Who reached Infinite-Stratos ? (卯月ゆう)
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Prelude 私が出会った彼の話
とあるリンクスの最後


国家解体戦争なんてものがあらず、単純に企業同士の力比べから始まった戦争。その中で落ちてしまったある男と、そんな男を救った修道女の話から


暁とはまた勝手が違うので戸惑い気味ですが、ゆっくり頑張りますね。
あちこち残念なところが見受けられるので、寛大な心で読んでいただけると幸いです


 破壊天使、彼はそう呼ばれていた。もちろん、ただ強いだけではそんな名で呼ばれることもなかっただろう。

 "天使"の所以はその背に装備されたEC-O307AB(天使砲)にあった。

 6つの砲門から放たれるレーザーは彼に立ちふさがる敵を端から貫いていった。

 

 

「フッ、こんなもんか。味気ない」

 

 ついさっきまでネクスト数機相手に振舞っていたとは思えない余裕。コレも彼の持ち味の一つだった。

 

 

「すべての目標の撃破を確認、帰投してください」

 

 オペレーター指示を確認して帰路につく。いつものやりとりだ。

 いつ死ぬかわからないリンクス(山猫)ゆえ、一つ一つのミッションに全力で望み、終わったあとも帰還するまで気を抜かない、戦場を翔ける彼らの心意気の一つだろう。そんな彼だからこそ、

 

 

「後方からミサイル多数! 避けて!」

 

 そんなオペレーターの叫びの前にサイドブースターを吹かし回避行動に移っていた。

 強烈なGに襲われつつも彼は叫ぶ。

 

 

「新手か!数は!」

「不明です、地上から発射されているため、艦船からの攻撃と思われます」

「了解、エンゲージ」

 

 船が相手ならレーザーキャノンで一発だろう。そう思っていた。

 

 

「敵艦目視、数3、距離1750」

 

 

 ―ありゃデカイ…… 

 

 全長数百mはあると思われる潜水艦のような船が3隻、この距離でアレだけ大きく見えるのだ。武装、装甲共に十二分なものが予想された。

 

 

「こちらでもデータを確認しました、ミッション追加です、敵艦の武装データ収集及び撃沈です」

 

 ほう、そうきたか。

 予想はできたが、まさかあのデカブツを単騎で沈めさせるとは、鬼畜どもめ……

 

 護衛のヘリや船から容赦の無い弾幕がはられ、PAを削っていく、

 

 

 ―このままじゃぶっ放す前にPAが削りきられちまう、どうする

 

 歴戦のリンクスを焦らせるだけの力がそこにあった、強力な弾幕、時々放たれる主砲からと思しき重い一撃、このままではジリ貧だった。

 

「PA残り30%です、大丈夫?」

 

 

 オペレーターに返事をする余裕すらない、両腕のアサルトライフルで随伴するヘリを落としつつ、流れ弾で敵船に少しずつではあるがダメージを与える。

 羽の射程まで入らないことには背中のそれなどただのおもりに過ぎない、だが、重量級の機体であることを忘れさせる機動で確実に敵艦との距離を詰めていった。

 

 ―PAが、まずいッ

 

 PAが切れたら、ヘリの豆鉄砲すら確実にAPを削る、コレで主砲を食らったらひとたまりもないだろう。

 だが、彼は一撃に賭けた。

 

 艦隊の中央に陣取る一際大きな戦艦、それに向かい、OBで一気に距離を詰め、羽の一撃を食らわそう、それなら、勝機が生まれる。

 ならば、実行に移すまで。機体の背中に光が収束し……

 

 

 鈍い爆破音とともに直撃弾を確認。まず1隻。

 

 

「有効射を確認、敵艦1隻、撃沈。のこり2隻です」

「PAが切れた、残りの敵の位置とミサイルのレーダーリンクの精度上げてくれ」

「りょ、了解しました。大丈夫ですか?」

「問題ない、APはまだある」

 

 

 それでも残りは80%、PAが切れた今、80%"も"あるのか"しか"ないのか。

 

 OBの勢いそのままに一旦距離を置く、だが、そう甘くもなかった。

 

 ―ングッ!

 

 爆音とともに機体が吹っ飛ぶ、背中に一撃受けたようだ。

 

 

「APのこり30%です!もう帰っ……」

「ええぃ! 儘よ!」

 

 

 砲撃を受けた方向を振り返ると、ボロボロの天使は、羽をたたんだ。

 

 ―さぁ、俺の一撃、受けてみろッ!

 

 天使の羽から光が放たれ、一点―敵艦2隻―に集まる。直後

 

 あたりに響く爆音と衝撃、腹の底から揺さぶれるような重い一撃。大型戦艦2隻の同時爆破、彼自身も光に飲まれ……

 

 

 

 彼は飛んでいた、何が起こったのかはわからない。ただ、機体から投げ出され、浮遊しているようだ。ということは感覚から理解できた。

 

 ―なぜだ、なぜ死んでいない?

 

 機体の沈黙は死を表す、なのに。

 

 

 光の中に見慣れたシルエットが浮かぶ、背中の1対の羽、まさに自身の愛機、己の体、なぜ、

 

 ―一撃受けたか、

 

 光のなかで一撃くらい、機体から放り出された。それが彼の出した結論だった。事実、彼の機体の前面装甲は穴があき、脚部などは外板が剥がれ落ちて中身が見えている。

 

 ―ああ、また、死ねなかったのか。

 

そう思ったのもつかの間。彼の意識は、波に飲まれた。




さて、始まりましたよ。ISとACクロス。
まずはプロローグ、リンクスが落ちます。
この機体は、AC4をプレイした方ならわかるでしょうが、ノブレスオブリージュです。
彼が今後の展開にどう関わるかは、神の味噌汁っ!


本編ですが、私の文章力の都合上、一回あたりは1500文字程度になりそうですね。
さらに残念な戦闘描写。これはどうにもなりません…
擬音とかどうやって使うんでしょうか?

今後、キャラが増えてくなかで、区別をはっきりできるのか、
不安要素は増えていくばかりです

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と、まえがきあとがきまですべてコピペでお送りしてまいります、本作。
基本的にはしばらくレオハルトさんと第一オリキャラ(not主人公)が絡み続けます


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猫、鴉に拾われる

墜ちてしまったリンクスが救われるお話。
救ったのが誰なのかはサブタイ


 ―む? ここは……?

 

 板張りの天井、年季を感じさせる白い壁、木枠の窓からは朝焼けなのか夕焼けなのか、斜陽が指している。

 

「目が覚めましたか?」

 

 

 ふとかけられた声にとっさに腰に手を回す……が、収めてある 得物ナイフが無い。

 

「お探しものはコレですか?」

 

 目の前の女性―格好からシスターと見受けられる―の手には愛用のナイフ。

 それを片手に弄んでいる。

 

「お前は?」

 

「私は天草紫苑、この教会のシスターにございます。日本語がお分かりになるようですね」

 

 シオンと名乗るシスターはいかにも、な慈愛の笑みで私に相対している。

 それでも、片手にはナイフを離さない

 

「ああ、言葉は大丈夫だ。それで、ここは教会と聞いたが、具体的にはどこだ?」

 

 

 上海海域で撃墜されたからおそらくは日本の南側だという検討はつく。

 それよりも、ここからまたヨーロッパのコロニーまで戻れるのか、そもそも機体はどうなった。

 疑問は尽きないが、まずは彼女から得られる情報を得てからにしよう。

 

「ここは日本の九州、熊本は天草にございます。地図で確認なされますか?」

「ああ、頼もう」

 

 そう言うと紫苑はどこからともなくホログラムディスプレイを取り出すと、日本の地図を写しだした。

 

「日本の南に位置する大きな島。これが九州と呼ばれる島です。そして、その中央から西に見たここが、天草です」

 

 

 そういうと地図にマーカーが表示される。だいぶ流されたようだ、生きてるのが奇跡とも思える。

 

「なるほど、位置は分かった。そろそろ、ソレを返してもらえないか?」

 

 彼女の手さばきから刃物の扱いに慣れているというのは察しがつく、だが、彼女の身の上に見合った行動から、私は混乱していた。

 

「ダメですよ。まだ私はあなたが誰だかわかりませんし、それに、見たところあなたは人を殺し慣れていますね。そんな方に刃物を安々とお渡しすると思いますか?」

 

 

 最もだ、仕方がない、ここは警戒を解くためにも身を明かそう。そうして一刻も早くここかr……

 

「ニセの身分を話されても信用いたしませんよ?さらに、一刻も早くここから出ようなどという考えも無駄です、少なくとも1ヶ月ほどは安静にしていてくださいね?」

「あ、ああ」

 

 ―なんだこの女は、まるですべてを見通されているかのようだ。

 

「あなたのことはだいたい検討がついています、傭兵さん?所属とお名前をいただけますか?」

 

 どこまで見通されているのか、仕方がない。正直に話すとしよう

 

「そこまで察しがいいとは驚きだ、仕方がない。私はドイツ、ローゼンタール社所属のリンクス。レオハルト・フュルステンベルク。シオン、君には感謝しているが、私の身分上、此処にいては君たちに迷惑がかかってしまう。私を開放してくれないか」

 

 

 正直に話した、これで彼女も……

 

「わかりました、レオハルトさん。ファミリーネームが呼びにくいのでファーストネームでよろしいですよね?」

「ああ、構わない」

「では、あなたの処遇を言い渡します」

 

 

 え、何だこの展開は、処遇? 私はてっきり修道女に救われたのだと……

 

「あなたを我が教会の管理下に置き、ローゼンタールとの交渉は私の名のもとに行います」

 

 

 この女、何を言っている?

 私を管理下に置く?ローゼンタールとの交渉?無理に決まっている、墜ちたリンクスなど無用、私も直に始末されるだろうに。

 

「では、私は仕事がありますので、これにて失礼いたします。くれぐれも逃げ出そうなどと考えないように」

 

 

 そう言って部屋から出て行く間際、さらに爆弾を落として行った。

 

「そうそう、あなたの機体、私が回収していますから。ご安心ください」

 

 なんということをしてくれたのでしょう。

 

「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「ええもちろん、傭兵を匿い、企業の技術の粋を集めたネクストを手元に置いている。これ以上でもこれ以下でもありません。私はこう見えても強いのですよ?」

 

 

 ふふっと小さく笑う彼女はとんでもないことを冗談のように言い放った。

 

「夕食は6時半ごろお持ちしますね、その時にまた"ゆっくり"話しましょう」

 

 

 そういう彼女は優しく笑いかけて部屋から去っていった。

 

 ―ああ、厄日だ。

 

 私はそう思い、再びの眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「そちらのリンクスは私の手元においてます、ご安心を。機体も回収済みです、背部の羽が美しい機体でした。そちらから部品と人員を送っていただけますね? ええ、もちろん。その分のお仕事は引き受けますよ? まぁ、今どき私のノーマルでできる事など限られるでしょうが。ええ、アレを見る限りは五分といったところでしょうか、ノーマルにはPAなんて素敵なものありませんから。ええ、そう。では、おまちしております」

 

 ―ふふっ、楽しいことになりそうだわ。彼も面白い人だし

 

 

 ここは天草灘にほど近い海辺の教会、その近くには港湾設備がチラホラと見受けられる。

 そのドックの中には、ネクストに狩り尽くされたと思われていた 骨董品ノーマルが天使を眺めるように鎮座していた。




さて、2日連続であげます。私のアイディアが尽きないうちに書いてしまいたいですからね。

ノブレスオブリージュのレオハルトですが、ファミリーネームがわからないので適当にでっち上げました。ご了承ください。

かなりご都合主義な点が見受けられますが、目をつぶっていただけたら幸いです。


物語はこの後もしばらくこの2人の絡みが続きます、そうして主人公が産まれ次第、勢いを上げて時空をかっ飛ばす予定です。


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お話をしましょう。

夕食でのお話。

オリキャラの身の上が少しずつ明かされていきます。


「夕食をお持ちしました」

 

 そう行ってシオンは部屋へ入ってきた、手には夕食が乗ったトレー。

 うぅむ、いい香りが食欲をそそる。メニューはなんだろうか?

 

 

「此処に来てから何も食べていないでしょうから、待ち遠しかったんじゃないですか?」

 

 そう言ってシオンはまた、ふふっと笑う。

 いまだに彼女の素性がわからない、だが、さっきの話からすると毒を盛られている可能性は低そうだ。

 

 

「そうだな、こうして食事を前にすると腹が減ったと実感してきた」

 

 トレーの上にはサラダ、ミソスープ、これは……魚を煮た物か? そしてご飯。和食が主なメニューだ。

 それもご丁寧に箸ではなく、ナイフとフォークが。

 

 ―これは使えないか?

 

 

「ナイフがあるからって物騒なこと考えないでくださいね?」

 

 釘を刺されてしまった、彼女は人の心が読めるんじゃないかと本当に思ってきた。

 

 

「そ、そんなことはない。こうして食事が出るだけありがたいものだ。」

 

 食事が取れることは本当にありがたい。それも不味いレーションなどではなく、しっかりした食事が。和食は初めてだが、美味いものだと聞いている、期待しよう。

 

 まずはスープから頂くものだ、ほう、香りの良いものだ。

 一口すすってみる、おもわず息を吐いてしまう。

 

「ほぅ、あたたまる。具のこれは……海藻かなにかか?」

「ええ、あおさ、という海藻の一種よ。この辺りではよく取れるの。味噌汁に合うでしょ?」

「ああ、素晴らしいな、ミソスープが日本でよく食べられているというのは知っていたが、それも頷ける。具のバリエーションを変えれば飽きずに食べられるな」

「気に入ってくれたようで嬉しいわ」

 

 

 その後も、魚の煮付け―あとから聞いたが、アレはタイだったそうだ―サラダ、白米。すべてを食べつくし、腹も膨れ、気分もとても落ち着いていた。

 

 

「では、お話をしましょう?」

 

 その一言で私は再び現実に引き戻された

 

「何を語るべきだ?」

「そうね、まず、今の傭兵、リンクスといったかしら? それらのことから、話してもらえる?」

「そうだな、私達リンクスは企業に所属し、任務をこなしている。主だった内容は―」

 

 

 そうして私は語った、今の状況を、企業が企業を束ねるために争いを重ねていることを、そういった中でコジマ技術が培われ、ノーマルの燃料電池などとは比較にならないパワーを得られること。

 それに従い、ACも進化し『ネクスト』と呼ばれる、脳との繋がり(Links)を必要とするものに変わったこと。

 傭兵たちはレイヴン()からリンクス(山猫)へと移り変わり、どこかに所属し、縛られることが主流となったこと。

 

 それからも私は多くを語った、もう私に先は無いのだから。

 

「そう」

 

 彼女は短くそう言うと、

 

「時代も変わってしまったのね」

 

 と、どこか遠くを見る目でそう言った。

 

「今度は私から質問だ。いいか?」

 

 先の話で切り替わった頭で今最善の策を考える

 

「ええ、いいわよ? 変なコト聞いたら、わかるわね?」

 

 ふふっ、とまた柔らかい笑み。だが、柔らかいのは表情だけ、その裏は触れれば切れる刃の様であった。

 

「君は一体何者だ?」

「あら、ずいぶん直球な質問ね。まぁいいわ、答えましょう」

 

 はぐらかされるかと思いきや、答えるのか。だが、その返答は私をさらなる混乱へ突き落とした。

 

「私は元レイヴンよ。今となっては小さい教会のシスターだけど」

 

 私は耳を疑った。レイヴンだと? 彼女が? 

 

「あら、すごい顔してるわね、そんなに意外だったかしら?」

「そりゃ、な。 我々の礎を築いたレイヴンの生き残りが目の前に居るのだからな」

 

 ―レイヴンだった? なら、彼女は何歳なのだろうか、まさか10歳でACに乗ったなんて言わない限り、見た目の年齢とは差が空きすぎる。

 

「ん? なにか女性に対して失礼な事考えてないかしら?」

 

 またか、鋭すぎるだろう……

 

「失礼な質問だとわかって聞くが、君の年齢は?」

 

 ここは直球勝負と行こう、周りくどいのは嫌いだからな

 

「あら、そんなことを聞くの? 答えようかとも思ったけど、そのうちね」

 

 ここははぐらかすのか……

 まぁ、レイヴンの生き残りならば末期に彼女はACに乗り始めたのだろう、そう考えるのが妥当だと結論付けて思考をもどす。

 

 また爆弾が降ってくるとも知らずに

 

「じゃぁ、また私からね。まず、レオハルト・フュルステンベルク、あなたを今日付けで正式に私の指揮下に。そしてあなたのオペレーター、ヴェロニカさんと言ったかしら? 彼女を昨日付けであなたのオペレーターから解任。代わりに私がその任に付くわ」

 

 さらっと言ったが、私が彼女の指揮下に、だと? そのうえオペレーターまで……

 だめだ、ただでさえ混乱している頭が更に混乱してきた。

 

「これ、指令書ね、目を通して置いて頂戴」

 

 手渡された紙には本当にそうあった。なんてことだ……

 さらに、彼女は言わなかったが、ローゼンタールの日本支社―オーメルグループの、だが―から機体の修繕、補給が受けられるそうだ。

 

「なんてことだ……」

「あら、そんなに残念かしら? 悪い話では無いと思うけど?」

「確かに、悪い話では無い、だが、どうして"墜ちた"私が救われるのだ?」

 

 墜ちたリンクスなど不要、そう考えていた。なぜ、救ったのだろうか。

 ―私がローゼンタールを背負う立場だから?

 いや、サフィラスフォースから人員が出るだろう

 

 なぜ? なぜ、何故だ?

 

 疑問ばかりが浮かぶ中、彼女は優しい微笑みを浮かべながら私を見ていた。




レオハルトが救われるお話。
彼には生きてもらわねば、いくらリンクスの寿命が短くとも紫苑との間に子を授かってもらわないと物語がただのACの二次創作で終わってしまいますからね。

彼らの話はまだまだ続きます。


話は変わりますが、GoogleIMEって誤変換、と言うか変な変換をすることが多いですね、おかげで書き直しが面倒です

では、また次回も読んでいただければ幸いです。


こうして自分の書いたものを改めて見返すとつくづく文章力ないなぁ。と思いますね。
この先にはさらに残念な描写も多々……


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鴉に飼い慣らされた猫

レオハルトさんが、自分の弱さを自覚する話


7/18 追記

話の在庫はまだあるので、もう数話は毎日投稿できますが、その後はどうなるでしょうか。検討もつきません。
もともと飽き性な性格もあるので未完成で終わってしまうのか、気合で最期まで書き上げるのか。
ただ、誰かに自分の書いたものを読んでもらう、ということの喜びがなんとなくわかった気がします。ですから、できるだけ完結を目指したいと思っております。これからも私、卯月ゆうと、拙作をよろしくお願いします。


10/4 追記

先述の通り、暁に3ヶ月近く前に投稿した話です。
3ヶ月前の宣言はまだ達成されておらず、話も今だ6巻が終わり、オリジナル展開に突入する? くらいまでしか書けていません。
本当に完結させられるのか、自分でもわかりません。プロットが無く、勢いで書いているのでゴールが今のところ無いんです。まずは亡国機業の行く末、そして世界の行く末を書いて終わり? とは考えていますが、どういう結末にするのか、自分でもさっぱりです。

ですが、一日1話投稿で数ヶ月先の話、今はまだ、主人公すら生まれておりません。
この先がどうなってしまうのか、ゆっくりのんびりお付き合いください。


 素晴らしい。この一言に尽きる。

 目の前にあるのは我が愛機、ノブリスオブリージュ、その背には天使砲の異名を持つレーザーキャノン、EC-O307AB。コレがなければこの機体は語れないだろう。

 

 ブレードからレーザーキャノンまで、幅広いレンジに対応したオールラウンダー、それこそ、ローゼンタールの持つ汎用性の高さの現れ、私の信条なのだからな。

 

「機体の具合はどうでしょうか?」

 

 派遣された技術担当者が私の顔色を伺う。

 

「ああ、最高だ。よくやってくれた」

 

 技術担当は本当にいい仕事をしてくれた、コレでまた、こいつと、飛べる。

 

「お褒めいただき光栄です」

「全て元通り、これを最高の仕事と言わずになんという。ありがとう」

「いえ、コレが仕事ですから。では、失礼致します」

 

 

 そんな言葉を交わし、嬉々とした雰囲気を纏って去っていく彼を見届けた後、もう一度機体を見回す。修繕だけではなく、隅々まで磨き上げられている。

 小さなスタビライザーの1つまで、丁寧に。これが日本人のやり方だろうか。

 

 

「機体は直ったみたいね、じゃぁ、さっそくお仕事よ。体は平気?」

「ああ、問題ない。少しリハビリは必要だろうがな」

 

 それもそうだ、もう数週間は乗ってない、機体と脳が直接つながる感覚も掴み直さなければならないだろう。

 

 

「じゃぁ、軽く飛んでから行きましょうか。ミッションレディ!」

 

 シオンの一声でドックの中は騒がしくなる、機体を発進準備にかかるのだ。

 

「整備担当者は最終チェックの後、機体から離れて、搭乗リンクスは機体へ!」

 

 整備担当が最終チェックを終えたらしく機体から離れていく、よし、久しぶりに飛べるのだ、楽しみにしよう。

 

 

「リンクスの搭乗を確認、ACネクスト、起動!」

「ノブレスオブリージュ、起動」

 

 あちこちからマニピュレータの放つ機械音、それもつかの間、私と機体はひとつになる。

 

 

「AMSグリーン、機体にも問題ないわね。ローンチ!」

 

 開けられたシャッターから見えるのは海、目指すはもちろん、空ッ!

 

「ノブレスオブリージュ、出るッ!」

 

 ブースターを使っての加速、カタパルトを置くスペースは残念なことになかったらしい。

 

「聞こえてる? 久しぶりに乗った感じはどうかしら?」

「帰ってきた、というべきか。此処こそ私の居所なのだと思うよ」

「そう、問題ないみたいね、じゃぁ、ミッション前に肩慣らしと行きましょう」

 

 

 そう言うと同時にドックから飛び出す1機のノーマル

 

 ――隣においてあったやつか。乗っているのはシオンだろう。

 

 

「さぁ、準備運動といきましょう」

「そうか、では、お手並み拝見」

 

 どちらが撃ったか、乾いた炸裂音から始まった。

 

 

「ほう、生き残っただけあって、なかなか動くじゃないか」

「さすがに空中機動じゃ負けるけどねッ!」

 

 そう言いながらリニアライフルを連射、確実に削りに……

 

「やはりノーマルはノーマルか」

 

 シオンがサブマシンガンで弾幕を張るも、PAの前ではすべて無に帰す。

 

「ではこちらから、行こう」

 

 手にはMR-R100R このくらいの距離ならばちょうどいいだろう。

 ダンッダンッダンッと乾いた音が続く。

 

「射撃武器で私に挑むとはいい度胸ねぇ?」

 

 ――なんだ、この悪寒は……

 

 紫苑は横方向にグライドしながら、直撃弾だけを――斬っていた。

 

「なっ……」

 

 弾を斬るなど、こいつ本当にただの人間、そしてノーマルなのか。

 

「さぁ、徹底的に 教育()してあげましょう! 行きますよ、ストラトスフィア!」

 

 そこからはまさかまさかの連続であった、ジグザグにグライドしながら私までの距離を詰め―その間も私は弾幕を張り続けた―ブレードで一閃、PAが大きく削られる。

 

「さぁ、さぁ! もっと、もっと楽しませなさい!」

 

 この女、戦闘狂かなにかなのか。

 準備運動と言いつつ、本気で殺しに来てないか?

 

 

「お、おい!そろそろいいだろう!」

「まだ、まだだ!」

 

 そう言いながら振られるブレードは止まらない、私も応戦しているのだが、機体性能よりも人間のスペックが違う。AMSのないノーマルでこれだけの動きをする人間が居ることが信じられない。

 

 その後もブレードでの打ち合いは続き、PAが切れたにもかかわらず斬りつけてくる。

 衝撃とともにAPが削られていく、それも彼女の一薙ぎは毎回重い。

 それを避けようと距離を置こうとするとリニアライフルで足止めされ、接近戦ではほぼ一方的に蹂躙される。

 

 

「私の負けだ、仕事もあるだろう!」

 

 おとなしく負けを認めざるを得ない状況。そこまで私は追い込まれていた。

 

 ――空中戦でもない限り私は彼女の操るノーマルにすら勝てないのだろうか

 

 シオンは私の言葉を聞いたようで、

 

「あっ、えっ? あぁぁぁ!!!」

 

 間抜けな悲鳴をあげていた。

 

 

 

 

 

「ゲホン。それではミッションを説明します―」

 

 あれだけ激しい戦闘にもかかわらず彼女の機体は多少の被弾痕こそあれど、無傷と言っていい。

 それに対し私は……レーザーブレードに切り刻まれ装甲はボロボロ、天使砲に被害がないだけまだマシだが。

 

「では、ミッションレディ!」

 

 彼女の一言で、再びドックは出撃準備の喧騒を取り戻した




ACファンの皆様、ごめんなさい、ネクストでもノーマルに負けます。それも近接戦闘で。

私自身はへっぽこリンクスなので、AC4のなかでノーマルに袋叩きにされて落ちた回数は両手の指では足りません(;´Д`)
接近戦ではどうなんでしょうね、私のスタイルとして、背中に天使法、両手にMotorcobraで削るスタイルが基本なので、近接戦と言ってもブレードをふるうことは少ないんですよね。
アンジェは扉切り開いたと同時に社長砲を叩き込んで終わらせた覚えがありますが。

それでも、月光はかっこいい武器だと思っております、使いこなせませんが。
ま、まぁ、レーザーブレードは男のロマンだよね!



本文で「ドック」という表現を使っていますが、イメージとしては航空機のハンガー
をイメージしていただいたほうが正しいです・・・


さて、次回は世界観をの整理と、紫苑の過去を絡めた話の予定です。時系列も無視して世界を強引に平和に、現実寄りにしています。
(ACとか、ネクストとか言ってる時点でアレですが)


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閑話:私が出会った彼女の話

シオンさんの過去話と世界観の整理。
完全オリジナルストーリーでACの世界観無視っております・・・


PV数で一喜一憂しております、卯月です。
物事を数値で表したものってわかりやすくて好きなんですけど、私はその評価と言うか、自分の数値はあまり見たくないんですよね。自分の価値を図られるみたいで。
まぁ、それでも見たくないものを見てしまうのが人の性、これからもちまちま頑張ります。応援の程よろしくお願いします。

章の名前は音楽から取っています。プレリュード、前奏曲という意味合いです。
物語はまだ序章、これから少し、時間軸を流れるペースがあがっていきますが、基本的には"ゆっくりさん"です。ごめんなさい


 ――これは、今では 聖女マリアなんて呼ばれてしまう私が、如何にしてそうなったのか。

 彼と出会い、私の中で思うことがあったから、ゆっくり、思い返してみようと思ったのだ。

 

 

 

 今から数年前、アークの内部で大規模な粛清があったようだ、それも、ランカーによって。

 基本的に企業への肩入れを禁ずるアークが、一企業との癒着を暴かれてしまったのだ。

 それに伴う大幅な組織改革、そんな大波の中で1人の少女()がレイヴンとして放り込まれた。

 なれない世界の中で私は力をつけた、死なないための、生きるための力を。

 だが、それもつかの間、大量破壊兵器による騒乱によりアークも瓦解。統治機構として企業の合意の下「アライアンス」が設立された。

 そして幾許かの月が過ぎたころ、ひとつの声明が世界を更なる混沌へ導いていった。

 

「アライアンスの打討とレイヴンによる新たなる秩序の創出」を語るバーテックスが表舞台に現れたのだ。

 世界の秩序。その名のもとに2つの勢力による対立が激化、そして、企業はバーテックスを率いるジャック・Oの抹殺を計画する。

 それと並行し、発見された謎の機体、パルヴァライザー。

 アライアンスへ従いた私へ多くの任務が与えられた。24時間のうちに、全てを終わらせろ、と。

 私はただ従い、斬って裂いて貫いた。ただがむしゃらに。

 

 気がつけば周りには誰もおらず、私は最後の鴉(Last Raven)となってしまった。 

 

 

 

 アライアンスは時代の流れとともに進化し、構成する企業にも変化が現れ、「ネクスト」の登場とともに大きく飛躍した。

 

 アライアンスは「企業連合」へと変貌し、乾電池からACまで、のスローガンを持ち、家電から兵器まで、様々な方面に影響力を広げていた。

 だが、複数の者が絡みあうだけに、内乱は発生し、それぞれの企業に属するリンクスが代理戦争のような形を取っていた。

 

 もちろん、企業連に属さない企業も存在し、それぞれの技術を武器に、企業連と上手く折り合って生きながらえていた。

 

 私はアライアンス時代の功績とコネクションを生かして、独立した傭兵として生きていた。

 どこにも属さず、誰にも肩入れしない。かつての「アーク」のようなスタイルが、私の生き方となっていた。

 アライアンスが企業連となっても、私は1人世界中を飛び回り、多くの戦場で生きてきた。

 時には彼ら(企業連)からの依頼も受け、MTに混じって輸送団の護衛などを行っていた。

 

 多くの戦場見てきたが故に、人が理解し合い、協力しあうことができないということをいやというほどわかってしまった。

 価値観の対立は小さな争いを生み、それは人々を巻き込んだ戦となる。そこに利益を見出そうとする輩が加われば立派な戦争の出来上がりだ。

 

 もっとも、その中で金を稼ぎ、飯を食べてきた私が語る資格など無いのだろうが。

 

 

 私の存在を大きく揺るがしたのは、自分自身の言葉と、一人の少女だった。

 アジアの紛争地帯で仕事をしていた私は、戦火の下、銃声の響き渡る市街地で、私は反政府組織の排除の任についていた。

 暗い路地を一つ一つ確認し、異常のないことを確かめる。

 

 私はそんな中で1人の少女と出会った、彼女は使い方もわからないであろう小銃を私に向けて、ひたすらに「来るな!親殺しめ!」と震えた声で叫んでいた。その背後を見ると彼女の親であろう男女が折り重なるよう倒れていた。おそらくは追い詰められ、娘をかばって撃たれたのだろう。

 

 私はバラクラバを取り、銃を下し、敵意の無いことをアピールした。

 それでも彼女は必死の抵抗を続けた。己を守るため、守ってくれていた存在を失ったことを理解しきれていないからこその抵抗なのだろう。

 

 私は出来る限り優しく彼女に語りかけた

「私は敵じゃないよ、君を守るために来たんだ。それをおろして、ね」

 

 それでも彼女は泣きながら銃を向け続ける。

 

「君はお父さんとお母さんを守りたいんだろ? お姉さんもそうなんだ、私はみんなを守りたい」

 

「本当? 信じていいの?」

 

「それは君次第だよ。ただ、今の私を殺したら、君はお父さんとお母さんを殺した奴とおなじになってしまうね」

 

 その一言が彼女に刺さったようだ、力が抜けたように銃を落とすと、そのままへたり込んでしまった。そして、堰が切れたようで、涙を流しながらこういった

 

「お父さんとお母さんは私を守ってくれた。だから私は同じことをしなくちゃいけないと思った。分からなかった。私を守るために命すら捨てたお父さんとお母さんを、私も命を賭けて守らなきゃいけないと思った」

 

 その潤んだ、だが真っ直ぐな目には彼女の生の炎が見えるようだった。

 私の適当な言い訳を、こんなに素直に受け止めるなんて。

 それは幼いころの自分を見ているようであった。

 

 

 親を早々に失った私は、親戚と名乗る者たちの間を回され、時には暴力にすらさらされた。

 自分自身を守るために、ひたすらに力を求めた。目の前の敵を払う力を、私に楯突くものを薙ぎ払う力を。

 そして、行き着いたのが、アークだった。

 

 そこで私はひたすらに目の前の敵を払う力をつけ、実際にそうしてきた。

 だが、それは本当に正しい行動だったのだろうか。

 自分で吐いた言葉と、少女の目を思い出すとそれすら不安になった

 

 私は自分自身を見直すべきだと考え、祖国である日本に帰ることを決めた。

 あてのない旅路、自分探しの旅、なんて言葉がピッタリの適当な放浪だった。

 

 そうして、そんな放浪人である私を拾ってくれたのがかつてこの教会のシスターであった――彼女は欧州の修道院を出た、本物のシスターさんである。天草ハルであった。

 どこか懐かしい雰囲気を醸し出す彼女に、私は惹かれたのだろうか?

 誰に対しても笑みを絶やさず、包容力ともいうのだろうか。懐の深い、女性だった。

 

 私は彼女に自分を見つめなおす術を乞うた。だが、彼女はただ、

 

「それは自分自身で見つけるべきです。あなたのことがわかるのはあなたしかいないのですから」

 

 

 そう言って優しい笑みを向けるだけだった。

 

 彼女は、人を殺、奪うことしか能のない私に、人を救い、与える術を教えてくれた。

 私と対局に位置する彼女から見た私はどう写ったのだろうか。

 

 彼女は私のことを何も聞かなかった。おそらく、わかっていたのでは無いだろうか?

 

 そんな私を、彼女は教会に置いてくれた。そこで私は自然と、彼女から慈愛の心を学び、排除する力ではなく、受容する力を学んだ。

 私にはすべてが新鮮だった、目の前の敵を排除するのではなく、受け入れるなどとは、戦場を舞っていた私では、想像もできなかっただろう

 

 今思えば、彼女は私に反対のものを与え、私を磨いてくれたのではなかったのだろうか。

 

 

 数年前、彼女が逝く直前に彼女が私に授けてくれてくれたのは、日本ではありふれたことわざだった。

 

「情けは人の為ならず、といいます。あなたの人助けは、かならず、巡り廻ってあなたへ返ってくるのです。あなたは大切な人を、大切なモノを守るだけの力だけをつけてきたようですが、守るだけでは気づかぬうちに失くしてしまうこともあるのです。失くしてしまったものは救い上げ、与えるしかありません。私はその術をあなたにお教えしたつもりです。あなたには力がある、だからその力を、自分のためだけでなく、他人のためにもつかいなさい。そうすれば、自ずと答えが返ってくるはずですから」

 

 そう言って、私に優しい笑みを向けたのを最後に、彼女は息を引き取った。

 

 

 その後の私は、彼女の姓である天草を名乗り、シスターハルの代わりにこの教会を取り仕切り――と言っても私1人しか居ないのだが。時折、シスターハルから伝え聞いた神の教えを近所の人々に説いたり、懺悔を聞き入れたりと、シスターっぽいことをこなしていた。

 

 その裏では、救える人間を救うべく、人命救助、難民支援など、私の"救い"の力を使ってきた。

 

 

 あの男が来るまでは……




シンプルに纏めてしまうと、国家解体戦争なんてものがあらず、3系で存在した企業は再編を繰り返し、4系の企業へ収束します。そうして、企業は互いの利益の追求とNPO的活動のため、企業連へと再編されたのです。

AC時代は出来る限り平和にしておきたいですからね


基本的に私がサボらない限りは毎朝6時に投稿予約をしています。
朝の通勤通学のおともにしていただければ幸いです


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猫、可愛がられる

レオハルトさんの日常回
地元に愛されるって素敵なこと何でしょうね。

物語の舞台は天草ですが、私は都民なんです……近所付き合いはある方だと思いますが。
小説やドラマの田舎のイメージを、私なりに描いてみました


 私が日本に流れ着いて早くも半年が経った。

 その間にも中東へ赴き、紛争を終わらせるべく力を振るったり、アフリカへ赴き、 争いの残骸(地雷)を処理したりと、仕事は絶えなかった。

 

 気づけば、私の力の振るい方は大きく変わっていた、奪うためでなく、守るためへと。

 

「これもすべて、シオンのおかげか」

 

 半年の間に私だけでなく、世界も変わりつつあった、企業連がうまくまとまりつつあり、リンクス同士がぶつかることも減っていた。

 

 ――その影にはオーメルのオッツダルヴァの存在があったようだが……

 

 世界は平和になりつつある、私だけでなく、彼女もそう感じているはずだ。

 

 

 すっかり慣れ親しんだ天草の地、漁港を歩く私に老爺が声をかける

 

「お~い、レオさんや。今上がったばかりの魚、持って行ってくれんか。大漁でなぁ!」

 

 もう、私もこの地の人々に受け入れられたようだ。

 

「これはまた大漁ですねぇ、ありがたく頂いていきます。ここの魚介は美味しいですからね」

「そう言ってもらえりゃ俺もやりがいがあるってもんだ!」

 

 そういって豪快に笑う老爺につられ、私も笑う

 やはりこの地では目立つ私は、散歩をしていればどこかしらで声をかけられる。

 排斥ではなく受容の心で私を受け入れてくれるこの地の人々に私は感謝せずにはいられない。

 

 これも、彼女の存在が故か。

 

 シオンから少し聞いた話では、あの教会には以前、もう一人シスターが居たそうだ。

 彼女が師と仰ぎ、私に力を与えてくれた人だと、そう言っていた。

 その人の教えが、地域の人々に行き渡っているかのようだ、とも。

 

 いただきものの魚が入った袋を手に、ブラブラとする。本国に居た時はこんなことをしただろうか。

 貴族が故に賞賛もされたが。恨まれ、妬まれ、あわよくばと、近づくもののほうが多かった。

 

 それが、此処にはない、私はフュルステンベルク家のレオハルトではなく、ただの、レオハルトでいられる。そんな気がした。

 

「あら、レオハルトさん! 今日もカッコいいわね。そうだ、家でとれたデコポン持って行って頂戴っ」

 

 また声をかけられた。こうしていろいろな人からものを頂くのも恒例となりつつある

 

「毎回毎回すみませんね、夏子さん」

「いいのよ、紫苑ちゃんにはお世話になってるし、あなたも天草の人間なんだから、気にしない気にしない!」

「そうですか、私も幸せものですね。ありがとうございます」

 

 そう、私はいま、とても満ち足りている。

 

「これも、彼女のおかげだな……」

「あら、何かあった?」

「いえ、なんでもありませんよ。デコポン、頂いていきますね」

「遠慮せず持って行ってちょうだいね。紫苑ちゃんよろこぶから」

「そうなんですか?」

「紫苑ちゃんは柑橘すきだからねぇ、よく買いに来てくれるわ。それにしてもレオハルトさん、だいぶ居るのに、彼女の好みもしらないの?」

 

 すこし茶化されるのも慣れてきた、本当に個性豊かな人ばかりだ

 

「彼女って、そんな関係じゃありませんよ」

「あらそう? あなたが来てから、紫苑ちゃん変わったように見えたからついねぇ」

 

 おばさんの悪い癖だわぁ、といって笑う夏子さんを前に戸惑いを隠せない

 彼女は師と出会い、変わったのではないのだろうか

 

 

「レオハルトさんが来てから、彼女、前以上にイキイキしてるように見えるのよ、だからみんな嬉しくてねぇ」

 

 その顔は心から喜んでいるように見えた、例えるなら、この成長を見届ける親のような

 

「あの子、来た時はすごい雰囲気があったと言うか、あまり人を寄せ付けないオーラみたいなのがあったんだけどね、ハルさんのおかげで変わったみたいね。それから、あなたも」

 

 そういって私の目を見ると

 

「だいぶ柔らかくなったわねぇ、本当に嬉しいわ」

「そうですかねぇ」

 

 ええ、もちろん。こうしてみんなに受け入れられてるのが何よりの証拠でしょ? と笑顔を向けてくれる。裏などなく、心の底から喜んでくれているような笑顔が、私にも向けられている。

 

 

「そうだ、これ、さっき五郎さんから頂いた魚なんですが、2人じゃ食べきれなさそうなので、半分もらっていただけますか?」

 

 そう言って袋を差し出すと

 

「五郎さんのお魚は美味しいからねぇ、じゃあお言葉に甘えて半分貰って行くわね」

 

 

 奥へ消える夏子さんを見ながら私は思った

 人を介して人とつながる、その人が更につながる。とても素敵なことじゃないか。

 

 私はこの繋がり(Links)を大切にしよう。そう強く思った




地の文すくねぇし、ヘタで困る。だれか俺に文才を分けてくれぇぇ!


10/3 追記

初投稿から3ヶ月たった今も地の文はとても少ないです。
私なりのルールとして、少し長めの地の文の後は2行改行してセリフに入るように心がけています。

でも、地の文の文頭の1字下げはしてませんし、文末に「。」も付けてません。
結構ものぐさです。 読みにくければ修正しますのでメッセージやコメントでご指摘ください


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March 私達の娘の話
鴉、決心する


紫苑視点の回
レオハルトさんと紫苑をくっつけます。ええ。決定事項です。この話で決めましょう

私は彼女いない歴≒年齢ですので、恋愛話は期待しないでくださいね


10/7 追記

タイトルを上手く端折れないか考えていたのがこの頃です。
こちらでは英訳(それっぽくですが)してそこそこかっこ良くなりましたが、暁の方は長いし語呂悪いしでいいことありませんね。


 私は迷っていた。

 彼はよく従い、私の期待以上の活躍をしてくれる。

 リンクス同士の闘いでも、平和維持に近い任務でも。

 彼は。

 

 

 

「ねぇ」

「なんだ?」

「あなたは私をどう思ってるの?」

 

 夕食の席で投げかけた直球の質問、彼はどう答えてくれるだろうか

 

 

「そうだな……私の命の恩人、そして優秀なオペレーターであり。目標だ」

「そう……」

 

 はぁ、と思わずため息が出てしまう。

 私が彼の何に惹かれたのかは分からない、浜辺で倒れていた彼を見つけた時から、私の中の何かに彼がひっかかっていた。

 

 

「なんだ、不満か?」

「そうね」

 

 やはり私の思いなど分からるはずもないだろう

 私は彼が欲しい、そう思っているなど。

 

 

「ふむ、夕食後にすこし散歩でもしないか」

「どうしてよ」 

 

 思わずぶっきらぼうに対応してしまう。

 

「今日は満月だ、浜にでも出よう」

「いいわ、付き合ってあげる」

 

 やはり私は素直になれないところは変わらないようだ。

 その後は無言で夕食を食べ続けた。沈黙がつらい。

 

 彼が流れ着いてから半年ほど経った、もう天草の人々とも馴染んで、おみやげをもらってくることもしばしばだ。

 この地に馴染んでくれたことは良いことだと思うし、彼を受け入れてくれたこの地の人々はシスターハルの受容の心を尊んでくれているとひしひしと感じる。

 私との距離も縮んでいる気がする、以前は疑いを捨てきれていなかったことが感じられたのに、最近は信頼すら感じる。

 だから彼は私を『優秀なオペレーター』といったのだろう。

 

「それが私の思い過ごしじゃなければいいんだけどなぁ」

 

 問題はそこである。そこにあるのは上下の信頼か、それとも……

 

 コンコンと軽く扉がノックされる。

 適当に返事を返すと、扉を開けずに彼の声が聞こえた。

 

「そろそろ出ないか」

 

 彼からのお誘い、無碍にするわけにはいかない。

 

「ちょ、ちょっと待ってっ」

 

 慌てず落ち着いて、戦場での基本だろう。

 

 ――よしっ、やってやれ。紫苑ッ!

 

 己に活を入れ、戦地へ向かう時さながらの気を振りまきつつ扉へと向かった。

 

 

 

 --------------------------------------------

 

 

 扉の向こうでの気の変化に気づかないほど私も鈍ったつもりはない。

 ――シオン、なにをしでかすつもりだ?

 

 

 圧倒的なまでの気、それは歴戦のリンクスさながらだった。

 すこし不安になり声を掛けることにした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

 これで扉を開けたら刀を片手に、なんて事があれば腰を抜かす自身が今の私にはあった。

 シオンならそれがありえてしまうのが恐ろしい……

 

 

 --------------------------------------------

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 扉を開ける直前、彼から声がかかる。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 とっさに変な答え方をしてしまった。

 扉を開けると、待っていた彼は案の定どこか不安げな表情をしていたけれど。

 

 

「さぁ、行こうか」

「そうね」

 

 そう言って教会から少し歩く、その間も活を入れたにも関わらず、私の心は揺れに揺れていた。

 ――ふぁぁぁぁぁどうしようどうしようどうしよう、大丈夫だ紫苑、問題ないッ!

 

 焦りが完全に裏目に出ている……

 

 

「少し休もうか、ゆっくり月も見たいしな」

 

 そう言って砂浜に腰を下ろす。

 隣で空を見上げる彼の横顔は、月明かりのもとで陰影がクッキリと見えた。

 

「ここは惜しいところだな、月が山から登ってくる。山から登る月も美しいのだが……」

「西側だからしかたないわ、夜明け前の海に沈む月も綺麗よ?」

「そうだろうな、何れ見たいものだ」

 

 波の音を聞きながら、潮風を身体に受ける。

 ―なんだろう、とても落ち着いてきた。

 

 

「なぁ」

 

 彼が突然口を開く。

 

「さっきシオンは私が君をどう思ってるか、と聞いたな」

「そうね、もう答えはもらったわよ?」

「いや、まだ言いそこねたことがあったことを思い出してな」

 

 月明かりに照らされた横顔はどこか憂いを帯びているように見えた。

 

 

「シオン、君は、私の命の恩人であり、優秀なオペレーターであり――」

 

 そしてゆっくりと私の目を見て、こう言い放った。

 

 

 

「――私の愛する人だ」

 

 

 自然と繋がれた手の温もり、私をまっすぐと見つめる眼差し。

 私はしばらく呆然とした後――

 

 ――ふぇっ?今なんて言われた?ん? これって、告白ですかぁぁぁぁぁぁっ?

 

 先ほどまでの落ち着きが嘘のように頭のなかは混乱しきっていた。

 

「な、ななななな……」

 

「な?」

 

 ニヤニヤとしながら私を見てくるレオハルト。

 

 ――ええい、侭よッ!

 

 私は勢いで彼を押し倒し、そのまま唇を合わせる。驚く彼の顔が見えたが気にしたら負けだ。

 

 

「んっ……」

「…………」

「これが、私の答えよ。レオハルト」

「そうか、然と受け取ったぞ。シオン」

 

 

 丸く輝く月明かりの下、少し離れた木の下にもう1組の男女がいた

 

「あらあら、紫苑ちゃんったら強引ねぇ」

「お前もあんな感じだっただろ、あれは今でも覚えてるぞ?」

「ふふふ、あなたったらっ」

 

 バシッ、といい音とともに男が苦い顔をする

 

 

「っ痛ぇなぁ、結婚前はもうちょっと優しかっただろ」

「あら、今でも優しい奥様よ?」

「ははっ。そうだな。これからも頼むぞ、夏子」

「ええ、あなた。 さて、紫苑ちゃんにお祝いでも送りましょうか」

「そうだな、これからを担う若者達だ、大切にしないとな」

 

 

 鴉と猫が結ばれた時、物語は一歩、前へ動き出す。

 

 

 

「そうだ、シオン、子どもは何人欲しい?」

「えっ? い、いきなり何を言い出すのさ!」

「いや、私は女性とまともに付き合ったことがなくてな……」

「それってまさか童……」

「いやいやいや、一応ガールフレンドくらい居たぞ! すでに経験済みだ! ただ、まともに女性と"交際"をしたことが無いんだ」

「ま、私も戦争戦争からいきなりこんなスローライフだからなぁ……」

「お互い不器用な付き合いになりそうだな」

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにカラカラと笑う彼。

 私までつられて笑ってしまう。

 

「ふふっ。そうかもね。でも、私達ならなんとかなる気がする」

「そうだな。たとえどんな苦難が待ち構えようとも、君がいれば、私は……」

「よくそんなクサいセリフ吐けるねぇ」

「んなっ!? あくまで思ったことを口にしたまでだ! つまり、なんだ。シオンが居るから私はこのように在れるんだ。だから、その……」

「はいはい、もう帰るわよ。少し肌寒くなってきたわね」

「ふむぅ……」

 

 

 不器用な鴉と猫はなんだかんだで猫が下なようだ。




さて、気合で2人をくっつけました。

夏子さんはthe近所の陽気なおばちゃん。って感じをイメージしたんですが、どうでしょう?


オリジナル(暁版)にちょっと修正を加えて最後のやりとりを加筆しました。


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猫の力

AC設定無視で参ります。

ACfAは未プレイなのでローゼンタールのトップが誰だかわからず、とりあえずお茶会メンバーからダリオを引っ張ってきました。
カラードランクも然り。まぁ、アレは企業の力も含めてのランクだと私は解釈しているので、2番めにレオハルトを入れる以外は繰り下げで行きます



 私がシオンと契を交わしてから数ヶ月、私は更なる高みへと登れた気がしていた。

 愛する者、守りたいもの、その存在自体が私の力となっていた。

 

 

 

「レオハルト、最近の君の仕事ぶりは眼を見張るものがあるな、なにか変化でもあったのか?」

「そうだな、人としての喜びに気づいたのだよ、私は」

 

 仄暗いオフィスで、ローゼンタールの実質的トップであるダリオ・エンピオと向かい合っている。

 ミッションの帰りにドイツ上空を通るため、整備、補給も兼ねてに寄ったのだが……

 

「わざわざドイツまで来たんだ、聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「山ほどな」

 

 ――ああ、聞きたいことが山ほどある。

 

「だろうな、そうだな。まずは、なぜ一度墜ちたのに生きているのか。といったところか」

 

 この男、相変わらずズバズバ切り込んでくる。

 私はこの男のそういうところがあまり好きになれない。

 

「そのとおりだ。何故私が生きている?」

「生かせ、と指令を受けたからだ。相手は分からないがオッツダルヴァから直々に言い渡された」

「そうか、オッツダルヴァから。か」

「お前はよほど気に入られたようだな」

「そのようだ」 

 

 そんな指令を出せるような奴は私の周りにただ1人のみ、シオンだろう。

 彼女は古くから企業連に関わってきたのだ、裏でのコネクションは計り知れない。

 

「まぁ、オッツダルヴァの期待を裏切らないようにな。まぁ、この調子なら問題ないだろうが」

 

 事実、私のカラードランクはオッツダルヴァにつぐ2ndまで上がってきた。

 トップに君臨するオッツダルヴァはリンクスとしての実力もさることながら、企業連の中の1大グループを率いているのだ。そのカリスマと影響力は大きい。

 

「ヤツを裏切るなど自殺行為だ、誰がやるか」

「違いない」

 

 そう冗談を言い合っていると、ノックとともにドアが開かれ。

 

「失礼します、機体の準備が終わりました。確認をお願いします」

 

 そう言って整備担当であろう男が書類を手渡してきた。

 

 

「やはりエネルギーの消費が激しいな、飛び続けたから仕方もないだろうが……」

「新型のブースターの開発も進んではいるが、もうネクストの技術も頭打ちに近いな。あまり性能が上がらない」

「そうなのか、だが、技術の頭打ち、というのもウチだけの問題ではないだろう。これからは任務によってアセンブリを変えることも考えるか」

「リンクスとしては合理的判断だが、社としては困る。お前は我が社を代表するリンクスなのだからな」

「わかってはいるが、どうしても日本からヨーロッパ、北米まで飛ぼうと思うと途中で補給と休息が必要になる。時間もコストももったいない」

 

 それは紛れもない事実だ、私が日本に拠点を移したことで、アジア、中東圏で活躍する有澤重工の重量ACではこなしにくかった任務にも迅速に対応できるようになり、任務の幅が広がった。

 だが、その代わりに本社からの呼び出しや、GAなど、企業連内での合同演習などに向かう際には時間がかかるようになってしまったのだ――もっとも、GAの合同演習には有澤重工の用意した船に相乗りさせてもらっているため、私だけが遅いというわけではないが―

 

「私個人の意見では空中での機動が多い時はオーメルのブースターが使いたいのだが…… まぁ、仕方ない、技術者たちの努力に期待しよう」

「たしかにJUDITHモデルはEN効率いいからな、地上ではお察しだが」

「言ってやるな、片方を追求すれば、もう片方は甘くなってしまうものだ。だから我々はよく言うと汎用的な、悪く言えば中途半端なものにこだわり続けているのだろう」

「まぁ、そのとおりだな」

 

 時々有澤重工の装備のテストを請け負うことがあるからわかることだが、無難な装備、というのはどんな人間でもそこそこ使えてしまう。手練が使えば物足りなくなることもあるのだ。

 その点、なにか尖った装備はその特徴やクセを正しく理解していなければ使いこなせない。

 だから動きが読みにくいし、行動が読まれないということは戦場でのアドバンテージにつながる

 

 我社の装備は軍など、多くの人間が使う環境では高く評価されるが、リンクスの中では無難すぎて面白みに欠ける、などと言う奴も居る。

 

 だが、私のカラードランクの高さは、汎用性の高さから来る対応任務の多さに理由があるのだ。

 汎用性が高いことでの没個性的ではなく、マルチロールであることに個性を見出さねばならない。

 

 

「では、補給整備も終わったし、私は帰るよ。まだ聞きたいことはあるが、遅くなると彼女に怒られてしまう」

「彼女、か。最近の好調の理由はそれか?」

「ふん、どうだろうな? さっき言っただろう、私は人としての喜びを知ったのだと」

 

 気色悪い笑みを浮かべながら詰め寄るダリオをあしらい、ハンガーへ向かう。

 

「私は、帰るのだ、日本へ、愛する人の元へな」

 

 

 

 システムオールグリーン、射出!

 

 スパァンと蒸気カタパルトの快音の後、ブースターの爆音を響かせ、純白の天使は、日本への家路についた。

 

 

 

 

 

「早く帰ってこないのかしら? いい知らせがまっているのに」

 

 幸せそうな笑みを浮かべる愛し人は、天使の帰宅を待ち続けるのであった 。



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閑話: 猫と鴉と、新しい命

シオンさんの妊娠発覚、レオハルトさらに本気出します――親バカ方面に

短めのお話です。キャラ崩壊注意ッ!


 さて問題です、目の前でアホ面晒して硬直してるのは誰でしょうか?

 

 

 

 本当に素敵よ、レオハルト。アホ面晒して固まってても、ね。

 

「いつまで固まってるつもり? あなたもこうなることくらい想像できたでしょう?」

 

 

 

 ここは天草灘のドック、帰ってきた彼に、私は一言「できちゃった」と言った。

 そしたらこのザマだ、ローゼンタール最強の騎士様が笑わせる。

 

 普段から冷静な彼のこんな姿を見ることもないのだろう、スタッフたちも笑いを堪えるのに必死そうだ。ふふっいい気味よ?

 

 

「ほうら、そろそろ再起動しなさい?」

 

 そういって額をつついてやると、金魚のように口をパクパクさせながら

 

「な、な……」

 

 ニヤニヤとしながらこう言ってやろう、あの時の仕返しだ。

 

「な?」

「ぬぁんだとォォォォっ!?」

 

 普段から想像もできない叫びに私もスタッフも呆然である。

 

「ほ、本当なんだな、嘘や冗談ではないのだな?」

 

 ―近い、近いよ。そんな迫らなくても逃げないから!

 

「ええ、もちろん。あなたと、私の子よ」

「ほ、本当か……つ、ついに私も……あぁ」

 

 その場で倒れかけた彼をとっさに抱きかかえる。

 

「ほら、ファーティー、しっかりなさい?」

「あぁ、私が、あぁ……」

 

 駄目だこいつ、早く何とかしないと……

 こらえきれなくなったスタッフが数人腹を抱えている。

 人の旦那笑うな、裂くぞ。

 

 

「しっかりしてよ、私の騎士(リッター)様? お腹の子に示しがつかないわよ?」

「あぁ、あぁ。わかってはいる……」

 

 うつろな目でそんなこと言われても説得力に欠けるけど……

 ここは実力行使と行くしかなさそうです、ため息がでてしまいます。

 

「オラいい加減に目ぇ覚ませよゴラァ!」

 

 

 スパンッ!

 

 彼の頬に一発平手打ちを見舞ってやる、空中3回展しながらコンクリートの床にたたきつけられ、肺から強制的に空気が逃げ出す。これで目も覚めるだろう。

 

 ―あー、人を直接ぶっ叩くなんて久しぶりだなぁ。

 軽く方を回してフッ、と息を吐く。さぁコレで目が覚めなかったらどうしてやろうか

 

 

「あ、ん。アッ……」

「ようやくお目覚めですか? レオハルト」

「あ、ああ。やったな、シオン。だから、その……殺気をどうにかしてくれない…か?」

 

 フッと殺気を消す。

 彼も安心したように笑みを浮かべながら。

 

「これで私も、父になr……」

「ですが、あなたには父親教育が必要なようデスネ?」

「ッ!」

 

 彼の笑みが凍りつく、周囲の空気も同様だ。

 スタッフの方に目を向けると、あ、目逸らしやがった。

 

「後で私の部屋に来てくださいね、これからはネクストの操り方ではなくて、子供の育て方をお勉強しましょうか?」

「あ、ああ。そうしよう」

「あなたにはこの娘の立派な父親になってもらわないと困りますからね。イイデスネ?」

「ヤ、ヤヴォール」

「では、スタッフの皆さんも、後で"ゆっくり"お話しましょう?」

「「「はいっ」」」

 

 

 数十分後には操作盤のスイッチの一つまで磨き上げられた美しいドックと、床に伏す多くのスタッフたちがいた。

 

 

 さらには、育児書を片手に戦場を舞う天使の姿が、度々目撃されたのはまた別の話。

 

 

 

 

「そういえば、この子の性別、教えるのをわすれていましたね」

 

 ―名前も考えないと、ですが、候補は考えてあります。ふふっ




さて、レオハルトのキャラ崩壊です。
あの騎士精神あふれる彼をぶっ壊すのはなかなか楽しいですね

紫苑は怖いほうが素です。ええ。


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猫、泣く

暁に投稿している物から1話抜きました。アレは自分でもつまらん話だったので。

暁よりよく回るカウンターに驚いてます


「ゼアッ!」

 

 レーザーブレードを一閃、目の前の戦車を叩き切る

 

「次ッ!」

 

 ライフルを隣の戦車に射撃、これもまた撃破。

 

『作戦達成率、75%、敵戦車大隊撃破、次の目標をマークします』

 

「応ッ!」

 

 レーダーにあらたなる目標がマークされる、数にして15、固まっているようで、敵を示す赤点は大きな一つの点に見えた。

 

 ―これは都合がいい

 

 背部武装である EC-O307AB(天使砲)を展開、集団で防御陣地を形成しているMT共に狙いを定め……

 

 螺旋を描き飛翔する光の矢はあっさりとそれらを葬る。

 

『作戦達成率95%、残る残敵を掃討し、帰還してください』

「了解」

 

 残る自走砲やら輸送車などの細かいものを破壊していく。

 そんなものではネクストは傷つかないと理解できていないのか、残り少ない兵力をかき集め必死の抵抗をするも虚しく、あっさりと消えてなくなってしまった。

 

 

『作戦完了、帰還してください。お疲れ様、レオハルト』

「ああ、すぐ帰るぞ」

『ファーティ早く帰って来てね!』

 

 娘にまで頼まれては仕方がないな、これでは。

 

『コラっ! 櫻、此処に入ってきちゃダメって何度言ったらわかるの!』

『えーだってつまんないんだも~ん』

 

 もう何度目だろう、コントロールルームにサクラが乱入し、それをシオンが叱る。

 

 

「ほら、サクラ、そこじゃムッティの邪魔だろう。そうだな、黒森峰主任にでも遊んでもらえ」

『ちぇぇっ、せっかくファーティのかっこいいとこ見られると思ったのにぃ』

「今度はムッティに許しをもらってからにしなさい、それなら文句も言われないだろう」

『だってムッティ許してくれないもん』

『当たり前でしょ! 娘にこんな物騒なもの見せられる訳無いでしょう!』

「話の続きは帰ってからしよう。私は娘の応援があれば150%ほどの成果が出せると思うのだがなぁ? シオン?」

『本当にあなたは……早く帰っていらっしゃい、昼食を用意して待ってるわ』

「ああ、飛んで帰るさ」

 

 

 

 子供の成長と言うのは早いもので、サクラも6歳になった、小学校に入り、友人もできたようだ。

 夕食の際に、その日の出来事を聞くのが我が家の日課になっている。

 雑多な環境ゆえに、好奇心旺盛な年頃のサクラは、毎日家に帰ってはドックを駆けまわり、あれは何、コレは何? とスタッフたちを質問攻めにしているそうだ、彼らもサクラを自分の娘のように可愛がり、彼女の好奇心をどんどん満たしていた。

 

 

 

「なぁ、シオン、帰ったら話がある」

 

 サクラの足音が遠ざかったのを確認してから語りかける

 

『なによ、今じゃダメなの?』

「これは直接話すべきだと思ってな」 

『その口ぶりだと、いいことじゃないみたいね』 

「お前には辛いことだと思う、サクラにもな」

『そう……』

 

 

 だが、子が成長するということは親が老いるということだ、脳への負荷が大きいリンクスは総じて長くは生きられない。私はそれを理解していた、私にもその時が近づいているのだろうと感じていた。

 だから、私は、自分の娘に私の持てる技術をすべて託そうと考えていたのだ。

 そして、シオンの教えも。

 

 

 

 そうすればサクラはきっと―― 私達自慢(最強)の娘になるだろう

 

 

 猫と鴉の間の子なのだ、私やシオンがいなくなれば裏社会から手が伸びるだろう。

 だから、

 ――自分の身を守る力を

 ――自分に味方してくれる人を惹きつける力を

 そして、大切なものを救う力を、彼女にはつけてもらわねばならない

 

 私はリンクスであるが、それ以前に父親だ。娘には幸せな人生を送ってほしいと願うのが当然だろう。だが、私という存在が、彼女の幸せを妨げるのなら、せめてもの償いとして、幸せを守るだけの力を与えなければ。

 

「済まない、サクラ、済まない、シオン…… 私が、リンクスであるがために……」

 

 滲む視界の中、私は必死にOBを噴かして家路を急いだ。




次からは櫻ちゃんがメインに立ってきます。
やっとです。


10/7 追記

この頃にACfAを買って、1周してその難易度に萎え、現在絶賛放置中です。


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鴉と猫の決意

櫻ちゃん育成計画がスタートします。

ちょっとばかし書き方変えてみました。


「それでな、ここのブースターと、そこのブースターを同時に点火するとだな―」

「ドーンってなってバビューンなんだね!」

「そうだ、よくわかってるじゃないか櫻ちゃん!さすが天使の娘だ」

「だって拓郎おじさんとか他のお兄さんにいっぱい教えてもらってるもん!」

「だからまだおじさんって歳じゃないって……」

「それでね、おじさん! ここと、あれをね―」

 

 

 

 ドックの中で主任に遊んでもらっている櫻を見ながら、紫苑はため息をついた。

 

 ―あの子に、辛い現実を教えねばならない時が来る。

 

 レオハルトの話とはきっとリンクスの寿命のことなのだろう。それが紫苑にはわかっていた、彼を一番理解し、そばに居たから故に。

 

 

 

 昼間の明るい空でもはっきりわかる緑の閃光。

 彼を蝕む、その光はやがて消え、轟音が迫り来る。

 

 

「お、天使様のお帰りだ、いくぞ、櫻ちゃん、パパのお迎えだ」

「うん!」

 

 ドックの扉に向かう2人に続くようにぞろぞろとスタッフたちが集まってきた。

 

 

 

 滑るようにドックに入った機体を眺め、紫苑は少し笑みをこぼす。

 

 ―今日も無傷、よかった。

 

 

「ファーティ!」

「おお、サクラ、ただいまぁ!」

 

 そう言って娘を抱きかかえる彼からは、先の悩みなど微塵も感じられなかった、紫苑以外には。

 

 

「ではいつもどおり、機体の整備と補給、たのんだぞ」

「ええ、おまかせを」

 

 かかれ、野郎ども!と黒森峰の号令とともにドックの中が慌ただしくなる。

 

 

「ただいま、シオン」

「おかえりなさい。お疲れ様」

 

 レオハルトもまた、無傷だ。見た目は。

 

「ではさっさとデブリーフィングを終わらせて、ご飯にしましょう」

「ああ」

 

 

 そうしてホログラムディスプレイを複数出し、デブリーフィングを始めた。

 

 そうして数分、コントロールルームから出た2人を待ち構えるは娘。

 

 

「ご飯まだー?」

「これからよ、いきましょ」

「いぇっさーっ!」

「それは男の人に使うんだ」

「そーなのかー」

 

 

 そうして笑い合う3人、これだけ見ていればどこにでも居るありふれた家族だと思う。

 だが、彼の言葉があったから、こんなありふれた日常こそが愛おしい。朧気な幻のようにも思えてしまうのだ。

 

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

「んじゃ、また拓郎おじさんのとこ行ってくる!」

「いま忙しいんだ、あまり迷惑かけるなよ」

「わかってるー」

 

 そうして駆け出す娘を見送り、

 

 

「さっきの話だが……」

「寿命のことでしょ」

「わかってたのか」

「女の勘、みたいなものね」

「ははっ、そうか。なら、私の考えてることもわかってるんじゃないのか? シオン」

「そうね、あなたは自分の技術を娘に与えるつもりでしょ?」

「さすがだな、止めるか?」

 

 向き合う彼は何時になく真剣な瞳を向けていた。

 最愛の娘に、何を残せるのか、彼なりに葛藤があるに違いない。

 

 

「いいえ、止めないわ。止めてもこっそりやるでしょ、それにあの子のことだから」

「私が自分の持てる全てを教えてやる、といえば必ずついてくるだろうからな」

「でしょうね、本当、誰に似たのかしら」

「さあな」

 

 真面目な話の中でも笑みが溢れる、

 

「私は長く生きられないだろう、だが、世界には私の敵が多くいる。自分のまいた種なんだ、自分で落とし前を付けたい。だが、私はそれができん。だから……」

「せめて自分を守るだけの力をつけて欲しい、と」

「ああ、本当に済まない。私がこんな身の上だから。それでも君を愛してしまったから……」

「何を言ってるの? 身分が何よ、敵の数が何よ、そんなもの私がすべてぶっ飛ばしてやるわ。あなたの愛が本物だってわかってるから。だからお願い、謝らないで、自分を否定しないで。あなたは、あなたなんだから。レオハルト・フュルステンベルクなんだから……」

 

 そう言いながら、レオハルトも、紫苑も涙を流していた。大切なモノを失う恐怖が、目前まで迫っているのだ。そして、それを避けられない未熟さを、悔いている者がいるのだ。

 今までさんざん命のやり取りをしてきた2人も、目の前で最愛の人が消えてしまう恐怖からは逃れられず、立ち向かうにもその一歩は、拳は、小さすぎた。

 

「あなたが死んでも、私が責任持ってあなたを継ぐ、櫻を守る。家を守る。私が、あなたの妻、紫苑・天草・フュルステンベルクである限り」

「済まない、シオン。本当に――」

「そういう時は、違う言葉を言うべきじゃないの?」

「そうだな、ああ。ありがとう。シオン」

「ええ、母は強いんだから。それくらいやってやるわ。たとえ世界が敵になろうとね」

 

 レオハルトは強く決心した、この思いを、ムダにしないと、この幸せを、決して忘れはしないと。

 

 

「ああ、私は最高の妻をもったよ。シオン」

「私も、最高の夫をもったわ。レオハルト」

 



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櫻の夏期講習

レオハルトによる娘のための夏期集中講座始まります


 ドイツ、ローゼンタール本社研究室。AMS研究部の看板がかかった部屋に彼らは居た。

 

 ベッドの上にはヘッドセットを被って横たわる少女と、それを見守る数人の大人たち。隣には首筋にコードを繋がれた男。

 もちろんAMS研究部をなのる部署なのだからコードに繋がれた2人は少なくともAMSの元にいるということがわかる。

 

「本当にこれは安全なんでしょうね?」

「ただのシミュレータですよ、逆流などはありえません」

 

 そう、ヘルメットのような何かは櫻の脳波を拾うためのヘッドセットであり、外科手術なしでAMSを擬似的にではあるが扱えるのだ。

 では、なぜ、彼女らがここにいるのか。答えは簡単。

 

 ――櫻を鍛えるため。

 

 

「ご心配はわかりますが、これはあくまでも擬似的なもので、ネクストでの戦闘をシミュレーションすることで、動体視力などを引き上げることを目的として作られたものです。ですから、状況はすべてこちらでモニタリングしておりますし、停電などでシステムが落ちた場合、強制的に切断、意識を回復させます」

「ならいいけど……」

 

 

 

 シオンの許し――止めるのを諦めただけだ―を得たレオハルトの行動は早かった。

 まず櫻をそそのかし、ノーマル――紫苑のストラトスフィア―にいきなり乗せたのだ。

 だが、早くも彼の計画は崩れかかる。

 本来ならノーマルで速さに慣れ、基本的機動を学び、それからネクストシミュレータで超高速戦闘の経験を積ませようと考えたのだが、さすがは鴉の娘というべきか、ピーキーなストラトスフィアをあっさりと乗りこなした。

 

 初めてのACでいきなりシャンデルからのスプリットSをやってのけ、さらにはドックに向かい手を振る余裕すら見せたのだから全員が度肝を抜かれたものだ。

 

 初期課程をあっさりとクリアした櫻はドイツへと連れて来られ、こうしてネクストシミュレータでレオハルトと戦っているわけだが……

 

 

 

 

 白い床にグリッドの書かれた壁、ここはシミュレータの練習マップの一つ。

 そこに佇むのはローゼンタールのHOGIREタイプが2機。

 片方は白く、片方は桜色。両機の手に兵装は無かった。

 

「まずは基本的な動きからだ、ただの水平移動でもノーマルとは段違いの速さだからな、気をつけろ」

「どれくらい速いの?」

「ざっと2~3倍といったところか、だが、速いと言っても普通に動く分には大差ない。試しに丸く動いてみろ」

「はーい」

 

 間の抜けた返事だが、桜色の機体は大きな乱れもなく円を描いていた。

 それを見る父もまた、満足気な表情だ。

 

「普通に動けるだろう?」

「もっと難しいかと思ったら簡単だねぇ」

「じゃあ今度は空中で同じことをしてみろ」

「簡単だよー」

 

 ――どうだかな、地上でのブースターの力というのはノーマルとあまり変わらん。だが空中は別だ。

 

 PAを展開し、空気抵抗すらコントロールできるネクストだ、地上とおなじ感覚でブースターを噴かせばオーバーパワーなのは見当のつくことだろう。

 

「ふぁぁぁぁ!!!」

 

 娘の叫びと衝撃音が聞こえた壁際を見れば座り込んでいる櫻。

 

「ふぇぇぇ、なにこれぇ、バビューンなんてもんじゃないよぉ。こんなになるってわかってたでしょファーティー」

「もちろん、何事も経験だからな。これでブースターのパワーはわかっただろう。今度はそれを自分で調整しながらやるんだ。メインブースターだけじゃなく、サイドもな。全てに気を配れ」

「そんないっぱい考えられないよぉ」

「できるようになってもらうからな、覚悟しておけ」

「えぇぇ~」

 

 ブツクサと文句を言いながらもゆっくりとではあるが円状に飛行する。

 これも親譲りか、実力か、段々と姿勢も、軌道も安定してきた。

 

「いいぞ、その調子だ。だんだん加速していけ」

 

 その言葉通り、桜色の機体は青い尾を引きながら加速していく。

 

「目標は750km/hで回り続けることだ。それくらいなら目も回らないだろう」

「ぐるぐる~」

 

 ―ほう、やっぱり私とシオンの娘だけあるな。

 

「まだ600km/hちょっとだぞ、もっと上げていけ」

 

 本当はとっくに750km/hなんて壁は超えていて、ブースターは全開、およそ800km/hは出ていたが、黙って更に速度を上げさせる。

 これが通常のブースターでの限界。だが、ネクストには更に上がある。

 

「よし、そのままのOBで直線的に抜けていけ」

「あいあい~」

 

 背中に光が収束する。

 桜色と青の光が通り過ぎ、衝撃波があとから襲ってきた。

 言わずもがな、音速を超えたのだ。

 

 

「どうだ、最後の一発は」

「すごいね!周りがこっちに飛んでくるみたいだよ!」

「そうだろう、OBを使えば音速を超えることすらできる。では、今日はそろそろ終わろう。やり過ぎるとムッティに怒られてしまう」

「えぇぇ~もうちょっと飛ばせてよー」

「ダメだ。終わらせる。ガフナー、切ってくれ」

「嫌ぁぁぁぁ」

 

 

 

 少女の叫びは、電脳空間に溶けて消えた 。

 

 ----------------------------------------

 

 

「お疲れ様、櫻。どうだった?」

「すごいよ!ムッティのACより速いの!」

 

 興奮冷めあらぬ、といった様子で嬉々として語るのはやはり歳相応の反応だろう。

 好奇心が彼女の原動力であり、それが自分の糧となることに、櫻はまだ気づいていないようだが。

 

 幼い段階では人は知識や技術をスポンジのごとく吸うという、"プロ"と呼ばれる人の多くに共通することとして、幼いころからその分野に手を出していることだ。

 それと同じことを、この夫婦はやっているのだ。自分の娘を大きく伸ばすために。

 

「あなたも、お疲れ様。櫻はどうかしら、伸びそう?」

「もちろんだ、この数十分でブースター全開で旋回飛行をやってのけた。それにOBをつかって瞬間加速もやらせたんだが―」

「あの子のことだから、『わー速ーい』とか言って喜んでたんじゃないの?」

「景色がこっちに飛んでくる、だったかな。そう言っていたよ。まさにその感覚なんだが」

 

 シミュレータとはいえ、脳に直接干渉しているため、Gによる影響もシミュレートされ、感じることができる。だからOBで瞬間的に音速まで加速することは体への負担も大きいはずなのだが。

 

「櫻は間違いなく化ける、私よりも強くなるだろう」

「で、私がさらに強くしてあげるわ。心もね」

「ああ、私は討つことしかできないからな」

「夫婦で分担、ね」

 

 重責を負うが、2人でなら怖くない。つながっているから、すべて2人で半分づつだ、痛みも、苦しみも、喜びも幸せも。

 娘に背負う力がつくまでは、2人で痛みを全て受け入れよう。

 

 

 

「でねでね、くるくるしながらドーンってやったら、見えるもの全部こっちに向かってくるの!アレしながら剣とか振ったら強そうだよね!」

 

 笑顔を振りまきながら周囲の技術者達に語る娘の姿を見ながら思う。

 

 ――だが、それも時間の問題だな。

 

 ――それも時間の問題みたいね。

 

 

 夫婦は同じことを思っていた。



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櫻の夏期講習 Ⅱ

まだまだダラダラ続く夏期講習です。もうしばらく勘弁して下さい


とは言いつつ、暁版より、1話当たりを長くして、話数は少なくなる予定です……


「さて、今日は昨日の応用だ、くるくる回るだけじゃつまらないだろ」

「そうだよ、もっとビュンビュンして、スパーンってやりたいの!今日は時間あるし、いっぱい練習するんだからね!」

「ビュンビュンしてスパーンとしたいなら、私の言うことをよく聞き、理解しなさい。サクラ、できるな?」

「もっちろんさーっ!」

「よし、その意気だ」

 

 日付変わって再びシミュレータ。父と娘が相対する構図は昨日と変わらない、だが。

 マップは昨日より格段に広くなり、オブジェクトも幾つか設置されている。

 

 

「まずやることはクイックブーストの練習だ。コレを使えば複雑な動きができるようになる」

 

 すこし見せてやるから離れていなさい。というとふわりと浮き上がり――

 QBを6連射、空中に光の五芒星を描く。

 

「おぉ、ファーティすごいね」

「あれをできるようになってもらうぞ。まぁ、まずは簡単な練習からだ。ガフナー、頼む」

 

 そう言うと地面から赤いポールが数本生えた。

 

「この間をジグザグに飛んでみろ、まずはQBを使わずにな」

「簡単だよーぅ」

 

 そう言ってスイスイと動いていくさまはまだ未熟さを感じさせるものの、非常に安定した機動だった。

 

「よし、では次だ。まずはその場で左右にQBで動いてみろ」

 

 左、右、と確実に一発づつ、QBで動く櫻。

 

「ほぉわぁ、速いねぇ! 楽しくなってきたよぉ」

「速いだろ、だが、あまり動いていないことに気づかないか?」

「言われてみれば、あんまり離れたところには行かなかったかも」

「QB自体は前に進むものじゃない。次は旋回しながらQBをやってみろ」

 

 くるくる~と言いながら旋回している櫻はどこか上機嫌だ。

 

「くるくるからのぉ、ドーン!」

 

 旋回しながらQBを噴くということは、急速回頭(クイックターン)である。

 

「うわぁぁ、なにこれぇ! クルってしたよ、クルッて!」

「そのクルってすることをクイックターンって言うんだ。QBを使った基本テクニックだな」

「もっかいやっていい?」

「ああ、反対にもやってみろ」

 

 先とは逆の方向に回りながら、QBを一発。

 左右で角度が変わっている。やはり加減はしなかったらしい、櫻らしいといえばらしいが。

 

「まだコントロールは難しいか、自分の思う角度に向けられるように少し練習しなさい」

「やったね!」

 

 

 

 その後も櫻は練習を重ね、機体を思うがままに操ることへ着実に近づいていた。

 

「じゃあ、最初の課題だ。最初に言ったとおり、あの棒の間をジグザグに抜けるんだ、QTの角度をあまりつけないことが重要だぞ。やってみろ」

「あいあい!」

 

 ブースターの轟音が響く中で時折、QBの炸裂音が目立つ、

 首尾は上々、合格だろう。

 

 だが、本人はそうでもないらしい。

 

 

「う~ん、これね、クルってできるのはいいんだけど、その後遅いよね」

「ほう、そう思うか、ならどうすればいいと思う?」

 

 ――やはりな、そう来るとおもったさ。さすがだな我が娘よ。

 

「クルってした後に、もう一回ドーンってすれば、速いと思うんだけど、どうなんだろう」

「実際にやってみればいいじゃないか」

 

 ――この子は理論ではなく、実践して覚えるタイプだ。だから、どんどんやらせよう。

 

「そうだよね! やってみればわかるもんね!」

 

 再びスラロームに入る、ただし、今回は鋭い炸裂音が2回連続で。

 2段QBもあっさりと習得してしまったようだ。

 

 ――うむ、そうこなくてはな。できると信じてたぞ、サクラ

 

 

 

「よし。では、私が最初に見せた星を書いてみろ。さっきの2段QBができるのなら、難しくはないぞ。」

「うん! ファーティにできると言われたならできる!」

 

 

 

 その仮想空間に、無数の星が光り輝いた 。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 その後も高起動練習はそつなく進み、レオハルトは娘のセンスに改めて驚かされていた。

 ACのブースターすべてを使ったコンバットマニューバ。彼女はそれを誰に教えられるでも無く舞っていた。

 

 

「よし、お昼の前に軽く午後やることをさわりだけやってみよう。ガフナー、ウエポンパックを」

 

 ウエポンという響きに反応したか、櫻が満開の笑顔で詰め寄る。

 

「なになに? 撃てるの? 撃てるの?」

「お前が頑張ればな、まずはブレードからだ」

「ちぇ~っ、バンバンできると思ったのにぃ」

「刃物が使えなければ銃も使えないさ、銃は刃の長い剣だからな」

「は~い」

 

 そう言っている間に機体にレーザーブレードとアサルトライフルが装備される。

 

「よし、では軽く振ってみろ」

「ほわぁ、剣だぁ、銃だぁ。楽しそぉ」

 

 レーザーブレードを一閃、櫻の眼前で止める。

 

「浮かれるな、死ぬぞ」

 

 少し低めの声で言ったためか櫻は。

 

「は、はぃぃ」

 

 若干ビビっていた。

 

「武器を扱うということは人を殺せるということだ、人を殺せるということは自分も殺せるということにもなる。浮ついていると殺されるぞ。武器にも人にもな」

「はいっ!」

「いい返事だ、その気が返事だけでないことを期待するぞ」

 

 このシミュレータでのレオハルトは櫻の父であるが、どちらかと言うと教官として接していた。

 まだ小学校に入ったばかりの娘に酷なことだと解ってはいるが。真剣にならざるを得ない。

 

 

「では、左腕のブレードを振ってみろ、剣は鋭く、だ。方法は自分で考えろ」

「はいなっ」

 

 そう言ってまず一振り、真っ直ぐな唐竹。太刀筋は悪くない、だが、良い太刀筋でないと生きてはいけない。そういう世界を生き抜く術の第一歩なのだ。

 

 ――う~んよくわかんないなぁ、適当に振ってるだけじゃダメなんだろうなぁ。

 

 二振り、コレも真っ直ぐな唐竹。

 

 ――腕の力だけじゃ早く振るのにも限界あるし、どうしようかなぁ。

 

 ブレードをいろいろな振り方をする櫻、やはり刃物の扱いの基本、力に抗わない、というのに気づけないらしい。

 振り下ろすならば重力を活かし、切り上げるならば反動を活かす、初動さえ掴めば刃物は自然と流れるのだ。

 

 ――おや、気がついたか。

 

 見れば櫻はブレードを装備した腕を上げては落とし、上げては落とす動作をしている。

 そして落とした腕の反動で元の高さまで持ち上げる。

 

 

「ファーティー、なんとなくわかったよ! なにか切るもの出して!」

「そのようだな。ガフナー、マンターゲットを出してくれ、射撃用で構わん」

 

 目の前に的のついた人型の板が出現する。

 

「試しにやってみろ、的があるからどう切れたか見やすいだろう」

「うん!」

 

 そして櫻はブレードを勢い良く振り上げ、頭上から振り下ろした。

 真っ直ぐな唐竹、自然の力を使った鋭い一振り。

 

 マンターゲットは中央部を上から下までまっすぐに切り分けられていた。

 

 

「ほう、いいじゃないか。どうやってブレードを振るんだ?」

「そうだなぁ、なんていうか、剣を落っことす感じ? 無理やり切るより楽なんだよねぇ」

「そのとおりだ、自然の力を使って斬るんだ。さっきは斬り下ろしからの斬り上げもやっていただろう、見せてみなさい」

「うん!」

 

 同じように振りかぶり、一閃、さらに下から跳ね上がった刃は元と同じ軌道をたどって頭の上へ。

 マンターゲットには一筋のみ、なんという芸当だろうか。

 

 

「な……」

「どうどう? すごいでしょ?」

「あ、ああ。あとでムッティに見てもらいなさい、きっと驚くだろう」

「うん! ムッティ褒めてくれるかな?」

「私と同じような反応をするんじゃないか?」

「えー、ただ斬って上げただけなのに?」

 

 ただ斬って上げただけ、そんな単純な表現でここまでやってしまったら世の剣士達のプライドなんてズタボロだろう。

 幼心ならではの純粋さがひたすらに真っ直ぐな太刀筋を描かせたのだろう。

 

 

「次は斜めに切ってみなさい、肩から、脇腹をね」

 

 俗にいう袈裟斬りだ。斜めに剣尖が走る分、力を抜く加減が難しくなる。

 

「コツを掴んだサクは強いぞぉ!」

「ほう、ならばどんどんやってみなさい」

 

 マンターゲットがずらりと並ぶ、その数15。

 

「はぁっ!てぇぇぇい!」

 

 どこか気の抜けた掛け声とともに端から斬りかかる。

 

 フッフッと呼吸のリズムもできている。心技体が一致してこその剣だ。それを自然と身につけ、刃を振る姿は剣士のそれだった。

 

「最後ぉ!!」

 

 総仕上げと言わんばかりに剣が走る、走る。 

 残されたターゲットには五芒星が刻まれていた。

 

「ファーティ、サクの本気どうだった?」

「やはりところどころ詰めが甘いが、大筋は合格だろう。最後のアレは、やめておけよ?」

「えー、かっこいいじゃん! 朝のヒーローの必殺技みたいでさ!」

「かっこいいことと強いことはイコールじゃないんだ、みんながヒーローにはなれない。よし、ではお昼にしようか」

「えー、レッドが言ってたよ、心に正義があるかぎり、みんなは誰かのヒーローだッ!ってさぁ」

「私は正義はあるが、ヒーローではなく、騎士だからな。さぁ、ご飯が待ってるぞ」

「騎士? あー、ごはん~!!」

 

 

 

 ――私はヒーローではなく、騎士なのだ。大切なモノを守ることに変わりないかもしれない、だが、ヒーロー達は守るものに忠誠を誓わない。純粋な正義のみで動く。騎士は守るべき主に忠誠を誓い、偏った正義で動くのだ。だから私は、ヒーローになれない。

 

 

 ――ヒーローになれないって言って、自分を騎士だって言ったファーティは、何処か寂しそうな、でも強い顔をしてた。絵本に出てくるナイト様は、お姫様を守るために必死で戦っている。

 ファーティもそうなのかな? ムッティを守るために全力で戦ってるのかな? ファーティがお仕事から帰ってきた時、ムッティは帰ってきたナイト様を見るお姫様みたいだったなぁ。多分それが答えだと思うな。ファーティはムッティのナイト様。でも強くてかっこいい、私のヒーローなんだ。

 

 

 

 それぞれ思うところはあれど、ゆく結論は1つ。愛する者のために。

 少女はまず親に憧れ、世界に憧れを抱く。

 その憧れを自分の手でつかむのかどうか、それは彼女なら……



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閑話:親バカの娘談義

 マンターゲットをぶった斬る桜色の機体をみて、紫苑はおもわずため息をついた。

 

「この人外じみた能力は本当に誰譲りなのかしらねぇ、自分の娘なのに恐怖すら感じるわ……」

「私達のいいところを撚り合わせたのだろうさ」

 

 

 言葉には出さなかったが2人共そろって櫻の能力だけでなく、容姿にも自信があった。飛んだ親バカである。

 だが、本当にレオハルトと紫苑のいいところを合わせたというのがぴったりな姿。

 顔立ちはレオハルトのそれに近いが、その目は深い黒で、紫苑のそれだった。

 背丈も同年代の子に比べれば高く、成長が期待できそうだ。

 

「あの子は将来きっと美人になるだろうな」

 

 言ってしまった。

 

「そうね、顔はあなたにそっくりだし、きっと美形ね」

 

 それを受け流しもせずに盛り上げる妻、親バカここに極まれりだ。

 

「そうだな、それに紫苑そっくりの黒い目がチャーミングだ」

「あら、褒めても何も出ないわよ?」

「なに、本当のことを言ったまでだ」

「ふふっ、そうなのね」

 

 ――性格はシオン似だろう、彼女は表立ってはこうだが、素はサクラにそっくりだ。バトルジャンキーなところなども……

 

 と口に出したら彼女の絶対零度の笑みを向けられ、何をされるかわかったものではないのでそっと心にとどめておくレオハルト。

 

「あらあら、なにか失礼なこと考えてない?」

 

 ――やっぱり心読まれてるような、以心伝心でって解釈するとよく聞こえるが……なぁ

 

「いや、ただ、サクラはシオンに似ているな、と思っただけさ」

「見た目はほとんどあなたじゃない、本当に白人の血は濃いのね」

「だが、要所要所は君にそっくりだよ」

 

 などと自分の娘を褒めちぎり、お互いに褒めあっているこの夫婦の周囲には果糖もびっくりの激甘な空気が漂っていたことだろう。

 

 

「娘の成長をもっと見届けたかったがなぁ」

 

 ふと、本音がこぼれてしまう。

 レオハルトの顔に失態の情が浮かぶ。

 

「いや、だが、今までも十分感じることができたな」

 

 慌てて挽回。

 しかし、言霊と言うやつか、様々な思いが浮かび上がる。

 

「初めて言葉を発した時、ハイハイを始めた時、立った時。人間の当然の成長なのに、我が子となるとここまで嬉しいとは」

「そうねぇ、初めて呼んだのは私だったわね」

「そうだったな、思い返すと少し悔しかったな、アレは」

 

 くくく、とレオハルトが苦く笑う。

 

「その後にちゃんとファーティって呼んでくれたじゃない」

「そうだが、先を越されたのは悔しいさ」

「しかし、子育てが大変なのは6歳までとは誰が言ったんだ? あの調子だと6歳を過ぎても大変そうだぞ?」

 

 変わらないのはその好奇心と行動力である。

 

「それがあの子のいいところでもあるのよ、周りからありとあらゆるものを吸収していく、だからあの子は豊かになったのよ」

「そうだな、優秀な道徳の先生に数学、理科の先生―」

「それに体育と外国語の先生まで居ればね」

 

 それはもちろんレオハルト、紫苑、そして黒森峰を始めとするドックのスタッフたちだ。

 

 余談だが、オッツダルヴァが出産祝いに送ってきたのは子供の教育にかかる費用に関する本だった、その点ではやはり、彼は経営や政治に明があるのだろう。

 

「こんどオッツダルヴァに会わせてみるか、彼に頼めば家計くらいすぐにまとめられるようになるだろう」

「社会科の先生ゲットね、ふふっ」

「楽しくなりそうだ」

 

 まだ小学1年生の少女にどれだけの知識を詰め込むつもりなのか、教育パパ、ママは軽く暴走気味に未来の展望を語る。

 それだけ自分たちの娘に絶対的信頼があるのだ、櫻なら、やり遂げるだろうと。

 

 

 

 

 当の本人はと言えば

 

「ファーティに勝ちたいから、私オリジナルの機体が欲しいの! それでね―」

 

 大勢の技術者達が見守る中、機体のアセンブリをディスプレイに出す。

 

「おお、流石No.2の娘だ、よくわかっている」

「だが、これでは彼のスピードに追いつかないんじゃ?」

「なら、ここをコレに変えてみたらどうだろう?」

「ああ、確かにこれなら追いつけます。で、ついでにここも―」

「すごいねおっちゃん! でも、コレだとバランス悪そうだよ」

「だから、ここをこうしてこうやってだな―」 

 

 技術者達と"わたしのかんがえたさいきょうのねくすと"作りに夢中だった。

 

 レオハルトが娘に負かされる日も近いかもしれない。



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最初で最後の親子対決

タイトルはフラグ


 ここのシミュレータを使い始めて1週間、櫻はだいぶ、と言うよりかなり強くなっていた。

 そして、今日も総合演習ということで実践形式の訓練を行う予定だ。

 

「おっちゃんたち、お願いね」

「ああ、わかってるよサクラちゃん、始まったら、機体のデータを書き換えよう」

「あの機体はもはや何でもあり、ですからね」

「うん、だって"みんなでかんがえたさいきょうのねくすと"だよ? いくらファーティが強くても―」

「操縦者の実力差以上の機体性能差を出せば―」

「勝てる。ローゼンタール最強に」

「そして言うなら、サクラちゃん、君はファーティとの実力差があまりない。コレは君の努力で埋めたものだ―」

「さらに、君には才能がある、まだまだ強くなれるんだ。さぁ、超えていこう」

 

 

 

「「「「我社の最強の騎士(Ritter der stärkste)を!!」」」」

 

 盛り上がる技術者陣、その理由を知らないレオハルトは、

 ―今日で最後だし、別れを惜しんでるのだろうか

 くらいにしか考えていなかった。

 やはり、小さい女の子、さらに自社最強のリンクスの娘ともなれば社内の至る所で可愛がられ、その上、ソコにあるものに片っ端から興味を示すのだから、技術者達は懇切丁寧に説明して回った。

 それもあってか、櫻はローゼンタールの社員によくなついていた。

 もともと人懐っこい子ではあったが。

 

 

「よっしゃぁ! やる気120%だよ! ガフナーのおっちゃん、ファーティの天使も準備してるよね?」

「もちろんだ、やるからにはどちらも本気でぶつかってもらわねばな」

「よし、ありがとうおっちゃん! じゃあ、みんなの期待にこたえなきゃね!」

「ああ、頼んだぞ。サクラちゃん」

 

 そうして櫻はベッドに横たわり、ヘッドセットを被った。

 技術者達にウィンクをし、

 

「がんばってくるからね」

 

 技術者たちも頷き返すと、戦場へと繋がった。

 

 

 

「遅かったじゃないか、サクラ」

「いやぁ、ガフナーのおっちゃんたちとおしゃべりしてたらねぇ」

「人に懐くのはいいが、あまり迷惑かけるなよ? 彼らにも仕事があるんだ」

「わかってるよ、じゃぁ、最後の練習。楽しもう!」

「そうだな」

 

 櫻がニヤリと笑い、

 

「ガフナーのおっちゃん、アレお願い!」

 

 そう言うと2人の視界は白で埋められ……

 

 晴れた視界には天使と、桜が居た。

 

「どういうことだ、サクラ。そしてガフナー、お前もだ」

「最後にどうしてもファーティと本気でやってみたかったんだよ! いっつも余裕だし、だからガフナーのおっちゃん達にお願いして、サクの専用機、作ってもらったの」

『ということだ、レオハルト。可愛い子に頼まれては、なぁ? お前ら』

 

 ガフナーに振られ、部屋にいるのであろう技術者達が

『おう』『よっしゃみしたれ!』『一世一代の親子喧嘩だ!』

 など口々に言いたいことを言っている。

 

「そういうことか。ならば娘だからと情けはかけない、この空間なら死なんしな―」

 

 それに、

 

「―全力で向かう者に情けを書けるのは騎士道精神に反する」

 

 ならば行こう、娘の全力に、全力で答えてやらねば。

 それが父親の優しさだろう。

 

 

「さらに、サクラの父親だからな。娘のわがままに応えるのも父の仕事だろう」

「そうこなくっちゃ!」

『では二人共、準備はいいかね?』

「「応ッ!」」

「ローゼンタール所属、リンクス、レオハルト・フュルステンベルクとノブレスオブリージュ。全力でお相手致そう」

「櫻・天草・フュルステンベルクと桜吹雪。負けないんだからね!」

 

 

 そうしてここに、親子の戦いの火蓋が切って落とされた 。

 

 

「行くぞ」

「いつでもかかってこいっ!」

 

 レオハルトの短い言葉から始められた親子対決、何も知らない人間ならば、レオハルトが娘を瞬殺して終わらせると考えるだろう。

 だが、そうも行かなかった。

 

 螺旋を描き放たれた光の矢を真横にQBで回避する櫻。

 そしてお返しと言わんばかりにハイレーザーキャノン(SIRIUS)を放つ。

 

 

「いい反応だ、だが、狙いがわかりやすいな」

 

 だが、いとも簡単に避けられてしまう。

 

「ならっ!」

 

 背中のシリウスを畳み、左腕のマシンガン(MOTORCOBRA)をばらまく。

 弾幕を張られ、少しはPAが削れているのか、緑のスパークを放つ。

 

 だが、レオハルトも馬鹿ではない、こんな弾幕の中でいきなりQT、2段ブーストで一気に距離を詰め、

 

「私の武器はアレだけではないぞ?」

 

 そう言ってレーザーブレード(EB-R500)で一閃。

 

 

「私だっていっぱい持ってるもん!」

 

 歯には歯を、と言わんばかりに櫻もレーザーブレード(07-MOONLIGHT)をぶつけて間合いを取る。

 

 

「装備は一級品を集めたな。だが、前に行っただろう、使いこなせなければ武器に殺されると」

 

 事実、月光は発動間隔がながいため、連続で振れないだからこうして―

 

「間合いを詰めれば勝てる」

「させないっ!」

 

 爆発。この規模は背中のグレネードキャノン(OGOTO)から撃たれたものだ。

 

「面妖な、変態技術者どもめ……ッ!」

 

 いくらPAによる威力減衰があるといえども、ほぼゼロ距離で放たれた大口径グレネードは大きくノブレスオブリージュのAPを削っていた。

 爆炎と煙で視界も悪い。

 

 ――まずいな、今のでかなり削られた、だが、あの距離ならサクラも同じはず。

 

 

 

 ---------------------------------

 

 

 

「サクラちゃん、ノブレスオブリージュの強みは何だと思う?」

 

 それは櫻の専用機、桜吹雪のアセンを考えていた時のことだ。

 

「なんでもできる、こと?」

「そうだな、なんでもできる。距離が離れていようとも、近くにいようとも、確実に相手を倒せる」

「だから困ってるんだよぉ」

 

 そう、ノブレスオブリージュの最大の特徴は汎用性、遠距離ならばレーザーキャノン、中距離ならアサルトライフル、近距離ならレーザーブレードとありとあらゆるレンジで戦える。それがノブレスオブリージュの強みだ。

 

「だがな、サクラちゃん、なんでも出来る人に勝つ方法が1つだけある」

 

 もったいぶった笑顔を櫻に向け、

 

「なになに? 早く言ってよおっちゃん!」

「自分の得意なことで勝負することだ。それなら勝てる可能性が生まれる」

「得意なこと、ねぇ……おっちゃん、サクの得意なことって何だと思う?」

「そうだなぁ、サクラちゃんは剣の扱いが上手じゃないか?」

「そうだね、ブレードは大好きだよ!」

「なら、それで勝負しようじゃないか。」

「でも、どうやってブレードの届くところまで近づくの?」

「なに、簡単だ、自分が見られなければいい」

「なるほど! おっちゃん頭いい!」

「伊達にここの偉い人してないぞぉ。だからな、こういう作戦で行こう―」

 

 

 

 

 ---------------------------------

 

 

 

 ――おっちゃん、本当に作戦通り行ってるよ。さすがだね!

 

 開幕とともにシリウスで牽制、そしてモーターコブラで距離を保ち削るように見せかける。そうすれば必ずレオハルトは突っ込んでくる。そしたら月光で相手のブレードをとりあえず防ぎ、その間に雄琴を展開、発射とともに反動とQBで後退してダメージを抑え、相手の視界を奪う。

 その隙に

 

 

「行っけぇぇぇぇ!!!!」

 

 OBで加速し、威力をました月光で叩き切る。

 

 

 レオハルトの戦い方を知り抜いた、ガフナーならではの作戦だった。

 

 

 白金の天使の真横を、桜吹雪が舞った。

 

 

「っしゃぁ決まったぁ!」

 

 確実にあたった手応えから、決まった、と確信していたが。

 

 

 

「浮かれるな、と言っただろう?」

「―ッ!」

 

 

 螺旋を描く光の矢が2条、桜色の機体を貫いた。

 

 

「だが、いい筋だった。さすがは私の娘だ」

 

 月光に引き裂かれ、脚部まるごと吹き飛ばされたノブレスオブリージュ。

 櫻の太刀筋が良すぎるがために、綺麗に真っ二つになるだけで終わってしまったのだ。

 もう少し上を斬られていれば。

 

 ――危なかったな、胴をあの威力で抜かれていれば、コアごと吹き飛んでいた。やはり私の娘だけある。

 

 

 

 

 苦笑いしながらインジケータを見るとAPは残り――39

 

 ――サク、ってか。くくくっ。いい戦いだった

 

 

 

 

 

「うにゃぁぁあ負けたぁぁあぁ!!!!」

 

 シミュレーターから帰還した櫻を迎えたのは彼女の機体や作戦に携わった技術者達。

 紫苑も壁際で少し呆れた笑みを浮かべていた。

 

 

「でもいい戦いっぷりだったよ、サクラちゃん。ほら、ジュース持ってきたから機嫌直してよ」

「そうだぞ、あのNo.2の下半身ぶっ飛ばしたリンクスなんて居ないんだからさ」

「それでも負けは負けなのぉ! うわぁぁ、やっとファーティーに勝ったと思ったのにぃ!!」

 

 最後の一太刀で勝負が決まったと思い込んでいた。

 それは外から見ていた彼らもまた同じで、櫻の雄叫びと同時に彼らもまた叫んだものだ。次の瞬間には静寂が包んでいたが。

 

 

「お疲れ様、櫻。ファーティーに一矢報いたのは事実なんだから、めげない。また次来た時にやればいいでしょ」

「ムッティぃぃ、でもぉ」

「でももなにもない、確かに負けたけど、それでまた強くなれるのよ。人はそういういきものなんだから」

「うぅぅ」

「サクラちゃん、お疲れ様、実にいい戦いだったねぇ。まさに作戦通り。最高だったぞ」

 

 今回の作戦参謀、ガフナーがガシガシと雑に櫻の頭を撫で回す。

 

 

「おっちゃぁん、ごめんなさい、負けたぁ」

「なに、謝ることはない。本気でぶつかって、この結果だったんだ。実際レオハルトも厳しかっただろうに」

 

 あえて父ではなく、レオハルトと呼んだのは、櫻に相対したレオハルトは、父親であるだけでなく、騎士として向かっていたからだ。

 彼もまた、言葉通りに本気で攻めていた。

 

「噂をすればなんとやらだな?」

 

 部屋に入ってきたレオハルトに、先ほどのような殺気はなく、櫻の父であり、教官のそれをもって入ってきた。

 

 

「よくやったな、サクラ」

「うぅ、でもまた負けたもん」

「だが、今までで一番いい試合だっただろう」

「そうだけど――」

「サクラ、結果にだけ縛られてはいけない。重要なのはその中で何を得るかだ、勝ち負けではなく、自分の成長する糧になる―そうだな、自分が学べることを学び取ったものが勝ちだ」

「ムッティにも同じようなこと言われたぁ」

「そりゃ、な」

 

 レオハルトは紫苑をみると、同じように紫苑もレオハルトを見て、

 

「それは、ね」

「「私達夫婦だし」」

 

 ガダッ、と周りが崩れ、

 

「うわぁ、ムッティとファーティーの馬鹿ぁぁぁ」

 

 

 ローゼンタール本社の休憩室は、いつもはない笑い声と暖かい雰囲気に包まれていた。



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オッツダルヴァとの邂逅

 1週間と少しのローゼンタール本社での集中講座を終え、社屋のあてがわれたオフィスで家族3人、ドイツ最後の団欒としていた。

 

 デスクに置かれた電話が鳴る。

 

「フュルステンベルク様、オーメルのオッツダルヴァ様がお見えになっております」

「通してくれ」

「かしこまりました」

 

 ――来てくれたか、オッツダルヴァ。

 

「ヤツが来たぞ」

「そう、来てくれたの。意外だわ」

「アイツの事だからな、適当な理由であしらうと思っていたが、案外良い奴じゃないか」

「そうね」

 

 オッツダルヴァを呼びつけたのは昨日の親子対決の後のこと、レオハルトが「今ドイツに家族で来ているから、よければ会いたい」と言って呼んでみたのだ。

 

 軽いノックの音

 

「私だ、入るぞ」

 

 そう言って部屋に入ってきたオッツダルヴァはダークスーツに身を包み、やたらと分厚いファイルを手に現れた。

 

 

「オッツダルヴァ、久しぶりだな」

「久しぶりね、オッツダルヴァ」

「ああ、久しぶりだな、レオハルト、マリア。ほう、コイツがお前らの娘か」

「ここではそう呼ばないでよ。ほら、櫻、挨拶を」

「櫻・天草・フュルステンベルクです、よろしくお願いします」

 

 櫻は完璧に気圧されてしまっているのか、ガチガチである。

 

「私がオーメル・サイエンス・テクノロジーのオッツダルヴァだ。君の両親とは旧知の仲でな」

「きゅうちのなか?」

「ふん、古い知り合いだということだ」

「へぇ」

 

 皮肉屋なオッツダルヴァだが、純粋な少女の前ではあまり強く出れないのか、自然とフォローしてしまっている。

 

 

「お前がそんなに柔らかい態度だなんて、明日は嵐だな」

「そうかもね、帰れるかしら?」

「お前ら……それで、なんの用だ?」

「いや、ただ単に最近会ってないから、と思ってな。それに娘も見せたかったしな」

「そうか、くだらん」

「まぁ、そういうな。あと、お前の手腕を見込んで頼みがある」

「ほう、聞こうか」

「娘にお前の経営やコミュニケーションのスキルを叩き込んで欲しい」

 

 レオハルトの言葉にオッツダルヴァの顔も少し歪む。

 

 

「面白い冗談だ。この小便臭いガキに私がものを教えるだと? ふざけるな」

「こっちはかなり真面目よ? それにこの子はあらゆるものを吸収して進化すると思ってるの」

「だから、ひとつ、頼む」

 

 そう言って頭をさげるレオハルト。

 

「ふん、ならば試してやる」

「そうか。娘の出来に驚くなよ」

「親バカも大概にしておけ。では行くぞ、ガキ」

「ガキじゃないもん、櫻だもん」

「そうか、まぁいい。ついて来い」

 

 

 そうして櫻を連れて部屋を出て行くオッツダルヴァを少し不安げな表情でみる2人であったが、

 

「なにをされるのかしらね」

「さあな、適当な算数とかじゃないか?」

「あの子の計算能力はそこら辺の大人と大差ないわよ? どこかの誰かが頑張ってくれたおかげで」

 

 ---------------------------------

 

「へぶしっ」

「大丈夫ですか主任?」

「いや、大丈夫だ、誰かが噂でもしてんだろ」

 

 どこかの誰かは最初は宿題を手伝う程度のつもりだったのだが、気がついたら高校数学までやってしまったとか。おかげで櫻は算数のテストで満点を持ってきては紫苑やどこかの誰かに自慢しているという。

 

 

 ---------------------------------

 

「くっくっくっ、そう言ってやるな、彼だって良かれと思ってやっているんだ。10年分予習したと思えばいい」

「まぁ、そうだけどね」

「それだけ櫻の知識を取り込む力がすごいということだろう? いいことじゃないか」

「裏目に出なければいいけど」

 

 

 

 オッツダルヴァは焦っていた、目の前の少女がグラフから値を読み取り、それを方程式に当てはめていくのを見て。

 

 ――本当にこのガキエレメンタリースクールに通ってるのか? どう考えてもハイスクールレベルの問題を出してやったのに!

 

 オッツダルヴァが作ったテストは本当にただの算数だった。――序盤は

 足し算引き算なら普通にできるだろうと、1桁から多いものでは10桁まで、嫌がらせのように出した。

 だが、そんなの朝飯前だと言わんばかりに数十問を目を見張る早さで解き、まだ習っていないはずの掛け算をもサクサク解いていた。

 そして、質問されることを前提に100点阻止問題として出した2次関数すらあっさりと解かれてしまったのだ。

 

「くっ、このガキなにもんだ……」

「えーっとね、サクは天草西小学校の1年生だよ?」

「そういうことを聞きたいんじゃない、この数学、算数か。誰に教わったんだ? 普通の小学生はこんな問題解けないぞ」

「算数は拓郎おじさんとか、うちにいる人に教わった!」

「ほほう、そうなのか。面白い、お前に私のやり方を教えてやる、覚悟はできてるか?」

 

 ――日本人と言うのは本当に頭がオカシイんじゃないのか、こんな女の子にどれだけの知識を叩き込んだのだ。

 

「もちろん!おっちゃん!」

 

 

 

 そうしてオッツダルヴァによる経営学教室が始まったのだ。

 この少女の、更なる進化の為に。

 

 

 

 

 

「オッツダルヴァおじさん、呼びにくいから乙樽おじさんでいい?」

 

「それは勘弁してくれ……」



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猫の墜ちる日

 ドイツでの夏期講習も終わり、櫻は残りも少なくなった夏休みを満喫していた。

 

「さくちゃん、ここの問題なんだけどさぁ」

「櫻ちゃん、つぎ私にも教えてね」

 

 教会の一室は櫻の友人が来て、宿題を片付けていた。

 

「はいはい、みんな頑張ってるね。お茶とおやつ持ってきたから、休憩にしましょ」

「やったぁ、さくママありがと!」

「ありがとうございます、頂きます」

 

 紫苑が差し入れを持っていくと子供達は緊張から開放された笑みでお菓子を頬張る。

 

「みんな真面目ねぇ、私が小学校の頃なんて宿題もろくにやらなかったわぁ」

「えぇ、さくママ真面目そうだから意外だぁ」

 

 子供達の活力を分けてもらうかのように笑顔を振りまきながら接していた。

 

「でもムッティ頭いいもんね」

「櫻ちゃんのお母さんだから、きっとそうなんだろうね」

「あらあら、そんなこと無いわよ? うふふ」

 

 

 悪知恵を働かせたら紫苑に叶うものは居ないだろうが、とは口が裂けても言えない。

 

「じゃぁ、食べ終わったらラストスパート行くっしょ!」

「「お~っ!」」

「食べ終わったものは適当にまとめておいてね、後で取りに来るから」

「「「はーい」」」

 

 

 元気が良くてよろしい、などと思いながら部屋を出てしばらくすると、ポケットの端末が震えた。

 これは仕事用の無線端末、ドックからの連絡や、任務の請負などに使うものだ。

 つまり、夕飯はなんだ?なんてメッセージでは無いということ。

 

 

「嘘でしょ……」

 

 その画面には

 

 from: T.Kuromorimine

 to: S.Amakusa

 sub: レオハルトが倒れた

 main: no text

 

 

 

 ドックまで全力疾走、検査機器の詰まった医務室に駆け込む。

 そこには、様々な機械に繋がれたレオハルトが居た。

 

「これはどういうことっ!?」

 

 肩で息をする彼女は医療スタッフを捕まえて鬼気迫る表情で訪ねた。

 

「先程、ドックの中でいきなり……」

 

 彼女が言うには、彼がドックで作業状況の確認を兼ねて見回っていたところ、突然倒れたため、その場に居た技術スタッフがあわててここに担ぎ込んだという。

 

「それで、彼は……」

「脳と神経系にかなりの負荷がかかっていて……」

「くっ……」

 

 ついにこの時が来てしまった、リンクスとしての、寿命が。

 

「この後意識が戻るかもわかりません。脳はとりあえず生きているため、生命維持に問題は今のところありませんが、いつ脳死するか……」

「そう、わかったわ。ありがとう。このまま見ていて頂戴、また変化があれば連絡を」

「了解しました」

 

 

 医務室を出ると同時に、大粒のナミダが頬を伝う。

 そのままコントロールルームに入ると部屋をロック。

 

「ああァァァっ!!」

 

 ただの咆哮、悲しいのか怒っているのか、もうそれすらもわからぬまま、感情のままに叫び続けた。

 ひたすらに泣き続けた。

 

 その悲痛な叫びはもちろん、ドックの中にも響き渡り、全員が紫苑の心持ちを察し、黙ってコントロールルームに目を向ける。

 

 

「天草指令……」

「指令……」

 

 全員が手を止め、我が主である紫苑の叫びをただ聞いていた、それしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 日も暮れ、友人たちを見送った櫻は、教会にいない紫苑を探してドックへ向かっていた。

 

「やぁ櫻ちゃん、ドイツはどうだった?」

 

 声をかけたのは黒森峰。状況が状況だけに、いまここで彼女をドックに入れるわけには行かないと、ここで張り込んでいたのだ。

 

 

「拓郎おじさん! ドイツはねぇ、楽しかったよ!」

「そうか、それは良かった。ネクストにも乗ったんだって?」

「そうなの! ファーティとネクストで戦ったんだよ!」

「それはすごいな、どんな勝負になったんだい?」

「えーっとね、ビュンってやってズバババーンでね――」

 

 

 黒森峰は櫻が懐いているドックの人間の中でも、一際の信頼を置いている人物だった。

 紫苑がドックで叫び続け、レオハルトは今も死へ歩みを進めている。こんな状況のドックに櫻を入れるわけには行かない。

 

 だから彼なりに気を利かせ、櫻の足止めをしているが、それもいつまで持つか。

 

 

「それでね、やっぱり負けちゃったんだけど、それでも強く慣れたからいいかなって!」

「そうか、櫻ちゃんは前向きだな」

「ムッティとファーティに言われたんだもん、学んだものの多いほうが勝ちだ、ってね」

「なるほどな、それもそうか。流石は我らがリンクス様だなぁ」

「そういえば、ムッティはドックに居るの?」

「え、ああ。そうだけど、いま忙しいから、また怒られちゃうよ?」

「えぇ、嫌だなぁ。拓郎おじさんはいいの?」

「え、俺かい? 俺はちょっと抜けだして休憩だよ」

「おじさんサボりはいけないんだよ? ムッティにいいつけちゃお」

「え、ちょっと、櫻ちゃん!」

 

 ドックへ向かう櫻、まずい。あのお通夜状態のドックには。雄叫びを上げる紫苑を見せるわけには……!

 

 

「ムッティ! 拓郎おじさんが……」

 

 ドックに駆け込むと真っ先に聞こえたのは雄叫びのような紫苑の叫び声だった。

 

 

「え、ムッティ?」

「ハァ、ハァ。櫻ちゃん、これはね。ハァ……」

 

 いきを切らせた黒森峰が説明をしようとするも、

 

「ムッティに何かあったの? ファーティは?」

 

 紫苑の叫びから何かを察したのだろう。痛いところをつく質問をしてくる。

 

「こ、これはね……」

 

 弁解するまもなく櫻は駆け出していた、行き先はおそらく、コントロールルーム。

 

 

「さ、櫻ちゃんを止めろ!」

 

 黒森峰の叫びにスタッフたちが慌てて櫻を止めにかかるも、軽い身のこなしにすべて避けられてしまう。

 

 コントロールルームの前に立つと櫻は、

 

「ムッティ! 何があったの! ムッティ!!」

 

 母を呼びながらもコンソールを操作し、扉を開けようとしていた。

 すると、泣き叫ぶ声が収まり、

 

 

 

「櫻、お話をしましょう」 

 

 そこには髪をグシャグシャにし、泣きはらした目をした紫苑が立っていた。



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櫻の言葉は

ハーメルンの最低文字数の関係で、「櫻の言葉は」と「あなたを忘れない」の2話をくっつけて投稿です。


「お話をしましょう」

 

 そう言って櫻を部屋へ入れると電気をつけ、モニターを医務室のカメラに変える。

 

「ムッティ! ファーティは? どういうこと?」

「櫻、落ち着いて話を聞きなさい。今から言うことは理解できなくてもいい、いずれ理解できるときに理解すればいいわ」

「う、うん……」

 

 そうして紫苑はゆっくりと、自分の中で整理するように話を始めた。

 

「まず、ファーティだけどね、手術をしたの。ネクストに乗るために必要なことだったから」

「うん、知ってる」

「それで、ネクストは脳や神経にとても負荷がかかるものなの、だからファーティの脳と神経は疲れちゃったの、限界までね」

「え、えぇ?」

「わからなくてもいいわ、でも覚えておきなさい。 いまのファーティの脳は心臓を動かしたり、生きる上で最低限の事で手一杯になっているのよ。でもそれももうそろそろ限界みたいなの」

「だから、ファーティはもうすぐ死んじゃうの」

「お星様になるの?」

「どうでしょうね。でも、ずっと私達を見ていてくれると思うわ」

 

 

 だが、彼女は賢かった、紫苑の思った以上に。そして、強かった。

 

「それって、オッツダルヴァおじさんもそうなの? ダリオおじさんも?」

「そうね、きっと彼らももうすぐ、ファーティと同じようになるってしまうでしょうね」

 

 櫻は話をある程度は理解し、リンクスたちがレオハルトと同じよう目に遭うのだと話の内容から推測してしまっていた。

 彼女は賢すぎた、自分の身の丈に合わない知識をつめ込まれたがために。

 

 

 ――もしかしたら、櫻の心が耐え切れないかも、しれないわね。

 

 そして、櫻から発せられた言葉が、紫苑を戦慄させた。

 

「それがわかったから、サクを強くしようって色んな所に行ったの? ファーティが居なくてもサクがムッティを守れるように、拓郎おじさんや、ここにいるみんなを守れるように強くなってほしかったの?」

 

 紫苑は再び涙を流した、だが、今度は悲しみや怒りからくるものではなく、己の情けなさを嘆いてのことだ。

 

 

「ごめんなさい櫻、でも、これだけはわかってほしい。私達はあなたに守ってもらえなくてもいいの、親だから、大人だから。私達であなたを守るの。櫻、あなたを強くしようとしたことは否定出来ない、でもそれは櫻が自分自身を守るためにつけるべきだと思ってのことなのよ。ごめんなさい。私達の勝手な思いでつらい思いをさせたかもしれない。いらない知識をつけてしまったかもしれない――」

「なんで謝るの? ムッティとファーティはサクのことを大事に思ってくれたから色んな事を教えてくれたんでしょ? ならなんで謝ってるの? ムッティ」

「櫻、ごめ――」

 

 

 パシッ

 2人きりの部屋に乾いた音が残響を残す。

 

 

「ムッティ、それ以上謝ると怒るよ。サク一度も嫌だなんて思ったことないよ。ムッティのACに乗った時もムッティの見ていた景色が見えると思ったら楽しかったよ。ドイツでファーティと戦った時も、ファーティと同じものが見えると思ったらとても楽しくて仕方が無かったんだよ! オッツダルヴァおじさんは少し怖かったけど、教えてもらったことは無駄じゃないよ! ファーティが言ってたじゃん、多くを学んだものの勝ちって。それっていっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いろんなことを感じたらいいんでしょ? だったらサクは誰にも負けないよ。この世の中に楽しくないことなんてないんだから!」

 

 ああ、なんということだろう、まだランドセルを背負う年齢の女の子が、父の死という運命を目の前に、これだけの事を吐き出せるのだ。

 少女の目から見た世界は今、どう見えるのだろうか。

 

 

「櫻……そうね、いっぱい勉強していっぱい遊んで色んな物を見てきたもんね。だから櫻は強いんだよね。私がダメだったわ」

 

 母は嘆く、自分の浅はかさを、娘の考えることすらわからないなんて。

 母は願う、娘の成長を、娘が父を超えることを、母を超えることを。

 

 

「ファーティはムッティのナイト様なんでしょ? だったら今度はサクがムッティのナイトになるんだから! お姫様のために、ナイト様は強くないといけないから――」

 

 娘は誓う、母の思いを、父の願いを守り通す事を。

 娘は願う、更なる強さを、更なる知恵を、世界すら守れるほどの力を。

 

 

 

 

「――私にもっと広い世界を見せて!」

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 コントロールルームから出るとほぼすべての職員がこちらを見ていた。

 数人は目に涙を浮かべている。

 

「ファーティのとこに行くよ」

「ええ」

 

 せめて最期を見届けなくては、いくら辛い現実でも。

 

「指令、いま櫻ちゃんを医務室に連れて行くのは……」

「いいの! サクが決めたことなの!」

「だけど、櫻ちゃん――」

「ファーティが気が付いたら居ないなんてほうがもっと嫌だもん!」

 

 

 ストレートな言葉だった。大人は気を回しすぎた。少女にショックを与えないように、そう考えていたのに。そんな気遣いがいらないほどに彼女は強い心を持っていた。

 

「櫻ちゃん、そうか、ごめんね」

「いいの、サクが頑張らないと、強くないと、みんな守らないと。ファーティみたいに」

 

 シンプルな言葉の中に、強い想いがこもっていた、年端も行かない少女の強い決心に、全員が心を打たれた。

 そして、ひとつの想いが宿った、我々がこの少女の成長を後押ししよう、と。

 

「櫻ちゃん、君の思いはわかったよ。だからおじさん達みんなが、全力で櫻ちゃんを応援しよう。そうだろみんな!」

「「「「「「「「応ッ!」」」」」」」」」」」

 

 

 少女の願いは全員痛いほど理解できた、今この状況で我々にできることは何か、全員が模索していた。

 

 

「ありがとう、拓郎おじさん、みんな。サク頑張るから」

「ああ、頑張るんだ。おじさん達もな」

「行きましょう、櫻。ファーティのところへ」

「うん」

 

 

 ---------------------------------

 

 

 心拍計の電子音が響く雑多な部屋で、ただ2人は黙っていた。

 いまさら何も語ることは無かった。

 

 時間が経つに連れ電子音の間隔も広がりつつある。夫の、父の死の瞬間を、2人はひたすら待ち続けた。

 状況を見ていたメディックが声を上げる。

 

「AMSに反応、これは。言語メッセージです。出します」

 

 

 

「サクラ、シオン、済まない。 強くなれ」

 

 謝罪と願い、それを最期にレオハルトは逝った。

 電子音がただ鳴り続ける部屋に2人。強い眼差しも持って2人は泣かなかった。泣けなかった。

 泣いてはならぬと涙を飲んで、だが、しっかりと心にその死を刻みつけて。

 

 

「ファーティ、サクは、強くなるよ」

 

 少女のつぶやきは、虚空に消えた。




桜の花言葉は「精神性」「淡白」「優れた美人」などがあるそうです
あとは品種別にも言葉があったりします

本来ならこの次の話であった『あなたを忘れない』というのは紫苑の花言葉から取っています。
「あなたを忘れない」や、「彼方にあるあなたを想う」など、けっこうロマンチックな言葉ですね。


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Chaconne 花は何度でも咲く
花咲く少女


 父の死を境に、櫻は大きく変わった。

 自分から貪欲に知識を求め、ひたすらに己を鍛えた。

 

 それに合わせて紫苑も櫻の願いを聞き入れた、生身での格闘を教え、戦術を説いた。

 

 だが、リンクスの居ないところに人員は不要と判断され、ローゼンタールは天草のドックから引いていってしまった。

 黒森峰が前線の補給基地として少数を残すべきと主張していたが、それも虚しく、いまはドックに誰もいない。

 

 

 紫苑は櫻をあちこちに連れ出した、いろいろなものをみて、感じて、心の成長を願って。

 そんな一環で連れて行ったとある町。

 海と山がある坂の辛い土地だ。

 

「ムッティ、神社あるよ、ちょっと行ってみよ!」

 

 すぐそこにには鳥居と、階段。

 軽い足取りで登る櫻に「はやくー」と小言を言われながらゆっくりと階段を登る紫苑。

 

 登り切った先には趣きのある、というか、木々に囲まれたなかに本殿と神主の住居であろう建物が佇んでいた。

 

「面!」「胴!!」と気合の入った声が聞こえる、剣道の道場も構えているのだろう。

 

「櫻、どこいったの?」

「ムッティ! アレ、かっこいい!」

 

 櫻は道場の中で打ち合う2人を見て目を輝かせていた、2人共櫻とあまり年の変わらないように見える。

 

「剣道に興味がお有りですか?」

 

 背後から突然声をかけられ、とっさに気を強めてしまう。

 声の主は壮年の男性、服装から伺うに道場主だろう。

 

「おっと、驚かせてしまいましたか、申し訳ない」

「いえ、こちらこそ、勝手に覗いていたわけですし」

「私はここの神社の神主で、道場の師範をしております篠ノ之柳韻と申します、よろしければやってみますか、剣道」

「え? いいの? やってみたい!」

 

 思わぬ申し出にもかかわらず、櫻は乗り気であった。

 

「よろしいのですか、ご迷惑ではないでしょうか?」

「いいのですよ、興味深げに見ていましたからねぇ、好奇心を満たしてあげたくなるのが親の性でしょう」

「そうですか、お言葉に甘えて。私は天草紫苑と申します、娘は櫻。6歳です」

「そうですか、ちょうどうちの娘と同い年だ。箒、お客様だよ、剣道をやってみたいそうだ、教えてあげなさい」

「はい、父さん」

 

 トテトテと道場から走ってきた少女、きりりと引き締まった顔立ちが素敵だ。

 

「君か、私は箒。名はなんというのだ?」

「私、天草櫻!よろしくね箒ちゃん!」

「こちらこそ、よろしくたのむぞ、櫻。さぁ、こっちだ、防具をつけることから始めよう」

 

 少女2人は早くも打ち解けたようで、会話に花を咲かせながらも確実に指導している。

 

「あれが娘の箒です、あちらに居るのは近所の織斑一夏くん、同い年ですよ」

 

 奥で素振りをする少年。背丈は櫻とあまり変わらなそうだ。

 

「そうですか、では先程の試合はあの子達が?」

「ええ、そうですね。楽しそうにやっていましたよ」

「本殿の近くでも気迫ある声が聞こえましたからね」

「そうでしょう、剣道は心技体、の3つが重なって初めて一本、となります。そのための心意気、声出しや気は重要なのですよ」

 

 大人は子供達の事を見つめつつも、子供達は子供達でまた仲良くなりつつあるようだ。

 

「お、新しい子か! 俺は織斑一夏、よろしくな!」

「天草櫻、よろしくね、一夏!」

「櫻は見た目日本人じゃないよな、何処からきたんだ?」

「おい一夏、それは失礼だろう!」

「いいの、慣れてるから。私はお父さんがドイツ人のハーフだよ」

「そうだったのか、ゴメンな」

「いいっていいって!」

 

 無邪気なものだ、ああしていつの間にか仲良くなっているのも子供の特権だろう。

 

 しばらくおしゃべりをすると、箒が基本的な構えを教え始めた、まずは中段の構えから。

 

 

「そうだ、竹刀の先がじぶんのお腹のあたりに来るようにするんだ。そうそう、それだ!」

 彼女は教えるのがうまいようで、みるみる先へ進んで行く。

 

「娘さんはなにか武道の経験でもあるのですか?」

「そうですね、武道というほどではありませんが、私が合気道の様なものを教えています」

「やはりそうですか、ということは天草さんも武術の心得がお有りなのですね、通りで……」

「いや、先程は失礼しました」

「いやいや、視界の外から声をかけ驚かせたのは私ですから、お気になさらず」

 

 そう言って櫻を見る柳韻の目はすべてを見ているかのような深いものがあった。

 

「いつまでも縁側から眺めるのもアレでしょうし、中へどうぞ」

「お邪魔します」

 

 中へ通され、道場を見渡す。建物は年季を感じさせるが、掃除が行きどどいているのか、ほこりやカビ臭さなどとは無縁の、道を修めるにふさわしい場所だった。

 

「箒は教えるのがやっぱり下手ですね」

「そうですか? 私には上手く教えているように見えますが」

「先程から櫻ちゃんに言っていることはすべて私の受け売りですからねぇ」

 

 本当は感覚派な子なんですよ、と言って柳韻は笑った。

 

「おや、試合を始めるつもりのようですね」

「止めないのですか? うちの子ルールもわかっていませんよ?」 

「まぁ、まずはやらせてみるのがいいでしょう。さぁ、始まりますよ」

 

 

 そう言って子供達を眺める柳韻は先ほどのような柔らかい笑みだった 。



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いざ、尋常に

「始めっ!」

 

 箒の鋭い声で一夏対櫻の試合が始まる。

 

 中段の構えで一足一刀の間合いを保ちつつ、両者相手の出方をみる。

 

 

「やはり櫻ちゃんには素質がありますねぇ、竹刀もブレていないし、足運びもおかしくはない。とても数十分前に始めたとは思えませんな」

「そうですか、嬉しいですね」

「どうです、紫苑さんも刀を振りたくはありませんか?」

「私は結構ですよ、柳韻さんには敵いそうにありませんし」

「そうですか、残念です。おや、櫻ちゃんが動きましたね」

 

 竹刀を鋭く振りかぶり、面狙いの一閃が走る。

 

「面ッ!!!」

 

 鋭い打撃音とともに頭を押さえる一夏。

 

「め、面一本! 大丈夫か一夏?」

「ごめんね、一夏くん、大丈夫?」

 

 

 やってしまったようだ、彼女の剣はすでに完成されたもの、間違いなく経験の差が出ている。

 一夏は竹刀を動かす間もなく打たれたのだ。

 

「痛ってぇ、綺麗に面取られちまったなぁ。ホントに剣道はじめてなのかよ櫻」

「ごめんね、ほんと、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ、これくらい」

 

 

 

 

「櫻ちゃんが取りましたね、すごい子だ」

「ははは……」

 

 乾いた笑いしか返せない。

 とりあえず2人の元へ、

 

 ああ、頭の天辺に見事なたんこぶ、これはやり過ぎだ。

 

「大丈夫? 一夏くん、ごめんね、櫻がやりすぎたみたいで」

「大丈夫大丈夫、男だからな!」

「そうね、男の子は強いのよね」

「おう! しっかし、櫻はすげぇな、俺もビビっちまって手が動かなかったぜ」

「そ、そんなことはない」

 

 目が泳いでいる、おそらく殺気放って気で押したのだろう。

 

 

「櫻、次は気をつけなさいよ? あんまりあぶないと追い出されるわよ?」

「うげ、はぁい」

 

 櫻に念を押し、道場の隅に戻る。

 

 

「見たところ櫻ちゃんの剣は日本のものではありませんね、西洋の剣術に近い、お父様の影響ですか?」

「ええ、そうですね」

 

 下手なことは言えない、

 言ったら彼女がどういう目で見られるか。

 

「それも、彼女は強い気を持っている、確かな信念、自分の技術を熟知しているのでしょう。あんなに幼いのに、本当にすごい子だ」

 

 

「一夏、迎えに来たぞ」

 

 ふと縁側を見ると長身の女性が、見たところ高校生くらいだろうか。

 

 

「やぁ、千冬ちゃん、ちょうど今日はお客さんが来ていてね」

「どうも、天草と申します」

「こちらこそ、織斑一夏の姉の千冬といいます」

 

 しっかりしているなぁ、と思っているとリベンジマッチが始まるようだ。

 

「よし、櫻、もう一本だ、次は勝つぜ!」

「よしきた、次も負けないからね!」

 

 

「千冬ちゃん、こっちで一緒に見てみようじゃないか。一夏くんの試合を見るのも久しぶりだろう」

「では、そうさせて頂きます」

 

 そうして、紫苑の隣に腰を下ろす千冬。

 

 

 ――この子、なんというか、気が強いなぁ

 

「千冬ちゃんは気が強いでしょう?」

「え、ええ」

「そ、そんなことはっ」

「ほらほら、始まりますよ」

 

 そう言われて視線を剣道場に戻す。

 

「始めっ!」

 

 再び箒の声で試合が始まった。

 両者一歩も引かず、一足一刀の間合いを保つ。

 

 櫻は、剣を上に上段の構えで攻めの姿勢をアピールしていた。

 だが、殺気がない分一夏には余裕が見える。

 

 

「おや、今度は気を放ってませんな、紫苑さん、止めましたか?」

「ええ、まぁ」

「そうですか、その分一夏くんは楽でしょうねぇ」

「みたいですね、さっきから手を開いたり閉じたりしてる、一夏のクセです」

「狙ってますねぇ」

 

 千冬の言うとおり、一夏は竹刀を握る手を閉じたり開いたりしている。千冬が指摘するくらいなのだから、あまりいい癖ではないのだろう。

 

「胴っ!」

 

 一夏が胴を狙う。

 

「行きましたね、一夏くん」

 

 乾いた音ともに竹刀が弾かれ、

 

「メェェンッ!!!」

 

 再び面に鋭い一閃、

 2度めの面を同じ位置に喰らい、再び悶える一夏。

 

「面一本!」

 

 

 

「きまりましたな、胴払い面、見事でした」

「ええ、きれいな太刀筋でしたね」

「そうですか」

「一夏くん、やっぱり痛いでしょうねぇ、あれは」

「2度めですからね……」

「さっきも面を取られたのですか?」

「ええ、それも一振りでした」

「これはまた鍛えなおさねばダメですね」

「まぁまぁ、千冬ちゃん、そう慌てないで」

 

 竹刀袋に手をかけた千冬を柳韻が止める、

 

「はぁ。でもあの子強いですね」

「やはり、千冬ちゃんもそう思いますか」

「ええ、構えの際は気を放たず、剣を振る瞬間に集中している、一閃に心技体をまとめていますね」

「そうですそうです」

「は、はぁ……」

「千冬ちゃん、紫苑さんと一試合やってみませんか?」

「え、なぜです?」

「私の好奇心、ですかね」

 

 はっはっはと笑う柳韻、本当に興味が出たから、というふうに笑う。

 

「よろしいですか? 天草さん」

 

 千冬もその気なようだ。

 

 ――仕方ない、やりましょうか

 

「分かりました。防具などをお借りしますね」

「ええ、どうぞ。付け方などは……大丈夫そうですね」

「織斑さん、よろしくおねがいしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 弟をコテンパンにされてしまったからか、それとも自分の不甲斐無さか、千冬から放たれる気が強まるなか、防具をつけ、竹刀を取る。

 

 

「お、千冬姉来てたのか。柳韻さんと試合か?」

「いいや、一夏、私は天草さんと一太刀交えることにしたよ」

「え、櫻のお母さんとか、それ平気なのか?」

「ムッティは強いから大丈夫だよ、少なくとも一夏みたいに一瞬でおわるってことは無いねっ」

「櫻、テメこのっ!」

 

 

 キャッキャッと駆けまわる一夏と櫻を見ながら、千冬の元へ。

 

「おまたせしました」

「では、はじめましょう」

「審判は私が努めます。箒、一夏くん達と見ていなさい。おそらく、いや、絶対に自分の糧になるからな」

「はい。ほら一夏、櫻、行くぞ」

「「うぅ~」」

 

 あっさりと箒に捉えられたアホの子2人を引きずり、道場の隅、さっきまで紫苑や柳韻がすわっていたところに落ち着く。

 

 

「ふふっ」

「ずいぶんと余裕ですね」

「あなたも自分の子を持てばわかるわ」

「そうですか……」

「では、準備を」

 

 お互い白線のもとに立ち、剣尖、目線をあわせる。

 両者から――おもに千冬だ――から放たれる圧倒的な気に、子供達は気圧されていた。

 

「お、おい櫻、お前のお母さんおっかないぞ」

「一夏くんのお姉さんだって、怖すぎでしょ……」

 

 

 

「では、始めっ!」




千冬初登場

8/4 追記

課題に手を付けず、気づけば8月ですね
課題以外にもやることが山積みで何から始めればいいのやら。

PVとUUは休日ということもあってか、かなりの方に読んでいただけました。
1日1話更新なので週末にまとめて。という読み方もアリですね。なにせ1話辺りの文字数が2000文字程度とかなり少ないので。

次の話ではあの人が登場します。場所、登場人物からもう察しがつくのではないでしょうか?
それでは、次もお楽しみに。


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ラビットエンカウント

「始め!」

 

 柳韻の鋭い声で千冬と紫苑の気が一気にぶつかる。

 

「ゼアッ!」

 

 千冬の一薙、胴狙いの鋭い一閃。

 

「シッ!」

 

 太刀筋の先に竹刀を入れ弾く。

 だが、それに続く攻撃を入れられない。

 

 ――さすが、あの気を放つだけありますね。ですが、まだまだ青いです

 

 

「すげぇな、櫻の母さん千冬姉の剣を防いだぞ」

「父さんは糧になると言ったが目が追いつかん」

 

 

 

 再び千冬が小さく振りかぶり、

 

「ハァッ!」

 

 籠手狙いの小さい一撃が入る……と思いきや

 

 ――ほほう、逆胴ですか、面白いことをしますね

 

 素早く1歩下がると風をまとった竹刀が胴の防具を掠る。

 

 小さい振りだけあってその反動も小さいだがその一瞬は十分致命的だった。

 

 ――残念、でも、これは伸びるわね

 

「フッ!」

 

 逆胴には逆胴で返す。

 

 

「胴一本!」

 

 

 両者中断に構えて蹲踞のち帯刀、5歩下がって提刀。立礼して退場。

 

 ここまで美しい試合をこなす人たちだ、礼法も美しい。

 

 

「なんというか、きれいな試合だったな、箒」

「ああ、竹刀捌きはもちろんだが、最後の礼法まで一瞬足りとも気が抜けない。本当にすごいな千冬さんも、櫻の母さんも。なぁ、櫻?」

 

 だが、箒の話しかけた隣は空気だった。

 

「櫻はどこへ行った?」

 

 

 --------------------------------------------

 

 

「ねぇ、お姉さん、なんか楽しそうなもの作ってるよね、ね」

「どうしてそうおもうのかな、束さんにはわからないな。邪魔だしあっち行ってよちっこいの」

 

 篠ノ之道場から廊下を進み、縁側から見える物置。

 そこでセーラー服に身を包んだ少女が自分より一回り以上小さい子に対して怪訝な目で睨みつけていた。

 

 

「行かないよ、お姉さん楽しそうだもん」

「楽しくないよ、ほら私も忙しいんだよ」

「それって千冬さんが絡んでたりする?」

「君には関係ないだろ。どっかいけよ」

「じゃぁ千冬さんに遊んでもらうからどこか行くよ」

「チッ」

 

 

 --------------------------------------------

 

「おい、櫻、どこに行っていた、探したぞ」

「いやぁ、ちょっと楽しいお姉さんと遊ぼうと思ったんだけど嫌われちゃってね」

 

 思い当たる節があるのか箒が渋い顔をする。

 

「まぁいいや、道場に戻ろうよ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 箒に連れられ道場へ戻ると、

 

 どこか疲れた様子の紫苑と千冬が居た。

 

「千冬さん、ムッティは強かったでしょ?」

「ああ、そうだな。もしかしたら柳韻さんより強いかもな」

「でしょでしょ! ムッティはサクの先生だもんね」

「そうか、だから君は……」

「んで、千冬さん、あの楽しそうなお姉さん紹介してほしいなぁ」

 

 千冬がとっさに苦い顔をした。

 

「束に会ったのか?」

「ええ、すごい嫌われちゃったみたいでサク悲しいなぁって」

「束はああいうやつだからな、諦めた方が――」

「でもすごい楽しそうなんだもん、だからお願い、千冬さん!」

「どうなっても知らないぞ? 私は」

「やっふぅー」

 

 

 

 --------------------------------------------

 

 

「束、入るぞ」

「やぁやぁちーちゃん! 束さんは待っていたよ! ハグハグしよぅ! ゴフゥ」

 

 千冬必殺のアイアンクローが炸裂する。

 

「ちーちゃん、ギブっ、ギブ!」

「なら最初からやるな、馬鹿者。あと、お前に客だぞ」

 

 櫻がひょっこり顔を出す。

 

「え、またかよちっこいの、邪魔って言っただろ。あっち行ってよ」

「束、お前のそれも何とかならんのか?」

「ちーちゃんには関係ないよ」

「それでね、お姉さん、なんか楽しそうなもの作ってるよね。私も一緒に遊びたいなぁって」

「ちっこいのにできることなんて無いよ」

「これでもACなら作れるんだけど。ダメかなぁ?」

 

 

 束ははぁ……、と溜息をついて続きを言刃を櫻に向けた。

 

 

「あんなおもちゃ、私の考えたISに比べればなんてことないよ」

「へぇ、お姉さん、ACをおもちゃって言えるくらいすごいもの作るんだ、楽しそうだね。もっと仲間に入れて欲しくなっちゃったよ」

「無理だね、君はそのおもちゃで遊んでいればいい。私はちーちゃんと二人でやるんだ」

「束、相手は小学生だぞ、少しは――」

「いいんだよ、生意気なちっこいのはこれくらいで」

 

 6畳ほどの部屋にはピリピリとした空気が漂い、一触即発の危険を孕んでいた。

 

 その空気を切り裂いたのは、小学生からとは思えぬ現実的プランだった。

 

 

「んじゃぁ、こういうのはどうかな。サクはお金を出す。お姉さんはISを作る、サクはそれを使ってお金儲け。それを使ってまたお姉さんに何かつくてもらう。それを使ってまたお金儲け。悪い話じゃないと思うなぁ。お姉さんお金がないからそのISとか言うの、作れないんでしょ?」

 

 束の顔が濁る、

 

 ――このちっこいの、痛いとこついてくるなぁ、本当に束さんはこういうのが嫌いで、大好きだ

 

「本当に、君は小学生か?」

「そうですよ、千冬さん。少しばかり他人より家庭が複雑で、いい先生が付いているだけです」

「君を見ていると自分とあまり年の変わらない人と話しているようだよ」

「いやぁ、それほどでもないですよぉ」

 

 こういうところは歳相応だ、櫻も所詮はただのちっこいの。束にここまで食って掛かれるのもオッツダルヴァの経営学やコミュニケーションあってこそだ。

 

 

「さて、どうしますかお姉さん。サクの提案を飲みますか? それとも、捨てて夢を夢のまま終わらせますか?」

「信用ならないね、そんなちっこいののどこから金がでてくるんだい? 束さんの夢は数百円じゃ買えないよ?」

「サクの家の口座から、そうですね、100万ユーロでどうかな?」

 

 100万ユーロ、1ユーロを130円で換算しておよそ1億3000万。それだけあれば、ある程度の設備を購入し、試験機の1機や2機作れるだろう

 

「グッ、そ、その証拠を出しなよちっこいの」

「仕方ないですね、ごめんなさい、千冬さん、ムッティ…お母さんを呼んできてもらえますか?」

「あ、ああ。わかった、待ってろ」

 

 

 千冬が廊下を歩いて去ったのを感じると、

 

「じゃぁその間、つまんないからサクの将来の夢を教えてあげる。お姉さんは私と同じ匂いがするからね」

「ふん、そんなちっこいのの夢なんて聞いても面白く無いよ」

「サクは将来ね、宇宙に行きたいの」

 

 束がこちらを見る。

 ほら釣れた、と言わんばかりの顔で束を見つめてさらに語る。

 

「ACじゃ宇宙に行けない。だから、私は宇宙に行ける翼が欲しい。自分で操縦して、一人と機体で宇宙へ行けるような、そういう面白いものが。ロケットなんて勝手に飛んで行く鉛筆じゃつまんない。だから宇宙に行ける鍵になる何かを、作りたい」

「ふん、ちっこいくせに面白い事言うじゃん。私と同じことを……」

「商談成立かな?」

「ち、ちがっ!」

 

 狼狽する束が言い訳をする直前、

 

「束、櫻、入るぞ?」

 

 ナイスなタイミングで千冬が戻ってきた。

 それも強力な援軍をつれて。

 

「櫻、お母さんを連れてきたが」

「ありがと、千冬さん。それでね、ムッティ、あのお姉さんが楽しいことするみたいだから、ちょっとお小遣い欲しいなぁって」

「へぇ、どんなことするの?」

「お姉さん、説明してよ」

「面倒っちくて嫌いなんだけどな、仕方ない、今回だけだからね」

 

 

 そうして束はISのコンセプトを語った。

 宇宙空間での行動を想定したマルチフォームスーツ。

 様々なものを量子化し、展開、収納を行える 拡張領域バススロットを備え、多種多様な行動を可能とする。

 さらに、そのコアは自立進化するという。

 

 

「なるほどね、たしかに楽しそうね。それで、櫻は何をするつもりなの?」

「う~ん、千冬さんと一緒に、テストパイロット、かな?」

「それは危なくは無いのですか? 束さん」

「危ないわけ無いよ、私が作るんだよ?」

「すみません、コイツは他所の人には本当に態度が悪くて……」

「いいのよ、答えてくれるだけ」

 

 答えないほど心が荒んだ人間を何人も見てきた紫苑に、これくらいどうということもないだろう。

 

 

「そう、ならいいわ、ちゃんと櫻を仲間に入れてくれるのよね?」

「そっちがやることをやったらいいよ、契約ってそういうものでしょ」

「ならいいわ、100万ユーロって言ったかしら? 今の貯金と照らしあわせて…将来性も考えないと…」

 

 タブレットの画面とにらめっこを始めた紫苑を背に、

 

 

「ムッテ……お母さんが家で一番偉いから、お母さんの許しをもらわないといけなかったんだけど、どうにかなりそうだね、束お姉さん?」

「ふ、ふん。別に嬉しくなんかないからね」

「ちょっと櫻、これからどの程度の利益が見込めると思う?」

「それなら――」

 

 

 紫苑に櫻が資金提供の段取りを教えていると、千冬が束に語りかけた。

 

 

「良かったな、束。お前の夢へまた近づけて」

「そうだね、ちーちゃん。最初のISはちーちゃんのために作るって決めてあるんだ」

「そうか。どうなるんだろうな、これから」

「世界を面白くするんだよ、ちーちゃんと、私と。ちっこいので」

「ふふふ、そうか、楽しみにしているぞ」

 

 

「ふっふっふっ、聞いて驚け、100万なんてちんけな額じゃなくて、夢はどーんと500万出すってさ! ムッティ太っ腹!」

「このマネープランを建てたのはあなたでしょ? じゃあ、千冬さん、束さん、どうか娘をよろしくお願いしますね」

「ええ、おまかせください、とはいえませんが。こいつら……いえ、束には目をつけておきます」

「いいのよ、こいつら、で。束さん。櫻によく似ているもの、多分考え方も似てるんじゃないかしら、だから、櫻にも目をつけていてね」

「はい、紫苑さん」

 

 早速束に連れ去られた櫻を横目に紫苑は言う。

 束はおそらく悪い子ではない。ただ、彼女もまた特異すぎたのだ。得意が特異だから疎まれ、避けられてきた。そういう匂いがした。

 

 

「ちっこいの、君の名前を聞かせてよ」

「ん? 私は櫻。櫻・天草・フュルステンベルクだよ」

「そうか、長いからさくちんにしよう。さくちん、これから、頑張るんだよ?」

「もちのロンだよ、束お姉ちゃん!」

「さくちん、お姉ちゃんってもう一回呼ん……ぐふぉ」

「幼気な少女で遊ぶな!」

 

 千冬に辞書で殴られた束を見て、優しい笑顔を浮かべる紫苑。

 やはり彼女は母親なのだ。

 

 

「ふふっ、これなら安心できそうね。ほら、櫻、今日はどうする? 篠ノ之さんは泊まっていっていいっておっしゃってくれたけど、私の荷物はホテルだから、私はホテルに戻るわよ」

「ん~、ここで束おねえちゃんと遊んでく~、また明日電話するよ~」

「そう、なら柳韻さんにそう伝えておくわ。じゃあ、千冬さん、束さん、櫻をおねがいね」

「ええ」

 

 

 

 

 ――束、櫻、お前らはよく似ている。つまらないことが嫌いで、面白いことが大好きで、つまらないから面白くしたくなって。そんなお前らが組んだんだ、この世界、どう変わるんだろうな。



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夜風に舞う櫻

「んじゃ、束お姉ちゃん、千冬さん。また来るからね!」

「うんうん、さくちんが来るのを束さん首を長くして待ってるからね!」

「ああ、いつでも来い、次はうちに遊びに来るといい、一夏も喜ぶ」

「うん! ありがと! 師範もお世話になりました」

「いいや、こちらこそ、なんのお構いもできずに」

 

 

 ありきたりな別れのあいさつを交わして、櫻は母の待つホテルへと向かう。

 頭のなかではこれからの計画を立て、リスクとリターンを考え、

 

「初仕事でこれだけ大きいこととなると、やる気がでますなぁ!」

 

 小学生らしい、やる気と元気に満ち溢れていた。

 

 

 

 これからやることは山積みだ。

 束のIS開発に資金的目処も付き、あとは機材を揃えればパパ~っと終わるよ!(束談)とのことなので、順にことを進めることにした。

 

 まず、櫻と紫苑はこの街に家を買った。別荘兼、束の研究所を置くためだ。

 さすがに神社に最新の設備を持った研究所を建てるのは 何かよろしくない(バチあたり)な気がしたため、駅前のタワーマンションを数フロア買い取り、そこに居住スペースと研究所を設置することにした。

 

 紫苑と櫻は 関係各所(企業連)に説明に周り、束と千冬はその間にも着々とISを作るための準備を進めていた。

 

 

 

 所変わって西アジアはオーメル本社

 そこの応接室でオッツダルヴァと櫻が今後の展開を話していた。

 

 

「それでね、オッツダルヴァおじさん。これは多分世界のパワーバランスを崩すに至ると思うの、ACは今でこそ世界最強の兵器だけど、AMSの適正と対応するための手術が必要。でも、ISは違う」

「ほう、それをどうして私に教えるのだ?」

「たぶん、ISは兵器として使われてしまうから」

「お前の説明だと、ISと言うのは宇宙空間での活動を目的としたものではなかったか?」

「たしかにそうだよ。でも、ロケットがミサイルになったみたいに、ISも 拡張領域バススロットという4次元ポケットを持つ以上、あるいみ最強の戦車であり、戦闘機だと思うの」

「たしかに、一理あるな」

「それで、ものは相談なんだけど。おじさん。ISが世界に発表されて、世界がソレを欲したら、オーメル、いや、企業連として、ISの更なる研究開発に力を貸す。みたいなことを言って欲しいの」

「それで我々になんの利益が生まれる?」

「さっき言ったとおり、ISは兵器として使われることになる。兵器開発の上で、先に始めたというのは大きなアドバンテージになるんでしょ? だから、サクが公開されなかった情報を少し流すから、ソレで利益を出して欲しい」

「なるほどな。よろしい。少し考える必要はありそうだが、大筋お前の読みは正しいだろう。私が同じ立場なら、そんなあらゆる可能性を持つものをただのスペーススーツで終わらせるつもりはないからな」

「さすがオッツダルヴァおじさん、話がわかるねぇ」

「フン、お前に知恵を与えたのが誰だと思っている」

「それもそうだ」

「よし、今日のところはこれくらいにしよう。櫻、マリ……紫苑を呼んできてくれ」

「うん。それで、オッツダルヴァおじさんはなんでムッティをマリアって呼ぶの?」

「お前が知る必要の無いことだ。ほら、早くしろ。私には時間がない」

「は~い」

 

 

 そうして広い部屋を駆ける背中をみて、

 

「私には時間が無いんだ」

 

 改めてオッツダルヴァはそうつぶやいた。

 

 そしてテレビ会議の回線をつなぐ。

 

「これからの話をしよう」

「そうだな」

「そうね」

 

 

 そうして怪しげな笑みを浮かべていると、軽い音が響く。

 

 

「オッツダルヴァ、入るわよ」

「ああ」

 

 紫苑が部屋にはいると、見慣れた顔ぶれがモニターに映し出されていることに驚きつつ、

 

「これ以上あの子に何をするつもりかしら?」

「なに、企業連をまとめてもらうだけだ。 マリア(聖母)

「あなた達もそのつもりかしら?」

『ああ、そうだ』

『その通り』

 

 

 この場には企業連を構成する3大グループ、オーメル(オッツダルヴァ)GA(ローディー)インテリオル(ウィン・D・ファンション)のトップ3人が集っていたのだ

 

 

「私がお前らに、娘にお前のスキルを与えろと言った時は気が狂ってるのかとも思ったが、彼女の才能は私を預けるに値するものだった。だから私の後継として、この企業連をまとめて欲しい」

『と、オッツダルヴァが言う以上、私達も従わざるを得ない』

「時間もないしな」

「そう……アライアンスを救った傭兵から見るなら、才能ある人間に企業連が託されるのは尤もなこと。だけど、母から言うなら、そんな危険なことはさせられない。本人は喜んでやるでしょう、でも、やはり、娘を危ない目に会わせるリスクはできるだけ下げたいのよ」

「確かにその気持も分からなくもない、だが、私は彼女以外の適任はいないと思っている。だから、頼む」

 

 そう言って頭を下げるオッツダルヴァ。普段の彼からは想像もできない。

 ウィンもローディーも表情には驚きの色が見えた。

 

『あなたが言うほど、その子に価値はあるのかしら?』

 

 口を開いたのはウィンだった。

 

「ああ、経営者としてのスキルは私が叩き込んだ。リンクスとしての技術は父親譲りだ。そして、人を落とすテクニックは、フッ」

 

 紫苑をみて鼻で笑う。

 

「経営者としてのスキルを目に見せることはできないが、リンクスとしての技術はあれが残ってるだろう。見せてやる」

 

 そう言って端末を操作し、シミュレータでの親子対決を見せると、案の定というべきか、2人から驚きの声が上がる。

 

『こ、これは……』

『この娘、やるな』

「だろう? 殺せる奴は生かせる。だから彼女にはすべてが分かるだろう、だから、な」

『私は、任せるわ、オッツダルヴァ』

『この娘に、企業連の行く末を託してもいいんじゃないか、オッツダルヴァ。マリア、君の気持ちはわかるが……』

 

 すると、ドアが唐突に開き、

 

「その話乗った!」

 

 満面の笑みを浮かべる櫻が開口一番、後先考えていないとも取れる同意とともに飛び込んできた。

 それを見てニヤリ、と不敵に笑うオッツダルヴァ。

 呆れた顔の紫苑と三者三様の様相で話の張本人を見ていた。

 

 

「決まりだな。櫻、話をしようか」

「ちょっ! オッツダルヴァ!」

「なんだ? 本人がいいと言っているのだ、良いじゃないか」

「そういう問題では!」

 

 紫苑が言い切る前にケリを付けたのはだれでもなく、櫻だった。

 

「ムッティ、何のために身を守る術を教えてくれたの?」

「ッ!」

「サクは大丈夫、万が一なんてことを起こさせないことをオッツダルヴァおじさんに教わったしね!」

「そう、櫻がそういうなら、母として、止めることはもうできないわね」

「今度こそ、決まりだな」

 

 そう言うと、オッツダルヴァは、

 

「さぁ、これからの話をしようか」

 

 

 不敵に笑い、事を始めた。



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始まる物語

 研究所の設備もほとんど揃い、居住区も家具や小物が揃ってきた。

 

 今日はそんな新居への引っ越しの日。

 と言っても、天草からの荷物はほとんど無く、せいぜい数日分の着替えだけだ。

 曰く「こっちで揃えればいいでしょ?」

 だそうだ、傭兵は物資の現地調達など日常茶飯事なのだろうか?

 

 そして、この新居の新たなる住人は……

 

 

「やっほ~さくちん! 久しぶりの再会の記念にギュッとしていいよね!」

「束お姉ちゃん! うごっ、苦しっ! 胸! 死n……」

「束! 櫻が窒息する!」

 

 平常運転だった。

 

「うわぁ~お花畑が見えるよぉ」

「束、どうするんだ?」

「どうするって! どうしたらいいの? ちーちゃん!」

 

 酸素!酸素!と叫びながら機械の間を走り回る束。

 それを見ながら千冬は、 

 

 

「ほら、シャキッとしろ、櫻」

 

 根性論で櫻を元に戻していた。

 

「あぁ、千冬さん、お久しぶりです」

「ああ、櫻、久しぶりだ。元気にしてたか?」

「もちろんです。千冬さんも束お姉ちゃんも、変わりないようでなによりです」

「アレは変わって欲しいものだがな」

 

 酸素ボンベを引きずってこちらに向かってくる束をみて、苦い笑みを浮かべた。

 

「束お姉ちゃん! サクはもう平気だから!」

「さくちん! 本当? 大丈夫?」

「大丈夫だよ、束お姉ちゃん!」

「そうかぁ! じゃあ、やることはひとつ! 探検だぁ!」

「おー!」

「お前らは……私は紫苑さんのところにいるからな」

「は~い」

「さくちん行くよ!」

「出発!」

 

 

 

「あら、千冬ちゃん、いらっしゃい。束ちゃんのお手伝い?」

「ええ、そんなとこです」

「もう全部終わっちゃってて暇だったでしょ? お茶でも飲む?」

「ええ、いただきます」

 

 そうして下で束と櫻(ガキ共)が走り回るなか、上階ではティータイムが始まった。

 

「下ではどうせ探検だ、とか言って走り回ってるんでしょうね」

「そうですね、率先して行ったのは束でしたが」

「やっぱり似てるのよ、あの子たちは」

「確かにそうかもしれませんね」

「こういうと親バカっぽいけど、櫻は頭がキレる分、質が悪いわよ?」

「束は良くも悪くもああですから、櫻の方がずっと大人ですよ」

「あらあら、照れちゃうわ」

 

 娘を褒められ、我が事のように喜ぶ紫苑。

 千冬は自分にもこう思うことがあるのだろうか、と少し考えていたが、

 

 

「千冬さん、美人だし、いつか家庭も持つでしょうから、そのうち分かるわよ」

「え、ああ、そうですか」

 

 心の中を読まれたようで、千冬は紫苑を不思議そうな目で見てしまった。

 

「そんな顔しなくても、ただ会話の流れと、相手の顔、主に目を見ていれば自然と何を考えているか分かるわよ」

「そうなんですか」

 

 ここでの教えがこれからの彼女の人生で大いに役に立つことになるのを、この時点での千冬が知る由もない。

 

 紫苑が社会を生き抜く術を千冬に教えていると、

 

 

「ムッティおやつ!」

「ママさんおやつ!」

 

 厄介なのが帰ってきた。

 

「はいはい、2人共、手洗ってきなさい」

「「は~い」」

「娘が増えたみたいだわ」

 

 そう言って笑う紫苑はどこか幸せそうに見えた。

 

 

「おやつ~」

 

 戻ってきた束と櫻はおやつを食べながら、

 

「食べ終ったら早速ISをつくろう! もう頭のなかで何度もやったし、実際に使う機械も見てきたからバッチリだよ! さくちんも手伝ってね!」

「あいあい!」

「楽しみなのはわかるけど、そんなにがっつかないでゆっくり食べてね、2人共」

「はぁい」

「仕方ないけど、ママさんの言うことだからね」

 

 いつの間にか、束は紫苑のことをママさんと呼んでいた。

 それに気づいた千冬は友人が他人に馴染んだことを嬉しく思い、紫苑は娘が増えたようだと喜んでいた。

 

 

「千冬さんもお母さん、って呼んでいいのよ?」

 

 千冬に耳打ちすると、顔を赤くして、

 

「そ、そんなことは……」

「あらあら、冗談よ」

 

 どこか残念に思う千冬だったが、それに気づいたのか、

「まぁ、寂しくなったらいつでもいらっしゃい」

 としっかりフォローするのはさすが母親といったところか。

 千冬も「はい」と小さく返した。

 

 

「「ごちそうさまでしたっ!」」

「行くよさくちん!」

「束お姉ちゃん待って! ジャム付いてる!」

 

 

 相変わらず騒がしい2人を見て、笑い合う千冬と紫苑だった 。



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白騎士、見参

 研究室に籠もり早4日、初めてのIS、白騎士の完成も目の前に迫っていた。

 

「さくちん、そっちは」

「あとここをバイパスすればそっちにエネルギーラインが形成されるはずなんだけど」

「そうだね。そしたらコレをつなげて……」

「「完成!」」

「できた、できたよさくちん!」

「やっとできたね、束お姉ちゃん!」

「早速ちーちゃんを!」

「そうだね! 早く千冬さんに乗ってもらわないと!」

 

 

 さて、ISの完成をよろこぶ2人だが、時刻は昼の12時過ぎ、千冬は学校だ。

 だが、誰のいたずらか、この部屋には時計が無く、携帯で時間を確認するほどの余裕は2人には無かった。

 

 呼び出し音のあと、千冬が出ると、

 

 

「ちーちゃん! できた、できたよ! ちーちゃんの専用機!」

「できた、できたんです、千冬さんの専用機!」

「お前ら、今何時だか、わかるか?」

「「え?」」

「今は12時45分、私は学校で弁当を食べてる最中だ。わかるな?」

 

 その声に怒気が含まれているのは明らかで現に2人は電話越しといえど、肩を震わせていた。

 

 

「ち、ちーちゃん? ごめんね、ココ時計無くてね」

「千冬さん、そ、そのすみません。時間が分からなくて……」

「完成が嬉しくて騒ぐのは百歩譲って許してやろう。だが、人に迷惑をかけるのはどうかと思うが」

「ち、千冬さんごめんなさい――」 

 

 言い訳のまもなく、

 

「お前ら、後で覚えておけ」

 

 死刑宣告がなされた。

 プチッ、と電話が切られると

 

 

「ああ、テストは明日からにしようね、さくちん」

「そうですね、束お姉ちゃん」

 

 魂が半分抜けた状態で2人寄り添い崩れ落ちた。

 

 昼食をもって降りてきた紫苑の目には、肩を並べてすうすうと寝息を立てる束と櫻。

 

「あらあら、2人とも。ってことは、完成したのかしら。お疲れ様」

 

 2人共殆ど寝てないのだろう。いまはこうして上げるのが最善。

 ブランケットを掛け、昼食をメモと一緒に置いておく

 

「あとは千冬ちゃんね」

 

 

 

 そうして、夕方やってきた千冬は、紫苑に挨拶も早く、研究室に向かった。

 紫苑はISが楽しみなのかと思っていたが、千冬は2人へのお説教が最優先事項であった。

 

 頃合いを見計らってちょっと豪華な夕飯をもって降りて行くと、正座で千冬に説教される束と櫻。

 それを見た紫苑はふふっと笑うとドアの前で千冬の説教の終わりを待った。

 

 

 そして更に30分が経った頃、やっと千冬の説教が終わり紫苑が夕飯を手に研究室に入る。

 

 

「はい、みんなお疲れ様。ISができたんでしょ、ささやかだけど、お祝いしましょ」

「そ、そうだね~ママさんありがと~」

「ムッティ、うん、そうだね……」

 

 足の痺れか、精神的ダメージか、どこかげっそりした2人を前に千冬は、

 

「そうですか、まぁ、いいか。束の夢への第一歩だ」

 

 と、数時間声を上げ続けたにもかかわらず飄々としていた。

 

 それからささやかなパーティーが開かれ、色々と胃に詰め込んだ2人は元気を取り戻し、千冬も満足そうな顔をしていた。

 

 

「それでは、皆様お待ちかねのISの登場だよ! さくちん!」

「はい!」

 

 そうして、鉄の筒が回るとそこには、

 多数のコードに繋がれた白銀のISが居た。

 

「ほぉ……」

「これは……」

 

 千冬は驚きの、だが紫苑の顔には別の意味での驚きがあった。

 

「ムッティ、これ、ファーティみたいでしょ?」

「そうね、そっくりよ」

 

 そう、その通り。この白銀のISの纏う雰囲気はまさに騎士のソレで、レオハルトのようであった。

 

 

「これが、ちーちゃんの専用機、白騎士だよ!」

「白騎士、これが……」

「はい、千冬さん、これが、千冬さんの専用機です」

「束さん、これは……」

「ママさん、これはさくちんのデザインだよ。本当はもっと騎士というより侍みたいにしたかったんだけど、さくちんがね」

 

 束はココ数日で紫苑のことをママさんと慕うようになり、態度もだいぶ柔らかくなっていた。

 

 

「さくちんが、このデザインのほうがいいってさ」

「ええ、そうね。私の大切な人に似てるわ。ありがとう、束ちゃん」

 

 束を抱く紫苑、その目には涙が浮かんでいた。

 

「ママさん、さくちんには聞かなかったけど、大切な人って……」

「もちろん、私の夫。櫻の父親よ」

「そうなんだ……」

 

 意味を知った束は隠されていた思いをゆっくりと噛み締め、ゆくゆくはこれらISが、自分の、櫻の夢を叶える翼となるよう、強く願った。

 

 

「束お姉ちゃん、フィッティング、終わったよ」

 

 いつの間にか千冬は白騎士を纏い、フィッティングを終えた櫻が束を見ていた。

 

「よ、よし。ちーちゃん。気分はどう?」

「ああ、最高だ」

「良かったぁ! よっし、一つ、飛んできてよ!」

 

 機体につながったコードが一つ一つ外れていく。

 

「飛ぶってどういうことだ」

「言葉通りだよ、ちーちゃんが思った通りに動くんだ、だから、ちーちゃんが飛べると思えば飛べるよ!」

 

 フロアの壁が開き、そこまでの道のりが青く照らされる。

 光のランウェイに千冬が足を踏み入れる。

 

 

「さぁ、さくちん、ぶっ飛ばしちゃって!」

「あいあい!」

 

 カタパルトによって加速した白騎士はそのまま外へ飛び出し、

 

 

 重力に従った。



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空を舞う騎士

「た、束ぇぇぇ!!!」

 

 千冬の叫びがこだまする。

 

 

「大丈夫、飛ぶことを考えて!」

 

 すると、なんとか機体は空中で停止。

 2人はほっと一息つく。

 

 

「おお、飛んだね! やったよちーちゃん!」

「あ、ああ」

「じゃあ、しばらく自由に空中散歩でもしてみてよ」

 

 すると白騎士はゆっくりと、赤子が初めての一歩を踏み出すように、空中を進んでいった。

 千冬も慣れたのか、だんだんとスピードが上がり、気がつけば白い光のようであった。

 

 

「コレはいい、最高だ!」

「そう言ってくれると作った甲斐があるってもんだよ! ね、さくちん」

「そうだね。そろそろエネルギーが切れそうです、千冬さん、戻って来てください」

「え、そうか……今戻る」

 

 少し残念そうな声色でつぶやく。千冬がここまで感情を表に出すとは珍しい。

 

「エネルギー補給したらまた飛べるから大丈夫だよ、ちーちゃん!」

「ふふっ、そうだな」

 

 やはり、千冬は心底嬉しいのだろう、声が弾んでいた。

 

「やっぱり千冬ちゃんもティーンエージャーね」

「あんなに喜んでるちーちゃん久しぶりに見たよ!」

「作ってよかったね、束お姉ちゃん」

「そうだね、さくちん」

 

 

 そんな間に白騎士は舞い戻り、

「戻れッ。って感じで」という束の適当な説明にもかかわらず、千冬は白騎士を待機形態である白薔薇のブローチに戻した。

 

 

「これが白騎士の待機形態かぁ、やっぱり騎士ってだけあって上品だねぇ」

 

 セーラーの襟に小さく輝くブローチを見ながら束は満足気に頷いた。

 

「それにしてもさすが千冬さんですね、あっという間に操縦にも慣れて」

「そうだよ、もっと時間かかると思ってたのに。まぁそこがちーちゃんらしいけど」

「束が言ったとおり、思ったように動くんだ。まぁ、飛ぶのは苦労したが」

「人間は普通飛べないからね、それなのにたかだか数分で飛べたちーちゃんって……」

「千冬さん恐ろしい……」

「お前らなぁ……まぁいい、それで、これからどうするんだ?」

「そうだねぇ、さくちんの専用機を作ってから、世界に向けてデモンストレーションかな?」

 

 束の言うデモンストレーションを言葉通りの意味にとらえた櫻は頷き、

 

「そうですね、これだけの技術があるから束お姉ちゃんは世界から引っ張りだこだね」

「わぁ、束さん有名人?」

「そうなちゃうね!」

「そしたら、もっとISを作って、宇宙行っちゃう?」

「いけちゃうね! 束お姉ちゃん!」

 

 夢をふくらませる2人を見て、千冬と紫苑は自然と笑みを浮かべていた。

 

 白騎士が繋がれた機械の、緑のランプが点灯し、ピピッと小さく電子音をならす。

 束が手早くコードを外すと、

 

 

「よし、白騎士のエネルギー充填完了! ちーちゃん飛んでらっしゃい!」

「ああ!」

 

 白騎士は再び白銀の風となり、夜の街を飛翔した。

 

 その日、千冬はエネルギー再充填を繰り返し、何度も何度も飛んだ。

 そして、喜びに満ちた千冬を見て、束は笑顔で千冬に付き合った。

 

 

「もう夜遅いからそろそろ終わりにしなさい。千冬ちゃんも、一夏くんから電話があったわよ」

「え、もうそんな時間ですか」

「ちーちゃん、白騎士持って帰っていいよ、エネルギーは自然と回復するから。いっくんのところに飛んで帰っちゃいなよ。言葉通りの意味で」

「ああ、そうする。ありがとな、束」

「千冬さんまたあした、白騎士持ってきてくださいね、データ取りがあるので」

「わかった、また帰りに寄るよ」

 

 そう言うと、再び風になった。

 

 

 

「次はさくちんの専用機だねぇ」

「やったね! 機体の設計はできてるんでしょ?」

「もちろん、さくちんらしく、桜色のかわいい機体にするよ! その名も夢見草!」

 

 

 夢見草は桜の別名、美しさにうっとりと見惚れてしまうことからそう呼ばれるようになったという。

 束はもちろん、櫻の専用機ということでこの名をつけた。

 

 

「さくちんの専用機のコンセプトは、拡張領域の機能確認と応用。だね。白騎士のデータがあるから前よりサクサク作れるよ!」

「そうだね!」

 

 テンションが上がる2人だが、やはりこの人には逆らえなかった。

 

「2人も、大して寝てないんだから今日は早く寝なさい? また明日から、ね」

「はぁい」

「ママさんがそう言うなら仕方ないね」

 

 

 まったく、手のかかる娘たちだ、と紫苑は思った。だが、彼女らとの人生を楽しんでいるのもまた事実。ACに乗っていた頃とは大きく違うベクトルの幸せに、紫苑は包まれていた。



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桜舞い

白騎士を作り上げた2人は、倍以上の速度で夢見草の制作にとりかかっていた

拡張領域の試験機ということで、束は機体制作を主に、櫻は機体制作を手伝いつつ、夢見草に積むものを考えていた。

 

 

「束お姉ちゃん、夢見草に積むものなんだけど」

 

「う~ん、どうしようかね? さくちん何か積みたいものある?」

 

「特にないかなぁ、武器積んでも仕方ないし」

 

「まぁ、量子変換と再展開ができればなんでもいいから、適当に用意すればいいよね」

 

「そうなのかなぁ?」

 

 

櫻はISが兵器として使われてしまうと予想はしていたが、束の目の前でISを兵器のように扱うことはしたくなかった。

これはあくまでも宇宙空間で行動するためのもの、まずはそのために必要なデータを集めることに専念するべきなのだ

 

 

「とりあえず、さくちんがすぐに用意できるものって何かある?」

 

「鉄屑ならそこら辺に落ちてるやつを使えるよ」

 

「う~ん、もっと複雑な構造を持つモノのほうがいいよねぇ」

 

「そしたら、ドリルとか、パイルバンカーとか?」

 

「そうだね、さっすがさくちん! 早速作っちゃって」

 

「あいあい!」

 

2人は見た目によらずテキパキと作業をすすめ、白騎士の2/3ほどの時間で機体、装備をすべて完成させた

 

 

「出来たぁ」

 

「完成だね!」

 

桜色のすこし丸みを帯びた機体、どこか枝垂桜を彷彿とさせるデザインに櫻も満足気だ

 

「さくちん、とりあえずこの場で全部量子変換して拡張領域に入れてみようか」

 

「うっし、やるよー」

 

櫻が作った採掘用ドリルに、パイルバンカー、さらにワイヤ射出機など、探索と収集に特化した装備が与えられた

もちろん、使い方によってはすべて武器として扱えてしまうのはこれらだけに言えたことではない

 

 

「インストール終わったよ」

 

「じゃ、展開しようか!」

 

「あいあい!」

 

次々と手に装備を展開する、さらに展開しては収納、展開しては収納を繰り返し、展開速度と収納速度を上げていった

 

 

「いくら早くしても問題なさそうだね」

 

「だね、さすが束お姉ちゃん」

 

「ふっふ~ん、もっと褒めていいんだよ?」

 

「お姉ちゃんすご~い、こんなもの作れるなんてかっこいい!」

 

適当に世辞の句を並べ立て、ふざけ合う2人。

櫻はひたすらに装備を入れ替えることに飽きたのか

 

「ねぇ、サクも飛んできていい?」

 

「もちろんだよさくちん、ささ、行っといで~」

 

「よっしゃぁ! いっちょ飛んできま~す!」

 

窓から飛び出し、そのまま飛行していく櫻

どこか身に覚えのある感覚に身を任せていた

 

――ああ、やっぱりネクストにそっくりだ、この感覚

 

やはり、イメージ通りに動くというのはネクストもISも同じようで、早くも限界ギリギリまで性能を引き出していた

 

 

「やっぱりさくちんはすごいね、ちーちゃんもすごかったけど。もう限界ギリギリだよ? アラートなったりしてない?」

 

「アラートは視界の片隅に出てるね、なになに? 機体が重力に耐え切れません? だって、束お姉ちゃん」

 

「これは改善の余地あり、だね。楽しくなりそうだ!」

 

「もっと動けないとだめだね、今戻るよ」

 

「は~い、待ってるよ」

 

 

機体を再び機械にセット、細かいマニピュレータが関節やブースターに伸びる

 

「やっぱり、ブースターを本体とくっつけると接合部に大きな負荷がかかっちゃうね」

 

「だから旋回するときとか、片方のブースターを強めに噴かすとアラート出るんだね」

 

「そうそう、だから束さんは考えたのだ。くっついててだめなら浮かせてしまえ、と」

 

「え?」

 

「言葉通りだよ、ブースターを非固定浮遊部位(アンロックユニット)にすれば、接合部の剛性を気にすること無くブースターの推力をあげられるよ」

 

「そ、そうですか……」

 

さらっとすごいこと言うなぁ、と櫻が思っていると

 

「じゃぁ、ささっと終わらせて、もっかい行こうか!」

 

束はすでに作業を始めていた

 

「はいっ!」

 

 

 

数十分で作業は終わり、背中についていた1対のブースターは、非固定化され、スカート型の点火範囲の広いものも追加されていた

 

 

「なにこれ! 束お姉ちゃん、これかわいい! スカートみたい!」

 

「推力と空気抵抗を考えたらそうなるよねぇ」

 

「だけど、だけど! これスカートじゃん!」

 

「さくちんに似合うかなぁって思ってやったなんて言えな、あ……」

 

おもいっきり口に出してしまっている、それもそうだ、ISは慣性を打ち消して飛ぶのだから、慣性質量を変化させれば、空気抵抗を打ち消すくらい造作も無い

 

 

「束お姉ちゃん大好き!」

 

ISを装備したまま飛びつく櫻、装備したままということはもちろん

 

 

どんがらがっしゃーん。である

 

 

「さくちん、一応それも金属の塊だから……」

 

「ご、ごめんね、束お姉ちゃん」

 

「大丈夫だよ、さくちん。もっかい飛んでくる?」

 

「もちろん!」

 

「よろしい、その意気だよ、櫻くん」

 

「それ誰の真似?」

 

「だいぶ前にテレビで見た探偵さんかな」

 

「言われないとわからないよ」

 

「ぶぅ~、束さんすねちゃうよ?」

 

「束お姉ちゃんは鋼の心の持ち主だから平気だよね?」

 

「さくちんとちーちゃんは別だもん」

 

 

 

口を尖らせる束を背に、櫻は再び飛び出した



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桜舞う中歩む騎士

「やぁやぁ、ちーちゃん、そこからさくちんが見えるかい?」

 

いきなり頭に直接語りかけるように束の声がする

 

 

「これはISの機能の一つ、惑星の端から端まで届かせることのできる通信機能だよ! 普通に喋るようにすればいいよ。声に出さなくても聞こえるからね!」

 

「こ、こうか?」

 

「そうそう、流石ちーちゃん、飲み込みが速いね!」

 

「それで、櫻がどうしたんだ?」

 

「いまそこら辺を飛んでないかな? 見たら一発でわかると思うんだけど」

 

「何も見えないぞ」

 

「じゃあ、ISのハイパーセンサーを部分展開してみようか。前言ったみたいに、頭だけISを展開するイメージだよ!」

 

千冬は物陰に入り、束の言ったとおり、頭だけISを着けるイメージで部分展開させた

 

「アレか?」

 

ハイパーセンサーがとらえたのは空を翔ける桜色の光

 

「桜色のアレがそうか?」

 

「そうそう、あれがさくちんの専用機だよ! 改良点とかをどんどん洗ってるところなんだ。またあとでいっぱい話すから、とりあえずいつものところまで来てよ!」

 

「ああ、あと数分でつく」

 

白騎士を待機形態に戻し、一路、駅前のマンションへ向かう

 

 

 

「束、来たぞ」

 

「やっほーちーちゃん! さくちんはどうだったかな?」

 

「速すぎて点にしか見えん、私より速いのか?」

 

「そうだね~、さくちんはちーちゃんより早くISに慣れたし、かれこれ半日近く飛んでるからちーちゃんより上手く飛べてるよ」

 

すこし肩を落とす千冬だが

 

「じゃあ、早速、データを取って、さくちんの夢見草から得られたデータをフィードバックさせよう!」

 

自分の騎士が進化する、そう考えるとやはり嬉しくおもう千冬だった

 

「ちーちゃんニヤけてるよ?」

 

束に指摘されて顔を赤くするくらいには千冬もまだ乙女だ

 

 

しばらくして櫻も舞い戻り、白騎士の拡張領域に何かを入れていた

 

 

「白騎士にはまだ基本装備もありませんし、拡張領域も空っぽです、だからいろいろ入れてみました」

 

そう言って頼りない胸を張る櫻を撫で

 

 

「その、拡張領域とやらに入れたものはどうやって出すんだ? またイメージとか言うのか?」

 

「そうですね、基本的にはすべての操作をイメージで行いますから」

 

「なるほど。それで、何を持たせてくれたんだ?」

 

「刀です」

 

刀? 聞き間違いだろうか?

 

 

「すまない、もう一度言ってくれないか?」

 

「刀ですよ、千冬さん。千冬さんにはISでの高機動試験をやってもらいます」

 

「高機動試験と刀がどうつながるんだ?」

 

「ISで剣道をやって欲しいんだよ、ちーちゃん!」

 

後ろで束が言う

 

「束お姉ちゃんの言うとおり、ISで剣道をやってみて欲しいんです、それも3次元機動の」

 

確かに、ISを持ってすれば3次元機動など簡単だが、それでなおかつ剣を振れというのだから、操縦者には負担がかかるだろう。これはどちらかと言えば、機体のテストと言うより、人間がISについてこられるか、というテストだ

 

 

「なるほどな、櫻が相手をしてくれるのか?」

 

「はい、もちろん」

 

少しばかり危機感を抱いた千冬だった

 

 

 

「ちーちゃん、白騎士のアップデート終わったよ。じゃあ、さくちんと楽しんできてね」

 

「ああ、そうしよう」

 

千冬は剣道の腕では櫻より分があるが、ISの操縦では櫻に分がある。

それを埋められるだけの判断ができるかが千冬の悩みの種だった

 

 

「それじゃ、千冬さん、行きましょう!」

 

「よし、頼んだぞ、束」

 

「頼まれた!」

 

飛び出す白と桜、似た2色が空瞬く

 

「千冬さん、白騎士のアップデート内容はわかってますか?」

 

「いや、だが見たところ翼が変わったか?」

 

「そうですね、翼はメインブースターです、そして、スカートみたいなところにはサイドスラスターが装備されています。翼にはもうひとつ仕掛けがあるんですが、これの説明はまた今度にしましょう」

 

「なるほどな、だから昨日より速く感じるのか」

 

「そうですね、それに、サイドスラスターを組み合わせれば、人間には不可能な動きも出来ます」

 

「ほほう、おもしろそうじゃないか」

 

「面白くないことはしないってことくらいわかってるでしょ?」

 

「そうだったな」

 

「では練習してみましょう!」

 

 

そうして千冬の高起動練習が始まった

基本的なコンバットマニューバから、IS独特なマニューバまで、櫻が考案したもの、千冬がその場で思い浮かんだもの、様々な飛び方をした

そして、ISはその動きに答えた

 

 

「昨日より飛べる時間も長くなってるな」

 

「気づきましたか? 燃費も改善してます、だからもっと遠くまで飛べますよ!」

 

ここまで飛びっぱなしで、更に瞬間的にブースターを強めに噴かしたりしているのに飛行時間は昨日の比では無いほどに伸びていた

 

「サクがもっと飛べるように~って束お姉ちゃんに言ったら本気出しちゃって……」

 

「まぁ、束らしいといえば束らしいな」

 

束はもはや櫻を妹の如く溺愛していた、実妹にも負けない妹バカっぷりを発揮し、櫻のお願いに全力で斜め上の回答を返してきた

 

 

「一回戻りますか?」

 

「そうだな、今日はもう帰るよ、昨日みたいに遅くなると一夏に怒られる」

 

「最近道場にも行ってませんし、箒ちゃんや一夏くんにも会ってませんねぇ」

 

「一段落ついたらまた来ればいいさ」

 

「そうですね」

 

「では、戻るぞ」

 

「あっ、千冬さんおいてかないでよぉ!」

 

「ならば全力でついて来い!」

 

 

 

夕焼けの空を2つの光が駆けて行った



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白騎士事件

IS開発も一段落し、千冬、櫻ともにかなりの腕前を持つIS操縦者になっていた

そして、束の計画が着々と進行していることに、千冬と櫻はまだ気づいていない

 

 

「よし、これでいいね! ISが世界デビューだ!」

 

「ん? 束お姉ちゃんどうしたの?」

 

「ISのデモンストレーションが決まったよ! 今日の午後2時から、日本の上空でやろう!」

 

「具体的にはなにをするの?」

 

「ミサイルを白騎士がかっこ良く落とします!」

 

「え? 束お姉ちゃん何言ってるかわかってる?」

 

この時、日本含め世界各国のミサイル基地が同時にハッキングされ、日本をターゲットに、発射シークエンスが進んでいた。

もちろん、これを日本に報告すれば世界から非難されることは間違いなく、各国ともそれを恐れて秘密裏に事を収めようと奔走していた

 

 

「さくちんはこっそりちーちゃんを助けてあげてね! 絶対に死なないとは言っても、失敗したらいたいだろうからさ」

 

「え、ええ?」

 

「よし、それまで休憩! さくちん一緒にお昼寝しよ?」

 

有無を言わせずベッドに引きずり込まれる櫻

頭には柔らかい感触が……

 

 

「はぁ、さくちんはちっこくて可愛いなぁ、箒ちゃんも可愛いんだけど、ぎゅっとさせてくれないから、束さん寂しくてね」

 

「束お姉ちゃん、苦しいって!」

 

「あ、ごめんね、さくちん。こんどこそ、ね」

 

目覚ましを1時半にセットし、千冬へ時間になったら研究室に来るよう連絡。

そして2人は暫しの休憩を取ることになった

 

 

 

「不吉だ、束あたりが何か良からぬことを企んでいる気がする」

 

篠ノ之神社で剣を振りつつ、千冬は悪寒に苛まれていた

 

ひと通りの鍛錬を終えて、携帯を確認すると

案の定束からメールが来ていた

 

「なぜ私の予感はあたるのだろうな」

 

あまりいい気はしないが、呼ばれたからには行っておこうと駅前へ足を向ける千冬

 

世界では手に負えなかったミサイル、およそ2000発が発射されていた

 

 

 

 

 

「束、来たぞ」

 

時刻は1時20分、約束より少し早めに到着するのがマナーだろうと10分早く来たが、研究室は人の気が無い

 

――上か?

 

 

「あら、千冬ちゃん、いらっしゃい。束ちゃんと櫻なら部屋で寝てるわよ」

 

「そうですか」

 

「約束があるのに寝てるなんてねぇ?」

 

「それが束ですから」

 

「そうなの?」

 

「そうですね、昔からです」

 

 

起こしてきてね、と紫苑に見送られ、櫻の部屋にはいると

 

ベッドで2人寄り添って寝る束と櫻が

 

 

「ほら、お前ら、人を呼んでおいて寝るとはどういうことだ?」

 

「ん? ちーちゃん? おはよ……」

 

「櫻も、ほら、起きろ」

 

「ちふゆさん? オハヨウゴザイマス」

 

いまいち首がすわらない櫻を抱きかかえると

 

「それで、束、今日はなんの用だ?」

 

「うん、ISを世界にお披露目しようと思ってね……ふわぁ」

 

「とりあえず、下に行くぞ」

 

「うん、ちーちゃん」

 

千冬に抱えられた櫻は再び寝ている

研究室に入ると、束を鉄拳で起こし、櫻を揺さぶって起こす

 

 

「ちーちゃん痛い……」

 

「目が覚めただろ」

 

「おはようございます、千冬さん」

 

「ああ、おはよう。昼過ぎだがな」

 

壁にかけられた時計はすでに1時45分を指している

 

「た、束お姉ちゃんあと15分です!」

 

「ふぇっ? ちーちゃん急いで白騎士を展開して、送る座標まで全速力で!」

 

「え? 何が始まるんだ?」

 

「いいから急いで!」

 

言われるがままに白騎士を展開、外へ飛び出し、ウイングブースターに火を点ける

 

 

「それで、何が始まるんだ?」

 

「ISのお披露目会だよ」

 

「櫻、詳しく頼む」

 

「よく聞いてください、送った座標は国会議事堂の上です。そこにミサイルが2000発以上飛来します、それをすべて撃破してください」

 

「ミサイルだと? 束は何を考えている?」

 

「それはサクにもわかりません。それから、自衛隊の戦闘機などが飛来することも予想されます。死者をださないように無力化してください。コツは翼ではなく、エンジンを止めることです」

 

「ああ、わかった」

 

「そろそろ着きますね、一応サクも援護に回っていますが、基本的には千冬さん1人にかかっています、それでは、現状開始!」



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白騎士事件 Ⅱ

全方位から飛来するミサイルをハイパーセンサーが捉える

鳴り響くアラート、だが千冬はひどく冷静だった

 

「いいですか、千冬さん、ミサイルの先端は絶対に斬らないでください。ダメージを与えるための爆薬、場合によっては核もありえます。半分から後ろの部分を斬って推力をなくしてください」

 

「分かった」

 

「また何かあれば連絡を入れます。千冬さん、お願いしますね」

 

「ああ」

 

 

そうして、後に白騎士事件と呼ばれるISの世界へ向けてのデモンストレーションの幕が上がった

 

一つ、一つとミサイルを斬り伏せる

目の前で爆ぜるももろともせず、次へとむかう

それは一筋の光であり、人の手の届かないものだった

 

「千冬さん、自衛隊の戦闘機が発進しました、あと2~3分でそちらに着きます」

 

「了解!」

 

次、次と確実に落として行くが、いかんせん数が多い

だが、ここで諦めては白騎士の名折れ、最期の一振りまで気を抜いてはならない

 

 

 

――千冬さんも頑張ってるんだ、だからサクも

 

横須賀上空、13000m

ここからは地球の縁が見える

 

――さて、お仕事開始です

 

櫻の仕事はアメリカ軍の動きを止めること、ただし、夢見草に武装は積んでいないため、電子戦装備をインストールして、情報戦に務めることにした

 

――空母を主力にした艦隊ですか、さすがですねぇ

 

 

「ブリッジよりフライトデッキ、艦載機の発進を許可、離陸後は航空自衛隊の指揮下に入れ」

 

「フライトデッキ、了解、離陸後は航空自衛隊の指揮下に」

 

「フライトデッキよりアーチャー、離陸後進路を280に――」

 

 

――やっぱり飛ばしてきますか、ではこちらもトバして行きましょう

 

高出力ジャマーを展開、フルパワーで横須賀周辺に指向させる

 

黙る無線、ジャミング成功のようだ

 

 

「千冬さん、そちらの状況は?」

 

「ミサイルはすべて斬り伏せた、戦闘機が舞ってるが、叩き落とす」

 

「くれぐれも人を傷つけないでくださいね」

 

「ああ、パラシュートがそこらで開いているさ」

 

 

ジャミングを続けながら、両腕にはEMPガン

電磁パルスに指向性を持たせて発射する非致死性兵器だ。

それを空に向けて放った、その数8

 

 

「束お姉ちゃん、衛星は?」

 

「焼けちゃったんじゃないかな? 何も映らないからおーけーだよ!」

 

「りょーかい、次船行きます」

 

「はいはい、気をつけてね!」

 

 

EMPガンを格納すると、自由落下を開始

 

「さぁ、桜吹雪の時間ですよ!」

 

すると夢見草が光に覆われ、追加装甲を展開。背中には追加のブースターとスラスターが現れる

 

 

「上手く行ったよ、束お姉ちゃん!」

 

「こっちでも確認したよ、そのままさっさと終わらせよう!」

 

「あいあい!」

 

 

追加のブースターを装備した夢見草はそのまま重力と相まって、音速の数倍で外洋に展開する艦隊へ向かった

 

 

「束、こっちは終わったぞ」

 

「おーけーちーちゃん! あとはさくちんが頑張ってくれればおしまい! あとは束さんのターンだよ」

 

「束お姉ちゃん、こっちはもう大丈夫、しばらくは行動できないだろうから。おもいっきりやっちゃって!」

 

「よっし、束さん頑張っちゃうよ!」

 

 

 

それから束は世界へ向かって、ISの開発を発表し、ISに通常兵器で挑んだことを馬鹿にした。

ISはISでしか落とせない、その言葉を世界は黙って理解するしか無かった

 

「やっぱりこうなりましたか、千冬さん……」

 

「束は他人に興味がないからな……」

 

 

束のスピーチは世界に広まった。

各国は束の技術を恐れ、これからの世界のあり方の見直しに迫られた

 

束は全世界から追われる者となってしまった

 

 

「束お姉ちゃん、有名人になっちゃったね」

 

「そうだね、こんな形で有名になるとは思ってなかったけど」

 

「これからどうするの?」

 

「逃げるよ、ここも捨てないと。さくちん、ごめんね」

 

「あとでムッティにも謝ってね」

 

「ママさんにも迷惑かけちゃうね」

 

「千冬さんはどうするの?」

 

「ちーちゃんは普通に生きて欲しい、だから白騎士を捨ててもらう」

 

「それが正しいのかな」

 

「わからない、さくちんはどうしたい?」

 

「サクは夢見草を持って生きるよ、幸い誰にも見られてないしね」

 

「そっか、束さんと一緒に来る気はないの?」

 

「束お姉ちゃん、サクはやることがあるから、ごめんね」

 

「ごめんね、私のせいで……」

 

「ううん、束お姉ちゃんとはいっぱい楽しいことが出来たから、それに、これでお別れってわけじゃないよ」

 

「そうだよね、また会いに行けばいいんだよね!」

 

「そうだよ、また一緒に遊ぼ!」

 

 

 

 

 

世界はISを開発した篠ノ之束を有する日本を糾弾し、ISに関する技術の開示を求めた

束はシンプルに

「コアは私の手元においてある、欲しければ持って行っていいよ、そのかわりみんな仲良くわけなよ」

と、コアの所在を明らかにし、総数467個存在しないこと、コアは束にしか作れないだろうということ、その他付随する技術は研究所においてあるもののみコピーを許した

 

しばらくして、アラスカ条約が制定され、467個のコアの配分、技術研究のための国家、法を超えた機関の設置など、様々な条項を設けた

 

 

世界は篠ノ之束を求めた、それ故に、篠ノ之家は要人保護の名のもとに離散してしまった。

研究所に関する記録は束が書き換え、個人持ちの研究所ということになったため、紫苑と櫻には影響がなかったが、血縁はどうしようも無かった。

 

 

 

 

「ムッティ、ごめんね」

 

「いいの、とは言えないわね」

 

「ごめんなさい、ママさん」

 

「束ちゃん、これからどうするの?」

 

「一人で世界を逃げ回ろうかなぁって」

 

「束ちゃんはそれでいいの?」

 

「え?」

 

「束ちゃんはそれで満足なの?」

 

紫苑に問い詰められ、束は涙をこらえつつ言った

 

 

「私は作りたいものを作った、世界はそれを受け入れてくれなかった、だから仕方ない、よ」

 

「束お姉ちゃん、なんでそんなこと……」

 

「束ちゃん、世界を面白くするって言わなかった? だから私はあなたに協力した。このまま契約を捨てるつもり?」

 

「そんなこと……」

 

「私は束ちゃん、あなたが櫻を育ててくれる、そう思ったから協力したの。束ちゃん言ったわよね、契約どおりやってくれるなら櫻と仲良くするって。私は契約どおりやったつもりよ? 不満でもあるの?」

 

「ママさん、不満なんてあるわけないよ。さくちんとも仲良くなった、ISも作れた」

 

「なら、契約通り、世界を面白く変えなさい。拒否権は無いわよ、500万ユーロ返せるなら別だけど」

 

もちろん、束にそんな財力は無い、紫苑に従うほかないのだ

 

「束お姉ちゃん、これからどうしたい?」

 

「私は……私は、さくちんと、ちーちゃんと、みんなで世界を面白く変えたいよ!」

 

「なら、一緒に来てくれる?」

 

「何処に行くつもり? もう世界が私をさがしてるんだよ?」

 

「それはもちろん」

 

「「私達の故郷だよ(よ)」」

 

 

 

紫苑と櫻は、束をゆっくりと抱きしめ、静かに撫で続けた

 



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後始末

その後、紫苑は自身のコネをフル活用し、束に新たなる戸籍を与えた

これで時間は稼げるだろう

 

これからどうするかといえば、企業連で束を匿いつつ世界がISをどうやって扱い出すのかを見守ることだ

 

 

 

「さくちん、ママさん、これは何処に向かってるのかな?」

 

スイスのチューリッヒ国際空港に到着した天草一行は、そこで待たせていた車に乗り換えて幹線道路を走っていた

 

 

「いまはフュルステンベルクの屋敷に向かってるわ、大きな湖の近くのいいところよ」

 

「お屋敷もでっかくて、1日じゃ探検出来ないくらいだからね」

 

「そ、そうなの……」

 

 

束が呆気にとられるほどの余裕で従者であろう壮年のドライバーと話す紫苑を横目に、櫻に助け船を求める

 

 

「さくちん、運転手さんとかは家の人なの?」

 

「そうだよ、あの人は執事のハインリッヒおじさん。他にもメイドさんとかが何人か居るよ」

 

「さくちんの家って一体なんなの……」

 

「よくわかんない、ムッティに聞けばわかると思うけど。ねぇ、ムッティウチってなんなの?」

 

「櫻、自分の家系も知らなかったの?」

 

「え、そんなにすごいの?」

 

「すごいかどうかは別として、貴族の家系よ? ファーティのご先祖様がもともと湖のあたりを治めていたの」

 

「え、ファーティのご先祖様すごい」

 

「束さんは理解が追いつかないよ……」

 

「まぁ、最近は貴族も血統だけだから、あまり意識しなくても平気よ。束ちゃんも、友達のお家に泊まるつもりでいればいいから」

 

「はぁ……」

 

 

執事、という単語が出てきた時点でお金持ち? などと予想していた束だったが、まさかの貴族で束の思考は停止寸前だった

 

 

――ってことは、ママさんが今の当主で、さくちんは次期当主ってことだよね……今まで私はなんて人たちとの交流を持っていたんだろう……

 

束が何が起きたかを理解したようで、驚きが顔に浮かんでいるのを見てから、外に目を向けると、遠くに湖が見えた

 

 

「櫻、束ちゃん、遠くに見えるあれが、ボーデン湖、ライン川の湖よ」

 

世界史でお馴染みのライン川はスイスアルプスを源流に、フランス、ドイツ、オランダの4カ国を流れる国際河川だ。

ボーデン湖はその上流側、アルペンラインと呼ばれる部分に位置する大きな湖である

フュルステンベルク候家は古くにその一帯を治めていた。

 

 

「もっと遠くに本家の城があるんだけど、今は観光地として開放してるからあまり住む気に成れないのよね」

 

「「そ、そうなんだ……」」

 

娘すら知らなかった驚愕の事実である。

 

 

「それで、これからどうするの?」

 

おそらく空気に耐えられなくなった束が尋ねる

 

「企業連で束お姉ちゃんを匿うよ」

 

「え? さくちんは一体何者かな? 束さんはもう何言われても驚かないから言ってみよ?」

 

「サクは企業連の次期プレジデントなのです☆」

 

「うん、わかった」

 

「ふぇぇ、束お姉ちゃん本当に驚いてくれなかったよぉ」

 

隣の紫苑に泣きつくフリをする櫻

束に向き直ると

 

 

「まぁ、しばらくは日本で拾ってきた科学者さんということで、ローゼンタールで雇うよ」

 

なんてあっさり言い放った

 

「へぇ、束さんお仕事なんてできないよ?」

 

「そこは平気だよ、ISの研究、とか適当な名目で研究室を立ち上げたから、そこで思う存分ISの装備を考えてもらうよ」

 

「IS本体じゃないの?」

 

「そんなことしたら束お姉ちゃんだって一発でバレちゃうじゃん」

 

「それもそっか――」

 

「家の地下に前の家にあったのと同じ設備を用意したから、そこでIS本体はつくろ?」

 

「さくちんナイス! 束さん感動した!」

 

「ムッティが気を利かせてくれたからだよ?」

 

「そうなの? ママさんありがと!」

 

「束ちゃんにはいっぱい楽しませてもらってるから、これも必要投資だと思ってるわ、気にしないで頂戴」

 

「あとで探検だね、さくちん」

 

「うん!」

 

 

 

これからの生活に夢をふくらませ、新たなる決意を胸に束はドイツの地に足をつけた



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閑話: 突撃!となりの研究所!

