SAO:Assaulted Field (夢見草)
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Ep00: The beginning

皆さん始めまして!夢見草です。此度は数あるSAO小説の中で、この作品に目を通してくれてす。ありがとうございます。それではSAO:AFを楽しんでください。


 強い日差しが、道を行き交う人々を照らしていた。汗が止め度めなく噴き出すような気候の中、ゲームショップと思われる店の前では長蛇の列ができていた。

 

並んでいる人々の年齢層はさまざまだが、皆の顔はどれも期待に目を輝かせる子供のようだった。人々の目当ては《ソードアート・オンライン》と呼ばれる、テクノロジーの進歩が可能にした人類初の“フルダイブMMO”だった。

 

そんな中、少年――瀬田煉夜――はその光景を横目で見、興味なさげに視線を戻し、人でごった返す通りの合間を縫うようにしてぬけていった。

 

「それにしても大変だったな」

 

なにせ煉夜がお目当てのゲームを買うまでに行きつけの店を3件もハシゴしたのだ。まさかSAOと発売時期が被るとはつゆほどにも思っていなかった煉夜は、結果としてSAO待ちの人々の所為で入店ができなかったのだ。

 

そんな煉夜が手にしているゲームの名は《COD:AW3》,大人気FPSフランチャイズの最新作だった。世界中から人気を集めたCODシリーズの新作であるこのゲームは、煉夜が発売を心待ちにしていたタイトルだった。

 

そうして人ごみにもまれながら歩くこと2時間半、煉夜はようやく薄茶色に色あせた壁が特徴の自宅へと帰りついた。少し重いドアを開けて、

 

「ただいまー」

 

煉夜は靴を脱ぎながら言った。

 

「おかえりなさい、遅かったわね。」

 

すると奥から煉夜の母が出てくる、目は薄い青色で、ブロンドの髪をセミロングまで伸ばした明るい雰囲気の美人だ。

 

「まあ大変だったよ。でも無事に買えたから。」

「そう、ならよかったわね。」

 

煉夜はそっけなく返して自室へとつながる階段を上がる。

 

煉夜の自室はウッドデスクとベット、そして本棚があるだけの質素な部屋だった。これは別に煉夜に趣味が少ないわけではなく、単に掃除がめんどくさいからという理由によるものだった。

 

煉夜は、デスクの上のモニターに電源を入れ、PS○を起動させる。そして買ったばかりの《COD:AW3》をセットし、コントローラーを握ってさっそくプレイを開始した。

 

***

 

「やっぱりCODは面白いな。操作性も前作とあまり変わってないし、十分に楽しかった!」

 

開始してからおよそ3時間と45分、煉夜は休憩のためにゲームを止めて、プレイした感想を一人つぶやいた。

 

結果は買ってよかったと思える出来栄えだった。FPS特有の一人称視点からなる、まるで自分がプレーしているかのようなリアル感、そしてスピード感あふれる銃の撃ちあい、そして革新的なゲームエンジンからなる圧倒的なグラフィックなど、すべてが煉夜の期待した以上だった。

 

「ちゃんとクロスボウも、バリスティックナイフに投げナイフもあったし、これから楽しめそうだ。」

 

FPSの醍醐味の一つに、“銃による撃ち合い”が挙げられるが、煉夜のプレイスタイルはあまり銃を好んで使用することはない。弾丸が飛び交う戦場でコンバットナイフを持って、敵をばしばし斬って行くのが、煉夜の最も得意で、お気に入りのスタイルだった。

 

つまり、煉也は全般的に一撃必殺の類の武器をよしとするのだ。おかげでこの3時間強で稼いだ煉夜の合計キル数:2830の内、2710キルがコンバットナイフと投げナイフによるものだった。

 

何ともすさまじいナイファーっぷりである。煉夜がコントローラーを投げ出し、大きく背伸びをしていると、不意にデスク上に放置されていたスマホがなった。

有機ELディスプレイに表示された相手は、篠原和也と書かれていた。

 

「もしもし」

「おー煉夜!今何してる?」

「何ってCODしてたけど」

「やっぱりかよ。なあ、今暇なら一緒にSAOやろうぜ!」

 

煉夜の耳にマイク越しに聞こえてくる和也の声は、興奮を隠しきれないでいた。

 

「まじかよ、今からクラブに顔出そうと思ったのに」

「いいじゃん。今日は自主トレだろ?少しくらいさぼっても罰は当たらねえよ」

 

和也は煉夜の小さいときからの幼馴染で、大がつくほどのRPG好きだった。同時に、今日のSAOの発売日を、首を長くして待っていた一人でもあった。そんな和也の頼みを、煉夜も無下にはできなかった。

 

「分かった。俺もやるよ」

「まじかよ!さんきゅー!待ってるから」

「ああ、じゃあな」

 

そして煉夜は電話を切った。スマホをベットに放り出し、押し入れへと向かう。

 

「確かここらあたりに…お!あったあった。」

 

ものでごった返す押し入れを、煉夜はかき分けるように探しながら、奥でほこりをかぶっていたSAOのソフトとナーヴギアを取り出した。

 

 

煉夜がSAOを持ってるのは全くの偶然で、前に懸賞で応募したら、たまたまβテスト版が当たってしまったのである。その頃、煉夜は全く興味がなかったので、そのまま放置していたのだが、それをクラスメートに話すと、和也を中心にもったいないと愚痴をこぼされたこともあった。

 

「えーっと、確か…ここをこうやって、と」

 

説明書片手に、煉夜は慣れない手つきでセットアップを行っていく。そして、作業開始から15分後、煉夜はようやくすべての作業を終えた。

 

意外と手間取ったことに煉夜は内心驚きつつも、自身の使うちょっと古ぼけたベットに身を横たえた。ヘルメットタイプのナーヴギアをすっぽりと頭から被り、煉夜は電源を付けた。キューンという起動音を耳にしながら、煉夜は起動シーケンスの言葉を発した。

 

「リンクスタート」

 

 

 




夢見草「作者の夢見草です!」
煉夜「一応主人公の煉夜です!」
パチパチ〜
夢「いやあ小説って難しい」
煉「何を今更」
夢「今まで色んな小説んで来たけど、実際に書いてみるとこうも違うとは(汗」
煉「そりゃそうだろ、それにしても駄文だな」
グサグサ!!(←作者への矢が刺さる音
夢「そ、そんなストレートに言わなくても.......」
煉「いいや、お前には此れくらい言っとかないとな。お前程身の程知らずのやつは居ないって」
夢「く、くそう。人の気も知らないで!(涙目」
煉「悔しかったらクオリティーを上昇させてみろ、この駄作者」
クリティカルヒッツ!!夢見草のHPはゼロになった!
煉「メンタル弱いなー。えーと作者が落ちたんで代わりにですが、未だ未だ未熟ですが此れから成長(?)して行くはずなんで、気長に見守って下さい。ホラ、何時迄も寝てないで行くぞ」
ズルズル(←引きずられて行く作者

10月27日 ー煉也の最も〜のくだりのところで、新たに"つまり、煉也は全般的に一撃必殺の類の武器をよしとするのだ。という文章を付け加えました。


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Ep01: Here is a world

まだまだ目標の3千字は遠いなと今回書いてて感じました。それではSAO:AF第2話をお楽しみください。


煉夜は機械的なサウンドを耳にしながら、言語設定、プレイヤーネームを設定、そしてメインのキャラ設定に入る。

 

「キャラ作成か…どうしようかな…」

 

煉夜が驚いたのは、SAOにおけるキャラ作成の細かさだった。目、耳、鼻,髪形は勿論、ベースにしたキャラクターの顔タイプから、プレイヤーが任意で肉付けすることもできるのだ。つまり、望めば現実ではありえない肉のつき方まで出来るのだ。

 

勿論、煉夜が今までやってきたゲーム…FPSかサッカーゲームだけだが…にも、キャラ作成可能なゲームはたくさんやってきた。だから精精そんな物だろうと思っていた煉夜は、軽くショックを受ける羽目になったのだ。

 

「にしてもどうするっかな……いちいち細かくキャラ作成するのもめんどいしな…まあ、顔はそのままにして、瞳の色と髪色だけ変えるか」

 

煉夜は、正確に言うと純血の日本人ではない、煉夜の母、ルクティア=アウヴィーは純血のロシア人である。煉夜は日本人の父と、ロシア人の母から生まれたロシアと日本とのハーフなのだ。

 

母であるルクティアの血を色濃く受け継いだせいなのか、煉夜の瞳と髪色は日本人の特徴である黒色ではない。瞳は深い海を思わせる紺碧色、髪は薄いブロンドで、小さいころ、煉夜は自分と周りにいる同い年の子供たちとの違いを不思議に思って、黒髪と黒目にあこがれたことがあった。

 

ゲームの、仮想の世界ではあるがいい機会ではないかと思った煉夜は、顔の形などはそのままに、瞳と眼の色を黒に変えるだけの小さな変更だけをおこなった。すべての工程が完了し、プレイヤー名レンクス(煉夜)はついにSAOの世界へと意識をダイブさせた。

 

***

 

レンクスが目を覚まし、意識を覚醒させたのは、石畳による広大な通路と、レンガ造り家が立ち並ぶSAOの初期の町である《始まりの町 》だった。

 

頬をなぞる風、聞こえてくる人々の声、顔を照りつける太陽など、すべてが現実そのままだった。初めてのフルダイブを経験したレンクスは、しばらく自分の体を触ってみたり、周りを見渡してみたりと、さまざまな方法でこの世界アインクラッドを楽しんでいた。

 

「よう」

 

少しだけ低い声が後ろからし、レンクスのかたをたたいてきた。振り返ってみると、レンクスと同じ防具を身にまとい、右目の泣き黒子に漆黒の髪をオールバックに束ねている美男子がいた。

 

「えーっと、カズか?」

 

その美男子に全く見覚えがなかったレンクスは、現実のカズに類似しているいくつかの特徴と、声色からほとんど推測で美男子へと尋ねた。

 

「あったりめ―だろ。俺以外にだれがやすやすと声を掛けるかよ」

「それにしても良く見てみれば意外と現実のお前と似てるかもな」

 

驚きのあまり気がつかなかったが、カズの顔は、オールバックスに束ねている髪と、金色」色の瞳を除けば、顔の形も鼻の通り方もレンクスのよく知るカズそのものだった。しかし、周りを見渡してみると、どこも絵にかいたような美男美女で溢れかえっていた。

 

「まあ、俺はすぐにわかったけどな。珍しいもの見たら興味深くきょろきょろするその姿、小さいころから変わってないよな」

「うっさいなあ、余計なお世話だよ」

「はいはい、じゃあさっそく出発だ!ああ、あと俺の名前はKazay(カジェイ)だが…めんどいしいつも通りカズでいいよ」

「じゃあ俺もレンでいいよ」

 

そんなやり取りをしながらレンとカズは第一層迷宮区へと足を進めた。

 

***

 

ほどなくしてフィールドに着いた二人は、ずっと出現してくるモンスターを狩っていた。

 

「カズ!カバーしてくれ!」

「オーケイ!まかせろ!」

 

まったくの無駄のない動きで二人は互いの位置を入れ替わり、攻撃がさばききれなくなってきたレンの代わりにカズが慣れた手つきで攻撃を加えてゆく。

 

「よし!スイッチ!」

「ラジャー!」

 

再び入れ替わるようにして、レンが、牙をむく狼型モンスター《レッドウルフ》へと向かってゆく。片手直剣を下段に構え、モーションを起こす、それを感知したシステムがレンの体絵と力を加えてゆく、爆発するまでに両脚にためられた力を一気に開放させ、新緑のライトエフェクトとともに矢のような速さでレッドウルフへと向かってゆく。ソードスキル《アーク・エッジ》は、レッドウルフの体をいともたやすく突き破り、レッドウルフはカラスの割れた破片のようなエフェクトとともに消え去った。

 

「グッキル。ナイスだなレン」

「ありがと」

 

レッドウルフを倒したことで、手に入ったコル、そして経験値を示すウィンドウが、レンのレベルアップを知らせた。

 

「お!1レベル上がった」

 

レンは僅かばかりの興奮とともに手に入ったポイントを振り分けてゆく、レンのタイプとしてはATKよりもAGIを優先するスタイルなので、ビルドとしてはAGI-ATKといった感じだ。

 

「ようやく慣れてきたっぽいな、レン」

「ああ、おかげさまでな」

「最初のころはあんなにひどかったのに」

 

最初の頃のレンを思い出したのか、カズは苦笑したような表情を浮かべる。最初の頃のレン、それは確かにあまりいいものではなかった。

 

もともとβテスターのカズとはちがい、VRMMOはおろか、RPGさえ碌にやったことのないレンにとって、初めてのフルダイブでの戦闘というのは未知のものだった。おかげで体運びから剣の扱い方まで、一からレンに教わったのだ。

 

そうして2時間ほど根気よく粘ったおかげか、レンの戦闘能力もにカズにおよぶことはないが、だいぶ上達してここらのモンスターに後れをとることはなくなっていた。

 

「そろそろ少し休憩入れるか」

「そうだな、いいアイデアだと思うよ」

 

今まで戦闘しっぱなしだったレンたちは、一旦戦線を離脱し、モンスターのポップする心配がない草原へと足をむけた。新緑に染まる草のじゅうたんに腰を落とし、レンは目の前に広がる景色を眺めた。さっきまで透き通るような青色だった空は、茜色にそまり、とてもきれいだった。

 

「きれいだよなあ」

 

同じく景色を見つめていたカズが、簡単のつぶやきを漏らした。確かにきれいだ、とレンも素直に同意した。どれくらいそうしていただろうか、心地よい風を体いっぱいに感じて寝そべっていたレンたちの体を、突如としてまぶしい光が包んでいった…

 




夢「フンフ~ン」
レン「どうしたんだ鼻歌なんて歌って、気持ち悪」
夢「うっさい。今日は待ちに待ったFATE/STAY NIGHTのUFOテーブルリメイク版の放送なんだよ。そりゃテンションも上がるって」
レン「そういやそうだったな」
夢「しかもルートはUBW!マジさいこ~」
レン「でもだからって小説さぼったりするなよ?
夢「ナ、ナンノコトデショウ」
レン「当たり前だろこのアホ」
夢「でもデスティニーもゴーストもやりたいし...]
レン「つべこべ言うな」チャキン
夢「分かりましたからナイフをおろしてください」
レン「ったく」


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Ep02: Changing World

まさかのミスって途中で投稿って....でもようやく3千字越え出来ました!そして気づけばお気に入り件数が10件とは。うれしいです!それでは《SAO:AF》三話をお楽しみください。


突然、リーンゴーン、リンゴーンという鐘の音とともに輝かしいまでの光に包まれたレンが気づいた時には、先ほどとは違い、中世ヨーロッパ風の建物が沈みかけている夕日に照らされ金色に染まった始まりの街だった。

 

始まりの街のどこかだろうと判断したレンは、次々と転送されてくるプレイヤーたちを視界に入れると、転送された際にはぐれただろうカズを探すために歩を進めようとした時、

 

「おい!あれを見ろ!」

 

と、一人の勇者風の端正な顔立ちをした男性プレイヤーが、茜色に染まりきった空を指差した。そこには、異様な風景が広がっていた。

 

突如、深紅に染まる赤いタイルのようなものが、第一層の空を染め上げていった。よく見てみれば、それは二つの英文が交互に表示されていた。【Warning】、そして【System Announcement】と書かれていた。

 

ああ、ようやく何かしらの運営アナウンスがあるのだな、とここにいる一万人弱のプレイヤーだれもがそう思った。

 

トレッドパターンに表示された文字の中間の隙間から、血のように真っ赤に染まる粘性を帯びたナニカがドロリ、と垂れてきた。ソレは突如空中で形を変え、現れたのは二十メートルは優に超えるだろう深紅のフード付きローブに身を包んだ巨大な人間だった。

 

ローブから垣間見せる顔の部分にはあるはずの顔がなく、巨人が身にまとっている深紅のローブと相まって一層不気味だった。公式アナウンスメントを告げるだけにしては過剰な演出、その演出にレンはどうしようもなく不安に駆られた。

 

『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ』

 

低く、しかしはっきりと通る声が広場に響く。誰もが状況を飲み込めずに、唖然としているのを、まるで意に介していないかのように言葉をつづけた。

 

『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

だれかが息をのむ声が聞こえる。茅場晶彦、その名はFPSにしか興味がなかったレンも耳にしたことがあった。

 

若き天才ゲームデザイナーにして、世界最高峰の頭脳を持つ量子物理学者、フルダイブ技術を確立し、それに必要な機具であるナーヴギアを開発、さらには世界初のVRMMORPGとなるこのSAOを作り上げた人物。ゲーム関係の雑誌ではもう何度もインタビューが特集されている。

 

間違いなく世界でいま最も注目されている茅場晶彦が今目の前に立っている…その事実を知ったレンは、少なからず驚愕した。そして、茅場の言った私の世界へ、という言葉。ふつう考えれば、ゲームクリエイターとしての立場からの言葉だろうが、レンは違う。茅場の無機質な声を聞いた瞬間、いやな予感がレンに芽生えた。

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す、これは不具合などではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。』

「はい?」

 

予想の斜め上をゆく茅場の発言に、レンは思わず素っ頓狂な声を上げる。ログアウトボタンの消滅、その事実を初めて知ったレンは、急いでウィンドウを操作する。しかし、まさかそんなハズはないだろうと思っているレンをあざ笑うかのように、ログアウトボタンは存在してなかった。

 

「ウソだろ……」

 

そんなレンのつぶやきは、続く茅場の声にかき消された。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない…さらに、外部の人間によるナーヴギアの解除、または停止もあり得ない。もしそれが試みられた場合――』

 

僅かにためられる間、訪れた静寂にレンの胸がざわつく。

 

『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を焼き切るだろう』

 

脳の破壊、つまり殺すということ。いきなりの殺人宣言に、重い緊張とともに静寂を保っていたプレイヤーたちがザワつく。

 

――脳を焼き切るだって?何言ってんだあいつ――

――そんな無茶どうやって――

 

現実を飲み込めていないのか、はたまた現実を拒んでいるのか。聞こえてくる声はどれも,掠れ、弱弱しかった。

 

「ふざけんじゃねえよ!信じねえ…信じねえぞ俺は。これも何かの演出なんだろ、グダグダ言ってねえでさっさとここから出しやがれ」

 

張り上げるような大声で武者風の顔立ちをしたプレイヤーが、悠然と浮かぶ茅場に対して指をさした。それに後押しされるように、ほかのプレイヤーも騒ぎ始める。罵倒、憤怒、嘆き、さまざまな感情がまるでミキサーでミックスされたようにぐちゃぐちゃに入れ交る。しかし、そんなプレイヤーたちの言動を、まるで気にしていないかのように茅場は抑揚を変えることなく続けた。

 

『しかし、存分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでに唯のゲームではない。ゲーム内のヒットポイントがゼロになった瞬間、君たちの脳はナーヴギアによって破壊され…君たちは現実世界から永久に消滅するだろう』

 

とたん、再び場を静寂が支配した。ゲームでの死=現実世界での死。この、シンプルかつどこまでも残酷なその方程式は、不思議とすんなりレンの頭に浸透していった。

 

思わずレンは自分のステータスを見る。グリーンで表示されるこのHPバーがなくなってしまえばこのポリゴンで構成されたこの体だけではなく、今現実で眠っている自身の体さえも死んでしまう…その事実にレンは思わずぞっとする。

 

それと同時に何故?という疑問が生じた。天才と言われ、ほしい名をものにしてきた茅場がなぜこんなデスゲームじみたことをしたのか…レンは無意識のうちに、風にはためく深紅のローブを見つめた。

 

『諸君らがゲームから解放される条件はただ一つ、先ほども述べたとおりこのゲームの第百層を攻略すれば生き残ったプレイヤーすべてを解放することをここに約束しよう』

 

脱出するにはこの第百層をクリアするしかないと茅場は言った。違う、俺が求めてるのはそんな回答じゃない。だんだんと湧き上がってくる恐怖と茅場に対する怒り、その二つの感情がせめぎあいぐちゃぐちゃになっている思考をどうにか押さえつけてレンは冷静に事を見つめることにした。

 

『それでは最後にこの世界が諸君らにとって唯一の現実である証拠を見せよう。アイテムストレージにアイテムを送った。確認してくれたまえ』

 

促されるように、レンはアイテムストレージを開く、プレイして間もないレンの質素なストレージの中に《手鏡》なるアイテムが存在していた。

 

レンがクリックし、アイテムを実体化させると何の変哲もないごく普通の手鏡があらわれた。レンが不思議に思って鏡をのぞきこむと、転送たせられた時と同じようにまぶしい光に包まれた。ほんの二、三秒、光が解け、何が起こったんだ、と再びレンが手鏡を覗くと

 

「な!そ…そんなバカな」

 

日本人の特徴ともいえ、憧れでもあった黒髪黒目ではなく、母から受け継いだその瞳は深い海を思わせる紺碧色、そして、スパイキ―ショートにまとめられた薄ブロンドの髪、目はくっきりと鼻もスッと通っていてしていて、全体的に整っただれもが美青年と称するだろう、現実世界そのままのレンの姿が映し出されていた。

 

あわててレンが周りを見渡すと、さっきまでまるで物語にでも出てくるかのような美男美女ぞろいだった集団が一変、いたって普通の顔立ちの集団に変わり、その男女比率も大きく崩れていた。突然の出来事にますます困惑の気色が深まるレンを余所に、茅場による説明は続いていった。

 

『諸君らは何故?と思うだろう。これは身代金目当てなのか?はたまた新手のテロなのか?と』

 

今までと同じ抑揚で話していく茅場、しかし、レンは違った。一見変わらないように聞こえる茅場の声だったが、その言葉一つ一つに今まではなかった茅場自身の感情が表れているように感じた。あらわにした感情は何なのか、『情熱』、『憧憬』次々と浮かんでくるが、そのどれも違うだろうと、レンは結論付けた。

 

『私の目的はただ一つ。私はこの《ソードアート・オンライン》を鑑賞の為のみ考案し、作り上げた。そして私の目的は達成した…以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

そう、一言告げて、茅場の姿が蒸散していった。再び、アインクラッドの空が自然な色合いに戻る。

 

茅場が消え去ってからの間、誰も言葉を発することはなかった。皆、あまりの突拍子すぎる事実にだれも理解しようとは、いや、そもそも受け入れようとすらしていなかった。

 

きっと何かの悪い冗談だ。ただのガラの悪いイベント演出で、きっと何もなかったかのようにログアウトできるだろう、と。

 

「き、キャアアアアアア」

 

突然響くだれかの叫び声、限界まで追い詰められたようなその声に、今までで抑制されていたプレイヤー達の感情の渦が、この始まりの街に爆発した。

 

「ふざけんな!ここから出せよ」

「いやだよ。そんなことって」

「これから塾があるのに」

 

一言では表すことのできない感情の爆発。レンもまた、普段の冷静さを失い、ただぼうぜんと立ち尽くしていた。

 

ログアウトができない?hpがゼロになったら現実の体も消滅するなんて、そんな不条理あっていいはずがないだろ。いつも快活に動いていた体はまるで鉛をのんだように重く、体の熱は冷水につけられたように冷たくなっていった。

 

あまりの出来事に思考は停止し、ひたすら湧き上がってくる恐怖という名の感情に自分を押しつぶされそうになり、どうにかなってしまいそうだった。そんな状態で、なにもできるわけがなく、カカシのように立ち尽くしていたレンの腕を、不意に誰かが引っ張った。

 




レ「さて、覚悟はいいか?」
チャキン(←ナイフ出しながら
夢「いや、ほんとすいません(土下座)」
レ「一応理由は?遅れたのにはちゃんとした理由があるんだろ?」
夢「ゴーストと、Bo2と...デスティn」ザシュ!
レ「処刑だね♪」
夢「(...ゴフ)」
レ「ほんとに駄作者だよな」
夢「そ...そんなことは...な...い...(バタ)」
その後、夢見草を見たものはなかった...
レ「遂に逝ったか」
夢「じゃなーい!人を勝手に殺すな!」
レ「チッ」
夢「ねえ今舌打ちしたよね?ねえ?」
レ「読んでくれてありがとうございました!それじゃあ!」
夢「勝手に終わらせないでよ...」



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Ep03: A resolution

最近、何やら朝は冷え込み、昼は暑かったりする何とも言えない気候に体調を崩しかけたり、休みが少なかったりと散々だなーと思ったりするこの頃。だれか私に休みをPlease!な感じです。まあそれなりに楽しいこともあるので好きな娯楽を楽しみたいです。それでは、《SAO:AF》第四話をお楽しみください。


まるでローマのヴェネチアに似た、迷路のような通路を、まるですべて把握しているかのようにするすると抜けてゆく。

 

混乱が渦巻く始まりの街の広場から聞こえてくるさまざまな声はすでに聞こえなくなり、それにつれて停止していたレンの思考力も少しずつ回復していた。顔を見上げ、自身の引っ張る人物の顔を確認した。先ほどまでとは打って変わり、覗かせる横顔は力強く、吸い込まれるような漆黒の瞳からは、煌々と輝く強い意志を写す。纏う雰囲気は別物だったが、それは紛れもなくレンのよく知るカズそのものだった。

 

終始無言でレンを引っ張り続けたカズは突如として立ち回り、状況を飲み込めずに困惑の色を顔に浮かべているレンに向かい合い、

 

「これから俺はβテストの頃の知識を最大限に生かしてフィールドに向かう。レン、お前も来ないか?」

 

と、いつになく真剣な表情でレンへと尋ねた。しばらく、レンは絶句した。デスゲームとその姿を変えたSAOは今、レンたちプレイヤーは常に死と隣り合わせのようなものである。ましてやそんな状況フィールドに出るなど、死地にわざわざ飛び込むも同然である。思わずレンは長らくの親友の正気を疑った。

 

「何故だ……どうしてフィールドに出ようとする?この状況でフィールドに出れば….

死に行くようなもんだろ」

 

消え入りそうなほどに震えた声でレンはカズへと疑問をぶつける。するとカズはニカッと笑みを浮かべ、

 

「MMOってのはリソースの奪い合いだ、早ければ早いほど有利なんだ。まあ、そんなことは俺にとってどうでもいいんだ。確かに、ずっと引きこもっていれば安全だろう。でも、アイツが言た通り、脱出するには誰かがやらないといけない。たった一度きりの人生、楽しまなきゃ損だろ」

 

とんだ楽観的思考である。しかし、一点の曇りもなく、毅然と笑うカズの姿を見て、レンは自身の震えがおさまっていくように感じた。

 

今フィールドに行けば死と隣り合わせは確実。でもカズの言うとおり誰かがやらないと始まらない。なら…俺は……レンは顔を上げ、幼い子供のように輝くカズの瞳を覗きこんだ。

 

ああ…カズは変わらないな。どんな時も前を向いて…そんなアイツにどれだけ助けられてきたことやら…...

 

不思議と、今までまとわりついていた恐怖心がなくなっていくのをレンは感じた。風前の灯も同然だったレンの心に再び火がともる。胸の内に芽生えた新たな決意とともにレンは返事を待っているカズに返した。

「分かった。俺もお前に付いていく」

「そうこなくっちゃな!じゃあ行こうぜ」

 

再び爽やかな笑顔を浮かべ、カズが突出してきたこぶしに、レンも自身のこぶしを合わせ、力強い足取りとともに二人はフィールドへと向かった。

 

***

 

デスゲーム開始の宣言が茅場によってもたらされた後のキリトの行動はとても早かった。数時間前ほどから行動を共にしてきたクラインをつれて、一緒に次の街であるホルンカの村へと来ないかといった旨を伝えた。

 

当然付いてくるだろうと思っていたキリトの思惑は、しかし、ボイスチェンジャーの機能がなくなり、180度変わったクラインの声によって否定された。

 

「おりゃあ、まだ広場に仲間がいるはずなんだ。一緒に徹夜して並んだ仲間だ。みすみす置いていくわけにゃあいかねぇんだ」

 

二人ならなんとかなる。でもこれ以上人数が増えてしまうと…キリトは思考を巡らせていた。すると、よほど表情に出ていたのか、クラインはキリトの肩をたたき、

 

「大丈夫だよ。俺たちで何とかして見せらぁ」

 

と告げた。そう言われてしまうとキリトはなにも返すことはできなった。覚悟を決めて背を向けた。

 

「キリト!おめえ結構かわいい顔してんな」

「あんたも今のほうがカッコいいよ」

 

そんな軽口をたたきあいながら、二人はそれぞれの道へと進んだ。その後のキリトは、初期装備の皮防具に身を包み、青々とした若葉生い茂るフィールドをわき目も振らず走り続けた。

 

かなりの速さで駆け抜けたため、もはや始まりの街は遥か彼方に霞んでいた。道中、キリトを襲ってくるモンスターはすべて、この世界の現時点で最も価値があるだろうβテストも知識をフルに活用し、戦闘を展開するキリトの前に、障壁にすらなりえなかった。

 

すべてはこの世界で生き残るため、それが、クラインすら置き去りにしてきたキリトの決意だった。

 

「すいませーん、少し待ってくださーい」

 

少し高めの、ソプラノ声が聞こえてくる。キリトが振り返ってみると、ずっと追ってきたのだろうか、少女が息を切らせながら立っていた。

 

「ハアハア……あの…一緒に付いていってもいいですか?」

「ええーと…その…」

 

あまりの突拍子な出来事に、キリトは言い淀んでしまった。

 

かがんでいるので、同い年くらいだろうか、目の前の少女の顔を窺うことができなかったが、アインクラッドの夕日に照らされ、煌びやかに光る藍色の髪がとても印象的だった。

 

「いいけど、君は…」

「ありがとうございます!私、レナって言います」

 

レナと名乗った少女は、顔を上げながら、笑顔でそう言った。

 

陶磁器のようにきめ細かい白い肌、ツインテールに纏められた藍色の髪、それと対照的な黒く大きな瞳、まるで人形のように整った顔で笑うレナは、だれが見ても綺麗だった。

 

「俺は、キリトだ。よろしくなレナ」

「はい!」

 

その笑顔を見て自身の体温が高くなるのを感じたキリトは、目の前の少女に悟られないように歩を進めることにした。

 

***

 

「ふっ!!」

 

レナの立ちぶるまいなどから、元βテスターというわけでもないだろうと推測したキリトは最初、不安だったが、結論からいって、それはただの杞憂に過ぎなかった。

 

知識は別として、レナの戦闘能力は非常に高かったのだ。何の変哲もない短剣を、まるで自身の手先のように自在に操り、敵を翻弄するその姿はまるで舞を踊っているよう。

 

キリトは、今が戦闘中だということも忘れて、そんなレナの姿をしばし見つめていたが、フレンジ―ボアが迫るのを確認すると、再び意識を集中させた。

 

βテストの頃見飽きるほど戦ってきた相手だ、キリトにとってそこまで注意をするべきものでもなかった。ボアの突進に合わせてキリトは片手直剣を構える。イノシシの名の通り素早い突進を左に避け、その横腹に水平に剣を振る。

 

それでも怯むことなくなお突進してくるフレンジ―ボアに対し、キリトはソードスキル――バーチカル――を放つ。青色の輝かしいライトエフェクトとともに、二連撃の剣の軌跡が、フレンジ―ボアへと牙をむく、カウンターにも近いその攻撃は、フレンジ―ボアに反応させる暇を与えることなくHPを削り取り、鈍い破裂音とともに消え去った。

 

「終わったみたいだね」

 

戦闘が一息ついたところでレナがキリトに駆け寄ってきた。

 

「ああ、そっちは大丈夫か」

「もっちろん!大丈夫だよ!」

 

エッヘンと胸を張るレナにキリトは思わず苦笑してしまった。

 

「もおーバカにしてー」

 

そんなキリトの態度が気に入らなかったのか、レナはそっぽを向いてしまった。

 

「ゴメンゴメン。ついね」

「まあいっか。じゃあ先いこ?」

「あ!ちょっと」

 

そんな弁解に穏やかに笑い、レナはキリトの腕を引っ張って先へと進んでいった。

 

***

 

キリトとレナの二人は、数多くの戦闘を、危なげなくこなしながら、着々とホルンカの村へ近づいていった。

 

二人のコンビネーションは、烈火のごとき激しさ、そして堅実。舞い踊るレナにキリトがフォローしながらモンスターを倒してゆく。順風満帆ともいえる二人の戦闘は、しかし、レナがあるモンスターを屠ったことで一変した。

 




夢「どうも!作者の夢見草です!」
レ「レンだ」
夢「そして今夜はスペシャルゲスト!本作品三人目のオリキャラ、レナに来てもらいました!」
レナ「どうも!レナです♪」
パチパチパチー
レ「あれ?カズは呼ばないのか?」
夢「うーんスケジュールになかった」(←ネタ帳を確認しながら
レ(あ、カズが陰で泣いてる)
レナ「私、結構いきなり本編に現れたけど...なんで?」
夢「構想ではキリトの登場と同時期に出すのは決まってたんだけど、何よりも今までレナの性格に色いろ四苦八苦したのが理由かな」
レ「珍しいな。あんたがそこまで熟考するのは。俺とカズなんか結構適当だったくせに」
夢「(ギク!)そ、そんなことない。うん。」
レナ「焦ってる焦ってる」
夢「本編では、レナにはある重要な役割があるんだ。だから仕方がないね」
レ「ほお、駄作者の割にはちゃんとしてるな」
夢「相変わらずだな。で、決まったのが快活で明るい性格ってわけ」
レナ「ふーん。そおだったんだ」
レ「文章力のなさがレナの性格を表しきれてないがな」
夢「ハア...少しは褒めてくれても...」
レ「却下で」
夢「ハハハハ(遠い目」
レナ「あ!作者が!」
レ「いいんだ。ほっとけどうせまたゴキブリの如く生き返ってくるさ」
レナ「そんなもんなんだ。じゃあ、そろそろ締める?」
レ「そうだな」
レナ&レン「「ここまで読んでくれてありがとうございます!!」」



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Ep04: Show down

どうも、夢見草です。先日の台風のせいでせっかくの休みがつぶれてダラーっと家で過ごしてました。今回の話は戦闘描写がありますが、正直ちゃんと描けているか不安です。それでは《SAO:AF》をお楽しみください。


βテスト初期の頃、キリト達がいるこのフィールドは、初心者たちの手ごろな狩り場として有名だった。そんな中で、多くの犠牲を出したモンスターがいた。

 

名を《リトルぺネント》の“実付き“と呼ばれるモンスター。その、植物にも似た体躯の頭上に付いている実が割れると、たちまち周りのモンスターを呼び寄せてしまうという実に厄介極まりない効果を持ち、それを知らずに多くのプレイヤーが身を割って、自らの首を絞めた。

 

この話はβテスターたちの中では有名な話であり、キリトもまた、十二分に警戒してモンスターを倒していた。

 

しかし、そんなことを知らないレナは、いつも通りリトルぺネントを倒そうと飛びかかった。

 

「待て!レナ!そいつを……」

 

“倒すな”あいつが“実つき”だと分かったキリトは、レナへと制止の声をかけるが、ソードスキルモーションに入ったレナは、止められるはずもなく、ソードスキル《ドロップ・ダウン》が、黄色のエフェクトを帯び、まるで落雷のようにリトルぺネントの“実”ごとかち割った。

 

「くそ!!レナ、構えろ!」

 

キリトは悪態をついて《索敵スキル》を発動し、まわりを警戒し始める。すると、夥しい数の反応がキリト達に向かってくるのを確認した。

 

あたりの茂みからわらわらと様々なモンスターが姿を現す。《ウルフ》、《リトルぺネント》、《フレンジーボア》ざっと見積もっても二十匹以上にも上るだろうその数は、デスゲームと化したこの場において脅威以外の何物でもない。

 

「キャァァア!!」

 

恐れを帯びたレナの叫び声が、深緑の森に木霊した。

 

***

 

レンとカズは、始まりの街を出た後、無理なく少しずつ確実にモンスターと戦ってきた。

 

「ハァァァ!!」

 

向かってくるウルフに対して、レンはソードスキル、《アーク・エッジ》で迎え撃つ。スキル使用直後の硬直時間が、レンの体を縛るが、それをカバーするようにカズがほかのモンスターへと追撃する。まるで暴風の如きすさまじい剣戟と共に、カズは次々とモンスターを斬り伏せてゆく。

 

「サンキューカズ」

「何、これくらい楽勝だって」

 

息の合ったコンビネーション、言葉など発するまでもない。物心ついたときからずーっと一緒だったレンとカズにとっては、こんなことは朝飯前も同然だった。

 

見える範囲のモンスターを屠りつくした後、レンは自身の索敵スキルを発動する。数匹ほどの微弱な反応はあれど、周りに新たな脅威となるような大きな反応はなく、レンは大きくため息ををついた。

 

「大丈夫かよ、少し休憩するか?」

「いや大丈夫だ」

「無理すんなよ。こんな状況だ、精神的に疲れてもしょうがない。元々VRワールドってのは精神的な疲労が多『キャァァア!!』」

 

そう説明するカズの声を、不意に少し高めのソプラノの悲鳴がさえぎった。そしてその声色は、切羽詰まっている状況だということをレンたちに諭すには十分だった。

 

「おい!カズ!!」

「ああ、行くぞ!」

 

そして二人は、カズの展開する索敵スキルを頼りに、悲鳴の発生源へと駆け出した。

 

***

 

「ハァハァ…数が多すぎる!!」

 

近づいてくるリトルペネントを斬り伏せ、キリトはそう毒づいた。まるで寄せては返す岸波のように湧いてくるモンスターたちを倒しながら、先に異変が起きたのはレナのほうだった。

 

いくら戦闘能力が高いとは言っても、レナもキリトとほぼ変わらない年齢、加えて、キリトのようなβテストでの経験があるわけでもなく、迫りくる触手、牙に突進がどれも確実に命を削ってゆくとあれば、恐怖に足がすくんでしまっても仕方ないというもの。

 

それでも大丈夫と自分に言い聞かせ、手にした短剣をふるい続けたレナだったが、ふるう短剣には先ほどまでのキレがなく、遂には主の心情を代弁するかのように短剣の耐久値がなくなり、砕けてしまったのだ。

 

それからはキリトがレナを庇いながら戦い続けた。庇いながら戦うキリトには、いちいち“実つき”かそうでないかなどの判断をする余裕などなく、時々現れる“実つき”を割ってしまってはまた湧いてくるという負のスパイラルが続いた。

 

HPを削られながらも敵を倒し続けてきたキリトも、長時間の戦闘と、プレッシャーからなる疲れに少しずつ消耗してゆく。しかし、そんな事とは関係なしにもモンスターたちの攻撃の手が止むことはなかった。

 

「これでも……喰らえ!!」

 

この状況を、少しでも買えようと、キリトは渾身の一撃を放つ。しかし、リトルぺネントはあろうことかその一撃を長い触手でブロックしたのだ。ガラスの砕けるようなエフェクトと共にキリトの片手直剣が折れた。

 

もう終わりだ…

 

パリィを決められ、ひるんだキリトの体へリトルペネントが襲いかかってくる。万事休す。なす術なく、キリトは襲いかかる死に目を閉じた………

 

 

 

「ク、ソォ……」

 

しかし、来るはずの衝撃が、キリトの体を駆け巡ってはこなかった。

 

不思議に思い、恐る恐る目を開けてみると……自分と同じ片手直剣を両手で支えながら横に構え、苦悶に表情をゆがめながらも、リトルぺネントの触手を受け止めている、薄ブロンドの髪が印象的な、少年が目に入った。

 

「うおおォォォォッ!!!」

 

薄ブロンドの剣士は、咆哮しながらもリトルペネントの触手をはじき返した……

 

***

 

まさにキリトが攻撃されようとしていた時、レンは、自身のAGIを限界まで引き出し間に割って入った。

 

空気を切り裂くように迫ってくる触手、レンは腰に納めていた剣を抜刀し、そのままの流れで触手を剣で受け止める。レンの筋力ステータスとリトルぺネントのステータスとが激しく鍔迫り合いを始める。7:3の割合でAGIにステ振りをしているレンの筋力は、リトルペネントのそれに勝ることができず、少しずつ押され始める。

 

「うおおォォォォッ!!!」

 

差し込まれる前に、レンは刃をずらし、力を受け流すようにして触手をはじいた。パリィによってバランスを崩され硬直するリトルぺネント、

 

「喰らえ!!」

 

そのスキを逃さず、カズがソードスキル《ベルティ・スレップ》による痛烈な斬り上げを放つ。ズブリッと握る剣に不快な感触を残して、リトルぺネントの体はガラス片となって蒸散した。

 

「レン!まだ戦えるか!!」

「当たり前!!」

 

レンとカズは背中合わせになりながら、互いをカバーしあうように周りを見渡す。

 

少なくとも20匹、モンスターの姿形は様々だが、どのモンスターも目に見えて明らかな敵意を放っている。肌を突き刺すようなそのプレッシャーにレンは息をのむが、背中から感じるカズの温かさが、なぜかレンの心を落ち着かせていく。

 

「基本は一緒だ!カバーは任せて一匹一匹確実に仕留めろ!」

「分かった!信じてるぞ!」

 

レンの目の前にいるリトルペネントの間合いの外、約十メートルの所から、懐から取り出した投擲用ピックを二本取り出して投擲する。二本のピックは狂うことなくリトルペネントの体に突き刺さりHPを削る。

 

ピックには全てのHPを削るほどの威力はないが、ひるんだスキを狙ってレンは一気に間合いを詰め、勢いを利用して素早い切り下げをリトルペネントの腹に喰らわせる。

 

再び動き出したリトルペネントは、その触手をムチのように振るう。その攻撃を受け止めるのは無理だと判断したレンは横に跳んで体をひねる。触手がレンの肩を掠めるのも気にせず、レンは地面をけってまるでスライドするように再び間合いを詰める。リトルペネントの触手付け根あたりに一閃、それだけでは終わらない、普通ならあり得ない速度で手首を切り返し、更に一閃する。縦横二連撃ソードスキル《ダブル・アクセル》すべてきれいに喰らったリトルペネントは蒸散する。

 

だが、スキル使用による硬直時間がレンに大きなスキを作る。ウルフは、その鋭い牙を向け、レンの腕に喰らいついてくる。断続的に伝わってくる不快感が確実にレンのHPを奪ってゆく。少しずつ近づいてくる《死》、だが、レンは臆することなく、腕から振りほどき宙に浮かす。

 

「消えろォッ!」

 

何もできないウルフへピックを右手で投擲し、あいた左手の片手直剣で力の限り斬りつける。

 

肉を切らせて骨を断つ。当にその言葉が相応しいレンの戦闘は、ピリピリとした気迫が、はたから見ていることしか出来ないキリトとレナにも伝わってきた。

 

その頃、ろくにRPGなんてしてきたことがなかったレンのために、カズはモンスターのほとんどのヘイト値を自分に向けさせ、レンにかかる負担を減らしていた。わらわらと集まってくるモンスター達の間をすり抜けるように攻撃してゆくカズの圧倒的な戦闘力を前に、モンスターのほとんどは彼に手傷一つ負わせることなくただ散るのみだった。

 

「ふう」

 

緊迫した戦闘の中でも冷や汗一つ掻くことないカズは、ちらりとレンのことを見た。

 

いったい何体目なんだ、コッチもそろそろ……

 

もう何度目かわからないモンスターの消えゆくエフェクトを見、レンは疲労した頭でそんなことを考えていた。長時間の戦闘で疲れ切ったレンは、迫りくる三体のフレンジ―ボアに気づくことができなかった。

 

「レン!!後ろだ!!」

 

切迫したカズの叫び声、

 

「ガハッッ!!」

 

レンが振り向いたときには、三体の体当たりによってまるでパチンコ玉のように体が吹き飛び、あたりに聳える木の一角に激突した。

 

体当たりと、木にぶつかった衝撃で、レンのHPバーは危険値のレッドに染まり、先ほどまで握っていたはずの片手直剣はどこかにはじかれてしまった。

 

そんなレンを好機と見たのか、三体のフレンジ―ボアは一斉にレンへと向かってゆく。剣はすでになく、HPはとうにぎりぎり、殺意に体が凍りつく、心臓は馬鹿みたいに拍動し、恐怖に思考が停止する。そんな中で、湧き上がった感情は……一つだった。

 

――イヤダ、コンナトコロデ…シニタクナイ!!――

 

「うわぁぁぁぁァァァァ!!!」

 

レンは所持していたピックすべてを両手にまとい、スキルを発動。システムの補助を受けて高速でピックが飛翔してゆく。

 

投擲スキルの中でも上位に位置する十八連投擲スキル《アストラル・レイン》は鳩羽色の光の尾を引きながら余すことなくフレンジ―ボア達の至る所に突き刺さり、ガシャアアと音を立ててポリゴン片となった。レベルアップのテロップがどこか遠い彼方のように聞こえ、レンは意識を手放した。

 

 

――スキル《A(アサルト)-ナイファー》を修得しました。特殊短剣《桜花》を手に入れました。――

 




夢「罠にかかった狼は足を噛み切るんだ。撃て!」(←リボルバーを構えて
レ「どうしたんだ?いきなり」
夢「いや、今回の話かいてたら何か思い浮かんじゃってさ」
レ「確かBF4、初っ端のダンのセリフだったっけ?」
夢「そうそう、所見のとき、あれで泣いてしまった。ほかに手はないのかなーってさ」
レ「まあ、あれは最初っからクライマックスだよな。でも、ゴーストでも同じようなシーンがあったよな?」
夢「ロークにローガンがトドメをさすやつか。確かに言われてみれば、まあなんにせよ今回の話は難しかった」
レ「ふーん?何やら新しいスキルを修得したっぽいが...」
夢「ああ、《A-ナイファー》のことね。ぶっちゃけると、あれがこの話のユニークスキルその1だよ。」
レ「その1?てことは他にもでるのか?」
夢「まあそれは追々、内緒ってことで」
レ「なんだよ、つまらね」
夢「まあまあそう言わずに、それじゃあ締めるか」
レ「オッケー」
レ&夢「「ここまで読んでくれてありがとうございます」」


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Ep05: Refrain&Skill

新しく11月にはCODシリーズの新作である《COD:AW(アドバンスド・ウォーフェア)》が発売されるんですが、PVとか見てると今までのCODシリーズとは全く違うので、楽しみな半面どうかな?とも思います。とはいっても私はNoobなのでいっぱいキルされるのには変わりなさそうですが(笑)


「じゃあ約束だよ」

「破ったらハリせんぼんのます、だよね?」

 

遠い夢を見ていた。

 

小さいころに交わした、名も知らない少女との約束。しかし、今のレンにはもう少女の顔すらおぼろげだった。

 

 

レンがまだ幼かった頃、レンは週四のサッカークラブの後に、練習場の近くにあった公園の原っぱに座って空を眺めるのが好きだった。その日もレンはいつも通り空を眺めていると、不意に、座っている少女が目に入った。純白のワンピースに身を包んだ綺麗な顔立ちの少女、しかしその顔には悲しみが見てとれ、くりくりとしたかわいらしい目には涙を浮かべていた。

 

「どうしたの?」

「……………………」

 

不思議に思って尋ねてみても、返事が返ってくることはなかった。どうすればいいかも分からずあれこれとレンは悩んだ結果、エナメルに入っていたボールを手にとって、少女の腕をつかんだ。

 

「ちょ…ちょっと」

「一緒にサッカーしようよ!」

 

最初は不満の色がありありと見てとれた少女の顔も、ボールをけっていると次第に和らいでいるのを見て、レンはほっとした。

 

その次の日も、その後も、二人は言葉を交わすことなくただサッカーをして楽しんでいた。そんな時間が、何の変哲もない簡単なパスあいだけだったが、レンにとっては新たな楽しみとなっていた。

 

そうして一週間がたった後、その日はいつもと違い、少女は原っぱで泣いていた。どうしていいかも分からず、レンはそっと隣に座った。十分ぐらいだろうか、一言もしゃべることのなかった少女が不意に口を開いた。

 

「ねえ、キミはこの世界が好き?」

「うーん、そうだなあ……」

 

思い浮かべたのは、学校のことや友達、好きなサッカーなどだった。きつい時もあるが、どれもレンは好きだった。

 

「うん、僕は好きだよ」

「そっか…私は嫌い」

「どうして?」

「私ね、お母さんがきびしいからあんまり好きな事が出来ないの。今日も、ピアノのレッスンのことでお母さんと喧嘩しちゃった」

 

そうつぶやく少女の声は悲しそうで、レンは気づけば少女の手を握っていた。

 

「大丈夫。君のお母さんも分かってくれるよ、だから泣かないで、笑っていたほうが似合ってるよ」

「じゃああなたは?私のこと分かってくれる?」

「うん!もちろん」

 

レンがそう言うと、泣いていた少女も笑顔になった。レンが握っている手を強く握り返し、少女は少し不安げな顔でレンに尋ねた。

 

「もし、私が助けてほしいときに、キミは私を助けてくれる?こうやったまた話してもいい?」

「うん、いいよ、約束する。僕が君を守るから」

 

そうしてレンは小指をさしだし、少女もまた、綺麗に整った小指をレンの小指に絡め、二人は指切りゲンマンをした。その日を境に、レンが少女の姿を目にすることはなくなった............

 

***

 

木のよい香りが鼻をくすぐり、レンはゆっくりと眼を開けた。目に入ったのは、見知らぬ天井、確かフィールドにいたはずなんだけどな…と、不思議に思っていると、隣から聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「やっと起きたか…」

「カズか?」

 

振り向くと、カズが椅子に座っていた。黒髪の少年と藍色の髪が印象的な少女も同様に座っていた。

 

レンが体を起こすと、自分がベッドに寝かされていることに気がつく。そしてようやく、自分がフィールドで意識を手放したことを思い出した。

 

「とりあえずよかった。どこか違和感があるとことかあるか?」 

 

安堵した表情で訪ねてくるカズに無い、とかぶりをふってから、レンは二人へと視線を向けた。するとその視線を読み取ったのか、二人の少年少女は立ち上がると、レンへと頭を下げた。

 

「本当にゴメン(なさい)、迷惑をかけて(しまって)」

「えーっと……とりあえず頭を上げてくれその…」

 

見事にハモリながら謝ってくる二人に、レンは戸惑いながらも、頭を上げるように二人へと声をかけようとして…レンが二人の名前を知らないことに気がついた。

 

「君たちの名前は?」

「俺はキリトだ」

「私はレナです」

「そっか、俺はレンだ。よろしくな、二人とも」

 

そしてレンは手を差し出し、二人と握手を交わした。

 

「よし、それじゃあ何も分かってないレンのために状況説明と行きますか」

 

パンパンと手をたたくカズを筆頭に、三人はレンへと状況を説明し始めた。

あの戦闘の後にレンが気を失ったこと…

幸いホルンカの村が近かったので、カズとキリトが交代でレンを運んだこと…

今レンたちがいるのはβテスターであるキリトとカズのお勧めの宿だということ…

 

あらかたの状況を説明されたころにはレンも大まかな状況が理解できた。

 

「そっか…それは迷惑をかけたな」

「気にすんなって。レンのおかげでここまで来れたも同然だからな」

「本当にありがとう」

「いいよ、お互いさまだって」

 

状況整理も終わり、簡単な自己紹介も終えたレンたちは、カズの提案によって雑談を楽しんでいた。

 

そういえば、あの戦闘の後、レベルアップしたんだっけ…ふと、レンの脳裏に先ほどのことが蘇り、レンは所持金の確認などのために右手を振ってウィンドウを操作し始めた。ログを見ていると、獲得経験値、コル、ドロップ品のなかに、奇妙な単語が混ざっていた。スキル《A(アサルト)-ナイファー》?なんだそれ…何のことやら全く見当もつかないレンは、楽しそうに雑談しているカズ達に尋ねてみることにした。

 

「なあ、このスキルのこと知ってる?」

 

レンがウィンドウを見せると、三人は不思議そうに覗きこんだ後、やがて見るのをやめると眉をひそめて、

 

「知らない(なあ)(よ?)」

 

と、口をそろえて否定された。どうすればいいものやらとレンが困っているとキリトが不思議そうな顔でレンへ尋ねた

 

「詳細を開いてみるのは?そうすれば確実に何かわかるぞ?」

「詳細?どうやってするんだ?」

「このスキルをクリックすれば…」

 

キリトに言われたとおりにウィンドウを操作すると、レンの目の前に新たなウィンドウがポップアップされた。無機質なポリゴンから構成されているその文章には、次のようなことが書かれていた。

 

――このスキルを装備したプレイヤーは、機動力補正が+50%されるとともに、特殊短剣カテゴリーである《B(バリスティック)-ナイフ》または《S(スペツナズ)-ナイフ》の装備が可能となる。更に、特殊投剣カテゴリーの《トマホーク》、《C(コンバット)-アックス》も同様に装備可能となる。――

 

嘘だろ……なんでこのゲームに登場しているんだ?ゲームでもFPSシリーズのごく一部のタイトルでしか登場しないのに…まさかSAOに登場するなんて…

B(バリスティック)-ナイフ》だの《トマホーク》だの知らない単語に首をかしげるキリト達、しかし、レンだけは違った。レンにとって親しみのある単語を目にして、ありえないといったように唖然としていた。

 

――《B(バリスティック)-ナイフ》…日本では《S(スペツナズ)-ナイフ》としても知られている、その名の通りロシアの特殊部隊“スペツナズ”が、隠密作戦の際に使用されたとされる射出型ナイフのことである。

 

トリガーを押すと、ナイフの柄の内部に仕込まれた非常に強力なスプリングが作動、刃を射出し、刃が目標に向かって飛翔する。その際に発する作動音は、非常に微弱で、敵に気づかれることなく相手を仕留めるという非常に隠密性に長けた武器として有名である。

 

レンのお気に入りのCODシリーズでは、命中させるのは非常に難しいが、当たれば部位にかかわらす即死という性能を持った武器としてちょこちょこ登場していた。

 

《トマホーク》や《C(コンバット)-アックス》とは、同じくCODシリーズに登場する投擲用の小型の斧のようなもので、壁に当てて跳弾させることも可能で、命中すれば同じく即死という武器である。――

 

どれもレンが長い間“ナイファー”として使い続けてきたいわばレンにとっての“愛銃”とも呼べるものであり、その分驚きも大きかった。

 

半信半疑になりながらも、レンは装備品一覧から特殊短剣カテゴリー:B(バリスティック)-ナイフ《桜花》を実体化させた。刃渡り十センチほどの、レンにとって見なれたフォルムのナイフが二対、確かな重みをレンの手に伝えた。

 

「わぁーきれいだなー」

 

レナは思わず感嘆の声を上げた。その名の通り、刃の部分にはまるで舞い散る桜の花弁と思われる意匠が施されており、鮮やかな刃と対照的に黒く塗装されている持ち手の部分と相まって確かにきれいだった。

 

レンは、二振りの《桜花》をそれぞれ逆手に持ち、CODでよく目にしていたように胸の高さあたりの所で構えた。

 

持ち手の部分にあるトリガーと思われるところに手を掛け、レンは壁に向かってトリガーを引いた。パシュッと軽い反動と共に刃が射出され、壁にはじかれた。

 

「…驚いた。本当にB(バリスティック)-ナイフじゃん」

「ねえ、B(バリスティック)-ナイフっていったい何なの?」

「まあ簡単に言うと射出できるナイフってとこかな」

 

すると、しばらく考え込んでいたカズが口を開いた

 

「もしかしたら、それはエクストラスキルの中でも特別な、さしずめユニークスキルとでもいったところかな」

 

キリトも同様に頷くと

 

「それならしばらく人前での使用は控えたほうがいいかもな」

「どうして?」

「今のところこのスキルは不可解な部分も多い。だから人前で使用しないほうが無駄な混乱も生じることがなくてすむと思う」

「マジかー残念だなぁ」

 

使う気満々だったレンは、キリトの一理ある発言に肩をうなだれるしかなかった。

 

「そんなにしょげ込むなよ。剣も面白いぞ?」

「フォローになってねーよ」

 

見かねたカズのフォローもレンにとって意味をなさず、レンが大きくため息をつくと、キュルルと可愛い腹の虫の泣く声が聞こえた。

 

「…チョットお腹がすいちゃった///。レストランにでも行ってみる?」

「「「賛成」」」」

 

この世界でも不思議なことに空腹感は存在するので、顔を赤らめうつむいているレナを見ていると、とたんに空腹を感じたので、レナの素直な意見に野郎三人も賛成した。

 

***

 

「あーぁ、食った食った」

「何がだ!食いすぎだよアホ」

 

満足げな顔で、中年オヤジのように腹をたたくカズにレンが突っ込む。メインディっシュ二品にデザート三品、見ているだけで胸やけを起こしそうなカズの食いっぷりにキリトとレナは軽く引いているほどだった。

 

「いや、ウマければ意外と入るもんだって」

「ハア…こりゃだめだ」

「ため息ついてると幸せが逃げるぞ?」

「誰の所為だ!!」

 

カズに主導権を握られっぱなしのレンは心なしか疲れたような顔をしていた。

 

「やっぱり仲がいいんだね」

「そりゃあ、誠に遺憾だがこれでも小5ぐらいからの腐れ縁だし」

「ふふふッ」

 

すっかり日は落ち、空には星が落ちてきそうなほど近くで輝いている。心地よい風を体で感じながらレンたちはゆっくりと歩いていた。

 

「でも、仲がいいってのはうらやましいな」

「そうか?アホ(カズ)といると疲れるだけだぞ?」

「なあ、俺の扱いひどくね?」

「大丈夫。平常運転だ」

 

レンの追撃が容赦なくカズの心をえぐる。しかし、そうやって会話している二人の姿はとても楽しそうで、コントのような二人の会話にキリトとレナは笑っていた。

 

「そう言えば、レン達はこれからどうするんだ?」

「そうだなぁ。俺たちはまだこの街にいるけど?」

「カズが言うなら俺もかな」

「そっか、俺は次の街に行ってみるよ。レナはどうする?」

「私もキリトに付いて行くよ」

「そうか、じゃあここでお別れかな」

「ああ、そうだな」

 

どうやらそれぞれ違う道を行くことを決めたようである。レナは名残惜しそうな顔をした後、何か妙案を思いついたのか、手をポンと叩いた。

 

「じゃあさ、お互いにフレンド登録しようよ」

 

そんなレナの提案によって、レンたちはお互いにフレンド登録のメッセージを飛ばし、承認し合った。

 




夢「さて、遂にベールを脱いだレン君オリジナルスキル《A-ナイファー》!!」
レ「ナイファーってナイフだけのことさすんじゃないのか?」
夢「いや、単にナイフ持ってるだけじゃあさびしーなと思って、Bo2でネタプレイしてたら思いついた」(←ドヤァ
レ「キモいよ。そしてうざい」
夢「...毎回毎回なんでそんなに口が悪いの?オブラートに包もうよ」
レ「包むだけ無駄だって。いい薬になったろ」
夢「ハア...」
レ「この話の会話部分だってあれだけ苦戦してたのに」
夢「ほんと、自分の文才のなさに泣きたいよ...」
レ「それが現実ってもんだ。諦めろ。」
夢「誰か文才プリィィィィズ」


↓B-ナイフ画像リンク
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%84%E3%83%8A%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%95

↓CODシリーズ(BO2)でのC-アックスとB-ナイフ動画

1. http://www.youtube.com/embed/K0gpCOBQ9hM?rel=0

2. http://www.youtube.com/embed/08h0eyc32dk?rel=0


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Teabreak 01:スキル説明

どうも!夢見草です。今回は新しく登場、そしてこの小説のメインでもある《A-ナイファー》について詳しい説明をしたいと思います。多分(汗)。因みに、このTeaBreakシリーズは今後もたまに書いていきたいと思います。例えばチョットしたレンたちの日常とか、ね?(笑)


夢「さて、今回はスキル《A-ナイファー》について詳しい解説をしたいと思います」

レ「で?その心は?」

夢「スイマセン。作者の文才なさで、スキルの描写があまりにも不十分だったからです」(←土下座

レ「やっぱりか、まったく」

夢「ま、まあ気を取り直して行ってみよー!!」

ドンッ(←プラスチックボードを取り出しながら

 

《A-ナイファー》:このスキルを装備したプレイヤーは、機動力補正が+50%されるとともに、特殊短剣カテゴリーである《B(バリスティック)-ナイフ》または《S(スペツナズ)-ナイフ》の装備が可能となる。更に、特殊投剣カテゴリーの《トマホーク》、《C-アックス》も同様に装備可能となる。

 

レ「あれ?前といっしょじゃん」

夢「こっからこっから、説明していくから。

このスキルに熟練度はありませんが、ソードスキルも存在しません。機動力補正とは、各種ステータスとは別に、掛かるシステムの力のことです。補正がかかると、普段の自分の力ではできない体さばき、例えば3連続バク転などが、システムの補助によってできるようになります。+50%だと、かなり超人的な動きができます。CODシリーズではB-ナイフは当たれば一撃必殺でしたが、SAOでは基本的にクリティカルポイントにヒットしなければ即死することはありません。因みに、CODでは射出可能なのは片方の右だけでしたが、この作品ではどちらも射出できます。なお、《B-ナイフ》、《S-ナイフ》の刃、《C-アックス》、《トマホーク》は基本的に使い捨てで、ショップではレンのみが購入でき、他のプレイヤーには表示されません。《B-ナイフ》、《S-ナイフ》本体は、モンスタードロップのみ手に入れることができます」

 

レ「うわぁ、チョイ鬼畜じゃん」

夢「そりゃあ、どこでも即死だったらバランスブレイカ―だし、仕方ないね。続いて、各種武器&その他の説明をしたいと思います」

 

《B-ナイフ》:強化不可能。クリティカルポイントにあてると即死確率72%ほど。即死以外部位だと総HPの3.7割を削る(7/15追記:クリティカルポイントから離れれば離れる程威力減衰が起こり最大で0.5割まで落ちこむ)。

射出飛翔レンジが広く、射出させずにナイフとして使っても《S-ナイフ》より大ダメージを与える。しかし、片手直剣などには威力が格段に劣る。

 

《S-ナイフ》:強化不可能。クリティカルポイントにあてると即死確率92%ほど。即死部位以外だと、総HPの5.7割を削る(7/15追記:クリティカルポイントから離れれば離れる程威力減衰が起こり最大で1.85割まで落ち込む)。

射出レンジは狭く、射出させずにナイフとして使っても威力は非常に低い。

 

《C-アックス》:即死効果なし。中ほどのホーミング性能があり、投擲飛翔距離はSTRによって左右される。ヒットするとダメージを与えるとともに、確率60%で対象に異常ステータス《出血》を付属させる。ミニワンハンドアックスとしても使えるので汎用性に優れている。

 

《トマホーク》:即死効果なし。高いホーミング性能があり、投擲飛翔距離はSTRによって左右される。ヒットするとダメージを与えるとともに、確率60%で《武器破壊》を発生させる。これはフロアボスなどには適用されないが、おもにPvPなどで威力を発揮する。《C-アックス》ほどの汎用性はないが、非常に役に立つ。

 

異常ステータス《出血》:このステータスが付属させられると、およそ25秒の間、対象のHPが減少してゆく。この減り方の大きさは対象のクリティカルポイントに近ければ近いほど大きくなる。

 

夢「以上です」

レ「うーん、何とも言えない」

夢「これでも当初はかなり考え込んだんだけどな、ほんと賛否両論ありそう。唯、言えることは《A-ナイファー》の武器は、どれも普通にナイフなどとして使ったら弱いということぐらいかな」

レ「なるほどね。意外とよく考えてたんだな」

夢「まあ、そうしないと読者に失礼だから。とりあえずは以上です。これからもがんばってこのスキルを生かせるような描写、敷いては読者のみなさんに楽しんでいただけるような小説を書いていきたいと思います」

レ「これからもよろしくな!」

 




夢「まだ自分がハ―メルンなどで様々な作者さんが書いた小説を読む側だった頃、様々な面白いSAO二次創作をみていつか自分も書きたいな、と心を躍らせずーっと考えたのがこのスキル《A-ナイファー》でした。しかし、書いてみるととても難しく、苦戦するばかりですが、こんな作品でも読んでくれる読者のみなさんや、感想がとても励みになります。本当にありがとうございます。今回はスキルの補足説明回ですが、次話からはまた、《SAO:AF》続きを書いていきたいと思います」
レ「ほんと、世話の掛かるやつだ」(←ため息とともに
夢「あのさ、空気読めないの?」
レ「駄作者にはこれで十分だ」
夢「....」
レ「ジト眼で睨んでも変質者に見えるだけだぞ?」

15/7/15追記:B-ナイフ、S-ナイフ共に即死部位以外にヒットした場合のHPを削る割合値をより細かく細分化しました。


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Ep06: Under the imitation night

毎度おなじみ夢見草です。やっとオリユニークスキルが出せて、ウチのレンがどれだけ暴れることやら(笑)。ま、まあはたして描写できるのやら。えーっと、今回はおなじみの(あの人)が出てきます!


ピピピッピピピッと、断続的に聞こえてくる電子音に、奥深くに沈んでいたレンの意識が少しずつ覚醒してゆく。と同時に、もう少しだけこうしていたい、という欲求が湧きあがってくる。しかし、忌々しいほどに聞こえてくるアラーム音が、頭の中で気びくのに耐えかね、仕方なくレンは意識を呼び起こした。

 

「くあッッ」

 

少し抜けたあくびをしながら、ベッドから起き上がる。第一ボタンをはずした白色のシャツに、カーゴパンツというラフな格好のまま、半分まどろみながらもウィンドウを開き、メールを確認する。

 

カズからのメールが一件あったので、レンはクリックして表示された文章を読み始めた。内容は、――気持ちよさそうに寝ているお前を起こすのもアレだったんで、先行ってるわ――というもの。ちなみに、今の時刻は七時四十五分。レンも十分に早起きの筈なのだが、カズのほうが一枚上手のようだ。

 

キリト達と別れてから早くも一カ月が経とうとしていた。レンとカズは、その間にひたすら己を鍛え続けながら、転々と拠点を移動した。圧倒的なまでの膨大な戦闘の賜物か、レンの戦闘能力はメキメキと上達。

 

攻略組の中でもかなりの上位に位置するようになったのが約二週間前、それからカズは、ちょくちょく一人で行動することが多くなった。今日もまた、カズは一人でレベル上げをしているのだろう。

 

いつものことに慣れてしまったレンは、特に気にすることなく自分の身支度を始めた。戦闘には到底向いていないだろう普段着を、アイテムストレージにしまいこみ、胸の部分に薄い鉄のプレートをあしらっただけのシンプルなコートの防具一式に身を包み、腰にあつらえてある鞘に《アニール・ブレード+3》を収める。すべての準備を終えたレンは、カズ同様、レベル上げのために二日前から借りている母屋の二階を後にした。

 

***

 

亜人型のモンスター《ルインコボルト・トルーパー》が、とても0と1の塊とは思えないほどの殺意を顔に浮かべ、手にしている無骨な手斧をふるう。しかし、その軌道はあまりにも直線的、レンは余裕を持って回避し、続く二、三撃目も回避し、バランスを崩したコボルトへと剣をふるう。

 

自身のAGIにモノ言わせた素早い連撃を繰り出した後、反撃しようとするコボルトへとスキルを発動、鮮やかなライトエフェクトを纏いながら、吸い込まれるようにコボルトへと命中する。

 

レンが、もっとも多用してきた縦横二連撃《ダブル・アクセル》は、ぴったりコボルトのHPを奪っていった。

 

「周りのモンスターはあらかた倒したかな」

 

特に喜ぶことなく索敵スキルで周囲の状況を確認、それと並行してプレイヤーの反応がないかを調べたが、特に反応がなかったので、レンは《アニール・ブレード+3》を鞘におさめた。

 

モンスターを倒した後、すぐ索敵スキルを発動して周囲を確認するのは、FPSの時のレンの名残だが、デスゲームとなったSAOでも役に立っている。

 

「人気もないようだし、ここなら使ってもいいか」

 

言って、レンはウィンドウから《桜花》を選択して、アニール・ブレード+3の代わりに装備する。レンの腰の左右にある鞘におさめられている二対のナイフが、光に照らされ鈍く光った。

 

「コソコソ練習するのも疲れるな」

 

レンはため息をついてモンスターの索敵を再開。周りに意識を集中させてゆっくりと足を進めた。

 

***

 

すっかりと日も落ち、都会では見ることのできなかった星々が照らす中でも、レンのレベル上げは終わらなかった。

 

黄土色のくちばしに、見るからに凶悪そうなまでにとがったツメ、その姿形からフラミンゴを連想させる鳥型レベル6モンスター《スピアニードル・バード》に、レンは桜花の照準を合わせる。

 

慣れ親しんでいるCODとは違い、目印となる照準用マークが表示されないため、当てるのは困難を極めるが、そこは今までのレンが積んだ経験でカバーする。レンが左のトリガーを引くと、パシュッという音と共に刃が飛翔していく。綺麗な直線の弾道を描いて刃がスピアの首に着弾。しかし、そのポイントはレンの狙ったスピアのクリティカルポイントの5cm下だった。

 

「くそ、まだ落下と偏差の予測が甘いか」

 

レンの存在に気付いたスピアは、大ダメージを受けながらもその翼を大きくはためかせながら急上昇し、やがてくちばしを突き出して急降下してくる。まるでミサイルのようなスピアに、レンは再び照準を合わせて右の桜花のトリガーを引く。

 

今度は狂いたがわずスピアのクリティカルポイントにヒットし、絶命させた。

レンは左右交互に桜花をリロードすると、ちょうど朝方用意しておいた換えの刃のストックが尽きた。基本的に刃は使い捨てなので、もうレンが射出できるのはたったの二回限り。このまま戦闘を続けるのは危険なのでちょうどいいか、とレンは思い、帰路に就いた。

 

***

 

帰り道に、せめてマッピングデータだけでもと思い、まだマッピングが済んでいない場所へとレンが歩を進めたのも、何かの運命だったのかもしれない。

 

VRインターフェースの作りだす模造の夜空景色の下、レンは、レイピア使いと出会った。

 

 

頭から腰近くまでローブを羽織っているため、顔は見えないが、その外見から小柄だな、とレンは推測した。しかし、その線の細い印象に似合わず、レイピア使いのレイピアさばきはすさまじいものだった。

 

レナのようにまるで相手を翻弄するかのように舞うようでもなく、キリトのようにふんだんな戦闘能力だけではない圧倒的ナニカがあるわけでもなく、レンがよく知るカズのように圧倒的な技術に裏付けされた完成された別次元の強さとも違う。

 

ただ、“優雅”というシンプルな言葉しかレンの頭には浮かばなかった。コボルトの振るう手斧を、触れるか触れないかのぎりぎりの間合いで回避すること三回、体制を大きく崩したコボルトへと一筋の流れ星にも似たまばゆい光がほとばしる。

 

その光の正体は、レイピア使いの放った細剣カテゴリー単発突き攻撃《リニアー》だった。レイピアの中では最も基本となる技であり、上半身をひねりながらレイピアを突き出すというシンプルな動作だが、放たれた流れ星はそんな次元の話ではなかった。

 

自身の身体能力と技術を持って、限界まで加速させているのだろう。今までレンが目にしてきたレイピア使いの《リニアー》はそれこそ星の数ほど見てきたが、刀身が見えずに走るライトエフェクトしか確認できないほどのキレがあり高速の《リニアー》は目にしたことがなかった。

 

よほどの手練だろうとレンは思ったが、その考えはあっけなく崩れることとなった。回避からの反撃リニアーという攻防を三回繰り返し、最後の一撃がコボルトの体をぶち抜き、ほとんど無傷で終えただろうレイピア使いの体が、突如としてよろけ、そのままずるずると座り込んでしまった。よほど限界なのか、肩で息をしていた。

 

「まずいな」

 

気づいた時にはもう、レンは倒れたレイピア使いのもとへと駆けていた。

 

「えーっと、大丈夫か?」

 

話しかけるなと言わんばかりにきつく座っていたレイピア使いに声をかけると、ローブがゆっくりと動いてライトブラウンの虹彩がレンを射抜き、コクリとうなずいた。

 

「そうか…でも……」

 

レンは再びレイピア使いの恰好を見た。暗赤色のレザーチュニックに軽量の銅のプレスチェスト、下半身はぴったりとしたレザーパンツに膝あたりまであるブーツ、そして全身を覆うローブ。

 

しかし、その装備はどれもひどく傷つき、ローブに至っては今にもほつれ、消滅しそうだった。

 

「一度戻って休憩したほうがいい。今のままじゃ危険だ」

「戻る?何故?」

 

その声で、レンはレイピア使いがとても珍しい女性であることに驚く、と同時に言いようのない違和感に襲われた。

 

「いや、見るからに消耗してるし、いつからここに潜ってたんだ?」

「三、四日ぐらいかな?どうでもいいけどもう行っていい?そろそろモンスターが湧くから」

「はい?」

 

一瞬、レンは自分の正気を疑った。四日前だと…そんな無茶苦茶な… …思わず、レンは立ち去ろうとするレイピア使いの肩をつかんだ。

 

「ふざけるな!そんな状態で続ければ死ぬぞ!!」

「…どうせみんな死ぬのよ」

 

掠れた低い声が返ってくる。レイピア使いはよろめきながら立ちあがった。

 

「たった一ヶ月で二千人も死んだわ。でもまだ一層もクリアできてない。このゲームはクリア不可能なのよ。どこでどう死のうと…早いか…遅いかだけの………」

 

今までの中で一番意志感じられるしゃがれた声は最後まで紡がれることはなかった。

 

***

 

結城明日奈こと――アスナ――は、妙に温かくふわふわとした感触に包まれながら目を覚ました。

 

走れ。突き進め。そして消えろ。大気に焼かれ燃え尽きる一瞬の流れ星のように。

 

その一念を抱き、今まで戦い続けたアスナは、日本人離れした紺碧の瞳と眼があった瞬間、思わず、掠れた声を押しだした。

 

「余計な...ことを」

「目が覚めたか」

 

壁にもたれかかっていた、色素が薄れたようなブロンド髪の少年が、つぶやいた。その仕草からでは、アスナは目の前の少年の年齢が分からなかった。

 

「なんで…」

「さあな、なんで助けたのかは俺もわからない」

 

とても不思議そうに、少年は肩をすくめた。

 

「けど…とりあえずはしんでほしくなかった」

 

まだほんの少しだけあどけなさの残るその言葉を聞いたとたん、アスナの思考がスパークした。ああ、この人も今まで声を掛けてきた連中と同じなんだ…自然と、アスナの声色が強くなる。

 

「…そう、でもアナタには関係ないでしょ」

「例えそうだとしても!...この手で守れる命があるなら、俺は一人でも多く救うさ」

 

再び紡がれた言葉は到底目の前の少年のものとは思えないほどの強いナニカで溢れていた。

 

違う…この人はどこか違う……

 

キチリ、と、胸の内に芽生えた引っ掛かり、訳がわからなくなり、アスナは壁に手を付けながらも力なく立ち上がると、よろける体を無視して踵を返した。それを、

 

「フェンサーさん、アンタには力があるんだ、せめて、明日の夕方、迷宮区に一番近い《トールバーナ》の街で開かれる攻略会議に参加してみれば?」

「………」

 

一瞬アスナは止まるが、返事することなく再び歩き出す。

 

「ハア…………」

 

残ったのは、レンの小さなため息だけだった。

 




夢「さあ、恒例のあとがきコーナー行ってみよー!」
レ「おー!!♪」
夢「あれ、なんかノリいいじゃん」
レ「やっとナイファー出来る!今回は作者を立ててやろう!!」
夢「おお!チョー珍しいじゃん!!。いいね!今までの無礼を詫びr」(←ザシュ!!
レ「ゴメン、やっぱ無理」(←桜花をリロードしながら
夢「ひ...ひでえ」
レ「あれ?チョットタフになった?」
夢「おかげさまでな!ったく」
レ「やっと閃光さんも出てきたな」
夢「ほんとだよ、よかったよかった」
レ「駄作っぷりは相変わらずだけどな!」(←爽やかな笑顔
夢「...」



どーでもいいですが、《COD:AW》で、メインSMGデュアルが復活しますように!
(某デュアルの○無双がみたい、あと、使いたい)


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Ep07: The first step

はい!作者の夢見草です。最近、ちょっと疲れ気味で更新がだいぶ遅れてすいませんでした。ちょっと一息つけるようになったので、此れからも懲りずに頑張って更新していきたいと思います。


トールバーナ噴水公園、その代名詞ともいえる噴水は、夕日に照らされ、ほんのりと茜づく空に向かって高々と水を吹き上げていた。

 

今日開かれる攻略会議のために、レンとカズはレべリングをやめて、久方ぶりに広場へと足を運んでいた。レンガ周りを見渡すと、様々な防具や武器をひっつらえたプレイヤー達が、沈黙を貫きながら数多く佇んでいた。

 

「あ!レンとカズじゃん!!」

 

レンの背中越しから聞こえてくる高いソプラノ声、振り返ると、綺麗な藍色のツインテールを揺らしながら、駆けてくるレナと、ゆっくりと歩いてくる黒髪の剣士キリトがいた。

 

「久しぶりだな。死んでなかったのか」

「のっけから御挨拶だな、カズ」

 

茶化すような数の物言いに、キリトは苦笑しながらもそう返した。

 

「キリト達も攻略に参加するんだ、心強いな」

「あったり前ジャン!!レンの出番なんてないくらい活躍するから!!!」

「おー、ますます心強いな」

 

レナの快活さも相変わらずといったところか。

 

「はーい。それじゃあ始めさせてもらいます!」

 

パンパンと手をたたく音と共に、青髪の好青年が前に躍り出る。レン達は、積もる雑談を切り上げて、耳を傾けることにした。

 

「俺は《ディアベル》!!気持ち的に、ナイトやってます!!」

 

ドンッと胸をたたきながら笑うディアベルに、会場がどっと沸く。

 

「…へえ、なかなか」

「やるな」

「ああ」

 

今までどこか陰気とした雰囲気を一変させたティアベルの人柄に、レンとカズは思わずつぶやく。口笛や拍手などを受けながら、ディアベルは堂々とした佇まいで続ける。

 

「......今日、俺達のパーティーが、ボス部屋の扉を見つけた。一か月。ここまで一カ月もかかったけど…それでも俺たちは伝えなきゃいけないんだ!第一層をクリアして、始まりの街にいるプレイヤー全員にクリアできるんだってことを!!そうだろ?みんな!!!」

 

その一言で、周りがにわかに活気づく、その立ちぶるまいはまるで勇ましく戦場を駆け抜ける騎士のようだとレンは思った。

 

***

 

――パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれへんと、ワイは言うとるんや!!

 

ディアベルがボスの説明を行っているときに、ソレは起きた。キバオウと名乗ったイガグリ男が、まるで親の仇でも見るかのように厳しい目で、βテスター達のことを糾弾したのだ。主な内容は、

 

――βテスターはゲーム開始時、右も左もわからないビギナーたちをおいて、みんな消えてしまい、ウマい狩り場やらボロいクエストを一人占めしおった。そのせいで多くのプレイヤーが死んだため、そのことについて土下座し、汚くため込んだ金とアイテムを吐き出してもらわんと、元βテスター達、ひいてはここにいるすべてプレイヤーを信用することはできへん――というものだった。

 

たったその一、二言の所為で、再び広場が嫌悪と疑惑に満ちた陰気に包まれた。元βテスターとして何か思うことがあるのか、ギリィィッと、レンに聞こえるほどに歯をかみしめているカズの顔は、穏やかではなかった。

 

「発言、いいか」

 

そんな中で、不意に日本人離れした黒肌の男が立ち上がった。その体は屈強で、浮き出る筋肉質な体をぴったりとレザーアーマーで武装し、背中にあつらえてある背中の両手斧が、スキンヘッドにした特徴的な男に妙にマッチングしていた。

 

男は、そのまま前に歩み出ると、周りに一礼してからキバオウを一瞥し、向かい合った。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって、謝罪・賠償しろ、ということだな?」

「そ……そうや」

 

百九十センチはあろうかと巨体に、キバオウは気押されたように片足を後退させるが、やがて再び前のめりになり、叫んだ。

 

「あいつらが見捨てへんやったら、死なずに済んだ二千人や!もし見捨てへんかったら、今頃二層や三層まで突破できたとちゃうんか!!」

 

まるで呪詛でも吐くかのように喰いかかるキバオウに、エギルは眉ひとつ動かすことなくレザーアーマーの腰にあるポーチから、羊表紙に閉じられただけの簡易な本アイテムを取り出した。

 

「このガイドブック、あんたも知ってるだろう」

「もちろんや、それが何や!!」

「なら話は早い、これは、元βテスターと思われる人物が、無料配布したものだ」

「な、なんやて?」

「いいか、情報はあったんだ。なのに、多くのプレイヤーが死んだ。それは彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだと俺は考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで測り、引くべきポイントを見誤った。βテスターがすべて悪いわけじゃない。見捨てた、とあんたを行ったが、そのβテスターの中には、危うく殺されそうになっているプレイヤーを助け続けているやつだっているんだぞ。もしそいつがいなければ、今頃死者は二千人どころの話じゃなかったかもしれん」

 

エギルは、それをキバオウだけでなく、広場にいる全てのプレイヤーに語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「せ…せやかて」

「せやかてもクソもあるか」

 

納得がいかないのか、まだ糾弾しようとするキバオウに、今まで沈黙を貫いていたカズが、突如として立ち上がった。その顔は、今までレンが何度しかみたことがないほど険しかった。

 

「全てのβテスターが悪い奴じゃないんだよ。皆、生き延びようと必死なだけだ。正直、こんなことでいちいちいがみ合っても何の意味もないだろ!」

 

そうしてカズは再び席に座った。

 

「なあ、キバオウさん、あんたの言い分もごもっともだが、ここは引いてくれないか?」

「………ふん、ええわ、ここはあんた達に免じて従ごうたる」

 

キバオウは、カズを少し睨むと、元の場所へと帰って行った。

 

「よし!それじゃあさっき言ったとうり、レイドの形づくりのためにパーティーを組んでくれ」

 

まるで仕切り直しと言わんばかりにディアベルが手をたたくと、プレイヤー達はぞろぞろと動き出した。

 

「なあ、俺達とパーティーをくまないか?」

 

先ほどまで俯瞰を決め込んでいたキリトがそう提案した。

 

「ああ、俺は別にかまわないが…」

 

チラリ、と、カズは同意を求めるようにレンを見た。

 

「俺も構わないよ、見知らないプレイヤーと組むよりは………」

 

続けようとしたレンは、ある光景を視野に入れた。会場はパーティー編成のためにある程度のかたまりができている中で、くすんだローブをまとったプレイヤーだけが、どこか物寂しげにポツンッと見つめているその光景。

 

「あ、どこ行くんだよ」

 

カズの質問に答えることなく、レンは見覚えのあるローブのプレイヤーへと歩み寄った。距離が近づくにつれて予想は確信へと変わり、レンはフェンサーに声をかけた。

 

「フェンサーさんはひとりなのか?」

 

すると、ローブのフェンサーはそのしばみ色の瞳をレンに向けた。

 

「一人じゃない。みんなが仲よさそうだったから、間に入るのが申し訳なかったの」

「ははは、そうですか」

 

それを世間一般では“ボッチ”というんです...と、レンは心の中で突っ込むが、決して口には出さない。

 

「じゃあさ、俺達のパーティーにはいらないか?」

「あなたの?」

「ああ」

 

そしてレンは、カズ達のほうを指差す。そこには、レナに何かされたのか、とてもあわてているキリトと、それを見て笑っているカズがいた。その光景は、この殺伐としたSAOの中、他のどこのパーティーよりも穏やかで、どこかぬくもりを感じた。

 

「フフフッ…あなたのパーティーは面白いのね」

「だろ?」

 

ローブのフェンサーは、しばし考えるそぶりを見せた後、

 

「分かったわ、よろしくね」

 

と、コクリとうなずいた。

 

「そっか、俺はレン、改めてよろしく」

「私はアスナ、こちらこそよろしくね」

 

二人は握手を交わした後、まだ騒いでいる仲間の元へと歩いて行った。

 

***

 

攻略は明日の早朝、ということで会議は終了し、すっかり日も落ちてしまったトールバーナの街の一角にある場所で、アスナはぱっさぱさのゴリゴリとした黒パンを咀嚼していた。一個一コルというパンだが、ゆっくりとかみしめると美味しく感じることに妙なくやしさを感じながらも、手を動かしていると、

 

「結構うまいよな、それ」

 

と、背後からレンの声がした。

 

「あなた、いつから…」

「となり、座ってもいいか?」

「…………どうぞ」

 

話を遮られたことにアスナはジト目でレンを見つめるが、薄ブロンドの少年は意に介することなくアスナの隣に座った。

 

「まあ、そのパンにコレかけてみ?絶品だから」

 

言いながら、レンがウィンドウから取り出したのは二つの小瓶。渡されても使い方が分からず、困惑しているアスナ尻目に、レンは慣れた手つきで手に持っていた黒パンにクリームを掛けて齧り付いていた。

 

とりあえず、同じようにアスナは黒パンにトロッとした薄肌色のクリームを掛けて齧り付いた。

 

「…!!」

 

すると、アスナの口に今まで食べてきた黒パンとは思えないほどの美味しさが包んだ。、二口目からは、無我夢中だった。

 

「これ…いったいどこで…」

「一個前で受けられる、《逆襲の牝牛》っていうクエストの報酬。気に入ったようだし、詳しく教えようか?」

 

そんなアスナがおもしろかったのか、まるで期待どうりといわんばかりにレンは笑顔を向けていた。

 

「…いい。私はそんなことのためにここに来たんじゃない」

「へえ……じゃアスナは何のために?」

 

一瞬心が動いたアスナだったが、きっぱりと断った。それをレンはどこか少年さがのこる澄んだ声で返していた。

 

「わたしが…わたしでいるため。最初の街の、宿に閉じこもって、ゆっくり腐っていくのなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。例え怪物に負けても、このゲーム…この世界には負けたくない」

 

それこそが、アスナ――結城明日奈の“意思”だった。これまで様々な大小の試練という名の壁を乗り越えたアスナだったが、今回の試練は、とても一人では乗り越えることができない……、そんなことを、まるで紐が解けたように脈ろなくレンにつぶやいていた。

 

「そっか。アスナは強いんだな。俺なんて、最初から怯えていただけなのに………」

 

アスナの独白を、そっと聞いていながら、レンはそうつぶやいた。今までとは打って変わり、両ひじを膝に乗せ、真剣な眼差しで地面を見つめているレンの姿が、強い意志を漂わせていた昨日とは打って変わり、アスナには、消え入りそうなほど小さく感じた。

キチリッ…

 

まるで昨日の再現のように再び芽生える言いようも知れない違和感がアスナを襲う。

 

――いったいこの引っ掛かりは何なんだろう?そして…どれがほんとのレンなの?――

 

知りたいのか、知りたくないのか、アスナには見当がつかなかった。

 




夢「あっと書きコーナー言ってみよー!」
レ「キバオウ...オールマストダーイ........」(←某ロシアのように
夢「どうしたん?なんか悪いもんでも食った?」
レ「いや、キバオウ苦手だから」
夢「.........いや......そんな理由かよ」
レ「マジであいつとは仲良くなれねー。絶対前世で何か因縁が有るって、うん」
夢「ふーん、なるほど」
レ「あのツンツンはなんだって感じだよ。どんだけイガグリリスペクトかって話」
夢「そ、相当嫌ってるじゃん」
レ「まあね、さて、お遊びは此れ位にして......今回の話で物語がグッと動き出したな!」
夢「おうよ!こっから楽しくなっていくぞー!!」
レ「でも、相変わらず先が読みにくいのは変わらないんだな」
夢「そこが俺クオリティー!!」(←ウルトラスーパードヤ顔
レ「アホじゃん...」
夢「それじゃあまたね!!」

10月27日ー最後の、真剣な眼差しで〜のくだりのところで"強い意志を漂わせていた昨日とは打って変わり"という一文を加えました。


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Ep08: The boss duel

どうも!夢見草です。少し執筆にも慣れて(????)原作キャラもたくさんからませれるようになって楽しく感じてきた今日この頃。そしてこの小説も早十話目!!、やっと《SAO:AF》が本格始動したような気がします!!


様々な思いが交錯する夜が明け、第一層には、これまでにないような晴れ晴れとした日差しが降り注いでいた。

 

ザッ…ザッ…ザッ…と、度重なる足音が、静かに眠る森に木霊する。多くの人数が規則正しく隊列を組んで、進行するその光景は、当に“部隊”と呼べるものだった。

 

「それで?作戦はどんな感じなんだ?リーダーさん」

「何かトゲを感じるんだが」

「気の所為だろ」

 

レン達のパーティーは、編成後、誰をリーダーにするのか、という話し合いで、知識が豊富な元βテスターのカズか、キリトにしようということになった。しかし、キリトは自ら、

 

「俺は、人の上に立って指揮するような奴じゃない」

 

と、辞退。結果として、満場一致でカズに決まったのだ。

 

「………まあ、俺達のパーティーの仕事は、五人という変則的な編成を逆手に取った、ボスの取り巻きの排除がメイン、そして、場合によって本部隊へのボスに対する攻撃支援といった、いわば“能動攻撃、および支援”だ。より具体的には、レン、アスナペアと、キリト、レナペアの二組を主軸に、俺が全般的な指揮を執る」

「じゃあ、基本的に私たちは取り巻き相手でいいんだね?」

「ああ、そういうことだ。キリト!何か補足は?」

「一つだけ、前にも言ったけど、全ての情報はβの頃のだからあまり過信しないほうがいい」

「そうね」

「まあ、情報が違ったんでやられましたー、じゃ、話にならないもんな」

 

アスナとレンもキリトの意見に同意する。

 

あーだこーだいやいや愚痴をこぼしていながらも、いざその時になると、ティアベルに負けず劣らずといったリーダーシップを発揮するカズに、内心、レン達は軽く舌を巻いていた。

 

道中、何度かモンスターとの戦闘があったが、皆、ボス前のウォーミングアップといった感じで、バッサバサと倒してゆき、一行はさらに奥へと進んでいった。

 

***

 

拠点となったトールバーナの噴水広場から、何度か休憩をはさみながら、およそ二時間、ディアベル以下四十人強からなる攻略部隊一行は、鬱蒼と茂る森の奥部、重々しい存在感を放つボス部屋の扉の前に到着した。ゴクリッ…と、誰かの息をのむ声が聞こえる。ディアベルは、己の剣を地面に突き刺し、高々と宣言した。

 

「みんな!今日は一人も欠けずに集まってくれてありがとう!!今日、俺からいうことはただ一つ!!勝とうぜ、みんな!!!」

 

突出されたディアベルのこぶしと共に、皆の気持ちが一つになる。ディアベルは、その光景を満足げに見渡し、ゆっくりとボスの扉を開け放った。

 

***

 

「遅いッ!!」

 

まるで、レンを圧殺せんと、手にする武器をふるう、ボスの取り巻きである亜人型モンスター、《ルインコボルト・センチネル》の攻撃を、長年のサッカーで培ってきたステップで、次々と回避してゆき、甘めに入ってきた横なぎの一閃を、レンは重単発スキル《クレッセント》で斜め上からかちあげる。

 

「アスナ!スイッチ!!」

「言われなくても!」

 

レンの狙い澄ましたような見事なパリィに固まるセンチネルに、アスナがスキを逃さず追撃する。可憐なその立ちぶるまいから放たれる、極限まで引きあげられ、加速させられた《リニアー》が、狂いたがわず、センチネルの弱点ともいえる露出されたのど元に突き刺さる。アスナの痛烈な一撃に、センチネルの体は鮮やかなエフェクト共に蒸散した。

 

「ナイスキル、さすが」

「これくらい朝飯前よ」

 

ふふんと不敵に笑うアスナを見て、レンも笑みをこぼした。

 

「右翼C隊、D隊!攻撃開始!!更にF隊は回復用意!!」

 

聞こえてくるディアベルの凛とした声。ボスである、《イルファング・ザ・コボルトロード》の行動に合わせて、攻撃部隊が交戦、きつくなってきたところで、別途待機していた次の攻撃部隊とスイッチ、そのまま回復させる。といったシンプルなものだったが、ディアベルの的確指示によって、ボスの体力は着実に減ってゆき、逆に攻略組は、一人としてHPがイエロー以下に落ち込むことはなかった。

 

「二人とも、ナイスコンビネーション」

 

その光景を眺めていたレンとアスナにカズが声をかける。

 

「あれ?そっちは大丈夫なのか?」

「ああ、まあ三体も同時に消せば大丈夫だろ」

「さ、三体ですって?」

 

サラリというカズに、アスナは驚きを隠せなかった。自分たちでさえ、二人掛かりでのコンビネーションを駆使しても一体が手一杯なのに…改めて、目の前であっけらかんと笑うカズのオーバースペックっぷりを見たようにアスナは感じた。

 

「ところで、キリトペアは?」

「ああ、ホラ、あそこ」

 

カズの示す方向では、息もつく暇もないほどに早いコンビネーションで、センチネルを一方的に倒している二人の姿があった。

 

レナが、タゲを自分に向けさせたまま、舞うようにセンチネルを翻弄し、時にはその、軽やかな身のこなしで四方から攻撃を加え、出来たスキをキリトが強烈な一撃でなぎ払う…。あれほどまでに一方的な戦闘を見ていると、逆にセンチネルに同情してしまうほどだった。

 

「まあ……あいつらのおかげでコッチは楽できるし…何よりも楽しそうだからいいだろ」

「そうだな(ね)」

 

もう突っ込むのも疲れた、とでも言うようにつぶやくカズに、レンとカズも頷いた。

E隊とG隊の間から再び湧き出してセンチネルに、レンは再びアニールブレード+3の剣先を向けた……

 

***

 

第一層のボスであるコボルトロードとの戦闘は、キリトやカズが予想していたよりも、一言で言ってしまえば、“順調”だった。ディアベル率いるC隊が、一本目の体力ゲージを、続くD隊が、二本目を削り取り、今はF隊とG隊が、メインダメージディーラーとしてHPを削っていた。

 

「A、B隊!!F、G の回復時間を稼いでくれ!!」

『オォォォォォォ!!』

 

第一層攻略会議で、勇敢にも発言した屈強そうな体つきのエギルを筆頭に、A、B隊のプレイヤー達が波状攻撃を繰り出していく。

 

その壁は厚く、コボルトロードなすすべなくじりじりと自分のHPを削られていくだけだった。

 

「A,B隊は後退、C,D,F,G隊は俺に続け!!」

 

今が勝負どころと見たのか、ディアベルの指示と共に攻撃部隊がコボルトロードへと牙をむく。その、見事な攻守一体の戦闘に、コボルトロードのHPバーが、遂には残り一本になるまでに追い込んだ。

 

「よしッ、このまま俺が行く!!」

 

青髪の騎士が、何を思ったか、突然隊から飛び出した。

 

「クソッ!勝手な行動を!!」

 

少し遅れて、その不可解な行動に気付いたカズが毒づきながら、それを追いかけた。

 

刹那、カズは周りの時間の流れがゆっくりになったような錯覚におちいった。まるで、向かってくるディアベルをあざ笑うように、コボルトロードがゆっくりと左手でエモノを引き抜いてゆく。

 

なめらかに鞘から現れたのは、緩く反り返った刀身、しかし、ソレをタルワールと呼ぶにはあまりにも細い。

 

あれは……確か…曲刀カテゴリーの…………“野太刀”だ…

カズが気づいた時にはもう、コボルトロードはスキルモーションに入っていた。

 

「だ…だめだ、下がれ!!全力で後ろに跳べーーッ!!」

 

同じように気付いたキリトの叫びも、すでに遅い。ほとばしる六つのエフェクトが、まるで暴風の如きすさまじさでティアベルに迫っていた…。

 

クソ!!間に合え!!…………

 

カズが、目にもとまらぬ速さでソードスキルを立ち上げる。と同時に、両足を、まるで地面を抉りとらんとするまでに踏み込み、一気に爆発させて加速する。

 

更に、ソードスキルによる加速とライトエフェクトが、カズを一筋の光と化す。カズの能力、技術を限界まで駆使して放った、加速系突進単発スキル《アクセレーション・ザンバー》を、ディアベルととコボルトロードの間に割って入り、迫る野太刀へと炸裂させた。

 

燈色のライトエフェクトがはじけ、やがて、コボルトロードの野太刀と、カズの武器である《コフィンルーン+5》とで、激しい火花エフェクトを散らしながらぶつかり合う。しかし、カズのほうが少しづつ押し込まれてゆく。

 

「ガハッッ!」

 

二、三回バウンドして、カズの体はかばったディアベルもろとも芥子粒のように吹き飛ばされ、壁に激突した。

 

完全に勢いを殺せなかったのか、それとも激突によるダメージなのか、カズとディアベルの体力ゲージはがくん、がくんと減少してゆき、体力ゲージがつきかける四歩手前で停止した。

 

「カズ、大丈夫か!!」

 

すかさず駆けつけたレンとキリトが、それぞれ回復ポーションをカズとティアベルの口に流し込んだ。

 

「ぁ…レンか….」

「静かに、このまま横になってろ」

 

レンがカズの回復を終え、顔を向けると、そこにはディアベルの指揮を失ってコボルトロードより大打撃をうけ、混乱している光景が広がっていた。

 

「くそ…なんで、こんな勝手なことを!!」

 

思わずレンは地面を思いっきり殴った。すると、今までディアベルを回復させていたキリトが立ち上がり

 

「………レン」

 

とレンを見つめた。その黒い瞳は、すでにどうするべきか決断しているようだった。

 

「ああ、分かってる」

 

レンも立ち上がり、右手にある《アニールブレード+3》の柄を強く握り締め、覚悟を決めた。

 

「悪いな…肝心な時に…...ドジっちまって」

 

叩きつけられたことによるマヒの行動障害がかかっているのか、震える体でそう紡ぐカズに、レンはチラリ、と不敵に笑って返し、

 

「大丈夫さ、“受動部隊”らしく、俺とキリトで何とかしてみせるさ。行くぞ!キリト!!」

「ああ!!」

 

と、暴れ狂うように野太刀をふるうコボルトロードに向かって、二人は駆けだしていた。

 




夢&レ「「さあ、あとがき...」
カズ「じゃねえ!」
夢「カズじゃん、どったの?」
カ「おい駄作者!俺の活躍シーン少なすぎだろ!!」
レ「まあ、俺とおまえの差だよ」(←勝ち誇った笑み
カ「てめー。そこんとこどうなんだよ」
夢「まあまあ、落ち着いて牛乳でものn...」
カ「......シャキン」(←無言でコフィンルーンを構える
夢「...とまあ冗談はこれくらいにして(汗)、大丈夫、今後に活躍する構想はちゃんとあるから」
カ「マジで!?」
夢「多分」
ズザ――(←カズのすべる音
レ「気の毒に、そう言えば、何気原作改ざんしてね?今回」
夢「ああ、ティアベルはんね、うん、まあね」
レ「ソレは何故?」
夢「そこは秘密」
レ「ふーん」

カ「俺に出番をくれーーーー!」
レナ「うっさい!私だっておんなじだよ!!」(振るわれるダガ―
カ「がはッ」


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Ep:09 This is my decision

どうも!夢見草です。今回でやっと第一層の話が終わります。非常に長く感じましたが、やり斬った感が半端ないです(笑)それでは、《SAO:AF》第9話をお楽しみください。


「手順はセンチネルと同じだ」

「オーケー、キリトに合わせる」

 

そうして、二人はボスへと駆けだしていった。

 

巨木のように大きな野太刀を、まるで棒きれでも振るっているかのように扱うコボルトロードに対し、キリトとレンは最小限の動きだけでかいくぐって行き、間合いへと踏み込んだキリトは、自身の得意とする剣戟を繰り出してゆく。

 

足元を狙った斬り払い、そのままの勢いで剣を切り返し、コボルトロード胸元へと切り込む。豪快に迫りくるコボルトロードの切りおろしを、横に跳び退いて回避し、がら空きになった横腹に大技をたたきこむ。

 

ソードスキル《バーチカル・アーク》、二つの光の軌跡が、Vの字を描いてヒットする。キリトが扱えるスキルの中でも上位に入る大技、しかし、コボルトロードはひるむどころかギョロリッと眼を見開いて、ディレイで動けないキリトへと野太刀をたたきつけんと振りかぶる。

 

「キリト、スイッチだ!!」

 

すると、今まで後ろにいたレンが、キリトを庇うように前に出ると、振り下ろされる野太刀に自身のアニールブレード+3を合わせ、そのまま力をいなすように剣をさばく。

 

いなされ、よろけるコボルトロードに対して、レンは追撃を加える。攻撃をいなし、出来たスキを確実につく。STRにあまりステ振りをしてないレンにとって、コボルトロードなどのモンスター攻撃はあまりにも重い、ならば、自身のAGIにものを言わせた高い回避能力と、攻撃をいなしてスキを作る。

 

これが、レンの作り上げてきたスタイルだった。最後に、単発スキル《クレッセント》を放って、振るわれた野太刀を危なげなく回避して後退する。

 

流れるようなコンビネーション攻撃は、コボルトロードの攻撃を確実に削っていた。しかし、キリトはその結果に満足することはできなかった。その原因は人数不足。レンとキリトとでは、お互いにどうしてもカバーし合えないスキがあり、フォローする人がいないために弱点となっているのだ。

 

…く、あと二人、二人さえいれば……

そんなキリトに答えるように、

 

「私のことを忘れないでよ!」

「私も加勢する」

 

今まで参加してなかったレナとアスナが駆け寄ってきた。

 

「よし、これならいける!レン、行けるか?」

「当たり前だろ!!」

 

そうして、四人は再びコボルトロードへと攻撃を開始した。激しいコボルトロードの攻撃を、レナが軽やかにかわしてゆき、スルリとコボルトロードの懐へと入りこむ。

 

小回りの利いた小さな攻撃を積み重ねてゆき、反撃とばかりに振り下ろされた野太刀に飛び乗って、そのままの勢いで大きくジャンプ。空中でスキル《ドロップダウン》を発動して、無防備なコボルトロードの頭へと直撃させる。

 

一時的なスタンに陥ったコボルトロードに、アスナが洗練されたリニアーによる神速の突きを加える。

 

「ブモォォォォォッ!!」

 

悲鳴にも似た雄たけびと共に、コボルトロードのHP目に見えて減少していった。そんなレナとアスナの姿は、とても鮮明で、この場にいる全てのプレイヤー達が、ボスの攻略のことも忘れて見とれていた。

 

「うォォォォ!!」

「ハアァァァァッ!!」

 

もう何度繰り返したか分からないコボルトロードへの攻撃、しかし、キリトとレンは手を休めることなく剣をふるい続けた。

 

「邪魔だ!!」

 

迫りくる野太刀を、レンは《クレッセント》ではじき返す。

 

「今だッ!!」

「任せろ!!」

 

バランスを崩し、よろけるコボルトロードへ、キリトはソードスキルを解放する。V字型に斬りつける二連撃、《バーチカル・アーク》、更に、ディレイから回復したレンが、キリトとスイッチ、まるで雷鳴の如く唸りを上げる、コボルトロードの《旋風》をかいくぐり、がら空きの巨体へ、《ダブル・アクセル》を放つ。

 

「行けるぞ!!レン!」

「オーケー、これで決めろ!!」

 

その掛け声とともに、キリトが再び駆けだす。

 

「ハアァァァッ!!」

 

叫び声と共に放たれる斬撃、突出したアニールブレード+5を切り返し、横水平への切りつけ。コボルトロードがひるみ、空いたスペースに踏み込む、放たれた《緋扇》の上下攻撃を、身をよじるように回避、続く月が放たれるよりも前に、キリトは自身のソードスキルを炸裂させる。

 

高速で水平に二連撃、そのままの勢いでアニールブレード+5をすくい上げるように斬り放つ。横緑のライトエフェクトが十字を描く、《バーチカル・クロス》に、キリトは自身のすべてを乗せた。最後に放たれた斬撃と共にコボルトロードの体が、無機質なサウンドを奏でながら、ガラス片となり消滅した。

 

とたん、フロア中に勝利のファンファーレが鳴り響き、浮かぶ“Congratulations” の文字、それが何を意味するのか、理解したキリトは、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

 

***

 

第一層のボスは、キリトの激しいソードスキルによって倒され、その死闘に幕を下ろした。

 

「ハハハ…ようやく終わった………」

 

緊張の糸が解け、レンは大きくため息を吐いた。キリトのほうを見やると、先ほどのほとばしる闘気はどこへ行ったのやら、力なく地面に座り込んでいた。

 

「お疲れ様、お互いに大変だったわね」

 

レンが休んでるところへアスナが声をかける。

 

「ああ、とんだ貧乏くじひいちまったよ、ったく」

「ふふふ、そうね」

 

少し皮肉を交えながらも笑うレンを見、アスナもふわり、笑った。被っていたローブは先ほどの戦闘で失ったのか、レンの目に映るライトブラウンの髪と、しばみ色の瞳の、整ったアスナの表情は、とてもきれいだった。

 

へえ……アスナって美人なんだなー…………

 

僅かばかり上昇する体温、ソレをごまかすようにレンは話題を変えることにした。

 

「そう言えばカズは?」

「彼ならティアベルさんと一緒にいるわよ?」

 

アスナの指差した方向には、何やら真剣に話し込んでいるカズとディアベルの姿があった。

 

不可解な行動をとったディアベルを、問い詰めたい気持ちがないワケではなかったが、二人の姿を見、まあ、いっか、とレンは区切りをつけることにした。

 

「―なんで、なんでボスの攻撃が読めたんだ?お前は元βテスターじゃないだろうな?」震える声と共に、ピタリ…..と歓声の声が止んだ。叫んだのはC隊のプレイヤー、その表情には怒りがにじみ出ている。

 

「そこにいるあんたらもだ、本当は自分の身分を隠して、私欲目的のために動いてたんじゃないのか?」

 

男はレン達を指差し、問い詰めた。瞬間、プレイヤー達の懐疑的な視線がレンに集まった。

 

…俺だけならまだしも、アスナまで………

 

状況は最悪。レンがこの場をどう収めるかあらゆる手段を模索していると

 

「元βテスター、だって?…俺を、あんな連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

冷笑を浮かべるキリトの声がした。

 

「いいか、SAOのCBTに何人のベテランMMOプレイヤーがいたと思う?ほとんどがレべリングも知らない初心者だった。今のあんたらの方がよほどましさ」

「な、なに?」

「だが俺は違う。俺はβテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知っていたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にもいろいろ知ってるぜ」

「……なんだよ、ソレ…」

 

ありえない、とでも言うように男がかすれた声でそう言った。

 

「そんなの……βテスターどころじゃない、チートだ、チーターじゃないか」

 

周囲から“そうだチーターだ”、“βのチーターだ”と、声が上がる。やがてそれらがまじりあうようにキリトには聞こえた。

 

「《ビーター》、か。いいな、それ」

 

気に入ったかのように二ヤリ、と笑い、キリトは、ウィンドウを操作する。やがて、LAボーナスであるユニーク品《コート・オブ・ミッドナイト》を実体化し、キリトは黒色のコートをはためかせた。

 

「二層の転移扉は、俺が有効かしてやる、この上の出口から主街区間でフィールドを歩くから、ついてくるなら所見のMobに殺される覚悟しとけよ」

 

そう言うと、最後まで冷笑を浮かべていたキリトは踵を返して、先へと進んでいった。

 

***

 

…これでいいんだ、これで…

しかし、これで少なくとも他のβテスターに被害が及ぶことがなくなり、当分は俺に嫌悪の視線が集まるだろう……

 

キリトにとっても、先ほどの判断は当に苦渋の選択だった。βテスター、いや、これからキリトは、私欲のために動き続ける薄汚い“ビーター”として、生きてゆかなければならない。

 

そのせいで、今後は前線にでて、パーティーを組んだりはできなくなるだろうが、この際はしょうがないだろうと、キリトは半ば、折り合いをつけていた。唯一の救いは、エギルやレナ、レン、アスナやカズ達だけは“自分だけは知ってる”という目を向けてくれたところだろう。

 

「ねえ、キリト……」

 

不意に、キリトの肩越しからレナの声が聞こえた。ありえないとキリトが振り向くと、そこにはレナをはじめ、カズや、レン、アスナがいた。

 

「どうして……」

「どうしてって、私はキリトについていくよ?」

 

レナが不思議そうに首をかしげる。

 

「ゴメンな、お前に重荷を背負わせてしまって」

「ああ、これは俺たちのせいでもある」

 

カズとレンも、同じように責任を感じていた。

 

カズも元βテスター、本来なら自分にも糾弾が来るはずだが、キリトのおかげで、今のところは糾弾を受けないで済んでいるからだ。

 

「だから、さ。もし厳しくなったら俺たちを頼ってくれ、いつでも駆けつけるから」

「カズ……」

 

キリトは言葉を失ってしまった。あんなあとでもまだ親友と言ってくれるカズがまぶしくてしょうがなかった。

 

と同時に、こんなやつらと知り合えてよかったと思えた。おかげで、先ほどまで覆っていた言いようもない孤独感が和らいでいくようにさえキリトは感じた。

 

「…ありがとう」

「気にすんなって」

 

カズはニカッと笑いキリトの肩をたたいた。

 

「アスナも、キリトについて行った方がいいんじゃないか?」

「何故?」

「俺とレンじゃ、自分のことで精いっぱいだから。少なくとも、キリトペアの方が安全だ」

「…そう、ならそうするわ」

 

カズのもっともな提案に、アスナはうなずくことしかできなかった。カズは、なにか、有無を言わせないようにも感じたからだ。

 

「そっか、じゃあな、アスナ」

「あなたもね」

 

レンとアスナが握手を交わして、今まで組んでいたパーティーを解散。そのまま、キリトとレナのもとへと歩んでいった。

 

「絶対に死ぬなよ、キリト」

「ああ、分かってる」

 

それだけ交わし、二つのパーティーは第二層の門をくぐった。

 

 

 

 




夢「あとがきコーナー始まるよ!」

レ「おーー!」

夢「やっとだよ、やっと第一層終わったよ」(←達成感

レ「何完結させた、みたいな顔してるんだよ、アホか?」

夢「だって、ねえ」

レ「まああれだけの才能のかけらさえ見つからない文じゃな、しゃーないか、今回だってグッダグダじゃん」


夢「ほんとにこいつは...」

レ「何か言った?」(←黒笑

夢「いえ、まったく」

レ「それにしても、原作通りキリトがビーターなんだな」

夢「ほんとは、カズっていう設定もあったけどソレはね、流石にないかなーって思って思って」

カ「ふざけんな!!」

レ「黙れ」
レナ「そうだよ!!」
ガスッ!!(←レンとレナがカズを殴る音

カ「り、理不尽だ...」
ガクッ

夢「...(誰かアイツらを止めてくれ...)」

レ&レナ「じゃあ、またよろしくな(ね)!」


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Ep10 The mysterious door

さて、いまさら感が半端ないんですが最近ずーっとGran turismo6のアイルトン・セナトリビュートにはまってました(笑)ゴールドがなかなか難しかった......。
そして!遂にベールを脱いだ《CoD:AW》!!私としてはプライマリーにSAC-3っていうデュアル専用武器があったのがとっても嬉しいです。それでもまだ買うかは迷ってるんですがね。でも、あの上下左右の立体起動は面白そうです。

では、《SAO:AF》第12話をお楽しみください。


照りつける日射しは鬱陶しいまでに強く、年中を通して雨天の設定が少ないのか、大地のほとんどが広大な砂漠で覆われているフィールド、そして、立ち並ぶ建物のほとんどが土固めの壁でできて、どこかアフリカのような雰囲気が漂う。第二十三層主街区“マララッカ”。それが、現在の攻略組最前線である。

 

 

 レンは、街の一角にあるベンチで、少し遅めの昼食を摂っていた。食感が、羊のラム肉にも似た《サンドワームの肉》を、ケバブのように焼き上げた、マララッカ名物(?)である《アサード・デ・ワーム》。レンとカズがここ、マララッカに拠点を移してから、毎日のように食べている一品だった。

 

第一層が攻略されてから実に七カ月。レンとカズは、最前線を転々としながら、ひたすら己の強化に邁進し、一日でも早くこのゲームから解放されるためにも戦い続けた。その間、実にさまざまなことがあった。

 

第一層の攻略会議で、そのリーダーシップを如何なく発揮し、そしてLAボーナスのために動いたティアベルはその後、自分の犯した間違いを悔いて、攻略に携わったプレイヤー全員の前で謝罪。今は元βテスターの知識を生かして、初心者プレイヤーの育成支援に尽力を注いでいるとのこと。アスナは、キリトの

 

「君はいつか必ずギルドに入った方がいい」

 

という提案のもと、つい最近新設されたばかりだが、団長ヒースクリフを始めとする、攻略組の中でも選りすぐりの人材が集まり、攻略ギルドの一角を担うまでになっているギルド、――Knights Of The Blood――血盟騎士団に入団、今はその高い実力から、有名になった、と、レンはキリトから聞いていた。

 

 午後二時過ぎの、攻略プレイヤーや職人プレイヤーたちで賑わっている街は猥雑を極め、とても活気にあふれている。そんな光景を肴に、昼食を食べ終えたレンは、これからどうするかを思案し始めた。

 

「そうだな…アルゴの奴から頼まれていた情報の真偽の確認でもするかな」

 

第二層の時に、カズの紹介で初めてであった、“お髭”のフェイスペイントがトレードマークの情報屋。通称《鼠のアルゴ》。

 

その高い情報収集能力を重宝し、レンも自然とアルゴと交友を深めていった。どれくらいかというと、エクストラスキル《体術》修得の際には、そりゃもう感謝してもしきれないくらいに。そんなアルゴから四日ほど前、レンに対して、

 

「レ―坊、最近噂になっている、ある“情報”の真偽を確かめてほしいんだョ」

 

と頼まれ、レンガとりあえず保留にしておいたものだった。そうと決まれば話は早い。レンは、自分の装備、アイテムなど一通り手早く確認してから、フィールドへと歩を進めた。

 

***

 

迫る毒々しい濃紫色に染まる尾による振り払いの攻撃を、レンは最小限の動きだけでかわし、そのまま滑り込むように自身の得意とする近接戦闘に持ち込む。そこから、《体術》スキルを組み合わせながら、桜花で切りつけてゆく。

 

体を切り返して、体術スキル《震脚》を、渾身の力で放つ。綺麗にヒットし、体をずらされながらも、反撃とばかりに振り上げられたMobの尾に合わせて、両足で地面を蹴る。そのままバックフリップの要領で体を回転させ、再び両手で地面を押し上げ、空中で一回転する。

 

体操選手も真っ青な体さばきで一気に間合いをとったレンは、最後にC-アックスを投擲、金切り音を上げてMob突き刺り、そのままMobもろとも消滅した。このあたり一帯に出現する《フレイムサラマンダ―》を、レンはもう何度も狩っていた。

 

 何故レンが《体術》を修得したのかというと、ソレはひとえに《A-ナイファー》の弱点のせいだった。

 

元々、ソードスキルが存在せず、ナイフとしての性能もお世辞に高いとは言えず、戦闘で有効に活用するなら射出するしかないB-ナイフとS-ナイフだが、その割には刃の一本一本のコストパフォーマンスが悪い。

 

役に立つ特殊効果が付属される、C-アックスやトマホークも同じ。なので、レンは近接戦闘の強化のためと、これが大半の理由を占めるが…コル節約のためにアルゴに泣きついて情報を教えてもらったワケだが……正直レンは泣きそうになった。まさか巨大な岩をこぶし一つで砕くまで下山することは許されず、追い打ちとばかりにフェイスペイントまで施されるとはつゆほどにも思わなかったレンは、キリトと一緒になって必死こいてクリアしたのだ。

 

しかし、その甲斐あってか、《体術》スキルは《A-ナイファー》と見事にマッチングし、特殊能力である機動力補正も相まって、切っても切れないほどに重宝するようになった。

 

「ふう……それにしても暑いのなんのって」

 

 バーチャルの世界といえど暑さは感じるので、レンは気持ち的に汗をぬぐいながらも、目的の場所へと歩き続けた。

 

アルゴから調査を頼まれたのは、最近、うわさとして流れるようになったモノで、曰く、“第二十三層のフィールドのはずれにある場所に、開かずの扉がある…”と。

 

曰く、その扉は巨大で、力に自身のあるプレイヤーが押しても、引いてもびくともせず、ソードスキルを使っても開かないと。

 

そういうワケで、プレイヤー達の憶測が飛び交い、遂には

 

――茅場が隠していたデバッグ用のログアウトゾーンでは?――

 

といううわさが流れるほどにまでなったのだ。レンも耳にはさんだことはあるが、にわかには信じ難く

 

そんなイレギュラーは存在しないだろう………

 

というのがレンの素直な気持ちだった。カズに至っては、調査依頼の話を持ちかけたアルゴに対して

 

「そんなワケねーだろ。フツー信じないぜ?そんなもん」

 

と、腹を抱えて笑っていたほどだった。

 

 レンが黄金色に染まった砂の大地を踏みしめること約一時間、ようやくレンの前方にうわさに違わない巨大な扉が見えてきた。

 

どこまでも澄んだ蒼穹の空届かんとそびえたつ巨大な扉を、レンはまじまじと見つめていた。

 

「すごいな…本当に開かない」

 

押したり、引いてみたり、少し戸惑ったが桜花の刃を射出してみたりと、一通り試したレンだったが、芳しい結果を得ることはできなかった。

 

さてどうしたものか、とレンが思考の海に意識を沈めていると、背後から声がした。

 

「苦労してるみたいだナ、レ―坊モ」

 

レンが振り返ると、そこには、小柄な体をローブで包み、フードからのぞかせる三本対のヒゲのフェイスペイントが印象的な人物――鼠のアルゴ――がいた。

 

「珍しいな、アルゴがフィールドに顔を出すなんて」

「そりゃア、レ―坊が好きだからナ」

「はいはい」

 

おどけているアルゴに対し、レンは素っ気ない態度で返す。情報屋“鼠のアルゴ”。

 

元βテスターで、その優れた情報収集能力を生業としている人物で、その手腕は“五分話していたら百コル分のネタを抜かれる”とまで言われるほどだが、レンはアルゴの“確かな情報以外は売らない”という信条を知っているし、レンにとっても、カズやキリト達につぐ信頼に足る人物と評価している。

 

「つれないナー、オネーサンは悲しいヨ」

「言ってろ、それよりも一緒に捜索してくれないか?情けない話だが、ひとりじゃみつけきれなくてな」

「いいよ、元はオレっちが頼んだことだシ。たダ、今の情報は三百コルかナ」

「そりゃカンベン、今度何かおごるからそれで許してくれ」

 

そう言って笑い合った後、レンとアルゴは捜索を始めた。

 

***

 

 「レ―坊、あそこは調べたかイ?」

 

開始から三十分、進展がなくため息をついていたレンへ、不意にアルゴが声をかけた。しかし、アルゴの指差す方向を見てみても、なにもなかった。

 

「……何もないが…」

「よく目を凝らしテ!!」

「……うん?」

 

思わず、レンは目を細めた。すると、まるで蜃気楼のようにボンヤリと輪郭が浮かび上がってきた。やがてソレはハッキリとしてゆき、最終的にはレンの腰くらいの高さ位の岩が出現した。

 

「ハイドレートが設定されていたんダ、しかモ、かなり高めノ」

「どうやらそうっぽいな…」

 

レンが近づいて調べてみると、岩の底の方、台座のようなものに変な傷ができていた。具体的には、なんらかの摩擦によって生じたであろう擦れた痕と、縦方向にちょっぴり彫りこまれた傷が一対ずつ、台座と岩本体にあった。

 

レンが岩を回転させるように動かし、その彫りこみが重なりあうようにすると、カチリッという音と共に、扉の正面に新たな岩がせりあがってきた。驚いているアルゴを尻目に、レンガその岩に近づくと、岩に穿たれている細めの二対の穴が目にとまった。

 

この穴の形状……まさか……

 

少しばかりの懐疑と共に、レンは桜花を実体化させると、そのままその穴に突き刺した。すると、すさまじい音と共に、扉が沈んでゆき、新たに広大な一本道が表れた。

 

「行こう、アルゴ」

「ア、 あア」

 

しかし、何故なんだ?あれじゃあ、俺しか開けられないじゃないか……

 

その疑問を胸に、レンは刺した桜花を引き抜いて鞘におさめると、アルゴと共に一本道へと足を踏み入れた。

 




夢「さあ、Let`s 」

レ「あとがきコーナー!!」

パーン!パーン!(←クラッカーの鳴る音

レ「おろ?今回はなんか豪華じゃね?」

夢「まあ、今まで名前すら出で来なかったアルゴを出せたからね、それにオリジナル層の開始だし」

レ「ああ、成程」

夢「それにしても、アルゴのセリフ書きにくい。どんな法則性で語尾がカタカナになるのかわからないもん。正直、アルゴファンの方スイマセン」

レ「確かに」

夢「そして!うちのレンがいつの間にか体術スキルを会得しました(笑)」

レ「なあ、いきなりすぎじゃね?しかも何故に八極拳?」

夢「それに関しては、レンの戦闘スタイルは、他の作品のとあるキャラクターからヒントを得たから」

レ「ふーん、それって誰だ?」

夢「○○○腐って美味しいよね」

レ「はあ?」

夢「因みに、ベースはヤングの方だから」

レ「ワケわかんね―」

夢「ってことで読んでくださってありがとうございました」

レ「おい」


夢(もしかしたらNPCとして出すかも......)ボソッ


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Ep11: The thing I feel

どうも、夢見草です。今回で今作一人目のヒロインが誕生します。しかし、なにぶん作者にこんな経験がないために、こんなんでいいのやらさっぱりわかりません(笑)リア充なんて爆発しちまえ!!
はい、それでは《COD:AF》13話目をお楽しみ下さい


幅五十メートルはあろうかという巨大な一本道が、水平線のかなたまで伸びている。開かずの扉の奥に出現した、いわば隠しダンジョンとでも言うべきか。しかし、レンは不可解な出来事の多さに、内心首をかしげていた。

 

その大部分は、扉のギミックにあった。たとえあのハイドレートの高い岩を見つけ、回転させるところまで解けたとしても、そこから先は、少なくともB-ナイフかS-ナイフを所持してなければならないからだ。

 

それなら別に持っていたら問題なさそうだが、そもそもB-ナイフやS-ナイフはショップで売られていない。しかも、レン自身、今までモンスタードロップしたためしがない。なのでレンは仕方なく、火力不足感が否めない桜花を、今でも使い続けているのだ……

 

……何かがおかしい。もしかしたら、罠かもしれない……

 

そう思ったレンは、隣を歩いているアルゴに、十分警戒するよう促した。しかし、そんなレンをあざ笑うように、道中でModが出現することはなく、いたって平和そのものだった。

 

「すこしピリピリしすぎじゃないカ?」

「まあ、杞憂ならそれでいいんだが……」

 

そんなアルゴを見て、レンも警戒を解くことにした。

 

***

 

「そういえバ、レ―坊はどうしてあの穴の仕掛けが分かったんだイ?」

「穴の形状とかそんなのからだよ」

「フーン。しかし、レ―坊がユニークスキル所持者とハ。これはスクープだゾ」

「売るなよ?」

「さア、どうかなア」

 

そういうアルゴの目は、心なしかいつもより輝いているようレンは感じた。おそらく、いや、百パーセント“A-ナイファー”のことについてだろう。

 

正直、レンは頭が痛くなった。今まで、コソコソ人目を避けて使用してきたA-ナイファーだが、アルゴに知られてはすべてが水の泡と化す。金を積まれれば情報を売るであろう姿が安易に想像できるからだ。

 

「はあ…………」

 

レンはひときわ深い溜息をこぼすと、何がおかしいのか、アルゴがクックックッと笑った。

 

「大丈夫だっテ、売らないかラ」

「本当か?」

「あア、オネーサンを信じなさイ」

 

どうやら、レンはアルゴの思惑通りに行動してしまったようだ。一本取られたなと思いながらも、改めてコイツといるときは気をつけなければ、とレンは思った。

 

「なあ、アルゴは何故情報屋を始めようと思ったんだ?」

 

ふと、レンの脳裏に浮かんだ疑問。アルゴとの付き合いは長いが、それでもアルゴがなぜ情報屋なんて家業を営んでいるのか、レンは知らなかったからだ。

 

「ウーン、ま、レ―坊にならいいカ」

 

ナイショだヨ、と付け加えて、アルゴはコケティッシュに笑った。

 

「元々、他のMMOでは情報屋なんて始めから営んでなかったんダ」

「へえ」

 

それは意外だった。アルゴの情報収集能力の高さと、立ち回りのうまさは、ずっと情報屋をやってきたからだろう、とレンは思っていたからだ。

 

「そんなとき、ちょうどお金が足りなくてネ、その時ニ、フレンドの一人が、“それなら、アルゴの入手した情報を売ってくれ”って言われたのが始まりかナ」

「なるほどね、それで?」

「まア、思ってもなかったカラ、売ったんだケド、それからちょくちょく情報を売ることが多くなってネ」

「ふうん」

「そしたラ、いつの間にか情報を収集して、売るのが自然になってきたんダ」

「それじゃあ、アルゴは不本意だったのか?」

 

アルゴの話を聞いている限りだと、流れのまま情報屋になったように聞こえる。しかし、そんなレンの疑問を、アルゴはチッチッチッと指を動かしながら、不敵な笑みを浮かべて続けた。

 

「それがだんだん楽しくなってきてナ!!例えバ、オレっちが持っていた情報Aヲ、Bが買ったとするだろウ?すると、新たに“Bが情報Aを買った”て言う情報が生まれるんダ。その過程が、まるで生き物みたいでナ、そんな情報の流れがオレっちのは新鮮なんダ」

 

アルゴの言いたいことはレンにも理解できないことはない。つまり、物事の出来事の中で、絶えず生じる“情報”、その過程が楽しいのだろう。

 

しかし、同じように共感できるか、とレンが問われたならば、答えは“ノ―”だろう。しかし、何となくアルゴの人物像がつかめた気がした。アルゴの、情報や云々のいきさつを語っていた時の表情は、いつになくハツラツとしていた。

 

…へえ、コイツってこんな表情もするんだ…..

