士長…?あ…あれ?」

沈黙の羊と戦ったときに追っていた傷が完全に消えている。

そして、腹部に触れると肋骨が折れた感覚がしない。

「神父殿とシスター殿が君に回復呪文を施したのだ。あとで礼を言うといい。では、私は失礼しよう」

「待ってください。ランドは…ランドはどこに!?」

レックのいうとおり、部屋の中にはランドの姿がない。

最悪な状況を予想してしまう。

「心配ない。彼はそろそろ戻ってくる。安心して待つがいい」

そう言い残すと、ソルディは部屋から出て行った。

そして、入れ替わるようにランドが入ってくる。

「レックーーー!!!良かった!!やっと目が覚めたんだな!?」

泣きながらレックの回復を喜ぶランド。

彼の手には精霊の冠が入った袋がある。

「精霊の冠…?」

「ああ!爺さんが助けてくれたから、代金はいいってさ!!せっかくだから、いろいろ買って帰ろうぜ!ターニアちゃんやジュディの土産をさ!!」

「ああ…けれど、祭りに間に合うようにしないとな」

レックとランドは神父たちに礼を言うと、そのままバザーの人ごみの中へ入って行った。

 

「…」

「あの、兵士長。いかがしましたか?」

マルシェ南東にあるレイドック城を目指す道中、考え事をするソルディに兵士が問いかける。

「いや、最近狂暴な魔物が多くなったと思ってな」

「そうですよねえ…この3年で沈黙の羊の目撃情報が増えましたし…」

「兵士の絶対数が不足していて、疲労がたまっています」

「今度の兵士採用試験で、どれだけ兵士を集めることができるか…」

3人の下級兵が口々に言い始める。

彼らは元々、レイドック城周辺のパトロールが主任務だったが、人員不足が原因でマルシェの西の森のパトロールを臨時で行うことになったのだ。

休日返上で働いているため、家族と一緒に過ごす時間がほとんどない。

しかし、ソルディは彼らとは別の考え事をしていた。

(それにしても…あの少年、本当にけが人だったのか?)

装備している鎧に手を当てる。

レックに突き飛ばされた際に彼の手が当たった部分がわずかに凹んでいた。

(沈黙の羊を銅の剣で貫くほどの力、一体どうやって…?)

 

「いやあ…今回の買い出しは大成功だな!!冠は最高だし、しかも鉱石も陶器とたくさん…」

「お前ら、どうやったらこんなに買えたんだ?」

「いやーーー!それがよぉ、俺と兄貴で力を合わせて、沈黙の羊を倒してさぁー…」

目覚めた日の夕方、ライフコッドに戻ってきた2人は酒場で準備の手が空いている人たちからねぎらいを受けた。

そして、誤って酒を飲んでしまったランドが酔っぱらって、自分たちの買い出しでの行いをかなり誇張してみんなに伝えている。

使い役であるターニアは村のしきたり上、夕方から夜まで人前に出ることは許されず、今は村長の家の中にいる。

村長とジュディは準備の指揮をしていて、大変忙しくしている。

「うぃー…遅すぎじゃわ、儂ならもっと早く…ブツブツ…」

万屋の弟は相変わらず酒を飲んでばかりだが。

(それにしても、あの穴…)

牛乳を口にするレックの耳にはランドたちの声が入ってこない。

今のレックを支配しているのは穴の中に存在した光景だけだ。

(おじいさんは穴の中は真っ暗だと言ってたな…)

ライフコッドを戻る前、レックは冠についての礼と穴のことを尋ねるためにビルデの家へ行った。

しかし彼は何度も森に足を踏む入れ、穴も見ているが、レックが見たような光景を今まで見たことがないという。

(俺の見間違いなのか?それとも…)

「おいレックーーー」

急にランドがレックの方に腕を回す。

アルコールのにおいが彼の鼻に伝わる。

「ランド、もうやめといたら…?」

「何言ってんだよー?お前も自慢しろよー」

(ああ…早く帰りたい…)

 

「ふう…」

ランドが酔いで眠りにつくと、レックはようやく解放され、帰宅することができた。

テーブルに置かれていた卵サンドを食べ、ベッドで横になる。

「疲れたし、祭りの時間まで寝よう…」

日没と同時に祭りがおこなわれる。

わずかだが、寝る時間はある。

そう考えると、急に睡魔が襲ってくる。

(もしかしたら、あの穴の中にもう1つの世界があるのかも…。行ってみたいなぁ…)

 

「う…ううん…」

「オエエ…オエップ…」

台所から聞こえる変な音を聞きながら、レックは目を覚ます。

「…迎えに来てくれたのか…?ランド…」

「お…おう、早く行こう…ぜ…オエエ!!!」

酒のせいで嘔吐するランドの背中をレックは何も言わずにさすった。

 

「うええ…気持ち悪い…」

「我慢しろよ、ランド。もうすぐターニアが来るよ」

村長の家への上り坂の前で村人たちが整列する。

家の前には案内役と子供が松明を持って立っている。

「精霊の使い、お迎えに上がりました。私が教会まで案内させていただきます。どうか、お姿を見せてください」

何度も練習したためであろう、すこし棒読みな感じのあるセリフののち、扉が開く。

すると、精霊の冠をかぶり、白い衣をまとったターニアが出てきて、そのあとの村長も出てくる。

「あ…」

「タ…ターニアちゃん…きれいだなあ…うう!!」

レックとランドはターニアの姿に見とれる。

毎日見ているはずなのに、今日は特にきれいに見えた。

「ターニアちゃん、きれいだよ!!」

「よ、村長男前!!」

ランドの父親と鍛冶職人の荒くれが声援を送る。

そんな中、3人は教会へ入っていく。

そして、彼らの後を追う形でレック達も教会へ入って行った。

教会の祭壇には女神像が安置されている。

その像の前で、神父とターニアが対面する。

「1年の時を隔て、今夜再び精霊の使いがこの村を訪ねてくださいました。精霊の使いよ!さあ、その冠を我々にお与えください」

ターニアは目を閉じ、神父に精霊の冠を差し出す。

「精霊の使いよ、冠は確かに受け取りました。そして、女神像を通してまた1年の間我らをお守りください」

神父の手により、精霊の冠が女神像のかぶせられる。

すると、像から不思議な光が放たれた。

「な…!?」

驚いたレックが立ち上がる。

しかし、他の全員は何もアクションを起こさない。

「なんだ…あの光!?みんな!!」

周囲を見渡すが、誰も動かない。

瞬きをしなければ息もしない。

それだけでなく、壁にかけられている蝋燭の火も動いていない。

「どういう…ことなんだ!?」

(レック…私の声が聞こえますね…?)

「あ…あああ…!!」

像の光が次第に青いポニーテールで白い肌の幼い少女に変わっていく。

その少女が着ているドレスはこの村では不釣り合いな高価な絹でできてい、精密な刺繍が施されている。

「き…君は…!?」

(今、あなたが見ている私はあなたの記憶の中に眠る存在を借りただけです)

「記憶…?」

レックはすぐ幼いころのターニアの姿を思い浮かべる。

ターニアがポニーテールになったことはない。

百歩譲ってそうであったとしても、あれほど豪華なドレスを今まで見たことも触れたこともない。

(レックよ…あなたは不思議な運命を背負い、生まれてきた者。やがて世界を闇が覆う時、あなたの力が必要となるでしょう)

「世界を…闇が…!?」

レックにはその少女が何を言っているのか全く分からない。

そんなことを気にせず、彼女はそのまま話を進める。

(その時が来るまでに解き明かすのです。あなたたちがあと少しで打ち破ることができたはずの魔王のまやかしを…。そして、あなたの本当の姿を取り戻すのです!!)

「俺の…本当の姿!?」

まるで、今の自分が偽りかのような言動にレックは混乱する。

(レックよ…旅立ちなさい。それがあなたに与えられた使命なのですから…)

「待て!!君は…いや、あなたは何者なんだ!?」

レックの質問に答えることなく光が消えていく。

そして、蝋燭の火が動き始める。

「おいレック、まだ儀式中だぞ。座れ」

「え…ラ、ランド…??」

「そうよ、早く!!」

赤毛のポニーテールでピンクのドレスを着た少女、ジュディがレックの腕を取り、強制的に座らせる。

(今…一体何が…??)

レックの記憶に眠る存在と称した少女、魔王、自分の本当の姿、旅…。

何が何だかわからないまま、儀式が終わるまで座り続けた。

 

儀式が終わると、花火が打ちあがる。

ある人は井戸の周りで踊り、ある人は酒に酔い、またある人は鶏や羊の肉、村で採れた野菜や果物に舌鼓を打つ。

そんな中、村長の家。

レックは村長にある相談をしていた。

「ほう…穴の中に世界が…」

「はい。ビルデさんは何もないって言ってましたけど…」

「うーむ、きっとそれは幻の大地かもしれんぞ」

「幻の大地!?」

両親がよく読んでくれた絵本を思い出す。

若者が神からのお告げを受け、仲間と共に自分たちが住む世界とは異なるもう1つの世界を旅する物語だ。

「古くからの言い伝えで、どうやら我々が住む世界とは違うもう1つの世界、幻の大地があるらしい」

「もう1つの世界…」

もしかしたら、あの穴の中で見たのはその幻の大地なのかもしれない。

「実は、儂も若いころ幻の大地を探すため、世界中を旅したんじゃよ」

「え…村長が!?」

「ああ。だが、見つけることはできなかった。レック、幻の大地について知りたいと思わないか?」

「…」

あの少女は言っていた。

自分には与えられた使命があり、不思議な運命を背負っている。

もしかしたら、それと幻の大地が関係しているのではないか?

「レック、これを…」

何らかの文章が書かれた羊毛紙が手渡される。

「これは…?」

「レイドック城へ入るための通行証じゃ。今、あそこは兵士不足で人の通行を一部制限しておるからな。持っていくといい」

「村長さん、それって…!!」

「旅立て、レックよ」

「でも…」

自分には村の仕事がある。

ランドやターニアといった大切な人たちがいる。

今の自分がここを離れては、故郷を捨ててはいけない。

そんな考えが浮かぶ。

「レック、世界を見るんじゃ」

「世界を…?」

「そう、書物がもたらした知識や常識に囚われてはいかん。自分の足で大地を歩き、自分の耳で風の音を聞き、自分の目で世界を見るんじゃ」

そう言いながら、村長は戸棚から麻袋を引っ張り出し、レックに渡す。

「え…?」

「これはお前の父親が兵をやめたときに得た退職金じゃ。彼の頼みで儂が預かっていた。持っていくがいい…。ターニアちゃんなら大丈夫じゃ。あの子はお前が思っている以上に強い。それに、ランドもおるからの…」

「…」

麻袋を両手で持つ。

村長の言葉を聞いた瞬間、その袋がさらに重くなった気がした。

レックは頭を下げると、何も言わずに家を出た。

(レック…お前のような若者にとって、ライフコッドは狭すぎる)

 

祭りが終わり、一気に静かになったライフコッド。

ターニアが眠る中、レックは準備をしていた。

薬草、食料、包帯、丈夫な靴やランタン。

野宿が主となる旅では、必要なものが必然的に多くなる。

(足りないものはマルシェかレイドックで買えばいい。だけど…)

すやすやと眠りターニアを見て、レックの決意が揺らぐ。

(俺がいなくなって、ターニアはさびしくならないだろうか…?)

今だ抜くことができない剣を握りしめる。

(父さん…母さん…。僕はどうしたら…)

 

「おーい、お兄ちゃん起きて!!」

「うん…」

ターニアにに体を揺らされ、レックは目を覚ます。

「ほら早く!ご飯が冷めちゃうよ」

「う…うん、分かってる…」

この時間帯ではほとんど起きているレックだが、今日に限ってまだ寝たいと思っている。

結局、彼は悩み続けて寝るのが遅くなってしまったのだ。

テーブルの上にはサラダと牛乳、パン、そして目玉焼き。

いつも通りの朝食だ。

「きょ…今日はいい天気だな…」

「うん」

「明日も…その…いい天気だといいな…」

「そうだね」

旅立つことを告げることができず、ぎこちない会話になってしまう。

「な…なあ、ターニア…俺…」

「もう、早く朝ご飯食べて、忘れ物がないかチェックしないと!」

「え…?」

「今日出発でしょ?出発が遅れたら、レイドックにつくのが夜になっちゃうよ!」

「あ…ああ…」

食事を済ませると、ターニアは食器を洗い始める。

そしてレックはターニアの言うとおり、荷物の最終確認を行う。

「お兄ちゃん…」

「何?ターニア…」

「村長さんから聞いたわ。幻の大地について知るために旅に出るんでしょ?」

「あ…ああ…。その、ターニア…」

「何も言わないで、お兄ちゃん。男の子だもん、しょうがないよね…。けど…」

「けど…?」

「必ず…必ず無事に帰ってきてね。私、お兄ちゃんの大好物作って待ってるから…」

食器を洗うターニアの手にしずくが落ちる。

「ターニア…分かってる。必ず帰ってくるから…」

安心させるように、レックは彼女の後ろから優しく抱く。

「お兄ちゃん…」

こらえきれなくなったのか、ターニアは食器を置くとしばらくレックの手に触れていた。

 

「ターニア…」

村を出て、山肌の道を歩くレック。

ターニアのあの涙にぬれた横顔が頭から離れない。

「ああ…くそ!!どうして俺は…」

「どうしたんだよ、兄貴!」

「ラ…ランド…」

木の上で珍しく獲物を探っていたランドが降りてくる。

「全く勝手だよな、俺には何も言わずに旅に出るなんて…」

「わ…悪い…」

「冗談だ。ほら!」

レックの右手を強引に引っ張ると、彼の手にナイフを握らせる。

それはランドが矢を作るため、そして獲物から肉などをはぎ取るために使用していたものだ。

「こいつを貸すぜ、レック!だからよ、旅が終わったら必ず俺に返してくれよ」

「ランド…」

「あと、早く帰ってこいよな!そうしないと、いつの間にか自分の甥の顔を見ることになるぜ!」

そういうと、ランドはそのまま走り去っていった。

「必ず戻ってこい…そういうことなんだな…ランド…」

ランドが走り去った方向をじっと見る。

そして腰にナイフを差すと、ゆっくりと山を下って行った。

 

食器を洗い終えたターニアはそれを棚に置く。

「…。お兄ちゃんの食器、しばらく洗わなくてよくなっちゃった…」

そんなことを言いながら、窓から空を見る。

雲一つなく、太陽の光がまぶしい。

「お兄ちゃん…頑張ってね…。私も頑張るから」




旅立つレック。
彼は旅の中で何を見るのか…?
あと、お告げの時に現れた少女の姿については内緒ということで…。
内緒が多い作者ですみません(笑)。


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第4話 レイドック

「ふーむ、ライフコッドから来たのか」

レイドック城下町正門前で、番兵がレックの通行証を確認する。

そして、身なりをじろじろと確認した。

「よし、入っていいぞ。ここはライフコッドよりもにぎやかな街だ。だが騒ぎだけは起こさないでくれよ」

「はい、ありがとうございます」

番兵に礼を言い、街に入る。

ここまで来るのに1日かかった。

「ここが…レイドックの城下町…」

教会近くの椅子に座り、薬草で足にあるつぶれたまめを治療しながら周囲を見渡す。

ライフコッドでは一番大きかった村長の家と同じ大きさの家がたくさん建っていて、そこよりも良質な武具が数多く流通している。

そして、城下町の東西と南の端には兵舎があり、常に兵士が警備をしている。

レイドック、マルシェ、ライフコッドを領有している王国。

マルシェに集まった良質な材木や煉瓦によって民家や王宮が作られていて、特に良質なものは町を守る壁となっている。

過去は経済活動が行われるマルシェで生活する人が多く、城下町には一部の貴族のみが居住していたが、魔物の狂暴化により兵士からの庇護を受けやすい城下町に引っ越す人々が殺到している。

最近ではそれに便乗した犯罪者の侵入を防ぐため、城下町への人の受け入れを一部制限している。

また、この地を治めるレイドック王は有能で、何年も眠らずに国を治めており、更に武勇に優れていることから国民から眠らずの王と畏敬の念を込めて呼ばれている。

「おい…聞いたか?」

「うん…?」

教会から出てきた2人の若者がレックのそばで話をしている。

「レイドック王が再び魔王ムドーに戦いを挑むんだとよ…」

「ああ…。噂によれば、各地で見かける大陸の大穴はムドーの仕業らしいな…」

「半年前の戦いでは多くの兵士が戦死しちまったし、兵士長もその時の負傷が原因でソルディ兵士長に交代したって…」

「大穴…ムドー…?」

ムドーという言葉で、レックの脳裏にあの夢の光景が浮かぶ。

茶色いマントをつけた黒で2本の角のある竜と人が融合したかのような巨大な魔物。

あの魔物が本当にいるというのか?

そして、西の森で見たあの大穴を作ったのがムドーだという。

ある意味、奇妙な因果だ。

「もしかしたら…王様が何かを!!」

痛みがなくなったのを確認すると、レックは大急ぎで城下町の北へ走る。

レイドック城は町の北に置かれているのだ。

ソルディが着ていた鎧についていたエンブレムが描かれた旗が城門の左右に設置されている。

「何?王に会いたいだと?」

レックの言葉に番兵が怪訝な表情を浮かべる。

「何を言っている?王は今、兵士の募集とムドー討伐の作戦会議、そして治世に忙しいのだ!無理だ」

「1つだけ質問したいことがあるんです!それだけ聞けば引き上げますから…」

「駄目だ駄目だ!!さっさと町へ戻れ!!」

「そうだぜ!さっさと帰るんだな!!」

急に後ろから力強い声が聞こえる。

「え…?」

後ろを振り向くと、そこには紫色のモヒカン頭で日焼けと筋肉の多い肌を露出させたベストと皮の腰巻、そして短パン姿の男が立っている。

身長はレックよりも十数センチ高い。

「お前みたいな弱い奴にレイドック王が合う訳ないだろ!腕は細いし足腰も弱え!!」

「なんだよ、初対面に人間に!!それに俺はここらの魔物くらい軽く倒せる!!」

「はぁ?そんな体でできるわけねえだろ。さっさとどけ!!俺はここの兵士になるために来たんだ!」

大男のバカにした言葉にレックの中の闘争心が燃え上がる。

「お前がなれるんなら、俺だってなれる!!兵士にならば、王様に会えるんでしょう!?」

怒った表情で兵士に詰め寄ると、予想外の返事が返ってくる。

「おいおい、ちょっと待て!!兵士になれば確かに王との謁見は可能だ。兵士になるのはいいが、テストが必要だぞ?」

「「テ…テスト…!?」」

レックはともかく、兵士になるために来た筈の大男はなぜか知らなかった様子で目を丸くする。

 

「皆の者!よくぞ、レイドック兵士に志願してくれた!!」

城の2階にある広間で、レック達志願者が集まる。

レックと大男以外にも数人の志願者がいて、いずれも大男とは負けず劣らず体格がいい。

そして、志願兵に対して上の言葉を述べているのはあのソルディだ。

「しかし、すべての志願兵を兵士にするわけにはいかない。故に、君たちに南にある試練の塔へある宝を持ってきてほしい」

「宝…?」

「そうだ。その宝が何かは君たち自身で考え、これだと思ったものを私に見せてほしい。そして、試練の際には君たちの隣にいる志願兵と2人1組で行う」

「「え…?」」

レックと大男が互いの顔を見る。

今、彼ら以外に隣にいる志願兵がいない。

「「えーーーー!!?」」

「兵士は1人では戦えない。どんな者であろうと共闘できなければ、如何に強くとも真っ先に死んでしまうぞ。さあ行け!!試練の塔は今開かれた!!」

 

「…」

「…」

城を出たレックと大男は何も言わず、互いにそっぽを向いた状態で歩いている。

「おい、俺の足を引っ張るなよ?」

「お前こそ、俺は素人には負けない。力だけで戦えるなら苦労しないよ」

「んだとぉ…!?」

即席ペアであり、先ほどの喧嘩もあってなかなか両者の溝が埋まらない。

このままでは2人仲良く不合格確定だ。

「ああ…どうしましょう…」

「うん…?」

井戸の中を見ている中年女性が困った表情を見せている。

「あの…おばさん。何かあったんですか?」

放っておけず、レックは女性に声をかける。

「ああ…実は井戸の中に指輪を落としてしまって…」

「指輪を?」

「ええ…。亡くなった主人からもらった結婚指輪で…。でも、仕方ないわ。あの中には魔物がすみついたから…。水なら他の井戸から…」

「いけない!そんな大事な物を!!俺が取りに行ってくる!!」

「あ…ちょっと!!」

「何してんだ!?俺たちは…」

女性の制止を無視し、レックは井戸の中へ入っていく。

 

バシャリッ!!!

井戸に飛び込んだレックがほとんど態勢を崩すことなく着地する。

井戸の中は想像以上に広く、両足が完全に水につかっている。

「キキキキ…」

「お前がおばさんが言っていた魔物か!?」

姿かたちはシールド小僧に似ているが、魔物の体の色は茶色く、左手の剣が銅ではなく鉄でできている。

「キキキ、俺はこの井戸で一番えらーい王様、ダークホビットだー!」

魔物の左手の指を見ると、大きな宝石が付いた指輪がはめられている。

「それはおばさんの指輪だぞ、返せ!!」

「何言ってんだよー?この井戸の物は全部俺のものだー!」

ダークホビットがレックに向けて飛びかかる。

「おおお!!」

銅の剣を抜くと、ダークホビットに向けて大振りする。

しかし、悪魔の顔が描かれた楯で防がれてしまう。

「ハハハハ!!その程度の腕かよー?」

「う…腕が…!?」

右手がしびれ、剣を放してしまう。

ダークホビットの盾も鉄製で銅の剣よりも強度が高く、全くダメージを与えることができない。

「弱い弱い!!ヒャハハハ!!」

腕の感覚を失ったレックの腕や足にダークホビットの剣が襲い掛かる。

「くぅぅ…!!」

浅い切り傷が次々と出来上がる。

完全にあの魔物はレックを舐めていて、なぶり殺しにしようとしている。

「ホラホラホラ!!とっとと反撃しねえと死んじまうぞー?」

「くそぉ…!!」

「ヒャハハハ…ハ…?」

ダークホビットは冷や汗をかきながら、レックを見ている。

「え…?」

焦って盾を構えるが、突然盾が砕け散り、魔物は吹き飛んで壁にめり込む。

「え…な…なんで…?」

魔物を倒したのはあの大男だった。

「何やってんだよ、お前!!勝手なことをしやがって!!そんなんで試練にクリアできるか!!?」

すごい剣幕で大男が叱責する。

「ご…ごめん…」

「ふん。で、例の指輪はどこだよ?」

「指輪は…ああ!!」

楯を失ったダークホビットが剣をハッサンに向ける。

ものすごい腕力で殴られたためか、額や腹部から出血している。

「キキーーーー!!よくも俺に傷を負わせてくれたな、てめーーーー!!」

「く…そう!!」

背後からの奇襲に驚いた大男は防御することができない。

「キキーーー!!俺がこの井戸の王さ…」

突然、ダークホビットの額にナイフが刺さる。

脳を破壊された魔物は静かに落ち、装備品を残して消滅した。

「お前…」

「油断しすぎだよ、1人では戦えないってソルディ兵士長が言ってただろう?」

薬草で傷を治しながら、レックは投げたナイフとおばさんの指輪を回収する。

(ランドのナイフがここで役に立つなんて…)

 

「あーあ、すっかり遅くなっちゃったなぁ…」

城下町を出ると、番兵から他の志願兵はもう出発したことを伝えられた。

ここから試練の塔までは数時間必要で、到着すれば夕方になる。

「なあ…お前、バカだな」

「何!?」

急にバカと言われ、頭に来るレック。

そんな彼を気にすることなく、大男は話を進める。

「俺は剣を使ったことはねえが、これだけは分かる。下半身も使え。それに、今持っている銅の剣は軽いからな。もっと動き回って、敵の懐を狙うんだ」

「あ…ああ…」

急なアドバイスにびっくりしていると、大男が右手を差し出す。

「俺はハッサン。修行中の武闘家だ。お前のようなバカ、きらいじゃないぜ」

「…。俺はレック。頑張ろう」

「ああ…」

互いに握手を交わす。

ようやく互いの溝が埋まった感じがした。

 

2人は試練の塔へ向けて歩き始める。

その道中にはシールド小僧やオニオーン、リップスに加えて見たことのない魔物に遭遇した。

倒した魔物や冒険者の髑髏を武器にする赤い狐のような魔物、髑髏洗い。

ひょうきんな顔でマンドラゴラのような踊りをするピンク色の体の小さな魔物、テンツク。

武闘家として、レイドック周辺で先日から修行をしていたハッサンはこの2種類のモンスターをあらかじめ知っていて、特徴や弱点をいろいろ教わったこともあり、それほど苦戦することはなかった。

特に、鉄の盾を砕いたハッサンの腕力はレックにとっては大きな助けとなった。

そして、夕方になって2人は試練の塔に到着した。

試練の塔はレイドック建国当初からあると塔だ。

元々の目的は南方から来る海賊に対処するためのものだった。

しかし時代が流れ、海賊がいなくなると、兵士選抜試験のための塔として改修が施された。

また、地下にはマルシェやレイドックの人々すべてを収容できるほどのスペースがあり、仮にその2都市が陥落したとしてもこの塔へ避難することができる。

「おお、ようやく来たか!お前たちが最後だ。さあ、早く他の志願兵に追いつけよ」

「いよいよだな…」

「ああ…」

レックとハッサンは同時に試練の塔に入って行った。




ここでハッサン初登場です!
それにしても、何年も眠らずに国を治めるってすごいですよね。
ずっと眠らないって…下手したら死んじゃうよ…。
あ…世界が世界だし、大丈夫なのか。
ちなみに、ハッサンの詳細は文字数の関係上、まだ投稿できません。
もう少し話が進んでから投稿させていただきます。


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第5話 兵士への試練

「うわあ…こいつはあとから来てよかったなぁ…」

「うん…」

2階の宝箱の前に、気絶にとどまる程度の量を調整された土嚢の下敷きになって気を失った志願兵が2組いる。

天井が一部はずれているところから、おそらく宝箱につられてきた結果、このような結果となったのだろう。

そして、宝箱の中身は…。

「や…薬草かぁー…」

「ある意味、得した感じだな」

麻袋に薬草を入れ、次の階段を上る。

「やべえ…こいつはやべえよ…」

「な…なんで強さだ!出直せーー!!」

腕や足などに傷を負った1組が階段を駆け下りてくる。

「おいおい、ここまでやるのか?」

「厳しい試練になるな…」

階段の上から魔物の咆哮が聞こえる。

「なあ…レック、薬草は十分あるか?」

「うん。念のため、マルシェのバザーで買っておいたものもあるから…」

「よし…いくぜーーー!」

「おーー!!」

一斉に階段を駆け上る。

3階で待っていたのは6本足で蝙蝠の羽根を持つ赤い眼のライオン、ライオンヘッドがいた。

「なんでここにライオンヘッドがいるんだよ!?」

「きっと、試験のために捕まえていたんだ。ハッサン、ライオンヘッドと戦ったことは!?」

「あるっちゃああるが…強すぎて、砂で目つぶしして逃げただけだぜ!!」

「そんな…!!」

「グオオオオ!!」

ライオンヘッドの口から高熱の閃光が放たれる。

「避けろ、レック!!」

「うわああ!!」

辛くも両者は閃光を回避する。

しかし、閃光の熱が凄まじいせいか方に火傷を負った。

「何!?さっきのはブレス??」

「いや、こいつはベギラマ、閃光系の中級呪文だ!!」

炎ではなく、高熱の閃光で敵を攻撃する呪文、ベギラマ。

炎が活動するのに必要な酸素が薄い環境でも放てる厄介な呪文だ。

「ベギラマ…初めて見た!!」

「感心してる場合かよ!?あのベギラマを受けたら、銅の剣なんて軽く溶けるぞ!!」

ライオンヘッドが素早い動きでレックを押さえつける。

「うわああ!!」

「くっそぅ!!待ってろ、レック!!」

レックに食らいつこうとしたライオンヘッドをハッサンがショルダーアタックで突き飛ばす。

レックを取り逃がしたライオンヘッドは空を飛び、そこからベギラマを放つ。

「くっそう!!これじゃあ攻撃できねえ!!」

今いる空間は障害物になる物はなく、壁にもよじ登れるように凸凹がない。

高熱の閃光が何度も何度の2人に襲い掛かる。

「このままだとなぶり殺しだ!!」

「跳べ、レック!!」

「えっ…?」

急な発言に動揺する。

ベギラマによって、左腕は火傷しているが右腕と両足は無事だ。

「いいから跳べ!すぐに!!」

「何言ってるんだ!?ここから飛んでも、ライオンヘッドには届かない!!」

この3階の天井は2階までのそれよりも高い位置にある。

7,8メートル上に飛んでいるライオンヘッドに人間の跳躍が届くはずがない。

「俺を信じろ!!」

「!!」

まっすぐな目でレックを見る。

このまま上空からのベギラマをどれだけ避けられるかはわからない。

自分が跳ぶことで、突破口が開くのか?

疑問に思うところはあるが、ハッサンを彼は信じてみようと思った。

なぜ、あって間もない彼を信じようと思ったのかは当の本人にも分らないが…。

「うおおお!!」

レックは全力で跳ぶ。

しかし、当然のことながらライオンヘッドに届くはずがなく、そのまま着地しそうになる。

すると、ハッサンは右拳をレックの両足にぶつける。

「な…!?」

「飛んでけぇ、レックゥ!!」

右拳に全力を注ぎこむ。

ハッサンが右拳を振り切り、レックが猛スピードで跳ぶ。

一体どれだけの力を込めたのだろうか。

突然のことに驚くライオンヘッドの左前脚にレックがしがみついた。

「やった!!」

「グオワアアアア!!」

ライオンヘッドはレックを振り下ろそうと、壁へ向かう。

「させるかぁ!!」

壁に接触するまであと20数秒。

ライオンヘッドの行動を阻止するため、レックは可能な限りよじ登る。

そして、よじ登ったレックにライオンヘッドの頭部が肉薄する。

「おおおお!!」

レックの銅の剣がライオンヘッドの左目に突き刺さる。

突然の攻撃により、大きなダメージを受けたライオンヘッドがもがきながら床に転落していく。

このままではレックも道連れにたたきつけられてしまう。

「ハッサン!!」

「おう!!」

レックは右足で蹴りつけ、ライオンヘッドから離れる。

そして、落ちてくるレックをハッサンが両手をがっしりと受け止めた。

ライオンヘッドは頭から床に激突し、そのまま息絶え、消滅した。

「よし…!!」

「ふうう…今回ばかりは疲れたな…ん?」

ライオンヘッドの死体があった場所を見ると、そこには金でできた特に飾りのない指輪が落ちている。

「金の指輪…?」

「もしかしたら、こいつが兵士長が言っていたものじゃないか?」

「どうだろう…?」

兵士長は宝について、詳しいことは言わなかった。

そして、高さから考えるとここから塔の屋上まではあと4回くらい階段を上る必要がある。

レックにはまだまだ中盤あたりのここで宝が出るとは思えなかった。

「けどよぉ、ここは行き止まりだぜ?さらに上へ行く階段は…」

「この部屋をもう少し調べてみよう」

ハッサンがくたびれている間、レックは広間の中を捜索する。

「これは…?」

「ん?何か見つけたか?」

「これを見てくれ」

階段とは反対側に位置する壁をじっと見る。

すると、そこには先ほど手にした指輪が入るくらいのかなり小さなくぼみが存在する。

「おい、ということは…」

「きっとこうすれば…」

金の指輪をくぼみにはめる。

すると、そのすぐ右の壁が動き、上への階段が現れた。

「よっしゃあ!!これで上へ行けるな!!」

「やっぱりこの指輪じゃなかったんだ。行こう!」

指輪をくぼみから外すと、ハッサンと共に階段を上る。

階段を上り終えると、動いた壁は元に戻った。

 

「ふう…まだ志願兵はここへ来んのか…」

屋上の小さな倉庫の前で、厚い鋼でできた地味な鎧を着た茶色い白髭と禿げ頭の男がキセルを咥えながら居間にも沈みそうな夕陽を見ている。

「おそらく、3階のライオンヘッドにてこずっているか4階以降の迷路で迷子になっているのだろうな。それでも、弛んでおるなぁ最近の若者は。儂が志願兵のころは5時間で突破したというに…。ふう…」

夕日を見ながら、その時一緒に試練を受けた同年代の元同僚を思い出す。

彼が兵士をやめてからは、何度も彼の家に訪問したいと思ったが、激務故に叶わず、彼の妻からの手紙で彼の死を知った。

「友よ、こんなに早く死ぬとは思わなかったぞ…」

「はあ…はあ…はあ…」

「む?」

前の階段から、荒い息と足音が聞こえる。

「ようやく来たか…。さて…」

キセルの火を消し、椅子代わりに使っていた鋼の大剣を手に取る。

「はあ…はあ…はあ…」

「やっと…屋上だぜ…」

疲れ果てたレックとハッサンが昇り終えると、その場に座り込む。

「何をしておる?まだ試練はおわっとらんぞ」

「へ…?」

「まだあるのかよ…?」

大剣を手に取り、2本の角が付いた鋼製でフルフェイスの兜をかぶる。

そして、わずかにレックへ目を向ける。

「(あの小僧…あいつに似ておる…)儂はネルソン。試験長で、最後の壁じゃ」

「勘弁してくれよ…4階からここまでずっと走りっぱなしだったんだぜ…?」

「やめるならばそれでも良い。その場合は左側にある階段を使え。一気に外へ出られるぞ?」

「そ…そいつはもっと勘弁してほしいぜ!!」

外へ出ること、それは当たり前のことだが振出しに戻ると同じだ。

ライオンヘッドと迷路のこともあり、一度出れば、今度またここで来れるかどうかすら定かではない。

「やるしか…ないか…」

疲れている自分の体に鞭を打ち、レックはゆっくり立ち上がる。

「安心せい、最後の試練はあきれるほど単純。人によっては一瞬で終わる」

「え…?」

「どういうことだよ?」

「最後の試練は儂に一太刀与えることじゃ。ライオンヘッドを倒したお前たちなら簡単なこと」

「なるほどな…なら、もうひと踏ん張りだ!!」

ハッサンも立ち上がる。

太陽は既に沈み、徐々に暗くなってきている。

監督する兵士たちは松明に火をつけ、塔周辺を明るくする。

「さあ、来い。儂はこれでも先代兵士長。並大抵の攻撃が通用すると思わんことじゃ」

「無理すんなよ?爺さん!いくぜ、レック!」

「ああ!!」

両者は一斉にネルソンにとびかかる。

「猪突猛進なのは良いことでもあり、悪いことでもある!」

今の2人の動きはネルソンにとっては単調なものでしかない。

「うぐぅ…!!」

「うわあ!!?」

次の瞬間、ハッサンは腹部を抱えながら倒れこみ、レックの剣が宙を舞う。

「甘い。確かに儂はじじいだが、数分間の間の勝負ならばだれにも負けん」

「く…そう…!!」

「あれが…先代兵士長の動き??」

ネルソンの先ほどの動きは以下の通りだ。

まずはハッサンとレックの攻撃のタイムラグを3秒と見積もる。

そして、拳で襲い掛かるハッサンの腹部を柄で強打。

レックの上段からの攻撃はそのまま下から大剣を振り、剣自体を彼の手元から離れさせる。

「どうした?まだ立てんか?本当に最近の若者はだらしないのぉ…」

「な…めんな!!」

痛みに耐えながら、ハッサンは立ち上がり、ネルソンへ向かって突進する。

(ふう…儂も若いころはこういう無謀な動きをして、よく叱られたものじゃ)

若いころの自分を思い出しながら、ネルソンは低い体勢で足払いをする。

突然の足払いで、ハッサンは大きく転倒する。

「甘い甘い…そういう動きでは駄目じゃな!!」

「うわあ!!」

そして、後ろから切りかかろうとしていたレックの横腹をまるで読んでいたかのように裏拳で吹き飛ばす。

更に立ち上がると、起き上がろうとしたハッサンの首には大剣を突きつける。

「い…痛い…」

「めちゃくちゃ強え…」

「どうした?老いぼれにここまでやられて悔しくないのか?」

ハッサンは動けない。

動けばどうなるかを大剣が何も言わずに伝えている。

試練でこのようなことをするとは思えない。

しかし、ネルソンの兜の隙間から見える目は本気で、そうしかねない凄味のようなものを感じられる。

(どうしよう…?このままじゃ動けない…)

(くっそう…!うん…?)

動けないハッサンは先ほど起き上がったときのネルソンの動きを思い出した。

立ち上がるとき、ネルソンはなぜか左足をかばうかのような動きになっていた。

そして、足払いした際の軸足は右。

転倒はしたが、足はあまり痛んでいない。

(もしかしたら…奴の左足は…)

推測が正しければ、このまま彼を転倒させ、攻撃のチャンスが生まれるかもしれない。

幸い、大剣は自分の首の左側にある。

「うおおおお!!」

ハッサンはネルソンの左足にヘッドバットを浴びせる。

「な…何!?」

グリーブで守られているにもかかわらず、ネルソンが大きく態勢を崩す。

倒れそうになった大剣をハッサンは左手で抑えた。

「いけ、レック!!」

「ハッサン!!はああああ!!」

ハッサンが自由になり、隙だらけになったネルソンに突っ込む。

そして、銅の刃はあおむけに倒れたネルソンの首に突きつけられた。

「終わりです、ネルソンさん…」

「ネルソン試験長と呼べ、まったく…左足がこれでなければなあ…」

ため息をつきながら、左足のグリーブを外す。

「…!!?」

「やっぱりなぁ…」

ネルソンの左足は革でできた義足になっていた。

「これだけではない。右足の指が一本無く、そして左耳は聞こえない。これは魔王との戦いで追った名誉の負傷じゃ。なぜ気づいた?」

「足払いの時と立ち上がった時だな。鋼をつけた脚なら、もっと痛えはずだぜ?」

「ふん…。今度の義足は鋼製にしたいのお…」

レックの剣をどかせ、倉庫の扉の横に座ると、再びキセルを吸う。

「この大男に救われたな…レック」

「え…!?なんで俺の名前を…!?」

「お前の父親は元レイドック兵士、そして儂はその同僚じゃ。手紙でお前のことは聞いた…」

「そうだったんですか…」

「あ…あのよお、ネルソン試験長。一つだけ質問があるんだが…」

「なんじゃ?」

敬語がなっていないためか、ネルソンは鋭い眼でハッサンを見る。

「ええっと…さっき、俺の首に剣を突きつけてたが…本気で殺す気だったのか?」

「当たり前じゃ。儂程度で殺されるようでは兵士にしてもものの数か月で死ぬだろうからのぉ。ハハハハ!!」

大笑いしているネルソン。

だが、ハッサンの顔は青く染まり、冷や汗で全身がぬれていた。

「さあ…奴らの結果はどうなんじゃ?ソルディ!」

「え…?」

「お疲れ様です。ネルソン先輩」

倉庫の扉が開き、そこから2つのプロテクターと一振りの鉄でできた細い刀身となっている下級兵士用の剣、そして1組の鉄製のアームガードを持ったソルディが現れる。

プロテクターの正面にはレイドックの国旗が刻まれている。

「ソルディ兵士長!?なんでここに…」

「試験の慣例でな、正しい宝を手にした者をここで待っている。そして、誤った宝を持った志願兵は今は城にいる私の影武者にそれを見せているだろう」

「で…でも、いつからそこへ…?」

「実はな…」

ソルディはレック達を倉庫へ招き入れる。

すると、倉庫の反対側にも扉があり、その扉から出ると、長い梯子があった。

「ええ…!!?」

「実はここからでも屋上まで行けるのだ。倉庫と言っても、この中には試験のとき以外何もいれていないからな」

「け…けどよぉ、ソルディ兵士長。その正しい宝ってのは…?」

「もう十分見せてもらった。強いて言えば…お前たちの隣にいる人間だな」

「隣…?」

レックとハッサンは互いの目を見る。

「ど…どういうこと??」

「さあ…?」

互いに見るが、未だにソルディが何を言っているのかわからないようだ。

「まあ良い。合格おめでとう。今日からお前たちはレイドックの兵士だ。まずはこれらを受け取ってほしい」

「は…はい。ありがとうございます」

「良くは分からねえが、やったな!レック!!」

2人は受け取ったプロテクターを身に着ける。

そしてレックは兵士の剣を、ハッサンは鉄のアームガードを装備した。

 

「ふう…まさかここに奴のガキが来るとはなあ…」

レックとハッサンが塔を出て行ったあと、他の志願兵を待ったが、結局誰もたどり着かなかった。

「お疲れ様でした。ネルソン先輩」

ソルディがワインの入った樽をネルソンのそばに起き、樽の形をしたコップを2つ取りだす。

「ふん…爺に酒を勧めるなんてなあ」

「爺とは…あなたはまだ54歳ではありませんか」

「こういう酒はお前のような若い奴が飲んでおけばいいんじゃよ」

「お言葉ですが、私はもう47。若くはありません」

「ま、今日だけが思いっきり飲ませてもらおうか」

ワインをコップですくうと、そのまま一気に飲み干す。

「ふう…うまい…。おいソルディ。もう1つコップはないか?」

「もう1つ?いえ、ありませんが…」

「気の利かない後輩じゃのぉ、…たく」

ソルディを睨みながら、ネルソンは自分の兜にワインを入れ、自分の前に置く。

「これはお前のワインじゃ、友よ…」

「ああ…ディアス先輩のコップが欲しかったのですね。しかし、なぜ急に…」

「気まぐれじゃ」

「はあ…」

もう7杯目を飲み始めたネルソンにため息をつく。

また気まぐれか。

彼が現役の兵士長だったころはよく自分を含めてその日非番となっている兵士たちと不定期に酒を飲み歩いたものだ。

若いころはたくさん飲んだが、今では制限がかけられてしまった。

ソルディは昔のことを懐かしく思いながら、2杯目のワインを口にした。




今回も大幅アレンジしました。
あと、ライオンヘッドはドラクエ3のモンスターです。
6には出てきません。
さて、兵士となったレックとハッサンはこれからどうなっていくのでしょうか…?
ちょっと強引な運び方になっている点はごめんなさい。


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第6話 重大な任務

『ターニア、元気にしている?ちゃんと寝てる?毎日ご飯食べてる?俺は元気だ。レイドックの兵士になってから1週間が経った。初任務は西の森の暴れ馬を捕まえる任務だった。森の近くに来た旅人と商人を襲ったといってたけど、捕まえたらすぐに大人しくなったよ。一緒に試練を乗り越えた仲間であるハッサンがその馬にファルシオンって名前を付けたよ。そのあとやっていることは偵察と訓練だけだ。まだまだ続きを書きたいけど、訓練で疲れて眠いからここまでにするよ。また手紙を書くから。 レック』

清書した手紙を封筒に入れる。

「レック、手紙の準備はできたか?」

「はい、お願いします」

城門の前で、手紙をライフコッドへ偵察へ向かう先輩兵士に渡す。

魔物の狂暴化は人と物の流れを断ってしまう。

特に辺境の村の場合は完全な孤立化が心配される。

そのため、近年では偵察範囲が拡大され、ライフコッドも含まれることになった。

また、兵士は偵察へ赴く町や村へ手紙や小包を運ぶことも仕事の1つとなっている。

「ライフコッドのターニアさんだな。任せておけ」

先輩兵士は手紙や城下町の人々から預かった物品を袋に入れ、馬に乗って他の兵士と共に城を出て行った。

「おーい、レックー!」

訓練を終えたハッサンがレックに駆け寄る。

「どうしたんだ?ハッサン」

「王様が呼んでるぜ。俺たちに任務があるってよ」

「任務…?」

 

レイドック城3階の王の間。

レイドック国旗がいくつもあり、王座には赤い座布団がある。

王座の前で、白いひげを生やし、黒い毛皮の服を着た恰幅の良い男性とソルディ、そして数十名の兵士が待機している。

あの男性はこの国の大臣で、40年間王家につかえている。

西側にある扉が開く。

すると、そこから金色の長髪で、金色の鎧を身に着け、腰に鋼の剣を差している若い男性が出てきた。

大臣と兵士長を含め、全員がその男にひざまずく。

「あの人が…レイドック王…」

眠らずに国を治めているとは聞いているが、あまりにも整った顔立ちと髪型、健康的な肌からそのような印象を少しも感じない。

「皆の者、魔王ムドーは今この瞬間にも力を増幅させ、世界を滅ぼそうとしている。その前に、我々は真実のみを映し出す鏡、ラーの鏡が必要なのだ。兵士長、大臣」

「ははっ!!」

「は…」

2人が王の両側に立ち、レック達を見る。

「ラーの鏡とは失われた呪文、古代呪文によって作られた鏡」

「我々は何度もムドーと戦ってきた。しかし、常にあと少しで討伐できるというところで幻術によって姿を消してしまう」

「ラーの鏡があれば、ムドーの正体を暴けるはずなのだ!!皆の者にはラーの鏡を手に入れ、持ち帰ってほしい。君たちの働き、大いに期待する!では行け、我が国の兵士たちよ!!」

兵士たちが立ち上がり、東側にある階段から王の間を出ていく。

「ん…?レック、どうしたんだよ?出ないのか?」

他の兵士とともに出ようとしたハッサンだが、出ようとしないレックを見て足を止める。

「陛下…」

「うん?」

「一つだけ質問したいことがあります」

「ほう…それは?」

「幻の大地についてです」

「幻の大地か…。大臣、例の物を…」

「はっ、直ちに」

大臣が西側の扉から出ていく。

そして、1冊の緑色の書物を持って戻ってきた。

「幻の大地は我が国の研究者たちが祖父の代より研究している。彼らはその世界は一種の平行世界、パラレルワールドと仮定している」

「パラレル…ワールド…?」

「ある世界から分岐し、並行して存在する世界のことだ。もしかしたら、ラーの鏡はその世界にあるのかもしれんな…」

「ラーの鏡が…そこに…?」

「そうだ。これまで、我々はこの世界の西半分全域を調査してきた。しかし、ラーの鏡の手掛かりを得ることはできなかった。そうだな…では君と君と共に試練を乗り越えた者には幻の大地へ向かう術を探ってもらおう」

「…えーーーー!!?」

「ま…マジか!?」

「陛下!恐れながら、かの者たちは兵士となってから日が浅すぎます。そのような者たちに…」

「彼らは試練を突破し、今ここにいる。それだけで十分にこの任を与える資格を有している」

「は…はぁ…」

王の言葉に大臣は沈黙する。

そして、王はゆっくり立ち上がり、レックの目を見る。

「ふむ…良い目をしている。名前は?」

「レ…レックです」

「レックか…では、君の仲間の名前は?」

「ハッサンです…」

「レックとハッサンか…覚えておこう。君たちに神のご加護のあらんことを」

王は微笑みながら、そう告げると静かに立ち去って行った。

 

「しっかしすげえよな、お前…」

「すごいって?」

「だって、初対面の王にいきなり声をかけるって、並みの奴にはできないぜ?」

「幻の大地について知りたくて、村を出たからな…」

「なるほどなぁ…」

城を出て、街で旅の準備を終えた2人は北東へ進んでいく。

レックのプロテクターのラックには新たに支給された地面に刺さった長剣のレリーフが彫られたカイトシールドが置かれている。

「片手剣を使うのであれば、盾もある程度扱えるようになれ…か…」

「ソルディ兵士長に言われたんだろ?それにしても、こんなに金をくれるなんてな…」

ハッサンの腰にあるもう1つの麻袋には王から支給された多額の資金が入っている。

「それほど、俺たちのことを期待してくれているんだろうな」

「なら、絶対に幻の大地ってやつへ行く方法を見つけようぜ。そろそろ見えてきたな…」

岩山と岩山の間のわずかな隙間に作られた関所が見えてくる。

分厚い石でできた巨大な門の前には数人の兵士が待機している。

「君たちが王から命令を受けた兵士だな…」

「はい」

「とおってよいぞ。だが、ここから先は我が国の統治外。十分気をつけよ。門を開けろ!!」

4人の兵士が力を合わせ、門のそばにあるレバーを動かす。

すると、ゆっくりとその巨大な門が開かれた。

「おっし!!行こうぜ、レック!」

「ああ!」

2人は関所を走り抜ける。

そして、細い道を抜けるとすぐにこれからの旅路を暗示する光景を見ることになった。

背中に蝙蝠の羽根をつけ、弓矢を持って集団で襲ってくる犬型の魔物、アロードックが数匹。

1つ目のペンギンのような青い鳥型モンスターのガンコ鳥が2匹。

数時間で人を死に至らしめるほどの毒が混ざった半液体状の体を持つバブルスライムが5匹。

魔力のこもった灰色の雲で、火炎呪文メラを放ち、普通の物理攻撃が通用しないギズモが10匹。

頭の花びらを生やした魔物で、老木が魔王の呪いによって変化したものと考えられている森爺。

更に前に戦ったことがある髑髏洗いやシールド小僧なども集団行動している。

「これは…」

「十分、気を付けるべきだな…」

「うわあああ!!!」

モンスター軍団とレック達の命がけの鬼ごっこが始まる。

「うわあーーー!!熱つつ…」

まずはあいさつ代わりのメラがハッサンの尻を軽くローストする。

そして、アロードックの矢が数本レックの髪をかすめる。

ガンコ鳥の嘴がハッサンの頭をつつく。

更に行く先々でバブルスライムが毒の液体を吐いて攻撃してくる。

そして5時間が経過し…。

「はあはあはあ…」

「こ…こんなんで幻の大地に行けるのか…はあ…はあ…」

すっかりボロボロになった2人は森の中にある小屋に入った。

2人は薬草で負傷箇所の手当てを始める。

「それにしても、ここに小屋があってよかったよ。これで、あのモンスターたちをやり過ごせ…」

「何者じゃ!?お主らは!!」

急にレック達の目の前に一人の老人が姿を現す。

カブトムシを模した帽子をかぶり、真っ白な髭で川の腰巻と長ズボン姿。

身長はレックよりも低い。

「あ…すみません。実は魔物に…」

「儂の家に勝手に入ってくるとは…もしかして、この森の精霊様か!?」

「え…いや、俺たちは…」

「精霊様なら儂の頼みを聞いてくれるか!?」

「爺さん、だからお…」

「儂の頼みを聞いてくれるか!?」

「…」

全く話を聞こうとしない。

最初の一歩でけつまずくとはこのようなことを言うのだろうか。

 

「ええっと、この木材が柱になって、この石が…」

「おーいレックーー、なんでこんな頼みを引き受けたんだよー?」

石に座ってあくびをするハッサンが木材を見るレックに質問する。

結局、2人は話を聞いてもらえないどころか小屋を1軒建ててほしいという老人からの頼みを引き受けてしまった。

「だって、あのおじいさんが建ててくれたらラーの鏡について教えてくれるって言うから…」

「本当にあの爺さん、知ってんのか?ラーの鏡のことを…」

「それは分からないけど、今は何が何でも情報が欲しいし…痛っ!!」

トンカチが指に当たり、激痛が起こる。

引き受けはしたものの、小屋作りのノウハウは全くないため、4時間たっても全く進まない。

「…。あーーーもう!!おれがやる!!お前は寝てろ!!」

「え…ええ!?」

急にトンカチを取り上げられ、呆然とするレック。

そんな彼をよそに、ハッサンは慣れた手つきで小屋を建て始めた。

木材を平らにし、組み立てるための四角い穴を作り、煙突を作るために石を点検する。

そして、10数時間後…。

「よし、こんなものだな」

「す…すごい…」

小さいながらも、耐震性があり完成度の高い小屋が完成した。

「おおーーー!!さすが精霊様じゃ!1日で完成しおった!!」

「さあ…約束通り、ラーの鏡について、話してくれ…」

「そ…そのことじゃが、その鏡のことは存じ上げないのじゃ」

「な…何ーーーー!?」

まさかの言葉にハッサンの怒りが爆発する。

そして、手に持っていたトンカチで殴ろうとするがレックに抑えられる。

「落ち着け、ハッサン!!」

「落ち着けるかよ!?武闘家には似合わないんだぜ、大工の仕事なんてよぉ!!」

「ラ…ラーの鏡のことは知らぬが、ダーマ神殿については聞いたことがありますじゃ」

「ダーマ…」

「神殿?」

聞いたことのない神殿の名前に2人は頭をかしげる。

「ここから東にある海底洞窟を通ると行ける大陸、そこにダーマ神殿がありますじゃ。そこには世界各地に関する書物がすべて収められておりますじゃ…」

「世界各地の知識…もしかして、その中にラーの鏡が?」

「おそらくは…。では、小屋を建てていただいたお礼として、一晩お泊りくださいじゃ…」

完成したのは夜。

ここからの地理を知らない以上、強行するのは危険だ。

「…泊まっていくか?」

「…ああ…」

その日、レック達は老人から茶とイノシシ料理でもてなされ、温かいベッドで眠りについた。

 

「それにしても、どうしてこんなに早く小屋が作れたんだ?」

「それがよぉ、やり始めると勝手に体が動いちまうんだ。どこで学んだかもわからないのによぉ」

「へえ…不思議なこともあるものなんだな」

翌朝、2人は老人が言っていた海底洞窟から東の大陸を目指す。

そこにも当然のごとくさまざまなモンスターが潜んでいる。

おばけなめくじが催眠効果のある草を主食とすることで体が灰色となり、催眠ガスを吐くことができるようになった種のテールイーター。

それに加えてオニオーンやバブルスライムなどの見たことのあるモンスターが数多く存在する。

昨日見た大群よりも数が少なかったおかげで、2人だけで何とかなった。

もちろん、剣や拳では倒せないギズモを除いてだが。

「げ…こいつは…!?」

「ま…また!?」

洞窟を抜けて、2人を出迎えたのは神殿ではなくレックがあの時見た巨大な穴だった。

「どうなってんだ、こいつは…穴の中に大陸が…空が…海があるだと!?」

「ハッサン、君にも見えるのか!?」

「お前もか、レック!今、俺たちが見ているのが幻の大地なのか!?目の錯覚じゃないよな…?」

確認のため、ギリギリのところまで近づき、目をこすって注視する。

「おい、そんなところにいたら…」

落ちるぞと言おうとしたレック。

しかし、急にレックとハッサンの背に強い追い風が発生する。

その強さは尋常ではなく、ハッサン程の巨体でも動いてしまうほどだ。

「すごい風だ…うわああ!!」

「な…なんだよこのか…うぎゃあ!!」

飛ばされたレックがハッサンの背に激突する。

そして、2人は足場から離れてしまった。

「お…おーい、レックくーん…これって…もしかして…」

「ああ、落ちてる。俺たち落ちてるな…」

「ハハハ…」

「アハハハ…」

「「うわあああああ!!」」

落ちる、落ちる。

重力に逆らえず、太陽で蝋燭と鳥の羽根で作った翼が溶かされて墜落したというイカロスのように穴の中の世界へ落ちていく。

「うわあああ!!神様、仏様、山の精霊様、ターニアーーーー!!」

「俺たちまだ死にたくないーーーー!!」

男たちの断末魔に似た声が響く。

しかし、その声を聞くものはどこにもいなかった。




哀れ、兵士となったばかりの2人が仲良く穴の中へ落ちていく。
それからかなり早いですけど、アンケートを募集したいと思います。
これからある段階で、レックとハッサン、そしてこれから加入するメンバーが職業を得ます。
そこで、最初の職をどうしようか今迷っています。
なので、皆さんにこのキャラはこの職業がいいという希望を聞きたいのです。
アンケートの答えはメッセージでこちらの方まで送ってください。


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第7話 金髪の美女

「おーい、レックーー」

「なんだ、ハッサン…」

「俺たち、いったいどれくらいの時間落ちてるんだー?」

2人はなぜか抱き合った状態で落下している。

しかし、数分猛スピードで落ちてからはゆっくりになっている。

「多分20分くらいだろうな」

「いやいや、30分は落ちてるだろ??」

「おい、あれは…」

雲の下へ達した2人の目に飛び込んだのは西の端に港町があり、その北東に巨大な神殿の廃墟がある大陸。

2人はそのままゆっくりとその廃墟の前へ降りていく。

「い…生きてる…?」

「踏める…歩ける…跳べる…!!」

ゆっくり落ちているときはもう死んで魂だけになってしまったと思った2人。

だが、こうして大地を自分の足で歩ける感覚から生きているという実感があふれ出す。

「生きてる!!生きてるぞ俺たちーーー!!」

「日ごろの行いがいいおかげだーーー!」

感動の涙を流しながら、抱き合うむさくるしい男たち。

10分の涙の場面ののち、2人は廃墟に足を踏み入れる。

「ここがあのじいさんが言っていたダーマ神殿かな?」

「けど、すっかり廃墟だぜ?本当にここなのか?」

「くっそーーーやっぱり何百年も前に崩壊したせいで、役に立たねえものばかりだ!!」

毛皮でできた服装で、両腰にナイフを差している盗賊のような男が倒れた本棚から本をあさっている。

しかし、どの本もかなり時間がたっていることと滅びたことにより炭化、もしくは変色していて読むことができない。

「お…おーい…」

「ん?誰かの声が聞こえたような…」

「おっさん、俺らが見えないのか!?」

ハッサンが盗賊の肩に触れる。

「うん?誰か俺の肩を…」

盗賊が後ろを向く。

すると、彼の顔色が見る見るうちに蒼くなる。

「誰もいない…?」

「へ?」

「誰もいない…も…もしかして、ここで死んだ神官の霊…ご、ごめんなさーーーーい!!!!」

盗賊がおびえながら神殿から逃げていく。

「誰もいないって…もしかして、俺たちのことが見えなくて…」

「や…やっぱり俺たち死んじまったのかーーーー!?」

ハッサンが再び涙する中、レックは盗賊が落とした鞄を見る。

その中には今自分が持っている地図とは全く異なる大陸や海が描かれた地図があった。

「全く違う…俺たちの世界と…」

「…グス…ってことは、ここは幻の大地なのか?」

「多分…。あのおじさんには悪いけど、持っていこう」

「な…ならよぉ、こんな所よりも西の港町へ行こうぜ…」

服で涙を拭いたハッサンがサンマリーノという名前の港町に指を差した。

 

廃墟を出た2人はサンマリーノへ向かう。

その道中ではやはりというべきか、見たことのない魔物に遭遇する。

青い水滴のような形で、ぶちスライムによく似たモンスター、スライム。

空気中の水分を凍らせる氷結呪文ヒャドを得意とする、魔力を与えられた緑色の蠅、蠅魔導。

ダークホビットほどではないが、シールド小僧よりも強固な盾と剣を持った土色の魔物、ビックフェイス。

そしてギズモとバブルスライム。

特に呪文を使うギズモと蠅魔導にはてこずったが、戦いの中でレックはなんとか物理攻撃が効かないギズモを攻撃する術を1つだけ見つけた。

それは盾叩きで蠅魔導を自分に向けてヒャドを放つよう仕向け、その呪文をギリギリのところで回避して背後にいるギズモに誤射させることだった。

ビックフェイズはハッサンの拳によって盾もろとも打ち砕かれ、蠅魔導とスライムはレックの剣の餌食となる。

かくして、魔物を退けたレック達は1日かけてサンマリーノに到着した。

「いろんなところに魚のにおいがするなあ…」

山育ちであるレックはこれほどの量の魚のにおいをかいだことがないため、若干変な感覚を抱く。

港には数多くの漁船と定期船、商船が出入りし、入港した船からは大量の積荷が持ち込まれる。

そして、それと入れ替わるように各地の特産物と魚介類が積まれていく。

ここサンマリーノは漁業と交易の街、世界有数の水揚げ量を誇るだけでなく世界各国の商船の中継地点となっている町だ。

街の中には水路があり、小型の商船や漁船は直接その水路から中心部へ赴き、自ら商売を行っている。

「町に来たのはいいけれど…どうやって情報を集める?」

「げ…考えてなかった…」

透明人間である以上、会話は成立しない。

そして、触れることと相手に自分の言葉を聞かせることはできるが相手が自分たちを視認できない。

更にいうとなぜ自分たちが今透明なのかもわからない。

「なあ…俺たち、このままだと…」

「ああ、ラーの鏡についてもこの世界についても何もわからないし、どう戻ればいいかもわからない…」

「…」

なすすべのない2人は落ち込んだ状態でとぼとぼ歩くしかなかった。

失意のまま、街の中央部にある屋内商店街へ足を運ぶ。

「きゃあ!!」

そうして歩いていると、水色の髪で少し目つきが鋭い少女とぶつかった。

ぶつかったのと同時に彼女が手に持っていた犬のえさの器が宙を舞う。

「へ…?」

何が起こったんだと言いたげな表情で上を向くと、器が下を向いてレックの顔面めがけて降ってくる。

「え…ええ!?」

何が何だかわからないまま、レックの口に犬のえさが入ってしまう。

「な…何!?毒エサが半分消えた…!?」

少女は空になった器を手に取り、この訳の分からない状況に頭を混乱させる。

「お…おい、レック。大丈夫か!?」

「なんとか…うう!!」

レックの顔がだんだん青く染まっていく。

「レ…レック!?」

「な…なんだか…体中が…」

「そういやあ、あの女が毒エサって…まさか!!」

「何!?この声…私の目の前から…!?きゃあああああ!!」

どこからともなく聞こえる声におびえた少女が逃げ出す。

(ば…バチが当たったんだわ!!ジョセフとイチャイチャしているメラニィを陥れようとしたから…ごめんなさーーい!!これからは正々堂々と勝負しますからーーーー!!)

少女は家へ入ると鍵を閉め、そのまま寝込んでしまった。

「どうすれば…今、毒消し草持ってねえぞ!!」

「はあ…はあ…はあ…」

「ちっくしょう…どうすりゃあ…」

「こっちよ!!」

「へ?」

茶色いフードつきマントをつけた女性が商店街の港側出口で白い手で2人を招く。

「ああ…きっと、俺たちの後ろにいる奴に声を…」

「その毒なら、キアリーで治療できるわ!急いで!!」

「え…?」

彼女の言葉にハッサンは耳を疑う。

今、この周囲で毒で苦しんでいるのはレック1人。

もしかしたら、あの女性には自分たちの姿が見えているかもしれない。

「あ…ああ!!」

本当であってほしいという願いを込め、その女性の元へ向かう。

「待っていて…キアリー!!」

女性の右手から淡い緑色の光を放つ。

すると、レックの体内から毒が消えて行った。

「な…なあ、キアリーって…」

「キアリーは解毒呪文よ。体内における解毒代謝を促進させて、毒を分解させる」

「あ…ありがとうございます…。あなたは?」

「私?私は…」

彼女は静かにマントを取る。

肩を包んでいる金色の帯が双方にあり、青と白の厚いドレス姿の長くしなやかな金髪の美女で、2人は見とれてしまう。

「私はミレーユ。こういうアクシデントが起こるとは思わなかったけど、あなたたちが来るのを待っていたの」

「待っていた…?それってどういうことなんですか?ミレーユさん」

「ミレーユでいいわ。敬語も。あなた達には一緒に来てほしいところがあるの」

「来てほしい…」

「ところ?」

自分たちがここに来ることを知っていて、更に姿を見ることができる女性。

「な…なあ、何者なんだ?こいつ…」

「分からない。でも、今俺たちになすすべはない。ミレーユについていこう」

「まあ、お前が言うなら…」

「決まりね。ついてきて」

微笑むと、ミレーユはレック達を先導する。

(何だろう…?この、あの人の昔からの知り合いにするような振る舞いは…)

 

ミレーユの案内の元、レック達は南へ向かう。

サンマリーノから南は深い森となっている。

道中ビックフェイスや蠅魔導などの魔物をレックとハッサンが撃退しつつ、1日かけて森を抜けた。

「見えたわ…あそこが案内したいところよ」

「あんなところに…」

森を抜けると、小さな平原があり、その中心にレンガ造りの民家が1軒だけぽつんと建っている。

「入って、ここにはあなたたちに会わせたい人がいるの」

「ちょっと待てよ、俺たちの姿は…」

「心配ないわ。その人は私と同じように、あなたたちの姿が見えるの」

「ますますうさんくさいなぁ…」

「さあ、入るわよ」

中に入ると、紫色のカーテンとカーペット、そして純粋な水晶でできた珠が置かれた小さなテーブルがすぐに目に入る。

しかし、そこには誰もいない。

「誰もいないじゃねえか?」

「こっちよ、ついてきて」

ミレーユに手招きされ、2人は水晶のあるテーブルの東側にある扉を開ける。

そこには紫色のとがった帽子とローブをまとった小柄の老婆が本を読んで待っていた。

「ひゃっひゃっひゃ。よく連れてきてくれたのお、ミレーユ」

「ただいま、おばあちゃん。おばあちゃんの言うとおりだったわ。紹介するわ。レック、ハッサン。この人がグランマーズ、あなたたちに会わせたい人よ」

自己紹介もしていないのに、ミレーユは2人の名前を言い当てる。

「ど…どうやって、俺たちの名前を…!?」

「儂の占いじゃよ。この手にかかれば、お主らの名前を知るくらい造作もないこと」

「そ…その、グランマーズさん。どうして、俺たちが…」

「なぜこちらの世界ではお主らの姿が見えないのか…じゃろ?」

驚くレックを横目に、グランマーズは手に持っている書物を本棚にしまう。

「残念じゃが、儂にも分らん。しかし、この世界で姿が見えるようになる方法は知っておるぞ」

「教えてくれ、婆さん!!どうしたら…」

グランマーズの言葉を聞いたハッサンは彼女に詰め寄る。

「これこれ、そんなに詰め寄る出ない!」

「へ…?」

急にハッサンの髪に小さな火がつく。

「う…うわあ!!アチチチチチチ!!」

「井戸は外にある。それで消してくるんじゃ!」

「うわああああ!!」

ハッサンが大急ぎで家から飛び出していった。

「ハッサン…グランマーズさん、今のは…?」

「今のはメラじゃ。指先から小さな火球を放つ火炎呪文じゃ。といっても、かなり下級の呪文じゃがな…」

「呪文…」

レックはライオンヘッドとの戦いを思い出す。

そのモンスターだけでなく、ギズモや森爺、蠅魔導が呪文で2人を苦しめてきた。

特にギズモは呪文を誤射させない限り、倒すことができないくらいの強敵だ。

「まあ、呪文の話は置いておくとして、お主らの姿を見えるようにするには夢見の雫は必要じゃ」

「夢見の雫…?」

「な…何だよ?夢見の雫って…」

何とか火を消すことができたハッサンが戻ってきて、偶然耳にした夢見の雫について問いかける。

「夢見の雫はたまに市場で売られている魔法の聖水が太陽光が入らない洞窟の中で凝縮したものじゃ。あの雫には魔法の聖水の何十倍もの魔力が込められていて、その魔力を使えばお主らの姿を見えるようにすることができる」

「それで、その夢見の雫はどこに…?」

「ここから南東にある夢見の洞窟の奥にある。そこには魔物がうじゃうじゃいるが、取りに行ってくれるかのぉ?」

「ま…魔物がうじゃうじゃ…」

グランマーズの言葉で、2人は関所を超えたときに見た魔物の大群を思い出す。

「なんじゃ、2人だけでは不安か。ならばミレーユを同行させよう」

「「え…!?」」

びっくりしながら、ミレーユを見る。

ここに来るまでの間、ミレーユは戦闘に参加しておらず、どれほどの力を持っているのかはっきりしない。

「助けてくれるのはありがたいんですけど、ミレーユにはどのような力が…」

「彼女は回復呪文を使いこなせる。そして、障壁呪文スカラを使い、お主らを攻撃から守ることができる」

「そういうことだから…2人とも、よろしくね」

既に、ミレーユはイバラの鞭を腰に掛け、旅の準備を整えていた。

「よ…よろしく…」

「ああ、それからレック。旅立ちの前に少し儂に付き合ってもらえんかのぉ?」

「…??」

 

家の外に出ると、グランマーズが井戸の前に五芒星が描かれた丸い魔法陣を書き込む。

「これは…」

「契約の儀式じゃ。呪文を習得するために必要じゃ。これからお主にいくつか呪文を契約させておこう」

「は…はあ…」

レックが魔法陣の中に入ると、グランマーズが魔法陣の周囲に呪文の名前を書き込む。

生命力を促進させて傷をいやすホイミ、細胞結合を弱め、相手の守りを脆弱にするルカニ、宝箱などの入れ物の中身を見破り、戦闘では実体のない魔物を一時的に実体化させることができるインパス。

その3つが書き込まれると、魔法陣が一瞬だけ光った。

「契約完了じゃ」

「え…??これで終わり!?」

「そうじゃ。今のお主が契約して使えるのはそれぐらいじゃな」

「なあ、婆さん。契約するだけで呪文が使えるのか?なら俺にも…」

「契約したとしても、呪文が使えるわけではないぞ。人には使いこなせる呪文の限界というものがあるんじゃ。例えば火炎呪文を操ることができても回復呪文ができない、いずれの呪文もそつなく使えるが、最上級の呪文は使えない、回復呪文が限りなく得意ではあるが他の呪文が使えないといったものじゃ。そして、使えるようになる要因はその者の種族、遺伝子、脳波、血液、魔法力といった先天的なものから記憶、トラウマ、精神力、訓練による開花といった後天的なものがある。今のお前さんは訓練すればどうなるかわからんが魔法力の方が弱すぎるんじゃ。じゃから、覚えたいならまずは勉強からじゃな」

「じょ…冗談じゃないぜ!やっぱり俺は武闘家らしく、肉弾戦だけで勝負するぜ!!絶対に…」

「…お主、頭が悪いのを隠したいだけじゃろ?」

グランマーズの言葉がハッサンの心にぐさりと刺さる。

真っ白になったハッサンをミレーユが慰めている間に、グランマーズがレックに目を向ける。

「これで、お主も少しは戦えるようになったじゃろ?」

「グランマーズさん、どうして俺たちにここまで…」

レックにとって、グランマーズは赤の他人。

助けられる理由はどこにもない。

「…企業秘密じゃ」

「は…?」

「じゃあ、儂は少し寝る。おぬしらは夢見の雫を取りに行くんじゃ」

「グランマーズさん…」

あくびを1つして、グランマーズは家の中に入っていく。

「…。いろいろ分からないことはあるけど、仕方がない。夢見の洞窟へ行こう。ミレーユ、よろしく」

「ええ…。レック」

「行こうぜ…俺、当分呪文の契約の話は聞きたくねえ…」




今回はかなりグダグダした感じになってしまいました。
申し訳ありません。
呪文の習得にはさまざまな要素が必要になります。
としたら、その一部でも何らかの理由で欠けてしまったら…。


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第8話 夢見の雫

「ブアーーークション!!」

洞窟の中で、ハッサンのくしゃみが響き渡る。

「ハッサン、静かにして。魔物に聞かれるわ」

「そんなこと言ってもよぉ、ミレーユ。ここ…ものすごく寒いんだぜー?平気なのかよ?」

「ええ。これくらい慣れているわ」

「慣れるもんなのか?この寒さ…ハクション!!」

「ハッサン、この程度は寒いうちに入らないぞ」

鼻水を垂らすハッサンに布を渡し、レックは目の前に現れた巨大な毒蜂を斬捨てる。

この魔物はヘルホーネットといって、体内に象ですらしびれさせるほどの強力な毒を持っており、それで獲物を弱らせてから捕食するという残忍な魔物だ。

「おいおい、なんでお前も平気なんだよ?」

「俺の故郷、ライフコッドは山奥の村で、冬はとても寒いからな。それで慣れた」

「なんだよ…この仲間外れ感は…」

他にも命の石を原動力とした騎士の人形を頭に乗せた緑色のスライムであるスライムナイト、魔力のこもった土で構成された人形で、見ている側を脱力させる踊りをする泥人形、レックが覚えたルカニの効果を広範囲の敵に与えるルカナンを使いこなす赤いガンコ鳥のビーポ、更にサンマリーノ周辺に出没する魔物たちが彼らの行く手を何度も阻んだ。

特にてこずったのはフォークを持つ茶色い小悪魔、ベビーゴイルだ。

1匹1匹では大したことはないが、彼らは常に他の魔物と集団を組んで襲撃をかけ、ギラでレック達に何度もやけどを負わせた。

現在、その火傷が無いのはレックとミレーユのホイミで回復したからだ。

「げ…また出たぜ!!」

鼻水をぬぐうハッサンの前に数匹のスライムが現れる。

「それにしても、なんでミレーユや魔物は俺たちの姿が見えるんだろう…?」

「あまり時間はかけられないわ」

「え…?ミレーユ?」

ミレーユがレック達の前へ行き、イバラの鞭を構える。

「ハァッ!!」

猛スピードで鞭が数多くのスライムを蹴散らしていく。

仲間がやられたのを見た他のスライムは急いで逃げて行った。

「こういう1対複数での戦いでは、鞭やブーメランが有利だわ。早く行きましょう」

何事もなかったかのように、ミレーユが先導する。

「ミレーユ、なんでここの道を知ってるんだ?」

「2年前までは魔物がすみついていなかったの。その時はよくおばあちゃんとここへ夢見の雫を取りに行ってたの」

「へえ…」

「にしても、ミレーユとあのばあさんって全然似てねえなあ。全然あのばあさんの娘とは思えねえな」

「え…?私はおばあちゃんとは血のつながりはないわよ」

「えぇ!?」

ずっとグランマーズがミレーユの母親か祖母と思っていたために、レックはかなり驚く。

「じゃ、じゃあ2人はどういう…」

「見えてきたわ。あそこに夢見の雫がある」

ハッサンの言葉を遮り、一番奥の広間でミレーユは古びた壺に指を差す。

壺には岩から染み出た真珠色の液体が少しずつ貯められている。

「あの黄色い水が夢見の雫…?」

「ええ。それをもって帰れば…」

「にしてもこの壺、全然外れねえぞ?」

ハッサンが何度も壺を外そうとするが、全く手ごたえがない。

「…!!ハッサン、その壺から離れて!!」

「え…?どうしたんだよ、いきなり?」

「急げ、ハッサン!!」

「レックまで…ん?」

レックが指を差した方向、自身の背後を見る。

そこには緑色の鋭い尾がのびていて、ハッサンを串刺しにしようとしていた。

「うわああぁ!!」

満を持して、襲い掛かってきた尾をアームガードで受け止める。

「く…痛ぇ…」

後方に下がったハッサンはアームガードを見る。

すると、左手の裏側あたりの装甲に穴が開いていて、そこに刺し傷が存在していた。

もしアームガードが無ければ、左手の指すべてを持っていかれたかもしれない。

「キキキ…俺の雫を勝手に取ろうとするなんてなぁ…」

壺の後ろにある穴から4本足で蝙蝠の羽根を持つ緑色の悪魔が出てくる。

4本足とはいうものの、前の2本は腕同様に役目も果たす。

「てめえが俺の手を!?」

「てめえじゃねえぜー?俺の名はブラディーポ様だ。ムドー様の命令でずっとここでお前たちを待ってたんだぜー?」

「ムドーが!?なんで俺たちがここへ来るのを…?」

「知らねえよ!!まあ、知っていたとしてもお前らはここで死ぬからなあ!!」

「野郎!!」

キレたハッサンがブラディーポの頭部を拳で殴ろうとする。

「ヘヘヘ…スカラ!!」

ブラディーポを不可視のバリアが包み込み、ハッサンの拳を受けても全く動じない。

「な…!?」

「ブァカ!夢見の雫が何なのかを忘れたのかよ!!?」

「グアア!!」

ブラディーポの鉤爪により、ハッサンは腹部に裂傷を負う。

「ハッサン!!」

なんとか再びレック達の元へ下がったハッサンはミレーユからの治療を受ける。

「夢見の雫…まさかあの魔物は!!」

レックはグランマーズの言葉を思い出す。

夢見の雫が魔法の聖水を太陽光が入らない洞窟の中で凝縮したもので、魔法の聖水の何十倍もの魔力が込められているもの。

だとすると…!!

「ヘヘヘ…しぶとい奴だなぁ。前に迷い込んだ奴はこの爪でくたばっちまったのによぉ、ルカニ!!」

ブラディーポの手から青い波動が襲い掛かる。

「まさかルカニまで…!!」

「ヘヘヘ…こいつを飲めばとんでもない量の魔力が手に入る。こいつを一杯飲めば、俺は最強の魔物になれる!!」

右手からルカニを放ちながら、左手で雫をすくって飲む。

更に何重ものスカラで防御力を高めていく。

このままその行動を許せば、なぶり殺しにされるのは確実。

「くっそーー!一発叩き込めば倒せるはずなのによぉ…」

「ルカニを唱えたとしても、焼け石に水。…ミレーユ?」

ハッサンの治療を終えたミレーユが静かに意識を集中し始める。

「レック、ハッサン、時間を稼いで」

「ミレーユ、何をするつもりなんだ!?」

「私を信じて!!」

「…!!」

急にレックの脳裏に訳の分からない光景がフラッシュバックする。

溶岩が流れ、灼熱にも似た気温の洞窟の中でミレーユが強力な氷の呪文を放つ光景だ。

そして、その時自分の隣にいるのがハッサンだ。

「…危ねぇ、レック!!」

「…!!」

フラッシュバックによって困惑するレックを現実に引き戻したのはハッサンによる突き飛ばしだった。

そして、先ほど自分がいた場所にブラディーポの尻尾が突き刺さる。

「何やってんだよレック!あと少しで脳を破壊されるところだったぞ!」

「ご、ごめん…」

こうして謝罪している間でも尻尾が何度も襲ってくる。

盾で受け止めたとしても、ハッサンのアームガードのように貫通される可能性がある。

そのため、レックは剣でそれを受け流した。

そうしている間でも、ブラディーポはスカラで防御をさらに固めていく。

「(契約はしたけれど、今の私の力量でできるかどうか…)レック、ハッサン!準備ができたわ!!」

「キキキ…どんな攻撃も無駄無駄。今の俺には傷一つ…」

空気中の水分が集まり、3つの氷弾となる。

そして、それらはブラディーポを襲うが尻尾で砕かれる。

「キキキキ!!その程度の呪文で俺を止められ…!?」

ブラディーポは左手が動かなくなっていることに違和感を覚える。

それから伝わる冷たい感覚。

「キ…ま、まさか…!?」

「はあ…はあ…ヒャドは…水分を凍結させて相手を攻撃する呪文。そして、夢見の雫は水分…」

ミレーユは疲れで片膝をつく。

彼女の口からわずかに血が出ている。

「ミ、ミレーユ!大丈夫か!?」

「ええ…少し疲れただけよ。けれど、これであの魔物は夢見の雫を飲めないわ…」

「キ、貴様ーーー!!」

怒り狂ったブラディーポは左手を引き抜こうとする。

しかし鍾乳洞の低気温がヒャドの力を強化しており、それによって生み出された氷の前ではびくともしない。

そうしている間に、彼のスカラが解除されていく。

「今よ!レック、ハッサン!!」

「おう!!いくぜ、レック!」

「ああ!!」

2人は一斉にブラディーポにとびかかる。

「調子に乗るなーーー!!スカラ!!ルカニ!!」

何度も呪文を唱えるが、青い波動も不可視のバリアも出ない。

夢見の雫という強力な魔力供給を断たれた彼の魔力は大したものではなかったのだ。

「はああ!!」

レックの盾がブラディーポの頭部を襲い掛かる。

すさまじい打撃によりめまいを起こす中、レックはさらに追い打ちで尻尾を切断した。

「ギャーーーーー!!」

「これで終わりだぁ!!」

ハッサンの拳がブラディーポの左ほおに叩き込まれる。

彼の高い筋力から発生するすさまじい衝撃は魔物の頭部の骨と脳に多大なダメージを与える。

「グギャーーーー!!!??」

そのダメージが大きいせいか、ブラディーポは目や鼻、そして耳から緑色の血を吹きだしながら力尽きた。

「ふう…なんとかなったぜ」

「さすがだよ、ハッサン。一撃でブラディーポを…」

「こいつがひ弱なだけだぜ」

「やったわね。さあ、夢見の雫を持って帰りましょう」

ミレーユはランタンの火で凍った夢見の雫を溶かし、小瓶に入れる。

「おいおい、入れ物があるなら最初に言ってくれよぉ」

「ごめんなさい、言うつもりだったけれど、それよりも魔物が現れるのが早くて…」

「さあ、早くグランマーズさんのところへ戻ろう」

夢見の雫が入った瓶を袋に入れたのを確認すると、3人は広間を出ようとする。

「ま…待てよ貴様ら…」

「!?」

びっくりしながら3人は後ろを向く。

力尽きたはずのブラディーポが起き上がっていた。

顔が半分つぶれていて、未だに出血している。

「き…貴様らは絶対にムドー様の元へはたどり…つけない…。ラーの鏡を手に入れることも…」

「負け惜しみかよ?」

「ヘヘヘ…なぜなら…貴様らはここで倒れるからなぁ!!」

氷が解け、再び飲めるようになったわずかな夢見の雫を飲み、両腕を3人に向ける。

「いけないわ…!!」

「へ?」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!ベギラゴン!!」

「な…!?」

ライオンヘッドが放ったベギラマの数倍の熱と威力を持つ最強の閃光呪文、ベギラゴン。

熟練の魔法使いが覚える呪文をブラディーポは放とうとする。

しかし…!!

「ギ…ギャアアアアア!!」

「何がどうなってんだよ!?」

レックとハッサンは恐ろしい光景を目にする。

なんとブラディーポが火だるまになっているのだ。

ベギラゴンが暴走し、ブラディーポの体内に炸裂したのだ。

「ギャアアアア!!ムドー様と魔族に栄光あれーーーー!!」

ほんの数十秒でブラディーポは灰となった。

あまりにもすさまじい温度であったためか、壺がかなり焦げている。

「ミ、ミレーユ…これって…」

「これが無理に呪文を使った報いよ。確かに契約と魔力という条件を整えるだけでも呪文を使うことができるわ。けれど、自分の限界を大いに超えた呪文を使うと、今のように命を失うことがあるの」

「ということは、ミレーユのヒャドは…」

「ええ…。少し無理をしたわ。初球の呪文でなかったら、きっと体が凍っていたかもしれないわね…」

「だから、口から血を…」

「ええ…。呪文を自分の限界を超えてまで使ってはいけないのよ。特に戦いの中では、それだけで息が上がって後が続かなくなるの」

グランマーズの呪文を使うことができないという言葉の真実をブラディーポが示していたのだ。

魔力を強引に手にし、自分の手に余る呪文を発動すると自分に害を与える。

無事に発動できたとしても、ミレーユのようになってしまう。

「そんな呪文を俺たちのために…ありがとう…」

ハッサンの感謝の言葉にミレーユは優しく微笑む。

「少しだけ…休ませてもらう…わ…」

「お、おいミレーユ!?」

「大丈夫、眠っているだけだ」

静かな寝息を立てるミレーユ。

そんな彼女をなぜか年端のいかない少女のように感じられる。

「ハッサン、ミレーユをおんぶしてくれないか?」

「ああ…別にかまわないぜ」

ハッサンは彼女をおんぶし、レックは2人の前に出る。

「…テ…リー…」

「うん?」

ミレーユの寝言がハッサンの耳に届く。

(テリー…?男の名前なのか?それともペットのか…?)




突っ込みどころ満載のブラディーポ戦いかがでしたか?
思い出としたら、星のかけらで…おっとっと、これ以上言うのはやめておきましょう。


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第9話 過去の呪縛

「姉さん…姉さーーーん!!」

ミレーユの耳に、懐かしい声が聞こえる。

聞こえる方向に目を向けると、そこには金髪の美しい少女をつれていく隻眼で筋肉質な肉体の荒くれと2人を追いかける銀髪の少年がいる。

太陽は沈み、人々は既に寝静まっている。

(また…この夢を…)

度々、彼女はこのような夢を見る。

夢の意味が分かっている分、とてもつらい。

「ギンドロ組め、姉さんを返せーーー!!」

「返せだと!?お前の爺さんと婆さんが税金払えねえからな、こいつでチャラにしてやろうとしてんだよ!ありがたく思え!!」

「俺らに逆らうことは陛下に逆らうこと…分かってんのかぼけがぁ!!」

銀髪の少年の腹部に兵士の拳がめり込む。

「あ…ああ…」

「全く、面倒なガキだぜ」

「二度と逆らえねえようにしないとな!!」

兵士が仲間や他の荒くれを呼び、あまりの痛みを気を失った少年をリンチにかける。

そして、それをあえてその少女に見えるようにした。

「や…やめて…」

「ん?なんだ?」

「やめて…お願い、テリーを…弟を傷つけないで…なんでもするから…」

涙を流しながら懇願する少女。

それを見た荒くれは笑みを浮かべる。

「そうだぜ?そういう態度がいい。お前が逆らわない限り、俺たちは何もしない。お前の弟を傷つけることも、お前らを育ててくれたあの老いぼれ達を殺すことも…」

そういうと、荒くれは彼女を布で目隠しし、更に猿轡をつけた。

(…忘れられない。忘れることはできないわ…)

ミレーユは涙を流しながら、静かにそう口にした。

やせた土地と鉱山の国、ガンディーノ。

そこでは農耕がほとんどできず、鉱石を輸出することが食料調達の手段だった。

現在では賢王ガンディーノ3世の政策により、ある程度食料自給率が増加し、世界一自由と平等がうたわれる国となっているが、先代の2世の時代は違う。

国民に重税を課し、それで自分にこびへつらう貴族と共に贅沢を満喫していた。

税を払えない国民は娘を王に献上することでしか生き長らえる手がなかった。

ギンドロ組は犯罪集団で、上記のように人身売買や逆らう国民の殺害など、汚れ仕事を担当していた。

それに対して彼らが不満を持っているのかというとそうではなく、それをする度に王から大量の報酬が与えられ、あろうことか組のリーダーは貴族の身分まで与えられた。

そして、このようにして連れ去れらた娘がどうなったかというと…。

「おー…今回はすばらしい娘ではないか」

「へへへ…そうでございましょう?それに、彼女はまだ13。当然、まだまだ生娘です」

「見事であったぞ。これが今回の報酬だ」

「ハハー!ありがたき幸せ」

金貨袋を懐に納め、荒くれは王座から出ていく。

白いカツラを頭に着け、様々な金色の装飾が付いた服を着た肥満体の男が王冠を机に置き、彼女に近づく。

「ほほう…これは楽しめそうな娘じゃ…」

布を取り、猿轡を取るとガンディーノ2世は興奮しながら彼女の頬をなでる。

「ふふふ…明日の朝の世話は頼むぞ?今日からそなたは余の妾じゃ」

高笑いしながら、男は寝室へ向かう。

そしておびえる少女を兵士たちがどこかへ連れて行った。

 

城に連れて行かれてから3週間が経った。

「…」

暗い地下の独房の中で、少女は生気の失った目でただじっと扉を見ている。

破れた部分が多い粗末な服装で、足には拘束具が付けられている。

外からは兵士と荒くれ達の楽しむ声と女性の悲鳴が聞こえる。

その頃、彼女はここで彼らの接待を強制されていた。

これは同じく地下牢へ入れられた女性から聞いた話ではあるが、これは王妃が行ったという。

彼女はかなり嫉妬深い人物であり、自分より美しい女性が存在することを許せなかった。

そのため、王がそのような女性を妾にしたとき、王妃は彼女に冤罪をかけることで王の許可の元、接待役に転落させたのだ。

そして、高笑いしながら専用の部屋で女性たちの苦しむさまを見続けた。

そこは地獄に等しい空間で、女性たちは多くの男の接待を強制され、自我を失っていった。

少女もすでに多くの男の世話をさせられた。

眠るたびにその時の苦痛などがフラッシュバックする。

扉が開くのは接待の時間か食事の時間のみ。

だが、彼女が生気を失った理由はそれだけではない。

 

それはあの時テリーをリンチした兵士の世話をさせられたときの話だ。

奇しくも、それは初めての接待だった。

「よお…かわいそうになぁ。こんな接待役にさせられてな」

少女からの接待を受けながら、その男は衝撃的な言葉を口にする。

「脱走したいのなら、やめた方がいいぜ?あの銀髪の小僧、テリーだっけ?あいつあの後死んじまってな。それに、あの老いぼれも流行病でポックリだ」

独房に戻ると、初めて感じた凄まじい苦痛と共に哀しみが襲い掛かる。

もう自分を大切に思ってくれる人はいない。

それが彼女から生きる希望を根こそぎ奪っていく。

血の通った心を持つ人間から、ただ生きるだけの人形に変えていった。

 

(テリー…いつになったらあなたに会えるの…?)

自殺も許されず、病にかかるとすぐに医者によって治療される。

彼女の唯一の願いは死んで弟に会いに行くことだけだった。

そう願うたびに、扉が開き、接待の時間が来た。

 

「…」

独房へ入れられ、1年が経過する。

扉を見る気力も、自殺する気力もすでに失った彼女はただひたすら眠っていた。

最初はフラッシュバックに悩まされていたが、その頃は既にそれもなくなっていた。

そんなとき、彼女の耳ではなく脳に何者かの言葉が聞こえた。

(あなたは生きなければなりません。やがて訪れるであろう危機から世界を救うために…)

「…。なんで…私には何もないわ…。大切な人も、何も…」

(大丈夫。もうすぐ、あなたを想ってくれる人が現れます。約束の証をここに…)

彼女の右手に突然金色の光が発生する。

その光は徐々に小さくなっていき、最終的にはオカリナとなった。

「オカリナ…?」

(約束は時に世界を変えるほどの力を発する。そのことを忘れないでください…ミレーユ…)

「世界を…変える…?」

声が聞こえなくなると同時にすさまじい揺れが発生する。

「大変だ!!民衆が大砲を盗んで、城に攻撃してきたぞ!!」

「なんだと!?急げ、はやく鎮圧するんだ!!」

「攻撃…?」

「うわあああ!!」

兵士の1人が民衆の剣で切り捨てられる。

そして、彼は死体から鍵を奪い、女性たちを牢から次々と解放していく。

「大丈夫か!?早くここを出るんだ!!」

「え…?」

「急げ!!もう君たちは自由なんだ!!」

彼は剣で彼女の拘束具を破壊する。

そして、彼女は何もわからないまま他の女性たちと共に城を出た。

 

城の外では民衆と兵士たちが交戦している。

戦うすべのない貴族たちは右往左往し、一部の兵士はすでに逃亡していた。

訓練を受けた兵士であっても、この圧倒的な人数の民衆にかなわず、討ち取られていった。

そして、城の屋上に血染めの王冠を持った男が現れる。

「魔王ガンディーノ2世を討ち取ったぞーーー!!」

その声を聞いた兵士は戦意を喪失させ、民衆は魔王の死を祝う。

これが俗にいうガンディーノの反乱だ。

この反乱で、王妃は自分の目の前で王が殺されたことで発狂し、幽閉されることになり、貴族たちは路頭を迷うこととなった。

また死んだガンディーノ2世の後釜として民衆は彼の遠縁で、西の孤島へ追放されていた貴族のミラジオ卿を迎え入れ、ガンディーノ3世として即位させた。

彼はガンディーノ2世の蛮行を公然と批判したために追放されていた。

しかし、自由になった当時のミレーユにとってはどうでもいいことだった。

身寄りもなく、住む場所もない彼女にとっては…。

「おやおや、占い通り、ここにいたのかえ」

「え…?」

声がする方向に目を向ける。

そこにはグランマーズがいた。

「占いでここにオカリナを持つ金髪の少女がいるとでてのぉ…」

「おばあちゃん…あなたは…?」

「儂はグランマーズ。しがない占い師じゃよ。ミレーユ」

これがミレーユとグランマーズの出会いだった。

 

「う…ん…」

「ミレーユ、気が付いたんだ」

目を覚ましたミレーユ。

気が付くとそこは寝袋の中で、空には無数の星が輝いている。

ミレーユが眠った後、レック達は無事に洞窟を出ることができた。

しかしその時は既に夜だったため、付近の草原で野営することになった。

「レック…。ハッサンは…?」

「水を汲みに行ったよ。どうかした?寝てるとき、泣いてたけど…」

「なんでもないわ…。きっと、目に砂が入ったのよ」

「ふーん…」

あまり深く詮索しないことにしたレックは薪を火にくべる。

(自分の過去のことを夢で見ることってあるのね…)

空を見ながら、先ほど見た夢に思いを巡らせる。

グランマーズに会った後、ミレーユは彼女の元で修行をすることになった。

そして、修行の中で魔王の存在を知り、世界の危機について知った。

あの時オカリナをくれたあの声の正体は今でもわからない。

しかしその声が言うとおり、グランマーズという師匠であり、ある意味では母親のような人物と出会えた。

ミレーユにはそれが声の導きであるとしか思えなかった。

(ムドー…倒して見せるわ。今度こそ…)

 

「…。ちっ!嫌な夢を見たぜ…」

どこかの森の中で、銀髪の少年が目を覚ます。

青い帽子と服、鉄の胸当てを装備し、腰には2本の剣をさしている。

「どこにあるんだ…?世界一強い剣は…」

懐から地図を取り出そうとすると、背後から魔物の足音が聞こえる。

足音の主は金色の体毛を持つ、沈黙の羊と同じ体格の魔物であるダークホーン。

封印呪文マホトーンで呪文を封じ、鋭利で相手を串刺しにすることを好む。

「ちょうどいい。あの後味の悪い夢を忘れさせてくれ」

2本の剣を手にし、少年はダークホーンに立ち向かった。




今回は彼女の過去についての話になりました。
強引な点あり、少し危険な描写もあり。
その点については…申し訳ありません!!!
ミレーユファンの方々にボコボコにされるかも…。


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第10話 世界への疑念

「なあ…なあ、本当に俺たち、見えてるんだよな?」

「心配ないわ、ハッサン。夢見の雫の力は本物よ」

「けどよぉ…」

不安げな表情を浮かべるハッサンはサンマリーノの人々をじっと見る。

「おいおい、なんだよあの大男。俺たちをじろじろ見て…」

「こういう奴は何をしでかすかわからないタイプだな」

「…。見えてる」

「そうね。これで安心できるでしょ?ハッサン」

「…この場合は見えてないほうがいい…」

街の人々の言葉がナイフのように心に突き刺さったためか、彼の目には涙が浮かんでいる。

「ミレーユ、それにしても本当にここの定期船はレイドックへ行くのか?」

「ええ。私とおばあちゃんはたまにそこまで占いの営業へ向かうの」

「にしても、この世界にもレイドックって…。一体どうなってんだ!?」

ミレーユの案内の元、レック達は船着き場へ入る。

そこで購入したチケットにもきちんとレイドック行と書かれていて、丁寧なことに国旗まで描かれている。

(レイドック…。俺たちが兵士になったレイドックとどう違うんだ?)