フュルステンベルク邸に到着した一行は家の仕事を片付けないとならない紫苑と、お屋敷探検隊に別れて行動を開始した

 

 

「ムッティはここらへんに隠し扉があって、そこから地下に行けるって言ってたんだけどなぁ」

 

「ん? この絵怪しいぞ。どーん!」

 

束が壁に描かれた大きな絵を突き飛ばす

すると、

 

「うわぁぁ、さくちん! 壁が回ったよ!」

 

「地下への扉、オープン! だね!」

 

壁の向こうには地下へと続く石階段、ただし明かりは無く、暗闇へと続いている

 

「とりあえず、降りてみようか」

 

「そ、そうだね。束お姉ちゃん先行っていいよ」

 

「え、さくちんのお家だし、客の束さんが先に行くのも失礼だよ」

 

「この先にあるのは束お姉ちゃんの研究室なんだから平気だよ」

 

「でもやっぱり――」

 

 

暗がりに降りるのはやはり恐怖を伴うもので、小学生と高校生が互いに譲り合う光景がその後も数分続いた

 

 

「よし、じゃあ一緒に行こう」

 

「そ、それがいいよ」

 

「「せーのっ」」

 

先ほどまでビビっていた2人とは思えぬスタートダッシュで石階段を駆け下りる、地面が平らになったと思うと

 

「「へぶっ」」

 

やはり壁に突っ込んだ

 

「痛たたぁ、さくちん大丈夫?」

 

「束お姉ちゃんはぁ?」

 

「おでこ打ったけど平気だよ」

 

「さくちん、いくら束さんが心配だからって、手をかけなくてもここにいるよ」

 

「え、サクそんなことしてないよ?」

 

「じゃ、じゃあコレって……」

 

「そ、そそ、そんなまさかぁ! 束お姉ちゃんがサクを怖がらせようとしてるんじゃないの?」

 

ピトッと水滴が滴る

 

「ひっ!」

 

「さ、さくちん、明かり! 明かり!」

 

「なにか明かりは……これでいっか」

 

そういってポケットから携帯を取り出し、辺りを照らすとそこは

 

 

「さくちん、束さんには研究室にあるべきでないものが見えるんだけど、気のせいだよね」

 

「束お姉ちゃん、サクにも見てはいけないものが見えるんだけど気のせいだよね」

 

 

鉄格子が嵌った牢屋がずらりと並んでいた

左右に広がる廊下に並ぶ鉄格子、中を覗く勇気などやはりなかった

 

 

「て、撤退!」

 

束が思わず叫ぶと

 

「あいあい!」

 

櫻もそれについて、降りてきた石階段を駆け上った

 

 

隠し扉があった広間まで戻るとそこにはハインリッヒが待っていた

 

「お嬢様、タバネ様、お探ししておりました。シオン様より、研究室にご案内しろと」

 

「さっき見たアレは……?」

 

「おそらく中世頃使われた牢獄でしょう、この屋敷には様々な隠し部屋がございます」

 

「あぁ、そう」

 

「ハインリッヒおじさん、幽霊とかは……」

 

「居るかもしれませんね」

 

「「ひぃぃぃっ」」

 

「ははっ、冗談です。ご案内致します。こちらです」

 

冗談とは思えぬ体験をしてきたことなど知らないハインリッヒが手をかけたのは隣の本棚、その中から赤い背表紙の辞書と思しき本を取り出すと

 

「こちらにお手を」

 

本を開いて差し出した、そこにはバイオメトリクスセンサーと、テンキーが並んでいた

 

「なにこのハイテク!」

 

「シオン様より、研究室の防犯を厳にせよと言われております故」

 

「束さんの手で開くの? パスワードも聞いてないよ?」

 

「最初に使用者認証を行います。主な使用者たるタバネ様にまず登録していただき、そのあと、中でお嬢様やシオン様の登録を」

 

「そーゆーことね、わかったよ」

 

センサーに手を重ね、テンキーにパスワードを打ち込む

カチッという音とともに本棚が開いた

 

「それではお嬢様、タバネ様、私はこれにて、ご夕食の際にまたお呼び致します」

 

「ありがとね、執事さん」

 

「ハインリッヒおじさん、ありがと」

 

恭しく一礼すると、足音も立てずに去っていった

 

本棚から先は牢獄へと続く石階段にそっくりな作り

 

「さて、行きますか!」

 

「おーっ!」

 

 

一歩踏み出すと石階段が明るく照らされる

かなりの距離が有るようにみえる

 

「うわぁ、さっきより深いね」

 

「そうだね、今度は明るいから平気だよね。行こ!」

 

 

 

そして競争だと言わんばかりに再び石階段を駆け降りた



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Scherzo 桜の成長録
これから


「さて、これが私の最後の仕事だな」

 

「そうですね、後は彼女に任せましょう」

 

「これから世界はどう変わるのだろうな、ISの登場によりパワーバランスは大きく崩れた。通常兵器はこれから売れないだろう」

 

「ですが、彼女はローゼンタール内に早速ISの研究部門を設けたと聞いています、日本から連れてきた科学者もいるとか」

 

「彼女はISが発表されれば世界のパワーバランスが崩れると予測していた、さらにISが発展していくことを予想しての行動だろう。1日でも早く手を始めたほうが他社に対して有利に立てるのはどんなことでも同じだ。コアの配分はどうなってる?」

 

「条約で配分されたコア、467個、そのうち、企業連のグループ各社の内訳はGAグループで9個、オーメルグループで9個、インテリオルグループで6個の計24個です」

 

「5%か……これは多い方なのか?」

 

「いいえ、単体で配られた数を見ると非企業連各社と変わりません。さすがにあそこ(委員会)までは手が回りません」

 

「仕方ない、世界各国も大慌てで立ち上げた委員会だ、他の国も変わらんだろう」

 

「そのようですね。コア保有数はアメリカと日本が最多、ついでドイツ、イギリス、フランスなど技術力に優れた国が並びます」

 

「オーメル・サイエンス・テクノロジーとしての配分数が少ないのはトルコの国力故か」

 

「そう考えるのが妥当でしょう」

 

「だが、配分の多いアメリカと日本にはGAグループがある、EU圏はオーメルとインテリオルで抑えられる。中国の配分は?」

 

「中国には5個です。今までの行いが悪いのでしょう」

 

「君もキツイことを言うな。まあ、国連の常任理事国なのに少ないのは事実だな」

 

「アメリカは国力、日本にはIS学園など、条約で定められたものの負担を求めるためにそれ相応の対価として、ということでしょう」

 

「だろうな、IS学園、だったか? 無法地帯は」

 

「そうですね、操縦者育成と技術開発を目的とした教育研究施設です。あれの運営をすべて投げられるとは、日本も大変ですね」

 

「大きな負担となることは間違いないだろうな。さらに技術が発展すればするほどそれを狙う輩が集まる。防衛も考えねばならないなら、ISコアの配分が多いのも納得できる」

 

「そろそろ時間です」

 

「そうか、では行こうか」

 

「ええ、これからに」

 

「ああ」

 

 

 

オーメル・サイエンス・テクノロジー本社、広報室にあるブースには報道陣が集まっていた

世界に手を掛けるコンツェルンの代表が変わるのだ

それも後任は女性であるという

 

「それでは、これからオーメル・サイエンス・テクノロジー代表、及び企業連盟代表交代の会見を始めさせて頂きます」

 

一斉に焚かれるフラッシュの数々

それを物ともせずオッツダルヴァが壇上に姿をあらわす

 

「皆様、お集まりいただきありがとう。このタイミングで代表を交代することの意味は大きいと私は考えている。我が社の主力商品である通常兵器がISという未知のスペーススーツによってただの鉄屑となってしまった今、私のような古い人間が世界の軍事をリードする企業の代表であることはメリットにならない。技術の進歩についていけるだけの力がある人間に代わることがオーメルを、ひいては企業連をこれから飛躍させることにつながると私は確信している。後任のフュルステンベルクはISの先進性にいち早く目をつけ、オーメル傘下のローゼンタールでIS研究部門の代表を務める人物だ。その手腕は私が保証しよう。では、フュルステンベルク」

 

オッツダルヴァが壇の隅、司会を務めていた秘書の横につくとスクリーンにはSOUND ONLYの文字が

 

「オッツダルヴァより紹介いただきました、フュルステンベルクです。このような形での会見となり申し訳ありません」

 

そこに響いたのは若い女性の声。

若いというより、子供が無理に大人っぽく振舞っているような雰囲気すら感じさせる

 

「私はもともとネクストの研究開発に携わっていました。ISの登場と、開発者である篠ノ之束博士の言葉に衝撃を受け、現在はローゼンタールでISの研究をしています。

 我々にはグループであるという強みがあります。非連合他社は単独で開発を進めねばなりませんが我々は連合各社での成果を共有し、ともに進んでいく力があります。さらに私は基本研究の成果は世界に公表しようと考えています。IS本来の用途である宇宙進出のために」

 

会場は衝撃の発言にシャッター音一つ聞こえなくなってしまった

 

「間違って解釈して頂いては困るのは、我々が公開するのは基本研究部分のみです。具体的にはブースターやスラスターへのエネルギー関連、PIC関連。そして操縦者保護機能の3つです。それだけあれば宇宙に行けますから。兵器としての開発はもちろん進めますが、IS本来の用途を忘れてはならないと考えています。そのために必要なことは共有し、必要でないことは隠すだけです」

 

会場がざわめく

 

「話を変えて、企業連の運営ですが――」

 

 

その後一人で20分近くこれからのビジョンを語り続けたフュルステンベルク新代表の発言は世界中を駆け巡り、オーメルには技術開示を求める問い合わせが殺到した

そのため彼女は予定を変更し、現時点での研究成果を公表。追加分はその都度公開していった

 

ISの技術はとてつもないスピードで進み、国際IS委員会は世界のIS技術を発表する場として競技会を開催することを決定した。

 

 

 

「目論見通りだよ、束お姉ちゃん」

 

「そうだね、さくちん」

 

「でも企業連は競技会には出ない」

 

「え? さくちんと束さんで作ったISなら無双できるよ?」

 

「それがイケナイんだよ、束お姉ちゃん。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ?」

 

「なるほどねぇ、確かに今のISはあくまでも飛んでる火薬庫でしか無いからね」

 

「世界はわかってないんだ、ISが何のために作られ、どうやって使われるべきなのか」

 

「確かに束さんの思ってた方向に世界は向かなかったね、わかってくれてるのはさくちんとママさん、ちーちゃんくらいだよ」

 

「だから世界に分からせてやろう、ISの真の目的を」

 

「おぉさくちん怖いねぇ」

 

「束お姉ちゃんもそう思ってるでしょ?」

 

「まぁね、自分の子供達を喧嘩させて喜ぶ親がどこにいるのか聞いてみたいよ」

 

 

 

天災と称されし天才、篠ノ之束の思いは世界に理解されぬまま時は進んでいく

 



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モンド・グロッソは目の前に

月日は流れ、束が世界に託した夢、ISは真意とかけ離れ、兵器としての面が前に出ていた

本来の用途である宇宙空間での運用を想定した研究開発を進めているのはオーメルと、会見に触発された数社の企業のみだった

彼らは宇宙への夢をつかもうとする同士であり、関係は良好だったが、ISを兵器として運用する各国は互いの力を知られまいと軍事機密として秘匿し、技術を盗もうものならスパイとして処罰されることもしばしばだった

 

国際IS委員会は競技会の名称をモンド・グロッソとし、来年度夏の開催を決定した

近接格闘、射撃、総合戦術など、ISを使ったスポーツ武道のようなものとなり、各部門に代表選手を送り出す、まるでISのオリンピックである

 

それが委員会により発表されると、世界各国はこぞって参戦を発表した

ISを媒体にした国家戦争とも言える状況でIS開発のトップを独走するオーメルはモンド・グロッソに自社製ISを出さないことを決定、世界を驚愕させた

 

その代わりにオーメルは世界中でISによるデモンストレーションを行い、技術力をアピールしていた

 

 

 

オーメル・サイエンス・テクノロジー IS研究部

それはローゼンタールに存在したIS研究部門の人員をそのままオーメルに移し、軍事課、宇宙開発課、総合開発課に分かれて多面的にIS開発を行う部署となった

 

 

雑多な部屋に置かれたデスクで頭を抱える天災が一人

 

 

「あぁ、どうしよう」

 

「主任、どうかされましたか?」

 

「う~ん、世界がモンド・グロッソに向けて開発したISをこぞって自慢しあってるから、うちもそういうのしないとだめかな~って」

 

「オーメルとしてはモンド・グロッソに参戦しないという決定ですから、無駄に技術を見せないという意味でもアレの公表は控えるべきでは?」

 

「さくちんもそう言ってたし、やっぱそうなんだよねぇ」

 

「でしょうね」

 

「ありがとね、エドもん」

 

 

エドもん、と呼ばれた男は 主任束に小さく笑うと自分のデスクに戻り手を動かし始めた

 

 

確かに、第一世代に合わせた性能とはいえ、ただのデチューンでしか無いアレ(JUDITH)をモンド・グロッソで暴れさせるわけには行かない、ISの進化のヒント集をばら撒くようなものだ

 

 

――はぁ、ちーちゃん大丈夫かなぁ

 

 

天災のため息は紅茶の匂いに溶けて消えた

 

 

 

 

そして冬を超え、春になると眼前まで迫ったモンド・グロッソへの参戦国と代表の名前が発表された

その中には、日本代表として織斑千冬の名前もあった

 

 

「さくちんさくちん! だいだいだいニュースだよ!」

 

「千冬さんのこと?」

 

「そうだよ! ちーちゃんが国家代表だよ? なんで驚いてないの?」

 

「もちろん驚いてるよ、一周りして普通になってるだけ」

 

「あはは、さくちんらしいや」

 

「これは応援に行かないとね、束お姉ちゃん」

 

「だねだね!」

 

「視察、ということで会社のお金で行けるし、美味しいもの食べて帰ろっか」

 

「研究室のみんなにおみやげも買わないとね」

 

「束お姉ちゃんが他人に気を使うなんて、変わったね」

 

「これも全部さくちんとママさんのおかげかな」

 

 

ドイツへ来てから束は変わった、いい方向へ。自分が気にいらない人間はトコトン嫌うが、近しい人間となら普通に会話が成立するくらいにはなった

研究部内での評価も高い

 

 

「モンド・グロッソまで後1ヶ月、オーメルとしても本腰入れて各国のISを調べないと」

 

「解析機器は束さんにお任せ!」

 

「怪しくなくて、小さいのをお願いね。チケットはこっちで手配するよ」

 

「おっけーい!」

 

 

 

大切な友人の参戦と社長としての立場が複雑に絡み、第一回モンド・グロッソが近づく



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MONDO GROSSO

「ちーちゃぁぁぁん!!」

 

「お姉ちゃん! 立場わきまえてよ!」

 

 

さて、束がこんな叫びを上げてる時点でお気づきだろうが、櫻と束はモンド・グロッソの会場に来ている、目の前ではブリュンヒルデの称号を賭けて日本代表の千冬とアメリカ代表が鍔迫り合いをしていた

 

「ちーちゃんのISは?」

 

「純国産IS、暮桜。高機動近接戦闘をメインに据えてるのが日本らしいね」

 

「ちーちゃん得意だしね」

 

「それもあるだろうけど、日本が射撃武器を作れなかった可能性が高いと思うよ」

 

「日本って銃作れるところ数えるほどしかないもんね」

 

「一から開発して間に合っても使いものにならないだろうね」

 

「千冬さんの射撃スコアが物語ってるね」

 

千冬の射撃スコアは下から数えたほうが早いほど、だが、近接格闘ではダントツでトップに立って、最後の総合戦術に挑んでいる

 

対するアメリカISは重厚な作りで、実弾兵装が充実していた、そのため射撃でもイギリス代表に次ぐスコアで2位に、近接戦闘では日本、ロシアに次ぐ3位で総合1位に立っている

近接戦闘と言っても、ブレードを振り回すのでは無く、マシンガンをメインにフィールド上を飛び回ってじわじわと削る戦法で戦っていたが、やはり千冬と暮桜の速さにはかなわなかったようだ

 

 

「アメリカのISは実弾兵装の数に物言わせてる感じだね」

 

「そうだね~いかにもアメリカだね」

 

「ISに各国のクセが現れつつあって結構結構」

 

「まぁ世界中でおんなじもの使ったら気持ち悪いしね」

 

「将来が楽しみだ!」

 

「次のモンド・グロッソは企業連のISでブリュンヒルデとヴァルキリーは総取りだね」

 

「うわぁ、企業連代表様、夢が大きいねぇ」

 

「現実にしてやるんだから!」

 

 

そして、最後は妨害もなんでもありなレース形式の競技だった。

 

「ここで恐いのはイタリアのISだね」

 

「あの国はトコトンスピード狂だからなぁ」

 

「でもカラーリングのセンスは好きかな」

 

「確かにカッコいいね、アレは」

 

スタートラインに世界中から集ったカラフルなISがズラリと並ぶ光景は実に壮観だった

その中でも目を引くのは鋭いシルエットをまとうイタリアの機体、テンペスタ

純白にトリコローレのラインが無骨なパーツ群を引き締める

 

「そろそろだね」

 

櫻の一言で束も見逃すまいと集中する

 

オーロラビジョンに表示されるカウントダウン

 

3...

 

全機ブースターに火を入れる

 

2...

 

だんだんと光が収束していき

 

1...

 

会場が静まり返ると

 

GO!

 

爆音と共に目の前から消え去った

もちろん、瞬時加速であっという間に音速付近まで加速したため、観客の目には追えなかったというのが正解だが。

 

空中にホログラムで描かれたリングを流れ星が駆け抜けていく光景はまさに圧巻の一言であった

 

「さすが、イタリアは速いね。目で追い切れないよ」

 

「だね、順位はイタリア、日本、フランスの順番かな?」

 

「ちーちゃんも頑張ってるね」

 

「機動性は高そうな機体だったからね、あとは回避テクニック次第だろうけど、千冬さんなら心配ないね」

 

 

事実、空中で銃撃戦を繰り広げて大きくタイムを失うことも多々あったが、トップ集団はそんな姑息な手段を使わず、単純スピード勝負になりつつあった。それでも後方からの妨害や、流れ弾は確実に避けていくあたりに3国の操縦者達の技術が高いことが伺える

 

再びメインアリーナを轟音が抜けるとレースもラストラップに入った

 

「順位は相変わらず、か」

 

「でもこの順位をキープすればちーちゃんは総合優勝だよ?」

 

「やっぱり勝って欲しいじゃん?」

 

「まぁね!」

 

 

螺旋を描いて空へ掛ける3機、その速さは後方集団より頭ひとつ抜けていた

 

「イタリアのテンペスタ()にフランスのラファール(疾風)、やっぱり速いね」

 

「そんな風のなかでもどっしり構えるのが桜だよ?」

 

最後のターンを抜けて一気に加速、再び音と風がアリーナを抜ける

 

 

スクリーンには WINNER V.Ferrari/Italy の文字が並んでいた

 

 

「やっぱりイタリアかぁ……」

 

「速すぎてよくわかんなかったよ」

 

「帰ってゆっくり公式映像を見ようよ」

 

「だね、さくちん」

 

「そういえば、束お姉ちゃん、まだ誰もワンオフアビリティ使ってないね」

 

「そうだね、見た感じ 二次移行セカンドシフトしてる機体もないし、まあ、まだ出来てからそんなに時間が立ってないんだから仕方ないね」

 

「じゃあ、サクが頑張って夢見草をセカンドシフトさせちゃおうかな!」

 

「さくちん、それで提案なんだけど、ワンオフアビリティ、使ってみたくない?」

 

「え? それってセカンドシフト後に発現するんじゃないの?」

 

「イメージインターフェイスって言うのを使って似非ワンオフアビリティを使えるようにするんだよ」

 

「それって、個人の才能とか、適正にすごい左右されない?」

 

「そうだね、でもさくちんなら大丈夫!」

 

「それで、夢見草のコアを使いたい、と?」

 

「そうそう、会社のコアも勝手に使えないし、新しく作るのも面倒事起きそうだし……」

 

「そっかぁ、仕方ないね、帰ったらやってみよっか」

 

「本当? さくちん、話がわかるね!」

 

「帰ってからやることたくさんだねぇ」

 

「ちーちゃんの試合観て、レーザーブレードの企画案を出して、それからさくちんのISをいじる!」

 

「しばらく寝れないね」

 

「あはは、確かにそうだ!」

 

 

 

 

天災の頭の仲にはすでに数年先の技術が見えているようだ、世界が追いつこうと手を伸ばしても、それには届かない

だから必死に足掻き続ける

何度でも、何度でも



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閑話: こちらオーメルIS研究部ドイツ派出所!

風が肌寒いドイツ、ミュンヘンの町にその会社はあった

ローゼンタール

重工業で名を馳せ、企業連の大グループを形成することも過去にあったが、いまでは 傘下企業オーメルに下克上され、オーメルグループの中枢としてドイツを中心にEU圏でISのシェアをフランス、イギリスと競っている

 

 

「ふぁぁ、アルベルト主任、これから何します?」

 

「そうだなぁ、基礎研究も終わって、応用のはずだが、オーメルに全部持ってかれちまったしなぁ」

 

「いっその事俺らの考えた最強のISってやっちゃいます?」

 

「そうだな、それが面白い! エルヴィン、今すぐ全員呼んでこい! 社長と直接話しを付けて開発許可もらうぞ!」

 

「Ja!」

 

 

 

これはそんな大企業の中で、ISに魂を賭けた男たちの物語

 

 

 

「シオンさん! 我々に独自のIS開発をやらせてください!」

 

「「「「「「「お願いします!」」」」」」

 

 

社長室に乗り込むと男たちは 社長紫苑におもいっきり頭を下げた

一体何事かと困惑する紫苑だったが、主任によれば

”俺らで最強のISを考えよう、やることも無いし、何より最強と言うのは男のロマンだ!”とか何とか

 

さすがにISコアを扱う以上紫苑一人の判断でハイそうですか、頑張ってね。とは言えない

 

 

「プレジデントに確認を取ります、少し待ってね」

 

「はぁ……」

 

オーメルグループ代表企業、オーメル・サイエンス・テクノロジー社は企業連を代表する企業の1つであり、オーメルの社長は企業連の代表を意味する

交代時の会見にも姿を見せず、公の場に一切出てこないフュルステンベルク代表はその存在自体を疑われることもあるが、オッツダルヴァとは明らかに違うやり方に、好感を覚えるものも多い

 

そんな姿も知らない代表に確認を取る、と言われ男たちの夢はここで終わってしまうのかと思った矢先のことだ

 

 

「許可が降りました、その代わり、ローゼンタールらしいものを作れ、とのことです。やりましたねアルベルト」

 

「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」

 

 

男たちは燃え上がった、自分達の手で、世界最高の最強のISを作り上げ、ローゼンタールの名を再び世界に轟かせるのだ!

 

 

「で、主任、ローゼンタールらしいISってどんなのだと思いますか?」

 

「質実剛健、高い汎用性、そして、カッコ良い。これだろ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

研究室に沈黙が訪れた

だが、それも長くは続かない

 

「ですよね! 一点特化なんてインテリオルにやらせればいいんですよね!」

 

「そうだ! なんでも出来てこそのローゼンタールだ!」

 

「ならば名前はもう決まりだな!」

 

その名はもちろん

 

「「「「「「HOGIRE(オーギル)!!」」」」」」

 

 

 

そして、男たちの戦いは始まった

過去のACの傾向を洗い、世界のISの傾向を洗い、企業連の中で使える技術は片っ端から使った

 

 

そして9ヶ月の月日を経て完成したドイツ、ローゼンタール社、第二世代IS HOGIRE

大容量の拡張領域、そこからくる高い汎用性、ブースターとスラスターの交換を容易にし、あらゆる場面に対応できるようにしたことも魅力だ

また、燃費の良さも売りだった、これはエネルギー兵器の使用を想定してのことだったが、実弾兵装を積めば、世界の第二世代より1.5倍は動けた

 

基本性能を高レベルでまとめ上げた男たちの自信作だった

 

 

「シオンさん、出来ました! 俺らのISが!」

 

社長室に飛び込んだアルベルトは真っ先にISの完成を報告した

 

「おめでとう、それはもう飛んだの?」

 

そして思い出したのだ、まだ実際に稼働試験してねぇや、と

 

「しまったぁぁっぁぁあ!!」

 

あらあらうふふと笑う紫苑の前で、男たちのボスは叫びを上げた

 

 

そして迎えた稼働試験、パイロットはまさかの紫苑である

社長自ら自社の機体を試すということで、男たちも必死だった

あの(美人で人気のある)社長に怪我でもさせれば社内に居所はない

 

男たちが固唾を呑んで見守る中、稼働試験が始まった

 

「では、まずPICを入れてください」

 

一瞬ブースターを噴かして高度を取ると、地面から数十cmのところで浮いた

 

「PIC、グリーン」

 

「了解です、では高度を保って動いてみてください、適当で構いません」

 

「了解」

 

ブースターが火を噴き、自動車並みのスピードでグラウンドを縦横無尽に駆けまわる

 

「いいわ、サイドスラスターも問題なしね」

 

「了解、では飛んでください」

 

ついにこの瞬間が来た、男たちの夢と希望の塊、オーギルが飛び立つのだ

 

メインブースターに光が集まり、火を噴いた

一気に高度を取るモスグリーンの機体

そして空を翔ける

 

「PICもブースターもすべて問題なし、やったわね」

 

紫苑のOKが出ると、テストフィールドは歓声に包まれた

 

 

 

そして、世界からオーギルモデルと呼ばれる第二世代ISはドイツ軍のコンペティションに懸けられ、無事にドイツ軍主力モデルの座を手に入れた

 

社長自らデモンストレーションを行ったのが効いたとか、ドイツ人の気心に合った機体だったから、など様々な憶測が飛び交う中、オーギルは日本製の打鉄モデルとシェアを二分するまでに成長していった

 

 

そして男たちはその功績を讃えられ、晴れて独立。部署名称がローゼンタールIS開発部に変わった。

と言っても、変わったのは名前と成り立ちくらいで、今までどおりの部屋で、今までどおりのメンバーが、今までどおりのボスの元、和気あいあいとオーギルの追加装備や、機体のアップデートの開発につとめている

 

強いて言うなら、開発部にテストパイロットが加わった程度だろうか。それもとびきり美人のパイロットが

 

 

 

「おら、ビールとソーセージ買ってきたぞ! 祝いの宴を開くぞ!」

 

「主任!」

 

「アルベルト主任!」

 

「っしゃぁ! 飲むぜ食うぜ!」

 

 

今日もローゼンタール社内は平和である



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今咲き誇る

ドイツのフュルステンベルク別邸地下、束の研究室には桜色のISが繋がれていた

 

「さくちん、会社の方は大丈夫なの?」

 

「サクの所まで来る案件はだいたいYESって言っておけばいいようなものばかりだから大丈夫。いまはこっちに集中したいからさ」

 

「ママさんからの電話もあったみたいだけど」

 

「え、ああ。ローゼンタールが独自IS開発したってアレね、ある意味、あれは企業連の技術の集大成みたいなものだから、今の企業連としての技術力の確認も兼ねてOKしちゃったよ。ローゼンタールらしいものを作りなさい。って言ったら無難なの作ったし」

 

「なるほどねぇ、さくちんは策士だなぁ」

 

「まさかムッティが乗るとは思わなかったけど……」

 

「それは束さんもびっくりだよ、ママさんに適正あったんだね」

 

「ムッティに乗れないものなんて無いんじゃないかな?」

 

「冗談に聞こえないよ……」

 

「ささ、束お姉ちゃん、最後の仕上げだよ!」

 

「おう!」

 

夢見草のコアをベースに作られた第三世代実証機、夢見草・八重

イメージインターフェイスを利用した兵器の実証試験を兼ねた夢見草の進化版だ

 

 

「よっし、後は動かしながら微調整だね」

 

「そのまえに一眠りさせて~」

 

「しかたないなぁさくちんは」

 

「適当な時間に起こしにきて……すやぁ」

 

「早いよ! まだ言い切ってないよ!」

 

その場で立ったまま寝るという芸当を見せた櫻を抱きかかえて簡易ベッドに寝かせる

 

「いろいろ忙しいんだろうなぁ」

 

幼き社長さんの身を案じつつ、また別の機械へと向かう

束がコンソールを操作すると中から純白のISが現れた

 

「さぁ、こっちも仕上げだね」

 

にひひっと笑う束は子供のような無邪気さにあふれていた

 

 

 

 

 

それから何時間立っただろうか、櫻に取り付けたバイタルメーターが脳の活性化を示すと束は白いISを隠し、櫻を揺さぶり起こした

 

 

「さくちん、おはよ」

 

「うん? 束お姉ちゃん……」

 

「とりあえずなんか飲んで目覚して?」

 

「うん、そうする」

 

目元をくしくしこすりながら冷蔵庫へ向かう櫻は小動物的で束は思わず飛びつきたくなったが、プラスチックの精神で自制した

束に鋼の心はさすがにない

 

「夢見草ぁ、完成させる~」

 

「はいはい、持ってるもの飲んで、しゃきっとしよ?」

 

「お姉ちゃん飲ませてぇ」

 

寝起きの甘えモードな櫻に束のプラスチックのハートは早くも崩壊寸前だ

 

「ココは、グッとこらえて、こらえて……」

 

オレンジジュースをカップに注いで渡す

両手で持って飲む姿がキュートだ

 

「ぶはっ……」

 

「お姉ちゃん?」

 

「なんでもない、大丈夫だから」

 

鼻を抑えながら束が返事をしても、やはり怪しい

 

「お姉ちゃん、まさか……」

 

「ま、まさか、さくちん、があまりにも可愛くて鼻血だしたなんてことは……あっ!」

 

「自白したね」

 

「おのれ、謀ったな!」

 

「頭も身体もシャッキリしたからね。お姉ちゃんが鼻を抑えて悶えてれば何かあると思うよ」

 

「くっ、我一生の不覚なり……」

 

「ほら、そんなこと言ってないで血止めて、夢見草飛ばすんでしょ?」

 

「うむ……ちょっとばって」

 

紙縒ったティッシュを鼻に詰められ

 

「しばらく押さえてればいいよ」

 

「さくちむ、じゅむびしておいて」

 

「言われなくてもやっておくから」

 

櫻はテストの準備を始めた

 

数分で血が止まったのか、束がやってきて、そそくさとモニターを展開していく

 

 

「それじゃ、さくちん、行ってみようか!」

 

「あい!」

 

 

天井が開き、空が見える

縦に敷かれた電磁式カタパルトがまるでどこかの新東京を思わせる

 

「カタパルトロック!」

 

「おっけ~、じゃぁ、夢見草、リフトオフ!」

 

地上まで一気に加速し、そのまま空中に放り出される

 

「じゃあ、基本動作なんてかっ飛ばして、さっそくアレ使おう!」

 

「束お姉ちゃんはせっかちだねぇ、まぁサクも早く使いたくてウズウズしてるけど!」

 

「アレを展開して、まずは50%くらいなイメージで使ってみてよ。的は出すからさ」

 

「あいあい!」

 

空中に展開されたのはただのコンテナと小さい飛行船のような的

 

もちろん束謹製のものがただのコンテナであるはずもなく、外壁が外れると中から一斉にミサイルが飛び出したその数およそ250発。一つ一つのサイズは大きくないが、その速度と数は圧巻だ

 

 

「いやぁ、壮観だね!」

 

「ミサイルばらまいて一つ一つを頭で操作するとか誰が思いつくだろうね」

 

「できないから誰も考えないよ。数発程度を勝手に追わせるのが関の山の連中だよ?」

 

「だよね~」

 

「いまので稼働率46%だよ、次はフル稼働行ってみよ!」

 

「あい!」

 

再び空中に現れる的、ただし数は10ほど、それも散り散りに展開している

 

「さあ、さくちん、今度は難しいかな?」

 

「らくしょーだもんね!」

 

コンテナを今度は2つ展開し、ミサイルを発射、それぞれにAIが積まれているかのような合理的展開で的を吹き飛ばした

 

「おお、89%、さすがだね!」

 

「コレってAIである程度の傾向決めておいて、自分で操るものを何発かに抑えれば、抑止しながら攻撃できるね」

 

「そうだね~、でもそんなありきたりなの面白く無いじゃん?」

 

「ならなんで作ったの……」

 

「大爆発はロマンだよ! さくちん!」

 

「はぁ……」

 

「さ、さくちん? まだとっておきが残ってるから!」

 

「ん? なにこれ」

 

「束さんの技術の粋を合わせた、その名も、ドッペルゲンガー!」

 

「そっくりさん?」

 

「そーだよ、さくちん。自分の周りにそっくりさんをいっぱい用意するんだ」

 

「この棒で?」

 

「それはISコアと同じ素材のジェネレーターが入ってるから、コアとおんなじ反応をするんだよ!」

 

「面白そうだね! 試しにそこらに撒いてみてよ!」

 

「そういうと思って、ちゃんと用意したよ! 発射ぁ!」

 

地下から飛び出す銀色の棒。大きさは1m程だろうか、人が持てそうだ

 

 

「うわわ、オーギルがいっぱいいるよ……」

 

「でしょでしょ? でも、ハイパーセンサーを切ると?」

 

「ただの棒きれが浮いてるね……ってあれ?」

 

「ふっふ~ん、もちろん肉眼対策にホログラム内蔵だよ! ちっちゃい銃くらいなら仕込めるからデコイには持って来いだね!」

 

「面白い! もうインストールしてあるよね!」

 

「もっちろん! 手元に展開して投げるもよし、ミサイルみたいに撃つもよし。なんでもござれだよ!」

 

試しに手に持つイメージでドッペルゲンガーを展開する

確かに大きいが、ISのパワーアシストのおかげか、重くはない

 

「これを槍みたいに……」

 

振りかぶって投げる、そして電源を入れるイメージをすればドッペルゲンガーは空中で停止、幻覚を見せる

 

「で、次はミサイルっぽく」

 

ハンドランチャーを展開、その弾としてドッペルゲンガーが入っていることを確認すると、タイマーをセット

発射、飛び出して1秒ほどで電源が入る、そこには飛び去る夢見草の姿が見えた

 

「おおぅ、大成功だね」

 

「もっと褒めて!」

 

 

まるで姉妹のような2人を怒らせる出来事が、1年後に迫った第2回モンド・グロッソで起きようとしていた

世界はISをスポーツを見る目で見ていたことを後悔する



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閑話: ブリュンヒルデになるために

オーメル・サイエンス・テクノロジー本社の社長室では体格に見合わない立派な椅子に座ってこれから始める会議に備えていた

尤も、櫻は音声だけの参加であることが通例なので特に身だしなみを整えるなどはしない

 

「時間になりました、始めます」

 

「お願い」

 

秘書を務めるリーネ(もともとオッツダルヴァの秘書をしていた女性だ)の言葉で仕事モードに切り替える

 

 

「それでは、企業連定期会議を始めます」

 

各社の社長、代表がきりりとした表情を並べている

 

「本日の議題は来る第二回モンド・グロッソに送るモデルライール(LAHIRE)の開発進展について、開発元のオーメルから報告があります」

 

「ライールは第一回モンド・グロッソで優勝した日本の暮桜に見習い、高速機動戦を主眼に開発した機体です。武装はオーメル製マシンガンを2丁、インテリオル製レーザーブレードを1振、BFF製スナイパーライフルを1丁――」

 

櫻の口から淡々と話される機体構成を黙って聞く企業の面々

企業連はその立場故、国家代表の専用機に採用されたのがトルコ代表の1機しか無かった

各国は結束を強めた企業連が、その国の技術を取られることを恐れたのだ

 

「採用がトルコからのみと辛い情勢ではありますが、ブリュンヒルデには成れずとも、ヴァルキリーは狙って行きましょう。我々も国も、そのために彼女を選んだのですから」

 

「なにか質問事項のある方は」

 

「私から、いいかね」

 

「ではGA、ローディー」

 

「機体に搭載されるものに重火器が見当たらないのだが、コレはどういうことだ?」

 

「オーメル、フュルステンベルク、返答を」

 

「機体自体が軽いため重火器との相性が悪いというのもありますが、モンド・グロッソで重火器が活躍できる競技が無いというのが実情です。そのため、GAグループ各社の銃火器は採用を見送りました。よろしいですか?」

 

「ああ、理解した。仕方ないな」

 

「では他に――」

 

 

他に2つの議題を片付け、3時間に及ぶ会議は終わった

窓から外を見れば、美しい夜空と近代的な町並みが広がる

 

 

「終わったぁ。リーネさん、お疲れ様」

 

「はい、お疲れ様です。お茶淹れますね」

 

「う~ん、ありがと」

 

ちなみにだが、リーネは紅茶を入れるのが非常に上手い。その時の気分に応じて調合して淹れてくれるハーブティーが素晴らしいとはオッツダルヴァの弁だ

櫻もまた、彼女の淹れる紅茶を楽しみにしているのだが

 

 

「さてさて、彼女の調子も上がってきたし、半年後が楽しみだね」

 

「そうですね、射撃部門では間違いなくトップに食い込めるでしょう。はい、お茶です」

 

「ありがと、またいい匂いのお茶だね」

 

「ローズマリーですよ、疲れに効きます。それで、来週は休暇を入れられてますが、なにかご予定でも?」

 

「ちょっと日本に行こうかなぁって、友達にも会ってないしね」

 

「そうですか、おみやげ楽しみにしてますね」

 

「ふふん、楽しみしててね、美味しいもの買って帰るから」

 

「櫻さんの選ぶお菓子はハズレがありませんからね」

 

 

その後も社長室でのガールズトークは続き、時計を見て12時を過ぎたことに気づいたリーネが止めるまで話し続けた

 

 

 

 

 

「有澤社長に美味しいお茶のお店教えてもらわないとなぁ」



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閑話: 兎と櫻の日本紀行

15時間かけ日本に降り立った櫻と束は一路京都に向かっていた

 

「有澤社長が、京都の美味しいもの教えてくれたよ」

 

「ほぉう、京都と言ったら、懐石料理とか?」

 

「だね、もちろん有澤社長に聞いてあります!」

 

「きゃー、あの変態なおっさんも気が利くじゃん!」

 

 

神戸のとあるビルの一室で盛大にくしゃみをかました男が居たとか居なかったとか

 

 

「それにしても、時差って辛いねぇ、もう日が暮れるけどちっとも眠くないよ」

 

「いろんな国を飛び回れば慣れるよ……」

 

「さくちんも苦労してるんだね……」

 

どこか遠い目の2人をみたタクシー運転手は苦い笑みを浮かべるしか無かった

 

 

その日の夜に、有澤から聞いた京懐石の店で夕食をとった2人はこれぞ日本食だ! と絶賛、部下にメールで自慢したという

 

有澤にもそのことを伝えると「それは良かった、明日都合が良ければ京都案内をする」と返事が来た

 

 

「明日、有澤社長が京都案内してくれるってさ」

 

「おお、これだけ美味しいもの食べられるお店知ってるんだから期待できるね!」

 

「食べ物だけじゃなよ、社長は日本の歴史にも詳しいから、寺社仏閣巡りとかもさせてくれるよ」

 

「え~、束さんあんまり興味ないよ」

 

「昔の神社やお寺の周りは人が集まるところだったから美味しいものを出すお店も多いんじゃないかな?」

 

「よし、行こう」

 

欲望に忠実な束だった

 

 

「じゃあ、今日はもう寝て、明日また京都巡りだね」

 

「そうだね、変態社長は予定伝えてきたの?」

 

「明日は10時に京都駅だって、車で来るみたいだよ」

 

「結構寝てられるね」

 

「だね、でもホテルの朝食の時間もあるから7時位には起きないとなぁ」

 

「さくちんは眠いの?」

 

「いや、ちっとも。だって向こうは3時位だよ?」

 

「でもベッドでぬくぬくしてるし」

 

「この国の時間に無理矢理体を合わせないと後々辛くなるからね。会議の時にあくびなんて出来ないよ」

 

「さすが、社長様は大変だなぁ」

 

「だから、束お姉ちゃんもとりあえずベッド入ろ?」

 

「さくちんが言うならね、一緒に寝る?」

 

「え、いや、私ももうひとりで寝れるから」

 

「え~、前は一緒に寝てくれたじゃん」

 

もちろん、それは第一回モンド・グロッソの頃、櫻はまだ年齢が1桁だった時のことだ

 

「何時のことなの。ほら、もう寝るよ」

 

「ぶぅ~」

 

「何を言っても一緒には寝ないからね~、夜中に入ってきてもダメだよ、千冬さんに言いつけるから」

 

「ちーちゃんにはなぁ……おやすみ」

 

「よろしい。おやすみなさい、お姉ちゃん」

 

 

 

同時刻、神戸

 

――明日はオーメルの社長になった櫻ちゃんと研究部の束音さんを連れて京都を散策だ。今のうちに予定を立てておこう。可愛い子2人連れて歩く機会なんてそうそうないからな……気合入れて行くぞ!

 

一人、無駄に気合を入れて京都巡りプランを立てる有澤重工第43代目社長、有澤隆文の姿が警備員によって目撃されている。

曰く、新兵器を開発してる時より気持ち悪い笑みだった

 

 

 

夜が明け、時刻は8時、ホテルの朝食バイキングも残すところ30分と言ったところ

 

「間に合ったぁ!」

 

一人の女性が駆け込んできた、水色のフリル付きエプロンドレスというコスプレ感全開な姿は、一応お値段高めな設定のホテルでは明らかに浮いていた

 

「お姉ちゃん! その格好はまずいよ!」

 

女の子に注意されるも朝食を優先したらしく、周囲の目など気にもとめず、色とりどりメニューを選びとり、少女の向かいに着いた

 

 

 

「束お姉ちゃん、その格好はちょっと……」

 

「え~いつもスーツじゃ疲れちゃうよ」

 

「スーツ以外にまともなの持ってないの?」

 

「コレとおんなじのが10着くらいしか……」

 

「後で服を買おう。いっその事着物でも買う?」

 

「おお、さすがさくちん!」

 

 

 

良くも悪くも目立つ2人の京都めぐりは続く

 



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閑話: 兎と櫻の日本紀行 Ⅱ

京都駅前、時刻は9時半。

 

一人のダンディな男が立っている

これだけならまだいい。その男が片手でいじってるものは同社ご自慢のタンク型AC雷電のスケールモデル。もう意味が分からない

 

「はぁ、やはり早く着すぎてしまったかな」

 

だれに聞こえるわけでもなくつぶやく、本当に雷電さえなければただのダンディなオジサマである

雷電さえなければ

 

 

「おはようございます! 社長!」

 

「おお、来てくれたか!」

 

「おじさん、私も居るんだけど」

 

「もちろん、忘れてないさ、束音さん。個性的なファッションだね」

 

隆文としてはやはり女性を無碍にはできないと言葉を選んだつもりだったが

 

「やっぱりおじさんもそう思うんだね、仕方ない」

 

「社長、まずは束お姉ちゃんの服を買おうと思うので、呉服屋に連れて行って欲しいのです!」

 

「ほほう、束音さんに着物か。ふむ、いいと思うぞ、では行こうか。あと櫻ちゃん、今日はオフなのだから前みたいにおじさんと呼んでくれていいのだよ?」

 

「いや、クセでついね」

 

「社長業が板についてきたということだな、だが、オンオフの切り替えも仕事の内だ」

 

「はぁい」

 

「では、車まで案内しよう。こっちだ」

 

 

変態と天災と天才が交わるとき、一体どんな化学反応が起こるのだろうか

 

 

 

 

ところ変わって、京都某所の老舗呉服店。そこで束は櫻が選んだ着物を着付けてもらっていた

水色の生地に紫の幾何学模様がうっすらと入る、束好みのセンスだ

 

もちろん有澤社長は店の外でまちぼうけである

 

 

「さくちん、どうかな?」

 

束は元のスタイルがいいだけあって、何を着せてもそこそこ似合うのだが、やはりしっかり選んだ分、かなり似合う、のレベルに達していた

 

「超似あってるよ! やっぱ私の目に狂いはなかったね!」

 

「そ、そうかな? じゃあ、コレを頂くよ」

 

「はい、かしこまりました。お嬢様はよろしいのですか?」

 

「え、あ、私は……」

 

「じゃあ、この子に適当に見繕ってもらえますか?」

 

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

そう言って奥に引っ込む女将さんを見て束に毒づく

 

「何言ってるの束お姉ちゃん!」

 

「いやぁ、せっかくだし、さくちんも着物着たらどうかなって」

 

「し、仕方ないから着るよ、もう」

 

「さくちんは素直じゃないねぇ」

 

戻ってきた女将さんの手には桜色の生地に、また桜が舞う柄の着物があった

 

「こちらなどいかがでしょうか?」

 

「いい! すごくいいよ! ね、さくちん!」

 

「かわいい……」

 

「じゃ、コレくださいな」

 

「かしこまりました、では着付け致しますので奥へどうぞ」

 

 

戻ってきた櫻は着物に着られてる感が拭えないが、それを含めて魅力にしてしまうほどであった

やはり、欧米人に着物は不思議な美しさがある。

 

 

「では、お会計がこちらになります」

 

「カード使えますか?」

 

「ええ、はい、一括で」

 

櫻が会計を済ませている間、束は店においてある小物に目を向けていた

和柄で彩られた扇子、色使いがシンプルで、上品な色気をもつ簪など、束の想像力を掻き立てるには十二分だった

 

 

「お姉ちゃん、行くよ。隆文おじさん待たせてるし」

 

「え、うん。今行く」

 

しばらく会ってない妹にはあんな感じの和装が似合うのだろうな、などと少し感傷に浸っていた

 

 

「これはこれは、2人共綺麗だ。これ以上の言葉が浮かばないくらいにな」

 

「相変わらず女の人を褒めるのがうまいねぇ、隆文おじさんは」

 

「ははは、櫻ちゃんはキツイなぁ」

 

「お姉ちゃん? 大丈夫?」

 

「え、うん」

 

「本当に? さっきからボーっとしちゃって」

 

「いろいろ考えてたんだよ、さっきのお店にあったもの、箒ちゃんに似合いそうだなって」

 

「あぁ……、あとでもう一回よってもらう?」

 

「いいよ、箒ちゃんにはしばらく会えないだろうし」

 

「ごめんね、なんか」

 

「さくちんは悪くないよ。ささ、美味しいもの食べに行こ。ね、おじさん!」

 

「あ、ああ。とっておきの店を紹介しよう。昼は天ぷらだ」

 

「だって、さくちん!」

 

「楽しみだね!」

 

 

 

こうして、3人の京都散策は幕を上げた



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閑話: 兎と櫻の日本紀行 Ⅲ

午前は着物を買ったり、辺りをぶらついて上手く時間が潰れた、有澤の案内で天ぷらを出す店へと向かっているのだが

 

「京都って大通りは広いけど、路地は狭いねぇ」

 

「それも車も人も多いから大変だ」

 

「駐車場も少ないんだ、観光地は多いんだが、移動手段が少ない。有名所にはバスなどでいけるが、少しマイナーなスポットにいこうと思えば、タクシーか歩くしかない」

 

「通りでタクシーばっかりなわけだ」

 

道は素晴らしいまでに渋滞していた

ちょうど休日ということもあってか、京都の町は観光客であふれている

 

 

「仕方ない、少し路地に入るからな」

 

「「おお」」

 

 

それから数十分、車は目的地の天ぷら屋に到着した

 

「ここだ」

 

「えっと、古民家?」

 

「これは江戸時代に作られた建物をそのまま使っているそうだ、さぁ、中へ」

 

有澤に付いて中へ入ると

 

「中もまたすごいね、天井高いなぁ」

 

「柱の存在感がいいね、束さん感動しちゃうな」

 

「趣があっていいだろう? 有澤だ」

 

「有澤様、こちらへ」

 

「さぁ、お嬢様方、置いていくぞ」

 

 

有澤が女将に名前を告げ、個室へ案内された一行は見慣れないドーム状のものがカウンターに置かれていることに目が行った

 

「おじさん、アレは?」

 

「ああ、あのドームの下には油の鍋がある、まぁ、油はね防止だ」

 

「意外と単純な理由……」

 

「詳しいことは私も知らん」

 

「最初からそう言いなよ」

 

「ははは、まぁいいだろう。さぁ、席について、頂こう」

 

職人が目の前でタネに衣を纏わせ、油へ入れていく

食欲を刺激される音と共にこんがりとした匂いも漂う

まず出てきたのはキスだろうか、白身が柔らかく、甘みが広がる

 

 

「料理を五感で味わってる感じだね」

 

「だねぇ、音も匂いも、見た目も味も、食感も美味しいね」

 

「だろう? 揚げられたものが皿に盛り合わせで出てくるようなお店では味わえない感覚だ」

 

 

揚げ物には順番があり、味の淡白な物から出るのがルールだそうで、最後にかき揚げをお茶漬けにして頂くのがベターだそうだ

 

彼女らの食べているコースもそのご多分に漏れず、早くも濃厚な味のタネに差し掛かっていた

 

「このかぼちゃホクホクでおいしいね」

 

「衣はサクサクなのに、中は違う食感。面白いねぇ」

 

「楽しんでくれているようでなによりだ」

 

 

食い気の張る2人にペースを引っ張られ、有澤は大して食べないうちに早くも締めのお茶漬けが出ようとしていた

 

「すごい立派なかき揚げだよ、さくちん」

 

「これをお茶漬けで……なんと贅沢な……」

 

「もちろん、お茶漬けのお茶は京都の煎茶だ。美味しいなんてもんじゃないぞ」

 

目の前で茶碗にお茶が注がれる

お茶の豊かな香りが広がり、かき揚げとご飯を一緒に頬張れば口の中は旨味でいっぱいだ

 

 

「あぁ、溶ける……」

 

「お姉ちゃん、これは……」

 

「はっはっはっ、満足してくれたようで何よりだ。では次は美しい庭園をみながらゆっくりしようか」

 

「おじさんナイス」

 

「隆文おじさん、お菓子も」

 

「もちろんだ」

 

 

 

その後は京都の外れにあるこじんまりとした寺で、木々に囲まれながらゆっくりとお茶をすすり、和菓子を頂く

 

「はぅ~、これは束さんも思わずため息だねぇ」

 

「やっぱり、京都に来たら抹茶をいただかないとね」

 

「私は君たちを見ているだけでお腹いっぱいだよ……」

 

「おじさん変態くさい」

 

「隆文おじさん気持ち悪い」

 

「おうふ……」

 

有澤は美女2人から精神的にフルボッコにされながらも、ゆったりとした時間が流れる

 

「さくちん、明日は?」

 

「今晩東京に移動して、明日の午前中にIS学園の視察。その後は日本の国家代表様とご対面だよ」

 

「やっとちーちゃんに会えるんだ!」

 

「アポ取るの大変だったんだよ?」

 

「うんうん、さくちん頑張った!」

 

てへへ~と照れる様子はまさに天使だったが、ここで口に出しては屠られると察した有澤はガチタンの精神で自制した

 

 

「そうか、チケットは取ってあるのか?」

 

「もちろん、5時半のひかりです」

 

「え、もう4時だ、急ぐぞ!」

 

「あわわ、おもわず時間忘れてたよ!」

 

残ったお茶を一すすりで飲み干し、ゆっくり味わいたかった練切を一口で頬張る

 

「おひふぁん、ふぁっひゅふぇ(おじさん、ダッシュで)」

 

「応!」

 

 

車は一路、京都駅に法定速度オーバー気味で走っていった

 

 

時刻は5時23分。

 

「間に合ったぁ!」

 

「何とかなりますね。おみやげも買いましたし、隆文おじさんありがとうございました」

 

「ありがとね、おじさん」

 

「いやいや、また日本に来た時は言ってくれ、美味しい店を紹介しよう」

 

「そのときはお願いします、では」

 

「じゃあね!」

 

「ああ、体に気を付けてな」

 

 

改札を抜け、プラットフォームに向かう着物美人2人を見送る有澤はどこか、田舎に帰ってきた娘を見送る父親のようであった

 

 

 

「さくちん! 着物着たままだったよ!」

 

「まぁ、仕方ないし、ホテルまでこのままだね」

 

「えぇ、目立つよぉ」

 

「お姉ちゃんは十分目立つことをしてきたでしょ!」

 

「だけどさぁ!」

 

 

車内の銀髪着物美人と、いかにもな大和撫子は良くも悪くも目立っていた

 

「お姉ちゃんは今篠ノ之束ではなく、篠崎束音なんだから、気にしたら負けだよ」

 

「うぅ」

 

「着物も似合ってるし、ウィッグも合わせて千冬さんっぽいんだから、もっとしっかりして、ね」

 

今日の束の出で立ちは、素の赤紫の髪ではなく、黒いロングのウィッグをつけていた。

人前に出るときのよくある変装だったが、モデルは千冬であった

 

「ちーちゃんっぽく、ふわぁ」

 

一気に疲れが来たのか、名古屋に付く前に寝息を立て始めた束に、櫻はひとつため息をついてから寄りかかるように眠りについた



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千冬との再会

完成間近のIS学園をひと通り見終わり、特にこれといった問題も、いいところも見当たらなかったため、早々に切り上げてこの日本滞在の一番の目的である千冬との再開のため、日本に指定されたホテルへと向かっていた

 

 

「ちーちゃんと会える、ちーちゃんと会える!」

 

「いきなり抱きついたりはしないでね、あの場なら射殺されても文句は言えないから」

 

「最初はグッと堪えるんだね、ちーちゃんが気を利かせてくれることを祈るよ……」

 

「千冬さんに抱きつきたいのは私も一緒ですから、我慢だよ」

 

「うん。束さん頑張るよ」

 

「じゃ、段取りを確認するよ。まずは、普通に企業連代表として社交辞令をひと通り交わしましょう。千冬さんだけでなく、周囲の人とも」

 

「ほうほう」

 

「そこで千冬さんが気を利かせて、私達だけにしてくれたら、お姉ちゃんが部屋のスキャンニング」

 

「ちゃんと用意してあるよ」

 

「うん、よろしい。それで何もなければ、ハグハグしちゃいましょう!」

 

「わーい!」

 

「何かあったらわかってますね?」

 

「ハグハグは無し、私は篠崎束音」

 

「はい、大丈夫そうだね」

 

 

運転手の「まもなく到着です」の声に気持ちを引き締める

 

到着した先には早くも黒服の男達が

 

 

「こんにちは、企業連より参りました」

 

「お話は伺っております。では、こちらへどうぞ」

 

 

この日のために束が用意したビックリドッキリメカその1、なんでもみえ~る君1号を起動

ただのメガネに見えるコレだが、相手が装備しているアイテムがなんでもお見通しなのだ

さらに色んなサイズ(お察しください)までわかるステキ仕様

 

――テーザーガンですか……やっぱりいきなり抱きついたりはできませんね

 

それは束も似たようなことを思ったようで、すこし残念そうな顔をしていた

 

 

「この部屋でお待ちください」

 

 

そう言って通された部屋は俗にいうスイートだろうか、広々とした部屋に大きなベッド、奥には小さいダイニングも見える

 

束にアイコンタクトで部屋のスキャンニングを頼むと、埴輪のような何かが部屋に置かれ、束がスイッチを入れると埴輪が浮き上がり回転し始めた

 

「とくに怪しげなものは無し」

 

「ふぅ。すごい緊張したよ……」

 

「だね、あの黒服の人達非致死性武装してたよ。どれだけ信用ないんだろうね」

 

「まぁ、仕方ないといえばそうなんだろうけど。アメリカなら普通に銃ぶら下げてるしさ」

 

「お国柄かなぁ?」

 

「そうだろうね」

 

「なにかお菓子とか置いてないかな? あった! さすが、高級パティスリーのクッキーだよ!」

 

「え、なに? 本当?」

 

 

先ほどまでの緊張感はどこへやら、クッキーとお茶に現を抜かしていたら、呼び鈴がなった

 

 

「は、はい」

 

「フュルステンベルク様、篠崎様、準備が整いましたので応接間へご案内致します」

 

「はい、今行きます」

 

 

ついに、待ちに待った旧友との再開、2人は弾む心を抑えながら男に従い長い廊下を歩くと部屋の前でビジネススーツを着こなした男性が待っていた

 

「これははるばるヨーロッパからようこそいらしました。私は防衛省技術研究本部の中田といいます」

 

「企業連を代表してまいりました、総務の櫻・フュルステンベルクです。こちらは本社のIS研究部、主任研究員、篠崎です」

 

「篠崎です、本日はありがとうございます」

 

「いえ、日本国としても、企業連の方をご案内することは有意義なことでありますから」

 

日本のビジネスにありがちな名刺交換会に、早く終わらないかなぁと思う気持ちを飲み込んで愛想良く接する2人、櫻はまだいいが、束は根がアレなため、長くは持たない

 

 

「では、こちらへ、織斑はすでに中で待たせております」

 

 

そう言って中田が目配せすると、黒服達が扉を開ける

中では千冬が黒いビジネススーツを着こなし、立っていた

こちらに気がつくと一礼

それに合わせて2人も一つ頭を下げる

 

「日本国、国家代表織斑千冬です」

 

「企業連より参りました。櫻フュルステンベルクです」

 

「オーメル・サイエンス・テクノロジー社、IS研究部、主任研究員の篠崎束音です」

 

ここでもまた、名刺交換会だ、旧知の仲ということもあり、かなりぎこちない

 

「では、本日はどのようなご用件で?」

 

中田が切り出すが、

 

「用件もなにも、ただ、日本国国家代表との親睦を深めに来ただけですよ」

 

「そ、そうですか」

 

てっきり装備を買わないか、などという話を切り出されるとばかり考えていた中田は拍子抜けしたらしく、どこか焦りが浮かんでいた

 

 

「お久しぶりです、織斑さん」

 

「そうですね、ミスフュルステンベルク」

 

 

よそよそしい会話から、IS開発の立役者との再開が始まった

 



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千冬との再会 Ⅱ

「お久しぶりです、織斑さん」

 

「こちらこそ、ミスフュルステンベルク」

 

無言で中田を睨みつける束は放っておくとして

 

「わざわざトルコからようこそ。長かったでしょう?」

 

「そうですね、今日は家から来たので更に時間がかかりましたよ」

 

「そうですか、もう観光などはされたのですか?」

 

「ええ、昨日京都を」

 

「それは良かった。篠崎さんは如何でしたか」

 

「え、え~っと、京都で日本食を頂き、とても有意義時間を過ごせました」

 

「そうですか、中田さん。申し訳ないのですが、席を外していただけませんか?」

 

「しかし……」

 

「彼女らは私の古い友人です。万が一にも私に危害を加えようなどとは考えませんよ」

 

「それとも、我々に信用が無いということでしょうか? それはとても残念ですね。こちらはとても待遇がよく満足していましたのに……」

 

「くっ、では、私は失礼致します。時間になりましたら、またお呼びいたします」

 

「すみません、中田さん」

 

中田の退出を確認すると、束は再び埴輪を取り出すと、スイッチを入れた

 

メモに盗聴器と監視カメラの位置を書き込む

 

 

――盗聴器は私が処分するから、束は防犯システムへのハッキングを

 

――あいよっ

 

アイコンタクトで会話が成立するくらいにはこの3人の仲は腐って居ないようだ

 

 

「それにしても、千冬さんが国家代表なんて驚きましたよ」

 

「私もどうしてこうなったのか……」

 

「前回のモンド・グロッソ、私達もちゃんと見に行きましたからね。総合戦術決勝はすごい戦いでしたよ」

 

「まさかマシンガンを"斬って"しまうなんて、さすが織斑さんですね」

 

今ので防犯システムへのハッキングが終わったということだろう

 

「前回は企業連のISが出なかったようですが、何かあったのですか?」

 

「それが、モンド・グロッソに合わせた機体の開発が間に合わなくて。不覚です」

 

「ほぅ、世界の企業連がそんな事になっていたとは」

 

「お陰で前回は解析に全力を尽くせましたよ、次は千冬さんをも倒せるほどの装備を持った機体を投入しますから」

 

「それは楽しみだ、私と暮桜で"斬り"倒してやろう」

 

会話からすべて片付いたことに気づいたのか、束の口角が上がる

 

「もういいんだよね!」

 

「いいよ!」

 

「「ちーちゃん(千冬さん)ハグハグしようよ!」

 

 

束を受け流し、櫻だけを上手く抱きとめた千冬はやっと言いたいことが言えると、どこか安堵の表情を浮かべていた

 

「久しぶりだな、櫻。6年ぶりか。大きくなったな」

 

「お久しぶりです千冬さん。やっと普通にお話できます!」

 

「酷いよちーちゃん!」

 

「何だ束、居たのか。てっきり別人だとばっかり」

 

そこにはウィッグを外し、素の赤紫の髪を流す束

 

「まぁいい、こうして久しぶりに会えたんだ、短い時間だが、語ることも多いだろ」

 

「そうですね、アレから私達に何があったのか、千冬さんに何があったのか」

 

「束さんはさくちんにお世話になりっぱなしだからねぇ」

 

「だいたい見当はついていたが、まだ小学生の女の子に世話になっていて恥ずかしくないのか?」

 

「ぐっ、言い返したいけど事実だから言い返せない……」

 

「束お姉ちゃんにはウチの会社でIS作ってもらってます。前回出れなかったのは、作ったISがオーバースペックだったからですよ」

 

「まぁ、そんなことだろうとは思っていたさ。なぜ束がISを出さないのか。考えれば出さないんじゃなくて出せない事情があったということだ」

 

「いまでこそ一般的になりつつある第二世代機をデチューンしたもので出ようと思ったんですけど、不安定で……」

 

「なるほどな、常に力を制限されていたら不具合の1つや2つ出るものだ」

 

「ちーちゃんの暮桜はどうしたの? 機体変更は無いみたいだからアップデートくらい掛けたんでしょ?」

 

「これは国家機密にも関わるから内密に頼むぞ、二次移行した」

 

「おお! さすがちーちゃん! これはデータ取らせてもらわないとなぁ」

 

「ってことは、ワンオフアビリティーも?」

 

「ああ、詳しくはモンド・グロッソでのお楽しみだな」

 

「ちぇっ、でもコレでお楽しみがまた増えたね」

 

「我社の誇る最新型と、型遅れの進化版、どっちが強いのか」

 

「たぶんちーちゃんだね」

 

「ですよねぇ、千冬さんは素の戦闘力が高いですから……」

 

「お前ら人を貶してるのか褒めてるのか」

 

「束お姉ちゃん、ウィッグつけて」

 

慌ててウィッグをかぶり、櫛で髪を梳かしていると

 

コンコンと扉がノックされ、中田が入ってくる

その表情には焦りがありありと見て取れ、盗聴器や防犯システムがすべて看破されてしまったことがかなり効いているようだ

 

 

「お時間です。外に車を待たせておりますので」

 

「織斑さん、短い時間でしたがありがとうございました」

 

「では、モンド・グロッソでのご活躍をお祈りしております」

 

「ではお二人、一夏の夜をお楽しみに」

 

「ええ、そうさせていただきます」

 

 

そう言って別れると、どこか早足な中田に連れられ、あっさりと外の車回しに出された

 

「それでは、本日はありがとうございました」

 

それだけ言い切ると踵を返し、足早に去っていった

 

 

「効いてるね、アレは」

 

「だね。それで、ちーちゃんが言ってたアレは……」

 

「今晩うちに夕食食べに来い。だろうね」

 

「だよね!」

 

「一夏くんと会うのも久しぶりだなぁ」

 

「いっくんも大きくなってるんだろうなぁ」

 

「とりあえず、ホテルに戻ろっか」

 

「だね、疲れちゃったよ」

 

 

---------------------------

 

 

「中田君、今回のコレはどういうことだね?」

 

「申し訳ありません。会場のセキュリティがすべて乗っ取られまして……」

 

「誰の仕業かわかっているのか?」

 

「それが痕跡が残っておらず、追跡は……」

 

「企業連の内部を探るチャンスだったのだぞ? そのために織斑代表に会話術を仕込み、薄汚いことすらしたというのに、なんというざまだ!」

 

「大変申し訳ありません」

 

「システムハックを短時間で行えるなど誰がやったか見当くらいつくだろう!」

 

「証拠が無いので……」

 

「くそっ、もういい、下がれ」

 

「はい、大臣」



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織斑家にて

織斑家の前には背の高い黒髪と、背の低い銀髪の2人の女性が立っていた

 

「さて、ちーちゃんは本当に私達を夕食に招待してくれたのかな?」

 

「あの笑い方はたぶんそうだと思うんだけどね、モンド・グロッソでフルボッコにしてやる。っていうならもっとストレートな言い方をするでしょ、千冬さんは」

 

「だね、じゃあ。ぴんぽーん」

 

束が自分で言いながら呼び鈴を押すと、男の子の声で「はい、どちら様でしょう?」と返事が帰ってきた

 

「久し振りだね、いっくん。束さんだよ!」

 

「え、本当に束さんか?」

 

「もちろん、束さんだよ? さくちんも一緒に居るよ」

 

「櫻も来てくれたのか! 今開けるから」

 

せわしない足音が聞こえ、玄関のドアが開けられる

 

「束さん……か?」

 

「みんなのアイドル束さんだよ?」

 

「櫻も、変わったな」

 

「そりゃ6年も経てばね」

 

「まぁいい、上がってくれ、千冬姉から客を呼んだから夕飯は多めに作れって言われてたんだ」

 

「おっじゃましま~す」

 

「お邪魔します」

 

「おう!」

 

 

そうして織斑家で懐かしい顔ぶれが集まっての夕食となった。肝心な千冬がまだ不在だが

 

「ちーちゃんは?」

 

「なんか呼び出しくったとかで遅くなるって」

 

「アレですかね?」

 

「多分そうだろうね」

 

「そういえばこの部屋のスキャンは!」

 

「あ、いけっ! なんでもみえ~るくん2号!」

 

再び飛び出した埴輪、くるくると空中で回る様はなんともシュールだ

 

束はISを展開させろ、とメモを渡すと櫻の部分展開を確認すると

 

『電話のとこに1つ、テレビに1つ、ソファに1つ、台所にも1つ、ってもう数え切れないほどあるよ、どうしよう』

 

『いっその事全部はいちまいますか、日本にプレッシャーを与えられるでしょ』

 

『ここまで言っちゃったらね……』

 

「櫻、束さん、どうしたんだ?」

 

「ちょっといっくんは静かにしててね、さくちんと大事なお話してるんだ」

 

「束さんがそういうなら……」

 

『あとで有澤社長にもお願いして手を回さないと』

 

『こっちは帰ってから防衛省のサーバーにハッキングしてここでの会話ログを探して頂戴するよ』

 

『あとはムッティの知り合いのつても使おうかな』

 

『そこまでするの?』

 

『情報が漏れたら漏れた先を徹底的に潰す、オッツダルヴァおじさんの教えだよ』

 

『ダイナミック情報管理だね……』

 

『じゃ、そういうことで、洗いざらい話してビビらせましょ』

 

『りょーかい』

 

「終わったよ、いっくん、ごめんね」

 

「いや、いいんだその間に準備とかしちゃったし」

 

「千冬さんはまだかな」

 

「ちーちゃんの携帯に掛けてみる?」

 

「そういえば名刺もらってたね」

 

 

そう言って携帯で千冬にダイヤルする

ワンコール、ツーコール、スリーコールで千冬は出た

 

「はい」

 

「あ、千冬さん、櫻です」

 

「櫻、どうしたんだ? まさかもう家にいるのか?」

 

「ええ、そのまさかです、千冬さんは今何処に?」

 

「もう駅から家に歩いてるよ、あと数分で着く。先に食べ始めてていいぞ」

 

「いえ、ホストが居ないまま食事を始めるのは……」

 

「ははっ、そうか、少し待っててくれ」

 

「はい」

 

携帯を置くと真っ先に束が尋ねる

 

「ちーちゃんは?」

 

「いま駅から歩いてるって、多分走りだしたからもうそろそろ着くんじゃないかな?」

 

「ただいま、束、櫻、待たせたな」

 

「ほら、来た」

 

昼と同じスーツ姿でダイニングに入ってくる千冬、かなり様になっている

 

「おかえり、千冬姉、おそかったな」

 

「ああ、お偉いさんから呼ばれてしまってな」

 

「それって昼間のアレですか?」

 

「ああ、おまえらいいのか? この家も盗聴器だらけだろう?」

 

「ええ、さっき確認しました。ですがこのまま普通に喋ること喋って日本にプレッシャーを与えるのが得策だと」

 

「家に入って普通にいっくんとお話しちゃったからね」

 

「そうか、ならそうしよう。お前らが話してくれればそれは日本の利益になるからな」

 

「さすがに束さんはそこまで口軽くないよ?」

 

「ほら、束、お前が櫻と一緒にいる時点で企業連とのつながりがバレる」

 

「あっ」

 

「もういいよ、束お姉ちゃん、バレたら口止めすればいいんだから」

 

「相変わらず櫻はさらっと恐いことを言うな」

 

「ほら、みんな、飯できたぞ。せっかくみんな来たんだ、ちょっと気合入れて作ってみたんだけど、どうだ?」

 

テーブルに並ぶのは一夏お手製の品の数々、小さい頃から料理をしていたのだ、その腕はかなり上達したものと見受けられる

 

「一夏、アレ持ってきてくれ」

 

「千冬姉、またか? 程々にしてくれよ」

 

「いいだろ、祝の席だ」

 

仕方ねぇな、とつぶやいて一夏が冷蔵庫から取り出したのは、なんとも立派なラベルの張られたワイン

 

「一夏、グラスは2つだ」

 

「え、束さんに飲ませるのかよ」

 

「束も20だ、イケるだろ」

 

「さくちんの家のパーティーで何度か飲んでるからだいじょぶだよいっくん!」

 

「ドイツは18で成人ですから、束お姉ちゃんは結構前から飲んでますよ」

 

「そうなのか……束、ドイツビールはうまいのか?」

 

「そうだなぁ、日本でビール飲んでないからわかんないけど、トルコで飲んだ奴よりかはずっと美味しかったかなぁ」

 

「ドイツビールはかなり種類があるらしいからな、一度飲んでみたいものだ」

 

「こんどさくちんにお願いして送ってもらうよ! いいよね、さくちん」

 

「私はお酒を買えないから自分でやってね」

 

「楽しみにしてるぞ、束」

 

「うぅ、ちーちゃんのためなら!」

 

「はい、束さん」

 

「ありがとね、いっくん」

 

「櫻はオレンジジュースでいいよな」

 

「うん、ありがと」

 

「では、再会に乾杯だ!」

 

千冬の音頭でグラスを合わせる、久しぶりに揃った面々だ、騒がしくなることは間違いない



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織斑家にて Ⅱ

「それにしてもお前が櫻に引き取られるとはな」

 

「正しくはママさんに引き取られたんだけどね」

 

「それでも、だ。あの束が他人についていくなんて今になっても信じられん」

 

「ちーちゃんひどい! これでも束さんは主任研究員としてのお仕事もしてるんだからね!」

 

「嘘だろ? 肩書だけじゃないのか?」

 

「本当にお仕事してるもんね! さくちんもなんとか言ってよ!」

 

「束お姉ちゃんは本当にお仕事してますよ、部下だけで100人近く居ますし」

 

「そうだよ! 束さんは偉いんだよ!」

 

「まぁ、会話をするのはほんの一握りですが」

 

「まぁ、そんなことだろう思ってたさ」

 

「さくちんまでひどい!」

 

「事実だよ?」

 

「とりあえず、束の現状も分かった、話せる人が増えたのはいいことだ。昼間のこっちの人間への態度も悪くなかったしな。大きな進歩だ、束」

 

「ちーちゃんに褒められた!」

 

「普通に近づいただけなんだけどね……」

 

「言ってやるな、櫻」

 

 

成人組は酒も入ったのか会話はどんどんヒートアップし

櫻と一夏が止めたくても触りたくない所まで来た

 

 

「にしても、束、お前の昼の格好はなんだ?」

 

「しかたないよ、ちーちゃん、いまの束さんはオーメルの篠崎束音なんだからさ!」

 

「お前が黒髪にスーツなんてな! 見た時は笑いをこらえるので必死だったぞ」

 

「むむっ、失礼な! あれはちーちゃんをイメージしたんだよ!」

 

「私をか? 私はお前より人間がしっかりしてるからな」

 

 

-------------------------------

 

騒がしい2人をよそに、一夏特性の夕食メニューを頂く一夏と櫻。やはり話題はそれぞれの姉のようだ

 

 

「千冬姉、成人してからいろいろな場面でお酒飲むことが増えてな、本人もハマっちまってあのざまだ」

 

「一夏くんも苦労してるんだね……」

 

「櫻もな、束さんのことはいろいろあったんだろ?」

 

「まぁね、世界に追われる大科学者を世界から隠すのも大変だよ。あ、このカツおいしい」

 

「それは今日の自信作だ。んでも櫻は社長だろ? ニュース見た時は驚いたぞ」

 

「前の社長がファーティ、お父さんと仲良くてね、それでいろいろ教えてもらってたらこうなっちゃった」

 

「世間では謎に満ちた女社長ってなってるが、実際はこんな女の子だって知ったらどうなるんだろうな」

 

恥ずかしいのか、カップのジュースを一気飲みする櫻

 

「ぷはっ。しばらくは表にはでないよ、白人は見た目の年齢が高いからどうにか会社の人になって出ることはできるけど、オーメルの代表としてはまだ先かなぁ」

 

「ほんと、合わない間に変わったなぁ。心も、体も。まさか俺より背高いんじゃないのか?」

 

「かもね、一夏くん今いくつ?」

 

「150だ、コレでもクラスの中じゃ背が高い方だぞ?」

 

「ふふん、私は153あるもんね」

 

「くっそ~、男として女の子に背を抜かれるのは悔しいな」

 

「次会うときにはもっと成長してるでしょ、成長期はまだまだこれからなんだから」

 

「だな! 次はいつ会えるんだ?」

 

「一夏くんはモンド・グロッソ見に行く?」

 

「もちろん行くぜ、千冬姉を応援しないとな!」

 

「なら、その時にまた背比べしましょ、そうね、ジュース一本賭けて!」

 

「その賭け乗った!」

 

 

未成年組は未成年組で身の回りの話をし、また会うときの約束をも取り付けた

一方の成人組は……

 

 

「ちーちゃん、だからね、研究部のエドもんがね!」

 

「あー、わかった、わかった、その話は3度めだ」

 

「わかってないよ! 束さんはちーちゃんにわかってほしいんだよ!」

 

千冬に抱きついて頬にキスをしようと迫る束

 

「やめろ、おまっ、酒臭っ! 束っ! まだ、だからっ!」

 

「いいではないかいいではないかぁ」

 

「私はまだっ! やめっ!」

 

「ふひひ、ちーちゃんの初めてもらっちゃ……ゴフォッ」

 

「やめろといっただろう? 束」

 

「ちーちゃん痛い痛い!」

 

「いいではないか、いいではないか」

 

「良くないよちーちゃん! 束さんの頭、頭っ!」

 

「はははっ、束、この感覚も久しぶりだな!」

 

 

絶好調である。いつぞやの如く、束にアイアンクローをかます千冬、その顔はどこか恍惚の表情に似ているのは気のせいではあるまい

 

「束ぇ、久しぶりの再会だ、私をもっと楽しませろ!」

 

「ちーちゃん! 酔覚めた、覚めたから!」

 

「私はまだだ、そうだ、一夏、もっと酒を持ってこい!」

 

「千冬姉いい加減にしてくれ、コレで4本目だぞ?」

 

「構わん! 祝の席だ、酒を飲まずに何を飲む!」

 

「はぁ、ほんとに最後にしてくれよ、束さんも可哀相だしさ」

 

「コイツの行いが悪いんだ、ほら束、飲むぞ」

 

「束さんはもう……」

 

「なんだ? 私の酒が飲めないというのか?」

 

「いや、だから……」

 

「ほほう、ならば無理矢理にでも」

 

「さくちん! 助けっ!」

 

「ごめんね、束お姉ちゃん、酔拳をも使う千冬さん(ブリュンヒルデ)はちょっと……」

 

「さくちん! ちーちゃんダメだって、それはっ!」

 

 

 

「ほんと、ゴメンな、今日は泊まっていってくれて構わないからさ、部屋用意してくるよ」

 

「ごめんね、一夏くん。手伝うよ」

 

「悪ぃな、こっちだ」

 

 

 

 

 

未成年組が酒に溺れる成人組の後始末をつける間にも、酒乱千冬は束を相手にまだまだこれからの様子だった

 

「ほら、束、もっと飲め!」

 

「もうダメ、ちーちゃん、お助けをぉぉぉぉ!!!」



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再び会うことを誓って

新東京国際空港、日本の空の玄関の一つであり、様々人が出会いと別れを繰り返す場所

 

「じゃあな、束さん、櫻!」

 

「元気でな、束、櫻」

 

「ちーちゃんといっくんもね、束さんは見てるからね」

 

「束お姉ちゃんがいうと冗談に聞こえないよ。お世話になりました一夏くん」

 

「あれはお互い様だろ」

 

「かもね、ふふっ」

 

「束、アレ忘れるなよ」

 

「アハハ、忘れちゃうかもナー」

 

「モンド・グロッソでトルコ代表をぶっ潰すか……」

 

「それは私が困ります!」

 

「冗談だ、だが、楽しみにしているからな、ドイツビール」

 

「ムッティに聞いて地元の美味しいのを贈りますよ」

 

「頼んだぞ」

 

「ええ」

 

「じゃあ、櫻、次はモンド・グロッソでな!」

 

「絶対に抜かされないから!」

 

「お前をあっと言わせやるからな!」

 

「楽しみにしているぞ、お前たちの作ったISと戦えるのをな」

 

「私達はほとんど手を付けてませんけどね、オーメルの名の下、負けられませんね」

 

「じゃ、ちーちゃん、モンド・グロッソを楽しみにしてるよ! いっくんも、また会おうね!」

 

「束さん、櫻、また会おうな!」

 

 

 

そうして、ゲートの向こうに去っていく2人を見送る織斑姉弟の後ろに、どこか怪しげな雰囲気をまとった男が一人、どこかに連絡をとっている

 

「織斑家はいま誰も居ません、回収は今です」

 

「了解した」

 

 

 

 

帰りの機内では、やはり日本の感想を言い合っているようだ

 

「束お姉ちゃん、どうだった? 久しぶりの日本は」

 

「ちーちゃんと会えたし、満足だよ」

 

「だよねぇ、私達は日本代表の織斑千冬じゃなくて、一緒にISを作った織斑千冬に会いたかったんだもんね」

 

「そうだよ。ちーちゃんと一緒におしゃべりして、お酒飲んで、いっくんの料理を食べて、束さんは幸せだよ」

 

「私もだよ、ムッティへの土産話も出来たしね」

 

「どういう意味かな? さくちん」

 

「ふふっ、どうだろうね?」

 

「さくちんは年々ママさんに似ていくね」

 

「そう?」

 

「そうだよ、とくに笑い方とかね」

 

「そうかなぁ?」

 

「気づかないうちに変わっていくのが成長だからね……」

 

「よくわかんないけど、帰ったらやることがたくさんだよ、証拠隠滅とか」

 

「そろそろちーちゃん家の盗聴器が回収されてるんじゃないかな?」

 

「だね、帰った頃には解析も終わってデータがサーバーに保管されてるでしょ」

 

「こっちには必殺の手札もあるし、ちょっと日本を揺すってみればポロッと行くかもね」

 

「お金が欲しいわけじゃ無いんだけどなぁ」

 

「さくちんは無欲だねぇ」

 

「どうだろうね?」

 

 

13時間のフライト、まだまだ先は長い

2人はとりあえず、眠りにつくことにした

 

「さくちん、一緒に寝ちゃダメ?」

 

「飛行機なんだからダメに決まってるでしょ」

 

「うぅ」

 

 

-------------------------------

 

 

「なぁ、千冬姉、久しぶりに2人にあえて、どうだったんだ?」

 

「もちろん嬉しかったさ、一緒に喋って、酒を飲んで、一夏の料理を食べたんだ。これ以上の思い出はないさ」

 

「だよな、久しぶりに櫻に会って、俺ももっと頑張らないとって思ったし、少しの時間だけど、すごい濃い思い出になったと思うんだ」

 

「なら、櫻のように努力をするんだな、あいつも元からああだった訳じゃない、私達の知らないところで努力を続けたから今の櫻があるんだろう、ならば一夏、お前も同じように努力しろ。どんなことでも決して無駄にはならないさ」

 

「だな、やる気出てきた!」

 

「ふふっ、さ、電車が来た。これからやることは山積みだ、お前も奴に負けるんじゃないぞ」

 

 

 

出会いは別れの始まりと言う、だが、別れはまた出会いのはじまりでもあるのだろう

ここに別れを告げた彼女らだが、再びの出会いへ歩き始めているのだ

次会うときに、約束を交わして



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リベンジマッチ

今年も夏がやってきた

今回はスイスで行われる第二回モンド・グロッソ

眠れる獅子、オーメル参加もあり、昨回とは比にならない盛り上がりを見せていた

 

 

「一夏くん? 今何処?」

 

「えーっと、来賓席? 偉そうな人がいっぱいいるとこだ」

 

「わかった、ソコ動かないでね! あとジュース買っておきなさい!」

 

「ちゃんと覚えてたか! お前こそ、俺にジュース買ってこいよな!」

 

「いいわ、楽しみにしてる」

 

「ああ」

 

携帯をポケットに仕舞うと、口角を上げ、

 

「ついに、この時が来た!」

 

といきなり叫べば周囲の目一斉にそちらに向く

 

 

「ちょ、さくちん! 人のこと言えないよ……」

 

「あ、ああ。すみません」

 

「いっくんにまた会うためにいろいろしてきたのはわかるけど……」

 

 

そう、櫻は一夏との 再戦背くらべの為にこの半年間、嫌いな牛乳を飲み、運動をし、頑張って背を伸ばす努力をしてきたのである

その甲斐あってか、半年前5cmプラスの158cmと、同年代女子比プラス10cmとかなり成果が出ていた

 

――さぁ、一夏くん、覚悟していなさい!

 

 

「さくちん、こっちだよ」

 

「あ、うん」

 

束に手を引かれて来賓席へ向かう。今年は代表専用機の開発元で良かったと思った櫻だった

 

カードリーダーにIDを通し、中の金属探知機を通る。世界のIS関連企業の重役や各国代表の家族が集まるこのフロアはかなり厳重な警備が敷かれていた

 

「一夏くん!」

 

窓に張り付くようにして周りを見渡す一夏に声を掛ける

 

 

「ん? ああ、櫻! 束さんも、久しぶり!」

 

「約束を果たしに来たよ」

 

「久し振りだね、いっくん。ちーちゃんは?」

 

「千冬姉なら向こうで倉持の人と話してるよ。さぁ、櫻、お前の成長を見せてみろ」

 

「その言い方はちょっと変態くさいかな、って思うけど。いいわ」

 

一夏の前に立つ櫻は頭ひとつ高い、が

 

「櫻、お前その靴はずるいだろ……」

 

「もちろん脱ぐよ!」

 

よそ行きの服装に身を包んだ櫻の足元はもちろんヒールの高いパンプスだ

それを脱ぎ、束に渡すと

 

 

「じゃ、束お姉ちゃんジャッジを」

 

「たのんだぜ、束さん」

 

ジュース一本がかかった運命の瞬間

束お手製のメカが2人の頭上でレーザーを照射する

 

「結果を発表します」

 

ブリュンヒルデの身内と、オーメルの重役が何かしていると辺りには人が集まりつつ合ったが、 真剣勝負背比べ真っ最中の2人には見えていない

 

 

「勝者、織斑一夏! 結果158.5cm!」

 

「っしゃぁ!」

 

「毎日牛乳飲んだのに……」

 

「さぁ、櫻、約束どおり、ジュース一本な! 束さん、差はどれくらいだったんだ?」

 

「さくちんは惜しくも3mm足りなかったよ」

 

「ぐぅぅ、まぁ、約束は約束だから、買ってくるよ」

 

周囲の大人達は子供によくある背比べだとわかると、微笑ましい光景に優しい笑みを浮かべるばかりであった

そうでない人間も数人見受けられるが

 

 

「じゃ、一夏くん、待っててね。ちょっと買ってくる」

 

「おう、コーラな」

 

「おっけ、束お姉ちゃんはなにか飲む?」 

 

「束さんはソコのカウンターでお酒を……」

 

「はぁ……程々にね、ここは一応出先なんだから」

 

「わかってるよ!」

 

「あと、一夏くんにアレ渡しといてよ、さっきから辺りで変な気撒いてる奴が居るから」

 

「わかったよ」

 

最後は束にそっと耳打ちすると走りにくそうな靴を再度履き、そそくさと外へ駆け出した

 

「いっくん、これは束さんとさくちんからの贈り物だよ」

 

「え、いいのか?」

 

「いっくんはこれから色んなことに巻き込まれるだろうけど、コレがあれば大丈夫だよ」

 

そう言ってウマの蹄鉄をかたどったキーホルダーをそっと一夏のスボンのベルト通しに取り付けた

 

 

「ヨーロッパではウマの蹄鉄は厄除けのお守りなんだ、さくちんへの勝利記念だね」

 

「へぇ、そうなのか。ありがと、束さん」

 

「それを考えたのはさくちんなんだけどね、ジュースだけじゃつまんないって」

 

「そっか、後で櫻にも礼を言わないとな」

 

「一夏、束」

 

「お、千冬姉」

 

「ちーちゃん! 久しぶりだね! ハグハグしようゴフッ」

 

「残念ながら私は海外の文化に疎くてなぁ」

 

「だからってアイアンクローかまさ無くてもいいんじゃ……」

 

「なにか言ったか?」

 

「いや、何も」

 

「よろしい。久し振りだな、束」

 

「久しぶり、相変わらずちーちゃんの愛は痛いね」

 

「櫻が見当たらないが、どうしたんだ?」

 

「櫻なら、俺との勝負に負けてジュース買いに行ってるぜ」

 

「そうか、コレでオーメルからまた一つリードか」

 

「それもちーちゃんの勝負には含まれてるんだね」

 

「もちろんだ、次は総合戦術決勝だ、相手はもちろん」

 

「我らがトルコ代表、セレたんだね」

 

「ああ、あの厄介なブレードとマシンガンでここまで勝ち上がってきたんだ、相手に不足はない」

 

「あのブレードはどうなってるんだ? 束さん」

 

「ちーちゃんがいるからあまり詳しくは言わないけど、長さが変わるんだよ」

 

「へぇ、それって間合いが取りづらいからかなり厄介だな……」

 

「それだ、場合によっては雪片より長いリーチで斬っていたからな」

 

「でもちーちゃんだってワンオフアビリティでほぼ一撃勝利じゃん」

 

「当てられなければ意味が無い」

 

「千冬姉のアレはなかなか強烈そうだからな」

 

「一夏くん、おまたせ」

 

「おう、櫻。お守り、ありがとな」

 

「えっ、束さんから聞いたの?」

 

「まぁな」

 

「久しぶりだな、櫻、ほほう、なかなかいい勝負だったみたいだな」

 

「千冬さん、お久しぶりです。3mm差で負けました」

 

「ははっ、そうか。だがお前も大きくなったな。背丈以外にも……」

 

「ちょっ、千冬さん!」

 

「まだそういう話は早いか、まぁ、これで今のところは私達がリードだな」

 

「近接では2位でしたが、射撃ではダントツトップです、次で決まりますね」

 

「そうだな、お前の話しぶりから察するに、あの機体はかなり速いんだろ?」

 

「もちろん、企業連の技術の粋を集めた機体ですよ?」

 

「それに、隠し球も多そうだ」

 

「ええ、まっすぐばかりでは千冬さんに勝てませんからね」

 

 

 

 

「「では、決勝を楽しみにしてるぞ(していますから)」



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夏空の下

散々火花を散らし合った日本代表と企業代表は試合準備のため別れてピットに入っていた

 

「最終確認!」

 

「メインシステム問題ありません」

 

「推進系統問題なしです」

 

「火器管制問題なし」

 

「バイタルも大丈夫です」

 

「よし、今こそオーメルの力を、企業連の力を、世界に見せつけるのだ!」

 

「「「「「「おう!」」」」」」

 

 

「やってるね~」

 

「主任!」

 

「いやいや、気合が入るのはいいことだけど、空回りしないでね? セレたん」

 

「はい、篠崎主任」

 

「じゃ、我らが姫様から気合を引き締める言葉でも頂こうかな?」

 

「え? コホン。相手はブリュンヒルデの称号を初めて手にした日本代表、織斑千冬です。相手に不足はありません。今こそ私達の技術力と、心意気を持ってブリュンヒルデの称号をセレンに与えられるよう精一杯頑張りましょう!」

 

「「「「「応っ!」」」」」

 

 

束の携帯端末がアラートを示す

 

「さくちん、緊急事態だよ、いっくんが会場外に」

 

「とりあえず、この場を収めてから事態の収拾に向かいます、千冬さんのことだから決勝の棄権すらしかねません」

 

「束さんはサポートの準備をしておくね」

 

「おねがい」

 

 

「では、決勝まであと3分です、技術スタッフは機体の再確認、5度目だろうと10度目だろうと細かいところまで目を通しなさい。セレンさんは甘いモノでも食べて落ち着いててくださいね。では始めッ!」

 

パンッと櫻が手を打つとピットの中は再び忙しなく動き始める

そして櫻は荷物を置くと外に……

 

 

「フュルステンベルク社長」

 

「どうしたの? セレンさん」

 

「社長は日本の代表と親しいと聞いています、あの人のクセなどは無いんですか?」

 

「ないね、千冬さんにはとにかく隙がない。だから、隙は自分で作るんだ。あと、レーザーブレードはかなり警戒されてるから、どんどん使って消耗させるのもありかな。現場のことは現場に任せるよ」

 

櫻はドアの外にでると、一目散に走りだした

 

「束お姉ちゃん、状況を!」

 

「いっくんは南西に約3キロ先をそのまま西方向に移動中、たぶん車だね」

 

「くそっ! 人が多くて夢見草がっ!」

 

「地下駐車場を抜けて、出口D-4番から出て」

 

「Ja!」

 

「次左ね、その次も左、そしたら反対側の階段だよ」

 

「左、左、あった」

 

「いっくんが止まった。ソコから7キロ西の倉庫だね。おっと、お客さんも居るね」

 

「はぁはぁ、数は」

 

「熱源は15、倉庫内各所に分散」

 

「来て、夢見草」

 

「レーダーにマーキングしたから全力ダッシュで」

 

「あいあい!」

 

 

 

会場では総合戦術決勝が全盛を迎えていた

 

片手にブレード、片手にマシンガンで近~中距離のレンジで攻め立てるトルコ代表、セレンの攻撃に、千冬も防戦一方となりつつあった。

 

パラララララと乾いた音がつながると、 瞬時加速イグニッションブーストで一気に距離を詰め、ブレードを振りかぶる

 

「掛かった」

 

千冬が雪片を引くと刃身が輝き、

 

一閃、それは空を切り裂いた

 

 

直後、背中から受ける衝撃、見れば黄色の 機体LAHIREは千冬にマシンガンを向け、ブレードを真横に向ける謎の構えを取っていた

 

 

突っ込もうとしたセレンの考えと裏腹に千冬はいきなり真上に飛び出し、エネルギーシールドを零落白夜で切り裂くと虚空へと消えた

 

 

「主任! これは一体!」

 

「間に合わなかった! とりあえずちーちゃんを追って!」

 

「は、ハイッ!」

 

 

 

 

 

目的地にオーバードブーストもびっくりのスピードで駆けつけた櫻に聞きたくなかった情報が入る

 

 

「さくちん、ちーちゃんにこのことがバレた! 今そっちに向かってるよ!」

 

「誰がコレを……アレはドイツ軍?」

 

「外から突入しようとする熱源が20、ドイツ軍なの? なんでこんなところで」

 

「わかんないけど、早く一夏を!」

 

「奴らより早くいっくんを助けるんだ! 交戦は絶対に避けてね!」

 

「もちろん!」

 

 

 

 

 

 

たったの数秒がここまで長いことなど初めてだろう、トルコ代表、セレンは試合を放棄し飛び出した千冬を必死で追いかけ、制止しようと言葉をかけ続けた

 

 

「織斑さん! 止まってください! 試合放棄ですよ!」

 

「構わん! 一夏が、一夏が!」

 

「束音主任が止めろと言ったのです!」

 

「なっ、束が」

 

いきなり空中で止まる暮桜、それに向かい立つようにライールが位置取る

 

 

「やっほー、ちーちゃん、セレたん、聞こえるかな?」

 

「束、どういうことだ!」

 

「いっくんが、誰かに拐われて、その先の倉庫に居るよ。さくちんが今突入して内部を制圧したところだね。あっ!」

 

「どうした、束!」

 

「ちーちゃん、聞くけど、その情報は何処から手に入れたのかな?」

 

「たしか、ドイツの衛星で…と」

 

「くそっ!」

 

怒りを露わにする束に思わず千冬の顔が厳しくなる

 

「どういうことなんだ? 束」

 

「いまドイツ軍がいっくんの居る倉庫に突っ込んだよ、さくちんは脱出した。奴ら最初から仕組みやがった!」

 

「主任、これから……」

 

「とりあえず、いっくんのところに行ってあげなよ。もうちーちゃんもセレたんも試合を放棄したとして失格だからね」

 

「はぁはぁ、千冬さん、セレンさん、聞こえますか?」

 

「櫻か! 大丈夫なのか?」

 

「機体は軽く傷つきましたが、大丈夫です」

 

「さくちん、状況を!」

 

「ドイツ軍の特殊部隊と思われる兵2個分隊が内部へ突入、クリアリングをとってます」

 

「一夏は?」

 

「私が内部制圧した時は無傷で無事でした」

 

「そうか、よかった……」

 

「ちーちゃん、安心するのはまだ早いよ、ここまで仕組んだ奴らだから何を為出かすかわからないからね」

 

実際に中では倒れた一夏を囲むように兵士が連なっていた

 

 

「とりあえず、もう一度突っ込みますか? 非致死性兵器なら揃ってますから、その間に千冬さんに来ていただければ」

 

「いや、その必要は……」

 

「さくちん、ドッペルゲンガーを中に撃ち込んで制圧を。使用弾種は問わないよ」

 

「束! やりすぎだ!」

 

「さすがに実弾は使いませんよ、コレばかりは腹が立ちましたがね」

 

「くそっ、今行くからな!」

 

「セレたんはアリーナに戻ってきてね、むやみに首を突っ込むことないよ」

 

「私は、私は社長の下に!」

 

「ちょ、セレたん!」

 

千冬の後を追うセレン、目標の倉庫は目の前だ

 

 

「アレを斬れるか?」

 

「もちろんです」

 

「なら、私の合図で扉をぶった斬ってくれ、私が突っ込む」

 

「はい、織斑さん」

 

「ふっ、それは櫻の教育の賜だな」

 

「え? なんでしょう?」

 

「まぁいい、行くぞ!」



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モンド・グロッソの裏側

「3…2…1 今だ!」

 

高出力のレーザーブレードで扉が焼き切られると千冬が雪片を一薙して扉を吹き飛ばす。

中ではオーギルがゴム弾をバラ撒いて兵士をなぎ倒していた

 

「くそっ、束!」

 

「ちーちゃんが来たよ、さくちん、帰ってきて」

 

「はい、束お姉ちゃん」

 

束は冷静に櫻に帰投を命じ、矢継ぎ早に指示を出す

 

 

「ちーちゃんはいっくんのところに早く、今救急車を向かわせてるから」

 

「すまん、一夏! 大丈夫か!?」

 

倉庫の真ん中で横になっている一夏を千冬が抱える

 

「あー、セレたん、ドイツ軍の増援だ。面倒な奴らだね」

 

「はい主任、とりあえず中に入れなければいいですよね」

 

「そうだね、しばらく2人にしてあげな」

 

「分かりました」

 

 

 

-------------------------

 

内部制圧が終わり、一夏を抱き上げた千冬は声をかけ続けた

 

 

「一夏……」

 

「千冬姉、助けに来てくれたのか……」

 

「違っ、私は……」

 

「ありがとう、千冬姉」

 

「一夏、ごめん、ごめんな……本当にごめんな、一夏」

 

「千冬姉は悪くねぇよ、簡単に拐われちまったのは俺だからな」

 

「一夏……」

 

「織斑さん、救急車が着きました」

 

「ああ、すまなかったな。セレン」

 

「いえ、私は正しいと思う行いをしただけですよ」

 

「お姉さん、ありがとう」

 

「お礼を言われる立場では……」

 

「済まなかった、束と櫻に礼を言っておいてくれるか?」

 

「ええ、分かりました。では私は戻りますね」

 

さすがにこれ以上水を指すのは無粋と察したのか、伝えることを伝えるとそのままISを展開して飛び去った

 

まだ明るい空に光る黄色い点に語りかけるようにつぶやいた言葉は、そっと風に消えた

 

 

「本当に迷惑をかけたな。お前ら」

 

 

これを機に一夏は貪欲に力を求めることになる、二度と姉に迷惑を掛けないために、万が一の時に自分のみならず、周りを救えるような力を求めて

 

 

-------------------------

 

 

一方で今回の救出作戦の立役者達は早くもこれから先のことを考えていた

 

 

「束お姉ちゃん、今回の件は帰ったら調べ直さないと」

 

「そうだね、こんなチャチな作戦を立てる奴らだ、よほど犯罪慣れしてないね」

 

「顔は東洋人のそれだったから、中華系の組織かな?」

 

「束さんは日本の仕業じゃないかと思ってるよ」

 

「どうして?」

 

「犯罪慣れしていなくて、東洋人で、十分な動機があるからだよ。それにドイツも協力したのは十分な見返りがあるからだろうね」

 

「まさか、システムハックの一件が今回まで繋がってるとか言わないよね」

 

「束さんはそうだと思ってるけどね、役に立たなかったから切り捨てる。いかにも日本人らしいね」

 

「そんな、まさか……」

 

「ちーちゃんはこの後、代表の資格を剥奪、専用機も没収、それでドイツに送られるんじゃないかな? それでIS部隊の教官でもやればドイツも美味しいよ」

 

「でも、ここはスイスだよ? そんなのがバレたら……」

 

「政府要人が拐われたのを見つけたのがちょうど隣の国だったからさっさと助けに行きました。とでも言えば違和感はないし、世間からはヒーロー扱いだろうね」

 

「そんな……」

 

「詳しくは帰ってからだね、セレたんもただじゃすまないだろうから、どうにかしないと」

 

「代表資格の剥奪は免れないけど……せめて普通に……、あっ!」

 

「どしたの? さくちん」

 

「IS学園」

 

「ああ、そこにセレたんを先生として送るんだね! 島流しにもなるし、普通に生きられるよ」

 

「あとで参謀本部に掛けあってみるよ」

 

「お仕事はたくさんだね。そうだ、帰りに適当にジュースでも買ってきて」

 

「おさいふ持ってないよ……」

 

「あ……」

 

 

 

 

-------------------------

 

 

「それで、首尾は」

 

「織斑千冬は試合を棄権、それに釣られてトルコ代表も試合を棄権してしまいましたが、概ね問題ありません」

 

「よろしい、あとは計画通り、織斑千冬を国家代表から降ろし、ドイツへの見返りとして1年間教官の任を与える。その後はIS学園に島流しだ」

 

「大臣、一つ問題が……」

 

「概ね問題ないといっただろ! 何事だ!」

 

「織斑千冬が突入する前に、何者かによって内部が制圧された上、救助に向かったドイツ軍さえ……」

 

「そいつの正体を調べろ、もしや亡国機関(ファントムタスク)やもしれん」

 

「ですが、実行班は実弾で、ドイツ軍はゴム弾で制圧されてたことがわかっています」

 

「ただ国家を相手にしたくなかっただけだろう、調べを進め給え」

 

「分かりました」

 

「役に立たない人形はさっさと捨てて次を用意すれば良い、3年後、再び役に立つ、な」

 



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そのあと

第二回モンド・グロッソ時点でトルコ代表だったセレン・エリジェは代表資格を剥奪、専用機も返還された。そして、行動を省みて国際IS委員会に申し出の上、IS学園に出向となった。

国内での発言力の強いオーメル・サイエンス・テクノロジーの意向もあり、これ以上の問責を問われること無く、彼女は自身の行動にケジメをつけた。

 

だが、織斑千冬はそう簡単に済まなかった

国の持ち物である専用機の個人的利用、試合の放棄、トルコ代表を巻き込んでの市街地でのIS使用、大きくは3つだが、最初に上げた、個人的な理由の独断専行がまずかった。

日本国内でISの管理を行う防衛省は責任を問われ、織斑千冬から代表資格を剥奪の上、専用機も返還、さらに、織斑一夏救出にあたって力を貸してくれたドイツに1年間出向、その上でIS学園教師として赴任することが決定した。

決定に関して本人の意思は反映されず、全てがISに乗れず、理解もしていない政治家や官僚によって決められた。もちろん、世論の反発も起きたが、大きな声に飲み込まれてしまった。

 

 

そんな慌ただしい2カ国の動きを見ていたのはもちろん櫻と束だ

 

 

「束お姉ちゃんの言うとおりになったね」

 

「でしょ? 束さんは天才だからね」

 

「え? 天災?」

 

「さくちんのはニュアンスが違う気がするけど、まぁいいや。セレたんはオーメルの力でどうにかなったけど、ちーちゃんはどうしようもないね」

 

「おじさんに諜報活動もお願いしたから、裏で何が起こったのかそのうち情報が上がってくるよ。おじさん曰『私の古い友人にそういうのが得意な奴がいるから頼んでみよう』だそうだよ」

 

「ほんと、変態のおじさんはコネも変態くさいね」

 

「ドイツ国内はローゼンタールでどうにか嗅ぎ回ろう、多分千冬さんはドイツ陸軍のIS特殊部隊、黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)を主に着くだろうから、中にいる技術スタッフにちょっと細工すればいいね」

 

「おお、黒い黒い」

 

「一夏くんはどうしよ……」

 

「いっくんは……1年は一人で生きてもらうしかないよ、ここで下手に助けたらいっくんのプライドを傷つけちゃうと思う」

 

「だよねぇ。じゃ、時々何か地元の美味しいものを送ってあげる程度にしようか」

 

「それがベストだね、見放しては居ない、でも手は貸さない。いっくんには自分の足で立ってもらわないと」

 

やはり2人は一夏を大事に思うが故に厳しい手を下すのだ、決して後押しはしないが邪魔立てもしない、見守ってくれる姉が居ないのなら、自分達が代わりになろう、と

 

 

「じゃ、これからやることはあらかた決まったね」

 

「準備を始めよっか」

 

「だね、ドイツの第三世代コンペティションもあるから、しばらくは家を拠点に仕事しようかな」

 

「在宅ワークは束さん大好きだよ!」

 

「家から出たくないだけでしょ?」

 

「ぐぬぬ……そんなことないもん!」

 

「どうだか、じゃ、リーネさん呼んで、ドイツに帰ろうか」

 

「よし来た! ところでさくちん、飛行機買わない?」

 

本当に話が飛んだ。飛行機だけに

 

「なんで?」

 

「私達結構世界を飛び回るじゃん? それで毎回チケット手配するのも面倒だと思うんだよね」

 

「まぁ、たしかにね」

 

「それで、ドーンと社用機買おうよ!」

 

「う~ん、一回重役会議にかけてみて、賛成が多かったら買おうか。小さいのじゃ嫌でしょ?」

 

「え、なに? でっかいの買う気なの?」

 

「え? 違うの?」

 

「さくちんがそういうならいいけど……」

 

束がイメージしていたのはお金持ちのtheプライベートジェット、な双発小型ジェット機だ。

一方の櫻は大陸間移動を快適に行うだけでなく、空飛ぶ本社としての利用も考えたオール2階建てのジャンボジェット機だった。ここに考え方の差が出ている気がしなくもない

 

 

「空飛ぶ研究所、とかかっこ良くない?」

 

「たしかにかっこいい!」

 

「ヨーロッパに拠点を置く企業連の会社で分担すれば費用もソコまで痛く無いはずだし、ハブをスイスに置いておけばみんなそこそこ使いやすいでしょ」

 

「一瞬でそんなことまで考えるんだ……」

 

「そりゃ、大きいお金動かすんだから、メリットデメリット考えないと」

 

「さすが社長さまだね」

 

「あんまり社長って呼ばないでよ……」

 

「いよっ、社長!」

 

「あんまりからかうと怒るよ、束お姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

実際に定例会議で予算が承認され、発注を掛けたのは2週間後の話。インテリオルグループ全社とオーメル、ローゼンタール、BFFの6社で費用を分担することが決まり、飛行機の装備の 充実変態っぷりに、使えない企業のトップは呆れた顔でヨーロッパ組を見ているとか。



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閑話: 盃を交わせば

こちらは投降予約だけして放置気味ですが、そこそこのPVとUUがあるみたいで嬉しいです。

一応小説評価も付いてるみたいですし、誰にも見向きされないよりはマシだと思います。


関東の片田舎、そこにあるかなり広めなお屋敷に有澤重工の社長、有澤隆文はいた

キンコーンと立派な音をひびかせる呼び鈴を押せば、中から女の子が2人駆け出してくる

 

「隆文おじさん!」

 

「おじさん、いらっしゃい」

 

「久しぶりだな、刀奈ちゃん、簪ちゃん」

 

「ささ! 中でお父さんが待ってるから」

 

「ああ、そう引っ張らないでくれ、わたしももう若くない」

 

「おじさん、アレは」

 

「もちろん持ってきているよ、後で渡そう」

 

先ほどからハイテンションで隆文を引っ張りまわしているのは更識家の長女、刀奈。それにくらべ、いくつかおとなしめなのが次女の簪だ。聞けば簪はヒーローものにハマっているとかで、アクアビットマンやトーラスマングッズを強請られていた

 

――あの笑みには敵わんのだよ。

 

とは隆文の弁である

 

 

「お父さん! おじさんが来たよ!」

 

「客間に通してくれ」

 

「は~い!」

 

「お姉ちゃんばっかり……」

 

「簪ちゃんもおじさんと遊びたいの?」

 

「それは……」

 

顔を赤くして俯いてしまう簪、引っ込み思案な性格も相変わらずなようだ

 

「簪ちゃん、後でおみやげを渡すときでいいよね」

 

「うん、ありがと、おじさん」

 

気がつけば長い廊下ももう半ば、客間の前にいた

 

「入るぞ」

 

「おう」

 

襖を引けば、この家の当主、更識楯無。隆文の意外な人脈が明らかになる

 

 

「久しぶりだな、隆文、お前から連絡が来るとは珍しい」

 

「ああ、更識としてのお前に用があってな」

 

「ほほう、まぁいい、まずはひとつ、酒でも飲もうじゃないか」

 

「そうしよう」

 

「刀奈、簪、少しはおじさんから離れたらどうなんだ?」

 

「うぅ~」

 

京護(きょうのもり)、嫉妬か?」

 

「違うわ、あとその名前で呼ぶな。もう俺は楯無だ」

 

「そうか、スマンな」

 

「おじさん、早く」

 

「簪ちゃん、そう焦らなくてもコレは逃げないぞ」

 

そう言って隆文が紙袋から取り出したのは、1/72トーラスマンこと ハイドラアルギュロスHYDOR-ARGYROS、簪がアクアビットマンを始めとするヒーロー各種を集めていると知ってのチョイスだ。

 

 

「簪ちゃん、前からほしがってただろ? だからおじさんの知り合いにもらってきたんだ。あとコレもね」

 

そう言って差し出したのはただの紙封筒。

 

「おじさん……コレは……!」

 

「そうだ、実際のアクアビットマンとトーラスマンの写真さ、可動風景じゃなくて済まないね」

 

「ううん、これでも十分! おじさんありがと!」

 

「お前か、簪に変なおもちゃを与えてるのは……」

 

「お父さん、変じゃない、アクアビットマンもトーラスマンも正義のヒーロー」

 

「はぁ……」

 

熱く語りだす簪を片目に刀奈が口を開く

 

 

「隆文おじさん、私には何かないの?」

 

「刀奈ちゃんは好みが難しいからなぁ、コレなんてどうだ?」

 

「むむ? 扇子?」

 

「ただの扇子じゃないぞ、それは扇面が極薄の有機ELフィルムでな、持ち手の部分にはISの技術が盛り込まれてる素敵な扇子だ」

 

「う~ん、よくわかんないけどありがと、おじさん」

 

「それが使いこなせれば刀奈ちゃんも人気者だ」

 

「そう?」

 

パン、と開かれた扇子には『魔訶不思議』と達筆に書かれていた

 

 

「え? なにこれすごい!」

 

「そういう扇子なんだ。さぁ、そろそろいいかな? お父さんと話があるんだ」

 

「「はぁい」」

 

「物分かりのいい子は好きだぞ」

 

「頼むから娘に変なものをあたえないでくれ、隆文」

 

「何が変だ。まぁ、確かに 変態技術者トーラスは確かに変だが……」

 

「はぁ……気苦労が絶えないよ。それで、要件は何だ?」

 

「楯無、最近防衛省内部できな臭い動きが起こってるのは知ってるか?」

 

「ああ、それも大臣の周辺ですべてが起きている」

 

「そうなのか? まぁいい、それで、この前モンド・グロッソで起きた織斑一夏誘拐事件も防衛省が手を引いてるんじゃないかって、お上様がな。それでお前らに情報収集を頼みたい」

 

「なるほど、お上様(企業連)ならあらかたの情報を自前でつかめるんじゃないのか?」

 

「さすがにウチも情報屋じゃないからな、それに、地下の動きは地下に住んでる奴のほうが察しやすいだろ」

 

そう言ってお猪口に軽く日本酒をついで煽る

 

 

「違いない、それで、金の話だが」

 

「ユーロ建てでいいか?」

 

「この際気にせん、それで」

 

「手付で2、満足いく成果だと認められれば13。更に必要とあらば物資支援付きだ」

 

「なるほどな、いいだろう、乗った」

 

「そう言ってくれると信じてたぞ。そのためにお上様はお前の周囲(娘達)を固めようとアレだけの土産を用意したんだ」

 

「お前の趣味じゃないのか……」

 

「簪ちゃんのは私が選んだ、前にアクアビットマンを上げた時かなり喜んでたからな。刀奈ちゃんのはお上様のセンスだ」

 

「なるほど――企業連は変態しかいないのか?」

 

「それで、ひとまず織斑千冬は処分としてドイツに飛ばされたが、その間にまた何かあれば」

 

「その時は叩き潰していいんだな?」

 

「そうでなければお前に頼まん」

 

 

楯無のお猪口にも日本酒をついで互いに煽る。

 

「しかしだ、なぜそこまでしたんだ?」

 

「それが分からないからお前に頼んだんだ。まぁお上様は織斑千冬を監視下に置くため、配下に留めるため、と予想していたがな」

 

「なるほどな、勝手に暴走してくれればなんの違和感も無く枷をはめられる」

 

「そのとおりだ、だから自作自演をしたんじゃないか、とな。そうだ、コレをやろう」

 

 

そう言ってミュージックプレイヤーを取り出すと、再生ボタンを押す

 

ひと通り聞いた楯無は渋い顔のまま

 

 

「おい、コレは……」

 

「今年の頭にあった企業連代表と織斑千冬の会談の際に盗聴器が仕込まれていたらしくてな、それに気づいたウチの面々が会場の掃除をしたら上の奴らは案の定な」

 

「これでも十分脅しのカタになるだろ」

 

「コレで脅してもっと大きい物を掴んで欲しい」

 

「面白い、企業連とは実に面白いな」

 

「だろ? 得意な奴に任せれば成果が上がる、ってのはウチの考え方の基本だからな」

 

「よし、明日にでも行動を始めよう。さ、堅苦しい話は終わりだ、久しぶりに酒でも飲み交わしながら昔話でもしよう」

 

「だな。刀奈ちゃん、簪ちゃん、もういいぞ」

 

隆文が声をかければ襖から飛び出してくる刀奈と簪、おそらく話の頭から尻尾まで聞かれていただろう

 

 

「やっと終わったぁ、隆文おじさんがお父さんと仕事の話をするなんてね」

 

「おじさん、フィンの組み方教えて欲しい」

 

「もう組み始めたのか、簪ちゃんは手が早いな。ん~、どれどれ? 面妖な、変態技術者どもめ……プラモにどれだけ細かいパーツを組めば気が済むんだ?」

 

「刀奈、明日から家を開けるから、頼んだぞ」

 

「え? うん、わかった」

 

 

 

 

その後、互いに昔話と言う名の黒歴史暴露が行われ、方や父としての威厳が、方や知り合いの素敵なおじさんの地位が崩れかかったとかそうでなかったとか



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暗黒面を暴こう

「さて、おじさんからの情報とか、自分達で調べたことをまとめると、千冬さんの件は防衛省内部での企画立案で、内閣府はノータッチで確実っぽいね」

 

「さすがに国が総出で一人を潰そうとはしなかった、ってことだろうね。防衛省からすれば、役に立たなくなったIS乗りを一人社会的に葬ったところで痛くも痒くもないだろうし」

 

「だからってコレはないよねぇ、ずっと首輪つけて置くようなもんだよ?」

 

「奴らはなんだかんだでちーちゃんが恐いんだよ、束さんとのコネがあることはもうバレてるんだろうし、ここで手を組まれたら面倒極まりないってさ」

 

「だから首輪つけるんだね。それで、束お姉ちゃん、ドイツ国内は?」

 

「シュヴァルツェハーゼについて調べたら、隊長の女の子は試験管ベイビーみたいだね、それでナノマシンの検体にされたって記録があるよ」

 

「じゃ、その子が作られた研究所か何かを強襲しよう、それは非人道的すぎる」

 

「人間を作るのはマッドサイエンスにも程が有るからね。束さんも許せないかな」

 

「じゃ、あとで作戦立案よろしく」

 

「りょーかいだよ。次は――」

 

恐ろしい作戦をいとも簡単に決めていく2人だが、部屋の入口に 一家の主紫苑が居ることに気づいていないようだ。人間頭に血が上ると判断力が鈍るのは仕方ないね

 

 

「それで、おふたりさん? なにか楽しそうなこと考えてるのは結構だけど、危ないことはやめてね?」

 

「む、ムッティ?」

 

「あ、ママさん……」

 

「話は聞いたけど、そんな研究所なんて防衛システムが機能してないわけないじゃない? どうするの?」

 

「えっと、それは、束さんがハッキングしてパッシブセキュリティは無力化して、アクティブなのはさくちんにぶっ飛ばしてもらおうかなぁ……って」

 

「娘をそんな危険な場所に送り込む許可を出すと思ってるの? 束ちゃん」

 

「た、束お姉ちゃんは2人で実行可能な計画を立てただけで――」

 

「櫻は少し黙ってなさい」

 

「はい」

 

櫻、撃破沈黙。母の前では娘の立場は弱いものだ

 

 

「束ちゃん、確かにそれは許しがたいことよ、だけどまだジュニアハイの子供がやるべきことじゃないの。ここは周りを頼りなさい。束ちゃんの信頼できる人間だけでも十分遂行可能でしょ?」

 

「確かに、さくちんの代わりにママさんに出てもらうことはできるけど……」

 

「私じゃ不満かしら?」

 

「そ、そんなわけは」

 

「なら、ローゼンタール社内にタスクフォースを立ちあげるわ、ドイツの尻拭いはドイツがやらないとね」

 

「わ、わかったよ」

 

「ムッティ! 私も――」

 

「櫻は束ちゃんと一緒にここにいなさい。大丈夫よ」

 

黙って頷く櫻をみて、優しい笑みを向けると

 

「私は 最強ブリュンヒルデより強いんだから、大丈夫よ。束ちゃん、ISの準備をお願い、カラーリング変更と近接戦闘パッケージに換装しておいてちょうだい」

 

「Jawohl!」

 

「ふふっ、いい返事よ。一回本社に行ってルイーゼを呼んでくるから、それまでに私の機体の準備をお願いね。櫻は束ちゃんのお手伝いと、情報整理をやっておいて」

 

「分かったよ」

 

 

部屋を飛び出す紫苑を見て互いに頷きあって作業を開始する2人、決して表沙汰には出来ない戦いの幕が上がった 。

 

----------------------------------------

 

作戦発令から1時間、早くも本社から試験用オーギルを一機とテストパイロットのルイーゼを連れて帰ってきた紫苑は次々と指示を出して行動開始に備えていた

 

「束ちゃん、次はあの試験用オーギルにもカラーリング変更と支援砲撃パッケージの換装をお願いね」

 

「はいは~い」

 

「櫻、ブリーフィングを始めるわよ」

 

「了解! こっち!」

 

「ルイーゼ、いらっしゃい」

 

「はい、社長」

 

いきなり連れて来られたような形で広い客間に通されたローゼンタールのテストパイロット、ルイーゼはただスクリーンに映し出された地図を黙ってみていた

 

 

「ミッションブリーフィングを始めます。今回の任務は、ドイツ軍研究所の破壊が主です。場所はフラウエンヴァルトの森のなか、自然に紛れた防衛システムの存在が予想されます。一応システムを乗っ取り、内部を掌握した後の突入ですが、MTやノーマルによる妨害が予想されるため、常に周囲に気を配ってください」

 

ひとつ区切って2人を見回す、とりあえず飲み込んでくれたようだ

 

「では、チャートで説明します。2人はブリーフィング終了後、地下カタパルトより発進、進路を北東にとって研究所に向かってください、その間にシステムハックを行います。システムハックが間に合わなかった場合には上空で待機してください」

 

ここまでよろしいですか? と確認を取ると2人共頷く

 

「その後、研究所中央上部の隔壁を開きます、2人はそこから侵入し、内部施設を破壊、試験体となってしまった子が居た場合はカプセルで保護して回収してください。なお、この作戦での音速飛行は禁止とします。空中では亜音速での飛行とし、帰還時の保護対象者にも気を配ってください。作戦内容は以上です」

 

堅苦しい喋り方にも慣れたつもりでいた櫻だが、場の緊張感に飲まれたのか、ひと通り説明を終えると思わず息をつく

紫苑とルイーゼは互いに意見を交わしているが、櫻のもとに来ないということは2人の連携の確認などだろう。ブリーフィングの締めの言葉を発してこの場を終える

 

 

「では、5分後に作戦行動を始めます。解散」

 

実行班の2人はさっさと地下へ向かい、一人残された櫻は近くの椅子に腰を下ろすと、前髪に付いた髪飾りを撫でて思いにふけっていた

 

「束ちゃん、機体の準備はできてる?」

 

「もちろんだよ、ママさん、両方共レーダー波を吸収する塗料に塗り替えて、パッケージ換装も終わらせたよ」

 

「はい、お疲れ様。あとは櫻とこっちのナビゲート、よろしくね」

 

「その前にシステムハックっていう大仕事があるけど、チャチャッと終わらせちゃうよ!」

 

「そうね、任せたわ。さ、ルイーゼ、機体の確認を」

 

「はい」

 

――なんかお人形みたいな人だなぁ

 

束のルイーゼに対するファーストインプレッションはコレだった

紫苑に従い付いてまわる、それだけの存在のようで束は少し不信感を持った

 

 

「2人とも異常はないね?」

 

「オールグリーン、問題なしよ」

 

「こちらも問題ありません」

 

「よろしい、じゃ、ママさんからカタパルトについてね」

 

漆黒のオーギルがカタパルトのシャトルに固定される

 

「作戦開始時刻です、行動開始!」

 

櫻の声で作戦行動が始まる

 

 

「オーギル1リフトオフ! 次もシャトルが戻り次第固定、発進」

 

すでにカタパルトに固定されていた紫苑の機体が空に上る

 

「オーギル2了解、機体固定確認、どうぞ」

 

「いってらっしゃい!」

 

ルイーゼの機体がそれに続く

 

「オーギルの発進を確認、目標地点までのルートをレーダーに表示」

 

《こちらオーギル1ルートを確認》

 

「くれぐれも音速を超えないでね、ソニックブームなんてかまされると厄介だから」

 

《素に戻ってるわよ、櫻、まぁ気負いすぎるよりいいけど》

 

「次の交信はシステムハック終了後か目的地到着の早い方でっ!」

 

 

照れ隠しする娘を想像して思わず笑みを浮かべる紫苑、ルイーゼが不思議そうな顔をするが「いつかわかるわ」と曖昧に返して研究所への道をたどる



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君の名は

束はひたすらに球体状のホログラフィックキーボードを叩き続ける

3つ並んだディスプレイにはそれぞれ意味の分からない文字や数字が羅列されている

 

「もうちょっとで終わるからね、さくちん」

 

「いいよ、まだ余裕があるから」

 

櫻の言葉に小さく頷いて返すと、手のスピードを更に上げる

それにしたがって文字の流れも加速していき……

 

Succeededの文字が浮かぶと、束は次の操作を始めていた

 

「さくちん、システムは束さんのものだよ」

 

「おっけい。オーギル1,2、システムハックが完了、現着時に再び指示を出します」

 

《オーギル1了解、束ちゃん、お疲れ様》

 

《オーギル2了解》

 

「案の定自立行動型のガードロボが居るね、中に5体」

 

「外は?」

 

「何もない、砲台も全部こっちのもんだからね」

 

「おーけー」

 

掌握したシステムを確認していると、ちょうど紫苑から通信が入る

 

《こちらオーギル、現地上空に到達、指示を請う》

 

「了解。作戦通り、中央上部の隔壁を開きます、目視確認次第、そちらのタイミングで突入してください」

 

《オーギル了解》

 

「開けたよ!」

 

「よっし、パーティーの始まりだ!」

 

 

開けられた隔壁、中に居た科学者達は月明かりに照らされた侵入者(HOGIRE)のシルエットを見るなり一目散に逃げ出した

 

「隔壁が開いたのを目視、ルイーゼ、行くぞ」

 

「はい」

 

突入する影2つに研究所内部は蹂躙されていった

束のナビゲートで最深部へと辿り着くと

 

 

「これは……」

 

「そんな、酷い……」

 

培養液で満たされた水槽に浮かぶのは少女、美しい銀色の髪の少女だった

 

《束ちゃん、これは》

 

「見ての通り、人間。だね。いま生命維持システムを確認してるよ」

 

《束ちゃん、焦らなくていいから……》

 

「うしろでさくちんがブチ切れそうな形相で睨みつけてくるからさ……」

 

束はキーボードを叩き続ける

少女を生かすため、少女を救い出すため

 

 

「終わった! その子は人並みの体はできてるから培養液から出しても平気」

 

《そう、なら割ってしまっていいのよね》

 

「傷つけないでね」

 

《もちろんよ》

 

「社長、ガードロボが!」

 

「ルイーゼ、容赦なく撃っていいわ、脱出路さえ確保できれば内部施設も気にしなくていいから」

 

「了解!」

 

有澤重工製グレネード、NUKABIRAを両手持ちしてガードロボの集団に撃ち込む

強烈な爆風が巻き起こるが、ルイーゼは構わず次弾装塡、再び叩きこむ

 

通路で爆発が巻き起こる中、紫苑はゆっくりと水槽を切り、少女を外に出した

空気に触れるのが初めてなのか、咽る少女の背中をISを部分的に解除した手で擦る

 

「もう大丈夫、助けに来たわ」

 

「あなたは……誰?」

 

「正義のヒロイン、かしら?」

 

紫苑が笑いかけると、少女も小さく笑った。

ただひとつ、違和感を覚えたが

 

 

《束ちゃん、女の子を一人保護したわ。これ以上居ないの?》

 

「そこ以外に生命維持システムが働いてる場所はないからもう居ないはずだよ」

 

《分かったわ》

 

「さくちん、一人保護されたよ、多分例の隊長の前に作られた試験体だと思う」

 

「そう、他にはもう居ないんだね?」

 

「うん」

 

「なら、仕上げにはいろっか」

 

 

2人は今までにないほどの笑ってない笑いを浮かべて最後の通達をした

 

「オーギル、仕上げだよ。研究所内にアレを置いて早く帰ってきてね」

 

《オーギル1了解》

 

《オーギル2了解》

 

――これで終わりだ、汚い計画も、望まれない命も、全部!

 

《両方置き終わった、脱出する》

 

「了解、気をつけて」

 

 

 

オーギルの脱出とほぼ同時刻、辺り一帯が停電、一部の家では家電がスパークするという事件が起きた。

もちろん、送電網に異常があったわけでは無く、森に潜む研究所がひとつ、電気的に消え去った弊害であることは言うまでもない

 

 

 

屋敷に戻った紫苑とルイーゼは保護した少女を束に預け、つかの間の休息を取っていた

すると、下に居たはずの束がその少女を連れて紫苑の部屋にやってきた

 

 

「ママさん、この子の名前を考えるの、手伝って欲しいんだけど」

 

「そう、やっぱり名前は無かったの……」

 

「うん、基本的な生活技能は身についてるんだけど、それ以外の記憶が何もないんだ」

 

「そんな……」

 

「これから私はこの子の親になろうと思う、思い出をいっぱい作ってあげようと思う、ママさん、手伝ってくれる?」

 

「もちろん、この子に、大切なものを理解させてあげましょう」

 

「ありがとう、ママさん。じゃあ、まず、この子の名前を」

 

「そうね、――ってどうかしら?」

 

「いいね! 流石ママさんだ、――、この子は私達の記憶、私達の記だよ!」

 

「ふふっ、気に入ってくれたかしら?」

 

「私、名前――? 気に入った、私は――」

 

「そうだよ! ――! ――ちゃんって呼んじゃおう!」

 

「私は――、私に名前をくれたあなたの名前は?」

 

「え、私? 私は束さんだよ!」

 

「正義のヒロイン、あなたは?」

 

「私は紫苑、よろしくね――ちゃん」

 

「束様、紫苑様、私はあなた方に救われた、この恩を忘れない」

 

「ふふっ、いいのよ」

 

「束さんは――ちゃんが生きてくれてるだけでいいんだから」

 

「私が生きている、それだけで?」

 

「ええ、それだけで」

 

「束さん達は十分なんだよ」

 

 

 

 

 

「これから、私達の歴史を始めよう!」



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自業自得

「そうか、なるほどな。君もやはりえげつないことを平然とやってのける。はっはっ、まぁ、そう言うな、君のそういうところも素敵じゃないか。わかったよ、あの情報を世間に流そう、彼らも世間の波には弱い。ああ、期待してくれていい。ではな、またそのうち日本に来てくれ、今度は東京の美味しいものを紹介しよう」

 

誰かとの会話を終えた有澤隆文、彼はある意味の国家転覆を考えていた

考え方が腐った政治家共を一掃してやろう。ただそれだけなのだが、保守的な思想の人間が多い日本で、時代の進化についていける人間への変化を恐れる。

ならば誰か悪役を立てて、変わらざるを得ない状況を作り出すのだ

 

今回ならば、時代について来れなくなった防衛大臣などを(Hate)にして

 

 

 

 

「では、コレを盛大に公表してくれ、金なら出す、広告扱いでいい」

 

「いやいや、これだけの情報ならリーク扱いで載せますよ、お金はいただきません。むしろこちらが払いたいくらいの大スクープです」

 

「それは良かった。防衛大臣はどうなるかね?」

 

「良くて罷免、まぁ、おそらく議員辞職に追い込まれるでしょうね。その周囲の議員も然りです」

 

「なるほどな、総理の任命責任も追及されるだろう」

 

「そうですね、支持率の低下は免れません」

 

「うまいこと解散してくれればいいのだが」

 

「どうでしょうね、ですが今回はことがことなので世論の反応は大きいと思います。まさか前回のモンド・グロッソの影にこんなことがあったなんて」

 

 

 

世界的IS操縦者である織斑千冬に対し、精神的ダメージを負わせるにとどまらず、本人の意志が反映されない処罰や経過観察の決定を下した防衛省、防衛大臣のクビを跳ねることが今回の目的なのだ

 

だから有澤は知り合いの新聞記者に情報を流し、上手く世論を導こうとしているのだ

 

 

結果から言うと作戦はうまく行った。新聞に『防衛大臣、織斑元国家代表を謀る』と一面にでかでかと載った記事に世間が反応しないわけが無かった

国内での人気はかなり高かった千冬に関するニュースだけに、処分が決定された際に声を上げた人々を中心に、インターネットを通じてその情報は爆発的に広がった

 

世論が防衛大臣や内閣への責任の追及の流れになればあとは早かった。

首相はあっさりと防衛大臣を罷免、議員辞職を求める声が野党から上がらないはずがなく、あっさりと議員辞職に追い込まれた

内閣の支持率も下がり続け、内閣再編を求める声も上がっている。有澤としては期待以上の成果が出たと言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだね、櫻ちゃん。日本人は束になるからね。あっさりとやめたよ、内閣の支持率も低下の一途だ、直に首相が変わるだろう」

 

「ありがとうございます、おじさん。ではおじさんの口座に20入れておくのでお友達へのお支払いおねがいします。あ、そうそう、だいぶ前にヨーロッパ組で買った飛行機だけど、来月辺りに引き渡されるからトゥールーズでパーティーを開くことにしたんだ、細かい予定は後日企業連各社に送るけど、来てくれる?」

 

「あの羨ましい(変態な)飛行機か、私も興味があるからね、もちろん行くよ」

 

「ありがと、おじさん。じゃ、またね」

 

「ああ、櫻ちゃん。束音さんにもよろしく」

 

 

 

 

こうしてうまいこと国家を時代に則った考え方に矯正することに成功した櫻、彼女が次に目指すのは、空だ



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閑話: 束への贈り物

フランス、トゥールーズはバラ色の街、と呼ばれる独特な景観が特徴のフランス南西部の町だ

20世紀から航空産業で栄え、戦時中はここで製造された航空機がフランスの空を守っていた

 

現在でもここに本社を構える世界的航空機メーカーがあり、今日はそこで待ちに待った大型飛行機の引き渡しパーティーが開かれる

 

 

「一足早くパーティーのホストとして会場入りしました、櫻です、現地からお送りしております」

 

「櫻さん、そちらの環境などお伝え願います」

 

「えーっと、ブラニャック空港の現在の天気は晴れ、気温は約20度で過ごしやすいです」

 

「そうですか、絶好のパーティー日和になりそうですね!」

 

「そうですね、フランスという地理的特徴を活かして、共同購入社のトップのみならず、お金は出してないけど羨ましそうな目で見ていたGAグループ各社の社長も集まるそうです」

 

「実質企業連のトップ集合ということでよろしいでしょうか?」

 

「そうですね、ここを襲われたらひとたまりもないですね……って、束お姉ちゃん、いつまでこれ続けるの?」

 

「パーティーが始まるまで」

 

「えぇ、さすがに恥ずかしいと言うか……」

 

「だって退屈なんだもん!」

 

「ならちょっと退屈しのぎに面白いもの見ようか?」

 

「え? さくちん、どこ行くの?」

 

「ちょっとそこのハンガーまで」

 

 

櫻がパーティー会場となるハンガーとは別のハンガーの前で立ち止まると「おーぷんせさみー!」の呪文を唱え、扉が開き始める。

 

 

「さくちん、これって……」

 

「そうだよ、束お姉ちゃんの希望通り小さいのも自腹で買いました! フュルステンベルク家のプライベートジェットです!」

 

ハンガーの中には小型旅客機、漆黒のボディ、美しく磨かれた主翼。垂直尾翼にフュルステンベルクの家紋。エンジンカバーには"本"を読む"うさぎ"のマーク、機首横には"紫苑"の花が描かれ、翼には"桜"が舞う。みんなが1つに、という意味が隠されているのだ

 

「実際はアレの利用予約がこの先1年くらい埋まってて、買った意味なくね? って思ったから買ったんだけど。別に束お姉ちゃんのためとかじゃなくて……」

 

「さくちん、大好きだよ!」

 

櫻に抱きつく束、優しく受け止めた櫻は束を引き剥がしてその手を引く

 

「ささ、中を見ようよ!」

 

「だね!」

 

 

2人はタラップを登って機内へ

見たところ10席あるかないかという少ない座席数、奥にはギャレーともう一つ部屋がある

 

 

「さくちん、奥の部屋ってなに?」

 

「気になるなら自分の目で見る! コレはもうウチの飛行機なんだから、壊したりしない限りは怒られないよ」

 

「それもそうだね、ではお邪魔しまーす」

 

ドアを開けるとそこには……ソファとテーブルがあった

 

「執務室?」

 

「ちっちっち。執務室である以前にここは寝室。テーブルの下にはベッドがあるし、そのソファを動かせばくっついて大きなベッドになるよ。もちろん執務室でもあるからここから研究所のデータにアクセスすることもできるけど」

 

「これは、さくちんが一緒に寝てくれるんだね!」

 

「き、気が向けばね!」

 

「もぅ、さくちんは素直じゃないなぁ」

 

「い、いいの! ほら、そろそろお客さんも来るだろうし準備準備!」

 

「えぇ、もうちょっとさくちんとイチャイチャしたいよぉ」

 

「イチャイチャなんてしてないから! ほら行った行った」

 

 

 

 

今日のメインである超大型機の入るハンガーの前には、招待客のほとんどが集まっているようだ

受付をしているリーネとルイーゼがせっせと受付事務をこなしている

 

「さ、パーティーを始めよう!」

 

 

櫻の楽しげな声が響いた



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パーティーを始めよう

トゥールーズのブラニャック空港、そこのハンガー前には多くの人が集まっていた

ステージの上には桜色のパーティードレスに身を包んだ櫻、マイクを手にメモをチラチラと見ながらパーティー始めのスピーチをしようとしていた

 

 

「皆さん、今日は企業連、社有機就航記念パーティーにお越しいただきありがとうございます。飛行機の購入にあたっては、ローゼンタールを始めとする、ヨーロッパに本社を構える企業の出資をいただきありがとうございました。早くも1年後までの運行スケジュールが埋まり、本当に仕事で使うのか、という気がしなくもないですが、せっかく買った機体を全く使わないよりはいいでしょう。え? 長ったらしい話はいいから早く見せろ? 仕様がない大人たちですね、それでは、ハンガーにご注目ください!」

 

 

ゆっくりと巨大な扉が開いていくと、中から真っ白な胴体が姿をあらわす

おもわず小さな歓声が上がる、大人たちは新しいオモチャを手にした子供のような目をして、姿を晒すソレを見つめていた

 

 

「みなさん、コレが私達の導入した、本社機能の70%をカバーでき、簡単なISの整備ならこれだけで可能な空飛ぶ本社ビルディング『インテレクト』です!」

 

 

インテレクト:知力、知性、知識人達

もちろん、この大きな機体の中に本社機能の殆どを詰め込み、ISの軽い整備もできる設備を備えたこの機体を櫻は『ブレイン』と呼んでもいいと考えていたらしいが、あまりにひねりがなく、響きも悪いことからこの名を与えた

 

 

「さて、今日はこのインテレクトの就航記念のパーティーです、皆さん是非楽しんでいってくださいね! あとはタイムスケジュールにそって進みます、それではしばらくご歓談を!」

 

 

ひと通り話し終わると会場内の束の元へ

 

「さくちん、お疲れ様」

 

「やっぱり実際に人の前で話すのは緊張するね」

 

「だねぇ、部内ミーティングですら未だに緊張するもん」

 

「それはちょっと……」

 

「まぁ、しばらく束さんはぶらぶらしながらお酒飲んでるよ」

 

「飲みすぎないでね」

 

「分かってるよ」

 

 

櫻はホストとして会場内をウロウロしてはいろいろな人に声を掛けられ、声を掛け、慌ただしく過ごしていた

 

 

「あら、櫻ちゃん」

 

「お久しぶりです、リリウムさん。今日はありがとうございます」

 

「みんなで買った飛行機のお披露目でしょう? これは行かなきゃ、ってね」

 

 

櫻はリリウムの後ろでひょこひょこしている影を見つける

 

「そういえば、今日は私の遠縁の娘も連れてきたのよ。セシリア、ご挨拶を」

 

「セシリア・オルコットですわ、以後お見知り置きを」

 

「櫻・天草・フュルステンベルクです。よろしくね、オルコットさん」

 

「セシリアと櫻ちゃんは同い年なはずよ、仲良くしてあげてね」

 

「そうですね、同年代の友人もすくないですし」

 

「じゃ、私は適当にぶらついてるわ、2人仲良くね」

 

「あ、ハイ。リリウムさん。オルコットさん、何か飲む?」

 

「いえ、結構ですわ。先ほど頂いたものが残ってますし」

 

「そう、私は飲み物もらってくるからちょっと待っててね」

 

 

そう言い残しカウンターへ向かう、その姿をセシリアはただ見つめていた

「素敵な方」そっと呟く声もパーティーの喧騒に飲まれて消えるだけ

 

 

 

「ごめんね、待たせたね」

 

「いえ、人も多いですし、仕方ありませんわ」

 

「それで、オルコットさんはISとか乗らないの?」

 

「今後代表候補生のテストを受ける予定ですわ、IS学園もありますし」

 

「代表候補生かぁ、すごいねぇ」

 

「同い年で学校にも行かず企業をまとめているフュルステンベルクさんは私よりずっと立派な方ですわ」

 

「そう言われると照れるね。オルコットさんも代表候補生になるためにいろんな事を学んできたんでしょ? それは立派なことだと思うよ」

 

「それでも、自身の地位に自惚れること無く努めを全うされているのですから、もっと誇っていいのではないですか?」

 

「私はただ、持てる者の義務(ノブレスオブリージュ)を果たしているだけだよ。オルコットさんも常にどこかで意識しておくといいんじゃないかな。国家代表になった時のためにね」

 

「そうですか……意識しておきますわ」

 

さっきから名前呼びを避けてるように感じられるセシリアにたまらず

 

 

「んで、関係ないけどさ、ウチのファミリーネーム呼びにくいでしょ? 櫻でいいよ」

 

「失礼ですが、確かにドイツの方のファミリーネームは読みが難しいですわ。では私のこともセシリアと」

 

「あはは、たしかにドイツ語は音が難しいね。それに怒ってるみたいに聞こえるってよく言われるよ」

 

「ふふっ、そうなんですの? はじめて聞きましたわ」

 

 

その後も2人は会話に花を咲かせ、リーネがパーティーの次のプログラムへの進行を告げるまで少女達の話は終わることが無かった

再び壇上に上がった櫻はプログラムを進行させる、次は就航パーティーのメインイベントだ

 

 

「では、パーティーもクライマックス、インテレクトのファーストフライトです! 企業連の方々はアッパーデッキ前方、ステートへ、それ以外の方々はメインデッキ前方のエレガンスへご搭乗ください。飛行ルートはお手持ちのプログラムにあります通り、フランスから東京、ワシントン、ロンドン、チューリッヒと世界一周のルートとなります。各企業の方は事前に申請された場所でお降りください。それではまずアッパーデッキからご案内です」

 

 

 

 

招待客を飲み込んだ白い巨体は空へ舞い上がり、まずは東京へ向かった

10数時間の空の旅、2次会が始まらないわけがなかった。



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Pavane 花の学園生活
櫻舞う季節に


予約してあるとばかり思ってたらいつの間にか投稿しきってました
すみません


春、それは始まりと終わりの季節

学生にとっては卒業と入学の季節だ

 

IS学園の入学式を数日後に控え、プライベートジェットで羽田に降り立ったフュルステンベルク家一行は春の日本に懐かしみと感動を覚えていた

 

 

「日本よ! 私は帰ってきた!」

 

「ここが日本ですか……」

 

「ついに櫻も高校生なのね、感慨深いわ」

 

「さくちんも大きくなったよねぇ、ここ1~2年で特に」

 

「やっぱりきっかけがあると娘の成長を実感するわね」

 

「だよねぇ」

 

「そうなのですか?」

 

「感動しているところ申し訳ないけど、入国審査に行かない?」

 

 

そう、ここは日本だが彼女らは日本に居ない。

 

 

まだ駐機場にいるのだから

 

 

 

「そうね、早く済ませて美味しいものでも食べましょ? 隆文さんにいいお店聞いたから」

 

「おじさんのおすすめは期待できるね! なにが出てくるかなぁ」

 

「なんにせよ美味しいものに変わりはない!」

 

「束様、これからどうすれば」

 

「その時にいうからとりあえずついてきなよ」

 

 

そう行って用意された車に乗り込み、ターミナルビルに向かう、まずは国に入らなければ

 

 

紫苑と櫻は二重国籍、"束音"は日本国籍なので帰国扱いだが、クロエはドイツ国籍。なんともややこしい。ちなみに扱いは紫苑の養子である

 

入国審査で止められることもなく、荷物も引っかからなかった一行はとりあえずホテルへ向かうことにした

 

 

「ふぃ~、特に引っかかることもなかったけどやっぱり緊張するねぇ」

 

「だね、引っかかるんじゃないか、引っかかるんじゃないかってどこか不安だからね」

 

「そうなのでしょうか? 私はただの事務手続きにしか」

 

「まぁ、クーちゃんは引っかかったことないからね」

 

「一度引っかかるとわかるよ」

 

「ほら、3人共置いて行くわよ」

 

 

紫苑はすでに数十メートル離れたところから手を招く、気がついたらどこかに行ってるのが紫苑だ

 

それからタクシーでホテルへ向かい荷物を下ろすと、電車で一路品川へ向かった

 

 

「それで、おじさんのおすすめは何なの?」

 

「今日はイタリアンよ、あのビルの中ね」

 

「イタリアンかぁ、ピザとかパスタみたいなイメージだなぁ」

 

「コースだからいろいろ出てくると思うわよ」

 

「私はどうすれば……」

 

「緊張しないで、普段通りふるまえばいいよ。クーちゃんは束さんとママさんが育てたんだ、何処に出ても恥ずかしくないよ」

 

「お姉ちゃん、私も忘れないでよ」

 

「さくちんはクーちゃんより年下だしなぁ」

 

「櫻様は姉妹だとおもっていたのですが……」

 

「さくちんひど~い」

 

「櫻、あまりクロエちゃんを泣かせないでね」

 

「そ、そんなわけで言ったんじゃないよ! 私はクロエの妹だよ」

 

「冗談です。櫻様は私の姉であり、妹です」

 

「クロエ、いい子に育ったなぁ! 私は嬉しいよ」

 

そう言ってクロエの頭をワシャワシャと撫で回す

 

「櫻様、やめてください」

 

ボサボサになった髪を整えながらクロエがぼやく

 

「櫻様も明後日からハイスクールなのでしょう、気を引き締めなければ」

 

「ふぇぇ、クロエまでそんなこと言うのぉ」

 

「私は櫻様の姉でもありますから」

 

 

 

そうして一行は有澤おすすめイタリアンを堪能し、また部下に自慢、そして有澤に東京観光の約束を取り付けた

どこかで見た流れだが、気にしてはいけない

 

 

 

「そういえば櫻、制服のデザインはどうしたの? まだ見てないけど」

 

「ふっふ~ん、入学式まで秘密なのです!」

 

「ふふっ、楽しみね。あまり扇情的なのはダメよ?」

 

「そ、そんなわけないじゃん! 普通だよ普通」

 

「あなたと束ちゃんの普通ほど信用ならないものはないと思うけど?」

 

 

櫻と束がなんとも言えない表情になったのは言うまでもない



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いざ、学園へ

待ちに待った今日はIS学園の入学式の日

実母である紫苑は生徒の保護者ということで学園内に入ることができるが、束とクロエはそうは行かない。

「さくちんの晴れ舞台が見たかったけど、ここはグッとこらえてママさんにコレを託そうと思うよ!」と危ない発言とともに紫苑に手渡されたのはいろいろ内蔵されたメガネ、なんでもみえ~る君3号。極小のレンズを搭載し、光学ズームで離れたところからでもバッチリだ

 

「じゃ、行ってくるわね」

 

「行ってきま~す」

 

「いってらっしゃい。さくちん、これからも時々会いに行くからね」

 

「千冬さんに怒られるよ?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「櫻様、お気をつけて」

 

「うん、ありがとね、クロエ」

 

「じゃ、行きましょ、櫻」

 

 

そう行って2人は学園へ向かった

 

 

その道中、紫苑は娘と他愛もない会話をして過ごしたが、やはり気になったのは今日初お披露目の改造制服だ

 

「櫻、その制服はどうにかならなかったの?」

 

「最初は普通のワンピースジャケットもいいかな、とは思ったけど、やっぱり着慣れたのがいいかなぁって、結局……」

 

「だからってそれは思いっきりビジネススーツじゃない?」

 

「気がついたらそうなっておりまして」

 

 

秘密秘密と言っていた制服だが、実際は特に奇抜なデザイン、ということもなく、ぱっと見はまさにタイトスカートのビジネススーツだ。実際は異なったデザインの制服を3着ほど予備で用意しているのは母には内緒である

 

 

「もうちょっと制服っぽい感じがお母さんとしては嬉しかったかなぁ」

 

「だって、標準のアレは背丈に合わせるとスカートが短くてさ」

 

「そこを長くするんでしょ? なんのための改造可なのよ」

 

 

第二回モンド・グロッソの時点で女子としては十分背の高い部類だった櫻だが、その後も懸命な努力(カルシウムとビタミンと運動だ)を続け、父の血統と相まって急速に伸びた。その身長は170を超える。

 

 

「そもそも、サイズ展開が微妙なんだよ。世界各国から人を集めるんだから欧米人にやさしいサイズ展開にするべきなんだよ」

 

「はいはい、あなたの体格は父親譲りですものね、はいはい」

 

 

紫苑も日本人としては高身長ではあるが、娘に身長を抜かされて久しい

抜かされた時は娘の成長に喜んだものだが

 

 

「あ、そろそろ着くよ」

 

「そうね、忘れ物ない?」

 

「もう、さすがにそこまで子供じゃないよ」

 

「って言ってるそばから椅子に置き去りにされているのはなにかしら?」

 

それは束お手製の発信機、簡易的なエネルギーシールドの展開もできるスグレモノだ

 

「あ、アハハ……」

 

「先が思いやられるわね」

 

紫苑は娘の学園生活に多少の心配を抱えながら改札を抜けると

眼前には海、そして街路樹と花壇

 

「きれいな場所ね」

 

駅前は整備され、学園まで遊歩道が続く

周囲には娘のものと同じカラーリングの制服を纏った少女がちらほらと見受けられた

 

「ホントだね、テクノロジーとネイチャーが融合した感じ?」

 

「無理に感想を言うくらいなら黙っていたほうがいいこともあるのよ?」

 

母の辛辣な言葉に肩をすくめて答える

 

 

「ささ、学園まではあと少しだよ、行こっ」

 

「まだ時間に余裕はあるしゆっくり……」

 

 

 

そうしてしばらく遊歩道を進み学園の門をくぐると、アリーナへ進む

 

 

「新1年生はフィールドへ、保護者の皆様はスタンドへお進みください」

 

教員の案内に従い親子は別れる

 

「じゃあね、ムッティ」

 

「儀式の間はちゃんとしていなさい?」

 

「だからそこまで子供じゃないって」

 

「どうだか」

 

 

そうして始まったIS学園の入学式。理事長の挨拶に始まり、代わる代わる誰かが喋る流れは何処も変わらないだろう

 

「これにて、IS学園入学式を終了します。新入生は退場後、クラス割を確認し、各自の教室に向かってください」

 

パイプ椅子の束縛から放たれた新入生たちは軽くストレッチをしていたり、伸びをしていたりとみなお疲れのようだ

 

「え~っと、クラスは~」

 

クラス割が表示される大型ディスプレイの前に群がる人、そこから頭ひとつ抜けた櫻はサクっとクラスを確認すると教室へ向かおうとする、が

 

「ねーねー、おねーさん。私のクラスもよかったら見てくれないかな~?」

 

間の抜けた喋り方をするダボダボの制服を着た女の子と、水色の髪にメガネの女の子がいた

 

「いいよ、名前は?」

 

「私は布仏本音。こっちはかんちゃ、じゃなくて更識簪だよ」

 

「布仏さんと更識さんね……あぁ、あった。布仏さんは1組だね、更識さんは……4組だ」

 

「ありがと~、おねーさんはなんていうの?」

 

「私は天草櫻、布仏さんと同じ1組だよ」

 

「わぁい、さくさくと同じクラスだ~」

 

そう言いながらパタパタという擬音がぴったりそうな走り方で去っていく本音、櫻は早速付けられたあだ名におもわず

 

「さくさく?」

 

「ごめんなさい、あの子は人をあだ名で呼ぶことが多いの。改めて、私は更識簪、よろしくね」

 

「こちらこそよろしく、更識さん」

 

「できれば名前で呼んで欲しい。苗字で呼ばれるのは好きじゃない」

 

「わかったよ、簪ちゃん。クラスは別だけど、何かあったらよろしくね」

 

「うん。こちらこそ」

 

 

早速出来た友人の他に、すでに見知った顔ぶれが数人いた事に「あ」行の名前の櫻が気づくはずもなかった



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初日から

入学式も終わり、各々の教室へ向かう

櫻も教室に入るとあてがわれた席に着いた

 

すると開け放たれたドアから教師と思しき、背の低めで顔に合わないメガネを掛けた女性が入ってきた

 

「全員揃ってますか? HR始めますよ」

 

まだ周囲と馴染みもないのか一瞬で静になる教室

 

「はい、いいですね。HRでは定番の自己紹介をしてもらいます。まずは私、1組の副担任を努める山田真耶です。1年間よろしくおねがいしますね。では、1番の相川さんからおねがいします」

 

「はい。1番、相川清香です。好きなことは中学からやってたハンドボール、他にも体を動かすのが好きです――」

 

と、まぁ、普通に始まった自己紹介。櫻は2番めだ、気は抜けない

 

「はい、ありがとうございます。次は2番、天草さん」

 

「天草櫻です。好きなことはなにか考えて作ること。楽しいこと、面白いことは大好きです。1年間よろしくお願いします」

 

特に可もなく不可もない自己紹介を普通にこなしてぼんやりしていると

 

「あの、ごめんね、いきなり声かけちゃって驚いたかな? でも、今自己紹介してて、次は「お」で織斑君なんだ、だからね」

 

聞き覚えのある苗字が出たような。

そういえば一夏がISを動かしたとか何とかで束がバタバタしていたような気がしなくもないが、まぁ、些細なことだろう

 

「え~っと、織斑一夏です……」

 

と、普通に始まり、内容を考えているのかとおもいきや

 

「以上です!」

 

ズコッと盛大に転ぶ音が聞こえた気がした、その後に破裂音が響く

 

「ってぇ、千冬姉!?」

 

「ここでは織斑先生だ。もっとまともな自己紹介はできんのか」

 

スパーンと出席簿を振り下ろすのは

 

 

織斑千冬だった

 

山田先生に軽く頭を下げて何かを話しているように見えるが

 

 

「キャー千冬様ー!」

 

「私、千冬様に会うためにこの学園に来たんです! 修羅の国から!」

 

教室を包む黄色い歓声、ほら、窓ガラスが共振して割れるぞ

 

「はぁ、まったく、どうして毎年毎年私の持つクラスはこうなのだろうな。私がこのクラスの担任、織斑千冬だ。私の仕事はお前らを1年で使い物になる人間にすることだ、私の言うことは絶対に聞け、いいな」

 

おお、なんという独裁。ほらお前、罵ってとか言ってるとSAN値がガリっと逝くぞ

 

 

「天草、なぜお前はここにいる?」

 

いきなり私に振りますか。まわりもヒソヒソ言ってるし

 

「え~っと、今の私は日本人として過ごしているので……」

 

「そういうことが聞きたいわけではないことなど察しているだろう?」

 

「世界の最新鋭機をフルボッコ―もとい研究するためです。ハイ」

 

「だろうな、ヤツの差し金か?」

 

「いえ、私の興味が9割、実益が1割ですよ、織斑先生」

 

「ふん、そうか。3年間楽しむといい、お前なら普通に過ごしていれば卒業できる。フュルステンベルク」

 

思わず苦笑いで返してしまうが、千冬はいたずら完了、と言った笑みで櫻を見てから

 

 

「よし、時間を食ってしまったが授業を押すわけにもいかん、早速始めるぞ」

 

 

そう言って授業が始まる。と言っても最初の授業はオリエンテーションのようなもので、学園生活上の諸注意などを山田先生が説明して終わった。

 

 

休み時間にはやはり唯一の男性IS操縦者ということもあってか、一夏の周りには人だかりができていた。その中でも櫻に声をかける友人が居たのだ

 

 

「櫻さん?」

 

「あ、セシリア? 久し振りだね。パーティーの時以来かな?」

 

「ええ、そうですね。最初は誰かと思いましたわ」

 

「あれからだいぶ背が伸びたりしたしね」

 

「それで、なぜ櫻さんのような方がここに?」

 

「う~ん、趣味、かなぁ?」

 

世界唯一のIS関連の養成機関に入ることを趣味と言い切る櫻にセシリアは呆れつつ

 

「会社の方はどうされてますの?」

 

「今はお母さんに代わってもらってるよ。まぁ、重要なものは手をだすけどね。そういうセシリアは代表候補生に成れたみたいだね」

 

「ええ、晴れてイギリスの代表候補生に選ばれましたわ」

 

「専用機もあったりするの?」

 

「ええ。詳しくは言えませんが、イギリスらしい機体、とだけ」

 

「それは実技の時間が楽しみだね」

 

「櫻さんは専用機をお持ちで?」

 

「もちろん、ウチでは2.5世代機って呼んでる機体だよ」

 

そう言って左手中指のシルバーリングを見せる

 

「一瞬婚約されたのかと思いましたわ……」

 

「中指だからね、これ」

 

「ええ、私の早とちりですわ」

 

 

 

人気者には人が集まり、親交のあるものは再会を喜ぶ、チャイムが鳴るまでは



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クラス代表は誰に

チャイムが鳴り、4限目

 

「では、この時間は授業の前にクラス代表を決める。クラス代表とはいわば、学級委員みたいなものだ。さらにクラス代表対抗戦にも出てもらう。自薦他薦は問わない。誰かやるか?」

 

と、織斑先生のありがたいお言葉から始まった4限目

クラス代表なんて面倒な役回りゴメン被る

 

「はーい、織斑君がいいと思いまーす」

 

「それいいね!」

 

「さんせー」

 

やはり一夏の名前が上がるのも仕方ない、注目度が高いのはこういう時に不利になる

 

「ふむ、織斑だけか? このまま決めてもいいが――」

 

「納得いきませんわ!」

 

と声を上げたのはセシリア、やはり代表候補生のプライドだろうか

 

「男だからと物珍しさで決められては困りますわ! ISの操縦経験が殆ど無い素人にクラス代表をまかせるなどありえません! 代表の座は能力に応じて与えられるべきです!」

 

セシリアは吠える吠える、言ってることは最もだが、その剣幕に周囲が若干引き気味だ

 

「大体、わたくしはISの技術を磨くためにわざわざ極東の島国に来たのです! 見世物に付き合うためではありませんわ! 男などという下等生物にこのわたくしが従うなどもってのほか、クラス代表はこのわたくし、セシリア・オルコットこそふさわしいのですわ!」

 

言っちまったなぁ、セシリア。と櫻は彼女の失言を心のうちで非難する。だが、渦中の人物はそんなに余裕のある人間ではなかったようだ

 

 

「言ってくれるじゃねぇか。オルコット、だったか? お前の実力がどれだけのものか知らねぇが、自分たちが馬鹿にされたのだけは許さねぇ。クラス代表の地位が欲しければ自分の力でつかみとれよ。そんなこともしようとしない奴に俺は負けねぇ」

 

「ふん、代表候補生のわたくしに勝負しようと言うのですか? 身の程を知らないのですね、コレだから極東の猿は――」

 

「セシリア、言い過ぎ」

 

「櫻さん……」

 

「自分の身の程を知らないのはどっちかな? セシリア、君はいま国の代表としてここにいるんだ、その口から出る言葉の重みを理解しなよ」

 

わざと余所余所しい口調で軽く説教じみた言葉を掛けたのが上手くいったようだ

セシリアは口をつぐんで俯いてしまう

 

「一夏も一夏だ、喧嘩の売り買いは男の子の特権だけど、時と場合を考えな」

 

「だけど櫻っ!」

 

「口喧嘩なんて無粋な事を日本男児と英国淑女がするべきじゃない」

 

一夏も自分の口の悪さが露呈したのを反省したのか、黙って櫻を見る

 

「お前ら、そろそろ着地点を決めろ、織斑とオルコットのISバトルで決着でいいか?」

 

「先生! それは結果が見えます!」

 

「どうだろうな、確率としては0ではない。それは織斑に同意だな」

 

「し、仕方ありませんわ。先生がそういうのなら。織斑一夏、蜂の巣にして差し上げますわ」

 

「おう、望むところだ」

 

「よし、クラス代表は織斑とオルコット意外に立候補はないのか? ないならこの2人で勝負、勝ったほうがクラス代表でいいな」

 

静まり返る教室、その沈黙を肯定と受け取ったようで

 

「よろしい。では授業を始めよう、教科書の――」

 

通常授業が始まった

 

しかし授業とは退屈なもので、大半の理論を理解している櫻は一番前の列にもかかわらず船を漕いでいる。それを見逃さない千冬ではない

 

「それで、射撃武器の特徴として……天草、射撃武器の特徴を上げろ」

 

「ふぁっ、え~っと。弾速の速さからくる回避の難しさ、リーチの長さ、他には……」

 

「もういい。教科書の通り、弾速の速さ、射程の長さ、攻撃の読みにくさなどがある――次は無いからな」

 

「は、はい」

 

などとアクシデントがありながら、なんとか昼休みに入った

 

 

「おい」

 

櫻に声を掛けたのはポニーテールの少しいかつい顔をした娘

 

「え~っと、箒ちゃん?」

 

「ああ、久しぶりだな、櫻」

 

その声はどこか怒気が含まれているように感じられる

 

「櫻、私は貴様が憎い。私からすべてを奪った貴様がな」

 

「謝って済まされることじゃないね。それで、なにがしたいの――」

 

パシン、と音が響き箒が平手を振りぬく

突然の出来事に静まる教室

 

「私は許さない、だが何がしたいのかもわからないんだ、済まないな、櫻」

 

「仕方ないよ、私だってそれだけのことをしたんだから」

 

矛盾だらけの箒の言動の理由はもちろんISだ

束がISを考え、櫻が資金を与えた。それによりISが生まれ、一家は離れた

幼いころはただの友達だと思っていた。だが歳を重ね、思考力が上がると何がどうなったのかが理解できてしまった。だからこういうことになってしまう

 

「さくさく大丈夫?」

 

「大丈夫だよ、平気だから」

 

「篠ノ之さん、なんでさくさくをぶったの?」

 

名前が上がると「篠ノ之?」「やっぱり……あの?」などとクラスがざわめく

 

「関係のないことだ、これは私と櫻の問題だからな」

 

そう言い切って教室から出ようとする箒に質問の雨が降る

 

「もしかして、篠ノ之さんって篠ノ之博士と関係があったり?」

 

「そうそう、気になってたんだ」

 

「篠ノ之さん、実際はどうなの?」

 

 

あ、やばい。櫻がそう思ったのもつかの間

 

 

「あの人は関係ない!」

 

箒が叫んだ、周囲もマズイ顔をしてしまう

騒ぎを聞きつけた一夏が戻ってくると

 

「箒、なにがあった」

 

「周りが箒ちゃんに束お姉ちゃ……束さんとの関係を聞こうとね」

 

「ああ、そうか。それで、櫻、お前の頬が赤くなってるけど、何かあったのか……ああ、分かった」

 

なんとなく察した一夏は語尾を濁す

 

「櫻、次に私の前で姉さんの事をそう呼んだら殺す」

 

「箒、そう言ってやるな。櫻だって――」

 

「お前もわかるだろう、姉さんと千冬さんと櫻がいつもいつも一緒にしていたことが」

 

「箒ちゃん、ここでそれ以上は!」

 

「こいつらが私から家族を奪ったんだ。わかるだろう、一夏」

 

「わかんねぇな、俺は毎日嬉しそうな顔をして帰ってくる千冬姉を覚えてる。千冬姉が笑ってたんだ、束さんだって嬉しかったはずだ。もちろん、櫻もな」

 

「どうして、姉さんにISを作るきっかけを与えなければっ!」

 

「束さんも千冬姉も笑うことはなかっただろうな」

 

「ッ!」

 

もちろん箒も毎日毎日楽しそうに笑ってISの話をする束の姿を覚えていない訳が無かった

これもさくちんのおかげだ、と言って無邪気に笑う束を見て、箒も嬉しかった

 

 

「悪いな、箒。俺は束さんがISを作ってよかったと思ってる。千冬姉に笑顔を与えてくれた束さんに感謝してる。そしてそのきっかけを作った櫻にもな」

 

「私だって、姉さんの幸せが……」

 

「お前ら、何事だ」

 

そこにようやく織斑先生が到着、教室が鎮まる

 

「えっと、これは……」

 

「織斑、篠ノ之、天草、それ以上は何も話すな。この話を聞いてしまったものは絶対に外部に漏らすな。いいな」

 

「「「「「はい」」」」」

 

「3人は放課後に私のところに来い」

 

「「「はい」」」

 

 

 

そうして初日の大きな騒乱は終わった



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部屋割り

放課後、千冬に呼ばれた3人は職員室へ向かっていた

もちろん、その道中には一夏への視線、そしてその左右に付く箒と櫻へも視線が痛いほど集まっていた

 

「一体なんだろうな、千冬姉は。櫻は見当ついてるか?」

 

「たぶんISが生まれるまでを話すんじゃないかな」

 

「そうか……箒、こらえろよ」

 

「言われなくても、そんな軟弱な精神はしていない」

 

「櫻を殴ったのはどこのどいつだ……」

 

 

職員室へつくと、一夏が先陣を切り「失礼します」とひと声かけて入っていった

千冬はまだ職員室に居ないようで、代わりに、と言っては何だが、寮の部屋の鍵を真耶から渡された。「織斑先生が来たら内線で呼び出しますから、部屋にいてくださいね」とのこと、気が利く先生だ

 

「まぁ、とりあえず部屋に行くか、どんなところか気になるしな」

 

「そうだね」

 

「うむ」

 

3人が再び歩き出すと集まる視線、一夏はなんともなさそうだが、箒は苛立ちが顔に浮かんでいる

 

「やっぱ目立つなぁ」

 

「一夏のせいでこっちまでとばっちり食らいそうでヒヤヒヤなんだけどね」

 

「全くだ」

 

 

入り口でひとまず自分の部屋を確認する

 

「俺は1025だ、お前らは?」

 

「私はもっと遠くだね、1064だって、どこにあるんだろ」

 

「コレはどういうことだ」

 

「どうした? 箒」

 

その手には1025号室の鍵。どうなるかは察しがつくだろう

 

「同室で思春期の男女が過ごすなどありえん……」

 

「お、おう。きっと何かの間違いだ、あとで山田先生に聞いてみればいいだろ」

 

「そうだな、ひとまず部屋へ行こう」

 

「あ、私コッチみたいだから、後でね」

 

「おう、迷うなよ?」

 

 

迷うこと無く自室に着いた櫻は持っていた鍵をシリンダーに差し込み、回す

 

「ん? 開いてる、同室の子かな」

 

2人部屋なのだから同室の子が居てもおかしくはないだろう、そう思いドアを開ける

 

「こんにちは~、同室になった天草です」

 

「あ、さくさくだ~。こっちこっち~」

 

この間延びした声は……布仏本音しかいないだろう

 

「布仏さん? え~っとその格好は……」

 

本音の格好はだぼだぼのきぐるみのようなパジャマ、それが非常に似合っているのが本音らしい

 

「これはパジャマだよ? さくさくも欲しい?」

 

「私はやめておこうかな、似合わなそうだし」

 

「え~、絶対似合うよぉ、狼とかどう?」

 

「どうって言われても……」

 

「じゃあ今度一緒に買いに行こうね、かんちゃんも一緒に」

 

「そ、そうね。ところで、布仏さん、内線かかってきたりした?」

 

「なんにもないよ~。私はさくさくにいつまでも苗字で呼ばれてかなしいなぁ」

 

余った袖で顔をおおい、わざとらしく泣き真似をする本音。

櫻は思わず答える

 

 

「え、え~っと本音?」

 

「そうだよ! さくさくはお友達なんだからいつまでも苗字で呼ぶのも変だしねぇ」

 

「まだ会って10時間も経ってないよ、本音……」

 

「そうなの? もっと長いかと思ってたよぉ」

 

あははぁと笑う本音を見ると溶けそうだが、ここで飲み込まれてはならないと必死でこらえる。本音で和むのは夜にしよう。そう心を抑えこんでいると

 

「あ、電話だよ~」

 

「はいはい、いま出ますよっと。はい、天草です」

 

「天草さん? 織斑先生が呼んでます、応接室に行ってください。それで、お部屋はどうでした?」

 

「思ったより広くて快適ですね。同室の子もいい子ですし」

 

「そうですか、良かったです。それでは、応接室に」

 

「はい、失礼します」

 

受話器を置くと、本音が寄ってくる

 

「だれだれ~?」

 

「山田先生だよ、織斑先生が呼んでるってさ」

 

「昼のお説教かな?」

 

「かもね。ああ、恐ろしい」

 

「生きて帰ってきてね~」

 

ばさばさと余った袖を振る本音に見送られ、櫻は応接室に向かった



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今までのことを

ちまちまお気に入り登録していただけてるよう。
相変わらずPVは1話と最新話を頂点にするすり鉢型のグラフを描くことから、本作に流れてきた方が一定数いるのかな〜と思ってます。どうぞ、これからもご贔屓に…

初投稿から読んでいただいてる方もどうぞ、これからもよろしくお願いします。


「来たな。適当に座れ」

 

応接室に呼ばれた3人に促す千冬はどこか柔らかくなっている

 

「もう5時過ぎだ、私の仕事は終わった」

 

コレはもう織斑先生ではなく、織斑千冬だ、ということだろう

 

「お前ら、昼は何を騒いでいた?」

 

「私が櫻に平手打ちを」

 

「ほう、箒、自分でその理由がわかるか?」

 

「私は櫻が憎かった、姉さんを、家族を奪ったこいつが」

 

「そうか、一夏はどうせそこに駆けつけた、ってとこだろう」

 

「偶然、な」

 

「それで、櫻、お前はどう思っている? 箒に殴られる道理があるのか?」

 

「箒ちゃんがそう思ってるなら仕方ないよ。束さんと千冬さんとISを作ったのは事実だし、それで篠ノ之家がバラバラに成ったのも事実だから」

 

「束をお姉ちゃん、とは呼ばないんだな」

 

黙って箒に目線を送ると、千冬も察したようで

 

 

「そうか。櫻、束は日本にいるのか?」

 

「ええ、今月中は日本に居ると思いますよ」

 

「あいつに電話をつなげるか?」

 

「もちろん」

 

「なら頼む、あいつの口から妹に説明するべきだろうしな。それで箒、自分からすべてを奪った櫻を殴ってどうだ? 少しは気が晴れたか?」

 

電話を掛ける櫻の横で箒が顔をしかめる

 

 

「いえ、特には」

 

「だろうな、憎しみは力で消えないものだ。つながったか」

 

「もすもす、終日。束さんだよ? どうしたの、さくちん。束さんが恋しくなった?」

 

「残念だが、櫻は学園生活を楽しんでいるようだ」

 

「げっ、ちーちゃん、なんで」

 

「げっ。とは何だ。お前の妹がクラスメートを殴ったから、生活指導だ」

 

「箒ちゃんが? さくちんを?」

 

「ああ、だからお前を呼び立てた」

 

「そう。箒ちゃんもそこにいるんでしょ?」

 

「ええ、久しぶりですね。姉さん」

 

「久しふりだね、箒ちゃん。まだ私を姉さんって呼んでくれるんだ」

 

「もちろん、大切な家族ですから」

 

「そっか、で、箒ちゃんはその大切な家族をバラバラにされたのをさくちんのせいにして殴ったとか?」

 

図星を指された様で、箒は苦しい顔を浮かべていた

 

「そのとおりみたいだな。それで、私達が何を思ってISを作ったのか教えてやろうと思ってな。せっかくIS制作に関わった者が集まったんだ。そろそろ事実を知ってもいいだろう」

 

「そっか。さくちん、カメラつけて」

 

「はい」

 

テーブルの真ん中に携帯を置き、カメラユニットを浮遊させる

 

「あ、いっくんも居るんだ。久しぶりだね。モンド・グロッソのときぶりかな?」

 

「久しぶりです、束さん」

 

「役者は揃った、ってわけか。じゃ、ちーちゃん、さくちん、語ろう。思い出を、楽しかった日々を」

 

 

そしてIS開発に携わった3人は語り始めた。

10年前、束のPCの中で眠っていたアイデアに櫻が興味を持ったことから始まり、マンションの中の研究所にほぼ毎日こもって最初のIS、白騎士を作り上げるまでのことを。

 

そして、白騎士事件と呼ばれる出来事のことも。

紫苑から第二の自分を与えられ、櫻に生かされたことも

 

 

 

「箒ちゃん、私はね、ちーちゃんとさくちんとISを作れてよかったと思ってるよ。結果的には家族は離れちゃったけど、離れていても家族は家族でしょ? 私はさくちんやママさんと一緒に過ごして初めてわかったよ。これも全部、ISが与えてくれたもの。ISが、私に生きる意味と人を愛することを学ぶきっかけをくれた。だから、幸せなことも、良かったことも、全部受け止められるんだ」

 

「箒、私も束がISを作った事に感謝している。私に翼を与えてくれたんだ、束の夢を叶え、自分を高める翼をな。ISのお陰で私は様々なことを経験し、様々なことを学んだ。そして今の地位がある。確かに一夏には危ない目に会わせてしまった、だが、それをも糧にし、二度と繰り返さないと誓ったから今の私があるんだ」

 

「箒ちゃん、私は束さんや千冬さんとISを作ったことを誇りに思ってる。世紀の大天才と、世界最強と一緒に過ごして、私自身が強くなれた。海外に逃げた後、束さんと一緒に過ごして、束さんをお姉ちゃんと呼んで束お姉ちゃんが人々の中で生きる瞬間を見て、千冬さんが世界最強になる瞬間を目に焼き付け、私は幸せだった。だから、私はいま、この地位でやるべきことをやるんだ。2人と、ISがくれた力で、世界を変えたいと願った」

 

 

「「「私は今の私であることを後悔なんてしてない(よ)、私が私であるきっかけをくれたみんなに感謝してるんだ」」」

 

 

3人は語った、今までの事実を、自分の思いを

 

 

箒は以前とかなり印象の変わった姉に驚き、その変化を生み出した櫻や紫苑に感謝すら感じていた

束は天災ではなく普通の女性になった、にわかには信じられないが、千冬や一夏の反応を見ればわかる

 

「一夏、今まで隠していたが、お前が拐われたときに真っ先に助けたのは私ではないんだ。束が気付き、櫻が助けた。私は利用されただけだったんだ。すまなかった」

 

「そうだったのか…… 櫻、束さん、ありがとう。俺を助けてくれて。千冬姉を変えてくれて」

 

「あの時上げたお守りはそういうこともあろうかと作ったんだけど、まさかその日のうちに役立つとは束さんも思わなかったな」

 

 

思わず苦笑いする一夏と束、空気を裂いたのはやはり箒だった

 

「姉さん、あなたは変わった」

 

「そうだね、もう普通に会社でお仕事もしてるよ」

 

「これもすべて櫻のおかげといいますか?」

 

「ママさんに新しい戸籍をもらって、さくちんに働く場所をもらった。そこからは自然と良くなったよ。500万ユーロも借金背負うわけにいかなかったからね」

 

「そうですか」

 

話を区切ると箒はいきなり立ち上がって頭を下げた

 

「櫻、済まなかった。姉さんを変えてくれたことに感謝こそすれ、殴るなどと。本当に済まなかった」

 

「いいんだよ、箒ちゃん。変わったのは本人の意志だから。私とムッティはきっかけを与えたに過ぎないもん」

 

「束様、そろそろディナーの時間だと紫苑様が。あ、お話中でしたか、失礼しました」

 

運悪く出てきてしまったのはクロエ、それも自分たちとあまり歳の変わらない少女が仰々しい呼び方をしたものだから怪しいことこの上ない

 

 

「「束(姉さん)そいつは誰だ」」

 

「え~っと、私の娘。かな?」

 

「すまない、もう一度言ってくれないか?」

 

「束さんの娘みたいな子だよ」

 

「姉さん、いつの間に生命に手を出したのですか?」

 

「決して束さんが作ったわけじゃないんだよ! さくちん、助けて!」

 

「クロエはウチで拾った子ですよ」

 

「拾ったって、どういうことだよ」

 

今まで黙っていた一夏も思わず口をはさむ

 

「言葉通りの意味だよ」

 

千冬に目で「言いにくい事情がある」と訴えると察してくれたようで、助け舟を出してくれる

 

 

「なんだ、養子か。束が慈善事業に手を出すとは、世も末だな」

 

「束さんだって人助けくらいするよ!」

 

「なんだ、養子か」

 

「はぁ、あまり心配をかけないでください」

 

「くーちゃんは束さんがちゃんと育ててるんだよ? 今回だって折角日本に滞在するんだし、いっぱい日本の文化を勉強してほしいね」

 

「まさか束に先を越されるとはな……」

 

「千冬姉、何か言ったか?」

 

「いや、なんでもないさ。お前ら、そろそろ食堂が閉まる。今日は解散だ」

 

やっとか、と言わんばかりに一夏が携帯を見ると

 

「げっ、もうこんな時間か、箒急ぐぞ!」

 

「い、一夏、引っ張るな!」

 

慌ただしく出て行く2人を見届けると、

 

「で、束、あの子はなんだ?」

 

「ちーちゃんがドイツで教えてた黒ウサギ隊のアドバンスド、彼女のプロトタイプだよ」

 

「まさか……」

 

「本当だよ? くーちゃん、居る?」

 

「はい、束様。なんでしょう」

 

「くーちゃんはちーちゃんに会ったことなかったよね。繋いでるよ」

 

「クロエ・クロニクルです。はじめまして、千冬様。お話は束様より伺っております」

 

「どんな話を聞いたのか気になるが、まずお前は本当にアドバンスドなのか?」

 

「正確には異なりますが、ほぼ同じです。ラウラ・ボーデヴィッヒは私の成功例みたいなものですね」

 

「そんな、だが現実か……」

 

「現実です。彼女は上手く行った、だからあの目が証拠です。でも私は違う、失敗し、次の実験の被験体になる瞬間を待っていた。紫苑様が来るまでは」

 

「苦しいことを聞いたな、すまない」

 

「いえ、事実ですから」

 

「これは紫苑さんの教育の賜だな」

 

「ムッティの実子がここにいるよーっ」

 

「櫻様、今朝方ぶりです、学園はどうでしょうか?」

 

「いろいろあって疲れたね、特に私の知り合いが……」

 

「なにはともあれ、無事に過ごせそうでよかったです」

 

「そうだね、千冬さんもいるし」

 

「そろそろ良い時間だ。束、今度は2人で飲みにでも行こう。紫苑さんにもよろしく伝えてくれ」

 

「楽しみにしてるよ! そうだ、さくちんの夢見草、アップデートして送ったから確認しておいてね! 束さんお手製の第四世代機だよ!」

 

「ん? 櫻はすでに専用機を持っているんじゃないのか?」

 

「アレは似非第四世代だよ。今の世間一般の技術じゃ出来ないから、既存の技術でそれっぽく再現して、進化のヒントを与えてるんだよ?」

 

「束……あんまり世間にひけらかすなよ? 学園でやられると困るのは私なんだ」

 

「その時はごめんね。もう一つ、いっくんの専用機だけど、明日には完成させるって報告があったから、週明けにはそっちに着くよ」

 

「お前は手を加えてないのか? 珍しい」

 

「どうだろうね? 実際に届いてのお楽しみ。それじゃ、またね。ちーちゃん、さくちん」

 

「ああ、またな」

 

「おやすみ、お姉ちゃん」

 

 

そして切れるとカメラユニットが収まる。

残された2人は大きく息を吐くと満足そうな顔をしていた

 

 

「そうだ櫻、もう食堂に行っても間に合わないだろ、夕飯はどうする?」

 

「全く考えてませんでした、千冬さんの部屋になにかないんですか?」

 

「カップ麺ならあるな、ソレでいいか?」

 

「もちろん。今日はいろいろありすぎて疲れたのとお腹が空いたのとで……」

 

「お前も苦労が絶えないようだな」

 

「千冬さんも。毎年毎年馬鹿ばかりってことは今までもそうだったんでしょ?」

 

「そうだな、毎年あんな感じだ。戸締まりするから一旦出ろ」

 

慣れた手つきで鍵を確認し、電子ロックをかけると

 

「よし、私の部屋でいいな。こっちだ」

 

 

そう言ってまっすぐ寮に向かう千冬を櫻が追う

 

行き着いた先は、寮長室

 

 

「千冬さんって……」

 

「ああ、ここの寮長もやっている。他にも役職ばかり押し付けられてな……」

 

中に入ると散々たる状況。

散らかった空き缶に無造作に脱ぎ捨てられた衣類、テーブルにも空き缶とおつまみの袋。とてもいい年の女性の部屋とは思えない。

 

 

「一つ幻想が崩壊した……」

 

「どうかしたか?」

 

「いいえ、何も。お、かなりの種類置いてますね」

 

「安いのばかりでもいいが、数回食べると飽きるからな。いろいろおいている。好きなのを持ってこい。お湯を沸かしてくる」

 

「コレおいしそ、千冬さんは何にしますか?」

 

「一番の醤油だ」

 

「分かりました」

 

 

そうして、生徒と教師の二人が散らかった部屋でカップ麺をテーブルに並べていると荒々しくドアがノックされ

 

 

「織斑先生、大変です! 寮の入り口付近に不審物が!」

 

「分かった、今行く。櫻はそれをたべたら部屋にもどれ」

 

「はい」

 

ドアの向こうには緑髪と眼鏡のフレームがちらりと見えたので山田先生だろう

それにしても新学年そうそう大変だなぁ、などと思いつつケトルからお湯を入れて、3分待機。

さぁ、待ちに待った夕食だ、というところでドアが開かれた

 

「櫻、居るか?」

 

「ええ、ちょうど3分たったところです」

 

「いや、おまえに用があってな。多分束だ……」

 

「あぁ……今行きます」

 

寮の玄関から外にでると、コンクリートに生える、もとい突き刺さっているのはニンジンのような何か。

それに近づくと

 

「天草さん、それはもしかしたら! と、とにかく危ないかもしれないので離れてください!」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ただのニンジンですから」

 

ヒョイと引っこ抜くとニンジンを叩き割る。山田先生の小さい悲鳴が聞こえたがこの際気にしない。

 

「束か?」

 

「そうですね、夢見草が届いたようです」

 

そう言って千冬に桜の花びらをかたどった髪飾りを見せる

 

 

「あまり人目につかないようにな」

 

「ええ、授業をではもう一つの方を使います」

 

「一人で467の内2つを使うとは、贅沢なやつだ」

 

「夢見草のコアは非登録ですよ、千冬さんも知ってるでしょ?」

 

「そうだったな、まぁ目立たないように気をつけろ」

 

「ええ、そうします」

 

「よし、なら今日はもう寝ろ。明日から通常授業だ」

 

「はい、おやすみなさい千冬さん」

 

「おやすみ、櫻」

 

 

去り際に山田先生への挨拶も済ませ自室へ

部屋にはいるとすでに本音は寝ているようだ

 

「うあぁ、づがれだ~」

 

 

 

 

ベッドに倒れこむと「そういえばカップ麺食べてないや……」とか思ったが、気がつけばそのまま眠りに落ち、長い長い学園生活初日は幕を閉じた



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クラス代表決定のまえに

ここは学園からモノレールでしばらく行った少し大きめの町

駅前には大型ショッピングモールがあり、だいたいのものはそこで揃うようだ

 

それで、学園に入って初めての週末にこんなところで何をしているかといえば。

「さくさくの着ぐるみパジャマを買うよ~」と本音に押し切られ、簪とともに駅前に居る

同室なのに本音が居ないのだ

 

 

 

「櫻さんはなにかお仕事でもしてるの?」

 

「うん、企業連のCEOだよ」

 

「へぇ……えぇ?」

 

普通に返事をした簪が言葉を理解すると驚く

 

 

「え~っと? 企業連のCEOってふゅりゅ……ふゅる……、とりあえず名前が呼びにくい人だよね」

 

「フュルステンベルクとは私のことよ」

 

「本当? 冗談って言うなら今だよ?」

 

「ホントホント、今度名刺でも渡そうか?」

 

「え! じゃぁトーラスの……。はっ、いや、いいよ」

 

「簪ちゃんはトーラスが好きなの?」

 

「え、え~っと。企業戦士アクアビットマンってアニメを見てからアクアビットのファンなんだけどね、もう消滅しちゃったし」

 

「なるほどねぇ、それでトーラスと。簪ちゃんって変態?」

 

「ななな、なんでそうなるのぉ!?」

 

ケラケラと笑う櫻を顔を赤くしてぽかぽか叩く簪、ちょうどそこに本音がやってきた

 

 

「ごめんね~、待ったぁ~?」

 

「本音、遅い」

 

「30分は待ったかな?」

 

「えぇ~そんな~」

 

今日の発起人たる本音は30分遅刻してやってきた。もちろん理由は寝坊である

櫻も起こそうとしたが、15分粘っても起きないので、適当に置いてきてあとでなにか奢らせようと考えていた

 

 

「でも、さくさくが起こしてくれてれば~」

 

「起こそうとしても『あと10分~』とか言って起きなかったじゃん」

 

「あうぅ」

 

「じゃ、立ってるのも疲れたし軽く何か食べる? 本音のおごりで」

 

「いいね、本音、ごちそうさま」

 

「さくさくもかんちゃんも酷いよ~」

 

3人はショッピングモール『レゾナンス』の1階に入るカフェでブレックファストとした

 

 

「かんちゃんのベーグル一口頂戴」

 

「はぁ……はい、あーん」

 

さり気なくやってるが、この2人は……いやいや。お固い簪ちゃんに限ってそんな

などと不埒な妄想を振り払い、自分の朝食を貪る

 

 

「さくさくのも一口ちょう……もう無いの?」

 

「ただのトーストだし、もらってもつまんないでしょ」

 

「さくさくのだからいいの~」

 

「はぁ……」

 

「それで、本音。今日はどこに行くの?」

 

「いつものお店だよ?」

 

「また着ぐるみを増やすつもり?」

 

「今日はさくさくのだよ~かんちゃんも買う?」

 

「だから私はああいうのは……」

 

「簪ちゃんも買っちゃえば? 似合うんじゃない?」

 

「櫻さんまで」

 

「けって~い、かんちゃんは何が合うかな? 今からたのしみだよ~」

 

もう出発の雰囲気だったので、慌ててコーヒーを流し込み、伝票を持って会計へ向かう

そして支払いを済ませながら「あ、本音に奢らせるんだった」と自分の失態を悔やんだ

 

 

「さくさくごちそうさま~」

 

「くっ、図られた」

 

「あまりにも自然な動作で気付かなかったよ、ごちそうさまでした」

 

「じゃ、こっちだよ~」

 

そうして本音はレゾナンスの外へ向かう

 

 

「え? 中にあるんじゃないの?」

 

「違うよ~プチアニは少し遠いんだ~」

 

「プチアニ?」

 

「本音の行きつけのお店、petit animals でプチアニ」

 

「へぇ、そんなに前から着ぐるみパジャマなの?」

 

「多分中学に入った頃にはすでに」

 

「あぁ……」

 

しばらく大通りに沿って進み、脇道に入る。そして更に路地へ。本音の足に迷いはない

 

 

「ここで~す」

 

「かわいい……」

 

「でしょでしょ~」

 

住宅街に紛れ込むのは、どこかアニメに出てきそうなファンシーなお店。

ショーケースにはぬいぐるみが並び、そこから店内を覗くと動物グッズでうめつくされている

 

本音が扉を引くと、カランカランと鈴が鳴り奥から白いエプロンの女性が出てくる

 

 

「あら、のほほんちゃん、簪ちゃんいらっしゃい。そちらの美人さんはお友達?」

 

「そうだよ~学園で出来たお友達なの~」

 

「のほほんちゃん?」

 

「うさこさんはなぜか私をのほほんちゃん、って呼ぶんだよ~」

 

「まぁ、わかる気がする」

 

"のほ"とけ"ほん"ねでのほほんねぇ……と謎のあだ名の由来を紐解いたところで本音はさっそく店主と話し始めた

 

 

「それでね~今日はかんちゃんとさくさくの着ぐるみパジャマが欲しいんだけど」

 

「簪ちゃんはいいかもしれないけど、こっちの娘はサイズが無いかもね。着れてもダボダボ感がなくなっちゃうし」

 

「だよね~ じゃぁ、特注で!」

 

2人の会話に不穏な単語が出た気が

着ぐるみパジャマを特注?

 

 

「ついでにかんちゃんのも作っちゃおうか、じゃぁね、かんちゃんはペンギンで~さくさくは狼! 2人共身長教えて~」

 

「176」

 

「153。櫻さん背高いね」

 

「日本だと目立って仕方ないけどね」

 

「簪ちゃんが153のペンギンで、美人さんはさくちゃん? が176の狼、っと。他にも測るからさくちゃんから奥で上脱いで」

 

店主に進められ店の奥へ

櫻がいないところで残された2人は

 

 

「さくさくってスレンダーでいいカラダしてるよね~」

 

「どうしたら背が伸びるのかな?」

 

「やっぱり血筋じゃないのかな? さくさくってドイツのハーフでしょ~?」

 

「だよねぇ……」

 

「ソレばかりはどうにもならないよ、かんちゃん」

 

 

さっさとサイズを測り終えた櫻が簪と代わると

 

 

「かんちゃんがね~さくさくの背の高さの秘訣を気にしてたよ~」

 

「あぁ、私も牛乳飲んだり運動したりいろいろしたよ? だからヨーロッパでも高いほうだし」

 

「さくさくもそんなことしてたんだね~放っておいても背が高いのかと思ってたよ~」

 

「少しは努力したからねぇ」

 

「でもおっぱいはそうでもないね~」

 

「うっ……」

 

櫻の胸は小さくは無いが、背が高くなるとどうしても目立たなくなってしまう。

やはり女の子でも気になるのだ

 

そこに簪も帰還

 

 

「はい、2人共測り終わったし、2週間位で作るから。できたらのほほんちゃんに連絡するわ」

 

「よろしく~」

 

「はい。じゃ、お会計ね。1着あたり25,000円ね」

 

「ほ、本音。そんなにするなんて聞いてないよ?」

 

「言ってなかったっけ~? ごめんね、かんちゃん」

 

従者と主人の間に一悶着ある間に、櫻はスマートに会計を済ませようとしていた

 

 

「カードは使えますか?」

 

「大丈夫よ。学生さんなのにカード払いとは、リッチねぇ」

 

「えへへ。じゃあ、まとめて一括で」

 

「はい。まいどね。簪ちゃんに美味しいものでもおごってもらいなさい」

 

「そうします」

 

簪がうさこに完成時支払いを掛け合おうとすると「さくちゃんが払ってくれたわ。ちゃんと返しなさいよ?」と諭されていた

 

 

「櫻さん、ありがとう。あとで返すから」

 

「さすがにあの値段だとはね……」

 

「だよねぇ」

 

「オーダーメイドじゃなければ12,500円よ。それに狼なんてラインナップに無いから型から作るのよ?」

 

「そうなんですか? それでも1着持ってれば満足できる価格設定……」

 

「普通は何着も買うお客さんはいないわよ。それこそのほほんちゃんくらいね」

 

「本音は何着持ってるの?」

 

「え~っと。普段置いてるのはコンプリートしてあるから~。何着?」

 

「全部で15着ね。ほんと、のほほんちゃんのお陰で大助かりよ」

 

なんて数買い揃えていくら掛けたんだ……と櫻と簪は思ったが、口にだすことはしなかった

 

 

「じゃあ、お昼いこ~。うさこさん、またね~」

 

「お邪魔しました」

 

「完成を楽しみにしててね」

 

再び鈴の音を鳴らして外に出る。そして来た道を本音の先導で駅前まで戻るとそのままレゾナンスへ入っていた

 

フロアを上がるエレベーターで話す内容と言ったら昼食の内容だ

 

 

「お昼は何にしよっか~」

 

「ここならなんでもあるから迷うね」

 

「とりあえずファミレスでも行く?」

 

「だね~」

 

そう言ってレストランフロアのファミレスに入る

時間がピークとずれていたようで、あまり待つことなく案内されると本音が早速メニューを広げる

 

 

「かんちゃんはどれにする? 私はハンバーグセットかな~」

 

「決めるの早いよ。どれにしようかな」

 

「私はミートソースのスパゲッティで」

 

「え、櫻さんも。どれにしようかなぁ」

 

「慌てなくてもいいよ?」

 

「そうだよ~」

 

「う~ん、じゃあ和風おろしハンバーグかなぁ?」

 

「みんなドリンクバー要るよね~、ぽちっと」

 

やってきたウエイターに本音が注文を伝えると、話す内容は学園のことに移る

 

 

「そういえば、簪ちゃんって代表候補生なんでしょ? 候補生ってなにするの?」

 

「う~ん、ISの実技はもちろんだけど、座学もやってたよ。今は学園で一定以上の成績を出すことが仕事かな」

 

「かんちゃんは機体のこともあるし、大変だよね~」

 

「え? 機体に不具合でもあるの?」

 

「え、いや。え~っと……」

 

「かんちゃんの機体は未完成だから、かんちゃんが自力でつくってるんだ~。偉いね~」

 

「そうだったの? なんかごめんね」

 

「ううん、気にしないで。仕方のないことだから」

 

「そうだ、さくさくにかんちゃんのIS作りを手伝ってもらえばいいよ~」

 

「いいの? そんな国家機密の塊を私が触って」

 

「いいんじゃないかな~? ね、かんちゃん」

 

「でも、私が自分で作らないと……」

 

「まぁ、そうだよね」

 

「ごめんね。櫻さんの技術力は欲しいけど、私がやらないとならないことだから」

 

 

「お待たせいたしました」

 

そこに料理が届くと会話が途切れる。

本音は目を輝かせていたが……

 

 

 

 

 

 

ひと通り食べ終えると本音に伝票を押し付けて櫻と簪は一足先に店外へ出た

 

 

「まぁ、私にできることがあったら言ってね。何ならトーラスの技術者も連れてこれるから」

 

「さすがにそこまでの大所帯は……」

 

「冗談だよ、出来なくはないけど」

 

「それって冗談って言わないんじゃないの?」

 

「どうだろうね?」

 

「もう、さくさくもかんちゃんも酷いよ~」

 

「本音、ごちそうさま~」

 

「遅刻したから仕方ないね、本音」

 

「じゃ、次はデザートを簪ちゃん持ちで行くかな~」

 

「えぇ~」

 

「いいお店知ってるよ~」

 

「あそこは高いからダメ!」

 

「なんでよ~」

 

 

 

その後、簪のおごりで何故かメイドカフェでパフェを食べた3人だったが、簪はどこか寂しそうな顔をしていた

 

 

 

 

 

「今月の給料まだなのに……」



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クラス代表決定戦

週が明けた月曜日、1年1組はどこか浮ついた空気に包まれていた

そこに暴君千冬が入るとやはり空気が変わる。だが隠しきれなかったようだ

 

「おはよう、HRを始めるぞ。ほら、クラス代表が決まるからと言って浮ついた気分で居るんじゃない。切り替えろ」

 

千冬の言葉は効果覿面で、一瞬で空気が切り替わる。

 

 

「よし、今日の連絡事項を伝える。今週から通常の時間割だ、各自確認しておけ。それと、ISスーツの購入申し込みをまだ済ませていないものは水曜までに出すこと。以上だ。織斑、来い、話がある」

 

千冬に何かを伝えられている一夏が表情をコロコロと変えている。専用機でも出来たのだろう

 

話を終えて出て行くと、変わって山田先生が教室に入る

この先生は教師というより、勉強のできる友達のようで親しみやすい。早くも「やまや」とか「まやまや」などのあだ名が付けられるのもわかる。もっとも「やまや」だけは本人が全力で否定していたから、あまりいい思い出はないのだろう

 

 

「おはようございま~す。あと3分で始めますから、準備を済ませちゃってくださいね」

 

というわけで、今日も1日がんばろう。あ、本音がいない……

 

 

-----------------------------

 

 

1日の授業を終え、1組の面々は第3アリーナに集まっていた

セシリア対一夏のクラス代表決定戦が始まろうとしている

 

 

「ついに始まるね~おりむ~勝てるかなぁ?」

 

「ムリだろうね、ラファールにしろ打鉄にしろ、一夏じゃ銃が使えないから近接戦闘に持ち込まざるを得ない。でも、イギリスのISがそんな真似を許すわけがないよ」

 

「へぇ~せっしーのISがわかるの?」

 

「前に『イギリスらしいIS』って言ってたから、たぶん遠距離狙撃型だね」

 

話をする間に、セシリア側のピットから青い機体が打ち上がる

 

 

「ほら、お出ましだ」

 

装甲からレーザーライフルまで、全てが青い

まぁ、ここでブリティッシュグリーンにしなかったセンスを褒めよう。あんな渋い色の機体は乗りたくない

 

 

「ほんとだ~さくさくの言うとおりおっきなライフル持ってるね~」

 

「それに、第三世代だから他にも武装があるわけだ」

 

「そっか~おりむ~大変だね~」

 

「一夏もでてくるよ」

 

反対側から上がるのは無骨な白銀、なんでもみえ~る君を使って分析をかけると

 

 

「うそ、あれ一次移行(ファーストシフト)すらしてないじゃん!」

 

「それじゃあおりむ~負けちゃうね~」

 

「それに持ってるのは近接ブレードだし……」

 

「始まるよ~」

 

 

スクリーンにはカウントダウン

 

3...

 

2...

 

1...

 

青と白がぶつかる

 

 

「やっぱり一夏は防戦一方だね」

 

「せっしー射撃上手だね~」

 

一夏を近づかせずに一方的にダメージを与え続けるセシリア

稼働時間はもとより、実践的な訓練に割いた時間が圧倒的に違う

 

 

「でも初期でこれだからまだ頑張ってる方じゃない?」

 

「だね~。練習機だったらどうなってたかな~?」

 

「蹂躙されて終わり。かな」

 

わぁっ、と歓声が上がる。見れば一夏のISが白い光に包まれている

 

 

「一次移行だね。ほんとギリギリだなぁ」

 

「あれが一次移行なの? すごいね~」

 

光が収まると、無骨なシルエットは洗練され、スムーズな流れを持ったものに

手に持つ近接ブレードもエネルギー刃を持つものに変わっている

 

 

「おりむ~の専用機かっこいいね~」

 

「アレって……まさかね」

 

櫻はそのシルエットになんとなく既視感を覚えた。千冬も同様だろう

メインカラーは白、そこに入る差し色の青と黄。背中のウイングスラスターもそうだ。

これはまるで

 

 

「白騎士じゃない……」

 

「ん? なにか言った~?」

 

「なんでもないよ。あ、一夏が動いた!」

 

「えっ? わぁ速いね~」

 

一夏が瞬時加速で一気にセシリアとの間合いをつめ、ブレードで一閃。

決まった。誰もが思った。だが、勝負とは残酷なもので、スクリーンには Win C.Alcott と映しだされていた

 

 

「えぇ? 今のおりむ~が決めたんじゃないの?」

 

「嘘でしょ……」

 

フィールドでは一夏が腰を抜かしたセシリアに手を差し伸べるているが、そんなことはどうでもいい。問題は一夏の専用機がまるっきり千冬の乗った機体のいいとこ取りなのが問題だ

 

慌てて携帯を取り出すと、なんでもみえ~る君と繋いでデータを移す。そして束に送信

次に束にダイヤルして問いただそうとしたが……

「やっほー、束さんだよ? いま電話に出られないから、メッセージを残すなら……」留守電である。

 

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「さ、さくさく? 大丈夫?」

 

いきなり吼える櫻に周囲の目が向けられる

当の櫻は立ち上がるとコントロールタワーへ向かって歩き出した

 

 

「待ってよ~」

 

それを本音が追いかける

普段は超常識人で、博識で、面倒見のいい人。といった印象を与えていた櫻のクラス内での評価が少し変わった

 

 

 

 

 

「千冬さん! 一夏くんの専用機のデータ提出をお願いします!」

 

「天草、ここでは織斑先生だと――」

 

「今は一夏くんの保護者である千冬さんにお願いしているんです」

 

「はぁ……お前も思ったか?」

 

「だからデータをくださいって言ってるんですよ」

 

「櫻、その気持ちはわかるが、いま一夏の機体は政府持ちだ。そう簡単にデータを公開するわけには行かないんだ。すまないな」

 

「なら、今度から実技の授業に分析機器を持ち込みます。授業に支障が出なければいいでしょう?」

 

「ダメだ。あのバカが作るものだ、意味の分からない機能がついてくるにきまっている」

 

千冬と櫻が話す内容は、一夏の専用機絡みだとはわかるが、ところどころ主語がはぐらかされてわからない

 

 

「よくわかんないよ~」

 

「布仏さん、お茶飲みますか?」

 

「あ、いただきま~す」

 

本音はどこまでも本音だった。

 

千冬と櫻は議論を交わし、本音と山田先生は放課後ティータイム。なんとも不思議な時間だったが、しばらくすると話は終わったようで、千冬と櫻がお茶会に加わる

 

 

「織斑先生、天草さん、お話は終わったんですか?」

 

「ええ、まぁ」

 

「本人は不本意なようだがな」

 

「世の中うまくいかないことのほうが多いのは仕方のないことですから」

 

「はぁ……」

 

「そうだ、本人に頼んでみればいい。だがこっそりな。企業への流用などは厳禁だ」

 

「データの扱いくらいはわかりますよ。私はただ明らかにアレが――」

 

「そういえば、布仏。天草と一緒にいることが多いが、どういうきっかけだ?」

 

「さくさくには入学式の時にクラス分けの表を見てもらったんです。それに部屋も一緒だし」

 

さすがの本音も"織斑先生"の前ではまともに喋るのか……とここにいる誰もが思った

 

 

「コイツは背が高いからなぁ、それ以外はアレだが」

 

「アレって何ですか、アレって!」

 

「いや、なんでもないぞ? ただ慎ましやかだなぁ、と思っただけだ」

 

「どうせ私は……」

 

「さくさく~、元気だしてね? あとでおやつ食べよ?」

 

「うん、本音ぇ」

 

「仲がいいですねぇ。私も先輩にこんな風に……」

 

最後の方は殆ど聞こえなかったが、紫苑直伝の読心術はごまかせない

 

 

「どんなふうにされたかったんだ? 真耶」

 

「ふぇっ? い、いやっ。なんでもないですっ!」

 

「織斑先生とまやまやってどういう関係なんですか? 学校の教師、ってだけじゃないですよね~?」

 

だんだん本音のしっぽが出始めている

千冬や山田先生は気にしていないようだが

 

 

「真耶は私の代表候補生時代の後輩だ。射撃ならヴァルキリーになりうる技術を持ってるからな」

 

「山田先生実はすごい人っ!?」

 

「そんなことは無いですよ? ただ人よりちょっと射撃が得意だっただけで、それ以外は先輩に敵いませんし」

 

「本人はこういうが、少なくとも代表候補生になれた実力の持ち主だ。あまり舐めるなよ?」

 

「「はいっ」」

 

「先輩、生徒を脅すようなことは……」

 

「なに、布仏は初めてだろうが、櫻は慣れてるだろ」

 

「ええ、まぁ」

 

「さくさくと織斑先生も何かあったの?」

 

「ちっちゃい頃に、一夏くんや箒ちゃんと剣道をやっててね。その頃に知り合ったんだ」

 

「まぁ、櫻は1年もせずにドイツへ帰ってしまったが、モンド・グロッソに応援に来てくれたりしていたな」

 

「へぇ~、さくさくは顔が広いね~。せっしーとも知り合いみたいだったし」

 

「ほう、初耳だな」

 

「ウチの会社でやったパーティーにセシリアが来てたんですよ。同年代の子もいなかったし自然と話すようになって」

 

「え? ウチの会社?」

 

山田先生だけは会話についていけていないようだ

千冬が補足する

 

 

「天草の所属欄が企業連になっているのは、コイツが企業連のプレジデントだからだ。家族構成の備考欄になかったか?」

 

「そこまでは見てませんでした……」

 

「まあそうだろうな」

 

「ってことは謎のフュルステンベルク社長って天草さんなんですか? すごいです!」

 

「櫻・天草・フュルステンベルク。が私のフルネームですからね。いまは面倒なので母方の姓を名乗ってますけど」

 

「このまえさくさくがカードでお買い物してるのを見た時はお金持ちだなぁって思ったよ~」

 

「生徒に収入で抜かされるのは、なんとも悲しいものだな」

 

「そうですね……」

 

「え、私まずいこと言ったかな~?」

 

「本音は悪くないよ。じゃあ、私達は部屋へ戻りますね」

 

「ああ、予習復習はやっておけよ」

 

「夕飯を食べたら歯を磨くことを忘れないで下さいね」

 

「「失礼しました~」」

 

山田先生、なんだか教育テレビのおねえさんみたいです……

 

寮までの距離はそこそこあるため、話にも花が咲く

 

 

「さくさくも専用機もってるの?」

 

「もちろん。企業連の技術の粋を集めた機体を持ってきてるよ」

 

「どんなの~?」

 

「実際に見てのお楽しみかな?」

 

「こんばんは~」

 

いきなり声を掛けられ、とっさに振り向く

そこには見慣れた青髪

 

 

「え? 簪ちゃん? でもそんな甘ったるい喋り方じゃ……」

 

「甘ったるいって……私は簪の姉の楯無って言うの、生徒会長をやってるわ。天草さんに用があってきたんだけど」

 

「おじょうさまだ~」

 

「本音も一緒なのね、話が早く済みそうだわ」

 

「えっと、状況が飲み込めないんですけど。先輩はどういう要件で?」

 

「天草さんは簪ちゃんと仲良くしてるのよね?」

 

「ええ、まぁ」

 

「私とかんちゃんとさくさくでお出かけしたりしたよ~」

 

「それならいいわ。お願いがあるんだけど。簪ちゃんの専用機開発を手伝って欲しいの!」

 

初対面の後輩におもいっきり頭を下げる先輩

一体何者?