 

 

その後も、二人は他愛もない会話をしながら、先へと進んでいく。

 

***

 

それからしばらくすると、二人はマップ最奥と思われる場所にたどりついた。

 

「ヒュー!絶景だナ」

 

今までの殺伐とした砂漠景色はナリを潜め、澄んだ空色の大きな湖に、ソレをかこうように青々と生い茂る木々がそびえ立つ。

 

あたりにMobは見当たらず、まるで忘れ去られた秘境のよう。どことなく穏やかな空気が漂う、当に砂漠の中のオアシスと呼ぶにふさわしい場所で、アルゴの言うとおり、とてもきれいだった。

 

「あーア、ノドが渇いたナア!」

 

太陽がさんさんと降り注ぐ、灼熱かと思うほどの砂漠を歩き続けること、ゆう二時間。バーチャルであるこのSAOにおいて、別に水分補給しなくても死ぬことはないが、澄み渡る湖を目にしたとたん、アルゴとレンは強く水を飲みたい衝動に駆られた。

 

とにかく、ノドを潤そうとアルゴが湖に近づいたその刹那、突如巻きあがった砂煙と共にあらわれた巨大なゴーレムに、その行く手を阻まれることとなった。

 

***

 

突如としてレンとアルゴの行く手を阻んだのは、全身をゴツゴツとした岩で覆われた、全身二メートル以上はゆうに超すだろう巨大なゴーレムだった。

 

岩でできた顔の奥からのぞかせる紅く光る眼が、アルゴとレンを“敵”と認識していた。レンがゴーレムのネームタグを見ると、《Sand storm golem(サンドストーム・ゴーレム)》と表示されていた。

 

「来るぞ!アルゴ!!」

 

ゴーレムから放たれた右ストレートをバックステップでかわし、レンは、桜花の間合いまで一気に踏み込む。ゴーレムとの距離は五メートルほど、更に迫る一撃を、レンは強引に体をひねってかわし、右手の桜花をふるう。

 

しかし、レンの一閃はゴーレムの強固な岩に阻まれ、ダメージをほとんど与えることはできなかった。ならばとレンは体を回転させ、体術スキル《連環脚》を放つ。しかし、またしてもダメージを与えることはできなかった。

 

まずい…物理ダメージが通らない!!

ゴーレムは体を回転さて、その巨大な腕をハンマーのように叩きこんでゆく。

 

「ガッッ」

 

レンはかろうじて桜花で防ぐが、その暴風の如き攻撃により発生した竜巻と共に、レンは弾き飛ばされた。

 

アルゴは手にした小型のクローと投げナイフで、ゴーレムの攻撃を凌ぎながら攻撃するが、レンと同様にダメージを与えることか出来ずに防戦一方だった。

 

アルゴに攻撃を続けているゴーレムに、レンは桜花の照準を合わせ射出、しかし、覆われた岩の鎧を貫通することはかなわず、小石のようにはじかれていた。

 

当に絶体絶命。レンとアルゴは、暴風のように暴れるゴーレムの攻撃をさばき続けるしかなかった。

 

***

 

 硬直していた状況が動き出したのは、それから十分後のこと。アルゴがゴーレムの猛攻を凌ぐことができずに、クローをはじかれたのだ。

 

無防備になったアルゴへ、ゴーレムの無慈悲なパンチが迫る。レンはモーションを起こし、体術スキル《活歩》を発動する。一歩でゆうに五歩以上進む活歩は、爆発的なスピードで数十メートルあった間合いをゼロにする。

 

唸りを上げて迫るパンチに、レンは体術スキル《川拳》を合わせる。揺らぐゴーレムへ、震脚を放ち、活歩で滑るように横へスライドしてから、ノーガードの側面へと《紬膵》を放つ。しかし、ここまで体術スキルを重複使用したレンに、ディレイによる制限が体を縛る。

 

そんなレンへと、ゴーレムが反撃とばかりに《ストーム・パンチ》を繰り出す。その名の通り、体を台風のように回転させ、全方位に攻撃する技が、レンに炸裂する。全身にすさまじい衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされた。

 

「ぐあッ!!」

 

背中からたたき落とされ、レンのHPがゼロ近くまで落ち込んだ。

 

「レ―坊!!大丈夫カ!!」

 

叫ぶアルゴを無視して、レンは軋む体にムチを入れて立ち上がる。

 

…あそこだ、あれがアイツの弱点なんだ!

 

再びレン活歩を発動し、加速してゆく。雄たけびを上げて迎撃してくるゴーレムの股の間を、レンはスライディングの要領でくぐりぬけ、背後を取る。

 

片手で体を押し上げ、そのまま桜花の刃を射出する。飛翔する刃は、ゴーレムの弱点…背後の岩で覆われていないコアのような場所…を貫き、ゴーレムは崩れ落ちた。

 

***

 

「レ―坊!!」

 

肩で息をしているレンの口へと、アルゴがポーションを突っ込む。柑橘系の甘酸っぱい味が口に広がり、レンのHPバーが少しずつ上昇してゆく。

 

「何デ、なんであんな無茶をしたんダ!!」

 

アルゴがレンの襟をつかんで、必死で問い詰めた。レンは少し悪いことしたな、と思いながらも、

 

「無我夢中だったから……それでも、アルゴが無事でよかった」

 

そう言って、アルゴの頭をなでた。

 

「ナッ///」

 

アルゴは自身の鼓動が速くなるのを感じた。安心したように笑うレンの顔がとてもきれいだったから。

 

「さてと……うわッ!!」

 

アルゴの頭をなで終えると、ドロップアイテムの確認を始めたレンの背中にアルゴは抱きついた。

 

「ちょ、ちょちょちょアルゴ?」

「レ―坊の卑怯者…そんな顔されたら…………」

 

好きになっちゃうじゃないカ…

その言葉を、アルゴは胸の内に押しとどめ、レンの背中に深く頭をうずめた。

 

「………………」

 

どうすればいいか分からなかったレンは、

 

まあ…だれでもあんな目に会ったら…不安になるよな……と、どこか他人事のように考えていた。

 

 

 

しばらくして落ち着いたアルゴを離して、レンがLAボーナスとして獲得したS―ナイフ《アヴァン》を装備して、

 

「これも秘密にしといてくれ」

「バカ……」

 

と、アルゴにパンチをもらったのはまた別の話。

 




レ「さあ、あとがきコーナーだ」

夢「..............................」(←ジト目

レ「どうしたんだ?」

夢「鈍感くそ野郎め」

レ「はい?」

夢「てめえなんか爆散しちまえばいいんだよ」

レ「意味わかんねー、このアホ作者」

夢「てめーには言われたくねえ朴念仁」

レ「な、誰が朴念仁だ!俺はそうゆうとこちゃんと敏感だぞ!」

夢「こりゃ重症だ。理解してない分なおたちが悪い」

レ「もいいい、一回殴らせろ」

パキリッ(←拳を鳴らす音

夢「な、それはひきょuガハッ」

レンの川拳が見事夢見草にクリーンヒッツ!!!

夢「ク、クソ...あの野郎.......」

バタッ(←倒れこむ音

レ「一体なんだったんだ?まあいいや、これからも読んでくれよな!」


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Ep12: Day of his Life

ついに!遂に字幕版《CoD:AW》の発売日が明日に!やっとか、って感じですかね。CoDシリーズは、大体新作がこの時期に発売されるので、もうすぐ冬なんだなって感じます。

さて、今回は、主人公レンではなく、そのパートナーであるカズにスポットを当てた話です。それでは《SAO:AF》第十四話をお楽しみ下さい。


デスゲームと化し、フィールドに出れば常に死と隣り合わせになるこのアインクラッドにおいて、危険だと理解しながらもフィールドに出続け、解放のために働くプレイヤー達。間違いなくこのアインクラッド内で一番ハイレベルなプレイヤー達だろう。

 

そんな彼らのことを、他のプレイヤー達は、“攻略組”と呼んだ。

 

 

 

カズの一日はとても早い。まだ日が昇っていない時間に起きて、隣のベッドで健やかに眠っているレンを起こさないように、静かに身支度を済ませていく。

 

白を基調としたコートタイプのプレートメイルに、つま先とかかとの最低限の部分にしか強化を施されていないスチールブーツを身にまとい、純白に透き通る刀身が印象的な、《セイヴァーズ・ソウル+5》を、背中にある鞘に納めてから、カズの身支度が完了した。

 

第一層の頃、元βテスターである利点を生かして、レンをサポートしながらも効率よくレベリングを行ってきたカズだったが、レンがSAOでの戦闘に慣れ、一人でも心配はいらないほどに成長した頃から、カズはレンと別行動をとることが多くなった。

 

その理由は、どうしてもレンに知られたくなかったからだ。

 

カズが、別行動をとってまで行っていたのは、レベリングでも、クエストクリアのためでもない。己の実力と、知識を生かして、フィールドなどで危機に晒されているプレイヤー達の救助、および、支援。

 

更には、安全にレベリングができるようマップデータの更新や、モンスターの攻撃パターンなどの情報収集などが、カズが第一層から続けてきたことだった。

 

やがて日が少しずつ昇り始め、窓のブラインドから弱弱しく光が漏れるようになった頃、カズは最近道具屋を始めたエギルの営む店へと向かった。

 

***

 

 二十三層主街区である“マララッカ”は、砂漠地帯であるために気候が暑いのは当然だが、それ以上に、NPCやプレイヤー達の活気であふれる街としても有名である。

 

個性豊かなNPC達が、露天のようなものを多く出店し、防具や鍛冶屋は勿論、食べ所などからなるバザールが毎日開かれる。更に、戦闘系スキルの一切を排除し、生産スキルを装備した、一般に、“職人プレイヤー”と呼ばれるプレイヤー達も多く出店し、マララッカ全体が巨大なコミュニティーとなっているのだ。

 

しかし、今は少し時間が早いためか、街全体はいたって静かである。

 

 カズは、まだ目覚めきれていない街のストリートを歩きながら、エギルの店へと向かった。コツコツとカズのブーツが鳴り響くほど静まり返っていても、どこかエジプティックな雰囲気を漂わせているメインストリートから外れ、東南アジアあたりを思わせるエスニック風の雰囲気で満たされているサブストリートに、エギルの経営する店がある。

 

ちなみに、この店の物件自体をエギルが購入したのではなく、貸し出されていたものを借りているという形となっている。ガチャリッ、とカズはドアノブをひねり、まだ薄暗い店内へと踏み入れた。

 

「エギルーー、おきてるかー」

 

カズの声がこぢんまりとした店内に木霊する。

 

流石にまだ早かったか……さて、どこで時間をつぶそうか………

 

とりあえず外に出ようとカズがドアノブに再び手を掛けると、

 

「おおー。起きてるぞー」

 

奥から、眠たそうなバリトンの声がした。カズが振り返ると、がっしりとした体格に、浅黒い肌がとてもマッチングしているエギルが、カウンターに現れていた。

 

「おお、おはよう」

「ああ、それにしても、ずいぶんと早いな」

 

言いながら、エギルはさっと取り出したポットに水を入れ、コンロの上に乗せて火を掛ける。すると、ものの数分とたたないうちに、お湯がわきあがる。

 

ここら辺の非現実感が、ゲームの中なんだなと思ってしまうところではある。棚から取り出した二つのカップにフィルターを設置し、コーヒー豆のような黒い物体を入れてお湯を注ぐと、インスタントなんて目じゃないくらいの速さでコーヒーもどきが出来上がる。

 

そのまま、エギルは一方のカップをカズへと差し出す。

 

「サンキュー」

 

カズはカップを持ち、まだ温かいコーヒーもどきを一口すする。少しの苦みと、結う見豊かな香りが、まだ覚醒しきれていなかったカズの体にしみわたって行く。

 

「旨い、現実ではカフェでも営んでいたのか?」

「あながち間違ってないぞ、それ」

「マジか…あれ?ディアベルは?」

「ああ、あいつなら……」

 

うわさをすれば何とやら、エギルが言い終わる前に店のドアが開き、青髪の爽やかなプレイヤーディアベルが表れた。

 

「お、来た来た」

「おはようカズ、それにしても少し早くないかな?」

「いいって、善は急げってな」

「たしかにね」

 

ディアベルもカズの隣に座り、エギルからカップを受け取っていた。

 

「さてと、それじゃあ始めるか」

 

落ち着いたころ合いを見計らったカズの声と共に、三人は会議を始めた。

 

***

 

「じゃあ計二十七人か?」

「ああ」

「内、十九名はそれぞれパーティーを組んでいたそうだ。全滅らしい」

 

最初、カズ一人だけだったこの活動も、今ではエギルやディアベルも加わっている。ティアベルは、第一層のあの出来事の後に、カズが声をかけたのだ。

 

そうして、こうやって定期的に集まっては、彼らのコネクションなどをフルに活用して、死者やフィールドの危険な場所、どの層が一番、被害が大きいかなどの情報交換を行っているのだ。

 

「くそ!まだそんなにか」

 

カズは己のこぶしを握りしめ、テーブルを思いっきりたたく。全てのプレイヤーを一人で助けることは、たとえどんな奇跡があろうともかなわない。

 

そんなことは頭で理解していても、カズは、救えなかった自分の無力さを呪った。

 

「まあ、そんなに気を落とすな」

「そうだね。割り切ることも大切さ」

 

対して、ディアベルやエギルなどの大人組は、極めて冷静に事を見ていた。気を落とすなと言わんばかりに、エギルがカズの肩をたたく。

 

冷めて冷たくなったコーヒーもどきをカズはあおり、胸の内にうずくまる気持ちを落ち着かせた。外は日が昇り、ドア越しからは陽気な声が聞こえ始めている。

 

「もうこんな時間か…………」

 

そんな音を聞いて、エギルがつぶやく。

 

「エギルはいつも通りだろ?ディアベルはどうするんだ?」

「俺は、最近プレイヤーが多い十六層のフィールドあたりに行ってみるよ」

 

第十六層は、アクティベートされてからおよそ五日でボス部屋までたどり着き、一人の犠牲者を出すことなく攻略されたのだが、今では、中層プレイヤー達のボリュームゾーンとなっているのだ。なので、自然と危険も増えてしまう。ディアベルは、その状況把握と、死者が出ないようにパトロールに行くのだろう。

 

「じゃあ、俺はマッピングを続けるかな」

 

カズは、二十三層のマップデータを更新し続けることにした。カズは残っているコーヒーもどきを飲み干し、

 

「サンキュー、エギル。旨かった」

「ああ、気をつけろよ」

「無茶だけはしないでくれ」

「分かってるさ」

 

とだけ呟いて、カズはエギルの店を後にし、フィールドへと向かった。

 

***

 

砂煙を巻き上げながら、地面スレスレを、しなるムチのように迫ってくるテール攻撃を、カズは迷うことなく上に跳んで回避する。そのまま上方から、《セイヴァーズ・ソウル+5》で一突きして、ひるんだサラマンダ―を踏み越えて、後方の離れた場所にいるもう一体のサラマンダ―へと肉薄する。

 

後方にいたサラマンダ―が、カズを攻撃対象と認識し、繰り出してくるサラマンダ―特有の噛み付き攻撃に対して、カズはライトエフェクトと共に剣を好きい上げるように斬りつけ、そのまま足を切り返して一回転し、その勢いそのままに、サラマンダ―へ水色のライトエフェクトが水平に走った。

 

時間差で二連撃目が飛んでくるトリッキーなソードスキル《ダブラ・ティエンポ》。その変則連撃に、サラマンダ―の体が派手なガラスエフェクトと共に消滅した。更に迫ってくる一匹目のサラマンダ―に対し、カズはディレイが解けるやいなや、高速の連撃を浴びせてゆく。

 

左上から斬りつけ、そのまま斬り上げ、迫るテールをスウェーでかわし、開いたサラマンダ―の側面へと鋭い突きを放つ。まるで一種のソードスキルのようなソレは、サラマンダ―のHPを、目に見えてグングン削って行き、十三連撃目となる斬り払いがヒットしたころには、サラマンダ―は跡形もなく消滅していた。

 

「ふう………」

 

カズはセイヴァーズ・ソウル+5を投げ上げ、戻ったところを右手でキャッチし、背中にある鞘へと収める。

 

「近くに反応は無い、か………」

 

索敵スキルで周囲の状況を確認したカズは、そのままマッピングを再開させた。

 




レ「さあ、あとがきコーナの時k...モゴモゴォ!!」
カズがレンに猿轡をはめた。

カ「しゃあ!改めてあとがきコーナの時間だ!!」

夢「いや、あのー、どったの?」

カ「今回は俺が主人公だから、とーぜんだろ」

夢「いや、許可してねーし」

レ「モゴオ! モゴモゴゴ!!」(←そうだ!ふざけんな!!」

カ「聞こえないなあ〜」(←勝ち誇った笑み

夢「ハア、ダメだこいつら」

カ「やっと予告通り俺の活躍回か。待ちくたびれたぜw」

夢「まあ、そうかもね」

カ「俺の活躍見たいって思っていた人もさぞかし多かったんだろう」

夢「どこ見てもそんなことない件について」

カ「マジ?」

夢「大マジっす」

カ「くそ!これもお前の文才のNASAののせいか!」

夢「はあ?出してやったんだから感謝しろ!」

カ「うっせえよ!悔しかったらそのダメな文章力をなんとかしろよ。このサボり魔」

夢「ああもう、どうしてこいつらは揃いも揃って性格最悪なんだよ!誰だよこんなやつ考えたの(すっとぼけ」

カ「まあ、哀れな阿呆の成れの果てだ。みんな、気にしなくていいぞ」

カ「それじゃあ、感想やアドバイス、優しい批判(作者が豆腐メンタルだから)待ってるぜ!」



ー追記ー
もう今更感が半端じゃないんですが、夢見草の書くあとがきコーナーは十二割がたキャラ崩壊を起こすので悪しからず。


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Ep13: The "White•Kaiser"

どうも!夢見草です!!最近本格的に冷え込んで、朝ベットから出て来たくない日々が続いてます。指がかじかんでキーボードが打てない打てない(笑)それでは、《SAO:AF》をお楽しみ下さい。


ガシャアアアアアンッ!!と音を立てて、崩れるサラマンダ―を見届け、カズはもう何匹目か数えるのもバカらしくなってきた。

 

「やれやれ、少し熱が入りすぎたかな」

 

自分自身では戦闘狂ではないとカズは思っているが、モンスターを視野に入れるや否や、素早く周囲の状況を確認してからモンスターに突っ込んでいくその姿は、はたから見れば立派な戦闘狂である。

 

レン曰く、

 

「あいつは戦闘狂っていうか、もう戦闘凶ってレベル。絶対前世は兵隊だったんじゃないか?」

 

とのこと。今回も、カズは気づけば優に三十分以上もの間、マッピングなんてそっちのけで、視認するや否やモンスターと片っ端から戦闘し続けていたのだ。

 

おかげで、コルや経験値は少しずつ溜まっていくが、目的であるマッピングデータは少しも更新されていかないという、とても空しい状況が続いていた。

 

「そろそろマッピングデータの更新を…………」

 

しようか、と言おうとしたところで、カズの索敵スキルに反応があった。赤く点滅するその反応は、まさしくモンスターの存在を示すものだった。

 

「……………………………………………」

 

いま、カズの心の中では、凄まじく葛藤が起きていた。このまま、マッピングにいそしむべきなのか、それとも、湧出したモンスターを狩りに行くのか。

 

天秤が揺れ動き、カタリッと片方の皿が底に着き、遂に決断が下された。

 

「…もうちょっと、もうちょっとだけ狩るか」

 

どうやら、今日もカズのマッピングは終わりそうにもない。

 

***

 

「しまった……完全にやらかした……」

 

レベルアップのファンファーレを聞きながら、カズが気づけば更に一時間もたっていた。今度こそは、流石のカズも絶句するしかない。

 

もうこれからは、マッピングに集中しなければならない。なので、カズは最後の締めとして、経験値から得たポイントをステータスに割り振っていく。

 

カズのビルドは、いたって普通のバランス重視となっている。具体的内訳としては、ATK―AGIに6:4の割合でポイントを振っている。

 

つまり、ややATKよりのバランスビルドなのだ。余談だが、レンは3:7のAGI振り、レナは2:8の極AGI振りとなっている。バランスビルドのカズは、レンやレナのような突出したスピードなど、どこか抜きんでている部分がなく、いたってマイルドではあるが、カズは気にしない。

 

カズがその気になれば、キリトのように力強い斬撃を放つこともできるし、レンの劣化版のような素早い動きもできる。どんなスタイルでも器用にこなす、オールマイティーな立ち回りこそが、カズの最大の武器なのだ。

 

フィールドでは、まるで自分の手のひらで踊らせているかのようにモンスターの動きを正確に把握、状況に応じて様々なスタイルを扱うその様を見たプレイヤー達は、いつしか、カズのことをこう呼んだ。

 

ホワイト・カイザー(白き帝王)

 

と。それが瞬く間に広がっていき、今ではカズの二つ名として定着した。カズ本人は何気に喜んでいたりするのだが、有名になりすぎてしまうと、レンにカズのことがばれる恐れがあるので、最近、カズは下の層に向かって救助を行うときは、ローブに身を包むようにしている。

 

全てのポイントの割り振りが終わると、カズは自身のマッピングデータを開き、先に進もうか、それともまだ見つかっていない隠し通路や隠し部屋などの、マップの細部を更新するか。カズはしばし思考していたが、やがて顔を上げ、どこを見渡しても黄土色な砂漠のフィールドの道を戻ることにした。

 

***

 

 レンガ先日見つけたような、隠し通路や隠し扉を見つけるケースはとてもまれであり、いざ探してみるとなると意外に骨が折れる。であるのに、このSAOでは、そう言ったフィールドでの“隠しダンジョン”に該当するような場所は意外と多い。

 

少なくとも、各層のフィールドと迷宮区には、合わせて最低でも十はあるだろう。というのがプレイヤー達の共通認識として知られている。こういった隠しダンジョンでは、MMORPGの常として、大抵なんらかのアドバンテージとなることが多い。テンプレなのは、“宝箱の中に強力な武器・防具・アクセサリー”などだろう。このSAOも例にもれず、そのようなアドバンテージとなる類のものがある。

 

そんな隠しダンジョンをたまたま見つけ、何の準備もないままに入ってしまい、中にいる強力なモンスターやトラップに引っかかって全滅、なんてことも少なくない。他のMMOなら笑い話ですむが、SAOに関しては笑い事では済まされない。そんな危険を少しでも減らそうと、カズはなるべくそういったダンジョンを見つけ、念入りに調査してから“警告”として知ってもらうために探索しているのだが………

 

「あーくそ!全く見つからねー」

 

思わず、カズは叫んでしまった。最初は根気よく探していたのだが、そもそも簡単に見つかってしまっては隠しダンジョンでも何でもないワケで………遂に、カズは痺れを切らしてしまった。

 

そろそろやめよっかな………

 

とカズが思い始めた時、

 

「あ!いたいた!!カズさーん!!」

 

不意に、そんな声がした。

 

「アレンじゃないか、どうしてここが分かった?」

「そりゃあ、ずっとカズさんに会うためにここで張り込んでいたんですから」

「おいおい………」

 

カズがアレンと呼んだ少年は、浅紅の髪を無造作に整え、落ち着いた流し眼が少し浅黒の肌色に妙にマッチしていた。その背中には、銅色に鈍く光る長槍を抱えている。

 

「まあまあ、今日という今日は必ず弟子にしてください」

「あのなあ……俺のことは忘れろっていっただろ?」

「忘れられませんよ!なんたってカズさんは俺の憧れなんですから」

「はあ………」

 

あくまで聞く耳持たず、といったアレンに、流石のカズもため息しか吐けなかった。

 

「仕方ない、チョットだけついてこい」

「いいんですか?」

「ああ」

 

そう言って、二人は歩きだしいた。

 

 アレンにとって、カズは憧れの的だった。アレンがストーカまがいのことをしてまで、なぜそこまでカズに弟子入りしたがるのか。

 

それは、一言で言ってしまえば、アレンがカズに尊敬を、いや、酔狂していたといってもいい。

 

二十層でのこと、カズがいつも通りフィールドの捜索にいそしんでいると、ちょうどモンスターに囲まれ、ピンチに陥っていたアレンと出会った。

 

その時はローブで顔を隠していなかったので、カズが助けに入ったところ、アレンに対してカズがあの名高きホワイト・カイザーであることが一瞬にしてバレた。アレンが今まで出会ったどのプレイヤーよりも、振るう剣は洗練され、全てを見越しているかのようなその姿は当にカイザー。

 

そんなカズの姿が、アレンの脳裏に強く焼きつき、それからというものの、アレンにとってカズは尊敬して止まない存在となった。カズがアレンの目標であった攻略組というのもあったのかもしれない。

 

そうなると、アレンの行動は早かった。その後、事あるごとにカズに着いて回り、アレンはずっと弟子入りを申し出たのだ。しかし、カズは一貫してその申し出を拒否した。理由は、カズのやっていることが危険である以上、アレンを危険にさらすわけにはいかなかったからだ。しかし、アレンはあきらめることなくずっとカズを追いかけ、戦闘を見るたびに、ますます尊敬の念が強くなっていった。

 

***

 

「まだだ!まだ振りが甘い!」

「はい!!」

 

カズに言われ、アレンは初撃よりも鋭い突きを繰り出す。体毛が茶色のイノシシ型Mob《デザート・ボア》は、その鋭い牙でアレンをかち上げんとする。

 

しかし、アレンはその場から大きく跳び退いて、スキルを発動。槍を握る右手に力がこもるのを感じながら、アレンは一気に槍を投げ放つ。槍は漆黒の軌跡を描きながら、唸りを上げて見事ボアの体を串刺しにした。

 

「まあ、良くなったんじゃないか?」

「ありがとうございます!!」

 

消えゆくボアを尻目に、カズカ戦闘の感想を述べると、アレンは感極まったかのような顔をした。

 

「それにしても、この隠し部屋の危険度は低いか……」

「そうなんですか?」

「ああ。普通、お前じゃ危なすぎる」

 

カズがアレンを誘った理由は、ただ単に二人ならば作業効率が上がるだろうと思ったからである。

 

結果、アレンがカズの見落としていた隠し部屋を見つけ、調査のために中に入ったのだが、カズの予想に反してその隠し部屋の危険度が低かったので、アレンの実力を測るのにちょうどいいかと思い、時々アドバイスはしながらも、カズはアレンに戦闘を一任していた。

 

率直に言ってしまうと、アレンの実力はそこまでひどいものではなかった。まだまだレベル不足感は否めないものの、きちんと経験を積めば、いいプレイヤーになるだろう、とカズは感じた。

 

「湧きも終わったか。よし、ここを出るぞ」

「はい」

 

そうして二人は外に出た。あれだけ高かった日も、いまはすっかりと落ち、空には満天の星達が輝いていた。

 

「うーん。アレン、俺の弟子になるのはやめとけ」

「いやですよ」

「どうしてもか?」

「はい」

 

見つめるアレンの、少しだけ青みがかった黒色の瞳は、どこまでも真剣そのものだった。そんなアレンを見て、カズも考えを改めることにした。

 

「なら、二十三層をクリアするまで待ってくれないか?いろいろと考えたいことがある」

「本当ですか?」

「ああ、信じてくれ」

「……仕方ないですね、いい返事を待ってます」

「分かった」

「それじゃあ、今日は失礼します」

「お疲れ」

 

そう言って、アレンは帰り道へと歩き始めた。

 

「俺も帰るかな、その前に、アルゴにメール打っとくか」

 

カズは左手を振って、ウィンドウを出現、フレンドリストからアルゴを選択して文章打ち始めた。

 

“マッピングデータについて取引したいから宿に来てくれないか?”

 

文章を一通り見直したカズは、メッセージを送信して、アレンと同じように帰路に就いた。

 

***

 

レンとカズが二十三層の宿として使っているのが、宿屋《レ・ミゼア》である。カズが気に入った理由としては、宿代が安いから……唯それだけである。

 

プレイヤーの育成のために入手したコルの六割を当てているカズとしては、出来るだけ節約しておきたいのだ。

 

カズは部屋に入り、その値段相応のかなり年季の入ったベットに腰掛け、今日ドロップしたものを整理していると、塗装がはげて、見た目がボロボロなドアからコンコンとノックする音が聞こえた。

 

「誰だ?」

「オレっちだヨ。入ってもいいかイ?」

「アルゴか、どうぞ」

 

ギギギィと音を立てて、アルゴが入ってくる。

 

「ヤレヤレ、相変わらずボロい宿だナ」

 

アルゴがあきれたように苦笑しながら周りを見渡す。

 

「安けりゃなんだっていいんだよ」

 

カズがどこ吹く風でウィンドウを操作する。

 

「で、例の件だが……」

「そうだナ、800コルでどうだイ?」

「いや、せめて1000だろ」

「高いなァ」

 

両者どちらも引かず、交渉は全くの平行線だった。

 

「隠し部屋も調べてるんだぞ?安いもんだろ」

「でモ、完璧じゃないだろウ?」

「そりゃそうだが…………」

 

そう言って、カズはマップデータに目を落とす。彼がここ数十日かけて調べ上げ、レンにも協力してもらって開放したものだ。

 

「せめて850コルだナ」

 

これが最大の譲歩たと言わんばかりに肩をすくめるアルゴを見て、カズはある切り札を切ることにした。

 

「…じゃあ、アルゴの切ない恋話はどうしよっかな」

「ナッ///」

 

アルゴが目に見えて反応する。カズはさらに畳み掛けんと言葉を続けてゆく。

 

「いやー、まさかあの“鼠”がなー。まさかのレンか……」

 

口元を釣り上げ、楽しそうに目を細めるカズは、まるで悪代官のようだった。

 

「く、クゥ………」

 

可愛らしい声と共に地団太を踏むアルゴ。

 

「………分かっタ」

「うん?」

「分かっタ、1050コルだ」

「まいどー」

 

顔を赤らめているアルゴに対し、カズはホクホク顔だった。

 

 

 

 

その日の夜、NPCの経営するレストランで、見ていると胸やけを起こしそうなほど大量にある料理に囲まれ、幸せそうな表情を浮かべる某ホワイト・カイザーが目撃されたとかされなかったとか………………………

 




Attention!!
今回は、作者のなんちゃって翻訳と英語がありますのでご注意を!!


夢「..............................」

パソコン「We were bone with their eyes closed.........(俺たちは目を閉じたままこの世界に生まれてくる.......)」

レ「なあ、あいつ何やってんだ?」

カ「さあな、なんでも『《CoD:AW》買うお金がないから海外のキャンペーン動画で我慢しよ』なんだとか」

レ「アホか?」

カ「多分な」

レ「あとがきどうすんだよ」

カ「なんか置き手紙で、『二人でがんばって』だとさ」

レ「ハア.........」

カ「それにしても、《ホワイト・カイザー》か。駄作者にしては結構がんばったな」

レ「何処がだよ。あんなんただの中二病全開なだけじゃん」

カ「あのなあ、それ、俺も傷つくんだが.........」

レ「知るかよ、文句はあそこの間抜けに言っとけ」

カ「そうするか。じゃあ、感想や意見、アドバイスどしどしくれよな!」

レ「待ってるぜ」

パソコン「Floppy Michel, you are aready a dead man .(終わりだ。もうお前は死んでいるぞ、ミチェル。)」

レ&カ「「お前は仕事しろ!!」」

ザシュドスッ!!(←レンの斬撃とカズの突きの音

夢「がは............」


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Ep14: Blaze Dancing

どうも!夢見草です。今回はまたレンにスポットを戻す感じになります。そして、初のPvP描写回。戦闘は元々下手なのに、もう今回でウデがないことが分かりました。
えーっと活動報告にチョットした質問が有るので、よかったら意見を下さい。それでは、《SAO:AF》をお楽しみ下さい。


「ハア……コルが足りない……」

 

まだ日が昇り切っていない朝早く。レンは、珍しく朝早起きしてフィールドにこもっていた。

 

サクッサクッと、ブーツが砂に食い込んでいく感触を足で感じながら、レンは索敵スキルでモンスターの反応を確認しつつ、コルがたまりやすい穴場として有名な狩り場を練り歩いていた。

 

「お、ようやく第六波か」

 

次々と反応が増えていく赤点、その湧出スピードは、通常のフィールドのおよそ二倍はあるだろう。

 

並大抵のプレイヤーだと、レベルとHPが足りないので、危険すぎるのだが、HPとレベルが十分に足りていて、ある程度湧出するモンスターの行動パターンを読むことができれば、この危険な狩り場は、たちまちコルをガッポガポ稼げる穴場と化す。

 

というのも、この場所で主に出現するワーム型Mob《ゴールド・ソーサー・ワーム》がドロップする、《ソーサーのツノ》は、武器の強化や、作成などに欠かすことのできない、インゴットの一つなのだが、現状、このツノが一番良質なもの。当然、その市場価値は非常に高く、NPCの商人に売っても、一つ500コル。商人プレイヤーに至っては、交渉次第で800コル以上にも買値を釣り上げることができるほど。手早くコルをためるにはもってこいの素材なのだ。

 

その分、《ゴールド・ソーサー・ワーム》のレベルも少し高めだが、ソレを補ってお釣りがくるこの狩り場は、あまりの人気さゆえに“一人一日45分のみ”と、三代ギルドが中心となって決められている。

 

が、レンがこの狩り場に潜ってから、もう一時間四十五分が経過していた。早起きは三文の得とはよく言ったもので、まだ朝早いこのフィールドに、プレイヤーはほとんど見あたらない。当然、レンのじゃまをするものはなく、レンは、気兼ねなくこの場にこもっていられた。

 

「さて、始めるか」

 

レンは、腰にある鞘から剣を抜いて、こちらへと向かってくるモンスターの大群に切り込んでいった。

 

***

 

「いやー、大量大量!!」

 

すべてのモンスターを殲滅し尽くしたレンは、ウィンドウからドロップしたアイテム一覧をみ、こみ上げる笑いを抑えきれなかった。約七度に渡る、モンスターの大量リポップを蹴散らし、ドロップした《ソーサーのツノ》は、優に五十を越していた。NPCで売りさばいても、計27000コル。レンの予想していた額よりも5000も上回った。

 

「よし、そろそろ帰るか」

 

幸福感を十二分に感じながら、レンは帰路へと就いた。

 

***

 

レンがマララッカに戻るや否や、近くのNPC商人に《ソーサーのツノ》を十五個だけ自分用に残しておいて全て売りさばき、その足で、そのまま防具店へと直行。今まで、換えたくとも換えることのできなかった、くたびれて、ボロボロだった防具一式を新調する。

 

「これと、後これも…っと、こんなもんか」

 

今レンが持っているものよりも数段高性能な防具を次々と買っていき、その総額は10000コルを超えた。

 

「まいどー!!」

 

そんなレンの大量買いに、心なしかNPCのこの男性もどこか嬉しそうだった。

 

その次に向かったのが、今の二十三層の中で一番腕がイイと話題の鍛冶プレイヤーゴ開く店だった。

 

「よう、シェリー。調子はどうだ?」

「ハロー、レン。まあ、上々ってところよ」

「そっか、早速だが、武器の強化を頼んでもいいか?」

「ええ、もちろん」

 

シェリーは、グラマスな大人の雰囲気漂う綺麗な女性で、日本人とは思えないほどくっきりと通った鼻と、ハッキリとした目、スッと通った眉毛に、レンよりも濃い、ブロンド髪の女性プレイヤーだ。

 

シェリーが有名なのは、鍛冶の腕だけでなく、その屈指の美貌も理由の一つだったりする。シェリーはアメリカ人とのクオ―タ―らしく、ロシア人とのハーフであるレンにとっても親しみやすい人物だった。

 

「この剣を頼む。素材は90パーで、残りの10パーはこっちが用意したのを使ってくれ」

「あら、《ソーサーのツノ》がこんなにたくさん、どうしたの?」

「チョットな」

「まあいいわ。で、内わけは?」

「Aに+2、Sに+3で頼む」

「オーケー、任せなさい」

 

シェリーはレンから《ソーサーのツノ》と、片手直剣《フラタニティ》を受け取ると、深紅に燃える炉へとくべた。

 

すると、輝かしいライトエフェクトが飛び散る。やがて熱されたフラタニティを取り出すと、ハンマーでたたいてゆく。カァンカァンカァン!!何度も叩いて、遂にフラタニティに眩い光がともる。

 

「はい、無事終わったわ」

「サンキュー。で、代金は?」

「2000コルでいいわよ」

「マジで!?」

「ええ、あなたは特別だもの」

 

魅力的な笑みで、シェリーが笑う。

 

「そっか、サンキューな」

「もう、本当に鈍いわね」

「??????」

「いいえ。また来てよ?」

「ああ、喜んで」

 

そうして、レンは店を後にした。日はすっかりと落ち、空はゲームが作り出したものとは思えないほどの綺麗な茜色に染まっていた。

 

「そろそろ会議が始まるか」

 

ちょうどころ合いだと考えたレンは、今日開かれる攻略会議の集会場へと向かった。

 

***

 

第二十三層がアクティベートされてから、約二週間と三日。

 

アルゴによって提供、公開されたマップデータにより、攻略ペースはどんどん上がって行き、皆の思っている以上の速さでボス部屋へとたどり着いたのだ。今や攻略ギルドは三つに分かれ、毎回厳粛な話し合いのもと、今回は、

DDAーー聖竜連合ーーのリーダーであるリンドが、主権を握っていた。

 

「さて、今回も激戦が予想されそうだ。皆!十分に気を引き締めてくれ」

 

ティアベルを思わせるような青色の髪を揺らしながら、リンドは今回の攻略会議を締めくくった。

 

「ハア……やっと二十三層攻略か…………」

「どうしたのー?ため息なんて吐いちゃってー」

 

まるで幽霊のように力なくつぶやくレンに、レナが持ち前の明るさで声をかけた。なめらかな藍色のポニーテールが可愛げにゆれる。

 

「ハハハ。ため息なんて吐くなよ」

「うっせーよ。誰の所為だと思ってんだ」

 

カラカラと笑うカズを尻目に、レンはさらに頭を抱えた。レンが深刻なコル不足に陥った理由は、その大多数が彼の隣にいる大食漢(カズ)のせいだった。

 

ある日、一体どこから入手したのやら、誰も知らないはずのアルゴとレンの出来事について、レンをいじり倒し、その口止め料としてレンは毎日ゆうしょくを奢るハメになっていたのだ。

 

更にたちの悪いことに、カズは容赦なく高級料理を頼みまくった。おかげで、レンのコルは湯水の如きすさまじさで減っていき、武装の補充や、防具の新調すらままならなかったのだ。

 

しかし、そんなレンを知ってか知らずか、カズは少しも悪びれる様子もなく、

 

「なあ、なんでそんなにコルが減るのが早いんだ?俺の使っている食事代以上じゃね?」

 

などと言う始末。カズは知らないのだ。レンのユニークスキルたる“A-ナイファー”が、どれだけ大コル喰らいであるか。

 

NPCの武器市場価格、およそ一刃250コル。射出したのちに回収不可能なこの大コル喰らいは、職人プレイヤー達が作成できない以上、レンはNPC武器商に頼るしかない。

 

「ま、まあ、元気出してね?ね?」

 

まるで魂の抜けたような表情のレンに、レナが苦笑しながらも声をかける。

 

「確かにな」

「キリト、お前にだけは言われたくない」

「ちょ、ひどくないか?それ」

 

レンがキリトをからかい、笑いあいながら、一行は集会場を後にした。

 

***

 

「景気づけにパァーッとやろうぜ!」

 

と、カズの提案により、一行は街の中心区を目指していた。

 

日はすっかりと落ち、それでもなお鎮まることを知らないこのマララッカの街は、露店や街灯が発する穏やかな灯が、とても幻想的だった。

 

一行が、ちょうど中心区の真ん中に位置する広場に入ったところで、突然、カズが足をとめた。

 

「どうしたんだ?」

 

突然の不可解な行動をとったカズに、レンが不思議に思いながら尋ねた。

 

「一つ確認しておきたいことがある」

「なんだよ、急に改まって」

 

カズは目をつぶって、しばし考え込んでいたが、やがて意を決したかのように顔を上げると、静かにレンを見据えた。

 

「なあ、レン。お前はこれからも前線に出続けるのか?」

「……ああ、当然だろ」

「…そうか」

 

とたん、カズの纏う雰囲気が変わった。いつもと違い、とこまでも真剣な瞳がレンを捉える。そんなカズに、レンはひどく既視感を覚えた。

 

あれは…あいつが…..そうだ、あのときと同じだ。

 

研ぎ澄まされたオーラと、冷静さを感じられるその言いよう。ソレは、かつてレンがデスゲームであることを宣言され、恐怖にのまれそうになったところを助け、この世界で生き残るために戦うことを決断したカズと同じだった。

 

「じゃあ、お前の覚悟を俺に見せてくれ、レン。その剣でな」

 

そう言って、カズはウィンドウを操作してゆく。次の瞬間、レンの目の前にポップウィンドウが表れる。

 

“Kazayから半損決着デュエルを申し込まれました。承認しますか? YES/NO”

 

「本気か?カズ」

「ああ」

「でも、そんなこと……」

「俺は至って本気だよ。レナ」

 

それが何を意味するのか、理解したキリトとレナがカズに問うが、まるで、

 

“もうこれ以上は口を挟まないでくれ”

 

とでも言わんばかりに見つめるカズに、キリトとレナも黙るしかなかった。

 

「………一つ聞かせろ、何故こんなことを?」

「これから、モンスターのアルゴリズムも、フィールドもどんどん複雑化していく。そんな中で、お前が取るに足る存在か、俺が見定めるためだ」

 

言って、カズは自身の代名詞たる白を基調としたコートを揺らし、背中にある鞘から、純白の片手直剣《セイヴァーズ・ソウル+5》を取り出した。

 

あいつは本気か……はたして、俺はアイツに勝てるのか?“ホワイト・カイザー”とまで呼ばれるあいつの剣戟に。

 

レンとカズの差は、誰が見ても歴然。そんなこと、一番理解しているレンの脳裏に、不意にカズの言葉がリフレインする。

 

“お前の覚悟を、俺に見せてくれ”

 

カズはそういった。つまり、これは勝ち負けなどではないのだ。そう理解したとたん、レンの揺らいでいた心がすとんと落ち着いた。

 

なら…俺がお前に証明してやる。俺がこのデスゲームで戦い続ける“覚悟”を!!

 

そして、レンは腰にある鞘から、カズと同じように剣を走らせた。青銅色に輝く片手直剣《フラタニティ+5》レンがYESのボタンを押すと、60秒のカウントダウンが始まる。15……14……レンは剣を正面に構える。

 

対して、レンは身体と水平になるように真横に構える。

 

10……9……8……

 

レンは両足に重心を置いて、頭の中の雑念をクリアにしてゆく。

 

1……0……

 

刹那、ブーツと地面が擦りあって火花を散らしながら、二人はその場から爆ぜた。中段の構えから、高速の突進と共に突きを繰り出すレンの《クイッカースパイク》が、自身のAGIの補正を受けて、払い上げるように振るわれるカズの剣先が届くよりも先に、届こうとしていた。

 

初撃はもらった。

 

そう思ったレンだったが、カズはにやりと笑い、体を切り返すと、カズが発動したソードスキルによって描かれる剣の軌道をゆがめ、横なぎの一閃をレンへとヒットさせた。大気が震え、レンがそのまま五メートルほど吹き飛ぶ。

 

「なッ………」

 

驚いているレンに対し、カズは不敵に笑った。

 

カズの扱うシステム外スキル《モーション・キャンセル》通常、ソードスキルを無理にキャンセルしようとすると、不快なフィードバックと共に、ディレイが発生するが、ある特定のタイミングで他のソードスキルを発動することにより、強制的にソードスキルを打ち消してキャンセルすることができるのだ。

 

「くそ!!」

 

やがて、体制を整えたレンが、再びカズに肉薄した。

 

「ハアッ!!」

 

レンは、カズの斬り返してきた剣を防ぐと、そのままなぎ払うように剣を放った。しかし、カズは冷静にその立ち筋を見極め、体を左にスウェーさせてかわし、レンの上半身へと鋭い突きを放つ。

 

「クッ!!」

 

レンは半ば本能的にかろうじて反応するが、完全にかわすことはかなわず、右肩に感じるかすかなダメージの残滓と共に、HPが少し減少した。たった二分にも満たない剣の攻防、しかし、状況は圧倒的にレンが不利だった。

 

どうした?そんなもんか?

 

レンを見据えるカズの目が、雄弁に語りかけてくる。

 

「まだだ!!」

 

再び、レンはカズへと肉薄。

 

アイツに小細工は通用しない。なら!!俺の全をたたきこむ!!

 

頭部を狙った払い、そのまま胸部へと斬り込んで、更になぎ払う……レンが振るう最高の剣戟。ソレは、美しくも苛烈なものだった。

 

「ちッッ!!」

 

流石のカズも、レンの高速連撃を捌ききれなくなったのか、十七連撃目の斬り上げに、自身の剣をはじかれていた。高く舞い上がるセイヴァーズソウル+5。

 

がら空きになったカズの上段へと、レンはフラタニティ+5を振りおろした。しかし、不利であるハズのカズは、焦ることなく太刀筋を読んで、振り下ろされるフラタニティ+5の刀身に右手を合わせ、そのまま左手で挟み込んだ。

 

「ウソだろ………」

 

キリトが驚きの声を上げる。カズが行ったのは、真剣白刃取り。カズだけがなせるだろう絶技だった。そのままカズはフラタニティ+5を逸らし、遠くへ弾くと背後に落ちてくるセイヴァーズソウル+5をヒールで蹴りあげ、見事キャッチしてレンの首元へつつきつけた。

 

「終わりだ。レン」

「……ああ、降参だ」

 

そして、デュエルは終わりを迎えた…………………

 

***

 

「うわー。カズってすごいねー」

「まったく、真剣白刃取りなんてできないぜ」

 

レナとキリトは、カズの実力に舌を巻いていた。よもやこれまでとは思ってもいなかったから。

 

「負けた、か」

「でも、お前の覚悟は見せてもらった」

 

背中の鞘に剣を収めると、カズはレンに右手を差し出す。

 

「お前なら、俺の背中を預けられるな」

「お前がそう言うなら。これからもよろしくな、カズ」

 

レンも左手でそれに応え、二人はお互いのパートナーの存在を強く感じた。

 

「じゃあ、レストランに向かうか」

「ナイスキリト!!私もうお腹ぺコペコ」

「じゃあ、早速行きますか」

「「「おーー」」」

 

そして一行は、レストランで祝杯をあげた。

 




レ「さて、あとがきコーナーの時間だ」

夢「イェイ!!」

カ「foo!!」

レ「さてと、相変わらずの戦闘描写の下手さ。どうすんのこれ」

夢「すいません。もっと努力します」

カ「でも、俺をカッコ良く書いたのはいいぞ」

レ「ハア、まさか負けるとは」

カ「まあ、まだまだってことだよ」

夢「さて、次回は二十三層の攻略を開始できたらなと思います」

カ「なあ、レン。あの事は言わなくていいのか?」

レ「そうだった。活動報告に駄作者からの質問みたいなのがあるから、良かったら見てやってくれ」

カ「頼んだぜ!」

夢「じゃあ、締めよっか」

一同「「「ここまで読んでくれて有難うございます((な))」


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Ep15: The grimly scorpion

あれ、リンドさんがメッチャイケメンに見えるぞ????

どうも!毎度お馴染み夢見草です。最近は寒いですね。お陰で、私は風邪を引いたっぽいです。まあ、それでも頑張りますがね(笑)
皆さんも体調には気をつけてくださいね。

それでは、《SAO:AF》第15話をお楽しみ下さい。


いつも陽気な雰囲気漂うこの“マララッカ”の街も、今はどこか厳粛な雰囲気で満たされていた。その理由は、間違いなく大勢集まっている攻略組のプレイヤー達の所為だろう。

 

昨夜、その激しさと、まるで踊っているような斬撃の数々から、後に、“Blaze Dancing”と呼ばれるようになる、カズとレンによるデュエルが行われた、マララッカの中心区である中央広場。そこが、今日の攻略戦の集合場所となっているのだ。

 

レン達一行も、集合時間の三十分前には広場へとおもむき、武装の再確認や作戦の見直し、それに伴って、各自の役割分担を行っていた。

 

周りには、一目見てその実力がうかがえるほどのハイランカ―プレイヤー達。纏う武装は目に付く物ではないが、瞳に宿す闘気は、ハイランカ―プレイヤー達に引けを取ってないプレイヤー達など、その数は総勢80名にもなる。

 

前回の二十二層攻略の際の参加人数が60人だったので、およそ二週間で20名以上の増加は異例ともいえるだろう。

 

レン、キリト、レナを含めて、ここにいるほとんどのプレイヤー達が知る由もない事だが、この異例なまでの攻略組の増加は、カズやエギル、ティアベルが秘密裏に行っていたプレイヤー達の育成・支援活動のおかげと言っても過言ではない。

 

彼らの、利潤を顧みないこの活動によって、ボリュームゾーンにいた数多くの中層プレイヤー達がメキメキとレベルを上げ、攻略組に参加することができたのだ。

 

「さて、そろそろ皆集まってくれたかな」

 

集合時間の十時。一秒のズレなくきっかりなタイミングで、中央に誂えてある壇上に、今回の総指揮官である聖竜連合のリーダーであるリンドが上がり、集まった攻略プレイヤー達へと声をかけた。

 

「今まで!このデスゲームからの解放を願い、戦ってきた数多くの尊い命が失われた。でも!!俺達はそんな彼らの無念を、決して無駄にはしない!!今日、この二十三層をクリアして、俺達はまた新たな一歩を踏み出すんだ!!!」

 

力強く、高々と宣言するリンド。それに応じて、ここにいるすべてのプレイヤー達もまた、それぞれの思い、信念、希望を抱いて己を鼓舞する。

 

「さあ、皆!!行こう!!」

 

そして、攻略組総勢84名は、数多くのプレイヤーやNPCに見送られながら、フィールド、そして迷宮区へと歩いて行った。

 

***

 

「それにしても暑いねー」

 

パタパタと顔を手で扇ぎながら、レナが言った。

 

「まあ、暑いかもな」

 

対して、全身を黒色の防具で固め、見ている方が暑くなってくるような格好のキリトの発言に、他三人は苦笑するしかなかった。

 

「あのなあ。お前の恰好が見てて一番暑苦しいんだよ」

「仕方ないだろ?これが俺なんだからさ」

 

レンやカズでこそ、リアルでも真夏の暑い中でボールを追いかけまくっていたので、ある程度暑さには耐性があるのだが、その細い線の体つきから、どう見てもアウトドア派とは思えないキリトが、何故ここまでしれっとしているのか、レンは不思議でならなかった。

 

「そう言えば、色で思い出したんだが、レンはどうしてそこまで日本人離れした容姿なんだ?」

「そーいえば、私も気になるなー」

 

キリトとレナが、好奇心にあふれた視線をレンに向ける。

 

「いや、どうしてって言われてもな……俺がハーフ『『え(ウソ)』』…なんだよ、知らなかったのか?」

「いや、こいつらが知るわけねえだろ」

 

突っ込んだのはカズだった。

 

「ねえ、何処とのハーフなの?」

「ロシア人と。正確には、父さんが日本人で、母さんがロシア人だ」

「なるほど、オレはてっきりレンが毎日髪染めアイテムでも使ってるのかと……」

「な訳ないだろ?」

 

キリトの発言に、ヤレヤレと肩をすくめているレンに、カズが笑いながら、

 

「こいつは昔っからこんなんだぜ?男装でもしてんのかって顔立ちは」

と言った。

 

とたん、ピキリッと、場に亀裂が入ったようにキリトとレナは感じた。

 

「…………………へえ、まだそのネタでいじるのか?カズ?」

 

そこには、鬼も裸足で逃げ出しそうなほどのプレッシャーを放つレンがいた。具体的には、顔はにこやかに笑っているのに、目が笑っていないのだ。

 

ゴクリッ。思わず、キリトは冷や汗をかいていた。

 

「なあ、前にも言わなかったか?次言ったら容赦しないって」

「あれ、そうだっけか?」

 

恍けているカズの鳩尾に、レンのパンチがヒットする。

 

「うっ!!」

 

そんなカズの声と共に、カズのHPバーが少しだけ減少する。アンチクリミナルコードが適用されていない“圏外”であるため、このようなパンチ一つすらHPは減少するのだ。

 

「ちょっ!ここ圏外だぞ?」

「問答無用」

 

言って、レンは右足でカズの横腹を蹴った。

 

「ぐはっ!!」

 

再び、カズのうめき声が上がる。

 

その後、次々とパンチやキック、関節技を決めたレンは、パンパンと両手を鳴らして、

 

「次、“女顔”なんて言ったら極刑な」

 

と、カズを一睨みした。

 

「……はい、サーセン」

 

カズは、力なくそうつぶやいた。そんな光景を見ていたキリトとレナは、

 

レンに対して、“女顔”は禁句だ。言ったら確実に地獄を見るハメになる……

 

と心に誓ったとか。

 

***

 

攻略組が街を出発してから、三十分以上たったところで、リンドの提案により、一字小休憩をとっていた。高温なこのフィールドは、自身が思っている以上に、疲れていくので、それを見越したリンドの提案は流石と言うべきだろう。

 

レン達は、なるべく直射日光の当たらない場所に座って休憩をとっていた。

 

「なあ、このフィールドのモデルはエジプトか?」

「さあ、どうだか。でも、それに近いのは確かだな」

 

ふとした疑問を口にしたレンに、カズが肩をすくめる。

 

「でも、多分レンがあってるんじゃない?」

「ああ、俺もそう思う」

 

このフィールドには、遺跡のような建物が数多く立ち並び、中には、ピラミッドやスフィンクスといった類のものまである。

 

更に、先に進むために解かなければならないカラクリも多々あり、先に進むのが少し厄介だったりする。しかし、アルゴが配布した“アルゴの攻略本”には、フィールドから迷宮区に至るまで、解かなければならないカラクリの全てが網羅されてある。

 

「じゃあ、ボスはミイラかな?」

「さあ、今回のボス攻略には、偵察隊も芳しい情報を得られなかったみたいだしなあ」

 

キリトの言う通り、今回はボスの情報がほとんど分からないのだ。

 

「ま、どんなんだろうが倒せばいいんだよ」

 

何処までも余裕そうな言いようのカズに、レンが突っ込む。

 

「しっぺ返しを食らっても知らねえぞ?」

「俺はそんなミスしないから」

「はあ………」

 

何を言っても聞く耳持たずなカズに対し、レンはため息しか吐けなかった。

 

「じゃあ、そろそろ再出発しようか」

 

そんなリンドの声かけで、一行は再び立ち上がり、先へと進んでいった。

 

***

 

先頭集団が次々とカラクリを解いていき、攻略組はついにボスの扉の前へとたどり着いた。そこには、砂漠の風景には似つかわない、毒々しいほど鮮やかな群青色の扉が、悠然とそびえ立っていた。

 

遂に見えたボス部屋に、攻略組の空気も張りつめていく。リンドは、一歩手前へ躍り出ると、神妙な顔もちで皆へと振り返った。

 

「さあ、いよいよボス攻略だ!!今回のボスは名前すら分かっていない未知の敵だ。当然、今までのどの攻略よりも難しいだろう。でも、俺は信じてる!!今まで戦い続けてきた皆なら、きっとボスを倒し、二十四層への道を切り開くだろうと!」

「「「オォォォォォッ!!!」」」

 

自信に満ちているリンドに、プレイヤー達も続く。

 

「よし、じゃあ行くぞ!!」

 

そう宣言して、リンドは扉をあけるための最後のカラクリを解き、重々しい扉を開け放った。

 

暗い部屋に、次々と明かりが灯って行き、見えたのは巨大な砂の瀑布。そして、とてもこの世のものとは思えない巨大な体躯のサソリが、その瀑布を守護するように立ちふさがっていた。レンが目を凝らすと、五本のHPバーと共に、タグが表示され、そこには《The Grimly scorpion》と書かれていた。

 

「皆、攻撃開始だ!!」

 

リンドが剣を掲げ、高らかにそう言うと、プレイヤー達は一斉にスコーピオンへと向かった。

 

***

 

「うおおおお!」

 

先陣を切ったのはカズ、彼はスコーピオンから繰り出される攻撃を、掠ることなくかわしてゆき、そのまま得意のレンジへと踏み込んで剣を走らせる。

 

目にもとまらぬ高速連撃の後、カズの頭部めがけて放たれたスコーピオンのテールによる突きを、下にかいくぐって避け、そのままの流れに逆らわず、ソードスキル《ラウンドエッジ》を発動する。大きな紺青色の弧を描いて、スコーピオンの堅固な体躯を抉った。

 

「レン!!スイッチだ!!」

 

スキル後のディレイをカバーするために、レンがスコーピオンへと突っ込む。繰り出される多種多様な攻撃を、レンは最小限の動きと、剣で凌いでゆく。

 

ガラ空きになったスコーピオンの側面へと回り込み、不気味なまでに巨大な足の関節へと剣を斬り上げ、そのままジャンプ、全体重を乗せてもう一度剣を振り下ろす。

 

「グオオオオオォォォォッ!!」

 

レンの睨んだ通り、その場所がスコーピオンの弱点だったらしく、雄叫びにも似た悲鳴を上げながら、HPバーが減少していく。

 

「来るぞ!レン!!」

「分かってる!!」

 

再び迫るスコーピオンのテールに、レンはソードスキル《クレッセント》を放ってかちあげる。

 

「スイッチ!!」

「任せろ!!」

 

まるで先程のリプレイでも見ているかのように、今度はカズが斬り込んでいく。見るもの全てを虜にする二人のコンビネーションは、火花を散らしながらスコーピオンのHPを削る。

 

すごい...あんな高度な戦闘、俺でもできるかどうか............

 

それは、二人の戦闘を見たキリトの正直な感想だった。MMOプレイヤーとして、そしてキリト自身のプライドとしても、レンたちの戦闘を見、剣を握る右手に力が入る。

 

「キリト、レナ!スイッチ頼む!!」

 

そんなキリトへレンが叫ぶ。

 

「行こ、キリト!!」

 

レナがダガー片手にキリトの背中を叩く。

 

「ああ!!」

 

剣を構え、キリトトレナもスコーピオンへと肉薄して行った。

 




レ「さあ、」

夢「後書きコーナーの時間だ!」

夢「まず初めに、報告活動でアドバイスをくれた、Nakatomさん、ゴリラ兵さん、唐野葉子さん、ご意見有難うございます」

レ「わざわざサンキューな、こんな駄作者に意見をくれて」

夢「皆さんがくれたアドバイスを参考に、今は猛勉強中です。なのでまだまだ拙い戦闘描写力ですが、これから改善して行きたいと思います」

レ「あまりの嬉しさに、飛び上がって喜んでたよな」

夢「言うなよ......秘密なのに......」

レ「そして、遂に始まったか。第二十三層攻略が」

夢「うん、やっとって感じかな。丁度キリのいいところが分かんなくて大変だった」

レ「ボスの名前の意味は?」

夢「あれは、《ザ・グリムリー・スコーピオン》
直訳で《残忍なサソリ》って意味かな」

レ「残忍な、か。なんかヤバそうだな」

夢「まあ、一筋縄ではいかないようにしたいね」

レ「そこはちゃんとしとけよ......」

夢「......じゃあ、今回はこれにて閉幕!!」

レ「あ、逸らしやがった」


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Ep16: Ascension

すいません。今回と、多分次回の話は変に切れていたり、字数が少なめだったりしますが、どうかご了承下さい。

それでは、《SAO:AF》第十七話をお楽しみください。


「キリト!!六秒後にスイッチ!!」

「ああ、任せろ!」

 

曲線的な軌道を描きながら、迫る巨大なハサミを、レンは身を翻してかわし、むなしく空をきったハサミへと飛び移る。

 

そのままスコーピオンの胴体へと駆け寄り、ソードスキル《マニューバ・ロンド》を発動。大きく上方へと飛翔し、そのまま手にしたダガ―《シンシア+6》を叩きつけ、更に二閃、最後に体を反転して突きを放つ。

 

「いいよ!キリト!!」

「ハアァァァッ!!」

 

レナの強烈な四連撃にひるむスコーピオンの頭めがけ、キリトは剣を一閃。

 

……まだだ、まだいける!!

 

手を止めることなく、キリトはさらに斬撃を加速させていく。放たれたテールによる突きに、キリトは剣を使ってズラし、そのまま滑り込むようにかいくぐる。

 

「これで……二本目だ!!」

 

かいくぐった先に現れた、黒光りする頭部へと、キリトはソードスキルを叩きこむ。ランダムに三撃、体術を一発はさんで、最後に大きく斬り払う。五連撃+一打からなる《スラント・フェイタル》は、鮮紅の火花を散らしながら、スコーピオンの二段目のHPバーを消滅させた。

 

攻略組がスコーピオンと交戦を開始してから、一時間と二十二分。攻略組は、今の今まで一人も欠けることなく、スコーピオンのHPバーを二本削り取っていた。

 

理由として、レン達の独立パーティーによるところが多いだろう。レン、カズ、キリト、レナで組まれたこのパーティーは、攻略組内でも有数の高火力ダメージディーラーパーティーであり、特に連携に関しては、アインクラッド随一の正確さと素早さを誇る。

 

加えて、《ホワイト・カイザー》たるカズによる、正確な情報分析は、たちどころにモンスターの行動パターンを把握し、最も安全な攻撃手段、或いはタイミングを割り出す。曰く

 

「いくらあの茅場でも、その場の状況に応じて行動させるなんていう高度なスクリプトは組めない。ひとえにシステムの限界なんだよ」

 

とか。そのおかげで、スコーピオンは攻略組に有効な一撃すら加えることができず、流れは完全にレン達攻略組のものだった。

 

***

 

よし、このままいけば大丈夫だ!!

 

レンはポーションを口に含み、減ったHPを回復させる。

 

「今回もいい感じだな」

「まあ、今のところはな」

 

同じく、ポーションを口に含んでいるカズに尋ねると、カズは肩を上下させて頷く。はたしてレンのにらんだ通り、タンク部隊がスコーピオンの猛攻を凌いだ後、

 

「今だ!!アタッカー隊!攻撃しろ!!」

 

そんなリンドの掛け声と共に、本隊の三段階攻撃が全てクリーンヒットし、スコーピオンは空しい悲鳴と共に、三本目のHPバーを消滅させた。

 

「よし、行くぞ!レン!!」

「オーケー」

 

HPをフルに回復させたレンとカズは、再び前線へと突っ込んでいく。

 

唸りを上げて接近してくるハサミを、レンがパリィではじき、そのままカズが烈火の如き鋭さでスキル《ダブラ・ティエンポ》を放つ。

 

一呼吸も置かず、ディレイがかかったカズと、レンは阿吽の呼吸で一言もかわすことなく、スキル《クレッセント》で更に追撃してゆく。

 

「ウオォォォッ!!」

「ハアァァァァッ!!」

 

二人は、ディレイタイムの少ないソードスキルで、お互いをカバーし合いながら、次々とスコーピオンへと攻め立てる。

 

加えて、キリトとレナによる連携攻撃も加わり、スコーピオンに反撃するスキすら与えることなく四本目のHPバーの残り数ドットというところまで削り取る。

 

このまま押し切れ!!手を休めるな!!

 

レンの放つ斬撃が、目に見えて苛烈さを増し、4本目のHPバーが消え去ったのと同時に大技を解放させる。ネーブル色のライトエフェクトが描く軌道が混じり合い、一つの巨大な円を紡いでいく。

 

九つの斬撃によって描かれた円の軌道は、やがて過大な運動量をもってスコーピオンへと牙をむく。レンの化け物じみた敏捷力の高さが可能にした片手直剣九連撃スキル《ナインライブズ・ブレード》。

 

もらった!!

 

レンがそう思ったその刹那、スコーピオンは耳をつんざく咆哮を上げながら、その巨大な体躯に似つかわないほどの速度で、上空に反転しながらジャンプした。

 

しまっ……

 

マズイッと思い、レンはスキルをキャンセルさせようと全身に力を込めるも、システムはそれを嘲笑うかのように攻撃が繰り出されていく。

 

《ナインライブズ・ブレード》は、平面上においては敵なしと言ってもいいほどにめっぽう強いスキルでありながら、立体的、特に上方向においては、その弱点が露見する。対象を逃すことを許さない巨大な斬撃の円も、上方向には展開されないので、術者であるレンが無防備になるのだ。

 

その弱点を読んでいたとばかりに、スコーピオンは上空から鈍青色に光るテールをレンへと放つ。

 

「クソッ!!」

 

マズッたな………

 

そう思って、目をつぶったレンだったが、いつまでたっても体に衝撃が走ることはなかった。不思議に思い、レンがゆっくりと眼を開けた、そこには……………………………..

 

 

 

 

「ぐ………………はァ………」

 

右胸にスコーピオンのテールが深々と突き刺さり、ダメージエフェクトを撒き散らしながら、弱弱しくうめき声を上げる……..

 

カズの姿があった………………………

 

***

 

やがて、突き刺さったテールの部分から、鮮やかな藍色のエフェクトが、カズの体を駆け巡る。

 

「う、く……がああァァァァ!!」

 

カズは残った最後の力すべてを振りしぼり、胸からテールを引き抜くと、ありったけの力を込めて八連撃スキル《シエロ・ムエルテ》を叩きつける。

 

水平三連撃、更に縦横に三連撃放って、最後にクロスさせるように二連撃。その攻撃は、華々しく新緑のライトエフェクトと共に放たれるが、ソレは、カズにとっての最後の輝きのようだった。

 

そのまま、カズはまるで事切れた人形のように、力なくその場に崩れ落ちた。

 

「カズッ!!」

 

レンはわき目も振らず、カズのもとへと駆けつけ、ぐったりとしているカズの体を抱き起こす。

 

「う……レンか………….」

 

ヒューヒューと息をしながら、カズはレンへと言葉を紡ぐ。

 

「もういい!何もしゃべるな!!カズ!!」

「もう………ム…リだ……諦め……ろ……」

 

レンの手にしたポーションを力なく拒みながら、カズは自身のHPバーへと眼を落した。

 

「毒……だ…….。今までに…なかった…新しい……..異常…ステータスだろ……う。クソォ…しくったぜ……」

 

 

カズのHPバーが緩やかにゼロへと近づいていく。今まで存在しなかった異常ステータスを回復させるアイテムは持ち合わせていない。

 

レンは、ゆっくりと死へと近づいていくカズを、ただ見つめることしかできなかった。

 

「泣くな……よ……。お前の所為なんか…じゃ…ないさ……」

「でも…でも………」

 

涙が止まらない。俺は何をしたんだ?そして、何故俺じゃなくカズがこんな目にあってるんだ………

 

思考がグチャグチャにかき混ぜられ、レンはもう何を考えればいいのか分からなくなっていた。

 

「心配…すんな。オ…レな…ら......大丈…夫だから……さ。後の…ことは…」

 

頼んだ…………

 

ふわりッと、今までにない微笑みを浮かべ、カズの体がはかなく消えていった。

 

「そんな…ウソ……だろ…カズ…カズ…カズ…カズゥーーーーーーー!!!!」

 

残されたレンの、悲しみに満ちた叫びが、ボスの部屋に木霊した。

 




レズノフ「Victory cannot be achieved without sacrifice, Mason ...
We Russian know this better than anyone」

訳) 勝利は犠牲なくして得られない。メイソン、俺たちロシア人は他の誰よりもそれをよく理解している。

作者はこのセリフ後のypaaaaaaaa!!と、胸熱展開が好きでした。

From: CoD:Black ops


夢「....さて、後書きコーナーか」

カ「ああ、そうだな」

夢「ファッ!?」

カ「どうした?そんなに驚いて」

夢「いや、お前は死んだんじゃ....」

カ「そうっぽいが、ここじゃ何故か存在出来るんだよ」

夢「んなバカな」

カ「俺の最後あっけねー。うん」

夢「まあ、最初からカズは死んでしまう設定だったが、改めて見ると俺もそう思う」

カ「他にも没案が有るんだろ?」

夢「うん、ジャジャン!!」

ホワイトボード出現

・カズ生存。そのままALO,GGOともレンと共に大暴れしてML編にて《絶剣》ことユウキさんと結ばれる。

カ「............おい(シャキン)」(←剣を構える音

夢「ななな、なんでしょう(汗」

カ「なんでこっち没にした?」

夢「そりゃ、だって...」

カ「巫山戯るな!どう考えたってこっちの方が美味しいだろ!!」

夢「は??」

カ「レンばっかりモテやがって............羨ましいんだよ(血涙」

夢「そっちかい」

カ「だってさ、俺も彼女欲しかった............」

夢「そんなにか...」

カ「でも、このお陰で、物語はやっと動き出すんだろ?」

夢「ああ」

カ「ならしゃーないか」

夢「理解してくれて助かるよ」

カ「ああ、じゃあ俺は戻るわ」

シュンッ!

夢「突然ですが、カズが死にました。これは、最初から決めてたんです。読者の皆さんは薄々感じてたかもしれませんがね。
タグにあるFPSは、出てくる武器の事だけじゃなく、この話の構成自体もFPSのキャンペーンみたいな展開を目指しています。
有名なFPSであるCoDシリーズやBFシリーズでは、キャンペーンでいきなり今まで戦って来た戦友が亡くなることが多かったりします(まあ、その後何食わぬ顔でまた登場したりしますが(笑)。
ゴーストでは主人公達の父イライアス、BF4の最後のシーンや最初などなどですね。そして、これらでは主人公のその後に大きな変化をもたらします。この物語でも、カズの死が今後大きくレンに影響します。
賛否両論あると思いますが、これからもずっと応援し続けくれれば幸いです。
そして、もっとこんな風にしたら良いよ、などの感想、批判やアドバイスも待っています。



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Ep17: One Shot, One Kill......

すいません、今まで更新が遅れた理由は、そろそろストックを作ろうと書き溜めを行ってました。
今回は、もうガッツリ戦闘回です。さてさて、果たして上手く描写できたのやら......

では《SAO:AF》第十七話をお楽しみください。


大抵の人は災難は乗り越えられる。本当に人を試したかったら、力を与えてみることだ。

〜アブラハム・リンカーン〜

 

 

 

 

「何で……あいつが……」

 

普段は紺碧色に輝いている瞳は、今では見る影もないほどに生気を宿してはなかった。レンはまるで壊れたカセットテープのように、ただ同じ言葉を繰り返していた。

 

「おい、レン!!しっかりしろ!!」

 

まるで、今までの分をやり返すかのようにさえ感じられる見違えるほどの速さと、荒れ狂う波の如き熾烈さを以て攻撃してくるスコーピオンの猛襲を、必死にいなしながら、キリト達が叫び、呼びかけても、レンの耳には届かない。

 

“カズか死んだ………”

“誰の所為で??”

“それは、紛れもなく………………………”

 

レンは、心の中に芽生えた負の感情に思考を落とし、一人、自問自答をしていた。

 

心のどこかで………俺は油断してたのかもしれない。SAOという名のデスゲームが始まってから、あいつは、何も分からず、唯無意味に死んでしまうハズだった俺を助け出し、生きる術を教えてくれた。

 

初心者の俺を連れていけば、確実に足手まといだったはずなのに………。

俺が、レンクスという存在がいるのは、全てカジェイのおかげなのに………。何時しかあいつが俺を信じて、一人で行動するようになってから、俺は、一人で自分に酔って、その結果がコレだ。カズは俺を庇って死んだ。本来なら、俺が死ぬはずだったのに。

 

“この手で守れる命があるなら、俺は一人でも多く救うさ”

 

だって?はッ、巫山戯るなよ。何時から俺はそんな戯言が吐けるほどに強くなった?カズも言ってたじゃないか

 

“これからモンスターのアルゴリズも、フィールドもどんどん複雑化していく……”

 

と。なのに…俺は、俺のそんな驕りが、カズを殺したんだ。誰の所為?それは考えるまでもなくレンクス(オレ)という存在だ。ハハッ……あまりの道化っぷりに吐き気がする。怒りで頭が焼き切れそうだ。レンクス(オレ)という存在が…こんなにも屑ならば…それなら…いっそ………

 

湧き上がる負の感情は、タールのようにしつこくレンの思考に粘りつき、自身に対する怒りが体中を駆け巡る。

 

「ハ…ハハ……ハハハハハハ!!」

 

頭を抱えて、レンはおかしく笑う。

 

「レン…………」

 

そんなレンを見て、キリトはどうしようもなく不安に駆られた。

 

明らかに様子がおかしい。まさか、このまま…レンは……

 

いつもの明るい紺碧色の瞳は暗く、それは、ある種の狂気に染まっているようだった。

 

レンは左手に持っていた《フラタニティ+5》を投げ捨てると、ウィンドウメニューから装備品項目を選択、数々の片手直剣や短剣などの多種多様な武器一覧を一気にスクロールさせ、その中からS-ナイフ《アヴァン》を選択する。実体化した二本のナイフを、手を使ってくるりと一回転させ、胸の高さの位置で、ナイフを逆手に持って静態させる。

 

「!!」

「なッ!!」

 

今まで頑なに秘匿してきたユニークスキルたる《A-ナイファー》を、大勢のプレイヤー達ががいる前で平然と使用したレンに、レナとキリトは思わず声を上げた。

 

しかし、当のレンに、迷いや戸惑いや躊躇は全く見受けられなかった。

 

今のレンにとって、ユニークスキルの秘匿がどうのこうのなど、頭の片隅にもなかった。今レンにあるのはただ、自身へのひどい憤りと、目の前で暴れているスコーピオンを殺すことだけだった。

 

「ウオォォォッ!!」

 

怒りの身を任せて、レンは体術スキル《活歩》を発動させた。弾丸にも似た速さで迫るレンへと、スコーピオンは左側の足をふるうが、レンは懐から取り出したトマホークを投擲し、はじき返した。

 

「ハアアァァァ!!」

 

一歩、二歩、三歩……レンが歩数を重ねるごとに、活歩によって爆発的な速さにまでブーストされ、スコーピオンとの間合いをどんどんゼロにしてゆく。襲いかかるスコーピオンの直線的な攻撃を、レンは最小限の体さばきだけでかわす。

 

時々スコーピオンの攻撃が体を掠めるが、レンは足を止めない。たちまちアヴァンの間合いに入り込むと、レンは素早くナイフを二閃走らせた。そのまま全身を使い、右足を振りかぶる。命中する瞬間に、軸足となった左足で地面を強く踏みつけ、十分に威力の乗った右足で、体術スキル《震脚》を放つ。

 

「グオオオォォッ!!」

 

痛烈な一撃がヒットし、身をよじるように悲鳴を上げるスコーピオンを尻目に、レンは空いた左足でスコーピオンの体を蹴りつけ、そのまま弾かれるように後退する。

 

十メートルほど飛んだところで、レンは空中からそのままの体勢でトマホークを二対投げ放つ。更に一呼吸おいて、懐からとりだしたトマーホークをさらに二対。計四対のトマホークは、大きな放物線を描いて、スコーピオンの足関節部分を削っていく。

 

「グルルルラァァァァッ!!」

 

悲鳴をあげながらも、先ほどまでとは比べ物にもならない素早さで突進してくるスコーピオンに対し、レンは落ち着いた仕草でゆっくりとアヴァンを構え直す。

 

間合いに入ってきたところで、襲いかかってくるスコーピオンの巨大なハサミを、レンは左手をついて、そのままロンダ-トの要領で飛び越えてかわし、スコーピオンの上側を取る。

 

「シッ!!」

 

体勢はそのままに、レンは素早くC-ナイフを投げ放つ。、まるで風を切るかのように急降下していくC-アックスは、投擲された三本とも見事スコーピオンの背中に突き刺さり、ダメージエフェクトを撒き散らすが、レンは自身へと接近してくるテールの反応に遅れた。

 

「くッ!!」

 

完全に後れを取り、右手に感じる何かが突き刺さったような違和感をレンは無視して、自身の左肘と、テールが突出される力を利用して、小さな円を描くかのようにクルリッと体を回転させ、テールをいなしてはじく。

 

体術カテゴリー《八極拳》。その中の防御スキル《纏》。そのまま横を掠めていくテールを、レンは両足で蹴りつけ、体を弾きあげると、大きく後ろへと跳び退いていく。

 

体術カテゴリーに属するこの《八極拳》は、最大の特徴として、一個一個の技の威力や効果がなかなか高めな割には、スキル発動後のディレイがほとんどないところだろう。なので、何個かのスキルを連続して使用することができるのだが、それも五つ以上つなげると凄まじいディレイが発生する。

 

しかし、単体で使う分には何ら問題はない。しかし、レンと一緒になって指南クエストをクリアしたキリトには出現してない。ゆえに《八極拳》は一時期、隠しスキルでは?とすら考察されたほど。だが、最近になって、その謎めいた《八極拳》の出現条件が判明し、これが《カタナスキル》などと一緒であるエクストラスキルだということが分かった。

 

その出現条件とは、プレイヤーが威力のとても低い武器を装備した状態で、《体術》スキルを使用し続けることである。

 

これはアルゴとレン、それにカズが協力して調べ上げ、”情報”としてアルゴが配布して回ったのだが、その入手条件の難易度から、修得したプレイヤーはレンを含めてごくわずかだったりする。

 

地面スレスレのところでレンは左手、そして右手を地面につけると、両手で体を押し上げ、そのまま五連続バックフリップでさらに距離を稼ぐ。一呼吸の間で、ゆうに十八メートル以上もの間合いを稼いだレンの体捌きは、いくら“A-ナイファー”による機動力補正を受けていても化け物じみていた。

 

「チッ、完全にはかわせなかったか……」

 

右腕に感じるダメージの残滓、思わず、レンはその場所を左手で抑え、舌打ちをした。レンのHP バーがゆっくりと減少していく。

 

直撃ではなかったため、その減り具合は幾分か穏やかだが、カズを死に追いやった《ザ・グリムリースコーピオン》の《猛毒》を食らったのだ。

 

既に、この毒で多くのプレイヤー達の命が散っている。しかし、何もレンだけが異常ステータスを喰らったわけではなかった。よく見てみると、スコーピオンのHPバーも同じように緩やかに減少していた。

 

原因は、背中に突き刺さったC-アックスがもたらす、異常ステータス《出血》によるものだった。状況は五分五分。しばらく、お互いを牽制し合うかのようににらみ合っていた両者だったが、やがて痺れを切らしたのか、スコーピオンが雄叫びを上げながら突進してくる。

 

しかし、レンは眉ひとつ動かすことなくゆっくりとアヴァンを構えると、静かに間合いを測り始めた。

 

スコーピオンとの距離は十五メートルほど、アイツと俺の身長差を考えて、射出角はこれくらいか…

 

レンとスコーピオンとの間に、レンの描く一本の線が引かれていく。ソレは“予測線”。レンが今まで培ってきた経験と、冷静な判断によって描かれた“死のライン”である。

 

いまだ!!

 

迷うことなく、レンは左アヴァンのトリガーを引いた。パシュッという軽い作動音と共に刃が飛んでゆく。

 

空気を切り裂きながら飛翔する刃は、レンの描いた“死のライン”から一ミリもずれることなく、そのまま吸い込まれるようにスコーピオンの眉間を穿った。

 

「――――――――ッ!!!!」

 

One Shot, One Kill(一撃必殺)……

スコーピオンは、クリティカルポイントを穿たれ、声にならない悲鳴を上げながら、その体を硝子片へと変え、消えていった。




レ「さあ、毎度お馴染みあとがきコーナー」

夢「さて、何故そこまでテンション高いの?」

レ「いや、おもっきり暴れたから」

夢「さいですか」

レ「今回だけはお前を立ててやろう」

夢「(あ、なんかデジャヴ)そ、そうか」

レ「??まあいいや。これからはナイファー隠さないのか?」

夢「ああ、多分ね」

レ「そうか」

コホン(←レンの咳払い

レ「じゃあ、感想やコメント、意見や批判待ってるぜ!」

カ「俺喋ってない...」

レナ「私も...」


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Ep18: Spared and taken

いやー。寒いですね。私はようやくテストが終わって、ホッとしている反面、部活が再開されるので手放しには喜べません(笑)
気づいたら、こんな小説にも、お気に入りが100件を超えました!みなさん、本当にありがとうございます!!


命というものは、はかないからこそ、 尊く、厳かに美しいのだ。

~トーマス・マン~

 

 

 

 

 

第二十三層攻略は、レンによって終止符が打たれ、攻略組は第二十四層を最前線に押し上げることに成功した。

 

しかし、そのための代償は決して安いものではなかった。攻略組総勢84名の内、死者13名。そして、“ホワイト・カイザー”カズの死。その立ち振る舞いから、全アインクラッド内のプレイヤー達の希望だった彼の死は、とても大きな爪痕を残すこととなった。

 

そして、誰も目にしたことがない、二対のナイフと、不思議な形状のをした投擲武器を装備し、人とは思えぬほどの身のこなしと体術を駆使して、スコーピオンを一撃で屠ったレンの“A-ナイファー”と、それが属する“ユニークスキル”の存在も、多くのプレイヤー達を震撼させた。

 

***

 

 

散々たる二十三層の攻略を終えてから、数日後。レンは新たに解放された二十四層のフィールドでひたすらモンスターを倒していた。

 

その後ろ姿は暗く、足取りも重い。まるで女性と見間違えるほどに整った顔には影が灯り、紺碧に輝く瞳も、今はうつろだった。死に場を探すかのようにフィールドを彷徨うレンの後姿は、以前の彼とは大きくかけ離れている。実際のところ、レンに生きようとする意志などまるでなかった。

 

俺は人殺しだ。俺の所為でカズはしんだんだ。なら、この身に一体何の価値があるんだ?

 

そんな感情がレンの頭から離れず、ただひたすらモンスターを狩り続けた。

 

「あ………….」

 

第二十四層のフィールド内で、もう何体目か分からないほどにモンスターを狩り続け、たった今、蜂型Mob《キラービー》を倒したところで、アヴァンへと装填する換えの刃のストックがなくなったのに気づいたレンは、仕方なく補充のために主街区である《トールタウン》へと向かった。

 

***

 

「いらっしゃい!何がお望みだい?」

 

こちらの気分など気にすることなく、陽気に喋りかけてくるNPCの店主をレンは無視して、購入ウィンドウから換えの刃を選択。所持金の許す限り購入してその場を後にした。

 

さてまたフィールドに戻ろうかと思ったところを、

 

「待つんダ、レ―坊」

 

アルゴによって肩を掴まれていた。

 

「………………」

「なァ、もうこんなことは止めてくレ。オネーサンはそんなレ―坊はこれ以上見たくなイ」

 

とても心配そうに眼を伏せ、アルゴがレンへと語りかける。しかし、レンは迷惑そうに表情をゆがめ、

 

「お前には関係ないだろ!!」

 

とアルゴの手を振り払った。

 

「俺が何をしようがしまいが、アルゴには何の関係もないだろ」

 

瞳に怒りを露わにして、レンが怒鳴る。当然といえば当然だった。これまでに、レナやキリト、そしてアスナが何度もやめさせようとしても、レンはそれを悉く無視してきたのだから。

 

「ッ!!バカ!!」

 

それを見たアルゴは、居ても立ってもいられなくなり

 

「なっ!!」

 

気付いた時には、レンの右頬をはたいていた。

 

「なんだよ!急に……」

「この分からず屋!!」

「はあ?」

「オレっちは分からず屋と言ったんダ。イイヨ、そっちがその気なラ……」

 

状況が理解できていないのか、驚きながらも文句を無視して、アルゴはレンの右腕を引っ張ってある場所へと向かった。

 

***

 

「ったく、なんだってこんな場所に………」

 

アルゴに無理やりレンが連れてこられてのは、今でもその活気さが失われない二十三層主街区“マララッカ”だった。

 

「おい、どうしてこんな所に」

「………………………」

「はあ…………」

 

アルゴの意図が分からず、先ほどからレンは何度もアルゴに尋ねているのだが、当の本人は押し黙ったままだった。

 

そんなこんなしている内にも、アルゴはメインストリートをずんずん進んでいき、サブストリートへと入る。やがて、サブストリートにある店に入った。

 

「ほラ、そこに座レ」

「………」

 

アルゴに促されるままに、レンは仕方なくカウンターの席へと座った。すると、店の奥から、とても筋肉質な体つきの浅黒の男が現れる。

 

「エギル……」

「よお。久しぶりだな、レン」

「どうしてこんな所に?」

「なんだ、店の看板見なかったのか?ココ、俺の店だぞ」

「はい?」

 

思わず、レンは驚いた。エギルがこんな所に店を構えているなど知らなかったからだ。連れてきたアルゴの方を見るも、アルゴはプイッと顔をそむけるだけだった。

 

「まあ、アルゴも座れよ」

「じゃァ、遠慮なク」

 

テキパキと作業を続けながら、背を向けたままのエギルに、アルゴも同意してレンの隣へと座った。

 

「まあ、とりあえず飲め」

 

やがて、エギルがカップを二つ、レンとアルゴの前に置いた。カップからはコーヒーのようなにおいが立ち込めている。

 

「……………」

「砂糖はあるカ?」

「ああ、一応」

 

レンは視線を向けただけだったが、アルゴはカップを引き寄せると、エギルから砂糖を受け取り、ドバドバと入れてからズズズッとコーヒーを啜っている。

 

「そろそろ説明してもらおうか、アルゴ」

 

そんなアルゴを見て、レンがしゃがれた声で言った。

 

「…ここにレ―坊を連れてきたのハ、カズについてダ」

 

ピクリッとレンは少しだけ反応した。

 

「…それで?」

「本当は口止めされていたんだが、この際しょうがないしな」

 

アルゴの代わりに、エギルがハリのあるバリトンの声で答える。エギルはカウンターに寄りかかると、ゆっくりとした口調で話し始めた。

 

「カズは今まで一人で何をしてきたと思う?」

「…それは、レべリングとか、クエストとかだろ」

 

唐突なエギルの質問に、レンは少し戸惑う。

 

「ちがうな、そんなんじゃない」

「じゃあ、なんだって言うんだよ!」

 

訳が分からず、少しだけレンの口調が強くなる

 

「なあ、レン。カズは今まで自分のためだけに行動してきた訳じゃないんだ」

「それは……」

 

それには、レンにも心当たりがあった。現実でもそうだったし、このSAOでも足手まといになるだろうレンのことを見捨てなかったからだ。

 

「カズは、誰よりも他人のために動いてきた」

「じゃあ何だよ、あいつは人助けでも…」

 

言いかけたところで、レンはハッとした。

 

そんな、そんなハズは…… いや、でも……

 

レンはどうしようもなく動揺した。カズが今まで行ってきた事の答えをつかんだ気がするから。

 

「そう。カズは今まで、右も左もわからないプレイヤー、このデスゲームで危機に瀕しているプレイヤー達のために、出来る全てを以てプレイヤー達を助けていたんだ」

「そんな…………」

「因み二、カズはオレっちにマッピングデータやいろんな情報を提供してくれたヨ」

 

アルゴは半分ほどコーヒーを飲み終えたところで、うろたえているレンへと告げる。

 

「そんな…あいつが……」

「本当だヨ」

 

思い当たらないフシがない訳ではない。それでも、カズが自身を顧みずに他人を救い続けたという事実に、レンは胸を締め付けられる思いだった。

 

あいつは…こんな状況になっても自身の信念を貫いたのか。なのに…なのに…

 

「少し、一人にしてくれないか」

 

そう言って、レンは力なく立ち上がり、ドアノブへと手を掛けると、振り向いて

 

「ありがとう。アルゴ、エギル」

 

そして店を出た。

 

「これで大丈夫かナ?」

「さあな、後はアイツ次第だ」

「そっカ。エギル、コーヒーおかわリ」

「はいよ。あまり砂糖は入れすぎるなよ?」

 

コポコポポ……再び、店内にコーヒーの香りが充満する。

 

***

 

「……………」

 

エギルの店を後にした後、レンはひとまずかつての拠点であった宿屋“レ・ミゼア”へと向かい、今は年季の入りきったボロボロのベッドに身を横たえていた。

 

カズが死に際に見せた、あの微笑み。そして、エギルやアルゴから聞いたこと。それらがぐるぐると回り続け、レンの頭から離れなかった。

 

「…おれは……」

 

どうしたらいいのか。

 

整理しきれていない頭でレンはずっと考えていたが、ソレはまるで靄をつかむかの如く終わりの見えないものだった。左手を顔において、レンはゆっくりと眼を閉じた。

 

“たった一度きりの人生、楽しまなきゃ損だろ”

“いやー。食った食った”

“せやかてもクソもあるか”

“いわば受動部隊だ”

“だから、さ。もし厳しくなったら俺たちを頼ってくれ、いつでも駆けつけるから”

“お前とアルゴは……”

“お前の覚悟を俺に見せてくれ、レン”

“心配…すんな。オ…レな…ら......大丈…夫だから……さ。後の…ことは…”

 

カズの姿が鮮明に思い出される。

 

あいつは…立派に生きたのか……なあ、カズ。俺はどうしたらいいんだ?

 

そんなレンの問いに答える者はいない。

 

チリィン。

突然、レンにメッセージの着信を知らせるウィンドウがポップアップした。

 

「誰からだ?」

 

レンはウィンドウに表示された差出人を見て絶句した。

 

“プレイヤー名:Kazayからメッセージが届きました”

 




レ「さあ、あとがきコーナの時間だ!!」

夢「お、おう(←涙声」

レ「......(←若干引き気味」

レナ「作者は、お気に入りが100件超えたから感無量なんだそうだよ?」

レ「わざわざ解説ありがとな。レナ」

レナ「へへん、もっと褒めて!」

カ「ま、こんな駄作に100件もお気に入りがつくなんて想像してなかったがな笑」

レ「だよなあ。そこんとこどうなんだよ?」

夢「いやあ、本当に嬉しい過ぎて涙が止まらない。こんなにも読んでくれている人達がいるなんて......」

レナ「ハイハイ。みっともないから泣かないの」

ハンカチを差し出す

夢「おお、ありがたい」

レ「さてと、俺たちからもありがとな。こんなにもアホでバカなこいつの作品を読んでくれて」

カ「本当。お気に入りが一件増えただけでも大喜びするからな。こいつ」

レナ「じゃあ、今日はこれで終わる?」

レ&カ「「さんせ〜」」

レ&カ&レナ「「「読んでくれてありがとな(ね)!感想やコメント、批判も待ってるぜ(よ)」」」


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Ep19: Kazu's wish 〜カズが遺したもの〜

やべえ、BF4 Final standのファントムボウカッケー、AWのSAC-3使いてーと最近思う夢見草です。

いやー自分の部屋が寒くて寒くて、手がかじかんじゃいます。今年はインフルにかかりたくないです(笑)

今回は、カズの最後のレンへのメッセージが明かされます。それでは、どうぞ!!


“心配…すんな。オ…レな…ら......大丈…夫だから……さ。後の…ことは…”

 

それがカズの最後の言葉だった。レンには、カズが言い残した後の続きを、未だに理解はしていないが、それでも、カズはあの時レンの目の前で死んだのだ。

 

今までに見たことのない、優しい微笑みを浮かべて。

しかし、その死んだはずのカズからメッセージが飛んできたのだ。正直なところ、レンはひどくためらった。

 

俺があいつを殺したんだ。あいつにとって、俺がどれだけ憎い存在なんだろう。

 

表面上ではカズがそんな奴ではないことぐらい、幼馴染のレンが分からないわけではない。

 

しかし、心の奥底。レン本人ですら気付かない奥深くで、そんな思いはずっと渦巻いていた。

 

 

だが、そんなレンを知ってか知らずか、ウィンドウはまるでせかすようにレンの目の前で鎮座している。別に手動で閉じてしまえば何ら問題ない事だが、それもまた、レンには決断がつかなかった。

結局のところ、レンは怖かったのだ。そのメッセージを開き、中に書かれているカズからの文章を見て、今までのレンとカズの関係を全否定されるようなことになったりすれば……

 

…それでも、開かないといけないよな。たとえどんな怨嗟、罵詈が書かれていても、俺がカズを殺したんだ。それを受け止め、向き合うのが俺の罪なんだ............それに、さっきまで回答を求めていたのに、急に要らないなんて…おかしい話だよな………

 

一歩後に後退して、また一歩前に前進する。そんな葛藤を繰り返しながらも、レンは決めたのだ。どんなことが書かれていようが、それも受け止めなくては……と。

 

レンは体を起き上がらせ、ベッドに座り込んだままそのメッセージを開いた。

しかし、不思議なことにメッセージは白文で、なにも、一言も書かれてはいなかった。当然、レンの戸惑いは更に大きいものとなった。

 

「これはどうゆう……」

 

何とかカズのしたかったことを理解しようとして、レンがその白文をスクロールさせていくと、その最下部に、ひっそりと一文だけ書かれていた。

 

“もし、お前がこのメッセージを開いたのなら、アイテムストレージを確認してみろ”

 

それだけだった。

しかし、その手紙が言われるがままに、レンは自身のアイテムストレージを開いた。すると、新たに見覚えのないアイテムがいつの間にか追加されていた。

 

《英霊のドックタグ》

 

カテゴリーからして、首につける装飾品の類。しかし、レンからすると、《ドックタグ》という響きは、レンにとってはなじみ深いものだった。

 

《ドックタグ》

日本語で《識別票》とも呼ばれるソレは、主に兵隊などに使用される、長円形の金属板に穴を空けチェーンなどに通して首から提げて使用されるもの。

 

認識票の形状や材質、打刻される兵士の情報は各国の軍によって異なる。多くは5cm程度の大きさのアルミニウム製やステンレス製で、氏名、生年月日、性別、血液型、所属軍、識別番号、信仰する宗教等が打刻される。

 

たとえ戦死時に遺体が原形を留めないほど損壊しても、認識票が無事ならば個人識別が可能になる優れもの。使用する枚数や形状は国々によって違うが、その多くは二枚組になっている。その理由としては、一枚を戦死報告用として、もう一枚を判別用に遺体につけるためだ。

 

 

レンがこよなく愛す《CoD》シリーズでも、題材が《軍・戦争・兵隊》などであるため、作中で何度も目にしてきたのだ。

 

 

「何でドックタグなんか……」

 

たしかに、レンの認識に違わず、ドックタグは二枚組のプレートがシルバーのチェーンで結ばれていた。しかし、それが二組あるのだ。

 

一つは、カズのプロフィールが書かれたもの。そして、残るもう一つは、レンのプロフィールが書かれたものだった。

 

分からない。何故あいつはこんなものを持ってたんだ?いや…そもそもどうしてこれを俺に??

 

浮かぶ疑問はたくさんある。しかし、そのどれも、必死になって考えても答えは出なかった。

とりあえず、この装飾品の詳細を開こうと、カズのプロフィールが書かれてあるドックタグをレンがタッチすると、そこには本来記されるべきはずの詳細が書かれてはおらず、代わりに、音楽プレイヤーのような再生機能らしきものがあった。

 

「…これが、アイツの遺したメッセージなのか?」

 

そうして、レンは再生ボタンをタッチした。

 

すると、ずいぶん久しく感じるカズの声を以て、彼が最後にレンへと残したメッセージが再生された。

 

 

「よお!お前がこのメッセージを見てるってことは、俺はもう死んだんだな?この《英霊のドックタグ》は、所有者が死んだときにのみ指定されたプレイヤーのもとへと白文メッセージと共に送られるんだからな。

まあ、すごく変な気分ではあるが、まあいいだろ。SAOがデスゲームになってから、俺とおまえが一緒に生きてきたこの時間。俺にとっては、他のどんな時間よりも大切だ。実は、お前が一緒にプレイしてくれるって言ったとき、俺メッチャうれしかったんだぜ?っま、恥ずかしいから面と向かっては言わないがな。

FPSばっかで、RPGのことなんて、てんでからっきしだったお前を助けながらってのはな、まるでサッカーしてる時みたいで、本当に楽しかった。そんなお前に、正直俺は何度助けられたかわからない。

お前のことだ、アホ正直に落ち込んで、悩んで、苦しんだりしてるんだろうが…気にすんな。ただ……一つだけ約束しろ。レン、絶対に生き残れよ?そしていつか現実に戻ったら……俺達の夢だった 

“一緒にサムライブルーのユニフォームを着る!”

てのを、俺の分まで叶えてくれ。

何時かお前が代表選手としてフィールドに立っている姿、いつまでも待ってるからな!

最後に一つだけ….レン、お前は俺にとって…………

 

最高のそして、決して欠けようがない“相棒”だ!!」

 

それは、今は亡きカズの、和也としての煉夜へと宛てたメッセージだった。

 

「あのバカ野郎……」

 

ポタリ、ポタリ…レンは、あふれる涙を止めることができなかった。

 

「なあ、俺たちなら代表になれるんじゃね?」

「そうかなあ?」

「絶対なれるって。お前が俺にパスを回して、俺が決める。な?完璧だろ?」

「なるほど!行けるかも!!」

「だろ?じゃあ、約束な」

「うん!」

 

遠い昔、まだ幼かった和也と煉夜の、誰だって一度くらいは夢見るようななんてことのない夢。和也は言ったのだ

 

「俺の分まで生きろ」

 

と。

 

「俺は……」

 

和也の分まで生きる。そして、あのとき交わした夢のため、俺は、このデスゲームを終わらせる。それが、俺が唯一出来るカズへの“贖罪”なんだ。

 

レンは、再び顔を上げる。その紺碧色の瞳も、以前のような鮮やかさを取り戻して。

 

もう迷わない。俺は、俺に出来る最大のことをして、アイツの分まで背負って生きていこう…............

 

カズの《英霊のドックタグ》と自分用の《英霊のドックタグ》を首にぶら下げ、レンはボロボロなドアのノブへと手を掛け、外へと出た。

 

「快晴この上ない空ってか…」

 

強い日差しに、レンは思わず目をつぶった。二組の《英霊のドックタグ》が、太陽の日に照らされ、鈍金色にキラリと光った。

 




夢&レ&カ「「「後書きコーナ〜!!」」」

夢「いやー、もう十二月か(←今更感」

カ「いやー、十二月といえばXmas!!」

夢「つっても....」

カ「相手がいねえよ......」

レ「そういや、俺25日に約束あった」

カ「ハア!?誰と???女子か???」

レ「まあな、なんか誘われた」

夢&カ「「氏ね」」

バコッ!ドカン!バシャーン!!(←レンを滅多打ちにする音

レ「おわ!っちょま...ドカン!(←夢の攻撃が顔面ヒット!!」

夢&カ「あ......」

レ「フフフ...そうか、そんなに地獄が見たいか(黒笑」

夢&カ「「ギャアァァァァァ!!」」

その後、夢見草とカズの行方を見たものは誰もいなかった......


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Ep20 : On a before Xmas

気づけば本編だけで数えるとこの小説も第20話。自分でも感慨深いです。

そして何よりも、こんな作品を読んでくださる読者の皆様がとても嬉しいです。

今回は後書きにちょっとしたアンケートがあるので、ぜひ気軽にみてください。


死とは何か。定義は人によって様々だろう。息が止まった瞬間。心臓の鼓動が止まった瞬間。脳が機能を停止した瞬間。体の機能面からみた“死”というのは、それこそ、誰もが“死”と認識しているものだろう。

 

では、見方を変えて、人の精神面から見てみるとどうだろう。たとえ心臓は活発に鼓動し、脳が正常に機能していたとしても、心がなければどうだろう。ほとんどの人は、何かしらの目標、楽しみ、喜びなどを人生に見出し、日々を生きているのだ。ただ、大抵の人は理解できていないだけ。

 

しかし、もしそれが無ければ?器は機能するのに、中身が満たされてなければ?

 

生きる意味をなくす。それは、生き物としては成り立っていたとしても、“人”としては死んでいるのではないだろうか?人が最も恐れるのは死だという。それは何故なのか。

今の彼ならば、その答えを自分なりに得ているだろう。何故なら、彼もまた、一度心が死んでしまったのだから。

 

一度壊れてしまった物を、完全に修復するのは難しい。例えば、バラバラに砕けたガラス。これを元の形に戻し、継いだとしても、ガラスに入った亀裂だけはどうしようもない。

彼の心も同じだった。一度砕け、修復はしたが、その心はどこかいびつだった。そんな彼だからこそ、死とゆう物の恐ろしさを理解したのだ。

 

 

死とはつまり自身の意思が底で潰えてしまうこと。“自分は確かに存在する”という証明ができなくなってしまう。すると、世界から少しずつ、“自分”という存在が消えていく。それが恐ろしいのだ。

 

だからこそ、人々は必死に自分が生きたことの“証”を残す。それが生きるということであり、死ぬということなのだ。

それが、彼の得た答え。とこかいびつになってしまった彼の奥底、本能に近いものが導き出した答え。

しかし、当の彼は自覚していなかった。自分がどれだけ、壊れてしまったのか、を。

 

***

 

「ったく、どこもかしこもカップルだらけか……」

 

レンは、四十九層主街区の一角にあるベンチに座り、行き交う人々や景色を楽しみながら、何処にでもある何の変哲もないパンを切って、とりあえずいろんな食材を詰め込んで作った自前のサンドイッチを咀嚼していた。

 

ゲーム開始から、もう一年がたち、季節は冬になっていた。肌を刺すような寒さと、しんしんと降り続ける雪が、街の明かりに照らされて、とても幻想的。

 

「あー、俺もあったかいもの食べたいな―」

 

サンドイッチは冷たいため、レンがあったかい食べのを食べたくなるのも当然だろう。加えて、クリスマスが近いということもあり、あたりがカップルだらけで、街全体がどこか浮ついているところも原因の一つ。

 

レンは、一人黙々と物寂しくサンドイッチを食べ続けた。

 

***

 

「待たせたナ、レ―坊」

 

レンがちょうど食べ終えたところで、その背後からアルゴの声がした。

 

「わざわざ呼び出して悪いな」

「気にしなくていいヨ。それにしてモ、こんな時に私を呼び出すなんテ、デートのお誘いかナ?」

「違うさ、俺はアルゴから情報が買いたいんだ」

「なーんダ。オネーサン残念」

 

ヤレヤレと肩を上下させるアルゴに苦笑しながらも、レンは続ける

 

「今、キリトはどうしてる?」

「相変わらずだナ、もうずっと狩り場にこもってレベル上げしてるヨ」

「そうか……」

 

予想してたとはいえ、レンはため息を吐いた。

 

「なら、キリトに関する情報は誰が買った?」

「それハ…そうだナ…」

 

不意に言葉を区切り、アルゴがレンの座っているベンチの空いたスペースへと腰掛け、レンの肩へと体を預けながら、

 

「先の情報を含めテ、25000コルダナ」

 

と、可愛らしい笑みを浮かべながらも、予想外の発言をした。

 

「はい?」

 

アルゴのあまりに吹っ飛んだ回答に、レンは思わず素っ頓狂な声を上げた。25000コルといえば、レンの武装を十二分に補充させて、少し高めのレストランであったかい食事を摂ることができるくらいの大金である。

 

少なくとも、レンにとっては。

 

「いや、流石に高すぎだろ。もっと安くしてくれ」

 

懇願にも近い形でレンが頼むと、アルゴは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて、

 

「じゃア、オネーサンとデートするこト。それでいいヨ」

 

と、とんでもない爆弾を投下した。

 

「いや待て、どーしてそーなる?」

 

あまりの突拍子の無いアルゴの発言に、レンは頭に疑問符を浮かべる。

 

「どうもこうも言った通りだヨ。それが嫌なラ、25000コルダナ」

「く………」

 

足元見やがって………

 

何故こんな寒い日にレンが自家製の冷たいサンドイッチを食べているのか、一言で表そう。レンは金欠なのだ。

 

というよりも、金欠じゃなかった時が片手で数えるほどしかない。やれ換えの刃や、やれC-アックスだ、やれトマホークだとか買っていると、面白いくらいに金がなくなっていく。というワケで、レンの財テクは常に火車だったりする。

 

アルゴの提案した条件、一見YesかNoのニ択に見えるが、ことレンに限り、選択肢がYesかハイかに変化する。

 

とてもではないが、アルゴに25000コルなんて大金を払った日には、レンは食事どころか、宿にも泊まれず、野宿確定である。

 

野宿はセキュリティーなど皆無だし、何よりも凍えるほどの外気の中で野宿など、話にならない。

 

あれ?俺積んでね?