「ハッサン!!」

「!?」

船着き場へ戻ってきた船の出入り口から出てきた紫色の髪の中年女性が急にハッサンの名を呼ぶ。

フードが付いた白い服で、背中には青い大きなカバンを背負っている。

「あんた、ハッサンだろう!?心配したよ。4年前に家を飛び出して…。あんた!!」

続けて船から出てきたのは黒いモヒカンで黒いベストを身に着けた、身長はハッサンと同じくらいの大男だ。

中年であるにもかかわらずかなりの筋肉を持っており、背負っている鞄には常人2,3人では背負いきれないほどの量の大工道具を入れている。

「ハッサン?知るか、そんな奴!!俺たちには息子なんていねえよ!」

男はそう吐き捨てると、一足先に船着場から出ていく。

「な、なあおばさん。確かに俺、ハッサンだがあんたらのこと知らねえぜ…」

「そ…そうですか。人違いですよね…。すみません…」

女性はハッサンに頭を下げると、男を追いかけるように出て行った。

「一体…何だったんだ?」

「ハッサン…本当にあの人たちを知らないのか?あの人たち、自分の息子の名前がハッサンだって…」

「知らないも何も、俺たちはあの時初めてサンマリーノに来ただろ?」

「それはそうだけど…」

2人は夢見の雫を手にグランマーズの家へ戻ったときのことを思い出す。

彼女は雫に古代呪文をかけ、そのまま2人に振りかけると、自覚はないが自分たちの姿が見えるようになった。

その時、彼女はなぜ自分たちの姿が見えなくなったかを教えてくれた。

それはここが別の世界で、別世界から来た人の姿が見えないからだ。

本来2つの世界が交わる、もしくは人が交流することはありえない。

なぜこのようなイレギュラーが発生したかについては明言することはなかった。

そして、そこでミレーユはレック達と同行すると明言、そのまま3人でここまで来た。

「おーい!そこの方々!乗るんなら、早く船に乗ってくれー!もうすぐ出航するぞー!」

「行きましょう、2人とも」

「あ、ああ…」

2人は先ほど寄港したものの西隣にある船に乗る。

「…」

ハッサンもあの夫婦が出て行った出入口をじっと見た後、船に乗った。

魔物の活性化もあって、定期船は乗客や積荷、乗組員の安全のために様々な改造が施されている。

特に一番の改造とすれば聖水垂れ流し装置で、船の周囲に聖水を文字通り垂れ流すものだ。

単純なものであるが効果てきめんで、これを正式に装備されて10年の間で魔物に襲撃された例はかなり少ない。

欠点はかなりのコストで、その点はレイドックの貴族や国庫からの支援でなんとか抑えられている。

また船に積める聖水の量は一往復分で、往復し終えてから聖水の調達、充填には少なくとも3日かかる。

もちろん、船のメンテナンスも込みでだ。

「乗客はこれで全員だな…。よーし、出航だーー!!」

船長の言葉と共に、聖水が放出される。

それと同時に帆が広がり、錨が上がる。

「おばあちゃん…」

レック達が船室へ向かうのを見送った後、ミレーユは船上から港を見る。

自分の師であり、もう1人の母親でもあるグランマーズに想いを馳せながら…。

「ありがとう…いってきます」

 

「ミレーユ達は無事に船に乗れたみたいじゃのお…」

水晶玉から西へ向かう船の光景を見たグランマーズは安心しながらハーブティーを口にする。

ハーブの葉やその破片がたくさん入っていて、お世辞にも上手とは言えないものだ。

「うう…さすがにミレーユのようにはできんわい」

長い間、グランマーズはハーブティーを入れるのをミレーユに任せていて、毎日の楽しみになっていた。

ハーブティを飲み終えると、ゆっくりとベッドへ入る。

「少し寒いのぉ…。お休み、ミレーユ…」

まだ日が沈み切っていない空を見つつ、グランマーズは眠りについた。



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第11話 もう1つのレイドック

「一体…一体どうなってんだーーーー!!!???」

レンガ造りの家が並ぶ街並みを見て、ハッサンが発狂寸前となる。

見慣れた家、見慣れた道、見慣れた店、見慣れた国旗。

ここはレイドック、厳密に言うと幻の大地のレイドックだ。

「上の世界にもレイドックがあって、幻の大地にもレイドック…」

「二つの世界のレイドックって一体…」

「けど…少し違う」

周囲を見渡すと、ちらほらだがかなりボロボロな服を着た住民が乞食をしている。

上の世界ではレイドック王の善政の賜物か、乞食する住民は存在しない。

そして、見張り台や町にいる兵士たちの武装は上の世界のそれよりも高価なものになっている。

「うおーーーー!!神よ、俺たちに幻を見せているのかーーーー!?!?!?」

「…ミレーユ、ハッサンを止めて」

「駄目…今の彼には近づけないわ」

混乱し、大声を出すハッサンに町の人々や兵士たちが集まってくる。

「こんなひどい病気の人がおるなんて…」

「お父さん、この人かわいそう…」

「金を恵んでやろう」

ハッサンの周囲に小銭が少しずつばら撒かれる。

(もうやめてくれハッサン!!これ以上惨めな姿を見せないでくれ!!)

一生トラウマとなるだろうその光景を見ていると、ひとりの子供がレックをじっと見る。

「うん…?どうかしたの??」

不思議そうに彼を見つめる。

「やっぱり…やっぱりそうだ…」

「ん…?」

「王子様だーーーー!!」

「え…ええ!?」

「王子!?王子だと!!?」

「王子様!!?いずこに??」

少年の声を皮切りに周囲が大騒ぎとなる。

「ん…?何がどうなってんだ??」

「…」

急な展開について来れないハッサンに対して、ミレーユはじっとレックを見つめる。

「王子様!!お迎えに上がりました!!どうぞ!!」

「え…?待ってくれ、俺は王子じゃ…」

「何をおっしゃいますか?そのプロテクターには国旗があり、そしてその容姿!!どう見ても王子様です!!」

「こ…これはただソルディ兵士長から支給されただけで…」

レックは必死に否定するが、悲しいことに町の人々も兵士も反応しない。

そして、兵士に引っ張られる形で城まで連れて行かれた。

「…ミレーユ、俺たちどうしたらいいんだ??」

「町の外で待ちましょう」

「お、おう…」

今はどうすることもできなくなった2人はそのまま町を出る。

ハッサンの懐には恵まれた小銭がきちんと入っていた。

 

「王子様!!よくぞご無事で…」

城に入って最初に出迎えたのはソルディとうり二つの容姿の男だった。

(ソルディ兵士長…なのか…?)

「王子様!!このトム、今日ほどうれしいことはございません」

「トム…ソルディ兵士長じゃないんですか?それにその傷…」

顔を上げたトムと名乗る男の左ほおにはひっかき傷の痕がある。

3本の線状になっているその傷の形から見ると、大きな犬によるものと考えられる。

「ソルディ…懐かしい名前ですね。それよりも、早く王子様の帰還を皆に伝えなければ…。王子様。しばらく、北東の書物庫でお待ちくださいませ」

「は、はい…」

意気揚々に階段を上っていくトムを見て、レックはもう自分が王子だとは言えない状況にあることを悟った。

仕方なく、そのまま書物庫へ向かう。

「おいおい聞いたか…?またゲバンの野郎が増税するって言ってるぞ」

「この状況と陛下と遠縁というだけで大臣になったくせに、やりたい放題…いい加減にしてほしいぜ」

「トム兵士長がなんとか抑えてくれているけど、もし兵士長がお倒れになってしまったら…」

(上の世界とは違って、かなり混乱しているみたいだ)

書物庫につくと、メイドたちがレックのプロテクターと盾を取り、そのまま退室する。

椅子に座り、城内で聴いたことを思い出す。

上のレイドックとの違いは以下の通りだ。

●ここには王だけでなく、王妃と王子が存在する。そして王と王妃は眠ったまま目覚めず、王子は行方不明。

●兵士長がソルディではなく、トム。

●2人が眠った後で大臣となったゲバンが圧政を行い、トムがブレーキをかけている。

書物庫とはいうものの、高級感のある机と心地の良い椅子があり、休憩にはもってこいの場所だ。

「ハッサン達、大丈夫か…?うん?」

たった1人になった中、レックは本棚を見る。

その中で鏡が大きく表紙にが描かれている古い本を見つけた。。

「ラーの鏡…やっぱりこの世界に!!」

「王子様ーー!!」

「わっ!?」

急に扉があいたのに驚き、あわててなぜかその本を本棚ではなく懐に入れてしまう。

扉を開けたのはトムだった。

「し…失礼しました!!あまりに興奮しておりまして…。ささ、王子様。どうか陛下の元へ」

「は…はい…」

 

トムの案内の元、レックは3階の王と王妃の部屋に向かう。

構造は上の世界のそれとは大差なかった。

「王子様…この先で陛下と王妃様が…」

「…」

王の間に西側にある扉をレックはゆっくりと開く。

そこには眠っている年老いた夫婦と彼らに回復呪文をかけているシスターがいた。

王の方は真っ白な髪と品格を漂わせる長い髭があり、王妃の方は金髪で白い肌が印象的で、わずかにしわがあるがなぜか上の世界のレイドック王そっくりに見えた。

「1年前、ムドーの呪いによってお二人は…。そして、ムドーを倒すといって陛下の剣を持って飛び出された時はどれほど心配したことか…」

「…み…」

「え…?」

「…がみ…鏡を…」

「鏡…?」

眠る王妃の口から洩れる弱弱しい言葉がレックの耳に届く。

(鏡…それってラーの鏡のことなのか?)

そんなことを考えていると、彼女の首にかかっているロケットを手に取る。

「これは…」

「このロケットは陛下が王妃様にプロポーズした時にプレゼントしたものと聞いております」

「…」

徐にロケットを開く。

その中には若いころの王と王妃と思われる2人の男女とレックそっくりな容姿の少年、そして王妃の腕に抱かれている生まれたばかりの赤ちゃんが描かれた絵画が入っていた。

(やっぱり…うり二つなんだな。俺とここの国の王子は…)

「王子様が戻られただと!?」

急に男性特有の低い声が王の間から聞こえる。

「ゲバン様!!お待ちください!!」

「うるさい!」

凄まじい勢いで扉が開くと同時に、少し薄めの黒い髪で、自分という存在を過度に強調したいという欲望をむき出しにしたかのように高級な宝石でできた指輪や勲章をつけた、紫色の制服の中年男性が入ってくる。

右ほおには大きなニキビができていて、その男はレックを見ながらそのニキビに触れる。

「王子様…お戻りになられたと聞いた時はとてもうれしゅう思いましたが、この1年で少し雰囲気が変わったのではありませんか?」

急に恭しい態度をとるが、同時にレックを怪しんでいる。

「何をおっしゃいますか!?ゲバン大臣!あのお方こそ正真正銘の…」

「兵士長、少し黙っていただけますかな?王子様、失礼ながら1つだけ質問をお許し願いたい」

「質問…?」

「はい。これは王子様であれば必ずわかるシンプルな質問です。それは、亡くなられた妹君の名前でございます。その時王子様はどれほど悲しまれたことか…」

(妹の名前…??)

ロケットの中の赤ん坊の姿を思い出す。

あの赤ちゃんがゲバンのいう死んだ妹のことだろう。

そして、レックの脳裏に浮かぶ妹の名前は1つしかない。

「タ…ターニア…」

「お…王子様?!そんな…」

「ハハハハ!!やはり贋物であったか!本物の王子様であれば忘れるはずがない!!衛兵!!」

ゲバンが扉から離れると同時に、兵士が3人入ってきて、レックを捕える。

「衛兵!!この贋物は国外へ追放せよ!!」

「ハッ!」

「トム兵士長…」

気落ちし、沈黙するトムを見てゲバンはにやりと笑いながら言葉を並べる。

「この責任は後日、とっていただきますぞ?」

 

「あいつ…大丈夫か?もう半日経つぞ?」

「来るわ…絶対に」

城下町から少し離れた平原でレックを待つハッサンとミレーユ。

念のため門番にレックの似顔絵を渡し、ここに来るようにという伝言も残してきた。

「にしても、驚いたぜ?世の中に自分そっくりな奴は3人いるって話はあるけどよぉ」

「おーい、ハッサン、ミレーユ!」

「お…来たぜ」

旅人の服を着た姿となったレックが2人の元へ駆け寄る。

頬には殴られた跡があり、口から少し血が出ている。

「どうしたんだよその傷。やっぱり…」

「贋物だってばれて追い出された、王子じゃないって言ったのに、踏んだり蹴ったりだ」

「プロテクターと盾は…?」

「そのまま没収された。剣とナイフは無事だったけどな」

ミレーユのホイミにより、何とか傷が癒えたレックは懐から本を取り出す。

「なんだよ、その本は?」

「書物庫で見つけた。もしかしたら、ラーの鏡と関係があるんじゃないかと思って」

「その本、貸してもらえる?」

「ああ…」

ミレーユは借りた本を読み始める。

「なんだよこの文字!?わけわからねえ…」

「これは古代の神官が使っていた文字よ。私なら読めるわ…。私は真実の鏡を作りし者。老いた我はその鏡を邪悪なる物の手に渡ることを何よりも恐れている。故に塔を作り、そこへ封印する。その扉は鍵で封じ、それを聖なる滝の中へ。いずれ鏡を真に必要とする者たちのために…」

「鏡…それはラーの鏡か??」

「そうかもしれないわね。そして、聖なる滝となると…」

「聖なる滝…?どこにあんだよ??」

ハッサンは必死に地図を見る。

「…アモール」

「へ?」

「聖水の町、アモール。もしかしたらそこに鍵があるかもしれないわ。アモールはここから南西よ」

「レックが御尋ね者になっちまったからな。さっさとレイドックから離れようぜ?」

本を袋に入れると、3人はアモールへ向かう。

ここでレイドック周辺にいる魔物たちについて解説しておこう。

●本来草食であるはずのスライムが肉食を始めたことで、オレンジ色に変わったスライムベス。

●戦死した兵士に魔王が邪悪な魂を宿したことで復活したゾンビである死の奴隷。

●過去に交戦経験のある沈黙の羊とビーポ。

沈黙の羊にはマルシェ西の森であと少しで死ぬところまで追いつめられたレックだが、ハッサンとミレーユという仲間、そしてここまでの戦闘の中でのレベルアップでうまく戦えるようになった。

まずはミレーユが最近覚えた視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる幻惑呪文マヌーサでその魔物の視界を奪い、レックがルカニで守りを弱める。

そして、ハッサンとレックが同時攻撃することで撃破した。

(それにしても、何だろう…?)

戦っていても、進んでいても、レックは自身の中に生まれたもやもやとしたものが気になって仕方なくなっていた。

(どうしてなんだ…?あの女の子の名前を思い出せなくて、悲しくなるのは…)



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第12話 部屋住みの老婆

「え…?北の滝??」

「おう。俺たち、どうしてもここの北にある滝の奥へ行きてえんだ」

「そう言われてもなあ…20年くらい前に地震でふさがっている。もう入ることはできないよ。岩盤が硬すぎる」

「そうですか…。ごちそうさまでした」

ミレーユが代金を払い、ハッサンと共に酒場から出る。

外では未成年であるレックが待っている。

彼の左手に装備されているのはアモールで購入した鉄の盾だ。

「ハッサン、ミレーユ、どうだった?」

「駄目だ…。あの滝の奥に入るのは無理だとよ」

「そうか…」

「困ったわね…あの奥に鍵があるのに…」

困り果てた3人は町の中にある川を見る。

 

数千年前、ここに精霊ルビスを布教するために世界各地を旅していた老宣教師が訪ねた。

彼は長きにわたる布教の旅がたたり、病に侵されていた。

いかなる薬草も呪文も効かず、死を待つだけだった彼の耳にルビスの声が届く。

ここの川の水を飲めと…。

そのお告げ通り、その宣教師は水を飲んだ。

すると川が光り、彼の病が見る見るうちに消えていった。

その日からその川の水は癒しの水と化したという。

その宣教師の名はアモールだ。

この聖なる水が流れる川のそばに生まれた町、アモールはこうして始まったという。

真偽がどうであれ、アモールの水は万能薬として名高く、ある者は病平癒のため、ある者美しさを得るため、ある者は長寿のためにここを訪ねる。

そんな彼らの宿泊、観光、そしてアモールの水で育てた良質な野菜や穀物の輸出が町民たちの経済基盤だ。

レイドックから離れたレック達は1日と半日かけてこの地にたどりついた。

もう夜更けになっていて、家の煙突からは煙が出ている。

「なあ…これからどうすんだ?」

「どうするって言われても…」

「ああ、あんたらちょっといいか?」

酒場から情報を提供してくれたマスターが出てくる。

「どうしたんですか?」

「今日は宿が満員でね、あんたら泊まる当てがないだろう?せっかくウチに来てくれたんだ。これやるよ」

マスターから一通の手紙が渡される。

「これは…?」

「ヴェルナール神父様への手紙だよ。彼とは友人だし、きっと便宜図ってくれるぜ?じゃあ、次寄った時また来てくれよ?」

「ありがとう…ございます」

手紙の裏面には簡単にここから教会までの地図が描かれていた。

それに従い、3人は教会へ向かう。

教会は町の中心にあり、夜中になっても明りが消えない。

「ふむ…マスターがここを紹介したのですか?」

「はい。泊まる場所が欲しくて…」

しわだらけで、白い髪と肌の老神父が手紙を読み、3人をじっと見る。

「この時期は特に遠方からここを訪ねる方々が多い…。ならばここの1階にあるジーナさんの世話になるといいでしょう」

「ありがてえ!!ベッドが恋しかったところだ」

「そうね…。寝袋ばかりだと疲れがたまるわ」

「ジーナさんは1階の西側の一番端の部屋にいますよ」

神父に言われた通り、1階に降りると、そこには数多くの部屋が存在する。

そこにも宿からあふれてしまった人々が泊まっているという。

「あの神父さんが言っていた部屋ってのは…ここだよな?」

「ああ…。入ろう」

レックが言われた部屋のドアにノックをする。

「うるさいね!!何者だい!!?」

小さくノックしたにもかかわらず、すごい剣幕の老婆が扉を開け、顔を出してくる。

放たれたプレッシャーはすさまじく、3人とも壁に背中をつけていた。

絹織物の厚着を着ていて、真っ白な団子髪と右頬に切り傷の痕がある老婆だ。

外見からして、70後半のようだが背筋はまっすぐで杖を使わずに不自由なく歩いている。

「こ…怖えー…」

「わ、私たちは旅人です。神父さまから、ここで世話になるように言われたんです」

「神父様が…?」

ゆっくり近づき、3人の顔を鋭い目つきで見る。

「ふん!旅人用の寝室があるからそこで寝るんだね!まったく、最近はひどい夢ばかりで気分が悪いよ。疾風のジーナも老いたものじゃわ!」

(疾風の…ジーナ…?)

「さあどきな!私はこれから洗濯しなきゃならないんじゃ!」

レックをどかすと、数着の衣服と洗濯板、そしてランタンを持って教会の外へ出て行った。

「な、なんて怖え婆さんなんだよ…」

「とにかく、泊めてもらえるから早く荷物を置こう」

「そうね…」

3人はジーナの恐ろしい表情を思い出し、少しおびえながら中へ入って行った。

 

5時間後…。

「ぐがーぐがー…」

「すーすー…」

「ぐうぐう…」

3人は旅人用の寝室で眠っている。

ベッドは8つあり、4つごとに男性用、女性用にカーテンで仕切られている。

「う…うう…!!」

「ん…?」

扉の向こうから声がしたのを偶然耳にしたレックが目を覚ます。

レック達のいる寝室はジーナがいた部屋の東側にあり、扉の向こうは当然ジーナの部屋だ。

おそらく、この声の主はジーナだろう。

「イ…イリア…ううう…!」

「イリア…??」

(お困りのようですね…?)

「え…?」

レックの隣に幼い少女が現れる。

「君は…いや、あなたは…!」

(お久しぶりですね、レック)

彼女はライフコッドでレックにお告げをした少女だった。

(ラーの鏡を探しているのですね…?)

「はい。ですが、その塔に入るための鍵は…」

(分かっています。どうやら、私の力が必要な時が来たみたいですね)

「え…?」

驚くレックを尻目に、少女はアモール周辺の地図が刻まれた石版を生み出す。

(さあ、レック。仲間たちと共に時を超えるのです。そして、あの苦しむ老婆に救済を…)

「ちょっと待ってください!?あなたは…あなたは一体!?」

急に石板が水色に光り始める。

そして光は3人と彼らの所持する荷物を包み込み、少女とともに消えて行った。

 

「おい…おい、旅人さん。旅人さん!!」

「うん…??」

ゆっくり目を開くレック。

レックの目に入ったのは見たことのない若者で、場所は眠っていたあの寝室だ。

「あ、あなたは…?」

「大丈夫か?あんたら、この教会の前で行き倒れてたぜ?」

「行き倒れ…??いや、俺たちはジーナさんの許可をもらってここに…」

「ジーナ…?そんな人はこの教会にはいないぞ?」

「え…?」

「夢でも見たんじゃないか?待ってろ、今飯用意してるからよ」

混乱するレックを置いて、男は部屋を出ていく。

「おいおい、一体どうなってんだ?」

「私達…確かにジーナさんと…」

いつの間に起きていたハッサンとミレーユも同じように混乱する。

「と…とりあえず、ご飯を食べたら、外へ出て情報を集めよう。何かわかるはずだ」

 

食事を終え、若者に礼を言ったレック達は教会を出る。

「おはようございます。今日はいい天気ですね」

「え…?」

最初にあいさつをしてきたのは草むしりをしている神父だった。

しかし、容姿は昨日あった神父とは全く異なり、少し日焼けした肌で黒い長髪の中年男性だった。

「あの…ヴェルナール神父様…ですか?」

「…?いえ、私はロレンツォです。ヴェルナールは最近ここで働き始めた若者で、私の後継者です」

「えーーー!!?一体全体どうなってんだ!?訳が分からねえ…」

ロレンツォ(ここからは混同を避けるため、名前で呼ぶことにする)の言葉にハッサンが頭を混乱させる。

よく見ると外にいる町民は全員見たことのない容姿の人々ばかりだ。

「それにしても、大丈夫でしょうか?ジーナさんとイリアさんは…」

「2人を知っているんですか??」

名前を聞いたレックがロレンツォに詰問する。

「ジーナさんは知っているけど…」

「イリア…って誰なんだ?」

ジーナのうめきを聞いていない2人は何を言っているのかわからない。

「ええ…。颯のイリアと疾風のジーナ。最近この町にやってきた盗賊の2人組です。ラーの鏡の鍵となる鏡の鍵を探しにこの町へ来て、先日北にある滝へ…」

「ちょっと待てよ、ジーナ婆さんが滝へ…?滝にある洞窟は20年前に地震でふさがって…」

「地震…?20年前に地震は起こっていませんよ?それに、ジーナさんは若い女性です」

「…。ミ、ミレーユ…もしかして俺たち…」

「ええ。もしかしたら…」

「なあ、一体どうなってんだよ??ジーナ婆さんが若くって、洞窟がふさがっていないって…」

「ハッサン…私達はもしかしたら、地震が起こる前のアモールにタイムスリップしているのよ」

「な…何ーーーーー!!!!????」

町中にハッサンの声が響き渡る。

 

町を出たレック達は北の滝へ向かう。

周辺のモンスターは死の奴隷、スライムベス、沈黙の羊、ベビーゴイル、ヘルホーネットで、それほど苦戦することはなかった。

1時間森の中を歩き、たどり着いたアモールの滝。

そこにはレック達がタイムスリップしている証拠がはっきりと示されていた。

「洞窟が…」

「ふさがってない…」

滝の奥へ進む通路をふさいでいた岩盤は無く、人工的に作られたと思われる洞窟が続いている。

「本当にタイムスリップしちまってるのか…お??」

「誰かいるのか?ハッサン」

「ああ…あの岩場の陰に!!」

指を差された巨大な岩の陰には金色のショートヘアでピンクのビキニアーマーを装備した若い女性が座り込んでいた。

「あ…あなたは…!?」

駆け寄ったレックは問いかける。

しかし彼女の顔が涙でぬれていて、持っている2本のナイフは赤い血で染まっている。

「終わった…全部終わった…」

「終わった…?終わったって、どういうことだよ?」

「はは…全部終わった…。あそこに宝なんてない…あるのは愛しいイリアの死体だけ…」

「イリア…イリアって、颯のイリアのことですか?」

「ああそうさ…一番奥に入って…気が付いたらあたしのナイフがイリアを貫いていて…ははは…」

悲しい笑い声を出す若きジーナ。

再び彼女の眼から涙が零れ落ちる。

「…この洞窟の一番奥に何かが…」

「…ジーナさん、あとは任せてください」

ミレーユが小さな声でそう言うと、3人は洞窟の奥へ進む。

 

奥へ進んでいくと、洞窟の中の大半は水で、夢見の洞窟の時以上の寒さが3人を襲う。

「うう…ここも寒ぃなー…」

「でも良かったわ。水の近くならいつでも体力を回復できる」

「それは多分、魔物も同じだと思うよ」

レックのいうことは間違いではない。

どちらも回復できる場所での戦闘は泥沼化することが多い。

事実、ハッサンのそばでつい先ごろ消滅したベビーゴイルや魔力がこもった土で作られ、踊りながら土に相手の魔力を吸収する泥人形は危機になると水辺まで逃げ、その水で回復していた。

魔物の数がわからず、先へ進まなければならない以上、泥沼化はレック達にとって明らかに不利となる。

更に常に徒党を組んで襲いかかる、気温の低い地域での生存能力が高まったことで体毛が白くなったファーラットであるモコモコ獣は攻撃役と水の補給役に別れること、そしてリーダーが次々と近くの魔物を呼ぶためにここではかなりの強敵となる。

こういった場面で、レックとハッサンはレイドックで教わった指揮官の重要性を思い知った。

逆に言うと、指揮官を倒せばあとは各個撃破できるという意味でもあるが。

「今後のためにアモールの水を補給しておきましょう」

空になった水筒にミレーユはアモールの水を入れる。

そうしていると、ビーポとスライムナイト、森爺と同じ形だが、体の色が青白くなっていて火炎呪文ギラを使いこなす花魔導が現れる。

「そうこう言っている間にまた魔物が出たぜ…」

「くそ!!どきやがれ!!」

ビーポとスライムナイトをハッサンが殴り飛ばす。

レックは鉄の盾でギラを受け止めながら進み、花魔導を兵士の剣で切り裂いた。

切り裂かれた花魔導の花びらが水に落ち、ビーポとスライムナイトが岩にたたきつけられる。

「またモコモコ獣みたいな魔物が来たら、まずいぞ!!」

「レック、ミレーユ!あそこから奥へ入れるんじゃねえか?」

大岩の陰に隠れるようにある穴を指さす。

「いこう!!ここにいたら必ずまた魔物が出てくる!!」

「ええ…」

水筒を懐にしまい、3人は穴に入っていく。

穴の中は水が入ってきていないためか、気温が先ほどいた場所よりも若干高い。

「ふぃー…ここから一番奥まで一気にいけたらいいなぁ…」

「それにしても気になるわ…」

「気になるって?」

「思い出して、ジーナさんが言っていたことを…」

「…」

レックはジーナが言っていた言葉を思い出す。

彼女は一番奥まで到達したが、気が付いた時にはイリアを殺害してしまったと言っていた。

「でも、どういうことなんだよ?一番奥へ行って、気が付いたら仲間を殺してたって…」

「しかし、あの口ぶりからはついてからその時までの記憶が全くないみたいだ…」

「…一つだけこういう状況を作り出す方法があるわ」

「ええ…!?」

「それってどうすんだよ!!!?」

ミレーユの言葉に2人は驚く。

「神経呪文メダパニ、敵の脳の一部の機能を停止させて、幻覚と幻聴によって混乱させる呪文よ。高い魔力を持った魔法使いであれば任意の幻覚や幻聴を見せることもできるわ」

「ってことは、まさか…」

「ハッサン、ミレーユ!!あそこに人が!!」

「何!!?」

レックが指差した方向には空きっぱなしの宝箱と傷だらけで青い鋼鉄の鎧をと鋼の剣を装備した金髪の青年が倒れている。

「あいつ…ジーナ婆さんが言っていたイリアって奴か??」

「ええ…もしかしたら…」

ミレーユはゆっくりと近寄り、彼の脈を測る。

「少し弱いけれど、脈はある。まだ助かるわ!!」

「なら、早くアモールの水を!!」

レックが彼の体を少し起こし、ミレーユが彼の口にアモールの水を注ぐ。

「よし!そいつが起きたらここで起きたこと…を…」

「…?どうしたんだ、ハッサン」

急にしゃべらなくなったハッサンを不思議がりながら声をかける。

すると、ハッサンは足元の石を拾う。

「一体どうしたんだよ、ハッサン」

「てめえ…よくも…」

「へ?」

「お前、よくもレックとミレーユを!!」

振り返ると同時に石がレックに向けて投擲される。

「な…!?」

何が起こったかわからなかったが、反射的に盾で石を受け止めた。

「ハッサン!!?」

「レックとミレーユの仇だ!!くたばれーーー!!」

ハッサンの丸太のような足がレックの腹部に命中する。

「がはっ…!!??」

わずかに胃の中の物をだし、レックが岩まで吹き飛ぶ。

あまりのダメージを手にしていた兵士の剣と鉄の盾が離れてしまった。

「ハ…ハッサン…」

ホイミで腹部への痛みを消しながら、ゆっくりと近づいてくるハッサンを見る。

よく見ると、ハッサンの目が青から赤く染まっている。

「眼の色が赤い…」

「赤い…もしかして!!」

メダパニにかかると目の色が変わる。

グランマーズからの教えを思い出す。

「メダパニにかかってしまったのね。なら…」

「あの世で…レックとミレーユに詫びてこい!!」

右拳をレックの頭に向けて放とうとする。

このまま放たれるとレックの頭部がつぶれてしまう。

「ハッ…サン…」

「ごめんなさい!」

レックが落とした剣の柄で、ミレーユはハッサンに当身する。

ハッサンはそのままグラリと倒れ、気を失った。

「ハッサン…?」

「メダパニにかかってしまったのよ…。気を失わせるか、脳に軽い振動を与えれば解除できるわ」

「でも、なんでハッサンがメダパニに…?」

「もしかしたら…近くに魔物がいるかもしれないわね…」

レックとミレーユが背中合わせになった周囲を見渡す。

「どこだ…どこに魔物が…」

何度も注意深く見渡すが、存在するのは岩ばかり。

魔物の姿は一向に見えない。

「…?」

魔物の足音がかすかに聞こえる。

石と石がぶつかり合ったかのような音で、自分たちに近づいてきている。

「…。レック」

「何?」

「ちょっといい…?」

ミレーユがレックに耳打ちする。

レックはわずかに首を縦に振ると、再び彼女の後ろに立った。

そのまま数十秒が立つ。

(…今だ!!)

急にピンク色の岩が動きだし、レックとミレーユに向けて光線が放たれる。

「…!!ま、魔物が後ろに!?」

「そ…そんな…レックとハッサンが…」

光線を受けたミレーユが膝をつき、レックが剣を抜いてミレーユに刃を向ける。

「あなたが…あなたが2人を!!?」

「おおおお!!」

涙を流すミレーユが彼女を貫こうとするレックの剣を鞭で防ぐ。

「なんだこの魔物!!?けど、倒さないと2人をすくえない!!」

「仇は討つ!!たとえ刺し違えたとしても!!」

「キキキキ…いいなぁ。仲間同士の殺し合いってのは…」

ピンク色の岩が赤い瞳で2枚の翼が付いた悪魔を模した石像型のモンスターに変化する。

「ケケッ!!ムドー様のいうとおり、最高だぜ!!こうして宝を求めて力を合わせたのに、宝を前にして仲間同士でつぶし合う!!そして、気が付いた時には…キキキキキ!!!」

残忍な笑みを浮かべながらレックとミレーユが争い合う光景を見る。

「これで最後だーーー!!」

「レックとハッサンの仇!!」

レックの剣がミレーユの胸を貫き、ミレーユの鞭がレックの首に直撃する。

両者は大量出血しながら倒れこんだ。

「キキキキ!!やったやった!!さあ、あとはこいつらの首を…」

血がこびりついた爪でレックとミレーユの首を切断しようとする。

「キキキキ!!いっぱい血を…!!!?」

急に魔物の首にイバラの鞭が巻きつく。

「キッ!!?」

「今よ、レック!!」

「おおおお!!」

鞭に気を取られている魔物の両目にレックの剣が襲い掛かる。

「グギャアアアア!」

両目を破壊された魔物が顔を手で覆いながら倒れる。

「ギャアア!!なぜーーーー!?お前たちは確かに争って…」

「幻惑呪文マヌーサを使ったのよ」

「マ…マヌーサ…!?」

視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる呪文。

ミレーユはその呪文でメダパニを発動しようとした魔物に先ほどの幻覚を見せたのだ。

広範囲に、かつ任意の幻覚を見せるようにかなり魔力を使ったためか、彼女は汗でびしょ濡れになっている。

「そう、おかげであなたの目は破壊したわ。メダパニは目を媒介に放つ呪文。そして、呪文を放っている間は姿を隠せない」

「よし…あとはハッサンを起こして石クズにしてしまえば…」

このような、石像や泥など本来命を持たない物質が命を宿す場合、必要になるのは命の石。

逆に言えば命の石さえ破壊すれば絶命させることが可能。

しかし、この魔物の命の石の場所は分からず、目以外のどこを兵士の剣で攻撃しても決定打にはならない。

「キキーーーーッ!!」

「!?」

急に魔物が暴れ始める。

イバラの鞭を破壊し、レックに攻撃する。

(な…なんで正確に俺に向けて拳を…!?)

何と片手で1度目の攻撃を受け止めるが、もう片方の拳がレックの胴体ではなく剣に襲い掛かる。

この魔物の体は石だと言ったが、広義的に解釈すると鉱石もまた石となる。

そしてその強度は兵士の剣以上。

そのため、あっさりと剣が砕けてしまった。

「そ、そんな…!?」

「キキキ!!このホラービースト様がこの程度で負けると思ったか、ブァーーーーカ!確かに目が無けりゃあメダパニは使えねえが、それで周囲が見えなくなるとは限らねえぜ?いわば、俺様の体全体が目であり、耳でもあるんだよぉ!」

ホラービーストの拳が再びレックを襲う。

彼は目を潰されたことをかなり根に持っているようだ。

「レック!!」

即座にミレーユがスカラを唱えようとする。

「邪魔すんじゃねえ、このアマァ!!」

ホラービーストは尾で薙ぎ払い、ミレーユの腹部に強烈な一撃を与える。

「ああ…!!」

「ミレーユ!!」

ミレーユが腹部を抱えながら倒れ、レックがホイミを唱えるために駆け寄ろうとする。

「よそ見すんなよ…ガキがぁ!!」

ホラービーストの爪によって、レックの脇腹に深い切り傷が生まれる。

「うわあ!!」

わき腹からの激痛で、レックは膝をつく。

普段ならば盾で受け止めることができたが、仲間を傷つけられたことで冷静さを欠いてしまった。

「キキキ…てめえは簡単には死なせねえ。あの水の中で窒息させてやるぜー」

レックの頭を持ち上げ、ニヤニヤと笑う。

「くっ…!!」

何とか抵抗するために盾でホラービーストを殴るが、全くダメージを与えられない。

「何抵抗してんだよ?このままおとなしく死にゃ…!?」

ズブリ!!

急にホラービーストの腕の力が抜け、レックが下へ落ちる。

「え…?」

一瞬何が起こったのかわからなかったが、よく見るとホラービーストの胸が剣によって貫かれていた。

そして、その剣の主は…。

「よぉ…さっきはよくもこの俺、颯のイリアとジーナをはめてくれたじゃねえか…」

「お…お前は…!?」

回復したイリアがにやりと笑いながら剣を握っていたのだ。

「き…きききききき…貴様ぁーーーーー!!」

命の石を貫かれたためか、ホラービーストの体が崩れていく。

そして、ほんの十数秒でただの石ころに変わっていった。

「イ…リア…さん…」

「アモールの水、まだあんだろ?それでさっさと回復しとけ」

助けようとした人に助けられたことを奇妙に思いながら、レックは自身とミレーユにアモールの水を飲ませる。

幸いミレーユの場合はダメージが相対的に低かったため、わずかな水で傷は治った。

「そういやぁ、お前もこれを探してたのか?」

「え…?」

イリアが懐から取り出したのは小さな鏡がついた金色の鍵だった。

「それが…鏡の鍵?」

「おう。こいつで世界のどこかにある月鏡の塔の扉が開く。そして、その中には最高の宝であるラーの鏡が待っているのさ」

そういうと、イリアがレックに鏡の鍵を握らせる。

「え…?」

「助けてくれた礼だ。持って行け」

「そ、そんな!?あなたはこれを探すために…」

「何言ってんだ?俺とジーナにはまだまだ宝を探す当てが山ほどあるんだ。今度はラーの鏡以上の宝を見つけてやるさ。さてと…筋肉男ときれいな姉ちゃんが起きたら…??」

イリアがびっくりしながらレック達を見る。

「え…?どうしたんですか?イリアさん」

「なんでお前の体、光ってるんだ??」

「ええ…!?」

びっくりしながら自身の手を見る。

両手からなぜか白い光を発していた。

よく見るとハッサンとミレーユも同じ光を発している。

「まさか…このまま元の時代へ…」

「おいおい、元の時代?それってどういう…」

「お…俺に言われても…うわあああ!!」

そのまま光が強くなっていき、光が消えると同時に3人の姿がなくなってしまった。

「い…一体何がどうなって…!?…ってあれ?俺…ここで何を…?」

 

「…うわあ!!?」

目を覚ましたレック。

そこはアモールの教会の部屋、更にいえば自分たちが泊まっていた部屋だった。

「夢…だったのか…?」

頭をわずかにふり、自分の荷物を確かめる。

「あ…!!」

荷物を確認すると、置いてあった兵士の剣が折れていて、鉄の盾にはへこみがある。

更に今度はミレーユの荷物を確認するとアモールの水が水筒に入っている。

「夢…じゃなかったのか…」

「いつまで寝てんだい!?さっさと起きな!!」

フライパンをおたまで叩きながらジーナが入ってくる。

「うわあ!!」

「え…ええ…!?」

びっくりしたハッサンとミレーユが目を覚ます。

「ジーナ…ちったぁ静かにしてくれ。かなり響くぜ…」

「何言ってんだいイリア。これぐらいしないと起きないんだよ、最近の若者は!!」

「え…?」

「イ、イリア…??」

3人は目を丸くしていると、ジーナの背後に真っ白な長髪でしわだらけの顔、そして緑色の服を着た老人が目に入る。

「ようやく起きたか…。ほら、早く出る支度をしねえと。酒場でのモーニングサービスが受けられねえぞ」

「は…はあ…」

なぜイリアがいるのかハッサンとミレーユには分からなかった。

しかし、レックはなぜかその理由がわかった。

(俺たちの過去での行動が…歴史を変えたのか…?)

レックの服のポケットには鏡の鍵が入っている。

 

「にしても、なんかすげえ世話になったな…」

2人にあいさつをし、アモールを出たレック達。

旅立ちの際、ジーナ達から今の自分たちには必要ないとしてさまざまの物を贈られた。

イリアが装備していた剣と鎧、ジーナが装備していた2本の毒蛾のナイフ。

更にアモールの水やランタンの油、バトルリボンなど、大盤振る舞いにもほどがある。

「けど、俺たち本当に過去のアモールへ行ったんだな…。いまだに夢みたいだぜ」

「そうね…。私も鏡の鍵を見るまで、ずっと夢だと思ったわ」

ハッサンとミレーユが話している間、レックは何も言わずにただ空を見ている。

(教会の時と言い、アモールでのタイムスリップといい…精霊様に助けられたのかな…?)

それよりも気になるのが自分の記憶から借りたという少女の姿。

レックはそのような少女に会った記憶はない。

(どういうことなんだ…?)

考えるレックだが、いつまでたっても答えは見つからない。

「おーい、レック。魔物だぜ!」

ハッサンの声で心が目の前の現実に戻る。

沈黙の羊とベビーゴイル、ヘルホーネットが襲いかかってきた。

(そうだ…今はラーの鏡を探すのが先だ!)

イリアの鎧をまとったハッサンがヘルホーネットを殴り飛ばしている。

レックはイリアの剣を手に、ギラを放とうとするベビーゴイルに立ち向かっていった。




今回はかなり長く書いてしまいました。
キャラ情報の更新はしばらくお待ちください。


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第13話 月鏡の塔

「ウヒヒヒヒ!!開いてる開いてる!」

「開いてるねぇ、開いてるねぇ」

「いるかなぁ?いるかなぁ?」

レイドック北西部にある百メートル近くの高さのある2つの塔を東西につけているレンガ造りの建物の前に3人組がいる。

黄色い髪で紫色に変色した肉体、そしてボロボロな緑色の服。

作られてから一度も開いていなかった扉は既に開いている。

「なぁなぁ、ここで俺ら、何すればいいんだ?」

「ん…?ああ…?なんだっけぇ?」

「ここに入った3人組を殺せだよぉ。忘れたかぁ。そいつらは…ええっと…」

「まぁいいじゃん。中にいる人間全員ぶち殺したらいいだけだからよぉ」

「そだなぁ、ウヒヒヒヒヒ!!」

「ポイズンゾンビ3兄弟、レッツゴーーー!ウヒヒヒヒヒ!」

3体のポイズンゾンビが扉に入ろうとする。

「ウヘェ…ップ」

そんな中最後尾にいた1体が近くの草に紫色の痰を吐き、そのまま進む。

痰がかかった草は一瞬で溶け、そこには小さな毒の水滴ができた。

 

「うわぁ…こんなに高いんだ」

一方、塔の入り口のある階層に到達したレックは東西にある2つの塔の高さに驚きを隠せずにいる。

2つの塔の間は厚い雲で隠れていて、そこから先に何があるのか見えない。

「うへぇ…試練の塔よりもきついじゃねぇか」

「魔物の姿があったわ…。ここから二手に分かれるにも人手も足りない」

「なら、まずはどちらの塔を…」

「…!!ヒャド!」

急にミレーユがハッサンの影目がけてヒャドを放つ。

「な…ミレーユ、まさかメダパニに…」

「良く見て、レック。ハッサン」

ミレーユの目を見るが、目の色に変化がなく、今のように言動もしっかりしている。

混乱していないことは分かったがなぜこのような行動をとったのかわからないまま2人は言うとおりにする。

「な…嘘だろぉ!?」

「影が…影が凍っている!!?」

羽のある悪魔のような形の影がヒャドによって氷結している。

「まさか、魔物??」

「ええ、シャドーよ。相手の影の中から両腕の爪で奇襲をかける狡猾な魔物よ」

「影ってことは、普通の攻撃じゃあ倒せねえってことか??」

「ええ。けれど、こうして氷漬けにして砕けば問題なく倒せるわ。ハッサン、お願いできるかしら?」

「ああ!!けどこういう魔物はギズモだけにしてほしいぜ…」

自分の武闘家としての力が通用しない魔物がこれ以上登場しては自分の存在価値の問題となる。

ぼやきながら、ハッサンは力一杯氷漬けのシャドーを砕いた。

氷と共に砕けたシャドーは青い粒子となって消滅した。

「まずは東の塔から入ろう」

「分かったわ。進みましょう」

「今度はシャドーもギズモも出るなよー…」

3人は東の塔へ進んでいく。

その10分後、入れ替わるようにポイズンゾンビ達がレック達がいた場所まで来た。

「ウヒヒヒ!!どっちへ進んだ?どっちへ進んだ?」

「分からねえ、分からねえ。ウヒヒヒ!」

「なら、こっちの塔だぁ」

「賛成賛成」

「ウヒヒヒヒ!!」

気持ちの悪い笑い声を出しながら、ポイズンゾンビ達は西の塔へ向かった。

大切なのでもう1度いう。

西の塔へ…。

 

「うへぇ…鏡、鏡。この塔は鏡でいっぱいだなぁ」

ハッサンの言うとおり、塔の中の壁はすべて鏡になっている。

また床や階段の一部も鏡になっていて、どこからでも自分たちの姿を見ることができる。

「天井にも鏡があるわ。きっと、鏡を利用することで太陽の光を塔の中全体にいきわたらせることで明るくしていたのね」

「この塔を作った人は考えたんだな。あ…」

レックは自分たちの半分くらいの大きさの鏡を見つける。

紫色のガラスでできた鏡で、なぜか悪魔の腕と頭と思われる飾りがある。

「まさか、こいつがラーの鏡なのか?」

「形がまるで違う。それに、こんな色の鏡は…」

「その鏡に近づいちゃダメ!!」

急にレックの目の前を小さな火球が横切る。

「うわぁ!!」

驚きと同時にレックは後方へ下がると、もう1つの火球が鏡に直撃する。

炎によって鏡と装飾がドロドロに溶けていった。

「あれって、ギズモが使ってたメラじゃねえか」

「でも、誰が…」

「危なかったぁ。あの鏡は悪魔の鏡で、鏡に映った物になんでも変身できる魔物よ」

赤色の髪で赤いマントのついた麻色のワンピースを装備した少女がレック達の駆け寄る。

「君が…メラで俺を…」

「うん!!無事でよかったぁ…ってええ!!?私が見えるの!!!???」

「見えるって…まさか!!」

すぐにレックは周囲の鏡を見る。

鏡にはレックとハッサン、ミレーユの姿はあるが赤髪の少女の姿は映っていない。

「ということは…君も上の世界からここに??」

「上の世界…??うーん、分からないなぁ。私、1年くらい前から気が付いたらここにいて、その前まで何をしていたのか何も覚えてないの」

「かわいそうね…。きっと、落ちたときにショックよ。それに、実体がないおかげで飲食なしに、そして呪文の才能のおかげで魔物の餌食にされることなくここまで生きていけたんだわ」

扉を開く前にその少女がここにいたということは、おそらく塔から出られなかったということだろう。

仮にレックとハッサンが同じ状況下にあったならば、どうなっていただろうか。

「でも嬉しいなー。初めて人間にあったわ!!私はバーバラ!!あなたたちは?」

笑顔でピースをしながら挨拶をする。

「俺はハッサン」

「私はミレーユよ」

「俺はレック。さっそくだけどバーバラ、ラーの鏡は見たことある?」

「ラーの鏡…?それってどういう鏡なの?」

「こういう形の鏡なんだ」

レイドックから持ち出した本にあるラーの鏡の絵をバーバラに見せる。

「見たことないよ?けど、もしかしたらあるかもしれないって心当たりはあるけど…」

「心当たり…?」

 

一方、もう片方の塔では…。

「ウヒヒヒ!!人間どこだぁ?」

「出てこい出てこい」

「俺たちが腐らせてやるからよぉ…ウヒヒヒ!!」

3体の死体がレック達を探し続けている。

既に4階まで行っているが、レック達のいる塔はそこではないため、ただ登っているだけになっている。

「いつまでも出てこねーなー…ウヒヒヒ!!」

「ならならー、もっと上へ行こうぜーおお??」

ボイズンゾンビの1体が悪魔の鏡を見つける。

「ウヒヒ…そーだ。いいこと思いついたぜー」

「何か思いついたのかーー?」

「なあ、この鏡をもっと集めようぜぇー?それで俺たちの分身を作るんだぁー」

「なるほどなるほどー、じゃあ俺は先に行ってるから、お前らで分身づくり頼むぜぇー?」

1体が上へ昇っていく中、残り2体はせっせと悪魔の鏡を集め始めた。

 

「ここよここ。私の勘だと、あそこにラーの鏡がある気がするの!」

バーバラに案内されて着いた小部屋は屋上の1つしたにある小部屋で、そこには大きな鏡と紫色の水晶が1つ置かれている。

そして、窓からは一番下から見えた厚い雲の中にあるものがはっきり見えた。

それはレックの自宅くらいの大きさで煉瓦造りの建造物だった。

「雲の中にこんな建物を隠すなんて…それに、建物をこんな場所へ」

「魔物の手に渡らねえように、こういう手の込んだことをしたんだろうな」

「問題はその建物にどうやって入るかね…」

それは2つの塔の間にあるは、人間の跳躍では届かない距離にある。

そして、この高さでもし失敗した場合は命はない。

「それだけじゃないわ!私が怪しいと思うのは…これ!!」

バーバラが指を差した紫色の水晶にミレーユが近づく。

「この水晶から古い時代の呪文による魔力を感じるわ…」

「でもその水晶をどうすりゃあいいんだ?」

「…ちょっと待って」

水晶とそれを映している鏡を交互に見る。

そしてミレーユは袋から真っ白な液体の入った瓶を取り出し、それを鏡と水晶にかけた。

グランマーズから教わって作り出した魔法水で、色によってかけた物体の魔力を調べることができる。

鏡と水晶にかかった水は同じ黄土色に変色する。

「これは…鏡に映っている間だけ水晶が実体化しているわね」

「鏡に映っている間だけ…?なんだか妙な魔法があるんだな」

「ということは、この水晶を動かせば…」

「じゃあさ、早く動かそうよぉ!」

レックが水晶を動かし始める。

中が空洞になっているためか、大きさの割には軽い。

鏡の外に出ると、水晶はまるで最初からなかったかのように消滅した。

「水晶が消えた!!」

「おい、外を見ろ!!」

ハッサンの言葉を受け、3人が窓から外を見る。

浮遊している建物を支えていると思われる電撃が消失したのだ。

電撃は東西の塔から放たれていて、西側のそれはまだ維持している。

「こりゃあ…あっちの塔にもこれと同じ仕組みがあるってことか?」

「そういうことになるわね…」

ここまで登った時の苦労を思い出し、4人はそろってため息をした。

 

「いないいなーい…グヘヘヘ!」

西の塔の屋上の1つ下に設置されている水晶の部屋に到着した2体のポイズンゾンビが笑いながら休んでいる。

ゾンビでも、生命がある以上疲れるようだ。

「にしてもよぉ…あいつ、早く来ねえかな?グヘヘ…」

「さあなさあな?お…来た来た」

「あれあれ??あいつが1匹2匹3匹…」

部屋に1匹ずつポイズンゾンビが入ってくる。

1匹2匹、3匹、4匹…。

最終的に、30匹のポイズンゾンビが入ってきた。

ちなみに、その30匹はみんな同じ体格で同じ顔だ。

「うわあ…仲間がいっぱいいるぜー」

「グヘヘ…これなら楽にあいつらを倒せるぜー」

「よーし、早くあいつらを…おっとっと…」

ポイズンゾンビが大きく背伸びをすると、バランスを崩す。

そして、偶然水晶に頭部をぶつける。

その拍子で水晶が動き、鏡に映らなくなると消えてしまった。

「うわあ…消えたきえたぁ」

「消えたなぁ…消えたなぁ…」

 

「はあはあはあ…やーーっと、一番下まで下りれたぜ…」

「これからよ、ハッサン。次は西の塔へ…ってあれ…?」

東の塔から武士に出られた4人の視界にまだ浮遊しているはずの建物が入る。

もうすでに、空からあるべき場所に落下済みだ。

「なんで…何があったんだ…?」

「西の塔の電撃はもう消えてるわ…」

なぜそうなったのかわからず、首をかしげる。

「で…でも西の塔を上る手間が省けたんだから、早くラーの鏡を取りに行こ!」

「そう…ね…」

西の塔で何があったか知らないまま、4人は建物の中に入った。

 

部屋の中央の台座には規則的に青い魔石が円状に埋め込まれていて、緑と金の金属の鏡が安置されている。

「うわあ…これがラーの鏡なのね!!見て!!あたしが映ってる!!」

透明のはずのバーバラの姿をその鏡が映し出している。

それだけでその鏡がただの鏡ではないということがよくわかる。

「けど残念。映りはするけど、あたし…透明人間のままだし…」

「それについては心配いらないわ」

ミレーユが懐から夢見の雫が入った瓶を取り出す。

グランマーズの元から去るとき、彼女からレック達と同じ境遇の人物と出会ったら使うようにと言われた。

「うわあ…きれいな水…」

「ちょっと冷たいと思うけど、我慢してね」

夢見の雫をバーバラに振り掛ける。

すると、みるみるうちにバーバラが実体化していく。

「わあ…すごいすごい!!」

壁になっている鏡にもバーバラの姿が映っている。

「みんなありがとー!じゃあ、私は行くね!!」

嬉しそうに外へ出ようとするが、扉の前で停止する。

「…って…あたし、これからどこへ行けばいいのかな?」

「知らねーよ」

「そうだ!!しばらく、あなた達と一緒に行ってもいい?悪い人じゃなさそうだし!」

「ついてくるのかよ…レック、どうする?」

「うーん…このまま1人で行かせるわけにはいかないし…それに仲間は多いほうがいいから」

「ま、まあ…お前がそう言うなら…」

「これからよろしくね、バーバラ」

「うん!!みんな、よろしくー!」

嬉しそうにバーバラがピースをした。

 

「グヘヘヘ…あいつらどこだー?」

「あいつらーあいつらどこだー??」

1時間後、他のポイズンゾンビもどきを西の塔に残し、3匹のポイズンゾンビが出てくる。

「グヘヘヘ…あれあれー?この建物、あったっけー?」

そのうちの1匹がラーの鏡があった建物を見る。

しかしゾンビ系の悲しき宿命、記憶力の無さから気にすることはなかった。

「グヘヘヘ…さあ、次はこっちの塔を探そうぜー?」

「おーー!」

3匹のポイズンゾンビが東の塔に入っていく。

レック達がラーの鏡を持って、もうすでに月鏡の塔から出てしまったことを知らずに…。



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第14話 幻の大地とは…?

ラーの鏡を手に入れたレック達。

定期船はレイドックでの事件のため避けて、商船でサンマリーノに到着した。

「占めて、400ってところだな」

「足元見やがって…けど、助かったぜ」

1人50ゴールドの定期船のチケット。

高い買い物になったが、無事にサンマリーノに到着することができた。

「ラーの鏡が手に入ったけど、問題はどうやって上の世界へ行くかだな…」

「ああ。俺たちはあの穴から落ちたからなぁ…」

「どうやって上へ戻れば…」

「大丈夫。おばあちゃんなら、必ずいい考えを出してくれるわ」

「うわあ…すっごく活気がいいねー!」

初めて見る港町とあふれる活気にバーバラのテンションが上がっていく。

「バーバラ、そろそろ出発するよー」

「えー!せっかくここに来たんだし、おいしいものを探しに…」

「それはまた戻ってきたときでいいわ。それよりも…」

「うう…はーい…」

しょんぼりしながら、バーバラが3人についていく。

大通りを歩いているものの、レック達を見て反応を見せる人物はいない。

「良かった、ここにはまだレイドックでのことが伝わってないみたいだ」

「それ以上の問題が起こっているから…かしら…?」

ミレーユの目線は港へ歩を進める人々に向けられる。

いずれも体つきが良く、武器を所持している。

体に刻まれている傷跡から、彼らが只の冒険者ではないことがうかがえる。

「あいつら…傭兵だぜ」

「何かあるの?お祭り??」

塔の中にいて、世情に疎いバーバラには何が何だかわからない。

壁には傭兵募集のビラが貼られている。

「国の防衛のために傭兵を募集するのか…」

「それほどムドーの力が強くなっているってことね」

「ムドー??ねえ、ムドーって誰なの?」

「移動しながら説明するよ。ムドーは…」

「なあ、ミレーユ。その鞭でいいのかよ?」

「ええ。あくまでも魔法使いや僧侶にとって武器は補助のようなものよ」

レックが説明している間、ハッサンはミレーユに武器屋で購入した蛇皮の鞭を渡す。

そして、自身は新たに購入した鋼鉄のアームガードを装備する。

「ふーん、そのムドーのせいでみんな大変な思いをしてるってことね?」

「うん。だから、王様はラーの鏡を求めているんだ。けど…」

「問題はここからどのようにして上のレイドックへ戻るかじゃな?」

「はい…って!!?」

聞き覚えのある、その場にいるはずのない人物の言葉にびっくりしながら、レックは後ろを向く。

そこにはグランマーズの姿があった。

「えーーーー!?」

「ん?誰??」

「お、おばあちゃん!?」

「ホッホッホ、その娘が新しく仲間になったバーバラじゃね?儂はグランマーズ、夢占い師じゃ」

「すっごーい…なんであたしの名前を??」

「秘密じゃよ。レック、ラーの鏡が手に入ったようじゃの」

「はい。これです」

袋からラーの鏡を取り出し、グランマーズに見せる。

「それで…鏡で空をうつしてみたことはあるかね?」

「空を…?」

「そろそろこの世界について教えたほうがいいじゃろう…。さあ、鏡を見るんじゃ」

グランマーズの言うとおり、4人は鏡に映る光景を見る。

それを見て、ミレーユ以外の全員が絶句する。

映っているのは空ではなく、大陸と海、そして町や城、村だったからだ。

「驚くのも無理はないじゃろうな…。さあて、別の場所で話すとするかのぉ…」

 

数時間後、レック達はダーマ神殿廃墟の前に移動していた。

グランマーズとミレーユが周囲に聖水をまき、魔物を寄せ付けないようにする。

準備を整えると、グランマーズが再び話し始める。

「さあて…さっきお主らが鏡で見たもの…それが夢の世界。お主らがいた世界じゃ」

「夢の…世界??」

「なんだよ、夢の世界って??」

「夢の世界は人々の強い願いや想い、希望が具現化した世界。そして、今立っているこの場所こそが現実の世界じゃ…」

グランマーズの言葉にレック達がショックを受ける。

無理もない、自分たちがいた世界が現実の世界ではないと言われればだれでもそうなるだろう。

「で、でもよ!?夢の世界つったって…」

「普通に生活が営まれているというのじゃろう?そのとおりじゃ、その世界であっても生き死には存在し、自然の摂理も存在する。ただ、人の想いが生んだというだけの違いしかない世界じゃ」

「なんだかロマンチックな世界…」

「本当ならばもっと教えたいところじゃが、今ここで教えている時間はないのぉ。少し待つが良い…」

グランマーズが鏡に手を当てると、静かに瞑想をする。

すると鏡の表面に数多くの七色の魔法陣が生まれ、数秒経つと強い光を放ち始めた。

「な、何々!?何が起こってるの??」

「グランマーズさん…一体何を!?」

「鏡に魔力を与えたのじゃ。これでお主らはこの世界と夢の世界の接点で鏡に祈ると、別の世界へ行き来することができる…。1つ目の接点は…このダーマ神殿じゃ!」

「せ、接点…!?」

「2つの世界がつながる場所じゃ。さあ、夢の世界でやるべきことをやるのじゃ!!」

光がさらに増していき、レック達の視界が真っ白になっていく。

 

光が消えると、そこは夜の森の中だった。

「ここは…?」

「うわぁー…もう夜だよ。私達、ダーマ神殿の前にいたはずじゃ…」

「なあ、レック!!この穴を見ろよ!!」

ハッサンが大穴を指さす。

「この大穴って…俺たちが落ちた…」

「ってことは、やっぱりこの穴は元々ダーマ神殿だった場所だな…」

大穴から見えるのは落ちたときと同じ光景。

そして、落ちて到着したのは既に廃墟となったダーマ神殿。

更にはこことダーマ神殿が2つの世界の接点。

大穴にこれほどの奇妙なつながりがあるとは…。

「おーい、レックー、ハッサーン!早く行こーよー!ここからレイドックまでどこへいけばいーのかあたしたちには分からないよー!」

出発の準備を終えたバーバラが穴を見つめる2人に声をかける。

ラーの鏡はミレーユがすでに袋に入れている。

「考えてもしょうがねえか…行こうぜ、レック」

「…。ああ、今は穴よりもラーの鏡だ」

2人は穴に背を向けると、バーバラとミレーユに合流する。

ラーの鏡がレイドック王の手に渡るとき、4人にもたらされる新たな冒険とは…?



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第15話 鏡との対面

「最近、東の砦からの連絡が途絶えている…。何か良からぬことが起きたのか?」

レイドック城にある個室の中で、王が政務にあたる。

机の隅には小さなフランスパンをのせた小皿があるが、すでに腐っている。

そして、彼を包囲するかのように書類の山が気付かれている。

「ネルソン…」

自分をかばい、大けがをした兵士長の名前を口にする。

少なくともレイドックの制度を利用すれば、傷痍軍人として退役し、年金生活を送ることができる。

にもかかわらず、兵士長を辞任しただけで兵士として職務に服している。

理由として故郷に戻っても迎えてくれる家族がいないからと言っていたが、それは嘘で、彼には妻や娘、更には娘が産んだ3人の孫がいて、全員息災に暮らしている。

兵士選抜試験の後、彼は自ら志願して東の砦へ転属した。

その砦はムドーが住むとされる城、地底魔城がある孤島の西にあり、仮にムドーが行動を起こしたら真っ先に狙われる。

(東の砦を守るためにも早くラーの鏡を…)

「失礼します、陛下!!」

伝令役の兵士が部屋に入ってくる。

彼はひざまずくと、すぐに王が待ち望んでいた言葉を口にした。

「レックとハッサンがラーの鏡を持って、帰還してきました!!彼らは王座の間にて、陛下を…」

「おお…ついにラーの鏡を!!」

 

王座の間では、ソルディとレック、ハッサン、ミレーユ、バーバラが王が来るのを待っていた。

「くぅーーー!俺たち、大手柄だぜ!!」

「ああ、ここを出てもう4か月もたっていたんだ…」

レック達がラーの鏡捜索の任務を受けたのが4か月前。

その間にミレーユとバーバラに出会い、幻の大地こそが現実世界だと知った。

問題は王にそのことを報告すべきか否かだ。

「おお…お前たち、待っていたぞ!!」

部屋から出てきた王が喜んでレック達を出迎える。

「陛下、このレックとハッサン、そして2人の女性の活躍により、見事ラーの鏡を入手することに成功しました!」

ソルディの手により、ラーの鏡が王に渡される。

「おお…これがラーの鏡!!これさえあれば、ムドーの幻を払うことができる!!」

「陛下、それから幻の大地のことですが…」

「すまぬ、まだ政務が残っているのでな。その報告は今日中に報告書で頼む。今夜、ムドー討伐のための作戦会議を行うので、会議室で待機していてくれ」

鏡を持ったまま、王は急いで自室へと戻って行った。

「うわあ…すごくかっこいいけど、せっかちかも」

「すまぬな、バーバラ殿。王は四六時中政務と兵の指揮に追われておる」

「まさに、眠らずの王…ですね」

ミレーユ、バーバラと少し言葉を交わした後、ソルディが懐から手紙を出す。

「おお…そうだ、レック。昨日ライフコッドから荷物が城に届けられた。お前宛にだ」

「俺宛に…ですか?」

「そうだ。1階の倉庫に保管されている。お前の名前を出せば、すぐに出してもらえるはずだ」

差し出された手紙を読んだレックは目を大きく開く。

「そんな…これを俺に!?」

「おいおいレック、何が書いてあんだ?」

ハッサンが手紙を見ようとすると、レックは大急ぎで会談へ向かう。

「おい、ちょっと待ってくれよレック!!」

「速すぎだよぉ、レックー!」

「何があったのかしら…?」

3人もレックを追いかけるように走って行く。

(それにしても…幻の大地か)

1人残されたソルディはレックから聞いた言葉を思い出していた。

(レックの言葉が正しければ、我々の世界には実体が存在しない…ということになる。トム…私とよく似た男…。しかし、何だ?このトムから感じられる懐かしい心地は…?)

 

「うわーーー、きれい…」

「おいおい、なんだよこの鎧。こんなすげえ鎧見たことねえぞ」

「これがレックの故郷、ライフコッドの鍛冶屋さんが作った精霊の鎧…」

渡された鎧箱の中には白銀の色の良質な鉱石を厳選して作った鎧があった。

胸の部分にはライフコッドに伝わる山の精霊の紋章が刻まれていて、そこからはなぜか若干の魔力が感じられる。

「ターニア…」

レックは鎧を見ることなく、ただ手紙をじっと見ている。

手紙によると、いずれ兵士としてムドーと戦う時のために提供してくれたようだ。

丁寧な字で薄めのインクから、この手紙が妹の物だと名前が書かれていなくてもわかった。

代金は出世払い、ムドーを倒した後でレック自身が支払うことになっている。

「ねーねーレック、さっそく装備してみてよー!」

「ああ…」

手紙をしまうと、鎧箱から精霊の鎧を取り出し、ゆっくりと装備する。

高い耐久性があるにもかかわらず、鎧はかなり軽い。

装備しようと思えば、女性でも装備できそうだ。

「レック、こりゃあムドーと戦う時は頑張ら…」

「お前たち、少しいいか…?」

倉庫に入ってきたソルディがハッサンの言葉を遮る。

別れてから数分。

ラーの鏡が手に入ったという朗報が届いたにもかかわらず、なぜか表情が曇っている。

「兵士長、どうかしたのですか?」

「いや…王が急にお前たちを呼び戻してほしいと言い出してな。これから一緒に来てほしい」

「なんで俺たちを?」

「分からん…。とにかく来てくれ」

 

「う、う、うう…」

部屋の中で、王が苦しそうに頭を抱えている。

机の上にはラーの鏡が置かれている。

「陛下、レック達を連れて…!!?いかがなされたのです!?」

最初に入ってきたソルディが王に駆け寄る。

「陛下!!」

「もしかして…ずっと眠らなかったせいか!?」

「陛下!陛下!!」

何度もソルディは陛下と呼ぶが、王は首を横に振るだけだ。

そして、6回目に呼ばれた時についに異なる反応をした。

「ち…違う…」

「え?」

「私は…王では…」

「!!みんな見て!鏡が!」

王の以上に気を取られ、全員鏡の異変に気づいていなかった。

鏡が白い光に包まれていて、次第に王だけを包み込んでいく。

「陛下!!」

「うう…うわあああああ!!」

悲鳴と共に、次第に王の体が変化していく。

若々しい肌に皺が出て、頬にたるみが出てくる。

金色の髪の色素がわずかに薄まり、腰がわずかに曲がる。

変化が終わると同時に、白い光も消えて行った。

「う、嘘…?」

「陛下のお姿が…」

「はあ、はあ、はあ…やっと元の姿に戻ることができました」

優しげな雰囲気は変わらないが、声色は明らかに女性のものだ。

そして、姿は現実世界のレイドックで眠っている王妃と同じ姿だ。

混乱するソルディが彼…いや、彼女を呼ぶ。

「いいえ、ソルディ。私はレイドック王妃、シェーラ・ファルメル・レイドックです」

「シェーラ…ん?どこかで聞いたことのあるような名前だ…」

聞き覚えのない名前のなぜか懐かしさを感じ、混乱するソルディ。

そして、シェーラはレックをじっと見つめる。

「レック…たくましくなりましたね」

「え?」

まるで昔あったことが、レックにはシェーラと会った覚えがない。

そもそも故郷であるライフコッドに王族が自ら来ることがないのだ。

ムドーという脅威が存在しているならばなおさらそうだ。

「で、では…シェーラ様。本物の陛下はいずこに…??」

「そうですね…陛下はムドーの元に、地底魔城にいます」

「なんと!!?」

「もしかして、人質に…」

「それは直接向かえばわかること…。レック、お願いです。私を地底魔城へ連れて行ってください」

「な…!?」

シェーラの頼みに驚きを隠せないレック。

それはソルディも同様だ。

「無茶ですシェーラ様!!レック達だけでは…」

「では兵士たちに直接伝えるのですか?このようなことが漏れれば、大きな混乱が起こります。そうなれば国は乱れ、ムドーに隙を与えることになります。混乱を避けるためにも、私が城を出て、このことを隠す必要があるのです」

「…」

確かに、シェーラの言うことは正しい。

しかし、この状況でシェーラを守ることができるのはレック達4人だけ。

向かうのは魔王の拠点。

守りきれるかどうかは分からない。

「ソルディ兵士長、私を信じて…」

「…。馬車を調達します。その中に隠れ、城を御出になられてください」

「ありがとう、ソルディ兵士長」

馬車調達のために部屋を出たソルディを見送ると、再びレックに目を向ける。

「レック、お願いしますね」

「は、はい…」

「まあ、よくわからねえけど、腕が鳴るぜ!!いよいよムドーとの決戦だ!」

「うー…一体どうなってるのかよくわかんないよー」

「…」

何が何だかわからなくなるレック達だが、何時間その場で考えても答えが出るわけではない。

答えを知るにはシェーラの言うとおり、地底魔城へ向かうしかないのだ。

 

レイドック東にある街道整備すらされていない山地。

赤い鬣を持つ若い白馬、かつて初任務としてレック達が捕まえた暴れ馬が馬車を曳きながら、その険しい土地を進んでいく。

「へへ…まさかこいつが馬車を曳いてくれるなんてな」

「うん。俺たちの言うことをちゃんと聞いてくれる。よろしくな、ファルシオン」

手綱を掴み、馬車をひく馬にレックが呼びかける。

ファルシオンは意外なことにハッサンが付けた名前で、北の国で鋳造されている儀式用の刀の名前を取ったというう。

馬車の中ではミレーユ達女性陣が待機する。

偽装のため、連絡の取れない東の砦の近状調査任務という形になっている。

城から離れてすでに4時間経過する。

その間に何度か魔物からの襲撃を受けたものの、力量が上がったおかげか、大したことにはならなかった。

最後の山を越えて、レックは目を大きく開く。

「あ…あああ…」

「砦が…」

崩れた壁と燃える旗、そして鼻につく不快なにおい。

砦の中を馬車から降りて確認すると、床は血でぬれていて、各所には兵士たちの死体がある。

死体の中には一部腐乱しているものがあり、中には獣か魔物に捕食されているものもある。

「ひでえ…」

「これもムドーの仕業だったら、絶対に許せないよね」

「これが…連絡が来なかった理由…」

「みんな来て!!まだ息をしている人がいるわ!!」

ミレーユ声を受け、全員が砦の南出口手前へ向かう。

「この人は…」

ミレーユから回復呪文を受けているのは試練の塔で会ったネルソンだった。

義足は既に砕かれていて、体中が自分と倒した魔物の血でぬれている。

また、左腕は肘から先が無くなっていた。

「ネルソン試験長!!」

レックも回復呪文を唱えようとする。

しかし、いくら回復呪文を唱えても傷が一向に治らない。

「ミレーユ、なんで治らないんだ!?」

「回復呪文は生命力を促進させる呪文。つまり…」

「もう…生命力が残されてないということ…?」

バーバラの言葉にミレーユは何も言わずにうなずく。

「う、うう…」

口から血を垂れ流しながら、ネルソンが目を開ける。

あまりにも多く血を浴びすぎたのか、その眼は真っ赤に染まっている。

「あ、ああ…陛下…」

「ネルソン…」

シェーラが静かにネルソンの前へ行く。

血のせいかもはや死ぬ寸前であるためか彼の視界はぼやけていて、シェーラを王と誤認しているのだ。

まあ、彼女が眠らずの王として国をずっと治めていたため、一概に違うとは言えないが。

「陛下…地底魔城から魔物が侵攻し、なんとか食い止めました。将兵たちは…みな勇敢に戦い…」

「…よくやってくれた。お前たちの忠勤に心から感謝するぞ」

なんとか声色を王の姿になっていたころのものにしてしゃべる。

ねぎらいの言葉を聞いたネルソンの目から涙が出る。

「陛下…私も、共にムドーと戦いたかったのですが…もはや、これまで…です…」

「安心しろ、お前たちの死は決して無駄にしない。お前の家族のことは…任せてほしい」

「陛下…ありがとう、ございます…。また、来世でも…あなた様にお仕、え…」

静かに目を閉じ、肉体からぬくもりを消していく。

「ネルソン…」

シェーラが静かにネルソンの眼を閉じられる。

そして、そばに置かれていた彼の大剣を手に取る。

「行きましょう、レック。彼らの思いを無駄にしないために…」

馬車へ戻るシェーラの目には涙がたまっていた。



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第16話 地底魔城その1

東の砦で、ネルソンの最期を看取ったレック一行。

ムドーの邪気の影響か、毒の沼と禿山、そして枯れ木であふれる土地を抜け、地底魔城の入り口にたどり着く。

地底魔城、ムドーが占領した鉱山を利用して地中の奥深くに建造した邪悪な城。

通路や入口にはおどろおどろしいレリーフや石像が置かれていて、中には人骨で作られたものもある。

「うう…すごく気持ち悪ーい…」

入口に設置されている蝙蝠の石像を見て、バーバラは身震いする。

「げぇ…ムドーはかなり悪趣味な野郎だな」

「ハッサン、俺が前にいるから、お前は殿を頼むよ」

「ああ、けど早く進んでくれよ?いつまでもこういうのを見たくねえからよ」

レックを先頭に、5人が中へ進んでいく。

そんな彼らを蝙蝠の石像の目が見つめていた。

 

「ムドー様、愚か者どもが城の中に入りました…」

地底奥深くにある赤い絨毯とドラゴン系のモンスターの骨で作られた玉座、そして占領した土地で手に入れた香木がふんだんに使われた大量の本棚が印象的な広い部屋の中で黄色い炎でできた人型の幻影、フレイムマンがムドーに報告する。

玉座ではムドーが自身の魔力で書物を1冊浮遊させながらそれを読んでいた。

「ほう…その愚か者が何者だ?」

「はっ、彼らです…」

フレイムマンの背後にいる悪魔の鏡がレック達の姿を映し出す。

「ほぉ、あの時私に敗れた虫けら3人の見知らぬ少女、そして私が眠らせた王妃か…。あの3人はもう2度と現れることはないと思っておったが…」

「それが、報告によると…」

「興味深い報告だ」

フレイムマンの言葉を聞いたムドーは読む本を変える。

タイトルは『女神ルビスと黄金の笛にまつわる神官との問答』だ。

それを読みながら、ムドーは指を鳴らす。

すると玉座のそばにある机のそばにワインボトルを持ったシャドーが現れる。

その上にあるワイングラスはムドーの手に合うように大型化されている。

「ムドー様、如何様に?」

「私はこの書物を読むので忙しい。読み終えるまでに侵入者を血祭りにあげよ」

「仰せのままに…」

ワインをグラスに入れた後、シャドーが悪魔の鏡とフレイムマンと一緒に姿を消す。

そしてムドーは注がれたワインに舌鼓を打ちつつ、本を読みふける。

「シャトー・デ・ラ・セール。この大地における最高級のワイン、なるほど…良い味だ。ワインの味といいこの書物といい…それを生み出す虫けら共の知識は侮りがたい。だが、その知識は我ら魔族のさらなる発展に利用させてもらおう…」

 

「ううーーー寒いーーー!!」

身震いしながら、バーバラは体を震わせる。

「くっそー、坑道ってこんなに冷えるのかよ」

「ということは…進んでいるってことだな」

レックのいうことは正しい。

坑道は外との温度差が激しい場所で、基本的には外部よりも寒くなる。

その差は奥へ行けばいくほど大きくなり、そのような場所に何度も出入りすると体調を狂わせてしまう。

「あ、あそこに火がある!!あれで暖まろー!」

バーバラが黄色いたき火が見え、寒さに耐えきれずに走って行く。

「(黄色い炎…!!)駄目よ、バーバラ!!」

今まで沈黙を保っていたミレーユが危険を察し、バーバラを呼び止める。

「え…?」

「バーバラ!!」

レックが彼女の名前を呼ぶのと同時に、黄色い炎がフレイムマンとなり、口から腐った卵のようなにおいの炎が放たれる。

レックは即座にバーバラを押し倒す態勢のその場に伏せる。

その炎は悪臭を放ちながらレックの背中から上に15センチの高さを素通りしていく。

「この匂い…気をつけなさい。あの炎は毒が含まれています!!」

「ど、毒!!?」

シェーラの言葉にハッサンが動揺する。

よく現代のメディアで硫黄のにおいという言葉が使われるが、厳密に言うと硫黄は無臭で、先ほど言った卵の腐った匂いは硫化水素のものだ。

火山や温泉に含まれるそれは引火性があるとともに多くの動植物にとっては有毒な成分を持っている。

つまり、フレイムマンは己に宿る生命エネルギーによって自らが放つ炎の中に有毒な硫化水素を混ぜ、勢いは弱いにもかかわらず生物にとっては致命的となる炎を放つことができるのだ。

「くそ!実体が炎じゃあ、拳や剣が効かねえぞ!!」

ハッサンのいうとおり、フレイムマンはギズモと同じ実体のない魔物。

そのような魔物には当然通常攻撃は通用しない。

更にいうと拳で攻撃したら最後、硫化水素の炎によってあっという間に毒殺されてしまう。

「仕方ないわね、ヒャド!!」

ミレーユが炎を吐き終えたフレイムマン目掛けて氷の塊を発射する。

坑道という低温な環境によって大型化した氷弾はフレイムマンを氷漬けにし、消滅させた。

「フレイムマン…何度もこられたらミレーユの魔力が尽きちまう!!」

「バーバラ、大丈夫?」

「うん…ありがと、レック…」

起き上がったレックの手を借り、バーバラは起き上がる。

「ごめんね、迷惑をかけちゃって」

「気にしないで、これから気を付ければいいんだ」

「レック…」

やさしい笑みを浮かべるレックをボーッと見つめるバーバラ。

しかし、魔物はそんな時間を許すはずがない。

数匹のフレイムマンが更に魔物を引き連れて登場する。

茶色い布に魂を宿した、真空呪文バギを使いこなす言霊使い。

青い羽根とトサカで緑色の体を持つ巨大なガチョウ型魔物であるキラーグース。

魔力を持った魔物か人間の髑髏を使い、殴った相手をそれが放つ微弱な魔力の波動によって混乱させる狡猾なカンガルー型魔物であるスカルガルー。

赤を基調とした蝶のような美しい羽根を持つが、近づく者をマヌーサの力が宿った鱗粉で翻弄させ、そのまま補食するフェアリードラゴン。

邪教を信仰する人間に蠅型の魔物を憑依させ、人間と蠅の2つの特徴を併せ持つ魔物へと変貌した羽仙人は中級真空呪文でバギマを得意とする。

青い鉄鉱石でできた悪魔の像に命の石を埋め込まれたことで誕生したストーンビーストのベギラマがレックとハッサンの接近を阻止する。

一部のストーンビーストは硬化呪文アストロンによって一時的に自らを永久不滅の金属であるオリハルコンに変えてミレーユのヒャドとバーバラのメラから身を守る。

大剣を振るい、フェアリードラゴンを両断するシェーラの前で薄茶色の巨大な蛾の魔物であるデスファレーナが鋭い刃のような形の鱗粉を纏わせた突風を放つ。

人間の死体が魔力によって動きだし、魔王の下僕と化した腐った死体が神経毒のこもった紫色の煙を吐き出す。

そしてシャドーやダークホビット、沈黙の羊といった魔物も追い打ちと言わんばかりの勢いで襲ってくる。

「くっそーーこいつはキリがないぜ!!…!?」

何度かデスファレーナの突風を受け、切り傷ができたハッサンがストーンビーストを見て、何か変な感じを覚える。

自分の前に立つ2体のストーンゴーレム。

左側の石像には左胸部分に、右側には額部分に鈍く光り白い光のようなものが一瞬だけ見えた。

(なんだ…今の光は!?)

「ハッサン!!」

レックの声で我に返ると、目の前に左側にいたストーンビーストがいて、ハッサンを斬ろうと右手の鉤爪を振り上げている。

(く…避けられねえ!!一か八かだ!!)

ハッサンは光があった場所、左胸部分に拳を叩き込む。

すると、鉄以上に堅いはずのストーンビーストの体が命の石もろとも粉々に砕け散った。

(い、今のは…!?)

「すっごーい…」

「ハッサン、今のはどうやって…??」

「さあ、俺にも分らねえ…」

「何をしているのですか!?目の前の敵に集中しなさい!」

シェーラが羽仙人のバギマを回避し、隠れていた3匹のフレイムマンにそれを命中させる。

「ああ…しまった!!」

腐った死体がレックに向けて猛毒の息を放つ。

回避しようとしたが、少し前に倒したと思っていた腐った死体が下半身を失ったにもかかわらず動きだし、彼の両足を掴む。

「くそぉ!!」

何とかレックは剣で腐った死体の両腕と頭部を切断するが、猛毒はすぐそこまできていた。

「危ない!!」

バーバラが即座に印を切ると、彼女の両手に高熱の光が集まる。

「ギラ!!!」

高熱の閃光がバーバラの手から離れると、キラーグースやスカルガルーを巻き込みながら、猛毒を焼き払っていく。

「助かったよ、バーバラ…」

「ほええ、あいつギラも使えるのか??」

もう1体のストーンビーストを倒し、驚きながらバーバラを見つめるハッサン。

そのそばでギラで大やけどを負っているスカルガルーが不意打ちを仕掛けようとするが、その前に殴り飛ばされた。

「フレイムマンは全部倒したわ!!あとは…」

「うん、あいつらだけだ…」

あらかた魔物を倒すことに成功したが、まだここには何匹かのストーンビーストが残っている。

(くそ…さっきは見えたあの光が見えねえ!!)

何度も目を凝らしてハッサンはストーンビーストを見るが、先ほど自分を救ったあの鈍い光は見えない。

そんな中、シェーラが前に立ち、大剣を構える。

そして、静かに目を閉じる。

「な…シェーラさん!!」

「ミレーユさん、ストーンビーストは強靭な守りと火力を持った魔物ですが、眠りと弱体化に弱い。まずはラリホーとルカニによって弱らせてください」

驚異的な魔物が目の前にいるにもかかわらず、更にその魔物たちがベギラマを放っているにもかかわらず、彼女は冷静だ。

すかさずレックが彼女の前に立ち、盾でベギラマを受け止める。

「一体何のつもりなんですか!!?」

「私を信じなさい、レック…」

「え…?」

(私とお父様を信じなさい、レック…)

急にレックの脳裏に変な光景がフラッシュバックする。

未だに眠り続けているはずのレイドック王とシェーラが自分に微笑みを向け、シェーラが先ほどと似たような言葉を送る。

(今のは一体…!?)

「分かりました。ラリホー!!」

「この呪文は私も使えるわ!ルカニ!!」

ミレーユとバーバラが同時に呪文を唱える。

2人の魔力を受けたストーンビースト達は片膝をついて眠りについてしまう。

「よっしゃあ!!このままこいつらを…」

「ハッサンさん、むやみにダメージを与えてしまうと目をさまし、猛攻を仕掛けてきます」

「なら、一体どうすりゃあいいんだよ!?俺たちにはストーンビーストを一撃で倒せる力は…」

「大丈夫です…」

先程からレック達と何度も会話をしているが、シェーラの構えが乱れることがない。

そして、数秒経つと同時にシェーラが目を開く。

「レック、どきなさい!!」

「え…!?」

動揺しながらも、すぐにどくと、急にシェーラが眠っているストーンビースト達の目前まで走って行く。

そして、力一杯手に持っている大剣を振るった。

すると、あれほど強固であったストーンビーストが一斉に命の石もろとも粉々に砕けた。

「すっごーい…」

「嘘だろ…!?ストーンビーストを一撃で…」

「これは魔神斬り。集中力を高め、一撃のもとで敵を切り裂く剣技よ。隙を作る上、避けられる可能性は高いけれども、その威力は絶大よ」

大剣を横に振るった後、それを背中の鞘に納める。

周囲を見渡すが、もう他の魔物はいないようだ。

「それにしても、疲れたぜー…」

「私もー、動き回ったおかげで寒くはなくなったけど…」

「敵を倒した後だから、少しだけ休憩しよう。ミレーユ、みんなの回復をお願い」

「ええ、レックは…?」

「俺は近くに魔物がいないか見回ってくる。何かあったら、すぐに呼ぶよ」

自分の傷をホイミで治療した後、レックは少しだけ先へ進んでいく。

それを見送ったミレーユはハッサン達の回復を始める。

「にしても、さすがはムドーの拠点だな。魔物も一筋縄じゃあ行かねえぜ」

「ええ、けどハッサン。あの時一撃でストーンビーストを倒したけれど、一体何をいたの?誰もルカニを駆けていなかったわよ?」

「それが…俺にも分らねえんだ」

拳を見つめながら、その時を思い出すハッサン。

しかし、光を見たときの感覚は言葉で言い表しづらく、どうして見えたのかすらわからない。

「ミレーユー、私も回復してー!」

「はいはい、ハッサン。また後で」

バーバラとシェーラの元へ向かうミレーユ。

ハッサンは何とかその時のことを思い出そうと頭を働かせながら、治療しきれていない傷を薬草で治していった。



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第17話 地底魔城その2

「ふふふ…この程度では止められぬか」

水晶でレック達の戦いぶりを見つつ、2冊目の本である『小さなメダルはなぜ存在するのか?』を読み終える。

自身の魔力によって本を本棚へ戻す。

それと同時に彼の目の前、40メートル先にある鋼で何も装飾されていない重々しい扉がゆっくりと内側に開く。

レック達は武器を抜いたまま城の主と対峙する。

「フフフ…そろそろ来る頃合いだと思っていたぞ?あの鎧を着た女の姿は見えないが…まあいい」

「へっ!余裕こいて椅子に座ったままかよ!?」

ハッサンの挑発をあざ笑うように椅子に座ったまま、右手人差し指で自身の右頬をなでる。

「今度こそ…今度こそあなたを倒して見せるわ、ムドー!!」

「ええ…!?」

「ミレーユ?」

今度こそという言葉にレック達は驚き、ムドーは撫でる指の動きを止める。

「ミレーユ、どういうことだよ?お前…ムドーと戦ったことがあるのかよ?」

「レック、ハッサン…。私だけじゃないわ。あなた達も私と一緒にムドーと戦い…敗れているわ」

「そうであったな。今でも覚えているぞ?特にお前を」

にやりと笑いながら、ムドーはレックを指さす。

「俺を…?」

「そうだ、敗れ去るときに見せてくれた顔だ。汗でぬれた顔、恐怖で怯えた目、今にも恐怖で嘔吐しそうになりそうな表情…格別だったぞ?覚えていないのであれば、見せてやろう」

ムドーは水晶に向けて呪文を唱え始める。

すると水晶が次第に巨大化し、10秒ほどで直径35メートル近くの大きさになる。

そして、それに映し出されたのは…。

「あ…ああ…!!」

レックの右手に持つ剣が落ち、左掌で彼の顔を覆う。

水晶に映っていたのはレックの夢で見た光景そのものだった。

特に印象的なのはレックの表情で、ムドーの言うとおりの表情で、そのまま石となり、ムドーの手で握りつぶされた。

「訳の分からねえことをごちゃごちゃ言ってねえで、俺たちと戦え!!」

ハッサンが跳躍し、浮遊する巨大な水晶を拳で砕く。

「やれやれ…半年かけて作り出した水晶を。メラミ!」

彼の右手人差し指からメラ以上の大きな火球が発射され、ハッサンに襲い掛かる。

空中にいるハッサンには回避することができない。

「ハッサン!!ヒャド!!」

「メラ!!」

ミレーユの右掌からヒャドが、バーバラの右手人差し指からメラが放たれ、メラミと衝突する。

中級呪文であるメラミを下級呪文2発程度では相殺できるはずがなく、一瞬でヒャドの氷が蒸発し、メラは消滅する。

「うわああああ!!」

メラミが直撃すると同時にそれが火柱となり、ハッサンを焼き尽くす。

炎が消えると、ひどい火傷を負った状態でハッサンが床に敷かれている赤い絨毯の上に落ちる。

「ハッサン!!」

ミレーユが駆け寄り、回復しようとするがそんな彼女に向けてムドーが口から炎のブレスを放つ

赤く、フレイムマン10体分の規模のブレスで、ミレーユは近づけない。

「先ほどこの男が破壊した水晶は10年前に読んだ『賢者オニキスの記憶呪文』を元に作ったものだ。賢者オニキスが存命だったのは300年前。このような物を作ることができるほどの知識がそのころから人間には存在していた」

ムドーは立ち上がり、ゆっくりとハッサンのそばに向かう。

「何が…言いたいんだ!?」

「ほう、おびえていた小僧がようやく声を出したか。だが今の人間はあの水晶1つ作れぬ程知識を生かせずにいる。貴様らのような虫けらにはダーマ神殿に秘められし知識は過ぎたるもの。故にその知識は我ら魔族の発展のために使わせてもらおう」

「それが…ダーマ神殿を滅ぼした理由かよ…!?」

火傷でボロボロになっているハッサンが体の痛みに耐えながら立ち上がろうとする。

彼の右手には水筒が握られていて、栓は空いている。

「なるほど、アモールの水によって傷をいやしていたか。だが、今のお前には焼け石に水だろう?」

もう既にムドーはハッサンの目の前にまで近づいている。

まだダメージの残るハッサンには動く力がない。

「ハッサン…!!」

レックの脳裏にあの夢の光景がよみがえる。

石化し、身動きが取れない中で崩れていくハッサンとミレーユの石像。

その光景が告げる不吉なメッセージに突き動かされ、レックはハッサンの名前を呼ぶ。

「逃げろ、ハッサン!!」

ムドーの巨大な足がハッサンを踏みつぶそうとしたその時…。

巨大な本棚の上から大剣を持ったシェーラが飛び降り、ムドーの頭部をその刃で貫く。

「シェーラさん!?」

「倒れなさい、ムドー!!」

これはレック達の策だった。

少数ではこれまでの敵とは次元の違うムドーを倒せる可能性は少ない。

少しでも可能性を引き上げるためには奇襲が必要だ。

とはいっても、魔王相手に奇襲することで致命傷となる可能性は低いのだが。

そして、その危険な役目を買ったのはシェーラだったのだ。

貫いた刃の位置を考えると、脳を貫いて致命傷になっているはずだ。

しかし、ムドーは倒れることなくシェーラを見る。

「そろそろ来る頃合いだと思っていたところだ。知らぬか?魔王を暗殺することはできぬと」

「!!?」

シェーラが大剣を持ったまま落下する。

落ちた際の当たり所が悪かったのか、彼女はそのまま気絶してしまった。

「ええっ!?なんで落ちたの??剣を差して体を支えてたのに??」

「ふん…」

混乱するバーバラと気を失ったシェーラを見て鼻で笑うと、ムドーは左手の爪で自分の右掌に傷を入れた。

傷からは一滴の緑色の血が出て、それが絨毯の上に落ちる。

すると、急にその場所が発火し始めた。

「絨毯が燃える!!?」

「私の血はマグマと同じ熱を帯びている。その証拠にこの剣を見るがいい」

シェーラの大剣を奪い、それをレック達に見せる。

刃がムドーを刺した部分から溶けていて、未だに赤い熱を帯びている。

「そして、私は脳を貫かれる程度では死なん。他の生物と魔王が同列であるわけがないだろう?」

ムドーの血が彼の傷口を焼いて消毒し、そのまま塞いでいく。

そして再びハッサンを踏みつぶそうとする。

「やめ…ろ…」

未だに動けずにいるハッサンを見て、震えを抑えながら口を動かす。

「レック!早く一緒にハッサンを…キャッ!」

バーバラがレックの腕を引っ張ろうするが、急に手に激しい痛みが発生し、離してしまう。

「レック…??」

どうなっているのか分からないまま見つめていると、レックの髪が逆立っていて、彼の体からパチパチという音が聞こえてくる。

その音をムドーの聴覚も聞き取っていて、彼は踏みつけるのをやめてレックを見る。

「何の手品をするつもりだ?」

レックに注目するムドーの目を盗み、ミレーユはハッサンとシェーラの治療とヒャドによる鎮火を行う。

そして、レックの変化を彼女は見慣れたもののように何の驚きを見せることなく見ていた。

(レック…やっぱりあなたは…)

 

一方、地底魔城の外では…。

「うおおおお!!」

「進めぇ、誇り高きレイドックの兵士たちよ!今こそ魔王を倒す時!!」

ソルディの指揮のもと、兵士たちが魔物たちと交戦していた。

矢で貫かれた腐った死体や両羽を剣で切り裂かれたデスファレーナ、真っ二つになった羽仙人や戦死した兵士たちの遺体が地に転がり、ソルディの鎧も魔物の返り血で濡れている。

そんな中、ソルディのそばで弓矢を使って応戦する兵士が変化に気付く。

「兵士長!?空をご覧ください!!」

「ランディ、急にどうしたのだ!?空がどう…!?」

スカルガルーを盾で殴り倒した後、ソルディは空を見る。

彼の目には先ほどまで快晴であったにもかかわらず、黒い雲が現れ、地底魔城の上空を包んでいく光景が映っていた。

「これは…!?」

「おかしいですよ!?先ほどまで雲一つなかったのが急に…兵士長!前を失礼します!!」

ソルディの前を矢が横切り、フェアリードラゴンの頭部をそれが貫いた。

そして、ソルディは雲から目の前の魔物に注意を向けなおして剣と盾で応戦する。

そんな中でも彼は地底魔城で戦っていると思われるレック達の身を案じていた。

(レック、ハッサン…この雲は君たちに対する不吉の予兆なのか??)

 

「やめろぉーーーー!!!」

レックの叫びと共に部屋の天井が突然砕ける。

地震か落盤かと疑うも、地面は揺れていない。

そう疑っている刹那、天井崩壊の犯人が颯爽と現れる。

その正体は黄金に輝く雷で、それは1秒もかからないうちにムドーの右肩に降り注いだ。

「ぐおおおおお!!?」

10億ボルト以上、50万アンペアを上回る黄金の雷にはさすがの魔王でも悲鳴を上げざるを得ない。

肩から血管を通してムドーの体全体に電気がいきわたる。

「はあ、はあ、はあ…」

雷が消えると、レックの体にどっと疲れが襲い掛かり、彼はその場に膝をついてしまう。

「レック!!」

バーバラがレックに近づき、彼の右肩に触れる。

先程のような痛みのある刺激はないものの、彼の額や手には脂汗がびっしりとついている。

「はあはあ…さっきのは…?」

「虫けら…あれは貴様の仕業か…!?」

バーバラの言葉を遮り、ムドーが質問する。

体の至る部分が焼けていて、一部では炭化している。

また、左目の眼球が破裂してしまったのかムドーは自らの左目を左手で覆い隠していて、そこからは大量の血が流れ出て彼が着ているマントを濡らしている。

マントは特殊な魔力で作られているためか、発火していない。

そんなボロボロな彼の質問だが、レックは沈黙する。

いや、沈黙するというよりはこたえることができないというのが正しいだろう。

現にレックはどうやって自分があの雷を落としたのか、全く分からないからだ。

「何をしたと聞いている!何を…がわぁ!!」

ムドーが吐血し、一瞬めまいを起こす。

体の表面だけでなく、内部にまで大きなダメージを負っているためだ。

だが、さすがは魔王というべきか威圧感はいまだ健在で、レックに向けて恐ろしく威圧する目線を向ける。

「おい魔王!まだやんのかよ!?」

回復を終えたハッサンがレックをかばうように前に立ち、その左側にシェーラが出る。

今のレックはあの雷を起こした際の疲労で動くことができない。

だとしたら、自分たちが前に出て仲間をかばう。

「許さぬ…我が体を焼いた愚かしき少年よ!もはや分離などという生ぬるいことはせぬ!いつか必ず八つ裂きにしてくれる!」

(分離…だって?)