 

 

「なぜ学園に入って1週間の素人にそんなお願いをするんでしょうか?」

 

「あなた、素人じゃないでしょ?」

 

パンッと扇子を開くと「御見通し」の文字

 

 

「どこまで私の素性を知っているのか知りませんけど、私も話を聞いて、必要になったら手を貸す、とは言いましたよ」

 

「簪ちゃんはずっと1人でやるわ」

 

「それまたなぜ?」

 

「私が1人で、正確には私と数人で自分の機体を組み上げたからよ。やっぱり負い目があるんじゃないかしら」

 

「姉妹仲は悪いんですか?」

 

「えっと……」

 

「かんちゃんがおじょうさまを避けてるかな~?」

 

楯無は「悲嘆」と書かれた扇子で口元を隠している

暗くてよくわからないが、面白い扇子だ

 

 

「あっ……えっと、じゃあ、先輩の名前は出さないほうがいいですね」

 

「そうしてちょうだい」

 

「で、簪ちゃんは今何処に?」

 

「第1アリーナの整備室よ。お願いね」

 

「どうなるかはわかりませんよ?」

 

「それと、本音。今度の委員会決めの時には何処にも入らないでね? 生徒会に入ってもらうから」

 

「えっ? お姉ちゃんも居たり?」

 

「もちろん。覚悟しておいてね」

 

「ふぇぇ~」

 

「ま、そういうことで」

 

 

 

そのまま何処かへ向かう楯無を横目に、第1アリーナへ向かった



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簪の本心

楯無に言われた通り第1アリーナの整備室へ入ると、オープンピットで多くの生徒が練習機の調整から専用機のカスタマイズまで、様々な作業を行っている。

リボンタイの色が違うからほとんどが先輩なのだろう

 

アリーナの閉鎖時間は午後8時と決められており、今は7時半。もうそろそろ片付け始める人もちらほらいる中、一人で黙々と作業を続ける姿を見つけた

 

 

「かんちゃんだ~」

 

「しっ、簪ちゃんが気づくまで見てましょ」

 

「なんで~?」

 

「ドッキリを仕掛けたいっていうのが半分、ここに来た理由を考える時間が欲しいのが半分、かな」

 

「確かに、おじょうさまに行けって言われた。とはいえないもんね~」

 

「まぁ、簪ちゃんの専用機を見に、とか言っておけばあとは押し切れそうだけど」

 

「かんちゃんだもんね」

 

そのまま簪を覗き続けること数十分、アリーナ閉鎖の放送が入るもソレに気づく様子もなく作業を続けている

 

 

「そろそろアリーナ閉まっちゃうよ?」

 

「でも、本人がアレだからねぇ」

 

「もう行こうよ、時間だし探しに来たって言えばいいよ~」

 

「それもそうね。お腹すいたし」

 

「私も~」

 

「お~い簪ちゃ~ん」

 

声をかけながら近づくも完全に無視。さすがにおかしいだろうともっと近づいてみれば、イヤホンが付いている

 

 

「こりゃ気づくわけもないよ」

 

「だね~。えいっ」

 

本音がイヤホンを取るとやっと簪の意識がこちらに向いた

 

 

「え、櫻さんに本音? どうしたの?」

 

「時間だから迎えに来たよ~」

 

「え、でもまだ作業が」

 

「休むことも仕事の内、さ、夕飯食べに行こ」

 

「でも、まだ」

 

「何度も同じこと言わせないで。ここのところずっと作業してるらしいじゃん? 休むことも必要だよ」

 

適当にカマをかけたつもりだが、見事に図星だったらしい

簪がいそいそと片付けを始める

 

 

「簪ちゃんはいつまでに機体を組み上げたいの?」

 

「えっ?」

 

「目標の期日とかは定めてないの? って」

 

「ええと、それは……」

 

「ちょっと酷いことを言うけど、簪ちゃんって大事なところが抜けてるよね。わかってるようでわかってない」

 

「それはちょっといいすぎだよ~」

 

「いいの、事実だから。櫻さんの指摘はもっとも」

 

「それで、聞くけど、いつまでに機体を組み上げる? 目標がないとスケジュールも立てられないしね」

 

「6月末。学年別トーナメントには、コレで出る」

 

「言ったね?」

 

「言った。だからやり切る」

 

「よし、ならあとは開発スケジュールを立てよ。ご飯食べながらでいいね」

 

 

どこか上機嫌な櫻を見ながら、簪と本音は改めて櫻を見返す

 

「さくさくは押しが強いよ~」

 

「たぶん、そこまでしないと私が決められないと思ったからだよ。実際になんの予定も立てず場当たり的にやっていたのも事実。そこまで見通されてたんだ、流石だね」

 

「それで、かんちゃんはどうするの?」

 

「何が?」

 

「あと2ヶ月も無いけど、それでも1人でやるの?」

 

「それは……」

 

「やっぱり1人じゃ無理だよ~。さくさくも言ってたでしょ? かんちゃんは私やさくさくに手伝ってもらったら1人で完成させた。ってことにならないとか思ってる?」

 

「そんなことはない……よ」

 

「やっぱり、どこかでそう思うんだ。だから――」

 

言いかけたところで櫻が前で手を振る

 

 

「早くしないと食堂閉まっちゃうよ~?」

 

「今行く!」

 

これ以上聞きたくない、と言うかのように駆け出した簪に、本音は不安を募らせた

 

 

 

 

「さて、簪ちゃんの専用機、え~っと、名前は?」

 

「打鉄弐式」

 

「簪ちゃんの専用機、打鉄弐式の開発会議を始めたいと思います!」

 

「いぇ~い!」

 

「どうしてこうなったんだろう……」

 

もう終了間際ということもあり、閑散とした食堂の一角で本人の意思のないままに会議が初められた

 

 

 

「で、残り1ヶ月半で学年別トーナメントです。それまでに機体を完成させて、結果を残せるまでに仕上げるにはいつまでに機体を完成させるべきでしょうか? ハイ、簪さん、お答えください」

 

「え、えっと、1週間前くらい?」

 

「う~ん、ダメだね。最低でも1ヶ月、普通は半年前には完成させるよ」

 

「それって、半月でかんちゃんは機体を組まないといけないってこと?」

 

「そうだね。例えばオーメルで国家代表の専用機を開発した時のスケジュールだけど、機体の企画設計に1ヶ月、パーツ制作、組み立てに4ヶ月、調整に1ヶ月、実働テストと調整に6ヶ月の1年スパンでやったんだ」

 

「1年……」

 

「そんなのを1ヶ月半でなんて無茶だよ~」

 

「簪ちゃん、機体はいま何処までできていて何が足りないかまとめたことはある?」

 

「えっと、な、ないです」

 

「はぁ。じゃあそこから始めようか」

 

そう言って櫻がポケットからモバイルPCを取り出すと、1つのデータを簪に送った

 

 

「それはウチの会社でも使うワークシート。外装、推進、制御。どこにどのパーツが使われて、どれがどこまでできているかがぱっと見でわかるようになってるんだ」

 

「どれどれ~?」

 

「1ページ目はメイン。全体のスケジュールと進行具合をメモっておくとこだね。2ページ目から順に、制御、外装、推進の順番だよ。武装とかは3ページ目の外装と一緒になってるから」

 

「かんちゃんへの宿題だね?」

 

「その通り、簪には明日までにそれを埋めて私に出して欲しい。そしたらスケジューリングと物資調達は私がやるから」

 

「え、でも……」

 

「いまさら1人でやる。ってのはナシだよ?」

 

「さくさく無理矢理~」

 

「無理矢理にでも手を突っ込まないと簪ちゃんは人の手を借りないでしょ?」

 

「どうしてここまでするの?」

 

「私は、簪ちゃんの友達だと思ってるからなぁ。困ってるなら助けたくなるんだよ」

 

「いらないよ! 頼んでもいないのに!」

 

誰もいなくなった食堂に、簪の叫びが響いた

 

 

「頼まれてなくても、困ってる人がいたら手を差し伸べるのが友達でしょ?」

 

まぁ、私が思ってるだけかも知れないけど。と言って櫻が続ける

 

「私はISに携わるひとりとして、企業を引っ張るひとりとして、倉持のやり方が気に食わないんだよ。身の丈に合わない開発プランを立てて、無理な発注を引き受け、それで片方はおざなりなんて私は許さない。それも操縦者に開発まで丸投げして、完成したら自分たちの手柄にするんだよ?」

 

櫻の目は真剣で、本当に同じISを造る人間として怒りが湧いているようだ。

だから、簪の目をみて、真剣に想いを吐き出した

 

 

「だから思い切って言いたいことを全部言っちゃうよ。簪ちゃんの機体を、私に組ませて欲しい。そんなクズ共切り捨てて、私のところでやりたいことをやって欲しい。不完全な姿で、子どもたちが空を飛ぶ姿は見たくないから」

 

どこか悲しそうな表情で言い切った櫻に、本音は目に涙を浮かべている。

一方の簪は……

 

 

「櫻さんの言ったことはわかる。ただ、私にも私のプライドがある」

 

「比べられた過去を見返すほどの結果が出したいんじゃないの?」

 

「さくさく!」

 

「何を知ってるの? 櫻さん」

 

「簪ちゃんにお姉さんが居て、とても立派な人だってことくらいかな」

 

「それを知った上で私に手を貸そうって言うの? ふざけないでよ!」

 

「これは私の想像だけど。簪ちゃんのお姉さんが1人、または数人のお手伝いだけで機体を作ったから簪ちゃんも1人で機体を作ろうとしている。お姉さんが国家代表になったから、自分もまた国家代表になろうとしている。違うかな?」

 

必死に櫻を睨みつける目が、ソレが事実だと語っていた

前半は楯無に聞いたこと、後半はそこから予想される行動を上げてみただけだが、ここまで効果があるとは思わなかった

 

 

「簪ちゃん、君は誰なの? 君は簪ちゃんであって、お姉さんじゃないよね」

 

「…………」

 

「お姉さんに何を言われたかは知らないけど、姉妹として比較され続けたのは想像できる。それも出来のいい姉を持ってしまったがゆえに、ハードルが上がり続けるっていうのもわかる。だからってまるっきりお姉さんと同じである必要は無いんじゃないかな?」

 

「……でも」

 

「簪ちゃんは簪ちゃんらしく生きればいいと思うんだけど、間違ってるかな?」

 

「でも、私が無能でないとお姉ちゃんにわかってもらいたいの! お姉ちゃんに認めて欲しいの! そのためにはこれしかないんだよ!」

 

 

今まで見たことがない簪の叫びに櫻は優しく微笑み、本音は目を見開かせている

 

 

「やっと言ってくれたね。それが簪ちゃんの本心かな」

 

「かんちゃん……」

 

「私は、そのために頑張ってきたんだよ……」

 

「私には望みを叶えてあげることは出来ない。でも、そのお手伝いはできると思うんだ。やらせてくれない? 簪ちゃん」

 

簪は櫻を真剣に見ながら願いを伝えた

自分のすべてを、正直に。

 

 

「櫻さん。私にお姉ちゃんを頷かせる力を、お姉ちゃんを超えるだけの翼を頂戴。それで私はお姉ちゃんに私を見てもらう、認めてもらう。だから、私に力を貸して欲しい」

 

「よく言ってくれたね。頑張った」

 

 

そう言って簪を抱きしめるとこらえていたものを吐き出すように泣きはじめた

 

櫻はわざと怒りを買うことで簪に本心を吐き出させた。信頼に乏しいならそれ以外の手段で、と言わんばかりのやり方に本音は舌を巻いた。

これだけ自分を晒せば足りなかった信頼も埋まるだろう、普段から気兼ねなく自分を晒せる相手になってくれる。そう思った

 

 

 

「簪ちゃんがあんなに感情を表に出すなんて……あの子何者かしら。それでも、天草さんがお友達になってくれてよかった」

 

柱に隠れて様子をうかがう駄姉

もちろん、櫻はその視線に気づいていたが、これも姉妹仲を取り持つため、とあえて気づかぬふりをしていた

 

簪を宥めながら楯無に顔を向け、口元だけで「貸し1つです」と告げる

 

 

「天草櫻。恐ろしい子っ」

 

 

-----------------------------

 

部屋に戻った2人はさっさとシャワーを浴び、ベッドに入っていた

 

 

「ねぇ、さくさく。さっきは狙ってやってたの?」

 

「そうだね、まだ会ってそんなに時間も経ってないから本音なんて言いにくいでしょ? だったら感情的に吐き出させたほうが確実だからね」

 

「きっとかんちゃんの心にグサグサいってたよ~。もしこうならなかったらどうするつもりだったの?」

 

「考えてなかったなぁ。多分本音をダシに何かしたと思う」

 

「えぇ~、もっと先を見てやってると思ったよ~」

 

「簪ちゃんは普段から感情を抑圧してるだろうから、刺激を与えれば爆発すると思ったんだよね。それが上手く行った、と」

 

「これでさくさくはかんちゃんのヒーローだね~」

 

「女だからヒロインなんだけどね」

 

「あとね~、自分の子どもがどうのってどういう意味?」

 

「えっ?」

 

その場の流れでなんてことを言ってしまったんだろう。今更悔やんでも遅いわけだが

 

 

「えっと、自分たちで作ったISは子どもみたいなものだからさ」

 

「そっか~。そうだよね~」

 

「そうだよ、うん。明日もあるし寝ようか。っと、メール? 簪ちゃんからだ」

 

見てみると、ワークシートがびっしりと埋められ、残すはスケジュールのみの状態で送られてきた「ごめんなさい、ありがとう」とのメッセージも付いて

 

 

「ふふっ、やる気は解ったよ。こっちも本気でやらないとね。相手は国家代表だ」

 

「なになに~?」

 

「簪ちゃんから、宿題が送られてきたんだよ」

 

「流石かんちゃん、仕事が早いね~」

 

「よし、私もやらないと。本音は先に寝てていいよ」

 

「さくさくが起きてるなら私も起きてるよ~」

 

「そう? 無理はしないでね」

 

「さくさくもね~」

 

 

 

本音が10分と経たずに寝たのは櫻にも予想できなかったが、そっと枕元に近づくと

 

 

「ありがとね。本音」

 

そういって寝顔にそっとキスをしたのは未来永劫黙っておこうと思った




ちまちまとお気に入り増えてます。
ありがたや、ありがたや。


連続性のある話はまとめたりして文字稼ぎ……もとい読みやすくしようかな~、とは考えているのですが、何分書くときは1話毎に成り行きで書いてるが故に連続性が乏しい……


朝の4コマ漫画的な感じで読んでいただければ幸いです


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実習!

学園生活が始まり、3週間

今日はなんの行事も無いはずだが、なぜかクラスの空気がふわふわしている

 

さすがに空気を読めないのはまずいので隣の相川さんに話を聞く

 

「清香ちゃん、今日って何かあったっけ?」

 

「特になにもないけど、2組に転入生が来るとか。この時期だから代表候補生じゃないかって噂だよ?」

 

「へぇ、だからみんな気にしてる。と」

 

「だね。女の子はお菓子と噂に目がないからさ」

 

「こんな空気だからてっきり何かあるのかと思ってたよ。ありがとね」

 

 

噂をすればなんとやらで、いきなりドアが開かれると

 

「一夏!」

 

 

ツインテのちっちゃい女の子が居た。

「アレが噂の?」「じゃないかな?」「織斑君呼んだよね?」「知り合いかな」

クラスがざわめく。もちろん、呼ばれた一夏はそんなことを気にもとめずに旧友との再会を喜ぶ

 

 

「鈴じゃねぇか! なんでここにいるんだ?」

 

「私だって中国の代表候補生になったからね。一夏も居るって聞いたし」

 

「へぇ、よく受かったなぁ、お前」

 

「ば、馬鹿にするんじゃないわよ!」

 

「まぁ、久しぶりに会えたんだ、昼でも一緒にどうだ?」

 

「そうね、話すこともいっぱいあるだろうしね」

 

「織斑君? そろそろ……」

 

一人が気配を察知して警告を発するも時すでに遅し。

 

「久しぶりだな、凰。転入初日からSHRに遅刻しようとはいい度胸だ」

 

「ち、千冬さヘブッ」

 

「ここでは織斑先生だ。ほら、クラスへもどれ」

 

「はい……」

 

「織斑も、さっさと席につけ」

 

 

「よし、HR始めるぞ。まずは注文してあったISスーツが届いたから配布する。名前を呼ばれたものから取りに来い。今日の3,4時間目は2組と合同で実習だ、着替えて第3アリーナに集合。遅れるなよ?」

 

 

ISスーツの配布も滞り無く終わり、1限目が始まる前にはHRを終えて山田先生が教室に入ってきた

 

「今日は前回の続きからです。教科書の135ページからでしたっけ?」

 

 

そんな調子で座学が始まった

 

 

 

-----------------------------

 

 

2時間目が終わると荷物を持ってアリーナへ向かう。

織斑先生の出席簿は喰らいたくない、それは皆同じようで、走る、とは言わなくとも、競歩のようなペースで校舎内を抜ける

 

 

「第3アリーナってどこ~?」

 

「こっち、行くよ」

 

 

早速迷子になりかけたルームメイトを引っ張りアリーナの更衣室へ

すでに1組と2組の生徒でごった返している

 

「満員だね~」

 

「スペース見つけてさっさと着替えないと……」

 

 

なんとか着替え終えるとフィールドへ

まだチャイムはなっていないからセーフだ

 

キーンコーンカーンコーンと授業開始を告げるチャイムがなると織斑先生が出席確認をする

 

「織斑はまだか」

 

「アレじゃないですか?」

 

 

指差された方を見ると全力でダッシュしてくる一夏が

初めての授業でコレは恥ずかしい

 

 

「遅れてスミマセン」

 

「何処で油を売っていたのかは知らんが、まぁ、初めての授業だから仕方ない。次は無いからな」

 

「ハイ……」

 

「よし、全員揃ったな。今日は初めての実技だ。まずは基礎の基礎から始める。織斑、ISでフィールドを一周歩いてまわれ」

 

「はい」

 

一夏が光に包まれると白式を纏う

 

 

「遅いな、もっと早く展開できるようにしろ。行け」

 

一夏がフィールド外周をゆっくりと歩く。

PICの制御がなかったら泣きたくなる重さだろう

 

 

「今日は歩くことから始めよう。あんな感じでな。専用機持ちと教員4人、8つの班に別れて準備からだ。ではまず班分けだ」

 

ちょうど戻って来た一夏に殺到するのは仕方ないか

織斑先生はやれやれといった様子だ。

 

 

「おりむー人気だね~」

 

「唯一の男だしね」

 

 

「ほらお前ら、さっさと別れろ!」

 

千冬がたまらず一喝。うん、無言の連携で綺麗に8等分だ

 

 

「よし、ピットから打鉄かラファール、好きな方を取ってこい。詳しくはピットに山田先生が居るから支持に従うこと。専用機持ちはラインカーで今から言うとおりにラインを引け」

 

「「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 

 

そうして、初めての実技授業が始まった

 

 

 

「各班準備はいいな、では先頭から順にラインからはみ出さないように歩いて戻ってこい」

 

 

 

「さくさく~、はやくはやく~」

 

「はいはい……」

 

櫻の班は本音の他に北九州から来たあの子や、おっとり系な彼女など10人だ。2組の人は居ない

 

 

「ISに身を任せる感じで座ってみて。よし、繋がったね。じゃ、まずは立つ!」

 

「いよっ!」

 

本音の意思でラファールが立ち上がる。ここまでは良い

 

 

「ISの基本はイメージだからね。普段歩くようにしてみようか」

 

「こ、こう?」

 

無事に歩き始めた。まだ多少のぎこちなさは残るが、与えたれた課題を無事にクリアした

 

 

「次、結衣ちゃん」

 

「は~い!」

 

「さっき本音に言ったとおり、身を任せる感じでね」

 

「わぁ……視界がひらけるよ~」

 

「いいね、次は立ち上がる!」

 

2人目も、ぎこちないものの、転んだり止まること無くクリア

その調子で10人行けるか、と思ったのだが

 

 

「う~ん、どうしたもんかね」

 

「わかんないよ~!」

 

「普通は歩く走る跳ぶくらいはできるんだけどなぁ」

 

最後の一人、おっとり系な彼女、神田琴乃がどうも歩けない

起動、接続、起立までは良かったのだが……

 

 

「琴乃ちゃん、いっかい落ち着いてみよっか。はい、深呼吸して~」

 

「すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~」

 

「そしたらしっかり遠くを見ます。壁じゃなくて壁の向こうを想像するんだよ?」

 

「はい!」

 

「そこに行くにはどうするべきかな?」

 

「歩いて行く!」

 

すると、ラファールは琴乃の願いに答えるかのように、橙色を瞬かせ飛び出した

 

 

「やばっ」

 

「櫻ちゃ~ん!」

 

「スピード落として! そう思えば通じるから!」

 

慌てて櫻はISを展開、一度真上に飛び上がってから加速する

 

壁に向かうラファールに気づいた千冬も始末書を覚悟した。次の瞬間には衝撃音とともに砂煙が上がる。

 

「琴乃!」「こっちゃん!」

 

クラスの面々が慌てて駆け寄ると、砂煙の中から現れたのは

 

 

 

琴乃を抱えた 白い天使ノブレスオブリージュだった

 

 

「神田! 天草! 無事か?」

 

織斑先生ほか、教員が聞けば

 

 

「琴乃ちゃんは。私はちょっと背中が痛むかなぁ」

 

「天草、そのまま保健室まで行けるか?」

 

「ええ」

 

「なら保健室に、他のメンバーは終わってるのか?」

 

「琴乃ちゃん以外は。本音が記録を持ってます」

 

「わかった。保健室まで飛んでいけ。そのほうが楽だろう」

 

「はい」

 

織斑先生も頷いて返すと矢継ぎ早に指示を飛ばす

 

「山田先生、佐藤先生に生徒が2人行くと連絡を。木戸先生はコントロールタワーでアリーナの損害を確認してください」

 

 

櫻はISを再び展開すると"水色"の全身装甲を纏って飛び立った

 

 

 

 

保健室裏に降り立つと、中から養護教諭がドアを開ける

 

 

「織斑先生から聞いてるよ。とりあえずその子はベッドに寝かせておいて、あなたは背中を見せてね」

 

言われたとおりに琴乃をベッドに降ろし、櫻は養護教諭の前でISスーツの上を脱ぐ

 

 

「あー、こりゃ派手にやったね~。すごいグロテスクになってるよ」

 

 

背中をつつかれると思わず呻き声が上がる

まさか背中全体が痣に……なんて事態を想像してうなだれる櫻

 

 

「背中が内出血だらけ、これは処置の仕様がないから自然に治るのを待つしかないね」

 

「えぇ~、寝れないじゃないですかぁ」

 

「そうだね、まぁ、英雄の代償だと思えば」

 

「こんなのいらないよ……」

 

「さ、君の状況は分かった。次の彼女は、ぱっと見は気絶してるだけだね。どれどれ」

 

 

琴乃の首に手を当てたり、体温を測ったりとしてから

 

「うん、気を失ってるだけだね。なんの異常もないよ。これも君のおかげだ。じゃ、この用紙にクラスと番号、名前を書いて。彼女の分もたのむよ」

 

さっさと記入を済ませて用紙を返すと飴玉を一つくれた

 

 

「はい、おつかれちゃん。残りは見学しておきな。それと、寝るときは横向くと背骨が歪むからやめときなよ?」

 

「はぁい……」

 

 

 

-----------------------------

 

 

アリーナに戻り、織斑先生に報告を済ませると本音達に合流する

 

 

「さくさく~、大丈夫? 痛くない?」

 

櫻に抱きつく本音、今はその優しさがとても痛い

思わず涙目になりながらも無理矢理笑みを作り

 

「だ、大丈夫だから。琴乃ちゃんも気絶してるだけみたいだし」

 

「本音ちゃん、櫻ちゃんが涙目になってるから!」

 

「ふぇっ? ごめんね? 痛かった?」

 

「ちょっとね」

 

「ちょっと痛いって顔じゃなかったよ、櫻……」

 

「えへへ」

 

「サクの無理な笑みが辛いっ!」

 

素敵なクラスメイトに囲まれ、とても気が楽になった

やはり人をコントロールできるのは人なのかな、と櫻は改めて思う

 

 

 

 

 

その日の夜、この背中を公衆の面前に晒すわけにもいかず、部屋でシャワーを浴びていた櫻だが、背中を洗うときに呻きをあげていたため、周囲の部屋の住人はなにか出たんじゃないかと噂されたとか何とか



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クラスリーグマッチと襲撃者

五月晴れの空が美しい日

クラスリーグマッチがついに始まる

 

組別の総当り戦で行われるクラスリーグマッチ。

1年生はまだ殆どの生徒がISの操縦すらままならない段階で行われるコレには、うまい人間(大方クラス代表になるのは代表候補生だからだ)から技術を見て盗め、という思惑も感じ取れる。

事実、クラスリーグマッチ後の実技では殆どの生徒が多少なりとも技術の向上を見せるとか何とか

 

第1試合が行われるアリーナは、カードである1組と2組の生徒がスタンドにまばらに座っており、もちろん、そのなかには櫻や本音の姿もある

 

 

「ついに始まるね~。おりむー勝てるかな~?」

 

「どうだろうね。セシリアや箒ちゃんがレクチャーしてたみたいだけど」

 

「相手は2組の転入生だよ~?」

 

「ま、なるようになるでしょ」

 

「そうだね~」

 

 

試合開始3分前、両陣営のピットが開き、赤と白が飛び出す

 

 

「うわぁ、悪役っぽい」

 

「赤いのはトゲトゲしてるね~」

 

「肩のアンロックユニットが怪しいね」

 

「あのボールみたいなの?」

 

「そう、それ。スピーカーみたいになってるから、空間作用系の何かだと思うんだけど」

 

「よくわかんないよ~。けど、なにか怪しいのは分かった~」

 

 

櫻は手元の端末をいじると、ポケットから双眼鏡を取り出した

もちろん、ただの双眼鏡ではない。なんでも(ryである。ハイパーセンサーの技術を転用したIS観戦専用と言っても過言ではないオーバースペックなシロモノだ

 

 

「さくさくばっかりいいな~、私にも貸して~?」

 

「これ? いいよ、もうひとつあるから」

 

そう言ってまた別のポケットから単眼鏡を取り出し、持っていた双眼鏡を本音に渡す

 

「やった~、ありがと~」

 

感嘆の声を上げながら2人を見ている本音を片目に、櫻は単眼鏡でフィールドの真ん中。ちょうど2人が立っている間を見て、スイッチを押す。カシャッ、と音を立て、赤いLEDが光った

 

 

 

試合開始30秒前のファンファーレが鳴ると、会場は静寂に包まれる

誰もが息を呑む中、20秒前、10秒前

 

 

5...

 

4...

 

3...

 

2...

 

1...

 

 

一気に間合いがつまり、ぶつかった

一夏が雪羅を振るえば、鈴音は双天牙月で応戦する、まさに剣と剣のぶつかり合いがそこにあった

 

表情を見るに、2人はとても楽しんでいるようだが、見ているこっちは気が気でない。

「織斑くーん!」「頑張って! 織斑君!」やら「鈴ちゃん! ファイトだよーっ!」などと声が上がり、客席もヒートアップしてきたようだ

 

一夏も戦いながら学んでいるようで、少し間合いを取ったり、突っ込むタイミングをずらしたりして拍子を掴まれないような戦いにシフトしていた

 

 

「おりむーすごいね~。ちょっとづつ戦いのスピードが上がってるよ~」

 

「少しづつ自分のペースに持ち込もうって考えてるかな」

 

「攻撃のタイミングがズレたりして避けづらそうだよ~?」

 

「それが狙いでしょ、たぶん箒ちゃんの教えだね」

 

「もっぴーは剣道やってるんだもんね~」

 

「箒ちゃんのは剣道というより、剣術なんだよね。殺しに特化してる。剣道より実践的なんだ」

 

「もっぴーって侍の家柄なの~?」

 

「かもね、私もよくわかんないけど」

 

 

再びフィールドに目を戻せば、一夏がペースを掴んでいた。

拍子を消し、流れるように剣を振るえば相手からは受けにくく、避けにくい剣になる。まさにソレを体現していた

 

だが、それも一発の衝撃音で逆転する

 

 

「えっ? なになに~?」

 

「たぶん、肩のアレじゃない?」

 

「りんりんの秘密兵器だったんだ~」

 

「だね。本音、双眼鏡で凰さんを見てて。特に肩ね」

 

双眼鏡のスイッチを少しいじると

 

「ふぇっ? サーモグラフィーみたいになってるよ~」

 

「そうしたんだもん。それで肩を見てて」

 

「は~い」

 

 

吹き飛ばされた一夏は状況を読めていないようで、とりあえずの回避起動をとった。だがそれが仇になる

再び衝撃音が響くと壁にたたきつけられる

今の2発で大きくシールドエネルギーが削られたようだ

本音はしっかり発射の瞬間を見たようで、目を輝かせながら報告してくる

 

 

「さくさく~、りんりんの秘密兵器は撃つときに温度が上がるみたいだよ~」

 

「ってことはどういうことかな? 本音さん、お答えください。どうぞっ!」

 

「ふぇっ? え~っと、え~っと……」

 

「ブーッ、時間切れ。温度が上がるってことは、空気に圧力がかかってるんだよ。だからアレは一種の空気砲みたいなものじゃないかな?」

 

「さくさくすごいね~、一瞬でわかるんだ~」

 

「ある程度見当を付けてたからね、本音も勉強すればわかるようになるよ」

 

「が、頑張る」

 

 

そして、櫻が再び単眼鏡を覗く

鈴音は情けを掛けることを辞めたようで、両肩の空気砲をバカスカ撃っている

一夏もある程度の正体を見破れたようで、少しではあるが、回避ができるようになっていた

 

 

「一夏はジリ貧だね」

 

「りんりんはもう固定砲台になってるよ~」

 

「アレで勝てるからね」

 

「りんりんって血の気が多いのかな?」

 

「かもね、一夏の前だと特に」

 

 

 

突然アリーナに響くサイレン

空中投影でCautionの文字が並ぶ

 

スタンドにいた生徒は軽くパニックだ

悲鳴が耳に突き刺さる中で、櫻は冷静だった

 

 

「さくさく~、何があったの?」

 

「わかんない、でもヤバイってことはわかる」

 

「と、とりあえずアリーナから出ようよ!」

 

「いい? 周りがパニックになってる中でそれに流されると怪我をしかねない。落ち着いて」

 

「そうだね。すぅ~はぁ~」

 

深呼吸して自分を落ち着かせる本音。

「よしっ、大丈――」と言いかけたところで空からレーザーが降り注ぎ、上空を守っていたエネルギーシールドが破られる。

そして単騎の黒い 全身装甲フルスキンが舞い降りる

 

 

「ささ、さくさく~、これは逃げるしかないよ~!」

 

「みたいだね、でもみんなドアの辺りに固まってる……まさか開かないんじゃ」

 

「もうやだよ~」

 

「仕方ないから、私が壁を吹き飛ばす、本音はみんなをドアの辺りに固めて」

 

「出来ないよ~」

 

「出来ないじゃない! やるんだ!」

 

泣く寸前の本音に無理やり喝を入れる

突然の怒鳴り声にパニックを起こしていた生徒たちも静まり返る

 

 

「が、頑張る」

 

「がんばれ。本音なら出来る」

 

櫻の言葉に押され、本音は扉の周囲で固まる生徒たちに声を張り上げる

 

 

「これからさくさくが逃げ道を作るから! みんなここでじっとしててね!」

 

本音の後ろでは櫻がISを展開、肩にグレネードキャノンを展開

なにか本能的危機を感じたのか、全員が更に距離を置く

 

 

「え? どうしたの?」

 

「本音、下がってて」

 

 

櫻に言われて初めてそのISの仰々しい姿を捉える

 

ISなのに足が4本、大きく広げられ、衝撃に備えているのがわかる

その肩には小柄な人なら入れるのではないかという大きさの砲身を持つグレネードキャノン

 

明らかにサイズオーバーなモノをぶっ放すためだけに作られたかのような姿に思わず本音も後ずさる

 

 

「本音、全員向こうのドアの辺りにまで下げて、そしたら通路に伏せるように」

 

「わ、解ったよ」

 

 

「みんな~吹き飛ばされたくなかったらバックバック~! そして伏せろ~!」と叫びながら走り回る本音。後ろの アレグレネードを見てしまえば、それが冗談ではないとわかる

 

全員が伏せ、本音がOKサインを出したのを見るとグレネードランチャーを構える。本音も身を屈めたのを確認した次の瞬間には爆発音と衝撃波がアリーナに響き渡り、壁には大穴。

 

 

安心したのもつかの間、スピーカーから知り合いの声が聞こえた櫻は戦慄した

 

 

「逃げろ~!」

 

本音の合図で全員が穴から外に出る。壁を数枚抜いたのか、廊下と部屋を通りぬけ、そのまま青空の下へ出る

 

 

「全員逃げたよ、さくさくも」

 

「箒ちゃん!」

 

「え?」

 

 

本音が目を凝らすと、コントロールタワーの上、放送室に箒の姿が見える。

それも、黒い奴も上を見ているから困るのだ

だが、エネルギーシールドが健在な今、櫻がフィールドに向かうことは出来ない

慌ててオープンチャンネルで叫ぶ

 

『箒ちゃんが放送室に!』

 

『わかってる! 鈴!』

 

『行くわよ!』

 

腕を向けた黒に一夏が斬りかかり、そのままエネルギーシールドをも突き破った

 

『セシリア!』

 

『おまかせください!』

 

赤い光がスタンドにたたきつけられた黒に突き刺さる

一夏が振り返ってセシリアにサムズアップを送ると

 

『一夏さん! 後ろ!』

 

セシリアが叫ぶ。まだ謎の機体は動作を止めていないようだ

腕を一夏に向け、砲口が光を帯びる

 

 

『一夏っ!』

 

『くっそぉぉぉぉぉおおおお!!』

 

 

一夏も離脱しようとするが、エネルギーが無いらしく、大したスピードがでない。

ドン、と一発の重い銃声。侵入機の頭が吹き飛び、完全に沈黙する

 

その銃声の主はスタンドでスナイパーライフルを構える櫻以外のだれでもないことは明らかだった

 

 

 

『一夏くん、無事?』

 

『ああ、だけど、櫻、お前……』

 

『アンタ、何してんの? 何したかわかってんの?』

 

『え? 一夏くんが殺されかけてたから……』

 

『だからって人を殺して良い訳? 自分が何をしたかわかってないの? 人殺し!』

 

『鈴、その言い方は……』

 

『アイツがその黒いISの頭を吹き飛ばした、これがどういうことかわかるでしょ?』

 

『櫻、俺を助けてくれたことは感謝してる。だけど、もっといいやり方があっただろ?』

 

『君たち、何か勘違いしてない?』

 

『どういうことですの?』

 

「その残骸の辺りをよく見て欲しいんだけど、血が流れてるようにみえる?』

 

『えっ?』『そんな……』『マジかよ』

 

 

スタンドで頭を失い横たわるISからは血液どころか、なんの液体も流れでていなかった

 

『血なんて一滴も流れてないよね』

 

『ああ、だけど、ISは人が居ないと――』

 

『そのISには人が居なかった、生体反応も無かった』

 

『そんな、なら、これは無人機だって言うのか?』

 

『そうとしか考えられないですわ……』

 

『お前ら、全員無事か?』

 

 

そこに割り込みをかけるのは織斑先生。

その声にはいつもの威圧感が無かった

 

 

『ええ、全員無事ですわ』

 

『そうか、良かった。とりあえずその場で待機。一応アレからも目を離すな』

 

まだ気は抜けないらしい 

 

 

『アンタ、さっきは悪かったわね』

 

『ん?』

 

いきなり鈴音からプライベートチャンネルで声をかけられる

 

『人殺しとか言って悪かったわ。ごめんなさい』

 

『まぁ、あの場なら仕方ないよね』

 

『ごめんね』

 

 

そのまま一方的に会話は打ち切られてしまった、どうも彼女は照れ屋の気があるようだ

 

次にプライベートをつなげてきたのは織斑先生だった

 

 

『櫻、この件に束は絡んでいるのか?』

 

『どうでしょうね、私のところには特に何も』

 

白式の性能テストをするからゴーレムくん飛ばすよー。と言っていたし、ゴーレム誘導用のレーザーを当てたのも自分だが、言ったら死より恐ろしい罰が待っていそうなために黙っておく。

 

 

『そうか、束なら勝手にやりかねないがな』

 

『ですねぇ、その時はこちらで』

 

『ああ、徹底的〆ろ』

 

『ハイ、そうします』

 

『それと、あの大穴についてだが』

 

『うっ……』

 

『緊急時の行動として、壁に穴を開けて退路を確保するのはまだわかる。だが、その先まで吹き飛ばすのはどうなんだ?』

 

 

そう、あのグレネードは壁を吹き飛ばすに足らず、その先の3年寮を一区画えぐってしまったのだ

 

 

『え~っとですね、ソレはこちらの威力計算ミスといいますか、適切な武器が無かったといいますか……』

 

『反省文の提出と、3年寮に掲示する謝罪文の中身を考えておくんだな』

 

『ハイ……』

 

 

クラスメイトを助けた英雄から一転、上級生から恨みを買いかねない、悲劇の主人公に格下げだ

ソレが顔に出たようで廊下に出たところでセシリアに声をかけられた

 

 

「櫻さん、気分が優れないようでしたら先生に連絡して医務室に」

 

「いや、大丈夫、いろいろ考えることが増えちゃって……」

 

横目で壁に開いた穴を見るとセシリアも察してくれたようで

 

 

「櫻さんも苦労が絶えませんね」

 

「そうだね、ゆっくりお風呂にでも入りたいよ~」

 

「最近大浴場でみかけませんが、どうかされましたの?」

 

「初めての実技の時にできた痣が消えなくてね、とても人様に見せられる体じゃないんだよ」

 

「最近眠そうにしている理由がわかった気がしますわ」

 

「その通り。まだマシにはなってきたんだけどね」

 

「ゆっくり体を休めてくださいな。こんどアロマを贈りますわ」

 

「ありがと、セシリア」

 

「いえいえ、これくらいお友達のためなら」

 

 

懐の深いセシリアにこれほど感謝したことは無いだろう、と思うほどセシリアの好意が嬉しかった。

 

 

「よし、未確認機の沈黙を確認した。とりあえず教室にもどれ。もちろん、このことは口外厳禁だ」

 

 

織斑先生の言葉で状況終了を告げられる。

 

荒れに荒れたクラスリーグマッチは未確認機の襲撃で中止。賞品のデザートフリーパスも流れた

 

後日、レポート提出と事情聴取を受けた専用機持ち達は自分たちへのささやかなご褒美として食堂で大量のデザートを囲んでいたとか

 

 

 

-----------------------------

 

 

「束お姉ちゃん、ゴーレムだけど、思ったよりしぶとく作ったね」

 

「ちょっとやり過ぎたかな? まさかいっくんの零落白夜をくらっても動くとは束さんもびっくりだよ」

 

「まぁ、目標は達成できたし、いいかな?」

 

「そうだね、いっくんと白式の相性もいいし、思ったよりいいデータが出たよ」

 

「あと、千冬さんに感づかれてるかも」

 

「ちーちゃんにバレたら結構まずいなぁ。お仕置きが待ってるよ」

 

「ゴーレムは機能停止にしたけど、コアは残ってるはずだからなぁ。私の不覚だね。アリーナを吹き飛ばすわけにも行かないからおじさん謹製のグレネードランチャーも使えなかったし」

 

「AKAGIだっけ? ACで使っていたものをIS用に再調整したんだよね」

 

「オーバースペック、オーバーサイズもいいところだったよ。壁に向かって撃ったら7枚抜いて寮を一区画吹き飛ばしてさぁ、お陰で反省文だよ」

 

「うわぁ……」

 

束ですら引くレベルの装備を作り上げる有澤重工、日本政府にIS開発を依頼されない理由がわかる気がする

 

 

「でも、BFFの4脚は良かったよ。狙撃時の安定感が違うね。それにAKAGI撃っても反動ですっ飛んだりしないし」

 

「機動性は見た?」

 

「戦闘機動はやってないけど、普通に歩きまわるなら問題ないね」

 

「そっかそっか。パッケージはいくつ試した?」

 

「換装だけならひと通り、実際に動かしたのは天使と変態と四脚」

 

「まだ半分も使ってないよ?」

 

「それを突っ込んだのはアンタじゃろが」

 

「てへぺろっ!」

 

「はぁ、とりあえず千冬さんには気をつけるね」

 

「お願いね、さくちん」

 

 

天災はやはり最強に頭が上がらないようだ。

まだ1学期が半分も過ぎていないというのに散々な目に遭う1年、主に櫻。

これからどうなっていくのか、悩みの種は尽きない



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閑話: 鉄を打て

簪が櫻に専用機の手伝いを頼んでから2週間、櫻の作ったスケジュールでは2日後までに機体を完成させなければならない。

だが、もともと技術はあった簪と櫻の手にかかれば多少の余裕ができ、整備室では簪と櫻が最終確認を始めようとしていた。

 

――本音は部屋の隅で寝ている

 

 

「櫻さん、ファイナルチェックです。メインシステム」

 

「おーけー」

 

「FCS」

 

「春雷、山嵐含め大丈夫、問題ない」

 

「機体制御」

 

「おーけー」

 

「推進」

 

「おーけー」

 

「やっと、完成?」

 

「ひとまず、ね」

 

「櫻さん……私、頑張ったよね?」

 

「そうだね、頑張ったよ、簪ちゃん」

 

その場にへたり込む簪の前に屈み、ゆっくり撫でる

満足そうに笑うと、櫻に身を預けて寝息を立て始める

 

後ろからドアの開く音と足音が近づいてくる

 

 

「楯無先輩、これで良かったんですか?」

 

「そうね、簪ちゃんも満足してるみたいだし」

 

「あなたは?」

 

「私は簪ちゃんの幸せで十分よ」

 

「本当ですか?」

 

「何を言ってるの?」

 

「簪ちゃんに何か言ったんじゃないですか? ただ無能だと言い放つ以上に心を縛る言葉を。だからあなたは今の簪ちゃんを自分の言葉が、自分が縛っているとか考えてるのでは?」

 

「そうね、でも今更どうにもならないのよ。口から出た言葉は取り消せないから」

 

「ちゃんと簪ちゃんと向かい合った上でそういう言葉を吐いてもらいたいですね。やりもせずに出来ないって言い切るのはあまり好きじゃないです」

 

「向かい合う、ね……。簪ちゃんに避けられちゃってるからなぁ」

 

「言い訳をしていつまでも先延ばしにし続けるんですね。そうですか」

 

「なかなか辛辣ね」

 

「事実でしょう? 妹が好きならそう言ってしまえばいいものを」

 

「そんな簡単じゃないのよ、姉妹関係は」

 

「まぁ、せっかく目の前に無防備な姿を晒す妹がいるこのチャンスをどう活かすかは先輩次第ですね。私は本音を部屋まで担がないと」

 

「担ぐって……せめておぶってあげなさいよ」

 

「どうしましょうかね。私はもう寝たいので簪ちゃんは任せましたよ」

 

「あなたのものじゃないでしょ?」

 

「ふふっ、先輩がいつまでもそんなだと立場を奪いますよ? では、おやすみなさい」

 

 

本音をお姫様抱っこして整備室から出て行く櫻を見送ると、簪の髪をゆっくり梳く

妹の笑みがすこし苦しい

 

「さて、妹を取られないうちに覚悟を決めないと、ね」

 

簪をおぶると部屋を施錠し、簪の部屋へ向かう

廊下を進み、アリーナを出る。夜風が肌寒い

 

 

「ん……? 櫻、さん?」

 

誰かにおぶられている、下を見れば胸には黄色のネクタイ

櫻では無い、それに、黄色のネクタイを締める人間を簪は一人しか知らない

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「あら、簪ちゃん、起きた?」

 

「なんでお姉ちゃんが……」

 

「簪ちゃんが整備室で寝てるって聞いてね」

 

「櫻さんは?」

 

「彼女なら本音と部屋に戻ったわ。さすがに2人は担げないって」

 

「だからってなんで……」

 

「簪ちゃんとお話もしたかったしね」

 

「私には何もない、もうおろして、一人で歩ける」

 

「降ろさない」

 

「もういいから!」

 

背中で暴れる簪を離さないように足をしっかり抑える

 

 

「簪ちゃん、ごめんね」

 

ピタリと簪の動きが止まる

 

「なんで謝るの?」

 

「お姉ちゃん、簪ちゃんに酷いこと言ったから」

 

「なんで今さら」

 

「簪ちゃんが気にしてるのが分かったから……。私の言葉が、私の行いが、簪ちゃんを苦しめてたんじゃないか、って」

 

「私はただお姉ちゃんに見て欲しかっただけ、だからいろんなことをしてきた」

 

「全部見てたよ、家で一人薙刀を振るう姿も、代表候補生試験を受けたことも、打鉄弐式を作ってることも。全部見てたから」

 

「お姉ちゃん、なんで……」

 

「だって、簪ちゃんは私の妹だもの、当たり前でしょ?」

 

「お姉ちゃん……。ありがと」

 

姉がこっそりと自分を応援していたと知り――実際はシスコンが行き過ぎてストーキングしていただけ――ぎゅっと腕に力を込める

 

 

「ちょ、簪ちゃん、苦しっ……」

 

思わず手を放す楯無、もちろんおぶられていた簪は首に抱きついたまま落ちるわけで

盛大に尻もちをつく簪の上に楯無が倒れる

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

「簪ちゃん、大丈夫?」

 

「ごめんね、お姉ちゃん。私は平気だから」

 

「もう泣かないのね」

 

「むぅ……」

 

 

 

-----------------------------

 

 

道に倒れる姉妹を遠くから眺める影が2つ

 

 

「上手く行ったみたいだね~」

 

「だね、楯無先輩はやっぱりお姉ちゃんだから、引っ張っていくと思ってたんだ」

 

「おじょうさまは人を落とすのがうまいから~」

 

「落とすって……」

 

「あ、こっち来るよ~」

 

 

 

-----------------------------

 

 

建物の隙間を駆ける2つの背中を見ながら楯無は「貸しがまた増えたわ」と毒づきつつ、大切な妹の手をとる

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「いいでしょ? 昔はこうやって引っ張り回したんだけどなぁ」

 

「どれだけ前の話なの……」

 

「だいぶ前ね、小学生の頃かしら?」

 

「かな?」

 

「また2人で何処か行こうか」

 

「そうだね、楽しみにしてるよ。お姉ちゃん」

 

「やっぱりお姉ちゃんって響きはいいなぁ」

 

「楯無さん、どうかしましたか?」

 

「簪ちゃん、酷いよ……」

 

「うふふっ、お姉ちゃんから一本とった」

 

「結構悲しいんだよ? 妹から他人行儀にされるの」

 

「ちょっとイラッとした時にはそうしよ~っと」

 

 

 

 

姉妹の仲も改善し、ひとまずは良かったのだろう

楯無が姉らしくリードし、簪に素直にあたったのが効いたのだと櫻は思っている

 

 

 

「さくさく~、夕飯どうする~?」

 

「食堂は閉まってるしなぁ、アレしかない」

 

「アレ?」

 

 

寮長室の扉を叩く2人の姿が、数分後にはあった



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転校生は事情持ち

クラスリーグマッチの熱気も冷め切った5月、何の変哲も無い朝だったが、SHRに来た山田先生の顔がどこかお疲れの様子を呈していた

 

 

 

「今日は新入生を紹介します。しかも2人ですよ!」

 

クラスがざわめく。噂好きの女子の情報網に引っかからなかったのだ、驚きもする

 

 

「では、入ってきてください」

 

 

教室に入ってきたのは、とても可愛い顔をした男。その後ろにちっちゃい銀髪の眼帯娘

 

 

「お、男?」

 

新なる戦友の登場に思わず一夏がつぶやく

 

 

「はい、こちらに同じ境遇の方がいると聞いて」

 

あぁ、その声もどこか声変わりしきれてないようで……え?

次に耳に届いたのは鼓膜を破らんばかりの黄色い声

 

「お、男の子! 守ってあげたくなる系の!」

「かわいい! 王子様っぽい!」

 

言いたい放題だ

 

 

「静かに。静かにしてくださ~い!」

 

山田先生が声を上げるとひとまず落ち着く

 

 

「では、2人共自己紹介をお願いします」

 

「はい」

 

最初に出たのは金髪の男。肩ほどまである髪を後ろで束ねているようだ

 

 

「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。不慣れなことも多く、ご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

かなり平凡な自己紹介を終え、次の銀髪に全員の視線が移る

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「え、え~っと、他には?」

 

「無い、以上だ」

 

小さな体から威圧感を発するラウラにクラスはお通夜だが、一人だけ、視線を送り続ける櫻

――あのちっこいのがクロエの成功例、まさかこんな形で出会うとは……

 

何か獲物を見つけたような目をしたラウラはそのまま前進、何か言いながら腕を振り下ろす。その先はアホ面を晒す一夏の顔。

 

 

「ってぇ、何しやがるテメェ!」

 

「貴様があの人の枷ならば、私はそれを断ち切るまでだ!」

 

「転入早々問題を起こしてくれるな、ボーデヴィッヒ」

 

いつの間にか現れた織斑先生が転入生のラウラに容赦無い出席簿アタックを見舞う

 

 

「きょ、教官」

 

「もう教官ではないし、ここは軍でもない。織斑先生と呼べ」

 

「Ja!」

 

おいおい、注意されたばかりなのにその返事かい……と思っていたのは織斑先生も同じようだ

 

「2度言わせるな」

 

「はい、すみません」

 

 

ラウラの行動は彼女の所属を明らかにするには大きすぎるヒントをクラスに投下していった

「あの子、軍の人だよね」「織斑先生を教官て呼ぶのは……」「ドイツだよね」

ひそひそと小さな会話があちこちで起こるが、チャイムと織斑先生の言葉に霧散した

 

 

「次は第3アリーナ集合だ、遅れるな」

 

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

「よし、全員揃っているな、今日は訓練の前に模擬戦を見てもらおうと思う、相手は――」

 

「と、止めてくださーい!」

 

空から降ってくるのはラファールを纏った山田先生、大丈夫だろうか

一夏が白色を展開し、先生を受け止める動作をするのと、先生が地面に激突し、砂煙が上がるのはほぼ同時だったように見えた

砂煙が晴れ、見えてきたのは

 

「おお、織斑君? 先生にこういうのは……えっと、まだまずいというか……」

 

山田先生の胸に手を当てる一夏と、慌てふためく山田先生の姿だった

 

 

「早く立て、いつまで寝ているつもりだ」

 

織斑先生の叱咤に2人が素早く反応し、立ち上がる

 

 

「で、模擬戦の相手は山田先生だ。それに見合った生徒となると……。オルコット、凰、来い」

 

専用機持ち一夏ラヴァーズの中でもあまり仲のよろしくない2人が呼ばれ、渋々といった様子で先生のもとに向かい何か耳打ちをされると

 

 

「いいですわ。凰さん、くれぐれも邪魔立てしないでくださいまし」

 

「ふん、その言葉そっくりそのまま返してあげる」

 

「お前ら気合は結構だが、それだけでは勝てんぞ」

 

 

山田先生が代表候補生だった、という事実を知る3人は心のなかで合掌、相手になってしまったセシリアと鈴音の無事を祈る

 

 

 

「では、始め。全員壁際に逃げろ」

 

織斑先生の一言から教師対生徒2人の模擬戦が始まった。

 

 

 

-----------------------------

 

 

結果だけ言おう。セシリアと鈴音のボロ負けだ

山田先生がヴァルキリーになれたという千冬の言葉も納得の射撃技術はもちろん、基本がすべて高いレベルでまとまっている印象を受けた

 

セシリアと鈴音は人数の強みを活かして山田先生を翻弄しようとしたのだが、それもあっさり看破され、片方を足止め、そのまま空中でぶつける。なんて言う荒業さえやってのけた

一夏と箒は「山田先生ってすごい人なんだな」と互いに納得した様子だ

 

セシリアと鈴音がボコボコにされるのをみて織斑先生がどこか満足気だったのも付け加えておく

 

 

「この通り、山田先生もかなりの実力者だ。これからはしっかりと敬意を持って接するように」

 

「「「「「「「ハイッ」」」」」」」

 

「照れますねぇ」

 

えへへ~と頬を赤らめる山田先生、これだけならとてもキュートなのだが、彼女は教師なのだ

 

 

「そういう態度だからなめられるんじゃ……」

 

「天草、何かあったか?」

 

「いえ、なんでもありません!」

 

「ならいい。では、各自準備をして歩行訓練に入れ」

 

 

 

そうして訓練自体は一夏のお姫様抱っこ騒ぎ以外の騒乱も無く、着々と上達する班員を見て、櫻は満足気な笑みを浮かべていた。



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本音の目

転入生やら放課後にラウラが一悶着起こすやらで一夏は散々な目にあったようだが、櫻は何の変哲も無い一日を過ごせていた

 

夕食も済ませ、風呂にも入り、あとは寝るだけな1064号室の2人はガールズトークに花を咲かせていた

 

 

「そういえばさ~、転入生の男の子、かわいいよね~」

 

「本音はそういう子が好み、っと」

 

「ち、ちがうよ~!」

 

「どういうタイプがいいの?」

 

「さくさくみたいな、背が高くてちょっと怖いけど優しいところも……って何言わせるの~!」

 

「なるほど、そういうタイプがいいのか」

 

「そ、それでね~。転入生の男の子って、女の子みたいだよね~って」

 

「あ、無理やり戻した」

 

「恥ずかしいもん」

 

着ぐるみパジャマの余った袖で顔を隠す仕草は非常に愛らしい

 

 

「まぁ、確かにデュノア君は男にしては華奢だよね。こんど見てみよっか」

 

「覗き?」

 

「まさかぁ、なんでもみえ~る君でデュノア君の体を全て見てしまいましょう!」

 

「覗きと変わらないよ~」

 

「と、言うわけで、明日は2人でデュノア君の素顔に迫ろう!」

 

「お、お~?」

 

 

 

-----------------------------

 

 

翌朝、2人は普段通りに目を覚まし、今までどおりなれた動作であるかのようになんでもみえ~る君を装着。食堂へ向かった

 

 

「チェリーへ、こちらモーティブ。対象を確認したよ~」

 

「チェリー了解。ってなにこれ」

 

「映画っぽくてかっこいいでしょ~?」

 

「はぁ、楽しそうでなにより」

 

「えへへ~」

 

朝からピーピングを楽しむ本音に櫻は少し呆れ気味だ

嬉々としてデュノアに視線を向ける本音を他所に、櫻はテーブルでトーストを囓る

 

 

「櫻おはよ~。あれ? メガネしてたっけ?」

 

そこにやってきたのは結衣と琴乃、実技の時にほとんど毎回櫻の班にやってくる2人だ

壁に突っ込んで以来、かなり仲良くなっていた

 

 

「あぁ、コレね。メガネ型のディスプレイだよ。いろいろと使えて便利なんだ」

 

「へぇ~かっこいいね、何処のモデル?」

 

「これはワンオフだよ、掛けてみる?」

 

「いいの? やった」

 

嬉々としてメガネを受け取ると、そのまま掛けてみる。

ショートカットに薄ピンクのハーフリムが上手くマッチしている

 

 

「おおぅ。意外と軽いね」

 

「でしょ? そこが自慢だからね」

 

「へぇ~。ん? 本音?」

 

「げっ」

 

「あぁ、これね、櫻のメガネ借りてるんだ~」

 

本音との通信を切り忘れ、そのまま結衣に渡してしまったことを悔やむ

透過モードは使っていなかったことが救いか

 

 

「結衣ちゃん誰と喋ってるの?」

 

「いま本音と音声チャットしてたところで……」

 

「朝から中がいいね、羨ましいな」

 

「琴乃ちゃんだって結衣ちゃんといつも一緒じゃない?」

 

「そうかな? そういわれるとそうかも」

 

「自覚なかったの……」

 

「うふふ、そうみたいね」

 

琴乃はかなりの天然だと思っていたが、ピントがずれているというか、周りを見ていないというか……

 

 

「うん、いま櫻と同じテーブルに居るから、そいじゃね」

 

どうやら会話に一区切り付いたようで、なんでもみえ~る君を櫻に返すと、少し困ったような笑顔で

 

 

「いやぁ、朝から絶好調みたいだね」

 

「好調すぎて困ってるんだけどね」

 

「まぁ、櫻は本音のお目付け役だし、あんまりやり過ぎないようにな」

 

「櫻ちゃんはすでにクラスのお姉さんポジションだもんね」

 

「はぁ……」

 

「さくさく~、ゆいっち~、ことの~ん」

 

「噂をすればなんとやらですな?」

 

「本音ちゃん、おはよ。なにか良いことあったの?」

 

「今日は朝からさくさくと映画ごっこだよ~」

 

「それであのメガネか」

 

「そうだよ~」

 

トーストを食べ終えた櫻はコーヒーを啜りながらサーモグラフィーモードに切り替え、丸テーブルを囲む5人に目を向けた

 

――箒ちゃんもセシリアも大きいなぁ……じゃなくて、デュノア君は……は?

 

デュノアの胸は、かなり不自然な形をしている。大きい物を無理に圧縮したような

 

――アレって、どう見てもコルセットで押さえ込んだ胸だよね……

 

そうだ、きっと見間違いだ、彼らが立ってくれれば一発でわかるんだ。と無理に落ち着かせ、またコーヒーを一口

 

 

「さくさく~、部屋行くよ~」

 

「え、あ、うん。今行く」

 

あとちょっとというところで本音に呼ばれ、残ったコーヒーを一気飲みし、トレーを片付け部屋に向かう

 

部屋にはいると本音が口を開く

 

 

「デュノア君やっぱり変だよね~」

 

「本音も思った? あの胸はコルセットで抑えてる胸だね」

 

「これは黒だよ~」

 

「でも、決定的な証拠に乏しいから。今日一日は、ね」

 

「偵察を続けるよ~」

 

「そうだなぁ、彼の体でも見れれば一発なんだけど……あ」

 

「なにかひらめいた?」

 

「放課後にまた一夏たちが練習するだろうから、その時を襲う」

 

「大胆だね~」

 

「経営者は時に大胆な決断が必要なんだよ」

 

「さくさくかっこいい~」

 

「そうと決まればさっさと顔洗って、歯磨き!」

 

「やーっ!」

 

ドイツ語で返事をする本音に少し驚きつつ、携帯を手に、束にダイヤルする

 

 

「はろはろ~っ、束さんだよ~?」

 

「おはよう、お姉ちゃん。時間がないから手短に話すけど、学校にドイツのアドバンスドが来た、それともう一人得体の知れないのが。今日の3時半くらいから学園の上にゴーレムを飛ばして欲しい」

 

「え、まさかの事態だね。あまり荒っぽいことはしないように。得体の知れないっていうのは?」

 

「男、って本人は言ってるけど、十中八九男装した女だね。これは今日中に白黒つける予定だよ」

 

「それは無害そうだね。ゴーレムの件は分かった。その時間に着くように飛ばすよ」

 

「それと、フランスのデュノア社の裏を洗って欲しい」

 

「ん? それはどういうことかな?」

 

「その男装少女がデュノアって名乗ったんだ。血縁かどうかはわかんないけど、とりあえずお願い」

 

「はいは~い、久しぶりのお仕事だ~。さくちん、今度はもっとゆっくりお話したいな」

 

「そうだね。じゃ、またね、お姉ちゃん。また夜に掛けるよ」

 

「は~い、それまでに準備しておくね」

 

 

そう言って通話を終え、後ろを見ると、歯ブラシを咥えて立つ本音。全く気づかなかった櫻は内心焦っていた

 

 

「さくさくってお姉さん居たの~?」

 

「正しくはお姉さんみたいな人なんだけどね。実姉じゃないよ」

 

「そうなんだ~。お姉さんっぽいさくさくがお姉ちゃんって呼ぶのも面白いね~」

 

「そうかな? ちっちゃい頃から一緒だったから」

 

そう言いながら逃げるように洗面所へ向かう

切り替えるためにも冷たい水で顔を洗う、とりあえず今に集中しなければ

 

 

 

身仕度を済ませた2人はいつもの様に教室へ向かい、本音はデュノアに熱い視線を送り続けた。

 

 

----------------------------------------

 

 

授業中も休み時間も絶えずデュノアに熱い視線を送り続ける本音にクラスメイトも驚いたようで、「ついに本音が動いた」やら「櫻を捨てた」やら好き勝手に噂を流している

 

 

「え~っと、天草さん?」

 

「デュノア君、何か用?」

 

休み時間にデュノアから話しかけられた。喉を見る限り、喉仏は目立っていない

 

 

「いや、彼女からの視線が気になってね、布仏さんのことは天草さんに頼めってみんなが言うから」

 

周囲を見渡すと、頼んだぞ。と言うような視線を送るクラスの面々。

 

 

「はぁ……、本音。デュノア君が困ってるから、好きなら好きって直接言いなよ」

 

「さ、さくさく。それは違うって~!」

 

「え、それは……」

 

櫻がわざとらしく爆弾を投下すると、案の定食いつく 狼女子達

「櫻さんを……」「本音もなかなかやりおるな」「コレで櫻お姉さまは……クヒヒ」

少し不穏なのも聞こえた気がしたが、反応は上々だ

 

 

「え~? 本音の好みってなんだったかナー?」

 

「えっと、僕は……」

 

「でゅっちーもいいけど、さくさくが一番だよ~」

 

「あの、僕はどうしたら……?」

 

「本音の本音はそれかな? ホントかな?」

 

「また嵌められた~!」

 

また櫻に一本取られた本音が不満の声を上げる

デュノアはもう空気だ。

ここで助け舟を出したのはやはり一夏だった。

 

 

「いつまでも夫婦漫才に付き合わなくてもいいんだぜ?」

 

「え、あ~。うん」

 

「さっさと次の準備しちまおうぜ、次をしのげば飯だ」

 

「そうだね」

 

一夏は女の園の切り抜け方をある程度身につけたようで、こんなのいつものことさ、と振舞っていた

デュノアは元が律儀な性格なのか、話しかけられるとほぼ必ず返事をする質で、休み時間のたびに囲まれては質問攻めにあっていた

 

 

「あの2人はいつもあんな感じだからさ、ある程度はスルーしないと身が持たない」

 

「そうかもね。ああいう愛の形もあるんだ……」

 

「シャルルは彼女いた事とか無いのか?」

 

「えっ? あぁ、残念ながら無いなぁ」

 

「以外だな、シャルルは見た目も性格もいいからモテそうだけど。おっと、先生だ」

 

ドア越しに見える影に気付き、一夏が席につくと、デュノアも自分の席へ

未だに本音と櫻はじゃれあっているが、どうなろうと自業自得だろう

 

音もなくドアを開けて入ってきたのは、織斑先生では無かった

 

 

「ん? 誰だ?」

 

空気の変化を感じた本音と櫻は前に教師が立っていることに気づくと慌てて席についた

 

 

「織斑先生に急用が出来たので、この時間は私が代わりに授業を進めますね」

 

教卓に付いているのはセレンだった

IS学園に送り出した張本人はすっかり忘れていたようで、目を見開いている

 

 

「私は2年を受け持っています、セレン・エリジェです。担当は実技と戦闘理論、IS運用論。それと外国語です。よろしくね」

 

クラスがまさかの外国人教師の登場に少しざわめくなか、セレンの戦闘理論の授業は始まった

 

 

「では、現代ISの特徴を。フュルステンベルク社……さん」

 

「現在最新鋭とされる第3世代ISは、操縦者の脳機能を使ったイメージインターフェースを用いてコアの持つ能力を引き出すことに重点が置かれています。コアの処理機能を引き出すことで、今までにないタイプの装備を開発することが可能になりました。主な――」

 

「そこまででいいですよ。ありがとうございます。フュルステンベルクさん……あ、天草さんでしたか、ごめんなさい。彼女の読んだ通り……教科書に無いし……えっと、彼女の言ったとおり、第3世代機の特徴はイメージインターフェースの利用で――」

 

 

知ってる人間に当てたくなるのが教師の性なのか、真っ先に狙われ、それもご丁寧にドイツ姓まで明かされてしまった櫻だったが、ちょっと困らせてやろうと教科書に無いことを読み上げて遊んだ以外は特に特徴のない普通な授業が続き、無事に4時間目を終えた1組。スイッチが切れたのか、一気に休みムードだ

 

 

「天草さん」

 

「はい」

 

セレンに呼ばれ、教卓に向かう

 

 

「お久しぶりですね、フュルステンベルク社長。3年ぶりでしょうか」

 

「そうだね。ここで社長はやめて欲しいんだけど……」

 

「つい癖で。すみません」

 

「いいけどね。それで、先生にも慣れたみたいだね」

 

「ええ、おかげさまで。最初はかなり困りましたけどね」

 

「セレンさんは器量がいいからすぐに慣れたでしょ?」

 

「2年目にいきなり担任を任された時はどうしようかと思いましたよ。それに千冬さんの指導担当に当たるし……」

 

「気まずいね……」

 

「それはかなり! 千冬さんは副担任だったんですけど、実技の指導はとてもうまくて」

 

「千冬さんだしね」

 

「理論はまぁ、なんとか先輩の威厳を保ちましたけど。それで伝説になったのは去年のことですね」

 

「千冬さんがなにかしたんですか?」

 

「生徒会長をぶっ飛ばす、とか気合の入った生徒がいて、いまの生徒会長の子なんですけど。その子がところ構わず元会長の子に戦闘を仕掛けるので……」

 

「それを千冬さんが成敗しちゃったとか?」

 

「その通りです。アリーナでISの練習をしていた時に戦闘になって、千冬さんは代表候補生2人の争いを生身にIS用ブレード一本であっさり」

 

「千冬さん人外~」

 

「ほう、私をそう思っていたとはな」

 

グギギギと首を回すと、織斑先生がそこに

出席簿を振り上げるとバンバン! と重い打撃音が2度響いた

 

 

「なんで私まで……」

 

「私のことを話していたようなのでな。エリジェ先生?」

 

「ヒィッ……」

 

「天草、お前も先生と喋るのはいいが、あまり深いことは聞くな」

 

「あれはセレンさんが勝手に――」

 

再びの出席簿アタックが炸裂。思わず頭を抱える

 

 

「ここでは先生だ。それに彼女はもうオーメルの人間では無い」

 

「それを私に言われましても……」

 

「ともかく、急に授業を任せてすまなかったな、エリジェ先生」

 

「いえ、ちょうど開いた時間でしたし、社……天草さんの顔も見られましたし」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

「それでは、社……天草さん、来年は整備科に来てくださいね」

 

「どうしようかな~?」

 

「ふふっ、どのコースを選んでも退屈でしょうし、整備科で先生の代わりでもやってくださいよ」

 

「考えておきます」

 

 

 

その後また質問攻めが櫻を待ち受けていたのだが、それは割愛させていただく

 

 

-----------------------------

 

 

SHRも終わり、部活に自主練に各々が動き出す

その中で櫻は一夏に声を掛けた

 

 

「一夏くん」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「放課後に専用機持ち達と練習してるって聞いてさ。私と、もう一人。4組の子を入れてくれないかな?」

 

「別にいいぜ、先生は多いほうがありがたいからな。それに箒とセシリアのいうことは意味がわからなくてな……」

 

「苦労してるんだね……」

 

「シャルルが来てくれたからまだ何とかなってるけど、アイツが来なかったらと思うとぞっとするよ」

 

「そんなに酷いの?」

 

「細かいことは後で分かるよ。第1アリーナな」

 

「了解。あとでね」

 

「おう、楽しみにしてる」

 

 

一夏が教室から出たのを確認すると、なんでも(ryのスイッチを入れる

 

 

「本音? いま一夏が外に出た。第1アリーナね。簪ちゃんにもそう伝えて。稼動テストはそこで」

 

「解ったよ~。では更衣室にご~!」

 

「任せた」

 

 

ほっと一息つくと、また次の仕事に入る

携帯を取り出し、ゴーレムコントロールアプリを起動、第1アリーナ上空で待機させる。ゴーレムはすでに近くにいるようだ

 

「お仕事お仕事~ってね」

 

 

一つ愚痴るとアリーナへ歩き始めた



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暴れるウサギ

櫻が教室を出た頃、本音はすでにアリーナの入り口、柱の陰で気配を消していた。

彼女も暗部の従者だけあり、これくらいの隠密行動はできる。はずだ

 

――きたきた、追っかけちゃうよ~

 

ターゲットシャルル・デュノアを発見し、追跡に移る。今の彼は一人だ

デュノアはそのまま更衣室に入り、制服を脱ぎ始めた

 

それを壁越しに見つめる本音。だが、ISスーツを下に来ていたのか、脱ぐだけでそのままフィールドに向かってしまう

 

――はうぅぅ、失敗かな~?

 

少し慌てたが、櫻に指示を仰ぐ

 

 

「チェリー、こちらモーティブ。対象は下にISスーツを着てたからわかんなかったよ~」

 

「その手があったか……。了解、モーティブはそのまま整備室へ」

 

「モーティブ、了解だよ~」

 

この場でのミッション(覗き)は失敗。そのまま簪の専用機の準備に入る

 

一方、フィールドでは先に来ていたセシリアと鈴音がラウラの操るシュヴァルツェア・レーゲンに蹂躙されていた

 

 

-----------------------------

 

 

――なにこれ

 

フィールドに入るや否や、目に飛び込んできたのは赤と青が吹き飛ばされ、ぶつかり、打ちのめされる光景だった

 

 

「フン、イギリスと中国の第3世代機はこの程度か。データで見たほうが強そうだったな」

 

「何を言ってますの? まだまだこれからでしてよ?」

 

「これくらいで黙るほど、龍は弱くないわよ!」

 

再びラウラに突っ込んでいく鈴音、それに援護射撃を加えるセシリア

だが、いきなり鈴音の動きが止まると、そこにレールガンが容赦なく撃ち込まれる

 

――AICねぇ、なかなかめんどくさそ

 

さすがに櫻もこの 喧嘩戦闘を止めるほど良い人ではない、それこそ、いま頭上を駆け抜けたオレンジの貴公子ほどは

 

 

『もうやめてくれないかな? ドイツ人はやっぱり頭が固いのかい?』

 

『フランスの 第2世代アンティークが何を言う。それに、私はあくまでも正当防衛として攻撃を行っているまでだ』

 

『正当防衛とか言いつつ、2人のエネルギー残量は具現化限界(レッドゾーン)を通り越して 操縦者生命維持限界デッドゾーンに近いみたいだけど?』

 

『知るか、こいつらはまだまだ殺る気みたいだからな。それ相応の返事をせねばなるまい』

 

『なら、力尽く取り返すしかないかな?』

 

そう言って両腕にアサルトライフルを展開し、照準をあわせる

一応警告のつもりらしく、まだ引き金に指はかけていない

 

 

『シャルル君? やめておいたほうがいいんじゃないかなぁって……』

 

念のためシャルルにプライベートチャンネルで呼びかけるも

 

 

『天草さんは彼女の肩を持つの? 2人が危ないのに?』

 

正論で返されてしまった

 

 

『僕としては天草さんの手も借りたいところなんだけど』

 

『私は関係ないしなぁ』

 

『冷たいね』

 

『お人好しが過ぎると損するよ?』

 

『コレが僕の罪滅ぼしだからね』

 

罪滅ぼし、ね。普通の人間なら、こんな言葉は簡単に使わないだろう。間違いなく彼の裏にはなにかある、そう確信した

ちょうどいいタイミングでゴーレムが指定の位置に到着したとハイパーセンサーの片隅に表示される

 

 

『仕方ないね。セシリア、凰さん、貸一つだから』

 

『櫻さん! そんな、まだ行けますわ!』

 

『アンタの手助けなんかいらないわよ!』

 

『なら2人ともISの限界を超えて死んでしまえばいい』

 

『ちょっと、天草さん。それは言いすぎだよ』

 

『この2人はそれくらい言わないと引かないでしょ』

 

『だからって――』

 

『頭の固いドイツ人はまだ殺る気みたいだけど』

 

『そんな! ああ、もう! 天草さん、援護して!」

 

シャルルが叫ぶと瞬時加速で一気に距離を詰めにかかる

狙いはラウラではなく、ワイヤーに掴まれたセシリアと鈴音だ

 

 

『だからそんなガラクタで何が出来っ! なんだ!?』

 

『台詞の途中にごめんね。ドイツ人として、同郷の人の過ちを見過ごすわけには行かないからさ、アドバンスド』

 

『貴様っ! 何処でそれを! くそっ、殺してやる!』

 

AICを使おうと手を出したところで背中の天使砲を一発お見舞いする

これで一瞬の隙が生まれ、シャルルがセシリアと鈴音を救い出す

 

 

「お前らの罪、未だあるのだろう。すべて精算させてやるよ。この私が」

 

「戯け! 貴様に何がわかる!」

 

「ほら、おしゃべりしてないで行くよ。その目を使ってもいいよ、アドバンスド」

 

「くっ……」

 

空中で円を描きながら互いに銃火器の応酬を繰り広げるジャーマン

それを見ながらシャルルは櫻もドイツ人だったのか、と煽ったことを後悔した

 

『お前ら何をしてるんだ!』

 

 

いきなりオープンで入ってきたのは一夏の声、こういう空気の読めない奴は早死するんだ

 

 

『何って、物分かりの悪いウサギの躾だけど?』

 

『来たか、織斑一夏。まずは貴様から屠ってやる』

 

『邪魔だからとりあえず失せろ、一夏』

 

『なんで俺に! クソッ!』

 

 

いきなりレールガンとハイレーザービームの砲撃を受ければ嫌でもエネルギーを全損させる

なぜか一夏への砲撃は2人共タイミングが揃っていた。だから未熟な一夏はよけきれずに3条の砲撃を浴びる

 

 

『天草さん! なんで一夏を!』

 

『空気の読めない奴は邪魔なだけだからね。さっさと退場してもらったよ』

 

『そんな、ここまでする必要は無いじゃないか!』

 

『ドイツの尻拭いはドイツ人がするべきだ。そんなバカがしゃしゃり出ていい場面じゃない』

 

 

喋りながらも攻撃の手を緩めず更に弾幕を密にする。

両手にマシンガンを展開、秒間140発を超える鉛球がラウラを襲うも、AICの前に無力化される

 

 

「貴様、なぜヤツを撃った」

 

「邪魔だからに決まってるじゃん」

 

「出会いがこうでなければ、貴様ともよくやれたのかもしれんな」

 

「残念だけど、試験体は間に合ってるから」

 

「そうか、では、終幕だ」

 

 

プラズマ刃を手に瞬時加速で迫るラウラ。それをエネルギーブレードで払いつつ、ハイレーザーを見舞う

 

 

「ほら、君の能力はそんなんじゃないだろ? アドバンスド、その目を見せてご覧」

 

「それまでもない、貴様にはコレで十分だ」

 

6本のワイヤーブレードが櫻に迫る

何本かは断ち切るも、数が多く、捌き切れない

2本のワイヤーが腕と足に絡まりそのまま壁にたたきつけられた

 

「これで終わりだな」

 

ニヤリと笑いながらレールガンで櫻の顔を狙い、銃身に紫電が走る

 

 

「それはどうかな?」

 

壁に半分埋まったような状態で両肩の天使砲に光を纏わせる

 

だが、それも鬼の一声で散った

 

 

「それまでだ、ボーデヴィッヒ、天草」

 

そこで現れたのは織斑先生、手にはIS用ブレードを持っている

 

 

「なっ! 教官! まだ、この女は!」

 

「これ以上言わせるな、ボーデヴィッヒ」

 

「織斑先生、生徒同士の模擬戦を止めるんですか?」

 

「これ以上の被害を出されては困るからな。ひとまず、これ以上の私闘を禁ずる。決着は月末につけろ」

 

「ですが!」

 

「お前ら2人は後で職員室に来い」

 

「「はい」」

 

 

『この決着は必ず付けてやる』

 

『その時は立場が逆になってることを願うよ』

 

『ムリだろうな。いまのでわかっただろう、貴様にはアレを使うまでもない』

 

『そうかい、アドバンスド』

 

互いに振り返り、反対に向かって歩き出す様はどこか決闘を終えた騎士のようであり、とても様になっていた

壁際に吹き飛ばされた一夏は「厄日だな」と思いつつ、シャルルの手を取り立ち上がる

 

 

「悪いな」

 

「構わないよ、とりあえずセシリアと鈴を医務室に運ぼうか」

 

「だな。無様な姿晒しちまったから、少しはカッコつけないと、なんというか、俺のプライドが」

 

「一夏は男の子らしいね。良くも悪くも日本人な感じ」

 

「あんまり褒められてる気がしないな……」

 

「ふふっ、どうだろうね。さ、行こ」

 

「おう」

 

 

織斑先生が来たのは手に負えないと判断したシャルルがとっさに救難信号を発したからだ

職員室に行って戻ったらどうなってるかわからない以上、少し賭けに出た

その結果として、狙い通り織斑先生が来たのだから良かったのだろう

 

-----------------------------

 

 

「さくさく、大丈夫?」

 

フィールドから出ると本音が待っていた

櫻の身を案じてくれたことが表情から察せられる

 

 

「まあね、機体の損傷レベルも大したことないし」

 

「良かった~。かんちゃんも待ってるから、行こ~」

 

「それで、さっき織斑先生に呼び出し喰らっちゃったから。今日のテストは2人でやって。ワークシートにフローチャートは載ってるから、それに従ってお願い」

 

「アレだけ派手やったからね~、仕方ない、今日は2人でやるよ」

 

「ごめんね。じゃ、逝ってくる」

 

「何か違う気がするけど、生きて帰ってきてね~」

 

 

-----------------------------

 

 

その後、着替えを済ませて職員室にやってきたラウラと櫻

この場においても一触即発の空気を発している

 

 

「来たか、隣の部屋を使うぞ」

 

そう言って隣の会議室を開け、目で入室を促す

ここまで来た以上、従うしかなさそうだ

 

 

「本当なら反省文でも書かせたいところだが、お前らだからな……」

 

「それで、事情聴取、ですか?」

 

「そんなところだ。では聞こう。どうしてあんな騒ぎを起こしたんだ?」

 

「私がフィールドに入った時にはオルコットと2組の凰が彼女に一方的攻撃を受けていたため、デュノアと協力し、2人を保護、その後彼女との戦闘に」

 

「天草が言ったことに間違いはないな?」

 

「ありません」

 

「オープンでの会話ログを聞いたが、天草、お前はなぜボーデヴィッヒをアドバンスドと呼んだ?」

 

「彼女の気を引くのに一番の言葉かと思いまして」

 

「そうか、それで気が立ったボーデヴィッヒはそのまま天草と戦闘行動に入ったと」

 

「その通りです」

 

「それで、少し戻るが、ボーデヴィッヒ、なぜお前はオルコットと凰と戦闘を行った?」

 

「私が織斑一夏を見下す発言をしたところ、2人が攻撃を加えてきたため、自衛のため攻撃を加えました」

 

「なるほどな。齟齬はない。だが新しく問題が浮かんでしまったな」

 

ざっくりとした質問の理由は詳しく聞く必要が無いからのようだ

会話ログなどからすべての流れを知っている、だから言い訳のないよう、事実確認のみを行ったと

 

 

「天草、お前は"なぜ"ボーデヴィッヒをアドバンスドと呼んだんだ?」

 

「その質問は先程も――」

 

「さっきとは少し意味が違ってな、わかるだろう?」

 

「……彼女が言葉通りの存在だから、です」

 

「アレは国家機密扱いのはずだが、ボーデヴィッヒ、何かあるのか?」

 

「あるにはありますが、機密情報のため言えません」

 

「そうか、そうだろうな」

 

「天草、といったか? お前は私をどこまで知っている?」

 

ラウラが質問する、この場合、彼女の気と相まって、尋問と言うべきだろうが

 

 

「多分、その機密情報に絡んでるのはウチだからさ。研究所の襲撃だろう?」

 

ラウラはポーカーフェイスを続ける、流石軍人だろうか

 

 

「まぁいいや、これが"千冬さん"の聞きたい話でしょうし」

 

含みをもたせたため、織斑先生の顔が少し締まる

ラウラは相変わらずだ

 

 

「とある情報網から、ドイツ国内でISのための人体改造が行われている事を知った我々は、さらに調べを進め、遺伝子強化試験体、と呼ばれる存在に行き着きました。まさに試験管ベビーのことですね。アドバンスドと呼ばれた彼女らは様々なテストを行われ、過半数が死んでしまったようです。その中の数少ない成功例に、擬似ハイパーセンサーを埋め込む試験が行われました」

 

そう言ってラウラの方を見ればポーカーフェイスも崩れつつある

もうひと押し。そう考えてさらに言葉を続ける

 

 

「身体は上手く行っても、不適合を起こして脳機能に障害を負うパターンが多かったようで、成功例――と言っても、常用は出来ないようですが――はそこにいる一人だけです。我々はそんな非人道的な研究を許さない。だから研究所を襲撃、試験体を保護し、研究所を破壊しました。表に出なかっただけ褒めてもらいたいものです、ボーデヴィッヒ少尉」

 

「貴様が、あの事件の首謀者だと?」

 

「ええ、その通り。捕まえますか?」

 

「いや、やめておこう」

 

「懸命な判断です。それで、ここまで聞いて何かありますか? 千冬さん」

 

「まさかお前らがアレをしでかしたとはな。まぁ、らしいがな。ボーデヴィッヒを煽る為にそう呼んだというのも納得だ」

 

「で、ボーデヴィッヒ少尉、あなたはこれからどうしますか?」

 

「そんな、急に聞かれてもな」

 

「ま、そうでしょうね」

 

「櫻、お前は試験体を保護した、と言ったな。いまどうしてるんだ?」

 

「今はお姉ちゃんと一緒に暮らしてますよ、あの子です」

 

千冬はラウラそっくりの彼女を思い出し、納得したようだ。

 

 

「それは、私以外にも生きた存在があるということか?」

 

「それ以外に何があるんですか? さすがに私達も脳死状態の子を引き取るほど善人ではありませんよ」

 

「そうなのか……」

 

質問を重ねたラウラのトーンが下がる

それを一瞥した櫻は何事もなかったかのように息を吐く

 

 

「では、今日はこれにて解散。さっき言った通り、学年別トーナメントまでの私闘は禁止だ」

 

「「Ja」」

 

今まで以上に厳しい声に思わずドイツ語で返してしまう2人。織斑先生は苦笑いだ

 

会議室から出ると、ラウラが口を開く

 

 

「貴様は、どうして織斑一夏を味方しない?」

 

「一夏くんを庇う意味もないし、メリットもないからね」

 

「なら、なぜ教官を慕っているのに織斑一夏に恨みを抱かない?」

 

「モンド・グロッソの時のことを言っているなら、それは私があの事件の真実を知っているから」

 

「何を知って――」

 

ラウラの口を指で抑えると耳元でささやく

 

 

「知らないほうがいいこともあるんだよ。少尉」

 

「そうか……」

 

「君は君らしく自分の願うままに生きるべきだ。君には名前がある、記憶がある、経歴がある、技術がある、仲間もいる。それを大切にしなよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「貴様、名前を聞かせてくれないか」

 

「私は、櫻。櫻・天草・フュルステンベルク」

 

「フュルステンベルク、貴様の言葉、覚えておこう」

 

 

 

そう言って踵を返すとブーツを鳴らしながら、ラウラは寮へ去っていった



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冴える兎

部屋に戻ってシャワーを浴びると、ベッドに倒れ込み、その状態で束にコールする

 

 

「やっときたね、待ってたよ。本題だけど、デュノアに息子はいなかった。それにいまデュノア社はイグニッションプランから外されかけててピンチなんだって。このまま国からの支援を打ち切られれば、会社は潰れちゃうだろうね」

 

「そのために娘を男装させて、白式の技術を盗むためと自分自身が広告塔になるためにここに来た、と」

 

「だろうね。ともかく、シャルル・デュノアなんて人物この世にいなかった。その社長と社長夫人の間にも子どもはない」

 

「え? じゃあ、彼女は誰の子なの?」

 

「社長とその愛人の子だよ、あんな扱いをされる理由がわかった気がするね」

 

「なるほど、本名は?」

 

「シャルロット・デュノア、こっちはちゃんと女の子の名前だね」

 

「彼女も苦労してるんだね。じゃ、彼女が救いを求めれば全力で助けよう」

 

「さくちんも甘いよね~」

 

「そう?」

 

「だってアドバンスドの娘も上手く手篭めに、とか思ってるでしょ?」

 

「彼女は歪んだ欲望で出来た娘だからね。最初から使われる目的で生み出された。彼女の幸せは誰も考えていないんだよ。だからね」

 

「そんな同い年の女の子に与えられる幸せが彼女等にとって都合のいいものなのかな?」

 

「私は幸せを与える天使じゃないよ、ただ籠から解き放つだけ。また籠に戻ろうと、自身の巣を新しくつくろうと知ったことじゃない」

 

「さくちんは甘いね」

 

「甘いね」

 

「ゴーレムがとったデータは明日送るよ。あと、計画も確実に進んでるから安心してね」

 

「とりあえず本体だけ上げちゃえばね」

 

「そのとおり。あとは2人で作っちゃおう」

 

「束お姉ちゃんも相変わらずだね」

 

「束さんが変わるときは世界が変わる時だよ」

 

「かもね。おやすみ」

 

「おやすみなさい、さくちん」

 

 

通話を終えて寝返りをうつと、目の前には本音が居た

本当に気配が無い。恐ろしい子だ

 

 

「またお姉さんとお話?」

 

「そうだよ、今朝頼んだことを聞いてた」

 

「ほぇ~。かんちゃんから送られてきたデータは見た?」

 

「もちろん。推進系は予想以上の稼働率を出してくれてるけど、やっぱり山嵐がね」

 

「そうなんだよ~、当てようとしても当たらないし。どうやって組めばいいのかな~?」

 

「逆転の発想も大事だよ?」

 

「逆転の発想って言われても~」

 

「ま、頭を使いなさい。若者よ」

 

「さくさくだって同い年だよ~」

 

「ふふっ、そうだね。それで、本音、話は変わるけど、デュノア君の正体、気にならない?」

 

「え? 今朝の続きやるの?」

 

「やる、部屋に突撃」

 

「大胆だね~」

 

「証拠を掴んだからね」

 

「おぉ~、さくさくすご~い」

 

「じゃ、お互いあの格好で行きますか」

 

「犬の嗅覚はすごいんだぞ~!」

 

 

先日届いた狼の着ぐるみパジャマを身につけると、狐のパジャマな本音と共に一夏とデュノアの部屋に向かう

もちろん、こんな格好故に目立つが、1年には櫻と本音がまたなにかやってる程度の認識しかされていないようだ。こういう時に普段のキャラが役に立つ

 

 

「チェリー、こちらモーティブ。部屋の前についたよ~」

 

「了解、廊下にその他敵影なし」

 

「りょ~かい。突っ込むぞ~」

 

 

1025室の前には本音が、その先の曲がり角には櫻がそれぞれ付いて怪しさ満点の行動の最中だ

本音が呼び鈴を押すと、中から「はーい、いま開けます」とデュノアの声で返事があった

 

 

「対象は中にいる模様、このまま侵入する」

 

「一夏くんには気をつけて」

 

「中には、おっと。でゅっちーこんばんは~。今一人?」

 

「そうだね、ちょうど一夏は先生に呼ばれてるよ」

 

「そっか~、それは良かったよ~。でゅっちーにお話があったから」

 

「僕に? ま、とりあえず入ってよ」

 

「おっじゃましま~す」

 

どうやらうまいこと本音が中にはいったようだ

櫻も気配を消し、ドアの前に立つ。中では本音が話を切り出すところのようだ

 

櫻の提案した作戦は簡単。警戒されていない本音が今日のお詫びなどと適当な名目で部屋に上がり、中から櫻を迎え入れ、強引に脱がせる。バレたらかなりまずいがバレなきゃいい。2人はそういう思考の持ち主だ

 

 

「それでね~、今日はちょっとやり過ぎちゃったかな~って。ごめんね~」

 

「いいんだよ、あんまり気にしてないから」

 

「えへへ~、でゅっちーはいい人だね~」

 

「そうでもないよ、僕だって酷いことはするしね」

 

「え~、でゅっちーに限って~?」

 

「誰しも良いことだけじゃ生きていけないと思うしね、布仏さんこそあまり悪いことはしなさそうだ」

 

「でも、こんなこともするんだ~。とうっ!」

 

いきなりデュノアに飛びかかった本音は後ろで両手を抑えると「さくさく!」と叫ぶ

櫻が玄関から堂々と侵入、そのままベッドに組み伏せられたデュノアに目線を合わせる

 

 

「布仏さん、天草さん、いきなり何を!」

 

「でゅっちー、ごめんね~。でもコレもお仕事だから~」

 

「ごめんね、デュノア君。どうしても気になることがあってね」

 

「気になること?」

 

「君って、ホントは女の子じゃないの?」

 

「えっ? なんでそう思ったのかな?」

 

「なんか、男の子っぽくないっていうか、骨格からして変だと思って」

 

「でも残念ながら僕は男だよ、昔から華奢だとは思っていたけど、面と向かって言われると悲しいね」

 

「そう、あくまで否定する? シャルロットちゃん」

 

デュノアの顔が引きつる、だが、わざと気づかぬふりをして本音に命令する

 

 

「本音、脱がすよ」

 

「おぉ、男の子を脱がすってなんだかドキドキするね~」

 

「デュノア君、これで白黒つけましょ?」

 

「ちょちょちょ! 待ってよ! 分かったから!」

 

「かかれ」

 

冷酷な櫻の声が、シャルルの終わりを告げる、コレで"彼"の学園生活はおしまいだ、そう思っていた

本音がジャージの手早く脱がせ、櫻が背中に手を回し、コルセットのホックを外す。重力に逆らって形の良い乳房が露わになった

 

 

「ほう、いい身体してるね」

 

「さくさくがなんだかえっちぃよ~」

 

「酷いよぉ、わかっててやったの?」

 

「もちろん。全部話してくれるよね?」

 

「わかったよ……」

 

デュノアが口を開いた瞬間に、恐れていた人物の登場だ

 

 

「シャルル、いるか~」

 

「い、一夏っ? ちょっと待って!」

 

「ん? どうした……。悪かった、少し頭を冷やしてくる」

 

本当に空気の読めない唐変木は、デュノアの願いも虚しく、そのまま部屋に入ってきた。

そこで彼が目にしたであろうものは着ぐるみパジャマの2人に脱がされ、半裸のシャルロットと荒れたベッド。思春期の青年の目には、少し刺激的過ぎたようだ

 

 

「本音、行け」

 

「おりむーごめんね」

 

あののほほんとした風体から想像もできない速さで一夏に迫った本音は首筋に手刀を叩き込むと、一夏の意識を奪う

あっけにとられる櫻とデュノア、本音のお目付け役と言われて四六時中一緒にいる櫻でさえ、本音の速さは予想外だった

 

 

「報酬は食堂のデザート5品でいい?」

 

「デラックスパフェ」

 

「グッ、仕方ない。後日支払おう」

 

「えっと、何をしてるのかな?」

 

「スパイ映画っぽくてかっこいいでしょ~?」

 

「う、うん。とてもそれっぽいと思うよ」

 

「本音のパフェは週末におごるとして、デュノア君。もうシャルロットちゃんでいい?」

 

「ロッテでいいよ、そのほうが呼びやすいでしょ?」

 

「だね。ロッテ、全部話してよ、場合によっては君を今の立場から切り離せる」

 

「もう天草さんにはお見通しなんだろうけど、ウチの会社は第3世代機の開発ができずにいたんだ。だからイグニッションプランからも外されちゃった。それでこのまま第3世代機の開発が出来なければ資金援助の打ち切りと、IS開発認可の取り消しを告げられた」

 

「しつも~ん」

 

そこで本音がはいはい、と手を上げて質問をする

 

 

「イグニッションプランってなに?」

 

「本音、授業はちゃんと聞いていようよ……」

 

「えっと、イグニッションプランって言うのはヨーロッパの統合防衛計画のことで、簡単に言うとEU圏で使うISをまとめて、もっと安くいいものを揃えよう。っていう計画だよ。そこに入れば開発援助として国からお金が出たり、広告効果で自社のISが売れるようになるんだけど」

 

「でも、ラファールは売れてるんでしょ? なんでそんなことするの?」

 

今度は櫻が変わって口を開いた

 

 

「ISの開発はお金がかかるの。機体を作ってハイおしまい。じゃ済まない、後付装備の開発とか、アップデートプログラムの開発、提供とか、作ったあともやることは山積み。だからほとんどの企業は国からお金をもらってISの開発と提供をしてるの」

 

「天草さんの言った通り、お金がかかる。でも、デュノアには技術力も足りないんだ。だけど、社の存続のためにはイグニッションプランに参加する必要があった、だからまずは盗めるところから技術を盗みましょう、ってね」

 

「それでおりむーに近づいたの?」

 

「そのとおりだよ。男だって言えば一夏に近づきやすいし、何よりデュノアの名前も売れる」

 

「事情は分かった、それで、この後どうするつもり?」

 

「どうだろうね、本国に強制送還されて、良くて牢獄、悪ければ処刑されかねないね」

 

「どう"なる"じゃなくてどう"する"か聞いてるんだけど」

 

「わからないよ、僕は僕の意思で動けない。いろんな人を騙して来た。そんな人げ――」

 

「ならここにいればいいじゃねぇか」

 

 

ぎょっとして振り返れば頭を抱えながら立ち上がる一夏、まだ少しふらついている

壁に手をつきながらもその瞳には闘志が見て取れる

 

 

「お前はそれで満足してるのか? いまここでみんな笑いながら飯食って、みんなで真剣に授業を受けて、そんな学園生活を捨てちまうのか?」

 

「でも、僕は一夏を、みんなを騙してきたんだ、もうここには居られないよ」

 

「それはお前が決めることじゃないと思うぞ、騙されていたかどうかなんて騙された側しかわからない、それを許すか許さないかも騙された側次第だろ? 俺はシャルルを許したい。まだ何もされてないし、何より、俺はシャルルを大切な友達だと思ってるからな」

 

「一夏、僕はここにいていいの?」

 

「ああ、少なくとも俺はシャルルを含め、みんなでここを卒業したいしな」

 

「おりむーいいこと言うね~。かっこいい~」

 

「一夏くんもこう言ってることだし、考えをまとめてみなよ」

 

「ああ、あと2年半はある。その間に見つかることもあると思うぜ」

 

「僕はみんなと一緒に居たい、今はそう思ってるよ。でもこれからどうしよう、僕が女の子だってバレたら……」

 

「いっその事女の子として生きればいいんじゃないかな~」

 

本音の一言で場の空気が凍る

さすがに開き直るというか、潔すぎるというか。さすがにコレもないだろうと思う一夏が何となく櫻に視線を送ると

 

 

「私はありだと思うけど。ロッテはどうなの?」

 

「それが出来るならそうしたほうが気が楽だね。男として生きるのも息苦しかったし」

 

「なら決まりだね」

 

「でゅっちーは女の子になりました~ぱちぱち~」

 

一夏は置いてけぼりだ。

シャルロットは気を利かせて一夏に声を掛けるも、その場で崩れ落ちる

どうやら気力での活動限界を迎えたようだ。正義感だけでは流石に重い話まではついていけなかったか

 

 

「やっぱりキテたのかもね」

 

「おりむーは男の子だし、手加減したとは言え、それなりに強くキメたからね~」

 

「2人とも物騒な事言うね」

 

「とりあえず一夏をベッドに……」

 

女の子3人に担がれる一夏はどういう気分なのだろう。 彼の友人弾に呪われそうなシチュエーションだが、本人の意識はすでにどこかへ行っている

 

 

「じゃ、ロッテは女の子に、でもタイミングもあるからなぁ……」

 

「学年別タッグマッチが終わったらにすればいいよ~」

 

「タッグマッチ? 聞いてないよ?」

 

「え、普通に1対1じゃないの?」

 

「あれ? さくさくもでゅっちーも知らないの? クラス対抗戦の時に黒いのが来たから、タッグになったんだよ~?」

 

「これはもう一荒れありそうだね」

 

「もうしばらく男として頑張るよ……」

 

「それまでに必要なことは済ませよう。ロッテはデュノアをどうしたい?」

 

「一応お父さんだし……、でも恨みが無いわけじゃない」

 

「じゃ、潰す方向で」

 

「いやいや、それはやり過ぎだよ!」

 

「え~、ロッテはどうしたいの?」

 

「とりあえず僕はフリーランスになりたい。デュノア社のシャルロットじゃなくて、ただのフランスから来たシャルロット・デュノアに」

 

「それはロッテをデュノアから奪えばいいね。しばらくはウチの所属ってことになるけど、2年に入る頃にはクビにするから」

 

「さくさくはえげつない言い方するね~」

 

「奪う? クビ?」

 

「ロッテをそうだな……BFF辺りがいいかな。そこのパイロットとしてデュノアから転属させるだけだよ。金か力をちらつかせればあんな小企業、簡単に落ちるさ」

 

「一応デュノアも世界的企業でいたつもりなんだけど……」

 

「さくさくは世界に敵なしだからね~」

 

「とりあえず異存は無い?」

 

「え? ああ、うん。わかった。でもそんな簡単に出来るの? 一応国の息がかかってる会社だし」

 

「大丈夫、意地でも君を奪ってみせるよ」

 

「えっ、天草さん? すごい恥ずかしいんだけど……」

 

真顔で宣言されてはキュンと来ない女性は居ないだろうと思われるほどのイケメンっぷりでシャルロットを陥落させる櫻。となりの本音も頬を紅くしている

本人は自覚なしのようで、飄々しているから恐ろしい

 

 

「とりあえず、織斑先生と相談して進めようか」

 

「なんでそこで鬼を……」

 

「一番信用できて口が堅いからに決まってるじゃん。よし、決まり。明日織斑先生と話をつけよう」

 

「わかったよ。よろしくね、天草さん」

 

「この際名前で呼んでくれていいよ。本音、戻るよ」

 

「はいな~。おやすみ~」

 

「おやすみ、櫻さん、のほほんさん」

 

 

 

シャルロットは学園で初めて、自分が救われたと感じた。彼女にとって一生モノの関係を築く第一歩が踏み出された



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打鉄弐式、出る

「織斑先生、天草です。ちょっと込み入った話が」

 

そう言って織斑先生に切り出したのは翌日の夜のこと

さすがに簪の打鉄弐式を放ってシャルロットに集中するわけにも行かない

 

「入れ」と短く返事があったため、部屋にはいると……何時ぞやの惨状が目に入る

 

 

「それで、込み入った話とは?」

 

「デュノアのことです」

 

「そうか、それで?」

 

「"彼女"を今の立場から切り離したい。だからIS学園を利用します。それで、彼女本来の人生を歩んでもらう」

 

「そうか、それだけ聞くと報告のようだが、私に何をさせたいんだ?」

 

「シャルルがシャルロットになるにあたっての事務手続きを。あと場合によってはシャルロットを引き取ってもらいたいんですけど……」

 

「なるほどな。分かった。いつやる気だ?」

 

「月末のタッグトーナメントまでには」

 

「事務手続きはこっちでやるが、身元引受までは出来ない。私もまだ監視が付いてるからな」

 

「そうですか、仕方ないですね。何とかします。学園内での情報統制はお願いしますね」

 

「ああ。今これを知っているのは?」

 

「私と布仏、織斑の3人です」

 

「ならお前らから喋ることはないだろうな。あとは生徒会長か……」

 

「バレてますかね?」

 

「どうだかな。それこそ布仏に聞いてみたらどうだ?」

 

「あぁ、そういえば生徒会でしたね」

 

「お前、いつも一緒に居るだろ……」

 

「いつも一緒に居るからわからないんですよ」

 

察した織斑先生もため息をつく

本音の職務放棄が教師に明らかになった

 

 

「デュノアのことは分かった。お前も無理するなよ」

 

「少し無理をする予定なのでそれは出来ませんね。女の子の時間を奪った罰を与えないと行けませんから」

 

「やり過ぎるなよ?」

 

「どうでしょうね。では、おねがいします」

 

 

織斑先生に協力を取り付けた以上は学園内は安心と言っていい。

これからは櫻の仕事だ

 

 

-----------------------------

 

 

タッグトーナメントの出場ペア募集締め切りが近づく放課後、ざわつく校舎から離れたアリーナで櫻と本音はモニターと睨み合っていた

 

 

「さくさく~、コレなんだよ~」

 

「ミサイルをすべて的に当てようとすると処理しきれなくなってダウンしちゃうんだよ、だから当てるのは1/3くらい、それ以外は狙った辺りに飛べばいい、みたいなプログラムを組めばいいんじゃない?」

 

「なるほど~。逆転の発想ってそういうことなんだね~」

 

「当てない、ってことも考えないと。本音はどう思ってたの?」

 

「散弾ミサイル?」

 

「あぁ……」

 

そこに戻ってきた簪と打鉄弐式。櫻と本音がコードをつなぐと稼動データが流れこむ

だいぶ形になってきたが、山嵐が鬼門だ

 

 

「櫻さん、どう思う?」

 

「全体的な稼働率は75%と少し低いくらい。たぶん山嵐の稼働率が低いから平均を下げてるんだろうね」

 

「そうだよね。山嵐以外はとてもいい仕上がりだと感じるんだけど、それだけが――」

 

「さくさく~、山嵐のプログラム修正終わったよ~」

 

「あいよ~。ごめんね簪ちゃん、もう一度行ってきて」

 

「うん!」

 

再び舞い上がる簪、空に溶け込む機体が48の尾を引くミサイルを一気に打ち出した

ターゲットポッドがISの戦闘機道を真似て動く、それにあらゆる方向から向かうミサイル

 

ピットで櫻と本音が息を呑む。

 

 

「ターゲット、デストロイ」

 

簪が短く通信を入れるとピットの2人は他の生徒の目を憚らず歓喜の声を上げた

櫻がどこから取り出したのか、ボトル入りの炭酸水を本音に投げるとそれを激しく振った

 

簪が戻ると、

「ひゃ~っほ~い!」「出来たぞぉぉぉぉぉ!!」などと叫びながら炭酸水を浴びせられる。

迷惑そうな顔の先輩を視界に捉えながらも、困った笑みを浮かべるしかなかった

 

 

「おい」

 

背後から声を掛けられ、説教かな……と振り返ると

誰もいない。おかしいな、と感じながらも再びボトルを振ると袖を捕まれ無理やり振り返らされる

もちろん、炭酸水は目の前の人に

 

 

「うわっ、何をする!」

 

「え、あ。すみません!」

 

「貴様、どこまで私を愚弄すれば気が済む!」

 

「え、え~っと」

 

目の前の人とは、背が低く、銀髪で、どこか堅苦しくて、『ドイツの冷水』とか呼ばれてたりする彼女だった

 

 

「ボーデヴィッヒさん、これはえっと……ちょっと嬉しくなってついね」

 

「貴様ぁ……トーナメントでは覚えていろ! 次こそ貴様の頭をぶち抜いてやる!」

 

「ちょっと! 何か用があったんじゃないの!?」

 

濡れた服のままピットから出て行くボーデヴィッヒを櫻はただ見つめるしかなかった

その背中が「近づくな」と語っているようで

 

 

-----------------------------

 

 

シャワーを浴び、もう一度機体のチェックを終えた3人はピットでゆっくりとお茶をしていた

一仕事終えた職人たちの如く、その顔には「満足」と書かれているようだ

 

 

「そうだ、簪ちゃん、私と一戦しない?」

 

「え? 櫻さんと?」

 

「そそ、今ならインテリオルのISを見せちゃう!」

 

「よしやろう」

 

「かんちゃん、キャラぶれてる!」

 

「決まり、行くよ! 本音は審判!」

 

「あ~い」

 

簪が打鉄弐式を展開し、ピットから飛び出したのを確認すると、櫻はデッキを走り、空に身を投げた

本音の「さくさく~!」という叫びを他所に、空中でISを展開。そのまま飛び上がる

 

 

「さくさく! バカ! 何してるの!」

 

「ごめんごめん、一度やってみたかったんだよ」

 

「いまのは危ない、もう二度とやらないで。櫻さんはあなただけのものじゃない」

 

「はい、もうやりません」

 

白い天使が簪の前に現れる

 

櫻が展開したのはマルチロールパッケージ、ノブレスオブリージュ。ローゼンタールのHOGIREタイプをベースに翼のようなレーザーキャノンを背中に1対備える。

機体名称にもなる櫻の基本装備だ

 

 

「では、まず小手調べから。簪ちゃん、いい?」

 

「白いのをどうにかしないとインテリオルには……」

 

「そのとおり。さっさと終わらせないとあんな燃費悪いのは出せないかもね」

 

「プライダルアーマーは?」

 

「さすがに無いよ、コジマ汚染されたい?」

 

「遠慮しておく」

 

「だよね。じゃ、行きましょ!」

 

 

いきなり両肩のレーザーを撃つ櫻、避けられることを織り込んでの射撃らしく、その後も左手のアサルトライフルが火を噴く

対する簪もアサルトライフルで牽制しながら時折春雷でシールドエネルギーを削る

 

両者1歩も引かない戦いが続き、距離を保ったまま不規則な動きで翻弄しあい、レーザーの光跡が見えたと思うとプラズマが輝く。まさに一進一退の攻防という言葉がぴったりだった。

 

打鉄弐式は物理装甲にヒビや欠けが見られるが、ノブレスオブリージュは物理装甲が部分的に消滅している。

シールドエネルギーの残量だけならほぼ互角だが、簪には精神的余裕が無く、櫻には機体的に余裕が無い

 

 

「よし、ご褒美だ」

 

そう言うと装甲を収納、再展開する

 

 

「綺麗……」

 

再展開された丸みを帯びたグレーの全身装甲(フルスキン)

左肩の辺りにアンロックユニットとして浮遊する物々しい砲門

両手に持ったスマートなライフル

 

変態の変態による変態のための機体(ARGYROS)がそこにあった

 

 

「簪ちゃん。やっぱり変態じゃ……」

 

「そ、そんなことはないよ!」

 

「さくさくの機体、なんか気持ち悪いね……」

 

「ほら、本音もこう言ってるし」

 

「あの丸みを帯びた物理装甲、背中のプラズマキャノン。手にはプラズマライフルでしょ! これのどこが変態なの?」

 

「えっと、もういいです」

 

「かんちゃんの好みはわかんないよ……」

 

「えっと、もうしばらく機体鑑賞したい?」

 

「もちろん! ちょっとプラズマライフル撃ってみてよ!」

 

「あ、ハイ」

 

砲身が輝き、光の弾丸を射出する

簪は機体が完成した時以上に目を輝かせ、いまにもちょっと貸してと言わんばかりだ

 

 

「次はプラズマキャノン!」

 

「ハイ」

 

背中から強い光が飛び出す、威力も目への攻撃力もライフルとは段違いだ

簪は狂喜乱舞といった様相で桜の周りを飛び回っている

 

 

「かっこいい! やっぱりトーラスマンだよ!」

 

「あの、そろそろ再開しませんか?」

 

「ねぇ! アスピナマンは無いの?」

 

「無いよ! あんなの乗れるか!」

 

事実、ネクストをこのスケールでデフォルメすることにかなり無理があり、シルエットと武装でそれっぽく見えるだけにすぎない。そもそも、ネクストの再現と言うより、それで培った技術を応用しましょう。という物であるため、似せようというより、似てしまった、といったほうが正しい。

アルギュロスは狙って似せているが

 

 

「そっかぁ、残念だなぁ。もう終わりでいいよね、時間だし」

 

「え?」

 

「かんちゃん萎えるの早っ!」

 

センサーによって視界に表示される多々の数値の中、時計を確認すると時刻は19時50分を指している、たしかに時間だが、え?

 

 

「あぁ、うん、そうだね」

 

「早くしないと食堂閉まっちゃうよ」

 

 

よくわからないままに簪との模擬戦は終了、一応実戦データをとれたからよしとしたい

 

 

-----------------------------

 

 

食堂にギリギリで滑り込んだ着ぐるみパジャマ3人衆はさっさと夕食を済ませると、簪の部屋に集まった。

もちろん、部屋でやることと言ったら、打ち上げだ

 

 

「では、打鉄弐式の完成を祝して、乾杯!」

 

「「かんぱ~い!」」

 

ワインレッドの液体が入ったグラスを合わせて、軽く音がなる

もちろん、中身はぶどうジュースなのは言うまでもない、気分が重要なのだ

 

 

「ガワは完成していたとは言え、中身は完全再設計だもんね~。それを1ヶ月でやり切るなんて高校生のやることじゃないね」

 

「これも全部櫻さんと本音のおかげだよ。ありがとう」

 

「かんちゃんがちゃんとさくさくに手伝って、って言えたからだね~」

 

「やり方はアレだけどね」

 

「でもお陰で言いたいことが言えたんだよ」

 

「かんちゃんがあんなに大きな声出してるの初めて見たもん」

 

「本当ね、簪ちゃんが感情むき出しで怒鳴りつける姿なんて私も初めて見たわ」

 

「「え?」」

 

いつの間にか打ち上げに混ざっていた楯無に驚く簪と本音

そりゃ、知らないうちに部屋に居るはずのない人がいたら驚くわ

 

 

「簪ちゃん、打鉄の完成おめでとう。お祝い持ってきたわよ」

 

「お姉ちゃん……なんでいるの?」

 

「そこ? 私は櫻ちゃんにお呼ばれしたから来たんだけど、お邪魔だった?」

 

「まさか、お姉ちゃんにおめでとうって言われて、嬉しいよ」

 

「簪ちゃん達は私より立派ね、高校生3人でISの内部システムを全部組み上げたんでしょ?」

 

「お姉ちゃんは1人で全部――」

 

「そんなわけないじゃない。虚や国防省ロケット・砲兵総局(GRAU)からの技術者も居たし。人数だけなら100倍は居たのよ?」

 

「うそ……」

 

「いつの間にかすごいことやってのけてました。ってことね」

 

「簪ちゃん、誇っていいと思う、うん」

 

「かんちゃん頑張ったね!」

 

パンッと楯無が扇子を開くと破天荒解の文字

それを見た簪が姉に笑みを向けると、楯無もそれにつられて笑った

 

 

「前から気になってたんですけど、楯無先輩の扇子って誰からもらったものなんですか?」

 

「これは小さい頃にお父さんのお友達にもらったものよ。素敵でしょ?」

 

「隆文おじさんにもらった扇子まだ使ってるんだね」

 

「隆文、おじさん?」

 

「ええ、有澤重工の社長をやってるって言ってたわ。お父さんの古い友だちで、時々こういうおみやげをくれたわね」

 

「私がもらったのはそこに飾ってあるアクアビットマンやトーラスマンのモデルと写真かな」

 

壁に目を向けると、コルクボードにアクアビットの標準機体LINSTANTとトーラスの標準機体ARGYROSの写真が貼ってある。それもハンガーの中の写真だ。もちろん企業機密だったのは言うまでもない。

それとテーブルには同じくランスタンとアルギュロスのプラモデル。それもアルギュロスはコジマ腕に換装してある、やはり簪は変態の気があるんじゃないだろうか

 

 

「へぇ、まさかと思うけど、更識家って表沙汰にしにくいお仕事してたりする?」

 

「「「…………」」」

 

「あぁ……隆文おじさんが言ってた"そういうの"に強いお友達って更識先輩のお父さんだったんだ」

 

その節はお世話になりました。と深く頭を下げる櫻。なぜ感謝されるのかわけも分からず呆然とする3人

訳を聞くと、以前更識家の先代楯無に仕事を依頼したのは有澤ではなく櫻だったという。あくまでも有澤のコネを使って更識から情報を得るため、これがあると有利に進められる。と言われて選んだのがその扇子だったというわけだ

 

 

「この扇子って櫻ちゃんのチョイスだったの? おじさんは知り合いに選んでもらったって言ってたけど」

 

「ソレを作ったのは私です。多分、要の部分に櫻の花びらのマークが入ってると思います」

 

要を凝視して目を見開く楯無

 

 

「あら、ホントだ。以外なところにつながりがあったわね」

 

「そうですね。これでお仕事のお願いもしやすいです」

 

「おねーさんの仕事料は高いわよ?」

 

「それだけの成果を出してくれればいくらでも出しますよ」

 

「ま、その時は少しまけるわ。簪ちゃんの恩もあるし」

 

「実際そんなことはないに越したことはないんですけど」

 

「そうね。ささ、お祝いの続きをしましょ。主役が置いてけぼり喰らってるわよ」

 

 

その後もワイワイと打ち上げと称した駄姉のノロケは数時間続き、砂糖を濃縮しても追いつけない甘さになった空気から逃げるように櫻と本音は自室へ戻った



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タッグトーナメント開始!

タッグ決めに一波乱あったようだが、1年の専用機持ちが2人離脱の中行われることとなったタッグトーナメント。

余り物はくじ引きでペアを組まされたそうだが、ペアの一覧を見る限り、ラウラ/箒組以外は自分の意思で組んだペアだとわかる面々が揃っていた。

 

そして問題は第1試合からラウラと一夏があたってしまったことだ。

 

 

スタンドから本音やクラスの面々と共に試合を見守る櫻だったが、とてつもなく嫌な予感がしていた

社長代理紫苑や 技術部束が視察に来ているというのとは別に。

 

 

 

「始まるよ!」

 

誰かの声でフィールドに目を向ける。

そこには箒の打鉄に相対する一夏の白式とラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに対するシャルロットのラファール・リヴァイブⅡ

 

だんだんと引き締まる空気。

表示されるカウントダウン

 

レッドライトが消える

 

 

まず仕掛けに行ったのは一夏だった。

箒に向かい瞬時加速で勢いをつけた刃を叩き込む

箒もどうにか受け流したようだが、鍔迫り合いになると打鉄がパワー負けするのは明らかだ

 

後ろでラウラとシャルロットが撃ちあっているが、あちらは操縦者の技量もあって、ほぼ互角の戦いが期待できそうだ

 

 

ラウラはどうしても一夏を自分の手で落としたいのか、ワイヤーブレードを時折一夏の方に射出するも、すべてシャルロットによって防がれてしまう。本人なら「一夏の邪魔はさせないよ!」とでも言っているだろう

 

一夏と箒はバトルスタイルが似ていることもあり、剣技で上回る箒を機体で上回る一夏がどのように落とすかだった

互いに剣が届くか届かないかといった間合いで 円状制御飛翔サークルロンドに似た機動を描き、時折浅い傷をつける

 

またしても仕掛けに行った一夏、鋭く剣を振るうと箒の打鉄に確実にダメージを与えていく。そして何か叫ぶと箒が被弾した。シャルロットのロケットランチャーか何かだろう

これで箒は戦線離脱。残すはラウラだが……

 

 

「あの黒いの、なんか怖くない?」

 

「だよね~。ちょっと気味悪いって言うか……」

 

「さくさく~、アレ怪しいよ~?」

 

「怪しいっていうか、違和感があるって言うか……。とにかくボーデヴィッヒさんが本気出したのは間違いないと思う」

 

ほぼ全員が感じ取った気迫。感じ方に差はあるものの、それは負のベクトルの感情の吐露であることに違いないだろう

実際にラウラの動きは確実に良くなっている。

接近されなければ相手じゃない一夏はAICで止めてレールガンを叩き込み、マルチに戦うシャルロットは射撃武器で牽制して距離を置かせる

 

理にかなった戦い方だが、1つ忘れていることがある。

これはタッグマッチだ

 

 

一夏がまたしても瞬時加速でラウラに迫る。案の定止められたが、ブラフだ。本命は後ろから迫るシャルロット。手には物騒なパイルバンカー

 

ラウラが気づいた時にはもう遅く、振り返ってしまった為に背中に受けるはずの攻撃を腹で受け止めてしまう

操縦者保護機能があるとは言え、衝撃は消せないだろう。シャルロットの攻撃はまだ続く、1発、2発……と数発腹に決めて一旦距離を置く。

 

 

おかしい、あれだけの攻撃を受けて試合が終わらない

その違和感は他の生徒も感じ取ったようで

 

 

「さくさく? おかしいよね、これ」

 

「おかしい。全員アリーナから退避!」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

今回は隔壁のロックなどは無いため、全員が扉から出て行く

反対側の来賓も、生徒がいきなり出て行き始めたことに不信感を覚えたようだ

 

ほぼ全員が逃げたのを確認すると、ポケットからお守りを取り出して一度叩く

 

 

『ムッティ、束お姉ちゃん、聞こえる?』

 

『聞こえるわ、これを使うなんて何かあったの? 聞くまでもなかったわね』

 

『今アレを解析して……なにあれ!』

 

『束ちゃん解析急いで! 櫻は千冬ちゃんに連絡!』

 

 

紫苑が慌てた理由、それはフィールドの真ん中でどろどろに解けて形を変えるシュヴァルツェア・レーゲンが視界に入ったからだ

 

櫻は非常電話からコントロールタワーに連絡を入れる

 

 

「コントロールタワー、織斑だ」

 

「Dブロックスタンド、1年の天草です。織斑先生、フィールドのアレは!」

 

「わかっている、いま教員のIS部隊が向かった。生徒の避難は済んだようだが来賓がまだだ。来賓の避難が終わり次第教員部隊が仕掛ける」

 

「それじゃ遅いじゃないですか!」

 

「だがッ!」

 

「あぁもう! あとで反省文でも何でも書きますから私が行きますよ! エネルギーシールドを破らねければいいんでしょ!」

 

「いくらなんでも危険すぎる! アレはボーデヴィッヒが乗っているのだ!」

 

「わかってます! でもこの間にもあの娘の精神が歪められているかもしれない! 私はそんなの許さない!」

 

「天草っ! やめろさく――」

 

 

受話器を戻すとそのままスタンドを駆け降りる

目指すはフィールド、そのためには通用口まで降りなければ

 

 

『織斑先生に報告はしたよ、それで、アレは何?』

 

VT(Valkyrie Trace)システムだね。要はちーちゃんのコピーだよ』

 

『櫻、千冬ちゃんに勝てる?』

 

『わかんない、でもとりあえず時間は稼ぐからそっちの避難急いでね!』

 

『わかった。先生が色々やってるけど、爺婆がねぇ』

 

『ムッティ、社長命令です、観客の避難を援助、場合によってはISの展開を許可』

 

『わかったわ。束ちゃん、優先席のマーキングお願い』

 

『イェスマム!』

 

『お姉ちゃん、一夏くんは?』

 

『あー、まずいね、ちーちゃんに防戦一方だよ。これは時間の問題かもね』

 

『壁をぶっ壊したいけど狭くてISが展開できない!』

 

『いっくん!』

 

 

突然の束の叫び、おそらく一夏がやられたのではないだろうか。

間に合わなかった? だが始末は付けねばならない

 

走り続けてやっとフィールドの光が見える

フィールドには黒い暮桜と雪片弐型を部分展開する一夏、その場から走って箒の元へ向かうシャルロット

 

――まだ終わってない!

 

更にスピードを上げ、ゲートから飛び出しノブレスオブリージュを展開、そのまま加速する

 

 

「ラウラぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

『助けてやるよ、お前もな』

 

 

飛び出した時には一夏が零落白夜を当ててラウラを助けだしていた、叫びながら突撃した櫻の立場は無い

その場でISを解除し、辺りを見回す

ラウラを抱きとめる一夏と壁際で苦笑するシャルロット、となりには難しい顔をした箒

ひとまず全員無事なようだ

 

 

「織斑君! みなさん! 無事ですか?」

 

一番大きなゲートから入ってきたのは山田先生を初め教員部隊の先生方

 

 

「はい、ラウラは気絶してるみたいですが」

 

「ボーデヴィッヒさん以外は無事なようですね。天草さんはなぜここに居るんでしょうか?」

 

「えっと、その……」

 

「櫻は俺たちを助けようと来てくれたんですよ」

 

「そうですか。ですが、もうこんな真似はしないでくださいね?」

 

「ハイ、スミマセン」

 

「ひとまず、ボーデヴィッヒさんは先生に任せて、みなさんは一旦教室に戻ってください」

 

 

山田先生に教室で待機を命じられ、更衣室に向かう3人とそのままアリーナから出て行く櫻

櫻の手には先程のお守り。

 

 

『シュヴァルツェア・レーゲンは沈黙、全部一夏くんに持って行かれちゃった……』

 

『こっちも来賓の避難は終わったわ。あとは束ちゃんね』

 

『え? さっきスタンドには誰もいなかったよ?』

 

『となると……』

 

 

-----------------------------

 

 

「ちーちゃん!」

 

「ンなっ!」

 

コントロールタワーの最上階、一番警備が厳しいこの場所になぜか入ってきたのは篠ノ之束。

そのハグダイブを紙一重で躱した千冬は久しぶりに会う親友との再会を楽しむでもなく、織斑先生として接した

 

 

「束、何を考えている?」

 

「なんのことかわからないけど、少なくともコレは束さんじゃないよ?」

 

「心当たりはあるんだな」

 

「わかってるんでしょ? それに隠してるし」

 

「どうだろうな」

 

「ふふっ、どうなのかな?」

 

「お前は何をしたいんだ?」

 

「ただみんなで宇宙に行きたいかなぁ」

 

「本当か?」

 

「本当だよ。ISがいつの間にかこんなスポーツになっちゃって、本来の目的を覚えてるのなんて数百人しか居ないじゃん。だから世界中のバカ共の目を覚まさせる。ISとはこうあるべきだってね」

 

「お前が言うと冗談に聞こえないな」

 

「本気だからね。そのためにさくちんの力も借りてるよ」

 

「そうか、ついに世界を変える手はずを整えているのか」

 

「もちろん」

 

「他の教員が戻ってくる。悪いが今日は帰ってくれ。またゆっくり呑もう」

 

「次は夏にまた来るよ。じゃあね」

 

 

嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく。それが束だ

わかっているから必要以上に長居させないし、多くは語らない。それで千冬も束も十分だった

ゆっくり話すのは酒の席でいい、それにこんな場所(IS学園)じゃ自由に喋れない。だから千冬は織斑先生であり続けるし、束はまだどこか束音である気がする

 

 

互いにまたゆっくり話そうね、というのは心の何処かでまだ友人とのおしゃべりを楽しみたいという欲求の表れかもしれない。



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迷える黒ウサギ

再び学校行事で騒ぎが起こり、中止となってしまったため、IS学園は外部からの攻撃に対する脆弱性をIS委員会で指摘されることとなった。

外部からの攻撃というが、物理的攻撃だけでなく、ネットワークを通じた攻撃に対する弱さも年度初めに露呈してしまったため、早急な対策が望まれていた。

IS学園理事は委員会での追及に淡々と事務的に返していたとか

 

そして、先日の学年別トーナメントでVTシステムを起動させてしまったラウラ・ボーデヴィッヒの処遇は実に残酷なものだった

 

 

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IS学園の1年寮の一室に、ディスプレイに映る2人の女性に苛立たしげに話す女子生徒がいた

 

 

 

『この結末は酷いなぁ』

 

「でしょ? 本人は知らなかったままかもしれないのに、機体を作ったアホのせいでコレだよ?」

 

『それで、櫻はこの娘をどうしたいの?』

 

「私達で助けてあげたい。使い捨ての命なんて認めない。だから、私達が彼女の存在理由を見出してあげたい」

 

『で、具体的には?』

 

「彼女を雇う。コアはすでにウチのものだしね」

 

『だよねぇ、フランスの娘と言い、やっぱりさくちんは甘いよ。甘々だよ』

 

「束お姉ちゃんだってまずいほどのビターからだいぶ改善されたんじゃない?」

 

『さくちんほど甘くないからいいんだよ』

 

『でもね、櫻』

 

そう言って切り出した紫苑はこう続けた

 

『この娘はそれを望むかしら? 自分が使い捨てだと理解していたらおとなしく運命に従うと思うの。誰も手を伸ばしてくれないのがあたりまえだったら、手の取り方を知らないかもしれない。そんな場合はどうするの?』

 

「100%諦めていたならそんな人間はいらない。でも、すこしでもISに乗りたい、まだ自分らしく生きたいという気持ちがあるなら、私はそれを育てたい。手の取り方を知らないなら無理矢理にでも掴んで引き起こす、運命なんてねじ曲げてやる」

 

『そう、やっぱり私の娘ね……』

 

『さくちんがそう言うならそれが私達の結論だよ。確かに、アドバンスドが来てくれるならちょっとピーキーな機体も作れるし、束さんは異論ないかな。くーちゃんが心配だけど』

 

「クロエは利口だから心配ないと思うけどなぁ」

 

『目標が決まったなら今はその娘を口説き落としなさい? 暴力はダメよ?』

 

「わかってるよ。じゃ、そろそろ本人のところに行くよ」

 

『グッドラックだよ、さくちん』

 

「多分すぐには答えが出ないと思うから、期待はしないでね」

 

『気長に待つわ。気をつけていってらっしゃい』

 

 

ラップトップの電源を落とすと、そのまま背もたれによりかかり、天井を見上げる。

そして携帯が震えるとホログラムディスプレイがポップアップし、クロエからの短いメッセージを表す

「片付け完了」と10文字ちょっとの短い文から行いが察せられた

おそらく、束は千冬の動きを模倣するようなシステムが許せなかったのだろう。それに、ISが操縦者を飲み込もうとしたことが、許せなかったのだろう。

 

 

 

-----------------------------

 

 

 

目が覚めた時には知らない天井と斜陽に照らされたよく知った顔

白と相対する黒が視界に入る

 

 

「目が覚めたか、ボーデヴィッヒ」

 

「教官……?」

 

「ああ、私だ。この前はお疲れのようだったな」

 

「アレは、私の……」

 

「ああ、言いたいことはわかる。だが、アレを起動させてしまった責任は半分お前にある」

 

「私が願ったから、ですか?」

 

「その通りだ。お前の望みはなんだ? (ブリュンヒルデ)になることか?」

 

「私の望み……」

 

自分の願い、望み。

今まで考えたこともなかった。ただ与えられた任務をこなし、それ以外は自分を高めるために時間を費やした。それが私を形作る全てであり、私の存在理由だと思っていた。

 

ひたすらに強さを求めるなかで、それを体現する(織斑千冬)に出会った。彼女のようになりたい。そう切に願った。

だが、その彼女が唯一隙を見せる瞬間、それが弟である織斑一夏の話をする場面であった。その隙さえなければ、彼女は完璧な人間であろうに。そう私は思っていた。だから彼女に巣食う織斑一夏が許せなかった。

 

 

「お前は一夏が居なければ私がまたブリュンヒルデになれたと思っているのだろうが、それは間違いだ。私はアイツが居なければそもそもISに乗っていないだろう」

 

私は黙って教官の話を聞いた。私が今まで聞いてきたどんな教義よりも大事な何かがあるような気がして

 

 

「私は小さいころ、と言っても10は超えてたか。その頃に親がいなくなってな。私が家を支えなければ、一夏を守らなければ、そう思っていた。だからひたすらに力を付けた、お前のようにな。その力の一つがISだった。初めてISで空を飛んだ時に思った、私は翼を手に入れた、夢を叶える翼を。とね」

 

語る教官の姿は織斑一夏の事を語る時とはまた違った、でもなにか気持ちが満ちた表情をしていた

 

 

「それでまた私は考えたんだ、力を手に入れたならばその使い方を誤ってはならないからな。だからまたISの訓練に励んだ、誰も何も失わないようにな。その守る力こそが私の原動力なんだ。失いたくないが為に力を付け、その結果としてモンド・グロッソに出ることになり、一夏を失いかけた。だから私はさらに力を付けなければならないんだ」

 

 

教官はさらに続けた。ただ、力というのは他人を組み敷くのが力ではない、と。誰かとのつながり、友情。知識や信念。すべてが力であり、それは人それぞれであると。だから自分の力というのを見つけるきっかけがあれば、人はどんな立場であろうと強くなれるのだと。

 

そして、最後に私の心を見透かしたかのように言った

 

 

「それとな、隙のない人間など居るわけがない。それはもはや心なき機械と同然だ。お前はどうなりたい?」

 

私の最大の問、と言っても過言ではないだろう。

このまま冷たい刃であり続けるのか

 

 

「私は――」

 

「失礼します」

 

声のした方を見れば見覚えのある長身――あまり好きになれないやつだ――名前はなんと言ったか、まぁいい。なぜここに来たのだろうか

 

 

「ボーデヴィッヒさん、大丈夫?」

 

「ああ、何とかな」

 

「あなたの処遇と機体に関しての話をしようとおもったのだけど、時間を改めたほうがいいかな?」

 

「構わない、今頼む」

 

どうしてコイツが。という疑問もありつつ、これからどうなってしまうのか、私が、シュヴァルツェア・レーゲンが。

もし除隊なんてことになれば、私はわたしでなくなってしまう。そんな不安に、ラウラは駆られた

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉を除隊、専用機は没収の後、しかるべき機関で解体、コアのリセットを行う。なお、専用機のコアはドイツ軍より没収、研究用とする。だそうよ。それで1つ提案があるのだけど」

 

「聞こう」

 

自身の中でなんかが崩れた。だが、精一杯の虚勢を張っていつもどおりの冷めたトーンで答える

 

 

「あなたを雇いたいの。ISのパイロットとして」

 

「私を何処で雇うというのだ?」

 

「ローゼンタールよ。此処から先は独り言ね?」

 

そう言って話しだす、しかるべき機関というのはローゼンタールのことで、そのコアはそのまま研究用としてローゼンタールの管理下に置かれるそうだ。第3世代が軍から外れるだけで軍事力のバランスが傾くだけに、国の外に出すことはしないということか。

それで、軍を除隊され身寄りのない私を雇い、コアをそのまま使いまわすという腹づもりのようだ

 

 

「なるほど。断るのは惜しい話だな」

 

「でしょ? それに籍をドイツに置いたままに出来るってのがいいと思うのだけど」

 

「少し考えさせてくれ。悩みが多くてな」

 

「もちろん。良い返事を待ってるわ」

 

それで、デュノアのことですが。と話を続ける長身。

デュノア、確か第1回戦で当たったオレンジの 第2世代アンティークの男だ。やつのパイルバンカーの痛みはまだ残っている。

ヤツが何かしでかしたのだろうか

 

 

「ここでいいのか?」

 

「ボーデヴィッヒさんは口は固いでしょうから」

 

「念の為に言っておくが、ここで聞いたことは他言無用だ」

 

「分かりました」

 

「で、彼女をデュノア社より買い取りました。それからこっそりと国籍をイギリスに。これは非嫡出子だったので思ったよりスムーズに済みましたよ。今はシャーロット・D・ウォルコットです」

 

この女、いきなり物騒な事を言う。それに"彼女"と言ったか、奴は男ではないのか?

それに国籍を変えるなんてそう簡単にできることではないはずだ

 

私が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、長身が私に説明してくれた

 

 

「えーっと、デュノア君はデュノアさんでした。ってことね。あとは話の通り」

 

なるほど、わからん。

この女は何者なのだろうか。私を雇いたいと言ったり、人の国籍まで操作できるというのか

 

 

「分かった、こっちも書類の準備はできている。あとは本人と保護者、この際はウォルコットさんのサインが必要だ」

 

「後で書類を取りに伺います。そうだ、まだ部屋割りが決まってないならボーデヴィッヒさんと一緒にしてはどうでしょう?」

 

「確かにまだ考えてないが、いきなりどうした?」

 

「同じ企業連の人間同士くっつけたほうが管理しやすいって言うのが本音ですけど、シャルロッテがボーデヴィッヒさんの人間形成に役に立ってくれると思うんですよ」

 

「なるほどな、一理ある。その際は考慮しよう」

 

「私が貴様に雇われることは決定なのか!?」

 

思わず声を上げてしまった、それに人間形成とは失礼な話だ

 

 

「え? 違うの?」

 

「違う……わけではないが、まだ決めたわけではない」

 

「一応契約書も持ってきたんだけど」

 

「まだ必要ない」

 

「あら、残念」

 

まぁいいや、ゆっくり考えてね。と言ってまた話を続ける

口の減らない女だな

 

 

「書類はこっちで送るので3日ほどで返ってくるかと。制服はどうしましょう?」

 

「安心しろ、本人の希望のデザインで発注済みだ。数日で届く」

 

「手が早いですね、助かります」

 

「教員だしな、必要な物くらい手配しておくさ」

 

その後も2人は事務的な会話を続け、最後にもう一度私に同じ質問を投げかけた

 

 

「やっぱりローゼンタールで働く気はない?」

 

 

 

 

私に手を差し伸べてくれたのは2人目だ。私はこの手をとるべきだろうか

もはや自分を構成するパーツを失った今、私はどうあるべきなんだろうか

何もわからない。ただひとつ言えるのは、今はただ考えるべきだということだ

教官も「悩めよ、小娘」と残して出て行った。悩むべきだ、これからどうするのか、何を手にしたいのか。

 

 

-----------------------------

 

 

「櫻、お前はボーデヴィッヒがどうなると思う?」

 

「多分彼女なりに悩んだ末に自分の答えを出すでしょうね」

 

「私はドイツで彼女達にISの操縦は教えてやれた、だが、私が説くべきだったのはもっと別のことだったのかもしれないと、ボーデヴィッヒを見て思ったんだ」

 

「千冬さんは与えられた仕事をしたんですからいいんじゃないですか? 人としてどう生きるか考えることは彼女達に必要なかった。だから教えられていないんでしょう」

 

「だが、人として生まれた以上はその権利があってしかるべきだろう。それが侵害されていたのだとわかった今は、恐ろしくてならないよ」

 

「だから私達はもうそんな娘達が生まれないように"母体"を潰しました。VTシステムをレーゲンに載せたアホどももこの世には居ません」

 

「相変わらず束は……」

 

口ではそういうが、口端が上がっている

真似られた本人も内心穏やかでなかったのだろう

 

 

「では、私は部屋に戻るので」

 

「ああ、また明日」

 

 

 

別れた後に、千冬は一人、誰もいなくなった廊下で目を伏せた

涙が一筋、頬を伝った

 

 

「すまなかった、――」



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仏のシャル

合宿も差し迫る中、シャルロットと櫻はイギリスに居た

ロンドンシティ空港から電車で数十分、ロンドンの中心街。シティ・オブ・ロンドンに佇むBFF本社ビル。そこの社長室でシャルロットとリリウムが初めて直接顔を合わせるのだ

 

 

「さ、櫻? すごい緊張するんだけど……」

 

「リリウムさんとはすでに電話で顔を見ながら話したんでしょ? 大丈夫。それが直の顔合わせになるだけだから」

 

「大きな差だよぉ!」

 

「来たみたいだよ」

 

コンコンコン、と短く3回ノックされると、重厚な木の扉が開く

シャルロットはひっ、と身体をビクつかせ、扉の方を見た

 

 

「お二方、社長室へどうぞ」

 

「ありがとう。ロッテ、気合入れて? 一応あなたの母親だよ?」

 

「わかってるよぉ」

 

二人が職員室へ入るかのように失礼します。と部屋にはいると中央のソファでリリウムが待っていた

 

 

「よく来てくれたわ、櫻ちゃん、シャルロットちゃん」

 

「お久しぶりです、リリウムさん。半年ぶりですかね?」

 

「そうね。とりあえず2人共座って、お茶を用意させるから」

 

さっきから無言で背筋を伸ばしているシャルロットに声をかけるも、反応がない

目の前で手を振ったりしてもダメだ

 

 

「ロッテ~?」

 

頬をぷにぷにしてやるとやっと意識がこちらに向かう

 

 

「あ、戻ってきた」

 

「シャルロットちゃん、いらっしゃい。おかえり、かしら?」

 

「リリウムさん?」

 

「電話だとしっかりした娘だと思ってたけど、実際は少しシャイね」

 

そう言いながらシャルロットの頭をゆっくりと撫でる

本人はくすぐったそうにしているが避けたりはしない

 

 

「さ、とにかくまずはお茶しましょ。せっかくイギリスに来たんだから、美味しいお茶とお菓子ね」

 

「はい、頂きます」

 

「そうかしこまらないでいいのよ? もうここはあなたの職場、私はあなたの母親だから」

 

「ロッテは律儀だからね」

 

「は、はぁ」

 

 

しばらくお茶を飲んだり、スコーンを食べながら互いを語る2人。

本場の紅茶に顔が惚けているシャルを横目に、櫻は要件を切り出した

 

 

「それで、リリウムさん。今日はこの書類にサインを貰いたくて」

 

「えーと、転入届ね? あら、殆ど埋まってる。ありがたいわ」

 

「それにロッテも」

 

「えっ? あぁ、うん」

 

「そんなにお茶とスコーンが気に入ったなら買って帰ろうか?」

 

「いいの!?」

 

「それくらいの時間はあるよ、それに帰りも暇だしね」

 

「後でお店を教えるわ。近いからすぐに行ってこれると思うけど、車を出すわね」

 

「ありがとうございます!」

 

「娘のためだから、ね。はい、シャルロット」

 

書類とペンを手渡され、指定の場所にサインをしていく

まだ新しい英語名になれないのか、少したどたどしいが、それを眺めるリリウムの幸せそうな顔を見るのも面白かった

 

 

「はい。櫻」

 

ひと通り埋めた書類が帰ってきた。

目を通して間違いや不足を確認する

 

 

「うん、全部埋まってるし名前も間違ってないね」

 

「さすがに名前を間違えたら失礼だからね。少しは勉強してきたよ」

 

「やっぱりフランスの筆記体って丸いのね」

 

「そうですか? 今までコレで慣れちゃったので……」

 

「悪いって意味じゃないのよ、人によって差はあるし」

 

「フランス語の筆記体で英語名が書いてあるって不思議な感じだね」

 

「櫻ぁ……」

 

「ウチの娘をイジメないでくれる?」

 

冗談めかしていうが、リリウムを怒らせると非常に恐いのは企業連のトップ達の常識だ

ここはフォローしておかねば

 

 

「まぁ、こうして新しい風が入ったと思えば」

 

「そうね、フランスはローゼンタールを介しての取引しかないから関わりがなかったし」

 

「そういう意味ではBFFに変革を起こすかもしれないね。ロッテ」

 

「私がアンビエントで起こした変化よりも大きいかもね。これで重役を一掃……」

 

「リリウムさん?」

 

怖い顔で最後になにかつぶやいたリリウムにシャルロットが仕事の質問をする

 

 

「それで、僕の専用機は用意されるんですか?」

 

「もちろん。ブルーティアーズと同じく狙撃メインの第3世代よ。ただし、実弾系が主だから、そこはしっかり差別化してるわ」

 

櫻は前もって知っていたようで、スコーンを囓っている

シャルロットは専用機が用意されると知り、更に上がった

 

 

「さすがにラファールほどのバススロットは用意できないけど、人並み以上の容量は確保してあるから、近接戦闘以外なら普通以上にこなせるはずよ」

 

「それで、第3世代ということは」

 

「ええ、イメージインターフェイスを使った多種同時装備(マルチイクイップメント)ができるの」

 

リリウムが言うに、マルチイクイップメントとはその名の通り、多数の武器を同時にアンロックユニットとして装備し、思うがままに使えるという使い方によっては凶悪極まりない能力だ

もちろん欠点もある。射撃武器を多数同時に装備した場合にFCSの処理能力では賄えず、マルチロックオンは自力で演算しなければ使えない。ASミサイルなどはまだ良いが、スナイパーライフル6丁などもできるだけに、早急なアップデートが望まれる部分だ

 

それを聞いたシャルロットは目を輝かせて納入時期を聞こうと口を開いたとき

 

 

「今日持って帰る? 本当なら合宿の時に渡そうと思ってたのだけど」

 

「えっ? いいの!?」

 

素のシャルロットを垣間見たリリウムは嬉しそうに笑って頷くと

 

 

「装備が一部足りないけど、機体自体は出来上がってるから持って行っていいわよ。なんなら中庭で展開してみる?」

 

「ぜひお願いします!」

 

「わかったわ。準備させるから待ってて」

 

電話を取り、要件を手短に話すとシャルロットに向かってOKサインを出した

 

 

「櫻もあの機体に関わったりしたの?」

 

「少しね。BFFは誰かとの共闘を主眼においた機体を作るの。今回もその御多分にもれず、私との共闘を前提にした機体だね。その際はロッテは前衛になる」

 

「狙撃メインと言いつつ前衛もできる。ある意味マルチロールなんだね」

 

「そうだね。単機なら中遠距離の射撃で、誰かとの共闘でも広いレンジを活かして前衛から後衛までなんでもできる。BFFの傑作だね」

 

「櫻の機体は?」

 

「さっき言った通り、私は後衛を担当することになるから重狙撃パッケージなの。BFFのネクスト技術を応用した重量4脚だね。それでスナイパーキャノンと長射程ライフルで後方支援をする感じかな」

 

「3年の寮を吹き飛ばした4脚ってソレ?」

 

「うん。なんで知ってるの?」

 

「櫻の噂はあちこちで聞くからね」

 

「そんなに目立ってたつもりはなかったんだけど……」

 

「仕方ないね、櫻は有名人だから」

 

電話を終えて戻ってきたリリウムが予定を告げる

 

「機体の準備はあと20分で出来るって。その間に着替えちゃいましょ」

 

「はい」

 

「あんまり固くならないでね。って言っても難しいでしょうけど。ゆっくり慣れていきましょ?」

 

「頑張ります」

 

そう言って部屋を出る2人を見届けると櫻は退屈しのぎに新しいパッケージの企画を始める

エネルギー兵装100%なインテリオルの殲滅パッケージやアルゼブラの空中機動戦パッケージなど、企業の特色を活かしたモノが次々と浮かぶ

だが、一番やりたいのは、まぜこぜのマルチロールパッケージ。重量や出力を気にしないですむISだからこそ、背中に有澤グレネードとハイレーザーキャノンを装備して、両肩にミサイルポッドを担いでなお、両手にスナイパーライフルとアサルトライフルを持てる。更に推進力を増強するためにブースターを複数設置、スラスターも合わせて増やす。VOBのような使い捨てブースターも面白そうだ。

 

などと考えていると真新しいISスーツに身を包んだシャルロットが隣の部屋から出てくる

紺色のロングスリーブ、襟元にオレンジのアクセントが入る。なんというか、どこかで見覚えのある感じだ

 

 

「あんまり代わり映えがしないね」

 

本人もそう思っていたようだった

 

「まぁ、極端に色変えしてイメージが変わるよりいいんじゃないかな?」

 

「それもそうだね」

 

あとから出てきたリリウムも話を聞いていたようで、

 

「前に使ってたのとあんまり変わらないみたいね。でも、ウチのコーポレートカラーだから仕方ないのよ」

 

「櫻もイメージ変わるより良いって言ってますし、僕は満足してますよ」

 

「そう? ならいいけど。じゃ、上に制服着て中庭に行きましょうか」

 

 

-----------------------------

 

中庭には早くも解析機器や簡易的なエネルギーシールドが展開され、周囲には人だかりができていた

庭を望む広い空間の一角に集まっている白衣の集団に近づき、リリウムが声を掛ける

 

「機体は?」

 

「いまエレベーターです、もうすぐ準備できます」

 

「用意できたら呼んで」

 

「はい」

 

先ほどのリリウムとは異なる固い雰囲気にシャルロットは困惑気味だった

 

 

「リリウムさんは仕事になるとああなるんだよ。ネクストに乗ってる時が一番冷たい」

 

「切り替え、だろうね」

 

「だと思うけど、企業連の会議だとさっきの柔らかい雰囲気なんだよ」

 

「よくわからないね」

 

「ね」

 

そこにカートに乗ったアッシュグレーのISが運び込まれる

一段と騒がしくなるフロア

 

 

「アレかな?」

 

「そうだね、計画とだいぶ格好が違うなぁ」

 

「そうなの?」

 

「私が覚えてるのはもっと無骨なデザインだったよ」

 

 

奥でリリウムが手招きしているのを見つけると2人は駆け寄る

そこには美しいラインを持ったIS

 

 

「さ、コレがシャルロットの専用機、アンビエント・アペンディクスよ」

 

無言で機体を手でなぞっていくシャルロット、そのままぐるりと一周し、黙ってISに身を委ねる

起動シーケンスが始まったようで、PICが入り、ふわりと浮かぶ

 

そのままフィッティングに入る。あちこちの装甲がさらに引き締まり、女性的なラインに変化した

 

 

「ファーストシフトまで飛んでていいですか?」

 

「ええ、その代わり3200フィート以上の上昇は禁止よ」

 

「分かりました。行きます」

 

轟音を残して飛び去るグレーのシルエットを見てリリウムや櫻。集団の技術者達は息を飲んだ

 

 

「リリウムさん、アレってアンビエントの後継モデルの位置付けですか?」

 

「そうよ。067AN。わざとネクストの系譜のコードを割り振ったの」

 

「それだけ気合入った機体ってことですね」

 

「もちろん。新規製作パーツは9割、残りの1割って言うのも内部のエネルギー回路だったり、ハイパーセンサー関連だったり。自己進化の中で適正化されていくものだから」

 

なるほどなぁ、などと思い、空を見上げるとシャルロットの操るアンビエントがゆっくりと降りてくる

早くもファーストシフトを終えたようで、フィッティングを終えた段階で美しかったフォルムは一層磨きがかかって女性的な上品さと工業製品的な無骨さを上手くミックスさせた流麗なものになっていた

 

 

「ファーストシフト終わりました。やっぱりラファールと差があるのでちょっと慣れが必要だと思いますけど、大丈夫です」

 

「お疲れ様。研究班のところで見てもらって、問題がなければ待機形態にして持ってていいわ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

白衣の集団に溶け込むシャルロットにリリウムは少し残念そうな顔をしていた

 

 

「やっぱりロッテが懐いてくれないと不安ですか?」

 

「そうね。私に家族が出来るなんて思ってもなかったから、期待ばかりが先に行っちゃったのかもね」

 

「ロッテはいい子ですから、そのうち普通に振る舞ってくれますよ」

 

「櫻ちゃんがそう言うなら、きっとそうね。一緒に居られないのが残念だけど、少しずつ距離を縮められればいいわ」

 

視界の奥でアンビエントが光って消えた。待機形態に戻せたのだろう

人混みから抜けだしたシャルロットが満面の笑みをリリウムに向けた

 

 

「設計段階とは大きく違う方向にシフトしたけど、理論値よりもいい数字が出たって褒められました!」

 

「よくやったわ。どういう方に変わったの?」

 

「ブースターの出力上昇とバススロットの巨大化、近接適性の向上だそうです。どちらかと言うと機動戦向きにシフトしつつあるって言ってましたよ」

 

「なるほどね。確かにウチ(BFF)の機体は少数対多の戦闘で遠距離から敵を狩るスタイルだから、そういう方に変わるのは殆ど無いわね」

 

「やっぱりアンビエント、ってことだ」

 

「そうね」

 

「どういうこと?」

 

「シャーロットの機体名、アンビエントって言うのはもともと私のネクストの名前だったのよ。それも前衛機体だった。だからその子もそう進化したのかもね」

 

「リリウムさんと同じ、かぁ」

 

「責任重大だね、ロッテ」

 

「だね。企業の看板背負ってるし、その上社長機の後継となれば」

 

「あんまり無理しないでね。あくまでも目的は技術開発。他の企業を叩きのめす、なんてことはプレジデントにやってもらえばいいから」

 

苦笑いするシャルロットにごまかそうと下手な口笛を吹く櫻。そんな時に櫻の携帯が鳴った

「ちょっち失礼。もしもし」と結構真面目な雰囲気で話し始めたところから、相手は友達ではなさそうだ

 

リリウムはシャルロットの目を見据えて話しだした

 

 

「シャーロット、いい? あなたは私達の希望である以前に、私の唯一の家族なの。大事な局面では仕事より、自分を優先しなさい。機体はなんとでもなるけど、あなたは一人しか居ないんだから」

 

「はい、リリ……メイル」

 

「まだ慣れないみたいね。リリウムさん、でいいわ」

 

無理に「お母さん」と呼ぼうとしたためか異国の言葉で紡ぎだされた言葉にリリウムは笑ってシャルロットを撫でた

 

シャルロットは、最初シャルロットとフランス読みで呼んでくれていたのが、時々シャーロットと英語読みになっていたことに気づいていた。それだけ自分の存在に慣れてきてくれたと思って居たため、母親であるリリウムをお母さん、と呼びたかったが、気持ちの整理はそう簡単につかなかったようだ

 

 

「ロッテ、社員を一人拾って帰るけどいい?」

 

「構わないよ。もう帰るの?」

 

「休みは2日半しかとってないから、明日の午後の授業に間に合わせないと」

 

「ロンドンからは半日かかるから今日中に出ないとダメね。えっと、時差は9時間だから……こっちの時間で3時までに出たほうがいいんじゃない?」

 

「あと1時間ちょっとしかないよぉ」

 

「お茶とスコーンを買ったら時間ないね」

 

「次は夏休みかしら?」

 

「そうですね、またホームパーティーでもしますか? オルコットも呼んで」

 

「いいわね、ウィンやオッツダルヴァも呼んでね」

 

「欧州組勢揃いじゃないですか。まぁ、やるときは定例会でムッティから呼びかけますね」

 

「シャーロットも帰ってきた時に機体の試験データ以外の話を聞かせてちょうだいね」

 

「うん、また電話してもいい?」

 

「もちろん、楽しみにしてるわ」

 

 

玄関前に待たせていた車に乗り込み、2人はロンドン郊外へと向かった



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孤独のラウラ

シャルロットと櫻がロンドンに発ったのと時を同じくしてラウラは一路ミュンヘンへ向かっていた

 

目的はもちろんローゼンタールに自身の専用機を受け取りに行くこと。

「少し考えさせてくれ」と言っておきながら、その次の日には「その話、乗った」と返事をしたラウラへの櫻の行動は早かった。

櫻曰「ローゼンタールの開発人員総動員してとりあえず8割完成させたからあとはこっちで私が面倒見るよ」とのことだ。その時の櫻の顔が少し引き攣っていたのは気のせいだろう

そんなこともあり、すぐにでも受け取れることになった。

 

迎えが来ているとのことで、半日のフライトをなれないファーストクラスで過ごすことになったラウラだが、フライトは約10時間だと機内アナウンスが入ると離陸前にそのまま寝てしまった

 

そしてきっかり8時間後に目を覚ますと、軽食を取り、到着後のプランに目を通す

ヘルシンキ到着後、飛行機を乗り継ぎミュンヘンへ。空港からローゼンタール本社へ直行、専用機のフィッティングなどを行い自由時間、滞在時間がわずか数時間の強行スケジュールだった

これでは家を買う暇も無かろう。などと考えてオレンジジュースを一口飲んだ

 

 

-----------------------------

 

長いフライトを終え、ゲートから出たラウラに殺気が襲う

目を向けた先にはスーツを着た妙齢の女性。勘違いかとも思ったが、一瞬目があった際に相手が笑ったことで確信に変わった。

相手がバッグから何かを取り出そうとしたため、慌てて人混みに紛れると日本語で「ラウラ・ボーデヴィッヒさんはいらっしゃいますか?」と聞こえた

 

声のした方にはさっきの女。笑いながらローゼンタールのシンボルが描かれたプレートを持っている

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさん?」

 

「ああ、そうだ。ローゼンタールからの迎えか?」

 

「私はローゼンタールの社長をしている天草紫苑といいます。よろしくね、ラウラちゃん」

 

「えっ、その、済まない」

 

「いいの、殺気を向けたのは私だし。それで隠れるのも仕方ないわ」

 

「ただの学生だからな。私は」

 

「うん、確かに本物ね。櫻の言ってた通りの娘だわ」

 

「櫻……、あの背の高いやつか。ということは、あなたは」

 

「ええ、櫻の母親ね。あなたの身元引受人でもあるわ」

 

長いから車でね、と促され歩きながら話を続けた

どうやら櫻の行動の影には彼女の力があったようだ

 

止めてあった車に乗ると、前から声を掛けられた

 

 

「はじめまして、ですか。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「お前は?」

 

「私はクロエ・クロニクル、ローゼンタールのIS研究部に勤めています」

 

振り返った顔はどこか見覚えのある、と言うより自分にかなり似ていた

ただ一点違うのは、その金色の目。目を合わせれば震え上がるような深い黒に一点、金色の瞳があった

 

 

「嘘だ……まさか」

 

「ええ、そのまさかですよ。私はあなたと同じです」

 

「お前は研究所の襲撃でお前は死んだはずだ」

 

「私は現にこうして生きています。襲撃者(紫苑)に頂いた命です」

 

「ラウラちゃん、驚くのも無理は無いけど、軍、と言うより国ってそういうものなの。特にあなた達(シュヴァルツェハーゼ)は特別だから」

 

「だがッ! あぁ、そうか……」

 

自分たちが都合のいい実験動物であることを思い出し、その実験は秘密裏に行われていて然るべきだ、ならば関連する事象くらい伏せられて当然。そう思い直して一息つく。

 

 

「えっと、多分契約書にサインを済ませたはず、だからもうあなたはローゼンタールの社員。配属部署は社長直下の特殊作戦部隊よ」

 

「なぜ一企業にそんなモノが?」

 

「表沙汰に出来なかったり、世間体的に良くないものを排除するためね、だから初陣としてドイツの遺伝子強化体研究所を破壊、この前はあなたのISに積まれていたVTシステムの研究元を吹き飛ばしたわ」

 

「それは法的にまずいはず――」

 

「だけど明るみに出るのもまずいから泣き寝入りしかない。端からそんなことをしなければ済む話なのにね。だから、あなたのその技術を存分に発揮して欲しいの。表向きはIS研究部所属のテストパイロットとしてね」

 

「確かに、私向きだな。面白そうだ」

 

「それで、普段は今までどおりにIS学園で第3世代機のテストをしてくれればいいわ。機体も今までとあまり差はないはずだから」

 

「分かった。それで私が住む為の家を買いたいのだが」

 

「それなら心配しないで、ウチに住んでもらうから」

 

「それは社員寮とかそういう……」

 

「フュルステンベルクの家よ?」

 

すっとぼけた顔をしたラウラにもう一度事実を告げる

 

 

「コンスタンツの家に住んでもらうわ。私が身元引受人だし当然ね」

 

「は、はぁ……」

 

「他に質問は?」

 

「特にない」

 

「よろしい。何かあれば櫻に聞けばいいわ。賃上げも櫻にね」

 

「これだけもらえるなら十分だ。軍より良い」

 

「満足みたいで何より。まだしばらくかかるから寝ててもいいわよ?」

 

 

-----------------------------

 

 

ローゼンタール本社裏の広大なスペースには漆黒のISと様々な機器が並べられ、主が乗るのを待ち続けていた

国と委員会の決定によりコアをリセット、双方の確認を終えてローゼンタールの所属となったところで束が自己進化の系譜を不完全ながら蘇らせた。

機体は半分シュヴァルツェア・レーゲンをキャリーオーバー、その上でローゼンタールの技術を盛り込んで、束が機体を作った

 

 

「社長とパイロットが来たぞ!」

 

誰かの声で空気がピリッと硬くなる

 

 

「お疲れ様、操縦者を連れてきたわ」

 

「お疲れ様です。ではこちらに、主任がキリンになりそうです」

 

連れられたテントにはそこまで歳をとったようにも見えない男がどっしりと構えていた

 

 

「アルベルト、お疲れ様。準備はいいみたいね」

 

「もちろん。お、その娘が新しいパイロットですか? クロエちゃんに似てて可愛いな」

 

「あんまり色目使うと斬られるわよ? この娘はルイーゼより固いから」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。これから世話になる」

 

きっちりと頭を下げるラウラからはそんな気配がちっとも感じられないが

 

 

「この娘が姫より固い、ねぇ。まぁいいや、嬢ちゃん、さっさと着替えて飛ばそうか。待ちくたびれちまってな。隣のテントが更衣室になってる、スーツもそこに用意してあるからそれを着てくれ。何かあったらクロエちゃんにな」

 

「わかった」

 

後ろで変態共が「つるぺた幼女!」などと言っているが気にしたら負けなのだろう

さっさと着替えを済ませるとテントから出て機体のそばに向かう

 

 

「コレが、私の新しい機体か」

 

「その通り、シュヴァルツェア・レーゲンをベースにかなりいじってある。AICもついてるからな」

 

「なるほど、もう乗っていいか?」

 

「もちろん、ファーストシフトまでさっさと終わらせよう」

 

「よし、やるぞ」

 

「いいぞ、そういう気合は大好きだ。立ち上げてくれ」

 

機体に身を預けると懐かしい感覚。システムが立ち上がり、目の前を文字列が通り過ぎる

 

――Schwarzer Neble Start Up――

 

黒い霧、その名を与えられたラウラの愛機はゆっくりと地から足を離すとその手に初期装備のプラズマ刃を展開した

 

 

「機体の調子は?」

 

「問題ない。レーゲンとも差異はあまりないし、すぐに使える」

 

「良かった。そのままフィッティングに入ろう」

 

姿を変えるネーブル

無骨ながら工業製品として洗練された、ローゼンタールらしいシルエットをまとっていた

 

1対あったスラスターも形が変わってスカートのような一体型になり、両肩にはレールガンが1対装備され、腕にワイヤーブレードの発射口が移された

 

そしてFCSの性能が大幅に上がり、AICを使う際にかかる負担が減った。これでAICを1対多に使いやすくなるだろう。

 

 

「よし、終わった。コード切れ、飛ばすぞ」

 

一声でネーブルに繋がれたコードが取り外され、晴れて自由の身になる

 

 

「よし、嬢ちゃんおもいっきり飛んでこい。そこの的にレールガンをぶっぱなしてもいい」

 

「ああ、言われなくても」

 

飛び上がったラウラは機体の扱いを知るため、少しずつ激しい機動をおこない限界や癖を見分けていた

 

扱いにもだいぶ慣れた頃、上空でクロエに呼びかけられる

 

 

『機体には慣れましたか?』

 

「ああ、上々だ。レーゲンより機動性はいいな」

 

『キャリーオーバーの上で発展させていますから当然です。ファーストシフトを起こしたら降りてきてください』

 

「了解」

 

手応えを感じてきたラウラには感覚的に、そろそろファーストシフトが起こるのではないかと思っていた。

空中で静止すると、的に狙いを定めてレールガンを撃つ。

立体機動をしながら撃つ、そうして5発も撃った頃に機体が輝いた

 

 

「ファーストシフトが終わった。今降りる」

 

『了解です』

 

 

降りてきたネーブルにまたコードが繋がれる。

モニターに男たちが集まり、データを確認すると主任に報告

 

小さくガッツポーズする姿が見えた

 

 

「嬢ちゃん、よくやったな。期待以上だ」

 

「私は求められたことをしたまでだ」

 

「本当につれねぇな。まぁいいや、本日の仕事はここまでっ! 撤収! 係りの者はそっちにつけ!」

 

主任の一声で動き出す。機材がカートに載せられ、テントがたたまれていく

 

 

「嬢ちゃんもISを解除していい。これからちょっとしたパーティーだ、来るだろ?」

 

ちらりと紫苑の方を見ると笑った。行け、ということだろう

 

 

「ああ、ごちそうになろう」

 

「よし来た、そうでねぇとな」

 

再び着替えようとまだ立っているテントに入るとクロエに呼び止められた

「これに着替えてください」そう言って手渡されたのはスーツ一式と社員証が付いたストラップ

スカートスーツなんて軍の礼式以外で着ることの無かったラウラは若干戸惑いつつも着替えを済ませて出て行った

 

 

「似合ってる似合ってる。櫻の着てたやつをとっておいて正解ね」

 

テントから出ると紫苑に褒められた

となりにはクロエも居る

 

 

「じゃ、5時まで自由にしてていいわ。時間になったら正面玄関にいてね」

 

「わかりました」

 

返事をしてビルに入っていったラウラを見届けると、紫苑とクロエは街の中に消えた

 

 

-----------------------------

 

 

 

研究部では真っ昼間から飲めや歌えやの騒ぎで、隣から苦情が出るのではないかとラウラは心配していたが、ここ数日の研究部職員の過労っぷりは他部署の人間にも知れわたっており、その分の休暇をとっているのだと許容していた

 

 

「おら、嬢ちゃん、もっと食わんと大きくならんぞ」

 

「い、いや、私は……」

 

「そう言うなって、姫のスタイルが羨ましくないのか?」

 

「いや、別に……」

 

酒の入ったアルベルトに絡まれているラウラを残念な目で周囲の技術者たちが見守る。内心は「俺じゃなくてよかった」であるのは言うまでもない

 

 

「主任、彼女にも都合があるかと」

 

そこで助け舟を出したのは姫ことルイーゼ、アルベルトが言うだけあって、その顔立ちとスタイルは下手なモデルよりも美しい。

 

 

「う~ん、そうかぁ? すまんな、土産に持っていけ、故郷の味だ」

 

そう言って瓶ビールとソーセージを紙袋に突っ込んで渡す

さすがにこれは断りきれずに受け取ると、ルイーゼについて研究部をあとにする

 

 

「大丈夫? 主任は酒が入ると面倒だから」

 

「ああ、助かった、礼を言う」

 

「いい、後輩を助けるのも先輩の仕事」

 

胸元に下がる社員証をちらりと確認してラウラから話を振る

 

 

「あなたもテストパイロットなのか?」

 

「ええ、ここのテストパイロットは社長と私とあなたの3人。そういえば名前を聞いていなかった。私はルイーゼ・ヴァイツゼッカー。よろしく」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。こちらこそよろしく頼む」

 

「固くならないで、ここは軍ではない。お姉さんみたいに思ってくれていい」

 

「そ、そうか」

 

「まだ時間はある?」

 

「あと2時間ほどは」

 

「なら社内を案内する。時間が余れば近所のお店も」

 

「頼む」

 

「なら、まずは社長室から」

 

エレベーターで最上階に行くと、エレベーターホールのすぐ脇に大きな扉、反対に社長室の札がさがった扉があった

「こっち」と普通に扉を開けるといかにも社長室。と言った家具の置かれた部屋があった

 

 

「勝手に入ってよかったのか?」

 

「大丈夫、私達なら」

 

そう言って更にデスクの引き出しを開け、電卓を叩く。するとカチッという音が何処からか聞こえる

 

 

「番号はこんど社長に聞くといい。こっち」

 

今度は部屋の中央に置かれた応接セットのテーブルを倒すと、床を開ける

そこには階段があり、下に降りられるようだった

 

困惑気味のラウラをつれて更に階段を降りると、テンキーに番号を入力、重厚な扉を開く

 

 

「ここがタスクフォースの部屋。あなたの職場」

 

6人分のデスクとラップトップ、そして重役用のデスクが1つ置かれたただのオフィスに見える。

その一つが少し飾り付けてあり、プレゼントボックスが置いてあった

 

 

「あの机があなたの、プレゼントも開けて欲しい」

 

「えっ、ああ」

 

ラウラがプレゼントボックスを開くと、中にはローゼンタールのロゴ入りの箱。恐る恐る開くと、

 

 

「ISスーツ?」

 

「そう、仕事着。普段はテストで着たブルーグリーンのISスーツを着る。ただ、こっちの仕事ではソレ」

 

広げてみると真っ黒で艶がなく、足首から手首まで覆われてハイネックのそれはまさに影、隠密行動に使うソレの雰囲気だ。更に箱には手袋。そしてスニーキングスーツのようなものまで入っていた

 

 

「それと、私からのプレゼント」

 

そう言って手渡されたのはコレもまた黒い手袋だった

銃を構えるうさぎが手の甲に刺繍された通気性に優れたサマーグローブ。右手人差し指だけ切られていた。

なんとなくチョイスの方向性が斜め上なプレゼントをありがたく受け取ると実際にはめて銃を構える素振りをする

 

 

「目的を言わなかったのに、ハンドガンを構えるなんて」

 

「前は軍にいたんだ、その時のクセかもな」

 

「私ももともと軍にいた。第3偵察教導大隊所属、最終階級は曹長」

 

「教導隊か、エリートじゃないか。私は出自故の階級だからな」

 

「聞いている、ラウラ・ボーデヴィッヒ少尉。第1装甲師団、IS中隊、特殊作戦部隊シュヴァルツェハーゼ隊長。この前の事故の責任を取らされ除隊。非常に残念」

 

「気に病むことはない。敵も討ってくれたようだしな」

 

「シューティングレンジに行こう。まだ時間はある」

 

「そうだな、このグローブも使ってみたい」

 

 

2人はまたエレベーターに乗ると今度は地下へ、通常兵器。特に個人用兵装の試験を行うシューティングレンジに入った

 

 

「軍に配備された銃は他社製品も含め、全ておいてある。銃と弾薬は向こうの倉庫、社員証をタッチすれば鍵が開く」

 

「分かった。ターゲットは?」

 

「このリモコンで。スコアもコレに出る」

 

「よし、撃とう」

 

「楽しんで」

 

 

2人はシューティングレンジを占有し、見る見るスコアを加算していった

ラウラはホルスターとセットでハンドガンの抜き打ちを、ルイーゼはボルトアクションライフルで狙撃をしていた。

 

 

「なかなか良いものだ。滑らないし、指切りだからトリガーに指もかけやすい」

 

「それに、中指にはパッドが入ってるからボルトを引いても痛くなりにくい」

 

「そうなのか。やってみよう」

 

パタパタと走って倉庫から銃と弾薬箱を持ってくると、ルイーゼの隣に伏せた

 

 

「撃てるの?」

 

「訓練で何度か撃った。まぁ、さすがに偵察隊には敵わんが」

 

そう言ってマガジンに弾を込め、銃にはめ込む。

ボルトを一回引くとそのままストックに頬を付けた

 

ドン、と低い射撃音が響くと反動でラウラの身体が跳ねる

 

 

「ふむ、こんなものか」

 

弾丸はターゲットの中心からだいぶずれて着弾、ラウラは少し残念な顔をしている

 

 

「まず姿勢が悪い。今はタイトスカートだから足は開けないけど、もっと左に身体を流していい」

 

「こうか?」

 

「そう。それで狙ってみて」

 

ストックに頬をつけ、左腕でストックを抑える

右手をグリップに付けて指を伸ばす

 

 

「もっと右腕を楽にしていい。狙撃は自分がいかに楽になるかが重要」

 

「なるほど、こんなかんじか?」

 

右腕をもっと開くと確かに姿勢が自然になり、楽な気がする

スカートで制限される足が確かに不快だが、仕方ない

 

 

「それで、ゆっくり狙って、呼吸を整え、撃つ」

 

「呼吸を整え、撃つ」

 

再び響いた銃声。吐き出された弾丸はターゲットの中心から数センチズレたところに着弾した。

 

 

「おお、これはすごいな。流石教導隊だ」

 

「軍属の人なら基礎ができてるから少しの修正でこれくらいできるようになる」

 

「それでも修正すべき箇所が一目でわかるのは経験だろう」

 

「それは何処の専門でも同じ。私がISに乗ったらラウラから教えを請うことになる」

 

「その時は容赦なく扱いてやろう。私はお前ほど器用じゃないからな」

 

「楽しみにしておく」

 

 

その後もアサルトライフル、重機関銃、挙句の果てにはロケット砲まで持ちだしてぶっ放して楽しんだ2人は時を忘れていた

いまはラウラの近接格闘術講座となっている

 

 

「相手の力を利用してそのまま投げ飛ばすんだ」

 

そう言ってラウラが拳を突き出す

それを受け流して懐に……入り込めない

 

 

「ラウラ、私には無理みたい」

 

「そんな弱音を……あぁ、そうか。済まないな」

 

途中で察したようで、ルイーゼの全身を目でなぞる

 

 

「ならば、足を掛けてみろ。腕のいなし方はさっきと同じで、自分に引きこむようにな。あとは足を出すだけだ」

 

そう言ってまた拳を突き出すと今度はそのまま腕を引きこまれ地面に倒される

 

 

「そんな感じだ。簡単なものを身につけておけばISでも応用できる。とくに力の逃がし方はな」

 

「なるほど、面白い」

 

「お二人さん、楽しんでいるところ申し訳ないんだけど飛行機の時間よ?」

 

 

振り返ると紫苑とクロエが2人を見ていた

慌てて持っていたハンドガンを倉庫にしまい、薬莢をダストシュートに掃き捨てると紫苑の元へ向かう

 

 

「45分オーバー。もう飛行機が空港で待ってるわ」

 

「すみません」

 

「シャワーを浴びる時間はないわ。出国審査で引っかからなければいいけど」

 

「そんなに匂いますか?」

 

「分かる人には解るわね」

 

 

ルイーゼに見送られ、車を飛ばして空港につくと出発ゲートで紫苑から「無事でね」と何処に突っ込んだらいいかわからない言葉を掛けられてそのまま出国審査を受けた

 

「clear,vorangehen(大丈夫です、前へどうぞ)」「Dank(ありがとう)」

 

幸い、引っかかることもなく、無事にゲートを通過するとそこには櫻がいた

 

 

「遅かったね、ボーデヴィッヒさん。帰りはプライベートジェットだから、こっちね」

 

「ああ、済まない。地下で色々撃っていたら楽しくてな」

 

「あそこはいろいろ置いてあるからねぇ」

 

そのまま外にでると車に乗り、黒塗りの飛行機の近くで降ろされる

 

 

「さ、乗って。荷物も持って行って」

 

急かされ、乗り込むともう一人先客がいた

 

 

「あっ……」

 

「お前は、デュノアか?」

 

「うん、今はウォルコットだよ。詳しくは明日わかるけど」

 

「お前もいろいろあったみたいだな」

 

「まぁね。ボーデヴィッヒさんもそうでしょ?」

 

「そうだな。お前も天草の口車に乗せられたのか?」

 

「違うよ。僕はこうなることを望んだんだ。デュノアを離れたい。ってね」

 

「そうか、望んだ。か」

 

シャルロットとラウラが話している間に櫻が戻り「はーい、シートベルトを締めてねー」などと言ってまわる

 

 

「それで、ボーデヴィッヒさん。専用機はどんな感じだった?」

 

「レーゲンと変わらないな。より強化された、と言っていい」

 

「う~ん、こっちも仕事の甲斐があったわ。残りの細かい仕上げは学園でやろうね」

 

「そう言われている」

 

 

「間もなく離陸します。シートベルトをご確認ください」

 

機長のアナウンスで飛行機が滑走路に入ると櫻は仕事が片付いた実感がわいたのか、歳不相応に呻きに似た声を上げた

 

 

「やっと帰れる~」

 

「あとで買ってきたお茶とスコーンを食べようよ。ボーデヴィッヒさんも一緒に」

 

「ありがとう。いろいろあって腹が減っていてな」

 

「そういえばボーデヴィッヒさん、シャワー浴びた?」

 

「変な匂いがするね、なんだろう?」

 

「そうか……済まない」

 

「悪臭ってわけじゃないんだけど。硝煙の匂いだよね、これ」

 

「ああ、さっきまで小火器をいろいろ撃っていてな」

 

「遅れた理由がソレって言うのがボーデヴィッヒさんらしいと言うか……」

 

「そうかもね。僕はISではいろんな武器を使ったけど、僕自身はこれといって使ったことがないんだよね」

 

「フランスは銃規制があるのか?」

 

「そうだね、許可制だよ。シューティングレンジみたいなところもあるらしいんだけど、縁がなかったからなぁ」

 

「天草、IS学園には法が適用されないんだよな」

 

「そうだね。よくよく考えると危ないけど。まさか……」

 

「ああ、私の銃を持ち込もうかと思ってな」

 

「そもそも日本の税関を通らないからダメじゃない?」

 

「ならパーツごとに国際郵便で……」

 

「その熱意をもっと他の方向に向けようよ……」

 

 

 

その後も3人はなんだかんだで仲良く空の旅を過ごし、気がつけばお互いを名前で呼ぶ程度にはなったようだ




お気に入りが気がつけばかなり増えてるようで…
さらにカウンターもよく回ってます。いやぁ、継続はなんとやらですかねぇ…?


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問題解決?

帰りの飛行機でさんざん騒ぎ、結局数時間しか寝なかった3人は、空港からヘリで学園に戻り、5限目まであと10分のところで教室に滑り込んだ

 

 

「間に合ったぁ」

 

「ギリギリだな、まだ間に合ったからよしとしよう」

 

「ふい~、疲れたぁ」

 

時差や遊び疲れてヘロヘロの3人に教室中が注目する中、5限目の担当、織斑先生が教室に入ってきた

 

 

「よし、3人は戻ってきてるな。では授業を始める」

 

そうして始まった5限目だが、3人は授業の内容よりも睡魔との戦いに意識を割いていた。

もちろん、千冬も気づいていたが、それぞれの事情もあり、特に当てたりはしないでいた。最も、寝たら容赦する気はなかったが

 

そして授業の終わりにラウラに近づくと「硝煙臭いぞ、シャワーくらい浴びてこい」と言って教室を去った

 

 

「織斑先生に硝煙臭いと言われてしまった……やはり分かる人には気づかれてしまうか」

 

「あと1時間の辛抱だよ。そしたら即効で部屋に戻れば」

 

「そうだな。そしたらネーブルの調整を頼む」

 

「おっけい。アリーナは許可とってないからシミュレーションだね。第1アリーナの整備室でいいかな」

 

「分かった。終わったら行く」

 

 

「はーい、もうすぐ初めますよー。1日の終わりですから、あと1時間頑張りましょうね」

 

「やまやだ。寝れる……」

 

「だな」

 

シャルロットも同じように考えたらしく、企業連組3人は机に伏して睡魔を受け入れていた

山田先生は起こそうとしていたらしいが、誰も起きなかったとか。

 

そして締めのSHRになると3人は気力で意識を覚醒させ、終わるとそれぞれの行き先に向かった

 

 

「さくさく~。お疲れ様~」

 

「本音ぇ、疲れたぁ」

 

「あとで甘いモノ食べようね~。そしたら元気になるよ~」

 

「甘いモノは……」

 

「まさかイギリスでスコーンとジャムを買って、ドイツでグミを買って帰ってきたとか言わないよね~?」

 

「そのまさかです。グミは買ってないけど」

 

「私のもある~?」

 

「もちろん。美味しい紅茶もセットでね。簪ちゃんとセシリアでも呼ぼうか」

 

「せっしーは……」

 

3人がいない間に一夏がセシリアの作ったサンドウィッチで医務室に運ばれた話をすると、櫻は「マジか……」という顔持ちで心のなかでのセシリアに対する評価を少し下げた

 

 

「簪ちゃんと3人でやろう」

 

「それがいいよ~」

 

「んで、私はこの後ラウラの専用機をいじらないといけないから第1アリーナの整備室に居るね。夕飯に来なかったら多分そこでくたばってる」

 

「手伝おうか~?」

 

「アレばかりは国防機密もあるからダメ。本音の手も借りたいところなんだけどね~」

 

「仕方ないね~。なんにせよ呼びに行くよ~」

 

「ありがと、お願いね」

 

「おまかせ~、ここでさくさくに恩を売っておけば卒業後に雇ってくれちゃったり~」

 

「本音の技術力なら今すぐにでも欲しいくらいだよ。でも家が家だからなぁ」

 

「おじょうさまに話をつければいいよ~」

 

「簡単に言わないでよ、絶対ガード固いでしょ」

 

「そうでもないかもよ? どっちかというとお姉ちゃんのほうが……」

 

「本音ってお姉さん居たの?」

 

「2つ上の3年だよ~。整備室に行けば居るかも。地味ぃなメガネの人だよ~」

 

「気が向けば声をかけておくよ。じゃ、あとで」

 

「寝ないでね~?」

 

「どうだろ」

 

 

整備室で準備を整え、一息ついて壁に寄りかかると、途端に睡魔が襲い掛かる。最初はなんとか抗っていたものの、次第に抵抗もできなくなり、そのまま床で寝てしまう

 

櫻が目を覚ましたのはなぜか医務室のベッドで、枕元には本音と簪がいた。

奥のベッドを見れば銀髪が見える。おそらくラウラだ。なぜここにいるのだろうか

 

 

「起きた? 大丈夫?」

 

「大丈夫、ふぁぁぁ。眠い」

 

「整備室でさくさくが倒れてる~って大騒ぎだったんだよ~。らうらうは廊下で倒れてたみたいだし~」

 

「櫻さんとボーデヴィッヒさん、2人ともここ3日何があったの?」

 

「いろいろあってねぇ、みんな寝不足&過労だよ」

 

「はぁ……櫻さん、本当に無理しないでね。みんな心配してるから」

 

「うん、ありがと。部屋に戻って寝るよ。夕飯はゼリードリンクでいいや」

 

「肩貸そっか~?」

 

「大丈夫、部屋までなら」

 

 

その夜、一夏によって、部屋で倒れているシャルロットも発見されており、3人の散々たる様はクラスの中での3人のイメージを程よくぶち壊した

 

 

-----------------------------

 

翌日、織斑先生と山田先生が揃って教室に現れると、誰かが「デュノア君は大丈夫だったんですか~?」と質問を投げた

 

 

「デュノアについてだが、まぁ本人から言わせるか、入って来い」

 

呼ばれて教室に入ったシャルロットは女子の制服に身を包み、首にはグレーのチョーカーがついていた

 

 

「えっと、イギリスのBFFから来ました。シャーロット・D・ウォルコットです。今まで騙してきて申し訳ありませんでした。今はデュノアとも縁を切り、イギリス人としての生活を始めることになりました。また、皆さんと仲良く慣れたら嬉しいです」

 

そう言って深々と頭を下げる。クラスのだれも文句ひとつ言わなかった

セシリアは本家の姓が出てきたために驚きの表情を見せていたが

 

 

「というわけだ、本人もこう言っている。許してやれ、とは言わないが、考えてやれ」

 

無言を肯定と受け取り「他に何かあるものは」と促す、するとラウラが手を上げた

 

 

「ボーデヴィッヒ。なんだ」

 

「私からも皆に謝罪をしたい。この前の事故でも大きな迷惑を掛けただろう。済まなかった。私の態度で不快な思いをさせたかもしれない、重ねて詫びる。私が軍を追い出され、皆と同じ立場に立って初めて見えたものがあった。これからもっとこの世界を広く見てみたい。こんな私に、これから付き合ってもらいたい」

 

「最後に私も、いいですか?」

 

黙って頷く千冬。山田先生は置いてけぼりだ

 

 

「この前、私達が休んだのはこのためなの。2人とも、自らの過去と決別して、新しい自分をつくりあげようとしている。私からみんなにお願いがある、2人をまた認めてあげて欲しい。クラスメイトとして、友人として。シャルロットはともかく、ラウラは軍を追い出される形で辞めて、初めて世間に触れることになった。彼女の行動は突飛なものかもしれない、でも見届けてあげて欲しい。手を貸してあげて欲しい。責任は私が取る。またみんなで笑い合えるクラスにしたいの」

 

誰がともなく手を打つと、それが伝わり、教室を包み込む

櫻は「ありがとう。」と言うと深く頭を下げて席についた。

ラウラもシャルロットも同じように頭を下げると自分の席に戻った

 

 

「よし、これから空気を切り替えていくぞ、来週は臨海学校だ」

 

 

 

 

心機一転、新しい心持ちとともに2人は新なる道を歩み始めた

強力な助っ人たちとともに



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閑話: 海に備えて

大通りから少し入った住宅街に佇む小さなお店、『petit animals』

 

今日もまた、常連さんがお買い物に来ていた

 

 

 

「うさこさ~ん、頼んでたもの出来てますか~?」

 

「もちろん。のほほんちゃんの狐の水着と、簪ちゃん用のペンギン、さくちゃん用のしろくまね」

 

「えへへ~、ありがと~。期待以上の出来だよ~。全部で幾ら?」

 

「全部で10万と5千だけど、のほほんちゃんだから10万でいいわ」

 

「ありがと~。もっと高いかと思ったよ~」

 

「今回は素材にお金が掛かっただけだからね」

 

「これで合宿は大丈夫だ~」

 

「あら、そうだったの? 気をつけて行ってきてね」

 

「は~い。覚えてればおみやげ買ってくるよ~」

 

 

大きい紙袋を持ってホクホク顔で店を出た本音はコレをどうやって2人に着せるかを考えていた

 

 

 

-----------------------------

 

 

本音が店を出る少し前、駅前のショッピングモール『レゾナンス』のファッションフロアには更識姉妹がいた。

楯無が簪の水着を見立てているようだ

 

 

「簪ちゃん、これなんか似合うんじゃない?」

 

そう言って見せたのは空色のシンプルなビキニ。

ただ、簪は不満そうだ

 

 

「それはちょっと……」

 

「えぇ~、いいじゃない。シンプルで、簪ちゃんにピッタリだと思ったんだけど」

 

「もっと露出が少ないのがいい。――お姉ちゃんみたいにスタイル良くないし……」

 

「簪ちゃんは良い身体してるんだからこれくらい気合入ってもいいと思うんだけど。ならコレは?」

 

次は白に水色の水滴があしらわれたベアトップと黒のショートパンツ。コレなら簪も文句ないだろうと楯無自信のチョイスだった。

簪の顔を伺うと、悪くない感触

 

 

「これは?」

 

「いいと思う。あまり派手じゃないのがいい」

 

「なら決まりね。ちょっと買ってくるから待ってて」

 

「いい、自分で――」

 

「たまにはお姉ちゃんにカッコつけさせなさい」

 

「ありがと」

 

最近は素直にかっこいい姉だと普段から思っているのだが、楯無には思うところがまだあるようだ。ここは黙って姉の好意を受け取る

 

 

「じゃ、次は私の買い物かしら」

 

「おなかすいた」

 

「そうね、クレープでも食べる?」

 

「うん、そうしよう」

 

 

姉妹がクレープを求めてエスカレーターを下っていった

 

 

 

-----------------------------

 

 

同居人や友人が水着を買いに外に出る中、自室で黙々と荷造りするのは櫻だ

スーツケースに袋に分けられた衣類を押しこみ、荷物リストにチェックをつけていく

 

 

「荷物はこれでよし。船も横浜に停泊中。大丈夫そうだね」

 

机の上で携帯が震える

 

 

「もしも――」

 

「やっほー、束さんだよ!」

 

「束お姉ちゃん、どうしたの?」

 

「明日から臨海学校でしょ? 束さんもあそびにいくヨ!」

 

「え?」

 

「だから、束さんも海に行くよ!」

 

「お仕事は全部私がやるからなんにもないよ?」

 

「束さんは箒ちゃんにISを渡すだけだよ」

 

「なにそれ聞いてない」

 

「言ってないもん。それにお披露目会の予定も立てたよ」

 

「なにそれこわい。って冗談じゃないよ! コア作ったの? それにお披露目会ってどうせまたどこかのお国に迷惑をかけるんでしょ?」

 

「箒ちゃんのためならなんでもしちゃうのが束さんなのだよ。お披露目会はミサイルなんてチャチなこと言わずにもっと派手にやるよ!」

 

「はぁ……千冬さんに言いつけるよ?」

 

「ちーちゃんにはもう遊びに行くって言ってあるも~ん」

 

「なんでまた……。仕方ない。それで、箒ちゃんのISは?」

 

「さくちんの夢見草での技術を活かした第4世代だよ。基本的には一般企業の第3世代なんて目じゃない性能だね」

 

「リミッターはかけてるよね?」

 

「もちろん。箒ちゃんは力を手に入れたら溺れるタイプだからね。束さんが直接作ったものの中では一番スペックが低いね。でも箒ちゃんの成長次第でリミッターは外れるかな」

 

「 無段階移行シームレスシフトってヤツ? 夢見草はほとんど変わらないんだけど」

 

「そうだよー。夢見草は基本スペックがおかしいから進化するところが違うんじゃないかな? とにかく細かいことは明後日ね~」

 

 

一方的に切られてしまい、仕方なく携帯をポケットに戻す

波乱の予感しかしない合宿に頭痛のタネがまたひとつ増えた櫻だった



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合宿開始っ!