 

レンは、目頭に何か熱いものが込み上げてくるような感じがした。悩みに悩んだ挙句、レンは苦渋の決断を下した。

 

「分かった。だから教えてくれ」

「まいドー!」

 

うれしそうに声をあげ、笑いながら続ける。

 

「今のところハ、その情報を買ったのはクラインだけだナ」

「そうか、サンキュー」

「じゃア、オネーサン楽しみにしてるヨ」

「ああ、また今度な」

 

スタッと立ち上がり、アルゴはそんな言葉を残してこの場から去っていった。

 

「あー、厄介事が増えたな……」

 

レンはガックリと肩を落とした。そこまでして何故レンがその情報を欲したのか?というと、ここ最近噂されるようになったクリスマス限定フラグMobの噂に起因する。

 

曰く、ヒイラギの月、つまり、十二月の二十四日夜二十四時ちょうど、どこかに存在するモミの巨木の元に現れる《背教者ニコラス》なる伝説の怪物が出現する。もし倒せることができれば、怪物が背中に担いだ巨大な大袋の中にたっぷりと詰まった財宝が手に入るだろう、と。その中には、蘇生アイテムを匂わせるものまであるのだ。

 

レン自身は、そこまで必死に探す気はなかった。勿論、カズのことを忘れたわけではない。しかし、死者を再び蘇らせる奇跡は存在しない。だから、背負い続けるしかないのだ。と割り切っていたから。

だが、相棒と呼べるまでに中を深めたキリトは違った。キリトは、まるで憑つかれたかのように、連日無理なレベリングを行っていた。

 

「あれからもう半年…いや、アイツにとってはまだ半年、か………」

 

そんなレンの言葉は、粉のようにこんこんと雪が降る漆黒の夜空にかき消された。

 




レ&カ「「後書きコーナ〜」」

夢「おおーー!!」

レ「もうすぐクリスマスか....早いなあ」

カ「うっせえ。黙ってろこのリア充!!」

夢見「そうだそうだ!爆ぜろ!!」

レ「いつにもまして荒れてんのな。お前ら」

カ「だってなあ」

夢「ああ」

レ「ま、いつかお似合いの人が見つかるって」

カ「むかつくわー」

レ「そういや、アンケートの内容ってのは???」

夢「ズバリ、[レンとアルゴのデートをtea breakとして書いて欲しいか?]活動報告のところにアンケートを作るので気軽に意見をください!!」

レ「ハア?聞いてねえよ!!」

夢「お前の意見は却下で」


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Ep21: The black cat under the moonlight

どうも、夢見草です。最近またbo2にハマってしまって、今は昔怠かったからやらなかったsmgのダイヤ化目指してがんばってます。(←オイ

まあ、最近自室が寒過ぎて、こたつのあるリビングから出たくないってのもありますがね(笑)。恐るべし、日本のコタツの魔力。


「心配してくれて、どうもありがとう。それじゃ、お言葉に甘えて、出口まで護衛頼んでもいいですか?」

 

ギルド《月夜の黒猫団》それが、レンとキリトが助けたギルドの名前だった。

 

リーダーだというケイタは、レンとキリトに

 

「ありがとう」

 

と、頭を下げ続けていた。

 

「いいんだ、たまたま通りかかっただけだし。な?キリト」

「そうだな」

 

キリトの武器に使う、強化用の素材集めのために、当時前線よりも下だったフィールドで、二時間ほど狩り続けていたレンとキリトは、モンスター群に追われていた黒猫団の一団と遭遇したのだ。

 

「ちょっと前、支えましょうか?」

 

リーダ格と思わしき人物に、キリトが話しかけると、少しだけ驚いていたが、

 

「すいません。お願いします。やばくなったら、逃げてくれていいですから」

 

やがて首を縦に振った。レンとキリトは、それぞれの武器を鞘から抜いて、武装ゴブリンの集団へと切り込んだ。

 

とはいっても、その最中、レンはトマホークなどは勿論、B-ナイフも使うことはなかったし、キリトも、ごく初期のソードスキルしか使用しなかった。ビーターと悪名高

いキリトの、ばれてしまった時の反応を恐れてのことだった。

 

 

三時間はかかったが、前線よりも十下のフィールドでの狩りなど、危機感も何も抱かないキリトとレンにとって、そこまで手こずるものではなかった。

 

「ありがとう…ほんとに、ありがとう。凄い怖かったから…助けに来てくれた時、ほんとに嬉しかった。ほんとにありがとう」

 

ゴブリン群を一蹴し、パーティーメンバーが大喜びしている中で、涙ぐみながらも、何度もお礼を言ってくる黒髪の棍使いのことを、レンとキリトは、いつまでも忘れることはないだろう。

 

その後、レンとキリトが後衛として加わった一行は、無事主街区に戻ることができた。

 

「酒場で一杯やりませんか?」

 

そんなケイタの発言に流されるまま、レンとキリトは酒場へとついて行った。

 

「それでは!我々を助けてくれたキリトさんとレンさんに!乾杯!」

 

彼らにとって、決して安くはないだろうワインで祝杯をあげた。

 

とても楽しそうなパーティーなんだな…

 

それが、レンの抱いた月夜の黒猫団の印象だった。

 

攻略組内では、フィールドでの助太刀などはお互いさまという暗黙の了解がある。なので、こんな風にお互いに喜びあい、感謝してくれるこのパーティーが、レンにはことさら新鮮に映った。

 

それぞれが簡単な自己紹介を済ませ、場が落ち着いてきたところで、少し言いずらそうに、ケイタが小声でレンとキリトのレベルを尋ねた。

 

「俺は……」

 

素直にレベルを伝えようとしたことで、レンは口をつぐんだ。ハイランカ―プレイヤーが低層の狩り場を荒すのは、たといそんなつもりでなくとも、決して歓迎される行為ではない。レンは、今まで隠してきた事が全て水の泡と化すことを恐れたのだ。

 

「?」

 

そんなレンを見て、サチが不思議そうに首をかしげるも、

 

「俺達はレベル四十二だよ」

 

と、無論ウソではあるがキリトが返したため、怪しまれることはなかった。

 

「へえ、そんなレベルであそこが狩れるんですか!」

「敬語はやめにしよう。――といっても、基本的には隠れ回って安全に狩れそうなやつを狩るだけのことだ。効率は悪い。なあ、レン」

「あ、ああ。そうだな」

 

勿論、大ウソ。

本当はレベルが二十も上のキリトとレンにとって、よほどのことがない限りピンチに陥ることなど、ありはしないのだから。

 

「へえ、じゃあさ…キリト、レン、急にこんなこと言ってなんだけど…君達ならすぐに他のギルドに誘われちゃうと思うからさ…よかったら、うちに入ってくれないか」

 

しらじらしく答えたキリトとレンを、微塵も疑うことなく、顔を上気させながらケイタが言い募った。

 

「ほら、僕ら、レベル的にはさっきのダンジョンくらいなら十分狩れるはずなんだよ。ただ、スキル構成がさ…君達も十分に分かってると思うけど、前衛できるのはテツオだけでさ、どうしても回復がおっつかなくて、ジリ貧になっちゃうんだ。キリトと、レンが入ってくればずいぶん楽になるし、それに、おーい!サチ!ちょっと来てよ」

 

手を上げ、ケイタが呼んだのは、先ほどレンに首をかしげていたサチだった。

 

「こいつ、見ての通りメインは両手用長槍だけど、もう一人に比べてまだスキル値が足りないんだ。今のうちに盾持ち片手剣士に転向させようとしてるんだけど、ね。キリト達なら、コーチしてくれるだろうし」

「なによ、人をみそっかすみたいに」

 

そんなケイタが不服だったのか、サチは頬をぷくっと膨らませてから、チロリと舌を出した。

 

「だってさー、私ずっと遠くから敵をちくちく突っつく役だったじゃん。それが急に前に出て接近戦やれって言われても、おっかないよ」

「だから、盾の後ろに隠れていればいいって何度も言ってるのに…ほんと、 お前は相変わらず怖がりさんだなあ」

 

そんな何ともないような会話でも、彼らの仲の良さがうかがえる。

キリトが、ジトっとレンをにらんだ。確かに、間合いの短いB-ナイフや、S-ナイフで、超近接レンジで斬りつけや蹴りやパンチやらを繰り出すレンには、接近戦が恐ろしいなどとは、考えたことすらなかった。

 

「まあ、その気持ちは俺にもわかるよ」

 

そんなキリトの目線に耐えられず、レンは適当に話を濁した。

 

そんなレンとキリトを見ながら、ケイタは照れたように笑った。

 

「いやー、うちのギルド、現実ではみんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーなんだよね。特に僕とこいつは家が近くて…あ、でも心配はしなくていいよ。みんないい奴だから、キリトとレンもすぐに仲良くなれるよ、絶対」

「ギルドか…」

 

FPSでこそ、レンはクランに所属したことは何度もあるが、このSAOにおいて、今まで入ったことも、入ろうと思ったことも思ったことのなかったので、決めかねていた。

 

「じゃあ…仲間に、入れてもらおうかな。改めて、よろしく」

 

キリトは少しぎこちない笑みを浮かべながらもそう言った。そんなキリトを見て、レンも決めた。

 

「そっか。うれしいが、その件は断るよ、ケイタ」

 

そんな返答を予想していなかったのか、キリトは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 

「キリトには悪いが、色々とやりたいこともあるしな」

 

それを聞いたケイタは、少し残念そうにした後、

 

「そうか。じゃあ、気が変わったらいつでも入ってくれよ」

 

と、快くうなずいてくれた。

 

「じゃあな、キリト」

「ああ、今までありがとう」

「気にすんなって」

 

そう言って笑っているキリトの顔は、今まで見たことがないほど軽やかだった。

 

今の今まで、“ビーター”としての、プレイヤー達からの羨望、妬み、尊敬、怨嗟をその身に背負ったキリトが、やっと安心できる明るい居場所を見つけることが出来たんだ、とレンは思いながら、酒場を後にした。

 

***

 

今にしてみれば、自分も入っておけばよかった。と、今のレンは思う。

 

俺も入っていれば、もしかしたら、あの事件は防げたのかもしれないのに…

 

と。

しかし、ソレはあくまでもIFの話。いまさら言っても仕方のない事だった。

そして、あのとき感じた、言いようのないナニカ。

 

あのとき、レンが断ったのは、確かにやりたいこと、いや、やらなければならないことがあったからだが、その他にも、あの場所は自分にとってふさわしい、レンクスという存在がいてもいい場所ではない、と、なにか強く感じたからだった。

 

「ハァ、よく分からないな…」

 

レンは、ベンチから立ち上がり、ますます冷え込んできた街の夜道を歩き出した。

 




レ&カ「「後書きコーナ〜!」」

(←コタツで温もりながら

カ「いやー、蜜柑が美味い。やっぱ冬の名物詩だわ」

ムシャムシャ(←モサモサ蜜柑を食う音

レ「本当、コタツから出たくない。コタツを発明した人物は称えられるべきだな」

夢「ダラ〜っとし過ぎよ、お前ら」

カ「本人がダラ〜っとしてるなら説得力ないがな」

夢「うっ」

レ(そーー(←蜜柑にこそっと手を伸ばす

夢「あ!俺のとっておいた蜜柑が!!」

レ「しゃ!!もらった!!」

夢「てめー、返しやがれ」

レ「やだね」

カ「ハア、程々にな。そういや駄作者からの置き手紙で、【アンケートのご意見を絶賛募集中です】だってさ。俺からも、よろしく頼んだ」


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Ep22: Time is approaching

インフルエンザってこんなにもキツイんだ...料理の味が分からねー。

すいません、そんなこんなで、だいぶ更新が遅れました。本当すいません。

ああー、予定が狂った......


雪は好きだ。と彼は思う。雪という白は、何色に染まることなく、全てを赦し、受け入れ、心を落ち着かせてくれるような……全てに対して平等のように思えるから。

 

雪は嫌いだ。と彼は感じる。

 

何処までも、何色にも染まらない白。だからこそ、彼は思う。自分という異色が、ハッキリと浮き彫りになってしまうから。

 

まるで、自分の業は消えることなく、お前はこの場所にいていい存在ではないと、咎められているようで……

周りは白なのに、自分だけは違うんだと感じてしまうから……

 

***

 

白銀の如く降り積もった雪を踏みしめながら、レンは待ち合わせの場所へと向かう。時刻は十時十三分。一秒も狂うことなく、予定通りに事が進んでいることに、レンは安堵した。

 

四十九層主街区から歩いて、だいぶはずれにある、NPCが運営する小さなレストラン。レンのお気に入りの場所である。

 

「いらっしゃいませー」

 

レンがドアを開けると、気さくな店長の声と共に、明るい店内が開ける。と同時に、温かい暖気が、レンの体をふんわりと包みこんでゆく。

 

店内に誂えている調度品は最低限で、どこかどこか少し古ぼけている。しかし、そんな店内だからこそ、雰囲気は非常にゆったりとしたもの。そんなアンティークさが、レンはとてもお気に入りだった。

 

使いこまれ、歴史を感じさせるカウンターに、僅か七脚ばかりの椅子が立ち並んでいるだけの一角に、レンの待ち合わせていた人が座っていた。

店の明かりで艶やかに、輝くアメジスト色の優美な髪をポニーテールにまとめている。

 

そして、日本人形のようにきめ細やかな純白の肌が、一層髪の鮮やかさを際立てている。背中越しからでも分かるほどの、十人中十人が美しいと感じる彼女は、美人というよりも可愛らしいと言ったところか。レンが見間違うことなく、レナの姿だった。

 

「ごめん、レナ。待たせたか?」

「いや、私もちょうど来たところ」

 

おそらく嘘だろう。こんな町の外れにあるレストラン。当然人だかりはとても少ない。レンが入った時、店の入り口に積もっていた雪には、荒れたような痕跡はなく、足跡も無かった。

 

幾らなんでも、そんなに早く雪は降り積もらないだろう。この降雪量から考えて、足跡が消えるのに、少なくとも二十分はかかるはずだ。

 

そこまで、キリトのことを心配しているんだな………

 

レンは何も言わず、静かにレナの座る隣のカウンターに座った。

 

「それでー?キリトは?」

「あいつは、いつも通り。あとは、時間を待つだけだ」

 

NPCに、レンはカフェ・モカを注文する。

 

「そっか。それで?キリトはどうしてあんな風になっちゃったの?」

 

澄んだ紫紺色の瞳を、心配そうにしながら、レナがつぶやいた。

 

「それは……」

「ハイ、どうぞ」

 

間がいいのか悪いのやら、とりあえずレンは、運ばれてきたカフェ・モカを口に含んだ。コーヒー特有の、ほのかな酸味と、ココアの甘さが、それぞれを引き立て合って口に広がり、冷えていたレンの体をほんのりと温めていく。

 

「はあ、あったけー。じゃあ、話すか」

 

コトッとテーブルにカップをおいて、レンは、キリトが抱えた、決して忘れられることのない過去について話し始めた。

 

***

 

月夜の黒猫団を助けてからしばらくたったある夜、キリトからレンにメールが届いた。

 

“サチが消えたんだ。《追跡》スキルはあるんだが、念のためにレンも探してくれないか?”

 

特に急ぎの用があるわけではなかったので、レンは、サチがいると思われる階層へと転移した。

 

レンにも《追跡》スキルはあるが、それを使うことはなかった。たまたま赴いた場所に、キリトとサチがいたからだ。

 

「ねえ、何でこんなことになっちゃったの?何でゲームから出られないの?何でゲームなのに、ほんとに死ななきゃならないの?あの茅場って人は、こんなことして、何の得があるの?こんなことに何の意味があるの…………?」

 

消え入りそうなほど小さな声で、サチが五つの質問をした。それは、サチの悲鳴にも似たようなものか、恐らく、サチは怖かったのだろう。

 

SAOで死んでしまえば、現実での命も終わりを告げる。などという、ふざけたこの世界が。

 

「多分、意味なんてない……誰も得なんでしないんだ。この世界が出来た時にはもう、大事な事はみんな終わっちゃったんだ」

 

キリトが、一体どんな思いで、その言葉を紡いだのか、レンには分からない。マナーが悪いとは思いながらも、レンはそっと橋の上の手すりの腰掛け、静かに見守ることにした。

 

「君は………」

「………てん……の?」

「黒………マージン……無理に………」

 

レンの《聞き耳》スキルの精度が低すぎて、聞こえてくる会話はとぎれとぎれ、しかし、最後だけは、なぜか鮮明に聞こえた。

 

「……ほんとに?ほんとに私は死なずに済むの?いつか現実に戻れるの?」

「ああ……君は死なない。いつかきっと、このゲームがクリアされる時まで」

「クリア……か」

 

首にさげてある《英霊のドックタグ》を見つめ、ポツリとレンがもらした。キリトの言葉は、いったいどれだけサチにとって頼もしかったのか、サチの、少しだけ泣く声がした。

 

このゲームは、あまりにも残酷だ。何処までも不平等で……無情すぎるんだ………。

 

静かに、キリト達に聞こえないほどの声量で、レンは静かに転移した。

 

***

 

その日の朝、レンは胸騒ぎを覚えた。

 

あの出来事の後も、レンはいつも通り中、初級プレイヤーの支援を行っていた。カズが死んでからというもの、彼が行っていた事の全てを、レンがそのまま引き継いだのだ。

 

「ここらあたりは、少しトリッキーなモンスターが多いので、次からは注意してください」

 

パッパッと自身の肩をはたきながら、レンは今助けた小規模パーティーへと注意を促した。

 

「ありがとうございます。おかげで、助かりました」

 

よほど危なかったのか、パーティーメンバーの全員が、何度もレンに頭を下げていた。ずいぶんと見慣れた光景だな……とか思いながら、レンはその場を後にした。

 

「さてと……他には……」

 

索敵スキルと聞き耳スキルを複合利用しながら周りの状況を確認していると、一件のメールがレンへと届いた。送り主はキリト、この前の事があったので、レンは一抹の不安を抱いてメールを開いた。無機質なポリゴンからなる手紙の内容は、次のようなものだった。

 

“レン。今日、月夜の黒猫団が最前線近くに行くんだが…この前のサチのこともあるし、何か嫌な感じがするんだ。だから一緒に来てくれないか?途中から合流してもいいから”

 

***

 

「クソッ!邪魔だ!どけ!!」

 

右足にありったけの力を込めて、レンは《震脚》を放つ。その強烈な一撃で、《マーズ・ベア―》を文字通り消し飛ばした。

 

キリトからメールを受け、すぐさま駆けつけたレンだったが、B-ナイフの刃や、トマホーク、C-アックスを補充するのに手間がかかってしまい、こんな時に不運は重なるのか、フィールドで大量のモンスターとエンカウントしてしまったのだ。モンスター群を蹴散らしながらも、レンはキリトの反応を探し続けていた。

 

「ここか………」

 

索敵スキルと、追加Modである追跡スキルが示す、夥しい量の足跡をスカウティングしながら、ようやくキリト達がいるであろう隠し部屋を探し当てたレンだったが、堅甲な扉に阻まれて、中には入れないでいた。

 

「しゃーない。ここは!!」

 

レンは少し離れて、その堅甲な扉に《冲捶》を放った。十回ほどだろうか、ようやくレンは扉をぶち破ることに成功した。

 

「キリト!!」

 

しかし、レンがやっとのことで入ったその先には、

 

「レン……か……」

 

呆然と立ち尽くすキリト一人だけがいた。

 




レ&カ「「後書きこーナー!!」

夢「オーー」

レ「元気ないな。ったく、情けない...」

夢「シャーないだろ。昨日まで熱でうなされてたんだ」

カ「やれやれ」

夢「あーあ。予防接種まで打ったのに...クリスマス独り身プラス風邪は辛いよ。ほんと、ツイてない」

カ「お、俺も独り身だった」

夢「仲間よ!」

レ「俺は...」

夢&カ「「お前はちょっと黙ってよっか?」」


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Ep23: Interlacing mind

さてさて、もう2014年もおわりを迎えますね。と言うことで、これが今年最後の投稿となります。

最近fpsそのものをやってなくて、この前久しぶりにやって見たら、見事に酔いました。一体前の俺はよくこんなの平然と出来たなってレベルで。プラスエイムがガバガバ、もうやばかったです。やらないと起動が怖くなるのがfps。ヤバイ、下手なのに更に下手になった。


「レンか……」

 

少し広めの隠し部屋。しかし、月夜の黒猫団のメンバーと一緒にいるはずのキリトは、ポツリ…とただ一人立ち尽くしていた。

 

「まさか……」

 

何があったのか。キリトに状況を説明してもらうまでもない。つまり、キリト以外のパーティーメンバーはすべて死んでしまったのだ。

 

そして、キリトは、皆を守ることができなかったのだ。幾ら攻略組の中で、キリトがずば抜けた技術を所持しているとはいっても、大量のモンスターに囲まれてしまえば話は別。更に、仲間を守りながらなど、至難なことなのだ。

 

隠し部屋に入って、トラップに引っかかり、パーティー全滅。別に、SAOではよくある話だった。だからこそ、カズ然り、レンもまた、彼がやってきたようにフィールド情報を更新しているのだから。

 

でも…よりによってキリトのパーティーだなんて……俺が…もっと早く駆けつけていれば…

 

レンは、自分の無力さを呪い、絶望に染まりきった目で立ち尽くすキリトへ、何と声をかければいいのか分からなかった。おそらく、キリトは自分を責め続けるだろう。

 

幾ら至難とはいえども、そもそも、キリトがちゃんと自身のレベルを明かし、“ビーター”であることを皆に伝えていれば…彼らもまた、キリトの忠告をキチンと聞き入れ、トラップに引っかかることなんてなかったのだから。

 

「……………」

 

キリトが、そんなレンへと歩み寄り、弱弱しく肩を叩いた。

 

お前の所為じゃない、これは俺の責任なんだ。

 

その姿が、レンにはいつしかの自分と被って見えた。

 

***

 

「これが、アイツの抱えた闇だ。今思うと、あの時に自分だけでもレベルを明かしていれば…と思うよ」

コトリ…と空になったカップを置いて、レンは儚げに光る明かりを見つめた。

 

「そっか、そんなことが…」

 

レナが、まるで慈しむかのように、そっとレンの手を握った。

 

「でも大丈夫!!私が、キリトを元に戻して見せる!!」

「そっか、そうだな」

 

そんなレナにつられて、レンも笑って席を立つ。

 

「そろそろ時間だ。行こう、あのバカを止めに」

「うん!!」

 

午前零時まで、後三時間。二人は、意を決してレストランを後にした。

 

***

 

深夜の真っ暗な森の中、レベルが70に上がったことを知らせるテロップを聞いても、キリトは何の感情も抱かなかった。

 

「ッ………」

 

こめかみのあたり、さすような鈍痛が、相変わらずキリトを襲うが、それを無視して先へと進んでゆく。零時まであと三時間。キリトは、四十九層主街区へと戻った。

 

様々な感情を浮かべるプレイヤー達の合間を、速足で抜け、宿屋に着くなり、キリトは備え付けの収納チェストを開き、出現したアイテムウィンドウからありったけの回復・解毒クリスタルとポーション類を自分の所持ウィンドウに収納する。更に、レベリングでボロボロになった剣と、レザーコートを含むすべての防具類を全て新品に換える。

 

《Sachi》と記された《Self》のタブを十分ほど眺め、我に返ったキリトは、ウィンドウを閉じて立ち上がった。

 

あの時、彼女は俺に何を言おうとしたのか。

 

それだけを考えながら。

 

***

 

雑魚モンスターやプレイヤー達を相手にすることなく、キリトは迷いの森入り口に到着した。

 

ようやく…俺はあの言葉を真実にできる。

 

サチを再び生き返らせることが叶うならば、キリトは何だってよかった。

 

もし、死んでしまえば、キリトは何も残すことなく、人知れずそっと死ぬ。そこには、かつて抱いていた、純粋にSAOという世界が楽しかった頃の

 

“更なる層を目指す”

 

などという憧憬は微塵もない。

 

ようやく―ようやくその時が来る……

 

最後の数十メートルを走るために、キリトが足を踏み出そうとしたその時、不意に複数のプレイヤーが出現する気配がした。現れた集団はおよそ十人。先頭に立つのは、サムライのような軽鎧に身を固め、腰に長刀をさしたバンダナ男―クライン―だった。

 

クラインを含め、彼の背後に立つメンバー達が緊張した顔もちでキリトを見つめる。

 

「……尾けていたのか」

 

おおよそ親友の再会に発する声色とは思えないほどの、冷めきった声。クラインは頭をがりがりとかきながら頷いた。

 

「なぜ俺なんだ」

「お前ェが全部のツリーの情報を買ったつう情報を買った」

「…………」

「オレは、こう言っちゃなんだけどよ、お前ェの戦闘能力とゲーム勘だけはマジですげえと思ってるんだよ。攻略組の中でも最強……レンや、あのヒースクリフ以上だとな。だからこそ、なあ……お前ェをこんな所で死なすわけにはいかねえんだよ、キリト!」

 

伸ばした右手でキリトを指差し、クラインは叫んだ。

 

「ソロ攻略なんて無謀なことは諦めろ。俺らと合同パーティーを組むんだ。蘇生アイテムは、ドロップさせた奴の物で恨みっこなし、それで文句ねえだろう!」

「それじゃあ………」

 

もはや、今のキリトに信じれるものは何もない。

 

「それじゃあ、意味ないんだよ…俺独りでやらなきゃ………」

 

剣の柄を強く握り、キリトは狂熱に浮かされた頭で考えていた。

 

全員斬るか…

 

かつて見捨ててしまったクラインが、今もこうして生きていることに、少しばかりの安堵をいだくが、それでも、剣を抜き、ここにいる全員を斬り殺して、レッドプレイヤーになることすら、キリトはいとわなかった。

 

「そこまでだ、キリト」

 

そんな時だった。突如として、レンの声がしたのは。レンとレナの登場は予想外だったのか、キリトとクラインが驚きの表情で二人を見つめる。

 

「巫山戯るなよキリト。お前、ここで人を殺すつもりか?」

「そうだよ!キリト!!」

 

しかし、キリトは再び剣に手を掛け、

 

「邪魔だ」

 

と威圧的な低い声で言い放った。

 

「チッ!!」

 

レンも、それに応戦するかのようにB-ナイフを構えた。

 

「…………………」

「…………………」

 

両者の間合いは、およそ二十メートル。あたりが、恐ろしいまでに静かになっていく。

 

「ふっ!!」

「つっ!!」

 

次の瞬間、二人はその場から爆ぜた。キリトの剣が届くよりも先に、レンが《活歩》を駆使して得意とする間合いに入り込んだ。

 

「ハァ!!」

 

アッパーの要領でB-ナイフを振るったレンの一閃を、キリトはすんでのところでかわし、水平に大きく剣をなぎ払った。

 

「おっと」

 

しかし、レンは後ろへと背転しながら回避し、右足で勢いよくキリトを蹴りあげた。

 

「ぐっ!!」

 

流石のキリトも、その一撃には反応できなかったのか、クリーンヒットしたまま大きくよろける。

 

「そこっ!!」

 

そんなスキをレンが見逃すはずがなく、小回りのきいた動作で《川掌》を発動し、キリトの剣を弾き飛ばす。更に、空いた右手でキリトの胸ぐらを引き寄せ、首元にB-ナイフを突き付ける。弾かれた剣がくるくると宙を舞って、白銀の地面に突き刺さる。

 

「いい加減にしろ!!ここで罪を犯すつもりか?人を殺すんだぞ!!分かってんのか!!!」

「うるせえ!そっちこそ、カズのことはもうどうでもいいのかよ!!」

「黙れ!!それとこれとは別問題だ!!目を覚ませ!!キリト!!」

 

叫び終えると、レンはキリトの右足を払って地面に突き落とした。

 

「このっ……!!」

「クライン、武器を構えろ」

「なんだよ、レーの字よう」

 

キリトが言い終えるのを待たずに、レンはクラインへと指示を出す。すると突然、ワープポイントから第三者の侵入者が姿を現した。ざっと見ても十人以上。間違いなく、大規模なパーティーだった。

 

「あいつら、ギルド《青竜連合》っす。フラグボスのためなら、一時的オレンジも辞さない連中っすよ」

 

クラインの隣に立っていた風林火山のメンバーが、リーダーへと小声でささやいた。

 

「くそ、間が悪い。まあいいか。キリト、レナを連れてさっさといけ」

「………」

「いいから行って来い。俺とクライン達でここは何とかする。な?クライン」

 

クラインは一瞬あっけにとられていたが、すぐに

 

「おう!まかせろ」

 

と胸を張った。

 

「……」

 

キリトは、言われた通りにレナを連れて、終始無言のままでワープポイントへと消えた。レンはそれを視界の隅で見送ると、B-ナイフを鞘にしまった。

 

「そこをどいてもらおう」

「…ここを通るだって?それは無理だな」

 

腰にある鞘から片手直剣を抜きながら、レンは不敵な笑みを浮かべて青竜連合へと向き合った。

 

「ここから先は誰一人として通さない。Действительно ли Вы готовы?(覚悟はいいか?)」

 




レ&カ&夢「「「後書きコーナ〜」」」

夢「ということで、今年最後の後書きだ!!」

レ「知らん間に俺キリトとガチ喧嘩してるんだが...」

カ「それが男の友情だろ?」(←清々しい笑みで

レ「ごめん、その笑顔キモいだけだから」

カ「おい」

夢「まあ、気にすんな。喧嘩の一つや二つぐらい」

レ「ハア、そうさせてもらう」

カ「いやー今年も終わりか〜」

夢「本当、実感ないわ〜、やってないことたくさんあるわ〜」

レ「どうせ実行しないくせに」

夢「(ギクッ)ナ、ナンノコトデショウ」

レ「片言だと全く説得力ないからな?」

カ「して、来年の目標は??」

夢「よく聞いてくれた!!ズバリ、文才を上げることだ!!」

カ「おお〜〜」

レ「また怪しいことを...」

夢「というわけで、ここらで締めるぞ!!」

レ&カ&夢「「「ちょっと早いけど良いお年を!!」」」


〜余談〜

アニメFateの一期が終わっちゃった...シャーないゲームでもう一回復習するか!!(無論レアルタ・ヌア)


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Ep24: He is No Name

もうfpsはダメかもしんないということで最近アサクリシリーズを再びやろうってことで浮気中の夢見草です。

いつかは戻さないとって思っても、今まで自分のやってた感度で酔ちゃったんですよね...


真夜中の空、まるで舞い踊るようにコンコンと降る雪の下、

 

「ガハァ!!」

「グアッ!!」

 

青竜連合のプレイヤー達が、次々と地面にひれ伏していた。

 

「うらあああ!!」

 

背中越しから振りおろされた一閃を、レンは背後に回した片手直剣の柄で受け止めてから、くるりと半回転していなす。力を逃がされ、バランスを崩しているプレイヤーの腕をつかみ、そのまま背負い投げの要領で地面にたたき落とす。

 

「くそおおおお!!」

 

向かってくるプレイヤーの剣を、自身の剣で弾きあげ、ノーガードの脇腹へと強烈なボディーブローをお見舞いさせる。よほど強かったのか、綺麗に食らったプレイヤーの体が横にずれる。

 

「ハア、バカの一つ覚えかよ。もう諦めろ、あんたらじゃ俺は倒せないよ」

 

左手で剣を器用に回しながら、レンは静かにつぶやいた。

 

「お、おい。お前が行って来い」

 

リーダーと思しき人物は、ひどく逃げ腰な体制で、傍らにいたプレイヤーを無理やり押しだした。

 

「わああああ!!」

「あのなぁ…」

 

プレイヤーもヤケクソなのか、両手で棍を振り上げながらレンへと突っ込む。

 

「よっと」

 

一直線に落ちてくる棍を、レンは体の前でクロスさせるように両手を構えると、そのまま受け止めて、胸元に一発掌底を打ちこみ、からめ取るように棍を奪い取った。

 

「何回も言わせるなよ……何度しても同じだ」

 

レンの投げ捨てた棍が、持ち主の目の前に突き刺さる。レンがA-ナイファーを使わないのは、万が一プレイヤーを死なせるようなことがないための用心と、コルの節約のため。

 

地面にひれ伏せているプレイヤー達の多くはHPバーがオレンジより下回るものはいなかった。

 

「ワ…ワンサイドゲームだ………」

 

ポツリっと、風林火山のメンバー誰かが度肝を抜かれたような表情でつぶやいた。

 

「おいおい、レーの字よ。お前ぇ、本当に人間か?」

「ヒドいな。別に、これぐらいどうってことないだろ」

 

へらへらと笑いながらレンが答えるが、レンの周りに広がっている光景は、笑い事ではない。クライン達も、ただボーっと見ていたわけではない。むしろ、大手攻略ギルド相手に、ギルドマスターであるクラインを主軸とし、洗練されたコンビネーションと、判断能力で、手傷を負いながらも無力化していったのは、むしろ流石とほめたたえるべきだろう。

 

しかしレンは違う。彼は一人でゆうに十三人以上ものプレイヤー達を無力化したのだ。それも得手であるB-ナイフを使うことなく。ずば抜けた身のこなしと、鬼神の如き戦闘能力は、流石はPvMよりもPvPを得意とするレンだけあって、たとえ青竜連合のプレイヤーだとしてもかなわず、レンの周りには、今まで無力化されたプレイヤー達が、数多く雪に沈んでいた。

 

「お前ェが何故今までノーネームなのか、俺にゃ分からねえよ」

 

《黒の剣士》キリト、《閃光》アスナ、《舞姫》レナのように、レンにはそう言った二つ名がついたことがない。ヒースクリフに並んで、アインクラッド内で今現在確認されている、二人しかいないユニークホルダーであるレンが何故二つ名を持たないのか。

 

それは、一重に攻略組の中で彼に対しての情報統制がおこなわれているから。“ホワイト・カイザー”を失った二十三層の攻略時、レンは今まで混乱を避けるために秘匿してきた“A-ナイファー”を使用したが、あの状況下でユニークスキルを解禁したレンに、多くのプレイヤー達は、感謝こそすれ、怨むことなど誰一人としていなかった。更に、大の親友であったカズの死が与えるレンへの負担などを考慮した攻略組は、青竜連合、ALF、血盟騎士団が、進んで彼の情報統制をおこなったのだ。

 

なので、同じユニークホルダ―のヒースクリフに比べ、レンはよほど有名ではない。だから、これと言った二つ名もつかないというワケだ。それでも、クラインにとっては眼下に広がる光景のほとんどがレンによって引き起こされたとあっては、納得がいかなかった。

 

「いや、まあ俺自身二つ名なんかには興味ないからなあ…」

 

右手で剣を器用に扱いながら、レンは残っている青竜連合のメンバーへと視線を向けた。

 

「もういいだろ?こいつらを連れてさっさと退け。嫌なら、一人残らず戦うけどどうする?」

「ハ、ハイ。分かりました」

 

リーダである青竜連合のプレイヤーは掠れた声で、ご丁寧に敬礼までしていた。とりあえず、にこりと笑いながらも鬼も裸足で逃げ出すような無言のプレッシャーを放つレンが怖いのだ。加えて、先ほどの戦闘を見ていたというせいもあるだろう。

 

「そっか。じゃあ気をつけるんだな」

 

クスクスと笑ってレンは左手を左右に振っている。

 

“ヤバイ…レンまじパねえっす”

 

そんなレンを見て、風林火山のメンバーは誰もがそう思ったそうな。

 

青竜連合を見送った後、レンは肩の力を抜いて剣を腰にある鞘に納める。そして、ひときわ煌々として輝く月を見上げ、レンはポツリとつぶやいた。

 

「俺は待つしかないからな…今、キリトを連れ戻せるのはレナだけだろうから……」

 

月は、欠けることなく輝き続けている。

 




レ&カ&夢「「「後書きだ〜!!!」」」

レ「このクソ作者!」

夢見草に放たれる川拳。

夢「ぐへえ」

レ「俺は人外じゃねえ!!」

カ「怒ってたんかい」

レ「当たり前だ」

カ「まあまあ落ち着けよ。ノーネーム君w」

レ「黙ってろ"ホワイト・カイザー"。別に俺は構わねえから」

レナ「私にも二つ名が付いてる」

カ「《舞姫》か。まあ似合ってるじゃん」

夢「あ、あの〜」

レナ「そう?良かった〜」

レ「じゃあ終わるか」

カ「おう」

レ&カ&レナ「「「感想、意見やアドバイス待ってるぜ!(よ)」」」

夢「誰か手当を...ガクッ」


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Ep25: Long night good sleep

実は既にGGO辺くらいまでの大まかな粗筋は簡単ながら作ってるんですよね、設定とかも。でも執筆が進まない不思議。

ああ、他にも描きたい物語とかあるのにな〜。粗筋とか設定とかもあるのになー

文才無いくせに無駄に設定だけとからなポンポン思い浮かんでくるのに...表現力が無いよう(泣


モミの木は、キリトの記憶に違わず捻じれた姿で、静かに立っていた。

 

「レナ……帰ってくれないか?」

 

キリトは、目を合わせることなく冷え切った声色でレナへと尋ねた。

 

「キリトが何を言おうと…私はあなたについていくよ」

 

そこに、普段の少し砕けたレナはなく、ただ真剣な眼差しを向けていた。

 

「……好きにしろ」

「言われなくても」

 

ほんの少しでも考えれば、レナのそんな態度も、全てキリトを心から心配してのことだったが、今のキリトに、そんなことに気づく余裕はない。

 

キリトの視界の端に表示される時計が、零時をさすと、何処からともなく、鈴の音が響いてくる。見上げると、漆黒の空にふた筋の光が伸びていた。ソリがモミの真上にあわれるとともに、黒い影が飛び降りた。そこに現れたのは、おおよそ万人が思い浮かべるサンタクロースとは遠くかけ離れた“異形”の姿だった。しいて言えば、赤い三角帽子と、赤と白の上着を着ているところが、唯一実際のサンタクロースのイメージとかみ合っているところだろうか。

 

「うわぁ、子供の夢をぶち壊しそうな姿」

 

どこかイメージとかけ離れた“異形”の姿に嫌気を感じたレナの素直な感想だった。キリトにとっては、ボスの意匠などどうでもいい。ニコラスは、クエストに沿ったセリフを口にするつもりか、もつれた髭を動かそうとしていた。

 

「うるせえよ」

 

キリトは呟き、キリトはレナの存在すらも無視して剣を抜いた。

 

***

 

ニコラスとの戦いは熾烈を極めた。キリトとレナ…と言ってもレナが一方的にフォローしただけだったが、それを以てしても、二人のHPはレッドまで落ち込み、回復アイテムも底をついていた。

 

言いようのないナニカにさいなまれながら、キリトはのろのろと剣を収め、ドロップアイテムのウィンドウを操作する。食材、素材、防具、武器、装飾品…数えるのもバカらしくなってくるほどのアイテムを、一瞥しただけでスクロールしてゆき、ソレは、驚くほどあっけなく見つかった。《還魂の聖晶石》

キリトが全てをなげうってでも渇望したもの。このアインクラッド内で、唯一確認されている、死者の魂に再び息を吹き込むという神秘にして奇跡。

 

サチにもう一度会えるかもしてない………

 

そう考えるだけで、キリトの心は震えた。震える指で、キリトは何度も操作を誤りながらも、やっとの思いで実体化させた。浮かび上がったのは、卵ほどの大きな、そして七色に輝く途方もなく美しい宝石だった。

 

「サチ…サチ…サチ…」

「キリト…」

 

そんなキリトを、レナはただ静かに見守っていた。屍のようにただひたすら同じ言葉を繰り返すキリトが、どれだけこの結果を欲したのか、痛いほど理解していたから。そして、願わくば、それがもたらすものが、キリトにとって幸福な結果になることを信じて。

 

現れたウィンドウは馴染んだフォントで、こう書かれていた

 

【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して、《蘇生:プレイヤー名》と発声することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)対象プレイヤーを蘇生させることができます】

 

およそ十秒間。とってつけたようなその文字が、キリトに全てを告げていた。

 

「うわああ……あああああ……」

 

キリトの口から、獣のような叫び声が漏れる。明らかに様子がおかしいキリトを見て、遠目で見守っていたレナも全てを理解した。

 

何時しかレンが口にした最悪の結果になったんだ………

 

と。

 

ある時、不意にレンは言った。

 

「もし、万が一蘇生アイテムがあったとしても、ソレは俺達が想像する蘇生アイテムなんだろうか」

 

その言葉を聞いた時、レナは

 

「夢がないなー」

 

と、いつもの調子で返した。しかし、レンは肯定も否定もせず、同じ口調で続けた。

 

「確かに、この世界がただのMMOなら、一般にイメージする蘇生アイテムが手に入るかもしれない。でも、ここはデスゲームだ。HPが0になれば死んでしまう。そんな世界に、蘇生アイテムなんてあると思うか?あの宣言の時、茅場は言った。『これは大規模テロでも、身代金目当ての誘拐事件でもない。この世界を作り出すことが、私の目的だ』と。彼がただの狂人なら、それでもいいさ。でも、俺はそうは思わない。あの時の彼の言葉には、強い“意思”があったように感じた。うまくは言い現わせないが、彼は自分が信じた信念のもと、この世界を作ったような気がするんだ。そんな彼が、人の“死”を軽々しく扱うワケがない。この世界での“死”は、現実での“死”同様、重く、つらくて、何よりも悲しいものなんだ。だから、俺は蘇生アイテムなんかないと思う」

 

彼もまた、自身にとってかけがえのない存在を失ったのだ。仕方なかったとはいえ、彼自身がその死に加担していて。どんなに自分を追い詰めただろうか、どれだけ後悔しただろうか、そんな彼が導き出した持論を、一体誰が否定できよう。誰が笑えようか。

 

ひどく自分を追い詰めているような顔だった。

 

その姿が、今もその罪で自身を責め続けているようで、そのせいで、彼はずっともがき苦しんでいるのに、レナはどうすることもできなかった。なんと言葉を掛ければいいか分からなかった。

 

あの時何か声をかければ良かった......

 

そんな後悔が、今でもレナの中にある。

 

結果としてレンの推測が、存在していたとはいえ当たったのだ。

 

「あああ……ああああ!!」

 

雪の上に叩きつけ、ブーツで何度も踏みつけながら、キリトは絶叫した。

 

そんな…サチ…こんなんじゃなかったのに…サチ…サチ…サチ…

 

今までキリトを生かし続けてきた理由はあっけなく消え、その体が力なく地面に沈んでゆく。

 

もういい、大切な人が苦しむ姿をこれ以上見たくない!!

 

 

「キリト!!」

 

レナは自身の短剣を投げ捨てて、崩れるキリトの体を受け止め、そのまま抱きしめる。

 

「レ……ナ……」

 

生きる理由を失い、壊れようとするキリトの意識にそっと触れるように、キリトの耳元でつぶやく。

 

「もう、こんなことやめよう?キリト…」

「生きる意味をなくしたのなら、私がキリトの存在理由(レゾンデートル)になるから」

 

紡がれた言葉は、レナでも驚くほどスッと、自然に出てきた。思考するまでもなく、まるで、最初からそこにあったかのように。

 

ドクンッ

 

キリトの凍りついた心が、拍動する。

 

「キリトは、私の大切な人だから」

 

まるで魔法にでも掛けられたかのように、キリトの体がぬくもりで満たされてゆく。

 

ああ…人ってこんなにもあったたかったんだ。

 

かつて、キリトが感じ、いつの間にか忘れてきてしまった事。動かすのも億劫だった腕はウソのように軽く、キリトは寄り添うレナへと腕をまわした。まるで、もっとぬくもりを求めるかのように。そんなキリトに応えるように、レナも更に強く抱き返した。

 

「なあ、レナ」

「なに?」

「俺、もう一度立ち上がってみるよ。やり直してみる。サチが生きてきた証のためにも」

「うん」

 

どれくらいそうしていただろうか。二人の顔は、吐息が触れ合うほどに近い。これから先に紡ぐ言葉が、どれだけの重みを持つのか。キリトは痛いほど理解している。それでも、愛してしまったのだ。心の底から心配そうに顔を曇らせ、藍紺色の瞳に涙を浮かべる少女、レナを。

 

「君が好きだ、レナ」

「うん、私も」

 

まるで、引き寄せあうかのように、二人はどちらからともなく唇を重ね合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

過去は変えることなどできない。失った物は戻らない。“覆水盆に返らず”。それでも、人は前を向かなければならない。生きている限り、つらいことなど何度もあるのだから。もがき、苦しみ、あがいて、手にした答えが、人間の生きてきた印。

 

さあ、彼らはそれぞれの答えを得た。過ちと喪失を乗り越えて。それが、彼らにとって、どんな結末をもたらすのか。願わくば、それが幸福であらんことを。

 




レ&カ&夢「「「後書きだぜ〜!!」

夢「いやっほー!!」

レ「ウザい」

夢見草に回し蹴りを放つ

夢「ボハア!!」

レ「その謎テンションをどーにかしろ」

夢「いや、もうすぐで赤鼻のトナカイ編終わるからさ」

カ「ほお、具体的には?」

夢「あと一話かな」

レ「なるほど、駄作者なりにがんばったんだな」

夢「おうよ!!だから褒め(キラン)......ナンデモナイッス」

シャキン(←b-ナイフを仕舞う音

レ「よろしい」

レナ「ねー作者〜。私キリトとキスしちゃった///」

夢「おおー、良かったなー」

レナ「うん、やっぱキリトは鈍感だけど優しいし子供っぽいとこもあるし、でもやっぱり......」

カ「惚気かよ」

レ「しかし、キリトは鈍感過ぎるよな」

カ&レ&夢「「「「お前(レン)が言うな(ったらダメだよ)」」」

レ「何故に??」

レナ&カ「「感想や意見コメント待ってます!(ぜ!)」」


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Ep26: I will stay in your side forever

すいません、投稿が空きました。何があったかと言うと、新学期が始まったとともに部活が忙しくて、なかなか執筆の時間が取れませんでした。

これからもこんなことが多々有りそうですが、ご了承ください。

PS : 本編にてクラインの叫びは私たち非リア充達(←ここ大事
の叫び。


デスゲームの宣言が、茅場晶彦によってもたらされた時の光景は、今でも私の脳裏に焼き付いている。あの場は、当にこの世の終わりのようだった。聞こえてくるのは、プレイヤー達の憤り、嘆き、そして泣き叫ぶ声。

 

嫌だった。そんな場所に留まっておくのが。だから、私は逃げ出した。全てが終わり、全てが始まったあの場所から。しかし、そんな状況でも不思議と恐怖は湧かなかった。でも、立ち止まっちゃいけないと思って、前へ前へと進んだ。時折ポップしてくるMobを一本だけしかない短剣一つで倒しながら、私はとにかく前に進んだ。

 

目的なんてない、それでも、前を向いていれば必ず何かあるから。私が幼いころから、父が言いつけてきた生きる上での信条を信じて。そのおかげなのか、私は一人のソロプレイヤーを見つけることが出来た。男子の割には、線の細い顔。少し長めの黒髪に黒色の瞳。私には、とても不思議に映った。一見頼りなさげだが、その戦闘能力は群を抜いていたから。やっとのことで彼に追い付き、私は仲間に入れてもらうために声をかけた。

 

「ハアハア……あの…一緒に付いていってもいいですか?」

「ええーと…その…」

 

言い淀んでいる彼は、しばらく私を見つめていた。

 

「いいけど…君は」

 

戸惑いながらも、名前を聞いてきた彼に、私はハッキリと答えた。

 

「ありがとうございます!私、レナって言います」

「俺は、キリトだ。よろしくな、レナ」

 

これが、私とキリトの出会い。今思えば、不思議な出会いだったなと思う。でも、状況が状況だったし、今となっては、こんな出会いもアリだと思う。

 

それから、いろんな人に出会った。ピンチに陥ったところを、レンとカズは命がけで助けてくれたし、アルゴは私達を気に入ってくれている。アスナも、このSAOではアルゴに次いで数少ない女友達。

 

でも、たとえどんな時間でも、キリトと一緒にいる時間は特別だった。そばにいるだけで、どこか温かな気持ちになる。漆黒のまっすぐな瞳で見つめられると、なんだか気恥かしいような…言い表せない不思議な感覚に陥る。

 

いつからだろう、私がキリトに恋心を抱くようになったのは。キリトのそばにいて感じたのは、まだ年相応の子供の一面もあるんだと。飄々としていて、見た目よりも大人びていても、どんなに戦闘能力がずば抜けていても、まだ子供なんだ。傷つくし、悲しみもする。時折垣間見せる年相応の幼さや弱さ。それを含めてキリトなんだ、と。

 

そんなキリトの魅力に、私はどんどん魅かれていったのかもしれない。だから、裏切られ、絶望に打ちひしがれても再び立ち上がり

 

「君が好きだ。レナ」

 

と言われた時は、とてもうれしかった。だから、この言葉を紡ぐのに、ためらいなんて微塵もなかった。

 

「うん、私も」

 

そうして、私達は唇を重ね合わせた。じかに感じる、キリトのぬくもり。私は、今とても幸せだよ。

 

***

 

「なあ、レナ」

「ん?」

「サチはさ、赦してくれるかな。こんなにも身勝手で、嘘吐きな俺でも」

「うーん、私にはわからないかなー」

「そっか。そうだよな」

「でもね、たとえキリトが自分を偽っていたとしても、サチと…月夜の黒猫団の皆と一緒にいた時間に変わりはないよ。思い出してみて?皆優しかったでしょ?」

 

言われて、キリトはハッとした。ギルドになど入ることはないと決めていたのに、ソレを曲げてまで月夜の黒猫団に加入した理由。それは、レベルでも、実力でも、名声でもない。暖かったのだ。一つ一つに喜怒哀楽し、助け合っていた彼らが。“ビーター”と呼ばれ、疲れていたキリトにとって、月夜の黒猫団は安らぎであり、自分の居場所だったのだから。

 

「―――――ッ」

 

自然と、一滴の涙がキリトの頬を伝った。

 

「そう、だよな……あいつらは、とても優しかったもんな」

 

涙をぬぐって、キリトは立ち上がる。

 

「戻ろう。レナ」

「うん」

 

差し出された手を握り返し、キリトとレナは元来た道を帰り始めた。

 

***

 

「やっと戻ったか」

 

座っていた木の枝から飛び降りて、レンは帰還者達に顔を向けた。

 

「戻ったよー」

「ああ、ようやく、な」

 

いつも通りの砕けたレナと、飄々としたキリト。そんな二人を見て、レンは心の底から安堵した。

 

レナはちゃんとキリトを連れて帰ってきたか…これで、一件落着、か……

 

「おせーよ、バカ」

「ゴメンな」

 

レンはキリトに歩み寄り、拳を突き出すと、キリトも笑いながら拳を突き出した。上下でぶつけて、最後に正面からぶつけあう。レンとカズ、二人が幼いころからやってきた絆の証、だから、レンにとってもとても大きな意味を持つ。

 

「レナさんとキリの字よぅ、お前ら仲良すぎじゃないか?」

「そ、それは……」

「はは、そうかな?」

 

クラインに指摘され、明らかに挙動不審になる二人。レナとキリトは、ほぼ無意識的に、俗に言う“恋人つなぎ”をしていたのだ。

 

「キリの字よお、お前えは俺を裏切るのかよぅ。俺だってまだ独…グヘェ」

 

語りだしたクラインの鳩尾に、レンのアッパーが綺麗に入る。

 

「ったく、少しは空気を読め。イイ大人が何してんだか」

「スイマセン、ウチのバカはこっちでおさえますんで」

「でも、レンがそれは言えないよねー」

「はい???」

 

風林火山のメンバーは察したのだろう。なおも語ろうとする哀れな独身リーダーを抑え込んでいた。

 

しかし、そんなレンを、レナはあきれながらつぶやいた。なにせ、レンは他人に対しては妙に鋭いくせに、自身のこととなると超が付くほどの鈍感なのをレナは痛いほど知っているから。

 

「でも、私がキリトを戻せたのも、レンのおかげだよ」

「よせよ。それはレナのおかげだって。俺じゃない」

 

言って、レンは背を向けた。

 

「ありがとう。相棒」

 

キリトの叫びに、レンは左手をヒラヒラとさせて答え、ワープポイントの光と共に姿を消した。雪は、相変わらずふわふわと降ってくるが、そのどれもが汚れ一つない純白で、神秘性すら感じられる。

 

「ちっくしょー!!クリスマスなんてクソくらえだ!!世の中不公平だぁ!!!」

 

…本当に、とても神秘的な聖夜である。

 




レ&カ&夢「「「後書きコーナー!!」」」

レ&カ「「しねこの駄作者!!」」

二人のコンビネーションアタックが容赦無く夢見草を襲う!!

夢「ぐはっげほ!おえ!!」

カ「更新がおせーんだよ!!」

レ「誰も求めて無いかもだがな!!」

カ「俺とかもう後書きでしかでしゃれないんだよ!」

夢「...だ......だから......リアルが...べはッ!」

レナのはたきが顔面ヒッツ!

レナ「成敗!っだね♪」

レ「どうした?お前もなんて珍しい」

レナ「だって!駄作者のせいでキリトとイチャイチャ出来なかったんだもん!」

カ「なるほどな」

夢「く.....こいつらめ......バタリ」

レナ「あ、駄作者が......」

レ「ほっとけほっとけ」

カ「そーいや、最近エギルとかディアベルとか閃光様とか見かけないな」

レ「ああ、それなら後々ちゃんとでるってこいつが言ってたぞ」

カ「さいですか」

レナ「じゃあ、感想とか待ってるね♪じゃあね〜」



カ&レ「「勝手に締めるなよ」」


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Tea-break 02: Boy meets Girls

てことで今回はティーブレイク編第二話となります。
内容は、前アンケートをとった"アルゴとのデート"の話です。
ここで皆さんに注意が有ります

1.アルゴのキャラブレの可能性アリ
2.甘くないかも。でも作者は甘々を目指したつもり(←ここ大事
3.時々唐突にくる他作品ネタ

以上です。
それでもおkという方は是非楽しんで行ってください!


ジリリッン ジリリッン~

 

時刻は6時15分。

 

レンの設定しておいたアラームがけたましく部屋中に木霊し、レンを否が応でも叩き起こそうとする。

 

「く……もう少し……寝かせろ……」

 

朝に弱い、とまではいかなくとも、苦手とするレンにとって、この時刻に起きるのは少し酷だったりする。加えて、昨日も相も変わらず夜通し……具体的には午前3時までフィールドを徘徊していたので、疲れもたまってるのだ。

 

「く……くくくっ」

 

もっと眠っていたいという感情と、起きなければ、という感情が激しくせめぎ合いをしながらも、レンは体にムチを打って少しづつ起き上がる。普段の彼ならば、ここで素直に欲望に従い、二度寝と洒落こんでいるだろう。

 

しかし、今日だけはそうもいかないのだ。今日だけは、どうしても外せない“約束”があるのだ。

 

さるクリスマスイブであった24日、キリトの情報を買う報酬としてアルゴと約束した用事が。正直なところを行ってしまうと、当のレンはそのあまりのめんどくささに、シラを切ろうかとも考えていた。

 

しかし、一応そのところを同じ女子として、晴れてキリトの恋人となったレナに尋ねたところ

 

“いや、バッカじゃないの?アルゴが何のために提案したか考えなよー。まったく、レンは女心を分かってないなー”

 

と言われた。ますます納得がいかなくなったレンだが、結局、レナの妙に強い押しと、

 

“私の言うことは聞いておいた方がいいよ?”

 

という脅し?のようなものに負け、今やアンクラッドで初となる“お正月”……一月一日、つまり今日デート(?)をすることに決めたのだった。

 

「えーと……何処に行くか決めてないけど……いいのか?」

 

如何せん、以外にもこういった経験がないレンは、とりあえず自分の持っている常識の範囲内で何とかしようと考えていた。のそっと起き上ったレンは、部屋着から着替えるためにメニューウィンドウを操作し始めた。

 

戦闘服である普段の淡いエメラルドグリーンのチェスターコートではなく、カジュアルな今風のシャツの上から、ロングシャツを前開きにして羽織り、袖を折る。それにスラックス風のカーゴパンツで全体を纏める。とても洒落たそのファッションは、プレイヤーメイドものに見えるが、実は全てNPCの店で買った安物だったりする。首のドックタグも、アクセサリーとして一役買っている。

 

「......こんなんでいいか」

 

念のため、護身用のための片手直剣《ベルスティア》を、腰に巻かれている皮のベルトにあつらえてある鞘に納める。鞘と言っても、刃と柄のあたりにある、皮でできた輪っかに剣を収める、刀身が見えてしまうとても簡易なものだが。

 

「よし、行くか」

 

一回り確認したレンは、そのまま宿を後にした。

 

***

 

転移門経由で、47層の中央広場へと訪れたレンは、とりあえずこの前と同じベンチに座って冷気に包まれる体をいたわるようにあったかなコーヒーを口にしていた。待ち合わせの時間までにだいぶ余裕があるレンは、コーヒーを啜りながら行き交う人々を観察していた。

 

へえ。この前はオシャレしたカップルだらけだったのに……今日は晴れ着姿の奴が多いな……

 

この殺伐としたSAOでも、現実世界と同じような光景が見られるんだなーなどと感慨深く思っているレンへ、その背後から声を掛けられた。

 

「おまたセ。待ったかイ?」

「いや、まってな……い……」

 

クルリと振り返って、レンは固まってしまった。レンが目にしたのは、今日の相手であるアルゴ。しかし、その姿はレンがよく知るアルゴではなかった。いつも来ているフーデッドマントではなく、可愛らしいチュニックにデニム生地のショートパンツ。色合いも、温かみのある暖色でまとめられていて、彼女の雰囲気とよくマッチしている。更に決定的なのは、“鼠”の象徴たる三本対のお髭がなく、普段はフードで隠れているアルゴの素顔が露わになっていることだった。

 

「どうしたんだイ?かたまっちゃっテ」

「いや、似合ってて可愛いなーとおもって」

「フフ、お世辞にしてもうれしーヨ」

 

素顔なぶん、いつよりもまして“異性”を感じさせる笑みを浮かべ、アルゴはレンの手を引いた。

 

「じゃあ行こウ!」

「あ、おい!!」

 

アルゴにされるまま、レンはベンチから立ち上がった。

 

***

 

所変わって42層。街全体がどこか京都のような和風の趣なこの街は、流石お正月ということもあって多くのプレイヤーで溢れていた。

 

「いやー、人が多いなー」

「おいしイ、レンも食べるカ?」

「おお、サンキュー」

 

アルゴがレンに差し出したのは、福岡は太宰府天満宮名物“梅ヶ枝餅”と呼ばれる餅菓子だった。

 

何故ここにあるんだ…………

 

とか思いながらも、レンは熱々の梅ヶ枝餅を口にした。アツアツで、それでいてちょうどいい甘さの餡子が、パリッとした餅と実にマッチングしている。

 

これを考えた人は偉大だな

 

そう思いながら、レンはぺろりと梅ヶ枝餅を完食する。

 

この梅ヶ枝餅のルーツは、太宰府天満宮の祭神である菅原道真公の逸話に由来していて、決して梅の味や香りがするわけではない。

 

大まかなあらすじを言うと、その昔、菅原道真公が陰謀により太宰府へ権師として左遷され悄然としていた時、安楽寺の門前で老婆が餅を売っていた。その老婆が道真公に元気を出してほしいと差し上げたところ、その餅が道真公の好物となった。後に道真公の死後、老婆が墓に梅の枝を添えて墓前に供えたのが始まりとされている。まあ、この話には諸説あるが。ちなみに、大量の餡子を二つの梅ヶ枝餅でサンドするというのが本当の食べ方である。

 

そうやって小腹を満たしつつ、二人はこの層のシンボルともいえる神社へと向かった。

 

「おおー、完成度たけー」

「ニャハハ、そうだナ」

 

二人が立っているのは、立派な朱色の鳥居の前。そのクオリティの高さに、二人は似たような感嘆を漏らした。

 

「レー坊はここに来たことはないのカ?」

「無いな……前はゆっくりする時間なんて無かったし」

「フーン」

「なんだよ」

「いや、レ―坊らしいと思ってサ」

「ほっとけ」

 

鳥居をくぐり、本殿の前の賽銭箱の前に到着した二人は、それぞれコルを実体化させて投げ入れた。パンパン、手を叩いて、それぞれお祈りをする。

 

今年は金欠で苦しみませんように

商売繁盛しますようニ!あとは……

 

二人とも、俗まみれである。

 

「御神籤でも引いてみるか?」

「いいネ」

 

そうして、二人は御神籤を購入し、それぞれが今年の運勢を占った。

 

「おオ、大吉だヨ」

「よかったな、さて……俺のは……」

 

カサカサとめくって、レンはその内容に一通り目を通す。

 

運勢は中吉、フムフム……ん?

 

そして、あるところに目がとまったレンは、すぐさま御神籤を破った。

 

「ど、どうしたんだイ?」

 

いきなりのことに驚いているアルゴ、しかし、レンは何も答えずにポリゴン片となった御神籤を風になびかせて捨てた。レンの目にしたもの、それは次のようなものだった。

 

金運:まず悪い。一年通して節約すべし。

恋愛運:女難の相あり。異性の気持ちに対し鋭く察してあげるべし。

 

そのあまりの不吉さに、レンは思わず破り捨ててしまったというワケだ。

 

「気にすんな。次行こうぜ」

「???分かっタ」

 

何事もなかったかのようなレンに対し、アルゴは釈然としないままだった。

 

***

 

そんなこんなで、二人は参道を歩いていた。参道には、NPCや職人プレイヤー達の出店がたくさんあり、人で溢れていた。

 

「いらっしゃい!!焼き鳥だよ―!!」

「りんご飴!!食べてってくれ!!」

「箸巻きうまいよー!!」

 

色んな掛け声が聞こえ、様々ないい香りが鼻腔をくすぐる。当に日本という感じがして、レンとアルゴは物色したりしながら楽しんでいた。そんな時、レンの耳が、ある叫び声を捉えた。

 

「さあさあ!!射的だよ!!こぞって参加しなぁ!!」

 

レンの背筋に、鋭い刺激が走る。

 

「アルゴ」

「なんだイ?」

「行くぞ!!」

「うゎ!!ちょ、ちょっト!!」

 

レンは知らない。あまりにも夢中になってしまって、無意識のうちにアルゴの手を握っていることに。そして、アルゴが顔を赤くしていることに。

 

「いらっしゃい!やってくかい?」

「ああ、勿論」

「まいど!8発ね」

 

そういって、気さくそうな店主が奥からエアライフルとコルク弾8発を持ってきた。

 

「へぇー」

 

FPSゲーマーとしての血が騒ぎ、レンはアルゴのことも忘れてエアライフルをしげしげと見つめていた。コルク弾を手に取り、銃口に装着する。ガシャン!!とコッキングレバーを引いて、空気を装填。そして、台にもたれかかり、レンは景品に照準を合わせた。それを見て、周りにいたプレイヤー達は皆揃って苦笑した。

 

実はこの射的屋さん、景品が落ちないことで有名なのだ。コルクがヒットしても、威力が弱いのか景品が落ちにくいのか定かではないが、ぼったくりレベルで落ちないのだ。観衆は皆が皆、又だまされる奴が出た、くらいの気持ちで見ていた。

 

流れる景品の中から、レンが照準を合わせたのは、可愛らしくデフォルメされたネズミのぬいぐるみ。その形は、某猫と仲良くケンカするアニメに出てくるキャラクターのようだ。中々の大物だが、レンは気にしない。

 

この場の誰が知り得ようか。目の前にいるレンは、リアルではFPSゲーマーでもあり、ネタ装備とまで揶揄される“ナイファー”のプレイスタイルで戦場をかき乱す凄腕プレイヤーであることを。

 

このSAOでも、気難しいB-ナイフやS-ナイフ、C-アックスにトマホークを自分の手足のように操るプレイヤーであることを。

 

タイミングを見計らい、レンはふわりとトリガーを引いた。バスッと音がして、コルクが飛び出す。放たれたコルクは、レンの狙いどおりの場所に着弾し、見事ぬいぐるみを撃ち落とした。

 

マジかよ、あれ落としやがった。

あいつやばくね?

ビューティフォー。

 

見ていた観衆から、どよめきが上がる。何やらどこかで聞いたような某ギリースーツの上官のセリフも聞こえるが。しかし、レンは気にすることなく次のコルクを装填、コッキングした。

 

その横顔は、いつもの凛としたレンではなく、まるで子供のような純粋な笑顔だった。そんなレンを、アルゴはずっと見ていた。

 

次々と景品を落としたレンは、ホクホク顔でライフルを店主に返した。店主の顔が引きつっているのは多分気のせい。レンが店の中の高額商品を次々と落としたからとは関係ないだろう。

 

「あ!そうだ。アルゴ」

「な、なんだイ?」

「これやるよ」

 

笑いながら、レンは先ほどゲットしたネズミのぬいぐるみをアルゴに渡した。ポスッとアルゴの腕に入ったそれは、とてもふかふかだった。

 

「あ、アリガト……」

 

赤くなってしまう顔を悟られないように、アルゴはぬいぐるみに顔をうずめる。

 

“レ―坊はずるいヨ”

 

普段は見せない、レンの子供っぽい笑顔。アルゴはそんなレンを見て、顔をそむけた。

 

***

 

夕日が赤く、オレンジ色に空が染まった頃、レンとアルゴはベンチで休んでいた。

 

「はあ、つかれた」

「にゃハハ、レ―坊はだらしないなぁァ」

「ハハハ、言ってくれるな」

 

レンは笑いながら、すっかり変わった空景色を眺めた。そんなレンにつられて、アルゴもふわりと笑った。

 

「ねえ、レン」

「どうしたんだよ、いきなり」

 

尋ねたアルゴは、いつもの特徴的な口調ではなく、とても透き通った綺麗な声だった。

 

「今日のデートのおかえし、受け取ってくれない?」

「?……別にいいけど」

「じゃあ、目をつぶって?」

「はい?」

「いいからいいから」

 

せかすアルゴに、レンは渋々ながらも目を閉じた。

 

よし、がんばれ、私。

 

そんなアルゴのつぶやき声が聞こえる。レンがそう思った瞬間

 

「へ?」

 

レンの頬に、なにか暖かくて柔らかい何かがあたった。

 

「これが、オレっちからのプレゼントだョ!」

 

レンが目を開けると、いつものアルゴがコケティッシュに笑いながら立っていた。

 

「じゃあナ、レ―坊!」

 

若干赤い顔のまま、アルゴは立ち去ってしまった。

 

「へ?え?」

 

残されたレンは、訳が分からずに、しばらく頬をさすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商売繁盛しますようニ!あとは……

 

 

あとは、大好きなレンのそばにずっといられますように。

 

それは、一人の少女の、小さな小さな願い。




レ「後書き〜って、アレ?みんなどったの??」

カ&夢「「甘い!甘すぎる!!」」

カ「こんなんやってられっか!マスター!コーヒーブラックもう一杯!!」

夢「本当だよな。あ、俺にもお願いします」

レナ「流石にこれはないわ〜」

レ「???今どんな状況なんだ???」

カ「(ドンドンドンッ!!!)」(←壁をぶっ叩く音

夢「(ガンガンガンガンッ!!)」(←机を叩く音

レナ「一回自分で頭殴って見たら?」

レ「ヒデえ」

カ&夢「「リア充爆散しろ!!」」

レ「と、とりあえず読んでくれてありがとな。感想とかあったら遠慮なく送ってくれよな!!」




カ&夢「「ブラックが何故あめーんだよ!!」」


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Ep27: Don't be cry

祝!! テイルズオブゼスティリア!

ということでテンションの上がってる夢見草です。

前々回で「月夜の黒猫団」編が終わり、今回から「心の温度」編が始まります!

では、どうぞ!!


「おねがいだよ……あたしを一人にしないでよ……ピナ……」

 

頬を伝う二筋の滴。やがて、その滴は大きな羽根に弾ける。長い間、唯一の友でありパートナーでもあった使い魔《ピナ》は、モンスターの攻撃からシリカを守り、一声悲しげに泣いて、長い羽根一枚だけを残して氷のように砕け散った。

 

***

 

シリカは、アインクラッド内で唯一の《ビーストテイマー》である。いや、だったというべきか。使い魔たるピナはもういないのだから。

 

しかし、シリカがビーストテイマーになれたのは、本当に偶然が積み重なっただけとしか言いようがない。何の理由もなく踏み込んだ森で、初めて遭遇したモンスターが攻撃せずに近寄ってきて、たまたま袋入りのナッツを与えてみたところ、幸運にもそれがそのモンスターの好物だった、というワケだ。

 

フェーザーリドラの使い魔ピナ。その存在はシリカにとってとても大きなものだった。わずか十二歳でこの閉塞世界に閉じ込められたシリカに、ピナは安らぎと安心を与えてくれた。とてもAIプログラムとは思えないほどに。

 

以来一年、シリカとピナは十分に経験を積み、中層プレイヤー達の間では、短剣使いのビーストテイマーとして、そこそこハイレベルプレイヤーとして名が通るまでには腕を上げた。無論、最前線で戦うプレイヤー達とは比べるべくもないが、そもそもが数百人しかいないレアな存在であり、中層においては《攻略組》よりも《ビーストテイマー》は有名な存在である。

 

つまり、主なボリュームゾーンである中層プレイヤーの中で有名になるということはアイドルになるのも等しい。加えて、圧倒的に男性が多いこのアインクラッドでの数少ない女性プレイヤーというのもそれに拍車をかけた。《竜使い》シリカは年齢のせいもあってかファンも多く、アイドルプレイヤーを求めるパーティーやギルドからの勧誘が止むことはない。そんな状況で十三歳のシリカが舞い上がってしまうのも仕方のない事なのだろう。しかし、そんな驕りがこの結末を生んだのだ。

 

***

 

キッカケは些細なことだった。あるパーティーに加入し、狩りを行った時の帰りに、細身の槍を携えた女性プレイヤーが、牽制のつもりかこう言った。

 

―あんたはそのトカゲが回復してくれるんだから、ヒール結晶はいらないわよね―

 

その言葉にシリカはカチンッときた。

 

―そういうあなたこそ、ろくに前線に出ないで後ろをちょろちょろしてばっかりなんだから、クリスタルなんて使わないんじゃないですか―

 

売り言葉に買い言葉、リーダーの盾剣士の仲裁も空しく、シリカはとうとう言い放った。

 

―アイテムなんか要りません。あなたとはもう絶対に組まない。あたしを欲しい、っていうパーティーは山ほどあるんですからね―

 

そのまま、ムシャクシャした気分のまま、シリカは森を歩いた。安全マージンを十分にとっているシリカならば、三十五層のモンスターはそれほどの強敵ではなかった。唯一つ、道に迷うことさえなければ。

 

なかなかマップの端に移動することが叶わず、足場も良く見えなくなった宵闇の森をトボトボ歩いている内に、ピナがキュルッ!と鳴いた。シリカが目を凝らすと、苔むした巨木の陰から《ドラゴンクエイプ》が表れた。運の悪い事に三体も。しかし、レベルで言えば危険でもない。しかし、ローテーションで回復してくる相手に蓄積した疲労と不安が短剣を鈍らせ、ついには甘く入ったソードスキルのスキを疲れて巨木に激突した。

 

「くきゅる!」

 

迫る巨大な腕。しかし、そんな主人のミスを庇うかのように、ピナがシリカと攻撃との間に割って入り、地面にたたきつけられた。

 

「きゅる……」

 

小さく鳴いて、ピナは長い羽根を残してキラキラと消えた。

 

「そ……んな……」

 

悲しみよりも先に、シリカは自身に対する怒りを覚えた。

 

そんな時だった。三つの光の軌跡が閃き、三体のドラゴンクエイプが砕け散ったのは。

 

「ゴメンな、君の友達を救えなかった」

 

群青色に染まる剣を左手に持ち、淡いエメラルドグリーンを基調としたチェスターコートに身を包んだ男が、静かに告げた。その声を聞き、シリカは耐える事が出来ずに涙を流した。

 

「えっと……その羽根、アイテム名あるかな?」

 

こういったシチュエーションになれていないのか、男が戸惑いがちにシリカへ尋ねた。言われて、シリカは青い羽根に目を落とす。恐る恐る羽根をクリックすると、ウィンドウに名が表示された。

 

《ピナの心》

 

それを見て、再び泣き出しそうになるシリカに男が割って入る。

 

「わあ!!泣かないで。心アイテムなら、まだ復活させられるかも知れない」

「本当ですか!」

 

とたん、シリカの顔が少し明るくなる。しかし、その顔にすぐ陰りが灯った。

 

「47層……」

 

今の層よりも12層も上、とてもではないが、シリカには到底無理な話だ。と、シリカの目の前に、不意にトレードウィンドウが表れる。

 

《メール・シエラ・アーマー》、《朧鼬(おぼろいたち)

 

どれもシリカが目にしたこと無いものばかり。いきなりのことで戸惑っているシリカへ、男は穏やかな口調で言った。

 

「これでレベルを7くらい底上げできる。俺も一緒に行けばなんとかなるさ」

「なんで……そこまで?」

 

普通なら考えられない男の行動に、シリカは感謝よりも先に疑問が生じた。

 

すると、男は紺碧の瞳を伏せ、

 

「それが……俺の償いになるから……」

 

静かに、くぐもった声で答えた。

 

シリカは、漠然とながらも、

 

この人はなにか重いものを背負っているんだ

 

と感じた。

 

***

 

レンと名乗った男と共に、放牧的なたたずまいの三十五層主街区に戻ると、早速顔見知りのプレイヤー達がシリカへと声をかけてきた。

 

「あの……お話はありがたいんですけど……」

 

嫌味にならないように、シリカはそれに一つ一つ答え、レンと共に行動する由を伝える。

 

えー、そんなー、そりゃないよー

 

とこぼす男たちは、やがてシリカの背後に立つレンへと視線を向けた。

 

「見かけない顔だけど、抜け駆けは止めてくれないかな」

 

熱心に勧誘していた背の高い両手剣使いがレンへとつかかった。しかし、レンは少しだけ困ったように眉をひそめ、

 

「すいません。俺の身勝手で決めてしまって」

 

と、丁寧な物腰で頭を下げた。それを見てあきらめがついたのか、男達はまたメッセージを送るねーなんて言いながら帰って行った。

 

「すいません、あたしなんかのために」

「いいって。シリカが気に病むことはないよ」

 

まるで何とも思っていないようにレンは笑って答えた。その姿を見、シリカは心の中で、

 

レンさんはほんとに優しい人なんだ……

 

と思った。

 

「あの……レンさんはホームタウンとかありますか?」

「まあ、あるっちゃあるんだけど。今夜は遅いし、俺もここに宿をとるよ」

「本当ですか?」

 

嬉しくなって、シリカは両手をポンッ、っと叩いた。

 

「私の知っている宿に行きましょう!そこのチーズケーキがとてもイケるんですよ」

 

シリカがレンの腕を掴んで、宿屋に案内しようとした時、視界の端に五人ほどのパーティーを捉えた。先ほど、口論になって湧かれたパーティーだ。シリカが顔を伏せていたおかげで、前四人に気づかれることはなかったが、運悪く最後尾にいた女性プレイヤーと思わず目があった。

 

「あら、シリカじゃない」

「……どうも」

 

仕方なくシリカは足を止めたが、その顔はくぐもっている。

 

「森から脱出できたのね、よかったじゃない」

 

赤紙をカールさせた女性―ロザリア―が、レン達へと歩み寄る。

 

「あら、あのトカゲはどうしちゃったの?」

 

痛いところを突かれ、シリカは押し黙った。

 

「あらあら?まさか……」

「やめましょうよ、シリカが嫌がっているでしょう」

 

おもちゃを見つけたように薄笑いを浮かべるロザリアに、レンが割って入った。

 

「シリカの使い魔は、俺が責任をもって復活させます」

 

ロザリアの目がわずかに見開かれる。

 

「へえ、てことは《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、レベルは大丈夫なの?」

「ええ、まったく問題ありません」

 

飄々と、レンが答えていく。

 

「へえ、アンタも物好きね。もしかして……アンタも体でたらしこまれちゃったクチ?」

 

舌をチロリとだし、ロザリアはくぐもった笑いを浮かべる。

 

「さあな。少なくとも、性根の腐ったアンタよりはマシさ」

「な!?」

 

レンの声は、シリカも驚きを隠しえないほどに冷徹だった。

 

「行こう、シリカ」

 

あっけにとられているロザリアを無視して、レンはシリカを連れていった。

 

 

 

 

 

「あ、そう言えば……何処の宿だっけ?

「ええ!?知らなかったんですか?」

「ははは……ゴメン、分からない」

 

 

ばつの悪そうな顔で、レンが謝った。

 




レ&カ&夢「「「後書きコーナー」」」

レ「次は心の温度編か......」

カ「最初の頃よりはまともになったんじゃね?」

夢「マジ?そう思う??」

レ「カズ、嘘は良くない。ちゃんと言ってあげるべきだ。いいかこの駄作者!お前はいつまでも四流だ!!」

夢「さ、三流ですらないだと......」

カ「まあ、せいぜい頑張れよ」

夢「ヒデえ」

レ「ああ、セリフ覚えが辛い......」

カ「贅沢な悩みだよなー」

レ「そうか?あ、感想とか待ってるぜ!」

カ「それじゃ、今回はこれでな!!」


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Ep28: Regret under the answer

いやー、世間ではなかなかの波乱を呼んでいるゼスティリア。うーん。

個人的には、グレイセスやヴェスぺリアみたいに完全版で色々修正がありそうな気がします。
チョット目をつぶれば、まあまあ面白いとは思うんですが......
皆さんはどうでしょう?

最近はBO2で高速化チート部屋がはやってて、もう何回も遭遇します。




今回のあとがきはかなり悪ふざけしてます。もうノリと謎テンションで書きました。




「美味しいね。このチーズケーキ」

「そうですね」

 

チーズケーキに舌鼓を打ちながらも、シリカは心の中で考えていた。先ほどとは打って変わり、和やかな笑みを浮かべているレン、しかし、ロザリアを突き放した時の彼は今とはとてもかけ離れたものだった。

 

一体どちらが本当のレンさんなんだろう?

 

そんな疑問がまるでしこりのようにシリカの心に残っていた。

 

「どうしたの?シリカ」

「いえ、なんでもありません」

 

あわてて、シリカは再び両手を動かした。

 

「そういえば……」

 

半分ほどチーズケーキを食べたころ、不意にレンがウィンドウを操作し始めた。コトッと置かれたのは、一般的な日本酒が入ってそうな大きさのボトルだった。

 

レンはNPCに頼んでいたグラスにその中身を注ぎ始めた。小洒落たカッティングの意匠が凝らされたそのグラスを、何やら茶色の液体が満たしてゆく。パーティー結成に、と言いながら、レンに促されるままにちびり、とシリカは一口啜った。口に広がる豊かな風味と、ほんの少しの甘み、それでいてしつこくないのど越しは、シリカがよく現実世界でも飲んでいたミルクティーに酷似していた。

 

しかし、ここ一週間ちょっとレストランに通い詰めているシリカは、今まで口にしたことはなかった。

 

「あの……これは?」

「ああ、これは《メール・ウバ》と言って、一杯でSTR+3の付属効果が得られるんだ。NPCレストランだと、自分でボトルの持ち込みもできるんだよ」

 

不敵に笑いながら、レンはグラスをあおる。シリカもつられてウバを口に含んでゆく。どこか温かさを感じさせるウバの味は、今日一日悲しい事の多かったシリカの心をほぐしていった。カップが空になり、シリカはポツリとつぶやいた。

 

「……どうしてあんな意地悪言うのかな…………」

 

レンは、コトリとグラスを置くと、真剣な眼差しで口を開いた。

 

「それはおそらく、ゲームが人間に及ぼす影響の所為だと……俺は思う」

「とゆうと?」

「ゲームだと、色んな事が出来る。例えば現実ではできないようなこともね。人を大量に殺しても、ゲームの中じゃあ現実で罪にとらわれることはない。ゲームは、人の現実ではやれないことを当たり前のようにできる。それこそヒーローになって世界を救う、殺人者となって人を虐殺することだってできる。詰まる所、ゲームってのは人の“欲望のカタチ”が現れるものなんだと思う」

 

レンが言っているのは、もう何十年も前より議論されてきたもの。シリカはあくまで真剣に語るレンを、そっと見ていた。

 

「ましてやこのゲームはVRだ。今までのどんなゲームよりも臨場感にあふれている。もはや現実世界と変わりない。でも、このゲームこそが“欲望のストッパー”を緩め、犯罪意識を低めてるんだと思う」

「すごいですね、わたしそんなこと考えたこともなかった」

 

シリカは、レンの考察に素直に感心する。ゲームが人に与える影響......レンの口にした考察は真実なのかもしれない。と思ったからだ。

 

「このゲームで軽々しく犯罪を犯す奴は、現実でもクズなんだろう……まあ、俺がいえた立場じゃないんだがな」

 

とたん、レンは眉をひそめて、吐き捨てるように言った。先ほども感じた重圧に、シリカは思わず気押されてしまう。

 

「最低な奴だよ、俺は。助けられてばかりだったのに、人を見殺しにしたんだ……」

 

そんなシリカに気づいたのか、すまないと口にしてからレンは自嘲気味に笑った。

 

そんな姿を見て、シリカは朧けながらも、目の前の少年が、自分が理解できないほどの罪悪感と懊悩を抱えているんだと悟った。何か言葉を掛けてやりたいが、こんな時に言葉は出てこない。その代わりに、テーブルに置いてあるレンの右手を両手で強く握った。そうでもしないと、消えてしまいそうだったから。

 

「レンさんは優しい人です。現に私は助けられたんですし、だから、そんな顔しないでください」

 

口にしたのはそんな言葉、レンは一瞬驚いたように目を開いたが、やがていつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、シリカ。そんな言葉かけてくれて」

 

その笑顔を見ていると、シリカは胸の奥がズキンと激しく痛むのを感じた。鼓動が速くなり、顔が赤くなる。それを隠すように、シリカはあわてて手をひっこめた。

 

「どうした?」

「な、何でもないです!早く残りのチーズケーキ食べちゃいましょう」

 

不思議そうにのぞきこんでくるレンに対して、シリカはまくしたてるようにせわしなく手を動かし始めた。

 

***

 

何ともせわしない食事を終えて、部屋に入ってレンがくれた短剣になれるために反復練習し、問題なく振えるようになったところで、シリカは武装解除すると、下着のみというとてもラフな格好のまま、部屋の明かりを消して備えつきのベットに横になった。

 

今までにないほどの濃密な一日に、シリカは全身に重い疲労感を感じていたのですぐに寝つけると思ったが、なぜか寝付けなかった。もう少し話してみたい。そんなことを考えている自分に戸惑った。

 

今まで他のプレイヤー達と一定の距離を置いてきたシリカにとって、どうしてこんなにもレンのことが気になっているのか、不思議でならなかった。

 

煩悶としながら、結局シリカはウィンドウから一番かわいいチュニックを身にまとい、レンがいるだろう部屋のドアを叩いた。ほどなくして、中からレンの声がし、ドアが開けられた。

 

「どうしたの?シリカ」

「いや、えーと、そのー」

 

何の理由も考えていなかったので、シリカは慌てふためいてしまった。

 

「ええっと、よ、四十七層のこと、聞いておきたいなと思って!」

 

苦し紛れの返答だったが、レンは納得したようにうなずいた。

 

「そうだったな。どうする?どこかに行こうか?」

「いえ、あのーよかったら部屋で……」

 

反射的にそう答えたシリカに対して、レンは特段気にするそぶりを見せず、

 

「オッケー。少し散らかっているけど、入っていいよ」

 

とシリカを招き入れた。

 

***

 

部屋は、当然ながら隣と全く同じ構造だった。少し散らかっている、とレンは言ったが、ティ―テーブルの上に何やら片手直剣と短剣と言うよりはナイフに近いようなものが鞘と共に置かれているだけで、いたって整理されている。

 

レンはテーブルを片付けながら、シリカのために椅子を引いた。促されるままに、シリカが椅子に座ると、レンは何やら大きめの結晶を実体化させ、ベットに腰掛けた。

 

「綺麗……それは何ですか?」

「これは《ミラージュスフィア》っていうアイテムだよ。あるイベントの景品で譲り受けたものなんだ」

実はさるお正月に、射的で根こそぎ取った景品の一つなんだとは言わない。

 

レンは結晶をクリックし、表示されたメニューウィンドウを手早く操作した。すると、結晶が青白く発光し、その上に大きな円形上のホログラフィックが出現した。

 

よく目を凝らしてみると、街や森、木々の一本一本に至るまでが細かく描写された、システムメニューから表示できるマップとは比べ物にならないマップデータが表れた。

 

「うわああ……」

 

目を凝らせば、行き交う人々が見えてしまいそうなほどのマップ描写の精巧さに、シリカは身を乗り出して見つめた。

 

「ここが主街区。で、こっちが思い出の丘。この道を通るんだけど……」

 

 

指先で丁寧に説明してゆくレンの声は穏やかで、それでいて淀みなかった。その声を聞いているだけで、シリカはほんのりとした気分になる。

 

「この橋を渡ると、丘が見え……」

 

不意に、レンが言葉を区切る。

 

「…?」

「しー」

 

訳が分からずに目をパチクリさせているシリカへ、レンは唇に人差し指をあて、探るようにドアを見つめていた。すると、突如レンが稲妻のようなスピードでドアへと迫り、

 

「誰だ!!」

 

勢いよく開け放った。すると、誰かが勢いよく階段を駆け降りる音がした。

 

「チッ、盗聴されてたのか……」

 

険しい顔をして、レンは考え込む表情を見せる。

 

「い、いまのは?」

「ああ、大丈夫。心配しなくていいよ」

 

そんなレンを見、シリカは言いようの知れない不安が込み上げてくる。

 

「ゴメンね、騒がせて」

 

レンはそう微笑むと、ウィンドウを立ち上げ、指を走らせた。

 

なんだか……懐かしいな……

 

斜め後ろからレンを眺めていると、シリカのよく知る優しい父の姿が思い浮かんだ。

 

次第に、不安はすぅっと消えてゆき、なんだかぬくもりに包まれた気がして、シリカは瞳を閉じた。

 




レ&カ&夢「「「後書きコーナー!!」」」

レ「いやー収録疲れた―マジでセリフ覚えがつらい」

レナ「おつかれー♪」

夢「おっつー」

カ「......」

レ「どったの?カズ?」

カ「どったの?じゃねー!なにか、これは俺へのあてつけか?」

アスナ「そうだよ!私なんて未だに出番ないのよ!!」

キリト「それだったら俺も......」

アスナ「キリトくんはだまってて!」

キリト「はい!!」びしっ(←敬礼

夢「あーあ。もうめちゃめちゃジャン......」

ピッ!(←PS○を起動する音

レ「おいこら駄作者。現実逃避すんな」

夢「わー。海賊しながらアサシン楽しー(今更感
やったー!クアッドフィードと5onとれたー(←割とマジ
神衣化かっけー!」

かちゃかちゃ(←コントローラーの音

夢「だめだこりゃ」

アスナ「私の出番はやく!」

キリト「俺も!」

カズ「そーだそーだ!俺だって!!」

ア&レナ&キ&レ「「「「それだけはないから(ないわよ)(ないね♪)」」」」

カ「ちっきしょー!!」(←空に吠える

夢「もうやだこいつら......(泣き」



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Ep29: WormHearted

最近はようやくbo2で感染チートが収まって相変わらずデュアルで突撃している夢見草です。

それにしても、Mgs: Tpp はいつ発売なの?小島さん......
MGOのテザートレーラーも公開されたけど、随分と焦らすな!あれか、今のうちにPS4買っとけって意味か!ps3じゃあスペックが足りないと!(錯乱



起床アラームの音と共に、シリカは目を覚ました。大きく一つあくびをしながら周りを見渡すと、ようやく自分がどこで眠りこけていたのかを理解した。

 

―あたし、レンさんの部屋でそのまま……でも、レンさんはどこだろう?―

 

きょろきょろとあたりを見回しても、レンの姿は見当たらない。

 

―どうしたんだろ……もしかして......逃げたのだろうか……―

 

ふとそんな考えがよぎるが、シリカはブンブンと頭を振って、その考えを思考から追い出した。どうすることもできず、シリカは何故レンが居ないのかという理由を考えていると、ガチャリッと不意にドアの開く音がした。

 

「あ、起きたんだね。おはよう、シリカ」

 

突然のことに一瞬身構えたシリカだったが、昨日と変わらず穏やかなレンの声を聞いてほっとした。

 

「はい。あの……すいません。ベットを占有してしまって」

「いいって。シリカの寝顔、とっても可愛かったよ」

 

何やら大きな紙袋のようなものを両手に抱えていたレンが、紙袋をテーブルに置きながら笑みを浮かべる。

 

その言葉を聞いた途端、シリカの顔はボッと赤くなった。感情表現が少しオーバーなこのSAOのシステムが、シリカの体温の上昇を正確に反映させた結果だった。

 

「そ……その紙袋はにゃんですか?」

「ああ、これね……」

 

あまりの気恥かしさに、シリカは思わずかんでしまう。

 

―ううう……かんじゃった―

 

これにより、シリカはより一層顔を赤らめるが、気づいていないのか、はたまたスルーしているだけなのか、レンはいつもの調子で紙袋から物を取り出して、テーブルの上に並べていった。

 

「回復用ポーションが十個、ハイポーションが十五個、各種解毒結晶に……」

 

もう一方の紙袋をカサコソと音を立ててレンがとりだしたのは、シリカもよく見なれた長方形の食パンが一斤と、何とも新鮮そうなみずみずしいレタスに、ほんのりよい香りを漂わせるハムとチーズだった。

 

「わあ!でも、これどうしたんですか?」

「通りのNPCから買った。チョット待っててね」

 

言いながら、レンはナイフを実体化させると、慣れた手つきでパンをカットし、レタスとハムとチーズをはさんで、サンドイッチを作った。

 

「はい、召し上がれ」

「あ、いただきます」

 

あっけにとられながらも、シリカはレンからサンドイッチを受け取ると、そっと口に含んだ。

 

「おいしい……」

 

シャキシャキと音を立てるレタスと、とろけそうなほどになめらかなチーズが、程よい塩加減のハムと相まって、とてもソースも何もない至ってシンプルなサンドイッチとは思えないほどの絶品だった。

 

そのおいしさに、シリカは夢中でサンドイッチにかぶりついた。

 

「気に入ってくれたようでよかった」

 

そんなシリカを見ながら、レンは更に三個ほどサンドイッチを作ると、二つをアイテムストレージにしまい、残りの一個を咀嚼し始めた。

 

***

 

レン特製のサンドイッチで朝食を済ませたレンとシリカは、お互いの装備をきちんと整えると、四十七層《思い出の丘》へと向かうために表の通りに出た。

 

既に明るくなった街は、これから冒険に赴くプレイヤーと、狩りを終えた夜型プレイヤーとが、対照的な表情で行き来していた。

 

昨日のようなトラブルに見舞われることもなく、ほどなくして二人は転移門へとたどり着いた。しかし、シリカはそこであることに気づく。

 

「あ…………あたし、四十七層の街の名前知らないや」

「あ、大丈夫。俺が指定するから」

 

差し出された右手を、シリカは恐る恐る握った。

 

「転移!《フローリア》!」

 

二人の視界が、青白い光に包まれた。

 

 

「うわぁ……」

 

エフェクトが薄れると、シリカの視界に様々な色が飛び込んでくる。

 

「ここが、47層。別名“フラワーガーデン”まあ、Mobは……て、聞いてないか」

 

左手の人差し指を立て、説明しているレンだったが、どうやら今のシリカの耳には入ってないようだ。苦笑を浮かべながら、レンはしげしげと花を見つめるシリカへと歩み寄った。

 

「綺麗だよな。本当なら、来たのエリアにある《巨大花の森》にも行けるけどね」

「それはまたのお楽しみにします」

 

心行くまで香りを楽しんだシリカは、立ちあがってあたりを見渡した。花の道を歩く多くの人が、男女の二人組であり、ご丁寧に恋人つなぎまでしている人もいる。

 

―あたしたちも、そう見えているのかな―

 

「じゃあ、いこっか」

「は、はい」

「?」

 

襲ってきた顔の火照りをごまかすように、シリカは元気良くうなずいた。

 

***

 

流石は“フラワーガーデン”の異名をとるだけあって、メインストリートも花で埋め尽くされていた。

 

ふと、シリカはレンの顔を見る。日本人とは思えないほどの綺麗な紺碧色の瞳、そして中性的な整った顔。とても優しい人で、よく浮かべる笑みはとても暖か。

 

しかし、シリカは一つだけ疑問に思うことがある。そんな彼の笑みに隠れる、わずかな陰り。まるで、本当の笑みじゃないような……しかし、シリカがいくら考えても、答えは出てこない。かすかに理解できるのは、目の前の剣士の負った過去に関係しているのでは、と言うくらいか。

 

「どうしたの?」

「あの……レンさんは……」

「うん?」

 

片肩を少し上げ、レンはコクリと首をかたむける。

 

「現実世界では何をしていたんですか?」

 

もっと知りたい。

 

そんな思いで、シリカは疑問を口にする。それほどまでに、この青年はシリカにとって大きな存在となりつつある。リアルの話はタブーとされているこのSAO。しかし、レンは嫌そうな顔を浮かべなかった。

 

「リアルか……っま、学生やってたよ。しいて言えば、サッカーくらいかな」

「サッカー、ですか?」

「ああ。六歳くらいだったかな?そんくらいの頃からサッカーしているよ」

「へえー。そうなんですか」

 

改めて、シリカはレンをマジマジと見る。言われてみれば、華奢と言うよりは、必要な部分は引き締まっていて、鍛えてある体つきだった。

 

「俺からも一ついいかな?」

「はい」

「シリカは、グロテスク系は大丈夫な方?」

「ほえ?」

 

質問の意味が分からず、シリカはそんな声を上げた。しかし、レンの表情はどこまでも真剣で、ふざけている様子はない。

 

「た、多分。いや……分かりません」

「そっか……」

 

レンの、安堵とも落胆ともとれるため息

 

「??」

 

ますます、分からなくなるばかりだった。しかし、その数十分後に、シリカは痛いほどその理由を知ることとなる。

 

***

 

「ぎゃ、ぎゃあああああ!?なにこれー!?き、気持ちワルー!!」

 

47層フィールドを南に向かって歩き出したその数十分後、モンスターとエンカウントしたワケだが……

 

「や、やああ!!来ないでー」

 

草むらをかき分けて出現したソレは、とてもシリカにとって耐えられたものではなかった。

 

濃い緑色の茎は人間の腕ほど太く、根元で複数に枝分かれしてしっかりと地面を踏みしめている。茎もしくは銅のてっぺんにはひまわりにも似た黄色い巨大花が乗っており、その中央には牙を生やした口がぱっくりと開いて内部の毒々しい赤をさらけ出している。

 

一言で言うならば、“歩く花”といったところか。とにかく、ソレはなまじ花が好きなシリカにとって、生理的嫌悪を抱く存在でしかなかった。

 

「落ち着いて!こんなナリだけど、だいぶ弱いから」

「ムリムリムリ!!絶対ムリです!!」

「いや、でもこっから先はもっとひどいよ?」

「ひぇー」

 

無茶苦茶に剣を振り回した揚句、投げやりになって放ったシリカのソードスキルは、当然の如く空を切り、この硬直時間に、二本のツタがシリカの両足をぐるぐるととらえ、思いがけない怪力でシリカをひょいっと持ち上げた。

 

「わ!!」

 

ぐるん、と体が回転し、シリカのスカートが素直に従って落ちようとする。

 

「わわわ!」

 

シリカはあわててそのスカートを左手で抑え、右手でツタを断ち切ろうとするが、ムリな体制の所為かうまくいかない。

 

「れ、レンさん!!助けて!見ないで助けて!!」

「んな無茶な……」

 

言いつつ、レンは左手で顔を覆いながら、右手でトマホークを取り出す。

 

「ここらへんか!!」

 

音と勘だけを頼りに、レンは右手を振るった。ブラインドショットで放たれたトマホークは、唸りを上げ、幸運にも二本のツタを断ち切った。

 

「こ、この……いいかげんに、しろ!!」

 

ツタから解放され、落ちてゆくさなかに、シリカはモンスターの頭めがけてソードスキルを放った。それはもう、ありったけの怒りと恥ずかしさを込めて。

 

心持ち通常の1.5倍ほどの威力で放たれたソードスキルは、見事モンスターの頭を跳ね飛ばし、ポリゴン片に変えた。シリカは、ガラスエフェクトを体に浴びながら、すたっと地面に着地した。

 

「見ました?」

「み、見てない。うん」

「悪かったですね!黒なんかで!!」

「いや、白だっ……あ……」

「…………」

「ハッハハー」

 

ジト目でにらむシリカにレンは笑うだけしか出来なかったとか。

 




夢&レ&カ「「「後書きコーナー!!!」」」

夢「..........」

レ「どうした?そんなに落ち込んで。ブサメンな顔がさらに目も当てられんくらい末期だぞ」

夢「なんでお前はすぐ傷に塩を塗りたくるかな...俺そんなやつ望んでなかった」

レ「なこと知るかよ」

カ「最近ゲームが出来ないんだってさ」

夢「そう!それだよそれそれ!」

レ「どーでも良くね?」

夢「どーでも言い訳あるか!俺はゲームがないと死ねる自信あるぞ!」

カ「自慢になってねー」

夢「fps!fps!」

レ「どうせデュアルで行くんだろ?バカ凸野郎め」

夢「デュアルはロマン武器じゃねえ!立派な厨武器だ!ショットガンなんて目じゃねー!」

カ「この小説書いてるんならさ、バリナイトマホでプレイしろよ」

レ「無駄無駄。こいつにそんなエイム力はない」

カ「bo2での上位5にはいる武器使用率が全部ハンドガンだもんな」

夢「ドヤア。クアッドも5onも全部デュアルで取ったぜ!(友達が

レ「うざい。しかも友達かよ」

夢「みんなもデュアルで凸ろうぜ!」

カ「あれ?あとがき関係なくね?」



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Ep30: My fell, Own way

記念すべき第30話!!!

っても何も有りませんが笑さらにお気に入り件数が170突破!

これもそれも、全て皆さんのおかげです!ありがとうございます!

そして、これからもよろしくお願いします!!!


最初でこそ、あんなハプニングはあったものの、だいぶ戦闘にも慣れてきたシリカと、平常運転のレンは、順調に先へと進んでいった。レンがひたすらフォローに徹してくれたおかげか、シリカのレベルはたちまち一つ上がった。

 

それにしても……

 

そうなると、不思議なのはレンの目的だった。三体のドラゴンクエイプを一瞬のうちに屠ったのを見届けた時から、かなりのハイレベルプレイヤーだろうと考えていたシリカだったが、一緒に行動していると、レンの実力には底の知れないものがある。たとえ多くのモンスターに囲まれても、レンは余裕を崩さず、片手剣としては少し細めで、微妙に湾曲している直剣一本で、一匹だけをシリカに残してバンバン倒してゆく。だから、そんなハイレベルプレイヤーがこんな層で何をしているのか気になってくる。

 

この冒険が終わったら聞いてみよう。

 

そう思いながら、シリカは弧を描く小道のループを歩いた。

 

「やっと到着したな」

「うわぁぁ」

 

二人がついたその場所は、今までとは比べ物にならないくらい綺麗な場所だった。《空中の花園》とでも表現しようか、ぽっかりと空いた場所に、見たこともない美しい花々が咲き誇っている。

 

「ここに……その花が」

「うん、真ん中あたりにある岩のてっぺんに…...」

 

居ても立ってもいられなくなり、シリカは駆けだした。

 

「ない……ないよ!レンさん!!」

「大丈夫、よく見て」

 

うろたえるシリカの肩に、レンはそっと手を置き、ある場所を指差した。

 

「あ……」

 

その先には、柔らかい地面から芽を出し、やがて、まるで早送りビデオでも見ているかのような速さで成長し、紅白の花を咲かせた《プウネマの花》があった。

 

「これで……ピナが?」

「うん、心アイテムに、その花の中に溜まっている滴をたらせばいい。おつかれ、シリカ。じゃあ、帰ろうか」

「はい!!」

 

正直なところ、早く転移結晶を使って帰りたかったシリカだったが、転移結晶も安いものではないので、はやる気持ちをぐっと抑えて足早にレンの後を追った。

 

これで……またピナに会える

 

そう思うだけで、シリカの心は安心感で満たされていった。

 

***

 

幸い、道中で二人がモンスターとエンカウントすることはなかった。ちょうど、あと一時間街道を歩けば戻れるというところで、不意にレンが足をとめた。シリカが、不思議に思っていると、レンは心配ないよ、とでも言うように、振り向いて微笑んだ後、道の両脇に茂る木立を見つめた。

 

「かくれんぼは終わりだ。出てこいよ」

 

あたりに響く、低い声。

 

「え……」

 

あわてて、シリカは木立に目を凝らした。その数秒後、木立からグリーンのカーソルのプレイヤーが表れた。炎のように真っ赤な髪、同じく赤い唇。エナメル状に輝く黒いレザーアーマーを装備し、片手に細身の十字槍をたずさえたその人物は、シリカもよく知る人だった。

 

「ろ……ロザリアさん……!?なんでこんなところに……!?」

 

しかし、ロザリアはその問いには答えず、レンを見やった。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね。侮ってたかしら」

 

そして、ロザリアはシリカを見た。

 

「その様子だと、首尾よく《プウネマの花》をゲットできたみたいね。おめでと、シリカちゃん」

 

ロザリアの意図が分からず、シリカは思わず後ずさった。

 

「じゃ、さっそくその花をわたしてちょうだい」

「やっぱりか。悪いが、それは無理な相談だ」

 

そこで、今まで黙っていたレンが声を上げた。

 

「だからさ、諦めてくれ。犯罪ギルド《タイタンズハント》のリーダーさん」

 

ロザリアから、不敵な笑みが消えた。盗みや傷害、或いは殺人と言った犯罪行為を行ったプレイヤー又はギルドを、このSAOでは“オレンジ”や“レッド”と呼ぶ。それくらい、シリカも知らないわけではないが、よもや目の前のグリーンプレイヤーであるロザリアがそれに属するとは思ってもいなかった。

 

「え……でも、だって……ロザリアさんは……」

「一口に犯罪ギルドと言っても、皆がオレンジじゃないことも多い。ロザリアみたいに、グリーンのままターゲットに紛れて仲間がアンブッシュしている所で襲うケースもある」

「そ……そんな……」

「おそらく、シリカの前いたパーティーにいたのもそのためだろう」

 

ロザリアは、にたりと笑うと、パチパチと手を叩いた。

 

「ご名答。でも、そこまで分かっててノコノコ付きあうなんて、やっぱり体でたらしこまれたの?」

「いいや、俺もあんたに用があった」

「どういうことかしら」

「十日まえに、38層でギルド《シルバーフラグス》を襲ったな。メンバー四人が殺され、リーダーだけが生き残った」

「ああ、あの貧相な連中ね」

 

悪びれる様子もなく、ロザリアが頷く。

 

「俺は、その仇打ちに来たんだ。リーダーだった奴はな、毎日朝から晩まで、最前線のゲートで泣きながら頼んでいたよ。それでも、殺せとは言わなかった。その気持ち、あんたに分かるか?」

 

低く、氷のように冷たく鋭い声で、レンが言った。

 

「分かんないわよ」

 

面倒くさそうに、ロザリアが否定する。

 

「何よマジになっちゃって、だいたい、この世界で本当に死ぬかどうかなんて分からないじゃない。なのに正義ぶって、アタシ、そういうのが一番キライなのよ」

 

言いながら、ロザリアの掲げた右手が、二回ほど宙を仰いだ。すると、向こうの岸へと延びる道の木立から、わらわらとプレイヤー達が表れた。その数、およそ十人以上。その全てのカーソルが、オレンジ色に染まっている。

 

「どう?この数、あんたには無理でしょ」

 

唇を釣り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる。しかし、レンはたいして驚いていなかった。プレイヤー達の粘り行くような視線に耐えかねたシリカは、レンへと駆け寄った。

 

「れ、レンさん……人数が多すぎます。早くここから脱出しないと」

 

しかし、レンはシリカの頭を優しくなでて、穏やかに笑った。

 

「大丈夫。シリカはここで見ていてね」

「レンさん……」

「フンッ……」

 

そんなレンの態度が気に食わなかったのか、短剣使いの男が声を張り上げた。

 

「余裕ぶりやがって。その顔を恐怖に染め上げてやる!!行くぞ!!」

「「「オォォー!!」」」

 

その一声で、男達はレンへと刃を向けた。

 

立ち尽くすレンの周りを囲むと、男達はいっせいに飛びかかった。

 

「や、やめっ!!」

 

シリカの声も空しく、レンに無慈悲な牙が次々と襲いかかる。はたから見れば、蜂の巣も同然。しかし、男達はやがて気付く。己の刃が、火花を立て甲高い音を上げながら、何かに防がれていることに。

 

「な!!」

 

ソレに気付き、驚愕の声を上げたのは、ロザリアだった。継いで、シリカも理解する。あの剣劇の中で、何が起こっているのかを。嵐のようなその中、レンは、まるで無駄のない動きでそのことごとくをかわし、或いは左手に握っている剣でパリィしているのだ。更に恐ろしいのは、レンが息一つ乱していないところ。

 

「な……なんだよ……コイツ」

「バ、化け物だ……」

 

ハアハアと肩で息をしながら、男達はようやくこの異常事態に気づく。しかし、当のレンはすがすがしいほどに涼しい顔をしていた。

 

「今のアンタらじゃ、俺のHPは一ドットも減らせない。コソコソと隠れるしか能のないクズとは違って……」

 

レンから、殺意にも似た膨大な威圧感が漏れる。

 

「乗り越えてきた“修羅場”が違う」

「ひぃぃっ!!」

 

剣呑なその威圧に、男達は後ずさる。

 

「チッ!!」

 

不意に、ロザリアが舌打ちすると、腰から転移結晶を取り出した。

 

「転移―」

 

しかし、その言葉が言い終わらないうちに、レンが信じがたいスピードでロザリアへと接近し、転移結晶を奪い取ると、その首に脇下の鞘から抜刀したS-ナイフ《プロキシー》を突き付けた。

 

「ひぃ!!」

「これは、依頼者が全てと引き換えに俺に預けた回廊結晶だ。設定先は黒鉄宮の監獄エリア。後は軍のやつらに可愛がってもらえ」

「そのナイフ……アンタは、まさか……」

 

ありえない、とでも思ったのか、ロザリアが目を見開くが、やがて強気な笑みを浮かべる。

 

「―もし、嫌だと言ったら?」

「そしたら……」

 

ゾクリッ!!背筋が凍りつくような笑みを浮かべ、レンは続けた。

 

「全員殺す」

「がはっ!!」

 

瞬間、レンはロザリアの足を払うと、流れに逆らうことなく地面にたたきつけた。そのまま、《活歩》を使って瞬間移動のように移動する。ある者には軸足を蹴りあげてバランスを崩れさせ、ある者には腕で両手を抑え込み、ある者にはスライディングの要領で足を払い……共通しているのは、最後には投げナイフを体に突きたてられていることだった。ナイフに塗られた毒が、たちまちプレイヤー達の自由を奪う。

 

シリカが気づいた時、無事だったのはシリカとロザリア、そしてこれを引き起こしたレンだけ。ほんの一瞬の出来事だが、レンの一連の行動は空恐ろしいほど等しく皆の眼に焼きついた。

 

「レベル6のマヒ毒……とはいっても、口は動かせる。これが最後のチャンスだ」

 

二ヤリッと笑うレンは、オレンジ達にとって最早恐怖でしかない。次々とプレイヤー達が転移していき、最後に残ったのはロザリアだけだった。レンは、再び向き直ると、ロザリアに尋ねた。

 

「さて、残ったのはアンタだけ。どうする?ココで死ぬか?」

 

言葉は簡潔なのに、その口調は恐ろしいまでに冷たい。

 

「や、やめてくれよ……そ、そうだ!アンタと私で手を組まないかい?そうすれば―」

「もういい……黙ってろ」

 

レンは、うんざりとした表情を浮かべると、地面に倒れているロザリアに投げナイフを突き刺し、強引に身動きを封じると、その首根っこをつかんで頭からコリドーに放りこんだ。

 

 

 

 

 

 

その姿は、SAOにおける犯罪そのものに憎悪しているようで……いや、本当にそうなのだろうか。ただ呆然と見ていただけだったが、シリカには、そんなレンの後ろ姿が今にも壊れてしまいそうなほどにもろく、悲鳴を上げているような……そんな危うさがあるように感じた。

 




レ&カ&夢「「「後書きコーナー!!」」

レ「とは言いつつ...死ねよ糞作者」

夢「..........いきなり暴言は良くないと思う」

カ「まあ、今回ばかりは俺も赦せね」

レ「てことで..........」

チャキン!(←プロキシーを構える

カ「その身をもって..........」

キランッ!(←セイヴァーズソウルを掲げる

レ&カ「「俺らと楽しみにしてる読者に謝れ!!」

煌めく刃

レ「グハア!」

レ「思い上がって他の作品投稿しやがって」

カ「いくらこっちがプロット終わってるからって完結させろアーホ」

夢「すいまっせん」(←土下座

レ「よろしい」

カ「しかしまあ、第30話オメ」

レ「これからも頑張れよ、駄作者」

夢「それ応援してんの?それとも貶してんの?」

レ「さあな」

カ「感想や批判待ってるぜ!」

夢「おい..........」


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Ep31: We are Good Friend Right?

ふっとこの小説の感想を見たら、何とお気に入り件数が190件、評価数が3も付いてました。

もうビックリしましたよ、こんな駄作に評価がつくなんて思ってもいなかったんですから(笑)

目指せ!評価バーに色がつくことと、お気に入り件数200越え!なんちゃって......



追記:活動報告にちょっと質問があってアンケートを作りました。皆さん是非意見をください!


回廊結晶がまばゆい光を放ち、一瞬のうちに消滅した。今までの出来事が、まるで夢でもあるかのように、あたりに静寂が訪れる。その間、シリカは全くと言っていいほど動けなかった。レンの本当の正体、犯罪者たちが消えたことによる安堵。

 

そして何より、目の前にいる人物。それが、あの優しかったレンだとは思いたくなかった。

 

ソレが纏うのは、触れるもの全てを斬り殺すような―それほどまでに鋭い存在感。優しげな表情を浮かべていた先ほどとはあまりにもかけ離れたそのギャップに、シリカは戸惑っていた。

 

「レン……さん…………」

 

やっとの思いで、シリカは言葉を紡ぐ。すると、レンは少しだけ肩を上下し、

 

「ふう……」

 

と力を抜いた。すると、今までの鋭利な存在感が蒸散し、シリカもよく知る穏やかなレンに戻った。

 

「…...ごめんね、シリカをだまして。言おうか迷ったんだけど、怖がらせてもいけないなって思ってね。でも、シリカを利用する形になっちゃった」

 

掛けられた口調はとても優しい。それでも、シリカは首を横に振ることしかできなかった。するとその時、道の向こう側から、複数のプレイヤーがこちらに向かってくるのをシリカは感じた。

 

その先頭にいるのは、波めいた髪を青色に染めた好青年だった。シリカは、その人物に見覚えがあるような気がした。

 

「少し遅かったようだね」

「いや、こっちの無茶に突き合わせて悪かったな、ディアベル」

 

レンが呟いたその名前を聞いた途端、シリカの中で全てがつながった。

 

主に、中、低層を活動の場とし、自分達の利潤を顧みることなく、ピンチに陥ったプレイヤーを助け、一人でも多くが安全に過ごせるように資金援助したりレベリングなどの後方支援までも行う、少人数ギルド“レーヴ・ユニティ”そして、目の前にいるのは、そのギルドマスターたるディアベルなのだと。

 

彼らの存在は、中層プレイヤー達の希望と救いであり、シリカもよく知っていた。

 

「一応知ってると思うけど、こいつがディアベル」

「よろしく、シリカさん」

 

凛とした声で、ディアベルの手が差し伸べられる。あっけにとられていたシリカは、あわてて手を握り返した。

 

「それで?タイタンズハントはどうなったんだい?」

「ああ、リーダーもろとも、俺が片付けた。今頃、軍の連中から手厚い歓迎をうけているんじゃないか?」

「そうか。じゃあ、これで一件落着だね」

 

そんな会話をするディアベルとレンは、まるで旧来からの友であるような親しげさがあった。

 

「じゃあシリカさん。これからもお気をつけて」

「は、はい」

 

それだけ言うと、ディアベルはメンバーをひきつれて奥へと消えた。

 

「じゃあ帰ろっか。宿までおくるよ」

「あ……ありがとうございます」

 

未だに驚いているシリカを見、レンはクスリと笑ってから帰り道を歩いた。

 

***

 

三十五層の風見鶏亭につくまで、二人は終始無言だった。

 

シリカにはレンに聞きたいことはたくさんあった。何故レンさんはディアベルさんと知り合いなのか、何故私にここまでしてくれるのか。

 

レンさんの過去に、何があったのか。タイタンズハントを牢獄送りにしたその時のレンは、あまりにも普段の彼と乖離していた。最早別人と言ってもいい。一瞬のうちにロザリア達を無力化した所からも、レンのレベルの高さ、技能の高さがうかがえる。

 

しかし、とても強いはずなのに、そんなレンが、シリカにはなぜか小さく見えた。悲しんでいる?いや、畏れているのだろうか。だが、なにもシリカはそんなレンの姿を初めて見たわけではない。

 

シリカを助けたあの夜も同じように、レンは何か思いつめているような表情を浮かべていた。これらすべて、レンが過去に体験した何かの出来事のせいだろうとはシリカにも想像がつくが、

 

そんな人の過去にあたしが触れていいんだろうか。

 

そんな思いが邪魔して、シリカの胸の中でぐるぐる回り、結局シリカは何も言えなかった。レンの部屋は、夕日に照らされて赤く染まっていた。そこでようやく、シリカは小さな声で言った。

 

「レンさん……行っちゃうんですか?」

 

レンのシルエットが、ゆっくりとうなずいた。

 

「……うん、やらなきゃいけないこともあるし、五日も前線から離れちゃったからな」

「……そう、ですよね」

 

本当なら、一緒についていきたい。胸の内を吐露して、もっとレンの優しさに触れていたい。

 

しかし、シリカは言えない。シリカのレベルは35、レンのレベルは、聞いたところによると80、その差45。唯の数字なのに、その差が、シリカとレンの距離を正確に表しているようだった。どんなにシリカが頑張っても、最前線で戦い続けるレンは更にその上を行く。その差が、絶望的なまでに開いてしまっているのだった。シリカがレンについていけば、足手まといになるには目に見えている。

 

「…………あ、あたし…………」

 

溢れる気持ちを抑えようとして、シリカはきゅっと口をつぐむ。しかし、なおも気持ちは溢れ続け、それは二筋の滴となってシリカの頬を伝った。そんなシリカの頭に、レンの手がそっと置かれた。

 

「レベルなんて、唯の数字だよ。この世界での偽りの強ささ。シリカは、間違いなく俺よりも強い」

「そんなこと……」

 

ないと言おうとして、シリカの唇にレンの人差し指があてられた。

 

「それに、俺達は友達だろ?つらくなったら、いつでも頼っていいよ」

 

なでるその手つきは、どこか慣れないのかぎくしゃくしていて、それでも、シリカの心はその暖かさでほぐれていった。

 

これ以上は望むまい。

 

そう思って、シリカは自分の気持ちに区切りをつけた。

 

「はい、分かりました」

「それじゃ、ピナを生き帰えらせようか」

「はい」

 

シリカは、ウィンドウから《プウネマの花》を取り出す。純白の花は、変わらぬ姿で、透き通る滴をため込んでいる。

 

「その滴を、羽根にそそいでごらん」

「分かりました……」

 

ピナ……いっぱい、いっぱいお話してあげるからね、私が出会った、大切な友達のこと。また、一緒にフィールドを歩こう。

 

水色の羽根に、シリカはプウネマの花を傾ける。それを見届けながら、レンは静かに立ち去った。

 

 

 

その後、シリカの元に一通のメールが届いた。

 

 

 

 

 

“シリカへ

 

何も言わずに立ち去ってゴメン。俺と一緒にいたら、必ず厄介事に巻き込まれる。これ以上、シリカを厄介事や迷惑事に巻き込みたくないんだ。だから、また全てが終わったら、現実世界で会おう。

 

レンより“

 




レ&夢&カ「「「後書きコーナー」」」

キ&レナ「「祝!お気に入り件数190件達成!!おめでとう!」」

パンパーン(←クラッカーの音

夢「おお、みんなありがとう」

レ「読者の皆もありがとな!」

カ「俺たちも嬉しいぜ!」

レナ「まさかここまで来るとはね...」

夢「全くだよ」

キ「こうしてみると感慨深いよな」

レ「ま、それでも駄作には変わりねえな」

カ「だな、ここまで伸びたのも、俺の活躍のおかげだし(ドヤァ」

レ「うせろ」

レナ「チョット無いかなー」

キ「だな」

カ「ネタって分かれよ!俺ここでしか喋れないんだぞ!?」

レ「ま、あそこで喚いてるバカはほっといて、黒の剣士編もこれで終わりか」

レナ「だね、次は何なの?オリジナル?」

夢「いや、やっとこさあの人が登場する話」

レ「だからあいつ妙に張り切ってたんだな...」

レナ「楽しみだねー」

キ「全くだよ」

レ&レナ&キ「「「じゃあ、感想とか批判待ってるぜ!(よ!)」」」


夢「皆さん本当にありがとうございます!」




追記:活動報告のアンケートも、気軽にご意見を投稿してください!


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Tea-break 03 : Stella Sparks High

今回は番外編その3です。

いや何と言っても最近何が辛いかって全くFPS出来て無いんですよ。かれこれ4ヶ月程してません。つまり腕も相当落ちているということで......

E3でマルチのベールを脱いだCoD:BO3ですが、海外の投稿者見てるとまあまあ楽しいそうで。期待はしています(メインデュアル発表まで気は抜けませんが)。個人的にARでは《ARK-7》AKシリーズのオマージュ銃で
SMGでは《Weevil》P90のオマージュ銃とがお気に入りです。皆さんはどうですか?