分離とはどういうことだというレックの言葉を待たず、ムドーは再び吐血する。

血はすぐに発火し、自身とレック達の間に巨大な炎の壁を作る。

そして、次第にムドーの姿が炎のカーテンの後ろ側に消えようとしていた。

過去の戦闘ではこうしてムドーが姿を消すのを指をくわえて眺めるしかなかったが、今は違う。

「ラーの鏡よ!ムドーの真実の姿を!!」

シェーラがラーの鏡をムドーにかざす。

真実を映し出すラーの鏡から放たれる日輪のような淡くて白い光が炎を突き破り、ムドーの顔面を包み込む。

「何…その、鏡は…ラーの鏡!!?ぐううう…!!」

ムドーが頭を抱えて苦しみ始める。

魔王の顔面を包む淡い光は次第に全身を包み込んでいく。

そして、ムドーの体が徐々にレックとほぼ同じくらいの高さにまで小さくなっていく。

光が消えると、それと同時に炎も消滅する。

「やっと…やっと会うことができました…」

鏡を降ろしたシェーラがホロリと涙をこぼしながら、ムドーの真実の姿を見る。

真っ白な長い威厳のある髭と髪、皺だらけであるにもかかわらず鋭い眼光を光らせる青い瞳。

黄金の王冠と重装な鋼の鎧を身に着けた老人がシェーラを見ると、すぐに目の色が代わり、柔らかな笑みを浮かべていた。

「え、ええーーーー!!?」

「嘘だろ?」

「あの人は…!!」

「おかしいと思っていたわ…」

バーバラ、ハッサン、レック、ミレーユがそれぞれ異なる反応をしながら、その老人を見る。

彼は現実世界で眠りについているレイドック王だった。



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第18話 地底魔城その3

「あなた…」

ゆっくりとシェーラがレイドック王のそばへ歩いていく。

彼はすぐそばまで来た自らの妻の髪でねぎらうように撫でると、表情を曇らせる。

「シェーラ…長い間苦労を掛けてしまったな、済まない…そして私は取り返しのつかないことを…」

言い終わらぬうちに、シェーラは目を閉じて静かに首を横に振る。

もういいのよ、と子供を許す母親の慈悲に満ちた表情をその後で王に見せる。

そんな彼女を見て、これ以上ムドーであった時の自分の行いについて考えるのを止めた王。

その眼は今度はレックに向けられる。

「そ、そなたは…まさか…」

「え??」

「あなた…」

レックに何かを言おうとした王だが、シェーラに停められる。

そして、彼女に耳元で何かを言われるともう1度彼をじっと見る。

「いや、済まぬ。私の思い違いのようだ…」

「はあ…」

急に態度を変えた彼に疑問を感じるものの、今はそのことを考える場合ではない。

そのことが次のミレーユの言葉が教える。

「レイドック王…あなたがムドーの姿でここにいるということは…本物のムドーは現実の世界にいるということですね?」

その質問に王は肯定するかのように首を縦に振る。

「ちょっと待ってくれよ??なんで現実世界にいるはずの王様がこの世界ではムドーに…!?」

「…。そうだな、私が思い出せる限りのことを。いや、その前に…」

ハッサンの質問に答えようとした王だが、急に周囲に散らばる例の水晶のかけらを集め始める。

「ねーねー王様ー、なんでかけらを集めてるのー?それ、もう何も役に立たないんじゃないのー?」

「質問に答える前に、場所を変えたい。現実のレイドックへ向かう」

かけらを自分たちの周囲に置く王にレック達は驚きを隠せない。

ムドー(といっても、レイドック王だが)を倒したとはいえここは敵の本拠地。

しかもここには現実世界との接点が存在しない。

それでは現実世界のレイドックどころか現実世界自体に行けるはずがない。

「ムドーというのは貪欲に知識を求めていたようだ。私がムドーになっている間に読んだ書物は頭に入っている」

かけらを円の形に置いた後で、今度は剣で絨毯に切り込みを入れていく。

「『異世界と空間に関する論争と研究』を読んだことがある。ルーラという呪文を知っているか?」

「ルーラ?ルーラって何??」

首をかしげながらバーバラはミレーユを見つめる。

「ルーラは一度行ったことのある場所を想像して、そこまで物理的に飛行する古代呪文よ。今では相手だけを遠くへ飛ばす亜種の呪文であるバシルーラがあるだけよ」

「そう、古代呪文は今では使う人物もおらず、契約する術さえ失われた存在。その中でもルーラは物理的に飛行する特殊な呪文。だが、ある賢者はルーラで別世界への移動と帰還に成功したという」

切り込みをつけ終えた王は剣を置く。

その切り込みはグランマーズから教わったミレーユですら首をかしげてしまうほど難解な古代文字の集まりだった。

剣を置いたことに反応したのか、水晶のかけらが青く光り始める。

「良かった…魔力は残っているようだ」

「別世界への移動って…まさかここから…!?」

「そう、この呪文ならば移動できる。魔力はこの水晶のかけらが代わりになる。まあ…残っている魔力を考えると片道となるが十分だ」

水晶の光に反応するように、古代文字にも同じ色の光が宿っていく。

「その呪文は…!?」

「オメガルーラだ。契約については問題ない。ムドーは自らを実験台としていろいろな古代呪文を契約しているようだ」

「ねえ、あれ…!!」

バーバラが天井に指を指し、レック達がそれを見る。

天井にも青い光が宿り、その光は次第に上空から見た現実のレイドック城の姿になっていく。

「オメガルーラ…これが…世界を越えるルーラ…」

「ゆくぞ…究極移動呪文、オメガルーラ!!」

水晶のかけらが砕けると同時にレック達の姿が消える。

あとに残されたのは砂となった水晶のかけらと切り込みが消えて元の形状に戻った絨毯だった。

 

「ん、んん…!!」

青い光に包まれていたレック達が目を開く。

「んー?ここってどこー?」

「ここは…確か…」

何とか記憶を探り、場所の特定を行う。

誰もいない2つのベッドと膨大な資料が置かれた政務用の机、壁に貼りつけられた世界地図。

地図に描かれているのは夢の世界のものではなく、現実世界の物。

そして、その右隣にあるレイドックの国旗。

「間違いない、ここは…」

「そう、現実世界のレイドックだ。正確には、私とシェーラの個室というべきだが」

部屋に入ってきた王がレックの代わりにここの場所を言う。

オメガルーラしてそれほど時間がたっていないにもかかわらず、もうすでに王の服に着替え終えていた。

「さあ、王座の間へ行こう。詳しいことはここで話す」

「おい、ちょっと待ってくれよ!!今、ここの世界のレックは…」

「心配いらぬ、その点は私に任せておけ」

 

王座の間につき、レック達は王座の前に座り、王は王座に座る。

王と同じく、いつの間に着替え終えていたシェーラは既に彼の隣の椅子に座っていた。

話し始めようとしたとき、見回りに来ていた兵士が彼らを目撃する。

「へ、陛下!!良かった!!お目覚めになられ…ああ!!?」

目を覚ました2人を見て、泣いて喜びそうになった兵士だが、レックの姿を見てその表情は憤怒へと変わっていく。

「き、貴様!いつの間に城の中へ!?貴様が偽者の王子を騙ったせいで…トム兵士長は追放されたのだぞ!!?」

「トム兵士長が!?」

「レック、トム兵士長って誰??」

「…この世界のレイドックの…兵士長だよ…」

バーバラの質問に答えつつ、レックは改めて事の重大さを認識する。

前にこの世界のレイドック城に入った時、王族不在の状況下でゲバンが圧政を行い、トムがブレーキをかけていたことを知っていた。

そんなトムがゲバンにとって目の上のたんこぶであることは少し考えればわかること。

そして例の騒動をゲバンがトムをたたく格好のネタにしないはずがない。

そのことは冷静に考えればすぐにわかることだったが、思考をラーの鏡の捜索とムドー討伐に重点的に向けられていた当時はそれに気づくことができなかったのだ。

「陛下が目覚められたことで、ゲバンは逃亡して現在捜索中だが…トム兵士長が追放された原因は貴様だ!!貴様のせいで…」

「静かに…」

王はフウとため息をついてから諭すように言うが、兵士の怒りは止まらない。

「陛下のことだ。必ず貴様らに…」

「静かに!!」

心臓をナイフで直接突き刺すようなプレッシャーのこもった目線が兵士に向けられる。

その余波を感じたバーバラとハッサンは震え、レックとミレーユは冷や汗を頬に流す。

「今の彼らは私の客。そして彼らの活躍によってシェーラと共に目を覚ますことができた。トムの件についての裁きは当然下す。故に…今は静かに事の経過を見守ってもらおう」

「…御意」

不満があるものの、王の鬨の声にはさからうことができず、渋々と持ち場へと戻って行った。

「ふーむ、だが本当に彼は私たちの息子に似ている…」

「あなた。彼は私たちの息子ではありませんよ…今のところはですが」

(今のところは…?)

わずかに耳が拾ったシェーラの声にレックは違和感を感じる。

地底魔城でも彼女は王に何かを言っていた。

更にムドーの分離という言葉も引っかかる。

そして、自分とうり二つの容姿を持つとされる、いまだ行方不明のレイドック王子。

(彼と俺が…何の関係が…?)

「では…そろそろ本題に入ろう。なぜ私が夢の世界でムドーとなり、現実世界でシェーラが王となっていたのかを…」

 

2年前、王は自国の兵に加え、アークボルト、ホルストックから前もって結んでいた協定によって派遣された兵士と船と共に大規模な水軍を組織し、ムドーの島への遠征を行った。

ムドーの島はレイドックとサンマリーノの中央に位置する孤島にあり、海岸ギリギリまで山があることから城までたどり着くのが難しい自然の要塞になっている。

また、山の頂上に位置するムドーの城には数多くの魔物が待機していて、彼らに守られ、最奥部の玉座にいる。

協定については当初はガンディーノとフォーンも参加する予定であったものの、ガンディーノは革命からの混乱からの治安回復が終わっておらず、フォーンは人口が少ないことから派遣できるほどの兵力がなかったために協定を結ぶことができなかった。

他の2か国は余裕があったこと、そしてムドーが脅威であるという共通認識があり、一国の努力だけではできないと判断したことで今回の協定を結ぶことができた。

そして、王が自ら出た理由は他の王と比べてはるかに多くの経験をつみ、魔法戦士としての素養のある歴戦の勇者であったからだ。

作戦としては嵐の中での奇襲であり、天候に詳しい魔法使いたちによって風の動きや強さを計算された上ですべての船がムドーの島へ突入できるようにおぜん立ても整えた。

その結果、4日かかるはずの航海が1日半に短縮させることに成功した。

しかし、その奇襲作戦は既にムドーによって見破られていた。

水軍が上陸すると思われる西の海岸に魔物たちを一点集中で待機させていたのだ。

また、波に魂を宿したモンスターであるキラーウェーブをあらかじめ大量に生み出し、彼らに一斉に発動させた巨大な波によって水軍の大部分が海中に消えて行った。

退くにも風向きのせいでそれができず、やむなく上陸するものの、待機していた魔物たちの攻撃によって多くの兵士が倒れて行った。

王も熟練の剣と魔法によって必死に交戦したものの、重傷を負い、生き残った兵士と共に捕虜にされた。

そして魔物たちの手でムドーの前まで連行された後、ムドーによってその兵士たちすべてが死の奴隷やボーンプリズナーに改造されていくのを見せられたことに王は絶望し、最後に思ったのはシェーラと息子、そして幼くして死んだ娘のことだった。

自分も魔物に改造されるのかと思った王だが、ムドーから送られたのは予想外の言葉だった。

「お前だけは生かしてやろう。そのかわり、魂はもらう」

その言葉を聞くとともに、王の意識は闇の中へ消えて行った。

そして、意識を取り戻したときがあの地底魔城でラーの鏡を見せられた時だった。

 

「…。ムドーは自らの分身に夢の世界を支配させるため、憑代を求めていた。そして、私が選ばれた…。それからこれは聞いた話であるが、私の肉体はレイドック東の海岸に打ち上げられていたところを漁師に見つけられ、城で眠りについていたようだ」

長く話をしたためか、フウと息をしてから背もたれに身を任せる。

そして、入れ替わるようにシェーラが話を始める。

「私は王がそのような形で戻ってきてから、政務をこなしつつ必死に起こす方法を探りました。そして、その中でラーの鏡と夢の世界についての文献を見つけたのです」

一度立ち上がり、レックの前まで歩くと、彼に緑色の表紙で古い羊皮の本を渡す。

タイトルには『精霊ルビスに関する論述―第1章 人々の夢が生み出すエネルギーの行先』とあった。

「これは300年前に存在したとされる賢者ターナーが海底でルビス様と出会い、百日にわたって世界のすべてに関して問答を繰り返した記録です。夢の世界に関する記述はその中の一部」

ページをめくると、ルビスと賢者ターナーが一坪の白い空間の中で問答する姿が絵となっていて、その次のページから夢の世界に関する話が始まっていた。

夢の世界とは現実世界に存在する人々が描く夢や願い、想い、希望が集まることで構築された世界であり、生物の心の象徴。

そして、それは本来ならば不可視であり、実体のない世界であるものの、仮に悪しき存在が人々の心を支配しようと企めば、おそらくは夢の世界に実体を与えるかもしれない。

序論として著されたこの文章を読み続けるレック達を前にシェーラは話を続ける。

「そして、その本を読んだ日の夜…王の元へ戻っていた時に…出会ったのです。懐かしい…少女と」

「懐かしい…?」

懐かしい少女と言う言葉に何かを感じたレックはミレーユに本を渡すと、シェーラを見る。

「青いポニーテールで白い肌、そして息子と同じ色の瞳で絹でできたドレス姿で…」

「シェーラ様!!彼女は自分をあなたの記憶にの中に眠る存在を借りたとおっしゃっていませんでしたか!?」

「…!!もしかして、あなたも…」

シェーラの言いたいことを理解したレックが静かにうなずく。

2人の話を聞いていた王は静かに顔を上へ向ける。

そして、静かにある名前を口にする。

「セーラ…」

「…彼女は私に伝えたのです。王が深い絶望の中で心を切り離され、夢の世界でムドーの肉体を押し付けられて傀儡となっていることを。そして私は王を救うため、彼女の力を借りて、私の心を夢の世界のレイドックへ送ったのです。国のために眠らずに働く若き王、そう…愛する夫の若いころの姿を借りて…」

「そっか…だからシェーラ様も眠っちゃって…」

夢の世界のレイドック王を思い出しながら、バーバラは複雑な心境となる。

少しでも一目ぼれしそうになったその若者の正体を知ってしまったためだ。

とはいうものの、その彼女の思いは立派だと言わざるを得ないが。

「彼女の姿は…幼くして私たちの手から零れ落ちてしまった大切な存在…セーラ。私達の娘…」

「セーラ…」

ゲバンの言っていた王子の妹の名前を聞き、2人の反応を間近で見たことで、彼女がどれだけ彼らにとって大切な存在なのかを知る。

無論、王子もまた同じ思いだったのかもしれないし、死んでしまったときはとても悲しんだのかもしれない。

「ともかく、ムドーを倒さねばならないが…今この国にはムドーの島まで行けるほど強固な船はもはやない。あるとしても、ゲントの村で調達するしかないだろう」

「ゲントの村…?なんだそこは??」

「癒しの神ゲントを信仰する人々が暮らす村よ」

ハッサンの疑問にミレーユが即座に答えると、王は付け足すように話を進める。

「そこはここから北東へ馬車で3日かかる距離にあり、王位を継承する前はそこで精神修行をしていたことがある。幸い、現在の長老であるチャクラヴァは私の知己。事情さえ話せば、船を借りることができるだろう」

そう言うと、すぐに王が王座に右隣にある小さな机にある筆をとり、あらかじめおかれている手紙用の羊皮紙に何かを書き始める。

数分で書きとめると、それをレイドックの国旗を模した判子だけしか飾りのない茶色い木製の筒に入れてレックの傍まで行く。

「これを渡せば、あの頑固者も話は聞いてくれるだろう。しかし、ムドーはおそらく地底魔城で戦った贋物よりも強い。それでも、戦うか?」

筒をレックの前で止め、確認するように言う。

(俺は…勝てるのか?ムドーに…)

再びあの時の恐怖がレックを襲う。

恐怖で体が震え、手には嫌な汗がつく。

あの時はなぜか降り注いだ雷のおかげでどうにかなったものの、それは実質的には勝利とは程遠い。

今の自分にはたして、勝機があるのか…?

「全く、今更怖いはねえぜ、レック!」

大きく堅い手をレックの肩に置いたハッサンが笑いながら彼を見る。

「ハッサン…」

「あの時は…まあ、俺もカッとなって前に出過ぎちまったからな。けどよぉ、いくら強くても魔王は1人だ。けどな!」

「私たちは力を合わせて戦うことができる。力を合わせればきっと…」

「そーそー、1人じゃないんだよ、レック!あたしもハッサンもミレーユも、みーんなついてるから!」

レックを励まし、心配すべきことは何もない、絶対にうまくいくと言っているような笑みを見せる。

その笑顔がレックの心に住み着く恐怖を消していく。

そんな彼らを見た王はレックの手に筒を渡す。

「どうやら、いい仲間に恵まれているようだな。きっと、その力を束ねたときこそが魔王を滅ぼす力になるのかもしれないな…」

 

「…それにしても、まさかな…」

「うーん、どうやってここまで来たんだろー?」

騒ぎを避けるため、レイドック城の裏門から出ることになったレック達を待っていたのは地底魔城の入り口に残してきたファルシオンと馬車だった。

夢の世界で出会い、夢見の雫を与えていないにもかかわらず、実体がある。

「もしかしてファルシオンって…現実世界の馬、ということかな?」

「それはあり得ないわ。少なくとも現実世界から夢の世界へ行くにはラーの鏡が必要よ」

「んー、難しいことはよくわからないけど、ファルシオンが来てくれてよかったー!」

嬉しそうにバーバラがファルシオンの頭をなでる。

大人しくなで受けられるその姿はとても暴れ馬と言われた時の姿とは思えない。

レックとハッサンが王が特別に用意してくれたゲントの村までの地図と物資を馬車に運び込む。

そして、ハッサンが御者台に乗ってファルシオンの手綱を取る。

「全員乗ったな…頼むぜ、ファルシオン!!」

「ヒヒーン!」

嘶いたファルシオンは蹄で現実世界の土を踏みしめながら、北への道を進んでいった。




ようやく序盤の山場に近づいてきました。
さて、もうすぐ彼が登場しますが…その人の性格をどうしようか考えているこの頃です。


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第19話 修行中の僧侶

レイドックにて、目覚めた王と王妃から現実世界のムドーの居場所を知ったレック達。

城の北にある関所を抜けてから1日半が経ち、険しい山道を進んでいた。

「ねーねーレックー。あとどれくらいしたらこの山道を抜けるのー?」

御者台に乗っているレックに退屈そうにしているバーバラが質問する。

「あと半日かな。それにしても、足場が悪い…ファルシオン、大丈夫?」

「ヒヒーン!」

「半日!?ううー退屈だよぉ」

ここの山道は記録によると、20年近く前に発生した山火事が原因でほとんどの木が焼失して禿山となってしまったという。

現在はゲントの村民や僧侶による植林作業が行われていて、ところどころには苗木が見えているものの完全にこの山道を元に戻すにはまだ数十年かかるという。

そのため、どれだけ進んでも山道を抜けない限りはほとんど同じ景色で、それがバーバラを退屈させる。

「レック、まだ足場の悪い道が続くわ。あと2時間すすんだら1度ファルシオンを休ませましょう」

「うん。そのつも…!!?ファルシオン!」

急に大声を出してファルシオンの足を止めさせる。

「どうした!?」

「みんな、魔物だ!!」

御者台から降り、剣を抜くと同時に魔物たちが馬車を襲う。

火炎草を好物としているオレンジ色の体毛のファーラット、ケダモンは体内に爆発物を宿していて、それを体に負担がかからない程度に爆発させることで素早く動くエネルギーを獲得し、時には自爆をも可能としている。

火山ガスを魔力で疑似的に生命体に変化させた、火の息だけでなくギラをも使いこなすヒートギズモ。

鋼でできたポッドに命の石が埋め込まれたエビルポッドは体内に大量のヒートギズモを飼っている。

命の石を埋め込まれた紫色の鎧と兜で、左腕部分が金色の穂先となっている槍、右腕部分が中央に緑色の宝石を埋め込み、その周囲を金で飾った丸楯となっている抜け殻兵による集団での素早い動きは単独で旅をする人間には厄介だ。

更には以前に戦った死の奴隷がまだ腐敗しきっていない脳を持っているためか集団戦闘などの統率のとれた動きができる状態になっている魔物であり、区別のためか寒色系の服を着ている奴隷兵士。

その奴隷兵士をコントロール、もしくは生み出しているのが紫色のローブで身を包み、右手には大きな鎌、頭部を白いターバンでつつんだ妖術師は人間でありながら力への欲望か、それとも恐怖したためか、魔王に魂を売って魔物に改造された魔法使いだ。

メラを越える火力を誇る中級火炎呪文、メラミを放ち、危険な存在だ。

ターバンの下に隠されている角や変形した耳、そして口にある牙からもう既に彼が人間をやめていることがわかる。

他にもフェアリードラゴンやヘルボックル、玉ねぎマンやダークホビットといった過去に戦ったことのある魔物も存在する。

「くう…!!」

レックはインパスでヒートギズモを実体化させ、剣で切断する。

しかし、その間にも妖術師が邪悪な魔法で地中に眠る死体を死の奴隷や奴隷兵士にしてレックを攻撃させる。

また、フェアリードラゴンがマヌーサによってレックに幻影を見せようとする。

「くそぉ!!数が多すぎる!」

エビルポッドや妖術師のような増援を次々と生み出す魔物によって、レックが窮地に陥っていく。

ハッサン達が武器を持って馬車から飛び出したころには魔物の5割近くが奴隷兵士とヒートギズモとなっていて、数はおよそ30近く。

ミレーユがヒャドでヒートギズモを氷像にし、バーバラのギラが奴隷兵士を火葬するがそれでも焼け石に水。

「ハッサンはエビルポッドを!ミレーユとバーバラは俺の援護をしてくれ!」

「任せろ!」

レックが自身の傍にいたエビルポッドを柄頭で殴って動揺させ、ハッサンの拳が鋼鉄の装甲を貫く。

そして、ミレーユのスカラで守備力を高めたレックが妖術師に向けて突撃する。

そんな彼に向けて、妖術師は鎌で攻撃しようとするが…。

「レックは攻撃させない!メラ!!!」

バーバラのメラによって妖術師の鎌の刀身が溶け、やむなく彼はメラミを放とうとする。

しかし、ゾンビたちを蘇らせるために魔法を何度も使用したためか、魔力を失っていて何もできない。

妖術師の肉体はレックの剣によって両断され、ハッサンが残りのエビルポッドを撃破した。

「くそ…!!もう数は増えねえけど、多すぎるぜ!!」

「私の魔力でどこまで…」

「うーーー、もう疲れたよぉ」

あまりの数の多さによってレック達は疲労し、あとどれだけ戦えるのかわからない。

(くそ…!このままじゃ!!)

全滅の二文字が頭に浮かぶ。

しかし、その文字は魔物と共にすぐに吹き飛ばされることになる。

「バギ!!!」

風の動きに変化を与え、小規模の竜巻を生み出して敵を切断する真空呪文バギが奴隷兵士やケダモン達を切断していく。

メラやギラ、ヒャドのような直線的なものや一点に威力を発揮するものではなく、面を制圧するその呪文はより多くの魔物を撃破することができる。

その呪文によって、10数体の魔物がほうむられた。

「今の呪文は誰が…!?」

「けど、これで何とかなるかもしれない!」

数が減ったことで、戦力的にレック達が有利になる。

レックは救援してくれた姿の見えない味方に感謝しつつ、魔物と戦う。

 

「はあはあはあ…」

「ううう、もう限界ー…」

「くそ、ここの魔物…地底魔城の奴らよりも厄介じゃねえか?」

魔物を倒し切ったレック達は武器をしまい、その場に座り込む。

ミレーユとレックによって回復が行われるものの、それよりも厄介なのが疲労だ。

傷を癒すホイミでも疲労を回復させることはできない。

「大丈夫ですか?」

レック達の下へ1人の少年が歩いてくる。

胴体の左半分の部分に紫色の布が重ね着されている黄色い厚手の袈裟を身に着け、ケモノ耳のような2本のとんがりが特徴的な袈裟と同じ色の帽子をつけた、メガネの少年。

身長はバーバラよりも少し低い程度だろう。

「お前がバギで俺たちを助けてくれたのか?」

「ええ、私はチャモロ。ゲントの村の僧です」

「ゲントの村の…??」

馬車ではあと半日かかる距離をその少年はろくに荷物を持たずにここにいることにミレーユは驚いた。

装備している杖は先端に鏡をつけ、黄色い布と青い布で持ち手部分がつつまれている無地で質素なもので、とても武器として使えるものではない。

「私は修行中の身です。その一環として週に1度村からここまで歩いて移動するのです」

そう言うと、チャモロは道端にある土を手で掘り、浅い穴を作る。

そして、袈裟の内側にあるポケットから花の種をだしてその穴の中に入れる。

「山火事の時、昼であったために多くの参拝者や僧侶がこの町を歩いていて、多くは逃げることができましたが…逃げ遅れた人もいたと長老様はおっしゃっておられました…。妖術師をご覧になられましたね?」

種をまき終えたチャモロは立ち上がると静かに手を合わせる。

「ああ…。確か、メラミを…」

「妖術師やヒートギズモ…その魔物たちがその山火事の原因です」

魔物によって引き起こされた災害。

それは珍しいことではないものの、大規模な災害が彼らによって引き起こされることはめったにない。

魔物たちにとっても住む土地を失うことになってしまうからだ。

このような災害が起こったのはきっとムドーのせいかもしれない。

そう考えると、ムドーはずっと前から密かに活動をしていたことになる。

(ムドー…)

レックの脳裏に夢の世界で戦ったムドーの姿が浮かぶ。

そして、その時に感じた並々ならぬ恐怖も…。

「レック?」

彼の変化を感じたのか、バーバラがレックを見つめる。

その視線に気づいたのかレックはすぐに考えるのをやめた。

「おっと、俺たちの紹介がまだだったよな?俺はハッサン」

「私はミレーユ、この女の子がバーバラで、青い髪の彼はレックよ」

「レックさんにハッサンさん、ミレーユさん…ですね。ゲントの村まではまだ長い。よろしければ、私も同行しましょう。旅人の手伝いをするのも、僧侶の役目です」

静かに、まるで自分から手伝わしてくれとお願いするように頭を下げる。

「お、おう。あのバギを使えるくらいのお前が手伝ってくれるとありがたいぜ」

「うんうん、よろしくね!チャモロさん!」

「こちらこそ。それから私のことはチャモロで構いません」

もう1度お辞儀をしたチャモロをミレーユとハッサンが馬車へ連れて行く。

戦闘とチャモロとの会話によって、ファルシオンもかなり休むことができたようで、むしろ早く動きたいという思いでいっぱいのようで、レックをじっと見る。

「ヒヒーン!」

「そろそろ出発しないとね。レック、早く行こー!」

バーバラに手を握られ、引っ張られるように馬車へ連れて行かれる。

引っ張られながらも、レックはこの禿山の景色を目に焼き付ける。

(怖い…。けれど、絶対に勝たないとこんな景色がまた増えてしまう…!)




今回はかなり短くなってしまいました…。
遅い!!と思っている人…大変申し訳ありません。


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第20話 恐れとの戦い

「んん…ふうあああ。喉乾いたぁ…」

モゾモゾとベッドの上にある白い掛布団が動き、その中からバーバラが出てくる。

4つのベッドが置かれているこの部屋にはそれ以外には小さいテーブルと大きな箪笥が1つずつあるだけだ。

テーブルの上には火の消えたランタンが1つあり、それが1列に並んだ4つのベッドを2つずつにする境界線のように存在している。

窓から外を見ると、まだまだ太陽が出ておらず、夜明けまでまだまだ時間がかかりそうだ。

バーバラが寝ているベッドは列の右端で、その隣にはミレーユがすやすやと静かに眠り、その隣のベッドにいるハッサンは掛布団を床に落とし、体が反対に向いて眠っている。

チャモロはある理由でこことは別の建物で休んでいる。

だが、そのもう1つ隣のベッドには誰もいない。

その上には彼が着ていた、茶色い布でできた無地のパジャマが置かれている。

ちなみに、このパジャマはここで寝る前に渡されたもので、4人ともサイズに違いはあれど同じものになっている。

「…レック?」

そのベッドで眠っているはずの仲間の名前を口にする。

彼を探そうと思ったバーバラはハッサンが起きないよう警戒しながらその場で服を着替え、ランタンを手に取る。

そして、メラで火をつけた後でそれを左手で持ち、ゆっくりと部屋から出て行った。

 

建物から出たバーバラはランタンで周囲を確認しながら進んでいく。

石でできた街道の構造はレイドックのそれと大差ないものの、それがあるのは中央のメインストリートのみで、それ以外の道は土で作られ、その左右には草木がある。

藁ぶき屋根のある白いレンガの家が何軒もあり、バーバラが出た家も例外ではない。

メインストリートを北へまっすぐ進むと、岩山が存在し、その中腹には神殿がある。

ゲントの村はレイドック国領の一部であるものの、このように大きな文化的違いを見せる村であり、癒しの神ゲントを古くから信仰し続けてきた場所だ。

標高の高い場所に位置するためか、それとも北へ大きく移動したためかレイドックと比較すると少し気温が低く感じられる。

なお、この地域では自給自足が実践されており、昨晩バーバラ達をもてなした米や豆のスープ、山菜のおひたしはすべてこの村の人々の手によって生産された食料で作られたものだ。

病人やけが人、老人や乳児以外は肉と魚は月に1度、初代長老の命日にのみ食べることを許される。

これは自分たちの生が他の生物の死によって成り立ち、生命の尊厳を実感するための取組だ。

「ハア!!くうう!!デヤァ!!」

建物の裏にある広場からレックの声が聞こえる。

その声と共に、剣を振る音もする。

「レック…」

広場まで来たバーバラが彼を見つめる。

ゲントの村まで移動している間、彼は夜明け前に起きてこのような修行を繰り返すようになった。

時には徹夜で修行をしていることがあり、毎朝両手は汗とつぶれたまめから出た血で濡れていた。

「ハアア!!ウオオオ!!…!?」

剣を振るレックの足の動きが乱れ、転倒してしまう。

そんな彼を見かねたバーバラが彼に駆け寄る。

「レック!?」

「バーバラ…?どうしてここへ?」

こっそりと抜け出したはずなのにと思いながら、バーバラの瞳をじっと見る。

彼女の瞳に映るレックは目にくまを作っており、疲労のためか肌が少し荒れている。

「ねえ、レック…。その、ね…最近無理をしてるんじゃない?」

「無理…?」

「だって、あたし達の見ていないところでもこんなに疲れるまで修行をしているから」

心配そうにレックを見つめる。

能天気で明るい彼女でも今のレックの前では本来の調子で接することができない。

「そんなことないよ。ムドーを倒すためにも…」

少しだけ目をそらしつつ、修行する訳を口にするが、急に彼に睡魔が襲い掛かり、そのままバーバラの腕の中で眠ってしまった。

「レック…あなたは1人じゃないんだよ…?」

 

「んん…?」

目を開いたレックの視界に広がるのは真っ暗な空間。

見えるのは闇以外には足元にある灰色の無機質で冷たい石造りの床だけ。

先程まで修行していた広場とは大違いだ。

「ここは??」

バーバラの腕の中で眠ってしまったことまでは覚えているが、なぜ自分がここに立っているのかいまだに理解できない。

装備しているのも剣だけで、盾も鎧も装備していない。

「ハッサン、ミレーユ、バーバラ…?」

回りを見渡しながら前へ進む。

しかし、歩いても歩いても目に映る景色は変わらない。

1時間…2時間…3時間…。

孤独で肩を貸す仲間も風の音も聞こえない、闇の空間を歩く。

靴を隔てて感じるのは堅い床の感覚、そして両足に伝わる疲れ。

疲れで足を止めると、前方から大きな足音が聞こえてくる。

「誰だ…?誰かいるのか!?」

腕で額の汗をぬぐい、その足音がする方向へ足を進める。

誰がいるのかわからないが、とにかく味方である可能性にすがるしかない。

これほどの大きな足音が人間の物であるはずがない。

だが、何時間も闇の空間を歩き続けた彼の思考は摩耗していて、今のレックにはそれに気づくことができなかった。

分かることは、進むにつれて足音が大きくなることだけだ。

あと少しで足音がする場所につくと思ったその時…。

ボ、ボ、ボボボ…ボ…。

ゴオオオオオ!!!

レックの周囲に数個の青い火の玉が発生し、その後で一気に数十個の同じものが発生して彼を包み込む。

そして、その炎によって視界が広がり、足音の主の姿を見せる。

「あ、あ、ああああ!!」

緑色の鱗、巨大な体、体を突き破って心に直接寒気を与えるようなプレッシャーを放つ瞳。

レックの前にいるのは…ムドーだ。

「なんで…なんでムドーがそこに!?」

無我夢中で手にしている剣を構えるが、彼の心にまたあの時の恐怖が襲い掛かる。

それを見透かしたように、ムドーはニヤリと笑みを浮かべる。

恐怖で身動きの取れないカエルを見る蛇とはこのような快感を得ることができるのだろう。

己の力によって、無力な相手を支配するというシンプルではあるが理性のある生物のみに許される至高であり下劣でもある欲望。

それを満たすことによって生まれる快感を。

「はあ…はあ…はあ…」

笑うムドーに対して、レックの体はひどい脂汗で濡れている。

仲間のいない、自分1人だけで今こうしてムドーに立ち向かわなければならない。

これほどの恐怖の中で失禁しないのが不思議なくらいだ。

そんな彼の心に追い打ちをかけるように、ムドーは口から炎を放つ。

「うわあああ!!」

目を閉じ、剣と腕を楯に身を守る。

だが、炎はレックに当たることなく、彼の周囲を舐めるように燃やし尽くす。

まるで最初から彼を焼き殺す意志がなかったかのように。

「くぅ…ムドー…!」

いまだに燃え続ける炎を見て、レックの心に自分を馬鹿にするムドーへの怒りがわいてくる。

しかし、それと同時にそんなムドーに対して抵抗できない己の無力さへの悲しみもわく。

(ハッサン…ミレーユ…バーバラ…!)

目を閉じ、必死に今ここにいない仲間に助けを求める。

(レック…レック…)

「え…?」

急に脳裏に声が響いてくる。

その声はライフコッド、そしてアモールで会った少女の声だ。

驚くレックに少女は優しく諭すように言葉を並べる。

(レック、今目にしているものや聞こえるものに囚われてはいけません)

「見えるものと聞こえるもの…?」

(そうです。あなたの想像の中にいるムドーは無敵の力を持つ存在です。しかし、いかに魔王であったとしても生物の理から完全に逃れることはできないのです。思い出してください。あなたが放ったあの雷を受けたときのムドーを…)

「雷…」

レックは恐怖を必死に振り払いながら、その時のことを思い出す。

確かにその雷を受けたムドーは絶命することがなかったものの、多大なダメージを受けており、シェーラによる奇襲を受けたときと比較するとかなり動揺していた。

冷静になって考えると、それだけでもムドーが無敵の存在ではないということがわかる。

(ただ、見えるものと聞こえるものに囚われてはいけません。感じるのです。今目の前にいるムドーを…)

「感じる…感じるって??」

(ラーの鏡は真実を映し出すことができます。しかし、闘気や力を見ることはできません。それを感じることができるのは魂だけなのです)

自分にそんなことができるのかと不安になりながらも、レックは目を閉じ、耳から聞こえてくるすべてのものを遮断する。

真っ暗な空間の中、聴覚と視覚を封じた彼の残された感覚が研ぎ澄まされていく。

(俺の隣にいるのは…なんだろう、なんだか大きい…大きくて暖かい…)

目で見たときは幼い少女で自分よりも明らかに小さかったが、こうして感じるだけだとその中にある底知れぬ何かを改めて分かってしまう。

そして、目の前にいるムドーから感じるものは…。

「プレッシャー…?けど、違う。あの時感じたのと全く違う…」

確かに目の前にいるのはムドーだ。

しかし、地底魔城で戦ったときに感じたあの王としての風格や征服者の力に裏付けられたそれとは程遠い、まがい物のプレッシャーを今のムドーから感じることができる。

「違う…!!お前は、お前はムドーじゃない!!」

目を開き、目の前の贋物に向けて走り出す。

コバエを追い払うかのように、ムドーのような贋物がレックに向けて炎を放ち、彼がそれに飲み込まれる。

(炎の中にいるのに…熱くない。俺の体が燃えていない…)

確かに今受けているのは炎。

最初にこの空間で見た炎は熱かった、いや…熱いと感じていた。

しかし、改めて感じてみるとそれはただの幻だ。

「うおおおお!!」

大きく跳躍し、ムドーの腹部に剣を突きたてる。

しかし、剣がムドーの体をすり抜け、勢い余って彼の背後の床に落下する。

「…やっぱり」

落下により痛みに耐えつつ、背後のムドーを見る。

すると、それは静かに消滅していった。

(あなたが感じたとおり、ここにいたムドーは幻です。あなたの中にいる恐怖の象徴です)

「恐怖の象徴?」

(そう、これはあなたの中にある感性を見出すための試練なのです。目の前にある力の本質を見る第3の眼の存在…あなたが過去に失ってしまった感性…)

急にレックの周囲を青い光が包み込んでいく。

(忘れないでください。恐怖をコントロールすることが魔王を倒す手だということを…)

「恐怖をコントロールって…それは一体どうい…う…」

青い光にラリホーの魔力が宿っているのか、強烈な眠気に襲われたレックはそのまま眠りについてしまった。

 

「う、ううん…」

目を覚ましたレックの視界に広がるのは藁と支えとなっている材木。

となりの部屋からは炊き立ての米の匂いと焼けた肉と魚の匂いがする。

窓からは青い空と朝日の温かな光が見える。

「ふん、ようやく起きたか」

「え…?」

右隣から低い老いた男性の声が聞こえる。

紫色の袈裟と茶色い無地の布を重ねてきていて、黄色の肌と白い髪の老人で、レックの予測では年齢は70代後半。

なお、髪型は悪く言うとカッパ型ハゲだ。

老人の黒い瞳がゆっくりと自分に目を向けるレックの瞳を見る。

「ふむ。どうやら試練の成果が出始めているようじゃな」

「成果…あ…!」

始めは何を言っているのかわからないレックだったが、自分の眼に映る老人の中にある力が映っているのがわかった。

全身を血管のように駆け巡る青い魔力の流れを。

「青い…魔力??」

瞬きするとその青い魔力が映らなくなった。

「見えなくなった…?」

「集中しなければ見えないか…じゃが、今はこの段階で良いじゃろう。早く隣の部屋へ来い。お主の仲間が待っておるぞ」

ゆっくりと立ち上がり、樫の木の杖を突きながらゆっくり外へ出ようとする。

「待ってください!あなたは…?」

「儂はチャクラヴァ。ゲントの村第20代長老じゃ」



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第21話 神の船

「…」

長老の間で背もたれの無い丸椅子に座るチャクラヴァが荒くれの左腕に触れて静かに瞑想を始める。

彼の左腕は昨日の深夜に鉱山での作業中の事故によって折れていた。

そのために動かすことができなかったが、十数秒の瞑想を受けただけですぐに動かせるようになっていた。

「す、すげえ!!治ってやがる!長老様、ありがてえ!!」

「気にするな、癒しの力は癒しの神ゲントより授かりしものじゃからな…」

嬉しそうに長老の間から出て行った荒くれをレック達は見ていた。

「すごい…」

「ベホマでないと、骨折のような重傷の治療が難しいわ。けど…あのおじい様が使った瞑想からは魔力を感じられないわ」

「それってもしかして呪文じゃないっということ?すごーい!」

「待たせてすまなかったのぉ。レイドック王からの手紙は読ませてもらった」

フゥと少し疲れた表情を見せたチャクラヴァだが、すぐにその表情を消してレック達が座っている長椅子の目の前にある椅子に移動する。

その中で先ほどから周囲をキョロキョロ見ていたハッサンが質問する。

「なあ、長老の爺さん。チャモロはどこにいんだ?」

「チャモロ…?」

「ああ。お前があの爺さんに眠らされたことを俺たちに知らせてくれたのさ。そして、俺が眠っているお前をこの家まで運んだってことだ。すげぇうなされていたが、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫、もう大丈夫…」

「なら、いいけどよ…」

ハッサン達はレックが受けた修行の詳細について知らされていない。

もう少し聞きたいと思っていたが、レックのもう大丈夫だという言葉を信用し、これ以上聞くのをやめた。

そして、チャクラヴァが質問に答える。

「あ奴は少し用があるため席を外している。…どうやら、2年前からの約束を果たす時が来たようじゃな…」

「2年前の約束??もしかして、レイドック王との??」

レックの言葉にチャクラヴァがうなずく。

そして、その約束について語り始めた。

 

これは2年前、ちょうどレイドック王が眠りについてしまった時のことだ。

その日のチャクラヴァは真夜中に神殿の中で一夜の瞑想を行っていた。

この瞑想は年の一度、長老が自ら行う修行のひとつで、これによって村人の無病息災を癒しの神ゲントに願う。

その瞑想の中で急に彼の脳裏にレイドック王の声が聞こえた。

(わが友、チャクラヴァよ…。私は愚かだった。ホルストック、アークボルトからの支援を受けてムドーとの決戦に臨んだが、奴の罠にはまってしまった。今、私は深い眠りの中にいる。今の私達ではムドーに勝つことはできない。しかし…これから2年後の今日、もしかしたらムドーを倒すことができるかもしれない4人の旅人がゲントの村を訪れる。彼らに海を越えるための神の船を貸してやってほしい。なぜこうして私が眠りの中でお前にこのようなメッセージを伝えることができるのか、そしてなぜ私にこのような未来が見えたのかはわからない…。もしかしたら、精霊が私のムドーを倒したいという願いに答えてくれたのだろうか…)

声が消えると同時に彼の脳裏に浮かんだのはレック、ハッサン、ミレーユ、バーバラの姿だった。

当時の彼にはとても信じられなかった。

レイドック王が遠征に出たことは知っていたが、失敗して深い眠りについたという話を聞いたことがなかったためだ。

その話が現実のことだと知ったのは、瞑想の日から2日後にレイドックから来た行商から話を聞いた時だった。

 

「手紙に書いてあったのは2つ。2年前の約束を果たす時が来たこと。そして、お前自身についてじゃ」

手紙をしまうと、ゆっくりとレックに指を指す。

「俺の…?」

「ゲントの精神修行のために術を応用し、お前を眠らせてムドーへの恐怖と戦わせたのじゃ」

「そっか、だからあんなにうなされていたんだ…」

チャクラヴァの話を聞いて、バーバラが納得する。

チャモロの指示を受けて運んでいる間、そしてベッドに横にさせた時もずっとレックはうなされていた。

なお、チャクラヴァ曰く精神修行の術を解除するのは本人がそれをクリアするか、長老などの一部の僧侶に解いてもらうしかない。

「そして、見事自らの恐怖をコントロールした。さて…少し集中して儂らを見るといい」

「…」

「おいおい、見るって何を…??」

何が何だかわからないハッサンをよそに、レックが目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした後で心を落ち着かせる。

そして、大きく目を開く。

「…チャクラヴァさんの体からは青い魔力、ミレーユからは透明な、バーバラからオレンジ色の魔力の流れ…」

「な…!!?」

「うわぁーー、私たちの魔力の流れが見えるの?すごーい!!」

ミレーユがびっくりし、バーバラは純粋にレックをほめる。

しかし、魔力の流れが見えるのは長く見て1秒か2秒。

もう少し練習を繰り返すことができればもっと長く見ることができるかもしれない。

事実、初めてチャクラヴァの魔力の流れを見たときは瞬きするその時までしか、ほんの一瞬しか見えなかったのが2回目の今回は相対的に長く見ることができた。

もっとも、魔力の流れを見ることでそこから何をすることができるのかはいまだにわからないが…。

「さて、そろそろ参ろうか」

ゆっくりと立ち上がったチャクラヴァが杖を手に取る。

「長老様、どこへ行かれるのですか?」

「神の船のところじゃ。お前たちも来るといい…。操舵手もすでにそこで待っておる」

 

チャクラヴァについていく形で家を出たレック達が神殿の中に入る。

神殿といっても、そこには祭壇もなく、ゲントの神の偶像も供物もない。

あるのはただ1つ、船だけだ。

「これは…??」

「なんだよ、神殿というよりもこれじゃあ船のドックじゃねえか」

目の前にある船を見ながら、ハッサンがそう口にする。

「んーー?とってもきれいな船だけど、なんだかがっかりするなー。だって、神様の船なんだからもっと…今までの船とは違うよーなものがあると思ったんだけど…」

バーバラの率直な感想に対して、チャクラヴァは何も否定せずにじっと船を見ているだけだ。

最近の船では魔物による襲撃に備えて徐々に鋼鉄が用いられるようになっている中で、この船に関しては完全に木材のみで作られている。

黄色や白のペイントが施されており、上を見上げるとマストについているはずの布がない。

大きさはレック達がサンマリーノで乗った定期船と比較するとおよそ10分の7程度と小型で、小回りが利くようだ。

「まあ、そう言われても仕方あるまい。レック、練習がてら船を少し集中してみてくれるかの?」

「はい、じゃあ…」

再び目を閉じ、深呼吸して集中したレックが目を開く。

「これは…!?」

改めて船を見たレックは驚愕の表情を浮かべる。

「何が見えたんだよレック!?」

「青い魔力が…膨大な青い魔力が船を包んでる…!!」

「魔力!?なんでこの船に…」

「この船には鉱山で見つかったある鉱石をのせておる。それが生み出す膨大な魔力がこの船と乗組員を魔物や嵐による攻撃から守る盾となる。中に入って、確認しよう」

チャクラヴァに連れられ、船の両サイドにかけられている木製の桟橋から神の船に乗り、ちょうど中央部分にある扉から中に入る。

入ってすぐに下り階段があり、そこを進むと8人から10人程度ならば休めるくらいの設備がある。

キッチンや大きなテーブルはもちろんのこと、2人部屋が5つあり、中にはタンスやベッドもある。

更に下へ降りると、そこには黒い大きな魔法陣が描かれていて、その中央には銀色の輝きを放つ2メートルくらいの大きさの鉱石が安置されている。

「こいつが例の鉱石か?」

「そうじゃ。15年前に鉱山で偶然見つかった物。今まで見つけた鉱石と異なり、魔力が宿っておる。そのため我々はこれを魔石と呼んでおる。先代の長老がそれに触れた時、神から言葉を受け、それを元に僧侶たちの手でこの船が作り出された。だから、この船は神の船と呼ばれておる」

「おじいさま。参られたのですね」

階段から降りてきたチャモロがチャクラヴァ達を見る。

そして、彼は魔法陣の中に入って懐から短剣を取り出す。

「長老様、彼は何をしようとしているのです?」

なぜ短剣を出す理由があるのかわからずにいるミレーユが質問する。

「この船はゲントの民でなければ動かすことができん。そして、自らがゲントの民であることを証明するためには魔法陣に自らの血の情報を与える必要がある」

チャクラヴァが言い終わらぬうちに、チャモロが手首を斬る。

そこから流れる血が魔法陣に数滴落ちたのを確認するとホイミで傷を癒す。

血は魔法陣に触れると一瞬で消え、それと同時に魔法陣の色が黒から銀へと変わっていく。

「神の船はチャモロをゲントの民と認めた。そして、彼以外にこの船をかじを取ることはできん。チャモロよ…生まれながらの宿命を果たす時が来たようじゃ…」

「…はい」

傷が言えた手首をじっと見つめるチャモロがうなずく。

「生まれながらの宿命…??」

「そうじゃ。この魔石が見つかった同じ時間、ゲントの村でチャモロは生まれた。そして、魔石から伝えられた神からの言葉は船の作り方だけでない。チャモロが将来、世界を覆う闇を貫く矢の1本となるということじゃ。これは儂と先代の秘密じゃった。じゃが、魔石が見つかって7年後にチャモロが長老となったばかりの儂の下を訪ね、自分を鍛えてほしい、これから自分に襲い掛かるであろう宿命に立ち向かえるだけの力を得たいと言ったんじゃ」

チャクラヴァはその時のチャモロの必死になっている姿を思い出す。

幼いものの、その時に見せた目はとても7歳のものとは思えなかった。

なぜ、ずっと秘密にしていて先代と2人きりの時以外は決して口外することのなかったことをチャモロが知っているのかと疑問を抱いたが、それはすぐに解決した。

チャモロもまた生まれた時に魔石にある言葉を聞いていて、生まれたばかりで言葉がわからなかったにもかかわらず、こうして覚えていたという。

しかし、長老の下で修業をするには次期長老でなければならない。

そのため、チャクラヴァはチャモロを次期長老としてずっと彼を鍛え続けてきた。

「なぜ、僕にこのような宿命が存在するのかはわかりません。しかし、その答えはきっと皆さんと一緒に戦うことで見出すことができると思います」

「ってことは、こいつも一緒に行くってのか!?今の話が正しいなら、齢はたったの15だろ!?」

びっくりしながらハッサンがチャモロを見る。

確かにこの村に来る前にチャモロの実力は見ている。

しかし、17歳であるレックとバーバラ(バーバラに関してはいつ生まれたのかと言う記憶もないため、あくまでも予想だが)よりも年下の子供を同行させることに不安を感じている。

しかもその旅がムドーを倒すためのものであるため、危険性はいつもとは段違いだ。

「ハッサン、おそらく私達だけではムドーを倒すことはできないわ。戦力は少しでも多い方が勝つ確率も増えるわ」

ハッサンの不安は無論ミレーユにも分っている。

しかし、ムドーはおそらく地底魔城で戦った時よりも強い可能性がある。

そしてあの時はレックが正体不明の呪文を放つことで何とかなったが、このような幸運とも言える出来事が再び起こるとは限らない。

更にいうと、これからの戦いが激しくなるとミレーユとレックだけでは回復行動が追い付かない。

僧侶としての修業を受けていて、回復呪文に長けているゲントの村人であるチャモロを迎え入れるのが賢明だ。

といっても、今の神の船はチャモロにしか操舵できないため、連れて行かざるを得ないが。

「チャモロ」

レックがチャモロの前へ行き、そっと右手を差し出す。

手を差し出しはしたものの、どのような言葉をかけるといいのか分からない。

だから、この一言だけ。

「…これから、よろしく」

「はい」

そう言うと、チャモロがレックと握手をする。

「これからよろしくね、チャモロ!」

「頼りにしているわ」

「こちらこそ、それでは一緒にデッキまで上がりましょう。船を動かします」

ペコリとバーバラとミレーユにお辞儀をしたチャモロは先に階段を上がる。

その姿を見たチャクラヴァの心にはある種の誇らしさと寂しさが存在する。

8年もの間を共に過ごしたチャモロを彼はいつの間にか孫のように見ていた。

(チャモロ…儂にできることはお前に課せられた宿命と比べるとほんの些細なことじゃ。どうか…無事に帰ってくるんじゃぞ)

レック達の後に続くように、チャクラヴァも階段を上がる。

彼の懐にはチャモロから昨晩預かった手紙がある。

これはチャモロが両親のために書いたものだ。

(手紙くらい、自分で渡しに行け…まったく)

 

チャクラヴァが船を降り、レック達はデッキの上につく。

そして、チャモロは舵を手に取った。

「それにしても、どうやって船を海へ?」

通常、船のドックは海岸沿いに作られるはずだ。

しかし、ゲントの村は山奥にあり、近くに船を浮かべることができるくらいの大きさの河川は当然ない。

南にあるゲルム湖であれば浮かべることができ、そこから南にあるチャダール川を下ることで一気に東レイドック海に出ることができる。

出た後はそのまま東へ1日移動することでムドーの島につく。

「御安心ください。船は封印を解くと同時に一気にゲルム湖まで行くことができます。我、ゲントの民にして古より神に仕える者なり」

チャモロは両手を天に掲げ、天井にいると思われるゲントの神に告げる。

「神よ、偉大なる神よ、今ここに授かりし神の封印を解き放ち、我に力を…。アーレサンドウ マーキャ。  ネーハイ キサント ベシテ。パラキレ ベニベニ パラキレ……」

言葉を終え、舵を手に取ると同時に船が青い光に包まれていく。

「船が…光る!?」

「おいおいおいおい、どうなってんだよこれ!!?」

光が徐々に消えていき、それと同時に揺れが発生し、船がゆっくりと下へ降りていく。

「船が下へ…!?」

「ゲントの村の地下にある地下水路があります。そこを通ることでゲルム湖に出ることができるのです」

「そっかー。でもでも、どーしてわざわざ山の中に船を隠してたの?」

「湖や海へは漁へ行く以外に基本的に村人は行くことがありません。村は山奥にあり、往復が大変ですからね。また、水中にも魔物が住んでいまして、その魔物が魔王の命令で船を破壊することもあり得るから出す。特に激しい嵐の中でも進むことができるこの神の船のような船は一番に狙われます」

「ということは、山の中で作って隠すことで一種のカモフラージュになる、というわけね?」

「そういうことですね」

チャモロが解説している間でも船は下へ降りていく。

下を見ると、このような場合に船を運ぶためにあるであろう台も背後に当然あると思われる鎖を用いた絡繰もない。

つまり、この船は浮遊している。

そのことにレック達が驚くよりも先に、地下水路が見えてくる。

「さあ…神の船の処女航海の始まりです」

チャモロの血と呪文により封印を解かれ、着水するまでの10分。

この時間は神の船にとってはドックという蛹を破り、夢見た海へと進むための、そしてレック達にとっては静寂の終わりを告げるものだった。




突っ込みどころ満載の内容で失礼しました。
それにしてもチャモロって度に同行する理由が不透明ですよね?
ですのでどのように明確な理由付けをしようかと悩みました。
神の船についてもある程度オーパーツのような感じにして、他の船との差別化を図りたいと思っています。


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第22話 ムドーの島その1

湖へ出た神の船に黄色い光の帆が発生する。

この光の帆はわずかな風であっても航行することを可能にする。

チャクラヴァの話によると古代に生み出されたものらしく、現在はロストテクノロジーとなっている。

湖から川を下り、海に到着するまでに4時間かかった。

「ここから東へ向かいます。皆さん、周囲の警戒をお願いします」

チャモロの指示に従うかのように、ミレーユは船の後ろ、レックは右側、ハッサンは左側の警戒をする。

「レック、バーバラはどうしたんだ?」

「海に出てから、気分が悪くなったって言って、船室で寝てる」

「気分が悪い?おかしいな…あいつ、前に船に乗った時は船酔いなんてなかったぜ?」

変だな、と言いながらハッサンは再び警戒を厳にする。

(…ターニア、みんな…)

短剣を抜き、その刀身をじっと見ながら故郷を思う。

結局、夢の大地のレイドックへ戻った際にライフコッドに立ち寄ることができなかったことを悔やんでいるのだ。

少し顔を見せるだけでも、ターニア達を安心させることができたかもしれないし、精霊の鎧のことのお礼を言うことができたかもしれない。

だが、今考えるべきはムドーとの決戦だ。

レックは乾燥したパンを口にし、咀嚼しながら海を見た。

 

「んん…ここは…??」

うっすらと目を開けるバーバラ。

そこは船室ではなく、真っ暗な空間で足元からは水のような冷たさが感じられる。

(バーバラ…バーバラ…)

「え…??」

自分を呼ぶ、聞いたことのない声に動揺しながら後ろに振り返る。

そこには真っ白な人型の光が立っている。

その形は自分そっくりだ。

「え…あたし…??」

(バーバラ、あなたはレック達と共にムドーと戦ってはなりません)

「戦っちゃいけない…?どういうこと!?あたしじゃ、足手まといになっちゃうってこと!?」

確かに地底魔城でのムドーとの戦いではあまり役に立つことができなかった。

しかし、ゲントの村へ向かう道中に自分なりに特訓をし、新しい呪文も使えるようになれるように契約もした。

それなのにどうしてと思いバーバラの背後へその白い光は瞬間移動する。

(あなたには…あなたにしかできない役割があります。それを成し遂げるためにも、この船に残ってください)

「あたしにしかできない役割?」

段々話し声が自分と同じようになっていくその光の正体を見ようと振り返る。

それと同時にその光はバーバラを飲み込んでいく。

何が何だかわからず、呆然とするバーバラ。

すると、自分の着用しているものが消えていく。

それと同時に自分の姿が黄金の鱗を持つ翼竜へ変わっていく。

「キャアアアアア!!!」

悲鳴を上げつつ、バーバラは起き上がる。

そこは先ほど眠っていた船室のベッドだった。

「服…着てる…」

自分の着ている服を手で触って確かめる。

触れた個所は汗でぬれていた。

コンコン…。

布団から出ると同時に扉をノックする音が聞こえる。

「ん…?誰?」

「バーバラ、俺だ。その…大丈夫?」

「レック。ムドーの島についたの?」

「ああ、ついさっき。みんなデッキで待ってるよ」

「分かった。先に行ってて」

「ああ…そんなに急がなくていいからな」

そう言い残すと同時に足音が聞こえる。

その足音が徐々に小さくなると、バーバラはタンスの中に入っているタオルをだし、首や顔、髪、そして服の中を拭きはじめる。

先程は手の汗に集中していたせいで分からなかったのか、今になって全身が汗でぬれているのがわかった。

(あの声…誰だったんだろう?なんだか、懐かしいなって思っちゃった…)

拭き終わると、タオルを洗濯物を入れる籠に入れ、船室から出た。

 

陸地ギリギリまで山が迫り、海岸沿いには難破した船の残骸が存在する。

上空は黒い雷雲に包まれており、今が昼なのか夜なのか全くわからない。

ムドーの島、ムドーがこの世界に現れたのと同時に生まれた島。

サンマリーノとレイドックの間に広がる巨大な海、アルテ洋の中央に位置し、まるで自らの島がこれからの世界の中心であることを示しているかのようだ。

「みんな、おはよー…」

レックが出てきてから3,4分経ってからバーバラがデッキに出てくる。

「遅せえぞ、バーバラ。にしても、暗えな…」

ハッサンは空を見上げ、何とか雲と雲の間を見つけようとする。

しかし、この雷雲があまりにも熱い雲であり、ミルフィーユのように何重にも重なっているためか見つけることができない。

「うわぁーーー、真っ暗!」

「2時間程度前からずっとこのような状態です。ゲントの神の御加護でこうして上陸の準備ができたのですが…」

チャモロは難破した船の残骸に対して念仏を唱える。

大型の船はおそらくムドーの島に攻撃を仕掛けた連合水軍の物だろう。

だが、民間の小型漁船や商船の姿もある。

なんらかが原因でここまで漂流したのだろう。

そして、その船に乗っていた人々は…。

「行きましょう…この船の主たちの無念を晴らすためにも」

「なあ、この船とファルシオンはどうすんだよ。このままここに放置って訳にもいかねえだろ?」

船内にある厩にはファルシオンと馬車がある。

しかし、ムドーの島は見た限りではぬかるみや急な坂が多く、馬が歩くにはきつい環境。

逆に馬車で移動する方が危険が大きいと判断せざるを得ない。

となると、ハッサンの言うとおりファルシオンは船で待機させるのが正解だ。

「ええ。誰か1人がここに残って船を守るのがいいけど…」

チャモロが新たに仲間となったため、シェーラを別にすると戦力は増えたと言ってもいい。

しかし、ムドーはそれでもレックのある謎の呪文が無ければ退けることすらできなかった強敵。

更にはここから先には地底魔城以上の規模の魔物が待っていると思われる。

「あの…あたしが、残って…いい?」

「バ、バーバラ…!?」

名乗り出たバーバラにレックが目を向ける。

こういう場合に待機命令を出したら頬を膨らませて抗議し、強引についていくような彼女であるため、レックが受ける驚きは大きい。

「おいおい、まさかここまで来てムドーにビビっちまったのか?」

「そ、そんなわけないもん!!そりゃあ、ムドーを倒して早くスカッとしたいっていうのはあるけど…けど、行けない…」

うまく理由を説明することができず、思い悩むバーバラ。

夢のお告げ、そしてその中で自分が黄金の竜になっていたなんてことを言っても、信じてもらえないと思ったからだろう。

だんまりとするバーバラにミレーユが助け舟を出す。

「構わないわよ、バーバラ。あなたに…神の船とファルシオンはお願いするわ」

そっと彼女の肩に手を置き、優しく語る。

ミレーユに目を向け、バーバラは静かに、そして申し訳なさそうにうなずく。

「じゃあ、行こうぜ。ムドーを倒して、この島から離れたいしよ」

ランタンに火を入れたハッサンが先頭に立ち、ミレーユ、チャモロ、レックの順番に船から出ていく。

「じゃあ、行くよ。船とファルシオンは頼むな」

「レック…その、ごめんね?あたし…」

ムドーと恐れるはずにレックに励ましの言葉を与えるつもりが、どうしても謝罪や言い訳じみた言葉しか頭に浮かばない。

普段はおしゃべりのはずの自分がなぜ急にこうなってしまったのかわからず、苦悩する。

そんなバーバラの頭をレックがそっと撫でる。

「レック…?」

「大丈夫、俺たちは負けない」

それだけ言うと、レックは少し先まで行っていたハッサン達に走って追いつく。

真っ暗なため、ランタンの火が船からでも見え、レック達の居場所を知ることができる。

しかし、すぐ近くにある洞窟に入るともう無事を祈ることしかできない。

やがてレック達が洞窟に入っていく。

「レックーーー!!みんなーーーー!!がんばれーーーーー!!!!」

洞窟に向け、バーバラは大声で叫んだ。

 

「ぐぅぅ…暑ちぃー…」

「暑い暑いと言っていると、更に暑くなりますよ?」

「そんなこと言ってもよー…ミレーユー、ヒャドで冷やしてくれよー…」

「こんな高温で湿度の低いここだとヒャドは使えないわ。我慢して」

洞窟の中にはマグマが流れており、そのせいか中の温度は外と比較すると急激に高くなっている。

おそらく、ムドーがこの島をつくる際に海底火山を強引に噴火させるなどをしてたのだろうと思われる。

「そういえば、チャモロは平気なのか?」

後方を警戒しながら、レックはチャモロに目を向ける。

汗でびしょ濡れになっているハッサン程ではないが、レックとミレーユも汗でぬれている。

しかし、チャモロに関しては確かに汗は出ているが全く暑そうな表情を見せていない。

「ええ、これも修行の賜物っといったものでしょう」

「マジかよ…ゲント族の僧侶ってすげぇな」

「ムドーを倒した後、よろしければみなさんも村で修行をしてみませんか?きっと、良い経験になると思いますよ」

「いや…別にいいぜ…」

水筒の水を飲みながら丁重に断る。

そうしていると、魔物の足音が聞こえてくる。

「来るわ…みんな備えて!!」

ミレーユの声に反応するかのように、レック達は武器を手にとり警戒する。

すると、岩の影や曲がり角、更に背後などから魔物が出てきて、レック達に襲い掛かる。

数多くの宝石が詰まった袋に命の石が入ることで生まれた踊る宝石のギラやルカナン、メダパニ、そして魔封呪文マホトーンがレック達の連戦による消耗を避けようとする動きをあざ笑うかのように襲い掛かる。

その呪文に援護をするかのように、かつてレック達が戦ったブラディーポと同じ姿だが、体の色が赤く染まっているレッサーデーモンが体から放つ不気味な紫色の光によってレック達の呪文に対する耐性を弱め、ルカナンで守備力を弱めていく。

また、魔力を得たことで肉体が紫色に変色したねずこうもり、バットマジックがラリホーやベホイミによって傷ついた魔物たちの傷を癒す。

また、溶岩の中やエビルポッドが生み出すヒートギズモや腐った死体、ストーンビースト、ダークホビットといった以前に戦った経験のある魔物たちもこれでもかというくらいあふれ出てくる。

「さすがは…魔王の拠点!相手の防御はかなり分厚いみたいですね…!」

今のミレーユのヒャドでは威力は発揮できない。

バーバラのメラやギラであればこれまで通り使え、特にメラはこの環境であればメラミと同じ程度の力を発揮できるかもしれないが、ヒートギズモのせいでそれを吸収され、更に強大化してしまう可能性がある。

「これからムドーの下までどの程度かかるかわからない今、呪文をできれば使いたくありませんが…仕方ありませんね!」

チャモロは印を切り、力を込めてバギを放つ。

竜巻は火の息やギラと熱を吸収し、熱を得て、本来は大したダメージを与えることのできないエビルポッドの鋼鉄を溶かし、切断していく。

竜巻が収まると、ヒートギズモやバットマジック、ダークホビットが消滅し、傷ついた踊る宝石やレッサーデーモン、ストーンビーストなどが残る。

「すげぇ威力のバギだな!となったら、マホトーンをかけられる前に!!」

ハッサンは即座に踊る宝石を拳で攻撃する。

拳は確かに袋の中にある命の石を砕き、踊る宝石を元の宝石袋に戻す。

「ハァァ!」

レッサーデーモンの鋭い尾が槍のようにレックを貫こうとするが、楯でその攻撃をそらし、そのまま回転して右手の剣で尾を切断する。

尾を斬られたレッサーデーモンは苦悶の表情を見せながらのた打ち回り、そのままマグマの中へ消えてしまった。

一方、攻撃呪文が使える状況ではないミレーユは鞭で空中にいる残ったバットマジックの羽を負傷させて地面に落とす。

そして、比較的質量の小さいエビルポッドを鞭で強引にマグマの中へ落とす。

「みなさん、さすがですね…!」

「あったりまえだぜ!伊達に旅をしてきたわけじゃ…」

「ハッサン!!」

チャモロを見て、正面を油断したハッサンをストーンビーストのベギラマが襲う。

「うわぁ!!しくじ…ったぜ…!」

ベギラマが直撃し、体のいたるところに火傷を負ったハッサンが片膝をつく。

「よくも!!」

幸いチャモロのバギのおかげで傷を負ったそのストーンビーストの命の石は露出している。

レックは盾で命の石をたたき壊し、ストーンビーストをただの石像に戻した。

「ハッサン、待ってて。すぐに手当てを!!」

ミレーユが回復呪文を唱えようとするが、チャモロが左手を彼女の前に出して静止させる。

そして、右手に握っているゲントの杖を天に掲げる。

すると、杖についている鏡から光が放たれ、ハッサンをやさしく照らす。

「すごい…!!」

光によって、ハッサンの火傷が徐々に消えていくのを見たミレーユは驚きを隠せずにいる。

ゲントの杖の光はミレーユのベホイミの勝るとも劣らない回復力を持っていた。

「これはゲントの僧侶たちに配られる杖です。ただ、この杖を作るためには樹齢1000年以上の木が必要となりますし、鏡を作るための素材が貴重であるため、鉄の杖程多く作ることができませんが…」

説明している間に火傷が癒えたハッサンは立ち上がる。

「良かった、ハッサン…」

最期の1対である腐った死体を切り捨てたレックはハッサンに駆け寄る。

「おう!心配かけて、悪かったな。それじゃぁ…」

「…待って、ハッサン。何か物音が聞こえるわ…」

「ん?物音??」

カシャリ、カシャリ、カシャリ…。

今まで聞いたことのない奇妙な音が何度も鳴り、更にこちらに近づいてきている。

「一体、何が来ると…?」

 

「ふふふ…夢の世界の我は倒れたか…」

島の中央に位置する、茶色と赤のレンガで作られたいくつもある建物によって構成された城の中。

その中央にある一番高い塔の最上階の中にムドーがいる。

夢の世界のムドーと異なる点はマントの色が黒く染まっている程度。

部屋の形を含めて、それ以外の点は変化がない。

ワインを口にしつつ、水晶が見せるレック達の緊張した表情を見る。

「将来、我らの新たな兵器となるであろうキラーマシンの先行生産機…アーリーキラーマシン。実戦データを得るいい機会だ」

 

カシャリカシャリカシャリ!!

「おいおいおい、なんだよこのモンスターは!!」

レック達の前に現れた2体のモンスター。

青い金属製の装甲と赤いモノアイ、そして皿と細いパイプでできたような4本の足。

1体目の右手には市販されている鋼の剣の倍の長さとなっている太刀が装備され、左手には先端に槍が内臓され、4枚の刃が十字に配置されたメイスが握られている。

2体目の場合は、右腕にボウガンが装着され、左手は火炎放射器となっている。

「機械の…モンスター!?」

驚くレックにあいさつするかのように、2体目のアーリーキラーマシンが火炎放射を放った。



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第23話 ムドーの島その2

火炎放射がレック達に襲い掛かる。

この熱気に満ちた空間ではヒャドでその炎に対抗することはできない。

レック達は2体目のアーリーキラーマシンから離れる。

「なんだよコイツ!?あんな機械、見たことねえぞ!?」

「火山の中でも行動できるということは…耐熱性は相当なものみたいね」

「レック、後ろです!!」

チャモロの言葉ではっとしたレックが急いで振り返り、盾を構える。

すると、1体目のアーリーキラーマシンのメイスが盾に命中する。

「う…ぐぅ!!」

受け止めたにもかかわらず、左腕に骨折と思える激しい痛みが襲い掛かる。

元々メイスは戦士のような鎧で身を固めた敵に対抗するため、打撃武器として生まれたものだ。

鎧ごと相手を撲殺するというコンセプトであり、レックのように盾で受け止めた場合に腕に襲うダメージは大きい。

「レック!!」

痛みで身動きを止めたレックの首をアーリーキラーマシンが太刀で切り裂こうとする。

その前にチャモロが放ったバギによってレックは吹き飛ばされたことで難を逃れた。

しかし、バギの影響で体の各所の切り傷ができている。

「喰らいやがれ!!」

レックに気を取られていた1体目の背後に来たハッサンが拳で走行を貫こうとする。

しかし、強靭な装甲のアーリーキラーマシンに生半可な拳は通用しない。

拳が接触するのと同時にハッサンの指の骨のひびが入ってしまう。

「くっそぉ!!」

「ハッサン、離れて!!」

今度は左拳で攻撃しようと試みるのと同時に、2体目がハッサン目掛けて矢を放つ。

「く…うううう!!」

ハッサンの傍まで走ってきたレックが盾で矢を弾く。

骨折の影響か、左手の指を動かすことはできないものの肩は動くため、盾で矢を弾くことくらいはできる。

ただし、メイスの一撃によって盾にひびが入っており、これ以上防御できない可能性が高い。

「ミレーユ!僕が気を引きます!!」

「チャモロ、無茶よ!?」

ミレーユの制止を無視し、チャモロはバギをアーリーキラーマシンに向けて放つ。

バギは確かに命中しているが、アーリーキラーマシンの装甲を切り裂くことができない。

しかし、2体の目をチャモロに向けることだけはできる。

「こっちです!!」

ゲントの杖をミレーユに投げ渡し、自身は少しずつ後退していく。

獲物がチャモロと定めた2体はレック達に目を向けることなく追跡を開始した。

弱い相手から狙うという戦いの定石に基づいた行動なのか、それとも今のままのレック達ならば簡単に倒せるという慢心からなのかは定かではない。

「チャモロ…」

チャモロが消えて言った方向に目を向けるミレーユだが、このままのレックとハッサンを放置するわけにはいかない。

特にレックの骨折した左腕は早く直さなければベホイミでも治療できなくなる。

チャモロが置いていったゲントの杖を左手で持って、それをハッサンの手にかざし、右手ではベホイミを唱えてレックの腕に向けて放つ。

「う、うう…!」

「動いてはだめよ。骨折となると、ベホマでないとすぐに回復できないのよ」

深い傷であっても数秒で治すことのできるベホイミでも、レックの骨の修復がゆっくりとしか進まない。

片手だけで放っているものの、左手のゲントの杖は自身の魔力を使っていないため、全力で放っている点については変化はない。

なお、ハッサンの指の治療は6秒程度で終えることができた。

「すまねえ、ミレーユ!」

指を動かして、異常がなくなったのを確認したハッサンは立ち上がり、チャモロを追いかけようとする。

「待って!ハッサンの拳でも壊せない程の硬さの魔物よ。どうやって戦うつもりなの!?」

「壊せるさ…地底魔城でのアレをもう1度やることができりゃあ…」

「あれ…?」

「思い出してくれよ、ストーンビーストを一撃でぶっ壊したときのことを。その時はなぜかストーンビーストに光る部分が見えて、それに拳を全力で叩き込んだら、ああなっちまったんだ」

「光る部分…??」

確かにその時、一撃で倒したということは分かるものの、その光る部分については首をかしげる。

乱戦だったためか、彼女はその光を見たことがない。

レックかバーバラが見たなら、すぐに伝わるはずだ。

「あれをもう1度やりゃあ…あの魔物を倒せる!!」

ハッサンはチャモロとアーリーキラーマシンが行った方向に向けて走って行く。

「ハッサン…」

彼女もすぐに追いかけたいが、レックの治療を中断するわけにはいかなかった。

左手に持っているゲントの杖をレックに向け、疑似的にベホイミの重ね掛けを行う。

これで少しは治療のスピードが速まるだろう。

(ハッサン…チャモロ…!!)

 

「ハア、ハア、ハア…」

傷と火傷を抱えながら走るチャモロが石でできた階段を上る。

メガネの左目部分には縦のヒビが入っており、左腕には矢をかすめたことでできたと思われる切傷ができている。

「ここは…!?」

階段を上り終えたチャモロの目に飛び込んだのは溶岩あふれた下の洞窟とは明らかに対照的な冷たい青色の石と水に満ちた洞窟だった。

周囲を確認しても、アーリーキラーマシンの姿はない。

(まずは…少なくともこの傷を…!)

左腕のできた切傷は深く、放置していると破傷風にかかってしまう。

幸いこの洞窟に流れている水はゲントの村付近にある小川以上に澄んでいる。

チャモロは水で傷を洗ってからベホイミをかけた。

ホイミのような傷を癒す呪文では病気を治すことができず、更には傷口から砂やゴミといった異物を除去できないためだ。

そのため、戦闘中はやむを得ないとしても、適切な治療を行う際はこうして消毒や除菌を行ってからこうして回復呪文をかける。

解毒呪文であるケアリーを使うための魔力を節約するという点でも良い。

「よし…」

アーリーキラーマシンの姿が見えないということはもしかするとまくことができたのかもしれない。

そうなった以上はレック達と合流するのが賢明だ。

立ち上がろうとした瞬間…。

ウィーン、ウィーン…。

「な…!?」

機械が動く音が聞こえる。

洞窟の中であるためか、音が反響していて、それだけでいる方向を知ることができない。

「どこに!!?」

キョロキョロと周囲を見渡す。

近くにある岩は小さく、あの魔物が隠れるには不十分であることからそれだけでも見えると思っていた。

しかし、魔物の姿はない。

「ま、まさか…!!」

ゆっくりと上を見上げる。

そこには吸盤のように四本の足を天井に付着させて態勢を保っている2体のアーリーキラーマシンがいた。

そして、既に矢の発射準備を整えている。

(やられる…!!)

動くよりも前に矢が放たれる。

バギであれば軌道を変えることができるが、あまりに急な事態であり、唱える暇がない。

また、ゲントの杖をミレーユのために置いてきたことが仇となり、それで身を守ることもできない。

これまでか…とあきらめかけたが…。

「チャモロ!!」

走ってきたハッサンがチャモロの服を掴み、そのまま自分の傍まで引っ張る。

その結果、矢はチャモロに当たることなく床となっている石に当たった。

「ハッサン!!」

「オトリなんて無茶なことしやがって…本当にレックとバーバラよりも年下かよ、お前はよぉ…」

居場所がばれたい以上、ここからの奇襲は不可能と判断したアーリーキラーマシンはそこから飛び降り、ハッサンとチャモロを見る。

そして、1機目が前に出てその後ろに2機目がいるという形に変化する。

(くっそう…近距離に特化した奴と遠距離に特化した奴での連携かよ!!)

魔物は知能の低い種類の場合は一部を除き、このように連携を取るという行いがたとえ同じ種類の間もの同士であってもできない。

だが、知能の高い魔物の場合はたとえ別の種類の魔物であったとしても、連携を取ることが可能。

ただ、そのような魔物はめったに存在しないのが現実だ。

1機目が太刀を振り上げて前進し、2機目が矢を放ちながら援護を始める。

「矢の軌道を変えます!!」

チャモロはバギを放って矢の軌道を変えていく。

何本も放たれるが、結果は同じで、一部の矢についてはバラバラになっている。

バギは1機目を巻き込んでいるものの、ひるまずに進み、ハッサンを切ろうとする。

(くそ…!!ここで避けたら!!)

ハッサンの思考が背後にいるチャモロに向けられる。

ここで避けたら、チャモロが斬られる。

ハッサンの前に出た1機目の太刀が振り下ろされる。

「ウオラァ!!!」

額に当たるギリギリのところで白刃どりをする。

「チャモロ!!急いで離れ…!!?」

この時、ハッサンはとても重要なことを忘れていた。

1機目の左手に握られているメイスがハッサンの横腹に当たる。

「ゴハァ!!」

「ハッサン!!」

吹き飛ばされ、岩壁にめり込んだハッサンの口から血が流れる。

何本もろっ骨やあばら骨が砕けていて、激痛が彼を襲う。

骨が内臓に刺さっていないだけでも奇跡だ。

「急いで回復…を…!?」

急いで駆け寄ろうとするが、急に足の力が抜けてしまい、その場で倒れてしまう。

「な、なん…で…??」

腕はわずかに動くものの、足はまるで動かない。

おとりとして走り回っている間にたまっていた疲れに気付いておらず、それが急に彼に襲い掛かったのだ。

わずか10数メートル向こうにいるハッサンに手を伸ばすが、当然ベホイミをかけることはできない。

1機目がチャモロの前に立ち、左手のメイスの先を額に当てる。

「あ…ああ…」

メイスに内蔵されているパイルバンカーが射出されるとどうなるか…。

その後の光景が脳裏に浮かんだハッサンはゆっくりと立ち上がる。

「チャモロ…やめろぉ…!!」

激痛で力がわかない。

全力で拳を叩き込んでも装甲を貫けなかった。

今の拳で攻撃しても結果は同じだ。

「うおおおおおおおお!!!!」

無力感からか、大声を出してしまう。

すると、急に頭の中がキーンと冷える感覚を覚えた。

「ああ…!!」

ハッサンの目にあの時の光が見える。

カメラの真下、そしてメイスの持ち手部分、太刀の刃の中央、クロスボウのついているマニピュレーターの左関節部分に火炎放射器の真上部分。

これが今光っている箇所だ。

「うおおおおお!!」

内臓がつぶれることもいとわず、ハッサンは走る。

そして、パイルバンカーが射出される少し前にカメラの真下に拳を叩き込んだ。

拳はまるで紙のように装甲を貫き、1機目は動きを止めた。

「ハ、ハッサン…??」

「や、やったぜ…もう1度、マグレだけどできたぜ…ぐぅ!!」

やはり一撃が限界だったのか、その場に倒れ込む。

2機目がハッサンとチャモロに向けて何本も矢を放つ。

肩や足、腕やわき腹などを矢が掠めていく。

「や、野郎!!なぶり殺しにする気かよ…!?」

体に受けた多大なダメージによって、もうハッサンは先ほどのように攻撃することはできない。

だが、彼はチャモロを背にし、立つ。

「だ、駄目です…ハッサン!!そんなことをしたら…」

「チャモロ…。今のうちに回復、しとけよ…。きっとレック達が来てくれる。それまでは…俺が盾になってやる!!」

矢を撃ち尽くしたアーリーキラーマシンは今度は火炎放射器でハッサンを焼き始める。

肉の焦げるにおいと熱さに苦しみながらも、彼は立ち続けた。

「ハッサン!!」

「こんなんで負けるかよぉぉぉ!!」

「ヒャド!!」

急にアーリーキラーマシンの足元に氷の塊ができ、その魔物のみ動きを封じ込める。

「ヒャド…ってことは…」

「ハッサン!!」

回復したレックがアーリーキラーマシンに向かって走って突っ込んでいく。

低温の洞窟であり、冷たい水の多いこの場所で威力を増したヒャドを放ったとしても、アーリーキラーマシンに大したダメージを与えることはできないが、足の動きを止めることだけはできる。

(この盾はもう使えない…けど!!)

メイスの一撃で大きなひびが入った鉄の盾を投げつける。

盾はアーリーキラーマシンのカメラに接触し、一時的にその魔物の視界を封じる。

同時に盾は粉々に砕け散った。

それでも、その魔物は盾が飛んできた方向に向けて火炎放射器を攻撃する。

そのことを見越したレックは高く跳躍してかわす。

そして、装甲の隙間、カメラが露出している穴に向けて剣を突き刺した。

刃によって内部の回路が破壊され、アーリーキラーマシンは機能を停止させた。

「や、やったぜ…」

アーリーキラーマシンが倒されたことに安堵したハッサンは静かに意識を手放していった。

「ハッサン、しっかりしてください!!」

「チャモロ、急いでハッサンにゲントの杖の光を当てて!!」

「ここから少し奥に休むことのできる場所がある!そこまで俺が運ぶ!!」

3人のあわただしい声を聞きながら…。



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第24話 ムドーの島その3

「う、ううう…」

目を覚ましたハッサンを満天の星が輝く夜空が見守る。

左腕に感じる熱から、たき火があることを知る。

たき火をまたいで正面にはミレーユが眠っていて、その右隣にいるチャモロが火の番をしている。

「チャモロ…?」

「ハッサン、良かった…目を覚ましたんですね。あれから5時間眠っていたんです」

「ってことは…お前らが…」

「はい。内臓へのダメージが心配でしたが、なんとか回復することができてよかったです」

「ああ。だからミレーユは…」

魔力の使い過ぎによる疲労が原因だと知り、内心申し訳なく、そしてありがたく感じる。

起き上がり、チャモロが作った山菜スープを口にしながら周囲を見渡す。

「そういやぁ、レックはどこに行ったんだよ?」

「彼は偵察とムドーの城へ行ける道探しで離れています。この場所はレックとミレーユが見つけてくれたんです。魔物は近くにいませんし、休むにはうってつけです」

「そうか…にしても…」

空になった木の器を置き、もう1度見渡す。

満天の星空に焚火、自分たちを包み込むように生い茂る木々。

チャモロがいることを除くと、なぜかここに自分は1度来たことがあると感じてしまう。

そんな感覚を不思議に思っていると、レックが戻ってくる。

「ただいま。魔物はいなかったよ。それから…」

魔物について報告するも、その後のことについては口をつぐむ。

いい知らせと悪い知らせが両方ある場合、いい知らせから言うのがレックの癖。

彼が黙ったことから、ムドーの城へ行くための道がないということが分かった。

「どうやって行きゃあいいんだよ…」

「大丈夫…ムドーの城へ行けるわ…」

いつの間にか目を覚ましたミレーユが鞄からかつて手にしたオカリナを出す。

「こいつは…?」

「古くから伝わるオカリナで、これを吹くことで黄金のドラゴンを召喚できるわ。そして…そのドラゴンの背に乗ることでムドーの城へ行くことができる」

「ドラゴンに乗るだって!!?」

何を言っているんだと言いたげなハッサン。

ミレーユは出発のため、荷物をまとめ始める。

「ミレーユ、大丈夫なのか?」

「ええ…もう十分休んだわ。行きましょう…」

「分かりました。できれば、次の太陽を見る時までにはムドーを倒しておきたいですね」

チャモロがたき火の火をランタンに移す。

たき火を消すと、星と月、そしてランタンの火の光が4人を包む。

「…行こう。ミレーユ、お願い」

「ええ…」

目を閉じ、深呼吸をした後でミレーユはオカリナを吹き始めた。

 

「レック…ハッサン…ミレーユ…チャモロ…」

同時刻、船のデッキから島を見ているバーバラは帰ってこない4人を心配していた。

1人っきりでさびしい時間が過ぎていく。

そんな中、なぜかオカリナの音色が脳裏に響き始める。

「え…??」

脳裏に響くと同時にバーバラの体が金色の光に包まれていく。

そして、光が消えると同時にバーバラも消えてしまった。

 

ゴオオオ!!

「うわああ!!」

急に起こった強風によって、吹き飛ばされそうになったチャモロをハッサンがつかむ。

「この風は…!?」

両腕を盾にして強風を受けるレックがミレーユに質問する。

オカリナをしまったミレーユは表情1つ変えず、ただ前を見つめながら答える。

「…来るわ」

小さな子の声をかき消すかのように、翼を動かす大きな音が響く。

上を見ると、そこには金色の鱗のドラゴンがいて、ゆっくりと降りてきていた。

(レック…!!)

「え…??」

なぜか彼の脳裏にとても聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

「さあ、乗るわよ。このドラゴンに乗って、ムドーの城へ行く!」

「ドラゴンに乗るのかよ…まぁ、クライマックスを前にするにはいいサプライズだ!」

ミレーユとハッサンが背に乗り、背の低いチャモロはハッサンの手を借りることで乗ることができた。

「おい、レック!!何やってんだよ!?早く乗れよ!!」

「…あ、うん!今行く!!」

なぜ少女の声が聞こえたのかと思ったレックだが、今やるべきことはムドーを倒すことであり、またあとで考えようと考え、一番後ろに乗る。

4人を乗せたドラゴンは星の光を頼りに飛び立ち、猛スピードで突き進んでいく。

(この感じは…)

ふと、レックの脳裏になぜか懐かしく感じる光景が浮かぶ。

ハッサンとミレーユとともに、このドラゴンに乗って、ムドーの城へ向かう光景だ。

そして、ミレーユは過去に自分たち3人はムドーと戦い、敗れていることを教えてくれた。

だが、幸運にも再び巡り合うことができ、こうして再びムドーにリベンジすることができる。

(きっと、それだけでも幸運なんだろうな…俺たちは)

本来であれば、あの場で殺されても不思議じゃない。

だが、なぜムドーはあえて自分たちを生かすような真似をしたのか?

こうしてリベンジを仕掛けてくる可能性がわずかにでもあるというのに。

「見えてきたわ…」

「あれが…ムドーの城…」

初めてムドーの城を目にするチャモロは肌に感じたプレッシャーに唾をのむ。

ほかの3人もプレッシャーを感じるものの、ただじっとその城を見つめる。

レックが夢の中で見たあのレンガ造りの城を…。

 

ドラゴンのブレスによって破壊された壁から侵入すると、ドラゴンは空へ飛んで行った。

そして、入れ替わるようにレックたちを魔物が襲い掛かる。

沈黙の羊の体内に魔力が宿り、バーバラが使用するラリホーよりも深い眠りを与える上級催眠呪文ラリホーマを操るようになり、それによって体毛が茶色と赤に変わったラリホーン。

青いピエロのような服を着て、釵(さい)という読者の世界でいうと現在の沖縄である琉球の古武術で扱う武器の2刀流を扱う一つ目の人型魔物であるカメレオンマン。

左半分が赤、右半分が黒で2本の金色の角がついた鎧であり、左手に鬼、右手に髑髏が刻まれた鋼の盾を持つデビルアーマー。

クラゲのような体格に変化し、それと同時に魔力が宿ってホイミを使えるようになったスライムであるホイミスライム。

カリウムが宿ったピンク色の高温の炎でできたフレイムマンと同じ体格の魔物であるバーニングブレス。

また、妖術師やストーンビースト、抜け殻兵、奴隷兵士などがいる。

「さっそく大軍かよ!?」

「気を付けて!」

少しでもダメージを軽減するため、ミレーユは全員にスカラをかける。

それに対抗するためか、妖術師たちがデビルアーマーやカメレオンマンにバイキルトを唱える。

肉体を一時的に強化する肉体強化呪文だ。

唱え終えると同時にメラミを唱え始める。

「メラミを唱えられる前にどうにかしないと!!」

「俺に任せろ!!レック!!」

「うん!」

剣でデビルアーマーの左手首を切り裂く。

(局所攻撃のやり方が…だんだんわかってきた気がする!)

手とともに落ちた斧を拾ったハッサンがメラミを放とうとする妖術師に向けて投擲する。

斧は妖術師の心臓を貫き、その背後にいるカメレオンマンの頭部に命中した。

「よっしゃあ!!」

「負けていられませんね…バギ!!」

真空の刃でバーニングブレスを切り裂く。

魔力で生み出したその刃は通常の刃とは違い、その魔物に致命的なダメージを与えていく。

「それにしても、先へ進む道は…!?」

レックは魔物と戦いながら、周囲を見渡す。

前と左と右に広い廊下が続いている。

夢で見たムドーの城の構造が正しいとしたら…。

「みんな、左へ行こう!」

「左ですか!?」

「わかったわ」

「おいおい、なんでわかるんだよ!?」

左にはラリホーンたちがいる。

下手に接近して、ラリホーマを受けるとリンチされるのは確実だ。

「大丈夫です!!マホトーン!!」

チャモロが前に掲げた両掌から透明な波紋が発生し、それがラリホーン達の魔力に干渉を与える。

20体いるラリホーンのうち、15体の魔力を封じ込めることができたものの、残り5体への干渉は失敗した。

「これでいい!!行くぞ!」

魔力を封じたラリホーン達のいる左の廊下に向けてレック達が突撃する。

ラリホーマは封じ込めたものの、沈黙の羊と同じタイプの魔物であるためか、かなりの怪力を持っている。

しかし、スカラによってあらかじめ守備力が上がっているレック達には傷1つ与えることができない。

「ハッサン、病み上がりなんだ。無理は…」

「問題ないぜレック!どりゃああ!!」

全快であることを証明するためか、ハッサンは両手でラリホーンをつかみあげる。

自分よりも倍近い大きさであるはずのラリホーンはなぜ持ち上げられたのか分からず、動揺する。

ハッサンはそのままラリホーンをほかの魔物に向けて投げつけた。

逃げ遅れた妖術師や奴隷兵士はそのまま下敷きとなり、絶命する。

「今のうちです!!」

ほかの魔物が動揺している間に、レック達は走り始めた。

迷宮のような空間であるにもかかわらず、迷うことなく行くべき道をチャモロを除く3人は理解している。

まるで、一度来たことがあるかのように…。

だが、一つだけ違うものがあった。

「あれは…??」

それはムドーのいる王の間へと続く階段の前だった。

そこには魔物がおらず、あるのは石像が1つだけだ。

「この石像…ハッサンそっくりだ…」

「けれども、何かにおびえている感じですね…」

歯並びや髪、目や肌のわずかな汚れまでも不気味なくらい忠実に再現された石像に意味の分からない嫌悪を抱く。

また、チャモロのいう通り石像のハッサンはおびえた表情を見せている。

「こんな…こんなビビった姿が俺なのかよ!?ふざけんなよ、ムドーーー!!」

「ハッサン!!」

石像を砕こうとするハッサンの右拳にミレーユの少し冷たい手が触れる。

「邪魔すんじゃねえよミレーユ!!こんな石像…!!」

「わかっているんでしょう、ハッサン。この石像の意味を…。なんで、そんなに動揺しているの?」

動揺という言葉を受け、ハッサンは自分の手を見る。

手は汗でびっしょりと濡れていて、さらに震えている。

「この石像はきっと…ムドーに敗れた時のあなた自身なのよ。あまりの恐怖がトラウマになって、ずっとそこで時間が止まっている…」

手の震えを必死になって抑えながら、ハッサンはミレーユの話を聞く。

「この石像は…ムドーに敗れた時にハッサンは待っているのよ。もう1度、強くなれる時を。自分の止まってしまった時計を動かす時を…ずっと…」

「…」

なぜそんなことが分かるのかと言おうかと一瞬だけ思ってしまったが、なぜか心はそのことが真実なのだとハッサン自身に教えている。

この動揺も、もしかしたら本能でそのことが分かってしまったからこそのものだろうか。

ハッサンは石像の前に立ち、その右肩に手を置く。

「…本当の俺、何があったのかを教えてくれ」

そう漏らしたのと同時に、石像が光り始めた。

 

「ここは…!?」

光に包まれたハッサンの目に飛び込んできたのはサンマリーノの街の北端に位置する小さなレンガ造りの家の中の光景。

そこには船に乗る前に出会った大工の夫婦がいる。

そして、黙々と大工仕事をする父親を興味津々に見つめる自分と同じ髪型で、6歳くらいの少年がいた。

見られたことに気付いたのか、男はカナヅチをおろし、ハッサンを見つめる。

「見るんだったら、そばに来て見ろ」

低い、少し威圧感がある声であったが、男の表情は優しげだった。

そんな彼のそばに言った少年はとてもうれしそうだった。

「いいか、ハッサン。カナヅチはこうやってまっすぐ打つんだ。少しでも横になったり斜めになったりしてもいけねえ。ただまっすぐだ。そのためには雑念を取り除かないといけねえ。それが手を鈍らせるからな」

「雑念…?」

「ああ…まだ今のお前には難しいか」

バツの悪そうな表情を見せ、どう教えればいいか男は悩み始めてしまった。

(そうだ…俺は、サンマリーノの大工、マーヴィンの息子…)

幼少のころの記憶がよみがえっていく。

ハッサンは幼少のころ、ずっとマーヴィンのことを尊敬し、あこがれていた。

そして、いつしか彼のような大工になりたいと思っていた。

そんな中、ハッサンにある転機が訪れる。

10歳のころに貴族からの仕事を終えたマーヴィンと一緒にサンマリーノへ戻るためにレイドック港へ行っていたときのことだ。

そのときのハッサンは少しでもマーヴィンに大工の仕事を教えてもらいたいと思い、駄々をこねて彼の仕事についてきていた。

そこで3頭の沈黙の羊に襲われた。

「ハッサン!!」

恐怖で足がすくみ、身動きが取れなかったハッサンをマーヴィンがかばった。

沈黙の羊の拳はマーヴィンを近くの岩まで吹き飛ばしていた。

自分の尊敬する父親が傷ついた光景は幼いハッサンに大きなショックを与えた。

気を失ったマーヴィンに興味をなくした沈黙の羊はハッサンに目を向ける。

(そうだ、この時に…)

沈黙の羊が自分を殺そうとしたとき、緑色の武闘着を着た、スキンヘッドの武闘家が自分とマーヴィンを助けてくれた。

3匹の沈黙の羊の剛腕をまるですでに予知していたかのように回避し、的確に弱点に向けて拳を叩き込んでいく。

気が付くと、3体とも多大なダメージによって倒れ、消滅してしまった。

そのあと、港にいる医師の元へマーヴィンを連れていった。

ハッサンはあの武闘家に一言お礼が言いたいと思ったものの、その頃にはもうすでにその武闘家の姿はどこにもなかった。

(ああ、そうだ…。あの時、俺は誓ったんだ。武闘家になりてえって…親父とおふくろを守れるくらい強くなりてえって…)

そして、医師による治療によってマーヴィンは一命をとりとめたものの、右足に若干の障害が残ってしまった。

それからのハッサンは仕事を見る傍ら、両親に隠れて武闘家としての修行を始めた。

もらった小遣いを使って武闘家の修行のやり方が書かれた本を買い、それを読みながら体を動かし続けた。

そして、17歳のころにまだまだ目標としている強さに達していないと悟ったハッサンは両親に武闘家になるための修行の旅に出たいと言った。

しかし、反対されてしまい、マーヴィンには殴られた。

当時はムドーのせいか魔物の凶暴化が激しくなっており、そのせいかレイドックからの仕事も減っていた。

こんな危険な情勢で、大事な息子を旅に出すわけにはいかないという思いがあったのだろう。

しかし、自分の夢が否定されたと感じたハッサンはその二日後、家出をした。

それから旅をしながら修行をし、20歳のころに何を考えたのか、あのレイドックに来ていた。

そのときはムドー討伐のための傭兵が募集されており、そこにはミレーユも参加していた。

試験に合格した後で修行をする中、レックとも出会った。

時勢について詳しくないハッサンはレックやミレーユの素性について知らなかったし、別に知ろうとも思わなかった。

だから何度も2人と模擬戦をし、飯を食べたりしていた。

そして、あることがきっかけで3人一緒に城を抜け出し、ムドーの城へ向かった。

 

「今のは…俺の記憶??」

光が消えると、ハッサンは先ほどまで見た光景に驚きを隠せずにいた。

石像はわずかに笑みを浮かべた後で、砂となって消滅した。

「ハッサン…今のが…」

「お、お前も見えたのかよ、レック!?」

「私も見えたわ、ハッサン」

「ぼ、僕もです!!」

あまりにも不思議な体験だったことで、レック達もかなり動揺している。

深呼吸して、心を落ち着かせたハッサンは口を開く。

「結局、俺は否定したかっただけかもしれねえな。強くなりてえっていうよりも弱い俺を否定したかったとかな…。ムドーに敗れて、精神だけ夢の世界へ飛ばされてからは旅の武闘家…ははっ、笑っちまう」

「けど、強くなりたいという思いも嘘じゃなかった…でしょう?」

「…ああ。ま、夢の世界でも修行はしたが、今も親父やあの武闘家、ムドーに届くかどうかはわからねえけどな」

もう1度深く深呼吸をしたハッサンはレック達を見る。

「なるほどな…レックは心臓部、ミレーユはこめかみ、チャモロは目と目の間…」

「ん?どうかしたのか、ハッサン??」

「ああ…。思い出したんだよ。地底魔城で見たあの技の使い方がな。精神が飛ばされたショックで忘れちまってた。でも、この光が何を意味するのかは分からねえけど」

2秒すると、ハッサンの目に見えていた光が消えた。

深呼吸し、集中力を高めることで見ることができるが、光が見えるまでの域に達するにはかなりの体力が必要のためか、今のハッサンでは2秒で途切れてしまうようだ。

「レック!世界のどこかに、今度は本当のお前がいるはずだ!ムドーを倒したら、一緒に探そうぜ」

石像があった砂の山の中に手を突っ込み、そこから3本の爪がついた2つの手甲を出す。

手甲の部分はオレンジ色の金属でできており、爪の部分は赤い金属で構成され、さらにその1本1本には細かく魔法陣が刻まれている。

「その爪は…?」

「炎の爪だ。家出するとき、なんでか知らねえが荷物の中に入っていた。もしかしたら、おやじとおふくろがくれたのかもしれねえな…」

アームガードをはずし、炎の爪を装備する。

少し筋肉がついて、腕回りが太くなったせいか少しだけきつく感じたが、今のハッサンにはなぜかそれがうれしく感じられた。




あけましておめでとうございます!
今回はゲームでなんでハッサンが武闘家になりたいと思っていたのかを勝手に解釈してみました。
賛否両論あるかもしれませんが…。
次回かその次の回にはムドーの島での戦いを終わらせたいです。


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第25話 ムドーの島その4

「来るか…」

玉座に座ったままのムドーはグラスではなく、ボトルを手に取ってワインを飲み干す。

飲み終えた彼の唇はワインでぬれており、若干笑みを浮かべているようだった。

「ふふふ、今日のワインはいつもよりも旨く感じる」

空になったボトルを離す。

ボトルがじゅうたんに垂直で落ち、粉々に砕けると同時に目の前の扉が開く。

そこにはレック達がいた。

「もう1度、挑みに来た。ムドー!」

「よくも俺を石にしてくれたな!その落とし前はつけてもらうぜ!」

「世界のためにも…ムドー、あなたを生かしてはおけないわ」

「ゲントの人々のために…ムドー、お前を討ちます!」

4人の宣戦布告を見ても、ムドーの表情は変わらない。

ゆっくりと立ち上がり、両手を広げる。

「ふん、いくら来ても同じこと…と、言いたいところだが、ラーの鏡を手に入れたようだな」

広げた手を戻し、じっとレックを見る。

レックは何も言わずに、ラーの鏡を見せる。

「そうだ…精霊の加護を受けたラーの鏡なら、お前の幻術を無効にできる」

「ふん、そうだろうな。ところで、どうだったかな?夢の世界の私の部屋は?」

「え…?」

部屋という言葉を聞き、最初に思い出したのはミレーユだった。

彼女は部屋の中を見る。

大量の本棚とそれにぎっしりつまった数多くの書物。

「夢の世界にある私のコレクションはほんのわずか。ここにあるコレクションは…」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!くらえぇぇ!!」

炎の爪を装備したハッサンがムドーを爪で切り裂こうとする。

「炎の爪…メラミと同等の炎を放つことができるものか。ならば、これはどうかな?」

そういうと、ムドーは口から吹雪を吐く。

「な…!?」

吹雪によって、炎の爪の宿る炎が小さくなってしまう。

更にハッサンの体を吹雪が包み、体温を下げていく。

「うわおおお!ちくしょぉ!!」

床に落ちたハッサンは冷たくなった体を炎の爪の炎で温める。

「やれやれ、人の話を聞かぬ者というのは無礼なことこの上ない。夢の世界の私とこの場にいる私を一緒にしてほしくないものだな」

動けないハッサンに右手をかざす。

すると、その手から稲妻が生まれ、ハッサンを襲う。

「ハッサン!!」

間一髪でレックがハッサンを伏せさせたことで、稲妻はハッサンに当たらず、壁に当たる。

「ふうむ…まだまだライデインを再現することができぬか。『雷は勇者のためのものか?』をもっと読み込まなければな」

「バ…!?」

「静かにせぬか、初対面の虫けらよ」

ムドーの瞳が紫色の怪しく光ると、チャモロは身動きをとれなくなる。

確かに口を動かそうとしているし、印を切ろうともしている。

しかし、その動きを最後までやり遂げることができない。

「ムドー…何を!?」

「何、ちょっとした古代呪文を唱えただけだ。少し経てば治るだろう」

「古代呪文…ムブトーン…」

ミレーユの言葉が耳に入ったムドーはじっと彼女を見る。

「虫けら…どこでその名前を聞いた?」

「おばあさまから聞いたことがある…。ダーマ神殿には世界のあらゆる知識がつまっていて、古代呪文についての研究もおこなわれている…まさか!!」

ハッとしたミレーユを見て、ムドーが笑みを浮かべる。

「そうだ、ここにある書物はダーマ神殿から手に入れたもの。二百年前、私が滅ぼしたダーマ神殿でなぁ!それゆえ、お前たちの持つ力の対処法はすべて頭に入っている」

「すべて…だと!?」

「そうだ。世界に散らばる武器や防具、そして呪文や特技などすべての知識を持っている。故に、それに対する対処法はすでに分かっている」

「わかってるだと…!?じゃあ、こいつを受けてみろよーー!!」

傷のいえたハッサンが右拳を固め、精神を集中させる。

すると、ムドーの左胸部分に光が見えた。

「(見えたぜ…)いくぜ、正拳突きぃ!!」

猛スピードで接近し、拳を叩き込もうとする。

しかし、ムドーがわずかに身をそらしてから拳を受ける。

(な…!?)