合宿当日、移動中のバスの中では本音を始めとする数人が集まって大しりとり大会が始まっていた。

一夏ラヴァーズの面々も(と言っても1組ではセシリアと箒だけだが)も強制的に加えられ、セシリアが日本語のボキャブラリーの少なさで苦戦していた

 

一方の企業連組は櫻とラウラが熟睡、シャルロットは2人を見守りつつ、周囲と普通に雑談をしたりと有意義に過ごしていた

 

 

 

「全員自分の席にもどれ、間もなく到着だ。寝ている奴は周囲の者が起こしてやれ」

 

織斑先生の一声で散っていた人間が戻る。

シャルロットが櫻とラウラの肩をゆすり起こすとバスはトンネルに入った

 

その長いトンネルを抜けると、雪国……ではなく、左手には海が広がり、湾岸線にちらりと建物が見える

 

 

「全員戻ったか? よし。到着次第自分の荷物を持って部屋に移動する。入り口で私か山田先生に報告、部屋の面々が揃ったところで部屋の鍵を渡す。部屋に荷物を置いたら自由時間だ。先に行っておくが、羽目をはずし過ぎないよう、気をつけろ」

 

 

宿の正面に止められたバスから次々と降りては荷物を受け取って部屋に向かう。同室となった櫻、ラウラ、シャルロットの3人は眠い目をこする2人をシャルロットが先導して部屋にたどり着くと荷物から勝手に水着やタオルを引き出し、2人を引きずってそのまま更衣室へ向かった

 

更衣室で櫻とラウラを着替えさせようと脱がせているところに本音がやってきた

 

 

「でゅっちーも海に行くの~?」

 

「本音ちゃん、ちょっと手伝ってくれないかな?」

 

「コレは……にひひっ。ちょっとまってね~」

 

そう言って本音がバッグを漁ると、中から白いきぐるみのような何か

それをニコニコしながら慣れた手つきで櫻に着せると「借りて行くね~」とそのまま引きずって言ってしまった

 

 

その後、ラウラを着替えさせると完全に覚醒したようで、手近なバスタオルで完全武装し、部屋に戻ろうとしたところをシャルロットに海へ強制連行された

 

 

-----------------------------

 

 

「かんちゃんも着ちゃおうよ~。さくさくと私とお揃いでさ~」

 

「なんで海に来てまでソレを着なきゃいけないの?」

 

「海だよ!? ペンギンが輝くんだよ~」

 

「私はコレでいいから、櫻さんも自分で持ってきたのがあったはず」

 

櫻は意外とノリノリで、しろくまを身にまといあちこちでいろんなクラスの人と戯れていた

その様は簪にも見えたようで「嘘だろ」みたいな顔をしつつもどこか納得していた

 

 

「私は櫻さんほどノリが良くないのは本音も知ってるはず。それにコレはお姉ちゃんが……」

 

「おじょうさまに選んでもらったの~?」

 

「そ、そうだよ。だからちゃんと着ていたい」

 

「なら仕方ないかなぁ。今度は着てね~?」

 

「気が向いたらね」

 

そう言いつつ目を逸らすと白い塊がシャルロットに連れられて一夏の方に向かっている

 

 

「本音、アレも本音のきぐるみ?」

 

「えぇ~? アレは違うよ~。誰だろうね~?」

 

「多分触らない方がいい。あっちで鷹月さん達がビーチバレーやってるから入れてもらおう」

 

「だね~。触らぬ神になんとやらだよ~」

 

 

 

-----------------------------

 

 

いつの間にかしろくまの着ぐる水着を着せられていた櫻は本音の仕業と早々に結論付け、貴重な自由時間を堪能することとした。

いろんな人とおしゃべりをしたり、波打ち際をプカプカと浮いていたり、パラソルの下でまったりしたり。

 

簪がビーチバレーをしようと誘ってきたのもそんな時だ。本音は一夏たちを誘いに行ったらしい

 

 

「っし、いっちょやりますか」

 

「お~、櫻ぁ来たねー」

 

「櫻さんは私達のほうね。向こうは織斑君達」

 

「なるほど。普段の鬱憤ここではらそう。IS無き今、奴らは只の人。我らと変わらん。勝ちに行くぞ」

 

「「お~っ!」」

 

 

ここに一夏、シャルロット、ラウラ組 対 櫻、鷹月、櫛灘組のビーチバレーが始まった

 

 

 

「お、相手は櫻か。敵に不足なしだな」

 

「ふっふ~ん。一夏くん、私が背の利を活かしてフルボッコにしてあげるよ!」

 

「櫻っ! 私を忘れないでもらいたい!」

 

「やるからには勝ちに行くよ。相手が雇い主だろうとね」

 

「やる気は十分、ではこの勝負に勝ったらボーナスを少し出そう」

 

「「よしやろう」」

 

「私達も居るからね。そう簡単に負けないよ!」

 

「櫻さん、そのボーナスは私達にも出るの?」

 

「欲しい? なら出すよ」

 

「「絶対負けない!」」

 

 

厳正なるじゃんけんの結果、サーブは一夏側から、ラウラが放つことに。

若干ボールが大きいような気がするが、ボールを宙に放り上げると鋭いサーブを放つ

 

 

「あい!」

 

櫛灘が上手くサーブを拾うと鷹月が櫻につなぐ

 

「櫻さん!」

 

「っしゃぁ!」

 

一夏の顔面めがけて放たれたビニールのボールは当たる直前で鋭くカーブし、カバーに入ったシャルロットも届かず、砂浜に突き刺さった

 

殺人スパイクを放った本人はひょうひょうとハイタッチをしている。そしてチラリと一夏を見ると口角を上げた

 

 

「くっそぉ、あんなスパイク打つなんて聞いてねぇぞ」

 

「ビニールボールの不安定な機動を上手く使ったんだね。ならこっちも同じことをするだけだよ」

 

「だが、次のサーブは向こうだ。また櫻ならたまったものではないぞ」

 

警戒度を跳ね上げた3人の予想とは裏腹にボールを持ったのは櫛灘だった

少し跳ね上げて地面に叩きつけたりと感触を確かめている

 

 

「7月のサマーデビルと呼ばれた私のサーブ、受けてみろっ!」

 

パン、といい音を立てて放たれたサーブはうまい加減でふらふらと読めない機動を描く

 

 

「はい!」

 

声を上げてラウラが拾い、一夏に回す。

そしてそのまま打ってきた

 

 

「ふわっ!」

 

「惜しいね! 次あるよ!」

 

まさかの2タッチに惑わされ、試合は1:1に。

 

 

「そういえば何点マッチにする? 長いから7でいい?」

 

「だな。サクサク行こうぜ」

 

「ならちゃっちゃと突き放して勝ちたいね」

 

「こっちのセリフだ。行くぜ」

 

 

その後も観客を徐々に増やしつつ白熱した試合展開で進み、6:6で迎えた櫻のサーブ。

しろくまがボールをはね上げ、長身が宙に踊る。

そしてボールを余った袖で打った

 

「あっ!」

 

見ていた誰かが声を上げるも放った本人は無表情。ボールもまだ宙に浮いている

そして高く浮いたボールはそのまま前衛のシャルロットの元へ

 

「一夏っ!」

 

軽く上げられたトスに反応して一夏が腕を振り上げ跳び上がり、鷹月が身を屈める

 

 

ブンッと一夏の腕は空を切り、影からラウラが飛び出した。

 

「なっ!」

 

鷹月の顔が驚きに染まると

 

「はぁっ!」

 

ラウラがそのまま跳び上がりスパイクを放つ

 

 

反対のコートで待っていたかのように櫻が手を上げて跳ぶとボールはそのまま跳ね返り着地したラウラの頭上に落ちる

 

 

「っしゃぁ!」

 

雄叫びとともにガッツポーズをかます櫻、それに駆け寄る鷹月と櫛灘。一方ではボーナスをのがした2人がうなだれ、一夏は悔しそうな顔をしていた

 

 

「楽しんでいるようだな」

 

声のした方を見れば、黒いビキニを身につけた織斑先生と白いパーカーを羽織った山田先生の2人が来ていた

 

 

「ビーチバレーか。山田先生、一戦どうですか?」

 

「え、えっと、私は……」

 

「織斑先生こっち~」

 

「布仏、それは……水着か?」

 

「そうですよ~。さくさくとおそろいなのです」

 

「なら山田先生はこっちだね。簪はどっちに行く?」

 

「えぇっ、私はそんな、スポーツはにが――」

 

「私は本音の方につくよ」

 

「なら一夏くんは――」

 

「「それはだめ(だよ~)」」

 

「えぇ~。じゃ、癒子ちゃんなら?」

 

「ギリセーフかな~」

 

「というわけで癒子ちゃん、カモン!」

 

「よっし、私の本気、見せてやるっ!」

 

 

そうして第2回戦、教師を織り交ぜて始まった試合は織斑先生と櫻が同じように動き、基本的にはほぼサーブやアタック拾いに専念し、時折山田先生や本音を狙ってスパイクを放って点を稼いでいた。

 

 

「せ、先輩、そろそろ勘弁して下さい……」

 

「まだゲームは終わっていないようでな、最後まで手は抜かない主義なんだ」

 

「ひぇぇぇ~」

 

「さくさくもそろそろ……ね」

 

「私も織斑先生と同じかな。最後まで手は抜かないよ」

 

「はぅぅぅぅ」

 

 

そしてバテつつある山田先生と本音を置いてけぼりに、櫻と織斑先生が打ち合い、時折簪や癒子がフェイントをかけて相手を揺さぶっていた。気がつけばゲームは6:5で本音達がリードで最終局面に入っていた

 

 

「山田先生、コレで終わっちゃいますよ。気合入れてください!」

 

「そう言われても~」

 

「櫻はまだやる気みたいですから、こっちも行きましょう」

 

「はわわ~」

 

相手側、簪のサーブで始まる。

うまいこと癒子が拾って櫻につなぐ。ソレを山田先生が打ちやすい位置に打ちやすいスピードで上げるとうまいこと打ってくれる。山田先生は運動音痴、というわけではないようだ

――おそらく体の一部が邪魔なのだろう

よくあるお遊びビーチバレーのテンションでボールを扱う4人と先生(教え子)に負けたくないと意地を張ってガチで遊ぶ2人が入り混じるとどうなるか。

 

ボールが破裂するギリギリの力で放たれるスパイクの応酬だった

 

 

 

そんな打ち合いを制したのは本音、簪、織斑先生組。だが、先ほどのゲームのように喜ぶ姿は無く、肩で息をする簪と地面に突っ伏す本音の姿だった。

 

山田先生は普段の姿からは想像もできないタフネスの持ち主だったようで、肩で息をしつつもスポーツドリンクを一口飲むとかなり回復していた

 

 

「久しぶりに楽しい時間だったな。たまにはこうして生徒との交流を持つのも良い」

 

「そうですね。一人ひとりはこんな子だったのか、って気づかないところに気づけました」

 

「それは天草のことか?」

 

「いえ、彼女だけじゃないですよ。まわりで応援している子もそうです。普段から真面目な子もこういった場では素がでますからね。確かに天草さんは織斑先生と同じ雰囲気をまとっていましたけど」

 

「さて、どこか日陰で一休みしてから戻るとしようか」

 

「また仕事ですかぁ。また休みの日に来たいですね」

 

「そうだな」

 

 

あとから聞いた話では、織斑先生のスタイルを羨む生徒も居た上に、山田先生がバレーをする姿をみて下品な笑いをあげていたのも居たとか。つくづく恐ろしいと思った櫻だった

 

 

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遊び疲れた生徒たちが楽しみにするイベントといえば夕食。

広間に並べられた会席膳には刺し身を始め、様々な海の幸を使った料理が並んでいた。

 

基本的には会席膳の前に座って食べるのだが、様々な文化を持つ生徒がいるこの席にはテーブルも用意されては居るが、どこぞのブリティッシュは郷に入れば郷に従えの心でも持ち合わせているのか、しっかりと会席膳の前に正座していた。

隣は空席。これが意味するものとは

 

 

「やっぱりおりむーはモテモテだね~」

 

「セシリアはすごいつらそうだけど」

 

「ちょっと突っついていいかな~?」

 

「面白そうだけど可哀想だからやめておきな。幸せな瞬間の為に彼女なりの努力があったはずだから」

 

「あの姿を見れば解るね~」

 

「ささ、早いとこご飯食べてお風呂行こ」

 

「「いただきま~す」」

 

 

その夜、部屋に戻った本音の報告により「セシリアはエロい」という事実が発表され、本人が否定に奔走すると言う事件があったものの、特に大きな波乱は無く合宿1日目は終わった。

 

 

 

「ロッテとラウラが居ない……」

 

部屋に一人残された櫻を残して



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波乱の幕開け

時刻は午前4時。貸し切られたビーチに桜色のヘッドユニットを付けた櫻が一人立っていた

ふわりと浮き上がり、海面上で静止し、空を見上げる。

 

ハイパーセンサーが遠方より飛来する物体をとらえた。

オレンジ色のソレはどんどんと距離を詰め、裸眼で目視できる距離まであっという間に迫ると減速。浜辺にラフなランディングをして止まった。

プシュッ、と空気の抜ける音とともにハッチが開くと、中からはウサ耳に水色のエプロンドレス姿の束とグレーのスーツを着こなしたクロエが降りてきた。

 

 

「やぁやぁさくちん! 直接会うのは久し振りだね、ハグハグしようよっ!」

 

「櫻様、お久しぶりです」

 

「束お姉ちゃん、クロエ、久しぶり。よく来てくれたね。立場的に素直に喜べないけど」

 

「えぇ~っ。束さんはとってもハッピーなんだけどなぁ」

 

「個人的にはもちろん嬉しい。でもあまり褒められた行動ではないよねぇ」

 

「IS学園の合宿にISの生みの親である束さんが来てなんの問題があるんだい?」

 

「束様の存在自体が問題なのでは……」

 

「クロエ、ソレを言ったらおしまい」

 

「失礼しました」

 

「二人とも酷いよぉ。束さん悲しいっ!」

 

「それで、何でこんな時間から?」

 

「話を逸らしたッ! えっと、夢見草のバージョンアップをしに来たんだよ。紅椿を作ったし、ソレに合わせて元の機体も進化させないと」

 

「それでにんじん(簡易ラボ)で来たのね」

 

「その通り。紅椿はコンテナで送られてくる移動ラボラトリーでやるからいいけど、夢見草の存在はできるだけ秘密にしておきたいからね」

 

「準備が終わりました」

 

「オッケーぃ! 始めようか。夢見草を展開して~」

 

櫻は言われたとおりに夢見草を完全展開。そのままコードに繋がれる。

夥しい量の情報が送り込まれ、夢見草がそれに見合った形に変わってゆく。

膨大なエネルギーに見合った出力のブースターやスラスターはもちろん、ハイパーセンサーも高感度化。更に操縦者にやさしくない機体になった

 

 

「うお……更にピーキーな機体になったなぁ」

 

「ISコアの能力をさらに30%くらい開放してるからね~。さくちんかちーちゃんじゃないと飲み込まれるかも」

 

「それって普通にヤバイじゃん!」

 

「束様がやばくないことがありましたか?」

 

「そういや無いね」

 

「また2人にイジメられたっ!」

 

「ひとまずは私達の仕事は終わりました。櫻様はお戻りになられたほうがよろしいのでは?」

 

「だね、もう一眠りしてくるよ。搬入とかの監督任せていい?」

 

「お任せください」

 

「じゃ、よろしく。後でね」

 

砂を蹴る束を置いて一旦部屋に戻ろうと本館に入るとゾワリと悪寒が襲った

恐る恐る後ろを見ると朝からスーツをきっちりと着た千冬が立っていた

 

 

「束が来たのか?」

 

「ええ。夢見草をさっきまで」

 

「今日は箒の誕生日だ。なにかやらかすんだろ?」

 

「箒ちゃんの専用機を持ってきたとか。それも第4世代です」

 

「とことん妹に甘いな……」

 

「前からですよ。それに束お姉ちゃんはまた"お披露目会"をやるみたいですよ」

 

「嫌な予感しかしないな。ミサイルじゃすまないだろう」

 

「でしょうね。IS一機くらいハックするんじゃないですか?」

 

「やりかねんな。やつなら」

 

「胃が痛いです……」

 

「私もだ……」

 

部屋にもどれ、朝食には遅れるなよ。とありがたいお言葉をいただき、部屋に戻ると再び布団に潜り、この後起こることに胃を痛めつつ、2人の面倒も見なければ。と頭を回すうちに寝てしまった。

 

 

 

-----------------------------

 

 

「今日はこれから実動訓練に入る。専用機持ちはそれぞれに与えられたことをこなせ。それ以外は訓練機でチャートに従って……なぜさり気なくお前が混ざっている」

 

ISスーツを着た生徒たちの後ろ側に混ざるのは漆黒のISスーツを着たクロエだった。

気配が全く感じられず、いきなり現れたような印象をあたえるクロエに辺りがすこしざわめくとクロエは閉じていた目を開いた。

 

周囲が一気に静寂に包まれる

 

 

「束様が一度こういうものを経験しておけと」

 

「はぁ……。専用機持ち以外は配られたチャートに従って訓練を行え。かいさ――」

 

「ちょーっと待ったぁぁぁぁ!!!」

 

千冬に後方から砂煙を上げて迫るウサ耳

ちらりとも確認せずに足を払って顔面をわしづかみにする

 

 

「ぢーぢゃん、ギブっ、ギブっ!!」

 

目の前のカオスな光景にもう生徒は絶句している

その中で櫻は頭を抱えていたが

 

 

「ほら、こんなところに来たんだ。挨拶のひとつくらいしろ」

 

「えーっ、コホン。皆さんおはようございます。私がIS開発者の篠ノ之束です、ここにいるIS操縦者、技術者のたまご達の未来にこの合宿で学んだことが活かされることを願っております」

 

 

まさかの束音モードで普通な挨拶をした束を見て櫻は呆れ、箒と一夏と千冬は驚き、クロエは黙って主の行動を見守っていた

 

 

「えっと、うん、ありがとう。束……篠ノ之博士の言葉を各自考えてみるのもいいだろう。それでは、今度こそ、かいさ――」

 

「箒ちゃん、おいで!」

 

束に呼ばれた箒が前に出ると、久しぶりの再会に姉妹はゆっくりと抱擁した。箒は大勢に見られるのが恥ずかしいのか、どこか赤いが、束はそれを気にする素振りもなく「おっきくなったね。特におっぱいが」などと言って箒に殴られていた

 

 

「痛いなぁ、今日は折角誕生日プレゼントを持ってきたのに……」

 

「……っ!」

 

「そうだよ。箒ちゃんが望んだ力。束さんの技術を惜しみなく使った最新で最強。空をご覧あれっ!」

 

空中から降ってくるコンテナ。目の前に砂埃を巻き上げて落下すると、開かれて中から深紅のISが現れた

 

 

「コレが箒ちゃんの専用機、紅椿だよ」

 

「私の、望んだ力……」

 

箒がゆっくりと手を伸ばす。指先が機体に触れると身体に電流が走るかのような感覚に襲われる。

解る、紅椿が、この力が、限界が。手に取るように解る

 

 

「ククククッ、コレなら、何でも出来るな」

 

箒のつぶやきは束はもちろん、千冬と櫻も聞き取っていた。そして「思った通り」と力に溺れかける箒を案じた

 

「篠ノ之さん、身内ってだけで専用機与えられるの~?」

「なんかちょっとズルいって言うか、不公平だよね」

目の前で発表された新型に驚く声もある中で、現状に不満を上げるものも現れる

 

 

「君たちは世界史を勉強したかい?」

 

突然、束が自分たちに向かって声を発したことに意識を向ける生徒たち

 

「普通に教養として知っておくべきことだと思うけど"いままで世界が公平、平等であったことなどないよ"そんなことも知らずに生きているのかな? 私はそんな人達に子どもを預けたくはないね」

 

「姉さん」

 

「いいの、これくらい言っておかないと」

 

手早くフィッティングを終わらせると千冬に目配せして生徒たちを解散させ、再び箒と紅椿に向かった。

だが、恐れを知らない人間もいるようで、セシリアはまさにその典型だった

 

 

「あ、あの。篠ノ之博士、宜しければわたくしの専用機を見ていただきたいのですが……」

 

「ん? 今は見ての通り忙しいんだ。それに私が知らない人間の機体をいじると思うのかい?」

 

「えっと。失礼しました」

 

「物分かりのいい子はすきだよ」

 

セシリアがあっさりと追い返された様を見て、ため息があちこちで聞こえた

唯一、それ相応の言葉遣い然り、態度で接すればバッサリと切られることは無いということがわかったのは救いか。束はIS登場時の対応で人嫌いのイメージがすっかり定着してしまっていた。

 

-----------------------------

 

 

浜辺に展開された企業連ブース。今回は各社の専用機が出ていることもあり、未完成のアンビエント、ネーブル各機の仕上げ作業に追われていた。

櫻のノブレスオブリージュは更に追加のパッケージを量子変換(インストール)している。

 

機体が作業台にある以上は操縦者に仕事は無く、3人はテントでのんびりとポーカーに興じていた。

 

 

「フルハウスだ」

 

「僕はスリーカードだよ」

 

「ワンペア。ここはラウラの勝ちかぁ」

 

「櫻はさっきから引きが悪いね」

 

「本当だよ~。捨てても捨ててもバラバラのカードが戻ってくるし」

 

「まぁ、カードゲームは運だからな」

 

「ラウラはポーカーフェイス過ぎて読めないね」

 

時々、赤い光が放たれると爆発音が聞こえる。箒は赤椿にだいぶ慣れたようだ

それでもかなりのリミッターがかかっているようだが

 

 

「機体まだかなぁ、待ちくたびれちゃったよ」

 

「ポーカーもそろそろ飽きてきたな」

 

「あんまり派手に遊ぶと怒られそうだし」

 

「敵状偵察という名の覗きでもしますか~」

 

「退屈凌ぎにはなるかな」

 

「敵を知ることは重要だぞ?」

 

 

 

そうして双眼鏡を手に辺りを見回す3人が、織斑先生と山田先生が怪しげな手話で会話をしているのを見つけるのは数分後の話だ



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予感は当たる

お気に入りも着々と増えてるみたいです。ありがとうございます。

基本6時に投稿してますが、読書の方々もそれに慣れてきたみたいで、6時のカウンターが一番回りますね。




織斑先生と山田先生が怪しさ満点で話をしているのを確認した3人は作業を急がせ万が一に備えて紫苑に連絡をとった。

 

そこで得られた情報として、アメリカとイスラエルのISが一機、ハワイ沖でのテスト中に暴走、海域を離脱したとのことだ。

 

 

「コレ関連かな」

 

「十中八九そうだろう。予想進路は?」

 

「脱出した方向にそのまま真っすぐなら、北日本を通って中国を掠めてからロシアに抜けると思うよ」

 

「自衛隊は?」

 

「レーダーには反応なし。まだ動いてないね」

 

「これはまずいんじゃないか?」

 

「僕は先生のところに行ってくるよ」

 

「じゃ、私は束お姉ちゃんとオハナシしてくる」

 

「お、おう。私はこのまま状況監視を始める」

 

 

 

箒の操る赤椿を見上げる束に後ろから膝かっくんを仕掛けて首を締める

 

 

「さ、さくちん。苦しっ、死ぬぅ」

 

「コレはどういうことかな?」

 

「前に言ったとおり、お、お披露目を……」

 

グッと腕に力をかけて更に締め込む

 

 

「へぇ、それで、紅椿にアレを落とさせるのかな?」

 

「そ、そうだよ」

 

パッと手を話して束を倒れさせると見下ろしながら更に尋問を続ける

 

 

「いまの箒ちゃんにそんなマネが出来るの? 機体にリミッターもかけてるんでしょ?」

 

「1人では無理だね。だからいっくんと一緒に――」

 

「はぁ……。千冬さんに報告してこないと。あとそれ相応の処罰(説教)も検討しておくから」

 

「さくちん、内心楽しみにしてるでしょ」

 

「まあね。コレで箒ちゃんの心が育てばいいんだけど。力任せに力を振るうと自滅するからね」

 

「でも失敗するって思ってるんでしょ?」

 

「箒ちゃんは下手じゃないんだけど、今の状況だからね。あの全能感に浸った感じは箒ちゃんにとって最高であっても周囲から見たらただの間抜けだよ」

 

「バッサリ言うなぁ。実際そうだろうけどね」

 

「わかってるなら何でそんなことをするの?」

 

「第4世代スゴイって知らしめるのはもちろんだけど。一番は箒ちゃんのためだよ」

 

「はぁ……。束お姉ちゃんは束お姉ちゃんだね」

 

「どういう意味かな?」

 

「さぁね。そろそろ呼ばれそうだから行くよ」

 

 

-----------------------------

 

 

ブースに戻ろうとするとちょうど山田先生がやってきて専用機持ちの招集を告げた

ラウラを呼び、旅館の指定された広間に入ると証明が落とされブリーフィングルームのような雰因気に包まれた

一夏と箒も居るようだ

 

 

「揃ったな。では状況を説明する」

 

織斑先生が前に出るとなぜ専用機持ちが集められ、何をするのかが説明される

 

ハワイ沖で試験中のISが暴走し、海域を離脱。その後、まっすぐこちらに向かってきているとのことだ。被害が出ないよう、コレを止めて欲しいとご丁寧にお国から頼まれたとのこと。

自衛隊よりも現場に近く、即応体制の整っていた学園に白羽の矢が立てられたのだ

 

 

「本作戦は任意の参加とする。不参加の人間は手を上げろ」

 

そこで手を上げたのは簪だった。

短く織斑先生と言葉をかわすと、そのまま部屋を出た

 

 

「他にはいいか? よし、大まかな内容は暴走機の進路上に向かい接敵、停止させる。だが、あちらは時速2000km以上で飛行中だ。この中で高速戦闘が出来るのは?」

 

セシリアと櫻が手を挙げる

 

「わたくしのブルーティアーズには本国から高機動パッケージが届いています。今インストール中です」

 

「あとどれだけ掛かる?」

 

「2~30分かと」

 

「天草は」

 

「私とウォルコットとボーデヴィッヒは試験用の後付ブースター(VOB)があるので砲撃パッケージにそれを搭載すれば接敵まではスーパークルーズが可能です」

 

「接敵まで、か。高機動パッケージは?」

 

「ウォルコットとボーデヴィッヒの機体にはありません。ですが機体調整で高速機動自体は可能です、逃げられた場合に追いつけませんが」

 

 

顎に手を当てて悩む素振りを見せる千冬、やはり人数が足りない。

 

 

「先生、暴走機の機体データの閲覧をお願いします」

 

「ああ、そうだな。コレは国家機密事項に相当する。扱いは解るな?」

 

黙ってその場のほとんどが頷く

するとスクリーンの片隅に機体のスペックデータが映し出される

 

 

「エネルギー兵器による広範囲殲滅型のようだな」

 

「ウイングスラスターがエネルギー兵器でもあるようですね」

 

「厄介だね。軍用機だし、エネルギー総量がわからないよ」

 

 

専用機持ちが戦略会議を始めると、バコッと音を立てて天井板落ちた

そこからウサ耳を付けた束が「そこは紅椿の出番だよ!」と言いながら部屋に降り立つ

 

 

「そこは紅椿と白式で一撃ノックアウトだよ!」

 

「一体何のようだ。経験の少ない篠ノ之にはできれば出てほしくないのだが」

 

「でもそれしかないんじゃないかな?」

 

ちらりと櫻を見てから千冬に自分の考えたプランを告げる

 

 

「多分この中でサクッと準備出来て超音速飛行が出来るのは紅椿だよ! それで白式を現場まで運んで零落白夜で一撃!」

 

「どれくらいで準備ができる?」

 

「束さんの手にかかれば3分でおっけー! 即出撃可能だよ!」

 

「仕方ないか……。篠ノ之、織斑行けるか?」

 

「はい。もちろんです」

 

「責任重大だな。やってやる」

 

2人を見ると一夏は適度なプレッシャーを感じているようだが、やはり箒はどこか浮ついている。恐らくは「選ばれて当然」などと考えていそうだ

 

 

「では、5分後に作戦を開始する。参加しないものは今後に備え準備はしておけ。解散」

 

解散を告げた織斑先生が部屋を出ようとした櫻に耳打ちした

 

 

「お前はいつでも出られるように夢見草の方を準備しておいてくれ」

 

櫻が黙って頷くとそのまま去っていった

 

 

 

----------------------------------------

 

 

箒が一夏を背負って飛び去ってから数分、残された5人は準備という準備を自社の人間に任せ、円卓会議を始めていた

 

 

「箒どこか浮ついた雰囲気だったけど、大丈夫かな?」

 

「戦地であのような気持ちを抱いたら確実にミスを犯すだろうな」

 

「それに箒さんは渡されたばかりの不慣れな機体ですし。不安ですわ」

 

「どちらかと言うと一夏くんが箒ちゃんをかばって。みたいなことにならなければいいけど」

 

「万が一にでもミスったらその時はあたし達がフォローに行けるようにするだけよ。でしょ?」

 

「そうだね。だから僕らは準備をしっかりと」

 

「みなさん、そろそろ時間では?」

 

全員がテーブルに置かれたタブレットに注目する。衛星からリアルタイムで送られてくるシルバリオ・ゴスペル(銀の福音)の姿に息を呑む

 

次の瞬間には赤い機体が画面の片隅を通過し、福音がエネルギー弾を放つ。

失敗した。

 

白がいないことでソレを理解した5人が出撃準備に走る。

だが、それも織斑先生の声で止まる

 

 

「作戦中断! 全員広間に集まれ!」

 

 

 

-----------------------------

 

 

広間に集められた5人に聞こえるのはすすり泣く箒の声。

部屋に設置されたレーダーには2機の反応のみ。

コレが意味するものは一つ。

 

織斑一夏の撃墜

 

一夏や箒(素人)ほど軟弱な精神ではない5人は友人を墜とされた苛立ちや恨みを抑えてただ織斑先生の命令を待った。

 

 

「今から本作戦を一部中断。篠ノ之と織斑が戻り次第つぎのプランに入る。全員この部屋で待機しろ」

 

 

「「「「「はい」」」」」

 

肝心なときにいない天災()を恨みつつ、千冬は次の作戦を練る。

まずは櫻単独での殲滅。これも失敗したならば自衛隊に応援を頼みつつこの場の全員を向かわせることになるだろう。

それ以上は考えたくなかった

 

 

「失礼します。千冬さん。櫻様をお借りしてよろしいでしょうか?」

 

音もなく開かれた襖から現れたのはクロエ。この場で櫻という戦力を失うのは惜しいが、束にも何か策があると考えるべきか

 

 

「構わないが、何をするんだ?」

 

「少々問題が起こりまして。(夢見草)が必要になりました」

 

「そうか。ついでに伝言も頼んでいいか?」

 

「承ります」

 

「次あった時はゆっくり話を。と伝えてくれ」

 

「かしこまりました。では失礼しました」

 

 

部屋に残された4人と教師は黙って櫻とクロエが遠ざかる気配を感じ取るしかなかった

 

 

-----------------------------

 

 

そうして櫻が連れて来られたのはにんじんの前。

束がキーボードを必死で叩いている

 

「来たよ。どうかしたの?」

 

「大問題だよ。ハックしたISがこっちの操作を受け付けないんだ。だからアレを無力化してきて欲しいってわけ」

 

「操縦者は?」

 

「意識がないっぽいね。フィジカルには問題なし」

 

「りょーかい。コントロールを取り返せた時は言ってね」

 

「もちろん。クーちゃんも援護で行ってくれる?」

 

「分かりました。それと束様。千冬さんから伝言が」

 

「なになに? 告白?」

 

「いえ、一言『次あった時はゆっくり話を』だそうです」

 

「これは終わったね。お姉ちゃん」

 

「とりあえず、いってらっしゃい。ちーちゃんのお説教を避ける手段を考えるよ」

 

「自分で蒔いた種は自分で始末しようね」

 

クロエ、行くよ。とISを展開し飛び立つ2人に置いて行かれた束

天才の頭のなかではひたすらに親友の説教を逃れるすべを考えていた

 

 

 

数分も飛ぶと、紅椿とすれ違った。一夏を抱えて飛行する速度はあまりにも遅かった。イメージが阻害されているのだろう

 

 

「彼女は大丈夫でしょうか?」

 

「コレで心がおれるようならその程度ってことだよ」

 

「櫻様は辛辣ですね」

 

「何もない人間には興味ないしね。お友達にはいいかもしれないけど、背中を預けるのは嫌だよ」

 

「発想が学生のソレとは思えません」

 

「この業界は食うか食われるかだよ?」

 

フルスキンの為、表情までは伺えないが口調から察するに苦笑いしながら言っていることだろう。

そして依然として福音に飛び続けるとオープンチャンネルで通信が入った

 

 

『コチラはIS学園である、貴機は封鎖空域に侵入しようとしている、直ちに進路を変更せよ』

 

声は千冬のもので、向こうも察しているだろうからとりあえずやらなきゃいけないからやる、といったところだろう。

 

 

『繰り返す、貴機は封鎖空域に侵入しようとしている。今すぐ進路を変更せよ。空域の安全が保証できない』

 

「声を変えて行くよ。適当にでっち上げるからついてきてね」

 

「了解しました」

 

「当方では空域にアメリカ軍所属のISを一機確認している。空域通過に支障無いと判断し、進路を維持する」

 

『貴機の空域通過にこちらでは一切の責任を負わない。以上』

 

「了解した」

 

しれっと返事をして終わらせる。

視界に光を反射して輝く銀の機体を認め、火器のセフティを解除。スーパークルーズから通常飛行へと移行する

 

 

「目標を確認。操縦者の生存を確認しました」

 

「了解。一撃で終わらせるよ」

 

「はい」

 

勢いそのままに迫り来る福音に拳を向けると、すれ違いざまにウイングスラスターを掴んだ

バランスを崩してきりもみ状態に陥るものの、すぐに立て直し、福音が櫻を引き剥がそうと暴れる

 

 

「残念だったね!」

 

夢見草の右腕に血管のようなラインが浮かび上がり、脈打つように明滅を繰り返していた

福音のウイングスラスターは光を失い、暴れる力が弱まる。

 

 

「残量は?」

 

「残り30%、行けます」

 

弱まりつつある中でも抵抗を続ける福音、その一方で夢見草はその力を増していた

背部に展開した乾電池のような円筒形の装備。これは見た目の通り、エネルギーパックであり、福音からエネルギーを吸い取っていた。

 

 

「内部で高エネルギー反応、セカンドシフトです!」

 

「んなっ! 無茶だよ!」

 

いきなり光をまとい始める福音。櫻は慌ててはなれるもそのまま光に飲み込まれてしまった

 

 

「La――」

 

よく通るソプラノで福音が叫ぶ

 

 

「櫻様っ! 無事ですか!?」

 

「生きてる。結構削られちゃったよ、あれ自体がエネルギーの膜だったのかね」

 

「わかりませんが、脅威度が跳ね上がったことは間違いありません」

 

「もっかい突っ込もうにもウイングスラスターの砲門はすでにチャージ完了な感じだしなぁ」

 

「私が牽制するのでその間に」

 

「頼んだ」

 

クロエがレーザーライフルを撃ち福音の注意を引くと2手に分かれて距離を置く

案の定福音はクロエについて回り、エネルギー弾の弾幕もクロエに注がれた

 

危なげなく回避すると再びレーザーを放つ

福音の背後には櫻が拳を引いている

 

 

「っっっけぇぇぇぇえええ!」

 

櫻の拳はウイングスラスターの付け根を掴み、再びエネルギーを吸い取る

 

だが、次の瞬間、福音が爆ぜた

 

 

「実弾兵器積んでるなんてデータに無かった!」

 

「レーダーにあらたなる機影、専用機持ちです」

 

「うそっ、待機のはずなのに!」

 

「あちらは私が何とかします。櫻様は福音を」

 

「度々ごめんね」

 

 

再びエネルギーを吸い取り、残りエネルギーも数%となったところで福音を抱えるとクロエの方へ向かおうとしたところで福音のウイングスラスターが光を失い、夢見草がアラートを響かせる

 

再び光に包まれる視界。ハイパーセンサーで視覚に割り込ませる情報以外が白く染まる

みるみるうちに減っていくシールドエネルギーに驚きつつも掴んだ腕は離さない

 

 

「クロエっ、そっちにこいつをぶっ飛ばすからあとはロッテ達に任せて逃げるよ!」

 

「はい。タイミングはお任せします」

 

 

いち、

にの、

 

さんっ!

 

手から離れた福音を更に向きを変えた夢見草の脚部ブースターで吹き飛ばす。

弾丸のごとく飛ぶ福音に気づいた誰かが福音に最後の一撃を与え、福音は沈黙。操縦者を抱きとめたシャルロットがこちらに停止を呼びかけている

 

 

『そこの2機、止まってください!』

 

「デコイを撒いて逃げるよ!」

 

「はい。ドッペルゲンガー、発射します」

 

ミサイルコンテナからドッペルゲンガーをばら撒くとそれぞれがチャフを撒きながらあさっての方向に飛び去っていく

 

乱れるレーダーを無視して一気に垂直上昇。雲の上まで飛び上がるとまたそこでドッペルゲンガーを撒いて旅館へと急いだ

 

 

-----------------------------

 

 

時間はだいぶ戻って箒と一夏が帰ってきた頃

 

櫻もおらず、静まり返った広間ではお通夜のような雰囲気で4人がテーブルを囲んでいた

 

 

「ねぇ、これからどうするつもり?」

 

「どうするもなにも、織斑先生が待機を命じた以上ことのしようがありませんわ」

 

「セシリアの言うことも最もだけど、やっぱり個人的には一夏の敵を討ちたいよね」

 

「でしょ? ならやることは一つ。あたしはちょっと箒をたたき起こしてくるわ。みんな、わかってるよね?」

 

「だが、コレが織斑先生に知られたら……!」

 

「その時はみんなでお説教だね」

 

「ソレも考慮のウチ、ですわ」

 

「お前ら……、よし、付きあおう。恩人の敵だしな」

 

「よっしゃ、じゃ、作戦立案と指揮はラウラに任せるわ。じゃ、箒のところに行ってくる」

 

「ああ、任せろ」

 

 

鈴が立ち上がり、"仲間たち"を見回すと、皆は黙って頷いた

ニッと笑うと足早に部屋を去る

 

 

 

 

海を見渡せる廊下に箒は一人座っていた

もちろん、その顔はうつむき、頬は濡れている

 

 

「ねぇ」

 

突然の声に慌てて振り返ると、そこには鈴の姿があった

 

 

「済まないがしばらくひとりにしてくれ」

 

「そうやって自分の行いから逃げる気?」

 

「そんなつもりではないが、事実、私は逃げているのかもな」

 

「へぇ、ならアンタは置いていく。折角一夏の敵討ちに行こうと思ったけど、そんな腐った気持ちじゃただの足手まといだわ」

 

「なっ!」

 

何を驚いているのか疑問でしかないが、こうして箒を煽って気持ちを切り替えさせるのが鈴の役目だ。交渉で出てきてもらえるほど鈴は交渉スキルが高くない

 

 

「事実でしょ? あんたが自分に腹が立って仕方ないとか思ってたらその気持ちに乗じて士気を上げられたかもしれないけど、そんな気持ちが微塵もないならソレはただの空飛ぶ的ね」

 

「うるさい! 私は力を持った、力を振るった。でも力に飲まれたのだ! そんな人間に戦う資格などない!」

 

「あんたの言う戦う資格って何よ?」

 

「ソレは――」

 

「自分の力をコントロールできること? 何か目標があること? ソレって適当な理由で逃げてるだけじゃない?」

 

「…………」

 

「もういいわ、あんたは置いていく。邪魔なだけだし」

 

「わたしも連れて行け」

 

ボソリと聞こえた言葉に鈴はほくそ笑む

 

 

「なんだって? 泣き言なら聞かないわよ?」

 

「私も連れて行け! 今度こそ、自分で自分の力を使いきってみせる!」

 

「よく言ったわね。その言葉を裏切らないでよ」

 

「もちろんだ」

 

 

 

そうして時間は現在へと至る

 

 

 

「あの2機は何ですの? 見たことのない機体でしたが」

 

「わからないけど、敵じゃなさそうだよね」

 

「敵じゃない? 何処が!?」

 

「黒いのはピンクのやつの邪魔をさせないために僕達を引きつけていたんだよ」

 

「私の目にもそう見えたな。後ろでピンクの機体が福音を落とす間の時間稼ぎをしていたように見えた。最後に福音をこちらに飛ばしたのは自分たちが脱出するためだろう」

 

「とりあえず彼女らが福音を削ってくれたお陰で任務はひとまず完了だ。ん? レーダーに反応……白式!?」

 

「ウソっ! だって一夏は……」

 

『待たせたな! ってかっこ良く登場と思ったが、終わっちまったか』

 

「なんで……」

 

『気がついたら身体が治っててな、白式もこのとおりだ』

 

5人の頭上を白式が飛び去っていく

 

 

『で、織斑先生が呼んでたぞ? 命令違反だ、ってな』

 

「「「「「うぐっ……」」」」」

 

『そういえば、櫻は何処言ったんだ? "千冬姉"も探してたんだが』

 

『声をかけようと思ったけど、あの篠ノ之博士の部下みたいな子に連れて行かれちゃって。何処行ったんだか』

 

『ま、ひとまず戻ろうぜ? みんな無事みたいだしな』

 

 

 

-----------------------------

 

 

「やってきたよーっ。戦闘経験値美味しかったね」

 

「帰還しました」

 

「さくちんもクーちゃんもお疲れ様。機体は束さんに任せて、ちーちゃんのところに報告だけしてきて。なんか専用機持ちの子達も飛んでちゃったし」

 

「わかってたなら言ってほしいなぁ。お陰で落とされかけたよ」

 

「いやぁ、めんごめんご。ちーちゃんへの言い訳を考えてたんだよ~」

 

「「はぁ……」」

 

「え、どうしたの?」

 

「束様。私はあなたへの評価を少し下方修正しなければならないようです」

 

「いこ、クロエ」

 

「ハイ、櫻様」

 

「え、ちょっ、ねぇ!」

 

 

 

 

2人は自らの主に呆れつつも本館に戻り、広間に戻ると案の定青筋を立てた織斑先生とそれに気圧される山田先生が……

 

 

「天草、只今戻りました」

 

「束のお使いか?」

 

「ええ、そんなところです」

 

「ふむ、内容は言えないか……」

 

「わかってるくせに」

 

「わかってない奴らに説明する必要があってな」

 

「そうですか……"ちょっと船に荷物を取りに行っていまして"」

 

「そうか、企業連の船は沖合だったな。そこに"ちょっと荷物を取りに行っただけ"か、なるほどな」

 

「ええ、それだけです。お茶でも出しましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「山田先生の分も出しますね」

 

「え、あっ、はい! お願いしますっ!」

 

「では、私はこれで。千冬さん、あとはよろしくお願いします」

 

クロエが部屋から出ると同時に櫻がお茶を持って戻ってくる

 

 

「クロエは帰りましたか?」

 

「ああ、さっきな」

 

「山田先生、お茶を持ってきました」

 

「ありがとうございます。天草さんはとりあえずここで待っていてくださいね」

 

「はい。それで、4人は?」

 

「篠ノ之を連れ立って5人で勝手に出撃、銀の福音を撃墜したようだ。これは後で灸を据えてやらないとな」

 

「私は一応出撃はしていないのでセーフですよね?」

 

「ああ、ただ"お使い"のために席を外しただけだ。問題ない」

 

「良かったです。じゃ、少し寝てていいですかね? 仕事もできないし」

 

「仕方ないな」

 

 

それから数十分経って専用機持ちが戻ってくると隣の部屋で織斑先生の雷が落ちたようで、雷鳴で目を覚ました櫻は、近くにいた山田先生に声をかけた

 

 

「ん……、あ、おはようございます。どれくらい寝てましたか?」

 

「2~30分ですかね。さっき5人が戻ってきたんですよ、いまはお説教中です」

 

「これは減給を考えなきゃダメですかね……」

 

「学園で罰を受け、会社でも罰を受け。大変ですね」

 

「まぁ、減給は冗談ですけど、軽くお説教はしないと行けませんね」

 

「天草さんも学生をしながらお仕事もして、私よりも仕事してるんじゃないですか?」

 

「かもしれませんね」

 

「冗談のつもりだったんですけど……」

 

山田先生と話しているとまずはげっそりしたシャルロットが戻ってきた

 

 

「ロッテ、無事……じゃなさそうだね」

 

「うん……。無断で出撃したから仕方ないよ……」

 

「ラウラは?」

 

「多分そろそろ戻ってくるんじゃないかな? 正直に話したらそこそこ早く開放されたよ」

 

「ふうん、ま、2人には後で会社としての処分も言い渡すから。覚悟しててね」

 

「やめてよぉ」

 

 

その後にラウラ、セシリア、凰、篠ノ之の順で部屋に戻り、特に最後の2人の顔は酷いものだった

全員が集まったところでデブリーフィングが始まる

 

 

「よし、報告があるものは挙手して発言しろ」

 

そこでシャルロットが手を挙げる

 

 

「ウォルコット」

 

「福音との交戦前に謎の機体を発見し、交戦しました。機体は黒いフルスキンでオールラウンダータイプです」

 

「所属は?」

 

「不明です」

 

「こちらの被害は」

 

「ありません」

 

「ふむ、妙だな」

 

「はい。不明機には僚機も居り、そちらが福音と交戦していることを目視しています。そちらの機体は詳細がわかりません。私達が交戦した機はおそらく僚機の時間稼ぎをしていたものかと」

 

「なるほど。それで、不明機が離脱した方向は?」

 

「デコイを撒いて逃げたためつかめませんでした」

 

「他には?」

 

「ありません」

 

「では、解散。各自の予定通りに行動しろ」

 

 

-----------------------------

 

 

浜辺を歩くシャルロットとラウラは櫻に二度目の説教を受けて疲れ果てていた

櫻は「今回はコレで済ませるけど、次は社の規則に則り罰則を与えるから」と釘を刺して説教を締めた

――シャルロットが後で確認したところ、BFFの社内規程ではISを用いた行動上の命令違反は懲戒処分、出勤停止から場合によっては懲戒解雇もあり得るとのことだ。

 

気の抜けた2人の話は次第に生々しい物になっていく

 

 

「あの時櫻がいれば一緒にお説教だったのになぁ」

 

「そう言うな。櫻は自分の立場もあるから居たとしても出撃しないだろう」

 

「だよねぇ。やっぱり自分の立場って考えて動かなきゃダメだね。まぁ、代表候補生よりずっと過ごしやすいけど」

 

「一般企業とはいいものだ。自由度は高いし給料もいい、社内もいい人ばかりだ」

 

「失礼な質問だけど、ラウラって幾らもらってるの?」

 

「契約上は5200ユーロ位だったな。あとは5万円か」

 

「その5万円、ってなに?」

 

「学生手当、という名前で出るお小遣いだ。これだけ円建てだからすぐ使える」

 

「なるほどねぇ、僕は4500ポンドってあったなぁ」

 

「ユーロだと幾らだ?」

 

「5600くらいじゃないかな? イギリスは物価が高いからちょっと多めだね」

 

「互いに結構な額もらっているな」

 

「だねぇ、使い道も無いから貯めるしかないけど」

 

「IS学園を出る頃には家を買いたいな……」

 

「ラウラってドイツでは何処で暮らすの?」

 

「フュルステンベルクの家だ。私の為に部屋があてがわれてるとかでな。まだ行ったことは無いが、スイスとの国境近く、コンスタンツだと聞いている」

 

「櫻の家かぁ、一度行ってみたいな」

 

「もうすぐ夏休みだ、櫻に掛けあって欧州組で集まるか」

 

「いいね。EU圏なら移動も楽だし」

 

 

話が耳に入った金髪ロールのお嬢様は「わたくしよりもお給料をもらっていますわッ!」と血涙流したとか何とか。



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閑話: 後日談

合宿最終日、朝食をとった後に部屋で荷物やその他の整理をしていると、本音が押入れにあるものをみつけたようだ

 

 

「せっしー、なぎなぎ~、コレなんだと思う~?」

 

「どうしましたの? コレはっ……」

 

「モロに御札だね、それも封印な感じ?」

 

「わ、わたくし、日本ではこのようなアミュレットは悪いものを封印したり追い払うと聞いたことがありますわ」

 

「そうだよ~、でもほとんど迷信だよ~。ってことで、えいっ」

 

「「あぁぁ~~!!」」

 

勢い良く御札を引き剥がすと……

 

 

「ほらね~、なにもないんだよ~」

 

「で、で、でも、悪しき者が布仏さんに取り憑いたり……」

 

「本音、ドンマイっ」

 

「だからこんなの迷信だ――」

 

 

ドンドンとドアが激しくノックされる。

今の時間は他の生徒も各自の部屋に居るはずなのに

 

ガチャガチャと荒っぽくドアノブが引かれ、再びドアが叩かれる

 

 

「ほ、本音っ! セシリアが……」

 

「きゅ~ん」

 

「こ、これは冗談じゃないね。も、戻そう」

 

だが、乱暴に剥がしたせいか、御札は真っ二つに。

ドアも軋み、嫌な音を鳴らしている

 

 

「な、なぎなぎ? 御札、破れちゃってる」

 

「嘘でしょ~! あぁ、ここは何階だっけ……こりゃ飛べんな……」

 

「現実逃避しないでよ~。こうなったらさくさくに頼んで」

 

携帯で櫻に助けを求める、だが、

――お客様のおかけになった番号は、電源が切られているか、電波の届かないところに――

 

 

「終わったぁぁぁ!!!」

 

「え、天草さんとも連絡取れないの? んじゃぁ……シャルロットちゃんでもラウラちゃんでも!」

 

「あぃ!」

 

ドアは一定の感覚で大きく軋む。おそらくタックルをかましているのだろう

木のドアにはすでにヒビが入り、あと数回突っ込まれたら吹き飛びそうだ

 

携帯を手に、本音は力いっぱいに叫んだ

 

「助けて! でゅっちーっ!」

 

 

-----------------------------

 

 

「ふぁっ!」

 

「あ、起きた? すごいうなされてたけど、悪い夢でも見た?」

 

「え、ん?」

 

「大丈夫? 今は帰りのバスだよ?」

 

「あぁ、大丈夫。ちょっとこわい夢を見ただけから」

 

「最後におもいっきり『でゅっちーっ!』って叫んでたけど、どんな夢見たの?」

 

ちらりと後方を見るとシャルロットが苦笑いしている

 

 

「う~ん、旅館の部屋にあった御札を剥がしたら、ドアをバンバンされるんだよ~。それでせっしーは気絶しちゃうし、助けを呼ぼうにも、さくさくは電話に出ないから、でゅっちーに助けを求めたところで終わっちゃった」

 

「うわぁ、ソレって昨日の夜見たホラー映画のまんまじゃん。本音って結構そういうのに影響受けやすいタイプ?」

 

「かな~? ちなみになぎなぎは窓から脱出しようとして、高さで諦めてたよ~」

 

「あぁ、私ならやりそうだわ。癒子は?」

 

「そういえばいなかったかも~」

 

「まさか、ドアバンの主って……」

 

「ゆっこかもね~」

 

 

 

 

寝言で名前を呼ばれたシャルロットはクラスメートから壮絶ないじりを受けていたのは言うまでもない

 

 

-----------------------------

 

 

時間はさかのぼり、昨晩のことだ

千冬は一日の仕事を終わらせ、自室に入ろうとすると……

 

 

「さて、今日の業務も終わったし、さっさと寝る……か……。おい、束、ここで何をしている」

 

「え? 見ての通り、寝ようかな~って」

 

「一夏は?」

 

「いっくんなら隣の部屋で寝てるよ。朝起きたらあのおっぱいが目の前にっ!」

 

「はぁ……、それで、お前のことだ、ただ寝にきたわけでもないだろ」

 

「お話しながら少し飲もうよ、修学旅行みたいに!」

 

「お前は修学旅行に行ったこと無いだろ」

 

「そんなことはモーマンタイ! 次はいつ会えるかわからないしね。久しぶりにちーちゃんに会えて嬉しいんだよ。話したいこともいっぱいあるし」

 

懐から瓶ビールを取り出すと慣れた手つきで栓を抜く

一本を千冬に手渡すと、また別の銘柄を懐から取り出してまた栓を抜いた

 

 

「ほう、ドイツビールか、前に送ってきたのとは違うな」

 

「ドイツには星の数ほどのビールがあるからね~。さてさて、再会にカンパ~イだよ!」

 

「ああ、乾杯」

 

瓶を軽くぶつけ、一口煽る

 

「あぁ、生き返るな」

 

「おっさん臭いよ……」

 

「お前も仕事をすれば解る……ってちゃんと働いていたな。仕事終わりのビールは美味いものだろ?」

 

「う~ん、わからなくは無いけど、休みの日に庭で飲むビールがいいかなぁ」

 

「確かに、休日にのんびり飲むのもいいな。ドイツのつまみはやっぱりソーセージなのか?」

 

「あとはじゃがいも料理も多いよ。でもおつまみと言うよりは、夕飯の時に飲むのが多いかなぁ? おつまみって概念が無いっていうか。飲むときはビールだけひたすらに飲むんだよね」

 

「ほほぅ、ためになったな。休暇が取れればドイツに行きたいものだ」

 

「その時はママさんにも言ってパーッとパーティーしたいね!」

 

「だな。夏季休暇のためにも、ガッツリ働かねばな」

 

「それで体壊したら元も子もないけどね」

 

「まぁ、そうだな。程々に頑張って2週間位一気に休むさ」

 

「そういうところは日本的だよねぇ、あそこも」

 

「病気での休暇は有給とは別だぞ?」

 

「それでも残業とかはあるわけでしょ?」

 

「まぁな、スケジュールどおりに進めなくてはならないのが教育機関だから、仕方のないことだが」

 

「大変だねぇ」

 

「お前も苦労が無いわけではないだろ?」

 

「最近は部下の扱いにも慣れたし、ほとんど指示と確認だけが仕事だからつまんなくなってきちゃって」

 

「お前がそんなことを言うようになるなんてな」

 

「私だって成長するんだよ」

 

 

そして、気がつけば空き瓶が増え、夜が明けていた

2人は親友として、再会を約束して別れた

 

 

「また、会おうね。ちーちゃん」

 

「ああ、絶対にな」

 

 

-----------------------------

 

 

 

「ねぇ櫻、織斑先生の顔色少し悪くない?」

 

「なんか二日酔いみたいな感じだね……」

 

「なにか思い当たることでもあるの?」

 

「ウン……」

 

もちろん、昨晩クロエから束が居ないと連絡を受けていたから、おそらくと言うか絶対にソレだろう。

 

 

「篠ノ之博士絡み?」

 

「タブンネ」

 

「櫻、さっきから片言だけど……」

 

「ソンナコトナイヨ、アア、キョウモイイテンキダナー」

 

「無理しなくてもいいんだよ? 少し寝る?」

 

「そうするよ。おやすみ」

 

「また着く頃に起こすから」

 

「お願い」

 

 

 

 

 

そうして、舞台は再び、学園へと戻ってから、夏休みへと突入する



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ラウラ、始めてのお屋敷

ついにやってきた夏休み。生徒の中には学園に残るものと家に帰る者と別れるようで、留学生のほとんどは国に帰るようだ。企業連組の3人もその御多分にもれず、夏休み早々にプライベートジェットで日本を発った。

 

いつもどおりチューリッヒに降り立つと、乗り継ぎのあるシャルロットと別れて櫻とラウラは屋敷へと向かう。櫻には見慣れた景色も、ラウラには新鮮に写ったようで、窓の外をずっと眺めていた

 

 

「まもなく到着です」

 

ドライバーを務めるハインリッヒの声で寝ていた櫻が目を覚まし、ラウラは期待に胸を膨らませた

広い庭を横切り、車回しへと入ると玄関ではすでにメイドが数人待っていた。気が利く執事だ

 

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。お荷物をお持ちいたします」

 

「うい~、ただいま。ムッティは?」

 

「ご主人様はただ今職務で本社におります。今日の夕飯は楽しみにしていて、と言付けを」

 

「おおぅ、楽しみだね」

 

メイドが微笑みで返すとそのままトランクから土産物などを持って屋敷の中に消えた

 

 

ラウラの方は……

持ち上げられることに慣れていないのがありありと見て取れ、荷物も「いや、自分でやる」とかなり遠慮気味だった。まるでこの家に来た頃の櫻のようで、内心複雑であった

 

 

「お嬢様、ボーデヴィッヒ様の部屋は2階の客間です。ご案内いたしましょうか?」

 

「私がやるよ、ありがとね」

 

「分かりました」

 

 

 

エントランスホールで天井を見上げるラウラにそっと声を掛け、部屋に案内すると入った部屋でまた呆然としていた

 

 

「本当にここが私の部屋か? まるでテレビで見たホテルのようだが……」

 

「ここがラウラの部屋であってるよ。家具とかは前から置いてあるやつだけど、気に入らなかったら変えていいからね。その時は家の誰かに言ってくれれば置いてあるものはどかすから」

 

そのままベッドにダイブすると猫のような甘い顔で「いや、十二分に満足だぁ」と言って今度は備え付けのソファに腰掛けた

 

 

「あぁ、私にはもったいないな。そうだ、櫻の部屋は何処だ?」

 

「私の部屋は4階の一番奥だよ。行こうか」

 

「うむ、どんな部屋なんだ?」

 

「ここより現代的、とだけ言っておくよ」

 

 

そのまま階段を登り、最深部の重そうな木戸を開けると

 

 

「おお、ここが櫻の部屋か。私の部屋とはかなり趣が違うな」

 

「小学生の私にはあんな家具は立派すぎたんだよ……」

 

櫻の部屋は客間の2倍ほどの広さ。壁は石レンガのままだが、ところどころに貼られたスポンジの板に、ポスターや写真が飾られ、窓際にはパイプフレームのベッドと小さなテーブル。部屋の中央には応接セットが置いてあった。

 

 

「なんというか、思ったより質素なんだな」

 

「私だってただの高校生だしね。身の丈に合わないものは嫌だよ」

 

「高校生の部屋に応接セットやらマッサージチェアが置いてあるのはどうなんだ?」

 

「ローテーブルだけだと部屋が寂しくて……」

 

「色使いは薄いピンク色が主で、櫻らしいな」

 

「これ全部日本の家具屋で買ったんだよ、いろんな色があったし、安くて結構長持ちするんだ」

 

「わざわざ日本で買ったのか?」

 

「いぇ~す。家具より輸送費用のほうがかかったよ」

 

「お金の使い方が斜め上だな……」

 

「ラウラもバンバンお金使っていいからね。自分で稼いだものだし、経済回さないと」

 

「ううむ、ヘリコプターでも買うか……」

 

「いきなりビッグだね」

 

「そうか? ならライフルでも買うか」

 

「ハンティングでもやるの?」

 

「そうだな。ルイーゼにスナイピングの基礎を教わったし、やはり時々は自然で撃たないと腕が鈍る」

 

「じゃ、今度一緒に買いに行こっか」

 

「そうだな、明日はどうだ?」

 

「そうだね。じゃ、今度日用品買うついでに行こうか」

 

「シャルロットがいたら『ついでに買うものじゃないよぉ』とか突っ込まれていただろうな」

 

「かもね、ふふっ。パーティーの準備もしないとなぁ」

 

「だな。セシリアと何か喋る機会というのもあまりなかったし、これを機に仲を深められればいいのだが」

 

「ラウラはだいぶ柔らかくなったし、大丈夫じゃない?」

 

「櫻がそう言ってくれれば安心だ」

 

「じゃ、ひとまず解散! 家をでるときは誰かに言ってからね」

 

「分かった。キッチンは何処だ?」

 

「1階の階段降りて右側の大きい部屋が食堂。そのとなりにあるよ」

 

「腹が減ってな、じゃ、また何かあれば来る」

 

「あ~い、居ない時は電話してね」

 

 

部屋を出たラウラが迷子にならないか若干の不安を抱えつつ、櫻はセシリアにパーティーのお誘いのメールを送った。返信は早く、セシリアの几帳面さが伺えた。彼女はまだ日本に居るらしく、日本時間の夕方に発つというのは前もって聞いていたからパーティーには間に合うだろう。

 

束は束で千冬や一夏にラブコールを送っていたらしく、大慌てで飛行機の手配をしていた。どうやらオーメルがアメリカから戻ってくるときに拾うらしい。こういう時に世界をくるくるしているアレ(インテレクト)は役に立つ。

いま屋敷に居ない束はスーツに着替えて少量の荷物とともに出て行ったと少し前にハインリッヒから聞いた。まさか迎えに行こうとか考えてないだろうな

 

 

こうして櫻とゆかいな仲間たちが集まってのパーティーの下準備は着々と進んでいた

 

 

 

-----------------------------

 

 

夏休みも始まったばかりで、普段とあまり変わらない混雑を見せる成田空港国際線出発ロビー

そこに2組の姉妹がヨーロッパへ観光に行こうと飛行機の搭乗案内を待っていた

 

 

「10時25分発、スイスエア161便、チューリッヒ行きは、ただいま搭乗案内を開始いたしました。優先搭乗のお客様のご案内を致します。ファーストクラスをご利用のお客様、ビジネスクラスをご利用のお客様、ゴールドメンバーシップのお客様――」

 

アナウンスが入るとゆったり目の装いに身を包んだ快活そうな少女がはしゃぎながら周囲の少女たちに話しかけていた

 

 

「搭乗案内始まったよ~」

 

「本音、慌てない。席順的にはビジネスの前の方だからあとからでも大丈夫」

 

「チケットはそれぞれ持ったわね。私は窓際、4-Aね」

 

「私と本音が真ん中」

 

「虚は反対の窓際、4-Kね。ビジネスの最前列4つ抑えたわ」

 

「さすがおじょうさま~」

 

「ええい、もっと褒めろ~」

 

「お嬢様、本音、行きますよ」

 

虚にしれっと促され、飛行機へと乗り込む。目指すはスイス、コンスタンツ湖のほとりだ

 

 

「本音はヨーロッパで何かやりたいことはある?」

 

「う~ん、やっぱり美味しいもの食べて、きれいな景色を見てゆっくりしたいな~」

 

「そうだ、向こうについたら櫻さんにメールしよう。ドイツに帰ったはずだからもしかしたらどこか一緒に回れるかも」

 

「いいねぇ! さくさくとドイツ旅行!」

 

「なになに? 櫻ちゃんがどうしたの?」

 

「櫻さんもドイツに帰ったから、もしかしたら会えるかもね。って話をしてたの」

 

「簪ちゃん、最近櫻ちゃんにかまってもらえないから寂しいのかな?」

 

「ち、違う! そんな訳じゃ……」

 

櫻がシャルロットやラウラのことで忙しく、喋るどころか会うことすら少なかったのは事実で、寂しくないと言ったら嘘になる

 

 

「ほほぅ。これはいけない恋の気配ですなぁ」

 

「お姉ちゃんのバカっ!」

 

「3人共、静かに」

 

「「「はい、ごめんさい」」」

 

虚の一喝で即座に黙る3人。なんだかんだで一番強いのは虚かもしれない。

CAがドアを閉めるとアナウンスが入る。

ゆっくりと飛行機が動き出し、旅の始まりを告げた



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夏休みの過ごし方 独の場合

ドイツ入りの翌日、櫻とラウラは日用品を買うついでにと企画していたライフルの購入に行くことにした。

今日はいつものセダンではなく、荷物も多めに積めるワゴンに乗り込み、ハインリッヒの運転で市街地へと向かった

 

まず2人がやってきたのは地元の商店街、小さなお店が立ち並び、消しゴムからライフルまで揃う。

ここでの目的は、特にない。ウィンドウショッピングである。

 

最も、櫻はラウラに可愛い服を着せたくて仕方がないようで、こっそり、パーティードレスを発注し、明日には届く手はずになっていた。

なので、ここで買うべきはラウラの普段着。シンプルな方が映えるだろうと頭のなかで思案しつつ、ゆっくりと歩いていると、いきなり駆け出してある店に張り付くラウラ

 

 

「なにかいいものでもあった?」

 

「あのコンバットナイフだ! 刃の反り、厚み、素材、グリップの太さ。完璧だ!」

 

「う、うん。買ってきたらどうかな?」

 

「そうしよう! 少し待っていてくれ」

 

本当に少し待つと、紙袋を手に幸せそうな笑顔を浮かべるラウラが店から出てきて、

 

 

「ペティナイフをおまけで付けてもらった、また贔屓にしよう」

 

「良かったね。次はあのお店がいいな」

 

「ん? ブティックか?」

 

「そうだよ。ラウラの服を買おうと思って」

 

「別に服には不自由していないぞ?」

 

「女の子なんだから、スカートの1本や2本持ってないと駄目だよ。可愛いんだからもっとおしゃれしないと」

 

「あまりスカートはすきじゃないのだが……仕方ないか」

 

「よろしい。じゃ、行くよ」

 

 

そうしてそのまま1時間ほどいろんな服をあてがわれ、着せ替え人形と化したラウラが顔に疲労の色を浮かべつつ出てきた隣では、紙袋を両手に下げ、いかにも「いいもの買った!」という表情の櫻が居たのだった。

 

荷物を車に積み、ついでに買ってきたサンドウィッチをかじりつつ次の目的を告げる

 

 

「じゃ、次はライフルだね」

 

「ああ、商店街の外れにディーラーがあるらしい。そこに行ってみよう」

 

「ボーデヴィッヒ様、案内はよろしくお願いします」

 

「任せろ」

 

車を走らせること数分、映画のガンスミスを彷彿とさせる店構えのディーラーにやってきた2人

中に入ると壁には骨董品とも思える木製ストックの銃から、最新のポリマーフレームまで様々なゲヴェーア(ライフル)ヴァッフェ(拳銃)が並んでいる。

 

 

「いらっしゃい。おや、女の子のお客さんとは珍しいね。免許は取り立てかい?」

 

カウンターでマグカップを手に雑誌を読んでいた店主は顔をほころばせながら聞いた

 

 

「ええ、エアライフルを撃ってたんですけど、免許もとったしシカ撃ちをしたいなって」

 

「なるほどね、隣のお嬢さんもそうなのかい?」

 

話を合わせろ、と目配せをするとラウラも把握したようで

 

 

「ああ、彼女に付き合わされてな。せっかくだから火薬を使う銃も撃ってみたくて」

 

「なるほど、シカ撃ちとなるとやっぱりライフルだな」

 

コレなんてどうだい? と手渡されたのは木製ストックのボルトアクション。

ニス塗りされたストックが美しい

 

 

「マウザー98カラビナ-だ。歴史ある銃だから初心者でも安心だな。ちょっと構えてみてくれ」

 

一回ボルトを引き、空であることを確認すると立射の姿勢で銃を構える。

ラウラは櫻を見て頷いていたから姿勢は合格なのだろう。店主もきれいな構えだ。と褒めた

櫻は昔ながらの銃は気に入らないらしく、棚に戻して店主から渡されたカタログを眺めていた

 

ラウラは店内を見て回り、ひとつの木製ストックの銃に目をつけた。

使い込まれた木の風合いが歴戦の兵士を彷彿とさせる。

 

 

「美しい……」

 

「お嬢さんはお目当てが見つかったかい?」

 

「ああ、この一番上のやつは」

 

「それは日本のアリサカライフルだ。俺の趣味で集めてたんだが、それに目をつけるとは、いい趣味をしているな。売りもんじゃ無いが、構えてみるかい?」

 

「頼む」

 

小柄なラウラにしっくりと来る大きさ、太いボルトハンドルと長めのストローク。

アイアンサイトは照門に数字が刻まれおおよその狙点を示す

 

 

「お嬢さんは少し小柄だから日本製のライフルがピッタリだね。構えやすいだろう」

 

「そうだな、今まで使ってたものよりずっとしっくり来る」

 

「趣味のものだから売るつもりなんて無かったが、お嬢さんはすごく様になってるし、気に入ったようだから売ろう。幾らまで出せる?」

 

「こちらの都合は気にしなくていい。言い値で買おう」

 

「そうかい、なら4000で弾薬をワンケースつけよう」

 

「買った。ありがとう」

 

「アリサカも実際に使ってくれる人に持っていてもらったほうが嬉しいだろうしな。やっぱり銃は飾るだけじゃなく、撃ってこそだ」

 

細かい説明と書類があるから奥に来てくれ、と促され、ラウラと店主が小部屋に消えてもなお、櫻はカタログとにらめっこを続けていた

 

 

「やっぱり近代的なポリマーフレームがいいなぁ、なおかつセミオートのほうが楽だしなぁ」

 

パラパラとページをめくると、ポケットの携帯が震える

メールの差出人は簪。

 

――へぇ、簪ちゃんスイスに来たんだ。それで、良ければどこか一緒に行かないか。と

    コレはパーティーに呼ぶべきだね。

 

決めると早速返信、ここに更識姉妹と布仏姉妹の参加が決定した。

 

 

「共通点の無い人が集まるなぁ……」

 

だが、今は自分の欲しい銃を探すことに集中。再びカタログを眺めるとラウラがガンケースを片手に戻ってきた。

 

 

「おつかれさん。近所のシューティングレンジの案内も入れておいたから良かったら行ってみてくれ。俺の知り合いがやってるんだ」

 

「そうだな、試し撃ちに行くよ」

 

「そうしてくれ。それで、背の高いお嬢さんは決まったかい? ここになければ取り寄せるよ」

 

「う~ん、セミオートマチックのライフルって何かおすすめありませんか?」

 

「セミオートか……そうだな、ブローニングBARはどうだ? 世界中で人気の狩猟用ライフルだ」

 

「BARは機関銃じゃないのか?」

 

ラウラが聞くと店主は笑いながら「名前は同じだが、俺の言ったやつは96年から製造が始まった普通のライフルだ」と言った

 

 

「なんというか、もっと現代的っていうか、AW50みたいなデザインがいいんですよね」

 

「あぁ、サムホールとか一体的なデザインのポリマーが好みか」

 

「ええ」

 

ちょっと待ってな、と言って店の奥から店主が持ってきたのは2つの黒いケース

どちらもサイズは1mとすこし。

 

 

「最近入荷したばかりでな、まだ店先においてないんだ」

 

そう言ってケースを開けると、片方にはグレーのポリマーフレーム。もう片方はM4ライクなライフルが入っていた。

 

 

「こっちのポリマーフレームはSL9って言ってな、軍用ライフルの民間向けモデルだ」

 

エアライフルをやってたならこういうほうが合ってるのかもな、と言いながらも次の銃を解説してくれる

 

「こっちはMR308。見ての通りM4だ、正しくはHK417なんだが、小難しいのは抜きにして、とても安定した性能を誇る銃だな。どちらも.308ウィンチェスター弾を使うから反動はキツめだ。まぁ、慣れるさ」

 

好みのものはあったかい? と尋ねる店主に櫻はコレください! とSL9を指して言った

 

 

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ガンケースを持って店を出た2人はそのまま車へ向かうと荷物を積んでからハインリッヒとともに昼食を取ることにした。

選んだのは地元でも有名なシュニッツェルの美味しい店で、他にもヴルストなどの定番も揃えている。

 

櫻はシンプルにシュラハトプラット――ソーセージや他の肉とザワークラウトを蒸し焼きにしたもの――を、ラウラはシュニッツェルを食べることにした。

ここで始めて聞いたが、ラウラはシュニッツェルが好きなようで「こんなに美味いシュニッツェルは始めてだ!」ととても喜んでくれた。

 

 

「じゃ、おやつでも買って帰ろっか」

 

「そうだな。家の裏で早速アリサカを撃ちたい」

 

「シューティングレンジでも作るかなぁ」

 

「出来るのか?」

 

「鉄パイプとターゲットシート買えば1時間位で作るよ」

 

「私はさっきの店でターゲットを買ってこよう」

 

「ノリノリだね。じゃ、帰りにホームセンターに寄って鉄パイプ買えばいいね」

 

「楽しみだ!」

 

 

 

 

言ったとおりに材料を揃え、パイプ同士を組み合わせることで簡単な構造にした結果、ラウラが一人でも10分で組み立てられる簡単なターゲットが出来た。

適当な木の板に距離を書き込んで測量し家の裏に簡単なシューティングレンジを完成させたのは家に帰ってからきっちり1時間後。2人は早速買ったばかりの銃でターゲットシューティングを楽しんだ

 

 

撃ち過ぎで紫苑に怒られたのだが、2人はとても楽しそうだった

 

 

 

夕食時、一緒に帰ってきたシャルロットを思った櫻はなんとなくつぶやいた

 

 

「そういえばロッテはなにしてるかなぁ」

 

「私達のようにショッピングでも楽しんでいるんじゃないか?」

 

「リリウムと仲良くやってるみたいよ」

 

そう言って紫苑が携帯を見せるとそこにはロンドンの都市街を眼下に望む2人のセルフィーが写されていた。とても楽しそうに笑う2人は親子というより姉妹のようで、シャルロットがリリウムに懐いた事は明らかだった。

 

 

「この前リリウムから『シャーロットがお母さんって呼んでくれた!』って真夜中にメールが着てね、シャルロットちゃんも慣れたみたいね」

 

「リリウムさんって何歳なんだろう……」

 

「本人に聞いてみたら? 私より大分下、とだけ言っておくわ」

 

「シャルロットも楽しそうで何よりだ。明後日が楽しみだな」

 

「そうだ。さっき束ちゃんからメールがあって、インテレクトで日本を出たって。多分明日の昼前には着くんじゃないかしら」

 

「やっぱり迎えに行ってたんだ……」

 

「みたいね。2人が帰ってくるのと入れ違いで出てったんでしょ?」

 

「ん? 束って……篠ノ之博士か?」

 

「あら、言ってなかったかしら? 束ちゃんは櫻が小さい頃からずっとここに住んでるのよ」

 

「初耳だ。迎えに、と言うと織斑先生も来るのか?」

 

「そうだよ。千冬さんと一夏くんと、更識先輩達も呼んだよ」

 

「聞いてないわよ? お友達?」

 

「うん、前に言った日本の候補生の子とそのお姉さん。あとはルームメイトとそのお姉さんかな」

 

「賑やかになりそうね。食材もいっぱい買わないと」

 

「だね。明日は買い出しだーっ!」

 

「そうね。さ、ご飯を食べたらお風呂入って歯を磨いて寝るっ。寝る子は育つのよ」

 

ラウラがこそっと食堂を抜ける。なんだかんだで自分の背丈を気にしているらしい

さて、ラウラを愛でて楽しむか……などと企みながら櫻は風呂に向かった



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夏休みの過ごし方 英の場合

チューリッヒで飛行機を乗り継ぎ、ヒースロー空港に降り立ったシャルロットは入国審査を終えてゲートを出た

さすがに10数時間のフライトは堪えたようで、顔には疲労の色が見え隠れしている

 

 

「シャーロット!」

 

声がした方を見ればリリウムの姿があった。

迎えに来てくれたようでシャルロットはどこか安心した

 

 

「ただいま。お母さん」

 

「ええ、おかえり。さ、ひとまず家に行きましょうか。それから家具を揃えないと」

 

「ふぇぇ、やっと休めると思ったのに」

 

「まだロロットの部屋の家具を買ってないのよ、適当に揃えて気に入らなかったら嫌だし」

 

「お母さんのチョイスで良かったのに」

 

「そうだった? ごめんね」

 

久しぶりに直接言葉を交わすシャルロットとリリウムは言葉と裏腹にとても楽しそうだった

 

止めていた車に乗り、30分ほど進んでハイド・パークの横を抜け、テムズ川を渡るとガラス張りの三角の建物が見えてくる

 

 

「シャード・ロンドン・ブリッジ、あれの65階よ」

 

「高いねぇ」

 

「ヨーロッパで一番高いビルよ。綺麗でしょ?」

 

「スゴイね、シャード(破片)の名前通りの見た目だね」

 

「ええ、いいでしょ?」

 

駐車場に車を入れ、エレベーターで一気に登るとフラット(マンションフロア)の最上階、65階にたどり着く

エレベーターホールを右に進み、黒い扉とインターホンが見える。日本と違い、表札は付けない。

 

艶のある重そうな扉を開けると長い廊下と数々の扉。

 

 

「ホールを曲がって突き当りの右の部屋がロロットの部屋よ。突き当たりは私の寝室ね。正面の大きい扉はリビングダイニング、入ればわかるけど、キッチンや何かも全部そっちからいけるから。あとは自分で探検してみて」

 

「う、うん」

 

「圧倒されるのはわかるけど、ここがイギリスでの住まいだから、慣れてね」

 

じゃ、部屋を見てから家具を買いに行きましょう。と言うリリウムに従い、ホールを抜け自室に入るとまずは一面のパノラマが広がる。東向きで眼下にはロンドンブリッジ駅やシティホール。遠くに目を向ければカナリーワーフのビル群が目に入る。

 

 

「すごい景色……」

 

「でしょ? リビングも東向きだからこの景色ね。夜景を見ながらご飯を食べるなんて素敵じゃない?」

 

「だね。素敵な部屋だよ。家具はシンプルにまとめたいなぁ」

 

「そこはシャーロットのセンス次第ね。じゃ、買いに行きましょうか」

 

「そうだね。お店にあてはあるの?」

 

「まぁね、車でちょっと行ったところにあるから行きましょう」

 

そういったリリウムに連れて来られた家具店でシャルロットは白いダブルベッドに白いガラス天板のローテーブル、黒い円形のラグ、スチールパイプのテーブルなど、白と黒を基調に大量に買い込んだ。

他にも小物やリリウムの使う家具を買って車に押し込むと行きつけのお茶と茶菓子の店に向かう。

ロンドン橋を渡り、シティを抜け、キングス・クロス駅のそばにある小さな店の前に車を止めた。

シャルロットが始めてリリウムと顔を会わせた帰りに寄った店だった

 

 

「やっぱりここなんだ」

 

「そうよ、この前のスコーン美味しかったでしょ?」

 

「スゴイ美味しかったよ、櫻もラウラも気に入ったみたいだし、日本に戻るときは買って帰ろうかな」

 

「そうするといいわ。日本にいても言ってくれれば送るから」

 

「にひひっ、やったね。今日も買っていくの?」

 

「もちろん、毎月茶葉とスコーンを買っていくの。帰ったら夕飯だから、明日のおやつね」

 

「コンフィチュールもあるんだ、美味しそう」

 

「コンフィチュール?」

 

リリウムが謎の言葉に首を傾げるとシャルロットが慌てて解説した

 

 

「あ、えっと、フランス語でジャムの事をコンフィチュールって言うんだよ。ドイツではコンフィテューレって言うんだって」

 

「そうなの、知らなかったわ。ずっとイギリスに住んでるからおとなりの国とは言えあまり良くわからないのよね」

 

「まぁ、他言語の国だから仕方ないよ。特にフランス語とドイツ語は独特だから」

 

「紫苑のドイツと日本の混じった中途半端な英語は時々わからなくなるわ」

 

「櫻のお母さん?」

 

「ええ。まだ会ったことなかった?」

 

「多分ないね。どんな人なの?」

 

「う~ん、櫻ちゃんを知っているなら彼女をもっと濃くした感じ、というのかしら。彼女の色んな所を強化したというか……上手く言葉に出来ないわね。見た目は普通の日本人よ」

 

「そうなんだ。明々後日会えるし、どんな人か楽しみだよ」

 

「色々とすごい人よ。櫻ちゃんのお母さんだし」

 

シャルロットの中で少し歪んだ紫苑像が出来上がる中、リリウムはスコーンに合いそうなジャムを適当に見繕って会計を済ませた

 

 

「さて、家具も買ったしおやつも買った、夕飯の食材は家にあるから……帰ってご飯を作りましょうか」

 

「うん! お母さんの手料理は始めてだから楽しみだよ」

 

「シャーロットが帰ってくるからごちそうをつくろうと前もって準備しておいたからそんなに時間はかからないはずよ。すこし手伝ってね」

 

「もちろん!」

 

 

-----------------------------

 

 

いざ夕飯をつくろうとリリウムとシャルロットは広いキッチンに2人で入り、手分けして調理を進めていた。リリウムの言うとおり、あとは簡単な調理で完成の段階まで準備されてたため、シャルロットの仕事といえば焼く煮る炒めると言ったものばかりだった。それをリリウムが盛りつけダイニングに持っていく。母子の立場が逆な気もするが、この際気にしてはいけない

 

肝心なメニューはオニオンスープとステーキ、付け合せにハッシュドポテト。それとサラダとプディング。

なんとまぁ、まともなメニューだこと。などとは言ってはならない。もちろんサラダは生野菜だ

 

 

「さて、ひと通りメニューも揃ったし、食べましょうか」

 

「「いただきます」」

 

まずはシャルロットがスープを一口。思わずニンマリしている

 

 

「どうかしら?」

 

「玉ねぎの甘さが美味しいよ。ちょっと小腹が空いた時にいいかも」

 

「よかった。どんどん食べてね、お肉以外は少し残ってるから」

 

「は~い」

 

 

そのままシャルロットはリリウムと始めて食卓を共にし、お互いよくしゃべり、よく笑った。美味しい料理と美しい夜景。始めての食卓には出来すぎたくらい素晴らしい物が揃っていた。

 

食べ終わってソファでゆっくりしていたシャルロットに紅茶でも出そうと顔を覗き見たリリウムは思わず表情をゆるめてしまう

 

――あらあら、もう寝てるのね。いろいろあったし、疲れてるのかしら?

 

そっとシャルロットを抱えると自分のベッドに寝かせ、彼女も支度をしてから隣に入った。

 

――明日はシャーロットの家具を組み立てないとね。結構不器用だから……彼女に任せましょう

 

 

2人にとって久しい誰かが隣にいるぬくもりを感じながら深い眠りについた。どちらも幸せそうな笑顔を浮かべながら




二重投稿されてた話を削除しました。報告ありがとうございます。

できれば感想以外からご報告いただきたいですが、そういう機能あったかな?


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客を招いて

フュルステンベルクの屋敷でのパーティーを翌日に控え、櫻はラウラとともに買い出しに出ていた。

行き先はもちろん地元のスーパー、約15人でのパーティーともなればその食料の量もかなりのものになる

 

 

「とりあえず肉と野菜は揃えた。あとはなにがいいかな?」

 

「この時期にここで魚は食べたくないからな……まぁ、肉と野菜を使ってドイツ料理を振る舞えばいいだろう」

 

「だね、あとは飲み物。ソフトドリンクからビール、ワインも揃えようか」

 

「そうだな、それだけあれば困らないだろうな。一夏に飲ませるのか?」

 

「日本から来たみんなには飲んでもらいたいよね。日本じゃ合法的には飲めないわけだし」

 

「どうなるのか楽しみだな」

 

「ふふっ、多分一夏くんはお酒に弱いね。ダークホース本音」

 

「布仏はどんな分野においても素質があるような感じがするからな」

 

「だね。じゃ、会計済ませて帰ろっか。下ごしらえがいっぱいあるよ」

 

「おう、コレは全部積めるのか?」

 

「たぶん、行ける。うん」

 

会計済ませてダンボール持って駐車場を往復、車に食材を突っ込む。荷室をうめつくす食べ物の山にハインリッヒも驚きを隠せないようだった。

 

 

「これは、かなり買い込みましたね」

 

「そりゃ、お客様がいっぱい来るからね。でもホームパーティーの体でやりたいから仕方ないよ」

 

「これの1/3程は飲みものなんだがな……」

 

自宅に戻ると大量の食材をキッチンに持ち込み、肉を切り野菜を切り、下味をつけて冷蔵庫に入れ、ラップを掛けて野菜庫に押しこんで、飲み物は少し冷えた別の冷蔵庫にしまう。これだけの仕事を3時間で済ませ、櫻とラウラはやっと一息だ

 

 

「軍の食当より大変だった気がするぞ……」

 

「久しぶりに包丁握ったよ、大変だったぁ。明日はアレに火を通したりするだけだから、結構楽だね。メイドに丸投げしようかな」

 

「どうしても手が回らないならそれもあるんだろうが、できるだけ私達でやりたいな」

 

「ラウラって意外と自立心があるというか、他人を使い慣れてないというか……」

 

「慣れてないからな。どうしても遠慮してしまうのだ」

 

「まぁ、私も引っ越したばかりの時はそんな感じだったかなぁ。まぁ、慣れだね。それに尽きる」

 

「軍の時からずっと私は一人だったからな……結局部下とも溝が出来たまま別れてしまった」

 

「変な流れになりそうだから、ちょっと射的でもやる?」

 

「だな、湿っぽい空気も硝煙でさよならだ」

 

さっさとエプロンを脱ぎ捨て、自室へ向かう2人の目には先程の少し沈み気味な雰囲気は無く、獲物を追う狩人のそれになっていた

 

 

-----------------------------

 

 

ところ変わってスイスはチューリッヒ空港。企業連の社有スポットに現れた白き巨体はタラップ車をつけると小さな口を開き、人や荷物を下ろしていく

 

降りてきた客の中にサマースーツを着こなした女性とカジュアルな服に身を包んだ女性、ティーンエージャーと思しき男の子が降りてくる

 

 

「着いた~。スイス、チューリッヒ!」

 

「長かったな、まぁ、快適だったが」

 

「うぁぁぁああ。カラダがガチガチだぁ。思ったより寒いな」

 

「北海道と同じくらいの緯度だからね、それに高地だから結構寒いよ」

 

「で、フュルステンベルクの家はドイツだっただろう。ここからは車か?」

 

「そうだよ~。帰りにお酒でも買って帰ろっか。明日のもあるし」

 

「スイスか……スイスワインだな」

 

「いいねぇ。チーズも一緒に買おう」

 

「じゃ、とりあえず市街に出ようか。さっさと入国審査済ませちゃお」

 

さくちんにもメールしておかないとなぁ。と言いながら先陣を切る束。千冬と一夏もそれに続く

パスポートを見せ金属探知機を通ると何事も無く通過。荷物を受け取り人混みの中で手を振る束につづいて駐車場に向かう

 

 

「迎えでも呼んでるのか?」

 

「んや? 束さんが運転するよ?」

 

「束さんが車運転するのか、意外だなぁ」

 

「失礼だねいっくん、束さんだってお仕事で車使うから数年前に免許取ったんだよ」

 

「それに対して千冬姉はペーパ――」

 

「それ以上は言うなよ」

 

「はいっ」

 

「ちーちゃんも少しは乗っておきなよ。免許があっても実力が無いんじゃ困るよ?」

 

「束に正論で諭されるなんて……」

 

引きつった笑みを浮かべる一夏を視界の片隅に苦い笑みを浮かべる千冬。大きいスーツケースを引きずった2人と小さなバックパックを片手に歩く束がエレベーターに乗るとパーキングチケットを確認する

 

 

「何処に駐めたんだ?」

 

「ん~、地下のエレベーターの近くだよ。白いアウディのワゴンだね」

 

「やっぱりドイツ車を買う人が多いのか? 束さん」

 

「ん~、束さんは車には興味ないからわかんないけど、日本でも見たことあるのは多いね。日本車も結構走ってるよ」

 

エレベーターがフロアに止まると開いたドアから見えるところに少し厳つい白のワゴンが見える

ポケットからキーを取り出すとリアゲートが開いた

 

 

「荷物はテキトーに積んじゃってね。ネットとか使っていいから」

 

「ああ。いい車だな……」

 

「身分相応の車に乗りなさいって会社の人に言われちゃってね。かっこ良くて荷物積めそうだからコレにしたんだ」

 

閉めるよー、ぽちっと。とスイッチでリアゲートを閉めるとエンジンを掛ける。ワゴンボディに似合わぬ重低音を響かせた

一夏は普通の男の子らしく目を輝かせ、千冬は思ったより大きい音に一瞬驚いたあとシートベルトを締めた

 

 

「そういえば、さくちんからドレスコードは聞いた?」

 

「ん? 聞いてないぞ。言ってくれれば持ってきたのに」

 

「やっぱりね~。じゃ、ドレスとスーツも買っていこうか」

 

「え、スーツなんて着たこと無いけど……」

 

「そう肩肘張らなくてもいいよ~。中学校とかの制服だと思えば違和感ないと思うよ?」

 

「コイツの言っているのはパーティー用のフォーマルスーツだ。タキシードとかその類のな」

 

「あぁ~、それか、大体イメージ出来たぞ。俺が着るのか……」

 

「いっくん体格いいし、似合うと思うよ~?」

 

そう言いながらするすると車を走らせる束、幾分余裕が見える。片手でナビをいじりながら後ろの2人と会話を楽しんでいる

 

 

「ちーちゃんはイブニングドレスね、昼は庭でワイワイやるけど、夜は畏まった雰囲気でワイワイやるんだって。さくちん曰『一夏くんにもこういう雰囲気を感じて欲しい』だってさ」

 

「どちらにせよワイワイやるんだな……まぁ、一夏がこういった場を経験するのもいいことだろう」

 

「あぁ、まだ明日の夜だっていうのに緊張してきた……知り合いばかりだとは言ってもシャルロットもセシリアもそういうの慣れてそうだしなぁ」

 

「だろうな、オルコットもウォルコット、紛らわしいな、デュノアも家がそういったことに近いからな」

 

「まぁ、どうせ知り合いばっかりだしマナーのお勉強、くらいな感じでいいよ~」

 

市街地を走ること数十分、観光都市らしく古い町並みが並ぶ中で路肩に車を停めた

 

 

「じゃ、まずは服だね。パパっと買っちゃおうか」

 

「そうだな。行くぞ」

 

「お、おう」

 

異国の地でいきなりわけのわからぬ言葉を喋る3人にいろいろなジャケットやパンツをあてがわれ、色々と試着するうちに何処か諦めが付いたのか着せ替え人形と化す一夏。いつの間にかクラークの手には数着のスーツが重なっていた

 

 

「じゃ、基本に忠実にコレでいいね。ちーちゃんも決めた?」

 

「ああ、これにしよう」

 

千冬は黒いディナードレスを選んで持って来た。千冬らしく無用な装飾のないコレもまたシンプルなデザインだ。

束はうんうん、と頷くと会計を済ませて車にそれらを積み込んだ

 

その後も酒を買い、軽食を買い、国境を超えてフュルステンベルクの屋敷に付いたのは夜の8時だった。

 

 

「ここか、立派な屋敷だな」

 

「こんな映画に出てきそうな屋敷って実在するんだな……」

 

「ま、つったってないで中入っちゃって~、荷物は後で部屋においておくからさ」

 

束に促されるまま屋敷に入った2人は櫻や紫苑から熱烈な歓迎を受けた。だが、あくまで本番は明日、夕飯での積もる話もそこそこに2人はあてがわれた部屋で死んだように眠った。

 

 

 

-----------------------------

 

 

夕暮れ時のスイスはホルン、とあるホテルの一室で楯無達4人は明日の予定を再確認していた。

やはり4人のネックはドレスコード。普通の夏休みを過ごすつもりで居た高校生がパーティードレスなんて持っているわけもなく、とりあえずレンタルで済ませようかと考えていた

 

 

「う~ん、小さい町だからそういうお店も無いのね」

 

「一回チューリッヒに出るしか無いでしょうか?」

 

「簪ちゃん、櫻ちゃんに聞いてみてよ、どこかでドレス調達できないかな?」

 

「え、今櫻さんと電話してるから聞いてみる。うん、お姉ちゃんがね――」

 

「コレでなんとかなりそうね」

 

「天草さん、でしたか? かなり信用しているようですね」

 

「そりゃね、あの子は立派よ? 私よりずっといい子だわ。ISの腕以外なら負けちゃうかもね」

 

「まだ会ったことがありませんから、楽しみにしておきますね」

 

「お姉ちゃん、コンスタンツ駅の近くにそういうの貸してくれるお店があるって、それか櫻さんの家にあるもので。ってどうする?」

 

「さすがにそこまで迷惑かけられないから借りて行くわ、インフォーマルでいいのかしら?」

 

「ちょっと待ってね。うん、借りて行くよ。インフォーマルでいいの? あぁ、なるほどね。伝えるよ。――フォーマル以上だってさ。織斑君にパーティーマナーを学ばせたいからって」

 

「じゃ、明日すこし早めに出てそこに行きましょう。詳しいこと聞いておいてね」

 

簪が頷いて返すと楯無がふと、何か思いついたように口を開いた

 

 

「そういえば、ドイツって16からビールやワインが飲めるのよね?」

 

「やめてくださいよ?」

 

「いいじゃない、日本じゃ飲めないんだし~」

 

「場をわきまえてくださいね。明日は誰が居るのかわかりませんから」

 

「まぁ、織斑先生もいるしね」

 

織斑先生、という存在は学園の生徒にとってかなりの物であるらしく、すこし残念に思いつつもベッドに倒れ込んだ。

虚の隣のベッドではすでに本音が寝息を立てている。

 

 

「明日はお昼に庭でバーベキューみたいにワイワイやって、夜はディナーパーティーだってさ。最後に『簪ちゃんは踊れる?』って聞かれたんだけど、これってそういう意味だよね……」

 

「映画のワンシーンさながらのパーティーでもやるのかしら? 虚ちゃんは踊れる?」

 

「え、私ですか? 知識も経験もありませんよ」

 

「だよね~、まぁ、私達も半分お勉強な感じで行きましょ」

 

「そうですね」「だよね~」

 

「それで、ドレスはコンスタンツ=フュルステンベルク駅の近くで貸してくれるお店があるって。櫻さんの家まではタクシーで。行き先はウニヴェルジテーツシュトラーゼ(Universitätsstraße)74082って言えば通じるってさ」

 

「うに……なんだって?」

 

「ウニヴェルジテーツシュトラーゼ。通りの名前だね。それで、電車はすぐそこのホルン駅から、特急に乗れれば1時間半くらいで着くみたい」

 

よくわからないから簪ちゃんに任せる。と楯無が丸投げし、虚に呆れられつつも簪は路線図とにらめっこしながらルートを調べていた

その後も簪はパスポートを確認しに来た時のやりとりからなにからを櫻から言われたとおりに虚や楯無に伝え、水を一杯飲むとそのまま寝てしまった

 

年長組はその後、ガイドブックを見ながら必要になりそうなドイツ語での会話を学んでいた

 

 

「やっぱりドイツ語は難しいわ、発音が独特すぎるのよ」

 

「ですが少しは話せないと。まぁ、国境なら英語が通じるでしょうけど」

 

「だといいんだけどなぁ。明日は7時に出るんだっけ?」

 

「そうですね、逃すと1時間後らしいのでくれぐれも寝坊しないでくださいね」

 

「わかってるわよ。じゃ、もう寝るわ。おやすみ」

 

「おやすみなさい、お嬢様」




年内最後ですね。
すごく半端なところですが、話はまだまだ。原作だと3巻4巻。暁の方ではすでに7巻を終えてオリジナル展開まで入ってます。
これからも期待せずに気長にお楽しみいただければ幸いです。

それでは、良いお年を。



って書いてるのは12月の15日だったりします。


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千冬とラウラ

当日の早朝、千冬は時差ボケがまだ残っているのか妙に覚めた頭で窓の外を眺めると朝霧の木々の合間からボーデン湖が見える。

日本のように家々が立ち並ぶ風景に見慣れた彼女にはドキュメンタリーでしか見たことのない風景が広がることに少し感動を覚えた

 

窓から裏庭を見下ろすと、森のなかにあるべきではない物(マンターゲット)や花壇をぶち壊すもの(カタパルト)が見えたが目をつぶった。

 

――少し歩くか

 

ジャケットを羽織って部屋を出ると少しひんやりとした空気に震える

薄暗く長い廊下を抜け、広い階段を降りてエントランスホールに出ると後ろから声を掛けられた

 

「織斑先生」

 

「ラウラか、おはよう。早いな」

 

「毎朝この時間に起きて少し走ってますから。先生は散歩ですか?」

 

「まぁ、そんなところだな。あと、ここは学校じゃないから好きに呼べ。こっちも気が抜きたいんだ」

 

「いきなりそう言われても……、やはり織斑先生は私の教官であり、先生ですから」

 

「赴任したばかりの時にチフユーと呼び捨てたのはどいつだったかな」

 

「あれは自分の無知故と言うか……」

 

「まぁ、無理にとは言わないが、休みくらい気を抜け」

 

「はい。湖まで一緒に歩きませんか?」

 

「そうだな。道は頼むぞ」

 

「ええ、お任せください」

 

久しぶりにゆっくりと話せた2人は話題も尽きず、通りを抜けて湖のほとりまでずっと話し続けていた

ラウラも懐かしい感覚が呼び起こされたのか、いつの間にか教官、と呼ぶようになり口もよく回っていた

 

 

「今の生活にも慣れたか?」

 

「そうですね、まだデスクワークはあまりしたことはありませんが、周囲の人間関係もいいですし、だいぶ過ごしやすいです」

 

「お前の口から人間関係、なんて言葉が出てくるなんてな。これも成長の証と受け取ろう」

 

「これも教官や櫻のおかげです。よく悩め、と言われたから自分なりに悩みました。その結果として今の自分があります。良い友人や上司や部下に囲まれ、とても充実していますから」

 

「だろうな。合宿辺りからとても落ち着いているからな。自分が誰で何がしたいか、輪郭がつかめてきたのだろう? まだまだ悩む時間はある。ゆっくり考えろ」

 

桟橋に腰掛けゆっくりと話す2人は教官と部下というよりも仲の良い姉妹のように見えた。

朝靄が水面に浮かぶ湖を眺めて何か一つ、自分の今を見つめなおすことで何かを掴んだようなラウラ。千冬は自信の教え子の成長を実感したようだ。自分が教えそこねたことを自身の力で身につけつつある彼女を見て、頭の片隅に残った不安は消え去った

 

 

「よし、軽くなにか食べて戻るか。そこのカフェでいいな」

 

「ええ。あそこのブレートヒェンは種類も多くて美味しいですよ」

 

「ほう、楽しみだ」

 

 

オープンテラスの席で少し大きめのミルヒブレートヒェンを少しずつちぎって食べるラウラを千冬は自然と撫でていた、くすぐったそうに首をすくめつつ抵抗の意を露わにする

 

 

「どうしたんですか? くすぐったいのですが」

 

「あぁ、すまん。リスやハムスターっぽくてつい、な」

 

「はぁ……」

 

「櫻にこういうことされたりはしないのか? アイツも可愛いものには目がないんだが」

 

「櫻はそうでもありませんがシャルロットが……」

 

「ん? 意外……でも無いか、なにかされたか?」

 

「大したことでは無いんですが、お揃いの猫の着ぐるみパジャマを買ってきてそれを着て一緒に……」

 

ちなみにpetit animals製だ。本音のパジャマに興味をもったシャルロットが店を聞いて買ってきたのだった。

 

 

「ははっ、それは面白い、今度写真でも見せてもらおう。お前がそんな、猫の着ぐるみパジャマなんて、くくっ」

 

「笑いすぎですっ。まぁ、あまり嫌じゃないですけど……」

 

「いや、本当にドイツの冷水は何処に行ったんだろうな、ふふっ」

 

「んなっ、帰りますよ、教官っ!」

 

ブレートヒェンを手に席を立つラウラをコーヒーを流しこんだ千冬が追う、いつもお固い2人が見せないであろう光景だが、誰も見ることは無かった




あけましておめでとうございます。
年明け最初のお話は季節感もクソもない真夏のドイツでのお話。
ブラックラビッ党の私としてはちっちゃかわいいラウラかわいいよラウラ。

何ってるかわからないがソレくらい可愛い。


なんにせよ、今年もよろしくお願いします。


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さらしきさんち

時刻は7時40分、ホルンに泊まっていた更識一行はすでに駅で電車を待っていた

駅の辺りには白い壁の建物が並び、いかにもヨーロッパの都市郊外という雰囲気だ

 

 

「なんか、世◯の車窓からで見たような駅ね」

 

「田舎の駅、ってかんじですかね? こぢんまりしてて素敵じゃないですか」

 

「ふぁぁぁ」

 

「あ、電車来た」

 

日本の電車とは似つかないデザインの電車がプラットフォームに滑りこむ。

 

ヴァインフェルデン(Weinfelden)行き、コレだね」

 

行き先を確認して乗り込むと車内は若干の混雑を見せていた。

事前に手配したチケット通りに2等客車の席につく

 

 

「これで終点まで、そこから急行に乗り換えてコンスタンツ中央駅へ行くよ」

 

「う~、眠む~」

 

「終点までだから寝てていいよ?」

 

まだねむい目をこする本音に簪が天使のささやきを送るとあっさりと堕ちた

 

 

「今日は何処に泊まろうかしら? コンスタンツなら結構ホテルとかありそうね」

 

「そうですね、観光地ですし」

 

こんな会話から想像がつくだろうが、基本的に彼女らのスイス紀行は行き当たりばったりである。目的といえば「ヨーロッパのきれいな風景と美味しいもの by本音」であり、ぱっと目的地として思い浮かんだ――というよりもネットで調べて目についたところだった――コンスタンツ湖までやってきたのだ。

ネットの地図を頼りに評判の良かったホテルに泊まり、美しい風景と美味しい魚料理を食べて満足していた、次の目的地は特に無い

 

 

「でもそろそろ山とか行きたいわね」

 

「スイスアルプスですか、美しい風景で有名ですね」

 

「私はこのままドイツ入りして工場見学とか……」

 

「う~ん、それもまた面白そうだねぇ、どうしよっか」

 

「ドイツの古城めぐりとかはどうでしょう?」

 

「「それだ」」

 

ドイツの美しい風景を見ながら古城を散策し、時には古城に泊まる。ある意味定番ではあるが、とても気分にひたれるだろう

虚が携帯を楯無と簪に見せながら

 

 

「ロマンティック街道なんてどうでしょう? 定番ルートではありますが、バイエルンを南北に370kmほどです。観光バスもあるみたいですし、いいんじゃないですか?」

 

「決まりだね。じゃ、明日はシュトゥットガルトに出て、有名なところを回ったら東に向かってロマンティック街道に合流かな?」

 

「大移動ですね、1日でロマンティック街道まで行けるでしょうか?」

 

「その時はシュトゥットガルトで一泊だね。そしたらゆっくり見られるしそうしよっか」

 

「焦る必要もないですし、そうしましょう」

 

「決定っ! 簪ちゃんも満足できるし、いいよね」

 

「もちろん。シュトゥットガルトは商工業都市、特に自動車産業は有名だからね。ポルシェやメルセデスの博物館もあるから行きたい」

 

「目的地決定! 大都市だし、電車で行けるよね」

 

「多分大丈夫でしょう。距離はあるので時間は掛かりそうですが」

 

 

その後もヴァインフェルデンで乗り継ぎ30分、コンスタンツ中央駅に着いた。ここからは各駅停車で数駅だ。

本音を揺さぶって起こし、電車を降りるとすぐ向こうにドイツ国鉄の電車が見えた

 

 

「あれ? もっと仰々しい税関とかあると思ったんだけどなぁ」

 

「シェンゲン協定に入ってますから、国境審査が無いんですよ。社会科で習いませんでしたか?」

 

「スイスがEUに入ってないっていうのしか覚えてないなぁ」

 

「お姉ちゃん、これ中学の範囲……」

 

しかし、結構大きいこのコンスタンツ中央駅、止まっている電車の数も多い。どれに乗るべきなのか迷っていると本音が駅員らしき人に話しかけていた

 

 

「Ich möchte nach Fürstenberg zu gehen, aber sollte ich auf jedem Zug zu bekommen?(フュルステンベルクに行きたいんですけど、どの電車に乗ればいいですか?)」

 

「Wenn Sie auf den Bus zu gehen, anstatt 's Zug ist gut. 7. Bushaltestelle(電車じゃなくてバスに乗って行くといいよ。7つ目だ)」

 

「Danke(ありがと)」

 

本音のドイツ語力に驚く3人を他所に、パタパタと駆け寄って成果を報告する。

 

 

「電車じゃなくてバスだって~。7つ目のバス停って言ってたよ~」

 

「本音、いつの間にドイツ語話せるようになったの?」

 

「さくさくにちょっと教わったんだ~」

 

「詳しくは聞かないけど、バスにのるんだね?」

 

「そうだよ~、ターミナルは駅前だって」

 

本音の案内に付いて改札を抜けて駅前に出ると中世の趣というか、まるで映画のセットのような風景が広がっていた。

だが、すでに時刻は9時に近い。ゆっくり観光したいが、諦めてバス停を探す

 

 

「本音、どれ?」

 

「2番のバス~」

 

「アレじゃない?」

 

荷物を持ってバスに乗り、席につくとしばらくして発車した。

簪は櫻にコンスタンツ中央駅に付いたとメールを送ると、コンスタンツ=フュルステンベルクに家の人を迎えに行かせると言ってくれた。ついでに紹介した店にも連れて行ってくれるという。ありがたい限りだった

 

バスに揺られて10分ほど、フュルステンベルクの停留所で降りると一人の男性に声を掛けられた

 

 

「更識様でしょうか?」

 

「はい、そうですけど……?」

 

「私、フュルステンベルク家に仕えるハインリッヒと申します。皆様の案内をさせていただきます」

 

「あぁ、お世話になります。私は更識楯無、こっちは妹の簪です。後ろは使用人の布仏虚と本音。よろしくお願いします」

 

「いえ、そんなかしこまらなくても結構です。では最初にドレスの手配でしたね。こちらです。先に荷物を置きに行きましょうか?」

 

「大丈夫です」

 

ハインリッヒの案内でやってきた駅前の小さなビル。1階のメゾンには様々なアイテムが並んでいた。

店主と手短に話したハインリッヒに呼ばれ、店の奥に入るとラックに掛けられたドレスが壁を埋めていた。

 

 

「どうぞ、お好きなモノをお選びください。お嬢様から伺っているとは思いますが、ディナードレスやイブニングドレスからお願い致します」

 

あっけにとられつつも、4人はドレス選びを始めた。知識や経験がないわけでは無いためか、一夏のように色々と時間を掛けること無く全員が飾り気のないディナードレスを選びとった。

楯無は水色のストラップレス、簪は白いホルターネックのシフォンドレスを選びとり、かぶらせずに済ませた。

虚と本音はどちらも暗色のストラップのあるものを選んで公の場での更識との関係を明確にする。

 

一応ハインリッヒに確認を取り、皆様お似合いです。との言葉をもらってからそれぞれのものを決めた。

ドレスをケースにしまうとハインリッヒがそれらを持って店を出ようというところで楯無が財布を取り出すと、店主に首を振られ、ハインリッヒに「支払いはもう済んでいますよ」と言われて櫻が出したのだと理解した。

 

 

「あの、コレって……まさか」

 

「ええ、お嬢様が適当に買っちゃいなさい、と」

 

「ご迷惑をお掛けします」

 

「私はお嬢様に言われた通り、皆様にドレスを選んで頂いただけです。そのようなお気持ちは胸中に収めておいてください」

 

「櫻ちゃんには頭が上がりませんね」

 

「良くも悪くも我が道を行くのがお嬢様ですから。振り回されるという言葉が近いのでしょうが、お嬢様に付き合ってくださるご学友が居るのはとても嬉しく思います。あぁ、その車です」

 

車に荷物を積み込むと4人と執事はフュルステンベルクの屋敷に向かった

町を抜け、森に入ると何もないようなところで曲がった。そのまま石畳の道を進むと広い庭を持つ大きな屋敷が目に入った

 

 

「おっきいお屋敷~、アレがさくさくのお家なの?」

 

「左様で、フュルステンベルクの別邸です。お荷物は我々で部屋にお持ちいたしますので皆様は食堂へ」

 

正面に車を停めると待っていたメイドがそっとドアを開けた。小さく会釈して降りる楯無や簪と対照的に、ぴょんと飛び降りると辺りを見回す本音。虚が黙って手を引いた

 

大きなドアを抜け、エントランスホールに入ると櫻とラウラ、シャルロットとセシリアが待っていた。

 

 

「いらっしゃい、待ってたよ」



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思い出話とISいじり

参加者名簿

Host
天草櫻、ラウラ・ボーデヴィッヒ
天草紫苑、篠ノ之束、クロエ・クロニクル


Guest 
織斑千冬、織斑一夏
リリウム・ウォルコット、シャルロット・D・ウォルコット、セシリア・オルコット
更識楯無、更識簪、布仏虚、布仏本音
ルイーゼ・ヴァイツゼッカー


待っていた櫻に案内され、食堂に入ると大人たちがそれぞれ会話に花を咲かせているところだった。

千冬に気づいた楯無が苦い顔をする。客人に気づいた紫苑が声を掛けるまで4人は入り口に立っていた。

 

 

「あら、いらっしゃい。今日は楽しんでいってね」

 

「お、お世話になります。IS学園2年の更識楯無といいます」

 

「同じく1年の更識簪です。櫻さんにはお世話になっています」

 

「3年の布仏虚ともうします。本日はお招きいただきありがとうございます」

 

「あっ、え~っと。1年の布仏本音です、よろしくお願いします」

 

4人をニヤニヤしながら見つめる櫻を楯無と簪がひと睨みし、笑いをこらえるシャルロットと一夏を見た本音は頬をふくらませていた

 

 

「あんまり堅苦しくしないでいいわよ、普通にお友達の家でみんなでご飯を食べるだけだから。まぁ、座って、何か飲み物を出すわね」

 

千冬までもが少しニヤけていたが、さすがに鬼に触れる気もなく、諦めて4人は席についた

 

 

「早くもお疲れのようだな、更識。まぁ、ゆっく――「あ-っ! 君は合宿の時の着ぐるみの子だね~! 強烈なインパクトだったからよく覚えてるよ!」

 

「えっ、えっ。そ、その、篠ノ之博士?」

 

「そんなよそよそしくしなくてもいいよ、のほほんちゃんだっけ? こっちおいで! 一緒に飲みながらお話しようよ!」

 

かっ飛ばす束にさすがの本音もついていけずに櫻に目線で助けを求めるが、にっこりと笑い返されるだけ。愕然とする本音を束が捉え、「おっぱい大きいね、着痩せするタイプ?」などと聞きながら千冬との間に座らせた

 

ちょうどメイドが楯無達の分のジュースを持って現れ、櫻の隣の簪に、反対に座る一夏の隣の楯無と虚にコースターとオレンジジュースで満たされたグラスを配ると本音の前にも置いた。これでしばらくは逃げられない

 

 

「いやぁ、君とは話が合いそうだなぁって思ってたんだ。ちーちゃん、この娘どんな娘なの?」

 

「ほら、束、ペースを落とせ、布仏も困ってるだろ」

 

「せ、せんせ~助けて~」

 

「すまんな、しばらくそいつのおもちゃ……話し相手になってくれ」

 

「おもちゃって言った! 今おもちゃって言った!」

 

「ごめんねぇのほほんちゃん。困らせるつもりはなかったんだよ?」

 

「えっと、その。困ってるっていうか緊張するっていうか……」

 

「そんな緊張することないよ~。束さんだって人間だから意思の疎通もできるしさ」

 

「そ、そうですけど。目の前に居るのは博士と織斑先生だし……」

 

「今はオフだぞ? そんなに気を使わなくてもいいだろう。それにそいつの扱いは大体櫻と同じだ」

 

「ふぇ? 博士とさくさくって似てるんですか?」

 

「もう10年か? 束と櫻は一緒に居るからな。束のいいとこ悪いとこ……悪いところのほうが多いか。そっくり写ってしまってな」

 

紫苑と千冬が目配せして櫻に温かい目線を向けたが、本人は目を泳がせていた

 

 

「もう10年も経つの? 早いなぁ」

 

「さくさくのちっちゃい頃の話聞きたい、かな~?」

 

「は、話しちゃ駄目だからね! ムッティも!」

 

部屋中が束に注目している中、「うわぁあぁぁああ!」と叫ぶ櫻を他所に束が語りだした

 

 

「いやぁ、初めて会った時は何だこのクソ生意気なガキンチョは、って思ったよ。でも上手く言いくるめられちゃってね。気がついたら一緒にISを作ってたなぁ」

 

「おい、ソレはこの場で言ったら……」

 

「櫻さんもISの開発に携わっていましたの?」

 

「もう遅いね。そうだよ。さくちんとちーちゃんと、ママさんもかな? 4人でISを作ってたんだ」

 

「私は時々差し入れしたり、普通に娘達の面倒を見ていただけなんだけどね」

 

「でもママさんにもいっぱいお世話になってるしね。そうだ、ソレで、ISを4人で作ってたんだよ。始めてのISが完成した時は時間も忘れて真っ先にちーちゃんに電話してさ、ちーちゃんもその頃は高校生だったから、ちょうどお昼だっけ? 学校にいた時にかけちゃって、その後さくちんとお説教されたなぁ」

 

「千冬姉が帰り遅くなってたのはこのせいだったのか。いまさら納得だな」

 

「あの頃は楽しかったんだ。始めて飛んだ時の感覚はまだ忘れられないな」

 

「千冬さんはあっという間に感覚を掴みましたからね。本当に昔から人が――人並み外れてましたから」

 

「櫻、後で覚えておけ」

 

「それっていつのことなんですか?」

 

「秋頃だったか?」

 

「そうだね。そこから2号機も完成させていろんな実験を重ねて、やっと白騎士が完璧になったんだ。多分あの時のちーちゃんはコアの能力を6割は使ってたね」

 

「博士、稼働率が60%っていうのとは違いますよね?」

 

「お、目の付け所がいいね。確か君はさくちんと一緒にISを作った娘かな? 聞いてるよ」

 

手元のアイスティーを一口飲むと一つ息を吐いて「ちょっとむずかしい話だけど」と前置きして始めた

 

 

「稼働率って言うのは、自分たちが組み上げたシステムがどれだけ動いてるかを示す値だよね? でも実際のコアの使用率って言うのはあんまり高くないんだよ。多分君たちの持ってる第3世代って呼ばれてるのでも良くて20だね。コアの使用率が上がればそれだけ大量の情報やエネルギーを扱えるようになるんだけど、それと同時に操縦者に掛かる負担も大きくなる。今はまだ技術が追いつかないから20%しか使えてないんだろうけど、知らないうちに上げていくと操縦者が発狂したりしちゃうかもね」

 

「博士は今どれだけの能力を開放させることに成功しているんでしょうか?」

 

「う~ん。ちーちゃん、言っちゃっていい?」

 

「はぁ、どうせ喋るんだろう?」

 

「まぁね。今扱いきれるのは大体6割くらいかな。さくちんのISでやってるから感想とかはさくちんに聞いてね。それで、コアに操縦者が耐え切れずのおかしくなっちゃったらどうなるか。じゃ、そこのお姉さんっぽいメガネの娘、どうなると思う?」

 

「暴走、でしょうか?」

 

「まぁ、そうだね。もっと言うと操縦者がISに飲み込まれるんだ。もうこうなったら手のつけようが無い」

 

開発者が語るISの知られざる面にその場の誰もが息を呑んだ

いくら意思を持つと言われるISコアでもまさか操縦者を飲み込むなどとは思っても見なかっただろう

 

 

「まぁ、小難しい話はこのへんにして、どこまで話したっけ? 白騎士のデモは話した?」

 

「デモ?」

 

「うん、デモンストレーション。ミサイルいっぱい落としたでしょ?」

 

「「「「「「「「白騎士事件か!」」」」」」」」

 

「世間はそう呼んでるみたいだね。アレもコアの能力をギリギリまで上げて莫大なエネルギーを使って飛び回ったからあんな真似ができたんだよ? まぁ、さくちんにも少し手伝ってもらったけど」

 

「10年前から櫻はISに乗ってるってことですか?」

 

「そだよ~。ぽっと出の代表なんかよりずっと乗ってるね~」

 

「櫻、こんど俺にISの操縦を教えてく――「一夏さん?」

 

一夏に突き刺さる視線の先にはもちろんセシリア。その目は「私では不満でも?」と語っていた。

これ以上大事にするのも面倒、それを察したのかただ単に面倒なのか、櫻はあっさりと「嫌」で片付けた

 

 

「しかしまぁ、なんだ。櫻が自分の教え子になるとは思ってもいなかったな。本当、お前は何しに学園に来たんだ?」

 

「だから前にも言いましたよね。趣味ですよ、趣味。あとは世界の第3世代機をフルボッコにしてやろうかと思ってましたが、やっぱりノブレスオブリージュだけだと辛いですね」

 

趣味で世界唯一のIS操縦者及び技術者育成機関に入る櫻に前に聞いていたセシリアもまた呆れた顔を向けた。

 

 

「そうだ、千冬ちゃん、櫻に先生でもやらせたらどうかしら? 私が言うと親バカっぽいけど、櫻はもうISに関しては束ちゃんに次ぐレベルだと思うのよ」

 

親バカなんてとんでもない。ここまでの話を聞いてしまえば頷かざるを得ないだろう。

とテーブルを囲む面々は思っても口には出さない

 

「ん~、そうですけど、簡単にハイとは言えませんね。まぁ、私が事情で空ける時くらいは頼もうかと思いますけど」

 

「まぁ、仕方ないわね。半分冗談だし…………束ちゃんが講師として行ったりしたら面白くなりそうね」

 

「やめてくださいよ、紫苑さん。私の胃が持ちません」

 

「ちーちゃん酷いよ! 束さんは真面目なときは真面目だもん!」

 

「不真面目な時間が多いんだろうが……」

 

「なんか織斑先生と篠ノ之博士って――」

 

「――夫婦みたいですね」

 

思わず楯無と簪が思ったことを口に出すと千冬がジロりと視線を向けて「貴様ら、ソレ以上言ったらどうなるか解るな」と目で語った

 

 

「まぁ、そろそろお話も飽きてきたし、IS見せてよ! みんな専用機もってるんでしょ?」

 

「ですが、幾ら博士といえどそう簡単には……」

 

「んじゃぁ、メンテナンスノートに束さんのサインをつけちゃう!」

 

コレが意味するのはもちろん、束印のISになる、ということ。束の技術を少しでも盗みたい世界各国は諸手を上げて喜ぶだろう

 

 

「それなら出すしか無いわね。簪ちゃんもお姉ちゃんに自慢の打鉄、見せてよ」

 

「もちろん。博士、お願いできますか?」

 

「もちのロンだよ~。じゃ、裏庭に出ようか。ちょっと準備があるから先に行ってて。さくちん」

 

私達は待ってるわね~と言う紫苑とリリウムを残し、ぞろぞろと裏庭に出て行くと美しい庭園が広がる。

 

 

「きれいなお庭だね」

 

「洋風庭園もやっぱりいいわね」

 

「らうらう~、あの的はなに?」

 

「アレは射撃用の的だな。この前櫻が作ったんだ」

 

片隅に置かれたテーブルにはセシリアと千冬が着き、ワイワイとした風景を眺めていた

数分もすると何かの駆動音が響き始める

 

 

「なんだ? 機械の音がするけど」

 

ガンっ、と一つ、何かがぶつかったような音とともに花壇が割れた。

突然庭に大穴が空き、空調の音を響かせ続ける

 

 

「エレベーターシャフト、みたいだね」

 

「なにか来るよ!」

 

モーターの音を響かせて下から籠が登ってくる。

また大きな音を立てて地上に現れたソレは合宿の時に見た移動式のラボに似た設備だった

 

 

「さぁさぁ、束さんとさくちんのメンテナンス講座のはじまりはじまり~」

 

「これは講義でしたの……」

 

 

まずは簪。打鉄弐式をISスーツごと展開すると櫻が手早くコード類をつなげていく

画面を流れる数値を見ているのが見ていないのか、束は微動だにしない

 

 

「ふむぅ、全体的にいい出来だね。ところどころさくちんの書き方でソースコードが書かれてるけど、ほとんどは君が一人でやったみたいだね、すごいよ。ん? 武装制御のコードはまた書き方が違うね。誰だい?」

 

「は~い、私で~す」

 

手を挙げてぴょんぴょんと跳ぶ本音。束が手招きをすると真横に着いた

 

 

「基本的にはいいけど、コレって実際は1/3くらいしか当ててないよね? 多分さくちんの入れ知恵だろうけど、全部当てたくない?」

 

「え? 出来るの?」

 

「もちろん。さくちんがこうしたのには理由がありそうだけど、コードだけなら書いたんじゃないの? ここを直すだけだし」

 

「あぁ、そこは前に全弾ターゲット追尾の設定で書いてたんですけど~、そうするとFCSが落ちちゃうんですよ~」

 

「なるほどねぇ、なら仕方ないなぁ。FCSは~。コイツか。あぁ、確かにちょっとスペック不足だね」

 

在庫あったかなぁ、と端末をにらみ始めた束がFCSの在庫を見つけ、無事に山嵐の改良を行ってメンテナンスノートに電子署名を残すと簪は楯無のもとに向かった

 

 

「はい、次の方~」

 

「は、はい。お願いしますわ」

 

「お、イギリスの娘だね。合宿の時は見れなかったからね~」

 

再び櫻がコードを繋いで束が画面を睨む。時々にやけているように見えるがどういう意味かはわからない

 

 

「さて、この機体はBT兵器の実証機みたいだね。ソースコードはグッチャグチャだしメインのBT系の回路も酷い。ちょっと数十分じゃ終わりそうに無いからコレはお預かりの上入院だね、それでもいいかい?」

 

「そ、そうですか。お願いします……」

 

ブルーティアーズを量子化せずに機体から降りると落胆がありありと見えるままホールに消えた

 

 

その後も楯無が続き、

シャルロットとその膝枕で寝ているラウラを飛ばして、次は一夏だ

 

 

「いっく~ん、次~」

 

「はいはい!」

 

「よっし、白式の中身、拝見~」

 

画面を睨む束は首をかしげたり「む~」と唸ったりして時々キーボードを叩いていた

 

 

「結論から言いましょう。私には基本的整備しか出来ませんでした」

 

「えっ、束さんですらそれだけかよ……」

 

「う~ん、やっぱりいっくんが男の子だからだと思うんだけど、マップがわけわかんなくなっててね、それで下手にいじると拗そうだから束さんは触りません。燃費やらいろいろあると思うけど、頑張ってね!」

 

「それだけっ!?」

 

「うん! はい、次!」

 

その後もシャルロット、ラウラと続いてそのままお昼ごはんと相成った。

食卓にはいつの間にかクロエとルイーゼも加わり、クロエが一夏やセシリアの視線を独り占めしつつもワイワイと食事は進んだ。

 

 

昼食が終わるとブルーティアーズの大手術がある束と櫻はラボに向かい、その他は思い思いの時間を過ごしていた。

 

芝生に寝そべる銀髪の2人も、温かい日差しの下"姉妹"でゆっくりと話しているようだ

 

 

「ラウラ」

 

「なんだ、姉さま」

 

「やっぱり私の目は恐いか?」

 

「う~ん、私はわかっているから恐怖は無いが、慣れていないと恐いと感じるかもな」

 

「そうかぁ。悲しいなぁ」

 

「私には姉さまの感じることは分からないが、今やるべきことがあるならば、それの支障とならない限りはどうでもいいことなんじゃないのか?」

 

「かなぁ? でも、織斑一夏やセシリアの目を見るとね、やっぱり傷つくと言うか……」

 

「でも、それが姉さまだから。胸を張って生きるしかないだろう? 私はそうすると決めたぞ?」

 

「そっかぁ、私も千冬さまに教えを請うかなぁ……」

 

「やっぱり2人きりだと姉さまは変わるな」

 

「気が楽だもん。いいでしょ?」

 

「まぁ、私はキリッとした姉さまも、今みたいな姉さまも好きだがな」

 

「は、恥ずかしいね」

 

「何を恥ずかしがっている。私は思った事を言っただけだぞ?」

 

「はぁ……お姉ちゃんは妹の行く末が心配だなぁ」

 

そう、クロエとラウラ。同じ施設で"作られ"全く別の人生を歩んだ2人が今この場で姉と妹として過ごしている。初めは若干の拒絶があったものの、今となってはこの有り様だ。

 

 

「ラウラ~、あっ、いたいた。クロエさんも。これからお母さんがお茶しようって言ってたからさ、よかったらどうかな?」

 

そして、シャルロットもすでにリリウムを母と呼ぶことにも慣れ、彼女の産みの母の元へも挨拶を済ませていた。それぞれが新しい道を進んでいく。それは彼女らだけではなく、地下でいそいそと作業を続ける天災達にも言えることだった。

 

 

 

「イギリス人ってなにか発想はいいけど手段がズレてるっていうか……」

 

「だね……。アンビエントはBFFが作った機体だけど、企業連の統合情報使ってるからこんなにひどいコードじゃなかったよ」

 

「ま、今はこの機体に専念だね。これを全部書き換えられるかな? How hard can it be?」

 

「Don't say that!」




最後のやりとりの元ネタは某島国の自動車番組

セシリア「Poweeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeerrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!」

リリウム L`・ω・)<Hello

シャルロット「Power is anything, more is better. だよ?」

櫻「英国面自重しろ」


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大人のマナー講座?

時刻は夜の7時、日も暮れて木々のざわめきが心なしか際立って聞こえる

 

食堂に集まった面々は皆美しいドレスやスーツに身を包み、歴史の教科書の挿絵のような雰囲気であった

 

 

「みんな揃ったね? グラスも行き届いてる。よし。じゃ、私達の素敵な友人たちに乾杯」

 

「「「「「「乾杯」」」」」」」

 

雰囲気も相まって飲み会の頭のような騒がしさはなく、小さくグラスを掲げる

もちろんグラスの中身はほのかにピンクのシャンパーニュ。揃って一口飲むと千冬が目を見開いている。気に入ったようだ

 

 

「さて、この場は一夏くんに基本的なテーブルマナーを学んでもらおう、という趣旨も含まれています。なのでこうして合間合間にみんなでそのステップは一体どういう趣旨なのか、適当に解説してもらおうと思います。食前酒も来たところでまずは席順から説明しましょうか」

 

なれない雰囲気にすこし緊張気味の一夏も、将来のため、と思ってるかはさておき、櫻に注意を向けた。他の面々も興味深げだ

 

 

「私はホスト(主人)として、長テーブルの真ん中に座っています。今回はホステス(主婦人)としてラウラに向かいに座ってもらってるね。で、主賓として来てもらってる千冬さんと一夏くんはホスト夫妻の横に座ることになるの。今回は主賓の一夏くんはホステスであるラウラの右隣り、主賓婦人の千冬さんは私の右隣りね。そうして今度は第二位の男性、まぁ、この場は一夏くん以外女の子だけどさ。をホステスの左、女性をホストの左、第三位の男性をホステスの2つ右……って順番に座っていくんだ。基本的には夫婦は隣同士や向き合って座ることが無いようにするんだ。あとは同性も隣にならないとか細かいことがあるけどまぁ、出来ないことを言っても仕方ないからスルーで。まぁ、席順はこんなところかな? 他にも様式によって色々変わるんだけど、今日はフレンチのフルコースに則って進めるからフランス式って呼ばれる長テーブルのものにしたよ。じゃ、食前酒ってなぁに? セシリア」

 

ラウラの2つ右、第三位婦人の席につくセシリアが何当然のことを、と言った面持ちで答えた

 

 

「食前酒はアルコールによって食欲を増進させたり、参加者の会話を弾ませる目的で飲まれるものですわ。なのであまり強くないスパークリングワインやカクテルを飲むことが多いようです。こんな感じでよろしかったでしょうか?」

 

「そんなんでいいよ。セシリアはお酒飲むの初めて?」

 

「いえ、今までもこのような席では時々飲むことがありましたわ。あまりお酒は強くないのですが……」

 

「まぁ、この歳でガンガン行けたらそれはそれで引くけどね。ん~、楯無先輩はどうですか? 日本じゃ飲めませんか?」

 

「まぁね。曲がりなりにも旧家だから儀式で飲むことはあれど一口二口だし、こうやってしっかり飲むのは初めてね。このシャンパン? 思ってたよりも飲みやすくて驚いたわ」

 

簪も同じようで、うんうんと頷いている。虚や本音は全くの初めてなようで、これがアルコールですか。と言いながら少しずつ中身を減らしていた

 

 

「じゃ、次はもちろん? ロッテ」

 

アミューズ・ブーシュ(小前菜)オードブル(前菜)かな? どっちもあまり量がないさっぱりしたものが多いね。どちらも前菜に変わりはないけど、アミューズ・ブーシュは一口大のオードブルで、口を楽しませる。って意味なんだ。だから志向を凝らしたものが多いね」

 

「うん、ありがと。今日は面倒なのでオードブルからね。お店に行けば選べるけど、今日はみんな同じコースで行きましょう。じゃ、メニュー紹介をお願い」

 

メイドが一同の前に小皿に少量が美しく盛られたサラダが置いた。

一糸乱れぬタイミングでそのまま一礼し去っていく姿は軍のようでもあった

 

そして櫻の後ろで燕尾服を着たハインリッヒが今日のメニューを読み上げる

 

 

「前菜は夏野菜のサラダ、レモンドレッシングでお召し上がりください。スープはかぼちゃの冷製ポタージュ。魚料理はロイヒャーアールのグリル、グリーンハーブソースを添えて。お口直しにレモンのグラニテを。そして肉料理はシュバイネハクセをご用意いたしました。最後にお口直しのチーズ、フルーツ、デザートと続きます」

 

ラストの甘味をごまかすところが乙女心をわかっている。

分かる人にはわかってしまいそうだがこの流れ的にあまり重いデザートは無いだろう

 

 

「えっと幾つか聞いてもいいですか?」

 

はい、と手を挙げて一夏がハインリッヒに問いかける

 

 

「魚料理と肉料理、もっと詳しく言うとなんですか?」

 

「ロイヒャーアールはうなぎの燻製、シュバイネハクセは豚の足をローストしたものでございます。どちらもドイツ料理ですので織斑様も見たことがないものかと。お楽しみいただければ幸いです」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

そして一礼し、去っていく姿はとても美しく、一夏は年取ったらあんななおじさまになりたいなぁと少し思った

 

 

「じゃ、ここで再びクエスチョーン。コレは有名な話だから一夏くんに聞いてみよう。テーブルにズラリと並んだ食器、これカトラリーって呼んだりするんだけど、どういう順番で使うか位はしってるよね?」

 

「それくらいはテレビでやってたから知ってるさ。外側から順番に使うんだろ?」

 

「うん、正解。大体わかってるみたいだし、特に気負わなくていいからね。じゃ、頂こうか」

 

待ちくたびれた、とでも言うように本音がいい勢いでサラダを平らげる。それも一切音を立てずに食べてしまうからなんとも言えない。

一夏は落ち着いて普通にフォークを使って口に運んでいる。ある程度の知識はあるようで、できるだけ静かに、というのが伝わってくる

 

数分の後に全員が前菜を食べ終えてフォークを皿に置いた。櫻が周囲を見回して少し笑うと部屋の隅にいたハインリッヒにアイコンタクトをとって次の料理を持ってこさせる。

 

 

「さて、前菜はどうだったかな? 一夏くんもある程度の知識はあるっぽいから食事中には何も言わなくて平気そうだね。それにしても、本音。もうちょっとお行儀よくというか……」

 

「さくさくの話が長いから待ちくたびれちゃったんだよ~。おぉ、美味しそ~」

 

話している間に次のスープがやってくる。夏にピッタリの涼しげなかぼちゃのポタージュ。またしても本音がいきなりスプーンを突っ込んだ

櫻も呆れつつ一口。ふんわりとかぼちゃの甘味が広がる。

 

その後も特に問題なく進み、魚料理、口直し、肉料理とすべて美味しく頂いた。虚や簪はかなりつらそうではあるが……

 

テーブルが片付けられる中で本日何度目かのクエスチョン

 

 

「そういえば、口直しでデザートやチーズが出たけど、コレってなんでアイスだったりチーズだったりするのかな? 別に他のものでも良さそうじゃん? じゃ、簪ちゃん、教えて~」

 

「た、多分、味覚のリセットにはさっぱりした味の物がいいから、じゃないかなぁ?」

 

「まぁ、そうだね。魚料理と肉料理の間のソルベやグラニテには口をリセット以外にも胃液の分泌を促す効果もあるらしいよ」

 

と言っている間にテーブルが整理され、チーズとワインが出てきた。

なんだかんだで本日3~4杯目のワインに簪と虚は泣きそうだ

 

 

「ハインリッヒ、簪ちゃんと布仏先輩にはノンアルコールで何か出してあげて」

 

「かしこまりました」

 

「櫻さん、ありがとね」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

そしてチーズとワインが出揃うとハインリッヒが「お口直しのカッテージチーズのコンフィテューレ添えとワインでございます。すべてイギリス産のものを使っております」と言って去っていった

 

デザート感覚でチーズを頂く。チーズの酸味にいちごの甘酸っぱさが乗っかり、それを甘口のワインで流す。

大人たちにはこの組み合わせがとてもしっくり来たようだが、まだ酒が飲めるようになって間もない欧州組とそもそも飲めない日本組にはまだ早かったようだ。櫻もなんだかんだ言っているが、正直「美味しいし、いいのかなぁ」くらいにしか思っていない

 

 

「じゃ、フルーツ、デザート行きますか~。簪ちゃん、布仏先輩、もう一息ですから」

 

「うん、デザートは別腹……」

 

「明らかにつらそうだよ……」

 

「お姉ちゃんが無理なら私が食べるから~」

 

「はいはい、出されたものは残さないから安心して」

 

そしていよいよデザート。オレンジやキウイなどさっぱり目の果実がジュレとともにカクテルグラスに入っている。見た目も爽やかで気分がいい

 

ものの数分で空にすると次にキッシュトルテがデザートとして出てきた。タルト生地の上をさくらんぼが埋め尽くす。コレがホールで出てきたらさぞ美しいだろう

 

 

「デザートのキッシュトルテです」

 

甘いものに目がないのは何処の国の女の子も同じようで、今まで黙々と食していたルイーゼやクロエも目を輝かせている。

シャルロットが一口。「ん~!!」と思わず声にならない叫びを上げる。リリウムがまたか、と言った面持ちでシャルロットを見ていた。まぁ、シャルロットが甘味好きなのは今に始まったことではない。あの様子では彼女の中でのランキング上位に食い込んだようで、一口一口を大切に食べていることからもそれが伺えた

 

本音は相変わらずパクパクと食べているが、その頬が緩みきってることから気に入ったことは明らかだ。空になった皿を恨めしそうに見ている

 

 

「櫻! コレ美味しいよ! 今まで食べてきたどんなタルトより美味しい!」

 

「気に入ったようで良かったよ~。これはハインリッヒの手作りだもんね」

 

目配せするとハインリッヒもにっこりと笑って頭を下げた

 

 

「え、これハインリッヒさんが作ったんですか? 作り方教えてもらいたい……」

 

「お気に召されたようで何よりです。レシピは、どうしましょうかね?」

 

いたずらっぽく笑うハインリッヒとそれをうっとりと眺めるシャルロット。これだけ見るとなにか危ない。

 

 

「お願いしますっ! 自分の好きなときにこの味を食べたいんです!」

 

「はぁ、ではお教えしましょう。明日のおやつに作りましょうか」

 

「やった! ありがとうございますっ!」

 

「シャルロット、いつになくハイテンションだな」

 

呆れたようにつぶやくラウラも軽く引き気味だ。同室の彼女がこんな反応をするくらいだから今の異常さがうかがい知れる

 

シャルロットを他所に、櫻は一夏に今日の感想を聞いてみた

 

 

「一夏くん、形式張った食事、どうだった?」

 

「そうだなぁ、今日は周りが知り合いだらけだったからそんなに緊張しなくて済んだけど、そうじゃなかったらどうなるだろうな」

 

「まぁ、マナーとかは普通に良かったから堂々としてればいいんじゃない? 変にキョドっちゃう方が目立つからね」

 

「だな。さっきセシリアのお墨付きも貰ったし、大丈夫そうだ」

 

「うん、学生だし、大きなミスをしたってまぁ、仕方ないで済まされるよ。それまでにまた覚えればいいしね」

 

「おう、ありがとな」

 

一夏は目の前の紅茶に砂糖を入れて一口飲んだ

 

 

「さて、もう9時だけど、これからどうするの?」

 

突然の紫苑の質問に櫻は特に答えを用意していなかった

 

 

「特に決めてないよ、何かするの?」

 

「これからは大人の時間ね」

 

そう言って何処からとも無く千冬と束とリリウムとルイーゼの前にビールのボトルを置いた

そんな大人たちを見て

 

――あぁ、ただ酒が飲みたかっただけか

 

と思わざるを得なかった学生たちだった



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閑話: 大人の時間

「じゃ、賑やかなお客さんもそっちで2次会に入ったみたいだし、私達も飲みましょうか」

 

マナー講座と言う名のお食事会が終わり、大人の二次会をやると一方的に宣言した紫苑は子どもたちの退室を確認すると瓶の栓を抜いた

それにつられてリリウムや千冬も栓を抜いていく

 

 

「じゃ、かんぱ~い」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

先ほどとは打って変わって賑やかな雰囲気で始まった大人の2次会。

もちろん話す内容は……

 

 

「千冬ちゃん、今回はいろいろ迷惑をかけてごめんね。そっちも大変だったでしょ?」

 

「ええ、まぁ、簡単な仕事だったとは言えませんね。ですが、これも生徒のためですから」

 

「いつの間にか千冬ちゃんも先生ねぇ。束ちゃんも真面目にお仕事してるし、変わっていくものなのね。お母さん嬉しいやら悲しいやら……」

 

紫苑の狙っていってるのか素で言っているのかわからない言葉に千冬も苦笑いしかない

 

 

「織斑先生、こちらからもお礼申し上げるわ。ありがとう。ロロットも今までの何か枷のある環境から離れて大分楽になったんじゃないかしら。これも櫻ちゃんや先生のおかげだわ」

 

「いえ、私は櫻とウォルコット……シャルロットの言うとおりにしただけですから。それに教師である以上は生徒のために全力を尽くすべきだと考えてますので」

 

「あら、いいお言葉。先生、これからも娘をよろしくお願いしますね」

 

「はい、責任持ってお預かり致します」

 

「さっきからちーちゃんばっかりずるいよ~。私も褒めてくれたっていいじゃん!」

 

「束ちゃん、先月の事を忘れたとは言わせないわよ? あれでクビにならなかっただけマシだと思ってくれないかしら」

 

「うぅ、反省はしてるよ~。まさか制御不能になるなんて思っても見なかったから次から気をつける」

 

「覚えていろって言ったよな、束」

 

「ひっ……。つ、次はなさそうだな~」

 

視線を泳がせながらビールを煽る、そんな束の頭を瓶の底で軽く打ってから千冬も大きく一口飲んだ

 

 

「ん? これは初めて飲むものだな。紫苑さん、これは何処のビールですか?」

 

「地元のものよ。気に入ったかしら?」

 

「ええ、前に頂いたものより深みのある味と言うか、ゆっくり飲むには最適ですね」

 

「でしょ? こうやっておしゃべりしながら飲むんだからキツめのより懐深い方がいいと思って」

 

「紫苑、後で店を教えてくれ、買って帰ろう」

 

「覚えてたらね。千冬ちゃんにも送るわ」

 

「ありがとうございます」

 

「織斑先生は夏休みをとって来たのかしら?」

 

「ええ。2週間ほどしっかりと取ってきました」

 

「やっぱり日本にあると労働環境も日本の気質なのかしら? お休みとかは取りづらいでしょ?」

 

「そうですね。あとはやはり職業柄、こういった長期休暇以外に休みは取れませんね。まぁ、休む暇など無いんですが」

 

「千冬ちゃんも大変ねぇ、ウチに転職しない?」

 

「あら、ブリュンヒルデが転職するならウチでもいいのよ?」

 

「ご冗談を。教師を辞めた時は自力で仕事を探しますよ」

 

教師もやりがいはあるし、満足してるが何れ今の仕事が満足にできない瞬間が来ることもわかっていた。特に実技に依り気味な千冬の指導スタイルでは自身の身体が持たなくなったらダメになってしまう

 

 

「ちーちゃんなら束さんが個人で雇っちゃいたいよ。ずっと一緒にいられ――」

 

「断固拒否する。私にだって仕事を選ぶ権利はある」

 

「あら、フラれちゃったわねぇ」

 

「こうして見てると織斑先生って結構子供っぽい所あるのね。私とあんまり年は変わらないと思ってたんだけど」

 

「あなたの見た目は10代だから……、あとで千冬ちゃんに年齢でも当ててもらったら?」

 

「面白そうね。これで30とか言われたらどうしよう」

 

「それはそれで笑えるわ、肴になりそうね」

 

テーブルの反対側でいちゃつく2人をたしなめ、リリウムが思い切って聞いてみた

 

 

「ねぇ、織斑先生。私の年齢どのくらいに見えるかしら?」

 

「え、え~っと。初見の印象だと私と同じくらいか少し下かと思いましたけど、立ち振舞や立場から考えると私より3~5つ上ですかね?」

 

「20後半くらい?」

 

「ええ、そのくらいの方かなぁ、と。ハズレてたらすみません」

 

「紫苑、この読みの良さはあなた譲りかしら? 一発正解よ。私は今27ね」

 

「はぁ、さすがに今日出会った方に失礼な真似をしたらどうしようかと」

 

「織斑先生は束さんと同い年なのよね? 彼氏とかはいないのかしら?」

 

「残念ながらいませんねぇ、そもそも縁がない上、肩書ばかりが先に行ってしまうので……」

 

最強(ブリュンヒルデ)をモノにしたのは一夏くんだけなのね」

 

「ママさんの言い方だと何かアブナイ感じがするねぇ」

 

束に拳を振り下ろして「まぁ、家事一般は一夏任せですねぇ……」と悲しそうにつぶやいた

千冬の意外な面にリリウムも驚いている

 

 

「前にちーちゃんの部屋を覗いた時はすごかったよ。まるで――」

 

「学園の自室も散々たるありさまでして……」

 

突然口を塞がれ、モゴモゴ言う束をひと睨みして黙らせると手を放してハンカチで拭った

 

 

「自覚あるなら掃除すればいいじゃん!」

 

「出来るならやってる。だが、整理整頓がどうしても苦手で……」

 

「織斑先生の意外な一面ね。前からこうなの?」

 

「さぁ? 千冬ちゃんは家に来るだけだったからよくわからないわ。束ちゃんは片付け下手とかそれ以前よ」

 

「まぁ、解る気がする」

 

 

そしてまだまだ大人たちの夜は明けなかった




遅れました、サーセン!


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閑話: ガールズ(&ボーイ)トーク

大人たちが食堂で酒宴を開く中、櫻を始め、未成年組は櫻の部屋でガールズトークに花を咲かせていた。

数人の手元にはワインのグラスがある

 

 

「それにしても、櫻ちゃん、今日はほんとにありがとね。まさかドレスまで買ってもらっちゃうとは。頭が上がらないわ」

 

「いえ、急にドレスコードをかけたのは私ですしね。満足いただけたようで何よりです」

 

「一夏君から見たら誰が一番似合ってるのかな?」

 

急に話を振られ少し困惑する一夏。楯無は少し紅潮した顔で答えを待っている

 

 

「え~っと……みんな似合ってるぞ、うん」

 

「一夏君は意外とチキンなのね。セシリアちゃん、覚えておきなさいな」

 

「えっ? ま、まぁ、そうしますわ」

 

「俺からしてみれば更識先輩や布仏先輩は初対面だからあんまり下手なこと言えないというか……」

 

「まぁまぁ、そう言わずに、お姉さんって呼んでもいいのよ?」

 

「楯無先輩酒はいってますねぇ」

 

「いいじゃない? 日本じゃ飲めないんだから飲み溜めよ。こんな美味しいものはあと3年も待てないわ」

 

そう言った楯無に櫻が近づき耳打ちする。

楯無の目が驚きに見開いたあとに、少し悪そうな笑みを浮かべた

 

 

「お嬢様、変なことを考えないでくださいね」

 

「ちっとも変じゃないよ。櫻ちゃんがまた呼んでくれるって言ってくれただけだもん。ね~?」

 

「ええ、もちろん虚先輩や簪ちゃん、本音も呼ぶよ」

 

「今度は中央ヨーロッパだけじゃなくてフランス、イギリスに行きたいかも」

 

「まぁ、その時は考えようよ。EUは国境なんて無いし」

 

本音はさっきからおやつをつまみながらカクテルを空けている。彼女の胃袋はブラックホールのようだ。

それに半ば無理やり付き合わされるセシリア。ご冥福をお祈りしよう

 

シャルロットはこの場におらず、後片付けとお菓子作りをハインリッヒに教わっている。

ラウラも然りで、恐らくはクロエとルイーゼと何か食後の運動(CQC)でもやっているのではないだろうか

 

 

「一夏くんはこの後どこか行きたいところとか無いの?」

 

「そうだなぁ。折角ドイツに来たんだし、ポルシェ博物館とか回りたいな。スーパーカーは男の憧れだしな」

 

「じゃ、次ははシュトゥットガルトに行こうか。自動車博物館だけじゃなくて宮殿だったり美術館だったり、色々見どころはあるしね。簪ちゃんは予定立ててるの?」

 

「私達も明日はシュトゥットガルトに出ようと思ってた。その後明後日辺りからロマンチック街道を南下しようかな、って」

 

「おぉ、奇遇だね。じゃ、一緒に行こうか。バスとか手配しなきゃ駄目かなぁ」

 

「電車は駄目なの? その予定でいたんだけど」

 

「ここって結構田舎だから乗り継ぎが面倒なんだよね。フライブルクで乗り換えて2~3時間掛かるよ」

 

「うわぁ、ここは甘えさせてもらうよ」

 

「明日は多分楯無先輩とかが二日酔いでダウンしてるだろうから明後日だね。明日は生きてる人でお城でも見に行こうか」

 

「この辺りだとメーアスブルク城ですか?」

 

「そだよ~。そこの港から船で30分くらいかな。坂とか階段辛いけど、その分景色がいいところだよ」

 

「虚ちゃんってお城すきなの? ロマンチック街道って言ったのも虚ちゃんよね?」

 

「なんというか、雰囲気とか、風景とかが好きなんですよ。ヨーロッパの石造りの城とかは特にいいですよね。日本の古城もいいですけど……はっ、危うく語る所でした……」

 

「一歩突っ込んでるよね。虚先輩」

 

「そうなるとスケジュールキツイよね? 明々後日には飛行機のらないとだめじゃない?」

 

「だね~。ロマンチック街道は無理かも、ごめんね虚さん」

 

「まぁ、仕方ないですね。お城は明日見れますし、それで我慢します」

 

「また来ようね」

 

「簪ちゃんたちは一週間の予定なの?」

 

「うん。家のお仕事とかあるみたいだし、私は打鉄の処遇についていろいろとやらないと行けないから」

 

「そっか~。もうちょっとゆっくりしていってくれればあちこち連れ回すんだけどなぁ」

 

「また冬か来年だね」

 

「その時は西ヨーロッパの旅だね。そっちはシャルロットが詳しいと思うよ。フランス生まれのイギリス育ちとか、いいなぁ」

 

「だね。美味しいワイン~。そうだ、櫻ちゃん、もう一本持ってきて!」

 

「はいはい、おみやげで渡しましょうか?」

 

「それは帰りに買って帰るわ。虚ちゃんなら20歳で通りそうだし」

 

「お嬢様、それはどういう意味でしょうか?」

 

「う、虚ちゃんはお姉さんだなぁってことだから、ね」

 

 

 

この後も一夏は若干の疎外感を感じつつ女子会に付き合い続け、気がつけば時計の針は右斜に向いていたとか。



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2匹の子猫のカプリッチョ

カプリッチョは奇想曲という意味。自由な発想から生まれる(型にはまらない)音楽を指す言葉です


気持ち悪い

 

ラウラが感じ取ったのは不快感、というより何か座りが悪い感覚。

明るんでいる方を見れば、光源は壁に掛けられた残りの短いろうそく。石が積み上げられた壁はかなりの年月を感じさせる

 

――お目覚め?

 

脳が認識したのはどこか聞き覚えのあるような、スッと染みこむような声

とっさに身構えようにも腕や足は動かない

 

――うん、よろしい。さて、ラウラ・ボーデヴィッヒ。君に幾つか質問をさせてもらうわ

 

――残念だが私は拷問に対する訓練も積んでいる。そう簡単に吐きはしないぞ

 

――そうでしょうね。だから軍がやりそうにない手段で答えざるを得ない状況に仕立てるだけよ

 

そう言って声の主は首筋を撫でる

触れるか振れないかの微妙な加減で少しくすぐったい程度。これからどうつながるのか

 

ピン、と音を立てて取り出されたのは短いナイフ。それでラウラの衣服を切り裂いていく

刃は身体に一切触れず、布だけを裂いて床に落ちた

 

――さぁ、これからどうなるか、解るかしら?

 

そう言いながら露わになった腹に手を当て、筋をなぞっていく

 

――きれいな身体ね。もっと見せて頂戴?

 

その手はゆっくりと上に上にと向かい、小ぶりな乳房をくるりとなぞると首筋を撫でて唇に触れる

手が離れた次の瞬間には

 

――んっ!? 

 

――ん~、ハァ。初めてだったかしら? どうだった?

 

唇で塞がれていた。それに何かが口の中に残っている

 

――ファーストキスで薬を盛られるとはな。もっといいムードでするものだと思っていたぞ

 

――あら、ごめんね。でも、その分楽しませてあげるから

 

脇腹をなぞられる。だが、今までとは全く違う感覚がラウラを襲う

 

――ふふっ。どう? だんだん身体が熱くなるでしょ?

 

再び胸をなぞられた時に思わず声を上げてしまう

 

――少し刺激的過ぎたかしら? でも、可愛いわ。もっと鳴いて見せて

 

ゆっくり舐るように全身を撫で回され、息も荒く、頭のなかもふわふわとしてきた

身体を駆け巡る熱い感覚に思わず「気持ちいい」などと考えてしまう

もっと私を悦ばせてくれ、もっと私を気持ちよくしてくれ、と口走りそうになるのをなけなしの理性で抑えこむ

 

だが、身体は正直だったようだ

 

――そろそろ、いいかしら?

 

手を伸ばした先は、もちろん――――

 

 

-----------------------------------

 

 

「そこは駄目だっ!」

 

ガバッ、と跳ね起きると目の前には見慣れた白い壁とテーブル。もちろん自分はベッドに居る

とある部分が少し気持ち悪いが……

 

 

「ら、ラウラ? 大丈夫?」

 

聞き慣れた声に振り返るともちろんシャルロットがいた

やっと状況を把握してきたラウラはアレは夢だと言い聞かせる

 

 

「あ、うむ、問題ない。少し悪い夢を見たようだ」

 

「すごい息が荒かったよ。――ちょっと色っぽい感じで」

 

「いや、拷問じみた事をされる夢を見てしまってな。それで……」

 

ベッドに腰掛けると寝汗で張り付いた黒猫のパジャマが鬱陶しい。さらにシーツまで悲惨な状況だ

 

 

「コレは酷いな……シャワーを浴びてくる。あっ……」

 

立ち上がろうとしたところでふらついたラウラをシャルロットが抱きとめた

だが、あの夢で散々な目にあったラウラがらしくない声を上げる

 

「ひゃぅっ!」

 

「あっ、ご、ごめんね」

 

「い、いや、大丈夫だ、すまないな」

 

「本当に大丈夫? もし何かあったら言ってよ?」

 

「少し夢の嫌な気分が残っているだけだ。気にしないでくれ」

 

「そう? ならいいけど」

 

バスルームに入っていったラウラを見て少し顔を紅くするシャルロット

 

 

「やっぱり色っぽくて、かわいいなぁ……そうだ、シーツ変えないと」

 

見事に人型に濡れたシーツを剥がし、洗濯機に叩き込……まなかった

なぜかシーツに顔を埋めて恍惚の表情を浮かべている

 

――汗の匂いの中にちょっとエッチな匂いが混ざってる……やっぱりそういう夢でも見たのかな……

 

少し危ない方向にシャルロットが暴走する中、バスルームから声が掛かる

 

 

「シャルロット。悪いがボディソープを取ってくれないか?」

 

「えっ、あっ、はいっ!」

 

慌ててシーツを洗濯機に押し込んで洗面台の下からボディソープの詰替えを取り出してバスルームのラウラに手渡す

 

 

「用でもあったなら悪かったな。助かった」

 

「いや、そんなことは無いから。うん」

 

「らしくないな。どうかしたのか?」

 

「なんにもないよ? ほら、本当に風邪引いちゃうからっ!」

 

怪訝な表情のラウラに内心を悟られる前にさっさとドアを閉めて洗濯機のスイッチを押す。

またベッドに飛び込むと掛ふとんを抱きしめてパタパタと暴れた

 

――あぁ、駄目だよシャルロット。ルームメイトでそんなことを考えちゃうなんて……!! 僕は普通、僕はノーマルだよ!! あぁ、ダメだダメだァァァ!!

 

いつもとはまた違う雰囲気のルームメイトに不信感を覚えつつ、シャワーを浴びてバスタオル姿で戻ったラウラが目にしたのはベッドでうねうねと悶えるシャルロット

 

 

「私の心配をしている場合なのか? シャルロット」

 

「はっ! だ、大丈夫だよ! ちょっと色々と心のなかで葛藤が……」

 

「ん……? まぁ、なんだ、私で良ければ力になるぞ?」

 

先ほどの言葉をそっくりそのまま返すとシャルロットはゆっくり頷いてありがと、と言った

 

 

「それにしても暇だな。課題も終えて試験スケジュールも2学期が始まるまでは空白。本当にコレでいいのか?」

 

「まぁ、みんな一気に休みを取るらしいから仕方ないんじゃないかな?」

 

「そうだ、街に行こう」

 

「いきなりだね。じゃ、駅前とかそこら辺をぶらぶらする?」

 

「そうだな。櫻に『すこしは女の子っぽいこともしないとつまんないよ。まぁ、シャルロットに任せればなんとかなるさ』と言われているからな」

 

「櫻ぁ……僕に丸投げしないでよ~」

 

隣の部屋で熟睡しているであろう上司(親友)にぼやく

ぐぅ~。と音を立てたのはラウラのようで

 

 

「まずは腹ごしらえだな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 

-----------------------------------

 

 

「それは何だ……?」

 

朝の食堂はこれから部活やISのテストや整備が入る生徒がちらほらいる程度でガラガラだった。

2人は揃ってモーニングセットをつまんでいる

 

 

「マカロニサラダだよ? ラウラも同じもの頼んだじゃん」

 

「いや、それはわかっている。どうしてマカロニをフォークに通しているんだ?」

 

「あぁ、これね。ん~、なんとなく。だよねぇ」

 

ラウラもやってみれば? と促されてラウラも挑戦してみる

マヨネーズを纏ったマカロニはなかなか強敵で、上手く刺そうにも逃げていってしまう

 

 

「これはなかなか難しいな。集中力と多面的視野が鍛えられそうだ」

 

「そうなの? 小さいころにはなんとなく楽しそ~とかでやったなぁ」

 

「シャルロットの視野が広いのはコレがルーツか」

 

「まさかぁ」

 

「冗談だ。お、全部通ったぞ」

 

それを一口で食べると「時間はどうする?」と聞いてきた

 

 

「そうだね、10時15分のバスに乗れば11時前にはつくから、少し服でも見てからお昼に出来そうだよね」

 

「なるほどな。まだ時間はあるし、櫻でも誘うか」

 

「いいんじゃないかな? 少しは仕事してもらわないと」

 

「まぁ、そう言うな。それだけ信用されているということだ」

 

そう言って携帯を取り出しダイヤルする

 

 

「出ないな。まだ寝てるのか」

 

「なら無理に起こして怒られるのも嫌だし、2人でいこうか」

 

「だな。本人が気づいたなら後で合流するとか言い出すだろう」

 

朝食を平らげ、部屋に戻るとうだうだとしつつも時間には部屋を出た

 

 

-----------------------------------

 

 

駅前の複合ビル

バスから降りた2人はまっすぐと館内に入り、館内ガイドを取ると歩きながらルートを練った

 

 

「じゃ、まずは上から行こうか。ラウラは夏物はあるんでしょ?」

 

「ああ、この前少し買ったからな」

 

そういうラウラは黒のタンクトップに白いシャツ、下は7分丈ジーンズで、まぁ、言ってみれば無難な着こなしだった。

同室になったばかりの頃は私服なんて一着も持っておらず、何故かクローゼットにスニーキングスーツが入っていたのだ。その頃と比べれば大きな進歩である

 

 

「じゃ、上は軽く見るだけでいいかな。そしたら下に降りて行って秋物、小物の順番だね」

 

「よくわからん、任せる」

 

「はぁ……、行くよ」

 

そう言って自然にラウラの手を引くシャルロット。

ラウラもされるがままだ

 

目的のフロアにつくと迷うこと無く進んでいく。そして入ったのは若い女性に人気のショップ。

案の定夏休みの学生であふれている

 

 

「ん~。少し混んでるし、特に目的もないから一周するだけでいいか」

 

「ああ」

 

ゆっくりと店内を見て回ると腕を引っ張られた

振り返ればラウラがじっと1着のワンピースを見ている

 

 

「なにか気に入ったものでも見つ――」

 

「お客様、なにかお探しでしょうか?」

 

ちょうど店員が割り込んできた。ちょっと気まずそうな顔をしているところからタイミングをミスった自覚はあるらしい

 

 

「ん、いや。ただかわいいな。と」

 

「でしたらご試着してはいかがでしょうか? 試着室はあちらにございます」

 

そう言われたラウラが手にとっているのは黒いワンピース。どことなく先日ラウラが着ていたドレスと似たデザインで、派手すぎず、それでもしっかりと存在感がある。いわば影のようなものだった

 

 

「シャルロット、見てくれないか?」

 

「もちろん。それに合う小物も揃えよう」

 

「頼む」

 

そう言って試着室に入ったラウラを他所に、店内を回って合いそうなものを集める。

黒いミュール、シルバーのクロスネックレス。やり過ぎるとゴスロリっぽくなりかねないので程々に抑える

 

 

「シャルロット。どうかな?」

 

小さい子が少し背伸びをしたような雰囲気があるものの、ラウラの容姿と相まってそれすらもチャームポイントの一つにしていた。

そこにシャルロットの用意したアイテムを合わると

 

 

「かわいい……」

 

店員が思わずつぶやくほどに上手くマッチした。

シャルロットは満足そうだ

 

 

「どうかな?」

 

「うん、上手くハマってるんじゃないか? あまり派手じゃないから普段使いもできそうだな。よし、買っていこう」

 

また試着室に入っていくラウラに「着て行ってもいいよ」と言うが、別の場面で着る。と断られてしまった

 

店を出たのは昼前、そろそろ飲食店が混み始める時間だ。

ふとラウラが携帯を取り出すと

 

 

「櫻が今から行ってもいいか。って。更識と布仏もいっしょだそうだ」

 

「いいんじゃない? でも今からになるとお昼すぎだなぁ」

 

「そうだな。先に食事を取るか?」

 

「だね、お店だけ教えて後で合流すればいいよ」

 

「そう伝えておく」

 

「よろしく。お昼はどうする?」

 

「適当に――」

 

「適当、じゃなくてこのなかから選んでよ」

 

そう言ってガイドマップを手渡され、レストランの一覧からラウラはそば店を選んだ

理由はもちろん「ここ最近和食を食べた記憶が無いから」シャルロットは少し苦い顔をしていたが、ラウラのチョイスだから、とエスカレーターを登った

 

店に入り、ざる2つを頼んだ2人はこの後のルートを考えていた

 

 

「このあとは小物って言ったけど、僕は時計が見たいんだよね」

 

「いいんじゃないか? 私は特になにも――」

 

「何も無いとかいわない。ラウラは何か無いの? 僕は日本製の工業製品ってどこか憧れがあったから時計かな~って思ったんだけど」

 

「日本の工業製品か……この前ライフルを買ったしなぁ……」

 

「なんでよりによってライフル……」

 

「プラモデルなんてどうだ?」

 

「なんでプラモデル? もうちょっと女の子的な何かは……」

 

「女性的なものか……、すこしずれるがカメラなんてどうだ? キヤノンやニコンはドイツでも有名だな」

 

「いいんじゃない? それならずっと楽しめるし、最近は写真趣味の女の子も多いよ」

 

「そうか。ならカメラ屋……は無いな。電気屋に行ってみるか」

 

「決まりだね。櫻にも言っておいてくれる?」

 

「うん? 櫻からメールが来てた。『今から出る』だそうだ」

 

「そっか、ちょうどいいからデザートでも食べながら待とうか?」

 

「そうだな」

 

そう言って席を立つとふと隣の席の女性が気になった。ガクリとうなだれ、目の前のたぬきそばは伸びている

 

 

「シャルロット、お人好しが過ぎるのも考えものだぞ」

 

とラウラが言う前に「どうかされましたか?」とその女性に声をかけていた

すると「ねぇ、今日だけウチでバイトしてくれない?」と頭を下げられていた




はい。原作を手に入れたから勢いで書いたら最長の話になりました。
分割で明日に続きます


2015/01/05追記

と、あの時の自分を羨みたくなるような超速執筆ができていたこの頃、今はスランプです


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2匹の子猫のカプリッチョ Ⅱ

「これはどういうわけだ……」

 

「ごめんね、ちょうど今日のバイトが2人欠けちゃって。本社の視察とかいろいろあるのに困っててね。あなた達かわいいし、今日だけその穴埋めをお願いしたいの!」

 

「はぁ……」

 

「事情はわかったんですけど、どうして僕は執事の格好を?」

 

「あぁ、ちょうど休んでるのがカップルでね。要は駆け落ちよ。だからその分で」

 

「はい……」

 

「店長! 早くしてください!」と呼ばれてホールに行こうとする女性をシャルロットが止めて、「ここ、なんていうお店ですか?」と聞くと、その女性はスカートの裾を少し摘み上げると

 

「いらっしゃいませ。@クルーズへようこそ」と言った

 

 

ラウラは櫻に「シャルロットがお人好しで損をした。今からよくわからない喫茶店でバイトだ」とメールし、「ご愁傷様、バカにs……応援に行くから待ってて」と返信されてがっくりと肩を落とした

 

 

 

 

「シャルロットちゃん、2番にアイスストレートとアイスコーヒー。そのあと6番の注文受けてちょうだい」

 

「ハイ!」

 

数十分経って、少しこの場にも慣れたシャルロット。元の育ちだけに動作に"素人臭さ"が無い。それは客も店員も問わずに魅了するには十分だった

 

最も、本人は不満そうだが。

 

一方のラウラもその雰囲気でもって客(主に男性)から熱い視線を送られていた。

接客態度は好みがわかれるものだったが……

 

ドンッ、と軽く水が跳ねるのも厭わずに乱暴に水を置くと「注文は?」と低い声で脅すように客に聞く。客が「い、いや、まだ決めてなくて……」などと言おうものなら問答無用でアイスコーヒーが出されるという素敵な接客だ。シャルロットは内心ヒヤヒヤしている

 

一部の客は嬉しそうな顔をするが、それ以外はなんとも言えない表情をしていた

 

 

だが、気がつけばシャルロットもラウラもその容姿と独特の雰囲気でひっぱりだこになり、店長が的確な指示を持って2人を動かしていた。

 

外に少し客が待つ中でそいつらは現れた

 

 

「てめえら、その場から動くな!」

 

店の入口から怒号を発したのはバラクラバを被った3人の男。手にはそれぞれハンドガン。背中には札の飛び出すバッグと長物が背負われている

「なんか漫画みたい……」とか思った客がいたかどうかは知らないが、客の一人が悲鳴を上げるとリーダーと思しき男が天井に向けて一発撃った

 

 

「悪いが静かにしてもらおう。通報しようものなら、解るよな」

 

そう言って後ろの男達が引っ張ったのは

 

――櫻とのほほんさん?

 

そう、まさかの櫻と本音だった。簪は何処だろう

 

 

「変に動いたらこの娘をぶっ殺す」

 

ここまでテンプレ通りな強盗達に客も黙るしかない。櫻と本音はマジでビビっているのか演技かは知らないが、震えているようだ

 

カウンターの影に隠れたシャルロットとラウラは状況を確認する

 

「敵は3、武器はリーダーが ハンドガントカレフと ショットガンM870 ショーティーを背負っているのは見えるな。後ろの二人はわからん。防弾チョッキはない」

 

「人質を取られてるのが厄介だね。それにISを展開するわけにも行かないし」

 

「ああ、実質的にこちらは丸腰だ。かなり不利といっていいが、一つ、勝機がある。奴らは素人だ」

 

シャルロットがそれを聞こうとした時、外から何処かで聞いたことのあるセリフが投げかけられる

 

 

「犯人に告ぐ。君達はすでに包囲されている。おとなしく武器を捨て、両手を頭の後ろに組んで出てきなさい。繰り返す――」

 

まさにドラマチックな展開に客の数人が「古っ……」や「ドラマの撮影?」などとつぶやいている

 

 

「どうしましょう、旦那」

 

部下の一人の細身の男がリーダーの男に聞くが、

 

「ここで焦ったら俺らの負けだ。人質もいるし、しばらくは警察も動けねぇさ」

 

「旦那の言うとおりだ、それに、こっちにはこいつがある」

 

もう一人の背の高い男がスリングに掛かった カービンAKS-47を小脇に抱える

リーダーの男が外に向けて数発撃つと

 

「聞こえるか! 今から30分以内に逃走用のワンボックスを用意しろ! 発信機なんてつけようと思うなよ!」

 

幸いにも人に当たることはなかったようだが、外では野次馬が大騒ぎしている

 

 

「へへっ、やっぱり平和ボケしてる奴らはこういうのに弱いんでしょうね」

 

「ぬかるなよ、小吉、特殊部隊が来ようものなら俺らは逃げられん」

 

小吉と呼ばれた細身の男は本音を引っ張ると顔を覗きこんだ

 

 

「にしても旦那、この娘、結構可愛いですぜ。食っちまっていいっすかね?」

 

「ふざけるな。その時はお前に穴がひとつ増えるぞ」

 

「へいへい」

 

「にしても、この娘共、妙に落ち着いてるな。おい、大丈夫か?」

 

リーダーの男はかなりキレるようだ

 

「いやっ! さわらないでっ!」 

 

本音はいかにもな感じで人質をしている

 

 

「人質である以上は俺らは君たちを傷つけない。時が来たらちゃんと解放するさ。済まないな」

 

涙目の本音を慰めるようなものいいに他の客も心なしか緊張が緩んでいる

櫻は真顔でまっすぐと立ち、まるでアンドロイドのようだ

 

 

「そっちの娘は?」

 

「さっきから一言も話さないし悲鳴すら上げない。やっちまったかな?」

 

「お嬢さん、大丈夫かい? 日本語は解るか?」

 

櫻はわざと崩した英語で「sorry,I'm not good English and Japanese」と言って男を困らせていた

そこから「Zwei Schrotflinte und Gewehr. Der Umzug in meine signalisiert(ライフルとショットガン持ちが2人。私の合図で動いて)」とドイツ語で話した。

 

やはりドイツ語であることはわかっても内容までは理解できなかったようだ

少し困った顔をして「すまんな」と言ってからまた客の方に向いた

 

もう誰一人として声を上げるものはおらず、シャルロットとラウラもまた声を出さずに口元だけで会話をしていた

 

 

「敵の武装はライフルが1、ショットガンが2だ。それと全員がハンドガンを持っていると見ていい。櫻が合図をするからそれで私はリーダー格の男を、シャルロットは細身の男を落してくれ」

 

「OK.僕はカウンターの影を通るから、ラウラは正面で行ける?」

 

「ああ、テーブルの上を走れば弾は客には飛ばないはずだ」

 

2人は揃って頷くと音を立てずに移動する。

 

 

「Laden!」

 

突然櫻が叫んだ。それと同時に襟を掴む腕を取り、そのまま壁に叩きつける。

カウンターの影からはラウラが飛び出し、テーブルの上を跳ねるように男たちに迫っていた

 

「っクソが!」

 

リーダーの男が叫ぶと後ろの細身の男は容赦なくラウラに向けてショットガンを構える。だが、それもつかの間、本音が銃を引いて男の姿勢を崩すと腹に肘を打ち入れる。

リーダーの男は容赦なくラウラに向けて撃ち続けるが、それもすべて上方に逸れていった。

 

「コレだから素人は……」

 

そう言って一気に間合いを詰めてテーブルから跳ぶと回し蹴りを決めた。

男の腕から銃が落ち、それをシャルロットが蹴飛ばす。そして最後にラウラの鉄拳が男の腹を抉った。

櫻の方も制圧したようだ。

 

 

「ターゲットダウン。そっちは」

 

「おとなしくしてもらってるよ」

 

「久しぶりに体動かしたよ~」

 

「僕の仕事は……」

 

本音が更識の従者としての実力を示し、シャルロットの役割を奪ってしまったが、櫻としては本音を戦力とカウントした上での提案だったため、すべて計算内だ。ただ、1つを除いて

 

 

「まだだ、まだ終わっていない!」

 

そう言ってリーダーの男が立ち上がるとジャケットを脱ぎ捨てた。

身体に巻かれているのは茶色い紙に包まれた何か。それにはコードがつながっていて、その先には、男の手のうちのスイッチがある。

 

「最後まで古臭……」などという客のつぶやきも程々に男は形勢逆転だと吼える

 

 

「ガキ共、動くんじゃねぇぞ! もう容赦しねぇ。全員揃ってあの世へ送ってやる!」

 

だが、一つ忘れてはならない。男の後ろには2人手下がいた。片方はショットガンを、片方はライフルを持っていた。ショットガンは本音が放り投げ、ライフルは……櫻の手の内だ

 

タタン! と鋭い2つの音が響くと、地面に穴が2つ。

男が振り返ると、カービンを構えた櫻。バレルからはほんのり煙が上がっている

 

 

「ちょっと試し撃ちしたけど、コレって中国製だよね。とりあえず殺したくはないからお腹狙うけど、ちょっとブレて心臓にあたったらごめんね」

 

「何を言ってるんだ、コレはC4爆薬だぞ! あたったらこの建物ごとドカンだ!」

 

はぁ……と一つため息を付いてセレクターを一つ下げてセミオートに

トリガーに人差し指を掛ける。

 

 

「ダメだ櫻!」

 

タン。と短く響いた銃声のあと、男は崩れ落ちた

 

 

 

 

 

男の足元には湿っていた。ただし、少しアンモニアの臭いがする

 

「さ、大事になる前に行くよ。そとに簪ちゃんもいるし。ラウラとロッテは後でメールするから、そこに集合ね」

 

櫻は銃をハンカチで拭くと無造作に投げ捨て、本音と共に店外の人混みに消えた。

 

 

「はぁ、やり過ぎだよ。どうなるかと思った」

 

「まぁ、この場にいたのは全員プロだからな。素人(アマチュア)など相手にならん」

 

「店長さん、服はロッカーに入れておきますね」

 

とりあえずひと声かけてスタッフルームに逃げ込むと大急ぎで着替えて外に出た

 

 

 

「集合場所は……ここだな」

 

大通りを少し行き、路地に入ってまた少し。住宅街に似合わぬファンシーなお店

シャルロットが少し気まずそうな顔をしているが、ラウラは何くわぬ顔で扉を開けた

 

 

「いらっしゃい。あら、シャルロットちゃん、久しぶりね。と、すると、そっちの小柄な娘が黒猫さんね」

 

「ええ、まぁ。それで、櫻は来てますか?」

 

「櫻ちゃんとのほほんちゃんなら奥にいるわ。正義のヒーローしたんだって?」

 

「僕は出番がなかったんですけどね。お邪魔します」

 

ラウラのジト目を背中に受けつつ、2人は店の奥に消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、シャルロットとラウラの部屋では

 

 

「や、やめろ。それはナシだ! シャルロット!」

 

「いいじゃん、きっと似合うよぉ……?」

 

シャルロットが手にしているは一着のコスチューム。

ラウラがここまで拒否反応を起こすのなら、もちろんそれなりの理由がある。

 

 

「私にはそ、そんな。バニーガールなど無理だぁぁぁ!!!」



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暗躍する亡き者

夏休みも終盤、全国各地で夏祭りや花火大会が相次いで開催される中でドイツはミュンヘン。ローゼンタール本社の社長室、そこの隠し部屋にタスクフォースの面々は招集されていた。

 

 

「いきなり集めちゃってごめんね。特に櫻とラウラちゃんはこの前日本に戻ったばかりなのに」

 

「いえ、コレも仕事です。問題ありません」

 

「あら、ラウラちゃんはお仕事モードね。じゃ、私もそうしましょう」

 

手元のリモコンをいじると正面のスクリーンにある映像が映し出される。

どこかの軍基地のようなところで、画面右から8本足のISらしきものがやってくると周囲を蹂躙していく。それぞれの足に独立した制御系を持つようだ。さらに、実弾系の武器が内蔵されているためハイパーセンサーと合わさって、攻撃に死角はないように見える。

 

 

「これは先週の水曜日にイギリスのバッキンガムシャー、ハイ・ウィッカム空軍基地で起こったISの強奪事件の映像よ。あの8本足はアメリカの第二世代、アラクネと呼ばれるモデルね。これも7月に強奪されてるわ。それで、今回盗まれたのは第3世代、BT実証機『サイレント・ゼフィルス』」

 

一区切り付けて、櫻、ルイーゼ、ラウラの3人を見回すと、ここからが本題ね。と再びスクリーンを指した

 

 

「世界で起こるIS強奪事件の主犯と考えられているのは亡国機業(ファントムタスク)ね。それも、上層部の素性も知れないし、内部構造もいまいちわかってない。ただ、複数の派閥にわかれていて、それぞれが仕事を請け負っている。ということはわかっているわ。それで、強奪を指揮したのは、この女」

 

そう言ってスクリーンの片隅に映しだされたのは長いブロンドの髪の上品そうな女性。真っ赤なドレスに身を包んでホテルから出てくるところを撮られている。

 

 

「スコール・ミューゼル。亡国機業のスコール派を束ねているわ。そして実行役は確認されているだけで2人。アラクネに乗るコードネーム『オータム』と、サイレントゼフィルスに乗る女。彼女の情報は殆ど無いわ。黒いロングヘアーがカメラに写ってたけど、切られたらわからないしね」

 

私達の長期的ミッションを通達します。と告げると

 

 

「私と束ちゃんで情報収集。ルイーゼはヨーロッパ圏での実働、櫻とラウラはアジア圏での実働とIS学園の警備を命じます。なお、本作戦は日本の暗部にも活動協力を依頼してあるわ。学園で落ち合ってね。来月には学園祭、再来月にはキャノンボールファストとイベントが続いて学園の警備は手薄になると思うから、間違いなく仕掛けてくるでしょうね。こちらの指揮は私が、副官にはクロエが着くわ。アジア圏の指揮は櫻に一任。副官にラウラと日本の暗部から1名着く予定よ。名前はなんと言ったかしら……。まぁいいわ、以上、作戦伝達を終了。質問は?」

 

櫻が手を挙げ、発言許可を求める

 

 

「はい、櫻」

 

「亡国機業の現時点で確認されている戦力は?」

 

「言ってなかったわね。現時点でわかっているのはアラクネとサイレントゼフィルスの2機のみ。残念だけど、公式ルートではスペックや武装のデータは見せてもらえなかったわ。いま束ちゃんが非正規ルートで情報収集中よ。分かり次第送るわ」

 

「私からも、いいでしょうか?」

 

次に手を上げたのはルイーゼ。彼女はいつもは口数少なく、クールな印象を持つが、仕事になると急におしゃべりになる娘だ。

紫苑が頷いて促すと

 

 

「活動拠点、具体的な組織の人数などはわかっていないのですか?」

 

「ええ、残念ながら。ただ、さっき言ったとおり、内部の派閥構造から派閥同士のいざこざややり方の違いもあるみたいね。スコール派のような武闘派もあれば交渉に長けた派閥もあると思われるわ。もちろん、同盟関係にあるようなところもあると思うの。推測ばかりで申し訳ないけど、本当に情報がないのよ」

 

「了解。以後なにかあればその都度聞く」

 

「ええ、そうしてちょうだい。ラウラは何もないの?」

 

「なら一つ。現場での指揮権だが、どこまで櫻に譲渡されるんだ?」

 

「私と同等の権限を臨時的に与えると考えて頂戴。だから櫻が作戦行動を宣言した時からあなたは櫻の指揮下に入る。いいわね?」

 

「了解した」

 

「以後、櫻は日本時間金曜日2200に定時レポートを提出するように。 では、解散!」

 

部屋の明かりが戻り、各々のデスクに座るとふぅ、と一息。引き出しから袋入りのグミ(ハリボー)を取り出すと一口。グミなのにあまりかまずに味わう

 

 

「櫻、私にも少しくれないか?」

 

「ん。いいよ」

 

袋を向かいの机のラウラに渡すと適当に手に取り、そのままルイーゼに回る。

「いいの?」と表情で伺うが、櫻は頷いて返した。

 

 

「にしても来週から新学期だっていうのに呼び出しとはねぇ」

 

「まぁ、仕方ないだろう。これも仕事だからな」

 

「2人はまた日本にとんぼ返り? 大変だ」

 

「そうだね~。帰りに空港の免税店でお酒いっぱい買って帰ろ」

 

「はぁ……。少しは歳相応の生活をしたらどうだ?」

 

「だって~。社長業だって疲れるんだもん! 先週はオーメル行ってGAアメリカ行ってさ。それぞれレポートをPCで送ってくれれば済むのに!」

 

「あーあー、分かった分かった。帰りの飛行機で飲んで寝ろ。向こうでは織斑先生に付き合ってもらえばいいだろう」

 

 

 

 

 

 

日本の空に花火が上がり、乙女の恋がひとつ弾けたのと同じ頃、遠く独逸の地では若社長が自らの宿命を嘆いていた。



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大人って面倒ですね……

ドイツから帰国し数日経ったある日。

日本での住まい(寮生活だと外出届が面倒なのだ……)でグダグダと過ごす櫻の元に1通のメールが入った。

差出人は千冬で「付き合ってくれ」と短い本文とマップデータが添付されていた。

 

 

「この言い草は酒だな……あぁ、面倒な事になりそうだなぁ」

 

断るとそれはそれで面倒なことになりかねないので諦めて着替える。

その間にも「どうせ一夏くん絡みだなぁ」とか「山田先生とかも巻き込まれてるんだろうなぁ」とか考えつつハンドバッグに財布やその他もろもろを入れて部屋を出た

 

千冬の指定した店はここから電車で数駅、20分もあれば着く距離だ。改札をICカードで通過すると偶然にも山田先生を見つけた

 

 

「こんばんは」

 

「こんばんは……って天草さんですか。どうしたんですか?」

 

「多分山田先生と同じように千冬さんに呼ばれて……」

 

「そうでしたか。って、先輩の言ってた場所ってバーでしたよ? 大丈夫なんですか?」

 

「先生方が黙っていてくだされば問題ありません。それに、わかった上で私を呼んだんでしょうし」

 

「はぁ……。ここは日本ですからね? 次はありませんよ?」

 

「たぶんその次もあるでしょうけど……」

 

「否定出来ないのが悲しいですね」

 

やってきた電車に乗り込み10分ほど、改札を出るとロータリーの向こうに商店街が見えた

 

 

「あの商店街の中ですよ。なんというか、知る人ぞ知るお店、って雰囲気です」

 

「ほぉ。千冬さんらしいですね」

 

「どちらかと言うと洋酒メインのお店でしたから、多分ドイツから戻ってきて見つけたお店じゃないですかね?」

 

山田先生の先導で商店街を進み、一本入ってから雑居ビルの地下に下る。

小さな木製のプレートには『Bar Creschendo』と書かれていた

 

ドアを開ければ鐘の音がカランカランとなり、マスターがこちらに目線を向けた

 

 

「いらっしゃい。千冬さんなら奥に」

 

素敵なバリトンに案内されるままに奥に進むとビールを煽る千冬がいた

 

 

「来たか。いきなり呼び出してすまないな」

 

「いえ、どうせ家で雑誌読んだりするだけですし」

 

「櫻は家で寝てるだけだろう? たまには布仏にかまってやったらどうだ?」

 

「そんな夏休みなんだから1回や2回一緒に遊べば十分でしょう? 私だってこの前ムッティにいきなり呼ばれたりで大変だったんですよ?」

 

「そうかそうか、ご苦労なことだ。マスター、シュパーテンのミュンヘナーヘルを3つ頼む」

 

「え、ここドイツビールあるんですか?」

 

「ああ、だからここに通うんだ。真耶、ここでは櫻は私達の後輩だ」

 

「はいはい。それで、なにかあるから呼んだんでしょう?」

 

「まぁな。一夏が家に女を連れ込んでいてな……」

 

「え、織斑君、彼女いたんですかっ?」

 

「いや、いつもの面々だよ。それに珍しくウォルコットとボーデヴィッヒもいたな」

 

「うげっ、ハブられた……」

 

「まぁ、そう嘆くな。だから私が誘ったんだ」

 

「うわぁ……」

 

そこにグラスが3つ運ばれ、こちらもこちらで女子会の雰囲気となった

チン、とグラスを合わせ、一口。

 

 

「これは飲みやすいですね。そこまで苦くないし」

 

「だろう? 櫻もコレは有名だから飲んだことはあるだろ」

 

「ミュンヘンのビールですから、社内で飲むときはだいたいコレですね。ヘレスは軽めだから最初はコレで乾杯です」

 

「社内って言うと、ローゼンタールですか? 会社でお酒飲むんですね」

 

「もちろん勤務時間外ですよ? 社内パーティーとかで、です」

 

そうですよね。と頷く真耶を他所に千冬はグラスを空けた

 

 

「それで、だ。今晩は帰れそうにないって言ってしまったから泊めてくれないか?」

 

「え、えっと……私のところは人を呼べるようなところじゃ……」

 

「じゃ、櫻。きまりだな。どうせマンションに一人暮らしだろ?」

 

「ええ、でも面倒なのでそこら辺のホテル取ります? そしたらとことん飲めるし」

 

「私は構わないが。いいのか?」

 

「ここは千冬さんの持ちですが」

 

「まぁ、仕方ないな。真耶はどうする?」

 

「ここで断っても結局酔わされるんでしょう?」

 

「そうだな」

 

「じゃ、2部屋とっておきます」

 

「駅の反対にビジネスホテルがあったはずだ。そこでいいだろう」

 

「は~い」

 

携帯を手に席を立った櫻を見ながら真耶は口を開いた

 

 

「やっぱり、先輩は弟さんに彼女、っていうかガールフレンド? ができるのは嫌ですか?」

 

「う~ん。一夏も普通の男だ、別に彼女くらいいてもいいとは思う。だがな……」

 

苦い顔でそっぽを向く千冬。どこか悩んでいる様子がありありと伺える

 

 

「まぁ、あの子達なら……」

 

「それがなぁ、この前の臨海学校であいつらに余計なことを言ってしまったようでな……」

 

「と言うと?」

 

「いや、ただ、一夏はわたさんぞ。とな……。それであいつらが私のことをライバル視し始めたようでな……」

 

「あらぁ、強力なライバル登場にしか見えませんね。それは」

 

「私としてはそんなつもりは無いんだ。ただ、弟と言うのは姉のものだろう?」

 

「って言われても、私一人っ子ですし……」

 

「あぁ、櫻はまだか?」

 

「はいはい、呼ばれて飛び出てなんちゃらかんちゃら。さくらちゃんですよ~」

 

「天草さん、酔ってます?」

 

「んな、たかがビール一杯でよってたらドイツ人の名折れですよ。まぁ、苦手な人はもちろんいますよ?」

 

「なぁ櫻。弟や妹はやはり、姉のものだろう?」

 

「え、何言ってるんですか?」

 

「ち、違うのかっ?」

 

「あたりまえじゃないですか。嫌ですよ、束お姉ちゃんのものだなんて。って私は思いますね。一夏くんはシスコンの気があるからなんとも言えませんけど」

 

マスター、エルディンガーヴァイスビアデュンケルありますか~? とカウンターに声を飛ばす櫻の前でガクリと頭を垂れる千冬。この時ばかりは"山田先生"が輝く

 

 

「だ、大丈夫ですよ。それって良く言えばまだ先輩が必要とされてるってことですし……」

 

「実際千冬さんは生活能力皆無ですから一夏くんがいないと駄目ですしね」

 

だが、櫻があっさりと止めを刺した

 

 

「あぁ。私はなんて不出来な姉なのだろうな。弟に生活を頼り、人生経験の邪魔をするなど……」

 

「千冬さんって一夏くんが彼女作ることに不満が無いなら何が問題なんですか?」

 

「さあな。自分でもよくわからん。ただ、一夏が女を見る目はかなり酷いからな……」

 

「まぁ、心配な点ってそれくらいじゃないですか? 織斑君しっかりしてますし」

 

「あいつらが一夏に惚れるのもわからなくもない。それなりの覚悟で家に来たんだろうしな。だからこうして出てきたわけだが……」

 

「うぅ、ロッテぇ、ラウラぁ……」

 

「コイツには青春の1ページに大きなキズを残したようだな」

 

「まぁ、それもまた醍醐味ですよ。マスター。アップルロワイヤルを」

 

「私も、おかわりを」

 

「千冬さんってどことなく一夏くんに似てますよねぇ。いや、一夏くんが千冬さんに似てるのか」

 

「冗談はやめろ。何処が似てるんだ?」

 

誰かれ構わず優しくするところとかですかねぇ、ストレートかカーブかの差はありますけど。とは言えず、真耶とともにどこか余裕の笑みを浮かべる櫻。

千冬も年下2人の余裕ぶった態度に少し不満げにしながらやってきたグラスを煽った

 

 

「ん? まだ頼んでないぞ?」

 

「そろそろ頃合いかと」

 

千冬のグラスの縁には白い結晶。乳白色のそれはソルティードッグだ

もちろん、櫻の手元には黒ビール、真耶にはアップルロワイヤルがある。

 

 

「はぁ、私の周りはどうしてこういう人間が集まるんだろうな?」

 

あなたがそうだからでしょうよ。と山田先生と目配せをして櫻はショコラの風味を煽った




未成年の飲酒、ダメ。ゼッタイ。



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苦悩は絶えない

新学期も始まって3日目。早くも実技の授業が入っている。空中で舞っているのは鈴と一夏。

序盤こそ機動性と瞬間火力に長けた一夏が鈴を翻弄したものの、削りきれずに消耗した白式はただの近距離戦しか出来ない的になっていた。

 

 

「やっぱり一夏くんは駄目だね」

 

「辛口だね~。リンリンが強いのは確かだけど、おりむ~も弱くは無いはずだよ?」

 

「だって自分の機体特性に合わせた戦い方ができてないでしょ? 現にエネルギー兵器を使いすぎてガス欠してるし」

 

「やっぱり先生たちが残念なのかな~?」

 

本音がアリーナの反対を見ると箒とセシリアが2人を見上げていた

箒などは今すぐにでも刀を片手に飛び立とうという剣幕すら感じる

 

 

「かもね……。みんな良くも悪くも極端だから」

 

「さくさくがおりむ~の先生をやったりしないの~?」

 

「そんな暇ないよ。今だって社長、テストパイロット、打鉄弐式の専属エンジニア。それに、この前楯無先輩に生徒会にも入れられた上に技術科特別顧問って何なの? もういやになりそう……」

 

「そ、そうだったね。ごめんごめん。でも、それに見合った対価は……」

 

本音が櫻の顔を伺うと……「本当にそんなに出ていると思うか?」という顔をしていた

 

 

「一応IS学園職員の肩書をもらった以上は給料も出るよ? 今日の5,6時間目は3年の授業担当だし。でも、生徒会はなんなの? あれってほとんど職員の仕事でしょ! イベントの企画も後始末も――」

 

 

授業中にもかかわらず櫻の愚痴が始まり、鈴と一夏が模擬戦を終えて共修の科目へと移行するまでずっと続いた

 

 

 

--------------------------

 

 

一日の仕事を終えて重い体を引きずるように生徒会室に向かう道中、突然後ろから誰かに視界を塞がれた。

 

――ちっ、誰だよ!

 

 

そう思いつつ相手が声をだす前に腕をとって投げ飛ばし、相手を見るとそこには……

 

うずくまる金髪。リボンの色から察するに1年だ

 

 

「あっ。ご、ごめんね! 大丈夫?」

 

「うぅ、どうにか、生きてマス……」

 

「いやいや、まずいでしょ! とりあえずクラスと番号。今から医務室に連れてくから!」

 

「2組のティナ・ハミルトンです」

 

「ティナね。オッケ。歩ける?」

 

「ええ、なんとか。プレジデント」

 

「なんで私を……って。ローディーおじさんが目をつけた娘ってあなただったり?」

 

企業連を纏める櫻だが、各企業が勝手に何をしようと問題がなければ止めない。

ただ、これをこうしました。という報告書がやってくるだけだ。たぶん彼女のこともその中に埋もれていたのだろう

 

 

「ええ、ご挨拶を兼ねて少しふざけてみたら……ね」

 

「本当にごめんね。とりあえず歩こ、加減はしたけど女の子に怪我させたら嫌だし」

 

「ここで襲われたら十中八九女の子が相手でしょうに……」

 

 

ティナを医務室に送り届け、特に目立つ傷跡(自分のようになっていたら可哀相過ぎる)が無いことを見届けると残るスタミナを振り絞り生徒会室に駆け込む

 

 

「櫻ちゃん、遅かったわね」

 

「いろいろあったんですよ。それで、呼び出した要件はなんですか?」

 

「今度の文化祭、計画はほとんど煮詰まってるけど、一夏君の争奪戦をすることにしたわ!」

 

「は?」

 

「名前のとおりよ。部活や同好会で出し物をする、そして生徒から投票を募って得票数の多かったところに一夏くんを入れてしまいましょ~! ってことね。その裏には一夏くんがどこの部活にも入らないことへの不満があったみたいだけど」

 

「なるほどねぇ。ウチって部活動は強制でしたっけ?」

 

「そうよ? でも、一夏君は目立つからねぇ。仕方ない面もあるのよ」

 

「それで、本人には言ったんですか?」

 

「言ってないわ。明日の全校集会で発表よ」

 

「はぁ……。ご愁傷様。一夏」

 

「まだ話は終わらないわ、生徒会でも出し物をしようと思うの。観客参加型演劇ね」

 

「まためんどくさそうなものを」

 

「いいのよ。1年の専用機持ちたちを茶化してシンデレラに仕立てる。一夏君には王子様になってもらう。そして、王子様の王冠を手に入れた人は見事、一夏君と同室に! 素敵でしょ?」

 

「はいはい、勝手にやってくださいね~。私は裏方でいいんで」

 

「むぅ~。櫻ちゃんは一夏君に興味ないの?」

 

「ありませんね。先輩なら私がラウラと一緒に一夏くんをぶっ飛ばしたの知ってるでしょう?」

 

「まぁ、シャルロットちゃんとラウラちゃんへの餌は櫻ちゃんに任せるわ。あとの3人は一夏君が餌で釣れるでしょ?」

 

「でしょうね。そうかぁ。ロッテとラウラの餌ねぇ。一軒家とか?」

 

「何か無いの? 特別ボーナスとか」

 

「お金で釣るのも申し訳ないじゃないですか。面倒だから本人の望むもの、ってことにしますか」

 

「それがいいかもね。何も考えずに済むし」

 

「その時にかかった費用は更識家と折半で」

 

「えぇっ!?」

 

「当然でしょ? 何言ってるんですか?」

 

 

翌日、全校集会で発表された織斑一夏争奪戦は全校生徒のボルテージをイグニッションブーストさせるには十分だった。何も聞かされずに顔見知りの生徒会長からウインクされた本人は呆けた顔で視線を集めていた

 

 

 

----------------------------------------

 

 

織斑一夏争奪戦の宣言によって楯無への挑戦(生徒会長の座を求めて)が急激に増加したようだったが、楯無は飄々とシンデレラの準備を虚と数人で進めていた。

 

1年1組はと言うと――

 

 

「ポッキーゲーム!」「ツイスター!」「ホストクラブ!」

 

 

――混沌としていた

 

クラス代表として前に立つ一夏がついにしびれを切らし「テメェ等いい加減にしろっ!!」と叫んだのが5秒前。

織斑先生は「決まったら職員室に報告に来い」と匙を投げていた

 

 

「ならばメイド喫茶はどうだ?」

 

静まり返った教室に冷たく響く声。

その主をみてクラスの多くは呆けている

 

 

「喫茶店なら休憩所としての需要ももちろんだが、経費の回収も行える。ただ、ありきたりなものではつまらんからな」

 

まさかの提案に一夏はとりあえず「反対は居ないよな……?」と確認を取ったが

シャルロットが爆弾を投下することで反対意見などは木っ端微塵に消え去った

 

「一夏には執事になってもらえばいいよ」

 

この一言でクラスの空気は一変、一夏の顔色も一変。

「よっしゃ決まりじゃァ!!」と誰かが叫ぶと

「私はメニューを考えるよ!」とか「インテリアは任せて!」など次々と役職が決まり、櫻が「じゃ、私は会計で」と言うと誰も文句は言わなかった

 

団体名:1-1 ご奉仕喫茶

代表: 織斑一夏

会計: Sakura A Fürstenberg 

 

 

諦めて必要事項を書類に書いて職員室に去っていく一夏はどこか小さく見えた



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閑話: IS学園との契約

時はさかのぼり8月の25日。

IS学園の学園長室に櫻と楯無は居た。もちろん、2人を呼んだのは学園長である轡木朱鷺子(くつわぎときこ)、ではなく、時折見かけた用務員のおじさんである十蔵だった

 

 

「えっと、いきなり呼ばれた理由をご説明願います」

 

「それは櫻ちゃんにいろいろお願いがあってね……」

 

「結構ですよ、私から説明しますから」

 

では、改めて。と用務員のおじさん、改め轡木十蔵は始めた

 

 

「こうして会うのは初めてですかね? 天草くん」

 

「ええ。それで、私に何かご用件があるのではないですか? 廊下を走った程度しか校則違反の記憶はありませんのでお説教ではなさそうですが」

 

「はっはっ。では手短に済ませましょう。あなたに学園で講師をお願いしたいのです。それといくつか」

 

「吹き込んだのは更識先輩ですか?」

 

「ええ、更識くんが話しの中で。わが校に企業連の代表、IS研究の先端を行く人物が居るともなればぜひともその力を貸していただきたいものですからね」

 

楯無をひと睨みすると、てへぺろっ☆とイラッとする仕草を返された。これは後で虚先輩に報告だ

 

 

「講師をするのは構いません。ですが、こちらとてボランティアで、とは行きません。最低限学園の教員に準ずる待遇を求めます。それと単位も」

 

「ええ、もちろん。あなたを雇いたい。と言ってるも同然ですから当然教員と同じ待遇を保証しましょう。単位も専門科目は履修不要とみなし、欠席回数に関しては計らいましょう。テストは受けていただきますがね」

 

「講師の件は了解しました。それで、他にもあるのでしょう?」

 

「これはあくまでも学園の長から企業連の代表へのお願いなのですが、卒業後に企業連の傘下企業への就職枠を頂きたいのです。すでに国内外数社に同じようなお願いをし、枠を確保して頂いています。ですから、IS開発をリードする存在である企業連への道筋が当校から開けるというのも生徒にとって、また、これからの受験生にとって大いに励みになると思います」

 

「そうですね。企業連としても技術者、操縦者の育成は重要なことだと認識しています。ですが、正直な所、IS学園の生徒から雇えるのは留学生のみでしょう。理由は言わずともお分かりいただけるかと」

 

「語学力ですか……」

 

「その通りです。我々は世界中に広がるコンツェルンですから。一応話は今度の会議にかけますが、間違いなくそこを突かれるとおもいます」

 

唯一の希望は有澤重工ですかね? と言って楯無を見るとにこりと笑って扇子を広げた、そこには「ワンチャン」の文字。熟語だけじゃないのね

 

 

「では、採用枠の話はお願い致します。講師についてはまたお話を」

 

「わかりました。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

自分が講師として働くのはまだいいが、採用枠の話はなんとも言えなかった。自分が講師として見ていく中でいい生徒をヘッドハンティングするのが最善だが、それは不平等すぎる。どうしたものかなぁ、と頭を悩ませつつグデッと客前にもかかわらずソファで伸びた

 

 

「さて、天草くんもおつかれのようですし、少し休憩といきましょうか」

 

 

その後、学園の長と生徒の長、そして世界的企業の長と言う謎のメンツでのお茶会と相成った



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いらっしゃいませ、お嬢様

気がついたらお気に入り100件突破です。本家より調子いいです。
本っっっっ当にありがとうございます!


紆余曲折あったものの、なんとか迎えた文化祭当日。メイド喫茶改め、ご奉仕喫茶、1年1組は一夏の存在もあってかなりの盛況ぶりだった

 

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。ご案内いたします」

 

 

シャルロットはどこか上機嫌で接客に従事ていた。教室を見渡せばほかに燕尾服を着た一夏、メイド服のラウラ、セシリア、意外や意外、箒もメイド服だ。その他数人も接客担当として教室内をゆっくり急いでいた

 

櫻はもちろんメイド服のサイズがないから接客なんて無理だ。かと言って執事服を着るのも憚られる(というか、着せようと言ったら発言者が何をされるかわからない)為に総合プロデューサーというわけのわからない役職をあてがわれ、裏方に徹していた。

 

 

「ドリンクの残量は?」

 

「まだ想定内だよ。追加の買い出しは予定通りで良さそう」

 

「おっけい。他になにかある?」

 

「調理は問題なし。お菓子も計算通りに売れてるよ」

 

「よっし。この調子で1日乗り切ろう!」

 

「「「「おぉ~っ!!」」」」

 

相変わらずのカリスマだ。

ホール担当はドタバタだが、裏はカップにドリンクを注いでお菓子や調理済みの一品物と一緒にプレートへ乗せるだけのカンタン作業。意外と余裕がある

 

それもそのはず、ホール担当のメイドや執事の胸元をささやかに彩るバラのブローチ。中にはマイクと送信機が内蔵されており、それで裏方のつけるヘッドセットに音声を飛ばす為、オーダーを取ったら裏では即準備、ホール担当が裏に来たら手渡すだけという効率主義。

これを作らされた数人は徹夜だったそうだが……

 

 

「櫻、そろそろ」

 

「そうだね」

 

携帯を取り出すとおもむろにダイヤル。「時間だよ、予定通りに」と短い会話を済ませると

 

 

「あと30分で追加分が来る。それまで持たせろっ!」

 

「了解っ!」

 

各々の仕事にも慣れて回転が上がってきたところでホールが何やら騒がしい。

「ちょっと見てくる」と一言残してホールに飛び出すと新聞部の腕章を付けた生徒と……メイド服の楯無。そしてチャイナドレスの鈴。

 

 

「いったい何事ですか? あぁ、楯無先輩ですか……。オイ」

 

ボス(ラスボスはもちろん……)の登場に気づいた者は櫻に目を向けるが、楯無は一夏を隣に据えて新聞部員に写真を撮られている。

 

後ろからそっと近づき、新聞部員と楯無の肩に手を置くと

 

 

「先輩。後で虚先輩にこのことはご報告させていただきます。それと新聞部の方。ちゃんとアポイントメントを取ってからの取材をお願い致します。でないとどうなるか解るよな」

 

現れた櫻に笑みが引きつる一夏と鈴。そして冷や汗を流す新聞部の娘。

楯無は「万事休す!」と書かれた扇子を広げ……殴られた

 

 

「いい加減にしてくださいね? 私も天使じゃありませんから。いまとっても忙しいのがわからないとは言わせませんよ? オイ、なにか言ってみろよ楯無」

 

「さ、櫻ちゃん? キャラがぶれてるから……」

 

「そうですかね? いつもどおりですよ。ね、一夏くん?」

 

「あ、ああ。そうだな。うん」

 

赤べこの如く頷く一夏。あの(堕)天使スマイルで同意を求められれば頷かざるを得ない

 

 

「えっと、じゃぁ専用機持ちの娘をお借りして退散するわ……」

 

「じゃ、じゃあ、私もコレで失礼しま~っす」

 

「もう二度と来なくて結構ですよ。それと、新聞部には先生を通じて抗議を入れさせていただきますので」

 

一瞬足が止まった新聞部員だったが、そこからダッシュで教室を飛び出した

 

 

「さ、櫻ちゃん。シャルロット達がいなくなると回らないよ!」

 

「私が前に出るから。執事服はまだあったよね?」

 

「う、うん。でも、あと3人が……」

 

「それはちょっと――「いらっしゃいませ、お嬢様」

 

 

ちょうど入ってきたのはスーツを着た女性3人。2人は20代と見え、もう一人は同年代にしか見えない。

「さくちん! 来たよ~!」

 

そう、紫苑始め、フュルステンベルクの一行だ。

櫻はニヤリと笑うと

 

 

「クロエ、ちょっと」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「コレ来て接客。はい、裏行って着替える!」

 

「え、ちょっと。櫻さまっ?」

 

クロエを拉致すると裏に押し込み、メイド服に着替えさせる。そして何事もなかったかのように「ご主人様、ご案内!」とホールに叫んだ

 

櫻も裏に飛び込んでさっさと燕尾服に着替えるとクロエとともにホールに出た

 

 

「いらっしゃいませ、ご主人様。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「あらあら、櫻はメイドじゃないのね」

 

「本当は裏方だよ……。さっき一夏くんが連れて行かれちゃったからさ」

 

「いっくんも災難だね」

 

「ホント、それで。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「そうね、私はケーキセット、アイスティーでね」

 

「私も同じでいいよ」

 

「かしこまりました。ケーキセット、アイスティーでお2つ、お間違い無いでしょうか?」

 

「ええ」

 

「では、暫しお待ちを」

 

去っていく櫻は長い銀髪と漆黒の燕尾服とのコントラストで普段の2割増しでかっこ良く見えたのは気のせいでは無いだろう。

廊下や教室で「お姉さま……」とつぶやかれるのを紫苑は聞き逃さなかった

 

――女の子にモテそうだとは思ったけど……まさかねぇ

 

母の心配を他所に、娘はさらにファンを増やしていくのであった



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クロエと文化祭

「爆弾解除ゲーム、ですか?」

 

「そこの美術室でやってるからぜひ来てよ!」

 

「面白そうだね、クロエ、行こうか?」

 

「ええ」

 

 

 

一夏や専用機持ちたちが楯無に拐われて客足も落ち着いたところで櫻には休憩時間があてがわれた。

そこでクロエと校内をぶらぶらとしているわけだ。ただ、一応腕には「生徒会」の腕章を付けて仕事の体にしている。

そして校内でもある程度名の通る櫻故に「ちょっと寄って行かない?」の類が多いのだ

 

 

「これ結構本格的ですね。最後はわざと2本だけ残るように配線してますか?」

 

「お、見ただけでそこまでわかるとはさすがだねぇ。最初は本物っぽく見せてるけど、最後は運だね。映画でよくあるアレだよ、アレ」

 

「ゲーム感を残しつつ雰囲気出すには最高ですからね。『赤と青、どっちを選んだらいいのっ!?』『君との赤い糸は切りたくない、だから、青を選ぶよ』的なアレですよね!」

 

「そそ。櫻ちゃんは留学生なのに日本人臭いよね。悪い意味じゃないよ?」

 

「まぁ、小学校低学年までは日本にいましたからねぇ。家に帰ると『この紋所が目に入らぬかぁ!』ってやってましたよ」

 

「あぁ、懐かしいね。って言ってる間にラウラちゃんはラスト2本だね?」

 

「失礼ですがラウラではありません。姉のクロエです」

 

「あっ、すみません。背格好が似ていたもので……」

 

美術部員と櫻のおしゃべりの間にクロエはラストステージ。実力ではなく運が試される場面にたどり着いていた。タイマーはまだ余裕の1分。

周囲の目はクロエに注がれる。

 

 

「さぁ、クロエさん。どちらを選びますか?」

 

「どちらも選びません、両方です」

 

2本をまとめてニッパーで切った。

 

ピッ、ピッ、ピッ……

タイマーが止まり、爆発SEも出ない。カウントを示していた小さなモニターには「Congratulations!」の文字。続けてチャチなファンファーレが鳴り響いた

 

 

「おめでとうございます! 初めての成功者ですよ! 成功した方にはこちらの1/5打鉄スケールフィギュアをプレゼントしま~す!」

 

櫻さんには参加賞のうみゃー棒を、と言われてスナック菓子を手渡された。

クロエはガラスケースに入った打鉄をじっと見つめて少し、笑った

 

 

「いい出来です。これは売れますよ」

 

「でしょ? ウチの部の整備科の子が本気出してくれたんだよ。でも全部手作りだからラファールあと合わせて6個しか用意してないんだよね」

 

「それでもスゴイですよ。この出来は。うちの会社のデザイン科に欲しいくらいです」

 

「マジでっ? 今度本人に就職決まった。って伝えとくよ」

 

「採用試験でお待ちしていますね」

 

「ですよねー……」

 

「これはどうやって持って帰りましょう……」

 

「私が後で送るよ。ひとまず寮に置いてくるから」

 

「私は生徒会の出し物を見ていますね」

 

「あいよ~」

 

「櫻ちゃんもクロエさんもありがとね!」

 

 

美術室を後にしたクロエがアリーナに入った頃には、にはすでにアリーナは人であふれていた。

それもそのはず、生徒会主催の観客参加型演劇『灰かぶり姫』の人気は(景品によって)測りしれず、開場1時間前から多くの生徒が行列をなす有り様だったという。

 

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寮で国際宅配便の手続きを済ませ、アリーナに向かう途中でヘッドセットから楯無の声が入った

 

 

『櫻ちゃん、入場者の中に名簿にない人間が紛れ込んでるわ。オレンジ色の髪のスーツの女性だそうよ。注意してね』

 

「了解です、いまアリーナに向かってます」

 

櫻がアリーナに裏から入り数分。開演のブザーが鳴った

 

 

「昔々、あるところに――」

 

定番の出だしから始まるアナウンス。そしてアリーナのスクリーンには地面に這いつくばり、床をふく少女のシルエットが映し出される。だが、暗転。その次に映しだされた少女の両手には機関銃と思しき影。背後には死体の山

 

「否、それは名前ですらない。幾多の武闘会をくぐり抜け――」

 

――おいおいマジかよ、と思いつつも影からステージの真ん中に立つ一夏を見守る

 

「今宵も血に飢えた少女たちの宴が始まる。王子の冠に隠された軍事機密を狙って……」

 

パッ、とスポットライトで一夏が照らされた次の瞬間には「もらったぁぁぁ!!」と威勢のいい声とともに鈴が飛びかかった。

 

カンカン、ガン! ガツッ! と金属同士がぶつかったり何かをぶっ壊したりする音を響かせながらステージを舞う2人。だが、バシッと何かが弾ける音で一夏は飛びのいた。恐らくはセシリアの狙撃だろう。彼も災難だ

 

シャルロットに守られたり、ラウラと箒が刃物で戦ったりとしている間に一般参加タイムだ。100人はくだらないであろう数が一夏めがけて襲いかかる

 

 

『仕掛けてくるならこのタイミングよ、警戒して』

 

「了解」

 

近くに居るだろうクロエにも周辺警戒とISの展開許可を与える。シャルロットとラウラはお預けだ

 

『白式の展開を確認、更衣室よ。私が先行する、櫻ちゃんは近接戦闘向けパッケージでついてきて』

 

「了解。先輩だけで片付けちゃってくださいよ。更衣室に4機は狭すぎる」

 

『退路を塞ぐだけでいいわ。お友達も居るんでしょ?』

 

「ええ。では、ご無事で」

 

『私は学園最強よ? 見くびらないでほしいわね』

 

「はいはい。クロエ、聞いてたね。黒鍵を展開。私とに空中の警戒を」

 

「わかりました。空中を警戒します」

 

 

 

学園祭の影で亡き者が表舞台に姿を表した

 

 

 

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インド洋と南極海の間の海域に浮かぶメガフロート、そこに設置された『ドリームキャスト(夢の案内人)』と呼ばれる巨大マスドライバーは数日おきに銀色の巨大な流線型の物体を空へと打ち上げている。

一つ解ることは打ち上げられる物体には、本を読むうさぎのロゴがあしらわれていること。その物体の行く先もわからなければ中身もわからない。

 

そして、計画の進捗状況を聞いてほくそ笑むのはそう多い人数では無かった。



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橙色の襲撃者

更衣室にて白式が緊急起動され、楯無が真っ先に現場に向かった。櫻は周辺警戒を、クロエは空中警戒を行っていた。

もちろんこの情報は教職員はもちろん、櫻を通じて紫苑と束の元にも届いている。

 

 

「楯無先輩、状況の報告を」

 

『敵は1、アメリカから盗られたアラクネで間違いないわ。8本足で気持ち悪いわね。操縦者の腕もかなりのものよ』

 

「とりあえず教員のIS部隊が待機していますが、おそらく歯がたたないでしょうね。いざとなれば私が突っ込むのでおねがいしますね」

 

『それはありえないってのっ!』

 

楯無の声が少し力んだ、おそらく交戦に入った。レーダーも2つの点がせわしなく動いていることを示している

 

おかしい、白式が起動しているのに動かない。それに"生体反応とコアの位置がずれている"どういうことか。ISを量子化せずに放置したわけでもあるまいし、恐らくは白式も盗まれかけているとかんがえることが妥当だろう。

 

――剥離剤(リムーバー)か、面妖なものを……

 

 

「先輩、相手はリムーバーを持っている可能性があります!」

 

『ええ、一夏君が白式に乗ってなかったから! っく!』

 

「大丈夫ですか?」

 

『ええ。今から決めるわ』

 

そして始まる 霧纏の淑女ミステリアス・レイディのステージが。急激な不快指数の上昇とともに

わざとオープンチャンネルで発せられる甘ったるい声で、

 

 

『ねぇ、この部屋暑くない?』

 

『櫻さま、敵機を補足しました。距離3万。コアナンバーからサイレントゼフィルスで間違いありません』

 

「了解。そのまま待機、動きがアレば随時報告」

 

『了解』

 

『不快指数ってね、湿度と温度に依存するの。ねぇ、"この部屋蒸し暑くない?"』

 

――あぁ、決まった。

 

ミステリアスレイディの誇る高火力技。閉所だからこそ威力も倍増しているであろう 清き熱情クリアパッション。豪快な爆発音とともに『一夏君、今っ!』と聞こえた。レーダーでも白式がアラクネと交差したのが見て取れる。

 

だが、次に聞こえたのはまた爆発音。それも、火薬の類の

 

 

「敵上空に離脱、クロエ! 捕縛!」

 

『とっくに! サイレントゼフィルス、距離詰めてきます、残り1.5!』

 

近距離戦闘パッケージ『LAHIRE』を身にまとう今、正確な狙撃は不可能。だから、今最善の選択を

 

 

「クロエ! カノーニア展開! 女をこっちに!」

 

『投げます!』

 

さらっとえげつないことを言うが櫻のノブレスオブリージュとクロエの黒鍵が交差する瞬間、オータムの身は宙を舞った。どうやら意識は刈り取られて居るようだ

 

直後、光が砲身を形作り、両肩に荷電粒子砲自由への咆哮(ゲプルール・デ・フライハイト)を呼び出し放つ。

 

 

『命中せず。ですが時間稼ぎは出来たようです』

 

「ええ。そのまま砲撃を継続。専用機持ちが上がってくるよ!」

 

『Ja!』

 

『櫻ちゃん、無事?』

 

「もちろん。ですがお客さんがもう一人居るようです。こちらから牽制をかけて時間は稼ぎましたので手下その1を餌に海上へ惹きつけます」

 

『わかったわ。情報を得られないのは困るけど、学園への被害も出される方が悲惨だから』

 

オータムの持っていたコアをそっと抜き取り、代わりにその辺の石ころを突っ込んで一度アリーナの裏の藪にコアをぶん投げる。

そして束にその場所をプライベートで送信。

櫻はオータムを抱えたまま海上へ離脱する

 

 

「お姉ちゃん。その場所にコアを一つ落としたから回収をお願い」

 

『あいよ~。コレでコアを新造する手間がちょっと省けたね』

 

「あぁ……でも、そのコアはお友達にプレゼントしようかなぁって」

 

『う~。誰にあげるつもり?』

 

「本音に……ね」

 

『あぁ、のほほんちゃんかぁ! なら大賛成だよ!』

 

「じゃ、回収はしっかりね。くれぐれも千冬さんにはバレないように」

 

『わーってるよ。じゃ、さくちんも、死なないでね』

 

「うん、行ってくる」

 

櫻はノブレスオブリージュにパッケージを換装すると天使砲を真正面に向けた

そして、光の渦が放たれ、遠く先で砕けた

 

お返しとばかりに放たれる閃光。それをひらりと避けるとオープンチャンネルで言い放つ

 

 

「あらあら、そんなにぶっ放しちゃうとそちらのお友達はバラバラになっちゃうよ?」

 

『…………』

 

「だんまりですか。このおばさんは返してあげるからさっさと帰ってくれないかなぁ」

 

『私は、与えられた任務をこなすまで。迎えに来たぞ、オータム』

 

「残念ながらお友達は夢の中なのよねぇ。そっちにぶん投げたら怒る?」

 

『構わん。私はそいつを連れて帰るだけだからな』

 

「じゃ、行くよ。取ってこ~い!」

 

体がバラバラにならない程度に加減をしてオータムを放り投げると天使砲でサイレントゼフィルスをロック、そして放った。さらに後ろからは赤い閃光。

 

 

『なっ!?』

 

「これがシールドビットねぇ。めんどくせぇ装備をつくってくれたなぁ。セシリア、ラウラ、私の指揮下に、クロエは空間統制を」

 

『『わかった(りましたわ)』』

 

『Ja』

 

そして始まる1対4の蹂躙戦。それも相手は手負いの見方を担いでの戦闘。そろそろ気づいても遅くはないができるだけ削っておきたいところだ

 

ラウラがレールガンを放てば櫻がレーザーキャノンで退路を塞ぐ、そしてセシリアが隙間を縫うような狙撃で確実に相手のシールドエネルギーを削っている。幾らシールドビットがあるとはいえ、同時に多方向から攻撃を受ければ防ぎきれない

 

 

『雑兵共が、小癪な真似をッ!』

 

6機のビットがサイレントゼフィルスの周りを周回、そしてレーザーを放つ。

だが、直線的な攻撃をよけきれないほど彼女らは下手ではない。

 

 

『この程度なら私でもッ! ああぁっ!』

 

『セシリア、どうした!?』

 

「フレキシブル。BTの最大稼働率でしか出来ない変態テクニック。どうしてあんたが、なんて聞かないよ。さっさと叩き潰す!」

 

『私には貴様らと遊んでいる時間などない』

 

そうして形勢が逆転しつつある。相手がフレキシブル使いとなれば何処から攻撃されるかわかったものではない。

 

櫻やラウラも弾幕を形成し、足を止めるが、後ろからレーザーで削られる

 

 

『被害レベル上昇につき、撤退を提言します』

 

『だがっ、相手はまだ!』

 

「そうだね。惜しいけど下がろう。帰れば、また来れるから」

 

『っく。上官の命令には逆らえん。ボーデヴィッヒ、戦線離脱を宣言。損害報告は省略する』

 

『セシリア・オルコット、戦線を離脱。損害は背部ブースターとビットが2機ですわ」

 

「2人はそのままアリーナへ。私達も少ししてから戻るから」

 

『了解』

 

「クロエ、もうちょっとお遊びをしてから行くよ。高速戦闘用意!」

 

白と黒が並び、ブースターが輝くとそのまま弧を描きつつサイレントゼフィルスの周りを飛び回る

 

弧を描く赤、直線的な橙、目に見えぬ青。上空で繰り広げられる戦闘に楯無は焦りを隠さずにはいられなかった。

 

――あんなレベルの高い操縦者との戦いを自分のペースに持ち込むなんて…… 国家代表なんて目じゃないわよ、あの娘!