志、その目的を同じとしても、人間という生き物はその進むと決めた道を違える時がある。これは、この世界においても変わらぬ不変の真理と言えよう。彼らもまた、志を一つにするがゆえに互いに衝突したのだ。これは、そんな二人のお話。

 

***

 

「無理だ。幾らなんでも無謀すぎる」

「では、貴方には他にいい案があるとでも?」

「ある。少なくともアンタのよりはマシだ」

「そんな非効率的な案が?」

 

時はサクラの月。広大な森林と草原の都たるここ五十二層《プレイン》のとある場所、攻略組が暫定的に取り決めた攻略会議本部にて、二人のプレイヤーが議論に火花を散らしていた。片や栗色の長いストレートヘアを両側に垂らした小さな卵型の顔に、大きなしばみ色の瞳。小ぶりながらスッと通った鼻筋の下に、桜色の唇が鮮やかな色どりを添える。すらりとした体には白と赤を基調とした服の少女。その容貌は、正に容姿端麗と呼ぶにふさわしい。対して、色素の薄れたようなシャンパンゴールドのスパイキ―ショートの髪に、日本人離れした紺碧色の瞳。キリッと通った鼻梁。その細身ながらもガッチリとした体を淡いエメラルドグリーンのチェスターコートに包む少年。誰の目に見ても、眉目秀麗。そんな、何処までも対照的な二人だが、唯一ともいえる共通点は、互いの瞳には確かな対抗心が宿っている所だ。

 

そう、事の始まりはアスナとレン。この両名が互いにそれぞれを真っ向から反対したところからだった。意見の食い違い。一言で言ってしまえばそれに尽きるが、そんな言葉では済まされないほどにアスナとレンの対立は決定的だった。しかし、別段今に始まった事でもない。長らく、二人はたびたび衝突しては火花を散らすといったことがままあった。すくなくとも攻略組の中では、すでに攻略会議名物、或いは様式美と化しているくらいに。

 

ここ数週間の内に、攻略組は怒涛の勢いで前線を押し上げていた。わずか五日で五十層を、そして三日で五十一層を攻略。更にこの五十二層も、四日と経たぬうちにボス部屋を発見していた。基本、ボス部屋が発見されれば会議が開かれ、攻略が行われる。それに倣って、今回もその攻略会議が行われているのだが、そこで出されたアスナの案が、レンには到底受け入れられたものではなかった。

 

「アンタなら判るだろう。こんなハイペースで攻略を続ければ、危険が増すだけだと」

「勿論判っています。だから六時間後の休息の後に攻略を開始すると言っているでしょう」

「それが間違ってる!確かにアンタの理論は尤もだ。しかし、決してマニュアル通りにはならないのが人間だ。アンタのソレは、ロボットと変わりない」

 

攻略は六時間後。各人それぞれ休息をとって万全の備えを。それがアスナの出した提案だった。だが、レンを含めたソロプレイヤー達少数派と多数派の一部は、それに難色を強く示していた。確かにアスナの言い分は何ら間違っていない。一般的に、人間は六時間の休息がベストとされている。しかし、今はそんな在り来りの健康論を振りかざしている場合ではないのだ。わずか二週間足らずで計二層の攻略。そのペースは最早尋常を通り越して異常だ。ボス攻略は体力的には勿論、何よりもプレッシャーとの戦いだ。肉体的な面からみれば十分だとしても、精神面では違う。擦り切れ、欠如した集中力で戦いに挑めば、待ち構えるのは破滅だけ。そんな、みすみす人を殺してしまうようなマネを、レンが享受できるハズもない。攻略は少なくとも二日程おいてやるべきだ。レンはアスナの案を反論して尚その案を提示した。が、当然のことながら、アスナもレンの主張を受け入れることはできない。そもそも、この攻略ペースを推し進めたのは他でもないアスナ自身だ。一刻も早く、このデスゲームからの解放を。それだけを胸に刻んでアスナは今まで走り続けたのだから。だから、必要以上に攻略ペースを下げるようなマネを主張するレン自身こそ、アスナにしてみれば理解の範疇を超えていた。

 

「そもそも、貴方の案は自分本位のものでしょう?」

「ちがう、俺達皆の意見の総意だ」

 

そう鋭く反駁して、レンはキリトを始めとするソロプレイヤー達を見やった。それに、キリトもわずかながらに頷く。しかし、アスナはそんなの関係ないとばかりにレンを鋭い目つきで厳しい声で告げた。

 

「それは貴方達が自分勝手な行動ばっかりしているからでしょう?それで攻略に支障が出るなんて、ただの詭弁です」

「なに?」

 

レンは自身の耳を疑った。アスナはソロプレイヤー達のことを自分勝手と一蹴した。しかしレンには、彼らもまたこの悪夢からの解放を願ってその身を捧げたプレイヤー達であると確信していたし、それが誇りでもあった。なのに、そのアスナの言葉は、ソレを踏みにじったにも等しい。だからこそ、レンは彼女に確かな怒りを抱いた。

 

「こいつらが自分勝手だと?調子に乗るのもいい加減にしろ。オレのことはどう言おうが構わないがな、こいつらにだけは二度とそんなこと口にするな。いつから三大ギルドはそこまで偉くなった?」

「何ですって?」

 

今度は、アスナが怒りを向ける番だ。互いの議論はどこまでも平行線上でしかなく、それが交わることなどない。どちらも正しく、一概に決められるものでもない。冷たい静寂が辺りを包む。

 

「…………どうあっても、私の案には従えないんですね?」

 

わずかに冷ややかな声色でそう言い放つアスナに、レンは首を縦に振った。

 

「ない。アンタは間違ってる」

 

そうはっきりと、レンはアスナを否定する。そんなレンの反応は想定済みだったのか、アスナはそうですかと小さくうなずいて、その大きなしばみ色の瞳でキッチリと彼を見据えた。

 

「では、決闘をしましょう。どちらが真に正しいのかを、剣にゆだねます」

「はい?」

 

先程は打って変わった素っ頓狂なレンの声が、あたりに響いた。

 

***

 

「どうする?キリト」

「いや、俺に聞くなよ」

「ハァ~」

 

日時は今日から三日後のここ五十二層。そういった取り決めの元、レンとアスナが対決することが三大ギルド公認で決まった。その日の夕方、その当事者たるレンと、そんな彼の相棒であり親友でもあるキリトは、二人が一時的に借りている宿の一室で、レンは頭を、そしてそんな彼にキリトは飽きれていた。

 

「大体、後悔するくらいならあそこで啖呵切らなければよかっただろ」

「くそ、冷たい奴め」

「何とでも言え」

 

そう、突出された突拍子もないアスナの提案に、レンは啖呵を切って返事してしまったのだ。後悔後先に立たず。有名なことわざにもあるように、今更後悔しても遅い。そんなことはレンも理解しているし、だからこそこうして相棒に相談しているわけだが――

 

「勝てないと解っていて承諾するレンが悪い」

 

何が気に食わないのか、相棒の反応は冷たかった。

 

「それは…………」

 

実際、レン自身もこれが無謀だと解っていた。それでも、譲ることが出来ないモノ(想い)がある。

 

『それは、貴方達が自分勝手だからでしょう?』

 

あの時、何てことないように放った彼女の言葉。攻略組を束ね、解放を願い、自身もまた攻略組として振る舞う彼女にとって、それは紛れもない本心だったのかもしれない。或いは、彼女だけでなくあの場所にいた多数派のプレイヤーもまたそう考えているのかもしれない。だがそれは全くの誤りだ。キリトを始めとするソロプレイヤー達皆、このデスゲーム解放のために動いてきたのはレンも痛いほど知っている。ならばどうして、その願いに正しいも正しくないもあるはずが無い。レンもまた彼らの一員であるなら、アスナのあの発言を聞き入れるということは、彼らを侮辱するのと同義だ。だからレンは、そんなアスナを真っ向から否定してかかった。あいつ等は何も間違ってないと信じていたから。そして何より――

 

『私達攻略組は、一刻も早い攻略を行うことが義務です。そんな私たちが、甘えていいワケが無いでしょう』

 

今のアスナを、レンは危ういと感じていた。必要以上に自分を追いこんでいるような……そんな危うさ。何も、レンがこれを目にしたのは初めてでもない。そう、あれは初めて彼が彼女と出会ったあの模造の星々の瞬く夜。ボロボロになるまで無茶を続けていたかつてのアスナが、まったくの同一でないにしろ今のアスナと被って見えた。自己を顧みずに、目的のみを優先し続ければ、たどり着く先は死。ならば、それを教えてあげなければならない。仲間が間違えた道を進むのなら、それを正すのもやはり仲間。それこそが、仲間と呼ぶものだ。

 

「アイツの誤りを、オレが正すためだ」

 

そう信じていたからこそ、レンはハッキリとキリトに告げた。そうして、キリトの顔が試すようにレンを覗き――やがてフッと表情を和らげた。

 

「判った。元々、これは俺にも関係あるしな」

 

そう不敵に言って見せてから、キリトは拳をレンの目の前に突きだした。

 

「サンキュー。相棒」

 

そんな相棒を持ったことを誇りに思いながら、レンは自身のをぶつけた。

 

「ンデ、話は終わったかイ?」

「「うおっ!!」」

 

突如響いた第三者の声に、レンとキリトは思わず椅子から転げ落ちてしまった。

 

「そんなに驚くこと無いダロウ?オネーサン傷ついちゃうナァー」

「あったり前だ!いつからココにいた?」

 

素早く床から飛び起き、レンはよよよと泣真似して見せている《鼠》ことアルゴに喰いかかっていた。しかし、アルゴはそんなといまさら聞くのか?と言ったようにコクリと首を可愛らしげに傾げてから、面白そうに呟いた。

 

「レ―坊があーちゃんに対して愛を語っていた所からかナ」

「......色々突っ込みたいところはあるが、それは置いといてやる。アルゴ、どうやって入った?」

「普通にドアからだケド?」

「ロックは?」

「フレンドのみ入室可能になってたヨ?」

「はい?」

 

思わず、レンはいてててとのんびり起き上がっているキリトを見やると、彼はポンと手を叩いて成程ななんてほざいていた。

 

「あー、頭いてぇ」

「大丈夫かイ?オネーサンが腕のいいまじないNPCを紹介してやろうカ?五百コルで」

「金取るのかよ!」

「レン、落ちつけよ。乗せられてるぞ」

「んなことは言われなくても判ってるさ!!」

 

声を荒げてから、レンはそんなアルゴに突っ込みを入れた。向こうに乗せられているとは理解出来ていても、どうしても突っ込んでしまうのだ。そんなレンの反応に満足したのか、アルゴは何ともホクホク顔で続けた。

 

「またレー坊とあーちゃんは喧嘩したんだってネ。全ク、毎回毎回どうしてこうなるんだイ?」

「それは俺も知りたいな、レン。実際のとこどうなんだ?」

 

二人は頭を抱えているレンを見やると、さも不思議そうに疑問を重ねた。それに、レンもゆっくりと首を横に振る。

 

「さあな、俺にもわからない。何でだろうな」

「アレかナ、ホラ、喧嘩するほど仲がいいって奴」

「そんなんでもないだろ。ただ、互いが互いを認めきれない?同族嫌悪?いや、これは違うか」

「つまり、お前はアスナが苦手なのか?」

「んーそんな気もするけど、どうなんだろうな」

「ナルホド、レー坊はあーちゃんが苦手だと。これは特ダネダヨ」

「おい」

 

意気揚々と何やら記憶結晶に書き込んでいるアルゴに、レンは牽制の意を込めた視線を送った。たとえ真偽のあやふやな情報でも、これが“鼠”のアルゴともなれば話は別。なんとも複雑な気持ちではあるレンだが、其れなりにアルゴには信頼を置いているので、彼女ならやりかねないと感じたのだ。そんなレンの視線に気づいたのか、アルゴは悪戯に笑って記憶結晶を懐にしまった。

 

「大丈夫ダヨ。この情報は売らないかラ。オネーサンを信じなさイ」

「じゃあその記憶結晶をよこせ」

「…………じゃあナ」

「あっ!待てよ!!」

 

どこにそんな敏捷力があるのやら、アルゴはレンも舌を巻くほどのすばしっこさでレンから逃げおおせると、最後にコケティッシュに笑って開けておいた窓から脱出してのけていた。それを、レンもキリトも、あっけに取られて見ていることしか出来ない。

 

「何だったんだ?アレ」

「さあな」

「どうするよ……」

「確実にあの情報売られるぞ」

「頭痛薬ないかな…………」

 

机に突っ伏しながら、レンは益々強くなる頭痛に深くため息を吐いた。

 

***

 

実際問題として、何よりもレンの頭を痛めていたのは、自身とアスナとを隔てる剣術の実力差だった。《閃光》とまで称されるアスナの腕は、その二つ名に恥じないものだ。対して、レンの剣の腕はお世辞にも一級とは言い難い。よくて中のちょっと上。元々が《A-ナイファー》のバックアップのためのセカンダリーとして《片手剣スキル》を残しているだけなのだから。レンが対人に強いとは言っても、それはあくまで《A-ナイファー》での話、単純な剣術のみでいえば彼ではアスナに敵わないだろう。ならば《A-ナイファー》を使用すればいいだけだが、あれはこと対人戦における最大の禁じ手だ。望めば直死すら与えるこのスキルは、対人に対して使用するには危険すぎる。レン自身、あまり好んでプレイヤーに使用したいスキルでもない。だから、必然的にレンは剣で対決するしかないのだ。

 

「なあキリト。正直に言って、お前から見たアスナとオレの勝率は?」

 

レンがキリトに尋ねる。うーんと背もたれに深く腰掛け、少しの間を開けてキリトがその問いに返した。

 

「レンには悪いが、7:3でアスナかな」

「だよな」

 

改めて聞くまでもない。他でもないレン自身がそれはよく理解している。恐らく、キリトの評価が一番的を得ているだろうと。だからと言って、今更無い物ねだりしても無い物はしょうがない。今ある全てを駆使して、どうにかするしかない。それならば或いは、アスナに届くかもしれない。

 

「仕方ない…...か……」

「ん?何か案でも?」

 

渋々といった感じで呟くレンに、キリトは不思議に思いながら尋ねていた。そんなキリトにああと応じてから、レンはウィンドウを操作する。やがて取り出されたあるモノが、ゴトリとテーブルに置かれた。

 

「これは?」

 

それは、白銀に鈍く光る剣だった。とは言っても、普通の片手直剣ではない。直剣に比べわずかに細身で、緩やかに反った刀身と、サーベルを思わせる半円の指などを保護するための護拳がそなえられた柄。どちらかと言えば、レイピアやサーベルと言った類のソレに近い。

 

「《片手剣》カテゴリーの《フレンチカトラス》だ」

 

そう言って、レンは今まで腰に差していた剣を鞘ごと抜きとると、無造作にテーブルの上へと投げやった。

 

「こんなナマクラじゃ使いものにならないしな」

「しかし、一体どこでこんな業物を?」

 

フレンチカトラスを手に取りながら、キリトはそれを眺めていた。フレンチカトラスと言えば、海賊剣とも称されるいわゆるカトラスソードから派生したモノで、革命期にあった18世紀フランスにて良く散見されたモノ。一般的な西洋剣のように重みで“叩き斬る”のではなく、その鋭利さで“斬る”ために特化した剣で、クロスレンジに於いて絶大な威力を発揮するので有名だ。キリト程にもなれば、持っただけでその剣の凄さが判る。キリトの持つ片手直剣よりも遥かに軽く、振りやすそうな印象を受ける。そして何より、刀身に使われたその地金が、鮮やかに光を反射してキリトの顔を鮮明に映し出していた。間違いなく、この剣はいわゆる《魔剣》や《名剣》と呼ぶのに相応しいだろう。珍しい物やカッコいい物に対する蒐集癖が騒ぐのか、へぇーとどこか羨ましそうにソレを眺めるキリトの表情を見て、レンは不敵に笑って見せた。

 

「前に一度、フロアボスのLAボーナスとしてとてもレアなインゴットがドロップしたことがあってな。そのインゴットを使ってシェリーが鍛え上げたのが、このフレンチカトラスさ。銘は《レリーファ》。間違いなく名剣の一つなんだと」

 

キリトからその剣を受け取って、レンは腰のベルトへとソレを通す。珍しい事に、この剣には鞘が装着できないので、ベルトにある鞘通しにそのまま通す形となる。その彼の姿は、実に様なものだ。しかし――

 

「なぁ、案ってまさかコレのことか?」

 

キリトはいぶかしむ様に片眉を少し下げてからそう尋ねた。確かにレリーファのステータスは一級品だろう。しかし、それだけで剣技が上がるかと言えばそれは断じて違う。あくまで剣は武器でしかなく、それを生かすもナマクラ然と殺すも全てはそれを操るプレイヤーのウデ次第。それを、キリトは口にしようとしているのだ。それに、レンは勿論違うとかぶりを振る。

 

「コレはあくまで二次的なモノだ。本命は別にある。それが、前使っていたナマクラじゃ無理なだけだ」

「本命?」

「そ、本命。詳しい事を知りたいなら…………」

 

不意に、レンはそこで言葉を区切ると、意味ありげにキリトの肩へと手をおいた。

 

「な、なんだよ?」

 

どことなく嫌な予感を抱きつつも、キリトはレンを見返した。願わくば、その予感が外れていることを願いながら。だがまあ、こういった悪い予感というものは、例外なく当たりやすいというのが世の常でもある。

 

「勿論、対アスナ用の特訓に付き合ってくれるよな?」

「マジ?」

「ああ、大マジだ」

 

自然と、キリトは机に突っ伏していた。




この話、元々本編に組み込まれる予定だったんですが色々諸事情あって削除したやつを再構成したやつなんです。だから本編とは大部分が繋がっていますが、微妙に異なる......みたいな感じです。

本当は一纏めに投稿したいんですが計1万5000Overと量が多いので二分割しました。続きは今日中に投稿する予定です。

では、感想や批判、意見などお待ちしております!!


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Tea-break 03: Stella Sparks High/ Meaning

とゆう事でティーブレイク編のパート2です。今回はガッツリ戦闘回ですかね。なんと言ったらいいか、ここまで戦闘描写を書いたのはずいぶん久しぶりのように感じます。そこで、私から注意が...
1. 割と酷い戦闘描写&解りにくい
2. やっぱりひどい戦闘描写
3. どう足掻いても最悪な戦闘描写

それでも構わないぜ!とゆう凸プレイヤー&変態装備の方はこのまま進めてもらって構いません。


この世界にも、ネームバリューというものは当然存在する。特に攻略組のプレイヤー達にそれは顕著で、例えば《閃光》アスナ、《神聖剣》ヒースクリフ、《黒の剣士》キリト、《舞姫》レナと言ったプレイヤーは、それぞれが固有の二つ名をもつほどに有名だ。これはまた、そんなプレイヤー達に対するウワサやニュースも自然と広がるのが早いことを意味する。そんな彼らが決闘を行うともなればそれもなおさら。

 

かくして、血盟騎士団副団長《閃光》のアスナと、ソロプレイヤーにしてアインクラッド内に現状二人しか確認されていないユニークホルダーレンとの1on1によるデュエルが行われるという噂は、瞬く間に広まった。そして来る対決の日、アスナはいつもの騎士服の出で立ちのままレンが来るのを待っていた。対決場となるフィールドは五十二層圏内のとある草原。わずかにゴツゴツとした岩ばかりが点在するその場所には、すでにこの世紀のデュエルをこの目で間近で見ようと集まっているプレイヤー達で俄かに活気づいている。まだ対決の時刻には十分以上あるにも関わらず、その数は意外にも多い。それは、この対決の注目度がいかに高いかを如実に表していた。が、今のアスナからしてみれば、そんなことはどうでもいい瑣末な問題でしかない。アスナにとって大事なのは、レンと対決するというその事実だった。

 

レンに対するアスナの評価は、お世辞にも良いとは言い難く、寧ろ最悪と言ってもいい。キリト同様、レンはこの世界、ここでの生活を楽しんでいるようにも見える。そのくせ、事攻略に関してレンは別人と思えるほど安全にこだわる。もはや、過剰と言ってもいい。そんなレンの姿が、アスナにはふざけているように映ったのだ。この世界はしょせん偽物。作られた偽りの世界でしかない。ここでの生活、喜怒哀楽その全てはただのデータが作り出したイミテーションでしかない。そう考えるアスナにとって、この世界での全てなど無にも等しいのだ。

 

“そう、私は彼が嫌いだ”

 

そうとハッキリ判っているのに、アスナの心はまるで霧がかかったようにモヤモヤとしたままだった。こんな感触に陥ったのは、初めてレンに助けられたあの時からで、特に彼が普段プレイヤー達の救済のために動いているとレナから聞いてからはそのモヤモヤが顕著となった。今まで、彼女は一刻も早くこのデスゲームから解放されるために日々を生き続けてきた。それが彼女の信条だったのだ。そのために攻略ペースを押し上げ、アスナもまた自分を鍛え続けてきた。それを疑問に思ったことはないし、ましてやそれが間違っているのかと疑うことすらなかった。なのに、レンの姿を見ていると、そうであると決めた信条が揺らぐ。

 

“この手で守れる命があるなら、俺は一人でも多く救うさ”

 

かつて、ボロボロになるまで自身を追い詰めていた彼女に告げたレンの姿を、アスナは鮮明に覚えていた。その紺碧の瞳はとても真っ直ぐで、とても強い熾る焔のような意思があった。どうして、

 

『レンはプレイヤーを助けるために、その身を呈し、時には命を掛けてるんだよ』

 

死が怖くないのだろうか。

 

窮地に立たされたプレイヤーの所に入って行けば、必ず自身の命を危険にさらすこととなる。割が合う合わないなんて話じゃない。たとえどんな見返りが与えられるとしても、一体このどうしようもなく“死”が充満する世界のどこに、自分の身の危険すら顧みることなく他人を救おうとするプレイヤーが居るというのか。もしそんなプレイヤーが居るとすれば、それは人間じゃない。何にも替えることのできない自身の命を何とも思わない人間など、与えられた目的のみをこなすロボットと何ら変わりない。或いはそれは、人間として大切な“ナニカ”が致命的なまでに壊れてしまっている。一度フィールドに出てしまえば常に死と隣り合わせのこの世界を恐れていないのか。だとすればどうして?どうしてそこまで自分を強く保つことが出来るのか。だから試してみようと思ったのだ。この世界に負けたくないと思っていて、負けてしまっている(アスナ)と、そうでない(レン)の違いは何なのか。心の奥に渦巻くモヤモヤを、振り払うために。

 

「レンが来たぞ!!」

 

どうやら、深い思考の海にいたようだ。突如辺りに響いた誰かの声で、周囲にざわめきが走った。そこで、アスナも意識をこちら側に戻して、ソコへと眼を向ける。ゆっくりと、しかし確かな足取りでこちらへと近づいてくるレンの姿。ひどく清澄で、それでいて業物の刃物のように鋭いその纏う雰囲気は、自然とアスナの気を引き締めるのには十分すぎた。やがてその歩みを止めて、レンはその紺碧でアスナの姿をハッキリと捉えた。

 

「来たわね」

「ああ、お姫さま直々の舞踏会への招待ともあれば、遅れるのがそれこそ野暮だろう?」

 

この期に及んで尚そんな軽口を飄々とほざくレンに、アスナは僅かに眉をしかめた。

 

「随分余裕ね。何か良い手でも見つかったの?」

「さてな。そっちこそ、少しピリピリし過ぎじゃないか?笑ったほうがアスナには似合ってるのに」

「余計なお世話よ」

 

あくまで飄々然としたまま受け答えをするレンに、アスナはイラつく感情を押さえることが出来なかった。胸の中にあるモヤモヤが、より一層強くなる。

 

「まあいいわ。早く始めましょ」

 

その違和感を無視してから、アスナはウィンドウを操作し、決闘メニューからレンにデュエルを申し込む。返事はしない。代わりにレンは表示されたウィンドウから“半減決着”を選ぶと、《Yes》ボタンを押して腰のベルトよりレリーファを左手で引き抜いてから、その剣先をアスナへと向けた。表情も――自然と鋭さを増してゆく。一定のタイミングを隔ててカウントを始めるタイマーを片目に捉えながら、アスナも彼と同じようにレイピアを構える。

 

“何だろう……アレ”

 

まず始めにアスナが抱いた違和感は、レンの剣を構えるその姿だった。レイピアを自身の真正面に静態させているアスナと違い、レンは剣を持つ左手を前に出しながら体を反身に引き、姿勢を少々低くしていた。どことなくフェンシングの構えに似てはいるものの、やはりどことなく違う。少なくとも、以前のレンはあんな構えはしていなかった。アスナと同じく、ステータスをAGI寄りに振っている彼は、自分と同じその敏捷性を生かした剣術で来るものとアスナは思っていた。しかし、あれでは開幕で素早く動かすことはできないだろう。これが意味することはつまり、何かしらの策を立てている可能性が高い。或いは唯のブラフとも考えることは出来るが、それを知る術がアスナには無い。それでも良い。どちらにせよ、打ち合ってみればソレもおのずと分かる。静かに、されど深く息を吐いて、アスナは神経を研ぎ澄ましてゆく。

 

残り五秒――レンの短く息を吐く声が聞こえる。

 

残り三秒――アスナは、研ぎ澄まされていく感覚の中で剣を握る手に力を加え――

 

START!!

 

「ハァ!!」

 

その合図と共に、アスナはまるで放たれた稲妻の如きスピードでその場から駈け出した。その速さにわずかに目を見開いているレンを尻目に、アスナは手にするレイピアを引き絞ると、レンの肩口、次いで右胸元へと解放した。そのスピードは最早高速を超え、レンの予想をはるかに凌駕している。だがそれでも、レンは反応して見せた。

 

「くっ!!」

 

ぎこちない足さばきながら、レンは迫る一撃目をかわすと、更に地面を蹴って横に飛ぶことで胸元への刺突をスレスレでかわす。だが、それはアスナの狙い通りでもあった。このニ撃はただのフェイント、本命はその次。レイピアを引き戻し、横に流れるレンの退路を断つように先程よりもなお早い刺突を重ねる。先の強引な回避によって体が流されているままの今のレンでは、その追撃をかわす手段はない。だから、レンはかわすよりも手を動かした。迫るレイピアへとカトラスを重ねるように合わせると、刀身の触れざまに《纏》による回転防御でレイピアを流す。そうして、回転する勢いそのままに、レンは大きく弧を描くような軌道でカトラスを袈裟掛けに斬り払った。燕が身を翻すがごときその鋭い一撃は、しかしかろうじて滑り込ませたレイピアによって防がれた。ほとばしる金属音。そのまま押し込もうとするレンとソレを防がんと抗うアスナ。やがてそれは繚乱と火花が走る鍔迫り合いと化す。だが、その均衡も長くは続かなかった。

 

「せっ!!」

 

アスナの右、ちょうど立ち足として重心の乗ったその足を、レンは左足のわずかな動作のみで絡め払った。《鎖歩》と呼ばれる、《八極拳》スキルの離れ業。

 

「あっ!!」

 

足を払われた事により、アスナの体が後ろへと傾いてしまう。だが、ここで踏みとどまってしまえば、そのスキをレンに突かれてしまう。軽やかな動作から、レンが横薙ぎにカトラスを振るったのを見、アスナはその決断を下す。勢いよく体を後ろに投げて、アスナは背転しながら飛び退いた。ヒュンッと空気を切り裂く音がして、レンの一閃が空を切る。更に踏み込み、レンは追撃を仕掛けるも、アスナはその素早い身のこなしでレンのレンジから離脱していた。

 

「チッ」

 

わずかな舌打ち。仕切り直しとでも言うように、レンもまたその場から離脱した。互いの空いた距離はおよそ十メートル。後退と呼ぶにはあまりにも近く、急襲にはあまりのも遠い。レンもアスナも、互いを視界に見据えたまま、相手の様子をうかがっていた。

 

“成程、噂に違わぬと言ったところか”

 

このわずかな撃ち合いの内にためた息を吐き出し、レンは内心でその実力に舌を巻いていた。今までにレンが目にしてきたどのプレイヤーよりも、アスナの剣さばきは格段に速かった。加えて、その精度も桁違いに高い。ここ数週間、対アスナを見据えてキリトと模擬戦を繰り返していたレンだったが、キリトの扱う剣とアスナのソレではその性質に大きな違いがある。一撃の重さはキリトの方が上だが、速さにおいてはアスナが上だ。先程、レンの体捌きがぎこちないものだったのも、それに起因する。レンのイメージと実際の剣筋におけるズレが、レンの反応を遅らせていたのだ。先程とっさにカトラスを合わせられたのは奇跡に近かった。

 

“確かに速い、けど……”

 

ソレも今となっては無意味にも等しい。何故なら、レンはすでにその剣筋を“視た”からだ。

 

“イメージと実際のズレを少しずつ修正、目をあの速さに馴らせ!!”

 

一度眼にすれば、後から幾らでも修正は出来る。かなり動体視力の高いレンに対してアスナが犯してしまった間違いとは、レンにその筋を“視させ”てなお仕留めきれなかったことだ。

 

“よし”

 

そうと判れば、今度はこちらから攻めることが出来る。わずかな動作から、レンは疾走した。一直線に向かってくるレンの脚を止めさせようと、アスナが上段の突きを繰り出す。しかし、筋を“視て”しまったレンに対して、それは愚直と言えよう。結果、レンは当たるか当らないかのスレスレでその突きを掻い潜った。滑り込むようにして踏み入れたアスナの懐から、レンはカトラスを斬り結ぶ。ゴウッとせまるその袈裟斬りを、アスナは全力で後ろに飛んだ。胸元の防具プレートスレスレを掠る一撃をやり過ごして、アスナは再びレンに肉薄する。草場の低いμにグリップが僅かに失われるのも気にせず、レンの体を軸とし、わずか右に三撃、更に左腹下へとニ。その突きのどれもが、ほぼ同時にレンへと牙をむく。

 

「っああ!!」

 

いくら筋を“視た”としても、これでは対処のしようもない。剣尖がアバターの体を次々と穿ってゆくのにもひるむことなく、レンはカトラスを動かした。六撃目となる左肩への一閃、他の刺突よりわずかに速度の減衰したソレを、レンはカトラスでレイピアの横腹を弾く。そこから、右足でアスナの軸足を蹴りつける。

 

「くぅっ!!」

「ハァ!!」

 

崩れるアスナの体幹。そこへ、レンは気迫と共にカトラスを走らせた。右下からすくい上げ、更に垂直へと振り下ろす。刃がアスナのアバターを切り裂いて、HPががくんと減少した。

 

「このっ!!」

 

しかし、アスナもこのままでは終われない。三撃目となるレンの斬り返しを身を捩って回避し、かぜんと迫ってくるレンを止めようと横一文に斬撃を振るう。ソレを、レンはスウェーバックでやり過ごし、続くアスナの追撃のこと如くをかわしてのけて、甘く入った右脇下への突きへカトラスを乗せた。レイピアをなめす様にカトラスでずらしてゆき、そのまま下へと受け流す。見事なまでのパリィ、そう認識した時はもう、レンは次の一手を放っていた。体を捩るように回転させて、下から斜めへと掬い上げるように裏回し蹴りをアスナへと叩きつける。

 

「うっ!!」

 

かろうじてそれを防ぎきったアスナだったが、それだけだ。予想に反して強いレンの蹴りは、小柄なアスナの体を後ろに吹き飛ばしていた。まるで先程の巻き戻しのように、再び二人の間が開いた。

 

***

 

“手強い……それもかなり”

 

実に単純明快。それが、彼女の抱いた感想だった。実のところを正直に言ってしまえば、彼女はレンの剣術を見くびっていた。確かに彼は強い。変則的な二対のナイフを手に、《八極拳》と呼ばれる古代中国の絶技を組み合わせながら作り上げてゆく彼の近接戦闘術は、特に対人において最もその威力を発揮する。レンがPvPに於いて最強といわれるのもそれが所以だ。が、それも剣術となればまた話は別。剣に関するレンの評価は、“まあまあ強い”程度のものでしかない。ソツなくはこなすが、逆に言ってしまえば何処までも平凡な剣筋でしかない。自身の最速の剣技を以ってすれば、勝機はこちらにある…………

 

そう、アスナは事今に至るまでその考えを持ち続けていた。しかし、それは完全に間違いだった。この三日間で何をしてきたのかアスナが知る由はないが、今のレンが操る剣技、パリィからのカウンター主体のスタイルは、ハッキリ言って十分強力だった。最初はぎこちなかったその足運びも、今はまるで別人のように滑らかとなり、確実に此方の攻撃をかわし、剣でパリィを取られる。更に厄介だったのは、パリィ後の体術による“体制崩し”だった。アレを決められてしまうと、ほぼ間違いなくなす術がない。安易な攻撃は危険、少しばかり荒くなった息を整えながら、アスナはそう結論付けた。彼女にとって幸いだったのは、レンの与ダメージ量はアスナが与えるソレよりも遥かに少ない所だった。派手に攻撃を食らったように思えたが、減少したHP量はさほどたいした量でもない。恐らくはあの軽い剣の所為だろうとアスナは当たりを付けた。

 

“仕方ない……ある程度の被ダメージは覚悟して、ソードスキルを叩き込むしかない”

 

こういった類のデュエルでは、ソードスキルをあまり使用しないのが定石だ。何故なら、スキル後の硬直時間が致命的な隙を作ってしまうから。だが、此方の攻撃はパリィによって弾かれてしまうと判った今、多少のリスクは背負ってでもパリィのしにくいソードスキルで攻め込むしかない。不幸中の幸いか、レンの与えるダメージ量は少ないので、多少の攻撃なら耐えることが出来る。そう頭の中で結論付けて、アスナは自身が最も慣れ親しんだ構えをとった。

 

***

 

開いた間合いはおよそ十メートル、まず間違いなく安全だとタカを括っていたレンだったが、すぐにソレが的外れだと思い知らされた。アスナが、僅かにレイピアを持つ手を体に引き寄せたかと思うと、次の瞬間には、眩い光を迸らせながら流れ星の如き一撃を放っていた。

 

“早い!!”

 

予備モーションの隙のなさもさることながら、自身の身体能力で極限までブーストした細剣スキル単発技《リニアー》は、開いた間合いなどなかったの如くレンへと一直線に向かってくる。

 

ソレを回避しようと体ごと下に沈めるレンよりもなお早く、光の尾を引いて突き出されたその流星が、レンの肩を深々と抉った。

 

「ぐっ……つ、ああああ!!」

 

焼け付くような違和感に咆哮をあげながら、レンもモーションを立ち上げる。カトラスが水色の稲妻を帯び、システムの力が体の支配権を奪っていくのを感じながら、レンはスキルを開放する。下から掬い上げるように切り上げ、レイピアをかち上げる。激しい火花と共に生じた衝撃波が、周囲の草を放射状に揺らしながら大気を震わした。しかし、レンのカトラスはまだその輝きを失ってはいない。足を切り返して信じられないスピードで体を回転させてから、時間差で飛んでくる斜めの斬り下ろしを、硬直のまま無防備となるアスナへと叩き付けた。片手剣スキル変則二連撃《ダブラ・ティエンポ》かつてカズも愛用したその技が、アスナのHPを奪ってゆく。

 

だがそれでも、アスナは怯むことなく次のソードスキルを発動した。上段突きを四連、左右へとなぎ払う二連、そしてそれらを結ぶ神速の突きを二、合計八連撃を一息に重ねる絶技《スターダスト・ヴァリエ》を、硬直のまま動けないレンへと開放する。最早残像にも近いその剣閃、しかしそれでも、レンはその全てを捉えていた。初撃よりの四連が火花を散らしながらレンのアバターを削っていくも、硬直の解けた五連目の薙ぎから、せまる剣戟の全てをパリィしてのけ、最後の刺突を受け止めてのけた。

 

「ウ……ソ……」

「はぁぁぁ!!」

 

呆気に取られるアスナを尻目に、レンはレイピアを横に逸らすと、その腕を左手で掴み、開いた右側面に右膝で蹴りを入れる。

 

「喰らい……やがれ!!」

 

くの字に歪むアスナの体。レンは体を浮かせながら余すことなく全身を使った突きを放った後、まるで舞うかのような軽やかな動作で次々と切り結んでゆく。その筋はやはり、西洋剣術のソレに近い。

 

「う......くっ......!」

 

アバターの全身が次々と削られてゆく不快感に耐えかね、アスナは堪らず背面に飛び退いた。先程まで余裕があったHPも、今ではその四割弱が削られている。しかしそれよりも、アスナにとってはレンがソードスキルを弾ききったたその事実に驚いていた。彼女にとっても最高位に属するソードスキルまでパリィしてのけるとは考えも及ばなかった。だから、アスナは気付かない。

 

“マズッたかな…………もう限界が……”

 

彼女のソードスキルを防ぐために、レンが打ったバクチを。

 

***

 

「おおっ!!」

「彼女の剣戟を防ぎやがった!!」

「アイツ中々やるな!!」

「レン………………」

 

ちょうど、レンがアスナの最上位ソードスキルを凌ぎきったところで、周囲のプレイヤーたちにざわめきが走る。しかし、その中で一人、この戦闘を複雑な顔持ちで俯瞰するプレイヤーが居た。黒髪黒服、全身黒ずくめのこのプレイヤーこそ、レンの相棒たるキリトだ。本来なら相棒の活躍に喜べばいいはずなのだが、他のプレイヤーたちと違って、彼の表情は曇るばかりだった。原因は判っている。レンにおきた異変が、キリトにもまた判ってしまったからだ。

 

そう、一見対人に於いて完璧にして強力にも見えるレンの戦闘スタイルだが、それにはひとつ致命的な欠点がある。それを、三日三晩彼の修練に付き合ったキリトは良く知っていた。パリィ主軸のカウンタースタイル。その最大の欠点とは、剣がその行使に耐えられないということだった。物理演算がきちんと成されているこの世界において、相手の剣を受け止め、それをパリィによって軌道を捻じ曲げるという行為は、剣に相当な負担を掛けてしまう。具体的には、通常ありえない速さで剣の持つ耐久値が削られていくのだ。現に、この三日間の練習で、レンは練習用に使った鈍ら五本全てを砕いてしまった。これはつまり、継戦能力が著しく低いということを指す。これが、最大にして致命的な弱点だった。そして正に今、レンのもつレリーファにある異変が生じていた。

 

「持ちこたえてくれよ……レン……」

 

そんな彼のささやきは、いまだ興奮の熱が冷め切れない周囲の歓声によってかき消されていた。

 

***

 

アスナの八連撃スキル《スターダスト・ヴァリエ》はその速さもさることながら、一撃の与ダメージ量も多い。あのまま全てを食らっていれば、確実にレンのHP は半分を切っていただろう。だからこそ、レンはその攻撃を弾くよりほかになかった。幸いにも、攻略組として彼女の《スターダスト・ヴァリエ》は何度か目にしたことがあるし、別段難しいことではなかった。しかし、ソードスキルを普通の剣筋で受けるといった無茶の結果、レリーファはその酷使に耐えかね砕けてはいないが刀身が歪んでいた。こうなってしまえば、先程のようにパリィは出来ない。レリーファが砕けてしまうのも時間の問題だ。加えて、レンに残されたHPも、後一撃でも掠れば半分を切ってしまう。対してアスナにはまだ幾分か余裕がある。考えうる限りで最大の窮地にレンは立たされていたのだ。

 

“ったく……つくづく面倒だな……”

 

そう愚痴をごちるレンだったが、脳内では既に次の一手を構築してのけていた。自分に残された時間は少ない、もって一合位だ。なればこそ、レンは一気に勝負を決めるよりほかになかった。例えそれが、真っ当な剣士としての闘い方でないとしても。

 

レッグホルスターからトマホークを三対取り出すと、レンは目にも留まらぬ早業で左右水平に二連、正面に一対投擲した。唸りを上げて正面左右の三方向から飛翔するトマホークは、いともたやすくアスナの行動を制限してのける。三方向からほぼ同時に飛翔してくるこの投擲を、かわすことはほぼ不可能にも近い。覚悟を決めて、アスナは極限の集中力を持ってそれを迎撃せんとレイピアを握る手に力を込めた。最も接近が早いのは左からのトマホーク。アスナはそれを切り払いで弾くと、更に右に体を捻って続く右を打ち払う。最後に正面から迫るトマホークを、下からすくい上げるように振るったレイピアで凌いだ。

 

「せあっ!!」

「!!」

 

一時的に止まるアスナ足。それこそが、レンの本当狙いだった。彼は投擲をし終えるや否や、リニアーにも似た動作でカトラスを突き出して肉薄していたのだ。

 

“間に合わないっ!!”

 

せまる剣尖を、かわす手段がアスナにはない。絶望的なまでの敗北の予感に打ちひしがれながら、アスナは半は本能的に体を屈めていた。しかし、結果としてその行動が意図せずして彼女を救った。あろうことか、レリーファは彼女の肩口を僅かに掠ったばかりで、すり抜けるように通り抜けたのだ。

 

“くそ!!こんな時に!!”

 

もちろん、物体的にすり抜けたワケではない。原因は、アスナが屈んだことによるレンの目測の見誤りと、歪んだ刀身のせいだった。これには、流石のレンの悪態をつくしかない。ワケは判らないが助かった。それだけで、アスナに反撃の意思を灯すには十分すぎた。

 

「やああっ!!」

 

持てる力の限りを尽くして、レイピアを振りかぶる。

 

カィィィィン!!

 

と甲高い金属音と共に、レンの手からレリーファが弾かれた。

 

“行ける!!”

 

確信を持って、アスナはレイピアを引き戻し、無防備となったレンへと最高の刺突撃を放たんと軸足を踏み込み――

 

トンッ!!

 

「え?」

 

刹那、ありえる事のない衝撃が、背後からアスナの体に走った。何事かと背中に目を移せば、そこには先ほど打ち払ったはずのトマホークが突き刺さっていた。揺らぐアスナの体。レンはニヤリと口元を僅かにゆがめ、彼女の右肩を踏み越えて大きく飛翔すると、空中で身を翻してからトマホークを投げ放った。急襲してくるトマホークを、アスナは弾こうとレイピアを合わせ――次の瞬間、劈くほどの異音と共に、その刃がレイピアの細い刀身を両断した。

 

「そん………」

 

立ち尽くすアスナの首元に、軽やかに着地したレンが最後のトマホークを突きつけた

 

***

 

「オレの勝ちだ、アスナ」

 

突きつけていたトマホークを放し、レンは静かに告げる。それは同時に、アスナへの静かな勝利宣言でもあった。未だ整理の追いつかない思考を動かして、アスナは言葉を紡いだ。

 

「どうし……て……」

「オレがお前への突きを外したあの時、アスナが弾いたトマホークが丁度岩に跳弾するように投げナイフで軌道を修正したんだよ。ま、実際に跳弾するかは完全に賭けだったけど」

 

得意げに笑って見せて、レンが先のカラクリと話す。詰まるとこ、レンは予期せぬアクシデントすら利用して彼女を封殺してのけたのだ。それは良い、そんなことはアスナにとってどうでも良かった。本当にアスナが聞きたかったのは、それは

 

「どうして!どうして貴方は笑っていられるの?」

 

アスナへと浮かべる、その真っ直ぐな笑顔が、何より彼女の胸の内にあるモヤモヤを激しく揺らした。戦闘中もそうだった。彼はずっと、たとえどんなに不利な状況に追い込まれても楽しそうにしていた。

 

「どうして貴方は……誰かを助けようとするの?」

 

その言葉は弱弱しく、しかしアスナはレンへと掴みかかっていた。

 

ずっと、疑問に思っていたことがある。

 

こんな…….こんな全てが消え逝くだけのこの偽りの世界で、どうして彼は明るく笑い、何故その命を危険に曝してまで他人を救おうとするのか。そう、そんなレンこそが、彼女(アスナ)にとって最も理解できない在り方(姿)そのものだった。なのに、かつて告げたレンの姿が、何時までもアスナの脳裏から消えない。だからこそ、アスナはこの戦いで全てに清算をつけようとしていた。これに勝つことが出来れば、そんな疑問の答えも見つかるだろうと。

 

どうして、レン君はこの世界に強く立ち向かうことが出来るんだろう?

 

なのに――

 

そんな時だった。不意に、そんなアスナ肩にレンの手が置かれた。ゆっくりと顔を上げ、そして見たのは――

 

「まあ……その…………」

 

アスナの突拍子もないその問いかけに対し、まるで困った子供のように苦笑いを浮かべるレンだった。

 

「俺さ、アスナ。もう誰かが悲しむ姿を見たくないんだ。だから、特に理由なんて無いんだよ」

「あっ………………」

 

今まで胸の内にあった澱がスッと降りていくのを、アスナは感じていた。困ったように口にするその姿は、

 

“この手で助けられる命があるなら――”

 

かつて、何時しかレンがアスナへと語った時の表情そのものだった。

 

“そうだったん……だ……”

 

理由なんて、唯それだけの事だったのだ。彼は(レン)のまま、かつて口にしたその想いを今も変わらず抱き続けているだけだったのだ。だからこそ、信じる物があるからこそ、レンは強く生きることが出来るのだ。いままで自分(アスナ)が抱き続けていた疑問の答えは、驚くほど近くにあったのだ。そんなコトが、なんだか可笑しくて……懐かしくて……アスナはフッと笑ってしまった。

 

「なんだよ?」

「ふふ……いいや……ふふふ」

 

そんなアスナの反応が以外だったのか、レンは少々不貞腐れたように尋ねてくる。そんな彼がやっぱり可笑しくて、またアスナは笑ってしまった。

 

「ハァ……それで?降参するか?俺としてはこのままそうしてくれると嬉しいんだけど」

 

“こんな風に笑ったのは何時振りだろう。それに、なんだか懐かしいな…………”

 

そんな想いと、妙に心地よい懐かしさを覚えながら、アスナはその言葉を口にした。

 

「うん、降参します」

「ああ」

 

そうして、レンと……アスナの対決は静かに終わりの幕を下ろした。

 

 




一応この戦闘描写を書き上げるために、アクションゲームとかで剣の戦闘があるゲームのプレイ動画とかもんたげ見たりして参考にしたんですが............やっぱりひどいですね。楽しみにしてくれていた読者さんに申し訳ないです。ああ、やはり文才が.....

次回からは本編に戻って完全オリジナル回の予定です。それでは、感想や意見批判など感想お待ちしています。ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!


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Ep32: Whispering in the Dark

最近蒸し暑くなっていよいよなつが近付いてきたなーと思う夢見草です。(台風も多くなるんですがね......)

話変わって今年の冬季に発売されるNeed For Speedのリブート作品もなんだかんだ言って楽しみです。E3でのデモシーンからインゲームの入りに鳥肌立ちました。もう実写みたいじゃんと(笑)開発元がEAということもあってBFやRivalsで有名なFrostbite Engineが使われてるらしいです。海外の技術って凄いね!(日本にはFox Engine有るから......)


一人の天才科学者によってその在り様を永遠に変革させたこのSAO、アインクラッド。今なお四千人余りものプレイヤーを閉じ込める浮遊する監獄の中、数多に存在せしフィールドにある、マップにすら載る事も無い何処とも知れない洞窟の中で、男は静かに腰を下ろしていた。瞳は閉じられたまま、微動だにもしない。聞こえてくるのは、地表から滴り落ちてくる水滴の反響音だけ。光が届くはずも無く、所々生じた亀裂から漏れる微かな陽の輝きだけが満たされている。

 

「…………来たか」

 

反響音に混じって、何者かの足音か微かに聞こえてくる。この静けさの中で、集中していなければ判らないであろうその足運びは見事と賞賛するべきなのか。それともそれを聞き取れるこの男が凄いのか。砂利が地面と擦れ合うような足音が近くで止み、男はそっと片目を開けた。

 

「久しぶりだなbro、相変わらずこのアジトは一人だけか…………」

「同じくな、静かなのがいいのさ」

「Humm……成る程な」

 

男の目の前には、この薄暗い空間の中でもなお溶け込むかのようなつや消しの黒いポンチョで膝上までを包み、目深に伏せられたフードをかぶる男。このSAO内で、下手をすればフィールドボスやフロアボスよりもプレイヤーを恐怖に陥れる存在。殺人ギルド《ラフィン・コフィン》。その頂点に君臨するギルドリーダー《Poh》その人だった。普通なら畏れ以外の何者でもないPohを目の前にしてもなお、座る男は冷静さを失わない。それどころか、薄く笑ってすらいた。

 

「一人だけ?お前も同じだろPoh。ザザとジョニーはどうした?」

「今日は置いてきたさ。二人とも、今か今かと待ち侘びているぜ」

「フッ……そうか、それは頼もしいな」

「後はお前だけだ。Partyの始まりは近いぜ」

「行くさ、勿論な」

 

薄笑いがピタリと止んで、男を冷酷な雰囲気が包み込んでゆく。その様子に、PohはHa!!と口元を歪めた。満足げに一つ頷き、踵を返す。

 

「集合は--層アジト。攻略組には既にトロイの木馬が行った。後はエサを撒くだけだ」

 

そこで、男のブーツがギャリッと音を鳴らした。すっと立ち上がり、顔を上げる。

 

「任せておけ、コッチも最後の仕上げさ。楽しみに待ってろ」

「OK、楽しみだなbro?血に染まった狂乱のPartyが」

「ああ、違いない」

 

ギチリと表情が歪み、男は恐ろしいまでに剣呑な笑顔を浮かべた。それを見届け、Pohは遠くで朧気に光を取り込む出口へと向かって歩き出した。ギャリィィィンと澄んだ音と共に、男は傍らに立て掛けてある一振りの得手を手に取った。暗闇の中でもなお紅く、血のように光る長槍。その柄には、ルーン文字のような紋章が刻み込まれている。その紅槍の穂先が、男の顔を映しこむ。その鈍色の瞳は、確かな闇に染まっていた。

 

「やっとか…………」

 

これだけ、これだけをずっと心待ちにしていた。その全ての始まりに、男は再び口元を吊り上げた。

 

***

 

その日、男はその全てを失った。かつての仲間も、親友も、夢も希望も誇りさえも。そして、自身が尊敬して止まなかった人物すらも。後悔と呼ぶには余りのも浅はかで、絶望よりもなお深い。これが定められた運命というやつなら、なんと馬鹿馬鹿しい事だろうかと彼は想った。もしやり直すことが出来たなら、彼は間違いなくソレを選んでいたはずだ。しかし、現実は余りにも残酷で、何処までも非情だった。

 

「くそ……くそくそくそくそくそくそ……皆…………」

 

フロアボスが倒され、クリアされた歓喜に包まれる中、彼は地面に両手をついて項垂れていた。現実なら間違いなく血が滲んでいるだろう程強く。なのに、不思議なまでに、涙は流れなかった。未だに、夢ではなかろうかと思っている自分がいたのだ。項垂れていたままの顔を上げ、その瞳にある人物を映し出す。その男こそ、今回のフィールドボスを一人で切り伏せ、本来皆の祝福をその一身に受けるはずの男。しかしその男は、その整った表情を悲痛そうに歪ませ、虚ろのようにある一点を見つめている。その光景が、酷く彼の脳に焼きついていた。

 

その後の彼は、何の目的も無くただ日々を送るだけの屍も同然だった。全てを一度に失ったのなら、他に何があるというのだ?いくら自問自答しても、その答えが出ることは無く、寧ろ考えるほどに虚しいまでに虚無感が彼を襲った。そのまま月日は流れ、ちょうど一ヶ月が経過した後位だろうか。全てに絶望しきった彼の脳裏に、一つの囁きが響いた。

 

“あの時、真に罪を背負うべき人物は誰だ?俺から全てを奪い、今もなおのうのうと生きているのは?”

 

その甘美な響きは、しっくりと彼の思考回路に溶けてゆき、あるイメージをちらつかせる。

 

“そうだ、間違いなくアイツだ。あの時……アイツさえいなければ……オレは……オレ達は……”

 

鮮やかな円陣を描き、九つの剣閃が紡いだそのネーブル色の攻撃は、しかしその対象となるモンスターへと当たる事は無く…………そして……そして全てが終わった。

 

「そうか、やっと判った」

 

彼自身も驚くほどの軽々しい声で、己の怨嗟を……静かに吐き出した。

 

「アイツさえ……アイツさえ居なかったのなら、全てはうまく廻っていたんだ」

 

なら、どうする?自分から全てを奪い去ったのであれば、その罪は償われなければならない。誰が?そんなのは今更聞くまでもないだろう。知れたことだ、オレがすればいい。そのために必要なのは何だ?ソレも解り切ったこと。力だ。決して赦されることの出来ない罪を犯しておきながら、今ものうのうと生き残っているアイツを殺す為の絶対的な力が。

 

「そうだ…………もっと力を。そして、オレが……オレがアイツの罪を償わせてやる」

 

それが、彼にとっての全てとなった。それは星星の瞬く幻想のような夜空の下。しんしんと雪が降り舞うその中で、黒く焼ける復讐の炎が、静かに、されど強く燃え上がった瞬間だった。

 

***

 

「ハァ!!」

 

彼の振るった槍が目にも留まらぬ速さでモンスターの体を貫き、すぐさまポリゴン片へと変えた。

 

「フン……………………」

 

しかし、彼は何の感情すら抱くことなく槍をくるりと片手で回すと、そのまま背中にある二つの輪に滑り落とした。アイツを殺す。そう決めたのは良いものの、いささかその決断は遅すぎたようで、彼がフィールドに篭り続けてもその差が埋まることは無かった。ほぼ最前線にも近い場所で戦い続けている男と、所謂ボリュームゾーンと呼ばれる中層で狩り続けている彼。その間は何時までも平行線上でしかない。どう逆立ちしたって、その差が縮まることはない。正に八方塞にも近かった。取り敢えず、次の湧き場に向かおうとしたところで、彼の索敵スキルが反応を捉えた。

 

「誰だっ!!」

 

すばやく右手を背中の槍に回し、鋭い声を上げる。反応はプレイヤー。しかし、ここまで接近されてもなお気付かないということは、導き出される結論は一つしかない。何らかのハイディング行為をしているということだ。そんなプレイヤーが、まともな訳がない。すると、何処からとも無く手を叩く声が聞こえたかと思うと、彼の正面、捩じれたモミの木の陰から、一人のプレイヤーが現れた。

 

「Wow wow wow、中々イイ太刀筋じゃねぇか」

「キサマ……何者だ」

 

パチパチと手を叩きながらふざけているようにしか見えないそのプレイヤーへと彼が再び疑問を重ねる。容貌は闇に溶け込むかのような漆黒のフードに隠されていて、全身も同色のポンチョで覆われている。一言で言い表せば、得体の知れないまで不気味だった。その背格好から、男であるだろうということだけが唯一判別できた。ポンチョ男はくくくっと肩を揺らすと、何故か印象的な声色で告げた。

 

「オレはPoh、お前に提案があって来た」

「去れ」

 

彼は槍を引き抜くと、その穂先をゆっくりと此方へと向かってくるポンチョの首元に突き立てた。

 

「二度目はないぞ」

 

まるでその瞳に写す者全てを切り伏せるかのような鋭利な殺気と共に、彼はポンチョへと向き直った。しかし、ポンチョはニタリと顔を歪めると、伸ばした左手でその穂先を握って横に逸らし始めた。

 

「…………何のつもりだ?」

「だから言ってるじゃねぇか。俺はお前に提案があると」

「ちっ」

 

すばやく槍を引き戻して、彼は背中へと納める。素手で武器の刀身を掴めば、HPは減少する。加えてここは圏外だ。プレイヤーを守るコードなぞ存在しない。仕方なく、彼はポンチョ男の話を聴くことにしたのだ。その事が伝わってきたのか、ポンチョ男は酷く艶やかな美声でありながらどこか異質なイントネーションと共に口を開いた。

 

「力が必要だろ?」

「なに?」

 

“力が必要だろ?”その言葉に、彼の体がピクリと反応した。

 

「絶対的な力だ。俺が手を貸そう」

 

ゆったりと、彼の前にうでが伸びてくる。どうだ?と口元を歪めたポンチョを、彼は冷ややかな口調と共に一蹴した。

 

「フン、話にならないな。何者かは知らないが、あいにくオレは忙しくてね。狂った奴の勧誘などお断りだ」

 

言って、その場を立ち去ろうとしたその時、再び聞こえた艶やかなポンチョの声に、彼の全身が凍りついた。

 

「…………俺と一緒に、殺人ギルドを作らないか?」

「何だと?」

「このSAO内で人を殺そうが、俺達に罪はない。ならば楽しむのは当たり前だろ?」

「オレに何のメリットがある?」

Power, Absolute power(力、絶対的な力さ)。この世界はデスゲームだが、元となる基盤はMMORPGだ。当然、その名残は今でもある。プレイヤーキル(PK)、所謂プレイヤーを殺せば、モンスターを狩るよりも遥かに多くの経験値が稼げるぜ?それで、力を手に入れればいい」

 

目深に伏せられたフードの下から覗く双眸が、ギラリと鋭く光った。

 

「………………」

 

再び掲げられた手を見つめながら、彼は思考する。このまま狩りを続けても一生強くなれないのは目に見えている。このポンチョの言い分が正しいのであれば、オレにとっても好都合だ。だが…………だが、関係のない、全く罪のないほかのプレイヤーを奪ってもいいのか?彼の疑問はそこにあった。復讐をその身に誓い、地獄に落ちたその身でも、まだそれくらいの良心残っている。逆に言えば、彼もまた修羅にはなっていないのだ。そんな彼の思考回路に、突如記憶の渦が弾けた。

 

「おい、XXX!!」

「早く来いよ!」

「置いてくぜ?」

 

それは、かつての仲間たちとの記憶だった。穏やかでいて、それで暖かい。しかし、彼がその光景を目にすることは一生かなわない。何故なら…………

 

彼の脳裏に酷く焼きついて振り払うことの出来ないその光景。表情を悲痛にゆがめ、絶望、或いは後悔しているかのように歯を食いしばって立ちつくしているそのプレイヤー。それは何故だろうか。今の彼ならば、その理由が完璧なまでに理解できた。それは、そのプレイヤーこそがすべての始まりにして元凶だからだ。何よりも大切だった彼と仲間との絆をボロボロに切り裂き、全てを滅茶苦茶にして、彼から憧れを奪ったその存在。何よりも他の誰でもないそのプレイヤーこそが断罪されるべきなのに、そいつはまるで自分が被害者であるかのような面で彼と同じように絶望していたのだ。その姿が、彼にとって最早吐き気がするほど赦せなかったのだ。

 

「いつかこの皆でこの悪夢を終わらせようぜ!!」

「いいねぇ」

「よし、俺に任せろ」

「XXXじゃ無理だって」

「そうそう」

「お前ら……」

 

在りし日に誓い合ったその言葉。仲間が浮かべた希望に満ちたその表情が、何よりも彼の思考を焼ききって止まらない。あいつ等の死には、果たして何か意味があっただろうか?その死は必要だったのか?いいや違う。全く持って不必要だった。アレは最早不幸だったなんて言葉では済まされない。では何だ、あいつらの死は全くもっての無意味だったじゃないか。そんなばかげた話、在っていいのか。そして何より、あの人の死すらも全く必要なんてなかった。そしてそう、あの人も……あんな所で死ぬ人じゃないのに。

 

彼にとって仲間との記憶に勝るとも劣らないほど尊いその記憶。憧れだった。自分を救ってくれた、その純白の後姿が。そう、あれは希望そのものだった。あの人なら、たとえどんな絶望だろうと振り払うことが出来るだろうと思った。そして、そんなあの人に彼も少しでも追いつきたかった。しかしそれも、最早叶うことのない夢物語。

 

それら全てが、たった一人のプレイヤーの愚考の下に破綻した。なのに、なのに…………それを一番責められるべきその存在が、どうしてそんな顔をするんだ?何を被害者面してるんだ?

 

ゴウッ!!

 

彼の内に、いつの間にか燻ってしまっていたその炎が、再び激しく燃え盛った。

 

“笑わせてくれる。アイツはオレから全てを奪ったんだ。ならば……アイツを殺すことが出来るならば…………手段を選ぶ必要性なんて全くの無意味なんだ!!!”

 

彼の中で、微かに残っていた光は完全に消え落ち、そのがらんどうを何処までも深い闇ばかりが覆い尽くした。

 

「………………いいだろう。お前の提案に乗ってやる。ただし、指図はするな。オレの獲物を、殺すも殺さないも、すべてオレが決める」

「Ha!! いいぜ」

 

それだけ言って、背中を向ける彼にポンチョはニタリと小さく笑った。

 

「It’s show time!!」

 

まるで愉快で仕方のないとばかりにポンチョは声を弾ませて高らかに宣言した。いったい誰が知りえただろうか、この時こそが、後に全プレイヤーを震え上がらせる存在。殺人ギルド《ラフィン•コフィン(笑う棺桶)》の設立された日であると。それを、本人たちですら知らなかった。

 

***

 

「あれからもう一年と半年か。月日が経つのは早いな」

 

穏やかな男の声には、確かな懐かしみが篭められていた。そして、その背後に存在する四つの十字架へと目を向けた。それこそ、かつて彼の仲間だった者たちの眠る墓そのものだった。死んでしまったあの日に残った防具や武器を、彼がこの場所に埋めたのだ。故に、ここは彼にとって特別な意味であり、数多あるラフコフのアジトの中でもただ一つだけの、彼しか居ないアジトだ。彼は片膝をつき、今はもう消滅して存在しない仲間たちの遺品が埋まる地面へと自身の右手を当てた。

 

「やっとだ、やっとお前らの無念を晴らすことが出来る。ここまで長かったけど、最後まで見守っていてくれ」

 

確かな優しさと懐かしさが篭められたその声。男は立ち上がって、握る槍を背中に収めた。

 

“もう自分にはかつての愚かさも弱さもない。アイツを殺すだけの力は手に入れた。この《無限槍》と共にな”

 

「…………だから待ってろ、オレがお前の罪を断罪するその時まで」

 

そして…………そして、カズさん。アンタの無念も、オレが纏めて清算してやるよ。

 

男は自身の左手に纏っているグローブに手を這わせて、その想いを胸に刻んだ。そんな男の絶対零度に凍りついた呟きが、静けさと虚しさ以外何もないその洞窟にこだました。

 




てな訳で始まったオリジナル編、その一話目ですね。ホラ、SAOってアインクラッド編では各章にキーパーソンみたいな人物が居るじゃないですか。例えば赤鼻のトナカイでのサチ!みたいな(ケイタ達にも言えますが笑)このSAO:AFでも各章にスポットを当てるキャラを決めて作ってるんです。なのでこの編にもキーパーソンはいます!タグとかの情報インテル系もそろそろ......

感想や意見批判などなど随時募集しています!それではここまでよんでくれた読者の皆様ありがとうございました!!


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Ep33: A day he comes

この前の台風11号はすごかったなーと思った夢見草です。まぁ、自分に被害が無かったので良かったんですが。

それはそうとこの前のの話でちょうどお気に入り登録数が300人を超えました!!やったぜ!!そりゃもう飛び上がりましたよw
だって当初の目標数の2倍ですからねw

ここまで来れたのも本当皆さんのおかげです!!ありがとうございます!!


数多に存在せしインゴットの内より、彼女は目的に沿ったモノを選び取る。とは言っても、目的に沿ったインゴットを選択したからといって、その望んだとおりの代物が出来るわけでもない。あくまでここで彼女に出来ることといえば、武器のカテゴライズ…………片手直剣か細剣、はたまた片手斧などなどを固定化させることと、大まかな特性を細分化させるだけ。あとはそれを鍛える者のレベルに応じてそれ相応の平均的につりあいの取れたものが出来る。詰まるとこ、実際に鍛えてみなければ判らないのだ。全てはこのSAOを統べるシステムのさじ加減。上質なインゴットを大量に用いて何の変哲もない武器が出来上がるのも、チープなインゴットのみで作った武器がとんでもないスペックを誇ろうが、全てはシステムの気まぐれである。まぁ、そうは言っても中々諦めのつかないところが人間でもあるが。

 

選んだインゴットを灼熱に熱される炉にくべて、暫く待機する。程なくすると、くべられたインゴットが赤く熱し始められ徐々に形をゆがめていく。ころあいを見て彼女は炉から取り出すと、金床にそれをゆっくりと置く。そのまま膝をかがめて、愛用のハンマーを取り出す。ポップアップウィンドウから操作対象を指定すると、ハンマーをゆっくりと振り上げる。ここからが、武器を鍛える中で一番重要な工程だといっても過言ではない。とは言うが、別段何かしらのテクニックが必要とされるわけでもなく、数回ほど熱せられたモノを叩くだけで事は足りる。

 

ぶっちゃけてしまえば、いくら丹精を込めて叩き上げようが適当に叩こうが生まれるものに差異は生じない。それでも、少女の考えは違った。この世界に於いて、武器とはプレイヤーの生命線といってもいい。文字通り命を預ける存在なのだ。そんな大切なものを鍛える道を選んだからには、作った武器が何時しか誰かの命を乗せるのだ。であるのに、ぞんざいな扱いなどいったい誰が出来ようか。少なくとも、少女は自分の仕事に誇りを持っている以上、それは決して出来ない。さて、と気を引き締めてからハンマーを振り上げ、叩き始めようとしたところで…………

 

「おーいシェリー!いるかー?」

 

突如響いたその声に、少女――シェリー――は思わずずっこけそうになった。

 

***

 

なんて――ツイてない。

 

レンは思わず天を仰ぎたくなった。最近、何かしらため息をつきたくなるばかりのように思えるのも彼の気のせいという訳でもあるまい。相棒であるキリト、親友であるクラインやエギルなどが今の彼を見れば、きっと腹を抱えて笑いこけているに違いない。現に、彼と一緒についてきた情報屋は、人目をはばかることすらせずゲラゲラと笑いこけている。それを横目で見てから、レンはほんの数十分前の自分を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られていた。

 

「ちょっと、聞いてる?」

「ああ…………」

「絶対聞いてない!!」

「Я проклят?(俺呪われてるのかな)」

「Shut up !! Close your mouth and look at me !!(黙って私の話を聞く!!)」

「Ползание(はいはい)」

「Remember , No Russian ! Ok ?(ロシア語はナシ!!)」

「Roger that(了解) 」

 

せめてもの抵抗のつもりだったのだが、それもあえなく失敗に終わった。ライトマシンガンを手にフルオートでブッパしそうな光景が幻視できてしまえるほど、シェリーの目は笑っていなかった。下手に刺激してしまえば、三枚卸ならぬ蜂の巣ミンチにされてしまうかもしれない。今、レンが置かれている状況とは床に正座しながらシェリーに怒られているところだった。詳しくは知らないが、どうやら作業の邪魔をされたことに対して怒っているようだ。ハリウッド女優も真っ青な抜群のプロポーションも気にすることなく両手を腰に当てて片頬を膨らませながら怒る彼女には普段大人びた雰囲気が在るのも手伝ってとても可愛らしいものがあったが、正直今のレンにはそれどころではなかった。反省の意を込めさせるためなのか、正座しなければならないのもキツかったし、こう頭越しから怒鳴られるのもどうかとは思う。が、当のシェリーにはそんなことお構いなしのようだった。

 

「で?あの人は誰??」

「知らないのか?アルゴだよ。俺の友……」

「レー坊の彼女だョ」

「「ええ?/はい?」」

 

アルゴの全く予想だにしなかったその返答に、シェリーのみならずレンまで素っ頓狂な声を上げていた。シェリーからしてみれば、まさかこの朴念神に彼女が出来るなど全く思っていなかったのだ。もとい、そもそもレンはアルゴと恋人と呼ばれる間柄になった事実などなく、彼にとってもこのアルゴの発言には驚くことしか出来なかった。しかし、そんなレンの内心などいざ知らず、爆弾を投下したアルゴは心なしか嬉しそうな、満足そうな表情を浮かべていた。

 

「なっ……なななな…………」

「おいアルゴ!!いつからそんなっ!!」

「ナーんダ、照れているのかイ?」

 

口をパクパクさせながら此方を指差しているシェリーを尻目に、アルゴはレンの声をさえぎると、あろうことか彼の腕に自身のを絡め、気持ちよさそうに目を細めている。それがなんだか飼い主に懐いてくる子猫のようで…………とても彼女に似合った可愛さがあり、どうしてもレンは強く言えなくなっていた。が、そんな彼の態度がよりアルゴの信憑性を増させ、シェリーはついに火蓋を切った。

 

「何よ!!私とキス(間接)までしたくせに!!」

「んナ!?レー坊?それは本当かィ?もしそーならオネーサン赦さないヨ!」

「いや、だから…………」

「レンは黙ってなさい!!」

「そーだヨ!」

「はぁ…………」

 

お互いが互いに譲らず、それどころか白熱してゆく女子二人の会話に、男たるレンはとっくの昔に蚊帳の外のようだ。そも、この言い合いも全てレンの存在が起因しているにもかかわらず当の本人がそれを全く理解出来ていないのが悪いのである。自業自得、とはよく言ったものだ。双方譲ることなく、最早彼女たちの距離は互いの鼻の先が触れ合うほどまでに近い。アルゴはフードをかぶったままなのでその表情はうかがい知ることは出来ないが、シェリーはいかにも不満げといった感じだった。日本人離れした綺麗な髪を揺らしながら、肩を潜ませてアルゴをにらんでいる。恐らくだが、アルゴも似たような表情なのだろう。

 

「レンは!?」

「どっちなんだイ?」

「もう勘弁してくれよ…………」

 

このままでは埒が明かないと思ったのか、レンのほうにズイッと顔を寄せてくる二人に、レンは大きなため息を以って返した。最早彼に残された気力などなく、出来るのならこの場から逃げ出したいと心の中で現実逃避するしかなかった。

 

***

 

「……んで?漸く落ち着いたか?」

「ええ………………」

「レー坊……怒ってる?」

「まぁな」

 

あの後、このまま何時までも言い合いを続けていそうな勢いの二人にレンが痺れを切らし、若干凄みを含めながら彼女たちを静めたのだ。具体的には言わないが、今の自分はさぞかし笑顔が引きつっているだろうとレンは感じた。そこに、まるで有無を言わせない無言の圧力が渦巻いているように二人は感じた。

 

「そ、それで?私に用って何?」

「二つあるかな。一つ目は……」

 

レンは左手を振りかざすと、現れたメニューウィンドウからスクロールさせてゆき、アルアイテムをダブルタップさせて実体化させる。程なくしてレンの左手に握られていたのは、洋紙を赤い糸で括られて丸め、その結び目に朱印が押されたなにやら王よりの勅旨状とでも表現できるような手紙だった。そのまま、レンはソレをシェリーへと投げ渡す。いきなりのことで驚いていたシェリーだったが、それを危なげなく受け取ると、手紙をしげしげと観察しながら首をかしげた。

 

「これは?」

「まっ、開いてみろよ」

「??」

 

若干ニヤつきながらそう言うレンに、シェリーは尚更疑問を重ねつつも言われたとおりに紐を解き、手紙を開く。

 

「これは…………」

 

目に飛び込んできたのは、いつもの見慣れた無機質なフォントではなく、しゃれた英文の筆記体書かれた文章。はて、しかし何故英文体なのだろうか?基本的に、SAO内で使用、或いは表記されるフォントの全てがほぼ例外なく日本語かカタカナ表記である。なのに英文とはこれいかに。まぁアメリカ系クオーターのシェリーにとって英文は苦でもなんでもないので、どこか久しぶりに感じる英文へと目をさらっと通してゆく。

 

「えっ………………」

 

やがて読み進めていくうちに、シェリーから驚きの声が漏れる。

 

「……これ……ホントなの?」

「ああ、大マジさ」

 

まさかと思い顔を上げたシェリーへと、レンがゆっくりと肯定する。

 

「マッ、オレッちからすればやっとかってとこだけどネ」

「フフッ……そうね」

 

思わず、シェリーの表情が柔らかいものへと変わる。その手紙の内容とは、キリトとレナ、アインクラッド内でも有名かつお似合いカップルである両名が結婚するという報告と、それに伴って開かれる結婚式への招待状だった。これが意味するところはつまり、シェリーはその結婚式に御呼ばれしたというわけだ。

 

「そっか……やっとあの二人が……」

「来てくれるよな?」

「勿論!行かない訳にはいかないわ」

「よしっ!!」

 

パチッとレンが指を鳴らす。そこで、シェリーはあることを思い出した。先程のレンによれば、彼女に対して二つの用件があるのだという。一つ目がこの手紙だとすると、二つ目は何なんだろうか。

 

「あれ?二つ目の用件ってのは?」

「まぁ、これに関連した話なんだけど。結婚記念品としてレナ用に短剣でもプレゼントしようかなと思ってさ」

「レナの?キリトへはいいの?」

「アイツ、最近魔剣クラスの直権がドロップしたみたいでな。ならワンオフ品の短剣をレナに、と思ってさ」

 

成る程、とシェリーは小さく頷いた。確かにプレゼント品としてはナイスアイデアだといえよう。加えて、NPCの鍛冶屋にワンオフ品を頼むよりも、プレイヤーブラックスミスの作るワンオフ品のほうが高性能な武器を練成できる可能性が高い。そこで、レンは知り合いかつウデのいいブラックスミスたるシェリーを尋ねてきたということだろう。

 

「判った、私に任せて!!」

「おう、頼んだぜ」

 

そうと決まれば話は早い。シェリーはやる気に満ちた右手をぎゅっと握ると、頭の中で二人の姿を思い浮かべる。《黒の剣士》キリトと《舞姫》レナ。二人は付き合い始めて一年とちょっとが経つ有名カップルだ。しかも、二人はリアルでも恋人同士ではなかろうかと錯覚してしまえるほどそのコンビネーションはバッチリだった。たまに、シェリーは二人の戦闘を目にすることがある。その姿は、正に長年連れ添ってきた夫婦そのもの。極AGI振りというレナがモンスターの群をかき乱すように駆け回り、出来た隙を片っ端からキリトが屠ってゆく。それは綺麗で、可憐で、力強くも繊細そのものだ。そんな彼女へと、自分が結婚記念品としての武器を練成する。これ以上の喜びと誉れが何処にあろうか。そう思うと、なんだか誇らしい気持ちとこの職業を続けてきてよかったという気持ちが、ほっこりとシェリーの胸の内を暖めてゆく気がした。

 

「じゃあ、早速作りましょう。ついてきて」

 

シェリーは手招きをしながら、カウンターの奥にある工房へとつながるドアを押した。

 

***

 

本来、この工房にプレイヤーを招き入れることは殆どない。この工房は、いわば彼女にとっての戦場も同じ戦いの場所である。武器の錬鉄は自身との戦いに他ならない。事故の精神を静かに、ひたすらに打ち込んでゆく。何度も何度も。そこに近道など存在するはずもなく、まして手を抜くなど言語道断。だから、練成時は一人の世界に篭って集中する為にプレイヤーを立ち入れることはしない。

 

「カテゴリーは短剣にしても、特性はどうするの?」

「特性ねぇ……どうするっかな」

「やっぱりスピード系じゃないかイ?レナッちにはやっぱりスピードだヨ!!」

「だよなぁ…………」

「じゃあスピード系のインゴットね」

 

ウィンドウを開いて、シェリーは持ち合いのインゴットを次々と実体化させてゆく。そのどれもが、鮮やかな宝石のようでとても美しい。

 

「おいおい…………大盤振る舞いじゃないか?」

「いいのいいの♪せっかくの機会なんだし」

 

レンが知りうる限りでも、目にするインゴットの数々はスピード系でも最高級の一品だらけだった。それらを惜しみなく使っていることからも、シェリーの気合の入り様がうかがえる。それならばと、レンもあるインゴットも実体化させた。母なる大地である地球。人類史上初めて地球を目の当たりにしたボストーク一号のクルーであったガガーリンはこう表したという。

 

“地球は青かった”

 

と。

 

その名前を冠するそのインゴットは、レンの手のひらで神秘的な青色に透き通っている。手にしたそれを、シェリーの横から台に置く。

 

「これも使ってくれ」

「これ……《ブルーアース》じゃない!!今現在確認されているスピード系の中でもドロップ率0.12%+ドロップMobが判明していない超希少インゴットなのに……いったいどうしたの?」

「んー、まぁ、この前運良くドロップしてな。使い道に困ってたんだが……この際ちょうどいいと思ってさ」

「本当かナー。実はオークションにかけてコルに変えようとしてたんじゃないかイ?」

「うっさい。この口か?この口が悪いのか?」

「アデデデ、ヒェーヴぉウ、ひっふぁんないへくレー(レー坊、引っ張んないでくレー)」

「おおー、よく伸びるほっぺだなー」

「コホンッ!!」

 

お髭の入ったアルゴのほっぺを両手で引っ張りながら、その意外な伸縮性を驚き楽しんでいるレンを尻目に、シェリーはわざとらしく大きく咳払いをした。そして、アルゴから手を話したレンの向こう脛を、つま先で思いっきり蹴り飛ばす。伝わる激痛、流石は弁慶の泣き所。

 

「О, Трахайтесь!! какой ад - Вы делающий?(くそッ! 何すんだよ!!)」

「Fuck off !! Do you know what you did ? (うるさい!あなた何やったか判ってる?」

「почему Вы так безумны в? Ха?(ハァ?いきなりなんで怒ってるんだ?)」

「Think it on your crappy mind !! (その残念な頭で考えなさい!!)」

 

それぞれ互いの第二母語のスラングで罵り合った後、シェリーはそっぽを向いてレンから視線を外した。しかし、喋っている言語は違うのにどうやって通じてるんだろう、とそれを呑気に俯瞰していたアルゴは思った。彼からしてみれば理不尽さもいい加減にしろ!!と抗議の一つでも上げたいところではあったが、彼女が炉の前に腰をおろしたのを見て仕方なく飲み込むこととした。

 

「はぁ……じゃあ始めるわ。くれぐれも邪魔しないでね?」

「ああ…………」

「判っタ」

 

目の前にある椅子に腰掛けると、鞴に足を置いて風を送り込む。彼女が足を動かす度に、炉の中にくべられているコークスが紅い炎を上げる。頃合を見てインゴットの数々を放りこんでゆくと、更に風を送って高温の状態を保つ。SAOの製鉄方法には幾つかの種類があるが、その中からシェリーはたたら吹き製鉄方法を選択している。古来日本が編み出したこの独自の精錬方法は、和銅を生成する為に用いられたもの。特徴として、インゴット単体の純度の高い、それこそ和銅のような物が作り出せる為、日本刀さながらのしなやかさと強靭さを併せ持つ武器が作れる。これらの武器は、主にパリィイング重視のプレイヤーたちに重宝される。

 

「さあ、行くわよ」

 

ヤットコで灼熱に熱されたインゴットを取り出し、金床の上に乗せると、シェリーはハンマーを片手に小さく息を吐く。自己を小さく、精神の中へと沈ませてゆく。やがて意を決したかのようにハンマーを振り上げると、そのまま勢い良く振り下ろした。

 

カァン!カァン!カァン!

 

甲高い音と共にハンマーとインゴットがふれあい、周りに火花が踊り散る。

ああ、なんと幻想的な光景だろうか。あたりに走っては消える小さな火花は、まるで澄んだハンマーの音に合わせて踊っているようではないか。覗かせるシェリーの横顔には、どこか近寄りがたい、神秘性にも似た高貴さがあった。

 

「綺麗だな…………」

「ほんト、凄いヨ」

 

感嘆に満ちたレンのその呟きは、幻想的なコンチェルトによってかき消されてゆく。正直に言って、レンは見とれていたのだ。彼だけではない、その隣に立つアルゴもまた、彼と同じ様に魅せられていた。カァンと一際高い音を奏でると、不意にシェリーが手を止めた。見る見るうちにインゴットが長方形状に伸びてゆき、やがて短剣の形状を取る。すかさずヤットコでそれをつまむと、そのまま傍らに待機させておいた水桶にぶち込む。ジャアアアとすさまじい水蒸気と共に待つこと数十秒。すっかり冷やされたインゴット塊から現れたのは、淡い群青色に発光し、波紋上の模様の刀身が見事な短剣だった。シェリーはゆっくりとした動作でそれをタップすると、表示されたステータスを読み上げる。

 

「武器の銘は《テアーオブイージス》初耳だから、間違いなく未だない未知の短剣。どう?」

 

ズイッと渡されたそれを手に取り、レンはその刃に自身の指先を這わせた。まず驚いたのはその軽さ。到底剣をもっているとは思えないほどの軽さに、レンは口笛を吹いた。

 

「凄い……としか言い表しようが……間違いなく名刀だぞ。これ」

 

手のひらでくるりと回してから、レンは空中をこの短剣で切り結んでみる。一筋、二筋、三筋、四筋…………瞬く間に重なってゆく群青の軌跡を、アルゴが追えたのはそこまでだった。ソードスキルを発動しているわけではない、ただレンが振るっているだけ。なのに、美しい刀身が空気を切り裂くその度に、鋭利に切り込まれているように感ぜられた。

 

「それ二、とっても美しい短剣だヨ…………」

 

その感極まったアルゴの言葉に、シェリーもまた心から同意した。今まで彼女が鍛えてきた数多の武器の中でも、《テアーオブイージス》は最高傑作といえる自信があった。もう何筋目かも判らぬ横薙ぎの軌跡を描くと、レンは空中で短剣をくるっと回してキャッチした。

 

「じゃあ……代金は……」

「いらないわ。レナが使ってくれたら、私はそれでいい」

「そっか、ありがとな」

「あっ……//////」

 

ポンッとシェリーの頭に手を置くと、レンは優しくなでてやる。その手つきはとても暖かくて、彼同様とても優しかった。だからだろう、レンの手が頭から離れた時、シェリーは言い表しようもない名残惜しさに襲われていた。

 

「?顔が……」

「い、いいの!気にしないで!!」

「ムーー」

 

慌てて、シェリーはレンに気付かれないようにソッポを向いた。今目を合わせれば、トマトよりも顔を赤らめてしまうだろうと思ったからだ。

 




ってなワケで始まっているオリ編ですが、まぁー遂にやっちゃいました。まぁ最初から予定はしてたんですがね......うーんw

話変わって本文中にも出てきた

「Remember, no Russian」

での「殺せ、ロシア人だ」は結構有名ですよね。あのミッションで何度もやり直したのは私だけでは無いと信じたいwww


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Ep34: Shadow’s hiding in your eyes

本当に更新が遅れてすいません(大土下座)

ここ最近ずーとこのオリジナル編のストックを作っていました。なので結果とても遅れてしまいました本当に申し訳ありません(大大土下座

では、本編をどうぞ!!


「じゃあ、式は明後日だからな?問題ないよな?」

「ハイハイ、判ってる」

「じゃあ行こうぜ?アルゴ」

「あいヨ」

 

軽く打ち合わせを済ますと、レンは出口に向かって歩き出す。その数歩遅れて、アルゴがトコトコとソレに続く。これが、彼女のいつもの立ち位置だった。何故か、疑問と言うより不思議に思い、レンも何度かその理由を聞こうとした事がある。しかし、返ってくるのは何の脈絡もない要領を得ない言葉ばかり。まあ、特に自分に何かあるわけでもないかと考え、あまりレンが追求しなくなったのもつい最近のことだ。

 

「ああ、それと。式にはドレスコードがあるらしいから」

 

思い出したように立ち止まると、レンはふとそんなことを言った。

 

「へ?ドレスコード?例えばドレスとか?」

「それ以外にあるかよ。因みに、男子はタキシード又はスーツ着用なんだってさ」

 

まったくメンドイ……とでも言いたげに肩を竦めるレンだが、シェリーにはそれどころの話ではなかった。結婚式ならば、ドレスコードはあっても何らおかしくはない。SAO内でも現実でいう常識の範疇に落とし込んで考えれば普通だ。シェリーにとって問題だったのは、女性のドレスコードに該当するのはドレスという常識だった。彼女の日常は、たまに気分転換に外に出かけてみたり素材の為に前線まで足を運んでみたりすることはあれど、基本的には自分の工房居ることが多い。極論を言ってしまおう。彼女の日常にはファッションなんて必要ないのだ。それでも一人の女子としてファッションには興味もあるし、何着かは持っているのだが、そのどれもがやはり“日常でのオシャレファッション”であり、到底ドレスとは呼べないだろう。つまりだ、シェリーはドレスなんて持ってないのだ。

 

“さてこれは困った”

 

と彼女は一人ごちる。

 

“アシュレイさんにあしらってもらおうか?いや、そんなにすぐにはムリだ。彼女の店は超人気でオーダーメイドには予約待ちが出来てるし……ならアスナやリズに貸してもらう……のもだめか。私が呼ばれてるくらいだし、当然彼女たちも呼ばれてるはず”

 

まったく巡りあわせが悪いというべきか運命のイタズラというべきか。彼女はまったくと言っていいほどのツイて無さに頭を痛めた。すると、それが表情に表れていたのかレンの手がポンッとシェリーの肩に置かれた。

 

「シェリーが心配してんのは無駄だぜ?ホラ」

 

言って、レンは自分あての招待状をシェリーの目の前へと広げた。

 

「下の方読んでみ?」

「下?」

 

レンの意図が判らずに首をかしげながらも、シェリーは言われたとおりに文の方へと視線を移した。暫くしてようやくシェリーはレンの言わんとすることが分かった。

 

「『又、パーティーに必要なドレスなどは無料配布される予定です』?配られるってこと?」

「そっ、もうストレージには届いてるんじゃないか?確認してみ?」

「うん」

 

レンに言われたとおり、シェリーはウィンドウを立ち上げると、プレゼントBOXをクリックし、見つけた。BOX内部には、《パーティ用ドレスF》と無機質なフォントで綴られたアイテムが届いている。

 

「本当だ…………」

「な?ついでに言うと俺達にも配られてる。まっ、気が利いてるよな」

「そうでないト、レ―坊はタキシードを買うコルが無いからネェ」

「うっせ」

「あはは……そうね」

「じゃ、そういうことで」

「あっ!待って!!」

 

今度こそ出ていこうとするレンを、シェリーはすんでのところで呼びとめた。

 

「あっ、あのね…………」

「なんだよ、何かあるのか?」

「ええっと……その……」

 

「??」

 

そのまま、シェリーは下を向いて押し黙ってしまった。そんな彼女の意図が読めずに、思わずレンは肩をひそめた。日本人には……まあアメリカの血を受け継いでいるとはいえ珍しく物事をハッキリ言うタイプの彼女が言い淀む姿はハッキリ言ってレンにとっても珍しかった。

 

「あっ、あのさっ!!明後日の式一緒に行かないかな?」

「……別にいいけど?」

「じゃ、じゃあ朝七時にココにきて?」

「判った。じゃあ明後日な」

「うん……」

 

なるべく平常を装いながらシェリーは帰って行くレンとアルゴの後ろ姿を見送った。ガチャンとドアを閉めて、ヘナヘナと地面に座り込んでしまう。

 

「ちゃ……ちゃんと言えたぁ」

 

別にコミュ症でもないのに、シェリーの胸の動悸は抑えが利かずにずっとドキドキしっぱなしで、先程から顔も熱を帯びたまんまだ。とりあえず自分を落ち着かせようと、シェリーはそっと目をつむって大きく息を吐いた。すると、それが功を期したのか、動機は幾分かおさまっていき顔の火照りも冷めてゆく。それと同時に、胸の奥から嬉しさが込み上げてくるのをシェリーは感じていた。

 

「ふふふっ、やった」

 

感極まって、シェリーは思わず胸の前で小さくガッツポーズした。今、自分の顔はだらしなくたるんでいるかもしれない。それでもいいじゃないか。女性なのにカラッとしていて裏表の無い人物。これが自他ともに認める彼女の人柄だ。しかしそんなシェリーもレンの前にだけはどうしてもしどろもどろになってしまう。迷いや葛藤、それらにも増して恥ずかしさはあったけど、それでもレンにちゃんと伝えられた。なら、これぐらい許されてもいいではないか。

 

「明後日かぁ、楽しみだなー」

 

一つだけレンの反応がわりあい淡泊だったのが不満ではあったが、それでもいいだろう。レンと一緒に並んで歩ける。そう考えただけで、彼女の心は弾んだ。でも、ただ一つだけ。ただ一つそんな彼女の嬉しさに影を灯すコトがある。

 

「でも、また……あの眼だった…………」

 

そう、彼が彼女と話している時もずっと、その紺碧の瞳には必ず陰りがあった。

 

***

 

シェリーの店を後にした二人は、夜の賑わいを見せる転移門広場にいた。時刻は七時ジャスト。丁度人の往来が激しい時間帯の一つだ。攻略から帰ってくる者、逆に攻略へと赴く者。防具など身につけず私服で訪れる者。語り尽くせばキリが無いが、これで賑わいが無いわけが無い。すれ違う人とぶつからないように合間を縫いながら、レンはぴったりと半歩後ろについてくる人物へ声をかけた。

 

「なぁ…………」

「……………………」

「はぁ…………」

 

かれこれ、こんなやり取りを二人はもう三回ほど繰り返していた。どういったわけか、レンが幾ら彼女に呼び掛けてみてもアルゴは反応すら見せないのだ。何か怒らせるようなことしたかなと今までの自分を振り返ってみてもレンに心当たりはない。どうしたものか、そう思いながらレンは足をとめた。

 

「あいテ」

 

急に足を止めたため、アルゴが可愛らしい声と共にレンの背中へとぶつかった。ソレに苦笑しつつも、レンはアルゴへと向き直る。

 

「なぁ、俺が悪いならちゃんと謝るからさ。何か言ってくれよ」

「…………」

「はぁ……」

 

こりゃだめかと思いつつ、体を回そうとしたレンを、アルゴが可聴域ギリギリの声で呼びとめた。

 

「……あさって」

「ん?」

「明後日、私も一緒に行く」

「はい?」

 

珍しく素に戻ったアルゴの言葉を、レンは思わず訊き返していた。しかし、アルゴはツーンと顔を逸らすと、それに応じようとはしなかった。

 

“明後日……?ハテ、何か……”

 

そこまで考えたところで、レンはようやく理解することが出来た。明後日、つまりはキリトとレナの結婚式に彼とシェリーで朝一緒に行く予定であるのを、自分も一緒に行きたいと言ってるんだと。二人が一緒に行くのであれば、ついでに私もということだろう。

 

「なーんだ、そんなことか。俺は別にかまわないぜ?」

「よかっタ」

 

すっかり元の調子に戻ってしまったアルゴの頭を撫でてから、レンは思わず苦笑した。

 

「それくらい、すぐ言ってくれればよかったのに」

「やっぱリ、レ―坊は女性(ヒト)の気持ちが判ってなイ」

「…………つまりは?」

「さテ、後は自分で考えるんだナ。じゃあナ、レ―坊。オネーサン楽しみにしてるよ」

 

それだけ言うと、アルゴはヒョイとレンの前に躍り出ると、両手を後ろに組んでからまるで小動物みたくコトリと上半身を傾けた。

 

「ねぇ、レン」

「ん?」

 

再び聞こえる、素に戻ったアルゴの声。今日みたく珍しい日もあるんだなとか思いながら、レンはどこか真剣或いは心配の色を帯びた声色で続けた。

 

「一人で抱え込まなくても大丈夫なんだよ?」

「っ!?」

 

瞬間、レンは心臓を鷲掴みにされたかの如く固まっていた。透き通るようなその声が、全身に冷や水でも浴びせられたかのように熱を奪ってゆく。

 

“「あるいは、誰かを救い出す為に、君が他人の命を奪いさったその時に」”

“「いやだ……………死にたくない、助けて!!」”

 

思い出すだけでも吐き気がするその光景。だが、そんな彼の意思とは関係なしに這いずりあがるその悪寒だけはレンそのものを鷲掴みにして離さなかった。

 

「レン?」

「っ!!ああ、大丈夫だ。無理はしてないよ」

 

僅かに震える声。だが、彼はそんな内情の変化を目の前の少女にだけは悟られまいと、当たり障りのない笑顔の内に隠した。しかし…………

 

“やっぱり、レンは何か隠してるんだ…………”

 

そんな小手先だけの小細工など、アルゴには通じない。生業として情報屋を営んでいる以上、彼女は当然他人のそういった表情の変化などに鋭い。そうでなければ、そもそも情報屋なんてやっていけない。ましてやそれがレンにならなおさらだった。そう、アルゴはすでに知っている。痛い程に。

 

「本当に?何か隠してない?」

「いいや。だってさ、隠すようなコトが無いだろ?」

 

コレもウソ。そもそも最初の問いかけでレンが僅かだが動揺して見せた時点で黒だからだ。が、これ以上問い詰めても絶対に話すことはないのだろう。

 

「……判った」

「だろ?だから…………」

 

そのまま続けようとした言葉が途切れる。そんな時だった。突然レンの両頬になにか暖かい感触が伝わり、そのまま優しく撫でられていた。それはアルゴの手だった。いつの間にかレンの目の前にまで来て、彼の顔を下から覗きこむようにしてその頬を優しく撫でていたのだ。

 

「ア、アルゴ?」

「大丈夫?レンがムリしなくてもいいんだよ?」

「俺は、ムリなんて……」

 

“「君は私と同類さ」”

 

そうだ、無理なんてしていない。全て気の所為だ。けど、レンの瞳を覗きこんでくるアルゴの瞳と、優しく撫でてくるその手の暖かさが、そんなレンを揺らした。

 

「ムリなんて?」

「してないよ、アルゴ。俺は大丈夫だからさ、心配してくれてありがとう」

 

そう言って笑うと、レンはアルゴのさらさらとした頭にポンと手を置いた。すると、アルゴは納得のいかないように暫く彼を見つめ続けたが、やがて小さくため息を吐くと、そのまま瞳を閉じた。

 

「レ―坊がそう言うなら、いいけド……」

「そっか、ならよかった」

 

聞きたいことは沢山ある。どうしてそんな瞳でいるのか。なんで隠そうとするのか。だがそれも、彼が教えてくれることはないのだろう。いつもそうだ。彼はあの時のままから変わっていない。苦しいのに、辛いだろうに、ソレを決して誰にも明かそうとはせず、一人抱え込んだまま。知らないはずがない。だってその瞳も、浮かべた虚構の笑顔も、かつてレンがカズを失ったときそのものだったのだから。

 

「…………じゃあナ、レ―坊。オネーサン楽しみにしてるかラ」

「ああ、じゃあな」

 

それだけ言うと、アルゴはヒョイヒョイと通行人をかわして転移門へと

飛び込んでいってしまった。

 

「無理しなくてもいい……か……」

 

一人残されたレンは、ポツリと消え入ってしまうような小さな声でそう呟いていた。やがて、バツの悪そうな決まりの悪い顔で薄く笑うと、彼は大きく肩を上下させた。

 

“ありがとな、アルゴ。でも……俺には……”

 

その先は、もう語るまでもないことだ。自分にはなにがあって、何をしなければいけないかも、彼には痛いほど判っていた。

 

「さて、俺も行くかな」

 

フッと顔を上げて、レンは頭を掻いた。しんみりするのはこれ位だ。彼にはまだ、やらなければならないことがある。そう結論づけて、彼女の後を追うようにして転移門前へと足を踏み入れると、ハッキリとした口調で宣言する。

 

「転移!三十二層《アマリゴ》!!」

 

転移コマンドと共にレンの体が光に包まれ、その存在がこの場から消滅した。

 

 

 

 




実は私がこういった小説を書くときは所謂プロットみたいなのは作らず全部脳内補完されてるんですよね。物語の進行や展開、設定に至るまで全部脳内にあるんですが......実際他の作者さんなどはどうやっているのか気になる最近です。

感想、意見や批判等々何時でも大歓迎です!!


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Ep35: Woodland Misteria

はい!私もう感無量でございます!!なんと《SAO:AF》と書いて駄作と読むコレが計5名の読者様から評価を頂きました〜!本当にありがとうございます!!コレがわかった時はつい発狂してしまいました(笑)

色々と拙い私ではありますが、これからも皆さんに楽しんでもらえるよう精一杯精進します!
評価をくれた皆様、本当にありがとうございます(土下座

カ「今回の後書きはテンションアッパーな作者が暴走してるから見ないほうが良いかもな」


なにやら何とも形容しがたい浮遊感が消え、僅かに聞こえる波の音に心をくすぶされながらゆっくりと目を開ければそこは、最早別次元ではなかろうかと錯覚してしまうほどの美しい光景が広がっていた。日本の季節風がもたらすムァッとした暑さではなく、暑くありながらもカラッと乾いた偏西風を思わせる風。かのコート・ダ・ジュールもかくやと言わんばかりの景観豊かな町並みは、今が夜であるということも手伝ってかポツポツと点在する明かりはが、煌びやかながら儚く、しかし確かな美しさをたたえている。

 

ザザーン……ザザーンと波打つ海の音は、まるでそんな町並みに溶け込むが如く穏やかな音楽として流れてくる。今レンが立っている転移門前こそ石畳を敷き詰めた地面ではあるが、その先は驚くほどの真っ白な砂で覆われていてむしろこの門をこそ場違いではなかろうかと考え込んでしまう程にこの街と融和している。三十二層《アマリゴ》。現在確認されている中で、六十一層《セルムブルク》と共に最も美しい層で誰もが見とれて褒め称えて譲らないだろうこの《アマリゴ》は、アインクラッド内でも有数のリゾートスポットとして知れている。

 

現実でリゾート地と聞かば、海はカリブ海にツバル諸島、グレートバリアリーフなどなど様々な場所を連想するだろうが、この《アマリゴ》を一言で表すならば、それら全ての良い所を集めて一つにした、だろうか。少なくとも、現実世界でこの美しい景観は目に出来ないだろう。とまあ誰もが絶賛して止まない《アマリゴ》だが、レンも同意見だった。

 

この層が解放されたのはもはや昔のことではあるが、初めて目にした時に抱いた感情は今でもレンの胸に刻まれている。なにせ、相棒であるキリトと共に柄にもなく攻略そっちのけでバカ騒ぎしたほどだ。事実、これまで攻略ペースは短くても四日、遅くて二週間あるかないか位だったが、この層だけは例外的に一ヶ月近くかかった。理由は主に三つだが、その大半もこの美しさに攻略組もバカンスな気分を味わっていたから。フィールドに出れば死と隣り合わせという殺伐としたこのSAOでの唯一ともいえる癒しだったからだ。

 

「やっぱりここは落ち着くな……」

 

んーと一つ大きく背伸びして、レンは足を踏み出す。サクッっと足が微かに埋もれる心地よさを感じながらレンは街の大通りを歩いていく。これまたNPCの人々が恐ろしくマッチングしていて男はアロハシャツに短パンか海パン、または半裸だったりと陽気で明るい人々ばかり。女性はまぁ……ご想像にお任せしてもらったほうが早い。あえて口にするならば、男性にとっての桃源郷か。クラインが興奮と感動の余りここにギルドホームを建てようと錯乱したくらいに。

 

その時の光景が頭をよぎってレンは思わず噴出してしまった。そんな愉快なNPC達が行き交う大通りを、レンは物見遊山でも楽しみながら北へと進んでいく。十五分ほど歩いたところで十字路のブロックを左に、更に細い路地へと抜けていき突然はたと途絶えた町並みに打って変わって物静かな森の中へ、それと同時にマップデータを開く。そのままレンはマークしておいた目的地へと進んでいく。

 

一見なんてことないこの森だが、何の対策なしに入ってしまうと危険なことこの上ない。圏外とは言っても別に強力なモンスターが出るわけではない。いったいどういうカラクリか、この森を歩いていると何時の間にやら変な場所にたどり着いてしまうのだ。具体的には、この層の西側の森から入ったのにものの数分立たぬうちに東側の出口に立っているなど……つまりはランダム性があるという訳だ。これだけ聞くとかつてレンがシリカを助けた三十五層の《迷いの森》に近いものがあるが、こっちは更にたちが悪い。なにせ、プレイヤーは転送されたことさえ気付かないのだから。一応の救済措置として適当に歩き続ければ何処かしらの出口に必ずたどり着くことが出来る。とはいえ、未だこの森には多くのナゾが残っており、付けられている名は《神隠しの森》である。言うまでも無く、この森こそ攻略が遅れた三大原因の一つだ。対策法としては、マップデータを絶えず見ながら正しい道順を辿って目的地にたどり着くしかない。

 

「とは言えこんな場所良く見つけたもんだ…………」

 

屈んで地面に目を向けながら、大きくため息を吐く。その相手は勿論、わざわざ伴侶の為に身を扮してこの情報を見つけたレナだ。果たして湧き上がった呆れは、キリトの異常なまでの目立ちたがり無さなのかレナの健気さか、恐らくは前者だろうとレンは当たりを付けた。というより、この期に及んでなお目立ちたがらないキリトには最早脱帽ものだった。そもそも《ビーター》やら《黒の剣士》とまで呼ばれているのも関わらず、加えて某情報統合ギルドで執り行われた国勢調査ならぬアインクラッド調査、またを“権力乱用”によるアンケートでの“SAO内美人”部門でランキング上位に入ったレナと付き合っているとなれば有名でないわけがない。ついでに言うなら、“SAO内での理想カップリング”部門ではキリト×レナペアで三冠達成により殿堂入りを果たした。

 

「……まずい、イヤな事思い出した」

 

キリリと痛んだ頭にしかめっ面を浮かべながら、レンはこめかみの辺りを叩いた。彼は認めない、“SAO美人”ランクでは十五位、“理想カップル”ではキリトとレンの組み合わせで十位に入ったなど。そんな事絶対認めるわけにはいかない。

 

“そうだ、あれはギャグだ。本物じゃない。そもそもMTDと解放軍統合ギルドが何やってんだよ、アホかよ”

 

そう無理やり結論付け、レンは再び黒歴史を封印した。

 

「レナの足跡は……」

 

レンが目を向けていた地面には今、夥しいほどの数の大小さまざまな足跡が乱雑に入り乱れていた。中には獣型の足跡や、明らかにプレイヤーであろう足跡も在る。そんな中でレンが更に目を凝らすと、夥しいほどの数あった足跡が次々と薄れていき、やがて一つの足跡が金色に浮かび上がった。

 

「これか」

 

レンの持つ追跡スキルの完全習得報酬《スカウティング》。本来の追跡スキルの更に上位互換たるこのスキルは、かなり強力且つ使い勝手が良い上に汎用性も高く、様々な追加Modが用意されている。その様々なModの中からレンが発動しているのは《足跡追跡》と《絞込み》だ。術者が意識した対象の残した足跡を、四日以内なら残された足跡から特定し強調する。こうすることで、対象がどの道をたどったのかが判るようになる。しかし、プレイヤーによる悪用防止なのかプレイヤーを対象にする場合にはその相手に許可をとらなくてはならない。よって、レアモンスターハンティングなど以外には余り使えない機能でもある。しかし、今回はそれが大いに役に立った。

 

「こっち方面に行けばいいのか」

 

下ろしていた顔を上げ、レンはその金色が伸びている先へと向かって歩き出した。

 

***

 

「おおー」

 

思わずレンの口から漏れた、感嘆の声。一風変わって一気に開けた森、圏内に入ったと表記が成されるそこに在ったのは青く澄んだ――それこそここの層の海となんら遜色ないほど――綺麗な湖畔と、そこに面しぽつんと聳え立つ見事な教会だった。

 

「…………改めて、良くこんな場所見つけたな、レナ」

 

ぐるりと辺りを見回してから、レンはウィンドウを立ち上げる。出現した内からアイテム 欄をスクロールしてゆき、アイテムをクリック。レンの右手にその重みが現れた。

 

「こいつが役に立つ日が来るとはね」

 

レンが取り出したのは、《I・A・マーカー》と呼ばれるもので、マップ、或いはフィールドに設置するとアイテムを中心に半径500メートルがアクティベート化される。つまり、このマーカーの経度と緯度から成る二つの座標アドレスさえ判れば圏内の町から目的のフィールドまで一気に転送する事だって可能となる。

 

回廊結晶と違うのは、前者が一箇所に出現する転送ゲートのみからしか転移出来ないのに対して、このアイテムは座標アドレスさえ知っていればこのアインクラッドの何処にいようが飛ぶことが出来るところ。

 

外見は一世代前のトランシーバーか。非常にメカチックな長方形に操作キー。小さな有幾ディスプレイには現在地の座標が表示されている。レンは設置可能な場所に移動すると、左手に持ったカートリッジをガチャコンと本体へ挿入。本体上部にある稼動部がクルリと廻って起動したのを確認すると側面のボタンを押して地面に設置した。稼動部のレンズから、レンの身長ほどの新緑の光が伸びる。

 

「よし、設置完了っと」

 

これがレンの目的の一つ。この《神隠しの森》に点在する圏内の何処に教会があると耳にしたレナが、手当たり次第に彷徨い続けて偶然たどり着いたのはいいもののこの《I・A・マーカー》がないためにアクティベートすることができず更に追跡スキルすら習得していないが為にこの教会の場所がわからなくなった彼女の変わりにレンが《スカウティング》を駆使して場所を発見、マーカーを設置してアクティベート化するのだ。その作業を終えたレンは、次の目的の為に教会のドアの前にいた。

 

「さて、どんな感じかな?」

 

僅かばかり芽生えた好奇心を胸に、レンはドアに手をかける。その重々しい扉を押し開きレンの視界に飛び込んできたのは、十対ばかり立ち並ぶ礼拝用の長いす。正面にある祭壇と、イエス・キリストが掲げられている十字架。様々な光を中に取り込む綺麗なステンドグラス。別に何も目新しいものはない。至って普通の、しいて言えば外見よりも広く感じるくらいだ。今ここに至るまで一度も教会になぞ入ったことのないが為に、興味を持っていたレンからしてみればいささか拍子抜けである。元々少し薄暗かった聖堂に、開け放たれたドアより漏れる日の明かりが通る。射した光は、やがて奥にいる神父らしき人影を照らし出した。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は――」

 

内に入り込むなり、レンの耳に届いたのはどこか特徴のある声。しかしながら、なぜか思わず身構えてしまう――そんな声色だ。コツコツとやけに反響する長廊下を歩きながら、レンはその人物に近づいていく。

 

「…………この魂に憐れみを」

 

そうして、深い陰と共に、その人物は祈りをささげた。何となくではあるが、レンはその姿に違和感を覚えた。

 

「さて、そこで何時まで呆けているつもりだ?」

 

バタンッと聖書の閉じる音が響き、男がゆるりとレンに振り返る。まず目に付くのは、膝下ほどまでも裾のあるカソック。その下には黒色の神父服。左手を腰の後ろに回したまま、右手で聖書を掲げている。何よりも目に付いたのは、その顔だった。こげた茶色の髪、そして少々頬の肉がそげうっすらと現れる輪郭。その重苦しい双眸は夜よりなお深い漆黒。そこに光などない。

 

「……あんたが、ここの教会の神父か?」

「開口一番がそれか、まあいい。さて、ここにプレイヤーが訪れたのは初めてだが…….」

 

だからこそ、レンが訪問したのがうれしいのか、神父の表情に薄ら笑いが浮かぶ。ここまでの印象で、レンの評価はある程度固まりつつあった。この神父、どことなく胡散臭いぞと。たとえば神父の癖して体術がチート並みだったり実は全ての出来事におけるラスボスだったり、人の不幸が何よりも楽しいと感じる外道神父みたいな……世界が世界なら、“エセ神父”と呼ばれていそうなほどに。

 

「随分胡散臭い神父さんがいたもんだ」

「やれやれ、初対面の割に礼儀の悪い少年だ」

 

肩をすくめながら、神父は聖書をカソック内に入れると両手を後ろに組んで厳かにレンへと告げた。

 

「私がここの監督者であり神父の言峰綺礼だ」

 

 

 

 

 

......やっぱり形容しがたい胡散臭さと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうしてこうなった......

はい本当にすいません(土下座)。元々出そうか迷ってたんですがついついスポットキャラとして出してしまいました......もうノリで書いてるんでキャラ崩壊が......許して下さい、何でもします。(大土下座
なお、この作品の麻婆はラスボスでは有りませんので悪しからず。

そして、最近私テンションが天元突破してるんですよね笑
まずこの小説に評価がついたこと。そして何より、BO3のβ配信中とMGSVがあと残り一週間ということでもうやばいっす笑

もち、私はすでにMGSVスペシャルエディションを予約しました。あのIGNですら絶賛するシリーズ最新作、楽しみで楽しみでしょうがないです!!

BO3のβテストも、動画見る限り結構良ゲーの予感がします。全体のバランス調整の上手さはさすがトレイアークだなぁと。プレイしてて面白そうに感じるし、ゾンビモードも楽しみです。しかし、βにデュアル無いってどういうことなのトレイさん。あるよね?製品版ではちゃんと出してくれるよね?ダ、ダイジョウブ!タイトルロゴじゃがっつりデュアル出てるし(震え

今一度、この駄作に評価を付けてくれて本当にありがとうございます。


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Ep36: Merciless Hounder

“V" has come to
というわけで私今物凄くテンションが高いです笑
この日をいくら待ち望んだことか笑と言ってもプレイは暫くはお預けですが......

今回は活動報告にも書いた通り戦闘メインです。例によって描写が目も当てられないくらい酷いので悪しからず。

それにしてもKONAMIさん......パケに “A HIDEO KOJIMA GAME”と“KOJIMA PRODUCTION"
のロゴが見当たらないんですが......あの噂は本当なのか......


「……言峰、か。じゃあ神父で」

「ハハハ。面白いな、少年」

「お気に召さなかったか?じゃあ言峰神父で」

 

何と言うべきか、言峰綺礼と名乗った人物は、レンにとって予想外と言うべきか意外な人物であった。彼のイメージした協会の聖職者とうのは、もっとこう、いかにも聖職者であり厳格な人物かと思っていた。であるのに、言峰神父は別の意味で違った。その放つ存在感は、どことなく得体の知れない何か。まぁ、要するになんとも胡散臭いわけだが。サラッと全体を見通して、変に警戒心を抱いていたレンへ、言峰神父はフッと薄く笑った。

 

「さて、そうあからさまに警戒しなくてもいいだろう。して少年、こんな辺鄙な教会へ何用かね?主への懺悔か?」

 

そこで、レンは漸く本来の目的を思い出す。

 

「いいや、生憎と俺は無宗教者でね。今日ここに来たのは懺悔のためじゃない」

「ほう?見たところ苦悩の多そうな人相だが……それは残念だ。では何の為に?」

 

到底NPCのモノとは思えないほどの仰々しいナゾの存在感と、やけに耳につくような独特な声色。何よりレンが苦手意識を持ったのは、話すたびに此方を見透かされているような気がすることだった。これがレンでなくともあまり好き好んで近づきたくはないであろう人物だが、生憎とレンはこの状況に慣れつつあった。というか、慣れなければどうしようもないのだから仕方ないのだが。

 

「気遣いどうも。今回来たのは、この教会で“結婚式”を挙げさせてもらうために来た」

「ほお?」

「……この感じだと、ほかにこんな事頼みに来るプレイヤーなんて居なさそうだしな」

「くくく……そう来たか」

 

それを聞いて、何が可笑しいのやら言峰神父の声は心なしか弾んでいるようにも感じられる。教会での《結婚式》。このSAOにて式を挙げたくば、主なオプションとして二つある。一つは、このアインクラッドに於いて数箇所しかないと言われている《神社》にて挙式する。此方のオプションだと様式は和風のソレとなる。もう一方が、今正にレンが交渉しようとしている《教会》での挙式。この場合であれば、挙式様式は想像にた易いものとなる。此方のほうが、SAOでは圧倒的にポピュラーだ。なにせ、《教会》は様々な層で確認することが出来るからだ。最も、結婚に漕ぎ着けるプレイヤーの総数は圧倒的に少ないが。他にも、《教会》では実に様々なことが出来る、とはキリトの談だ。が、如何せん今まで訪れたことの無かったレンには、余り詳しくなかった。

 

「それで?式を挙げるのは君か?見たところ、相手は見当たらないのだが」

「当然だ。挙げるのは俺じゃないからな。今日は俺の友人の代理として来た」

「そうか、残念だな」

 

重苦しい目でレンを見つめてから、言峰神父の頭上にクエストアイコンが出現、それと同時にレンの目の前にウィンドウが表示された。

 

《結婚式開放クエストを受諾しますか? Yes/No》

 

勿論、レンは迷うことなくYesのボタンをクリックすると、言峰神父がその右手を掲げた。

 

「では、挙式にあたって補助となる“牧師”を一人、君たちの中から出してもらおう」

「……?それだけか?」

「無論、これ以外にもある」

「さいですか」

 

牧師と言えば、まぁこれまたイメージしやすいものだ。そんな胴でもいい考えを頭の隅に押しやり、レンは考える。はたして、自分の知り合いの中に“牧師”向けのプレイヤーは居ただろうか?

 

“クラインは無理だし、某イガグリ頭は論外。ディアベルはちょっと爽やか過ぎるし、ヒースクリフは……止めておこう。何だか嫌な予感がする”

 

彼がイメージをフルに膨らませてみても、どうにもしっくりくる人物像が浮かばない。適任としては、少し野暮ったい……何だかそんな感じ。これは完全にレンによる主観が織り成す勝手なイメージだが、生憎と今は彼一人。ソレを咎める人物など居ない。最悪彼自身がやるという手段もあるにはあるが、出来ればごめん蒙りたいところだ。益々考え込むレンの脳裏に、ふと稲妻の如き電流が流れる。居るではないか、他の誰よりも適任のプレイヤーが。もしかすれば断られるかもしれないが、なに、その時はレンが持つありとあらゆるネタで脅しをかけるまでだ。他愛なし。

 

「判った、そっちは何とかなる。で、もう一つのほうは?」

「ほう、随分と早いのだな。まあいい」

 

再び両手をカソックの裏に回して手を組んで、言峰神父の表情から薄笑いが消えた。重苦しいその瞳が、益々重苦しく感ぜられる。

 

「なに、至極簡単なことだ」

 

一呼吸置いてから、言峰神父が再び口を開く。

 

「私に、マーボー豆腐を作ってくれたまえ」

「はい?」

「マーボー豆腐だ。何だ少年、知らないのか?」

 

これは心外だと言わんばかりに肩を竦める言峰神父だったが、レンの顔は引きつっていた。もちろん、マーボー豆腐位レンが知らないわけが無い。しかし、まさかクエストの内容がマーボー豆腐とは予想だにもしなかったので、少しばかり面食らっていたのだ。では、何故顔まで引きつらせているのか?正直に言ってレンは中華料理が大の苦手なのだ。と言うのも、昔一度だけアホみたいに辛い中華料理店に行って文字通り悶絶したことがあるからだ。それからと言うもの、彼は辛いものと中華料理には多大なる苦手意識を持っているのだ。

 

“その極悪(レン視点)中華料理店の名前は何だったか……確か「紅洲宴歳館・泰山」とかなんとか……”

 

「如何した?顔色が優れないようだが?」

「いや……じゃあ、マーボー豆腐を作って持ってくればいいんだな?」

「勿論、レシピを差し上げよう」

 

言いながら、言峰神父は何時の間にやら取り出した手稿をレンへと投げる。ソレを受け取ったレンがサラッと目を通してみれば、見事な筆跡で実に多様な食材が表記されていた。今レンが所持しているものもあれば、これから狩りに行かなければならないものまである。調達には何の支障も無いだろう。問題は、これらを調理するシェフだが……幸い、レンは二人ほど腕のいいプレイヤーを知っている。此方もなんら問題ない。そうやって頭の中で算段を立てつつ、レンはふと生じた疑問を言峰神父にぶつけてみた。

 

「一ついいか?」

「構わん」

「何でマーボー豆腐なんだ?」

 

いかにこの人物が神父として胡散臭かろうと怪しかろうと、彼のそのいでたちは正に神父のソレだ。そんな神父が“報酬”として要求する料理が何故、欧米の食文化でなくアジア圏の、それもよりによって中華なのだろうか。宗教的観点から見てもとことん不思議だったのだ。レンがそう呟いたとたん、言峰神父の両目が文字通り点となった。

 

“この小僧は何を言ってるんだ?”