そのわずかな時間の間に光が見えなくなり、拳は確かにムドーの左胸に命中はしたが、ほとんど効果がなかった。

「熟練の武闘家でもその精神状態を維持できるのは4秒から5秒。2秒しかできぬ貴様は話にならんな」

一瞬でも動揺してしまったハッサンを右手でつかむ。

すると、彼の全身を稲妻が駆け巡る。

「グゥ…ガガガ…うわあああ!!」

「ハッサン!!」

ムドーの腕にむけてイオを放つが、ムドーの吹雪が爆発に必要な炎の魔力を無力化する。

そして、ムブトーンが解けて再び発動したバギについてはハッサンを投げつけることで彼を盾にした。

「う…カハァ!!」

バギと稲妻を受けたハッサンの全身がボロボロになる。

「ムドォーーーー!!」

激昂したレックは剣を抜き、ムドーの足にある鱗の隙間にそれを突き刺す。

「バカめ、夢の世界の私の戦いから何も学習していないとはな…」

「ああ…!!」

ムドーの血について思い出したレックは急いで剣を抜くが、時すでに遅し。

刀身は既に血の熱で溶けていて、もはや剣として機能しない状態となってしまった。

(イリアさんの剣が…!!)

「さあ、どうした?虫けら!!」

レックにムドーの吹雪が襲い掛かる。

吹雪を受け、レックの体が冷たくなっていく。

(マグマの血に…吹雪…??)

吹雪を受ける中、なぜか頭の中がスーッとしたレックは先ほどまでのムドーの動きを思い出す。

吹雪に雷、ムブトーン、マグマの血。

「(もしかしたら…!!)うわああああ!!」

吹雪の風圧で吹き飛ばされ、壁にめり込むレック。

その衝撃で吐血しながらも、じっとムドーに目を向けていた。

「ほお…今度は臆せず私を見ることができたか。ふん…ほんの少しだけ誉めてやろう」

「怖がっている場合じゃないだけだ…。俺は、ターニアや…みんなのためにも、ムドー!!お前を倒すんだ!!」

「だから何だというのだ?蟻が獅子に勝てるはずがないであろう?私にとっての貴様はただの蟻だ」

しっかりレックの心に恐怖心を植え付けたいためか、ゆっくりと前進する。

そんなムドーに目もくれず、レックの心は背中の剣に向けられていた。

(イリアさんの剣を失った以上、今の思い付きを成功させるにはこれを使うしか…!)

小さいころから目にしているにもかかわらず、一度も抜くことができなかった剣。

だが、今抜かなければやられるだけだ。

レックが剣の柄を握ったのを見たミレーユは察する。

「(レックは何かをしようとしてる…)チャモロ、ハッサン!!レックのために時間を稼ぐわよ!」

「ああ…やってやろうぜ!」

「何をするのかはわかりませんが、信じます」

ミレーユとチャモロ、そしてゲントの杖の力の実質三人がかりの賢明な治療で回復したハッサンがムドーを襲う。

「無駄だ、貴様らなど…」

そういってムドーは床に拳をたたきつける。

すると床が砕けて、その破片が3人を襲う。

大きな破片を受けたハッサンは軽い脳震盪を起こし、ミレーユは吹き飛ばされた影響で気を失い。チャモロは額に切り傷ができ、メガネも割れてしまう。

「ふん…他愛もない」

少し力を入れただけでこれだと若干消化不良に思いつつあるムドーに対し、レックの心はなぜか落ち着いている。

(頼む…抜けてくれ。命と…夢を守るために。みんなのために…)

静かに願うレックの心が届いたのか、ゆっくりと鞘から抜けていく。

鮮やかな銀色の輝きを放つ両刃の先端部分に刻まれた十字架の紋章と柄の手前部分に刻まれているレイドックの紋章。

そして、赤い滑り止め用の布にがまかれた金色の柄。

「ほぉ…」

剣を見たムドーは少し興味深そうにそれを見る。

「…破邪の剣」

ミレーユは静かにレックが抜いた剣の名前を言った。

「ムドー、この剣で…お前を倒す!」

「できるものなら、やってみるがいい。たかが剣の1本を増やしたところで無駄なことだ」

「はあああ!!」

力を込めて剣を横に振る。

すると、刃からギラのような熱の閃光が放たれ、ムドーの頬に命中する。

「ふん…破邪の剣は使い手の腕次第でギラのような閃光をより強く放つことができる。だが、今の貴様ではその程度の力しかないようだな…死ね!!」

ムドーが深呼吸を始める。

次の吹雪は先ほど以上の威力で放つつもりのようだ。

「ミレーユ!!俺に向けてイオを!!」

「え…ええ!?」

「いいから早く!チャモロはバギの準備を!!」

「わ…わかりました!!」

ミレーユが困惑する間に、ムドーはレックに向けて吹雪を放つ。

更に冷たくなっているためか、霜が付くだけだった絨毯が凍っていく。

「レック、あなたを信じるわ!!」

ミレーユはレックに向けてイオを放つ。

そして、レックは爆発する前に跳躍する。

爆発の勢いで、レックがさらに高度を上げる。

その1秒後に、レックがいた場所を吹雪が通過していく。

だが、さすがは魔王で、ただの魔物ではない。

吹雪を吐きながらも、直感でレックの居場所に向けて右手を向け、あの雷を放とうとする。

「いまだ…チャモロ!!」

「わかりました!!バギ!!」

力を込めてバギを放つ。

その鎌鼬がムドーの右手に当たる。

当然、バギ程度ではムドーに傷を与えることはできない。

だが、わずかに腕を動かすことはできる。

そのため、雷の放つ角度にずれが生まれ、レックに当たることはなかった。

そして、吹雪を放ったままのムドーの頭部にとりついたレックはそのまま破邪の剣を真下に突き刺す。

(な…何!?)

突き刺さったことで、ムドーの口が閉じた状態で固定化する。

そして、口から放出するために残っていた吹雪が体内で逆流をはじめ、ムドーの体の温度を奪っていく。

また、いつも以上の低温であったことからその血の温度が人間と同じ程度にまで落ちてしまった。

(この虫ケラがぁぁ!!)

頭上にいるレックを落とそうとしたとき、腹部に大きな穴が開き、そこから血がポンプのように出ていく。

(し、しまった!!)

「へへ…ようやく、かましてやったぜ。俺の正拳突きをよ…!!」

右手が赤く濡れた状態のハッサンがムドーの正面に立っていた。

レックに気を取られている間に目を覚まし、正拳突きを決めていたのだ。

予想外の大きなダメージを受けて、よろめくムドーにとどめを刺すべく、レックはナイフを抜き、ムドーの脳に何度も突き刺す。

刺すたびに血が噴き出て、レックの体を汚していく。

(貴様ら…虫ケラなんぞにーーー!!)

もうしゃべることができないムドーは心の中で叫ぶ。

(離れて!レック!!)

「何!?」

再び聞き覚えのある声が頭の中で聞こえたレックは剣とナイフを持ってムドーから離れる。

(みんなを伏せさせて!!)

「みんな、伏せろぉ!!」

「ええ!?」

「いいから早く伏せるんだぁ!!」

鬼気迫った表情で叫ぶレックにおされる形で、ハッサン達は伏せる。

するとムドーは最期のあがきを見せるかの如く、大爆発を起こした。

爆風が壁や天井、書物などを吹き飛ばしていく。

「こ、これは…自分自身の生命力をオーバーロードさせて自爆する自爆呪文、メガンテ!!レックが伏せるように言わなかったら、全滅していたわ!!」

「あ、危ねえ…!」

爆風が収まり、全員が立ち上がる。

メガンテによって、ムドーの肉体は消滅し、図書館のようだった部屋はダーマ神殿のようながれきの山と化していた。

「や、やったぜ…ついに倒したぜ!!ムドーをーーー!!」

「やったわね…これでやっと世界は…」

「疲れ…ましたぁ…」

ハッサンは喜び、ミレーユはオカリナを抱きながらその喜びをかみしめ、チャモロは疲れたかのようにその場に座り込む。

だが、レックは喜ぶ前にあの声の正体を考えていた。

その声は今ではあまりにも身近であり、聞き覚えがありすぎる。

「あの口調…高い声…」

(もー、レックーー!早く起きろー!)

(それってもしかして呪文じゃないっということ?すごーい!)

「そうだ…あの声は…バーバラだ。でも、どうして…??」

なぜ彼女の声が聞こえたのかを考えていると、急にレック達の足元に巨大な魔法陣が現れる。

「この魔法陣は…!?」

「なんだよ?ムドーを倒したってのに、まだ何かあるのかよ!?」

「違うわ…この魔法陣は!!」

魔法陣の正体が分かったミレーユが答えを言う前に、それが発動し、レック達の姿が消えていった。




ようやく、ムドー撃破までいきました。
次はいよいよ皆さんお待ちかね(あれ?もしかしたら筆者だけかも…)のあの場面です。
ちなみに、職業アンケートはまだまだ受け付けていますが、お早めにメッセージで送ってくださいね。


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第26話 ダーマ神殿

「んん…」

光が消え、ゆっくりとレック達は目を開く。

大理石でできた柱に青銅のタイル、30メートル近くはあろう高さにある天井。

先ほどまでいたムドーの城の部屋とは大違いだ。

「私たちは魔法陣の力で飛ばされたのよ…あの魔法は確か、古代呪文…ルーラ…」

「ルーラ…」

自分の脳裏にイメージした場所へ瞬間跳躍する古代呪文。

当然、現在は失われている。

だが、今自分たちがここにいる理由はその呪文しかない。

「あれぇ??みんな、どーしてここにいるの??」

「な…?!」

「バーバラ!!?」

次の驚きはレック達の前にいるバーバラだ。

彼女は神の船に残しているため、あの魔法陣の巻き込まれていないはずだ。

「ここはどこなの!?ムドーはどうなったの??ファルシオンは!!?」

「一遍に聞くなよ…ムドーは確かに俺たちが倒して、ここは…」

「ダーマ神殿、古代より集められし知識の宝庫…」

「ふああ!!」

いきなり背後に現れた老人にびっくりしたバーバラはレックの後ろに隠れる。

紫のラインが描かれた白い神官服を着ていて、左手には金色の持ち手に赤い魔法石がついた長杖を握っている。

しわだらけで、頭髪はなく、膝あたりまであごひげが伸びている。

「あなたは…?」

「私はこの神殿の大神官。いや…正しくは大神官の魂…」

「魂…?」

ゆっくりとうなずいた後で、大神官はじっとレック達を見つめる。

「私たちはこの世界のすべての知識を納めていた。それは世界の均衡が破れるとき、再び均衡を取り戻すべく戦う者たちに力を与えるため、もしくはこの世界のより良き未来の為に…。しかし、魔王によって神殿は滅び、我々は死んだ…。そして、魔王は我々の力を利用するため、魂と書物を奪った…」

大神官の言葉を静かに聞く。

彼が二百年前に魔王の手によって死ぬとき、どのような思いで死んだのか、おのれの役目を果たすことができずに果てることをどれほど無念に思ったのか…。

口調は穏やかだが、もしかしたら激しい怒りを必死に制御しているだけなのかもしれない。

現に、彼の杖を握る手には力がこもっている。

「ダーマ神殿は滅びた。書物については神殿の地下深くに石板としたものを納めている。時が来れば、再び世に出ることになるだろう。そして、ムドーが死んだことで、奴に取り込まれたダーマ神殿の犠牲者の魂はこうして夢の世界で生きることができる。そして、ムドーを倒してくれたお前たちにこれを渡そう…」

大神官は懐から茶色い羊毛でできた古い書物をレックに渡す。

書物のタイトルは『英雄の魂の記録』と書かれており、表紙には青い服と赤いマント、緑色の魔石がついたサークレットを装備した黒い髪の男性とミニスカート状で、胸の上半分を露出させたワンピースに青いマント、水色の長い髪で赤い魔石がついたサークレットを装備した女性が描かれている。

書物を開くと、目次には戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、踊り子、盗賊、魔物マスター、商人、遊び人とある。

「この書物にはかつて、世界を救うために戦った英雄たちの知識が刻まれておる。書物をもとに鍛錬を積み、力をつけるのじゃ」

「ってことは…ちょっと貸してくれレック!!」

無理やりレックから本を取ったハッサンは武闘家のページを見る。

そのページの最初には河童のような髪型の白髪で、黒い鼻眼鏡をつけた老人が描かれている。

「俺は…武闘家になれるのか??」

「左様、鍛錬を積むことができれば…の話ではあるが」

「ああ、ああ…!!やってやる!正真正銘の武闘家になってやる!!」

現実の記憶を取り戻したことで、なぜ自分が武闘家になりたかったのかを再確認できたハッサンの目は輝く。

最初の目標はわずかな時間しか維持できない正拳突きでのあの集中力を高めることだ。

「はいはーい、次はあたし!」

次に本を手にしたバーバラは僧侶のページを見る。

長い袖の色が白になっている緑色の服で、トルコ兵士のものと同じくらいの高さで、丸に十字架のマークがついた緑色の帽子をつけた、青い髪の僧侶が描かれている。

「じゃああたし、僧侶をやってみる!」

「バーバラが僧侶??似合わねーなー」

腹を抱えて笑うハッサンに怒ったバーバラはメラを連発する。

やけどするのが嫌なハッサンは急いで逃げ出した。

「もう、ハッサンはけがが治ったばかりだか…」

「ギャーーー!!」

ミレーユが言い終わらないうちに追いつかれたハッサンはメラの餌食になる。

ある程度さっぱりしたバーバラは笑顔でレックに本を渡す。

「レックも決めないと、職業!!」

「う、うん…」

ひきつった笑顔のまま本を受け取り、本をめくる。

少しページをめくり、20ページ目あたりで止める。

そこにはピンク色で右腕が露出したピンク色の重装な鎧を青い長そでの服の上に着た少し紫色が混じった黒の髭の戦士が描かれている。

「戦士…?」

次のページをめくると、戦士の心構えが書かれていた。

「戦士たるもの、仲間のために常に前に出るべし。盾を持つものは敵を引き付けて仲間を守る盾となり、両手に武器を握るものは荒々しく、力で敵をくじくべし…」

「レックは戦士を選ぶのですね?」

「うん、俺はこれにする。次はチャモロだな」

本を受け取り、ゆっくりと熟読を始める。

20分読み続けたチャモロは本を閉じ、ミレーユに渡す。

「決めたの?」

「はい、僕は魔物マスターにします。敵を知ることも重要なことですから」

魔物マスターの最初のページには青いツインテールで黄色いヘアバンドとドレスを着た少女が描かれていて、その背後にはスライムやデビルアーマーなど数々の魔物が描かれている。

彼の職業に少し驚きながらも、ミレーユは本をめくる。

「私は…踊り子ね」

「踊り子?あまり実用的とは思えない職業ですが…」

「おばあさまから聞いたことがあるのよ。空気中には魔法の影響で残留した魔力が存在していて、体の動かし方によるとそれで呪文を再現できることがあるわ。もしかしたら、踊りに呪文の新しい境地を見るヒントがあるかもしれないわ」

怒ることなく、笑顔で論理的に反論しつつ、本を袋に入れる。

踊り子のページにはオレンジ色の腰布と宝石をあしらったビキニという過激な服装で踊る、茶色い長髪で白い肌の少女が描かれていた。

「英雄たちの軌跡をたどり、力をつけることで、さらなる高みへと向かうことができる。それ次第では、勇者を生み出すことも…」

「勇者?」

「左様。勇者となるためには何が必要かはその書とこれからの旅で見出すことができよう。さあ…お主らを現実世界の髪の船の元へ送ろう」

目を閉じ、静かに詩経すると再びレック達の足元に魔法陣が現れた。

上を見ると、そこには嵐が収まり、静かになったムドーの島が映っていた。

雲一つない青空と太陽がエメラルド色の海に描かれている。

そして、その島のそばで止まっている神の船の上には…。

「ファルシオン!!」

「よかったぁ…」

バーバラがルーラで飛ばされたことで神の船に残ったのはファルシオンだけ。

もしかして、自分たちを探しに船から飛び出してしまったのではないかと心配もしていた。

こうして、無事な姿を見ることができて安心した。

「行くがよい、われらの希望よ…」

魔法陣が光り、レック達の姿が消えた。

 

光が消えると、レック達は神の船の看板の上に立っていた。

「神の船…」

「おーし、ファルシオン!!帰ってきたぜー!」

さっそくハッサンが少し雑ではあるが愛情をこめてファルシオンを撫でる。

バーバラはお腹が空いたためか、ムドーの島へ行く際にレック達が持って行った保存食の残りを食べている。

そして、チャモロ、ミレーユ、レックは次の行動を考える。

「まずは船をゲントの村へ返そう。そして、そこから陸路でレイドックへ戻って今回のことを報告しないと。そして…うん??」

南西の方角からこちらに近づく船が見える。

望遠鏡で確認すると、その船はサンマリーノ―レイドック間の定期船と同じ規格のもので、帆にはレイドックの国旗が描かれている。

ムドーとの闘いで船を失ったレイドックは新しい船の建造を行っているが、まだ完成していない。

そのため、船が必要な場合は民間に依頼し、王家が借りている船であることを証明するため、帆をこのようなものに交換している。

「レイドックからの…どうしてここに??」



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第27話 王の願い

レイドックの旗がついた船と神の船が鎖で固定される。

レック達はレイドックの船に移り、兵士の案内で中に入ると、甲板から1つ階段を下りた場所にある食堂についた。

「陛下、お連れしました」

「うむ…」

食堂にはレイドック王が椅子に座って待っていた。

レック達を連れてきた兵士に手で合図をすると、彼は一礼してからその場を後にした。

「陛下、どうしてここへ??」

「グランマーズ殿の占いに導かれてな…留守をシェーラに任せてここまで来た。まだレイドックにはお前たちのことを快く思わない者たちもおるからな」

「快く思わない…ですか」

レックにはそれについて心当たりがあった。

偽王子騒動だ。

成り行きと誤解があったとはいえ、その騒動の結果、トムが追放され、話によるとゲバンの専制が強まってしまったのは事実だ。

ムドーを倒したとはいえ、それで子の一件に対するけじめをつけたとは言えない。

「こうしてここに来ていることは一部のものしか知らぬ。表向きはサンマリーノの視察ということで、事実を作るためにも、これからサンマリーノへ向かう」

「そこまでして、どうして僕たちを…?」

偽王子騒動について、チャモロはムドーの島へ向かう途中にレックからある程度聞かされている。

ゲバンは権力を失ったとはいえ、彼から利益を得ていた一部の貴族や軍人の中には彼の復権を求める動きがある可能性がある。

仮に今回、秘密裏に犯罪者であるレック達と接触しているということがばれると、それをネタに王を追い落とそうとするだろう。

また、以前にレイドック城で王がレック達と話したということはほとんど知られておらず、目撃した兵士には固く口止めしている。

本題に入るため、王は懐から書状が入った筒を出す。

丈夫な布でできた筒にはレイドックの国旗と王の署名がある。

その筒をレック達に差し出す。

「これは…?」

「王の権限として、トムの兵士長復帰を許可する書状じゃ。彼を見つけて、この書状を渡してほしい」

「トム兵士長に…?」

「そうじゃ、ゲバンはあやつを追放したというが、実を言うと…トムはそこへ向かう途中に脱走し、今も行方がつかめぬ。おそらく、本物の王子を探すために…。だから、お主らにはトムと本物の私たちの息子を探し出してほしい。そうすることで、以前の一件のことを不問にできる。…すまぬな、私がしっかりと説得できれば」

筒を受け取ったレックを申し訳なさそうに見つめる。

彼らは操られていた自分を救ってくれただけでなく、本物のムドーを倒して世界を救った英雄。

本来ならば、きちんと城で迎えたかったが、結局はこういう秘密裏の形でしか接触できなかった。

「…はい、トム兵士長のことについては俺が悪いですから。償う機会をいただけたこと、感謝します」

「ありがとう…。それから、神の船についてだが、チャクラヴァとは話をつけておる。トム兵士長と王子捜索のため、引き続きお主らが使ってよいとのことだ。その間に、チャモロはきちんと外の世界について見分を深めてほしい、と」

「おじいさまが…」

過去にチャクラヴァはこういう話をしていたことをチャモロは思い出す。

神の船は使命を全うしたとき、自動でゲントの村へ戻っていくと。

ムドーを倒したことで、それを果たしたかと思ったが、今もこうしてムドーの島にあるということは、きっとまだまだ使命を全うしていないということだろう。

チャモロ自身も、もう少しレック達と一緒に旅をしたいと思っていたこともあり、今回のことは歓迎できる事案だ。

「次の目的地についてじゃが、それはゆっくり考えてほしい。その間に、食料や物資の補給をしておこう」

 

レック達が神の船に戻り、船室で目的地を決めるための話し合いを始める。

兵士や水夫たちは協力して、神の船へ水や食料の入ったタルや木箱を運ぶ。

一方、食堂に一人残ったレイドック王は静かに背後に現れた2人の人物に対して語り掛ける。

「愛弟子に声をかけなくてよかったのですかな?」

「かまわぬ。ここで顔を見せると、里心をつけてしまう。それに…儂自身も耐えられなくなる…」

「夢占いで、近いうちにまた会えると出ましたからのぉ。今あったとしても、今の儂にできることはない」

「そうですか…チャクラヴァ、グランマーズ殿…」

「堅苦しい物言いはなしじゃ、アキレス。今夜は飲まぬか?」

「ふぅ…その名前で呼ばれるのは久しぶりじゃな」

古い友人同士が語り合うのをよそに、グランマーズは窓から神の船を見つめる。

そして、両手を固め、静かにミレーユ達の無事を祈った。

 

「水夫のおっさんの話だと、ゲントの村の東にはモンストルの街とアークボルトって国があるってよ。ここからだと、モンストルが近いぜ」

「モンストル…今の物資ならそこまで持つわね」

地図をもとに、移動距離と移動時間をミレーユが計算する。

補給を受けることができたとはいえ、秘密裏である都合上、それほど多く得ることはできない。

もって2週間分で、アークボルトへ向かうには少し足りない。

となると、モンストルで水と食料を補給してから向かうのが一番良いだろう。

幸い、2本のアサシンダガーや風の帽子、鉄兜やみかわしの服といった装備品をある程度もらうことができた。

特に魔法の盾は鉄の盾を失ったレックにとってはうれしいものだ。

これらはレイドックだけでなく、ゲントの村から調達したものもある。

「じゃあ、行く先が決まったということでー…」

話し合いが終わると、すぐにバーバラがダーマの本を手に取る。

「これからみんなでダーマの本を読んで、修行をしよー!あたし、ずーっと待ってたから早く体を動かしたいもん!」

そういいながら、バーバラは本を持ったまま外へ飛び出した。

そんなバーバラを見て、クスリと笑った後でミレーユも続く、レックとチャモロもついていく。

「ふぃー…やーっと1人になれたぜ」

全員が出て行ったのを見た後で、ハッサンは紙とペン、そしてインクを机の上に用意する。

そして、何かを考えながらペン先のインクをつけ始めた。

(ああ、くそ…!いざ書こうとすると、何を書けばいいのか思いつかなくなる!)

宿屋の台帳や船の乗客名簿に名前を書くくらいしかペンを握ったことのないハッサンにはこれからやることはとても頭を使うことだ。

元々あまりないと自覚している脳をフルで回転させながら、ゆっくりと頭に浮かんだものを文章にし始めるも、さっそく1行目で字を間違えてしまう。

「くっそーー!!駄目だ駄目だ!!」

もったいないため、ナイフで間違えた行の部分を切って、再び一から書き始める。

(急いで書かねえと間に合わねえ…!!)




今回はかなり短めですが、モンストルに目的地が定まりました。
ゲームではもう1人のレックを探す目的で旅を続けることになってましたが、それだとまだまだ目的不足ではないか、それにあのレイドックの兵士たちの歓迎についてもちょっとん?と思える部分があったので、こんな感じになりました。


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第28話 モンストルその1

「よーし、ファルシオン!!思いっきり足に力を入れろ!!レック、もっと力出せねーのか!?」

「これが精いっぱいなんだって…ううう!!」

深くて茶色い水たまりにハマってしまった馬車をレックとハッサンが持ちあげる。

1時間半の格闘の末、ようやく馬車を固い地面の上に乗せることができた。

「ふいーー、きつかったぜー…」

「レックー、水飲むー?」

「ああ、ありがとう。バーバラ」

「ちぇ、レックだけずるいぜ…」

バーバラから受け取った水筒の水を飲むレックをうらやましそうに見る。

数多くの木々が不規則に生えており、枝や葉が視界を遮る。

レック達はそんな密林の中をすでに4日近くさまよっているのだ。

船は海岸沿いに設置されている小さな船着き場に預けている。

このモンストル地方は6割近い土地が深い熱帯雨林となっており、高い降水量と気温を誇っている。

現地では林業、そして農業が経済基盤となっており、そして船着き場と町の間が熱帯雨林となっていることから基本的に町内での自給自足のシステムが成り立っている。

そのような土地では外の人間が来ることが少なく、そしてここに関する情報が外に出ることも少ない。

「にしても、一体ここはどこなんだよ!?それに、どの方角を進んでんのかまるで分らねー!!」

「木の年輪を見れば、大体の方向はわかるけど…」

船着き場の労働者の話では、馬車を使えば2日でモンストルに到着する。

だが、それはこの熱帯雨林を知り尽くしていればの話であり、始めていくレック達はこのとおりだ。

そんな中でも、魔物たちはたくましく生きている。

肌色の豚のような姿をした人型の魔物で、鉄製の鎧と兜、そしてとげ付きの鉄球2つを鎖でつなげたものを振り回すオークマン。

オレンジ色のマンドラゴラで、泥人形と同じく不思議な踊りで魔力を失わせる能力を持つダンスキャロット。

そして、バットマジックやヒートギズモ、ホイミスライムに腐った死体、踊る宝石といったレック達が戦ったことのある種類の魔物たちが容赦なく襲ってきたが、船の中で修業を積んだ彼らの敵ではなかった。

魔物マスターとなったチャモロが密林の中にわずかに存在する足跡や爪痕などの痕跡を見つけ、襲撃してくる可能性のあるポイントを分析することができるようになり、突然の攻撃への対処が容易となった。

また、ミレーユが覚えた誘う踊りで相手のスキを作りやすくなり、僧侶となったことでバーバラも回復役に回れるようになった。

レックとハッサンは新たな能力を得たわけではないものの、研究に基づいた合理的な訓練方法をダーマの書から学んだことで、これまでよりも戦闘能力が上がっている。

ただし、レックの場合は戦士として身体能力を上げることが中心の訓練となっていることから呪文に関して若干おろそかになっている。

「にしても、職業ってすげーな。今までの我流での修業とは段違いだぜ」

「だとしたら、勇者を生み出す可能性があるというのもうなずけます。ん…?煙の臭いがしますね」

「煙の臭い?」

「方向は…こっちですね」

チャモロが指さした方向に馬車を進ませると、だんだん煙が空に昇る光景が見えてきた。

煙が上がっているということは、そこに民家があるということになる。

仮にあったのが家1件だけだったとしても、そこでモンストルへの生き方を聞くことができるかもしれない。

「だったら早くいこー!あたし、もうクッタクタ…」

馬車の中に戻ったバーバラが頭をくらくらさせながら言う。

「そうね…密林に入っている間はちゃんと眠れなかったから…」

密林では、テントを張る場所が限られており、この4日の間は馬車の中で雑魚寝が当たり前だった。

そのため、疲れがあまりとれず、そして慣れない環境下での移動のため、普通よりも多く体力を消費する。

5人の中でも体が鍛えられているレックやハッサンでも、最近では日常的にやっている訓練の時間が少なくなっている。

少なくとも、ゆっくり休める場所にありつくことができるこの状況は5人にとって感謝すべきことだ。

それにこたえるかのように、ファルシオンは速く走る。

そして、1時間経過して、視界が大きく開けた。

「ああ…」

視界に広がるのは煉瓦でできた5,6件の建物と石でできた道路、そしてその道路を通る木材を積んだ馬車。

右側にある2階建てでほかの建物と比較するとかなり高さも横幅の長さも大きい建物のドア付近には宿屋の札が下がっている。

「やっとついた、モンストルだ…」

到着したとわかると、急に疲れが襲ってきたのか、レックはあやうく前に倒れそうになった。

ハッサンが右手で支えてくれていなかったら、本当に落ちていたかもしれない。

「うーーーん、まずは宿屋でちゃーんと休みたーい!!」

「そうね。ちゃんとしたご飯もここなら食べれそう…あら…?」

先に馬車から出てきたミレーユが気になったのは自分たちに向ける町人達の目だ。

サンマリーノやアモール、ゲントの村ではあまり気にしていない、もしくは珍しいものを見るかのような目をする人が多かった。

しかし、ここの場合は違う。

何度も自分たちを見返したり、少しおびえているような様子も見せている。

まるで旅人を歓迎していないかのように。

(こういう街だから…かな?)

密林によって外とは隔てられた環境によるものだとレックは自己完結しようとする。

そう考えれば、彼らの行動は何ら不思議なことではないと納得できるからだ。

「いやぁー、すみません。毎日お世話になってしまって…」

「いいえ、アモス様。これが私たちにできる精いっぱいの恩返しですから…」

宿屋の西にある家から、青い半そでの服と白い長袖の服を重ね着し、緑色の長ズボンと茶色い皮の靴を履いた男性が出てくる。

身長は一行の中で一番高いハッサンよりも2,3センチ上回っており、体についている筋肉や両手の剣だこを見ると、彼が戦士だということがわかってしまう。

髪の色は金色で、肌は若干日焼けした茶色、瞳の色は緑となっている。

また、彼を支えている女性は緑色で模様などの飾りが一切ない清楚な長袖のドレスを着ていて、茶色いロングヘアーと色黒な肌、とび色の瞳を見せている。

「アモス様ー!夕方までに野菜は届けますんでー!」

「わかりましたー!いつもありがとうございます…痛てて…」

「アモス様、あんまり大きな声を出すとお体に響きますよ?」

「あははは。メルニーさんは心配性ですねぇ」

声色から見ると、男の年齢は30歳くらい。

だが、この陽気な口調を聞くと、とてもそうとは思えなく感じてしまう。

彼らを見ていたレック達に気付いた神父が近づいてくる。

「気になっておられるのですか?あのお方のこと…」

「ええ。けがをなされているのですか?」

「はい。私たちを助けるために…」

「助けるため?」

神父はじっとメルニーに支えられて歩くアモスを見つめる。

彼らが交差点を曲がり、姿が見えなくなったのを確認してから話し始めた。

「半年前、北からやってきた紫色の魔獣がこの街を荒らしまわったのです。家は壊され、立ち向かった男たちのほとんどがケガをするか、そのまま殺されてしまいました。そんな時にアモス様が来られました。彼はたった1人でその魔物と戦い、傷つきながらも勝利したのです。こちらへ…」

神父に案内され、レック達は町の中央にある小さな1階建ての教会に入った。

教会に入って右側の壁には青い鎧を着たアモスと神父が言っていた紫色の魔獣が戦う姿が描かれた絵が飾られている。

(大きさは4メートルから5メートルで…ストロングアニマルに似ていますね…)

ストロングアニマルは高い土地順応性を秘めたモンスターだが、たいていの個体の大きさは3メートル程度。

紫色の魔獣の大きさはあくまでも描かれているアモスの身長を基準に見ると、チャモロがいう4メートルから5メートルが適当で、普通のストロングアニマルよりも大きい。

「しかし…あれほど巨大な魔物と1対1で戦ったのです。無傷で済むはずもなく…。今は町の北西にある空き家で療養生活を送っております。そして、夜になると…」

「夜になると…?」

「あ…いえいえ。夜になると傷が痛み、そのせいでうめき声をあげておられるのです。いつになったら安眠できるようになることか…」

「ふーん、アモスさんかわいそー。ミレーユ、チャモロ。どーにかできないの??」

「そうね、アモスさんが住んでいる家に案内できますか?私とチャモロは回復呪文について心得があります。もしかしたら…」

「おお、それはありがたい!では、こちらへ…」

神父が先頭に立ち、ミレーユとバーバラ、ハッサン、チャモロがついていく。

だが、レックは少し考え事をしたせいで少し出遅れてしまった。

(さっきの神父さんの言葉…まるでとってつけたみたいだったけど…。まぁ、いいか)

 

コンコンコン!!

「はいー!」

アモスがいる家で、神父がドアをノックすると、出てきたのはメルニーだった。

メルニーは旅人であるレック達5人を少し不審に思い、警戒するように見る。

「神父様、これはどういう…?」

「メルニーさん。彼らには回復呪文について心得があります。もしかしたら、彼らの回復呪文であれば、アモス様の傷をいやすことができるかもしれません」

「はぁ…」

薬草を利用した治療はこれまで何度もしているものの、回復呪文を利用した治療の数は少ない。

というのも、この町で回復呪文を使うことができるのは神父だけだからだ。

「だめでもともとです。ですが、少しでもアモス様の傷がいえる可能性があるなら、それに賭けてみませんか?」

「…そう、ですね…」

アモスに救われてから、モンストルの人々の共通する意識は彼の一日でも早い完治。

この半年の間、なんとか傷をいやそうと力を尽くしてきた。

薬草を集めたり、神父の場合は寝る時間を惜しんで回復呪文の勉強をした。

そのおかげか、寝たきりだったアモスは誰かの手を借りることができれば立てるくらいまで回復することができた。

だが、それは完治には程遠い。

特にメルニーは住み込みでアモスの世話をしてきた。

少しでも可能性があるなら、なんとしてでもつかみたい。

「どうぞ、こちらです」

メルニーの案内で、屋内の南東に位置する部屋に入る。

そこには灰色の毛でほっそりとした体つきをしている青い目の犬が、部屋の中央にあるベッドのそばで待機していた。

犬とはいうものの、オオカミの血が混ざった雑種であるためか、顔立ちはオオカミに近い。

そのベッドでは、アモスが横になっている。

「アモス様…」

「様はよしてくださいよ。メルニーさん…その方々は??」

「彼らは今日ここについた旅人です。回復呪文に心得があると…」

「そうですか。みなさん、ご迷惑をおかけして申しわけな…あ痛たたた…」

体の痛みから、起き上がれないアモスのそばへミレーユとチャモロが向かう。

体の傷は治っているものの、アモスの顔色は悪いまま。

「うーん、傷は治っているみたいですが、まだ体が痛むんですか?」

「ええ。動こうとするとどうしても腕や足、関節が悲鳴を上げるんですよー。まるでおじいちゃんになったかのようで…痛たた…」

痛みを感じながらも笑いながら話すアモスにレック達は少し驚いた。

半年もベッドで寝たきりで、さらにはそのような痛みと戦っていると嫌でも悲壮感を抱く人が多い。

だが、アモスの場合はそのような悲壮感を1ミリたりとも感じさせない笑顔を見せている。

かなりの天然なのか、精神力が強いのかのどちらかかもしれない。

「「ベホイミ!!」」

ミレーユとチャモロが2人がかりで呪文を唱える。

アモスの前進が淡く光り、魔力が彼の体を癒そうとする。

「あ痛たたたた!!関節がぁぁぁ!!」

しかし、急にアモスの体が痛み始め、回復呪文を止めるとその痛みが引いた。

2人の回復呪文でも、アモスを完治できない。

「一体どういうことでしょうか…?関節の痛みは回復呪文でもいやすことができるはず…!」

「もしかしたら、毒の影響があるのかしら…キアリー!!」

試しにキアリーを唱えるが、アモスの体に変化は起こらない。

では、その関節の痛みの原因が何なのか、2人にはわからなかった。

「レック、アモスさんの体を見てもらえる?」

「わかった」

ミレーユの頼みに応じたレックはアモスのそばへ行く。

そして、目を閉じて深呼吸をした後で、じっとアモスを見た。

アモスの体内にはミレーユやチャモロ、バーバラほどではないが魔力が流れている。

魔力の色は青だが、時折脳から赤い色の魔力が流れ出すのも見えた。

その赤い魔力がアモスの関節にとどまる。

(もしかしたら、この赤い魔力が原因…?)

 

そのあと、2時間の間アモスの治療を行ったものの、結局彼を完治させることができなかった。

収穫があるとすれば、痛みの原因があの赤い魔力であることがわかったことだ。

「うわぁー、すっかり暗くなってるー!!」

「まだ水と食料の調達ができてねーし、夜に密林を進むわけにはいかねーからな…今日はここの宿屋を借りようぜ??」

「そうね。行きましょう」

5人は宿屋へ向かう。

カウンターにはパイプを吸っている黒いカーディガンと茶髪の中年男性がいる。

「すみません、5人ここで宿泊したいんですが…」

「5人?うーん…」

男は少し考えた後で、まずは部屋割りを決め、3人部屋にレック、ハッサン、チャモロ、2人部屋にはミレーユ、バーバラを割り当てて、レックとミレーユに部屋の鍵を渡す。

「泊めるのはいいのですが、この宿屋の決まりを守ってもらいます」

「決まり…?」

「実にシンプルなものです。決して夜の間は外に出ない。これだけです。それさえ守っていただければ、お泊めしましょう」

「(どういうことなんだ…?でも、夜に外に出る理由もないし、いいか)わかりました」

レックの同意を受けた男はほっとした表情を見せ、部屋へ案内する。

夜まであと1時間弱だ。



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第29話 モンストルその2

宿屋に入った後は、これと言って普通だった。

外に出ることは禁じられたものの、おいしい夕食や清潔な部屋、暖かいベッドにくつろげる風呂。

とても辺境の街の宿とは思えない空間の中でレック達は過ごすことができた。

そして、宿に入ってから3時間後には全員が部屋にあるベッドでぐっすり眠っている…はずだった。

「ふう…」

ベッドで掛布団を首元までかけた状態でため息をつくチャモロ。

彼はなかなか寝付けなかった。

仕方なく、部屋にある水筒を手に取り、水を飲む。

顔を濡らしているわずかな汗をタオルでふき取る。

いつもは修行のせいか、すぐに眠ることのできるチャモロだが、珍しく眠ろうという気になれなかった。

「おかしい、おかしすぎる…」

魔物マスターの修行をしたおかげで、チャモロは普通の人ならほっておくようなわずかな痕跡から魔物の居場所や種類などを割り出す能力を得た。

「そういえば、この街の西側から教会へ続く道路…ほかの道路と違ってかなり新しかった気がする…」

昼に通ったその道の道路となっている石の一部が新しいものに変わることは奇妙なことだ。

普通であれば、全面的に石の交換が行われる。

百歩譲って一部分だけ交換するとしても、石を新しく交換した位置はバラバラで、不規則になっている。

また、夜に外へは出るなという宿主の言葉。

「この街には…何かがある」

ドーン、ドーン…。

「足音…近づいてる!」

徐々に近づいてくる足音を集中して聞きつつ、その魔物の大きさを想像する。

「場所はここから北東に200、いや300メートル。大きさは多分…ストロングアニマルと同じ!?」

「みんな起きてーーー!!」

寝癖を両手で抑えているバーバラとすでに装備を整えているミレーユがレック達男性3人が眠っている部屋に入ってくる。

なお、この足音でチャモロ以外の2人も飛び起きている。

「なんだよ、町の中に魔物が侵入したのか!?」

「暴れたら町が大変なことになる…急いで倒そう!!」

「お待ちください!!」

外に出ようと準備をするレック達の元へ左手にランタンを持った宿主が走ってくる。

右手には部屋のカギが握られていた。

おそらく、眠っている間に鍵をかけて無理やり外に出さないようにするつもりだったのだろう。

「待てねーよ!!魔物が街に入って来てるだろ!?じゃあ、この大きな足音をなんて説明すんだよ!?」

「そ、それは…」

魔物が入ってきていることをどのようにごまかせばいいのかわからず、口ごもる。

何か深い事情があるようだが、彼の発言を待っている間にも足音がこちらに近づいている。

「もういい、悪い!!」

「グゥ…!!」

やむなくハッサンは彼の首の後ろの軽く手刀を当てる。

「ま、待ってください…あの魔物に手を…出さない、で…」

「やっぱり魔物か…急ごう!」

「おう!」

「まずは屋上へ行きましょう!そこからなら、どこまで魔物が近づいているのかわかるわ!」

5人は西側にある階段を上り、屋上を目指す。

気絶している宿主の手を出すなという言葉を心の中で気にしながら…。

 

ドーン!!ドーン!!

屋外に出たことで、音を遮断するものが少なくなり、より鮮明に足音が聞こえるようになった。

「うわーー、あの絵にあったストロングアニマル!!」

最初に見たバーバラはびっくりし、レックの後ろに隠れてしまう。

紫色のストロングアニマルが通った道には大きな足跡ができており、整備を終えたばかりの道路はすっかりボロボロになっている。

もし南に進んだら、そこには住宅街があり、住民に大きな被害を与えるかもしれない。

「こうなったらやるしかねえ!!」

「でも、屋上からは…」

「飛び降りるのよ!!」

言い出しっぺのミレーユが先に屋上から飛び降りる。

「ええっ嘘!?」

「行きますよ!!」

「急げよ!!」

チャモロとハッサンもミレーユに続いて屋上から飛び降りる。

「バーバラ、ここにいてもあの魔物は倒せない!!」

「で、でもー…」

「だったら!!」

そういったレックは屋上から飛び降りる。

そして、すぐに後ろを向き、屋上にいるバーバラに声をかける。

「俺に向かって飛び降りるんだ!」

「え、ええ!?」

「俺を信じろ!!受け止めて見せるから!!」

そういって、両腕を広げる。

「すぅー、はぁー…」

足の震えを抑えながら、バーバラは屋上の端までいく。

(ううーー、月鏡の塔にいたときは平気だったのにー!!)

実をいうと、バーバラは高所恐怖症で、高いところが苦手な女の子だ。

月鏡の塔にいたときは高所恐怖症以上に自分の姿が他人には見えないことが気になったため、怖くなったりはしなかったが。

「きゃああああ!!」

悲鳴を上げながら、レックめがけて飛び降りる。

そして、レックはバーバラをお姫様抱っこする形で受け止めた。

「よし、行こう!!」

受け止めることができて安心したのか、少しほっとした後で、レックはバーバラを降ろして先に行く。

「…俺を信じろ、か…」

レックが自分に行ってくれた言葉を口ずさんだ後で、バーバラはレックを追いかけた。

 

「おとなしくしろよ、このぉ!!」

「ここは眠ってもらいますよ!!」

「ラリホー!」

ハッサンの回し蹴りが魔物の後ろ脚に命中し、チャモロは甘い息を、ミレーユはラリホーを放って眠らせようとする。

なお、チャモロの甘い息は睡眠剤の成分が含まれた薬草を調合し、それを口に含んだ状態で吐くことで可能と萎えう業だ。

食べた場合は胃に入ると効果を発揮するが、成分を含んだ息であれば、嗅覚を刺激して催眠効果を生み出すという奇妙な特性を持った草であることから、チャモロ本人が眠ってしまうことはない。

胃に入ってしまわないように注意することができればの話だが。

「グオオオオオン!!」

だが、自身の眠気を振り払おうとしたのか激しい雄たけびをあげ、そのせいで3人が吹き飛ばされる。

周囲の壁や石にできた数々のヒビがそれの威力の高さを示唆している。

「みんな!!」

遅れて到着したレックは3人に駆け寄る。

「大丈夫、そんなにダメージは受けていないわ」

「確か、ストロングアニマルは熱に弱いはずです…。環境適応力が高いとはいえ、火山や砂漠に生息しているという話は聞きませんから」

「だったら、炎の爪を使って…」

「だめよ!炎の爪の炎はメラミと同じ威力。使うなら至近距離で当てないと危険よ」

ミレーユの言う通り、街中での強力な呪文の使用は周囲への被害を考えると危険だ。

メラミの場合、小さな家であれば全焼させてしまうほどの熱を持っている。

「だとしたら、町の外へ連れていけば…!!」

レックはストロングアニマルの前に立ち、破邪の剣を手に取る。

そして、それからギラを放ってそのモンスターを何度も攻撃する。

「こっちだ!!ついてこい!!」

何度も剣を振り、ギラを放ちながら正面入り口へ走る。

モンストルで一番大きい出入り口は南の正門で、門は破損する恐れがあるものの、被害を最小限に抑えたうえで待ちから追い出すことができる。

そして、そこなら炎の爪で焼くこともできるようになる。

「グオオオオ!!」

また、いくら強力な魔物とはいえ、ストロングアニマルの知能は低い。

簡単に誘導することができる。

ハッサン達に目もくれず、レックを追いかけ始める。

「なら、僕たちは先回りして、一斉攻撃の準備をしましょう!!」

「ええ!」

「お待ちください!!」

西口から外へ出ようとしたハッサン達を止める女性の声が聞こえる。

「な…!?」

「え、あなたは…??」

 

「よし、ここまで遠くまで行けたら…」

ハアハアと息をしながら、レックはジャングルの入り口付近まで到達した。

その30メートル先にストロングアニマルがいて、レックを追いかけている。

もうすでに町の外に出ており、ここであれば、ジャングルに気を付けるという条件がつくが炎の爪を使うことができる。

「そういえば、ハッサン達は!?」

周囲を見渡すが、ハッサン達の姿は確認できない。

そして、ストリングアニマルが巨体には似合わず、イノシシのように猛スピードでレックに向けて突っ込んでくる。

「まずい…!!」

「レック!」

レックを見ていて、側面への注意をおろそかにしていたストロングアニマルの左腹部に飛びついたバーバラが2本のダガーを突き立てる。

剣ほど刀身が長くないダガーだが、分厚いストロングアニマルの皮膚を貫通し、血管を傷つける。

そのせいか、刺した個所から赤い血が噴き出る。

(ふぇ…赤い血…??)

「下がれ、バーバラ!!」

「キャア!!」

痛みのせいで、ストロングアニマルが激しく暴れ始める。

そのせいでバーバラは吹き飛ばされ、近くの木の背中から衝突して、そのまま気絶してしまった。

「バーバラ!!」

気絶したバーバラの前に立ったレックは暴れるストロングアニマルをじっと見る。

そして、自分を傷つけた存在を消そうと2人に向けて突進を仕掛ける。

(相手は直線に動いてる…だったら!!)

楯を置いたレックは両手で剣を握る。

そして、ストロングアニマルに目を向けたまま両足を開き、剣を後ろに下げる。

これは地底魔城でシェーラが見せた魔神斬りの構えだ。

ただし、本来は両手剣を使うことが前提となっている剣技であり、片手剣では本来の威力を発揮することができない。

迎撃の動きを見せているのも知らず、ストロングアニマルは単調な突進を止めることはない。

「今だ!!」

ストロングアニマルの頭部がレックの体に当たるか当たらないかというギリギリのところでレックが力いっぱい剣を振り下ろす。

「ゴアア…!?」

刃が深々とストロングアニマルの頭部に差し込まれていき、赤い血がレックの服を濡らしていく。

「グオオオオオンン!!!」

レックの魔神斬りの影響か、両目からも血を流し始めたストロングアニマルがその場で倒れ、うめき声をあげる。

「あとはこれで…!」

もはや抵抗できないストロングアニマルに目を向け、とどめといわんばかりに炎が宿る破邪の剣で脳天を貫こうと、それの刀身を突き立てる。

「終わ…」

「待ってください、レック!!その魔物を殺してはいけません!!」

「チャモロ…??」

ストロングアニマルの背後から声が聞こえたため、横へ行って確認すると、そこにはチャモロとハッサン、ミレーユ、そしてメルニーや宿主をはじめとするモンストルの住人の人々がいる。

「殺してはいけないって、どういう…あ!!」

「んー…??」

レック、そしてちょうど気が付いたバーバラはここからびっくりする光景を目の当たりにすることになる。

紫色のストロングアニマルの体が白い光に包まれていく、

光と共にその肉体が煙のように徐々に消えていく。

そして、光が消えるとそこには全身が傷だらけで、上半身が裸になっているアモスが気を失った状態で倒れていた。

特に額からの出血がひどい。

「アモス様!!」

「急いで手当をしないと…バーバラも手伝って!」

「う、うん…一体どーなってるのー??」

わけがわからないものの、ミレーユの声でわれに返ったバーバラも2人を手伝い、アモスに回復呪文をかける。

「なんで、アモスさんが魔物に…?」

「魔物から受けた呪いなのです」

宿主がアモスを心配しながら見守りつつ、レックに説明する。

「あの時、確かにアモス様は魔物を殺すことに成功しました。しかし…あの魔物は最後のあがきといわんばかりに、とどめを刺したと思って背中を向けていたアモス様に爪を突き立てたのです。背中や尻にはそのときの傷跡が今でも残っているはずです」

治療が済んだアモスを町の男性2人が両肩を支えた状態で運び始める。

そして、レック達は彼の言っていたアモスの背中に残る大きな傷跡を目にした。

「そして、呪いのせいでアモス様は真夜中になるとこのようにあの紫色のストロングアニマルとなってしまい、夜が明けるまであのように街中をさまようのです。そして、魔物になっているときの記憶はアモス様にはありません。呪いを受けてしまったとしても…アモス様はモンストルの英雄です。そして、あのお方がこのような体になってしまったのは私たちが弱かったせい…ですから、何としてでもアモス様を守る責任があるのです」

運ばれるアモスを見守りながら、宿主が力強く述べる。

今のアモスは気を失っていて、今夜のことももしかしたら覚えていないかもしれない。

だが、いつまでもこのようなことが続いたら、死者が発生する可能性がある。

「あの頭から発生する赤い魔力…もしかしたら、あれは今回のことにも関係があるのか…?」

「かもしれないわね…」

レックがアモスの体から見えたあの赤い魔力についての情報はすでにハッサン達にも共有されている。

そして、レックの頭という言葉に宿主が反応する。

「頭…まさか、背中や尻ではなく、頭が原因だとでも??」

「ありえない話ではありませんよ。人間の脊椎は脳に情報を伝達しています。その脊椎に何らかの影響が発生した場合、脳にも何かしら異変が発生するということがあっても不思議ではありません」

「ということは…もしかしたら!!宿屋にある書庫を借りても大丈夫でしょうか!?」

「ん…?ああ、別に構わないが…」

「ありがとうございます!!」

なにかに取りつかれたかのように、メルニーは鍵を受け取り、宿屋へ向けて走っていく。

「なんでしょう…気になります」

「俺たちも追いかけようぜ!」

レック達はメルニーの後を追いかけるように宿屋へ急ぐ、

宿屋の裏には地下室への入り口があり、そこには書庫がある。

そこでは木材の加工法や野菜や果物の栽培、食べてよい草と食べてはいけない草の種類などの書物が数多く保管されており、宿主の手で種類ごとに整理整頓されている。

なお、ここは村人に対しては無料で貸し出しが行われている。

メルニーが手にしたのは薬草に関する本だった。

そして、彼女がもしかしてと思った内容のある本は数分で見つけることができた。

「うう、本まみれで頭が痛くなるぜ…」

「珍しいわ…こんなにたくさんの本があるなんて…」

少し手狭で、本棚と本棚の間の隙間は大人2人分程度しかないそこには長い間蓄えてきたモンストルの人々の知識が詰まっている。

きっと、モンストルをよりよい街に発展させ、子孫に残したいと思って、外界と接触するわずかな機会を利用して本を集めたのだろうし、蓄積した知識を自ら本にまとめることもしたのだろう。

「理性の種…これなら、アモス様を…」

「理性の種?」

聞いたことのない種の名前を聞いたレックはメルニーのそばまで行き、その名前を口にする。

「キャ!?ああ、すみません…たぶん、頭に原因があるとするなら、きっとこれなら聞くんじゃないかと思いまして…」

メルニーはレックに本を渡す。

タイトルは『秘薬づくりのための薬草全集』で、理性の種について書かれたページが開いている。

「ええっと、理性の種は強い苦みを発するものの、脳に強い刺激を与え、それに悪影響を与えていた血の塊や魔力を排除する力を秘めている。ただし、草になるとその成分が失われてしまうため、種の状態で採取しなければならない。主に収穫できると思われる場所は年中氷点下を維持でき、降雨量の多い山…」

「モンストルの北にある山の山頂に理性の種が育つ場所があります。亡くなった祖父のボケを治すために取りに行ったので、場所はわかるのですが、最近は魔物が活発化して…」

「うう、また山ぁ…??」

宿屋の屋上から飛び降りるのが怖かったためか、バーバラはげんなりする。

だが、アモスを救うためにはそこへ行くしかない。

しかし、考えてみればレック達はただの通りすがりの旅人で、この事件の当事者とは言えない。

見捨てようと思えば、そうすることもできる。

「…いこう、北の山へ。俺たちがついている職業の修行の一環だと思えばいいし、運が良ければそこでトム兵士長に関する情報を手に入れることができる」

「上るのかよ。まぁ、そういうとは思ってたけどな」

夢の世界のレイドックの兵士採用試験で、タイムロスになることは承知の上で見ず知らずの人を助けたレックを知るハッサンはやれやれと思いつつ、納得する。

「出発するのであれば、太陽が昇ってからにしましょう。少し、休む必要もありますし」

アモスとの戦闘でハッサンを除く全員がわずかながら魔力を消費している。

ムドーの島などで呪文を極力使わないで進む重要性を学んだ全員は疲れをとるためにも寝室へ戻っていった。

(旅のお方…どうか、よろしくお願いします)

メルニーは書庫から出ていく5人を見つめ、彼らの無事とアモスの完治を、静かに十字を切って祈った。



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第30話 モンストルその3

モンストルから北に位置する山。

モンストル南部が熱帯雨林であるにもかかわらず、この付近は年中雪が降り続けている。

そのため、人が来ることが少なく、そのせいで魔物の数が多い。

その山の中に自然にできた洞窟がいくつもあり、旅人はやむなくやむなく登山しなければならない場合、それを使って頂上を目指す。

その中で、戦闘は始まっていた。

「うぉぉぉらぁぁ!!」

壁にある岩を引き抜いたハッサンが投擲する。

アロードックが比較的涼しい環境に適応するため、毛皮を青く、そして分厚くしたドッグスナイパー数匹が岩を受け、一撃で消滅する。

また、ミレーユが顔の周りに手を添えたり、頭の後ろから手を回したりする難しいポーズを、一定間隔で繰り返すヴォーギングを踊る。

踊る彼女の周囲に青い波紋が発生し、その波紋を受けたヒートギズモとストーンビーストの体から魔力が漏れ出していく。

これは踊り子の技の一つである不思議な踊りで、踊りが生み出す波紋が疑似的に魔力を生み出し、周囲に干渉する。

より上達していけば、それで漏れ出した魔力を操り、体内に吸収する、つまりは吸収呪文マホトラに似た力を発揮することができるらしい。

「そっこー!」

バーバラが動き回りながら2本のダガーで奴隷兵士、およびオークマンの鎧の隙間を攻撃する。

更に、メラミで洞窟に侵入しようとする魔物を丸焼きにする。

それは胸部と腹部が丸見えになっているオレンジ色の服と白いターバンというアラビアの商人のような姿をしていて、自らの魔力で生み出した分厚い雲に乗った巨人である雲の巨人で、風を利用した攻撃を得意としている。

また、それ以外にもエビルポッドやカメレオンマンなど、これまでの旅で出会った種類の魔物と戦ったが、ダーマの書によって鍛えられたレック達の敵ではなかった。

特に、ストーンビーストやラリホーンといったムドーの島や城、地底魔城で苦戦した経験のある魔物と戦った時に自分たちのレベルアップを実感することができた。

「よーし、これで一掃したな!」

魔物がいなくなったのを確認したハッサンが水筒の水を飲む。

いかにレベルアップによって強くなったとはいえ、生物には疲労というものが存在するし、食べ物や水がなければ生きていけない。

強くなっても、休息や食事、給水はしなければならない。

「ねーレックー、モンストルで買った燻製肉食べるー?」

「うん、ちょうどおなかがすいたから」

刀身を軽く手入れしたレックはバーバラから燻製肉を受け取る。

保存を重視しているせいか、塩辛いものの、食べれないものではない。

もっと砂漠などの熱い場所ならば、重宝されるかもしれない。

「頂上までもう少しです。うまくいけば、明日の昼までにはモンストルに戻ることができます」

パンを食べるチャモロがモンストルで入手した山の地図を見ながら言う。

北の山までは場所を使って半日かかる距離にある。

距離としてはレイドックからゲントの村までの長さに近いものの、モンストル北部には草原が広がっており、移動がしやすい環境となっている。

朝一番にモンストルを出て、到着したのが夕方。

一夜を洞窟の中で過ごし、レック達はこうして頂上を目指している。

休憩を終えたレック達は洞窟を抜ける。

「ここだ…」

「ついたぁーーー…」

抜けると見えてきたのは頂上にある小さな草むらで、バーバラは崖に目を向けないよう、若干うつぶせ気味に倒れた。

「バーバラ、まだ終わってないわよ。アモスさんのために理性の種を…??」

モフッとミレーユの太ももあたりに何かが当たる。

気になった彼女はそこに目を向ける。

「…」

そこには両手で木槌を持ち、背中にはじょうろや肥料、石でできたナイフなどが入ったかごを背負っている小さな魔物がいる。

かぶっているかのように見える茶色い体毛と黄色い肌、黒いつぶらな瞳で大きさはチャモロの半分程度しかない。

「襲って…こない??」

この状況であれば、奇襲攻撃をしてくるはずなのだが、この魔物は攻撃してこない。

それよりも、ミレーユに対して頭を下げた後で、何も言わずに草むらへ向かってしまう。

「あの魔物、ブラウニーですよ。雪山で生息しているという話は聞きませんが…」

人目を気にせず草むらの手入れを始めるブラウニーを見ながら、チャモロはその魔物について解説する。

「それよりも早く理性の種を探して山を下りよーぜ。アモスさんが待って…」

「…---!!」

レック達に目を向けながら歩くハッサンの顔にブラウニーが突然飛びつく。

突然のことにびっくりしたハッサンは後ろに倒れてしまう。

「な、なにすんだよ!?」

顔に引っ付いたブラウニーを右手でつかみ、怒りながら言う。

それに対して、ブラウニーは何も言わずに左手で指をさす。

その方向はハッサンがこれから歩くはずだった進路と一致する。

草むらに隠れてよく見えないが、そこにはまだはえたばかりの芽があった。

人差し指に爪と同じかそれ以下の大きさで、丸い葉が2枚ある。

「お前、こいつを守るために…それは…悪かったな…」

申し訳ないと思い、ハッサンはブラウニーを両手で持って、目の高さまで上げ、謝罪する。

「ギャアアアア!!!!」

「魔物…!?」

レックが剣を抜き、チャモロにアイコンタクトをする。

「鳴き声で羽ばたく音から考えると…おそらく、ヘルコンドルかと!!」

「ありえなくねーな…!」

ブラウニーをおろしたハッサンは拳を構えながら言う。

ヘルコンドルは紫色の肌と黄色い爪、白い羽毛を持つその名の通りコンドルの姿を模したモンスターだ。

寒い環境に生息するその魔物がこの北の山を住処に選んでもおかしくない。

バーバラが起き上がり、ミレーユも鞭を手にしてからわずか2秒でヘルコンドルがレック達の目の前に現れ、襲い掛かる。

「まずは足を止めます!!」

そういいながら、チャモロはバギマを唱え、ミレーユは援護をするようにヒャドを唱える。

寒い環境に生息してはいるものの、ヘルコンドルはなぜかバギ系やヒャド系に弱い。

その理由については研究者でも議論されており、現在の定説はヘルコンドルはコンドルと同じく、一生一つがいで過ごすことと繁殖寿命の長さ、出生率の低さ(とはいうものの、コンドルよりも子供は残している)から生まれた卵が貴重であり、それを守るために本来は苦手な寒い地域を住処に選んでいるだけということになっている。

その根拠の一つとして、海上でヘルコンドルの姿を見たという話がある。

しかし、標準な気温の地域でヘルコンドルの住処を見たという情報がないことから、信憑性は不明だ。

「ゴアアアア!!」

ヘルコンドルは急旋回して2つの呪文をよけ、ミレーユとチャモロに向けて口から青い光線を放つ。

距離があったことで、時間があったために回避することができたが、光線が当たった地面にある石がどこかへ消えてしまっていた。

「バシルーラ…こんな場所で受けたら…!!」

バシルーラは敵を遠くまで吹き飛ばしてしまう強制移動呪文だ。

行く場所をある程度指定することのできるルーラとは違い、ただ単純に吹き飛ばすだけなので、それほど難しくない呪文であることから、現在でも一部の魔法使いが使用できるとされている。

「ふざけるなよ!?こんな場所でバシルーラを受けたら、落っこちちまう!!」

焦るハッサンをあざ笑うようにヘルコンドルはバシルーラを連発する。

「もう、バシルーラしないでーー!」

バーバラはメラミを唱え、火球がヘルコンドルを襲う。

しかし、バシルーラの光線を受けたせいか、火球が別の場所へ行ってしまう。

「バシルーラにあんな効果が?!」

「まぁ、理論上ではできるかもしれませんが!」

できれば、バシルーラがそのような応用ができないとチャモロは思いたかった。

だが、こうして呪文もバシルーラの影響を受けることが分かってしまった以上、むやみに呪文を放つことができなくなった。

たとえそれがバギやヒャドであっても。

手をこまねくレックたちに追い打ちをかけるため、ヘルコンドルが急降下する。

両足の爪で獲物をつかみ、上空から落とすことで始末しようと考えているようだ。

「チャモロ!!」

降下するコースにチャモロがいることを一番早く分かったハッサンがチャモロの肩を持ち、ともに伏せる。

ヘルコンドルはそれによって、獲物をつかむことに失敗し、再び上空へ行く。

その時に爪が当たったせいか、チャモロの帽子が地面に落ちる。

仮にハッサンに助けられなかったら、首を取られていたかもしれない。

「後ろを向いている今なら!!」

「いっけーー!」

後ろを向いたままのヘルコンドルに向けて、ミレーユのヒャドとバーバラのメラミが襲い掛かる。

しかし、ヘルコンドルはまるで背中にも目があるかのように悠々とそれらの呪文を回避する。

「きーー!!悔しぃ!!」

地団太を踏みつつ、ヘルコンドルが優雅に飛ぶさまを見る。

ある程度距離を取った後で、その魔物は反転し、バシルーラを口から放ちながら前進を始める。

「遠くだとよけられるなら!!」

バシルーラをかわしつつ、レックは楯を叩く。

その音を聞いたヘルコンドルはレックに目を向けた。

楯叩きによる、ヘイトコントロールには成功した。

「バシルーラでは呪文まで吹き飛ばされる…しかし!!」

レックから西に大きく距離を置いた状態でチャモロはマホトーンを唱える。

彼に気を取られていたヘルコンドルにマホトーンが発する波紋が直撃する。

その瞬間、口からのバシルーラが消えてしまった。

「ギィイイイイイ!!!」

呪文を封じられたヘルコンドルは腹を立ててチャモロを見る。

そして、今度こそ首を取ろうと接近を始める。

しかし、それと同時に右の翼が凍り付き、左の翼が炎に包まれる。

「ちょっとぉ、何をよそ見してるのぉ?」

「これでもう…飛べないわね」

「さあてっと…よくもいろいろとやってくれたよなぁ!」

バキッゴキッと拳を鳴らしながら、ハッサンがヘルコンドルに接近する。

往生際が悪いヘルコンドルは何度も口を開き、バシルーラを放とうとするが、口から出るのは息だけだった。

そのため、逃げようと必死に翼を動かそうとしている。

「そんなに飛びたきゃ…」

ハッサンは右手でヘルコンドルをつかむ。

そして…

「今すぐ飛ばしてやるよーーー!!」

思いっきりヘルコンドルを砲丸投げのように投擲した。

ギャアアアと泣き声を上げながら、ヘルコンドルは空へと消えていった。

「よーし、よく飛んだぜー」

「ふう…俺、盾をたたいただけで何も出番なかったな。主人公なのに…」

ため息をつきながら、破邪の剣を背中の鞘に納めていると、ブラウニーがレックの前に立つ。

「ん…?どうしたんだ?」

膝を曲げ、目の高さをできるだけブラウニーと同じにして声をかけるレックに、彼はさやえんどうのような形の種を渡す。

「理性の種…!!くれるのかい??」

レックの言葉にブラウニーは肯定の意味を込めて、首を縦に一回降る。

「じゃあ…」

種を受け取ると、ありがとうという代わりにブラウニーの頭をなでる。

彼の左手にはもう1粒の理性の種があった。

「あーー!またブラウニーだ!!」

洞窟から出てくる2匹のブラウニーがレックのそばにいるブラウニーのもとへ行く。

大きさは例のブラウニーと比べると1センチか2センチくらい小さい。

彼らとアイコンタクトをしたブラウニーは3匹仲良く洞窟の中へ戻っていく。

「それにしても、どうしてブラウニーはここで手入れをしていたのでしょうか??」

「気になるなぁ…ねえ、ついていってみよーよ!」

そういってバーバラは走って追いかけていく。

「待ってくださいよ!早く山を下りてモンストルへ…」

「確かに気になるよな…」

「もう、しょうがないわね。バーバラは」

ハッサンに続いてミレーユも追いかけて行ってしまう。

レックは何も言わずに、ため息をつくチャモロの肩に手を置いた。

「ふぅ…まぁ、ちょっとだけなら大丈夫ですけどね…」

 

チャモロの願い通り、3匹のブラウニーは洞窟に入ってからわずか10数分歩いたところにある小さな巣で止まった。

巣と言っても、あるのは枯れ木を並べて床兼ベッドを作った程度のものだが。

そこには最初に見たブラウニーよりもわずかに大きなブラウニーが横になっている。

高齢のためか、横になったままで起きる気配がない。

「もしかして、あのブラウニーってお母さんかな?」

近くにある曲がり角で隠れながらその姿を見守るバーバラがいう。

「そうかもしれませんね。ああ、そういえば理性の種には脳の病気を治す効果があると言ってましたね」

一番小さいブラウニーが木槌で理性の種を何度もたたき、粉にする。

それを母親のブラウニーに飲ませる。

すると、そのブラウニーはそっと子供たちに頭を撫でた。

「そっかぁ、お母さんの病気を治すために…」

「親子の情というのは…人も魔物も変わらないということでしょうか」

「家族、なぁ…」

チャモロの家族という言葉を聞き、ハッサンは自分の両親のことを思い出す。

(ちゃんと届いてるよな…おやじとおふくろに…)

 

ハッサンが両親に思いをはせている時と同じ時間帯のサンマリーノ。

その北端に位置する小さな灰色のレンガでできた家の中で小さな騒ぎが起こっていた。

「あんたぁ!!手紙、手紙だよぉ!!」

「うるせぇな、イシュー!!どうせ仕事の手紙だろ?」

大工道具の手入れをしながら、マーヴィンが買い物から戻ってきた女性に怒鳴る。

「そうじゃない!ハッサン、ハッサンからの手紙だよ!!」

「…」

息子の名前を聞いたマーヴィンは急に黙り込んだ。

若干手も止まったものの、十秒程度で再び動き始める。

「まったく、いつもなら適当に置いとけっていうのに…」

「…」

いつもとは違う反応を見せる彼に苦笑する。

そして、イシューは手紙を読み始める。

 

おやじ、おふくろ。

勝手に、俺のわがままで出て行っちまってすまねえ。

今、俺は仲間と一緒に世界を回る旅をしてる。

信じてくれねえかもしれねえけど、世界を救うためだ。

だから、まだ帰ることはできない。

それに、今の俺はまだまだ弱え。

せめて親父を超えるくらい強くならなきゃあな。

そのときは必ず帰る。

帰って…親父の跡を継ぐ。

最近になって、武闘家と大工の両方を極めちまうのもいいかなって思うようになったんだろうな。

で、その時は…もう一度謝らせてくれ。

そして、俺に大工仕事を一から教えてくれ。

本当ならもっと書きたいことがあるけどな、ちょっと時間がないからここまでにさせてくれ。

じゃ、また機会があったら手紙を送るからな。

ハッサン

 

「ハッサン…」

読み終えたイシューは手紙を抱き、涙を流す。

「ふん…。半人前のくせに調子に乗りやがって…。ああ、くそっ!」

珍しくトンカチの叩く位置がずれてしまう。

すると、彼はトンカチを自身の右側にある道具箱の上に置き、腰のベルトにひっかけている布で目の周りを拭く。

「ああ、てめえが手紙を読んでるせいで手元が狂ったじゃねえか!」

「はいはい」

長年の付き合いのせいか、イシューはマーヴィンの理不尽な叱りを正面から受け取らず、軽く受け流す。

「もう1枚、布を取ってこい!ああ、汗のせいで目がかゆい!!」

「全く、あんたって人は…」

しょうがないなと思い、フゥと息をすると、イシューは隣の部屋へ布を取りに向かう。

彼女が部屋のドアを閉めた後、わずかに男の鼻をすする音が聞こえたが、再び開くと、それは聞こえなくなった。

 



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第31話 モンストル その4

「いやぁーー、申し訳ない!本っ当に申し訳ありません!!」

夕方のモンストルのある家の中で、アモスが笑いながら後頭部をかいて大笑いしている。

そして、彼の目の前にはレック達5人がいて、みんな武器を床に落として脱力していた。

「眠ってばかりで退屈でしたし、なにか面白いものがないかなーなんて思っちゃって…そしたら、理性の種を飲んで偶然…アハハハハハ!!」

「わ、笑い事じゃねえよ…アモスさん」

「しかし、まぁ…治ったのはよかったですよ」

「うん。もうあの赤い魔力は出てない」

ひきつった笑顔を見せるチャモロだが、レックと同じく少し安心している。

「もー、まさかあんなことが起こるなんて…」

 

これは先ほどから20分前…。

モンストルに戻ってきたレックたちは宿屋によらずにアモスの家に立ち寄った。

メルニーは買い出しに出ていて留守だ。

「おや…みなさん。もう街を出られたのかと…あ痛たたた!!」

部屋に入ってきたレックたちを迎えようと、少し起き上がろうとすると、体中に強い痛みが発生し、あえなく横たわる。

「メルニーさんから頼まれたものを持ってきました」

「これこれ!!」

バーバラが理性の種を取り出して、アモスに見せる。

「この種でアモスさんの病気も治るよーー!」

「ああ…それをわざわざ。ありがとうございます!!」

「それは完治してから言ってください。では…」

チャモロが調合用の道具を取り出し、まずは理性の種をすりつぶす。

そして、それに別の粉末にした薬草や水を加えて混ぜていく。

このようにしてできた、ドロドロな液体をアモスの口の中に入れる。

「うう…に、苦い!!良薬口に苦しとはいいますが…苦い…!!」

あまりの苦さに吐き出しそうになるが、我慢して喉を動かす。

苦さを軽減するためにほかの甘みのある薬草を加えているが、それ以上に理性の種の苦みが上回っているのだ。

「う、うう…!!なんだか、なんだか体が熱い…!!!」

手のひらサイズの容器の中いっぱいに入っていた理性の種の液体薬を飲み干したアモスが急に掛布団を投げ出し、ベッドから飛び出す。

「すげえ…寝込んでいたアモスさんが動いた!!」

「しかし、体が熱いというのは…??」

「う、うう…ウオオオオオオ!!!?!?」

ベッドの北側にある比較的開けた空間に走っていったアモスの体が紫色に光りだす。

そして、その光の中で彼の体が変化していく。

「ま、まさか…!?」

「遅かった、っというの…??」

光が収まり、アモスがいた場所にはあのモンストラーがいる。

しかし、町の中で見た時とは違い、大きさは1.5メートル程度で、半分以上も縮んでいる。

それでも、モンストラーから放たれるプレッシャーに変化はない。

「くっそぉ!!もうやるしかねーのかよ??」

やむを得ずハッサンは腰を落とし、深呼吸をしてからモンストラーを見る。

「悪い…アモスさん。一撃できめっから、許してくれよ!!」

モンストラーの目と目の間に光が見える。

そこに拳を叩き込んで終わらせる。

レック達も武器を手にし、正拳突きが失敗した場合に備える。

「グオオーーーーーン…なーんて、驚いちゃいましたか??」

「…は??」

咆哮した後、急にアモスの声が聞こえた。

そして、モンストラーの体が一瞬白い煙に包まれると、その姿がアモスに戻った。

 

「いやー、それにしてもこんなにきれいに騙されてくれるとは思いませんでしたよーー!!アハハ…」

まだ笑っているアモスを見て、ハッサンが右こぶしに力を入れている。

このタイミングの悪い冗談にご立腹なのだろう。

「ここは抑えて、ハッサン」

「そうですよ。これも治った証拠…だと思えば…」

「…そう、だな…」

ミレーユとチャモロに説得され、力を抜く。

ようやく笑い終えたアモスはレックから理性の種を飲むまで彼の身にどのようなことがあったのかを包み隠さず説明された。

今まで寝たきり生活を送るようになった原因は魔物の呪いであること。

そして、夜な夜な魔物となっては町をさまよい歩いていたことを。

「なるほど…。となると、私は町の皆さんにすごく迷惑をかけてしまった、ということになりますね…」

説明を聞き終えたアモスは少しうつむきながら、そう漏らす。

不可抗力だったとはいえ、自分を助けてくれている恩人たちに迷惑をかけてしまったことに耐えられないのだろう。

しかし、すぐに彼は切り替えた。

「理性の種のおかげで、先ほどのいたずらをしたように、魔物に変身しても意識を保つことができる。もしかしたら、この力が皆さんのお役に立てるかもしれません」

「お役に立てるかもしれませんって…アモスさん、もしかして…」

「はい!しばらく皆さんと行動を共にさせていただけませんか?私を呪いから解放してくれた恩を返したいのです」

「ただいま戻りましたー」

ドアが開く音がし、アモスたちのいる部屋に野菜が入った籠を背負ったメルニーが入ってくる。

そして、立っているアモスを見ると、両手で口を覆う。

「あ、メルニーさん!いやぁ、あなたが教えてくれた理性の種のおかげで、こんなに元…って、メルニーさん!!?」

話し終わらぬうちにメルニーが抱き着いてきたため、顔を真っ赤にしたアモスが彼女を見る。

「よかった…よかった、アモス様…」

「…すみません。ご心配をおかけして」

「いいのです。アモス様がお元気になられたのなら…」

真っ赤になった顔を元に戻せないアモスはどうすればよいのかわからず、全身が硬直する。

「え、ええっと…僕たちは、その、お邪魔みたいですので、失礼します!!」

「そうね。ここは一旦引き揚げるわ。バーバラ」

「えーー、こんなにいー展開を見逃せっていうのー??」

「くそぅ…。なんで俺には春が来ねーんだ?」

「今のはきかなかったことにして、早く来いよ。ハッサン」

2人だけの世界にいるアモスたちの邪魔にならないように、5人は家から出て行った。

 

出て行ったから十数分後、ようやくアモスを開放したメルニーはじっと彼を見つめる。

「メルニーさん。すみません。私は…」

「わかっています。あの方々と一緒に旅立たれるのですよね?」

「はい…」

「ドア越しに聞こえたのです。その…」

一度籠を降ろしたメルニーはしばらく下を向く。

わずかな静寂の時が流れたのち、彼女はじっとアモスを見つめる。

「一つだけ、約束してください。アモス様」

「約束、ですか…?」

「はい。たった一つだけです。これだけを守ってくださるのであれば、もう何も望みません」

両手を強く握り、じっと何かを我慢するメルニー。

今度は下を向かず、じっとアモスを見ながら言う。

「必ず、帰って来てください。このモンストルに…。それまで、私はいつまでもお待ちしています」

「メルニーさん…」

アモスにとって、恩人はレック達だけではない。

自分の傷を長い間手当てし、見守ってくれたメルニーをはじめとするモンストルの人々もまたそうだ。

これからレック達と一緒に旅立つことを考えているアモスはしばらく、モンストルに戻ることはできないし、当然のことながら彼らへの恩返しはお預けとなる。

恩返しをするためにも、必ず生きて帰らなければならない。

だとしたら…。

「わかりました。メルニーさん…。必ず帰ってきます。モンストルへ…あなたの元へ…」

「アモス様…」

我慢しきれなくなったのか、メルニーは涙を流す。

そんな彼女に困ったなと言いたげな苦笑を見せたアモスはそっと彼女が泣き止むまであやし続けた。

 

そして、翌朝…。

「みなさん…長い間お世話になりました!!」

町の正門前に集まっている人々全員に向けて、アモスは頭を下げる。

「アモス様…」

「行かないでくれよぉ!まだ俺たちはアモス様に何も…」

「そうですよ!!まだこの街に…」

人々の中にはアモスにまだこの街にいてほしいという人が何人もいる。

そんな人物がいることは、アモスも承知の上だ。

「わかっています。私もこの街にやり残したことがあります。まだこの街にいたい。しかし…私を救って呉れたレックさん達に恩返しをしなければならない。そして、第2、第3のモンストラーによって私のような人間が生まれないようにするためにも…。私はいかなければならない。行かなくてはならないのです!」

アモスの言葉を聞き、町の人々は沈黙する。

ほんの少しだけ黙った後で、アモスは続ける。

「そして、私は皆さんにお約束します。どれだけ時間がかかるのかはわかりません。しかし…必ず、必ず生きてこのモンストルへ戻ってくることを!!どうか…どうか私にその約束を守らせてください!」

「おーい、アモスの旦那ー!」

集まりに加わっていなかった荒くれの男が布で包んだ大きな武器を持って現れる。

「あなたは…武器屋さん…」

「へへ、アモスさんよ。旅に出るならこれがいるだろ?直ったぜ」

武器屋の男から手渡された武器を包む布を取る。

それはアモスと同じくらいの大きさで青白い刀身と白いすべり止めの布が丁寧に巻かれている長い柄を持つ大型の斧だ。

「これは…」

「あの魔物と戦った時に壊れちまっただろ?だから、俺たちで直したんだ。そして…」

左手で後頭部を抱えながら、男は斧の表面部分を指さす。

「アディー、クリスティン、マーベリック、コーリャ…メルニー…これは…!!」

「ああ。俺たち全員の名前を入れた。どんなに離れていても、モンストルはアモス様の味方。そんな英雄のために直した斧…名付けて、アモスエッジだ!」

「アモス…エッジ…」

生まれ変わった自分の斧を見つめ、それに刻まれた名前をすべて黙読する。

「グス…あ、ああ…ありがとうございます!!私、うれしすぎてまた変身しちゃうかも…!!」

「おいおい、勘弁してくれよアモスさーん」

号泣しながら冗談を口をするアモスに町人はみな爆笑した。

(それにしても…)

涙をふきつつ、周囲を見渡すアモス。

住民のほとんどが集まっているものの、1人だけ、どうしてもお礼が言いたい人がいない。

 

「行かなくて、よろしいのですか?」

「神父様…」

教会の中で、ほうきを持った神父が十字架に向けて椅子に座った状態で祈るメルニーに尋ねる。

彼女はアモスの見送りに向かわず、ここでずっと祈っている。

「いえ…。挨拶は昨晩済ませましたから…」

「そうですか…。では、私は外の掃除をしてきます」

軽く頭を下げた神父はほうきを握ったまま外へ出た。

外で彼が掃除をしている間、教会の中は女性のすすり泣く声だけが響いた。

 

「うううー、グスグス…」

ファルシオンにひかれ、レック達を乗せた馬車が再び密林の中を歩く。

そんな中、アモスはモンストルを出てから1時間たっているにもかかわらず、泣き続けていた。

「もー、アモスさん。早く泣き止んでよー」

「な、泣いでまぜんよぉー。うわーん、グオーン!」

「…なんで魔物の鳴き声が混ざってるのかしら?」

苦笑いするミレーユが彼に涙を拭くための布を渡す。

迷わずそれを手に取ったアモスは両目をそれで隠した。

「ま、アモスさんは泣き止むまでほっとくとして、レック。次の行き先はどうする?」

「物資の補給ができたし、アークボルトへ行こうと思うんだ」

「グズズ…アークボルト、でずが??あそこ、今大変なことになっでいるみだいでずよー…グシュン!!」

「大変なこと…??具体的に教えてくれねーか…って今は無理だな」

 

それと同時刻、モンストルから、そして北の山からさらに東にある砂漠地帯。

普段は砂以外に何もない場所だが、この日は魔物の死体が転がっている。

青い粒子となって消滅するのは時間の問題だ。

マッドロンや踊る宝石、抜け殻兵、ストーンビーストの死体には剣で切られたかのような傷がいくつもついている。

生き残っているのはストーンビースト1匹のみ。

「ふん…もうお前だけか。つまらねえ…」

2本の剣を持つ銀髪の少年はため息をつくと、じっと生き残りに目を向ける。

その魔物はグゴゴと鳴きながらゆっくりと後ずさりする。

20体近くいた仲間が全滅し、しかも傷一つ負わせることのできなかった、化け物じみた実力の彼におびえているのだ。

「お前は…どうなんだ?こいつら以上に強いのか??」

「グオオオオ!!」

何とか身を守ろうとアストロンを唱えようとする。

しかし、その前に自分の体が4つに切り分けられた。

「弱い…」

剣をしまおうとしたとき、右手の剣に違和感を感じ、その刀身を見る。

刀身の下の部分に大きなひびができていた。

「ちっ…。まぁ、長い間使っているからな…もう寿命か」

よく見ると、幾重もの刃こぼれが生じていて、今後ストーンビーストのような斬るよりも叩く方が有効にダメージを与えることのできる硬い魔物を相手にした場合、厳しくなるかもしれない。

「次に手に入る剣は俺を満足させてくれる、最強の剣か…?」

剣をしまったテリーは水筒の水を一口飲み、じっと北にある城に目を向ける。

灰色のレンガで作られた中央の城、それを包む幾重もの壁と堀。

そして、右手に槍、左手に長杖を握った騎馬戦士が描かれた国旗。

これが世界一の軍事力を持つ国家、アークボルトの城。

「待っていろ。俺がお前の本当の使い手だ」



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第32話 アークボルトと青い剣士 その1

モンストルでの騒動を解決し、アモスを新しく仲間に加えたレック一行。

船は東へ進み、アークボルト国領南西にある国立港に到着した。

「物騒なとこだなぁー、もう少し歓迎ムードを見せてもいいだろ」

「仕方ありませんよ。最近、アークボルトはピリピリしているみたいですから」

ダーマの書で自分の職業を探しながらハッサンを諭すアモス。

ドックの東西両サイドにある白いレンガ造りの塔の上では弓を持った兵士2人が監視し、海上にもアークボルトの国旗が刻まれた2隻の船が側面についている10門の砲台をいつでも発射できるように準備している。

「アモスさん、ピリピリしていると言っているけど、アークボルトに一体何があったというの?」

「ええ…。実をいうと、アークボルトの近くでとんでもない魔物が出たとか。その魔物が東にある洞窟を住処にして、近づいた人や魔物を見境なく襲うばかりか、北の村につながるトンネルを破壊してしまったとか。討伐隊を出したのですが、返り討ちにあい、世界一の軍事国家のプライドがズタズタに…」

「…アモスさん、最後の言葉は余計だと思うわ…」

確かに、世界一の軍事国家を名乗るアークボルトにとって、戦いに敗れるというのは屈辱的なことかもしれない。

だが、それを口にしてしまったらお終いだ。

「アモスさん、絶対にその言葉を国内で言ったらいけませんよ?」

 

「では、この布をメインマストと舵に巻いてください」

ドックに船を止めると、さっそくアークボルトの兵士たちが船内のチェックを行った。

そして、魔法陣が描かれた青い布をレックに渡し、それを指定した場所に巻かせた。

「なぁ、あの布ってなんだよ?」

「あれは勝手に出港した際にすぐに大きな音が鳴る魔法陣です。防犯のために停泊した船にはすべてこのような措置をさせていただいております。ですので、勝手にこの布を破壊する、もしくはほどくようなことがあったら、多額の罰金を請求されることになりますので、ご注意ください」

「罰金!?罰金って、どれくらい…??」

「1万ゴールドです」

「えーーー!?そんなにーー!?!?」

驚く5人に対して、全く無表情に兵士がうなずく。

そして、船内からファルシオンと馬車が降りてきた。

「その代わり、船は我々アークボルト兵が責任をもって、無料て管理をします。予算が国内の税金で賄っていますので、あなた方旅人は恵まれていると思っていただかないと…。なお、アークボルト城はここから東に馬車で半日です。お気をつけて」

そういい終わると、兵士は持ち場へ戻っていく。

だが、5人の近くには常に3人近くの兵士が待機しており、常にドック内で監視をする。

「うう、この国早く出たい…」

「同感だ。トム兵士長について、情報を得たらすぐに出よう」

少なくとも、アークボルト西の洞窟よりも北は拠点である城から距離があるため、少なくともここのような過剰な警備はないだろう。

ライフコッドに住んでいたころ、レックはレイドック兵を見たことがあるのは月に1度か2度ほどしかない。

その経験からの判断だ。

 

ドックを出た後、レック達は馬車を使い、東へ移動を始めた。

途中までは整備された草原を抜けるだけだったが、ドックと城の中間地点にある橋を通過すると、彼らを歓迎したのは広い砂漠だ。

また、踊る宝石やストーンビースト、抜け殻兵にマッドロンといった魔物が襲い掛かるも、戦った経験のある手レック達にとって、敵ではなかった。

また、アモスという新しい仲間もいる。

職業を武闘家に選んだ彼はアモスエッジで頑丈な石でできたストーンビーストを真っ二つに切り裂くだけでなく、時にはモンストラーに変身して地ならしや突撃など、重量を生かした攻撃を行った。

理性の種のおかげで正気が保てているものの、変身はかなり体力を使うらしく、変身後も体が自由に動かなければならないことを考えると、維持できる時間はせいぜい5分程度だ。

そうして、難なくレック達はアークボルト城にたどり着いた。

砂漠のある南の正門のみを唯一の入り口をした、レンガでできた城塞。

剣と呪文の2つを追求した、魔法戦士をスタンダードとした訓練を受けた屈強な兵士たちと最新鋭の大砲などの兵器。

現実世界の北東部に位置するアークボルトは軍事力中心の国家だ。

建国前の、現在ではアークボルト国領となっている土地の大部分が砂漠で、オアシスはわずかしかなく、それをめぐって同じ砂漠に生活する部族たちは激しい戦いを繰り広げた。

そして、剣と呪文を共に使いこなせる兵士を数多く育成し、臨機応変に戦うことができたとある民族がこの砂漠の王者となり、アークボルトを建国したという歴史がある。

その後、3代目の王になってから伝統的なザイ農法を発展させることに成功し、育林が可能となった。

そして、百数十年かけて国領の大部分の緑化に成功した。

なお、城の南側のみを砂漠のままにした理由はその歴史を忘れないようにするため、そして敵は空中を飛んだりしない限りは南側からしか城に潜入できないことから、少しでも動きを鈍らせるためだ。

「よーし、よく頑張ったな。ファルシオン!!」

縄文前に設置されている馬車置き場で、ほし草を食べているファルシオンをハッサンがいたわる。

なお、ここでもドックと同じように、馬車やファルシオンに布がつけられている。

「うーー、ずっと馬車で移動していると体が硬くなりますねー」

ゆっくりと背伸びをし、体を回すアモス。

もともと、徒歩や船で旅をしていたアモスにとって、馬車での移動は必要以上に体を休めてしまう。

それに長時間の馬車での移動は初めてだ。

「まずは宿屋へ行きましょう。あらかじめ部屋を確保しておかないと」

「うん。じゃあまずは城に入…!?」

急にレックは冷たい風を受けたような感覚を受ける。

しかも、同時に誰かに見られているような感じもした。

「おいレック、どうしたんだよ!?」

「ねーねー、どーしたのー??」

ハッサンとバーバラに声をかけられるが、今のレックにはその2人の声は聞こえない。

(誰なんだ?これの根源は…!?)

ムドーが見せたような、絶対的な力による王者の威圧感とは違う。

まるで、氷のような冷たい、何かを見透かすかのような威圧感だ。

プレッシャーが発せられているのは城門まで続く一本道。

そこに目を向けると、茶色い体毛で黒い鞍が装備された若い馬の手綱を握って歩く青い服の剣士の姿があった。

両腰に片手剣の鞘があるものの、右側の鞘には何も入っていない。

おそらく、何らかの理由で折れてしまったのか、なくしてしまったのかもしれない。

(銀色の髪…。そう、もしあの子は生きていたら…)

ふと、ミレーユは彼を見て、自分が奴隷になった後で殺されたと聞いた自分の弟を思い出す。

冷たい目線を除くと、肌や髪の色、そして面影はあまりに彼とうり二つだ。

「あの男のことが気になるか?」

入り口を守る兵士がレック達に声をかける。

藍色で背中にアークボルト国旗が刻まれた、ジャケットコート風の服で、鎧を着ていたドックや他国の兵士とは大違いだ。

これは最近就任した兵士長の方針で、重装備ではなく、機動力を重視した服を基本装備にすることになったためだ。

服に使用されている繊維は魔力によってある程度コーティングされており、鉄製のヘルメットとプロテクターが装備によって、低下し防御力を補っている。

「ねー、兵士さん。あの銀髪の人って?」

「さあな。名前や経歴はわからんが、巷では青い閃光とかなんとか呼ばれている凄腕の剣士だとか。雷光の騎士と呼ばれた我が国の兵士長、ブラストを倒したほどだ。噂以上の力量…恐るべし」

剣士の後姿を見ながら、兵士はいう。

言っている間、その時の戦いを見ていたのか、両拳が震えていた。

「そういえば、おぬしらも腕が立つのか?」

「え…?あ、まぁ、それなりには…」

突然の質問に驚いたレックはあいまいな答えを出す。

一応、4人がかりではあるがムドーを倒したため、普通の旅人以上の力はある。

そんな答えを受けた兵士は6人をじーっとみる。

「うん。あるかないかはこの後調べたらわかる…。今、アークボルトでは強者を求めている。西の洞窟に住み着いている魔物を倒せるくらいの力を持つ強者を。その魔物はわれらアークボルトの軍隊でもかなわなかった相手だ」

「その、もし討伐できたら…」

「討伐の暁には、アークボルトに伝わる名剣、雷鳴の剣を与える」

「雷鳴の剣とは太っ腹な…」

「知ってるのか?アモスさん」

「ええ!雷鳴の剣は昔、魔導士と刀鍛冶が力を合わせて作り上げたといわれる魔剣の1本です。話には聞いていましたが、まさか本当にアークボルトにあったとは…」

武器に呪文の力を宿すというのは並大抵のことではない。

刀身に使われる金属1種類1種類にはどのような魔力と調和するかの相性があり、量産が難しい。

雷鳴の剣のほかに、魔剣があるとしたらそれは破邪の剣、奇跡の剣か過去に勇者が使ったとされる伝説の剣、そして吹雪の剣があるものの、破邪の剣を除き、残り3本は現在も行方が分かっていない。

「けど、俺は…」

確かに雷鳴の剣は魅力的な武器ではあるが、レックはなぜか浮かない表情を見せる。

魔剣であるという前に、父親の形見であるこの剣以外の武器を使いたいとどうしても思えないのだ。

「あーー。もらった時にそんなこと考えりゃあいいだろ?」

「そうよ。それに…王様や兵士長に会う機会があれば、トム兵士長の情報を得られるかもしれないのよ?」

「トム兵士長の…」

ミレーユの言葉で、今の旅の目的を思い出す。

今はトム兵士長を探す必要がある。

そして、王や兵士長であれば、国領の情報をすべて握っていることから、彼の行方に関する情報をつかめるかもしれない。

普通の旅人であれば、簡単に王と会うことができないが、今なら会うチャンスがある。

「ま、魔物討伐…引き受けよ…」

「いや、その前に城内で試験を受けてもらいたい。中途半端な力しかない者があの魔物に挑んでも、死ぬだけだからな。ちなみに、あの剣士もその試験をクリアしたうえで、こうして出発したんだ」

「えーーーっ!?なんでー!?あたしたちは魔お…んーんー!!」

「ま、魔お…?」

「いえ、何でもありません!!」

「んーんー!!」

「ま、まぁいい。仮に試験を受ける気があるなら、城1階中央にある受付場に来てくれ」

そういって、兵士はその場を後にした。

そして、レックはようやくバーバラの口から手を離した。

「もー!息苦しかったーー!!」

「ごめん。けど、俺たちが魔王を倒したってことを言ったら、大騒ぎになるし…」

「では、すぐに試験を受ける準備をしましょう!あ、私には期待しないでくださいね。さすがに屋内で変身するわけにはいかないし…」

アモスの後半の発言を無視するかのように、レック達は城の中へ向かっていく。

「…あのー、さっきのところ、笑ってくれても、もしくはフォローしてくれてもよかったのですが―…」

 

アークボルト城内には、武器屋などの商店や宿屋、教会などの町の機能がすべて備わっており。更には子供たちが遊べるようなスペースまである。

「さすがはアークボルトね。防衛のことをよく考えてる…」

「でも、ずっと屋内というのはちょっとな…」

感心するミレーユに対して、レックは少し浮かない表情を浮かべる。

外に出るのが当たり前で、羊の毛刈りや猟、農作業といった仕事ばかりライフコッドでしてきたレックにとっては、少し息苦しく思えるのだ。

「では、ここに署名を…」

受付には鼻の頭にやけどの後、右ほおに従事の切り傷のある、白髪のポニーテールでアークボルト兵の服を着た老人がいて、彼に渡された羽ペンを受け取ったレック達が順番にパピルスに名前を書く。

なお、署名欄の隣には出身地を記載する箇所もある。

「なぁ、なんで出身地まで書く必要があるんだ?」

「…。亡くなった場合に、遺体をどこへもっていくのかを知るためです。あくまで試験ですが、なんらかの手違いで受験者が亡くなる…という可能性がないとは言えません故」

「え、ええっ…!?そんなに物騒な試験なのーー!!?」

「まぁ、ここの兵士は血気盛んなうえ、あの魔物の一件でかなりピリピリしております。もしかしたら…あなた方全員、遺体となって故郷へ…」

真剣な表情なうえに、かなり低い声で物騒なことをいう彼に6人がみんな戦慄する。

しかし、すぐに表情を緩める。

「ホッホッホッ!そんなに硬くならなくてもよろしいでしょう。あくまで、冗談…ですじゃ」

「…」

とても冗談に聞こえなかったと言いたかったが、もう既に後ろには参加希望者が並んでいる。

すぐに5人とも住所を書く。

なお、記憶喪失であるバーバラと現実世界の記憶を持たないレックは念のため、レイドックと記載し、アモス自身はクリアベールと書いた。

アモス曰く、クリアベールが彼の故郷らしい。

「これでよろしい。では、第1試験はわしの後ろの扉の先で…」

「よーし、じゃあ行こうぜ!!」

ハッサンが真っ先に扉を開き、試験会場に足を踏み入れる。

そして、急にハッサンの目の前を矢が通る。

「な…!?」

数センチ先に行っていたら、鼻がなくなっていたかもしれないその攻撃に腰を抜かす。

「ほぉ、次の相手はあんたか…」

「ハッサン!!」

レック達が急いでハッサンのそばまで行き、レックが楯を構えながら矢と逆の方向に目を向ける。

しかし、そこには誰もいない。

部屋の中は箱や石の柱など、障害物が多い空間だ。

「第1試験官はここにいるぞ」

「ここ!?」

声がした方向に全員が目を向ける。

自分たちの目の前にある部屋中央の一番高い柱の上だ。

そこには魔法陣が刻まれたクロスボウを持つ、アークボルト兵の服を着た薄い金色の7:3分けの青年がいる。

「俺はガルシア。さあ…誰が俺と戦う?」



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第33話 アークボルトと青い剣士 その2

レック達をじっと見たガルシアがその場で腰を下ろし、クロスボウの手入れを始める。

「お前、何しやがる!?」

矢で鼻がきれいになくなるかもしれなかったハッサンが怒ってガルシアに抗議する。

まだ試験が始まったわけでもないにもかかわらず、だまし討ちのような攻撃をした彼が許せなかったのだ。

「はぁー。魔物が戦う前にこれから戦いを始めます、っていうか?戦士たる者、常に敵からの攻撃には警戒しなきゃあいけない。戦場じゃあ、だまし討ちや奇襲をしたほうが責められることはない。された方が間抜けだった、それだけのことだ」

(こいつ…遠回しに俺を間抜けって言いたいのかよ!?)