 

 

実際に、適当に撹乱しつつ、学園との距離を確実に離していた。そして頃合いとばかりに隙の大きな有澤グレネードをぶっぱなして櫻とクロエは尻尾を巻いて逃げた。追ってこないのがわかってるとは言え、敵を目の前に背を向けて全力で逃げるのはなかなか悔しい物だった

 

 

校舎の裏に降り立ち、ISを解除してからアリーナに入った2人は楯無から現状報告を受け、学園に更衣室以外の損害がなく、けが人も騒ぎでの軽傷者こそいたものの、戦闘による被害者が出なかった事を聞いた。

 

もちろん、織斑先生からの説教こそ待っていたものの、最後には被害を最小限に抑えたことを褒められたから良しとしたい。

 

 

 

 

一夏? 彼なら立派な民意により、生徒会の所属となり、各部活動に輪k……回されることになった。その時の絶望的な表情は見ものだったと楯無と櫻は語る。

 

 

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「さくちん、今回も派手にやらかしたね~」

 

「しかたないじゃん、第3世代のフレキシブル使い相手にこんなポンコツでさぁ」

 

「さくちんが夢見草で本気出したら第3世代機10機相手にしてもワンパン余裕だから駄目だよ。それこそチートだもん。それに、クーちゃんの黒鍵もね。ワールドパージなんて使ったら世界を敵に回しても余裕の勝利だよ」

 

「んにしても、あのサイレントゼフィルスの操縦者、どこかで聞いたことのある声なんだよねぇ」

 

「そう? あとで音声解析してみようか?」

 

「うん、お願い。それで、コアは?」

 

「ちゃんと拾っておいたよ。元はアメリカに配分されたものだねぇ。ま、リセットしたら解んなくなっちゃうけど」

 

「本音へのプレゼントはISであってISじゃないものにしよう。ISのためのISを、ね」

 

「彼女整備科志望って言ってたもんね~。それに結構センスあるし、いいかもね。じゃ、気合入れて作りますか!」

 

「私がやる!」

 

「いや、いくらさくちんの頼みでものほほんちゃんのは束さんが本気出しちゃうもん!」

 

「ねぇねぇ、呼んだ~?」

 

「「ふぇっ!?」」

 

2人きりになれる場所を選んだはずが、気がつけば真後ろに本音。

本当に神出鬼没だ

 

 

「なんの話してたの~?」

 

「ウチの会社でコアが余ったから本音に専用機でも~って」

 

「えっ!? 本当!?」

 

「うん。まぁ、楯無先輩や虚先輩の許可が下りれば、ね。正式に本音には私のところに来てもらうよ」

 

「(よく抜け抜けと嘘がつけるね)」

 

「(いずれにせよ、このコアは何処のものでもない。だから"私達"のものだよ)」

 

「(うわぁ、せっこいねぇ)」

 

「じゃ、じゃぁ! 今すぐお姉ちゃんのところに行ってくる!」

 

「本音そんなに走ったら転ぶよ……って言わんこっちゃない……」

 

目の前で盛大に靴紐を踏んで転んだ本音を起こすと

 

 

「本音、先に行っておくけど、本音の所属先は企業連じゃない。私だよ?」

 

「え? どういうこと?」

 

「言葉通り。オーメルでも、ローゼンタールでも、GAでもなく、本音は私のものになる。私達と一緒にISの正しい姿を取り戻すんだ」

 

「そっか……」

 

「嫌なら嫌だと言ってくれていい。選ぶのは、本音だから」

 

「ちょっと考えるよ。専用機って言われて舞い上がっちゃったみたいだから」

 

「そうして。じっくり考えて。"私"に従く事のメリットとデメリットを」

 

「うん、邪魔してごめんね。さくさく、束さん」

 

「いいのいいの! のほほんちゃんだからね。良い返事を待ってるよ」

 

「それはわかんないかな~。でもまた一緒に遊ぼうね!」

 

「うん!」

 

これだけ見ると子どもの約束だが、まるで重みが違う。櫻に従く、それが意味することとは……

 

 

「で、お姉ちゃん。いまどのくらいまで進んでる?」

 

「そうだなぁ、フェイズ1は8割。今月中には終わるよ。そしたら拠点を向こうに移そう」

 

「だね。本当はみんなで行きたかったなぁ」

 

「仕方ないよ。私達には味方なんて居ない。もしかしたら千冬さんすら敵に回るかも。その時は3人で。ね」

 

「ママさんはやっぱりわかってくれなかったか」

 

「やり過ぎだって。だからムッティも置いて行こう。私達は5年掛けた、それでやっと1歩目が踏み出されようとしてる。長くなりそうだね」

 

「だね。そのための揺りかごだ。やっと無限の成層圏(Infinite:Stratos)に手を掛けたね」



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高機動パッケージ? なにそれ?おいしいの?

IS学園の学食、いつもどおりに盛り上がる専用機持ちたちを横目に、牛丼を胃に押し込み、お茶を一口飲んでほっ、と息を吐いたのは櫻、簪、本音の3人だ。

 

 

「さて、文化祭の余韻に浸る間もなく次のイベント、キャノンボールファスト。打鉄弐式には高機動パッケージとか来てるの?」

 

「それが、案の定……ねぇ」

 

「あぁ……やっぱり? じゃ、ぎりぎりまで軽量化してから増設ブースターで対応だね。打鉄弐式は素の機動力は高い方だから極端にぶっ飛んだいじり方しない限りはバランスも崩れないだろうしね」

 

「それで、さくさくはどうするの?」

 

「もちろん、企業連が誇る変態集団、アスピナ機関からキャノンボールファスト専用と言っても過言ではない超高機動パッケージが来てるよ。その名も、VZ-Sobrero」

 

「そ、ソブレロ……。逆流……?」

 

 

おい、簪、目を輝かせるな

 

 

「先に行っておくけど、簪ちゃんの期待してるような姿はしてないからね? 穴なんかじゃないからね?」

 

「えぇ~、残念だなぁ」

 

「極普通の紙装甲高機動のISだよ。そこに秘密兵器ものっけちゃうからぶっちぎりで一位は間違いないね」

 

「それって普通なの~?」

 

「櫻さんの普通は私達の驚愕、もうなれたよ」

 

「じゃ、明日はその調整。と行きたいところですが、ちょっとお買い物に行こうと思います」

 

「突然どうしたの?」

 

「いやぁ、手持ちのPCがイカれちゃってさ。電器屋さんでパーツ買いたいんだ」

 

「なるほど。付き合うよ。そろそろ新しいの組みたいし」

 

「私も~。デラックスパフェはまだお支払い頂いてませんぜ、姉御」

 

「うっ……。と、とりあえず打鉄弐式の高機動向けセッティングを始めようか。そのために早飯食いをしたんだし」

 

謎のやりとりをする2人に疑問を覚える簪含め、3人は整備室に向かった。

 

もちろん、こんな時間に整備室が使えるのも、整備科教諭、天草櫻のおかげである

 

 

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純国産を謳いつつ、櫻が手を貸したことにより若干のオーメル臭が漂ってきた打鉄弐式。今回も開発元の倉持技研の支援が受けられないとあり、オーメル社製の小型ブースターをスラスターとして6機追加した。

 

 

「とりあえず、山嵐は降ろして追加ブースターを付けたよ。でも基本的にそいつらは向きを変えるためのスラスターの役割だから推進力自体は余り増えてない。だから、メインに山嵐のエネルギーを振ってスペックだけなら白式についていけるようにしてみたよ。実稼働は明後日以降だけど、どんな感じ?」

 

「違和感は無いね。ちょっとスラスターが増えた分制御が難しいけど、補助もあるしなんとか」

 

「うっし、ひとまず打鉄はコレでいいかな。本音、機体も文句言ってないよね?」

 

「推進系に若干のラグが出てるけど、修正できる範囲だよ~。ちゃちゃっとやっちゃうね~」

 

キーボードを叩く本音を見つつ、簪の隣で櫻もISを展開する。

現れたのは漆黒のIS。ありとあらゆる場所が面で構成され、さながら飛行機のようだ。事実、肩には垂直尾翼のようなものまで付いている

 

 

「これが、現代版フラジール……」

 

「そだよ~。空力特性をとことん追求したキモ……独創的なスタイル。そして武装はマシンガンだけという素敵仕様」

 

「櫻さん、さすがにそれは舐めすぎじゃないかな……?」

 

「まぁ、予備でグレネードとか持って行くよ。後ろにぶん投げれば牽制には仕えるでしょ」

 

「打鉄の調整終わったよ~」

 

後ろから本音の報告を聞き、「うい、おつかれちゃん」と返して再び簪に向く

 

 

「これはライバルとしての宣言だよ。スタートダッシュでお前ら全員おいて行ってやるよ」

 

「櫻さんが言うからには本当にそうなるんだね。じゃ、それの対策も打たないと」

 

「おう、がんばれよ、生徒諸君!」

 

「さくさくは先生で、生徒だからね~」

 

「まぁ、手加減はなし。今度こそ世界中の代表候補生をぶちのめしてやる」

 

「櫻さん、顔が恐いよ……」

 

 

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超音速で行われるキャノンボールファスト、必要なのはスピードを出すためのブースト。そして、カーブを曲がるためのスラスト。ライバルをけん制するための火力、そしてそれから身を守るための防御力。一番重要なのは、操縦者の反射神経だ。

 

バランスよく整えれば勝てるとも限らず、なにか一つにとがらせるとどこかで齟齬が発生する。

だが、あえてそれに挑むのも一興。とくに、整備科教諭として、生徒にこんな姿もアリなんだ、と教える絶好の機会だった。

櫻は生徒としてだけでなく、先生としてもキャノンボールファストへしっかりと腰を据えていた。

 

 

「スペック上は世界最速。だけど、ここにアレとコレをくっつければ……クヒヒッ」

 

 

自室でディスプレイに表示される設計図を見ながらニヤニヤと笑う姿は少し悪に落ちた科学者のそれを感じさせる。

 

ディスプレイの中のソブレロには、背中と腰に何やら怪しい物体が装備されていた



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お買い物♪ お買い物♫

休日の駅前はやはり人が多い。

そんな雑踏の中で櫻と本音は簪を待っていた。

 

 

「簪ちゃん遅いねぇ」

 

「かんちゃんに限って寝坊は無いだろうし~。どうしたんだろ~?」

 

辺りをキョロキョロと見回すと見慣れたシルエットを見つけた。それも、男数人に絡まれているようだ。本音に「面白そうなものみっけ」と告げてそっと近づく

 

 

「ねぇ、いいじゃん。俺らと一緒に遊ぼうぜ。そこに駐めてる車、俺のだしさ。イタ車。かっこいいよ? ね、行こうぜ」

 

イタリア、という言葉にカチンと来たらしく、すこし引きつり気味の笑顔で「へぇ、あのスピード狂の何処がいいんでしょうね? 見栄っ張りにはぴったりじゃないですか?」とガッツリ皮肉った。

 

 

 

「でゅっちーが恐いよ……」

 

「やっぱフランスとイタリアって仲悪いんだね……」

 

その後も(邪悪な)笑顔を振りまいていた所、何かを勘違いしたらしく、男が「いいじゃん、な」と言って腕をつかむ。

するとそのまま一回転。男の腕を捻り上げた。

 

 

「おぉ、さすがロッテ。やることがえげつない」

 

「ちょっとおまわりさん呼んでくるよ~」

 

「だね、お願い」

 

相方のピンチに飛び出すチャラ男。さすがに腕を固定した姿勢からもう一人は辛いと判断し、櫻が飛び出しスマートフォンを手にぶつかる

 

 

「So,sorry. Are you okay?」

 

あくまでも自然を装ってよろけた男を相方から引き離すと「ちょっと良いかね?」と渋い声が聞こえた。

もちろん声の主は制服に身を包んだ警官が2人。男たちの抵抗が止む

 

 

「先程、女性に対する迷惑行為があったって通報を受けてね。ちょっと交番まで来てくれるかい?」

 

一人が「大丈夫? 怪我はないかい?」とシャルロットに声を掛け、もう一人が男たちを連れて行く

 

 

「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

「いや、仕事だからね。最近の女の子は強いんだな。でも、自衛もやり過ぎないようにね」

 

「はい。気をつけます」

 

そうしてもう一人の方、ぶつかったのは外国の女性だろうが彼女はどうしたのかと辺りを見回すと、この雑踏でも目立つ長身とプラチナの髪が見えた。ふふっ、と小さく笑って「また助けられたね」と一つ呟くとシャルロットはちょうど来た待ち人に声をかけた

 

 

「遅いよ、ラウラ!」

 

 

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「いやぁ、我ながらいい仕事したっ!」

 

「観光に来た外人さんなかんじかな?」

 

「そそ、スマホみてれば違和感ないしね。それにちょっと気合入れてタックルした」

 

「うわぁ、さらっとやることが酷いね~」

 

「お友達のピンチに颯爽と現れる、ヒーローの鉄板だね!」

 

「でも気づかれてないよ?」

 

「ま、そんな影のヒーローもかっこいいんだよ」

 

すると櫻の携帯が震えた

 

 

「お、簪ちゃんからだ。駅なう、だって」

 

「やっとか~。とりあえずそこのカフェでお茶しながら待とうよ~」

 

「だね。ここも久しぶりかな」

 

年度の初め、簪と本音と初めて駅前に来た時に朝食を取ったカフェに陣取り、また櫻はコーヒーを、本音はオレンジジュースを飲みながら簪の到着を待った

 

さすがに駅にいただけあって数分で簪は到着。軽く息が上がる簪にアイスティーを出すと遅刻の理由を尋ねた

 

 

「簪ちゃんが遅れて来るなんて珍しいね。どうしたの?」

 

「いや、朝から、アニメが溜まってて。はぁ」

 

「あいかわらずだね~かんちゃんも」

 

「それで、今日はPCパーツを求めて、だよね」

 

「うん、この際新規にタワーを組む。今までのだとスペック不足だったから」

 

「簪ちゃんはゲームでもするの?」

 

「そうだよ。ボーナスも入ったし、グラボ2枚積みとかやってみたかった」

 

「ゲーミングPCってヤツ?」

 

「そう。騒音も消費電力も重量もヘビー級」

 

「ガチだね……」

 

「櫻さんは?」

 

「私も新規で組み直しだよ。マザボが逝っちゃったみたいでさ」

 

「さくさくもゲームするの?」

 

「う~ん。タブレットとかでパズルしたりはするけど、オンラインゲームはあんまりやらないかな。時間もないし」

 

「櫻さんはISの設計だとかシミュレーターを動かすからそれこそゲーミングPC顔負けのグラフィックスが求められるはずだけど」

 

「そだよ。だから液冷のヤツを5年位前から使ってたけど、ついに寿命らしいね」

 

「さくさくが使いすぎ……、なんでもないよ~」

 

「まぁ、それもあるかな」

 

 

3人はそれぞれドリンクを飲み干すと席を立った

 

 

 

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「うぅむ、この際だから私も簪ちゃんと同じようなガチスペックで組むか……」

 

ガラスケースに並ぶパーツ類を前に腕を組み悩む櫻。簪は予め買うものを決めていたようで、サクサクとカゴに突っ込んでいた。

ウロウロする櫻に思わず声を掛ける

 

 

「構成で迷ってるの?」

 

「そうなんだよ~。CPUは別にそこそこでいいんだけど、そうすると最大メモリ数が足りないし、かと言っていいものは発熱も多いから冷却系で箱が大きくなるんだよねぇ」

 

「どれだけのメモリを積みたいの?」

 

「最低32。いま16だけど、これからもっと食うようになるからさ」

 

「16を2枚だね。それで、シミュレーターとかを動かすならGPUもそこそこのスペックが必要でしょ、サウンドはどうでもいいから――」

 

 

結局簪がその場で構成を考え、グラフィックスだけはハイスペック、それ以外を切り捨てたまさに設計専用のPCを編み出した

 

2人が、超ハイスペックなサーバーを1台組んで、それを共用すればいいとひらめくのはもう少し後の話。

 

 

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両手に大量の荷物を持った2人を他所に、本音は軽い足取りで「デラックスパフェが待っている~」などと歌っている

 

 

「本音、ちょっと。まずはお昼」

 

「えぇ、あそこでまとめて取っちゃおうよ」

 

「この際面倒だから本音の言う通りにあの店で昼食も取ろう。そのほうが楽だから」

 

「あそこってスイーツ系ばっかりで色々と……」

 

「仕方ないよ。諦めて」

 

 

そうして本音に連れられて入ったのは高級スイーツ店。パンケーキが1200円もする驚きのお店だ。

だが、値段に見合った美味しさで、客は絶えない

 

 

「じゃ、ここはさくさくのおごりで~」

 

「はいはい、わかっとりますよ」

 

櫻はバニラアイスの乗ったハニートースト。簪はパンケーキのジェラート添え。そして、本音はデラックスパフェを頼んだ。

 

 

デラックスパフェ、それは名前の通り、デラックスなパフェ。

イギリスから取り寄せたジャムを底に敷き、北海道産の牛乳を使ったソフトクリームとコーンフレークを3層に重ね、てっぺんには最高級の果実をふんだんに盛りつけたこの店の誇る最高のパフェだ。おねだんも驚きの4200円。かなりの量があるので、普通は数人で1つ頼んで割り勘するものだが、本音はコレを一人でぺろりだ。

 

さすがの簪も若干引いていたが、幸せそうな笑顔でアイスを頬張る本音に何処かほっこりしてしまった。

隣の櫻も同様で、本音の方をみてだらしない笑顔を浮かべている

 

 

 

胃も心も満足した3人は来るキャノンボールファストへ向けて気持ちを切り替える。

残された時間は2週間。それまでに機体のセットアップを済ませてエントリーを済ませなければならない。

櫻は簪の機体と自身の機体、両方を見つつ、専用機を持たない生徒達の面倒も見なければならないのだから大忙しだ。

 

各国の視察はもちろん、企業からもヘッドハンティングに来る。櫻もその目的を持ち合わせているが、本文は参加者として企業連の名に恥じぬ成績を残すこと。そして、ついでに2年や3年から素質のある子をピックアップだ。

 

 

 

「はぁ……」

 

「さくさく、どうかしたの?」

 

「いやぁ、やることが多いなぁ、ってね」

 

「大変だったら、私の機体は本音に任せてもいいんだよ?」

 

「もともとそうするつもりだけど、ファイナルは私も見なきゃ駄目でしょ? ウチのパーツだし、責任者としてさ」

 

「まぁ、それもそうだけど。無理はしないでね?」

 

「無理しないと仕事が片付かないんだよぉ~」

 

 

色々と忙しい社長殿は、また千冬が飲みに誘ってくれることを何処か期待しながら、甘いアイスを口に含んだ

 



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練習あるのみだよ、青年!

「今日の実技では、キャノンボールファストに向け高速機動の訓練を行う。4名ずつ一周だ。始めるぞ」

 

 

キャノンボールファストを控えて実技では決戦の場、第6アリーナを使った高速機動練習の割合が増えてきた。

専用機持ちも各自高機動パッケージを用意し、慣らしに入っている

 

 

 

「では、まずは天草からオルコットまで。行け」

 

黒、白、灰、青。それぞれの機体が並ぶ。白式以外はほぼキャノンボールファスト専用と言っていい高機動パッケージがインストールされ、ブースターやスラスターが増えて迫力が増していた

 

櫻のソブレロは紙っぺらだが。

 

 

『幾ら練習とはいえ、手は抜きませんわよ?』

 

『もちろんだ。俺もお前らを見て盗めるものは盗まないとな』

 

『一夏もやる気だね。じゃ、櫻。僕達も本気で行かないと……ってその機体ふざけてるの?』

 

「真面目も真面目、大真面目よ。武装も装甲も取っ払ってスペックだけなら白式以上だよ?」

 

『それでもほとんど生身に翼が生えてるようなもんだろ? 防御力なんて無いに等しいんじゃないか?』

 

『ま、まぁ。櫻さんのことですから、なにか作戦があるのでしょうね』

 

「もちこーす。それは当日のお楽しみ」

 

『お前ら、おしゃべりもそこら辺にしておけ。カウント、始めるぞ』

 

織斑先生の声で気を引き締めなおし、視界の片隅のカウントを見守る

だんだん減る数字。1……0!

 

ドン! と衝撃音とともにスタートを切った4機はまっすぐ塔の中に飛び込んでいく

 

 

『そういえば、コレは実践形式でいいのかな?』

 

『どうでしょう? 単純に機動練習ならば攻撃は出来ませんわね』

 

『まぁ、俺は攻撃手段が1つしかねぇからあんまり関係無いな』

 

「一夏くんもなかなか尖ったセッティングにしたねぇ」

 

『そんなにドンパチがしたいなら、次のカーブを曲がってから交戦を許可する。それまでお預けだ』

 

織斑先生のありがたいお言葉にセシリアの目が輝いた(ような気がした)

 

 

『これでより実戦に近い訓練が出来ますわ! 見ていてくださいね。私の華麗なるチャールダーシュを!』

 

「それって遅いところもあるよね……」

 

『突っ込んだら負けなんだよ。きっと』

 

先頭を突っ走るセシリアを一夏とシャルロットが並んで追いかけ、少し遅れて櫻が続く。

火蓋が切られるカーブまで3秒、2、1。Engage!

 

真っ先に火を放ったのはシャルロット、セシリアに向けてアサルトライフルをばらまく。

次に一夏は隣のシャルロットを蹴落とそうと横薙ぎの一閃

 

――そのままごちゃごちゃになって自滅しろ~!

 

櫻は漁夫の利狙いだ

 

 

『っく! なかなか面倒な真似をしてくれますわ!』

 

『勝負なら負けたくないのが男の性でね!』

 

『でも、単調な攻撃は避けられるだけじゃないよっ!』

 

雪片を振りぬいた一夏にシャルロットが数発見舞うとバランスを崩して壁に突っ込んでいった。櫻はそれを難なく避けて3位へ。一夏は脱落と見ていいだろう

 

 

『ってぇ……。こりゃ追いつけねぇな』

 

「チャンネル396で私の直視映像(ダイレクトビュー)が見れるから、それを見てなよ」

 

『悪ぃな、助かる』

 

前でビームやら実弾やらが飛び交い、時々流れてくるのをよけつつ、櫻は淡々とチャンスを見計らう。

自身の武器は両手のマシンガン(MOTORCOBRA)のみ。決定打を与えるには足りないが、隙を作るには十分だ。

 

 

『なかなかやりますわね、シャルロットさん!』

 

『セシリアこそ、嫌なところに撃ってくるね!』

 

「ナガレダマコワイナー」

 

『『 櫻さん! 少しは真面目にやってよ(くださいまし)!』』

 

ガチで撃ち合いを始めた2人に追いついている時点で結構真面目なのだが、本人たちは不服らしい。

紙装甲であの中に突貫するのは愚者の所業だとわかりきっている以上は2人同時に動きを止めなければならない

 

――しゃーないね。なら、ちょっと動きますか

 

視点操作でブルーティアーズとアンビエントをロックオン。これで2人は櫻から攻撃を受ける可能性を考えねばならなくなる

同時に少しばら撒く。もちろん2人同時に回避機動を取ってから後方に牽制射を放つ

 

 

『やっとエンジンが掛かったみたいだね』

 

「こちとら紙っぺらなもんで、撃ち合いのどまんなかに突っ込むのは無理そうなので」

 

『だからって後ろでコソコソ動くのもフェアじゃありませんわ』

 

「んじゃ、仕方ないね」

 

マガジンの中身を撃ち切るとリロードして、視線操作で一つのボタンを押す。

そこには「Overd Boost」の文字。

 

そう、ソブレロに取り付けられたブースターは4機だけじゃない。

青白い光を収縮させながらカーブに差し掛かるとまた2人に鉛弾の雨を見舞う

 

 

『ああっ! ちまちまと!』

 

シールドエネルギーは大した値が削られないが、機体がブレるマシンガンでの攻撃。

2人からの攻撃を紙一重で躱すと、ストレートで勝負に出た

 

 

「っけぇ! オーバードブースト!」

 

黒い機体に正反対の青白い翼が生まれ、ハイパーセンサーでも視界がブレるレベルの超加速。

スピードは瞬間的にマッハ4を超える

 

『なっ!?』

 

『なんですのっ!?』

 

一瞬で駆け抜けた閃光に驚く2人。櫻はすでに視界から消えている。

カーブ一つ一つでサイドブースターを噴かして無理やり曲げ、直線で再びOB、とんでもない勢いでエネルギーが減っていくが、1週だけなら問題なく回れる

 

 

そして、2人をぶっちぎり、過去最高タイムでゴールラインを切った

 

数十秒遅れてセシリア、シャルロットと続く。2人は戦意喪失といった様子でゴールするとすぐにISを量子化しへたり込んだ

 

 

「なにあれ、チートだよ……」

 

「私には漆黒の天使が見えましたわ……」

 

「真面目にやれ、って言ったのは2人だよ?」

 

「ですが、あんな変態的なアイテムがあるなんて聞いてませんわ!」

 

「君らが過去の遺産だって言って切り捨てたオーバードブースト。それをちょちょっといじってIS向けに転向しただけさ。なんの問題もないね」

 

「その発想はなかったなぁ。今度お母さんにお願いしてみようかな」

 

「エネルギーバカ食いするからおすすめはしないけどね。半周OB使っただけでガス欠寸前だし」

 

「なんてピーキーな代物ですの……」

 

そこにやってきたのは一夏。どこか顔色が良くないように見える

 

 

「お、おつかれさん」

 

「一夏さん、顔色がよろしくありませんが、先ほどのクラッシュで?」

 

「いや、櫻の視点で見てたら、な……」

 

当人はてへぺろっ☆と舌を出してウインクした

 

 

「これで予習もバッチリ! あとは練習あるのみだよ!」

 

「あんなのなんの参考にもならんわ!」

 

一夏がツッコミを入れるほどにその映像は強烈だった。景色が流れるなんてレベルではなく、何を見ているのかがわからない。距離感もつかめず、速度感が希薄になる。

コレを櫻が操れるのは単に、距離センサーとコーストレーサーを用意して次を予測していたからだが、それでも一瞬で迫るカーブに対応する反射神経も並大抵のものではない。

 

 

「天草さん! コースレコードですよ! すごいですね!」

 

声をかけてきたのは山田先生。ISスーツだとやっぱり胸が……

 

 

「あれでも"本気"ではありませんからね。キャノンボールファスト当日が楽しみです」

 

「あ、あはは、そ、そうですか……。気をつけてくださいね。幾ら絶対保護があるとはいえ、あの速度で突っ込んだら一大事ですから」

 

「当日はもう少し使いドコロを選ぶので」

 

もちろんです。エネルギー分配を考えるのも仕事の内ですから。と言い残して山田先生は訓練機組を見に行った

 

 

「さ、櫻……」

 

シャルロットは先程の櫻視点を見たようだ

 

 

「なにあれ。気持ち悪い……」

 

「慣れだよ、慣れ」

 

ネクストシミュレーターでの経験がこんなところで役に立つとは、櫻も思っていなかった。

 

 

 

次の篠ノ之、ボーデヴィッヒ、鈴音の3人はラウラがほかを撃墜して終わらせ、鈴が悔しそうな顔でラウラを見ていたのが印象的だった。

箒は未だに機体に乗られている感があるが、少しずつリミッターは外れているようだ。速度だけなら専用機の平均レベルに達している

 

 

その後は簪の機体を調整したり、整備科で先生をしたりとまた忙しい日々を過ごし、キャノンボールファストまでの時間はどんどん減っていった



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閑話: 先生の世間話

『何事にも必要なのは3つのC。冷静(Calmness)その場での機転(Clever)そして全てを統合して判断、結論付ける(Conclusion)こと。特に一夏は武器がないんだからいつでも周りを冷静に見通して、自身の機転を利かせてその場、自身の特性に見合った行動を判断しないと勝ち目はないよ。機体スペックで頭ひとつ出てるだけじゃ勝てない』

 

 キャノンボールファストを前日に控えて一夏はアリーナの使用時間ぎりぎりまで白式で飛び続けた。せめてコースだけでも頭に叩きこまねば。そうすれば自身の得意なセクション、不得意なセクションが明らかになる。仕掛けやすい場所、仕掛けにくい場所、すべてを頭に入れてあらゆる可能性を考慮しなければ勝てない。櫻やラウラ、楯無にも散々言われたことだ。

 

 

「時間か、仕方ない。今日は上がるか」

 

 誰にでも無く口から出た言葉はコントロールルームにいる櫻にははっきり見て取れた。

 ――頑張ってるね。よろしい!

 と言わんばかりにうんうん、と頷いている

 

 

「天草先生」

 

 呼びかけられて振り返ると同じく整備科の教員、川嶋先生がいた。少し長めのポニーテールが揺れる

 

 

「お疲れ様です。川嶋先生」

 

「施錠の確認を終わりました、あとは整備室と更衣室です。織斑君、今日も頑張ってるみたいですね」

 

「ですね。初めて一周した時と比べたら圧倒的な進歩ですね。友人としても教師としても嬉しいものです」

 

「大変ですね、天草さんも」

 

「そうですね。自分の機体のこともありますし、教員としての準備もありますしね。それに明日は企業連代表としてもよさ気な子を見つけないと」

 

「3足のわらじですか。足が足りませんね」

 

「ふふっ、確かにそうですね。織斑先生も気を利かせて仕事を振ってくれてはいるんですけど、やっぱり無しというわけには行かないので」

 

「才能ありすぎるんだから先生してください。っていうのもスゴイことですけどね。本当に何でわざわざウチに来たんですか?」

 

「世界の最先端機を自分の目で確かめられるって言うのが魅力的すぎるんですよ。技術者として当然でしょう?」

 

「そうですね。私も国家ごとに特色ある機体を見るのはワクワクしますから」

 

「中身まで見れないのが悔しいところですけどね」

 

「確かに見たいですけど、それこそ国家の技術の粋を集めたものですからねぇ」

 

「それが原因で企業連は国家代表の専用機に選ばれにくいんですよねぇ……」

 

「量産機を作る上ではグローバル企業であることは強みになっても、特定の国に仕えるとなると、それが仇になっちゃうんですね。難しいんですね、経営って」

 

「その通りなんですよねぇ、HOGIREモデルは世界シェアトップなんていう肩書を持ってるおかげで黙ってても売れますけど、第二回モンド・グロッソのトルコ国家代表専用機、LAHIREもカタログに載せてもちっとも売れませんし」

 

「エリジェ先生の専用機だった機体ですね。アレは……」

 

 恐らくは両者棄権という最悪の結果となった事を思い出してしまったのだろうが、櫻や本人たちはもう意識していないからあまり気にすることもない。と言うと少し安堵した顔で「そうだったんですか。確かにエリジェ先生と織斑先生は仲いいですからね」と調子を戻した

 

 

「キャノンボールファスト、天草さんの機体、楽しみにしてますよ。あのアスピナ機関のISですからね」

 

「先生もアクアビットやトーラスが好きなんですか?」

 

「う~ん。どちらかと言えばレイレナードとか、尖った何かを持つ企業が好きですね。機体もかっこいいですし。だからACの方のLAHIREとか私は好きですよ?」

 

 ここは川嶋先生の性格も現れているかもしれない。

 彼女は少しクセのあるセッティングを得意とする先生で、生徒の短所を埋めるのではなく、長所を伸ばすことを勧めるタイプの先生だ

 

 

「あれはレイレナードの影響が濃いACでしたからね。それもモチーフにしたら近接戦寄りになってしまって……」

 

「企業連のISってACから名前を取ってますけど、ACとISって近いものがあるんですか?」

 

「そうですね。ACの兵器はエネルギー系統をIS向けに改修すればとりあえず使えるくらいの近似性はあります。結構応用が効くのでLAHIREのエネルギーブレードなんかはACのものをかなり参考にしてますね」

 

「企業連の技術力はACに裏打ちされたものだったんですね。HOGIREなんかを見てるとACの方の影響がはっきり見て取れますからね」

 

「アレはローゼンタールの技術者たちが本気を出して作った代物ですからね。我々の代表作にして傑作ですよ」

 

「ウチでも導入すればいいのに、と思うことがありますよ」

 

「まさか第2世代最後発のラファールにコンペで負けるなんて思ってませんでしたからね。恐らくは政治的な何かも絡んでるんでしょうね」

 

「天草先生が言ったら宣言するようなものじゃないですか。あっ、結構長く喋ってましたね。アリーナとタワーの確認はお願いします。私は地上設備の確認に行くので」

 

 壁に掛かった時計はすでに8時半を指している。

 アリーナの点検や明日の準備等まだやることは山積み、これから教員や生徒会で準備を始めるのだ

 

 

「了解です。そろそろ他の先生方もいらっしゃる頃でしょうしね」

 

「ええ。早く済ませないと織斑先生に……」

 

「そうですね、急ぎます」

 

 そう言って2人の女教師は2手に分かれて廊下を早足で歩いた



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キャノンボール・ファスト

 ついに迎えたキャノンボールファスト当日。

 前日準備も日付が変わるギリギリまで続き、気を利かせた他の先生方が早めに休みなさいと言ってくれたおかげで少し早く床に就いたとは言え、疲労が隠せない櫻。

 今まさに行われている2年のレースの内容が断片的に入ってくる

 

 

「ふぁぁぁ……」

 

「お疲れのようですね、櫻さん」

 

「前日準備があってねぇ……先生方が気を利かせてくれたからまだマシだけど、やっぱりね」

 

「お仕事が増えるのも大変ですのね。そろそろISの用意をしたほうがよろしいのでは?」

 

 チラリと時計を見るとプログラムまであと10分ほどだ。2年のレースも佳境に入っている。

 

 

「ん、2年のサラ・ウェルキンって子、なかなかいい動きするね。候補生か……」

 

「ええ、彼女は基本技能がとても高いレベルでまとまっている印象を受けますわ。私も操縦を習いましたのよ?」

 

「へぇ、基本がいい子はどんな方向にでも尖れるからなぁ。頭の片隅に置いておこう」

 

「サラさんをヘッドハンティングですの?」

 

「ま、そんなとこかな?」

 

 イギリス人の愛国心を甘く見ているわけではないが、彼女は落ちないんじゃないかとどこか思わなくもない櫻に「では、お先に失礼しますわ。いい勝負をしましょうね」と言ってセシリアはピットへ向かった

 

 アリーナをぐるりと見回し、特に目立った混乱もないことを確認すると櫻もピットへ足を向けた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「櫻! 機体の最終チェックをお願い」

 

「あいよ~」

 

 ピットに入っても櫻は自身のISを見る暇もなく、シャルロットやラウラの機体の確認に追われ、ノブレスオブリージュを展開したのは移動開始の3分前だった。

 

 黒い飛行機を思わせるシルエットを身にまとい、視界を流れる機体の各種情報に目を通す。

 エネルギー、コントロール、すべて問題なし。実稼働率95%

 

 

「っし、あとはスタートラインに立ってから、だね」

 

 一夏と箒を覗いた6人は全員が高機動パッケージを装備し、機体のあちこちに増設ブースターや削られた装甲などでかなり異なったシルエットを纏うが、櫻のノブレスオブリージュは機体の構成をすべて組み替える。というコンセプト故に、共通部分が全体の10%にも満たないという現象を起こしていた。

 1組2組ではもうお披露目済みだが、簪は初見の相手をどう見切るのか、櫻は密かに期待していた

 

 

「それではISを展開し、スタートラインに並んでくださーい!」

 

 山田先生の一言で空気が一瞬にして切り替わる。ピットから出て、アリーナに入ると櫻は秘密兵器その1を展開。

 肩に1対の追加スラスター。それもACのクイックブーストのように瞬間的に推力を発生させることに重きを置いた装備だ

 

 そして、スタートラインに色とりどりの8機が並ぶ。

 ここで秘密兵器その2、VOB(Vanguard Overed Boost)

 ACでお馴染みの背中につけるデカブツ。圧倒的な推進力でネクストを"飛ばし"ていた代物だ

 もちろん、エネルギー系統は環境に配慮の上、ISの汎用エネルギーによって賄われるため、若干の推力ダウンはあるものの、それでもまだまだ余裕のパワーだ

 

 

『櫻……それは……』

 

 オープンチャンネルで隣の簪から声が届く

 視線の先はもちろん背中のVOBだ

 

 

「そう、VOBだよ。一番槍(Vanguard)は頂くから」

 

『なら、その前に墜とすまでですわね。タワーまで食いついてみせますわ』

 

『私こそが頂に登るのだ。絶対的な力でな』

 

『箒は機体への依存が収まったと思ってたんだけどなぁ』

 

『今回ばかりは技量の要素が減るだろう!』

 

『そうでもないぞ。常に周りを見回し適切な判断についていけるだけの技術がなければ待っているのは墜落だ』

 

『櫻も言ってただろ、勝利の3要素。冷静、賢さ、判断力ってな。空気に飲まれるなんて箒らしくないぞ』

 

『くっ、驕っていたかもしれんな。少し目が覚めた』

 

「ささ、先生からお叱りが飛ぶ前に気を引き締めて」

 

 全員が機体をスタートラインにきっちりと付けて前を見据える。

 静寂に包まれるスタンド。

 神経を研ぎ澄まし、推進系等の出力を少しずつ上げていく。

 

 先生のカウントダウンも聞こえない程に研ぎ澄まされた感覚で視界に映るシグナルを見据える

 

 3... Power OutPut 50%

 

 2... Power OutPut 75%

 

 1... Power OutPut 99%

 

 0... Safety Lock Remove

 

 

 ドン! と言う爆音とともに8機が一斉に飛び出す。VOBの力で言葉通りロケットスタートを決めた櫻は交戦許可が下りるタワー入り口に飛び込むと同時にピンを抜いたグレネードを数個放り投げた

 

 後ろで響く爆音。レーダーでは3機ついてきている。4機は戦線離脱。ついてくるとすれば

 

 

『結構汚い真似するよね! 櫻!』

 

『お前ならこのくらいの真似をすると読んで後方に控えてて正解だったな』

 

『相変わらず手段を選びませんのね!』

 

「ついてくると思ってたよ! ロッテ! ラウラ! セシリアッ!」

 

 

 そろそろVOBを背負ったままだと曲がりきれないカーブが迫る。後ろの3人には申し訳ないがまた大爆発を味わって頂こう

 

 

「前方注意ッ!」

 

 VOBをパージするとコースを1/3は埋めようかという大きさのソレは案の定後ろの3人の進路を制限したようだ。

 

「バーン」

 

 わざと3人が通過したタイミングでVOBを爆破。3人は機体のバランスを崩される

 

 

『っく!』

 

「後ろにも気をつけるべきだったね! ロッテ!」

 

 アドバンテージはおよそ800m、計算より少ないがまぁ、なんとかなるだろう。いざとなればガス欠覚悟でOBを使うまでだ

 空気抵抗をギリギリまで削るために武装を展開していない今、長いストレートで姿を晒すわけには行かないが、タワー内での最長ストレートはせいぜい数百m。問題は次のアリーナを通過するタイミングだ。

 

 エネルギーを可能な限り推進系につぎ込み、ブースターの排気口周辺が赤く染まる。

 カーブに差し掛かるたびにサイドへのQBで強引に機体の向きを変えて3年生も真っ青なスピードでタワー内を駆け巡り、勝負は2ラップ目、問題のアリーナへ突入する

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「アリーナへ入ったストレートで私が櫻さんを狙撃してバランスを崩しますわ! おふたりはその隙に!」

 

『レールガンを叩き込んで』

 

『ジ・エンドだね。2周めからが僕らの勝負だ』

 

『次のカーブを抜ければ!』

 

 青、黒、灰の3機はいつの間にか英独同盟を組み、櫻を叩き落とすことだけを考えているようだ。

 櫻からすれば、ストレートでの狙撃は想定内だが、共闘されればどうなるかはわからない

 

 

『行きますわ!』

 

 ロックオンの警報を鳴らさせる隙も見せずに一瞬で放たれたレーザーは……避けられてしまった。

 真横へのQBでぎりぎりのところで回避されてしまったのだ。チャンスはもう1度あるかないか。

 

 ラウラがレールガンをチャージ、シャルロットが狙撃銃を構える。そして4条の弾丸は避けるスペースを与えずに櫻へと直撃した

 

 

『んぐッ!?』

 

 オープンチャンネルで聞こえた呻きに3人はこの場での勝利を確信する。

 スピードが下がり、見る見る差が縮まるのをいいことに3人はその後も一方的に射撃を続けた。

 

 

 そして再びタワーへ突入する頃には3人がひとかたまりでトップ集団を形成、少し遅れて櫻がついていくという逆転劇を演じてみせた

 

 

「では行きましょう。私の行進曲(March)についてこれまして?」

 

『見くびらないでよっ!』

 

 そして始まる3人の重砲撃戦。セシリアがライフルで牽制すればお返しと言わんばかりに実弾が雨あられのように降り注ぐ。

 ラウラは2門のレールガンを上手くつかい、2人同時にロックし動揺させて狙いすました一撃をかましていた。

 だが、全ては3人の操縦技術と、よくも悪くもぴったりな息によってかわされ、往なされ、時には爆発さえも自身の推進力にするほどに白熱していた。

 櫻は虎視眈々とタイミングを見計らうかのように一定の差を持ってついてきている

 

 

『櫻ッ! 今度は練習の時みたいには行かないよ!』

 

『さぁどうだかね!』

 

『無駄口叩く暇があるのか?』

 

「おふたりとも会話をするほどの余裕がおありのようで。インターセプター!」

 

 セシリアはいきなり物理ブレードを呼び出すと前に放り投げた

 壁に弾かれ、金属の槍となり2人を襲う。

 

 

『こんな使い方もあったんだね! っと、危なかった』

 

「あと半分。上げていきますわ!」

 

 

 言葉通りに戦闘は更に激しさを増し、先ほどの2年のレースよりも激しい展開になっていた。

 だが、3人の頭には共通の懸念事項"櫻はいつ仕掛けるか"がある。櫻もソレを意識した上で一定の差を付かず離れずでついてまわっていた

 

 ――櫻さんはいつ来ますの?

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ――櫻はいつ攻めてくるんだろう?

 

 攻撃の手は緩めず、アサルトライフルをばらまきながら頭の片隅で考える。

 タワーの頂上を過ぎ、下りの区間に入った。あと残るカーブは8つ、長い直線も無い。

 

 ――OBはエネルギー的に厳しいはず。ソレに武装も……。いや、新しいものが積まれてるかも……

 

 カーブを1つ、2つと過ぎてだんだんと緊張が高まる。

 セシリアのビームが相変わらず小賢しく、ラウラのレールガンも狙いの正確性や同時に2発撃たれるということもありシャルロットの緊張は極限まで高まっていた。

 だからこそ5感はフル稼働状態で今ならシックス・センスまで使えそうな気がしている。

 音速を超える速度で飛び回りながらの戦闘など目で見るよりも感覚で動いているといったほうが近いかもしれない、恐らくは他のみんなもそうだろう。

 

 

 ――櫻、いつくるんだい?

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ――いつだ、どのタイミングだ!?

 

 ラウラもまた櫻のプレッシャーに押されつつも、セシリアの狙撃を躱し、シャルロットの弾幕の薄いところを通り抜ける。

 そして見切りをつけてレールガンを叩き込み、2人を牽制する。

 高機動戦闘はアリーナでの模擬戦や、実際の戦闘経験が多いラウラが圧倒的に強い、なんてことにはならない。

 ほとんどイコールの条件。ラウラは昂らざるにはいられなかった。湧き上がる興奮、頭がオーバークロックで回るかのように冴え渡る

 

 超高速でカーブを抜けていく。残すはスピードを落とさざるをえないヘアピンカーブとアリーナへ続く高速カーブのみ。

 

 

 ――櫻、いつ仕掛ける!

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ――さて、そろそろ。エネルギーは心許ないけど。一度きりのチャンス!

 

 オーバードブースターにエネルギーを回す。もう肩のブースターもいらない。すべてを前へ進む力に

 

 ヘアピンカーブに入るために減速、ここで少し早めに速度を落とし、カーブの内側の壁ギリギリを通って早めに加速。そして、

 

 

「ッケェェェェェェああ!」

 

 白い翼をはためかせて一気に3人に迫る。集中砲火が襲うがここで最後の切り札

 

 

「アサルトアーマーァァァッ!」

 

 視界が白に染まる。"4人"のシールドエネルギーがみるみる減っていき、ゴールラインをトップで通過したのは……

 

 

 一筋の閃光だった



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突然の来訪者

 ゴールラインを通過した一筋の閃光。

 4人は真っ先に空を見上げ、一度見たシルエットを見つけた

 

 

「来たね、亡国機業(ファントムタスク)ッ!」

 

『あの時の借りは返させていただきますわっ!』

 

 シールドエネルギーが残り3割から4割ほどしか残らないシャルロット、ラウラ、セシリアと、レッドゾーンギリギリで耐えている櫻。戦力差はなんとも言いがたい。

 スタンドでは客の避難が始まっているようでもう1/3程は空席になっていた。

 

 

「本音! いるっ?」

 

 ピットを呼び出す。本音が居てくれれば3機で時間稼ぎをしている間にエネルギーを回復、そして追い返すくらいは出来るはずだ。

 最悪、公衆の面前で夢見草を展開するハメになる

 

 

『さくさく! 大丈夫?』

 

「なんとかね。エネルギーが無いから回復の準備だけしてくれる?」

 

『あいあい! マム!』

 

 

「聞いてたね! 3人共! 5分稼いで!」

 

『難しいこと言うね。まぁ、頑張るよ!』

 

『いいえ、ここは私が参りますわ!』

 

 そしてセシリアが飛び出した。スターライトを乱射しながら距離を詰めて行く。

 

 

『ふん、貴様になど興味はない。消えろ』

 

『そうは行かなくてよ? ここは私、セシリア・オルコットの相手を無理にでもしていただきますわ!』

 

『邪魔するか。ならば力ずくで片付けるまでだ』

 

 そうして英国製BT実験機対、実証機の戦闘が始まってしまった。櫻は慌ててシャルロットとラウラに地上からの支援を命令するも、上空の2人があまりにも不規則かつ早過ぎる為に援護射撃も出来ずに居た。

 お陰で櫻はピットに飛び込みエネルギーを急速充填、3分で残り6割まで回復させた。そしてノブレスオブリージュを再展開、パッケージはBFFの4脚、068FH 両手には実弾スナイパーライフルを構えた。

 

 

「ありがとね、本音。じゃ、あとは私達でなんとかするから、とりあえずアリーナから退避ね」

 

「わかったよ。ちゃんと戻ってきてね。この前の返事、したいから」

 

「そう。約束する」

 

 そう言って4脚の大柄な機体は見た目に似合わずふわりと浮き上がるとアリーナの中央に陣取った。

 ピットの隔壁がおりる向こうで、本音が『頑張ってね』と言った気がした

 

 

「よし、セシリアが惹きつけてる間にこっちも再編成。あとから来た4人はシールドエネルギーどれくらい残ってる?」

 

『総じて半分あるかないか、特に織斑君の損害は著しい』

 

『だな。俺は残り3割無いな。イエローギリギリだ。零落白夜も一回使えるかだな』

 

「箒、絢爛舞踏の発動は出来る?」

 

『すまない。あれから練習はしているのだが……』

 

「そっか。仕方ないね。今から臨時的に再編成します。織斑、篠ノ之は私達の後ろでレーダー索敵。ウォルコット、更識、凰はアタッカー。ボーデヴィッヒと私が後ろを持つよ。いいね?」

 

『『『『『『『了解!』』』』』』』

 

 櫻の指示で一斉に散開。櫻とラウラがアリーナの屋根で長物を構える。

 一夏と箒は高度を取りレーダー索敵。シャルロットと簪は2人が舞う市街地上空へと向かった

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 市街地上空へと戦闘の場所を移したサイレントゼフィルスとブルーティアーズ。

 緻密な射撃戦はいつの間にか近距離の格闘戦へと変わり、互いに刃をぶつけあっている。

 

 

 ――くっ! このままでは……っ!

 

 明らかに押され気味のセシリア。サイレントゼフィルスの操縦者は無言で正確無比な斬撃を繰り返すのみ。

 ガン! ガキッ! 

 

 ただの物理刀が何度と無くぶつかり、刃型身が削れるようにセシリアの精神力もまた削れていた

 時折放たれる支援射撃もフレンドリー・ファイアを避けるために遠くを通り過ぎるのみ。

 

 

『セシリア!』

 

『アンタ! 格闘戦下手なんだから代わりなさいよ!』

 

 オープンチャンネルで聞き慣れた友の声が聴こえる。だが、それに返す余裕すら今の彼女にはなかったのだろう。

 

 ガキンッ!

 

 大きな衝撃が加わり、インターセプターが根本からへし折れる。驚愕の色はただの隙にしかならなかった。

 

 

『コレで終わりだな』

 

 ビットによる一斉放火を浴び、残り少なかったシールドエネルギーが一気にデッドまで削られる。ギリギリで機体は姿を保っているものの、セシリアの体がついてこない。だが、気力のみで最後の一撃。高機動パッケージでは禁忌とされる"砲撃"

 

 ――ブルーティアーズ フルバースト

 

 最後の一撃と言わんばかりに放った一撃は、サイレントゼフィルスの斜め上を通り過ぎて行くのみだった

 

『セシリアァァァ!』

 

 シャルロットの叫びも虚しく、セシリアがサイレントゼフィルスの持つブレードに貫かれる。

 

 

「バーン」

 

 指で作った鉄砲。放たれた弾丸は重かった(思かった)

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「セシリアァァァ!!」

 

 

 目の前で同郷の友が貫かれた。デッドゾーンまで達したエネルギーではあの攻撃を防ぎ切れなかったということか。

 

 ただ、しっかりと見えたのは、震える右手が、想いを放つ瞬間のみだった

 

 

『んなっ!?』

 

 サイレントゼフィルスの搭乗者が驚きの声をあげる。

 機体を見れば背部ブースターから煙が上がっているのがわかる。だが今はセシリアを!

 

 重力に従い落下する少女を拾い上げると頭上では鈴がサイレントゼフィルスとやりあっている。

 美味いこと空域に縛り付けている

 

 

『いまだ、一夏』

 

 冷たい櫻の声は、その後の暑さと対比だったのかもしれない

 

 

 天空から舞い降りる白の翼。青い光を引き連れたソレは、サイレントゼフィルスに向かって光の刃を振り下ろした

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ギリギリで体を捻られ、ライフルとビットが一機。ソレ以外はダメージを与えられずに一夏の役目は終わった。勢いそのままこちらに向かってくるのが解る。

 

 

「ラウラ。確実にブースターとビットをね」

 

『ああ、わかってるさ』

 

 そして重低音を伴って重量級の弾丸がサイレントゼフィルスを襲った。

 案の定最小限の動きで躱される。だが、狙い通り。エネルギーを纏った弾丸は通り道にあった装甲を少し道連れにどこかに消え去った。

 

 次弾装塡、射撃に入ろうとした瞬間、サイレントゼフィルスはそのまま高度を取り、空域を離脱した。

 

 

『逃げられたか』

 

「みたいだね。またかぁ」

 

『あの操縦者はかなりの技術を持っているな。それこそ、代表候補生か、国家代表と同レベルのな』

 

「だね。私が本気出しても同等かそれ以上だしね。4人掛かりで同等。か」

 

『その機体で本気出して同等、だろう? 以前聞いたISコアの6割を開放した機体ならどうなるかわからん』

 

「覚えてた? まぁ、アレなら。ねぇ」

 

『なんだ、含みを持たせて。いつ何時あの手の者が来るかわからないんだ、そろそろ見せてもいいんじゃないか?』

 

「駄目だよ。アレはまだこの世界には早過ぎる」

 

『そう、か。私はそこそこお前の事を理解したつもりでいたんだが、やはり私の理解を超えた場所にいるんだな』

 

 ラウラの声はどこか悲しそうに聞こえた。

 櫻はその言葉に、少なからずショックを受けた。やはり自分の選択は間違いだったのかな、と

 

 

「ごめんね。ラウラ」

 

『謝ることじゃない。私達凡人が天才を理解できるはずがないのだ。凡人に理解できるのは凡人の部分のみ。そういうことだ。だから私は友人としての櫻を理解できても、経営者、開発者としての櫻は理解できん』

 

「そっか。私もラウラの全部を知ってるわけじゃない。幾ら世間が天才だなんだと言おうと、私にも人の心はわからないもん。じゃあ、終わりにしよう」

 

『ああ。帰ろう。帰ればまた来れるから。な』

 

「ちょっと違うかなぁ……。まぁいいや。全機に告ぐ。第6アリーナに集合。シャルロットはセシリアをそのまま医務室へ」

 

『わかったよ。セシリアは腕を刺されたみたいだ。傷口は埋まりつつあるけど、失血もあったからね』

 

「できるだけ急いでね。他に負傷者は?」

 

 全員が問題ない、と答えたのを聞き取ると「うん、これ以上の被害が無くてよかった」と言ってアリーナの中央でISを量子化した

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「よし、揃ったね。セシリアは?」

 

「ちょっと失血で気を失っただけだってさ。数時間もすれば目を覚ますって」

 

 その言葉にほっと、胸を撫で下ろす。だが、また気を引き締め次の言葉に続ける

 

 

「先生として少しお説教ね。今回のコレは非常時の行動としては不適切。一応君たちは私達の生徒なんだから切り込んでいったら駄目だよ。あくまでも自衛に回ること。今回みたいに市街地へ飛び出して被害をだしたらシャレにならないからね。織斑先生へは私が言い訳して情状酌量の余地を探るけど、駄目だったらちゃんと反省。イベントもまたオジャンだし、どうするかな~」

 

 何か報告は? と促して、誰も何も言わないことを見届けると「じゃ、各自部屋に戻ろっか。疲れたでしょ? あ、ちゃんとISをいたわってあげてね。ダメージ云々じゃなくて、相棒をいたわるようにね」と言って自室へ足を向けた

 

 

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 部屋に戻ってシャワーを浴びもせずに部屋着に着替え、ベッドに座る本音の向かいに腰を下ろす

 

 

 

「ちゃんと戻ってきたよ。答えを聞こう」

 

「うん。私は、さくさく。いや、櫻・フュルステンベルクについていくよ。ちゃんとお姉ちゃんにも言ったし、かんちゃんもさくさくなら、って言ってくれた。おじょうさまはなんとも言えない顔をしてたけどね」

 

「そうか。その言葉を待ってたよ。私達と、本当の空を見に行こう」

 

 歳不相応な貫禄ある櫻に若干の戸惑いを覚えながら、本音はいつになく真面目に聞いた

 

 

「それで、さくさくは何で私を仲間に入れてくれたの?」

 

「本音は優秀な技術者だからね。それに、特に面倒な背景がない」

 

「でも、布仏は更識と切っても切れない縁だよ?」

 

「更識は私達もお世話になるかもしれないし、縁は切れないほうがありがたいんだよ」

 

「そうなの~? まぁ難しいことはわかんないからいいや。私はさくさくのところでISのお仕事をすればいいんだね?」

 

「そうだね。調整整備はもちろん、製作もできるようになってもらう。まぁ、それは追々ね」

 

「それって、さくさくや束さんと並べって言ってる?」

 

「技術水準は、ね。本音の性格は純粋だから駄目だよ、こんなになったら。ただ、技術を磨いてくれればいい。万が一離れ離れになったときも、その技術で生きていけるからね」

 

「さくさくって、まさか世界と戦争しようとかって思ってる?」

 

「そんなわけないじゃん。466のISを相手に1人で戦うのはさすがに無理だよ。私達の武器は技術と交渉術」

 

「はぅ……。さくさくなら『別にいいよ~』とか言いそうだったからヒヤヒヤしたよ~」

 

「私だってそんな馬鹿じゃないしね。楯無先輩なんか勝てる気がしないもん」

 

「おじょうさまはねぇ……」

 

「じゃ、これからのこと、少しお勉強しておいてね」

 

 櫻は本音に携帯端末とメモリーを渡すとシャワーへ直行した



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誕生日の光と影

 キャノンボールファスト襲撃の後始末に負われた教師陣の1人として、櫻も日が暮れるまで作業にあたっていた。

 そして千冬とともに織斑家へ一夏の誕生日を祝いに帰る途中、学園から出ようとしたところで聞き慣れた声に呼び止められた

 

 

「櫻ちゃん」

 

「なんでしょうか? 楯無先輩」

 

 門に寄りかかりながら櫻を待っていたのは楯無と簪、そして虚。更識の3人が櫻を呼び止める要件は1つしかない。

 

 

「わかってるんじゃない? あなた、一体何を考えてるのかしら?」

 

「なに、って。ただ企業連の先行き、新しい装備の企画、経営状況。整備科の生徒のことも考えてますね。それに、本音のことも」

 

「天草さん。本音の姉として聞きます。本音と何をしようとしているのですか?」

 

「私は、ただ、本音にISの正しい姿を取り戻そう。と言っただけですよ。あ、もちろん束お姉ちゃんも噛んでますからね。千冬さん」

 

「なぜそこで私に振るんだ。奴が何をしようと私には関係ないからな」

 

「最悪、世界が敵に回るんです。私達のやっていることは。世界中の法に触れ、多くの血を流すかもしれません。でも、ISを創った者の過半数の意見として、今の兵器としてのISは願った姿ではない。せっかくですから聞きましょう。千冬さん、あなたはISに何を望みますか?」

 

 ドライな簪ですら目を見開くだけの事をサラリと言ってのける櫻。楯無はなんでもない顔で、虚は後悔の滲む表情でただ、櫻と千冬を見ていた

 

 

「何を望む、か。私はただ、翼としてのISを見てきたからな。愛するものを守る翼であり、願いを叶える翼としてのISをな」

 

「やっぱりそう言いますか。反対もしなければ同意もしない。欲を言えば一緒に来ていただきたかった。さて、ここまで聞いて本音を連れ戻しに掛かりますか? 虚先輩」

 

「あなたは、あなたは本音に何をさせようとしているのですか? まさかその手を血で染めろ、なんて言ってませんよね!?」

 

「穢れる人間は少ない方がいい。それが私と篠ノ之束の考えです。彼女には篠ノ之束と同じレベルの技術力を持ってもらう。実際に血塗れになるのは私とその影ですよ」

 

 万が一世界が敵に回っても、ちゃんと存在を変えて生きていけるように、と

 純粋だから、大切な友達だから、穢れさせるわけには行かなかった

 

 

「そうですか……。今更連れ戻す、なんて言いません。本音の道は、本音が決めるべきですから。私が口を挟む道理はありません」

 

「さて、お姉さんはしぶしぶながら認めてくださったようですが、主人としてはどうしましょうか? イマイチな顔をしてたと聞いてますよ、楯無先輩」

 

「計算高い櫻ちゃんのことだから、本音を使って更識とのつながりを維持しようとか考えてるんでしょうね。でも、そんな悪いビジョンが見える中で、そこまでして世界に変革をもたらす必要があるの?」

 

「こんな事をする必要が生まれたのも、単にあなた方が開発者の言葉を無視して独走したからですよ? 『宇宙開発のためのマルチフォームドスーツ』私達はそう言ったはずです。実際にISに初めて量子化され、装備されたのは採掘用ドリル、掘削用パイルバンカー、ワイヤー射出機など、惑星探索を想定した装備だったんです。その中で、ただの物理刀。ピッケル無いしマーカーとしても使えるようにとしたものでミサイルを叩き斬った。あなた方――先輩たちを攻めるようで気分が悪いですね。世界が勘違いして勝手に兵器としての開発を進めたんです」

 

 ――凡人には天才が理解できない

 

 頭の中をよぎったのはラウラの言葉だった。あの時、世界の理解が追いつかなかったから絶対的な力に目が眩んで思わぬ方向へ歩み始めたのかもしれない。

 あの時、束が通常兵器なんてゴミだ。なんていい方をしたから兵器として理解されてしまったのかもしれない。

 

 

「ねぇ、櫻さん」

 

 ゆっくりと口を開いたのは簪だった。

 どこか泣きそうな顔で、たどたどしく言葉を紡ぐ

 

 

「何で私達は勘違いしたんだろう。何で私達は篠ノ之博士のいうことを理解できなかったんだろう。何で私達は、こんなにも愚かなんだろう」

 

「世界が愚かなんじゃないんだよ。いやらしい言い方だけど、私達が世界の理解を超えていただけだと思う。初めて目の当たりにする圧倒的な技術に恐怖したんだよ。世界は」

 

「じゃあ、何で早いうちに手を打たなかったの? どうして今更になって……!」

 

「世界がそれを許さなかったから。束お姉さんを人類種の天敵であるかのように見て、追いかけてさ。今となっては自分たちの技術が進んで天敵に少しずつでも追いついているという自信があるから何も言わなくなった。だから、今。私達が動き出すんだ」

 

「そう。本音も知ってるの?」

 

「本音には今何をしているか、これからどうするかをまとめたものを渡してある。どうしてこうなったか、は言ってないけどね」

 

 これ以上はまたこんどにしてくださいね。私達のケーキがなくなるんで。と話を切り上げようとすると、あら、おねーさんのところには招待状が来てないわね。と言ってなぜか3人がついてくることになった。可哀想だから本音も呼んで、大所帯でモノレールに乗り込んだ。

 

 さっきの雰囲気は何処へやら、ちょっとやかましいくらいの女子高生達を千冬が一喝して黙らせたり、駅前のコンビニで千冬が先に行っていろ、と言ってコンビニの酒類コーナーをウロウロしていたり、と話題に事欠かなかったが、住宅街に入ったところで最悪の出会いが待っていた

 

 

「おう、櫻、楯無先輩たちも。こんばんは」

 

「久しぶりね~。誕生日って聞いたからついてきたわよ~。ちゃんとおみやげもあるし」

 

 そう言ってこれもまた駅前のケーキ屋の箱を見せる

 

 

「おぉ、ありがとうございます! って言っても、家にもあるんですけどね」

 

「まぁまぁ、予定外の客だし。その分は自分たちでってことよ。それで、パーティーの主役がこんなところでどうしたの?」

 

「いや、飲み物が切れそうだったんで、ちょっと自販機まで」

 

「あら、そういうのは専用機持ちの女の子にやってもらえばよかったのに」

 

「いや、そういう雰囲気じゃなかったんで……」

 

 楯無が手伝いを申し出るも、先輩の手をわずらわせるのも申し訳ない、と櫻が一夏についていくことになった。

 4人はちょうどやってきた千冬に付いて行かせればいい

 

 

「ひさしぶりだなぁ、このへんも」

 

「そっか、ウチに来るのも10年ぶりか?」

 

「だねぇ、あの時は楽しかったなぁ、色々と」

 

「結局剣道でもISでも櫻には一度も勝ってねぇな。こんど久しぶりに剣道で一本やらないか?」

 

「いいねぇ、また頭のてっぺんに一本取ってあげるよ」

 

「10年前から少しは成長したところを見せてやらないとな。っと、ここだ。売り切れは無くてよかったな」

 

 そう言ってお茶やコーラやオレンジジュースや、様々なものを買って手持ちの袋に詰め込む。

 櫻はふと人の気配を感じ取って目をやると、ちょうど街灯の光が当たるか当たらないかというところに誰かが立っている

 

 

「こんばんは」

 

 櫻が声を掛けるも返事はない。ただ、一歩踏み出し、明るみに出た顔は限りなく千冬に似ていた

 

 

 

「千冬姉? 違うな、誰だ?」

 

「私はお前だよ、織斑一夏。そして隣にいるのは天草櫻か。この前と言い今日と言い、お前には世話になったな」

 

「あらあら、そういうあなたはサイレントゼフィルスの搭乗者の織斑さん。直接お会いするのは初めてですかね?」

 

「何言ってるんだ、お前ら……」

 

「お前が知る必要はない。私が私であるためには、お前が少し邪魔でな」

 

 ――死んでもらおう

 

 そう言って懐から取り出したのは鈍い光を放つ拳銃。そしてホルスターから抜くと同時に一発乾いた音を発した

 

 

 

「さ、櫻……。お前……!」

 

「面倒な事を……。次こそ当ててやる。コレで終わりだな」

 

 

 一夏により掛かるように、櫻は長い銀髪を血で赤く染めていた



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誕生日の光と影 Ⅱ

 一瞬とも言える時間の中で一夏の前に飛び出した櫻は、一夏の心臓を狙った弾丸を受けた。

 長い髪を血に染めて一夏にもたれかかる。一夏は櫻を抱きながら千冬によく似た女を睨み続けた

 

 

「安心しろ、次は当ててやる」

 

 だが、次に聞こえたのはくぐもったドゥッ。と言う音と、女の呻き声だった。

 

 

「大丈夫か!? 櫻!」

 

 後ろから飛び出してきたのはラウラとシャルロット、そして千冬の3人。シャルロットの手にはサウンドサプレッサーが付けられたハンドガンが握られていた。

 

 

「千冬姉! 櫻が!」

 

「わかってる。一夏、そのまま櫻を学園の医務室に連れて行くんだ。ありったけのスピードでな」

 

 手早く止血をしながら千冬が指示を出す。

 その間にラウラがAICで女を止め、シャルロットが首に何かを注射した。

 

 

「く、そ。今度こそ……」

 

「すまないな、マドカ。しばらく寝ていてくれ」

 

 そしてマドカと呼ばれた女はシャルロットの腕に抱かれてその目を閉じた

 

 

「一夏、PICと絶対防衛の範囲を広げて櫻も包め。やり方は分かるだろ?」

 

「ああ。櫻、今度はお前を俺が助けてやるからな!」

 

「焦るな。冷静に急いでいけ。あと3分だ」

 

 そして一夏はキャノンボールファストの時よりも早いのではないかというスピードで飛び去っていった。

 残された3人と1人は今後の処遇を考える

 

 

「幸い、というべきか。今なら紫苑さんと束も日本にいる。ここはあの人達の力を借りざるをえないな」

 

「同感です。とりあえず仮死薬を打ち込んで黙らせてはいますが、72時間以内に蘇生薬を投与しないと……」

 

「こんなでも大切な妹だ。死なせはしないさ。とりあえず紫苑さんや束と合流だ」

 

「じゃ、じゃあ、僕は会長に手回しをお願いしてくるよ」

 

「頼んだ。全員家から出すな。そしていつでもISを展開できるようにしておけ」

 

「ハイ!」

 

 そして織斑家へ戻るシャルロットを見ながら、千冬は連絡先から久しぶりに紫苑にダイヤルした

 

 

「もしもし。織斑です。緊急の要件が」

 

『櫻のことでしょ? かなりマズイ状況ね。心配すぎて逆に頭が冷えてるわ』

 

「とりあえず学園の医務室に搬入しましたが、どうなるかわかりません。それに、私の身内が噛んでたようです」

 

『亡国機業に使われちゃったというべきか、囚われちゃったというべきか。彼女はどうしてるの? 身体に監視用のナノマシンくらい入っててもおかしくないと思うのだけど』

 

「仮死薬でナノマシンごと止めています。束に愚妹のバイタルチェックを頼みたいのです」

 

『ごめんね。いまの私達の最優先事項は櫻なの。束ちゃんも今飛び出して行っちゃったわ。学園で落ち合うように言っておくから、千冬ちゃんたちも学園に。あと、先に非合法な手段で入ることを謝っておくわ」

 

「この際目をつぶります。緊急時のIS展開は許可されていますから」

 

『ごめんね。私も学園へ向かうわ』

 

「お手数をお掛けします」

 

『いいの。こうなることも覚悟はしてたから。千冬ちゃんも気をつけてね』

 

「ええ。では、後ほど」

 

 駅の方へ歩きながら背中に背負った妹をチラリと見やると、自分と瓜二つな顔。寝顔は可愛いものだ。

 隣のラウラは何処かと連絡をとっている。恐らくは社内の誰かだろう。

 

 しばらく歩いて駅前で車を借り、後ろにラウラとマドカを乗せると一路、学園へ向かった

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 IS学園、医務室。

 大学病院並みの設備と謳われるこの場にいきなり担ぎ込まれたのは銃弾を体内に留めた櫻。

 

 

「織斑先生から聞いてるわ。詳しいことはこの際抜きでこの子を手術室に!」

 

 館内をISで駆け抜け、医務室前へたどり着いた一夏は医務官に櫻を預けるとその場にへたり込んだ

 

 

「死ぬなよ。櫻……」

 

 

 弾丸は右肺で止まっていて、手術自体は難しくないものの、背中から撃たれ、肋骨を貫通したために神経系にダメージがある可能性が否定できなかった。

 最悪は身体が動かなくなる。良くても身体に大きな負荷は掛けられない。ISに乗ることは難しくなるだろう

 

 

「いっくん。さくちんは?」

 

 目の前に居たのは中途半端に崩したスーツを着たボサボサの髪の束。明らかに慌ててすっ飛んできました、と言わんばかりだ

 

 

「いま手術室に。俺が見た限り、右の胸を撃たれてたんですけど。大丈夫ですよね?」

 

「大丈夫だよ。植物人間になっても、束さんが蘇らせる。さくちんならね」

 

「ソレはお前のポリシーに反するんじゃないのか?」

 

 後ろから声をかけてきたのは千冬とラウラ。マドカは千冬に担がれている

 

 

「ちーちゃん! さくちんを撃ったのはその子?」

 

「ああ。妹だ」

 

「情報は掴んでたけど、まさか直接動くとは思わなかった。じゃ、その子は私が見ようかな。いまクーちゃんが私のラボを手配してくれてる。そろそろ着くよ」

 

「なぁ、千冬姉。そいつは……」

 

「すまんな、一夏。今まで黙ってて。だが、まだお前が知るタイミングではないんだ。ただ一つだけ言ってやる。お前はコイツじゃない」

 

「そうか。まだ。ってことは何時か、教えてくれるんだよな」

 

「ああ。マドカもお前も、私にとっては大切な家族だ」

 

 束に促され、マドカを担いだ千冬はその場を去った。

 残された一夏とラウラはただ無言で時計の針が回るのを見届けるだけだった

 

 

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 千冬達が去ってから何分経っただろうか。息を切らせてやってきたのは紫苑だった。

 その顔に不安が無いわけがなく、長椅子のラウラの隣に座ると、現在の状況を聞いてきた

 

 

「で、どれくらい経った?」

 

「およそ45分です。まだまだ掛かるでしょうね」

 

「そう。一夏君は血液型、何型だったかしら?」

 

「Aです。どうしてそんなことを?」

 

「輸血が必要になる可能性があるからだ。ソレくらい察しろ」

 

「なるほどな。櫻は……?」

 

「ABよ。となると、私以外は駄目ね……」

 

「すみません……。俺のせいで、櫻をこんな目に」

 

 突然の謝罪。だが、紫苑は今できる精一杯の優しい笑みで首を振った

 

 

「謝ることはないの。もし、ここで一夏くんが撃たれてたら櫻は今の一夏君以上に後悔するわ。櫻が死ななかったのは一夏君が死ぬところを撃たれていたから。それに、櫻には一夏くんに後悔、というのも言葉がおかしいけど、思う所があるから」

 

 それはおそらく、一夏が箒のように櫻を恨んでいるのではないか、という不安。そして、彼らの人生を狂わせてしまった償いだったのかもしれない。

 櫻が手を貸さなければ。ISは出来ず、千冬が嵌められることもなく、一夏が拐われることもなかっただろう。

 櫻が手を貸さなければ。ラウラのような存在が生まれることもなかっただろう

 

 彼女は自身が犯したことの大きさを良い意味でわかっていない。少なくとも一夏はそう思った

 

 ISがなければ千冬は荒れ続けただろう。

 ISがなければ箒と束はすれ違い続けただろう。

 

 ISがなければ、今の自分は全く違う自分になっていただろう

 

 

「俺は束さんや千冬姉、櫻がISを作ったことをなんとも思ってませんよ。前にも言ったかな。束さんや櫻と一緒にいる時の千冬姉はすげぇ楽しそうにしてたのを今でも覚えてるんです。今の世界がどうあろうと俺らは流れに乗ってきただけ。その流れの源流にいる3人がどう思ってるのかは知りませんが、俺は今に満足してますから」

 

「そう。やっぱり櫻は考え過ぎなのよね。ちっちゃい頃からいろんな経験をさせすぎたからかしら。一夏君。いざというときはちゃんと櫻を止めてね」

 

「それってどういう?」

 

「言葉通りよ。じゃ、私はお仕事をしてくるわ。櫻の事、お願いね。ラウラ、現時点をもって指揮権を移動。任せたわ」

 

「Jawohl mein Herr.」

 

 ふふっ。と笑うと紫苑はそのまま何処かへと消えてしまった。

 一夏は紫苑の言葉の意味を考えるが、真意が解るのはしばらく先の事になる

 

 

「なぁ、ラウラ」

 

「なんだ」

 

「いまの紫苑さんの言葉、どういう意味だと思う?」

 

「さあな。言葉通り、と言っていたんだからそのとおりだと思うが」

 

「まるでこの先なにかあるとでも言う口ぶりに聞こえた気がしたんだ」

 

「なるほどな。企業連内の事を少し調べてみよう」

 

「悪いな。頼む」

 

「だが、確実なのはオーメルの社長。そして企業連のプレジデントが変わるということだ」

 

「どうしてだ?」

 

「櫻の企業連内での支持率は9割を超えている。だが、その櫻がこうなってはな」

 

「でも、今だって代わりに仕事してくれる人がいる、みたいな事言ってたぞ?」

 

「その人はあくまでも秘書や副社長にすぎない。このまま行けば、次にオーメル。企業連のトップに立つのは紫苑さんだろうな」

 

「そうなのか? 他の企業の社長でもいいだろうに」

 

「現在の社長代行という役職にいるのが紫苑さんだからだ。その手腕は誰もが認める所だしな。それに、櫻の築いた体制が大きく変わらないのが一番大きい」

 

「なるほどな。アレだけの大所帯だと、変革のリスクだったり、そういうのがあるんだろうしな」

 

「ああ。櫻が社長に就任した際に、アーマードコアからISへの変革を起こしたが、もちろん反発もあった。ソレを上手くいなしたから櫻の評価が確立されたんだ」

 

「やっぱり、近いようで遠いんだな」

 

 話の流れを読んだか読まなかったか、一夏の放った一言は、ラウラが先日櫻に言った言葉に通じるなにかがあった。

 そして、その時の櫻の顔も、ラウラははっきりと覚えている

 

 

「櫻は私達をちゃんと友人として見てくれている。私達が意識して変な視点からみるものじゃない。それが、櫻にとっても一番いいんだろうしな」

 

「お前も変わったんだな」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

「いや、まさか転校初日にぶん殴った奴とこんな話をすることになるなんて、と思ってな」

 

「アレは、その、済まなかった」

 

「もう気にしてねぇよ。どうしてこう、櫻と関わりを持った人間は変わるんだろうな」

 

「さあな。私はただ、自分の生きる道を決めたに過ぎない。櫻がそのチャンスをくれた。ただそれだけだ」

 

 

 気がつけば手術中のライトも消え、中から佐藤先生が出てきた。

 

 

「先生! 櫻は!」

 

「大丈夫と思うよ、弾丸ちゃんと抜いたし、何処も傷つけてないからね。でも、まだ安心はできない」

 

「…………」

 

「ごめんね。織斑先生に報告よろしく。これ、書類ね」

 

「え、あ、ハイ……」

 

 

 一応櫻は一命を取り留めたらしい。

 だが、まだ安心はできないと言われた以上は気を抜けない。

 

 

 この事実をどう伝えたものか、と2人は暫し悩むことになる

 



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誕生日の光と影 Ⅲ

 アリーナに降りてきたた束のラボにマドカを担ぎ込むと、台にマドカを寝かせ、クロエが機械類の準備を整えて束が戻ってくるのを待っていた

 

 数分経つと、見慣れたエプロンドレスにウサミミの格好の束がラボに入ってきた

 

 

「さぁさぁ、始めるよ。ナノマシンが入ってるんだっけ?」

 

「その可能性が否定出来ない。今は死んでるはずだが、蘇生させた時にそれで殺されては寝覚めが悪い」

 

「ふ~ん。で、この娘は本当にちーちゃんの妹なの? 確かにそっくりだけど、"似すぎてない?"」

 

「わからん。一夏が生まれるのと同じ頃からずっと一緒に居たからな。ただ、あの日以降消えてしまったが」

 

「ちーちゃんの両親と一緒に、ねぇ」

 

 ま、どうでもいいけど。と一蹴して束はレントゲンのような機械で全身をスキャニングした。

 一糸纏わぬ姿は高校時代の千冬とほぼ同じと言っていいほど似ている。

 

 

「ISを作った頃のちーちゃんにそっくりだね」

 

「そうか? 私はこんなに目つきは悪くないぞ」

 

「ん~、もうちょっと胸はあったね、昔から」

 

 ガッ、と一発鉄拳が入り、頭をさすりながら束はディスプレイに向かった

 

 

「あー、やっぱりありますねー。コイツを殺しちゃえばいいんだね?」

 

「ああ。出来るな?」

 

「モチのロンだよ。クーちゃん、アレ出して」

 

「はい」

 

 そうしてクロエがコンソールを操作すると天井から何かプロジェクターのようなものが降りてきた。

 

 

「電磁パルスで機械を吹き飛ばしまーす」

 

「いいのか? 体内だぞ?」

 

「ナノ単位の機械が使う電流なんて生体電流よりちょっと強いかな? 位だから死んでる今なら問題ないよ」

 

「準備出来ました」

 

「おーけー。では、照射っ!」

 

 目では見えない何か起こり、マドカの体内のナノマシンはショートし、自滅した。

 自己複製するタイプではないのでこれで蘇生しても亡国機業の連中が遠隔操作で殺すことはない

 

 

「いっちょ上がり~。携帯とか時計とか壊れてないよね」

 

 千冬が折りたたみ式のガラケーを開くと、画面が顔を照らす。

 

 

「うん、よろしい。じゃ、次は蘇生だね。薬は持ってるんでしょ?」

 

「ああ。コレだ」

 

 胸ポケットから名刺ケースほどの大きさの箱を取り出してクロエに渡すと、なんのためらいもなく首筋に打ち込んだ

 

 

「数十分もすれば目が覚めるだろう。どこかに隔離したいな」

 

「ここでいいんじゃない? アッチ側は電波暗室だし、空調効かせて縛っておけば?」

 

「そうか。まぁ、むやみに学園の施設を使うよりはいいか。頼む」

 

 再びクロエがテーブルの足に両腕を固定。機器類を片付けると同時に誰かがドアをノックした

 

 

「ママさんかな?」

 

 モニターに映される顔は案の定紫苑のもので、ロックを解除し、迎え入れる

 

 

「櫻は一夏君とラウラちゃんに任せてきたわ。こっちは?」

 

「さっきナノマシンを殺したよ。あと数十分で生き返るってさ」

 

「そう。この娘がマドカちゃんね。本当に千冬ちゃんそっくり」

 

「紫苑さん、マドカのことはどこまで掴んでいたんですか?」

 

「亡国機業に所属している織斑の血縁者、ってところまでね。どうしてあそこに居たのかはわからなかったわ。でも、一つ怪しい情報もある」

 

「まさかとは思いますが……」

 

「ええ、彼女は千冬ちゃんのクローンかもしれない。せっかくだから今はっきりさせましょ。ここの設備なら解るでしょ

 

「行けるよ。それに麻酔弾か何かで撃たれた痕もあったし、ソレに血も付いてるんじゃない?」

 

「お前にはすべてお見通しか……」

 

 千冬はポケットから小さい注射器のようなものを取り出すと束に渡した。

 先端にはしっかりと血が付いている

 

 

「その可能性があることも考えたが、大切な妹だから。そんなことを考えたくなかったんだ……」

 

「ごめんね」

 

 束は溶液に血を溶かすと検査機に掛けた。

 

 静寂の中で検査機だけが無機質な音を立てるなか、気を紛らすように千冬が口を開いた

 

 

「紫苑さん、櫻は……」

 

「さっきも言ったけど一夏君とラウラちゃんに任せてきたわ。もしものことがあったら、耐えられる気がしないもの……」

 

「その時は束さんがさくちんの脳をスキャンして複製でもなんでもするよ。たとえ世界の禁忌に触れてもね」

 

 束の冷たい声は本気だった。その目に一瞬だけハイライトが消える

 

 

「でも、さくちんだから生きてるさ。臓器の一つや2つなら医療の名のもとに再生できるしね」

 

「そうね。束ちゃん、櫻のDNAって、持ってるの?」

 

「うん。脳内の記憶領域もデータ化して持ってる。使えるかどうかは知らないけど」

 

「万が一にも櫻が死んでも、そんなことは絶対にしないでね。作られた櫻は、櫻じゃないから」

 

「……そうだね」

 

 

 ピピッ、と電子音とともに結果がディスプレイに表示される。

 そして、束が千冬のDNAと比較させると……

 

 

「98%マッチ……」

 

「完全に一致してないから、あの娘はクローンではない。ね」

 

「そうだね。2%のズレは元をコピーするんだからありえない。彼女はちーちゃんの妹だ」

 

「これで安心して妹を抱ける……」

 

「ちーちゃん……」

 

 そのまま静かに泣きだした千冬を、紫苑が静かに抱き寄せた。

 紫苑の胸で、千冬は今まで溜め込んだ涙を、ゆっくりゆっくり流し続けた

 

 

 

 いい雰囲気をぶち壊すような味気ないノックの音で、全員が一斉に扉の方を向く。

 クロエが「一夏様です」と言うと一瞬高まった緊張がほぐれた

「奥にいるわ」と言って紫苑が千冬を連れてにんじんの奥に消えた

 

 

「はいはーい、今開けるよ~」

 

 その間にクロエは調光ガラスのスイッチを入れて白く染めた

 

 

「あれ、千冬姉は?」

 

「さっきまた何処か行っちゃったよ。いろいろ忙しいんじゃないかな?」

 

「そうですか? 櫻の手術が終わっていろんな書類渡されちゃって」

 

「いっくん。先にそっちを言うべきじゃないかな?」

 

「あっ……」

 

 クロエとラウラにも睨まれ、一回り小さくなった気がする一夏は「櫻は一命は取り留めたみたいです。でも、油断はできないと」とありのままを伝えた

 

 

「そう…… ママさんにも言っておかないと……」

 

「お願いします。俺は千冬姉を探してくるんで」

 

「あぁ、それならまたここに戻ってくるだろうから書類だけ預かるよ」

 

「そうですか? ありがとうございます」

 

「パーティーの主役は早く戻りな。あとは大人たちが何とかするから」

 

「どうして…… すみません」

 

「一件の家に最新型が6機、それにいっくんとラウラが戻ったら8機も。戦争起こせるね」

 

「冗談じゃないですよ……。でも、少し気分変わったかも」

 

「うんうん、辛気臭い顔してると、さくちんに怒られるよ」

 

「ですね。じゃ、千冬姉に先に帰ると言っておいてください。携帯置いてきちゃって……」

 

「りょーかい。ラウラにもよろしくね。さっきはほとんど話してないし」

 

「まぁ、ラウラもソレどころじゃなかったところはありますけど。じゃ、帰ります」

 

「うん、気をつけてね」

 

 一夏がドアを締めたのを確認すると、奥から2人が戻ってきた。

 

 

「よかった……」

 

 心の底から出た、紫苑の一言にすべてが凝縮されていた。

 幾ら覚悟ができているとはいえ、心配でならないのが母親というもの。命さえあれば、時間と技術でなんとでもなる現代だ、ここから束のターンだろう

 

 

「それで、書類というのは?」

 

「ぱっと見はただの保健室を使ったときのアレだね。オペの内容とかも全部入り」

 

「弾丸は無事摘出、肋骨を貫通か。さらに肺も……。ISに乗れないかもな……」

 

「そこはさくちんに医療用ナノマシンを大量投入して骨を再生させるから大丈夫。ただ……」

 

「これで、櫻は壊れてしまうかもしれないわね」

 

「…………?」

 

「ママさん、さくちんと私は、ただ、ISをあるべき姿に戻すだけだよ」

 

「櫻はおそらく、いや。絶対に強行するでしょうね。これからどうしましょう……」

 

「ごめんなさい」

 

「あなた達の考えることも解る。ずっと見てきたから。でも、今となっては世界の改革に近いのよ。それだけ敵が増える、最悪、世界全部を敵に回しかねない。私じゃ、あなた達を守れないの……」

 

「ママさん…… もう、私も子どもじゃない。お酒も飲めるし、世間の常識もお勉強したよ。すべて承知の上でさくちんと、一緒に」

 

「せめて、学園を出てからじゃだめなの?」

 

「すでに遅すぎるくらいなんだ。あと2年半も待ってたら私達の手に負えない。最悪のパターンで、自分たちの"まともな"戦力はたったの3人しかいないから。今なら私の力でカバーできるけど、この先追いつかれたらどうしようもない」

 

「ちょっと待て、3人って。櫻と、クロエと、誰だ?」

 

「私だよ、ちーちゃん」

 

「束……お前……」

 

「私はわたし自身が一番前に出て方向性を示す。私がさくちんを、クーちゃんを守るんだ。それが私の責任」

 

「私は歳を取り過ぎたの。だから進む方向がすでに決まってる。あなた達についていくことも出来ないし、その先にあるものが不確定だから行ってほしくない。大人として、母親としてね。でも、ずっと見てきたからこそ、今のISが束ちゃんの望まざる方向に向かっているのも解る。私はわたしが決められない」

 

「ママさん。もう、やるしかないんだよ。ISを使って人を傷つけるなんて許さない。ISを使って間接戦争をしようなんて許さない。不条理には不条理で、違法には違法な手段で、技術には技術で、そのままぶつけ返してやるんだ」

 

「櫻を、お願いね。またこんなことになったら怒るから」

 

「さっきも言ったとおり。私がさくちんを、みんなを守るんだ。今度は私の番だよ。ママさん」

 

「束。これから何をするのか、ちゃんと説明してくれ」

 

「いいよ。これから私達は――」

 

 束がことのあらすじを話すと、千冬は不敵に笑って

 

 

「ふん、最初から素直にそういえばいいものを。いいだろう、乗ってやる」



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Introitus 世界に向かいて新しき歌を歌え
天翔ける桜


 IS学園の1室。ICUじみた設備のクリーンルームで横たわる櫻の横には紫苑、束、千冬、クロエの4人がいた。

 

 

「本当にいいんだね? ママさん」

 

「櫻の、意志だから」

 

「クロエ、行くよ」

 

「はい。束様」

 

「では、私は後始末をしないとな。あいつらには肺機能の低下が深刻だった。それによる心臓突然死で死んだと伝えよう。それに、マドカのこともな」

 

「お願い。あと、転入も。ね」

 

「キルシュ・マクシミリアン・テルミドール。織斑マドカ。2人共お前らが世界に認められた時には受け入れられるように準備をしておこう」

 

「私達の期待を込めて。束ちゃん、櫻。時々は帰ってきてくれるのよね?」

 

「どうだろうなぁ。これからの成り行き次第になりそうだよ」

 

「そう。万が一、あなた達が世界の敵になっても。私は手を出さないから。どうにか、企業連の一角だけでも抑えてみせるから」

 

「ありがと、ママさん」

 

 そうして、クロエがISを展開。カプセルをベッドの横に出現させると、千冬と束が櫻をその中に移した。そして、ベッドには、"櫻と瓜二つななにか"が寝かせられ、そのバイタルサインを絶えさせた。

 

 

「私達は行くよ。ちーちゃんも、ママさんも、元気でね」

 

「うまくいくことを願ってるわ。そのためのお膳立てはしておくから」

 

「死ぬなよ、束。また会おうな」

 

「うん。絶対だよ」

 

 そうしてアリーナのにんじんに2人と櫻が収まると、どこかへと飛び去っていった。

 残された2人は、それぞれの仕事のために互いの目を見て頷くと、自分たちのいるべき場所へと戻っていった。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 にんじんが行き着いた先、それは成層圏上層を飛行する揺りかご(クレイドル)

 完全自給自足が可能で、太陽光でエネルギーをまかない、クレイドル自体はもちろん、数百機のISを同時運用可能なほどの莫大なエネルギーを生み出す。

 もちろん、機内には 無人機ゴーレムが大量に配備され、様々な作業に従事している。

 

 ISによるオートメーション化。高度な作業が効率的に行えるスペックを持つ故に、戦闘以外にも使い道があるのだと自らが示すためにクレイドルでは様々なことにISコアが使われている。

 

 まだ試験機とは言え、100人程度を収容し、一生暮らすことのできるだけの設備を整えた。

 その中の一つ、治療室に櫻は入れられ、医療用ナノマシンを投与、骨と肺の再生、神経系の強化を行っていた

 

 そして、また別の部屋には織斑マドカがほぼ監禁と言っていい状態で部屋に閉じ込められていた

 

 

「ねぇねぇ、なにかお話しようよー」

 

「…………」

 

「別に尋問とかってわけじゃないんだよ? ただ、束さんは君とお話がしたいだけなんだけどなぁ」

 

「…………」

 

「何も言わないと黙って君をぶっ殺してちーちゃんに見せびらかすよ」

 

「やれるものならやってみろ」

 

「やっと喋ってくれたねー。で、これからどうしたい? またあそこに戻る? それともちーちゃんと一緒に暮らす? 私達についてくるってのもアリだけど」

 

「お前らの目的なんて私にはどうでもいい。私はただ、織斑一夏を殺し、姉さんを……」

 

「なんでそこまでいっくんを殺すことに執着するのかな? 別に家族3人仲良く暮らせばいいじゃん?」

 

「お前には関係のないことだ。ただ、私はわたしのためだけに動く」

 

「そっか~、そこまで言われるとどうしようもないなぁ。ここから出たい?」

 

「そんなにあっさり開放していいのか?」

 

「今の君にはISもなにもないからね。怖くないよ」

 

「フン、なら早く開放しろ」

 

「おっけー。ついてきて」

 

 そして束は一切窓を見せないルートでまっすぐに格納庫へ向かった。そして、ボタンを押すと……

 

 

「嘘だろ……」

 

 ゆっくりと口を開くハッチに吸い込まれそうになるのをギリギリで耐える。

 夜空よりも明るく、夕焼けのような色合いのない、平たい藍色がハッチの隙間から見える。そして、ちらりと見えたのはおそらく地球。

 

 息が苦しくなり、力が抜けそうになる。もし、吹き飛んでしまえば地表まで数十kmのフリーフォールだ。

 普通にその場に立ち、顔色一つ変えない束は警告のつもりか、扉を一定の開度で止めると再び言った

 

 

「ここから出たい?」

 

「どう……やら、無理、みたい、だな……」

 

「おりこうさんはすきだよ」

 

 そう言ってまたボタンを押してハッチを閉めるとまた手でついて来い、と示して歩き出した。

 ふらふらと歩くマドカに酸素の缶を投げる

 

 今度は機体の外側に沿って歩いたために、自分たちが今どの辺りにいるのかがはっきりと分かる。

 窓から見えるのは地球の縁、そして限りなく広がる宇宙。

 

 さっきハッチの隙間からみた世界よりももっと大きく、広いものが視界に広がる

 

 

「ここは、何処なんだ?」

 

「ここはクレイドル。高度45kmを跳ぶ私達の家であり、アジトだよ」

 

「こんなところに居られれば、見つかるはずもない、な」

 

「でしょ? こんなところにいたら太陽光を反射して衛星からは見えないし、暗い時はただのノイズにしかならない。なんて素敵な場所だろうね」

 

「そんな簡単に言ってよかったのか? 私が亡国機業に伝えるとも限らないというのに」

 

「それはない、と思ったからね。だって、君。あそこに望んで居たわけじゃないでしょ?」

 

「くっくっ。さすがだな。なんでもお見通しか? 確かに私はあんなところに自ら望んで居たわけじゃない。そうせざるを得なかったからだ」

 

「今なら、話してくれる?」

 

「いいだろう。もう私に帰る場所など無いしな」

 

 そう言って2人は櫻の待つ、治療室に入っていった

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「コイツ……。天草櫻か……?」

 

 

 部屋に入ったマドカの第一声はコレである。

 ベッドに座るその姿は確かに櫻に似ている。

 

 だが、美しく長かった銀髪は色が抜け、毛先に向けて桜色に染まり、その目は赤い光を宿している。

 

 

「お久しぶりですね。織斑マドカさん。ようこそ、私達の揺りかごへ」

 

「生きていたのか」

 

「ええ、幸いにも弾は心臓には当たりませんでしたし。まぁ、身体は1/4ほどナノマシンに頼ることになりましたが」

 

「君が撃ったからさくちんはこうなった。責任、取ってくれるよね?」

 

「束お姉ちゃん、さすがにソレは脅しじみてるよ。ねぇ、織斑さん。私達の手伝いを。世界をあるべき方向に向ける手伝いをしてくれないかな?」

 

「どちらにせよ私は従わざるをえないんだろう? いいだろう、乗ってやる」

 

「性格までちーちゃん似だよ。ヤダなぁ」

 

「そうなのか? 私はあまり姉さんと一緒に居なかったからな……」

 

「で、織斑さん。今から君は亡国機業のMではなく、織斑マドカとして生きてもらうよ。まずは世界に向けて私達の存在をアピールしないとね」

 

「篠ノ之束が、表舞台に戻るのか?」

 

「端的に言うならそのとおりだよ。私達はISを創った者の責任として、ISをあるべき方向に戻すんだ。君にはそのお手伝い。そうだなぁ、主に邪魔者の排除と、治安維持をお願いしようかな。要は実働部隊だよ」

 

「世界が私達を拒絶した時は、一緒に世界を捨ててもらう覚悟も必要だけどね」

 

「極端だな。世界が認めれば、更に高みへと導く救世主。ソレを拒めば、破滅への使者か」

 

「ま、全てはISを作った私達と、変な方向へ進化させた人類の責任だよ。究極の2択なんて言わせない。当然の選択さ」

 

「面白い。どうせ姉さんも噛んでいるんだろう?」

 

「もちろん。世界が認めれば、そしてIS学園が認めればさくちんとまどっちにはIS学園に入ってもらってポラリスの窓口を務めてもらう。ちーちゃんにはその時はお願い。って言ってあるんだよ」

 

「コレで、一夏が殺せる……」

 

「なんてことが出来ないようにまたナノマシンぶち込まれたい? どうして一夏くんと仲良く出来ないかねぇ、姉弟だろうに」

 

「だからこそだ! 奴が居なければ私は姉さんと共にあれたんだ!」

 

「まさかと思うけどさ、親殺したり、してないよね?」

 

「何を今更、あいつらを殺したのは私だ。姉さんと一夏を捨て、私を連れて世界を飛び回り、あらぬ研究に手を出した。ドイツのアドバンスドなど、最たる例だ」

 

「お姉ちゃん、知ってた?」

 

「いいや、全く」

 

「ソレもそうだ。私が親を殺したのは10年ほど前だからな。世界にISが登場して間もない頃だ」

 

「じゃあ、その研究の本来の目的は……」

 

「万能兵士製造計画だ。だが、途中でISが出てきたためにそれを最大限に活かせるよう調整がなされた。それだけだ」

 

 衝撃の告白の連続に驚く2人だが、冷静になって考えると

 

 

 ――マドカって、ただのシスコンじゃ……

 

 

「それで、つまるところ、千冬さんと一緒に居たかったのに、親が無理やり引き剥がしました。ムカついたので殺してボッチになったところを亡国機業に拾われ、千冬さんにずっと過保護に育てられた一夏に嫉妬しながら今に至ると。」

 

「それではまるで私がシスコンみたいではないか!」

 

「「いや、実際そうだろ!」」

 

「ぐぬぬ……」

 

「ま、まぁ、一夏くんは殺させないよ。それだけは約束してもらう。私じゃなく、千冬さんにね」

 

「いっくんを殺したくなるほどにちーちゃんが好きなんだねぇ……」

 

「やかましいですよ。束さま、櫻さま。それに、マドカさまも」

 

「コイツもアドバンスド、だな?」

 

「ええ、いかにも。マドカさまの専用機が開発終了しました。それと、夕食も」

 

「クーちゃんお疲れ様! さてさて、今夜はなにかな~?」

 

 マドカはまだ知らなかった。クロエの料理の腕前は絶望的であることを。

 マドカは見ることが出来なかった、櫻のこの世の終わりを見るような顔を。



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重要なのは下ごしらえ

「それで、企業連の内部はどんな感じ?」

 

 治療室のベッドで横になりながら櫻は画面の向こうの紫苑に投げかける

 

 

「案の定私がオーメルの社長兼企業連代表。ローゼンタールはハイデマリーが社長就任よ。それ以外に変化なし。計算通りね」

 

「そうだね。あとは企業連と委員会の会議をセッティングしてもらって、そこに割り込ませてもらおう」

 

「ええ、わかってる。いまリーネに日程を詰めてもらってるところよ」

 

「分かった。決まり次第連絡をちょうだい。できれば学園のトーナメントに間に合いたいから来週あたりがいいけど。まぁ、そのくらいになるかな」

 

「でしょうね。早くて来週から再来週の頭。来月にずれ込むかも」

 

「社長就任早々問題が起こるとか最悪だね」

 

「それを引き起こしてくれるのは何処の誰でしょうね」

 

「アハハハハ……」

 

「乾いてるわよ……」

 

「ま、まぁ、下準備よろしくね」

 

「ええ、任せなさい。櫻も、早く治しなさいね。それに、これ以上人から離れないでね」

 

「努力はするよ。でも、すでに1/4は機械だしね。夢見草もあるし」

 

「それはすでに1/4は櫻じゃないって意味でもあるの。わかって。じゃ、気をつけて」

 

「ムッティも」

 

 ふぅ、と一息つく。

 櫻が撃たれ、表向きに"死亡"してから3日が経った。櫻の身体は(想定外の事態もあり)未だに未完成で、まだ心肺機能は5割、神経機能は9割しか再生していない。

 これはあまりに強力なものはそれだけの代償があるからであり、櫻はすでに対価として髪の色と瞳の色を捧げている。

 

 未完成故に、館内を歩くだけで息が上がり、ISになんて乗れば酸欠で気を失いかねない。

 そんな櫻がいま目指すこと、それは企業連と国際IS委員会の前であらたなる勢力。それも、篠ノ之束の名の下に結成されたものをしらしめることだ。こちらから技術を提供する、彼らは私達の安全を保証するだけ。なんとも"人類"に有利な交渉だろう。

 だが、万が一に交渉決裂となった場合に備えて櫻は夢見草を、クロエは黒鍵を。そして、マドカは"白騎士"を手元に準備している。

 

 音もなくドアが開くと、束が入ってきた。

 

 

「身体はどう?」

 

「ナノマシンはいいんだけど、再生が間に合ってないね。会見までには人並みにはなるだろうけど」

 

「夢見草もいい感じ?」

 

「そうだね。上手く"体に馴染んでるよ"ナノマシン制御なら楯無先輩よりうまくなったかも」

 

「それは良かった。初めてだからなぁ、生体同期なんて」

 

「神経とコアを直結。身体の制御にISを使う。理に適っていると思ったから私自ら実験台になったわけじゃん?」

 

「確かに、革新的な試みだけど、世界はウンとは言わないだろうね。コレばかりは」

 

「そりゃね。今の状況でコアの稼働率は68%。生体制御に2割使って実質5割弱しか使えないってのがこれからの課題かな」

 

「それはさくちんの体内のナノマシンを夢見草で制御してるからでしょ? 身体の再生が終われば70%をフル活用できるようになるんだよ? 正直恐いね」

 

「飲み込まれそうで?」

 

「それもある。でも、ずっとさくちんと一緒に居た夢見草だから大丈夫って思うところもあるよ」

 

「コアはそれぞれ意思を持つ。だからね」

 

「うん。クーちゃんのコアも空間制御に適した形に伸びてきたし、操縦者がコアとのつながりを得れば、操縦者の願いを叶える後押しをコアがやってくれるんだよ。きっと」

 

「だね。じっさい夢見草も私がオールラウンダータイプだからまんべんなく出来るいい子になってくれてるし。今も体内のナノマシン制御は丸投げしてるんだよ? バランスが崩れた時はアラート出すし」

 

「へぇ、初期機体はチートスペックだからなぁ」

 

「量産機と試作機ってそんなに差があったっけ?」

 

「無いよ。でも、初期機体の方が明らかにノビが良い。操縦者の願いに敏感、っていうか」

 

「操縦者とのつながりを貪欲に求めてる、のかな?」

 

「だと思う。だからいっくんの白式もどんどん進化するでしょ?」

 

「コアの自立進化の度合いもこれからの研究課題だねぇ。コレばかりは開発者である我々もわからん!」

 

「ねー。人間と一緒で、どう進化するかなんて解るわけがないんだよ」

 

「それを言ったらおしまいだけどさ。あ、そろそろ本音から掛かってくる」

 

 

 時計がちょうど17:00を指したところで櫻の端末が鳴る。

 受話ボタンをタップすると、空中にディスプレイが投影された

 

 

「さくさく~! ずっと顔を見たかった……よ」

 

「本音。ごめんね。心配かけて」

 

「うん、でも、計画書にあったことが早まっただけだから。こんな形になるとは思わなかったけど」

 

「私も。まさか撃たれることがあるなんて。みんなはどんな感じ?」

 

「でゅっちーが戻ってきた時からお通夜状態だったなぁ。おりむーが戻ってきた時には盛り上がったけど。結局、この前のHRで織斑先生がさくさくが死んだ。って言った時には泣いちゃう子も居たよ」

 

「そんなに好かれてたんだ。ちょっと嬉しいかも」

 

「少しずつ戻ってきてはいるけど、やっぱり何かあるとしらけちゃうこともあるかな」

 

「楯無先輩や簪ちゃんにはバレてない?」

 

「そこらへんは抜かりないよ~。おじょうさまもかんちゃんも、お姉ちゃんもさくさくが本当に死んじゃったと思ってるから。お姉ちゃんはさくさくの授業が受けられないって悲しそうに言ってたな~」

 

「そっか。まだしばらくかかるけど、学園の方は本音と千冬さんに任せたから」

 

「あい! 任された!」

 

「頑張って、もうしばらくしたらそっちに行けるから」

 

「うん、待ってるよ。さくさくも、早く身体治してね」

 

「頑張る。じゃ、またね」

 

 始めの本音の驚きはおそらく眼の色だろう。母親譲りの黒い瞳は今となっては血液を思わせる、少し黒みを帯びた赤に変わってしまっていたのだから。

 髪はプラチナブロンドから色が抜けた白へ変わった為に気づかなかったと思うが、実際に会った時は気づかれてしまうだろう。

 

 

「のほほんちゃんには厳しい現実だったかな」

 

「でも、耐えてくれる。本音は強い子だから」

 

「のほほんちゃんのIS、作ったよ。白鍵(しろかぎ)。ISを守り、ISを強化するIS。機体整備からエネルギー補給。成れの果てには固定砲台までなんでもござれ。基本的にはクーちゃんの黒鍵と同じだけど、細かいところをのほほんちゃん仕様に改造した。これでおみやげができるね」

 

「うん。喜んでくれるかな」

 

「どうだろう。わかんないや」

 

 

 心配事が増える中で、時間だけがただ過ぎていった

 



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千冬の再来

 櫻達がこのクレイドルに篭って早くも1週間が経とうとしている。

 その間に櫻は身体機能をだいぶ回復、マドカも新しい自らの機体に慣れつつある。さらに言えば、大気圏の突入&再突入のテストも彼女が繰り返している。

 

 束がマドカに手渡したIS、白騎士はその名の通り、IS最初の2機の一つ、白騎士のコンセプトを最新技術で再現したものだ。顔の半分を覆うハイパーセンサー。背中には羽のようなブースター兼エネルギー砲。そして、フレアスカートのようなメイン&サイドブースター。

 

 全てに第4世代の技術である展開装甲を採用し、超高機動から中距離砲撃までをカバーする。

 マドカは持ち前の操縦技術を持って白騎士を意のままに操り、自分のものにした。それこそ、初めて空を飛んだ時の千冬のように。

 

 

「マドカさま、テスト終了です。帰還してください」

 

『ふむ……』

 

「どうかされましたか?」

 

『いや、最近機体がついてこないというか、感覚にズレがあるような気がしてな』

 

「そうですか……。確かに、入力と出力にズレが出てますね。ですが……」

 

『ああ。多分これは私が早過ぎるんじゃないかと思うんだ』

 

「ええ、そのとおりです。稼働率は98%出てますし、それ以上は機体の組み換えか、機体の進化に任せるしか……」

 

『だよなぁ。コレばかりは仕方ない。帰るよ』

 

「はい、お待ちしています」

 

 

 そして、クロエから白騎士のデータを見せられた束と櫻は唸りながら同じことを考えていた

 

 ――これってちーちゃん(千冬さん)と全く同じパターンだ……

 

 そう、初めて空を飛んでしばらくした後、千冬も同じことを言い出したのだ。機体が私についてこない。と。慌てて2人がデータを洗うと千冬の言葉通りに、機体が操縦者についていけてなかった。

 だからあの後にブースターとスラスターを増設、期待の反応速度上昇などを盛り込んだアップデートを掛けたのだ。

 だが、今回はあの時とはわけが違う。すでに束と櫻の技術で出来る範囲を目一杯使ったISなのだ。残された手段はコアのリミッターを緩めるしかない。

 

 

「束お姉ちゃん……?」

 

「さくちんも同じこと考えてる? 白騎士のコア」

 

「うん。いま30%でしょ? それを40、いや、45まで上げてみたらどうかな?」

 

「まどっちはそれに耐えられるかな?」

 

「千冬さんの妹だよ? 大丈夫でしょ」

 

「行き着く結論はやっぱりそこだよねぇ」

 

「じゃ、やりますか。これでまどっちは世界の半数を相手に出来るよ」

 

「あの時の千冬さんの7割くらいだからね。でも、技術の進化を考えるとトントン?」

 

「笑えないね」

 

 そう言いながらメッセージを送りマドカを開発室に呼び出す。

 数分でやって来たマドカに2人は揃ってこう、声を掛けた

 

 

「「千冬さん(ちーちゃん)に並んでみたくはないかい?」」

 

 

 するとマドカは口角を上げると「もちろんだ」と答えた

 

 

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『コレはいい! 最高だ! サイレントゼフィルスなんてゴミも同然だったな!』

 

「うわぁ……」

 

「なんだろうこの 既視感デジャヴュ……」

 

「現在稼働率95% 正直恐いです……」

 

『束! 櫻! 本当にいい仕事をしてくれたな! 白騎士が私の思うがままについてくる! 最高だ!』

 

 

「えーっと、マドカさん? そろそろ戻ってきてもらえませんか?」

 

『もう少し飛んでいたいがなぁ……。仕方ない』

 

 ――こんな反応まで千冬さんと同じだ……

 

 コアの持つ力を更に開放した白騎士は束と櫻の想像以上の親和性を見せ、マドカもそれについていくどころか、まるで自分の体であるかのように扱った。

 あの時、白騎士事件の時の千冬の如く……

 

 

「いやぁ、最高の出来だな。今まで乗ったどんなISよりも自分に合っている、と実感できる。この感覚がたまらないな」

 

「お気に召したようで……」

 

「どうしたんだ? 3人共」

 

「マドカさま。正直に申しますと、初回テストで稼働率95%は異常です。まぁ、これで4人目ですけど……」

 

「そんなに出てたのか……。道理で」

 

「まどっちと白騎士に足りないのは戦闘経験値だけだね。宇宙空間での活動データもよく取れてるし。大気圏なんて空気も同然ってのも実証できた。あとはこれを世界に叩きつけるだけだよ」

 

「ついに始まるね」

 

「ええ、現地時間の3時からです」

 

「私達の運命が決まるのか」

 

「だね。私達『ポラリス』が、世界を導くのか。それとも……」

 

「その時は……」

 

 

 

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 ニューヨークの国連本部、その大会議室には国際IS委員会の面々が揃い、企業連の新代表との会談に臨んでいた。

 

 5分前になると秘書を務めるリーネが会場に入り、今か今かと待ち望む代表たちを一瞥すると、

 

 

「ただいま天草新代表が到着されました。会談は定刻通りに始めさせていただきます」

 

 と、いうだけ言ってその場を去っていく。

 

 ――こういう場面は苦手です。あの品定めをするような目つき……

 

 

 そして紫苑が会場に入り、席につくと司会進行を務めるリーネが口を開いた

 

 

「それでは、本日は企業連新代表就任のご挨拶と、今後のISの展望を我が社の天草より、皆様に」

 

 紫苑が席を立ち、ゆっくりと一礼すると、オッツダルヴァ(圧倒的カリスマ)とも、(革新的なアイディア)とも違った雰囲気で話を始めた

 

 

「皆様。この度オーメル・サイエンス・テクノロジー、及び企業連代表に就任いたしました、天草紫苑と申します。就任会見をご覧になった方はすでにご存知かと思います。現在、私達企業連はIS産業をリードする者として、あらゆる分野に可能性を見出し、検討しています。これは先代のフュルステンベルクからの意向です。このスタンスに変化はありません。

 ですが、現状維持だけではアーマードコアと同じように技術の頭打ちがやってくる、現に、世界シェア1位を誇る、ローゼンタールのオーギルモデルはアップデートプログラムの開発に行き詰っています。これ以上の改善点が見つからないのです。第2世代が頭打ちになっている現状を考えるに、第3世代、イメージインターフェースを用いた新世代のISの実用化は急務。さらには、夏に篠ノ之博士より発表された第4世代。展開装甲を用いた即時万能対応(リアルタイムマルチロール)が存在する今、私達は篠ノ之博士の上を目指さなければなりません。

 我々企業連としてのこれからの展望は主に3つのステップに分かれています。

 

 1, 第3世代機の実用化。

 これに関しては現在ローゼンタールが主導でIS学園にて第3世代機の実動テストを行っています。

 イメージインターフェースを用いた装備の稼働率も良好、機体全体の稼働率は常に8割後半をマークしています。

 イメージインターフェースをオーギルに装備したモデルを試作し、稼動テストを現在行っています。こちらの結果も良好です。

 

 2, 第4世代機の開発。

 こちらは企業連全体の共同プロジェクトという形で各社から技術者をオーメルに集め、研究を進めていますが、現在存在する第4世代機が篠ノ之博士の妹、篠ノ之箒さんの紅椿1機のみであることから、データ収拾が難航し、開発も思うように進んでいません。

 

 3, ISを用いた宇宙開発。

 私達最後の目標。それはIS開発者、篠ノ之博士の願いであり、先代代表、フュルステンベルクの願いでもあったISの宇宙進出です。今もなおオーメルの宇宙開発部で研究が進み、高効率のブースターの開発に成功しています。戦闘向きで無いため、瞬間出力は大きくありませんが、消費エネルギーをオーギル標準構成機から80%削減することに成功しています。

 シミュレーションにおいても大気圏離脱が可能であることを証明し、後は実際に機体製作、飛行実験に移るのみです。

 

 以上が我々が提案するこれからのビジョンです」

 

 各国の代表はメモを取り、その後ろでは報道陣が黙々とキーボードを打ち込んでいる

 予定ではあと数十秒で彼女らが割り込んでくるはずだ。

 

 

「では、これから私達。企業連以外にも、世界のISに携わる者達がすべきことはなにか、それは――」

 

「あーあー、てすてす。見える~?」

 

 会場がざわめく。

 大型のディスプレイに映しだされたのは篠ノ之束、その人。両隣にはそれぞれかなりのインパクトを持つ見た目の少女が立っている。

 

 

「んんっ! ハロー、委員会、それと企業連の新代表さん。お久しぶりですかね。篠ノ之束です」

 

 突然の乱入者に騒がしくなる報道陣。

 束の顔はすこし不満気で、隣の背の高い少女になだめられている

 

 

「真面目な雰囲気で話そうかとも思ったけど、聞く気がないならさっさと世界滅ぼすよ?」

 

「ソレはマズいって! 聞くことも聞いてくれないよ!」

 

「それだけは駄目です! ただの脅しになってしまいます!」

 

 束の口から出た衝撃の一言に会場が静まり返ると、顔を明るくして「やっと聞く気になった?」と聞いた。

 

 委員の一人、すこしふくよかな体型の女性が引きつり気味の顔で声を上げた

 

 

「Dr,篠ノ之。ここは国連、国際IS委員会の本会議であるとわかっての行動ですか?」

 

「ええ、もちろん。私達はみなさんと話がしたかったからこのような行動を取っただけです。まともにアポイントメントをとっても相手にしてくれないでしょう?」

 

 指名手配されている人間がまともなアプローチを仕掛けたらソレはソレで問題が起きてしまう。ならば多少強引にでも話を聞かせるほうが手っ取り早いのだ

 

 

「それで、Dr,篠ノ之ともあろうかたが我々に一体何を」

 

「今日は世界に、私達のこれからやろうとすることを聞いて、納得して、受け入れてもらいたくてお話に来たんだ。聞いてくれるかい?」

 

 委員達が慌てて何かを話しあうと、「ええ、お聞きしましょう」と答えた

 

 

「ありがとう。私はISを作った人間として、現在の世界を認めることは出来ない。私は宇宙進出のためのマルチフォームドスーツといったはずだったのに、気がついたら兵器として扱われて当然のようになっている。もう、我慢の限界だよ。だから提案だ。私は君たちが欲する技術をあげよう、もちろん、IS本来の用途に関するものだけね。このビーム強くしたい! とか聞いてきたら消し飛ばすからね。それと、ISのために世の中の理に背いた奴らもゆるさないよ。幾つか粛清させてもらったけど、未だあるよね。心当たりがあるなら早急に謝っておきなよ?」

 

 ドイツ代表に目線だけ向けていたので、なにもしらないドイツ代表の女性は肩身狭そうにしていた。

 束の話はまだ終わらない。

 

 

「故に、ここで私は宣言する。ISの進化と、ISによる世界の平和、そして、宇宙開発の促進を目的とした私設組織、『ポラリス』の結成を。私達には自衛のため、そして世界を救うために振るう力がある。それは君たち世界に配った467個のコアも同じだよ。戦うためでなく、飛び立つための翼だったのにね。

 私達の目標をまとめよう。

 

 一つ、ISとそれに関わる技術水準の向上。

 一つ、国際宇宙ステーションに代わる新しい施設の整備。

 一つ、世界からISに関わる争いを消す。

 たった3つ、されど3つ。

 これを多いと取るか、たったこれだけ、と取るかは君たち次第だよ。

 それと、コレはお願いだ。もしも、私達を受け入れてくれるなら、私達の窓口であり、使者をIS学園に送りたい。なにせ『ポラリス』の本部は地上には無いからね」

 

「今何処におられるのでしょうか、と聞くのは野暮ですね。博士」

 

 そう、現在の居場所を聞いたのはだれでもなく、紫苑で、その目には口から出る他人行儀な言葉とは真逆の娘を心配する母のそれがあった。

 

 

「ええ、教えるのはみなさんの返事次第ですから。天草新代表。では、また来週、この時間に返事を伺いましょう。この回線を使ってまたここにこちらからつなぎます。では、良いお返事をお待ちしています」

 

 一方的に繋がれ、一方的に切られた数分間の会話。だが、その短い時間に篠ノ之束は世界に再び大きな爆弾を落として行った。

 

 その後は委員会の面々がこの提案に乗るのか乗らないのかを巡って荒れに荒れた議論を見せ、紫苑はただ、変わった娘の姿を思い出し、感傷的になっていた。

 

 

「社長、大丈夫ですか?」

 

「ええ、まぁ。うん……」

 

「あの映像の右に写ってた紅目の女の子、櫻さんでしたね……」

 

「解るの?」

 

「何年間彼女の秘書をしてきたと思ってるんですか? ああいった場でのクセくらい覚えてますよ。それに、声は変えられませんしね。紫苑さん、一体どこまで知ってるんですか?」

 

「この件に関しては私が主導したわ。会談の時間を彼女たちに流して割り込ませた。でも、それだけね」

 

「だから最後に、何処にいるの。と……」

 

「ええ。大切な娘達だから……」

 

「達?」

 

「あっ、うん。娘達、ね」

 

 

 その後も世界中で議論が行われ、委員会の手に負えずに理事会まで案件が飛んだり、世界中で是非が問われたり、大きな波乱を呼んだが、時間は待ってはくれなかった



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世界の選択

 束の宣言からきっちり7日。

 世界は究極の選択の答えを導き出そうとしていた

 

 

「それでは、採択を取ります。篠ノ之束の声明及び、付随する条件を受諾、博士の地位を確立するものとする。賛成は挙手を願います」

 

 百数十人の手が上がる。

 反対票を投ずる国はないも同然だ

 

 

「賛成多数と認めます。よって、委員会は篠ノ之束へ要件を受諾する旨を伝えることとします」

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「あー、いい感じになりそうだね~」

 

「だね。これで私達も安心して活動できるよ」

 

 腕につけた端末がポップアップを出し、本音からの着信を告げる。

 

「ちょっと出る」

 

 

 リビングルームのような部屋から会議を覗き見ていた束と櫻だったが、櫻が消え、一人残った束はすこし顔を歪めて

 

 

「これもまだ始まりに過ぎないよ。私達のゴールは……」

 

 携帯を取り出すと、どこかにダイヤルし「話だけなら聞くよ、時間はそっちに合わせてあげるからね」と短く告げて誰もいないソファに投げた

 

 

「まずはゴーストハントから、かな」

 

 ----------------------------------------

 

 

「どうしたの? 何か問題が?」

 

『ちょっとね。ポラリスが表に出たことで暗部もそれを嗅ぎつけたんだ。だからその条件の一つにあった2人の事をおじょうさまが必死で洗ってる。こっちでもカウンター仕掛けてできるだけ邪魔はしてるけど、早めにニセの経歴でっち上げておいてね。とくにまどまどは……』

 

「厄介だからね。私は今までどおり、櫻として過ごせばいいけど、彼女は自分の人生を作りなおさなきゃいけない。でも、コレばかりは私達じゃなくて千冬さんにお願いしたいかな」

 

『ふぇ? あ~。織斑先生の妹だもんね~。一つ上だっけ?』

 

「いや、4月生まれで同い年だよ。ホント、昔の千冬さんそっくりだから驚くよ。って本音は知らないか」

 

『へぇ、楽しみだなぁ。って先生に聞かれたら殺されそうだけど……』

 

「ま、週末に委員会と共同で声明を出すから、今月の半ばにはそっちに行くよ。その時はキルシュ・テルミドールとしてね」

 

『ねぇ、なんであの時櫻を殺したの?』

 

「櫻は有名になりすぎたんだよ。それに社会的立場があった。あの場面で堂々と篠ノ之束と手を組んだと発表すれば世間からの反発は計り知れないからね。だから、世間に縛られない私が必要になったんだ」

 

『だからって……』

 

「ごめんね。そっちに行けば、私はわたしでいられるから。もう少しの辛抱だよ」

 

『うん。まだ部屋は空いてるから。荷物も……』

 

「なんかそれだけ聞くとクラスのみんなは本音が私の死を受け入れてないように思われてそうで心配だよ……」

 

『なぎなぎとかゆっこは気にかけてくれてるけど、他の子はもう本音は病んでしまったとか思ってるんじゃないかな~。確かにさくさくが居なくて寂しいけど、生きてるから、また会えるからそこまで凹んでないよ』

 

「そっか、安心したよ。ちゃんとおみやげも用意していくからね」

 

『うん、待ってるよ。これで私も、ポラリスの一人だね』

 

「期待してるよ、布仏くん」

 

『えへへ~。じゃ、次は学園で会おうね!』

 

「そうだね。じゃ」

 

 

 壁に寄りかかると、カレンダーを開いて今まで流れた時間を確認する。

 すでに櫻が死んで2週間、委員会に声明を出して1週間。私の身体が完全に治るまで、あと3日。

 

 あと5時間、あと5時間でひとつポラリスの活動に区切りがつく。今までは地下でひっそりと準備を進めてきた、でも、明後日、それが一気に天空へと駆けのぼる。成層圏に浮かぶこの揺りかごで、私達の未来が始まる。

 

 

「To nobles welcome to the stratosphere……」

 

 すでに決めてある台本の最後を諳んじる。

「高貴なる者達よ、成層圏へようこそ」

 

 今までISという翼を持ちながら、天空へと登ることのなかった愚かな人類への、皮肉を込めた歓迎の句。

 北極星が昔の旅人を導いたように、今度は自分たちが世界を導く。

 頭の片隅に残る雑念に不快感を覚えながらリビングへ足を向けた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 束の声明から1週間。そしてその日の15時20分。委員会の面々は以前と同じ部屋で以前と同じように並び、束からのコンタクトを待った。

 

 そしてつながる、世界と、天災が

 

 

「時間だよ。答えを聞きに来た」

 

「Dr,篠ノ之。結論だけ言います。我々はあなたの声明を受諾、付随する案件についてもすべてを受け入れることを決定しました」

 

「なるほど、受け入れてくれるんだね。ありがとう。

 なら改めて自己紹介といこうかな。私達ポラリスの概要を1時間後に文面で発表するよ。いまは正規メンバーが5人、そして外部協力者が数人いるよ。外部協力者に関しては彼らの社会的立場を守るために名前と役職の発表は控えさせてもらうよ。

 代表はこの私、篠ノ之束とキルシュ・マクシミリアン・テルミドール。広報官はクロエ・クロニクル。彼女は出自が特殊でね、コレもまた、追々公表しようかな。技術部門にはIS学園より、布仏本音。実働部隊と私達との窓口になってくれるのはテルミドールと織斑マドカの2人。この5人が私達ポラリスだよ」

 

 織斑マドカという名前にはどよめきが起きたが、以前のような失態は犯すまいと一瞬で静寂が戻った

 

「Dr,篠ノ之。では、先日のあなたの要求に基づいてキルシュ・テルミドールと織斑マドカ両名のIS学園入学を推薦致します。我々の権限では推薦しかできません。あそこは不可侵の領域ですから。そこはご承知いただきたい」

 

「うん、それくらいはわかってるよ。条件を飲む心があっただけマシだね。日取りはまたそちらから送ってきてね。

 君たちが聡明でよかったと思う。私達はこの選択を後悔させないために全力を尽くそう。そして、君たちが選んだ道は今までのISを否定しかねないということも、理解してくれていると私達は思っているからね。がっかりさせないでほしいな」

 

 

 

 また一方的に切られたて終わると、委員は糸が切れたように肩を落とした。そして、束から最後に短くメッセージが送られて場は閉まった。

 

 

 ――To nobles welcome to the stratosphere

 

 

 委員長を務める女性が立ち上がって言った

 

「高貴なる者達よ、成層圏へようこそ。ですか、なかなか嬉しい言葉ですね。私達が博士に裏切られないためにも、それぞれが正しい選択をすることを期待します」

 

 委員会は拍手に包まれて閉会、世界は篠ノ之束率いる、ポラリスに照らされて新しい進化の方向へ歩むことになる



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桜再来

 そして、委員会の決定から数日、IS学園の第1アリーナに桜と白の2機は居た。

 目的はもちろんIS学園編入のための実技試験。筆記はもちろん二人共満点でパスし、実技も問題無いだろうが形式的にやらねばならない。

 

 相手はリヴァイブを纏った山田先生。1組への編入で間違いなさそうだ

 

 

「それでは両者カウント後に試験を開始します」

 

 お仕事な声でコントロールタワーから見守るのは織斑先生だ。さらに客席には多くの生徒に混じって理事長や轡木十蔵の姿も見える。そして、最前列には本音と簪の姿もあった。

 簪は事情を知らないはずだから、恐らくは本音に連れて来られたのだろう。

 

 何人かの生徒が訝しげな表情で夢見草を見ていたが、気のせいだと信じたい。

 

 

 軽く本音に手を振ってから臨戦態勢に移る。

 

 

 まずはコア25%開放で機体の慣らしを兼ねて避けて回る。そこから60%まで開放。先生であろうと一気に叩きのめす。

 

 

『試験官を担当します。山田真耶です、よろしくお願いしますね』

 

「キルシュ・テルミドールです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

『本当ならもう入学どころか先生をしていただきたい程なんですけど、そうは行かないみたいで。すみません……』

 

「いえ、こちらも無理を言って編入させて頂く身。こうして試験を受けられるだけ幸せです」

 

『そうですか? ずいぶんと慎み深い方ですね。では、行きますよ』

 

 

 そうしてカウントダウン。

 

 5...

 4...

 3...

 2...

 

 

 1...

 

 

 0...

 

 

 ゼロカウントまで何も展開せず、突っ込むと同時にその手に武装を展開。ラファールにはノーマルなマシンガンが2丁、夢見草は何も展開せず互いに空中戦へと突入する

 

 マシンガンの弾幕を目で追えないほどの軌道を描いて避ける光景に見ている生徒たちも息を呑む。

 傍から見ればただ単に逃げ続けるだけの展開だが、その逃げっぷりが尋常でないのだ。

 時に瞬時加速で視界から消え、時にPICを切って真下に墜ちる。

 空中戦のセオリーからかけ離れた戦い方にコントロールタワーから見下ろす千冬も唸っていた。

 

 

『普通に合格点なんですけど、織斑先生が……』

 

「叩き落せ、ですか? ブリュンヒルデも残酷ですね」

 

『ごめんなさい!』

 

 謝りながらマシンガンをハイレートの小口径なものに切り変え、弾幕の密度をあげる。

 さすがに幾つか当たるが、ダメージは微々たるものだ。

 

 

「では、こちらからも参ります」

 

 櫻は夢見草のコアリミッターを6割まで開放、展開装甲を駆動させ、攻撃と高機動に特化させる。

 その手には青白いエネルギー刀(MOONLIGHT)。飛び道具もあるにはあるが、そんなに手の内を明かすのも馬鹿らしい。

 

 クイックターンでラファールに正対すると、弾幕を物ともせず、桜色の閃光がアリーナの端から端まで駆け抜け、一瞬でラファールのシールドエネルギーを削りきった。

 

 

「ラファール、山田真耶、エネルギーロスト。10分後に次の試験を行います」

 

『お疲れ様でした。実技はバッチリですね』

 

「すみません、先生」

 

『いえ、大人気ないのはこっちですから……』

 

「次も先生が?」

 

『いえ、次の娘は織斑先生が担当します。さすがに篠ノ之博士に従くレベルの娘を2人連続で相手するのは辛いですから……』

 

「そうですか。では、これからお世話になります。まやや」

 

『ふぇっ? どうしてそれをっ!?』

 

「まぁ、直接お会いすればわかりますよ」

 

 

 ----------------------------------------

 

 ピットに戻り、待っていたマドカに次の試験官は千冬だと伝えると本人のやる気は120%の上昇を見せたようで「最初から本気出す」と意気込んでいた

 

 

「まぁ、いくら千冬さんとは言え、打鉄だろうし、やり過ぎちゃ駄目だよ?」

 

「わかってるさ。それに、この機体をみた姉さんの感想も聞きたいしな」

 

「ホント、お姉ちゃんと私が本気出して作った白騎士のコピー。こりゃ一夏くんがキレるね」

 

「あんな雑魚、捻り潰して黙れせればいいだけだ」

 

「相変わらず一夏くんには冷たいね……」

 

「アイツのことは一生恨んでやるからな」

 

「はぁ……」

 

『試験開始1分前です。試験官と受験生はアリーナに入ってください』

 

 山田先生の声でマドカのスイッチが入る。

 

 

「よし、行ってくる」

 

「うん。実戦経験値もたまるし、姉妹の仲も深まる。いいコトずくめだね」

 

「ああ。こんなに興奮しているのは白騎士を初めて纏った時以来だな」

 

「そんなんで自爆して失格とか笑えないからね」

 

 ふふっ、んなわけあるか。と言ってマドカは飛び出していった

 

 

 ----------------------------------------

 

 

『試験官を務める織斑だ。会いたかったぞ、マドカ』

 

「やっとこうしてまともに話せる、それだけで嬉しいよ。姉さん」

 

 この会話はオープンチャンネルで話されているために会場内に丸聞こえなわけだが、 どこかの誰か黛薫子は慌てて駆け出して行ったり、 どこかの誰かは織斑一夏は闘志をむき出しにしてそばに居た優しそうな女の子(シャルロット)になだめられていたり。

 さっき以上にスタンドは湧いていた

 

 

「それで、姉さん。まさかISなしで拳で語れ、なんて言わないよな」

 

『もちろん。だが、久しぶりの再会だ、お前とも、白騎士ともな。ただの打鉄で相手するのは申し訳が立たないだろう?』

 

「まさか……」

 

『そのまさか、とは行かないが、束が私にいいアイデアをくれてな。専用機を新規に作るのはマズイからと学園の打鉄を改造したんだが、どうだ、なかなかいいだろう?』

 

 千冬が展開したのは打鉄。だが、白騎士と同じようにその機体も白かった。

 手に持つのはブレード一本のみ。背中に桜色のウイングスラスターが装備され、装甲をギリギリまで削った高機動近接戦特化仕様。

 

 

『白金、とでも言おうか? これでも不十分だが、コレはあくまでも試験だ。お前がまともにISを動かせればそれでいい』

 

「姉さんの"まとも"は何処からがまともなんだか」

 

『さあな。では、手合わせ願おうか』

 

 マドカも千冬に合わせてブレード(雪片参型)を展開。展開装甲もすべて推進力を生み出すブースターに変化させる。

 

 

「織斑マドカ、白騎士。参る!」

 

『いつでも来い』

 

 カウントもクソもなく唐突に始まった試験(姉妹喧嘩)は先程の櫻のテストとは違い、はじめからトップギアでの高速戦闘だ。

 見えるのは白と青の閃光と、時折刃が合わさる火花のみ。

 

 

『うん、筋はいいな。さすが我が妹だ。だが、甘いっ!』

 

 わざと一撃を受け、振り抜かせた後、その首筋にブレードが叩きつけられる。

 肉を斬らせて骨を断つを見事にやってのけた千冬。その証拠に今の一撃だけで白騎士のシールドエネルギーは半分以上削られていた。

 

「さすが姉さんだ。でも、私だって!」

 

 すかさず斬り上げ、一旦距離を置く。そして肩のウイングスラスターにエネルギーを充填。一斉に放つ

 

 そして、そのエネルギー弾の影から本人も飛び出した

 

 

「コレで終わりだぁぁぁっ!」

 

『ふむ、お前も一夏もバカ正直なところはそっくりだな』

 

 千冬はただ、ブレードを真横に向けて両手で持っていただけ、そこに白騎士が突っ込んでいったのだ。まるで、そこに行くのがわかっていたかのように。

 

 もちろん、ブースター全開で突っ込んでいっただけにその運動エネルギーははかりしれず、それがすべて自分に帰ってきたのだから結果は……

 

 

「受験者織斑マドカ、白騎士、エネルギーロスト。以上を持って試験を終了します。受験者は30分後に職員室横、会議室まで来るように」

 

 

「姉さんにはやっぱり敵わないか……」

 

『ふっ、妹が姉に勝とうなど10年早いわ。だが、結構焦る場面もあったな。少なくとも学園の中ではトップクラスで間違いないな』

 

「褒められてるのか、けなされてるのか……」

 

『今は褒められてると思っておけ。さ、細かい事務が待ってる。戻れ』

 

「はいはい……」

 

 

 新しい武装を生成しました、というメッセージを画面の片隅に見ながら、マドカは緩んだ頬を引き締めてピットへ戻った。



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まどかに

 ポラリスの2人が編入試験を終えた翌日、2人にとっては転入初日に当たる日はやはり浮ついた空気が流れていた。

 2人はSHRを前に教室の前で織斑先生に入室を促されるのを待っている

 

 

「さ、櫻……?」

 

「どしたのワサワs……じゃなくて、どうしたの?」

 

「いやぁ、なんか緊張しちゃって、ね」

 

「マドカって普通に学校行ったことないんだっけ?」

 

「まぁ、そうかな。気がついたら彼処にいたし……」

 

「ま、ここは基本的にはいい人揃いだからなんとかなると思うよ。一夏くんとその周りはどうかわからないけど……」

 

「だよなぁ……。結局あいつらに説明がなされないままに私は櫻を殺したヤツって印象を与えて終わってる気がするんだけど」

 

「ま、そんときはフォローしたげる」

 

 話を聞いていたかいなかったか、扉を開けて千冬が入室を促した。

 

 

「というわけで設立されたばかりのポラリスから2名、受け入れることになった。自己紹介を」

 

 クラスメイトの大半は櫻に視線を向け、一夏とその周辺の専用機持ちはマドカに視線を向けていた。

 色んな意味で注目度抜群だ

 

 まずは櫻が一歩前に出て一礼してから言葉を紡いだ

 

 

「みなさん、お久しぶりです。といったほうがいいでしょうか。櫻・天草・フュルステンベルク改め、キルシュ・テルミドールです。私が死んでから1ヶ月と半分くらい経ちましたが、この通り、あの世から帰ってきました。肺機能が下がったのは本当で、いまは身体の1/4をナノマシンで補っています。その副作用で髪の色も落ちて、眼の色も変わってしまいました。ですが、今までどおり、皆さんと仲良くできたらと思います。束お姉ちゃんの下にいるキルシュではなく、みなさんの記憶にある櫻として接してもらえたら嬉しいです」

 

「さ、櫻! 櫻が帰ってきた!」

 

 誰かが口を開けば黄色い歓声とまでは行かなくても「おかえり!」や「生きてたんだね」などと声が聴こえる。泣いてる子も何人か。本音の言っていたことは本当らしい。

 

 

「本音、約束通り、帰ってきたよ」

 

「うん。待ってた。待ってたんだよぉ……」

 

 泣きそうになった本音を櫻が抱きとめて優しく撫でる。黒板の前の教員2人とマドカはどうしたものか、と言った顔だ

 

 

「櫻、クラスを感動の渦に巻き込むのは結構だが、もう一人いるんだ……」

 

「すみません。ここまでみんなに愛されてるとは……」

 

 アハハぁ、と乾いた笑いを浮かべる櫻に千冬も呆れ顔だ

 そしてマドカに行け、と促すとおずおずと自己紹介を始めた

 

 

「えっと。織斑マドカです……」

 

 クラスの視線がマドカに集まる。今までさんざん余裕かまして専用機持ちをいたぶってきたMは何処へやら、視線に射抜かれガチガチになったマドカが棒立ちになっている

 

 

「えーっとぉ……以上です!」

 

 

 ズガッ! と音を立ててクラスの大半が崩れ落ちた。

 

 

「自己紹介も満足に出来んのか……」

 

「だってぇ! こんなの初めてなんだもん!」

 

「泣き事言うな!」

 

 必殺、出席簿アタックが炸裂、スパァン! といい音を立ててマドカの頭に直撃した

 

 ――どこかでみた流れですわ……

 

 ――あれ、なんだろうこの既視感……

 

 

「えっとぉ、織斑マドカです。趣味はISに乗ること、特技はISに乗ること、好きなものはISと姉さん。えっと、他には……」

 

「いうことを選ばんか馬鹿者!」

 

 スパァン! と本日2度めの出席簿アタック。マドカはその場でダウンだ。

 

 

「もういい。ほら、専用機持ち共、そう睨むな。今は首輪付きだ、下手な真似は起こさんだろう」

 

 さっきからずっとマドカを睨み続けるセシリア達を千冬がなだめると、一夏が神妙な顔で尋ねた。

 

「千冬姉、あとで説明してくれるよな」

 

「そうだな。放課後に来い。オルコット、ウォルコット、篠ノ之。それから凰と更識も呼んでこい」

 

「それは私達も同席しろ、ってことですかね?」

 

「そうだな。そのほうが手間も省ける」

 

「ん~、だとお姉ちゃんも居てくれたほうが……でもいろいろあるし……」

 

「束はいい、面倒だ」

 

「聞き捨てならないよ! ちーちゃん!」

 

 窓にへばりつく天災を一目見ると、織斑先生は何事もなかったかのように「よし、1限目、IS運用論始めるぞ」と普通に授業を始めた

 

 

「スルーなんて酷い!」

 

 窓をこじ開け侵入、もとい乱入してきた束にクラスはもう驚きを通り越して白けている

 

 

「うるさい。ただでさえお前らのお陰で面倒が増えたというのにこれ以上問題を持ち込むな! 話なら放課後に来い!」

 

「ちぇぇ~っ」

 

 ツマンないのぉ、と言いたげな顔をして普通に空席に腰を下ろすと教科書とノート、筆記用具をポケットから取り出した。

 

 

「おい、なぜ当然のごとく授業を受けようとする」

 

「えぇ~いいじゃん、別に邪魔するわけじゃないしぃ~」

 

 そういう束はいつの間にかIS学園の制服を身にまとっている。年頃の女の子とは圧倒的に差があるのは致し方ない(何がとは言わない)

 

 

「はぁ……。もうどうにでもなれ」

 

 千冬の胃にダメージを与えつつも、櫻達に平穏な日常が戻ってきた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 時は流れて昼休み、束と櫻とマドカ、そして本音のポラリス組は学食で昼食を取っていた

 やはり時の人となってしまっただけあって注目度は抜群、一夏以上のパンダっぷりだ。

 

 

「いやぁ、目立ってるねぇ」

 

「今じゃ時の人だもんね~」

 

「視線恐い視線恐い視線恐い……」

 

 マドカは自己紹介で何かのトラウマを植え付けられてしまったようだ……

 

 

「相席いいかしら~?」

 

 周りが躊躇して空いている隣に堂々と陣取るのは生徒会長殿と会計様。そして簪。

 

 

「久し振りだね~。元気にしてた?」

 

「ええ、おかげさまで。まさかこんなことになるとは思いませんでしたよ、博士」

 

「コレも何も全部愚かな人類の所為さ。せっかく翼を与えたのに。だから矯正してあげるんだよ」

 

「やっぱり博士らしいですね……。櫻ちゃん、今はキルシュちゃん、かしら? 生きていたようね」

 

「生きてたらマズイことでもありましたか?」

 

「まぁ、特にないけど――簪ちゃんが超心配してたなんて言えない……」

 

「心の声が聞こえた気がしたけど気にしないであげますね。久しぶり、簪ちゃん」

 

「櫻、だよね?」

 

「髪のと瞳の色以外の見た目は変わってないはずだよ。遺伝子的にも私は天草櫻なはずだけど」

 

「生きてた……、本当に……」

 

 そのまま櫻に泣きつく簪を先程の本音のように撫でると「簪ちゃんを泣かせた罪は重いわよ?」と物騒なつぶやきをする楯無と目があった。

 

 

「おじょうさまに隠し続けるのは大変だったよ~」

 

「のほほんちゃんは頑張ったね。束さん褒めちゃう!」

 

 本音の頭をワシャワシャと撫で回す束を他所に楯無が真面目なトーンで聞いてきた

 

 

「それで、あなた達、本当は何をしたいの?」

 

「ただ、ISをあるべき姿に。それだけですよ。人類が裏切らなければ」

 

「それで空に要塞を飛ばしてるわけね……」

 

「そんな物騒な言い方しないでくださいよ。アレは私達の本部ですよ?」

 

「本部だからこそ要塞化するものでしょ……」

 

「いやだなぁ、私達の即応戦力は私とマドカの2人だけですよ?」

 

「自衛のための戦力を持たないわけがないわ。それに"即応"でない戦力もいるでしょうし」

 

 さすがに痛いところをどんどんついてくる。確かに、突発的事象に対応できるのは櫻、マドカの2人のみだが、即応性がない戦力には最強の布陣を揃えている。束、クロエ、そして数百体ものゴーレム。

 さらに言えば情報戦など、裏での戦いに挑む戦力にも企業連始め、多くの役者がいる

 

 

「まぁ、その即応しない戦力に更識を加えたい、というのが本音だったりしますが……」

 

「お仕事は誰からも分け隔てなく受けるわよ。ただ、何処にも肩入れしない。それが基本スタンスね。それだけはわかって頂戴」

 

「まぁ、お仕事を断られなかっただけ良しとしましょう。さ、早くしないと休み時間が終わりますよ」

 

 隣でぱんぱかぱーん! と本音におみやげのISをサラリと渡す束を視界の片隅に捉えながら、懐かしい学食の味を楽しんだ。

 

 

 

「視線恐い視線恐い視線恐い視線恐い視線恐い……」

 

「マドカ、行くよ」

 

「さ、櫻ぁ!」

 

 午後はお楽しみの実技だ



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進化と退化

 午後の2時間を使って行われる実技の授業。

 夏休み明けてからかなり進んだらしく、今回は飛行応用に入るという。

 

 

「よし、専用機持ちも増えたし、コレで班分けが簡単に……」

 

「織斑先生」

 

 と、やっと楽ができる……とか考えていたところをセシリアに呼びかけられた

 

 

「どうした、オルコット」

 

「授業の前に、織斑さんとの模擬戦をさせていただけないでしょうか?」

 

「今は授業だ、そっちに集中しろ。それに放課後にでも……と、お前らを呼び出したのは私だったな。仕方ない5分だ。マドカには言ってあるのか?」

 

「いいえ、ですが彼女なら乗ってくれると信じております……わ……?」

 

 最後が疑問形になったのは多数の視線を向けられて地面に体育座りでガクガクと震えるマドカを櫻がなだめていたからだ。

 コレにはセシリアも拍子抜けしたようで、ズカズカと歩み寄ると

 

 

「織斑マドカさん、あなたと決着を付けさせていただきたいのですが」

 

「せ、セシリアオルコット……。すまん、い、今は……恐いよぉ。櫻ぁ……!」

 

「ごめんね、朝のアレがトラウマになったみたいで……」

 

「ええっと……、先生?」

 

 セシリアが戸惑いの目を向けるとトラウマを植えつけた張本人は知らぬ存ぜぬといった様子で「では、今までどおり、班に分かれて訓練機を取ってこい!」と普通に授業を進めようとしていた

 

 

「先日の借りは何時か返させていただきますわ!」

 

「す、すまん……」

 

 サイレントゼフィルスに乗っていたのと本当に同じ人間かと思うような変わり様に戸惑いを隠せないが、櫻の班に混じってISを展開させた途端にセシリアの評価がまた一変することになる

 

 

「最後はどいつだ?」

 

「え、えっと。か、神田琴乃ですっ」

 

「まずはISに身を預けろ。そこからPICでその場で浮游だ。それくらいはできるな」

 

 まず声のトーンが千冬そのものである。そして先ほど視線に耐えられずに震えていたとは思えないほどの強大なオーラ。っていうかコレもまた千冬にそっくりな見た目&白騎士という組み合わせからだろう。

 

 櫻が不安げに見届けるなか、琴乃は打鉄に身を預け、起動、浮游まで危なげなくやってのけた。

 顔をこちらに向けてピースをするくらいには余裕があるようだ

 

 

「よし、なら次はブースターを使ってアリーナを一周だ。一周したら急上昇、高度3000ftまで達したところでPICを切って自由落下。地上10cmで止まれ」

 

「それは無茶すぎ! 琴乃、課題通りにね。アリーナ一周したら上昇と降下。PIC使っていいから」

 

「う、うん」

 

 最悪の事態墜落に備えて櫻も夢見草を展開。琴乃を見守る

 

 

「さくはやっぱりこっちゃんが心配?」

 

「まぁ、初めての時を思い出しちゃってね。ずっと同じ班だったからうまくなってるのは解るんだけど」

 

「さくの心配性も相変わらずだね。こっちゃんも変わったよ。初めての実習であんな怖い目にあったのに、授業だけじゃ足りない! とか言って行ける時は毎日のように放課後のアリーナに行ってたしね」

 

 気がつけば打鉄を纏った琴乃は空高く舞い上がり、地面に背を向けると一瞬時が止まったように静止、そして。頭を向けて落下した

 

 

「琴乃!」

 

 あの挙動は間違いなくPICをカットオフしての自由落下だ

 落下地点に櫻が向かうとそこには

 

 

「櫻さん、うまくなったでしょ?」

 

 地面から15cmの高さに立つ琴乃が居た。

 

 

「なかなかいい腕だ。磨けば光るぞ」

 

 ずっと見ていたマドカが偉そうに言った。

 

 スパァン! という音と共に「何偉そうなことを言っている」と織斑先生の出席簿アタックが炸裂。見ればシールドエネルギーを削っている。あの出席簿は何で出来ているんだろう

 

 

「だいぶうまくなったな、神田。だが、指示通りに動かないのは関心しないな」

 

「すみません……」

 

「天草……テルミドールが戻ったからといって浮かれるなよ。また初めての実習のようにはなりたくないだろう?」

 

「そうならないように頑張ってきたんですよ。先生」

 

「みたいだな。次は無いからな。それと、織斑妹。その性格は何とかならんのか?」

 

「が、頑張ります。姉……織斑先生」

 

 琴乃がISから降りるのを確認すると櫻とマドカもISを量子化した。

 

 

「ひぃ……」

 

「ほら、大丈夫だよ。怖くないよ~」

 

 よしよし、と櫻になだめられてる様はやはり残念な子だ……

 

 

「櫻さん、織斑さん。すこしよろしくて?」

 

「ひっ……」

 

「模擬戦ならまた今度ね。って要件でもなさそうだね」

 

「ええ。その、織斑さんはコンバットハイ、といいますか、ISに乗ると性格が変わるのでしょうか?」

 

「えっと、その。ISに乗ると自信がわくと言うか。誰にも負ける気がしなくなるというか……」

 

「ってわけで素に戻るんだよねぇ。普段のコレは千冬さんになんとかしてもらわないと」

 

「そうでしたの……。以前とは変わっていて驚きましたわ――残念な方に」

 

「ごめんね。慣れれば戻ると思うから」

 

「ええ。その時にまた再戦を申し出ますわ」

 

「すまん、オルコット……」

 

 

 残念な子になってしまったマドカに落胆したり感嘆したりと激しいセシリアの後ろでは束が本音に怪しいことをしていた。

 

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「さぁさぁ、コレがのほほんちゃんへのおみやげ『白鍵』だよ!」

 

 昼休みに束が本音に手渡したのは白いユリをモチーフにしたペンダント。

 それを手に取り、不思議そうに眺めていると

 

「さぁ、のほほんちゃん。願うんだ。君の翼を」

 

「わかった。来て、白鍵!」

 

 願いを届けるようにペンダントを握りしめ、一つつぶやく。

 すると本音の身体は光りに包まれた後、少しピンク掛かった銀色の機体を纏ってその場にたった。

 

 

『聞こえるかい?』

 

「バッチリだよ~」

 

『うんうん、よろしい! それがのほほんちゃんへのおみやげ、前にさくちんと話した専用機だ。でも、戦うため、と言うより、救いを差し伸べる側のセッティングになってるよ。まぁ、しばらく飛んでみようか』

 

『布仏! 今すぐ機体を量子化して降りろ!』

 

「あうあう~。織斑先生に怒られちゃったよ……」

 

『いいじゃん! もう課題を終わらせてるんだから暇させるより稼働時間を確保したほうが効率的だよ!』

 

『まだ未承認の機体をこんなところで晒すな! 馬鹿者!』

 

「ど、どうすれば?」

 

『のほほんちゃんはそのまま飛んでな。迷っちゃ駄目だよ。コアは影響を受けるからね。ただひたすらに自分の願う翼を思うんだ。ファーストシフトまではこの時間でできるはずだから。――いいじゃん! この学園は生徒の自主性すら縛るの!?』

 

『それとこれとは話が別だ! 幾らお前が作った機体とは言え、学園で承認されていない機体を授業中に使わせるわけには行かん!』

 

 オープンチャンネルで喧嘩を始めた束と千冬を他所に、本音は新しい翼を自分になじませるべく空を舞った。

 

 ――さくさくに手を貸すと誓った。私は戦わない。ただ、みんなに私の 力技術を貸すだけ。それが私の戦い方。前には出ない。私は暗部。表には出ない。

 

 機体の限界を試すように普段のまったりした本音とは思えないマニューバを行い、時に落ち、時に登り。銀色の光は生徒の羨望の眼差しを一心に受けていた

 

 6限目の半分も過ぎた頃、本音が駆る白鍵はファーストシフトの光りに包まれた。

 ピンクシルバーの機体はなぜかフルスキンに。マントのように広がるスラスター群が特徴的だ。

 

 

『っしゃぁ! 私の勝ちだね、ちーちゃん!』

 

『はぁ……。布仏、放課後に山田先生に専用機所持に関する書類をもらいに行くように』

 

「は~い。ありがと、さくさく、束さん!」

 

 そしてアリーナの真ん中に降り立ち、量子化する。その手の中にはさっきよりも輝きをましたユリの花があった。

 

 

「どうだった? 本音の翼は」

 

「最高だよ。何故かフルスキンになっちゃったけど」

 

「それは多分本音がどこかで目立たないように。って願ったからじゃないかな? プリセットもどちらかと言うと援護とか救難向けのものが多いと思う」

 

「なるほど~。それで、さくさく、後ろでいろんな人が睨んでるんだけど……」

 

 振り向くとシャルロット、ラウラ、セシリア、箒、鈴が櫻を睨んでいた。

 

 

「櫻、君の専用機の事、聞きたいな」

 

 シャルロットの笑みは天使のそれだったが、背後に潜むはその対をなす存在であった。ような気がした



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閑話: Reach out to longing

サマーデビルこと櫛灘さんの下の名前を勝手に考えてだしますた。友理が彼女です。


 放課後のアリーナには毎日少女たちの活発な声が響いている。

 アリーナの使用自体は許可が簡単に下りる上に数も多いので困ることはないが、問題は数に限りある練習機だ。20数機しかない上に、防衛戦力を兼ねている為に実質的に使えるのは数機だ。もちろん、高い倍率の壁を乗り越えて仲間たちと貴重な練習機をシェアすることがおおいが、彼女は一人、黙々と飛び続けていた。

 

 彼女の名は神田琴乃。入学当初のIS適正はB。入学試験では上手く出来たはずのことが実習で出来ずに壁に突っ込んだのはもう半年も前の話になる。

 彼女は密かに憧れを抱いていた。もちろん、自身を救ってくれたヒロイン()

 

 半年前の初めての実習で『ISの開発に進もう』と考えていた彼女は考えを変えた。

『ISの持つ力を全て自分の身体で感じたい』と。

 それからは彼女なりに目標を定め、できることをコツコツと積み重ねた。はるか遠い目標だが、その存在は大きく、しっかりと見て取れる。

 

 実習があれば同じ班に入り、模擬戦があれば一挙手一投足を目に焼き付ける。目標に近づくために他のこともした。座学はもちろん学年トップクラスになるまでに伸びたし、実技だってこうして練習機を借りられた時には一人で時間ギリギリまで飛び続けた。そのお陰で今では代表候補生には敵わないものの、1年の一般生徒の中ではかなりの実力者となるまでに成長した。

 

 だが、ラファールを纏い空を舞う琴乃の顔は冴えない。十分に速いタイムでアサルトライフルを呼び出して空中に打ち上げた的に3点バーストで叩きこんでいく。満点とは言わないまでも、全弾命中の十分な結果だ。だが、その顔はまだ冴えなかった。

 

 

 ――櫻さんはこう動かない……

 

 そう。最近の彼女の悩みは自身のスタイルと目標である櫻のスタイルとの乖離だ。

 だが、そもそも機体スペックに尋常じゃない差がある上に、稼働時間も圧倒的に足りない。と言っても、彼女はその差を地道な努力でカバーしてきたのだが、ここからは如何に自分を見つけて適合させるか。といったことが重要になる。

 

 

 その悩みは普段にも現れたようで、休み時間にも難しい顔をしてあーじゃない、こうじゃない。とぶつぶつつぶやいていると後ろから声をかけられた。

 

 

「琴乃。どうしたの? 最近休み時間のたびに難しい顔してるけど」

 

「う~ん。なんていうんだろ、伸び悩み? 私の理想に近づいてるようで近づいてないっていうか……」

 

「あらまぁ。だから『櫻さんは……』とかぶつぶつ言ってるんだ」

 

「えっ!? き、聞こえてる?」

 

「まぁ、少なくとも周りはね。サクは向こうだから聞こえてないと思うよ」

 

「そう。ならよかったぁ」

 

「いっその事サクに相談してみたら? たぶんバッチリ解決してくれるでしょ」

 

「そうしたいのは山々だけど。次に練習機借りられるの何時かわかんないし、それに櫻さんも――」

 

 話を続けようとしたところで梨絵が大声で「お~い、サク~! 琴乃がうなってうるさいんだけど~!」と櫻を呼びつけた

 

「ちょっ! 梨絵!」

 

「にししっ。こうでもしないと琴乃は動かないでしょ?」

 

 大声で呼ばれた櫻が琴乃の前に座ると案の定心配した様子で話しかけてきた

 

 

「琴乃ちゃん、どうかした? なにか悩んでるなら話くらい聞くけど」

 

「え、えっと。その……」

 

「琴乃は最近伸び悩んでるらしいよ? 昨日も放課後はずっと飛んでたのにコレだからたぶん重症だね」

 

「そうなの?」

 

「う、うん。最近はなんていうか、思った通りに行かないことが増えたかなぁ、って」

 

「そっかぁ。それはISがついてこないの? それとも自分がついてこないの?」

 

 ISがついてこない。そんな言葉を聞いて驚いたが、ブンブンと首を振って否定する

 

 

「そ、そんな。機体はついてくるんだけど、なんだろう。自分の体が動かないっていうのかなぁ」

 

「そっか。まぁ、誰もが一度はぶつかる壁だよねぇ。琴乃はどんなふうになりたいの?」

 

「えっ!? えっとぉ……」

 

 ちらりと後ろを見れば梨絵はニヤニヤと笑って櫻と琴乃を交互に見ていた。やはり櫻にも気づかれたようで、一瞬目を見開いた後に「う~ん」と唸ってから口を開いた

 

 

「もしかして、私?」

 

「えっとぉ……」

 

「ご名答! 琴乃はサクみたいになりたいんだもんね~」

 

「り、梨絵っ!」

 

「そっかぁ、私かぁ」

 

 てっきりすぐに「やめておきな」とかもっと違う反応が返ってくるものだと思っていたが、どこか納得した様子の櫻に2人は少しばかり驚いた

 

 

「え、サクは自分になりたい。って言われて嫌だったりしないの?」

 

「別に? 人によって ブリュンヒルデ織斑千冬だったりするのが私だっただけでしょ? 悪いことじゃないよ。完全コピーを目指してるなら別だけど」

 

 完全コピー、という言葉に琴乃が少し反応した。コレはしっぽをだしたようだ

 

 

「だれか近々練習機取ってないの?」

 

「にっひっひ~。1ヶ月待ってやっと、やっとあのゆっちんが放課後に練習機を取ったのです!」

 

「梨絵ちゃんじゃないのね……」

 

「私はくじ運悪いからねぇ」

 

「じゃ、友理ちゃんにお願いして少し時間をもらおうか。友理ちゃんってことは梨絵ちゃんと、癒子ちゃんの3人?」

 

「だね~。私は全然構わないよ。むしろ櫻大先生のティーチングがあるなら効率は10倍だからね。1人くらいなんてことないでしょ」

 

「大先生って。私はそんなの柄じゃないんだけどなぁ」

 

「でも、櫻さんは前に整備科の先生だったでしょ?」

 

「あ、アレは学園長と会長が……」

 

「おやおや。サクの思わぬコネが見つかりましたな。ワトソン君」

 

「そうみたいですね。って誰がワトソンよ!」

 

 デコに軽くチョップを受けて「タハー」と情けない声を出しながらのけぞる梨絵を他所に櫻は教室の後ろで弁当をつまむ友理を呼んだ

 

 

「友理ちゃん。練習機取ったんだって?」

 

「ん? そだよ~。どしたの、急に」

 

「いやぁ、琴乃も入れてくれないかなぁ、ってさ。私が見るから。お願いっ!」

 

「え、お願い、友理ちゃん!」

 

 話の脈絡が読めなかったが、とりあえず練習を櫻が見てくれるというのとそこに琴乃も入れてくれ、と言うのはわかったために、2つ返事で「もちろんいいよ~」と言ってくれた

 

 

「で、何を借りたの?」

 

「ん~。確かラファールって言ってたなぁ。第1アリーナでね」

 

「あそこなら広いしちょうどいいね。それで、本題に戻るけど、どうして琴乃ちゃんは"私になろう"としたの?」

 

「えっと……。は、初めての実習で助けてもらってから、その……」

 

 梨絵はニヤニヤしてるし、気がつけば教室に残った数人の目を釘付けにしている。それに、コレじゃまるで告白みたいじゃないかっ!

 

 

「か、かっこよくて、憧れてたんですっ!」

 

 おぉ、と数人が驚嘆の声を上げ、言い切った本人は顔を真っ赤にして今にも煙を吹き出しそうだ。

 

 

「あ、アハハぁ……。私が聞きたいのはちょっと違ったんだけど……」

 

 櫻は何の気なしに乾いた笑いを上げてから困った顔で言った。

 

 

「まぁ、だいたい察した。私に憧れてる。って言うくらいだからおそらくいろいろ研究したんだろうね。でも、琴乃ちゃんは琴乃ちゃんであって、私じゃないからね。自分なりのやり方をみつけないと多分先には進めないと思う。前に誰かに言ったような気がするなぁ……」

 

「うぅ……」

 

 どこかの小説から引っ張ってきたようなセリフをあっさりと吐かれては今までの苦悩は何だったのかとわからなくなってしまう。梨絵も後ろで腕を組んで頷いているが、あれはこうしておけば理解したっぽく見える。というポーズだろう

 

 

「ま、無理に他人をトレースするより、自己流でやったほうが伸びることもあるよ。特に体を動かすことはね。教科書通りがベストとは限らない。そこからアレンジしないと」

 

「なんとなく、わかった。ありがとね。櫻さん」

 

「いやいや。まだ何もしてないよ。じゃ、放課後ね」

 

「うん」「よろしく~」

 

 

 そのまま教室を出た櫻を見送り、放課後に想いをはせた。



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一点輝く

 放課後に呼び出された数人はもう馴染み深い応接室に詰め込まれ、前に立つポラリスの面々に視線を向けていた。

 

 

「さて、まずはマドカのことか」

 

 一つ息を吸って千冬は話し始めた

 

 

「マドカは私の妹だ。誕生日で考えればお前の姉になるのか。今まで黙ってて済まなかったな。一夏」

 

「黙ってたことは気にしてない。でも、俺はそいつが櫻を撃ったところを見ちまった。いまこの場にいるお前が、櫻を撃ったのを……」

 

「それについては櫻が後で教えてくれるだろう。マドカ、"まともな"自己紹介をしろ」

 

 一瞬びくっ、と身体をすくませたが、千冬が「今までのお前を語ればいい」と耳打ちすると口を開いた。

 

 

「私は、物心ついたころから亡国機業(ファントムタスク)のMとして様々な任務についていた。IS学園の襲撃はもちろん、サイレントゼフィルスの強奪もだ。だがお前、織斑一夏を殺そうとしたのは私の意思だ。まぁ、どこかの誰かが邪魔をしてくれたおかげで私はお前を殺すことも叶わず、亡国機業の鎖から解き放たれ、今は北極星(ポラリス)の一員だ。これもすべて櫻と篠ノ之束が手を回したからだな。確かに、私は櫻を撃った。お前らを襲った。だから敵対心を持たれても仕方ないと思う。

 だが、今の私は櫻に忠誠を誓い、首輪も付いた。今までのようなことはしないと約束しよう」

 

 最後にポラリスのメンバーに入る上で誓わされた事を口添え、もう亡国機業に囚われていないと明言したマドカはどこか晴れやかな顔をしていた。

 決して謝ることはなかったが

 

 

「と、言っているが納得はできんだろうな。だが、ここではお前らは等しく生徒であり、ライバルだ。今までのゴタゴタがきになるなら正当な手続きのもと、まっとうな手段で決着をつけろ。オルコットなんかはさっきの授業の冒頭に模擬戦をさせろと言いに来たからな。腑に落ちないなら自分でどうにかしろ。先生として私から言えるのはそれだけだ。ただ、姉弟喧嘩ならどうなるか知らんが……」

 

 間接的に一夏なら肉弾戦オッケーの言葉に一夏とマドカが身体をすくませる。

 一夏が睨みつけるも、マドカはいつぞやのような気味の悪い笑顔で迎える。これは今後荒れそうだ

 

 

「で、次は櫻か。お前が死んでからの話をしろ」

 

「死んでから、って。なんか嫌な響きですね……。まぁいいでしょう。私が一夏くんの目の前でマドカに撃たれて、学園で治療を受けました。ここまではいいね。

 普通に治る怪我だったんだけど、"普通"に直しちゃうとそれこそ心肺機能は人並み以下、神経系も駄目になるかもしれない状況だったの。だからいっその事櫻を殺して、キルシュ()として生まれ変わろう。ってね。それに、社会的立場が邪魔だったし。

  私櫻が死んでからはクレイドルに移ってナノマシンによる再生と強化を受けた。心肺機能を元通りに、神経系は歪んだところを構成しなおした。だから今の私は半分人間やめてるって言っていいかも。ISと"一緒に"生きてるんだ。ナノマシンが動かなくなると私は5歩歩いて休む事を繰り返すくらいになるかもしれない。それくらいダメージはあった。でも、ISのさらなる可能性を私が実証することも出来た。プラマイゼロ、って言っていいかもね。怒られそうだけど。それで、この前、束お姉ちゃんといっしょにポラリスを設立した。ってことでいいですか?」

 

「ああ」

 

 シャルロットが涙目になっているのが見えたが、今は情に流される場面ではない。

 ラウラは自身に起こったことと同じ目にあったのか、と考えたようで、複雑な表情をしていた

 

 次、今日の目玉。束がビジョンを学園に語る。

 

 

「さて、やっと束さんの番だね~。私達がやることを教えてあげればいいんだよね?」

 

「そうだ」

 

「じゃ、手短に話そう、面倒だし。私達のゴールはISが人間と共生する社会を作ること。これだけだよ。委員会で言ったことはそれまでのステップに過ぎない」

 

「博士、現在でもISは人類の技術的進歩に大いに役立っているのでは……?」

 

 疎い発言をするのはもちろんセシリアだ。

 

 

「相変わらず君も頭良さそうなの馬鹿だね。私はISを宇宙開発に使えるものとして作ったんだよ? そう習わなかったかい? その通りに使えないアホな人類を再教育するのが当面の目標かな」

 

 束の隣で櫻はまたか。と言った顔をしていた。どうでもいいやつには本当にこき下ろす束の物言いにあきれているようだ。

 

 補足するように櫻が口を開く。

 

 

「あ、企業連では宇宙開発向け装備もちゃんと開発してるよ。それに、ポラリス独自でマドカに大気圏突入テストも繰り返してもらって結果は上々。そのうちまとめて委員会に提出予定だよ」

 

 束のやることは地上の人類の2歩3歩先を行っていることを改めて認識させられ、特に簪は興味深げな顔をしていた。

 

 

「私はISを作った時に言ったはずだよ。ISには意志がある。ってね。操縦者とISが心を通わせて初めてその真価を発揮するんだ。操縦者が願えばISはそれを叶えてくれる。ただし、ISを道具として見る限りはそんなの不可能だけどね。

 さっきも言ったとおり、心通わすパートナー、相棒としてISをちゃんと認識することが今の人類、もとよりISを操る者には必須なんだ。この話を聞いたからには君たちには期待してるよ。人とISの繋がりが深まればさくちんみたいに命を預ける事もできる。まぁ、まずはお互いを理解し合うことだね」

 

「キャノンボールファストの時に櫻が言ってたのはそういうことだったのか……」

 

「一夏、今更……?」

 

「よし、話はひとまず終わりでいいか?」

 

「いえ、最後に一つ」

 

 そう言って櫻に目を向けたのはシャルロット。

 

 

「銀の福音事件の時、現場空域に居たピンクのフルスキン。櫻だよね」

 

「いまさら言い逃れは出来ないよねぇ…… その通り、福音を撃墜寸前まで追い込んだのは私とクロエ。みんなの相手をしたのはクロエだね。それだけ?」

 

「ってことは……。櫻は一人でコアを2つ持っていたの?」

 

「そだよ。今はちゃんとオーメルにコアを返却済だから夢見草だけだけどね」

 

「櫻さんの機体はまさか……」

 

「もちろん第4世代相当。全身のありとあらゆる場所に展開装甲を使ってるよ。ま、後は実際に見て研究してよ。スペックも公開してるしさ」

 

「あんなのが当てにならないから聞いてるんだよ。でも、まぁ、ひとまず納得した。櫻はずっと前から今の下積みをしてたんだね」

 

「そうだね。ラウラ、ローゼンタールのアレ、どうなった?」

 

「ん? 紫苑さんの手によって解散された。まさか」

 

「そ、今まで私達がしてたことはすべてポラリスが請け負います。ってこと」

 

「外部協力者というのに紫苑さんが含まれていたのか」

 

「もちろん。千冬さんもその一人だよ。でなければこんなにすんなり編入なんて出来なかったしね」

 

「色々と情報が多すぎてパンクしそうだ……」

 

 

 うんうんと額に手を当てて天を仰ぐラウラをちらりと見てから「もう何もないな、では解散」という千冬の声でお開きになったポラリスの面々によるプレゼンもどきは幕を閉じた。

 最も、言うべきが多かったポラリスの3人、主に櫻は未だに足りないと言う顔を見せた気がしなくもなかったが……

 

 

「おい」

 

 部屋をでる直前、一夏はマドカを呼び止めた

 

 

「なんだ、織斑一夏。早速喧嘩のお誘いか?」

 

「そんなんじゃねえよ。ただ、俺はまだお前を認められねぇ、だけど、何時かお前と千冬姉と3人で笑って過ごせる日が来ると良いと思ってる。それだけだ」

 

「矛盾しているな。お前は私を認められない。これまでも、これからも」

 

「やってみなきゃ分かんねぇだろ。ずっと離れていたって俺らは家族だ。何時か、そんな時が来る」

 

「どうだろうな。私には姉さんさえいればいい。お前は要らない」

 

 

 この姉弟が解り合う日は来るのだろうか。千冬はやりとりを背中で聞きながら将来は安泰か、と安堵した

 

「喧嘩するほど仲がいい、と言うしな。あいつらは似ているから大丈夫だろう」

 

 

 すこし口角を上げると、その顔は織斑先生のそれよりも、千冬姉としての顔に近いような気がした。

 

 

 

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 応接室で演説会が行われてるさなか、本音は書類の束と格闘していた。それもただ、束と櫻のお土産(白鍵)のコア登録と学園内での専用機登録、その他もろもろの大量の事務手続きだ。

 

 

「せんせ~、これまだあるんですか~?」

 

「あと10枚位だから、がんばろ、ね?」

 

「ふぇぇ~」

 

 

 更に、その後手渡された分厚い本にさらにやる気を削がれることとなる。



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おねーさんちょっとイラッとしちゃうかなぁ

 ポラリスが世界に認知されて2週間ちょっとが経ったある日のこと。

 

 

「そういえば、明後日タッグトーナメントやるんだけど、櫻ちゃんとマドカちゃんは特別枠で強制参加ね」という生徒会長様のありがたいお言葉でエントリーがとっくに締め切られたトーナメントに参加が決まった2人。とりあえず機体の調整も兼ねて放課後のアリーナに来ていた。

 

 

「なぁ、櫻」

 

「どしたの?」

 

「明後日のトーナメント、どうする?」

 

「どうする? ってどういう意味?」

 

「いや、これ普通にやったら勝っちゃうだろ? だからさ」

 

「あぁ、そういう意味ね。どうしようか」

 

「あら~、2人共手を抜く事を考えるなんて余裕ねぇ」

 

 甘ったるい声につられて振り向けば、そこにはミステリアスレイディを纏った楯無と紅椿を纏った箒が居た。箒は心なしかいつもの覇気がないように見える。

 

 

「それだけの余裕があるんですよ。私達には」

 

「その言葉ちょっとイラッとしちゃうかな~」

 

「ISの搭乗時間」

 

 櫻がこの世の中の誰にも負けない要素の一つ、それがISの搭乗時間だ。ISの開発段階から乗り続けてきた櫻に敵うのはそれこそ千冬位なものだ。

 

 

「うぐっ……。それだけは……。でも、時間が強さに比例しないことだってあるのよ?」

 

「その気になれば世の中のコアを全部止められることもお忘れなく」

 

「それはチートよ!」

 

「諦めたらどうですか? 楯無先輩」

 

「ぐぬぬ……、櫻ちゃん、この場で一戦しましょう! もうお姉さん我慢の限界よ!」

 

「めんどくさいので明後日でイイじゃないですか~」

 

「手を抜く気満々だったじゃない!」

 

「てへぺろっ」

 

「ホント腹立つ! 箒ちゃんはマドカちゃんをやりなさい。行くわよ!」

 

「えっ? は、はいっ!」

 

「ッチ、雑魚が」

 

 本当に面倒くさそうなマドカは箒をさっさと斬り伏せることだろう。問題は楯無だ。実際かなりの腕前を誇る上に、こっちの手札を明かしたくない。

――できるだけ切るカードを減らして黙らせなければ。

 

 訓練機で練習する生徒の合間を超高速で駆け抜けながら斬り合う2人を他所に、櫻と楯無はアリーナの中央に向かい合っていた。

 

 

『櫻ちゃん、その機体、銀の福音事件の時に目撃情報があるのだけど、何かしらないかしら?』

 

「さぁ、偶然通りかかった機体が似てただけじゃないですか?」

 

『世の中に好き好んでピンクのフルスキンを組む人間が何人いるのやら』

 

「少なくとも私はその一人ですねっ!」

 

 展開装甲をすべて推進力にまわしての瞬時加速。そこから月光を一薙。

 桜色の光が一瞬光ったと思えばミステリアス・レイディの腹部をかすって後ろに抜けていった。

 

 

『かすっただけでどんだけ削るのよ! それに早すぎでしょ!』

 

「それでも反応して避ける先輩もなかなかおかしいですよね」

 

『よしっ! お姉さんもちょっと本気出しちゃおうかな!』

 

 

 水のベールを自在に操る楯無、だが所詮ナノマシン制御に過ぎないことは学園祭で明らかだ。ならば

 

 

「ごめんなさい、先輩」

 

 ナノマシンの制御を奪い取ればいい。

 

 

『何? ナノマシン制御不能!?』

 

 水のベールを楯無から奪うと、その水で槍を作り上げる。

 

 

『ホント、苛つかせてくれるわね』

 

「先輩とはこういう小細工なしでやってみたかったんですよねぇ」

 

 お互いに構える武器は"同じ"。ただし、片方は銀、片方はクリアの蒼流旋。

 

 

『小細工無しっていいつつ、そっちは突撃準備万端じゃない』

 

「そうですか? ただ、機体についてるブースターをアイドルから少し上げてるだけですよ」

 

 ブースターとなっている腕部、肩部、腰部、脚部の展開装甲は桜色の光を放っている。

 実際、威嚇のつもりで少し出力を上げてるだけで、もちろん別の策を練っている。

 

 

『世代差って理不尽ね。でも、燃えるじゃない!』

 

 先に手を出したのは楯無、ブースターを使ってまっすぐ突撃、と見せかけて櫻の目の前で横方向にスライド、真横から刺突を繰り出す。

 

「ッ!」

 

 ギリギリで楯無の刺突をそらし空いた手をブースターの推力を乗せて叩きつける。

 

 

『さすがの反応ね。自分でいうだけあるわ』

 

「そういう先輩も、音速超えのパンチ避けるってどういう目してるんですか?」

 

『勘よ、勘。経験の差ね』

 

 そう、櫻は稼働時間が長くても対人戦闘の経験はそこら辺の代表候補生よりも少ない。ISでやることといえば拠点の破壊や要人の救出などばかりで、蹂躙することしかしてこなかったのだ。。

 

 

「さぁ、仕切り直しですよ。そろそろ撃ってきてもいいんじゃないですか?」

 

『アレは高周波振動する水を纏わせてこそなんだけどなぁ……』

 

「こっちはただのコピーなので撃てませんし、先輩の勝機はそれの使い方では?」

 

『ま、正論ね。だけどこっちはまだ一撃も当ててないのよねぇ』

 

「当たらないように避けてますからね。さすがにさっきのはヒヤッとしましたが」

 

『普通の人なら反応できないもの。実際私だって見えてないのよ?』

 

「なにしてるんですか……」

 

 ハイパーセンサーで追いつけないレベルの機動とか頭おかしいんじゃないだろうか、真面目に。

 

 

『さ、次行くわよ、避けてみなさい!』

 

 次はジグザグに接近しながらガトリングを乱射、こちらの退路を塞いでそこを突く戦法だろう。

 真上に上昇し、それについてくるミステリアスレイディに槍を投げつける

 

 

『あら、武器を捨てちゃってよかったの?』

 

「まだ、ありますから」

 

 そう言って呼び出したのは投げたはずのコピー。空中で水に戻して手元に再構成すればいいだけの話だ

 

 そこからは近距離での突き合い、互いに実力は互角。正確に言えば武器に慣れている楯無に利があるが、反応速度で優る櫻がそれを防ぎ続けている。

 

 水を突く音のない戦いにアリーナに居た他の生徒達はいつの間にか見惚れ、2人が舞う空をみあげていた

 

 

『いい加減、当たりなさいよっ!』

 

「先輩こそ、そろそろお疲れじゃないですか? 休んでいいんですよ?」

 

『ここで後輩に負けたら生徒会長の名折れだから、ねっ!』

 

 ここ一番の早さで繰り出された突き、それもガトリングのおまけ付き。先端の細い蒼流旋ではこの距離の砲撃までは防ぎ切れない

 

 至近距離での砲撃をもろに受け、少しながらシールドエネルギーを削られた夢見草。だが、櫻の方はこれでギアが上がったと言わんばかりに水の槍を楯無に投げて言った。

 

 

「お返しします。では、お互いに全力で行きましょうか。世代差をはっきりと見せつけてあげます」

 

『あら、目的変わったのね。いいわ。櫻ちゃんの本気をお姉さんに見せてみなさい!』

 

 シールドエネルギーはミステリアスレイディが残り6割、夢見草は8割といった所、お互いの武装が解禁された今、どうなるかはわからない。

 

 

 

「ダメージが残るのは嫌なのでお互い残り3割まで削ったら勝ちでいいですね?」

 

『そうね。これで本選に影響が出たら嫌だし、それでいいわ』

 

 いつの間にか辺りに居た生徒はアリーナの端に逃げ、箒をあっさりと叩きのめしたマドカもその中に加わっていた

 

 

「さ、いざ尋常に――」

 

『勝負っ!』

 

 

 再びぶつかる桜と青。相変わらず夢見草は月光のみだが、学園最強を相手にかなりの立ち回りだ

 

 学年別トーナメントでも見られないような大勝負が放課後のアリーナで行われていた

 

 

 機動性に物を言わせてヒットアンドアウェイでジリジリとミステリアスレイディのシールドエネルギーを削る櫻に対し、ベールでダメージを最小限に抑えた上で時折槍を掠らせる楯無。

 最初の一撃で月光の特性を読んだのか、楯無は剣尖を見きった上で、ベールを一点特化してダメージを抑えていた。

 

 

「さすが学園最強は伊達じゃないってことですか?」

 

『さすが最新機を操るベテランじゃない?』

 

「お互い結構辛いですし、そろそろお開きにしたいですね」

 

『そうね。でも、やっぱり一撃入れたいじゃない』

 

「楯無先輩は結構負けず嫌いですか?」

 

『どうでしょうね。でも、今は負けたくないわ』

 

 お互いのシールドエネルギーは5割から6割、若干夢見草リードだが、手札が限られている以上はこの先が辛いことは間違いない

 

 

「仕方ないですね。さっさとケリを付けてシャワーでも浴びましょうか」

 

 櫻はバススロットから空中に4つのミサイルコンテナを呼び出し、一斉に発射。総勢1000発の小型ミサイルがミステリアスレイディを襲った。

 

 

『なにこれっ!』

 

 言葉通り四方八方から襲いかかると一斉に爆発。圧倒的な熱量は 水では防ぎきれないだろう蒸発すると踏んでの物量作戦。どうやら上手くいったようで、煙の中から現れたミステリアスレイディはただでさえ少ない装甲が痛み、楯無の顔は煤だらけだった。

 

 

『今日は私の負けみたいね。もう、どうしてくれるのよ! この顔! 機体だってボロボロだし、ダメージが残ったらどうするの!?』

 

「私が手札を3つも切ったんですから、少しは誇ってくださいよ。それにちゃんと中身にはダメージが行かない程度にしてますし」

 

『そんな1対多でしか使えないようなものを一人に使うのがどうかしてるわ! それにしても、ナノマシンが乗っ取られたのは痛かったわね』

 

「次は制御コードを変えておかないとまた乗っ取られちゃいますね」

 

『ホント。いつの間にナノマシンの扱いがうまくなったのよ』

 

「身体の中にナノマシン飼ってみますか? 嫌でもうまくなりますよ?」

 

『あ……、遠慮しておくわ。ま、次は負けない。と言いたいけど、まだ隠し球もあるんでしょ?』

 

「もちろん。最新の宇宙工学を駆使した省エネルギーハイパワーな物を多数取り揃えてますよ」

 

『なによ、その通販みたいなの。物騒すぎて買う気も起きないわ……』

 

「すべて束印のオーバードウエポン! 今なら1兆ユーロでどうですか?」

 

『1兆ユーロ……。国家予算ね……』

 

「ま、冗談ですけどね。お相手ありがとうございました。明後日は先輩に当たるまでは勝つことにしますよ。途中敗退とか許しませんからね」

 

『どうだか。あなた達には楽しませてもらいたいから』

 

「どうでしょう? 途中からマジになっちゃったので、データ取られてたらそれ以上の機動をしないといけなくなるんですけど……」

 

『手を抜く次は瞬殺宣言? もっと楽しみなさいよ』

 

「一応立場的に負けるとマズいので……」

 

 

 苦笑いする櫻に視線を向け、詳細を見ると夢見草の残存エネルギーは約5%。第4世代機ということですべてを単一のエネルギーでまかなっているために他所から回すことも出来なくは無いらしいが、もう少し時間を稼いでいればガス欠で楯無の勝利に終わっていた、ということだ。

 

 

『おしいところまで行ってたのね。もうちょっと稼げればなぁ』

 

「ガス欠で負けてましたね。まぁ、そうならないように他所からエネルギー回しますけど」

 

 櫻がISを量子化してアリーナに降り立つ。楯無もそれに続いた。

 

 

「第4世代はいいわねぇ、多目的動力(マルチブル・エネルギー)だっけ? なんにでも使えるんでしょ?」

 

「基本的にはそうですね。第3世代まではエネルギーを供給、と言っても例えるなら動かすためのエネルギー、守るためのエネルギー、攻撃するためのエネルギー、と用途別にIS側で分配していたんです。それをひとまとめにして自由にコントロール出来るようになったのも第4世代の特徴の一つですから」

 

「だから私みたいな特殊な機体だと防御と攻撃をひとまとめにして機動にはあまり振らない。みたいに決めたらそれしか出来ないのがその場で自由に設定できるんだから羨ましい限りだわ」

 

「楯無先輩のミステリアスレイディが第4世代化したらそれこそ世界最強(ブリュンヒルデ)も狙えますよ」

 

「今でも負ける気はしないわよ? じゃ、先にシャワー浴びてくるわ。どこかの誰かに煤だらけにされちゃったから」

 

「灰パックですよ、灰パック」

 

 顔をはたきながら更衣室に向かった楯無を見送りつつ、周囲に目を向ければ同級生は恍惚の表情を浮かべ、上級生は畏怖の念を櫻に向けていた。

 

 

「またやっちゃった……。どうしてこうも上級生にばかり疎まれるんだろうねぇ……」

 

「強者の宿命だろうな。力あるものは力無き者から恐れられるか、依存されるかの2択だ」

 

 そうやって声をかけてきたのは案の定マドカ、周りの視線をまるでないもののように振舞っている。

 

 

「そうなのかなぁ?」

 

「事実だろう? 奥の専用機を持つ先輩はお前のことを睨んでるが、それ以外の生徒はお前を憧れか畏怖の目で見てる」

 

「まぁ、確かに。居心地悪いね」

 

「くくっ、そうだろうな。ほら、行くぞ」

 

 殺伐とした場に慣れているのか、午前中に見せていたうさぎのような姿は何処へやら、圧倒的オーラを振りまいて歩くマドカの背中を追う櫻だった。



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土砂降りに飲まれ

「君たちは貴重な戦力であるISを2機も奪われ、あまつさえ操縦者すら奪われてしまった。もう失敗は許されないぞ、ミューゼル」

 

「もちろん、わかってるわ。だからこの機会をセッティングしたのよ」

 

 薄暗い部屋で大きなデスクに肘をついた男が苛立たしげに言葉を叩きつけていた。

 

 

「篠ノ之束さえ抑えれば、もうこの世界を手にしたも同然だ。テルミドールと言ったか。共同代表もただのISが乗れるガキだろう。いいか、なんとしても篠ノ之束を生かして連れて来い。他の人間はどうなっても構わん。あの駒もな」

 

「わかってる。当たり前のことをいわなくてもいいわ。あなたも諄いわね」

 

「そこまでの事をしでかしたのはお前だ。コレもまた失敗したら、お前なら解るだろう」

 

「そうね。相応の償いをしましょうか」

 

 女の背後がキラリと光ると、今まで口うるさく叩いていた男の額には、一つ穴が開いていた。

 

 

「コレが私の償い。世界を、元通りにすることが」

 

「良かったのか、コレで」

 

「もちろん。力に溺れた哀れな男にはおとなしく死んでもらったほうがマシよ」

 

「最近おかしくないか?」

 

「突然どうしたのよ」

 

「いや、最近のスコールを見てると不安でな。どこか無茶して消えちまいそうで……」

 

「あなたを残して消えるなんてありえないわ。オータム」

 

 いつの間に扉に身体を預けていたオータムの頬にキスをすると「さ、仕事よ。篠ノ之束を消して、企業連を潰してやるわ」とそっとつぶやいた

 

 

 

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 タッグトーナメントを翌日に控えた10月17日。

 東京都心のホテル、そこにいるのは少し着飾った束。

 

 

『助っ人さんが中に。さくちんとまどっちは外でステルスモードで待機ね。見える位置についていて。それで、のほほんちゃんは更識との連絡役と上空での情報官制を。クーちゃんとたっちゃんは中で何かあった時の制圧を』

 

「「「「了解」」」」

 

 そして、4機のISが飛び立ち、それぞれの持場につくと、束とクロエはホテルに入っていった

 

 

『おじょうさま。予定通りお願いしま~す』

 

『位置についたぞ。やはりな、スコール……』

 

「マドカ、落ち着いて。私も位置についた。いつでも行けるよ」

 

『中から連絡、縛られた従業員を発見。レストラン内は全員亡国機業とみてよし。だって』

 

「おーけー。マドカ、レーザーライフルを威力絞って。狙うのは……、クロエはどこ?」

 

 束がレストランに入ったのを目視し、作戦が始まる。

 

 

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「来て頂いて光栄だわ。篠ノ之博士」

 

「呼びつけたのはそっちだろ? 目的はなにかな」

 

「私達に新しくISを作っていただけないかと」

 

「私が普通に頷くと思ってるのかい?」

 

「いいえ。ですからまずは親睦を深めることから、と思いましてこのような場を」

 

「そうかい。まぁ、出されたものは頂こうかな。その隠し味が入ったスープ以外は美味しそうだ」

 

 そう言って普通にサラダを口に運び始めた

 

 

「あら、バレてしまいましたか。まぁ、仕方ありませんね。メインディッシュと行きましょうか」

 

「今度は脅迫かい? ちーちゃんでも連れてこない限り私は……」

 

 スコールが外に向かって指をさす。すると、窓の外に何かがぶら下がっている。

 

 

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 ハイパーセンサーで窓の外にぶら下がった"何か"を視認した2人は思わずグリップに添えた手を開いた。

 

 

「嘘っ……!」

 

『スコール! テメェ!』

 

 慌てて射撃体勢に移ったマドカを櫻が慌てて制止する。

 

 

「マドカ今撃ったら!」

 

『あぁっ! クソっ!』

 

 

 

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「いかがでしょうか、博士。私達にISを、と言うより、コアの製造方法を、いただけませんか?」

 

「クククッ……」

 

 スコールが訝しげな顔をするが、なお束は笑い続ける

 

 

「ふふっ、クククッ。なかなかおもしろいことをしてくれるじゃないか」

 

「そうですか? あなたはこんな他人、どうでもいいんじゃないかしら。篠ノ之束」

 

「そうでも無いらしいぞ、フィオナ・イェルネフェルト」

 

 そう言って束は"自分の顔を剥いだ"

 

 

「あなた……オッツダルヴァ!」

 

「やはりか、アナトリア没落の原因がこんなところに身をおいていたとはな」

 

「なぜ、なぜあなたが!」

 

「なに、ちょっとした知り合いに頼まれてな。どうせ先短い命だ。将来を担う者達のために使うのもありだと思ってな」

 

「またあなたは私に、世界に立ちはだかるのですね!」

 

「おい、さっきまでの口調はどうした。年取って変わったかと思えば、そうでもないんだな」

 

「あなたにはわからないでしょう! ISが生まれたことで起こった世界の変化が! 企業連が世界に台頭したことの意味が! そのせいでアナトリアは、私達は!」

 

 そう言って足のホルスターから銃を抜くとオッツダルヴァに突きつけた

 窓の外の何かはすでに消えている。要はホログラムだったらしい。

 

 

「ジョシュアも、"彼"も失った今、私には何も残らなかったの! だから、だからこんな薄汚い世界に入り、ISという力を手にした! 私はあるべき世界を取り戻す!」

 

 ――まずはあなたが、"彼"を殺したあなたが、死になさい

 

「貴様らには水底が似合いだ……」

 

「ッ!?」

 

 突然スコールが真横、入り口の方に身体を向けると金色の繭に包まれた。そこに銃弾の雨が降り注ぐ。

 

 

「ここからは私が!」

 

「任せた!」

 

 そのまま"ドレスとハイヒール"で楯無操るミステリアスレイディの後ろを駆け抜けていくオッツダルヴァ。

 口惜しげにそれを睨み続けるスコールだったが、楯無の攻撃の前に追いかけることは出来なかった

 

 

「ここで決着よ、亡国機業(ファントムタスク)!」

 

「あなたに私は貫けない。わかっているでしょう?」

 

「そうね、"私には"貫けないわ」

 

 スコールが真後ろを向いた時にはすでに2つの光が見えていた。

 

 

 スコールが後ろに意識を向けた瞬間に楯無はバックステップで距離を取った。

 

 金色の繭を襲うのは3条の光。

 一つ、夢見草に搭載された大型レールガン『桜花』。そして、白騎士のレーザーライフル『白閃』と肩に装備された荷電粒子砲『雷電』

 

 物理的にも、化学的にもISを2機3機余裕で貫けるだけのエネルギーを持った光の矢が一瞬にして襲いかかる

 

 

「ッ――――!!!」

 

 声にならない叫びを上げながら吹き飛ばされたスコールは、ビルをひとつ貫いて向こうに落ちていった。

 

 

『私が先に! フォローを!』

 

 楯無がまっさきに向かうのを2人も追う。

 だが、それは美味しいところだけを持っていく仲間の声で遮られた

 

 

 

『櫻さま、スコール・ミューゼルとそのISを確保しました』

 

「はぁ、了解。お姉ちゃんは?」

 

『束さまなら隣のホテルでオッツダルヴァさまと夕食を』

 

『束……なんでアイツは……』

 

「まるで千冬さんみたい……」

 

『すべて終わったらみんなで来いと言いつけを。もちろん、楯無さまも』

 

『あら、いいの? 嬉しいわ』

 

「じゃ、そいつをさっさと"量子化"してクレイドルへ、ISは私が」

 

『りょうか――キャッ!』

 

「クロエ!」

 

『オータムです!』

 

「先輩!」

 

『ええ! とらえた!』

 

「マドカ!」

 

『応!』

 

 都心部でこれ以上騒ぎを大きくしたくないが、それ以上にスコールの身柄を押さえられないのは辛い。櫻とマドカは現場に急行し、声を失った

 

 

「楯無先輩、これは……」

 

 そこには血に塗れ、地面に寝るオータムと、クロエに抱きかかえられたスコールの姿があった。それをただ見ているのは彼女もまた血まみれの楯無。

 何があったのかはひと目で理解できる。やってしまった。

 

 

『ISだと思った何かは、ISじゃ無かった……。絶対防御が発動しなかった……』

 

「そうですか、すみません、先輩。スコールは?」

 

 楯無は小さく頷いて再びオータムに目を向けた。

 

 

『2人共生きてます。このまま回収して治療を』

 

「そうして。急いでね」

 

 頷いたクロエを見てから櫻はスコールの首から下がるネックレスを手に取ると、それを"光に分解"し、手元には黒い何かが残った。

 クロエもスコールとオータムを回収用カプセルに入れると、それを量子化。自身もISを解除した。

 

 

「クレイドルでの量子受け取りに成功。再構成……成功。ミッションコンプリート」

 

「はい、お疲れ様。とくに先輩はいいタイミングで突っ込んでくれましたね。最後のは先輩のミスではありません。大丈夫です。」

 

「ええ、ありがと。やっぱり人を傷つけるのはいい気がしないわ」

 

「すみません。オータムが来るとは」

 

「いいのよ、寮殺しの櫻ちゃん」

 

「またそれを蒸し返しますか……」

 

「もうやることは終わったんだ、束も待ってるから早く行こう」

 

「その前に後始末。血痕とかは全部掃除して、パワードスーツのパーツだけは回収していこうか」

 

「了解です。私は機械を、櫻さまは血痕をお願いします」

 

「はいはい。あぁ、結構派手に行ったね。これでよく生きてるよ」

 

 

 そそくさとその場を去った楯無とマドカに若干の恨みの念を送りつつ、オータムをクレイドルに量子転送、パーツ類も回収ポットに突っ込んでクレイドルへ飛ばした。




彼、の正体はリンクスの皆さんなら察していただけるかと。


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土砂降りに飲まれ Ⅱ

 隣のホテル、その上層階に位置するちょっといい雰囲気のレストラン。そこを貸しきって束はいつの間にかスーツに着替えたオッツダルヴァと話をしていた。

 

 

 

「それで、ISの開発者ともあろう方が、こんな時代に置いて行かれた男にどうしていきなり」

 

「亡国機業に付いて調べていたらなぜかアーマードコアに行き着いてね。さくちんがその道のプロに頼むべきだ。って」

 

「なるほどな、これをマリア……紫苑は知っているのか?」

 

「伝えてないから知らないはずだよ。失礼だけど、ママさんの経歴は調べてある。彼女が 最後の鴉LAST RAVENだっていうこともね。でも、この事態を知ったら……」

 

「彼女は自身の行いを悔やむかもしれんな。それも、"彼"が原因の一つとなってスコール派の行動があったとなればな」

 

「結構知ってたりするのかな?」

 

「もちろん、生き残るためには情報収集は大切なことだ。今だ謎多き亡国機業。その内部にアナトリアの残党が混じっていたとすると……。企業連も狙われかねん」

 

「かつてアーマードコアとともに存在し、アーマードコアとともに滅んだ機関、コロニーアナトリア。私が潰したも同然なのかな……」

 

「いや、アナトリアを潰したのは、我々オーメルだ」

 

 君は、その後の時代の流れを築いたに過ぎない。と言ってオッツダルヴァはことの成り行きをおおまかに語った。

 

 かつてネクストに必須だったIRS/FRS技術で最先端を行っていたアナトリア、そこで成功の立役者とも言えるイェルネフェルト教授が死に、彼に反感を持っていた技術者達が相次いでアスピナ機関に移籍した。たちまちその勢力を衰退させたアナトリアは教授の娘、フィオナが保護していたレイヴンを傭兵として雇い入れ、ネクストに乗せた。アナトリアの復興を賭けて。

 そして、企業同士の戦争に加担。当時の最大勢力であったレイレナードの崩壊の最中、フィオナの友人であり、アスピナ機関の誇るリンクスであったジョシュア・オブライエンがアナトリアを襲った。その際に傭兵と激突、ジョシュアは撃墜される。だが、その戦いで消耗した傭兵も、オーメルからの差し金として送られたリンクスによって撃墜。ここに、アナトリアの崩壊と、アスピナ機関のオーメルへの組入で『リンクス戦争』と呼ばれた争いは終結した。

 

 嘘か真か、分からないが、オッツダルヴァは饒舌に語り「すこし長かったな。すまない。簡単には終わらなかった」と言って締めた

 

 

「要は大切なお友達と戦争において重要な駒だった傭兵。その両方を失って行く宛がなくなったわけだ。だから亡国機業に入った、そしたらISが登場し、ACNEXTを駆逐するとその流れに乗った。と」

 

「まぁ、そうだろうな。私も詳しくは分からないが、彼女なりの復讐劇だろう。オーメルを育て、企業連の再編を成した私や、現在進行形で企業連の指揮を取り、IS産業を意のままにする紫苑。そして、アーマードコアを亡き者にしたISを開発した篠ノ之束。すべてが彼女にとっては敵だったんだ」

 

 ワインを一口煽り、ふぅ、と一息つくオッツダルヴァはもう歴戦のリンクスというより、格式高い家の主人と言える風貌になっていた。

 最初期のリンクスも過半数が死んでしまい、最初の40人の内、連絡を取り合えるのは片手で足りるほどとなってしまった

 

 過去を振り返り、すこし思いに耽ったオッツダルヴァが束の後ろに着飾った人影を見つけると

 

 

「今日の主役たちがおかえりだ」

 

 そう言ってまたワインを煽った

 

 

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 血塗れの楯無はもとより、かなり動いた4人は前もってシャワーを浴び、少し洒落た服に着替えると束とオッツダルヴァの待つレストランに向かった。

 

 ウェイターが重そうな扉を開け、4人が少し暗めのエントランスを抜けると、束の気の抜けた声が聞こえる。

 

 

「お疲れちゃ~ん。派手にやったねぇ」

 

「ご丁寧に人払いしてくれてたお陰でけが人は居ないっぽいね。スコールは人体量子化の実験台になってもらって、しっかり成功。オータムも同様に治療室に転送済」

 

「治療室? どうして?」

 

「変なパワードスーツを着ててね。ISだと思っておもいっきり行ったら、その」

 

「そっか。誰がやったの?」

 

「私が……」

 

 小さく楯無が手を上げた。

 それを見た束は少し申し訳無さそうに言った

 

 

「そう、ごめんね。巻き込んだ上にこんなことまでさせちゃって」

 

「いえ、これも仕事の内ですから」

 

 束は申し訳無さそうにぎこちない笑顔を向けると視線を戻した。

 

 

「謎のパワードスーツもクレイドルに送ってあるから。帰ったら解析を」

 

「だね。それで、見事に助っ人さんの読みが当たったわけだけど、さくちんはまだ裏はあると思う?」

 

 櫻を見る束だが、その櫻はオッツダルヴァに目を向けていた。

 

 

「私に聞くのか? まずはお前がどう思うかだ」

 

「まだ裏は、あると思う。スコールは駒の一つにすぎない。裏にはもっと大きな、それこそ国家レベルで動いてるものがあると思う」

 

「だろうな。奴らは我々が犯した過ちを繰り返そうとしている。ネクストがISに置き換わっただけだ。これからまた国家同士の争いの火種をあちこちに振り蒔き、芽吹かせる。世界は再び解体されかねん」

 

 

 ポラリスの見解をまとめると

 

『亡国機業は複数の非企業連企業をバックに置いて、ISによって狂った世界のパワーバランスを正そうとしている。そのためにISを世界から消し去ろうとしている。おそらく、最初の足がかりはIS学園』

 

 と予想した。何はともあれ、何処が後ろに付いているのか。この後どう動いてくるのか、不安要素は大きいが、スコールが少しは喋ってくれれば状況は少しは好転するだろう

 

 

「まぁ、辛気臭い話もそこそこにして、腹ごしらえと行こうじゃないか。こんな美人達に囲まれて食事をすることなどこれから何度あるか」

 

 オッツダルヴァの口から予想外の言葉が出たが、それに苦笑いで返す櫻と、少し照れ気味の3人の元にオードブルが運ばれてきた。

 

 

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「ここは……」

 

 目を覚ましたのは見慣れぬ部屋、テーブルが一つと、椅子が2脚。それから、今自分が寝ているベッドとベッド脇の小さなライトスタンド。壁際にタンスと冷蔵庫が置いてある。

 窓は無く、『Bathroom』の札が下がったドアと、もう一つ外に出られるであろうドアがグレーの壁に浮いていた

 

 自分の状況を整理しよう。

 今は何も身につけていない。首元に手を当てても触れたのは自分の肌だけだ

 

 ベッドから起き上がり、すこし広めの部屋をうろついてみる。タンスを開けると衣類がぎっしりと詰まっていた。

 

 

「居心地のいい独房ね」

 

 タンスに入っていた服に着替え、さてどうしたものかとかんがえる。看守が来るのを待つか、脱出の手立てを考えるか。

 とりあえずバスルーム、と書かれたドアを開けるとトイレとシステムバス。まるで一人暮らしの若者の部屋だ。

 

 再び部屋に戻り、ベッドに腰掛けると自分の記憶を遡る。

 

 篠ノ之束を呼び出し、食事をしたところ、その篠ノ之束はオッツダルヴァだった。

 逆上し、殺そうとしたが更識に邪魔立てを受けた。そして、キルシュ・テルミドールとM―織斑マドカに襲われた。

 最後に目の前にオータムが居たのを最後に、記憶は途絶えている。

 

 

「やってくれたわね、篠ノ之束……」

 

 

 

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 ――んだぁ? ここはぁ

 

 目を開けてまず見えたのは真っ白い天井と自分に繋がれたいくつかのチューブ。手元に視線を向けると手首は固定され、そのまま足を見れば足首と腰も金属のリングで繋がれていた。

 

 

「チッ。しくったか……」

 

 ポラリスのIS3機に襲われたオータムを助けるべく、パワードスーツで助けに向かったが、案の定敵わなかったようだ。死ななかっただけマシ、ともとれるし、今の状況を鑑みるに最悪、だったとも取れる。

 

 

 ――にしても、妙に調子がいいな

 

 

 自分でも気味の悪いほどに身体はきれいな状態だった。傷もなければ血もついていない。過去に受けた傷すら消えている。

 

 

「捕まっちまった。ってことだな。スコールも無事だといいが……」

 

 自虐を含んだ声は、誰に届くでもなく、真っ白い部屋に消えた




オッツダルヴァの話がすべて伝聞形なのはAC4に彼が絡んでいないから。それと作者の記憶が曖昧だから……(お恥ずかしい限り


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トーナメント開始ッ!