 

とでも言いたげな表情である。

 

「少年、君はマーボーが何たる食べ物か理解していない」

「いや、中国四千年“唐辛子”の歴史の中でもマーボーはもってのほかだろ。あれは食料兵器だ」

「少年」

 

ゆらりゆらりと言峰神父が近づいてゆき、ポンとレンの両肩に手が置かれた。その姿は、まるで迷える子羊を導かんとする様な……慈しみと慈悲があった。

 

「マーボー豆腐とは、その存在そのものが一つの“神秘”なのだ。ただ唐辛子が山のようにぶち込まれた、一見雑な料理にも見えるが、豆腐を口に含んだ瞬間、舌を焼く刺激が堪らない味覚をもたらす。そう、辛さこそ至高、辛さこそ究極の味覚なのだ」

「いや、味覚上で“辛さ”って“痛み”のことだろ?」

 

取り敢えず突っ込みを入れておく。

 

“辛さこそ究極の味覚”

 

そう熱弁する言峰神父には、心なしか力強さが在るように感じた。いつもの重苦しい瞳はどこか軽く、どこか見透かすような声色でもない。あくまでもNPCである“ハズ”なので、レンには彼の内情を知ることは出来ないが、それでも判ったことが一つだけある。恐らく、いや確実に、自分とこのエセ神父では、一生分かり合えることは無いのだろうと。主に味覚的な意味合いで。

 

「ソ、ソウデスカー。ジャア楽シミニネー」

 

紡がれた言葉が如何しても棒読みに為ってしまうのも構うことなく、レンは現状自分が出来うる中での笑顔を貼り付け、なおもまだ足りないのか語ろうとする言峰神父から足早に逃げ出した。

 

***

 

挙式予定日は今日から二日後の明後日。今日はもう遅いから、食材集めの為の狩りは取り敢えず明日にしようと決めていたレンは、その日は拠点で浅めの休息を取ってからその明朝まだ日が顔を出してない程朝早くからフィールドに足を運んでいた。現時刻は五時十九分。レンは少なくとも一時ごろにはフィールドに入っていたので、まぁ大体四時間弱ほど狩りをしていることになる。

 

「はぁ……ダルィなぁ………….」

 

愚痴を零しつつ、B-ナイフ《沙獄》の柄でトントンと肩を叩くレン。そんな彼の目の前には、おおよそ直視したくないほどの見た目のグロさと、某傘社が元凶のゾンビゲームもかくやとばかりにリアリティーあふれるディテールを追及された、SAO内不人気ナンバーワンの座を争うMob。人型グール系《リビングデッド》が四体、フラフラとおぼつかない足取りで居た。平均的なプレイヤーの身長くらいの高さに、所々が腐敗しきった皮膚。その目も例外なく腐りつつも、本来なら在り得ないハズの毒々しい鮮青に発光している。早い話が、レンのお気に入りFPSフランチャイズのCoDシリーズに登場する某タイトル内のゲームモードに登場するゾンビそのものだ。発光する目の色が鮮青なのも、偶然では無いように感じる。ソレが開発者たる茅場晶彦の趣味であるのかは定かではないが、SAO内に於ける膨大な種類のモンスター群の中でも、特にグール系のモンスターの完成度は無駄に高い。少なくともレンやキリトはともかくとして、アスナやレナなどの女性プレイヤー陣は

 

“絶対に近づきたくないし、目にも入れたくない”

 

と言わせしめる程には高い。かく言うレンも別に好き好んで相手しているわけではない。これも全てはあのエセ神父のためだ。にわかには信じたくないものの、この《リビングデッド》がドロップする《死者の腐肉》が、材用として必要らしい。

 

「グリャアアアアアアアアッ!!」

「ウェ、ウェ、ウウェー」

 

フィールド隅の壁を背に様子を伺っていたレンだったが、そんな彼に痺れを切らしたのか計四対のリビングデッドが一気にグロテスクな挙動で向かってきた。右手を宙に上げ、それを振動で微かに揺らしながら、顔を不完全に傾けて奇声を上げて全力疾走してくるその姿は無駄な完成度の高さのせいでCERO:Z不回避だろう。

 

一番レンに近かったリビングデッドが、右の拳を胸元に引き絞り、やがて鮮やかなライトエフェクトと共にソレを開放した。体術系ソードスキル《遮打》。高速で迫るソレを、レンは迷うことなく体ごと後ろにスウェーさせ、そのままの流れで背転する。目標がズレたことによって、その拳が勢いの余りメリッと壁に突き刺さる音を拾いながら、レンは両足でその壁をけると、反転する体制を強引に振り戻す。思いのほか壁に深くめり込んだのか、未だに抜け切れていないリビングデットの肩口に着地、そのグロテスクな頭部を蹴りつけてから再び壁際へと自身を押しやり、あろうことかレンはそのまま両足で垂直に壁を駆け上がり始めた。

 

七メートルほど駆け上がっただろうか、勢いは減衰しきって、壁と靴底に発生するμが意味をなくし、ついにレンという物体が物理法則に囚われたその瞬間、彼は思い切り壁を踏み抜いてから、沙獄を構えつつ右足を大きく突き出し所謂“ライダーキック”にも近い姿勢のまま急降下を始める。当然、その狙う先は今しがた漸く壁から拳が抜けた一体のリビングデッド。

 

実に傾斜七十度という急な角度で高速降下をするソレは、対象が人間だろうが人型モンスターであろうがとにかく“人の形”をしたものなら人体構造的な観点より認識がほぼ不可能となる一撃で、まさに“究極の対人型”である《A-ナイファー》の代名詞のようなモノ。当然このリビングデットもその例に漏れず、急降下によって威力を加速させられた蹴りがきれいにヒットし、そのすれ違いざまに背中をばっさり沙獄で切り付けられる。再びレンはリビングデッドの肩に左手を置き、己の体を振り上げると、怯むその肩に着地した。そのまま飛び越えると、その後に続くリビングデッドへとトマホークを投げつける。

 

「「「グォォォォォォォ!!」」」

「悪いねッ!!」

 

雄たけびを上げて怯むリビングデッドの頭上から紗獄の刃を穿ち、さらにジャンプを繰りかえして次々とリビングデッドに飛び移り、ナイフを走らせる。

 

「隙だらけだ、死に損ないさん」

 

最後に大きく後退したレンは、回転で衝撃を流して着地し、少しだけ荒くなった息を整えながら、次なる一手を考察する。流れるような体捌きでリビングデッドの集団をあしらってきたレンだが、その動作の派手さの割には与えたダメージ量が少ない。有効打としてはトマホーク位だろうか。それでも、運の悪いことに《出血》ステータスは付属されていない。

 

「ヤレヤレ、つくづく割に合わないっ!!」

 

言うな否や、レンはほとんど無拍子から《活歩》発動による爆発じみたスピードで駆け出す。リビングデッドより放たれた《閃打》を下に掻い潜って回避し、地面を這うような体勢のまま《鎖歩》でその足を払う。崩れ落ちるリビングデッドを尻目に、レンはそのまま体を捻ると、軸足を《震脚》で思い切り踏み抜き、もう一方でリビングデッドへと《昇脚》をぶちかます。内包する六度の蹴り。放たれた矢の如く、レンは体ごと斜め上に飛翔しながら、技の最高到達点にて体を縦に振り回し、

 

「堕ちろ」

 

左足をリビングデッドへと振り下ろす。その威力に弾かれたリビングデッドは、地上に居た奴らもろとも巻き込んで壁へと吹き飛ばす。これによって、計三対はしばし衝撃のせいで行動が制限されることとなり、レンと先程トマホークで足止めしておいたリビングデッドとの一騎打ちの状況が生まれる。

 

「グァァギャァァァッ!!」

「フンッ!!」

 

息つくまもなく、両者は七メートルの間合いを一気に駆け抜ける。

 

「セイッ!!」

「ゴァァァッ!!」

 

放たれる遮打の軌道にレンは自身のひじを合わせると、そのまま巻き込むように体を捻って受け流す。《纏》による防御で攻撃をいなしつつ、入れ替わるようにその背後を取ったレンは、体を捻転しながらがら空きのリビングデッドの背中へ《寸剄》を放つ。そのHP がガクンッと落ち込み、体勢が崩れる。それでもなお此方を殺さんと拳を振りかぶってくるリビングデッドだったが、時既に遅し。レンは横に滑空するように活歩で移動し、着地と共にリビングデッドを踏み越える。空中で体を反転させながら、レンは左手のみをC-アックスに持ち帰ると、右の紗獄のトリガーを引き絞る。刃が頭部を穿ったところでレンは左のC-アックスを横殴りに振るってその首から上を跳ね飛ばし、くるっと廻って着地する。如何しても完全に削りきることの出来ないHPバーを追撃のC-アックスで奪い取ったその連撃は、余すことなくその残HPを吹き飛ばしゆっくりと立ち上がるレンと変わるようにその体を爆散させた。

 

「ハァ…………一丁上がり……っと」

 

本来なら一息でもつきたいところだが、生憎とそうは問屋が卸さない。まだレンが先ほど壁に吹き飛ばした計三対が残っており、依然として明確な敵意をレンへと向けて迫ってきているからだ。

 

「しつこいね……どうも。まぁ、俺がそう仕向けたんだが……」

 

ぼやくレンだが、既に布石は打ってある。後はソレを実行に移すだけだ。ニヤリと不敵な笑みを見せると、レンはその場からさも瞬間移動したかのごとき疾さで駆け出す。

 

「フッ!!」

 

リビングデッドの行動アルゴリズムが彼を認識するよりも先に間合いへと踏み込んだレンは、その牙を獲物へと開放する。右斜めへの斬り上げ、ワンテンポ遅らせて左で斬り込むと、右足を軸に時計回りに体を翻して右ひじから冲捶を叩き込む。リビングデッドのHPバーが枯渇し、夥しいほどのガラス片が自身へと降ってくるのも構わず、レンは右の紗獄を上空に投げ飛ばし、ゆっくりと歩き出す。その姿からは余裕が見て取れ、舞い散るガラス片とあいまってとても美しかった。そんなレンが残されたリビングデッド達にとってどう写ったかは定かではないが、レンにとってそんなことに興味はない。再び《活歩》による高速移動でリビングデッドに詰め寄ると、向かってくる下段回し蹴りを飛び越えて躱し、空中にて落ちてくる紗獄をキャッチ。逆手に持ち替えてからリビングデッドへとソレを叩き込んで握る手を離す。

 

「ギャアアアアッ!!」

「よっと」

 

両足でソイツを吹き飛ばしつつ、レンは次なるリビングデッドへと肉薄。

 

「っあ!!」

 

体を捻るように旋回させつつ、両足のレッグホルスターに残るトマホークとC-ナイフ全てを投げつける。たったそれだけでも、対象となるリビングデッドのHPはその殆どを削られていた。後は仕留めの一打を放てばその体は爆散するだろうが、レンはソレをあえて行わなかった。いや、出来なかったと言ったほうが正しいか。何故か?彼の予想をよりも早く、体制をリカバリーした先のリビングデッドが、背後から迫っていたからだ。唸りを上げて迫ってくる《閃打》の一撃は、レンにとって完全に想定外。それでも、彼の体は本能的に反射してのけた。インパクトの瞬間に体を駒のように捻転させて力を受け流すと、未だにリビングデッドの体に埋まったままである紗獄の柄の上から《寸剄》を叩きつける。ズブリッと嫌な音がして紗獄の刃がリビングデッドの体を切り裂いてゆき、貫通と共に肩口より先を吹き飛ばす。

 

「Так что нет (じゃあな)」

 

それだけ呟き、レンは腰にある鞘からレリーファを引き抜くと、ソードスキルのモーションを立ち上げる。上半身を斜め後ろに逸らしてから剣と一緒に円状に旋回、剣が紫煙色の円を引きつつレンを囲む二体のリビングデッドを切り裂く。これが、水平回転斬りのソードスキル《サイクロン・コイル》だ。

 

僅かなディレイの後、ほぼ同時に消え去ったリビングデッドを尻目に、レンは剣を回転納刀する。

 

「やっと終わったか……」

 

ポップアップした戦闘リザルトからドロップした《死者の腐肉》が目標数に達したのを確認したレンは、首を回して踵を返した。先程の寸剄によって地面に転がったままの紗獄を右足で蹴り上げ、左手でキャッチしてから脇下のドロップホルスターへと納める。

 

「…………帰るか」

 

“腹減ったし”

 

先の戦闘で幾つか思うところのあるレンだったが、今どうこうできるわけでも無し。索敵スキルを立ち上げて周囲の状況を確認しつつ、レンはそのフィールドを後にした。




このリビングデット達はサマンサがコントロールしてるんじゃないですかねー(棒

あのゲームでの最大の障害は、ゾンビでは無くオブジェクト(確信
ラウンド進むごとに注意力が欠けていくwwww

気が付いたらこの作品も本編が50話目とキリが良いんですね......全然そんなこと考えてなかった......笑
記念に何かしようかは迷ってます。コラボとか......

感想や意見などなどお待ちしております!!!

では又!!!


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Ep37: Consideration

待 た せ た な

いや、更新一ヶ月も停止してしまって本当にすみませんでした。何でもしますんで赦して下さい。(大土下座

気付けば、いつの間にかこの小説も一周年......月日が経つのは早いですね。最初は、こんなになるなんて思ってもいませんでした......

50話突破記念と合わせて一周年記念として何かしらしようかなと思ってます。ティーブレイク或いは他の作者様とのコラボとか......内容はまだ考え中ですが笑 兎に角最低でも今の章が終わった頃ぐらいには決めておきます。

これからも、《SAO:AF》レンとその仲間達を宜しくお願いします。


「お待たせしました。シェフの気まぐれランチです」

「どうも」

 

食事を運んでくれたNPCのウェイトレスに一礼しつつ、レンはゆらゆらと湯気湧きたつポタージュをスプーンですくい、口に運ぶ。味はまぁ……至って普通と言ったところか。別にまずくはないし、かと言って特段旨いわけでもない。現実世界に敢えて当てはめてみるとすれば、ジャガイモベースのポタージュ、といったところか。とは考えつつも、元々レンはそこまで料理にこだわる性質でもなし、むしろSAOにおいては味よりもコストパフォーマンスを重視するようになっていた。つい先ほども先の戦闘で消費した換えの刃やらやれトマホークやらを補充していると、飽きれてモノも言えなくなるほどの大金がウソのように吹き飛んだ。宵越しの金は持たない、とか以前の問題だ。全く笑える話ではある。

 

「はぁ……どうしたもんか……」

 

コレまた如何とも言い表し難い、少々パサパサしたライ麦パンを手でちぎってかじりつつ、レンは頭の中で自身の戦闘スタイルについて再考察する。このまま何の対策もなしに戦闘を重ねていけば、いつか立ち行かなくなってしまうのが目に見えているからだ。そういったワケで今のレンには長らく馴染ませてきた戦闘スタイルを即急に修正する必要があった。

 

今現在、レンの中でもっとも馴染んだその戦闘スタイルは、一言で言い表してしまえば“ヒットアンドアウェイ”に尽きるだろう。とはいいつつも、一般的な“ヒットアンドアウェイ”とは少々異なる部分もあるが。このSAOの戦闘に於いて、最も重要なのは?と問われれば、その答えは間違いなく各種様々あらゆる武器に設定されている“ソードスキル”だろう。戦闘のカンだとか武器の性能だとか云々の以前にまず何にせよ、“ソードスキル”が扱えなくては話にもなるまい。最下層で細々と糊口を凌ぐプレイヤーも、最前線で並みいる強モンスターと戦い続ける“攻略組”やそれに準ずるプレイヤー達も、その力量、装備の質、経験には確かな差あれど、戦闘の根幹をなすのが“ソードスキル”であることにはまず間違えようがない。

 

いわば“戦闘スタイル”とは、現実世界における剣道や剣術の“流派”のようなものなのだ。どの“流派”にも基本となる“型”は必ず存在するし、ここアインクラッドに於いては“ソードスキル”がその“型”に当たる。違いといえば、“ソードスキル”はこの世界にいる全てのプレイヤーが扱うことのできるという万能性だろうか。しかし、それゆえに存在する“弱点”というものもある。一つにして致命的な例を挙げるとすれば、“アインクラッドに於いて、ソードスキルは代替の利かない絶対的な攻撃手段であり、戦闘時ではこれに依存するしかない”という点だ。勿論ソードスキルを使わずとも相手にダメージを与えることはできる。がしかし、どうしても威力という点で劣ってしまう。仮に全く同じプレイヤーが対峙したとして、片方が五回通常攻撃を喰らわせるよりも、もう一方のプレイヤーの放つ“ソードスキル”はソレをいともたやすくひっくり返せてしまう。最早このシステム的な観点から、たといどんなプレイヤーであろうとも戦闘時の攻撃手段は“ソードスキル”に依存するしかない。しかし、いくら根幹と成す“型”であろうとも、ソレに依存し過ぎる戦闘スタイルとではもう一つ問題が生じてくる。“あくまで完璧に確立された型であるソードスキルは、いつか見切れてしまう”こと。そのためPvMに於いてはAIに見切られてしまわないための誘導を行う、二人以上で連携をとってそのスキをカバーし合うことなどが推奨されている。それでも、上記故の強力さには変わりないので、SAOの戦闘に於いてやはり“ソードスキル”は無くてはならないかつベースとなるものだ。

 

しかし……そんな必要不可欠な“ソードスキル”が、レンの扱う《A-ナイファー》では使うことが出来ない。その代わりとしてかなり強力な“特殊効果”が存在しているが、それ故にレンはほぼ己の技量のみで戦闘を構築していかなければならない。逆にそれを逆手に取った“変則的ヒットアンドアウェイ”というのが、レン自身が扱う“型”そのものだ。敵のAIを遥かに凌駕する高機動戦闘を展開し、ナイフさばきと投擲のトリッキーな動きに加え安定した攻撃力を誇る体術スキル《八極拳》の三段構えで戦闘を構築する。さも獣の如き体捌きと普遍的な“ソードスキル”に依存しない様々な攻撃手段で、相手スキル使用時の硬直時間、スキルに存在する“スキ”をつく。これが、今までの経験の中で、最もレンに馴染んでいる戦闘スタイルだ。更にこのスタイルは対AIだけでなく対プレイヤーに対しても十二分以上の脅威たりえる。プレイヤーは“ソードスキル”に攻撃手段を依存するしかない以上、ソレに存在する硬直時間というのにも当然切っても切れない関係性がある。仮にソードスキルに頼らずとも、そもそもレンの戦闘そのものが変則かつ変態機動(誤字にあらず)すぎる。かつて彼の戦闘を視たあるプレイヤーはこう称していた。

 

『アイツの戦闘はとうてい同じ人間技とは思えない。なんだよあの体捌き、新体操金メダリストだってもうちょっと可愛げがあるぞ。あの変態機動はなんか “某リボン付きの死神(メビウス1)”に通じるものがある』

 

レンが本来のSAOであればPvPにおいてかなりの上位置の一角に入るだろうと予想されるのはこのためだ。――こう羅列していけばとても聞こえはいいが、飽くまでもそれは“IF”の話。本来の仕様だろうが無かろうが“強く”はあっても“最強”ではないと当の本人ソレを否定する。何故か?これこそレンが今頭を悩ませている原因の一つだ。今のレンの戦闘スタイルは“ほぼ”完成されているが、“理想形”ではない。本当の意味で《A-ナイファー》の理想形は、大量のトマホークやらC-アックスなどと体術を併用しつつ変態高機動で動きまわってから、《A-ナイファー》の代名詞であるB-ナイフやS-ナイフの“刃射出”で“即死”させること。この理想形が実現できればそのIFにも現実味は増してくる。だがこれらはシステム的な面でもレンのお財布事情的にも実現は難しい。今現在、レンが装備しているレッグホルスターの最大装填数は一つ五、それが両脚で計十。これが出回っている中での一番性能のいいホルスターだが、なまじ“ソードスキル”が利用できないレンは当然サイドアームたるC-アックスやトマホークへの依存度も高くなり、正直なところ十本なんてその気になれば僅か十秒足らずで使い切ってしまう。そして《A-ナイファー》最大の長点であるB-ナイフやS-ナイフの“即死”攻撃も、判定がシビアすぎて笑えてくるレベルだし、射程距離は馴染みある《CoD》シリーズよりも短いし、仮にクリティカルポイントにヒットさせてもそこからは確率による運任せ。そのくせこれらのどれも、その装備代がバカみたいに高い。これでは流石に大量に使えるわけが無い。つまり、SAOのゲームバランスがどこかで高みの見物をしているであろうGMたる茅場晶彦か、はたまた“カーディナルシステム”よって再び修正、或いは調整されることが無ければ、レンは永遠に理想形を実現することはできないのだ。そのためにレンが編み出したのが今の己の体捌きと変態機動で繰り広げる“ヒットアウェイ”の近接戦闘。

 

“まっ、そんなことはとっくの昔に判ってるけどな。正直今の戦闘スタイル以外に効率のいい奴なんて他に思いつかないんだが……”

 

ここ最近、モンスターなどのAIが高度化してきたためなのか変則性が出てきためなのか、今の戦闘スタイルの効率が以前と比べて格段と落ちつつあるのは明白。しかしこれ以上、レンでは今よりさらに最適化された戦闘方法など思いつかなかったし、もともと出来ることを突きつめてきたものなのでこれ以上突きつめようもなかった。それはつまり、この《A-ナイファー》の限界が少しづつだが近づいているということにほかならない。それでは困る、しかし最善策が無い。そのジレンマにレンは思わず深いため息をついた。

 

「はぁ……つくづく性質のわるいスキルだ……」

 

これ以上考えても答えが出ることはない。そう強引に結論づけたレンは、再び目の前にある料理へと止めていた手を伸ばした。パンをちぎり、ポタージュに浸す。ポタージュに浸したことによりしっとりとしたパンを口に入れれば、中々どうしてかなり美味しい。今度は備え付けの見るからに新鮮で瑞々しいサラダを食べてみようかとレンが思い立ったところで……

 

「いらっしゃいませー!!」

 

カランカランカラーン、ガチャンという音とNPCウェイトレスの発した声とが、同時に響いた。入店してきた人物は、席に案内しようとするNPCウェイトレスを軽く流してキョロキョロとあたりを見渡す。どうやら、人と待ち合わせをしているようだ。しかし存外あっさりと見つけられたようで、その人物は軽やかかつ凛とした美しさとが同在する足運びで歩き出す。まぁ、そもそも小さい店内だし、街の離れにあるのも関係しているのか、客がNPC含め全員で八人しかいないため、これで手こずるわけもないのだが。その人物は目的のテーブルへとたどり着くと、椅子を引いて今なお食事を続けるレンの向かいに座った。

 

「遅かったな」

 

目を合わせることなく、食事をしながら座った人物――アスナへとレンは言った。

 

「なによ、呼びたしたのはキミじゃない」

「イヤ、ワルイナー」

「もぉ…………」

 

全く悪びれることなく、むしろ一層おどけるレンに、アスナは溜息と共に諦めた。視線を動かし、店内をさらりと見渡す。

 

「それにしても……よくこんな場所見つけるのね」

 

まず外観からだが、明らかに年季の入った作りだった。いうなれば、裏路地にひっそりと建つ時代に取り残られてしまった個人経営の食堂……だろうか。そしてそんな外見を裏切ることなく、コレまた店内は更に年季が入っていた。漆喰の壁はくすんでいて、所々ひびも入っている。加えて街のはずれに位置するということも相まって、驚くべきことにNPC以外のプレイヤーは僅かにレンとアスナだけという過疎っぷり。アスナとしては、よくもまぁこんな場所を次々と見つけてくるものだという純粋な感想だったのだが、どうやらレンはそう捉えなかったようで、少しムッとしながら返した。

 

「まっ、KoB副団長の《閃光様》のお口に叶う食堂じゃないのは確かかもな」

「レン君?その呼び方は……」

「おあいこだろ」

「それでもっ!」

「ハイハイ、ワルカッタナ~」

「もぉっ!!ホントいっつもいっつも、どうしてそうおどけるのよ」

「さあ?」

 

依然として皮肉る態度は崩すことなくおどけるレンに、アスナは最早疲れとも諦めともつかぬ溜息をこぼした。これ以上続けてもあーこう返されるのは目に見えていたので、アスナはそれ以上追及せずに本題へと入ることにした。

 

「それで?私に頼みたいことって何?」

「ん」

 

食事に手を付けつつレンは空いた右手でウィンドウを操作し、言峰神父からもらったあのマーボーのレシピを手渡した。

 

「これは?」

「開いてみてくれ」

 

言われるがままに、アスナはレシピに目を通してゆく。アルクブルクの豆、四川唐辛子、死者の腐肉…………どうやら、料理レシピだということは察しがついた。

 

「つまり、コレを私に作ってほしい、ってこと?」

「そそ、察しがいいアスナが俺好きだよ」

「………………」

「ジョーダン」

 

ジト目でこちらを睨んでくるアスナを流して、レンは食事の手を止める。アスナが察した通り、レンは彼女に調理を頼もうとしていたのだ。最初は自分自ら作ろうと考えていた。わざわざアスナに頼むのも面倒だし、頼んだら頼んだでとんでもない見返りを要求されるやもしれぬ。レンも《料理スキル》は一応所持しているし、特段問題はないだろうと考えていたのだ。しかしその考えは何と料理レシピそのものに裏切られることとなる。《四川麻婆豆腐》に必要なスキル熟練度、正に数値にして850オーバー。幾らなんでも高すぎである。熟練度337しかないレンでは当然ムリだし、これ自体がそもそもレナ達のためにやっているので、頼めば快く引き受けてくれるだろうがレナに頼むのも場違いというもの。必然的に、消去法で残るはアスナに頼るしかなかった。それでも、《料理スキル》を所持しつつその熟練度が高いと聞く流石のアスナでも、この料理を作れるかは正直半信半疑といったところだった。何しろ熟練度が850、さしもの彼女も攻略組かつ最強ギルドの副団長としての肩書があるために非戦闘スキルである《料理スキル》はそこまで達していないであろうと、ダメ元で尋ねてみた次第であるが……そんなレンの思惑などどこ吹く風で、アスナはフッと不敵に笑った。

 

「いいわ、スキル要求値も余裕でクリアしてるし、材料があれば作れるわ」

「はい?」

「だから私が作ってあげる。何よ、不満なの?」

「い……いや……まさか、《料理スキル》の熟練度850越しているのか?」

「?へんな事を聞くのね。そうじゃなきゃ承諾なんてしないわよ」

「まじか……」

「材料はそろってる?」

「あー、一応そろえた」

「決まりね。ホラ、そうと決まれば行くわよ」

 

思わぬその返事にあっけに取られているレンの腕をつかみ、アスナが店を出ようとする。

 

「ちょっ、飯がまだ……」

「ついでに作ってあげるわよ」

「いやそういう問題じゃ……」

 

そんな抗議も空しく、まだ半分ほど残っているパンとスープ、結局手をつけていないサラダを残したまま、レンはアスナに連れて行かれた。

 

***

 

「どうしたの?早く入りなさいよ」

「あ、ああ…………」

 

おずおずといった感じで、アスナに招かれるままレンは半ば惰性的にその敷居を跨いでいた。その強さは勿論、類稀なる美貌も相まって最早この世界でのアイドルにも近いかの《閃光様》たるアスナの家に入る、ということからくるある種のプレッシャーにも似たモノを感じている、というのもあるし、それにもましてレンの想像を遥かに超えてアスナの家の豪華さに気押されていたというのがある。レンにも、自身の塒と呼べるモノが一応存在はする。といってもこのアスナの家のような一軒家などではなく、あるプレイヤーが管理運営するアパートの一室を借りているだけだが。それと比べてみれば正に月とスッポン程の違いがあった。メゾネット造りの三階建の小さな家ではあるものの、おのずとコレがどれだけ“優良な”物件であり手間と(コル)が掛けられているパッと見ただけで判るほど美しかった。加えて、おずおずと入ってみたレンを待ち構えていたのは文句の付けようがないほどに整えられた内装だった。広いリビング兼キッチンと、一目見て高級プレイヤーメイド品と判る木製の調度品。そしてそれらをまとめて心地よい雰囲気を演出させる色合いは、流石の一言に尽きる。これが有名デザイナーによるデザイン、手がけたモデルルームです。と言われれば、レンは何の疑いもなく信じていたかもしれない。それほどまでに、アスナのプレイヤーホームは完成されたものだった。

 

「?どうしたのよ、そんなに固まって」

「いや、格差社会ってどこに行ってもあるんだなって」

 

現実世界で例えるなら、一介のフリーターと一流大企業に勤めるエリートキャリアウーマンか。いや、アスナの性格とその美貌を考えれば、頭のキレる秘書もあり得るかもしれない。とは言え、実際二人の間にそこまで格差があるはずないのだ。というのも、アスナは言わずがな攻略組の、それの最強ギルドの副団長だが、レンも一応は攻略組なのだ。ただ、攻略組の割には珍しく最前線から最下層と幅広く活動しているだけ。なので、レンもアスナとさほど変わらない程度にはコルを稼いでいるはずなのだが、これだけの格差を生じさせてしまう、その原因たる《A-ナイファー》の金食い虫具合が判る。レナが面白半分にコレを称した《マネーイズパワーシステム》が大体あっているのがつらいところ。

 

「とにかく、レンはそこに座ってて?パッと作っちゃいましょう」

「助かるよ、ハイこれが材料」

「…………け、けっこうグロテスクね」

 

ドチャリッとトレイに実体化された食材の数々は、中々グロテスクな光景だった。恐る恐るといった感じでツンツンと材料をつつくアスナは、訝しげな表情をレンに向けた。

 

「因みに、コレをドロップしたモンスターの名前は?」

「アスナ、世の中には知らないほうが幸せな事も一杯あるぜ」

「あー分かった。それ以上言わなくていいよ」

 

頭に手を置き、アスナは突くのをやめた。彼女は知らないだろう。今さっき自分が突いていたものは、彼女の忌み嫌うグール系モンスター《リビングデッド》を始めとするモンスター達の体の一部であることを。深く考えることはせずに、アスナはいそいそと食材の乗ったトレイを持って奥のキッチンへと消えた。

 

「どれ位かかる?」

「んー、三十分くらいかな」

「そっか」

 

差し出されたティーポットからカップに中身を注ぎ、ズズズっと口に運びつつレンはテキパキと料理をしているアスナの姿を眺めていた。

 

“こうして見ると、やっぱりアスナって綺麗......だよな。何時だっけかクラインが一時間ばかり語ってた理由も判らなくはないかも”

 

「……………………」

 

“ダメだ。意図せずとはいえ、かなり気まずい……”

 

よくよく考えてみれば、レンはそのアイドルにも近い女性の家に招待され、多少なりとももてなしを受けているということになる。そこまで考えて、レンは途端気恥さを覚えた。柄にもなく、自分が必要以上に緊張しているのが判る。それでも、アスナにだけは感づかれないようにとレンはティーカップに残る紅茶のようなハーブティーのような、とにかく中々に美味しいソレを飲み干した。

 

“美味しい……なんか茶菓子とかと合いそう、流石アスナ……じゃなくてっ!!”

 

…………まぁ、一度認識してしまったモノをまた意識しないように努めても、かえってそれが強く意識されてしまいドつぼに嵌まってしまうのが人間というもので……レンは、せわしなくティーカップに口を付けていた。

 

“なんだ……レン君もあんなカオするんだ……”

 

加え、そんなレンの努力は空しくキチンとキッチンに立つアスナに伝わっていた。彼は冷静に努めているつもりでも、どこか所在なく落ち着かない様子で何度もティーカップを口に運んでいる。緊張あるいはそれに準じるモノを必死で紛らわそうとしているのは誰の目に見ても明白だ。普段はどこか飄々としていて、終始おどけたりふざけた言動をとる、かなりつかみどころのないレンだが、今の彼は何となく素直な年相応の少年のようで……どこか可愛かった。口を開けばいつもふざけるレンしか見てこなかったアスナにとっては、今の彼はとても新鮮に映っていた。

 

“でも、……今のレン君を視ていると、どこか懐かしい感じがするのは、何でだろう?”

 

そんな彼を見ていて、その胸の内に湧いた懐かしさにアスナは首をかしげていた。なんとなく……自分と目の前にいる彼は此処じゃないもっと遠くで……会った事があるような気がする……そんな、不思議な感覚。何故か、それが暖かく思えた。

 

「アスナ?手が止まってるみたいだけど、何か問題でも?」

「え?あ、いや。何もないよ、大丈夫」

 

“気の所為だよね……”

 

そうして、アスナは再びそのグロテスクな肉塊に視線を戻した。

 

***

 

「………………」

「………………」

 

二人とも、軽い思考停止状態に陥っていた。かれこれこんな感じで、どちらもこの状況をどう解釈しようか分からなかったのだ。

 

「アスナ、別に疑うワケじゃないんだけど……」

「レン君の言いたいことはすっごい判るよ。でも、コレがレシピ通り」

 

ならば益々ヤバイのではないか。

 

思わず、レンの表情が引きつってしまう。鍋の中で、さも地獄にあるという血の池地獄よろしくグラグラと煮えたぎる、得体のしれないナニカ。おおよそ存在するありとあらゆる赤という赤を混ぜたらこんなになるのではと思えるほどの禍々しくもへんに鮮やかな赤。立ち込める湯気すら仄かに赤み付いているとはどういうことなのか。まさかこの物体に含まれる辛味成分が気化しているとでもいうのか。かろうじて煮えたぎる中見からコレが麻婆豆腐であることは判る。しかしコレはちょっとヤバいのではないか。少なくとも、レンが記憶している“四川麻婆豆腐の筈”の物は、こんな禍々しい物体ではなかったかのように思う。恐る恐る、レンはソレを小指に掬い取って口に入れてみた。

 

「っ!?!?!?!?」

 

まず感じたのは、筆舌し難い辛さ、そして突き刺すような辛さ、何処までも辛さ、これ以上ないくらいの辛さだった。レンの中で、中華に関する記憶(トラウマ)が蘇ってくる。何とか保って見せたが、体がグラリ傾きかけた。

 

「だっ、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないかも、無理。コレマジやばい奴だって、生物兵器化も」

「そ、そんなに?」

「何がヤバイってのが判らなくなるくらいにヤバイ」

「そ、そう」

 

レンがそう言うと、アスナも心底ぞっとした様子でそのフタを閉じた。とにかく一刻も早くこの生物兵器をどうにかしなければならない。そんな、確かなる使命感を抱いたレンはアスナへの感謝も口早に急いで教会へと向かった。

 

***

 

結果から言うと、これらすべての元凶たるエセ神父は、何と信じがたい事にこの生物兵器を攻略しかかっていた。凄まじい勢いでレンゲを口に運ぶ。最後の更に残った生物兵器がグングンと減っていくのは見ていて壮観だが、レンからしてみれば恐ろしくてヤバイ。残った一掬いを手に取り、言峰神父が口に運ぼうとして……そんなレンに気付いたのか、不意に重苦しいその目を向け――

 

「喰うか?」

「喰わないっ!!」

 

ドンッとテーブルを叩いて、全力で否定するレンに言峰神父はフッと口元を上げると、最後の一口を運んだ。

 

「信じらんねー、一人で全部食いやがった……」

「実に美味だった。少年、感謝する」

「ハイハイ、ドーモ」

 

ヒラヒラと手を振って、レンは適当に流す。言峰神父はゆっくりと立ち上がると、再び両手を後ろに回して礼拝の前へと立つ。

 

「さて、君には感謝している。後は牧師さえ連れてきてくれれば、いつでも好きに使うがいい」

 

それと同時に、レンの目の前にクエストクリアを知らせるウィンドウがポップアウトする。

 

「やっとか。ったく、散々だった……」

 

ソレを閉じ、インスタントメッセージを立ち上げてキリトに結婚式会場の解放終了のお知らせとちょっとした祝辞を添えて送った。そうして、レンは自身の借りているアパートに向かおうと教会を退出した。




When I look at the hard Truth..... I may not want to come back.
(俺が真実を知った時......もう戻りたくはないかもしれない)

いやぁ、つい最近《CoD:BO3》のストーリートレイラーが発表されましたが......なんか超良い感じですね!!!流石トレイアーチはこういったダークな作風に定評がありますね。

まだMGS:Vはプレイどころか開封すらしていませんが、ようつべなどには早速色んな動画が......MGOIIIも楽しみで楽しみで笑

遂に、本当の意味でPS4の時代到来!!!って感じですね。MGSがだいぶPS4版を牽引しているようですし笑

そして小島監督......Z.O.Eの新作はまだですか?(錯乱


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Ep38: Wedding day - Thank you -

去る10月6日には遂に待望のMGOIIIが稼働を開始しましたね。ようつべでも色んな実況者さんがオンラインの動画を上げてるみたいです。

フルトンパーンチッ!!!

それよりも、ユニークキャラのオセロットがイケメン過ぎた。Tornado-6リボルバー二丁持ちのデュアラーとかアキンボ大好き人間としては堪らないっす。マークした敵を跳弾で倒せるとか流石オセロット!!!渋すぎるぜっ!!!

ああ〜2丁拳銃使いが主人公の小説が書きたいよーー!!

いいセンスだ(σ・∀・)σ


いい宵だ、とキリトは移ろいゆく夜空を眺めながら思った。もちろん、彼がいま目にしているのは人の手によって成されたVRの、0と1の集合体でしかない偽物……模造の空だが、それでも光り輝く星と月、そして流れゆく雲が美しい事に変わりはない。手摺にかけていた右手を空へと伸ばし、めいいっぱい手のひらでその完全な満月を捉え……されど虚空をつかむ。

 

「何してるの?」

 

まるでハープのように優しく、澄み渡る声がして、同時に背中から自分以外の温もりを感じる。腰に手が回され、その頭が背中に預けられる感触。

 

「別に、唯月がきれいだなってさ」

「フフッ、キリトってやっぱり不思議」

 

可笑しそうに、されど優しげなレナの言葉に、キリトもつられて笑ってしまう。ちょうど、彼自身も可笑しいなと考えていた所だ。

 

「明日……か……」

「うん…………」

 

ちょうど、キリトの知り合い……いや、相棒としてのレンから、益体なくまるで彼そのもののようにふざけた文体のメールが届いたのは、丁度今から三時間前。よほど面倒だったのかはキリトには判り兼ねるが、メールにはここぞとばかりに祝辞が述べられていたが、最後の文末に、簡潔ながらこう書かれていた。

 

“「とにかく、《開放クエ》は無事終わった。本当に、おめでとうキリト。二人とも、幸せにな」”

 

彼らしいと言えば彼らしく、キリトにとってもその言葉は大変嬉しかった。

 

“サンキューな、レン”

 

そっと目を閉じ、その口元には僅かな笑みを湛えたまま、キリトは相棒に感謝を送る。

 

「ねぇ、キリト」

「ん?」

「私ね、最初はこのデスゲームに囚われているのはとても嫌だったんだ」

「…………」

「HPが0になったら死んじゃうなんて、私には到底信じられなかった。これが実は唯の夢で……気付いたらいつものベットの上、変わらない日常を繰り返すんだって思ってた。実はね、私キリトやアスナの知らないところで、一人泣いてた事もあるんだ」

 

懐かしいな、そう懐かしげに口にするレナ。しかしキリトは、そんな彼女がその時に抱いてたであろう悲しみが、おのずと推し量られる。

 

「でもね、いまわそれでも良かったのかなって思える自分が居るんだ」

「……どうして?」

「だって、キリトと出会えたし。こうして一緒に過ごして、一緒に笑って……悲しんで……コレもアレも、このSAOのお陰でもあるんだって思う」

「……そうかもしれないな。うん、俺もそうかも。こうして、レナに出会えて本当に良かった」

 

悲しい事は沢山あった。失った物は決して少なくなく、それは今でもしこりのように、キリトの心の奥底に棲みついている。それでも、SAOはキリトから奪うだけでなく、未来への福音も齎してくれた。そんな彼の背負った傷を、長い時間をかけて癒してくれたのは紛れもなくレナだ。出会い、そして今こうして彼女を愛することが出来るのも、SAOのおかげかもしれないと。自分の醜い利己心だけで失った仲間の、そして助けてやれなかったサチの死を、忘れることはないだろうがそれでも前向きに償いの道を歩もうと思えるようになったのだから。

 

「レナ……俺、君が大好きだ」

「うん……私もだよ。貴方だけは、私にとってかけがえようもない大切な人だから」

 

彼女にとっては広く、されど見慣れた彼の背中に、いっそう深く顔をうずめる。キリトがくれる温もりを、逃さないために。明日――イチョウの月二十日は、キリトとレナ、二人のゆく道が一つと混じり合う日だ。

 

***

 

あれから、一年と半月が経った。忘れてはならないものが、記憶から薄れてゆき、忘れなければならないものほど、鮮明に思い出してゆく。それが、はたして正しく、或いは人間として間違っているのかは、レンには判らない。しかし、例えそうだとしても、レンはこの光景を、たとえどんな事が起きようとも、忘れることはないのだろう。

 

あの時に、レンは死を受け入れていた。自分は此処で死ぬんだと。なのに、死んだのはレンではなく………決して死ぬはずのなかったカズだった。正にレンが死に行こうとするそのさなかで、彼はその身を呈してレンを守った。そう、だから彼を殺したのは、他でもないレン自身なのだ。犯したその過ちが、大切な友人を殺してしまったのだ。

 

“死にゆくだれかを救う”

 

彼の掲げた理想は、たとえどんなものでも犯し難い尊き理想だった。そんな尊いモノを、何の理由もなく自己保身のカタマリであったレンがその想いごと藻屑にしてしまった。その死は……あっけなかった。とうてい、人が死んでしまうなんて思えないほどに。いや、そもそもこのSAOでは、“死”という定義が可笑しいまでに希薄すぎるのだ。しかし、それでも残された者にとって“死”とは悲しく、冷たいものであるのには変わりない。カズの死は、自らの過ちと愚行が起こした業そのもの。なればどうして、レンがそれを忘却することが出来ようか。

 

そうだ……だから俺は……

 

その先にあるモノを、レンが思い出すことはないのだろう。何故なら、それは――

 

“僕が――――”

 

唐突に、砂嵐にも似たノイズが、レンの記憶を焼き尽くした。

 

「………………っ」

 

ウィンドウからけたましく鳴り響く忌々しいアラームを解除して、レンはひどく散漫的にその体をベッドから引き起こした。視界がとらえたのは、なにも特筆することのない彼のアパートの一室。備え付けのテーブルには、レッグホルスターとドロップホルスターが無造作に置かれ、何本か換えの刃が地面に転がっている。どうやら、昨日はかなり眠かったらしい。どこか他人事のようにそう考えてから、レンは時計に目をやった。昨日ダンジョンから帰ってきてから、まだ三時間しか経っていない。

 

「……寝てたのは一時間チョイってところかな」

 

簡素なルームウェアから配布されているタキシードに着替え、床に落ちた刃を拾い集めてドロップホルスターを身につける。

 

「武装は……まぁこれくらいでいいだろ」

 

刃をホルスターにしまって、そのままテーブルの上に放置する。

 

「さて、行くか」

 

首を回し、レンはドアノブにその手を掛けた。

 

***

 

約束通り、レンがシェリーの店にまで迎えに来てみれば、何故かアルゴがすでに来ていた。

 

「はい?」

「おはよウ、レ―坊」

「おはよ、レン」

「ああ…………おはよう」

 

思わず、流されるままレンも挨拶を返してしまった。しかし、それを聞いても満足しないのか、二人の表情はどこかムスッとしたままだった。ドレスにそれぞれ身を包んだ二人は、そりゃぁ言葉で言い表せないくらいの綺麗さだった。シェリーは淡いスカイブルーのドレスに、艶やかなブロンドヘアーをサイドテールにふわっとまとめて、アクセントに刺してあるユリの花が全体をキュッと引き締める。言うなれば、銀幕のライトを引きつける令嬢といったところ。それと対照に、アルゴの方は淡いレモンイエローのドレスに黒色の帽子。無論のことフードもトレードマークのおヒゲのペイントもないため、帽子で若干素顔を隠しているのかもしれないが元々が可愛らしい顔立ちなので、いい意味で目立っている。彼女をアルゴだと見抜けるプレイヤーはいないだろう。レンでこそ彼女の素顔は目にした事があるが、そんな彼でも一瞬見分けがつかなかったのだから。あちらが令嬢なら、こちらはおとぎ話に出てくるお姫様。

 

「いや、えーっと、その………二人とも、よく似合ってるよ」

「あ……アリガト///」

「フフッ、レ―坊ってば素直でよろしイ」

「っつ」

 

頬をあからめつつ笑うシェリーと、アルゴの綺麗な瞳に見つめられ、レンはなんだか気恥かしくなって顔を逸らしてしまった。どこか調子がくるってしまう。

 

「ほら、レンもネクタイしっかりしないと」

「襟もちゃんとするんダ」

「お、おい」

 

だいぶ適当に着こなしていただけあって、レンのスーツ姿は少々乱れていた。それに気づいた二人が、つかつかとレンに歩み寄ってそれぞれが彼の姿を正してゆく。他意などなく、彼女たちはただ純粋にレンの姿を正してくれているのだろうが、今のレンには逆効果もいいところだ。が、それでも楽しそうな彼女たちのそんな笑顔を見ていると、なんだか安心できるような気もした。

 

「よし、これでオッケー。レンもよく似合ってるじゃん」

「うん、いつもよりカッコいいヨ」

「どーも」

「ほら、早くいこ?」

「ちゃーんト、オネーサン達をエスコートするようニ」

 

シェリーとアルゴが、レンの両サイドに回ってから腕を差し出してくる。ここまでされれば、流石のレンももう何をしなければならないのか、そして二人が何を求めているのかは判りきっている。小さくため息をひとつ、そして肩をすくめてから、レンは苦笑した。

 

「ま、しゃーないよな。じゃあ、行きますか?お嬢様方」

 

自身の腕をからめて、レンは見た目麗しいレディー二人と共にゆっくりと歩み出した。

 

***

 

誠に不本意ではあるが、ここ三日ばかりレンが足繁く通ったこの湖畔の教会は、今までに類を見ないにぎわいを見せていた。教会の庭、或いは土地であろう草原の広場にはテーブルがいくつもセットしてあり、花や何やらで飾り付けられている。特に何の飾り気もなかった教会も、どちらかと言えば不気味だったにもかかわらず、これらの中でどこか厳かに佇んていた。正直に言って、レンの想像を遥かに超えてそれは立派だった。まさか、あのエセ神父が管理するこの教会が、ちゃんとしているのも以外ではあった。

 

「オォ!!レンじゃねえかよぉ!!久しぶりだな!!」

「どちら様ですか?」

「おいおい、そりゃないぜ」

「ジョーダンだ。ジョーダン」

 

野太い声と共に、訪れたばかりのレンへと歩み寄ってきたのは、黒地のフォーマルなスーツに身を包んだクラインだった。いつもは野武士然としたサムライのような格好であるため、少しばかり物珍しい物がある。が悲しいかな。スーツに身を包んだクラインは、紳士というより社会の波にもまれるサラリーマンといったところだった。彼のトレードマークたるその無精ひげが、何とも哀愁漂わせている。駆け寄ってきたクラインではあったが、やがてレンの隣にいる二人に気付くと、気障っぽく前髪を掻き上げたかと思うと、丁寧な物腰で頭を下げた。

 

「私、風林火山のリーダーやってます、クラインです。失礼ですが、そちらのお嬢さんは?」

 

その問いの向かう先は、シェリーではなくアルゴだった。シェリーは名の知れたブラックスミスであるし、当然クラインとも面識はあるのだろうが、その声色の真剣さからどうやら本気で目の前の麗人がアルゴであるとは判っていないようだった。そんなクラインが可笑しかったのか、アルゴは少しだけ艶っぽく笑うと、これまた優雅さを漂わせるたたずまいで同様に一礼してから、

 

「わざわざご丁寧にどうも。私、オルガといいます」

 

まるで息を吐くかのように、平然とその嘘をついた。しかも、いっそすがすがしいまでの猫かぶりで。

 

“というかよく頭が回るな、コイツ”

 

と思いながら、レンは内心舌を巻いていた。あらかじめ用意していた可能性もあるだろうが、オルガというのは恐らくアルゴのアナグラムに違いないだろう。さすがは情報屋を営んでいるだけあって、自分の身分を偽るのは巧いらしい。そんなアルゴのウソを、どうやらクラインは信じてしまったようだ。

 

「オルガさん!いやぁお会いできて光栄です」

「いえいえ、こちらこそ」

 

というよりも、アルゴが巧すぎるだけなのかもしれない。仕草、表情、言葉使い。そのどれをとっても普段のアルゴとは比べるべくもない。そもそも、フードとおヒゲが無ければよもやこのお姫様然とした優雅な女性があの謎めいたアルゴだとは認識できまい。それほどまでに、彼女の仕草は板についていて、堂々としていた。女性は怖い、そうレンがしっかりと認識した瞬間でもある。

 

「どうですか?一緒に…………」

「あ、悪いなクライン。俺達用事があっから、また今度にしてくれ」

「あっ!おいまてよぅ!!」

 

引きとめようとするクラインを無視して、レンは二人を連れて教会内部へと飛び込んだ。完璧な演じ方だったとはいえ、あのままだといつかポロっとボロを出してしまうかもしれないし、そうなってしまっては色々とマズイ事情が彼女にはある。情報屋“鼠のアルゴ”として、素性が露見してしまえばいろいろと不便なはずだと、レンが判断したからだ。心の中でクラインに謝りつつ、レンは静まり返っている教会内をゆっくりと歩いてゆく。すると、アルゴがレンの右腕にギュッとより一層腕をからませてきた。

 

「ありがとう、凄く助かった」

「気にすんな。今日はオレがエスコートするってなっている手前、これくらいはしないとな」

 

いつもの如くレンが不敵に笑ってみせると、アルゴも小さく笑って

 

「ありがとう」

 

といつもの調子で返した。

 

「レナ達はどこだろう?」

 

キョロキョロとシェリーがあたりを見渡す。外ではあれだけの賑わいを見せていながらも、教会内はまるで隔離されたかのように恐ろしく静かだ。まぁ、今回の式は外で行われるため、それも当り前なのだが。レンが教会内へと訪れたのは、クラインから逃げることは勿論だが、何にもましてキリトとレナに会うためである。今回、レンはキリトの付添人として他でもないキリト自身から選ばれており、合流ついでに先にあいさつの一言でも述べておこうと考えたのだ。さらに、レナのためにシェリーが丹精込めて作った短剣《テアーオブイージス》もプレゼントしなくてはならない。

 

「あ、あそこの神父さんに聞いてみようよ」

「げっ」

 

シェリーが指差したのは、レンが今最も合いたくない人物、言峰神父その人だった。しかも更に運の悪い事に、アチラもレン達のことに気が付いたようで、こちらへと相変わらず重苦しい雰囲気もまとったまま歩んできた。これでは、無視することも出来まい。

 

「どうした少年。私に何か用かな?」

「ああ、ホントに不本意だけどな」

「さて、君が私を頼るとは珍しいものだな。恋の悩みか?」

「ちげえよ、バーカ」

 

シェリーとアルゴをみてさも愉快そうに顔をゆえつに染める神父を見、やはりこいつだけは苦手だと改めてレンは思った。どことなく、人の弱みに付け込んでくるそのもの言いがどうにもレンは馴染めない。とにかく、早く用件を伝えてさっさと事を済まそうとレンは口を動かす。

 

「キリトとレナはどこだ?ココにいるだろ?」

「ああいるとも。二人とも、礼拝堂横の小通路から入れる個室にて待機しているが。新郎新婦に何か用かね?」

「そうか、じゃあなエセ神父」

「やれやれ、ヒドイ扱われようだ」

 

肩をすくめる言峰神父だが、別段そこまで気にしているそぶりはない。レンの嫌味にもどこか涼しげだ。

 

「今度一緒に、麻婆豆腐でもどうかな?少年」

「死んでもお断りだ」

 

あんな麻婆豆腐は、たとえ地獄に落ちようとも食べたくはない。それだけ言って、レンは言峰神父の言われたままにキリトとレナが待つであろう個室へと向かった。礼拝堂のアーチをくぐり、さっぱりとした石造りの小通路をぬけると、以外にも中庭へとでた。中世然とした建築様式に、日の明かりが目一杯差し込んでいる。そんな光景が、レンの瞳にはひどく叙事詩的に映り込んだ。

 

「やっぱり、ここってとっても綺麗な場所だね」

「かもな」

「こんな場所ナラ、いつでも来てもいいくらいだヨ」

「いや、俺は勘弁かな」

「ア、ここがキ―坊達の控室じゃないカイ?」

「……みたいだな」

 

木目張りのドアの前に立ち、レンはそのままノックした。すると程なくして、中からキリトの声が聞こえてくる。ガチャリとドアノブを回し、明るく優しい色合いの部屋に入る。

 

「よぉ、キリト」

「レン、わざわざ悪いな」

「おっはよー、レン」

「おお」

「アルゴとシェリーも」

「うん」

「お邪魔するヨ」

 

軽い挨拶をかわして、レン達はキリト達の座る向かいのソファーへと腰掛けた。そして、式のための準備にドレスアップをしているキリト夫妻……――いや、未だ挙式は終了していないので婚約者ではあるのだが――を眺めた。レナはとても綺麗で、思わず目に引かれるものがある。いつものポニーテールの鮮やかな髪はおろしてあり、純白のドレスと対になるようなグラデーションとなっている。その陶磁器のようにきめ細かな肌にも薄化粧が施されているのか、それはより一層くっきりと、それでいて小さっぱりと垢ぬけている。瀟洒という言葉は、正に彼女のような美人女性の事を刺すのかもしれない。キリトもそんなレナに負けることなく、体にぴったりと合ったダークスーツを良く着こなしている。が、レンのイメージではてっきり新郎の正装とは新婦が純粋さを象徴する純白とは対照的に、グレーともダークシルバーともとれるような色合いを基調とした、襟の部分が黒色のモノと思い込んでいたので、キリトのその格好は予想外でもあった。

 

「なあ、キリトはどうしてダークスーツなんだ?コレは俺の勝手なイメージだけど、新郎ってグレーっぽい奴じゃなかったっけ?」

 

そんな彼の素朴な疑問は、どうやら存外にすんなりと理解されたようで、バツの悪そうなキリトの代わりにレナが笑いながら答えた。

 

「あのね、一応一度試着してみたんだけど、ホラ、キリトって黒のイメージが強いでしょ?だから変に可笑しくって」

「「「ああ/ア、なるほどな/ね/ネ」」」

 

大層嫌がったであろうキリトの姿が安易に想像できて、三人とも思わず吹き出してしまった。

 

「別にいいだろ?個人の好みの問題だ」

「ああ分かった。ほら、少し遅くなったけど、キリトとレナの結婚祝いだ」

「これは?」

「開けてみたらわかるよ」

 

シェリーにそう言われ、レナは興味つきなさげな表情を浮かべると、そのまま差し出された箱の蓋に手を掛ける。そうして彼女の目の前に現れたのは、まるでレナの髪をそのまま映したかのような、それでいて深い海を思わせる鮮やかながらに美しい短剣《テアーオブイージス》だった。こちらを覗きこんでくるキリトの息をのむ声が聞こえる。それもそのはずで、今レナの目の前に鎮座するその短剣は、だれが一目みてもとてつもないほどの業物であるかは明白。それこそ、キリトが最近手に入れた魔剣《エリシュデータ》に及ぶとも劣らないだろう。あっけにとられたまま、レナが顔を上げると、この送り主たるレンとこの制作者たるシェリーが得意げに笑っていた。

 

「気に入ってくれたか?」

「もちろん!ありがとう、レン」

 

偽りざる心からの感謝を述べてから、そしてレナはシェリーへと抱きついた。

 

「わっ!!」

「シェリーも!私すっごく嬉しい!!」

「分かった、分かったから離れて!!」

「ぷ……く……ハハハハ」

「ちょっとキリト!笑ってないでレナを止めてよ!!」

 

天真爛漫、という言葉がとても似合う言動のまま抱きついてくるレナにシェリーはもはや恥ずかしさでその白い肌を湯で蛸のように赤らめている。そんな二人がとてもほほえましく、なんだか本当の姉妹のようにも映って……気付くとキリトは自然と笑っていたのだ。

 

「レンッ!?」

「悪いけどパスで」

「オレっちもな」

 

レンとアルゴは、我関せずといった態度。それが果して悪戯心からくるのか唯めんどくさかっただけなのかは、いまのシェリーの状態ではとてもではないが判らない。

 

「何、コレ?」

「なんだなんだ?」

 

そんなやり取りは、張りのあるバリトンと麗らかなソプラノの声と共に軽やかに訪れた訪問者二人が表れるまで続いた。

 




小ネタ解説

本編にてアルゴが“オルガ”と身分を偽って(殴
いましたが、レンによればこれは全く関係がないわけではなく彼女のプレイヤー名のアナグラムだとか。

確か前に私が見たアルゴのスペルは《Algo》、本編ではこれを設定として使ってます。(もし本当は違ったりしていたらすいません)
なのでこのスペルを入れ替えて......
《Algo》→《Olga》
なんということでしょう、謎のお姫様へと変身したではないですか!!!


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Ep38: Wedding day - Dawn the Catastrophe 1 -

お久しぶりです。おおよそ一ヶ月ぶりですね。
ホントに申し訳ないです。

Metal Gear Solid V : The Phantom Pain & Online III
Need For Speed 2015
Assassin's Creed : Syndicate
Call of Duty : Black Ops 3
GRAN TURISMO SPORT

ゲーム界隈はこれでもかってくらいに沸き立っているのに、手放しにそれを喜べない今日この頃です。

今回は前編後編の二部構成となっています。一回に纏めるのに一万六千字は多すぎたので......

それではドゾ!!


盲目的な愛国心のせいで、現実を直視できないようになってはいけない。どんな人物がやろうとも、どんな人物が語ろうとも、間違ったものは間違っている。

 

ーーマルコムX

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

《Interlude

Avenger(XXXX) :

Yet, It's a just beginning. And Oath》

 

ーーそうして、全てが終わりを告げた。

 

ーーそうして、次々と零れ落ちていった。

 

ーーそうして、全てが散っていった。

 

ーー彼は全てを失い、

 

ーーそうして、大切な憧れ(理想)すら喪った。

 

ーーその先に得たのは深い絶望と、

 

ーー決して消えることのない喪失と、

 

ーー底の見えぬ............身を焦がすまでの強い憎しみだけ。

 

「俺は............」

 

そうして......

 

「俺はッ!!!」

 

彼は......

 

()()()をこの手で..................殺す」

 

自身からその全てを奪ったかのプレイヤーに、

 

「この............無限槍(チカラ)で!!!」

 

仇打ち(復讐)を誓う。

 

 

偽りの正義と、その救済は終わりを告げるだろう。全てを精算し、そして決着をつける。その為ならば、ああそうだ。この手が幾ら............血と罪科に穢れようとも............

 

構いはしない。なぜならば既に、この身体()はーー

 

既に、憎しみ(喪失)で染まり切っているのだから。

 

 

ーーさぁ、時は満ちた。

 

「さぁBro、Party()の時間だぜ!!」

「ああ、存分に愉しもう」

 

ーー今こそ、あの日の罪の断罪を下す時だーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

軽やかな足取りとともに表れた訪問者は、シェリーやアルゴ同様に支給されたドレスに身を固め、彼女たちに勝らぬとも劣る事のない、それこそまるで美の女神然としたこの世とも思えぬ美しさをたたえたアスナと、一体何の因果やら聖書を片手にガッチリとした浅黒の身を古風ながら、どこかシックさを感じさせるカソックに身を包んだ、どこからどう見ても見間違うことなく彼らの知る牧師の恰好をしたエギルだった。体格も背格好も、果ては身にまとう衣服の色合いすら対照的な二人は、入ってくるなりその目に飛び込んできた、何故かシェリーに満面の笑みをたたえつつ頬ずりしているレナと、それを何をするわけでもなく眺めているキリトとレン、そして笑いこけているアルゴ三人という光景に、しばし固まったまま状況を理解できないでいた。訪れる沈黙。しかしその状態も長くは続かない。この世全ての事象に等しく終わりがあるように、コレにも明確な終わりが訪れるのだ。

 

「ぷっ………クククッ……」

 

思わずもれてしまった、噴き出す寸前の笑い声を押し殺した、レンの声。それが終わりだ。それが終わり。そんな彼の発した音を皮切りに、保たれていた静寂は決壊し、其れに取って代わるように瀑布の如き大爆笑がこの場を湧かした。

 

「「ハハハッ!!ヤバイって、笑わせるなよ!!」」

「エ、エギル似合いすぎ」

「ああ、笑いすぎてお腹痛いよぉ……」

「ニャハハッ!!流石はエギっち、オレっちの期待を裏切らないなァ!!」

 

上から、こりゃ滑稽と笑いこけるキリトとレン、そんな二人に及ぶまでは無いにしろ、腹を抱えて笑い悶えるレナとシェリー、そしてあろうことか記録結晶を片手に清々しいまでに大笑いするアルゴ。同じ笑うにしてもこうも違うものかとへんな感想を抱きつつ、ただパチパチと何事かと驚き目を瞬かせているアスナを尻目に、エギルは至って当然のことを口にした。

 

「お前ら、人で笑うのもいい加減にしてくれ」

 

***

 

何故エギルがスーツでもなければタキシードでもなく、一体どうして牧師なんて恰好をしているのだろうか。事の始まりと言えば、レンが言峰神父に頼まれた、クエストクリア条件としての牧師役をエギルに持ちかけたことから始まった。そして、エギルはその役を引き受けてくれたのだ。と言えば聞こえはいいものの、その実エギルは渋りに渋りまくっていた。そんな彼を否が応でも頷かせるために、レンは色々と手を尽くした。具体的手段にはエギルの名誉のためにも言及を避けるが、頑ななほどまでにエギルも牧師になりたくなかったのか、存外にしぶとかった彼を最後には頷かせることに成功した。ではなぜそこまでしてまでレンがエギルにこだわったのか……というと、まず単純に自分がなりたくなかったというのが六割、次いでただ単にエギルなら一番似合うだろうとレンが考えたからだ。理由づけとしてはまぁ、割合つまらないモノもある。だから、エギルもこの役割を買って出たくはなかったのだ。それでも、他ならぬレンの頼みであるし、それがキリトとレナ二人の幸せならなおさらのこと。そう踏ん切りをつけて牧師役を受け入れたのだが……

 

「ヤ、ヤベー。エギルが適任すぎて」

「キング牧師ダ」

 

結果はこれである。まだどうにか笑いをこらえようとしているシェリーとレナの二人はいいが、レンとアルゴ二人に至ってはもう言葉もない。因みに、エギルの隣に立つアスナも、いまは笑ってはいないものの、先程エギルと合流した時は少なからず噴き出していた。それでも、度合いで言えばアスナの方が数千倍マシである。

 

「いやー、悪い悪い。想像以上に似合ってるぜ、エギル」

 

全く悪びれる様子なくにっこりと笑いながら話すレンに、エギルはその体格に似つかない大きなため息を吐いた。

 

「やっぱり、こんな役買って出るんじゃなかったぜ……」

「元気だしなヨ、エギっち!!タメ息ばかりついてるト幸せが逃げちゃうゾ?」

「……とりあえず、アルゴはその記録結晶のデータ全部消せよな」

 

そう言ったエギルだったが、アルゴはコケティッシュに小さく口元を上げ、右手に持っていた記録結晶を目にもとまらぬ早業でストレージへとしまった。つまりは、その記録データは消さないといった意思の表れ。ネタに即座に反応するのは情報屋の基本にして、そのあたりをしっかりちゃっかりしてるあたりアルゴが腕の立つ情報屋の証拠なのだろうが、今のエギルの立場からしてみればそれは頭痛の種でしかない。

 

「ハァ……もういい……」

 

今日何度目かも判らぬ溜息と共に、エギルはがっくりと肩を落とした。そこでようやく、今まで黙って傍観していたアスナが切り出す。

 

「こんにちは、キリトくん、レナ。今日はおめでとう。二人とも、とっても綺麗だよ」

「そうだよな、キリトもまぁ成長したもんだ」

「うっせ、エギル」

「ありがとーアスナ。来てくれてとっても嬉しいよ!」

 

コツンと互いのこぶしを合わせる男性陣二人とは対照的に、レナとアスナは旧来の友人として親愛のこもった雰囲気で抱き合っていた。とにかくも、これですべての役者はそろったことになる。時刻もそろそろころ合いだろう。そうレンが思い至ったところで、再び重々しい音と共に部屋のドアが開いた。

 

「そろそろ準備はいいかね?出来たのなら、すぐに始めるが」

「あ、大丈夫です」

「ふむ、では早くしたまえ」

「分かってるから。そっちこそ、精々ミスるなよ?エセ神父」

「君は神父をなんだと思っているのやら」

 

ヤレヤレと首を振ってから、言峰神父は部屋を後にする。やはり重苦しい雰囲気は変わらずに。

 

「じゃ、私達行くね?二人の晴れ姿、バッチリと見てるから」

「記録結晶はタップリあル。次のアルゴ本のトップはこれで決まりだナ」

「おいおい」

「はは、お手柔らかにね?」

 

そう言って、シェリーとアルゴ二人も部屋を出る。恐らくは、招待席へと向かったのだろう。それも見届けたエギルも、

 

「じゃあ、俺も行くか。Good luck and have a happy wedding(末長くお幸せに)お二人さん」

 

実に様になったサムアップをキリトとレナに向け、言峰神父の後を追う。ここに残ったのは、今日の主役たるキリトとレナ。そしてそんな二人の親友であるレンとアスナのみだった。四人は改めて顔を合わせると、誰からともなく静かに立ちあがった。

 

「それにしても……まさかレナとキリト二人が結婚するなんてな」

「本当、あの頃は思ってもいなかったなー」

「四人とも、あの頃は互いのことなんて全く知らなかったしな」

「事実は小説より奇なり、とも言うけどね」

 

それぞれが思い出していたのは、まだ何も知らなかった頃の、自分たちの姿そのものだった。始めて皆が顔を合わせたのは、以外にも少し遅く、第一層攻略会議の頃だ。今になっては、もうずいぶんと昔のように感じてしまう。あの頃は互いが互いに知らない人だったし、何よりまだ自分自身のことで精一杯だった。それが、まさかこのような関係性になるとは、果たして誰が想像し得ただろうか。だからこそ、キリトはそれをより一層深く感じていた。

 

「あの頃は、カズもいたんだよな……」

「キリトッ!!」

「あっ」

 

ピシャリとたしなめるレナの声で、キリトはすぐさま自分の失言に気が付いた。

 

「わ、わるい……」

 

申しかけなさに、小さく目を伏せてからキリトは短く謝った。うっかりしていた、なんて言葉では済まされない。決して軽々しく口にしてはならない事。そう、それは皆にとっての重い“記憶”だ。かつての仲間であり――今はもういない彼、カズ。キリトにレナ、そしてアスナにとってもそれは悲しい記憶に変わりはない。それでも、その誰よりも一番深い悲しみをたたえるのは、間違いなくレンだ。小さい頃よりの友人であり、この世界での唯一無二のパートナーだったカズの死が、レンにとってつらくないわけが無い。キリト自身ですら、かつて自分が見殺しにしたも同然だった“月夜の黒猫団”皆の優しくも暖かい笑顔、そしてこのデスゲームが怖いと夜一人で涙を流していたサチの願いで、冷たく静かな夜を共に過ごしたあの時の記憶は、今でもキリトの心の中に決して浅くない陰影を刻むのだから。それはレンも同じだろう。キリトは二人のきずなの深さを知っているがために、誰よりも自身の軽率な発言に深い後悔を覚えていた。しばらく、あたりを静けさだけが漂う。それを破ったのは、困ったように苦笑いを浮かべるレンだった。

 

「そこまで気に病む事もないって。アイツもきっとどこかで見てるさ、今日の二人の晴れ舞台をな。むしろ、キリトが何時までもアイツの事を覚えてくれていることが、オレ嬉しいんだぜ?」

「レン……」

「だからそんなシケた顔すんなって。ホラ、暗い雰囲気はこれで終わりだ。主役はしゃんと胸張れよ」

 

いつもの飄々としたもの言いで、レンはキリトの肩を叩いた。そんな気遣いにキリトは小さく感謝してから、気合を入れようと自身の両頬を軽くたたく。

 

「よし、じゃあ行こうか。レナ」

「うん」

 

そうして、キリトは自信にとって他の何にも変えることのできないかけがえのない存在であるレナへと手を伸ばすと、レナも薄く笑い返してその腕に自身のをからませた。その両サイドにレンとアスナが続きながら、聖堂へと延びるヴァージンロードの上をゆっくりと歩く。ここからが、本当の意味での、キリトとレナの二人が共に歩み始める最初の道。そうして、四人は割れんばかりの祝福の拍手織りなす中へと歩を進めた。

 

『あの頃は、カズもいたよな……』

 

レンの心の内に、僅かばかりのしこりを残して。

 

***

 

「それでは、これよりキリトとレナ両名の式を執り行う」

 

厳かかつ重々しい言峰神父の宣言と共に、結婚式はスタートした。さて、結婚式と言えば人生に二度とない晴れ舞台であり、神の前で永遠の愛を誓い合う場所でもある。さて、ここで語っておかなければならない事がある。今回のこの式、主役であるキリト自身の強い希望もあり、呼ばれているのはごくごく身内や知り合いのプレイヤーのみだ。そのため、自然とそのメンバーは攻略組の割合が高くなってゆく。大御所で言えば、血盟騎士団長ヒースクリフ、青竜連合リンドウ、DDAシンカー、他にも風林火山やレーヴユニティアなどなど。そして攻略組はこのデスゲームたるSAOに於いて、常に危険の伴う最前線で常に戦い続けるプレイヤーの事。その精神力の強さは、生半可なものではない。そう言ったプレイヤー達が集まれば、まぁまずロクな事が無い。何が?と問われたならば、答えは一つ。

 

「では、結婚リングの交換を……」

「勿体ぶんなよーー!!」

「似合ってるぜ!!エギ......いや、キング牧師!!」

「うるさい、少しは静かにしろッ!!」

「キリの字よぅ、そこ変わろうぜ」

「断るっ!!」

 

最早この場に、秩序などない。始まりはヒースクリフ団長自らが仲人役としてあいさつしたことで皆が目を点にしたことから、各人その図太い神経でそれぞれが様々な楽しみ方でキリトとレナを祝って――少なくとも彼らにとっては――いた。まあ、現実にはないこのフリーダムさも、ここSAOならではなのではなかろうか。そして、宴もたけなわと言ったところ、滞りなく式は進み今から誓いのキスがかわされようとしていた。

 

「汝、この先に待つ数多の困難に対峙せん時、その旅路を二人で乗り越える覚悟はありや」

 

バイブルと思しきぶ厚い本を片手に、言峰神父は目の前に立つ二人に告げる。流石に、今の状況で下手なヤジという名の祝福を飛ばす者はいない。教会内はステンドグラスから刺す日の光のみが照らす。その光景は、正に神の前の神聖な場所。そんな宣言を前に、キリトとレナは互いをチラリ目配せすると、そのまま言峰神父へと静かに頷いた。その返しを、言峰神父はさも当然と軽く頷くと、

 

「では、神の前にて誓いのキスを交わすがいい」

 

右手を二人の前に厳かに掲げた。さて、これから先に、二人はその運命を、その生涯に於いて共にすることになる。それが結婚というものだ。そんなこと、キリトも最初から理解している。だから、それが当たり前だとも判っている。しかしそれでも、いざそれが目前となるとどうしても思い淀んでしまう。過去、彼はその大切なものを目の前で失ったことがある。その出来事、始まりから終わりに至るその瞬間まで、キリトの記憶に鮮明に刻まれている。だからこそ、彼は思い淀んでしまうのだ。再び、かけがえのない者(レナ)を失ってしまえば……自分はどうなってしまうのだろうかと。サチを失ったあの時も、その心は後悔と贖罪とに震えていたのだ。はたして自分は、彼女を守る事が出来るのか?嘗てビーターと呼ばれ、ただ己の可愛さだけに進んできた自分が、その幸せを享受してもいいのだろうか。そんな影が、ずっとキリトの中を駆け回り、それがみっともないくらい怖かったのだ。

 

――そんなキリトの頬に、仄かな暖かさが伝わる。見れば、レナはいつかの時と全く変わる事のない真っ直ぐで優しいその瞳を向けて、微かに笑っていた。そうして、キリトの記憶から、再び声が灯る。

 

「貴方だけは、私にとってかけがえのないものだよ」

 

ああそうだ。そんなの、前から分かっていたことではないか。レナだって、キリトを失うのは怖くないはずが無い。しかしそれでも、彼女は背負う覚悟を決めて、そんなキリトをずっとずっと支えてきた。

 

かつてーー彼は他のβプレイヤーの為とそれを免罪符として、“ビーター”と呼ばれる蔑称と引き換えに、利己的な“強さ”を求めた。

 

かつて――彼は自分で守ろうと躍起になって、そして大切な人(サチ)を、ギルドメンバー(仲間達)を失った。

 

しかし今は違う。レナは彼に“支えられる”という事を教えてくれた。ならば、自分も支えよう。そんな今さらな事が、深くキリトの心に巣食う陰影を振り払った。

 

「ああ、誓うよ」

「私も、誓います」

 

そして、キリトは彼女の細い体に手をまわした。そのまま、ゆっくりと、レナに近づく。それを、レナな両目をつぶったまま、甘んじてそれを受け入れていた。永遠にも思える時間が流れ――そうして、二人は神の前にて真に結ばれた。それが、キリトにとってはとてもうれしい事だった。これで、レナと共に歩むのだから。僅かに会場がざわめくのが聞こえる。が、ただ――

 

「アルゴ!!シャッターチャンスだ!!今今!!」

「分かってるヨレ―坊。オレっちに任せなさイ!!」

 

唯気になることと言えば、キリトの聞き耳スキルが可能にしたのか、はたまたこの瞬間に“第六感(ハイパーセンス)”でも開放したかは定かではないが、そうやってほとんど囁くような小言ながらに聞こえてくる相棒とその情報屋の会話……具体的にはその不穏な内容だった。

 

 




後編に続きます!!!

それでは、コレが更新されてからまた30分後に


オ)ま た 会 お う!!!(σ・∀・)σ


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Ep38: Wedding day - Dawn the Catastrophe 2 -

Kept you waithing Huh ?
(ま た せ た な !!!@二回目)

Caution !! Caution !! Caution !! Caution !! Caution !!

これは第54話の後編です。前編をまだ観ていない方は先に前編をご覧ください!!


主役であるキリトとレナ二人による誓いのキスの交わし合い(メインイベント)も終え、その後の式もスムーズにかつ賑やかに進み、空が鮮やかな茜色に染まる頃には、その全ての項目が終わりを迎えていた。

 

「でも、レナとっても可愛かったね」

「キー坊も意外と似合ってたナ」

「だな」

 

そして今、外の広場で用意されている立食と共に雑談したり晴れて夫婦となったキリトとレナへ祝を上げたりと各人がそれぞれ思いのままに時を過ごしていた。そんな中で、レンはシェリーとアルゴと共に教会の近くにある湖畔の砂浜に腰を下ろし、そよ風に揺らめく水面を眺めていた。漆黒の空の中で、煌々と輝く完全なる満月。そして、その輝きに埋もれることなく連なる星々。それらを映し出す湖は正に夜空の合わせ鏡のようで......間違いなく、現実ではほとんど目にすることができないであろうこの絶景は、酷く神秘的にレンの瞳に映った。

 

「こんな所に居たんだ。探したよ、レン君」

「うん?」

 

近づいてくる足音とその声に目を向ければ、其処には相変わらず感嘆の息でも漏れそうな程にドレスアップされたアスナがいた。シェリーやアルゴ、そしてレナにも負けず劣らず、とっても大人びていて綺麗だ。月夜に照らされ、優雅に佇むその姿は俗世界に迷い込んだ妖精か。改めて、レンがその美しさに目を惹かれてしまうのも無理はないだろう。

 

「ホント似合ってるな。ありきたりな言葉だけど、本当に綺麗だ」

 

ここずっと、その言葉しか口にしていないような気もするのだが。

 

「今日は素直なのね」

「心外だな。いつも素直だろ」

「何処がよ」

 

そうは言いつつも、アスナはふわりと一つ微笑んで、その艶やかな栗色の髪を揺らした。

 

「俺に何か用か?」

「うん。団長がキミのことを探していたから。見つけたら呼んでくれって」

「ヒースクリフが?」

「ええ」

 

そこで、レンは僅かに眉尻を顰めた。普段、基本的にソロであるレンと、三大ギルドの一端を担うヒースクリフとの間に、接点は意外にも少ない。強いて言えば攻略会議の時くらいだが、ヒースクリフ自体それに参加することが稀だし、基本的に立っている立場に雲泥の差がある。だから、ヒースクリフが自分を読んだその理由がレンには図りかねていた。

 

「ヒースクリフがレー坊に用なんテ、チョット珍しイ」

「レンが何かしたんじゃないの?」

「まったく身に覚えがないんだが」

 

アスナなら何か知っているのではとレンが目配せしても、彼女ものその理由は分からないようで、そっと肩をすくめるのみだった。

 

「副団のアスナも知らない......と。残るは本人のみ......か」

「行くの?」

 

訪ねてくるシェリーに、レンは小さく頷いた。兎に角も、その理由を知りためにもヒースクリフに合うより他にない。

 

「はぁ〜」

 

大きく溜息をついて、レンは重い腰を上げた。出来るのなら行きたくはない。何となく厄介ごとの匂いがするからだ。そして悲しいかな、このレンの直感にも似た予感は、主に悪い方向にはとことん敏い。彼からしてみれば全く要らない要素だ。それでも、行くしかない。名残惜しげに湖畔の風景を一瞥して、レンはゆっくりと歩き始めた。

 

「レン君、ネクタイ」

「分かってるさ」

 

アスナに言われ、だらしなく緩めていたネクタイを再び整え、レンはまた大きく溜息をついた。

 

***

 

夜に染まり切った教会のアンバランスなまでに広大な広場は、未だにその賑わいの衰えを知るところがなかった。そして、

 

「おーぅレの字ぃ〜〜。こっちきて飲むかぁ〜〜〜〜?」

「結構。仮にもいい大人が、未成年に軽々酒を勧めるな」

「んな堅いこと言うなよぉ〜」

 

幾つかあるテーブルの一角では、クラインを始めとする野郎どもで大いに酒盛りが行われていた。基本的かつ当たり前の話ではあるが、このSAOに於いては“アルコール”なんて物は再現されていないし実装もされていない。仮にされていたとすれば、それはそれは大変なことになること間違いなしだろう。したがって、現実のようにお酒を口にしたからといって見た目は現実のソレでも“アルコール”が再現されていないためにただの発泡飲料である為に酔うことはなく、逆に言えば未成年でもダンディーなオトナの気分を味わえるわけでは有るのだが......

 

「いいじゃねぇかよぉ〜〜〜〜オレ様の酒が飲めねえってかぁ?」

「見事なまでに酔ってやがる......」

 

しかしどうだ、半ば強引にレンをテーブルに引きずり入れようとするクラインは、まごう事なき酔っ払い特有の絡みそのものだ。つまり、俄かには信じがたいどころか有り得るはずがないのだが、彼は“アルコール”なしのデータのみで器用に酔い、ヤケ酒が出来るというナゾ(?)の芸当を成しているのだ。しかもなかなかどうして、そんなクラインの姿は実に板についていた。さながら、社会の波に揉まれてきたサラリーマン。それが日頃の鬱憤を居酒屋で晴らしているの図。この場にもしも社蓄がいるとすれば、同情の涙を流すこと禁じ得ないだろう。兎に角も、レンはそんな酔っ払いと酒を酌み交わすつもりはさらさらないため、どうやって逃げようかを思考していた。

 

「あれ?どうしたんだい?レン君」

「おっ、ディアベルか。丁度良い所に」

 

そんなレンの元に、まるで見計らったのかと疑いたくなるほどのタイミングの良さで、ダークスーツを実にシックに着こなす青髪の好青年ーーディアベルがワイングラス片手に居た。見た所、彼も彼のギルドメンバーと共に風林火山の皆と酒を飲んでいたようだが、クラインのように器用に酔っているわけでもなければ純粋に楽しんでいるようで、同じ成年でもクラインとは随分な差があった。加えて常に他人が楽しめるような気配りができているあたり、流石といえよう。

 

“成る程、これなら女性人気も高い訳だ。今までその影が見えないのがまったく不思議なんだよな”

 

レンは心の中でそんなことを考えていた。

 

「どうもこうも何も、この酔っ払い(クライン)をどうにかしてくれ」

「ハハ、そういう事か」

「んだよぅ〜つれないぜレの字よぉ〜」

「おいバカやめろ、キスしようとしてくるな!!!」

「まぁまぁ、そう言ってあげずに。彼も今回のことが嬉しくて仕方ないみたいだし」

「おめえらばっかりずりぃぜ。オレにも美人さんが欲しいんだぁ〜!!」

「..................今回の事が、なんだって?」

「ははは......多分ね」

「露骨に目を逸らすなよ」

 

どっからどう見ても、そうとしか見えなかった。心の本音がだだ漏れな時点でお察しレベルである。

 

「けどまぁ、そうかもな......」

 

そう口にしつつ、レンは何やら横でブツブツ呪詛でも吐いているかのようなクラインの横顔を見た。ディアベルの言う通り、今回の事を自分の事のように喜んでいるのもまたクライン位だろう。人付き合いのあまり得意ではないキリトの事を常に気にかけ、親友としてその行く末を見守っている。クリスマスの件でもそうだった。レナを除けば、クラインが一番に心配していし、無事レナがキリトを連れて帰ってきたときには、最初こそ取り乱していたものの後からまるで実の親のように膝をつきその手を取ってレナにお礼をひたすら述べていた。そのクラインが、今回の事で喜ばないハズがないのもまた道理。

 

「まぁ、クラインは僕に任せていいよ」

「悪いな、ディアベル」

「いいさ、これくらい」

「ウィ〜〜〜ク」

 

幸せそうに酒を煽るクラインをディアベルに預けて、レンは小さく手を振ってからその場を後にした。

 

「さて、あいつはどこにいるのやら」

 

ざっと辺りを見渡してみても、レンの視界にヒースクリフの姿が映ることはなかった。これだけの人数が集まっているのだから、見つけるのが困難だと予想しなかったわけではなかったが、しかしこうも見つからないとやる気が削がれていくのも仕方あるまい。取り敢えず、思い立つ場所を片っ端から調べていこうとレンは再び捜索を続けることにした。

 

そうして、探し続けることのゆうに数十分。彼は今教会の扉の前にいた。広場は勿論のこと、森の近くも探してみたがヒースクリフの姿は見当たらなかったので後は消去法で教会内しか残っていなかった。何故人を探していながら自分は教会の内部などという非効率な場所にいるのかは甚だ疑問だが、レンはその冷たいドアを押した。するとすぐに、目的人物が目に入った。

 

「ここに居たのかよ」

 

礼拝用の長椅子にゆったりと腰掛けているヒースクリフに声を掛けると、こちらに気付いたのかゆっくりとした動作で立ち上がった。

 

「やぁレン君。随分と探したよ」

「よく言うぜ、自分は教会内でノンビリ寛いでいたクセに」

「それについては謝ろう。この教会のシックな内装が実に興味深かったものでね」

「シック......ねぇ......」

 

実に興味深げな趣で教会内を見渡したのち、ヒースクリフはその双眸をレンへと当てた。

 

「今日君を呼んだのは他でもない。レン君、再度聞くが君は血盟騎士団に入るつもりはないかな?」

「はい?」

 

そうして、いたって真面目な顔持ちのままシレッととんでもないことを告げていた。今日ヒースクリフがレンを呼んだその理由。それが血盟騎士団加入への誘いであったとは、レンの予想の遙先を行っている。何かの冗談かと思い至ってその感情の読めない顔を顧みても、ヒースクリフに巫山戯ている様子はなく、ただ静かにレンをその双眸に捉えていた。

 

「......何回も懲りないな、アンタ。どうしてそこまで俺に拘ろうとする?理由はなんだ?」

「さて、いわざわざ口にするまでも無いと思うのだが。実直に言って、君の力が欲しいのだよ」

「力......か」

 

明言はされなかったものの、ヒースクリフの口にしたことが唯一無二たるユニークスキル《A-ナイファー》の事を指しているのだろうとはレンにもすぐに察しがついた。この世界に存在、いやプログラムされた各種様々なスキル。その頂点に立つものこそ、このユニークスキルに他ならない。現状確認されているのはヒースクリフの《神聖剣》そしてレンの《A-ナイファー》の二つのみ。その取得方法又は条件は勿論のこと、その総数すら未だに解明されていない。

 

だがレンから言わせてみれば、それは名倒れも甚だしいものだ。確かに、ヒースクリフのユニークスキルである《神聖剣》はその名に恥じぬ程の強力なスキルだ。「かの者のHPバーが危険値へと達したことは未だ無し」という伝説と共にあるその堅牢な防御力の前には、ありとあらゆる矛は無に帰す。それに比べて、《A-ナイファー》は余りにも非力も良いところだ。即死効果のある武器と投剣以外の遠距離投擲手段と言えば聞こえは良いが、実際にはそんなものあって無いようなものだ。単純火力の低さ、ソードスキルが使えないというその制約、装備数の制約。その実態はお粗末にもほどがある。FPSでいうところならば、変態装備に次ぐネタ武器間違いなし。

 

「買い被りすぎだ。俺にそんな力は無い」

 

だから、レンはさも当たり前のように呟いた。そんな返答が意外だったのか、ヒースクリフは少しばかり驚いたような表情を見せると、すぐさま呆れたように続けた。

 

「そんな事はない。君の《A-ナイファー》は確かに強い。そして何より、君自身を私が高く評価している」

「そりゃどうも。けど......」

 

そんな事はない。

 

真にレンが力を持っているならば、

 

“イヤダ、タスケテ”

 

“シニタクナイ”

 

あの悲鳴も

 

“後は......”

 

その悲劇も

 

失われて行く命など、何一つ無かったハズなのだから。

 

「..................俺はそんなんじゃない。俺に......」

 

思い返すことも、今更。そんな光景は、目に、記憶に灼き付いたモノだ。起こった悲劇の全ては、何処までも無力な己の罪科。それも全て今更なことだ。

 

「力なんて......ない。キリト達の方が、遥かに強いさ」

 

最後の方は、力弱く諦めの色の方が強いように思われた。そうして、教会は本来の静けさを取り戻す。それに比例するかのごとく、ひどい虚無感と無力さがレンを襲った。

 

「それで?用ってのはそれだけか?

 

少々口早に、レンは口を動かす。はっきり言って、早くこの場から立ち去りたかった。しかし、ヒースクリフはおもむろにレンの横へと歩み寄ると、そのすれ違いざまに風格のある声を持って告げた。

 

「いや、実はもう一件あってね。ついてきたまえ」

「?」

 

此の期に及んでまだ何かあるのか。ゆっくりと遠ざかって行くその赤い後ろ姿尻目に、レンは疲れた表情のまま追随していく。

 

***

 

何やら、ヒースクリフからレンに、紹介したい人物がいるそうだ。

 

彼がレンに引きわせたいというそのプレイヤー。その人物は教会広場の、今は皆が集まってキリトとレナ夫妻を主役に祝い賑わいダンスを開いているその集団の中にいた。

 

「初めまして、ですかね?レンさん」

 

レンとは似て異なるクリーム色の髪。少々丸っこい目つきと幼さを感じささせる同色の眉。そして何よりも、常に浮かべている人懐っこい笑みが全体的に少年のような印象をを抱かせる彼の事をさらに幼く錯覚させる。

 

「紹介しよう。この度の選抜テストで素晴らしい成績を収め、見事リーダーを務めることとなった、情報統括ギルド“タークス”隊長のベノナ君だ」

 

ベノナと呼ばれた少年は、ヒースクリフの紹介に丁寧な物腰で頭を下げて、やがてどこか惹きつけられる人懐っこい笑みを、立ったままのレンへと向けた。

 

「ベノナです。以後、お見知り置きを」

「ああ、こちらこそ宜しく」

 

そんな彼に促されるように、笑みを浮かべながらレンは差し出された左手を握り返す。その時、

 

ゾクリッ

 

「ッ!」

「どうしました?」

「あ、いや。何でも」

 

レンがその手を握ったその瞬間、ベノナのフワフワとした雰囲気が、まるっきり別の、例えるなら研ぎ澄まされた刃物を首元に突きつけているよな......そんな邪悪な物に変わったかのように感ぜられた。しかしそれも、瞬き1回分くらいの瞬間の出来事。次の瞬間には、またフワフワとした人懐っこいモノ戻っていた。確信などまるっきり無いし、そもそもベノナから発せられたとは到底思えない。只の勘違いだろうとレンは不思議そうに尋ねるベノナの質問を曖昧に濁した。

 

「レンさんは、私達《タークス隊》についてはどれ位?」

「ある程度は」

「それは良かった」

 

情報統括ギルド計画、タークスP(プロジェクト)については、レンもアルゴを伝って耳にしたことがある。ことの始まりは、ボス攻略に欠かせない偵察部隊に、初めて損害の出た五十五層でのことと、ある事件のことでだ。通常、攻略会議において最も重要とさせるボスの事前情報。それを仕入れるために編成される通称“偵察隊”は攻略毎に計十五名前後、三大ギルドからそれぞれ均等に選出される。これが決まりだった。しかし、その偵察隊に極めて深刻な被害を出したクォーターポイントの五十層以降ではその勝手も異なり、どのギルドもメンバー及び重要戦力の損失を恐れて出し渋りするようになった。そして、全攻略組を震撼させた、歴史的事件である“血盟団事件”。偏り過ぎたパワーバランスと集中した権力が引き起こしたとある狩場スポットの争いによるこの事件は三大ギルド間での内部抗争にまで発展し、遂には血盟騎士団のメンバー二人が青竜連合のメンバー一人と、DDAメンバー一人を殺害するという前代未聞の事態にまで陥った。

 

そんな偵察隊の問題と余りにも三大ギルドの権力が集中し過ぎたこの現状を打破するために生まれたのがこのTActical Rivarly Core-intelligent UnitS(対戦術的諜報部隊)構想だった。ボス情報を始めとするありとあらゆる戦術的、つまり攻略情報の統括及び捜査を目的とした諜報のエキスパート部隊と、どの三大ギルドのいかなる権力も及ぶことのない、攻略組に対する監査、取り締まり的執行機関の編成。その為のメンバー招集。三大ギルドから各四人、そしてアインクラッド内の優秀なプレイヤーを選ぶための選考テスト。実は三大ギルトが発行した“アインクラッド勢調査”も、このプロジェクトの一環だったりする。事が事なため、編成が完了したのはつい最近のこと。

 

因みに、レンも声を掛けられたことがあるし、有能な情報屋としてアルゴは言うべくもないが、二人とも断っている。

 

「じゃあ、ベノナがあの噂の“Stealthy(ステルシー)”か」

「いやぁ、偶々運が良かっただけですよ」

 

照れたように頭を掻きながらベノナが手を横に振る。謙遜はしているものの、ベノナがかなりの実力者であることは、攻略組内ではかなりの噂になっている。飛び入りでのテスト参加にも関わらず、三大ギルトメンバーが真っ青になるほどの成績を叩き出したこと。その非攻略組とは思えないほどの実力から“ステルシー(姿無き者)”の二つ名がついたこと。そして何よりも、その自信に溢れた濡れ羽色の瞳が、その実力に高さを雄弁に語っている。

 

「では、レンさんも攻略会議の時はよろしくお願いしますね」

「こっちこそ、期待しているよ」

 

そうして、2人がなんて事ない会話を終えた、その時だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」

 

あたかも年端のいかぬ子供が、自身にとってどうしようもない恐怖に直面したときに放たれるであろう、その叫び。それが、今や福音の絶頂期にあるであろう無雑な森に木霊した。

 

「今のは何処から!?」

「......あっちからだ!!」

「レン君っ!待ちたまえっ!!」

 

ほんの刹那に過ぎぬソレ、しかしソレだけでレンの思考回路を強制的に叩き起こすには十分過ぎた。ヒースクリフの制止の声すらその耳に聞き届けることなく、レンはバケモノじみた反応速度でその場から爆ぜた。向かう先は、悲鳴の発生源であろうその場所へと。《活歩》による移動方法で地面を飛ぶように移動しながら、切り替わった回路で思考を弾けさせていた。悲鳴の発生源は広場から東の方角。半ば反射的に立ち上げた《スカウティング》スキルの索敵情報から、場所は圏外と判っている。これら二つの情報から導き出される答えは......自ずと限られてくる。

 

「チッ、クソッ!!」

 

頭に中に浮かんだ最悪の結果をレンは強引に振り切ってから更に自身を加速させる。一歩一歩がひどく散漫に感じられ、もどかしさと敏感になり過ぎた五感に気が狂いそうになる。

 

「「「「「レンッ/レー坊ッ!!」」」」」

 

自身を呼び止めようと叫ぶ声すら遠く、レンは神隠しの森へと飛び込む。

 

これは後より知ったことだが、元々この協会は圏内外の境界線近くに位置する。これの意味するところはつまり、ここに辿り着くには困難だが出るのは容易いということだ。

 

そして、レンは微塵の迷いもなくただ一直線に森を駆ける。木々を掻き分け、岩などの障害物を乗り越えたその先に、レンが目にしたものとはーー

 

 

幽玄麗らかな白銀の下、酷く幻想的なその闇夜にてーー

 

「フンっ」

「ア、アアア......」

 

この闇に少しか溶け込んでいない灰色のローブのオレンジプレイヤーが、その右手に手にした長槍を怯えに表情を歪ませ、無抵抗なまでのプレイヤーへと突き刺している、その光景だった。

 

「フン、ようやくお出ましか」

 

レンに気付いたのか、ローブの男はフードに隠れたままの顔をこちらに向けると、ひどく抑揚のない声でそう呟いていた。フードに深く隠されたその容貌では、浮かべる表情すら分からない。が、レンを睨みつけているその鋭い刃物のような眼光は、確かな殺意の炎が揺らめいていた。

 

「あ.........が......うぁぁぁ............」

 

そんなことをしている内にも、槍でチェストプレート越しから貫かれているプレイヤーのHPは減り続け、レッドに差し掛かりつつある。

着実に忍び寄る死神の足音を前に、最早プレイヤーに正常な思考などとうに消え失せ、声にならない悲鳴のままに助けを請う。しかし、そんなプレイヤーを見、そのプレイヤーは心から愉快そうに口元を歪めると、

 

「じゃあな、死ね」

「ぐああああああああっ!!!!」

 

刺さった槍を一気に引き抜き、その喉当ての僅かな隙間に穂先を走らせ、プレイヤーの首より先を両断し、その残り火を摘み取った。

 

「あっ.....................................」

 

信じたくない。

 

両目を大きく見開いたまま地面を転がるプレイヤーの頭部が、その体が、やがて眩いまでのライトエフェクトに包まれてから硝子片を撒き散らした。暗黒一色のみのこの場所で、月と自らの輝きを反射、放つ硝子片は、この世とは思えぬほどキレイだった。その硝子片を全身に浴びながら、ローブのプレイヤーはひどく散漫な動作で立ち上がった。

 

「よく来てくれたな、この偽物」

 

***

 

ソレは、ほんの一瞬の出来事だった。気付いた時にはもう、レンの目の前でプレイヤーがまるで玩具のような呆気なさで死んでいた。いいや、プレイヤーが死んだというその確固たる事実が、レンには受け入れられないでいたのだ。白熱した思考がショートしたかのように瞬き、レンはその熱に浮かされたままローブのプレイヤーを見やった。

 

その、刺すような目線にローブのプレイヤーは気付いたのか、僅かに覗かせるその口元をーー得意そうに吊り上げーー

 

「てめぇ!!!」

 

そこで、レンは正常な思考を放棄した。その場から駆け出し、目前に立ち構えるレッドプレイヤー(殺人者)へと肉薄する。相手の得手は長槍に対し、レンは当然武器など手にしてはいない。構えるのは徒手空拳のみ。有利不利以前に無謀であるのは誰の目に見ても明らかだが、レンにとって、それは至極どうでも良い。

 

ーー今はただ、目に前に不敵と立ち構える殺人者を、この手で打ち倒すのみーー

 

それだけが、レンの思考を埋め尽くしていた。殺人者を捉えるその紺碧は、ただ純粋な怒りだけが灯る。

 

「フンッ!」

 

そんなレンを冷ややかな笑みのみで一蹴し、ローブのプレイヤーはその槍の穂先を向ける。

 

そのモーションを、レンは見逃さない。

 

ーー確かに、レンの行動は無謀でしかない。槍と徒手では、まずそのリーチ差が大きい。しかし、一度その懐に潜り込んでさえしまえば話はまた違ってくる。今までレンは槍使い(ランサー)を多く目にしてきたし、数多の名手の槍捌きを見切ってきた。その初撃を躱し、瞬時にゼロ距離まで肉薄する自信が、レンには有ったーー

 

槍の穂先が僅かに揺らぎーー

 

空気を切り裂くがごとき神速のソレが、レンめがけて迸った。

 

寸分の違いなく迫る穂先、しかしレンは、おじける事なく更にそのギアを引き上げた。その動きは、回避行動と呼ぶには余りにも愚かな、直線的。

 

ーーバカが、貰ったーー

 

そうして、ローブがその結末を確信した、その瞬間ーー

 

レンの全身が、さもブレるかのように、体を横にズラした。

 

「はっ!?」

 

予想だにしなかった、その回避行動に、ローブは少なからず驚愕した。直線的に向かってきたレンが、穂先が捉えるその瞬間に、体のヨー軸ごと強引に歪め、おおよそ直線的だったそのベクトルを、突然真横に捻じ曲げて回避したのだから。

 

槍の穂先の真横、僅か数ミリのところを躱して、地面を蹴り穿ち、レンはその間合いへと一気に踏み込んだ。腕を矢のように引き絞り、握られた拳を男に据える。放つは《八極拳》スキルの《寸頸》。小さいモーションかつ初動に隙が無く、ディレイもほぼ存在しないようなもので有効打としては十分過ぎるだろう。そして、今まさにレンがその滾りを相手へと開放しようとしたーーその刹那。

 

ある“物”を、レンの瞳が捉えた。

 

「えっ!?」

 

思考が固まり、放たれる筈だったその動作が停止し、無理にソードスキルをキャンセリングしたことによる不快なディレイがレンの体を縛る。

 

「シッ!!」

 

その一瞬に生じた隙を縫って、ローブのプレイヤーは舌を巻くほどの槍捌きで長槍を引き戻すと、

 

「ぐうっ!!」

 

立ち尽くすままのレンを、横殴りに柄で弾き飛ばした。飛ばされた体を地面に激突させながらも、レンは無駄のない動きで再びリカバリングする。が、それでもまだレンは固まったままだった。吹き飛ばされたその驚きよりも、目にした“モノ”が、レンの思考を捉えて離さない。

 

レンが目にしたもの、それはローブに袖からチラリと垣間見せる、プレイヤーの身につけていた白色基調のグローブだった。特徴といえば、手の甲にあたる部分に厚手の紅い十字架、所謂“テンプルクロス”と呼ばれるものが縫い込まれている。そう、なんて事無いグローブだ。

 

“どうして.......どうして()()グローブがある!?”

 

だがレンにとっては違う。そのグローブの名は、《誠実なる救済者のグローブ》ソレは、

 

「どうしてお前が、“カズ”のグローブを持っているっ!!!」

 

他でもない、かつてカズが身につけていたグローブそのものだった。

 

“俺が、お前を守る”

“信じでるぜ?相棒(バディ)

 

灼きついた映像がチラつく。それはやがて頭痛となって、レンの体を蝕んだ。そんなレンの言葉が、ローブのプレイヤーには果たしてどう映ったのだろうか。底冷えのする小さくも嗄れた声とともに、その口元を歪めた。

 

「オレが“カズさん”のグローブを所持している理由なんて、お前が知る必要はない」

「っ!!待てっ!!!」

 

話は終わりだとばかりにローブは背を向けると、レンのその声を無視して懐から取り出した転移結晶を天に高々と掲げ、発動させた。

 

そうして、暗闇が伸びる辺りを眩いまでの輝きが貫き、ローブのプレイヤーの姿がその輝きに溶け込むかのようにしてこの場から消滅した................................................

 

 




遂に、物語は動き出す。


......と言うわけで第54話でした。

このオリジナル編実は二部構成となっていて、今回の話からその第二部のさわり、導入部分となっているんです。なるべく丁寧な描写を心掛けたつもりですが、ホトホト困ったことに全くダメっていう............

それと大変申し訳ないんですが、これからは一ヶ月に一回更新ができるかできないかといった具合が暫く続くと思います。かなりリアルの方が忙しくなってしまうので............

ゲームがしたいよ、
早くV.スネークを操作したいよ。
色んな車でREP稼ぎたい。
フライ兄弟でアサシンしまくりたい。
銃片手に壁走りしたいよ。
メーカーを支援して世界と闘いたいよ。
トホホ......

それでは、感想や評価、アドバイスなどお待ちしております。


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Ep38: Wedding day - Dawn the Catastrophe 3 -

前回この話は前後編に分けるといったな。

あれは嘘だッ!!!!


すいません。おもっくそ勘違いしておりました。本当は前中後に分かれるんです。許してくださいなんでもします。てことでどぞ


訪れた沈黙は、いっそ清々しいまでに気味が悪かった。

 

「くっ...................」

 

苦悶に満たされたその呻き声と共に、レンの表情が歪んだ。

 

“まただ......また誰かが目の前で死んだ......”

“誰のせいで?”

“それはーー”

 

「っ!!」

 

頭を埋めつくさんとばかりに蠢くその思いを振り切って、レンはたった今殺されたばかりのプレイヤーがいた場所へと歩み寄った。腰を落として、ドロップ扱いとなった遺品ーー形状からして、クォータースタッフだろうかーーを手に取る。そこまで重くはないハズのそれが、何よりも重く、冷たくレンには感ぜられた。それが、より一層レンの後悔を縛り付けた。助けることは出来たはずだった。

 

あの時、レンが正しく行動を起こしていれば...................

手段を選ぶことなく、即座にレッドを斬り伏せていれば...................

 

ーー死んでしまったプレイヤーもまた、命を散らすことは無かったかもしれない。

 

あの場で真に糾弾されるべきプレイヤーは、無抵抗のプレイヤーに無情にも槍を突き立てたあのローブのプレイヤーは無論のこと、そして他でもないレン自身だ。

 

救えたハズの命を救えない。

 

それはつまり、そのプレイヤーを見殺しにしたも同義だ。例えそれが、自分に直接的な責任は無くとも。

 

「.........ごめん」

 

目を伏せてから、レンは押し殺したその声を絞り出した。そんな言葉しか思いつかなかったのだ。そうして、スタッフ以外の遺品が他に無いかと再び地面へと目をやって、レンは鈍く煌めくソレを見つけた。

 

「これは......」

 

手に取ったソレを目の前に持って行き、レンは注意深くソレを観察した。形状は八面柱。そしてその色は鮮やかなライトグリーン色。これだけで、まるで一種の宝石かと錯覚してしまうかのソレは、間違いなく《録音クリスタル》のソレだった。しかしその録音クリスタルがなぜ、こんな場所に落ちているのかが、レンには理解できなかった。他のRPGとは違い、“魔法”という要素をこれでもかというくらいに徹底的に排除されたこの世界に於いて、魔法の代替としては全てこういったクリスタルや結晶系の媒体の形をとる。有名どころで言えば、“転移結晶”やら“回復クリスタル”などがこれに属する。グランドクエスト攻略の折、人間はある一つの魔法を残し全て失ってしまった云々といった設定があったなとレンは記憶しているが、兎に角今手にしている録音クリスタルもその類。だが、これらクリスタルや結晶はプレイヤーに様々な恩恵を与えることと引き換えに、その代償として一個一個の価格がとても高価だ。それが何故こんな場所に落ちているのか......レンの疑問はソコに帰結する。殺されたプレイヤーのドロップ品とは考えにくい。何故なら、プレイヤーが殺されたにしろ死んだにしろ、例外を除いてドロップするのは装備していたアイテム、武具防具類のみだからだ。加え、そもそも自分が殺されるといった状況下で、取り出すのは録音クリスタルなどではなく、転移結晶などだろう。従って、このクリスタルが落ちていた理由が何かあるはずなのだ。それを考えていたレンの耳に、張り詰めた鮮やかなハープの音色にも似た声が聞こえた。

 

「レン君」

「アスナか」

 

怪しまれないように手にしたクリスタルを懐に忍びこませてから、レンは息も切れ切れながらに追ってきたのであろうアスナを見た。

 

「一体何が......ッ!!」

「.........」

 

レンが全てを語るべくもなく、アスナはこの場所で何が起きたのかを瞬時に理解した。表情に陰りを覗かせるレン。そしてそんな彼の右手に、無造作に握られたままのクォータースタッフ。あれはレン自身の武器ではない。つまりはーー

 

「まさか......そんな......」

 

信じられないといった心持ちのまま囁くアスナに、レンはその表情を僅かにーー目の前のアスナに悟られぬようにーー悲痛と歪め、

 

「そうだ。たった今......目の前で一人殺された」

 

押し殺した声と共に肯定した。

 

***

 

何者かがプレイヤーを殺した。

 

そんな衝撃的な出来事に、少なからず怒りを抱くもの、警戒を強めるもの、僅かに怯えるものなどといった様々な感情がこの場に渦巻いていた。

 

「では、レンさんにはそのプレイヤーに心当たりは無いんですね?」

「ああ。ローブと目深く被られたフードで体の大部分が覆われていたし、月明かりも背にしてたからな。コッチからは判らなかった」

 

不気味なまでに静かとなった教会内で、攻略ギルドの重役ーー各団長や幹部クラスーーの立ち会いのもと、レンはタークス隊隊長ベノナより事情聴取を受けていた。手にした記録クリスタルにレンの証言をつらつらとレコードしながら、ベノナは更に尋ねた。

 

「では、レンさんから見た犯人の印象は?」

「印象、か.........」

 

言われて、レンはその光景を思い出す。せり出す恐怖と言いようもない不快感に苦悶の声を漏らすプレイヤーと、ソレに槍を突き立てたまま無感情にの光景を俯瞰するローブのプレイヤー。やがて、その無透明な表情に嗜虐の色が浮かんで......

 

「死んでくれ」

 

無情にも、そのプレイヤーの命を摘み取る。

 

“そういえば.........”

 

あの時は頭に血が昇ったまま冷静さを欠如して気づかなかったが、今になって見れば、レンには何と無く理解できた。あの瞬間、ローブは何かを待つようにして槍を敢えて浅く突き刺していた。しかし、レンが来てからはまるで躊躇いもなくトドメを刺しに行っていた。つまりはーー

 

「............さん?」

 

待つ必要が無くなったのだ。それは何故か?まず間違いなく、レンが来たから。彼が来るなり発したあの殺気、明らかにローブはレンの事を意識していた。

 

「.........ンさん」

 

“じゃあ、俺の知っているプレイヤー?いや、でもーー”

 

「レンさん!!」

「!!」

 

僅かばかり声のトーンをあげたベノナの呼びかけに、レンは漸く応じていた。

 

「大丈夫ですか?疲れてるように見えますが.........」

「いや、大丈夫だ」

 

少々目をしばたかせてから、レンはかぶりを振った。

 

「印象は......おそらく槍の技量はかなりのものだと思う。チェストプレートを苦もなく貫通させてた。背格好は俺より少し小さいくらい。後は......」

 

“向こうは、俺のことを知っているかもしれない”

 

そう言いかけようとして、レンは言葉を切った。あくまで憶測の域を脱せていないし、如何してかは判らないが、コレは伝えるべきではないとレンの感が告げたのだ。

 

「後は?」

「............何度か、プレイヤーを殺したことがあるんだと思う。迷いが全くなかった」

「それって...................」

 

隣で事の顛末を静かに見守っていたアスナが息を飲む。その表情は、信じたくないと口元を押さえた否定の色。しかし、レンはそれを押し出したモノで砕いた。

 

「多分、レッドプレイヤー......それも恐らくはラフコフメンバーだ」

 

そう告げられて、この場で傍聴していた全てのプレイヤーに鋭い動揺が走った。

 

レッドプレイヤー

 

SAOにおいて最大の禁忌を犯した者の総称。この出来事を引き起こしたのが、そんな彼らによるものだと告げられて、如何してろう狼狽せずにはいられようか。

 

「..................判りました。他には何か?」

「いや、無いよ」

「本当に?」

「ああ」

 

僅かにレンを疑うように、訝しげな表情を向けたベノナだったが、次の瞬間にはふぅと息を吐いて手にしていたクリスタルをゴトリとテーブルに置いていた。その表情は、明らかな疲弊のものへと。

 

「ハァ......そうですか。では、早速調査隊を編成したいと思います。レンさんの証言を元に、過去同じようなケースの事件が起きたかどうか。後、此方は期待できませんが、レッドプレイヤーの居場所特定も。それでいいですね?皆さん」

 

チラリと周りを一瞥してみた彼に、誰一人として否定の声をあげるものはいない。その静寂を肯定と受け取り、ベノナはではと静かに立ち上がった。

 

「結果は、いずれかの形で必ず。そして、他のプレイヤーに警戒勧告をお願いします」

「それでは、ベノナ君の報告を待とう。各人それぞれ細心の注意を払うように。それでは、解散してくれたまえ」

 

そんな、厳かながらに静かなヒースクリフの声で、事情聴取は幕引きを迎えることとなった。

 

***

 

「.........」

「.........」

 

隣にて肩を並べて歩くアスナとは何も交わすことなくレンは奥の個室を抜けて協会のドアを開くと、そこには

 

「レン...................」

 

仲間達が皆厳しくある顔持ちのまま彼を待っていた。一瞬、何かを口にしようと開きかけて、レンは表情を硬くするとそのままキリトの肩へと手をやった。

 

「悪い。折角の結婚式なのに」

「そんな事はない。それよりも大丈夫か?」

「まぁ俺はな。でも...................」

 

そこから先は、紡がれることなく重い沈黙のみが流れた。誰が悪い訳でもなく、ましてやレンが悪い訳でもないのに、苦々しく目を伏せるレンの姿が、何よりも自分を責めているようだった。そんな彼の頬に、突然柔らかく暖かい感触が伝わった。慈しむかのように優しくほおを撫でるそれは、レナの掌の感触だった。ゆっくりとレンの頬に指を這わせると、そのまま慰めるように透き通った声でふわりと柔らかく笑った。

 

「大丈夫!私達は気にしてないし、何もレンが悪い訳じゃない。だから、そんなに自分を責めないで、ね?」

「レナ...................」

「そうだヨ。何もレー坊が悪いワケじゃあ無いんダ。ホラ、何時ものレー坊らしくないゾ」

 

そうカラカラと笑って、アルゴがレンの背中を叩く。そんな彼女達に後押しされるかのように、仲間達は次々と言葉を発した。

 

「本当。レンってばヘンな所で律儀だよね。鈍感で無神経さんなのにさ」

「それは私も思うかなぁ。いっつも人のことからかってる楽観思考さんだよね。レンって」

「余計なお世話だ。シェリーとアスナがからかいやすいのが悪い」

「ちょっと......」

「それ......」

「「「どういうことなの/よ」」

「別に」

 

何の益体も無い会話ではあったが、それで少なくともレンの気が軽くなったのは確かだった。その点においていえば、レンは彼女、そして仲間達に感謝していた。そして同時に、レンの中にあるその罪悪感は、益々大きく膨れ上がっていった。そもそも、彼処で自分が選択を間違えることなく、確実に犯人を押さえていれば、こうやって皆に気を遣わせることも、いらぬ心配を掛けさせることもなかった.......と。ズキリッと、レンの思考が微かに軋む。

 

「でもよぉ、一体何の目的があってこんな事やったんだ?」

 

すっかりシラフに戻ったらしいクラインが神妙な顔持ちのまま分からないといった風に首を傾げる。その問いかけに対し、レンはさあなと首を傾げることしかできない。ただ一つだけ、レンが確信を持って断言出来ること。それは

 

“十中八九、相手は俺を知ってるんだろうな”

 

ならば、この事件は自分で解決しなくてはならない。罪のないぷれいやーが殺されたのは、どう間違えようもなくレンの所為なのだから。

 

「ねぇ、大丈夫?カオ怖いよ?」

「うん?ああ......」

「怪しいんだよなー。お前の“大丈夫”はさ」

「それは心外なんだが」

 

しかし、一度抱いた疑問はそう簡単に消えるわけもなく、アスナのみならずキリトも疑いの目をレンに向けた。

 

「まぁ本当に大丈夫だからさ」

「どうだかなぁー益々怪しいよ」

「レナまで...................」

 

これ以上はマズイ。感のいいこいつらなら、もしかするとバレるかもしれない。そう思い立ったレンの行動は早かった。

 

「で、どこに行く気よ?」

「ちょっとベノナに言い忘れてたことがあった。今から行ってくる」

「あっ、ちょっと!!」

「レン!!」

「悪い。先帰っててくれ!」

 

感の鋭い彼らのことだ。ボロを出す前に遁走したほうがいい。そう考えたレンは、アスナやキリトの声を待たずして鮮やかな足取りで雑踏の中へと溶け込んだ。

 

「もぉ、レンったら!!」

 

何も告げずに逃げ果せたレンに、シェリーは思わずそんんなことを口にした。レンの姿は既にない。元々がダークスーツだったのに加えて、夜闇の中とあっては戦闘職ではない彼女の、なけなしのリビール力ではその姿を捉えるには無理だった。アスナたちも動かないままのところを見る限りでは、彼女たちも同じように見失ったようだ。その代わり、アスナの表情が険しいものに変わっていくのに気づく。

 

「アスナ?」

「何だろう...................何だかイヤな予感がする」

「?」

 

それだけ言って、アスナはレンが消えてのけたその一点のみを眺めていた。ただの杞憂ならばそれでいい。ただ、彼女が漠然と感じているのみだけなのだから。だが、それでもーー

 

『悪い、先帰っててくれ』

 

口調のみだけを見るのであれば、なんて事のない、飄々と軽やかないつもに彼だったが...................

 

『...................』

 

その瞳。時たまレンが垣間見せるあの思いつめたような、追い込まれたような深いモノを宿す瞳だけは、どうしてもアスナの頭から離れはしない。

 

“何ともないといいんだけどな..................”

 

何処か願うようなそんな想いだけが、今のアスナの心情だったのだ。

 

 

 

 

ーーそう

 

果たしてこの中の誰が知り得ただろうか。この惨劇はただのプレリュード(始まり)にしか過ぎず、ただその結末に至るだけの最初の一歩を踏み出したに過ぎないのだと。この裏に蠢く者の、その正体に。

 

ーーそうしてーー

 

その僅か二時間後、彼女達のフレンドリストから“Renxs(レン)”のプレイヤー名は忽然と消え去り、誰も彼の姿を目にすることもなく、その行方をまるで煙にようにくらませた。

 

 

ーーゴーンゴーンと、教会の鐘の重々しい音色が虚空へと溶け込んで消えてゆく。あるいはまた、

 

 

 

ーーそれが血に塗れた悲劇の始まりを告げる、開幕の音色だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

《Interlude

Renegade(Renxs):

It's my own deal》

 

 

ーー死んでゆく

 

ーーそれは恐ろしいまでにあっさりと

 

ーー痛みも無く

 

ーーあるのはただ、抗いようのないまでの死の恐怖だけ

 

ーー死んでゆく

 

ーー呆気ないくらいにこの世界は

 

ーーいとも容易く牙を剥く

 

ーーその真ん中で、俺は...................

 

「..........................................」

 

ーーそんなプレイヤー(犠牲者)達の、嘆きを見届ける。

 

『後は...................』

 

ーーカズが死んだ(かつて)時のようにーーーー

 

 

 

***

 

ガチャリッ

 

と音を立てると、今迄光源の一つも無くただ暗かっただけのその部屋に、一筋の月明かりが差し込む。その、今にも消えてしまいそうなほどに頼りない光のみで、彼は部屋の照明を起動させるシステムスイッチに指を這わすと、そのスクリーンパネルに表示されたボタンをタップした。すると、僅かコンマ数秒のラグを置くこともなく、部屋にある照明という照明にやさしげなオレンジともイエローとも区別のつかない淡い輝きが灯る。彼の知るところによれば、この優しいライトカスタマイズは大家(オーナー)であるアンナさんーーこのSAOでは珍しくちょっと歳を重ねた柔和な人物ーーの意向らしい。今まで暗黒に包まれていた視界が光を入れると、彼ーーレンは部屋の内部へと足を踏み入れた。鬱陶しかったネクタイとダークスーツの上着をベットの上に放り投げ、ワイシャツの第二ボタンを外してから、彼は一室に誂えてある椅子へと腰掛けた。

 

「ふぅ...................」

 

今まで溜めていたモノを吐き出すようにして空を仰ぐと、レンは板張りの天井を見やった。

 

「...............................」

 

何時までそうしていただろうか。レンはゆっくりと椅子に深く腰掛けていた体を起こすと、立ち上がり、ベットの上に放り投げたままの上着の内ポケットからソレを取り出したのち、そのまま静かにテーブルの上へと置いた。取り出された八角柱のモノーー録音クリスタルーーは部屋の明かりを受けて色鮮やかにその存在を主張している。レンは暫しそのクリスタルを観察とも眺めともつかぬ形で見つめていた後、手に取り、ツルツルとしたその表面を軽くタップ。程なくしてメニューウィンドウがポップアップされた。

 

「やっぱり......か.....」

 

案の定と言うべきだろうか、クリスタルの中には何者かによる録音データがインプットされていた。更なる予想の的中の予感と共に、レンは一瞬逡巡したかのように軽く伸ばした指先を引いたのち、そのまま再生のボタンをタップした。音声プレイヤーがポップアップし、中に記録された計五分にも満たぬ音声データが再生される。

 

『さて............初めましてと言うべきか?貴様は俺の事なんざ知らないかもしれなが......俺は痛い程知ってるんでなーー』

 

「予想は的中......か......」

 

レンの予感通り、それは犯人が残した“メッセージ”だった。再生されるその声は、まるで内よりの溢れんばかりの憎悪を何とか押し留めつつ吐き出したような......少々ノイズの混じった音声だった。何処か閉塞空間の中にでもいたのだろうか。僅かなノイズに混じって、よくよく聴いてみれば若干の反響音も混じっている。その冷徹な言い様、明らかに向けられた殺意の奔流。それらの在り方は正しくレンが目にした犯人ーー即ちローブのプレイヤーーーのモノと完全に一致していた。それは別に驚くべくもない。ただ、この犯人は確実にレンの事を意識、そして敢えて知っているそぶりを隠していない。が当然ながらレンにはほとほと検討もつかない。それが一番の疑問だった。

 

“何故?俺と“コイツ”は前にどっかで会ったことがあるのか?何故俺を知ってる?”