彼の論理を解釈すれば、何も考えずに入ってきた矢を受けそうになったハッサンは間抜けであり、試験も結局は戦いの一環でしかないということだ。

柱から飛び降り、きれいに両足で着地したガルシアはレック達にクロスボウを向ける。

「ま…さっきのは当たらないように加減はした。だが…2度目はないぞ。さぁ、誰が俺と戦う?」

「俺が行くぜ!こうなったら一発でも拳を叩き込まねーと…」

「いえ、私が行きます」

アモスエッジを抜いたアモスが前に出て、宣言する。

先ほどレック達が署名した書類には、武器を抜くことは試験を受けることと同義であると記入されており、そうしたら最後、もう取り消すことはできない。

「ハッサンさん、頭に血が上った今では完全にあの試験官のペースにはめられます。それに…そろそろ私もお役に立てることをしないといけませんし」

「うう…」

「アモスさん…いけるの?」

ミレーユが念押しするようにたずねるのも無理はない。

屋内で、対人戦とあっては変身は使えず、その上アモス個人に遠距離を攻撃する特技があるとしたら、最近覚えたばかりの鎌鼬しかない。

これでは、遠距離攻撃が得意なガルシアとは相性が悪い。

「へぇ…青い鎧のおっさんが相手か。…ああ、くそ。この前戦った生意気な青い服の剣士の小僧を思い出すぜ」

「青い服の剣士って、先ほど馬を連れて出て行ってましたよね?」

「ああ。ブラスト兵士長を倒してな…。そのせいか、青い恰好の奴を見ると、なぜか本気を出したくなる…。運がなかったな、青い鎧のおっさん!」

「トホホ…。30歳になったので、おじさん呼ばわりされる覚悟はありましたが、真正面から呼ばれるとこたえます…」

しょんぼりしたアモスはアモスエッジの刃を下に向けた状態で立てて、絵の方に額を置く。

(まさかアモスさん、本気で落ち込んでる…!?)

「さぁ…さっさとリタイアしな!!」

そんなアモスに向けて、ガルシアは後ろへ跳躍し、柱の上に立つ。

そして、天井に向けて矢を放つ。

矢は天井に当たると、そこから飛ぶ方向が変わってアモスの背後にある壁に当たり、そのまま彼の背中めがけて飛んでいく。

「アモスさん!!」

「よっと…!」

しかし、矢が当たる前に、アモスはアモスエッジを支えにして跳躍し、矢を避ける。

そして、重心移動をして前に出て、武器を構える。

「ふぅ…武闘家の修行が役に立ちました…」

アモスはダーマの書の中にあった、武闘家の身のこなしについての話を思い出す。

本来、拳は人間が使う最後の武器であり、すべての武器を失った時に使用するのが常だ。

また、武器は修理することができるものの、拳は体の一部であるため、それで戦い続けるには回復呪文が必要となる。

しかし、複雑骨折や神経切断といった致命的なダメージの回復には強力な回復呪文が必要で、それが使える人は回復呪文のエキスパートである僧侶や賢者であってもわずかしかいない。

だからこそ、爪や籠手といった武器を使用しての戦いが推奨された。

しかし、それに対して棍は耐久性が低く、更に木材のような軽い素材を使用しなければ速いスピードで振り回すことが難しいということから敬遠された。

とはいうものの、棍による戦闘技術は残っていて、アモスはそれを利用し、先ほどの行動をとることができた。

両手斧と棍では武器の使い方が異なるが、ほかの近接武器と比較してリーチが長いという点では同じだ。

「避けたか…。思ったよりもいいセンスをしたおっさんじゃないか」

青い服装という点では気に食わないものの、腕が立つ相手だということにガルシアは喜びを見せる。

「ここで…!」

反撃に、アモスはアモスエッジを両手で握り、ゆっくりと振っていく。

そして、ある程度回転数が増えると、そのまま勢いに任せて体も回転させ始めた。

「はあああ!!」

スピードが上がり、それによって発生した鎌鼬がガルシアに襲い掛かる。

「その程度の攻撃、インターバルが長い!」

柱から飛び降りたガルシアは柱に隠れ、鎌鼬をしのぐ。

鎌鼬を受けた柱には複数の小さな傷ができるものの、倒れるほどのダメージには至っていない。

「こいつならどうだ??」

風が収まったのを耳で確認したガルシアが柱からわずかに顔とクロスボウを出し、アモスが隠れていると思われる柱に向けて矢を放つ。

「く…やっぱり、避けられ…!?」

矢を避けて、鎌鼬をもう一度使おうとしたアモスだが、その判断は誤りだった。

矢が爆発し、アモスの周囲が煙に包まれる。

白い煙を吸ってしまったアモスはゲホゲホと咳をする。

「ううう…まさか、こんなものが…!?」

「アークボルトではいろいろと魔力のこもった道具の開発が行われている。この矢はその1つだ」

先ほど爆発を起こした矢と同じものをガルシアは手に取る。

矢じりにはイオの魔法陣が刻まれており、矢で放ち、接触した瞬間爆発するという代物だ。

火矢と比べると手間がかかるものの、ストーンビーストなどの日が通用しない魔物への効果的な手段として、現在はアークボルトの正式な兵器とすべく開発中だ。

「テ、テストでそんなものまで…うわあ!?」

アモスエッジを振り回して、煙を払おうとしたアモスの両手に一本ずつ矢が刺さる。

そのせいで、アモスエッジを落としてしまった。

「そう簡単にはやらせない、と言っておこうか?」

いつの間に矢を二本放っていたガルシアが再び別の柱へ跳躍し、次の矢を装填する。

「さて、お前も宿屋行だ!…!?」

矢を放とうとして、アモスにいる方向に目を向けたガルシアが驚愕する。

煙の中から鎌鼬が起こり、彼に向けて飛んできていたのだ。

同時に煙も消え、そこには鎌鼬を放ち終わったアモスの姿があった。

しかも、両手に受けていた傷が消えた状態で。

「ちぃっ!!」

やむなくクロスボウを楯に受け止めたが、そのせいでその武器が砕けてしまった。

武器を失ったガルシアはやむなく飛び降り、アモスに目を向ける。

「やってくれたな…おっさん。両手にダメージを与えていれば、戦士か武闘家である以上、回復手段は道具しかないから、鎌鼬を放てないだろうって思ったが…」

「危険な先入観ですね。私は回復呪文を覚えておいてたんです。ホイミだけ、ですが」

笑みを浮かべたアモスはガルシアに手に刺さった矢を見せる。

「ああ、そのようだな…。だが…!!」

一瞬瞬きしたガルシアが急にアモスの目の前に現れ、彼を肉薄する。

「な…!?」

「速え!?」

「ふん…!!」

ガルシアが右手で拳を作り、それをアモスの腹部に叩き込む。

拳であるにもかかわらず、一撃でアモスの鎧を貫き、深々とめり込んでいく。

「ゴハァ!?!?」

口から血を吐いたアモスはそのまま真後ろに吹き飛んでいき、体が壁に激突する。

その衝撃で、握っていたアモスエッジを離してしまった。

「ふうううう…」

攻撃を終えた後のガルシアの拳からはあまりにも速かったせいか、白い煙が出ていた。

「嘘…!?あの人の技って…!?」

「まさか…正拳突き!?」

通常のパンチにしてはあまりにも高すぎる威力で、更にかなり素早い接近まで行っている。

威力だけを見たら、確かに正拳突きに近いかもしれないが、ガルシアのあの素早い動きはハッサンにはない。

「クロスボウだけじゃなくて、格闘術まで使いこなす…。さすがは世界一の軍事国家、アークボルトの兵士」

「ゴホ!!ゴホ!!」

咳をしながらアモスの体が壁から離れ、床に落ちる。

左腕と両足を使ってゆっくりと起き上がると、右手を腹部に当てる。

「これほどのダメージだ。たとえ、ホイミでも焼け石に水だろう?」

「うぐ…。確かに、あなたの言う通りです…ハアハア…」

僧侶ではないアモスにとって、ホイミは応急処置程度のものでしかない。

また、武闘家となったアモス自身の魔力もわずかしかないことから、少なくともこの戦闘中はもうホイミを発動できない。

「さぁ、どうする?続けるか?それともここで降参するか?降参するなら、これ以上ダメージを受けることはないが…」

「いいえ。生憎、私はあきらめが悪いので…まだ続けますよ…」

もうホイミは発動できないが、立って走る程度まで回復できたアモスがじっとガルシアを見る。

アモスエッジは遠くにあるため、このまま何も考えずに動けば、先ほどの攻撃を受けて敗北が決定する。

(まぁ、いいでしょう。今は腕に力があまり入りませんから…)

「武器は取りに行かないのか?」

「今、取りに行こうとしたらそちらの思うつぼでしょう」

アモスの答えを聞いたガルシアはフッと笑う。

そして、再び目を閉じる。

「あんたがホイミで回復をしている間にこちらも集中力が戻った。次の一発で終わりだ…」

再び目を開き、アモスをじっと見る。

そして、再びあの瞬間移動にも似た動きでアモスに肉薄する。

が、しかし…。

「ガホォ…!?!?」

拳を叩き込もうとする直前に変な声を上げたガルシア。

「あ…あちゃー…」

「アモスさん、さすがにそれはいけませんよ…」

「な、なんかすっきりしねー…」

男性陣3人はあきれたような表情を見せている。

そして、ミレーユは両手で口を隠しており、バーバラに至ってはレックの後ろに隠れている。

「…」

黙っているアモスの右足は上がっていて、それがガルシアの股間に当たっている。

ゆっくりと足を戻すと、ガルシアはその場で倒れ、そのまま失神してしまった。

「い、一応…正拳突きっぽい動きを見せていましたので、カウンターできるかもと思って…アハハハ…。ええっと、死んでません…よね??」

睾丸を犬にかまれて死にそうになった人物の話は聞いたことがある。

念のため、アモスはガルシアの右腕を取り、脈を測る。

「あ…脈はありますね。ミレーユさん、バーバラさん、回復を…」

「な、なぁ…レック、これ…合格でいいんだよな?」

「たぶん…」

どう反応していいのかわからないレックはこういうあいまいな答えしか返すことができなかった。



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第34話 アークボルトと青い剣士 その3

「はー、はー、はー…」

ミレーユとバーバラ、そしてレックの3人がかりで行った治療により、2時間以上かかったものの、ガルシアは回復した。

といっても、まだまだあのときの衝撃を体が覚えており、もう少し時間がたたなければ戦えないだろう。

「ええっと、すみませんでした。勝つためとはいえ…男として大事な部分に…」

「い、いや…。別にいい。重要なのは、勝利したことだからな…」

「その通り。1つ目の試験はこれで通過だ」

ガルシアの言葉に同意しつつ、1人の男が部屋の北側にある階段から降りてくる。

アークボルト兵共通の服の上にヤシの実を模した勲章が左胸についたプロテクターを装備した、禿頭でフルフェイスの黒い髭の男で、身長はハッサンと比べるとわずかに低い程度だ。

背中には愛用している槍をさしている。

「ブ…ブラスト兵士長!!な…情けない姿をさらしてしまい、申し訳ありません!!」

ブラストの登場に驚いたガルシアは彼の前に立ち、頭を下げる。

そんな彼にブラストは何も言わずに左肩を右手で軽くたたくと、じっとレック達を見る。

「ふむ。ガルシアは俺を除いて、アークボルト内でも1、2を争う実力がある。そんな彼を倒すとは…なかなか見所がありそうだ」

「い、いやぁ…それほどでもぉ!」

照れくさそうに笑いつつ、後頭部をかくアモスを見て苦笑すると、再び階段へ向かう。

「第2の試験はこの城の屋上で行う。用意ができたなら、そこに行くがいい。お前たちがあの洞窟の魔物を倒すだけの力を持つ人物かどうか…楽しみでならんな」

ハッハッハッと大声で笑いながら、ブラストはその場を後にする。

その場に残されたガルシアを除く5人はじっと、彼がいたところを見た。

「さっきの言葉が正しければ、彼がアークボルト最強ということになりますね?まぁ…兵士長ですから、当然といえば当然ですが…」

「あたりまえだ。あのお方はあの青い剣士に敗れるまで、一度も敗北したことがなかった男だ」

「負けたにしては、かなり上機嫌だよな…?」

ハッサンのいう通り、敗北したのに上機嫌だというのはどうも違和感が感じられる。

とても、先ほどのブラストが数時間前に敗北した戦士には見えなかった。

「それはそうだろうな。あの剣士と戦った後、あの人は久々に対等に戦える男と会えたって嬉しがっていた。くそっ、試験官でなければ、俺も観戦したのに…!」

 

少し時間が経った、アークボルト城屋上。

アモスの回復を終え、疲れをとったレック達は玉座のある部屋の扉の前にある広場に来た。

扉の前には、赤い制服で大剣を持つ金髪ショートの戦士と右手のメイス、左手にタワーシールドを持つ、こちらは今までの兵士とは違って青い鎧を身に着けた銀髪ロングの戦士が待っていた。

「あのガルシアを倒したのか…やるなぁ、あんたら」

「…」

「まさか俺たちの出番が来るとは思わなかった…って言ってるぞ、こいつ」

そういいながら、金髪の男が銀髪の男を右手親指で刺す。

「自己紹介はまだだったな、俺はスコット、で銀髪の方はホリディだ」

「…」

ホリディは何も言わず、レック達に対してお辞儀をする。

「ねえ、この人しゃべらないの…?おーい、おーい…」

変だなと思ったバーバラが何度もホリディに声をかける。

しかし、何度やっても彼は沈黙したままだった。

「…」

「大丈夫、ちゃんと聞こえてるって言ってるぞ。ちなみに、こいつはしゃべらないんじゃない。しゃべれないんだ」

「しゃべれないって…」

どうしてかと尋ねようとしたレックをスコットが右手を出して制止させる。

そして、ホリディは静かに自分の喉元に指を刺した。

そこにはうっすらとだが、切り傷の痕が残っている。

「魔物との戦いが原因で、声が出せなくなってな。まぁ…あいつがいいたいことは、大体顔を見ればわかる。本当なら、筆談の方がいいけど、生憎手元になくて…」

「…」

「え?それよりも早く試合をするぞだって?まったく、いつもはおとなしいくせに…」

既に構えているホリディを見て、呆れてため息をついたスコットも武器を構える。

「今回の試合は障害物無しで2VS2だ。そっちからは誰と誰が出る?」

「2人一組での試合ですか…」

「んじゃあ、俺とチャモロで出る。いいか?」

話し合いをする間もなく、ハッサンが提案する。

いきなりのことに、ほかの5人はびっくりしてしまう。

「えーー!?ちょっと話をしたあとでも…」

「特に大した理由はねえよ。アモスさんは一度戦っていて、もしかしたら対策を取られてるかもしれねえ。それに、俺とレックが一緒に出たところで回復薬がいねえから、長時間は無理だ。ここは回復ができて、魔物マスターとしての技術を持っているチャモロが一番だ」

「…」

「んだよ、別の案があるのか??」

ハッサンの話を聞き、黙り込んでしまった全員を見て、違和感を感じたハッサンがいう。

そして、数秒たつと最初にレックが口を開く。

「いや…ハッサンがそこまで考えることができるんだなーって思って、意外だと…」

「別に意外じゃあねえだろ??」

「だって、ハッサンって一番あたしたちの中で賢さが低いって…」

「それにあまり考えて行動しないような印象もありますよね??」

「それは正解よ。前にムドーと戦った時…」

「おい…泣いていいか??」

レック達の自分の理性に対する本音の評価を思わぬ形で聞くことになったハッサンが複雑な表情を浮かべる。

 

数分後、レック達は後ろに下がり、ハッサンとチャモロだけがスコット、ホリディと対峙する。

「さぁ…この試験をクリアすれば、ブラスト兵士長は目の前だ!存分にやれ!」

「言われなくても、そうするぜ!!」

4人が同時に武器を抜き、王の間がある建物の屋上の監督官の兵士が4人を見る。

そして、それぞれにイカサマとなるようなものが存在しないのを確認すると、試合の始まりを告げるゴングを鳴らす。

「まずは呪文を封じさせてもらいます!マホトーン!!」

即座にチャモロが印を切り、マホトーンを唱える。

彼が切った印から発せられる波紋がタワーシールドを装備しているがゆえに動きの遅いホリディを襲う。

「…!」

すると、ホリディがメイスを握ったまま印を切り、マホトーンを放つ。

同じ呪文の波紋が正面からぶつかり合い、衝撃波を起こして消滅する。

「うわああ!!」

衝撃波は前に出ていたハッサンにダメージを与えるものの、スコットはホリディの後ろにいて、ホリディもタワーシールドで衝撃波を受け止めていたため、無傷だった。

「しゃべれねえくせに、呪文は使えるのかよ!?」

「…」

「しゃべれない人間を馬鹿にするな、と言ってるぞ。呪文ってのは訓練すれば、印を切るだけで使える。相手に悟られないようにな!!」

「…まずい!ハッサン、下がってください!!バギマ!!」

「うおおお!?」

チャモロの声に反応し、すぐに後ろに下がった彼の目の前で爆発が発生し、チャモロは反撃としてバギマを放つ。

「おっと、そう問屋は降ろさんぞ!!」

ホリディが構えたタワーシールドを足場にして跳躍したスコットがバギマを避け、チャモロを肉薄する。

そして、持っている大剣でチャモロを斬ろうとする。

「く…!」

やむなくチャモロはゲントの杖で受け止めるが、やはり僧と戦士では鍛え方が違う。

だんだん刃がチャモロの額に近づいていき、皮の帽子が斬れて床に落ち、更に杖にもひびが入る。

「チャモロ!!」

急いでハッサンが救援に向かい、スコットを両腕でつかみ、そのまま後ろへ投げようとする。

しかし、急に足元で爆発が起こり、バランスを崩してしまった。

「また爆発…!?イオかよ!?」

「仕方ありません…!」

やむなく、チャモロは杖を手放して後ろに下がる。

杖はそのままスコットによって真っ二つに折られてしまった。

「すごい…スコットさんとホリディさんの動き。互いの確実にフォローし合っているわ」

「あのハッサンとチャモロが手玉に取られるなんて…」

ハッサンもチャモロも、ムドーとの戦いを潜り抜けており、更にダーマの書物の知識を基に修行をしているため、彼らが言う普通の旅人とは一線を画す実力がある。

にもかかわらず、このように攻撃がことごとくかわされ、逆にダメージを受けている。

互いをフォローしあい、互いが攻撃できる絶好の状況を作っていく。

これが第2の試験官であるスコットとホリディの戦術だ。

「うおおおお!!」

しかし、このままで終わるつもりはないハッサンが倒れた体勢から腕を軸に回転し、足払いをする。

「うおっと!!」

足払いを受け、わずかに体勢を崩したのを見て、ハッサンはすぐに起き上がってスコットを殴り飛ばして、チャモロの前に立つ。

「大丈夫ですか、ハッサン!」

「治療たのむぜ、チャモロ。イオのせいで少し足が…」

「わかりました…!」

軽い傷であるため、ゲントの杖の光を少し当てれば直すことができる。

しかし、先ほどのスコットによる攻撃で杖が壊されてしまった以上は、ホイミで回復させるしかない。

「…」

「そんな雀の涙程度の回復でいいのか!?…ってホリディが言ってるぞ!」

スコットが全身の筋肉の運動性を一時的に高め、攻撃力を高める倍化呪文、バイキルトを自らに唱え、スコットはスカラの効果を味方全体に広げた範囲障壁呪文、スクルトを唱えて攻防の準備を固める。

そして、ハッサンの傷が回復したのと同時にスコットが突っ込んでくる。

「突っ込んできたな!なら…!」

ただ単に突っ込んでくるだけの攻撃なら、ハッサンにとっては都合がいい。

深呼吸をし、集中力を高めたハッサンは正拳突きの構えを見せる。

光は左胸あたりに見える。

「ホリディ!!」

「…!」

わずかにうなずいたホリディが急に走りはじめ、スコットの前に立つ。

「な…!?重装備でこんなスピードがぁ!?」

「まさか、ピオラ!?」

ミレーユはグランマーズから聞いた呪文の1つを思い出す。

ピオラは風をまとうことで肉体の動きを滑らかにし、動くスピードを速める加速呪文だ。

しかし、呪文を唱え、風が体を包むまでにタイムラグが発生し、すぐに効果を発揮することのできない、少し扱いづらい呪文だ。

そのためか、この呪文を覚えることができる僧侶のほとんどが敬遠しているため、マイナーな呪文として扱われている。

しかし、ピオラの効果そのものは注目されており、噂によると装備することで常時その力を発揮できる腕輪があるという。

「く…!」

やむを得ず、ハッサンはホリディへ攻撃対象を変更し、彼が持つ左胸当たりの光に向けて拳を叩き込もうとする。

しかし、タワーシールドに阻まれ、正拳突きは失敗する。

「よくやった、ホリディ!!」

ホリディの肩を利用して跳躍したスコットがチャモロの後ろで着地する。

「くっそぉ…挟み撃ちかよ…!!」

「強い…」

スコットとホリディの連携に翻弄されるハッサンとチャモロ。

2人は背中合わせとなり、突破口を模索する。



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第35話 アークボルトと青い剣士 その4

背中合わせになった後も、ハッサンとチャモロは2人に攻撃を仕掛ける。

時にはハッサンが自身の巨体を利用してチャモロを隠し、彼に死角から呪文を唱えさせたり、あえてチャモロのバギの中にハッサンが突っ込み、更に水筒の水をぶちまけることで、水蒸気による光の屈折を利用して疑似的に自分の姿を見えなくして(これはチャモロにアイデア)、攻撃を行ったりもした。

しかし、前者はスコットがハッサンの肩を踏み台に利用し、跳躍してチャモロを見つけて攻撃を妨害することで防がれ、後者はスコットが大剣で大きく切り取った床をホリディが楯で上空へ飛ばし、太陽光をわずかな時間の間隠すことで、無力化されてしまった。

「…」

「何?さっきの奴の修理代はお前もちだぞ…?…経費で落としてもらえる…よな?」

「…」

スコットの返事として、ホリディは首を横に振る。

なお、ブラストは王の間の窓からこの試験の一部始終を見ている。

(ガルシアは単独での戦いではアークボルトでも屈指の実力。それに対して、スコットとホリディは1人1人についてはたいしたことがない。だが、連携をすることによって真価を発揮する…。どう崩していくかが勝敗を分けるが…)

現在のハッサンとチャモロはただ一方的にダメージを受けているだけで、スコットとホリディにはかすり傷程度のダメージしかない。

2人の連携を崩す糸口がまだ見えていない。

「くっそぉ、集中しねーと正拳突きはつかえねーし、どうすりゃあ…!」

正拳突きであれば、ホリディの楯を上回る破壊力を発揮するが、集中のために一度目を閉じて深呼吸する必要性がある。

それが相手に大きな隙を与えることになり、その間に攻撃を受けるのがオチだ。

なお、先ほどの姿を消す手段も、もうハッサンの水筒に水がないため、使えない。

「確かに…どうにかして…うん??」

考えるチャモロは先ほどスコットが作った大きな穴に目を向ける。

そこからは下の階の空間が見えており、そこにいる人々は一時的に1階へ避難している。

「さあ、まだまだ行くぞ!!」

ピオラによって素早くなっているスコットがハッサンとチャモロに向けて、一気に距離を詰める。

「うおおおお!!」

大剣の刃を白羽どりし、右足で蹴り飛ばそうとする。

その動きを既に読んでいたホリディがメイスを投げていて、それが右足に直撃する。

「ぐ…お…!?」

ボキボキッと奇妙な音が聞こえ、右足から起こる激痛で両手の力も鈍ってしまう。

その間にスコットがハッサンの腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。

「うわああ!?」

「ハッサン、チャモロ!!」

当然、ハッサンの背後で援護の呪文を唱えようとしたチャモロが吹き飛ばされたハッサンに巻き込まれ、仲よく転倒する。

「さっきの攻撃、ここで俺が蹴りじゃなくこのまま腕に力を入れていたら、お前はもう真っ二つだ」

「ハ、ハッサン…」

「い、痛え…んだよ、チャモロぉ…」

チャモロがベホイミでハッサンの右足を応急処置する。

ベホイミは軽度の骨折には通用するものの、今回のような粉砕骨折などの場合はベホマでなければどうしようもない。

神経を切れたり、あわや切断とならなかっただけでも幸いというべきか。

そうなると、回復呪文以上の回復力を誇る蘇生回復呪文クラスで回復させるほかない。

なお、蘇生といっても肉体の蘇生を意味するだけで、死んだ人間を生き返らせることができるわけではない。

仮に死体にそれを唱えたとしても、できるのはホイミなどではできない死体の修復のみだ。

それに、ベホイミを唱えた時点で魔力が尽きてしまっている。

「ハッサン…僕を、信じていただけますか…?」

「何…??」

「信じて…いただけますか?」

まるで確認するように、ハッサンに尋ねる。

チャモロ自身、最近仲間になったばかりのアモスを除くと、相対的に信頼されていないのだろうと考えている。

というのも、レックとハッサン、ミレーユ(レック自身にはそのような記憶はまだないが)は敗れたとはいえ、3人でムドーに立ち向かい、そして運命のいたずらかこうして再び出会い、一緒に旅をすることになった間柄だ。

相互の信頼は想像を超えるものがある。

バーバラに関してはラーの鏡の捜索、そして地底魔城での戦いを共に乗り越えている。

それに対して、チャモロは飛び入り参加のような形で本物のムドーと戦っただけ。

一緒にくぐった修羅場の数を考えると、どうしてもそんな考えがふと頭に浮かんでしまう。

だから、確認するようにたずねてしまうのだ。

無論、こうして尋ねる理由はほかにもあるが…。

「ふう、はあ…」

応えることなく、ハッサンは立ち上がる。

まだまだ右足の痛みが完全に引いたわけではないが、それでもあと数分は動ける程度に回復している。

「ハッサン…」

「答えるまでもねえだろ…?チャモロ…はあ、はあ…」

振り向いたハッサンは右拳をチャモロに向け、ニッと笑う。

「…」

「戦闘中によそ見をするバカがいるか…ってホリディが言っているぞ!!」

メイスを回収し、ホリディに投げ返したスコットが大剣を再び2人に向けて構える。

しかし、ハッサンはチャモロに目を向け続ける。

「信じてるぜ、チャモロォ!!」

炎の爪を装備したハッサンはスコットに目を向け、大剣を受け止める。

そして、チャモロは自ら穴の中に飛び降りる。

「チャ、チャモロ!?!?」

まさかの彼の行動に観戦していたバーバラがびっくりする。

アークボルト城は戦争を想定した構造となっているため、天井はほかの城と比べて低めの設計となっている。

そのため、飛び降りたとしても死にはしないだろう。

だが、それでも不用意に飛び降りたら、大けがするのは目に見えている。

「おい、相棒が飛び降りちまったぞ?心配じゃないのか!?」

「誰が…心配、するかよ!?」

大剣を支えているハッサンだが、右足に違和感を感じ始める。

これ以上支えるのは難しいと考えた彼は後ろへ飛び、穴の向こう側へ向かう。

若干飛距離が足りず、落ちてしまいそうになるが、両手で向こう側の足場をつかんだおかげで大事に至らずに済んだ。

(もうちょっとだけ、持ってくれよ…!俺の足!!)

向こう側にいるスコットとホリディに目を向けると、ゆっくりと深呼吸を始める。

「正拳突きか…?いまさらそんなのをやって…!?」

ホリディのピオラで素早くなったスコットが発動前に勝負を決めるため、向こう側へ飛ぼうとするが、急に穴から火柱が発生する。

「何!?火柱…!?」

「…!!」

急に起こった炎に驚いたスコットとホリディが動きを鈍らせる。

更に、炎のせいで向こう側にいるハッサンの姿が見えなくなる。

やむなくホリディが楯を構え、スコットの前に立つ。

「うおおおおお!!」

炎が収まると同時にスコットたちの目の前まで飛んだハッサンがそのままホリディの楯に向けて正拳突きを発動する。

光る場所に命中したためか、盾が粉々に砕け、さらに衝撃でホリディが後ろにいるスコットを巻き込んで吹き飛ばされていく。

2人はそのまま後ろ側にある壁にめり込み、そのまま気絶してしまった。

「はあはあ…」

同時に、ハッサンも右足に限界が生じたのか、その場に座り込む。

「ね、ねえ…レック。さっきの炎って…」

「ああ。たぶん、チャモロがやったんだ」

「ハッサン!!」

下の階から戻ってきたチャモロがハッサンの元へ向かう。

そして、手持ちの薬草を右足に貼った。

ベホイミ程の効果は期待できないが、わずかに痛みを止める程度の効果はありそうだ。

「見事だ。二人とも」

王の間への扉が開き、再びブラストが姿を見せる。

彼のそばには僧侶が2人いて、彼らはハッサンの元へ向かう。

2人とも、ベホマを発動してハッサンの傷をいやしていく。

「ふううう…」

「すごい…ベホマが使えるなんて…」

ベホマは切断された部位や神経を除くと、ほとんどの傷をいやすことのできる最上級回復呪文だ。

しかし、それゆえに消費する魔力も高く、かなりの鍛錬を積んだ僧侶でなければ、使うことができない。

そのため、ほとんどの国ではベホマが使いこなせる人数が限られている。

ミレーユ自身も、グランマーズを除いてベホマを使う人間を見るのは初めてだ。

「よし、傷の回復は終わった。あとは…」

僧侶の1人が壊れたゲントの杖を回収する。

そして、それをブラストに見せると、彼は耳打ちでその僧侶に命令を出す。

命令を聞いた僧侶は相方に伝言を伝えると、一緒にそのまま下の階へ向かった。

ブラストはチャモロの前に立つ。

「試験のためとはいえ、すまないことをした。あの杖は責任をもって直す。死んだわが父の名に懸けても…」

「いえ…。それで、試験官の方々は…」

「ああ。彼らは気を失っているだけだ。ほかの僧侶がここに向かっている」

そういっている間に、ブラストの言う通りに先ほどの2人とは別の僧侶が一般兵4人を引き連れてやってくる。

兵士はタンカでスコットとホリディを運び、僧侶が移動をしながら回復呪文をかけた。

西隣にある医務室へ向かうのを見届けたブラストはレックに目を向ける。

「君の仲間たちの戦いぶりは見事だった。あとは…君自身の実力だけだ」

「ということは、あなたが最後の…」

「そうだ。最後に私が試験官として君と1VS1で戦う。これに勝って、初めてあの魔物と戦う資格が与えられる。…だが、ここでは少々危険がある。ついてこい」

スコットが開けた穴が気になったのか、ブラストは5人に右手で手招きをしながら西の渡り廊下へ向かう。

「ハッサンさん、立てますか??」

「お、おう…。あの僧侶のおかげか、右足が嘘みてーに調子がいいんだ」

手を貸そうとするアモスを制止し、ハッサンがゆっくりと立ち上がる。

先ほどのベホマのおかげか、右足だけでなく、全身の傷も既に回復していた。

 

西へ続く渡り廊下を通り、さらにそこから南へ向かう渡り廊下を進んで、階段を下りた先には兵士たちの鍛錬所がある。

アークボルト城を上空から見たなら、ちょうど南西部あたりに位置する。

今回に限っては、一般兵が1人いるだけで、鍛錬の様子を見ることはできない。

更にはおいてあるはずの木製の人形や武具がすべて取り払われている。

「うわー、空っぽだぁー」

「…」

残っていた一般兵の案内で、北側にある席にレック以外の4人が座り、部屋の中央にある砂場の東側にレックが、西側にブラストがそれぞれ相手と向き合う。

「わざわざここまで…」

「私は…少々加減が聞かないと陛下が仰せでな…。いつもこういう真剣勝負の試合ではここでやることにしている」

苦笑しつつ、ブラストは獲物である槍を手に取る。

すると、急にレックに向けて風が吹き、同時に彼の頬にかすり傷が1つできる。

「え、えええ!?」

「どうなってるんですか!?あの人、一歩も動いて…」

「…」

ゴクリと唾をのんだレックは動揺する4人と比較して、冷静に剣を抜く。

「さぁ…私と楽しませてくれ。あの青い剣士以上に!!」




ザオラル系の呪文については、かなり独自の設定になりました。
某漫画のどんな傷でもいやせる能力をもってしても、死んだ人を生き返らせることができない、という設定に感銘を受けたからです。
まぁ、王であっても賢者であっても人は簡単に神になることはできませんからね。
といっても、その神様ですら、もしかしたら命を自由に動かすことはできないかもしれませんが…。


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第36話 アークボルトと青い剣士 その5

「こんな…間合いで…!?」

頬にできた傷に触れ、レックは目の前の男の力に戦慄する。

30メートル近く遠くにいるにもかかわらず、一歩も動かず、そして槍を手にした(これはあくまでレックから見えたブラストの動きだが)だけで、傷を負わせたのだ。

いや、もしかしたらこの一瞬でレックは負けていたかもしれない。

仮にその攻撃が心臓に命中していたらと思うと、ぞっとする。

「今…何を…!?」

「見えなかったか。私の動きが…。では…!」

ブラストが両手で槍を握ると、その場に立ったままレックに向けて突く動きを見せる。

思わずレックは盾を構えると、盾の中央に強い衝撃が起こる。

あまりの衝撃のせいか、左腕がしびれ始める。

この攻撃を連続で防ぐことはできない。

「どうした?守りだけであの魔物を倒すことができると思っているか?」

「く…!」

レックは破邪の剣を振り、閃光を発生させる。

しかし、閃光が当たる直前に彼の姿が消え、閃光はわずかに壁を焼くだけで消えてしまう。

「一体、どこに!?」

「ここだ…」

「え…!?」

背後から聞こえる声に反応し、振り返すと同時に、脇腹に鈍い衝撃が走る。

槍の柄が深々と彼の脇腹を横から薙ぎ払っていた。

あまりのダメージのせいか、吹き飛ばされるレックの口から血が出る。

「レック!!」

「こうも一方的だなんて…」

「あれが…雷光の騎士とうたわれるブラスト兵団長の実力…」

旅をする中、うわさで聞いたアークボルト最強の騎士であるブラストの実力を間近で見ることができることにアモスは感動する。

そして、ミレーユの言う通り、その実力はムドーを倒した4人のうちの1人であるレックを今、こうして完封しているくらいだ。

仮に彼を仲間にして、ともにムドーに挑むことができたなら、より容易にムドーを討伐することができただろう。

「まだ動くぞ…!」

「このままじゃ…!」

素早い動きを見せるブラストの攻撃をよけようと、必死になって動き出す。

だが、腕や足、頬などに次々と傷ができるばかりで攻撃を完全に回避できたためしがない。

盾も破邪の剣の刀身も、攻撃のせいでいくつか傷ができている。

「まったく、あの青い剣士はもっと骨のある男だったぞ?」

「くそぉ!!」

ブラストの姿が見えたのと同時に、がむしゃらに破邪の剣を振る。

しかし、それで放った閃光もブラストに命中することはなかった。

「どこを見ている?私は…ここだ!!」

どこにいるか探すため、周囲を見渡すレックの目の前にブラストが現れ、ショルダータックルする。

前への注意を散漫していたために、直撃してしまったレックはそのままあおむけで倒れてしまう。

そして、ブラストの槍がレックの首のそばの地面に刺さる。

「勝負あり…だな?」

ニヤリと笑いながらブラストはつぶやく。

タックルを受けたせいで、剣が手元から離れているレックにもはや勝ち目はなかった。

「レックの負けかよ…」

「レック…」

「あんな化け物みたいな実力のやつがまだいるなんてな…」

観戦していたハッサン達も自分たちを越える実力を誇るブラストに驚愕していた。

ブラストは剣を拾い、それをレックに手渡す。

「君は信頼する仲間と共に戦うことで力を発揮するようだ。しかし、それは逆に言うと、一人では戦えない…ということになる。ムドーを倒した英雄たち」

彼の言葉にレックたちは驚いた。

ムドーを倒したということはまだごく一部の人間しか知らされておらず、レイドックも最近になって公表したばかりだ。

当然、だれが倒したかについては公表していない。

偽王子騒動の犯人を英雄としてまつりあげるわけにもいかないためだ。

だが、ブラストはムドーが倒されたことを知っているだけでなく、レックたちがそれを成し遂げたことを知っている。

そんな5人を見て、ブラストはワハハハと豪快に笑う。

「君たちの素性は既に間者たちが教えてくれている。まさか…偽王子騒動の犯人とムドーを倒した英雄が同一人物だとは思わなかったが…。心配するな。このことはだれにも伝えたりしない。仮に私がそのことをしゃべった場合には、私の首をはねるといい」

槍を収めたブラストはレックに手を貸し、彼を立たせる。

そして、彼の目をじっと見る。

「ほお…負けたにもかかわらず、目の光は消えていないか…。あの青い服の男には力と技があったが、どこかその眼は乾いているように感じた。もしかすると、お前ならあの青い剣士に勝てるかもしれん」

「青い剣士に…」

彼が何者かと尋ねようとするが、その前にこの石造りの壁を介してでも聞こえるくらいの群衆の声が聞こえ始める。

「ほぉ、倒してきたみたいだな」

「倒したって、まさか…あの魔物を!?」

「外へ出たら、すべてがわかるだろうな」

 

城へと続く一本道を青い服の剣士が馬を引いて歩いており、馬には緑色の巨大な鰐のような魔物の頭部がぶら下げられている。

それを見た群衆は道の両サイドを挟むように集まり、うわさする。

「あれがこいつの実力…アークボルトの兵士がかすんで見えるぜ…」

「強いうえにかっこよくて…素敵!!」

「こいつの試合を見た兵士の話だと、呪文も使えるみてーだぞ??」

「これで、雷鳴の剣は彼の物か」

周囲の声に特に反応を見せず、テリーは馬を連れて城に入っていく。

城の1階では王が待機しており、彼自らの手で雷鳴の剣が渡されることになるだろう。

「見たか、レック。あいつ…まったく傷を負っていなかったぜ」

「うん。しかも、服にも破れた場所がない…」

ふつう、傷を負ったならホイミなどの呪文や薬草などの道具を使うことで治すことができる。

しかし、防具の損傷については鍛冶屋や服屋に頼まないと、自分で修理しない限りは損傷したままとなる。

そのため、防具の損傷がないということは正真正銘、無傷で洞窟の魔物を退治し、こうして帰還したということになる。

「…」

「ん?どうした、ミレーユ」

テリーを見て、難しい表情を浮かべるミレーユにハッサンが声をかける。

だが、ミレーユは彼の声に反応せず、ただ彼をじっと見ていた。

 

そして、その日の夜…。

「うーん!やっぱり宿屋のベッドって柔らかーい!!」

部屋に入ると同時にベッドにダイブしたバーバラが気持ちよさそうにゴロゴロを転がる。

しかし、それもわずか数秒で終え、ベッドを椅子代わりにして座る。

洞窟の魔物は退治されたものの、被害がゼロだったわけではない。

以前にその魔物とアークボルト兵が戦った時、魔物の攻撃のせいでアークボルト北部へつながるトンネルが崩落してしまった。

だが、青い剣士が魔物を倒したことで復旧作業ができるようになった。

復旧が終わるまで

「…寂しい」

部屋割りはレックとハッサン、アモスとチャモロ、ミレーユとバーバラの3部屋に分かれている。

しかし、ミレーユは外の空気を吸いに行くと言って出ていき、現在ここにいるのはバーバラのみ。

「あ、そうだ!!」

何かを思いついたバーバラは枕をもって部屋を出る。

そして、レックとハッサンがいる部屋の扉をノックもせずに開ける。

「レックーー!!枕投げし…あれ??」

部屋の中を見ると、ここにも誰もいない。

おかしいなと首をかしげてる。

「レックなら、いま外だぞ?」

「キャアア!!」

急に声が聞こえたため、びっくりしたバーバラは腰を抜かしてしまう。

「ハ、ハッサン!!脅かさないでよー!」

「わ、悪い。けど、どうした?枕なんか持って」

「なんでもない!あーあ、ミレーユもいないし、つまんないなぁ」

上を見ると、ハッサンの顔が見えた。

口元にソースやパン屑がついていることから、ご飯を食べてきたということがわかる。

バーバラは頬を膨らませ、不満げな表情を見せながら戻っていった。

 

「…」

城の屋上で、ミレーユは静かに外の景色を見ている。

(銀色の髪…今の年齢を考えたら、きっとあれくらいになってるわよね…)

ミレーユは故郷で失った弟のことを思い出す。

あの兵士の話が本当かウソか、今となっては確かめようがない。

「ミレーユ」

「レック…どうして、ここへ?」

「ミレーユが外に出たって、宿屋の人が教えてくれたから」

そういいながら、防寒用のマントをミレーユに渡して、彼女の隣で外の景色を見る。

「レックは…着なくて大丈夫なの?」

「ああ。俺は一応、ライフコッドで何度も冬を過ごしてるから、この程度の寒さなら平気だ」

「一応…ね」

ムドーの城でのハッサンの一件で、レックは自分の持っている記憶について自信が持てなくなっていた。

確かに、幼いころからずっと過ごしてきた記憶も、乳しぼりや羊の毛皮刈りの技術は体が覚えているし、幼いころに父親から剣を教わったことも覚えている。

しかし、現実世界につき、レイドックの紋章がついた破邪の剣を最初から持っていて、それをなぜもっているのかという記憶がない。

「…落ち込んでいるかと思ったわ」

「えっ?」

「だって、あんな負け方をしたから」

「仕方ないさ。ダーマの書を使った修業はまだまだやったばかりだから…。それに、きっとあれでよかったと俺は思う」

「よかった…?」

「うん。もっと強くならなきゃいけないってわかったから」

「強くなりたい…か」

聞き覚えのある声が背後から聞こえ、2人はそろって振り返る。

そこには昼間と同じ装備をしたブラストの姿があり、右手には巻かれた紙が握られている。

「ブラスト兵団長…」

「強くなりたいなら、ここから西にある森に暮らしているロン・ベルクという男を尋ねるといい。私も、そこで槍の使い方を教わった」

「ロン・ベルク…?」

「ああ。厳密にいえば、2代目ロン・ベルクだな。いつまでもこの殺風景な城にいる理由もないだろう。この手紙を渡せば、面倒を見てくれる」

そういって、ブラストはレックにその紙を渡す。

受け取ったレックだが、ブラストの行動に疑問を浮かべる。

「なんで…?」

「ん?」

「なんで、試験に落ちた俺のために…?」

「ふっ。興味を持っただけだ。ムドーを倒したお前たちがどこまで強くなるのか…な」

それだけ言うと、ブラストはいそいそと城の中へ戻っていく。

残された2人は渡された紙をじっと見る。

(ロン・ベルク…。ブラスト兵団長の槍を教えた人…)

昼間のあるブラストの槍さばきがロン・ベルクの指導の賜物とすれば、彼は相当な実力を持っているかもしれない。

しかも、槍ではなく剣を使う自分への指導もできるということだ。

レックはこれから会う男に興味を抱いた。




ロン・ベルクは某大冒険の漫画を読んだ人ならピンとくるかもしれません。
しかも、2代目ということは…?


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第37話 森の中の鍛冶屋

カコーン!カコーン!!

青い作務衣姿で、黒が混じった白いロングヘアーをした、皺の数からみると40代程度の年齢であろう男性がナタで薪を両断していく。

両断したそれは瓦屋根と4本の柱でできた薪小屋に投げ込まれていく。

切り終わると、タオルで額の汗をふき取り、そのあとで柄杓を手に取って外に置かれている酒壺から酒を掬う。

それを飲みながら、彼は馬車の車輪の音が聞こえた方向に目を向ける。

「…久しぶりの客人か」

酒を飲み終えた彼は自宅に近づいてくる馬車をじっと見た。

 

「…なるほど、ブラストが私にな」

馬車に乗っていたレックたちを家に迎え入れ、馬車とファルシオンを自宅のそばにある納屋に入れると、レックから受け取った手紙を読み始める。

「こんなところで、ずっと1人で暮らしてるのか?2代目ロン・ベルクさんよ」

部屋の中を見ながら、ハッサンは男に尋ねる。

台所や家具、包丁などの料理器具など、大工の修行をしていたハッサンから見ると、本業ほどではないが大した出来になっている。

また、大工は自分が作ったことを証明するため、建物のどこかに印をつけるのだが、この家にはそのような印が見当たらない。

「ああ。すべて私と師匠が作った。魔物に注意をすることを忘れなければ、不自由ない」

「師匠って…初代ロン・ベルクのことですか?」

「そうだ。師匠は数年前にロンガデセオに行った。友人の遺言で、そこの子供が自立できるようになるまで、世話をしてほしいと。だが…今は私の身の上はどうでもよいだろう?それよりも…」

読み終えた手紙を懐にしまうと、2代目ロン・ベルクは髪を束ね、壁に飾ってある剣と爪を手に取る。

「ここには強くなるために来たのだろう?なら、早く戦いの準備をして表に出ろ」

 

「はあ、はあ、はあ…」

「ゼイ、ゼイ…」

「どうした…?もう終わりか?」

30数分後、外には疲れと傷のせいで、その場で座り込むレックとハッサンの姿があった。

目の前には右手に剣を握り、左手に爪をつけた2代目ロン・ベルクがいて、彼は全くの無傷なうえ、息も乱れていない。

しかも、装備している武器は破邪の剣や炎の爪のような特別な武器ではない。

自作とはいえ、鋼を素材に作っただけの、シンプルなどこにでもある武器だ。

「めちゃくちゃ強い…」

「ただの鍛冶屋じゃなかったってことですね…」

表情を崩していないものの、驚いたチャモロの頬に一筋の汗が流れる。

「師匠は常に言っていた。強い武器とそれに見合う実力を持った担い手、この二つが合わさってこそ、武器の真価が発揮すると。今のお前たちは優れた武器に振り回されているだけ、真に使いこなしているとは言えんな」

武器を置いた2代目ロン・ベルクはフウウ、と呼吸を始める。

そんな彼を見て、疲れ果てたレックは何かを感じた。

(なんだ…?今、空気が揺れた感じが…)

「さあ、どうした?今なら一本とれるかもしれないぞ?」

「丸腰でやるってのかよ!?なめやがって!!」

彼の態度を挑発と受け取ったハッサンが燃え盛る炎の爪で切り裂こうとする。

「ええ!?」

「嘘…」

「な…!?」

炎の爪を振り下ろした瞬間、全員が驚きを隠せなかった。

2代目ロン・ベルクが炎の爪を素手でつかみ、受け止めていたからだ。

しかも、腕周りはハッサンよりも細いはずなのに、しっかりと受け止めていて、さらに握っている手にはやけども傷もない。

「あ、あんた…その手は…!?」

「攻撃してきたお前には見えているな?私の手に宿る青い光が。これが闘気、戦士と武闘家が特殊な呼吸で操ることができる生命エネルギーの力だ」

そういうと、2代目ロン・ベルクは左手にも青い光を宿し、ハッサンをつかんだ。

そして、自分よりも大きい彼の体を左手だけで振り回し、レックに向かって投げつけた。

猛スピードで投げられたために、回避できなかったレックはそのままハッサンに下敷きにされる。

「レ、レック!?大丈夫か!?」

「あ、ああ…」

すぐにハッサンがどいてくれたこと、そして戦士の修行によって守備力を高めることができたおかげで、レックっは大きなダメージを受けずに済んでいた。

(ハッサンを片手で投げることができるだけじゃなくて、刃物や炎に耐えることができる…。あれが闘気…)

「これからお前たちに闘気の使い方を教える。そこにいるお前にもだ!」

「え、えええ!?私にもですか!?」

ミレーユたちとともに観戦をしていたアモスが自分に指をさしながらびっくりする。

「まぁ…アモスさんは武闘家ですし…」

「あたしたちは戦士でも武闘家でもないから…」

「頑張って、アモスさん」

「ええーーーー!?!?」

アモスの情けない声が森中に響き渡った。

 

翌日になり、家から2代目ロン・ベルクと口元の部分が改造された鉄仮面を装備したレック、ハッサン、アモスが出てくる。

ミレーユら、これからの修行に関係のないメンバーはファルシオンと共にアークボルトに帰されている。

「ううー、なんか妙な感じだぜ」

「妙、とは?」

「なんか、風邪ひいたときにつける薄いマスクを何個も付けたような感覚で、息がしづれー…」

「しかも、この鉄仮面の中…とっても熱いですよ。このままでは顔だけ熱中症ってことになりそうです」

ハッサンとアモスの言う言葉にも一理あり、現にレック自身も顔じゅうに暑さを感じ、更には息苦しさも覚えている。

「食事の時間を除いて、四六時中この鉄仮面は身に着けてもらう。これで、少なくとも2,3日で闘気を発生させる呼吸のやり方を体が覚える」

「でもよー、それなら口元だけのものにして、装備すりゃあいいじゃねーかー」

「ある程度悪い環境下でも、その呼吸法を維持する必要があるからな」

そういって、レック達に木こりが使用する斧を1本ずつ渡す。

そして、自身も同じ斧をもって、森の中へ入っていく。

「まずは薪と木材が必要になる。木の伐採に手を貸してもらうぞ」

「ええーーー!?普通なら、修行とかじゃあ」

「ただで休める場所と飯を出すんだ。宿代及び修行代の代わりにしっかり働いてもらう」

そういって、ついてくる3人に例の手紙を見せる。

手紙の内容は、しばらくレック達の修行をしてほしいこと、そしてその謝礼は彼らから肉体労働で受け取るように、とのことだった。

「まずは…この木だな。これを切ってもらう」

周辺にある期と比較すると、やや太めの木に右手で触れる。

そして、再び彼は闘気の呼吸を始める。

「私はこのまま木が倒れる方向を調整する。心配せずにやってくれ」

「心配せずにって…とても危ないじゃないですか」

ハッサンを投げ飛ばすほどの怪力を闘気で生み出すことのできる2代目ロン・ベルクだが、この巨木の重量は推定だとハッサンの何倍もある。

いくら彼でも、彼に向けて倒れるとどうなるかわからない。

それに、このまま木を倒すとしたら、どうしても彼の正面から斧を入れなければならない。

となると、倒れるのは確実に彼に向けて、ということになる。

「いいから早くやれ。日が暮れると、強力な魔物が出てきて、面倒なことになる」

「はあ…わかりました。ロン・ベルクさん」

動けないハッサンとアモスの代わりに、レックが立ち位置を決め、斧を構える。

(ライフコッドにいたころは、何度も木を切りに行ったし、この太さの木は何本も切ったことがある。できないことはないはずだ)

そう思いつつ、レックは斧を木に向けて横にふるう。

「な…!?!?」

斧の刃と木がぶつかり合った瞬間、レックの手を激しい痺れが襲う。

あまりのしびれに、斧を地面に落としてしまうほどだ。

「感じたか?これが昨日、お前の仲間が受けたのと同じ感覚だ。すでに分かっていると思うが、俺は闘気でこの木の強度を上げている。普通に斧を振り回すだけでは、倒すころには日が暮れているぞ」

「ということは…こちらも闘気を使わないといけない、ってことですか?」

「察しがいいな」

「ああ、じゃあいろいろと呼吸をしなければ…スーハースーハー、スパーハー!!」

「…実戦では動き回りながら呼吸を維持することになるぞ?」

 

「うーん、こうじゃない…」

一方、アークボルトに戻ったバーバラ達も、ただ待つわけにはいかないと修行を行っていた。

バーバラは最近覚えたばかりの呪文を使い、チャモロは精神統一のための瞑想、ミレーユは踊りの練習をしている。

特にチャモロはアークボルトでの試験が良い刺激となったのか、人一倍修行に打ち込んでいる。

「あー疲れたー。ねー、そろそろご飯食べよーよー」

「先に食べていてください。もう少しだけやっています」

「えー!!そんなに根を詰めていたら、体調崩しちゃうよー?」

「大丈夫です。村ではもっと疲れるくらいの修行をしていましたから」

(チャモロって…本当にあたしよりも年下…?)

本当の年齢はわからないものの、レックたちは少なくともバーバラが17歳くらいだろうと予想している。

チャモロは15歳で、背丈もバーバラよりも低いため、現段階ではメンバー最年少といえるだろう。

しかし、ゲントで次期長老としての教育と修行をしてきたためか、かなり大人びていて、アモスがボケや軽口の多い男性であることも手伝って、彼がメンバー最年長ではないかと錯覚を覚えてしまうほどだ。

(チャモロ、ちょっとだけでもいいから、羽目を外してくれればいいのに…)

「おっと、そろそろ時間ですね?」

「ん…?時間??」

どういう意味か聞こうとするが、その前にチャモロは瞑想をやめて、近くにある小川に向かう。

途中で馬車により、モンストルで購入した釣り竿を魚かごを手にして。

「つ、釣り…?」

ついてきたバーバラは意外そうに釣り糸を垂らすチャモロに話しかける。

「話しかけないでください!!」

「ええっ!?」

「釣りは魚と釣り人による1対1の勝負!そして、精神を落ち着かせるための修行にもなります!!それに水を差さないでください!!」

「ご、ごめん…」

「1時間したらご飯に戻ります!ミレーユさんにはそう伝えておいてください!」

そういうと、チャモロは釣りを再開する。

チャモロの意外な一面を見たことで、ちょっとだけ安心したバーバラは城へ戻っていった。

なお、チャモロはそのあと結局8時間近く釣りを続けたという。



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第38話 北へ

「いろいろと、お世話になりました」

出発の準備を整え、正門前にファルシオンを待たせたチャモロが見送りに来たブラストに礼を言う。

馬車の中にはアークボルトで調達した食料や改修された武具が積まれている。

「その…装備の修理だけじゃなくて、強化まで…」

「大したことはしていない。あくまで、これは私がお前たちを気に入ったからに過ぎない」

そういいながら、ブラストは西に目を向ける。

そろそろ約束した時間にあり、レックたちが合流するのを待っているのだ。

なお、アークボルトにおける宿泊費及び装備の修理代や強化代についてはすべてブラストのポケットマネーで賄われた。

「それで、お前たちはこれからどこへ行く?」

「そうですね。まずは北へ向かおうと思っています」

「北へ…?だが、あそこには農村があるだけで、見るものはないぞ?」

先日、工事が完了したことで北へとつながる道が開通し、農村との行き来が可能となった。

食料については、城内においても栽培がおこなわれているものの、それだけでは当然限界がある。

そのため、山を越えた北にある平地の開墾がアークボルト主導で行われた。

それにより、食料自給率の上昇に成功したものの、逆にいうと北の農村からの食糧供給に依存する状態になってしまった。

そんな状態で発生したのが魔物による北への道の封鎖だ。

早期に魔物が倒されたことで、城で食糧難が発生することはなかったのが幸いだ。

今後は2度とこのようなことにならないように、北への道の補強へ予算を回すことが決まっている。

「あ…!来た!!」

ファルシオンを撫でていたバーバラが大喜びで手を振る。

西の道から、レックたち3人の姿が見えたからだ。

それが見えたレックもまた、答えるように手を振っている。

3人の手にはそれぞれが愛用する武器が布に包まれた状態で握られていた。

 

合流を果たした6人はアークボルトを離れ、西にある洞窟へと入る。

途中、魔物が住みかとしていたところへつながる道があったが、そこは兵士が封鎖していた。

話によると、青い剣士は洞窟内にいる魔物をすべて切り殺したとのことで、それだけでは飽き足らず、そこにあった魔物の卵まで破壊したそうだ。

兵士の話を聞き、改めて彼の恐ろしさを感じながら、6人を乗せた馬車は洞窟を抜け、外へ出た。

現在はハッサンとアモスが御者台にいて、周囲の警戒をしている。

「ねーねー、闘気…だっけ?それって使いこなせるようになったのー?」

「ほんの少しだけ、だけど。でも…初めて使ったときはびっくりしたよ」

初めて闘気を使った時の感触を思い出しながら、バーバラの質問に答える。

今までの、悪く言えば力任せに振り回すのと段違いの攻撃力で、苦戦していたストーンビーストを当たり所がよければ一撃で破壊できるくらいに一時的にはなることができた。

ただ、呼吸のやり方は分かったものの、2代目ロン・ベルクとの特訓中は息切れや焦りなどから、やや呼吸が乱れることがあり、そのせいで闘気を十分に発揮できなくなることがあった。

戦闘中も闘気の呼吸を維持する、それがレックにとっては今後の課題となった。

「みなさん、魔物です!!」

ファルシオンが足を止めると同時に、アモスの声が馬車の中で響く。

それを聞いたレック達は即座に武器を手にし、馬車から飛び出した。

外では6本足の魔獣の骸骨の上に忍者の様なものなのが乗っているモンスター、スカルライダー数匹がまるで暴走族のように激しい音を立てながら高速でレック達に迫っている。

また、夢の世界のレイドック周辺で出没するテンツクそっくりだが、体の色が黄色くなっていて、相手の魔力を奪う不思議な踊りを習得したスーパーテンツクや雲の巨人、ラリホーンにデビルアーマーといった魔物の姿も見受けられる。

「こいつら…!直線的なんだよぉ!!」

炎の爪にメラミ並みの炎を宿したハッサンはそれを密集して接近するスカルライダーに向けて投げつけた。

先頭のスカルライダーに命中すると同時にその炎は炸裂し、その炎に巻き込まれたスカルライダーやスーパーテンツクが焼き尽くされていく。

魔獣の骸骨が破壊されるだけで済んだスカルライダーも、素早さがそれに依存していたためか、動きは大したことがなく、バーバラのベギラマやチャモロのバギマの餌食となった。

「でえええいいい!!」

アモスエッジを手にしたアモスは闘気によってそれの刀身に光を宿られ、それを体を軸にして回転させながらラリホーンを攻撃する。

闘気で強度と切断力が増したアモスエッジの猛攻はラリホーンの分厚い皮膚を骨ごと切り裂いていき、魔力の源であり、彼らの力の象徴と言える角をも破壊していく。

また、上空にいる雲の巨人に対してはかまいたちを放って葬り去った。

「アモスさん、すごいな…」

「あははは、これぞ、亀の甲よりも年の功ってやつですよ!」

そういうレックも、まだまだ呼吸の粗さが感じられる部分があるものの、それでもデビルアーマーの斧を一太刀で切り裂き、更に鎧も正面から切り裂くだけの威力を発揮している。

ダーマの職業の修行、そして闘気の修行の成果が、確実に身につきつつある。

30分経つと、数多く存在した魔物のほとんどが青い粒子となって消滅し、生き残った魔物も怖気づいて逃亡していた。

「ふうう…。疲れましたねー」

「ええっと…そういえば、ミレーユ…言いにくいんだけど…」

「え…?どうかしたの??」

「その、どうして戦闘中に化粧直しを…?」

「???」

ミレーユ自身、なんのことだかさっぱりわからないようで首をかしげている。

実を言うと、ミレーユはこの戦闘の間、なぜか急に化粧直しをしたり歌ったりすることがあり、たまにだが、それが魔物を困惑させる原因ともなっている。

「ね、ねえ…ミレーユ。踊り子の修行は終わったって言ってたよねー。それで、次に選んだ職業って…」

バーバラが不安げに尋ねると、全員の目線がミレーユに向けられていく。

恥ずかしさに負けたミレーユは急いで背を向ける。

「…人」

「え…?」

「あ…人、よ」

「聞こえねーぞ。はっきり言ってくれよ、ミレーユ」

「遊び人よ!!」

大声で白状したミレーユの意外な職業選択に一同は一瞬凍りつく。

確かに、ダーマの書には遊び人という職業がある。

だが、最初のページに描かれているピエロのように、戦闘中はなぜか遊びだしてしまうという困った性質を修行中はなぜか得てしまい、それ故に役立たずと見なされることが多い。

そんな職業をまさかミレーユが選ぶとはだれも予想できなかっただろう。

「ねえ、どうして…選んだの?それ」

「その…踊り子と遊び人の経験を積めば、スーパースターになれて、身体能力と魔力の両方を伸ばせるか持って…。ごめんなさい」

「ううん、別に謝らなくても…そういうことなら…」

なぜ遊び人が職業となるのか?

曲芸などをするのであれば、芸人でもよいではないのか??

そんなことを考えながら、レック達はダーマの書を思い浮かべた。

 

北へ半日進み、農村に到着した。

アークボルトよりも若干寒冷なこの地域では、コンニャクイモや葉タバコ、ビールの原料となるホップなどの作物が大規模な田畑で栽培されている。

先ほど、レック達とすれ違う形で農作物を積んだ馬車が護衛の兵士3人とともに出発した。

この馬車が無事に城に到着したら、あの魔物の騒動が完全に解決したといえるだろう。

「え…?西に大きな魔法陣があるんですか?」

食糧調達と共に、情報収集していたレックが年寄りの農夫の発言に驚いた。

「そうじゃ。わしの爺さんが言うておったが、この村の西には魔法陣があって、それは4人の勇者が来るべき時のために各地に刻んだそうじゃ」

「4人の勇者…それは…」

「詳しいことは爺さんも分からかった。じゃが、その4人の勇者は世界を破滅へ導く邪悪を退けた。そして、その邪悪が再びこの世界を攻撃してきたときに備えて、それぞれが各地に魔法陣を刻み、そして伝説の武具を封印したのじゃ。名前は確か…ラミアス、オルゴー、スフィーダ、そしてセバスじゃったかのぉ…」

「ラミアス…オルゴー…スフィーダ…セバス…」

反復するように、4人の勇者の名前を口にする。

彼らの名前は農村を出た後もずっと、レックの脳裏から離れることがなかった。



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第39話 砂漠の町と幸せの国 その1

「ぶあっくしょん!!うげえ…本当にここは夢の世界の町かよ??」

黄色い砂漠の砂が鼻に入り、くしゃみをしたハッサンはまるでゲテモノを見るような眼でこの町の光景を見る。

周囲に砕けた壁があり、水を得る手段が中央にあるわずかなオアシスの近くにある井戸だけの町、カルカド。

アークボルト北東にある魔法陣に立ち、そこでラーの鏡を掲げたところで夢の世界にワープしたレック達はここから東にあるトンネルの中にある宿屋の主人から話を聞き、この町を知った。

元々は周囲を城壁で覆った城塞都市であったが、この数年で発生した水害や津波、地震、冷夏などの自然災害が度重なった影響で、急速に砂漠化してしまったという。

元々城塞内で自給自足の生活をしていたため、外の町や国と貿易を行ったことがない。

この砂漠化による飢饉によって、この町の総人口の三分の一が餓死、もしくは病死したという。

人々の思い描く強い夢によって生み出された夢の大地の町とは思えないような話だ。

「みなさん、戻りましたよー!」

酒場から顔を赤くしてアモスが戻ってくる。

彼の体から伝わる酒の匂いにバーバラは顔をしかめ、ミレーユはあきれた表情を見せる。

「アモスさん…情報収集はしてきたの?」

「ええ、それはもちろん…ヒック!ええっと…噂では満月の夜になると…ヒック!西の岬に海の上で動くひょうたん島がやってきて…ヒック!人々を幸せの国へ連れて…ヒック!いってくれると…」

「幸せの国…」

チャモロは現実世界で聞いたとある病気のことを思い出す。

ある日突然、眠ったまま目覚めなくなる眠り病が現実世界では話題となっている。

眠っている人は夢を見ているせいか、とても幸せそうにしており、末期になると幸せの国という言葉を口にするようになり、最後には急に苦しみだしてそのまま死亡する。

数年前から発生している病気で、年に数十人がかかるという。

ゲントの村でも3年前に眠り病にかかった僧侶がいて、チャクラヴァとチャモロはなんとか治療法を見つけようと苦心したが、結局治療できずにその僧侶を死なせてしまった。

その時の無念は昨日のことのように覚えている。

「みなさん…眠り病の患者は末期症状の時、幸せの国という言葉を寝言で連呼するとのことです。おそらく、その幸せの国というのは…」

「ええ、もしかしたら…かもしれないわね」

眠り病、という言葉でミレーユもチャモロの考えていることが理解できた。

「ねーねー、眠り病って何ー?それって幸せの国と関係があるのー?」

全員が歩き出すなら、バーバラはよくわからないと首を傾げ、2人に尋ねる。

「あ…!」

歩いている中、レックにボロボロな服装の男性が背後からぶつかる。

男は謝ることなく、そのまま走り去っていく。

レックは自分の腰のベルトの右側に触れる。

そこにぶら下げていた財布代わりの袋がなくなっていた。

「おいっ!?」

まさかと思い、レックはその男を追いかける。

「おいおい、夢の世界でこそ泥かよ!?確かに城の牢屋にはいたけどよぉ!」

夢の世界のレイドックで兵士をしていたとき、確かに犯罪を犯して牢屋に入っている人物は見るものの、少なくともその間に犯罪を犯した人を見たことがない。

レックも夢の世界でこのような犯罪を見るのは初めてだ。

「コラーーー!!レックのお金を返せーーー!!」

レックから金を奪った男は民家の壁に背中を向けて隠れ、財布を隠そうとするが、急に彼の右手にボルトが刺さる。

「うわああ!?」

財布が零れ落ち、右手から激痛が発生する。

彼の目の前には茶色い髪でこげ茶色のコートをズボン、首に金でできたネックレスをぶら下げた男が立っていて、手には茶色い大型のクロスボウが握られていた。

「お前のやっていることは正しい。だが、自分の力量をわきまえずに盗みを働くたあ、お前には盗賊の才能はゼロだな」

財布を拾った男は泥棒の頬に右ストレートを叩き込む。

そして、右手に刺さっているボルトを抜き取った。

「さっさと消えろ。そんな暇なことをしてるんなら、その傷を教会で治して、この砂漠の緑化でも始めるんだな」

泥棒は右手を抑えながら走り去っていく。

そして、遅れた現れたレック達に財布を投げ渡した。

「ごきげんよう。俺の名前はクリム。しがない語り部兼旅人さ」

抜いたばかりのボルトをクルクル回しながらレックの前であいさつをした。

「あ、ありがとう…ございます。でも、クロスボウで攻撃するなんてやりすぎじゃ…」

「ギリギリ治る程度の傷を負わなきゃあわからないことだってあるってことさ。まぁ、奴のことは許してやってくれ。ほんの数年前までは不自由なく暮らせたはずなのに、こんな形になってな…」

(クリム…?どこかで聞いたことがあるような…)

ボルトをしまったクリムと話す中、なぜかチャモロは彼について知っているような気がした。

だが、彼とは会ったこともなければ、声も聞いたことがない。

気のせいだろうと思い、考えるのを辞めた。

「で…あんたらはどうしてこんな場所まで?」

「実は…」

レックはクリムにある人物を探していることを話し、トムの特徴を話した後で、彼に見たことがないかを尋ねた。

夢の世界であるため、トムがいるはずがないというのは分かっているものの、もしかしたら、何らかの事故でこの世界に来ているのかもしれない、この時だけはそうあってほしいと思いながら聞いた。

「うーん、人探しなぁ。悪いが、そういう人間を見た覚えはないな。だが、心当たりはないわけじゃあない。幸せの国だ」

「幸せの国…?」

「ああ。この町で噂の国さ。いろんな不幸が忘れられて、豊かで幸せな生活ができるっていうユートピアさ。ま、あるかどうかもわからない眉唾物だが、それだけがこいつらにとっての希望ってわけさ」

レック達はその言葉がわかる気がした。

理不尽な形で豊かさを奪われ、もう復興の望みもないこの町で苦しみながら生きていくよりも、その方が幸せかもしれないからだ。

たとえそれが幻想だったとしても…。

「さてっと…どうだろう?仮にその幸せの国でそのトムって男を探すなら、しばらくついていってやってもいいが…」

「どうもうさんくさいぜ、このおっさん…」

「うさんくさい。そりゃあそうだな。俺にとっては一見何の利益もない話だ。だが、ちゃんと俺にも利益はある。俺は語り部で、ものを書くのが好きだ。だから、あんたらと一緒に幸せの国へ行って、その真実を確かめる。そして、それをネタに本を書く。タイトルは…そうだな、『幸せの国の金メッキ』、って感じだな」

「すでにウソだって決めつけてるし…」

「ま、信用できないなら…こいつをあんたらに預けよう。そう思ったら、いつでもそれかあんたらの剣か魔法で俺を殺せばいい」

そういって、クリムはレックにクロスボウとボルトが入ったカバンを渡す。

まさかためらいなく、信用できないなら自分を殺せというとは思いもよらなかったのか、彼を疑っていたハッサンは驚きを見せる。

ここまで堂々と言われてしまったら、信じざるを得ない。

「…中々、度胸があるんですね」

「長い間旅してるからな。嫌でもこうなる」

 

クリムに案内され、レック達は町の宿屋に入る。

宿屋の主人も今夜は幸せの国へ行くから、という理由で宿代をタダにしてもらえた。

ただし、客に出せる水や食料はないとのこと。

「ほら、こいつでも食っておけ」

部屋に置いてある自分のカバンから干し肉を出し、それを適当に切ってレック達に配る。

「うーん、うまいですねー、この干し肉は!!」

「すっごーい、ねえねえ、何の肉なの!?」

「そこら辺にある獣から獲った肉さ。そいつを海水を混ぜた醤油でつけて燻製にしたのさ。長い間町に入れないような旅をするときによく作る」

バーバラの質問をはぐらかしたクリムは町の近くで戦ったオークマンを思い出す。

オークマンは一説によると、呪いによって豚と化した元傭兵であり、その呪いのせいで魔王に並々ならぬ忠誠を誓い、ためらいなく人間を殺せるようになったとのこと。

見た目が少し赤みの多い豚肉であるため、レック達は気づいていないが…。

「さて…さすがにメシを食うだけじゃあ暇だ。よければ、俺のこれまでの旅について話してやるが…どうだ?」

「あ!あたし聞きたい聞きたい!」

「どんな旅をしてきたんですか?」

「ハハ、こういう聞きたがりの聴衆がいると、俺も話す甲斐があるってものさ。じゃあ、まずは…」

酒を一口飲んだクリムはレックとバーバラに自分のこれまでの旅について話し始める。

廃墟となった城での発掘や最強のスライムを追い求める老人、どんな病気でも直せる水のある洞窟や空飛ぶベッドの噂のある町など、様々な冒険談を話し、当初は食べるのに夢中だったハッサンやアモスも興味津々に聞きはじめ、ミレーユももっと話してほしいと彼に頼んだ。

一方、チャモロは疲れたからと言って、先にベッドに入っていた。

目を閉じ、彼の話を耳にしながら再び考え始める。

(クリム…あの語り部って名乗っている旅人の話…どこかで聞いたことがあるような気がする…)

幼いころ、両親が聞かせてくれた口伝の物語を思い出す。

その物語のタイトルを思い出そうと必死に記憶を探るが、どうしても思い出せない。

(気のせいなのか…それとも、何か僕はとんでもないことを忘れているんじゃないのか…?)

眠りにつきながら、チャモロは自問自答を繰り返していた。



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第40話 砂漠の町と幸せの国 その2

「よし…ここだ。満月がてらす夜空の岬。この人混みがなけりゃあ、美人と逢瀬するのには最高の場所なんだがな」

茶色いマントで身を隠したクリムが月を肴に酒を飲み始める。

レック達も同じマントを身に着けており、これはムドーを倒したことでほかの魔王にも注目されている可能性があるためだ。

断定しているわけではないが、その幸せの国も魔王がいる可能性は否定できない。

「美人と逢瀬って…あのスライムが戦う格闘城のバニーみたいな娘と、ですか!?」

「そうだとも。最高だぞー。女の子の方から寄り添ってきて、テンションが最高潮に達すれば…」

アモスと卑猥な話を繰り広げはじめ、ミレーユはバーバラに聞かさないように彼女の耳をふさいだ。

しかし、集まっている人々は全員そんな話に興味を持っていない。

持っているのは自分たちを苦しみから解放してくれる幸せの国のことだけだ。

「あんな緊張感のないおっさん連れてきて、大丈夫かよ?まぁ…クロスボウの腕前は知ってるけどよぉ…」

走っている相手の手を壁に貼り付けるほどのクロスボウの腕前はアークボルトで戦った試験官レベルだ。

それに、一人旅であるにも関わらず、自分達も食べることができるくらいの食料を外で確保できる力量。

だが、ここから何が起こるのかわからないのに堂々を酒を飲み、卑猥なトークをする彼をいざ連れていくとなると、かなり不安になった。

「そ、それで…いろんな町でそういう女の子と…」

「そうさ。仲良くなってるな。カルカドではさすがにそんなことをする気力がなかったんが…お、そろそろだな」

酒を飲み終え、双眼鏡で周囲の海を確認し始めると、岬に向けてゆっくりと近づいてくる小島が見えてきた。

前方にはかじ取りをしている船乗りの姿があり、島であることを除いては何の変哲もない。

「見えてきた…幸せの国へ導く島だぁ!!」

「カカァ!俺も、俺もそっちへ行くぞー!」

「これでこんな町とはおさらばだーー!!」

島が見えてきて、皆がそこで何をしようとかと考えながら、嬉しそうに声を上げる。

そんな彼らを見ながら、クリムは双眼鏡を懐にしまう。

そして、ゆっくりと立ち上がり、じっと岬に到着した島を見た。

「まるでひょうたんみたいな島…ひょうたん島だな」

「うわぁ、そのまんまの名前…もっといい名前思いつかないのー!?」

「そういうなって、サンシャイン。俺にはそういうセンスがねーのさ」

「あきらめないで、知恵を絞ればいいのにー…って、サンシャインって何?」

「嬢ちゃんのあだ名さ。明るいムードメーカー。おまけにいい胸をしている…」

「変なこと言わないでよ!変態おじさん!!」

まさかのセクハラ発言に顔を真っ赤にしたバーバラがクリムを殴る。

何度もポカポカ殴り、それでも気が収まらなかったのか、至近距離でメラをぶちかました。

「…本当、連れてきた良かったのか?あのおっさん…」

「知らないよ…」

クリムの話を耳にしてしまったレックは顔を赤くしている。

彼の会話の中で出てきて、頭の中で思い浮かべてしまったバーバラの胸を必死に払いのけつつ、レックはひょうたん島を見た。

「苦しみの中で生きている皆さん!よくぞ、ここまで耐えてきました!!」

船から橋が現れ、それを渡りながら黒いスーツを着た若い男性が歩いてきて、待っていた人々に頭を下げる。

「ようこそ、幸せの国へ。この島に乗れば、あなた方は幸せの国へ行くことができます。今までの苦しみはすべてなくなり、幸せだけがあなた方を待っています。どうぞ、お乗りください!!あちらにある建物に入り、この幸せをかみしめながら到着時間まで楽しみましょう!!」

スーツの男がひょうたん島の中央にある建物の中へ入っていくと、待っていた人々は次々とひょうたん島へと入っていく。

レック達も、彼らの中に入って、怪しまれないようにその建物の中に入った。

 

「うめぇ…こんなうめぇ酒とごちそう、初めてだぁ!!」

「うう…生まれて40年!こんな、こんなかわいい女の子を…」

「これを作ればあの子たちも…いや、作る必要もないねえ。何も苦労しなくていいんだからねえ!」

建物の中は赤い絨毯と宝石でできたインテリア、最高級の食材と酒、おまけに美男美女までが存在することから、全員疑いもなしにここで幸せを満喫している。

それを見ると、どれだけカルカドの人々が大変な暮らしをしてきたのかがよくわかる。

「にしても、きんきらきんで目がつぶれそうだぜ…」

「ラーの鏡でさっきのスーツの人やこの中の人たちを調べたけど、みんな人間だ。魔物が化けたものじゃなかった」

レックのマントの中にはばれないようにラーの鏡が隠されている。

乗船の際に幸せの国には必要ないものとして、武器や防具をすべて半ば強引に預けられてしまった。

周囲が魔物だらけだったら、さすがに戦える状況ではなかったこともあり、この事実で少しだけ安心できた。

しかし、今レック達がいるのはひょうたん島。

既に岬からも離れており、屋内にいることからどの方角へ向かっているのかもわからない。

逃げ道がないという点では変わりない。

「チャモロ、食べ物でおかしいところはない?」

「香辛料でごまかしていますけど…何か薬草の匂いがします。それも市販されていない、治療に使うのとは異なるタイプの。これは…コヒネ?」

「おいおいマジかよ、コヒネって…」

チャモロが言うコヒネとは、本来は呪文が使えない状況下での治療の際の鎮痛薬として塗り薬に使用される薬草だ。

沸騰した湯でその葉を溶かし、ろ過したときに残る粘りのある液体が塗り薬となる。

しかし、それをすりつぶして服用すると、脳に強い高揚感の与える、依存性のある薬物となる。

そのため、各国では神父やシャーマン、医者などの一部の人物にしかコヒネの栽培と塗り薬の製造を許可しておらず、違法に取引したり所持したりすると最悪の場合、死刑があり得る。

そのコヒネを入れることで、彼らの正常な判断力を奪うつもりなのだろう。

「厄介なものを…いいか、ここの食い物や飲み物には絶対に手を付けるな」

「みなさん、そんなところで固まっていても何も始まりませんよー!?」

話をしているレック達のもとに3人の女性がやってくる。

3人とも露出度の高い踊り子の服を着用していて、そのような服装の女性を始めてみるレックとハッサンは顔を真っ赤にしてしまう。

(こ、こ…こんな服が…)

「レック!」

怒ったバーバラがレックの手をつねる。

「痛たた!?(な、なんでバーバラ、怒ってるんだ…!?)」

「そんなことよりも、私たちと踊りましょうよ!さあ…!」

3人が一斉にレック達に向けて何かを吹きかける。

真っ白な粉が空気中を舞い、彼らの鼻孔に吸い込まれていく。

「あ…あれ?意識が…」

「まさか…」

粉末化した眠り草が睡眠欲求を増大させ、それに抗えずに6人は意識を失っていく。

誰かに両肩をつかまれ、運ばれているという実感があるが、その正体を確認できないまま、6人とも眠ってしまった。

 

北上するひょうたん島が草木すら眠る時間にカルカドの北西にある大陸に停泊する。

そこからすぐ北には暗い茶色のレンガでできた巨大な城がある。

城の中には数百の魔物たちが歓声を上げていて、彼らの目の前にある王座には頭部と翼が紫色で、体が茶色の悪魔が座っている。

「聞けぇ、我が同胞たちよ!皆も知っていようが、我が兄弟であるムドー…賢王ムドーが人間どもの手によって滅ぼされてしまった!その痛み…我が心臓がえぐられんがごときものだ。だが、いくら悲しみ、怒ったところで兄弟は戻らん!私は兄弟の遺志を継ぎ、愚かなる人間どもを蹂躙し、魔族に永遠なる繁栄を与えよう!あがめよ、神に選ばれし四王の一人、冀望王の名を与えられしジャミラスを!!」

「ジャミラス、ジャミラス!!」

ジャミラスコールが場内を包み込み、やがてひょうたん島から連行されたカルカドの住民たちが彼らをもてなしていた人々の手によって車で運ばれてくる。

車は鉄格子となっており、中にいる人々は全員眠りについている。

よく見ると、今車を運んでいる人々の目は真っ黒になっており、意識がない状態だ。

「みよ、この愚かな人間どもを!!幸せの国という甘い言葉に踊らされ、こうして我らが元へやってきた者たちを!!抜け殻兵とラリホーン2匹ずつが鉄胞子の中で眠っている人々の中から美男美女を運び出し、運び出していく。

運び出し、ジャミラスの前に立つと、彼らの目が覚める。

「え…な、なんで!?なんで魔物がここに!?」

「嫌ぁ、離して…離してぇ!!」

眠る直前までごちそうと娯楽に包まれていたにもかかわらず、なぜ今魔物たちの中にいるのか、彼らは理解できなかった。

そんな動揺する彼らを楽しそうに眺めながら、ジャミラスは左手に持つ黒い光を宿した透明なオーブを彼らの前にかざす。

「貴様らには餌となってもらう。この幸せの国…貴様らにとっての不幸の国の使いとしてな」

「やめて、やめてぇ!!」

「嫌だぁぁぁ!!!」

オーブから生まれる黒い光に包まれた彼らの目の色が真っ黒に変わっていく。

光りが消えると、彼らは抵抗することなく、まるで意思を抜き取られたかのように動きを止めていた。

ひょうたん島の人手はこうしてジャミラスによって集められており、カルカドだけでなく、夢の世界各地でこのようなことを行っていた。

「フフフ…賢王よ、貴様がくれた、この偽りのオーブ!見事に魔族の繁栄の役に立っておるぞ!!そして…!!」

もう1台の車が運び込まれ、その中にいる6人を見た魔物たちが騒然とする。

「見よ、我が兄弟を殺した者たちだ!!愚かな人間どもと共にこのジャミラスの元へやってきたとは…。これはわれのもとで討て、というムドーの導きか!」

「殺せぇ、殺せぇ!!」

「われらの希望を奪う輩をこの世から消せぇ!」

「ムドー様の仇をーーー!!」

ムドーが殺されたことで相当な怒りを抱えていたのか、魔物たちが一斉にレック達に向けて怨嗟の声をぶつけ始める。

薬によって眠ってしまった彼らもまた、魔物たちによって運び出され、ジャミラスの前に運ばれる。

そして、運んだ魔物たちはジャミラスに一礼した後で下がっていく。

「兄弟の敵、覚悟せよ!!」

右腕の埋め込まれた赤い魔石が光だし、爪の1本1本にメラミクラスの炎が宿る。

そして、レックを切り裂き、焼き尽くすためにそれを振り下ろした。

しかし、急にレックは背中にさしている破邪の剣を抜き、それを炎が宿る刀身で受け止めた。

「なに!?貴様…!」

「おらよっとぉ!!」

急に動き出したレックを見て、魔物たちに動揺が走る中、ハッサンが近くのボーンプリズナーを蹴り飛ばす。

それに続いてアモスもアモスエッジを手にし、回転しながら抜け殻兵やデビルアーマーを両断していく。

「馬鹿な…!?貴様らは確かに罠に…」

「へっ…こういうこともあろうかと、ってやつさ。俺の干し肉が効いてくれてよかったぜ」

クロスボウで真上から襲い掛かろうとしたレッサーデーモンの頭部を撃ち抜いたクリムがニヤリと笑う。

実を言うと、カルカドでレックたちが食べた干し肉には眠りの効果を軽減させるワクチンが含まれていた。

踊り子によって眠らされたレックたちはそのままひょうたん島の地下に隠されていた鉄格子のなかに入れられたが、その数分後には目覚めることができた。

しかし、警備する人間や魔物がそこにいなかったことが幸いし、しばらく薬で眠るか操られたふりをすることを話し合いで決めていた。

「ふふふ…つまり、私は貴様らに一杯食わされたということか…」

立ち上がり、笑いながらジャミラスは王座のそばに置かれている石像の一つを手にし、レックたちに見せる。

「それは…!?」

「幸せの国の住民さ」

石像を見たレックたちの目が大きく開く。

その石造があまりにも人間に近い形をしており、その石像はジャミラスを見た瞬間に震え始めている。

「ついさっき魂を入れてやった。見てみろ、幸せを求めてやってきたこの者が絶望に染まるさまを」

「た…助けて…」

石像の口が開き、レックに向けて助けを求めている。

それを握るジャミラスの握力が強まっており、石像にひびが入り始めている。

「や、やめろ!やめてくれぇ!!痛い…痛い…!!」

魂が入ったことで痛覚もよみがえっているのか、痛みで悲鳴を上げている。

「この石像はもともと、この魂の持ち主の肉体。その肉体がなくなれば、魂はどうなるだろうな…?」

「や…や、やめろぉーーー!!」

「もう遅い!!」

石像が粉々に砕け散り、その男の悲鳴が城内を包み込んでいく。

その悲鳴を聞いたレックたちの顔が青く染まり、逆に魔物たちは歓声を上げた。

「どうだ!?希望が大きいほど、それが得られなかった時の絶望は深い。そして、絶望に包まれたまま死んだ者の魂の嘆きと悲しみが魔族繁栄の力を与える…」

「お見事です!冀望王!!」

「そのお力で人間どもに絶望をーー!!」

「どうやら…奴は禁呪法でここにきてしまった人間を石に変えているようだな…」

ジャミラスの下種なパフォーマンスに吐き気を覚えつつ、クリムは頭をクールにして先ほど砕けてしまった石像を分析する。

自分または他人を鉄の塊に変える呪文としては石化呪文アストロンが存在するが、その効果を利用して先ほどのように魂を抜いたりするのは不可能だ。

それに、アストロンでできるのは鉄の塊に変えることであり、ジャミラスが砕くことができる程度の石に調整したり、任意のタイミングで解除させるのも不可能だ。

しかし、禁呪法を利用すれば不可能ではない。

生命の創造や術者などに重い代償を背負わせるような呪文に関しては禁呪法の指定を受け、封印されることになる。

禁呪法となった呪文についてはそれについて研究する魔法使いを除いては一般の人々に知られることはないが、このようにより強い力を求める人間や魔物がそれを見つけ出し、その力を利用するケースがある。

正確には研究していたというほうが正しく、ガンディーノでそれが行われていたが、現在ではどの国も研究することそのものを禁止にしている。

(禁呪法…なんでこの人はそのことを知っていて…?)

禁呪法についてはチャモロやミレーユもチャクラヴァやグランマーズから聞いている。

しかし、見るからに呪文についての修業を受けているように見えないクリムがなぜその言葉を知っているのかが気になった。

呪文の修業を受けなければ、その名前すら聞くことがないほど、禁呪法は一般に伝わることがない。

「さあ、同胞たちよ!次はこの人間どもに…」

「さっきからベラベラとやかましいんだよ…」

うつむくレックから発せられた小さな声が耳に入り、ジャミラスはしゃべるのをやめる。

「貴様…今、何と言った?」

「黙れといったんだ。この鶏頭の口だけが!!」

「レック…」

ここまで怒りをあらわにするレックを初めて見たバーバラはびっくりしながら彼を見る。

あのように、目の前で自分に助けを求める人を無残に殺されたのはレックたちにとって初めてのことで、それが余計に彼の怒りを爆発させていた。

「お前のような命と希望を軽く考えている奴は…この世界から消えて無くなれ!!」



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第41話 砂漠の町と幸せの国 その3

「うおおおお!!」

レックの怒りに反応したのか、破邪の剣の刀身が燃え上がる。

その刃をジャミラスに向けて振ると、その炎が閃光のように、一直線に敵を襲う。

「馬鹿め!その程度の炎など効かぬわ!!」

右腕の炎が円盤状の盾の形になって、破邪の剣の炎を受け止める。

そして、反撃と言わんばかりにレックにむけて燃え盛る火炎を吐き出した。

「させませんよ!!」

アモスがアモスエッジを大きく振り回し、鎌鼬を発生させる。

鎌鼬で炎が切り裂かれ、それがジャミラスの右腕の赤い魔石に命中する。

しかし、かなり頑丈な構造となっているためか、傷一つなかった。

「ジャミラス様をお助けしろーーー!!」

「奴らを殺して、褒美をもらうんだーーー!!」

「女は殺すなよ?こいつらはいい宣伝係になる!!」

ジャミラスの演説を聞いていた魔物たちが一斉に飛び出し、レック達を襲う。

「くっそぉ、邪魔すんじゃねえ!!」

レックの援護へ向かおうとしていたハッサンをバットマジックの集団が襲う。

ハッサンに向けてラリホーを放っており、近距離でしか戦えないハッサンは回避に徹することしかできなかった。

おまけにジャミラスの近くまで来た妖術師は主君である彼に対してバイキルトを放ち、肉体を強化していく。

「うわーーー!!わらわら出てきて、これじゃあジャミラスを狙えな…キャア!!」

三つの目を持つ緑色のカメレオンみたいな姿をしたモンスターであるおおイグアナがバーバラの体をその長い舌で拘束する。

かなり気に入ったのか、バーバラの体を服の上から舐めており、そのまま自分のそばまで引きずり込もうとしている。

おおイグアナの体内には生物をマヒさせる神経毒を生み出す器官があり、その毒で獲物の身動きを封じてからエサとして捕食する。

おまけに雑食であり、生息する場所も多い。

縛られているせいで、両手に持っているナイフを使うこともできない。

「バーバラから離れなさい!!ヒャド!!」

ミレーユは自分が持っている蛇皮の鞭にヒャドを放ち、氷の刃を付着させる。

それをバーバラを拘束しているおおイグアナの舌に向けて振り、氷の刃でそれを切断した。

舌を斬られたおおイグアナはパニックを起こし、その場でのたうち回る。

しかし、再び襲った氷の刃付きの蛇皮の鞭で切り刻まれて、肉片と化した。

「ううう、お気に入りのドレスなのにー…」

おおイグアナの舌がほどけ、唾液でベトベトになった皮のドレスを見たバーバラは涙目になる。

幸い、下着までは濡れていないが、かなり粘りがあって不快感がある。

「災難だったな、お嬢ちゃん」

バーバラを背後から襲おうとしていたデビルアーマーをクリムが装甲の隙間に向けてボルトを発射して始末する。

更に、オレンジ色のボルトに火をつけて魔物の集団に向けて発射する。

着弾すると同時にイオラレベルの大爆発が発生し、その集団がバラバラに吹き飛んだ。

そして、ジャミラスと妖術師の集団と交戦しているレックを見る。

(これは…まずいかもしれないなぁ。呼吸が乱れている)

 

「うわああ!!」

妖術師たちが一斉に放ったメラミを受けたレックが吹き飛ばされる。

精霊の鎧の力によって、体へのダメージは少ないものの、それでも一斉に受けたことで体が焼けるように熱い。

「な…!?!?みなさん、上を!!」

アモスが天井に出現した魔法陣に指をさす。

その魔法陣から魔物たちが召喚されており、それらがレック達に向けて襲い掛かっている。

「となると…どうにかしてあの魔法陣を破壊しなければ…!!」

チャモロはゲントの杖を構え、静かに呪文を唱え始め、アモスがバックアップに入る。

マホトーンで彼の呪文を封じ込めようとする踊る宝石の軍団をアモスエッジで叩ききっていく。

「いまだ…バギマ!!」

チャモロの呪文で発生した大きな竜巻が魔法陣に向けてゆっくりと進んでいく。

上空にいた魔物たちを巻き込みながら進んだその竜巻だが、魔法陣から突然発生した紫色の障壁に阻まれてしまう。

「何!?」

「フフフフ…増援を防ぐために魔法陣を狙うまではよかったが、そこまでだ」

バギマが収まると、魔法陣から召喚された魔物たちが障壁から抜け出し、再び襲い始める。

「あれも禁呪法…。あの赤い魔石で代償を代用して使っているか…!?」

戦いの中で、クリムはジャミラスの右腕に埋め込まれている魔石がバリアを生み出すときに一瞬紫色に光ったことを見逃していなかった。

あの魔石を破壊するという手があるが、そのためには先ほどのアモスの鎌鼬以上の破壊力が少なくとも求められる。

しかし、それを破壊するために待っているのは妖術師の軍団とバイキルトで肉体強化されたジャミラスと彼が放つ炎。

この3つの関門を突破しなければならない。

(仮にあの少年が選ばれた素質を持った男であれば…)

 

「はあ、はあ、はあ…」

城に入り、ジャミラスと戦い始めてから1時間が経過し、レック達には疲れが見え始める。

「ハアハア…ごめんなさい。これで、私の魔力は…」

「構わねえ。助かったぜ、ミレーユ!」

ミレーユが残りの魔力をハッサンの傷の治療にすべて消費する。

これで、彼女は鞭での攻撃しかできなくなった。

チャモロは空中の敵をバギやバギマで対応するのに精いっぱいで、バーバラが持つ2本のダガーナイフには既に刃こぼれが生じ、ベギラマを放つ力もない。

「くそぉ…はあ、はあ…」

レックも魔物を倒すことができてはいるが、ジャミラスの周囲にいる妖術師を1人も倒すことができておらず、左目は額から流れる血で赤く染まっている。

何より致命的なのはレック自身、ジャミラスに怒りを見せてから闘気の力を発揮できていないことだ。

怒りで呼吸のコントロールそのものを忘れてしまっている。

「くそ…レックの野郎、せっかくの特訓を無駄にしやがって!!」

回復し、闘気の呼吸で右拳の力を高め、デビルアーマー3体を一発殴っただけで撃破に成功した。

アモスもハッサンほどではないが、闘気の力をアモスエッジに宿すことでストーンビーストを撃破した。

しかし、レックは闘気を生み出すことができておらず、破邪の剣の宿っている炎の力に依存している。

「ハハハハ!!ムドーを倒した男と聞いて、少しは骨のあるやつかと思ったが、まさかこの程度とはなぁ!」

攻撃が来るのを感じたレックは後ろに飛びのくが、襲い掛かってきた鉤爪はレックの腹部をかすり、肉をそぐ。

バイキルトのせいで精霊の鎧の耐久度を上回る攻撃が可能となっており、そのせいで守りを突破された。

いつもであれば、魔法の盾を上からたたきつけるなどして回避するという手段をとることができたかもしれないが、頭に血が上ったレックには不可能なことだった。

腹部の激痛と共に、急に疲れを自覚し始めてその場で膝をついてしまう。

左手を使ってホイミを唱え、腹部の傷をいやしているが、炎の爪の力のせいかや火傷までしているようで、治療には時間がかかる。

「もういい…死ぬがいい!!」

妖術師たちがレックに向けて一斉にメラミを放つ。

痛みと疲れで体の動かないレックには避けることができない。

「レックーーー!!」

「レックさん!!」

バーバラとアモス、ミレーユは上空から召喚される魔物の対処、そしてチャモロは3人のフォローで動くことができない。

「こんの、馬鹿野郎がぁ!!」

ハッサンがレックの前に立ち、仁王立ちの構えを見せる。

「ハッサン…!?」

「ぐおおおおおお!!!」

メラミが次々とハッサンに着弾し、彼の体を炎が包み込んでいく。

レックの鼻孔に彼の肉体の焼ける匂いが伝わってくる。

「ハッサン!!」

「ぐうう…レック…!武闘家ってのは、どうも体が強えだけじゃあダメみてえだな…。ダーマの書で改めて修行して、思い知ったぜ…!!」

メラミの嵐が収まり、イリアの鎧が高熱によってボロボロになっている。

ハッサンの体も全身に大やけどができている。

闘気の力で肉体を強化することができるが、呪文を防ぐことは基本的には不可能だ。

「ふん…木偶の棒が盾になったか。なら、その木偶の棒ごと焼いてやれ」

再び妖術師たちがメラミを放つために印を結び始める。

だが、ハッサンは匂い立ちの体勢を維持し、レックから離れない。

「逃げろ、ハッサン!!このまま受け続けたら…!!」

「明鏡止水…お前も、戦士の修行してんだから、言葉ぐれえわかるだろ…?」

再びメラミの嵐がハッサンを襲う。

イリアの鎧が砕け散り、肉体そのものに直撃する。

体の一部が炭化し、大の大人でも泣き出すくらいの激痛を負っているにもかかわらず、それでもハッサンは耐え続けている。

「明鏡止水…邪念をなくし、心を研ぎ澄ます。憎しみと悲しみを超え、目の前の敵と今の己のすべてを感じる…。レック、お前は怒りっぱなしだ…。怒ることは悪いことじゃねえが、そればっかだと…」

「しぶとい木偶の棒め…いい加減死ぬがいい!!」

再び妖術師たちがメラミを発射する。

鎧もなく、身を守るものが何一つないハッサンを容赦なく炎が襲う。

「ハッサン!!」

「そればっかだと…戦う相手も、自分の今の力も…わからなくなる…ぜ…」

ついに力の限界に達したのか、ボロボロになったハッサンがうつぶせに倒れる。

「ハッサン…」

「死んだ…死んだか。木偶の棒」

「くっ…うおおおおおおお!!!!」

レックが叫ぶとともに、彼の体が青い闘気に包まれていく。

青い闘気を見た妖術師たちは動揺し、ジャミラスも身構える。

「その闘気は…!!」

「ふっ…怒りの中で己の力を見出したか…」

レックの青い闘気を見たクリムは笑みを浮かべ、やがてその闘気がミレーユ、チャモロ、アモス、バーバラにも伝わってくる。

「何…この力!?」

「嘘…闘気って戦士と武闘家だけの力じゃなかったのぉ!?」

青い闘気を宿したミレーユとバーバラは驚きを感じ、更に魔力がわずかながら回復しているのも感じた。

「ただ、感じたままのことを認識しろ。それこそがお前たちの真実だ」

「今なら…いける!!バギマぁぁぁ!!」

青い闘気に包まれたチャモロが回復した魔力と今残っている魔力のすべてを使ってバギマを放つ。

今までのバギマを上回る暴力的な竜巻の嵐が発生し、召喚された魔物たちを切り刻んでいく。

しかし、それでもデビルアーマーやストーンビーストなどの頑丈な体を盛った魔物は生き延びていて、その呪文を放つチャモロを襲う。

「そうはさせないわ…イオ!!」

ミレーユが唱えたイオもまた、青い闘気のおかげで破壊力が増しており、普段であれば破壊できないはずのデビルアーマーの鎧とストーンビーストの体を粉々に吹き飛ばした。

「…バーバラ!!」

「え、う、うん!!」

突然、レックに呼ばれたバーバラは彼のもとへ走っていき、同時に2人の闘気が共鳴したかのように増幅する。

(わかる…こうすれば!!」

飛び出したレックの破邪の剣に向けて、バーバラはベギラマを放つ。

破邪の剣の炎とバーバラのベギラマが混ざり合い、巨大な灼熱の刃が生まれる。

「ちいい…妖術師ども!バイキルトを!!」

自らの手で討ち取ると言わんばかりに妖術師たちに命令を出す。

しかし、妖術師たちはいくら印を切ってもバイキルトが発動しない。

「ま、まさか…!?」

ハッサンに3回もメラミの嵐を浴びせたことで、妖術師たちの魔力が切れてしまっていた。

「いっけええ、レックーーー!!」

「灼熱火炎斬!!!」

紅蓮の刃が妖術師もろともジャミラスを赤い魔石ごと切り裂いていく。

「ば、馬鹿な…!?冀望王の名を与えられし、この私が…あんな小僧の一撃なぞにーーーー!!」

赤い魔石が砕け、同時に天井の魔法陣が消滅する。

妖術師たちは灼熱化演算で消滅し、ジャミラスも片腕と片足を切り取られたうえに胸部には深々と切り傷ができていた。

青い血が滝のように流れ、彼の周りを染めていく。

「はあ、はあ、はあ…」

この一撃で限界だったのか、レックの体から青い闘気が消え、同時に3人からもそれが消える。

ミレーユとチャモロはハッサンの元へ向かい、ベホイミとゲントの杖で回復を行う中、レックはじっとジャミラスを見ている。

「ふっ…この私を倒したところでどうなる…?幸せの国が幻想だったことを知った奴らは再び絶望に沈む…。希望を見出したものほど、それが奪われたことでより絶望が深くなる…。カルカドへ戻ったとしても、絶望の中で死ぬしかない。そして、その絶望ことが…われらの力になる…」

ジャミラスの言う通りで、幸せの国には深い絶望に落ちた人々がかすかな希望を求めて集まってきた。

そして、レックの目の前で殺された人のように、そこで裏切られて無残な死を遂げるか、ジャミラスの操り人形となり、絶望の淵に沈んだ。

だが、今生き延びた人々はこれからどうするのか。

幸せの国などないという現実とどう向き合い、どう生きていくのか?