ゴーレムなんて居なかった

アレは束さんのせいだから、束さんが手を出さない限り何も起こらないし起こさせない。
それにスコールとオータムも揺りかごで寝てるから何も出来ないね

ということは、戦闘描写が無茶苦茶多いってことだ。



専用機持ちは原作に登場した1年生と、2年から楯無、フォルテ、3年からダリルに出てもらいます。
ちょうど偶数キリもいい! はず


 昨日は"お仕事"で帰ってきたのは日付が変わる手前だったというのに目の前で全校生徒に堂々とした態度で演説をする楯無には疲労の様子は見えない。

 

 その反対に、生徒会メンバーの中に加わる白髪は隣のダボダボ制服の娘とともに船を漕いでいた。

 

 

「本音、櫻さん。教頭先生が……」

 

「っ!」

 

「ふぇぇ~」

 

 反射的にビクッ、と直立する櫻と、そのままふにゃふにゃと体を揺らす本音。あぁ、また教頭先生の眼光が……

 

 

「今日は学年、学校、世界を代表する様々な代表候補生達がその国の威信をかけた専用機で争ってくれます。しっかりと技術を見て盗み、みなさんの糧にしてください」

 

 

 まるでお手本のような言葉で〆られた開会演説だったが、その後の言葉に櫻は色んな意味で驚かされた

 

 

「と、堅苦しいのはここらへんにして。皆さんお待ちかねの『優勝ペア予想! 応援・食券争奪戦!』のオッズを発表します!」

 

 

 背後にある大型スクリーンにペア名と倍率、得票率が表示された。

 あぁ、織斑先生が頭を抑えてる……

 

 

 No.1 T.Sarashiki & H.Shinonono ×1.5 33%

 No.2 D.Casey & F.Sapphire ×1.9 25%

 No.3 C.Walcott & L.Bodewig ×3.0 16%

 No.4 R.Fang & C.Alcott ×3.0 16%

 No.5 I.Orimura & K.Sarashiki ×5.0 10%

 

 

 

「1番人気は私、更識楯無、篠ノ之箒ペア。1.5倍で33%の票みたいね。次いでアメリカの候補生、ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアのイージスコンビ。安牌よね。3番、4番は同率で1年コンビが付いたみたいね。そして最後の5番人気は……織斑一夏と更識簪ペア。あれれ? 一夏君にみんな期待してないのかしら、意外だわ。ってわけで、オッズはこの通り! 優勝ペアを当てるのは誰かしら? 続いてトーナメント表の発表ね! ここからは生徒会会計、布仏虚に譲るわ」

 

 そう言って段から下りる楯無の顔が少し残念に見えたのは気のせいでは無いだろう。

 

 

「では、トーナメント表の発表をさせていただきます」

 

 するとオッズが表示されていたところがトーナメント表に変わる。

 

 奇数ペアの参加なので……ってあれ、この前櫻とマドカは強制参加させられたはず……

 

 

「第1回戦、第1試合、更識楯無、篠ノ之箒ペア対、織斑一夏、更識簪ペア。第1アリーナにて行います。第2試合、シャルロット・ウォルコット、ラウラ・ボーデヴィッヒペア対、凰鈴音、セシリア・オルコットペア、第4アリーナにて行います。そして、勝者が2回戦へと進み、そこで勝ったペアに決勝戦、ダリル・ケイシー、フォルテ・サファイアペアと戦ってもらい。優勝を決めま……」

 

 そこで、いきなり、ドドン! と和太鼓を叩く音がなる。

 パァン! と何かを叩きつけるSEとともに優勝トロフィーの上に「BOSS ATTACK!」とデカデカと貼り付けられる

 

「おっと、ここでトーナメント表の修正です。決勝戦での勝者はキルシュ・テルミドール、織斑マドカペアと戦ってもらいます。そこで勝ったペアが最終的な優勝となります。お詫びして、訂正いたします。なお、これに伴う食券争奪戦のペア修正はありません。テルミドール、織斑ペアが優勝した場合、1.1倍とし、決勝戦進出ペアにビットした方に返還します。以上、トーナメント表の発表でした」

 

 突然の発表、と言うより仕組まれていた発表、といったほうがいいだろう。それに生徒がざわめくも、また壇上に上がった楯無に「まぁ、1年生だしそこまで勝ち進んだペアが負けることなんて、ねぇ?」と意味深な事を言うとひとまずの収束を得た

 

 

「では、今日一日張り切って行きましょう! トーナメントの裏ではラスボスの2人のIS操縦講座もやるわよ! そっちは先着20名まで、第6アリーナに急ぎなさい!」

 

 これまた聞いてないことをさらっと口にする楯無。1年の列を見やればマドカが肩を落としているのが目に見えてわかった

「以上で開会式を終わります。第1回戦参加ペアは指定されたアリーナに向かってください」

 と事務的な事を一夏が言って開会式の終了を宣言すると、生徒会役員共はそのまま裏に戻った。

 

 

 

「楯無先輩! どういうことですか? IS講座なんて聞いてませんよ!」

 

「当たり前じゃない、言ってないもの。それに、あなた達暇でしょ?」

 

「暇って! そういう問題じゃないですよ! ラスボスが敵に手札晒してどうするんですか!」

 

「まぁ、その差を埋めるのもあるわ。そんな第4世代が2機、それも片方は神経とリンクしてるなんてチートもいいところじゃない」

 

「お嬢様。櫻さんも昨日は遅かったようですし……」

 

 虚がフォローしてくれるも虚しく。決定事項のように、「じゃ、よろしく~」と逃げるようにその場を去ってしまった。

 

 

「まぁ、櫻もがんばれよ。俺らもお前らと戦えるのを目指していくからさ」

 

「でも、一夏くんは初っ端から楯無先輩とでしょ? 勝てる見込みはあるの?」

 

「正直無いな。まぁ、なるようになるだろ。お互い本気でぶつかり合えばそれでいいさ」

 

「なんというか、一夏らしいねぇ……」

 

「おりむーは真っ直ぐすぎるんだよ~。まぁ~それがいいところでもあり、悪いところでもあるんだけどね~」

 

「そうだよ。たまには正攻法以外で攻めないと。少し、気を抜くと新しい視点でものが見えるかもよ?」

 

「と言われてもなぁ」

 

「ま、一夏くんには難しいかもね。じゃ、第1回戦頑張って。本音は私と一緒に」

 

「おう! じゃ、決勝後に会えるのを期待してるぜ!」

 

「できるかな~?」

 

 軽口を叩き合ってから別れると、アリーナの出口でマドカが待っていた

 

 

「どういうことだよ、アレ」

 

「ま、楯無先輩だしねぇ……」

 

「まどまどは人に物を教えるの嫌なの?」

 

「そういう訳じゃないんだけど、ねぇ……?」

 

「こっち見ないでよ。自分でどうにかしなさい。それか千冬さんに言って矯正プログラムでも受けたら?」

 

「頑張るよ……」

 

「さくさくも相変わらずドSだね~」

 

 ポラリスの構成員3人が高くそびえるタワーに向かって歩くなか、第6アリーナではすでに大行列ができていたとか。それも、主に1年生が過半数で、先日の楯無との一見を見聞きした上級生がちらほら見える程度に。専用機を持たない代表候補生の姿も見えたが気にしてはいけないだろう。

 

 

 大波乱の予感しかしない専用機持ちタッグトーナメントは、まだ始まってすらいない



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第1回戦

 第1回戦は第1アリーナで更識に姉妹対決、第4アリーナでは1年の組み合わせで試合が行われる。

 午前中に第2試合までを消化し、午後に入って決勝、ボス戦という流れでタイムテーブルが組み立てられていた

 

 

「さぁ、1回戦第1試合、注目の姉妹対決です!」

 

 

 放送部員の気合の入った実況と共に主役の4人がフィールドに入る。

 

 

「トトカルチョで人気ナンバーワンの更識楯無、篠ノ之箒ペアと、その妹、1年の更識簪、織斑一夏ペアの対決です。1年生3人はどこか緊張が見え隠れしているようにも見えますが、生徒会長、更識楯無。上級生の余裕を見せつけていますね」

 

 

 試合開始30秒前のコールと共にアリーナスタンドは熱気を含みながらも徐々にヒートダウン。

 10秒前になるとアリーナは静寂に包まれ、緊張感の高まりをひしひしと伝えてくる。

 

 5秒からゆっくりと数字を減らしていき、0になると青がぶつかり、紅白は飛び上がった

 

 

 ぶつかった青の2機は互いにリーチのある槍と薙刀を振りかざし、火花を散らしていた

 機体性能に分がある簪が楯無の周囲を飛び回っては刃を振るが、楯無は太刀筋を読み切り、受け流してはカウンターを見舞っていた。

 

 

『家で習ったことが私に通用すると思ってたの?』

 

『私にはそれしか無いからっ!』

 

 いつもの引っ込み思案は何処へやら、積極的に攻めの姿勢をとる簪。口では余裕の言葉を叩く楯無だが、内心は普段と違う妹の姿に感動と畏怖の両方を抱いていた。

 

 いきなりブースターの逆噴射で距離を取ると、両肩に装備された荷電粒子砲を放って再び楯無の懐に飛び込んで行く。

 

 

 

 空中では一夏と箒の斬り合いになっていた。こちらもこちらで剣道の同門対決と相成り、互いに一進一退の攻防を見せていた。

 

 2本の刀を構え、一夏を射殺すような目を向ける箒。それに対し、雪片を中段に構えてこちらも殺気を放つ一夏。

 先程から互いに懐に飛び込み2~3打ちあっては離れるということを繰り返し、シールドエネルギーをジリジリと削っていた。もとより短期決戦向けの2機だけに長期戦となると互いに自分の首を締めることになることはわかっていた。

 

 

『ふむ、腕を上げたな。一夏』

 

『おう。ちゃんと夏休みの間に稽古をつけてもらったからな』

 

『だが、まだ甘いッ!』

 

 展開装甲をフル活用し、白式と遜色ない速度で距離を詰めて一閃。だが一夏も伊達に半年ISに乗ることはしていない。流れてきた2本の刃に雪片と雪羅をあてがって受け流すとその背中に一太刀見舞った。

 零落白夜を発動していないとはいえ、高出力のエネルギー刃を喰らえばそれなりのダメージを受ける。

 

 

『それくらい見切ってるぜ、箒。お前は神楽舞の形をとるとまっすぐ突っ込んでくるからな』

 

『くっ、よく見ているな。だが、まだ終わった訳じゃないぞ!』

 

『応!』

 

 再び一足一刀の間合いから高速で繰り出される斬撃。お互いがそれを見切り、往なし、弾くことで戦況は更に泥沼化していく。

 

 

 

 再び地上に戻れば簪が押され気味だ。攻防自在の楯無に対し、近接攻撃の手段を夢現(薙刀)しか持たない簪が不利になるのはしかたのないこととはいえ、距離を置こうにもしっかりと張り付いて離れないのだ。

 

 互いに無言で攻撃を繰り出しては防ぎ、防いでは繰り出す。だが時折鈍い音と火花が散ると打鉄弐式のシールドエネルギーが減っていく。

 

 簪も反撃して入るものの、全てが水のヴェールに阻まれて無に帰していた。

 

 

『簪、行けるか?』

 

 上で箒の相手をしている一夏から声が聞こえる。

 

 

『アレだね。タイミングは任せた』

 

『ああ』

 

 すると上で打ちあっていた2機が心なしか高度を下げてきた。

 一夏と簪の起死回生の一手は、打鉄弐式の多連装ミサイルポッド(山嵐)でまとめて片付けること。削りきれずとも少しでも隙ができれば一夏が零落白夜を見舞うだろう。

 

 楯無も箒がだんだんと降りてきたことはレーダーでわかっていた。

 コレではあまり広くはないフィールドに4機が混ざり、乱戦の様相を呈しかねない。

 

 

『箒ちゃん、高度が下がってるわ、気をつけて』

 

『は、はいっ』

 

 返事だけはいいが気がつけばもう高さは数十mまで近づいていた。

 

 

『私のとっておき、お姉ちゃんに見せてあげるっ!』

 

 唐突にミサイルポッドを呼び出すと一気に48発をばらまく。

 

 

『一夏、上に逃げて!』

 

『応っ!』

 

 

 白式は一気に高度を取ると空中で体を捻り、そのまま簪の上に陣取った

 

 対して楯無、箒サイドはミサイルの処理に追われていた。

 楯無はヴェールを一点強化しダメージを抑え、箒は空裂を一薙して一掃していく。だが、爆炎による視界不良は否めず、それはつまり、白式が目の前に迫っていてもセンサーに頼らざるをえないということを意味していた。

 

 

『もらったぜ』

 

 青く輝く刃を赤い機体になぞると紅椿はあっさりとシールドエネルギーを全損。残された楯無も残り半分と一気に形成を逆転させた。

 

 

『なかなか考えたみたいね。でも、先に箒ちゃんを落としたのはミスね』

 

 白式に残されたエネルギーは零落白夜が2回使えるか使えないか。シールドエネルギーは4割弱。打鉄弐式の方も半分あるないといったところだった。

 

 

『もうあの手は通じないわよ? 一夏くん、簪ちゃん』

 

『なら、別手で行くまで。一夏』

 

『了解だ』

 

 そのまま2機は二手にわかれると力技で挟撃を仕掛けた。楯無は動かずにその場で目をつぶり、両手を広げると

 

 

『バーン』

 

 

 楯無に刃が当たる前に、2機が吹き飛んだ

 

 

 

『なんだっ!?』

 

『水蒸気爆発……』

 

『さすが簪ちゃん。ご名答。こんな開けた空間でも、少し空間に圧力をかけてその中に水蒸気を閉じ込めればお手軽に起こせるのよ』

 

 両手で空気を抑えるようなジェスチャーをすると、その手をぱっと開いた。

 

 

『終わりましたか、楯無さん』

 

『ええ。後で反省会ね』

 

『はい……』

 

 箒の質問は先輩の威厳ある声であっさりと消し飛ばされたようだ。なんともあっけない終わり方だったが、一夏は簪に聞いた。

 

 

『まぁ、何だ。俺は結構満足してるぞ。簪はどうだ?』

 

『私も、満足。だってお姉ちゃんに全力で答えてもらった。それで十分』

 

 

 察しの通り、試合は最後の最後でどんでん返し。楯無が一気に2人を叩き落として終わった。

 結果だけ見れば国家代表が代表候補生を叩き落とすという至極当然とも取れるものだが、内容は短時間ながら密度の濃いものだった。

 

 剣道のごとく気迫ある戦いを見せた箒と一夏。

 清らなる水のごとく静かに。だが、しっかりとした存在感を見せた更識姉妹。

 

 実力差があるとわかっている中で全力を尽くし、一矢報いたことは評価できる点だと一夏も簪も思っていた。

 それが、2人のささやかなプライドになる

 

 

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 ところかわてって第4アリーナ。ここでは1年ペア同士の戦いが始まろうとしていた

 

 

『じゃ、作戦通りラウラが前で僕は後ろに。昨日決めた感じでね』

 

『ああ。頼りにしてるぞ』

 

『頑張るよ。じゃ、クープレリンク、スタンバイ』

 

『レディ』

 

『おっけ。繋がったね。これが少しは役に立つといいんだけど』

 

『見ている暇があるかどうか、だな。まぁ、ないよりマシだろう』

 

 企業連のISに最近搭載された新システム、 カップル・リンクCouple Linkは今までの視覚情報共有やレーダーリンクなどを総合的にまとめてハイパーセンサーに表示する戦闘補助システムだ。

 カップル、と名はあるものの、実際は上限なくリンクさせることが可能で、それぞれの機体の敵味方識別データを元に、距離、方向、機種などが見えるようになる。

 

 

『よし、時間だ』

 

『うん。櫻のところまで、と言いたいけどコレに勝っちゃうと次の相手は生徒会長なんだよね……』

 

『あの女、どうも好きになれない……』

 

 ラウラのつぶやきを他所に、シャルロットが先行してピットを飛び出した。

 

 

 

 

『では、練習通りにおねがいしますわ』

 

『なんだかんだで私達いい感じじゃない? 役割分担がしっかりできてるから?』

 

『だと思いますわ。鈴さんには前衛を食い止めて頂いて、その隙にわたくしが後ろを』

 

『それに、今のセシリアには――』

 

『ええ、フレキシブルも練習しましたし、大丈夫ですわ。いつもどおりに行きましょう』

 

『よっし、気合入れて行くわよ!』

 

『はい!』

 

 鈴とセシリアはこの短い期間で仲を深めたようで、連携も何時ぞやの如く空中衝突なんてこともなく、しっかりと役割分担の元に作戦を練り、練習を重ねてきた。

 セシリアの空間把握能力と鈴の即応性。それらが掛け合わさるとどんな反応を起こすのか。とても楽しみだ

 

 

 

「第1回戦、第2試合は1年生同士のぶつかり合い。凰、オルコットペアと、ウォルコット、ボーデヴィッヒペアです。名前がごっちゃになりそうですね」

 

 

 フィールドに立つ4人には普段のゆるい雰囲気などかけらもなく、企業連としてのプライドと代表候補生としてのプライドがぶつかり合う一触即発という言葉がピッタリの空気を放っていた。

 

 

『鈴とセシリアには悪いけど、ここは僕達が勝たせてもらうよ』

 

『シャルロットがそんなこと言うなんて珍しい。なにかあるよ。コレは』

 

『ふふっ、どうだろうね』

 

 いつものように笑うシャルロットだったが、その背後には歴戦の兵士(リリウム)を彷彿とさせる何かがあった。

 

 

 試合後にラウラは語った。

 

「あの時のシャルロットは普段の3倍は怖かった。どこか、キレた時の櫻に近いものがあった」と

 

 

 この時のシャルロットを突き動かしたのはただひとつの信念

 

――櫻を一言怒鳴りつけないと我慢できないよ。というなんとも言えないものだった

 

 

 10カウント。

 

 4人が武器を展開し構えた

 

 

 5カウント

 

 ラウラは眼帯を外し、シャルロットから笑みが消えた

 

 

 1カウント

 

 セシリアがスコープを覗き込み、鈴が双天牙月を握る手に力を込めた

 

 

 そして、カウントが0になった瞬間、圧倒的な量の弾丸が一歩も動けない鈴を襲った。

 

 

『んなぁっ!!』

 

 鈴がみっともない叫び声を上げてズタボロにされる。

 開幕と同時にAICで甲龍を固定。そこに漆黒の霧から放たれた鉛球が襲いかかった。

 

 ラウラがえげつない方法で鈴を甚振るなか、シャルロットはフィールドの端と端でセシリアと遠距離狙撃戦を繰り広げていた。

 

 アリーナの壁に背中をピッタリと付け、空中に浮かぶ"6丁"のスナイパーライフルの引き金を引き続ける。

 時折高度をとってはレーザーを避け、情け容赦なく鉛弾の雨を降らせた

 

 

『セシリア! ラウラを!』

 

『わかってますわ!』

 

 やられる側は大パニック。鈴は動きたくても動けず、AICから開放するためにラウラを狙おうにもシャルロットがそれをさせない。コンビを組む時間の差か、機体性能の差か。

 セシリアは思わず唇を噛むが、シャルロットの砲撃とも言える銃弾の嵐は止む気配がない。

 

 時折響くレールガンの破裂音と鳴り止まない銃声。そして一方的に嫐られる鈴の姿がセシリアの集中力を削ぐ。

 

――軌道が、曲がらない!

 

 

 ついにセシリアの限界が来てしまった。曲がらないレーザーなど容易く避けられる。そう言わんばかりにシャルロットは静止し、鉛弾を浴びせてくる

 

 

 甲龍のシールドエネルギーが尽きたのはそれから数秒後の事だった

 

 

 その後はAICに捕まらないように必死で逃げるセシリアをラウラがマシンガンで撃ち落とし、試合終了となった。

 終始一方的な展開で代表候補生2人に勝利した企業代表は来賓席に向かって手を振るとそのまま何もいわずにピットに戻っていった

 

 

『ごめんなさい。鈴さん』

 

『いいの。こういうことだってあるわ』

 

『次こそは、と言いたいところですが、次はあるのでしょうか』

 

『ま、ラウラとシャルロットならちょっと付き合って、て言えば相手してくれるわよ』

 

『そうですわね。鈴さん、これからもよろしくお願いしますわ』

 

『こっちこそ。マジで悔しいんだから……』

 

『一夏さんはどうなったのでしょうか、まだ試合中でしょうね』

 

『生徒会長がラウラばりのえげつなさで一方的に蹂躙して終わり、とかなってなければいいけど』

 

『あとでラウラさんに怒られてしまいますわ……』

 

『負け惜しみくらいさせなさいよ』

 

 

 なんだかんだ、この2人は相性がいいのかもしれない。ボケと突っ込み的な意味で。

 

 

 

 

「お前ら! こんな簡単な機動すらできんのか!」

 

 と、第6アリーナで上級生に向かって怒鳴りつけるマドカが見れたのもこの時間。それをみて呆れた櫻と本音だった。



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第2回戦

 講習会の傍ら、第1回戦の両試合結果を受け取った櫻は少し苦い笑みを浮かべると休憩時間とした

 

 

「第1回戦は楯無先輩と箒ちゃん。シャルロットとラウラが抜けたみたいだよ。まぁ、予想通りかな」

 

「でゅっちーもらうらうもえげつない戦い方してたみたいだよ? AICでりんりんを止めてらうらうがリンチ、セッシーはでゅっちーがフルボッコだって~」

 

「あぁ、さっき試合映像を見たぞ。AICは厄介だな」

 

 ポラリスの3人はフィールド上にぺたん、と腰を下ろして終わったばかりの試合についての考察を深めていた

 ラウラがAICを使ってくるのはわかりきったことだし、予想外の作戦ではないが、やはり決定力が高い作戦故に当たった時の為に策を練らねばならない。

 

 だが、第1試合、更識姉妹の対決を見る限りは特殊な何かも無く、操縦者の技量と機体性能で圧倒できると踏んだ。

 

 

「ま、イージスに負ける可能性もあるけど、あの人達は分断させてしまえば単体での脅威度はそこまで高くないからいかに相手を崩すか、だね」

 

「だな。そろそろ機体を組み替えて慣らさないと。本音、頼む」

 

 そう言ってマドカが立ち上がり、白騎士を展開。ふわりと浮き上がる

 本音は白鍵を両腕と頭に部分展開。コネクター類を白騎士に繋げ始めた

 

 

「本音もすっかり白鍵に慣れたみたいだね」

 

「うん。なんか身体に馴染む感じっていうのかな~? 自分の思ったとおりに動いてくれる感じだから変に意識せずに済むんだ~」

 

 口はいつもどおりにまったりと動くが、その手と目線は絶えず別の仕事をしている。このへんの技術は簪に仕込んでもらったらしい

 

 

「はい、セットアップしゅ~りょ~。エネルギー砲の砲門を1組減らしてその分威力を上げたよ~」

 

「こっちでも確認した。あとは動きながらやる」

 

「うん。じゃ、次はさくさくだね~。本当にやるの?」

 

「もちろん。今のところ一番の脅威は楯無先輩だからね。目には目を歯には歯を、ナノマシンにはナノマシンを。ってね」

 

「だからって丸パクリはおじょうさまもキレるよ~」

 

 そう言いながらも白鍵のバススロットからナノマシン制御補助システム『セイレーンの涙(Tear of Siren)』を夢見草のバススロットに送り込むとナノマシン配合の大量の水もセットでバススロットに放り込んだ

 それとセットで3組のランスをバススロットに入れると接続を解除。櫻はその場で水のヴェールを作ってみせた

 

 

「うむ、いい感じ。この前先輩からナノマシン水を無理やり奪った時よりずっとコントロールし易いや」

 

「だからっていきなり『コレ作って』っていわれる身にもなって欲しいかな~? まぁ、いい練習になったけど」

 

 ランスを展開しては"ぶっ放す"櫻をジト目で睨みつつぼやいた

 

 

「まぁまぁ、コレも仕事のうちだよ? ナノマシン制御も結構難しいはずだしさ」

 

 ぶぅ~、とふくれる本音にデラックスパフェ、とささやいてなだめると「じゃ、再開しましょ!」と声をかけた

 

 

 

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 第2回戦。更識楯無、篠ノ之箒ペア対、シャルロット・ウォルコット、ラウラ・ボーデヴィッヒペア。

 1回戦で相手を瞬殺で終わらせたシャルロット、ラウラ組と起死回生の1撃で一気に2人を撃墜した楯無と箒のペア。それぞれやり方は違えどかなり目を引く試合展開であったことに変わりは無く、この試合もアリーナを満員にする程度の人気を集めていた

 

 試合3分前の企業連組ピット。相手は学園最強だけあって気は抜けないらしく、しっかりと作戦建てていたようだ

 

 

「多分さっきと同じ手は使えないよ。だから正々堂々とまずは会長を落とす」

 

「そうだな。箒は取るに足らん。あの女、おそらくまだ多くの手札を残しているはずだから気をつけよう」

 

「うん。それもあるけど、会長のトレーニングで箒が僕達が思っていた以上に進化してると厄介だね」

 

「ああ。その際は展開して時間を稼いでくれればいい。私が箒を瞬殺してやるさ」

 

「今回は2人で前を持つよ。じゃ、気を引き締めて行こう」

 

 パン、と拳をぶつけあうとISを展開してピットから飛び出した

 

 

 それに対する楯無と箒は1年といえど油断ならない相手だけに楯無が箒に試合への心構えを説いていた

 

 

「いい、箒ちゃん。相手はAIC有するラウラちゃんとマルチイクイップメントのシャルロットちゃん。どちらも油断できない相手よ。機体の性能は勝敗にはつながらない。自分の持つ剣では勝敗は決まらないわ。それを振るう者次第よ。いいわね」

 

「はい」

 

「返事だけじゃないことを期待してるわ。さっきみたいな結果にならないようにね」

 

「ええ。少し苦手なタイプですが、善処します」

 

「それって間接的なお断り、よね……」

 

 

 なんとも言えない顔の楯無と厳しい顔をした箒、ともにピットから飛び出すと、客席は満員。耳を割るような歓声に包まれた

 

 

 

『おまたせ~』

 

『いえ、いま来たばかりですから』

 

『まるでデートだな……』

 

『あら、シャルロットちゃんにエスコートしてもらえるのかしら?』

 

『僕はどうせエスコートする側ですよ……』

 

 試合開始前からシャルロットの機嫌がマイナス方向に振れる中で舐めるように楯無と箒を見てから自分をみたラウラ。こちらも苦い顔をしていた

 

 

『さっきみたいな勝利宣言は無いのかしら?』

 

『絶対に勝てる、といえる相手ではありませんからね』

 

『そうよね。1年生にそんなコトされたら私の威厳なんてなくなっちゃうし』

 

『学園最強を奪えたら御の字ですよ。僕ら2人がかりで行けるかどうか、ですから』

 

『あら、箒ちゃんは戦力外? かわいそうに』

 

『同じクラスですから、きちんと戦力分析はできてるつもりですよ』

 

 間接的に無能といわれ、少しカチンと来た箒だったが、楯無にプライベートで落ち着きなさい、焦ったらダメよ。と宥められて少し眉をひきつらせる程度に抑えた。

 もちろん、シャルロットもコレは計算内。怒らせれば力任せになる箒の性格を理解した上でのものいいだ。まぁ、機嫌が悪いのも原因の一つではあるが

 

 

『世間話もココらへんにしておこう。あと1分だ』

 

 ラウラの冷たい声で3人は改めて気持ちを切り替えた。

 楯無から"おねーさん"の雰囲気が消え、最強の威厳を露わにする

 カウントが30を切ると会場内は第1回線のごとく静寂に包まれた。だが、その緊張感は先程とは比べ物にならない

 

 10カウントで箒は抜刀

 

 5カウントでラウラは手を箒に向けた

 

 3カウントで楯無は気味の悪い笑みを浮かべ

 

 1カウントでシャルロットは銃を呼び出すイメージを固めた

 

 

 カウントダウンが0になると同時に楯無のみが飛び出し、ラウラを攻める

 楯無はまだ知らなかった。AICが多数の目標にも使えることを。

 箒はまだ知らなかった。ラウラは何の気なしにAICを使えるまでに自分を鍛えていたことを。

 

 

『掛かったな』

 

 楯無をも目線だけでAICの網にかけるとそこからはシャルロットの独壇場となった

 両手に2連パイルバンカーを持ち、楯無に迫ると両側から言葉通りのタコ殴り。

 とっさに水を重ねて威力を軽減させるも一撃で数%が確実に減っていくのは見るに耐えなかった

 

 箒はラウラが遠距離から先ほどのごとくレールガンで一方的に攻撃し、もう数十秒もすればまた沈黙すると言う状況だった。その中で箒は考える。そう、冷静に、今できることを見つけるのだ。

 

――なにか、なにか策は……!

 

 

 停止結界と呼ばれるだけあって逃げようにも空中でじたばたしているようにしか見えない。

 

 

――ん? 足は動く?

 

 そう、ジタバタできる。足は動いているのだ。

 

 

――一か八か、掛けるしかないな!

 

 

 そう言うと脚部の展開装甲を相手に飛ばすイメージを形作り、放った。

 箒の目論見は成功、脚部から放たれたレーザーはとっさの回避を行ったラウラの腰付近を掠めて言った

 

 だが、ラウラの集中力が乱れたことに変わりはなく、一瞬ではあるが箒は停止結界から逃れることが出来た。

 

 真上に上昇、すると今度は足を掴まれたかのような感覚が襲う。

 

 

――上半身は動く、ならば!

 

 

 両手の2刀を振るうとエネルギー刃とレーザーを放っていく。

 

 

 

『シャルロット、済まないが箒が逃げた。気をつけてくれ』

 

『わかったよ。会長が止まってるだけで十分』

 

 時折エネルギーの波がシャルロットをおそうが飛んで回避、地面をえぐらせる

 そして、楯無が再び爆ぜた。

 

 

『――っ!?』

 

 声にならない叫びを上げるシャルロット。見ればその体は空中に吹き飛ばされている

 

 

『さんざん甚振ってくれたじゃない。お陰でボロボロよ』

 

『水蒸気爆発、ですか』

 

『ええ、シャルロットちゃんがそれを見落としていたとは驚きね』

 

 動けないながらも不吉な笑いを浮かべる楯無にシャルロットは引きつった笑いで答えた

 水のヴェールが減った今なら実弾兵器で飽和攻撃すれば、などと考えるが手痛い反撃を受けた今はどんな手を使うかが全く予想できなかった

 

 

『さ、箒ちゃん、反撃よ』

 

 いつもと変わらない調子の中にほのかに覇気を含ませながら楯無は宣言した

 

 そして、何故か動き出す2人。ラウラを見ると水で縛られていた

 

 

『いやぁ、櫻ちゃんったら大ヒントをくれちゃったからおねーさん、大助かりよ』

 

 そう、楯無の言う大ヒントとは先日の放課後に櫻と一戦交えた時のある行動。

 

 

『ナノマシンの水って遠距離でも展開できるのね。驚いたわ』

 

 そう、櫻が楯無から奪った水で組み上げた槍を投げて量子化、手元に再展開した一連の流れだ。ならば目標に向かって展開出来るのではないか? と考えたら上手く行った。お陰でラウラはいま箒に逆リンチに合っている

 

 

『お友達を助けに行きたいでしょうが、今までの借りを返さないとね』

 

 そこからは防戦一方のシャルロットを楯無が蛇腹剣と槍で突き続けるという展開に変わった。ラウラは縛られたまま墜ちてしまったようだ。

 

 時折飛んでくるエネルギー刀が腹立たしい

 

 

 無言で攻め続ける楯無とエネルギー刀で逃げ場を上手く無くしてくる箒。楯無の扱きが効いたのか箒の攻めはシャルロットが考えた以上に高度なものになっていた

 

 

『すまない。シャルロット……』

 

 意気消沈の様子の相棒の声も耳に入らず、逃げ続けるシャルロット。

 隙あらば反撃、と行きたいが1対2、それも相手が実力者であれば隙など無いに等しい

 

 

『うあぁぁぁぁあああ!!!!』

 

 

 最後に、普段の彼女からは想像もできない雄叫びとともに青い煌めきを放つ刃を握って一回転するとエネルギー刀に撃たれてシールドエネルギーを全損させた。

 

 

『あ~ぁ、最後の最後で、ねぇ……』

 

 楯無がそんなことを呟いたのは、最後の"月光"での2薙が直撃、こちらも墜ちてしまったからだった。

 

 

「試合終了。勝者、更識楯無、篠ノ之箒ペア!」

 

 アナウンスの声がやけに遠く聞こえるなか、シャルロットは小柄な相棒にお姫様抱っこされフィールドを後にした。

 

 

「楯無さん、大丈夫ですか?」

 

「ええ、問題ないわ。シャルロットちゃんが刀を振るってくるとは思わなかったから。これも油断故ね」

 

「ですが、あの攻めから防御に転ずるのは……」

 

「ま、それもそうね。箒ちゃん、よくやってくれたわ」

 

 照れる後輩の肩を少し乱暴に叩くと「次は少し楽になるかもね。あの2人とは違う意味で厄介だけど」と言ってから出口にむかって歩いて行った

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「第2回戦は楯無先輩と箒ちゃんが抜けたみたいだね。あ、でも楯無先輩に撃墜判定が出てるよ」

 

「どれ、本当だ。意外だな」

 

「これでおじょうさまの無敗伝説もおわりかな~?」

 

「どっちが落としたんだろ。これで生徒会長が変わったりしたらお仕事減るかも! あの2人ならどちらにせよ真面目だし」

 

「おぉ~、それは魅力的ですな~」

 

「生徒会長が変わったら役員も再編だからお前らが生徒会にならないって可能性の方が高いだろ」

 

「それはそれで魅力的だよ~。放課後お菓子食べ放題!」

 

「はぁ……」

 

 どこまでも本音は本音だった。呆れるマドカを他所に、櫻は2組目のレッスンの続きを始めていた



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ボスバトル

「先輩、だるいんでカットでいいッスか?」

「そうだな。作者も私等のこといまいちわかってないみたいだし、いいんじゃねぇの?」

「じゃ、カットで」


代表候補生2名の会話。


ごめんなさい。戦闘描写の出来なさに悲しくなってきたから避けたいんだ。うん、すまない。


 講習会参加者20人をすべて捌き終え、ダリル、フォルテ組との戦闘をピットで見守る3人。

 スケジュールではあと2時間後には試合開始ということもあり、昼休みを過ぎた頃からスイッチを切り替え始めていた

 

 

「流石だな。アメリカの2人」

 

「だね。隙がない。でもやっぱり2人きっちり揃わないと何も出来ない感はあるね。実際そこを攻められてるし」

 

「もっぴーは代表候補生の相手は厳しいみたいだね~」

 

「そうだな。アイツはまだ温い」

 

「箒ちゃんはまだ機体に乗られてる感じが拭えないよね。事実戦闘経験値もそこまでたまってないからリミッターもまだ6割解除ってとこだし」

 

「ここ数日での伸びはある。だから鍛えれば鋭くなるのだろうが、環境がな」

 

 一夏とその周辺で起こるあれこれを思い浮かべて苦笑した

 

 

「そういえば、一夏は今日の夜にディナーに誘ったって言ってたね」

 

「ホント!? 大ニュースだよ!」

 

「なんでも新聞部の黛先輩だっけ? あの人のお姉さんが雑誌社の人らしくて。2人にインタビューのお礼だってさ」

 

「へぇ~、おりむーも隅に置けないなぁ~」

 

「まぁ、ちらっと聞いた限りはドレスコードが掛かるようなホテルのレストランらしいけど。本人は知らぬ間に普段着で行きそうだね」

 

「それで恥を晒せばいいんだ」

 

「相変わらずまどまどはおりむーに当たり強いね」

 

「ま、喧嘩するほどなんとやらだよ。千冬さんも姉弟喧嘩オッケーって言ってたのに直接手を出さないし」

 

「まどまどってツンデ――」

 

「黙れ」

 

「ハイっ!」

 

「アハハ……」

 

 千冬顔負けの気を放ってドスの効いた声で言われれば黙るしかなかろう。

 モニターに映る試合は楯無が2年のフォルテ・サファイアを撃墜。画面端に映るエネルギー残量ゲージがブラックアウトする。

 楯無は余裕のエネルギー残量で箒と対峙するダリル・ケイシーの元に向かった

 

 

「お、一機落ちたな」

 

「2年の方かぁ。ってことは箒ちゃんは3年生相手にあの立ち振舞いなの?」

 

「ってことだね~。もっぴーかっこいー」

 

「本音、思いっきり棒読みになってるぞ」

 

「もっぴーはつきあいかたが未だにわからないっていうか~」

 

「まぁ、箒ちゃんは硬い娘だからねぇ」

 

 見れば楯無は特に手出しするでもなく、2人の周囲を飛び回っているだけのようだ。これは彼女なりのハンデか、それとも箒を鍛えるための優しさか。おそらくは後者だろうが、箒はだんだんと押されてきている

 

 

「楯無先輩厳しいことするなぁ」

 

「おじょうさまはISに関してはシビアだからね~」

 

「仕事に対してもシビアになってくれればなぁ」

 

「あ、箒はまた墜ちるぞ」

 

「え? さすがにそれは……。ほら、楯無先輩が横槍入れた」

 

「こうしてみているとただのお荷物じゃ……」

 

「そう思うなら次は瞬殺して心へし折っちゃいなよ」

 

「それもそうか。今日はリミッター無しでかっとばせるからな」

 

「2人共鬼だね」

 

 本音のつぶやきが聞こえたか聞こえなかったか、2人は少し影のある笑みを浮かべると画面に映った箒を射抜くような目で睨みつけた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 時は流れてタッグトーナメントもボスバトル。大歓声に包まれたアリーナの真ん中には約束通りにここまで勝ち上がった楯無と箒。そしてラスボスこと櫻とマドカが立っている

 

 射殺すような目を箒に向けるマドカはさておき、櫻は楯無とミステリアス・レイディを舐めるように見ると一つ頷いてセイレーンの涙を自身の周囲に展開した

 

 

『あら、おねーさんの体に見惚れちゃった?』

 

「確かにうらや……、いえ、先輩の機体って稼働時間どれくらいかなぁ、と」

 

『本音が出てるわよ……。そうね。1000は超えてると思うけど。正確な数字は覚えてないわ』

 

「なるほど。で、今回先輩に見てもらいたくてこんなものを用意したんですけど、どうですかね?」

 

 そう言って水のヴェールを纏い、手には大槍を展開すると楯無は呆れた顔をして言った

 

 

『櫻ちゃん、喧嘩売ってる?』

 

「いや、物理攻撃が効かないならこっちも似たもので対抗したいなぁ。という当然の思考ですよ」

 

『ホント、時々腹が立つほど素敵な技術でトンデモ兵器を持ってくるわねぇ』

 

「コレは私じゃなくてウチの技術部で作ったものですよ」

 

『本音は後で折檻ね』

 

「あら、だれも本音に作ってもらったなんて言ってませんが」

 

『技術部って束博士と櫻ちゃんと本音でしょう? その中で暇だったのって本音だけじゃない』

 

「あら。許せ、本音。骨は拾ってやる」

 

 ピットでモニタリングする本音が櫻に『デラックスパフェ1週間分』という注文をつきつけるのと同時に10秒前のカウントダウンが始まった

 

『おしゃべりはここまで。本気で来なさい』

 

「言われなくても」

 

 あの箒が若干の恐怖を見せているが、あの嫌な笑みを浮かべたマドカに先日フルボッコされたばかりだ。それも今日はコアリミッターは無し。おそらく言葉通り一瞬でケリが付くのを武士の本能で悟ったのかもしれない

 箒の無念を心の中で謝罪しつつも意識は目の前の楯無に向ける

 

 早くも水のヴェールで身を包み、蒼流旋をこちらに向けている。開幕の一瞬でどちらも決まりそうだ

 1秒経つごとに集中力が上がっていく。ハイパーセンサーを通じてみる世界がより一層クリアになる

 

 そして、最後の1秒が終わる直前に楯無が笑ったのも見逃さなかった

 

 

 カウントを刻む数字がゼロになった瞬間、桜と騎士は数十mの間を物ともせずに一瞬で眼前の敵に衝突。箒はあっさりと墜ちたようだが、問題は楯無だ

 

 

 ――うご、かない……?

 

 右手に握った大槍は重ねられた水の壁をあっさりと突き破り、身体に当たるかと思いきや、手前数cmのところで止まっている

 見ればマドカの白騎士も同じように空中で停止直後に『どうなってる!?』とプライベートで呼びかけられるも『分からない』と答えるのが精一杯だった

 

 楯無の笑みの意味。おそらくはコレだろう。AICと似た何か。範囲拘束型のイナーシャルキャンセラーが働いていることは明らかだが、そんな装備がミステリアス・レイディに装備されたなど聞いていない。ということは答えはひとつ。

 

「ワンオフアビリティー……」

 

『んなっ!? ロシアのアレがセカンドシフトしてるなんて聞いてないぞ!』

 

「たった1000時間でセカンドシフトするなんて私だって信じられない。暮桜だって3000時間はかけてるはずだもん」

 

『あら、おねーさんがミステリアス・レイディをセカンドシフトさせてることがそんなに驚きかしら?』

 

『と言うよりこの状況がな。AICじゃないし、何がなんだか』

 

「原理はAICと同じはず。マドカ、アレを」

 

『了解!』

 

 オープンにもかかわらず堂々と奥の手があると宣言。言葉通りに櫻とマドカは奥の手をつかった

 

 ISの解除。再展開

 

 空中でISを解除し、拘束から逃れると落ちる寸前で再展開、そしてマドカがエネルギー弾を扇状に放った。

 楯無は難なく避けるがそれが失策だと悟ったらしい、目を見開いて自身の両側から迫り来る刃を受けた

 

 一撃(正しくは一人一撃なので二太刀か)を受けただけでミステリアス・レイディはシールドエネルギーを全損させるだけでなく、デッドゾーンまで突入させた。そのままなすすべなく落ちていく楯無を空中でキャッチすると櫻はそのまま飛び上がり、スタンドの前を手を振りながらゆっくりと回り始める。

 

 

「さすがねぇ。でもどうしてAICと同じ、と悟ってISを解除したのかしら? 慣性をなくすんだからIS以外にも効果はあるはずよ?」

 

 空中で楯無は櫻に聞いた。当然の疑問だ、という顔で櫻は答える

 

 

「その通りなんですけど、AICもPICも基本は同じ、慣性をコントロールすることにあるんです。だからISを解除するときに自身に働く慣性をPICを使って弄ってやれば一瞬ですけど慣性から生身で逃れることができます。でもISが完全に量子化されたらPICもなにもないのでフリーフォール、というわけです。レーゲン型に搭載されるAICは線や点で対象を捉えるので、その線から外れさえすれば後は元通り、ってわけです」

 

「でも、私のがそうとは限らないじゃない」

 

「だから賭けだったんですよねぇ。それも、AICは線って言いましたけど、縦に捉えられると逃げられないっていう弱点もあります。まぁ、そうすると両手が動くので普通はやりませんけど」

 

「なるほどねぇ。改めて開発者様の考えることは私達の上を行っているってことがわかったわ」

 

「そんな言い方するとここから突き落としますよ?」

 

「それだけはかんべんして欲しいかな……」

 

『櫻、早く戻ってこい。放送委員がキレそうだ。それと姉さんも』

 

「ヤバっ」

 

「戻ってこいって催促?」

 

「ええ。まだ何かあるなら生徒会室でいいですよね」

 

「もう何もないわ。負けは負け。今日だけで2回も落とされちゃうなんてなぁ」

 

「生徒のレベル向上は喜ぶべきことですよ、生徒会長殿」

 

「そうなんだけどねぇ……」

 

 シャルロットも櫻と深いつながりを持つ一人だ。つくづくこの娘は周囲を変えていくなぁ、と思いつつもため息一つでごまかし、櫻とともに歓声に迎えられたアリーナに降り立った



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放課後の話

暁でも読んで頂いている方はご存知かと思いますが、WRISは大分投稿ペースが落ちていて、転載で毎日投稿を保っているコチラも数話先からは暁と同時更新になります。
ご理解の上、これからも拙作をお楽しみ頂ければ幸いです。


 タッグトーナメントも終わり、一段落ついたある日の放課後。剣道場には見慣れない顔ぶれが数人剣道部員に混じっていた

 

 

「織斑。私に剣の稽古を付けてくれ」

 

 全ては箒の一言から始まる。

 トーナメントでフルボッコにされ続けた箒は自身の未熟さを嫌というほど思い知り、まずはIS以前に自身の身体を動かすことから、とマドカにこうして頭を下げた。

 突然の箒の頼みにマドカは挙動不審になりつつ、櫻が「やってあげたらいいじゃん」とさらっと言ったためになし崩し的に首肯してしまった

 

 そしてそれに便乗するように一夏も櫻に指導を頼み、剣道部部長に話をつけ(デザートチケットを渡し)少しばかりスペースを借りているのだ

 

 パンパンと竹刀同士がぶつかる小気味いい音が響く

 マドカは箒に一言「私に打ち続けろ」と言い渡してひたすらに自分を打たせ続けた。ただ、すべて往なされ防がれ、もう10分以上経とうとしている

 

 

「なぁ、櫻。俺はさっきから何をしてるんだ?」

 

 一方の一夏は小太刀をひたすらに振り続けている。それも相手はなく、ただ空を斬る

 

 

「なに、って小太刀を振ってるんだよ?」

 

「いや、ソレは解るんだが……」

 

「ほら、剣尖が下がってる。小太刀でもきちんと振らないと。それに、それを選んだのは雪片のリーチに近いからだよ」

 

「なんとなく予想は付いたがやっぱりか。そろそろ一試合してくれないか?」

 

「ん? そんなに私にボコられたいの? 一夏くんってマゾ?」

 

「なんで俺が負ける前提なんだ……」

 

「ほら、ぶつくさいわずにあと5分!」

 

 一夏のため息を聞かぬふりして櫻は傍らに置いた竹刀を手にとった

 そのまま中段に構えると深く息を吸い。鋭く面を放った

 

 

 

「よし、もういい。分かった」

 

 マドカはすでに肩で息をする箒に言って剣を降ろさせる

 

 

「だが、まだ……」

 

「肩で息をするほどに真剣に打ち込んだんだ。コレ以上は身体を壊すぞ? 手早く言うと、お前の剣は美しすぎる。美しいまでに無駄がない。だから読めない域を通りすぎて逆に読みやすくなっている」

 

 人殺しの刃を見た人間には。と付け足してマドカは防具を取った。

 

 

「無駄がなさすぎる……」

 

 今まで無駄のない剣を褒められたことはあれど、こうしてそれが欠点だといわれたことは無かった。箒は予想斜め上の指摘に顔をしかめていた

 すると防具の上から軽い衝撃。

 

 

「ほら、今日はもう終わりにしよう。ゆっくり休め。一夏が櫻に打たれるのを見ながらな」

 

「すまない」

 

 慣れた手つきで防具を取り、スポーツドリンクを受け取って一口煽った

 

 

 

 

「よし、あっちは終わったみたいだし、始めようか」

 

「おう!」

 

「やっぱり体力だけはばかみたいにあるね……」

 

「聞こえてるぞ。10年前の雪辱、晴らさせてもらうぜ!」

 

「はいはい。出来るものならどうぞ-。箒ちゃん、審判お願い」

 

「ああ、今行く」

 

 試合場に向きあいって座る一夏と櫻。そして真ん中に立つ箒。懐かしい感覚が3人を包む。

 

 

「試合時間は10分。突き技は禁止でいいな。では、礼」

 

 頭を下げ、剣を片手に立ち上がる。数歩前にでると小さく一礼。剣を抜く

 

 

「始めッ!」

 

 箒の一声で空気が一層硬くなる

 カンカンと剣尖が当たる音が時折鳴るが、2人は動かない

 

 気がつけば他の部員は各々の手を止めて一夏と櫻の試合に見入っている。そして窓から差し込む光を背に櫻が一瞬気を強めた。そして一閃

 

「めぇぇん!!!」

 

 大きな踏み込みと長いリーチ。反応する隙も与えずに一瞬で一夏の頭頂部に竹刀を叩き込んだ

 

 

「一本!」

 

 何時ぞやのように渋い顔の一夏と再び向かい合って一礼。蹲踞の姿勢を取るとそのまま下がった

 

 

「また一本。それもちゃんと面でね。相変わらずだなぁ」

 

 面を取りながら一夏に言う櫻はどこか嬉しそうに見えた

 それに対する一夏も頭をさすりながらも顔は笑っている。また審判を任された箒も目が潤んでいるようだ

 

 

「初っ端から殺気全開なのも10年前と同じだな。俺も少しは成長したつもりだったんだけど、やっぱり剣を振る前にやられちまったな」

 

「まぁ、試合時間は伸びたからさ」

 

「箒、ってお前、泣いてるのか?」

 

「泣いてなどいない! 目にゴミが入ったのだ!」

 

「素直じゃないなぁ」

 

「だから、コレは……」

 

 櫻が箒を抱きとめると胸の中で箒は泣きだした。声は上げずに、噛みしめるように

 

 

「みんな、変わってしまった。ぐすっ……。でも、やはり変わらないものもあったんだな……」

 

「形あるものはすべて姿を変える。でも、形のないものは変わらないことだってあるんだよ。思い出とかね」

 

 

 

 雰囲気に耐え切れなくなったマドカがそっと剣道場から出ると出口には千冬が立っていた

 

 

「さすがに空気を読んだか」

 

「私はあの中にいるべきじゃないから。姉さんこそ、行かなくていいの?」

 

「あの時は傍から見てただけだからな。今回もこうしてそっと見るだけで十分さ」

 

「姉さんは私を恨んだりしないの?」

 

「どうして恨む必要がある」

 

「私は一夏を殺そうとした上に、櫻をあんな姿にしてしまった。それに、あいつらも……」

 

「過ぎたことを恨んでも戻ってこない。両親が居なくてもお前らは私がちゃんと守ってやる。それに、今の私は一人じゃないからな」

 

 千冬が言い切るとマドカは黙って抱きついた。ゆっくりと頭を撫でると少し赤くなった目で見つめてきた

 

 

「大丈夫だ。お姉ちゃんにまかせておけ。今は自分の望むこと、好きなこと、できることに全力でぶつかれ。今しか出来ないことだからな」

 

「うん……」

 

「すこし甘いモノが食べたいな。すこし付き合ってくれないか」

 

 千冬に手を引かれて2人は夕暮れに消えた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「ねぇ、虚ちゃん」

 

「なんでしょう」

 

「私、この前負けたわよね」

 

「そうですね。それも、1年生に」

 

「生徒会長変わらなくていいのかしら?」

 

 時間は少し遡って生徒会室。いるのは楯無と虚だけだ。一夏と櫻は剣道場。本音はアリーナで簪と白鍵の調整だろう

 

 

「でも、シャルロットちゃんと櫻ちゃんの両方にやられちゃったのよね。いっその事普通の学校みたいに選挙やってみる?」

 

「そもそも2人に生徒会長をやる意思はあるのでしょうか?」

 

「2人共押せば断りきれずにやってくれそうだけど」

 

「ソレは押し付け、と言うのでは……」

 

「じゃ、準備はよろしく! 私はシャルロットちゃんの所に言ってくるわ」

 

「はぁ……」

 

 手元の書類を適当に机の端に寄せると部屋を飛び出していった

 残された束を見ながら虚は大きくため息を付いた

 

 

「仕事したくなかったんですね……」

 

 

 

 楯無はシャルロットとラウラの部屋の前に来ていた。だが、いつものように部屋に飛び入らないのには訳がある。

 

 

「え、コレはナニをしているのかしら……」

 

 ちょっとニュアンスがおかしい気がするが、ソレはそうせざるを得ない状況にあるからであり、その状況とは、部屋の中から少し艶っぽい声が漏れているこの状況を言う

 

 

「シャル……ロット……。そ、そこは……」

 

「ラウラはここが弱いのかな? ふふっ、こうするとラウラもただの女の子だねぇ」

 

「ひゃうっ。や、止めろっ!」

 

 

――きっとくすぐり合いとか、その程度よね。決してそんなことは……。そうだと思わせて結局じゃれあってるだけ、とかそういうオチよね! そうとなれば突入!

 

 意を決し、勢い良く扉を開くとそこには……

 

 

 一糸まとわぬ姿のシャルロットとラウラがベッドの上に居た。

 

 

「し、失礼しましたッ!」

 

「か、会長! ご、ご、誤解です!!」

 

「そうだっ! 決してそんな関係ではない!」

 

 慌てて部屋を出ようとした楯無を2人は目にも留まらぬ早さで抑えこむ。

 楯無も予想外……ではないが、冗談だと思っていた事態に動転していたのかあっさりと捕まり、ベッドに腰掛けて着替えた2人と向き合っていた

 

 

「それで、さっきのアレはどういうことかしら?」

 

「えっと……そのですねぇ……」

 

 俯いて少し頬を赤く染めるシャルロットとラウラ。だが、シャルロットが顔を上げるとほんのり紅い顔をさらに赤くして言った

 

 

「ラウラをお風呂に入れたかったんですッ!」

 

「はぁ?」

 

 思わず顔文字みたいな顔をしてしまう楯無だったが、シャルロットは続ける

 

 

「ラウラがいつもシャワーで済ませるからたまには……と思って」

 

「だからってまだお風呂に入るには早すぎないかしら……」

 

「今日は5,6時間目が実技だったので、それで……」

 

「まぁ、状況は把握したわ。それでラウラちゃんを脱がせてた、と」

 

「その通りです」

 

「で、どうしてあんなセリフが出てくるのかしら」

 

「そ、それは……ちょっと魔が差したというか……」

 

 ラウラを見れば湯気が上がるように顔を赤くして小さくなっている。それ程に衝撃的だったということか

 

 

「スキンシップも否定はしないけど程々にね? 人によっては嫌な人もいるし」

 

「わかってはいるんですけど……。その……ラウラだから……」

 

「え、シャルロットちゃんてソッチの……」

 

「ち、ちち、違います!」

 

 手と顔をブンブンと振り回して否定するがソレはある種の肯定ではないのだろうか。

 はぁ……、とこの部屋に入って何度目かのため息をつくと少し真面目な顔を作って「それで、今日は用があってきたんだけど、本題に入っていいかしら?」と要件を切り出した

 

 

 

「生徒会長、ですか?」

 

「うん。この前のトーナメントで私の事墜としたでしょ? だからもう私は"最強"ではなくなっちゃったわけ。だから生徒会長も交代かな? って思ったんだけど」

 

「それは櫻もそうでしょう? 僕じゃ櫻には勝てないから櫻に任せたらどうでしょうか?」

 

「でも、櫻ちゃんはやってくれないだろうし……」

 

「僕もそういう役職はちょっと……。仕事もありますし……って会長さんは国家代表でしたね」

 

「まぁ、そこまで忙しくないわよ。と言うより忙しさは自分の選んだメンバーで決まると言っても過言じゃないわね」

 

「僕には荷が重すぎるので遠慮させてもらいます。すみません」

 

「謝ることじゃないのよ。ただ聞いておかないといけないことだからね。わかったわ。よし、用も済んだし邪魔者はさっさと退散しましょうかね。お幸せに~」

 

「だ、だから違いますってば!」

 

 復活しかけていたラウラが再び爆発、あたふたするシャルロットを背に楯無は剣道場へ向かった。



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すべて終わりに

「なぁ、いい加減話してくれないか。私だって手荒な真似はしたくない」

 

 

 スコールとオータムが捕らえられ、早くも1週間。学園での行事でしばらく放置されていた彼女らへの尋問が始まったのは3日前のことだ。

 "居心地のいい独房"でテーブルを挟んで相対するスコールとオッツダルヴァ。

 櫻から彼女の素性を知っているようなのでお任せします。と彼女への尋問を丸投げ、もとい任された以上は何かしらを吐いてもらわなければならない

 

 

「言ったでしょう? 私はなにも言わない。手荒な真似をしてくれても構わないわ」

 

「はぁ……。仕方ないな」

 

 さすがに連日こうも釣れない反応を返され続けてさすがのオッツダルヴァも心が折れたのか、カメラに向かって「アレの用意を頼む」と告げると最終確認のように聞いた

 

 

「本当に、手荒な真似はしたくないんだが……。亡国機業の規模は? お前の部下が使っていたパワードスーツの入手先は? この2つに答えるだけでいいんだ」

 

「何度も言わせないで」

 

「そうか、残念だ。ひとつ言っておこう。君の部下に、君がこれから受ける仕打ちを見せればおそらく知っていることを吐いてくれるだろうね。それくらい酷いことをするつもりだ」

 

「好きにしなさい。彼女は何も知らないわ。せいぜい私のスリーサイズくらいでしょうよ」

 

「冗談が言える余裕があるってことか」

 

 やれやれ、と肩をすくめるとちょうど扉をノックする音が聞こえた

「入ってくれ」と言うと音もなく開いたドアから純白の乙女(オートマトス)がホールケーキでも入っていそうな箱を持ってやってきた

 

 

「ここまでオートメーション化されていると気味が悪いな」

 

 そう呟きながらも箱を受け取るとソレはまた音もなく去っていった。

 真っ白い身体とは相対的な黒い箱。カーボンの折り目がただ無機質なきらめきを放っている。箱に手をかけながらオッツダルヴァは最終確認のように深い声を出した。

 

 

「本当に何も言わないんだな?」

 

「ええ。テロリスト、と呼ばれるような人間が簡単に口を割ると思って?」

 

「まぁ、当然か。もうこんな覚悟はしたくなかったんだがな……」

 

 伏し目がちに少し残念な顔をしてオッツダルヴァはその箱を開けた。

 中から取り出したのはただのヘッドセットに見える。ただ、クロエが拷問グッズとしてコレの説明をした時には『人間の記憶は読み取れません。ただ、本人にしかわからないものなんです。たとえソレがどんなものだろうと』と意味深な事を言われ、使うときは人を殺すくらいの覚悟をしてください。とも言われた。

 長年離れていた感覚。忘れたことは無いが、呼び出すこともなかった"人を殺す覚悟"を決め、スコールに拘束具を取り付ける。

 

 

「すまないな。イェルネフェルト」

 

 抗おうと思えば出来るはずだが、ただ黙ってヘッドセットを被せられるスコール。

 そして、オッツダルヴァがスイッチを押した

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「本当になにも知らないんでしょうか?」

 

「ああ、私はただスコールに言うとおりにしてきただけだ。人を殺せと言われれば殺すし、生きて連れて来いと言われれば生きて連れて帰る。与えられた道具を目的通りに使うだけだ。あのパワードスーツもスコールから万が一の時は使え、と言われたにすぎねぇ」

 

「はぁ。こっちは本当になにも知らないみたいですよ。櫻さま……」

 

 治療室のベッドに縛り付けられたオータムと話をするのはクロエだ。スコールと違い、重要度がさほど高くない為に何か聞ければいいかな、程度のつもりでクロエが駆り出された

 そしてここ3日で数時間こうして尋問をしているわけだが、案の定何も知らない。毎日ロボットのように同じ問答を繰り返すだけだった

 

 

「そうですか。あなたからはなにか聞き出せればラッキーとは思っていましたが案の定、ですか」

 

「下っ端なんてそんなもんだ。命令されたことをやるだけ。そんな人形さ」

 

「あなたとスコールには肉体関係もあったと聞いてますが、それは?」

 

「別に、ただ任務の対価、みたいなものだ。スコールに求められれば答えるし、私から求めたらスコールは答えてくれた。精神的には満ち足りた瞬間だったな」

 

「予想外です」

 

「なにがだ」

 

「意外に素直に答えてくれるのですね。てっきりもっと言葉を濁すか、黙っているものかと」

 

「どうせ私はろくな情報を持ってないからな。殺される運命が待ってるなら幸せな瞬間を思い出すくらいするさ」

 

「あなたは、スコール・ミューゼルを愛していたのですか?」

 

 クロエの質問にオータムがふと目をつぶる。しばらくの沈黙の後、少しさみしげな顔をして答えた

 

 

「そうだな。愛していたのかもしれないな。上司と部下とか、そんなんじゃなく、ただ、一人の女として」

 

「ごめんなさい。私達はあなたとっても酷いことをするかもしれません」

 

「スコールに何をするんだ?」

 

「少しばかり、過去を見てもらいます」

 

「過去を、見る……?」

 

「ええ。彼女にはつらい過去があったようですし、それを何度も何度も見せつけます」

 

 過去を見る、という言葉にいまいちピンとこなかったが、少しずつ噛み砕く内にそのスケールがなんとなくつかめてきた。人間誰もが持っているであろう忌々しい記憶。それを何度も何度も見せられては精神が崩壊してもおかしくない。肉体的に拷問するよりもずっと質が悪い。

 

 

「それって……なんて真似をしやがる……」

 

「目的のためには手段を選ばない。それが束さまと櫻さまです。オッツダルヴァさまには『人を殺す覚悟で』とお伝えしていますが……」

 

「スコールの様子は見れるか?」

 

「ええ。ですが……」

 

「もともと見せるつもりだったんじゃないのか?」

 

「その通りです、けど……」

 

「今更私に情けを掛けるのか? どうせ殺すんだろ? なら見せてくれ。スコールが狂っちまうなら私も、せめて見届けるくらいはさせてくれ」

 

「私はあなたをまだ使える駒だと思いたいのですが……」

 

「構わん。事が終わったら煮るなり焼くなり好きにしろ。お前には解らないかもしれないがな、一度人を愛しちまったら苦楽を共にしたいと願っちまうんだよ。つらい思いを少しは肩代わりしたいと願っちまうんだよ……」

 

 オータムの覚悟を見たクロエは「ごめんなさい」と呟きながらモニターを出し、スコールの部屋のカメラ映像を映し出した

 

 そこに写っていたのは目を見開いて叫びを上げるスコールと、黙ってその姿をみるオッツダルヴァ。時折叫びが止んではスコールが何かつぶやき、オッツダルヴァがスイッチを押す。そして再び耳を塞ぎたくなるような叫び声と見るも無残な愛し人の姿。

 だが、オータムは黙ってモニターに目を向け続けた。手は震え、頬は濡れてもなお、モニターを睨み続けた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「話してくれないか。これ以上君を傷つけたくない」

 

「嫌よ……絶対に……、あなたになんかッ――――!!!!」

 

 

 スイッチを押すたびに目の前の女が苦悶の叫びを上げる。そこら辺の男なら劣情の一つや二つ催してもおかしくない光景だが、オッツダルヴァにとっては自身の心を縛り付けるようで気分のいいものでは無かった。

 もしかしたらジョシュア・オブライエンが"彼"に墜される瞬間を見ているのかもしれないし、"彼"がセロに墜とされる瞬間を見ているのかもしれない。

 自分の所属していた企業の起こした過ち。記録を見てしまったが故に想像が付いてしまう自分が恨めしい。

 

 数回に渡る記憶の呼び戻しにより、力なくうなだれ、身体中を汗で濡らしたスコールはオッツダルヴァの意外な言葉であっさりと陥落した。

 

 

「済まなかったな。フィオナ」

 

「もう、いいの……?」

 

「君が何を思い出したのかは知らない。だが、もうこれ以上見ていられない。終わりにしよう」

 

「そうね……。もう誰も失いたくないもの……」

 

「私も誰も殺したくはない。君にも守りたい人がいるだろう。その人のために、すべて話して、終わりにしよう」

 

 スコールはコクン、と頷くとボソボソと言葉を紡いだ

 

 

「パワードスーツは、国連から……。IS否定派が流してくれたわ……」

 

「そうか。今はそれでいい。済まなかったな」

 

 最後に耳元でなにか囁くと拘束具を外し、そのままバスルームへ抱えて行った。

 

 

 

 ――すべて終わりにしよう。自身に起こった悲劇も

 ――すべて終わりにしよう。自身が起こした復讐劇も

 

 ――――すべて終わりにしよう。偽りの過去を握りつぶして

 

 

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 ただ黙って涙を流したオータムは2人がバスルームに消えたのを見ると身体の力を抜いた。正しくは緊張がほぐれた、と言うべきかもしれない。

 流れ続ける涙は悲しさからか、嬉しさからか。

 

 携帯で何かを話したクロエはオータムに言った。

 

 

「スコールの尋問が終わりました。彼女は自我を保っているようです。オッツダルヴァさまがこれ以上耐えられない、と」

 

「そうか……」

 

「もうあなたに聞くことはありません。彼女が少し話してくれたようで、これからは従順になるんじゃないか、とのことでした。かなり衰弱してしまったようなので後でこちらに連れてきますね」

 

「どうして、そこまで教える?」

 

「あなたが言ったんですよ? 愛する人と苦楽を共にしたいと。だから少しはあなたにも 幸せ楽になる権利はあるはずです。せめて傍に居たいでしょう? 最後にオッツダルヴァさまは『終わりにしよう』と彼女に言ったそうです。彼女の過去も、偽りの自身も。すべて終わりにしよう。と」

 

「そうだったのか……。次に会う時、スコールは一体誰なんだろうな」

 

「それはわかりません。私はスコール・ミューゼルは知っていても、フィオナ・イェルネフェルトは知りませんから」

 

「あの男に抱かれたのはフィオナだったのか?」

 

「どうでしょうね。では、後ほど」

 

 去ってゆく銀髪を横目に見ながら、オータムは自身の行く末を考えた。

 このまま殺されてしまうのか、はたまた別の道があるのだろうか?

 

 クロエに尋問という名の自分語りを少ししたばかりに柄にも無く未来の展望を考えてしまう。

 彼女は言った、『あなたにも幸せになる権利はある』と。だが、今まで幸せだったことなどスコールと過ごした夜くらいしか記憶に無い。

 

 

「幸せになる権利はある、か。幸せってなんなんだ? 私が願っていいのか? 神様とやらがいるなら答えてくれよ。私は幸せになっていいのか?」

 

 無論、それに対する答えは無かった。だが、今までただ命令をこなすだけの人形だった彼女が長らく意識の外に追いやっていた感情を呼び覚ました瞬間だった。



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ざんねん。期待してたんだけど

10月も終わりに差し掛かったある日、国連本部には緊張が走っていた。

今日はIS委員会とポラリスとの定例会議の1回目だ。この定例会議も先日のポラリス存続の是非を問うた際に決められたことであり、技術供与や世界のISの状況などの意見、情報交換の場として設けられた。束は(そんなもの自分で見れるから)いらない、と言っていたが、さすがに世間の目が痛くなりかねないので櫻が気を利かせて設けたこの会議。1回目というのに荒れそうな予感が委員長の女性の胃を襲っていた。

 

カチッ、と音がすると7つ星のエンブレムがモニターに映し出される。

そして画面が切り替わるとクロエが写され、一礼した。

 

 

「本日は第1回、定例会議にご参加いただき、ありがとうございます。本日はポラリスからの案件は2件。技術公開は25件です」

 

「わかりました。委員会からの報告は1件のみです。記念すべき1回目、実りあるものとなることを期待しています」

 

「ではまずこちらから。代表のテルミドールより」

 

再び画面が切り替わるとIS学園の制服に身を包んだ櫻がすました顔で佇んでいる

 

 

「あ、もうつながってるのか。委員会の皆さんこんばんは。ポラリス共同代表のキルシュ・テルミドールです。本日は初回にもかかわらず重要案件を提示させていただきます。良い話と悪い話、どちらから聞きたいですか?」

 

堅苦しい場に似合わぬ質問に一部の委員が顔をしかめるも、委員長は何事もないかのように「では、いい話から伺いましょう」と言った

 

 

「そうですね。本日の公開技術にも関わる話ですが、ISでの大気圏突破、再突入に成功しました。今後、宇宙空間での活動実験も行う予定です。詳細は終了後に送信する書面で確認頂くとして、ISを用いた大気圏突破に伴うパイロットへのダメージはゼロ。真空中に置いても生命維持に問題は無し。一部装甲が焦げる等はありましたが、耐熱素材等で対応可能です」

 

ISの宇宙進出への1歩を踏み出したポラリスに感嘆の声が上がる。

これで安心してISで宇宙に行ける。そう世界に確信させた。

 

 

「では、悪い話と行きましょう」

 

櫻が声のトーンを落として言ったために開場の空気が一気に冷える。

 

 

「国連では新型のパワードスーツを開発しているそうですね。それは上手く動いたみたいですよ? おめでとうございます。ですが、私達は失望しました。ISの存在を未だに認められない一部の人間の手でそれが裏の世界に流れているようです。先日我々が行った治安維持の際にパワードスーツと交戦、破壊した際に破片を持ち帰り検証した所、国連のデータベースとマッチしました。あ、ハッキングだなんて言わないでくださいね。世界のデータはすべて我々の手中にありますから。それで、この件について国際連合としての釈明があればどうぞ。――無いならさっさと落とし前をつけろ」

 

最後のドスの利いた声に委員長がビクリと背筋を震わせるが、毅然とした態度で向かった。

そこは褒めてもいいかな、と櫻は思ったがその後の発言で再びその評価は地に落ちる。

 

 

「我々は新型パワードスーツに関しては関係がありませんので釈明しようがありません。そこはご承知おき頂きたくおもいます。ですが反IS派のそうした行動が事実ならば国際司法裁判所で、厳正な裁判を行って裁かれるべきだと考えます」

 

「はぁ……」

 

わざとらしいため息をつくと「期待してたのに」とつぶやいて言葉を続ける。

 

 

「君たちに犯人探しはできるの? 国際司法裁判所の裁判員に反IS派が含まれてる可能性は? そもそもこっちは何処の国のアホがこんな真似をしたかまで調べがついてる。わざわざ君たちに反省のチャンスを与えてるのになんてざまだ。初めての会議だというのにこんな苛立つなんて思わなかったよ、心底君たちにはがっかりだね。私は篠ノ之束と違って常識人だ、なんて幻想をいだいていたんだろうけど、私だってバッサリ切るところは切るから。次に変な行動を起こした時はその国のISを全部止める。いいね」

 

おおっぴらに犯人を晒される可能性を提示して櫻は画面から消えた。

代わりにクロエが画面に戻ると先ほどの人間と同じ組織なのかと思うほどの温度差で会議を進行させた

 

委員会からの報告は世界のIS開発の進捗状況という内容で、ポラリスの面々は再び落胆。ある意味、彼女ら委員会、及び国連という組織の評価はすでにマイナスに振り切った。

 

だが、言ったことをしっかりとやるのが束らしく、終了後の技術公開は予定通り行われ、世界中のIS関連企業で実証実験が行われることとなった。

今回公開された技術の目玉は3つ。

・ISの大気圏突破に伴う各種情報

・省エネルギー技術

・適性検査の詳細化技術

 

それ以外は各種企業から寄せられた質問等に答えただけにすぎず、クロエは最後に「企業からの技術供与要請の一切をお断りすることを宣言します」と言って会議を締めた事を記しておく。

 

 

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「さくちんおつかれ~」

 

「本当に疲れた。なんなのあいつら。ホント馬鹿なんじゃないの?」

 

会議の最中から苛立ちを隠さない櫻に束が電話をすると案の定キレている様子だった。

もっとも、期待していたのに裏切られるような真似をすれば相手の失望を買う意外にない。

 

 

「まぁ、想定の内だよ。どうせ何十億もいる人間だもん。ひとまとまりになんて成れないよ」

 

「そうだけどさ。せめて100人ちょっとなんだから意見まとめとけ、とは思うわけよ」

 

「人間は欲の塊だからね。私達も含めて。自分の要求を通す事以外はほとんど考えてないさ」

 

「だからってアレはないよ。ただの逃げじゃん!」

 

「次に何かしでかしたら止める、って宣言したんだからそう簡単には動かないでしょ」

 

「どうだか。あの国なら逆恨みして私とかマドカを襲いそうだけど」

 

「学園だよ? あそこを襲うなんて馬鹿だね。大馬鹿だよ」

 

「まぁ、バカを見せてやりたいけどね。あ~ぁ、先輩可哀想。関係ない大人の失策に巻き込まれてIS止められちゃってさ」

 

「止めること前提なんだね、さくちん……」

 

かなり熱くなっている櫻を冷静に俯瞰する束。普段とは立場が逆だ。

 

 

「ったり前じゃん。あいつらなら絶対やってくる。そのためにスコールとオータムに首輪つけて泳がせたんだし。専用機まで与えてさ」

 

「それにしても、クーちゃんがあんなに押しが強いなんて思わなかったよ」

 

「オータムと何かあったの?」

 

「さぁ? でもクーちゃんには少なからず影響を与えてくれたみたいだよ?」

 

「へぇ~。クロエがあの女に学ぶところがあったんだねぇ」

 

「どうやら女性同士の交際について真面目に考えたみたい」

 

「…………」

 

「え、そんなに意外?」

 

「いや、なんか一気に冷めたっていうか……」

 

「クーちゃんが幸せに気づく日も近いのかなぁ」

 

「お姉ちゃんもそんなこと考えるんだね。意外だな」

 

「束さんだって人間だもん。人のことを考えたりするよ。ましてやクーちゃんのことだよ? 親としては放っておけないじゃん」

 

「束お姉ちゃんが親、ねぇ……」

 

「なにさ」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「その意味深な感じは絶対良くないことだね! ほら、言っちゃいなよ!」

 

「本当にどうでもいいことだからさ」

 

「どうでもいいなら言えるよね! ね!」

 

 

その後もしばらくくだらない話をして通話を終えるとまた別の番号にダイヤルした

 

 

「どうしたのかしら、マリー」

 

「慣れないなぁ、その呼び方」

 

「仕方ないでしょう? 普通に名前を呼ぶわけに行かないんだから」

 

「まぁいいよ。それで、会議は見てくれた?」

 

「ええ、もちろん。今頃ベッドの中で歯をガタガタ言わせてるんじゃないかしら?」

 

「あら、スコール・ミューゼルの口からそんな言葉が出るなんて」

 

「私だって人間ですもの、それくらい言うわ。それで、要件は?」

 

「動きがあったら連絡を。と言うのは言うまでもなく、学園に仕掛けるようならあなた達も動いて欲しいの。まぁ、内部から壊滅?」

 

「もちろんいいわ。久しぶりにISにも乗れそうだし」

 

「でも首輪付きなのは忘れないでね」

 

「わかってるわ。人は殺さない。はぁ、いつぞやのMの気分よ。わたしが言われる側なんて」

 

「ふふっ。まぁ、それだけの事をした、ということで」

 

「私も甘くなったわね。それで、もういいかしら? オータムがベッドで待ちぼうけなんだけど」

 

「あぁ、最後にそのオータムに伝言をお願い」

 

「いいわ、なにかしら」

 

「ウチのクーちゃんになに吹き込んでくれたんだ。次に戻ってきたら束お姉ちゃんと折檻。って伝えて」

 

「オータム……この前のアレね。わかった。伝えておくわ」

 

「思い当たる節でも?」

 

「ええ。まぁ、ね」

 

「この場で話してもいいんだよ?」

 

「ふふっ、乙女の秘密よ」

 

「何を言うかこの年m……」

 

 

 

いきなり通話が途切れたが、リダイヤルもせず携帯をベッドに放り投げるとカバンを手に教室へ向かった。時刻はまだ午前10時。2時間目の授業の最中なのだ。あまり遅れると山田先生が涙目で「あまり遅れないでくださいね」と訴えてくるし、織斑先生の出席簿アタックがあるかも知れないのですこし早足で校舎棟に歩いて行った 。



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秋女が一晩でやってくれました

これはスコールとオータムの2人を放す少し前の話だ。

 

オータムへの尋問を通じて何か得るものがあったらしいクロエは最近すこしおかしい。

束が気がついたのはついさっき。普段は仕事をきっちりこなす彼女がふと彫刻のように固まってボーっとしている。最初は最近忙しいから疲れたのかな。くらいにしか思わなかったが、近くによってみるとなにかボソボソとつぶやいているようなのだ。

 

「ラウラ……。お姉ちゃんはコレでいいのかな……」

 

 

束は考えた。クロエが妹を思って何を考えているのか。「これでいいのか」とは一体何なのか。まさかポラリスを離れてしまうのか……などなど。

だが、姉として絶対的に何かが欠けている束はひと通り考えた末に自身の知る最高の姉(千冬)に頼ることにした。

 

思い立ったら即実行は相変わらずで、自室に駆け込むと時差も考えずにダイヤル、3コールほどで千冬が出たのを確認すると捲し立てるように話し始めた。

 

 

「ちーちゃぁぁぁん! くーちゃんが、くーちゃんがぁぁぁ!!」

 

「なんだ束……こんな真夜中に……」

 

「くーちゃんが! くーちゃんがぁ!」

 

「クロエがどうした、まさか親離れか?」

 

「一人虚空を見上げて『お姉ちゃんはこれでいいのかなぁ』ってぇ!!」

 

うわぁぁ、と声をあげる束に千冬はため息を一つ吐くと呆れた様子で言い放った

 

 

「それは、アレだ。妹絡みだろ。クロエとラウラは育ちが違いすぎた。今はかなり仲がいいようだが、戸惑うことも多いんだろう」

 

「ちーちゃんも?」

 

「そうだな。私もまだマドカにはどう接するべきかわからないことがある。そういうお前も妹がいるだろ」

 

「箒ちゃんはしっかりしてるからなぁ。束さん心配してないよ。それに時々メールくれるし」

 

「そういう事なのか……? まぁいい。私からも少しラウラと話してみよう。お前も組織を纏める人間だ、部下は大事にしろよ?」

 

「うん、わかったよ。話は変わるけど、そっちに楽しいおもちゃ(E.O.S)が送られてないかな?」

 

「おもちゃ? あぁ、国連のパワードスーツか。来たぞ、ご丁寧に性能評価をしてくれとな」

 

「それ、実際に動かす前にさくちんとのほほんちゃんに一回オーバーホールさせておいてよ。念のため、ね」

 

「お前がそう言うならそうさせよう。"念のため"にな」

 

「お願い。また会えるといいな」

 

「前もって連絡をしろ。突然来るから騒ぎが起こるんだ」

 

「えぇ~、いいじゃん。ちーちゃんと私の仲だしぃ」

 

「そういう所が駄目なんだ。それに、櫻もお前の影響かしらんがこの前のアレはなんだ?」

 

「アレって?」

 

「委員会との会議だ。あそこまで感情的な櫻は久しぶりに見たぞ」

 

「アレはねぇ……。私が出たらもっと酷い。ってさくちんに言われたから見てたんだけど、人のこと言えないよねぇ」

 

小さく笑う束に千冬が「笑い事じゃないだろ」と言ってやわらかな声音で言った。

 

 

「もしこのまま関係が悪化したら、と考えなかったのか? お前らが世界を敵に回す覚悟をしていたとしても犠牲が大きすぎるだろう」

 

「まぁ、ね。もしそうなった時には世紀の逃亡劇だよ。でも直に解る。だれが私達を怒らせたのか。身を持ってね」

 

「はぁ。その時は櫻だけじゃなく、私にも言ってくれ。コレでも学園の防衛は私の責任なんだ」

 

「だれもIS学園が脅威に晒されるなんて言ってないよ?」

 

「そうか。まぁ、万が一の時は最強(ブリュンヒルデ)の名に賭けて、学園の1つや2つ守ってやるさ」

 

「やっぱりちーちゃんだね。安心したよ。じゃ、またね」

 

「ああ。次からは時間も気にしてくれ? 真夜中に起こされたんじゃ仕事に響く」

 

「いやぁ、今何処らへんなのかちっとも分かんなくてさ。それにずっと飛んでるしね」

 

「はぁ……。何が世紀の大天才、だろうな?」

 

「天才は私じゃなくてさくちんだね。私は所詮天災さ」

 

「そう言うな。じゃ、また飲みに行こう」

 

「ちーちゃんお酒飲むことしか考えてないの?」

 

「そういう訳じゃないんだがな。はぁ、こうして話が終わらないから睡眠時間が減るんだ」

 

「あははっ。まぁ、これもお友達同士の電話の醍醐味だよ。じゃね、ちーちゃん」

 

「ああ。またな」

 

 

そのままベッドに倒れこむと、頬を伝う涙もいつの間にか乾き、少し嫌な感触を残している。

一つ伸びをするとふんっ! と足を振り上げ、反動で起き上がる

 

 

「よし、ポラリス本部はこれより休暇に入ります!」と宣言し、洗面所に向かった。

 

 

----------------------------------------

 

 

「お休み、ですか?」

 

「うん! 忙しかったからパァーッとどっか行こうよ!」

 

思いつきで決めた休暇をクロエに伝えると少し戸惑った様子で少し首を傾げたのち、分かりました。と言って再びモニターに向かった。

 

 

「え、お休みって言ったよね?」

 

「はい、聞こえましたよ? とりあえずこれだけ片付けてからオータムのところに行こうかと」

 

「またあの女のところに行くの?」

 

「はい。彼女から学ぶことも多いですよ」

 

「はぁ……。まぁいいけどさ」

 

そう言って黙々と作業を続けるクロエを束は黙って見守ることしか出来なかった。

 

 

そして数十分経つと一区切り付いたようで、席を立つとオータムのところへ向かったようで、束はクロエの追跡を開始する。

 

 

長い廊下を歩き、幾つか角を曲がるとオータムの部屋にあてがわれた部屋の前に着いた。チャイムを鳴らし、「クロエです」と短く告げると部屋の中に入っていった。

完全防音の部屋での会話を盗み聞くのは至難の業だと言うのは設計者である束が何よりわかっている。そこで悪知恵を働かせた束はコントロールルームにダッシュで戻ると、監視カメラの映像を見ることにした。

 

 

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「んで、どうしたよ」

 

部屋に入ると部屋着をだらしなく着崩したオータムがお茶を入れながら聞いてきた。

そこで意を決して口を開く。

 

 

「私、好きな人がいるんです」

 

「ほぉ」

 

「できればその人と一緒に居たいと思うんですけど、やっぱりそれぞれの立場とかを考えるとそうも出来なくて。どうしたらいいですかね?」

 

オータムは紅茶で満たされたカップをクロエのテーブルに置くと目で座るように促してから腕を組んだ。

 

 

「それを私に聞くか。まぁ、一緒に居たいとお前が願うなら、叶えるために動いてもいいんじゃねぇか? 私とスコールもそれぞれ立場に差があるが、察する所上司と部下とかそういう間柄じゃなさそうだしな」

 

「はい、その通りです」

 

「う~ん。私もそんなにあーだこーだといえるほどの経験は無いが、やっぱり大事にするべきは自分がどう思うか。それに限るだろうな。いまのクロエが彼か彼女かは知らんが、好きな人に会いたい、って思うことは少なくとも自分はどこか足りないと思ってるってことだ。なら自分に正直になってもいいんじゃないか? 人間無理すれば必ずどこかが狂っちまうからな」

 

「はぁ……。自分に正直に、ですか」

 

「ああ。少なくとも私は自分の欲望に正直だったからな。スコールが欲しい、と思った時には傍に寄るし、彼女に愛されてる、って実感があった瞬間はその感覚に酔いしれたさ」

 

「私には誰かを愛したり、愛されたりと言うのがわからないんです。自分が抱くこの感情がなんなのか、はっきりとはわかりません。でも、あなたのいうことを信じてこの感情に流されてみようかと思います」

 

「まぁ、感情なんてそんなもんだ。愛とか恋とかなんて所詮は自分が満たされる感覚だったり、欲しくてたまらない感覚だったり、そういうもんだ。コレが愛です。なんてはっきり決まってるわけじゃねぇよ」

 

「それで、ものは頼みなんですけど――」

 

キンコン、とチャイムがなるとオータムがドアを開ける前に艷のある声で「入るわよ」と言ってスコールが入ってきた。どこから手に入れたのか、白いブラウスにロングスカートという出で立ちだ。

 

 

「あら、先客が居たのね」

 

「まぁな。それで、なにか用か?」

 

「さっき束が部屋に来ていきなり『休暇だよ!』って言ってどこかに行ってしまったから、久しぶりにどこか行こうかと誘おうとおもったのだけど。お邪魔みたいね」

 

「いえ、私はオータムに相談してただけですから」

 

「あなたがオータムに?」

 

「まぁ、な。アレだ、ティーンエージャーの恋愛相談的な?」

 

「悪いことは言わないわ。オータムに聞くのはやめておきなさいな」

 

「そうですか? 先ほどの結論では『自分に正直になる』ということに至ったのですが」

 

「確かに、悪いことではないわ。でも、時と場所を選ばないといけないのはどんなことでも同じよ」

 

「やっぱりそうですか……」

 

「お、おい。スコール。折角勇気を出して行動に移そう、ってとこだったのによぉ」

 

「あら、ごめんなさいね。それで、あなたの想い人って誰なのかしら。良ければ教えてくれない?」

 

「えっと……。い、妹……です」

 

「「…………」」

 

「変、ですか?」

 

なんとも言えない顔の2人を見て少しおどおどとしてしまうクロエ。

だが、少しするとスコールは表情を柔らかくしてクロエを撫でると。

 

 

「そんなことないわ。あなたの妹と言うと、IS学園のラウラ・ボーデヴィッヒよね? 確かにお互いの立場もあって悩んだでしょうね」

 

そう言ってスコールはクロエを後ろから抱きしめると耳元で囁いた。

 

 

「でも、家族の繋がりは他の何より強いものよ。たとえ敵同士であっても、絶対に切れることのない繋がりだもの。いまはその強いつながりに、甘えてもいいんじゃないかしら?」

 

「ほ、ほら。スコールもこう言ってるし。な? すこし頑張ってみようぜ?」

 

「はい……。なんだか、ホッとしますね。束さまとも違う温かさといいますか……」

 

ふわぁ~。とあくびをすると胸元に回ったスコールの手を握り、そっと解くと紅茶を一口飲んで立ち上がった。

 

 

「妹をお出かけに誘おうと思いますっ!」

 

「「おぉ~」」

 

一人の少女が立ち上がった瞬間だった。

 

 

 

「それで、おすすめのスポットとかありませんか?」

 

「ふふっ、任せなさい」

 

「お、おい。スコール? なにか悪い企みの顔だぞ?」

 

 

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「くーちゃんも少し、成長したのかな? 誰かを想えるようになったんだから、きっと良いことだよね」

 

途中で覗き見を辞めてスコールに休暇を伝えた後、自室に戻ってベッドで大の字になった束はおそらくひとりぼっちであろう休暇をどう過ごすかを考えることにした。



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不穏な音

時は現在に戻り、IS学園の整備室。そこで背中にランドセルの様なものを背負ったパワードスーツをバラバラにしているのは櫻と本音だ

 

数日前に『そっちにブツが届いたら全バラで総点検よろしく』という 上司束のありがたいお言葉を頂いた2人はその指令どおりにコンテナ3つで届いた総勢18機の外骨格攻性機動装甲、EOS(Extended Operation Seeker)を一機一機ネジ単位までバラして怪しいパーツがないか、欠けているパーツがないかなど、束の指定した総勢数百項目もあるチェックシートに指定されたどおりに中身の確認を行っていった。それも、織斑先生からの『今度の授業で使うから最低4機は3日以内に』と言う無茶振りに答えるため、名目上仕事、ということで授業を休んで1日中整備室に篭っていた日もある。

 

いまは2つ目のコンテナに入り、放課後の時間を使って少しずつ仕事を片付け、あと9機がコンテナの中に背中のPPB(Portable Plasma Battery)を取り外されて身体検査を待っている。

 

8機目に当たる作業中の機体に怪しいプログラムが走っているのを見つけたのは眠い目をこすって作業をする本音だった。

プログラム自体は束の作ったソフトで中を確認するだけだったが、それが今アラームを出しているのだ

 

 

「ほえっ!?」

 

なんとなくモニターを流し見ていた本音が突然のアラームに素っ頓狂な声を上げた

 

 

「なにかあった……みたいだね」

 

「え~っと、バッテリー制御プログラムが一部書き換えられてるみたい。コレじゃバッテリーの温度が上がって爆発だ~」

 

「うわ、あんな高エネルギーが一気に放出とか操縦者殺す気だね」

 

「わざと、だよねぇ?」

 

「まぁ、それを決めるのは上に任せよ。確認済の機体も一旦起動禁止を通達してもらおう。通信でパッチが送られてたりするかもしれないし」

 

「だね~」

 

「うし、システムは一旦放置。機体を再度組み立てて寝よ。さすがに毎日コレはつらすぎる……」

 

「らじゃ~!」

 

 

この時、ロッカールームにある櫻のプライベート用携帯に立て続けに「本国に帰る」と言うメールが入っていることに気づいたのは次の日の朝の事だった

 

 

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翌日のSHRは妙に空席の多い状態で始まった

 

 

「おはようございま~す。えっと、織斑君、ウォルコットさん、ウォルコットさん、ボーデヴィッヒさんは公欠。それ以外はみんな居ますね~」

 

「専用機持ちがほとんど休みなんてね~」

 

誰が言ったかは分からないが、そんな声を上げると山田先生はその理由をあっさりと教えてくれた

 

 

「えっと、専用機持ちの皆さんが休みなのは一度所属企業や国に戻って先日のトーナメントの結果とISの確認、アップデートを行うためです。本当なら1学期のトーナメントの時にもあったはずなんですけど、まぁ、いろいろありましたからね」

 

なるほど~、といった様子で数人が頷いた

 

 

「では、1時間目始めますよ~」

 

そんな山田先生のゆるい声で1日が始まった。

 

淡々と教科書の内容を少し砕いて読み上げる山田先生の声を聞き流して櫻は束とメールをしていた

 

 

《専用機持ちが居ない。来るとしたら今日明日》

 

《たぶんね。土砂降りから連絡は?》

 

《まだ。でも来るなら真っ昼間は選ばないはず》

 

《それもそうだ。一応くーちゃんを送るよ》

 

《了解。千冬さんにも話を通しておいてね》

 

《えぇ~、さくちんに任せた。以上、通信終了!》

 

一方的な終了宣言で会話は打ち切られ、気がつけば山田先生がこっちを見て涙目になっている

 

 

「あ、あの、テルミドールさん? 教科書の274ページに有るコアネットワークによる通信の概論を読んで欲しいんだけど都合悪かったかな?」

 

「いえ、えっと。コア・ネットワークを用いた通信は本来――」

 

 

時刻は昼前、ちょうど4時間目、織斑先生による戦術論の時間のことだ。櫻のポケットの仕事用携帯が緊急用の電話が入った事を告げるアラームを鳴らした。

 

 

「なので、この際は――テルミドール、授業中は携帯の電源を切るのが常識だろう」

 

「すみません。先生、少し出ていいですか?」

 

真面目なトーンと目線で緊急事態を告げると、「束絡みか……」とつぶやいて首で出ろ、と示した

 

 

 

「私です」

 

「秋雨前線が太平洋に居座ってるらしいから気をつけて。夕暮れから夜には土砂降りになりそう。ごめんね。今ちょっと手が離せなくて」

 

「分かりました。少し情報が少ないですが、冬の備えも整えておきます」

 

「お願いね。あと、ノートを取ったってさっき先生から」

 

「はい。今揺りかごはここから東1000km付近にとどまってるみたいですから」

 

「なるほど、じゃ、ちゃんと支度を整えておいてね」

 

「そちらも、気をつけて」

 

廊下の片隅で手短に会話を終えるとポケットからメモ帳を取り出して適当に書き殴ると教室に戻った

 

 

「すみません。不出来な上司のせいで」

 

「ヤツなら何度でも掛けてくるからな。一回で出たほうが手早く済む」

 

そっと教卓にメモを置くと櫻は自分の席にもどった。

そして本音に《作戦行動は10時から。クロエが応援に》と要件をメールして授業に意識を向けた

 

 

 

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「それで、櫻。これはどういうことだ?」

 

昼休みに職員室横の会議室に呼ばれた櫻は千冬にさっきのメモについて聞かれていた。その内容は

 

「本日夜中に襲撃。内偵あり」

 

櫻はドアの方をちらりと見やってからホログラフィックディスプレイを投影した

 

 

「4時間目にオフィサーから連絡がありました。太平洋上に特殊部隊が展開中。夕方から夜にはこちらに襲撃の予定とのことです。一応こちらからは私、マドカ、本音、クロエの4人が防衛戦力として学園防衛に当たります。クロエの到着は昼過ぎの予定です。放課後作戦会議を」

 

「だが、学園としてはそんな不確かな情報で動くわけには……。お前の言うことだから事実なのだろうが……」

 

「だと思ったからこうして千冬さんに直接言ってるんです。専用機持ちもほとんど居ないし、敵戦力の具体的情報もありません。学園の正規戦力は実際に事が起こるまで動かない前提で作戦行動を起こさないと」

 

「お前の想定する双方の戦力は」

 

「コチラはポラリスの4人、それと楯無先輩。千冬さんと山田先生の7人。それとオフィサー2人の9人。相手はおそらく1個小隊規模の人数の特殊部隊員、それと数機のISで構成されると思われます」

 

「ふむ……。ISが未知数だな。こっちは8機。それも布仏とクロエはどちらかと言えば空中官制だろう?」

 

「クロエはオペレーションルームで学園のシステム保持などをやって貰うつもりなのでISは動かしません。本音も機動戦には向いてないので固定砲台ですね。それで」

 

「真耶か」

 

「はい。この前学園に納入されたアレ、出してもらえますか?」

 

「仕方ないな。どうにかしよう。しかし、それだと動けるのは3機だけ。どうするつもりだ?」

 

「え、3機でももう一人隠し球がありますし」

 

そう言って櫻が千冬を舐めるように見ると面食らった様子でため息をつくと

 

 

「なにをさせようって言うんだ?」

 

「大したことじゃありませんよ。ただ――」

 

 

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「1年、テルミドール、布仏、織斑。2年、更識。至急、職員室織斑のところまで来なさい」

 

放課後の学園に織斑先生の呼び出しが響いた。



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BRIEFING

「集まりましたね」

 

場所を櫻の部屋に移し、6人にはすこし窮屈な空間で部屋の中央に映しだされた地図を睨んでいた

 

 

「作戦を説明します。本作戦の目的は学園防衛です。敵の目的はおそらく我々の身柄、それと地下特別区画の暮桜と思われます。

 私とマドカと織斑先生で敵ISを誘導、出来るなら処理。本音と山田先生は指定した場所で拠点防衛パッケージを展開。楯無先輩は生身の方をお願いします。クロエが学園のシステム保持と隔壁を用いた敵の誘導を。概要は以上。クロエ、聞こえたね」

 

『はい。大丈夫です。では、私から少し補足を。今のところ敵の具体的な規模は不明です。ですが、追って連絡が入ります。その際は私から全員にプライベートチャンネルで報告。そして楯無さま。今回は相手の生死は問いません。あなたが殺す必要があると思われたなら殺めても結構です。千冬さまにはこの後私がマッスルスーツをお渡しするのでそれを着て頂きます。撃破は目指さず、誘導をお願いします』

 

「おそらく、敵は海上、及び陸上から侵入。まっすぐ本棟に向かうと思われます。

 侵入が確認され次第クロエが一般教室と学生寮の防壁を降ろします。その後、私とマドカで上陸した敵の排除を。千冬さんは本棟で敵を待ち受け、マドカが可能な限りの迎撃を、千冬さんはE-4まで誘導してください。そこで山田先生が撃墜します。抜けられたのは本音が地下で迎撃。本音が突破された際にはクロエが最後の砦に。その際はワンオフアビリティを使っても構いません。楯無先輩は遊撃をお願いします」

 

一気に話し終え、「何か質問は」と聞くと楯無が手を上げた

 

 

「私だけ大雑把すぎない? 遊撃、って一括りに言われても、ねぇ」

 

「先輩はあまりこっちで行動を縛るより、自分の判断で動いてもらったほうが得策かと。本音を言ってしまえば、相手の行動がさっぱりわからないので作戦の建てようがないんですよ」

 

「まぁ、そうね。わかったわ。装備制限はあるのかしら?」

 

「全員装備制限はありません。ただし、先も言ったように使いどころには気をつけてくださいね。一般生徒に被害を出すわけに行きませんから」

 

次に手を上げたのは意外にも山田先生だった

 

 

「侵入が発覚した時点で教員による制圧部隊が組織されると思うんですけど、それは……」

 

「それなら織斑先生がこっちにいる時点で組織に時間がかかることは明白、その上、クロエが防壁を下ろすので外に出ている先生以外は部屋から出られませんので大丈夫です」

 

――邪魔にはなりません。と言いかけて飲み込んだ。さすがに失礼すぎる

その後も淡々とことは進み、途中で(窓から)入ってきたクロエを交えて細かい詰めが進んだ。

 

時計の針が真横を向こうとした時に、クロエにプライベートチャンネルで通信が入った

「スコールからです」とクロエが言うと、櫻の表情が更に締まった

 

暫しの沈黙のあと、クロエがスコールからの情報をそのまま伝える

 

 

「敵の総数は31。ISは6機、ファング・クエイクが2機とヘル・ハウンドが2機、アラクネが2機です。その他は5人の班が5つです。沖合で空挺。その後、ゴムボートで直接上陸する班と、離れたところに上陸し、陸上から侵入する班に分かれているそうです」

 

「大盤振る舞いだね。それにしても6機は辛いなぁ。私とマドカが如何に削れるか、ってとこか」

 

「スコールとオータムは内部に侵入、敵の散開を待って行動を開始とのこと。予定通りです」

 

「おっけ。じゃ、人は楯無先輩とスコールとオータムに任せよう。私達はISの相手に集中。作戦開始時刻は?」

 

「現在東海上およそ500kmとのことなので、約20分ほどかと」

 

「了解。じゃ、私達もはじめましょう。散開!」

 

 

良くも悪くも有名人である櫻の部屋から学園でも目立つ人物がわらわらと出てくる光景はかなりひと目を引いたらしく、結果として「あまり良くないことが起こる」という噂が女子のネットワークで一気に拡散したのは櫻の嬉しい誤算とも言えよう。結果として多くの生徒が早めに寮に戻ったのは後々いいように影響した

 

 

----------------------------------------

 

 

IS学園本棟。一般教室や職員室はもちろん、その地下には3層15の防御区画に別れ、最深部にはオペレーションルームの他、今は石像と化した千冬の愛機、暮桜が眠っている。

その中の一つで束の手土産であるマッスルスーツに着替えて数本の鞘に入った刀を腰に据える。

 

 

「それと、コレを」

 

クロエに手渡された眼帯とも言えるソレを左目につけると視界にISのハイパーセンサーと似たようなウィンドウが表示された

 

 

「これは?」

 

「ハイパーセンサーを簡略化したものです。ハイパーセンサーと全く同じ、とはいえませんが、殆どの機能は使えます。それでコア・ネットワークにも介入できるので音声通話位なら問題なく出来るはずです」

 

『なるほどな。どうだ?』

 

『感度良好です。問題ありません』

 

「わかった。それで、この刀にも仕掛けがあるんだろう?」

 

「刀には爆薬が仕込んであります。起動キーは『木っ端微塵』です。それと、手にも炸裂装甲が仕込んであるので、ISの斬撃や正拳なら一度は防げます。反動はありますが」

 

「なるほど。要は刀で落とせ、炸裂装甲で逃げろ、と」

 

「そこは千冬さまにおまかせします」

 

その背後で一際大きな駆動音を響かせるのはラファールを纏った山田先生。その腰部には対IS用の大口径ガトリングガンが4門装備され、その後ろには補助脚が備わっている。

これこそがラファール、拠点防衛パッケージ『クアッド・ファランクス』

 

 

「こっちもパッケージインストール終わりました。システムオールグリーンです」

 

「よし、では、行こうか」

 

「「はい」」

 

長い黒髪を結ながら2人に呼びかけた千冬はその刀を握る手に力を込め、部屋の扉を開いた

 

 

 

----------------------------------------

 

 

『相手の中にスコールとオータムが混ざってます。IFFには気をつけてください』

 

「わかってるわ。それに、しばらく私の仕事はなさそうだしね」

 

『それと、スコールとオータムには人殺しが出来ません。覚えておいてください』

 

「どういう意味?」

 

『言葉通りです。言い方を変えれば、殺傷兵器は使えない、ということですかね』

 

 

第1アリーナ近くのベンチに腰掛けて櫻と言葉を交わす楯無。その表情は普段の人たらしのそれでは無く、更識家当主のそれだった。

学園の生徒達の長として、なんとしてでもこの学園は守りぬく。その想いが彼女を動かしていた

 

 

「それって、生身の人間相手には無力も同然じゃない。ゴム弾を使ってもISなら人を殺せるわよ?」

 

『ええ。だから彼女達には空間制圧系の武器しか使用許諾を下ろしていません。ガスとかですかね』

 

「屋外では無力ね……。どう使えばいいのやら」

 

『腐っても元テロリスト、亡国機業がトップですよ? ISを使わずに制圧とかやってくれるんじゃないですかね?』

 

「やってくれるんじゃないですかね。って無責任な……。わかったわ。ほとんど1人で片付けるつもりで行く」

 

『おっと、ハイパーセンサーに輸送機を捕らえました。距離2万。パラシュート開いてますね』

 

「30分かからないくらいかしら。ISは?」

 

『まだ見えません。では、ご武運を』

 

「あなたもね」

 

空を見上げれば満点の星。山奥ほど綺麗に見えるわけでは無いが、都心部に比べれば幾分瞬きの数は多いように思える。

冬も近づき、寒さが身にしみる中でこれから起こることを考え、身を締める

 

 

「流れ星?」

 

1つ、鋭い光が天蓋を横切れば2つ3つと次々と光が夜空を彩っていく。

何時か妹と共に流星群を眺めた記憶に想いを馳せたのもつかの間、自分の頬をはたくと短く息を吐いて天に手を伸ばした

 

 

「待ってなさい。絶対追いついてやるから」

 

その指の先には一際目立つ星と、それに連なる6つの星が輝いていた

 

 

----------------------------------------

 

 

 

「にしても寒いなぁ」

 

短いスカートと、広がった袖のいかにも寒そうな制服のマドカが腕をさすりながらぼやく

 

 

「もっとまともなデザインにしておけばよかったんだよ」

 

それに対する櫻はタイツとタイトスカート。上着は普通のジャケットスタイルで寒いは寒いだろうが、マドカよりずっとまともな格好をしていた

 

 

「敵さんはどうよ」

 

「ボートで移動中。あそこは航行禁止区域なんだけどなぁ」

 

「だから選んだんだろうよ。ISもまだか」

 

「だね。展開してるならスコールがなにか言ってくるだろうし」

 

「まさかスコールとオータムもあのボートとか言わないよな」

 

「無いでしょ。わざわざ空を飛べる人間を突き落とす理由が無いもん」

 

「そうか? レーダーにかからないため、とかありそうだけどな」

 

「たかが20kmじゃレーダーに掛かっても迎撃出来ないよ。でも、そっか。ありえるかもね。それ」

 

「自分で迎撃できない、って言ったくせにか?」

 

「普通は、ね。でも今は私達が居るから5秒で支度できる。それでも一瞬で迫り来るISは脅威だけど、迎撃の可能性は通常時より飛躍的に高い」

 

「それを警戒してわざとあんなまどろっこしいことを、ってわけか」

 

うんうん、と頷いて地面に寝転がる櫻。視界には雲ひとつない夜空が広がる。

 

 

「冬の夜空はいいねぇ」

 

「星か。いつもあるのにちゃんと見たことは無かったな」

 

「そんなもんだよ。普遍は埋もれるからね。その中に特別な何かを見出すのが人間っていきものだと思うよ」

 

「お! 流れ星!」

 

「しし座流星群かな。今日だったんだ」

 

次々と天蓋を横切って行く星々に目を奪われるが、レーダー警報音で意識を再び戻させられる。

 

 

「流星群もいいけど、敵ISの起動を確認。来るよ」

 

「ギリギリまで引きつけて」

 

「叩き斬る」

 

隣のマドカと拳をぶつけ、空に光る星を睨んだ。

 

 

――絶対に負けない。ポラリスの名の下に



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学園防衛戦

『全員に通達、敵ISの起動を確認。学園東沖、距離15000。テルミドール、マドカは迎撃準備』

 

 クロエの普段よりずっと冷えた声で全員が気を引き締めた。

 今回の学園防衛は2層しかない。第1層である櫻、マドカ、楯無がどれだけ粘れるかが勝負の鍵といえる。

 

 

「敵のお出ましだね。私が左、マドカは右で」

 

「あいよ。ここで全部落とすぞ」

 

「もちろん」

 

 パン、とハイファイブをして互いにISを展開。櫻はミサイルコンテナを並べながら自身の受けもつポイントに移動。マドカもさっさとポイントに着くとレーザーライフルと荷電粒子砲を展開して早くも迎撃体制を整えた

 

 

『マリー聞こえる?』

 

 コンテナを5個ほど設置し、これからロックオンしようというところで慣れない呼び名で呼びかけられた。

 

 

『スコール。今何処ですか?』

 

『沖合のボート。乗り心地は最悪ね。こっちにはファングクエイクとヘルハウンドの強襲部隊。陸地側からアラクネと人間が15。ボートに対ISマシンガンが付いてるけど、私が黙らせるわ。個人装備に対IS装備は無い。見てわかると思うけど、ボートに合わせて動いてるから先制するなら言ってちょうだい』

 

『分かりました、クロエにもそれを伝えておいてください。先制攻撃はしません。あくまでも専守防衛ですから』

 

『日本人らしいわね。じゃ、IFFの設定だけは忘れないでね』

 

『よし、マドカ。相手の攻撃が来たら容赦しないでおっけー。それまでは一切手を出さないでね』

 

『わあった。しっかし、専守防衛ってのもなぁ……』

 

『仕方ないでしょ? よし、この私の企業連で鍛えた演説テクニックを見よ!』

 

 何故かプライベートでも聞こえたため息を他所に、櫻はオープンチャンネルで呼びかけた。

 

 

『コチラはIS学園です。あなた方はIS運用協定に基づく、他国でのIS使用に関する規約に違反していると同時に、日本国法に定める航行禁止区域に侵入しています。直ちにISを量子化し、航行を停止してください。繰り返します――』

 

 至極真っ当な退去勧告に演説テクニックもクソもないだろう、と思いながらもマドカはハイパーセンサーで迫り来るボートをとらえ続ける。櫻の指示とあらばすぐにでも敵をロックオン出来るように、と

 

 

『再度勧告します。あなた方はIS運用協定に違反しています。これ以上の接近は当学園に対する侵略行為とみなし、防衛権を発動する準備があります。ISを量子化し、航行を停止してください。This is academy of IS. You are ――』

 

 止まらないとわかっているからか、焦る様子もなく、淡々と警告を発する櫻。マドカはこんな時に「英語力すげぇなぁ」とか考えていたが、ひと通り終わるとプライベートで敵機ロックオンの指示を聞きとり、すぐさま先頭のファング・クエイクに照準を合わせた

 

 

『まだだよ。まだ』

 

 たしなめるような櫻の声を聞きながら敵のボートを睨み続けるマドカ、そして、ISが5機、ボートから勢い良く飛び上がった

 痺れを切らしたマドカが吼える

 

 

『櫻!』

 

『まだ、相手が一発でも撃ってきたら億倍返ししていいから』

 

 そして、海から数発の実弾が飛んできたのは数秒後のことだ

 

 

『てぇ!』

 

 着弾を確認し、ミサイルコンテナをオープン。先陣を切ったファング・クエイクはマドカに撃墜されたようだ。

 

 

『マリー、私も撃つわ。当たらないでね』

 

 心優しい(?)スコールの宣言から敵の弾幕が張られ、ミサイルも爆炎のカーテンを広げてそこから敵機が一気に迫り来る。

 

 

『近接戦闘に入るよ! 誰も逃すな!』

 

『応!』

 

 月光を両手に持った櫻と雪片参型をロングリーチで構える2人の元に4機のISが突っ込んできた。

 

 スコールは一番後ろから長めのリーチを持つ物理刀を手にこちらに向かってくる

 

 

『一機!』

 

 まっすぐ突っ込んできたヘル・ハウンドを一機月光で叩き斬ると勢いそのままにスコールのもとに放りやる。上手いことキャッチしてくれたようだ。

 

 

『こっちも取った、次!』

 

 マドカも雪片で同じくヘル・ハウンドを叩き斬ったようだ。だが、ここで2人は焦る。

 

 

『ファング・クエイクが一機居ない!』

 

『クソっ! 抜けられたか』

 

『アレは隊長機よ。失策だったわ。ごめんなさい』

 

『まぁ、仕方ない。ここで4機中3機仕留めたんだからいいだろ』

 

『マドカ、落としたパイロットは?』

 

『あ……』

 

 波打ち際に人が漂っているのを3人は見てしまった。

 

 マドカが瞬時加速ですくい上げ、軽く腹を殴ると息を吹き返した。

 

 

『相変わらず人の扱いが雑ね、M』

 

『うるさい。あと、Mって呼ぶな』

 

『あらあら、テルミドールのところでずいぶんと変わったようね』

 

『言ってろ、雑兵共が乗り込んでくるぞ!』

 

 

 3人は意識を迫り来るボートに向けた

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

『千冬さま、敵海上部隊と前衛の交戦を確認、これから防壁を下ろします』

 

『ああ、分かった。頼んだぞ』

 

 オペレーションルームで大量のモニターとズラリと並んだキーボードに一人立ち向かっているのはクロエ。マイクをひったくるように取るとすぅ、と息を吸って声を発した

 

 

『生徒に連絡します。学園に侵入者あり、これより、ケース3レベルの防衛体制に入ります。生徒は最寄りの一般教室、寮室、シェルターに退避してください。繰り返し生徒に連絡します。これより、学園はケース3の防衛体制に入ります。生徒は最寄りの一般教室、寮室、シェルターに退避してください。これより、防壁を下ろします』

 

 監視カメラの映像を見る限り、外に出ている生徒はほとんどおらず、シェルターに向かって走っている姿が見られる。寮の廊下にも人っ子一人居ないし、各学年の廊下にも誰も居ない。整備室も、同様に。

 まるで学園がもぬけの殻のようでクロエは若干の焦りを覚えたが、誰も居ないということは全員が教室ないし、寮の部屋にいるということだ、と解釈して次に備えた

 

 海辺を見れば桃と白の2機が輝く刃を振りかざすのが目に見える。だが、クロエは熱源探知に1機飛び出す機影を発見していた

 

 

『千冬さま。海からの1機が抜けました。そちらに向かっています。それ以外は櫻さまとマドカが』

 

『了解だ。真耶にも伝えておく』

 

『はい。楯無さま。そちらは』

 

『ちょうどいま正門の前ね。放送もあってか警戒してくれてるおかげで予定より少し時間がかかりそうだわ』

 

『オータムと連絡は』

 

『まだよ。ISの反応も無いからまだ展開してないみたい』

 

『了解しました。いま海の方は終わったようです。スコールを向かわせます』

 

『わかったわ。よろしくね』

 

 くるりと椅子を反転させるとキーボードを叩いて地下特別区画のカメラを各種映し出す。

 そこには堂々と廊下を歩く千冬と部屋で何故かステルスマントを被せられた山田先生。そして、階段を跳ぶように降りる本音だ。

 

 ――本音さま……。こんな時くらい少しは気を締めて貰いたいものです……

 

 と、姉のような事を思いつつも再びキーボードを叩いて海辺の3人を見る。すると……

 

 

 

 何故か敵パイロットを亀甲縛りにして転がして作戦会議をする3人の姿があった

 

 

 

『櫻さま、一体何をしているのでしょうか?』

 

『えっ!? み、見てる?』

 

『ええ。はっきりと。ソレは誰の仕業ですか?』

 

『え、え~っと……』

 

 困った表情でスコールを揺すっていることから犯人はスコールのようだ。ここはさっさと指示を出しておこう。と『スコールは寮に、テルミドールは本棟に支援を。マドカはパイロットをここに』と冷えきった声で言っておいた

 

 

『オータムだ。これから尞を制圧しに行く。更識とは話をしてある。聞いてるか?』

 

『いえ、なにも。後で折檻ですかね』

 

『まぁ、今移動中だとさ。大まかには各学年尞に1機ずつISを突っ込ませる。防壁もISの火力ならそんなに持たないだろう。私は1年の寮だ。更識は2年の寮に行った』

 

『分かりました。スコールを3年の寮に向かわせます』

 

『おう。頼んだぞ』

 

 再びキーボードを叩きながらスコールに3年寮に行くように伝えるとちょうど本音から『着いたよ~』と連絡が入った

 

 

「さて、私の戦いはこれからのようですね」

 

 

 

 

 そして、黒いISを纏うとそっと、目を閉じた



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学園防衛戦Ⅱ

 2年寮の廊下をそっと歩く1人の少女。

 もちろんここは教育施設なのだから制服の女の子が歩いていても不思議ではない。

 

 

 こんな緊急事態で無ければ。

 

 

 

「女の子に夜更かしは大敵なんだけどなぁ。あなたもそう思うわよね?」

 

 楯無がそう言って振り向きざまにISを展開するとなにもないところから鉛弾が篭った音を伴って飛んできた。

 

 

「あら、海の向こうではそんな挨拶が当たり前だったのかしら。私も勉強しなおさなきゃ駄目みたいね」

 

 

 グッと足に力を込めて踏み出す。これだけで数mを一気に駆け抜けるとそこには化けの皮を剥がされた男たちがミステリアス・レイディを纏った楯無に銃を向けている。どうやらISには無力とわかっていても逃げられない理由があるらしい

 

 

「そんな男気あふれるタイプもきらいじゃないけど、引き際がわかる利口さも欲しいわね」

 

 いくら防壁が降りてるとはいえ、ISを使えばどうなるかわからない。そのためにクリアパッションなんてご法度だ。ならば、直接突き刺すしかない

 

 幾ら戦場慣れした手練ともいえど、せいぜい数mの幅しかない廊下ならばISで面制圧が出来る。そう踏んで槍を横に構えて突撃、金属棒が男たちをなぎ倒す

 

 おそらく骨の数本は逝っているであろう地面に伏す5人を縛りあげると階段の踊場に転がしておく。すると案の定上層階から降りてきたISスーツを着た人物と目があってしまう

 

 

「「あ……」」

 

 出会った2人は一瞬でISを展開し距離を取ると足元に生身の人間が転がっているにも関わらず実弾の撃ち合いを始めた

 

 

「一応ここは他所からの干渉は禁忌なんだけど。引く気はないのかしら?」

 

「…………」

 

「だんまり、ね。交戦の意思ありと見るしかなくなっちゃうんだけど……。最後通告よ? 国家代表に勝てると思うなら来てもいいけど、そうでもないなら早く帰りなさい」

 

 返答は気持ち悪い複数の足から打ち出される多数の鉛弾。

 楯無はそれを気化させたナノマシン水で塞ぎ止める

 

 

『敵のアラクネと交戦開始。幽霊さん達は?』

 

 交戦開始を司令塔のクロエに伝えるとオータムのいる1年寮にもう一機いるようで、そちらも交戦中とのこと。

 ならば自分は目の前の8本足をさっさと片付けるだけだ

 

 

「終わらせるわよ」

 

 総宣言すると楯無の手元から伸びた蛇腹剣が片側の足を数本絡めとり高圧水流で切り取っていく。

 アラクネの操縦者も少し焦りの色が見えるものの、攻撃の手は緩めてくれない

 

 動きが止められれば御の字だが、セックヴァベックで機体は止まったとしてもあの複数の足で撃たれては近寄れない。そのためには真っ当な方法でアラクネを弱体化させなければならない

 

 

「次」

 

 自分に言い聞かせるように。ステップを踏んでいくように少しずつ確実にアラクネを陥れていく楯無。

 気がつけば2機は2階の廊下の端。いとも簡単に壁際に追い込んでいた

 

 生徒会長としての彼女しか知らない一般生徒が見たら印象を一変させるであろう悪い笑みを浮かべた楯無は足をもがれた蜘蛛をジリジリと追い詰める。

 

 硬いものにぶつかる音とともに後がなくなったアラクネ。

 月明かりに照らされた水色は限りなく白に近く、まるで天使の迎えのようでもある。

 

 それが手に持つものが槍でなければ

 

 

「終わり」

 

 高周波振動する水を纏う槍はいとも簡単に軍用ISを具現化限界まで追い込んだ。

 そしてダメ押しの一突で足のない蜘蛛は量子化して消えた

 

 

「さて、どうしましょうか?」

 

 楯無は足元にへたり込むパイロットの処遇をどうするか、階段に置いてきた男たちをどうするかを考えた。

 

 カチッ、カチン! と装甲を銃弾が掠めたのに気づいて背後に意識を向けるとファイバーロープでしばったはずの5人組が銃をこちらに向けているではないか。

 

 

「ぬかったか」

 

 ここであの男たちは死んでも構わないが、このパイロットに死なれるのは少し困る。

 一応この中で一番使えそうなのは彼女だ

 

 

「きゅっとしてドカーン」

 

 手を握り、ソレをぱっと話すと5人の頭は季節外れの赤い花を咲かせた

 

 

『状況終了。死者5人。パイロット確保』

 

 自身の手で人を殺めたにも関わらず飄々と状況終了をクロエに伝えるその様に一応軍属であるアラクネのパイロットは先に増して恐怖を覚えた

 目の前にいるのはスクールガールではない。と

 

 

『そうですか……。スコールとオータムの2人と合流してその場で待機』

 

『わかったわ』

 

 そして先とは違う温度のある笑みで手を伸ばすと、パイロットを引き上げた

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ――コレまた面倒なことを言ってくれやがる。

 

 心のうちで櫻にさんざん悪態をつきながらスタンバトンを両手に舞うような3次元機動を見せるのはオータムだ。

 武装がスタンバトンなのも単に櫻の命令によるもの。IS相手には容赦しなくてもいいが、誰も殺してはならない。と命令された上にナノマシンを仕込まれて監視されては従わざるを得ないだろう

 

 最後の一人に打撃を叩き込むと天井から弾丸が貫通してきた

 

 

「お出ましか」

 

 天井に穴を開けると鉛弾の雨を降らせて降り立つ8本足。

 以前扱ったことあるからこそ解る立ち回り

 不殺生の中で見出した弱点。それは――

 

 

「知ってるか? アラクネの真後ろは足の可動範囲外ってな」

 

 狭い廊下で行われる一瞬の攻防。

 アラクネが落ちてきた穴に跳び上がり上階へ。そして追ってきたところで後ろに抱きついた

 

 

「ふむ、悪くない身体だな」

 

 片手で首に抱きついたオータムの開いた手にはリムーバー(剥離剤)。以前一夏の白式強奪に使用されたそれを今回は敵機を無力化するのに使おうと言うのだ

 

 オータムはソレを的確に相手のISに叩き込むと、紫電に包まれ、目を見開いて叫ぶ侵入者をを以前と同じような笑みで見ていた

 

 数十秒経っただろうか。電流が止むとリムーバーを取り外し、そのまま量子化。

 そして深い黒の塊を手に握り、もう一度アラクネのパイロットを見やると地に手をついて肩で息をしている

 

 

「ガハッ、はぁ……はぁ……」

 

 

「さて、終わりだな」

 

 スタンバトンを叩きつける前に見た顔は恐怖に染まっていた。

 

 

『終わったぞ。全員生かしてな』

 

『こちらでも確認しました。パイロットとISは後でこっちに持ってきてください。工作員は縛り上げて置いて来てもらって構いません。今用具庫の防壁をあげます』

 

『スコールと更識の嬢ちゃんは?』

 

『スコールは敵部隊を鎮圧済み、楯無さまは現在交戦中ですが彼女1人で問題ありません』

 

『オーケー。あぁ、あの部屋か。終わったらまた連絡する』

 

『了解です』

 

 パイロットを傍らに担ぐと廊下に開いた穴を飛び降りる。

 そして物陰にパイロットを寝かせると無様に転がった工作員を拾い上げてファイバーロープで縛り上げていく

 

 

「おかしい、一人足りねぇ……。チッ」

 

 そして黙ってライフルを廊下の先に向けて引き金を引いた

 何かが倒れる音、それと、血だまり

 

 

『クロエ。パイロットを殺ろうとしてたのを一人殺した。わかってるよな』

 

『ええ。あなたの周囲で1つ、生命反応が消えましたから。まぁ、これは不可抗力でしょうけど、処分は追って』

 

『分かった』

 

 その後、4人を束ねると用具庫に放り込んで防壁をおろした。

 

 再びパイロットを抱き上げ、2人との合流場所に急いだ

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 薄暗い廊下をPICによる浮游だけで音もなく進んでいくファング・クエイク。

 暗闇に同化するようなネイビーの機体は自分の真正面に人影を捉えた

 

 

「参る!」

 

 ハイパーセンサーで捉えた人影は人間の速度とは思えぬスピードで自分に迫り来るが所詮人間。そうたかをくくり正面を向け続けると鈍い金属音と火花を伴ってシールドエネルギーが少し削れた

 

 

「何っ!?」

 

 そして廊下の電気がつき、金属質な空間に似合わぬ漆黒のボディースーツを着込んで対峙するのは――

 

 

「ブリュンヒルデ!」

 

 千冬は1対の刀を手にし、切っ先をファング・クエイクに向けた

 

 生身でISに立ち向かうことが正気とは思えないがシールドエネルギーが削られた以上は警戒せざるを得ない。

 

 

「そんなに私にエネルギーを削られたことが意外か? 私は腐ってもブリュンヒルデだぞ?」

 

 ニヤリと笑う千冬には圧倒的なカリスマと、自身の能力からくる余裕が滲んでいた

 

 

『交戦開始だ。真耶、あと5分でそっちに行く』

 

『了解。再度システムチェックをしておきますね』

 

『布仏、万一にもお前の出番はないが、気を締めておけ』

 

『は、はいっ!』

 

 さぁ、楽しませてくれるだろう?

 

 次の一撃は的確に関節を狙い、相手のエネルギーを削っていく。

 そうでもしないとすべて物理装甲の前に無と帰る

 

 時折響く金属同士を叩きつける音と刀の折れる音。そんな応酬が数十秒続くとついに痺れを切らしたファング・クエイクのパイロットが苛立たしげに声を出した

 

 

「いい加減に諦めたらどうだ。ブリュンヒルデ」

 

「ふん?」

 

 千冬も立ち止まりその顔を見る

 

 どうやら言葉の続きは無いらしい。ふっ、と一息吐くとすこし馬鹿にした調子で言った

 

 

「アメリカは恐れ知らずと言うか馬鹿というか。世界だけでなく、篠ノ之束まで敵に回してでも地下に眠るコアを奪いに来るか。それに世界中の最新鋭機のデータもあわよくば、か。そんな大雑把なことをするからいつまでも日本に技術レベルで負けるんだ」

 

「…………」

 

 あからさまな挑発だが、相手は上手く乗ってくれたらしい、下唇を噛みしめる姿はどう見ても怒っているようにしか見えない

 

 

「おや、図星だったのか。すまないな、教師が人を陥れるようなことを言うんじゃなかった」

 

「ッ……」

 

 もうひと押し、それで相手は吐く。そう踏んで更に言葉を紡いでいく

 

 

「どうした? こっちは謝っているんだ。なにか言ったらどうだ。私だって少しは良心が痛むんだ」

 

「く、どこまで我々を侮辱すれば……!」

 

 ニッ、と口角を上げると迫り来る打撃をひらりと躱し、そのまま刀を叩きつける。

 コレも鈍い音を立てて刃の一部を欠けさせるが構わずに絶対防御の働く場所を狙いつけて次々と刀を立て続ける

 

 

「どうしたんだ? 私はISもない、只の人間だぞ? 今こそブリュンヒルデを倒すチャンスだというのに」

 

 ファング・クエイクの手元に現れたのは少しながいリーチのナイフ。ここで銃器を選ばなかったのは正しい選択といえる。さすがは特殊部隊の隊長だろう

 

 

「ほう。私に近接格闘を挑むか。ISが無いのが悔やまれるな」

 

 音を立てずに地面を蹴りだすと頭と腰を狙って横に刀を振るう。

 だが、当たる直前で刃を掴まれ止められる。そして千冬は刀を手放すと勢いそのままに相手に絡みつく。

 

 そして右手を振り上げると手首から伸びるワイヤーが相手の首を締め上げる

 

 

「グッ――!」

 

「コレは対人戦だぞ。それに、ISは無敵の衣ではない」

 

 だが、その細いワイヤーは絶対防御のエネルギーシールドに焼き切られ、相手の呼吸が戻る前に千冬は体制を整えて相手に体重を載せたミドルキックを叩き込んだ

 

 そして互いに向き合ってタイミングを伺う。

 

 だが、落ち着き払う千冬とは対照的にファング・クエイクを操る隊長は焦っていた。

 追い打ちを駆けるように言葉で攻め立てる

 

 

「ほら、やってみせろ米国人(ヤンキー)

 

「うるさいぞ、日本人(モンキー)

 

 千冬が刀を構えるともうお構いなしと言わんばかりにブースターを噴かして突貫してくる。

 クロエに渡された眼帯(ハイパーセンサーもどき)で見えるには見えるがその衝撃には耐えられず、最後の1対の刀が折れた

 

 

「終わりだ」

 

 言うが早いか反転再接近してきたファング・クエイクが鋭いブローを放つ

 

 

 が、炸裂音とともに千冬の姿が消える。希薄な手応えに隊長が手を見るとそこにはわずかに煤がついていた

 

 

「終わり、とは行かないな」

 

 地面に膝を着く千冬は意味深な笑みを浮かべると

 

 

「木っ端微塵!」

 

「――!」

 

 魔法の言葉を叫ぶと地面に突き刺さる数本の刀が一気に炸裂。廊下に大穴を開ける。

 

 

「クソがぁぁぁ!!!」

 

 逃げ去る千冬をブースター全開で追いかけるも狭い廊下を縫うように走る影にはあと一歩届かない

 

 だが、事前に伝えられた地図によればこの先は行き止まり。そう考えたかは分からないが千冬は行き止まりで消えていた。

 

 扉を蹴破りその部屋に突入してきたファング・クエイクを見ると

 

 

「出番だ、真耶!」

 

 そう言って部屋の電気を付けた

 

 

「はいっ!」

 

 部屋の大半を占める砲台。ラファール・リヴァイブ拠点防衛パッケージ、クアッド・ファランクスがそこにあった。

 

 途切れない銃声を響かせて秒間数千発の鉛弾がファング・クエイクのシールドエネルギーを一瞬で削り取ると鉛弾の雨を浴びたネイビーの機体はあっさりと崩れ落ちた。

 

 

 

 具現化限界を迎えた機体が量子化するのを確認するとパイロットの後ろ手に手錠をはめてから意識を刈り取り、クロエと本音の待つオペレーションルームに向かった。



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総仕上げ

上で制圧戦が行われている中、地下特別区画の下層にあるオペレーションルームではISを展開したクロエが膨大な数の情報処理をたった一人で行っていた

それは地上の人間のオペレーションであったり、防壁の開閉による誘い込みであったり、同時に仕掛けられたハッキングへのプロテクトであったりと一人でこなすものではないのは明らかな量だった。

 

ただ、これこそが黒鍵の得意分野であり、戦闘などは2の次にすぎない(それでも第3世代を凌駕する性能を持つのが束クォリティ……)。それもあって自体は収束に向かいつつあるようだ。

地上では寮に突入した部隊を楯無と亡国の2人が制圧。地下でも千冬が予定通り敵を罠に誘い込んでいる。

 

 

――ファイアーウォールを組み直す羽目になったのは想定外でしたが、こちらも後は放置でいいですね。櫻さまは……

 

イメージインターフェースを用い、自由自在に複数のモニターを切り替えていく。それらの情報をすべて処理できるのも機体とヴォータンオージェがあってこそと言えよう。

 

 

『終わったぞ。全員生かしてな』

 

最初はオータムだ。アラクネに乗っていただけあって対処が早い。

それに、ちゃんと命令を守っているようだ。

 

 

『こちらでも確認しました。パイロットとISは後でこっちに持ってきてください。工作員は縛り上げて置いて来てもらって構いません。今用具庫の防壁をあげます』

 

『スコールと更識の嬢ちゃんは?』

 

『スコールは敵部隊を鎮圧済み、楯無さまは現在交戦中ですが彼女1人で問題ありません』

 

『オーケー。あぁ、あの部屋か。終わったらまた連絡する』

 

『了解です』

 

 

オータム、スコールともに誰も殺さずにいるようだ。今のところは

 

 

『片付け終わったわ』

 

次はスコール。こちらはISが居ないが不殺生と成れない機体に手間取ったと見ていいだろう

周囲にはひとまとまりになった生命反応が5つ。

 

 

『了解です。楯無さまと合流して待機』

 

『了解』

 

意外にも時間を掛けたスコール。恐らくは手加減して敵を甚振っていたのだろう。それん、機体の調子を見る意図もあったと見受けられる。

 

 

『状況終了。死者5人。パイロット確保』

 

次に届いたのは楯無の声。パイロット以外は皆殺しということだろう。一応アフターケアを考えておくか。といろいろ思考しつつも迅速に次の指示を出す

 

 

『そうですか……。スコールとオータムの2人と合流してその場で待機』

 

『わかったわ』

 

 

これで後は千冬が交戦している隊長機のみ。そう思った矢先に視界の片隅でアラートが表示された

オータムの"首輪"が発したアラートは近くでの生命反応の消滅。オータムが誰かを殺した。ということになる

 

 

『クロエ。パイロットを殺ろうとしてたのを一人殺した。わかってるよな』

 

『ええ。あなたの周囲で1つ、生命反応が消えましたから。まぁ、これは不可抗力でしょうけど、処分は追って』

 

『分かった』

 

 

今回は彼女に否はないが。きちんと報告した、ということは彼女なりに責任を感じたのだろう。

変わったと言えば変わった――亡国機業に居た頃の彼女を知らないが――オータムに言葉にならない情を感じつつも千冬からの報告を待った

 

 

----------------------------------------

 

 

「全員無事ですね。敵パイロットも全員拿捕。数人意識はありませんがまぁいいでしょう。では、デブリーフィングを始めます。報告事項があれば挙手して発言してください」

 

 

防衛戦に参加した9人はオペレーションルームに集まり、デブリーフィングを始めていた。

その後ろには6人のISスーツを着た女性が縛られている

 

櫻が手を上げると、クロエが発言を促した

 

 

「全員察してると思うけど今回学園を襲ったのはアメリカ。国にあるコアの内、軍事用コアの半分以上を使ってきたからこの熱の入り用は異常だね。最初から隊長機を中に入れるためだけに囮として用意したみたいだよ」

 

「追加事項だ」

 

そう口を開いたのは千冬。隊長を相手にしていた為に何か情報を仕入れたらしい

 

 

「狙いは地下にある無人機のコア。これは年度初めのクラスリーグマッチを襲った機体のものだ。それと各国専用機の情報もついでに、だな」

 

「分かりました。それで、今回のアメリカの行動に対する制裁を実行することを束さまが決定しました。先日の委員会との会談の通り、アメリカに振り分けられたコアの全停止ですね」

 

楯無が気の毒そうな顔をしていたが自業自得もいいとこだ。国力の半分をつぎ込むほどの価値はこのコアにはない。

結局、世界はISに頼り続ける限り束の手のひらの上で踊るしかないのだから

 

 

「では、他になければ各自損害報告をしてから自室待機。スコールとオータムは千冬さまの部屋におじゃましましょう」

 

「おい、クロエ何を言って――」

 

「束さまが『ちーちゃんの部屋に居候しなよ!』と」

 

「はぁ……。寮監室とは言え、そんなに広くない。とりあえずは櫻の部屋に行ってくれ、空き部屋を用意する」

 

「ですが、それでは束さまのお願いが――あっ……」

 

「ほう、束のお願いねぇ……。聞こうか」

 

「い、いえ……、幾ら千冬さまでも言うわけには……」

 

いまクロエの目の前にいるのは第六天魔王。先の戦闘では一切発せられなかった殺気をいま開放するかの如くクロエにぶつけている。すでにクロエは涙目だ

 

 

「ち、千冬さん後で直接お姉ちゃんに聞けば……」

 

「ふむ。それもそうだな。では解散!」

 

千冬の恐ろしさを知る学園生4人はもとより、何故かスコールとオータムも妙にいい姿勢でくるりと回れ右をしてダッシュで寮にもどった

 

 

 

「只今をもって防衛体制を解除します。生徒は全員自室に戻ってください。30分後、各学年寮監の先生は点呼確認をお願いします。繰り返し、生徒、及び先生方に連絡します――」

 

クロエの放送で学園防衛戦は幕を閉じた

 

 

 

 

 

わけでは無かった

 

 

 

「学園長。これはどういうことでしょうか?」

 

その日の丑三つ時。すでに世間は眠っているがIS学園から明かりは消えてない。

学園長室、と書かれた札の下がるドアから漏れる光はLEDライトの強烈なものでは無いにしろ、未だに仕事が残っていることを如実にあらわしていた

 

 

「いやぁ、1年のテルミドールくんから『いい人材がいるから雇わないか』と言われましてね。書類上の経歴は完璧。それに所属はポラリス。これ以上ない条件でしょう? 委員会からの風当たりは強くなりそうですが今はその委員会すら篠ノ之博士の手の内。学園の独立性を保つため、もっと言えば今日のようなことに対応するためにも採用しようかと思いましてね」

 

そういう学園長の手元には2人分の履歴書。方や金髪の、方や橙色の髪の美しい女性が映る写真が添付され、内容はすべて英語で書かれている

 

 

「ですが、ポラリスの面々は過去に何かしらの目立つ経歴が――」

 

「ええ、わかっています。おそらくこの経歴は虚偽のものでしょうね。ですが、問題はそこではありません。いかなる国家、団体からも干渉されない、と言う題目があるにも関わらず他国の侵略を受けた。今はそれに対応する力が必要なのです。目には目を歯には歯を、ではありませんが、今は彼女の。篠ノ之博士の手の上で踊らざるをえないのですよ」

 

ISに関わる限りはね。

そういって苦い顔をする教頭をなだめすかすと「さて、委員会にはどう言い訳をしましょうかね。仮にもいかなるものからの不干渉を謳う以上はポラリスとて例外ではありませんし……」

 

まだまだ世界に大問題を投下してくれる篠ノ之束。そして彼女の浮かべた指標、ポラリス。

彼女は何を考え、世界はどう解釈して行動するのか。

 

人類最大の敵であり、人類の希望である彼女の機嫌を撮り続けなければならないことを世界は否応無く理解することになる



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事後

 翌日。一部の学園施設に被害があったものの、通常授業に支障なしということで普段通りの1日が幕を上げた。

 先生の多くに疲労の色が見え隠れし、山田先生が普段以上にふわふわした雰囲気で教室に入ってきた

 

 

「おはようございま~す。HR始めますよ~」

 

 先生とは対照的に生徒は夕方以降自室や教室に篭っていたのがほとんどであったためにしっかりと羽伸ばしではないが、休息を取ったようで若者の気力があふれている

 

 

 

「ふわぁ~。え~っと、お休みは専用機持ちの4人、っと。連絡事項が3点あります。まず1点、先日の襲撃事件で校舎の一部が崩れていたり、もろくなっているので近づかないように。次に――」

 

 いきなりあくびをかました山田先生の目の前で船を漕いでいるのが1人……

 

 

「1時間目は織斑先生が担当の予定でしたが、昨日のこともあるので今日は私が担当しますね。では、授業の準備をしてください」

 

 そうして少しよれた服の山田先生が教室から出ると心優しいクラスメートが船の船頭を呼ぶ

 

 

「さく。ねぇ、さく?」

 

「5分、5分で終わるから……」

 

「隊長! 完全に熟睡中であります!」

 

「了解。織斑砲、発砲許可!」

 

「織斑砲発砲許可、了解!」

 

 そうして尖兵、鏡ナギが耳元に何か機械をセット。スイッチを入れその場を離れた

 

 

「発砲準備よし!」

 

「総員退避!」

 

 そして教室の隅に逃げると……

 

 

 

「起きろこの馬鹿者が!!!!」

 

「は、ハイッ! すみませんッ!」

 

 櫻の耳元で織斑先生の声が鳴り響いた

 

 

「作戦成功! よくやった!」

 

 イェイ! とハイタッチするのはナギと理子。そしてその後ろでほくそ笑む本音とマドカだった

 状況が把握できずにキョロキョロと辺りを見回す櫻をみてクラスが笑いに包まれた後、授業の為にやってきた山田先生の一声で全員が席に戻った

 

 

 

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「いやぁ、朝のアレは何事かと思ったよぉ……」

 

「普段の仕返しだよ~。見事に驚いてくれて面白かったぁ~」

 

「ホント、サクのあんな顔普段は絶対見れないしね」

 

 デザートのケーキを一口食べると先程までの楽しげな口調から一転、仕事モードの冷たい声で櫻は言った。

 

 

「本音。報酬は言い値を出すから次のナギと理子の訓練機貸出予定を。その時は付き合ってね」

 

「それは出来ないよ~。さすがの私でも仲間を売ることはしないからね~」

 

「期間限定ミラクルドルチェ」

 

「よし、分かった。明日までに調べておくね!」

 

「安っ!」

 

 期間限定甘味(2週間限定。\12,500-)の前にあっさりと陥落。思わず普段はボケの梨絵がツッコミを入れている

 

 表面はニコニコと普段通りの櫻だが、目が笑っていないことに気づかないほど付き合いは短くない。ソレに気づいた周囲の数人が思わず数歩下がったが、櫻の前の2人はそのまま会話続行のようだ

 

 

「でも昨日はポラリスの皆々様は大活躍だったみたいだね?」

 

「大活躍って。でもまぁ、ポラリスの人員をほとんど当てたね。昨日学園に居なかったのはソレこそ束お姉ちゃん位だよ」

 

「え、本音も行ってたの?」

 

「酷いよえりり~ん。私だってポラリスのメンバーだもん!」

 

「ハイハイ。技術部布仏殿~」

 

「ぜったい馬鹿にしてるよね~。怒っちゃうぞ~!」

 

 ダボダボの袖を振り回して言われても威圧感ゼロなどころか微笑ましくもあるが、それを言うと更に怒らせかねないので心のなかに仕舞ってから残りのケーキを平らげた

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「あら、マドカちゃん。お疲れ様」

 

 放課後の廊下で聞き慣れた声で呼ばれたマドカ。

 振り返れば跳ねた水色の髪が揺れていた

 

 

「先輩もお疲れ様でした。後始末とかあるんじゃないですか?」

 

「ええ。虚ちゃんが悲鳴を上げそうよ。放課後は生徒会役員総動員ね。櫻ちゃんには更にムチを打つことになりそうだけど」

 

「今朝なんかHRからこっくりしてましたから。この調子だと明日はダウンですかね?」

 

「さすがにそこまではさせないわ。と言いたいけど難しそうね。一夏君も居ないし。もともと人手は足りないけど、更に居ないもの。まともな戦力は……虚ちゃんと櫻ちゃんね」

 

「仕事してくださいよ会長……」

 

「聞こえない聞こえな~い。じゃ、ゆっくり休んでね」

 

「ええ。先輩も」

 

 

 心のなかで櫻に合掌しつつ、マドカはつかの間の休息を得るために自室へ急いだ

 

 

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「クーちゃん、2人は?」

 

「うまくいきそうです。学園長は乗り気なので直に」

 

 クレイドルでお仕事をするのは束とクロエだ。

 アレだけのマルチタスクをこなしながらも作業能率は普段と遜色ない。

 

 

「仕掛けてくるだろうとは思ったけど、まさかアレだけの数で来るとは思わなかったよ。コレは言い逃れできないよねぇ」

 

「ですね。拿捕したパイロットは地下の拘置所に」

 

「その始末はちーちゃん達の仕事だよ。じゃ、私はちょっとニューヨークに行ってくるね!」

 

「はぁ、お気をつけて。発言にも」

 

「クーちゃん変わったね。束さんは悲しいよ!」

 

「そうでしょうか? 束さまが危ない発言をするのはいつものことですので、それにお気をつけて、と」

 

「さくちんより悪質だよ!」

 

 うわ~ん! とわざとらしい声を上げて束は廊下を駆け抜けていった

 

 

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「さて、どうしたものか……」

 

 地下特別区画で胃を痛めるのは千冬の他学園の中でも重要な役職に付いている数人の教員。

 もちろん彼女らの悩ませるのは拿捕した6人のパイロット。ヒラはさっさとアメリカに送り返す事を決めたが、貴重なパイロットをこのままのがして向こうで始末されては寝覚めが悪い。そこで、IS学園で匿おうと言う案も出たが、ソレはそれで学園に対する風当たりが強くなりかねない。だからこそ頭を悩ませているのだ

 

 

「それでは、現時点での結論を、教頭」

 

 議論も行き詰まり、教員たちの出した結論がコレだ

 

 

「委員会の定例会議に議題として提出することとします」

 

 

 如何にも責任逃れが大好きな人間――特に重要な役職に就いた人間だ――が好きそうな結論に至ったことを千冬は呆れてため息すらでない。

 コレでまた束や櫻がキレる原因が増えたと更に胃をキリキリとさせるのだった

 

 

「織斑先生」

 

 結論も出て、やっと担任に戻れると思った矢先、教頭に呼び止められた。

 嫌な予感しかしないが、なけなしの良心でいつもどおりの対応をする

 

 

「何でしょうか?」

 

「一つ頼まれて欲しい、と言うよりも命令に近いのだけれど……。このパイロットの監視、管理を任せるわ。ISが無いとはいえ、軍人ですから何かあっては困るので」

 

「はぁ……」

 

「先生にも授業等あるでしょうから、基本は機械警備で構いませんが、朝と夜の様子見をお願いします」

 

「わかりました。はぁ……」

 

「いつも面倒事を押し付けるようで申し訳ないけれど、みんな期待してるのよ、ブリュンヒルデに」

 

 

 ブリュンヒルデ。世界最強の称号だが、千冬はそう呼ばれるのはあまり好みではない。

 それこそ、世界最強はISを作った束であり、櫻であると思うし、自身の人間的にも紫苑に優るところは無いだろう――家事スキルも無いし。

 そもそも、自分の身すら守れずに何が世界最強だ。

 

 と、いくら悔やんだところでキリが無いことは重々承知。仕事は請け負った以上はしっかりとこなすのが千冬のポリシーだ。少し書類仕事を山田先生に回す量が増えるかもしれないが、基本的には変わりなく過ごせるだろう。

 

 

 

「しかしまぁ、世界最強も落ちぶれたな……」

 

 

 一人金属質な廊下を歩きながら、ファイルケースで肩をトントンと叩く千冬だった

 

 

 

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「なぁ、スコール」

 

「なぁに?」

 

「やっぱりここに来るのはまずかったんじゃないか?」

 

「いいじゃない。今は忍び込む側じゃなく、協力要請が来たからここにいるんだし、もっと堂々としたらいいのよ」

 

「はぁ……。慣れねぇなぁ、こっちがわ(表舞台)は」

 

 

 亡国組の2人がいるのは放課後のIS学園食堂。

 学園の寮で一夜を過ごした2人は普段通り6時に起き、スコールがISのバススロットに入れていた服――束曰く、ある意味世界で一番平和的なISの利用方法――に着替え、久しい学び舎の空気に触れた。

 季節が季節だけに、朝はかなり冷えたが、日が昇ればそこそこ過ごしやすくもなり、部屋で事務仕事を片付けた2人は息抜きに、と学内散策に繰り出したのだ

 

 

「にしても、何でバススロットに服なんて入れてたんだ?」

 

「レディーの嗜みよ。それに、中途半端に余ったバススロットは有効活用しないと」

 

「だからって服ねぇ」

 

「現に役立ってるじゃない。お陰でスーツケースからも解放されるし、いいコトずくめよ?」

 

 普段着、と言わんばかりにビジネスカジュアルを着こなすスコールと、若干服に着られてる感が否めないオータム。コレばかりは普段の立場の差だろう。

 2人の胸元には6つの星が描かれたピンバッジが輝いていた

 

 

「やっぱり若い子は活力があっていいわね」

 

 辺りを見回すスコールはどこか感慨深げで、まだ20代のオータムは数年前の自分と照らしあわせて『こんなガキだった記憶はねぇ……』と心のうちで吐き捨てた

 

 やはり目立つ2人とあって、放課後の人が少ない食堂とは言え、結構な数の視線が集まっていた

 

 

「なんとなく櫻やマドカ、それに織斑一夏の気分が解るわ」

 

「だな。この視線に毎日晒されるのは正直つらい」

 

「若さに身を任せて何か声を掛けてくるような子は居ないのかしら」

 

「居ますよ、ここに」

 

 あぁ……と言う顔をするオータムを見て、スコールは声の主を見た

 

 

「あら、生徒会長様じゃない。放課後のティーブレイク?」

 

「食堂に目立つ美人が2人いると聞いてね。隣いいかしら?」

 

「ええ、もちろん。美人なんて言われて喜ばない女は居ないわ」

 

「そうかしら? 少なくともあなた方のトップはそんな言葉とは無縁そうだけど」

 

「ふふっ、そうね。あの子達は素直にやったことを褒めたほうが喜ぶ質ね」

 

「それで、どうして2人はこんなところに?」

 

「見てわからない? アフタヌーンティーよ。午前中は仕事漬けだったし。お昼もまともに食べてないのよ」

 

「まぁ、昼に来られた時には軽いパニックになったでしょうね……」

 

「それで、更識の嬢ちゃんは私らのお目付け、ってとこか?」

 

「更識の嬢ちゃん、じゃなくて楯無でいいわ。こう見えても更識家の当主なんだから」

 

「まぁ、知ってるがな」

 

「なら最初からそう呼びなさいよ。秋女」

 

「チッ、その減らず口は相変わらずだな」

 

「やめなさい、オータム」

 

 声を荒らげたオータムを落ち着かせると、自分にも言い聞かせるよう言った。

 

 

「私達ももう首輪付きの身。前みたいに変な行動は出来ないから安心なさい。このケーキを食べ終わったらもう少し校内をウロウロするわ」

 

「はぁ……。ま、あんまり目立つことはやめてね。私が櫻ちゃんに怒られるから」

 

「善処するわ」

 

「それってお断り……」

 

「ふふっ、どうかしらね。さ、楯無もお茶くらい飲んでいきなさいな。結構美味しいわよ」

 

「そりゃ当然。特にそのザッハトルテはデザートメニューの中でも人気があるわ」

 

「そうだったの。オータムのフルーツタルトも美味しかったわね」

 

「おやおや、オータムさんは意外と乙女な好みをしていらっしゃるようで……」

 

 ニヤニヤと笑う楯無を睨みつけるオータム。

 

 

「んだよ、私がそんなもん食ったら悪いか!」

 

「いえいえ~。ただ、ちょっと意外だなぁ~って思っただけですから~」

 

「クッソ、このガキぃ……」

 

「オータム」

 

「あいよ……。ったく……」

 

 

 まるで子供同士がじゃれるようにオータムを煽る楯無。ソレで怒ったオータムをスコールが窘めるということをこの後も数回繰り返し、楯無が彼女をを探しにやってきた虚によって怒られたのはこれから1時間もしないうちだった



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動揺

ニューヨークは国連本部。束はわざわざ直接委員会に出向いて今回の一件の対応を決めるつもりだ

議場に入るとそこにはすでに委員会の面々が揃い、束の到着を待っていたようだ

 

 

「あれ、10分前に来たつもりだったんだけどな」

 

「ええ、予定時刻はまだです。ようこそ、篠ノ之博士。直接お会いできて後衛です」

 

委員長と社交辞令的挨拶を交わすとオブザーバー席についた

 

 

「では、時間には早いですが、全員揃いましたので始めてもよろしいでしょうか?」

 

特に反対も無いことを見届けると、「始めます」と言って紙を手にとった

 

 

「本日の緊急招集の案件は、先日のIS学園襲撃に関してです。学園からの報告によると、アメリカのIS6機と、特殊部隊員が25人学園に侵入。パイロットを全員拿捕、隊員は5名死亡。20名が拿捕されており、現在送還の手続きを行っているとのことです。それに関し、アメリカの内部調査の結果を報告してもらいます」

 

全員の視線がアメリカの代表に向く。

代表のふくよかな女性は表情が引きつり気味だが、震える口を開いた

 

 

「今回の学園襲撃は国防総省の決定ではなく、現場での判断だった事が判明しています。しかし、国内のISを過半数投入した事を鑑みるに、上層部の何者かの手引があったものと思われます。合衆国は使用されたISコア6個の返還を学園側に要求するとともに、損害賠償を行うものとします。現在判明していることと決定事項は以上です。引き続き調査を進めてまいります」

 

それを無表情で聞いた束だったが、内心は3日もあったのにどうしてコレしかわかってないのか。さらになぜそこまでコアにこだわるのか。など疑問が湧き上がったが、こらえた

 

 

「では、委員会での採決事項に移ります。今回の米国の行いに対し、本委員会はアラスカ条約に定めるIS運用規定の違反とし、罰則金と今後3年間の査察を与えることとする。賛成は挙手願います」

 

当事国のアメリカにはもちろん拒否権などない。ここは国連安保理では無いのだから

多数の手が上がった議場を見渡し、一つ頷いた委員長は

 

 

「賛成多数で罰則を適用するものとします。では、ポラリス。篠ノ之博士より、今後の処理を伺います」

 

 

やっとか、と言わんばかりに気持ちを切り替え、一つ咳払いをすると要件だけを手短に告げた

 

 

「ISの製作者、管理者としての決定事項は1つです。すべての米国籍コア18個を停止。コアの再稼働は委員会での採決と、ポラリス内部での採決を持って決定する。以上」

 

 

その後はぐだぐだとくだらない内容が続き、解散したのは始まって2時間半が経ってからだった

 

 

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委員会での決定とほぼ同時にアメリカに使われているコアはすべて停止した。

もちろん、軍用コアも、研究開発用コアも。

 

この決定は世界に動揺を与えた。

 

「篠ノ之束はすべてのコアを管理下においていた」

 

「不可侵の学園に手を出した罰はあまりにも大きかった」

 

「世界一の大国を持ってしても篠ノ之束には勝てなかった」

 

など散々な言われようで、ポラリスに批判的な意見ももちろんあったが、それ以上に学園に直接手を出したアメリカはIS委員会以外の場でも批判の的になっていた

 

 

 

「うわぁ……。大胆なことするなぁ」

 

「やはりポラリスを敵に回すべきではないな」

 

ニュースを見ながらつぶやくのはシャルロットとラウラ。

襲撃の時には本国に居たため、学園に戻ってきた時は驚いた

 

 

「しかし、条約を破ってまでこの学園に手を出す意味があったのか?」

 

「どうだろうね。ポラリスの技術が欲しかったとしても、篠ノ之博士や櫻が公開してるから大きな理由にはならないだろうし……」

 

「地下特別区画、か」

 

「地下特別区画?」

 

「名前の通り地下にある立ち入り禁止の区域だ。何があるのかは知らないが、危険な橋をわたってでも欲しくなるような何かがあってもおかしくないと思わないか?」

 

「確かに、おかしくはないけど信ぴょう性には欠けるよね」

 

「むぅ~。ならシャルロットはどう思うんだ? アメリカが中隊を結成してでも欲しくなる何かは」

 

「ポラリスのメンバーの身柄、かなぁ?」

 

「それはわざわざ学園を襲うまでもない。外に出た時に襲えばいいんだからな」

 

「だよねぇ~。なんだろう? わからないよ」

 

「予測を立てるには情報が少なすぎる。多分櫻や織斑先生に聞いても何も教えてくれないだろうしな」

 

「だね。でも、いつまた襲われるか分からないから警戒するに越したことはないね」

 

「そうだな。主任に暴徒鎮圧パッケージでも作ってもらうか……」

 

「室内戦を想定して取り回しやすいサブマシンガンみたいなのも欲しいね」

 

「今月の報告書は厚くなりそうだ」

 

「くくっ。そうだね。さ、ラウラ、お風呂入って寝よ?」

 

「また一緒に入るのか?」

 

「いいじゃんいいじゃん」

 

 

うら若き乙女の嬌声が聞こえたり、聞こえなかったり……

 

 

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「嘘でしょ……」

 

 

翌日の朝、SHRに現れた金髪に楯無は驚いていた

もちろん、担任のセレンでは無い。彼女は黒髪の持ち主だ

 

問題はその隣の金髪に見覚えがあることだった

 

 

「本日付でオーメル・サイエンス・テクノロジーから赴任されたスコール・ミューゼル先生です」

 

セレンが隣に立つミューゼルを紹介すると、お前は一体何ものだ、と言いたくなるような別人ぶりで無難な挨拶を始めた。

 

「オーメルより参りましたミューゼルです。今日からここで皆さんとともに過ごすことになりました。担当は科学とIS運用論、実技です。どうぞよろしくお願いします」

 

気品ある所作で自己紹介を終えると、拍手で迎えられた。

楯無と目を合わせて微笑んだのは絶対にわざとだ

 

 

――厄日だわ……

 

楯無は心のうちで自分の不幸を嘆いた

 

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1年は2組。ここにも新任の先生がやってきた

 

 

「おら、お前らたまには黙れ。新任の先生もいるんだ」

 

 

SHRで担任の木戸先生からありがたい罵りを受けながら少し目付きの悪い女性が教室に入ってきた

 

 

「オーメルから来たミューゼル先生だ。では、先生、軽く自己紹介を」

 

こちらも担任から挨拶を促されると、普段のオータム様はどこへやら、緊張がありありと見て取れる様相で無難な自己紹介を始めた。

 

「は、はい。オーメル・サイエンス・テクノロジーより参りました、オータム・N・ミューゼルです。担当教科は体育。実技補佐もさせていただきます。まだ不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」

 

そして、一礼し、顔を上げると頬をひきつらせた

本人は笑ってるつもりだが、普段から笑わないこともあって不自然に頬を釣り上げるだけになった

 

 

「連絡事項は無いから1時間目の準備な~。お、初っ端から体育か、じゃ、ミューゼル先生。よろしくお願いしますね」

 

「はい」

 

 

――ここで上手くやっていけるのかぁぁぁ!!!

 

 

一抹の不安がオータムを襲った

 

 

----------------------------------------

 

 

そんなこんなで昼休み。

食堂にはポラリスのメンバーが勢揃いのほか、楯無までいる

 

 

「それで、櫻ちゃん、コレはどういうことかしら?」

 

「どうもこうも、アメリカがきな臭い動きを始めた頃に学園長に『先生にいい人材がいるんですけどどうですか~』って言ってあったんです。それでこの騒ぎだから……」

 

「防衛力強化も兼ねて2人を、ってこと?」

 

「じゃないですか? それで、どうよ、先生やってみて」

 

「なかなかおもしろいものよ? と言っても、今日は3,4限しかなかったし、他の先生の授業補助みたいなものだったけれど」

 

「スコールはなんでも出来そうだしね。オータムは?」

 

「辞めたい……」

 

「オータムが燃え尽きてる……」

 

「クククッ。慣れないことをするからだ。聞いたぞ? SHRの時に引きつった笑みを浮かべてたってな」

 

「ああ。そうだな……」

 

「嘘だろ、オータムがからかっても反応しないなんて……」

 

「あらあら。まぁ、そのうち慣れるでしょう」

 

「そういえばさ~」

 

オムライスを飲み込んだ本音が口を開いた

 

 

「スコールって何歳なの~?」

 

「「「…………」」」

 

「ふ、ふふふっ……。いいこと? 本音、人には触れてはならない場所があるものよ?」

 

妖気にもにた邪悪な気を発しながらスコールは本音の口にそっと指を当てた

本音はひたすらに首肯するしかないようだ

 

 

「こんどオッツダルヴァおじさんに聞いてみようかな……」

 

「櫻、やめなさい」

 

余談だが、オッツダルヴァとスコールは拷問以来なぜか仲がよく、休みになると2人で出かける様子も度々目撃されている。はために見るとソレこそ夫婦にも見えなくはないが、2人がどういう関係なのかは誰も知らない

 

 

「いやぁ、オッツダルヴァおじさんと仲いいじゃん? 付き合ってんの?」

 

「どうでしょうね? 私も彼も誰かを愛したり愛されたりなんてことを出来ないから」

 

「なんか大人の女、って感じだね~」

 

復活した本音がそうまとめるとスコールは微笑んでパスタを口に運んだ

 

 

「オータム、ほら、しっかりしろ。お前なら出来るさ。ファントムタスクのオータム様だろ?」

 

隣に目をやればマドカがオータムの魂を呼び起こしている。

初日からこれでは先が思いやられるが、なんとかなるだろう

 

 

「しかしまぁ、櫻ちゃんはなんでもするのね」

 

「ええ。目的のためには手段を選びませんから」

 

「それで巻き添え食らうのはゴメンよ?」

 

「その時はすみません」

 

「巻き込む予定でもあるのかしら……?」

 

「ええ、まぁ……。コレ……」

 

櫻が胸ポケットから一枚の紙を取り出し、楯無に渡すと、楯無は明らかに肩を落とした

 

 

その紙には

 

 

生徒会顧問 山田真耶,スコール・ミューゼル

 

そう、書いてあった 。

 

 

――厄日だわ…… 本当に……



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生徒会の1日

放課後のIS学園は高等教育機関らしい若者の活気に満ち溢れている。

校内を歩けばグラウンドからは運動部の掛け声が聞こえ、校舎からは金管楽器の甲高い音が抜けてくる。

図書室には多くの生徒が分厚い専門書を傍らに据えて勉学に励み、生徒会室、と書かれた大仰な札が下がる立派な扉の奥からは書類をまとめたり、判子を押す音が漏れていた。

 

 

今日はそんな生徒会に所属する少年少女のお話。

 

 

 

「虚ちゃ~ん、休憩にしようよ~」

 

「先程からまだ15分しか経っていないんですが……」

 

 

部屋の中央奥に位置する机で緩慢に書類にサインをしては横に積み上げているのは生徒会長、更識楯無だ。

そして、壁際に並ぶ机の一つでテキパキと仕事をこなしていくのが会計、布仏虚。

 

その2つ隣の机で寝息を立てているのは書記の布仏本音だ。

 

 

「ふぇぇ~、もう疲れた~。ここしばらく先生から回ってくる書類も増えたしぃ~」

 

「それはお嬢様に限った話ではありません。あの本音ですら仕事をする次元で忙しいんですよ?」

 

「もうスイッチが切れたみたいだけど……」

 

楯無が視線をずらすと『重要』と判子の押された書類によだれを垂らしながら寝る本音。その隣を見やれば書類の束と一定のリズムで聞こえる判子を打つ音。

 

 

「あぁ、もう……。本音、起きなさい」

 

「ふぁ。まだ食べられるよ~。デラックスぅ~」

 

「はぁ……」

 

虚はため息を漏らすと適当な量の書類をつかみとると本音の頭に振り下ろす。

 

ズガッ! と出席簿とはまた違う鈍い音が響き、本音が跳ね起きた。

 

 

「敵襲!」

 

「そうね、あなたは大盛りのパフェと戦っていたみたいだし」

 

「あ、お姉ちゃん……」

 

「おはよう。そのぐっしょりした書類は何かしら?」

 

「え~っと、『学園訓練機のアップデート予算執行書』って書いてあるけど」

 

「へぇ。とても大事そうね」

 

「う、うん……」

 

本音の視線が『重要』の2文字で止まると、再び虚に視線を戻し、死を覚悟した。

奥では楯無が机の上で伸び、本音の後ろでは櫻が機械的に判子を押し続けている。

 

虚が仕事とは何たるかを妹に肉体言語で教えこもうとすると、コンコンと扉がノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

楯無が入室を促すと、入ってきたのはスコールだった。

 

 

「あら、姉妹喧嘩? おじゃまだったかしら」

 

「スコールナイス! 助かったよ~」

 

「先生ですか……。いま本音の性根叩きなおそうかと思っていたのですが」

 

「虚、あなた意外と直情的ね……」

 

スコールが虚の評価を修正すると楯無が要件は? と切り出した

 

 

「顧問がいちゃいけないのかしら?」

 

「はぁ……。ま、いいけど」

 

「ちゃんとお土産もあるわよ」

 

そう言うと持っていたビニール袋からロールケーキを取り出した

 

 

「虚ちゃん、お茶」

 

「はぁ。分かりました。櫻さんも、休憩にしましょう」

 

ポンポンと判子を押し続ける櫻。その目に正気はない。

 

 

「櫻さんも櫻さんで大変ね……」

 

「お茶入れてから呼んで上げなさい」

 

スコールは判子を押す機械とかした櫻を憐れみの目で見ていた。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

数分して、部屋の真ん中に置かれた応接セットに集まるとスコールの持ってきたロールケーキと虚の入れたお茶がテーブルに並び、書類仕事で疲れた乙女たちを誘惑していた。

 

 

「おぉ……、これは購買で見たことない~……」

 

じゅるり、と言わんばかりに切り分けられたロールケーキを眺める本音。彼女のお菓子を見る目は確かなようで、スコールが笑っていった。

 

 

「最近レゾナンスに入ったっていうケーキ屋さんのものよ。気に入るといいけど」

 

「どうりで本音も見たことないわけだ」

 

「最近は忙しかったみたいだし、女の子には休息も必要だと思ってね」

 

「そろそろ櫻さんを起こさないと……」

 

「おぉ、そうだ~。さくさくが死んでたんだ~」

 

「ISでは無敵の櫻ちゃんを殺す程の単純作業……」

 

「さくさくはこういう単純作業よりももっと身体と頭をつかうほうが好きだもんね~」

 

「ほら、本音。早く正気に戻してあげて」

 

「はいな~」

 

肩を揺すりながら声をかけること数十秒……

 

 

「し、書類は……」

 

「あ、生き返った」

 

「櫻。大丈夫?」

 

「さくさく~、生きてる~?」

 

「生きてる……。はず。書類の束は?」

 

「残念ながらまだ残ってるわ。でも、今は一休み、ね?」

 

そしてやっと目の前のケーキと紅茶に気づくと一気に脱力し、ソファから滑り落ちた

 

 

「うぁぁぁぁ、やっと休めるぅぅぅぅ」

 

「じゃ、いただきましょうか。せっかくのお茶も冷めちゃうし」

 

「「「いただきます」」」

 

一斉にケーキを口に含むと頬を緩ませた。スコールも満足げだ。

 

 

「ん~~!! 生き返るぅぅぅ~!」

 

「さくさくの目が輝きを取り戻したよ~」

 

「ま、ゆっくりおやつ食べて、さっさと片付けちゃいましょ。だから今は全力で休憩!」

 

「若いっていいわねぇ」

 

夕暮れのIS学園にスコールのつぶやきが消えた。

 

 

----------------------------------------

 

 

スコールも強制的に駆りだされ、糖分も補給し作業効率を上げた楯無たちはどうにか時計の短針が真横を向く前に書類の束を片付けきった。

まさか1日で終わるとは思っていなかった面々は各々の机で脱力し、だらしない姿を見せている。

スコールもソファの背もたれにより掛かり、スーツのポケットから小さいボトルを取り出すと一口煽った。

 

 

「終わった……」

 

「嘘みたいですね。まさか今日中に終わるなんて……」

 

「だが事実。これで明日の仕事はなさそうだね」

 

「休み~?」

 

「そうね。明日も一応ここに来てもらって、何もなければ休みってことで!」

 

「やった~! 久しぶりにお昼寝出来る~」

 

「今日だって寝てたじゃん」

 

「ちゃんとお布団でお昼寝するのがいいんだよ~」

 

休み、という単語に目を輝かせる本音とは対照的に、ソファで足を組むスコールは普段見せない疲れた顔をしている。

 

 

「どうして私まで……」

 

「スコールは顧問だから」

 

「はぁ……。あのババア、恨んでやるわ」

 

「他人の……。ま、まぁ、今日はさっさと部屋に戻ってシャワー浴びたいなぁ」

 

――他人のこと言える歳か、とツッコミかけて飲み込んだ櫻。幸いにもスコールはあまり聞いていなかったようだ

 

 

「そうね。私も部屋に戻りたいわ。教員寮は1人部屋だし」

 

「そうなの~? てっきりオータムと一緒にいるかと思ったよ~」

 

「ふふっ、さすがに四六時中一緒にいるわけじゃないわ。まぁ、オータムが求めるなら付き合うけど」

 

「え、スコールとオータムってそういう関係……?」

 

「"そういう関係"って何かしらね、ねぇ、櫻?」

 

「だね~。具体的に言ってもらわないと」

 

完全に2人は悪人面で、普段自分たちを言葉で手玉に取る楯無に仕返しをしてやりたいようだ。

 

 

「こ、恋人、とか……」

 

「ごめんなさいね、もう一回言ってもらえる?」

 

「恋人同士なの!?」

 

「少し違うわね。別にお互いを慰めることはあっても決して恋人だ、といえる関係じゃないわ」

 

「さくさく~、向こうでお姉ちゃんが爆発してる~」

 

「あ、ホントだ。虚先輩は初心だね」

 

「まぁ、良くも悪くもお硬いから~」

 

「あらあら。ま、楯無も何れこういうことがあるかも知れないわよ?」

 

「な、無い! ……きっと」

 

「どうだろうね。楯無先輩だもんね」

 

「おじょうさまだからね~」

 

「そこの2人、どういう意味かしら?」

 

「別に~? ただ、楯無先輩モテるからなぁ~って」

 

「さぁさ、そういうのも青春らしくていいけど、もう9時よ、早く部屋に戻りなさい」

 

「は~い。本音、行こ」

 

「あいあい!」

 

「ちょっ! 櫻ちゃん! 本音!」

 

「虚のことも、お願いね。じゃ、戸締まりもしっかりして、よろしく~」

 

「スコール!」

 

あっさりと逃げられ、頭から湯気を噴出する虚と部屋に残された楯無。

 

 

「女の子同士でも、いいのよね……?」

 

 

生徒会長は廊下を走る背中を、少し紅潮した顔で見つめていた



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閑話: サンタクロース

 12月に入り、人々が慌ただしくなるなかで全国の、全世界の女の子が楽しみにする日といえば、そう。クリスマスである。

 恋人と過ごすもよし、家族と過ごすのも、友人たちと過ごすのもいいだろう。

 

 だが、24日の前に、サンタさんを呼ぶ(という表現は少し間違っているかもしれない……)習慣がある国がある。

 主にヨーロッパのキリスト教圏に多いのだが、12月6日を聖ニコラスの日(サンタクロースの由来となった聖ニコラス――ニコラウス――の命日らしい)としてお祝いするのだ。

 そのサンタは、2人組で、片方はお馴染みの赤い服を着たサンタ。もう片方は黒(茶色)の服を着た同行者を連れているというのだ。いい子には赤いサンタがお菓子を(国によってはみかんやナッツなど、違いがある)、悪い子には黒いサンタがお仕置きをするというのが大体の国で共通する部分である。

 

 さて、なぜこんな長ったらしい前置きをしたかといえば、事態も一段落し、テスト真っ只中の少し沈んだ空気に耐えられないお祭好きが居るからだ。

 

 

「なぁなぁ、リアーデさんや」

 

「どうしたんだい? りっちゃんや」

 

「もう12月だけどさ、クリスマス待ちきれないよね」

 

「だね~。朝起きて、リビングに置かれたツリーの下でプレゼントを開けてね~」

 

「なんという海外ドラマのテンプレ的展開……、アレって本当にやるんだね」

 

「私の家は違ったけどね~」

 

「違うんかい!」

 

「ツリーの用意も面倒でしょ? だから暖炉の傍にプレゼントが置いてあったなぁ。懐かしぃ~」

 

「まぁ、最近はそうだよね。ツリーなんて駅前とかでしか見ないし」

 

「あ、そうだ」

 

「ん? 何か思い出した?」

 

 突然携帯を取り出して誰かにメールを送るリアーデ。その宛先の主はちょうど、教室に入ってきた。

 

 携帯をいじりながら教室に入ってきたのは……

 

 

「リア、どうしたの? ちょうどメール来たけど」

 

「ふふん、お祭好きの血が騒いだのだよ。もうすぐあの日じゃないっ!」

 

「あの日? クリスマスはまだ先だよ?」

 

「はぁ……、チミ、それでもジャーマンかね? ラウラぁ~。次の週末ってなんの日だっけ~?」

 

 教室の後ろでタブレットとにらめっこをするラウラを巻き込むリアーデ。

 突然呼ばれた本人は「週末? 何かイベントでもあったか?」と首を傾げている

 

 

「はぁ……。セシリア~。次の週末ってなんの日~?」

 

「セシリアはイングリッシュじゃ……」

 

「もういいの、1年にドイツ人は5人しか居ないし。ヨーロッパならどこでもやってると思うんだけどなぁ」

 

「週末、ですか? 思い当たることはありませんわね……」

 

「セシリアも駄目かぁ。ロッテは~?」

 

 いつの間にか輪に入っていたシャルロットにその矛先が向く。

 

 

「サン・ニコラの日(仏語)だよね。ちっちゃい頃は教会でお菓子もらったりしたよ。懐かしいなぁ」

 

「そう! 週末。と言うか明後日はセント・ニコラウスの日(独語)! コレは騒ぐしか無いでしょ!」

 

「「「あぁ~!」」」

 

 そんなのもあったな。と言わんばかりの3人。りっちゃんこと田嶋さんは置いてけぼりだ。

 

 

「その、聖ニコラウスの日って、何?」

 

「説明しよう! 聖ニコラウスの日とは、ニコラウスって言う司教様がクネヒト・ループレヒトと一緒に子どもたちの家に回って、いい子にはプレゼントを、悪い子にはお仕置きをしていくっていうイベントだよ。んで、このニコラウスがサンタクロース、ってわけ。思い出したでしょ?」

 

「やったやった、ドイツに移った頃はクネヒト・ループレヒトが怖くてさぁ」

 

「私の部隊でも上官が部屋にやってきてプレゼントを配っていたな。その時は訓練の成績が悪いとお菓子詰め合わせのグミがシュネッケンだったりしてな。アレは楽しかった」

 

「ささやかなお仕置きだね、それは……」

 

 シュネッケンの不味さを知る櫻とリアーデが苦い顔をした。

 

 

「セシリアはやらなかったの? あ、プロテスタントだとそういうのはやらないか……」

 

「ええ、そうですね。知識としては知っていますけど、イギリス人の多くはクリスマスを祝うくらいかと」

 

「キリストーって一括りには出来ないんだねぇ」

 

「あ、りっちゃん。ここ世界史の範囲だよ。イギリスの宗教改革」

 

「現実に戻さないでよぉ」

 

 ケラケラと笑う乙女たちを他の生徒はいまいちよくわからない目で見ていたが、お祭り女こと田嶋とリアーデの2人に掛かれば名前ばかりのただのパーティーになることは間違いない。

 そうわかっている1組の生徒達は「楽しくなりそうだ」と期待に胸を膨らませるのだった

 

 

「というわけで、日曜にパーッと騒ごう!」

 

「結局騒ぎたいだけでしょ……」

 

「いいんじゃないか? テスト漬けで疲れているだろうし、これさえ終われば後は冬休みだ」

 

「お、さすがラウラ。話がわかるね~」

 

「うん、いいと思うよ。僕もみんなでワイワイやるのは好きだしね」

 

「よし、コレはやるっきゃないね。リアーデ、食堂の手配を。私はクラス掲示やるよ!」

 

「おっけ。じゃ、櫻とセシリアも、お菓子とかプレゼント、よろしく~」

 

「わかりましたわ」

 

「はいはい……」

 

 

 その日のHRで日曜の夜、食堂でパーティーを開くことが決まり、千冬は少し困った顔をしつつも、その目は笑っていた

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 準備は語るにあらず、食堂のおばちゃんたちに前もって騒ぐことを知らせ、パーティーメニューの用意をしてもらったり、セシリアと櫻が資金力に物を言わせて大量のお菓子とプレゼントを仕入れただけだ

 

 

「よし、全員揃ったかぁぁ!!!」

 

「「「「「「「いぇぇぇぇ!!」」」」」

 

 

 食堂の中央に用意された即席ステージでマイクを握るのはお祭り女、田嶋。

 頭にはサンタ帽をかぶり、食堂は一足先にクリスマスの飾り付けがされていた。

 

 というのも、いまいちよくわからないことを"適当に雰囲気"でやろうとした結果がコレである。まぁ、みんな騒ぎたいだけだからあまり気にしていないだろう

 

 

「じゃ、テスト明けを祝おうぜ!」

 

「「「「「「いぇぇぇぇ!!」」」」」」

 

 

 テスト期間明けの謎テンションでハイになっている乙女たち。だが、突然照明が落ちると、一点にスポットライトが当たる。

 

 

「ふむ、鷹月静寐。平常点は良好。定期テストでも学年上位をキープ。実技もこなす。ほほぅ。いい子じゃ、いい子じゃ。では、褒美をやらんとなぁ」

 

 聞き覚えがある声で赤い司教服に身を包んだ背の高い人物と、その後ろの黒いローブで身を隠した金髪。

 

 会場をうろつきながら適当な人の前に立つとその人の一年の成績を読み上げて褒美を渡していく。

 

 

 そして……

 

 

「谷本癒子。むっ、平常点は悪くないものの、テストが悲惨だのぅ。今回もあまり結果は芳しくないと見受けられる。コレは褒美はおあずけじゃな」

 

 仕方ない。とひとつ告げると後ろの黒いローブが懐からローブに収まりきらないであろうサイズの袋を取り出し、癒子を飲み込んでしまった

 

 

「ヒッ……」

 

「ゆっこぉぉぉ!!」

 

 パッ、と会場の明かりが戻ると背の高い司教と、ローブの従者が食堂の中心に居た。

 

 

「さて、余興はこんなところですかね。ゆっこ。出てきていいですよ」

 

 ローブの内側から癒子が顔だけだすと、また短い悲鳴が上がったが、ニヤリと笑って黒ローブに「このまま会場ウロウロして」と告げると物理を無視したその様で会場を怖がらせた

 

 

「ほら、調子に乗らない。おとなしく出てきなさい」

 

「はいよ。結構楽しかったけどね」

 

 そのままローブから出てきた癒子は先ほどとなんの代わりもなく、というわけには行かず、黒いギリースーツのようなもっさりした服と、白い角が2本。その手には鞭が握られている。

 

 ひょいと立つと「悪ぃ子は居ねぇがぁぁぁ」とどこぞのなまはげのようなセリフを吐きながら会場を練り歩く。――このクランプスとなまはげは似たようなものだが……

 

 クランプスに扮した癒子は「いい獲物見つけた」と言わんばかりに狙いを付け、その鞭を振り上げた

 

 

「ゆっこ、ソレはちょっとぉぉぉ!」

 

 パシッ! と乾いた音が響き、友理が目をつぶっている

 

 

「あれ、痛くない……?」

 

「ひひっ、驚いた?」

 

 その場に居たほとんどが鞭が尻に当たるように見えたが、実際はホログラムで、センサーに反応すると音がでるただのオモチャだ

 

 ――作者はほくそ笑んでいる

 

 ステージ上の田嶋とリアーデがゲラゲラと笑っているが、当の本人は不満気で、「うがぁぁ!!」と癒子を追い回している。

 

 

「いやぁ、いいもん作ったわ」

 

「それで、櫻さん? どうしてわたくしはこのような格好を……」

 

「ん? だって、ちょうどいいとこに居たから」

 

「んなっ!? 恥を忍んでこのようなボロ布を身につけていますのに……」

 

「まぁまぁ、他人の幸せのために身を削るのも貴族の仕事だよ」

 

「そう、ですわね……」

 

 どこか不本意そうなセシリア扮するクネヒト・ループレヒト。彼女の懐に仕掛けられた袋は量子変換装置の応用で、出口を1組の教室にセット。そこで衣装に着替え、首だけ出していたのだ

 

 

「さぁさぁ、聖ニコラウスの日っぽいこともそこそこに、って、アレ? 織斑くんと篠ノ之さんは?」

 

「あれ~? おりむ~ともっぴ~が居ないね~」

 

「姉さんもこないのか。仕方ないな」

 

「ありゃりゃ。ま、そのうち来るよね! さぁ、お前ら! 騒げ騒げ!」

 

「後でお楽しみ抽選会もやるよ~!」

 

 

 

 テーブルに並んだ多種多様な料理をつまみながらあちこちを回る田嶋とリアーデ。この騒ぎの立役者としてあちこちで飲まされている(もちろんノンアルコール!)

 

 ニコラウスとクネヒト・ループレヒトも大人気で、とっかえひっかえに数う人で固まると携帯で写真を撮っている

 

 

「いやぁ、この格好もなかなかつかれるね」

 

「櫻さんのソレは司祭服ですの?」

 

「うん。家にあったのを持ってきてもらった。だいぶ古いけどね」

 

「家に司祭服って……。櫻さんのお家は教会だった記憶はありませんが」

 

「いや、生まれた家は日本の教会だったからさ。ムッティもシスターだったんだよ?」

 

「へぇ。初めて聞きましたわ。確かに、紫苑さんは温和な方ですしね」

 

「さくさく~、せっし~」

 

 ダボダボの袖を振り回してやってきたのは本音とナギ、そしてマドカだ

 本音の皿には大量の料理。ナギとマドカはドリンクを手にしていた

 

 

「おつかれさ~ん。2人共似合ってるよ~」

 

「うん。櫻は背が高いから何でも様になるな。セシリアのソレは……。なんだ……」

 

「無理にフォローなさらなくても結構ですわ……」

 

「すまん……」

 

「まま、せっし~も楽しんでるんならいいんだよ~」

 

「そうですわね。それで、一夏さんや箒さんはまだ見えませんの?」

 

「ああ。どうも生徒会長に捕まったらしい」

 

「一夏くんも苦労してるね……」

 

「だな。それに、この調子だと――」

 

 

「やっほ~! 櫻ちゃ~ん! お姉さんが来たわよ~!」

 

 堂々と食堂に乱入してきたのは楯無と首根っこを押さえられた一夏。そして箒。山田先生と織斑先生も一緒だ

 

 

「ほらな。アイツなら絶対に来ると思ったんだ」

 

「おじょうさまもこういうの大好きだからね~」

 

「おや! 織斑君が来たぞ! 掛かれ!」

 

 

 突然リアーデが叫んだと思うと、次の瞬間には楯無の手から一夏は奪われサンタの格好になっていた。

 目にも留まらぬ早業に教師2人も目を見開いている

 

 

「コレでよし。じゃ、先生も生徒会長も楽しんでいってくださいね!」

 

「どうしてこんな……」

 

「ほら一夏、似合ってるからさ」

 

「う、うむ。こういうのも悪く無いと思うぞ。自信を持て」

 

「そうか? まぁ、こういう時くらいしかサンタなんてやらないしな」

 

「そうそう、何事も楽しんでいかないとね。はい、この後の抽選会で使うチケット。先生もどうぞ」

 

「おう、さんきゅな」

 

 

 そう言って5人にチケットを配ると櫻は長い裾を引きずってステージに上がり、マイクを取った

 

 

「さぁ、皆さんお待ちかねの大抽選会! 超豪華商品を手にするのは一体誰か!?」

 

 ドンドンパフパフ! とSEが着くようなテンションで始まった大抽選会。その賞品は櫻が超豪華と称するだけあってとんでもないものも混ざっている

 

 例えば、3等。一番下のいわば外れクジの時点で3万円分の商品券や代表候補生のレッスンプログラムが当たる時点で察していただきたい。

 

 もちろん、財布が寂しい学生が燃えないはずもなく。

 

 

「うおぉぉぉ!! コレで今冬は戦える!」や、「シャルロットと2人きりで……デュフフ」など思い思いの使い道に夢をふくらませている

 

 

「盛り上がってるね! じゃ、今回のルール説明! これから、あの0~9の数字が書かれた丸い的を回します。そこに、りっちゃんがダーツを投げて、あたった数字が当選番号ね! ソレを3回繰り返します! 完全3桁揃えばデュフフな賞品ゲット! もちろん前後賞、2等以下もあるよ! それじゃ、リアーデ、回しちゃって!」

 

 えいっ、と回された的。そこから離れた位置でデキそうな構えを見せる田嶋。

 それもそのはず、彼女はこのためにダーツの練習を重ねたのだ

 

 

「1投目、お願いしますっ!」

 

 鋭く放たれた矢。パスッと音を立てて的に当たるとリアーデが回転を停めた。

 

 その数字は4

 

 歓声をあげる者、失意に嘆くものが早くも出る中で櫻がざっと見回すと、一夏とシャルは早くも外してしまったようだ。

 ソレでも1/3はふるい落とされたようで、参加賞のうまか某をもらっている

 

 

「おや、思ったより人が残ってるね。後2桁当たるといいね! 外しちゃった人は残念でした。次……があるかはわからないけど、またの機会にね!」

 

 じゃ、2投目! とふたたび的を回す。

 田嶋が再び鋭く腕を振るうとその矢は吸い込まれるように的に当たった

 

 

「2桁目は……9! 9だよ!」

 

 ここで多くが脱落。織斑先生、箒、本音、セシリアがふるい落とされ、本音は残念そうな顔をありありと浮かべている。

 

 15人程が3等。商品券かレッスンプログラムを選び、受け取っている横で最後の1本が放たれようとしていた。

 

 

 

「さぁ、泣いても笑っても最後の1本。ここで国内旅行か海外旅行かが決まります。残ってるのは…… おっ、山田先生がまだ残ってますね! 先生も海外行きたいんですか?」

 

「そうですね~。私は国内の温泉がいいですかね。あ、海外が嫌なわけじゃないですよ!?」

 

「まぁ、先生はここ最近忙しかったですしねぇ。他には……、静寐はどう?」

 

「う~ん、正直どっちでもいいかなぁ。デザートフリーパスとかのほうが嬉しかったかも」

 

「ごめんね。それはちょっと食堂のおばちゃんとの兼ね合いで……」

 

 後ろでおばちゃん達がごめんね~、と言っているのが聞こえた

 静寐は小さく笑うと、でも、ここまでくれば何があたっても嬉しいわ。と言った

 

 

「あ、乱入者の生徒会長様。まだ残ってたんですね。図々しい」

 

「酷い言い草ね……。私だってここまで残るとは思わなかったのよ!」

 

「さ、行きましょう。最後の1本」

 

 リアーデがさっきよりも気合を入れて的を回す。田嶋もどこか緊張の色が見えた

 

 

「お願いしますっ!」

 

 小さくテイクバックと取り、フッ、と息を吐くと同時に矢を放った。

 

 

「最後の数字は……。1! Oneです! 当たった方はどうぞ前へ!」

 

 そっとステージ上に上がったのは、なんと山田先生だった。

 

 

「他には居ませんか?」

 

 櫻が呼びかけるも誰もおらず、ステージ上の山田先生に全員の視線が注がれた

 

 

「おめでとうございます! 1等。ファーストクラスで行く、ヨーロッパ20日間の旅は見事、山田先生に送られます! あ、ペア券ですからね!」

 

 未だに実感が無いのか、1等賞、と書かれた水引を手にキョロキョロとしている。

 

 

「では、山田先生。今のお気持ちをお聞かせください」

 

 どこぞのヒーローインタビューが如く、山田先生にマイクを向けると少し上ずった声で「う、嬉しいですっ!」とシンプルに答えたくれた

 

 

「山田先生、ペア券ですが、誰とヨーロッパを回りたいですか?」

 

「そうですね。残念なことに彼氏も居ないので…… 先輩、どうですか?」

 

 少し涙目の山田先生に視線を向けられた千冬は少し照れくさそうに

 

 

「私か? まぁ、いいが……」

 

「ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 

「さてさて、付き合いたてのカップル見たくのろけるのは結構ですが、次2等当選者の方々、どうぞ前へ」

 

 

 そうしてステージにぞろぞろと4人ほどが登る。その面々は静寐、ラウラ、楯無、ナギ、そして的回しをしていたリアーデもいつの間にか加わっている

 

 

「さて、ここには温泉のペア券が3組。スキーリゾートのペア券が3組あります。1組余るね……」

 

 ちらりと視線を流すと、歓声が上がった

 

 

「まぁまぁ、そうあせらないで。まずはここにいる4人に、温泉か、スキーか選んでもらいましょう。多かったらだったらじゃんけんね」

 

 そして静寐とラウラが温泉を、楯無とナギ、リアーデがスキーを選んで上手くまとまった。

 

 騒がしいのが更に騒がしいのはここからで、前後賞の発表。

 賞品はなんと、ミステリーツアーである。日程は6日間で、内容を知るのは櫻と田嶋、リアーデとセシリアのみである。企画立案がセシリアであることも記しておく。

 

 

「さて、前後賞。2人に送られるのはミステリーツアー! 6日間でパスポートが必要だよ。えっと、一桁目が4、二桁目が9、三桁目が1だったね。490か492。居ないかな?」

 

 

 そっと手を上げたのは琴乃だった。

 

 櫻がそれを見つけると、手を招いてステージ上に引き上げた。

 

 

「おめでとう! このミステリーツアーは絶対琴乃のためになると思うよ。セシリアとりっちゃんがプランを組んで、私とリアーデで煮詰めたツアーだからね。結構日程がきついけど……。まぁ、詳しくは冬休みに入ったらね」

 

「えっと、よくわからないけど嬉しい? うん、櫻さんがそう言うならきっとそうなんだよね」

 

「まぁ、そういう反応になるわ……。でもまぁ、私としては当たったのがことのでよかったよ。楽しみにしててね」

 

「うん!」

 

 そうして余った景品を壮大なじゃんけん大会で奪い合い、櫛灘が温泉を勝ち取ってほくほく顔で聖ニコラウスの日に託つけた壮大なパーティーは幕を閉じた。



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カウンターカウンター

「それで、あっさりと6機もやられたわけか」

 

「いかんせん相手がポラリスと国家代表、更にはスパイも居たようで……」

 

眼下に広がる夜景。それをバックに重厚な椅子に腰掛け、机で手を組む男はいかにも不機嫌な顔をしていた。

 

 

「それで、そのスパイは割れているんだろうな?」

 

「ええ、もちろん。元は亡国機業の2人です。現在は表上はIS学園の教師のようです。その裏はもちろん――」

 

「ポラリスの、篠ノ之束の手か」

 

「その通りかと。これで篠ノ之束の言葉を信じるなら、ポラリスの戦力は7人ということに……」

 

「全員揃ってワンオフの最新鋭機。最悪だな」

 

「武力で手中に収めることは難しいかと」

 

「だから代表候補生が少ないタイミングを選んだというのに。それで、テルミドールの交友関係は?」

 

「彼女は俗にいうクラスの委員長的ポジションのようです。学年クラスを超えて幅広い生徒と関わりが。さらに学園長や委員会、企業連にもパイプがあるようで」

 

「本当にハイスクールのティーンエージャーなのかね……?」

 

「それが恐ろしいところです。下手に動けば彼女のアンテナのどこかに触れてしまう可能性が」

 

「そうだな。ここは焦らず、ゆっくりと準備を進めよう。無理は絶対にするな。春までにもう一度、今度はアレを使う」

 

「アレ、ですか。時代の流れを逆行するようですね」

 

「だからこそだ。スペックは現在でも十二分に通用する。あの馬鹿女に言って用意させろ」

 

「わかりました。その時はあなたも?」

 

「ああ、3度めは無いぞ」

 

「次はお互いの全力ですから。こちらも数だけは用意しましょう」

 

「適性がある人間は片っ端から使え。狂ったら捨てて構わん」

 

「はっ。では、失礼します」

 

「君にも迷惑をかけるな」

 

「いえ、仕事ですから」

 

 

 

――――ある男の手記

 

 本格的に冬に入った。この辺りは日本と違ってまだ温暖だが、帰ったらまた寒いビル風に吹かれるのかと思うと気が滅入る。

 今日は彼に先日の報告と次の作戦の大筋を立ててきた。次は前のような下手は踏まない。相手は30のIS。こちらはどれだけの数を用意すればいいのだろう。あの女が後数ヶ月で100を用意できるとは思わないが、せめて2倍、60は用意してもらいたいところだ。幾らあの技術があるとはいえ、エネルギーは無限ではない。飽和攻撃されては手も足も出ないだろう。

 我々に追い風が吹くことを願うばかりだ 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

「束、用意はできてるのか?」

 

『もちのろんだよ~。でも、なんで設計データだけなの? 言ってくれれば全部作るのに』

 

「それだと困るんだ。学園にある 無人機のコアお前の忘れ物をどうにかしない限りは学園は狙われる可能性を抱え続ける」

 

『なるほどね~。言ってくれればそれをただの石ころにできるのは知ってるでしょ?』

 

「なに、あるものを有効活用しようと言うだけだ。コレはいい整備科の教材になる」

 

『うそ、生徒に作らせるつもり? 無理だよ? ちーちゃん専用のつもりで作ったんだもん』

 

「お前が言うならそうなんだろうな。だが、こっちには櫻がいる」

 

『さくちんなら……。でも、それこそ危ないんじゃないの? 生徒にコアのことがバレたら』

 

「ああ、だから表面上は学園所属の打鉄の改修ということになっている。パーツごとのテストなら問題ないだろう」

 

『そ、そうだけど……』

 

「心配ならお前も来ればいい。出来るのにやらないだけだろ」

 

『――!』

 

「なんだ、私がそんなことを言うのが意外か? 今のお前に不可能はない。委員会を手懐け、世界を手のひらの上で転がすお前なら、もっと面白くすることだって出来るだろ?」

 

『は、ははっ。あははははは! そうだ、そうだよちーちゃん! 束さんに出来ないことなんてない! くーちゃん! 進路を253へ。学園に行くよ!』

 

「そうだ、そうして振り回してくれないとな。最近のお前はおとなしすぎる」

 

『さくちんにもっと大人になって、って言われちゃったからね。委員会でもおとなしくしてたし』

 

「アイツもまだまだだな。私より一緒にいる時間は長いはずなのに何もわかってない。束を大人にしたら何も残らないだろ」

 

『ふふっ。でも、さくちんやママさんから学ぶことも多かったんだよ?』

 

「まぁ、そうだな。前よりかずっと普通の人間らしくなった。だが、お前らしさを捨てろと言われた訳じゃないだろ?」

 

『もちろん。束さん自重しすぎたのかな?』

 

「かもな。それだけ大人になったということだろ。だが、折角ポラリスも立ち上げたんだ、もっとお前らしくしてもいいと思うぞ?」

 

『だね。よっし、楽しみになってきたよ。そうだ、くーちゃんも転入させたり出来ないかな?』

 

「普通に転入試験を受けさせればいい。過去最高得点で突破してくれるだろ」

 

『だね。ママさんと相談するよ』

 

「ああ、そうしてくれ。楽しみにしてるぞ」

 

『うん! じゃ、学園でね!』

 

 

――ふっ、やはりあの駄兎の相手は疲れる。だが、飽きないな

 

 

0度に近い気温に夜風が吹く量の屋上。寝巻き姿の千冬がベンチで一つ息を吐くと白く染まって虚空に消えた。

後ろから消しきれていない気配を感じ、意識をやると2人の影

 

 

 

「今は生徒が出歩いていい時間じゃないぞ、テルミドール、布仏」

 

「バレましたか? 千冬さんが携帯片手にどこかに行くようだったので」

 

「はぁ。どうせ聞いてたんだろう。アイツもここに来るぞ」

 

「いいんですか? もっと面倒なことになりますよ?」

 

「計算の上だ。どうせカウンターが来る。カウンターのカウンターを用意しておかないとな」

 

「おおっぴらに動く気満々そうでしたけど」

 

「アイツの後始末は今はお前の役目だ。委員共を黙らせておけ」

 

「はぁ。クラスメート黙らせるのとは訳が違うんですよ?」

 

「どうせお前なら脅しネタの100や200持っているだろ」

 

「そんなにありませんよ。まぁ、善処します」

 

「それで、どうして布仏も連れて歩いてる?」

 

「こっそり起きたら本音も起こしちゃったみたいで」

 

「なるほどな。布仏。わかっているとは思うが、必要以上に自分を晒すな。目立つのはあいつらでいい」

 

「大丈夫ですよ~。慣れっこですから」

 

「私が目立つ分やりやすいんじゃない?」

 

「だね~。さくさくがあんなことやこんなことをしてる間に色々と美味しくいただきま~す」

 

「私がハニトラ仕掛けるとでも言うのかおみゃーは」

 

「冗談も結構だが、まじめに頼むぞ。上手く行ったら布仏、お前の単位は保証してやる」

 

「えっ!? 本当!?」

 

「ああ。少なくとも私の教科で取った赤点は無くせる」

 

「さくさく、本気出すよ」

 

「はぁ……」

 

「ほら、部屋にもどれ。明日も通常授業だぞ」

 

「はぁ~い。おやすみなさい」

 

「おやすみなさ~い」

 

「ああ、おやすみ」

 

 

階段に消えた2人を見送り、携帯を再び見つめる。その画面には在りし日の千冬。

青白く煌めく刃を振りかざす瞬間が切り取られている

 

 

「さ、また忙しくなる」

 

自分に気合を入れるように頬を数回叩くと部屋に戻った

 

 

 

----------------------------------------

 

 

「それで、久しぶりに電話をかけてきたと思ったらクロエちゃんを学園に行かせたいって? もっと他にいうことがあるでしょう?」

 

トルコはアンカラ郊外。オーメルの社長室で呆れる女性が一人

 

 

「クロエちゃんを学園に行かせることは反対しない。本人が希望するならね。その時の手続きもちゃんとやるわ。でも、もし、嫌だというならその時はわかってるわね?」

 

『わ、わかってるよ、ママさん。後でくーちゃんに聞いて見てからまた電話するから……』

 

「わかったわ。それで、今何処にいるの?」

 

『クレイドルだよ。今は……北極辺りかな。オーロラがすごく綺麗に見えるよ』

 

「ポラリスの代表様も大変ね」

 

『特に最近はどこかのおバカさんが勝手な事してくれたおかげでね』

 

「聞いてるわ。櫻があんなに怒ったところを見るのは久しぶりよ」

 

『そうかもね。やっぱりさくちんもISの事を大事に思ってくれてる。それに学園に手を出した、っていうのが大きいね。クレイドルだったらあんなに怒らなかったと思うもん』

 

「でしょうね。櫻はいろいろと背負い込むから。意地でも守らなきゃ、とか思ってるんでしょうね。多分、櫻じゃ全部抱えきれない。その時は、お願いね」

 

『わかってるよ。だからポラリスって言う檻の中で囲ってるんだ。良くも悪くもね』

 

「ま、クロエの件はわかったわ。千冬ちゃんには言ってあるの?」

 

『ちーちゃんにはさっき電話して言った。だから転入試験を受けて、パスすればオッケーってさ。ともかく、また一段落ついたら電話するよ。その時は手続きとかの話もちーちゃんから聞いておくから』

 

「わかったわ。冬休みは帰ってくるの?」

 

『今のところはそのつもり。さくちんはどうかなぁ』

 

「わかった。それじゃ、体に気を付けて。冬休み、楽しみにしてるわ」

 

『ばいに~』

 

携帯を置くと、ほっ、と息を吐いて椅子に深く身を預ける

ちょうど湯気を立てるティーカップが机に置かれた

 

 

「篠ノ之博士ですか?」

 

「ええ。久しぶりに電話だと思ったらコレよ。いかにもあの子らしくていいけれど」

 

「声を聞くのは就任の挨拶の時以来ですか?」

 

「そうね。長かったわ」

 

「学園がらみの出来事も多かったですしね」

 

「この前の襲撃の一件もあったし、あの子達も苦労が絶えないわね」

 

「もう世間は誰も彼女に逆らえないも同然。博士は何をしたいんでしょう?」

 

「わからないわ。でも、絶対につまらないことはしない。それだけは言える」

 

 

母の確信は未だに続く束との"契約"と同義だった



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閑話: やまやうきうき

「はい。今日の授業は終わりですね。連絡事項もないのでSHRなしで帰っていいですよ~。あぁ、テルミドールさん、この前のヨーロッパ旅行のことを色々聞きたいのでいいですか?」

 

 普っ通ぅの1日も一段落、6時間目の授業が終わった。

「うぅ~ん!」と唸って伸びをするクラスメートの間を抜けて山田先生の元に寄る

 

 

「この前もらったヨーロッパ旅行ですけど、日程とか決まってますか?」

 

「あぁ、それですか。日程は冬休みは2日目、26日から1月の14日までの20日間。まぁ、冬休み丸々つかう感じですね」

 

「うぅ……。それは先生も仕事を溜めないように今のうちから頑張らないといけませんねぇ。それで、プランとかも決まってるんですか?」

 

「いいえ?」

 

「えっ?」

 

 普通のパック旅行のように決められたプラン通りに過ごすのだとばかり思っていた先生が思わず面食らう。

 

 

「決まってませんよ?」

 

「えぇ~!? ど、どうするんですか?」

 

「いや、折角だから当てた人が行きたいところに行ってもらおうかなぁ、と。先生も何かあるでしょ? 冬のアルプスでスキーとか」

 

「そんな急に言われても困りますよ。それに後1週間位で決めないと天草さんも色々困るでしょうし……」

 

「そうですね~。人気スポットは今から予約入れても間に合わないでしょうね」

 

「なおさらダメじゃないですかぁ……。織斑先生ならなにか知ってますかね?」

 

「どうでしょう? ドイツで1日飲み続けとか言いそうですね。あまり浮かばないならこっちで決めちゃいますし、ウチのクラスの留学生に聞いてみたらどうですか?」

 

「ソレはソレで……。って、そうですね。オルコットさん達に聞いてみます」

 

「じゃ、1週間後にはまとめておいてくださいね。そしたら私達でプラン立てるので」

 

「わかりました。お願いしますね」

 

 

 

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「それで、やまやはヨーロッパ20日間をなんだかんだで楽しみにしてそうだよね」

 

「だね。帰りもサクにいろいろ聞いてたし」

 

「ごめん、待った?」

 

「いんや、全然。山田先生はなんて?」

 

「日程とプランは~? って。自分で決めてください。って言ったらいつもみたいにふぇぇ~ってなってたよ」

 

 放課後の食堂でケーキをつまむのはリアーデ、田嶋、櫻の仕掛け人3人集。

 リアーデはスキーの方のプランをまとめ、田嶋は温泉のプランをまとめた張本人だ。

 それぞれ当選者に伝達済みで、楽しみにしてもらっているとのこと。櫻も上機嫌だ

 

 

「ヨーロッパの地理とかさっぱりだからリアーデとサクにお任せ~」

 

「えぇ、りっちゃんも考えてよ。日本人から見てここがいいとかさぁ」

 

「えぇ~? 冬のヨーロッパでしょ? そうだなぁ、雪の降る町並みとか?」

 

「「あぁ~」」

 

「え、そんなにしっくり来た?」

 

「ま、ね。外国人観光客が冬の金閣寺を見たくなる感じと似てるのかも、って」

 

「そう? その例えだと祇園の町並みくらいな感じだと思うけど」

 

「あの~、おふたりさん? 話がぶっとぶのも結構ですけど、ほかに何かありません?」

 

「ないね」

 

「無いかなぁ」

 

 即答するジャーマン。呆れるジャップ

 

 

「二人共ドイツ人でしょ~? ドイツのイイトコ何かないの~?」

 

「りっちゃんや、それは『おめー日本人だろー、京都のイイトコ教えろやー』って言ってるのと同じ感じだよ? 正直有名ところくらいしかわかんないでしょ?」

 

「あ、ハイ。ワカラナイです」

 

「それに、地元って馴染みすぎてたり、国内でも南と北で全然違うから何も言えなかったりね」

 

「だね~。リアーデって実家は何処なの?」

 

「私はブレーメンだよ。櫻は?」

 

「あぁ、真逆だね。コンスタンツ」

 

「国境じゃん。さすがに行ったことないなぁ」

 

「だよね~」

 

「あの~、おふたりさん? 地元トークも結構ですけど、話進めません?」

 

 

 結局、地元トークやあーでもないこーでもない、と唸り続け、面倒なんで今日はコレで、とお開きになったのは日が傾き始めた頃だった

 

 

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「うまうま。さくさく~。食べる~?」

 

「ん~? あぁ、それかぁ……」

 

 時刻は9時。夕食も終わった櫻と本音。しっかりと食べておきながら、本音はどこから手に入れたのか、タイヤの味がすると有名?な不味いグミ、シュネッケンをパクパクと口に放り込んでいく

 

 

「ハマる人が一定の割合でいるとは思ってたけど、何で本音まで……」

 

「なにふぁいっふぁ?」

 

「口にもの入れて喋らない」

 

 うんうん。と首肯する本音。そこに扉がノックされる音が響く

 

 

「は~い。どなたですか~?」

 

「私だ」

 

 よく通るこの声、織斑先生しかいない。校則違反も犯した記憶が無いのになぜ部屋に? と本音に目線を送るも首を振られてしまう

 

 

「どうぞ~」

 

 とりあえず部屋に通すとまずベッドでシュネッケンを食べる本音に少し驚いてから櫻のベッドに腰掛けた

 

 

「こんな時間にすまないな。わりとどうでもいいことなんだが……」

 

「まさか山田先生から『ヨーロッパのいいところありませんか~?』って聞かれたとか?」

 

「そのまさかだ。だからドイツで数日好きなようにぶらぶらしてみたらどうだ。って言ってみたら『それもう他の人から勧められました』みたいな目で見てくるものでな……。布仏、それ美味いか?」

 

「美味しいですよ? 先生も食べますか~?」

 

「いや、やめておこう」

 

 苦笑いする櫻を横目にシュネッケンのリコリス臭が充満しつつある部屋で織斑先生――いまは千冬さんだろうか――はいつものような少しつかれた顔をしていた。

 とりあえずお茶を出してから櫻も机に戻る

 

 

「私も今日の帰りにプランとか決まってるんですか? って聞かれたものですから、ご自分の好きなところをどうぞ。って言ったらこのザマで」

 

「だからって私に聞くか? 軍の教官時代なんて週末のバー以外はほとんど外に出てないんだぞ?」

 

「ソレを察してくれるのはラウラくらいかと……」

 

「ともかく。櫻がガイドとして着くんだろう?」

 

「いえ。一部の国ではその国の子に任せようかと。すでにセシリアとロッテとは話がついてますよ?」

 

「ふむ。それは面白そうだな。どうせだしお前の実家でも行くか」

 

「――っ! ゲホッゲホッ!」

 

「大丈夫か?」

 

「いま布巾持ってくるね~」

 

「んんっ! それ結構冗談じゃないですよ? ムッティなら喜んで家に泊めるでしょうし」

 

「いいじゃないか。面白そうだ。季節外れの家庭訪問と行こう」

 

「この流れはマズい……」

 

「仕方ないだろ。どうせお前のことだ、往復のチケットだけ取ってあるんだろう? それもチューリッヒ着ロンドン発と見た」

 

「どこまで鋭いんですか、千冬さんは……。あぁ、ありがと本音。あとはやっておくから」

 

 吹き出したお茶を拭くと布巾をキッチンに投げておく

 

 

「お前のことだ。大体見当はつく。束はどうするんだ?」

 

「そこでどうして束お姉ちゃんが?」

 

「あいつと一緒に帰らなくてもいいのか、と思ってな」

 

「それは追々。どうせ冬の間は家かクレイドルに籠るでしょうし」

 

「あー。束さんなら冬はくーちゃんと一緒にお家帰るって言ってたよ~?」

 

「え、マジで? あといつの間にかくーちゃん!?」

 

 えへへ~と笑う本音は人しれぬ所で何をしているか分からない。

 故にこんなことが起きたり起きなかったり

 

 

「これもくーちゃんから送ってもらったんだ~」

 

 シュネッケンをポイ、と投げると見事に口に吸い込まれた

 

 

「ってわけだ。これは家庭訪問だな」

 

「仕方ない……。そういえば、本音はどうする? 一緒に来る?」

 

「ん~。行きたいのは山々だけど更識の家のことがいろいろあるから無理かな~?」

 

「なら仕方ないね。ってことは簪ちゃんや楯無先輩も?」

 

「ってことだね~。お姉ちゃんはお城巡りに未練があるみたいで、卒業したら1ヶ月ヨーロッパに行くんだ! って意気込んでるよ~」

 

「虚先輩も意外と熱い人だよね」

 

「お姉ちゃんは昔から好きなものにハマると周りが見えなくなるタイプだよ~」

 

「あの成績も納得だな。妹とは違って」

 

「うぐっ……」

 

 千冬の必殺の一言が本音にクリティカルヒット。精神的HPをがりっと削った

 ベッドにダウンした本音を放置して続けた

 

 

「まぁ、真耶にもそれとなく伝えてみよう。あとは真面目に食べ歩きだな。1日飲むのもいいな」

 

「ま、全ては山田先生の好みってことで」

 

「そうだな。――真耶なら私の言うことにノーとは言えまい」

 

「あれれ~? お姉さん少し悪い顔してるな~?」

 

「どこぞの少年探偵みたいなことは止めろ。そうだ、向こうでの費用はお前が持つのか?」

 

「飲み歩き、食べ歩きの飲食費は持ちませんよ?」

 

「ソレくらいは自分で出すさ。ってことはほとんどお前持ちか」

 

「ええ。交通費、滞在費、飲食費。私とセシリアが自分の小遣いを削って……」

 

「お前らの小遣いがいくらか知らんが、痛くも痒くもないんだろ?」

 

 すこしいたずらっぽく千冬が言うも、貴族カッコガチには本当に痛くも痒くもないようでさらっと流される

 

 

「セシリアは知りませんけど、私のは給料数カ月分が吹き飛びそうです」

 

「そうか……」

 

「あれ、なにかマズいこと言ったかな」

 

「多分織斑先生はさくさくと自身の経済的格差に愕然としてるんだよ」

 

「本音が漢字を並べるなんて……」

 

「酷いな~。私だってすこしは真面目にできるもん!」

 

「と、とりあえずは分かった。オルコットも出資者ならイギリスには長居しよう。ウォルコットはフランス担当か?」

 

「ですね。ってことは……。ドイツでビールを飲み、フランスでワインを飲み、スコットランドでスコッチウイスキーをのみ、イングランドでワインを飲み、機内では日本酒を飲む、と」

 

「まぁ、そうだ……。いや、断じて違うぞ。それに、主役は真耶だ。アイツの事だから童話の舞台めぐりとか言い出すんじゃないか?」

 

「まぁ、その時はその時で」

 

「よし、大体は分かった。あとは真耶に決めさせよう」

 

 ちらりと時計を見るとすでに9時を過ぎていた。

 

 

「長居したな。おやすみ」

 

「「おやすみなさい」」

 

 千冬が出て行ったのを確認すると

 

 

「ねぇ、山田先生だけじゃなくて千冬さんもなんだかんだで楽しみにしてない?」

 

「だよね~。多分お酒だね」

 

「だね。今度鈴と箒ちゃんに冬休みは一夏くん一人だよ、って教えてあげよ」

 

「せっしーもイギリスだしね~」

 

「また一荒れ起こりそうですなぁ」

 

「ですなぁ~」



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英国淑女の憂鬱

 寒い寒い日本の冬。もう少し暖かい島国出身の彼女もまた、他の留学生同様、制服の上に更に羽織ものを追加して氷点下ギリギリの外を歩いていた

 

 

「それにしても、リアーデさんも田嶋さんも酷いですわ。私と櫻さんをスポンサー代わりにして……。お陰でチェルシーに怒られてしまいました……」

 

 ことは数日前の騒ぎ。彼女と櫻でくじ引きの景品を揃えたが為に2人合わせて数万ユーロをクラスメートと先生のために吹き飛ばしたのだ。

 それも、ヨーロッパ旅行の案内人を任されてしまい、彼女の冬休みの計画はパーである。

 

 さらにさらに、計画を詰めるとかなんとかで田嶋に呼び出されたのが数分前。

 日暮れ前の寒さが痛い外に出たのが30秒ほど前、すでに心が折れそうである

 

 

「やはり、日本の冬は堪えますわ……。スコットランドもこんなに寒くありませんのに……」

 

 なんだかんだでイギリスは温帯の国。冬も朝の気温が氷点下、なんてことは多くない。日本に来て8ヶ月が経つが、夏はそれほどでもなかったにしろ、冬がこれ程に辛いとは想像外であった。

 事前に調べて対策を打ったとはいえ、コレではまるでスキー場、と思ったのは彼女だけではなさそうだ

 

 

「セシリア~!」

 

 呼ばれて振り返れば白い息を吐くシャルロット。白いロングコートがよく似合っている

 

 

「シャルロットさん。こんな時間にどうしましたの?」

 

「律に呼ばれてね。セシリアもそうじゃないの?」

 

「ええ。本当、彼女も人使いが荒いですわ」

 

「だね。いきなりメールが来たと思ったら、アリーナ集合! ってね。慌てて上着着て飛び出してきたよ」

 

「わたくしもそうですわ。まさかこんなに寒いとは思いませんでしたけど」

 

「ほんと、日本って寒いよね。僕もこの前持ってるジャケットじゃ寒くなってコレ買ったんだよ。でもフィンランドとか、寒いとこ出身の娘たちは平気そうだから、環境の違いって大きんだな、って思うね」

 

「そうですね。夏にダウンしていた方が輝いて見えますわ」

 

「くくっ、そうだね。あ、櫻が待ってる」

 

 アリーナの前で待っていた櫻に手を振ってかけ出すシャルロット。セシリアも続く。

 それにしても、なぜ食堂や部屋でなく、アリーナなのだろうか?