 

そう、如何しても理解できない疑問をレンが解消しようと思考にふけっていた時、クリスタルよりのより一層鋭くも冷たくなったその声が、レンの思考を凍りつかせた

 

『まぁそんなコトはどーでもいい。単刀直入に、用件だけ言ってやる。これから先、貴様が攻略組の奴らと関わることがあれば、お前の最も、或いは親しいプレイヤー(ヤツ)を殺す』

 

それは、酷く単調な文脈でありながら、瞬時に理解できるものでは無かった。それでも、その冷酷な宣言は続く。

 

『頃されたくなくば、即刻奴らとの縁を切ることだな。さもなくば、もれなく俺が手ずから貴様に死体をプレゼントしてやる。ああ、安心しろ。コッチには“目”が有るんだ。お前がつるんでいるか否かなんて、すぐに判る。今日のはただの“警告”だ。じゃあな、“偽りの偽善者(人殺し)"』

 

そこで、音声はぶつりと切れ、役割を終えたクリスタルはその輝きをたちどころに失った部屋に訪れた沈黙。まず、レンが最初に感じたのはどうしようもない吐き気。そして、なお勝る憤怒だった。

 

「殺す......だって......?」

 

その呟きは、彼自身も気付かない位に冷ややかで低かった。湧き上がる憤怒に拳を握り締めながらも、それと背反するかのようにレンの思考は努めて冷静だった。つまりは、ローブのプレイヤーによるレンへの警告。彼がこれ以上、アスナ達(攻略組)と関わるのであれば、レンと親しいプレイヤーを殺してゆく、という。鼻で笑うこともできるかもしれない。しかしレンには半ば本能にも似たナニカでそれを理解した。ーー即ち、コレは何の狂言でもなくば、唯の脅しでもなくーーホンモノであると。瞼の裏に、ローブのプレイヤーの姿が浮かぶ。

 

「...................いいぜ、乗ってやるよ」

 

レンに何の因果が有るのかは判らない。憤怒で思考は震えていたが、それにも増して自分の存在が他の皆に危険を及ぼすかもしれないという事実が、急速に彼へと冷静さを取り戻させた。ゆっくりだのしていられない。明確に断言されたワケでは無いが、このまま自分が関わり続ければいずれ近い将来に誰かの命が危険に晒される。そう考えたレンは、ある一つに決断を下した。

 

イスから立ち上がり、右手を縦に振ってメニューウィンドウを立ち上げると、表示されたメニューリストから防具に項目を選択し、ストレージ内から防具を適用させる。程なくしてレンの全身を淡い光が包み込み、今まで着ていたダークスーツから戦闘用防具へと変貌を遂げていた。が、その防具は何時もの見慣れた淡いエメラルドグリーンのチェスターコート風の防具ではない。何の柄もないってない僅かにゆったりとした米軍式コンバットシャツ。その首回りには接着部にリベット打ちによる補強がなされた深めのフード。カーゴパンツにも似たコンバットズボン。左右両側にドロップレッグホルスターとヒップポーチ。身体機能サポートのためのサポーターバンドが膝下に巻かれており、そのズボンの裾を入れ込むようにしてソールが低反発素材であしらわれた編み上げのロングブーツを履いている。何よりも目につくのが、その全てが今までとは真逆の黒色に淡い灰色の混じったような色で統一されていたことであり、何処か、その手のマンガやゲームに出てくる特殊工作員或いはマーダーライセンス(第五の自由)を与えられた諜報員染みた印象を与えていた。

 

「まさか、コレを着ることになる時が来るとはね.......」

 

残った両手にタクティカルグローブを装着し、S-ナイフを格納するショルダーホルスターを身に纏ってから、レンは苦笑いを浮かべた。この装備一式は何時しかレンがたまたま狩ったフィールドボスからのドロップ品であり、装甲といった防御面を無視して装備品の携帯量と身のこなしや軽さのみに特化させたモノだった。長らく彼のメニューウィンドウのみ中で眠っていた一式ではあるが、ランクとしてはキリトのコートやアスナの騎士服と同格のレジェンダリードロップだ。ハイディングボーナスの高さとタクティカルアドバンテージの面では他の追随を許さないだろう。

 

「よし.....................」

 

もう一度メニューウィンドウを立ち上げると、次はフレンドリストの一覧を開く。キリト(Kirito)アスナ(Asuna)レナ(Rena)アルゴ(Algo)シェリー(Sherry).....etc............表示されたフレンドの一覧をレンは躊躇うことなくある“一つ”の名前を残したままその全てを消去した。これで、今やもうレンが何処にいるかを調べることのできる仲間(プレイヤー)はいない。そして同時に、レンは完全に孤立したのだ。だがそれでも、レンの内に飛来するものは何も無かった。いや寧ろ、此れこそが最善なのだ。レンというプレイヤーに関わり続けば、必ず誰かにその矛先が向く。コレはレン自身の問題であるのだから、それに他人を巻き込むなど真っ平ゴメンだった。

“............ハハッ。割と、冷めた人間だな”

 

存外、自分がフレンドを全て消しても何も抱かない自身に自嘲めいた笑みを一つ浮かべると、レンはすっかり寂しくなったフレンドリストを閉じ、最後に今一度今の自身の装備を確認した。

 

「さて、行くか...................」

 

部屋の明かりを落として、ドアを閉める。一度だけ天にその存在を煌々と主張するその満月を仰いでから、レンは何処までも広がる闇夜の中へと溶け込んで行った............

 




BO3発売?オレには関係ないな!!!!

すいません、誰か俺に恵んでくれませんかね?

聞いたことによると、マルチとかゾンビは流石トレイアーチだけど、キャンペーンはあんだけ散々宣伝しておいてからかなりの◯◯って聞いたんですが......どうなんでしょう?

私?私はメインデュアルが無いこととHGがたったの3種類(スペシャリスト除く)しかない事に怒っております笑


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Tea-break 04:If the World has different result

よーし時間がある内に書いとくか

パソコン打つの久しぶりやなー

よっしゃ、もう少しで終いや!!!!(一万二千字)

ぷつんっ(パソコンが落ちる音

エッ?(゚Д゚≡゚Д゚)エッ?

データ全消え

( ^ω^ ;#)ピキピキ

ムシャクシャしてやった、今は滅茶滅茶後悔している。


あり得たらマジで困る、もう一つの物語

 

ーー其の一:

 

ーーもしもクラインが、ウィンズ・オブ・デストラクション(破滅を呼ぶ嵐)の一員だったら。

ーーMusic by: The Only Thing I Know for Real

 

 

 

何処ともしれない、だだ微かな陽の明かりがさすだけの、この洞窟で、

 

「どうして......お前が......ラフコフなんかに......?」

 

「フンっ」

 

「何故なんだッ、答えろよ、クラインッ!!」

 

「オメェに答える義理はない。......しかしまぁ、これもまた必然......かね。いいぜ、構えな」

 

向かい合う二人のプレイヤーは、刃を交えた。

 

「ハァ!!」

 

「セイッ!!」

 

火花が舞い散り、触れ合う金属が悲鳴をあげ、白刃に空気が震える。二人が織りなすその凌ぎ合いは、獰猛で、冷たく、何よりも美しかった。

 

「どうした?色男(キリト)よ」

 

「くっ......このッ!!」

 

彼らの剣戟は、拮抗していながらもその本質に於いてまるで異なっていた。

クラインの剣戟が静かながらに怒涛たるジェットストリーム()であるなら、キリトのソレは対峙する者全てを切り裂くリッパー(黒い悪魔)。白と黒、正反対なその二対の剣で、よもや尋常ならざる苛烈さと剣速を以って剣戟を繰り出してゆくキリトに対し、クラインは刀身が真紅に共鳴する刀一本でソレをいなしてゆく。

 

「我流か、筋は悪くないな。だが......オメェの剣には“何か”が足りん」

 

「何をッ!!」

 

三本の刀が刃を交え、やがて今までにないくらいの熱量を以って火花を散らしながら、悲鳴のような金切音と共に鍔迫り合う。が、ソレも長くは続かない。

 

「見えた。お前の剣は“喪失”を畏れている」

 

「なっ、ガハッ!!!!」

 

微かに、キリトに動揺が走り、その隙を見逃すことなく、クラインは向けられた直剣を弾き、刀を鞘に収めると、やがて一息の内に抜刀。キリトのガード越しから抜刀術を叩き込む。幾重にも重なり、乱れ飛ぶ“紅い”斬撃。キリトの身体は、いとも容易く吹き飛んだ。

 

「己の力が再び大切なモノを喪うことを畏れ、だが理性では否定している」

 

「違う......俺はッ!!!」

 

「そんな剣では、俺は勝てん」

 

全身を隈なく引き裂かれ、ボロボロに成り果てながらも何とか剣を杖代わりに再び立ち上がろうとするキリトの姿に、クラインはフンとつまらなさそうに一つ鼻を鳴らし、ダラリと下げていた真紅の刀ーームラサマーーを正眼に構えた。

 

「来い、黒の剣士(ビーター)

 

「っ............はあああああああああああ!!」

 

エリュシデータとダークリパルサーを構えなおし、人外じみたスピードで間合いを詰めて来るキリトに対し、クラインは勤めて冷静に、ムラサマを鞘へと納刀すると、居合の構えをとった。

 

「オーケー、いざーーーー参る!!」

 

 

 

其の数年後ーー

公理教会ーー中枢部にてーー

 

完全なる統制と、気高き叡智によって、この世界の理その全てを統べる、セントラルカルセラルの最上階《叡智の玉座》にて、一人の青年の命が潰え、

 

「馬鹿な......私の、防護壁を突破するなんて...................」

 

この世界の神も同然たる最高司祭《アドミニストレーター》の鮮血が舞った。

 

「キサマァ、その心意(シンイ)の力はなんだァ!!!」

 

その神の造形たる流麗なる瞳を、憎悪の炎に焼き焦がし、ポツリと佇む青年へと向ける。

 

「くっ、はっはっは」

 

しかしその青年はそんなアドミニストレーターの視線すら意に介すことなく、可笑しそうにその肩を震わせた。夜空を刀身に溶かし込んだような直剣《夜空の剣》と、透き通る清らかな蒼色の刀身をもつ直剣《青薔薇の剣》をだらりと構えーー

 

「......黒の剣士(キリト)に、戻る時だ」

 

覗かせるその双眸が、真紅の光を発したーーーー

 

 

結果:クライン超強化

ジェットストリーム・クライン

 

更にキリトに超超強化&覚醒フラグ

キリト・ザ・リッパー

 

なんか斬奪でフラクタライトぶっこ抜いて回復しそう(小並感

 

 

 

 

ーー其の二:

 

あり得たら真剣に困る、もう一つの物語(分史世界)

 

 

ーーもしも彼らが、なりきり士の力を覚醒させていたら

ーー偏差:999

ーー深度:−999

 

 

 

ーーそれは、誰の目に見ても絶望的な光景だった。“彼ら”が対峙するのは、総勢50名は下らぬであろう攻略隊の軍団だった。

 

 

「おいおい、黒ずくめ(ブラッキー)先生よ。幾らアンタ達でも、この人数を“三人”で食うには無理じゃねぇ?」

 

そんな彼らを莫迦にするように、サラマンダーの男は告げる。しかし、そんな危機的状況である筈なのに黒ずくめ(ブラッキー)と呼ばれた少年はヒョイと肩をすくめるのみだった。

 

「どうかな、試したことないから解んないけど.........アンタ達位なら、十分だと思うぜ?」

 

人を食ったかのような、その言い様。そんな彼の姿を見せて、全体のリーダー格であるサラマンダーの男はあからさまに舌打ちし、忌々しそうに吐き捨てた。

 

「そうかよ、ほんじゃ、たっぷり後悔しな。...................メイジ隊、焼き尽くせ」

 

パチン!と指が鳴らされ、たちまち隊の後方に待機する魔術職のプレイヤー達が一斉に詠唱を始め、辺りの魔力(マナ)が胎動を始める。その光景は、眺めているだけならば圧巻の一言だろう。しかしそれを知る者にとってみれば、それは絶望的な光景だった。

 

総数三十は下らぬだろうか。さも核連鎖反応のように次々と数を増す魔法は、瞬く間にその空を所狭しと埋め尽くす。

 

と、その瞬間。スプリガンとシルフ、ケットシーの闖入者達の口元に、微かーーそれこそ気づくか気づかないくらいのーー笑みが溢れたように、ウンディーネのフェンサーーーアスナーーには見えた。

 

ゴウンッ!!!!

 

バシュンッ!!!!

 

ゴウッと空を捻じ曲げる悲鳴を上げながら、魔装の牙が放たれた。

 

「行くぜ、レン。足引っ張るなよ?」

「どっちがだ」

「ちょっと、私も忘れないでよね」

 

 

あたかもこの状況がなんて事ないと、さも涼しそうに、あろうことかそんな軽口すら言い合って、三人は漸く武器を手にした。

 

 

高速、いや、音速すらとうに超えて迫る、ありとあらゆる魔法魔法魔法魔法魔法ーーー

 

しかし、唸りを上げて迫ってくる幾重もの高レベル単焦点追尾型(シングルホーミング)スペルをキリトは涼しげな表情でヒラリと躱すと、手にした二対の剣ーーリズベット印の直剣と、レジェンダリーウェポンたる“エクスキャリバー”を、()()に構えたままその集団へと斬り込んでいった。

 

「なっ!!!」

 

驚きの表情を浮かべる、サラマンダーの男。しかしその時点で彼の命運は尽きていたのだ。

 

「セイッ!!」

 

何処から取り出したのだろうか。キリトは短剣を宙に投げはなってから、手にする二対の剣をより一層強く握りしめてーー裂帛の気合いと共に、ソレを解放した。

 

「そらッ!!」

 

流れるように、滑るように、弧を描くような体捌きでキリトは集団の合間を駆け抜けながら剣を叩きつけてゆくと、更に己を切り返して追撃を加えーー

 

 

祓砕斬(ばっさいざん)ッ!!」

 

宙を舞っていた多数の短剣を手に取り、己の魔力を通してエンチャントさせたのちに、

 

「ハァァッ!!零水(あやみ)ッ!!」

 

すれ違いざまにそれらを投げはなった。

 

それはーーあたかもホーミングレーザにも似た軌道を描きながら、濃紺色の軌跡の尾を引きつつ迫ってゆき.........

 

「「「「「ぐわああああああああああああああああッ!!!!」」」」」

 

その場に立つ、ありとあらゆるプレイヤー達を貫いた。プレイヤー達が、まるでチリのように宙を舞う。

 

「グッ、メイジ隊ッ!!!!彼奴らにありったけの魔法を浴びせろッ!!」

 

最早絨毯爆撃にも近いその威力でも、この場全てのプレイヤーを殲滅するには至らない。サラマンダーの男は、負傷した箇所を手で押さえつつ、後方のメイジ隊へと金切声をあげる。

 

「「「「わ、解りました」」」」

 

目の前で起こった、信じ難い光景の中で、メイジ隊のプレイヤー達は何とか形成を逆転させようと、詠唱を始める。しかしーー

 

「ムダだ」

「やらせないわ」

 

レンとシノンの二人は既にその秘奥義(殲滅魔法)の準備を終えていた。

 

背中合わせになった二人が、それぞれの武器を構えた。すると、辺りに漂うマナが、まるで濁流の如き奔流をあげ、世界が、悲鳴に軋む。

 

「そこよ、レン!」

「ああ」

 

辺りを稲妻が吹き荒れり、二人の足元に巨大な魔法陣が描かれる。

二人がそのまま互いの武器ーーアイアンボウとコンパウンドボウーーを天高く空へと掲げると、魔法陣から眩い雷光が天へと駆け上った。その光景は、恐ろしいまでに死の匂いを漂わせているのに、この場にいる全てのプレイヤー達は、何故かその龍の如き輝きに目を奪われていた。

 

「再誕を誘う、終局の雷!」

「リバース!」

「「クルセイダー!!」」

 

天が割れ、

 

空が悲鳴を上げ、

 

全てに終局を告げた。

 

二人を起点に落ちてきた神々しい迄に輝きを見せる終局の雷が、放射状に地面を焼き尽くしてゆき、その場にいた計50名近くのプレイヤー達ーーアスナやユウキ率いるスリーピングナイツとキリトを残しーー瞬く間に呑み込んで行った。

 

 

 

 

そして、

 

ーー荒れ狂う雷竜たるマナの奔流が、漸く収まったその先に残ったのはーー

 

夥しいまでの数のリライトメントと、そんなプレイヤー達の落としたドロップ品だけだった。

 

「チョロいな」

「甘いわね」

「チョロ甘だぜ!!!」

 

 

そんな殺戮現場に仕立て上げた張本人たるスプリガン《キリト》、シルフ《レン》、ケットシー《シノン》の三人は、それぞれ溢れんばかりのドヤ顔でそんな決め台詞を吐いていた。

 

「いやー流石はスナイプリンセス(狙撃姫)

「チョットアンタねぇ、いい加減にその名前で呼ぶの辞めなさいよ!」

「や、ちょ!!冗談だから、マジでカンベンしてくれ!シノっち!!」

「問答無用!!」

「ぎゃあああああ!!」

 

その後に、シルフ特有の色合いをした装束を身に纏うレンが、次の瞬間にはケットシー特有の耳と尻尾を羞恥によって猫のように逆立てたシノンによって蜂の巣にされていた。

 

 

 

「ねぇ......アレなんだったの、アスナ?」

「さ、さぁ?」

 

こくんと可愛らしく首を傾げてくるユウキの問いに、今のアスナにはそれしか答えられなかった。

 

 

 

 

ーー同時刻、新生アインクラッド内のロッジにてーー

 

「およ?どうしたユイちゃんよ、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「はい!パパとにぃ達に、さっき《なりきりコスチューム》をあげてきたんです!!」

「?......まぁよくはわからんが、取り敢えず嬉しそうで何よりだよ」

 

勝手知ったる顔で(人の家なのに)チビチビと酒を舐めているクラインと、ニコニコ顏でソファーに座るキリトの愛娘たるユイが、そんな仄々とした会話を交わしていた。

 

 

 

 

結果:ここから先は通行止めどころか、ほんの数分で攻略隊壊滅。彼らは泣いていい。

因みに彼女のcvは分史のツンデレのほうらしい

 

没ネタ:

 

ーーごめんね、アスナ。ボクの短気に、アスナも巻き込んじゃって。でもボク、後悔はしてないよ。だってさっきのアスナ、出会ってからいちばんいい顔で笑ったもん。

 

脳内に直接響くようなその囁き声に、アスナはユウキの手を握り返して応じた。

 

ーーわたしこそ、役に立てなくてごめん。この層は無理かもしれないけど、次のボスは絶対みんなで倒そう。

 

二人のやり取りは他のメンバーみんなにも伝わり、ぐっと握る武器に力を込めてから円陣を組む。

 

それを背中で感じながら、アスナは自分がこれまでになく気分を高揚させていることに気がついた。

 

 

ーー『アスナ。ぶつからなきゃ伝わらない事だってあるよ。例えば、自分がどれだけ真剣なのか、とかね』

 

全くその通りだ。今の今まで、アスナはあらゆる問題から逃げてばかりだった。

 

ーー親から

 

ーー進路も

 

ーーその生涯すらも

 

けどそれだけじゃダメなのだ。嘗てのレンやキリト達《解放の英雄》のように、例えそれが強大なモノであったとしても真正面から立ち向かわなくてはならないのだ。では、今が丁度その時だ。形勢は圧倒的にこちらが不利でも、最初から諦めていてはダメだ。そして何より、彼女の隣には依然とその愛らしい双眸を輝かせているユウキが、仲間達がいる。そんな彼女たちと共に、いつか、今度こそーー

 

「けど大丈夫!ここはボクに任せてっ!!」

「へ?」

 

アスナが丁度レイピアを構え直そうとした時、その隣に立つ少女ユウキは、握っていたハズの直剣を置き(、、)去り(、、)にして、徒手空拳のまま凄まじい敏捷力で駆け出した。

 

「ふえ?」

 

そんな光景を、アスナは飲み込めずにポカンと佇んでいた。

 

「え?ちょ、おま、マジでタンマッ!!」

「容赦しないぞ!」

 

同じく呆けているリーダー格のサラマンダーのプレイヤーの元にユウキは駆けつけると、右手に拳を作り、思いっきり構えてからーー

 

「はぁぁぁ!!絶拳(ゼッケン)!!」

 

 

その右腹部、現実で丁度肝臓(リバー)に当たる場所へと狙いを見据えてからーー

 

 

「てやあああ!!!」

 

可愛らしいその掛け声を共に拳を突き上げる。それは、誰が見ても見惚れてしまう程に洗練された、完璧なる腹パ......ボディブローだった。

 

ゴウンっ

 

「ごぶぅぐぱぁあああああああああ!!!」

 

生物的にまず間違いなくヤバい音を立てながら、見事綺麗にその腹パ......ボディブローを喰らった男は、まるでチリの様にその体を吹き飛ばされ、程なくしてリライトメントへと変えられた。

 

「イェーイ!キレイに決まったーー!!」

 

アスナに向き直り、眩いまでの満面の笑顔とともに勝利のVサインを突き出してくる絶剣(ゼッケン)ユウキは、まるでこの世に舞い降りてきた天使の如き可愛さと愛らしさだったと、後のプレイヤー達は口を揃えて語ったそうなーーーー

 

 

結果:

注:(もちcv悠木碧さんだから。間違ってもcv磯部勉で再生しないように。いいか?絶対だぞ!?破ったらモノホンの腹パン(絶拳)が飛んでくるからな!知らないぞ!!)

 

ユウキが楽しそうだし輝いてるしコレでいいんじゃないかな(遠い目

 

あのガチムチおっさんが繰り出してくる腹パンに何度何度殺されたことか......下手したらノーマルですら死ねる。防御力上限でもダメ五桁入るってなんでやねん(笑)

 

可愛らしい掛け声と共に一生懸命拳を空に突き上げるユウキは想像したら結構可愛いかなとも一瞬考えたが、余りにもガチムチおっさんの破壊力がハンパないので却下。

 

 

 

 

ーーさらなるオマケーーー

 

 

あり得たら絶望的に困る、もう一つの物語

 

 

(発生条件:キリトが原作通りアスナと結婚するコト

最終戦でキリトが持ち堪えること

 

 

ーーもし、SAOが揺るぎなき信念のRPGと交わり、アスナとキリトがそれぞれの精霊の主と医学生()だったら

 

 

 

「コレで終わりにしよう、キリトくん」

「そうだな、アスナ」

 

二人は互いの手を取り合って、その先に悠然と構えるヒースクリフの事を見遣った。アインクラッド第七十五層。彼らは今、かつてない程の強大なラスボス()を前にして、再びそれぞれの武器を構えなおした。

 

「行くぞッ!!ヒースクリフ!!」

「きたまえ、キリトくんッ!!!」

 

ほぼ同時、アスナとキリトは全く同じタイミングで駆け出すと、ヒースクリフも手に持つ盾を構えなおした。

 

「行くよ!キリトくん!!」

「合わせてくれ!アスナ!!!」

「む!?」

 

ヒースクリフの、超然と佇む顔が、微かに顰められた。何故なら、てっきり二人で同時に正面から攻撃を行うのかと思いきや、その予想をはるかに上回って、キリトとアスナはヒースクリフを挟み込むように二手(、、)に別れたのだから。僅かに鈍った、ヒースクリフの反応。そのスキをついて、二人は互いの闘志を共鳴させた。

 

黒の剣士()と!」

 

アスナが宙へと飛び上がり、キリトがヒースクリフへと剣を走らせる。

 

閃光()の力!」

 

キリトが走らせた、幾重にも重なる剣戟の後、体を捻ってヒースクリフを蹴り飛ばす。

 

「この刹那!」

 

舞い上がったヒースクリフを、今度はアスナのレイピアが捉える

 

「天に(ごう)する!」

 

そして、アスナが刺突を重ね終えたと同時に、キリトも空高く舞う。

 

「これが!!」

「私たちの!!」

「ぬううううううっ!!!」

 

そうして、宙を軽やかに舞うヒースクリフ基点に、二人の迸らせる剣閃が、みるみる内に近づいて行きーーーー

 

「「虎牙破斬・咢(こがはざん・アギト)!!」」

 

交錯した二対の光の筋がーー

ヒースクリフのアバターを貫いたーー

 

 

【Warning】

【System Announcement】

 

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました』

 

 

 

Tales of Link & ソードアート・オンライン:コードレジスタ

絶賛コラボ中!!!!

 

 

 

 

結果:テイルズとSAOがコラボした記念に。ゲームでは開発元が同じバンナムだから、いつか本当にテイルズとSAOがコラボするかもね!!!!アイマスコラボみたいにさ!!!!

余談だがこの世界ではレンくんは殺劇舞荒拳(さつげきぶこうけん)を使うらしい。ああ恐ロシア

 

 

作者がやってるのはリンク側、しかしコードレジスタ側ではアリーシャが手に入るとか。マジ羨ましい。でもいいもん!!!!キリトコスのルドガーとアスナコスのミラ貰えるもん!!!!(スマホ確認

 

てめぇヒースクリフがよぉ!!!!お前此処でもボス張ってんのかよぉ!!!!巫山戯てんじゃねぇぞお前硬すぎるんだよ!!!!なんだよ五連バリアってよぉ!!!!何が神聖剣じゃ!!!!んなもん大っ嫌いじゃ!!!!(涙目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハンパなくネタ臭が強すぎる今回。実は全部前からやりたいと思って構想を練ってたSSばっか。いい機会かなと思ってやっちまったぜ(テヘペロ
この前一ヶ月に一回更新って言ってたけど、実際ちょっとで12月〜1月にかけてハンパなく忙しくなるんで執筆の時間が取れないんです。だからちょっとでトレーラーみたいな奴オマケにギャグSS書いた←ここ大事

追記:最新話を投稿するのでトレーラーを消去しました

シネマチックとか銘打っておきながら全然シネマチックじゃないっていう......更に盛大にネタバレしてるし......


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Ep39: Refrain/Re:Dreamer

なんとか空いた時間がちょっとだけできたんで投稿します。

今回も間隔が一ヶ月も空いてしまってすいません。


「ふぅ.........あーあ」

 

湧き上がってくる欠伸を噛み殺しながら、レンはその視線を宙に泳がせる。周りに広がる何とも殺風景で、何とも味気ない光景が目に入り、再び溜息の一つでも漏れそうだったレンだったが......

 

「グガラァァァ!!」

「だよなぁ」

 

それ一つで大地を揺るがすのではと思える程に獰猛なまでの雄叫びをあげながら迫ってくる獣人型Mob《クライノフベアー》は、生憎とそんな事をする悠長な時間をレンにはくれなかった。吊りあがり、敵意にその内を焦がす野獣の瞳は、常にレンを捉えて離さない。映るもの全てを自慢の牙で噛み砕き、立ち塞がるありとあらゆる“標的”をその爪で引き裂かんとするクライノフは、その本能が叫ぶままにたった一つの、至って原始的でシンプルな感情のもと行動していた。それ即ち、目の前で気怠そうに立ち尽くすレンクスという名の“外敵”を“喰らい尽くす”コト。例えそれが、この世界の何処かでほくそ笑んでいるであろうある一人の男によって作られた“偽り”の感情だろうと。

 

「ホント、よく出来てるよ」

 

側から、或いは客観的にその光景を目にするならば、浮かぶのは恐怖以外には有り得まい。高さ優に三メートルはあるだろうか、滅多にお目にかかることはできないだろう、所謂熊と“思しき”ナニカ。一度対峙すれば、向けられる敵意とそれにも増して滲み出る殺意に足は竦み、本能はただ“ニゲロ”と警鐘を鳴らし、思考は理解することを放棄する。それは、“生きとし生けるモノ”全ての、全くもって正しい反応だ。恥じることなどないし、寧ろその“恐怖”こそが生きる上で最も大切な感情なのだから。であるからして、

 

「“この世界”は、さ」

 

そんな、何処か感心したかのように一人頷き、全くもってどうでもいい感想を漏らすレンの姿は、とても正気の沙汰とは思えなかった。

 

只々呆然と、あくまでも自然体のままそこに佇むばかりのレンへと、クライノフベアーはその鋭利かつ凶暴なツメを振り下ろそうとしたところで、

 

「ふっ!!」

 

突如として、レンの体が下へと沈んだ。たちどころに目測は狂い、その頭上僅か三センチのところスレスレを、クライノフの剛腕が通過する。そのまま、レンは転がるように真横へとドッジロールすると、レッグホルスターより引き抜いたC-アックスを空中に投げ放った。

 

「グアアァァァ!!」

 

空振りとなったその一撃を振り戻し、丁度転がっていた体を起こそうとしていたレンへクライノフはそのツメを矢のように突き出す。完璧に調整を施されたクライノフのAIは、レンの回避行動後に生じる一瞬の隙をあらかじめ予測済みだったのだ。が、その行動を読まれ、次なる一手を完全に封殺されてはずのレンの口元には、ただ微かな笑みが浮かんでいる。

 

唸りをあげ、空気を切り裂き、レンそのものを抉り取らんと迫る一撃に、レンは軽やかに左手を添える。その触れざま、レンは呼吸でもするかのような自然さで《纏》の防御を発動させると、クライノフの拳をいなすように体を縦に半回転させ、そのままの流れで体を上方向へと押しやった。

 

元々の身軽さに加え、《A-ナイファー》が与える機動力補正の力も相まって、レンの体は重力を無視したかの如く空中へと舞った。そのゴツゴツとした広い肩へと飛び移り、更に大きく跳躍する。それが全く予想できていなかったのか、あっけに取られたかのように立ち尽くすクライノフ。レンはそのまま身を翻すと、あたかもサッカーのオーバーヘッドじみた動作で右足を振りかぶった。しかし、レンとクライノフとの距離は明らかに彼の脚四個分は離れており、その足が捉え切れる射程範囲(レンジ)ではない。それでも、彼はそんなこと御構い無しに右足を振り下ろす。その軌道上へ......まるで最初からそこにあったかのようなドンピシャのタイミングで、先程彼が投げ放っていたC-アックスが落下してきた。

 

「はぁ!!」

 

そして、レンはボールを蹴るのと同じ要領で右足をC-アックスへと叩きつけ、ショルダーホルスターから《黎元》を取り出す。

 

「ゴガアアア!!!!」

 

迫り来るC-アックスを払いのけようとクライノフがもう一方の方の腕を横薙ぎに振りかぶろうとするが、その時点で勝敗は決したようなものだった。唸りつつ高速回転するC-アックスの勢いは、丸太程にも分厚いクライノフの二の腕をいとも容易く両断してなお止まることを知らず飛翔し、最終的にその肩口へと至るまで刃を深々と喰いこませた。しかしそれだけでは終わらない。黎元を構えながら急降下するレンは、すれ違い様に毛並美しいクライノフの体へ袈裟懸けに斬りつけると、地面にタッチダウンするや否や体を捻り上げるようにして回転、そうしてよろけているクライノフの横腹に渾身の裏蹴りを叩き込んだ。

 

「グラアアアアアアア!!」

 

その、極限まで無駄な動作と力を削ぎ落とし、流れるように洗練されつつも痛烈なレンのコンビネーションによって、クライノフの巨体が横にズレながらHPを急激に減少させる。

 

「沈め!!」

 

更に軸足で地面を踏みしめると、僅かな“タメ”の動作から内へと捻り込むようにして拳底打ちを放つ。その痛烈な一撃だけで、元々重心がが浮きかけていたクライノフの巨体はさも芥子粒のように吹き飛んだ。

 

Иметь хороший день (じゃあな)!」

 

両足で地面をしっかり踏んで、最後にそれだけを吐き捨てるように呟くと、レンは新たなるC-アックスをホルスターより取り出して、壁面に激突したまま襲われるノックバックに身動きが取れないクライノフへと投擲した。

 

ガスッと鈍い音と共にそれはクライノフの眉間を見事穿ち、やがてばしゃぁぁぁとガラスの砕けるような音を発しながらその巨体が砂のように消滅した。

 

「ふぅ」

 

息を整え、獲得経験値と獲得コルが表示されたウィンドウのポップアップを横目に流し見しつつレンは被っていたフードを払う。左手に握られたままの黎元をクルリと一回転、手で転がしてからショルダーホルスターへと納める。それと並行して《スカウティングスキル》内の《索敵Mod》を発動してから周囲の状況を探ってみるも、彼の半径五百メートル以内はいっそ不気味なまでに静かだった。あれだけ派手に暴れ、加えてその特性上短期決戦ができないために少しずつAIの誘導を行いじっくりと調理したにも関わらず、だ。

 

しかしまあ他に倒さなくてはならないMobがいないのであればいないに越したことはない。いたずらに戦い続け、ただ無闇矢鱈に《A-ナイファー》の装備一式を消費してしまうよりかはよっぽどマシである。そう区切りをつけてから、レンは先程までクライノフと死闘を繰り広げていた場所を背に歩き出す。この層の中でもノーマルMobでは上から数えて五つ程に入るであろう位には強いクライノフベアーを倒したからといって、湧き上がる感情など何一つとしてなかった。一度フィールドに足を踏み入れた以上は命のやり取りをしているにも等しいが、今のレンにとってしてみればそれすらも何処か作業じみた、ルーチンワークのように感じる。

 

「アレからもう一週間以上、か.........」

 

何処か他人事のように呟きながらも、レンはこの先にずっと伸びているやはり殺風景で味気ない道を歩いて行く。そう、結婚式殺人が起きてからレンが他の仲間との連絡手段を全て断って孤立してから優に一週間以上が経過していた。その間、レンは例外を除いてだだの一度たりとも圏内へと舞い戻ったことはなく、ひたすらフィールドないし迷宮区に篭り続けた。加えて、フレンド枠からはほぼ全てのプレイヤーを削除したために今のレンには現在の攻略組、敷いてはこの全アインクラッド内の情報がさっぱり入ってこない状況だった。一度くらい戻って確認してみようかと思わないでもなかったものの、そんな考えはあの“メッセージ”によって掻き消される。

 

『お前が攻略組のプレイヤー達と関わりを持ち続ければ、親しいプレイヤーを殺す』

 

と。あの冷徹で内なる殺意を垣間見せる声はそう告げた。そんなこと、ただの戯言として真に受けなければ良いだけの話ではある。そも、レンが親しい間柄にあるプレイヤーは、彼らがレンに好意的であるか否かは置いておいて攻略組のプレイヤー達、アルゴにシェリー、今は一線を引いて支援活動に尽力を尽くすディアベルにその他ちょっとした知り合いのがいるのみ。少なくはないかもしれないが、決して多いわけでもない。レンが中層以下のプレイヤー達の支援活動を行っているという事実を知っている人間はさらに少ない。

 

そして、レッドプレイヤー側もそう易々と安易な殺人は犯せまい。少なくともレンの知る限り、今の攻略組の警戒態勢はかなり高く、あくまでも表向きは極秘扱いとされある一定以上の権限を持つ攻略組のプレイヤーでなければその存在を認知していない“タークス隊”を秘密裏に動かしていることからも明白だ。不必要にプレイヤーを殺せば、そこから忽ち足がついてしまう。“諜報部隊”の名は伊達ではないのだ。

 

それでも、頭の中ではそう理解出来ているはずなのに、如何してかレンはその宣告を無視できなかった。あの時、対峙したあのローブは、明らかに此方を知った風な素振りを見せていた。可能性としては限りなく低いものの、ともすればあのローブは攻略組の中の誰かなのかもしれいない。攻略組に“タークス隊”が存在するように、ラフコフ側もそれに準ずる組織を持っているかもしれない。何より、ローブの長槍使いが身に纏っていた“カズ”の手袋の事が、レンの頭から離れなかったのだ。

 

『後は.........』

 

/あの時に目にした光景は

 

『頼んだ.........』

 

/あの時に抱いた絶望は

 

『タスケテ.........』

 

/今でも、まるでそこで起きているかのように、鮮明に思い出せる。

 

もう二度と、あんな思い(後悔)はしたくない。自分にとって友と呼べる者の死をレンはもう目にしたくなかった。数多くのプレイヤーが呆気ないまでにこの世界に敗れていくのを、彼は何度もその紺碧に焼き付けてきた。

 

ーー死にたくないと泣き叫ぶ者

 

ーーその恐怖に怯える者

 

ーー殺される者

 

そう、そんなプレイヤー達を前に、死神は等しく煉獄の鎌を振り下ろす。あまりにも、救われない。その度に、レンは救えなかった己の無力さに憤ってきた。如何して助けられなかったのか、何故救い出せないのか。何故、誰かを犠牲にする事でしか他の誰かを救えないのか。もう何度繰り返したかも分からぬほどの反芻の螺旋上で、レンはひたすら取捨選択することしかできなかった。だからだろうか、彼はいつしか“誰かの死”を見ることに恐怖するようになった。お前は唯のーーーだと。俺は誰かを救わなくてはならないと。“死”を目にするたびに繰り返される強迫と責め立てに。だから、今に至るまでレンは圏内へと戻ろうとは考えないようにしていた。己の所為で、アスナ達を危険な目に会わせたくはなかったのだ。

 

「ココでいいか...................」

 

ぐるぐる廻り続けるその影を重ねるまま、周囲を警戒しつつ歩いていたレンはやがてその足を止めた。そこはこの迷宮区の中でも端の、とてもプレイヤーなぞ訪れないような辺鄙な場所で、されどこの薄暗い迷宮区を微かに灯す二対の篝火で囲まれた場所だった。このアインクラッドの圏外ではMobが存在しリスポーン地点から何度でもリポップするが、その中でも幾つか例外の、所謂“セーフティハウス”の様な場所がある。その一つが、この様にフィールド内部に点在する“篝火の場”だ。この内部にいる内は、Mobが入り込んできて襲うこともなければリポップすることもない安全地帯として重宝される。今レンがいるのは、最前線であるココ六十三層の恐らくは未だ他に到達した事のないであろう迷宮区内更に奥の僻地と呼べる場所にある篝火の場だった。そこへ足を踏み入れると、レンは腰に差してある剣を外すと、それを肩に寝かせるようにして静かに腰を下ろした。

 

「ハァ......」

 

疲れたように溜めた息を吐き出し、レンは払ったままでいたフードを再び目深に被りなおす。ここ一週間、圏内へと戻ることが出来ないレンは、四層にある自室又は適当な宿屋の代わりとしてこの篝火の場を利用していた。セーフティスポットとは言うが、それは飽くまでMobが此方に“入り込んで”来ないだけであり、そのすぐ目前を往来したりMobの呻き声や叫び声が絶え間なく聞こえたりととても寝れたものでは無いが、休憩場所としてならば悪くはない。レンにしてみれば取るに足らない瑣末な問題でしかなかったし、此ればっかりはもう慣れっこだ。わざわざこんな僻地を選んだのも、少しでもMobの往来が少ないところを探したというよりは単に他のプレイヤーとの遭遇率を可能な限り減らすためだった。

 

「装備は......まだもつかな」

 

ウィンドウから武装の残数が十分に大丈夫なのを確認すると、レンはウィンドウを払って少しの間気でも休めようかと静かに目を瞑った。

 

 

***

 

《Interlude

Renegade(Renxs):

Promise, Re:Dream》

 

 

 

 

 

ーー夢を視ている。

 

『もし、私が助けて欲しい時に、キミは私を助けてくれる?こうやってまた話してもいい?』

『うん、いいよ。約束する。ボクが、キミを守るから』

 

ーー幾つもの記憶の中へと埋没し、ひたすら忘れ、喪われていくだけの......遠い記憶。

 

『『ゆーびきーりげんまんウソついたらハリセンボンのーます』』

 

『ゆーびきった!!』』

 

ーーしかしそれでも

 

『キミは、私にとってのヒーローみたいな人だね』

『ヒーロー?』

『うん、私を助けてくれた、ヒーローだよ』

 

ーーこの夢を、懐かしいと感じるのは、如何してだろうか

 

ーーーそれは、まだ彼が今よりずっと、ずぅーと幼かった頃のオハナシ

 

***

 

彼は、何処にでもいる、ありふれたやんちゃな少年だった。毎日の学校では友達と一緒になって目一杯遊んでは先生に叱られ、悪巧みを考えつけばそれを実行し、やっぱり先生にこっぴどく絞られる。言うまでもなく、わんぱく少年団として彼等は常にマークされたりもしていた。

 

そして何より、彼はサッカーというスポーツが何よりも大好きだった。週に四回、彼の所属していたサッカークラブが活動する河川敷の空きグランドでの練習では、同じチームメイトと共に汗まみれ泥まみれになってひたすらにボールを追いかけ、それ以外の日でも空き時間や暇さえあればとにかくボールを蹴った。そう、男の子なら誰だって一度くらいは通った経験()であろう、有り体に言えばスポーツ大好き少年だったのだ。泥んこ塗れになったユニフォームが、洗濯の際に母親の頭を大いに痛めさせた事など数え切れはしない。

 

そして、そんな彼のもう一つの楽しみ。それはサッカークラブの後に近くの公園で空と景色を眺める事だった。その公園は珍しくも、丘で高台となった場所に作られていて、あまり開発の進んでいなかったその当時では周囲の光景を一望することのできる絶景スポットだった。春、夏、秋、冬と季節が移ろうたびに、見せる顔を変える公園。

 

 

 

ーーーそんなどうってことない日々(日常)を過ごしていたある日の事、その男の子は一人の女の子と出会ったのだ。

 

 

いつも通りブランコ近くに広がる原っぱで空と景色を眺めようと足を運んでみれば、何時もは人が居らず彼の特等席にも近かったその場所に、その少女はポツンと一人座っていたのだった。しかし、別にその場所は彼専用の場所でもないからまぁこんな日もあるのかなぁと別に深く考えることなくその少女の隣......およそ体一個分程離れた場所に座ろうかとしてーー目にしてしまった。

 

その女の子が、くりくりとした愛らしい()に涙を溜めて、今にも消えてしまいそうな儚い表情でその景色を眺めていたことに。

 

最初は、そっと静かにしておこうと思った。しかし、元々そういった光景が放って置けないタチであったし、隣で自分とそう年の変わらないだろう女の子が今にも泣き出しそうにしていて、彼は不思議に思っていたのだ。

 

“どうしたの?”

“どうして今にも泣きそうでーー”

“そんなに悲しそうなの?”

 

と。

 

「何かあったの?」

「................................................」

 

とうとう抑えきれなくなり、勇気を以って尋ねてみた彼だったが、帰ってきたのは固い沈黙と、一層自分の肩を強く抱きしめる女の子の姿。

 

“どうしよう”

 

彼は戸惑った。こんな時に、どう行動すれば良いのか。生憎と、その時の彼にはいい対処法が思いつかなかった。

 

考えて、あーでもないこーでもないと散々迷い、葛藤した挙句に、彼の脳裏に思い浮かんだのは当時彼が好きだったとあるマンガの、あるワンシーンだった。

 

“そうだ、一緒にサッカーしよう!!”

 

思い立つと直ぐに、彼は自分がからっていたエナメルバッグの中からボールを取り出した。ずっと使い続けてきたためか、表面はボロボロで所々ハゲ落ちているが、それは彼の誕生日に、両親が買ってくれたとても大切な、四号球のボールだった。

 

そして彼は彼女の白くてきめ細かな細い腕を、なんのためらいも無く掴んだ。

 

「ちょ.........ちょっと」

「一緒にサッカーしようよ!」

 

突然のことに顔を顰めたまま抗議をたてる少女をまくし立てるように、彼は明るい声でそう言った。たとえ話せなくても、どうやったら笑ってくれるだろう?そう考えた結果がコレだった。一緒に遊べば、きっと彼女も笑ってくれる筈だ、と。そこで思いついたのが、サッカーだったというわけだ。

 

さて、そうやって行動に移したはいい。しかし、半ば強引にも近い形で誘ったその相手が、果たして喜ぶだろうか?答えは否、だ。

 

その少女もそんな例に漏れず、物言いたげな顔で彼のことを不機嫌そうに見つめていた。

 

「うーんと、そうだ!チョット見てて!!」

 

しかし、これしきのことで諦める彼ではない。“わんぱく少年団”と、先生達からのお墨付きは伊達では無いのだ。相手に興味がなさそうなら、湧くように工夫してやればいい。彼は足元にあったボールをつま先でフワリ蹴り上げると、ヘディングでさらに上へと上げて、落ちてくるところを胸で受け止め、そのまま落とし込んで左足、次いで右足で再度蹴り上げ、ボールを背中に乗せてから転がし左のヒールでソレを蹴り上げ、再び足で受け止めて蹴る。

 

サッカーが好きであり得意でもあった彼がそんな少女に披露したのは、所謂リフティングだった。ボールを蹴り上げ、地面に着けることなくまた蹴り上げるこの動作は、サッカーに於ける至ってシンプルな練習でありながら細かなボールコントロールを学ぶには最適な練習法であり、だからこそ奥が深くもある。得意とはいえ、複雑な動きも交える彼のリフティングは、道化師のジャグリングにも似ており、そんな少年の技量の高さが伺える。

 

すると、ボールをまるで意のままに操る彼の姿を見て興味が湧いたのか、少女の険しげな表情がフワリ、少々の驚きを含んだ柔らかいものに、微かだが変わっていたのを少年は見逃さなかった。

 

「はい!!」

「え!?ちょっと」

 

ボールを受け止め、地面を転がすようにして彼が少女にボールを蹴ってやると、彼女はいきなりのことに慌てつつもぎこちない動作でソレをトラップした。

 

「蹴り返してみて!!」

 

どうすればいいかわからないと言いたげに視線を向ける少女に、レンは蹴るそぶりを見せてやる。すると、

 

「......えい!」

 

少女はそれを見様見真似でボールを蹴り返した。コロコロと転がってくるボールは、ちょうど彼が立っていた場所丁度に収まった。

 

「あっ......」

「スゴイよ!キミってとっても上手だね!!」

 

初めてだったろうにも関わらず、彼と何ら遜色ないコントロールでボールを蹴って見せた少女に、彼は純粋に嬉しくなった。そうして、彼がまた蹴ってやると、今度は戸惑いが消えて先ほどより遥かに滑らかに少女も返す。

 

それからは、ただひたすらにボールを蹴りあっていた。すると、最初は何処か不満げだった少女の表情が次第に和らいでいき、そうして、少女が初めて笑ったのを彼は見た。くりくりと愛らしいしばみ色の瞳。端正に整った顔にサラサラとした栗色の髪。純白のワンピースに身を包んだ彼女の姿は、とても綺麗だった。

 

 

 

ーーそうして彼等二人は毎回のようにその公園でサッカーーーとは言ってもボールのパスをしあうだけの簡単なものだったがーーをするようになっていた。そうすれば、自然とどちらからともなく話すようにもなっていた。彼等が初めて出会ってから暫く経った頃だ。

 

「キミのその髪と瞳の色ね?」

「え?」

 

彼の顔を覗き込みながら、彼女は突然そんなことを言い出した。思わず、彼の体が僅かに強張ってしまう。微かに怯えながら、

 

「......これのこと?」

「うん」

 

ーー幼なった頃の彼は、自分が持つこの髪と()が少し嫌だった。色素の薄れたように淡いシャンパンゴールドの髪と、海のように深い色合いをたたえた紺碧色の瞳。それは、良くも悪くもとても目立っていて。母親譲りの自慢であるハズのソレは、同年代と関わらず皆の好奇の視線を集めるモノだった。からかわれることもあったし、自分は純粋な日本人では無くてロシア人である母とのハーフだと自覚ができていなかった彼を含め“彼等”には、単純に“他とは違う変なモノ”としか映らなかったのだ。過ごす日々が大好きではあった彼の、唯一大っ嫌いと言ってもいい点。不思議に思って、たまにからかわれることもあって、何度母や父に尋ねたかは判らない。

 

『ねぇ、どうして僕はみんなと一緒じゃ無いの?ヘンだよ、この色』

 

ーー怖かった。隣に座るこの少女も、他の皆と同じようにヘンな目で自分を見てくるのかもしれないと。それだけはイヤだったから。キライだったから。

 

「羨ましいな、とってもキレイで......私好きなんだ」

「好......き?」

「うん、とってもね!」

 

だから、素直にこの髪と瞳を褒めてくれたこの少女のことが彼にはとても不思議に映った。

 

「......どうして?」

「だって、髪はキラキラでお日様みたいだし、瞳も海みたいな色してる。とってもキレイじゃない」

「......そうかな?」

「そうよ、とってもね」

 

そう、目の前にいる少女が、家族を除けばはじめて自分の髪と瞳を褒めてくれた人だったのだ。だからだろう

 

ーーなんだかむずかゆいような気がして、それにも増して嬉しかったのはーー

 

「......あ、ありがとう」

「え?」

「この髪と瞳を褒めてくれて、ありがとう。すっごく嬉しい」

「うん、どういたしまして」

 

彼がチョット照れ臭そうにはにかんでみると、少女もまた透き通るような微笑みを返した。

 

***

 

ーーそれは、とても嬉しくって色鮮やかな記憶(キオク)

 

ーーそして、レンが朧気ながらに覚えている記憶がもう一つある。

 

***

 

その日は、いつもと違って少女はその小さくて華奢な身体をより一層縮めて肩を震わせていた。それが、果たして一体何を意味するのかは、立ち所に彼にも理解できた。そうして、かつての或る日のように、彼はそんな少女の隣へと静かに腰を降ろした。

 

「.................................」

「.................................」

 

僅かばかり間隔の開いたその合間を、ソワリと爽やかなそよ風が駆け抜けた。それに吊られて、周りの木々や草々踊るように揺れ、軽やかなBGMとなって彼の耳を撫でる。

 

“キレイな空だなぁ...................”

 

そんな風に、まだあどけなさの残る双眸を僅かに細めながらレンは空を仰ぐと、ガラにも無くそんな感想を抱いていた。実際、空の透き通るまでに鮮やかな空色のパレットに純白な絵の具の如き雲を落としたかのようで、それはーー

 

“これで、いつもみたいに彼女が笑っていてくれればなぁ”

 

静かに涙を流し続けるその少女と、そんな彼女をそっと見つめる少年には少々不似合いであった。

 

チラリと横目で彼女を流し見るも、そんな彼女は以前最初に出会った時と同じワンピースと白磁器のように透き通る腕にその小さな顔を埋めたまま消え入るような声ですすり泣いていた。

 

“ど、どうしよう...................”

 

何時ものように隣へと腰を降ろしてみたはいいものの、先程と全く変わっていない状況に彼は途方に暮れていた。如何にかして声を掛けてみたくとも、あの時と違い彼女は泣いている。それが彼を一層悩ませていた。

 

「ねぇ...................」

「うん?」

 

そうやってどうするべきかを心の中で行ったり来たりしていた彼へと、不意に少女が声をかけた。しかし、その声は何時もの透き通るように美しい声では無く、どうしようもないくらいに涙に濡れていた。そうして、一層強い風がひと吹き、彼女の煌びやかな髪を揺らし、顔をあげた。

 

その時に初めて、彼は彼女の悲しみに染まった表情を見た。

 

「ねぇ、キミはこの世界が好き?」

「うーん、そうだなぁ............」

 

そのまま尋ねられて、彼は首を微かに傾けながら考えた。

 

ーーとっても、難しい質問だった。

 

彼にとってしてみれば、それから自らの“日常”で、当たり前のようにある“日々”だった。

 

ーー授業で一杯一杯手を挙げて、

 

ーー友達と一緒になって遊んで、

 

ーーたまに先生から怒られて、

 

ーーチームのみんなと一緒になってボールを追いかけて、

 

ーー試合に勝ってみんなと笑って、

 

ーーそして、彼女と一緒に景色を眺めるのも、

 

ーー一緒に、ボールを蹴りあうのも、

 

彼からすればそれは当たり前の、陽だまりのように暖かな日常であり、“世界そのもの”だ。

 

『お前ってやっぱヘンな目してるよなー』

『おっかしな色〜』

 

もちろん、ただ楽しいだけの“世界”では無い。

 

からかわれたコトは数え切れないし、そんな彼らの好奇の視線と声が嫌で親の前で涙を流したことだってある。

 

ーーそれでも

 

『その瞳、私は好きだよ?』

 

それを褒めてくれた(彼女)がいた。だから、そうだ。

 

自分の世界は好き?

 

その問いに対する答えなんて、初めから決まっていたのかもしれない。

 

「そっか。ーーうん、僕は大好きだよ」

「そうなんだ......私はキライ」

「どうして?」

「私ね、お母さんが厳しいからあんまり好きなことが出来ないんだ。お父さんは仕事て忙しいからってなかなか帰ってきてくれないし......今日もね、ピアノのレッスンの事でお母さんとケンカして......そのまま飛び出してきちゃったの」

 

そう、ポツリポツリと零す彼女の顔は、見ていられないくらいにとても悲しそうだった。

 

だからだろうか、気がつけば彼はそんな彼女の腕をそっと、自分の手で掴んでいた。

 

彼女が彼の髪と瞳の色を大好きだと微笑みながら褒めてくれたように、彼もまた彼女のふわりと笑うカオが好きだったから。そんな彼女が悲しんでいる姿を、彼は見たくなかった。

 

「大丈夫、君のお母さんもいつか分かってくれるよ。だから泣かないで。キミは、笑っていた方が似合ってるよ」

「......じゃああなたは?私の事、解ってくれる?」

「うん!もちろん!!」

 

彼が自信を込めて頷くと、今まで泣いていた少女の顔に微かな笑顔が戻った。彼の大好きな、透き通るようにキレイな笑顔。

 

しかしそれでもまだ不安は拭えないのか、彼が握っている手を強く握り返し、少女は尚も不安げに眉尻を下げてボソリ尋ねた。

 

「ねえ、もし、私が助けて欲しい時に、キミは私を助けてくれる?こうやってまた、一緒に話してもいい?」

「うん、いいよ、約束する。僕が、君を守ってあげるから」

 

そうしてそっと差し出したレンの小指と少女の白い小指とがゆっくりと絡められーー

 

「「ゆーびきーりげんまんウソついたらハリセンボンのーます」」

 

 

「「ゆーびきった!!」」

 

 

 

ーーそれが、そんな子供染みた約束こそ、あの時に交わされた、何よりも大切な“契り”だったのだ。

 

ーーどうして忘れてしまっていたのだろう。

 

ーー何故鮮明に思い出せないのだろう。

 

ーー交わした大切な“約束”だ。

 

ーー守ると“誓った”のだ。

 

ーーヒーローみたいだと言ってくれた。

 

ーー自分の髪と瞳が綺麗だと......嘘偽りもなく屈託もない大好きな笑顔でそう告げてくれた。だから今度は自分の番だ。

 

ーー彼女がくれたであろうモノを返さなくては。

 

ーー今も何処かで、ともすればそのしばみ色の宝石のように美しい瞳をまた悲しみに濡らしているかもしれない、

 

ーー名も知らない、彼女の元へ

 

 

 

 

ーー俺が、君を守ってみせるからーー

 

 

 




彼の夢に出てきた女の子......一体誰なんでしょうかねぇ?(すっとぼけ

この話を書いた前回よりかなりの間隔が空いてしまってますが、実はカンのいい人はもう誰だか分かっちゃってるみたいで......
タグふせた意味ェ......

話は完全にオリジナルってか作者の捏造なんですがね笑

次も大分間隔が先になってしまうかもしれません。

それではまた


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Ep40: Hunting of TrickStar

皆さんお久しぶりです。

割と久しぶりな感じがしつつ投稿したんですが、何分久しぶり過ぎるせいでタイプするのがしんどかったです。

それでは、ドゾ


「ゴルァァァァ!!」

「キシャァァァァ!!」

「っ......ふぅ」

 

 

 

......唐突に、"ユメ"から目を覚ます。

 

 

辺りに反響した、真に人外と呼ぶに相応しいであろうけたましいモンスターの声が、浅く微睡んでいたレンの意識を呼び戻したのだ。片目を閉じたままもう一方をその雄叫びがした方へ向けると、レンのいる篝火境界線目と鼻の先を、猿人とブタの混ざったような獣人系のmobがのっそのそと歩いていた。

 

「今何時だ?」

 

しかし、レンは全く意に介した様子はなくそう呟いたかと思うと、右手を振ってウィンドウを立ち上げ現在時刻を確認していた。その無機質なメニューには、3時21分とデジタルで表示されていた。ここで休もうと帰結したのが1時とちょっとだったので、おおよそ二時間といった具合だろうか。

 

「そろそろ移動しないと......」

 

レンが今いる場所は最前線中の最前線だが、いつ他のプレイヤーと出会うか分からない。今、攻略組との接触を極力避けたい彼としては、それだけはどうしても避けたかった。そして何よりーー

 

"今頃、アイツらもオレの事疑ってるんだろうな"

 

そう、今の彼には、どんな容疑がかけられているか解ったものでは無い。ただ一人容疑者の犯行を目にしたプレイヤー。そんな人物が、何の容疑も掛からないハズが無い。

 

"ああは言ってるが、実はレンがやったんじゃないか?"

 

加えて、レンはその次の日に忽然と姿を消したのだ。たとい半信半疑な嫌疑だろうとそしてその嫌疑が間違ったものであったとしても、これまでのレンの行動はそれらに現実味を帯びさせるには充分過ぎる。仮にタークスの連中にでも見つかってしまえば、拘束される恐れすらある。

 

"ヤレヤレ、コレがホントの四面楚歌って奴か"

 

そんな自身の現状を自嘲気味に笑って、レンはすくっと立ち上がった。さっと装備のストックなどを確認。そのまま、レンは万が一の逃亡用に握っておいた転移クリスタルを高々と掲げた。

 

「転移!三十六層《ヴァニティー》!!」

 

次の瞬間、レンの視界は完全にホワイトアウトした。

 

***

 

次の瞬間にレンの瞳が映したのは、夜の漆黒に染まりあがって彼以外にプレイヤーは一人としておらずポツンと孤独に佇んでいるレンガ造りの転移門前広場だった。その様はまるで火を落とした暖炉のようで、吹き抜ける通り風すらもの侘しいものがある。そんな、致命的なまでに人気の欠如したその場所を、レンは自身のロングブーツの底が地面のレンガとぶつかり反響する音だけを耳にしながらひたすら歩いて行った。目指すはこの層のフィールドへと。時たま時代錯誤に色ボケた看板を大通りに掲げる宿屋の標識すら目に止めることはない。

 

***

 

「ギャアッッ!!」

「失せろ」

 

毒々しいまでの血紅色に染まった鋭利な牙を向けて襲いかかってくる《レッドファングウルフ》を、レンは忌々しそうにそう吐き出してから手にするカトラスを走らせた。逆手に寝かせたカトラスの刃は横一閃にウルフを捉え、そのままその毛並み艶やかで隆々とした体躯を両断した。

 

「フッ!!」

 

ミシリッと、耳に届く金属の軋む音。刹那、レンは順手に剣を持ち替えると半孤を描くような軌道でカトラスを掬い上げ、横に両断されたウルフの体躯を更に縦へ切り裂いた。

 

「キャンッ!!」

 

縦と横、つまり自らの体躯を四等分に分割されたウルフは、そんな僅かな悲鳴すら満足に上げることすら許されず、鈍い破裂音と共にガラスの如く散っていった。

 

「............」

 

振り上げたままのカトラスをクルリと一回転させ、そのまま腰のベルトへと通す。そして軽く、毒づいた。

 

「もう歪んだか......」

 

本来レンの体と水平でなくてはならないハズの腰に吊るされたカトラスは、柄の部分からレンの体と離れるように外側に曲がっていた。彼の行使に、剣が耐えきれていない証拠だった。いや、この場合は、彼自身の技量が煩い、といった表現の方が的を得ていようか。

 

「............」

 

 

"お前は、俺みたいに『強く』はなれない"

 

己の手へと視線を落としながら、彼はそんな親友がかつて言っていた言葉を思い出す。

 

「まぁ、最初から分かってたけどな。カズ」

 

その呟きは、今はなき友へと

 

 

そこで、彼は思考を打ち切る事にした。

 

周囲の状況を軽く探ってからレンは再び歩き出す。彼がこの層のフィールドに潜ってから既に三時間。その間レンは常に休むことなくフィールドを練り歩いてmobと共に踊っていたが、未だそのHPバーは安全値を保ったままだった。そもそも、彼がこの層に於いて遅れを取ることは万が一を除けば有り得ない。理由は至って簡単で、レンのLvはこの層層で必要とされるマージンを二回り程上回っているからだ。そうして、レンがスカウティングのスキルによる《追跡》によって地面に残された夥しい量の足跡を観察しつつ南へ向かうその時だった。

 

「っ!!」

 

彼のスカウティングがもたらす多大な索敵範囲に尋常ならざる数の反応。そしてそれを待っていたかのように、

 

「「「うわあああああああああああ!!!!!」」」

 

そんな悲鳴が聞こえた。

 

「......ちっ!!こっちか!!」

 

レンの全神経に鋭い電子信号が走り、その体へと撃鉄が落ちて、思考回路が切り替わる。前へ前へと飛ぶように進むたびに、レンは地面が抉れ削れるかの如く足を動かす。その反応源はぐんぐんと近づいてゆき、その凡そ一分も経たぬ内にレンはその場所へと辿りついた。

 

***

 

「ひゃああああ!近づくな!!」

「助けてくれェ!!」

「だ、誰か!!」

 

その場で繰り広げられていたのは、地面へとへたれこんで肩身を狭く縮こまっている三人と、そんな彼らを絶好の獲物だと言わんばかりに冗談のような数で取り囲む、大小様々なmobの集団だった。それだけでも十分に危険であるのに、何よりも危険だったのは地面でひれ伏している三人のプレイヤー全てに武器が握られていないことだった。何があったのかは知り得ない。途中で無くしたか、破壊されたか。ただ目にしたその事実だけで、レンは己が何をすべきかの最適解を弾き出していた。

 

「ちっ!!」

 

両手を腰に誂えてあるポシェットに滑り込ませ、指と指との間に一本づつ、左右合わせて計四対をブレードグリップに握りこみ、

 

「お前らの相手は......」

 

体の全制御権を一時的にシステムへと委ね

 

「コッチだっ!!」

 

裂帛の声と共に、今にも彼等へと踊りかかろうとするmobの集団へと投げ放った。臙脂色の光の尾を引きつつ、投げ放たれたナイフ達は一度不規則に揺れたかと思うと、やがて獲物を捉えた獣のように、真っ直ぐに飛翔、風を切り裂く鈍い音を発しながら、その一本一本が別々のmobへと突き刺さった。すると、今迄こんなに接近していようが目もくれなかったmob達は、一斉にその敵意に満ちた獰猛な目をレンへと向けた。彼がA-ナイファーによる投擲スキル《アセットシュート》の攻撃を加えたことで憎悪値(ヘイト)の対象を自分に変更させたからだ。

 

「そこの三人!早く新しい武装に切り替えて端の方で固まって互いをカバーしろ!!」

 

ショルダーホルスターから《黎元》を取り出しつつ、レンは未だ何が起こっているのかイマイチ状況を呑み込めないままでいる三人へと鋭く指示を飛ばした。そこに至ってようやく縮こまっているばかりだった3人も慌ててはいながら彼の指示に従った。それを横目で確認していたレンは,漸く自身の神経の全てを目の前に対峙するmob集団へと向けた。

 

「ゴブリンファイターが八、ウォーウルフが三、トライデントオークが六か............」

 

計十八体。レンが所持する《スカウティング》スキルの協力な索敵能力は、たちどころにこの場すべてのmob総数は勿論、その一体一体の詳細に至る全てを掌握していた。それにしても、あっという間に彼の周りを取り囲んだmob集団へ取り出した《黎元》の鋭い二対の刃を向けながら、極限まで引き上げられた集中力で間合いを測り合う傍ら、レンは目の前に広がる光景に内心驚きを隠しえていなかった。何がどうなってこのような状況になったのかは知らないし、知ろうとも思わないが、集まっていたmobの数とバリエーションははっきり言って異常だった。

 

加えて、それぞれがかなりクセを持つのだから尚タチが悪い。少々小柄な体に、ナイフはダガーから果ては長槍やハンドアックスに至るまで実に様々な武器を手に取るゴブリンファイター、大型犬ほどの大きさながら素早い攻撃と身のこなしを併せ持つウォーウルフ、屈強な体躯でそのすべてを絶対的な力で鏖殺するトライデントオーク。成程コレならば確かにその無尽蔵じみた攻撃バリエーションは十二分に脅威たり得る。ここまで集まっているのは不思議だが、件の三人が忽ち混乱しやがてピンチになったであろうその過程は安易に想像が付く。しかし、レンにそれは許されない。ここでレンがピンチに陥るということはイコール後ろで固まる三人の命の終を意味する。

 

「ガァアアアアアアア!!」

「アオーンッ!!」

「オオオオオッ!!!」

「くっ」

 

獣の雄叫びが空をつんざき、一斉に飛び掛ってくるモンスター集団へと、レンもまた微かに口元を釣り上げてから踊りかかった。

 

***

 

「せあ!!」

 

《震脚》による踏み込みで地面を踏み鳴らし、レンは気合と共にSーナイフゴブリンの振り下ろした長剣を受け止めた。微かに後退しつつも、衝撃を肩口から全身へと分散させてその長剣を横へと逸らしきると、空いたゴブリンの横腹へ《連脚》を叩き込む。

 

「グルアアア!!」

「っつ!!」

 

そんなレンへ背後から接近した長槍使いのゴブリンが突きを放つ。それを、レンは左手に持つS-ナイフで槍の下腹を叩くと、そのまま微かに上へと逸らしながら軸足の左を踏み込み《活歩》による高速移動で滑り込むように詰め寄る。懐に潜り込んだ長物程、無用なものは無い。低く保った姿勢のまま、レンはアッパーカット気味に《冲捶》を放ち、間髪入れずに《鎖歩》でゴブリンの軸足を払うと、姿勢後ろに傾くゴブリンから長槍を奪い取ってその厚い胸板を穂先でぶち抜く。皮肉にも、己が手にする武器によって止めを刺されたそのゴブリンは、そのまま虚しく消滅した。

 

「次っ!!」

 

長槍の柄を両手でしっかりと握り、すぐ背後で仲間の仇を取らんと長剣を振り上げるゴブリンを槍の柄で強打し、そのまま脇下を潜らせるようにして右手でキャッチ、槍を持ち替え穂先で逆袈裟に切りつける。彼自身は《槍』スキルを所持していないためにそのダメージはさほど多くはないが、それでもすっかり減少しきったHPを削り取るには充分。更に一体のゴブリンが仲間の後を追った。

 

"これで八体目!!"

 

彼がこのmob集団と矛を交えてから既に三十分と二十八秒。その間で既に四体のゴブリンと三体のウルフ、そして一体のオークを屠り殺していた。A-ナイファーの機動力補正を極限まで引き出して場を駆け抜け、《八極拳》スキルの体術とナイフさばきで常に近接を保ちつつ、時には相手mobの武器を奪う(スナッチ)しながら状況に応じて攻撃手段を変える。

 

その、時間の経過とともに衰えるどこらか更に苛烈さとキレを増してゆく彼の姿は、とてもPvMを苦手としているとは思えなかった。そう、戦うその姿はまさに"鬼神"の如く、必要とあらばあらゆる武器すら扱ってひたすら敵を屠るソレは正に"軽業師"。そんな彼に、この層のモンスターは一体幾許程立ち向かえようか。未だ鮮やかに光をたたえるレンのHPバーがそれを如実に表していた。いや、最早この戦いはレンによる一方的な"虐殺"にも近い。

 

そんな絶望の中でなお、mobとしてプログラミングされたかはたまた殺された仲間への怒りなのかは理解しかねるが、残された五体のゴブリンファイターはまだその戦意を萎えさせるどころか更に増していた。一方的な"虐殺"とは言ったものの、レン自体にはそこまで余裕があるわけではない。彼の防具はその装備数の多さと身軽さを引換に装甲を犠牲にしている為、元々レン自身がそこまで耐久力がないのも相まってたといこの層のモンスターであろうと喰ら続ければ一溜りもない。しかしだからと言って、レンがここで退いていい理由にはなり得ない。

 

「せっ!!」

 

正面より僅か左にいる大鎌持ちのゴブリン目掛けてレンはその長槍を投擲した。更に右のレッグホルスターからC-アックスを取り出し、大鎌持ちのカバーへと入ろうとするダガーもちへと投擲、同時に両足で地面を蹴り穿って跳躍、空中で体を逆さまに、C-アックスがゴブリンの顔へと着弾すると同時に左手はゴブリンの頭部へ添え、右手は刺さったC-アックスを引き抜いてから一息にゴブリンの首を切断、体を振り子のように戻してその背中を蹴り飛ばすと、レンは槍を投擲した大釜持ち目掛けてミサイルのように飛んだ。見事胸板の中心部を貫通させられたままの衝撃にたたらを踏むゴブリンへ更に槍を殴りつけ、背後に回り込むと同時に槍を引き抜く。手の上で槍を滑らせるように回転させ、そのまま八の時を描くような軌道で円環状に旋回、所謂ヌンチャク振りにも似た動作でゴブリンへ追撃を加える。鋭利な穂先とその逆柄の先端による乱撃は、例えるなら荒れ狂う嵐の如く。

 

「ギャオオオオッ!!」

 

悲鳴にも近い咆哮を上げながら、十三連撃目となる横殴りでそのゴブリンは首をもがれたダガー持ちと同様に消滅した。

 

「キシャアアアアッ!!」

「おっと」

 

その横から強襲せんとするハンドアックスのゴブリンだが、極限状態にあるレンにはそれすら読み筋通りだった。流れのまま槍を引き戻し、地面に突き立てると、それを軸に身を投げ出して地面と水平のまま背筋の力だけで旋回しつつ両足でゴブリンのハンドアックスを蹴り飛ばし、槍を握る手を離してから飛び移った。構え直しておいたS-ナイフでその脳天を串刺しにし、そんなレンを払い落とそうと両腕を振るうゴブリンの手をスレスレで躱し、大きく飛翔した。機動力補正を受けて常人より尚高く舞い上がったレンは、空中で体を反転、空いている右手でホルスターから残っていたトマホークとC-アックスを取り出し、計六本を一息の内に投擲した。一投目はゴブリンの右肩を吹き飛ばし、二頭目で左肩を、三頭目にはゴブリンの体ごと消滅させる。残りの三投はその後にいたバスタードソード使いのゴブリンへ襲いかかり、

 

「そこだ!!」

 

左手に握る《黎元》の照準を合わせ、トリガーを引いた。軽やかな作動音と共に飛翔するその刃は、程なくしてゴブリンのクリティカルポイントたる喉元二センチの頃へと着弾した。重力に従い地面へと向かうレンが身を翻すのと、そのゴブリンが死滅するのは、ほぼ同時であった。

 

残りはあと僅か。しかし、地面へと軽やかに着地したレンは、そのまま追撃を重ねることなく体操選手じみた体裁きで後方へと背転した。勿論、逃げる為ではない。彼とて許されるのであれば追撃を加えて残り三体と一体となったゴブリンとオーク惨殺、解体してのけようが、それをしようにも今の彼には武装が絶望的な迄に足りていない。未だ手に握るS-ナイフの替刃は既に品切れ。残されたのは今装填されてある刃のみ。一度射出してしまえば、立ちどころにレンは主武装の一つを失ってしまう。どちらにせよ、B-ナイフよりも致死率が高い変わりにナイフとしてのダメージが低く設定してあるS-ナイフでは続行は厳しい。

 

「かと言って、こっちも切れてるんだよな」

 

そうぼやきつつ、レンは自身の脚部へと視線を落とした。そこには、本来トマホークかC-アックスがストックされているハズのレッグホルスターが空っぽのままあった。先程投擲した六本で、レンは丁度ホルスター内にある全てのストックを使い切らしてしまったのである。再び使用するには、ストレージ内から補充するしかない。残された手段はその身に詰んだ"八極拳(クンフー)"のみだが、そもそもこの《八極拳》も硬直時間がほぼゼロに等しい代償として技一つ一つの威力は他のソードスキルに比べて弱い。これだけでは、少し心ともないものがあった。

 

「相変わらずの欠陥ぶりだよ、全く」

 

そうぼやいてから、レンはメニューウィンドウを立ちあげると、装備スロットから次のホルスター一式をクイックチェンジの要領で交換する。いちいち丁寧に一回づつ武装を補充するのではなく、予め補充済みのモノをホルスターごと取り替える......これが、レンが考えついた限りでは最も効率が良く隙の少ない方法であった。例えるならば、銃と弾倉との関係性に等しいだろうか。レンという投擲者()弾切れ(使い果たす)を起こせば新たな弾倉(ホルスター)リロード(交換)する、といった具合に。だが同時に、これこそがA-ナイファー特有の弱点であるとも言える。現状このSAOにおいてはストレージ内の物をタイムラグ無しで実体化する手立てもMODも無い。いくらクイックチェンジによるコンマ何秒かの交換を行おうとも、その性質上必ず交換はしなくてはならないもの。何よりその都度メニューウィンドウを立ち上げなければならない。そしてその間だけは、どうしても集中がその一点に向いてしまう。PvP、PvEに関わらず、戦いというのはそれ即ち命のやり取りである。そんな中で例えコンマ何秒かの極僅かな時間といえども集中を切らして隙を作ってしまうことは、愚行も甚だしい。彼が、周りにある相手の武器を奪って攻撃手段として扱うのは、別に浪漫を求めたとかそういうわけではなくこのA-ナイファー特有の弱点をどうにか克服しようと試行錯誤を繰り返した結果の果なのだ。他の武器と違って著しく継戦能力の低いA-ナイファーにとって、"相手の武器を奪って得手を切り替えながら戦う"という戦闘スタイルは、効率面と実用面の両立がなされた手であったのだ。

 

「ギャルアアアアアア!!」

「まずっ!!」

 

レンが丁度ホルスターのリロードを終えようといったところ、その僅かな隙を縫って、十分に間合いを引き離しておいたハズの曲刀を持ったゴブリンが詰め寄ってきた。あの隅に固まって周囲を警戒している三人組に目もくれないのは、レンが同族を殺し続けたせいでヘイト値が振り切れてしまっているから。兎に角、ソレは完全にレンの予想外の事態だった。

 

「くっ!!」

 

横薙に振るわれる曲刀。

 

表情から余裕の色が消え、レンは咄嗟に空いている左手をその軌道上に立てて身構えた。しかし、そんな即席のガードは役に立つわけがない。

 

「がッ!!」

 

その曲刀はレンのガードなど初めから無かったかの如くいとも簡単に弾き、その鋭利な刃がレンの体を横一文に切り裂いた。更に今までのお返しだと言わんばかりに、その後ろから追撃するオークの手にした凶器じみたゴツさの棍棒を、その隆々とした筋肉を遺憾無く使って切りつけられたレンへと叩きつけた。

 

「ガァ」

 

視界が馬鹿みたいに歪み、全身を凄まじい衝撃が走る。ソレは、つい体がバラバラに千切れたのではと錯覚してしまうほど。だが、そんなレンなど露知らず、オークは再び棍棒を振り上げてレンへと追撃していく。その重すぎる攻撃をどうにか出来る手立ては、今のレンにはなかった。

 

「グッ!!」

 

結果として、その絶大な威力に耐え切ることが出来なかったレンの体は、まるで芥子粒のように、いとも簡単に弾き飛ばされた。

 

「ガハッ!!」

 

受身もままならず、背中から綺麗に地面へと叩き落とされたレンの口より、行き場を失った空気が漏れる。全身は痺れたように動かず、視界はぐらついて視点が定まらない。

 

「この......野郎ぉ......」

 

そんな体にムチを打って、レンは己をふらつかせながらも立ち上がった。先程までグリーンの輝きを保っていたHPバーはオレンジにまで落ち込み、

 

カラァァァン!!

 

吹き飛ばされた時に握り損ねたS-ナイフがふわり地面を舞った後に軽い金属音を響かせながら地面へと転がった。

 

「おいおい勘弁してくれ......」

 

握っていたハズの両手を見つめつつ、レンはただそんなことしか言えなかった。たった一瞬のスキが、レンからHPをゴッソリと奪ってゆき、得手すらも失わせた。有利にはたらいていた状況は一気に悪化、彼はだたひたすら、Aナイファーに課せられた制限の多さ、取り回しのできなさに呆れた。

 

「グワアアオオ!!」

 

しかし、そう悲観に暮れてばかりもいられない。無手となった彼を好機と見たのか、三体のゴブリンはそれぞれが手に持つ得手を高々と構えてから迫ってきた。握っている得手の種類は、曲刀、短剣、直剣のそれぞれ三つ。

 

「仕方ないか」

 

僅かに腰を落として軸足を入れ替えたレンは、右手で新しくリロードされたレッグホルスターからC-アックスを一本取り出し、もう一方の手で腰に吊るしてあるレリーファを構えた。逆手に持ったC-アックスと、順手に握るレリーファ。その組み合わせは、旗から見ればとても独特にしていびつなものであった。

 

三体の内最初に襲いかかってきたのは先程レンに一死報いた曲刀使い。彼の持つレリーファに似た緩く反った刀身を横に寝かせつつ、そのまま横殴りへと。それを、レンは走り込みながら突っ込んでゆくと、あわやその刃が彼の頭を撥ねるかと思われた瞬間、スライディングの要領で全身をパタリとたたみ滑りこみながらレンはその一撃をやり過ごす。ゴブリンの背後を取ったところで体を跳ね起こし、

 

「せあ!!」

 

気迫とともにその無防備な背中へとカトラスを走らせる。そんな彼の背後から、今度は直剣を手にしたゴブリンが迫り来る。

 

「ゴァァァァ!!」

「シッ!!」

 

逆風に振るわれる直剣、レンは曲刀使いの左腕をとっさに掴み、そのままその脇下をくぐり抜けながら場所を入れ替えると、そんなゴブリンを盾として迫る一撃を避ける。

 

「ホラよっ!!」

 

掴みっぱなしだ手を離し、握りこぶしを作りながら体へと引き絞り、渾身の冲捶でゴブリンの体を吹き飛ばす。

 

「ギャォォォォ!!」

 

悲鳴を上げつつ後ろへと吹き飛ぶ曲刀使いは、やがて呆然と立つままの直剣使いを巻き込んで衝突、そこでレンは左手の平でカトラスをクルリと反転させ、そのまま切り込まんと駆け出す。体制を整えてから、再びレンとの距離を縮めてくる曲刀使いと、それに続く直剣使い。それを、レンはまずカトラスを逆手のまま薙ぎ払って曲刀使いの首を斬りつけ、流れるように身を翻してからもう一方のゴブリンと間合いを詰め、払われた直剣をやり過ごしてから右手に持つC-アックスで胸元を斬りつけ、怯んだところを引き戻したカトラスでそんなゴブリンの銅を串刺しにした。HPバーがその鮮やかさを失い、直剣使いの体がポリゴンとなって爆散。

 

「お前も一緒だっ!!」

 

カトラスから手を離し、レンは素早く振り返ると、その勢いのままC-アックスを一直線に投げ放った。綺麗な直線を描いて飛翔するC-アックスは、丁度振り返るところだった曲刀ゴブリンの頭部を綺麗にブチ抜いた。

 

「あとニ体!!」

 

地面に突き刺さっていたままのカトラスを蹴りあげてキャッチし、腰へと収めてからレンは残った二体へと駆け出した。

 

***

 

この世のモノとは思えぬ程に驚異的な身のこなしと、卓越した戦闘能力を目の当たりにした三人は、武器を構えるのも忘れてソレに魅入っていた。そも、武器を手にする必要すらなかったのだ。この場にいるほぼ全てのモンスターのタゲをただ一人で取り続け、時たまその常識を外れてこちらへと向かってくるモンスター達もいつの間にか投擲された投げナイフで半ば強制的にタゲをとってしまう。こんな、絶望的な状況でも周囲の状態を瞬時に汲み取る視野の広さ、そして何よりも機械じみた冷静さは彼らに畏怖の念すら抱かせた。

 

「あいつ!一体何を!?」

 

だからだろうか、突如として武器を収めてから駆け出す彼の姿を見て、内一人が声を荒らげたのは。未だ残るモンスターは二体。だと言うのにレンは無手のままでその二体へと駆け出しているではないか。

 

正気を失った?

 

いや違う。

 

諦めた?

 

いや違う。何故なら、未だ輝くその紺碧の双眸は光を湛えたままだ。そう、彼は勝負をかけにきていたのだ。

 

***

 

レンはトップスピードに自身を持ち込んでからグングン対峙する最後のゴブリンとの距離を零へと近づけてゆく。そうして、最後のゴブリンが戦斧を振り下ろしたところでレンは両足で急ブレーキを掛けて、上半身を後ろに逸らしスレスレのところで戦斧を躱す。地面に突き刺さる戦斧。体を引き戻したレンは、そのまま戦斧を伝って駆け上がると

 

「はぁ!!」

 

ゴブリンの肩口を踏み抜いて大きく飛翔した。

 

空中で体制を変更させ、両手から地面へと着地、その時落ちていたある物を掴み取ってから一回転、再び両腕の力のみで中へと飛び上がった。

 

「あれはっ!!」

 

弾け飛ぶように急上昇したレンはいとも容易くその横にいたオークの上背をも上回り、そこで漸く三人の内一人がソレに気が付いた。

 

彼のその両手、先程まで無手だったハズのソコに、二対のS-ナイフが握られていたことに。そう、彼が無手のまま突っ込んでいた理由は、地面に転がっていたS-ナイフを手に取るためだったのだ。ついでに言うなら、あの短剣使いと直剣使いのゴブリンと闘った時から既に、最終的にこういう配置となるように細かい誘導を加えていた。

 

「はあああああ!!」

 

そのまま体を旋回させ、追撃に振り上げられた棍棒をヒラリ躱し、そのまま全体重を乗せた三連撃をオークの頭部へと叩き込んだ。だがそれでも、減少したHP量は雀の涙ほども無い。だがーー

 

「まだだ!!」

 

そんなこと、レンが知らないわけがない。重力に従って落ちてゆくさなか、レンは器用な身のこなしで次々とオークの体を斬り刻んでゆく。首から下へと掛けて斬りつけ、穿ち、蹴りあげてから、レンは片手で地面へと着地すると、勢いを殺すことなく水平蹴りをオークの両足へと加えて、全身を使っての《鎖歩》によって相手の体制を崩す。

 

「グォォォォォ!!!」

 

地面へと転がろうとするオーク。ソレは、レンにとってしてみれば最高の状態でもあった。取り出したトマホークを放り投げ、全身をバネのように使ってから再び宙へとジャンプしたレンは、倒れるオークが無防備に晒したクリティカルポイントーー股からほんの僅か上にある、男子にとっ命の次に大事なソコーーへと握るS-ナイフの照準を構え、そのままトリガーをふわり引き絞る。

 

「追撃ッ!!」

 

空中で綺麗に一回転し、落ちてくるトマホークへと振りかぶった左足を捉えたレンは、一切の迷いなくそのトマホークを飛び越えたゴブリンへ蹴り穿つ。

 

「「ガッ!!」」

 

クリティカルポイントをS-ナイフの刃で穿たれたオークと、トマホークで頭部を綺麗に吹き飛ばされたゴブリン。体格もその種族すら全く違うこの両者は、何故か最後の悲鳴ともつかぬ声だけは揃えつつほぼ同時に消滅した。

 

 




最近のゲーム界隈の話でホットなのは(あくまでも自分の中で)

UBIソフトから発売の"トム・クランシー ディビジョン"のベータ版が配信された事ですかね。このゲームは2013年のファーストデビューの頃から気になっていた作品の一つで、かなり期待している作品の一つなんでかなり嬉しいです。

残念ながら未だps4が買えぬ状況なんでこっちはyoutubeに上がったりするベータ版動画を見て判断するしかないんですが......

間違いない、コレは買いだ(確信


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Ep41: The mysterious door II

最近やっと暖かくなってきましたねー。

寒いのは嫌いじゃないんですが(雪とか大好き)やっぱり暖かいのもいいですよねー。

しかし、花粉だけはいただけない。もうお前らどっか行って(切実


「す......すげぇ」

「あの数のmobを......たった一人で?」

「しかも一回ぐらいしかダメージ受けてなかったよな?」

 

三者様々、しかし三人はどこか夢見心地でもあるかのように浮ついた口調でそう呟いた。その瞳に映すのは、その原因とも言える一人のプレイヤー。まず目につくのは、このファンタジー世界に何処かそぐわない、スパイ映画にでも出てくるかのような濃紺一色の服装。あの激しい戦闘でいつの間にか被っていたフードが外れたのか、顕になった色素の薄れたシャンパンゴールドの髪が印象的だった。そう、目の前にて佇むこのプレイヤーこそ、三人が束になっても無理だったmobの集団を最早人間とは呼べない身のこなしと圧倒的な戦術眼で瞬く間に殺戮現場を作り出した人物に他ならない。その点でいえば、彼らは驚くのと同じくらい畏怖を抱いていた。その後ろ姿からひしひしと伝わってくる、到底穏やかとは呼べぬその剣呑さに。

 

「はぁ............」

 

やがて、何気ないように息を零すそのプレイヤーに、思わず三人は息を呑む。気のせいだろうか、別に寒くは無いはずなのに、何故かゾクリと背筋が凍る。例えるならばそれは......極大の殺意を全身に浴びるように。

 

そうして、だらんと下げられていた右手がゆっくりと上へ持っていかれ......

 

「あーー疲れた」

 

そんな、剣呑さとはどうにも程遠い気の抜けた呟きと、右手を置いて首を回しているそのプレイヤーの行動に、三人は例外なくズッコケた。

 

***

 

「それで......三人とも大丈夫か?」

「は、はい。お陰様で」

 

何時もの調子で訪ねてみると、三人のうちリーダー格なのであろう中肉中背のプレイヤーが何故だかアハハと乾いた笑みを浮かべながら頷き返していた。どうしてそんなに表情が引きつっているのかはわからない。

 

"俺が何かしたんだろうか?"

 

まさか自分に非があるのではとこれまでを顧みて見るも

 

ーーまずいつも通りに機動補正(最早人外レベル)を利用して

 

ーー高速機動(他人から見れば変態機動)しつつA-ナイファーでぶっ飛ばして(部位欠損なぞ当たり前)

 

ーーモンスターを撃退しただけ(ウィークポイントとかを執拗に狙う)

 

全く身に覚えがなかった。

 

湧き出てくる疑問は尽きぬものの、レンは取り敢えずそんな彼らの言葉に安堵した。一応戦闘中は重点的に彼らへと注意を置いていたつもりではあったが、それでも自信があるとは言いがたかったからだ。牽制の為に投擲しておいた投げナイフが、運悪く彼らに当たっていたかもしれない。

 

「そうか、それなら良かった」

「ええ、あの、本当に有難うございます」

「あっ、いいよそこまで畏まらなくても。困った時はお互い様だし」

 

リーダー格が頭を下げたのに続くようにして次々と後のふたりが頭を下げたのを見、レンはプラプラと片手を振ってから頭を上げさせる。"プレイヤーを助ける"彼がその親友より受け継いだその信条は、決して破ることの無い当たり前のモノだ。だから、そこに感謝される謂れはない。

 

ーー人を助けるのは当たり前

 

ーー何故ならそれは、アイツ(カズ)の願いだから

 

ーーそれを受け継いだ俺がどうして選べる?

 

ーーそもそも、感謝なんてされるものではない

 

『タスケテ』

 

ーーあの日から、何一つ救えないこの(XXX)が?

 

ーーそれがーー

 

「あのー?」

「うん?」

 

声がレンの脳裏を撫で、顔を上げたそこに、先程のリーダー格のプレイヤーが丁度何かを尋ねようと口を開いている所だった。

 

"最近、考え事が多くなってきたな......"

 

内心で自己をそう戒めつつも、レンはそんな彼の声に耳を傾けた。

 

「助かりました。あなたが来てくれたおかげで、俺は仲間を失わずに済んだ......」

「ああ、気にすんな......って言いたい所だけど、次からは気を付けろ。リーダーはお前だろ?」

「本当に......そうですね......」

 

自覚はあったのか、リーダー格のプレイヤーはチラリとその仲間に目配せしてから、ガックリと肩を落とした。

 

"これなら大丈夫かな。次からは、ちゃんと気をつけるだろ"

 

それを見て、レンは内心安心した。これだけ自分の非を認め、悔いることの出来る人間性があれば、次こそはこんな事態に仲間を晒すことはないだろう、と。

 

「一ついいか?」

「ええ」

「どうしてこんな状況に?正直に言わせてもらうと、余程のことがない限りはあんな種類豊富なモンスターパーティーには遭遇しないはずなんだけど」

「それなんですが......」

「?」

 

そこまで言いかけて、リーダー格はその右手に立つプレイヤーをチラリと見た。そして、そんな彼に応えるような形で、そのプレイヤーが補足を入れた。

 

「実は俺、ギミック系のリビール力には自信があって......今日、いつもみたいに狩りをしていたら、たまたま隠しトビラらしきものを見つけたんです」

「あーね、何となく分かってきた」

「ええ、そもそもそれ自体がワナだったらしく......気がついたら......」

「あの惨状の出来上がり......か」

 

SAOはもとい、こういったダンジョン系RPGの類ではよくある話である......とは、彼の親友であるキリトの言葉である。実際にレンが小耳に挟んだ話だと、プレイヤーの死亡原因の約三割がコレに当たり、なおかつ他の死亡原因が減少傾向にあるなか、それに反比例するかのごとく初期の頃より増え続けている傾向にあるという。多くのプレイヤーが安全マージンを十分にとってフィールドに潜るようになった今では、逆にこういった突発系トラブルが増える、というわけだ。事実、攻略組の見立てでは発見済みのギミックや仕掛け、或いはイベントの数は全体の僅か20パーセントあるかないかくらいであるとしている。

 

今回は大事に至らなくて済んだものの、あと一歩レンが気づくのが遅ければ間違いなくこの三人のうち一人が死んでいただろう。偶然の重なりに過ぎないが、取り敢えず間に合ってよかったとレンは知らず息をついた。だが、この話にはまだまだ続きがあるようで、今まで聞くだけだった三人目のプレイヤーがポツリと零した。

 

「でも、何かおかしくなかったか?あの扉。お前が見つけるまでは何か風景に同化してるみたいだったし......」

「確かにな、近くにあった台座らしきモノも気になるよな」

「ってか、コイツがその台座に触ったからだろ?mobがいきなり湧いたの」

「はい?」

 

うんうんと頷き合う三人。その刹那、レンは自身の体が戦慄に粟立つのを感じた。風景と同化するトビラ、そしてヘンテコな台座。この二つが、レンの思考を掴んで離さない。口の中が自然と乾いてゆき、その事実を前に自然と喉が蠢くのを感じつつ、レンはなるべく平常のままその三人に尋ねる。

 

「その話、もっと詳しく聞かせてくれないか?」

「うん?構わないぜ」

 

軽く相槌を打ってから、そのプレイヤーは身振りを交えつつつらつらと話し始めた。

 

「形状は四角柱みたいな感じで、高さは......これぐらいだったか?」

「もうちょい上だったと思う。俺の胸より若干小さいくらい」

「他には?」

「後は......そうだな......あっ!!そういやその台座、何か不自然に穴が空いてたよな?これくらいの」

「ああーあったね、ナイフ位の大きさの奴なら入りそうな位の。それも二つ」

「っ!!それ本当か!?」

 

思わず、いきなり自分の肩を掴まれたことに驚きつつも、彼はこくりと頷く。そしてそれが、レンの中で芽生えつつあった"予測"を"確信"へと変えた。不自然に穴が二つ空いた台座。その存在は、レンにとってかなり馴染みのあるものだった。

 

「あの、それに何か?」

「あ、悪いな。いきなり肩を掴んで。ちょっと気になったからさ」

 

軽く謝罪を述べつつ、レンはその肩を離す。すると、リーダ格のプレイヤーがもう一度頭を下げてから言葉を発した。

 

「今回は本当に有難う御座いました」

「次からは十分に気をつけて」

「はい。では俺達はこれで」

 

それだけ交わすと、レンはその場を立ち去ろうと踵を返した。次の目的はもう決まっている。その為に、先ずは武器屋へと赴かなくてはならない。

 

***

 

《Inner Area》

 

踏み入れると同時に表示されたその警告文を随分と懐かしいモノに感じつつ、レンは実に一週間ぶりとなる圏内を訪れていた。時代の流れに取り残されたその街並みと、行き交うプレイヤー、とNPCとが入り交じるその交通量の多さを久しぶりに感じつつ、被っていたフードを今一度深く被り直してからゆっくりと歩み始めた。

 

「いらっしゃい!!果物が安いよー」

「見てくれよこの瑞々しい野菜!!他じゃお目にかかれねぇぜ!!」

「そこの旦那ぁ、ちょいとこの魚見ていってくだせぇ!奥さんに一匹どうです?」

「そこの男装さん、ウチでちょいと休んで行かないかい?」

「......ホント、活気がいいな」

 

"あと、どうしてこうアインクラッド内のNPCはこうも人間臭いのか。これもGMたる茅場晶彦の意向なのか。何故フード越しに男装と断言するのか、超能力の類だろうか?"

 

心の中でそう付け足す。耳に入ってくる雑音と勢い良く活気のある商売声に苦笑、後半疑問を抱きつつも、レンは人の流れに逆らうことなく進んでゆく。メインストリートと思しき大通りを右に、一本外れたサブストリートらしき場所へ、そしてちょっと進んだその先に、こじんまりとしたNPCの武器ショップはあった。

 

「らっしゃい」

「どうも」

 

如何にも職人然としたNPCの挨拶に軽く会釈してから、レンは表示されたメニューより己に必要な武装を補充し始めた。

 

「まいど」

「後、武器のメンテナンスをお願いしても?」

「ええ、どれをお希望で?」

 

腰のベルトに吊るしてあったレリーファを抜き取り、ゴツゴツと硬い職人の手へと手渡す。レリーファを受け取った職人は僅かばかりその鋭い目を細めたかと思うと、しげしげとその刀身を眺めた。

 

「あっしはこの道五十年ですが、生涯これ程の業物は見たことがありませんぜ」

「そうですか」

「ですが旦那、こりゃぁヒドイってもんじゃありやせん。みなされ、こんなに美しい刀身が歪んでおる。一体どういった使い方をしたらこうなるのやら」

「すいません」

「あっしが言えた事じゃありませんがね、後ちょいと使い続ければ刀身が砕けてますぜ」

 

そう言ってから、妙齢の鍛冶職人は奥の炉へと消えた。見た目に反して、このNPCの店はかなりレベルが高いのだろうとレンは察した。まさか剣を見てすぐに、レリーファの完成度を見抜き、そしてその使い手たるレンの拙さを指摘するとは。嘗て、シェリーにも同じことを言われた。曰く、

 

「レンは"剣"って物を軽く見すぎよ。いい?コレはただの棒切れとは訳が違うんだから」

 

と。彼自身、剣をそこまで蔑ろに扱った覚えはない。ただ、"才能が無い"だけだ。キリトやカズのような、煌めくようなその才能は、残念ながらレンにはない。ああいうのを真に、天才と人は称するのだろう。カズには下手とはっきり指摘されたし、キリトもおそらく、それには気づいているはずだ。

 

「終わりましたぜ旦那」

「どうも」

 

料金を払って、職人からレリーファを受け取ると、レンは一礼してからその場を去った。所持していたコルが冗談のように消し飛んだのを見て、呆れため息を付いてからレンは来た道を戻る。そして、彼が丁度メインストリートに舞い戻ったその時、

 

「アレは............」

 

レンの視界に、あるプレイヤーの姿がとまった。そのプレイヤーは、建物の外壁に身を預けつつ、まるで人並みを監察しているように全体を見渡している。それだけならばまだいい、このSAOでは日本に居たのでは目にすることは出来ない街並みはたくさんあるし、それを珍しく思うプレイヤーはかなり多い。レンもまま目にする光景ではある。では何故目についたのか。その原因は、プレイヤーの右目下から頬にかけて伸びるタトゥーの存在だった。モチーフは確か、北欧神話にて地獄を管理すると言われる《ヘル》を象った紋章だっただろうか。アインクラッド広しとはいえ、こんなタトゥーを施すプレイヤー達の存在を、レンは一つしか知らない。そう、彼らこそこのSAOにおける諜報部隊、アメリカのCIAにも相当するギルド"タークス"だ。

 

「まさかタークス隊とはな。見たところ、コッチにはまだ気づいてないみたいだな」

 

建物が作り出す影に身を潜ませてから、レンはそっとその動向を観察する。幸いにも、持ち前のハイディングスキルとこの服装の持つ偽装効果のお陰で彼の姿はまるで存在していないのかと錯覚する程に闇と一体化している。かといって、ずっとこのままでいる訳にもいかない。今は気づかれていなくともいずれ看破される恐れは十分にある。しかしこのまま大通りへと出ればハイドレートはガクッと下がるだろう。

 

"そういえば、調査隊をどうのこうのとかアイツ(ヴェノナ)が言ってたか"

 

ふとそんな事を思い出しつつ、レンはどうしようかと当たりを見渡す。見つかるのだけは回避しなくてはならない。目的の一つは先の殺人犯の調査だろうが、もう一つはレンの身柄確保と見てまず間違いはない。

 

"さて、壁をよじ登ってもいいがここは人の目に付きやすい。人ごみに紛れようにも賭けすぎる......見たところ、ダンボールもドラム缶も無いな......おっ!"

 

最強の潜入道具、蛇達と共に世代を超えて幾度も世界を救ってきたダンボールとドラム缶が無いことに嘆きつつ、周りを見渡していてレンが新たに捉えたのは、年老いた老人が馬車で大通りをゆっくりと移動している所だった。加えて、それが運んでいるのは家畜用だろうか、如何にもそんな具合の干し草の山だった。一人くらいなら十分すぎるスペースはある。

 

"ラッキー、コイツに紛れてやり過ごすか"

 

ニヤリと口元を吊り上げ、レンは素早く移動する為に身を構えた。ゴトゴト、そしてパカラッパカラッと音を立てるその馬車は、みるみる内にレンのいる場所へと近づいてくる。

 

"今だ!!"

 

タイミングを見計らい、レンは素早く待機場所から飛び出すと、軸足で地面を思いっきり蹴ってから干し草へとダイブした。

 

「っあ............」

 

全身がふわふわとした感触に包まれ、独特な匂いが鼻腔をつつくのを感じながら、レンは干し草の中からタークス隊を見てみると、幸いこちらに気づいた気配はなく、レンは安堵した。僥倖だったのは、予想以上に干し草がふわふわだったためにレンがダイブした衝撃すら完全に緩衝し、音すらも消して見せた所だった。流石は干し草、歴代の鷹達のダイブを受け止め、敵の目を掻い潜ってきただけのことはある。

 

***

 

「ぷはっ!!」

 

長く干し草の中に身を潜ませていたレンは、息継ぎにも似た呼吸とともに馬車から飛び降りると、地面への着地とともに後ろへとロールして衝撃を流した。

 

「ありがとな、じいさん」

 

どんどん進んでゆくその後ろ姿に消して届かぬ感謝を述べ、レンは自身についた干し草の端を払い落とす。およそ十分、レンはあの干し草の中で馬車に揺られていた事になる。現在地は何処だろうかと見渡して、

 

「お!今日はツイてるのかも」

 

レンは己がかなりラッキーであるのだと確信した。ゆらりがったんゆらりがったん揺らされながら彼が何気なく飛び出したのは、なんとこの街の正面ゲートだった。つまり、このまま単純に前へと進めば、直ぐにフィールドへと赴くことが出来る。

 

「さて、行くか」

 

それだけ言って、レンはそのまま一歩を踏み出した。

 

***

 

つい五時間前、未だ記憶にハッキリと残っている戦闘のあった場所、その層にあるフィールドの一角で、レンは屈んで地面を見つめていた。いや、正確に言い表すのであれば、その表現は間違えている。レンは、自身の追跡modによって現れた大量の足跡を観察していた。

 

「やっぱり数は多いな......でも」

 

一度レンはその紺碧の瞳を閉じると、今度はより一層目を凝らして開く。するとどうだ、今まで馬鹿らしいまでに多くあった足跡が次々と消えゆき、やがてある"三つ"だけが黄金に強調されて残った。それらの足跡は、てんてんとどこか規則正しく、彼から見ても南西の奥の方へと伸びていた。

 

бинго(ビンゴ)、コイツがルートか」

 

屈んでいた体を起こし、その結果に小さくニヤリとしながらも、レンは更に索敵スキルを発動させてその足跡を辿る。彼が辿っている足跡の正体、それは彼と対峙した三種のmobが残したもの。助けた三人のプレイヤーの証言によるならば、件の隠し扉付近でmob集団に囲まれ、あの場所まで逃げてきたのだという。だから、レンはその逃走ルートを逆に辿っているのだ。

 

"ホント、最近はこのスキルに頼ってばかりだな"

 

そんな事を考えつつ、レンがその足跡を辿っていると、ついに終点にたどり着いたと見え、足跡はそこでパタリと消えていた。そう、例えるならばそれは()()()()()()()かのように。

 

「この辺りか......」

 

索敵スキルは立ち上げたまま当たりをレンが見渡せば......あった。その正面、彼にとって慣れ親しんだ形状をした台座と、そびえ立つ隠し扉とが。それに近づき、レンはその台座の前へと立つ。そして、彼らの言ったとおり、台座には一対の穴が穿たれていた。

 

「............」

 

少々複雑な心境でレンはそれを暫く眺めると、やがて台座から手を離し、ストレージに眠っているB-ナイフ《桜花》を取り出した。そして、その刃先を穴へと向け、レンは迷うことなく桜花を挿入する。ガチャリと歯車の回る駆動音がして、挿入された桜花が台座へと沈んでゆくと、今度は台座ごと地面へと沈む。その全てが地面へと埋まりきったところ、突如地響きにも似た揺れが起こって隠し扉が開いた。づくずく何処ぞのトレジャーハンターにでも出てきそうなこのギミックだが、今回のはどうやらナイフごと持っていかれる類のヤツらしい。彼にとって大切な武装の一つが失われたことにも気にすることなく、そのままレンは奥へと開いた道を進んでゆく。

 

***

 

現れたその道、空間は他のどのフィールドとも似つかない、はっきりいってしまえば異質その物だった。周りはやはりここがデータの塊であるのだと認識できるほどに無機質であり、"世界観"なんてものが致命的なまでに欠如している。その色は鬱陶しいを通り越してもはや痛々しいまでの白一色。ふと気を抜けば、その存在ごと塗りつぶされてしまいそうな感覚すら覚える。この、所謂隠しダンジョンと呼ぶには色々とおかしな点が沢山あるフィールドは、レンにとって見慣れたというよりは"レンクス"というプレイヤーのみのために存在しているような場所だった。何故か?理由は単純明快、このダンジョンは簡単に言ってしまえば

 

"S-ナイフ、或いはB-ナイフを所持していなければ入ること"すら出来ない場所なのだ。もっと突き詰めていえば、この世界に何千と居るプレイヤーの中でただ一人、エクストラスキルたる《A-ナイファー》を所持しているレンのみが、その資格を有していると言ってもいい。

 

このフィールドの奥には、ほぼ例外なくまるで決闘場とでも主張するかのように開けたフィールドが存在し、大抵フィールドボスか、或いは劣化フロアボス級とも呼べるmobとの一騎打ちがある。ボスを倒すまで扉はロックされ、他に脱出経路はない。そして、その一騎打ちに負ければレンが本当の自分諸共死に、見事勝てば報酬として《S-ナイフ》或いは《B-ナイフ》の上位互換バージョンが手に入ることとなる。

 

街に点在するショップではNPCプレイヤーの例外なく入手出来ず、また唯一とも言っていい入手手段たるモンスタードロップすら滅多に起こらない中で、確実に上位武器がドロップするこの隠しダンジョンは、レンからしてみればとても嬉しいのだが、正直なところ疑問も多い。

 

そも、どうしてこんな入手方法にし、こんな面倒のかかる仕様にしたのか?これではまるで、()から()()()したようではないか。明らかに、《A-ナイファー》を意識しているとしか思えない。考えたことは幾度となくしてきたが、満足のいく答えは未だ見つからない。

 

「っと............ここが最奥か」

 

無駄だと知りつつ今回も理由を考えていたレンは、たどり着いたその闘技場(コロッセオ)にて立ち止まった。やはり、無機質で痛々しいまでの白色。しかし今までレンが歩いてきた通路とは違い、その壁地面にはまるで電子回路の様にして青白い光が走っていた。ダンジョン内の意匠はご丁寧に毎度毎度変わっているが、今回はそれのどれよりも何かが違う。本能が、警戒の色を強く示すのを感じながら、

 

「...................」

 

無言のまま、ホルスターからB-ナイフを取り出したレンは、掌でくるりと一回転させつつ逆手に構える。セオリー通りであるなら、ここから先はボス級mobとの一騎打ちになるはずだ。右足を一歩、確かめるように踏みしててからレンはそのコロッセオへ踏み入る。しかしーー

 

 

 

 

「やぁ。待っていたよ、君を。《レンクス》......いや、《レン》君」

 

 

 

 

 

 

そんな彼を待ち構えていたのは、この"ダンジョン"............いや、この"SAO"というゲームの全てすら掌握しているであろう、このダンジョンに慣れているレンですら予想だにしなかった、特徴の掴みどころのなく酷く抑揚のない声でありながら、"確かに"聞き知った声だった。

 

 




つい先日の事ですが、SCEvsスクエニによるCOD:BO3の全面対決があったんですが、みなさんは見ましたか?

私は勿論見たんですが、個人的にあの再現ダイジェストムービーが一番ツボりました笑



FGOが空の境界とコラボ......だと......
石が......石が足りないぞ......
星五セイバー「両儀式」とか辞めてくれよ......庄司ィ!!
どうせコラボガチャも概念ガチャなんだからよぉ!!!

傷んだ赤色の概念礼装が......(←血で汚れて見えない


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Ep42: Encount

お待たせしました。

かれこれ更新しない日々が続きおよそ三か月。何の音沙汰もなくすいません。ですが、これからは少しずつですが、今までの更新ペースに戻していく予定です。

今一度ですが、待ってくださった読者様には大変お待たせしました。


「やあ、待っていたよ、君を。≪レンクス≫……いや、レン君」

 

その声を耳にした瞬間、彼の胸中に去来したのは、畏れでも怒りでも、これは彼自身も驚いたことだが、ただ一つの憎悪でもなかった。ただ、何故?と。このおよそ二年近く、すべてが終わり、そして始まったあの日から今に至るこの時までただの一度としてその存在を現さなかったソイツが、どうして俺の眼下に現れたのか。

 

「君が驚くのも、まぁ無理はないがね」

 

まるで、全てを見抜いているような声。そう、ソレはかつての光景の焼き増しのようだった。無機質だった“白”を蹂躙し、塗り替える“赤”のシステムウィンドウも。それらからあふれ出し、やがて空中にて形を成していく、血のように紅くて、泥のようにドロリとした液体も。現れた真紅のローブも。そのフードからのぞかせる恐ろしい空洞も。その声を、姿を、形を、レンは目にしたことがある。

 

「初めまして、と言うのも少々おかしいかな?」

 

ただ一つ、“かつて目にした光景”と違ったのは、その大きさだけだ。化け物じみた何時か(かつて)とは異なり、その上背はどう見積もっても一人分の、ごくごくありふれた大きさだった。

 

「しかし、私がこうして君と直に話すのは初めてだ」

「どうし……て……」

 

紡ぎだした声が震える。思考が、“ナゼ”で埋め尽くされていく。だがそれでも、現れたソイツは意に介すことなく続けた。

 

「ならば、もう一度ここで自己紹介をするのも悪くはあるまい。私がこの世界ただ一人の≪GM≫である、茅場昌彦だ」

 

かつての何時かのように、現れたソイツ――茅場は――ただ静かに宣言した。

 

***

 

「茅場……昌彦だと……?」

「そう。よもや忘れたわけでもないだろう?」

 

やはり抑揚の欠片も見せないある意味独特な声で、茅場はレンのソレを肯定した。忘れるわけがない。正にあの日、レンの目の前にいる存在が、文字通りこの世界(SAO)のありようを永遠に変革させたのだから。忘却することなんて、如何してできようか。乾ききった唇を震わせて、レンは押し出すように声を上げた。

 

「どうしてこんな処にアンタがいる?そもそも、ここはどこだ?何を企んでいる?」

「ここはどこか、ときたか。さて、それは私が答えるまでもないと思うが……」

「ふざけるな。真面目に俺の質問に答えろ」

「ソレを拒否したら?」

 

印象の薄かったその声に、少々ではあるが挑発的な色が見えた。

 

「その時は……」

 

間合いを静かに見図る。二人の間に開いた距離はおおよそ五メートル弱。高低差に至っては三メートルにも満たない。

 

“十分に、俺の範囲内だ”

 

「アンタの首を貰う」

 

次の瞬間、レンは手にしたB-ナイフをそのまま、≪活歩≫を発動し瞬間移動じみた迅さで茅場の前へと移動。一ミリたりとも動かないそのがら空きの胸元へ、振り上げたB-ナイフを走らせた。――

 

「無駄だよ」

「っ!!」

 

ハズだった。

 

タイミングも、角度も、速さも、全てが完璧だったハズの必中の一撃は、“実態を持たぬ影”の如き茅場の体をすり抜けて、

 

「がはっ!!」

 

逆にレンは、どういうわけか地面へと吹き飛ばされていた。

 

「やれやれ、最初から挨拶だね」

「くそ……どうなってる?」

「君がいくら攻撃してこようとしても、私にはダメージの一ミリも与えられないよ。このアバターは、あくまでも私の“仮初”の姿――いわゆるホログラムにも近い存在だからね」

「ちっ、随分と用意がいいんだな」

 

叩きつけられたことによる不快感をどうにか無視して、レンは体を起き上げると、視界にある自身のHPバーを確認する。だが、不思議なことに、そのHPバーは一ミリたりとも減ってはいなかった。

 

「……もう一度だけ聞く。何を企んでいる?ここに閉じ込めて、俺を始末する気か?」

 

ますます不可解なまま、レンはその紺碧の瞳で茅場を睨む。すると、彼は空中から地上へと降り立つと、ゆっくりとローブに覆われた首を横に振った。

 

「まさか、そんな野蛮なことはしないさ。私はただ、君を“見極める”ために姿を現しただけさ」

「“見極める”だと?いったい何を?」

「君が、真に私が見込んだプレイヤーであるかどうかをね。だから、今から君をどうこうしようという気はないよ」

「……アンタが俺を見込んだ……だと?」

「そう。君がかつて、≪A-ナイファー≫を獲得した、その時からね」

「!?」

 

その時、レンが受けた驚愕は、とうてい言葉で言い表せるものではなかった。彼が≪A-ナイファー≫を手にしたその時、つまり、この世界に閉じ込められてから間もないころ。大量のMobに襲われていたキリトとレナに出会い、そしてぎりぎりまで追い詰められてなお相棒であるカズと共にMobを退け、運ばれた宿のベットの上で気づけば手に入れていたこのスキル。あの時、すでに――

 

「ああ。あの時、私は君に興味を抱いたんだ」

「なっ………………」

「いいや、この言い方には少し語弊があるかな。正確には、君があの時抱いた“死にたくない”という強い“意思”に、“カーディナルシステム”が反応を見せたときにね」

 

と、どこか楽しそうに、そう告げた茅場昌彦に、気づけばレンは一歩後ろに引いていた。何故、というよりも、もはや言いようの知れない感情のほうが強かった。次に発したその声は、自分でも分かるほどに掠れていた。

 

「カーディナルシステム?」

「この世界をコントロールする、全ての基盤となるシステムのことだ。このSAOに出現するありとあらゆるMobも、クエストも、そしてプレイヤーに与えられる全リソースも、全てはこの“カーディナルシステム”によって決められている」

 

この期に及んでもまだ、抑揚のないその声は、レンの抱いた感情を煽り立てるには十分すぎるものだった。これから口にする質問は、どれだけ大きな意味を持っているのかを熟知していて。それでもなお、レンはそう聞かずにはいられなかった。

 

「じゃあこのスキルは……」

「そう、君の推測は当たっているよ。カーディナルシステムが、なぜか君に、存在するハズのないユニークスキル(12番目)を与えていた」

「…………」

「初めてソレを知ったときは、私自身も驚いたよ。何せ、私が設定した計11のスキルに、≪A-ナイファー≫なんてスキルは存在しなかったのだからね。にもかかわらず、カーディナルシステムはどういうわけか独断でこの特異なスキルを作り上げ、そして君に与えた。こんなこと、初めてだったよ」

「何故?」

「さて、詳しいことは私にもわからない。ただ確かなのは、君の強い感情、“死にたくない”という強い想いが、システムを突き動かした」

 

それが、他でもないこの世界の創造者たる彼自身の出した、一つの明確な仮定にして“答え”たっだ。しかし、その答えに、レンはどうしても賛成できない。あの日から今に至るこの時まで、その過程に程度の差はあれど、死んでいったプレイヤーは数多く居たことだろう。そして、そんな彼らにも、“死にたくない”という感情は確かに存在したはずだ。なのに、そんな彼らには“力”は与えられず、ただ一人、自分だけがこのスキルを与えられた……ソレは彼にとって、とてつもなく重く伸し掛かった。

 

自分だけだ

 

自分だけが、生き残るだけの“力”を得た

 

自分だけが…………………

 

すると、茅場はそんなレンの心情を察したのか、彼はふっと息を吐いた。

 

「そう自分を卑下することもあるまい。カーディナルシステムが、数あるプレイヤーの中から君を選んだだけなのだから」

「……気休めは十分だ。そろそろ本題に入れ」

 

そうバッサリと切り捨てると、茅場はそれもそうだねとフードをかすかに揺らすと、まとっていた雰囲気を一変させた。

 

「この話にはもう一つ裏があってね。今君が手にしているその≪A-ナイファー≫は、元々カーディナルシステムが作り上げた本来の仕様ではないんだ」

「けどアンタは……」

「それが、今回の本題だ。たしかにカーディナルシステムはユニークスキルを作り上げた。しかし、それに気が付いた私は、カーディナルシステムが君に干渉するその一歩手前で、そのスキルに修正を加えた」

「理解できないな。どうしてわざわざそんなことをする?いっそのこと消してしまえばいいだろう」

「先ほども述べたが、前例のないことでね。私個人としても大いに興味があった。とにかく、元々作られたスキルから、私は主に二つの項目を削除した。≪もう一つのユニークスキル≫と≪ある機能≫だ」

「はい?」

 

至って真面目なままの茅場の言いように、レンは思わずそんな声を上げた。茅場がこの≪A-ナイファー≫に手を付けていたのもそうだが、何よりも予想外だったのは、このスキルに、“もう一つのユニークスキル”が存在するというその事実だった。

 

「“もう一つのユニークスキル”だって?じゃあ何だ?元々この≪A-ナイファー≫の原型は二つで一つのモノだったとでも?」

「そう、≪A-ナイファー≫には対となるもう一つのユニークスキルがあった。もとは、この二つをひっくるめて一つのスキルだったのだ。」

「そうか……で?それとこれがどうつながる?」

 

努めて冷静に、レンは目の前のローブへと質問を繰り返す。

 

「レン君、私と一つ賭けをしないか?君が勝てば私が消去した≪もう一つのユニークスキル≫と≪ある機能≫を与えよう。しかし、君が負ければ……」

 

そこで言葉を区切り、茅場はより重圧の増した声でレンへと告げた。

 

「君は死ぬことになる」

「っ!!」

 

その、最早別人とも呼べるであろう彼の放つ存在感に、レンは息をのむ。しかし、ソレを拒むという選択肢は、不思議と彼の思考には思い浮かばなかった。勝てば“力”が手に入る。それは…………

 

 

“嫌だ、死にたくない!!”

“ありがと、ね”

“僕が……キミを守るから”

 

今までなら救えなかった命を、今度こそは救えるようになるのではないか。ならば、例えその先に死が待ち構えていようとも、“レン”という人間はソレを手にしなくては“ならない”のだから。

 

「……いいぜ、だが一つ聞かせろ。俺に興味が沸くのはいい。けど、アンタは如何してそこまでする?メリットなんて……」

「あるとも。君が、このユニークスキルの担い手に相応しいかどうか。私の考える器に、果たして君が値するのかどうかを、この賭けで見極めさせてもらおう」

 

言って、茅場は徐に空中へと浮かび上がると、その左手を空に振りかざし、システムメニューらしきウィンドウを立ち上げると、何やら操作を始めた。軽快なシステム音があたりに木霊し、そしてそれがやがてやんだ。と同時に、その異変は起こった。

 

「ぐッ!!」

 

まず始めにレンが感じたのは、体中に走る鋭い違和感だった。そして、レンの全身からゴォッ!!とナニカが飛び出す。それが、果たして一体何であるのかはレンには解らない。ただそれは、とても冷たく、どこまでも黒く、粘りっこくて、そして何より、吐き気を覚えるほどに不気味な液体だった。それが、どんどんレンの目の前に堆積してゆくと、やがてその溜まっていった“黒い液体”が、みるみる内に一つのカタマリとして集まってゆき、蠢きながら何かのカタチを成してゆく。そして、瞬きをしたその瞬間、

 

「な……に……」

 

レンの目の前に現れたのは、

 

「…………俺?」

 

その存在が黒い靄にうすら包まれたまま、ぼやけていながらもレンと全く同じの格好、体格、そして何より同じ瞳である紺碧色の双眸をたたえる、レンとそのすべてを共有した人型の影だった。

 

***

 

「何だ…………コレ……」

 

突如として現れたその“影”は、それこそレンと何ら変わりのない仕草でB-ナイフを取り出すと、そのままそれを胸元の前まで持っていった。とにかく情報を得ようとレンが目を凝らせば、その影の頭上に黄色いカーソルと緑のHPバーが表示される。Lvは読み取れない。ただ、カーソルの真横に表示されたその名前だけは、レンにもはっきりと読み取ることができた。与えられたその名前は、“The Doppelganger of Renxs”直訳して、≪レンのドッペルゲンガー≫。詳しい実力は不明だが、名前に“The”の定冠詞が設けられていることから、少なくともフロアボス級であることは確か。

 

「私が今まで収集してきた君のデータを基に、独自のチューンナップを施した高度戦闘用AI。ステータス値の全ては今のレン君と同じ値だ」

「へぇ、つまりは、俺と全くの同一人物ってわけか」

「そう思ってくれていい」

「驚いたな」

「これが今回の賭けの内容。君はこのドッペルゲンガーと一対一で戦ってもらう」

「なるほど……そういうワケね」

 

思わず、真一文字に結ばれていた口元が吊り上がるのを、レンは抑えきれなかった。相手はただのAIに過ぎない。今までは≪A-ナイファー≫がその真価を最も発揮する対人戦において、その全てをさらけ出すことはなかった。が、今はその縛りもない。レンはこのスキルを手にしてから初めて、何の躊躇も迷いもなく全てを出すことができる。気分が高揚してしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。

 

「いいぜ、興が乗った」

 

構えたB-ナイフを手のひらでくるくると転がしてから、レンは影がとるまったく同一の構えをとってから、目の前に対峙する影へと笑いかけた。

 

「ならばここで――ひと踊り興じようか」




私が今まで何をしていたかは、この話と同じタイミングで上げる活動報告に記したいとおもいますので、興味がある(←誰もいるか駄作者byカズ&レン)方はそちらをご覧ください。

今、FPS界隈は大いににぎわってますね。CoD新シリーズ≪Call of Duty:Infinite Warfare≫とあの名作≪CoD4:MW≫のリマスターの発表。そしてBFシリーズ新作≪BattleField 1≫ の発表。

片や宇宙戦、もう一方は第一次世界大戦が舞台ということで、アナウンストレーラーが発表されてから話題に事欠きませんね。特にCoDは、再びの未来ということでYoutube歴代四位に食い込むDislikeの多さだとか。アクティCEOの前向きな発言は自信の表れなんだと信じたいです。

個人的には、Ghost2を期待してました。何やかんや言われつつもキャンペーンは楽しくローガン達のその後が気になりますから。とにかく、私も一介のFPS民として、発表がとにかく待ち遠しいです。皆さんはどうですか?