「それでも…それでも、人はいつか幸せになれると信じて、自分にできることをするだけだ…」

「ふっ…勇者とは、人々に希望を与える存在。もしそうだとしたら、私は彼らにとっての勇者で、貴様は彼らから希望を奪った存在。果たして、どちらが正しいのかな…?」

ジャミラスが青い粒子となって消滅する。

(どちらが正しいかなんて…)

勇者、という言葉が気にかかったが、ジャミラスの言い残した言葉がレックの心に突き刺さる。

ジャミラスを倒したとしても、彼らの根本的な問題が解決されるわけではない。

そして、何よりも彼らによって奪われた命が戻ってくることはない。

「レック…」

レックの後姿を見たバーバラは静かに彼を案じていた。




今回はドラクエ11で登場するアレを再現してみました。
ドラクエ11とは違い、主人公が起点にならなければならないという制限がありますが…。


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第42話 小さなメダル

ジャミラスが倒されたことで、魔物たちは我先にと城から逃走していった。

石化した人々、そして洗脳された人々は元に戻り、彼らはレック達と一緒にひょうたん島へ向かった。

幸い、ひょうたん島の操縦は従来の船と同じ仕組みになっており、カルカドに戻るのに関しては大した問題はない。

しかし、操縦している元船乗りの老人も、そして屋内で休んでいる人々もその表情は晴れやかなものではなかった。

「幸せの国…偽りだったけど、彼らにとってはたった1つの希望だった…」

その光景を見たレックはジャミラスの最後の言葉を思い出す。

(勇者とは、人々に希望を与える存在。もしそうだとしたら、私は彼らにとっての勇者で、貴様は彼らから希望を奪った存在。果たして、どちらが正しいのかな…?)

それに対して、レックは明確な反論をぶつけることができなかった。

確かにジャミラスの希望にすがる人々に深い絶望を与える卑劣な行いを許すことはできない。

しかし、彼の言う通り、レックは偽りとはいえ、彼らにとって希望だった幸せの国をその手で破壊した。

彼らから希望を奪った点ではジャミラスと変わりはない。

「レック…」

どういう言葉をかければいいのかわからないバーバラは彼の後姿をじっと見ていることしかできない。

「くそっ…何だよ。魔王を倒したってのに、この後味の悪さは…!」

怒りをぶつけるように、ハッサンは拳を壁にたたきつける。

それで何かが変わるわけではないが、それでもそうせずにはいられなかった。

「しかし、ジャミラスが死んだことで、おそらく眠り病も消滅し、眠っていた人々も目を覚ますことでしょう。それに…これ以上、ジャミラスのせいで死ぬ人々はいない」

「それはそうだけど…」

「せめて…あの人たちが希望を取り戻せる何かがあれば…」

何か、その具体的な答えをミレーユは出すことができない。

砂漠化してしまったカルカドの井戸は枯れており、植物を育てることもできない。

おまけに飢饉で総人口の三分の一が死んだこの街で、貿易のノウハウのない彼らがどうやって生活していくのか?

「やれやれ、頭の固い連中じゃな」

急にどこからか聞いたことのない老人の声が聞こえる。

声が聞こえた方向に振り向くと、そこには赤いマントと金色で五芒星が描かれたメダルが飾られた王冠を装備した、グランマーズと同じくらい小さな老人が立っていた。

今までひょうたん島や幸せの国で会ったことのない人物がなぜここにいるのか、レック達は驚きを見せる。

「やれやれ、ようやくジャミラスから解放されたわい…」

「あの、あなたは…?」

「ワシの名はメダル王。小さなメダルのコレクターじゃ」

ニッコリと笑みを浮かべたメダル王は懐から袋を出し、その中身をレック達に見せる。

その中には王冠についているのと同じ形のメダルが大量に入っていた。

「おぬしは驚いていないようじゃな?」

メダルを見るレック達をよそに酒を飲むクリムを見る。

クリムは何も答えないが、フッと笑みを浮かべていた。

「でもよぉ、その小さなメダルのコレクターがなんで封印されていたんだ?」

「ワシは小さなメダルによって奇跡を起こす力を持っておるのじゃ。例えば、こういう感じで」

袋から40枚のメダルを出したメダル王は静かに祈りをささげる。

すると、それらのメダルが輝きはじめ、それが1本の剣に変化する。

青い柄で刀身の中央部が金色で彩られた、豪華な見た目の剣だ。

「メダルが剣に…!?」

「ふむ…これは奇跡の剣じゃ。軽くて頑丈なうえに良く斬れるという三拍子そろった剣じゃ。ワシを助けてくれた礼にこれをやろう」

奇跡の剣を差し出されたレックは今、目の前の現実をうまく呑み込めないままそれを受け取る。

しかし、このような物理法則を無視したとんでもない力を持っていることから、なぜ彼がジャミラスに封印されたか、その理由は理解できた。

「ねーねー、どうしてそういうことができるのぉ?」

「それはこの小さなメダルが持っている力のおかげなんじゃよ」

袋の中にある小さなメダルを1枚手に取り、それをレック達に見せながら言う。

「小さなメダルは希望のメダル。人々から生まれる希望が形となった存在じゃ。ふむ…どうやら、そなたにはこのメダルをこれからたくさん生み出してくれそうじゃな…」

「え…一体何を!?」

レックの目をじっと見たメダル王は何かを思いついたのか、彼の左腕に小さなメダルの飾りがついた腕輪を無理やり取り付ける。

「これでおぬしがこれからの旅で、人々に希望を与えたとき、小さなメダルを手にすることができるようになる。そして、生み出した小さなメダルを持ってきてくれたなら、これからの旅で役立つ物を生み出してやろう!ということで、まずは彼らの希望を取り戻さねば…」

「希望をって…もしかして!」

「言ったじゃろう?小さなメダルは人々の希望の結晶、そしてワシはそれを使って奇跡を起こすことができると」

 

カルカドに到着し、人々は暗い表情を浮かべたまま自宅へと帰っていく。

そして、レック達はメダル王と共に枯れた井戸の近くまでやってきた。

井戸の中には掘削のためのつるはしやドリルが放置されており、掘った痕跡もあることから、水を手に入れようと必死に動いていたということがよくわかる。

その井戸の周りに、メダル王は小さなメダルをばらまく。

「さあ…希望の結晶、小さなメダルよ。このカルカドの人々に希望を…」

メダル王の祈りと共に小さなメダルが輝きはじめ、同時に揺れが発生する。

激しい揺れに驚いたバーバラはその場に座り込み、アモスは周囲をきょろきょろに見渡す。

「じ、じいさん!いったい何を!?!?」

揺れが町全体に及んでいるのか、住民たちも驚き、動揺している。

そんな揺れの中で、ゴボゴボと水の音が井戸から聞こえてくる。

「ま…まさか!?」

次の瞬間、井戸から大量の水が沸き上がり、それが上空へと噴水のように飛んでいく。

上空にまで飛んだ水は雨のようにカルカドに降り注ぐ。

「み…水!?水だぁーーー!!」

「嘘だろ…こんな、こんなことが…!?」

空から降ってくる水、そして井戸から湧き上がる水を見た住民のある人はその奇跡に涙を流し、ある人は水瓶を持ってきて必死に水を集め、またある人は万歳する。

レック達も井戸についたことで、メダル王が何をしようとしているのかある程度理解していたものの、それでもまさかのこの光景にびっくりしていた。

そして、レックの左腕についている腕輪が光り始める。

「これは…!?」

「両手を広げてみるんじゃ。希望が…小さなメダルとなる」

腕輪の光が消え、同時にレックの手の中に小さなメダルが現れる。

20枚のメダルが生まれ、それを見たレックの目が丸くなる。

「よし…この20枚はワシが預かろう。そして、封印から解かれたワシの城の場所を教えよう」

そういうと、メダル王が姿を消し、レック達の脳裏にある光景がフラッシュバックする。

マルシェの西にある、かつてレックが現実の世界を見たあの穴があった場所に小さな城が出現する光景だ。

その周りにはスライム系の魔物たちが集まっていて、彼らはその城の住民と共存している。

「ワシはそこにいる。力を貸してほしければ、いつでも来るのじゃぞ?」

光景が消えると同時に、メダル王の声も聞こえなくなった。

その間にいくらか時間がたったのか、人々は水があふれ出るこの井戸の整備を始めていた。

「ええっと、何が何だかわからねーけど…これでカルカドは大丈夫だよな…?」

「ええ…。そういえば、クリムさんはどこへ…?」

チャモロの言葉で、クリムのことを思い出したレック達は周囲を見渡す。

ひょうたん島から降りるまで、ずっと一緒に行動していたはずのクリムの姿はどこにもなかった。

酒場や彼が滞在していた宿の部屋にも足を運んだが、結果は同じだった。

(クロスボウの技術から、あの睡眠薬のワクチン…。それに、禁呪法まで知っていた…。あの人はいったい…?)

 



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第43話 ホルストックへ

「船の整備は終わっています。いつでも出港どうぞ」

「ありがとうございます。では」

船員に礼を言ったチャモロは錨をあげ、神の船がアークボルトのドックを出発する、

ひょうたん島をカルカドの住民に預けたレック達は現実世界へ戻り、アークボルトまで戻ってきた。

船を預けるには代金はかからないが、期限が設定されているため、カルカドに戻ったころには期限が迫っていた。

そのため、アークボルトへ戻らざるを得なかった。

「んで、これからどうすんだよー?どこへ行けばいいかわからねーぞ」

船上から外の景色を眺めながら、ハッサンは尋ねる。

レックは地図を広げ、まだ行っていない場所でなおかつ今でも停泊できる場所を調べる。

「ここから南西のホルストック…そこへ行ってみる?」

「ホルストックですか。確か、農業が盛んな国でしたね…」

アークボルトで購入したモンスターチェスをミレーユとともに遊んでいるアモスが思い出すようにつぶやく。

これは最近流行になりつつあるチェスであり、一説によると兵士を骨抜きにする力があるという。

兵士のスライムと騎士のドラキー、僧正のひくいどり、城兵のゴーレム、女王のスライムクイーンと王のキングスライムで構成された、スライムに偏向しすぎな感じのチェスで、ルールは従来のものとは何も変わらない。

これらの駒のモンスターはいずれもどの年代でもなじむようにデフォルメされており、それが小さい子供もチェスに興味を持つきっかけになっている。

なお、ミレーユは修行の息抜きとしてグランマーズや順番待ちの占い客を相手に何度かチェスをしたことがあり、それに対してアモスは全くの初心者であるためか、ルールブックを片手に駒を動かしていた。

「これで、チェックメイトよ」

「あうう…」

ミレーユの宣言とともに、なすすべを失ったアモスは力尽きる。

やはり、経験者であるミレーユに軍配が上がった。

「でも、びっくりしたー。ミレーユってこういう遊びが好きなんだねー」

「遊び人の影響かしら…なんだか、こういうのもいいなって思えてきちゃって…」

ムドーを倒すまでのミレーユはこういう娯楽とは程遠い、悪く言えば堅苦しい女性だった。

しかし、ムドーを倒したことで少し心に余裕が生まれたのか、笑う回数が増えてきて、おまけにこうした遊びにも付き合い始めている。

(心を自由に解き放ち、枠を自分の手で作り上げる…。なんだか、その意味が少し鼓得てきた気がする)

これは遊び人の修行をする中で、ダーマの書で見つけた一説だ。

修行といっても遊びに関するものばかりで、とても強くなれるとは思えないもののオンパレードだ。

別の修業をしようと考え始めたその時にその一説を見つけ、ミレーユは遊び人を極めてみようと思った。

 

「へえ…アークボルト程じゃねえけど、なかなかいい装備をしてんだな」

船を預け、再び馬車で移動をするハッサンは関所を通り、そこで警備をしている兵士たちを見る。

魔法戦士をスタンダードにしているアークボルトと比較すると、ここの兵士の装備は重装備であり、かなり無骨なイメージがある。

しかし、いずれも機能性を重視した設計となっており、おまけに加工の難しい玉鋼を素材としたものを標準装備されている。

「確か、フォーン王国が隣にありましたよね。食料を輸出し、フォーンから武具を輸入することで手に入れているのでしょう。確か、フォーンは良質な鉱石が採れる鉱山を所有しているうえに、加工技術も高いですからね」

フォーンとホルストックが貿易を行う理由は二百年前に起こった戦争にある。

フォーンは鉱山を所有しているとはいえ、土地がやせていることから食料の確保が難しい。

人口が少ない時期はさほど問題にならなかったが、その時期になると国内では背負いきれないほど人口が増加していた。

そのため、ひとたび飢饉が起きると餓死者が出た。

そのため、豊富な食料を生産できるホルストックの土地を求めて軍事侵攻を引き起こした。

ホルストックの場合は武器や防具の加工技術が未熟であり、採れる鉄も粗悪な質のものでしなく、当初はフォーンに連戦連敗を重ねており、一時は城を包囲されることもあった。

しかし、レイドックとアークボルトがフォーンの一方的な侵略を国際法に違反しているとして非難し、ホルストック側で参戦した。

その結果、形勢が逆転し、ホルストック側の勝利に終わった。

その後、行われた講和条約によってフォーンは多額の賠償金を支払うことになったが、長年の課題となっている食料についてはホルストックから輸入する代わりに当時は王令によって禁止されていた武具の輸出を解禁することとなった。

この王令はその戦争よりもはるか昔にできた慣習法のようなもので、その当時は世界各地で戦争が起こっていて、フォーンが死の商人となっていたことへの償いとしてできたものらしい。

その結果、ホルストックはこのようにフォーンから輸入した良質な装備を手にすることができている。

隣国であることから、輸送費が対してかからない点も大きい。

「なぁ、大丈夫なのかよ?王家の試練」

交代のために移動している兵士たちの話声がハッサンの耳に入る。

「大丈夫な気がしねえだ。なんてったって、ホルス王子はスケベなうえに臆病だべ」

田舎臭いしゃべり方をする兵士が数日前に城の東にある農村、ホルコッタでホルスを見つけたときのことを思い出す。

納屋にあるタルの中でプルプル震えながら隠れており、隠れた理由を尋ねてみると、剣の稽古が嫌で城を飛び出してきたとのこと。

ホルス王子は城でも農村でも評判が悪く、夜更かしする上に勉強もさぼり、しまいには王の部屋にあったムフフ本『ピチピチ☆バニー』まで盗む始末。

さすがにそれについては教育係の老人に雷を落とされた。

ちなみに、『ピチピチ☆バニー』は世界各地の成人男性をいやすために作られた数多くのムフフ本の中でも名作として評判であり、コレクターの間で高値で取引されているとのこと。

ちなみに去年、国家予算の中でごく少額であるがよくわからない支出があった模様。

「だなぁ。だが、王家の試練を制覇しないと、正式に王位継承者として認められないぞ」

「こりゃあ、いつになるかわからない次のご子息が生まれるのを待つしかないのか…?」

「レイドックの王子さまの爪の垢さ飲ませたくなるだ」

「何か問題を抱えてるって点では、どこもおんなじだな」

兵士たちが通り過ぎると、ハッサンはあまりにも平和なこの国の問題をそう評した。

レイドックでは先日まで王と王妃が昏睡状態となり、ゲバンにより圧政が行われており、今では行方不明となった王子とトム兵士長のことが問題となっている。

アークボルトでも魔物の一件でひと悶着あったことを考えると、どうしてもそう言いたくなる。

王位継承にかかわることであるとはわかっているが、どうしてもこれらの問題と比較するとかわいく感じてしまう。

「案外、王家の試練の手伝いをしてくれって頼まれたりするかも…」

「やめてくれよ。面倒事は御免だぜ…」

ハァー、とため息をつきながら、ファルシオンを前へ進ませる。

旅を始めてからというもの、そういう面倒事に巻き込まれるのがもはや日常となってしまっている。

せめて、こののどかな田舎の国ではのんびり休みたいと思ったが、先ほどの兵士たちの会話を聞いてしまったこともあり、やっぱり面倒事に巻き込まれるかもしれないなと予想するようになってしまった。

 

「旅の者よ!そなたらの力を見込んで、頼みがある!」

「…やっぱりな」

ホルストック城の王の間で、少し太った体で白髪の生えた、赤いマントを羽織っている国王のホルテンの話に嫌な予感が的中したと思いながらハッサンは小さな声をつぶやく。

レック達はホルストック城に到着すると、納屋の警備をしていた兵士にジロジロと顔を見られた後で、ここまで連れてこられた。

そして、王の前に行くと、旅での経験について少し話した後で、ホルテンに上記のセリフを言われた。

もちろん、ムドーやジャミラスと戦ったこと、そして夢の大地のことについては伏せている。

「実を言うと…ワシの息子であるホルスが先日、15歳の誕生日を迎えた。これまでの慣例では、15歳になるとここの南にある洗礼の洞窟で試練を受けることになる。そして、その試練を成し遂げることで、初めて王位継承者として認められる…。じゃが、ホルスは少々臆病でな…剣や乗馬の稽古もろくにできておらん。それに、最近は洗礼の洞窟に凶暴な魔物が住むようになってのぉ…」

「凶暴な魔物…。ムドーを倒せば、万事解決と行かないんですね?」

「そうじゃろうなぁ。活性化した魔物によって一度作り替えられてしまった生態系を元に戻すのは一筋縄ではいかん。おそらく、長い時間がかかるじゃろう。まぁ、その話は置いておいて、そこで…おぬしらにホルスの護衛をしてもらいたいのじゃ。無論、タダでやれとは言わん。報酬としてパテキアの根っこをプレゼントしよう」

報酬の話を聞いたレック達はよいのか悪いのかよくわからない報酬に内心微妙かな感じが否めなかった。

確かにパテキアは特殊な酵素が含まれた土でなければ育たないが、種をまくとわずか数日で収穫が可能になるまで成長する。

現在、パテキアを育てることができる土があるのはホルストックだけで、それの根っこには生命力が詰まっており、煎じて飲むことで万病に効くため、高値で取引されている。

しかし、パテキアが必要になるほどの難病を抱えたことのないレック達にとってはあまり魅力的ではない。

「どうじゃ…!?引き受けて、もらえるか!?」

急に立ち上がり、レックの目の前まで来たホルテンが間近でじーっと見ながら念を押すように言ってくる。

瞬きせず、いつまでも見つめてくる彼に驚き、うっかり首を縦に振ってしまう。

「うむ!!そうじゃろうそうじゃろう!!ワシとあの兵士の眼に狂いはなかったということじゃな!!」

色の良い返事がもらえたことで満足したのか、嬉しそうにホルテンは王座まで戻っていく。

「レック…面倒事は御免だって言っただろう??」

「いや、だってさ…」

「レックー、あたし、なんだかすっごく嫌な予感がするー…」

「実を言うと…僕もです」

面倒事に巻き込まれ、テンションが駄々下がりする仲間たちにレックは非常に申し訳なく思った。

だが、彼はもはや引き受けたと思って張り切っており、周りの兵士や大臣も安心した様子を見せていることから、もはや断れる空気ではなくなっていた。

(こんなので、大丈夫なのか?俺たち…)



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第43話 ホルストックと臆病王子 その1

「ハッサン、そっちはどうだ?」

「だーめだ、ダメだ!全然見つからねー!」

1階の王の間への階段の前へ、西側の台所や食堂を探したハッサンが戻ってきて、ため息をつきながらレックに報告する。

続いて、2階からはミレーユとバーバラ、地下からはアモスとチャモロが戻ってくるが、彼らも同じ結果だった。

ホルテンからの頼みごとに応じた(というよりも半ば強引に応じさせられたというのが正しいかもしれないが)レックたちがやるべきことは、試練を受けなければならないホルス王子を見つけることだった。

彼は自室で勉強をしているはずだったのだが、連れて戻ることができなかったということは、彼はそこにはいなかったということだ。

そのため、こうしてレック達は手分けをしてホルスを探している。

6人とも、ホルテンが書いた彼の似顔絵と背丈などの情報の紙を握っている。

年齢はチャモロと同じ15歳だが、書いてある内容が正しければ、彼よりも少し背丈が小さいということになる。

「んもーーー!!どこにいるのー!?」

「にしても、このホルストックって城って、複雑な構造をしてるよなー」

「ええ…。ホルストック城は今では珍しい山城ですからね」

昔は、戦争の際に城が拠点となることから、山に城を築くことが多かったという。

魔物による攻撃だけでなく、他国からの侵略もあり得た時代で、実際に空から攻撃されることがない限りは山城は効果があった。

特にホルストックは城に侵入された場合のことが考慮されており、地下通路や曲がり角や分かれ道の多さなどで相手を迷いやすくして、いざというときには脱出できる手はずになっている。

アモスとチャモロが通った地下通路には当時、そこで迷った敵をしとめるための罠が仕掛けられていたという。

しかし、山に城を作るということで、城下町への行き来に難があり、物資の輸送にも一苦労した。

ホルストックの場合、今は城の裏手に人力のエレベーターがあるが、過去は階段を上り下りして物資を運んでいたという。

そのため、時代の変化に伴い、国同士の戦争が少なくなってくると、徐々に山城から平城へと主流が変化していった。

その場合は、経済の中心としての機能を獲得するために城下町の近くに築くことが多く、アークボルトのような城の中に城下町を置くというのはかなりのレアケースだ。

「ああ…そういえばチャモロと手分けをして地下を探していたとき、ホルス王子の教育係のおじいさんと会いましたよ。その人が、確か…ホルス王子は何かに隠れて王様たちを困らせることが多いとか…」

「隠れて…っというと、箱か樽とかに?」

バーバラの言葉に反応するように、レックたちは東に目を向ける。

そこには倉庫があり、樽や箱が山ほど置かれている。

その中には空っぽのものもあり、その中であれば、小柄なホルスは隠れることができるだろう。

レックたちは倉庫番の兵士から許可をもらって倉庫に入り、手当たり次第に箱と樽を調べ始める。

その倉庫番は30分前に交代しており、その間、誰かが倉庫に入ったのを見ていないという。

「うーん、この樽の中にはいませんねぇ」

「この箱にもない」

空箱や空の樽の場所についてはあらかじめ倉庫番から教えてもらっている。

ホルスが入れるほどの大きさの樽は彼の握力では持ち運ぶのは難しいという。

力があるハッサンやアモスならともかく、レックでも樽を持ち上げるとなると、両腕に力を入れることで、腹部まで持ち上げることができる程度だ。

「あとはこの列の樽を…あ…」

ゴトン、とこれから調べようとした樽の列から物音が聞こえる。

レックたちの目線が物音が聞こえた方向に向けられると、樽の上に大きなネズミが出てきた。

「なんだよ、ネズミかよ…」

「ネ…ネズミ!?ネズミだってぇ!?」

聞いたことのない、子供の声が倉庫中に響き渡る。

レックたちしか今は倉庫に入っていないことを考えると、その声の正体がだれかはもうわかっている。

「もしかして、ホルス王子。そこにいるんですかー!?」

チャモロは大声で倉庫のどこかに隠れていると思われるホルスに声をかけるが、もう聞かれているにもかかわらず、ホルスと思われる少年は沈黙してしまう。

「声が聞こえた方向を考えると…この樽の中ですね」

しかし、それは無駄な抵抗で、魔物使いとして修業を積んだチャモロにあっさりと隠れている樽を見つけられる。

「出てきてください。王様があなたを呼んでいますよ」

樽にノックし、声をかけるが返事はない。

沈黙することで、やり過ごそうとしているのだろう。

チャモロは樽を開けようとするが、内側からフタを抑えられているためか、開けることができない。

「チャモロ、俺に任せな」

チャモロをどかしたハッサンは両手で樽を頭上まで持ち上げる。

「う、うわあ!?なんだ、なんだこの揺れは!?樽が横になったぞ!?」

持ち上げた樽の中にやはりホルスが隠れているのか、そこから声が聞こえる。

「ほら、早く出ねーと怖い思いをするぞー!」

そういいながら、ハッサンは樽を上下に揺らす。

「ちょっと、ハッサン!!やりすぎよ!?」

「いいじゃねえか、これくらいなんとも…」

「あーーー!!ぎゃああ!?こんなの、こんなの嫌だーーー!!」

フタが開き、その中には赤いマントと高級な布でできた服に身を包んだ金髪の坊ちゃん狩りの少年が涙と鼻水でベトベトになった状態で隠れていた。

樽がおろされ、レックの手で彼が樽の中から出される。

「やべえ…やりすぎた…」

完全に恐怖一色となったホルスを見て、ハッサンは事の重大さを理解する。

ホルスはあまりの恐怖で、失禁してしまっていた。

 

「ホルスよ、お前はもう15。古来、ホルストックでは15のときに成人の儀式を行う。王族であるお前は南にある洗礼の祠で、おのれの心に挑むことになっておる…」

兵士や貴族が集まる王の間で、ホルテンの前にひざまずくホルスは彼からの言葉を受けている。

ズボンは別のものに履き替えられており、言葉を受けたホルスはホルテンから剣を受け取る。

男の王族は成人するまで、剣を持つことが許されないという慣習があるため、ホルスにとっては初めて実物の剣を持つことになる。

「この試練はつらいものとなる。しかし、お前のために力を貸してくれる旅人がいる。何も恐れる必要はないのだ。さあ、行け!ホルス、我が息子よ!!お前なら、必ずや試練を突破できると信じておるぞ!!」

ホルテンの手から剣が離れ、ホルスは2本の細い腕でその剣の重みを感じる。

訓練の時に使い木製の模造剣とは違う、正真正銘人を殺すことができてしまう道具を立ち上がったホルスは腰にさす。

「はい、父上!行ってまいります!」

先ほど、失禁するほどおびえていたホルスがまるで嘘であったかのように、ホルテンの前で胸を張って敬礼する。

そして、振り返って5人に目を向ける。

「さあ、行くぞ!レック!!」

「ちっ…さっきはおも…ゴフゥ!」

何かをしゃべろうとしたハッサンだが、ミレーユに腹部をひじ打ちされ、しゃべることができなくなる。

痛みに耐えるハッサンをアモスが支え、5人は先頭を歩くホルスについていく。

「いってらっしゃいませ、王子!」

「ホルス王子、ばんざーい!!」

兵士たちのホルスをたたえる声が響き渡り、6人は王の間を後にした。

 

城を出て、ファルシオンを預けている馬小屋がある麓まで6人は階段を下りる。

さすがにホルストックで生活していることがあるのか、ホルスはこの階段を下りる程度のことは問題ではないようで、息切れや疲れを見せない。

「おーし、待たせて悪かったなー、ファルシオン!!」

馬小屋から出てきたファルシオンの頭をハッサンがなでる。

馬小屋で、ホルコッタで採れた新鮮な野菜を食べることができたためか、今のファルシオンの体力は有り余っている。

ファルシオンと馬車を見たホルスはこれから試練の旅に出ることになることを実感し始める。

「ああ、俺…まだトイレ行ってなかった!近くの草むらでしてくるから、ちょ…ちょっと待ってろ!!」

「あ、ホルス王子!!」

チャモロが止めようとしたが、ホルスは馬小屋の裏側にある草むらへと走っていく。

トイレと言うが、彼が臆病な性格であることは既に分かっているため、それが嘘だということは簡単に理解できた。

「僕が連れ戻します。みなさんは準備をしといてください」

「えー?チャモロ1人で大丈夫なのー?」

バーバラの質問に答えず、チャモロはホルスを追いかけていく。

「きっと、何か考えがあるんだ。ここは任せよう」

「うん…。でも、意外だね。チャモロが自分から行動に出るなんて」

仲間として、ある程度行動を共にしてきたバーバラから見たチャモロはあまり自己主張をすることのない、一方城から行動するタイプの人間に見えていた。

そんな彼だから、最年少でありながらもレック達以上の冷静さがあり、それがメンバーの助けになることがあった。

だから、自分から言いだして行動するチャモロが意外に思えた。

「王様があのホルス王子が15歳だって言ってただろ?もしかしたら、同じ年齢で小柄だから、何かシンパシーを感じたんじゃねえか?」

「ふーん…」

 

「ああ…怖いなー。魔物が凶暴化してるって話だし、戦って怪我したりするの嫌だしなぁ…。でも、儀式を果たさないと王様になれないし…」

城の地下道から通じるベランダから外を見ながら、ホルスは悩んでいた。

ホルス自身、この儀式が王族にとって重要なことで、自分の父や祖父もやり遂げてきたことだということを理解している。

「どうせ、俺なんかが儀式を果たしたところで…」

見送りの時、兵士たちが全員自分を応援していたが、本心からのものではないことを彼は悟っていた。

弱虫で不真面目、夜更かしする上にムフフ本を隠し持っているうえに同年代の少女のスカートをめくるのが好きなスケベだというのが評判であり、周囲からは自分が王になるのを不安視されていることは幼い彼でもわかる。

少なくとも、強くなろうとたまに特訓を受けることがあるが、長続きせず、痛い思いをするのが嫌で投げ出してしまうことが多い。

「そんなところにいても、儀式を受けることなんてできませんよ?ホルス王子」

「な…!?」

背後から声が聞こえ、振り返るとそこには城の外にいるはずのチャモロの姿があった。

どうしてここがわかったのか、ホルスには分からなかった。

彼らが知っている城への入り口は正面の階段と裏口のエレベーターだが、馬小屋のある場所からエレベーターまではかなりの距離があり、そもそもエレベーターを使ったりしたら、ばれるのが明白だ。

「あなたの足跡をたどらせてもらいました。魔物マスターの修行の成果です」

「へぇ…で、隠し口を見つけて、ここまで追いかけたのかよ」

「はい」

チャモロは彼の隣に座り、一緒に空を眺める。

大きな雲が一度太陽を隠し、周囲を暗くする。

「…どうせ、お前らも思ってるんだろ?俺のこと…弱虫だって?」

「どうして、そう思うんです?」

「だって俺…根性なしだし、口悪いし…いいところなんて何一つないうえに、身長だって、ほかの子供よりも小せえし…」

修行や勉強が嫌で城を飛び出し、ホルコッタへ逃げたとき、チャモロはそこで同年代の子供たちと一緒に遊び、友人になった。

兵士に見つかり、城へ連れ戻されたときは大目玉を食らうことになったが、それでも彼らと一緒に遊ぶのが楽しかったのか、今でもたまに抜け出している。

だが、一緒に遊んでいて思ったことは同じ男で、更に自分と同じくらいの年齢のこどもより、自分は体力がないうえに背も小さいことにコンプレックスを感じていた。

農家の子供が多く、彼らは家の手伝いなどで体を使う機会が多いことがあるかもしれないし、同年代の女子には背では負けていないものの、それがホルスにとって、つらいところだった。

何度もそんな自分を変えようとしたが、失敗し続けて今のホルスがいる。

そのことをある時、両親や世話役の老人に相談したが、自分にも良いところがあるから気にするなと笑って答えただけで、それが何かという明確な答えはもらえなかった。

大人にとっては笑いごとかもしれないが、子供であるホルスにとってはかなり深刻なものだ。

「お前もそう思うだろ?俺が…王子にふさわしくないボンクラだって…」

外から来た旅人とはいえ、彼らもここまで来る途中にホルスのうわさは聞いているし、レック達は自分が樽の中に隠れた上に、ちょっと揺らされただけでおびえてしまうところまで見られてしまった。

きっと、そうに決まっていると思い、チャモロに質問する。

チャモロは眼鏡を直し、雲の動きを見ながら、口を開く。

「ホルス王子、あなたは僕がいくつぐらいだと思います?」

「ちっ、質問に質問で返すなよ」

「すみません。でも、大事なことなので」

大事なこと、と言われたホルスはじっと隣のチャモロを見る。

背丈は自分と同じくらいで、見た目からして、どうしても旅人には見えない。

「…15くらい?」

「そうです。僕はつい最近まで海に出たことがなくて、ほとんど村の中で過ごしていました」

「俺と…同じとでも言いたいのかよ?」

ホルスは王子である立場上、ホルストック国領を出たことがなく、海も城の西側のところからしか見たことがなく、泳いだことも船に乗ったこともない。

外の世界をほとんど知らないという点では同じだろう。

しかし、ホルスから見てチャモロは魔物マスターとしての修業をこなし、こうして自分を見つけるくらいの五感の鋭さを獲得している。

そんな実力のある彼と一緒にしてほしくなかった。

「魔物マスターの修業は大変でした。魔物の生態を知り、その弱点をつかむためにはとにかく魔物の感覚や思考というものを覚えていかないといけません。村の中で学んだことは、なにも役に立ちませんでしたよ」

「…じゃあ、あきらめりゃあよかったんじゃないか?」

村でどのような修行をして育ったのかわからないが、少なくとも魔物マスター以外にも道はある。

その修行を最大限に生かせる道もあるはずだ。

それを選ばず、魔物マスターの修行を続ける彼をホルスは理解できなかった。

「確かに、あきらめるのは簡単ですよ。でも…やるのなら、自分のできる精一杯の力を出して、それでもできなかったら、あきらめようって決めたんです。だって、すぐにあきらめてしまった人に何かを成し遂げることはできないってある人が言ってましたから」

師匠であるチャクラヴァの言葉を思い出しながら言う。

10歳を超えてから始めるであろう僧侶の修行を7歳のころから受けはじめ、年上に同門とともに修行を続ける傍ら、次期長老になるためにチャクラヴァの下でマンツーマンの修行も受けていた。

幼い彼にとっては過酷で、修行を続けた結果、過労で肺炎になったこともある。

また、なかなか回復呪文を習得できず、思い悩む時期もあった。

回復呪文は攻撃呪文と異なり、自分の魔力だけでなく、回復対象となる自分または相手の生命力をコントロールしなければならない。

どちらか一方のコントロールができなかった場合、回復させることはできない。

ほかの同門たちが習得していく中、自分だけなかなか習得できずにいたことで、自分には世界を覆う闇を貫く矢になる資格がないのではないかと、チャクラヴァに相談したことがある。

そんな時に、彼からその言葉を聞かされた。

「大丈夫です。不足している部分は僕たちがどうにかしますから。あなたにとっての最大の試練は…逃げないこと、たとえ失敗するとしても前のめりで失敗する…でしょうね」

立ち上がったチャモロはホルスに背を向け、元来た道を戻ろうとする。

いつもの兵士たちとは違い、ここでもチャモロはホルスを無理に連れて行こうとしなかった。

何か思うことがあったのか、ホルスは立ち上がり、チャモロの後をついていく。

後ろ見て、ついてくるホルスを見たチャモロは笑みを浮かべる。

そんな彼が面白くないのか、ホルスはプイッと視線をそらした。



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第44話 ホルストックと臆病王子 その2

ホルストック南部にあるホロムス山地。

緑あふれるホルコッタとは異なり、岩山が大半を占めているその山には行商人も通ることがないため、街道すら整備されていない。

細々とだが、この山には鉱脈があるようで、レック達が通る際にもいくつか坑道の位置口を見つけることができた。

しかし、フォーンとの貿易で良質な金属や武器を手に入れることができることから閉山されており、今はその入り口しか鉱山だったころの面影がない。

「なあ、王子様よ。この道で本当にあってんのか?」

ファルシオンを操るハッサンは馬車の中にいるホルスに声をかける。

「ふん…そんなに疑うんなら、お前が見ればいいだろ?」

何度もハッサンからその質問をされたようで、それが嫌になったホルスがハッサンに地図を押し付ける。

ホロムス山地の古い地図で、昔作られた鉱石輸送のための道路が記載されている。

これは試練を受ける王族が借りる地図であり、それにメモを書いたりすることができない。

ただ、問題なのは坑道閉鎖後にろくに整備されていないことだ。

何十年も放置されているに等しい状態であるため、岩によって道がふさがっていたり、道そのものがなくなってしまっている場合もある。

ホルスは馬車の前方にある窓を少し開けて、外の景色を見始める。

「ああ…来ちまった。来ちまったなぁ…」

「おい、その地図よこせ」

ホルスから地図を取り、今の位置と目的地である洗礼の祠の場所を調べ始める。

ここから南にある山道を通れば、洗礼の祠のある山間に到着できる。

そして、ここからは今いる道に従って進めばいいだけ。

そのことを地図を見ているホルスが何よりも分かっているのか、ブツブツと不安を口にしている。

「んもー、王子様なんでしょ?それに、あたしたちもいるんだから、もっとシャキッとしてよ!」

今のバーバラのホルスへの印象は最悪だ。

ネガティブなうえに山に入る前にキャンプした際には料理がまずいとか獣臭いとかあれこれ理由をつけてろくに食べようとせず、城からこっそり持ち出した菓子を食べていた。

狩りをしてきたのはハッサンで、その日の料理当番がバーバラであるため、その態度が彼らにどんな影響を与えるのかは明らかだ。

おまけに、夜寝静まっているときにこっそり逃げ出し、ホルコッタ方面へ逃げようとしていた。

そして、途中で道に迷ってしまった上にバギマを唱えることができる、魔力のこもった水色の包帯でできた魔物であるウィンドマージや額の角と赤いタテガミが特徴的な白馬のモンスターで、角で回復魔力を生み出しているユニコーンなどの魔物と遭遇してしまった。

幸い、チャモロがそれに気づき、レック達全員でホルスの足跡を追う形で追いかけてきたことで難を逃れることができた。

その時は相当に怖かったようで、魔物が全滅した後はミレーユに泣きついていた。

怖かったということを言い訳にしてミレーユの胸に顔を押し付けたいというスケベ心が働いたのではないかとハッサンが不審に思ったようだが、残念ながらそうではなかったようだ。

「来てしまった以上は、もう腹をくくるしかない。行こう」

「ちっ…ああ、分かったよ!行けばいいんだろ!!」

レックからの正論を否定できないホルスは舌打ちしつつも、消極的ながら行くことを同意する。

彼らを乗せた馬車は砂利道を進み、洗礼の祠へと近づいていった。

 

歴代ホルストック王族が男女問わず試練を受け続けたとされる洗礼の祠。

ホルスが学んだ歴史によると、初代ホルストック王がこの地で生息し、人々を苦しめていたドラゴン、ストーンウィルムを討伐し、その功績によって統治することが許されたらしい。

その後は開拓事業によって国力を高めていき、晩年にホルストックが初めて国として認められ、国王となった。

そんな由緒正しき場所で、王族は初代ホルストック王の足跡を歩むとともに、試練によって王族とは何かを自覚していく。

「へえ、これが初代ホルストック王の像か…」

洞窟に入って、すぐのところに彼の像を見つけた。

馬に乗っていて、傷だらけの鎧に身を包んだ、長身で筋肉質という極めて男らしい姿にハッサンは驚く。

とても、あのホルテンとホルスのご先祖様とは思えない。

「ふん…」

あんまり彼の像を見たくないのか、ホルスはその先にある扉に立つ。

「おい、ホルス王子!勝手に先行くな」

洗礼の祠には魔物が住んでおり、仮にまた前と同じようなことになると、無事に助けられるかどうかわからない。

あの時、ホルスを無事に助けることができたのは奇跡に等しい。

ハッサンの言葉を無視し、ホルスは扉に触れる。

「汝、ホルストックの血を継ぐ者」

扉から、重々しい声が響き渡る。

声が聞こえると同時に、洞窟全体が揺れるのを感じた。

「うわああ!!わ、私は変身なんてしてませんよーー!!」

「そんなの、誰も聞いてないからぁー!」

「汝の名前を伝えるのだ」

「オ…オレの名はホルスだ!!よく覚えておくんだぞ!!」

怯えを押し殺し、ホルスは扉に向けて自分の名前を言う。

すると、扉が勝手に開き、その先から熱気が伝わってくる。

「この熱は…ムドーの島の洞窟と同じ…!?」

「ぐうう…暑いーーー!!」

あまりの熱気で我慢できなくなったホルスが扉から離れる。

扉の向こうには複数の火柱が発生しており、左右にはこれほどの熱気であるにもかかわらず、ユニも水蒸気にもなっていない冷水の入った人工池がある。

「王家の血を継ぐ者よ…。試練の時だ。かつて、初代ホルストック王が歩んだ道を歩め」

ホルスに名前を尋ねたときの声が響き渡る。

火柱が徐々に人型に変化していき、数体のバーニングブレスに似た魔物へと変わっていく。

「ふ…ふざけんな!?こんな暑いところにいたら、死んじまうよ!!」

「初代ホルストック王はこの地でドラゴンと戦った時、全身を焼かれるほどの炎を受けた。そして、その炎の中から、王としての素質の1つを見出した」

「それで、俺も同じ体験をすることで見出せと?バカ言ってんじゃねえ!!俺は…初代ホルストック王じゃねえんだぞ!?」

「ならば、引き返せ。ここには貴様の従者以外に見ているものはだれもいない。試練を乗り越えたと王に嘘をついても、誰も咎めることはないだろう。扉の先へ行かぬ限り、試練は始まらん」

「う、うう…」

あの魔物たちを見たせいが、足ががくがく震え始め、止まらなくなる。

昨晩、魔物に襲われたときと同じ恐怖がよみがえってくる。

「しっかりしやがれ、馬鹿ホルス!!」

ホルスの前に立ち、ハッサンは扉から来る熱気を受ける。

ムドーの島でこれほどの熱気を一度経験しているおかげか、あの時と比較するとその暑さに慣れている。

「ば…馬鹿ホルスだと!?王子を…」

「悪いけどよぉ、俺はお前が試練をクリアしない限り、お前を王子なんて認めねえことにした!きっと、ほかの奴らも本音はそうなんだろうぜ!!」

あんまりな言葉だが、ホルスには返す言葉が見つからない。

不真面目でスケベ、弱虫でそれを変えようとしてもうまくいかなかった日々を思い出す。

そんな自分を兵士たちは表向きでは王子として扱っているが、本心では馬鹿にしていて、王になる資格がないみたいに考えていると思っている。

「だがなぁ、もしお前が試練を超えるって言うんなら、いくらでも付き合ってやる!これでも…おせっかい焼きだからなぁ!!」

「あんた…」

「まずはあの炎の魔物をどうにかしないと!!」

レックが破邪の剣を抜き、扉の向こうへ行こうとする。

「まだだ、レック!!まず入るのはホルスからだ!試練を受けるのはあいつだからよぉ!」

「くっそおおお!!うるせえんだよ、おっさん!!あんたに…いわれなくたってえええ!!」

震える両足を叩いて立ち上がり、剣を握ったホルスは恐怖心を抑えるため、大声を出しながら扉へ一直線に走っていく。

「みんな、ホルスに続けぇ!」

レックの言葉にアモスとバーバラ、チャモロも後に続いて入っていく。

「へっ…いけるじゃねえか…。あとは俺も…」

「待って、ハッサン」

走りだそうとするハッサンにミレーユは水筒を渡す。

「水筒…?」

「水分補給しないと、倒れるわよ」

レックたちはともかく、ハッサンは先ほどの熱気を一番受けており、水分を消耗している。

そんな彼がそのまま中に入ったら、熱中症で先にダウンしてしまうのは目に見えている。

ハッサンは水筒を受け取り、その中にある水を飲む。

体が水を求めているためか、いつもよりもおいしく感じられた。



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第45話 ホルストックと臆病王子 その3

「くうう…なんて、暑さだよ!?ムドーの島以上じゃねーか!?」

部屋に入り、本格的にこちらを襲う熱風にハッサンは叫ぶ。

この風は目の前にいるバーニングブレスそっくりなモンスターたちが起こしており、常時火の息を全方位から受けているように錯覚してしまう。

「我らは試練」

「我らは炎」

「我らを制し、先へ進め」

「制してっていいますけど、その前に干上がってしまいますよー!」

全員が今まで経験したことのないような熱さに襲われており、汗が噴き出ている。

サウナ風呂を超える熱さの空間では、人間は長時間耐えられない。

このような温度では、弱点となるヒャドでも焼け石に水だ。

「まずは剣が通るようにする!インパス!!」

印を切ると同時に指から光線が発射され、それを受けた試練の魔物のうちの1匹が実体化する。

そして、実体化が解除される前に切り捨てようと前へ走る。

しかし、3体の試練の魔物が手を前に出すと、激しい熱風がレックを襲い、おまけに近づけば近づくほど、体感温度が上昇していくのを感じた。

「ああ、あああ!!ガハッゴホォ!!」

あまりの暑さで息ができなくなり、破邪の剣を地面に刺して体を支えなければ動くこともできなくなってしまった。

「レック!!」

急いでミレーユはレックのそばまで行き、彼に向けてヒャドを唱える。

刃ではなく、純粋な冷気を彼にぶつけることで、一時的とはいえ、熱風から身を守れるようにした。

(でも…この状態は維持できて1分。しかも、気温が上がれば上がるほどその時間も縮まってしまう…)

ミレーユ自身、遊び人に転職したためにMPが以前よりも低下しており、消費MPの少ないヒャドでも使える回数に限りがある。

しかし、それを使って冷気のバリアを作らなければ、今の試練の魔物には近づくことさえできない。

「心頭滅却すれば火もまた涼し…とは、いいますが!!」

こうして手が出せない状態でも、この部屋の温度はさらに上昇していく。

修行のおかげか、ある程度の温度変化には耐えられるチャモロでも、ここまでの温度の上昇は初めてなのか、息苦しさを感じ始める。

「あれ…?そういえば、ホルス王子はどこにいるの??」

ミレーユのヒャドに包まれたバーバラは先に入ったはずのホルスの姿を探す。

彼はこの部屋の右側サイドにある人工池の中に体を入れていた。

気温が上昇し、暑くなった頭を水をかぶることで冷やしている。

「おい、ホルス!!何そこでくつろい…??」

ハッサンはふと、なぜホルスがこんな高温の中、水に入ってくつろぐことができるのか不思議に思った。

それを確かめるため、水の中に手を突っ込む。

(冷てえ…。周りはこんなに暑いってのに…!?)

普通、気温が上昇すると、水温も気温と同じ高さになろうと上昇する。

それには時間差が生じるうえ、この炎がいつから出ているのかはわからない。

仮に入る少し前から厚くなっていることを考えると、ぬるま湯位になっていても不思議ではない。

しかし、そこの水は気温など意に介しておらず、ひんやりとしている。

そして、試練の魔物が自らを炎と称していた。

「もしかしたら、やれるかもしれねえ!!」

「はぁ…何を言って!?」

ハッサンは人工池の上を走り始める。

「なにやってんだ!?そのまま近づいたら…!!」

ホルスも涼んでいたわけではなく、水に入った状態で試練の魔物の様子も見ていた。

そのため、やみくもに接近することで、その魔物が放つ熱気にやられてしまうことは理解していた。

現にレックが息ができなくなりかけるくらいの熱気を感じていたため、対策なしに接近することは不可能だ。

当然のことながら、走ってくるハッサンに向けて魔物たちは熱気を放つ。

しかし、走るハッサンの体を濡らした水が熱気から彼を守っていた。

「どおりゃああああ!!」

そのまま、濡れた手でこぶしを作って試練の魔物に殴りかかろうとする。

しかし、急に炎と共にその魔物も姿を消してしまった。

「消えた…??」

急にいなくなってしまったことに動揺するとともに、気温が一気に10度単位にまで低下し、急激な気温の変化に体がブルリと震える。

「いやぁー、ハッサンさん。急にどうしたかと思いましたが、まさかこんな攻略法があるなんて思いませんでしたよー!うわっ、冷たい!!」

人工池の水に触れたアモスは感心しながらハッサンを見る。

どういう仕組みかはわからないが、この人工池の水は周囲の気温の上昇に左右されない水だ。

それのおかげで、あの魔物たちに肉薄することができた。

もしかしたら、どの試練にも部屋の中に攻略のための手段が必ず用意されているということになる。

問題はその手段を見つけられるか否かだ。

「さ、さ…寒いーーーー!!」

急にハッサンは全身をがたがたと震わせながら叫ぶ。

水にぬれた体で、一気に気温が落ちてしまったこともあり、体感温度が落ちてしまったのだろう。

あまりの寒さに思わずくしゃみをしてしまう。

「ううう、なんでこんなに寒いんだよー!!」

一方、水から出たホルスもブルブル震え、バーバラのメラの熱で温めてもらっている。

まだバーバラはホルスのことが苦手だが、応じである彼をさすがに風邪で倒れた状態で返すわけにはいかない。

「お、お、俺にも温まらせてくれーー!!」

寒さに耐えられないハッサンはバーバラの元へ走っていく。

温暖な気候であるサンマリーノ出身である彼は寒さが苦手なようだ。

(そういえば、モンストルの北の山でも寒がっていたな…)

2人仲良くメラの炎で温まっているハッサンとホルスに苦笑するレックが部屋に中心に目を向けると、そこには先ほどまでなかったはずの石碑が出現していた。

古い文字のようで、学の浅いレックには読めない。

「石碑…何と読むのでしょうか…?」

チャモロも石碑に刻まれている文字を読もうとするが、村で学んだ古代文字のいずれにも合わず、読むことができない。

2人は温まっているホルスに目を向ける。

ホルストック出身であり、さぼりはするものの、王子としての教育は受けている彼なら読める可能性があるだろう。

「おーい、ホルス。お呼びだぜー?」

「ええ…まだ温まりてーんだけど…」

「温まるのは自由だけど、今の私たちは進むことも戻ることもできないのよ?」

魔物が消えた後で分かったことだが、中に入ると同時に最初に入ったドアが消えてしまっており、この部屋には出入り口が一つもない状態になっている。

今のところ手がかりになりえるのはその石碑だけだ。

「ちっ…わぁーったよ…」

しぶしぶと従う形でホルスは石碑の前に立ち、刻まれている文字を読み始める。

「ええっと…炎の中で王は知恵を見出した。周囲、時には敵を利用することで事態を打開すること力を示した汝に次への道が与えられる…?」

小さいころ、教育係の老人から教えられた古代文字を読む。

そのころはどうしてそんな今では使われていないような文字を勉強する必要があるのかと疑問に思ったこともあり、あまり熱心に勉強していなかった。

しかし、彼が用意した古代文字で書いた絵本が気になって、読むための最低限の知識は習得していた。

読み終えると同時に、石碑の文字が光りはじめ、その後ろの床が地下へと続く長い階段へと変化した。

「すごいですね。もうそんな文字が読めるなんて…」

「ふ…ふん!王子として、当然のことだ!」

アモスから褒められ、若干嬉しそうな表情を見せるホルスだが、照れ隠しのためか、素直にそれを言葉や態度で示すことができなかった。

若干顔が赤くなっており、照れているのがバレバレなのはともかく。

 

「うわあ!!」

階段を下りるホルスが足を滑らせて転倒しそうになるが、ハッサンに支えられる。

「足元に気をつけな、こういった場所は足が滑りやすいぜ」

「ふん…わかってるよ…」

「それにしても、降りれば降りるほど寒くなってる気がしますよ…ハックション!!」

ブルブルと体を震わせたアモスがくしゃみをし、鼻水が出る。

地下から来ていると思われる冷たい風がレック達に向かって吹き、彼らの体力を奪っていく。

「まさか、もうすでに第2の試練は始まってる…なんてことはねえよな?お…?」

しばらく歩いていると、階段の終点に到達し、短い通路の先に入り口と同じ構造の扉を見つけることができた。

その扉はゆっくりと開くと、今度はすさまじい冷気が彼らに襲い掛かる。

「ええーーー!?熱いのの次は冷たいの!?極端すぎだよぉー」

スカートを抑えるバーバラはこのような試練を作った人物に文句を言う。

扉の先はまるで雪山のような光景となっており、見た限りでは魔物の姿はない。

「まずは洞窟を見つけよう。そこで暖をとるんだ」

ライフコッドで生活で、寒さに慣れているレックがチャモロとともに前に出て、ゆっくりと前へ歩き始める。

やはり地下であるためか、上にあるのは空ではなく石の天井。

だが、足元にある雪は本物で、肌に触れた雪は解けて水になっていく。

例のごとく、全員がこの雪山の部屋に入ると同時にドアが消滅し、レックたちは閉じ込められた。

「できる限り固まって行動するんだ。はぐれないでくれ」

屋内であるにもかかわらず、吹雪が発生している。

視界が雪で封じられないように、腕を目の上に置き、ゆっくりと前へ進んでいく。

「ドラゴンが住む山は吹雪で閉ざされた自然の要害。初代ホルストック王は吹雪の中を進んだ」

「そういやぁ、最初に戦ったのは村の廃墟で、2度目が本拠地の山って爺さんが言ってたな…」

体を震わせながら、ホルストック建国史の授業で学んだ初代ホルストック王の話を思い出す。

そんな中、背後からズシンズシンと大きな足音が聞こえてくる。

「この足音は…!」

雪のせいで足音が消えることがあり、実際レック達は歩いている中で聞こえたのは吹雪の音だけだった。

それなのに、このような大きな足音が聞こえてくるということは、かなり巨大な魔物がこちらへやってきているということになる。

「しかし、その山に住んでいるのはドラゴンだけではなかった。ドラゴンの片腕である巨大な羊が襲い掛かった」

「羊…って、まさか!!」

「グオオオオオンン!!!!」

部屋中を魔物の叫び声が響き渡る。

後ろを向くと、そこには真っ白な雪が体についた、倍以上の大きさになっている黄色い沈黙の羊の姿があった。



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第46話 ホルストックと臆病王子 その4

「グオオオオン!!!」

巨大な沈黙の羊の拳がレック達に向けて振り下ろされる。

ムドーに匹敵する巨大を誇るあの魔物の拳を受けて、タダで済むはずがない。

ハッサンは寒さで動きが鈍っているホルスを抱え、レック達と共に散らばるように走ってその場を逃れる。

拳が雪で熱く覆われた地面にぶつかると、激しい音と共に周囲の雪が上空を舞う。

なんとか攻撃を逃れたレック達に雪がかかり、全身が真っ白になる。

「なんだあの魔物、なんてでかさなんだよ!?」

「もう、怒ったぁぁーーー!!ベギラマぁ!」

バーバラはその魔物に向けて力いっぱいベギラマを放つ。

魔物の胴体に閃光が直撃し、大きな火傷ができる。

しかし、そのダメージは気になっていないのか、魔物はホルスに目を向ける。

そして、彼に向けて口から凍り付く息を吐き出した。

「あの魔物…俺を狙ってやがるのか?!」

「やっべえ!!」

ホルスを抱えたまま、ハッサンは息を逃れるため、魔物に背を向けて走り始める。

更に、ホルスを狙っているのは間違いないようで、魔物は息を止めると彼らを追いかけ始める。

「この寒さ…長時間の戦闘は危険ですよ!」

「バーバラ!メラかギラで雪を溶かして道を作って!」

「う、うん!!」

バーバラはメラを唱え、移動の邪魔となる雪を溶かしていく。

雪が解け、見えてきた黒い土を踏み、レック達はハッサンと魔物を追いかけた。

 

「く…!なんなんだよ、こいつは!!」

2本角の間にできた鎌鼬が飛んできて、すぐそばに立っている枯れ木が真っ二つに切れたのを見たハッサンは冷や汗をかく。

あの鎌鼬を受けたら、人間は簡単に両断されてしまう。

「くっそ!仕方ねえか…!」

ハッサンは少しだけ後ろを向き、魔物がどのような攻撃をしてくるか見極めようとする。

しかし、魔物はそれを読んでいたのか、瞳を一瞬怪しく光らせる。

「…?な、んだよ…?この、眠気は…?」

強い睡魔を覚えたハッサンの動きが鈍り、ホルスを抱える腕の力が鈍る。

「おい!!しっかりしろよ!寒さでばてちまったのか!?」

「ち、違えよ…。あいつの、あいつの眼を…見るな…」

ハッサンは残った力でホルスを少しでも遠くに逃がそうと投げる。

投げてすぐに意識を失い、うつ伏せになってその場に倒れた。

投げられたホルスは少し離れた場所に落ちるが、分厚く積もった雪がクッションになったのか、けがはなかった。

魔物は眠りについたハッサンには目もくれず、ホルスを探すために前へ進む。

「ハアハア…あいつ、俺を徹底的に狙ってきやがる…ハアハア…」

口の中に入った雪を吐き出したホルスは両手で雪をかき分けながら魔物から逃れる道を探す。

普段ならホルコッタで雪合戦などで遊べることから歓迎していた雪だが、このような状況ではとてもありがたくない存在だ。

足を取られるうえに、あの魔物にあっという間に追いつかれてしまう。

「まずい…!!」

魔物がホルスに腕を伸ばした瞬間、魔物と自分がいた場所の熱い雪が崩れ、滑落していく。

雪のせいでそこが崖だったことに気付かず、魔物がやってきたことで雪が重さに耐えられなくなっていたのだろう。

「うわあああああ!!!」

魔物共々、ホルスは雪と共に落ちていく。

運よく雪に巻き込まれずに済んだハッサンだが、意識を失っている彼にホルスを助ける力は残っていなかった。

 

「…サン、ハッサン!!起きろ!!」

「うう、寒ぃ…」

「もう!なんでこんなところで寝てるのぉ!?」

バーバラに何度もたたかれ、レックとアモスに雪をどかされたハッサンはゆっくりと目を覚ます。

どれだけの時間意識を失っていたのかわからないものの、体中が氷のように冷たく感じた。

「どうしたんの?ハッサン…雪に埋もれて眠っていたぞ?」

「悪い…あの魔物の瞳にやられた。いいか、あいつの眼は絶対に見るなよ」

バーバラのメラで体を温めながら、ハッサンはレック達に警告する。

あの時はハッサン1人だけ見たため良かったものの、仮にメンバー全員がそれを見てしまっていたら全員凍死していただろう。

「なあ…ホルスとあの魔物はどこか、分からねえか?」

ハッサンにとっての大きな心配はホルスだ。

1人と1匹の姿がここでは見ることができず、もしかしたら今もホルスは追われているかもしれない。

「それが…魔物の足跡があそこで途切れています…」

チャモロは崖の近くにある、後ろ半分だけ残された大きな足跡に指をさす。

まさかと思い、ハッサンは崖まで走る。

魔物の足跡を点として、線でつなげるようについている小さな足跡もほぼ同じ場所で途切れてしまっている。

雪の崩れ具合などを考えると、彼らは仲良く滑落した可能性が高い。

「まずい…あの魔物、本気でホルスを殺すつもりでいたぞ!急がねえと!!」

「ハッサン、近くに下に降りれる道がある!そこを使うぞ!」

レックはハッサンを探す際に見つけた道に指をさす。

緩やかな下り坂で、崖の近くの雪はバーバラがギラで溶かしていることから、踏み抜いて滑落してしまう危険性はある程度軽減されている。

吹雪と魔物、2つの脅威にさらされるホルスを助けるため、5人は下り道を進んでいった。

 

「ハアハアハア…ちくしょう…」

雪の中で目を覚ましたホルスは両手を使って雪をかき分けて外に出る。

大雪が降った翌日に城を抜け出し、ホルコッタの子供たちとかくれんぼをしたときのことを思い出す。

その時は見回りに来る兵士にも見つからないように雪だるまを作り、その中に入って隠れていた。

見つからなかったものの、長時間その中にいたために風邪をひいてしまい、城へ戻った翌日はベッドの中で一日過ごすことになった。

どれくらいの時間気絶していたのか確かめたいホルスだが、屋内であるここではそれを知る術がない。

それ以上に問題なのがあの魔物だ。

「このまま滑落してやられてくれりゃあ、御の字だけどな…お?」

服についた雪を払ったホルスは洞窟の入り口を見つける。

雪にまみれるよりも、屋内に入った方がまだ体温低下を避けられる。

そう思ったホルスはその洞窟の中に入り、あの魔物に見つからないように入口は可能な限り雪でカモフラージュをする。

「なんだよ、これ…」

奥で休むため、体を震わせながら奥へと進むホルスだが、進むにつれてこの洞窟に違和感を感じ始めていた。

洞窟であるにもかかわらず、床が凸凹していないうえに、進むにつれて石造りの柱などの明らかに人の手が加わったものが散見する。

極め付けは一番奥にある丸い部屋で、中央には初代ホルストック王の像と石碑が置かれている。

「また石碑かよ…。まさか、ここのヒントでも書いてあんのか?」

ホルスはその部屋の壁に掛けられている、火のついた松明を手にし、文章の部分を照らす。

『初代ホルストック王が率いた部隊はストーンウィルムの片腕、マウントホーンの攻撃と雪山の厳しい環境により、その半数を失った。洞窟の中で兵士たちの傷をいやす中、王はそこに隠された魔剣を手に入れた』

「魔剣…?それって、レーヴァテインのことか…?」

ホルスは初代ホルストック王の話の中で出てくる魔剣、レーヴァテインのことを思い出す。

その剣は初代ホルストック王が手にし、ストーンウィルムとの戦いで使ったという炎の魔剣だが、その戦いで失われているため、現在は実在しない武器だ。

読み終えると同時に石碑が2つの割れ、床がゆっくりと開く。

そして、それによってできた穴から新しい床がゆっくりと上に上がってきて、その中央には粗末な木箱が置かれている。

どうなっているのかよくわからないホルスだが、その木箱の中身が気になり、ゆっくりとそれを開く。

「嘘だろ…これは!?」

箱の中身にホルスは息をのむ。

オレンジ色の金属でできた刀身は茶色い鞘に納められていて、持ち手部分にホルストックの国旗となったエンブレムが刻み込まれている。

鍔の両サイドには透明な玉石が埋め込まれ柄頭には十字架が貴様れている。

初代ホルストック王がかつて使っていたレーヴァテインそのものが、その箱の中に入っていた。

ホルスはそれを手にし、試しに鞘から抜こうとする。

しかし、何かにロックされているのか、どれだけ力を入れても抜くことができない。

「くそっ、なんだよこれ!?抜けねーじゃねーか!!」

抜けない剣は今のホルスにとって何の役にも立たない。

箱に戻そうとすると、箱の底に別の文章が書かれているのが見えた。

『されど、魔剣を抜くことができたのはたった1度。ストームウィルムとの戦いの中で、おのれの王としての素質を真に理解したときのみ』

「王としての素質…?」

文章の中にあるそれをホルスは気になっていた。

同時に、自分にはその剣を抜くことが永遠にできないのではないかとも思うようになった。

自分には取り柄となるものが何もなく、周囲からは王子として認められていない。

肩を落としたホルスはレック達と合流したときに見せようと思い、剣を手にし、その場に腰を下ろした。

「へへ…ここだと、暖かいや…」

ここには大雪が降らず、周囲には火のついた松明がある。

ちょっと寒い感じがするが、それでも外寄りは何十倍もいい。

ここで休んでレック達を待とうと考えたが、1つ気になることがあった。

(レック達にどうやって気づいてもらうかな…?)

入口の大部分は雪で隠しており、外の吹雪の勢いを考えると、既に入口全体が雪で隠れてしまっている可能性が高い。

このままだと永遠に見つけてもらえない可能性の方が高い。

しかし、あの魔物、マウントホーンが生きている可能性も否定できず、下手に外に出ると餌食になるのは確実だ。

「…まぁ、ちょっと外が見えるように、雪をどかしとくかな…?」

せっかくの休める空間から離れるのは惜しいが、自分を探してくれているかもしれないレック達を放っておくことはできない。

レック達と合流したらここへ案内し、一緒に休もうと思い、ホルスは来た道を戻っていった。

 

「おーーーい、ホルスーーーー!!どこだーーーーーー!!!」

「王子ーーー!出て来てよぉーーー!!」

「ホルス王子、生きてますよねぇ!?」

雪をどかしながら、ハッサン達は大声を出してホルスに呼びかける。

ギラやメラを使って雪を溶かし続けていたバーバラは疲れ果て、レックにおんぶしてもらっている。

炎の爪でも溶かすことはできるのだが、加減が効かないことから必要以上に溶かして雪崩を発生させてしまう恐れがあり、使うことができない。

「くそ…!こんなに雪が降ってちゃあ、足跡が消えちまう…」

ハッサンが後ろを振り返ると、5人の足跡がすっかり消えており、戻る道がわからない状態になっていた。

問題なのはマウントホーンだが、幸いなことにあの魔物は巨大であることから、一度できた足跡は簡単には消えないと思われる。

チャモロが見ても、マウントホーンが通った小さな痕跡は見つけられず、ひとまずは安心してもいいかもしれない。

「雪の中に埋もれて、気を失っていたら大変ですね…」

この部屋に入ってからしばらくたつが、雪の勢いが増しており、気温も低下しつつある。

山育ちのレックやチャモロならともかく、特に寒さに慣れていないハッサンは本当なら根を上げていてもおかしくない。

だが、ホルスと早く合流し、守らなければならないという思いからか、そんな様子が見られない。

「もっと下を探すべきか、それとも…」

「こっち、ですね…」

チャモロは眼鏡についた雪を取り、レックと共に厚い雪化粧の山肌に目を向ける。

ライフコッドからマルシェへ向かう際に通った山道にはいくつも洞窟があったように、寒さを少しでもしのげるような洞窟があってもおかしくない。

もっとも、ここは雪山ではなく、それを再現した部屋に過ぎないため、そのような洞窟がない可能性もあり得る。

「レック、破邪の剣で少しずつ山肌の雪を溶かしていってください」

「分かった、やってみる」

おんぶしていたバーバラをミレーユに託すと破邪の剣を抜き、深呼吸をしたレックは山肌に向けてそれを振る。

振ると同時にギラに似た閃光が発生し、それが雪を溶かしていく。

大きく溶かして雪崩を誘発させることがないように、威力をセーブして狙いも定めていることから、20数回振り終えたときにはレックの額に汗が出る。

その間に2つか3つ、小規模な洞窟を見つけることができたが、いずれもホルスの姿がなかった。

「レック、大丈夫なの??」

魔力はまだまだだが、体力が回復したバーバラが疲れを見せるレックに駆け寄る。

彼女を安心させるためか、バーバラに笑みを見せたレックは腕で汗をぬぐう。

そして、再び破邪の剣を振るい、閃光で雪を溶かす。

「あそこ…洞窟の入り口かしら?」

レックが溶かした雪の下から穴の一部が見える。

そして、その穴から人の手が出て来て、手を振り始める。

「あの手…もしかして」

「間違いねえ、ホルスだ!急いで入口の雪を取ろうぜ!」

あの手の主がホルスだと確認し、ハッサンは急いで雪をどかしに向かう。

彼の無事を知り、安心したレックはその場に座り込む。

「レ、レック!やっぱり滅茶苦茶疲れてるじゃん!」

「ちょっと…無茶したかも…ん??」

ハハハと笑うレックだが、その笑顔が聞こえてきた大きな足音によって凍り付く。

「あの足音…まさか…」

「そのまさか…ですね…」

杖を構えたチャモロはこのタイミングでのあれの登場に冷や汗を流す。

洞窟を正面から見て右から、マウントホーンが一歩一歩、ゆっくりとレック達に迫っていた。



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第47話 ホルストックと臆病王子 その5

マウントホーンが拳を地面にたたきつける。

その魔物の周囲の雪が宙を舞い、激しい揺れにレック達は立つこともままならず、膝をついてしまう。

レック達が動けないうちにマウントホーンはホルスに目を向ける。

そして、彼に向けて口から吹雪を吐き出した。

「まずい、ホルス!!」

どうにか立ち上がったハッサンはホルスをかばおうとするが、吹雪が先にホルスに到達する。

ホルスは目を閉じ、両腕で吹雪から身を守ろうとする。

しかし、襲ってくるはずの前からの強い冷気がいつまでたっても来ることがなかった。

むしろ両手から暖かな熱を感じる。

目を開くと、襲ってくる吹雪がホルスの前で消滅していた。

正確に言うと、両手で握っている剣の前であり、剣からオレンジ色の光を発している。

その剣を見たマウントホーンの目が大きく開き、同時に背中に高熱を受け、大きな火傷を負ってしまう。

「背中ががら空きよ、大きな羊さん!」

ホルスに完全に狙いを定めていたマウントホーンはすっかりベギラマを放ったバーバラをはじめとした面々への注意を怠っていた。

おまけにマウントホーンは雪山での活動に特化した魔物であることから、炎などの熱を苦手としている。

上空に飛んだ雪はチャモロのバギマによって吹き飛ばされていた。

「いけ、破邪の剣!!」

叫びと共に振るった破邪の剣から炎が出て、その炎がバーバラのベギラマで焼けたマウントホーンの肉体をさらに焼いていく。

連続で受けた炎によるダメージに悲鳴を上げ、肉の焼けた匂いは寒さで鈍ったレック達の嗅覚に伝わることはなかった。

「このまま一気に攻めますよ!」

さらに追い打ちと言わんばかりに、アモスエッジを手にしたアモスはハッサンの拳を踏み台にする形で高く跳躍し、重力に従って落下していき、アモスエッジの厚い刀身でマウントホーンの右腕を切り裂いた。

雪が吹き飛んだことで露出した無機質な黒い地面がマウントホーンの傷口から噴き出る赤い鮮血によって汚れ、巨体は地面に倒れ、激痛から激しく体を震わせる。

「ハッサン!!」

「ああ、ふぅぅぅ…」

腰を深く落とし、拳に力を込めたハッサンは目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。

拳が闘気の光に包まれ、眼をあけたハッサンの視界にはマウントホーンの額あたりに宿る光が確かに見えていた。

強い寒さで集中力が普段よりも早く消耗しており、今見えている光が徐々にかすんでいく。

「うおおおおおお!!」

見えなくなる前に叩き込まんと、ハッサンは一直線に駆け、額に光の拳を叩き込む。

正拳突きの直撃を受けたマウントホーンはけいれんを起こすと、眼を閉じ、力尽きた。

「ハア、ハア、ハア…ふぅ…」

倒したマウントホーンが青い粒子となって消滅するのを見ながら、ハッサンは疲れでその場に座り込む。

魔物が倒された影響か、吹雪が収まった。

「さすがに…2つの試練をほぼ休みなしってのはきついぜ…」

「確かにそうだね…。あたしも、MP回復したいし…」

火山の中のような高熱の場所と極寒の雪山。

極端な環境とそれに合わせたような強敵との戦いで疲弊しており、このまま第3の試練へ向かうとどうなるかは火を見るより明らかだ。

「だったらよぉ、休める場所があるけど…どうだ?」

ホルスは自分が隠れていた場所に指をさした。

 

「ああ…こんだけ広くて、ちょうどいい温度なら、充分休めるぜ…」

寝袋やテントがないため、ぐっすり眠れるような場所ではないが、贅沢は言っていられない。

ハッサンは拳をレックにホイミで回復してもらい、横になった。

レックやアモスは自分の武器を砥石で手入れをし、ミレーユとバーバラ、チャモロは魔法の聖水を飲んでMPの回復に専念する。

「そういえば、その…レーヴァテインでしたっけ?ここで見つけたんですよね?」

「ああ。なんでここにあったんだろうな…?失われたって話…嘘じゃねえか」

ホルスは物の試しにもう1度レーヴァテインを抜こうとするが、やはり抜くことができない。

「抜けませんね…何か条件があるのでしょうか?」

「条件…っていうか、王としての素質を理解できてねーんだとさ。だから、剣を抜くことができねえと」

「抜くことができない剣か…」

レックは深呼吸をした後で、レーヴァテインを見る。

レーヴァテインには破邪の剣のように、武器そのものに魔力の反応がある。

強力な魔剣であっても、鞘に収まった状態では真価を発揮することができない。

しかし、レーヴァテインの場合は鞘に収まった状態であっても、持っているホルスを吹雪から守っていたことから、その魔力には底知れないものがある。

仮にそれを抜くことができたら、きっとマウントホーンを倒すのも容易だったかもしれない。

「ああ、みなさん。そろそろご飯を食べませんか?腹が減っては戦はできぬ、って言葉もありますし」

「そうだねー。あたし、おなかすいちゃったし!」

バーバラは背中に背負っているリュックサックからサンドイッチを出す。

大きなパンにレタスやトマト、玉ねぎを挟んでおり、ホルストックで調達した食材で昨晩に作ったものだ。

食材の保存については威力を調整したヒャドで冷凍しておけば、長時間可能であり、解凍や加熱についてはメラやギラでできる。

そうすれば、火山のような高温の地域を除いて、食料の保存については困ることはない。

チャモロは野菜だけのサンドイッチを口にしながらその部屋の中央にある木箱を見る。

「この中に…その剣があったのですね。ふぅむ…」

「ああ。おっかしいよなぁ、レーヴァテインなんて大昔の武器なのによぉ…ん…?」

そばに置いていたレーヴァテインが淡いオレンジ色の光を放ち始め、この部屋の床も同じ色の光を放ち始める。

「おいおいホルス!?何かしたのか??」

「何もしてねえよ!勝手に光ったんだよ!!」

この部屋に入ってから、座って干し肉を食べる以外に何もしていない。

レーヴァテインも自分のそばに置いていて、食べて休憩している間触っていない。

床と剣の光が消えると、急に自分たちのいる部屋の床がゆっくりと下へ降りていく。

「おいおい、まさかとは思うがよ…このまま第3の試練へご案内じゃあねえだろうな!?」

「えーーー!?もうちょっと休ませてくれてもいいじゃん!?ねえ、レック!」

問答無用で次の試練へ向かわせるこの祠の設計にバーバラは腹を立てる。

そんな場所であれば、ホルテンがホルスに腕に覚えのある護衛と同行させるのもうなずける。

3分後には床の動きが止まり、北側にまっすぐな廊下が見えた。

その先にはこれまでの試練の部屋に入るための扉がある。

「あの扉を開けるまでは試練を受けなくていいなら、もう少し準備してもいいかもしれませんね」

水を飲んだアモスは研ぎ終えたアモスエッジを振り、次の試練のための準備運動をする。

アモスの言う通り、この2度の試練で扉を開けるよう急かされたことはない。

そのため、可能な限り準備をした後で試練の望むのが最善だろう。

そう考えていると、部屋の中央にオレンジ色の光の柱が出現し、急なことにレック達は飛び上がり、じっとその柱を見る。

柱からはオレンジ色の人型の幻影が出て来て、それがレーヴァテインを抱くホルスを見る。

(…なるほど、ホルテンの息子か。時がたつのは早いな…)

「はぁ…?なんで親父のことを知ってんだよ。っていうか、誰だよ、あんた」

父親のことを知っているかのような口調の彼に疑問を抱く。

しかし、彼は何も言わずにじっと彼の手にあるレーヴァテインを見る。

「懐かしい剣だ。それを決して手放すな。最後の試練の鍵となるのだからな」

「最後の試練…次の試練で使うってことか?」

ホルスが質問するが、その幻影は何も答えない。

ただ、レーヴァテインに手をかざしていた。

「紅蓮の魔剣よ、ホルストックの王族と民に安息をもたらしたまえ。そして、未来の王に王の真の意味を教えたまえ…」

「おい、質問の答えになってねえぞ!?」

抗議するホルスを無視するかのように、幻影は消滅した。

そして、光の柱も幻影と共に消滅してしまった。

「消えた…」

「ちっ…自分の言いたいことだけ言いやがって…」

悪態をつくホルスだが、なぜかその声が今まで聞いたことのあるような声のような気がして仕方がなかった。

既に死んでいる人も含めて、思い出せる限りでその声の主をどうにか思い出そうとするが、なぜか思い出すことができなかった。

「ま、その意味は…あの扉の先で知ることができるのかもな」

ある程度体力が戻ったハッサンは第3の試練に続くと思われるトビラがある通路に目を向ける。

先ほどの男の言っている言葉の意味はこの場の誰にもわからない。

それを知るためには、ここから先に進むしかない。

「体力も戻ってきたし…大丈夫!」

空腹を満たし、MPも回復したバーバラは立ち上がり、両手を握る。

「だったら…」

「ええ。行きましょう、ホルス王子」

「ちっ…もうちょっと休ませろって…」

チャモロの言葉に憎まれ口を叩くホルスだが、まんざらでもないように立ち上がる。

試練をクリアしたいという思いはだれにも負けないと思っているのだろう。

6人は壁に掛けられたいくつものたいまつの明かりで照らされた通路を通り、扉の前に立つ。

「汝、ホルストックの血を継ぐ者。汝の名前を伝えるのだ」

「…ホルスだ、覚えておけ」

「汝、第3の試練を受け、王の眼を知れ」

扉が開き、第3の試練の間がレック達の前に姿を現す。

そこは先ほど休憩したあの広い部屋と似たデザインの部屋であり、その中央には淡い緑色の光を放つランタンが置かれていた。

「んだよ…なにもねえじゃねえか」

「いいえ、おそらくは…あのランタンが試練の鍵でしょう…」

部屋に入ったチャモロはそのランタンに目を向ける。

手を近づけると、それからは熱が感じられず、その光は魔力によって生み出されたもののように思えて仕方がなかった。

6人全員が入ると同時に扉が閉まる。

「試練を突破しないと出られない…同じだ」

「でも、どういう試練なんだろう?王の眼を知れって言ってたけど…」

「さあな。こいつをとりゃあいいんじゃねーか?」

ホルスは軽い気持ちでそのランタンをとる。

その瞬間、周囲の壁に掛けられていた松明の火が消え、ホルスが持っているランタン以外の明かりがなくなってしまった。

「な…な…!?!?」

「どうなってんだよこりゃあ!!」

明かりが消え、レックたちはランタンの光を中心に集まる。

同時に、ゴゴゴと壁が動き出す音が聞こえた。



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第48話 ホルストックと臆病王子 その6

「ど、ど、ど、どうなってんだ?壁が動いてねーか!?」

ゴゴゴゴと壁が動く音が全方位から聞こえて来て、周囲の様子がまるで分らないハッサンは困惑する。

しかし、チャモロは視覚に頼らず、聴覚によって今起こっている状況を見極め始める。

「おそらく…周囲に僕たちに近づいてきているのでしょう…」

「ええっ!?ということって…まさか…」

「はい。この試練には時間制限があり、突破できなければ壁に押しつぶされてしまう…」

チャモロの一言でレック達は騒然とする。

王位継承者のための試練と称しているものの、これまでの試練は一歩間違えば試練を受ける人間が死ぬようなものばかりだ。

一人息子のホルスを護衛をつけるとはいえ、このような危険な場所へ行かせる真似をしたホルテンの気が知れなかった。

だが、この試練を突破して帰らなければ彼に文句を言うことすらできない。

「こういう試練って、出口を探すのが王道ですよね!何か…何かヒントはーーー…」

「っていうより、アモスさんは変身して壁を止めてくれねーか!?」

「ああ、そうでしたね。では…行きますよーーーー!!!」

深呼吸をしたアモスは全身に力を込めていく。

理性の種のおかげで変身能力をコントロールできるようになったアモスだが、変身することになるのはこれが初めてだ。

こうすれば、体力が続く限りは自由に変身と変身解除をすることができるはずだ。

しかし、どれだけ力を込めても変身することができない。

「だ、駄目です!変身できません!!」

「ええっ!?なんでぇ??」

「まさか…!!」

ミレーユは壁に向けてイオを唱える。

しかし、いつまでたっても爆発が起こらない。

「まさか…この場所では呪文も変身もできねえってことか!?」

壁を抑えて時間を稼ぐ、壁を破壊するという選択肢がこれによって失われた。

「お、おい…!どこかで見てんだろ!?どうすりゃあいいか説明し…!?」

聞こえていない可能性が高いものの、幻影に対して文句を言いたくて叫んだホルスだが、持っているランタンの光に照らされた床を見て、言葉が止まる。

床にはホルストックの古い文字が石1つ1つに丁寧に書かれていた。

最初に入ってきたとき、床には何も書かれていなかったことを考えると、おそらくこのランタンの光に照らされることで文字が浮かび上がるという理屈だろう。

もしかしたら、この文字がヒントの可能性が高い。

(この床の文字がヒントだとしたら…何がある!?何があるんだよ…??)

壁の音が大きくなっていく中、ホルスは必死に床の文字から解決策を導きだろうとする。

古代文字がここまでヒントになるというのなら、もっと真剣にそれの勉強をすればよかったと後悔した。

(レーヴァテインを手にした王は仲間とはぐれ、1人竜が作りし迷宮の中に迷い込んだ。そして、ストームウィルムが生み出した狡猾な罠に落ちた)

「狡猾な罠って、これのことかよ!?」

(しかし、どのような罠にも必ず突破口がある。真実の名を名乗りしものだけが羽ばたく竜を追うことができる…。王は真実の名を名乗り、竜の後を追った…)

「真実の名…??」

その声が試練をクリアするためのヒントであることだけは全員が理解できた。

問題はその言葉の意味だが、気になる言葉の一つが真実の名だ。

「ホルスって答えりゃあいいのか?じゃあ…!!」

ホルスは頭の中で古代文字で書いた自分の名前を思い浮かべ、最初の文字を探す。

ちょうど右手側2メートル先にその文字を見つけたため、ホルスはその石の上に立つ。

立つと同時にその文字の光が消え、同時に壁の動くスピードが速まった。

「どうなってんだ!?動くスピードが上がったぞ!?」

「嘘だろ…?この文字じゃないのかよ!?」

焦りを覚えつつ、必死に頭の中で思い浮かぶ古代文字から自分の名前を書きだし始めるが、どう考えても今立っている医師に刻まれている文字しか思い浮かばない。

つまり、この試練の答えの文字はホルスではないということだ。

「じゃあ、なんだ?初代ホルストック王の名前を答えろっていうのかよ??」

もう1つの答えがあるとしたらそれだが、それも無理だということはすぐにわかった。

初代ホルストック王の名前はホルストックで古代文字にしても最初の文字はホルスと同じだ。

そして、話の中で彼の名前は初代ホルストック王、もしくはホルストックのどちらかでしかなく、それ以外の名前で彼が称されたことは一度もない。

「うう…何か、何かあるはずです!思い出してください!!私、まだペチャンコになりたくないんですーーーー!!」

「うるせーーー!少し、黙ってろ!!」

こんなところで死にたくないのはここにいる誰もが同じだ。

レックたちにはホルストックの古代文字の知識がない以上、頼ることができるのは少しでもそれを勉強したホルスだけだ。

(思い出せ…!何かある、何か…出てこい!!)

思い出そうと必死になればなるほど、底なし沼にはまったかのように思い出せないのが現実だ。

4分経過しても答えになるものが思い浮かばず、その間に壁がもう半分迫ってきていた。

「今のスピードですと…残りはあと4分から5分しかありません!」

今回ばかりは魔物マスターとして得た自分の能力を恨めしく感じ始めていた。

そのわずかな時間の中で正解を見つけ出さなければならず、それができる唯一の人物であるホルスに重いプレッシャーを与えることになる。

額から汗が流れ、だんだん考えすぎで頭痛が起こり始めていた。

そんな堂々巡りの中、急に半年前の授業のことを思い出した。

その時は夜更かしのせいで睡魔に襲われ、半分眠った状態で受けていたことから正確な記憶かどうかは定かではない。

そこで、ホルストックに昔存在したという本当の名前と魔よけの名前のことがテーマとなった。

「ホルス王子、昔の人は2つの名前をもっておった。本当の名前は親などの心から信頼できる人間にしか教えることが許されなかったのじゃ。本当の名前が心悪しきものに知られてしまった場合、そのものの人形になる恐れがあるからじゃ…」

その話は小さいころに母親から聞かされた昔話の中にもあった。

とある木こりの少年が偶然見つけた泉に現れた天使のような女性に魅了され、うっかり自分の本当の名前を彼女に教えてしまった。

それから、彼はその女性に心奪われてしまい、両親の手伝いをさぼるようになり、何度も何度もその泉に足を運ぶようになってしまった。

そんな彼を心配した両親は彼を部屋に閉じ込め、ドアと窓を木材で閉ざした。

水と食べ物は屋根に作った小さな扉から降ろす形で渡した。

それから1週間、彼は部屋の中でおとなしく過ごしていた。

しかし、嵐の日に悲劇が起こった。

その日は外に出ることができず、家の中で過ごしていたが、雷が家に落ち、それによって彼を閉じ込めていた部屋の壁が砕け散ってしまった。

そして、外へ出ることができるようになった少年は笑みを浮かべ、嵐の中外へ飛び出してしまった。

そのあと、彼の姿を見た者はだれもおらず、彼が見つけたとされる泉も消えてしまった。

そんな恐ろしい話だが、その2つの名前を持つ習慣が薄れたことで、ホルスを含めた今どきの子供たちはそれがただの作り話だと思っている。

そのため、その慣習について知っているが、特に興味を持っているわけではないホルスはそのまま睡魔に身を任せようとしていた。

「じゃが、そもそもホルストックの王家は今でも魔よけの名前を名乗り続けておる。じゃから、ホルス王子にも別の本当の名前があるのじゃ。それは確か…」

 

「…アル…フォンス…。そうだ!その名前だ!」

思い出したホルスはランタンの明かりを照らし、最初の文字を探し始める。

1つでも間違った文字の上に乗れば、またあの壁のスピードが上がる。

文字を見つけたホルスはジャンプしてその石の上に乗る。

もしそれでまたスピードが上がったら、一巻の終わりだ。

石の文字が消えるが、壁のスピードが上がった気配はない。

(よし…次の文字は…!)

正解を確信したホルスは次の、そしてまた次の文字の上に乗る。

6文字目でうっかりバランスを崩し、すぐ隣の違う文字の上に乗りそうになるが、何とか持ちこたえる。

「こいつで…どうだ!?」

そして、最後の一文字に乗ったことで、床に描かれた文字はすべて消滅する。

しかし、壁の動くスピードは元に戻っただけで出口となる場所が開いた気配がない。

「どうなってんだ!?真実の名は名乗ったじゃねえか!?」

「まだ…ここの試練は終わっていないということでしょうか…??」

「な、なあ…またここ…寒くなってきてねえか?」

妙な悪寒を感じ始めたハッサンはくしゃみをしてしまう。

その寒さは床の文字が消えるのと同時に徐々に強まっている。

「もしかして、外れってわけじゃねえよな!?」

「それはありえません。ですが…まだ残っている謎があります!」

「謎…??それって、何でしょうか!?ブアックション!」

「羽ばたく竜を追う、ね。それが、もしかしたら脱出のためのもう1つのヒントかもしれないわ」

「羽ばたく竜…羽ばたく竜…」

あの声は意味もなくその言葉を告げるはずがなく、必ず何かのヒントになることは分かっている。

その言葉に従えば、必ずこの第3の試練も突破することができる。

「羽ばたく竜…竜が羽ばたいたら…。羽ばたく竜は空を飛ぶ!!壁を登れ!!」

思いついたホルスは動く壁に向かって走り始める。

「あいつ…なんだか頼もしくなったな…」

「そんなことを言っていないで、俺たちも行くぞ!」

ホルスの後に続くようにレック達も走る。

ランタンの明かりを照らすと、壁にはかろうじて上ることができそうなでっぱりがいくつもついていた。

レック達はそのでっぱりに捕まり、上へ上へと昇っていく。

その間も壁はゆっくりと動いており、悠長に立ち止まることは許されない。

「あ…見て!!出口が見える!!」

上を見たバーバラは天井がゆっくりと開き、外の光が入ってくるのを見た。

これでようやく、ホルスの真実の名が正解だということがレック達も確信することができた。

 

「みんな、急げ!壁が閉じる!!」

先に一番上まで上がることができたレックとハッサン、アモスが遅れて到着した面々に手を貸し、外まで引き上げる。

「ほら、捕まれ!ホルス王子!!」

最初に上り始めたホルスだが、途中で疲れてしまい、結局一番最後にハッサンの手を借りる形で脱出した。

そして、数分後には開いていた場所は閉じた。

「ふうう…やれやれだぜ」

「怖かったけど、これで第3の試練も突破だね」

極限状態からの脱出で気が抜けたレック達は座り込む、もしくは体を横たわらせて全身の力を抜く。

登り切ったその場所は岩山のどこかで、太陽がまぶしく感じられた。

「少し、休憩したら移動しましょう。あとは…この道に従えばいいだけみたいですし」

横たわっていたチャモロはゆっくりと起き上がり、岩山には不釣り合いな、砂で舗装された上に左右の端には火のついた松明が並べられた一本道に指をさす。

その先から聞こえる水の音はチャモロの耳にしっかりと届いていた。



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第49話 ホルストックと臆病王子 その7

「ここだ…ようやくついたぜ…」

休憩を終え、舗装された一本道を進んだレック達はその奥にある巨大な滝に到達する。

山で湧き出た水がそのまま流れており、済んだ色をした水はその先にある滝から地上まで落ちていく。

アモール並みのきれいな水に魅了されるが、今はそれを見るためにここまで来たのではない。

「なぁ、ホルス王子。ここが終点で間違いないのか?」

「ああ。ここで洗礼の儀式をするってよ」

滝を見ながら、ホルスはあらかじめ聞いていた洗礼の儀式のやり方を思い出す。

まずは服を着たまま水の中に飛び込み、水底にある薄茶色の器を手にする。

そして、その器に滝の水を入れ、自分の血を混ぜて飲み干す。

その後で滝に入り、1分間そこで打たれ、使った器を元の場所に戻す。

これで儀式は終わり、試練を終えたことになる。

ただし、この儀式には一つだけ決まりがある。

滝に打たれる中で何があったかを誰にも言ってはいけないということだ。

過去にホルテンにそのことを尋ねたが、彼も決まりだからという理由で何も答えなかった。

儀式内容だけを見ると、滝に打たれるだけのように見えるが、3つの試練を受けたホルスにはそんな生易しいものとは到底思えなかった。

それに、山の頂上であるためか、気温は低いうえに水も凍るように冷たい。

「けど…雪山の時ほどじゃあねえ!」

意を決したホルスはレーヴァテインを置き、水の中に飛び込む。

突き刺すような冷たさがあちらこちらから感じるが、ホルスは我慢して深く深く潜っていく。

生物のいない、石と砂だけの水底をホルスは注意深く見つめる。

そこには黒々と死体芝刈りな場所に不釣り合いな、薄茶色の木箱が隠れるように置かれていた。

だんだん息苦しくなってきたホルスは石をどかし、木箱を手にして水面へあがっていく。

「プハア!!ハア、ハア、ハア…」

「ホルス王子、大丈夫ですか!?」

体を拭けるように布を持ってきたチャモロだが、ホルスは右手を出して彼を制止させ、左手で採ってきたばかりの木箱をあける。

そこには説明にもあったように、例の器が入っていた。

「よし、これに…」

器を手にしたホルスは急いで水を汲み、平らな石の上にそれを置く。

そして、腰にさしてある護身用のナイフを抜き、キラリと光る刀身をじっと見つめた。

しかし、後ろからの目線が気になり、ナイフを置いた後で振り向いた。

「なんだよ?そんなにこの儀式が気になるのか?」

「ううん、なんだかホルス王子…積極的に動いてるなって思って…」

バーバラのその言葉は今のホルスを見ているレック達全員の気持ちを代弁していた。

試練を受ける前までのホルスははっきり言うと臆病そのものなうえに面倒くさがりで、試練に対して消極的に見えて仕方がなかった。

初代ホルストック王へのコンプレックスやこれまでのふがいない自分への情けなさがそうさせていたのだろう。

しかし、試練を突破したことによって少しは自分に自信がついたのか、動きに違いが出てきていた。

特に第3の試練はホルスの思い付きがなければ突破することができなかったかもしれない。

「ちっ…勘違いすんなよ。さっさと城に帰りたいだけだ」

レック達の視線から、これは軽蔑ではなく単純に感心してくれているのだということはホルスも理解できている。

しかし、そういうのには慣れていないのか、憎まれ口を叩くとナイフで左手を浅く斬る。

水の中にいた時ほどではないが、痛みでホルスは顔をしかめる。

だが、この痛みを我慢し、流れる血を器に入れる。

透明な水が血によってわずかに赤く染まり、チャモロが持っている布を無理やりとったホルスはそれを包帯代わりに左手に巻く。

両手で器を手にしたホルスはわずかに赤く染まったその水を見て、わずかに表情をゆがめる。

誰でも、血が入った飲み物を飲む気にはなれないだろう。

しかし、鼻血を飲んだことがたまにあるホルスはそれと同じだと割り切り、眼を閉じてその水を飲み込んでいく。

呑んでいる水の味はいつも飲んでいるものと同じだが、どことなく不快感を感じる。

いつもとは違い、たっぷりと時間を使って飲み切った。

「ハァ…!ハアハア…」

器を置き、不快感を振り払うように右腕で口元をぬぐう。

そして、ゆっくりと滝へ向かって歩いていく。

「あ、王子大丈夫!?」

わずかにふらついたホルスを見たバーバラは手を貸そうとするが、ハッサンに止められる。

石に躓き、こけてしまったホルスだが、それでもゆっくり起き上がり、滝の前まで歩いた。

ゴウゴウと水が落ちる音が間近から聞こえ、その勢いにひるみそうになるものの、ホルスはその水の中に入る。

頭上から降り注ぐ水が痛く、おまけに鋭い痛みと冷たさを感じる。

だが、1分座ってこの水に耐えることができれば、ようやく試練が終わる。

ガタガタと震える体を抑え、ホルスは振り返ってその場に正座し、眼を閉じる。

「ん…?なんだ…?」

閉じて数秒立つと、落ちてくる水の冷たさを感じなくなり、音も聞こえなくなる。

ゆっくりと目を開けると、そこは真っ暗な空間で、ホルスはその中に立っていた。

服はなぜか乾いていて、腰にはおいてきたはずのレーヴァテインが差してある。

「レーヴァテイン!?なんだよ、今度は…」

(よくぞここまでたどりついた、ホルスよ)

声が聞こえて来て、ホルスの目の前にオレンジ色の炎の人影が現れる。

それは第2の試練の後で休憩していたときに見たものと同じだった。

その姿は徐々に大きくなっていき、形を変えていく。

「な、なんだよ…!?今度は俺に何をやれってんだよ!?」

(シンプルだ…。竜を倒せ。初代ホルストック王が戦ったドラゴン、ストームウィルムだ)

「ストームウィルムだと!?うわあ…!?」

前方から激しい吹雪が起こり、大きく吹き飛ばされたホルスは転がりまわる。

「うう、痛…い…」

痛みに耐えながら、起き上がったホルスは吹雪を起こした張本人をじっと睨む。

姿を変えた影はやがて、真っ白な翼竜へと姿を変えていった。

「竜を倒せって…冗談じゃねえよ!?俺にそんなこと…」

(王はストームウィルムと一人で戦った。そして、そのレーヴァテインで心臓を貫き、葬った…)

「だから、俺は初代ホルストック王じゃあねえんだぞ!?」

これまでの試練はあたかも初代ホルストック王の戦いを追体験するような内容だった。

嫌な予感がしたとはいえ、まさかストームウィルムと戦うところまでやるのは予想外だった。

そして、ホルテンら試練を突破した王族がなぜこのことを秘密にしていたのかも理解できた。

ホルスはレーヴァテインを抜こうとするが、やはり今でも抜くことができない。

(レーヴァテインを抜かん限り、お前は儀式を終わらせることができない)

再びストームウィルムが吹雪を吐く。

起き上がろうとしたホルスだが、再び吹雪を受けることになり、両腕を頭を守り、両足に力を入れて踏ん張る。

だが、できるのは踏ん張ることだけで、前へ進むことができない。

(1人…俺、1人だけなのか…?)