 

 

「ごめんね、こんな時間に呼びだしちゃって」

 

「いえ、わたくしもプランナーの一人ですから。田嶋さんたちは?」

 

「上の小会議室だよ。大きな3Dホロマップが使えるのがそこしか無くてさ」

 

「なるほど。それで」

 

「2Dなら部屋でもできたんだけどね。ま、行こうよ、寒いしさ」

 

 そう言って歩き出した櫻に2人も続いた

 

 

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「おっす、セシリア、シャルロット。わざわざご足労頂きありがとさん」

 

「やっほ~」

 

「それで、どうして僕まで?」

 

 暖房の効いた暗い部屋で1畳以上あろう大きさの3Dマップを囲んで待っていたのはリアーデと田嶋。

 机上の地図には赤い点がいくつか輝いている

 

 

「セシリアはイギリスの、ロッテにはフランスでのプランを担当してもらうからね。私はスイスとドイツ。ソレ以外はみんなでやろう、ってことにしたんだ」

 

「したんだ、って。決定事項ですの?」

 

「もちこーす」

 

「はぁ……。それで、この点が山田先生の希望したスポットですの?」

 

「そだよ。見事に有名な場所ばかり、あと時々田舎町に付いてるけど、どうしてだろ」

 

「多分、お酒が有名なところじゃないかな?」

 

 地図を眺めながら答えたのはシャルロットだった。

 

 

「なんで?」

 

「いや、多分だけど、フランスのボルドーとか、ブルゴーニュとか、ワインで有名なところにポイントがついてるから、なんとなくね」

 

「なるほどね~。櫻にもわからなかった謎を一発で解くとは、さすがだね」

 

「ってことは、呑んだくれ旅、ですか」

 

「多分。こりゃ酷いことになりそうだね。織斑先生も一緒だからなんとかなるかな?」

 

「山田先生お酒弱そうだもんね~」

 

「じゃ、大きなヒントが出たとこで、プランニングと行こうよ。ヨーロッパは任せた!」

 

「言い出しっぺがやらないでどうするの、りっちゃん!」

 

 

「はぁ、大変なことになりそうですわ……」

 

 イギリスのあちこちに散在するポイントを見つめて、セシリアはため息をついた

 

 

 

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 プランニングに頭を悩ませた翌日は幸いにも土曜日、来週からは冬休みとあってわざわざ外にでる人は多くない。

 セシリアは珍しく1人で駅前に来ていた

 

 

 ――ここに一人で来るのは初めてですね。普段と違って少し、寂しいですわ

 

 昨日より寒さは和らいだものの、相変わらず冷たい風が吹き抜ける

 特にやることもなかったために出てきたはいいものの、これといって目的もないために目についた喫茶店に入ることにした

 

 

「ホットティーを、ストレートで」

 

 店員に短く注文を告げ、荷物を下ろすと周囲の喧騒と相まって頭が回り始めた

 

 思うことは今までの様々な出来事。

 2年、いや、3年前の冬に櫻と出会い、翌年には念願の代表候補生になることが出来た。数多のライバルを破ってBT実証機のパイロットになることが出来たのは去年の夏だった。そして今年、なんの事無く学園へ入学、櫻と再会を果たし、また、強い 人一夏とも会うことが出来た。そこで出会った仲間たちもまた、自分をより高みへと引き上げてくれた。

 

 そして、春先のお高い雰囲気は何処へやら、クラスメートの為にとパーティーで初めて仮装をした。その時見た数多くの笑顔は彼女の記憶の何処にもないものだった

 

 

「ホットティーでございます」

 

 目の間に置かれた紅茶にも気づかず、彼女は思案を続ける。

 

 良い出会いの一方で、春、夏、秋、と季節毎に招かれざる客がやってきた。それは無人機であり、暴走したISであり、奪われた姉妹機であった。

 そこでの経験は自身のおごった心を叩きのめすには十二分。だからこそ、フレキシブルを会得する為に毎日アリーナに篭った。今までにないくらい無心にレーザーを放ち続けた。知らない間にやつれていたようで、鈴やシャルロットに止められもした。その甲斐あって、今では低かった専用機持ちの間での勝率も上がってきている。相性の悪い一夏にも、勝ち星の割合が増えてきた

 

 そう考え続けるうちに紅茶の湯気は消え、ぬるくなったダージリンに思い出したように口をつけると、砂糖も入れてないストレートティーはなぜか、心が暖かくなる甘さを含んでいた

 

 

「たまには一人も、いいかもしれませんね」

 

 ――ですが、誰かと一緒に居たほうがいいのは、当たり前ですわね

 

 

 冬休みに一夏の家に突撃する計画も大事だが、友達と一緒に過ごすのもいいな、と改めて思い直したセシリアだった




アイデアが浮かばなかったんだ。許せ。

セシリア回。珍しく主人公のセリフが片手の指で足ります。それに、地の文が多い←これ重要

恐らくは文字が稼げる海外回をやって、新年を迎えさせてからクライマックスですかね。
自分の考える物語なのに全く予定が立ってないっす。プロットも何も立てずに勢いで書くとこうなるから困る。


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ドイツの朝食

年明け一発目(追記 暁に年明けに上げた話です)は山田先生のヨーロッパ紀行、ドイツ編です。

ヨーロッパでの話は文字数が稼げるからありがたい……

数話続けてからまた最後の事変にはいります。


 冬休みは4日目。山田先生のヨーロッパ紀行はスイスでのスキーを終えてコンスタンツに来ている。

 移動の初日とスイスでの2日間は天気にも恵まれ、絶景と最高の雪でスキーを楽しめたが、今まではよかった天気が一変、目が覚めると辺りは一面の雪に覆われていた。それも数日間は雪が降ったりやんだりするという。

 そのせいか、屋敷の主人は不在で、誰もいない静まった夜の館に入るのは少しの勇気を必要とした、と申し添えておく

 

 フュルステンベルク邸の客室で目を覚ました真耶は凍りついた窓から景色を見て驚いた

 

 

「すごい雪……。まるで絵本みたいですね……」

 

 庭は雪で覆われ、森の木々は雪をかぶってさながら映画のワンシーンのような景色を見せていた。

 どこかの誰かと違い、少女の心を忘れない真耶はこんな中で王子様でも来たら本当に絵本だなぁ、とか考えつつ、窓の外に夢を託していた

 

 

「真耶、起きてるか?」

 

 ノックとともに聞こえた声は王子様ではなく、千冬のもの。だが、彼女の少し低めの声が逆に真耶の夢を加速させた

 

 

「は、はい。大丈夫です!」

 

「何をそんなに慌てている。入るぞ」

 

 小さく笑いながら入ってきた千冬。慌てて現実に意識を戻した真耶は余り見ることのない寝起きの千冬をまじまじと見るとソファに腰掛けた

 

 

「どうした、そんなに見て。あぁ、寝ぐせか?」

 

「え、ええ。先輩のこんな姿見たことないなぁ、って」

 

「私だって休日は気を抜くさ。それより、少し散歩しないか? 美味いパンを出す店があるんだ」

 

「いいですね。ドイツのパンってライ麦が多いんでしたっけ?」

 

「北の方はそうだな。まぁ、今となってはあまり関係ないだろうがな」

 

「パンが星の数ほどあるって聞いたことあるので楽しみですね」

 

「そうだな。じゃ、20分後に玄関でな」

 

「はい!」

 

 ふふっ、もっと気を抜け。と言って千冬は部屋を出た。

 千冬と休日を"まとも"に過ごすなんて何年ぶりだろう、と思い出しつつ身支度を始める。

 

 

「久しぶりにしっかりとお休み出来そうです!」

 

 休むのに気合を入れるのが真耶らしいかもしれない

 

 

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「ラウラ-、朝ごはん食べに行こー」

 

「また外にでるのか? さっき走ってきた時にはくるぶしくらいまであったぞ」

 

「別にいいじゃん。湖畔のカフェでさぁ。セシリアとロッテも誘って」

 

「はぁ、分かった。付きあおう。お前のおごりだぞ?」

 

「はいはい。ミルヒブレートヒェンとココアでしょ~」

 

 すたすたと階段を駆け下りて行く櫻をラウラはため息で見送った

 

 

 

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「先輩」

 

「ああ、来たか。行くぞ。コンスタンツ湖のほとりだ。20分位で着く」

 

「はいっ」

 

 そうしていつぞやと同じ道を通って森を抜け、白く染まった湖までゆっくり歩くとちょうどいい感じにお腹もすいてきた

 

 湖畔に佇むモダンな店からは白い湯気がもくもくと上がり、ここまでパンの匂いが漂ってくる

 

 

「あのお店ですか?」

 

「ああ。夏にラウラに教えてもらってな。ミルヒブレートヒェンがお気に入りらしい」

 

「ミルクパン、ですか?」

 

「まぁそんなとこだ。他にもいろいろあるから悩むといいぞ」

 

 店に入るとパンとコーヒーの匂いに満たされ、いるだけでお腹いっぱいになりそうだ。

 千冬がそっと真耶の手を引いてショーケースの前に行くと「さぁ、散々悩め?」とからかうようにいった

 

 本当に多くのパンが並ぶ中で白いパンを見つける。札には"Milchbrötchen"と書いてある。どうもコレがミルヒブレートヒェンらしいと目星をつけ、他には……と見回す

 

 

「本当にいっぱいあって迷っちゃいますね。先輩のおすすめはなにか無いんですか?」

 

「そうだな。シンプルにブレートヒェンをジャムやマーガリンで食べるのがいいな。後は自分が美味しそう。と思ったものを食べればいい。ハズレは無いからな」

 

「そうですか……、じゃぁ、そうしましょうか」

 

 そう決めると拙いドイツ語で注文を告げていく。千冬はそれに続いて3種類ほどを頼むと、最後に小さいジャムを頼んだ。

 

 頼んだパンの数々が乗ったトレーを持って席に着くと、ほぅ、と思わず息を吐く

 

 

「さ、食べるか。どれもライ麦が日本のパンに比べれば多いからマーガリンをつけるといい」

 

「ほぅ……」

 

 千冬の見よう見まねでブレートヒェンを上下に切り分け、マーガリンを塗って一口囓る。

 するとパンの匂い、味が口全体に広がった。今まで食べたパンは何だったのか、と思ってしまうほどの美味しさに思わずにやけてしまう

 

 

「う~ん。美味しいですねぇ」

 

「だろう? そしたらいろんな付け合せで食べればいい。ミルヒブレートヒェンはそのままでいいぞ」

 

 そしてゆったりとした時間を過ごすと、少し騒がしい面々がやってきた

 見慣れた金髪、目立つ銀髪。千冬は見て見ぬふりをしてコーヒーをすする。

 

 

「私がテキトーに頼んじゃうから席取って~」

 

 耳なれた声もスルー。どうもまだ気づかれてないらしい。千冬にとっても真耶と過ごす久しぶりの休暇だ。ゆっくりしたい。

 

 バスケットいっぱいのパンを持った櫻が千冬の隣を通ると

 

 

「あ、千冬さんに山田先生。おはよう御座います。朝ごはんですか?」

 

 あっさりとバレた

 

 

「ああ。久しぶりにゆっくりできるからな」

 

「天草さん達は何を頼んだんですか?」

 

「ブレートヒェンとかそこら辺と付け合せを適当に。千冬さんは本当に無難なのが好きですねぇ」

 

「シンプルイズベストだ」

 

「山田先生のそれは……。千冬さんの勧めですね? ここのミルヒブレートヒェンはラウラのお気に入りなんですよ。甘くて美味しいです」

 

「みたいですね。さっき先輩から聞きましたよ」

 

 立ち話をしていると「櫻ぁ、早く~」と急かす声が聞こえたために、じゃ、家で。と櫻はテーブルに向かった

 

 

「すごい量でしたね。バスケットいっぱいで」

 

「ここの店は持ち帰りもできるんだ。その時はさっきのバスケットでもって帰れる。なにかおやつに買って帰るか?」

 

「そうですね。プレッツェルとか食べたいです」

 

「いいな。それなら――」

 

 

 やはり美味しいものに目がないのは何歳になっても変わらないらしい

 

 

 

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 朝食を済ませ、湖畔に出た真耶と千冬。雪は止んでいるが、積雪は多い。湖も凍っているようで、湖が雪で覆われている様はなかなか幻想的であった

 

 

「凍ってるな。真耶、立ってみろ」

 

「え、えぇっ!? いきなり割れてずぶ濡れとか無いですよね?」

 

「雪がつもるほどだ。飛んだりしなければ平気だろう」

 

 恐る恐る水面に下りる真耶を見守る千冬。

 それを見守る千冬の口角が少し上がってた

 

 

「それっ!」

 

「ひぇっ!?」

 

 ちょうど千冬の方に向いた真耶を待っていたのは手のひら大の雪玉。まともに食らった真耶はあっさりと転んでしまう

 

 

「わ、割れて……ない。何するんですか!」

 

「いや、凍った湖でやることと言ったらコレだろうと思ってな」

 

「もう! 子どもじゃあるまいし……」

 

 少しすねたように唇を尖らせてそっぽを向いた真耶、その目に飛び込んだのは白い世界から浮かび上がる対岸、メールスブルグの古い町並み。うっすらと見えるソレは朝霧に霞んでまるで絵本に出てくる魔法使いの街であるかのように映った

 

 

「きれい……」

 

「だろう? 夏は夏で緑が鮮やかでな。町並みとのコントラストがいいんだが、冬もまた雰囲気があっていいな。映画のワンシーンみたいだ」

 

 いつのまにか隣に並んでいる千冬が言う。彼女らしからぬセリフにクスっと笑うとすぐにいつもの口調で「行くぞ」と言って踵を返すのを追う。いつもどおりの2人がここにあった

 

 

 

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 また少し歩いてフュルステンベルク邸に戻ると前庭を抜け、大きく重い扉を開ける。

 広間の真ん中まで歩くとふと、人の雰囲気を感じた。

 

 

「まて、誰か居る」

 

「えっ? 天草さん達じゃ?」

 

「ん? そもそもあいつらはカフェにいた。どうして扉が開いてたんだ?」

 

「あ……」

 

「ゆっくり下がれ、そのままな」

 

 考えられるのはひとつ。泥棒だろう。ここはひとまず屋外に退散、櫻に連絡を取るのが得策だと判断して2人はゆっくりと後退る

 

 

「Freeze. raise your hands」

 

 冷たい声で告げられたソレは背中に感じる固い物体とともにその場での有利が失われたことを意味していた。

 

 

「はぁ……」

 

 ため息とともにおとなしく両手を上げ、振り返……りざまに相手の腕を捻り上げ、銃口を上に向ける。それとともに足を払って相手の首に手を回す。一瞬の芸当に真耶は唖然としていた

 

 

「Don't move」

 

 地面に転がる拳銃を真耶が蹴飛ばしたのを見ると、千冬は相手の顔を見た。

 

 

「ん……? お前は……!」

 

「ち、千冬さまっ!?」

 

 慌てて手を放すと、千冬に銃を向けた相手、クロエは軽く咳き込みながら

 

 

「千冬さま、どうしてここに? 山田先生も」

 

「櫻から聞いてないのか?」

 

「家には帰る、としか。それに今湖畔のカフェに居るようですし」

 

「はぁ……。今回は真耶がクラスのパーティーでヨーロッパ一周をプレゼントされてな。それでだ」

 

「なるほど、それで」

 

「クロエさんがいるってことは……」

 

「だな……」

 

 目線を向けられた千冬は階段を駆け下りてくる駄兎を視界に捉えると肩をすくめて首を振った

 

 

「ちーちゃぁぁん! 会いたかったよ!」

 

「お前はいつもっ! ものの表現がオーバーなんだ」

 

 アイアンクローをかましながら束が飛びついてきた衝撃を往なす光景はすでに見慣れたものとなっていた。

 思わず真耶もクロエもため息をついてしまう

 

 

「どうしてちーちゃんと無駄乳が?」

 

「無駄乳っ!?」

 

「櫻だ」

 

「あー。さくちんと他に3つ、コアの反応が湖畔で固まってるからてっきり友達連れて帰ってきただけかと思ってたけど、思わぬお友達だね。まるで家庭訪問……」

 

「いうな。私だって仕事したくはない」

 

「時々目に余りますけどね……」

 

「ま、さくちんらしくていいや。2人は朝ごはん済ませてきたの?」

 

「ああ。誰もいないから外でな」

 

「この天気だしね。ママさんはさっきチューリッヒに着いたって言ってたから昼には帰ってくると思うよ」

 

「天草さんのお母さんって、企業連の?」

 

「現CEOだな。顔くらいは見たことあるだろ」

 

「ええ。それはもちろん」

 

「実際は結構フランクな人だ。安心しろ」

 

「はぁ……」

 

 そう言って話しているうちに櫻達も戻ってきて騒がしさを増す。

 ラウラはクロエに抱きつき、シャルロットとセシリアは束を見て苦笑いを浮かべた

 

 

「あ、お姉ちゃん。帰ってたの?」

 

「おかえり、さくちん。まどっちは一緒じゃないの?」

 

「あぁ、マドカなら一夏君と一緒に織斑家に」

 

「本当か? 冗談だろう……」

 

 思わず声を上げたのは2人の姉たる千冬。マドカがいないことは疑問に思っていたがクレイドルに戻ったのだとばかり思っていた。それに一夏からも何も聞いてない

 

 

「あぁ、どうも思いつきみたいですよ? ドイツに帰るけど一緒に来る? って聞いたら「私はわたしの家に帰る。」って」

 

「あいつら、上手くやってるのか?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ? って無責任な……」

 

「何とかやってるでしょ。姉弟ですし」

 

「不安でならん。後で電話してみよう」

 

「面白いことになってることを期待しときます」

 

 後ろではセシリアとシャルロットが束に捕まり、食堂へ連行される姿が目に入ったが気に留めずに真耶を食堂へ案内する

 

 

「じゃ、暇ですしまったりしましょうか。まだ主がいませんけど」

 

「ええ。そうさせてもらいます」

 

 

 真耶のヨーロッパ紀行はまだ半分も過ぎていない。



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家庭訪問

「ただいま。みんな帰ってる~?」

 

 そうって重厚な音を立てるドアを開け、帰ってきたのはこの家の主、紫苑だ。日本ならば玄関にある靴を見て誰がいる、いないとわかるがここではそういう訳にはいかない。

 櫻が食堂の戸を開けて手を招くと紫苑は食堂へ入っていった

 

 

「あら、千冬ちゃん。それにみんなも、いらっしゃい。あら、初めて見る娘ね。クラスメート?」

 

「あっ、えっと、IS学園でテルミドールさんの副担任を勤めています、山田真耶と申します」

 

 あたふたと言葉を続けようとする真耶に向かうと

 

 

「ごめんなさいね。とても若く見えたものだから。先生が2人揃って、ってことは、家庭訪問かしら? また櫻がなにかやらかしたの?」

 

「櫻が何かやるのはいつものことですし、どちらかと言うと後始末を頼む事が多いですから。ご希望でしたら4者面談でもしますか?」

 

「いいわね。普段の櫻もよくわからないし」

 

 うげ、と声に出して苦い顔をする櫻、それを見て小さく笑う面々。紫苑はシャルロットを見ると携帯を取り出し、

 

 

「なんならリリウムも呼びましょうか? セシリアちゃんもいるし」

 

「いえいえ、大丈夫ですっ。お母さんには普段のこともよく話してますし」

 

 慌てて言葉を並べたシャルロットに微笑むと「冗談よ」と言って今度は束に顔を向けた

 

 

「束ちゃんも、顔を見るのはいつぶりかしら?」

 

「そうだね。この前電話はしたけど、ここに帰ってくるのは3ヶ月ぶり? もっとかな」

 

「クロエも、元気そうで何より。学園のことは決めたの?」

 

「はい。束さまには喜んで、と」

 

「学園のことって何?」

 

 そこで声を上げたのはもちろん櫻。このことは紫苑と千冬、束以外は知らないことだったのだから当然の反応だ

 

 

「くーちゃんを学園に入れようかな。って」

 

「聞いてないよ……。でも千冬さんが何も言わないってことは前々から相談はしてたんだね」

 

「ああ、初めて聞いた時は何事かと思ったけどな。紫苑さん、今日は書類も持ってきているので後でお願いします」

 

「ええ、わかったわ。じゃ、まずは4者面談かしら?」

 

 私の書斎を使いましょう。と言って櫻を引きずり、千冬と真耶を従えて部屋をでた4人を見送った束達。特に深いつながりがあるわけでもなく、少し緊張した空気が部屋を包む

 

 

「束さん、何か飲み物でもどうですか?」

 

「うん、もらうよ。ありがと」

 

「姉さま、なにか取ってこようか?」

 

「大丈夫」

 

 ――わ、私の肩身がありませんわ……

 

「そういえば、今日はのほほんちゃんは居ないの?」

 

「本音は家の用事があるって言ってましたよ」

 

「そっかぁ、まぁ、日本の旧家の従者だもんね。年末年始は忙しっか」

 

「でしょうね」

 

 

 会話終了。再び沈黙が場を包む。

 

 

 ――櫻ぁ! このままじゃ空気がぁぁぁ!!

 

 

 というシャルロットの願いが通じたのかどうかはさておき、数分しか経っていないにもかかわらず広い邸内に櫻の悲鳴が響いた

 

 

「はぁ……」

 

 束が呆れたようにため息をつくと、釣られたようにシャルロットがため息を付き、クロエがやれやれと肩をすくめた

 

 

「さくちん、きっといろんな黒歴史を暴かれて叫んでるんだよ。多分あと少ししたら嫌になって部屋を飛びだ――」

 

 飛び出して、と言おうとしたところで食堂のドアを勢い良く開いた涙目の櫻が居た

 

 

「――して来るよ……はぁ……」

 

「千冬さんが、千冬さんがイジメるゥゥゥゥゥ!!」

 

「はいはい、可哀想にね~。束さんの胸に飛び込んで……グフっ!」

 

 マジでタックルをかました櫻をどうにか受け止めた束はそっと櫻の頭を撫でて宥め、クロエに部屋に行くように言った

 

 

「櫻さんが泣いている所を初めてみましたわ……」

 

「だね……。なんか……かわいい……」

 

「シャルロット……」

 

 3人、と言うよりは主に千冬と紫苑に何か言われたであろう櫻は膝立ちのまま束に抱きついて離さず、思わず束も3人に助けてと視線を送るも露骨にそらされてしまった

 

 

「それで、ちーちゃんに何を言われたの?」

 

「うん……、グズっ。えっとね、学園中の代表候補生をボコった話とかね。私のことが気に入らない先輩をリアルで絞ったりね……、グズっ――」

 

 ――マジかー。さくちん、それはいくら束さんでもフォローできないよ……

 

 ――え、櫻いつのまにそんなことをしてたの?

 

 ――だから食堂でお前の周りが空いてるのか……

 

 ――先輩が櫻さんを恐れる理由がわかりましたわ……

 

 

 と、櫻の武勇伝、もといヤンキー顔負けの素行の悪さに思わず閉口する4人。その他にも整備科で便利屋――間違ったところをすべて直してくれる為――をしているとか、同級生の練習に付き合ってるなんていい話もあるものの、学園最強となってしまいかねない――楯無には生身じゃ勝てる気がしないらしい――彼女の暴れっぷりに4人が呆れ始めた頃、大人たちが戻ってきた

 

 

「なぁ、櫻。済まなかった。言い過ぎたよ。あとでハリボー買ってやるから、な?」

 

「うぅ……、子供扱いしないでくださいっ!」

 

「櫻、別に売られた喧嘩に利子付けて返すのを悪いとは言わないけど、少しは周りを考えて、ね?」

 

「ムッティまでぇぇぇ……」

 

「で、でも、整備科の皆さんにはとても好かれてますし、素行の悪さをもって有り余るカリスマ性はありますから!」

 

「ウワァァァン!」

 

 真耶が言い終えると再び泣きながら束に飛びつく櫻だった

 

 

「いまのは山田先生がトドメさしたね」

 

「素行の悪さ、なんて言ったからな」

 

「織斑先生やおばさまはオブラートに包んでいましたのに」

 

「わわっ、私のせいですか?」

 

「「「そうですね(わ)(だな)」」」

 

「ふぇぇぇん! せんぱぁぁぁい!」

 

 また泣き虫が増えたのであった

 

 

 

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「気を取り直して、今日はおそばね。大晦日だし。年越しそば」

 

「こうしていると海外、って気がしませんね。高いホテルに泊まってるみたいです」

 

「明日はちゃんとおせちも用意してあるから。楽しみにしててくださいね」

 

「今日はグダグダして、明日もグダグダして、明後日もグダグダして……」

 

「明々後日にフランスだね。ワインの季節は過ぎちゃったけど、パリで美味しいフランス料理を食べて、フランス1番のホテルに1泊。先生たちはスイートですよ、もちろん」

 

「暫くは家に居られそうだな」

 

「だね~。山田先生は何処か行きたい所ありますか? 国内で」

 

「ロマンチック街道とか行ってみたいですかねぇ」

 

「あぁ。定番ですね。記憶の片隅には入れておきます」

 

「酷いっ!」

 

 と、こんな調子で1日を過ごした7人は、年越しそばをすすると柱時計の音を聞きながら寒い寒いドイツで新たな年を迎えた




慌てて書いたショート。ちっとも話が浮かばないのでもう数話ヨーロッパで繋いでさっさと終わらせに掛かります。内容薄いです


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フランスはほろ苦く

 ドイツの湖畔で新年を迎え、2日にはシュトゥットガルトをゆっくり見て回り、3日目には同じくシュトゥットガルトからTGVで4時間かけてパリに立った6人。

 そこからチャーターした車に乗るとパリ東駅から20分ほどでチュイルリー庭園の川を挟んだ反対、オルセー美術館にやってきた。

 

 

「やっぱりパリは芸術の町。ひとつくらいは美術館に行っておかないとね。ルーヴルは古美術未鯛のから古典までなんでも置いてるから小難しいけど、オルセーは比較的近代の印象派の作品がほとんどだから飽きないと思うんだ」

 

 とはシャルロットの弁で、19世紀頃のゴッホやミレー、ルノワールなどの1度は見聞きしたことのある作品が多く収蔵されていることから比較的見やすいのではないか、と言うチョイスだ

 その読みは見事に的中し、芸術に造詣の深いセシリアはもちろん、全く興味を示さなそうなラウラまでその個性的な色彩に引き込まれていた

 

 大人二人は館内をぶらつきながらどちらかと言えばその雰囲気を楽しんでいるようで、時折見知った作品を見ると立ち止まってゆっくりと眺めていた

 

 

「どうやら当たりみたいだね」

 

 シャルロットにそっと近づいた櫻が言うと嬉しそうに「みたいだね。ルーヴルは年明けからスゴイ混んでるみたいだし、こっちでよかったよ」と返した

 

 

「オルセーはルーヴルみたいにべらぼうに広い訳じゃないから手早く見て回れていいね。お昼はどうするの?」

 

「お昼はここで少し小腹を満たすくらいでいいかな、って思ってるんだけど、ダメかな?」

 

「いいんじゃない? これから行く先でふらっと気になったものを食べればいいしね。それに夜は本場のフレンチが待ってるんでしょ?」

 

「うん。だから程々にね? ブリストルが待ってる」

 

「ってことはこれからシャンゼリゼ?」

 

「その通り、端から端までゆっくりすれば夕方にはなるでしょ? そしたらチェックインだね」

 

「いいね。そろそろみんな来るかな?」

 

 左腕の小さな腕時計をちらっと見ると12時半ごろを指している。人がそこそこいるが、よく見ると4人が固まってこっちに向かってくるのが見えた。

 

 

「来た来た。じゃ、そこのレストランでお茶にしましょう。この後はシャンゼリゼ通りに行くのでしっかりランチと言うより、そこまでのエネルギーな感じで」

 

「こんなカジュアルだと場違いな感じがしてきますね」

 

「ここは来館者向けなのでそんな堅苦しくありませんよ。堅っ苦しいのがお望みなら今夜のレストランを変えますけど」

 

「いやいや、私には不相応なのでいいですよ!」

 

「冗談です。今夜もそんなに形式張った所は取ってません。何はともあれ、休憩にしましょう」

 

 そう言って6人はレストランに消えていった

 

 

 

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「さて、ちょっと遠回りして、ルーヴル美術館の前を通ってシャンゼリゼまで行こうと思うんですけどいいですか? メトロで直接行ってもいいんですけど」

 

 芸術にどっぷり浸った6人がいるのはセーヌがちらりと見えるオルセー前の広場。開けているだけあって風が冷たい

 

 

「ルーブル美術館と言うと、あのガラスのピラミッドですか? 見たいです!」

 

「山田先生がそうおっしゃるのでしたら、反対するわけには行きませんわね」

 

「あくまでもこの旅行の主役は真耶だからな。それに、少し身体を動かしたほうが暖かいだろ」

 

 シャルロットが両隣の櫻とラウラを見れば2人は黙って頷いた

 

 

「じゃ、決まりですね。ルーヴル美術館までは大体15分もあれば着くと思います」

 

 セーヌ川沿いに歩いて、橋を渡り、門をくぐれば右にルーヴル美術館、左にはチュイルリー庭園が広がる。

 さらにもう少し歩いてラウンドアバウトまでくればプラミッド・ド・ルーヴルが右にある

 

 

「わぁ、コレがルーブル美術館ですか……。テレビで見るよりずっと大きいんですね」

 

「そうですね。ルーヴル美術館の建物はもともと宮殿だったんですけど、それに増改築を繰り返して今の形になったんです。今では世界で一番来館者の多い美術館ですね」

 

「じゃ、写真とって行きましょうか。せっかくですし」

 

「あぁ、じゃ、私がシャッター切りますね」

 

 そう言って真耶からカメラを受け取ろうとした櫻だったが、「全員入っていたほうがいいです。誰かにお願いしましょう」と言う真耶に押し切られ、通りかかった観光客に一枚撮ってもらったのだった

 

 

 その後はラウンドアバウトの反対、カルーゼル凱旋門をくぐってチュイルリー庭園を抜ける。

 さすがに冬だけあって少しさみしい感じが否めないが、木々が立ち並ぶ街道をまた10分歩けばルクソールオベリスクが見えてくる

 

 

「あれがルクソールオベリスク、クレオパトラの針、とも呼ぶのかな? それと、コンコルド広場。フランス革命の時にはマリー・アントワネットが処刑された場所だね」

 

「コレが教科書に出てきた斬首の場所か。心なしか教科書の挿絵と似ている気がするな」

 

「あははっ、そうかもね。じゃ、いざ、シャンゼリゼへ!」

 

 車通りが多いラウンドアバウトをタイミングを見計らって渡っていく6人。信号は赤である

 シャルロットが渡っていったものだからついていかざるを得ない5人が内心ビビりつつも渡ると意外なことに止まった車の運転手は特に嫌な顔をしているわけではなかった。他の場所でも似た光景を見たが、そこでも『なに、いつものことさ』と言った顔だったのだ

 

 

「シャルロットさん。フランスでは信号を守りませんの?」

 

「あぁ、それね。別に自己責任で渡ればいいんじゃないかな? 確かに危ないかもしれないけど、止まってくれるしね。初めて日本に行った時は危うくはねられるところだったよ」

 

 笑いながら彼女は言うが、それがどれだけ恐ろしいかを想像したセシリアは少し鳥肌が立った

 

 

「これがシャンゼリゼ通り。世界で一番美しい通り(la plus belle avenue du monde)って言われることもあるよ。多分、日本でイメージされるようなシャンゼリゼ通りはもっと先のほうなんだ。ブティックとかカフェとかね」

 

 ぞろぞろとシャルロットについて歩くともう見慣れてきた古い建物が並んでいるのが見える。

 シャンゼリゼ通りの西側、6差路を超えた先だ

 

 

「そしたらここ自由行動にしようと思います。5時にまたここに集合で。そしたらまたホテルまで歩きます」

 

「ふむ、3時間ほどか。まぁ、ゆっくり往復すればちょうどいいな」

 

「そのつもりで時間設定してますから。服を買ったり、カフェでまったりしたりですね」

 

「そうだな。一夏とマドカへのおみやげ探しにもちょうどいいだろう」

 

「それは明日でもいいかもしれませんね。ギャラリー・ラファイエットに行く予定なので」

 

「そうか。なら明日にしよう。真耶、どうする?」

 

「えーと……」

 

 そう言いながら真耶はバッグから取り出したガイドブックとにらめっこ、そして何かひらめいたようにページに指をさして千冬に見せた

 

 

「ここがいいです! 絶対美味しいですよ、これ」

 

「そうだな。何処だ? あぁ、だいぶ先じゃないか」

 

「でも、時間はたっぷりありますし。」

 

「だな。それじゃ、私達は行く。気をつけてな」

 

「千冬さん達のほうが明らかに観光客なんですから……」

 

「それもそうだな。じゃ、5時にここだな」

 

「はい。山田先生とかあっさりスられそうなので貴重品はチャックのついたポケットに入れておくといいですよ」

 

「そうですね。……コレでよし、っと。じゃ、先輩、行きましょうか」

 

「ああ」

 

 そう言って歩き出した2人を見送った4人はお互いの顔を見合わせると打ち合わせていたかのように同時に口を開いた

 

 

「「「「これからどうする(しますの)?」」」」




シャルロットがガイドのフランス回。翌日とか普通に予定を言いましたけど、書く気無いです。ハイ。

地名とか道順とかはグーグルマップをフル活用してるので大体あってると思います。
ストリートビュー様様


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セカンドタッチ

 田先生のヨーロッパ紀行、3カ国目のフランスでは初日からオルセー美術館、そしてシャンゼリゼ通りとパリの有名ドコロを確実に回っている。

 現在は大人2人と別れ、シャンゼリゼ通りのカフェで一休み。

 

 

「やはり異国の町並みというのは見ていて飽きませんわね」

 

「だな。学園のハイテクぶりとは真逆でとても綺麗だ」

 

「なんなら今度は京都でも行こうか? 春休みとか」

 

「いいね。僕も一度言ってみたかったんだ。お寺とか神社とか」

 

「いいですわね。金閣寺は海外でも有名ですわ」

 

「定番だな。私としては本場で抹茶を頂きたいところだ」

 

「ラウラは茶道部だもんね。もう作法もバッチリなの?」

 

「もちろんだ。織斑先生に扱かれたからな」

 

「でも、ラウラが茶道部に入るって聞いた時は驚いたよ。言っちゃ悪いけど、スゴイ意外だったしね」

 

「そうですわ。ラウラさんは……そうですね、武道とかそちらに行くとばかり思っていましたし」

 

「柔剣道はある程度出来る。ならば新しい文化に触れるのも一興だと思ってな。そういえば、櫻は部活に入っていたのか? もう半年以上経つが」

 

「いやぁ、生徒会ってことでごまかしてもらってるかな。時々いろんな部活に飛び入りしたりしてはいるんだけどね」

 

「飛び入りって……」

 

「櫻さんの人徳が垣間見えましたわ」

 

 乙女の話は止まることを知らず、ぐだぐだと話し続けるうちにずいぶんと時間が経ってしまったようだ。時計はもうすぐ4時半を指そうとしている。

 さて、そろそろ待ち合わせ場所に戻るか、というところで少し派手な格好のご婦人と従者のような男性が入ってきたのが見えた。

 

「派手な服の方ですわね。でも、そこまで口説くないのはセンス故でしょうか」

 

「シャルロット、アレがフランスの上流階級と言うやつか?」

 

 ラウラが問いかけるもシャルロットはその婦人に目を向けたまま動かない。

 どうした? と再度ラウラが呼びかけるとやっと返事をした

 

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。なんともないよ?」

 

 その声が聞こえたか聞こえなかったか、婦人がこちらに目を向けるとずんずんと近づいてくる。それに合わせるかのようにシャルロットの顔が引きつっていった

 

 

「あら、祖国を捨てた妾の子がこんなところで何をしているのかしら? そのお友達も詐欺まがいの方法で釣ってきたの?」

 

 苦い顔をするシャルロット。この罵倒から相手に察しを付けたのがラウラ。そして、相手が誰かも知らずに口火を切ったのはセシリアだった

 

 

「どなたか存じませんが、シャルロットさんはわたくし達の立派な友人でしてよ。彼女を貶そうなど、このセシリア――」

 

「ストップ、セシリア」

 

 察しが悪いのは相変わらずというべきか、熱くなりかけたセシリアを櫻が止め、再び口を開いた

 

 

「こうして直接顔を合わせるのは初めてでしょうか、デュノア夫人。それと、奥にいらっしゃるのはオリヴィエ社長ですか?」

 

「私はあなたを知らないわ。誰なの?」

 

「ポラリス、共同代表のテルミドールです。あなた方には元企業連CEO、櫻・フュルステンベルクと言った方がよろしいでしょうか?」

 

「あなたが、そう……。あんな妾の子を金で買い上げデュノアの信用を失墜させてくれたのね!」

 

「元を正せばあなた方の詰めの甘さが招いたことでしょう。経営者としては3流以下ですね」

 

「黙りなさい! 金に物を言わせてIS市場を独占して……。デュノアはお陰で経営危機よ!」

 

「そうですか。それにしては羽振りが良さそうですが。確か、本社はオート・ノルマンディーでしたよね。わざわざパリまで出向いてお買い物とは」

 

「あなたには関係ないでしょう! ああ、もう。一息つこうと思えばこんな……!」

 

 呆れるように言って踵を返すと路上に停めた車に乗り込んだ。

 その場に残されたのはオリヴィエ・デュノア社長。彼は櫻とシャルロットの前に立つと頭を下げた

 

 

「お会いできて光栄だ、マダムフュルステンベルク。シャルロットを助けてくれてありがとう。そして、ロロット久し振りだね。元気だったかい?」

 

「……うん。お父さん……」

 

「それはよかった。こんなにいいお友達も出来て、父親として幸せだ。本当なら、私が何とかするべきだったのに申し訳ないことをしたね。マダムウォルコットにも迷惑を掛けてしまった」

 

「いいんだよ。あの人にはお父さんも逆らえないんでしょ?」

 

「情けないことにね。だけど、こうしてロロットに会うことが出来た、それだけで私はまた前を向いて歩くことが出来る。またいつか、私の手に会社を戻すまでね」

 

「頑張って、お父さん」

 

「オリヴィエ社長。また何かあればご連絡を」

 

「ああ、その時はまた世話になるかもしれないね。もう無いといいが……。じゃあ、ロロット、元気でな。お友達もさっきはひどい言葉を掛けてしまったね。すまなかった。またこの国を楽しんでいって欲しい」

 

「うん。お父さんも、元気で」

 

 シャルロットの言葉を聞くと、優しい笑みを浮かべてから車に向かっていった

 

 

「あれが、デュノア社の社長夫妻でしたの……?」

 

「うん。僕が一番憎むべき相手、かな」

 

「あの口調が腹立つ女はさておき、やつれた男は実父なのだろ?」

 

「そうだよ。僕、お父さんが僕のことをあんなに考えてくれているなんて思ってもいなかった……」

 

 泣きだしたシャルロットを座らせるとローズマリーを頼んだ

 ひとまず落ち着くまでにこの経緯を話そうか、と櫻がシャルロットに問えばちいさく頷いて答えた

 

 

「あの会社に何があったのか話すと長くなるんだけど。そうだな、ざっくり話すなら今の社長夫妻は政略結婚的な要素が大きい。ってとこかな。だからロッテのお母さんと結婚したくても出来なかったんだと思う。それで気がつけばあの女が会社の経営権を握り、社長は名ばかり。経営の素人に手綱を握られた会社は失墜の一途。イグニッションプランからも外され、苦肉の策でロッテを学園に送り込むも逆手に取られてあっさりと。今はラファールのメンテナンスとアップデートで食べてるみたいだけど、これも近いうちに終わるね」

 

「本当にざっくりですわね。でも、大まかにはつかめましたわ。ですが、どうして社長夫人が櫻さんに喧嘩腰でしたの?」

 

「お前は本当に察しが悪いな、セシリア」

 

「なっ、何を言いますの? ラウラさんはこんなざっくりな説明で事態を把握できまして?」

 

「まぁ、偶然知ってしまったこともあるが、シャルロットの今の家がヒントだな」

 

「ヒント、って……。ん……? シャルロットさんのイギリス移住を手引きしたのは櫻さん?」

 

「その通り。もっと言っちゃうとオリヴィエ社長も手を貸してくれた。本当はシャルロットに言うべきだったんだろうけど、本人に口止めされちゃってね」

 

「それはきっと、シャルロットさんを思ってのことなのでしょうね」

 

「そうだろうね。自分の元を離れるのは寂しくても、これ以上つらい思いをさせたくなかったんだよ」

 

「いい父だな」

 

「ええ、本当ですわ。娘思いで……」

 

 親が居なかったり失ったりと少し訳ありな2人が遠い目をしたところでマズかったかな、と櫻が少し顔を曇らせたところ、セシリアがそっとお茶のおかわりを淹れながら

 

 

「シャルロットさん、落ち着きましたか?」

 

「うん、大丈夫。ありがと」

 

「聞いてた? ロッテ」

 

「うん。お父さんが僕の移住に手を貸してくれたなんて……」

 

「実の親だから、あんなに早く手続きが済んだんだよ。ウチがシャルロットを抜き取ろうと考えたら何処からとも無くコンタクトを取ってきてね。それで」

 

「そっか。それなのに恨んでる、なんて、僕は酷い事を……」

 

「いいんじゃない? きっと社長はロッテを愛してたから憎まれ役を引き受けてくれたんだよ」

 

「だといいな。きっとそうだよね」

 

「うん。さっきのでわかったでしょ?」

 

「もちろん。あぁ、元気出てきた。いろんな人に愛されてるってわかったからね」

 

 そう言って笑ったシャルロットの笑顔はいつも以上に明るかった

 

 その空気に釘を差すようにして鳴った携帯。櫻がポケットに手を入れて首をふるとシャルロットが「あ、」といった顔で電話に出た

 

 

『オルコット。今何時だ?』

 

「えっと……」

 

 そう言って腕時計に目を落とすと時刻は5時を10分ほど過ぎている。マズい

 

 

「5時10分です。スミマセン」

 

『私達はお前らが居ないと動けないんだ。頼むぞ……』

 

「ハイ、今すぐ向かいます……」

 

 携帯をしまうと「織斑先生」と言った。4人が真冬のシャンゼリゼを駆け抜けるのに、そう時間はかからなかった




急遽予定変更(という名の思いつき)でフランス編続きました。

デュノア夫人、更にISのSSではよく出てくるシャルロットのお父さん(超いい人)登場です。

デュノアが羽振りのいい理由、そしてだいぶ前の話で出てきた「アレ」が今後の鍵になってきますね。
特にとっさの思いつきが無ければ次こそ海峡をわたってイギリスに入ります


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イギリスは激甘で

 フランスで色々と有意義な数日間を過ごした一行が最後にやってきたのは予定通りイギリス。この国で最後の1週間を過ごす予定だ。何はともあれ、パリを始発のユーロスターで発って3時間ほど。電車はロンドン都心部のセントパンクラス駅に到着した。

 

 駅で入国審査を済ませると広々としたアーケードへ。するとシャルロットの携帯が鳴った

 

 

「あ、お母さんだ。もしもし」

 

 リリウムがシャルロットの携帯の位置情報でも見ていたのだろう。そういう所は過保護というか、なんというか……と櫻がリリウムの娘の溺愛っぷりに嘆息したところでシャルロットが話を終えて携帯をしまった

 

 

「お母さんこっちにくるって。多分30分位かな」

 

「リリウムさんに帰るって言ってたの?」

 

「一応ね。けどいつ帰るかは言ってなかったから」

 

「こりゃ夕飯が豪華になりそうだね」

 

「い、イギリスのご飯、ですか……?」

 

 心配そうに言ったのは山田先生。その口調に一抹の不安が乗っているのに気づかないほどセシリアは鈍感ではなかった

 

 

「失礼ですが山田先生、一口にイギリスのご飯とおっしゃっても一流レストランの料理はちゃんと美味しいものですのよ?」

 

「日本人のイギリス料理への偏見が見えたね」

 

「だね……」

 

「リリウムさんが来るまで時間を潰すか。上にカフェがあるが、どうする?」

 

「構いませんわ。今日明日はロンドンで過ごす予定ですし。幾つかルートも考えてありますので」

 

「生粋のイギリス人のオルコットさんですから、きっと良い所を案内してくれると期待してますね」

 

「もちろん、山田先生にもう一度と言わず、何度でも来たくなるように選りすぐりのスポットをご案内いたしますわ!」

 

「すごい気合だな」

 

「ね。私もイギリスに関してはほとんど触ってないしね……」

 

「え、ホント? でも、セシリアだし、大丈夫だよね?」

 

「ま、英国貴族様御用達スポットを巡れると思えば」

 

「ハズレはなさそうだね」

 

「うん」

 

 セシリアがこそこそと内緒話をする3人に目を向けると

 

 

「なにかありまして?」

 

「いや。セシリア気合入ってるな、ってさ」

 

「もちろん。祖国を案内するのに適当なんて申し訳が立ちませんわ。それに、わたくしは国家の顔としての役割も一応ありますし。お客様をきっちりともてなすのは貴族の礼儀でしてよ」

 

「ノブレス・オブリージュ。って誰に教わったんだっけなぁ?」

 

 数年前のパーティーが思い出される。まだ垢抜けない少女であったセシリアに貴族として、最低限の心得としてノブレス・オブリージュを説いたのはだれでもない櫻だったのだから

 それを思い出したのか、顔を赤くすると「これも櫻さんの一言故ですわ!」と言ってくるりと身を翻すとエレベーターに向かって歩いて行った

 

 

「ふふっ、空回り気味なのがセシリアらしくていいね」

 

「笑っちゃダメだよ。彼女は真面目なんだから」

 

「それもそうだね。僕もシティしか知らないから楽しみだな」

 

「私はそもそも国外がだな……」

 

「いいじゃん。いろんな国に行って、色んな物を見るのもまた経験だよ」

 

「そのつもりだが、いかんせんこんなペースでいろんな国を回るのは初めてで、少しつかれたな」

 

「ラウラがつかれたって言うなんてね。明日は雨かな」

 

「ロンドンでそれは洒落にならないなぁ」

 

「?」

 

 頭に疑問符を浮かべるラウラの手を引くと、櫻とシャルロットはセシリアと大人2人の後を追った

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 コーヒーを一杯飲みながら溜まった仕事を片付ける櫻やシャルロットは高校生にして早くもキャリアウーマンの風格が見え隠れしている。それに対する真耶は……

 

 

「にがっ! 少し濃い目ですねぇ……」

 

「そうか? 私はこれくらいが好みだが」

 

「先輩はいつもいつもブラックで飲んでるから感覚が狂ってきてるんですよ~。普段コーヒーを飲まない私には苦いんですっ!」

 

 とまぁ『コーヒーが飲める=大人』な構図をあっさりとぶち壊していた

 

 シャルロットと同じように一企業に務めるラウラはノートパソコンを広げるようなことをせず、甘めのコーヒーをすすりながら窓の外を眺めていた。

 

 

「あ、着いたみたいです。下のパンクラスロード側にいるって」

 

「そうですか。これで冬休み最後のイギリス旅が始まるんですね」

 

 期待に胸を膨らませる真耶を始め、一行はアーケードを抜け、駅の東側、キングスクロス・セントパンクラス駅との真ん中を通るパンクラスロードに出た。

 するとまっていたのは黒塗りのセダンが3台。リリウムは真ん中の車に寄りかかって携帯を見ていたが、こちらに気づくと大きく手を振った。

 

 

「おかえり、ロロット。みんなもようこそ、イギリスへ。とりあえずまずはお昼かしら。さ、乗って」

 

「えっと、おばさま。お昼は予約をとったレストランがありますので、そこで」

 

「あら、そう? じゃ、そこに向かいましょうか。何処にしたの?」

 

 手短に場所を伝えると「ああ、そこね。わかったわ」と返事をして2人共車に乗り込んだ

 

 セントパンクラス駅から車で20分ほど、ソーホーの一角にある少し古めかしい見た目の建物の前に車を停めると、ドライバーが慣れた手つきでドアを開けた。思いがけない待遇の良さに少し挙動不審な真耶以外は慣れた様子でレストランに入っていく。

 

 そしてセシリアが受付で2言3言話すとテーブルに案内された

 

 

「それで、ここでは何を食べられるんでしょうか?」

 

「ローストビーフですわ。定番のイギリス料理ですの。だからまずはそれを食べて頂いてからイギリス料理をゆっくりと楽しんでいただければ幸いですわ」

 

「ローストビーフですかぁ。楽しみですね~」

 

 しばらく待つとそれぞれの前に美しく盛られたローストビーフと付け合せのプディングが出てくる。

「いただきます」の一声で食べ始めるとふっつうに美味しいのだ。グレイビーソースと合わせて口の中でふわりと広がる香り。プディングも一緒に食べてしまえば大満足だ。

 

 そうして初っ端から美味しいイギリス料理を味わった一行は再び道路に出ると

 

 

「次の行き先はベイカーストリート221Bですわ」

 

「妙に具体的だな。何があるんだ?」

 

 首をひねる千冬と対照的に、少し悩む素振りを見せた真耶はすぐに答えを出したようで

 

 

「ああ! アレですね! ふふっ、楽しみです!」

 

「山田先生は読書家だとお伺いしてましたので、読んだことがあるかと思っていましたが、正解だったようですね」

 

「はい! ミステリーの中では大好きなものの一つですね」

 

「では、行きましょうか」

 

 妙にテンションの高い真耶と、頭に疑問符を浮かべる数人。リリウムは笑顔を浮かべたまま頷いていた

 

 また車で10分ほど、新旧さまざまな建物が立ち並ぶベイカーストリートを行くと、少しして車が止まった。道が混んでいるので手早く、というドライバーにしたがってそそくさと車を降りると「221b」のプレートを眺めて目を輝かせる真耶とそれを見てなるほど、と頷く千冬だった

 

 

「さて、もうお分かりでしょうが、このベイカーストリート221bと言う住所は名探偵、シャーロック・ホームズがワトスンとともに下宿していた住所ですわ。いまは博物館になってますの。ですから、そこを見学しようかと」

 

「こ、これがホームズの……」

 

「頼めば帽子とマントを被って記念写真も撮らせていただけますわ。それは帰りにしましょうか」

 

「はいっ!」

 

 入館料を数ポンド支払うと17段の狭い階段を抜けて居間に出る。どうやらここでも帽子を被って記念写真を撮れるようで、ホームズの被っていた帽子をかぶると千冬相手に「これは事件だよ、ワトスン君」とわざとらしく言うのだった。

 

 まるで子どものようにはしゃぐ真耶を見た千冬はいつもの様に呆れた笑顔を浮かべ、学生たちはあまりの豹変ぶりに少し引くのであった。

 

 ひと通り見て回り、お土産を買うと玄関先でワトスンに扮する紳士と共に記念写真を取り、もう満足です、と言わんばかりの顔で一行は今夜の宿へと向かうのだった



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衝撃の事実

イギリス旅3日目の夜、イングランド東海岸のブラックプール、オルコットの家に到着すると、セシリアが「先客のようですわね」と不思議そうに口を開いた。

 

「ただいま帰りましたわ。お客様をお連れしました」

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。みなさまも、遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」

 

 そう言って一礼するのはセシリアの専属メイド、チェルシー。あまり年は離れていないはずなのにその動きからは大人の余裕にも似た何かが醸しだされている。

 

 

「お嬢様、政府の方が先ほどお見えになりました。アポ無しで」

 

「車回しに見慣れない車があったので、まさか、とは思いましたが。何事でしょうか?」

 

「要件は『一部国家機密に該当する恐れがある』とお伺いしておりません」

 

「そうですか、ではまずそちらからですわね。お客様のおもてなしをお願いします。それと、政府の方にも夕食の席に同席願いましょう。織斑先生と櫻さんには申し訳ありませんが、彼女らの名前を使えば釣れるでしょう」

 

「かしこまりました」

 

 聞かれたくない話なのか、小声でメイドと話すとこちらに向き直って「失礼ですが、先客がいるようで、先にそちらのお相手をしてきますわ。みなさんは夕食まで自由になさっていて。チェルシー、みなさんをお部屋に」そう言うと階段を駆け上がっていった

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 客間の扉を少し乱暴に開けると中には2人の男が待っていた。中肉中背、まさに『普通の男』を体現したかのようだ。

 

 

「遅くなりました。セシリア・オルコット候補生、参りましたわ」

 

「突然押しかけたのは我々だ、そう固くならなくていい。友人との旅行中に済まないね」

 

「いえ、私も政府に仕える身、呼び出しとあらば応じるのが当然ですわ」

 

「そう言ってもらえるとまだ気が楽だね。手短に済ませてさっさと退散するとしよう。折角の休みだからね」

 

 メガネの方が話せば、隣の寡黙な方は頷く。「じゃ、本題だ」とメガネが切り出すと寡黙な方がカバンから紙の束を取り出した。

 

 

「コジマ粒子、ですか?」

 

 その表紙には「西海岸にて発生したコジマ反応への考察」と題された数枚程度のレポート。

 すでに過去の遺産と化したコジマ粒子の反応がなぜいまさら? と少し不思議に思ったところで

 

 

「なぜいまさらコジマ粒子が? と思っていることだろう。まぁ、そのレポートにも書いてあることだが、フランス国内でコジマエネルギーを使った兵器が開発されている可能性もある。濃度は基準値から0.5%ほど高いだけだから誤差の可能性も否めないが、いままできっちり基準値内に収まっていた事を考えるとその可能性は低いだろう」

 

「ですが、なぜ今更になってそんなハイリスクなエネルギーを? 今ではもっとクリーンなエネルギーで賄っていられるというのに」

 

「我々にもわからん。だが、フランスがIS条約を無視してコジマ兵器をISに搭載する可能性も考えられる。そうなると操縦者、機体、環境、全てへの影響は未知数だ。いまBFFにコジマ粒子に関する情報を片っ端から送ってもらっているが、環境への影響はともかく、対ISに使用したことなどもちろんないからな……」

 

「BFF…… あっ!」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 突然間抜けな声を上げたセシリアに、メガネが聞く。寡黙な方も目を見開いて驚いていた。

 

 

「わたくしのお友達、というのは櫻さん、ですわ……」

 

「天草櫻か! い、いまこの屋敷に?」

 

「ええ」

 

「ぜひとも呼ぼう、と言うより呼んでくれ」

 

「は、はいっ」

 

 セシリアが慌てて部屋を飛び出すと寡黙な方が口を開いた

 

 

「天草櫻、本当に厄介な女だな」

 

「博士、本人の前でそれは言わないでくださいね。機嫌を損ねられて困るのは我々ですから」

 

「わかっている。コレでも英国紳士の端くれ、レディの前でそんなことは言わんさ」

 

 そうこうしているうちに再び扉が開かれ、2人が入ってきた

 

 

「始めまして、こんなナリで申し訳ありません。ポラリス共同代表、キルシュ・テルミドールです」

 

「わざわざご足労頂き光栄です。私は国防省次世代兵器課のジェームズ。隣はガフナー博士」

 

「うそぉ……」

 

「どうかされましたか?」

 

 櫻の視線はただ一点、ジェームズと名乗ったメガネの男の隣、寡黙な男を見ていた

 

 

「ガフナーのおっちゃん?」

 

「ああ、久し振りだね、サクラちゃん。大きくなったな」

 

 まさかの繋がりにブリティッシュの2人は黙って驚いている。それを他所にガフナーの手をブンブンと振り回す櫻。

 

 

「えっと、博士、お知り合いですか?」

 

「知り合いも何も、私がローゼンタールに努めていた時のリンクスの娘さ。いやぁ、懐かしいね。あの後すぐに辞めたから10年ぶりか」

 

「うん、そうかな。私がローゼンタールのCEOになったときにはもう居なかったから何処行ったのかと思ってたよ」

 

「済まないね、あの後はフリーの開発者をやっていてね。いまはこうしてコジマとACの専門家としてアドバイザーをしてる」

 

「ってことはコジマ絡みなの?」

 

「ああ。オルコットさん、さっきのレポートをサクラちゃんに見せてもらえるかな」

 

「あ、はい。コレです」

 

 セシリアから手渡されたレポートを流し読むと一言きっぱりと

 

 

「デュノアだね」

 

「はぁ?」

 

「え、それだけで?」

 

「ふむ、経緯を聞こうか」

 

 三者三様の反応で非常に面白いが、それだけでは済まない。

 

 

「この前フランスでデュノア夫妻に会ったんだよ。妙に羽振り良さそうでね。まぁ、見栄とかそういう可能性もあるけど。それに、今コジマを扱えるのは企業連各社の旧AC関連ラインのみ、そうじゃないとコジマが漏れるし、そもそも企業連内での社内規則ではコジマを新規に扱うときは外部監査が入るんだよ。私のところに新しくラインを動かすって話は来てないから、企業連内ではない」

 

「ふむ、たしかにな。企業連のAC製造ラインは完全に密閉された建物で行われる。毎日3回の工場敷地内コジマ検査、引っかかれば間違いなくトップのところに話が行くだろう。サクラちゃんが紫苑から何も聞いてないならそれもないってことだ。まぁ、そこまでは私も彼に話したさ。それ以外にもあるんだろ」

 

「もちろん。AC関連の製造に求められる工作精度を出せるマシンは個人では手が出ない。それに専用のテスターとかいろんな付属設備が必要になる。だからIS用の高精度の工作機械を持っていて、イギリスに近くて、敷地がある。そうなるともうデュノアしかないんだよね。ローゼンタールだったらもっと濃度が下がってるだろうし。話すとキリがないからざっと行くとこんなん。もういい?」

 

「ああ、十分だ。そうだろ」

 

 ちらりとジェームズを見やるとやれやれ、と言った仕草をした。

 

 

「ミステルミドール。よろしければその報告を書面にまとめて提出していただけると我々としては……」

 

「ヤダ」

 

「えっ……」

 

「はっはっはっ。いいな、サクラちゃんらしい」

 

 ある意味、イギリス政府直々の要請とも取れる話をあっさりと蹴飛ばした櫻を笑うガフナー。断られたジェームズは慌ててメガネが少し落ちた。

 

 

「博士、笑ってる場合じゃないですよ。こっちにしてみれば最強の助っ人なんですよ!」

 

「考えてみろ、ジェームズ。私は君らに幾らで雇われたか。それに、今の話だけで幾ら節約できたのかを」

 

「しかし……」

 

「え、えっと。わたくしは……」

 

「ああ、済まない。もうしばらく辛抱してくれ」

 

「はい……」

 

 あっさりといらない子になってしまったセシリア。櫻に救いを求めるも、仕事モードの顔つきでとっさに目を背けてしまった。

 

 

「それで、いくら出せるんだ? ジェームズ」

 

「それは私には……」

 

「なら、彼女の助力は諦めるんだな。聞いた話で我慢だ」

 

「別に、今話したことをおっちゃん名義で出しちゃえばいいじゃん。さすがにデュノアだ、って裏付けは必要になるだろうけどさ」

 

「そんな軽いノリで!?」

 

「いいのか? イギリス政府にタカれば数十万ポンドはせしめられるぞ」

 

「別にお金目当てじゃないしね。今更世界に歯向かうなら私達が武力制圧すれば済む話だし」

 

「なるほど。ポラリスの見解はそうなるのか」

 

「そもそもコジマとISは相性最悪なんだよ。IS用エネルギーの方が応用が利くし、効率も高いんだ。だから今更コジマを使うとなるとそれこそネクストを新規製造するくらいしか用途ないよ」

 

「私もその可能性は考えたんだがな、今更ネクストを造る理由は何だ? AMS適正がある人間なんてそう多くない。だからといって10倍以上の人数で動かすのも非効率すぎる。そもそも目的は?」

 

「ISに恨みがある人間なんていくらでもいるしね。ポラリスが出来た今、明確な敵として君臨してるんだから叩きに来るんじゃない? でも、ISが無い、どうしよう。そうだ、ACを使おう。ってね」

 

「サクラちゃんは今ACの研究はしているのかい?」

 

「全く。ISにつきっきりだから仕方ないよ。それに、何度も言うようだけど、今更ACは古すぎる」

 

「まぁ、今日の所はこれくらいにしようか。もういい時間だしな、腹が減った」

 

「まとめれば、フランスのACに注意。ってね」

 

「は、はぁ……」

 

 旧知の2人が熱い議論を交わし終え、蚊帳の外だった現代っ子2人が戻ってきた。

 

 

「櫻さんが話していたことが全く理解できませんでしたわ……」

 

「仕方ないよ、旧世代技術だしね。まぁ、兵器としてのISはそれに助けられてる部分もあるけど」

 

「櫻さんが時折使うブースターなどもアーマードコアの技術を?」

 

「だね。キャノンボールファストで使った馬鹿でかいブースターもACの遺品。BFFに頼めば作ってくれるよ。一般製品は企業連各社でお求め頂けます」

 

「先ほどとの温度差が厳しいですわ……」

 

 冗談を飛ばしているとジェームズが改めて向き直り「オルコット候補生、本日の内容は国家機密事項となります」と言った

 

 

「ミステルミドール、オルコットにも言いましたが、コレはイギリスの国家機密。今他国に漏れると困るのです。ご協力をお願いします」

 

「まぁ、おもいっきりフランスのせい、って言ってるようなものですし。分かりました。ただし、ポラリスとしてはこの情報を元に対ネクストを視野に入れて研究活動を行うことをご了承ください」

 

「外部にもれない限りは問題ありません。厚かましいですが、その際の技術供与は……」

 

「兵器に関してはありません。コレは委員会で言ったとおりです」

 

「ですよねぇ……」

 

「彼女は小さい頃から負けず嫌いな上に頑固だからな。諦めろ」

 

「そうしますよ、博士」

 

「じゃ、サクラちゃん、あえてよかったよ。紫苑にもよろしく伝えてくれ」

 

「もちろん。おっちゃんも元気でね」

 

「まぁ、ISが次の世代に進化するまでは死なんさ」

 

「あれ、結構早死だね」

 

「冗談だろ……」

 

「いや、マジで」

 

 ジェームズがさっさとメモを取っているのを視界の隅に捉えつつ「ああ、そうだ」とポケットから名刺を取り出した

 

 

「まだ名刺渡してなかったや。改めて、ポラリス共同代表、キルシュ・マクシミリアン・テルミドールです」

 

「おや、カーボン製とは、お洒落だな」

 

「大切なクライアント用だね。一枚当たりの製造コストもなかなかだよ」

 

「あんまり生臭い話をするもんじゃないぞ。オッツダルヴァにそう習わなかったのか?」

 

「ふふっ、そうだね。ジェームズさんも」

 

「ああ、はい」

 

 大人の儀式を手短に済ませると今度はセシリアのターンだ

 

 

「ジェームズさん、ガフナー博士、夕食の用意がありますので、よろしければご一緒にいかがですか?」

 

「いいのかい?」

 

「ええ、わたくしの友人も一緒ですが」

 

「どうしましょう、博士」

 

「レディのお誘いだ。受けるしかないだろう? それに、若い女の子に囲まれて食事をする機会などそうそうないからな」

 

「欲望丸出しだね」

 

「はっはっ、男とはそういうものさ、サクラちゃん」

 

「なんでだろう、このセリフどこかで聞いたなぁ……」

 

 どこかの水没王子が脳裏をよぎるが、いまいちピンとこないままセシリアについて食堂に入っていった



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新たな脅威

「アーマードコアが? 今更?」

 

『その可能性があるんだよ。衛星画像を見た限りではわからなかったけど、コジマが検知されたからにはね』

 

 イギリスでコジマが検知されたとの情報を得た櫻からアーマードコアが新規に製造されている可能性を示された束の最初の考えは『なんで今更そんな古い兵器を?』と言う当然の疑問であった。

 細かい話をこうして学園に戻ってきた櫻としているのだが、やはり論点はそこだった。

 

 

「すこし整理しよ、ACが持つ対ISの利点ってなに?」

 

『高い生産性、使う兵器を選ばない……他には……なんだろ?』

 

「実際そんなに無いんでしょ? 数が揃えられても乗り手をIS以上に選ぶわけだし」

 

『それなんだよね。AMS適正をもつ人間なんてIS適正Aの人間より少ないだろうしね。少なくとも私が知ってる限りはAMS適正を向上させる技術は無い。擬似AMS技術はあったけど、実際のネクストを動かすことは出来ないしね』

 

「さくちんの知らないところで技術が進んでる可能性もあるけど、数ヶ月でそんなに変わるものかな?」

 

『無いな。断言できる。それに、ムッティも何も言ってこないしね。だからなぜいまさら? としか』

 

「あぁぁ、よくわかんないよ。でも、とりあえずは絶対防御がコジマを防げるかってことと、IS用エネルギー兵器でプライマルアーマーを貫通できるか、または減衰させられるのかの実験ね。コレは箱を用意しないとなぁ」

 

『さすがにいきなり人体実験ってわけにはいかないしね。それに、コジマ物質を生成するのにも時間がかかるし、多分、ムッティに裏でお願いしたほうが早いよ』

 

「だね。企業連ならコジマ技術試験用の施設もあるだろうし」

 

『ムッティには私から頼んでおくから、お姉ちゃんは実験機器の製作を』

 

「言われなくても。日程も追々ね」

 

『あいよ~。じゃ、またね』

 

 電話が切れると携帯をエプロンのポケットに仕舞い、椅子をくるりと回すとすっかり人の少なくなったデッキでパンパン、と手を打った。最多時でも6人しか同時にいた事のないこの 揺りかごクレイドルだが、クロエと2人きりよりもずっと人の気配があるだけ気が楽とだったと思う。

 振り返ったクロエにこれからの仕事を伝えると2人で研究室へと消えていった。

 

 

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 IS学園でも櫻が学園のシェルターの耐久性や対ABC性能を基準にコジマ粒子に耐えうるのかを調べ、学園に配備されたISとその装備から対ネクスト戦を想定したウエポンパック策定などを行っていた。

 何処の誰かは知らないが、今更骨董品を持ちだされてはこの周囲が使い物にならなくなる可能性も出てくる、それだけはなんとしても避けなければならないのだ。

 

 

「さくさく~、頼まれてた資料、持ってきたよ~」

 

「ありがと。それにしても機密資料多すぎでしょ。それを取ってくる本音も本音だけどさ」

 

「えへへ~。織斑先生にさくちんが『学園の設計資料と備蓄装備の資料が欲しい』って言ってた~。って伝えたらこれ全部渡されて絶対に無くすな見せるな、って念を押されちゃったよ」

 

「なるほどね、千冬さんのおかげか。にしても、何? この未使用区画の数は。どんがらの区画だけで教室数の倍はあるんじゃないの?」

 

「そういうのはよく分かんないけど、何に使うの?」

 

「あれ、本音には言ってなかったっけ? 対アーマードコアを想定した防衛策の立案」

 

「なんでアーマードコア? ISに取って代わられちゃったじゃん」

 

「でも、コジマ反応がイギリスで検知されちゃったから、最悪を考えないと」

 

「さくちんはオーバーだなぁ。でも、リスクマネジメントは大事だよね~」

 

 リスクマネジメントとは無縁そうな本音からそんな横文字が出てきたことで手を止めて口を開ける櫻、そんな事を知ってか知らずか頭にはてなを浮かべて「どうしたの~?」といつもの調子で聞いてきた。

 

 

「いや、まさか本音の口からリスクマネジメントなんて言葉が出てくるとは……」

 

「この前お姉ちゃんがそんな話をしてたからね~」

 

「虚先輩はきっちりとこなしそうだしね。本音も少しは気をつけなよ? テストで赤点を取って説教される、というリスクを避けるために今から勉強するのもリスクマネジメントだよ?」

 

 少し悪い笑みを浮かべてそう言うと、本音は苦い顔をして台所へ向かった。

 

 

「さてさて、お仕事お仕事っと……」

 

 久しぶりの仕事らしい仕事にスイッチを切り替えると、机に向かった。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「それで、計画の方は」

 

「確実に進行中です。約7割といったところかと」

 

「いいペースだ。春には間に合いそうだな。諸国の反応は?」

 

「何処にも気づかれていないかと。特にこれといった動きはありません」

 

「あの女が余計なことをしなければ予定通りに進みそうだな。よろしい。猫は」

 

「現在72人を薬剤投与で飼育中です。現時点での失敗は28例。50は確保できそうです」

 

「少し育ちが悪いな、仕方ないか……」

 

「薬の改良は続けているので、もう少し数字は改善するかと。それで、犬ですが……」

 

「釣れないか」

 

「はい。どうしても学園内は監視の目が強く、学園外から連れてくるしか……」

 

「まぁ、想定内だ。よろしい、手を広げろ。使えるメス犬は使え」

 

「はっ」

 

 窓の外には数々のビル、眼下には夜だというのに休むこと無く動き続ける人々と川のように連なる車の光。そっとスイッチを押してカーテンを閉めると、男はテーブルから葉巻を拾い、火を付けた。

 

 

「さぁ、覚悟していろ、もう一度、今度こそISを世界の中心から引きずり下ろしてやるからな」

 

「それはどうだろうな?」

 

 男がつぶやいたところで背後からの声に遮られる。はっきりとしたトーンの女性の声だ。

 

 

「来たか、セレン」

 

「どうして今更呼び出した。古い知り合いからの呼び出しだと思えば、なんだ、その格好は」

 

「ふふっ、いいだろう? こうしているとまるで悪の組織の主領みたいだね」

 

「お前が何を考えているのかは知らんが、要件を手短に話せ、私も忙しいんだ」

 

「そうか、なら単刀直入に聞こう。またネクストに乗る気は無いか?」

 

「は? 寝ぼけてるのか?」

 

「私は正気さ。またネクストに乗って欲しい。今度は企業ではなく、自分たちの為に」

 

「わかってると思うが、私はインテリオルの人間だ。今更会社を裏切るようなことは出来ん」

 

「どうしてだ、リンクスであるお前が、新しい兵器にすべてを奪われたお前が、どうしてそんなことを言える?」

 

「はっきりと答えることは出来ないな。ただ、私はISを動かせる。より実戦に則した形で。それが要因の一つかもな」

 

「そうか。堕ちたな、お前も。やはりお前に声をかけたのは間違いだったか。仕方ない……」

 

 腰に手を掛けると、そっとホルスターから銃を抜き、眼前に構えた。

 

 

「脅しのつもりか?」

 

「いや違う、始末だ」

 

 パン、と乾いた発砲音が響くと同時に男の横を一陣の風が吹いた、窓が割れ、高所の突風が部屋を荒らす。

 目の前にいたはずのセレンはおらず、ただ、吹き飛ばされた男が一人、壁にもたれかかっていた。

 

 

「専用機……。想定外だ……」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ああ。ただ吹き飛ばされただけだ、少し休めばいい」

 

「交渉決裂、でしょうか」

 

「そうだな。始末するつもりだったが、ISを持っているとは……」

 

「申し訳ありません、私のミスです」

 

「いや、仕方ない。機体とパイロットの情報は国はともかく、企業はトップシークレットだ。それこそ、篠ノ之束ほどのクラッカーでも用意しないと……」

 

 グッ、と呻くと顔をしかめる男。秘書の肩を借りて立ち上がると穴の開いた部屋を後にした。



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悩みは尽きない

1月も半ば。イタリア半島のとある海沿いの都市。

 

 

「ほう、アイツが……」

 

「ああ。危うく殺されるところだった。幸いにもコイツのお陰で助かったがな」

 

 そう言った女はそっと自分の(シリエジオ)のチャームが付いたネックレスを撫でた。

 

「桜、か……」

 

「どうした? お前が花を見るとは」

 

「いや、彼女のことを思い出してな」

 

「彼女……? あぁ、レオハルトの娘か。何度か顔を合わせたくらいしか無いが、どうなんだ? 実際」

 

「どういう意味だ?」

 

「漠然としすぎたか。人間として、開発者として、そして、戦力としての評価だ」

 

「ふむ……。人間性は極めて普通。オールドキングのような狂い方もしていなければ、メノ・ルーほど純粋でもない。そうだな、一番近いのはウィンだ」

 

「あの堅物に似てるのか? 面倒そうだな…… アイツ、ウチのトップになってからもう10年は経つが、堅実経営過ぎてな……」

 

 少し笑うとカップに注がれたお茶を一口飲んだ。彼女の脳裏に浮かんだ年下の社長の姿に少し苦味を覚えたが、カップを置くと続きを急かした。

 

 

「開発者としては文句なく優秀だ。今は知っての通り篠ノ之束の下にいることだしな。更に言えば、彼女はネクストも造れるだろうな。それを考えるならば篠ノ之束以上に厄介かもしれん」

 

「ほう。それで、AMS適正は?」

 

「不明だ。シミュレータに乗せたことがあるからローゼンタールのデータを漁ればあるかもしれんが、まだレオハルトが生きていた頃だ。残っているかどうか」

 

「なるほどな。ネクストの腕は?」

 

「MOON-LIGHTでレオハルトのノブリス・オブリージュを真っ二つだ」

 

「は?」

 

「言葉通りだが? 先ほど言ったシミュレータに乗せた時のことだ。1週間の訓練でレオハルトを真っ二つに斬った。機体の上半身と下半身を綺麗にな」

 

「嘘だろ……」

 

「本当だ、今でも覚えている。ウィンも見たことがあるはずだ、気が向いたら聞いてみればいい。もし、AMS適正があったならばカラードランク1桁は固いな」

 

「嘘だろ……」

 

「2度も同じことを言うか」

 

「リンクスNo.4が斬られた、なんてそんな簡単に信じられるか」

 

「はぁ……。インテリオルに学生が居ればな。さっさと学園でぶつければ済んだのと言うのに……」

 

「だからウチのトップは頭が固いんだ。6個もコアがあるってのに乗ってるのはみんな私みたいな時代遅ればかり。それで、コアを余らせてるってんだから驚きだ」

 

「頭が固くて悪かったな、セレン」

 

 うげっ、と年甲斐もない声を出すセレンを一瞥すると、堅物ことウィンはその隣に腰を下ろした。

 

 

「ははっ、いいタイミングだったな。それで、お前は企業の機体を学園でテストする、と言う気は無いのか?」

 

「数カ月前から学園と話をしていた。機体はシリエジオのコピーを作ったわ。エイ・プールが学園に向かってる、数日後にはテストね」

 

「そんなの聞いてないぞ?」

 

「今はじめて言ったから。紫苑には話を通してある」

 

「これで学園にテストパイロットを持っていないのはオーメルだけか」

 

「肝心なテストパイロットが"死んでしまった"からな」

 

「そうだな。彼女はしばらくパイロットを取らないだろう」

 

「でしょうね。彼女とローゼンタールの2人で事足りるもの」

 

「グループの強みか」

 

「ああ。それに、オーメルにはもともとコアが少ないから仕方ない」

 

「さて、話を本題に戻そう――」

 

 

 ――これから現れる我々の敵に

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 イギリスの一件から早くも3週間、季節はすでに2月に入ってしまった。どうしてこれだけの時間が経ってしまったかといえば、それは単にコジマ粒子の試験場の確保に少しばかり時間がかかったからだ。

 紫苑経由でオーメル持ちの試験場を取ってもらったとは言え、連絡から4日掛かり、試験に5日、結果の分析に1週間掛け、それから武装の試作に入ったのだからペース自体は驚異的だが、ポラリスの面々にはすこしばかりの焦りが現れていた。

 

 

『対PA用エネルギー武装、試作品が出来たからまた明日からオーメルでテストをしてくるよ』

 

「うん、分かった。お願いね。お姉ちゃんもクロエも、無茶はしないでね。いざとなれば通常武装でもなんとかなるから」

 

『わかって入るけど、非効率的だからね。出来る限り急ぐよ。本当ならさくちんも居れば7日は早く完成しただろうけど……』

 

「ごめん、こっちもこっちで学園の事が……」

 

『うん、わかってるよ。今はポラリスの全員がそれぞれの仕事に当たってる。わかってる』

 

「最小限の人数でこなしてるからこそ、こういう時にね」

 

『でも、今はそんなことを愚痴る時間じゃないよ。じゃ、次は完成品を量産したらね』

 

「頑張ってね」

 

『それだけで束さんは元気3倍だよ!』

 

「お、おう……」

 

『冗談だよ、もっとやる気出た。じゃ、ちーちゃんにもよろしくね』

 

「そうだ、千冬さんで思い出した。そろそろ白騎士が出来そうだよ。整備科は朝から夜まで整備室に詰めっぱなし」

 

『頑張ってるね~。最終調整はさくちんとのほほんちゃんでね』

 

「もちろん。そこでコア開放も一緒に」

 

『よろしい。じゃ、お休み』

 

 こっちはまだ昼なんだけどなぁ、と思いつつも通話を終えて携帯をしまうと櫻は整備科、制作室に向かった。そこにあるものを取りに行くために。



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櫻乱心

 IS学園アリーナにある整備科整備室。元の彼女の職場であり、放課後だけあって、生徒の声と金属同士のメカニカルな音が絶えない。

 櫻が何をしに来たかといえばここの1室を借りきって作ってきた夢見草の追加武装の仕上げだ。ついでに白騎士の進捗状況の確認もある。年が明けてから作り始めたコレを一月で作り上げたのは脅威が迫っていることと、単純に夢見草の専用武装が無かったからだが、それ以外にも思うところがあった。

 

 バシュッ、と音を立てて開いたドアを抜けると白く輝くソレが櫻を出迎えた。美しく磨かれたボディを撫でてからラップトップを機材につなぎ、エネルギーを通せば一層輝きを増した"翼"が大きく瞬いた。

 

 

「最後の仕上げ、君に名前を。私の最大の目標であり、最愛の人の名を」

 

 プログラムコードの最後、本来ならば適当なコードで済まされるそこにわざと文字列を組み込んだ

 

 

<name>

  <name set="Flügel von Leonhardt"/>

  #Ich Tribut anbieten, um spät Ritter

</name>

 

 

 キーボードを叩いていた手を止め、そっと翼に歩み寄りながら夢見草を展開させるとパッケージインストールに入る。

 

 獅子の翼、そう名付けられた2対4枚の翼。4枚と言いつつも上部は片側3本のハイレーザーキャノンで構成され、ソレが1対、計6門。下部は追加ブースターとなっており、第3世代のメインブースター相当の推進力を誇る2つのブースターが世界最速クラスの機動力を与える。

 

 そう、この翼は櫻の父親、レオハルトのネクスト、ノブリス・オブリージュに装備されていた EC-O307AB破壊天使砲をモチーフに作られた"第4世代"兵器なのだ。櫻の元専用機のノブリス・オブリージュに装備されていたソレとも比較にならない高負荷高火力の一発屋で、そのために繊細なエネルギー制御を可能とした"第4世代"として作られたのだ。

 

 

「ははっ、あははっ! 出来た、ついに出来たよファーティ! これで、コレで私は騎士(Ritter)になる!」

 

 完全に悪役じみた笑いをあげるところにエアドアの音が響く。とっさにドアの方を見れば簪とマドカ、本音の3人が「ヤバいものを見た」と言う顔で櫻を見ていた。

 

 

「み、見てた?」

 

「ばっちり」

 

「櫻さん、今のは完全に悪役かな?」

 

「いいネタが手に入った。今度姉さんと笑ってやろう」

 

 三者三様の反応にISを纏ったままうなだれる櫻。紅眼白髪の女がISを纏ってのけぞるように笑っていればそれは"堕ちた"ヒロインか、マッドサイエンティスト以外の何者にも見えなかっただろう。

 地面を精細に映し出す視界の一角にインストール完了の文字が出ると操り人形のように起き上がり、そっとISを量子化させるとふらふらと3人の方へ向かう。

 

 

「さ、さくさく? 今のはそっと心の中にしまっておくから、ね?」

 

「闇堕ちヒロインも好きだよ?」

 

「じょ、冗談だ! 姉さんもさすがにお前が悪役じみた笑いを浮かべていたところで『いつものことだ』とか言うだけだって!」

 

 背後に薄暗いオーラを纏った(ように見えた)櫻がふらふらと向かってくるさまは恐怖そのもので、現場仕事の経験のあるマドカですら冷や汗をかいてたじろいでいた。櫻はその3人の脇を抜けるとそのままふらふらとアリーナピットへ消えていった。

 慌てて3人が追えば年度始めに本音に禁止されたカタパルトから飛び降りての展開をまさに実行しようとしており、飛び降り自殺を決めた女子生徒にしか見えない櫻をマドカが内部に放り込んだ。

 

 

「ははっ、見られた。見られちゃったよ。ワタシオヨメニイケナイ……」

 

「大丈夫だ。姉さんもお嫁に行けないような経歴の持ち主だから、高笑いの数回なんてノーカンだって!」

 

「さくさくが時々狂っちゃうのは今始まったことじゃないしね~」

 

「きっとソレほどの傑作ができたってことでしょ?」

 

「ははっ、見ていろ貴様ら。この世に生まれた事を後悔させてやる……」

 

 3人が「あー、スイッチ入っちゃった」と残念な子を見る目で櫻を眺めているとISを展開、ふわりと浮き上がるとPIC制御でそのままカタパルトにセット。ISからの制御で飛び出していった。

 

 

「追うか?」

 

「ここまで来ちゃったら、ねぇ?」

 

「何を為出かすかわからない」

 

 そう話すやいなや、アリーナで悲鳴が上がった。慌てて見ればアリーナの真ん中で純白の蝶が羽ばたいていた。

 

 

「嘘だろ……」

 

「何アレ……」

 

「IS用の、武装……?」

 

 そう、IS本体の3倍はあるかという大きさの翼は一度に4枚作ることは不可能で、一枚ずつ作られていたのだ。最後の1枚を昨日完成させ、最後のプログラムだけを残していたのだ。

 だが、人望もある櫻がどうして悲鳴を上げられているのか。単にその雰囲気であろう。

 

 普段ならばうさぎのように愛らしくもある見える赤い目も今は生気の抜けた濁った色に見える。全身からは殺気を放ち、長い白髪は心なしか逆立っている。

 その背後では反対側のピットから5機が飛び出したのが見えた。

 

 

「アレはウチのクラスの奴らか」

 

「だね」

 

「コレは一荒れあるかな~」

 

「どうして楽しそうにしてるの?」

 

「え~、だってコレってきっとおりむーが下手なこと言ってさくさくがキレて瞬殺するやつでしょ~?」

 

 そう言ったそばからズガン! と何かが地面にたたきつけられる音が響く。地面には白式が転がっていて、セシリアと鈴が傍で櫻を見て何か怒鳴りつけているのが見えた。

 

 

「早くいかないとマズいやつだ」

 

 マドカがそう言うと3人はISを展開、アリーナに向かってかけ出すと縁を蹴ってブースターを吹かした。

 

 

 

「櫻! どうしたの!? こんな感情的に力を振るうなんてらしくないよ!」

 

「うるさい、今はただ虫の居所が最悪なだけだよ」

 

「自分でいいますの……?」

 

 シャルロットの呼びかけもボケ流され、背中の翼を大きく羽撃かせると一夏を見下ろす。

 

 

「さぁ、一夏。三途の川を見に行く覚悟は出来たか?」

 

「なんだよ覚悟って、ソレよりそんな物騒な翼早くしまって話を聞けよ!」

 

「物騒? コレが? やっぱりお前はそんなだから……」

 

 翼の上半分が折りたたまれ、両肩から飛び出す6門が一夏を捉える。エネルギーが収束し、高周波音が響くと

 

 天に向けて6条の光を放った。

 

 

「助かった……のか?」

 

「マドカ、なんで……」

 

「お前な、たかがアレだけでコイツ殺すか? 見ろよアレ、エネルギーシールドぶち破ってんぞ」

 

 今までの襲撃の教訓から多層構造になったはずだが、内側からいくつかのレイヤーを貫通、アリーナは警報が鳴り始めていた。

 周囲の生徒は圧倒的威圧感を放つ櫻からさっさと離れていたためにいつのまにか逃げていて、当番の先生の「全員退避」の放送が全館に響いていた。

 

 

「死なない。ISが守ってくれるから。絶対に……」

 

「死なないから殺していいのか?」

 

「…………」

 

「おい、一夏。おまえ櫻に何言ったんだ?」

 

「いや、ただ、その物騒な翼を仕舞えって……」

 

「ソレだな」

 

「は?」

 

 周りが疑問符を浮かべるなか、マドカは本音に聞いた。

 

 

「本音。あのシルエット、どこかで見たことないか?」

 

「えぇ~? ちょうちょ?」

 

「はぁ…… ラウラ、お前なら解るだろ」

 

「前に乗ってた第2世代の背部武装だな」

 

「その通り。それをわざと、今、このタイミングで作ったんだ。理由が無いわけない」

 

「で、櫻があの羽にこだわる理由って何なの?」

 

「ファーティの、ファーティの翼だから……」

 

 いつの間にか翼も消え、力なく浮かぶ夢見草に支えられるように櫻が消え入りそうな声でつぶやいた。

 全員が櫻に視線を送る中、マドカが続けた。

 

 

「"こんなとき"だからこそ、今持てる技術を全部突っ込んで父親の剣を取ったんだろ? それがこのザマか、お前の親も泣いているだろうな。コレじゃ箒と変わらないじゃないか」

 

 箒と変わらない、と言う言葉にカチンときた箒だったが、グッとこらえてマドカを睨むと気にも掛けない様子でさらに捲し立てる。

 

 

「恥ずかしいところを見られ、自慢の翼を馬鹿にされ、ふんだり蹴ったりで腹が立ったから逆ギレか、大層なご身分だな」

 

「あぁ、まったくもってそのとおりだ。織斑妹」

 

 同じ声、だが、発せられた場所は自分たちの真下。油の切れた機械のようにマドカが視線を落とせば我らが織斑先生がIS用ブレード片手に立っていた。

 

 

「ふん。アリーナに化け物と聞いたが、やはりお前か」

 

「私は力に負けました……」

 

 ゆっくりと高度を落とすと、地面に着地と同時にISを解除した。周囲もそれに続く。

 

 

「みたいだな。全く、紫苑さんが見ていたらなんというか……」

 

「ムッティにも、ファーティにも顔向けできませんよ」

 

「自分でわかっているならまだいい。そうだ、布仏、更識」

 

「「はいっ」」

 

 突然呼びかけられて背筋を伸ばす2人。向き直った織斑先生はイタズラっぽい笑みを浮かべながら言った。

 

 

「第3整備室に白い機体が置いてある。そいつを7割にして持ってきてくれ」

 

「え?」

 

「2度も言わせるな。第3整備室に置いてある機体のコアを7割開放して持ってこい」

 

「「はいっ!」」

 

 慌てて駆け出した2人を見送ると残った面々を前にして千冬はこう言い放った。

 

 

「どうやらテルミドールはストレスがたまっているらしいな。友人の悩みは私達の悩み、そうだろう? ボーデヴィッヒ」

 

「はい、そうであります!」

 

「ふふっ。そこで、だ。友人のストレス発散に少し付き合ってやろう。この先こんな調子だと困るからな」

 

「何をすれば?」

 

「テルミドール対全員でISバトルなんてどうだ?」

 

「先生正気ですの!?」

 

「教師に向かって正気か? とは失礼だな、私はいつでも正気だ」

 

「ですが千冬さん、今の櫻にそれは……」

 

「織斑先生だ。何があったか知らないが、折れた心を戻すには時間をかけるか、力で荒療治のどちらかと相場が決まっている」

 

「それって先生が面倒だからなんじゃ……」

 

「何か言ったか? 鳳」

 

「なんでもありません!」

 

 当人を置いてけぼりで話が進む櫻の折れた心を叩き直す作戦だが、肝心な櫻はすでに地面にぺたんと座ってただ千冬を眺めていた。

 

 ――あぁ、私はなんてことをしてしまったんだろう。たとえこの翼を貶されてもその力に物を言わせては……

 

 ――武器を扱うということは人を殺せるということだ、人を殺せるということは自分も殺せるということにもなる。浮ついていると殺されるぞ。武器にも人にもな

 

 何時かの父の言葉が思い起こされる。浮かれていた。沈んでいた。今の自分はきっと武器に殺される。父の翼に



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一転

「ちょっと警報を解除してエネルギーシールドを戻してくる」とタワーに向かった千冬と機体を取りに行った本音と簪の3人を除いた7人がただ、アリーナの真ん中に取り残されている。

 中心で虚空を眺める櫻とそれを周りで見る数人。見ようによっては集団リンチとも見れるが、実際は櫻が一人で自分の心を縛り上げただけだ。一人で暴走して一人で自己嫌悪に駆られる。なんとも虚しい行動だが、この1年、櫻はいつでも落ち着いて周りを見ていた。それこそ先生のように。どこか我慢し続けたものが今爆発しているのかも知れない。そう思って黙って見届けようかとも思ったが、人に迷惑がかかるとなれば話は変わる。

 

 

「櫻。言葉が悪かった。俺はそんな思いが篭ったものだとは思わなかったんだ。悪かったよ」

 

「…………」

 

「櫻、一夏もこう言ってるんだ。気を持ち直してはくれないか」

 

「…………」

 

 箒が一夏の肩を持つも櫻は黙って焦点の定まらない目で虚空を眺め続ける。

 

 ――力を手に入れた

 

 何のために――

 

 ――みんなを守るために

 

 溺れてるのに――

 

 ――それでも、私が

 

 悲しい沈黙が広いアリーナを包む中、パシッ、と乾いた音がひとつ、響いた。

 音源は櫻の頬。シャルロットが平手を振りぬいていた。

 

 

「ちょっと、シャルロット! あんた何やってんのよ!」

 

「鈴、あとでお説教は聞くから。待って」

 

 普段は母親のような優しい雰囲気のシャルロットだが、今は鋭い刃をまとっているようだ。鈴がラウラに救いを求めて目線を向ければ、肩をすくめて首を振られた。

 ラウラですら諦めるほどのキレを持つシャルロットはタッグトーナメント以来かも知れない。

 

 

「櫻、一体君は何を迷ってるの? 一夏に手を上げたから? 力に溺れちゃったから? もっと他にあるんじゃないの?」

 

 ワントーン低い声に鈴が気圧されて一歩下がる。それでもシャルロットは一切の表情を消して続けた。

 

 

「折角お父さん譲りの翼を手に入れたんでしょ? 嬉しくて舞い上がって当然だよ。それでちょっとやり過ぎたからって自己嫌悪するのもどうなの? それってただの我侭じゃないの?」

 

「やり過ぎました、ごめんなさい。ちゃんと謝って反省すればいいことじゃん! 櫻はどこかおかしいよ! 勝手に死んじゃうし、勝手によみがえるし、今は身体すら自分のものじゃ無くなってきてるんでしょ!」

 

 頬に手を当てたままじっとシャルロットの胸元に視線を送り続ける櫻。しびれを切らしたのかシャルロットは胸ぐらを掴んで無理やり起こすとそのまま言葉を叩きつける。

 

 

「わかってよ! 櫻が居ないと困る人がいっぱいいるんだよ! 櫻がちゃんとしてくれないと僕らが悲しいんだよ!」

 

 そっと手から力が抜けると櫻はそのまま崩れ……おちずに立ち上がった。頬を抑えていた左手をそっとシャルロットの腰に回すと抱き寄せ、そのまま自分の胸で泣かせた。

 

 

「ごめんね」

 

「ばか。櫻のばか」

 

「ごめんね」

 

 ちょうど機体をぶら下げて本音と簪が戻り、千冬もISスーツに着替えて戻ってきた。おそらくどこかで見ていたのだろう。千冬の顔はどこか満足気だった。

 

 

「さて、私の機体も準備出来たし、お前らもいいな?」

 

「あー、白式はさっき櫻に叩き落とされちゃって……」

 

「布仏、5分でやれ」

 

「ヤヴォール!」

 

 白式出して~、と軽いノリで始まった作業は口調とは真逆の速さと正確さで進められ、シールドエネルギー充填と細かい調整を言われたとおり5分で終わらせると終わりました~、と始まりと同じノリで報告した。

 

 

「よし、さっき言ったとおり、テルミドール対全員だ。容赦はするな。櫻、天使砲を使っても構わんが、加減はしろ」

 

「ええ、わかってます」

 

 赤い目を更に赤くした櫻が頷くと、全員がISを纏って飛び上がった。

 

 

「さぁ、行くぞ。ついてこれるな?」

 

 千冬のつぶやきは誰のかわからない銃声でかき消された。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「ここがIS学園か。来るのは初めてだが、良い所じゃないか」

 

「ありがとうございます。一応最新鋭の設備と自然環境の共存も考えて設計されていますから」

 

「機体の使用に関してはもうこれで?」

 

「はい。書類もすべてサインを頂きましたし、本人もその日のうちに終わらせてくれましたから」

 

「それはよかった。仕事が早いのはいいことだ」

 

「ありがとうございます、社長」

 

「年端も行かない少女に呼ばれるのもくすぐったいな」

 

「おうおう、天下の少佐殿も女には弱いですか」

 

「山田先生、アリーナを使ってもよろしいでしょうか?」

 

「じょ、冗談だよ。な? エイプー?」

 

「いきなり私に振らないでください!」

 

「女が3人よれば姦しいとは言うが、言葉通りのようだな」

 

「ふふっ、その通りみたいですね。よろしければアリーナを見学されていきますか? 今なら生徒たちが自主練習しているでしょうし。空いていれば機体も飛ばせるかと思います」

 

 そう、オッツダルヴァ、ウィン、セレン、エイ=プールのインテリオル組プラスおまけはIS学園を訪れ、先日選ばれたテストパイロットに正式に機体の引き渡しと書類仕事をしに来たのだ。そのついでに視察ということで学園内を案内してもらっている、というのが今のこと。

 

 

「ぜひお願いします」

 

「分かりました、こちらです。先に行って着替えてきてもいいですよ?」

 

「はい、そうします」

 

「彼女、入学時にISで事故を起こしたと聞いたが、それは本当ですか?」

 

「ええ。ですが、それをバネにして成長しています。みなさんもご覧になったと思います」

 

「それが目に見えたから私達は彼女を選んだ。百合(Giglio)を託すにふさわしい娘に」

 

「私の目から見ても立派なもんだ。だが、ところどころ動きが学生臭くないのが気になったが……」

 

「あぁ、確かに。コンバットマニューバを代表候補生でもない子がやったので驚きましたよ」

 

「それはきっと彼女の目標が櫻さんだからでしょうね」

 

 ここでも出てくる櫻の名前。オッツダルヴァは内心"またか"と思っていた。彼女はいったいどこまで影響力を持っているというのか。彼女にカリスマを仕込んだのは彼だが、自分の想像以上の影響力に舌を巻いていた。

 

 

「また櫻か。オッツダルヴァ、あの娘何者なんだ? お前の弟子だろ」

 

「前にも言ったとおりだ。私の教育の賜だな」

 

「オッツダルヴァさんは一体何を櫻さんに?」

 

「そうですね、経営学とカリスマ、ですかね。人の心を掴む方法とでも言いましょうか」

 

「ほぉ~、それで櫻さんは……」

 

「この通り、先生にも納得していただける程度だ」

 

「本当、フュルステンベルク元CEOって何者?」

 

 歩みを進めると遠くに見えるアリーナから爆音が響いてくる。コレはさすがに一般生徒の訓練の次元ではない。おそらく、専用機が暴れている。そう判断し、織斑先生に連絡すると……

 

 

「織斑先生! 第1アリーナで生徒同士の戦闘が……!」

 

『それは私等だ。いま専用機持ちに特訓をつけている。なんなら他の生徒に見学させてもいいんじゃないか?』

 

「えぇ~、今からお客様を案内しようと思ってたんですけど……」

 

『せっかくだから見ていってもらえ。学園最強が1対8で戦ってるぞ』

 

 その声からは織斑先生というよりも織斑千冬の方が出ていて、さらっととんでもない状況を楽しんでいるように思えたのは気のせいではない。それも、千冬の言う学園最強、きっと櫻のことだろう。そう結論づけるとアリーナに向かう予定の面々に「今はちょうど生徒と教員が模擬戦を行っているようです」と冷や汗混じりに説明した。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 ――えっと、この状況は……?

 

 言われた通りにアリーナに来たら櫻が1人で8人を相手に大立ち回りをしている。それもその中に白い機体が"4機"いる。一夏の白式、マドカの白騎士、本音の白鍵のほか、アレは一体、誰?

 

 

 ――きっとこの状況がわかって私には入れ、って言ったんだよね。戦闘時のデータ収拾も兼ねてるのかな?

 

 都合の良いように解釈するとピットに入り、ウィンたちの到着を待った。

 数分待つとインテリオルの3人はピットに入ってきてからこう言った。

 

「琴乃。今からあの中に入って櫻を落として来い」

 

 

 そして現在。アリーナに放り込まれたインテリオルの新星、ジーリョを操る神田琴乃が学園のトップが集まるこの場で――――逃げまわっていた。

 模擬戦用にセットされたIMFは琴乃のジーリョを敵機と判断してレーダーに映し出す。更に言えばこの場で櫻は"全員敵"状態。容赦なく弾幕を貼り続けていた。

 

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁああ!!!」

 

 迫り来る大量のミサイルをチャフで他所に飛ばしたと思うと今度は大量の鉛弾が襲いかかる。それを実体盾で防いでもレーザーが空間を焼く。

 

 

「ちょろちょろと腹が立つ。全員まとめて消し飛ばしてやる。フリューゲル、フェニシトゥング!」

 

 ――Vernichtung 殲滅を意味するこの語に反応したのはドイツ語が理解できるラウラと千冬。中央で翼を広げた櫻と一気に距離を置いた。逆に"何かわからないけどどまんなかで止まってるラッキー"と突っ込んで行ったのは一夏と鈴の2人。距離を詰めないと戦えない2人だけにチャンスとあらば距離を詰めて戦いたいのだ。

 一方の箒は武士の勘か今までやられてきた経験か、良からぬことが起こるといきなり下がった千冬とラウラを追って距離を開けた。

 

 

「ファイア!」

 

 櫻が叫ぶと銀の福音よろしく、2対の翼から大量の高エネルギー弾が四方八方に撃ちだされる。もちろんそれを至近距離で大量に受けた一夏と鈴は一発KO、避け残って一発もらった琴乃でもシールドエネルギーを3割削られていた。

 

 

「おい、そこの。所属と学年クラス、名前を言え」

 

 ラウラの一言に振り向くと、精一杯の上ずった声で叫んだ

 

 

「インテリオル所属、1年1組の神田琴乃です!」

 

「琴乃、受かったのか!」

 

「うん!」

 

 一瞬、櫻の弾幕が止む。どうやら話が気になるようで、当然の疑問を投げかける。

 

 

「ってかインテリオルのテストがあったなんて聞いてないよ!」

 

「もともとクラスの一部の人間にしか言っていないからな。各クラスから担任が選出した中から希望者が選考を受けたんだ」

 

「で、なんでラウラはそれを?」

 

「秘密裏にコーチを頼まれてな。そうだろう? シャルロット」

 

「うん、櫻には内緒で、ってね。ちょうど櫻が整備室に缶詰し始めた頃かな」

 

「私と本音は櫻の行動を見て報告役だ。あの時のクラスの一体感はよかったな」

 

「ハブられてる! 私ハブられてる!」

 

「櫻、一つ言いことを教えてやろう。人間が一番連携するのは共通の敵を持った時だ」

 

「千冬さんソレは私が敵ってことですかねェ!?」

 

 折角機嫌が治った櫻をまた叩きのめす千冬。だが、櫻も自棄っぱちテンションで返せるほどの余裕は戻ってきたようだ。一息付いたこのタイミングで残ったのは一夏と鈴を除く6機に琴乃を加え7機。鈴が早々に退場したのは櫻としても予想外だった。

 

 

「ま、詳しいことは今夜のパーティーで聞こうね~。ことのん、イケる~?」

 

「それはどういう意味でッ!?」

 

「試合開始は突然に」

 

 唐突なハイレーザーキャノンの一撃が琴乃をかすめる。なんとか反応してかすめる程度に抑えたが、それでも2割持って行かれ、残りが半分を切った。一方の本音と簪、セシリアとシャルロットは遠距離主体ということもあって、被弾率は高くない。だが、距離と機体性能が仇となり大きな一撃を与えられずにいた。

 

 

「布仏、煙を炊けるか?」

 

「出来ますけど、どうするんですか?」

 

「私が突っ込む。ボーデヴィッヒ、織斑妹、ついて来い」

 

「「Ja!」」

 

「聞いたな、オルコット、更識、ウォルコット、援護射撃だ。神田、お前は前衛と後衛どっちが得意だ?」

 

「「「 了解ですわ」」」

 

「えっと、どちらもあんまり……」

 

「なら見てろ、絶対に目を離すな」

 

 プライベートで本音にカウントダウンを送ると大量のスモークグレネードがワンカートンあるんじゃないかという量ぶちまけられた。煙が充満するアリーナで時折火花の光と思しきものがキラリと光るのみ。援護射撃を任された後方部隊はハイパーセンサーの熱源探知モードで必死に追うが、4機が絡まる近接戦、下手に撃てば味方に当たりかねず、引き金を引けずにいた。

 

 

「櫻、また腕を上げたか?」

 

「千冬さんも、もう一回世界の頂点、取ってみませんかッ!」

 

「後ろだ」

 

「こっちもいるぞ!」

 

「私ったらモテモテ~」

 

 月光4本を手に、2本を足に持って空中を踊る櫻。数機が入り乱れる近接戦でじゃまになる羽はしまってある。重力をある程度無視できるISだから出来る気持ちの悪い動きで3人をまとめて相手取り、ほぼ互角の立ち回りを演じている。

 

 

「ラウラ、ワイヤーブレード使える?」

 

「ああ、イケる」

 

「それで足止めを、タイミングは任せる」

 

 青白い光が筋となる狭い空間。ラウラは櫻を捉えられる一瞬を今か今かと待った。マドカも千冬も急かさず、今はプロとしてのラウラを信じてそのタイミングを待つ。

 バシュッ、と勢い良く撃ちだされた1対のワイヤーブレードは夢見草の脚部に絡まると一気に巻き上げられる。

 

 

「うわっ!? ワイヤー?!」

 

「殺れ」

 

 マジトーンの千冬の一言でマドカと千冬が飛び上がり、ラウラが地面に足をめり込ませて機体を固定すると、宙に浮いたままの櫻に四方から鉛弾とレーザー。ミサイルの雨あられが降り注ぎ、8割近く残っていたシールドエネルギーをあっさりと全損させた。試合時間およそ25分。第4世代1機相手に8人がかりでコレだ。櫻の戦力としての価値がどれほどのものなのかがはっきりとした。

 

 

「オッツダルヴァ、お前が言っていた意味が分かったよ」

 

「だろう? 父から飛び道具を、母から体術を受け継いでいるんだ、ある意味無敵だな」

 

「スゴイですね、あんなに強いのにどうして……?」

 

「彼女には夢があるんだろう。オーメルのCEOには叶えられない夢が」

 

「そうでしょうね。だからいま、彼女は――」

 

「先生、私達も少し飛ばしていいですか?」

 

「えっ?」

 

「いや、見ているだけも性に合わないといいますか……」

 

 突然のセレンの申し出に少しキョドる真耶。ひとまず上に確認します、という一言で場を逃れて織斑先生に再び連絡。

 

 

「インテリオルのパイロットの方々がISを飛ばしたいと……」

 

『いいんじゃないか? アリーナの中なら問題ないだろう。社長のお許しは?』

 

「えっと、呆れた目で2人を見てます」

 

『OKか、ならいいだろう。念書は書かせておけ』

 

「分かりました」

 

 ピットに戻ると琴乃がいつの間にか戻ってきていて、エイ=プールはジーリョにコードを刺してデータを吸い取っている。

 

 

「許可が出ました。ですが、念書にサインを頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「どうせアリーナをぶっ壊したら弁償、とかでしょう?」

 

「ええ、その通りです。アリーナ、機材、その他学園施設の破損とISに対する損害は学園では責任を負いません。っていうアレです」

 

「分かりました」

 

 そう言って胸元からペンを出すと書類にサイン、エイ=プールもそれに続き、アリーナのどまんなかで白鍵から補給と修復を受ける夢見草の前に降り立った。



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山猫の本気

 各ピットが埋まっている為にポラリス組と千冬はアリーナの真ん中で本音の白鍵から補給と修復を受けている。もちろん一段落付いたら話題に上がるのは千冬の機体だ。

 

 

「姉さ……織斑先生、その機体は?」

 

「コレか? 前に束に頼んでいたものだ。そうだな、白騎士はもう居るし、Weißer Ritter(白騎士)とでも呼ぶか」

 

「いや、それ同じじゃ……」

 

 櫻のツッコミにニヤリと笑うと、「それもそうだな。まぁ、書類上は打鉄改だ」とさらっと建前を明かした。

 だが、束1人で設計された新規製作機は久しぶりで、櫻は舐めるように全身を見ると頷いた。

 

 

「あとで見せてくださいね、それ」

 

「ああ、最初からそのつもりだ。機体製作は整備科の生徒にやってもらった。信用してないわけじゃないが、束の設計だからな」

 

「おそらくいまので企画スペックの5割出てれば上出来ですね」

 

「甘い機体にコアで高負荷を掛けたからところどころ危ないな」

 

「そうだね~、エネルギーラインが高負荷に絶えられずに焼き切れてるよ~」

 

 機体整備を受け持つ本音がホロキーボードを叩きながら言った。白鍵から伸びるマニピュレータは背中のコア周辺に伸び、せわしなく動いている。

 少し困った顔で笑う千冬と呆れた顔で姉を見るマドカ。お前も人のこと言えないだろ、と思っても表に出さない櫻の心遣いがこの場では無駄に思えた。

 

 

「久しぶり、かな? フュルステンベルク」

 

「ん? えっと…… インテリオルのセレン・ヘイズさん?」

 

 後ろから音もなく近づいてきて声を掛けられたにも関わらず、驚きもせずに振り返って記憶から顔と名前をリンクさせる。後ろから追ってきた青い機体はエイ=プールだろう。どちらもリンクス戦争や企業同士の代理戦争を生き抜いてきた元リンクス、どちらもネクストと同じくセレンはピンクのマルチロール、エイ=プールは青と白の後方支援向けセットアップだ。

 

 

「よく覚えているな。まともに会話した覚えは無かったが……」

 

「そんな相手によく『久しぶり』なんて言えますね。後ろの方はエイ=プールさんですね。書類で見た覚えがあります」

 

「はい、インテリオル・ユニオン所属、エイ=プールです。よろしくお願いしますね」

 

「どことなく山田先生に似てますね」

 

 ちらりと千冬を見ると同じことを思ったのかエイ=プールを失礼にならない程度に観察していた。マドカと本音は黙って企業のトップパイロット達を見ている。

 

 

「それで、わざわざご挨拶、ってわけでもないですよね」

 

「察しが良くて助かる。軽く一試合してもらえないか? ウィン、来るか?」

 

 まさかのインテリオル社長までいるというのか。少し驚くとともにピットをよく見ると見慣れたオジサマが一人こちらをみて笑みを浮かべている。

 

 

「オッツダルヴァおじさんまで居る……」

 

「ああ、この前お茶会をした時に暇そうだったから連れてきた」

 

「そんなノリでいいんですかね?」

 

「本人も楽しんでいるようだし、構わんだろ。じゃ、こっちは私とエイプ-の2人。そっちはどうする? ブリュンヒルデとタッグでもいいぞ」

 

「私は布仏と機体を仕上げてくる、マドカと組め。インテリオルの方には申し訳ないが、私も万全ではないのでね。妹に相手を」

 

 そう言ってマドカに目配せすると呼ばれたマドカは完全に勝負師の目に代わり、殺気を放っている。こうして堂々と喧嘩を売られれば買いたくなるのがマドカの性分だ。千冬もそれがわかっての上だろう。

 

 

「布仏、退散しよう。生徒たちにいい教材となるような試合を期待しています。それでは」

 

 先生らしいセリフを残して専用機持ち達が陣取るピットに戻って言った2人を見送ると残された2人はISを展開。インテリオルの2人に問う。

 

 

「どうしますか? ブザーも鳴らせますけど」

 

「ブリュンヒルデがああ言ってたし、公式戦形式でやろう。いつもどおり頼むぞ、エイ」

 

「わかってます」

 

『山田先生、そちらからカウントダウンお願いします』

 

『分かりました。5カウントでスタートです』

 

 オープンで手短に会話を終えるとすぐにカウントダウンが始まった。相手は国家代表とはわけが違う、生粋の戦争屋だ。おそらく亡国機業相手よりも分が悪いだろう。

 

 5...4...3...2...1...

 カウントが進んでも学園内での大会のように武器を出しておくようなことは無い。手札は相手にぎりぎりまで見せない。勝負のルールがきっちりと守られる。

 

 ...0

 

 ブザーが高らかに響くと櫻とマドカはいきなり全速力で後退、雨のように迫り来る自動追尾ミサイル(ASミサイル)を振り払う。適当なサブマシンガンで弾幕を貼ればミサイルに当たり、誘爆を起こす。炎のカーテンを破って突撃してきたのは夢見草と同じく、桜の名を持つシリエジオ、レーザーライフルをハイレートにして削りに来る。

 

 

「そううまくは行かないようだな」

 

 レーザーの弾幕を抜けてアリーナ外周を周回機動で動けば中央に陣取るエイ=プールのヴェーロノークが大量のミサイルを放つ。マドカが別れてエイ=プールを狙いに行くが、その軌道上を正確にレールガンで射抜いていく。不安定な機動を取ればそこを高速型ミサイルに食われてしまう。

 

 

『うおっ、貰った! 残り9割』

 

「そのまま、多分近接戦闘は苦手なはずだから、間合いに入れれば勝てるよ」

 

『分かってるけど、あのオバさんむっちゃ上手いぞ!』

 

 櫻にレーザーライフルを向けながらマドカをレールガンでけん制する。しかも、牽制射を当てに来るから質が悪い。仕方なしに櫻もセイレーンの涙を展開、水のヴェールでレーザーライフルの威力を殺すとサブマシンガンでこちらもと、撃ち返す。

 互いに一歩も引かないハイレベルな戦闘にピット内の候補生はただただ見とれるのみだった。

 

 

『スミカさん、やばっ!』

 

『今行くから、3秒耐えなさい!』

 

 ASミサイルの弾幕がマドカを襲うも一発を叩き切られると威力の薄いカーテンと化す。ところどころ煤でくすんだ白い機体が青白の機体に刃をおろしたその時、間合いに何かが投げ込まれ、刃の軌道が逸れる。慌てて飛んできた方を見れば目の前にはレールガンの銃口。至近距離での1発は白騎士のシールドエネルギーを4割近く削る。

 1発当てれば目線を変えずにそのまま銃口を横に向けて発射。ぐぉっ、と情けない声が近くで聞こえた。

 

 

「フルスキンでよかった、今のが普通のだったら即絶対防衛発動だったよ……」

 

 肩で息をする櫻とマドカ。対するセレン・ヘイズは人間もISも余裕だ。エイ=プールはマドカに数発もらい、軽微なダメージはあるもののまだまだグリーン(残8割以上)

 

 

『戦い方がレオハルトそっくり。近距離で刃を向けるのはお母さん譲りかしら?』

 

『ええ、良い親を持ったと思ってます』

 

『でも、高校生でここまで戦えれば十二分ですよ、ね? オッツダルヴァさん』

 

『うん? 櫻、まだ本気じゃないだろう? マドカさんは結構なペースで飛ばしているようだけど、相手が悪かったね』

 

 突然ピットで呼び出され、少しとぼけた声を出したオッツダルヴァだったが、試合はしっかりと見ていたようだ。言っていることは正しい。遠距離主体のヴェーロノークに近距離主体の白騎士で挑むのは間違いだ。だが、それは夢見草とて同じこと。装備次第でどの距離も対応する、というだけで、機体設計は至近距離機動戦を想定しているのだ。

 

 

『櫻、さっきのアレ、使っちまえよ』

 

『そうしなきゃマズいね。エネルギー切れで負けたらごめん』

 

 言うが早いか背中に翼を実体化させるとセレンとエイ=プールは目を丸くしてその光景を見ていた。

 

 

『破壊天使砲……』

 

『ノブリス・オブリージュ、ですよね』

 

『それを出した、ってことは本気ってことだろう? レオハルトはそれを滅多に使わなかったからな』

 

『そうなんですか? 初耳です。でも、コレを出すには負けられません』

 

『よし、さすが、騎士様の娘だ。エイ、こっちも全力でお相手だ。出し惜しみするなよ? 勝ったらマリアにボーナスを強請ろう』

 

『いいですね! 今月もお財布がピンチなので……』

 

『お前、毎月何にそんな金使ってるんだ……?』

 

 呆れるセレンだったが、やれやれと肩をすくめて首を振りながらも回避機動をこなす。渦を巻いた3条の光が2人の間を貫いていく。だが、次の瞬間にはエイ=プールが悲鳴を上げながら仰け反って行くのを視界の片隅で捉えていた。

 

 

『エイ! 言った傍から……』

 

 空中でバク転のような動きをしつつミサイルを撒き、体制を立て直す。マドカの放った荷電粒子砲の一発がクリーンヒット、今ので一発レッド(残3割以下)まで削り取れた。相変わらずチート性能だ。

 エイ=プールに意識を向けつつも迫り来るピンクにレールガンを放つ。それをかわされると6門の砲身が煌めいた。両手には月光。避けてもアウト、あたってもアウトだ。だが、ここは一か八か。

 

 

 ――斬られてやろう!

 

 空中で急停止、両耳の横を光が通過した次の瞬間には両手で月光の斬撃を止めていた。それもただ綺麗に揃ったわけではなく、十字斬り上げを下で止めたのだ。

 

 

『流石だな。一連の流れは定石通りでスキがない。だが、巧すぎるのも問題だ!』

 

 鉄くずと化したレールガンとレーザーライフルで月光の軌道を逸らすと、自分はその隙間から落下、同時にレールガンを再展開し、連続して撃ちこんでいく。

 ただ、櫻も櫻で黙って撃たれる気はなく、追加されたブースターの推進力に物を言わせてクイックターンで1人分横に一瞬で動くと少しずらして天使砲を放つ。

 

 

 そして、互いの頭に銃口(砲門)を向けたところで試合終了のホーンが鳴り響いた。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「負けた……」

 

「レオハルトに向ける顔が無いな」

 

「うぅ……」

 

「スミカさん、女の子を泣かせちゃダメですよ?」

 

「はいはい。悪かったよ。ほら、後でケーキ買ってやるから機嫌直せ、な?」

 

「ぶぅ~!」

 

 明らかに子供扱いされてふくれる櫻の肩を、ぽん、と叩くと、オッツダルヴァが笑う。その手には以前、亡国機業のスコールとオータムを捕らえた時に行ったレストランのペアチケットがあった。

 また食べ物で釣って、と思い、フン、とそっぽを向くと「残念だ。山田先生、ディナーをご一緒にいかがでしょうか?」といきなり真耶に声をかけていた。

 

 

「ふぇっ!? わ、私ですか!?」

 

「ええ。櫻に渡すつもりでしたが、断られてしまいましてね。よろしければどうでしょうか?」

 

 男性経験の少ない真耶がオッツダルヴァの手球に取られる中、ベンチに座る櫻の目の前にエイ=プールがしゃがみこんだ。

 

 

「お疲れ様でした。今までで一番いい試合でしたよ? 試合時間20分使いきったのは初めてなんです、私達」

 

 そういうエイ=プールの顔には満足を絵に書いたような笑顔があった。櫻も結果こそ不満だが、内容は満足行くもので、自分よりも上の人間を相手にした戦闘で得られるデータは貴重なものだろう。久しぶりに心も身体も叩きのめされた櫻が再び気を引き締めるには十二分すぎる動機になった。

 

 

「私も、見ていた世界は狭かったんだな、って改めて実感しました。学園で講師でもしていただきたいくらいです」

 

「いいですね、最近新規開発も無いし、書類仕事ばかりで飽きてきちゃってたところなんですよ」

 

「まぁ、私の権限でどうこうなることではありませんけどね」

 

「そうですよねぇ……」

 

 企業所属パイロットの本音が少し漏れた向こうではマドカが"桜"に絡まれていた。

 

 

「おつかれさん。エイ=プールをレッドまで追い込むなんてやるじゃないか。流石ブリュンヒルデの妹さんか」

 

「姉さんと比べるのはやめてください。私はまだまだ、甘いですから」

 

「そうか。自分で甘い甘い、まだ出来るまだ出来る、と思っているうちは永遠に成長するからな。壁こそあっても、それを超えることが成長だ。きっと何時か姉を超える日が来るさ」

 

「だといいですけど。ヘイズさんは元リンクスなんですよね?」

 

「セレン、でいいよ。ああ、10年くらい前まではな。ISが出てきて、企業連がソッチに力を注いでからはIS漬けさ」

 

「やっぱりISは温いですか?」

 

「温い、か……。コイツで戦争をする訳じゃないから何とも言えないが、人を殺せない、殺されないって意味じゃ、温いかもな。どうしてそんなことを?」

 

「私はコレで人を殺してしまうかもしれません……」

 

「ほう、どうして初対面の私にそんなことを言うんだ。それこそ姉さんなり櫻なりに言えばいいものを」

 

「あなたが、人を殺したことがあるからです。私は今まで意識せずに人を殺してきた。そうしなきゃ生きられなかったから。今、こんなところに居ていいのか、と過去の私がささやくんです」

 

「過去に何があったか知らないが、人を殺す場面というのは少なからず"今やらなきゃ自分が死ぬ"って場面だと思う。お前は間違ってない。今は人を殺さずとも生きていける立場に立った、それだけだ。無意味な殺傷こそ、後々悔やむことになるぞ」

 

「間違ってない。そう聞けて良かったです」

 

「いいんだ。コレも年長者の仕事だろ。ついでに言っておくが、櫻も大量の人間を殺してるぞ」

 

 ハッと顔を上げた時には後ろ手に手を振るセレンが見えるだけだった。

 



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最後のカード

 バレンタインの騒動も落ち着いた月曜日。と言ってもまだ日付が変わってから5分しか経っていないが。深夜のIS学園前に一人の銀髪少女が居た。ショルダーバッグを下げ、大きめのスーツケースを引いている。正門で待っていたのは黒いスーツの女性。少女は軽く会釈をすると二言三言会話をしてスーツの女性とともに深夜の学園に消えた。

 

 2年の学生寮の前にやってくると、そこにはもう一人、派手な赤いスーツを来た金髪の女性が待っていた。また少女と短い会話をするとキーを渡し、黒いスーツの女性とも少し話すと今度は彼女が少女とともに尞内に消えた。

 

 そこで別れた黒いスーツの女性、次に向かったのは1年の尞。玄関を入るとホールには狼の着ぐるみを来た長身の女性――おそらく生徒だから少女と言っておいたほうが良さそうだ。が待っていた。黒いスーツの女性は狼の少女と短く会話をするとぽんと頭を叩いてから階段を登っていった。狼の少女はと言うと、明らかに眠そうな雰囲気を纏い、おぼつかない足取りでスーツの女性とは反対側の階段を登っていったのだった。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 IS学園は学年が進むと専門分野に別れたカリキュラムが組まれる。IS技師や開発者を目指す整備科、テストパイロットや国家代表を目指す操縦科の2つに大別されるが、その中でも整備科にこんな時期に転入生が来るとも成れば大ニュースだ。

 だが、インターネットよりも速い情報網を持つ学園生徒でも広める情報が無ければ広大なネットワークはいつものどうでもいい話でうめつくされるだけである。今日の朝のニュースもそんなどうでもいい話の中に埋もれてしまっていた事かもしれない。

 

 

「ホームルーム始めるぞ-。整備室に篭ってる奴は欠課な~」

 

 朝から実技課題に勤しむ生徒で空席がちらほらと見受けられる2年3組。担任の東雲教諭がいつものように冗談を飛ばしながら教卓で出欠表をチェックすると、ふと顔を上げて言い放った。

 

 

「そうだ、こんな時期に転入生が来た。ドイツからだ。かわいいぞ~。クロニクル、入って」

 

 こんな時期に転入生? とクラスのほとんどが頭に疑問符を浮かべるなか、音もなくドアを開けて入ってきたのは低めの背に長い銀髪。そして、漆黒の目を持つ少女だった。普段ならばここで歓声の一つでも上がるが、教室は静まり返り、みんな目を丸くしている。少女はそんなことを気にするでもなく、しれっと黒板の前にやってくるとペコリ、とお辞儀をしてから自己紹介を始めるのだった。

 

 

「ドイツより参りました。クロエ・クロニクルと申します。本来ならば1月に転入予定でしたが、書類(委員会)の都合でこんな時期になってしまいました。このクラスで過ごすのは短い期間でしょうが、よろしくお願いします。えっと、この目は先天的なものなので、あまり気にしないで貰えれば……。って言っても難しいですよねぇ?」

 

 ウソホントを入り交えての自己紹介をさらりと終えると最後に小さく首をかしげてから先生にこの後の指示を求めるように顔を向けた。自分たちより10cmは低いであろう身長と見た目と性格のギャップ(まだ自己紹介しかしていないが)、さらにはその仕草であっさりとクラスのハートをキャッチしたようで……

 

「か、かわいい! 抱きしめたくなる!」「お人形さんみたい! すごく可愛い!」「クールな見た目と低い物腰、このギャップがっ……」「眼福眼福……」

 

 と言われ放題である。本人は大して気にならないのか、先生に自分の席を聞くと、パタパタと席に着いたのだった。

 

 

 授業が始まってもなお「わからない所は?」やら「教科書ある? 私のいろいろ書き込みしてあるし、送ろうか?」やら動物園のパンダ状態であったが、実技の授業でクラスメートからの評価は一変する。

 

 

「じゃ、今日も進級評価の為にコアプログラムの続きを。クロニクルさんは……そうね、どこまで組めるかしら?」

 

「コアプログラムだけなら3日頂ければとりあえず動くものを用意できます。詳しい仕様をご説明願います」

 

「えーっと、そうね。学園の打鉄かラファールで走らせるベンチマーク向けなんだけど…… 3週間かしら?」

 

「いえ、3日です」

 

 クラスメートドン引きである。有に数千万行に登るコードを大まかな骨組みの状態からおよそ4ヶ月かけて書き換えて来たと言うのに、この転入生と来たら、一から3日で組み上げるというのだ。もちろん、始めは冗談やコピペの改変だろうと高を括る者が大半だったが、作業が始めるとそのほとんどがクロエの作業に見入っていた。

 両手で一つずつキーボードを叩き、目線でもう1つを叩き、脳内演算で3つのキーボードを操るのだ。6つのキーボードから絶えることなく吐き出される正確無比なソースコードの羅列に生徒はおろか、先生まで手を止めて見とれていたというのだから驚きだ。

 

 2時間続く授業が終わると同時にクロエはそのまま椅子にもたれかかった。幾ら授業についていくためとはいえ、束に「マッハで」と言われない限りやらない速度でコードを書き続けたのだ。束は人外なので他所に置いておくとして、ソフト面の開発ならば櫻以上の速度と完成度を誇るまでに束によって育てられていた。そんな彼女もふと我に返るように椅子から跳ね起きると周囲の驚きを他所に勝手知ったりと食堂に向かって走りだした。

 

 食堂に飛び込むとお目当ての人物はすぐに見つかった。

 

 

「ラウラ!」

 

「ね、姉さま!?」

 

「会いたかったよーっ!」

 

 いきなりのシスコン全開である。傍から見ればラウラが2人で絡まり合ってるようにしか見えないその様に、同じテーブルでハムサンドをかじっていたシャルロットも乾いた笑いを上げるしか無かった。

 

 

「えっと、クロエさん。ひとまず落ち着いて、ね?」

 

「そ、そうだ、どうして姉さまが制服を着てここに?」

 

「そうだね。そうだ、そこから始めないと。櫻さまは?」

 

「櫻なら生徒会室じゃないか? あの女に仕事を押し付けられたと見た」

 

「そっか。挨拶しておきたかったけど。最愛の妹に会えたし、いいかな?」

 

「姉さま、大丈夫か? いつものキリッとした姉さまは何処に行ったんだ?」

 

「明後日に置いてきた。ねぇ、久しぶりにあったんだしこれくらい普通だよね? シャルロット?」

 

「えっ、えっ? 僕にフリますか?」

 

 妹の隣でとんでもない発言を繰り返すクロエに辟易しながらも何とか話の緒をつかもうと思案する。こういう時に限って 事情を知っていそうな人間ポラリス構成員が誰もいない事が悔やまれてならない。

 

 

「それで、クロエさんはどうして学園に?」

 

 すこし真面目な顔をして率直に話を切り出せばクロエも釣られて普段の顔に戻った。これで大分話が進みやすくなるだろう。

 

 

「表向きはドイツから転入です。裏はもちろん……」

 

「櫻が最近コソコソと動いてるのと関係が?」

 

「ええ、オータムとスコールが学園に来たのもそれが理由です」

 

「どうして僕達には何も言ってくれないんだろう…… もう前みたいに一人で全部背負い込むのはやめて欲しいんだけどな」

 

「私からお話したいのはやまやまですが、今回はいかんせん国際関係にも影響が出かねないので簡単に話すわけには。ごめんなさい」

 

「そっか。でも、クロエさんがそう思ってるってことは櫻がそのうち自分から説明してくれるってことだよね」

 

「この前釘も刺したしな」

 

 シャルロットが少しバツの悪そうな顔をする反対でクロエが頷いて言った。

 

 

「恐らくは。それでもダメなら私からお話します。あなた方は今回のキーとも言えますから」

 

「櫻が考えていることがなんとなくわかったぞ。去年の秋、私達が一旦国に帰っている時に学園が襲われただろう? 櫻はアレが繰り返されるのを恐れているんじゃないか?」

 

「それで僕達専用機持ちは学園防衛の鍵ってワケか。なるほどね、辻褄が合うよ」

 

 2人がコレだ、と言う顔で予想建てた事にクロエも同意。先と同じように頷いた。

 

 

「ええ、大まかにはその通りです。お話できないのはその裏事情でして……」

 

「そこら辺は姉さまや束さん、櫻が考えるところだ。その時が来れば私達はただ友人を信じて戦うだけだ。だろう? シャルロット」

 

「そうだね。それに、今は国に縛られてないからある程度は自由が利くしね。それがセシリアや鈴との差でしょ?」

 

「はい。彼女たちは国がNo Goと言えばそれに従わざるを得ません、たとえそれが如何に不条理であっても。逆らえば自身の立場がなくなってしまいますから。国に逆らうだけの価値がアレばまた別ですが。そんな可能性に掛けるのはリスクが大きすぎるので櫻さまが主に手駒として使いたいのは私を含めたポラリスの4人とあなた達です。はぁ、話しすぎましたね。もちろん今の話は内密に」

 

「わかったよ」

 

「もちろんだ」

 

 頷く2人を見るとクロエはそっとラウラの前においてあったたまごサンドを一つかじった。ふふっ、と思わず笑うとラウラが声を上げる。

 

 

「姉さま! そのたまごサンドは!」

 

「ごちそうさま。シャルロットのハムサンドもひとつもらっていい?」

 

 先ほどまでの真面目な雰囲気は何処へやら、再び"くろえ"の顔になって後輩から昼食を集るのだった。




 ある日の放課後、HRが長引いた櫻と本音、そして一夏が生徒会室に入ると……

「Мне очень жаль.Я имею в виду меры здесь в отношении вещества」

 携帯電話を片手にへこへこと頭を下げる楯無の姿があった。珍しい姿に入り口で足が止まった3人はしばらくその様子を見ていると、話が終わったようで、携帯をしまうといきなり「Черт побери!(あぁクソがっ!)」と叫びを上げてくるりと振り向くとちょうど目があった。


「えっと、見てた?」

「すみません」

「最後はあまりいい言葉ではなさそうですね」

「おじょうさまロシア語話せたんだ~」

「伊達にロシア代表やってないわよ! あぁ、もう、恥ずかしい!」

 ひとりでヒートアップする楯無を他所に虚が椅子を回してこちらを向くと「お疲れ様です。お嬢様はどうやら本国から櫻さんに負けたことのお叱りを受けていたみたいで」と丁寧に楯無に止めを刺した。


「えっと、なんか、ごめんなさい?」

「もういい! かたなおうちかえる!」

 櫻が中途半端に謝ったせいで更にキズをえぐってしまったようだ。ベタベタな泣き声を上げる楯無を他所に3人はそれぞれの机に着いた。


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楯無さん、本編でロシア語話してないなー、と思って思いついた小ネタ。
冒頭部分は「本当に申し訳ありません、対策は練っているのですが……」的ニュアンスのはずです。相変わらずのGoogle先生頼み。


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始動

「始められるか?」

 

 日が高く登り眼下に広がるコンクリートの町並みを焦がすなか、男は革張りの椅子に深く腰掛け、正面に立つ若い男に聞いた。

 

 

「シミュレータ訓練しかしていないために不安は残りますが、機体、搭乗者ともに行けます」

 

「実機を使って早々にバレる訳にもいかなかったんだ、それは仕方ないだろう。素人を軽く鍛えてなまくらにした程度でどこまで戦えることか……」

 

「過半数のAMS適正は最低限度しか…… 逆流も十分に考えられます」

 

「確実に戦えるのは数人か。全員そう長くは生きられないと言うのに、ISが席巻した世界に反旗を翻そうなどと、なんという皮肉だろうな」

 

「ですが、だからこそ今実行しなければならないのでは」

 

「その通りだ。よし、フランスに伝えろ、週末には船に乗せて出航だ」

 

「かしこまりました」

 

「さぁ、 星砕きスターブレイクの始まりだ」

 

 深いため息のように喉の奥から出された声はすべてを飲み込む闇を纏うようだった。

 

 

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「それで、奴らは?」

 

 所変わり月明かりに照らされるネオン街、それを見つめる黒いドレスに身を包んだ妙齢の女性はワイングラスを片手に隣のスーツの女に聞いた。

 

 

「フランスが慌ただしくなったと。週末には動きそうです」

 

「ネクストは船便よね? ということは早くても1週間…… 日本に居る人間に警戒を厳にせよ、と。私達は3日後から準備を始めるわ」

 

「了解しました。それと、ポラリスに行った3人ですが――」

 

「あぁ、スコールとオータム、それとMだったかしら。彼女たちが何か?」

 

「いえ、始末なさらないのかと」

 

「いいのよ。場所が場所だし、あの娘に見つかるとマズいわ」

 

「ですが、このままでは敵対される可能性も」

 

「2人は今首輪付き、もう一人はわからないけど、少なくともスコールとオータムは束とキルシュに逆らえない。逆に言えばポラリスに喧嘩を売らなければいいのよ。私達じゃ篠ノ之束には勝てない」

 

「はぁ……」

 

 スーツの女は少し顔を歪めて肯定とも否定とも取れない声を上げる。ドレスの女は振り返ると少し非難するような目で言った。

 

 

「不満気ね。スコールがあの小汚いオヤジを殺った事がそんなに不満かしら? 私としては反IS派筆頭の彼が死んでくれて清々したのだけど」

 

「仮にも幹部ですよ? そんな人間を殺すなんて。組織への裏切りとも受け取れます」

 

「結局ポラリスに身を売ったのだから、裏切ったも同然だけどね。ま、彼女のことはどうでもいいわ。今は私の下に居るわけじゃないし。あなた、出るつもりはあるの?」

 

「今度の作戦ですか?」

 

 ドレスの女は黙って頷く。

 

 

「ええ、もちろん。主領はどうされますか? もし出ると――」

 

「私達の存在が公に。でも、出なければネクストには……」

 

 手に持ったグラスからワインを一口煽ると、小さい息を吐いた。

 

 

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「デュノアが騒がしい……」

 

 所変わってIS学園1年1組。櫻のつぶやきはシャルロットの耳に届いたようで、クラスメートと雑談に興じていた彼女の肩が跳ねる。

 後ろから身を乗り出してきた本音がクスクスと笑った。

 

 

「しゃるるんがビクってしてたよ~? でもソッチのことじゃないんでしょ~?」

 

「もちろん。さっきお姉ちゃんから衛星画像が送られてきてね。デュノア社の工場から大量のコンテナが搬出されてる。多分ネクストのパーツだよ」

 

「船を海上プラットフォームとして使うのかな~? ロマンだね~」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ? ネクストはサイズ的に40フィートコンテナ2つで1機半は収まるから小さめのコンテナ船でも数百機単位で運用できちゃうかも……」

 

「え、それマズくない?」

 

「さすがにそれだけ作るのにはとんでもない時間と費用がかかるからだろうから、さすがに数百は無いだろうけど数十機は出て来るかもね」

 

「それに対するこっちの有効戦力は……」

 

「IS6機」

 

「詰みじゃない? たとえそこにおじょうさまと織斑先生を入れても8機だよ? 学園の正規戦力は頼りないし……」

 

 ネクストのスペックシートを見たことのある本音は事態の大きさを把握したようで、普段の気の抜けた喋り方から一転、真面目なトーンで櫻を揺さぶる。

 櫻も櫻でスケールの大きさに圧倒され気味で頭のなかで使える戦力を全てぶつけた総力戦をシミュレート。

 そして首を振った。

 

 

「無理だ、勝てない……」

 

 無理だ、勝てない。そう結論づけるにはもちろん理由があった。最初にして最大の問題は"操縦者が人を殺せるかどうか"。ISと違い絶対防御が無いネクストを相手にすることは命の奪い合いを意味する。櫻の想定する有効戦力とは人を殺すことの出来る人間の数なのだから。

 そして次の問題はたとえ敵戦力が10機しか出てこなくても相手がリンクス上がりならば実力差で勝てない。機動力で劣るISでは機体スペックでごまかすことも出来ない。たとえ最新技術満載の兵器を使ったところで当てられなければなんの意味もなさない。

 最後の問題、それは守るものの有無だった。攻城戦というのは昔から防衛側が不利なものである。背後に数百人の生徒と教員を抱えるのと、己の野望を抱えるのでは戦いやすさがまるで違う。

 たとえ逃げ遅れた生徒がいても櫻達にはそれを守る義務が発生してしまうのだ。たとえその後に自分が不利な立ち回りになろうとも。

 

 本音も最初の問題には最初から気づいた上で楯無や千冬を入れて、と提案してきているのだから彼女も似た考えを頭に浮かべたのだろう。

 

 

「緊急集会を開こう。3日以内に」

 

「うん。学園の中にいる人は私が何とかするから、さくさくは外だね」

 

「おっけ。急がなきゃ」

 

 

 

 ISの、世界の未来を掛けてそれぞれの勢力が確実に事を進めていく。

 

 決戦の日は確実に近づいていた。



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窮地

 関係各所に片っ端から連絡を取り、放課後に合わせて会議室に集合したのは会議をしよう、と言った3日後丁度だった。

 

 

「お集まり頂きありがとうございます。一応緊急事態ということで、いきなり本題に入らせてもらいます」

 

 この場に集ったのはポラリスの全員と千冬、楯無。そしてモニタ越しに紫苑とオッツダルヴァ。突然集まれ、と言われてこれだけ集まったのだから立派なものだ。

 

 

「先日報告したネクストですが、海上輸送が先週始まりました。今のところ北極周りで現在東シベリア海東沖およそ380海里を航行中、5日後には太平洋沖に到着見込みです。それまでに学園の防衛設備、及び周辺のコジマ汚染対策が必要です」

 

 そう、課題は学園防衛だけではない。ネクストが戦闘を行うことで発生するコジマ汚染への対策も必要になる。だが、"防衛"という建前上、十分に引きつけ、攻撃を受けて脅威判定をした上でないとこちらから反撃するわけにはいかなくなる。そうなると周辺への汚染は確実になってしまうのだ。姑息な手段としてはポラリスが喧嘩を撃った、流れ弾が学園へ飛んだ、と言う事で戦闘を行うことも出来なくはないが、世界を脅して今の立場を得た彼女らとしては更に貶めることはできるだけ避けたいところだ。

 

 

『喧嘩を売るわけにはいかないけど、売られるまで待っているわけにもいかない。難儀なものね』

 

 サクッと要約した紫苑も唸っている。いっその事沖合で実技演習でもすればいいか、と櫻がひらめいた時には束が先に言葉を発した。

 

 

「それじゃ、いっその事沖合で演習でもしたら?」

 

 ぐっ、まさに言おうとしていたことを…… と思ったか思わなかったか、苦い顔をする櫻。話をフラれた千冬も顔を顰める。

 

 

「突然言われても私だけではなんともできん。それこそ学年演習の形を取らないと――」

 

「いいんじゃありませんか? 織斑先生」

 

 立入禁止の札を下げた扉を開けて入ってきたのは学園長、轡木十蔵だった。櫻からすれば予想外の来客。そして、ある意味最強の援軍でもある。

 彼からある程度の行動を許されれば作戦自由度は大幅に上がることは間違い無いからだ。

 

 

「これはこれは、ポラリスの皆様、そして、天草さん、そちらの男性は……」

 

「彼は私の特別顧問、みたいな人です。小さい頃から色々と教わっていまして」

 

 オッツダルヴァが名乗ると轡木も会釈して返し、改めまして。と一息すると

 

 

「皆様、お初にお目にかかる方もいらっしゃるでしょう。IS学園長、轡木と申します。この度は当学園の為に尽力してくださる事をまず、感謝致します。そして、それに付きまして、私からもできるだけのお手伝いをさせて頂ければと思いまして、突然ではありますが、参りました」

 

 学園の長とは思えぬ腰の低さ。まぁ、この事態を思えば当然ではあるが……

 昨年のアメリカによる学園への侵入もポラリスによって事前に察知され、生徒の身分の複数人と一部の教師によって鎮圧されたことを鑑みるに彼も学園の防衛体制は弱いと認識しているのだろう。

 

 

「学園長」

 

 まず口を開いたのは紫苑。先ほどと変わらない調子で言葉を発していく。

 

 

「企業連をまとめています、天草です。同時に、学園に娘を預ける親でもあります。まず、私からお聞きしたいことが幾つか、よろしいでしょうか?」

 

「もちろん構いません」

 

 そう頷いたのを見ると続ける。

 

 

「学園長から見た学園防衛体制は十分なものでしょうか?」

 

「率直に申しますと不十分なものでしょう。我々は彼女らのように予測して対処、ということは出来ません。第一撃があってから動き始めますので、どうしても体制構築に時間がかかってしまいます。ですが、立場上、何処かから事前に情報を得て動く訳にも行きませんので……」

 

「では、学園長も今の問題点は把握していらっしゃるのですね」

 

「上げればキリが無いでしょうが、大まかには把握しているつもりです」

 

「そうですか。次に、万が一、現在恐れている事態が起こった場合に学園の防衛戦力をポラリス、及び企業連からの鎮圧部隊に加える事はできませんか?」

 

 この場にいる誰もが無理だとわかってはいるが、仮にもプロ集団。ヴァルキリーレベルの実力者が揃う鎮圧部隊が来ればまだマシといえる。一縷の望みを掛け、轡木の答えを待つ。

 

 

「お察しかとは思いますが、出来ません。たとえ学園沖で戦闘が発生したとしても我々に出来るのは学園施設への直接的損害を抑えることですから」

 

 まぁ、わかってた。みたいな顔で続けられれば少しは腹も立つだろうが、轡木は飄々とした表情のままドア付近に立っている。今更櫻が余っていたパイプ椅子を回すと広げて座った。

 

 

「こちらからも幾つか、よろしいですか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 促したのは進行と今回の発起人でもある櫻。彼女を見て基本的なことから抑えていく。

 

 

「今回の仮想敵、と言いましょうか。学園の危機はアーマードコアによる攻撃の可能性ですか?」

 

「そう予想しています。相手は元リンクス。IS至上主義に近い世界への報復が目的と思われます」

 

「なるほど…… それでは、最終目的は、撃墜。ですか?」

 

 彼からすれば一番の重要事項であろう質問が来た。"人殺し"が目的なら防衛体制に組み込まれる専用機を持った生徒を入れるわけにはいかないだろうからだ。さらに言えば、教員による防衛体制すら危うくなる。

 

 

「そうなりますね。無力化、が作戦目標になると思います」

 

「君は、それでいいと?」

 

「ネクストをエネルギー切れさせるまで飛ばした頃には学園周囲数十kmは人が住めないほど汚染されかねません。そうなる前に、撃墜するのが最善手かと」

 

「たしかに、理にかなっています。ですが、教師としての立場からは一旦止めなければなりません。それを振り切るかはあなた次第ですが」

 

「これもみんなのためです。本音……布仏にも言ったことですが、手を汚す人間は最小限であるべきなんです。ですから、すでに汚れきった私達が――」

 

「櫻、もういいわ。コレ以上は言わないで」

 

 唐突に紫苑が話を遮る。見れば束も少し目が赤い。事情を知らない数人が疑問に思う中で束が言う。

 

 

「先生。私達はすでに世界の半数を敵に回しています。何も言わないけれど、定期的にミサイルも飛んでくるし、ISが周囲を警戒飛行することもあります。世界がうまくいくためには必ず嫌われ者が必要だと思うんです。だから、それを私達が引き受けます。それだけなんです」

 

 何か察したような顔をした轡木だが、ふと目を閉じて窘めるように言う。

 

 

「コレはあくまでも私個人の考えですが、この世に悪やヘイトなんてものは無いと思っています。誰かは誰かの正義の為に行動しているはずです。それがまた違う誰かの正義とぶつかった時、初めて正義と悪、という対立に準えられるのでは無いでしょうか。でも、実際は正義と正義のぶつかり合いで、それぞれ良かれと思ってなすべきことをしているに過ぎないはずなんです。こう言ってしまうとこうして集まって対策を練る意味がなくなってしまいますがね。テルミドール君や博士はそう言いますが、あなた方の正義の為に、その行動は必要なのでしょうか? 自分を殺してまで、悪である必要はありますか?」

 

「学園長。彼女らにもなにかあってのことだと――」

 

「織斑先生、それは教師としての言葉ですか? それとも、彼女達の友人としての言葉ですか?」

 

 押し黙る千冬を見てから続けた。どこか悲しそうに。

 

 

「私は教師です。そして、あなた達の人生の先輩でもあると思っています。未来ある若者を、教え子を、危険だと分かる場所に進んで放り込むわけにはいかないのです。その一方で、学園を預かる者として、あなた達のちからを借りなければこの脅威に対応出来ないこともわかっているつもりです。ですから、一つだけ、協力するにあたって条件を出します。飲んでいただけないようでしたら、正式な協力はできかねます」

 

 ある意味脅しともとれるが、彼だって自身で言ったとおり、ポラリスに頼らなければ学園が守れないこともわかっている。その彼がいったいどんな条件を出すのか。

 全員が息を飲んだ。

 

 

「全員、必ず学園へ帰ってきてください。身体も、機体も怪我のないように、帰ってきてください。それだけです」

 

「その条件、飲んだよ」

 

 真っ先に反応したのは意外にも束だった。櫻、クロエ、マドカ、本音。スコールとオータムさえも頷き、全員が束を見ると彼女もまた大きく頷いて大きな声で宣言した。

 

 

「我々、ポラリスはIS学園の協力要件を受諾! 正式に協力を要請するものとします!」

 

「束……」

 

「分かりました。IS学園としても、皆様のお役に立てるよう、出来る限りサポートさせていただきます」

 

「それじゃ、具体的に詰めて行きましょう」

 

 全員が机上のホロマップに視線を集めた。

 

 

 

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「しかし、船旅もいいものだ。寒いのがたまにキズだがな」

 

「1週間は晴れて海も荒れないそうです。作戦遂行にも支障ありません」

 

「うむ。いいことだ。被験体は?」

 

「出港後更に5人が脱落。残こりは42です」

 

「大分減ったな。達成確率は?」

 

「戦術レベル1で9割、2で7割、3で3割です」

 

「レベル1で済むことはありえないだろう。高くて7割か。低いな」

 

「ですが……」

 

「ああ、わかっているとも。今はその7割に賭けるしか無いんだ」

 

 

 

 ――ある男の手記

 

 海に出て約1週間。何もない風景にも慣れてきた。双眼鏡を覗くと自然の芸術が見えることもあり、心が洗われる。

 ただ、檻の中の被験体が時折発狂する様を見るのには慣れない。また、使い物にならなくなったのを捨てるのもまた、慣れることはないだろう。

 今まで何人をも手にかけたとは言え、私も所詮甘い人間だということか。

 久しぶりのネクストが近い。懐かしい感覚に身を預けられるかが心配でならない。最悪、逆流してしまうだろう。私もまた、彼らと同じように薬で適正を得た身。いつ使い物にならなくなるか……



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開戦

「装備確認急げ! さっさと組み立てろ、何してやがる!」

 

 速度を落とした船の上で男の怒号が響き渡る。すでに船底近くのブロックには組み立てられた無骨なネクストが数十機並び、その目を光らせている。

 

 

「進捗は?」

 

「あと5期だ。2時間で行ける」

 

「わかった。その調子で頼む」

 

「おう」

 

 作業場を取り仕切る男と言葉を交わせば要点を掴んだ短い答えが帰ってきた。私はこういうタイプのほうが好きだが。

 船尾のブリッジを登り、操舵室裏の部屋にはいると私が今仕える男が立派な椅子に腰掛けていた。

 

 

「後2時間ほどで作業完了と」

 

「よし。計画通りに行きそうだ。白昼堂々と突っ込むぞ」

 

「畏まりました」

 

「学園の動向は?」

 

「学園外洋にシールドを展開中。おそらく実習訓練を行うものと」

 

「おかしな点は?」

 

「ありません。時折行うことのようです」

 

「ならば計画に変更なし。道中で出会ったら叩き落として進め」

 

「はっ」

 

 報告を済ませれば操舵室に行き、細かい調整をしていく。GPSに座標データを打ち込み、ポイントをセットし、航行速度を選択すればそのとおりに動いてくれる。まったく、最新技術とはスゴイものだ。

 ふと広い窓から外を見ると空が徐々に明るくなっていく。何もない海の上での夜明けはコレで11回目だが、何度見ても美しい。

 

 

「我々にご加護を」

 

 そうして私は十字を切り、そっと天に祈りを捧げた。

 

 

 

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「間に合う?」

 

「はい。7時前には成田に着きます」

 

「それはよかった。ウチのエースを連れてきたんだから、これで間に合わなかった、は冗談じゃないわ」

 

 中国上空、徐々に白んでいく空を見ながら言う姿はとても裏の世界から世界を見てきた組織のトップとは思えません。まるで名家のお嬢様みたいな……

 と言ったら「冗談はやめなさい」と言いながら手元のメニューで叩かれそうなので口には出せません。小さい飛行機の10もない座席は全て埋まり、その乗客はすべて女性です。私達がこれから為すことにはISが必須なので当然とも言えますが。

 

 

「アスターさま。一つ問題が」

 

「えっ、なにかしら?」

 

「学園沖に外部フィールドが設営されています。おそらく出来る限り沖に出る作戦かと」

 

「ああ、それね。予想通り、というよりも計画通りだわ。あくまでも主戦力は彼女たちだもの。ただ、私達はそれを後押しすればいいの」

 

「そうですか……」

 

「ええ。いくら対ネクスト向けに装備を整えても、幾ら第4世代のISを使おうとも、ネクストが圧倒的物量で押し寄せれば勝てないわ」

 

 そう言い切る彼女はいつも通りの底知れぬ笑みがありました。私が彼女の下で働き始めて数年立ちますが、未だにわからないことが多いです。この笑みもその一つ。

 私や周囲に向ける笑みとも、余裕の笑みとも、慈愛の笑みとも違う。得体のしれない笑いは時折恐怖すら引き起こします。

 

 

「分かった。あと1時間くらいしか無いけど、あなたも休んでおきなさい」

 

「はい」

 

 自分の座席に戻ると言われた通りに目を閉じることにしました。これから起こることは、ヘタすれば歴史の教科書にも乗ってしまうことかもしれません。

 ですが、私達もなさねばならないのです。彼女の望む世界のために。あの娘の望む世界のために。

 

 

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「突然だが、今日の実習は1年4クラス合同で行うことになった」

 

 朝の織斑先生の一言でクラスは一気に騒がしくなる。突然合同で実習やります、と言えばそりゃ何か言いたくもなるだろうが、あいにくその理由を知っている私はそんな気分にもなれない。

 

 

「聞け! 今日の実習では来年度の学園練習機の実機テストも兼ねて行われる。一般生徒は後で言うアリーナに、国家、企業代表は8時50分に波止場に集合だ」

 

 櫻はわざわざこのためだけにおばさんに無理を言ってオーギルを5機空輸させたらしいから驚きだ。それも昨日の夜中、と言うか今朝届いたばかりで、束が全速力でセットアップをしている。

 学園に篠ノ之束が居るなんてバレたらまた一騒ぎ起きそうだ。

 

 

「26番から30番は第6アリーナだ。連絡事項は以上だ。解散!」

 

 初っ端から実技だなんて、と思う生徒も居るだろうが、織斑先生には逆らえず、廊下を早足で歩いて行く。専用機持ちも波止場までゆっくり急いでいた。私もその一人だが。

 

 

「櫻、これって……」

 

「察しの通りかな。今日だよ」

 

「そんな突然言われても困るぞ?」

 

「船の中でブリーフィングね。織斑先生には船分けも口利きしてもらってるから」

 

「どこまで手を……」

 

「ふふっ、どこまでだろうね?」

 

 前でいたずらっぽく笑う櫻をみてつくづく思う。アイツは絶対に同い年じゃない。貫禄ありすぎだろ。どう見ても。

 校舎内をゆっくり急いで、外に出た途端全力ダッシュで波止場に向かい、着いたのは49分。ギリギリセーフだ。

 

 

「遅かったわね」

 

「仕方ありませんわ。ホームルームが長かったのですし」

 

「私が来た時には簪なんてとっくに居たわよ?」

 

 鈴とセシリアがいつもどおりのやりとりをしていると織斑先生がやってきた。気がついた一夏や箒が黙る。

 

 

「揃ったか? 出欠取るぞ。1組――」

 

 1列に並んだ専用機持ち。その数は10人。国家戦力相当と言っても差し支えないほどだ。そこに姉さんを加えれば…… 考えるだけでも恐ろしい。

 そして、2扱のボートに分乗すると即座に作戦会議が始まった。

 

 

「作戦概要を説明します。本作戦は学園防衛の為の敵機迎撃。目標は敵機の無力化――」

 

 と櫻が話し始めた隣のボートで声が上がった。なにかあったのか。こちらからは見えないがまぁ、織斑先生が何もシないところを見るとマズいことではなさそうだ。

 

 

「出来る限り私達で戦線を保ちたいけど、たぶん無理だから。そのときはお願い。ロッテには辛いかもしれないけど……」

 

「大丈夫だよ。ママも言ってたしね『目的のために手段は選んじゃダメ』ってね」

 

「それはそれで問題なような…… まぁ、いいや。ラウラも行ける?」

 

「ああ。久しぶりの戦闘機動だが、大丈夫だ」

 

「本音、ジェネレーターは?」

 

「ばっちりおっけー。30回は満タンにできるよ~」

 

「マドカ、大丈夫だね?」

 

「もちろん。今回は枷なしでいいんだな?」

 

 枷。もちろん、殺しの是非だが…… 櫻は少しためらってから「なしで」と言った。コレで私も手加減なしで力を振るえる。

 

 

「じゃ、まずは普通に実習をこなしますかね」

 

 ボートは気がつけば浮島に到着。そこにはささやかながら、整備用の施設まで設けてあった。本音が真っ先に何処かへ走って消えると2番めのボートから降りてきた織斑先生が号令を掛けた。

 

 

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「全員乗ったな」

 

 冷たい声が狭いコックピットに消えると次々とこわばった声が返ってくる。いよいよ、これから。始めてしまえば後には戻れない。

 

 

「全員、ジェネレーター始動。出力安定後、1番機から発艦」

 

 懐かしい感覚が帰ってくる。脳が溶けそうな、全てが一緒になってグルグルとする感覚。視界の片隅でジェネレーターの出力表示が緑色になったのを確認すると一気にブースターを吹かした。

 飛行機の離着陸のような振動を感じながら出力を上げていく。そして、ある程度の見切りをつけ、一気にエネルギーを注ぎ込めば鉄の塊がいとも簡単に飛び上がった。

 少し高度を上げて待てば次々と上がってくる。自分がネクストに乗っていた頃はありえなかった光景。数十機のネクストが隊列をなし進む。

 

 

「全機上がったな。体の調子が悪ければすぐに離脱しろ。暴走する前にな」

 

 行くぞ、とひと声かけ、背中のオーバードブースターを開くと世界が飛んだ。

 

 

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「緊急警報、緊急警報、高濃度コジマ粒子を確認。総員、レベル1警戒態勢。レベル1警戒態勢」

 

 突然無機質な放送が鳴ったと思ったらいきなり櫻たちがピットに戻っていった。レベル1警戒態勢ってかなりマズいんじゃないか? そう思いながらも機体をピットへ向ける。その時にはすでに後ろでまた櫻のピンクの機体が空にむかっていた。

 

 

「何やってんだ櫻! 戻れ!」

 

『これより、ポラリスは学園の指揮下を離れます。ポラリス全機、私の指揮下に』

 

 櫻の声色がいつもと違う。まるでこの前怒らせた時みたいだ。身体の底から何かが沸き上がってくる。嫌な予感なんてものじゃない。動かなきゃ後悔するほどの、なにかだ。

 気がつけば俺も機体を櫻の方に向かわせていた。

 

 

「櫻、なにがあったかしらねぇが、俺も行くぞ!」

 

『一夏君、戻って。お願いだから』

 

「今回ばかりはお前の頼みでも聞けないな。絶対にマズいことが起きる。そうなんだろ?」

 

『そうだから戻って、って頼んでるんだ。君のために無駄なエネルギーを使いたくもないからね』

 

 最悪、お前を落とすと言う脅し。気がつけば後ろに鈴と箒まで来ている。オープンで千冬姉が何か叫んでるが構っては居られない。

 

 

『櫻! 何処へ行くつもりだ!』

 

『はぁ…… ちょっとお使いに』

 

『お使いなら私達が着いて行ってもいいでしょ?』

 

『スゴイ困る。全機、正面!』

 

 呆れた声から一転、突然櫻が叫んだ。とっさに前を見れば何かが大量に飛んでいる。レーダーにも写ってる。

 

 

『はぁ、お客さんだ。一夏君、箒ちゃん、鳳さん下がって。死ぬよ』

 

『はぁ!? 何いってんのあんた?』

 

「櫻のいうことはマジっぽいぞ…… ISじゃねぇ、あれは……」

 

『全員、私の言うタイミングで避けてね。4…3…2…1……今!』

 

 いわれるがままに機体をロールさせると今まで俺が居たところを弾丸が突っ切って行った。それも、ISのものとは大きさが違う。バカでかい砲だ。

 

 

「箒、鈴。戻ろう。櫻の言うとおりだ……」

 

『一夏、あんた何言って――』

 

「今の攻撃、自力で避けられたか? 箒」

 

『む、無理だな……』

 

「今のお前なら、マドカに稽古をつけてもらったお前なら解るだろ。俺らじゃ実力が足りねぇ。ただの足手まといだ」

 

『だがっ、だがっ!』

 

「俺だって仲間の力になりたいよ! でも、その力が無いから! 出来ないからこうするしか無いんだ!」

 

 また、無力だから、こうなるのか。折角俺に答えてくれた(白式)もあるってのに、また俺はここで諦めるしか無いのか……

 

『賢明だね。今ならまだ逃げられる。ポラリス散開。反撃に移れ』

 

 櫻の声は同情も、哀れみも、何もない、無機質な声に聞こえた。



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混沌

「あらあら、お祭りは始まってるみたいね」

 

「そんな呑気に構えてる時ですか?」

 

「そうでもないわ。全員、私に続きなさい!」

 

 沖に出たクルーザーから10人程がISを纏い跳び上がる。遠くに見える爆炎と、青緑の光の下へ。

 

 

「叩き落としなさい」

 

女の一声で色とりどりの機体が一気に加速した。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「マドカ!」

 

『わかってる! わかってる、あぁ、クソっ!』

 

 敵は約40。的が大きいとはいえ、PAが邪魔だ。エネルギー兵器主体に戦っても半数は学園へと飛び去ってしまう。そして、また一機月光で切り捨てるとレーダーに新たな機影を捕らえた。

 

 

「マドカ、新しい客!」

 

『ああ、見えた。ISじゃねぇか!』

 

「嘘ッ! 退くよ!」

 

 懐に入り込んできた一機をまた月光でスライスするとそのまま反転、マドカとともに後退していく。だが、レーダーに写ったのはその客人がネクストを撹乱、攻撃を加えるところだった。

 

 

『櫻、大丈夫か?』

 

「大丈夫じゃない! でもまだ来ないで!」

 

『ああ、こんな時に……!』

 

「ごめん、大丈夫だから。ほんとに」

 

『くっ……』

 

 ラウラが慌てて呼びかけてきてもどうにかこらえさせ、目の前で起きていることを整理する。

 

 

「アレは、誰?」

 

『んなの今はどうでもいい。敵の敵は味方だろ?』

 

「終わった後に斬られるとか嫌だよ?」

 

『その時はその時だ。行くぞ』

 

 今はそうするしか無いか、と再び混沌の中に飛び入り参加すると早速1機を屠る。

 

 

「ねぇ、なんか敵の動き、素人臭くない?」

 

『そうだな。まっすぐしか向かってこないから当てやすい』

 

 それは事実であったようで、あちこちで煙を吐いて落ちていくネクストが見えた。だが、そう油断した時が一番危ないとも言う。

 突然、大きな音を立てて脚部装甲がはじけ飛んだ。

 

 

「後ろ! 大型レールガン!」

 

 あんなのがまともに当たったら絶対防御なんてお構いなしに足が吹き飛んでいただろう。素足を晒しながら一瞬想像して鳥肌が立つ。

 

 

『吹き飛べ!』

 

 白騎士の荷電粒子砲が直撃。だが、青緑の光が一瞬見えると機体は一部焦げただけで未だに健在だった。今度はレールガンをマドカに向けて撃つ。

 その隙に後方からの鉛弾の雨を気にもとめずにレールガンを叩き斬る。

 

 

『クソっ、攻撃が通らない!』

 

「プライマルアーマーが邪魔なんだよ。カタナでゴリ押しなら通る!」

 

『そうかいっ!』

 

 雪片を手に一気に突っ込むとその腕を切り落とす。本人の不服そうな声のあと、再び振り下ろされたソレはヘッドパーツを砕くとコアまで歯を通した。

 

 

『零落白夜が通る!』

 

「でも、まだうじゃうじゃいるからね。エネルギー切れで墜ちないでよ!」

 

 何処かから飛来したISも無言でネクストを切り伏せ、弾幕でPAを薄くしたところに大口径のグレネードを叩き込むなどあきらかにネクスト慣れした戦い方をしていた。

 だが、そんなことを考える余裕も無く、視界に入る大きな影を片っ端から追いかけていく。

 

 

『ファントム、進路を西へ』

 

「え?」

 

 聞き覚えのある声な気がして辺りを見回す。西に飛び去っていくのはすべて各国の第2、第3世代だ。

 ここで一気に櫻の思考が加速する。

 機体は各国の正規採用、及び開発機。IFFと一致せず。ということは…… 盗難機である。

 

 

亡国機業(ファントムタスク)ッ!」

 

『私達に構う余裕があるのかしら、お嬢さん。うふふっ』

 

 櫻の放ったレールガンは当たり前のように外れ、ただ、飛び去る機影を見ることしか出来ない。

 追いかけようにも女の言うとおり、この場にいるネクストをすべて落とさなければ。

 

 その後の櫻はひたすらに的を落とす狂戦士(Berserkr)となっていた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「撃てッ!」

 

 学園では砂浜や校舎の屋上にラファールの拠点防衛パッケージ、クアッド・ファランクスを展開、迫り来る複数のネクストに鉛弾の雨を降らせていた。

 さすがにサブマシンガン以上のハイレートで弾丸を叩きこまれればPAも薄くなる。そこをスコールやオータムが束特製のレールカノンで撃ちぬいていく。

 

 

『ミューゼル先生! こっちですぅ!』

 

『こっちといわれても困ります!』

 

 赤い機体が学園上空を飛び回り、煙を吹かせていく。時折爆音とともに建物が崩れる。戦力が足りない。そう思った時だ。

 

 

『ハ~イ、久しぶりね、スコール』

 

 ネクストの大群の後方から、10機のISがやってきた。

 

 

『アスター…… これもあなたが?』

 

『そんなわけないじゃない。こんな骨董品、粗大ゴミに出したほうがマシよ』

 

 そう口ではふざけながらネクストに攻撃を叩き込んでいく。思わぬ伏兵に隊列が乱れる。

 

 

『今は共闘、ですか?』

 

『ふふっ、そうね。少なくともいまコイツらに勝たれると私も困るのよ。それに、あなた達に死んでもらっても困るわ』

 

 学園上空、ネクストに混じって現れたのは薄紫の機体。亡国機業のトップに立つ女、アスターだった。

 スコールが苦い表情のままネクストを確実に落としていく。それに対し、アスターは顔に笑みを浮かべながらネクストの背後を取り、弱点を射抜く。

 

 残りも片手で数えられるほどまで減った時、一機の様子がおかしくなった。

 

 

『ええぇっ、逃げっ!』

 

 圧倒的火力を誇る兵器をもはや狙うこと無く撃ち続け、機体の挙動も怪しい。ふらふらと飛んだかと思えば突然QBで建物に突撃。そんなことを繰り返す機体に教員たちも混乱していく。

 

 

『落ち着いて! その場から離れなさい! クアッド・ファランクスは捨てて!』

 

 とっさに叫んだスコール。思いあたることはひとつしか無い。

 

 

『逆流……』

 

『でしょうねぇ。どうする? コジマをまき散らされては困るものね』

 

 黙ってレールカノンを構えるとハイパーセンサーのエイミングアシストをフル活用してイカレた機体を狙う。

 引き金に指をかけ、引いた。

 

 

『あら、残念。私が貰って行くわ』

 

 予測できない機動故に弾丸が逸れると、ネクストが飛び上がった先でアスターがそれを斬った。

 ラスト1。コレを落とせば。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「私達の勝ち!」

 

 メガフロート上空で最後の1機を斬り伏せるとそのままふらふらとフロートに降り立つ。コジマ濃度を測って安全値であることを見るとISを解除した。

 後から降りてきたマドカに思わず気の抜けた声で聞いてしまう。

 

 

「終わった?」

 

「学園の方もスコールがなんとかな。ファントムタスクがほとんどを落として行ったらしいが」

 

「あの人の声、どこかで聞いたことがある気がするんだよね」

 

「そうか?」

 

 心残りのある櫻の下にフロートのピットで待機していた面々が駆け寄る。

 

 

「櫻! あぁ、心配したんだよ!?」

 

「大丈夫だって」

 

 飛びついたシャルロットを撫でながらなにか言いたげなラウラに振る。

 

 

「何かあった?」

 

「いや、うん。あのファントムタスクの女の声、私も聞き覚えがある気がすると思ってな……」

 

「後で声紋分析にかけようか」

 

「そうだな」

 

 ラウラと頷きあうと後ろから肩を叩かれた。

 

 

「おつかれ、だったな」

 

「ええ。千冬さんの出番がなくて良かったです」

 

「そうか……」

 

「いいんです。コレも仕事の内ですから」

 

「済まなかったな。全て任せてしまって」

 

「いえ、私達に出来る最善手を打ったまでです」

 

 千冬の、帰るぞ。と言う言葉でその場の全員がISを展開。学園へ向けて飛び立った。



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終結

 緊急事態です。

 

 学園が見えるなり櫻の耳に飛び込んできたのはクロエの切羽詰まった声だった。束とともに学園内で最終防衛ラインを整えていたはずのクロエが、なぜ。そう思ったのもつかの間、今度は束が柄にもない焦った様子でまくしたてた。

 

 

『クレイドルが攻撃を受けてる! 数は2。ゴーレムくんが頑張ってるけどコイツらやたらと強いよ』

 

「補給は……出来ないね。本音、飛びながらエネルギーだけ急速充填。クロエ、先に上がれる?」

 

『大丈夫です。クレイドルの位置情報をそちらに送ります。スターダスト、リンクスタート』

 

 スターダスト、と呼ばれた情報統合システムにより、ポラリス内部ですべての戦術情報が共有される。先に斥候に上がったクロエが情報を流すまでにそう時間はかからないだろう。

 その間に補給を済ませて上がらなければ。

 

 

「はい、満タンいっちょ上がりっ! つぎ、マドマド!」

 

 カーレースのピットクルーの如き流れる動作で背中にエネルギーケーブルを刺していく。大型のエネルギーパックを背負った白鍵はさながら空中給油機のようだ。

 マドカに手早く補給を済ませ、余っていた武装を実体化して手渡すと本音や千冬、一夏達に見送られて2人は天空へと飛び上がった。

 

 

『補足、敵2。ゴーレムのハイレーザーを受けてもなお健在』

 

「マズいよ。今までのとはワケが違う。あいつら、リンクスだ」

 

『セレンさんレベルのが2人もか。勝てねぇぞ……』

 

『そうかしら? ここは年上に任せてみたらどう?』

 

 再び聞こえた耳慣れた声。そして下から迫る薄紫とグレーの2機。櫻は見てしまった。薄紫のISを纏う、紫苑の姿を。

 

 

「ムッティ……」

 

『さ、はじめましょう。ここで墜ちられると厄介よ』

 

『はい。仰せのままに』

 

「ムッティ、どうして! ねぇ!」

 

『さくちん! そこに居るのはママさんなの!? 嘘でしょ!』

 

『現実は、残酷なものよ。キレイ事だけじゃ行きていけないくらいにはね。それはよく知ってるでしょ?』

 

『今から行くからね! 絶対におちちゃ駄目だし逃してもダメだよ!』

 

『それまでに終わらせるわ』

 

 4対2。いや、2対2対2か。今ここに過去(ネクスト)現在(亡国機業)未来(ポラリス)の三つ巴の戦いの幕が上がった。

 先陣を切ったのは亡国機業の2機。グレーの機体が大量のエネルギー弾で弾幕を貼るとその隙間から薄紫の機体が両手にエネルギーブレードをもって飛び込んでいく。

 対するネクストも不快な音を立ててQBで横にずれると短剣一体型のサブマシンガンを薙ぐようにバラ撒いていく。

 

 

『さくちん!』

 

「ムッティが……」

 

『今は、自分が死なないことを第一に考えなきゃダメだよ!』

 

『そうね、そんなところに突っ立ってたら流れ弾で本当に死んじゃうわよ?』

 

 普段の母のものとは思えぬ辛辣な物言い。今の彼女は亡国機業のトップなのだと改めて痛感する。

 背後からの反応にとっさに高度を下げると鉛弾の嵐が過ぎ去っていく。振り向きざまにレーザーを一撃見舞うもPAによって減衰、些細なダメージにとどまってしまう。

 

 

『よく動きやがるっ、くそ、全然当たらねぇ!』

 

 マドカも必死で食らいつくもISに無い機動に翻弄される。だが、着実にPAを削っているようで、青緑の火花が散っていた。

 そこにすかさず亡国機業の2人銃弾を浴びせていく。密度の高い攻撃でPAを無いも同然まで薄くしてきたのだ。

 

『止めよ』

 

『はい』

 

 短いやりとりで2機のフォーメーションを組み直すと今度は大型のレールガンが出て来た。アンロックユニットとして装備されるソレは企業連で製造されるものの2倍3倍はあろうかという大きさを誇り、まるでネクスト向けの装備だった。

 

 長い放電音とスパークの後、射抜かれたネクストはいとも簡単に爆散。これで終わり、と言わんばかりに櫻と束が相手をするネクストに狙いを定めた。

 

 

『邪魔だオバさん!』

 

『おばっ!』

 

 レールガンを構えるグレーの機体にマドカが瞬時加速で距離を詰め、体当たりをかました。狙いがブレると零落白夜を一撃見舞って距離を取った。

 

 

『なかなかやるわね、マドカちゃん。櫻が可愛がるだけあるわ』

 

『さすがに櫻の師匠をあいてにするのは無理そうだけど』

 

『あらあら、そんなことを言っていたの? でも、残念だけど今の私は櫻の母親では無いみたいね。さて、2対1。この状況、あなたならどう対処する?』

 

『くっ……!』

 

 気がつけば真横に先ほど一撃当てたグレーの機体。正面には笑みを浮かべる紫苑の機体。十字砲火が確実な状況、軽いダメージで済ませるのは難しそうだ。

 

 

『なら援軍を呼ぶまでだ』

 

 一気に高度を取ると今までマドカが居たところを高出力のレーザーが通りすぎて行く。マドカを見れば背後に黒いフルスキンを従え、肩には荷電粒子砲を担いでいる。

 

 

『形勢逆転のつもり?』

 

『……?』

 

『私は手段を選ばないの。やりなさい』

 

『ですがっ!』

 

『いいから。あたっても構わないわ』

 

 グレーの機体に再び大型のレールガンが装備されると砲口を――櫻に向けた

 

 

『お前ッ!』

 

『撃ちなさい』

 

『逃げろ、櫻っ!』

 

 櫻が振り向くと……

 

 

 

 

 その背中に白い翼が現れ、爆発した。

 

 

 

『アレは……!』

 

『嘘だろ……』

 

『やっぱり、あなたは親バカね』

 

 櫻の後ろで束が最後のネクストに止めを刺すと櫻を見て驚いている。無理もない。

 

 ――機体がまるごと違うものに化けていたのだから。

 

 純白の翼を背にするその身体も白く。騎士の鎧のような鋭く、優雅なヘッドパーツ。そして薄いゴールドのクリアバイザー。腕部も脚部もゴールドの差し色が入り、フルスキンだった夢見草は逆に無駄なものを一切取り除いた。スラリとしたものに変わっていた。

 

 

 《もう、終わりにしないか。シオン、サクラ》

 

 ふと、響き渡る男の声。だが、紫苑と櫻は辺りを見回す3人とは対照的に、ただ、空を見上げていた。

 

 

 《二人共自分の夢のために、守るべきもののために頑張ってきたんだ。それに、どちらも守りたいものは同じ、そうじゃないか?》

 

 《将来を担う子どもたちを思う気持ちは二人共共通のはずだ。なのに、どうして最後に親子で剣を交えるんだ》

 

 《私は殺し合いをさせるために家族を守ってきたつもりはない。サクラにも、無碍に力を振るうべきではないと教えたはずだ。シオン、君も力を持つものとしての心得はあったはずだ》

 

 《私を悲しませることはしないでくれ。お願いだ》

 

 その声を最後に、空にはただブースターの轟音だけが響いた。

 紫苑と櫻は、泣かなかった。

 

 

『櫻、お話をしましょう』

 

「うん、ムッティ」

 

 (ノブリス・オブリージュ)に手を惹かれ、クレイドルに消えた2人を見届けてもなお、残された3人は現状の理解が出来ずにただ、PICに身を任せて浮游を続けていた。

 

 

『束さま。クレイドルのシステムコードにハッキングがありました。ただ、不自然なところが……』

 

 クロエが言ったことに、束は思わず笑みをこぼした。

 

 

『さくちんは愛されてるね』

 

『そうみたいだな』

 

 ――コメントが加えられています。ただ、一言『愛してる』と

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「櫻、どうして私がこんなことをしてるか、わかる?」

 

「さっぱり」

 

 クレイドル内、櫻の自室には紫苑と櫻の2人。小さなテーブルには紅茶の入ったカップが2つ。

 

 

「もう何十年も前、ちょうどアライアンスが企業連に変わった頃だったかしら」

 

 紅茶を一口飲んで紫苑は続ける。

 その口調は亡国機業のアスター(紫苑)ではなく、櫻の母親としての紫苑(Aster)のものだった。

 

 

「傭兵みたいな事をして生きてたところに依頼主として来たのがファントムタスク。その仕事でどうも気に入られちゃったみたいでね。最初は小さな派閥の下っ端だったんだけど、気がついたら派閥をまとめ、幹部会に入り、あれよあれよという間にトップの座に収まってたの。それがちょうど10年前。その間にもいろんな国の裏側で戦争を卦しかけて武器屋を倒産の窮地から救ったり、影から投資して技術開発をすすめたりしてきたのよ? これだけ聞くと悪いことじゃないでしょ?」

 

「うん、まぁ……」

 

「人って、自分が大きなポジションに着くとできることをやりたくなるものみたい。だから私も『世界中の子どもたちが安心して生きられる世界』を求めてみることにしたのよ」

 

「でも、それは――」

 

「もう少し聞きなさい? 櫻の言おうとしたとおり、そんなこと不可能だった。幹部になった頃から10年以上、そのために頑張ってきたけど、何か起こるたびにその被害を被るのはいつも立場の弱いもの。それが世の常よ。それでね、私はそんな夢を見るよりも先に、手の届く範囲でやってみようと思ったわけ。例えば、厄介な立場に立っている自分の娘に平穏な日常をプレゼント、とか」

 

「それ、できてないよ」

 

 最後に笑った紫苑に釣られるように、櫻も笑う。世界の敵と世界を救う新星。トップ同士の話とは思えない。

 

 

「そうね。だからもっと簡単なことをやってみることにするわ」

 

「どんな?」

 

「娘の成長を見届けるため、世界を現状維持すること」

 

「ムッティ、いうことが毎回極端すぎるよ……」

 

「ふふっ、そうね。でも今までで一番簡単だと思うわ」

 

「かもね。ふふっ」

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「ねぇ、これって、なんなの?」

 

「さぁ? 束さんに聞かれてもわかんない。リーネさんはどう思う?」

 

「私、ですか? そうですね…… ただのティータイム、でしょうか?」

 

「「だよねぇ」」

 

 グレーの機体を操っていたリーネも巻き込んで3人は櫻の部屋の前で、ドアにコップをあてて盗み聞きに励んでいる。だが、期待と裏腹に笑い声が聞こえるなど、真面目な話をしているとは思えない雰囲気だ。

 

 

「ねぇ、これで一件落着?」

 

「コジマの後処理とかが残ってるけど、まぁ、一区切りはついたよね」

 

「はぁ…… 幹部とすり合わせる私の身にもなってくださいよ……」

 

「裏機業も大変なんだね」

 

「ええ、オーメルよりもクセのある人ばかりで……」

 

「うわぁ……」

 

 思わず束が引きつり笑いを浮かべた。研究職には変人奇人が多いというが、そんな人材の巣窟であるオーメルよりもクセのある人物とは一体どんなだろうか、と想像しただけで嫌になる。

 オーメルの変人っぷりがわからないマドカはいまいちピンと来ない様子でドアにコップを押し当てている。

 

 

『それで、ムッティはこれからどうするの? 多分バレたよ?』

 

『多分どころか、絶対にバレたでしょうね。短期間で2回もCEOが変わるなんて…… 株主総会でなんと言えばいいのかしら』

 

『ってかその場には居られないでしょ……』

 

『それもそうね。とりあえず、リーネに掛けあって櫻に就任してもらうよう掛け合うって動議を提出させるわ』

 

『はぁっ!? なにそれ、今でもめちゃくちゃ忙しいんだけど』

 

『大丈夫よ、仕事はリーネに任せればいいし』

 

 中ではこれからどうするかが話し合われているようだ。だが、会話のテーマとテンションのギャップにリーネは胃が痛いようだ。

 

 

「社長ぉ…… これ以上私の仕事増やさないでくださいよぉ……」

 

「姉さんとはまた別のタイプの苦労人だな……」

 

「このまえちーちゃんの為に胃薬作ったよ。『お前のせいで苦労してるんだから、少しは還元してくれ』ってさ」

 

「博士、私にも、お願いできますか?」

 

「うん? なんか、苦労してるみたいだし、あとで作ったげるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 こちらはこちらで地位協定が結ばれたようだ。マドカはひたすらに呆れている。

 すると中での話も一区切り付いたようで、2人が立ち上がる音がした。

 

 

「来るぞ、逃げろっ」

 

 脱兎の如く駆け出す3人。角を一つ曲がり、影に身を潜める。

 

 

「あれ、ここに3人居たはずなんだけど」

 

「そこの角にでも居るんじゃない? リーネ、帰るわよ」

 

 なんとも人外スペックを誇る親子だこと、と思ったかどうかはさておき、観念したように3人が影から出て行くと、紫苑が「聞いてたでしょ? 後始末はよろしくね」とリーネに丸投げ宣言し、「せめて胃薬の時間を、時間を!」と迫るリーネを軽くあしらっていた。

 

 

「髪の毛1本あればいいんだけどね」

 

「ちょっと抜いてくるよ」

 

「うん、白髪はダメだよ」

 

 トテトテと走って行き、何もいわずにリーネの髪の毛を引き抜く。年甲斐もない可愛らしい悲鳴を上げたリーネに手を振りながら「ご迷惑をお掛けします」と口元だけ動かした。

 

 

「ミッションコンプリート」

 

「じゃ、ラボにソレを置いたら私達も学園に戻ろうか。クレイドルの破損箇所はオートマタが直してくれるよ」

 

「自動修復じゃないんだな」

 

「機械だもん、そんなのムリムリ~」

 

 廊下を歩く束は普段と同じエプロンドレス。対する2人はISスーツ。ここで、ふと櫻がなにか思い出したようにつぶやいた。

 

 

「束お姉ちゃんのISって何?」

 

「ん? ISなら…… ん? ISっぽいIS装備してたか?」

 

「普段通りすぎて気付かなかったけど、あの格好でマシンガン撃ってたよね」

 

「あの格好で飛んでたな」

 

「「コレって結構大事なことじゃない?」」

 

 ふと気づいた一大事にあわてて束の後を追った。




戦闘描写すくなくてごめんなさい。あっという間にケリ付いてすみません。


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結末

「アスター様、お嬢様とあの声の話はされたのですか?」

 

 クレイドルから飛び出した紫苑にリーネが聞いた。あの不思議な現象、紫苑も櫻も気にしていないはずがないはずだと踏んでいたのだが……。

 

 

「してないわ。でも、あの娘もきっとわかってるはずだし、あえて話さなかったのかもね」

 

「私からすれば何がなんだか…… ただ、後ろで篠ノ之博士が驚いた顔をしていたのだけはしっかりと覚えていますが」

 

「ふふっ、あなたもそのうち分かるわ。いや、この調子だと……」

 

「えっと、そこはかとなくバカにされてる気がするんですけど……」

 

「気のせいよ」

 

 隣を飛ぶ紫苑に不機嫌な顔を向け、視界の片隅に映るクルーザーにマーカーを置く。先の8人はすでにグラスを片手にくつろいているようだ。

 彼女たちのように気の抜けない事が明らかになったリーネとしてはただ羨ましいばかりではあったが、これもまた運命だと自身のツキのなさを悔やむのみだった。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「ねぇ、さくちん」

 

「ん?」

 

 こちらもこちらでクレイドルから学園に戻る3人。話すことは変わらないようだ。

 

 

「あの声のこと、ママさんと話したの?」

 

「いいや、全く? でも、多分ムッティもわかってるよ。だからきっと話さなかったんだろうし」

 

「束さんでもわからない超常現象なんだけど…… くーちゃんもクレイドルのシステムソースに"愛してる"ってメッセージが追加で書き込まれた、とか言うし。何がなんだか」

 

「愛してる。か、直接いわれたかったかなぁ……」

 

「さくちん?」

 

 ぼんやりとしていたために少しフラついたが、束に呼びかけられて姿勢を直すとどこかで見ているかもしれない父に言った。

 

 

 ――まだまだファーティには届かないみたい。でも、いつかきっと強くなってファーティも、ムッティも認めてくれる"騎士様"になってみせるよ。

 

「そうだ、ママさんの情報、今のうちにある程度始末しないと」

 

「えっ?」

 

「それもそうだな。学園に今のオープンでの会話のログがあるかもしれないし、消しておかないと後々困る」

 

「ってわけで、くーちゃん、よろしく!」

 

『束さまはいつも唐突過ぎます! まぁ、やってますけど』

 

 まだどこかふわついた櫻の理解の外で束とマドカは後始末を始めたようだ。コジマ粒子をまき散らされた学園も浄化しなきゃならないし、やることは山積み。現実に引き戻された櫻はこれからのプラン策定を本音に丸投げするのだった。

 

 

 

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「どうして私達がこんなことをしてるんだ」

 

 マドカが不満を口にするのは事態から3日後のIS学園。紫苑が手配した旧世代の遺物、コジマ吸着剤を学園内に散布しているのだが、広大な敷地を教員とポラリス、そして自衛隊のIS、総勢30機あまりの手作業で回っているのだ。

 最初は学園上空を飛行してのおおまかな散布、いまは細かい影を散布機を背中に背負って回っている。

 

 

『まぁ、ポラリスはIS関連困ったところへは何処へでも、な組織だし。仕方ないね』

 

『作業達成率は80%です。今日中には終わりますよ』

 

『自衛隊特殊作戦班、分担箇所の薬剤散布を終了。本部、確認願います』

 

 愚痴や世間話や真面目な報告が飛び交うオープンは(主にポラリスの面々のせいで)かなり騒がしく、ヘタすれば通信封鎖されてるんじゃないかと思うほどだ。

 最初のほうこそ黙々と作業をこなしていたポラリス実働部隊の2人と本音だが、1時間もすると飽きてきて本音とマドカが話し始める。そして先生も加わって今に至るのだ。真面目に仕事をしている自衛隊の方々には頭が上がらない。

 

 

『特殊作戦班、薬剤の残りはありますか?』

 

『5名とも約10%ほど残っています』

 

『申し訳ありませんが、周囲の未散布箇所に全部撒いてきてください』

 

『了解』

 

 クロエは内心『ウチの人間がご迷惑を……』と思いながらもここで口にしては面目丸つぶれもいいところなので良心の呵責に悩まされながらも"デキる女"であり続けた。朝に始まった作業は日が沈む前に終わり、ここから吸着剤が効果を発揮するまでさらに1週間ほど放置だ。だが、仕事はコレで終わりではない。

 

 

「3人ともお疲れ様でした。明日はアメリカに飛びますから、早めに休んでくださいね」

 

「「「ハイ……」」」

 

 そう、オーメルの新人事。ソレに合わせてポラリスも立場を変えなければならない。ポラリスのトップが世界のIS産業の7割を握る機業のトップに就くことは技術レベルのさらなる乖離を加速させかねず、株主は諸手を挙げて喜んでも、世間は喜ばない可能性が高いのだ。そこで、技術公開の範囲を拡大。そしてクレイドルの詳細を公表することを餌に世間を黙らせると言う目論見を提出しに行くのだ。

 

 

「櫻、このスケジュールキツすぎはしないか?」

 

「仕方ないよねぇ。明後日にはオーメルの臨時株主総会、明日意見書をだして、委員会の緊急招集が掛かったとしても早くて2週間、ってとこでしょ? 学園のこともあるし正直かなり辛いもん」

 

「まどまどより、さくさくのほうが更にハードスケジュールだよ? 秘書としてついていく私の身にもなってほしいよね~」

 

「明日はステーキ食べていいし、トルコ行ったらアイス買ってあげるから、ね?」

 

「せーとーな役員報酬を求めますっ!」

 

「本音の仕事ぶりなら納得だな」

 

 ここ最近の本音はふにゃふにゃした見た目と裏腹にクロエと共にかなりの仕事をこなしてくれた。それを知っているからこそ何も言えない櫻。マドカもその通り、とばかりに頷いている。

 

 

「色々片付いたら私の秘書だから、ちゃんと報酬出るよ。それまで我慢」

 

 そう言ってお茶を濁すのが今の櫻にできる精一杯であった。

 

 

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「束、本当に良かったのか?」

 

「いいのいいの。ポラリスはもともと"ISに関係した争いを消す"事が目標だし、それに巻き込まれちゃったんだからそれなりの補償をして当然だよ」

 

 千冬と束が居るのは海の上。南の海に作られたマスドライバー『ドリームキャスト』だ。ここの施設を学園の再建が終わるまで使っていいと束が申し出て、学園長が了承したため移動から何からすべてポラリス持ちで全生徒がこの寒い寒い南の島に移動してきたのだ。ここで全員の身体検査等を行い、問題があればコジマ対策が可能なオーメルまで送る算段まで付いている。

 さらにさらに、喜ぶべきは施設等の環境だった。さすがに外は氷と雪の世界だが、中身は束お手製の設備がズラリ。学校ではないために授業はホワイトボードとノートのアナログな感じに戻ったが、整備科にとっては天国とも言える環境といえた。

 

 

「しかし、お前がこんなものを持っていたとはな」

 

「これをつくろうって言い出したのはさくちんだよ? クレイドルを誰にも気付かれずに建造するには一回宇宙空間で組み立てて下ろしてくるのがベストだったからね」

 

「製造から打ち上げまで一元的に行うため、か」

 

「その通り。さくちんはホントにとんでもないよ。ある意味、束さん以上の大天災だね。たぶん、さくちんが本気だしたら地球なんて3分で滅ぶよ、きっと」

 

「さすがにそれは…… 冗談じゃないな」

 

 雪の薄く積もったエプロンに止まる旅客機から続々と降りてくる生徒を見ながら千冬は思う。ISに乗ること、ISに携わることを目指して学園に入ってきた生徒たちの真のゴールは櫻なのでは無いかと。束に夢見るうちはまだ無害だと。

 束もそれを知ってか知らずか、ふとこんなことを口にする。

 

 

「あの娘達の目標はきっとちーちゃんであり、束さんなんだろうね。でも、私達を足して2を掛けたのがさくちんだとわかったら、どうなるんだろうね」

 

「さあな。そのレベルの人間が量産されたらソレこそ地球は終わりだ」

 

「くくくっ、そうだね。さて、外も寒いし中でコーヒーでも飲もうよ。ペンギンを愛でながら飲むコーヒーは美味しいよ」

 

「そうだな。生徒の誘導も真耶がやってるし、私の今の仕事は篠ノ之博士の機嫌を取ることだしな」

 

 雪の中を歩く白と黒の2人。世界最強と天災。この二人が認める大天災が再び世界にちょっかいをかけようとしていた。



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今、再び世界に

 3月も半ば。再び世界に大きな問題を投げかけたポラリス。だが、今回ばかりは悪いことばかりではない。後悔された技術はエネルギー技術やPIC応用など、兵器転用も考えうるものまで広がり、現在ポラリスの本部として使われているクレイドルの技術まで公開された。さらに、IS関連セミナーを開くという大盤振る舞いだ。

 もちろん、世界は狂喜した。企業連はもちろん、ISのエネルギー技術は既存のエネルギーインフラの改善にまで応用できる可能性をも秘めていたのだ。企業連のCEOとポラリスの代表が被ろうが何しようが関係ない。世界は目先の利益にあっさりと釣られた。もちろん、利口な委員会の面々はメリット・デメリットを考えた上での結論として、今回の要件を飲んだわけだが。

 そしてオーメルの株主総会では満場一致で櫻に再就任の願いを出すことが決められた。全てはまたポラリスの手のひらの上。世界がそれに気づくことはまだない。

 

 ニューヨーク市街を走る車でラジオを聞く女も同じことを思ったようだ。

 

 

「櫻も派手にやるわねぇ。そう思わない?」

 

「アンタほどじゃないだろうよ。自分が今何をしたか忘れた訳じゃないだろ?」

 

「そりゃ、ウチの娘に楯突こうとしたアホをちょっと気持ちよくしてあげただけよ」

 

「オマエ、この前学園に行ってからやることえげつなくなってるぞ。気づいてるか?」

 

「手段を選ばなくなっただけよ。もっと言えば選べる手段も増えたしね」

 

「はぁ…… 頼むぜ首領様よ。アッシュの苦労が今なら解るぜ……ったく」

 

「彼女にはいま私の最重要ミッションにあたってもらってるから、あなた以上に苦労してるでしょうね」

 

「せめて親衛隊には教えてくれたっていいんじゃねぇのか? アンタとアッシュが表と裏を行ったり来たりしてるのはみんな知ってんだ」

 

「万が一、なんて考えたくもないけれど、考えなきゃいけないのが私なのよ。わかってくれるでしょ?」

 

 まぁ、そうだが。と唸る側近を置いて窓の外を眺める。高いビルが天を貫くようだった。

 

 

 

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「ここまでは計画通りね。思ったよりリアクションが良くてよかったよ」

 

「だね~。慣れないスーツで恐いオバさんに囲まれた甲斐があったよ~」

 

 櫻と本音が居るのは大西洋上空、イスタンブールに向かう飛行機だった。ニューヨークで採決を見届けた後、すぐにアンカラに飛んでオーメルで社長就任に際する処理をこなさなければならないためにヘリまで用意しての大移動だった。本音はいつもの様におやつと称してニューヨークで買った大きな袋入りのビスケットをつまむ余裕を見せていたが……

 

 

「イスタンブールまで9時間…… 私は寝るから、サービスは適当に断っておいて」

 

「あ~い。さくさくの分まで食べるから大丈夫」

 

「なにが大丈夫なんだか。んじゃ、ちょい寝る」

 

「おやすみ~」

 

 櫻が寝た10分後には本音も寝ていたが、それはさておきイスタンブールのアタテュルク国際空港に到着。入国審査も早々と、即座に国内線ターミナルまでダッシュ。ここからはオーメルの社用機でアンカラまで2時間だ。

 

 

「本音、あと一息。ね」

 

「う~」

 

 夜に出て夜に着く辛さに悩まされながらもどうにかアンカラ、エセンボーア国際空港に時間より早く着くとふらつく足取りで待っていた車に乗り込んだ。

 

 

「お疲れ様でした。2時間後には会見が始まりますから寝て…… は無理でしょうが、休んでいてください」

 

 助手席に居たリーネが声を掛けるも、本音はグロッキー状態、櫻もしきりに肩甲骨をすぼめたりとストレッチをしている。いくら若くても長時間同じ体勢で居るのは辛いのね、とリーネは少し彼女たちに同情した。

 1時間もすると車はオーメル本社へ。待っていた人間に荷物を任せ、2人はそそくさと社長室へ。そこで一度シャワーを浴びるとパリっとしたスーツに身を包み、メイクをしなおすと時間は会見10分前になっていた。慌てて会見が行われる会議室に滑り込んだのが3分前、ゼリードリンクを10秒で飲み干し、エナジードリンクを流し込むと1分前に会場に入った。

 

 数年前と同じ景色が広がっている。ただ、今回違うのは会場の隅にいる人物がリーネではなく本音であること。以前はオッツダルヴァが居たところにリーネがいることだった。

 明らかに女性色の濃くなったオーメル。立て続けに起きた代表交代に非難の声が上がることを覚悟した上で、今度はシャッターを浴びながら口を開いた。

 