それでIWさん、IWにはもちろんメインデュアル復活しますよね?(願望)

CoD4リマスターでということは、再びマクミラン先生の雄姿が見れるじゃないですか\(^_^)/

皆さんさんご一緒に!!

「ステンバーイ」
「ビューティフォ」


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Ep43: Dance With Me -Act.Prelude

やっぱり戦闘描写はいくら執筆しても得意になれる気がしません(泣き

他の作者さんは、どうしてあんなに上手いんでしょうかね?


「ふぅ……」

 

大きく息を一つ。ゆっくりと体内から押し出された空気が、かすかに大気を震わすのを、レンは感じた。いいや、正確には彼の極限にまで高められた戦闘思考……ソレを構築するその精神が、彼にそう体感させているのだ。脳はまるで麻薬でも投与されたかのように高揚し、それでいて澄んだ水のごとくクリアだ。そればかりか、自分は今置かれているこの状況を渇望していたかのようでもある。

 

――ハハッ、実は俺もバトルジャンキーなのかもな

 

これでは、その代名詞たるキリトのことを、自分は笑えない。そんなどうでもいいことを考えつつ、レンはその目の前にたたずむ“影”を見やった。いや、“もう一人の自分そのもの”と表現するのがぴったりなのか。その立振る舞い、姿かたちは勿論のこと、息遣いや重心の置き方、力の入れ具合から果てはその紺碧の瞳を閉じるタイミングに至るまで、全てがそのオリジナルであるレンそのものであった。

 

「では、カウントダウンを始めさせてもらおう」

 

そんな茅場の宣言の下、レンの視界の前にカウントダウンのタイマーが表示された。それとほぼ同一のタイミングで、影はその体を大きく後ろにひねると、そのまま連続した動作でバックフリップを繰り返し、その間合いを大きく開いた。

 

――動作も体の使い方も、俺と全くの一緒、か

 

その一連の動作を観察し、得た情報を基に最も有効打となるであろう初動の一手を、戦闘用に最適化された思考で模索する。浮かんだ手は実に十通り、本来ならそこから相手の動向や今までの経験をもとに一つずつ限定、絞り込んでいくのだが、今回はその勝手も少々違った。茅場のプログラムしたAIの再現度、思考パターンは未知であるが、今までに影が見せてきたその身のこなしと、先の茅場の発言から、その挙動は自分のものと完全に同じであると判断。限定するというプロセスを踏むことなく最適解の一手を構築する。

 

――初撃から全力で行かせてもらう。狙いは……

 

残りカウントは10、レンがやや腰を落として重心を下げると、影も同じように姿勢を作った。

 

6……4……2……

 

お互いの殺気にも似た闘志が、チリチリとその肌を刺激する。

 

1……

 

――曝け出された弱点を一気に突くッ!!

 

 

 

構えていた左のB-ナイフをぬらりと動かし、レンはそのトリガーを引き絞った。パシュッという作動音、空を切り裂いて飛翔するその刃は、吸い込まれるように影のクリティカルポイントである胸部心臓付近へと……届くことはなく、“まったくの同一射線上”に“同じタイミング”で射出された“影”の刃によって防がれた。

 

「ちっ」

 

舌打ちを一つ、されどレンはすでに動き出していた。エイミングはパーフェクトだが、所詮当たればもうけもの、運が良ければ初手で決着がつく、くらいにしか考えていなかったからだ。A-ナイファーが持つその特性上、対人戦においてクリティカルポイントを狙わない理由がない。人によってはその場所はまちまちであれど、相手はもう一人の“自分”そのもの。クリティカルポイントがどこにあるのかは、目をつむっていたとしても当てられる。つまり、“A-ナイファーにおける初手射出による決着”とはいうなれば常套手段であり、自分がソレを狙ってくるなら相手も当然ソレを狙ってくるのは自明の理。加えその確殺性もあくまでランダムであるため、その次を想定するのは当たり前のことなのだ。“活歩”による超高速移動で射線上の側面へと滑り込みつつ、リロードが必要な左をC-アックスに持ち替えてから近接へと持ち込む。

 

「なっ!!」

 

しかし、そこで待ち構えていたモノに、レンは思わず目を見開いた。なぜなら、確実に踏み込めると踏んでいたその先に、“同じく左手にC-アックスを構えた”影がいたから。

 

『せっ!』

 

驚くレンへと、影は気合と共にB-ナイフを水平に走らせる。

 

「ちっ」

 

ソレを左のC-アックスで打ちそらし、レンは影の胸部めがけて左の突きを放つが、影は左ひじを合わせて軸捻転、“纏”による回避運動でやり過ごす。

 

「『はっ!!』」

 

互いに流れる体軸を無理やり押し止め、両者足を掬い上げるように蹴り上げる。ガツンッと肉のぶつかり合う音が響き、全く同一軌道を描く蹴りが空中にて重なる。同じ軌道、等しい威力でぶつかるその足々は、やがてその運動エネルギーを拡散させつつ両者の体を逆へと振り戻す。

 

「ちィ!!」

 

結果、その体をきれいに逆回転させたレンは、タッチダウンするや否や両手を地面において体を回転、水平に這うようにして放った水面蹴りで着地しようとする影を迎撃せんとする。が、影は二ヤリと口元を歪めると、空中で更に体を反転させ迫るレンの右足に手を添え、そのまま自身を大きく上へと押し上げて回避した。

 

『ハハッ!!』

 

そんな嘲笑を一つ浮かべて、空中で身を翻した影はB-ナイフを突き出すと、流星の如き速度で地上にいるレンに追撃を仕掛ける。

 

「くそっ!」

 

それに対し、レンは更なる迎撃を繰り出すことはできずに、結局後ろへとドッジロールしてその一撃を躱すことしかできなかった。その、僅か五秒にも満たぬ駆け引きで、両者の間は七メートルほど開いた。

 

『フン』

「はっ」

 

ひらりと着地する影と、体をはね起こすレン。

 

『…………』

「…………」

 

ほんの少しの間、両者の視線と視線とが混ざり合い…………

 

『しっ』

「せいっ!!」

 

両者“活歩”を発動させ、その場から爆ぜた。同じタイミングでジャンプし、体を大きく空中でしならせてから、両手に持つ得手を後ろへと振りかぶり、全体重を乗せた一撃を相手に叩きつける。ガィィンと金属音が響き、火花を散らしてからそれぞれの得手がぶつかり合い、二人ともそのまま体ごと後ろに弾ける。

 

『はぁぁぁぁ!!』

 

間髪入れずに再び飛び込んで、二重三重と金属音を奏でる。

 

「あああっ!!」

『っ!!』

 

四度目となる空中での凌ぎあいのさなか、レンは強引に体をねじり回してから左足の振り下しを影へと叩き込むと、そのまま相手を後方へと吹き飛ばした。

 

――手ごたえが薄い。ガードされ……っ!!!

 

刹那、レンは自分へと一直線に向かってくるトマホークの存在に気付いた。吹き飛ばされるさなか、地面へと着地するレンを狙って、影が投擲しておいたのだ。その投擲は、まさに必中の一撃。だが、ほんの数秒だけレンが気付くのが早かった。軌道そのものはまっすぐ自分へと向かってくる単調なモノ。何の苦もなく、レンは力強く迫るトマホークを左に持つC-アックスで思いっきり弾いた……ハズだった。

 

「はっ!!!」

 

弾かれ、外へと逸れてゆくトマホーク。その同一軌道上に、もう一つのトマホークが隠されていた。

 

――ブラインドショット!!やられた!!

 

不意を突かれたレン。一投目のトマホークの勢いが強かったのは、あえて強く弾かせることによって次の動作を封殺するためだったのだ。それでも、レンはどうにか回避しようと上半身を捻るが……それをあざ笑うかのごとく、トマホークの刃はレンの右肩口を切り裂いた。

 

「ぐっ!!」

 

おそわれる不快感に思わずその場所を手で押さえつつ、レンは足と体捌きのみで背転を繰り返し、影と十分に間合いを開けた。削られたHP量を横目で確認し、“出血”の状態異常が付属されていないことを確認しつつ、レンはダメもとでC-アックスを投げ放つと、すぐさまB-ナイフへと握り替え、手慣れた動作で取り出した替えの刃を挿入した。飛翔するC-アックスを、当然ながら影は易々と躱す。あえて武器で弾かなかったのは、C-アックスのもつ特殊効果である“武器破壊”を警戒してのことだろう。その一部始終を見届けていたレンは、改めて茅場が作り上げたというAIの完成度の高さに舌を巻いていた。先の近接戦による体捌きもさることながら、思考の不意を突く二重の投擲法といい、何から何までレン自身そのものであった。

 

――どうする……投擲はお互いに射線の潰しあいになるだけ、たとえ不意を突くトリックショットを狙っても、相手がオレである以上タネを読まれる。同様に近接戦も有効打になりはしない

 

まるで、写し鏡に映る自分と、シャドーイングでもしているようだった。つまるところ、この闘いはお互いの行動の読みあいでしかなかった。力の入れ方、クセ、そして思考を読み、次なる一手を予測してからソレを迎え撃つ。ソレは、どこまでも平行線で終わりの見つからないようなものだった。二人にとっての終わり(決着)があるとすればそれは、どちらかが相手の動きに着いてこられなくなった時か、相手の読みをはるかに凌駕してのける一手を繰り出すかの二つに絞られる。

 

――ソレは……

 

一つだけ、あのAIの思考を凌駕する一手に、レンは心当たりがある。だが、ソレを同じく影が知っているのであれば意味はないし、そもそも、レンはソレを“実行”できない。なぜなら、彼は未だソレを体得できていないからだ。完成度が云々ではなく、そもそも今の彼ではソレを再現すらできていない。強敵との実践のなかで、技術あるいは技を会得する、そんなのはフィクションの世界だけだ。現実でソレを成すというのは、ただの夢見がちな妄言に過ぎない。

 

――だが、それでも

 

恐らくその手が、レンの模索する一手の中で、一番影を仕留められるであろう確率が高い手であるのもまた事実だった。手にしたB-ナイフの柄を強く握りしめ、再び構え直したレンはゆっくりと息を吐き出す。一つ一つの神経から、指先に至るまでの“レンクス”を構成する機能の全てを戦闘のソレへと再び作り替え、対峙する己自身へと集中を向ける。あたりは無音へと静まってゆき、耳に届く音はもうない。

 

そうして――二人は、全くの同じタイミングで、再び相手へと駆け出した。

 

***

 

俺にとって、あいつの背中は、いつも目にしてきた――見慣れた光景であったと同時に、決して届くことのない、目標でもあった。思えば、あいつと最初に出会った時から、俺にとってあいつは超えるべき目標でもあった。

 

もうずいぶん昔の、小さなころの話だ。カズ、周りの皆も、そして俺もそう呼んでいた。たまたま同じ地域で、たまたま同じ学校で、たまたま同じサッカーが好きで、たまたま同じ、チームに入っていた。そんな偶然の積み重ねが、俺とカズを、互いに認め合える腐れ縁――有り体に言えば、親友へと導いた。自慢じゃないが、俺とカズ、俺たちは同世代間では有名なサッカープレイヤーとして有名だった。MFの俺と、FWのカズ、プレイスタイルもクセも全く違う俺たちだったが、そのコンビネーションは抜群だった。俺がエリアをコントロールし、カズにパスを出せば、あいつは獣じみた嗅覚と鋭いドリブルでボールをゴールへと導く。サッカークラブでは何度か優勝もしたし、世代別の候補にも挙がった。成長を続ければ、このまま二人は将来のA代表――つまりサムライブルーを背負う存在として期待もされていた。皆がその才能をほめ、皆が神童と、サッカーの天才と称賛した。が、ただ一人俺だけは、その称賛に首をかしげていた。確かにサッカーが得意で、上手かったのは事実だ。だが、俺とカズを同列に並べるのは、間違っているような気がした。カズの才能は天性のものだ。ボールコントロールは譲らなくとも、あの敵陣を切り裂いていくようなドリブルとか、誰にも止められないと錯覚させるかのようなフェイントも、初めて見た時から叶わないと感じた。思えば始めから、俺はあいつに“いつか自分が越える”(ライバル)”としての憧れを抱いていたんだ。

 

 

走る

 

走る

 

走る――

 

『シッ!!』

 

もう何度、迫る投擲物を躱し、そして弾いただろうか。

 

「はあっ!!」

 

もう何度、この攻防を続けているのだろうか。時がたつにつれて、“時間”という概念そのものが希薄となってゆき、意識から欠落していく。だがそれでも、闘争心は薄れず、むしろ益々そのキレを増していく。

 

『チッ』

「……フゥ」

 

――都合三十五本目となるトマホークを弾き落とし、レンはようやくその両足を停止させた。そしてその対極……ちょうど彼と反対の場所に位置する“影”もまた、その両足を止め、レンの動向を静かに見ていた。そのいでたちは、ひどくレンと似通っている。ソレはまるで鏡写しのように、血を分かった双子のように、あるいは、コピーしたかの如く。その上背も、その髪も、瞳の色も、呼吸の仕方も、重心の置き方も、果ては浮かべる表情すら、おおよそ人間という生物の特徴から“ヒト”としての特徴に至るまでの全てが共有されている。

 

――どうする

 

既に、彼らが矛を交えてから40分以上の時間がたとうとしている。その間、お互いがお互いに相手のHPを削りはしたものの、未だ有効打となる一撃の一つすら与えられていないのが現状だった。どこをどう攻めて、どんなに奇抜な攻撃を繰り出したところで、その刃は相手の体を切り裂くことはかなわず、そのほとんどが防がれるか、躱されるかのどちらかだった。都合三十五本、今までのどんな戦闘の中でも、これだけの数を投擲しておきながら、ただの一つすらも当てられなかったことはない。故に、未だ決着がつくことはなく、何方も主導権を握れていないこの状況は、レンにとって未だ感じたことがないまでに最悪の状況だった。

 

――これ以上、徒にトマホークを消費するわけにもいかない。となれば、接近戦主体で突破口を切り開くしかないか

 

左のB-ナイフを口に加え、開いた手で右をリロード、次いで左もリロードする。同じようにB-ナイフをリロードした影へと、レンは再び肉薄した。

 

「シッ!!」

 

右のナイフを順手に持ち替えてから一直線にソレを振るうが、影は右のB-ナイフをはたくように振り下してソレを弾き、更に体を捻って追撃の左袈裟上げをやり過ごす。そのまま体を畳むようにして体感を落とし、レンの開いた胸部へと左の冲捶を放つ。が、レンは辛うじてそれに反応、咄嗟に地面を蹴って背転。狙いの外れた冲捶は、唸りを上げてレンの胸部スレスレを通過した。そのまま、レンは半円を描くような体捌きから連続で蹴りを放つ連環脚を発動するも、影は地面を転がるように後転してその連撃を躱す。やがてその連撃が止まり、蹴り払った足が地面に着いたタイミングを見計らって一気に起き上がり、お返しの振脚を振りぬく。攻撃モーションが終了し僅かなディレイが始まるそのタイミングを狙って放たれた蹴りを、防ぐことも、回避することも不可能。そう咄嗟に判断したレンは、あえてその一撃を右肩で受け止めた。

 

「ぐぅぅ…」

 

肩が引きちぎれそうかと錯覚するくらいの衝撃が全身を駆け抜け、それと共にHPバーが減少する。しかし、レンは気にも留めずに体感を固め、両手で抱えるようにその脚をホールド、

 

『しまっ!!』

「らあああ!!」

 

叫び声とともに、影を地面へと投げ落とした。更に曝け出された喉元めがけてナイフを振り落とすが、影はレンのホールドを振りほどいて足裏で彼の腕を押し返す。

 

『調子に……乗るな!!』

 

更に影は両手を肩裏に回し、全身をバネのように撓らせてから体を引き起こしつつ、両足を振りぬいてレンの体を蹴りぬく。踏鞴を踏むレンと、構えをとる影。二人は一瞬だけ視線を交わし――

 

「失せろっ!!」

『寝てろっ!!』

 

一糸違わぬタイミングで、それぞれ右のナイフを相手の胸元へと押し出した。必中を以て放たれた一対のソレは、きれいな直線の軌跡を描き、互いの左肩へとカウンター気味に突き刺さった。

 

「『あああああっ!』」

 

のぞける二人。しかし彼らは柄を握っていた手を放して強引に体を左に回転させながら右手を体の方へと引き絞ると、それぞれ相手に突き刺さったままのナイフめがけて川掌を繰り出した。タイミングも、軌道すらも同じ両者の川掌は、交差するようにすれ違い、やがてお互いのナイフへと到達する。押し込まれるナイフは川掌が発生させる凄まじい衝撃を体内へと伝達させながら肩を貫通し、その衝撃に耐えられなかった二人の左肩口より先を、鮮やかに吹き飛ばした――

 




E3も終わって、そろそろTGSが来るなぁとか考えながら雨の降りがちな日々を過ごす毎日です。

とにかく、E3終わって思ったのは、今年もゲーム界隈は賑やかってとこですかね。特に、PSVRの反響なんか凄まじいように感じます。今度出るGT SPORTと一緒に買いたいんですが、まぁまず無理ですね(笑)

まずはFFXVから。キングスグレイブはぁ...如何しよう?


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Ep44: Dance With Me -Act. Cadenza

何を勘違いしているんだ!

まだ俺の投稿フェイズは終了してないぜ!

速攻魔法発動!!「連続投稿」!!

はい、完全に言いたかっただけです。すいません




ドゴォォォォ!!

 

まるで、拳銃が暴発でも起こしたかのような、鈍い音が一面に響き、

 

「っぐ……あぁ……」

『ガァァ……グッ』

 

二人は踏鞴を踏みながら後ろへとよろめき、ブレイクした。

 

カァン!カララン!!

 

宙を舞うようにして、やがて空中にて砕け散ったその腕から零れ落ちた彼らのナイフが、ほとんど同じタイミングで地面にバウンドし、転がってゆく。その、ほとんど五秒にすら満たないであろう刹那の時間で、二人は利き手である左を失った。それだけではない。お互いに相手の攻撃は喰らいつつも、決して余裕があるわけではないHPを今に至るまでグリーンに保っていたが、ついにはたったその一撃で、たちまちオレンジの半ば位まで落ち込んでしまった。現在、彼らのHPは同程度まで削られており、そのバーの横には人体欠損のアイコンマークが明滅している。やや少し、レンのHPが少ないか。そんな情報を頭の中で整理しつつ、レンは相対する影を睨んだ。左の肩口からは欠損エフェクトが漏れ出しており、完全に左手が生え変わるまでは、少なく見積もっても十五分程度は掛かるだろう。その間を、レンはひたすら待ち続けるつもりなど毛頭なく、それは相対する影も同じ。

 

「ああ――ホント。お前は俺に似ているな」

『ほざけ』

 

右手に握ったB-ナイフを、ショルダーホルスターへと滑り込ませてから、その手を後ろ腰へと回し、手に触れたその柄を握る。しゃらんと音を立て、両者がその腰から引き抜き構えたのは、彼の友にして最高のブラックスミス自らが鍛え上げた名刀。フレンチカトラス“レリーファ”だった。利き手である左腕を失ったレンだが、だからと言って右手が使えないわけでもない。もちろん、左手より筋は落ちるし、元々お粗末な剣術が更に低下するわけだが、条件は影も同じだ。茅場はレンベースの“高度戦闘用AI”だと述べていたが、その実は全てが基となるオリジナルのコピーであるだろうということは、ここまでのマッチアップで理解した。だからこそ条件は同じだと、レンは自信をもって言える。

 

――そう……()()()だ。だから、決着をつけるのはあくまでもA-ナイファーだ、それまで

 

「踊ろうぜ、偽物(オレ)

『お断りだ、オリジナル(オレ)

 

両者同じようにその口元を真一文に結び、向けられたカトラスの刃が、怪しく光った。

 

***

 

『このテクニックはな、コツさえつかめれば誰にだってできるんだぜ?』

 

そんな風に、ニカッと笑って見せたカズへと、レンは眉尻を下げてから抗議した。

 

『よく言うよな。コツが掴めれば?一向に掴める気がしないんだが』

『ハハ、そりゃ失礼。でもな、俺ができるアドバイスなんてホントにこれ位なんだぜ?』

『だろうな。俺も、そこまでお前をアテにしてない』

『ったく、素直じゃないなぁ』

『はい?』

『何にも』

 

ジト目気味に睨むレンの視線を、カズはどこ吹く風で流してから、手にしたセイヴァーズソウルを地面へと突き立て、鍔に手を置いてから体重を預ける。それにため息一つついて、レンは手に持つ直剣を構え直した。

 

――イメージしろ

 

カズはそう言った。

 

“ソレ”を引き起こすタイミングに、特定のアルゴリズムは存在しない。だから、一つ一つの体の動きを意識し、タイミングを見計らえ、と

 

「すぅー、はっ!!」

 

寝かせておいた直剣の先を僅かに下げ、そのモーションを立ち上げる。やがて、システムの力がレンの体を支配し、その腕が……脚が、人外じみたスピードで動き始める。ネーブル色の光を帯びた剣の軌跡は、やがて混じり合って一つの大きな円を描き始める。九連撃スキル“ナインライブズ・ブレード”その六連撃目となる、左上への斬り上げを放ったその瞬間

 

――ここだっ!!

 

今まで、体の全支配権をシステムにゆだね、停止していた思考を再加速。七撃目へと動き出す体に、別のモーションを割り込ませようとするが……ソレは、結局無駄に終わった。何か、強大な力にでも弾かれたかのように、全身に不快な衝撃が走り、尋常ならざるディレイが彼の体を縛り付ける。それが意味するのはつまり、

 

『失敗した』

『らしいな』

『はぁ……疲れた……』

 

ディレイが解けた体で、ぐったりとうなだれるレンの肩に、カズがぽんぽんと手を置いて、地面に刺しておいた剣を構える。

 

『コツさえつかめれば、あとは簡単なんだぜ?』

 

くるくると剣を回して、カズもソードスキルのモーションを立ち上げた。水平に三連撃、そして縦に三連、加速していく剣先は、最早神速すら置き去り、全てを引き裂くが如く。しかしその新緑色の輝きはなお褪せることを知らない。八連撃スキル“シエロ・ムエルテ”その六連撃目に、“ソレ”は起こった。

 

『こんな感じにな』

 

なんと、そんな剣の軌道が突然ゆがみ、一度停止したかと思うと、今度は青色の光を放ちながら二連撃スキル“ダブラ・ティエンポ”が発動した。更に、再び軌道がゆがみ、新たなスキルが立ち上がる。何より驚くべきは、そのスムーズさだ。ディレイすら発生させることなく、次々と意のままにソードスキルをつなげていくその様は、ただただ圧巻の一言でしかない。

 

『はぁ!!』

 

カズの振るう剣の軌道が、四つの四角を作るように空を切り裂き、四連撃スキル“バーチカル・スクエア”と共にその体がようやく止まった。

 

『とまぁ、こんなカンジ』

『……やっぱ、俺には無理かもな』

『そんなこと言うなって。お前も出来るようになるさ』

 

シエロ・ムエルテから始まり、終わりのバーチカル・スクエアに至るまで実に十三個以上ものソードスキルをディレイもペナルティも()()発生させることなくつないでゆくシステム外スキル《スキルキャンセル》を披露したカズは、ニカッと得意げに笑った。

 

***

 

描かれる筋は三つ。

 

右股下から肩口へと上がる一撃目、右袈裟に迫る二連撃、そしてそれらを躱した先を縫う三連目。影が素早い剣捌きで放ったその三つを、レンは掠りながらもどうにか身をよじりつつ横へとスライドして初撃と次撃を躱し、にぎるカトラスを真上に斬り上げてから迫る三連撃目を上へと反らした。

 

「次っ!!」

 

そのまま剣を引き戻し、影の右側へと踏み込んだレンは、《鎖歩》による足払いで影の体制を崩し、そのままカトラスを振り下ろすが、影は流れに身を任せ体を倒し、払われた足のブーツ――その裏側にあしらわれた金属プレートでソレを受け止め、更に背転して剣を弾きつつ後ろへと飛ぶ。通常、相手に自信の体制を崩されてしまえば、後は良いように攻撃されるだけだ。何故なら人間の体の構成上、一度崩された体制をすぐさま立て直すことなど不可能に近いからだ。そんな常識を、影は化け物じみた動体視力と体捌きのみで覆してしまった。だからだろうか。同じ存在、同一の思考を持ち合わせていると頭で理解できていてもまさか防がれるとは思っていなかったレンは、そのまま再び肉薄してくる影への反応が――ほんのコンマ何秒か――鈍った

 

「くっ!!」

 

迫る横払いに合わせようと慌ててカトラスを引き戻すも、完璧には程遠い。結果中途半端となったその防御は、力強い太刀筋に押し負け、レンの手から剣が弾かれてしまった。ギャリィィンと音がして、くるくると宙を舞っていたカトラスが地面へと突き刺さる。忽ち無防備をさらす結果となったレンに、影は真一文に結んだ口元を微かに歪め、苛烈極まる剣戟を重ねていく。次々と体を薙がれ、切り裂かれ、襲う不快感と共に減少するHP。横一文字へと振るった剣を引き戻し、体をねじらせた影は、《震脚》によって地面を踏み鳴らし、全体重を乗せた《連環脚》を、余すことなくレンへと叩き込む。

 

「っああああ!!!」

 

その、渾身の力を乗せて迫る脚の連撃を、レンは体幹に力を入れて身体の前に持ってきた右腕で防がんとする。刈り取るかの如き威力を以て弧を描きながら迫る右の一連目に、レンはガードを合わせた。だが、足と腕とが接触すると思われたその刹那、伸びてくる右足がその軌道を変え、地面へと落ち、ソレを新たな軸足として、その反対側ーー左の二連撃目が飛んできた。

 

ーーマズい

 

極限まで研ぎ澄まされたレンの本能が、絶望的な警鐘を鳴らす。右の一連目はガードを誘導させるためだけのフェイント。本命は、あくまでも続く左。刹那を何十倍にも引き延ばした思考の中で、レンは影の意図を悟る。発動中のスキルモーションを無理やり歪めること自体は可能だ。だがそれは、スキルを強制終了させ、ペナルティを発生させる事を意味する。だが、全ての動作が次へと連結する八極拳ならば例外だ。蹴り足がそのまま次の軸足として機能する《連環脚》なら、多少モーションを歪めてもスムーズに次が放てる。ソードスキルを利用したフェイント。それは、仕様が特殊な八極拳だからこそ出来る技であり、レン(オリジナル)には編み出せなかった影だけの絶技。致命的なまでのスキを晒す左。防御などとうに遅く、叩きつけられた一撃の生み出す絶大な衝撃が、レンの身体を震わす。

 

「ゴフッ!!」

 

口より漏れる、酸素。だが影は攻撃の手を緩めることなく、流れるように連撃を重ねる。既に、ガードなど出来ようはずも無く、その全てを綺麗に喰らったレンは、芥子粒のように吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。

 

「ガァ!……ぐぅぅ」

 

押し出される、苦悶の呻き。全身はすでにボロボロで、まともに力を入れることすら叶わない。視界がグラリと歪み、思考が断絶される。

 

――薄々気づいてはいた

 

確かに、その存在は同一だ。思考も似通っていて、姿かたちも似ている。だが、《担い手》としては……もはや疑いの余地がないほど、(コイツ)のほうがはるかに上手だと。体の使い方、剣捌き、そして何より、《A-ナイファー》の扱いはオリジナルである自分より更に上の次元で使いこなしている。今まで、ついぞ彼が乗り越えることのできなかったその境地に、(コイツ)は立っているのだ、と。技量としては共有されているが故に、一見すれば両者は拮抗しているかのように映るかもしれない。がその実、二人が足を踏み込むその時、手にした剣を振るうその刹那、その一つ一つで

 

――技量が似通っているからこそ

 

――思考が同じであるからにして

 

――同じ存在であるが故に

 

絶望的なまでに、二人の差は広がってゆく。

 

見切ったハズの剣筋が、捉えきれない。完全に裏をかいたハズの攻撃が、いとも簡単に見破られる。

 

最初は、そうではなかった。しかし、両者が互いの矛を交えるそのたびに、影は、まるで“学習”でもしていくかのように、少しずつレンを凌駕していった。

 

――勝てない

 

そんな絶望が、黒い波となってレンへと襲い掛かる。疑いの余地はなく、既にその差は、絶望的なまでに明白で。

 

――俺ではこいつを、倒せない

 

その事実は、深く深く、レンという存在の核へと突き刺さる。

 

ドクンッと、内にある鼓動が大きく跳ねた。

 

――タスケテ

 

その記憶が、己へと流れ込んでくる。

 

――シニタクナイ

 

あの時、目にした光景を、

 

――バカが……

 

あの時、抱いた絶望を、

 

/忘れるのか?

 

/思い出せ、自分が何のために、生かされているのかを

 

――フザケルナ

 

全身に力が籠る

 

――又だ……また俺は……俺はッ!!

 

――ふざけるな

 

断絶し、崩れかけた思考が、白熱と共に塗り替えられる。

 

/お前が生かされているのは、誰かを救うためだ

 

――後は、頼んだ

 

/お前が生んだ、罪の贖罪と

 

――キミ私を、助けてくれる?

 

/果たせなかった約束のために

 

/それがお前の生きる、その全てだ

 

――ふざけるなよっ!!!

 

「ああああああああああああああああああああっ!!」

 

そうして、カトラスを支えにしながら、レンは言うことを聞かない体を無理やり起こした。

 

***

 

「想像以上だな」

 

その光景を、空から俯瞰していた赤ローブの男――茅場昌彦――は、知らずのうちに、そうぽつりとこぼした。その胸中の内にあるのは、果たして感嘆なのか、衝撃なのか。それを知るのは本人のみ。だが、そうポツリとこぼした彼の声色には、少なくとも落胆のような感情は見受けられない。実際、茅場昌彦は目の前で繰り広げられている死闘に、純粋に感心を、そしてそれに勝る好奇心を抱いていた。この世界――SAO――を作り上げたのは他ならぬ自分自身だ。だからこの世界のことは、他のどのプレイヤーよりも熟知しているは道理。そんな彼だからこそ、目の前に映るその光景が、如何に()()であるのかを理解していた。

 

そもそも、このSAOにおける戦闘システムは、その全てが“ソードスキル”を前提として組み上げられたものだ。だから、この世界で起こるありとあらゆる戦闘は、ソードスキルなくしては成り立たぬといってもいい。これは、如何逆立ちしても変えられぬ、SAOの“ゲームバランス”。だがどうだ、目の前に居る二人――実質的には一人だが――は、その前提を根本から瓦解させているではないか。存在しないはずの、十二番目のユニークスキル《A-ナイファー》最初にこのスキルを目にしたときは、なんて酷く、脆弱で、最強のスキルだろうと思った。この世界の核である“ソードスキル”が使用できない。それは、戦闘スキルとして致命的なまでに壊れている。どうやら彼は、その弱点を体術スキルの《八極拳》で補っているようだが、あのスキルも他のソードスキルと比べるべくもないような存在である。真に異常なのは、そんなハンデを抱えてなお、十二分に戦えている彼自身だ。システムアシストではなく、ただ純粋に、己の技量一つで戦う彼の戦闘技能は、キリト達とはまた別の、“本物”だ。そんな存在を目の前にして、創造者である前に探究者である彼が、どうして好奇心を自制できようか。

 

「実に興味が尽きないな、レン君。君という人間は」

 

ボロボロになり、よろけ、目前に絶対的な限界を突き付けられてなお、立ち上がるレンを見つめる。

 

既に、影はオリジナルであるレンの技量をはるか凌駕している。"高度戦闘用AI"それは、闘いの中で常に己を最適化させ続け、有り得ないスピードで進化を遂げていく人工知能(システム)。当の昔に、ドッペルゲンガーはオリジナルであるレンの現在限界点を突破し、更に一つ先の次元へと到達している。今(レン)が退治するのは同一存在の己ではなく、限界点を超え、その先へと踏み出した未来の自分(レン)なのである。

 

――後は、私に証明してみてくれ。人間(ヒト)は、己に定められた限界を、超えることができるのか

 

視線を影へと向け、茅場昌彦は静かに、そうつぶやいた。

 

***

 

「ぐ…..つぅ」

 

未だ、体は言うことを聞かず、一度砕けた思考は、断片的な悲鳴を発する。だがそれでも、レンは駆け出した。

 

『バカだな』

 

そんな彼へと、影は手に握るカトラスを振り下ろした。

 

「っ、あああ!!」

 

体を僅かにスウェーさせて、まっすぐに振り下ろされる剣閃を、レンは躱す。ソレは奇しくも、失われた左腕一個分の差だった。間髪入れずに腰のベルトにあるポーチから目にもとまらぬ早業で投げナイフを取り出すと、返し、迫るカトラスをソレで防いだ。本来投擲用としてデザインされてある投げナイフで剣を防ぐのは不可能。当然のごとく、ナイフはその負担に耐えきることができずにその根元からへし折られることとなるが、ナイフが稼いだその僅かな時間こそ、レンが欲していたモノだった。軌道が僅かに目測から上へと外れ、本来無いはずのスペースが僅かに生まれる。ソコへ、迷うことなくレンは体を滑り込ませると、その僅かスレスレをカトラスが通過する。そのまま、後ろに飛び退きながら背転を繰り返し、レンはその場所を目指す。そう、今なおポツンと地面に突き刺さる、己の得手へ。

 

『させるか!!』

 

その意図を理解した影は、下がるレンへ投げナイフを五連投擲する。空を切り裂きながら、迫る投げナイフ。しかし、得手のもとへとたどり着いたレンは、流れる体を振り戻して上へと飛び、刺さっているカトラスの柄を蹴り上げて地面から引き抜くと、残された右手で宙を舞うカトラスをキャッチして着地、

 

「はあああ!!」

 

そうして目前へと迫るナイフへ、レンはカトラスを走らせた。押し上げるように斬り上げて一連と二連を弾き、弧を――こね回すようにしてカトラスの腹で三連と四連を、直線に振り下ろして最後の五連を弾き飛ばす。

 

『チィッ!!』

 

憎たらしげに吐かれた影の声が、響く金属音と交じり消える。手に握る剣を、レンはクルリと逆手に持ち替えると、戸惑うことなく宙へと放り投げ、さも獲物を補足した猛獣のごとく姿勢を僅かに落とし、影へと肉薄する。あと数歩で到達するというその最中で、レンは地面を蹴りジャンプすると、空中にあったはずのカトラスを再び同じ手で握りしめ、身を翻しながら全体重を乗せて一直線に影へと振り落とした。過大なる威力を以て相手を切り裂かんと振り落とされる刃は、しかしあえて受け“止”めるのではなく受け “流”さんと払われた影のカトラスによって軌道を歪められ、剣先がむなしく地面を穿つ。

 

「本命はコレだっ!!」

 

僅か右腕一本だけでレンは自身の体を浮き上げると、空を舞いつつ再び円環状に剣を振るう。辛うじてソレも受け流した影だが、それでレンの勢いを殺しきることは叶わない。これがだめならば次を――とでも言わんばかりに同じ動作で再び連続するその動作は、まさに地を駆ける大車輪のよう。

 

『このっ…!!』

 

手を止める暇もなく、ギリギリのところで喰らいついて受け流そうとするが、レンの体重を加算されたその一撃一撃はとても重く、完全に殺しきれなかった反動をうけてジリジリと後方へと押し込まれてしまう。三……いや、四回転した刃が地面に突き刺さると、レンは突如その流れを押しとどめて横に寝かせていた軸を縦に入れ替え、右腕のみで体を支えながらそんな影を刈り取るかのような横一閃の蹴りを繰り出す。それが躱され、空を切ったかと思うと、レンはまるでコマのようにクルリと剣の上で回り、さもブレイクダンスでも舞うかのように体をさばいて蹴りを繰り出してゆく。

 

『く……つ……』

 

その最初こそスウェーのみで躱して見せた影だが、次々と迫るレンの蹴りに堪らずその身をパタリ畳んで軸の下側へと潜り込み、

 

()べっ!!』

 

邪魔でしかなくなったカトラスを地面に突き刺し、軸足で《震脚》を発動させつつ体を浮かし、もう一方の足で《昇脚》を繰り出し、レンをかち上げながら上昇。内包する六度の蹴りを叩き込みつつ体を縦に回して追加の右振り下ろしをレンへと叩きつけて地面へと吹き飛ばした。転がりながらも受け身をとるレンを尻目に、着地した影は素早く腰のポーチより投げナイフを取り出す。先ほど剣を置いてしまった以上、残る攻撃手段はこれしかない。――奇しくも、二人はこのときすでに、C-アックスとトマホーク、そしてB-ナイフの刃を使い切っていたのだ――そして、それらをレンへと投擲する。体を起こしつつ、迫る飛来物を目視したレン。

 

――ヤバい

 

身をよじり、カトラスを宙に放りつつ飛ぶと、舞を舞うようにしてカトラスの柄を足で蹴り弾き、円環状に体の目の前でカトラスを回転させてバリアのようにし、飛翔するナイフを防いでゆく。着地したのち、剣をキャッチして又それを繰り返して、次々と迫るナイフを弾き、落とす。影も、中には弾かれたナイフがそのままこちらへと牙を向いてくるように飛んでくるのを身のこなし一つで躱し、相手の勢いに後退しつつも流れるように止めることなく投げナイフをレンへと投擲してゆく。

 

カィンッ!!キィン!!ガィン!!

 

ギシリッ!!

 

刃と刃が触れ合うたびに火花を散らし、澄んだ音が響くその最中で、レンは確かにカトラスから発せられた悲鳴を耳にした。そもこの細い剣に全体重を乗せるなどの酷使を続けてきたレンだ。その刀身は限界に近いだろうし、いつ砕けようが不思議ではない。それでも

 

――あいつが鍛えてくれた剣だ!耐えるッ!!

 

レンの脳裏に浮かんだのは、そんなブラックスミスの澄んだ笑顔だった。

 

後退と侵攻と、その鍔迫り合いを続けてきた両者だったが、ソレもやがては終わる。投擲を続けた影はついにその投げナイフを切らしてしまったのだ。

 

――耐えたっ!!

 

ソレを見届けたレンは、掴んだカトラスの柄をより一層握りしめて、踏み込んだ。狙うはその首元、レンはカトラスを水平に走らす。ピンチとなった影は、しかし浮かべる不敵な笑みを絶やさない。

 

布石はすでに打ってあった。

 

そう――ただ闇雲に、レンの勢いに押されて後退していたのではない。下がるその方向、躱す動作、そして投擲の速度から角度に至るまでを少しずつ調整しつつ、影は自身がカトラスを置いた場所へと誘導していたのだ。影はすぐ隣に刺さったままのカトラスを右手で引き抜くと、そのまま逆袈裟にレンの肩口めがけて斬り上げる。

 

――首と肩――この二つの点をとらえて迫るその二つの軌跡は、やがて一つとなりて混じり合うことになる。一層の花火はより儚く、響く音はかくも朧気で、二つの“レリーファ”は激突した。ギチリギチリ……燈と紅の混じった火花とともに、やけに耳をつんざくその音。鎬を削りあうにつれ、確かに軋んでいくその刀身は、やがてその終末を迎えた。ガキンと鈍い音がして、鮮やかなまでに美しかったその刀身が、ついに限界などとうに超えて、殆ど同時に砕けた。そして、

 

――さも、そんな彼らの剣と入れ替わるように――その先を吹き飛ばされ、血にも似た赤いエフェクトを迸らせていたソコから、失われていた左腕が再生を遂げた。たったそれだけ、ただ失われていただけの腕の再生。しかしだからこそ――刹那にも満たぬであろうその時の間で、思考の渦が稲妻を以て全身を駆け巡り、二人は同時に動き出した。僅かな初期動作のみで瞬時に軸を切り替え、軸となる右足で力強く地面を踏みならす。押し出された力の奔流が暴発したかのように彼らの体を加速させ、その運動エネルギーに逆らうことなくクルリと体を捻る。

 

――「『とった!!』」

 

必中となる確信をその胸に蘇らせつつ、二人は身を翻す最中に引き絞った左足を相手へと蹴り放った。技の出、タイミングから角度までリンクした八極拳スキル《砕月》は、その青白い奔流を迸らせたまま吸い込まれるように伸びてゆき、やがて終点へと辿り着く。自身の足が確実に相手の体をとらえた感触と、体中を駆け巡る尋常ならざる衝撃その二つを同時に受けた二人は、苦悶に漏れそうになる声を奥歯で噛み殺しつつ、その衝撃を逃がさんと己の体を後方へと弾いた。

 




買いたいゲームは沢山あっても、やる時間がないというこの矛盾。とっくの昔(三月)にクリアしたMGSV:TPPを引っ張り出して、とりあえずイベントFOBをやってます。

着実に情報が公開されつつあるインフィニットウォーフェアですが、メインデュアルの情報が見当たりませんねIWさん?別に、焦らそうとせんでもええんやで?(フラグ


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Ep45: Dance With Me -Act.Last Dance

もうやめて!もう作者のライフは(ストック的な意味で
ゼロよ!!

最近またゲームばっかりやってたツケよ!

そんなわけでどぞ


『結局、大切なのはイメージなんだよ』

『はい?』

 

荒れた息を整えながら、青々とした空を見つめていたレンに、カズはふとそんなことを漏らした。疑問に染まった声を上げつつ、レンがそちらへ首を向けると、カズは地面に突き刺しておいたセイバーズソウルを背中の鞘に納めてから、寝転がっているレンの真横に身を投げ出した。空はやはり澄み渡っていて、フワフワとした雲はソレを斑に漂っている。

 

『例えば、この世界における“強さ”って何だと思う?』

『それは……』

 

唐突に問いかけられ、レンはしばしその答えを探しつつも、すぐに返した。

 

『それはまぁ、ステータスとか、Lvの高さじゃないのか?』

『まっ、半分正解かな。俺としては、まだまだってトコだけど』

『半分?じゃあ残りの半分は何なんだよ。この世界の“強さ”なんて、それ以外に答えなんて無くないか?』

『答えとしては正しいんだぜ?Lvの高さ、ステータスの高さ=強さに直結するって考えは間違ってない。SAOはまず大前提として、“レベル制RPG”だからな』

 

口元は何時ものように薄く笑ったまま、そんな風に得意げに話すカズに、レンの疑問はますます深まるばかりだった。このSAOにおける強いプレイヤー、例えばキリトやレナ、アスナとかヒースフリフなどが挙げられる。もちろん、レンの横で寝転がっているカズも例外ではない。そのプレイヤー達は皆レンの知り合い――ヒースクリフは微妙ではあるものの――だが、やはりLvやステータス値は他のプレイヤーよりも頭二つ分ほど飛び抜けている。だからこそ、カズの問いに対して出した答えはそれだったのだ。

 

『解らないな。“レベル制”とか何とかそこまで詳しくはないが、RPGなんて大体そんなもんじゃないのか?』

『まぁ、FPSしかやってこなかったお前からしてみれば、その答えも妥当だが……俺からすれば、必ずしもそれだけじゃないんだよ』 

『?やけにもったいぶるな。何だよ、謎かけ好きだったけか?カズ』

 

不満を包み隠すことなく口にするレンに、カズはしばしの間瞬きを数回繰り返していたが、やがて我慢できなくなったかのように吹き出した。

 

『はぁ……』

『いやいや、悪いな。別に謎かけしたいワケじゃないんだ。出来ることなら、お前にその答えを探してもらいたかったんだが……その様子だと、無理っぽいな』

『……ああ。是非とも教えてくれるとありがたいね』

 

その言葉に、ムッとしないでもないレンだったが、カズの求める答えが全く分からないのも事実である以上は仕方がない。

 

『レン、この世界……SAOにおける強さってのはな、何もレベルとかステータスとか、そんな数値上のものじゃないんだ。むしろ、いくらレベルが高かろうが最強装備に身を固めていようが、そんなのは俺からすれば所詮まやかしの強さでしかないんだ』

『なら、お前の言う本当の“強さ”ってのは何なんだ?』

プレイヤー(ソイツ)自身の“意思(Will)”の強さ、さ。どんなにレベルが高くても、ソイツ自身の意思が弱かったらダメなんだ。どうしてか解るだろ?』

 

問われて、レンは朧気ながらにカズが何を言いたいのか解ったような気がした。重要なのはレベルでもなく、意思の強さなのだと。それは――

 

『……このSAOが、普通のゲームではなく、“VR”だからか?』

『というよりも、戦うために体を動かすのが他ならぬプレイヤー自身だからな』

 

例えば(仮定)の話をしよう。ある二人のプレイヤーが、モンスターに遭遇した。かたやレベルはとても高く、それに見合う装備もある。もう一方はレベルも低く、装備もそこまで整ってはいない。そんな二人が、ちょっとしたミスで瀕死直前の大ダメージを負った。そこで、レベルの高い方のプレイヤーは“死”の恐怖にとらわれ、向けられる獰猛な目線に恐怖心を煽られ、足をすくませてしまった。なにせこの世界においてダメージを喰らうということは、即ち自分自身の命が直に削られているも同義だ。足をすくませてしまうのも、無理はない。しかし、もう片方の方は、なおも冷静さを保ったまま足をすくませることなく、真っ直ぐ敵を見据え、この危機的状況を打開せんと動き出す。さて、真に“強い”のは、果たしてどちらだろうか。この二人を分かつものは、何もレベルだけではない。“意思”の強さもまた違うのだ。そしてそれが、何よりもこの世界(SAO)では重要な意味を持つ。何故ならば、他のゲームとは違い、このSAOでは、プレイヤーが自らの意思でポリゴン体を動かさなくてはならないし、モンスターと対峙するのも、“画面越しのキャラクター”ではなく“自分自身”なのだ。この世界がフルダイブVRであるが故に、モニター越しからではなく自らの視覚を通して対峙しなくてはいけないからこそ、生まれる恐怖心やプレッシャーに負けない“意思の強さ”が必要なのだ。そしてそれは、レンにとっての一つの盲点でもあった。

 

『なるほど。確かに言われてみればそうかもな。けど、ソレとコレがどうつながる?』

 

言いながら、レンはその傍らに置いてある剣を見やった。そも、“スキルキャンセル”の練習の休憩がてらにそんなことを口にしたのはカズの方なのだ。だからこそ、レンは今の話とカズが言うイメージの話がどう繋がっているのか解らなかった。

 

『必ずともそうとは言えないが、意思の強さってのは=イメージに直結するんだよ』

『へぇ、それで?』

『自分が思ってる以上に、イメージってのは大きな影響を与えている。時にはソレが体を縛り付け、ある種の制約みたいなのを掛ける。よく言うだろ?“出来ないと思い込んでるだけだ”って』

『ああ』

『それと同じ事さ。この世界では、何よりもイメージ――それが引っ張られる意思が強く影響する。本当の強さなんて、レベルとかそんなもんじゃ手には入らない』

 

そしてそれこそが、(カズ)お前(レン)の違いでもある。そうカズは続けた。確かにレベルの差はある。プレイヤースキルだって違う。それでも本当に違うのは“意思”の強さ、即ちイメージの差であると。

 

『レン、このスキルキャンセル……いや、俺とお前の技量の差について俺から言えることは一つだけだ』

 

カズはふっとその体を起こし、先ほどまでとは違い至って真剣な表情でレンへと向かい合った。

 

『どこぞの弓兵の言葉でも借りるんなら……意思を持て、常にあるべき自分への。そして思い描け、常に最強の自分を』

『……』

 

そんなカズに、レンも口を挟むことなどなく、静かにソレを聞き入れる。カズの放つ言葉の一つ一つを、胸に刻みつけるように。

 

『それに外敵なんて必要ない。真に打倒し、超えるべき相手は常に、他ならぬ自分自身なんだからな。そうすれば、お前はもっと高みを目指せる。限界なんてそんなもの、お前が勝手に決めつけただけのもん(イメージ)だ。そしてお前なら、この“スキルキャンセル”だって必ず習得できる』

 

さも当たり前のように、真っ直ぐな視線を向かるカズは、レンがとても知る姿そのものだった。そう、小さいころからの知り合い、いや兄弟も同然であるからこそ、カズは自信をもって言えるのだ。お前なら必ずたどり着けるはずだからと。だからレンも、その言葉に疑いの余地を入れるつもりはない。同じように体を起こし、確かな声で告げた。

 

『ああ。今に見てろ、必ずお前の立つ場所までたどり着いて見せるさ』 

『おう、楽しみに待ってるぜ』

 

“約束”なんてそんな大げさなものじゃない。これが二人のあり方そのものであるから。そうやって笑いあっている二人。しかしそれこそが、二人にとっての最後でもあったのだ――

 

***

 

「くっ……ちぃぃ!」

 

まるで、自分が小石であるかのように錯覚するほど、軽々しく流れていくその体。流れゆく景色の中で、レンは姿勢を立て直す。両足でしっかりと地面を掴み、勢いになお滑りゆく己を地面に突き立てた左手一つで静止させる。その対極、影もまた、同じように体制を起こした。顔を上げ、表示されるHPバーを見やれば、既にその色はオレンジの、危険値一歩手前まで減少している。武器が武器であるなら、通常攻撃四発を耐えきれるかどうかの瀬戸際。新たに再生した腕の感触を確かめるように開いては閉じ、レンは右手でショルダーホルスターから沙獄を取り出す。その傍らには、左手と共に失ったもう一つの沙獄もある。ニヤリと口元を釣り上げてから、レンは立ち上がると、その沙獄を右足で蹴り上げた。影も同じく、そのまま宙をまう沙獄を、二人は左手でキャッチした。残りの刃はもう無く、投擲物(リーサル)もすでに底をついた。セカンダリー(レリーファ)も失った今となっては、残された攻撃手段など一つしかない。それを逆手に、体の正面へと正対させた両者は、僅かに姿勢を落として口を真一文に結ぶ

 

僅かに吐き出された息が一つ、そしてそれが、最後の火ぶたを切って落とす。

 

「はぁ!!」

『はっ!!』

 

活歩による高速移動が、開いた間合いをゼロへと縮めていく。そうして振りかぶられた沙獄の刃が激しくぶつかり合いより一層の火花を舞い散らした。

 

***

 

『くらえっ!!』

 

横殴りに迫る左を、レンは僅かな動作のみで躱す。更に続く右の切り上げに己の斬撃を重ね合わせ、

 

「返しだっ!!」

 

その胸元めがけて左を突き出す。影はあせることなく迫るその突きに、引き戻す左手の功を利用してソレを外へとズラす。沙獄の刃が、かすかに影の体をかすめるも、HPが減少することはない。

 

『せいあ!!』

「グッ!!」

 

そこから腕を回し、繰り出される掌底打ちを右腕で防御したレンは、上手く勢いを殺すことができずにその体制を崩す。

 

「っ!!」

 

その刹那、膨れ上がった殺意に全身が粟立つ。己の本能が警鐘を告げるまま、上半身を倒してから更に後転するレンのスレスレを、影の右短客端脚が迸った。八極拳スキルたる《連環脚》。であるならば、この攻撃はまだ続く。流れに身を任せる影は、そのままクルリと体を反転させると、体制を立て直そうとするレンめがけて続く左脚を蹴りだす。が、尋常ならざる威力を内包したその蹴りは、同じくソレを操るレンだからこそ読んでいた。

 

「らああ!!」

 

迫る左脚。レンは無理やり体を横にひねると、右手、そして左手をそれについてからドンダートじみた動作で一気に体を押し上げ、影を飛び越えた。

 

『ちぃ!!』

「喰らいやがれ!!」

 

叫びながら、体制を戻したレンは、そのまま影めがけて左の沙獄を叩きつけた。

 

ガキィンッ!!

 

鈍い音がして、受け止めた影の体が僅かに沈み込むが、ありったけの力を以てその一撃をはじき返す。しかし、まだ終わったわけではない。そのまま再び、左を引き戻したレンは、更なる連撃を繰り出しながら、宙より沙獄を振るう。そして影もまた、そんなレンの攻撃を防がんと沙獄で捌いてゆく。上で追撃を放つレンと、ソレを下で迎撃する影。二人の刃は幾度となくぶつかり、混じりあってそして更なる火花と甲高い金属音が大気を揺らす。

 

『この……調子にっ!!』

 

ほんの数秒足らずの攻防、しかしそれにしびれを切らした影は、体を思いっきり後ろへと投げ出し、突き出した両手を地面に置いてから、反弧を描くように背転する最中で左足を蹴り払い、落ちてゆくレンを蹴り飛ばした。更に着地後、両足で地面を蹴り穿って活歩を発動。スレスレを行く超低空姿勢のまま肉薄し、右沙獄を救い上げる。その追撃を、目ではなく本能で感じ取ったレンは、未だ宙に浮いたままの己の体を地につけた両手で支え、カポエイラじみた体捌きで振るった右足でソレを防ぎ、更に体を捻って続く影の左斬り払いを左足で受け止めた。硬直は一瞬、そして両者はまるで先の巻き戻しをするかのようにその場から飛んで後退、すぐさま迎撃を繰り出すことの出来ぬ間合いを一気に開く。

 

先ほど確認したHPバーは既に赤色へと変色を遂げている。最早だれの目に見ても、その終わりは近かった。つまりここでレンが死ぬか、影がその存在を散らすか。All or Nothing(全か無か)、文字通り自身の命を対価としベットしているこの賭け(決闘)だが、それでもなおレンの中に恐怖心などありはしなかった。いやむしろ、内より沸き立つこの高揚感はどこか麻薬じみた快感と妖しさがあった。ソレはなんて――魅力的で、魔的でろうか。

 

――意思を持て、常にあるべき自分への。そして思い描け、常に最強の自分を

 

かつての親友の、もう二度と耳にすることはできないその声が、レンの脳裏に響いてくる。

 

――そうだ

 

嘗てカズはそう口にした。イメージするんだと。ありとあらゆる可能性、その到達点を決めるのは神でも数値でもない。他ならぬ自分自身だ。真に打ち負かすべきは外敵などではなく――自分自身に他ならない。

 

――俺は

 

影と自分との違い。レンでは超えることのできない壁を超え、更なる境地へとたどり着いたもう一つの(レン)。だが、本当にそうなのだろうか?自分では超えられない?そう思い込んで、本当の自分を制限していたのは、他ならぬ自分ではないのか。ならば思い描けばいい。レンの、自分にとっての最強の姿を。カズはそう告げた。

 

――お前はもっと、高みを目指せる

 

疑いの余地すらなく、ただただその真っ直ぐな(信頼)を向けて。

 

――まだ行ける。ここが限界じゃない

 

幸いにも、そのイメージがあるではないか。自身にとっての最高()が、レンの目の前に、今もなおその殺意を絶やすことなく、立っているではないか。なら――ソレを吸収して、その全てを模倣すればいい。何故なら、その体も、思考も、技量に至る全てまで、アレ()はレンの現身なのだから。なればこそ――そのオリジナルであるレンが、その境地にたどり着けぬ道理もまたある筈がない。何故なら、その身は既にあるべき到達点(モノ)を得たのだから。嘗てカズが口にしたように、今のレンには、閉じられていた眼が開かれたのだから――

 

――たとえその先に、待ち構えてあるのが“死”だとしても、その全てをかき集めて、お前の立つ場所まで辿り着いてやる

 

シニタクナイ

 

/嘗て守れなかった命のために

 

ゆーびきーりげーんまん

 

/嘗て果たせなかった約束のために――

 

右手をゆらりと持ち上げ、光を受けてキラリと光る沙獄の刃を、レンは静かに影へと向けた。

 

「この舞踏会も、そろそろ幕引きだ。行くぞ、これで終わらせてやる」

『いいぜ、乗ってやる』

 

――さぁ、最後の(演舞)を謳おう

 

***

 

刃が重なり、火花が散った。レンが蹴りを穿てば、影の腕が唸りを上げる。影の沙獄が空を切り裂けば、レンの体が宙を踊る。混じり合う二人の動きと、それらが織りなす剣戟の演舞は、それはそれは美しく、あたかも、幻想が織りなすおとぎ話の舞踏会のよう。

 

「驚いた。まさか本当に、超えるとは」

 

しかし、今までのそれとは明らかに何かが違う。そしてそれが何であるか、この演舞を俯瞰し続ける茅場は気づいていた。そしてもちろん――いや半ば本能的であるかもしれないが――その主役たる彼らもまた察していた。

 

『くっ……このやろ!』

 

十七合目となるその斬り払いを弾いた影から、思わずそんな苦悶の声が漏れた。

 

「はぁっ!!」

 

しかし、そんなスキすらも許すことなくレンは更なる追撃を繰り出してゆく。

 

『クソッ!!』 

 

右下への斬り払い、そして左への斬り上げを同じきどうから斬り伏せた影は、ありったけの力を込めてレンに斬り払いを叩きつける。その痛烈な一撃に揺らぐレンの体、がしかし――

 

「無駄だらけだッ!!」

 

そのまま同じように、その追撃を影へと返す。紡がれた衝撃波が大気を揺るがし、今度は影が踏鞴を踏む。

 

『く……』

 

ギシリと、奥歯が軋むほどにまで歯を食いしばり、右足で踏ん張る。そして更なる剣撃へと己の体を加速させながらも、影はその異常な光景に毒づく。

 

――何故!

 

既に、レンの操る《A-ナイファー》の限界はとうの昔に越えている。限りなく同じように見えて、それでいて限りなく遠い。たとえるならそれは、コインの裏と表のようなものだ。向かい合って初めて本当の自分に気づくが、似てはいても正反対でしかない。レンが越えることのできない境地に影は立っているからこそ、その挙動、踏み込むその軸足、互いの刃がぶつかり合うその一つ一つで、レンは致命的なまでの差を前に少しずつ、しかし確実に“死に体”へと近づいていく。

 

――どうして

 

しかし、実際はどうだ。本来混じり合うことの、向かい合うはずもないレンの斬撃は、影と交えるそのたびに“死んでく”どころかむしろその動きが重なっていく。本来踏み込めるはずのない領域に、レンは踏み込みつつある。

 

『くそ……倒れろ!!』

 

ひときわ甲高い音とともに、二つの沙獄が混じり合い、激しい鍔迫り合いを起こす。

 

影は気づかない

 

本来ならばあり得るはずのないソレが、既にレンの中で覚醒していることに。

 

元々、影がその領域に立ててレンが立てない――超えることができなかったのは、影そのものの存在自体が“高度戦闘用AI”つまり”コンピューター“であるからだ。基となるレンの戦闘データをインプットされている――すなわち本来レンが引き出せるはずの領域をプログラムされている影は、限界値までもがその許容範囲となる。ヒトであるが故の思い込みや決めつけなどで自身の限界値までを引き出せないオリジナル(レン)とは違い、”理論上可能“とされている影はいともたやすくソレを開放できる。それこそが二人の決定的な差だったのだ。しかし今、閉ざされていたレンの眼は開かれた。自分の究極系(イメージ)、いわば完成形(最強)である()と自ら対峙していたレンは、あり得ないほどの速さでその技量を経験、取り込んで自分自身に憑依させていくことで、本来たどり着けるはずの境地へと近づいていく。即ち、レンは影と矛を交えるそのたびに、少しずつ進化を遂げているのだ。それはあり得るはずのない出会いであったが故に、その異常は起こる。一つ、また一つと、その差が埋まっていく。ソレが、その違いだった。そして――

 

「捉えた!!」

『つっ!!』

 

三十二合目となるその両薙ぎ、ついにその歯車が、音を立てて嚙み合った。

 

「沈め!!」

 

短い裂帛の気合一つ、そのまま引き戻しつつ体へと引き絞ったレンは、左の寸勁を影の胸元へと開放、そして吹き飛ばす。

 

『っ……くぁ……は……』

 

そしてまた、対峙する影もそれに気づいた。最早、目の前に居るオリジナル(レン)と自分の技量に、差がなくなったのだと。ならば――残された時間、手段は一つしかない。

 

『調子の乗るなよ!!オリジナル()!!』

「仕留めるか!!!」

 

閉幕の時、お互いのラストダンス(最終演舞)へと駆けてゆく、深紅と深蒼のライトエフェクトが、二人の体を包み込んでいった。

 

***

 

『調子の乗るなよ!!オリジナル()!!』

 

影は高らかに

 

「仕留めるか!!!」

 

レンは静かに、二人は同じように左右のこぶしを構える。やがてさもそんな二人の膨れ上がった闘気を体現するかの如く、深紅色と深蒼色のオーラが迸る。システムの力がその体を加速させるようにして、二人はその絶技にして奥義を開放した。

 

最初は右の、突き技たる《冲捶》更に拳ではなく掌で打つ左の《川掌》、肘を下から突き上げるように立て、踏み込んで放つ《頂肘》、両腕をそろえて胸を打つ掌の攻撃《双撞掌》、両腕で顎と胸の二つを同時に打ち付ける《大浙江》。相手に触れている拳から、練り上げ、高められた闘気の衝撃を叩きつける《浸透勁》。そして、これら計六連を受け、連続する拳、掌、肘を、まるで相手の胸を駆けあがるように叩きつける猛虎の如き連続技《猛虎硬爬山》。八極拳スキル最大の特徴、各それぞれの技を、連続でつなげることによって、強烈な硬直を発生させる代わりに秘められた奥義を開放する“スキルストリークチェーン”。迸る六連撃と、ソレが導き出した《猛虎硬爬山》の三連撃は、まるで烈火の如き苛烈さと、神速に届かんとするほどの速さで、文字通り相手の体を砕かんと唸り狂う。その一つ一つ、二人の猛りは同一軌道上にて交じり合い、その核爆発にも似たエネルギーを周囲にまき散らしながら互いの一撃を相殺し合う。一、二、三、拳がぶつかり合う。三、四、五、その拳より伝わる衝撃が、ギチリギチリと残り僅かなHPを削り取っていく。六、七、八、そして最終打となる、《猛虎硬爬山》の連撃がぶつかり合った時、ソレは起きた。

 

レンの周りを流れる時間が、まるで奪われ、改変され、引き伸ばされたかのように、全てがスローモーションとなる。これまでにもレンが体感してきたこの不思議な感覚は、しかし明らかな変化を以て加速する。

 

/思考が――一気に加速する

 

/全てはクリアで――相手の息遣いすら手に取るように理解できる

 

/そして、まるで未来が憑依してきたかのように、その先にある全てを()()

 

/

世界が/反転する

 

――ここだ!!

 

《猛虎硬爬山》最後の一打が相殺され、闘気にも似た深蒼色のエフェクトが色を失い、システムの力が、その体を縛り付けようとする、その最終モーションの最中、レンは加速する思考で新たなモーションを立ち上げんと両脚に力を込めた。本来ならそこで、システムエラーが発生し、ノックバックと共に不発に終わる筈のソレを、レンは根本から覆した。それは、新たなる奥義の目覚め。色を完全に失った影と、新たなる色をその体に宿るレン。その闘志は、ある種の気高さを思わせる純白。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

そして、世界が再びその時間を取り戻したその時、レンはその絶技を開放した。純白が、周囲の大気を侵食し、“気を呑んだ”影の内部へと直接勁力を打ち込む。かつて、“二の打ち要らず”と謳われた一人の武芸者が上り詰めたその極地。その名こそ――

 

无二打(むにだ)》。

 

八極拳スキル、スキルストリークチェーンが辿り着くもう一つの殺人拳。

 

「終わりだっ!!!」

 

終幕の合図はそれだけだった。

 

既に《无二打》のモーションをほぼ終えていたレンは、更なるスキルキャンセルを発動させ襲いかかるディレイをキャンセルし、踏鞴を踏む影の――クリティカルポイントとなる右胸部へと、沙獄を深々と突き立てた。

 

 

 




つい三日ほど前にCoD4:MWの印象的なキャンペーン、”消耗品のクルー”のリマスタードゲームプレイが上がってたんですが、もうやばいっすね。リマスターじゃなくてリメイクに近いんじゃないかってくらいキレイでした。あのクオリティで”オールギリードアップ”が早くやりたいっす。
元々、IWはちょい様子見ようかなって思ってたんですが、今となっては物欲センサーギンギンのMAX状態です(笑)

FGO?ああ、沖田さん大勝利でしたね(白目
あのガチャ確率設定した奴来世まで呪ってやる


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Ep46: forAnswer

皆さん、お久しぶりです。大変、お待たせしました


『ぐっ……つぅ……』

 

押し出されたようなその吐息が、僅かに口から洩れる。ソレを触れ合うほどの近さより聞き届けてから、レンはゆっくりと胸元へ突き刺した紗獄を引き抜いた。引き抜かれたその場所より血にも似た紅いエフェクトが漏れ出すのを、影はゆっくりと見やり、自身の手で押さえる。この時点ですでに、影の辿る運命は明確なほど決まっていた。既に残り300にも満たなかったHPを《无二打》による痛烈なる一撃が喰らいつくしていた。あえて付け加えるとするなら、最後の一刺しはオーバーキル気味になるわけだが、それは些細なことだ。とにかく、その命の数字をとうに失った影に待ち受けているのは《消滅》つまりこの世界における《死》だけだ。果たして――レンと戦うためだけに作られ、生み出されたこのAIは、その消滅しようとする最期に何を思ったのだろうか。息もすでに途切れ、しかし最後に僅かに口元を歪めて、その体が、幾銭と散る硝子片となって霧散した。

 

***

 

最後の最後に一つだけ、不敵な笑みを浮かべてからその存在を消滅させた影の終わりは、今までレンがいくつも目にしてきたソレとは違う、どこか静けさの響くモノだった。

 

「終わった……か……」

 

その時を見届け、静かレンが囁くと、途端にその体を酷い気怠さが襲った。戦闘部品の一部でしかなかった手足にヒトとしての機能が戻ってゆき、ソレを支配していた脳が休息を求める。矛を交えてから既に一時間と三十数分が経過しようとしていた。これまでに数えきれないほどの戦闘を繰り返してきたし、これ以上の長さを継続してきたことも幾度となくあるが、そのどれもが軽く思えてしまうほど、今感じる気怠さ――あるいは疲労感は重く、体は錆びついたかのように軋みを上げ、疲弊しきった脳が“休め”と命令してくる。加速していたはずの思考は、影もないくらいに鈍ってしまった。たぶんそう、“限界”なんてものは、とっくの昔に越えてしまっていたのだ。出来るならば、そのままどこかに寝ころびたかったが、そんな誘惑を如何にかこらえて、レンはB-ナイフを肩のホルスターへと収めた。パチパチパチ、とどこか軽く乾いた手を叩く音とともに、コツコツと足音が近づいてくるのを耳にしたのは、丁度そんな時だった。

 

「……俺たちの演舞は気に入ったか?」

「ああ、大いに楽しませてもらったよ。それこそ、文句の付けようのない程にね」

 

本当に楽しかったのだろうか、そんなことを漏らしながら立ち止まったローブ――茅場は、そのフードからのぞかせる見るも空洞な顔を佇むレンへと向け、さらに続けた。

 

「特に最後の技は興味深い。気難しい《八極拳》をここまで使いこなすことにも驚きだが、アレは何かな?私には、スキルをスキルで打ち消したように見受けられるが」

「……ホント、洞察力があるな、アンタ」

 

――ここで、“スキルキャンセル”の正体をばらしてもいいのか

 

そんな考えが一瞬かすめるが、すぐにソレが無意味だと悟る。彼の目の前で披露したのは紛れもないレン自身であるし、どうにも、茅場には理解できているフシがあったからだ。

 

「……“スキルキャンセル”、“あいつ”はそう名付けた。スキル発動後のモーション中のある特定タイミング下に、別のソードスキルを入力――つまり発動させようとすることで、そのスキルごとキャンセル(打ち消す)する技だ」

「成る程そうか。ふふ、まさか私が血肉を注いで構築したソードスキルシステムに、まさかそんな抜け穴があったとは」

「……どこかうれしそうなんだな、アンタ」

「さて。実のところ、私自身も良くはわからない。ただ、よくソレを見つけ出したな、とは思うがね」

「……別に、考え出したのは俺じゃない」

 

これを生み出した最高の相棒とは、もう言葉すら交わすことは叶わない。だからなくさないように、失うまいとしてきただけ。首へと下げられた、ドッグタグと同じだ。何故ならこれが、カズがこの世界で“生きた”ということを示す数少ない証でもあるのだから。レンにとって、このシステム外スキルはそれほどまでに重く、特別なものだった。

 

「俺はあくまで、ソレを引き継いで模倣しただけに過ぎない」

 

そうやって話すレンをどうとらえたのだろうか。ふむと小さくこぼしてから、茅場は静かに告げる。

 

「ならばそうだな。この技と、ソレを引き継ぎ、見事勝利してのけた君に、私はささやかな贈り物をしなくては」

「贈り物……ああ、《A-ナイファー》の消去されたスキル云々の事か」

「そう、ソレがこの賭けの報酬であるからね」

 

言いながら、かざした手で恐らく権限者コンソールであろう見慣れないウィンドウを操作する茅場を見、レンは今の今までその“賭け”そのものを忘却していたことに気づいた。それほどまでに、自分はこの闘いに熱中していたのか、それとも単に思い出せなかっただけなのかは、レン本人にもわからない。程なくして……そんな事を考えていたレンへと、茅場は全ての操作を終わらせ、ソレをレンへと送った。現れたポップアップメニューには、恐らくこの闘いで得たのであろうEXPと獲得コル、そして例の消去されたスキルがあった。

 

「《クロスボウ》?エクストラmod《スレイトハンド?》」

 

しかし、そこに記載されてあるそのスキルの名は、レンに困惑を与えるのみだった。ユニークスキル《クロスボウ》それは、《A-ナイファー》同様、レンにとってみればなじみ深い単語ではある。日本語で、《洋弓銃》とも呼ばれるそれは、彼の好きなFPSフランチャイズにも度々登場する武器であり、一番のお気に入りであるナイフを除けば三番目に使用率の高い武器でもある。だから、この《クロスボウ》なるスキルが、果たしてどんな代物であるかは、実物を見るまでもなく理解できる。しかしそれでも、これがどうして《A-ナイファー》と対を成すもう一つの――茅場が消去したというユニークスキルであるであるその理由が分らなかった。茅場のいうところを顧みるのであれば、そもそもこの二つのユニークスキルを内包した元となる“オリジナル”のユニークスキルはそもこの世界の代理統括者である

カーディナルシステムが茅場の制御下を離れて作り出したという。そもそも何故、“カーディナル”はレン()を選んだのか。次々と浮かぶその疑問に対する回答はあまりにもゼロに等しかった。

 

「そしてこれが、今回のボス討伐としての報酬だ」

「ああ、これか」

 

言い終えるや否や、レンは目の前に表示されたウィンドウに視線を落とした。

 

『GM:茅場昌彦よりプレゼントを受領しました。受け取りますか? Yes/No』

 

迷うことなくレンはYesのボタンを押して実体化を実行すると、新たに表示されたウィンドウよりクロスボウ《Sharp-Shooter》が実体化しレンの手へと収まった。

 

「これがクロスボウか」

「お気に召したかな?個人的には、よくモデリングされていると思うのだが」

 

左手に現れたシャープシューターをじっくりと観察しつつ、なるほどこれは茅場が自信ありげなのも納得がいった。形状としては、中世のころではなくいわゆる現代のクロスボウそのものだった。弓となる部分の端にはプーリーのよって弦が複雑に張られており、それでいてコンパクトにまとまっている。レールマウントには弓を装填するライフリングとでも呼ぶべき機構、そしてその横に矢を装填するためのコッキングハンドルが伸びている。一般的なクロスボウではあるが、それでも特徴を上げるならば所謂レッドドットサイトにも似たホログラフィック調の照準器がストックとマウントの間に装備されている事か。隅々まで見れば見るほど、ソレはなじみあるゲーム内武器としてのソレとよく似ている。レールサイドにあるコッキングレバーを引けば、それに引っ張られてプーリーなどで現代改修された弓がしなる。かちりと嚙み合う音がして弓が最大限まで引っ張られるのを確認すると、指先をトリガーにかけてB-ナイフなどのソレよりもかすかに抵抗が増しているトリガーを引く。すると、限界までしなられた弓はカシュンッ!という音を立てながら反動と共に弦が走る。その、一つ一つの動作だけで、今手に持っているクロスボウの部品、組み立て精度がかなり高いことが分かった。実際に手にとったのはこれが初めてだが、その外見、作動の全てが、レンにはどこか懐かしかった。

 

「確かにな。よくもまぁ、ここまで制度の高いやつを作れるな。《A-ナイファー》といい、もしかしてアンタFPS好きなのか?」

 

クロスボウは、その存在自体なら中世のころよりその存在は確認されているためにともかくとして、バリスティックナイフやスぺツナズナイフなどの存在は、そういった関係の人間か、ミリタリーフリークな人間か、サバイバルゲーム好きか、あるいはレンと同じくFPS好きかでなければ知らないと断言していいほどに知名度の低い――良く言えばマニアックな代物だ。もしやと思い口にしたそれだが、茅場はまさかと首を僅かに振って否定した。

 

「大変奥が深く、そして面白いゲームだとは思う。しかし私は、やはり“コッチ”寄りの人間でね。そうでもなければ、こんな世界は作らないさ――それはともかく言ったとは思うが、このスキルもその武器も、作ったのは全てカーディナルの独断だ。私はモデリングは勿論、プログラミングだってしていない」

「じゃあカーディナルシステムの性能そのものがいいんだな。……変な感じだが、あのドッペルゲンガーだってよく動かせていたし」

 

その脳裏に、先ほどまでの光景がチラつく。同じ《A-ナイファー》の担い手、全くの同一存在であっても、その技量の差は明らかだった。もしレンが、あの時カズの助言を思い出せていなければ、今ここに立っているのは確実にドッペルゲンガーの方だったはずだ。

 

「それでも、そんな存在に君は打ち勝った。己をはるかに超える存在を、他ならぬ自分自身の手でね。知っているかな?実はあの高度AIを動かすのに、カーディナルに存在するメインCPUのやく五割近くを割いていた」

「そっち方面には詳しくはないが、よくメインCPUの五割近くを割いてこの世界を維持できるな」

「もちろん不可能ではないが、所謂処理落ちが起きる。君たちが剣を交えていたこの時間、他のNPCやmobのAIは殆どがサブモードに切り替わり、単調な動きしかできなかった。他にも、プレイヤーが気にならない程度に、全体のテクスチャディテールを低下させたりして、如何にかゲームプレイに支障が及ばないようにした。もし仮にこの時間にボス攻略が行われていれば、さぞ楽にクリアできただろうね。どうやら、なかったようだが」

 

その声色は、まるで無邪気な子供のようだった。とても、二千人ものプレイヤーをゲーム世界に閉じ込めるという狂気の沙汰を行った張本人には見えない。いや、この認識は、果たしてあっているのだろうか。そのローブを紺碧の双眸で見据えたまま、レンは自身の内に芽生えた既視感とかすかな違和感に首をかしげていた。普通の人とはかけ離れた天才、同時に狂っているともとれる行動を実行した奇人でもあり、こうして目の前に無邪気に楽しんでいると見受けられる茅場は、果たしてどちらが本物であるのか、と。

 

「存外に嬉しそうなんだな、アンタ」

「ソレは認めよう。この時間に、私は実に有意義なものを見れたと感じているよ。ありがとう、レン君」

「はぁ…..」

 

慇懃に礼を述べる茅場を目の当たりにし、なんだか調子が狂うな、とレンは思う。少なくともこの短いやり取りだけで、彼の中にある茅場昌彦という人物像はかなり変わった。

 

「その礼、とまではいかないが、いまの君が疑問に思っていることに応えよう。疑問は、解消しておくことに越したことはないからね。――最も、私が答えられる範囲で、だが」

「へぇ、それじゃあ遠慮なく聞いてみるかね」

 

せっかくの機会であると、レンは自分の中にある疑問をさがす。が、それは最初から、きまっていたも同然の物でもあった。

 

「何故、カーディナルシステムは俺を選んだと思う?どうして、こんなスキルを作った?何のために?」

 

それは、レンがこの力を手にしたその日より、生まれた疑問。その答えを探しながら、その力を振るい続け、それでもなお見つけきれなかった、その答え――意味を。レンは、正面にたたずむ茅場へとぶつけた。

 

「ふむ、難しい質問だな。どうして、か。ソレを、憶測だけで口にするのは簡単だが――さて。――実の事を告白するのならば、私にもその疑問に明確な答えを見つけられないでいるんだ」

「……そうか」

答えは、創造主たる自分でも分からない。その茅場の返答に、落胆を感じなかったといえば、ソレは嘘になる。ずっと、その答えを追い求め、探し続けていた。

 

――どうして自分が?

 

――なんで選ばれた?

 

別に、特別な感情に浸りたかったワケではない。自分は選ばれしものだと、思いたいわけでもなかった。ただ探し続ける疑問の答えが、何か自分にとって大切なものではないかと――ただ漠然と感じていただけ。それを解決できれば、自分の中に欠けたナニカを、埋めることができるのではと淡い希望を抱いていただけのことだ。システム側である茅場にでも見つからぬ疑問ならば、あきらめた方が早いなと、レンが考えていたその時、では、と茅場がレンに問を投げかけた。

 

「レン君。――君はその力を、何のために振るう?それで、いったい何を成す?」

「はい?」

 

唐突に問いかけられた疑問に、虚を突かれたレンだったが、つぎの瞬間には、その問の答えを口にする準備が整っていた。何のために?そんなのは、迷う余地も、疑問を挟む余地もなく決まっている。

 

「俺は、誰かを助けるためにこの力を振るう」

「何故?」

「それが、俺に許された唯一の行いであり、できる贖罪だからだ。この命は、あいつに救われた。犯した過ちを正したかった。すべてはそのためだ。次はそうならないように、過ちを繰り返さないために。だから代わりに救われた俺が、あいつの跡を継ぐ、とそう決めた」

「それで人を助ける、と?名前も知らない、自分にとって全くの赤の他人を?」

「そうだ」

「違うな。ただ盲目的に行う救いなどで、誰かを救うことなんてできない」

「なに?」

 

その伽藍洞が広がるローブの奥をレンに向けたまま、違う、と茅場は切って落とした。償い。嘗て己のせいで友を死なせ、その贖罪のために助けようとするレンは、何かが間違っていると。

 

「何を根拠に」

「根拠はない。私はこの世界を作り、君たちの成してきたことを見届けてきた。その過程で、私がそう感じた」

 

それに説得力など、本来はない。ただそれは、茅場昌彦という人間がレンクスというプレイヤーを観察し、見届けて抱いたイメージに過ぎないのだから。だから、そんな言葉、ただの戯言だと――切り捨てることができるハズだ。けれど、何故かレンにはそれができなかった。自分の中の、どこかにある何かに、その言葉が、妙に引っ掛かり、ざわつかせるのだ。

 

「本当の答えは、君のどこかに必ずあると、私は思うがね」

「俺の……中……」

 

アイツの跡を継ぐ。そうしようと思ったのは、アイツの死を、ただ無意味なものとしたくなかったからだ。残された俺が、その代償として命を失ったアイツの代わりにその遺志を継ぐ。それが助けられた側の当然の義務だと思った。そして

 

――多くの死を目にした

 

――多くの命が、目の前で潰えていった。

 

――ソレを何度も何度も繰り返し

 

――振り返れば結局、助けられなかったものの方が大きかった。

 

「君の、本当の望みは何だ?何のために戦い続ける?」

 

嘗てから今に至るその時まで、疑問に思い考え続けながらも、結局は答えの出なかったもの。

 

――もう、誰かが自分の目の前で死んでいくのを目にしたくはない

 

なくしてしまったものは数えきれることなく、ただこの悲劇を二度と繰り返したくないというその一心で、胸に抱き続けてきた。だから、それこそが自分の行動原理の全てのはずだ。

 

けれど――

 

――本当に、そうなのだろうか?

 

ずっと、贖罪のためだった。アイツの死を無意味なモノにしないため。命と引き換えに助けられたレンができる、それが当然の道だと

 

――本当に?

 

多くの死を目にした。どれだけ足搔こうとも、ソレはまるで掴んだ砂のように、掬った指の

間から零れ落ちてしまう。どうしてと?疑問に思い続け、さまよい求めてみても、答えが出たことはない。なら、もとから、そうではなかったのではないか?

 

キシリ、と、自分のどこかにある知りえないナニカが、かすかに軋みを上げる。

 

――ゆーびきーりげんまーん

 

「あっ」

 

突如その光景が、レンの脳裏に鋭く走った。ソレは、まるで閃光のように強烈で、まぶしいフラッシュバックとなって、ナニカの答えを焼き付けていく。

 

――その目、私は好きだよ

 

微かに日が傾き、空が茜色へと染まりゆくその光景。そよ風に吹かれて、みをくゆらせる、草の絨毯。すべての光景が見渡せそうなほどに高いところにあったその公園で、今よりずっと幼く、何も知らなかった無知な己と。触れたら壊れてしまいそうで、しばみ色の綺麗な色をした瞳を濡らしていた、白い、純白のワンピースを身に着けた、一人の少女――

 

ギチリ、と、自分のどこかにある知りえないナニカが、軋みを上げる

 

――うん、私を助けてくれた――

 

どこか懐かしく、そして温かさを伝えてくる、そのキオク。それは、果たして何だったのか

 

ガキン、と自分のどこかにある知りえないナニカが、軋みを上げ、そして砕けた。

 

――記憶が、流れ込んでくる

 

――痛烈に、鮮烈に、力強く、忘れ去られた記憶が、蘇ってくる

 

ーー例え怪物に負けても、このゲーム......この世界には負けたくない

 

月夜に濡れるその夜、フードをかぶり、素朴な安物のパンに少しの工夫をしただけのものをおいしそうに口にしながら、力強く口にした彼女を。

 

――キミは私を助けてくれる?

――うん、いいよ。約束する。ボクが、君を――

 

あの日に交わした、泣いていた少女へ、誓った言葉を。

 

――やがてナニカは音を立てながら弾け、欠けていたモノがぽっかりと開いたその空洞を満たしてゆく

 

ああ、どうして忘れ去ってしまったんだろう。あの日の夜、自分は彼女を護りたいと、思ったではないか。嘗ての守られることなく、破れられたあの日の約束を。本当の理由なんて、最初から自分の中にあった。

 

ずっと盲目的に、ソレが正しいと信じてきた。それこそが自分のとるべき選択だと思い、ここまで突き進んできた。けれど、そんなのは所詮唯々破綻しただけの偽りで、偽善に過ぎなかった。償いのため。そんなので、人を救えるハズなどない。無意識のうちに、意図すらすることなく、カズの跡を継ぐことこそが自分の本当の願いだと思い込んで、知らず知らずのうちに影武者であろうとしたレンが、一体何を救えるというのか。そんな偽りでは、掬うよりも失う方が多いだけ。そんなのは当然だ。

 

――キリト、レナ、アルゴ、シェリー、クライン、エギル。そして、かつての記憶と全く同じしばみ色の瞳を持つ、アスナの笑顔が浮かぶ。

 

――後は、任せたぜ

 

今でも、鮮明に焼き付いたその最期。失われていく存在の中で、彼が口にした――遺した最後の言葉は、レンに前を向けと、伝えようとしていた。

 

カチャリと、首元に手を伸ばす。そこには、レンへと託し、残されたドッグタグがぶら下がっている。《Kajay》と刻印され、爛々と金色に輝くプレートと、輝きはなく、くすんだ色合いの《Renxs》と打刻された二つのソレは、いつもその場所にある。今ですら失われない残ったカズと、レンとのつながり。

 

「ああ、そうだったのか」

 

今なら、ドッグタグに込められ、秘められた本当の意味が、今のレンには手に取るように解る。ソレは暖かくて、狂おしい程に懐かして、それでいて安らぎを与えてくれるものだった。

 

「俺が戦い続けるのは……嘗ての、果たされなかった約束を果たすためだ」

 

はっきりと、他ならぬ己の口で、忘れ去り、埋没させてしまっていた、漸く見つけることのできた答えを、レンは口にする。

 

「この命は、アイツによって救われ、生きながらえることのできたモノだ。今まで散々道に迷い、間違いだらけだけを選んできたが……それも終わりだ。もう、誰かが死ぬのを目にするのは沢山だ。例えこの選択で進んだその先に、自分自身が死ぬことになろうと、俺はこの力を仲間だと言ってくれたあいつ等と、果たされなかった約束の交わし手を守るために使う」

 

向けられた、かつてとある少女が好きだよと褒めた、まるで深い海を思わせるかのような紺碧の双眸は、今までのどんな時よりも澄んでいて。そして、過去ではなくきちんと今を見据えていた。

 

「そうか、成程。君の強さは、そういうモノなのか。――ああ、今なら何故カーディナルが君を選んだかがわかる気がするよ。実に惜しい。もし仮に君が、――に選ばれていたとしたら……――それは、さぞ楽しかっただろうね」

 

何を、茅場は言葉にしたのか、レンには聞き取れなかった。ただ、そう口にする彼の姿が、どことなく楽しげで、そして悲しげに佇んでいるように見えた。

 

「――どうやら、答えを得ることができたようだね」

「ああ。これでもう、俺は迷わない」

「そうか。では、そろそろお開きにしようか。この舞台は、本来存在せぬ、仮初のモノ—―ハリボテに過ぎないのだから」

「最後に一つだけ、いいか?」

「もちろん」

「なら聞こう。――茅場昌彦、お前は何処でどうやって俺たちを見届けている?」

 

だが、それに応えることはなく、茅場は首を横に振った

 

「――すまない。それは、私が答えることのできない質問だ」

 

もとより、答えが得れるだろうとは、ハナから期待はしていなかった。ただ、聞くだけ聞いておこうと、きまぐれに零しただけ。もうこれ以上、この場所にとどまっておく理由はない。

 

「まぁ、そうだよな」

 

それだけ言って、レンはクルリと踵を返す。答えは手にした。迷うべき理由は、もう無くなった。あとはただ、ソレを貫き通すだけだ。

 

コツコツと、無機質なその空間を歩き続け、最後まで後ろを振り返ることなく、レンはその場所を後にした。

 

***

 

その後ろ姿を、やがて彼がこの虚ろな空間から完全に存在を消したその時まで、紅いローブを身に纏った、その世界の創造主にしてあらゆる始まりである男――茅場昌彦は、静かに見つめ続けていた。

 

ついぞ、彼がレンに話すことはなかった。《A-ナイファー》と《クロスボウ》の二つ、十二という光より生まれた影の、隠された真実と、その元である原型のユニークスキルから改変させた理由を。口にするかどうか、彼にしては珍しく迷い、そして最後には、口にしない方を選択した。

 

――レン君。君は、実に興味深い人間だよ

 

結局、最後に勝ったのは、研究者として――そして、小さき頃から描き続けてきた夢を相変わらず追い求め続けてきた茅場昌彦としての根本――好奇心だった。ソレは、けっして許される行為ではない。それがじぶんの選んだことだとしても、許されざるものであると、彼は十分に理解している。

 

「このままいけば、彼は――」

 

その先の言葉が、紡がれることはなかった。ガゴンと空間が大きな悲鳴を上げ、やがてまるで自崩れのように激しく揺れ始めた。この場所は、もうじき崩壊する。ゆらり、と身に纏ったローブが揺れて、茅場昌彦は、この世界における茅場昌彦へと再び姿を変えた。

 

「最期は、どっちに転ぶのだろうか」

 

予測は、火を見るより明らかに、いとも簡単につく。しかし、茅場昌彦=ヒースクリフ個人としては――

 




カ「駄作者、お前の罪を数えろ」

何が?

カ「シラを切る、と。面白いな」

シラなんか切って――

カ「TF2テックα」

ギクッ

カ「BF1β」

ギクギクッ

カ「MWR」

うう...

カ「IWβ」

ぐ...

カ「BF1製品版」

ガッ

カ「TF2製品版」

ごはぁ!!

カ「数え役満。情状酌量なし。ギルティ」

ハイ、モウシワケアリマセン

――正確にいうと、FF15延期発表による絶望からの上記の流れですが(笑)
遅れて、本当に申し訳ないです。
けど、MWRのキャンペーン、BF1とTF2がほんと面白いんです......
金がぁ...消えていく...


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Ep47: Suspicion

気が付けば、この小説に新たな評価がついていました。中には手厳しい評価もありますが、評価してくださった読者様もいて、とても参考になりました。両方の評価をこれからの執筆に生かせて行けたらなと思います。この場をお借りして、感謝します。


「ぐ……っああ……ああ」

 

プレイヤーの胸元――丁度、人間の心臓がある場所――を深々と抉った血のように鈍く光る深紅の槍が、じわじわと、しかし目に見えて明らかにプレイヤーのHPを削ってゆく。

 

「ぐ……が……た、たすけ……」

 

その槍の柄を振るえる両手で握りながら、プレイヤーは這いずり上がってくる死の予感に顔を歪めながらも男へと懇願する。助けてくれ、と。既に可視化されている自身のHPバーは危険値を現すレッドへと変貌を遂げており、このまま減り続けるのであればあと数分足らずでその命は尽きてしまうだろう。だからこそ、プレイヤーは乞うのだ。助けてくれ、と。体とその思考を圧倒的な“死”の感覚に蝕まれながらも、上手く回らないその口で。しかし――その男が目深に被ったフードの奥底からのぞかせた、その鈍色の瞳には――寒気がするほどの闇と――ソレをなお勝る激しい憎悪の光とだけが――妖しく映っていた。そしてその瞳に、プレイヤーの姿など、映されてはいなかった。

 

「お前に恨みはない。が、死んでくれ」

「あっ!!」

 

その先が紡がれることはなく、より一層深く穿たれたその槍が、残り僅かだったプレイヤーの全HPを奪い去った。ばしゃぁ!!と音がして、その体が儚くポリゴン片に舞う。その一部始終を、しかし男は冷めた目で見届けていた。

 

――もう何度、自分はこの光景を見届けただろうか

 

浮かんだ考えは、ただそれぐらいだった。一歩ずつ、そして着実に、彼の罪は重なり、いずれ地獄へと辿る道が拓く。けれど、それでよかった。この身はいつか必ずや、地獄へと堕ちる。しかしそれで、全てを、清算することができるのなら、男は喜んで悪魔にすら魂を売るだろう。

 

「あともう少し……あと少しで……」

 

十字架が刻まれたグローブで覆われた左手を握りしめながら、男はその言葉をかみしめた。

 

「……どさ、今日は……」

「……だな」

 

その時、男の耳に複数名のプレイヤーの会話がかすかながらに届いた。

 

「そろそろか」

 

男はローブの下より取り出した《記憶結晶》をその場に無造作に置いて、そのまま深い闇の中へと消えた。

 

***

 

「遅れてすいません、団長」

「ああ、アスナ君か。かまわないよ、早く席に着き給え」

「失礼します」

 

一度目にすれば、思わずため息がこぼれてしまいそうなほどに優雅な動作で一礼したアスナは、そのまま指定された席へと腰を下ろした。しかし、まるで上品なフランス人形のように整ったその顔は、僅かばかり物憂いげな様子を漂わせている。

 

無理もない――と、少年――キリトは思った。自分もそうだし、その隣に座っている晴れ二週間ほど前の結婚式を経て己の妻となった――レナもまた、その普段見せる天真爛漫さはなく、その宝石のような瞳を僅かばかり陰らせていた。いや、キリトやレナ、そしてアスナだけではない。よくよく見渡せば、この場に招集された全員の表情は暗く、ソレを反映したかのように空気が思い。このデスゲームが、GMたる茅場昌彦自らによって宣言された日よりおよそ一年と七か月の時を経た今、このアインクラッドは、かつてない程の未曽有の危機にさらされていた。ギルド《血盟騎士団》団長ヒースクリフと、副団長アスナ以下各部門精鋭十名。《青龍連合団長》リンド以下精鋭十名。そしてキリト達ソロプレイヤーのフルメンバー。全ての攻略組……とまではいかないものの、この場に集結した主要メンバーのみでも既にこのアインクラッドに存在する総戦力の過半数近くに値するだろう。では、集まったその目的は何か?ただの攻略会議であるならば、どれだけ気の楽な話だろうかと、キリトは思う。そもそも……たかが―と表現するのは語弊があるものの、未だかつてこの攻略組による攻略会議に、これ程の戦力が集結したことはない。これだけで、今回のこの集会がどれだけ異例な出来事であるか理解できるだろう。なにせ、今回の“敵”はフロアボスでも、フィールドボス――そもそもモンスターなどではなくNPCでもなければ…….彼ら攻略組のプレイヤーと同じ、プレイヤー(オレンジ/レッド)なのだから。

 

「さて、粗方皆集まってくれたかな。ではこれより、緊急会議を始めよう」

 

そんな、どこか息が詰まるほどの重苦しい重圧と雰囲気の中、円卓の中央に構えた最強ギルド《血盟騎士団》が団長ヒースクリフが、どこか超然とした口調で告げる。

 

「今日諸君らに集まってもらったのは他でもない。ここ二週間で急速に増えつつあるPK――つまりオレンジプレイヤーによるプレイヤーの殺害行為――についてだ。ベノナ君、調査報告書を皆に説明してくれたまえ」

「はっ!」

 

その使命に応じ、丁度円卓の反対側に位置する一人のプレイヤーが立ち上がった。ニコニコと人懐っこい笑みを常に浮かべ、顔立ちがキリトにも似た童顔であるが故にどこかあどけなさを感じさせる、少年のような風貌の彼こそ、その存在を知るのは僅かに攻略組のメンバーのみという極秘ギルド、総合情報統括部隊通称《タークス》の隊長、ベノナその人。かれは立ち上がった姿勢そのまま手元にある――おそらく件の報告書と思われる――羊紙を手に取り、それを凛とした声色で読み上げ始めた。

 

「犯罪者の中でも、特にプレイヤーを脅かす行為を行うプレイヤー、我々で言うところの“レッド”プレイヤーやギルドと呼ばれるプレイヤーによる殺人事件――我々タークスは便宜上I-PKと呼んでいる――が多発しています。事の始まりは今日から二週間と二日前の、現実世界基準で夜の十時十分ほどにて。――攻略組の一員であるキリト、そしてレナ夫婦の結婚式の最中に起きた、ある殺人事件からです。あらかじめ配布しておいた、お手元の記録結晶をご覧ください」

 

ベノナに促されて、各人それぞれ予め配布された記録結晶を実体化させる。その総数は、軽く三十は下るまい。これだけでミドルクラスのフルオーダー物の防具が三つばかりあしらえる金額であるが、潤沢な資金援助がなされているタークスにとっては、そこまで大した出費でもない。

 

「詳しい情報はそこに記載されていますので、要点を掻い摘んで説明していきます。I-PK01、つまり最初の殺人事件の被害者の身元は、プレイヤー名《ケンジ》。つい四か月ほど前までは、攻略組の一員として活躍していた、所謂“準”攻略組で、事件当日も現在の最前線である六十六層近くでレベリングを行っていた模様です」

「その根拠は?」

 

声を上げたのは、DDAの団長リンドだった。

 

「根拠は、現場において後述のプレイヤーが回収したクォータースタッフからです。武器の銘は《シルベスタ》。製作者名は《リズベット》。現在四十八層にある《リンダース武具店》の店主ですね。情報元は彼女からで、お得意様にしてかなり親しい交流があるというアスナ副団長の同伴のもと聴取したもので、その信憑性は高いかと」

「解った、続けてくれ」

 

リンドがそう促すと、ベノナはコホンと咳はらいを一つした。

 

「では改めて。被害者のケンジですが、彼女によると彼は開店当初からのなじみの客の一人で、件の《シルベスタ》を仕立て上げたのも事件当初のつい五日前だったそうで、詳しい情報を聞くことができました。そして――ここからがある意味で本題にも近いんですが――事件当初現場に駆け付け、《シルベスタ》を回収したプレイヤー名は《レンクス》、若しくは《レン》と呼ばれている、現在身元不明の攻略組です」

 

ベノナがそこまで口にしたとき、今までこの場に鎮座していたある種のプレッシャーにも似た重苦しい雰囲気のようなものに、確かな動揺が走った。誰かの、ひそかに息をのむ声が聞こえる。今や、《レン》或いは正式名称である《レンクス》という人物名は、攻略組にとってタブーにも近い。タークス隊が称したところの、I-PK01の時を最後に、レンはその足取りを眩ませたまま、誰もその姿を目にしたことはなく、フレンドリストからの現在位置も特定できていない。何故なら、レンがその姿をくらましたと思われるそのほぼ同じタイミングで、仲間であるキリトをはじめ、レンとフレンドになっていたプレイヤーの全てのリストから、《Renxs》のIDが消滅していたのだ。以来この二週間、レンについてわかっていることはただ一つ。“彼はまだ、この世界で生きている”という、あまりにも無意味すぎる事実だけだった。

 

「……皆さんも周知のとおり、レンについての消息は未だつかめていません。まるで幽霊のように、その足取りがぷっつりと途切れている。問題なのは、“彼の行方が分からない”ということと”その時期“です。資料をスクロールしてみてください」

 

ベノナに言われるがまま、キリトは手にしたままの結晶に記録されてある資料をスクロールする。そこに表示されているのは、異なるフィールドと思われる六つの写真と、同じ数の、カリカチュアライズされた漆黒の、蓋にはにやにやと笑う両目のある棺桶、悪趣味極まるタトゥーの意匠。間違えようもなく、それは殺人ギルド《笑う棺桶》のギルドエンブレムだ。

 

「I-PK01の後、不特定の時期間隔で殺人プレイヤーによるものと思われる似たような殺人事件が計六件、立て続けに起こっています。それぞれ順に、I-PK02から06と。これら一連の事件には、二つの類似点があります。一つ、犯行現場は、フィールドのどこかしらにある木の根元近く。二つ、犯行現場の近くには、《笑う棺桶》のエンブレムタトゥーが記録された結晶が置かれている、です。そして一番最新にあたる、I-PK06は、本日朝方に情報収集にあたっていたメンバーの一人が偶然発見したものです。犯行時刻は目下調査中ですが……」

「それが、先に述べたレン君の消失問題とどんな関係が?」

 

今まで黙っていたままのアスナが、その凛とした顔は未だ少しばかりの陰りはありながらも、彼女の印象的なしばみ色の瞳は本人と同じ強い光を宿したままベノナを見つめた。しかし、ベノナはその強い瞳すら意に介すことなく、思惑の読めない笑顔のまま再び資料に目を落とした。

 

「問題なのは、この六つの事件がどれも、まるで笑ったかのように丁度タークス隊の居ない層、いない時間帯を狙って犯行が行われているところです」

「それはっ!!」

「お言葉ですがっ!!……私たちタークス隊もあなたも同じプレイヤーです。休憩は必要ですし監視範囲にも限度はあります。そもそも、我々タークス隊の存在はこのアインクラッドでもごく一部の、彼を含めた攻略組しか知りません。いわば、“極秘部隊”にも近い。そして我々の警戒及び偵察シフトは下手に情報漏洩などが無い様に高度に機密化して厳重を期している。…..もちろん全ての層を監視できるわけがないので一度や二度ならば起こり得るかもしれませんが、これが六回連続、しかも毎回警戒レベルが上がっていく中で“我々の眼”をかいくぐられたとあれば、偶然にしては少しできすぎている。“私”としてはI-PK01の発生直後に不自然に姿をくらました《レンクス》に疑いを持たざるを得ない」

 

再び訪れる動揺と、ソレを上回る驚愕、書して疑心。つまり今に至るまで姿をくらまし続けているレンは、実はラフコフとつながっている“スパイ”であるかも知れないという、その疑惑に。

 

「ですが、偵察シフトなどは機密化されているんでしょう?なら部外者であるレン君が知り得るはずもない」

「確かにそうですが、“情報”というものはいつどこで漏れ出すかわからないあやふやなものです。万が一にも考えたくはありませんが、彼が私の隊員を買収、あるいは脅すなりして情報を取得、ラフコフにそれを流し計画の始動と共に姿をくらます、というのもあり得ない話ではない。我々は情報統括部隊です。腐るほどある情報からありとあらゆる可能性、憶測を立てて、その真相を突き止めるのが我々の仕事なんです」

「……」

 

言葉が続くことはなかった。ベノナの言い分は、全く持ってその通りだと、感じたからだった。そんなのは絶対に違う、そう心の内では思っているのに、まるでこんがらがった圭人のように、それをどう口にすればいいか、アスナには解らなかった。

 

「……しかし、“僕”個人としては、今までのレンさんの姿を少なからず目にしてきた身として、“彼”が到底そんなこと(スパイ)をしてあちら側()に魂を売るようなことをするような人間には思えない……すいません、少々勝手が過ぎました」

 

その時初めて、今まで腹の内が読めなかったベノナの浮かべた表情に、感情が宿っているのを、アスナは見た。それは気のせいなどではなく、ベノナの浮かべたその感情は、レンへと未だ向けられた、“信頼”だった。

 

「私も……レンのことを信じてる。彼は……そんなことをする人じゃありません」

 

穏やかで、しかしそれでいて強く芯のあるそれは、キリトの隣に座るレナのモノだった。

 

『……………………』

 

再び、場を支配するのは重い沈黙。タークス隊ベノナの個人的な感想と、レナの思いによる二つの発言の前に、皆が皆迷っているのだ。不自然に消息を絶った“レン”の事を。特に、彼と共にした時間の長いキリトは勿論、アスナやレナ、クラインを始めとする“風林火山”のメンバーやエギルも同じく、“レンはそんな人間じゃない”そう信じていた。それは、誰もが彼が今に至るまでに行ってきたコトを知るがゆえに。

 

「ベノナ君、報告ご苦労だった。兎に角、レン君への問題は後回しにしよう。今はこれ以上新たなる犠牲を増やさないことが先決だ。ベノナ君、君たちには無理を強いることとなるが、今後も一層の警戒と、レン君に関する情報収集を頼む」

「了解しました、ヒースクリフ団長」

 

ヒースクリフへと一礼してから、ベノナは再び着席する。それを見届けてから、ヒースクリフは両肘をテーブルに乗せて手を組んでから静かに告げた。

 

「さて、諸君も今聞いたとおり、ベノナ君を始めとするタークス隊は尽力を尽くして情報収集と更なる犠牲への抑止力となってくれる。そこで、我々攻略組は本日付けて本事案における対策本部を設置しようと思う。そしてその全権を、私はアスナ君に任せる」

「えっ?いや……しかし団長は如何されるのですか?」

 

突然の提案に戸惑いを隠せていないながらも、アスナはヒースクリフの事を見やる。

 

「悪いが私は参加できそうにもない。私個人で、この件に関しては洗ってみたくてね。それと、こちらの方が本音なのだが、先日確認された、NPCやmobの挙動が不自然に低下した現象についても調べてみたい。というわけでアスナ君、頼まれてくれるか?」

「……了解しました。では――『大変です!ベノナ隊長!!』!?」

 

そんな中、突如として響いた悲鳴にも近いその声がし、入り口からタークス隊共通の服装に身を包んだプレイヤーがただならぬ様子で飛び込んできた。

 

「どうしたんですブレイズ?今はまだ会議中ですが?」

「申し訳ありません隊長。しかし早急に耳に入れておきたいことが」

「……?その報告とは?」

 

そして、ブレイズと呼ばれたプレイヤーが報告したそれが、攻略組を更なる震撼へと包み込んだ。

 

「たった今、第六十八層のボスが攻略されましたっ!!」

 

***

 

どこか、醒めることのない“ユメ”を見ている心地だった。体は確かにこの場所に存在しているのに、彼にはまるでその実感がない。思考はゆらゆらと、例えるなら所在なくうつろう、陽炎のように不確かで、しかしそれでも、彼は前に進み続ける。今まで歩み続けてきたその過程で、“死んでいった”人々に報いるために。

 

託された想い(モノ)がある

 

見届けてきた(モノ)がある

 

そんな彼らの“願い”を、決して無意味なモノにしなくていい様に。そしてこの先、二度と同じ悲劇を繰り返さないために。だから彼は進み続けた。それが、レンにできることだったから。

 

――全ては、果たせなかった約束を……守るために

 

――それが、どんな結末になろうとも

 

「はぁはぁ……ちっ、何とか倒せたけど、これは……」

 

片膝を地面につき、荒れた息を整えながら、レンはポツリと愚痴とも毒づきともつかぬ声を漏らした。コンバットシャツはところどころ破け、ズボンも同様にボロボロ、そして極めつけは、レンの上半身……体幹よりやや左の胸部から左手に至るまでの体のパーツが、まるでナイフを入れたバターのように滑らかな断面を以て切り落とされていた。当然、そのHPは既に赤く変色しており、残HP値は三桁を切っていた。加え、その数値も穏やかながら着実に減り続けている。どう贔屓目に見ても、その姿はとてもフロアボスを倒しきった、とは言い難かった。が、

 

「しかしまぁ、よくなくなる腕だな……」

 

その欠損個所を右手で押さえつつ、レンはどこか他人事であるかのようにぼんやりと考えながら、その手を放して掌を上に向ける。――その次の瞬間、どこからともなく、さもプレイヤーが転移した時のように、回復podが表れ、それを口に含んだ。

 

「さて――」

 

横目でHPバーが緩やかに上昇を始めたのを確認し、すっかり飲み干したpotの空き瓶を投げ捨てたレンは、ひどい脱力感に捉われたままの体を起こした。ぐずぐずしている暇はない。既に聡いタークス隊のいずれかが、“六十八層突破”の事実を感知している可能性が高い。であるなら、残された時間はあまりにも少ない。床に置いていたクロスボウを拾い上げると、そのまままるで初めからなかったかのようにそのクロスボウが消滅した。

 

「転移……九層“リーゼリア”」

 

***

 

まず初めに感じたのは、妙に鼻につくすえた独特のにおいと、妙な煤っぽさだった。しかし、感じたにおいとソレに、アスナはどことなく心当たりが……懐かしい感じがした。少なくとも、自分は今までにこれを嗅いだことがある。ソレも何度も。ソレは果たして何だろう。そこまで考えて、アスナの脳裏にふと、殆ど唐突にその光景がフラッシュバックした。

 

――ソレは暑い暑い、夏のある日のこと。きらびやかな屋台が立ち並び、お気に入りのフワフワの綿あめを片手に、もう一方のてをはぐれないようにと握られた兄の大きな手が包み込む。

 

「ホラ、アスナ。上を見てみろ」

「なぁに?」

 

そんな兄につられ、アスナが上を見やればそこには、きらきらと星の瞬く夜天の空があった。

 

「ねぇ何なの?お兄ちゃん」

「もうちょっと……あっ、ホラ」

 

兄がそこまで言いかけたとき、あたりからどことなく、ヒュルルル~と音が震えながら、鮮橙色の炎がその空を駆けあがり――そして、ドッカーンと大きな音とともに、そんな夜天の空に一つの大きな花が咲いた。

 

「わぁ~~!!」

「な?すごいだろ、アスナ」

「うん!とっても、とーってもきれいだね!お兄ちゃん!!」

 

ソレはどこか遠く、しかし確かにある記憶の断片だった。

 

――そうだ、これは……

 

この独特のニオイは、あの時嗅いだモノそのものではないか。つまり、これは花火の……いや、それに使われる火薬そのものの匂いではないか。しかし……

 

「ねぇアスナ、これって火薬の匂いなのかな?」

「解らないけど、たぶんそう……だと思う」

 

どうやらレナもまたこのにおいの正体に気づいたようで……首をかしげながら訪ねる彼女に、アスナもまた半信半疑ながらも頷く。だがしかしそれは、あり得ないことのはずなのだ。この世界……つまりSAOにおいて、その世界観こそ中世ヨーロッパ風の、ソレもRPGに通じるファンタジックなものだが、そんなファンタジー要素の中核を担うにも等しい“魔法”と呼ばれる要素は、ごくわずかなクリスタルや結晶を除いて徹底的に排除されている。いや、ソレはいささか語弊があるかもしれない。より正確に言うならば、タイトル名の“ソードアート(剣の織り成す)”の文字通り、“魔法を含めた遠距離攻撃手段”が排除されている、だろうか。ほぼ例外的に辛うじて遠距離攻撃と呼べるものは、それこそ《投剣スキル》による投擲攻撃か……唯一無二のユニークスキル、つまりレンの言う《A-ナイファー》のB-ナイフS-ナイフぐらいしかない。当然、人類の進化に合わせてその機能を進化させたといわれる弓はおろか、もちろん銃なんて要素は存在するはずがない。同様にまた、爆薬や火薬なんてものも存在はしない。つまり――今アスナやレナの嗅ぎ取った“この独特の匂い”は、火薬の灼けたにおいである筈がない。であるからにして――アスナはレナの横、なんとも険しい顔つきでこの光景を俯瞰しているキリトへと尋ねた。その“IF”の可能性を、否定するために。

 

「ねぇキリト君。このSAOに、遠距離系武器の――それも火薬に似た様なものを使う――例えば“銃”みたいな武器は存在しないハズよね?」

「……たぶん、存在しないと思う」

 

僅かばかり思考をするそぶりを見せた後、キリトは確かな言葉と共にかぶりを振った。

 

「もしかしたら……今まで見なかっただけで、遠距離系の武器は存在するかもしれないが……《銃》なんて武器は絶対にないと思う」

 

その時、キリトの中ではある言葉が反芻されていた。まだ何も知らず、ただただその新しい世界の目覚めに心を躍らせていた、そんな時に目にしたそのフレーズ。

 

これはゲームであっても、遊びではない

 

あれを目にしたときの興奮は、こうしてデスゲームと変容されてしまった今でも、キリトは鮮明に覚えている。あの言葉が、真に意味を成すのならば、その茅場がこの世界の在り様を、崩壊させることなどあり得はしない。心のどこかで、キリトにはそんな確信めいたものがあった。

 

「やっぱり、そうだよね」

「たぶん……な」

 

そして、キリトのそんな返答もまた、アスナには予想通りだった。元より、その問いそのものが仮定を証明するためだけに過ぎなかったのだから。

 

「でもさ、この匂いの正体はおいとくにしても、この層の攻略者……レンのことは?」

「それは……」

 

レナに言われ、キリトは口をつぐんだ。何故ならそんなレナの問こそ、この件に関して一番重要なポイントだからだ。タークス隊の一人、“ブレイズ”と呼ばれたプレイヤーからの情報によれば、このフロアボスを討伐したのはレン本人だという。だからこそ、キリトだけでなくアスナやレナもまた、黙り込むしかできなかった。本来、レンにはフロアボス級のモンスターを単騎で討伐できる力はない。というより、《A-ナイファー》は本来モンスターなどには極端に不向きなスキルなのだ。場合によっては、攻略組は優に及ばず、中層のプレイヤーでもその火力は最低クラスに近いかもしれない。それを、レンは己の身体能力一つのみで辛うじて太刀打ちしているのだ。単にナイフとして扱えばそのダメージ量は少なく、唯一の利点である《即死》も狙うは難しく、そうやすやすとは使えない。レンが《八極拳》にその足りない分の要素を求めたのもすべてはそのため。そんな事実を、皆が皆よく理解できているがゆえに、その答えが出せないでいるのだ。本当に、これはレンだけで行われたことなのか?と。

 

「……やっぱりそうなんだ、あいつは、アイツはやっぱり裏切り者なんだよ」

 

その時、このフロアを満たしていた雰囲気の質が、誰かのその神経質な叫び声でがらりと変わった。元々この場を満たしていた疑問と、訳のわからない相手への緊迫、そしてレンに向けられた懐疑心が、一気にその方向性を変える。即ち――

 

「あいつはラフコフ側のスパイだったんだよ!!あいつがレッドに……ラフコフに俺たちの情報を流していたんだ!!」

 

――今はその姿をくらませた、レンに対する疑惑と憎悪へと。

 

叫びだしたプレイヤーはなおもとどまることを知らず、どこかおそれるように――ヒステリック気味に叫んだ。

 

「今回だってそうだ!!レンはラフコフを強化するために、協力してボスを倒したんだ!!いつでも俺たち攻略組に襲撃できるように!!」

「おいおい、待てよ……」

 

そんなプレイヤーの行動に、キリトはあっけにとられていた。とても今の状況が、現実そのものであるかなどその思考が理解しきれないでいたのだ。

 

「だってそうだろう?あいつの事を俺たちはよく知っている!あいつに、フロアボスが攻略できるはずがない!!そもそも、アイツは攻略組のくせしていつも最前線じゃない層をふらついてばっかりじゃないか!!これで白だってほうが怪しいだろう!!」

「それは……」

 

違うと、そうアスナが口にしようとした時、彼女は気づいてしまった。彼女の周りにいる、キリトとレナ、クラインなどをのぞくプレイヤーの全てが、皆同じように、彼を疑い始めていることに。

 

「やっぱり、アイツが裏切り者だったのか?」

「いわれてみればそうだよな、。確かに、おかしい」

「今思えば、怪しいやつだったもんな」

「いったいいつから?」

 

一度はびこってしまえば、ソレはまるで麻薬のごとく、たやすく彼らの思考に浸透してゆく。そもそも、レンには疑って有り余るほどの様々な疑惑があるのだ。

 

事件当日に最初にその現場へ駆けつけていた/まるで、初めからわかっていたかのように

 

その後、彼はそのまま姿をくらませた/まるで、逃走する犯人のように

 

一人で、ボスを攻略してのけた/まるで、協力したかのよう

 

そんな様々な事実がある中で、これを疑わない方がおかしいというモノ。叫びだしたその男は、決して気がふれたわけでも、虚言妄想を吐き出して言わけでもなく――これは、起こるべくして起こった事実なのだ。

 

「まってよ、おかしいよ。どうしてそんなことを」

 

その光景を見、アスナはそんな事しか呟けなかった。彼がどれだけ、他の攻略組の誰よりも強く、そしてその身をささげてきたのかを、アスナはよく知っている。その真っ直ぐさを、痛いほど理解している。なのに、周りはどうだ。最早すでに、レンを疑い、裏切り者だと決めつけている。それでは、あまりにもレンが報われない。そしてそれを、自分はただ黙って見過ごすのか――

 

「アスナさん!!」

「っ!!」

 

――ふざけないで

 

そう、ありったけを込めて叫ぼうとしたその時、アスナの肩へ、ベノナの手が置かれた。

 

「私たちタークス隊に、レンを見つけ次第拘束する許可をください!!」

「そんな、まさかあなたも――」

「そんなわけないでしょう!冷静になってくださいっ!!」

「つっ!」

 

沸き上がる感情そのままに返そうとするアスナを、ベノナの至って冷静な視線が制した。

 

「あなたはこの件のリーダーなんです!なのにそのあなたが一時の感情に流され冷静さを欠いてどうするんですか!」

「っ…………」

「いいですか、今大切なのは一刻も早くレンの所在を掴み、彼を保護することです。そしてこんな状況だからこそ、リーダーであるあなたが冷静な判断を下さなくては」

 

全くの正論だった。アスナは一人のプレイヤーである前に、団長であるヒースクリフから全権をゆだねられた“リーダー”なのだ。ただ直情的に一時の感情に流されることなど、あってはならない。

「どちらにせよ、このままじゃレンが危ない。ある筈のない疑惑、憎しみを重ねられて、いつか本物の裏切り者としてつるし上げ、粛清されてしまう」

「………………」

「お願いします、許可をください」

「…………分かりました。タークス隊に、レンの身柄を発見次第確保する権限を許可します」

「了解しました。大丈夫です、こんな状況でも、僕は彼を信じていますから」

 

そういって、ベノナはその場所を離れていく。その、穏やかな足取りと後姿を見て、アスナは自分自身の選択に確かな疑問を抱いていた。果たして、その選択が、“アスナ”としてではなく“副団長アスナ”としての立場――自分を優先させたその選択は、果たして正しかったのかと。唯々漠然としたものではあるが、アスナはそれが、とんでもない間違いを犯してしまったかのように思えた。

 




TF2が面白すぎて正直ドはまりしてます。リアフレとやってるんですが、もう皆でずっとやってる感じです。ジャンプする系FPSとして、一番完成されたゲームではないかと(笑)
IWも発売されましたが、今はそっちのけですね(笑)もっとTFのコミュニティーが盛り上がってほしい!!キャンペーンは最高だし,マルチはアシストが強いんで初心者でもとっつきやすいと思うし、何よりガンダムとか攻殻機動隊なんかのロボット系の作品が(あとアーマードコア好きにもおすすめ(笑))好きな人には特におすすめです

--信じて


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Ep48: But who will watch the watchmen?

お久しぶりです。久々の更新となりますが、そもそもこんな駄作を待ってくれてる人がいるのやら笑
それではお楽しみ下さい。


ーーしかしだれが監視者を監視するのか?