これまでの試練はレック達が一緒に戦ってくれていた。

しかし、この空間では彼らに助けを求めることはできない。

第3の試練と同じように、自分1人でどうにかするしかない。

吹雪がおさまると、ホルスはゆっくりとストームウィルムに向けて接近する。

あくまでホルス自身が測っているにすぎないが、吹雪を放てる時間は20秒程度。

1度目と2度目の時間差はおよそ10秒。

20秒耐えて10秒の間に可能な限り進む。

それがホルスにできる最大限のことだった。

問題はこれから何度も襲ってくるであろう吹雪にあとどれだけ耐えることができるかだ。

「はあはあはあ…」

(前へ進むか、ホルス)

ホルスの予想通り、10秒経過とほぼ同時にストームウィルムは口を開き、吹雪を放った。

1度目、2度目と回数が重なるにつれて、両足に入る力が鈍くなっていくのを感じた。

少しでも気を抜けば吹き飛んでしまい、これまでの歩みが無駄になってしまう。

「あと少し…もう少しだけ前へ…」

自分に言い聞かせるように、つぶやいたホルスは吹雪が収まるまでじっと耐え続けた。

そして、これまでの自分を振り返る。

(思えば、俺ってすんげえ根性なしだったよな…)

何をやっても、何かうまくいかなくなったとたんに諦めてしまう。

それを繰り返し続けて、次第に怠け癖ができてしまった上に、だらしのない王子になってしまった。

兵士や国民にとって、自分は未来のホルストックを導く存在。

それがこんなざまでは、見下されても仕方のないことだ。

それに、逃げたとしても王子としての自分の立場が失われるわけではない。

しかし、今回の試練では逃げ道がなかった。

降りかかる困難を自分と一緒に来て呉れたレック達の力で突破していかなければならなかった。

第1、第2の試練では戦いがあり、戦うことのできないホルスは自分が足手まといになっていることへの後ろめたさを感じていた。

しかし、第3の試練でようやく自分の力が試練突破の大きなきっかけになり、自分にも何かができるという自信につながった。

「へへっ…」

これまでの自分自身、そして今起こっている状況。

こうなると笑うしかなかった。

しかし、あきらめの色はなかった。

そんな彼に応えるかのように、腰のレーヴァテインが光り始める。

「こいつは…」

光がホルスを包み、鋭い冷たさが消えていく。

同時に、何かを感じたホルスはゆっくりとそれの柄を握る。

「よくわからねえけど…今の、俺なら…」

何かの革新を得たホルスはゆっくりとレーヴァテインを抜く。

鞘の中に隠されていた、炎のように輝く刀身の刃が徐々にあらわになっていく。

そして、抜いたレーヴァテインの柄はだんだん元々は自分の体の一部だったかのように馴染んでいき、次第に力が湧いていくような感触がした。

両手でレーヴァテインを握ったホルスストームウィルムに向かって走り出す。

吹雪が利かないことに驚いたのか、ストームウィルムがゴウウ、とうなり声を出す。

走りながら、ホルスはあることを思い出した。

「いいことを思い出したぜ。ストームウィルム、てめーの心臓があるのは…」

ストームウィルムが吹雪を吐くために頭を下してくれたことがホルスにとっては都合がよかった。

剣を鞘に納めると、鼻っ柱に手を付け、頭の上によじ登る。

ホルスがやろうとしていることに気付いたストームウィルムは抵抗するように激しく体を動かすが、ホルスは両手に力を入れ、必死に取りついた状態を維持する。

揺れが収まると、再びストームウィルムの体をよじ登り、背中に到達する。

そこには真っ赤にマグマのように燃えているかのような小さな痣があった。

「ここだぁぁぁぁ!!」

レーヴァテインを抜いたホルスはその痣に刃を突き立てる。

そこからオレンジ色の血が噴き出て、ホルスの顔と手、そして服を汚していく。

強い生命力を持つドラゴンの血であるためか、まるでお湯のような熱さが感じられた。

心臓を貫かれたストームウィルムの悲鳴は静かになっていき、1分も立たずに倒れてしまった。

「はあ、はあ、はあ…」

動かなくなったストームウィルムの背中から離れたホルスは急に感じる疲れでその場に座り込んでしまう。

両手もブルブル震えていて、止めようと思っても体は従ってくれない。

しかし、なぜかそれが今の自分にとっては心地よく思えた。

(見事だ、ホルストックの王子よ)

急に背後から声が聞こえ、振り返るとそこには真っ白なローブで全身を包んだ男が玉座に座っていた。

彼の腰にはレーヴァテインが差してあり、まさかと思い振り返ると、ストームウィルムに刺さったままのはずのレーヴァテインが消えていた。

そして、ストームウィルムの肉体はオレンジ色に炎を出して消滅していった。

「お前は…」

(すべて見させてもらった…。ホルストックの王子として生を受けたお前の戦いを…。よくぞ、試練を潜り抜けた。我が子孫よ)

「我が子孫…ってことは、あんた…」

立ち上がった男はローブを脱ぎ捨てる。

ホルスと同じ色の髪でドラゴンのうろこで作られた鎧姿、そしてうっすらとした髭のある若い青年。

それは若いころの初代ホルストック王そのものだった。

(なぜ私がここにいるのか…と言いたそうな顔だな)

驚きとともに一歩後ろに下がったホルスを見た初代ホルストック王はフッと笑みを浮かべる。

しかし、何百年も前の人間を現実世界ではないとはいえ、実際に目にすると誰でもこうなってしまうだろう。

「当然だろ…死んだ人間が何で…」

(私は最期を迎える前に王家の試練を作った。そして、最後の試練を受けることになるあの滝に自らの魂を残した。今では失われている呪文を使ってだ。すべては…王となり、ホルストックの時代を告げる人間であるかを見極めるために)

「見極める…?そりゃあご苦労なこった。俺はあんたほど立派じゃねえぞ?」

(確かにそうだ。弱虫なうえに女の敵、不真面目で臆病者。これまで試練を受けてきた王族の中ではお前は一番弱い男だ)

初代ホルストック王の容赦のない言葉にホルスはムッとするが、返す言葉がない。

実際、試練を受ける前に逃げ出そうとして、そのために助っ人として一緒に来て呉れたレック達に多大な迷惑をかけることになった。

第3の試練とストームウィルムとの戦いでは自分の力でどうにかなったものの、これはほかの王族もできたことな上に、これが成長のあかしになったとは今のホルスには思えなかった。

(だが、お前は試練の中で弱さを知った。そして、それと向き合う強さを手に入れた。自分の弱さを認め、克服するために戦い続けろ。成長していく姿を見せることで人を引っ張っていけ、未来のホルストック王よ)

「弱さを認めて…克服する…。こんな俺にも、できるんですか…?」

最後にようやく敬語で初代ホルストック王に問いかける。

彼は何も言わず、静かに首を縦に振ると、周囲が光りに包まれた。

 

「ん…うう…」

鋭い冷たさを感じ、うっすらと目を開けたホルスは透明な水のカーテンの先にあるレック達の姿を目にする。

同時に、服が水を吸ったせいで重たくなっていて、靴の中も水でびしょ濡れになっていた。

だんだん冷たさに耐えられなくなり、ホルスは急いで滝の中から飛び出した。

「ホルス王子!?大丈夫ですか!?」

滝から出てきたホルスの顔を見たチャモロは心配そうに問いかける。

唇が若干青くなっており、肌からも冷たさを感じる。

「ああ、大丈夫…試練は終わったぜ…」

「にしても、すげえな。ガキンチョのくせに10分も滝に耐えるなんてよぉ」

「ハッサン、ガ…ガキンチョは…」

「いいぜ。俺はまだガキンチョだよ」

怒って否定するかと思ったホルスだが、認めたかのような穏やかな口調を見せたことで、びっくりしたバーバラは目をぱちぱちと激しく瞬きする。

夢かと思い、頬をつねったが、痛みを感じたため、これは現実だと認識するしかなかった。

「ホルス王子…滝の中で、何かあったの?」

「悪いな、そいつは教えられねーよ」

「ええーーっ、ちょっとくらいいーじゃない!!王子のケチンボ!!」

文句を言うバーバラを無視して、ホルスは体を拭かれながら滝をじっと見る。

この中で今でもホルストックの未来のために見守り、試練を課し続ける初代ホルストック王に静かに感謝した。

 



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第50話 夢のクリアベール

」「では、こちらが名札です。また馬を出すときに見せてください」

「ありがとうございます。ファルシオン、待ってろよ」

馬小屋に入ったファルシオンを撫でたレックは外へ出て、待っているハッサン達の元へ向かう。

緑に包まれた空間に噴水のある人口の湖を中心として白壁の家屋が立ち並ぶ。

その池の周りで猫と子供たちが遊んでおり、老婆がベンチに座って一服する。

ここは森の中にできた街、クリアベールで、自然と調和した町づくりをコンセプトに生み出されたところだ。

生い茂る木々が外敵を防ぎ、豊かな土地で農作物を取ることができるうえ、地下水も有り余っている。

そんな豊かな町であるためか、外との交流が少なく、旅人が来るのも珍しいようで、町人は興味深げにレック達を見ていた。

「それにしても、ホルストックの西からこんなところに行けるなんてなぁ…」

ホルストックにホルスを送り返した後、ホルテンはホルスにその場で王位を譲ることを表明しようとした。

しかし、ホルスは王になるためにまだ学ばなければならないことがあるとして辞退し、成長した姿を見せた。

レック達には約束通りパテギアの根っこが褒美として渡され、同時にそこから西にラーの鏡と関係のあるかもしれない場所があることを教えてもらった。

すぐにホルス達に別れを告げ、西へ向かうと、森の中に隠れるように例の魔法陣があった。

そこからラーの鏡を使って夢の世界へ転移し、彼らはこのクリアベールにたどり着いた。

「懐かしいですけど…やっぱり違いますねぇ…」

「懐かしい…もしかして、アモスさんってクリアベールの…?」

「ええ。ですが、クリアベールは現実の世界にもありますよ。話には聞いていましたが、まさか同じ町が夢の世界にもあるとは…」

少年時代を過ごしたその町の記憶がよみがえる。

確かに池の形も森の構造も同じだが、現実世界で実際にクリアベールで暮らしていたアモスには違和感が感じられた。

故郷に戻ってきたときに感じる高揚が心から出てこなかった。

「まずは情報を集めましょう。どうも、今いる旅人は僕たちだけではないみたいですし…」

悪魔で小耳にはさんだ程度の話だが、最近このクリアベールに旅人が多くやってきているらしい。

レックを待っている間にも、旅の商人や吟遊詩人などが入ってきていて、町人の話によるとこうなり始めたのは2週間くらい前からだという。

「気になるね…それ」

「ええ。この街、もしくは現実世界で何かがあるのかもしれません。夢見病とジャミラスに関係があったように」

ジャミラスを倒した後、アークボルトやホルストックで夢見病になっていた人たちが全員目を覚ましたという話を耳にした。

だが、あくまでタイミングが同じなだけで因果関係があるか否かは検証できていない。

仮にそれに関係があるとしたら、確信できることが1つだけある。

夢の世界から現実世界に何らかの形で干渉することが可能だということだ。

「ひとまず、酒場で情報を集めようぜ。旅人が行くとしたら、そこと宿屋だからな」

 

「ああ、空飛ぶベッドだよ。たまに東にある家からベッドがぷかぷか浮かんでこの辺りを飛び回るのさ」

「もしかしたら、それを見ることでいいインスピレーションになるかもしれないなぁ…。ああ、私は修行中の吟遊詩人です」

「だが、どうしてベッドが空を飛ぶのでしょうか…?何かの魔法なのか…?」

「空飛ぶベッド空飛ぶベッド…それ一色だな」

情報収集を終え、ここの地酒を飲みながらハッサンはつぶやく。

クリアベールの地下水で育てた麦を使った『しずく』という名前のビールで、ハッサンはグラスに入ったそれをアモスに差し出すが、アモスは飲もうとしなかった。

「もし飲めるとしたら、私は現実世界の『しずく』をまず飲みたいですから…」

「まぁ…そうか…」

「空飛ぶベッドかぁ…なんだかすっごくメルヘンな感じがするぅ…」

頭の中で空飛ぶベッドを思い浮かべ、それに乗って世界中を旅する光景を想像したバーバラはだんだんその空飛ぶベッドがほしくなってきた。

「それにしても、さすがは夢の世界ですね。空を飛ぶ呪文はずっと昔に存在していたようですが、今では失われていますし…」

チャモロはルーラの中にあったとされるトベルーラという呪文を思浮かべる。

その呪文はルーラによる跳躍の魔力を維持し続けることで飛行可能にするもので、ルーラよりも習得が難しかったようだ。

だが、空飛ぶベッドに関してはそれよりも自分以外の何かを飛ばす追放呪文、バシルーラの方が近いかもしれない。

「おい!空飛ぶベッド、空飛ぶベッドだぞ!!」

外にいた旅人が酒場に飛び込み、中にいる人々に大声で伝える。

飲んでいた旅人は急いで代金を支払うと、釣りを受け取ることなく、大急ぎで酒場から飛び出していく。

「俺たちも行こう!」

「空飛ぶベッド…どんなのだろう!?」

レック達も外へ出ると、中央の広場を中心に人だかりができていた。

空を見上げると、そこには木製の小さなベッドが浮かんでいて、町中をゆっくりと飛行していた。

それを見た旅人はそんな摩訶不思議な現象を息をのみながら見ていた。

「あれが空飛ぶベッド…」

「でも、なんだか小さくない?」

バーバラはそのベッドがもっと大きい、大人が寝るようなものとばかり思っていた。

しかし、今浮かんでいるベッドはそれの3分の2くらいの大きさで、子供用にしか見えない。

それ以上に気になるのはそのベッドにはだれものっていないことだ。

(いったい誰が、こんなことを…?)

30分近く、町とその周辺を飛び続けたそのベッドは町の東にある2階建ての民家へと向かい、レック達も後ろからついていく。

「もしかしたら、あの家に空飛ぶベッドを操っている人がいるのか!?」

「種明かししてくれないと、気になって仕方ないぜ!!」

旅人の何人かが空飛ぶベッドの正体を暴こうとその民家に走っていく。

広場からそれほど離れておらず、3分から5分で到着し、先頭に立っている旅人がドアをノックする。

だが、誰も出る気配がなく、試しにドアを開けようとしても鍵がかかっているのか、開く気配がない。

「留守か!?それとも、居留守か?」

何度もノックしても、声を出しても一向に誰も出てくる気配がなく、あきらめた旅人は静かにその民家を後にする。

「チャモロ、家の中に誰かいるか…分かる?」

「いえ、さすがに魔物マスターでもそこまで便利にはなれませんよ…うん?」

「どうした?」

「お墓です。家の近くの1つだけ…」

家の右側にある庭にチャモロは目を向ける。

そこには石造りの墓が1つだけポツンと置かれていて、供えられている花は新しいものだった。

誰の墓か気になり、レックが調べるが、そこには名前が刻まれておらず、誰の墓なのかわからない。

「この家に住んでいた人の…かな?」

「ここで眠っているのは…私のご主人さまです」

急に後ろから声が聞こえ、びっくりしたバーバラはレックの腕に抱き着く。

5人が振り返ると、そこには花束を持った茶髪の若い青年が立っていた。

「ご主人さま…ですか?」

「ええ。少し前に亡くなられて…今はこうして私が墓守をしています」

「ってことは…ここにはもう誰も住んでいねえのか?」

「そうです。あのお方のたった1つの願いすらかなうことなく…」

墓に花を添えた若者はじっとそれを見ながら、涙を流す。

これだけ死後も慕われているということは、彼はその人にかなり良くしてもらっていたのだろう。

「しかし、ようやくそのたった1つの願いをかなえてくれるかもしれない人が現れました」

涙をふき、いきなりレックたちに向けてわけのわからないことを口にする。

「どういう…こと…?」

「夢の中でお告げを聞きました。真実を求めるものが私の主の願いをかなえてくれると。そして…私にあなた方を導く力を与えてくれたのです」

青年は目を閉じ、静かに瞑想を始める。

するとレック達の足元に巨大な魔方陣が出現する。

「この…魔法陣は…!?」

「あなた方のほうが一番よく存じ上げているものです」

含みのある発言と見覚えのある構造。

それは現実世界と夢の世界をつなげる魔法陣だ。

その証拠に、ラーの鏡もその魔方陣に反応して光を放っていた。

「お連れの馬車についてはご心配なく。後ほど、私が現実世界へお送りいたします。どうか…ご主人様の願いをかなえてください!」

「ちょっと待ってくれ、その願いは何なんだ!?」

「この先に行けば…わかります!」

その言葉を最後に、レックたちの周囲が青い光に包まれていく。

光が消えると、クリアベールの入り口に戻っていて、そばにはファルシオンと馬車の姿があった。

「ファルシオン…ってことは、ここは…」

「クリアベールです。私の故郷、現実世界の…」

アモスは夢の世界のクリアベールでは感じられなかった高揚感を胸に抱き、ゆっくりと前へ歩を進める。

水と風の音、夢の世界と同じく中央の人工池の周りには子供やお年寄りの姿がある。

(変わらない…)

成人して、出て行った時から何一つ変わらないその街の景色をアモスは目に焼き付ける。

「アモスさん、どうしてクリアベールを出て、旅をしていたのですか?」

ミレーユが気になったのはクリアベールから離れた理由だ。

地図を見ると、ここはホルストックの南にある田舎町で、ここを出る手段があるとしたら定期船だけだ。

外の情報も入りにくいその町を出て、自分たちが出会ったモンストルまでに彼に何があったのか。

そして、彼の口調が正しければ、おそらくは出ていったから今日まで一度もクリアベールに帰ってきていない。

聞かれると思っていたのか、ベンチに座ったアモスは少し深呼吸をし、一呼吸おいてから話し始めた。

「元々、両親はここで質屋を営んでいました。ですが、質屋は弱い者いじめみたいな商売に見えて、継ぐのが嫌になって飛び出したんです」

「跡継ぎになるのが嫌になった…か…」

武闘家になりたくて、大工になるのが嫌で家を出たハッサンにはアモスの思いがわかる気がした。

ただ、その家の息子だという理由だけで将来を決められるのが嫌だった。

そこから解放されると、次に待つのは自分で選択することで、その多さに苦悩することになることも知らずに。

「まぁ、両親は去年死んでしまって、その時はサンマリーノにいましたが、定期船が使えず、結局帰ってきたのは今回が初めてということになりましたがね…」

1年前はムドーの登場によって一気に魔物が活性化した時期で、その時期は定期船が運休が目立った時期でもあった。

特にサンマリーノからクリアベールのものについては今でも復旧のめどが立っていない。

「じゃあ、その質屋はどうなってるんだよ?」

「弟が継いでいると思います。まぁ…死に目にも会えなかった私を許してくれるとは…うん?」

すぐに夢の世界で聞いたご主人様のたった1つの願いをかなえて、ここを去ろうと考えたアモスの目に見覚えのある男性の後ろ姿が見える。

茶色い角刈りで黒い長そでの服装をした、あごの傷跡のある男性が同じく黒い服装の女性とともに教会へと向かっていた。

立ち上がったアモスは急いで彼に駆け寄る。

「ハリス!ハリスか!?」

「その声…まさか、アモスなのか!?」

振り返った男性、ハリスは驚きながらアモスの名を呼んだ。



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第51話 クリアベール

広場の北側にある教会で、レック達は赤い毛布の椅子に座り、静かに両手を組み、眼を閉じて祈りを捧げていた。

一番前の席にはハリスと彼の妻と思われる、若干色素の薄い黒のロングヘアーの女性が座っていて、その1つ後ろにアモスがいる。

彼らだけでなく、町の住民の数人も参加しており、中には幼い少女が鳴きながら祈りを捧げている姿もあった。

「天におわします神よ、今この場にあなたの元へ召されたジョン君のために皆さまが集まりました。どうか、あなたのもとで安らぎが与えられますように…」

初老の神父が後ろに置かれている天使の像の前で祈りの言葉を口にする。

足腰が弱いのか、杖で体を支えていた。

「神父様…私の息子は、ジョンは本当に幸せだったんでしょうか?」

祈りの言葉が終わるとともに、ハリスの妻、マゴットが立ち上がり、神父に問いかける。

止めようと立ち上がろうとしたハリスだが、その質問は彼自身も問いたかったもので、止めるためにつかもうとした手を止める。

「生まれてすぐに病気で寝たきりになって…そのまま神に…召される…なんて…」

あふれる涙が止まらず、マゴットはつまらせながらも死んだ息子の薄幸と自分の無力を嘆く。

生きている人間であるハリスとマゴットには死んだジョンが幸せだったか否かを聞くことはできない。

しかし、彼女には息子が幸せだったようには思えなかった。

「あの子はまだ10歳でした…。幸せだったと思えません…」

息子の葬儀の際に神父が言っていた言葉を今も覚えている。

彼が幼くして死んだのも神から与えられた運命。

その運命が幸せだったか否かを決めるのはジョン自身だと。

「…ジョン君のことは、私も残念でなりません。自分よりも若い人が先に逝くようなことは本来ならあってはならないことです…」

神父は若いころの勉強の中で見つけた『親死子死孫死』の言葉を思い出す。

最初は何て不吉な言葉だと思ったが、師匠からその順序で死んでいくことこそがありがたいことであり、その逆となるのはあまりにも辛いことだと教えられた。

「しかし、あなた方を見ていると思うのです。こんなにも両親に愛されたジョン君は実はとても幸せであったのではないかと…あなた方の愛情はきっと、ジョン君にも通じていたはずです」

「神父様…」

「マゴット…」

ハリスがマゴットの両肩に手を置いていると、隣の部屋からシスターが花束を持ってやってくる。

「新しい花です。これをジョン君の墓に供えてあげてください」

「はい、ありがとうございます。神父様…」

花束を受け取ったマゴットはハリス共々、深く頭を下げた。

 

「すまないな…せっかくの再会だというのに、こんな悲しい空気になっちまって…」

祈りが終わり、町の北東にあるハリスの家に案内されたレック達にハーブティーが差し出される。

ハリスの家は代々ハーブの栽培を行っており、ハーブティーに手を出し始めたのはハリスの代からだ。

街の片隅で細々とやっているものの、その味は良く、いつかは広い農園を作ってハーブティーの輸出もしたいらしい。

「いや、いいさ。それにしても、あんなに嫌がっていたハーブ農家を継いでいたとはな…」

「ま、時が流れれば考えも変わるってことさ。それに、100%継いだわけじゃない。俺なりのやり方も入れてるさ」

「そういうものか…」

ハーブティーを飲みつつ、アモスは町を出ていった時のことを思い出す。

父親と大喧嘩し、何度も殴られたことがきっかけで感情が爆発し、自分の生き方を探すと言って飛び出してしまった。

質屋商人である父親が自衛のために剣術などを学んでいて、それをアモスら子供たちに教えていた。

そのことが幸いし、ハンターや護衛の仕事を受けることでどうにか生計を立てることができた。

だが、肝心な生き方探しはなかなかうまくいかなかった。

商人をやるにしても、肉体労働をするにしても、それらに何の魅力も持つことができなかった。

そんな中で両親の死を知り、葬儀にも行けずに、気が付いたらモンストルで魔物退治をして、村の英雄となり、レック達と共に旅をしている。

2人が話している間、レック達は口を挟める空気ではなく、マゴットが出すハーブティーで一服した。

そして、話は2人の若い時のことからジョンのことへと変わっていく。

「…息子のこと、残念だったな」

「医者に見せても、できたのは延命措置くらいだ…。覚悟はしていた」

マゴットと結婚して3年、待望の子供に大喜びしたのをハリスは覚えている。

しかし、4歳の頃にジョンは急に倒れ、医者の元へ駆け込んだ。

町一番の医者でも、分かることは今のどんな呪文でも薬草でも治すことができないということだけだった。

その日から、ジョンの寝たきり生活が始まった。

外遊びが大好きで、ペットの犬とじゃれあっていた彼にとってはどんなにつらいことだっただろうか。

定期的に延命のための苦い薬草を飲み、胸や骨などの痛みに耐える日々。

「私たちは…あの子に何もしてやれなかった。ジョンが死んでから、妻はすっかり気落ちしてしまったよ…」

ジョンの死後のマゴットはたまに教会に通い、ジョンの墓の花を供える以外に外出することがめっきりなくなってしまった。

神父からいろいろ助言をもらっているが、それでも心のどこかにジョンのことが引っかかり続けている。

「せめて、何かジョン君のために今でもできることがあれば、きっとマゴットさんは…」

「ジョンのため…か…。そういえば…アモス、少し待っていてくれ」

立ち上がったハリスは急いで2階へ上がり、1枚の紙を持って降りてくる。

それには金髪で口ひげをつけた男性がトランプを持ち、大玉に乗っている姿が描かれたイラストがあり、下には『クリアベールにパノンがやってくる!!』と大きな文字で書かれていた。

「パノン…?あの旅芸人パノンのことか?」

「ああ…あの子が死ぬ1週間前にクリアベールで芸をしてくれて、あの子はすっかりパノンさんのファンになった…」

「あの…そのパノンさんって、有名な人なんですか?」

レックの素朴な疑問を聞いたアモスとハリスが驚いたようにレックに目を向ける。

知らないのかと言いたげな目に徐々にレックは小さくなっていった。

「パノンさんは世界一の旅芸人って噂の人だ。それに、団体に所属することなく、常に1人で笑いを探求しながら旅をするのさ。その人がジョンと約束したのさ。病気が治るように、勇気の欠片をプレゼントするってな」

「勇気の欠片…運命の壁か…」

アモスの脳裏に現実世界のクリアベールの北東に位置する絶壁、運命の壁の光景が浮かぶ。

そこは元々は巨大な鉱山で、大昔に起こった地震の影響でその三分の一が崩れた結果、絶壁に変貌した。

昔はそこから良質な金属や宝石が取れることから多くの人が作業をしていた。

そんな中、この鉱山の頂上に緋色の鉱石、ヒヒイロカネというオリハルコンに匹敵する優れた金属の鉱脈があることが判明した。

1人の男性がそれを手にし、持ち帰ったことがきっかけで多くの人々がそれを手に入れるために鉱山を上った。

しかし、断崖絶壁を上るという危険な行為である上に魔物が魔物も出没することからほとんどの人が失敗して負傷、もしくは死亡することとなった。

魔物の活性化と採掘量の減少から閉山が決まった後も、噂を聞いてヒヒイロカネを手にしようと挑む冒険者がいることから、ヒヒイロカネはいつしか運命の壁を制した勇者の証として、勇気の鉱石、勇気の欠片と呼ばれるようになった。

一説によると、その『勇気』は賞賛の言葉ではなく、無謀な挑戦をしたこと人物への皮肉が込められているらしい。

「だが、パノンさんはクリアベールに戻ってくることはなかった。おそらく、運命の壁で…」

「分からないな。なぜ、勇気の欠片をプレゼントするって…」

「きっと、不可能はないことを証明したかったのかもしれないな」

「不可能はない…か…」

「実際、最後の1週間、ジョンは治ろうと必死になっていた。本気で生きようとしていたよ」

「…その、勇気の欠片が手に入ったら、2人の気持ちも区切りをつけることができるか?」

「お前、まさか…やめておけ!あの壁が危険だということは分かっているだろう!?」

戦士として鍛え抜かれたアモスの体はやわではないということは分かっているが、運命の壁はそのような肉体を持つ男でさえ奈落へ突き落した。

幼馴染である彼をそのような死地へ行かせるわけにはいかないと、ハリスは机を叩き、強い口調で反対する。

「分かっているさ。だがな、お前とお前の奥さんをこのまま放っておくわけにはいかない」

モンストルに待っている人がいて、今ここに仲間のいるアモスは死ぬわけにはいかない。

しかし、友人であるハリスとその妻のマゴットのためにできることがしたいという気持ちが勝る。

「しかし…」

「アモスさんだけでは不安だとしたら、俺たちも行きますよ」

「レックさん…」

「じゃ、じゃあ…レックが行くんだったら、あたしも!」

「私も行きます」

「仕方ありませんね。私もお供させていただきます。

「そういうこった、アモスさん。誰もあんた1人で行かせねえよ」

レックを筆頭に仲間たち全員が運命の壁へ挑むアモスの助けになろうと名乗り上げる。

自分のわがままに付き合わせるつもりはないと、1人で挑むつもりだった。

だが、こんな自分のために自ら助けになろうとしてくれたレック達のことがうれしくて、アモスの眼に涙が浮かぶ。

「…いい仲間を持ってな、アモス」

「ああ…」

「俺が行っても止められねえみたいだな。けどな、必ず生きて帰って来いよ。勇気の欠片以上に、幼馴染のお前の命が大切に決まってるからな。それから、これを持っていけ」

ハリスは本棚から古びた1冊の本を出し、それをアモスに渡す。

ページを開くと、そこには手書きの地図が書かれていた。

「これは運命の壁の中の坑道の地図の写しだ。内容は100年前のものだが、閉山した日と重なるから、大した変化はないはずだ。それから、1つ言っておく。勇気の欠片は並みのつるはしでは採掘できない代物だ。何しろ、ダイヤモンドよりも硬いからな。上物のつるはしが必要だが…」

「つるはし…当然、この町にはないな」

ヒヒイロカネを採掘するには、従来の鉄製もしくは鋼鉄製のものではなく、魔力で鍛えられたものが必要になる。

しかし、運命の壁に挑む人間がこれ以上増えないように、クリアベールではそうしたつるはしの生産が制限されており、仮にあったとしても貸し出すことはできない。

「おそらくは、運命の壁の中にあるかもしれないな。嫌じゃなければ、犠牲者のものを拝借するとかか…」

「確かに…あまりいい思いはしないが、ジョン君のためだ」

(それにしても、あの夢のクリアベールのあの人は…)

2人の会話を聞きながら、レックは夢のクリアベールからここへ飛ばした彼のことを思い出す。

おそらく、彼の言っているご主人様がジョンのことだろう。

この家に入る際、そばにあった墓には常に飼い犬がいた。

おそらくはその犬があの若者の正体だろう。

だが、分からないのは空飛ぶベッドだ。

それとジョンに何の関係があるのか、今のレックには分からなかった。



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第52話 運命の壁

クリアベールから北へ進み、やせた土地や険しい山道を進んだレック達は雲を突き破るほどの高さをした壁の下にようやくたどり着く。

「ここが運命の壁…話には聞いてたけど、こんなに大きいなんて…」

上を見上げると、どこまでも壁が高くそびえたっており、頂上が雲に隠れていて見えない。

麓にある洞窟に入ると、そこには木でできた十字架の墓が数多く、そして不規則におかれていた。

「ここが…運命の壁で命を落とした人々の墓地です。魔物に襲われるか、転落するか…それとも食料がなくなり、餓死したのか…」

アモスは墓の前にひざまずき、静かに死者に対して祈りをささげる。

チャモロも両手を合わせると、修行中に暗記した経を唱えた。

おそらく、墓に葬ることができなかった犠牲者もいるかもしれない。

そのことを考えると、挑戦するだけで命を奪われかねないこの山に挑戦することの無謀さを感じざるを得ない。

「申し訳ございません、みなさん。こんなことに巻き込んでしまって…」

「今更水臭いよ、アモスさん!私たち、仲間じゃん!」

「そうです。6人で力を合わせれば、どうにかなるかもしれません」

「その代わり、後で何かおごってくれよ?」

「はい…」

アモスは墓場のそばにある木箱を開ける。

その中には、この墓地のどこかで眠る挑戦者が残した黄金のつるはしが入っていた。

魔力で鍛えられているだけあって、柔らかなはずの金からは鋼鉄以上の強度が感じられ、柄を握るとぴったりと手に吸い付く感じがした。

「さて…問題はどうやって上に上るかですね…」

一度外に出て、改めて壁を見たチャモロはいくつもの穴やでっぱりを見つけることができた。

また、上には人間が入ることのできる洞窟の入り口も見え、確認できるだけでも5つ以上はある。

考えられる方針としては、その洞窟まで登っていき、そこで休憩をはさみながら確実に上へ進んでいくという形だ。

だが、運命の壁には多くの魔物が生息しているのは確かで、壁を上っている最中に遭遇したら、両手をふさがれた状態では何もできなくなる。

「なら、これを使うのはどうかしら?」

ミレーユは馬車の中から持ってきた丈夫な登山用の縄を持ってくる。

これはクリアベールを離れる際に道具屋で購入したもので、ハリスから挑戦するのであれば買っておいて損はないと教えられた。

「では、私とレックさん、ハッサンさんがミレーユさん達を背負って登りましょう。このロープでしっかり固定すれば、どうにかなるはずです。そして、ミレーユさん達には空から接近してくる魔物を呪文で倒していただくことにしましょう」

やるべきことが決まった以上、天気が変わらない間にやるべきことをやる。

レックがバーバラを、ハッサンがミレーユを、アモスがチャモロを背負うことになり、背中合わせになるようにしてお互いの体が離れないようにきっちりと縛る。

「うう…なんだか縛られてるところが痛いよぉ…」

「仕方ないだろう。それくらいしないと、途中でほどけたりしたらまずい」

登る順番はレック、アモス、ハッサンで、最初にレックがでっぱりとなっている石をつかみ、ゆっくりと上へ登っていく。

背中合わせになっているバーバラから感じる体温と鼻孔に伝わる彼女の匂いに若干顔を赤くしつつも、今は2人分の命を預かっている自分の手足に集中した。

「アモスさん…まさか、ずっとこのままよじ登り続けるんじゃあねえだろうな?山って、気候が変わりやすいんだぜ?雨でもふりゃあ…!」

「おそらく、洞窟から昔使われた坑道を通ることができるかもしれません。それを使えば、もっと上へ登ることもあるいは…!」

元々は鉱山だった場所で、まだ使える坑道も残っているはず。

それを存在する保証はないものの、今はそれを信じて一歩ずつ登っていくしかなかった。

 

「はあはあはあ…一度、外すよ…」

「うん。ああ、ちょっと体が楽になった!」

休憩できるくらいの大きさの洞窟に入り、ロープをほどいてもらったバーバラは背伸びをし、ヒリヒリと痛みを感じる個所を手で撫でる。

ロープは頑丈そのもので、まだまだ使うことができる。

本当はもう少し上りたかったものの、小雨が降り始めてやむなくこの洞窟に避難する格好となった。

雨でぬれたでっぱりだと滑りやすく、転落の危険が高い。

だが、いつまでも待つわけにはいかず、そのまま雨が止み、濡れた岩が渇くのを待っている間に水と食料が突きてしまう可能性もある。

「ついてねえぜ、いきなり雨が降り始めるなんてな」

水を飲むハッサンはどれだけ頂上へ行くのに時間がかかるのかわからずにいた。

アモスはどこか坑道につながっていないか、洞窟の奥へ向かって探しているものの、残念ながら行動へつながる道は落盤でふさがっていた。

「けれど、この程度なら!」

アモスは黄金のつるはしを使い、進路をふさぐ岩を砕き始める。

やはり魔力で鍛えられただけあって、わずかな力で簡単に岩を壊すことができるうえに疲れにくい。

これを残してくれた死者に感謝しながら掘り続けると、ふさがっていた坑道が見えてくる。

「この坑道…先に進むことができるかもしれませんよ!」

 

アモスが見つけた坑道をレック達はランタンの明かりを頼りに進んでいく。

若干上り坂気味であるため、もしかしたら雨が上がるまでの間に少しでも上へ登れるかもしれないと期待する。

だが、大きく左にUターンする道に差し掛かると、灰色で顔がある大きな岩が複数個転がっているのが見えた。

「あれって…魔物なの?」

「顔がついてるっていうことは、そうなんだろうなぁ」

ひそひそと聞こえないようにバーバラとハッサンが会話する。

だが、その些細な声が耳に届いたのか、転がっていた岩が急に動きを止める。

そして、話声が聞こえた方向に向けて転がり始めた。

「へっ!この程度の岩は…!」

「待ってください、ハッサン!その岩は!」

「見えた、うおりぁああああ!!」

岩の中央あたりにある光が見えたハッサンはそこにむけて正拳突きをさく裂させる。

強烈な拳の一撃を受けた岩は粉々に砕け散る。

「へっ、これなら俺1人で…!」

「あの破片に気を付けてください!!」

「へっ…?」

アモスの忠告の意味が分からなかったハッサンだが、すぐにその意味を知ることになる。

岩の破片が一瞬赤熱すると、爆発を引き起こす。

更にその爆発に反応したかのように転がっている岩も赤熱すると同時に大爆発を引き起こした。

「うわあああ!!」

爆発の勢いでレック達は吹き飛ばされ、坑道を支えていた柱が崩れてしまう。

それが落盤を引き起こし、天井の岩が振ってくる。

「時間を稼ぐわ、ヒャダルコ!!」

氷の壁が崩れてこちらへ飛んでくる岩をふさぐが、まだ天井の岩が残っている。

「こうなったら、久々に…!」

狭い坑道の中でやるため、正直できるか心配なものの、レック達を救うにはそれくらいしか手段が思いつかない。

アモスはモンストラーに変身し、巨大な体が岩を受け止める。

「みんな、アモスさんの下に逃げ込むんだ!急げ!!」

レック達はアモスの下へ逃げ込み、落盤から身を護る。

ガラガラとしばらく崩れる音が響くものの、次第に収まっていく。

邪魔な岩をアモスが尻尾と腕で払った後で、レック達はゆっくりと外へ出ていく。

「はああ…死ぬかと思いました…」

「悪い、そんな魔物だってことは知らねえで…」

「ありがとう、アモスさん」

「いえいえ…爆弾岩のことをもっと早く説明すべきでしたよ…」

変身を解き、ミレーユにベホイミで回復を受けるアモスはハハハと申し訳なさそうに笑う。

先ほどの岩の魔物、爆弾岩は岩石に魔力がこもって生まれた物質系で、主に鉱山などの暗い場所で出現するケースが多い。

それゆえか、眼が弱い代わりに聴覚が研ぎ澄まされており、先ほどのハッサンとバーバラの声も聞こえていた。

極めつけは自爆であり、洞窟内で爆発した場合、このような落盤が発生する可能性が高い。

「しかし、これでこの坑道を使うことができなくなりましたね…」

ヒャダルコのおかげで、岩は此方に転がってこなくなったものの、この坑道で上へ向かうことができなくなった。

気になるのは逆に下へ降りる道で、そこから行くとどうなるかだ。

ゴロゴロと雷が鳴る音が坑道の中にも聞こえてくる。

「天気が良くなるまでかかるかもしれません…行ってみましょう」

レック達は今度は下へ足音に気を付けながら降りていく。

足音が聞こえてまた爆弾岩がやってきた、という事態はどうしても避けたかった。

だが、歩いて数分も立たずに行き止まりとなり、放置された木箱がいくつも散乱しているだけだった。

「もしかしたら、木箱の中に何か使えるものがあるかも…」

鉱石、もしくは採掘用のピッケルか何か入っていないかレックは調べ始める。

大部分の箱は空だったものの、いくつかの箱の中には小型のピッケルがいくつも入っていた。

手のひらサイズで、両手に1本ずつ使うことができる。

「これなら…もう少し上るのが楽になるかもしれませんね。ロープはまだいくらか残ってますし」

「良かったぁー。歩くだけになるかと思ったよぉ…」

 

ピッケルを手に入れ、再び元の出入り口まで戻ってきたものの、やはり外は雨が降っていて、まだ登れる状況ではなかった。

雷が鳴っていないだけましで、今できるのは雨が止むのを待つことだけだ。

「そういえば、アモスさん」

「はい?」

「結局、弟さんに会わずに出てきちゃったけど、本当によかったの?」

ハリスとの会話で、アモスの弟が父親の後を継いで質屋をやっていることは聞いている。

出発の準備の際も、いくらでも再開する機会があったが、そうしなかった。

「ええ…私のことなど、会いたいなんて思っていないでしょうから」

「でも、お墓参りだけでもしてあげたら?だって…1年前に変えれなかったのは仕方なかったから…」

「…どうでしょう?でも…両親の死を知って、定期船が使えない…帰る手段がないとわかったとき…実を言うと、ほっとしていたんです」

「ほっと…してた?」

「はい。なんでかは分かりません。多分、帰りたくない、合わせる顔がないという本心からだったのかも…」

自分の生き方を自分で決めるために旅立ったものの、その時はまだ自分の生き方を決めることができていなかった。

喧嘩したまま今生の別れとなったことを考えると、アモスの気持ちも理解できる。

「アモスさんよ、俺も武闘家になるって言って家を飛び出して、まだ一度も帰れてねえから言える立場じゃねえけどよ…きっと、少なくともその弟さんは会いたがってるって思うぜ?」

「ハッサンさん…」

外の様子を見るハッサンはアモスに顔を向けることなく、言葉をつなげていく。

「まぁ…俺は、ちゃんと親父とおふくろに武闘家になった俺の姿を見てほしいって思ってる。それに、あんたはモンストルで街を救った英雄なんだろ?その姿くらい生きてる家族に見せてやっても、罰は当たらねえんじゃねえかな?」

「町の英雄…けれど、私は…」

「俺には、街を救って、こうして俺たちと一緒に旅をしてくれているあんたがかっこよく見えるぜ。…よし、これならピッケルを使えば登れそうだ」

「だったら、また縛り直しだな」

レックたちは再びロープでそれぞれが担当する相手を背負った状態で縛る。

そして、両手にピッケルを握り、それが手から離れないように軽く縛っておく。

乾いたばかりに壁にピッケルの刃を突き立てながら、ゆっくりと上へ登り始めた。

(まさか、ハッサンさんが私のことをそう思ってくれていたなんて…)

自分のことをかっこいいと言ってくれた人物は町に残してきたメルニーを含めると2人目だ。

彼と彼の父親のけんかについては旅の中でハッサンが話してくれたため、そのことはよく知っている。

ハッサンなりに家族とのことで折り合いがついたからこそ、このようなアドバイスをしてくれたのだろう。

問題はそれをアモス自身がどのように生かすかだ。

(だが、今は頂上の勇気のかけらを手に入れることを…)

しかし、今は運命の壁を上っている途中。

雑念にとらわれると、壁の中に隠れる死神に命を刈り取られ、あの墓場の仲間入りになってしまう。

そうなっては弟に会いに行くことも、そして墓の中の両親と対面することもできない。

(まだだ…。まだ死んだ後に父と母に会いに行くようなことがあってはならない…!)

注意深くピッケルを壁に突き立て、上を見ながら進んでいく。

登っていくと、雲よりも高い壁を登ろうとする愚かな冒険者をえさにしようとする魔物たちが待ち構えていた。

「バーバラ!」

「任せて、ベギラマ!!」

バーバラの手から放たれるベギラマが体内に発生させたガスを利用して空中で浮遊し、さらに炎をはくことのできる、胴体が風船のように膨らんでいるオレンジ色のドラゴン、フーセンドラゴンを焼き尽くし、彼の中のガスに引火、爆発させた。



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第53話 勇気の欠片

「こりゃあ…だいぶ前に上っていた奴だな」

運命の壁の洞窟の中で、顔をしかめるハッサンは白骨化した旅人の遺体を見る。

ボロボロの服がそのまま残っており、それについている血痕から、休憩中に魔物に襲われたことがわかる。

その遺体のそばには黄金でできたつるはしが転がっていた。

「母なる神よ、どうか志半ばに倒れし彼の魂をあなたの元へ導き給え。そして、安らぎと来世の幸福があらんことを…」

チャモロは静かに旅人の冥福を祈り、アモスは黄金のつるはしを手に取る。

「これさえあれば、勇気の欠片を手に入れることができます」

「あとはこいつをどうするかだな。このままにしておくわけにはいかねえだろ」

魔物が活性化した昨今では、葬られなかった遺体は魔物化し、腐った死体などのゾンビ系の魔物に変貌してしまう。

だが、この旅人の宗教も故郷も分からないため、その場合は遺体の見つかった地域の風習で行われることになる。

「クリアベールでは土葬が行われますが、ほとんど風化していますね。袋に入れて粉骨し、山のふもとに埋葬しましょう」

アモスの言葉に頷いたレックは厚手の手袋をつけ、哀れな旅人の遺骨を袋に入れていく。

ずっと放置されていたせいか、少し力が加わるだけでひびが入ってしまう。

袋に入れ終えると、レックは道をふさぐ分厚い岩石に目を向ける。

「まずはこの岩を壊して、先へ進もう」

「ああ、任せときな」

ハッサンはアモスから黄金のつるはしを受け取り、それを振るって岩を壊していく。

ハリスが行っていた通り、少し力を入れて振るうだけで簡単に岩が砕けていく。

ほんの数分で道をふさいだ岩の大部分が砕け、その先への道が見えてきた。

「この道が通れるようになって良かったわ。これで一気に短縮できる」

ミレーユは運命の壁の地図を見て、ここから頂上までの道のりを調べる。

この先には長い上り坂の通路が続いていて、その先にある出口からは少し崖を上るだけで頂上にたどり着くことができる。

再び爆弾岩に気付かれることがないように、忍び足気味にゆっくりと歩き始める。

歩いていると、ところどころに変色した紙や放置されたままの壊れたトロッコやさびたつるはしが転がっていて、どれだけの年月ここに人が入っていなかったのかがよくわかる。

そのおかげか、魔物と遭遇することがないまま出口に到達した。

「よーし、ラストスパートだな。頂上も見えてきたぜ」

再びミレーユを背中に背負い、小型ピッケル2つを手に先頭で登り始めたハッサンは見えてきた頂上に終わりが見えてきたことを実感する。

だが、運命の壁に入ってから5日以上経過しており、かなりの高さまで登っているためか、空気が薄くなっているのを感じる。

「みんな、頭痛は起こしてないか?」

レックは高山病の症状を頭に浮かべる。

自分はライフコッドに暮らしていたため、山に慣れている。

運命の壁では些細な体調不良も命取りになりかねない。

ちょっとでも体調が悪くなったらすぐに休める場所を探さないといけない。

ここまでの高度になると下を向くなんてことはできないため、上を向いたまま下のハッサン達に問いかける。

「ああ、大丈夫だ。問題ないぜ!」

「あたしも!早く頂上へ行こう!」

「分かった…何かあったらすぐに言って!」

聞く限りでは別に問題はなさそうで、安心したレックはそのまま上へ登っていく。

雲の動きを見る限り、雨の心配は少なくとも頂上に到着するまでは問題なさそうだ。

「よし…これで!!」

頂上の足場にピッケルをひっかけ、そのまま足場に体を持ち上げる。

崖から少し離れたところでピッケルを置くと、縛っているバーバラを解放した。

「ふうう…やっとついたな」

登り終え、ミレーユを解放したハッサンはそっと下を見るが、吸い込まれそうな感覚が走ったため、すぐに崖から離れた。

「で…肝心の勇気の欠片のある鉱脈はどこだ?」

「あそこですね」

頂上の中央あたりにある小高い岩にアモスは指をさす。

ひび割れを見ると、そこには炎のようなオレンジ色の鉱石が見えた。

これがヒヒイロノカネ、勇気の欠片だ。

「よし、こいつを黄金のつるはしで掘れば…!」

「これでジョン君を…!?」

急に寒気と共に、嫌な気分を感じたレックは思わず周囲を見渡してしまう。

「どうしたの?レック」

「何か…何かが来るのを感じる…」

「何か?」

「匂いが近づいてきている…。魔物が来ます!」

チャモロは近づく匂いが死臭に近いものに思えた。

ここには葬り切れていない挑戦者の遺体が数多く残されている。

そのため、それらが怨念や魔物の魂によって魔物化してもおかしくない。

「おいおい、どこから来るんだよ!?」

「空から…崖から??」

「いえ…これは!!」

ボコボコと地面から音がするとともに、腐乱した腕が出てくる。

「キャーーー!!何よ、この腕!!」

「まさか、腐った死体!?」

地面から次々と腐った死体がウウゥとうめき声を上げながら出てくる。

1匹だけでなく、まるでレック達を包囲するように何十体も出てきており、装備からも旅人のものだということがわかる。

「死んでもなお勇気の欠片がほしいってのかよ!?」

「急ぎ倒して、成仏させなければ…!」

チャモロはゲントの僧侶として人々の治療をしていた際、何度もどうしても治療することができずに死んでしまう人を何度も見てきた。

ゲントの僧侶は治療だけでなく、こうして亡くなった人々を成仏させることも使命とされており、可能な限りその人々の宗教に即した形で葬る、もしくは遺族の元へ帰している。

そのため、こうした死んだ人々が元となっているゾンビ系の魔物はチャモロにとって、どうあっても救済しなければならない相手だ。

身構えるレック達だが、集まった腐った死体達が紫色の光を放ち始め、ゆっくりと上空に浮遊し始める。

「おいおい、何が起こるんだよ…?」

「何だ…すごく嫌な予感がする…」

「レック、すごい汗!大丈夫…??」

「な…?」

バーバラに指摘され、初めて自分がかきはじめていた気持ちの悪い汗を自覚する。

目の前の腐った死体達の異様な光景と自分の本能が訴えかける危機感がそうさせていた。

腐った死体の1匹に次々と腐った死体が抱き着くように集まっていき、次第にその肉体がスライムのように混ざり合っていく。

死体が混ざるグロテスクな光景にレックは思わず嘔吐しかけるが、必死に抑える。

次第に集まった腐った死体達は1匹の両手両足を持つ巨大で太った体のゾンビへと変貌する。

そして、レック達に目を向けると生きて頂上にたどり着いた彼らに嫉妬しているのか、激しく咆哮する。

「こうなりゃあ、無理やり倒して成仏させるぞ!!」

「こんなところで、彼らの仲間に入るつもりはありません!」

先制攻撃として、ハッサンとアモスが同時に突っ込んでいく。

ハッサンは炎を宿した炎の爪でそのゾンビの右腕を斬りつけ、アモスは大きく跳躍して頭部めがけてアモスエッジを振り下ろす。

炎の爪で肉体の表面を切り裂かれ、その部分から炎が起こり、アモスエッジの一撃で頭から腹に至るまで切り開かされいるが、やはりゾンビ系のためかまったく痛みを感じていない。

「痛みは感じなくても、ダメージは…!?」

これらの一撃でかなりのダメージを目視できるため、簡単に倒せるだろうと思ったアモスだが、そのゾンビについた炎は消え、大きく開くようにできた傷も徐々にふさがっていく。

10秒もすると、再び無事な姿に戻ってしまった。

「なんだよ!?腐った死体には再生能力でもあるっていうのかよ!?」

「ありえません!回復呪文を使った様子もないのに、どうやって…」

完全回復したゾンビが激しく咆哮し、周囲の地中から次々と腐った死体が現れる。

「また腐った死体が…!」

「もう!!いい加減に成仏してよぉ!!」

バーバラは襲ってくる腐った死体にベギラマを放ち、ミレーユもヒャドで攻撃する。

ベギラマの閃光で焼き尽くされた腐った死体は灰になり、ヒャドを受けた個体は氷漬けになるか、氷の刃で貫かれる。

だが、それでも腐った死体はどんどん現れていて、倒しても倒してもきりがない。

「クッソォ!わらわら出てきやがって!うお!?」

炎の爪で群がる腐った死体を切り捨てるハッサンだが、隙を突かれて左腕を噛みつかれてしまう。

まるで生きた人間の肉を求めているかのように、腐った死体は弱弱しい歯で噛み切ろうとしていた。

「この…クソ野郎が!!」

右手で腐った死体の頭をつかみ、無理やり離すと、それをそのままゾンビに向けて投げつける。

ゾンビは右拳で投げ飛ばされた腐った死体を殴ると、その個体は粉々に砕け散った。

「くっそ…やべえぜ、これは…」

噛まれたハッサンは顔色を青くしていき、その場で膝をついてしまう。

腐った死体は腐乱していることもあり、体内に毒ができており、放っておくと肉体を壊死させていく厄介なものだ。

「ハッサン!!」

その毒は急ぎ治療しなければならないもので、ミレーユは急いで彼の元へキアリーを唱えに向かう。

「はあはあ…ミレーユ、悪い…」

「しゃべらないで」

キアリーを唱え続けるミレーユだが、ハッサンの顔色が戻らないことから、腐った死体の持つ毒の強さを改めて感じていた。

治らないことはないが、それでも集中してキアリーを唱え続けて十数秒は必要になる。

「くっ…神よ、腐った死体となり、なおもこの世をさまよう哀れな魂に慈悲を…!」

バギマで数体の腐った死体をバラバラに切り裂いたチャモロはそれらの魂が神の元へ帰ることを願う。

そのバギマはゾンビの肉体を傷つけはしたものの、それでもハッサンとアモスの攻撃を凌いだように、異常なスピードで回復していく。

「ですが…これで!!」

チャモロは破邪の剣を握り、集中するレックに目を向ける。

レックは深呼吸して、じっとゾンビが回復していく様子を見ていた。

ゲントの村で、おのれの恐怖と対峙したことで目覚めた、魔力を見る能力。

仮にあのゾンビが魔力で肉体を回復しているとしたら、必ずその肉体のどこかに魔力を供給する核があるはずだ。

レックが見る限りでは、魔力による回復であるため、あとはどの魔力の流れを逆にたどればいいだけだ。

「見えた!!」

レックは呼吸を整え、握っている破邪の剣に闘気を宿す。

そして、ゾンビめがけて一直線に走っていく。

せまってくるレックを脅威とみなしたのか、ゾンビは咆哮し、腐った死体達を自分の元へ集める。

「レックの邪魔はさせない!!」

「援護します!」

バーバラはベギラマを唱え、時間差をつけてチャモロが放ったバギマが閃光を巻き込み、炎の竜巻へと変化する。

炎の竜巻は腐った死体達を炎上され、バラバラにしたうえに消し炭へと変えていく。

腐った死体程度では止められないとわかると、ゾンビは右手をレックに向けて伸ばし、彼を直接握りつぶそうとする。

だが、その上をアモスがアモスエッジで切り捨てた。

「はあああ!!」

切り捨てたゾンビの腕を踏み台にし、大きく跳躍したレックはゾンビの頭に飛びついた。

腕を斬られた上にいきなり頭に飛びつけれたことでバランスを崩したゾンビは体を後ろに倒す。

だが、頭にも人間レベルの腕が隠されていたようで、なおも抵抗しようとそれでレックの胴体をつかむ。

ハッサンが受けたものと同じ毒がその手にはついていて、もし精霊の鎧を装備していなかったら、体に当たってその毒を受けていたかもしれない。

レックは闘気を込めた破邪の剣をゾンビの頭に突き刺し、更に刀身を4分の1回転させて確実にとどめの一撃を加える。

鎧をつかむ腕の力が弱まり、フラリと離れたのを見ると、レックはゾンビから離れた。

「核は頭にあったんですね」

「うん。でも、これはいったい…?」

ピクリとも動かないのを見て、一安心するレックだが、なぜこのゾンビが現れたのかはわからない。

まだ生き残っている腐った死体達はゾンビの死と連動するかのように力尽きていた。

念のためにチャモロはゾンビの死体を確認する。

破邪の剣が刺さった個所を確認すると、核と思われる紫色の玉石が砕けているのが確認できた。

「この玉石…まがまがしい魔力。人為的な手段で死体を。何のために…?」

腐った死体達を合体させたうえ、異常な回復力として機能したその玉石はとても人間の手で作られたものとは思えなかった。

魔物の中でも高い魔力を持った個体でもなければできない。

破壊されたことで魔力を失っており、これでは誰が作ったのかを特定することはできない。

「どうにか倒せたけどよ、さっさと勇気の欠片を手に入れて引き上げようぜ。またあんなゾンビが出るのは御免だぜ」

回復を終えたハッサンは鉱脈近くに置きっぱなしにした黄金のつるはしを手に取り、ヒヒイロノカネを採掘する。

ジョンの願いをかなえることがこれでできるはずだが、今は喜ぶよりもあのゾンビを生み出した誰かへの恐れがレック達を支配していた。



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第54話 墓参り

「おお…これが、勇気の欠片!本当に…本当に…!!」

クリアベールに戻り、アモスから勇気の欠片を受け取ったハリスは驚くとともに大事にそれを両手で抱えていた。

「ああ、これをバッジにして、ジョン君の墓に供えてやれ」

「これのためにあんなに危険なところへ…ありがとう、ありがとうございます…!」

マゴットは涙を流し、危険な場所まで勇気の欠片を手に入れてきてくれたアモス達に礼を言う。

登山でもあるように、下山が一番危ないというのは運命の壁でも同様だ。

そのため、そのまま山頂で一泊した後で下山を始めた。

たっぷりと休む時間を得て、何日も人を背負い、ピッケルを使って登ることを繰り返してきたレック達はある程度コツを得ることができたようで、ある程度スムーズに降りることができた。

それでも、フーセンドラゴンや爆弾岩などの魔物と遭遇することがあり、更に天候にも注意しなければならなかったこともあり、結局降りる時間と登る時間は大体同じだった。

「そういえば、これをどうやって加工して勇気のバッジにするんだ?」

「もちろん、俺たちはやるわけじゃない。アランに頼むさ。彼は装飾品職人でもあるからな」

「アラン…」

アランの名前を聞いたアモスの表情は曇り、ハリスはそんな彼に勇気の欠片を渡す。

「お前の弟だ。一緒に行って、勇気のバッジづくりの依頼をしてくれ」

おそらく、ちゃんとアモスと家族を和解させたいというハリスの気配りもあるのだろう。

しかし、家族に対して後ろめたい感情を抱いているアモスはありがたいものの、その好意を受けたいとは思えず、眼をそむける。

そんな彼にため息をついたハリスは彼の肩に手を置く。

「ちゃんと、挨拶をして来い。もしかしたら、お前が故郷へ帰れるのがこれが最後かもしれないんだぞ」

息子であるジョンを失ったとき、ハリスは彼がもっと生きていればしてあげられたかもしれない数多くのことができなかったことを悔やんでいた。

そんな彼だからこそ、その言葉はアモスの心に刺さる。

同時に、ハッサンの言葉を思い出した。

(俺も武闘家になるって言って家を飛び出して、まだ一度も帰れてねえから言える立場じゃねえけどよ…きっと、少なくともその弟さんは会いたがってるって思うぜ)

(…本当に、そうなのか?アラン…」

本人がいない以上、そんな問いに答えてくれる人間はいない。

それを確かめる方法は1つしかなかった。

 

「よし…これで指輪の修理は完了だ。よかったですね、大したことがなくて」

カウンターで、アモスに似た馬面をしているが、髪の毛は長くのばしていて、軽い作業着姿をした男が気さくな笑みを見せながら、老婆に修理し終わった指輪を手渡す。

彼女の亡くなった主人からもらった結婚指輪で、直ったそれを見た老婆はうれしそうにそれをはめた。

「ありがとうございます、まさか指輪の修理を引き受けてくれるとは思いませんでしたよ…」

「いやぁ、若いころに修行していたんです。お役に立ててよかったです」

屈託のない笑みで答えられた老婆は何度も頭を下げてから店を後にする。

奥の棚のそばにある机にはほかにも壊れた装飾品や治ったばかりの装飾品が几帳面に整理されて置かれていた。

もうそろそろ営業時間が終わるため、男は棚の中にある部品と金庫のお金の確認を始めようとそばに置いてある帳簿を手にすると再び扉が開く。

「あ、いらっしゃいま…」

お客かと思い、機械的に挨拶をしようとするが、入ってきた客を見た瞬間、男の口が止まる。

入ってきたのはアモスで、その手には勇気の欠片が握られていた。

「あ、アニキ…」

「久しぶりだな…アラン…」

「帰ってこないものだと思ってたよ…」

事情があったとはいえ、両親が死んでからも帰ってこなかった兄にアランはつぶやく。

半分そうではあるが、半分は間違いで、アモスは帰るのをためらっていた自分を改めて認識する。

だが、それでも心のどこかでクリアベールと弟のことを気にかけていた。

「…なぁ」

「どうした…?」

「墓、行こうぜ。もうすぐ店じまいだから…その時間くらいあるだろ?」

「あ、ああ…」

どこかぎこちない兄弟の会話を終え、アランは裏の部屋に入る。

次の墓参りのために用意していた供え物と花を手に戻ってくると、カウンターを飛び越えてアモスに目を向ける。

「ついてきてくれよ。墓の場所、知らないだろ?」

「ああ…」

 

「ここだ、これが父さんと母さんの墓だ」

クリアベール北部にある森の中にある墓地に到着し、アモスは初めて見る両親の墓を見る。

質屋を経営し、ある程度お金をもっているはずだが、そこに置かれている墓は周囲の一般住民の墓と大差ないものだった。

水差しの水で墓を洗い、供え物を置くための器に供え物のパンを入れる。

今はアモスとアランの2人っきりで、レック達はハリスの家で待機している。

「それにしても、装飾品づくりをしていたなんてな…」

「質屋をやりながらって形になるけどな」

「装飾品職人になりたいって言ってたよな…」

幼少期の頃、彼が言っていた言葉を思い出す。

彼はなぜか装飾品づくりに興味を持っていて、いつか自分で装飾品を作りたいと言っていて、実際に独学で勉強もしていた。

「で…兄貴。見つかったのか?やりたいこと」

「…そうだな、今の俺が一番やりたいことは…」

真っ先に頭に浮かんだのはレック達だ。

モンストラーとの戦いで受けた傷が原因で、魔物に変身する呪いにかかってしまった。

そのせいで、守るべきモンストルの街に迷惑をかけていたところをレック達に救われた。

今はその恩を返すために彼らと共に旅をしたいと思っている。

そして、モンストルには待っている人がいる。

目的を達して、もし許されるなら、そこで暮らすことも考えている。

「今は…一緒に旅をしたいと思える人がいる」

「そうか…聞いたか?父さん、母さん、兄貴は目的を見つけたぜ。だからさ…安心してくれ」

「アラン、俺は…」

「俺のことは気にするなよ、兄貴。質屋と装飾職人の二足の草鞋、そんなに悪いものじゃないぜ。家のことは俺に任せて、あんたは自分の目的を貫きな」

笑い顔を見せるアランはアモスの胸を軽くたたく。

そして、アモスと両親が話す邪魔をしないためか、墓地から離れていった。

1人になったアモスはそっと両親の墓を撫でる。

「父さん、母さん…。勝手に街を出ていったことをお詫びします…。この旅が終わったら、真っ先に戻ってきますので、それで、償いとさせてください」

 

翌朝、クリアベールは雲一つない晴天となる。

にもかかわらず、日差しは柔らかく、悪い心地はしない。

その中で、ハリスは完成したばかりの勇気のバッジを受け取り、自らの手でジョンの墓にかけた。

「ほら、ジョン。ずっとほしがっていた勇気のバッジだ。お前のために俺の友達とその仲間の方々、アラン兄ちゃんが手伝ってくれたぞ。どうだ?うれしいか?」

物言わぬ墓にハリスは静かにつぶやき、勇気のバッジを撫でる。

パノンからのプレゼントではないが、それでもジョンのために作られたものである点には変わりない。

ハリスと共に、レック達も静かに目の前の墓に眠る少年のために祈りをささげる。

風と草がこすれあう音だけが周囲に響く中、急にその音が聞こえなくなる。

「風がやんだのか…?」

目を開けたレックは周囲に起こった変化に驚愕する。

自分以外の全員が動かなくなり、声も発していない、

それどころか風で動いていた草花も、上空を飛ぶスズメも動きを止めていた。

まるで、レック以外のすべての時間が止まっているかのように。

「お兄ちゃん…初めまして、だね」

墓の前に光が集まり、その光が小さな子供のようなシルエットに変化する。

聞いたことのない声だが、レックはそれが何者なのか直感で分かった。

「ジョン君…かい?」

「そうだよ。勇気のバッジ、ありがとう。とてもうれしかったよ」

「お礼なら、君の親父さんとおふくろさん、それから作ったアランさんに言ったらいいよ」

「そうしたいけど、今はできないよ…。精霊様が許してくれて、レックさん、あなたとだけ少しの時間話すことができるんだ」

「精霊様が…?」

なぜ自分にだけで、それ以上に大切な人であるはずのハリスやマゴット、クリアベールにいる知人たちと話すのを許さないのか疑問を抱く。

目の前の少年の声からはそれに対する疑問の色は感じられないが、幼くして死んだ子供にもう少し便宜を図ってもよいのではないかと思ってしまう。

「仕方ないよ。本当なら、こうして生きてる誰かとお話しできるだけでも奇跡なんだから…。教えてくれたんだ、お兄ちゃんが魔王ムドーをやっつけた人なんだって。だから、すごく強い武器と防具のことを伝えてほしいって」

「すごく強い武器と防具…?」

「うん。もうジャミラスって魔王と戦ったみたいだけど、実は…そのムドーとジャミラスを子分にしてる大魔王がいるんだって」

「何…!?」

ジャミラスがいたことで、その存在は薄々感じていたものの、精霊から教えてもらったというジョンの言葉で確信に変わってしまう。

本当はこんなことが現実だと信じたくはなかったが。

だが、なぜそれを自分に教えるのかが分からない。

あたかも、その大魔王を自分が滅ぼせと言っているかのようだ。

「大魔王はダーマ神殿をはじめとした3つの場所をこわして、封じ込めちゃったんだ。そして、本当なら人の目に見えないはずの夢の世界をええっと…実体化、させて2つの世界をまとめて征服するつもりなんだ」

「だから、魔王はどちらの世界にも…」

「うん。ムドーとジャミラスを倒しても、何も変わらない。大魔王をやっつけないと世界は平和にならないんだ。その大魔王に立ち向かうためにも、その武器と防具が必要なんだ」

「ジョン。分からないのが、どうしてそれを俺に教えるんだ?」

正直に言うと、テリーのように自分よりも強い戦士はほかにもたくさんいると思っている。

闘気や魔力を見る能力があるとはいえ、自分がそんなに力を持った特別な人間には思えない。

夢の世界ではライフコッドの村人である、レイドックの兵士。

現実世界では(まだ確証はないものの)レイドックの王子。

たとえ王子、兵士、村人のいずれであったとしても、ただの人間であることには変わらないはずだ。

「きっと、お兄ちゃんが大魔王と決着をつけるその…宿命が、あるからかな?」

「宿命…?」

「フォーン城へ行って、お兄ちゃん。そこに答えがあるから…」

その言葉を最後に光のシルエットが姿を消し、再び風の音が聞こえ始める。

(幻覚…?それとも…)

レックはライフコッドでターニャを介して精霊が自分にお告げをした時のことを思い出す。

その時は夢の世界のライフコッドだったからか、まるで精霊がターニャに憑依したかのような形だった。

だが、今回はまるで違い、既に死んでいるジョンが伝言役となっているだけだ。

この違いが何なのか、そして自分にある大魔王と決着をつける宿命とは何か。

レックの心に大きな疑問が残った。

 

墓参りを終え、レック達は運命の壁での疲れを取るために宿屋で休養と明日からの行動を考えることになった。

今回のお礼として、宿代はすべてハリスとマゴットが出してくれることになり、ハッサンはもう既にベッドで大の字になって眠っている。

そして、部屋の中央にある大きな机の上には世界地図が広げられている。

「そろそろ、ホルストックに戻って船を受け取らないといけませんね。長い間ドックを使ってしまっていますから」

船の確保は全員が一致している意見で、既にクリアベール西部の森の中に夢の世界とつながる魔法陣が存在することをつかんでいる。

そこから夢の世界のクリアベールに戻り、なおかつ現実世界のホルストックへ戻れば、あとは簡単だ。

だが、問題はそこからどこへ向かうかで、レイドックもサンマリーノもアークボルトも既に行っている。

意見が出ない中、レックが口を開く。

「ホルストックの西にある、フォーンはどうだ?」

「フォーン?あの水門を管理している?」

「うーん、まだ水門が開いたという情報はありませんが…」

ムドーが現れ、魔物が活発化してからは、水門を管理しているフォーン城は管理を厳重化し、通行にも許可が必要な状態だ。

フォーン城としては、ムドーの城がある北の海からムドー配下の魔物たちが海路から入ってくることを避けたいという思惑があったのだろう。

また、鉱山を所有しているとはいえ、兵力はアークボルトやレイドックには及ばず、自国を守るだけで精一杯な状態でもあることも理由として挙げられる。

「でも、レック。どうしてフォーンへ?」

「ああ…。ムドーが倒れたんだから、もしかしたら水門の通行許可が少し緩くなるんじゃないかって思ってな…」

さすがにジョンを介した精霊のお告げだと言っても、チャモロを除いて信じてはもらえないだろうと思い、口にはしなかった。

仮に水門を通過できないとしても、ホルテンと交渉してそこから船を使ってフォーン城へ向かうという手段も取れる。

「まぁ、水門を通ることができれば、外海へ出ることができますし、悪くないとは思いますよ」

「あたしもそう思う!レックの勘を信じる!」

「そうね…。どちらにしても、神の船まで戻らないといけないから…いいわ。フォーンを目指しましょう」

「皆様、お待たせいたしました。食事をお持ちいたしましたー」

ノックの後でドアが開き、宿屋の従業員である女性の手で料理がやってくる。

近海の海藻を干したものが混ざった卵焼きと宿屋が管理している畑で獲れた野菜だけで作ったサラダ、そして今日作ったばかりのパンをハーブティーを共にして舌鼓を打つ。

運命の壁で塩辛い保存食ばかり食べていたレック達にとってはこのようなまともな食事はうれしい限りだ。

卵焼きを口にしながら、レックはジョンが言っていた宿命のことを考えていた。

(俺が大魔王と決着をつける宿命にある…。もし、それが本当だとしたら…)

自分にそんな大それた力があるとは思えない。

だが、夢の世界と幻の大地を繋ぐ魔法陣はどれもかつて世界を救った4人の勇者が作ったものであり、夢の世界もその大魔王が実体化させたもの。

宿命があるというなら、むしろその4人の勇者の方がふさわしい。

どうして自分が、と頼りない感情に陥りながら、レックはそれを振り払うべく、口の中に解放される卵の甘みと海の香りに心を任せた。



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第55話 フォーン城とカガミ姫

「ふーむ、ホルストック王からの紹介状を持っているか」

フォーン城が管理する水門付近に泊まった神の船のすぐそばにいる監視用の戦艦のデッキの上で、こわもてな顔をした筋肉質な兵士がレックから受け取った書状を読み始める。

この書状は夢の世界のクリアベールを経由してホルストックへ戻ったレック達がホルテンに交渉して書いてもらったものだ。

目的地をフォーン城としている以上、より確実の水門を通過できるようにとミレーユに提案された。

ただの旅人と国からの許可状を受け取っている人間とではハードルの高さが違う。

書状を手にした兵士はジロリとにらむようにレック達を見た後で、書状をレックに返却する。

そして、船室から出てきた兵士から羽根ペンと紙を受け取る。

「通過の目的は?」

「フォーン城へ行くためです。カガミ姫を見に来ました」

「カガミ姫…またか」

「いやぁ、旅人の間では有名な話ですから」

これはアモスがクリアベールの酒場で収集した情報で、彼も旅の中で小耳にはさんでいた。

なんでも、鏡の中に封印された姫君がいることで有名となっており、先代の国王であるフォーン7世がそれを見世物にして観光による経済活性化に成功させたという。

ただ、その姫君がなぜ鏡に封印されているのか、そしてその鏡がいつからフォーン城に存在するのかはいまだにわかっていない。

「どこで宿泊する?」

「フォーン城内にある宿屋で泊まる予定です」

「大量の武器や防具、多額の金といった申告すべきものは持っていないか?」

「いいえ、それはありません」

「了解だ。よし、通っていいぞ。だが、カガミ姫は残念ながら今では公開されていない。1年前に即位した王が地下室に入れてしまったからな。水門を開けーーー!!」

兵士の命令により、神の船の正面にあるフォーンの国章となっている鏡に寄り添う獅子が大きく描かれた分厚い鋼鉄の扉が左右に開かれていく。

扉は神の船が通過できる程度に開いた状態で動きを止め、神の船はゆっくりと通過していった。

「ふうう…通過できてよかったぜ」

ハッサンはあの目つきの鋭い兵士を思い出し、フゥとため息をつく。

身長はハッサンと同じくらいで、顔つきが若干自分の父親に似ているように感じたためか、最初に見たときは一瞬震えてしまい、バーバラに笑われてしまった。

「それにしても、夢の世界のクリアベール、少し変化がありましたね」

「勇気のバッジのおかげだろうな」

レックはホルストックへ戻る途中、夢の世界のクリアベールに立ち寄ったときのことを思い出す。

そこにもあるジョンの墓にも勇気のバッジが供えられていた。

町人の話によるとレック達がバッジをジョンの墓に供えた同じころに、再びベッドが空を飛び、町の外へ行ってそのまま帰ってこなくなったという。

もしかしたら、空飛ぶベッドに乗ってどこへでも行けるようになったのかもしれない。

「そろそろフォーン港です。降りる準備をしてください」

「ああ…。ここでトム兵士長のことが聞けたら、御の字だけどな」

「どうでしょうか…。おそらくレイドック王は各地に捜索願を出しているはずで、国領内にそうした人物がいればその領土の王を介して伝えられるはずですが」

チャモロの予想では、トム兵士長が見つかったという知らせがない以上はどこの国の領土でもない、村や集落といった場所にいるかもしれないと考えている。

そういった場所は情報が広まりにくいため、仮にトム兵士長がいたとしても伝わらないことが多い。

また、もう1つ候補を上げるとしたらロンガデセオという街もある。

そこはサンマリーノの東にあるスラム街で、どこの国の領土でもないため、レイドックの兵士も立ち入らない。

大小さまざまな前科を持つ者たちが流れ着いた漂着物や付近の森林の木や岩石を使って不規則・無秩序に増築されて行っているらしい。

そこでは殺しはタブーとなっているものの、スリや婦女暴行、密売が横行している。

噂によれば、先日解任されたゲバンはロンガデセオに秘密裏に立ち行って裏稼業にも手を出していたらしい。

当然、そうした場所にトム兵士長が行ったとしてもレイドックに伝わることはないだろう。

もしかしたら、そこへも行かなければならないかもしれないことにチャモロは一抹の不安を抱えながら神の船をフォーン港へ移動させた。

 

赤いじゅうたんが敷かれ、薄暗い部屋の中、ガチャリと扉が開き、ランタンを手にした金色のおとなしい短めの髪ととび色の瞳をした青年が入ってくる。

フォーンの国章が刻まれた赤いマントと青と紫をベースで、胸に3つの勲章をつけた服と腰にさしてある小さないくつもの色の宝石で飾り付けられた長い儀礼用の剣。

部屋に入っていく青年に外で槍を構えて警備をしている兵士が一度頭を下げ、扉を閉じた。

地下室のためか、窓がなく、明かりは手に持っているランタンと外周に置かれているいくつものたいまつだけ。

青年は絨毯の上を歩き、部屋の一番奥に向かう。

そこの壁は赤く、分厚いカーテンで隠されていた。

「カガミ姫…また、来てしまいました」

青年はその壁の前にある台座に手を置く。

すると、カーテンが自動で開き、その中に隠されている巨大な悪魔の鏡というべき鏡が露となる。

そこには薄い金色の三つ編みで、青い瞳をした、青いドレス姿の若い女性が虚ろな表情を浮かべた状態で映っている。

鏡を見ながら青年はため息をついた。

この鏡を初めて見たのは10年前、まだ8歳の頃で、国史の勉強の一環として、今では大臣を務めている自分の教育係の男性が見せてくれたものだ。

その鏡を見たとき、初めて見るにもかかわらず、彼はなぜかカガミ姫のことをずっと昔から知っているように感じられた。

どうしてなのか尋ねたが、彼は首をかしげて、「これから調べてみて、もしわかったらお教えします」と言ったきり、今でも答えが返ってこない。

何でも知っている、頼りになるその男性が知らないと答えたのはこれが初めてのことだ。

その答えを知るために、今でも彼は何度もこうしてカガミ姫に会いに行き、国史の勉強を国王としての政務の傍ら行ってはいる。

「なぜ、私はあなたのことを知っているように思っているのでしょうか…?その答え、探しているのですが、いまだに答えが出せぬのです…」

過去に読んだ本の中で、青年は生まれ変わりに関する論文を呼んだことがある。

とある修行中の神父が書いたもので、海と陸地の割合が決まっているように、生物の魂の数もある法則で決まっているというものだ。

それを根拠に、とある種類の生物の数が増えると、それと引き換えに別の生物の数が減る、魔物が増えることで人間の数が減ると言った例を挙げており、それゆえに生物には転生というシステムも存在すると主張している。

誰もすべての種類の生物の数を数えて切っておらず、生物の定義をどこまでの範囲とするのか、花や草、木も生物だとしたら、それにも魂が存在することをどうやって証明するのかなどの多くの議論を招いたもので、哲学者の中でも有名な話だ。

ちなみに、その神父はこの論文を書き上げ、発表した翌年に突如発狂し、首の左後ろに星形の痣の有る一族と戦うなどとわけのわからないことを口にして教会を飛び出したきり、行方不明になったという。

もし、生まれ変わりの話が本当なら、前世に彼女と知り合ったからあやふやながら覚えているのだと結論付けることができるかもしれないが、生まれ変わりを証明できる人はだれもいない。

夢に見て、とある歴史上の人物の生まれ変わりだと主張して笑われるのと同じだ。

答えを得られぬことにため息をつき、そろそろ政務に戻らないと大臣に文句を言われるかもしれないと思い、青年はカガミ姫にあいさつをし、カーテンを閉じる。

これをあと何回繰り返せば、真実にたどり着くことができるのか自問自答をしながら、青年は扉を開く。

城の地下通路で、今いた部屋と比較すると手狭で松明が規則的に壁にかけられているため、部屋以上に明るい。

そこには王の間の警備を担当する兵士が立っていた。

「陛下、ラーの鏡を持つ旅人がフォーン城に…」

「何!?誠か!?」

「はい。既に大臣がこちらへ…」

「そうか…これで一つ前進できるか」

城の考古学者と共に鏡に関する古文書を呼んだ時のことを思い出す。

その古文書は例の鏡と一緒に見つかったもので、その書物の中にはラーの鏡についても書かれていた。

『ラーの鏡は真実を映し出す。囚われの姫君を取り放つ術を』

その記述が正しければ、ラーの鏡でカガミ姫の謎を解き、自分が抱える謎を解くことができるかもしれない。

だが、ラーの鏡は月鏡の塔の中に封印されており、そこへ入るための鏡の鍵も行方不明。

もしかしたら、ラーの鏡を持っているというのはただのホラかもしれない。

しかし、確かめるのは実際に自分の眼で見るのが一番だ。

数分経つと、兵士に連れられたレック達の姿が見えてくる。

フォーン王は大急ぎでレックの前まで走り、グイッと顔を近づける。

「な…!?」

「お前が旅人か!?ラーの鏡を持っているという…」

「は、はい…あなたは…?」

「失礼。私はフォーン8世。この国の王だ」

少し距離を置き、軽く咳払いをした後で身なりを整えたフォーン王はレック達に自己紹介をするが、既に彼からあまり威厳が感じられなかった。

ふとやかで親ばかなホルテンに続き、ちょっと変わった王様と出会ったことで、そうした王に縁があるような自分が感じられた。

「それで、本当なのだな…?そなたらがラーの鏡を持っているというのは」

「そうだよ、王様!これこれ!」

バーバラはラーの鏡を両手で持ち、それをフォーン王に見せる。

フォーン王はあの古文書にあったラーの鏡の絵を思い出す。

今、バーバラが持っているその鏡は絵の物とそっくりそのままだった。

「本物だ…これが、ラーの鏡…」

「ねー、王様。ラーの鏡がどうしたの?」

「実を言うと、これはあくまで私個人の問題だが、その解決のためにラーの鏡が必要なのだ。そこで…だ」

フォーン王は何かに気付いたように大臣と兵士たちに目を向ける。

何かに察した彼らは頭を下げた後でその場を後にする。

レック達以外に話を聞く人物がいないのを確認した後で、再びフォーン王は口を開く。

「君たちは知っているだろう?カガミ姫の伝説を」

「美しいお姫様がなぜか映っている鏡だろ?」

「そうだ。なぜ彼女が映るのか、いつからそのような状態なのか、更にはいつできたのかすら今でも分からない。だが…10年前に私が初めてあの鏡を見たとき、なぜか彼女のことを遠い昔から知っている…そんな気がした」

「うーん、不思議な話ですね。ロマンチックだ」

「おいおい、アモスさんよ。10年前っつたらこの王様、子供じゃねえか。ちょっと背伸びしてそう思っちまっただけじゃねえか?」

思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好。

これは決して珍しいことではない。

だが、8歳では思春期には達しておらず、ハッサンの考えはおそらくあたっていない。

仮に彼がその時10歳以上だったら、その疑いも十分かかったかもしれないが。

「そうだとしたら、それでいい。問題なのは…その疑問がこの10年、ずっと晴れず、消えないことだ。その謎を知りたくて、私はカガミ姫について考古学者と共に調べ続けた。そして…ラーの鏡にそのヒントがあることを突き止めた」

「カガミ姫とラーの鏡…あ、鏡ってところはつながってる!」

「おそらく、やるべきことはこのラーの鏡をカガミ姫にかざすことだろう。頼む、少しだけラーの鏡を貸してほしい」

初対面の旅人にこのような頼み事をするのは気が引けるが、謎を解くためにはそれにすがるしかない。

レック達も国王とはいえ、初めて会う人物にこのラーの鏡を貸してよいものか考える。

ラーの鏡は現実世界と夢の世界のつなぎ目を探すためには必ず必要で、それがないと行き来が難しくなる。

だが、ここでフォーン王にラーの鏡を貸し、彼の疑問解消に協力したら、トム兵士長の捜索が容易になるかもしれない。

しかし、レックはそれ以上に困っている彼を放っておく選択肢を持っていない。

「バーバラ、ラーの鏡を王様に」

「はーい!」

うなずいたバーバラはラーの鏡をフォーン王に手渡した。

「感謝する!さっそく、この鏡をカガミ姫に見せよう。ついてきてくれ」

フォーン王は先ほど自分が入った部屋のドアを開け、レック達と一緒に入る。

ここはカガミ姫をここに置いてからはずっと自分以外誰も入らないようにしていた。

亡き父がこれを観光資源として見世物にしていた反動だろう。

だが、レック達はラーの鏡を貸してくれた人物であり、その誠意に応えたいと思い、彼らを部屋に入れることにした。

フォーン王は再び台座に手を置き、再びカーテンの向こう側にある鏡を露わにする。

「おお、キレイなお姫様ですねー」

噂のカガミ姫を見たアモスはその美しさに驚きを見せる。

きっと、現実世界で彼女と出会ったなら、口説いていたかもしれない。

「きれいだけど、なんだかちょっと悲しそう…」

「これがカガミ姫…。私に大きな謎を与えている。だが、ラーの鏡なら…」

ラーの鏡を両手をにぎり、それをじっと見つめる。

鏡には緊張で顔を硬くする自分の顔が映っていた。

深呼吸をした後で、フォーン王はカガミ姫にラーの鏡をかざす。

ラーの鏡から淡い白の光が放たれ、それがカガミ姫の鏡に吸収されていく。

すると、徐々に彼女の背後に黒い影が現れていく。

「何!?何あれ!?」

「カガミ姫の後ろに誰かがいる!?」

同時に、憂い顔を見せていたカガミ姫の腕がその黒い影に掴まれ、引っ張られていく。

(た…す…け…て…)

「何だ…これは!?」

脳裏に女性の声が響くように聞こえ、フォーン王は引っ張られるカガミ姫を見る。

彼女は涙を流し、助けを求めるように右手をフォーン王に伸ばしていた。

(た…す…け…て…!エリック…!)

「…!?イリカ!!」

急に名前が脳裏に浮かび、フォーン王は大声で叫ぶ。

そして、黒い影は次第に紫色のローブへと変化していき、真っ白な仮面を仮面で顔を隠した男へと変化していった。

(エリック…貴様、見ているな!フフフ、見ているが、どうしようもできないか)

「ぐ、うう…!お前、は…!」

「フォーン王!」

どうやら鏡の中のローブの男とカガミ姫の声はフォーン王の脳裏にしか聞こえないようで、レック達は急に頭痛と共に具合を悪くして片膝をつくフォーン王に駆け寄る。

だんだん、ラーの鏡の光が弱まっていく。

(エリック、たとえ貴様が生まれ変わり、取り戻そうとも…決してかなわん。彼女は永遠に私のものだ!!)