 

「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。私はこのタイミングで代表が変わることの意義は大きいと考えています。以前の天草代表が体調を崩してしまったことは娘としても、ISに携わる人間としても残念でなりません――」

 

 どこかオッツダルヴァと櫻が変わった時のスピーチを彷彿とさせる言い回しに気がついた人間は当時からの付き合いがあるリーネ、そして数人の記者と母のみだった。

 

 

 

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「始まったぞ」

 

「始まったね」

 

 IS学園、職員室。真新しい机がずらりと並ぶ場所で千冬と束、数人の教員は壁にかけられたモニターに目を向けていた。

 もちろん、映しだされているのはオーメルの代表兼CEO交代の会見。壇上の中央で黒いスーツを着こなした櫻が突然このようなことになったことへの謝罪と、その経緯を述べている横ではグレーのスーツに着られ気味な本音が船を漕いでいた。

 

 

「布仏…… まったく、オマエは……」

 

「あちゃー、のほほんちゃん、アレは帰ってきたら間違いなくイジられるね」

 

 他にも「布仏…… 姉ならちゃんとしていたろうに」やら「せめて目だけても開けて……!」と切実な声も聞こえた。なんだかんだで愛されているのだろう。

 反対側に立つ女性は背筋もスラリと伸び、明らかにキャリアウーマンの風格がある。顔は本音をチラチラと見ては残念な表情を浮かべていたが……

 

 

『これからも私達はISの自己進化に置いていかれぬよう、研究開発を重ね、我社の経済的根幹を為す一般家電事業や他部門など、IS以外の分野にもしっかりと目を向けて行くことをお約束いたします。私からは以上です』

 

「櫻も変わったな」

 

「そうだね。6年前はまだ子どもだったよ。私もね」

 

「もうそんなに経つのか。時というのは残酷だな」

 

『只今より、質疑応答の時間とさせていただきます。なお、この場ではオーメル代表への質問のみとさせて頂きます』

 

「忘れてほしいことはいつまでも忘れないくせに、忘れたくないことは忘れちゃう。残酷だよね」

 

 どこか遠い目の束を横目で見ながらモニター越しに会見を見る。ちょび髭の記者が発言を促された。

 

 

『――イタリアのインフィニートのマリオです。新代表就任、いえ、代表再就任でしょうか、おめでとうございます。ポラリスの代表でもあるあなたがその地位に収まると――』

 

『ポラリス関連の――『大丈夫です、ポラリスとオーメル、企業連の代表を兼任することでのメリット、デメリットでしょうか?』

 

 司会の女性が止めようとするも、逆に櫻が答えると言った。司会の女性もすこし困った顔だ。

 

 

『ハイ、兼任されるということは篠ノ之博士からの新技術もそのまま流用する可能性があるということでしょうか?』

 

「来たか」

 

「これはさくちんも来ると思ってたでしょ」

 

 職員室も、会見の会場も静まり返る。おそらく世界が一番注目していることであろう。コレを認めるとバッシング、認めなければ株価は大暴落。どちらに転んでも負けだ。

 

 

『ポラリスの内部事情でもあるのであまり詳しくはお答えできませんが――』

 

 そう前置きした上で、櫻は前者を選んだ。

 

 

『私が彼女と同じ組織に居る以上は無いとは言い切れません。それはあなた方もおなじだと思いますよ。町で小耳に挟んだトピックを取材して記事にする、それと同じことだと思います。ですが、これだけは言っておきます。今後、ポラリスの名で兵器を開発することは一切ありません。更に言えば、もし、篠ノ之束と私が真面目に物を作ったならば、私と彼女以外には扱えない代物が出来上がると思います』

 

 静まり返っていた会議室がさらに静まる。それこそ、シャッターの音一つしない程に。IS学園の職員室では違った。

 

 

「ま、打ち合わせ通りだね。ここで圧倒的技術力を誇示しておく。お前らにやるのはどうせデチューンされたものだと知らしめる。上手いねぇ」

 

「はぁ…… やっぱり、オマエと櫻は似てるな」

 

「失礼だなぁ。束さんだったらもっとストレートに『お前らのレベルに合わせてモノ作るのなんて無理』って言っちゃうよ」

 

「悪化してるだろ……」

 

『あ、ありがとうございました』

 

 長い静寂の後、記者が席につくと誰一人として手を挙げる者は居なかった。

 

 

 

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 オーメルのCEO就任の会見から3日。プライベートジェットで仮設校舎が置かれるメガフロートまで戻ってきた櫻を待っていたのは過密スケジュール最後の仕事、卒業式だ。この場所に保護者を呼ぶわけにもいかず、インターネットで中継が行われる異例の卒業式となるが、忙しさでフラフラな櫻と本音には全く関係ないことだった。

 足取りも危うく自室に戻るとそそくさと制服に着替え、生徒会室へ。ここでまた10秒チャージとエナジードリンクで気力をもたせると楯無が号令を掛ける。

 

 

「いよいよ卒業式ね。生徒会からは虚ちゃんが。他にも100人の先輩方を安心させるためにも私達が在校生の手本となるよう、しっかりとしたところを見せましょう。行くわよ」

 

 在校生より一足先に体育館代わりのハンガーに到着すると放送機器のチェックをして周り、台本を軽く読んで在校生が揃うのを待った。

 程なくして在校生が揃うといよいよ卒業生の入場だ。

 

 

「始めて」

 

 楯無の一声で放送委員がスイッチを押すと定番の卒業ソングが流れる。卒業生が揃って着席すると曲を止め、進行を務める櫻が出て行くのを待った。

 

 

「只今より、IS学園、第――期生、卒業証書授与式を始めます。学園長より」

 

 目の下の隈や肌の荒れを薄化粧でごまかした櫻が言葉通り最後の力を振り絞り気合で進行している。学園長が祝辞を述べる間は目をつぶり、測ったようなタイミングで目を開けると何事もなかったかのように次のプログラムに移る。大人たちが長い長い祝辞を終えると、今度は在校生のターンだ。

 

 

「在校生より。在校生代表、更識楯無」

 

 楯無が普段より5割増しで真面目な顔をして壇上に上ると、懐からメモを取り出して読み上げた。

 

 

「卒業生の皆さん。ご卒業、おめでとうございます。今年度は様々なことがあり、このような寒い南の島で、ペンギンたちと共に卒業式を行うことになってしまい残念に思う方も居るかもしれません。ですが、それを含め、私達在校生は――」

 

 と最初にジョークを交える辺りはさすが楯無というか、神経が太いというか……。そんなことを知ってか知らずか、本当にペンギンがハンガーに乱入してきた為に一夏が奔走したのは生徒会と壇上に登った人間だけが知っていることだ。

 櫻がぴったりのタイミングで目を開けると、ちょうど楯無が檀から降り、一夏がペンギンを捕まえたところだった。

 

 

「卒業証書授与」

 

 と、ここは長いので割愛させていただくが、やっと席に戻った櫻がぐっすりだった、とだけ報告させていただく。

 ぐっすりで思い出した方も居るかもしれないが、本音は受付だ。もちろん、ぐっすり。

 

 今度は楯無にゆすり起こされて最後の数人が証書を受け取るのを見ると、再び進行に戻る。

 卒業生代表の生徒が涙ながらに御礼と、思い出と、未来を語るとハンガーの扉が開いた。

 

 

「卒業生退場。拍手でお見送りください」

 

 ハンガーの外まで一筋のカーペットが敷かれ、外では教員がISを纏って祝砲を上げる。

 生徒会の4人は慌てて外にでるとISを展開。スモークユニットを背中につけると、赤、青、黄、緑のスモークで空を彩った。

 本音が終始ふらつきっぱなしだったが、卒業生の潤んだ目には見えなかったようだ。

 

 

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「終わったぁ……」

 

「終わったね」

 

「虚ちゃんが居ないと締まらないわね」

 

「おねえちゃんが……眠……」

 

 虚の使っていた席で眠りに堕ちた本音を見て3人が笑い合うと扉がノックされた。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは……卒業式を終えたばかりの虚だった。胸には赤い造花が留めてある。

 

 

「あら、虚ちゃん。卒業おめでとう」

 

「「虚先輩、卒業おめでとうございます」」

 

「ありがとうございます。本音は…… はぁ……」

 

 本音を見てため息をつくまでがいつもの流れだ。だが、今日は起こさずに、笑顔で頭を撫でていた。

 

 

「通常運転ね」

 

「そうみたいですね。せっかくの姉の晴れ舞台くらいしっかりと見てほしかったけど」

 

「虚先輩は今後どうされるんですか? 進学?」

 

「いえ、このまま更識の従者としてお家で」

 

「そっか、虚さんは楯無さんの……」

 

「虚先輩レベルだとウチで欲しくなるくらいなんですけどね」

 

「そういう話も頂きましたが、私の仕事はこれですから」

 

 そう言いながら楯無に目線を移してまた微笑んだ。その場の全員はそれで意図を読んで、釣られて笑った。

 

 

「もぅ……」

 

 楯無は少しふくれていたが、それでも悪意がないのは明らかだった。校内放送で卒業生が呼び出されると、また学園が戻ったら会いましょう。と言って虚は出て行ってしまった。

 

 

「さ、私達も次の仕事よ。今度は入学式ね」

 

「春休み、なにすっかなぁ」

 

「ペンギンのキモチを理解する勉強?」

 

「やめてくれよ……」

 

 

 出会いと別れの春はもう、始まっているのかもしれない。



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再びの学園へ

 春休みも半ば、もう4月に入ろうとしている。先月末に復旧を終えた学園に戻ってくるなりポラリスの面々はネクストをけしかけた連中の正体に迫っていた。

 海に沈んだ機体を引き上げ、解析出来るパーツは解析、企業連に保存されていたネクストの設計資料とも照らしあわせて誰が、いつ、どこでそれを造ったのかを探ろうとしていた。

 

 幸いなことに、どこで作られたのかはあっさりと看破されていた。大きなパーツひとつひとつに振られた部品番号のルールがデュノア社の物と合致、委員会に報告すると即座に監査が入った。もともとなかった信用を失墜させたデュノアがどうなったかはご想像にお任せしよう。技術者達はほとんどが転職、それはシャルロットの実父、オリヴィエも同様であった。

 彼は従業員の殆どに新しい仕事を斡旋、自身も単身イギリスへ移った。理由はもちろん、娘のためである。現在はロンドンで小さな工場を営んでいるそうだ。

 

 次に、わかったのはそれが何時のことか。これはデュノアに居た技術者達が口をそろえて証言した。昨年の夏頃から新しい設計資料が持ち込まれ、IS用ラインでそれを製造し始めたのが秋ごろ。どうも社長夫人の勅令だったらしく、オリヴィエは詳しくは知らなかったそうだ。

 

 最後までわからなかった誰が、と言う疑問はオッツダルヴァによって明らかにされた。クレイドルへの直接攻撃を仕掛けた2機の内、片方からとれたDNAサンプルを検査した所、ゲルマン系の人物であることが明らかになったが、そこでリンクスを洗った所、『そいつはおそらくジェラルド・ジェンドリンだ』と相談していたオッツダルヴァから言われ、ローゼンタールの古いデータベースを調べると見事にヒットした。

 

 

 そして現在、一仕事終えた櫻が海沿いのドックに放置されたネクストの残骸を見上げている。思い出されるのは幼いころの記憶。大勢の人が真っ白いネクストを囲んでああじゃない、こうじゃないと難しい顔をして、でも楽しそうに仕事をしていた風景だ。

 

 

「昔のことでも思い出した?」

 

 誰もいないはずのドックに響く声。振り返ればそこには紫苑の姿があった。

 彼女の正体も世間にバレかけたものの、ぎりぎりのところで消せる証拠を全て消し、身代わりを置けるところに置いて逃げ切ったのだ。今では表の仕事をすべてやめ、裏稼業に専念しているようだ。

 

 

「うん。小さいころの、教会で暮らしてた頃のね」

 

 どうしてここに居るのか、なんて聞かない。おそらく束か千冬の差し金だろう。

 

 

「櫻は今の暮らし、いいえ、今の世界に満足してる?」

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

 

「私の今の目標、わすれた? 娘が安心して生きられるように、世界を維持していくことよ」

 

「もちろん、満足なんかしてないよ。ISは未だに兵器だし、委員会のおばさんたちは馬鹿ばかり。でも、この世界はそういうものなんだと思う。私の不満は誰かの満足だと思うから」

 

「そうね。ある意味でそれが真理かもしれない。私は櫻がこんなふうに育ってくれてとても嬉しいし、満足してるわ。でも、櫻が立派すぎて不満に思う人も少なからずいるはず。世界はそうやってバランスを取ってきたのよ」

 

「それで、そんな話をしに来たわけじゃないでしょ?」

 

「あら、母親に対して冷たいわ。反抗期かしら」

 

「疲れてるんだよ。あのクロエですら部屋でくたばってるんだよ? 私もここ1ヶ月が……」

 

「ハイハイ。ならサクッと本題に入りましょうか」

 

 そう言った紫苑はいつになく真面目な顔をするといつもどおり、とんでもないことを言い放った。

 

 

「あなた、そろそろ誕生日でしょう? パーティーは今年もやるの?」

 

「は?」

 

 てっきりまた新しい問題が出て来たのかと思えば『誕生日パーティーどうする?』である。確かに、今までは毎年4月の頭に誕生日パーティーを開いてきたが、今ここで聞くことだろうか。それこそ電話でも良かったのでは? 頭のなかで母親にさんざんツッコミを入れた櫻がやっと発した言葉はとりあえずの返答だった。

 

 

「やる、と思うよ?」

 

「そう。日程決まったら教えなさいね、その日は仕事入れないから」

 

「で、それだけ?」

 

「ええ、それだけよ。なにか?」

 

「いや、もっとこう、マズいこととか、そういうのじゃ?」

 

「ないわ。世界は至って平和ね。デュノアが潰れてフランスが少しまずいことになってるけど、ラファールのメンテナンスもローゼンタールが引き継いだみたいだし、問題ないでしょ」

 

「はぁ……」

 

「なによ、折角お母様がはるばる会いに来たっていうのに。もっと喜んだらどう?」

 

「わー嬉しいなー。久しぶりのお母さんだー」

 

「なぜでしょうね、娘の言葉がちっとも嬉しくないわ」

 

 明らかに棒読みな娘の言葉にため息をついたのもつかの間。新なる客人の登場だ。

 

 

「主領、そろそろ引き上げねぇと誰か来ますぜ」

 

「そうね。あなたは先に行きなさい。私は一応生徒の保護者、って言い訳が聞くわ」

 

「えっ、正規ルートじゃないの……」

 

「ええ、仕事帰りにフラっとね。ちょうど櫻がドックに入るところが見えたから」

 

 ハイパーセンサーってすごいと改めて思いつつも「じゃ、帰るわ」と軽いノリでやってきて軽いノリで帰る母に改めて感服した娘だった。

 

 

 

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 部屋に戻ればルームメイトであり、今では櫻の右腕、本音が動物園でグダる熊のような体勢でベッドに寝そべっていた。傍らにはポテチの空き袋。よく見ればよだれで枕が台無しだ。時刻は5時過ぎ、昼寝にしては寝過ぎだ。

 

 

「本音。ほら、起き~」

 

 きぐるみパジャマの背中部分を掴んで無理やり引き起こし、口元を拭うと意識は覚醒してきたようだ。

 

 

「う~? おはよ~」

 

「おはよ、じゃないよ。もう夕方だし。仕事も一段落ついて一日中寝ていたいのはわかるけど、程々にしないと体壊すよ?」

 

「寝る子は育つ~」

 

「"成長ホルモンが出る時間帯に"寝る子は育つんだよ。ほれ、1時間くらいしたらご飯食べに行こ。シャキッとせい」

 

「むぅ~、さいきんのさくさくはおばあちゃんみたいだよ~」

 

「ハイハイ、手のかかる孫を持つと大変ですよー。顔がよだれで酷いから顔洗ってくるか、いっそシャワー浴びてきな」

 

「はぁ~い」

 

 ふにゃふにゃと歩く本音に続いて下着や違うきぐるみパジャマを持った櫻が続く。おそらくこのままシャワーを浴びさせると『あったかぁ~』とか言いながら寝る可能性があるのだ。

 ゆっくりきぐるみのジッパーを下ろす本音。櫻が手を貸し、そそくさと脱がすと自分もさっさと脱いでシャワールームに飛び込んだ。

 

 30分ほどすると、暖かい蒸気に包まれる誘惑に打ち勝ち、完全に覚醒した本音の髪を梳かしながら夕飯を考えた。

 

 

「夕飯どうする?」

 

「ごはん~? 今日はさっぱりお魚かなぁ?」

 

「私も今日は草食でいいかな。最近は頭ばかり動かしてるから肉が辛いぜ……」

 

「私も~」

 

「うそぉ」

 

 最近はポラリスの仕事やオーメルの仕事も程々にするようになってきた本音。だが、肉が辛いなんてこともなく、この前は骨付き肉を頬張っていたのを櫻は知っている。

 更に言えばこの過密スケジュールの中で朝昼晩とおやつを毎日欠かしていないのも驚きだ。

 

 

「最近はお肉を減らしてるんだよ~? 1日300

グラムも食べれば十分だしね~」

 

「本音、大丈夫? 最近働き過ぎじゃない?」

 

「さくさくに言われたくないよ~」

 

 本音の口からそんな言葉が出たことに思わず櫻も体の不調を疑ってしまう。半分冗談だが、働き過ぎと言うのもあながち冗談ではない。

 最も、ここ最近のポラリスのハードワーカーはクロエなのだが……

 

 

「ん~、まだ6時前か。ご飯にはまだ早いなぁ」

 

「私はいつでもおっけ~」

 

 そんな最中、ノックの後、返事をする間も与えずに入ってきたのは…… 楯無以外に居るだろうか? いや、いないだろう。

 

 

「櫻ちゃん、そろそろ誕生日でしょう? パーティーしましょ、パーティー!」

 

「あ、私疲れてるんでいいです」

 

「冷たいッ!」

 

「さくさくの誕生日パーティー。ケーキ食べ放題…… じゅるり」

 

「はいはい、今度の休みに行きましょーね」

 

「やったぁ!」

 

「それってパーティーしましょ、って意味? お姉さんちょっと本気出してプレゼントとか用意しちゃうわよ?」

 

「いえ、ただケーキバイキングに行こうかなと」

 

「酷いっ!」

 

 その後も楯無を上げては落とし、上げては落として結局、櫻の誕生日パーティーをすることが決まってしまったが、それはまた別の機会に。

 

 

 

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「この結果で満足?」

 

「ああ、納得はできた。だが、まだ終わってないんだろうな」

 

「その辺はその道のプロがやってくれたと思うよ。必要な情報も与えたし」

 

「その道のプロ、更識か?」

 

「違うけど、まぁ、そんなとこだよ。これで一件落着、かな」

 

「そうなのか?」

 

「もう、ちーちゃんは疑り深いなぁ」

 

「これでは満足できないだろう」

 

「でも、もう限界だよ?」

 




一気にネタばらし。これ以上話をふくらませるのは無理だ……


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一歩

 4月最初の日。学園の食堂で櫻始め、4月生まれの誕生日パーティーが開かれようとしていた。

 発起人は生徒会長。そして、田嶋とリアーデのお祭り女ども。学園復活もあって騒ぎたいだけと言う本心がチラホラと見え隠れするなかで当日にはクラスメートや諸先輩。50人ほどが食堂に会していた。

 

 

「楯無先輩、りっちゃんやリアーデと繋がりありましたっけ?」

 

「ふふん、女の子のネットワークよ」

 

「はぁ…… あの二人、いつも何かしらの理由で騒ぎたいだけですよ?」

 

「いいのよ。ペンギンがいなくなってみんな寂しいだろうし、どうせ暇でしょ?」

 

「まぁ、そうですけど。先輩、ペンギン好きなんですか?」

 

「もちろん! あのぽよぽよしたお腹! もふもふの赤ちゃん! 種類によって――」

 

 ペンギンについて語りだした楯無を置いて好き勝手に騒ぐクラスメートをかき分けて今回の仕掛人2人の元へ向かう。

 

 

「りっちゃん、リアーデ」

 

「おっ、主役の登場だね」

 

「おいす~」

 

「それで、春休みで暇なところに美味しいネタ見つけたからこの騒ぎ?」

 

「むぅ、折角誕生日をお祝いしようとしているのにその言い草は酷いなぁ~」

 

「でも、本当のことだよね。実際」

 

「うぐっ、それを言っちゃ、ねぇ?」

 

 リアーデにあっさりとバラされ、苦い顔で櫻に目を向けると、ふいっと顔をそらされた。

 だが、その顔が少し赤いのに気がついた2人がクスっと笑うと「ささ、主役は前に!」と櫻を真ん中に押しやった。

 

「えっ、ちょっ?!」

 

 慌てる櫻を他所に、クラスメートが田嶋の号令で声を合わせていう言葉はひとつ。

 

 

「「「「「誕生日、おめでとう!」」」」」

 

 食堂の真ん中で顔を赤くする櫻に向かって口々に祝いの言葉をかけていく。田嶋とリアーデはしてやったりと笑った。

 

 

「じゃ、サクから一言頂きましょう。次はみっちのとこ、行くからね!」

 

 唐突にマイクを握らされると場が静まった。

 あっあっ、と声にならない声を出した後、すぅと息をすって話し始めた。

 

 

「えと、今日は私の、そして4月生まれのみっちゃん、さっちんの誕生日パーティーを開いてくれて、ありがとう。実は友達に誕生日を祝われるのは始めてで、とっても嬉しいです。本当にありがとうございましたっ!」

 

 泣きそうな櫻からマイクを返された田嶋がそのままマイクを次へ次へと回し、4月生まれが少し話すとすぐに飲めや歌えやの騒ぎに移っていった。

 櫻は鼻をすすりながらシャンメリーを飲み、隣で本音はお菓子を貪っていた。

 

 大量にあったお菓子が各々の胃に消えると田嶋が再びマイクを取って言った。

 

 

「じゃ、この後9時からALOで二次会やるよ~! ギルドホーム集合で!」

 

 

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 少女たちが仮想現実に身を預ける傍ら、大人たちは仕事を終え、ある者は愛する者のもとへ、ある者は夜の街に消え、ある者はこれからが仕事だと張り切っていた。

 

 市ヶ谷から電車で秋葉原まで行き、そこから歩くこと10分ほど。東京、御徒町。大通りから1本入った通りの影、そこに佇む1件のカフェ&バーがある。

 アメリカ人の店主が営むその店は、昼はカフェ、夜はバーと2つの顔を持つ面白い店だ。千冬がその店を見つけたのはふらりと秋葉原に立ち寄った帰りだった。

 始めて入った時は昼過ぎで、遅めの昼食を、と入ったその店で食べたサンドウィッチがまた美味く。カウンターの後ろに飾られた酒瓶の数々から、夜にバーをやっていることを知ると、時折通うようになったのだ。

 

 

「いらっしゃい。おや、お久しぶりですね。まぁ、仕方ないかもしれませんが」

 

「ええ、どうにか新年度に間に合わせることが出来ただけよかったです。BLTとコーラを」

 

「はい。しかし、先生も大変だ。俺みたいな自営業とは背負うものが違いますね。まだお酒はいいんですか?」

 

「まだ夕飯を済ませてないもので、軽く食べてからゆっくりと」

 

「そうですか。空きっ腹にいきなりアルコールは良くないですから。今用意しますね」

 

 学園が復旧し、生徒が戻ると今度は国とこれからの事を相談しなければならない。その矢面に立たされるのはもっぱら学園長の轡木、そして千冬なのだ。特に国内は顔の効く千冬があちこちに(特に市ヶ谷に)頭を下げて回ると言うわけだ。更に言えば、今回は(天災)が学園に絡んだこともあり、お役人の小言もいつに増して長かった。

 

 少し待つとBLTがやってきた。いただきます、と一口かぶりつき、コーラを流し込むとスイッチが切れたように全身の力が抜ける。今日1日の仕事は終了だ。

 店内を包むジャズを聞きながらゆっくりとBLTを食べつくすと携帯を見た。真耶からメールだ。

 開いてみれば1組の生徒たち、と思しき人々が櫻を中心にクラッカーを引く瞬間だった。

 

「あぁ、そろそろ誕生日だったか…… すっかり忘れてたな」

 

「忘れ物でもしましたか?」

 

「いえ、友人の誕生日を忘れてましてね。今日パーティーをしていたみたいで」

 

「参加できなくて残念ですね」

 

「仕事ですから、仕方ないですよ。じゃ、マンゴヤンオレンジを」

 

「私は誕生日パーティーを企画する側だった事が多くて。いまでも友達とこの店で集まったりするんですよ」

 

 慣れた手つきでタンブラーに氷、リキュール、オレンジジュースを加え、ステアする。

 カラカラと涼し気な音を立てマンゴーの香りが広がった。

 

 

「私は友人と集まってパーティーをすることはありませんでしたから…… 誕生日も特に特別なこともしませんでしたし」

 

「はい、マンゴヤンオレンジ。それと、これ、サービスです」

 

 一緒に出て来たのはマンゴープリン。昼メニューのデザートだ。あまりクドい甘さではないのにしっかりとマンゴーの味がする不思議なプリンは千冬も好きなひと品だった。

 

 

「昼に余ったものですけど、捨てるのももったいないですし」

 

「ありがとうございます。頂きます」

 

 今日の千冬の傍らには秋葉原の家電量販店の袋があったことに店主が気づいたのはちょうどこの時だ。袋からちらりと見えた見覚えのあるパッケージに彼がニヤリとして話し始めるのにそう時間は掛からなかった。

 

 

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 同刻、2年尞。

 

「ふぁぁ……」

 

「あら、お疲れみたいね」

 

「束さまから仕事を丸投げされてますし、疲れるのも当たり前です」

 

「お茶でも淹れるわ。オータムはどうす…… 寝てるわね」

 

 クロエと楯無の部屋では家主とスコール、そしてオータムが揃って思い思いの場所でキーボードを叩いていた。もっとも、オータムはテーブルに突っ伏しているが……

 櫻がオーメルに復帰してからというもの、今まで櫻がこなしていた仕事の半分程をクロエが引き受けるようになり、彼女の仕事は倍増した。

 もっぱらの仕事は今の櫻の専用機、"第5世代"ノブリス・オブリージュのことだ。まだ起動したのは2回のみ。それも、卒業式の飛行ではピンクのマントを被って隠蔽したため、実際は1度と言っていい。その際に見られたのは数人だが、気が動転していたのか、あまり覚えていないらしい。今のところはそれでもいいが、何れ世界にバレてしまう。そのための隠れ蓑を用意しなければならないのだ。

 

 

「しかし、コアナンバー001には驚かされますね。櫻さまの神経とリンクして自在に能力を開放するとは…… そろそろ自我を持つかもしれませんね」

 

「なに? 櫻のアレ、そんなにスゴイの?」

 

「スゴイなんて次元じゃ済みません。束さまと櫻さまが『理解できない』って音を上げるほどの謎機体です。ある意味で白式に似てますね」

 

「それって…… 知られたらかなりマズいわね」

 

「ええ。だから頭を悩ませてるのです」

 

 スコールの入れたお茶を啜ると「はぅ~」と可愛らしく一息ついて、目をこすった。だが、楯無が音もなく帰ってきたことに気がつくと閉じかけていた目を開いた。

 

 

「楯無さま、おかえりなさい。櫻さまの誕生日パーティー、どうでしたか?」

 

「櫻ちゃんというより、4月生まれの娘のね。みんな楽しそうだったわ。知ってた? 櫻ちゃんって、今まで友達と誕生日を祝ったことなかったんだって」

 

「ええ、知ってます。櫻さまと束さまはぼっちですから、誕生日は家族で普段よりちょっと豪華な食事と、ケーキでした」

 

「クロエちゃん、時々かなり辛辣な言葉をサラリと吐くわね」

 

「クラスの方にも言われましたが、そうなんですか?」

 

 目の前のスコールも頷いている。妹ともども、可愛い顔をしてかなりえげつない事を言ったりやったりするために一部の生徒から崇められてるとか恐れられているとか…… 噂ではファンクラブまであるとかないとか。

 

 

「それで、スコールとオータムがなんの用?」

 

「見てわからない? 先生のお仕事よ」

 

 スコールのラップトップには文字で黒く染まった表計算ソフトのトップ画面が映し出されている。オータムの方は…… 文章作成ソフトで新1年生のオリエンテーション用資料を作っているようだ。作業は1/3ほどで止まっているが……

 

 

「ねぇ、クロエはゲームとかするの?」

 

「ええ、最近はVRMMOにハマってます。束さまもやってますよ」

 

「ALOってやつ? クラスで流行ってるわね」

 

「クラスどころじゃなく、学園全体で流行ってます。楯無さまも知らないわけではないでしょう?」

 

「ええ、なんどか誘われたことはあるんだけど、私そういうの疎いから……」

 

「意外ですね。簪さまがALOでトップクラスのプレイヤーなので、今度教わって初めて見たらどうですか?」

 

「えっ? ホント!? やるわ、絶対やる!」

 

「簡単に釣れました」

 

「対暗部の17代目が聞いて呆れるわね……」

 

 

 その後も楯無に無理やり手伝わせながら作業は進み、楯無が寝たのを皮切りに、4人共ベッド以外で朝を迎えた。



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終わりの始まり

「着いたぁ……」

 

「長かったねぇ」

 

 暑い暑い夏3ヶ月ほど前に一枚の手紙を受け取り、その手紙に定められた日程に合わせて休みを取りはるばる日本まで飛んできたのだ。

 

 

「こんなに長い距離飛ぶのは初めてだよねぇ?」

 

「だね。パイロットの大変さが身にしみるよ…… チケットが高いのも納得だね」

 

 そう、この会話から察せられる通り、自家用機を自分たちで飛ばしてやってきたのだ。櫻と本音の2人で揃ってライセンスを取得し、櫻に至っては一人で一から十までこなせるようにと整備士から運航管理者まで合わせて取ってしまったから凝り性というのも考えものだ。

 

 ライトを消し、フライトチェックを行うとエンジン停止。ちょうど窓から車が来るのが見えた。

 

 

「お迎えかな」

 

 荷物を手に階段を降りると目の前に止まった車から黒髪の女性が降りてきた。

 

 

「久し振りだな。櫻、本音」

 

「変わりないみたいで何より。仕事はどうよ」

 

「久しぶりに会ったのに仕事の話か? かんべんしてくれ」

 

「まどまどが先生とはねぇ……」

 

「悪かったな。就職先が無かったんだ」

 

 ポラリスの解散とISのブラックボックスが公開されたのが5年前。それ以来マドカは日本に残り、IS学園の教師として教鞭を執っている。クロエも同じく教師として学園に勤めているはずだ。

 

 

「クロエは?」

 

「仕事だ、仕事。部活の顧問で休みなんてないんだよ。私も姉さんのおかげで1週間はとれたが、それいがいはからっきしだ」

 

「あぁ、大変だねぇ」

 

「ホントだよ。ま、こんなトコで立ち話もアレだ、さっさと入国審査を済ませよう」

 

 2人が後ろに乗るとマドカがハンドルを握った。

 

 

 これは世界を震撼させた"ネクストショック"から8年後の未来。25歳になった少女たちのその後の話……

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 櫻と本音が日本に着いてから3日後、適度に着飾った2人は電車を乗り継ぎとある3つ星ホテルにやってきた。目的はもちろん、同窓会だ。彼女たちの世代では初めての同窓会ということで、クラスメート達の変わり様が早くも楽しみになっていた。

 ホールのある階までエレベーターで昇り、受付を済ませようとすると、座っていた女性から声をかけられた。

 

 

「うぉっ、サク!? ってことは、本音だよね!?」

 

「ん~? だぁれ?」

 

 本音が素でとぼける隣で、櫻も必死で頭を回転させて記憶を呼び出していた。それが顔に出ていたのか、「はぁ……」と溜息を付きながら、彼女がメガネとカチューシャをつけた。

 

 

「ナギナギ!」

 

「あぁ……」

 

「やっぱりわかんない!? ねぇ!?」

 

「本当に誰かわからなかったよ~」

 

 受付をしていたのは鏡ナギだった。メガネとカチューシャが無いと本当に誰かわからないのが残念でならない。

 会場に入ると時間にはまだ余裕があるがほとんど全員揃っているのではないかと言うほどの人数が居るように見えた。

 

 顔なじみの金髪を見つけると後ろから背筋をなぞりながら声をかける。

 

 

「シャーロット」

 

「ウヒッ!?」

 

 みっともない声を上げたのはもちろんシャルロット。今はBFFの看板として世界中を飛び回っている。一部ではBFFの裏ボスとか、実は国家代表より強いとか色々と言われてしまっているが、本人はあまり気にしていないようだ。

 

 

「直接会うのは2週間ぶり?」

 

「あんまり久しぶりな感じしないね~」

 

「そうだね、定期的に話してるし。パッと見た感じ、みんな変わってて驚いたよ」

 

「ホントにね。さっき受付でナギが誰だか分かんなかったもん」

 

「あぁ、僕もだよ。メガネとカチューシャでやっとね」

 

「わざとだったんだね~」

 

「えっ?」

 

「私達が受付した時には付けてなかったからさ」

 

「あぁ。彼女も楽しんでるんじゃない?」

 

 適当にまた会場をフラフラしながら話す内に時間になったようだ。クラスの札が立つテーブルに移ると、会場がすこし暗くなった。小さなステージの片隅にスポットライトがあたる。

 

 

「これより、IS学園――期生同窓会を始めさせて頂きます。進行は私、お祭り女こと、田嶋律と」

 

「作戦参謀こと、結由香里が努めさせていただきます」

 

 拍手が起こると律がなんの前触れもなく、いきなり三角形に手を振り、ソレに合わせてパンパパ・パンと手拍子が合うと会場は笑いに包まれた。

 

 

「では、最初に、本日参加して頂いた先生方を紹介させて頂きます。織斑先生――」

 

 手を振ってから頭を下げる千冬。櫻としては千冬が来ていたのが意外でならなかった。

 1年次の担任は全員が参加するという奇跡にも恵まれ、着々と事が進む。

 

 

「さてさて、まぁ、こういう機会ですから、まずは全員乾杯から始めるのが普通ですよね。まさか、もう飲み始めてる人は居ないよね? みなさん、手元にグラスはありますでしょうか?」

 

「乾杯の音頭は織斑先生、お願いします」

 

 事前の打ち合わせが無かったのか、千冬が少し驚いた顔をしていたが、すこし肩をすくめると

 

 

「7年ぶりの再会に、乾杯!」

 

 変わらぬ凛とした声を上げた。周囲も合わせてグラスを掲げる。

 卒業するときのパーティーを思い出させる喧騒があった。

 

 

「あぁ、そうだ。今更ですが、この後4時から学園へ移動します。みんな大人だからわかっているとはおもうけど、飲み過ぎないようにお願いしまーす。それでは、暫しご歓談ください」

 

 パンフレットを見返すと3時間ほどここで騒いだ後、夕方から学園に移動するようだ。俗にいう2次会だろうか。

 それも程々に料理に手を付けた。

 

 

「サク」

 

「ん?」

 

 クラッカーを口に入れた時を狙ったかのように呼ばれるとまたもや誰かわからない。顔の特徴から頑張って見ると、疑わしいのが一人浮かんだ。

 

 

「梨絵?」

 

「おおぅ、正解正解。今のところみんな解るみたいだね。ナギみたいに全員から誰?って聞かれるのよりずっといいや」

 

「ナギはね……」

 

「メガネとカチューシャが無いとねぇ?」

 

 聞けば卒業後は倉持技研に就職したそうで、他にも数人が同様に倉持に就職したそうだ。本音も呼んで一緒に織斑先生のところに行こうとなるといつの間にか1年1組の全員が揃って先生のテーブルにやってきた。

 

 

「織斑先生、山田先生」

 

「なんだ、全員揃って。クラス写真でも撮るのか?」

 

「それは後で。お久しぶりです、千冬さん」

 

「ああ、櫻は1年ぶりか。ソレ以外は…… あぁ、神田はこの前会ったばかりだったな」

 

「はわわわ。みなさん大きくなりましたね~。先生感動ですっ!」

 

 卒業から7年立つというのに見た目がほとんど変わらない山田先生に驚きつつも先生たちに近況報告を兼ねて話す内に意外と身内が居ることが解る。

 例えば、リアーデはローゼンタールに、静寢は有澤に、とグループ企業に就職した人間がちらほら居た。さらに、予想はしていたが、結婚したのもクラスに5人は居るようだ。

 

 

「遅れましたわ!」

 

 突然、入り口から聞こえた声に振り返ると長い金髪に青いワンピース。そして、お嬢様口調。もうひとりしか居ない。

 

 

「セシリア!」

 

「セシリア・オルコット、参りましたわ……」

 

「迷った?」

 

「ええ、少し。でも、なんとか……」

 

「とりあえず、水飲んで、はい」

 

「ありがとうございます」

 

 肩で息をするセシリアに水を飲ませると再び騒ぎが始まる。周知のことだが、セシリアは見事に国家代表の座を射止め、昨年のモンド・グロッソでは射撃部門でヴァルキリーに輝いた。

 

 

「そういえばさ、今考えると、この場には国家代表が4人も居るわけでしょ? それもウチのクラスから2人も!」

 

「一人はヴァルキリー、もう一人はブリュンヒルデだよ? もう信じられないね……」

 

「で、そのブリュンヒルデは?」

 

「ここだ」

 

 全員が視線を彷徨わせるなか、シャルロットがそっと手を引くと人混みからラウラが現れた。

 

 

「変わらないね。相変わらずちっちゃくて可愛い!」

 

「や、やめっ。助けっ、シャルロット!」

 

 代表選考で軍属時代の部下を瞬殺し、余裕でドイツの国家代表、そしてモンド・グロッソではブリュンヒルデに立ったラウラ。だが、その背は残念なことに伸びず、表彰台では隣の代表とそんなに差が無かったのは失礼ながら笑ってしまった。

 

 

「ふふっ、ここではブリュンヒルデも愛玩動物ですわね」

 

 セシリアも思わず笑ってしまうほどに可愛がられるラウラ。本人も本気で嫌ならば振り払うことくらい容易いだろうが、この空気に飲まれてくしゃくしゃだ。いざとなればシャルロットが止めに入るのもわかっているのか、ラウラをいじる面々もあまり極端なことはしなかった。

 

 

「セシリアもラウラも、それに、鈴と簪ちゃんも。私達の世代の4人でモンド・グロッソの上位を独占できたのは誇らしいね」

 

「そう言っていただけるとわたくしも嬉しいですわ。最後にお会いしたのはその時でしたわね」

 

「だね。ラウラが圧倒的な強さで殆ど取って行ったからね。織斑千冬の再来とか言われるのも納得だよ」

 

「ラウラさんがヴァルキリーを落としたのは射撃部門だけ。それ以外は全部トップ。わたくしもまだまだですわ」

 

「次のモンド・グロッソが楽しみだね」

 

「ええ」

 

 シャルロットがラウラを救い出すと話もそこそこに散っていった。

 櫻もセシリアと別れると次は4組の元へ。

 

 

「簪ちゃん」

 

「あっ、櫻さん」

 

「久し振りだね」

 

「モンド・グロッソ以来だから1年ぶりでしょ? もうそんなに経ったんだね」

 

「意外と短いね。さっきセシリアにも言ったけど、私達の代で上位独占はやっぱり嬉しいね」

 

「ありがと。そういう櫻さんもコンクール・デレガンスでヴァナディースを取ったじゃん」

 

「あんなの『私が考えた最強のIS』をつくれば勝てるよ。天使は最強だね」

 

 ISコアの公開に伴ってモンド・グロッソと併催されたコンクール・デレガンス、最優秀賞はヴァナディースの称号が送られる。その初代ヴァナディースが櫻とノブリス・オブリージュだ。

 ヴァルキリー共々、北欧神話の女神から取られた称号はもちろん美や愛の女神であることはもちろん、戦いの神でもあることから、美しいだけでなく、戦力としての価値も求められる。

 

 簪とその後も話しているうちに会場の照明が突如落ちた。

 

 

「っ!」

 

 簪ともに姿勢を低くし、ハイパーセンサーを部分展開、周囲を探ると壁にスポットライトが当たる。

 

 

「ハッハッハッハッ! 久しぶりだな、諸君。私は帰ってきた。今日こそ、この場にいる君たちの心を奪ってみせよう!」

 

 クサいセリフを吐くのは白いタキシードに身を包んだ一夏。何が彼を変えてしまったのだろうか。ISの力も借りて壁から壁へと飛び移り、地面に降りようとした瞬間、彼の頭に何かが当たり、火花が散った。

 

 

「何をしているか、この馬鹿者が!」

 

 千冬が怒鳴ると一夏は頭を掻きながら立ち上がり、"姿を変えた"

 

 

「もぅ、なんで分かるかな~」

 

「オマエの考える事などお見通しだ。それで、一夏は」

 

「いっくんはトイレでお着替え中」

 

「はぁ……」

 

 現れたのは篠ノ之束。現在のIS学園理事長。

 そして、入り口からこっそり入ってきた所をスポットライトで照らされたのが一夏だ。

 

 

「うげっ」

 

「うわっ……」

 

 照らされた一夏をみて会場がざわめく。それもそのはず。かつてのイケメンが7年の年月を経て、一層の磨きをかければどうなるか。もうお分かりだろう。

 

 

 結婚して下さいの嵐だ。

 簪共々避難を兼ねて千冬の下へ行くとあっさりとネタばらしがあった。

 

 

「アイツ、もう結婚してるぞ」

 

「えっ?! 招待状もらってませんよ」

 

「身内だけでひっそりとやった。ほれ、写真だ」

 

 

 見せられた写真にはタキシードを着た笑顔の一夏とドレス姿の女性が写っていた。

 千冬曰く、職場の先輩だそうで、2つ年上なんだとか。それを知る由もない彼女らが一夏を取り囲んでいる様を千冬は写真に収めてメールで送っていた。おそらく、一夏の奥さんだろう。

 

 

「尻に敷かれてる光景が目に浮かびますね……」

 

「そのとおりだ」

 

「いっくんもよりどりみどりだったのに、そんなどこの馬の骨ともしらない女と……」

 

「オマエにとっては他人が皆そうだろ」

 

「違うもん! 今は娘同然の生徒たちが居るもん!」

 

 やれやれと首を振る千冬を他所に、時間はどんどん過ぎていく。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 日の長い夏は5時になってようやく薄暗くなり始める。部活に励む生徒の声を聞きながら向かったのはIS学園第1アリーナ。懐かしいアリーナも今では設備が更新され、同じなのは見た目だけだ。一行がアリーナに入るとジャージ姿の教師たちが待っていた。それも、千冬に至ってはIS用ブレードのおまけ付きだ。

 

 

「ここはアリーナ。目の前にはジャージの先生。片手にはブレード」

 

「と、なると……」

 

 目を合わせる面々に向かい、千冬が声を上げた。

 

 

「全員5分で着替ろ! 実技を始めるぞ!」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 全員とっさにヒールを脱ぐと更衣室へダッシュ。懐かしいロッカールームの空気感を味わう余裕もなくしれっと用意されたISスーツに着替えて再びアリーナに整列した。

 

 

「まさかこの年でこれを着るなんてね……」

 

「結構恥ずかしいね」

 

「静かに! 今日は基本動作の復習を行う。一クラス5つの班に分かれろ」

 

 徐々に感覚が戻ってきたのか、身体が覚えていたのか、即座にわかれると千冬の指示で練習機を取りに行く。今では各国でISの製造が行えるようになったため、学園には100機程度の練習機が用意されている。台車を押しながら戻るとすでに国家代表達が専用機を展開し、待っていた。

 テレビで見た機体が今、目の前にあるのだ。

 

 

「よし、全員揃ったな。最初に見本を見せてもらおう。オルコット、ボーデヴィッヒ」

 

 2人が等間隔に置かれたパイロンの間をPIC制御だけですり抜けていく。帰りは2人で目配せすると行きの倍近い早さで帰ってきた。そんな2人を千冬が出席簿で叩くと何時かの如く「お前らの技術を自慢しろと誰が言った」と言うのだ。殆どが数年ぶりにISに乗るのだから、時間が掛かるものかとおもいきや、身体に染み込んだ感覚は未だに衰えなかったようで誰一人としてパイロンに触れる事無く往復し、10分ほどで一班の6人が全員千冬のもとに記録を提出していた。

 

 

「ほぼ全員1年の終了時とほぼ変わらない記録だな。国家代表はさすが、と言うべきか、全員記録を上げたな」

 

 幹事であろう数人が千冬と何か話すと、手を打って注意を集めた。

 

 

「予定ではこれに30分ほどかかるはずだったんだが、思いの外早く終わった。そこでここに居る代表に模擬戦をやってもらおうと思うが、いいか?」

 

 千冬が伺いをたてるもそんな必要ないとばかりに7人は即答した

 

「もちろんです」

 

「私は見てるね~」

 

 本音は逃げたが。

 

 

「先に断っておくが、模擬戦は記録させてもらう。生徒のためだ」

 

「ええ、後輩たちのためならもちろん構いませんわ」

 

 セシリアの言葉に頷く。千冬が「全員着替えてスタンドに。代表はピットに行け」と指示を出すと即座に動き始めた。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 現役の国家代表による乱戦はラウラの勝利で幕をおろした。最初にダウンしたのは意外にも鈴で、シャルロットを狙った所、背後から零落白夜をモロに喰らって一撃だ。次に箒と一夏が相打ち、シャルロット、簪、セシリアと続き、櫻とラウラの一騎打ちでは最後に壁際に追いやられた櫻に至近距離でラウラがレールガンを叩き込んで終わった。

 

 

「楽しかったね」

 

「ええ、皆さんとこうしてまた戦えて。学園に居た頃を思い出しますわ」

 

「あの頃は櫻が最強だったが、今日は勝てたな」

 

「お前ら強くなりすぎだろ……」

 

「一夏が軟弱なのだ。ほとんどISに乗らない私に斬られるなど……」

 

「あたしなんて一夏にやられたのよ!? トーシロの一夏によ?! プライドなんてズタボロよ!」

 

「鳳さんは周りが乱戦だからって大きな一撃のために隙を見せすぎたね。でも、あの攻撃は怖いかな」

 

「龍砲ね。アレのお陰でモンド・グロッソは楽に戦えたわ」

 

 事実、格闘戦ならばラウラに次ぐ2位につけていたのだから嘘ではない。学園に居た頃の機体とはスペックも大違いだ。

 

 

「ラウラの最後のアレは初めて戦った時を思い出すね」

 

「あ、あの時は悪かった」

 

「ラウラさん、今日は容赦なく撃ちましたわ……」

 

「ラウラ、年取ってからISに乗ると冷たくなったよね」

 

「うぅ…… ぐすっ、櫻ぁ、シャルロットがぁ」

 

「そして、涙腺が緩くなった」

 

「ううぅあぁぁぁ……」

 

 シャルロットの口撃でラウラがあえなく撃沈。櫻がなだめながら少しくらくらする頭を振った。

 

 

「じゃ、私達も着替えて戻りますか」

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 その後も校舎内を回ったりと充実した1日を過ごした彼女らはそのまま3次会と言って居酒屋に消えたり、学生時代に中の良かったグループでディナーに向かったりと解散後も懐かしい気分に浸っていたようだ。

 そんな夜の学園、屋上庭園には千冬に束、櫻が揃っていた。本音は千冬の部屋で寝ている。

 

 

「時間というのは残酷なものだな」

 

「ホントだね。束さんももうオバさんだよ」

 

「そういう年寄り臭いこと言わない。それで、なんでわざわざ?」

 

「ちょっと思い出話をしようかな、って」

 

「はぁ、なんで私が……」

 

「ちーちゃんと2人だと悲しくなるからね」

 

 ゆっくりと思い返すのは7年前。櫻が学園を卒業すると同時に、ポラリスとして『ISのブラックボックスを2年後に公表することをお約束します』と委員会で発表したのだ。その頃のISは第3世代技術は実用化され、各国の第2世代機を置き換え始めていたが、束の提唱した第4世代技術は全くと言っていいほど世間では開発が進まなかった。展開装甲は普通の人間にはオーバースペック過ぎたのだ。コアの持つ力の3割しか使えないものにとってエネルギー運用が更に難しくなる第4世代は無駄以外の何者でもなく、技術開発として研究が一部の国で行われたに過ぎなかった。

 更に、それにともなって本来の宇宙開発も滞り、各国のISを使った宇宙空間突入実験は行って帰るだけのつまらないもので終わった。

 それを憂いた束が世界に訴えたのだ『ISは必要なのか』と。ISのブラックボックス公開が発表されるとIS関連の研究開発は再び活気を帯びた。コアの製作に合わせるため、事前に新たなプロトタイプを開発する企業、国が後を絶たず、数々の新技術が生まれた。

 

 そして、5年前。ISブラックボックスが開放されると大企業は一斉にコアの製作に入った。あまりの精密さに量産は不可能とまで言われた事もあったが、現在では小規模な企業でも月に1つ。大企業は月に10個以上は生産できるほど技術が進んだ。それと同時に世界は男が使えるISの研究も始めたのだ。現在は一夏が務めるベンチャー企業が中心となり開発が進められている。

 

 

「ISが世界中に行き渡ると戦争抑止の形も変わった。核兵器なんていらなくなったからね。アラスカ条約も合わせて改定されて、国ごとにコアの保有量を制限することになった。それでも、日本やアメリカ、ヨーロッパの先進国は3桁個のコアを持つことが当たり前になった」

 

「でも、お陰でIS産業は急速に発展、私の給料も3倍近くにあがったよ」

 

「マジで?」

 

「マジで」

 

「IS学園はどこぞのバカが買い取るとか言い出したおかげで今では倍率が跳ね上がったぞ」

 

 IS学園はコアの量産化に伴って価値がなくなることが懸念され、廃校が検討されていた。そこで、束が『来るIS量産化に向けて、最高クラスの教育環境を整える』という名目で自身の手中に収めたのだ。解散されたポラリスから、束、クロエ、マドカが教師として就任。外部からの講師も受け入れ、私立IS学園として再スタートを切ったのだ。

 

 

「でも、今ではちゃんと束さんの意思を継ぐ技術者がどんどん卒業して上を目指してくれてるよ」

 

「確かにそうだが……」

 

「そうだが?」

 

「これから、ISが増え続けたら、社会はどうなってしまうんだろうな」

 

「ISが牛耳るようになるんじゃない?」

 

「簡単に言うな。ISも意思を持つ。この世界が嫌になった、と反乱を起こされる可能性は常にある」

 

「そうなったら楽しそうだ」

 

「櫻……」

 

「くくっ、さくちん年取ってからどんどん下衆になっていくね」

 

「大人の世界を垣間見ることが増えたからね」

 

 束の考える世界。櫻の考える世界。この先がどう変わってしまうかは今だにわからない。だが、2人が思うことは『ISが中心の世界は壊れてる』そう、確信を持って言えるということだけだ。

 現在の女尊男卑の風潮も、根源にあるのはISで、ISが力を持つからそれを"従える"女性は偉いと思われるだけだ。実際は本当にISを"従えて"いるのだろうか。彼女らが使うISにはまだ7割の余力がある。コアの本気に耐えられる人間など今のところ3人しか居ないのだから……




長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。これにて、Who reached infinite stratos 完結です。

簡潔に完結…… いえ、なんでもありません。最後は遠い未来、同窓会と過去語りで終わらせました。正直、不満の残る終わり方ではありますが、一応、物語はこれにて終わり、とさせていただきます。ここまで読んでいただいた読者の方々、本当にありがとうございました。



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Coda 新たな物語
続唱


暇だったのでパパっと。
続くかはわかりません


 桜の満開から少し過ぎた頃、桜舞うIS学園で入学式が執り行われようとしていた。あちこちのお役人が長い長い祝辞を述べ、それを子守唄に本音は船を漕ぎ、教頭と織斑先生に殺されそうな目で睨まれながら耐え忍ぶこと1時間と半分。やっと開放された生徒会一行は敷地の片隅に仮設された生徒会室でゆっくりとお茶を飲んでいた。虚が卒業した今、お茶汲みはヒラの一夏の仕事だ。

 

 

「ねぇ一夏くん。虚ちゃんも卒業しちゃったし、欠けた穴を埋めるために優秀な人材が必要だと思うんだけど、どうかしら?」

 

「え? あぁ、虚さんの…… 確かに、これ以上櫻に負担をかけて過労死されても困るし、誰か入れたほうがいいんじゃないですか?」

 

「そうよね! じゃ、そういうわけでこの書類よろしく! おねーさんは素敵な人材を探しに行ってくるわ!」

 

「えぇっ!? 結局そうなるのか!?」

 

 今日も素敵に仕事を後輩たちに丸投げしてどこかに消える生徒会長。だが、普段と違うのは数時間は帰ってこない楯無が5分で帰ってきたことだった。

 

 

「はぁ…… 若い子は元気でいいわね」

 

「早いですね。忘れ物でもしましたか?」

 

「血気盛んな新入生に襲われたのよ。ホント、迷惑しちゃうわ」

 

「あぁ…… 生徒会長を倒せばいいってのは新入生にも知れ渡ってるんですね」

 

「そうみたい。私なんかよりずっと強いのがそこで死んでるけど」

 

「あはは……」

 

 部屋の中央に並ぶ長テーブルで沈黙する2つの人影。その片方に近づくと楯無は首筋に扇子を叩きつけた。

 絶妙な力加減で"ツボ"に叩きこまれた一撃は絶大な効果を発揮したようで銀色の長髪を振り乱してその影はすっくと立ち上がった。

 

 

「敵襲!?」

 

「残念、今の世界は至って平和よ。ちょっとお使いを頼みたいんだけど」

 

「はぁ? あぁ、はい。なんでしょう?」

 

「ちょっと私のフリして外の1年生を蹴散らして来てくれないかしら。なんだか今年の1年はやたらと元気みたい」

 

「そんなの自分でやってくださいよ…… 生徒会長は来る者拒まずでしょう?」

 

「今はそんな気分じゃないの~! お仕事イヤぁぁぁ! 虚ちゃんの代わり探すの~!」

 

「これが年上の先輩で、生徒会長で、名家の当主だと考えるとホント溜め息出ちゃいますね。虚先輩の苦労がわかる気がします」

 

「楯無さんもこういうところがなけりゃ完璧なんだけどなぁ」

 

「ぶぅぅ~! おねーさんここの所働き詰めで疲れてるのよ。簪ちゃんやクロエちゃんみたいな娘が居ればずっと楽になるんだけど」

 

「2人をここに呼べばイイじゃないですか。今日は在校生は休みですし」

 

「そうね! その手があったわ!」

 

 慌てて携帯を取り出しダイヤルする楯無。だが、30秒でその意気は削がれたようだ。

 

 

「簪ちゃん生徒会のお仕事嫌だって……」

 

「そりゃ、楯無先輩のパシリ確定ですし」

 

「つ、次のクロエさんなら大丈夫ですよ。な、櫻」

 

 一夏のフォローでなんとか心を蜘蛛の糸で繋ぎ止めると再びダイヤル。声のトーンがみるみる上がっていくことから察するに交渉は上手く行っているようだ。

 よろしくね! と言う言葉で携帯をポケットにしまうと満面の笑みにVサインの楯無が会長の机に座ると一夏の入れたお茶を一口のんで渋そうな顔をした。

 

 

「クロエちゃん、やってくれるって! これで100人力ね!」

 

「クロエが来てくれれば私の仕事も……」

 

「これで櫻も安息が得られるな」

 

「ほんっと。ちょっとジュース買ってくる。一夏くんなにか飲む?」

 

「じゃ、コーラ頼む」

 

「おっけ」

 

 そうしてドアに手をかけたところで外からの力でドアが開き、櫻が思わず体勢を崩した。

 

 

「のわっ!?」

 

 完璧に気を抜いた所でドアを開けた張本人を巻き込み倒れると顔を程よいクッションが包み込む。慌てて起き上がるとそこにはライフルを構えた数人の少女と櫻と一緒にひっくり返った褐色肌に黒髪の少女とがいた。

 

 

「えぇっ!?」

 

 慌てて黒髪の少女を抱えて盾にするように起き上がると騒ぎを聞きつけた一夏と楯無がドアから顔をのぞかせた。

 

 

「大丈夫? 櫻ちゃ……」

 

「櫻、大丈夫……か?」

 

「やばっ」

 

 楯無がとっさに一夏の制服の襟を掴んで後ろに投げるとそこを容赦無い弾幕が通り過ぎた。弾痕を見る限りゴム弾だが、この距離で当たればひとたまりもない。

 

 

「生徒会長、更識楯無を出しなさい」

 

 櫻と黒髪の少女を囲む一団から金髪の白人が出て来た。見た目と声色から判断するとセシリアタイプ。それも、リボンタイの色から1年であることは明らかだ。

 めんどくさそうなのが出て来たなぁ、と思いつつ櫻は精一杯の虚勢を張る。

 

 

「先輩はただ今手が放せないようなので、ご用件は副会長の私が」

 

「ケッ。副会長に用はないわ。さっさとそこをどきなさい」

 

「そんな実銃持ち出すような娘を生徒会室に通すわけには。全員武装を解除しなさい」

 

 金髪がスッと手を上げると後ろの少女達がライフルの銃口を盾の少女の肩に覗く櫻の顔に合わせた。哀れなことに縦になっている褐色少女は首を絞められていることもあり、少し苦しそうだ。櫻が腰を下ろして盾の少女の影に身体を入れつつ足を一歩後ろに出すとタン! と言う銃声と共に地面が抉れた。

 

 

「もう一度言うわ。生徒会長を出しなさい」

 

「お断り、しますっ!」

 

 これ以上は不利と判断し盾の少女を突き飛ばす。40キロはある少女を同等の体格の少女が反動なしに受け止められるわけもなく、更に言えばリーダー格への行動は部下の注意を引くには十分すぎた。そして生まれた一瞬の隙を付いて一気に後退。ドアを閉めた。

 

 

「今年の新入生、元気がいいですね!」

 

「おい、今の本物かよ! 楯無さんが引っ張ってくれなきゃ死んでたぜ!」

 

「とりあえず落ち着いて。今は緊急事態としてISの展開も視野に入れて考えましょう。櫻ちゃん、相手の数と武装は?」

 

「ライフルを持った女の子が6人。それとリーダーと盾にした娘。計8人ですね」

 

「一夏くん、カーテンを全部閉めて。ブラインドもね」

 

「はいっ!」

 

 プレハブ小屋の3つある窓を中腰で回ると手早くブラインドやカーテンを閉めて回る一夏。今は簡易キッチンの影だからゴム弾なら貫通のおそれはない。

 

 

「う~ん、これも生徒会長への挑戦と受け取るか、それともただのテロと受け取るかよねぇ」

 

「私としてはテロ同然なんですが」

 

「ま、どちらにせよ、早く鎮圧しましょう。今ある武装は?」

 

「刺又が1本、信号用スモークグレネードが3つ。それと催涙スプレーが1本。ISのバススロットにIS用物理ブレードが1薙」

 

「飛び道具を相手にするのは難しいわね。一夏君、なにかない?」

 

「そうだな…… 簡単な罠はどうですか?」

 

「いいわね。糸くらいならあるし、時間稼ぎなら十分できるわ」

 

 裁縫セットを持ってくるとさっさとそれを開け、糸を伸ばした。幾重にも束ねてドアの前にピンと張ると天井からフライパンを吊るした。1分で出来るお手軽ブービートラップだ。

 

 

「さて、これを使ってどうやって外に出るかよ。彼女達もバカではないみたいだから、無闇に突撃もしてこないし」

 

「ですが、こっちの武装を考えると中で相手をするほうが……」

 

「ともかく、リーダー格の女の子を討ち取れば私達の勝ちね」

 

「でしょうね。さっきの反応を見ると彼女が居なければ何も出来ないようですし」

 

「じゃ、作戦は決まりだな」

 

 そこに携帯の着信音が鳴り響いた。それの主は楯無。慌てて電話に出るとニヤリと笑った。

 

 

「ええ、その通り。それをここに叩き込んでくれればいいわ。よろしくね」

 

 手短に会話を終えるとその笑みはいつもの"おねーさん"の笑みではなく、"更識楯無"の少し曇った笑みに変わった。

 

 

「30秒でクロエちゃんがここに支援物資を送ってくれるわ。全員伏せて」

 

「はぁっ!?」

 

 一夏の間抜けな声をバックに正面玄関から悲鳴が上がるとドアを何かがぶち破った。櫻と楯無が慌ててその支援物資をキッチン側に引きこむとコンテナを開けた。中にはテーザーガンと簡単な防具。それとフラッシュバンが幾つか入っていた。

 

 

「飛び道具が来たわ。これを持ったら櫻ちゃんが玄関にスモークを投げて。そしたら机の後ろまで走りなさい。一夏くんは本音を回収。行くわよ」

 

 黙って頷くと櫻がおもむろにスモークグレネードのピンを抜き、玄関先に放り投げた。赤い煙を吐き出しながら転がるグレネードの影で3人が襲撃を生き延びた重厚な机の影に駆け込んでいく。直後、銃声と共に足音が響いた。

 

 

「撃ちまくりなさい! 会長以外にあたっても構わないわ!」

 

 だが、誰かが転ぶ音と、カーン!と言う情けない音によってその声の後には静寂が訪れた。

 

 

「痛い……」

 

 誰が言ったか、その声の直後、金髪少女の前の3人が痙攣を起こして倒れた。そして、金属の筒が織りなすハーモニーの後には視界を包み込む白と聴覚に訴えかける不快な響が少女たちを襲った。

 

 

「今よ!」

 

 楯無の一声で机の影から飛び出した一夏が即座にリーダー格の少女を確保。櫻は片っ端から銃を蹴飛ばして回った。その内の一丁を拾うと一夏が組み敷く少女の額に向けた。

 

 

「チェック」

 

 櫻の背後から現れた楯無に苦い笑みと鋭い眼差しを持って答える少女。目で合図をすると一夏がそっと拘束を解いた。

 

 

「さて、ここまで派手に生徒会長の座を狙いに来た娘は初めてよ。名前は?」

 

「…………」

 

「櫻ちゃん、彼女の胸ポケット」

 

 櫻が言われたとおりに胸ポケットに手を伸ばすとその手を払いのけようと鋭く手を振るう。だが、それをあっさり掴むと少しひねった。

 

 

「こら、後輩をあまりいじめないの。ま、おねーさんがいただくけど」

 

 楯無がそっと胸ポケットから生徒手帳を抜き取ると裏表紙をめくった。

 

 

「シエラ・エル・ブライトネル。イタリアからの留学生ね。代表候補ではないようね。良かったわ」

 

「クッ……」

 

「で、シエラちゃん。どうしてこんな物騒な物を持っておねーさんのところに来たのかしら?」

 

 プイっとそっぽを向くシエラ。楯無はやれやれ、と言うように肩をすくめると少女にそっと手刀を入れ、意識を刈り取った。

 他の娘達は一夏によって窓際に正座。全員留学生のようだ。膝が震えている。更に言えば憧れの織斑一夏が目の前にいる喜びよりも、今の空気に耐え切れないようですすり泣く声すら聞こえるから一夏は気分が悪かった。根は心優しい彼は今すぐにでも謝りたいところだったが、一応はやられた側として心を鬼にしていた。

 

 

「さ、織斑先生のところに行くわよ。一夏君、彼女を担いてくれる? あなた達は寮に帰りなさい」

 

「「「は、はいぃっ!」」」

 

 フラフラと立ち上がった少女たちはおぼつかない足取りで部屋から出て行くとお互いを支え合うようにして1年寮の方へと歩いて行った。一夏はといえば、シエラをなんの抵抗もなくお姫様抱っこすると楯無に続いた。

 

 

「はぁ、一夏くんもああいうところでイケメンだからダメなんだよなぁ」

 

 櫻も本音を抱き上げると2人(3人?)の後を追った。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「それで、新年度早々1年生に実銃で襲われたと」

 

 職員室で1年の学年主任である織斑先生に相談を持ちかけると困った顔で話を聞いてくれた。

 

 

「はい。お陰で生徒会室はボロボロなんですよ?」

 

「なんの後ろ暗さもない普通の生徒だが…… 彼女がどうして?」

 

「本当になんの後ろ暗さも無いんですよね?」

 

「ああ。マフィアとの繋がりも無いし、裏商売をしているわけでもない。だからなおさらな」

 

「普通の女の子は実銃をそんな簡単に手配できませんし、それも入学式の日にやるなんて事前に計画していたとしか」

 

「そのとおりだが、詳しくは彼女から直接聞く。お前たちは戻れ」

 

「お任せします。今年の1年生は元気が良すぎて困るので」

 

「ああ。後でたっぷり灸を据えてやる」

 

 そのあとスコールを巻き込んで生徒会室の片付けをすると待ち人がやってきた。最高のタイミングで支援物資を部屋に送り込んだポラリスの作戦参謀、クロエだ。

 

 

「お疲れ様です。櫻さま、楯無さま、一夏さま」

 

「あら、クロエちゃん。さっきはありがとね。助かったわ」

 

「間に合って良かったです。地上活動用の自衛装備がバススロットにあったので」

 

 なんの違和感もなく片付けに参加するクロエ。舞い散った書類をまとめていく。

 

 

「それで、楯無さま。私を生徒会に?」

 

「ええ。虚ちゃんの代わりに会計をやってもらえないかしら」

 

「もちろんです。おまかせ下さい」

 

「助かるわ。じゃ、さっさと部屋を片付けて今日のお仕事もお片付けしちゃいましょう」

 

 口ではいいことを言いつつも動きが遅い楯無の影で櫻がクロエに耳打ちをした。楯無への文句はスコールの担当だ。

 

 

「会計と言いつつ、名前だけだからね。実際はなんでも屋さん」

 

「わかっています。櫻さまの疲れ具合を見ればなんとなく予想はつきますので」

 

「ホント、クロエが来てくれて助かるよ。これで私の睡眠時間が確保できる」

 

「代わりに私の睡眠時間が減りそうですけどね」

 

「いいじゃん。10時間は寝てるんでしょ?」

 

「寝る子は育つのです」

 

 ぽん、と無い胸を張るクロエに暖かい笑みを向けつつ櫻は再び手を動かし始めた。

 IS学園の新年度は過去に無い生徒会への挑戦で幕を上げたのだった。

 



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第二章 続きから。
最大のライバルは中から


 1年生の襲撃から1週間。校舎内にやっと場所を戻した生徒会はクロエを会計に加えた新体制で新年度早々積み重なる仕事に立ち向かっていた。だが、クロエの処理能力の高さは虚以上で、本音も少しばかり仕事を真面目にこなし始めた――将来、櫻の秘書になるため仕事のこなし方を覚えようという本人なりの努力――こともあり、日が暮れる前にその日の仕事を片付けることができていた。

 だが、新しくなった革の椅子に腰掛けディスプレイを眺める楯無の顔は優れなかった。

 

 

「楯無先輩、なにか考え事ですか?」

 

「ええ、まぁ。この前の襲撃の首謀者、1年生の名簿を見て検討が付いたわ」

 

「早いですね。誰ですか?」

 

「天王洲アイル。まぁ、腐れ縁の娘よ」

 

「なんか駅名みたいな名前だな」

 

 一夏が突っ込むと楯無も笑って「彼女はそこの生まれよ」とあっさり答えていた。

 楯無曰く、天王洲アイルも裏社会の家の生まれで、元をたどると更識に行き着くという。要するに分家なのだが、その別れ方はあまり良いものでは無かったらしい。というも明治や江戸まで遡ることらしく、今は本人も腐れ縁、と表現するように仲が悪い訳ではなさそうだ。

 

 

「あの娘、根はいい子なのだけど、なんというか、ライバル意識と言うのかしら、それが強いのよ」

 

「楯無さまのライバルですか。大層な娘なんでしょうね」

 

「ええ。ある意味私より冷酷で手段を選ばない面もあるわね。でも中身は結構おこちゃまよ」

 

「でも、どうして年齢の近い簪ちゃんじゃなくて楯無先輩を?」

 

「彼女も家の家督を継ぐ者として思うところがあるんじゃないかしら。だから同じく長女だった私を意識していたんだと思うわ」

 

 それから楯無は次はもっと厳しい攻め手を受けるでしょうね。と顔を暗くして言った。

 この生徒会室はこの前の反省を生かし、テーザーガンを各自の机に用意してある。壁には刺又の他、強化アクリルのシールドも掛けられすこしばかり物々しい雰囲気を醸し出していた。

 今日の仕事も終え、部屋に戻ろうとしたその時、ゆっくり扉がノックされる。先ほどまでの話が話だっただけに寝ている本音以外が身を強ばらせた。

 

 

「開いてるわ、入って」

 

 楯無が引き出しのテーザーガンに手をかけながら入室を促すと扉を開けて入ってきた少女は……

 

 

「会いたかったわ、更識楯無! 今日こそアンタに勝つんだから!」

 

 挨拶するが早く、手を上げると後ろから今度はスタンバトンを持った少女たちが部屋に飛び込んできた。騒ぎに目を覚ました本音が本能的に机の下に潜ると楯無始め生徒会メンバーが慣れた手つきで机からテーザーガンを取り出し目の前の少女に当てていく。電流を流すとそれをさっさと捨てて落ちたスタンバトンを拾うとまた部屋の奥、会長の机の前に陣取った。

 

 

「この子が天王洲アイルちゃん?」

 

「ええ。まったく、毎回面倒を掛けてくれるわ」

 

「聞こえてるぞ! おとなしく負けを認めろ! 更識楯無!」

 

 スタンバトンを中段に構える女子達の奥からアイルの声が聴こえる。隙間から見えるその姿は日本人形の如き長い黒髪と着物のようにゆったりとしたコート型の制服の小さい少女。言っていることと見た目のギャップが大きいが今は笑う余裕はない。

 

 

「一人2人倒せばオッケー。行けるわね、3人共」

 

「もちろんです」

 

「素人相手には負けません」

 

「女の子に負けるのは男としてのプライドが……」

 

 ISでは負け続けていることを思い出した一夏の語尾が小さくなるがそんなことをお構いなしに楯無の短い息で全員が一斉に動き出した。

 初動の遅い相手を一薙で黙らせると次の手であっさりと2人目の意識を刈り取る。全員の流れるような一連の動作に残されたアイルは両手を上げて首を振った。

 

 

「また、また負けたぁ~!」

 

「頭が弱いのよ、あなた。私が一人でいるときに襲えばいいのに」

 

「だって楯無一人で居ないんだもん!」

 

 それぞれが楯無の1日をイメージする。

 朝、ルームメイトであるクロエと朝食。その後クラスへ行きクラスメートと談笑。昼休み、クラスメートと昼食。その後、生徒会の仕事があればクロエと生徒会室へ。放課後、一夏達1年に絡みに行くかクラスメートとISの練習。それか生徒会。夜、クロエやクラスメートと夕食、その後クロエを風呂で愛でてから就寝。

 

 

「あぁ……」

 

 一夏が納得したような声をだすと櫻もクロエも頷いている。楯無は「言われてみればそうね……」と真面目なトーンで同意していた。

 それがアイルの気に障ったようで小学生がダダをこねるような声を上げた。

 

 

「だから一番弱そうな生徒会を襲いに来たんだもん! でもみんなバカみたいに強いんだもん! ズルいよ! チートだよ! 米帝プレイだよ!」

 

「最後のは関係ない気が……」

 

「残念だけど戦力として考えると生徒会が一番強いのよね……」

 

 2年間ISを学んだクラスメートがたとえ30人掛かりになったところで一夏は倒せても櫻なら一人で事足りるだろう。クロエの単機戦闘能力は未知数だが、ポラリスにいる以上、生半可な強さでは無いはずだ。

 そしてさっき机に潜ったきり出てこない本音。目を向ければ器用に丸くなって寝ているが、彼女もまた櫻の右腕とまでは言わなくとも左腕くらいにはなれる実力を持っていることは明らかだ。

 

 が、それを学園に入って1週間足らずの新入生に解かれというのも酷な話であった。

 

 

「アイルちゃん、ここに居るのは世界で唯一ISを動かせる男と国家代表と世界のIS産業を担う企業の経営責任者と秘書、そして篠ノ之博士の家族よ? あなた、勝てると思うの?」

 

 

「うぅ……!」

 

 涙目で楯無を睨む姿は精一杯の虚勢を張る小動物的で非常に愛くるしいがここで手を出したら噛まれそうなのでグッとこらえて3人は楯無とアイルを見守る。

 

 

「私に勝ちたい、家を継ぐにふさわしい人間になりたいというのはわかるけれど、もう少し手段を選びなさい? こんな、ずぶの素人を使っても勝てはしないわ」

 

「数の暴力なの!」

 

「私は数より質を求めるわ。その結果がこの通りね」

 

「テルミドールや布仏の家の人間がいるなんて知らなかったもん! ましてやブリュンヒルデの弟がいるなんて言うのも知らなかったんだもん!」

 

 あぁ、かわいいなぁ。と思いつつ終わりのない茶番を黙って見守る3人。本音は相変わらず机の下ですやすやだ。わがままな妹と真面目な姉のような掛け合いを続けること10分以上。やっと話が終わりかける頃にはアイルはすでにスタミナ切れが近いような雰囲気をまとっていた。

 

 

「楯無に勝つと決めたのぉ。だからまずは小手調べだったの……」

 

「はいはい。アイルちゃんは頭いいもんね。まずは相手の戦力を調べるんだよね」

 

「だから2通りの攻撃を用意したの。ふぁぁ……。アイル頭いいもん」

 

「はいはい。アイルちゃんは頭いいもんね」

 

「つぎはたてなしにかつんだもん……」

 

 ろれつが怪しくなり、うつらうつらしてきたと思えば言いたいことを言って器用に立ったまま寝息を立て始めた。これだけ見れば精巧なドールのようにも見える。楯無が呆れたように彼女をおぶると「今日は解散でいいわね」と言って部屋を後にした。

 

 

「はぁ、なんかよくわかんない子だったね」

 

「楯無さんと姉妹みたいだったな。なんか、簪と違ってわがままな妹、みたいな」

 

「そうでしたね。それに私より小さいなんて……」

 

「あぁ、クロエはそっち……」

 

 ラウラと並んで学園でかなり背の低い方であるクロエは自分より背の低い娘を見つけた驚きや嬉しさのほうが上なようだった。寝息を立てる本音を起こすと3人も部屋に戻ることにしたのだった。

 

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「テルミドールさん、荷物が届いてるよ」

 

 寮に戻ると入り口で寮のおばちゃんに声をかけられた。言われるままに荷物に受け取りのサインをすると小さい小包を手に部屋に入った。

 

 

「オーメルから? なんだろ」

 

「ふぇぇ? オーメルから?」

 そっと封を開け、中身をだすと中から出て来たのは見慣れた天使の片羽(天使砲)のペンダント。同封されていたメモリの中身を見ると櫻は目を見開いた。

 

 

「また私にテストをやれと……」

 

「またオーメルのISに乗るの~?」

 

「ってことになりそう。こんな杜撰な管理でいいのかねぇ」

 

 エアメールでISを送りつける研究主任に呆れながら櫻は職員室に向かった。

 



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唐突すぎませんかねぇ!?

 届いた新型のISを整備室でいじりながら仕様の確認作業を勧める櫻と本音。この学園に来てから3度めの専用機使用申請書を慣れた手つきで書き上げ、すでに本棚の半分を占領する分厚い注意書きも変更点だけを読み流すと早くも整備室生活を始めた。破壊天使砲のペンダントから展開してみれば期待した機体(ノブリス・オブリージュ)が出てくるのではなく、真っ白は真っ白でもレイレナードの流れを汲む鋭角的なフォルムの短期決戦仕様の機体が出て来た。一応バススロットに申し訳程度の破壊天使砲が入っているものの、コイツの主武装はレーザーブレード。イメージインターフェイスを用いた特殊装備が操縦者の脳を用いたオーバークロックだと聞けばレイレナード譲りのピーキーさが察していただけるだろう。

 

 

「なにこれ」

 

「トガッてるね~」

 

「なになに? 機体名称アリシア。操縦者の脳でオーバークロック可能? ふざけてんの?」

 

「身体とIS繋いでるさくさくがそれ言う?」

 

「いや、だってさ。怖くない?」

 

「私は神経にIS直結の方が怖いかなぁ~」

 

 純白の逆関節に違和感を覚えつつ引き続き初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を行う2人の下に招かれざる客がやってきた。

 ノックもぜずにドアを開け入ってきたのは毎度毎度生徒会に絡んでくるちっこいの、天王洲アイルだった。更に言えば隣に何処かで見たような金髪を連れている。

 

 

「今日こそ生徒会の牙城を崩しに来たわ!」

 

「はいはい。そういうのは楯無先輩の所にね~」

 

「いいえ! まずは一番弱そうな書記の布仏! あなたを倒して次に弱そうな織斑一夏のところに行くわ!」

 

「すごい小者っぽいね~」

 

 この前のお説教を聞いていなかったのかと思わせる元気の良さで櫻を放って本音から行く宣言をするアイル。その隣の少女もすこし困り顔だった。

 

 

「それで、隣の娘は?」

 

「よくぞ聞いてくれてたわ。彼女はアメリカの代表候補生の一人。アメリア・イアハートよ! 今日はISバトルで布仏を倒すわ!」

 

「うわ。初めて太平洋を横断した飛行士みたいな名前だね」

 

「彼女は私のえーと。ゴセンゾサマ?デス」

 

「ホント? スゴイね。んで、アイルちゃんとはどういう?」

 

「アイルには『悪の生徒会を倒すのに協力して欲しいの!』と言われまシテ」

 

 ジト目でアイルを見る櫻と本音。当の本人はそんなの何処吹く風という顔で本音を睨み続けている。再び顔をアメリアに戻して本音が続けた。

 

 

「アメリア……りありあ?」

 

「WoW! 素敵なnicknameですネ!」

 

「りありあは私と戦いたいの?」

 

「そうですネー。勝っても負けてもPolarisのメンバーと戦えれば私が成長すると思いマス」

 

「ちっこいのと違っていい子そうだね」

 

「ね~」

 

「ちっこいの言うな! 次の次の次には覚えてなさい!」

 

「そんな先なの……」

 

「もちろんよ! 次は織斑一夏。その後にあのちっちゃい銀髪なんだから!」

 

「「「(お前が言うな……)」」」

 

「ま、本人はいいって言ってるし、行って来れば?」

 

「久しぶりの白鍵だ~」

 

 う~ん、と伸びをする本音を見てアイルの顔に焦りが浮かぶ。おそらく"生徒会の下の方なら専用機なんてもってない"なんて甘い考えをしていたのだろう。まだあどけなさの残るアメリアを舐めるように見ながら櫻はすこしばかり考えていた。この娘どこかで見たなぁ、と。

 

 

「アメリアちゃん。専用機持ってるでしょ?」

 

「ハイ。ヘル・ハウンドのモディファイドですネ。3rdGenではありまセン」

 

「事前報告どおりね。すこし機体を見せてもらえる?」

 

「アンタ! 機体に細工しようって言うんじゃないでしょうね!」

 

「ただでさえアンフェアなのにそんなマネしないって。私は一介の技術者として、ね」

 

 オーメルの社員証をアメリアに見せると彼女は驚いた顔をして「Surprise……」とつぶやいた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

 3人を送り出すと再びアリシアに向かう。そしてベンチテストを始めようというところで扉がノックとともに開いた。廊下から転がるように飛び込んできたのは見慣れた男。

 

 

「さ、櫻! 匿ってくれ!」

 

「どしたの? 女の子に追いかけられでもしてるの?」

 

「その通り……」

 

「…………」

 

 ついに一夏ラヴァーズが強行手段に出たか。と戦々恐々としていると廊下から少数の足音が聞こえてきた。話し声に耳をすませば「一夏先輩」なんて単語が聞こえる。

 

 

「一夏くん、ついに後輩にも手を……」

 

「出してねぇ! この前の女の子が俺を追いかけてくるんだよ」

 

「そこら辺の戸棚にでも入ってれば? これからベンチテストするからうるさくなるし」

 

「悪りぃ。助かる」

 

 戸棚に身を隠すと再びアリシアに火を入れようと起動シーケンスを始める。初回起動の長いシステムチェックから入り、さてPICを入れよう。というところで再び扉がノック。今度は控えめな感じだ。おそらく女子。(と言うか一夏以外の男は学園長くらいしか居ないわけだが)

 

 

「失礼します。織斑先輩を見かけ……あっ」

 

 一夏の言うこの前の子、と言うのは先日のアイルの手下(言い方は悪いが)の襲撃の際に櫻が盾にした褐色肌の少女だった。櫻と目が会うなり「あっ、やべぇ」と表情に出ている。更に言えば櫻は部屋の真ん中で真っ白いISに真っ白いISスーツで乗っている訳で、そのラスボス感は少女の感情を揺さぶるには十二分だった。

 

 

「えとえと、あの。この前はすみましぇん!」

 

「あ、噛んだ」

 

「ひゃいッ!」

 

 思い切り怯えられている櫻は心を痛めながらも片手間に起動シーケンスを停止。スルリとアリシアから抜け出すと少女の前に立ち、頬に手を添えた。あくまでも振るえる子犬に向ける感情のようなものからの行動であることを申し添えておく。

 

 

「君、名前は?」

 

「リリィ・リベラ、です……」

 

「この前はごめんね。そんな怖がらなくていいからさ。それで、一夏くんを探してるの?」

 

「は、はい。シエラちゃんに探すように言われて手分けして……」

 

 あの唐変木め、と内心一夏に毒づきながらリリィを撫でる。櫻は一夏が唐変木だの朴念仁だの女誑しだのと言うがかくいう本人も無自覚に女の子をオトして行くのだから質が悪い。すでにリリィは身体の緊張を解いて頬は紅潮している。目つきも心なしか変わっているような……。うっとりとした目をするリリィを体調が悪いのかと勝手に解釈し、そっと抱きとめるとそのまま話を続けた。

 

「あの娘がねぇ…… 残念だけどここには居ないよ。部屋には行った?」

 

「はい。他の娘が行ったと思います。食堂や教室もみたんですけど」

 

「そう。じゃ、クラスの娘の部屋かもね。あー、でも学年変わって部屋も変わったんだよなぁ……」

 

「あっ、いえ。そこまでしていただかなくても!」

 

「そう? ごめんね、なんか」

 

「いえ。えっと、それと……」

 

「それと?」

 

「先輩の部屋、教えてもらってもいいですか?」

 

「私の? 2年寮の3219だよ。どうして?」

 

「いえっ、なんでもありません。失礼しました!」

 

 聞くだけ聞いて出て行ったように見えなくもないが異性への告白の経験が無い彼女は一世一代の大博打に出たのだ。憧れの先輩の部屋を聞く。あわよくば……と櫻に抱かれながらそこまで思考したのだから恋する乙女と言うのは恐ろしい。

 

 

「出て来ていいよ」

 

「助かったぁ。でも、どうしてこの前の子、シエラだったか? あの子に追いかけられなきゃ行けねぇんだよ。俺はヒラだぜ?」

 

「そういうのじゃないと思うなぁ」

 

「ん? そうか?」

 

 再びアリシアに身を預けると起動シーケンスを再開。メインシステム、チェック。コントロール、チェック。FCS、チェック。アビエーション、チェック。なぜ航行システムが搭載されているのか疑問に思いつつもシステムオールグリーンの表示に視線を合わせた。そして甲高い音と共にブースターが始動する。

 

 

「櫻! その機体どうしたんだ!?」

 

 一夏の口が動いているのはわかるが何を言っているかはわからない。口の動きからその機体はどうした、とかその類だろうと察しはつくものの、どうせここで喋っても向こうには届かない。デスクにあるヘッドセットを指さし、一夏がそれをつけると彼の声がクリアに届いた。

 

 

「その機体どうしたんだ?」

 

「オーメルの新作。第3世代機だよ」

 

「お前、確かもう一機持ってたよな……」

 

「うわぁ、私ってすごーい(棒」

 

「相変わらずと言うか、価値観が束さんに似てきたよな。いや、昔からか?」

 

「いや、冗談じゃないよそれ」

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「へくちっ! あぁもう、さくちんやいっくんあたりが噂してるなぁ? 束さんそんな悪巧みなんてしてないのに……」

 

 天災の手元の書類には大量の桁の数字が並び、その単位は円であったりドルであったり、ユーロであったりした。天災も金勘定をするのだ。

 その明細は……

 

 ――『IS学園の運営に関する予算案』というタイトルがついていた。

 

 

 ----------------------------------------

 

 

「ちょうどいいや。一夏くん、そこのモニタに出てるグラフ。それの値が100超えたら言って」

 

「おっけ。回していいぞ」

 

 一夏が机に掴まりながらモニターを睨む。棒グラフは縦に伸び続け、ラインを引かれた100の値をギリギリ越えないところで安定した。出力を抑えると青かったグラフは少し下がって緑に変わり、再び出力を上げると瞬間的にラインを越えて赤くなったがやがてそれにピッタリのところで安定した。

 

 

「エネルギー安定。変換効率99.64%。すげぇな、白式はせいぜい95%止まりだからなぁ」

 

「白式もそれくらい出せるな筈だよ。ただ、10を99%使い切るか100を99%使い切るかの差はあるけど」

 

「白式が悪いって意味か?」

 

「悪いってわけじゃないけど、単純に白式のブースターはパワー重視過ぎるんだよ。だからエネルギー効率が良くても元々の燃費が悪いから零落白夜も使えばあっという間にエネルギーが尽きちゃう」

 

「確かに、ダッシュ力だけなら負けねぇな」

 

「それを活かすも殺すも一夏くん次第だよ。コレ終わったら白式見てあげるから」

 

「おう。ありがとな」

 

 その後もファーストシフトまで機体を動かし続け、武装展開まで試したところで一夏の白式が変わって整備室の真ん中に鎮座した。ISスーツを持ってこなかったためにとりあえず上裸になった一夏が白式に身を預けている。

 

 

「ほほぅ。一夏くんも男らしい身体してますなぁ」

 

「マジで束さんみたいだぜ? ほら、さっさと見てくれよ」

 

「ハイハイ。ブースター回せる?」

 

「行けるぞ」

 

「ハーフで止めてみて」

 

 ステイシスのブースターとは対極的に始動時の高周波音こそすれ、エネルギー変換効率が30%を超えた辺りから甲高い音は鳴りを潜め、轟音といえるジェットエンジンのような音を響かせた。

 モニターに映るスロットル開度とエネルギー変換効率のグラフを睨みながら手元のメモに書き込んでいく櫻。一夏の方をみて手をくるくると回すと一夏はスロットルを全開にした。

 

 

「93.94か……一夏くんの言うとおりだねぇ。じゃ、一回止めて。エネルギー回路を見なおしてみよう。バイパス出来る所があれば短くするしね」

 

「ああ。俺はそういうのがさっぱりだからなぁ」

 

「少しは勉強した方がいいよ。理論だけでも身につけておけば注文もしやすいからね」

 

 そう言いながらマジックハンドを動かし天井から降りてきたマニピュレーターを操る櫻の目はモニターに釘付けだ。一夏は背中の辺りでカチャカチャと音がするくすぐったさを感じながら作業終了を待った。

 5分もするとマニピュレーターが離れ、再始動してみれば最初からブースターの吹けの良さが目についた。短時間の作業で明らかな成果を出すとは、流石。と思ったか思わなかったか、言われるがままにスロットル開度を固定すれば櫻の手元が動く。いよいよ全開。心なしか静かになったブースターに神経を使う。

 

 

「98.46。思ったより上がらなかったなぁ」

 

「それでも5%だろ? 大したもんだと思うぜ」

 

「多分全開時間が30秒は伸びるね」

 

「30秒か……」

 

「今日はここまで。本音がアリーナで後輩と遊んでるからそっちに行くよ。一夏くんはどうする?」

 

「おう、さんきゅ。俺は部屋に戻るわ。いろいろあって疲れた」

 

「ふふっ。モテ男は辛いねぇ」

 

 一夏が服を着ると2人で整備室を出た。待ち構えていたのは一夏ラヴァーズ1年筆頭(今命名)のシエラと取り巻き達。一夏は頬をひきつらせると一目散に廊下の彼方に消えた。それを追いかける数人。おそらく追いつかないだろう。残ったのはシエラと数人。彼女は櫻の目の前に立つと下から睨みを効かせるように聞いた。

 

 

「あなた、織斑先輩とはどういう関係で?」

 

「なんだろ、クラスメート? 幼なじみ……はちょっと違うな」

 

「本当に? それ以上ではないんですね?」

 

「う、うん。でも、一夏くんの回りには……」

 

「回りにはなんですか?」

 

「面倒な女の子達がいるからなぁ……」

 

「関係ありません。力でねじ伏せるまでです」

 

「なおさら諦めた方が……」

 

 櫻の忠告を最後まで聞くことなくシエラは踵を返して一夏の向かった方向に走っていった。

 

 

「あの、先輩」

 

 聞いたばかりの声の主を探すとリリィが残っていた。そそくさと櫻の下に擦り寄ると妙に近い距離で落ち着く。コレには流石の櫻も困惑気味だ。

 

 

「ど、どうしたのかな?」

 

「先輩のお名前、聞いてなかったな、って」

 

「あぁ。生徒会副会長。キルシュ・テルミドールだよ。櫻でいい」

 

「ハイっ。櫻先輩! あの、こんどお部屋を伺ってもいいですか?」

 

「別に構わないけど。どうかした?」

 

「あ、あのっ。あのっ!」

 

 俯いて拳を握りしめるリリィ。櫻はうすうす『なんか告白みたいだなぁ』などと思っていたが、『憧れの先輩をご飯に誘っちゃうやつ? うわぁ、漫画みたいだなぁ』と幸せな妄想を頭の片隅で繰り広げていた。

 

 

「私と付き合ってくださいっ!」

 

「ファッ!?」

 

 素で変な声が出た。このシチュエーション的に後者である可能性は限りなく低いと考えていいだろう。一夏みたいな朴念仁ではないと自負している以上、それくらいは心得ているつもりだ。

 

 

「えっと、それはご飯とかではなく?」

 

 小さく頷くリリィ。小柄な彼女はどことなく犬っぽい。

 

 

「えっと、そ、そうだなぁ。私はそういう気は無いし…… ま、まずはお友達からね?」

 

「はいぃ……」

 

 小さい体がさらに小さく感じるほどに縮こまったリリィの手を取り、櫻はアリーナに向かった。




久しぶりに書いたら5800文字。


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ネタは計画的に

 5月に入ると1年生は間近に迫ったクラス対抗戦に向かって徐々にテンションが上がっていくようで、心なしか放課後のアリーナで練習に励む生徒が増えている。そんな中、一際異彩を放つ真っ白い鋭角フォルムのアリシアが学園訓練機のラファールをリードしている。その上ではピンクシルバーのフルスキンで悪目立ちする白鍵が薄紫のヘル・ハウンドを相手に射撃演習を行っていた。

 ラファールを操るのは1年のリリィ。アルゼンチンの出身で、後から聞けば入試をかなり上位のスコアで通ってきたらしい。だが、実技の方は『まぁ、乗れる?』くらいの域を出ず、座学と実技を総合的に見れば"普通"の子だった。

 そして上空で模擬弾をばら撒いているのはアメリカの代表候補生、アメリア。候補生の名は伊達ではなく、しっかりとした基礎技術に裏打ちされたオールラウンドに対応する実力の持ち主だった。だが、一戦交えた本音に言わせれば「しゃるるんと同じ器用貧乏タイプかなぁ?」だそうで、本人も思うところがあったのか、今はひたすらに射撃に取り組んでいる。先輩2人(ダリル/フォルテ)がどちらかと言えば近距離を主体に戦うタイプだと言うのもありそうだ。

 

 

「そそ! そのままこっちに歩いてみて。授業でやったとおりにね」

 

「こ、こうですかぁ!?」

 

 生まれたての子鹿ではないが、スムーズとはいえない足取りで歩みを進めるリリィ。決して出来ないわけではなさそうだった。

 その後もアリーナの閉館時間まで練習を続けたリリィはある程度思い通りに飛べるようにはなり、本人も自身がついたのか最後にはくるりと宙返りをして満足気であった。

 一方の本音とアメリアはと言えば……

 

 

「甘いよ~ シュークリームみたいに狙いが甘々だよ~」

 

「ナニが悪いのかわかりませんヨ! シショー!」

 

「飛び道具は相手の動きを予想して撃たないと~」

 

「わかってマスガッ! 速っ!」

 

 第3世代を凌駕する性能にはついていけないようだ。曰く、「授業で撃った的が止まっているように見えマース!」だそうで、練習の成果が目にも現れたようだ。本音は「シショー!」と呼ばれて満更でもないようで、アメリアとの訓練がある日は機嫌が良くなるのだった。

 

 2年生はといえば、1年間ありとあらゆる騒ぎに巻き込まれて精神的に強くなったのか、はたまたクラス対抗戦にいい思い出が無いからか、1年ほどの騒ぎにはならずにいた。パイロットコースの1組からは2年連続で一夏が選出。2組にはクラス替えで別れたラヴァーズが一人、セシリアが選ばれた。整備科はパイロットコースから『クラス代表代理』と言う形で選出できるということで、整備課に行きたくてもお国の事情で行けなかった簪とマスコットとして選ばれたラウラが3組、4組の看板を背負うことになった。ちなみに、櫻と本音は整備課である3組所属なのだが、さすがにチート過ぎる。ということと、スカウトのお仕事をしたかった櫻の頼みから簪が引き受けた経緯があった。

 もう気心知れた仲というより、普段から模擬戦を繰り返すほどなので実際なにか特別なことといった雰囲気が薄いのが現実なのか、4人は特に気負うこともなくいつもどおりにおしゃべりをし、いつもどおりに模擬戦をしたりと特に変わりない時間をすごしていた。

 

 

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 そしてやってきたクラス対抗戦当日。今日はスーツでビシッと決め、首から企業連のネームタグを下げた2人はいつもどおりにHRに出席した後、1年の試合が行われるアリーナに移動した。2年も3年も友人や顔見知りばかりがクラス代表に選任されたお陰で(?)とくに見る必要もないため、1年生を見るのは必然と言えた。

 今年の1年は自分たちの代のように専用機天国というわけではなさそうで、専用機持ちが代表になったのはアメリアの2組とドイツの代表候補生、ニーナ有する3組だった。そのドイツの候補生、やはりというべきかラウラの元部下、それもかなり懐かれていたらしく、それがラウラの除籍によって一気に関係が変わってしまったのは言うまでもない。今では彼女が数人しか居ないドイツの候補生、その中でも専用機を与えられた2人の1人なのだからその実力は十二分だろう。

 それを事前情報として知っていた櫻はラウラの除籍の裏で動いた人間として複雑な顔をしつつも1組のスウェーデンの代表候補生をあっさりと打ち破った彼女を見て評価表を埋めていった。少し緑がかった黒い髪を肩のあたりで揃え、シュヴァルツェハーゼのシンボルと言っていい眼帯で左目を覆われた顔は大人びて見えた。

 

 

「胸は小さいね」

 

「はぁ…… どこ見てるの?」

 

「ラウラの後輩ちゃんでしょ? 発育チェックを、と」

 

「らうらうに比べれば大きいかなぁ? 機体のチェックは終わったよ~。公開情報通りのレーゲン型の改良モデルだね~」

 

「スウェーデンの娘も良い身体してたなぁ。THE.北欧娘、みたいでさ」

 

「さくさくが変態さんだよ~」

 

 櫻の書いた表の余白には胸の大きさの欄が書き足され、[Deutsch:A][Sverige:C]とメモされていた。ちなみにラウラはAA+である。

 一方の本音の表には機体関連の項目が並び、関節数、ブースター数はもちろん、目安装甲厚、固定装備、などなど、数十項目をびっしりと埋められたチェックシートを隠すようにバッグにしまうと双眼鏡を取り出した。

 

 

「次はりありあだね~」

 

「あの娘どんな感じ?」

 

「う~ん、銃の扱いはもともと上手だったからそこら辺の候補生よりちょっと上手い、くらいじゃないかな~?」

 

「辛口評価ですなぁ」

 

「せっしーとかはもともと上手だったし、そういう人が相手だと分が悪いかなぁ」

 

「なるほどね。セシリアは、と言うよりイギリスは特別だからなぁ。イギリスとドイツの銃器に対する情熱の注ぎ方は時々異常だよ」

 

「さくさくが言う?」

 

 本音はそう言うが、櫻としては自分で作ったトンデモ飛び道具は破壊天使砲くらいしか無いと自負しているため、少しばかり意外な顔をすると、本音がこりゃだめだ、と言う顔で肩をすくめた。

 10分ほどの休憩を挟んで第2試合、1組対4組、4組代表はロシアの代表候補生。水色のISスーツがカワイイな、と少し思った。

 

 

「胸はC?いや、Dはあるな……」

 

「りありあの機体は知ってるからいいよね~。師匠として負けは許さないぞ~!」

 

 ブザーと共に飛び出した2機。アメリアは本音の教え通りにブザーと共に武器を展開、物理ブレードを選ぶと即座にスピードを載せて横薙ぎに斬りかかった。

 だが、相手も同じ候補生、そんな簡単に一撃当てられるはずもなく、鋭い金属音を響かせてその力を逃して体勢を立て直した。スピードをそのままに距離を置いたアメリアはすぐさまマシンガンを選択。高密度の弾幕を形成していく。

 

 

「さっきみたいに一方的な展開じゃなくてよかったよ」

 

「ね~。去年のらうらうを見てるみたいでちょっと嫌だったかなぁ」

 

「まぁ、ソレがドイツのスタイルなんだろうね。機体のスペック差があるなら押しきれるし」

 

「手加減されるのもソレはソレで嫌だけど、あそこまでコテンパンにされちゃうと心折れるよ~」

 

 ニーナのバトルスタイルは火力に物を言わせた瞬間制圧。2門のレールガンや6本のワイヤーブレードはもちろん、非固定浮遊部位(アンロックユニット)として様々な武装を選択できるようなのだ。先の試合ではチェーンガンを追加し、両手に持ったライフルと合わせて濃密な弾幕で圧倒していた。

 一方のアメリアは機体が第2世代と言うこともあり、火力で圧倒というスタイルは取れない。ならば、実力で削り倒すしかないのが世の常だ。相手は同じ第2世代を操る候補生、実力は均衡している。

 

 

「場面に応じた武器の選び方はさすがだねぇ。それに展開収納も早い。立派立派」

 

「へへん!」

 

 本音がわざとらしいドヤ顔で腰に手を当て胸を張る。コレが一夏ならば殴っているところだが、本音がやるとこうも可愛くなるのかと櫻の目尻は自然と下がっていた。

 その一方で試合はと言えば互いに近距離でブレードを振り回したかと思えばアリーナの端と端で撃ち合うなど観客を飽きさせない終始安定しない試合展開だった。互いにシールドエネルギーをジリジリと削り合う戦いは時間切れで幕を下ろしたのだ。

 結果、アメリアが勝利、だが、その顔は浮かなかった。

 

 

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 各学年の決勝は一番広い第1アリーナにて行われる。すっかり日も傾いてオレンジ色の空が広がる学園で各学年のデザートフリーパスを賭けた戦いが決着するのだ。さらに今年は各学年の優勝者による三つ巴のエキシビジョンまで用意されているのだから各国の技術者たちは他国の技術を盗めるだけ盗もうと躍起になっている。

 ここまでの結果をおさらいすると、1年は1組、アメリア対3組、ニーナ。2年は2組、セシリア対4組、ラウラ。3年は1組、楯無対2組フォルテと言う具合になった。やはり、と言うべきか3年は整備課のクラス代表代理では国家代表や候補生には勝てなくなるほどの差が生まれてしまうようだ。専用機持ちがやたらと多い2年は普段の模擬戦と同じくセシリアが一夏を破り、ラウラが簪を下しての決勝だ。2年の中ではトップクラスの勝率を誇るラウラが勝つ、との見方が2年では優勢だ。

 

 

「始まるね~」

 

「なんとなく誰が勝つか予想出来てしまうのが悲しいね」

 

「それは言っちゃダメだよ~。せっしーもらうらうに勝てないこともないし、おじょうさまも負けちゃうかもしれないんだから」

 

「勝負は時の運ってやつかねぇ」

 

「そうだよ~!」

 

 1年決勝。予想はできていたがニーナが開幕早々レールガンをぶっ放し、アメリアが弾丸を物理ブレードでぶった切ると言う超人芸で幕を上げた1年決勝。最初の芸当で意表を突かれたニーナがアメリアに序盤のリードを許すも勝利。だが、アメリアがレールガンの弾丸を斬り落としたのが最初だけでなく最後の一撃も2発の弾丸をブレードに当て、刃が折れたところでアメリアは両手を上げたのだ。その時すでに両者のシールドエネルギーは枯渇寸前でなかなか接近した試合になった。

 試合後のインタビューでニーナはアメリアの芸当を讃え、是非部下に欲しい、とどこかの元少佐殿(ラウラ)のようなことを言っていた。一方のアメリアはピットに戻り、ISを量子化すると同時に倒れてしまったそうだ。極度の集中とプレッシャーによる疲労が大きいとのことで、彼女がこの試合にどれだけの力を注いだかがはっきりとわかった。

 2年決勝はセシリアとラウラの射撃対戦。ブザーと同時に両者後退、壁際から互いに繰り出す精密射撃は圧巻の一言。さすがに弾丸とレーザーがぶつかるなんてことは起こらなかったものの、試合時間20分を使い切る白熱した戦いになった。それも面白いことに両者のシールドエネルギー残量は1桁まで同じ、試合は引き分けに終わるという前代未聞の事態が起こったが、試合後の2人はどちらもスッキリとした顔で握手を交わした。

 3年決勝はアメリカのイージスが片割れ、フォルテとロシアの現代表楯無の一戦。イーリス・コーリング直伝の個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)でのヒットアンドアウェイに徹したフォルテでも楯無のヴェールは破れなかった。最後はクリアパッションによる爆発で美しく決めた楯無が対フォルテ戦15連勝を飾った。

 

 

「さてさて、おねーさんの出番かね」

 

「おじょうさまみたいな事言わないでよ~。あんまりめちゃくちゃにしちゃダメだよ?」

 

「ハイハイ。コレはあくまでもデモンストレーション!」

 

 30分の休憩を挟んで生徒会主催、学年対抗戦が行われる。もちろん、10月に行われる学年対抗トーナメントとは別物で、あくまでも新入生のモチベーション向上の糧になれば、各々の能力を高めるヒントになれば、という理由なのは言うまでもない。そして、生徒会主催ということはクドいくらいに押し付けられたラスボスが今回もまた登場するということだ。ある意味で恒例行事となっているコレはすでに2年3年は「どうせ櫻が来て場を荒らして帰る」とすでに催しの1部としてカウントしているのだからもう諦めがつく。

 ピットに飛び込むと簪がミステリアス・レイディのメンテナンスをしているところで、櫻に気づくと「ラスボスの登場」と眩しい笑みで迎えられた。

 

 

「楯無先輩は?」

 

「黛先輩に捕まってどっか行っちゃった。『簪ちゃんお願い!』って機体丸投げで」

 

「一応国家機密の塊だよねぇ?」

 

「私は日本の候補生……」

 

「楯無先輩、意識が低いのか簪ちゃんに甘いのか……」

 

「最近のお姉ちゃん、ちょっとしつこい」

 

「本人の前で言っちゃダメだよ? 多分1ヶ月は引きこもるか仕事しなくなるから」

 

「わかってる。お姉ちゃんなりの愛情表現だから」

 

 コレが終わったら手伝う。と言う簪の後ろでスーツを脱ぐと持ってきた純白のISスーツに着替える。櫻が持つ白いISスーツは実は2種類あり、アリシア用は光沢が少なく、ノブリス・オブリージュ用は光沢がある繊維を使っているのだ。なので実際に見ると結構目に痛い。ノブリス・オブリージュを展開するとピットの機器と接続。細かいチェックを進めていく。

 

 

「相変わらず眩しいね」

 

「いや、簪ちゃん、それは……」

 

「何か?」

 

 メガネに代わりサングラスを掛けた簪が櫻の隣でホロキーボードを叩く。その姿があまりにもおかしく、櫻はこっそりとハイパーセンサーで記録を取ると自室のサーバーに保存した。エアの抜ける音を立ててドアが開くと少し疲れた様子の楯無が入ってきて、そして廊下に戻った。

 

 

「くくっ。むふっ!」

 

「もう、真面目に考えた結果なんだよ?」

 

「それでも、クヒヒッ。似合わなすぎて…… むふふっ!」

 

 廊下の楯無は息を整えると再度覚悟を決めて扉を開いた。そして変顔で待ち構える簪withグラサンと目があった。

 

 

「ふふっ、くふふっ。フヒッ!」

 

 いきなり笑いなのか呼吸が乱れたのかよくわからない音を立てて腹をかかえる楯無。慌ててサングラスを外した簪が駆け寄ると背中をさする。

 ISから降りられない櫻もハイパーセンサーで後ろを見ていたため、一部始終を見ていた。更に言えば変顔をした簪と目があった瞬間の「簪ちゃんがこんなことをっ!」を体現した顔も記録、保存済だ。だが、いきなり腹を抱えて崩れ落ちられると話は変わってくる。

 

 

「お姉ちゃん大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

 

「楯無先輩、顔引きつってます」

 

「はい、お姉ちゃん。むにむに」

 

「ん…むにゅむにゅ」

 

 簪に頬をむにむにされ、満更でもなさそうな顔で情けない声をだす楯無。簪も楯無の扱いを心得たようだ。

 しばらく簪にされるがままになると妹パワーでステータスを120%まで引き上げた楯無が逆に簪をむにむにし始めたので櫻はだま~ってノブリス・オブリージュのソフトチェックを進めるのだった。

 

 ----------------------------------------

 

 

「じゃ、行ってくるわ!」

 

「頑張ってね」

 

 時間になり、楯無がピットを飛び出すと反対側からもニーナとセシリアとラウラが出てきた。3人がアリーナ中央で広がるとカウントダウンが始まり、そして、ブザーが響いた。

 やはり真っ先に狙われるのは楯無で、セシリアのブルーティアーズ、そしてニーナとラウラのレールガン5門、それぞれの手持ち武器による嵐が楯無を襲った。だが、楯無も伊達に学園最強を名乗ってはおらず、ヴェールで減速、跳弾、拡散、屈折とあらゆる方法で弾幕を無効化していく。時折ガトリングで牽制し弾幕を薄くするとその隙間に飛び込む形ですれ違いざまの一撃を当てていく。そして早くもニーナのシールドエネルギーが2/3を切ったところで櫻が飛び出した。

 純白のマントで機体を隠し、白い鎧のようなヘッドパーツで頭を隠し、金色のバイザーで隠れた目元。唯一表情が読み取れる口元は下弦の月の如く歪んでいた。

 

 セシリアとラウラは櫻の登場と同時に攻撃をやめ、ニーナは攻撃をやめた2人を不審に思いつつ楯無への攻撃を続行。そしてレールガンの一撃を防がれたところで楯無の目線が上に向かっていることに気がついた。

 予定調和的ラスボスに湧くアリーナ。もはや生徒会にはラスボス()ありきなのかもしれない。そしてアリーナ上空で機体を止めると3人を見下ろした。

 2年3年は白=ノブリス・オブリージュ=櫻の図式を去年いやというほど頭に叩きこまれているためか、遅いラスボスの登場に沸き立つばかり。その一方で1年は突然アリーナに乱入してきた純白の機体に驚きを隠せないのか、静まり返っている。

 

 

「えっ……?」

 

 突然の出来事にただ呆然と空を見上げるニーナ。だが、すぐさまラウラの叱咤が飛び、意識を現実に引き戻された。

 

 

「立ち止まるな! 死ぬぞ!」

 

「はっ、えっ!? Ja! Frau!」

 

 混乱覚めあらぬグルグルとした感覚の中、ただ一人空に浮かぶ純白の敵を穿つ。時折視界に映る赤い光は先輩だろうか?そんなこともいまいちなままひたすらに引き金を引き続けた。

 

 

「あ、当たらない……」

 

 カチン、と音を立て薬莢を吐き出すことを放棄したライフルがニーナの手元から抜け落ち、量子化する前に地面に落ちた。

 ただ音のない世界。目の前の"白い悪魔"はその場から動くことなく不敵な笑みをニーナに向け続ける。

 

 

「落ち着け! ウィルケ少尉!」

 

「はいぃっ!」

 

「敵は目の前だ。落ち着け」

 

 そっとニーナの隣に機体を付けたラウラは自身のライフルを手渡すと無理やりソレを白い悪魔に向けた。

 ラウラに手を添えられ、振るえる心を鎮めていく。

 

 

「大丈夫だ。今のお前にはシュヴァルツェハーゼの仲間たちがついている。自信を持て少尉」

 

「隊長……」

 

「大丈夫だ。君の弾丸は当たる」

 

 予想外の事態に内心大慌ての櫻は笑みを消さずにセシリアにプライベートを繋いだ。

 

 

『えっと、これは一体……』

 

『知りませんわ。櫻さんが彼女のトラウマを燻らせたのではなくて?』

 

『そりゃ、見ればわかるけどさ。私ってそんな怖い?』

 

『歓声が止んだ事がすべてを表してますわ。幾らラスボスキャラといえどやり過ぎです。軍人を怯えさせるほどの殺気を放ってますわ』

 

『えっと、うん。反省してる』

 

 白い悪魔の笑みが少し硬くなったことをラウラは見逃さず、セシリアや楯無と手短に要件を伝えるとアイコンタクト。すると2人は後ろで銃を、槍を悪魔に向けた。

 

 

「やれるか、少尉?」

 

「やります、隊長!」

 

 手元にあるのはただのライフル1丁。だが、今はこんな武器が何よりも心強く感じた。そしてニーナは引き金を引く。

 もちろん、ただのライフルでダメージを通せるわけもなく、悪魔の纏うマントに穴を開けただけだった。悪魔はなおも笑う。銃を構えるニーナを、嗤う。

 

 

「クククッ」

 

「嫌だぁ……」

 

「大丈夫だ。私が、仲間がついている」

 

「ハッハッハッ! アマリチョウシニノルナヨ、コムスメドモ。イマカラオマエラニ、ホンモノノチカラヲミセテヤル」

 

「(櫻、やり過ぎだ……)」

 

「(櫻ちゃん、ラスボスが板についてきたわね……)」

 

「(やり過ぎ、と言いましたのに……)」

 

「ひっ!」

 

 白い悪魔はそのマントを投げ捨てると意味ありげに手を広げた。すると悪魔の背中に光が集まり、やがて翼を型取り始める。

 

 

「サァ、ハジメヨウカァ!」

 

 突然のエネルギー弾の弾幕。ラウラはニーナを抱えてその場を離脱。セシリアと楯無も回避したようだ。なおも悪魔は嗤う。翼を羽撃かせ、光が収束していく。

 だが、突然の爆発で悪魔は体制を崩し堕ちていく。それを追うのは銀の騎士。

 

 

「布仏!?」

 

「布仏さん!?」

 

「本音ちゃん!?」

 

 三者三様の驚嘆で迎えられた本音は両肩に大型のグレネードカノンを担ぎ、その手には白く輝く刃があった。

 姿勢を立て直した悪魔をさらに2発のグレネードが襲う。先ほどまでの威圧感は爆風で飛んでいったようだ。ニーナの身体は軽い。

 

 

「いやっ、ちょっ、ほんn!?」

 

 そんな声が聞こえた気がしたが銀の騎士の攻撃はやまない。あっという間に悪魔のマウントポジションを取ると左手のパイルバンカーを悪魔の真横の地面に叩きつけ、一発。

 地面が大きくえぐれ、そしてブースターの音だけが響いた。

 

 

「あんまりめちゃくちゃにしちゃ、ダメダヨ?」

 

 あっという間に組み敷かれた悪魔。だが、その手に黒いモノが握られているのをニーナは見てしまった。

 騎士が立ち上がろうとした、その瞬間、叫び声がアリーナに響き渡る。

 

 

Ritter Vermeiden!(避けて!騎士様!)

 

 騎士がとっさに身を翻すと次の瞬間には悪魔は力尽き、地に伏していた。正直、これはお遊戯だ。ニーナもわかってくれると思っていた。だが、現実は彼女の奥にあった恐怖を駆り立て、現在に至る。

 

 

「櫻!」

 

 ラウラがとっさに櫻の下に飛ぶ。セシリアと楯無も続き、騎士もまた、悪魔を心配するように隣で屈んでいた。

 再び理解が追いつかなくなるニーナ。先ほどまで敵として目の前に居た白い悪魔は一体なんだったのか。てっきり昨年のように外部からの侵入者が来たのではないか。そう思っていたのにいまは尊敬する隊長。そして先輩が、悪魔を墜とした騎士が、心配し、寄り添っている。

 

 

「隊長……」

 

「ウィルケ少尉!」

 

「はいっ!」

 

 呼びかけに答えたラウラは軍に居た時よりもずっと柔らかく、怖い顔をしていた。そして、ニーナは悟った。どうして観客が逃げなかったのか。どうして3人があんなに落ち着いていたのか。どうしてマントを取るまで一切攻撃してこなかったのか。

 

 

「あいつの正体がわかるか?」

 

「いえっ、知りません!」

 

「やはりか…… 自業自得だな、櫻」

 

「櫻ちゃん、ガチで殺気振りまくのはやり過ぎよ。私もちょっとかばいきれないかも」

 

「だから言いましたのに……」

 

 そして、悪魔の持っていた黒いもの。それはグレネードやそのたぐいのものではなく、ただの変声機だった。もちろん、すべて調子に乗った櫻が悪いことであり、責任は無いとラウラはニーナに説いたが、担架に載せられた悪魔の中身()はボロボロで、ISスーツも煤けて所々が裂けていた。

 

 

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 ISの絶対防御は絶対ではない。こうしていうと矛盾しているようだが、事実だ。絶対防御があれば攻撃が「通る」ことはない。たとえレールガンに撃たれようと、至近距離でグレネードカノンをぶっ放されようと、絶対に「通ら」ない。

 だが、絶対防御が絶対ではない理由は、衝撃は「通る」からだ。防弾チョッキと同じで、弾丸の貫通は止めることが出来ても、衝撃まで無くすことは出来ない。それが絶対防御が絶対ではない所以だ。

 例外として、絶対防御の限界を超えるエネルギー量を持つ攻撃は絶対防御を「通って」しまうが、そのエネルギー量は第3世代機が内包できる量の10倍以上と言われている。

 そして、昨日のクラス対抗戦の余興、生徒会主催、学年対抗戦で調子に乗って1年生からレールガンで撃たれた櫻は現在絶賛入院中だ。無論、学園内だが。

 脇腹に直撃を受けた櫻は肋骨を数本と内蔵に大きなダメージを受けた。不意打ちというのもあり、しっかりと衝撃を逃がすことが出来なかったのも悪化させた理由の一つだ。

 

 

「だからめちゃくちゃにしちゃダメって言ったのに~。はい、あ~ん」

 

「いや、マジ、反省してます。あ~ん」

 

 本音に卵粥を食べさせられながらゆるゆるとお説教をされる櫻。脳裏によぎるのはNOHOHONの姿だ。アレこそ実際の悪魔であり、畏怖すべき存在だろう。

 

 

「あの後らうらうにニーナちゃんの事聞いたんだ~。小さいころ、宗教がらみで家族を殺されちゃった事があったんだって~」

 

「それが白い悪魔だったと……」

 

「トラウマをおもいっきり抉っちゃったね~。モウシナイデネ?」

 

「ハイ、モチロンデス」

 

「よろし~。はい、あ~ん」

 

 

 日も傾き、本音がおやつを差し入れに来てからしばらく。病室の扉をノックする音で教科書から意識を戻すと客人を呼び入れる。入ってきたのは軍服に身を包んだ長身の女性。

 どこかで見た記憶があるような気がして、少し悩んでいるうちに彼女がベッドの脇でそっと敬礼した。

 

 

「ドイツ軍IS特殊部隊、シュヴァルツェハーゼ隊隊長、クラリッサ・ハルフォーフ少佐です。お怪我の具合はよろしいでしょうか?」

 

「肋を2~3本やられたみたい――」

 

「お前、大丈夫か!?」

 

「うっ!?」

 

 いきなり肩を捕まれ揺さぶられ、色々とヤバい櫻。このドイツ人、殺しに来てるか。と思った時にふと肩を放された。

 

 

「も、申し訳ありません! つい、動いてしまいまして!」

 

「ヤバいかも……。とりあえず、1週間くらい寝てれば大丈夫だから……」

 

「申し訳ありません!」

 

「いやいや。大丈夫だから、ね。頭下げないで」

 

 手をブンブンと振りながら(おそらく)自分よりも年上の女性、しかも少佐殿が頭を下げるのを止める。

 彼女にも責任とか義理とかがあるのだろう。その後もしばらく頭を下げ続け、2人目の客が扉をノックするまで頭を下げ続けた。

 

 

「どうぞ」

 

「櫻、具合……は……?」

 

 入ってきたのは我らがマスコット、ラウラ。そして傍らにはニーナもいる。そして私の傍にはクラリッサ。修羅場である。

 

 

「クラリッサ……」

 

「隊長、あの、えっと。これは……!」

 

「クラスメートがお見舞いに来ることになんの疑問がありますか? ウィルケ少尉、変な気遣いは無用です」

 

 ニーナは小さくなってラウラの後ろに隠れてしまった。だが、それでもはみ出してる辺りちっちゃいラウラかわいい。

 と、いってる余裕はなく絶賛修羅場中である。特にクラリッサ少佐とラウラの間の空気がヤバい。飛んできた虫も気を失うレベル。

 

 

「クラリッサ」「隊長」

 

「いや、先に言え」

 

「隊長が、どうぞ」

 

「私はもうお前らの上官ではない。年上に譲るのが自然だ」

 

「隊長、いえ、ラウラ? あなたが軍を逃げたというのは本当ですか?」

 

 名前で呼び慣れないのか、少し不自然な感じが今までの2人の関係を物語るようだ。更に言えば、クラリッサの言葉もとんでもないものだった。

 ラウラが軍から逃げる? そんなまさか。VTシステムの存在を表沙汰にしないためのスケープゴートだったはずだ。

 

 

「そうか。私が、なぁ……」

 

 悲しいな。慕ってくれていた部下にそんな心配をさせるなんて。そう言ってラウラはクラリッサに座るよう勧め、自分も適当な椅子を引っ張ってきて座った。ニーナは後ろで立ちっぱなしだ。少し可愛そうだったので手振りで座るように勧めると首を振られてしまった。

 

 

「クラリッサ、お前は私が一体どうした、どうなったと聞いている?」

 

「隊長は学園での機体暴走に際してレーゲンに恐怖を覚え、ISから離れた、と。そしてデータを欲していたローゼンタールに逃げ込んだとも」

 

「なるほどな。櫻、あの時のデータを呼び出せるか?」

 

「部屋のサーバーに入れっぱだから行ける。ちょっと待ってね」

 

 隊長、と呼ばれて苦笑いしたラウラに言われ、膝元に転がるタブレットからデータセンターを呼び出すとラウラにまつわるデータを一覧表示させてからクラリッサに渡した。

 目を通していくとその表情が変わっていく。おそらく自分たちの下にこなかった情報ばかりなのだろう。

 

 

「テルミドールさん、コレは?」

 

「信じるか信じないかはあなた次第ですが、私はその情報を元にラウラをローゼンタールに入れたつもりです」

 

「私は軍から逃げたつもりなど一切ない。逆に言えば軍が私を捨てたのだ。そこを拾ってくれたのが彼女であり、紫苑さんだ」

 

「なるほど。信じましょう、隊長を。テルミドールさんを」

 

 だから隊長ではない。と言うラウラを優しげな目でみるクラリッサは年上のお姉さん。といった余裕があり、とても立派に見えた。こんな突拍子もない話を受け止め、そして怪しい方を信じてくれた。国に忠義を尽くす軍人としては褒められたものではないが、仲間を重んじるシュヴァルツェハーゼならば、こっちが褒められるのかもわからない。確か以前に見た情報ではクラリッサはラウラの副官、階級もひとつ低かったはず。ラウラの穴埋めのために昇格したのだろう。ラウラも彼女の階級章に目をつけた。

 

 

「そういえば、昇進したのか」

 

「はい。隊長の、いえ、ラウラの後を継ぐために。今は私が隊長です」

 

「まぁ、私は隊長らしいことはほとんどしてなかったがな。クラリッサがそのまま隊長に就いてくれたのなら、安心だな」

 

「ありがとうございます。それで、隊……ラウラの話とは?」

 

「いや、もういい。私の聞きたかった答えは聞けた。私は自慢の部下を持ったよ」

 

 いや、お前退役軍人のおっさんみたいなこと言ってるけどまだ17にもなってないだろ。とか思いつつも旧友の中に割って入るわけにもいかず、ただ黙って2人を見守る。そして、ラウラはなにか思い立ったように頭の後ろに手を回すとおもむろに眼帯を外した。

 

 

「そうだ。コレをもらってくれないか?」

 

「どうして、それに目は……!」

 

「大丈夫だ。私も鍛錬を怠っていたわけではない、ある程度制御できるさ。コレを、大切な部下であり、姉であるお前に、受け取って欲しい」

 

「はい。大切にします、ラウラ」

 

「クラリッサぁ……」

 

 そっと自分のつけていた眼帯を外し、ラウラから受け取ったものに代えると涙目になったラウラを抱き寄せてそっと頭を撫でた。これだけ見れば本当に仲の良い姉妹のようだ。だが、それを許さない"姉"がここにはいる。

 

 

「櫻さま、お体の…… クラリッサ・ハルフォーフ」

 

「誰だ。その目……!」

 

 クロエのドスの聞いた声で和やかだった空気がまた一気に修羅場に。櫻は泣きそうである。それはニーナも同じだったようで再び涙目だ。まぁ、あの目で睨まれれば免疫のない人間は泣きたくもなる。

 

 

「姉さまっ!?」

 

「ラウラのお姉ちゃんは私だけで十分です。あなたはお呼びではありませんよ。クラリッサ・ハルフォーフ」

 

「プロトタイプ……!」

 

 それはラウラの赴任するずっと前から隊に居たからこそ知り得たこと。ラウラの前にも何人ものクローンがシュヴァルツェハーゼに入り、そして命を散らせていった。

 クロエもその一人。人間として機能することがわかるとまずISに乗るためシュヴァルツェハーゼに入れられた。そこではまだ人間ではあるが"人"ではない。その同時期に隊に居たのがクラリッサだった。

 

 

「今はクロエ・クロニクル。立派な人ですよ。あなたも十二分な地位になったようですね」

 

「死にぞこないが、どうしてノコノコと……」

 

「クラリッサ! やめてくれ、姉さまは、姉さまは!」

 

「ラウラ、あの死にぞこないがなにを吹き込んだかは知りません。ですが、奴は死んでいるはず、今ここで始末を!」

 

 腰から銃を抜こうとしたクラリッサをラウラが無理やり抑えこむ。だが、体格の差は覆せずクラリッサはクロエに銃を向けた。そのクロエは未だに飄々とした顔で黒色の瞳にクラリッサを映し出す。

 

 

「そこまでです!」

 

「櫻ぁ!」

 

「テルミドールさん、邪魔です。怪我しますよ」

 

「一応彼女も身内なので殺されると非常に困るんです」

 

 ベッドに立ち、クラリッサの首に手を回して耳元でささやく。そしてクロエが心底見下すようにして言葉を吐き出す。

 

 

「あなた方は本当に何も知らないんですね。かわいそうなほどに」

 

「貴様ぁ!」

 

「うごっ」

 

 首に手を回したままの櫻がそのまま引っ張られ、薄ピンクの血を吐く。それはクラリッサの軍服を汚し、現実に引き戻させるには十分だった。

 今の病室には泣きながらクラリッサに縋りつくラウラ、そしてクラリッサに身を預けて血を吐く櫻、そんなクラリッサを底冷えするような冷たい目で見つめるクロエと、この混沌とした状況でどうしていいかわからずにあたふたとするニーナがいた。

 

 

「申し訳ありません。ラウラ、大丈夫ですよ。いまは彼女を」

 

「クラリッサ、本当だな?」

 

「はい。私はあなたの副官です。なんなりと」

 

「この騒ぎは何だ!」

 

 そして騒ぎを聞きつけた千冬が部屋にやってきて事態は収束に向かう。ニーナからすべての事情を聞くと櫻をベッドに寝かせ、ニーナとクロエに任せるとラウラとクラリッサを連れて出て行った。

 白いペンキをこぼしたような軍服を来た軍人は悪目立ちするようで、同じように血を浴び、髪が少し白くなったラウラと揃って近づいてはならないと本能に呼びかける異様な雰囲気を発していた。もっとも、一番はそんな2人を引きずる千冬なのだが……

 

 数時間するとジャージ姿のラウラとジャケットを脱いでシャツとスカートのみのクラリッサが病室に戻ってきた。クロエが視界に入ったのか一瞬険悪な顔をしたものの、一度も目を合わせることなくベッドの横までやってきた。

 

 

「テルミドールさん、先程は申し訳ありませんでした。私どもでできることは何でも……」

 

「櫻、大丈夫か? また死ぬようなことは無いよな?」

 

「また?」

 

 クラリッサが怪訝な顔をするものの、櫻は青白い顔で精一杯の作り笑顔をして答える。腕に刺された点滴のチューブが痛々しい。

 

 

「大丈夫。ナノマシンの仕事を増やせば、なんとか」

 

「やめてくれ、これ以上人をやめないでくれ!」

 

「別にナノマシンを増やすわけじゃないよ。でも、人工血液の補充は必要かも……」

 

「ナノマシン? 人工血液? テルミドールさん、あなたは一体……?」

 

「私、一度生死の境をさまよってまして、神経系をナノマシンで補ってるんですよ。それに、ラウラの頼みだと重みが違うでしょ?」

 

 現代の医療ではナノマシンを使うことは何ら不思議ではない。だが、それに使うナノマシンは一定期間が過ぎると自滅を始めるものだ。櫻のように一生身体の中でナノマシンを飼い続けることは医療では禁忌。国によっては法に触れることもある。よって身体の中でナノマシンを飼う人間はそれなりのバックがあり、そのために何かしらを捨てているものなのだ。

 

 

「あぁ、申し訳ありません」

 

「いえ、気になさらず。クロエには嫉妬しないように言い聞かせましたので」

 

「とんでもない。私が彼女の姉になろうなど、おこがましいことだったのです」

 

「クラリッサ、私の姉になるのは、嫌か?」

 

「そ、そんな、嫌というわけでは……」

 

 クロエのジト目を受けつつ、どちらに転んでも地獄のクラリッサ。ここでノーと言えばクロエが、イェスと言えばラウラが機嫌を損ねる。

 更に言えば千冬の救いが求められる可能性は低い。高難易度ミッションである。

 

 

「確かにラウラに姉と慕われるのは嬉しいです。だが、プロトタイプが今はいるでしょう?」

 

「姉さまは姉さまだ。クラリッサはそうだな……お姉ちゃん?」

 

 ブフォッ、とクロエが鼻血を吹いて倒れる。止めろ、お前まで失血で倒れたらどうする。プロトタイプと呼ばれたことよりもラウラの口から「お姉ちゃん」という単語が出たほうがクロエには一大事だったようだ。クラリッサはクラリッサで鋼の心を持っているようで、ラウラの愛くるしい天然ボケに表情を緩ませることなく毅然と対応していた。

 

 

「そうですか。私はラウラのお姉ちゃんですか……」

 

「あ、ヤバ。意識飛ぶ……」

 

「えっ、櫻!? 櫻ぁ!」

 

 クロエが櫻の体内の血液量を計測していたはずだが、そのクロエが倒れた今、櫻はノブリス・オブリージュを使って自身のモニタリングを行っていたが、ついに血液の10%が逃げ出した。1/3が死亡ラインと言われる中でよくここまで意識を保っていたものだ。

 いや、今まで失血が抑えられていたのは櫻のナノマシンが造血を補助していたからかもしれない。だが、今日は散々暴れて出血が造血量を大幅に超えたのだろう。今頃クレイドルでは櫻のバイタルがアラートを発して束が慌てている頃だ。

 

 

「ラウラ、彼女の血は?」

 

「人工血液だ……」

 

「クソっ。ニーナ!」

 

「はい!」

 

「医官と織斑教官を!」

 

「ただいま!」

 

 2人が戸棚をあさり、使えるものを探すうちに保健医の佐藤教諭と千冬がやってきた。まず佐藤教諭が櫻のバイタルをチェック。血圧がだいぶ下がっていることがわかった。同時に千冬が束に連絡を取り、櫻の血液を早く持ってくるように怒鳴りつける。

 

 

「今マドカをクレイドルに向かわせた。10分もあればもどってくるだろう」

 

「分かりました」

 

「10分くらいなら余裕だね。さすがに明日、とか言われたらマズかったけど。気を失ってればナノマシンはフル活動できるだろうし」

 

「人工血液に大量のナノマシン。彼女は一体?」

 

「クラリッサ、櫻は私達の知らないところで知らないことをやっている。知らなくていいこともあるんだ」

 

「今は聞かないでおく」

 

 頬にご飯粒を付けたまま飛び込んできたのが本音。この遠い病棟まで走ってきたのだろう、肩で息をしている。

 その手にはアラートが表示された携帯電話があった。

 

 

「さくは!?」

 

「今マドカが血液を取りに行った。直にもどってくるだろう」

 

「ふぁぁぁ。またさくさくが人間やめるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだよ~」

 

「布仏、ほっぺにご飯粒が付いてるぞ」

 

「え? あぁ、ホントだ、ありがと~」

 

「まったく、どれだけの人を心配させるんだ。コイツは」

 

「それが櫻さまですから」

 

「まったく……」

 

 千冬が呆れたところにマドカと束がやってきた。その手にはクーラーボックスのような箱を携えている。

 

 

「さくちん!」

 

「束、今は心配より輸血だ。クロエ、準備するぞ」

 

「分かりました」

 

 バススロットに入っていた機材を黙々と広げ、機械からつながるチューブを櫻の両腕に刺していく。クロエが接続を確認し、針も血管に刺さっていることを確認するとマドカがスイッチを押した。

 まずは足りなくなった血液を補充する。右腕から白い血液が注ぎ込まれる光景だけ見ればまるでサイボーグか何かのようだが、残念ながらこれも櫻が生きることの代償の一つなのだ。人に見せてきみわるがられる訳にもいかないため櫻は絶対に怪我が出来ない。だからISバトルでも必ずフルスキンを使ったし、普通の機体を使う時も身体へのダメージが少ないように出来たのだ。それが、今回の不意打ちでこのザマである。

 

 

「10時間くらいで血液とナノマシンの更新がおわるよ。ついでに束さんはさくちんのISを見てくる……」

 

 いつもの覇気が無い束の後を千冬が追い、世間の想像する篠ノ之束像と全く異なるものを目の当たりにしたクラリッサとニーナは現実の認識を諦めたようだ。本音はマドカと一緒にただ櫻の手を握り、クロエは機械のモニタリングを続けた。

 以前、櫻が撃たれた時以来の緊張した訪れた一日であった。

 

 

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「私は誰を信じれば、誰に忠義を尽くせばいいのでしょうか?」

 




段落字下げ修正しました。

学校のPCでいじるのはなかなか勇気が要りますね(周囲の目とか……


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ガン=カタ

「櫻、ガン=カタと言う武術を知ってるか?」

 

 ラウラがそんなことを言い出したのは放課後のティータイムを過ごしている時のこと。耳慣れない言葉に櫻も首をかしげるとラウラは「クラリッサに聞いた武術だ」と言っていた。彼女は日本のサブカルチャーに造詣が深いらしいから、その影響も考えられる。だが、曲がりなりにも軍人だ。本当にスゴイ武術なのかもしれない。

 

 

「聞いたこと無いなぁ。箒ちゃんに聞いてみたら? 武術のことなら私よりずっと詳しいと思うよ」

 

「ああ。そう思って昼に聞いたんだが、知らないと言われてしまってな。櫻なら、と思ったんだが」

 

「ごめんね、期待に添えなくて」

 

「いや、いいさ。織斑先生なら知ってるだろうか?」

 

「さぁ? 行ってみたら?」

 

 善は急げと言わんばかりに「そうしてみよう」と言って食堂から姿を消したラウラを見送ってから櫻も整備室に向かった。簪がいつも使っている第7整備室に入ると同じことを聞いてみた。

 

 

「ガン=カタ? 武術、なのかな? アレは」

 

「知ってるの?」

 

「うん。映画で出て来た近接格闘術だよ。2丁拳銃で近接格闘するんだよ。動きもカンフーとか、そういう拳法っぽいところもあるし」

 

「へぇ。映画で出て来た格闘術ねぇ。使えるの?」

 

「どうだろう? 映画では無双してたけど、お話の世界だから」

 

 そこにエアドアの音より早くラウラがやってきた。その手にはDVDのケースが握られ、顔は満面の笑みだ。

 タイトルは……リベ○オン?

 

 

「山田先生が貸してくれたぞ! なんでもガン=カタというのは銃を使う格闘術らしいな!」

 

「まさか、ボーデヴィッヒさんが?」

 

「うん、そのまさか……」

 

「どうした? この格闘術ならたとえ獲物が飛び道具であっても効果的に場を制圧出来るとのことだ」

 

「う、うん。でも、それは映画の……」

 

「使えるか使えないかは実際に見てから決めよう。クラリッサが勧めるほどだ、有用性のあるものに違いない」

 

 そしてなぜか夕食後に櫻の部屋で上映会と相成った。メンバーはラウラ、櫻、簪、本音。そしてなぜか山田先生がやってきた。

 壁にスクリーンを広げて吊り下げると部屋の反対にプロジェクターを置く。そして適当にプレーヤーをつなげてディスクを入れれば準備完了だ。

 

 

「どうして山田先生が?」

 

「私こういう映画大好きなんですよ! まさかボーデヴィッヒさんが「ガン=カタって何ですか?」って聞いてくるなんて思ってもなくて!」

 

「は、はぁ……」

 

 各々に好きな場所で好きな姿勢を取ると映画が始まった。内容は感情を持つことを禁じられた社会で一人の検閲官が反逆を起こすというベタなストーリーだったが、山田先生曰く「とても低予算なのにアクションがとってもかっこいい」だそうで、見てみると敵の被るヘルメットがバイク用だったり、近未来な世界観なのにパトカーがやたらボロかったり突っ込みどころもあったが確かにアクションは最高にカッコ良かった。

 袖口から飛び出す拳銃。踊るように敵をなぎ倒すさまはとても美しく、櫻も簪も、ラウラも口をぽかんと開けてしまった。

 

 

「こ、これは……」

 

「カッコいい……!」

 

「でしょう!? クールな表情で踊るように敵を倒していく。最近のヒーローには無いかっこよさがありますよね!」

 

「確かに。ボーデヴィッヒさん、やってみるの?」

 

「ああ。ISでの再現は出来るだろうな。実際に使うかどうかは練習してから決めよう」

 

「私も付き合う」

 

 ラウラと簪がガシッ、と握手をしたところで山田先生が完成したら演舞を見せてくださいね。と頼み込んで2時間ほどの上映会は終わった。本音? 開始5分で夢の世界だ。

 

 かくして放課後に武道場でエアガンを振り回す2人の姿が目撃されるようになる。

 

 

 

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「学年別トーナメントでは存分に力を振るえそうだ。特に織斑の間合いでは優位に立てるだろうな」

 

「彼の零落白夜さえ対策すれば敵じゃない」

 

「これは楽しみだな。簪」

 

「ええ、ラウラ」

 

 

 

 




ふと浮かんだネタを1時間ちょっとで書いてみました。


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薫子の憂鬱

 私はIS学園整備課3年の黛薫子。新聞部部長だ。おそらくこの学園で私を知らないのは壁新聞を見ない1年生くらいだろう。

 どうしてこんなわざとらしい自己紹介をするか? 今日は来週に控えた学年別トーナメントの特別号に載せるインタビューをするのだ。相手にアポを取ったとしても自己紹介は大前提。特に今の2年生からは私は「厄介事を呼ぶ面倒な人」とか思われていそうなので「デキる女」でもあることを見せつけてやろう。

 そう思い立って各学年の専用機持ちにインタビューを行い、最後は人数の多い2年生だ。最大の敵でもある。

 

 

「新聞部部長の3年、黛です。今日はよろしくお願いしますね」

 

「えっと、黛先輩、どこか具合でも悪いのでしょうか?」

 

 食堂の一角に陣取り、さぁ始めようと丁寧な自己紹介をしたらテルミドールさんが開口一番に言い放った。失礼な話だ。私だって真面目にやろうと思えばできるんだからなっ!

 

 

「いえ、今日は真面目にやろうかと思いまして。月末のトーナメントへの意気込みなどをお聞かせいただこうかと」

 

 織斑君から、と促すと去年と変わらず面白みのない真面目な意気込みを聞かせてくれた。

「去年は中止になっちゃいましたが、今年こそ正々堂々頑張ります」と。彼は真面目というか固いというか…… もう少し気の利いたことを言ってくれればいいのだけれど。

 彼の発言を一言一句逃さずメモ帳に書き込んでいく。オルコットさんが私の正確な記述に目を見張っている。あぁ、普段の行いってこういう時に響くんだなぁ、と少し思った。

 続いてそのオルコットさんに話を聞いた。

 

 

「昨年は残念ながらトーナメントに参加すら出来ませんでしたが、今年はソロでのトーナメントです。ライバルも多いように思いますがどこまで行ける自信がありますか?」

 

「もちろん狙うは優勝、と申し上げたいところですが、わたくしの機体は1対1では不利になりがちですの。最近は模擬戦の結果も振るいませんし…… ですから、自分の戦いをできればそれで満足ですわ」

 

「去年のオルコットさんなら優勝以外ありえない、と仰っていそうですが」

 

「ええ、そうですわね。ですが、1年間でわたくしも様々なことを学びました。IS以外にも。そういった面でもわたくしを見て頂ければ幸いですわ」

 

「ありがとうございます。次は篠ノ之さん。お願いします」

 

 本当にオルコットさんは1年で大分落ち着きが出たと思う。去年、織斑君のクラス代表就任パーティーで話を聞こうと思って長くなりそうなので適当に切ったことを思い出す。

 それと比べれば今は本当にほしいコメントを、自分の想いを、しっかりと語ってくれた。私が聞きたかったのはこういう言葉だ。

 布仏さんや織斑さん――マドカちゃんの方だ。はガチガチに緊張しているのが見て取れるが他の8人はとても落ち着いている。代表候補生はわかる、テルミドールさんも仕事柄こういう場面は慣れっこなのだろう。だが、篠ノ之さんはどうだろう? このような場面に慣れているとは思えないが、とてもリラックスしているように思う。

 

 

「そうですね、一夏と被るようですが自分の力を出しきって戦うまでです。いつもの模擬戦の延長だと思ってリラックスして行きたいですね」

 

「篠ノ之さんには失礼かもしれませんが、「武人」という雰囲気を持つ方が多いと思います。そう思われることについては」

 

「仕方のない事です。私にはそれしかありませんでしたから」

 

「ありがとうございます。じゃぁ……ウォルコットさん」

 

 自然な口調、肩肘張らない姿勢。織斑兄妹のように妙に背筋が伸びることもなく彼女らしい短い言葉で語ってくれた。その後も同じペースでインタビューは続き、10人全員から話を聴き終わったのは初めてから1時間ほど経った後だった。更に言えばこの後たっちゃんとサラちゃん、櫻ちゃんとボーデヴィッヒさんの4人に各国のIS事情についてのインタビューもある。先生に話を聞きに行かなきゃいけないしここは早めに締めさせてもらおう。

 

 

「みなさん、長い時間ありがとうございました。トーナメントもがんばってくださいね」

 

 席を立って一礼した私にみんな口々にありがとう、と言ってくれる。普段の強引な聞き口だとこうはいかない。たまには真面目にやるものだ。真面目に聞けば真面目な答えが返ってくる。いつも副部長のメグに言われるが、改めてその意味を理解できた。

 

 

 

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 特集その2『スペシャリストに聞く、各国IS事情』

 

 

 学年別トーナメントで注目される生徒たちのインタビューの次は登場するISについてだ。今日はロシア代表の3年、更識楯無、イギリス代表候補生、3年サラ・ウェルキン、オーメル・サイエンス・テクノロジーCEO、2年キルシュ・テルミドール、そして元ドイツ軍特殊部隊隊長。現ローゼンタールテストパイロットの2年、ラウラ・ボーデヴィッヒの4人に各国のISについて話を聞いた。

 

 

 黛薫子(以下黛)「改めまして、今日はお集まり頂きありがとうございます」

 

 キルシュ・テルミドール(以下櫻)「黛先輩、本当に大丈夫ですか?」

 

 更識楯無(以下楯無)「ホント、いつもどおりでいいのよ?」

 

 黛「そうですか? ならいつもどおりに。今日は各国のIS事情について、そしてトーナメントでの専用機攻略についてそれぞれどう思ってるのか聞かせて?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ(以下ラウラ)「どうしてこのメンツなのだ? 3年の整備課や代表候補生なら他に居るだろう」

 

 サラ・ウェルキン(以下サラ)「得意分野の違いかしら? 特殊攻撃のたっちゃん、遠距離狙撃の私、中近距離のボーデヴィッヒさん、テルミドールさんは技術解説かしら」

 

 黛「その通り。解説の手間が省けるね。とりあえず本題に入るね。まず、今回1年と2年の2学年に配備されたレーゲン型。コレについてラウラちゃん、お願いします」

 

 ラウラ「知っての通りドイツの第3世代機だ。1号機は昨年私の事故で解体されてしまったが、3号機のシュヴァルツェア・アイゼン(黒い鉄)が1年のニーナ・ウィルケの専用機として与えられいるな。特徴は、そうだな…… 厚めの装甲とレールガンか?」

 

 サラ「私は直接戦ったことは無いけれど、標準装備のレールガンはかなりの威力があると思うわ」

 

 楯無「確かにそうね。前に一撃食らったときは(シールドエネルギーが)3割も削られて驚いたもの」

 

 黛「他に機体や装備、そして攻略のポイントは? 櫻ちゃん」

 

 櫻「ラウラの言ったとおりレーゲン型は厚めの装甲と充実した実弾兵器が特徴ですね。ネーブルは2門、アイゼンは1門のレールガンはISに載る武器ではトップクラスの威力があります。攻略のポイントは威力の高いレールガンをいかに喰らわずに削れるかだと思います」

 

 楯無「簡単に言うけど、かなり難しいわよ? ラウラちゃんにはAICもあるし」

 

 黛「そうそう、ラウラちゃんのイメージ・インターフェイスを使った特殊兵器には停止結界があるけど、ニーナちゃんの機体にはあるのかしら?」

 

 ラウラ「国家機密に該当するから言えないが、間違いなくなにかあるだろうな」

 

 サラ「それって宣言してるも同じじゃない」

 

 一同笑

 

 黛「次はイギリスのティアーズ型。これは2年のセシリアちゃんだけね。先輩として、後輩に専用機を取られてどうなの?」

 

 サラ「もちろん悔しいわ。だけどブルーティアーズの代名詞、多数のビットの操作には適正があるのよ。それが私よりセシリアの方が高かった。それだけよ」

 

 黛「サラちゃんもブルーティアーズに乗ったことはあるの? やっぱり狙撃主体?」

 

 サラ「ええ。開発当初には私も関わったわ。今もデータは見てるし。バトルスタイルは、そうね、やっぱりスターライトMk.Ⅲでのロングレンジね。1対1ではビットは牽制程度しか使わないと思うわ。その分機動力を上乗せしてくるから注意ね」

 

 ラウラ「最近の模擬戦ではブレードを使った近接戦闘にもつれ込むことも多いが、ブレードの扱いもなかなかのものだぞ。箒直伝だ」

 

 サラ「そうなの? あの子も頑張ってるのね」

 

 黛「この前インタビューした時は成績が振るわないって言ってたけど」

 

 櫻「まぁ、あのメンツだと仕方ない面もあるね。鈴とコンビを組むと無敵なんだけど」

 

 楯無「役割分担もできてるし、二人の仲もいいしね。私も2人の相手は大変だったわ」

 

 ラウラ「それでも勝つあたりこの女もえげつない」

 

 黛「(笑)そうね。次は…… 中国の龍型(Longxing)はどんな機体かしら」

 

 楯無「見ての通りの近接バリバリモデル。鈴ちゃんも乗り方を熟知してるわね」

 

 櫻「そうですね。龍砲も仕掛けさえ解かれば怖くありませんし。2年の専用機持ちはみんなわかってるのでここでは言いませんが聞いてくれれば教えますよ」

 

 ラウラ「だが、見えても飛び道具が厄介なことに変わりない。一番やっかいなのは360度自由に打てる所だろう」

 

 サラ「砲身のない非固定浮遊部位(アンロックユニット)だからこそできることね。遠距離からの攻撃を主体にすれば苦戦せずにすみそうね」

 

 黛「それ以外に何かポイントはありますか?」

 

 櫻「甲龍は全体的にバランスのとれた機体なので欠点もなければ秀でた点もありません。鳳さんとのペースに飲まれないように気をつければ勝機は見えてくると思います」

 

 楯無「私も同意ね。あの子は自分のペースに入るとすごく強いからひたすら距離をおいて飲み込まれない事が大事ね」

 

 ラウラ(頷く)

 

 黛「シャルロットちゃんのアンビエントアペンディクスってどんな機体なの? 正直私も2~3回しか見たこと無いんだけど」

 

 櫻「BFFの第3世代機で、ロッテのモデルは近中距離の前衛向きの機体ですね。でも、やろうと思えば超超遠距離精密射撃もできますよ」

 

 黛「なんか売り込みっぽいね。まぁ、身内だし仕方ないかもしれないけど」

 

 サラ「機体とはあまり関係ないけど、彼女って銃の扱いがかなり上手いのよね。それに武器の展開、格納がとても早い。拡張領域(バススロット)も大きそうだし、ボーデヴィッヒさんやテルミドールさんと同じくらい警戒しないといけない相手だと思う」

 

 楯無「シャルロットちゃんは空気を読むのが上手い子ね。こっちが近づくとちょちょっと逃げちゃうし、かと言って離れようと思うといつの間にか近くにいるのよ。それに、一度負けちゃってるしね」

 

 ラウラ「2年の専用機持ちの中で背中を預けるならシャルロットか櫻、次点でマドカ、そう思うくらいに人に合わせるのが上手い奴だ。私がやって欲しいと思ったことの120%の答えを返してくれる」

 

 黛「みんなすごい高評価だね。11月のタッグトーナメントでの気迫は確かにすごかったしね。よし、次、たっちゃんのミステリアス・レイディ」

 

 楯無「おねーさんの機体は――」

 

 サラ「紙装甲」

 

 ラウラ「変態能力」

 

 櫻「爆発」

 

 黛(笑)

 

 楯無「もう! そこまでひどい言い方しなくてもいいじゃない!」

 

 サラ「だってたっちゃんのミステリアス・レイディ、装甲が無いから水で包んでるんでしょう?」

 

 楯無「そ、そうだけど……」

 

 ラウラ「ナノマシンを溶かした水をコントロールなんてどこの誰が思い浮かべたんだろうな」

 

 楯無「ぐぬぬ……」

 

 櫻「必殺は水蒸気爆発ですよ? 攻性成形して一撃に賭けることもできるそうですけど、それって防御用のナノマシン水使ってるわけですから諸刃の剣ですよね」

 

 楯無「薫子ぉ! みんながいじめるのぉ!(泣)」

 

 黛「はいはい、いい子ですね~、たっちゃんが強いからみんな嫉妬してるだけですよ~?」

 

 ラウラ「こんな奴が生徒会長でいいのか?」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 黛「気を取り直して第3世代最後、櫻ちゃんのアリシア。正直見たことも聞いたこともない。あぁ、この前発表会見を見ただけかな?」

 

 櫻「オーメルの第3世代実用機です。イメージ・インターフェイスで操縦者の脳を使ってISをオーバークロックできます」

 

 楯無「危なくないの?」

 

 櫻「ビット操作と同じですよ。頭の片隅をちょこっと使うだけです」

 

 サラ「簡単にいうけどそんなことが出来るの?」

 

 櫻「話すと長くなるので後でご説明しますね。それで、特徴ですか……」

 

 ラウラ「逆関節」

 

 黛「え?」

 

 ラウラ「逆関節だ。正確には脚の関節が1箇所多い」

 

 櫻「普通、脚ってくの字に曲がりますよね? 爪先部分を延長してくるぶしにマニピュレーターの関節を設けたんです」

 

 楯無「キモチワル……」

 

 サラ「たっちゃん!」

 

 黛「(苦笑)それで、関節を増やすとどんな利点が? あぁ、これは記者というより整備課として……」

 

 櫻「マニピュレーター頼りの脚になるので地上でブースターにできない動きが可能になります。反面すこし高さがありますけど」

 

 黛「例えば?」

 

 櫻「ブースターに頼らないハイジャンプとか、PICを切っての複雑な機動も幅が広がりますね」

 

 楯無「でも、実際にはあまりウケが良くないんでしょ?」

 

 櫻「うぐっ…… 市場の反応は良くないです……」

 

 黛「これは以上は後で個人的にお伺いしたいです。さて、おまちかねの第4世代機。2年生に4機ですかね。整備課でも触れせてもらえない貴重なものです」

 

 楯無「正直一夏くんは敵じゃないのよね。箒ちゃんはこの前鍛えたらかなり強くなったけど」

 

 サラ「織斑君は……見てても結構残念よね」

 

 黛「3年からは厳しい意見ですね。その織斑君の白式、機体はどんなものなんでしょう?」

 

 ラウラ「機動力と瞬間的な火力は絶大だな」

 

 楯無「でも操縦者がねぇ」

 

 櫻「それでも去年よりずっと上手くはなってます。零落白夜に気をつけて、実弾メインで戦えば余裕ですが」

 

 サラ「みんな織斑君のことキライなのかしら?」

 

 黛「そんなこと無いと思うけど……。つ、次行きましょ。箒ちゃんの紅椿。これは篠ノ之博士お手製の機体でしょ?」

 

 櫻「はい。最初はリミッターが掛かってましたが、今では無いも同然です。間合いに入ったら最後でしょうね」

 

 楯無「箒ちゃんのセンスは相当なモノよ。剣道をやっていたのもあるかもしれないけど、自分の届く範囲がしっかりわかってる。どれだけブースターを噴かせばどれだけ距離を詰められるか、しっかりと頭と身体でわかってるのが強みね」

 

 サラ「エネルギー主体な上に機動力も相当。織斑君もそうだけど、セシリアとは愛称が悪いタイプよね」

 

 ラウラ「実際にセシリアは2人には負けが多い。だからブレードの取り回しを訓練しているんだろうな」

 

 黛「代表候補生の機体はよくも悪くも尖ってるから、それが響くのかな? 次はマドカちゃんの白騎士。白騎士事件の白騎士とほとんど同じ姿なのよね」

 

 櫻「わざとそう作りました。カッコいいでしょ?」

 

 一同頷く

 

 櫻「それに、一夏君のと違ってちゃんと飛び道具も揃えてますし、バススロット使えますし」

 

 楯無「一夏君へのあてつけは程々に、ね? だんだん可哀想になってきた」

 

 ラウラ「だが、操縦者は2年、いや、学園でもトップクラスだろう。単純に操縦なら櫻よりずっと上手い」

 

 サラ「2年生はほとんど映像で見ただけだからわからないけれど、彼女もまた独特な動き方をする子ね」

 

 櫻「ポラリスの中では千冬さん、じゃないや、織斑先生の再来って言ってましたよ。それくらい織斑先生そっくりな動き方、戦い方をするんです」

 

 黛「入試の映像が公開されてるけど、最後のエネルギー弾に混じっての突撃とか、普通は避けたり防ぎたくなるよね?」

 

 楯無「そうね。マドカちゃんの戦い方と他の子の戦い方の圧倒的な差は生への執着かもね」

 

 ラウラ「ほぼ正解だろう。軍属と文民の差はソコに出る」

 

 サラ「死地を経験しているか、命の奪い合いを想定しているか、ね…… 私もまだまだ浅いかなぁ」

 

 櫻「でもそうそう死地なんて経験できませんよ。しないほうがいいですしね」

 

 黛「話が重くなりそうだから最後に行きましょう。クロエちゃんの黒鍵と本音ちゃんの白鍵ね」

 

 サラ「コレって読みは《くろかぎ、しろかぎ》なの?《こっけん、はっけん》なの?」

 

 櫻「《くろかぎ、しろかぎ》です。両方共どちらかと言えば支援向きなので武装は汎用のものがほとんどです。まぁ、どれも改造済みだったりしますけど」

 

 楯無「パイルバンカー、クレーター作ってたものね……」

 

 ラウラ「本音は怒らせてはならない」

 

 サラ「クロエちゃんはいい子よ?」

 

 ラウラ「当然だろう」

 

 黛「えっと、固定武装が無いのが逆に戦略を読みづらくしてるってことだね。もしかしたら大穴で……」

 

 楯無「ありえるわ」

 

 黛「さてさて、今日はここまで。皆さんありがとうございました」

 

 一同「ありがとうございました」

 

 

 当日は第3、第4世代だけでなく、第2世代のヘル・ハウンドやテンペスタ、様々な専用機が熱い試合を見せてくれるでしょう。改めてご協力いただいた4人に御礼申し上げます。それでは、学年別トーナメント、盛り上がっていきましょう!

 

 

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 原稿を仕上げるとパソコンで他の記事とまとめて紙面を組み立てる。今日は特別、長編インタビューが2本。写真もすこし入れたいので1枚で済ますのは無理そうだ。

 

 

「メグ、今回は製本しようと思うんだけど」

 

「いいんじゃない? 内容が内容だし、そうしたほうがいいよ」

 

「じゃ、準備して始めよっか。200部も刷ればいいよね」

 

「ま、いいんじゃない?」

 

 2人で機械の設定をし、スイッチを押すとゴトゴトと音を立てて白い機器達がアップを始める。嗅ぎ慣れたインクの匂いがする部屋で私達のバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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171話

投稿ペースに驚いたか? 
自分でも驚いている


 先日行われた学年別トーナメント。専用機汎用機訓練機、代表も候補生も一般生徒も入り混じって1週間に渡る激戦が繰り広げられた。

 結果だけ言ってしまうと、3年は楯無サラフォルテの順。2年はマドカラウラシャルロット。1年はニーナアメリアにフィンランドのエリーカが続いた。

 我らが主人公、櫻は逆関節を通常関節に戻した市販プロトタイプのLAHIRE-3G(ライール)に機体を変更の上参加したが2年の中では8位、下にいるのがセシリアと一夏のみのなかなか不甲斐ない結果に終わった。

 一方、先日のインタビューで自信が無い、と宣言したセシリアは運が味方したのか、苦手とする対一夏戦を回避し続け、総合順位では一夏の上に立った。

 

 そして、トーナメント一番の目玉は2年生ではなかった。

 時は遡り3年準決勝。サラ・ウェルキン対フォルテ・サファイアの一戦。

 

 

「さぁ、3年も準決勝! すでに決勝進出を決めた生徒会長、更識楯無に勝負を挑むのは一体どちらか!?」

 

 放送部員がアリーナに声を響かせる中で最初にフォルテがピットから飛び出した。ネイビーブルー機体に同じくネイビーブルーのISスーツ。すこし凹凸の乏しい身体とやる気のないすこし下がった目尻。だが、彼女と親しい物にはわかった。いつもどおりの気だるげな顔の中に闘志が見え隠れしていることを。

 対するサラは学園のラファールに実弾装備を揃え、専用機も混じる中を勝ち上がってきた。だからなおさらやる気が出た。反対側のピットを見つめる。そして中から紺に近い青の機体が飛び出したに、思わず目を見張った。

 

 

「ハロー。やっとこの子が出せるわ」

 

「ふふっ、これで同じ土俵ってことっすね」

 

 気だるげな顔はどこへやら。ニヤリと笑うと候補生試験の時よりもずっと真面目な表情でサラを見つめる。

 蝶の羽に似た大型のウィングスラスター。触覚のようなセンサーと顔の上半分を覆う銀色のバイザー。

 

 

「さぁ、最高のショーにしましょう」

 

「望む、ところっす!」

 

 イギリスのBT2号機、サイレント・ゼフィルスがそこに居た。

 

 ブザーとともに両者武器を展開。先手を打ったのはサイレント・ゼフィルスの大型ライフル、スターブレイカーのエネルギー/実弾混合射撃だった。

 銃声と共に赤紫の光がフォルテの横を通り過ぎる。危なげなく第一射を回避すると瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一気に距離を詰め、両手に持ったエネルギーブレードを薙いだ。

 

 

「ンなっ! 銃剣なんて聞いてないっすよ!」

 

「これ、改良型だから、ねっ!」

 

 剣、と言うには長いスターブレイカーと左手に展開したナイフで両方から迫る刃を防ぐと姿勢が崩れたフォルテを蹴飛ばし至近距離で1射。すぐさまレーザーガトリングに持ち替え削りに掛かった。

 だが、相手も候補生。黙ってやられるほど弱くない。背中に衝撃を受けながらもまっすぐ離脱。一度距離を置いて視界の片隅を埋める赤い光を尻目にアリーナを飛び回る。その間にマシンガンに持ち替えるとサラのいるであろう方向に適当にばら撒く。

 

 

「システムフル稼働、行きなさい!」

 

「げげっ。ビットまでぇ……」

 

 アリーナ外周を飛び回るフォルテを追う4機のビット。それも放つレーザーは容赦なく"曲がり"フォルテを襲う。

 サラはアリーナの真ん中でシールドビットを自身の周囲に待機させながらもガトリングで逃げ場を奪う。

 その後も試合展開は変わらず、サラがフォルテを一方的になぶり続け、3年準決勝は幕を閉じたのだった。

 

 その試合を見ていた早期敗退組(一夏、セシリア、櫻)はサラの圧倒的戦力に開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

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「途中から専用機なんてズルいっすよ、サリー」

 

「そう? ルールには『2機以上の機体を使ってはいけない』なんて書いてなかったわよ?」

 

「ぐぅ。それでも、サリーのところに専用機が来て良かったっす。でも、いつ練習してたっすか?」

 

 決勝が終わった後のアリーナで閉会式に出るべく歩く2人。話題はもちろんサラの専用機だ。

 

 

「放課後よ? 誰も使わない第6アリーナで」

 

「あぁ…… あそこはキャノンボール・ファストにならないと人が寄り付かないところっすからね。遠いし」

 

「それに、特別コーチで前サイレント・ゼフィルス操縦者に来てもらってたからあっという間に偏向射撃(フレキシブル)も会得できたわ」

 

 サラがサイレント・ゼフィルスを受領したのが2週間前。その1週間前には彼女に専用機が託される事が伝わっていた。そのため恥も外聞も一切捨ててサイレント・ゼフィルスに誰よりも乗っているマドカに指導を頼んでいたのだ。事前知識として機体や武装などのクセなどスペックシートではわからないことを知識として学んでから実機で確認。同時進行ではない分、機体に乗る時間を増やせた事が細かいビット操作やフレキシブルに現れた。

 

 

「まぁ、楯無に勝てなかったのは残念っすけどね」

 

「たっちゃんは強いから。でも、結構いいところまで行ったと思うわ」

 

「エネルギーと実弾を混ぜるとあの水が抜けるって事がわかっただけ大収穫っす」

 

「そうね。次は専用機タッグトーナメントかしら? フォルテ、やってくれるわよね」

 

「モチロン。楯無をギャフンと言わせるっすよ」

 

 楯無に15連敗しているフォルテ。せめて卒業までに1勝はしたいのだ。それも、勝つからには公式戦で。

 新たな決意に燃える少女たちに大会委員長、織斑千冬からトロフィーが贈られた。

 

 

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 7月に入るとトーナメントの熱気冷めぬまま校外学習がやってくる。1年は毎年海に。2,3年は毎年行き先が異なるのだ。

 今年の2,3年生は4日の行程で京都観光から舞鶴にある有澤重工の工場と隣接する海域で操縦と整備で別れて実習、そして歴史学習を経て学園へ戻る日程だ。更に言えば今年は希望者には関西国際空港に駐機してある企業連の社有機『インテレクト』の見学も含まれている。もちろん学園の偉い人(轡木)が学園にいる企業連の人()お願い(強要)して決まったことは言うまでもない。

 

 1年と違ってバスではなく飛行機で京都まで移動する今年の校外学習。一夏ラヴァーズ(箒、セシリア、鈴)の面々は案の定、一夏争奪戦を始めたために京都散策のルートがいまいち定まっていない。櫻は本音、簪、楯無で身の回りを固め、シャルロットとラウラはクラスメートと合流したようだ。

 大きな荷物は事前に送られ、ハンドバッグを持った生徒たちは各々に空港へ足を向け修学旅行1日目が始まる。

 

 

 




校外学習で京都に来たIS学園一行。彼女らを待ち受ける運命とは!? 

次回! 京都ゆけむり殺人事件(嘘)!


乞うご期待!



殺人事件なんてモチロンやりませんよ?


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そうだ京都、行こう。

だいぶ遅くなりましたが、京都編突入です。
あと2話3話続けるつもりですが、どれだけかかるかなぁ……


 飛行機に乗ることおよそ1時間。大阪伊丹に降り立ったIS学園2,3年生280人と教員達はそこから学園の手配したバスで京都に直行するグループと大阪市内に電車で下るグループ、そして関西国際空港の社有機見学グループとに別れての初日の自由行動で校外学習は幕を上げた。

 10グループ、43人と案内役の櫻たち、そして引率の教員2人でバスに揺られることもう1時間。関西国際空港に到着した一行、コンクリートの照り返しで暑さ3割増しの中構内移動の為にバスに再び乗り込み10分ほどすると白い巨体が見えてくる。

 

 

「インテレクトキタ――(゚∀゚)――!!」

「企業連の技術の粋……胸が熱くなるな」

「面妖な、変態技術者どもめ……」

 

 思い思いの感想を漏らす中、バスは更に巨体に近づいて行く。巨大なタラップの前に止まると真っ先に櫻と本音が飛び出した。それに続いて引率のセレンと整備課の白坂先生がタラップの前に生徒たちを並ばせた。

 

 

「先生、ここは暑いのでとりあえず中に」

 

「分かりました。みなさん、中にはいってから点呼を取り、見学を始めます。いいですね」

 

 手短に済ませるとタラップをぞろぞろと登っていく。普通の旅客機と変わらないドアを通るとこれまた普通の旅客機と変わらないようにシートの並ぶ機内へと足を進めた。

 

 

「班ごとに座って下さい。班長は点呼を取って私のところに報告に来てください」

 

 セレンが慣れた手つきで統率を取り、席に座らせる。数分で点呼を取り終えると白坂先生と確認を取ると櫻ともアイコンタクトを取った。

 さすがに上級生ともなると落ち着きがあり、高鳴る心を理性で抑えているのが表情に現れている。

 奥から一人の白衣の女性が出てくるとセレンと一言二言会話をしてセレンが口を開いた。

 

 

「それでは、校外学習補助プログラムを始めます。最初にオーメル・サイエンス・テクノロジーIS部門、フロントサービス課の外川さんからお話を頂きます」

 

「オーメル・サイエンス・テクノロジーIS部門フロントサービス課の外川美里です。みなさん、インテレクトへようこそ。私からはこのインテレクトの概要を大まかにお話したいと思います」

 

 スライドを用意してきましたのでご覧ください、と席に備え付けのモニターにスライドを表示させるとそれにそって説明を始めた。

 このインテレクトでは主に本社のバックアップとしての役割があり、世界を回ってのアフターサービスはオマケの機能だ、ということが説明されると生徒たちは各々にメモを取っていく。

 その後も15分ほどスライドを見ながらの説明が続くと質疑応答に移った。

 

 

「大まかにはこのような業務をインテレクトでは行っています。本来の機能とオマケ機能が逆転してしまっていますけどね。今日はみなさんが明日使用する練習機としてHOGIRE(オーギル)を5機、空輸してきました。こんな風に時折輸送機代わりの仕事もしています。では、ひと通り終わったところで質問のある方はいらっしゃいますか?」

 

 無言のひとときが続く。外川は生徒たちを見回すと一つ頷いて「それでは、機内を見まわってみましょうか」と教員2人の方に向いた。

 二言三言会話をすると白坂先生がパンパンと手を打ち、仕事の邪魔をしないように、と釘を刺してから生徒たちを散らせた。

 

 最初に集められたメインデッキは機体前方の1階、2階はVIPルーム、会議室、データセンターなどの社屋としての設備がまとめられている。後方はカーゴスペースも半分にしてISを一度に6機まで整備できるメンテナンススペースが確保されていた。ドアを解放し、排気ダクトを開ければブースターベンチテストも出来る。

 ここにいる整備課の面々が真っ先に向かうのはモチロン機体後方、メンテナンススペースだった。

 

 

「さて、私達も行きますか。懐かしい面々もいると思いますよ、エリジェ先生」

 

「ふふっ。そうですね。期待していなかったと言えば嘘になります」

 

 櫻がセレンに声を掛けると奥では白坂が外川と何か話しているようだ。会話も弾んでいるようにみえる。

 不思議そうな目で2人を見る本音に種明かしをしたのはセレンだった。

 

 

「あの2人は大学で同期だったみたいですよ。さっき白坂先生から聞きました」

 

「ほぇ~。先生たちの経歴はやっぱり不思議だね~」

 

「ブリュンヒルデや候補生からこっちに来た先生も居れば、白坂先生のように大学から直接来た人も居ます。民間出身の先生も居て……普通の学校じゃありえませんね」

 

「普通じゃないから……」

 

 呆れたようにつぶやいた櫻に本音が頷いた。

 

 

 インテレクトの内部は今日も騒がしい。今回は企業連各社のオーギルを掻っ攫ってきただけに日本語英語ドイツ語トルコ語ロシア語と多種多様な言葉が飛び交っていた。どちらかと言えばオーギル開発元のローゼンタールが多めで、後はパッケージテストの為に各社が寄越した人員だ。

 学園の一行が機体後方、メンテナンススペースに着いた時に見た光景はまさにカオスの一言で、企業の垣根なしに様々な言語で意見を飛ばし合う男女の姿だった。

 

 

「こ、コレが企業連のやり方……」

 

「スゴイね、いろいろと」

 

 呆気にとられ、飾らない本心がポロリと出たところで技術者達がいきなり静まり返って生徒たちを見た。

 思わず短い悲鳴を上げそうになるものの、次に見えたのは青ざめていく技術者達。慌ててある者は奥に飛び込み、ある者は机を漁る。

 誰が言ったか、「せーのっ!」と言う掛け声と共にパンパーン、とクラッカーが鳴り響き、奥では「Welcome to Intellect」と書かれた横断幕がIS整備用のロボットアームで吊るされていた。

 

 

「は……?」

 

 誰かのこの一言は全員の心中を代弁したものだろう。別の言葉を借りるならば「ワケガワカラナイヨ」

 先ほどまでのカオスはどこへやら、技術者達は笑顔を浮かべて混乱する生徒の手を引く。

 

 

「いやぁ、ひどい所を見せちゃったね。ささ、いろいろ見ていってよ」

 

 先陣を斬る白衣の女性はインテリオル・ユニオンのマリー=セシール・キャンデロロ。彼女はコレでもユニオンのCTO(最高技術責任者)だと言うのだから驚きだ。仲介人? 知りませんな。

 他の者はどこから取り出したかコーラのビンを取り出し、未だに混乱する生徒に渡すと軽くぶつけて一口煽った。

 またある者はいきなりパッケージの設計図を見せているし、他所では普通に口説いていたりした。

 ある意味お祭り騒ぎの職場を見て溜め息を着くのはこのフライトの責任者、外川と企業連の責任者、櫻だった。

 

 

「皆さん、楽しんでいるようで何よりです」

 

「未来の後輩のために気合を入れるのは結構。ですが、自身の立場をわきまえた行動を取るのが社会人ではありませんか?」

 

「外川っ……」

 

「修羅だ……」

 

 背丈のあまり変わらない2人から絶対零度の微笑みを向けられ、技術者達だけでなく、学園の生徒たちも頬が引きつった。

 後ろからその光景をみたセレンと白坂が苦笑いしながら本音に助けを求めると、どこからか取り出したハリセンを振りぬいた。

 

 

「っつぅ!?」

 

 思いの外おおきい音と衝撃に本音が少し驚いた顔をしているが、それ以上に一撃で凍った場をさらに凍らせたのは流石に想定外としか言い様がない。

 

 

「本音ちゃん……もう少し他になにかないの?」

 

「せっかく大阪まで来たんだし、こういうのもありかな~って思ったんですけど……」

 

「ここに関西人は居ない」

 

「おぉ~、かんちゃんさすがぁ~」

 

「何が『さすが~』なの…… 私の想像してたハリセンよりずっと重いんだけど!?」

 

 気がつけば真面目に機材や仕事の説明を始めた技術者達を尻目に櫻は頭を擦る。教員2人から呆れたような笑みをもらってから4人は機内見学を始めた。

 

 

 

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「さ、3人共よく似合ってるぞ……」

 

「一夏さんからそう言っていただけると嬉しいですわ」

 

「一夏もお世辞が言えるようになったのね、いいことだわ」

 

「改まって言われると照れくさいな……」

 

 一夏達の班が訪れたのは京都。駅の近くで着物のレンタルをする店があることを事前に調べていたセシリアの提案で4人とも着物で京都を回ることにしたのだ。

 こだわりの強いセシリアの言で、夏とは言え浴衣ではなく、一夏は紺の色無地着物、女子3人は和柄の着物を選んで着つけてもらった。

 

 

「わたくしのわがままに付きあわせてしまって申し訳ありませんわ」

 

「いいのよ。着てみたかったんでしょ?」

 

「ええ、以前浴衣はみなさんと一緒に着ましたが、こういったものも一度着てみたかったので」

 

「せっかくの京都だ、着物で回るのも一興だろう」

 

「そうだよな、1日あるし、ゆっくり楽しもうぜ」

 

 まずは三十三間堂に行きたいですわ! と言うセシリアの声で一行はバスに乗り、三十三間堂へ向かった。

 道中、平日にもかかわらず賑わう大通りを眺めながら4人は10分ほどで博物館三十三間堂前バス停に到着、拝観料を支払い境内に入るとまもなく教科書でお馴染みの1000体の仏像が並ぶ120mの本堂をゆっくりと歩き始めた。

 

 

「うわぁ……」

 

「言葉に困るとはこのことを言うのだな」

 

「教科書じゃ見たことあったけど実際に見ると圧巻ね」

 

「…………」

 

「おーい、セシリア~?」

 

 呆然とするセシリアの肩を鈴が叩いてやっと我に返るセシリア。

 和服の金髪美女が仏堂でボーっと立っている光景はあまり珍しくないのか、チラホラと見かける観光客の人々はちらりとセシリアを見ると小さく笑ってそのまま歩き去る。

 

 

「あまりのオーラといいますか、雰囲気に圧倒されてしまいましたわ……」

 

「だよな。これだけ仏像が並んでいると居るだけで何か悟りが開けそうだ」

 

「一夏は煩悩だらけだろうに……」

 

「ん? 何か言ったか、箒?」

 

「いや、なんでもないぞ。本堂は120メートルもあるそうだ。往復したらいい運動だな」

 

「それにしてもコレが何百年も前に作られたんでしょ? スゴいことよねぇ」

 

「この仏像もすべて手彫なのでしょう? つくづく日本の歴史には驚かされますわ」

 

 その後もゆっくりと本堂を巡った4人は程よくお腹をすかせて戻って来た。

 一旦境内から出て京都国立博物館を見ながら七条通沿いを歩きながら話すことは昼食のメニューだ。

 

 

「どうする? 時間もちょうどいいし、ココらへんで飯にするか?」

 

「そうね、広い仏堂歩いたらおなか空いたわ」

 

「せっかく京都に来たんだ、らしいものを食べたいな」

 

「京懐石、でしょうか?」

 

「それは学生の食べるものじゃ…… お財布的に……」

 

 残念です。とすこししょんぼりなセシリアを引き連れてしばらく通りを京都駅方面に歩くとそば屋の看板を見つけた。

 立地的に観光客向けであることは間違いなかったが適当な物を食べるよりマシ、と連れ立って入るとそれほど多くない客入りの中からテーブル席についた。

 

 

「もちろんにしんそばよね」

 

「だが、どうして京都でにしんそばなんだ?」

 

「江戸時代に北海道から運ばれてきた乾燥にしんを使ったそばを出していたんだ。いらっしゃい、にしんそばでいいかい?」

 

 お冷を持ってきた店主の男性が簡単な説明をしている間にセシリアが調べたらしく、言葉を付け足した。

 

 

「ニシン漁の盛んだった北海道から北前船で運ばれてきた乾燥にしんを使ったそばを四条大橋の南座にある松葉、というお店で出したのが始まりだそうです。当時の京都では魚の干物は貴重なタンパク源だったそうですわ」

 

「なるほどね。おっちゃん、にしんそば4つね」

 

「はいよ、ちょいと待ってな」

 

 さっさと厨房に入った店主が数分で丼を4つもって戻ってきた。

 手際よく4人の前に並べると伝票を一夏の前に伏せ、耳打ちした。

 

 

「男なら女の子の分も持ってやれよ、それが甲斐性ってもんだ」

 

「え、ええ。そうですね」

 

 ちらりと伝票を見ると高くはないが決して安くはない4桁が並んでいた。さすが観光地、そう思った一夏は目の前のにしんそばが伸びる前に少し甘い汁の絡むそばをすすった。

 

 

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「シャルロット、姉様、次はアレが食べたいぞ!」

 

「ちょ、ラウラ、待って……!」

 

「ラウラ、少しは落ち着きを……!」

 

「はぁ……」

 

 シャルロット、ラウラ、クロエ、そしてマドカの4人は京都のほぼ中心、清水寺の前、清水坂に来ていた。平日といえど昼前、人はそこそこ多い。

 そんな中でラウラはアレに目を輝かせ、コレに目を輝かせと、気がつけばトテトテと居なくなるためにシャルロットだけでなくクロエまで振り回されていた。もちろん、マドカは"3人の"お目付け役だ。

 

 

「コレが生八ツ橋か。ふむぅ」

 

「お昼ごはん入らないよ……」

 

「同意です。それも甘いものばかり……」

 

「その分動けばいいだろうに。今みたいに」

 

「美味しい!」

 

 どこまでもラウラが初めての生八ツ橋に感動する影で苦労人たちは甘いなかにピリッと香るシナモンを煎茶で流すと「はうぅ」とだらしのない息をひとつ吐いた。

 今更だが、まだ半分も歩いていない。あまり距離のない坂で何をこんなに時間を掛けるか。もちろんラウラの好奇心故に過ぎず、ラウラのポシェットに入る扇子もさっき買ったものだった。

 何か思い出したようにラウラが扇子を取り出すとクロエにカメラを渡した。

 

 

「姉様、写真を取ってくれ。ふふっ、どうだろう?」

 

「可愛いですよ。今度は束さまと櫻さまと一緒に来ましょう」

 

「そうだな。最近はいつも忙しそうだし…… 博士は今なにをしてるんだ?」

 

「秘密ですよ。コレばかりはたとえ千冬さまにも言えません」

 

 茶屋の軒先に扇子を持って佇むラウラは確かに可愛らしい。唯一文句を付けるなら、学園の制服が風景に似合わない点だけだろう。シャルロットが母親のような柔らかい笑みを浮かべているのを見る限り、なんら問題ないようだ。

 ラウラが少し拗ねたような顔をした所でシャッターが切れた。

 

 

「こんな表情もいいですね。シャルロットさん、どうでしょう?」

 

「カワイイね。今度は着物を着せたいなぁ。モチロン、クロエさんも」

 

「わ、私もっ?!」

 

「いいんじゃないか? ラウラは茶道部で普段から着ているわけだし、慣れたものだろ」

 

「確かに、ここに制服じゃ風情が無いな」

 

「次の反省だな。ポラリスの慰安旅行を楽しみにしよう」

 

 ケラケラと笑って先を行くマドカを追うように3人も軒先を立った。遠くに小さく見える赤い門。それまでにラウラの興味を引くものがいくつあるだろう。

 彼女の欠けてしまっていた場所を埋めるがように様々なピースをはめ込んでいくのだ。たとえ、それがどんなものであれ、彼女のためならば。

 

 

「シャルロット、シュヴァルツェ・ハーゼの皆に何か送ろうと思うのだが、コレはどうだろう?」

 

「ウヒッ?!」

 

「ラウラ、悪いことは言わない。ソレ(京人形)はやめておけ」

 

「そうか? ならコレ(こけし)はどうだ?」

 

 

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「隊長! 隊長から、いえ、ラウラから荷物が届いています!」

 

「ラウラから? 開けてみましょう」

 

「こ、コレは……」

 

「こけし、ですね。それも全員分」

 

「フランツェスカ。全隊員に通達、本日2000を持ってシュヴァルツェハーゼは第46回日本文化強化週間に入る。今回のテーマは『和』だ」

 

「隊長がついにオタク文化からの脱却を……! 了解! 全隊員に通達します!」

 

 

 ドイツのとある基地での一コマ……




全回の話でシャルロットとラウラはクラスメートを捕まえたと言ったな。アレは嘘だ。

クロエの他人の呼び方と口調がいまいち安定しないのは仕様。
ポラリス関係者→呼び捨てor~さま
学園→~さん

対ラウラ→砕けた口調
それ以外→形式的


こんな感じですかね?


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2日目 舞鶴にて

遅くなりました。2日目です。
今回はどちらかと言えばデュノア(父)救済回。篝火さんを出すか迷いました。


 自由行動の1日目で日本の古き良き文化に触れた次の日は朝からバス移動だ。

 数時間バスに揺られ、昼前に舞鶴にある有澤重工舞鶴工場に到着した。山に囲まれた中で湾に沿うように市街地が広がる独特な風景を持つ舞鶴市。自衛隊の基地を持つことでも有名だろう。

 ここにはISの配備は無いが、今日は学園の校外学習に合わせて現日本代表の航空自衛隊航空開発実験集団飛行実験群所属(長い)の海堂凛1等空尉が僚機を3機連れて来ている。午後の実習では演技飛行と操縦課の特別講師として参加してくれる。

 バスの中で少し早い昼食を済ませた生徒たちは有澤重工の社屋にある大ホールに飲み込まれていった。今日の目玉はどちらかと言えばこっちの『IS分野におけるスペシャリストの講話』がメインだ。

 ――モチロン、束ではない。彼女は千冬に絡みにまた(臨海学校)に行った。

 ホールに入ると生徒会役員は舞台袖に移動。そこで今回の講師と軽く打ち合わせをしてからまずは楯無が舞台に立った。

 

 

「皆さん、静かに。これからIS学園2,3年生校外学習特別講演を行います。3人の講師の方から様々な話が聞けることと思います。操縦課のみんなも、講義は整備課だけでいいや、なんて思わずに何事も自分の糧にするためと思ってしっかりと聴いてください。整備課のみんなは今回お聞きする話は自身の学習の助けになると思います。それではあまり長い話もアレだし、司会の2人に渡しましょうか」

 

 一礼して舞台袖に捌けると一夏と櫻の2人が現れた。

 今回は本音ではなく一夏を表に立たせた格好だ。

 

 

「はい。今回司会進行を努めさせていただきます。操縦課2年、織斑一夏です」

 

「整備課2年、キルシュ・テルミドールです」

 

「「よろしくお願いします」」

 

 2人で揃って頭を下げると学園のアイドル(?)一夏の登場もあってこの時点で割れんばかりの拍手が響く。

 この後出てくる講師の方々がかわいそうでならない。

 

 

「では早速講演に入らせていただきます。最初に有澤重工社長、有澤隆文様よりお話を伺います」

 

 一夏の声で舞台袖からグレーのスーツに身を包んだ隆文が登場した。以前あった時より幾分白髪も増え、ナイスミドル感が増した。

 おい客席、ため息をつくな。相手は○○歳のオジサマだぞ。変態だぞ。おいオマエ、男がキライだからって睨みつけるな、一応授業だ。

 

 

「IS学園の皆さん、はじめまして。有澤重工の社長をやっています、有澤隆文です。さて、今回はどんな縁かみなさんに講義をしてくれ、と学園から依頼されましてね。場所や人を貸すことは喜んでやりますが、私は不器用な男でね、こうして人の前で話すことは苦手なのです。まぁ、そこらのおっさんの話だと思ってゆっくり聴いてください」

 

 舞台中央でマイクに向かい立つ姿は凛々しく、背筋は伸び、視線は少し上を向いている。

 渋めのよく通る声で伝わる言葉の数々は自然と耳に入った。

 時間にして10分程だろうか。ISによってズレてしまった世界の中で男性がどう生きるべきか、そしてそのために女性はものを見る目を鍛えるべきだという話をした隆文は美しい礼を見せてから壇上に用意された椅子に座った。

 話の内容が内容だけに一部の生徒は汚らわしいものを見る目で隆文を睨んでいたが、大半はそんな思想に染まったわけではないようで、拍手でもって答えていた。

 

 

「続きまして航空自衛隊航空開発実験集団、岩本飛鳥2等空佐。よろしくお願いします」

 

 白と紺を基調とした夏用制服をきっちりと着こなし、部隊の中央でゆったりと一礼してから女性らしい柔らかなソプラノが聞こえた。

 

 

「皆さん、はじめまして。航空自衛隊航空開発実験集団飛行実験群飛行隊部隊長の岩本飛鳥と申します。今日は皆さんに気持ちの整理についてお話したいと思います。皆さんはIS学園に入ってもう1年、2年過ぎていると思います。入学時と今とではISに関わるときの気持ちも違うのではないでしょうか? 特に昨年は様々な事件が起こりましたから、なおのことと思います。どうでしょう、もっと惚れ込んでしまったでしょうか? はたまた、怖くなってしまったでしょうか?」

 

 そう語りだした彼女は自衛官はISを纏うときにどのような気持ちでいるのか。また、自身のメンタルコンディションを整えるために大切なこと、そして大事な覚悟の決め方などを時に大雑把に、時に理論的に語った。その中で生徒たちの関心を一気に引き寄せた場面があった。

 

 

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「皆さんにも腹をくくる、と言うと大げさかもしれませんが、何か覚悟を決める瞬間というのがあると思います。実技テストで自分の番が回ってきた時や好きな人に告白する時など様々でしょう。その時に皆さんはどうやって覚悟を決めていますか? 『さぁ、やるぞ!』と思ってすぐに気持ちの切り替えが出来る人はなかなか居ないと思います。実際にやってもらいましょうか、丁度いいですね。織斑君、テルミドールさんに告白してみてください」

 

「えっ!? ちょっ……」

 

 部隊の端で櫻と座っていたらいきなりライトを当てられ告白しろ、である。コレで騒がない訳がない。

「ズルい」やら「変われ」やら「逆だろ!」やら声を上げる客席を岩本2佐が黙らせると一夏は櫻の手を取って立たせ、いきなり片膝を付いて「俺と付き合ってくれないか」とシンプルなセリフを吐いた。

 櫻は櫻で必死に笑いをこらえており、苦笑いしながらいつまでも姫に忠誠を誓う騎士のポーズをやめない一夏を一度蹴り上げると「私より強くなって出直して来なさい」とあっさりフッた。

 茶番でとりあえず会場を笑わせると岩本2佐は続けた。

 

 

「さて、織斑君、いまどんな気持ちだったでしょうか?」

 

「えっと…… スゴく緊張しましたね。女の子に告白なんて初めてだったので」

 

「あら、高校生くらいなら3回位はしてると思っていたけれど意外ですね。ありがとうございます。はい、緊張した。まぁ、十中八九そうでしょうね。緊張、不安、色んな感情が混ざり合ったよくわからない感覚、ですね。逆にテルミドールさん。受ける側の心境はどのようなものでしょうか?」

 

「流石に今のは気持ち悪いですね…… ちょっと引きました」

 

「辛辣ね。傍から見ているとまるでドラマやアニメのワンシーンのようだったけれど。実際には無し、ってことね」

 

 そう言うと会場からも笑いが出た。さすがに一夏のアレはキザったらしかったようだ。――後から聞けばちょうど中世の頃を舞台にした映画を見たばかりだったらしい。

 

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 そんなやりとりもあったりして、堅苦しい雰囲気を吹き飛ばして終わった話は国家代表を目指す者にとっては十二分に大きな話だったらしく、熱心にノートにまとめる姿が目についた。

 そして、まだ少し赤い顔の一夏が進行メモをチラチラと見ながら最後に呼び出したのははライトグレーのスーツを着こなしたフランス人。元デュノア社社長、オリヴィエ・デュノアだった。

 事前に櫻から学年ごとの席順を聞いていたためになんとなく2年2組(シャルロット)の方を見て手を振りながら演台の前に立った。そして再びざわめく会場を見回すと目当ての人(シャルロット)を見つけたのか、微笑んでから話し始めた。

 

 

「はじめまして。つい先日までニュースを賑わわせていたオリヴィエ・デュノアと申します。私は余り日本語が上手くないのですが、大丈夫でしょうか?」

 

 客席から拍手が響く。オリヴィエは再び微笑むとありがとう。と言って続けた。

 

 

「私もお二方のように学園から話をしてくれないか、とお願いされまして。私自身、会社を潰し、世間から冷ややかな目で見られていた時期でもありました。そんな人間が何を話せばいいのか、最初は話を断っていました。ですが、そこで今司会をされてますね、マダムテルミドールから電話を頂いたんです。学生に向けてあなたの失敗談をお聞かせください。そう言われました。普通に考えれば『何を失礼な』と思うところでしょうが、彼女はこう続けたんです。『人間は失敗から学ぶもの。だれでも失敗するもの。ですから、私達の成長の糧として、失敗を教えて下さい』とね。単純な言葉ですが私は頷いていました」

 

 隆文のような存在感は無い。フランスであった時より血色のいい顔、若干スーツに着られた感じのある雰囲気。それこそ、町工場のおじさんが出先に行くかのような風体だ。

 だが、デュノアの本質はそこにある。

 

 

「さて、そろそろ本題に入りましょう。私から皆さんに伝えたいことは『人との関わりを大切にして欲しい』ということに尽きます。もともと、デュノアと言う会社は私が地元で開いた町工場が前身でした。子供のおもちゃから自動車まで、何でも頼まれれば直していたんです。もちろん、地元ということもあってお客さんには困りませんでした。事業はだんだんと大きくなり、子供からロボットを預かって直していたものが工業用ロボットの制作に変わっていました。ですが、当時の私は若かった。身の丈に合わないことだと知らずに持てる技術を持って人々に喜んでもらうことだけを考えて事業を拡大していたのです。そして、ISが登場しました」

 

 オリヴィエの話は長かった。だが、話が終わる頃にはほぼ全員の生徒が目に涙を浮かべていた。彼の話の最後には「人と人の結びつきは容易く解け、結び直すのは難しいもの。ですが、その両端は必ず自分と家族であるものだと私は信じています。その紐が切れない限り、人は何度でもやり直せる。そうあるべきなのです」と力強く、ある意味で自分に言い聞かせるようにして締めくくった。シャルロットは途中から声を殺して泣き、それに気がついたセシリアがそっと肩を抱いた。

 

 

「で、デュノア様、ありがとうございました。ちょ、櫻。変わってくれ、声震えちゃって……」

 

 前に出た一夏も絆や友情に篤いが故にオリヴィエの話が深く受け止めたのだろう。声を震わせ、鼻をすすった。

 代わりに出て来た櫻も赤い目がすこし潤んでうさぎのようになっていた。

 

 

「ありがとうございました。続いて有澤様、岩本様、デュノア様と生徒会役員での質問コーナーに移りたいと思います。挙手制で、私達が目についた方を当てていきたいと思います。生徒会メンバーも揃ったみたいですね。よろしいでしょうか? いいお話の後ですが、気持ちを切り替えていきましょう。客席の本音、クロエ、いい?」

 

「おっけ~」

 

「大丈夫です。涙腺以外は」

 

「では、最初の質問はどなたが」

 

 まっさきに手が上がったのは3年整備課の辺り。本音がパタパタと駆け寄ってマイクを向けた。

 

 

「あっ、えっと、3年整備課のミシェル・ラサウェイと言います。有澤社長に質問なのですが、有澤重工のIS向け装備ラインナップはどうして重火器が主なのでしょうか?」

 

「とのことで~す」

 

「有澤社長、確かに気になるところですが、どうしてでしょう?」

 

 有澤はふむぅ、と唸ってからマイクを片手に立ち上がると答えはじめる。

 

 

「有澤重工は大戦中から兵器を作ってきました。その中で主に造船業と合わせて得意としていたのが艦砲の製造だったのです。それがIS向けであったり、個人向けであったりスケールダウンされて現在に至るわけです。ですから、今も我が社が得意とするのはライフル砲であり、大口径の榴弾砲なのです。これでよろしいですか?」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「3年生と言ったね、有澤への就職を考えているのかい?」

 

 本音にマイクを3度向けられたミシェルは少しむずかしい顔をしてから恥ずかしそうに「はい」と答えて有澤から社長面接で会おう、と言われると更に顔を赤くした。

 そうして更に5人ほどから質問を受けるとちょうどいい時間になったようで、生徒会メンバーが再び前に揃うと今日のスピーカー3人に一言求めた。

 

 

「では、今日お話を頂きました皆様から最後に一言ずつ頂きたいと思います。有澤様からお願いします」

 

「改めて、この校外学習が皆さんにとって実り多いものであるよう、社員ともども応援しております。今夜のレセプションでまたお会いしましょう」

 

「この後、そして明日の演習では隊から海堂1尉、狭山1尉、片倉2尉が操縦課の皆さんに特別講師としてお招きいただいています。どうぞ3人にわからないこと、気になることをぶつけて皆さんの糧にしてください。本日はありがとうございました」

 

「皆さんにフランスのことわざを一つお教えしましょう。『Tout vient à point à qui sait attendre.』待てるものに結果が出る、と言う意味です。2年生は1年間の成果が出ずに焦るかもしれません。3年生は就職などを控えて焦ることが増えるでしょう。ですが、落ち着いて、ゆっくりと待つ余裕があればきっと結果はついてくるものです。今日はありがとうございました」

 

「改めまして、大きな拍手をお願いします。有澤様、岩本様、デュノア様。貴重なお話、ありがとうございました」

 

 そして2日目のトピックスは幕を閉じる。時刻は2時を少し回った程度。ここから操縦課と整備課に分かれての実習が始まる。

 ミューゼル先生の声で課ごとに別れて迅速に動く。操縦課は会議室で着替えてからドックに集合。整備課はこの後専攻ごとに有澤重工の社員がそれぞれ実際の現場に連れて行き実習が始まる。

 

 

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 岸壁には1年生の頃のように企業のテントが多数並び、さながらフォーミュラ1のパドックのようだ。今年はブルーティアーズの開発元、BTテクノロジー社が大手を奮って日本にやってきたこともあり、企業連との間に挟まれた倉持も打鉄と専用機があるということでそこそこの設備を用意してきて入るが、両隣の外国企業には敵わないようだ。

 コンクリートの照り返しも暑い昼過ぎの船着場だが、屋根付き乾ドックの中は涼しく、ひんやりとした空気が気持ちいい。時折海から吹き込む風が少し蒸し暑い空気を持ってくるが、風通しが悪ければここは寒すぎるかもしれない。

 集められたのは2,3年生の操縦課と専用機持ち(15人)、合わせて123人。そして教員はセレンやスコール含む操縦課担任8人と自衛隊からの3人、実技補佐として各企業のテストパイロットが着いた。

 昨年の反省として非常時の防衛戦力不足が指摘されたため、自衛隊や各企業との事前打ち合わせを念入りに行って昨年の二の舞いを演じないよう対策を取っている。

 

 

「1年の時と同じように専用機持ちは各々のタスクに取り組んでください。それ以外の皆さんは各学年12個の班に分かれてください」

 

 一声でそそくさと分かれると3年と2年がくっついて10人の班ができる。今年は企業連の協力もあって学園から持ち込んだ機体と合わせて十数機用意することができた。さすがに授業よりは1機あたりの人数が増えてしまうが、昨年よりずっとマシで校外学習の間に1人あたり1時間ほどの操縦時間を加算できる。そして班ごとにじゃんけんで勝った順番に機体を選ぶと決められた場所に重い機体を載せたカートを押していった。

 

 

「よぉし、仕事始めだーッ! お前ら、これから2日間キリキリ働けぇ、企業連所属機は今回だけで13機もあるからなァ! 学園のラファールまで入れたら頭痛くなるぞ!」

 

 現場主任、ローゼンタールのアルベルト・ベリンガーがコーラの瓶を片手に声を上げた。企業連は今回16機ものISの面倒を見なければならない。内訳は学園にいる生徒の専用機が4、持ってきたオーギルが5、有澤のオーギルが2、そしてテストパイロットのルイーゼとセレン・ヘイズの2機だ。そこに学園から持ってきたラファールも加わる。

 今回は有澤の敷地内ということもあり、外にある設備は基本的なものだが、いかんせん数が多い。最新式のメンテナンススタンドが5台並び、まるで壁を作るかのようにツールボックスが立ち、あちこちでホログラフィックモニターが浮かんでいた。

 海を見て右隣は倉持、左隣りはポラリスがテントを立てている。企業系のテントと比べれば規模は1/5ほど。だが、密度が高い。メンテナンススタンドは見たことのない形をしたマニピュレーターが生えているし、クラフトボックスと呼ばれる精密製作台は2台が横並びだ。そして一番目を引いたのが小さなキッチンがついていたことだ。更に言えばキッチンとテーブルで狭いテントが半分埋まっている。アイテムの一つ一つにポラリスのシンボルマークであるななつ星が輝いているのも芸が細かい。あのマグカップ欲しい。

 

 

(企業連)にまけるなよー。私は隣の隣(ポラリス)でお茶でも飲んでくるからサー」

 

「所長! ふざけてないで準備手伝ってくださいよ!」

 

「えぇ~、そういうのは君たちの仕事だろう? 私は中身しかイジれないのさ」

 

 白式の開発元である倉持技研第二研究所所長、篝火ヒカルノ。彼女を筆頭にやってきた倉持技研の一行は両隣と比べるといくらか寂しい設備と人員で2機の専用機と3機の訓練用打鉄を捌くわけだが、両隣と比べると国民性の差と言うべきか、限られたスペースを可能な限り効率的に使う手立てが見て取れる。

 3台のメンテナンススタンドと壁際のツールボックスは企業連と似た配置だが、動線が絞られ、メンテナンススタンド同士で工具の出し入れ時に交錯しないよう工夫がされている。

 

 

「よし、そろそろ主役の登場にゃぁ~。うっし、ちょっと気合入れますかね」

 

 遠くに見えた専用機持ち達の影に各テントがざわめきだした。

 

 

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 夏休み直前の校外学習でやることと言えば今までのデータ収集とキャノンボールファスト向け高起動パッケージのテストと相場が決まっている。

 機体を各々の技術者に任せた頃、ポラリスのテントでは企業連のテントで熱弁を振るう櫻以外のポラリスメンバーと箒がお茶を飲んでいた。

 

 

「今回は面倒を見てもらって済まないな、布仏」

 

「のーぷろぶれむのーぷろぶれむ。それに博士からもお願いされたしね~」

 

 クロエの入れた水出しの緑茶を飲みながらメンテナンススタンドに預けられた紅椿を眺める。

 去年の今頃受け取った機体はすでにリミッターの制限も外れて全力を振るうことが出来るようになった。リミッターはどちらかと言えば経験や"操縦の上手い下手"と言うより、心の成長に合わせて解除されていっている感じが強いと箒が確信したのはリミッターが3割ほど解除された時だ。朝の鍛錬を終えて研ぎ澄まされた心で紅椿を纏うと普段なら起動メッセージの中に表示されるリミッターの制限率が大きく下がっていたことに気がついたのだ。それからと言うもの、箒の自己鍛錬はメンタルトレーニングよりになり、ここ最近はセシリアが「2年になってから箒さんは落ち着いていらっしゃいますね」と言うほどになったのだ。

 

 

「しかし、やることが無いと暇だな。去年はどんな感じだったんだ?」

 

「私も気になります。去年は束さまもいらっしゃったようですし」

 

「そうだな…… 私は姉さんに紅椿を貰ってから付きっきりで機体を見てもらっていた記憶しかないな。あとは…… 銀の福音か」

 

「そんなこともありましたね。あとでシャルロットやラウラにも聞いてみましょう」

 

「そういえば、さくさくとしゃるるんとらうらうはひたすらトランプやってたかなぁ~? 今みたいにテーブルで何かしてたのは覚えてるよ~」

 

「それだっ!」

 

 マドカが声を上げるとどこからとも無くトランプを取り出し、手際良くシャッフルし始めた。

 それを4人に配ると「さぁ、なにする?」と言って箒がコケた。

 

 隣の企業連では倉持の技術者を交えて推進系のメンテナンスを行っていた。なぜ倉持の人間が混ざるか。それは打鉄弐式に櫻の手が加わり、企業連のパーツを使っているからだ。いつの間にか結成された打鉄専門のチームが企業連の人間とメンテナンススタンドを囲んであーでもないこーでもないと唸っている。

 そして彼らのボスは隣の隣、BTテクノロジーとその隣、アメリカのクァンティコンアーマメンツ社とそのまた隣、ロシア連邦国防省ロケット・砲兵総局(GRAU)のボスと壮絶なにらみ合いをしていた。

 各々のボスが発する無言の圧力でそれぞれの技術者は己の技術を総動員して他よりも早く完成させ、他よりも遅く飛ばさなければならない。もちろん、単純な意地の張り合いと、データを盗まれる時間を出来るだけ抑えるためだ。

 トップでパッケージインストールを終えたのは企業連。同時進行でアンビエントとネーブルに高起動パッケージを25分でインストールした。それに続いたのがBTテクノロジー。僅差でクァンティコンアーマメンツとGRAUだ。

 だが、互いに牽制し合い機体にコードを繋いだままスタンドから降ろさない。それに乗る候補生はお互いに知った仲であるために「お互い大変だね」と目でコミュニケーションを取っていた。

 

 

「このままじゃ日が暮れるね。ロッテ、ラウラ、乗って。基本テストから始めるよ。2人が飛んだら次はライールにパッケージインストール!」

 

 痺れを切らした櫻が2人に声をかけるとテント内は慌ただしくなる。それに釣られるように他社も続いた。専用機持ちが使う東側が騒がしくなる一方、操縦課一般生徒が集まる西側では普段の授業のように皆が順番に機体を回して、時に日本代表の助言を受けながらそれぞれの技術向上に励んだ。

 

 

「「「「他の奴らの鼻っ柱を叩き折ってこい!」」」」

 

 

 それぞれのボスが候補生に同じ言葉を掛けて空に送り出した。

 

 




執筆ペースが落ちているので次の話は今月終わりか来月になりそうです……
そろそろ打ち切りたいなぁ、と思っているのは内緒。

2015/07/12 字下げしてないことに気づいたので下げました


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