「ミラ…ル、ゴぉ!!」

ラーの鏡の光が消え、鏡に映るものは元に戻る。

同時に、フォーン王の脳裏に響いた声も消え、頭痛も収まった。

「おいおい、どうしたんだよ。イリカとか、ミラルゴとか。わけわからねえぞ」

「はあ、はあ…すまない」

「ねえ、王様。あの鏡のお姫様って、イリカって名前なの?」

「それは…」

バーバラからの質問に、フォーン王は答えることができない。

なぜ、あの時にイリカの名前が頭に浮かんだのかは分からない。

カガミ姫の名前は古文書に残っておらず、今では突き止めることもかなわない。

「すまん…少し、頭を休めたい。後で王の間まで来てくれ。衛兵には話を通しておく…」

ハアハアと息を整え、ラーの鏡を返したフォーン王は先に部屋を後にする。

ラーの鏡は真実を映す鏡で、少なくとも鏡に映ったものに影響が出る。

しかし、鏡の光を浴びていないはずのフォーン王に影響が出るというのはどういうことかレック達にはわからなかった。

 

「ふうう…すまないな。ここまで来させてしまって」

王座に腰掛けるフォーン王はため息をつき、レック達に面倒をかけたことを詫びる。

王の間にはレック達を除くとフォーン王と大臣だけがいて、大臣はカガミ姫にかかわっていると思われる古文書を持っていた。

「イリ…いや、カガミ姫と…それからミラルゴについて、少し史料を調べてみた。その中で…ミラルゴについての記述がこの国の物語にある」

「物語に…?」

「そうだ。フォーン王国に古くから伝わる話だ。その中に仮面の魔術師ミラルゴの物語がある」

幼いころに聞かせてもらったその物語を思い出しながらレック達に話す。

とある国の王子が美しい姫君と恋に落ち、将来を誓い合った。

しかし、その2人の間を引き裂いたのがそのミラルゴだ。

仮面で顔を隠し、誰にも素顔を見せないものの、その国の王宮魔導士であり、国王からの信頼も厚かった。

だが、彼はその姫君に一目ぼれし、王子の手から奪い取りたいと思うようになった。

彼は姫君をさらい、鏡の中に封印した。

そして、その鏡を抱えて城の北側に見張り台として建設されていた塔に隠れた

更に王子に呪いをかけ、その容姿を醜いものへ変えたうえに老化のスピードを速め、塔と共に姿を消した。

それでも王子は姫を探し続けたが、結局ミラルゴも姫も見つけることができないまま、わずか5年で老衰によって命を落とした。

「かわいそう…結局取り戻せなかったなんて…」

「その王子の名前はエリック。私の本当の名前と同じだ。おそらく、偶然そうなっただけだろう。だが、問題なのはミラルゴが鏡の中に姫を封印したことだ。もし、それがカガミ姫なら…物語だけの存在のはずのミラルゴは…実在するということになる」

だとしたら、ミラルゴを見つけ出すことで答えを出すことを、そしてイリカを助けることができるのではないか。

そう思ったフォーン王だが、このような仮説をしゃべっている自分自身も信じることが難しかった。

「実在するが、物語になるほど長い時が流れている。おそらく、もうこの世には…」

「この世にいない…もしかしたら、生きている可能性もありますよ」

「生きている…?」

「はい、これは私が暮らしていたゲントの村で長老様から聞いた話ですが、禁呪法の中に寿命を無理やり伸ばすものが存在します。それであれば、千年だろうと生きることができるかもしれません」

その呪文はほかの生物の生命力を奪うものであり、神から授かった命に手を加えることから禁忌とされたもので、名前のみ伝わってそのやり方はチャモロもチャクラヴァも知らない。

禁呪法が指定されるようになったのは300年前で、おそらくミラルゴはそれよりも前の時代の人物。

それを使って生きていてもおかしくない。

また、レック達は口に出していないものの、夢の世界にいる可能性もあり得る。

夢の世界のジャミラスが幸せの国で現実世界の人々を眠り病で殺したように、夢の世界の動きが現実世界に影響を与えることは明らかで、その逆もしかりだ。

「仮にミラルゴが実在し、生きているという前提で動くとしたら、ミラルゴが立てこもった塔を見つける必要があります。その場所の手掛かりはありますか?」

「それかどうかわからないが…この城の北に古い塔の廃墟が見つかった。まだそれがミラルゴの塔と関係あるかははっきりしていないが…」

「なら、調べる価値があるかもしれません」

「ならば、調べに向かうとしよう。私も同行する」

「陛下!?」

「剣術の教えは受けている。足は引っ張らない。大臣、留守を頼む」

反対しようとした大臣だが、自分が行ったことは絶対に曲げない性格を彼が持っていることを長い付き合いで知っている。

それに、幼少期からずっと抱えてきた疑問を解き明かせるとなると居ても立っても居られないだろう。

だが、王として国を守る使命のある彼がどこの誰かも分からない旅人と同行して国を出るようなことを許すわけにはいかない。

「陛下、同行は認めますが、あくまで国領内のみです。それよりも外への調査が必要になった際は彼らに任せる。それをお認めになるのであれば、私からは何も申すことはありません」

「相変わらず心配性な男だな…いいだろう」

自分の身を案じて心配してくれていることは分かっているため、ここは彼の譲歩に応じることにした。

「そういうわけだ。少しの間だが世話になる。今回の件が解決したら、それ相応の礼をしよう。では、準備をしてくる。待っていてくれ」

フォーン王は大臣と共に玉座の後ろの壁際にある階段を上って自室へ向かう。

王の間にいるのが自分たちだけになり、ハッサンはため息をつく。

「…なんだか、また面倒なことに巻き込まれちまったな。で…ミラルゴって、本当にいるのかよ?」

「なんとも言えないけど、問題はあの世界にいる場合よ」

もし夢の世界にいたとしたら、それをフォーン王にどう説明するべきかだ。

彼があのまま城に残っていてくれたら、いろいろと言い訳できるが、ついてくるとなるとそれは難しくなる。

その塔がミラルゴに関係し、夢の世界にミラルゴがいたら、おそらくはラーの鏡で夢の世界のミラルゴのところへの道が開ける。

そうなると、おそらくはフォーン王を連れて行かなければならなくなる。

「でも、それでフォーン王から信頼を得ることができて、情報が手に入るかもしれない。難しいかもしれないけど、やる価値はある」

「ああ…そうであってほしいぜ」

骨折り損のくたびれ儲けにならないことを切に願いながら、ハッサンはレック達と共にフォーン王の到着を待った。



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第56話 魔術師の塔

フォーン城から北へ向かったところにある砂漠。

その中央には湖と古い時代の物と思われるがれきが存在する。

フォーン王と共にそこへ向かったレック達は彼と共にそのがれきを調べていた。

「間違いない…使われている石、そして様式。やはりあの時代の物だ…」

「でも、廃墟としてはガレキが少なすぎるわね…」

10階以上の高さを誇る塔が存在したその場所に残っているガレキはわずかで、土台部分はポッカリと穴になっている。

通常の放置された、もしくは壊された塔にしてはあまりにも不自然そのものだ。

おまけに、魔物が近くにいるわけでもないのに空気が不自然なまでにピリピリとしている。

「となると、やはりミラルゴがこの塔と共に…?」

ラーの鏡が光っていて、何かがあると感じたレックは鏡でがれきを映す。

すると、大穴の中央に現実世界の夢の世界を繋ぐ大きな魔法陣が出現した。

「な、何なのだ!?その魔法陣は…。まさか、あの先にイリカとミラルゴが…!?」

「そうかもしれねえけど…よぉ?」

迷うハッサンは視線を鏡を持つレックに向ける。

一緒にここへ行った以上はもうフォーン王への義理は果たした。

あとは彼を城に返して、自分たちはこの魔法陣から夢の世界へ行って、カガミ姫の謎を探ればいい。

フォーン王を連れて夢の世界へ行くとさすがに面倒なことになりかねない。

「フォーン王様。ここからは私たちだけで向かいます。城までお送りしま…」

「いや、その必要はない」

「ええーーー!?王様、危ないよぉ」

ズカズカと魔法陣に向けて歩いていくフォーン王の前にバーバラが飛び出し、両手を広げて彼を止めようとする。

だが、彼の眼にはもはや魔法陣しか見えていないようで、バーバラをどかして進んでいく。

「自分の目で見て、確かめる。それだけだ!」

魔法陣に飛び込んだフォーン王が青い光に包まれ、姿を消してしまう。

この先に何があるかわからない以上、フォーン王を一人にするわけにはいかなかった。

「くそ…!俺たちも行くぞ!」

「はぁぁ、また面倒なことに…」

「でも、もしこの魔法陣が本当にミラルゴがいる場所につながっていたら、それってすごいことだよねぇ!」

ハッサン、アモス、バーバラが次々と魔法陣に飛び込んでいく。

だが、レックは魔法陣をじっと見つめたまま動こうとしない。

「どうしたの?レック。何か問題があるの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。四勇者はどうしていくつも魔法陣を残して、行き場所を設定したんだろうって思ってな…」

この魔法陣のおかげで、レック達はカルカドへ行くことができ、幸せの国の欺瞞をジャミラス共々葬ることができた。

だが、気になるのはその繋がりをいくつも作った理由、そして自分たち以外に夢の世界とこの現実世界を行き来できる可能性があるということだ。

実際に、今フォーン王は魔法陣の中に入って夢の世界へ行ってしまったし、チャモロとアモスもレック達と一緒という形ではあるが、夢の世界とこの世界を何度も行き来している。

だが、そうした夢の世界または別世界へ行ったというニュアンスの証言をした人間をこれまで見たことも聞いたこともない。

別世界へ行ったという認識をしていないか、それともそもそも転移することができなかったか、それとも転移したまま何らかの理由で帰ることができなくなったか。

様々な可能性がレックの頭に浮かぶ。

「それは…いろいろ想定してんだろうな。道標としてな」

急に後ろから声が聞こえ、しかもそれが聞き覚えがあるものの、この場所で聞くはずのない声であったために驚いて振り返る。

「嘘…!?」

「あなたは…?」

ミレーユもアモスも、その人物とここで遭遇するとは思いもよらなかった。

彼は愛用するクロスボウで撫でると、がれきの上に置いてある瓶の中にある酒をグイッと飲み込んだ。

「クリムさん…?」

「また会ったな、兄ちゃん」

「でも、どうして…?あなたは夢の世界の…」

「夢の世界…ああ、お前さんらはあの世界のことをそう呼んでいるのか。まぁ、あっちの世界で旅をしていて、偶然この世界とのつながりを見つけちまったのさ。だから、たまーーーーーーに、だがこうしてこっちの世界も旅してるってとこだ」

少し目を泳がせ、酒を飲みながら答えるクリムを見て、その言葉は嘘かもしれないと思った。

だが、そもそもレックが旅を始めたきっかけは大穴の先にある現実世界が見えてしまったことで、他の人には只の穴にしか見えていなかった。

ハッサンと、おそらくライフコッドの村長も見ることができたため、他にも見ることができる人がいてもおかしくないだろう。

「おおっと、俺に構うよりも、先に行っちまったあの兄ちゃん。追いかけたほうがいいと思うが?」

「あ…!」

突然現れたクリムに注意を向けきってしまっていたレックはうっかりフォーン王のことを失念しかけていた。

急いで追いかけようと、魔法陣の中に飛び込んだ。

「さてっと…少々酔いも回ってきたところだ。俺も、行くとするか」

空になった瓶を懐にしまい、クロスボウを背中におさめたクリムが魔法陣に向けて歩いていく。

ミレーユとチャモロはそんな彼との不可解な再会を怪しむ考えを片隅に置き、魔法陣の中へ急いだ。

 

「なんだ…これは!?どういうことだ!?」

魔法陣の中へ飛び込み、しばらくしてから見えてきた光景にフォーン王は戦慄する。

砂漠の中とはいえ、遠くに見えていた山々の姿がどこにもなく、あたり一面を砂漠が広がっている。

しかも、極め付けなのは目の前にある巨大な塔で、それはあの物語にあった塔そのものと言えた。

「原理は分からぬが、あの塔を本当にこの目で見ることができるとは…。まさか、ここはその時代だというのか?私は過去へ飛んだというのか!?」

「ああーー…ん、そういうことでいいぜ…」

「ならば、あの塔の中にイリカが…真実が待っているのか…」

そうなればいてもたってもいられず、フォーン王は塔へ歩を進めていく。

「ああ、ちょっと待ってよ!一人じゃ危ないよぉ!!」

仮にあの塔がミラルゴの塔であるとしたら、彼が侵入者対策として仕掛けを施していてもおかしくない。

そんなところへ、剣の修行はしているとはいえ冒険そのものをしたことのないフォーン王を一人で行かせるわけにはいかない。

「ああ、くそ!ホルス王子とは違う意味で面倒な王族だぜ。追いかけ…」

「待ちな、そんなに急ぐ必要はねえぞ」

レック達と一緒に魔法陣から出てきたクリムが周囲を見渡しながら、のんびりとその場に座ってハッサン達を止める。

「ええ!?クリムさん?」

「あんた、どうしてここに…っていうか、急ぐ必要はねえってどういうことだ!?」

「あの塔にはな、ちょっとした仕掛けがあるのさ。出入り口はそのせいで誰も入れやしない。ま…俺を除いては、だがな。おい、そこの馬面の奴。酒はねえか?」

「え、ええ!?ここで酒ですかぁ?」

急ぐ必要はないという意味は少しわかったが、だからと言って酒を飲むという彼の神経をアモスは理解できなかった。

幸せの国で仕掛けられた眠り薬の罠の対策としてワクチンをレック達の食べ物の中に入れておく、禁呪法を知っているなど賢いところがあると思ったら、こんな時に大っぴらに酒を知人とはいえそんなにも親しくないアモスに要求する図太さを持っている。

残念なことに、今は酒なんて持っていない。

「悪いけどよ、酒は持ってねえんだ。水で我慢しろ」

「水じゃあ酔いが覚めちまうだろうが…。ま、これでフォーン王に聞かれることなく、いろいろ話せるな。その方が、お前らにもいいだろう」

結局、自分が持ってきた酒で酔おうと思ったのか、また新しい酒瓶を手にし、グイグイと呑んでいく。

一本丸々飲んだ彼は口元を腕で拭う。

「さてっと…まずは魔法陣についてだが、魔法陣は人間を選ぶ。選ばれない人間は魔法陣に入っても何も起こらない」

「んじゃあ、まさかフォーン王もその選ばれてるやつってことか!?」

「だな。ま…奴の場合はちょいと訳アリのようで、おそらくは因縁が切れたらこんな体験、二度とできねえだろうな」

クリムの言葉が真実なのかはわからないが、少なくとも自分たち以外で身近に夢の世界と現実世界を行き来できる人間はいないようで、一安心する。

だが、フォーン王のようにその訳ありの人物が行き来した可能性がある。

イレギュラーなのは夢の世界でムドーとなったレイドック王と眠らずの王となったシェーラで、彼らは生身の肉体を現実世界に置いた状態で飛ばされる形だから、ここではカウントされないだろう。

「ま、お前らが選ばれているのは来るべき決着のため…だな。世界の存亡をかける…なーんて言っても、想像つかねえだろうが」

ハハハと酒を飲み続けるクリムだが、レックはなぜかこの言葉を冗談には聞けなかった。

クリアベールで精霊の使者となったジョンが言っていた大魔王と決着をつける宿命。

それと絡んでいるように思えて仕方がなかった。

「うーん、よくわかりませんが…。では、クリムさんはどうして選ばれたのです?」

「さあな、俺は語り部だ。もしかしたら2つの世界を見て面白い話を聞かせろってことじゃあないか?それなら、俺は喜んで2つの世界を股にかけるぜ。幸せの国の話はできた。次は…何百年も引き裂かれた王子と姫が再び結ばれるって感じにするかな?」

酒を飲み終えたクリムが立ち上がり、先にフォーン王を追いかけて行ってしまう。

一方的にいろいろ言われるだけという形となり、ハッサンは少し不満気だ。

「ちっ…あのおっさん。何様なんだよ。カルカドの時といい今回といい…」

「でも…あの人は語り部って言っているけど、とてもただの語り部の人には見えないわ」

幸せの国で急に姿を消し、そして今度は現実世界で現れた彼が果たしてどちらの世界の人間なのかは分からない。

「ねえ、チャモロはどう思うの…?ねえ、チャモロ。チャモロってばぁ!」

「あ…ど、どうでしょうか?判断できませんね…」

考え事をしていたチャモロは質問に答えるも、再び考えるのを再開する。

もちろん、考えているのはクリムのことだ。

どこかで聞いたことがあるのは分かっているが、結局今もそれが何か思い出せない。

 

「ええい、どうすれば、どうすれば開けることができる!?」

魔術師の塔の入り口のドアの前で、クリムの言う通り、フォーン王は開けることができずに悪戦苦闘していた。

見た目はどこにでもある木製のドアだが、鍵穴がなく、押しても引いても、開けることができない。

蹴り開ける、斬り開けることもしたが、なぜかこのドアは鋼鉄以上に頑丈なようで、斬ることができないうえに蹴っても足がしびれるだけだった。

「やっぱな…こいつはちょいと意地悪なドアだ。こんなことをしても、開かないぜ?」

「な、何者だ??」

レック達が追い付いたことで、少し安心するフォーン王だが、見覚えのないもう1人の男性に首をかしげる。

クリムは相手が王族であってもお構いなしと言わんばかりに、彼の目の前で瓶を開けて酒を飲む。

「ああ、俺はクリム。しがない語り部だ。こいつは呪文で封印されている。だから、呪文でないと開けることすらできねーのさ」

「ならば、どうすれば…!?」

これまで読んだ史料の中にはこの扉についての記述が一切なく、レック達が来るまでに知恵を絞って方法を探ったが、いまだに開けることができない。

ここまで来て、入ることすらできないことがもどかしい。

「まあ待ちな、王様。誰も開けられねえと入ってないさ」

アモスに酒瓶を押し付けたクリムはズカズカと扉の前まで足を運ぶ。。

そして、確かめるようにその扉を触った。

「なるほどな…これは魔力が鍵替わりになっているな。それも、対応するのは1種類。…インパス」

クリムの手から淡い白い光が発し、その光が扉に吸収されていく。

そして、フォーン王を阻んでいたその扉は勝手に開いた。

「すっごーい、インパスを唱えただけで開くんだー!」

「本当はいざというときのために鍵穴も用意するのが定石なんだがな。どうやら、この塔の今の主はよっぽどほかの誰かに入られるのが嫌なようだ…」

アモスに押し付けた酒瓶を無理やり取り返したクリムはもう1度酒を口に運びながら、塔の主を鼻で笑う。

「魔物の匂いは感じられない…無人のようですね」

魔物マスターの感覚からはこの塔の1階からは魔物だけでなく、生物の存在も感じられない。

多かれ少なかれ生物がいれば残すはずの痕跡もなく、どれだけの間この空間に誰も入っていないのかが感じられる。

だが、逆に言えば魔物に襲われないということなので、フォーン王と行動を共にしているレック達にとってはむしろありがたい。

「だとしたら、このまま一気に上へあがるだけだ!」

念のため剣を抜いた状態でフォーン王は近くにある階段を先に上ってしまう。

「ああ、待ってよー!もう!!」

また勝手な行動を見せるフォーン王にバーバラは頬を膨らませる。

クリムは首を横に振りつつ、妙な同行者ができてしまったレック達を同情した。



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第57話 ミラルゴ

紫のローブを着た白い長髪の男性が部屋の中央にある巨大なツボの中身を長い棒でかき混ぜる。

分厚いローブ姿には不釣り合いな真っ白な若々しい肌で、色気も感じられる。

木の器に中の紫色の液体を入れ、口の中へ運ぶ。

これが彼の日課であり、一日の活力となっている。

「姫…まだ笑顔になってくださらぬのですね…」

部屋にはフォーン城にあった例の鏡が置かれていて、そこにはやはりあの姫の姿が映っていた。

城にあったものと比較すると、鏡は3分の1くらい小さい。

この部屋ができてからずっと置いてあるその鏡だが、それに映る彼女の表情はいつもそのままだ。

「あれからもう326年も経っている。あなたの笑顔を見るためだけに、生きているのに…」

伝染したかのように、男の表情にも憂いの色が宿る。

これまで、鏡の中の彼女を笑顔にするためにあらゆる手段を尽くしてきた。

古代の時代の呪文である錬金術を復刻して黄金や宝石を作り出し、自分も先ほど作り出した霊薬によって彼女好みになれるように若返らせた。

ほかにも、彼女の好む花を作るなど手を尽くし続けたが、一度も笑顔を見せてくれない。

「いいや、私には無限ともいえる時間がある。そして、鏡の中にいる限り、あなたはいつまでも若々しく、死ぬことはない。まるで、人魚の肉を食べたように…」

人魚の肉を食べた人は不老不死になる。

それは迷信だということは魔術師は全員知っていることだが、今でもその肉を求めて旅をする、偽物の肉であっても高値で買ってしまうようなバカな成金がいるようだ。

「うん…?これは」

急に机の上に置いてある水晶玉が淡い光を放ち、それには塔の中を歩くレックたちの姿が映し出される。

「ほぉ…まさか、あの扉を開くことができたとはな。ん…?」

シンプルだが、効果的なあの扉を開けた彼らに若干感心する男だが、レックとともに歩く一人の金髪の男を見た瞬間、目の色を変える。

「奴は…いや、おかしい。奴はもう死んでいるはずだ…!」

自分が欠けた呪いで、もう数年で老いて死んでしまうはずなのに、なぜこのような若々しい姿で今、この塔の中にいるのか、男はわからなかった。

彼にだけは、ここまで来させるわけにはいかない。

彼に彼女を奪われるわけにはいかない。

「ならば、今度は確実にやつを殺してくれる…。この魔術師ミラルゴが。イリカ姫、しばらくお待ちくださいませ…」

壁にかけてある、ドラゴンの彫像がついた杖を手にしたミラルゴは部屋を出ていく。

そのとき、イリカの口がわずかに動いたことに、彼は気づくことはなかった。

 

「やはり…まったく生物の気配が感じられませんし、痕跡もない…」

塔に入り、すでに4階まで到達しているレックたちだが、ここまで一度も魔物と遭遇していない。

魔物だろうと生き物であれば、痕跡ゼロで暮らすことはできない。

必ずにおいや痕などを残す。

だが、チャモロはここまで行ってもそのような痕跡を一つも感じられなかった。

そんな無人の迷宮の静寂が逆に恐ろしい。

「どこだ…どこにいるミラルゴ。イリカ姫と一緒にいるのか…?」

もしかしたら、この塔の中にいるのはミラルゴとイリカだけかもしれない。

だとしたら、だれにも邪魔されることなく疑問の答えを見つけることができるかもしれない。

だが、気になるのはこの塔から感じられる既視感だ。

この塔のことはこの砂漠に来る前に見た廃墟と史料の中でしか見たことがない。

塔に入ったことがないのは確かだが、レンガや柱の構造、刻まれているレリーフが遠い昔に見たことがあるだけでなく、そこへ何度も足を運んだような感じがした。

こんな奇妙な感覚をどう説明すればいいか、フォーン王にはわからなかった。

「まさか…本当に私は…うう!?」

急に頭痛を感じたフォーン王はその場に座り込んでしまう。

「あ、ああ…あああああ!!!」

「お、おい王様!?いったいどうしたんだよ!?」

「ミレーユ、チャモロ!回復呪文!」

「は、はい!!」

慌てるバーバラがいう前に動いた2人はフォーン王の様子を見る。

ホイミだろうとキアリーだろうと、その相手の傷や体調の具合を見極めなければ効果を発揮できない。

風邪をひいている気配はなく、外傷もない。

だが、フォーン王は頭が割れるほどの頭痛に苦しみ、のたうちまわっている。

その状態が十数秒続いた後で、その頭痛は嘘みたいに消えてしまった。

「はあ、はあ…」

「フォーン王…」

「大丈夫…大丈夫だ…」

レックの手を借り、起き上がったフォーン王はしばらく壁に体をもたれさせる。

「その眼、どうやら答えが見えてきたようだな」

「ああ…。信じられないが…」

クリムから受け取った水筒の水を飲むフォーン王だが、今まで飲んだことのないおかしな味がしたために顔を青くし、すぐに吐き出してしまう。

「ああ、もったいねーなー。いい酒なのに…」

「なんだこの味は!?こんなまずいものがどうしていい酒だと…!?」

「まだまだお子様だなぁ。こういう味がわかって、ようやく大人の階段を登れるってもんだ。おっと、話が脱線しちまったな」

この脱線は明らかにわざとだろうと、みんな口は開かないものの視線でクリムに訴えるが、彼にとってはどこ吹く風。

水筒を取り上げると、中の酒を一気に飲み干した。

「やはり、やはり私は…」

「よもや、この塔に入ってくるのが貴様だとはな…」

コツン、コツンと足音が聞こえてくる。

だが、チャモロは足音と同時に感じる気配に違和感を抱いた。

(声が聞こえたのと同時に気配が…どういうことでしょうか?)

「エリック、いや…エリックの生まれ変わりというべきか…」

階段を下りてきて、目の前にやってきた若々しい男はフッと冷たい笑みを浮かべながらフォーン王を見る。

その姿は史料にあった醜い容姿の魔術師とはかけ離れていた。

だが、フォーン王はなぜか彼に見覚えと、すさまじい怒りが感じられた。

初めて会う男にこれだけの怒りを抱くのは初めてのことだ。

「ミラルゴ…!!」

「え、ええ!?この人がミラルゴ!?」

「…というよりは、いろいろと姿を変えているみてえだな。どうやら…モシャスの魔力を霊薬で変質させているな?」

禁呪法の中には、薬物を使って既存の呪文を変質させるものもある。

霊薬がそれで、常人にとっては劇薬で、精神に異常をきたすことからそれに指定されたが、呪文が確立されていない頃は魔物に対抗するために霊薬で肉体強化や回復を行っていたという説がある、

ミラルゴは霊薬という言葉を口にしたクリムをにらみつける。

そして、懐から金色のランプを取り出す。

「貴様らをここから先へ行かせるわけにはいかん。時に貴様には、ここで死んでもらう。私とイリカ姫のために…」

ランプを一度こすると、その中から紫色の煙が出てくる。

そして、その姿が徐々に紫色の肌をした雲の巨人へと姿を変えていく。

「行け、ランプの魔人よ。あの者たちを殺せ」

ランプの魔人が右手をレック達に向けてかざすと同時に、バギマが発生する。

発生する竜巻はなぜか塔を傷つけることなく、レックたちを目指す。

「くそ!あの魔術師、何考えてバギマなんて唱えて…!」

「フォーン王!後ろに下がってください!!バギマで相殺します!!」

チャモロが唱えたバギマがランプの魔人のバギマとぶつかり合い、相殺する。

中級呪文がぶつかり合ったにもかかわらず、塔には傷一つついていなかった。

「イリカ姫を傷つけるわけにはいかないからな、塔にはいろいろと細工を施しておいた」

「ちっ…腹が立つぜ…」

彼女の安全を考えると感謝すべきかもしれないが、その相手が敵であるミラルゴであることに腹立たしさを覚える。

ランプの魔人は自由になっている左手で再びバギマと唱えようとする。

だが、その前に飛び出したレックはその左腕を破邪の剣で切り裂く。

しかし、切った実感がなかったうえに、ランプの魔人の左腕は無傷だった。

「こいつ…まさか、ギズモと同じなのか!?」

「まずい!レックが無防備だ!!」

バギマを止めることができないと判断したレックは後ろへ下がろうとするが、それよりもやはり竜巻が起こるのが先だ。

このままではバギマの餌食となってしまう。

「危ない!!」

急いでバーバラが両手に魔力を込めてラリホーを唱える。

わずかでも発動までの時間稼ぎになればいいとはなったラリホーだが、幸いランプの魔人には効果のある呪文のようで、睡魔に襲われたその魔物はうとうとと眠りについてしまう。

「ありがとう、バーバラ!」

急いでインパスを唱え、眠るランプの魔人を実体化させる。

そして、破邪の剣で実態を得たその恰幅の良い肉体を両断した。

「ふん…やはり、インパスが使えるのであれば、実体のない魔物を召喚しても意味がないか…」

インパスが使えることは扉の仕掛けからわかっていることだ。

しかし、これから自分が使う手段を前には彼らにはどうすることもできない。

ランプの魔人に勝てる程度の相手にイリカ姫を渡すはずがない。

「さあ!イリカ姫を解放しなさい!さもないと…」

「ふっ、その程度で勝った気になるとは、愚かな女だ。その程度の頭脳で魔法使いを究めるとは、300年以上の時の中で魔法使いの価値も落ちたものだな」

「キーーーッ!馬鹿にしてぇ!!」

「…!やめろ、バーバラ!!」

ミラルゴの挑発に乗ったバーバラはレックの静止を振り切り、ベギラマを放つ。

だが、ベギラマはミラルゴの目の前で跳ね返り、逆にバーバラに迫る。

「く…うおおお!!」

レックは闘気の呼吸をするとともに、炎を宿した破邪の剣を跳ね返るベギラマに対して振るう。

闘気のせいか、火力が増したその炎はベギラマに側面からぶつかり、相殺する。

だが、元々高い魔力を持つバーバラのベギラマを相殺するのは生半可なことではなく、一度に強い闘気を生み出したせいか、疲労が発生してしまう。

「レック!!」

「はあ、はあ…はあ…」

「ふっ…お前たちはわからないのか?なぜ、この塔の中に生物がいないのか」

「…!そういえば…」

ミラルゴのいう通り、この塔にはミラルゴとイリカ以外に生物は存在しない。

それは魔物だけでなく、虫などの他の生物も存在しないということだ。

誰も来させないようにするのであれば、むしろランプの魔人のような魔物を多く召喚して監視させたほうがいい。

ミラルゴは懐から黒い儀式用の剣を取り出す。

「エリックの生まれ変わりと旅人、ここに宣言する。お前たちは決してイリカ姫に会うことはできない!」

ミラルゴは自分の左手首を切り付ける。

切り傷からはドス黒い血が流れ、床を汚していく。

そして、その血は魔法陣へと変化していく。

「今度はどんな呪文を!?」

「こいつは…やばいな…」

ミラルゴがやろうとしていることにいち早く気づいたクリムだが、徐々に歪んで見える塔の内部を見て、手遅れであることに気づかされた。

塔の中はまるで蜃気楼のように構造がぼやけて見え始め、周囲の壁や床が現れたり消えたりし始める。

「く…ミラルゴ、いったい何をした!?」

「教えてやろう。この塔が300年前に消えた理由を。私はこの塔にある術を施した。私の意のままに動くようにな…!時には両足を生み出して歩き、そして今、こうして侵入者を排除する!」

「排除…うわあ!?」

突然側面から壁の一部が柱のように伸びてきて、それがアモスに直撃する。

重い質量のある一撃でアモスは吹き飛び、向かい側の壁と激突すると、今度はその壁がスライムのように変化し、アモスを飲み込み始めた。

「アモスさん!!」

「助けねえと…げえ!?」

アモスを救おうと、駆け寄ろうとするハッサンだが、今度は自分が立っている床が同じように変化し、彼の両足を飲み込んでいた。

飲み込まれた箇所は強く圧迫されており、激痛がハッサンの表情に苦悶の色を付ける。

「ふふふ…急いでどうにかしたほうがいいぞ?長時間体を圧迫されてたあとで解放されると、毒素で内臓がやられて死んでしまうらしいぞ?」

笑いながらミラルゴは後ろの壁が変化した穴の中へ入ってしまう。

ミラルゴが入ると同時に穴が消えてしまった。

「待て、ミラルゴぉ!!」

「この塔は私の眼、耳、そして体でもある。塔に入った時点で、貴様らの死は決まっているのだ!」

「塔を意のままに操る…そんなことが、ああ!!」

「キャア!!何よ、これぇ!!」

ミレーユとバーバラの体が床が変化したロープで縛られ、石でできたベッドの上に拘束される。

レックたちは体を塔に取り込むのに対して、明らかにミラルゴは女性は別の扱いをしている。

「女たちは生かしてやる。イリカ姫の手前、女性には優しくしなければならんからな」

「女性に優しくなら、解放しなさいよ!!」

「そうはいかん。解放したら、何らかの手段で奴らを解放するかもしれんからなぁ」

「普通に殴っても意味がねえなら!!」

ハッサンは闘気の呼吸をし、両拳に闘気を集中させていく。

打撃そのものが効かないとしても、闘気である程度ダメージを与えることができる。

両拳で足を拘束する床を殴ると、その反動のせいか体が宙に浮き、両足も自由になる。

床も砕けており、それを見たハッサンはこの塔は呪文が聞かなくても物理攻撃が通用することを理解した。

だが、だからといって塔を完全に破壊するのは現実的に難しく、それよりもミラルゴ本体を狙うのが建設的だ。

そのミラルゴがどこにいるかさえ分かり、攻撃することができれば勝機がある。

「アモスさん!!」

ハッサンは闘気がまだ残っているうちにアモスを飲み込もうとする壁にこぶしを叩き込む。

壁が砕け、取り込まれかけたアモスは自由の身になる。

「ほら、こいつをやるよ!!」

クリムは何度も床から床へと飛び移りながら、ハッサン達に呪文をかける。

同時に、再び床がハッサン達を取り込もうとしていたが、なぜか飲み込まれなくなっていた。

「即席で作った呪文だが、少なくともこれでしばらくは飲み込まれずに済むはずだ!!!」

「助かったぜ!アモスさんはチャモロとフォーン王を!俺はレックを助ける!!」

「…一体、どうしたら…!」

相手は魔王ではないが、塔を物理法則の多くを無視して操ることのできる魔術師。

レックたちは助かるかもしれないが、ミレーユとバーバラは縛られたままで、自力で脱出することができない。

クリムが唱えた呪文のおかげで、少なくとも飲み込まれることはないようだが、それでもいつまでもつかわからない。

焦りが募る中、ミレーユは果たしてこの変化する塔が真実のものなのかという疑問を浮かべる。

現実にそんなことができたらとんでもないことだが、問題はここが現実世界ではなく、夢の世界であることだ。

夢の世界では現実ではありえないことでも多少なりとも起こることがある。

幸せの国の犠牲者の魂が戻って復活したように。

「…鏡、ラーの鏡を使って!」

「ラーの鏡…まさか!!」

ミレーユの言葉を聞き、何かを察したレックは急いでラーの鏡を出し、それで塔を映す。

塔の光景が移ると同時に鏡から光があふれだし、その光に反応するかのように、ミレーユとバーバラを拘束していたベッドとロープが消えていく。

そして、塔の姿も元に戻っていった。

「全部幻…だったのかよ??」

何事もなかったかのように元に戻る塔にハッサンは戦慄する。

飲み込まれたときの圧迫感や泥のような粘り、そして拳が感じた感触。

あのすべてが幻となると悪い冗談に聞こえてしまう。

「幻を実体化させる…という理屈だな。あのミラルゴって魔術師…相当覚悟をきめてかからないと、逆に餌食にされるぞ」

酒を飲むクリムだが、その目は真剣そのものだ。

夢の世界にも寿命の概念が存在するにもかかわらず、300年以上生きていること、魔物を召喚し、塔を幻で自由自在に変化させる魔力。

そんな力を持った人間に出会ったのは初めてで、それが敵として出会うことになってしまったことは惜しい。

だが、だからといってやられるつもりはない。

自分にもプライドがあり、そしてやらなければならないこともある。

レック達の視線が次の階段に向けられる。

再び不気味な静寂に包まれた空間で、彼らは階段を昇って行った。

 

「く、くくく!!ラーの鏡も持っている。真実を映し出す、忌まわしい鏡!!」

部屋に戻ってきたミラルゴは両手で顔を隠して机へ向かう。

そして、机にある引出から顔全体を隠すような真っ白な仮面を出し、それで自らの顔を隠した。

水晶玉には階段を上るレック達の姿が映っている。

もう少しでここまでやってくる。

本当はこんな無様な仮面をつけて姿を見せたくないミラルゴだが、もうあの霊薬を作る時間がない。

それ以上に、自分の今の顔をイリカに見せたくない。

そうなるくらいなら、死んだほうがましだ。

「エリックめ…生まれ変わってでもイリカ姫を奪おうというのか?私から…!!」

何より許せないのはエリックの生まれ変わりであるフォーン王だ。

非力なくせに自分の塔に土足で上がり、イリカ姫を奪おうと躍起になっている。

そんな彼が気に入らない。

彼がいる限り、何百年たとうとイリカ姫の笑顔を自分の物にすることができない。

「殺してやる…魂ごと貴様を殺してやる…!」

もはや生まれ変わりすら許さない。

魂を砕く手段は既に知っていて、その武器はあと少しで完成する。

問題はその武器を振るう力だが、それについては何の問題もない。

「神よ…愛の神よ、どうか私に、イリカ姫を守る力をお与えください…」

紫色の小瓶を取り出したミラルゴはその中身を一気に飲み込む。

飲んだ瞬間、体中に激しい痛みが起こり、苦しみ出したミラルゴはビンを落とし、踏み砕く。

「あ、あ、ああ、あ、あああああああ!!!!!!」

気が狂うかもしれないほどの痛みだが、これは霊薬が効いている証拠だとわかっているミラルゴは笑みを浮かべ、痛みを受け入れていく。

部屋の中は彼の叫び声一色となった。



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第58話 魔術師との戦い

階段を駆け上り、レック達は塔の屋上にたどり着く。

屋上にはなぜか民家が1軒建っており、そこの煙突からは煙が出ている。

「あの中に…ミラルゴと、イリカ姫が…」

「なら、さっさとあのインチキ魔術師をぶっ倒して、その姫さんを助け…?何だ…?」

勝手に民家のドアが開き、その中から仮面で顔を隠したミラルゴが出てくる。

なぜかゼイゼイと息を荒らげていて、右手には透き通った青い光が刃代わりとなっている片手剣が握られていた。

(なんだろう…?あの剣?すっごく嫌な感じがする…?)

剣を見たバーバラの脳裏にそれと同じ剣を握った機械の姿が浮かび、だんだん顔が青くなる。

「どうしたんだ?バーバラ」

彼女がそんな様子になったのは初めてで、どうしてかわからないレックは本当に体調を悪くしたのかと思っていた。

「その…あの剣、とっても嫌な感じがして…」

「ふ、ふふふ…この剣のこと、知っているみたいですね…。これは魂砕きの剣。禁呪法で生み出した、魂で生み出す剣です」

「聞いたことがあるぜ。そいつは普通の剣じゃない。斬られた相手の魂を…文字通り砕いてしまうのさ」

魂を砕かれた人間は昏睡状態に陥り、賢者や高名な僧侶、シャーマンによる治療を施さなければ意識を取り戻すことができず、仮にその治療を受けたとしても回復する保証はない。

また、他の禁呪法によってその人間を自分の意のままに操ることができるという。

その場合、その人間は意識を取り戻しはするものの、人格は操る人物には絶対服従する上にほかの誰かを傷つけることに罪の意識を抱かない邪悪なものになってしまう。

「この剣のことを知っているとは…ただの旅人には見えませんね…」

「いいや、俺はただの旅人で、語り部さ。その肉体、霊薬で強めてるんだな」

クリムの知る魂砕きの剣はやわな人間に扱える代物ではない。

適性のない人間がそれを手にした場合、数秒で魂ごと砕け散ってしまう。

適性としては熟練レベルの戦士並みの体力や身体能力が要求される。

ただし、その剣を手にした人間は個人差があるものの、憎しみなどの負の感情に支配されていき、魂が砕けることはないものの、最終的には発狂し、もだえ苦しむようになる。

そうなると大部分の人が命を落とし、仮に助かったとしても一生廃人になる。

「エリック…!もはや生まれ変わりすら許すわけにはいきません…。この剣で魂を砕き、私の傀儡にして差し上げましょう!!」

「そうはさせませんよ!!」

アモスエッジを手にしたアモスがミラルゴにとびかかる。

魂の剣を受けるわけにはいかないため、この一撃でケリをつけたいと考えていた。

しかし、ミラルゴは魂の剣で受け止める。

受け止められた瞬間、アモスの表情が凍り付く。

両手で力いっぱい振るったにもかかわらず、ミラルゴは片手で握ったその剣だけで受け止めており、おまけに左手で印を切る余裕がある。

「呪文が来る!!離れてください!!」

「く…だったら!!」

このままさらに力を込めて突破しようと、アモスは闘気の呼吸を始める。

同時にミラルゴは印を切り終えた左手を彼に向けてかざす。

「ベギラマ…」

左手から放たれる閃光を受けたアモスは大きく吹き飛ばされた。

闘気を発動したことである程度それが盾替わりとなったおかげでダメージを抑えることはできたが、それでも胸部や両腕を火傷して、頭をぶつけたためか気絶してしまった。

「嘘だろ…?アモスさんの一撃を片手で、それに呪文まで…」

「やはり…片手ではベギラマが限界ですね。ですが…お前を殺すには十分だ、エリック」

「く…!」

目の前の魔術師の恐ろしさを感じ取ったエリックの頬から流れる汗が床に落ちる。

魂の剣を使いこなす上に、高等な呪文まで操ることのできる彼をどうしたら倒すことができるのか。

恐怖を感じているが、それを体に出していないだけでも大したものだろう。

「死ねぇ!!」

左手で放つベギラマを魂の剣の刃に宿し、エリックに向けて振るう。

炎を宿した剣閃がまっすぐエリックに向けて襲い掛かる。

この一撃でも、まともに受ければ魂の件の力で魂を砕かれることになる。

「フォーン王!!」

破邪の剣の炎を宿したレックは剣閃を受け止める。

だが、霊薬によって強化されたミラルゴの剣術のせいか、それとも彼自身の魔力が高いせいか、強い力が感じられ、両手を使って受け止めるのがやっとなくらいだ。

おまけに、剣閃を受け止めてから、段々レックは自分の腕の力が鈍くなっていくのが感じられた。

「バーバラ!!ヒャダルコで剣閃を弱めてくれ!!」

「う、うん!!!」

「そうはさせませんよ!!」

ヒャダルコを唱えようとするバーバラにミラルゴが左手をかざす。

その直後にヒャダルコを唱えたが、いつまでたっても氷の刃が発生しない。

「え、ええ!?どうして!!どうしてヒャダルコが出せないのぉ!?」

「残念。あなたの呪文はマホトーンで封じさせてもらいました…」

ミラルゴの目利きでは、レックのパーティーの中で一番魔力を持っているのはバーバラで、呪文攻撃の要と言える。

その彼女の呪文を早めに封じ込めることで、相手の有効手段を肉弾戦に限定させていく。

だが、今のミラルゴは霊薬によって体が強化され、更には魂の剣を持っている。

自分が有利となる条件は整っている。

「レック!!」

飛び出したチャモロが口から氷の息を吐き、それがレックとミラルゴの間を冷気で満たしていく。

その冷気で威力が弱まった剣閃をレックは力いっぱい上空へ向けて打ち上げる。

ミラルゴの攻撃を凌ぐことができたレックはようやく自分の体をびっしょりと濡らしている嫌な汗の存在に気付くことができた。

「あの剣の攻撃…受け止めるだけでも駄目だ!力が抜けてしまう!!」

「くそ…!どう戦えばいいんだよ!?」

「は、ははは…今の私に弱点はありません。おとなしく…おとなしく私に魂を砕かれなさい…」

急に素早くなったミラルゴは着用している紫の分厚いローブ姿には見合わぬ軽快さを見せながら、フォーン王の盾になるように立ちはだかるレックに魂の剣を振るう。

「フォーン王は離れてください!彼は危険です!!」

「だ、だが…それでは君が…」

「しのもの言わずに、来い!!」

ハッサンが無理やりエリックを引っ張って後ろに下がらせる。

再びブレス攻撃の準備を整えたチャモロだが、どんどん早まっていくミラルゴのスピードに狙いを定めることができず、タイミングが計れない。

それはミレーユも同様で、近づけば間違いなく巻き込まれてしまうために援護することすらできない。

「こんなスピードまで…!」

「ふふふ…エリックの口車に乗せられて、私とイリカ姫の聖域に踏み込んだこと、後悔するがいい!!」

分身しているように見えてしまうほどのスピードで何度も切りかかってくるミラルゴの魂の剣をレックは破邪の剣で受け止めていく。

しかし、受け止めるたびに力が抜けていき、おまけに受け損じた剣は精霊の鎧をかすめる。

山の精霊の加護を受けたこの鎧を着ていなかったら、今頃魂の剣の餌食となっていたかもしれない。

(まずい…このままでは、全滅してしまう…!)

自分だけが死ぬのならばともかく、ラーの鏡を持ってきてくれた上に、ここまで付き合ってくれたレック達を巻き込んで死ぬのだけは、フォーン王には我慢することができなかった。

それに、まだ前世のエリックの願いかもしれないイリカ姫の解放すらできていない。

たとえ自分が死ぬとしても、せめてそれだけは成し遂げたい。

意を決したエリックは自分をつかむハッサンの手を振り払い、レックの元へ走る。

(前世の私…エリックよ、神よ、どうか私にご加護を!!)

大きく跳躍したエリックはレックの前に立ち、それを見たミラルゴはエリックの正面で一瞬動きを止める。

「私を…殺せ…」

「な…?」

「私の魂を砕けるものなら砕いてみろ!!たとえ魂を砕かれようとも、イリカを貴様には渡さん!!」

「エリック…エリック、エリックエリックエリック!!貴様ぁぁ!!」

魂の剣の副作用が出たのか、激昂するミラルゴは魂の剣をエリックの腹部に突き立てる。

皮膚を貫いた刃は徐々に体内へと侵入していく。

「フォーン王!?」

「これを…待っていた!!」

フォーン王は刺さっている魂の剣の刀身を両手でつかむ。

驚いたミラルゴは一思いに砕いてやろうと力を籠めるが、なぜか魂の剣はびくともしない。

「今だ…!!」

「うおおおお!!」

「しまっ…!!?」

それがレックに決定的な隙を与えることになった。

ミラルゴの背後に回ったレックは破邪の剣で彼を縦一文字に斬った。

斬られたミラルゴの体に傷は一つもついていないが、彼は苦し気に息を荒らげながらその場にうつぶせに倒れた。

フォーン王は腹に刺さった魂の剣を引き抜き、投げ捨てるとその場に座り込む。

「フォーン王!!あんた、なんて無茶を!?」

「そうでも…しなければ、イリカ姫を助けられない…だろう…?」

「奴のあんたへの…あんたの前世への強い殺意を逆に利用したってわけだな」

クリムは魂の件が刺さった腹部を見る。

魂の剣はあくまで切った相手の魂を砕くだけのもので、体を傷つけない点は破邪の剣と共通している。

実際、刺された箇所は無傷で、苦しんでいるのは魂を傷つけられたためだ。

クリムは目を閉じ、静かに瞑想し始めた。

10数秒の瞑想によって、エリックの体が回復していく。

「ふうう…感謝する…」

「気にするな。ま、無茶とはいえあんたの勇気に答えただけだ」

クリムは再び酒を飲み始める。

その中で、ミラルゴはうめき声を上げながらも、立ち上がろうとしていた。

「まだ…まだ、だ…。エリック…」

「見て、ミラルゴの体が!!」

破邪の剣の斬られたせいなのか、ミラルゴはまるで生気を失ったかのようにやせ衰えていき、つけていた仮面も床に落ちる。

ほとんどが骨と皮だけになっていき、背丈もバーバラよりも低い100歳以上の老人へと変わっていく。

「きっと、彼が何百年も生きることができたのは、彼の心の中に生まれてしまった魔物が原因みたいね…」

「あり得る話だな。人間に魔物がとりつく、なんてことはな」

昔から、負の感情に支配された結果、魔物にとりつかれたという話が後を絶たない。

とある国の王が家族を守れなかった無念を魔物に魅入られ、とりつかれて長い間怨念をまき散らし続けた話がある。

また、復讐鬼に身を落とした男が人間の範疇を超える力を手に入れ、それが魔物にとりつかれてしまった結果だったという伝説もある。

寿命の概念が存在するこの夢の世界でも、同じようなことが起こっても不思議ではない。

「これが…ミラルゴの顔…」

塔の中で見た美男子の顔とは程遠い、焼けただれたドクロのようなミラルゴの素顔にエリックは息をのむ。

素顔を見られてしまったミラルゴは膝をつき、その顔を右手で隠す。

「なぜだ…なぜ生まれ変わってなおも私の邪魔をする。私には…私には、イリカ姫しかいなかったというのに…!!こんな顔で生まれて来て、誰にも愛されなかった私には…それを貴様は、貴様は!!」

醜い顔で生まれたミラルゴは生まれてすぐに両親に捨てられ、孤児院に保護されてからもその容姿から周囲に敬遠され、愛を得ることができないまま育った。

顔を仮面で隠したミラルゴは苦学の末に優秀な魔術師の成長し、宮廷魔術師となった。

その時にイリカと出会い、彼は彼女の魔術師の授業の先生となった。

そんなある日、授業の質問をしに自室へやってきたイリカにミラルゴは自分の素顔を見られてしまった。

しかし、イリカは醜いミラルゴの顔を見ても怖気づかず、自然に接してくれた。

そして、その顔のせいで誰にも愛されずに生きてきた彼の過去を聞き、彼のために悲しんでくれた。

自分のために泣いてくれた上に、自分の顔を見ても普通に接してくれたのはイリカ一人だけだった。

「ミラルゴ…」

フォーン王は顔を隠すミラルゴの前で片膝をつき、彼と同じ高さで彼を見る。

前世の自分とイリカを引き裂いた彼に対して残っていたのは深い哀れみだけだった。

そんな中、民家の中から誰かが出てくる足音が聞こえてくる。

「まさか…イリカ姫…」

「奴の魔力が失われたことで、解放されたみたいだな」

鏡の中ではない、自分の目の前に立っているイリカにフォーン王は驚きを感じていた。

同時に、自分の胸に熱いものがあふれるのを感じた。

「ミラルゴ…あなたの思いには気づいていました」

「姫…」

イリカに顔を向けることなく、顔を隠したままミラルゴはうずくまる。

本当はこんなことをしてもイリカを得ることはできない、イリカは永遠にエリックを愛するままだということは分かっていた。

それでも、自分を憐れんでくれたイリカがほしかった。

そんな彼女の思いを踏みにじった罪の意識がよみがえり、顔向けできない。

「ごめんなさい…私には、あなたの思いにこたえることはできません。私への思いが、あなたに魔物を宿らせ、何百年もの間苦しませてしまったのですね…」

(ミラルゴ…)

急にフォーン王の体から青い光があふれ、その中から彼に似た青い幻影が現れ、フォーン王は気を失った。

「エリック…」

(ミラルゴ、あなたはそれほどまでにイリカを…彼女を愛していたのだな。お前にとって彼女は太陽だった。その思いを、私の存在が暴走させ、このようなことになってしまった…。すまない、同じ女を愛する私が、一番理解しなければならなかったのに…)

「今更…今更詫びのつもりか!?エリック!私の愛を奪っておいて、お前は…!」

(そうだな…。だが、お前はもっと真っ当な形で伝えなければならなかった。そうすれば、きっと彼女は…。彼女はお前の顔を怖がることはなかっただろう?)

エリックの言葉にミラルゴははっとする。

イリカに顔を見られた後、いくらでも彼女に告白するチャンスはあった。

常に自分の醜い顔がコンプレックスとなり、彼を束縛していた。

それを棒に振り続けたのは自分自身で、結局その間に彼女はエリックと出会ってしまった。

「どうか…戻ってください。私に魔術を教えてくれていたときの、優しいミラルゴに…」

「姫…ああ、そうか。たったそれだけでよかったのか…。フフフ、滑稽だな、私は。滑稽な私を笑ってくれたまえよ、エリック…」

(ミラルゴ…)

「生まれ変わったあなたに伝えてくれ…イリカ姫を頼むと…さらばだ…」

顔を隠すのをやめたミラルゴはどこか穏やかな表情を浮かべながら力尽きた。

一瞬で肉体は砂となり、風と共に飛んでいった。

そんなミラルゴの亡骸を見つめたエリックは消えていき、気を失っていたフォーン王は目を覚ました。

「フォーン王…」

「前世の私が…言っていた。イリカ姫を幸せにしてほしいと。それは、奴の願いでもある…」

きっと、それはフォーン王もまたイリカを愛しているからだろう。

だからこそ、前世の自分もミラルゴも託してくれた。

自覚できたのは今になってで、自分の中の謎の解明にこだわっていたせいで、分かっていなかった。

「イリカ姫…」

「現実世界でお待ちしております…」

優しい笑みを浮かべたイリカが消えていくとともに、レック達の周囲を白い光が包み込んでいく。

「これは…!」

「きっと、現実世界へ戻るんですよ。驚くことはない」

「ああ。さてっと、俺はここで起こった物語をどう描くか、考えないとなぁ」

光に包まれ、レック達の周囲には何も見えなくなる。

光が消えると、そこは湖近くの遺跡だった。

「戻ってきた…」

「ファルシオンも…いるな。はぁ、良かったぜ…」

遺跡のそばでずっと待ってくれていたファルシオンに回復呪文で回復したハッサンは頭を撫でる。

「あれ…?クリムさん、いなくなってる!!」

バーバラはキョロキョロと周りを見渡すが、幸せの国の時のように、彼はまたも煙のように姿を消してしまっていた。

一度ならず二度までも、彼はレック達の前から消えてしまった。

「また、聞くことができなかった…」

少なくとも、自分たちに害のない動きをしているのは分かるが、結局彼は何者なのか?

それを知ることができず、残念に思いチャモロだが、今はまだやらなければならないことがあった。

「すまない、疲れているとは思うが、急いでフォーン城まで戻ってほしい…。イリカ姫を迎えに行かなければ…」

きっと、彼女は地下の鏡の中でフォーン王を待っている。

今の彼は少しでも時間が惜しく、彼女を現実世界へ連れて帰りたかった。

「そういうことなら、みんなさっさと乗れ!フォーン城まで飛ばすぞ!!」

御者台に乗ったハッサンは大声でレック達を急かし、彼らが乗ったのを確認すると、さっそくファルシオンをフォーン城へ進めさせた。



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第59話 イリカ姫

「…」

現実世界に戻り、地下の鏡の間で再び鏡の前に立ったフォーン王は目を閉じ、静かに瞑想を始めている。

レック達は王の後ろでイリカ姫の封印が解けるのを待っていた。

今、フォーン王が唱えているのは古文書の中にあった呪文で、最近見つかったばかりのものだ。

一言一句すべて暗記しているフォーン王はずっとその呪文を唱え続けている。

「ねえ…うまくいくかなぁ?」

「夢の世界でミラルゴを倒し、イリカ姫も解放しました。あとは、彼ら次第でしょう」

呪文を唱え終えたフォーン王は再びラーの鏡で鏡の中にいるイリカを照らす。

ラーの鏡の力で、鏡の中の憂い顔だったイリカ姫の表情が笑顔に変わっていく。

そして、鏡から浮き上がるように彼女が出て来て、ゆっくりとフォーン王の前に立つ。

「…やっと、会えた。エリック…」

フォーン王の頬に触れ、ほろりと涙を流したイリカにエリックは胸の高鳴りを感じつつも、不安からか視線を逸らす。

「イリカ姫…私は…」

「あなたは…命がけで私を助けてくれた…。あなたが来てくれたから、私は…」

「だが、私は…あなたの知っているエリックでは…」

「確かに、あなたは私の知っているエリックの生まれ変わり。すべてが私の知っている彼と同じというわけではないでしょう。けれど…それでも、あなたは私にとってはエリック、たった1人の愛する人です」

「愛する人…私が…」

「ありがとう、エリック…時を超えて、私を救ってくれて…」

涙でくしゃくしゃになった自分の顔を見せないようにするためか、エリックの胸に顔を押し付ける。

前世のエリックの彼女を幸せにしてほしいという言葉を思い出し、エリックは戸惑いを捨て、イリカを正面から見て、彼女を抱き寄せた。

「エリック…」

「長い間…待たせてしまってすまない、イリカ…。もう、離さない…」

 

「すまなかったな…旅人よ。私のためにいろいろと迷惑をかけてしまった。そして、ありがとう。前世の私の願いをかなえてくれて」

イリカと共に王の間に戻ったエリックはイリカを解放してくれた立役者であるレック達に侘びと感謝の言葉を口にする。

王の間を戻る間、イリカを見た兵士や貴族らからはかなり動揺し、なぜカガミ姫が現実世界にいるのだと口々に質問してきた。

一旦は後で頃合いを見て話すと説明して凌いだが、いずれは何かしらの形でイリカのことを説明しなければならないだろう。

「ありがとうございます、ようやく私はエリックと再会することができました。しかし…まさかあなたがこの場にいるとは…そのことに運命を感じます」

「俺が…?」

イリカに正面から言われたレックは戸惑いを感じ、目をうろうろさせる。

エリック一筋の彼女のその物言いは決して男女関係という意味合いではないだろう。

彼女は300年以上前の人間で、それと何か関係があるのだろう。

「あなたからは精霊の加護が感じられます。そして、4人の勇者の血が…」

「4人の勇者…まさか!!」

「知っておられるのですね。かつて、世界を救った4人の勇者の存在を。ラミアス、オルゴー、スフィーダ、セバス…彼らは400年前、世界を破滅へ導く邪悪を退けました」

「それについては私も書物で読んだことがある。だが、まさか彼が…だが、なぜ君にはそれが…」

「私がいた家は400年前、勇者たちとある契約を交わしました。来るべき時に、4人の勇者の血を引く、邪悪を断つ最後の希望が現れたとき、その人を力のありかへ導くことを…。そして、見分けるための手段となるこの秘宝を代々受け継ぎ、今は私の手の中に…」

イリカは手袋を外し、中指にはめている透明な水晶の指輪をレック達に見せる。

イリカがレックのそばへいき、彼に指輪を近づけると、それは淡い光を発していた。

「んな…」

「光ってる…?ですが、ええ!?レックさんがその4人の勇者の末裔…!?」

「そんな、馬鹿な…!?」

そんな話は聞いたことがなく、自分の両親かもしれないレイドック王とシェーラからもそのようなことを一言も聞いていない。

作り話かと疑いたくもなるが、今のイリカの目を見ると、とても嘘偽りを言っているようには見えない。

「確かに、400年前の戦いで邪悪を退けることができました。しかし…あくまでも退けただけ。力をつけたその邪悪が…デスタムーアが…再び世界を破滅へ導くために動き出す時が来る…。4人の勇者はその時のために、それぞれが手にした高純度のオリハルコンで作られた武具をそれぞれが封印したのです。4人の血を引く末裔がそれを手にし、デスタムーアを討つときのために…」

「デスタムーア…」

その名前を口にしたレックの胸が大きく高鳴り、視界が真っ暗になる。

周囲を見渡すが、そばにいるはずのハッサンやバーバラといった仲間たちの姿がなく、フォーン王もイリカもいない。

目の前に血のような赤い霧が集まっていき、それから激しいプレッシャーが感じられた。

そのせいか、レックの体が震えていて、理性でそれを止めようとしても体が言うことを聞かない。

冷や汗でびっしょり濡れているのを実感しながら、その霧を見る。

すると、霧の中から赤い目の形をした光が肉眼で見え、それがジロリと彼を見た。

「レック…レック!!」

「!?はあ、はあ…はあ…」

「おい、どうしたんだよ!?急に…」

「バーバラ、みんな…」

我に返ると、再び光景が王の間に戻っていた。

バーバラ達の姿もあり、バーバラは心配そうにレックの肩に手を当てている。

「だ、大丈夫…ごめん。何か…」

「やはり…見えたのですね。デスタムーアが…。これは私の指輪が見せた幻…4人の勇者の血を引く貴方しか、デスタムーアの名を口にした時に1度だけ見える幻です」

幻を見せることで、役目を果たしたのか、指輪は輝きを失い、砂のようにバラバラになって消滅する。

「ムドーが倒されたことはエリックから聞きました…。しかし、ムドーはあくまでもこれから訪れる災厄の予兆にすぎません。デスタムーアを滅ぼすためには、4人の勇者の武具を手に入れる必要があります」

「待ってくれ、なんでレックなんスか?レック以外にも、そういう人っているんじゃあないんスか?」

確かに、4人の血を引く末裔というだけなら、レック以外にもそういう人間が過去に存在したとしてもおかしくない。

その人ではなく、なぜレックでなければならないのか、ハッサンには分からなかった。

「デスタムーアの居場所へ向かうことができる唯一の機会だからです。デスタムーアが隠れたのは夢と現実の狭間。デスタムーアは人間に、そして神に勝利できるほどの力を蓄える時間を稼ぐため、そこへの道を400年もの間自ら封印したのです。その間、たとえその末裔がいて、武具を手に入れたとしてもデスタムーアと対峙することすらかなわないのです」

「マジかよ…けど、なんで400年って分かったんだよ?」

「デスタムーアが逃げた道を4人の勇者が賢者と共に調べて、突き止めたからです。私の一族はその賢者の血を引いています。そして、その真実はその一族に脈々と受け継がれてきました。すべては400年後に現れる勇者たちの末裔に真実を伝えるために…」

およそ20年そこそこしか生きていないハッサンにはその400年というのは気が遠くなる。

人間よりも寿命の長い魔族でも、その400年がどれほどの者なのか想像がつかない。

「300年もの間、鏡の中にいた今の私では今の状況を理解するだけでも精いっぱいな状態です。今わかる範囲で私の知る真実をお話しします」

どのような知識も、長い時を経て摩耗していき、もしかしたら正確な意味では伝わらなくなるかもしれない。

300年もの間鏡の中にいたことで、本来なら消えてしまっていたかもしれない知識を知らせることができるかもしれない。

そう考えると、封印されていたこの300年は無駄ではなかったのかもしれない。

「まずは、勇者たちが武具を隠した場所を…。ラミアスが手にしていた剣はマウントスノーの雪山に眠っています。スフィーダの盾はこの国の北にある迷宮に、セバスの兜はレイドックに、オルゴーの鎧はグレイズ城にあります」

「スフィーダの盾が眠る迷宮は元々、私の先祖が作ったものだ。太陽の導きがなければ、盾を見ることはできないらしい。その太陽というのが何かは分からないが…。おそらく、王家の者であっても見つけることができないよう、口止めされたのだろう」

仮に国が滅びたとしても、スフィーダの盾を魔族の手に渡すわけにはいかないという当時の人々の意志が感じられる。

問題なのはその太陽というのが何かだが、これはその洞窟に入らなければわからないだろう。

「だが…オルゴーの鎧か。これは問題だな…」

「エリック…?」

「オルゴーの鎧があるグレイス城は100年前に滅亡している。原因は分からないが、そこにオルゴーの鎧がまだ残っているかどうか…」

「…!そう、ですか…」

グレイスは1000年以上前から存在していた王国で、オルゴーの故郷であり、その縁で鎧がその地で保管されることになった。

勇者に関する歴史や魔王との闘いの記録に詳しいことで知られていて、滅びた原因にはそれがあるのではないかとフォーン王は踏んでいる。

もっとも、生き残った人々の証言をまとめた記録には魔物の大軍が押し寄せた、突然雷が落ちて来たり嵐が起こったとか、急に目の前で人が火だるまになったなどと災害とも魔物の攻撃とも取れる証言ばかりで、逃げてきた人々もなぜこのようなことになったのか正確にわかる人がいなかったという。

仮に魔物の攻撃と考えるなら、最悪の場合、オルゴーの鎧は既に魔王の手に落ちてしまっているかもしれない。

だが、フォーン王にとっては既に滅びた国ではあるが、イリカが生きていた時代には確かに存在していた国だ。

それがもうこの世に存在しないということにイリカは時の流れの残酷さを感じずにはいられなかった。

「その4つの武具には4人の勇者の魂が宿っていると聞きます。きっと、彼らがあなたを導いてくれます…」

「…なんだか、実感できません。そんなのが、俺に…」

確かに、デスタムーアの配下である魔王ムドーとジャミラスは自分たちの手で倒した。

だが、それはジャミラスの場合は成り行きで、ムドーについては夢の世界のレイドック兵士としての役目を果たしただけ。

勇者の末裔とは何の関係もない因縁、強いて言えばその脅威が迫っている時代に偶然生まれ、偶然自衛のために戦っただけだ。

だから、急にそのようなことを言われてもしっくりこない。

「あなたたちはこれから、南の海を旅することになるでしょう。その旅の中で、否応なしに勇者の末裔としての役割がついて回ります。自分の意志と関係なく…。しかし、信じています。エリックと共に私を救ってくれたあなたたちなら、それを乗り越え、デスタムーアを退けることができることを…」

 

「ふむ…このカードは…」

真夜中の自宅で、久々にタロットカードをいじっていたグランマーズは旅を続けているレック達のことを占っていた。

引いたカードは3枚で、中央に置いてあるカードは愚者の正位置、出発を意味するものだ。

水晶玉で占うことの多いグランマーズだが、それだけでなく、タロットカードやろうそくの火、水などを使った占いをすることもある。

旅を継続しているレック達に対して、どうしてこの愚者の正位置のカードが出たのか、その意味を考える。

「もしかしたら、彼らにもう1つの旅の目的が生まれたのかもしれんのぉ。その目的が彼らにとって吉となるのか、それとも凶となるのかは知らぬが…」

グランマーズは左右に置かれているカードにも注目する。

左は運命の正位置で、右は塔の正位置。

今回の場合、左側のカードがその人の過去、真ん中が現在、右側が未来という形になっている。

「これは…予期せぬ出来事、崩壊、再出発…それが未来に起こること…」

しばらくそれらのカードを見つめた後で、グランマーズは窓際にある椅子に座る。

真夜中で、外は月明りで照らされている。

ミレーユがいなくなり、一人で家事をするようになった。

そのためか、いつも以上に疲れがたまることがあり、座っている間にうとうとと眠りそうになる。

(予期せぬ出来事…それが彼らを破滅させるようなことにならなければよいが…)

ムドーが倒れ、人々が再び来るであろう平和に喜びを抱いていた。

だが、いまだに魔物は減らず、最近では海で不幸な出来事が起こり続けていると最近食料を運んできてくれた商人から聞いたことがある。

突然の嵐で商船が沈没したり、不漁が続いて餓死者が出ている漁村が出てきているらしく、再び人々の中に不安の色が出てきている。

(ムドー…諸悪の根源と思っておったが、まさか、その根源はもっと別のところにあるということか…)



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第60話 ペスカニその1

ゴロゴロゴロゴロ!!

耳の奥まで響くほどの激しい雷が落ちる。

厚い雲で空が覆われており、大波や小波が容赦なく次々と神の船を襲う。

「ぐうう…ゲントの神よ、どうか私たちをお救いください!」

チャモロは神に祈りながら、舵を握る手に力を籠める。

自分が倒れ、舵が取れなくなったらレック達もろとも神の船が沈む。

そうなると、長老を継ぐことも、トム兵士長を探すこともできなくなる。

「くっそぉ!どうなってんだこれは!?」

海の中から出てくる巨大なエビのモンスター、エビラを炎の爪で引き裂いたハッサンはこの理不尽な海の状態を嘆く。

フォーン城を出て、南の海を航海してから1週間。

何の予兆もなくこのような天候へと変わり、それから2日以上それと戦い続けている。

そんな中でも魔物たちが飛び込んできて、チャモロと神の船を守るためにメンバー総出で追い払い続けた。

このような天候のせいで、今のレック達は船がどこにいるのか、どこへ行けばいいのかもわからない状態だ。

「はあ、はあ…これで、大丈夫のはず…」

「ありがとうございます、ミレーユさん。けれど…」

負傷したアモスの傷を回復させたミレーユはハアハアと息を荒らげており、目にくまができている。

彼女は休むことなく負傷したレック達の治療を行い続けていた。

チャモロが舵を取るのに集中しなければならない状況では、高度な回復呪文を使うことができるのはミレーユとバーバラだが、バーバラも攻撃に加わらなければならない状況だった。

「これは…光!日の光が見えます!!」

そこはちょうど雲が途切れていて、そこへ行けば少なくとも暗闇から脱出することができる。

だが、魔物たちもそれを黙ってみているはずがなく、この暗闇の中で船を沈めようと執拗に襲ってくる。

特に狙われるチャモロを回復したばかりのアモスが護衛し、アモスエッジでアヒルのような色合いで、海での生活に適応したキラーグースであるフライングダックを真っ二つに切り裂く。

「よし、みんなラストスパートだ!!一気にここを抜けるんだ!!」

「ああ!!」

「ええい、どいてぇ!!」

バーバラのイオラが炸裂し、船に乗り込もうとした、青がかった兜付きの蛸のモンスター、アクアハンター数匹をバラバラに吹き飛ばす。

船は全速力で進んでいき、ついに厚い雲を抜けることに成功する。

波も穏やかになり、激しい雷雨も収まる。

魔物の影も見えなくなり、安堵と共に疲れが出たレック達はその場に座り込む。

「はあ、はあ…どうにか、生き延びたな…」

「疲れたぁ…ああ、海水でビショビショだよぉ…」

「はあ、はあ、良かった…」

ミレーユに限ってはもう横に寝転がっている状態で、どれだけ疲れをためているかがそれだけで分かってしまう。

「どこかで休ませねえと、ここはどこなんだ?」

「ここは…あ、漁村が見えてきました!!」

「漁村…助かりました。そこでなら休めそうです…」

「ええ、船のメンテナンスもしなければなりませんからね」

この嵐を振り切ったとはいえ、魔物の攻撃で破損している個所があり、これからの旅を考えるとどこかできちんとした整備をする必要がある。

漁村であれば、ある程度船の修理のノウハウがあるため、請け負ってもらえるかもしれない。

近づいていくと、大きい船を停めるための桟橋が見えてくる。

そこに船を近づけ、停泊させた。

「さあ、まずは宿を確保しましょう。体力を回復させなければ…」

「だな。ミレーユ、大丈夫かよ?」

「ありがとう、ハッサン…」

ミレーユを抱えたハッサンは最初に船を降り、レック達も後に続く。

「うひゃあ、驚いたなぁ。すっかりボロボロじゃあないべかぁ。大丈夫だかぁ?」

麦わら帽子をかぶった小柄で若干太った体をした髭面の漁師が降りてくるレック達を見て、気になったのか声をかけてくる。

「嵐に襲われたんです。それで迷って、ここへ…」

「ああ、ああ。災難だったべなぁ。まさか…嵐の中で集中的に魔物に襲われたりしなかったべか?」

「ん…?ああ」

「ああ、やっぱりそだ。最近そういう類の嵐が多いべなぁ。そのせいで船はボロボロだべ。もう漁すらできん状態…」

「おい、何もんだ…?てめえら」

急に桟橋の先からくぐもった男性の声が聞こえ、レック達はその方向を見る。

そこには松葉杖を左手で握っている、白いバンダナで頭を隠した男が立っていた。

左目の下から顎までのあたりに深い傷跡があり、露出している日焼けした肌にも大証傷跡が生々しく残っている。

また、左足部分の肘から先が木製の義足となっており、それだけでも彼の傷の深さが分かる。

「ロブ!?駄目でねーか、家で寝てなぁ」

「ざけんじゃねえ!どいてろ、グズマ!!」

乱暴に右腕を振るい、グズマと呼ばれた漁師が引き下がり、ロブはジロリとレック達をにらみつける。

体格はハッサンと同じくらい大きく、目つきも鋭いためにレック達は無意識に委縮してしまう。

「てめえら…何しに来やがった?」

「嵐にあって迷ったんです。それで、休憩と修理のためにここへ…」

「嵐なぁ…」

ロブは停泊している船とレック達の姿をじっと見る。

数分かけて吟味したロブは彼らに不審な点はないと考えたのか、背中を向ける。

「船なら、ここから北にある碇の看板のある店へ行け。宿はその近くにある。ロブの紹介だと言えば、世話してくれる」

「え…?」

先ほどとは打って変わって、修理屋と宿を紹介してくれたロブに感謝するレックは声をかけようとするが、その前に彼は振り返って再びにらみつける。

「だが!!船が直って、体力が回復したらさっさとここから…ペスカニから出ていけ!!わかったな!?」

「な、なんなの、あの人…??」

親切に教えてくれたと思えば、出ていけと邪魔者のように言ってくる彼にバーバラは困惑する。

ロブの後姿を見たグズマは申し訳なさそうにレック達を見る。

「すまねえべさ…。悪い奴じゃあないんだど。じゃけど…あいつ、嵐にあってからすっかり人が変わっちまった…」

「グズマ…さん、ですね。ロブさんとはどういうご関係ですか?」

「幼馴染だぁ。ついてきてくんろ。宿に案内するべ」

 

「なんか辛気臭えなぁ…」

宿に入り、ミレーユを寝かせたハッサンはボロボロな部屋に愚痴をこぼす。

ベッドは堅く、置いてある机や椅子も古いものを修理したものばかり。

壁に穴が開いており、そこから隙間風が入ってきて寒い。

「すみません。最近はこれくらいしかおもてなしができなくて…」

食事を運んできた宿屋の女将が申し訳なさそうに言い、食事を置く。

漁村であるにもかかわらず、料理の中に魚も貝も一切なく、あるのは海藻で作ったスープと固いパン、そして水だけだ。

「休める場所があるだけでも十分です。ありがとうございます。それにしても、ここの村…あまり元気がないように見えますが…」

宿へ向かう間、チャモロは村人や砂浜にある船を何度も見た。

子供たちはおなかをすかせていて、外で遊ぶ様子が見られない。

漁師たちの中には昼間から酒を飲んでいる人もいれば、海を見るだけで出発しようとしない人もいる。

また、砂浜にある漁船の大半がボロボロになっていて、もはや船として機能しない状態だ。

「ロブさんの紹介だから、もう少しよくしてあげたいけど…」

「ねーねー、そのロブさんってすごい人なの?」

「ええ。ロブさんはこの村では一番の漁師です。しかも、魚のさばき方も私ではまねできないくらいの技術を持っている…まさに漁師になるために生まれてきた男っていう人です。子供にも優しいいい人だったんですけど…」

「けど…?」

「4か月前、例の嵐にあってしまったんですよ。それで、片足を失った上に船も沈んでしまったんです。そのせいですっかり荒れてしまったようで…ああ、すみません。お客様にこんなくらい話をしてしまって…」

お詫びをした後で、女将は部屋を後にする。

部屋の中にはしばしの沈黙が流れる。

「なぁ、やっぱりあの嵐…魔物の仕業じゃねえか?」

「ですね。僕も同じことを考えていました」

ペスカニにも魔王が倒されたという話が広まっているが、この嵐が続いている状況ではどうでもいい話であり、彼らにとってはまだ平和は訪れていないようだ。

天候そのものに影響を与えるほどの力があると考えると、やはり魔王クラスの魔物が一枚かんでいると考えるのが自然だろう。

だが、その魔物が住み着いているような場所を見つけた人はいないため、正確な原因は不明のままだ。

「じゃあ、俺は修理のお願いをしてくるよ。どれだけ時間がかかるか、見積もってもらわないと」

「あたしも一緒に行く!」

「分かった。ハッサン達は待っていてくれ」

 

 

「ふーむ、貝殻を落とすのも含めて、終わるのは1週間くらいだなぁ。代金はだいたいこれくらいだ?払えるな?」

漁師の服を着た老人が見積もりを書いた紙をレックに渡す。

彼はペスカニでは一番の漁船職人であり、漁船以外の船の修理も請け負うことができる。

神の船というだけあり、修理が通常の船よりも手間がかかるようで、6800ゴールドと割高になっている。

それでも、ロブの紹介ということで安くしてもらっているため、文句は言えない。

「じゃあ、それでお願いします」

「ああ、ようやくまともに仕事ができるというものだ。にしても、神の船か…。嵐の中で形を保っていられる船がこの世にあるとはなぁ…」

あの嵐のせいで、自分が作った漁船の多くが沈められるか、浜辺にあるようにボロボロにされてしまった。

特にロブが使っていた漁船は彼の自信作の1つで、沈んでしまったと聞いた時は大きなショックを受けた。

自然の嵐であれば仕方がないと割り切ることができるが、あの嵐であるとどうもそうだとは思えない。

「1週間かぁ…。あんまり活気がないし、長くいることにならなければいいけど」

「トム兵士長がここに来たって話もないし、武具を手に入れるためにも修理でき次第出発しないと」

部屋で休んでいる間に、改めて地図を調べた。

ペスカニから勇者の武具があると思われる場所で一番近いのはここから南にあるエイジス山地、マウントスノーがあった町だ。

その町は100年以上前に猛吹雪によって滅びたとされており、その吹雪の勢いのすさまじさから誰もその山に入った人はいないという。

だが、それ故にエイジス山地に眠るとされるラミアスの剣は無事に残っているかもしれない。

「あれって、ロブさんかな?」

ジャリジャリと義足を引きずりながら、右肩に麻袋をわらの籠を担ぎながら北へ歩いていた。

「ああ、ロブさん。一日も早くまた漁に出たいからって、よく歩行訓練してるんだとさ。けど、どうして洞窟まで行くんだ…?あの洞窟は昔、海へつながっていてそこに漁船を隠していたのさ。落盤が起こってそこへの道がふさがってしまったんで、今では使っていない。だからこそ、不可解なんだよ…」

「手伝いに行った方がいいんじゃない?重たそうだよ」

「手伝おうとしたら怒られるんだ。それで、今はだれも助けようとしない。なんというか、すっかり頑固になってしまったな、ロブは…」

嵐一つで、人の性格がここまで変わる物なのか?

レック達もあの嵐になってしまったものの、海に投げ出されて死にかけたわけではない。

その苦しみはきっと、同じ目に遭った人にしかわからないだろう。

だが、歩行訓練がそれほど人に見られるのが嫌なら、夜中もしくは家の中でやることもできるだろう。

そんな彼が日中に、しかも洞窟へ向かうというのはどこか矛盾している。

レック達にしきりに村から出ていかせようとする態度。

(あの人…何かある)

おそらく、その秘密はあの籠と洞窟にある。

しかし、それがどのようなものなのか、今のレック達には判断がつかない。

 

「はあ、はあ…よし、誰も後をつけてねえな…」

ランタンなしで洞窟を歩き、とある地点にたどり着くとその場に座り込み、息を整える。

眠気でついうとうとしてしまい、引きずった義足から痛みを感じる。

義足をつけてから、時折その膝の部分から痛みを感じてしまう。

昔、サメに腕を食べられて漁師を引退しなければならなくなった漁師からロブが聞いた話だが、失った腕や足の感覚を覚えてしまっていて、そのために義足や義手のその部分から痛みを感じることがあるという。

だが、今はここで眠ってしまうわけにはいかない。

疲れ果てた自分の体に活を入れるように両頬を叩き、立ち上がる。

そして、岩壁を触り、やや出っ張った個所をスイッチのように押す。

すると、通路の西側から隠されていた穴が現れ、ロブはその穴の中へ消えていき、何事もなかったかのように穴が閉じた。



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第61話 ペスカニその2

「よし…誰も、いねえな…」

真夜中になり、静まり返った浜辺へランタンを腰に掛けて歩いてきたロブは周囲を見渡し、誰もいないのを確認する。

魚の罠を仕掛けるために漁師がやってくることがあったものの、今は異様なほどの漁獲量の減少と嵐のせいで誰も漁に出られる状態ではない。

だが、今はその方が好都合だ。

ロブは小舟の板を叩き、強度を確かめる。

「こいつならいい…ちょいと借りていくぜ」

他の漁師の船であることが分かっているうえで、持っている荷物を入れて、繋いでいるロープをほどく。

そして、海へ向かって小舟を押していく。

怪我をする前まではそんなことはわけもないことだったが、義足になった片足とまだ直っていない傷のせいで今ではこんな簡単なことすら一苦労だ。

「はあ、はあ…ちくしょう…」

自分をこんな目に合わせた嵐への恨み言を口にしながら、海に到達した小舟に飛び乗る。

船の中にあるのは釣り竿と餌、そして魚を入れる籠だ。

素潜りも網を張ることもできないロブの唯一の魚を獲る手段だ。

ある程度沖に出たロブはさっそく餌となる小虫を釣り針に仕掛ける。

そして、竿を手にして海に向けて振り下ろした。

小舟で1人、波の音を聞きながら浮きが動くのを待ち続ける。

動かぬ浮きを見るロブは死んだ父親と一緒にこうして釣りをしたころを思い出す。

死んだ父親は釣りの名人で、幼いころのロブはそんな父親の釣りをしている姿をいつも見ていた。

「昔は釣りばっかしてたガキが村一番の漁師になって…また釣りに逆戻りか…」

今も父親程釣りは上手ではないが、素潜りや網を使った漁で才能を発揮したため、4か月前までは釣りからは完全に離れていた。

釣れる魚の量は少ないものの、それでも院のそのほんの少しの魚が命綱だ。

「よし…かかった!!」

珍しく、釣り糸を垂らしてから10分足らずで魚がかかったようで、浮きがふわりと動きを見せる。

嬉しさの余り、急いで引き上げようとする自分の心を落ち着かせながら、まずは魚が完全に食いつくのを待つ。

そして、浮きが完全に沈んだのと同時に引き上げた。

ピンク色の鱗をした大物が釣れていて、ロブは船の上で釣り針を外し、籠の中に入れる。

「良かった…これで、あいつも…うん??」

月と星の光で見える空を見上げたロブは違和感を抱き、ランタンを手にして空を見る。

雲の流れが異様に早く、風も出始めている。

それは4か月前のあの日と同じような状態だ。

「ちっ…これからだって時に…!!!」

1匹だけでは満足できないものの、この空になってしまったからには仕方がない。

いざというときには急いで村へ戻れるように距離は調整したものの、今のこの体では、嵐にあったら生きて帰ることができなくなる。

4か月前のような幸運が2度も起こるわけがない。

オールを手にし、ペスカニを目指す。

次第に雨が降りはじめ、風も徐々に強くなっていく。

塩の味が混じった雨粒が容赦なく小舟と体に当たり、バチバチと音を立てる。

「くそぉ!前よりも早く来やがる!」

まるで、待ち伏せにあったかのように突然起こる嵐に舌打ちする。

激しい波まで起こり、小舟が大きく揺れ始める。

「まずい…!!くっそぉ!!」

オールを手放したロブは船にしがみつく。

大きな波がいくつもロブを襲い、船が大きく揺れる。

ロブの目には自分と船を飲み込むほどの大きな波だった。

それは自分の片足と船を奪ったあの波とよく似ていた。

「うわあああああ!!!」

波を受けるとともに小舟がひっくり返り、海へ叩きつけられるとともにロブの意識が闇へと沈んでいった。

 

「う、うう…ディーネ…ぐう…!!」

かすかに木でできた天井が見え、次第に意識を覚醒させていったロブは体を起こそうと両腕をつけるが、激痛を覚えて再び横になってしまう。

痛みがあるということは、あの時みたいに失うようなことになっていないのだろうと思い、確かめるように両腕と片足を見る。

どれも健在で、義足のようにはなっていない。

生きていることは分かったが、問題はなぜ自分が部屋の中にいるのかだ。

助けられたのかもしれないが、問題は自分を助けた人間が誰かだ。

それによっては彼にとって、とてもまずいことになってしまう。

ドアが開き、中に入ってきたレックとバーバラをベッドの中でロブは睨むように見た。

「気が付きましたか…?」

朝食のおかゆを持ってきたレックは彼の目つきに一瞬震えたが、すぐにいつもの調子に戻り、彼のそばにある机におかゆを置く。

「ちっ…そういやぁ、船の修理でここに滞在するんだったな…」

「もぉー!なんでそんなことを言うの!?あたし達がせっかく助けてあげたのに!!」

まるで助けられたのが迷惑だと言わんばかりのロブの態度にバーバラが腹を立てる。

2人は夜、浜辺に傷だらけの状態で打ち上げられているロブを見つけ、急いで宿屋まで運び、手当てをした。

感謝されるべきことで、その行為そのものに非難を受ける余地はないはずだ。

「けど、どうしてあんなところで倒れていたんです?海には出られないはずじゃ…」

「てめえらには関係ねえ…ぐっ…!!」

「じっとしててよ。回復呪文かけて傷をふさいだばっかりなんだから!」

2人の会話を聞いたロブはうっかり口にしてしまった名前を聞いていないのだと思い、その点だけは安心する。

だが、今はここで寝ているわけにはいかず、もう1度起き上がろうとするが、結局は同じ結果だった。

(4カ月たっても生傷だらけ…。やっぱり、同じことを何度もやって…)

この村にも神父や医者がいて、神父は基本的な回復呪文を使うことができる。

片足を失う重傷を負っている彼だが、適切な回復呪文を施すことで1週間くらいで治すことができるはずだ。

にもかかわらず、4カ月たってもボロボロなままで、おまけに新しい傷を増やしている。

その原因は間違いなく、真夜中にやっていた漁だろう。

「もう、なんでこんあことしてたの!あたし達が助けなかったら、死んじゃってたんだよ!!」

「うるせえ!助けを読んだ覚えはねえ…」

そのようなことは、何度も漁をしてきたロブが一番よく分かっている。

夜の海が危険だということも彼ら漁師にとっては常識だ。

それに、あの嵐が起きるようになってからは余計にそうだ。

「ロブさん…どうしてそんな危ないことをしたんです?何か理由が…」

「理由なんてねえ!!ただ、昼に漁なんてしたらギャーギャーうるせえだけだ!!」

無理やり起き上がったロブは松葉杖を手にして立ち上がる。

「待ってください!!まだ怪我が…」

「どけ!!」

右手で無理やり正面に立っているレックをどかし、ロブは部屋を出ていく。

押しのけられたレックは倒れこんでいて、バーバラの手を借りて立ち上がる。

「んもう!!せっかく助けたのにぃ!!」

礼の1つも言わずに出ていったロブにバーバラは腹を立てる。

その一方で、押しのけられたレックはロブの反応が気になって仕方がなかった。

(嵐で大けがするだけで、こんなに人が変わってしまう物なのか…?)

レックは昨日の夕方にグズマから聞いた話を思い出す。

 

その時、レック達は少しでも旅費の足しにするために、村で募集されていた魔物討伐の依頼で村の外にいる魔物の討伐と食料の確保を行った帰りだった。

黄土色の肌となったバオーというような姿をしたキングイーターやキメイラ、ダークホーンなどを討伐し、その死体を持ち帰った。

いずれも解体して食用の肉にしたり、骨や角を船や漁の道具の材料にすることができるという。

特に、彼らが重要視しているのは食料で、肉は基本的に干し肉や燻製肉にして貯蔵するのが普通だった。

しかし、魚がほとんどとれなくなる日々が続き、非常食として食べていたそれらも底をついてしまっている。

だから、旅人や元気な漁師がそれらの魔物を倒して、持ち帰っている。

当然、冒険者がそれらの魔物を討伐し、その死体を持ち帰ったというなら報酬が支払われる。

魔物を討伐し、疲れたレック達が宿屋に戻っていると、そこにはグズマが待っていた。

「なぁ、旅人さん…ちょっと、中でオラの話を聞いてくれねえか?」

「んー?どうかしたんですか??深刻そうに…」

「ああ、あんまり外では話せねえ。村のみんなよりもあんたらに頼んだ方がええ…」

「なにか…言えないような事情ですか?」

チャモロの質問にグズマは何も言わずに首を縦に振る。

グズマはキョロキョロと周りを見渡し、周囲に村人がいないかを確かめた。

「やっぱり中でねえと安心できねえ。頼む…!!」

両手を合わせ、懇願するようにレック達に頭を下げる。

その姿を見ると、とても拒否することはできなかった。

 

部屋に入っても、グズマは深呼吸を繰り返すだけで何も話そうとしない。

宿屋の人には理由をつけて、グズマが帰るまでは部屋に入らないようしてもらっており、聞き耳を立てるような人がいれば、チャモロが気付く。

「あの…グズマさん。どうしても話せないならそれでも…」

「わ、悪い!!どうも緊張して…!!」

ミレーユから受け取った水をゴクゴクと一気に飲み干し、ようやく落ち着いたグズマはレック達を見る。

そして、口元を腕で拭った後で話し始める。

「頼みたいことというのは…昨日会ったロブのことだ。あいつがどうしてあんなになったのかを突き止めてほしいだ」

「ロブって…昨日俺らにつっかかってきた奴か?」

「嵐のあと、ロブは完全に変わってしまった…。んだが、それだけであいつがあんなになるとは思えねえ!あの嵐の中で…何かがあっただ!そうでねえとあんなになるはずがねえんだ!頼む、旅の方!!必ず礼はするだ!!」

「礼はいいけどよぉ、なんで俺らに頼むんだ。あんた、一応ロブさんとは友人なんだろう?」

「それができねえから、こうして頼んでいるだ。あいつに何度も聞こうとしただ。けんど、何も答えてくれねえんだよ!!それでズルズル4か月…!それで…見ただ。あいつが真夜中に漁をする姿を…!俺は何度も止めただが、無理やり漁に出ちまって…」

その時のロブの必死に漁に出ようとする顔を今でも覚えている。

昼は歩行訓練や旅人にケンカ腰に接するだけの日々を過ごしている彼だが、その時は違った。

何が何でも魚を取ろうという必死さが感じられた。

そのせいで、グズマはロブが漁に出るのを黙認するしかなかった。

「俺にはあいつを止められなかった…。けど、命がけでこんなことをする意味が知りてえ!!頼む!!」

 

そのグズマの話があったから、レックとバーバラは夜中に様子を見に行き、嵐で流れ着いたロブを見つけることができた。

今回助けることができたのは、偶然ロブがペスカニの浜に流れ着いたからで、仮にそことは別のところに流されていたら、助けられたかどうかは分からない。

なお、レックとバーバラがその役目に選ばれたのは2人とも基本的な回復呪文が使えること、そしてレックは破邪の剣が使えるためだ。

破邪の剣があれば、それに宿る破邪の力で弱い魔物を寄せ付けなくすることができる。

救助を行う際に、無駄な戦闘を避けることにつながる。

今回は村の中での救助となったため、破邪の剣の出番とはならなかったが。

「レック、あの様子だとロブさん、また夜に漁に出ちゃうよ…」

おそらく、正面から出て制止したとしても、彼は無理やりにでも行ってしまうだろう。

それだけの執念があるから、怪我が治り切ってもいないのに出ていってしまった。

「だったら、別の方法がある…」

「別の方法…?」

「グズマさんが言っていたよね。歩行訓練に洞窟へ行っているって…」

海で聞き出せないのであれば、次にヒントになるのはその洞窟だ。

聞いた限りでは、その洞窟では魔物と遭遇することはない。

「きっと明日、日課の歩行訓練をするはず。そこを狙ってみよう…」

 



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第62話 ペスカニその3

日が昇る時間と同時に目を開いたロブは片手で掛け布団をどかし、ベッドのそばにある松葉杖を手にしてベッドから降りる。

少し前まではグズマや手当をしてくれた神父の手を借りなければ、ベッドで横になることも出ることもできなかったが、リハビリのおかげで今では多少の痛みがあるものの、自力でそれをすることができる。

机の上にある瓶を手にし、その中の物を一気に飲み干す。

そして、つい数時間前に獲った魚が入った籠を背負うと、松葉杖をつきながら家の外へ出た。

外にはもう村人たちが出ており、外へ出たロブを奇怪な目で見る人はいない。

ロブはなんでもないように籠を抱え直し、北へと歩を進める。

「…ロブさん、今出ました」

「よし、追いかけよう。チャモロ…頼りにしてるよ」

「ええ。ただ…こういうのは魔物マスターよりも盗賊の仕事のようには思えますが…」

ロブが向かうのは村の北にある洞窟で、彼が普段歩行訓練している場所だ。

洞窟という環境や尾行という今回の行動、そのことを考えるとチャモロの言う通り、盗賊の方が適任だ。

魔物マスターはあくまで五感が活性化して、痕跡などを見抜きやすくなるだけだ。

それに対して、盗賊は簡単な鍵開けや忍び足を利用した気配を消した移動などで隠密行動に長けている。

それらの職業と手にしたものの価値を正確に見出すことのできる商人を極めることで、自然を味方につけ、いかなる環境でも生き延びることのできる職業、レンジャーとなることができる。

チャモロについては魔物マスターを極め、盗賊となったばかりで、尾行などの盗賊の基本中の基本の修行はほとんどできていない。

「いきましょう。少なくとも、痕跡は見逃しません」

距離が離れていくのを確認したチャモロはロブの足跡を特定し、レックに手で合図を出しながら進んでいく。

複数の異なる足跡が見えることもあるが、足跡の特徴をすでにつかんでいるチャモロにとってはロブのそれを割り出すのは朝飯前のことだ。

(バーバラ…怒っているかな?)

チャモロについていきながら、レックは宿屋に置いてきてしまったバーバラのことを考える。

まだ眠っており、そんな彼女を無理に起こしてしまうとかわいそうだと思ったことやチャモロの手を借りた方がやりやすいと思ったことから彼を連れて行った。

後でどう謝っておこうかと考えていると、2人は洞窟の中に入る。

尾行がばれてしまう可能性があるため、たいまつやランタンを使うことができないため、頼りなのはチャモロの五感だ。

離れ離れにならないように距離を詰め、チャモロは暗がりの中でかすかに見える足跡を頼りに進んでいく。

「レックさん、少し物陰に隠れましょう。視線を感じます」

暗がりであり、少し離れると姿が見えにくいものの、どんなに気を付けても足音が聞こえてしまうことがある。

おまけにロブ本人の警戒心の強さもあるようで、中に入ってから視線を感じるのはこれで3回目だ。

(歩行訓練にしては警戒心が強すぎる…あの洞窟の中に何か隠したいものがあるということか…?)

徐々に奥へと進んでいき、一番奥の空間でロブの足が止まる。

籠を置いたロブは何かを探すように壁を触っていた。

そして、数分後にその空間の西側で大きな音が鳴り、ロブは再び籠を手にしてその音がした方向へと進んでいった。

 

抜け道を進み、その終点には海があり、日航が差し込んでいた。

「…よし、誰もきちゃあいねえな…。おい、いいぞ!!」

ロブが声を上げるとバシャバシャと水の音が聞こえ、ロブの目の前にサンゴでできた髪飾りとピンク色のブラをつけた金髪の美女が上半身だけ体を出す。

「ロブ…ああ、来てくれたのね…」

「遅くなって済まねえ。魚、取ってきたぞ」

ロブは籠の中にある魚を出し、それを目の前の女性に差し出す。

両手でそれを受け取ったディーネはおいしそうにその魚を食べ始めた。

「おいしい…。ロブ、ごめんなさい…。私のためにまた…」

おなかをすかしており、魚を食べられるのはありがたいが、ロブの体を見ると表情を曇らせる。

先日と比べて、またロブの体の傷の量が増えている。

魔王の影響で、魚が獲りづらくなっていることはディーネも知っており、その中でロブがどれだけ苦労して魚を獲っているのかを感じてしまう。

「そんなこと言わないでくれ。こうなっちまったのは俺のせいだからよ。これは…俺自身のケジメでもあるんだ。お前をここに閉じ込めるようなことをしてしまった…」

「もう気にしないで、って何度も言ってるのに…。優しいのね、ロブは」

「よせよ…ガラじゃねえ」

親友にすらそんなことを言われたことがなく、免疫がないロブは顔を赤く締めそっぽを向いてしまう。

そんなロブが子供っぽく思えて、ディーネは声を殺して笑う。

ディーネにとっては魚以上に、こうしてロブと話すことができるのがうれしかった。

そんな彼女を見たロブの表情も柔らかくなり、笑みを浮かべる。

だが、一瞬何かを感じたのか、すぐに硬い表情になり、ディーネに背中を向けて隠すように立ち、自分が通った通路を見る。

「ディーネ…隠れろ」

「え、ええ…」

ロブに言われた通り、ディーネは水の中に消えていく。

そして、ロブはギロリとその通路をにらみつける。

「おい!!そこにいることは分かってるんだ!!さっさと出て来い!!」

ロブの声が洞窟に反響する。

そして、観念したかのように真っ暗な通路からレックとチャモロがやってくる。

「てめえら、あの時の旅人…!!お前ら、俺をつけてきやがったか!!ここで…何かをみたか!?」

松葉杖の先をレック達に向けたロブは2人をにらみつける。

海を渡ってきて、あのような大きな私有船を持っている旅人であるため、相当の資金力と実力を持っているかもしれないということは一介の漁師でしかないロブも分かっている。

負傷しているロブではほんのわずかな抵抗しかできないかもしれないが、それでもディーネを守るためなら2人を道連れにしてでも秘密を守るつもりでいた。

「そんなことを言っていると、ここに秘密があることを教えているようなものですよ」

「ちっ…!勘のいいガキめ!」

秘密を知られるわけにはいかないと、ロブは松葉杖をチャモロに向けて振るう。

だが、レックがかばうように立ち、両腕で防御してそれを受け止める。

頑丈な木材で作られた松葉杖と傷ついているとはいえ、漁師として鍛えられた腕で放たれた一撃であることもあり、しびれるほどの激痛を覚えた。

だが、ロブもかなり無茶をしたようで、振るったと同時に転倒してしまう。

「くそ…!」

「警戒しないでください…といっても、これでは口だけですね…」

チャモロは背中に刺してあるゲントの杖を抜き、それについている鏡を倒れているロブに向けてかざす。

(…??なんだ、こりゃ)

鏡を向けられ、柔らかな光を受けたロブはいつも以上に体が楽になったように感じられた。

立ち上がったロブは驚いたようにチャモロを見た。

「私はゲントの村の僧侶です。故あってこのレックさんと共に旅をしています。レックさん、武器を」

「うん…」

レックとチャモロは持っている武器を立ち上がっているロブの足元へ投げ、両手を挙げて何も持っていないことを彼に示す。

更にチャモロは息攻撃に使う薬草や魔法の聖水まで捨てていた。

「てめえら…」

「グズマさんから依頼されたんです。彼があなたのことを心配して…」

「…ちっ、お人よしめ」

自分が粗暴なふるまいをしていることが原因なのは分かっているが、それでも見捨てずにどうにかしようとしたグズマと、そんな彼の願いを聞き入れてここまで来た、数日前に付き合ったばかりのはずの旅人の甘さに思わず苦笑してしまう。

自分が油断するのを誘う策略か、それとも底抜けの馬鹿なのか。

だが、後者であれば自分の願いをかなえることができるかもしれない。

「…誰にも、いわねえな?」

「はい?」

「いいぜ、話してやる。だが、お前らの仲間以外の誰かにこれから見せるものを言ってみろ。どこまでも追いかけて、お前らを殺してやるぞ…!!」

「…分かり、ました。話してください」

「ああ、いいぜ…。ディーネ、出てきてくれ!!」

レックの手を借りて立ち上がったロブは海に向けて声を出す。

すると、水の中に隠れていたディーネが顔を出し、ロブを見つめる。

そして、大きく飛び跳ねて岩場に腰掛ける。

その下半身はピンク色の魚そのものだった。

「人魚…?」

「どうして、人魚がここに??それに、実在しているなんて…」

人間と同等の知識を持ち、海の中で生きる生き物として人魚の存在は知れ渡っているが、その本当の姿を見た者はおらず、あくまでもおとぎ話の世界の物だとばかり思っていた。

だが、その空想の生き物であるはずの人魚が目の前に、この現実世界に存在する。

レックとチャモロが驚きの余り言葉が出ずにいる中で、ロブはしゃべり始める。

「こいつは俺の命の恩人だ。漁に出て、突然起こった嵐で船が沈み、俺も激流の中に飲み込まれちまった…もうだめかと思った時に、コイツが俺を助けてくれた」

激流に呑まれ、体が沈んでいき、意識が薄れていく中で彼女を見たとき、ロブはお迎えが来たのだと思ってしまった。

海に生きる人間は死ぬとき、天使ではなく人魚が迎えに来て、海と陸の間にあるという楽園へその魂を導くという伝承がある。

その伝承通りに、これからその楽園へ行くとばかり思っていた。

だが、気が付いた時には村から離れた場所の浜辺にいて、ディーネがいた。

「だから、俺は生きて村にいる。だが、ディーネは…」

「ちょうど、私たちはこの近くの海から別の場所へ移動をしていたのです。嵐がやって来たので、岩場まで避難していましたが、その時に小さな声が聞こえてきたんです。いてもたってもいられず、駆けつけたときに、彼の…ロブの姿がありました」

「ディーネは俺を助けたばかりに、仲間とはぐれちまった…。魔物があふれているこの海をディーネ1人で越えることはできねえ。俺にできたのは、こうしてかくまうことだけだった…」

歩行訓練と称して、魚を抱えてここまで歩いてきたのはディーネに食事を与えるためだった。

当初は村人に止められたりして、何日も渡せないこともあった。

ディーネのことがばれないようにするため、わざとロブは周囲の人々にとげとげしく接することで距離を置き、放っておかせた。

だが、それはあくまでも一時しのぎだということは2人とも分かっている。

彼女を群れの元へ帰さなければならない。

「できれば、俺の手でこいつを群れの元へ連れていきてえ…。だが、今の俺の体じゃあ無理だ。それに、船もねえ…」

「そんなこと、いいの…ロブ。私は今のままでいいの。仲間のことは気になるけど、今のままで十分幸せだから…」

仲間たちと世界各地の海を転々としながら生活していたその時とは違い、今のディーネの海はこの洞窟の中だけで、食事も限られていることから不自由に見える。

だが、そんな生活にもかかわらず、ディーネは笑みを浮かべており、その言葉からは偽りは感じられない。

「少し、外を泳いでくるわ。誰にも見つからないようにするから、心配しないで」

「あ、ああ…」

「ありがとう、みなさん。ロブのことを心配してくれて…」

ディーネは海へ飛び込み、外へ向かって潜ったまま泳いでいく。

不漁続きの今では進んで海へ出ようとする漁師もいない。

潜ったまま移動すれば、見つかることはないだろう。

「…ディーネはああいってくれているが、本当は仲間の元へ帰りたいはずだ。俺が…こんな体じゃなければ…。…そういえば、あんたらは船を持っていたよな。どこから来た?」

「それは…」

レックは神の船のこと、そしてある人物を探すためにレイドックから旅をしていたことを説明する。

「まさか水門を抜けてここまで来るなんてな…。だとしたら、あんたらならできるかもしれねえ。頼む…ディーネを仲間の元へ帰してやってくれ!!俺にできることなら、いくらでもする!!頼む!!」

先ほどまでに態度とは一変し、懇願するようにレック達に頭を下げる。

その必死さから、どれだけディーネのことを考えているかが分かってしまう。

「返すにしても、問題は今人魚たちの群れがどこにいるかですね。それが分からなければ、世界中を回って探さなければならなくなります」

「場所については見当がついている。ディーネが教えてくれた。サンマリーノの北にある岩場だってよ。元々ディーネの群れはそこを目的地に移動していたのさ」

「サンマリーノの北の岩場…それは確か…」

アークボルトへの航海中に、その岩場の話をハッサンから聞いたことがある。

円環状の岩場で、そこでは時折不思議な歌声が聞こえることから船乗りから恐れられており、誰も近づかないという。

ディーネの話が正しければ、もしかしたらその歌声は人魚のものかもしれない。

ロブの言う通り、神の船であれば嵐を越えてそこへ向かうことができる。

しかし、問題なのはペスカニに到着する原因となった嵐だ。

あの嵐でも沈むことはなかったとはいえ、相当のダメージを負い、今も修理をしなければならない状態だ。

その嵐を避けて進む手段がない以上、運悪く嵐に遭遇したら、ディーネを無事に送り返すことのできる保証がない。

「だが、沈まねえだけでも奇跡だ!!乗り切る手段は俺も考えるし、手も貸す!だから…」

「ロブ…いいの、ロブ」

洞窟へ戻った来たディーネが上半身を出して、首を横に振る。

そして、海水で濡れた手でロブの手を包むように握る。

「ロブ…私はずっとここにいるわ。だって、私…ロブが…」

「駄目だ!!」

ディーネに手を振り払ったロブは叫ぶ。

彼女に背中を向け、顔を見せないようにしてロブは言葉を繋げる。

「ここにいても、お前は幸せになれねえ!!ここにいちゃあ、いけねえんだ!!」

「でも…」

「俺は…幸せになってもらいてえんだよ。お前に…」

彼女の食料となる魚を手にし、こうしてここまでやってきたとき、ディーネは笑顔を見せてくれた。

傷が治らず、危険な夜の漁をしているが、それだけでロブはうれしかった。

だが、同時にそんな状況を作ってしまった自分を恨めしくも思ってしまった。

夢にも見た、水門の先の海へ行くことのできる船が今この村にあることはディーネにとって千載一遇のチャンスだ。

それを無駄にしたくない。

「…悪い、あんたらにとっても決めにくいことだよな…。修理が終わる日までに答えを出してくれ。頼んだぞ」

「ロブ…」

ディーネに顔を向けることなく、ロブは入り江を後にする。

そんな彼の後姿を見続けていたディーネは何も言わずに、再び水の中へと消えてしまった。

 

「うーーん、人魚をふるさとを届けてくれ、か。まぁ、聞かねえわけにはいかねーけどなぁ」

洞窟から戻って来たレックとチャモロからこのことを説明され、ハッサンはどうすればいいかと悩むように首を傾げ、アモスを腕を組む。

「問題はどうやってディーネさんをあの入り江から運ぶか、ですね。そのまま後ろについてくるというのはできそうにありませんし…」

「飲み水を入れる樽を一つ空けて、その中に入れるのはどうだ?窮屈だが、その状態で船室に入れておいて、定期的に海水を交換すれば、あの人魚さんも大丈夫だろ」

「でも…あのディーネって人は本当に帰りたがってるのかなぁ…?」

「うん…?」

バーバラの脳裏に浮かんだ素朴な疑問。

しかし、レック達から聞いた話が真実であれば、どうしてもその疑問が頭に引っかかる。

仲間の元へ帰れることを一番喜ぶはずのディーネがなぜか浮かない表情を見せていた。

「もしかして、だけど…ディーネさんってロブさんのことが…」

「ロブさんのことが…どうかしたの?」

バーバラの言っている意味が分からず、問いかけてくるレックをバーバラはムッと目つきを鋭くしてにらみつける。

この程度のことも分からない男だとは思ってもおらず、どうしてもこんな目で見てしまう。

きっと、それだから自分のことも気づいてくれないのだろう。

サンマリーノ北の岩場とペスカニはかなりの距離があり、連絡船がない以上は移動手段は神の船しかない。

おそらく、もしディーネがそこへ帰ったら、ロブとディーネは二度と会うことができないかもしれない。

「でもよ、このままにしているとまずいですよ。治療をしましたが、ロブさん…本当ならまだ安静にしておかなければならないのに…」

ディーネがいる限り、ロブは傷を押して危険な漁を続けるだろう。

最悪の場合、それが原因で死んでしまうか、過労で倒れてしまうことになりかねない。

船の修理のためだけにたどり着いたこの村で、一組の男女の人生を左右しかねない選択にかかわることになってしまった。

結局、その日は結論が出ることなく、夜を迎えることになった。



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