 

Decimus Junis Juvenalis

 

 

今日も、ソレはいっそうっとおしくなるくらいの晴天だった。辺り一面を照らすその陽はさんさんと、浴びているだけでどこか心地よい。そのおかげなのだろうか、心なしか、行き交う人々――プレイヤーやNPC達――の表情も朗らかで、穏やかだった。ここが商業区であるのも手伝ってか、そんなさんさんお日様の照らす光の明るさに負けることなくとても活気づいている。彼は、そんな街の雰囲気が決して嫌いではなかった。いやむしろ、好ましくもあった。この層の街並みが、どこか昔――それこそ彼がとっても小さい子供の頃――に見た、お気に入りの映画のワンシーンにとても似ていたからだった。百塔の町の、石と石と石、それこそこのアインクラッドの恐らく全ての層に通じている中世ヨーロッパ風の意向ではあるだろうが、それでも石からなる建築物と、古くも曲がりくねったどこか迷宮のような道は、まさしく昔見た映画――現実世界で言うところのプラハの風景そのもの。そこまで考えて、彼はふっとその顔を自嘲気味に歪めた。自分が、らしくない感傷に浸っていると自覚したからだった。そして、そんな彼の表情を、行き交うプレイヤーやNPCはうかがい知ることはできない。何故なら、彼のその顔は、くすんだグレーとも黒とも似つかない色のフードに、すっぽりと覆い隠されていたからだった。

 

***

 

「ねぇちゃん、コーヒー一つ頼まぁ」

「俺にも同じで」

「かしこまりました」

 

ペコリと丁寧な一礼をしてから、とうていこれがNPCとは思えないそのしぐさでスタスタと明るい内装の店内へと消えてゆくのを見届けながら、その二人の男性プレイヤーの内一人が、キョロキョロと周りを見渡した。

 

「にしても、いいカフェじゃねぇか」

「だろだろ?働いてるNPCも結構美人さんが多いしよぉ、なによりもオープンテラスってのがいいだろ?」

「はは、ちげぇねえ」

 

二人してゲラゲラと笑いあう。男二人はこのSAOでは全く目新しくともない、いわゆる中層クラスのフィールドでちまちまと弱いモンスター相手にその日の食い扶持を稼ぐために狩る、何てことはない数多く居る中級ランカーだった。そんな二人の、僅かな日々の楽しみが、こうして街にある小さなカフェや酒場で俗まみれの語らいをすることだった。

 

「あーあ、俺にも何か出会いがあればなぁ!!」

「てめぇじゃ無理だろうよ」

「そういうお前もそうだろうが」

 

すると、戦斧を背負ったガタイのいい男性プレイヤーが首をすくませた。

 

「まぁ、俺たちみたいな底辺プレイヤーじゃなぁ……ったくよぉ、攻略組とやらが羨ましすぎるぜ」

「攻略組なぁ……「いらっしゃいませ――」俺はやっぱり閃光様が好みだぜ」

 

自分たちの向かいのテーブルに腰掛けた、全身を暗い色のコンバットシャツとズボン、そしてブーツといった――まるで映画に出てくる諜報員じみた格好をしたプレイヤーが、フードを羽織ったまま椅子に座るのを片目見ながら、戦斧の男は己の相方へと耳を傾けた。

 

「閃光様ァ?あのKoBのか?いやぁ、もの好きだなぁお前もよぉ」

「じゃあてめえは誰よ?」

「もちろん、舞姫ちゃんよ」

 

しししっ顔に下品な笑みを張り付け、そのもう一方の男はうれしそうに語った。が、それを聞いた戦斧男はプッと吹き出すだけだった。

 

「おいおい、好きモンはお前だよ。確かにかわいくて健気だがな、たしか舞姫には付き合っている男がいるだろ?たしか……」

「黒の剣士サマ、だったか?」

「そうよそれそれ。本当、羨ましいぜ全くよぉ。こんな世界で付き合うなんて」

「全くちげぇねぇ」

「そもそも、攻略組はいいよなぁ。自分たちは稼ぎのいいスポットを独占して、“一日でも早い解放のため”なんてほざきながら自分たちは悠々と稼いでるんだからよ」

「今日の俺たちの上りをな、聞いた話じゃ攻略組は三十分で稼ぐらしいぜ?」

「しかも、攻略を助けるため、とか言って徴税するギルドもあるしな」

「全くよぉ、これじゃ現実(むこう)と変わらねぇよ。なんだってゲームの中でも搾取されなきゃいけねぇんだよ」

 

今日の半日の稼ぎが良くなかったことも手伝ってか、いつもより多くの愚痴を吐く二人のテーブルに、コトリと二つのコーヒーカップが置かれた。ウェイトレスが、注文したコーヒーを配膳したのだ。

 

「お待たせしました、コーヒーです」

「おお、すまねぇな」

「ありがとさん」

「では、ごゆっくり」

 

やはり礼儀正しく頭を下げ、NPCは元の店内へと戻ってゆく。ズズズッとコーヒーを啜りつつ、そういえばよと少々小腹の出た、しかしその体に似つかわしくない神経質そうな顔のプレイヤーが、ギシリと座る椅子を軋ませながらテーブルに肘を置く。

 

「聞いたか、ここ最近の、殺人について」

 

すると、戦斧を背負った男の表情が、あからさまに苦虫をすりつぶしたような顔になった。

 

「ああ聞いたぜ。なんでも、レッドプレイヤーがやったらしいな」

「ああ、しかも仏さんは、俺たち中層のプレイヤーらしいぜ」

「それがよ、ちょっとこれは小耳にはさんだだけなんだが……」

 

不自然に言葉を区切りながら、その神経質そうな顔をさらに険しくし、男性プレイヤーはゆっくりと吐き出した。ガタッと、どこかで椅子の引く音がする。

 

「実は、そのレッドプレイヤーと思しきやつを見かけたんだよ、この層で」

「ああっ?そりゃ一体……「すいません」」

 

口を呆れたように開け、何を言い出すのかと思えば不思議なことをぬかす相棒を一蹴しようとしたところで、よく通る穏やかな声がそれを遮った。

 

「ああん?」

「僕も聞かせてもらっていいですか?その話」

 

戦斧の男の、ドスのきいたその声と睨みも全く気にするそぶりを見せず、その声の主はどこからか引っ張ってきた椅子に腰かけた。よく見れば、それは先程このカフェに足を運んだ、くすんだミリタリーシャツのプレイヤーだ。しかし、先ほどとは一点、違うものがある。その表情がうかがい知れないほどに覆い隠されていたフードが、今は払われている。くすんだシャンパンゴールドのスパイキーショートの髪、そして中性的で整ったその顔。だがしかし一番に男の眼をとらえて離さなかったのは、その日本人離れした紺碧の瞳。

 

「だめですか?」

「っ!!」

 

その刹那、男は自身の背中がピシッと凍っていくのをはっきりと感じた。まるで、鋭利な刃を首元に突き付けられているような――それほどまでに鋭いソレ。そして何より、穏やかな笑みを浮かべつつフードの彼が向けるその瞳が、男を震え上がらせた。まるで、海を思わせるその鮮やかな紺碧は、どこまでも深く、映す全てを飲み込むかのような、底の知れない空虚のみが瞬いている。見つめるその瞳の、到底人間のものとは思えないその冷たさに、感情や理性なんてそんな表面的なものなどではなく――もっと奥の、この“男”を構成している、本能と呼ばれるそこから、彼は目の前の少年とも少女とも分からない人物に――畏怖を抱いていた。

 

「あ……あっ、いいや、いいぜ。問題ない。な?」

「お、おう。もちろんさ」

「ソレはよかった」

 

その返事を聞いて安心したのか、その人物は穏やかに嗤った。

 

***

 

「それではこれで。お二人も気をつけて」

「あ……ああ」

「あんたもな」

 

大凡感情など籠っていない、当たり障りのない笑みを一つ浮かべると、彼は立ち上がる。臨んだ情報は手に入った。長居は無用。特に今自分が置かれている状況下では。そうして、そのカフェを出た途端、彼は即座に気が付いた。自分へと向けられた、その鋭い気配に。いつから張っていたのだろうか、それとも初めからなのか。だが少なくとも、確実に一人以上の誰かが自分を尾行している。ニヤニヤしそうになるのを深く羽織ったフードで隠しながら、彼は路地に出る。こちらが気付いたそぶりを、相手に気づかせてはいけない。そうは理解していても、気分が高揚するのを抑えられない。一歩、二歩。ブーツが叩く地面の感触が鋭くなっていくのを敏感に感じる。感触が鋭すぎて、くすぐったいくらいに。このまま撒いてしまおうか、そこまで思い立ったところで、彼はその考えをすぐに放棄した。いつのまにその網に引っ掛かったのかは分からない。が、この尾行者はむしろ彼にとって願ってもなかった情報源でもある。脳裏に浮かべたこの街の、迷路のように入り組んだ地形を確認しつつ、彼は向かいから歩いてくるその手に大きな紙袋を抱えた女性NPCと偶然肩がぶつかった。

 

「キャッ!!」

「おっと」

 

そんな可愛らしい悲鳴と共に、女性が両手いっぱいに抱えていた紙袋が地面へと落ち、その中身が散らばった。それとほぼ同時に、体がぶつかったその反動によって、レンの体が丁度半回転ほどするようにして泳ぐ。ほんのわずかながら、後方へと開けたその視界の中で、彼はその姿を捉えた。

 

――アイツか

 

交通量の多い、この路地。そんな中で、いかにも朴訥風な見格好の、しかしその顔を目元辺りまで方に巻いたスカーフで覆い隠した、そのプレイヤーを。

 

「すっ、すいません」

「いえ、大丈夫ですか?」

 

女性と一緒に散らばったその中身を拾い集めながら、彼は内心ほくそ笑んだ。距離は大凡、十メートルといったところか。まるでお手本のようなトレッキングだ。

 

「これで最後ですね」

「は、ありがとうございます」

 

最期のリンゴを手に取り、彼が女性に差し出そうとすると、女性はクスリとほほ笑んでからかすかに首を横に振った。

 

「それはお詫びにもらってください」

「…….いいんですか?」

「ええ、ちょっと買いすぎたなと思ってたところで」

 

いかかでしょう?と、なんの飾り気もない素朴な笑みを浮かべつつ訪ねてくるそのNPCを目にしつつ、その反応を少々意外に思いつつも、レンはにこりと一つ笑って差し出されたそのリンゴを手に取った。

 

「そうですか、では遠慮なく」

 

そんな好意を受け取りつつ、一度会釈してからレンは再び歩き出す。どうやら、尾行は一人のみ。そして尾行のしかたから、かなりの手練れであることは間違いない。戦闘能力が、というわけではなく、純粋に獲物を追い詰める獣としての能力が、という意味で。行き交うNPCとアクティブプレイヤーに紛れ込み、その存在感を消してしまうほどに溶け込むその能力は、アインクラッド内でも屈指の技術力かもしれない。彼は再度ここの地形をざっと思い返し、手にした瑞々しいリンゴに齧り付いた。

 

――うまいな

 

何かを口にしたのは、随分と久しぶりのように思える。シャクリと小気味よい音と共に瑞々しい果肉の豊潤さがレンの口の中を駆け巡った。

 

***

 

対象がNPCとぶつかったときにはドキリとしたが、どうやらこちらの存在に気付いたそぶりなくリンゴを片手に再び歩き出したのを見届け、タークス隊構成員、ケースオフィサーである“シンド”は少なからず安堵した。リンゴを齧りつつ、ゆらゆらと流れに逆らうことなく呑気に街を歩むその後ろ姿は、到底彼が今このアインクラッドを揺るがしつつある本件の重要参考人であるとは考えにくい程、シンドの眼に見てもその姿はのんびりと穏やかなものだった。彼は今、自分の置かれている立場というものを、全く理解していないのだろうと、離れず近づかずきっちりと十メートルの間隔を保ったままぼんやりとそう考えていた。しかし今、対象である彼には様々な嫌疑がかけられている。つまり、誇りある攻略組の一員でありながら、そんな大切な仲間を犯罪者たる“レッド”共に売った、裏切り者としての。

 

タークス隊のギルド紋章である“ヘル”とは、北欧神話における地獄を管理するものとしての象徴。構成員の一人余すことなくその頬に刻まれたそのタトゥーは、須らく罪を犯した者が落ちる“地獄”を管理するもの……つまり正義と秩序を司る象徴であり、罪科を積んだ者たちを監視する監視者でもある。日の光は浴びることなくとも、このSAOを守る抑止力の一つなのだ。そしてそれを、ベノナを始めとする隊の皆は誇りに思っている。シンドもその例外に漏れることなくそう思っている。彼は元々、しがない中層プレイヤーの一人、しいて言うならそれでも上位の方に位置する“準”攻略組のランカーだった。当然、攻略組には並々ならぬ憧れを抱いていた。しかし、たとえ攻略組に劣らぬ実力を持っていたとしても、この世界における絶対的な“強さ”とはレベルだ。

 

極論として、プレイヤースキルの高い、しかしレベルの低いプレイヤーとスキルは低いがレベル、装備と共に充実したプレイヤーがお互い対峙した場合、どちらが勝つか、と論ずるならば、間違いなく勝つのは後者だ。前者がその全てを以てして削ったとしても、その努力を後者はたった数撃でひっくり返せてしまう。レベル差が近ければまた話は別だが、こういったレベル制RPGとは、須らくそういうモノなのだ。SAOの根底が、ゲームではなく己自らの命をかけたデスゲームである以上、主体となる敵は例外を除きほぼモンスターだ。AIによってプログラミングされた行動パターンを繰り返すことしかないモンスターと、思考によって幾万通りのパターンを生み出すことのできるプレイヤーでは、基盤となるそれからして立ち位置が異なる。将来的にその差は皆無となることがあれども、AIの思考が人間のそれに勝るということは、現代の技術力では到底あり得ない。プレイヤースキルが低くとも、それを補って有り余るレベルというものは、そういうモノなのだ。事純粋に“攻略”だけにフォーカスするならば、重要視されるのはプレイヤースキルそのものではなくレベルであると……少なからず、ソレが一つの結論。レベルを上げて、装備を充実させれば、どんなプレイヤーでもボスを蹂躙できる。これが、RPGの原則にして、基本となるゲームデザインなのだ。

 

そしてシンドには、そのレベルというものが攻略組のレベルまで足りなかった。どんなに最前線付近のフィールドにこもり、湧き出るmobを狩り続けたとしても、そのレベル差が埋まることはなく、唯々時間だけがむなしく過ぎていった。当然だ。最前線付近とはいえ、常に最前線にあり続ける攻略組とでは、得ることのできる経験値に開きがある。さらに、攻略組は自らの所属するギルドの潤沢な支援を得て、彼らだけが知る効率のいい、つまり稼ぎのいい“狩場”というものを有し、それを独占している。さらに、このアインクラッドでは、しょうがないとはいえ“攻略組優先”という風潮がある。例えば、最前線以下の効率のいい狩場は下層プレイヤーへと開放されたりもするが、それにも一定の基準があり、特別効率のいい場所は決して明かされなかったり、優先順位は勿論攻略組が上。例外的に高効率な狩場が解放されることがあったとしても、それを運営し、“使用料”と“管理費用”そして“援助”という名目の下“使用料”を取られる。そんな扱いと風潮に、不満を覚えるプレイヤーは少なからずいる。民主主義というシステムの名の下に生を受け、そのシステムにの下に生きてきながらこの世界に敷かれる、前時代的な王政の様なそのシステムに。しかしそれも、“解放のために命をかけて戦い続けているから”と言われれば、強くは言えない。少なくとも、彼らはそうやって危険を冒しながらも、計六十七層を開放してのけたのだから。そんな絶望の中で、シンドに手を差し伸べたのが、他でもない隊長であるベノナなのだ。

 

――「僕と一緒に、この世界の秩序を守る“監視者”となりませんか?」

 

人懐っこい笑みと、穏やかな雰囲気漂う彼に、シンドには確かなモノ――カリスマ性のようなものがあった。そしてその瞳に、シンドは“正義”を感じ取っていた。

 

――だから、俺はあの人の元についたんだ。

 

事実、タークス隊の皆は隊長であるベノナの事を大変慕っている。もちろん、シンド自身も。彼は、ベノナとその紋章である“ヘル”に誓った。この世界の、秩序と正義を守る、と。だから――シンドは許せない。かつて自分が憧れた、“攻略組”という存在でありながら、その身を悪に売った、レンクス(裏切り者)の存在を。本来なら、隊長の意向なくばすぐさま処刑に処してやりたいところだ。そんなことを思いつつ、シンドがスカーフの下、頬に刻まれた紋章に指を触れた、その時だった。今まで一貫してこの街のメインストリートを南下していた尾行対象が、交通量の多い人込みを避けて突如右――メインストリートを外れた人の全く通らない裏路地へと外れたのは。

 

――バレたのか

 

一瞬、彼の脳裏にそんな考えが思い浮かぶ。が、彼はすぐにその考えを否定した。あり得ないのだ。シンドの尾行は、単なる尾行とはわけが違う。彼の持つスキル――スカウティングには、様々な補助効果が存在する。その一つに、《ストーキング》という効果がある。これはある特定条件――つまりは尾行行動中に歩き方のパターンをかかとからつま先にかけてゆっくり地面に接地させる、いわゆる“抜き足”の歩行を取った場合に、ハイドレートにかなり強い+補正がかかるついでに、知覚速度を低下させるというもの。元々はモンスタートレッキング用と思われるこの効果を、シンドは対プレイヤー様に流用させている。それに加えて、彼の纏う装備品の全ても、どれも一級品のハイドレート効果を持つものばかりであり、素のハイドレート自体がかなり高い。そこにトレッキングの効果も併せ持った今の彼は、例えリビール力の高いハイランクプレイヤーであろうとも簡単には看破されることはないだろう。当然、尾行対象であるレンクスも例外ではないはずだ。こちらの存在にではなく、ただ単に何か用があって裏路地に入ったのではないだろうか。兎に角どちらにせよ、このままではどうしようもない。タークス隊の尾行規定には対象との距離は最低でも十メートル開けなくてはならないとある。タークス隊においては、ほぼ全てのプレイヤーに《スカウティング》のスキル取得が義務付けられており、その中のトレッキングの効果が最大限発揮されるのが十メートルからだということに由来する。が、このまま見失ってしまっては元も子もない。僅かなためらいの後、シンドはそのリスクを承知の上で尾行対象が曲がっていった裏路地へと距離を縮めた。だがシンドが辿り着いたそこには、人並みにあふれる陽気さと温かさとが同在する表通りとは打って変わり、ただむなしいまでの隙間風だけが吹き抜ける裏通りが広がっていた。そこに、対象の人影は当然として、プレイヤーどころかNPCの存在すらなかった。

 

――逃げられた?まさか……でも…..

 

シンドが対象を見失ってから、わずか七秒も経過していない。もし転移結晶を利用したとしても、発動シーケンスで僅かに足りない時間だ。ならば彼はいったいどこへ?浮かんだ疑問を解消するべく、シンドはきょろきょろと辺りを見渡す。そんな時、むなしさと同じくらいに静けさが漂うこの裏通りに、カツンと乾いた音が一つ反響した。

 

「っ!!」

 

通常なら、聞き逃してしまいそうな僅かな音。しかしシンドの極限まで研ぎ澄まされたその耳が敏感に拾い上げると、彼はその発生源へと瞬時に体を向けた。

 

「リン……ゴ?」

 

その瞳が目にしたもの。それはコロコロと、まるで地面を伝うようにして転がってゆく、一個のリンゴだった。手に取ることなく、ただ遠目にそれを見つめているだけでも、その新鮮さが分るそれは、やがてぴたりと止まると、その瑞々しい朱色にぽっかりとあけられたクリーム色をシンドに曝した。明らかに、ソレは人の手によるもの。そのリンゴを誰かが齧った証拠。

 

「あのリンゴは……」

 

思い出したかのように、そうゆっくりと紡がれたその言葉は、しかし最後まで続くことはなかった。生来より、シンドはかなり広い視野と集団のかすかな変化にも聡い抜群の間隔を有している。そしてそれらは、彼の持つ《スカウティング》のスキルによって人間の限界を超えて強化されている。しかし、そんな彼のレドームのように張り巡らされた意識が、ほんの少し、それこそ針の孔ほどの間隔くらいが地面に転がるリンゴへと向けられた。それでお尚シンドは優秀なのだろう。それは変わらない。しかし“彼”からしてみれば……そのほんの少しで事は足りたのだ。

 




なんかレンクスがガチて悪い奴になってやがる...笑
いやぁ、2016年後半と2017年年明けから今辺りはゲームが充実し過ぎていた。消化するのすら手一杯なレベルで。バイハ7なんかは8時間でクリアしちゃったし笑
此れからもゲームのせいで攻略が遅れそうな気がしてなりません笑


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Ep49: Manhunt

映画観てきました!初週に行ったためホープフル・チャントは貰えてませんがorz
パワードノーチラス君がわりかし作者の思い描いているレンの高機動戦闘術に近い動きしてて笑いました。駄作者の駄文じゃ伝わらないと思いますが、レン君の動きはアレに似た様な感じです。

んで、だいぶ前に言っていたコラボの話、あれSAOの派生作品にしようかと思います。TeaBreak編として(笑)

それでは、どうぞ。


「がはっ!!」

 

その瞬間に起きた出来事を、シンドは全く理解できていなかった。かなり強い――例えるならまるで何かの物体が落下したような――衝撃が背中より襲ったかと思うと、気づいた時には自分の体は地面にうち伏せられていた。

 

――何故

 

「くっ――」

 

混乱が生じ、シンドが体を起こそうと腕に力を加えたその時――

 

「動くな」

 

人間味の感じられない、まるで機械のように凍てつききった声とともに、このうすら暗い中でゆらりと光る刃が、シンドの首元に突き付けられた。

 

「この……」

「くくくっ、残念だったな」

 

刃は正確に首元へと突き付けられており、顔を動かすことは叶わないが、それでも聞こえてくるその声だけでシンドはその主を察した。

 

「何故……どうして俺の尾行が分かった?レンクスッ!!」

「どうして?クククッ」

 

帰ってきたその声には、まるでそんなシンドに対する嘲りと凍てつくような冷たさが混じっているようだった。ソレがなお、シンドの胸の内にあるあるモノを煽った。事尾行と戦闘に関して、シンドは絶対な自信があった。特に、尾行に関しては。そして事実、彼の尾行は隊の中でも隊長であるベノナを除けば頭一つ飛び抜けていた。《スカウティング》の中のmod“ストーキング”による強力な補正は、他のプレイヤーの近くを許すことはない。今回も、手抜かりなど一つもなかったはずだ。なのに何故……レンは気づいたのか。

 

「答えろっ!!」

「確かに、お前の尾行は完ぺきだった。お手本のように、な。気難しいこの《スカウティング》を、ここまで使いこなせるプレイヤーはめったに見ない」

「お世辞はいい!!」

「はぁ、少しは落ち着いたらどうだ?」

 

のらりくらり、あくまでも発する声は冷たく、レンは剣幕に訪ねてくるシンドの言葉をいなす。

 

「だが、完璧だからこそ、その穴に気づけなかったんだよ。お前は」

「穴……だと……?」

 

シンドには、レンに言っていることが理解できずにいた。“ストーキング”……いや、《スカウティング》スキルそのものに、欠点などあろうはずもない。

 

「俺を尾行しているとき……使ったmodは大方“ストーキング”だろうが……アレには致命的な弱点が一つだけある」

「……」

「足運びの()()()だよ。確かに“ストーキング”それ自体は強力だが、それを発動するためには絶対にあの独特な足運び(忍び足)をしなくちゃならない。足音こそごくわずかだが、聞こえないわけじゃあない。通じないのさ、()にはな」

「くっ……」

 

それこそ、レンの秘儀たるシステム外スキル、“アウェアネス”の威力だった。いくら“ストーキング”が独特であろうが、それでもやはり聞き取るのが至難の業であるのには変わりない。それを聞き分けたと言ってのけるレンに、シンドは改めてその底の知れなさに戦慄した。

 

「さて、そっちの質問には答えたんだ。次は……」

 

そこでレンは言葉を区切ると、突きつけていたS-ナイフをシンドの首から外し、、空いている左手で彼の襟部分を掴み、そして

 

「ぐはっ」

 

一気にその体を引き起こし、シンドを壁際へと叩きつけた。衝撃に揺らぐ、その視界。それでも何とか体を立て直そうとするシンドの首に、レンは自身の腕を強く押し当ててその動きを封じた。

 

「ぐっ……がはっ」

「今度は、俺の番だ」

「っ!!」

 

その時初めて、シンドはレンの表情を目の当たりにした。フードの端からのぞかせる、その紺碧色に含まれた、ヒトのものとするにはあまりにも無機質で凍てつき、それでいて何かに絶望したかのような、深い闇をたたえた、その瞳を。

 

「答えろ、何故俺を尾行した?」

「ぐ……づ……」

「ああ……せいぜい慎重に答えろ、さもなくば」

 

――殺す

 

まるでそう言わんばかりに、レンは右手に持ったS-ナイフの刃先をちらつかせた。動こうとしても、レンは首元を肘で押さえつけながら完全に拘束している。圏内では人を殺すどころか、ダメージを与えることすら能わない。しかし、やりようなど幾らだってある。これによって、レンがオレンジプレイヤーへと変わることもない。何故なら、彼はシンドによって尾行されていたのだから。こういった場合、双方のカーソルは変わることなく、殺害以外の何をしても犯罪者とはならないのだ。そんな事よりも、シンドは向けられた殺気の“重さ”とその“質”に粟立った。未だかつて、これ程までに濃厚で、こんなにも鋭利な死の予感を、感じたことはあっただろうか。いやそもそも……目の前に居るプレイヤーは、果たして人間と呼んでもいいのだろうか。一体何を経験すれば、人は、こんなにも人間性の欠如した、凍えるほどのおぞましいものを纏えるのか。向けられたそれに、シンドは己の喉が渇いていくのを感じる。しかし――

 

「フン……」

「うん?」

 

おおよそ多くのプレイヤーが、その絶対的なまでの死の気配に震え上がるであろうその状況下で、シンドは僅かばかりの皮肉と、余裕めいた表情を織り交ぜ、口元を僅かに釣り上げた。

 

「……教える……かよ……あんたみたい……な……薄汚い……裏切り者にな」

「へぇ?死にたいのか?」

 

それを見届けた途端、レンの向ける殺意の密度が、より一層濃く、そしてその気配が、より一層低くシンドの体へと纏わりつく。それでも、彼はそんな微笑を浮かべるのを、止めることはしなかった。声すらも満足に出せないほど、レンの押さえつける腕は強くなり、向けられたその刃は、確実にシンドの首元を捉えている。

 

「ナメ……るなよ。ヤルならヤレよ……裏切り者」

 

彼にはある確信と、そして何にも代え難い信念があった。まず一つ、レンは自分を殺せはしない。ここでは、絶対に。そもそも圏内においてプレイヤーのHPが減少するなどまずありえないのだから。シンドが耳にした話によれば、確か“圏内事件”とかいうプレイヤー殺害事件があったらしいが、結局その真相はなんとも子供だましのような既存のシステムを組み合わせて仕立て上げただけのトリックで、実際には誰も死んでいなかったと記憶している。つまり、いくら絵入りで氷結した殺気を浴びせようが刃を首元に突き立て脅そうが、レンにはシンドを殺せないのだ。転移結晶などを利用してレンが場所を圏内から外へ移動させれば話は別だが、シンドは既にある仮説を立てていた。今のレンには、自分を殺害しようなどといった意図はなく、むしろこちらが有している情報を吐かせるために脅しているのではないかと。が、そんなのはただの仮設でしかなく、今シンドの、常人なら気が狂いそうになるほどの“濃密”な殺気を前にしようが揺るがないその遺志は、ひとえに彼が持っているプライドと誇り、そして“攻略組”としての“忠”によるものだった。

 

――目の前に居るプレイヤーは、攻略組としての誇りを捨て、あまつさえ大切であるはずの“仲間”すら売った“裏切り者”――一人の攻略組として、そしてヘルに見初められし監視者(タークス)として、そんな“裏切り者”には決して屈しないという、子供じみた意地がシンドの心に宿っていたからだ。

 

――殺すなら殺せ。俺は絶対にお前には負けない

 

そんな気概を以て、シンドは不敵なまま睨み返す。果たして――そんなシンドの態度に、レンは何を思ったか――しばらく、彼は探るかのようにシンドを見つめた後、やがて突如として、興味が尽きたかのように発していた殺意を霧散させた。

 

「ガ……ハ……グゥ」

 

同時に、今まで押さえつけられていた腕から解放され、肺が、体が、空気を求めて喘ぐ。

 

「これだけの殺意を浴びせてもなお吐かないとはね……」

「ハァ……ハァ……」

「……まいったな。俺の負け、だ」

 

見上げるようにしてにらむシンドを尻目に、レンは背中を向けると、肩をすくめながらおどけて見せた。その姿は、先ほどまで重い殺気を放っていたプレイヤーと同一人物とは思えないほど、むしろ恐ろしくなるまでに穏やかで、多少なりとも腕に覚えのあるシンドでなかろうとも、その後ろ姿は目に見えて明らかに()()だらけだった。

 

――今しかない。

 

酸素不足にあえぐ中で、シンドはそう確信した。そう、目の前でおどけているこの“裏切り者”に反撃するには、今この瞬間を於いて他にはないと。悟らせることが無い様に、シンドはほんのわずかな呼吸すら押し殺し、腰の鞘から静かにククリを引き抜くと、未だレンがこちらの動向に気づいていなことを視認するや否や――一息の内に立ちあがって、ククリを振りかぶった。狙いは、頭部強打による混乱と、致命場所である首への斬りつけ。そのために、大きな半弧を描くようにククリを軌道に乗せてレンの視界の外――死角から強襲する。

 

――とった!!

 

それはシンドにそう強く確信させるほどに、タイミングも、角度も、軌道からスピードのどれをとっても、最高の一撃だった。

 

「ああ……だからお前なら……」

 

漸くその強襲に気づいたのか、レンがそうポツリとこぼす。しかし、もうすでに遅い。今からどう行動しようが、シンドのククリの方が一つ早い。そう、本来ならば。

 

ガスッ。程よい硬さと、柔らかさを併せ持つ肉と肉がぶつかり合う……そんな鈍い音。

 

「馬鹿な……」

 

しかしそれは、シンドが狙っていたような、ククリがその頭部を綺麗に捉えた(インパクト)音ではなく、

 

「に……」

 

決して反応できぬはずのソレを、レンが振り上げた左腕で受け止めた……音だった。正確には、ククリを握る手の付け根あたりに、だが。シンドの感じる時間の流れ、刻む一秒一秒が、唐突に、細かく分割されたかのようにスローになってゆく。レンは、受け止めたそれをそのまま外側へと力を逃がすようにして腕を斜め下に反らす。それだけで、驚くほどにあっけなく、シンドの体幹(バランス)は崩れ――同時に、流れのままレンは自身を反時計回りに反転させて、さも滑り込むかのような滑らかさで、シンドの背後をとった。

 

「そう来るだろうと……信じてた」

 

体術スキル《八極拳》。その極地たる受け流し技――“纏”――気づくべきだったのだ。自然界において、わざとスキを見せることによって外敵(エモノ)を誘い込み、捕食する生き物がいるように、レンはわざとスキを作って、シンドを誘い込んだのだということに。勿論、本来の彼なら引っ掛からなかったかもしれない。だが、この特異な状況が、彼の判断を鈍らせた。

 

「スキだらけだ」

「グッ!!」

 

レンは丁度流れで力の乗った右腕で、シンドの後頭部より僅かにしたのうなじ部分を打ち付ける。鋭い衝撃とともに、シンドの脳が前後に揺れる。

 

「ふっ」

 

吐き出す息一つ、軸足を入れ替えたレンは、一時的に脳震盪にも近い状態へと陥ったシンドの右――体重の乗った足の膝裏部分――を、更に蹴りぬいた。それが、シンドという人物が体制を維持できる、限界点だった。軸足を蹴りぬかれ、なすすべなく宙へと倒れ込む体、レンは踏み込むと、仰向けに宙ぶらりんとなったシンドの、腰と顎下にそれぞれ手を添えて、そのまま慣性に逆らうことなく、僅かに足を切り返し、

 

「はぁ!!」

 

思い切りシンドを地面へと叩きつけた。“人”という体の構造上逃れることのできない弱点や、力の支点を正確に突いた、まさに己の技量のみでここまで上り詰めた連だからこそできる離れ業だった。

 

「ぐがぁ!!」

 

かなり派手な硬質の音とともに、尋常ならざる衝撃がシンドの全身を駆け巡る。アバター(全身)の骨という骨が軋みを上げ、思い切り地面へと叩きつけられた頭部は激しくシェイクされ、視界が正常な視覚情報を送ることを放棄する。そんな、ゆがみかすみ始めるその視界の中でシンドが辛うじて捉えたのは、あくまでも無機質な表情のままの、レンの姿だった。

 

「残念だったな。CQCじゃ俺の方が上だ。けど……」

 

そこでレンは不意に言葉を区切ると、転がったククリナイフを拾い上げ、鮮やかな手さばきでそれをクルリと回し、刃をシンドへと向けた。

 

「ククリ捌きと、攻撃時の気配の消し方は見事だった。いいセンスだ」

「レ……ン……」

 

次第に遠のいて行く景色。レンの言葉すらどこか遠く、それでもシンドは、最後までその姿を目に焼き付けた。己を打倒した、レンの姿を。

 

Спокойной ночи(良い夜を)

「く……」

 

そんな言葉を聞いたのを最後に、シンドの意識は深い闇の底へと落ちていった。

 

***

 

「さて、どうしたもんかな」

 

気絶したシンドを見やりながら、レンはそうポツリと漏らした。あえてスキをさらし、無力化したまでは概ね目論見通りだった。あえてレンが尾行に気づいていながら撒くのではなくこんな裏路地にまで誘い込んだのも、一重にシンドから情報を入手することにあった。諜報部隊であるタークス隊の隊員ともなれば、時にはそこらの攻略ギルドすら軽く凌駕するほどの情報網を以て重大な機密情報を有していることも少なくはない。今、アスナたちを始めとする攻略組や多くのフレンド達との交流を絶ったレンには情報を入手できる手段が存在しない。それをシンドから入手しようとしたのだが、レンの予想と違い、彼はその固い信念を以て最後まで情報を吐かなかった。あれだけの質の、かなり強い殺気に当てられたにもかかわらずだ。

 

ありとあらゆる痛みはプレイヤーから排除され、感じるのはただ単に不愉快な違和感だけというこのSAOでは、現実と異なり肉体的な苦痛による尋問、拷問などの有用性は低く、主に精神面からのアプローチ――例えばレンがしたように殺気を当てひるませる、恐怖心を煽るなど――以外ではほとんど効果はない。最も有効なのは殺さない程度にHPを削ることだが、それも“圏外”というごく限られた場所でしか意味をなさない。よって、これ以上時間をかけても吐きはしないだろうと考えたレンは、恐怖による“尋問”ではなく気絶させることにした。

 

圏内ではPVPモード以外or自殺以外でHPが減少することはあり得ない。が、その反面で攻撃自体には判定が存在し、被ダメージによるノックバック(衝撃)は発生する。そもそも、このゲームシステムにおいて最重要なのはどうやらHPのようで、プレイヤーのHPさえ残っていれば体の半分より下が消滅しようが十数メートル級の建物から飛び降りようが――その代わりに痛みはなくとも尋常じゃないノックバックが発生する――死ぬことはない。このことに関しては、レンとキリトが体を張って検証したので確実。ついでにアスナとレナにばれて土下座からの大説教を喰らったのは完全な余談。

 

そんなゲームシステムを利用して、プレイヤーに対して強い衝撃を与えることで気絶させるPK方法がある。ステータスによっていくら人外じみた身体能力を手に入れようとも、中身が“ヒト”である以上は疲労もするしお腹だって空く。それなら気絶もするというわけだ。

 

「確かこの先に小さな民宿があったっけな……」

 

頭に叩き込んでおいたこの層の地理を思い出しつつ、どこに運ぶかを決めたレンは、シンドの体をうつぶせに転がし、その脇の下から自分の首を差し入れ、肩の上にシンドを担ぎ上げ――いわゆるファイヤーマンズキャリー――た。

 

「重…………」

 

AGIこそカンストしているレンのステータスだが、STRに関しては攻略組でも平均の下くらいしかないため、本来なら人ひとり担ぐにもかなりキツイものがあるが、どうやらシンドの装備が軽装だったことが幸いし、辛うじてだがレンにも運ぶことはできた。

 

「さてと」

 

再度周囲を見渡し、誰にも見られていないのを確認したレンは、裏路地のさらに奥へと消えていった。

 

***

 

「おばさん、部屋一つ貸して」

「あいよ。一泊1000コルだ」

「ん」

「まいど。担いでいるのは、アンタの連れかい?」

「まあね。そんなとこ」

「気を付けなよ。魔物に殺されちゃ元も子もないからね。命あって物の種、さ」

「ハハハ、善処するよ」

 

あの裏路地よりさらに先、サブストリートからまた二つ外れた場所にある宿。少々ボロがきはじめた階段を上がれば、ギシギシと軋みを上げる。当然NPCを除けばプレイヤーなぞレンとシンド位なものだが、だからと言って彼が気にすることはない。レンからしてみれば、表にある小奇麗な宿の数倍心地がいい。

 

「はぁ……」

 

部屋に入り、ドアをロックし、担いでいたシンドをベットの上に下す。

 

「……」

 

今から自分のすることは、まず間違いなく犯罪行為そのものだ。それを行うのに戸惑いがないわけではない。が、その是非を問う時間が、レンには残されていない。“気絶”と“睡眠”は違う。彼がシンドをオトしてから既に十二分が経過。精神力の強いプレイヤーなら、そろそろ気が付いてもおかしくはない。

 

「悪いな」

 

それがただの気休めだと理解していても、レンはどうしても口にせずにはいられなかった。きつく目を閉じ、やがてレンは意を決し高野陽のその瞳を開く。シンドの、だらりと下がった右腕を掴み、ウィンドウを立ち上げの動作をする。もちろん、レンには立ち上がったシンドのウィンドウを見ることはできない。そこで、今度は自身のウィンドウを立ち上げ、そのウィンドウと見比べるように左手を動かす。おおよそ五回ほどの試行の後、レンはようやくそのボタンを押した。そのボタンこそ、《ウィンドウ可視化》ボタンに他ならない。これで、他人であるレンにもシンドのウィンドウを目にすることができる。

 

「さてと……」

 

手早く、レンはその手を操る。メール欄、《案件:D-18-01》、《機密事項:D1-3,4,2,14,3,4,14,19,15》、《機密事案:RE,U3-04,17,18,12,23,4,21,8,19,18》……そして、《機密命令:Ff3-R-22,10,5,19,3,15,21,20》

 

「……これか」

 

様々な情報を、まるで機械のような正確さでインプットしていく中、その指が止まる。不規則な数字とアルファベットの羅列。しかしこれがタークス隊の人間、そして解読法を知ったレンならわかる。《機密命令:レン-偵察》内容:

 

『この受け取り手である各員に告ぐ。危険監視人物:レンクスを見つけ次第偵察、のちに拘束せよ』

 

それは、レンに対して出された束縛命令。”F“とはつまり、レッドプレイヤーと同等の扱い。つまりは、攻略組すべてに対する、敵対者であると。

 

「なるほど。こいつが言ってたのはそういうことか」

 

もう、レンは日の目を浴びはできない。

 

「概ね、予定通りか」

 

ひび割れるように脳裏を木霊する痛みを、かみしめて押しとどめる。どんな罪を重ねようとも、それでみんなを守れるならそれでいい。それなら、犯罪者だろうと、殺人鬼の汚名すら着せられてもかまわない。

 

――約束

 

――うん

 

果たさなくては。嘗て結んだ、その誓いを。

 

「――時間がない。Poh、お前の筋書きはもう見えた。悪いが、これ以上思い通りにはさせない」

 

シンドの持つ情報が100%確実であるのならば、すでに“五人”のプレイヤーが殺害されていることになる。今は“レン”という明確な外敵(セーフティ)があるからいい。むしろそうなるように仕向けてきたのだから。だがその実態はいつ暴発するかもわからぬ拳銃のようなものだ。何もかもが、Poh達の後手に回っている。

 

「そろそろ仕掛けるか」

 

自分のウィンドウを閉じ、未だ気を失ったままのシンドを寝かしつけ、ただ一つ、かすかな声と共にドアノブを回す。

 

Иметь хороший сон(良い夢を)




シンド Perk3:デッドサイレンス
レン Perk3:アウェアネス

元ネタは勿論CoDその中のBO2のパークですね(笑)サーチ民だった方には結構なじみ深い単語では?他の人には足音が聞こえないけど、レンには例外、と。作者のお気に入りパークは昇順安定、マラライ、早業ですね。BOのM1911デュアルはイケメン。

文中に出てきた暗号ですが、暇な方は解いてみてください。わりかしポピュラーなモノに作者流のアレンジを加えたものです。


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Ep50: Codex, Betrayer

すいません。暫くの間輪の都と妖魔ひしめき跋扈する東北地方に旅に出かけていました。いやぁお陰で人間性が限界ですよ。


Codex: 2,12,1,3,11,15,16,19

 

《Interlude Sleeper (XXXXXX): Collapse

 

――歴史を見ろ

――絶対なる力など、この世にありはしない

――強力なる支配者は、いつだって虐げられてきた者たちにより崩壊する

――“自由”と呼ばれる幻想の下

――人々は反旗を翻し、ソレが新しい時代の幕開けとなる

――人は、歴史は、それを――革命――とよぶのだ

 

未だ辺りは漆黒の闇が支配し、うす寒い北風がむなしく吹き抜けるだけの、夜明け前。人っ気など当然ありはしない。どことも知れぬ数多あるフィールドの、鬱蒼とした森だけがあるその場所に、彼はいた。そびえたつ木々の、その中でもひときわ太く、立派で存在感を醸し出す一本の巨木、高さは優に十メートルを超え、幹の太さは八十センチはあろうかという齢百年越えの老木。その根元へと、彼は無言のまま歩き続け、そのままそのごつごつと年季を感じさせる樹皮へと背中を預けた。同時に、完全なる静寂の実が支配していたこの空間に、突如音が訪れた。

 

「チェック」

 

それは、例えるならマスクで口を覆ったときのような、くぐもった音。

 

「パパ、ロメオ、オスカー、シエラ、パパ、エコー、ロメオ、オスカー」

「クリア」

「チェック」

「アルファ、ロメオ、インディア、エコー、リマ」

「クリア。チェック、クリアランス」

「シエラ、ヤンキー、チャーリー、オスカー、ロメオ、アルファ、エックスレイ」

「クリア」

「それで、機密情報体は?」

「これだ。コードは、F-213,474」

 

それは、人の声だった。片やどこか仕事口調じみた固い声。そしてもう一方は、ひどく落ち着きのある、やけの透明な声だった。

 

「――全タークス隊の警備配置、確かに。この後すぐに暗殺部隊を送ります」

「ああ、くれぐれも尻尾は出すなよ」

「心得ています。これはボスからの通達です。『計画はフェーズ2に入る。事前通り、捕獲地点は“四十二層”だ』

「分かった。当日には動けるようにする」

 

二人の声は囁くような小ささで、ともすれば風に流されてしまいそうなほどに弱い。しかし、彼らはそんなことをまるで苦としなかった。そういう風に、“訓練”されているのだから。

 

「いよいよ時が近づいてきましたそちらはいろいろと大変でしょうが、頑張ってください」

「ありがたいな。ボスによろしく言っておいてくれ」

「はい。それではこれで」

 

そうして、彼の背中越し――正確には、この巨大な幹越しに感じていた気配が、まるで雪解けのように滑らかに消えてゆき、この空間に残ったのは未だに木に背を預ける、彼のみだった。

 

「あと少し……あと少しだ」

 

曇りなきまでに輝く月に光を仰ぎ見て、闇に紛れていた彼の顔が浮かび上がってくる。彼は、笑っていた。とても楽しそうに、それはワクワクと喜々としていて。だからこそ、不気味なまでに邪悪な笑みだった。

 

「帰るか……」

 

彼にはまだ、なさなければならないことがたくさんある。失敗は決して許されない。払った犠牲、費やした犠牲は数えきれることなく。彼が失敗すれば、敬愛するボス共々、一緒に釜の飯を食って、屈辱の日々を耐え忍んできた仲間たちも危険にさらされる。しばらくそうしていただろうか、彼はしばらくのその邪悪な笑みを浮かべた後、その口元をきつく結び、いつもの表情へと戻っていった。ラフコフより送られた、攻略組の“スパイ”としての自分に。

 

――そのおよそ三時間後、ある層の警戒任務にあたっていたタークス隊隊員の一名が殺された。犯行現場と思われる場所に残っていたのは、やはり不気味な髑髏マークと棺桶がカリカチュアライズされた、第一種危険犯罪ギルド“Laughing Coffin”のギルドマークが記録された記憶結晶だった。

 

***

 

「けど……とりあえずは死んでほしくなかった」

 

ああ、また同じ夢を見ている。“何故?”という考えはとうの昔に捨てている。恐らく、この“記憶”が、自分にとって何らかの意味があるのだろう。だからこうして視るのだ。

 

「そっか。アスナは強いんだな。俺なんて、最初から怯えていただけだったのに……」

 

私は、彼の事を“識って”いて、どこか遠い、昔のどこかで、“逢った”ことがあるのだろうか。だとしたらいつ?“私は”“彼”の何を知っているのだろう。――思い出せない。

 

/それは、自分のすぐ近くにあるのに、それに手が届かないようなもどかしさで

 

きっかけがあれば、すぐにでも伸ばせば触れられるはずなのに。ソレがとても、とても私にはもどかしかった。あの時に感じたものも、どこかいつもふざけ半分なままでいる“彼”に感じる懐かしさも。思い出せばそれは暖かくて、優しい感情で包み込んでくれる。それを思い出すことが、ソレはとても大切で。重要なことに……アスナ()は感じた。だから、

 

「頼んだぜ?《閃光様》」

 

あなたは一体……誰なの?ねぇ……レン君

 

***

 

家主の意向が随所に感じられる、その部屋。設けられた小窓から洩れる僅かな光が、明るめの三原色をベースにチョイスされたインテリアを照らし、暖かな雰囲気を醸し出す。辺りに生息する小鳥による新たな朝の目覚めに軽やかな囀りの謳歌は、それを聞く生ける者たちすべての心を癒してくれるだろう。そんな部屋に、ひどく不似合いなまでに人工的なメロディーが、断続的に響く。いや、ゆったりとした曲調の音楽はそれを選択した物のセンスの良さを如実に表すのだろうが、悲しいかな、完璧なまでに自然と調和したこの空間では、それすらも野暮ったい。とにかく、そのメロディーを起因として、少女は目を覚ました。

 

「ん――ふぅ。くく……」

 

その姿は、あたかも童話に出てくるかの眠り姫のように、それは見るもの全ての息をのませるかの如く、優美。すらりと通った長い柳眉を少々ひそめ、少女はゆっくりと瞳を開ける。

 

「ん――――朝……かぁ」

 

覗かせるのはヘーゼルに彩られたガラス細工のように透明な瞳。それは彼女の、つややかにさらりとした長い絹のような髪と同じ色。

 

「……そろそろ起きないと」

 

少々気だるげながら、少女はゆっくりと体を起こす。掛けられていた上布団がはだけ、彼女の白磁器のように透明な肌があらわになる。上衣は、僅かに白色のキャミソールのみ。この時期にそれだけでは少しばかり肌寒かろうが、そもそも空調すら完備なこの部屋ではこれでも少しばかり暑いくらいある。未だ目覚め切れていない瞳をこすり、少女はウィンドウを立ち上げると、表示されたメニューを手早く操作。彼女の全身が淡い光に包まれ、いつもの騎士服へと早変わりする。今までの優美さに加え、凛とした雰囲気を漂わせるこの少女こそ、このアインクラッドの中でも屈指の戦力を誇るトップギルド“血盟騎士団”副団長にして“閃光”の名を冠する閃速のフェンサー“アスナ”である。誰もが希望と羨望を向ける彼女は、しかしその表情に曇りを見せていた。

 

「ユメ……か……」

 

その内容はおぼろげで、あまりにも幽やかだが、それでも、その胸の内に余韻を残す温かさと懐かしさは確かなモノ。初めのほうはソレが心地よかったが、今では疑問の方が多い。最近になって回数の増えてきた、ぼんやりとしたユメ。何故私はこの夢を見る?この夢は何を意味する?今朝もその答えを求めてみても、見つからない。そしてもう一つ、今のアスナに陰りを落とす原因となるものがある。

 

「はぁ……どうしたらいいんだろう」

 

言わずもがな、いま全プレイヤーの確実なる脅威となるレッドプレイヤーによる連続殺人事件。その対策本部が立ち上がったのが今から五日前。その時に、アスナは団長であるヒースクリフの命によりその全指揮権を委任された。以後、アスナはその信頼に応えるべく尽力しているが、そんな彼女に待っていたのは無慈悲なまでに残酷な犠牲者たちの積み重ねだった。いつしか、その報告が己の無力さを表しているように感じてしまうほどには。しばし、虚空を静かに見つめていたアスナだが、メールの着信音が彼女の手を動かした。差出人は《ベノナ》。若くしてタークス隊を纏め上げ、今回の事件解決の要となるプレイヤー。気の進まない手を動かし、アスナの目に映ったのは、ただ簡潔に“準備はできています”とだけ。

 

「どうしたらいいの……」

 

ぽつりと。それは、自分の無力さが引き起こした悲劇、その代償を“彼”に着せるための始まりの合図だった。

 

***

 

「「お疲れ様です。アスナさん/様」」

「ええ、あなたたちもお疲れ様」

 

自分に向って敬礼してくる衛兵二人に挨拶、そのまま彼女は門をくぐった。見ればすでに、彼らは集まっており、アスナが最後の一人だった。そして、そんな皆の顔には、ある共通の“色”がある。その色とは、“戸惑い”と“罪悪感”の複雑に絡み合った色。それも当たり前ね、と彼女は思う。一体世界の何処に、己にとって気の知れた大切な仲間、いや、欠けようのない戦友を悪と見なす行為を好むものがいるだろうか。彼らにとっても、ソレは例外ではないのだ。

 

「おはようございます。アスナさん」

「ええ、おはよう」

 

円卓に着けば、ベノナから相変わらず子供じみた笑顔と共に挨拶してくる。そんな彼の気遣いに感謝しつつ、同時に申し訳なさがこみ上げてきた。彼にもまた、私には想像もつかぬほどの重荷を背負わせているのだと。事実、彼率いる諜報のエキスパート部隊である“タークス隊”は、いま今この未曾有の凄惨極まる事件の収束、解決から無駄な混乱を生じさせないための情報操作。これらを一手に引き受け、文字通り不眠不休の勢いで活動している。子供さながらに純粋な笑みに、疲労の色が見え隠れするのも気のせいではあるまい。ベノナはそのまま、あたりを一瞥した後、ゆっくりと始めた。

 

「皆さんそろいましたねでは始めさせてもらいます。今回も朝早くから――」

「御託は良い。早く本題に入ってくれ」

「ちょっとキリト」

 

そんな彼に催促を述べたのは、全身黒づくめの剣士、“黒の剣士”こと“キリト”と、そんな彼を諫める彼女、キリトの妻にして屈指の短刀使い“舞姫”《レナ》だった。キリトの口調は強く、そこに含まれているのは明らかな苛立ち。しかし、何も特別キリトが悪いわけではなく、彼の発したのは少なからずこの場に集まった皆の代弁でもあった。それを知っていたためか、ベノナも嫌な顔一つ浮かべることなく分かりましたと頷く。

 

「集まってもらったのは、他でもないレンクスに関しての新しい情報を掴んだからです」

 

微か、しかし確かに、この場に緊張が走った。自然と、この場にいるすべてのプレイヤーの背筋が伸びる。

 

「皆さんのお気持ちは察しますが、まずは一から整理させてもらいます。よろしいですね?」

「「「……」」」

 

沈黙。それを肯定と受け取り、ベノナは手にした記憶結晶による書類に目を通す。

 

「今から二週間ほど前、通称“K-PK01”が発生。結果元攻略組であるプレイヤー《ケンジ》が死亡。犯人は未だ見つかっておらず、なおも目下調査中です。その第一発見者が《レンクス》でした。アリスト」

「はっ」

 

ベノナの名指しで、後ろに控えるアリストと呼ばれたプレイヤーが立ち上がる。

 

「彼もまた攻略組であり、ヒースクリフさんに次ぐ二人目の“ユニークホルダー”でもあります。スキルの名は《A-ナイファー》本人によれば、ある特定条件下においてならばモンスターやプレイヤー、その分別に関わらず致死させることが可能な非常に強力なスキルですが、どうやら武器単体としての火力は低く、ソードスキルが使用できないという様々な制約のためその性能は総じて低く、相性と彼の戦闘スタイルの関係から特に対モンスターに対してはソレが顕著なようです。が、それでも彼が攻略組の中でも辛うじて上位に食い込めるくらいの力があるのは、一重に彼の高い身体能力と卓越した情報判断能力のたまものであり、こと対プレイヤーに関しては最強の一角に間違いなく数えられると予想します」

「ありがとう」

 

アリストは静かに一礼した後に着席する。

 

「そんな彼ですが、件の事件からわずか二時間後、その姿を突如として消します。これはフレンドリストからすらも自分の名を削除するほどに徹底しており、その足取りも全くつかめませんでした。その後、まるでソレが引き金だったかのように、次々と殺人事件は発生。丁度五件目となるその時に我々攻略組は対策本部を設立。そして……」

 

ベノナが言葉を区切る。その彼の姿は、ナニカを必死に押しとどめているようにも思えた。

 

「……その日に、今まで足取りのつかめなかったレンクスの影が突如判明。切っ掛けは、その日当時はまだ最前線だった“第六十八層”の警戒に当たっていたブレイスからの報告です」

 

黙ったまま聞き届けていたアスナの脳裏に、その情報が再生される。

 

「報告はこうです。“第六十八層が、レンクスによって攻略された……我々は、その報告を受けた後に第一層《黒鉄球》にあるもう一つの機能、《英雄ノ碑石》の確認に向かいましたが、報告通りクリア名の名は《Renxs》とありました」

「何も問題はないだろう?」

「では聞きますが、キリトさんは本気でレンさんに単騎でフロアボスを攻略できる力……実力があるとお考えですか?」

「それは……」

 

言葉に詰まる。キリトとレンは、長らく行動を共にし、ともに命を預け合った親友だった。故に、お互いがお互いの実力をよく熟知している。当然、レン単身ではフロアボスは倒せないだろうということも。いや、より正確に言うならば、彼一人のみならば何十時間と時間がかかってしまうだろうと。しかし、それを認めてしまえば……

 

「単身で攻略が不可能である以上、彼は何らかの形で協力を経てボスを攻略したのではないか……そう考えるのは自然です」

 

レンの事を、“黒”だと認めてしまうことになる。

 

「ここでキーとなるのが、先ほど述べた《英雄ノ碑石》です。この碑石の役割はフロア攻略時に活躍したプレイヤー、あるいはパーティ計十名が表記されます。が、例外としてオレンジプレイヤーの名は表示されません。つまり……」

「……レンが、オレンジと手を組んだって言いたいんだね」

「レナさんの言い方には語弊があります。私が言っているのは、あくまでも仮定の話です」

「でも……」

「……すいませんが、続けさせてもらいます。その可能性を考慮した我々は、アスナさんの許可を得た後に彼の身柄を保護、拘束することにしました」

「っ……」

 

瞬間、今まで押し黙っていたままのアスナの肩が、小さく震えた。何故なら、レンはそんな人間じゃないとわかっているほかでもない自分自身が、その許可を与え、こうして彼を疑うかのような真似をしているのだから。

 

「しかしそれでも、彼の足取りは一向に掴めませんでした。私たちの“目”をうまくすり抜けて」

 

事実、ベノナは決して少なくない人員を費やしてその捜索にあたらせたが、いずれもレンクスを見つけることはできなかった。指揮を執る彼をして、レンを捉えるのは不可能なのでは、と思わしめるほどに。だが、そうではなかった。

 

「今も、アンタらはレンを?」

 

キリトが確かめるように問う。

 

「いいえ。今から数十時間前、私たちタークス隊はレンの接触(コンタクト)に成功しました」

「ホントに!?」

「ええ、私の右腕とも呼べる存在である“シンド”が彼を補足したんです。ですが……」

 

ギリッ……乾いたこの空間に、唐突にそんな音がした。それは、ベノナの隣に静かに座り、事の顛末を見ていたシンドのモノによるものだった。悔しさと後悔、自身への不甲斐なさ。それらの感情が込められたそれは、この整然とした空気の中で一層重く、乾いていた。あるいは自分が彼を取り逃がすことなくば、仲間を失わずに済んだかもしれないのに。

 

「レンは尾行中のシンドの存在を感知、報告によると、その追跡を振り切ったのちに彼を束縛し、直接尋問を行ったようです」

「っ……そんな」

「レナさんの驚きも無理はないでしょう。そしてどうやら、彼はシンドを気絶させたのちに無抵抗の彼から我々タークス隊の機密情報を抜き取ったようです」

「ふ……ざけるな!!言いがかりも大概にしてくれ!あいつがそんなことするわけないだろう!!」

「……事実したんですよ」

「第一、気絶させたプレイヤーからどうやって情報を抜き取る!?」

 

珍しく憤りを露にするキリトの問いかけに、しかしベノナは落ち着いたまま、よりトーンを下げた口調で淡々と告げた。

 

「気を失ったプレイヤーの腕を操作する。他ならぬ、“レッド”プレイヤーの常套手段です」

「ベノナ!お前まであいつを犯罪者呼ばわりするつもりか!!」

 

「ええ!彼は紛れもなく犯罪者だ!!レンクスはシンドから奪ったデータをラフコフへとリークし、私の部下を殺させた!!」

 

それは、リーダーであるベノナの、怨嗟にも似た宣言だった。普段の彼とは違い、ベノナは湧き上がる怒りを隠すことなく、荒々しくテーブルをたたく。そこには、記憶結晶とは似て非なる、ホログラフィックレコーダーの結晶があった。ベノナらしからぬ剣幕さにキリトが飲まれている中、ベノナはイラつく自分を務めて冷静に、その結晶のスイッチを押す。光が投影され、記憶されている画像を映し出す。それは、

 

「な……に……?」

「うそ…………」

「っ…………」

 

キリトとレナの感情を驚愕へと変貌させ、アスナを、

 

「そんな……そんなのって……」

 

更なる絶望へと、陥れた。そんな彼らの反応を意に止めず、ベノナはその怒りに染まった声で静かに告げた。

 

「彼女の名は“カレン”私の命で第五十三層を警戒していたところ、ラフコフと思われる襲撃にあい、残酷にも殺害されました」

 

怒り、という陳腐な言葉では、今のベノナの感情は表現できない。信頼している部下を尋問し、大切な仲間を死に追いやった。到底、容認することなどできようがない。

 

「それでも……」

 

先ほどとは違い、弱弱しくかすかに震えるレンの声を、ベノナはさえぎった。

 

「この期に及んで、まだその言葉を口にしますか。状況からして、彼以外にはあり得ません。私たちの警戒シフトは機密事項で、この日この場所に彼女が警備しているという事実は、我々か、そんなシンドから情報を盗み出した“彼”しかありえません」

 

煮えたぎるような憎悪、そして怒りをちらつかせたまま、彼は自身の手をかざし、皆の方へ声を張り上げた。

 

「本日我々タークス隊が私含め僅か三名しかいないのは、我々の怒りが、仲間を卑劣にも奪ったという憎悪が!ふくらみ爆発したからです。多くのプレイヤーが!カレンの弔いを、レンクスという罪人への粛清を求めている。そんな空気を、徒にこの場に持ち込んで混乱させないようにするためなんです!既に隊員の中には、彼の抹殺に動き出そうという意見もあります」

 

その言葉が、この言い争いに終止符を打った。今はもう誰として、ベノナの言葉に意を向ける者はいない。いやむしろ、この場にいる多くのプレイヤーが、その腹積もりを決めた様だった。ただ三人、彼をよく知る、キリトとレナ、そしてアスナを除いて。

 

「今回私が皆さんを招集したのは、この報告のためです」

 

彼は続ける。

 

「本日この限りを以て、我々タークス隊は“独立権限”を発動。元攻略組ソロプレイヤー“レンクス”をレッドプレイヤーと見なし、見つけ次第抹殺します」

 

下された、あまりにも無慈悲な判断。“独立権限”それはいかなる組織からも独立した、“監視者”たるタークス隊だけが用いる、最高権限。攻略組、ひいてはこのアインクラッド全体の平穏を脅かす要因を速やかに排除する、アルティメットオーソリティーたる強権。攻略三大ギルドの、肥大しすぎた権力が引き起こした《血盟団事件》という、起きてはならない事件などが、二度と起きないように。一度この権限が隊長たるベノナの手によって下された場合、たとえ何人たりともその発動を拒むことはできない。たとえそれが、どれだけ大切な“友”であろうとも。キリトもレナも、ソレは理解している。だからその決定を、ただ黙って見守るしかできなかった。たといそれが間違った決定だとしても、その証拠はあまりにも決定的で。しかし、この場でただ一人、アスナだけは違った。彼女だけは、絶望の淵に立っていても、なお考え続け、繰り返していた。

 

例えば、あの時の自分に、反対すら振り払って意見を通すだけの意思があれば。もしかすれば、この場に満ちる、彼への欺瞞そして憎悪も、この結果も違ったものになっていたかもしれない。レンが、無実であるなんていう証拠はどこにもなく、あるのはひたすらにそれと反対の物ばかりだ。だとしても、アスナにはそれは違うだろうという、確信があった。あの日に、

 

『えーっと、大丈夫か?』

 

ああやって助けてくれた彼のその姿は、嘘偽りのない本物のはずなのだから。そう、たとえ証拠がなくても、彼は大切なn“仲間”なのだ。ならば、今こうして罪人と祭り上げられているレンを助けることができるのは、他でもないアスナたち“仲間”だ。例え証拠がなくても、今まで築き上げてきたてきた信頼は消えない。その時、彼女は今自分が何をなすべきか、その明確な答えを得た気がした。血盟騎士団の副団長だとかこの対策本部の指揮官だとかに関係なく、一人のプレイヤー、一人の人間、いや、彼の“親友”として、彼を信じる。正しさだけでは、世界は回らない。嘗ての何時かのように、今度は私の番だと。ならばもう迷わない。大丈夫だ。見えていなかったはずのその道しるべは、今ちゃんと目にしている。

 

「ああそれと」

 

そこで思い立ったかのように、ベノナがアスナの方を見やった。

 

「彼の()()()へは近づかないでくださいね。我々が、有力証拠として調べたいので」

「えっ?」

「ではこれで、私たちは失礼します」

 

思いもよらぬ、脈絡のないその唐突な発言に、困惑の色を強めるアスナに対し、ベノナはぺこりと丁寧な仕草で一礼すると、彼の部下を引き連れてその場を後にした。

 




輪の都の旅は長かった。情報封鎖して初見攻略してたらもー時間がかかる時間がかかる。やばかったです。自分技能特化ビルドなんですが、純技ではなく生命力にあまり降らず魔力に振った技魔ビルドなんで敵の攻撃が痛い痛い。輪の騎士はマジで死ねた。

仁王はマジで伊達政宗カッコ良すぎて震えた。後マリアさんいつ姿写し出来るようになりますかね?時計塔にマリア戦を思い出して一人興奮したのはナイショ


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Ep51: At lunchtime

作者は決してイギリス嫌いではありません。寧ろ結構好きな方です。なんたって007の発祥地ですし。けれど友人の話を聞いてると、思わず書かずにはいられなかった。


「………」

 

別にどうこうしたいワケではなく、目の前の皿に盛られた付け合わせのポテトを、キリトは右手に持つフォークで転がしていた。

 

「どうしたの?食欲がないの?」

「ああ……いや……」

「?」

 

そんなキリトを見、レナが声をかけてみるものの、先ほどからずっとこの調子。要領を得ない生返事ばかりが返ってくるのみで、どこか上の空気味。これには、妻として彼の一番の理解者であると自負するレナも、きょとんと眼を瞬かせることしかできなかった。どこか調子が悪いのだろうか。いや、そんな筈はないはず。じゃあ食事が気にくわなかったとか?いやいや、いっそすがすがしいくらいにグルメな彼の事だ。どんなゲテモノ、異色を放つ食材ですら美味であれば食べようとする彼の食通ぶりからしてこのランチが気に入らないわけがない。

 

ムムム、やっぱりここのポテトは美味しいではないか。外はカリッと、そしてジャガイモ自体がホクホクしている。なのに口当たりは軽やかで、揚げ物特有のキツさがない。揚げ物を食べる量が減ってきたら年を取ったんだとしみじみ自覚する人もいるらしいが、このフライドポテトならば、そんな人たちでもパクパクと、それこそスナック感覚で食べれるのではないか。NPCメシ、いと侮りがたし。でも、やっぱり料理は私の方が……いいよね?フォークに突き刺したポテトを口の中へとほうりこみながら、レナは知らず未知のシェフと戦っていた。

 

あの会議が、彼らの予測しうる中で一番最悪の結果にて幕引きとなった後、とりあえずは何か腹に入れようかと、街の中央区へと足を運んで少し遅めの昼食とありついていた。この街――つまり、レッドプレイヤーの手によって前線が六十九層へと繰り上げられたときに、対策本部を思い切って上げた――《ビックベン》は、その名の示す通り現実のイギリスを彷彿とさせる巨大な時計塔がシンボルの層だ。

 

ベースとなった時代は大英帝国の絶頂期、王室はヴィクトリア女王が統治していた産業革命期だろうか、石畳の道の上を軽やかに走る馬車と無数に聳え立つ煙突からもくもくとあふれる煙が空を覆わんとするその光景は、このアインクラッド内でも目新しい趣がある。発展しているのは主に鍛冶関連の技術、そしてそのほか生産系の技術だが、その手の者、生産職に従事するプレイヤーからすればまさにこの場所はかの楽園もかくやと言わんばかりの理想郷である。最高級の素材がこれでもかと言わんばかりに流通し、今までとは一線を画す上位互換スキルが手に入る。未だに多くは解明されていないこの層だが、一説によると生産系のクエストがそのほとんどを占めているのだとか。

 

当然、食文化に関してもイギリスのソレに準じており、彼らが街の食事処で頼んだのはその名を世界に轟かす……かも知れないティピカルなフィッシュアンドチップス。が、現実世界でまことしとやかに語られる“イギリスの食文化は壊滅的”神話はここでは違うようで、意外なことにこのアインクラッド内でもかなりおいしい部類に入る。初めてこの層で食事をとったときはかなりの勇気を必要としたものの、蓋を開けてみれば驚きの結果であったことは彼らにとって記憶に新しい。

 

イギリスは発展と引き換えに食をポイしたとかまともな味覚を持っていないだとか散々な言われようだが、実際それはただ面白おかしく誇張しているだけではないのかとキリトとレナが口にしたところ、このメンバー内で過去に海外旅行でイギリスへと赴いた経験があるというアスナの語るところには、言いすぎな部分はあれども的を得ているらしい。美味しいイギリス料理を口にできるレストランはどこか、と現地の人に尋ねてみたところ、割と真剣な顔をして中華料理とかフランス料理を提供する店を紹介されたらしい。それでいいのかイギリス人よ、とアスナは幼いながらに感じたのだとか。

 

そもそも、人によってはコーヒーを泥水と称しティータイムを紅茶片手に優雅に嗜む文化がありながら食文化が乏しいというのは甚だ理解に苦しむが、そもそもの原因は産業革命がもたらした多大なる効率化のせいで労働環境が劣悪となり、生活水準が劇的に低下したからではないか、というのが有力な説だ。

 

だが、そんなにもおいしいフィッシュアンドチップスの味すら、今の彼らにはどこか上滑りしてゆく。その原因は、言わずもがなレンの事だ。そして、今キリトの脳裏を占めているのも、まさにそのレンの事だった。今、彼が受けているその嫌疑をゆるぎないものとしているのは、ここ六十八層にて起きたことが大いに関係していることはまず疑いようがない。例えば、“前提として彼に単身でボスを突破できるだけの戦力はなく、だからレッドと手を組んだのだ”など。あの場では、キリトは“レン裏切り者説”を支持する彼らの主張を否定することができず、またそれを可能にするだけの材料もなかったが、こうして時間のある今なら、落ち着いて考察することができる。

 

そもそも、キリトはレンがレッド側に堕ちているとは信じていない。アイツは、そんな冷血な人物ではないのだから。それだけは自信をもって言える。相棒の誤解を晴らす。そのために今自分ができることを一つ一つ重ねてゆく。例えそれで完全には無理だとしても、少しでもこの牙城を崩すことができるのならば……キリトにはそんな一抹の希望があった。

 

今回の会議を踏まえ、キリトは改めて“レン”というプレイヤーの戦闘能力について考え直していた。例えば、前提からしてはき違えていたとしたら?キリトの中では、レンにはフロアボスを単独で攻略できるだけの力はないとしているが、これはあくまでも“キリト”の考えだ。実際にはそうでないとするならばどうだ。そこでキーとなるのが、レンの持つユニークスキルたる《A-ナイファー》の特性だ。キリトの主観と、レン本人から聞いたことをまとめると、《A-ナイファー》とは超至近~近距離の対人に特化したスキルだ。高い機動性、そしてソードスキルに縛られない自由性。どうしてもソードスキルに頼るしかないプレイヤーにとって、レンは天敵そのものだ。もしこのゲームがデスゲームでなかったとしたら、その名を轟かせていただろう。そこら辺のmobに対しても、選択肢の多さを武器に小細工で対処できる。

 

だがこれが“フロアボス”となると話は全く違ってくる。理由として、ソードスキルを使えないが故にダメージソースを持ちえないということと、素の与ダメージ能力が低いこと、そして以外にも射程距離の短さがある。内臓のバネの力を利用して刃を飛ばすB-ナイフやS-ナイフは当たり前だが遠距離まで飛ぶだけの力がない。更にC-アックスやトマホークの飛距離は完全にプレイヤーの筋力ステータス依存のため、AGI特化のレンとは嚙み合っていない。

 

つまり、レンはどっちつかずなのだ。アタッカーとしてもダメージディーラーとしてもない、タンクは論外。かといって支援タイプと言われればそうでもない。ソードスキルが使えないために、他のプレイヤーとスイッチなどの連携も取れない。火力を叩き出せないが故に攻めあぐね、じり貧となる。レンが対Mob、とりわけフロアボスに対して力がないといわれるのはこれが原因だ。数多くのMMO、しいてはゲームをプレイしてきたキリトにならば、この性能にも納得ができる。PvPはいうなればRPGの醍醐味の一つだが、あまりにも理不尽なスキルは嫌われるのが常だ。明らかに、与ダメージの少なさは対人に焦点が置かれている。所謂“ぶっこわれ”や“厨性能”とされないための調整。バランスが取れているといえばある意味でそうだが、デスゲームであるこの世界ではデメリットでしかない。

 

そこまで考えて、キリトはある疑問を持った。確かにレンはフロアボスと相性が悪い。だからと言って役立たずなわけではない。まるで全体を見渡しているかのような視野の広さと、ソードスキルに縛られないその自由さでもって、要所要所でかゆいところに届く孫の手のような存在だ。ふと、キリトはある仮説に至った。

 

――もしかしたら、レンはその実力を隠しているのかもしれない。俺が、あのスキルをひたすらに隠すように。

 

それならば、レンが単独でフロアボスを撃破できる可能性も否定はできない。だが、あまり現実的な仮説であるとは言い難い。レンは、中層以下のプレイヤーの救援、支援活動を行っている。それは、死んでいったカズの遺志を受け継いでいるのだ、とはエギル談。そして、一口に救援とはいえ、言うは易く行うは難し。その過酷さを、キリトは身に染みて知っている。デスゲームであるこの世界では一つのミスが死に直結する。レベルキャップをクリアし、装備が整っていても死ぬときはあっさりと死ぬ。

 

キリトが忘れることはない、今でも鮮明に思い出すことのできるその記憶もそうだ。自分のステータスを偽り、仲間を欺いたその代償に失った、大切で温かかった居場所。あの時はキリトも当時ではレベルが高かったが、それでもサチとその仲間たちを守ることは叶わなかった。それだけ、“他人を守りながら戦う”というのは大変で、Mobに対して効率の悪い“A-ナイファー”を主軸とするレンならばなおさらだろう。つまり、力をセーブしつつプレイヤーを守り通すなんて余裕はないと考えるのが自然だ。

 

――じゃあ他に何がある?俺は、何を見落としているんだ?

 

脳内にある情報を、ひたすらに模索してゆく。ありとあらゆる可能性、仮定が生まれては消え……そして、

 

――そういえば

 

彼は、一つの疑問を新たに抱く。

 

――あいつ、いつからあんなに強くなった?

 

キリトは何度か、カズと会話を交えたことがある。その時に、カズは言った。

 

『レンは、たぶんそこまで強くならない』 

『どうして?』 

『あいつ、この世界に馴染めていないんだよ。不適合とかそういうんじゃなくて、感覚的にな』

『というと?』

『例えば、地球には重力があるだろ?けれどこの世界ではそんなのはない。つまり“接地感”が違う。リアルと同じ動きをしていても挙動が違う。あり得ない動きが、ここではできる。俺たちはその違和感を、“無自覚に感覚的に”消しているが、アイツはそうじゃない。自慢じゃないけど、俺とアイツって結構運動できるんだよ』

『へ、へぇ』

『で、意外なことにそういうやつに限ってフルダイブ型VRの世界に馴染めないんだ。そんな奴からしたら、異常でしかないからな。適応能力があるないじゃなくて、これもまた一種のセンスだから』

『なるほど』

 

この世界に、レンは馴染めていない。故に強くなれない。それが、カズがキリトへもたらしたことだった。言われてみれば確かにそうで、決して弱いわけではないが、あのグループの中ではたぶんレンが一番弱かった。そんな彼が、今となっては攻略組でも中堅に食い込むようになり、対人に至って《A-ナイファー》と相まってアインクラッド随一とまで噂されるようになった。一体、幼馴染だというカズをして強くはないと宣言されたレンは、ここまで強くなったのか。今までは人外じみた体捌きと広い視野で様々な武器を多彩に扱うその姿に気に留めもしなかったが、そんな和人の会話を思い出した今のキリトには、ソレが不思議に感じた。

 

――丁度あの時か……アイツの予想外の実力に驚かされたのは

 

蘇るは、キリトにとってのターニングポイントであり、当時の自分が自棄になっていた、雪の舞い降るクリスマスの日の事。ただ一つだけ、死んでいった彼女が今わの際に発した言葉の真意を知るため。狂ったようにひたすらレベルを上げ、仲間へ刃を向けたキリトを止めたのは、他でもないレンだった。

 

――『ふざけるなよキリト。お前、ここで人を殺すつもりか?』

 

背筋が凍りつくかのような、底冷えのするそのセリフは、今でも耳に残っている。あの時、キリトは確かに冷静ではなかったものの、それでも尚本気だった。なのに、気づけば雪の舞う夜空を見上げていたのは、キリトの方だった。勝算は十二分にあったはずなのに。今までのレンとは、明らかに“何か”が違った。

 

――アレは……

 

「キリト、ねぇキリトってば」

「あっ悪い。聞いてなかった」

「もぉ、ホント大丈夫?」

「うん、それで?」

 

頷き、キリトが聞き返すと、片頬をぷくぅと可愛らしく膨らませていたレナは、促すように視線をアスナへと向けた。目がかち合い、そこでアスナは口を開く。

 

「私、一度レン君の事を詳しく調べてみようと思う。嘘かホントか、私自身の手で」

 

それはとても凛とした口調で、そのしばみ色に瞳には、強い決意の色があった。

 

「こうなった責任は私にある。あの時、私にそれは違うといえるだけの勇気があれば、こんな風にはならなかったかもしれない。だから、これは私がするべきことだと思う」

「私も、アスナと同じ気持ちなんだ。だって、あのレンがこんなことするはずがないもん」

 

レナが頷く。同じ理由、同じ目的があって彼女たちは決意していた。特にアスナには、その思いが一層表れている。二人は、決意に滾々とくすぶる瞳を、神妙そうに黙るキリトへ、同意を求めるように向けた。そしてもちろん、己が発するべき言葉を、キリトは既に理解している。

 

「解ってるさ。丁度、俺も同じことを考えていたんだし。むしろ、レナ達が行ってなかったら俺が言ってた」

 

安心したように、二人はほっと息を吐いた。そうと決まれば話は早い。真か偽りかを調べるために、必要なのは情報だ。

 

「それで、どこから手を付ける?」

「問題はそこだよねぇ……ホラ、今の私たちには有力な手掛かりがないんだしさ」

「だよな、さてと……」

 

調べると決めたがいいが、問題はどうやって調べるか、だ。彼らには、レンの事を調べるだけのツテがない。攻略組の中で一番情報を有しているのは“タークス隊”だが、彼らがレンを“裏切り者”とした以上、頼ることはできまい。

 

「彼の……家を調べてみるってのはどう?」

「あいつの家……か」

「どこにあるか、キリト君知ってる?」

「いや、残念だけど知らなかった。それどころか、アイツが自分のホームを持ってるってのが驚きだ。いや、持ってて悪いわけじゃないけど……さ」

「ね、私もあの時は驚いちゃった」

 

キリトとレナの、その驚きは全く突拍子的なモノでも何でもない。主たる原因は彼の“A-ナイファー”の維持費の高さ故だが、彼は自他ともに認める貧乏神だ。懐は常にうすら寒く、火車なのは当たり前。いつもボロボロの、むしろよくそんな物件見つけたなと

称賛するくらいの格安の宿を利用しているイメージが強い。本人からすればもしかしたら甚だ不本意かもしれないが、残念ながらソレがレンというプレイヤーに抱かれた印象の一つ。それこそ、ベノナがあの場所で口にしなければ、キリト達は思いもしなかっただろう。

 

「意外すぎて、全く見当もつかないんだよな。アイツ、そんなこと一言も漏らさなかったし」

「うーん」

 

二人がそんなレンの家の場所で頭を悩ませている中、アスナは一人ある記憶を思い返していた。

 

***

 

アレはまだ妙に残暑厳しかった立秋後の頃だっただろうか。妙に蒸しっとしていて肌にまとわりつく騎士服がうっとおしかったその日は、攻略組の士気高揚のために全体を上げて一日休みとなった。アスナ自身、その決定は多少不本意ではあったものの、決まったものは仕方ない。どこか弾んだ表情の団員たちのお誘いをやんわりと断りつつ手持無沙汰となったアスナはふと何とはなしに三十二層へと涼みに行こう、と思った。その日の気候に正直なところ暑苦しさを覚えていたことも相まって、中々に魅力的に思えたソレは、すぐに実行に移された。当時よりリゾート地あるいは避暑地として人気だった三十二層《アマリゴ》の浜辺へと足を運んだアスナは、そこで偶然、波打ち際ギリギリの所一人で涼んでいたレンを見つけたのだ。

 

「珍しいこともあるのね。あなたが休んでいるなんて。明日は、雨でも降るのかしら?」

「それを他でもない攻略組の鬼軍曹“閃光様”が口にするのか」

「む」

「大体な、お前のなかで俺はどんな社畜生活を送ってるんだよ」

「あら、違った?」

「さぁ?どうだろな」

「ふふ。何よ、それ」

 

穏やかなさざ波をBGMにそよやかに吹く海風は感じていたうっとおしさを忘れさせてくれ、心地よかったのも相まっていつも何かといがみ合う二人の口ぶりは、皮肉を交えながらもどこか穏やかだった。

 

「気に入ってるの?この場所」

「まぁ、わりかしな。ここにいると、日々の喧騒がどこか遠くに感じられるからさ」

「そうね、否定はしないわ」

 

そよ風に煽られる自分の髪を指で搔きあげながら、その心地よさに目を細めてアスナは頷く。

 

「こんな場所に、マイホームでも建ててみたかったな」

「え?」

 

思いがけず、アスナからそんな気の抜けた声が漏れた。いつもぼろ宿を利用している彼の口から、まさかそんなことが出てくるとは思いもよらなかったのだ。すると、レンは不機嫌そうに眉をしかめた。

 

「あのな、どうにも誤解があるようだから言っておくが、俺だって好き好んでぼろ宿を利用しているんじゃないんだからな?」

「わ、解ってるわよ。それ位。うん」

「どーだか」

 

ジト目に視線をくれるレンをごまかすように、アスナはコホンと一つ咳払いをする。

 

「じゃあ、ここにマイホームを構えるの?」

「そうすると、一体いくら借金すればいいんだろうな。貸してくれるか?」

「イヤよ」

「ま、期待なんかしてなかったけど」

「じゃあどうして聞いたのよ?」

「さーて、アスナをからかうのは楽しいからじゃないか?」

「アナタねぇ……」

「おお、怖い怖い」

 

トーンの下がったアスナの声を意に返すことなくレンはくつくつと笑うと、パッとその身をはね起こし、波打ち際から海へと向かう。やがて海の中に足を浸すと、清々しいくらいに冷たくて気持ちの良い海水をその手ですくい、いきなりの行動に少々戸惑っていたアスナめがけて水をかけた。

 

「きゃ!」

「おっと手が滑った。今度はちゃんと当てないとな」

 

レンにより投げ出された水は、穏やかにカーブを描きながらアスナの座るそのとなり、先ほどまでレンが座っていた場所へと落ちてった。量こそ少ないものの、地面にはねた冷たいその水が、アスナの体を震わす。ああは口にしているものの、レンの表情を見て、アスナは確信していた。手が滑ったなどと、よくもまぁ口にできるものだ。常日頃から、サーカス員でも目指しているのかと尋ねたくなるくらい鮮やかにトマホークやC-アックスを投擲するレンが、ミスるわけなどない。あれはそう、間違いなく挑発しているのだ。いっそ小気味よい程に笑っているその顔が、何よりの証拠。ぷちっと、アスナは自分の中で何かが切れる音がした。今の自分を他人が見たら、さぞ朗らかに笑っているだろうと。

 

「よくもやってくれたわねぇ」

「へぇ、いい笑顔してるな。なんだ、やるのか?」

「上っ等よ!見てなさい、泣いて謝っても許さないから」

「はははナイナイ。アスナの腕じゃ、俺には届かないさ」

「言ってなさい。その余裕、いつまで持つのかしら」

「やってみろ、閃光様」

「もうあったまきた!!」

 

はははと笑いながら逃走を始めるレンめがけて、アスナも海水を救い上げ、その背中めがけて投げ放つ。イメージは投げ放つのではなく、救い上げたソレを、リニア―のように押し出すような感じ。そうすることで液体状の物を分散させることなく、鋭く投げ放てる。果して、アスナの狙い通り鋭く投げ放たれた海水はレンへと急接近し―――くるっと身を翻して飛び越えたレンによって回避された。

 

「そんな」

「ほら、上がお留守だよっと」

「きゃあ」

 

その上空から、レンが新たに投げた海水がきれいにアスナの体を濡らす。手からこぼれ、空地位に手分散したそれは量でいえばさきほどアスナが救い上げたのにも及ばないがいつもの騎士服ではなく、自分がカリスマお針子であるアシュレイさんに頼んで作ってもらったオフの時にだけ着るお気に入りの普段着は、その少ない水を受けて湿っていた。

 

「…………」

「あー、アスナ?」

「……の……」

「アスナさーん?」

「この色魔!変態!ホント信じらんないだから!!!」

 

もういくら濡れたっていい。そんなものは知らない。アスナは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の変態(レン)を除かねなければならないと決意した。アスナは《閃光》と呼ばれる泣く子も黙る血盟騎士団副団長である。鬼のように攻略を推し進め、副団長には人の心が分らないとか冗談半分に揶揄されながらも、その心は年相応の少女である。おしゃれだってするし、ちょっと有名なスイーツとかには心惹かれたりするのだ。故に、一人の乙女として、巨悪にして邪悪極まる行いをした色魔(レン)には必ずや鉄槌を下さねばならぬ。決して服が濡れて恥ずかしいとか、そんな姿を彼に見られるのは何故か嫌だとか、そんな気持ちは決してない。決して、ないのだ。

 

結果、完全にスイッチが入ったアスナによってその、世に恐ろしい乙女のプライドをかけたその泥仕合は優に一時間にも及び、結局レンが服を買いなおすということにて収束した。めでたしめでたし。

 

***

 

そんな記憶を思い出してみて、当時の自分の謎のはっちゃけ具合に顔を赤くしながらもまさかとは思うがレンのホームは三十二層《アマリゴ》にあるのではないかと思い至ったが、その考えにいまいち確信が持てなかった。そんな時だった。不意にアスナの横からヒョイっと手が伸びてきて、テーブルの上にある皿に残っていたフライドポテトを摘まんだ。アスナが何事かと慌てて後ろを振り向くと、そこにいたのは

 

「ウン、やっぱりココのはオイシーネ」

 

もくもくとそのポテトを咀嚼しつつ、隠されたフードの奥から三対のおヒゲをのぞかせる

 

「ア、アルゴ?」

「ヤーヤーレーナっち。久しぶりだネ」

 

金さえ積めば自身の情報すら商品にしてしまうといわれる“鼠”と名高いアインクラッドきっての凄腕情報屋、アルゴであった。

 




なんだこの、ラブコメじみた波動は
おかしい。如何してこうなった?

最初はこんなつもり無かったのに、一体なぜ?
でも書いてて楽しかった。
イギリスのくだりは留学に行ってた友人が口にしてたことです。白身の魚を揚げただけのフィッシュアンドチップスを如何してあそこまで不味く仕上げられるのか不思議で不思議でしょうがないと言ってたのが印象的でしたね。


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Ep52: Homelands/Memorials

世にも珍しい三連続投稿。実際自分でも驚きです。
近く天変地異でも起こるんでしょうかね?(KONAMI感


「アルゴ……お前、今までどこに?」

 

そう尋ねたのは、丁度アスナの対岸に座るキリトだった。

 

「オレっちにもいろいろあるのサ」

「色々?この一週間ばかり、ずっと音信不通だったろ」

「まあネ」

 

キリトの知る限り、彼女はレンが消息を絶った次の週よりその後を追うようにして行方をくらませた。当然、それを知るのはキリトのみならず、より多く――具体的には攻略組全体――のプレイヤーへと知り渡ることとなり、その母数こそ少ないものの、一部レンとの関連性を疑うプレイヤーもいた。そんな彼女が今、どうして自分たちの前に姿を現わしたのか――キリトは、その疑問を口にした。

 

「今頃、どうしてここに?自分が今、どんな立場にあるのか知らないわけじゃないだろう?」

「もちろん知ってるヨ。大方、オレっちの事を疑うプレイヤーでもいるんだロ?」

「それを理解していながらどうして?」

 

そんなアルゴはしかし、未だその横顔をフードの奥にひそめたまま、ただじっと佇んでいる。が、丁度その横に座るアスナからは垣間見ることができた。そのフードの奥、本来第三者からは隠されているはずの瞳に、ある種の“決意”のようなものがあることに。

 

「レンのことね」

 

その瞳を己のソレでしっかりと見据え、アスナは言った。それを聞いたアルゴの、結ばれていた口元がニヤリと上がる。

 

「お見事。流石はアーちゃんダナ」

「レンの事?アルゴは何か知ってるの?」

「知ってるサ。今最もアツい情報ダヨ」

「それを俺たちに?」

「そーだョキー坊。一つ買うかい?」

 

パサリとフードを払い、露になった素顔を向けながら、アルゴはテーブルに座る皆へと試すような口調で尋ねる。それは、情報屋“鼠”のアルゴとしてではなく、皆の仲間である“アルゴ”としてのようでもあった。アルゴがその“情報”をタークス隊へと売らずにキリト達を真っ先に尋ねたのは、それこそが最適解であると自分で確信しているからに他ならない。“レンは裏切り者だ”と決めつけるのではなく、未だ仲間として彼の事を信じているアスナ、キリト、レナであるからこそ、この“情報”は相応しいだろうと判断していた。そして、そんなアルゴが向けてくれる信頼に応えぬ道理もまた、三人にはない。

 

「判ってるわ、アルゴ。売って、その情報」

 

その返答に満足したかのようにアルゴは一つ頷き、その表情を再び“アルゴ”としてのものへと変化させ、蠱惑的でどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「アーちゃん達は運がイイ。この情報量は丁度タダダヨ」

 

***

 

「……あいつ、こんな所に居を構えていやがったのか……」

「驚いたカ?」

「そうね、多少なりとも驚くわよ。まさかレンがこんなところにホームを借りてるなんて、予想すらしなかったんだから」

「むしろ、レンはそれを狙っていたのかもね」

 

レナが口を開くが、それに先行するアルゴがいやいやと首を振った。

 

「おそらく違うナ。オレっちの調べだと、ここら一帯の物件単価は、何故かほかの層よりもずいぶん安いんダ」

「じゃあ……」

「アーちゃんが今考えた通り、レンがこの場所を選んだのハ、たぶん安かったからだヨ」

 

がっくりと、そんな斜め上を行く理由に、キリトは思わずずっこけそうになった。レンらしいといえば非常にレンらしいが、あれこれと思考を重ねた自分たちの労力を返してほしいものである。隣に座るアスナも同様に呆れはしたものの、それをおくびに出すことはせずに周りを流れる風景を眺めていた。まず目につくのは、灰色色ばかりな石造りの建物へ《青》の彩を添える巨大な《水路》だ。建物と建物を縫うように張り巡らされた水路は、どことなく人体に広がる血脈を連想させ、行き交う大小様々なゴンドラはさしずめ、“水”という名の血液をたゆたう赤血球といったところか。ここでの暮らしは、全てがこの“水路”を中心に回っているのだ。おいしそうなニオイの立ち込める食事処も、ちょっと興味を惹かれるきらびやかな装飾品を売っている露店も、それに連なる家々も、全てはこんな水路と寄り添うような作りとなっている。第四層主住区《ロービア》、階層デザインテーマが水路と設定されているこの独特な場所は、第一層から三層までとは大きく違う顔をのぞかせ、とても鮮烈な変化を感じさせる場所であり、アスナ達にとっても様々な思い出が残る場所でもあった。こうしてユラユラとゴンドラに揺さぶられている間にも、アスナの脳裏には実に様々な記憶が思い起こされていた。今となっては懐かしい、例えば自分たちが一から素材を集めて作った、あのきれいな船の事だとか、迫りくるダークエルフ軍の襲撃から皆で一致団結して守った砦の事だとか、その後にキズメルと共に当時はまだ拙なかった《裁縫スキル》で作った水着を着て一緒に入浴したことだとか、様々な記憶が浮かんでは消え、しかしてその懐かしさは、アスナの沈んでいた気持ちを確かに軽くさせた。

 

「懐かしいわね……」

「そうだね、なんだか昨日の事みたい」

「そうか?俺としてはそこまで思わないんだけど」

「もぉ!キリトってばほんとデリカシーがないよね」

「なっ!!」

「ニャハハ、《黒の剣士》サマも愛妻の前ではかたなしカ」

「そうみたいね」

 

言われてもの言いたげな表情のキリトを差し置いて、アルゴとアスナの両名は顔を合わせてくすくすと笑った。そうこうしているうちにもゴンドラはゆったりと水の上を滑ってゆき、やがてメインとなる水路を二本ほどそれた静かな住宅街にて舫い杭に縄を通した。

 

「お客さん方、つきましたぜ」

 

毎日のオール捌きの賜物なのだろう太い筋肉質の浅黒い腕が印象的な麦藁帽の水夫が、欠けた前歯を見せながらニカッと笑った。

 

「ありがとうございます」

「なーに。あっしはこれが仕事でさぁ。お役に立ててうれしいですぜ」

 

そんな挨拶を交わしながら硬い石畳の上へと降り立ったアスナは、先ほどまでゴンドラの上で揺らされていたためかフワフワとした感覚が残っているのを感じた。

 

「じゃあ、ここで暫く待っててもらえるか?」

「へい、料金は前払いで払ってもらってるんで、ダンナ方はゆっくりと用事をすませてくだせぇ」

 

キリトにそれだけ返すと、その水夫は懐より取り出したキセルを片手に煙草をふかしながらゴンドラへと仰向けに寝そべった。その立ち振る舞いは、相当年季の入っているだろうキセルに負けることのない実に堂に入った仕草だった。

 

「じゃあ行きましょ。お願いアルゴ、あんまりおじさんを待たせるのもあれだから」

「まっかせなさイ」

 

たんっと船から地面へと着地したアルゴは、コツンコツンと規則正しい足音を静かな街並みへと響かせながら歩きだし、それにアスナ達が続くようにして一行はレンのホームがあるというアル地区へと歩き始めた。

 

***

 

「そういえば、どうしてアルゴはレンのホームがこの場所だってわかったの?」

 

レンのホームへと向かうその道すがら、アスナは浮かんだ疑問を先頭を歩くアルゴへとぶつけた。進める歩のスピードは緩めることなくアルゴは後ろを振り向くと、両手を後ろに組んで何とも器用に後ろ歩きをしながら僅かにフードの先よりいたずらっぽくほのかに笑う口元をのぞかせた。

 

「そもそも、オレっちは前からレー坊がマイホームを持ってるコトを知ってたンダ」

「え?」

 

少々意外だった。相棒として、恐らくレンと一番関わっていたであろうキリトですら知らなかったその情報を、アルゴが知っていたというのは。そして同時に、どこにあるのかは知らなかったけどネ。と付け加えるアルゴを見ていると、なぜか心の奥にもやもやとしたいかんとも形容しがたい複雑な感情が芽生えるのを感じた。

 

「じゃあどうやって?」

「簡単サ。ココ最近、オレっちはずっと“タークス隊”の動向を探っていたのサ」

「はぁ?」

 

その横から、キリトの呆れたような驚いたような声が上がった。それが、ここ最近彼女が姿を見せなかったわけ。こればかりは、さすがのアスナも驚きを隠しえなかった。タークス隊と言えば、その秘匿性ももちろんだが何よりも情報収集能力の高さが際立つギルドだ。その情報網の広さは三大ギルドの持つそれすら軽く凌駕し、時にはそれを生業とする情報屋たちとのそれと肩を並べるときすらある。

 

「でもさ、ベノナは家の存在こそ知っていても場所までは知らないって……」

「チッ、チッ、チッ。レナっちはまだまだ考えが甘いヨ。甘々ダ」

「そうかな?」

「タークス隊は何よりも秘密主義みたいなトコがあっテ、時には有力な情報を自分たちの手で握りつぶすこともあるんダ」

「へーえ」

「攻略組じゃ結構有名な噂なんだけどな。リーダーのベノナが、かなり細かく部隊を指揮してるってのは」

「KoBの情報部門のミキヒコさんも言ってたわね。彼は元々KoBの団員なんだけど、そのときからかなり情報収集能力とその手腕があったんだって。タークス隊には、ウチよりさらに細かいルールもあるとか」

「そう。そんなタークス隊がSAO全体に影響を与えるかもしれない情報を持ってないハズがないだろウ?」

 

クスクスと、小さな肩を僅かに揺らしながら、アルゴが言う。再び前へと向き直り、アルゴは続けた。

 

「それに、レンの家の情報は意外と手に入れやすかっタ」

「何故?」

「とある夜に、オレっちはある隊員の話を盗み聞いたんダ」

「……相も変わらず、情報に関してならどんな危ない橋でも渡るんだな、アルゴは」

「当り前じゃないカキー坊。相手の知りたい情報を手に入れられないなんて、“鼠”の名倒れだヨ!それはマァいいとしテ、その隊員がポツリと漏らしたんだ。“隊長曰く、レンクスのホームは恐らく借家の可能性が高い。関連情報をそこに絞って洗っておくように、だってさ”ってネ。いざ調べてみると、このアインクラッドで借家管理するプレイヤーはかなり少ないんだナァーこれガ」

「借家?まさかと思うけどレンのホームってアパートなの?」

「そのまさかサ、ベノナがあたりを付けたのも、まずレンは年がら年中貧乏人だからラってことらしイ」

「うわぁ……」

「あいつ……」

 

レナとキリトの両名が、なんとも微妙な表情を浮かべた。“レンは貧乏性だから”そんな、なんとももの悲しい理由だけで芋づる式にとんとん特定されてゆくレンに、彼らは今の状況を忘れて同情の念がこみ上げてくるのを抑えきれなかった。

 

「……色々と、苦労しているのね。彼も」

 

普段、スキを見せては人をからかおうとする、おおよそ“苦労”の二文字とは無縁の生活を送っていそうなレンの姿を想い返しつつ、アスナはそうつぶやいた。

 

「レンらしい理由とは思わないカイ?」

「ソレにしたってなぁ……」

 

そうこうしている間に、一行はマレ地区でもさらに北東の場所へとたどり着いた。街路地より枝分かれする道を右手に曲がり、凡そ二ブロックほど歩いたところで、前を行くアルゴはその歩をとめた。つられ、アスナが顔を上げて仰ぎ見れば、その瞳に飛び込んできたのは外壁が少々くすんでいる、しかしそれがえもいわない独特の味を醸し出す一軒のこじんまりとしたケビン調の家だった。

 

「……意外とキレイなところじゃない?」

「だね」

「それでも、調べてみたら意外と安かったヨ」

「因みに?」

「月1万飛んで5600コルダ」

「安っ!!!」

 

想像以上の安さに、キリトは思わず己の耳を疑った。彼自身もマイホームの一つは所持していたし、今の住まいもそこそこ安いと自負していたが、提示された1万5600コルと言えば、軽く一分の三以下である。この規模にしてなんと破格なことだろうか。

 

「安いわね」

「安いね。ねぇキリト、私たちもここら辺に引っ越してみる?」

「カンベン」

「えへ」

「サァ、いちゃつくのもそこまでダヨ。調べなきゃならないんだろウ?」

「そうね」

 

小さく一つ頷いてから、アスナは古風な木目調のドアのノブの前へと歩み寄った。右手をドアノブへと伸ばし、冷たい金属質の感触を感じながら、ドアをたたく。

 

「ねぇ、レンいる?アスナだけど」

 

返事はない。やがて、アスナは意を決したようにドアを回したが……

 

「開くわけないよね」

「まぁ、フツーに開いたらそれはそれで驚きだけどさ」

「ブリーチングできそう?」

「……」

 

アスナの隣に立ち、キリトはそのドアノブの縦に入った木目に手を添える。

 

「たぶん、俺の筋力値なら余裕だとは思う。けど……」

 

このSAOでは、ほぼ大凡の環境物は破壊不可能オブジェクトだが、例えばダンジョン内の扉などはプレイヤーの筋力次第で破壊――これをブリーチングという――ができる。そしてもう一つ、宿屋或いはホームなどで、プレイヤーみずからが設定をオンにしていた場合。だがその場合、他のプレイヤーには解りようがないために実際に壊せるかは実行してみなければわからない。

 

「どうする?一応やってみるか?」

 

背中に背負った剣の柄に手を添えながら、キリトがアスナに目配せする。が、彼女は未だ決めあぐねていた。攻略組の安全――という観点であれば、ブリーチングを試してみて中を調べるのは十二分に有意義な話だ。だが果して、ソレが最善であるのかどうかは、今のアスナには判断できなかった。

 

「ほかに方法はないのカ?」

「ないだろ。SAOのドアロック設定は基本、“設定ロック”か“ID認証”か“キー”の三つ。普通なら、設定ロックにしておくだろうしな」

「フムフム、妙に詳しいんだナ」

「……色々あったんだ」

 

様々な出来事はあったものの、レナと結婚した際、せっかくだから新しい家に住もうということでこれでもかという位に色々な物件を見て回ったので無駄に詳しくなってしまったというのはキリトだけの秘密である。

 

「でも、キリトが知らないギミックがあるかも」

「例えば?」

「うーんとねぇ、“開けゴマ!”とか?」

「はぁ。あのなぁ、そんなバカなことあるわけ――」

 

ガチャリ、キリトがレナの相変わらずな破天荒(フリーダム)さに呆れ声をあげたその時、不意にその音は鳴った。よくアニメなどで聞く、機械仕掛けの乾いた単調な音。それは、つまり――僅かな旋律と、それをなお上回る多大な吃驚が、鋭くキリトに走った。

 

「ア……開いタ」

「ほらー!やっぱりモノは試しなんだよー!!」

まるでハトが豆鉄砲でも喰らったかのような顔――正にそんな表現がよく似合う曖昧な表情で目をぱちくりさせているアルゴと、いまにも飛び上がらんばかりに得意げな表情を灯すレナ。そんな光景を後ろから見ていた二人は、奇しくも胸中に沸いた同じ心持を口にした。

 

「ん/そんなバカな」

 

***

 

「……結局、仕掛けはわからないままだったわね」

「残念だったナ、レナっち」

「ホントだよー。せっかくキリトの鼻を明かせるチャンスだったのにさー」

 

ぷくーと片頬を膨らませながらすねたような様子を見せるレナ。そんな彼女の反応をかわいいなと感じつつ、努めて冷静に、キリトが返す。

 

「あのな、あんなのがホントに実装されてたら、真面目にブリーチングしようかどうするか考えてた俺がバカみたいだろ?」

「キー坊は実際バカだろウ?」

「おい……」

「そーなのよー。武器オタクでありながら防具オタクでもあり、なおかつ食通でさぁー。私の作る料理を『おいしい美味しい』ってハンバーグを出された子供みたいに目をキラキラさせながら食べてくれるのはうれしいんだけど、気づいたらすーぐ変な防具や武器を狩って(買って)きちゃってさー。この前なんか“弭槍”……だっけ?なんか弓と槍を組み合わせたみたいな武器を買ってきて『なぁなぁ、これすごくカッコよくないか?』なーんてさ。まったく、少しは家計の事とかも考えないとー」

「お、おい!」

「「………………」」

「まっ、ちがっ。これには誤解が……アスナさん?アルゴさん?その、ダメな人間を見るような目線で俺を見るのやめてくれません?」

 

二人の生暖かい目線がじっとりとキリトに注がれる。そんなコトを暴露したレナへと弁明の目線を乞うも、当の本人は何が楽しいのやらしたり顔でニヤニヤと笑いながら家の中へと踏み込んでいった。

 

「……変わってないね、キリト君」

「アスナァ……」

「そういうところも、キリト君のいいところだよウン」

「マったくだナ」

「う…………」

 

結果、そんな二人の眼を一人で受けなくてはならなくなったキリトは、如何にかうまい言い訳はないものかと考えに考え(一秒)

 

「ホ、ホラ、武器とかって消耗品だし!」

 

苦し紛れに、そんなことを口にした。

 

「「ハァ…………」」

「レナっちも」

「大変ね……」

「ぐっ」

 

自覚は十二分にあったために、二人の声は一層キリトに刺さる。

 

「まぁいいわ。私たちも中に入りましょ」

「そうだネ」

「ホッ……」

 

安堵に満ちた息を吐き、キリトもまた中へと入ってゆく彼女たちの後を追う。タイル調の床をカツリと自前のブーツが鳴らし、そこでキリトは、飛び込んできた内装のシックさに思わず息を呑んだ。安い物件、加えて今までのレンのチョイスなどを顧みるに、このホームも中々にボロイものだろうと考えていたが……そんな彼の考えは、いともあっけなく崩れ去ることとなった。外見の古ぼけさとは打って変わり、内装は暖かな色を基調。家具もきれいそのものであり、その一つ一つが、どれも互いの個を主張することなく一つと調和している。

 

「彼にしては良い趣味ね」

「ちょっと私好みかも」

 

成る程、確かにアスナとレナの言うとおり、この内装はあの貧乏性が服を着て歩いているようなレンのモノとは連想しにくい程にセンスが感じられるものである。そしてだからこそ、キリトはそんな感想を抱いたのかもしれない。

 

――まるで、“モデルルーム”でも紹介されているみたいだ、と。文句の付けどころのない、恐らくは万人受けするであろうこの部屋は、しかし“家”として大切な、“生活感”というものが致命的なまでに欠如している。住む人への配慮がなされた家具の配置。包み込むような安心感を与えてくれるその色合い。シーツに全くの乱れ一つもないベット。誇り一つ積もっていないテーブル。衣服一つ掛かっていないラック。家はあくまで住居だ。人が住み、外界とを隔てるプライベート空間だ。決して、ファッションなどではない。つまりは、そういうことなのだ。一つ一つがきれいに纏め上げられたこの部屋には、本来あるべきはずの“人”の存在が全く感じられない。

 

「本当に、これだレンの“ホーム”なのか?」

「……どうしてそう思ウ?」

「……整然としすぎている。なにもかもが、だ。ベッドのシーツ、ラックなんて見てみろ、防具どころか服の一つだってない。そりゃSAOはストレージに何でもしまい込めるが……」

「そもそも、あまりにも物がないよね」

 

しわ一つないベッドのシーツに指を這わせ、ふとアスナはある仮定に思い至る。はたして、 レンはこの部屋を利用しているのか?という疑問。根拠は多々あるもの、その一つが今アスナが指を這わせているベッドだ。まるでホテルにあるかのようにきれいなベッド。嘗て、家のお雇い家政婦である佐田さんからちょっと耳にした話によれば、所謂ベッドメイキングにはかなりのコツと技術が要求される作業であるらしい。確かに、彼女のホームにしつらえてあるベッドも真面目なアスナらしく相応にきれいではあるが、その道のプロである佐田さんが行ってくれた現実世界でのベッドメイキングにはどうしても今一つ見劣りしてしまう。少なくとも、それなりにはうまくできている自身があるが、それが佐田さんのようなホテルレベルかと問われれば、ノーと首を振るしかない。失礼な話ではあるが、アスナにはこれがレン自身の手によってなされたものであるとは到底思えなかった。

 

「…………ここ、レンは使ってたのかしら」

「どうだか。使ってるにしては少しばかり綺麗すぎるかな。この部屋は」

「キリトはモーちょっとだけ気を使ってほしいけどね」

「カンベン……」

「やっぱり、何も見つからないね」

 

ガサゴソと部屋を探っていたレナが皮肉交じりに立ち上がる。早い話で言えば見事なまでにこの部屋はモノ抜けの殻だった。もしかすればレンは、いずれこのように自分のホームが捜索されることを見越して早々に全てを撤退させたのかもしれない。どうあれ、今の彼らには事の真意を推し量ることもできず、あるのはただ振出しに戻っただけというその途方もない虚無感だけだった。

 

「はぁーあ。これからどうするか……ん?」

 

ドサリと、テーブルに備え付けてある椅子へと腰掛け、胸の内に溜まったその虚無感をを吐き出し、空を仰いだキリトは、その視線の先にあるモノを見つけた。

 

「どうしたのキリト?」

「これは……..」

 

目線は天井にくぎ付けに。キリトが発見した物とは、よくあるフロアライトの根元、そして天井の壁にある掘り起こしたような傷だった。その傷こそ古ぼけていて注視しなければ目立たないが、フロアライトにあるモノと天井にあるモノとで大凡半分ほどずれており、まるで元々の定位置を示しているようだ。それは、よくあるダンジョンモノの……ギミックにも似ていて――

 

「レー坊、一体何ヲ……」

 

気づけば、そんな彼女たちの声すら無視してキリトはまるで引き寄せられるかのように、椅子を踏み台にしてそれに手をかけると、本能が命じるままにフロアライトを回した。カチリッ小気味良いその音。そして同時に、部屋が暗転。だがそれも一瞬の内で、逆に光が戻ったときには、驚くべき光景が広がっていた。

 

「っ!!」

 

知らず、キリトは息を呑む。テーブルの先、本来なら木目張りの床がある筈のそこには、ぽっかりと大きな黒い穴が開いていた。と同時に、かすかに水の流れる音がする。楚々余暇に風が吹くところを意味するは、その先に空気の流れを作る外へとつながる道があるということだろうか。

 

「これは……」

「ダンジョンとかにあるのと同じような……隠しパズル?」

「まさか、そんなものがホームにあるなんテ……」

「……キリト君。これ如何思う?」

 

新たに目にした光景に驚きつつ、アスナがキリトへと尋ねる。が、キリトはすぐにはそれに返さず、たっぷり十秒ほどの沈黙を貫くと、やがて静かにもらした。

 

「……何とも言えないな。確かめるにはただ一つ。この先へ、行ってみるしかない」

 

或いはその先に、自分たちの探し求めていた答えがあるかもしれない。床に穿たれた穴を静かに見据えるキリトの瞳が、何よりも雄弁にそう語っていた。ポッカリと開いた口から、凪ぐように吹き抜ける風は、まるで、そうやって立ち尽くす彼らを誘い込むようだった…………

 

 

 

 




久し振りにアルゴを書いたような......
アルゴファンの皆様すいません。決して彼女を軽んじてる訳では無いです。

絡繰り屋敷って良いですよね。ルパン三世風魔一族の陰謀に出てくるようなやつ


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Ep53: Dungeon underground

アポクリファのアニメが放映されましたね。fgoで活躍する色んな鯖が活躍するのは嬉しいです。これを機会に、FGOから入った新規マスターは是非アポクリファを読んで見ましょう。原点のSNの方も今ならセイバールートのみ無料で出来ますよ!!(ダイマ


不気味なまでの“黒”をさらけ出す、ポッカリと穿たれた大穴を前にして、微弱ながらに流れる風に、栗色のさらさらとした髪は揺れながら、紅白の騎士服を身に纏った少女――アスナ――は、その意外なる深さに驚いていた。手を伸ばせば、絡みついてくるまでに濃密なその暗は、さながら“一寸先は闇”のごとく。一体この闇が、どこまで伸びているのか想像すらつかない。ふと、レナはストレージにしまってあったなまくらの短刀を取り出すと、それを徐に暗闇の中へとほうり込む。カツーン、カラーン……硬質の金属音は反響しながら遠ざかってゆく。そこでようやく、彼らは気づいた。その闇の深さに。やがて定期的に響いていた音は消え去り、耳に届かなくなる。

 

「……深いわね」

「何メートルだ?七?いや八?」

「キー坊の見立てで、恐らく」

 

元々、この層は水によって隔たれた場所。この家が層の丁度中心、中島に位置するとはいえ、確実にこの先は水路よりも下に伸びているとみて間違いはない。

 

「行ってみよう。この先に、俺たちが求めるものがあるかもしれない」

「そうね。どのみち、ここにいてもしょうがないわ」

 

キリトの声に、アスナが応じる。

 

「灯りがいるな……」

「俺っちが持ってるよ」

 

言って、アルゴはローブの下にあるポーチからごそごそとあるモノを取り出した。手に握られていたのは、ほのかに赤みを帯びた、直径三センチばかりの小さな石のような結晶だった。その結晶を、穴の底へと続く石畳へと打ち付けると、何てことはないただの結晶だった其の石は思わず目がくらんでしまうかのような強い光を発し始めた。

 

「これって……」

「“アンサズの石”だよ、レナッち。エルフたちの操る魔法、その神秘を宿したものサ。ホレ」

「おっと」

 

アルゴより投げ渡されたそれを、キリトは苦も無く受け取る。熾るまでに猛る石は、しかし直に触れてみても熱さはない。むしろ、その灯は穏やかで、弧を見守る親のような優しさ――安らぎがある。

 

「キズメルさんたちの居た、エルフの拠点を思い出すね、この光」

「だな」

 

懐かしむような声で囁かれたレナの言葉に、キリトが頷く。古く、しかし脳裏に刻まれた記憶がよみがえってくる。確かに、この石が宿す光は、ともに辛苦を過ごした森エルフたちの、心優しさと勇猛さを思い出させてくれる。このSAOにおいて、初めて数層をまたイベントクエストとして助け出したキズメルという名の玲瓏な女性剣士との冒険の数々は、今も彼らの記憶の中にあり続ける。そういえば、彼女は一体どうしているのだろうか――そんなことを考えながら、キリトは手に持つ石を広がる闇へと振りかざすと、白赤は黒を払った。

 

「階段か。やっぱり深いな。俺が先行するから、レナ達は離れずついてきてくれ」

「うん」

「わかってるわ」

「了解ダ」

「よし」

 

三人の頷きとともに、キリトは背中に背負ってある剣、夜天の空をその刀身に注ぎ込んだかのような魔剣――エリシュデータを抜いた。

 

もし、この先であいつが――そこまで至った思考をかき消し、キリトは初めの一歩を踏み出した。

 

***

 

もう何度、この道を歩んだろうか。キリトが照らすその光がなければ、一寸先すら見渡せぬであろうその道。一体何段を踏みしめたのかは分からない。ただ、私はかなり下ってきたという感触だけが確固たるものとして理解できる。下ってきたその先にあったのは、破棄された地下用水路だった。いや、その表現は正しくなかろう。囲む岩々はくすみ、ぼやけ、傷んでしまっているが、そこを通っている水そのものは綺麗だ。つまり、この水路は未だ“死んでいない”。恐らくは、地上にある水路とここが、どこかでつながっているのであろう。構造的には不可解極まりないが、そうでなければ説明はつかない。かすかに肌寒くなったその場所で、目がようやくこの闇に慣れてきたのか、先を行くキリトの持つ灯りがなくとも、アスナはある程度なら広がる景色を認識できるようになった。いくら人の眼が夜になれど効くとはいえ、現実ではこうも認識はできぬだろう。それもまた、この体――0と1からなるデータの集まりであるポリゴン体たるこの身だからこそできる業なのかもしれない。

 

「かなり広いねー」

「だナ。コレ、街全体に広がっているんじゃないかイ?」

「恐らくは、な。まさかこの層にこんなのが隠されているとは」

 

そこで、先を確かめつつゆっくりと足を進めるキリトが、進む歩を止めた。

 

「どうしたの?二人とも」

「何か見つけたのかイ?」

「アスナ、索敵スキルを立ち上げてみてくれ」

「え?」

「たのむ」

「……分かったわ」

 

その意図はつかめなかったが、とりあえずは言われたとおりにアスナは索敵スキルを立ち上げる。と同時に、脳内へサーチした情報が流れ込んでくる。

 

「え?……これは」

 

その流れ込んでくる情報量に、アスナは絶句した。

 

「どうだ?」

「どうだって……こんなの、おかしいわよ。この水路は……」

 

全く先が見通せない。索敵スキルの索敵限界範囲に届いているとかそういったレベルの話ではない。

 

「やっぱりアスナも……か」

「さっきから一体何なの?」

「見通せないのよ、私の索敵が。たった数メートル先の情報を」

「まさカ、じゃあここハ」

「一種のフィールド?いや違うわ。迷宮そのものなのよ」

「そんなっ!!」

 

最早悲鳴にも似た声が、レナの口から洩れた。キリトが突如として足を止めたその理由。それはこの場所が、ハイランカーたるキリト達の索敵スキルですら見通せぬほどの迷宮と化していたからだ。何の準備もなしにむやみやたらと進もうものなら、間違いなく遭難してしまう。ここは、そういった類の迷宮。加え、キリトほどのレベルに達したものですら阻害される最高級の。

 

「無理だ、この先は進めない。遭難してしまうぞ」

「どうしテ、こんな低層に、こんなものガ?」

「さあな。あるいはこれ自体が、何らかのクエストなのかもしれないけど……」

 

翳していた石を、キリトはそっと下した。

 

「ここに足を踏み入れてもなお、クエスト開始を現すウィンドウがポップアップしない。つまり、俺たちは正規の手順を踏んでないんだ」

「もし仮にこれがクエストなら、必要なフラグを立てないとってこと?」

「そう。RPGにはよくある話さ。どっちにしても、ここにいても無駄だから、一度地下に戻ろう。そうすれば……」

「待ってっ!!」

 

踵を返そうとしたキリトを、アスナの鋭い声が制す。

 

「皆耳を澄ませてみて。何か聞こえない?」

「何だって?」

 

目を閉じて、不要な情報を極力遮断し、同時に、索敵スキルの示す反応にも意識を向ける。例え子の迷宮によってその力が阻害されていたとしても、“音”だけはまた別だからだ。五感の内の一つだけに意識を集中させ、小さな音すら拾うようになったキリトの耳へと届くのは、地下水のゆるやかに流れゆく音と、空気が流れ漂ってゆく音。それ以外には、何も余分な音はない。

 

――アスナの思い違いか?

 

そうキリトが気を抜きかけた、その時だった。ドカンッ……ドカッ!!何かを打ち付けるようなその音が、かすかではあるが風に乗って確かに、この場所にいる全員へと届いた。

 

「何の音だろ?」

「力強い音ね。間隔も大きい」

「まさカ、コレって……」

 

そこでキリトの思考は一気に最高点まで引き上がった。間隔が大きく、力強さのある、何かしらの硬質な音。その音の正体は、おのずと知れてくる。何故なら彼らも、ここにたどり着くまでに実際にやろうとしていたのだから。

 

「まずい!!タークス隊だ!!あいつら、レンの家のドアをこじ開けるつもりだぞ」

「ブリーチング!?」

 

発したアスナの声色に、緊迫の色が高まる。彼らはこの地下室にくる際、入り口である穴へとつながる扉を開けたままにしていた。ならば、仮にタークス隊がドアをブリーチングしてしまえば、おのずとその穴を目にしてしまうということになる。そうなれば、この地下道の事も当然調べることになるだろう。そうなってしまえばまずい。何故なら今キリト達が置かれているのは、袋小路へとはまった“鼠”にも等しい状況。タークス隊という名の“猫”に見つかってしまえば、待っているのは“捕獲”だけだ。ただ、一つだけ違うとすれば、アスナ達にはまだ逃げ道が残されているということだろうか。ただその逃げ道が、遭難という名の確実な危険性を孕んでいるだけで。

 

「どうしよう?皆でハイドする?」

「ムリだよレナっち。俺っちやキー坊はともかク、アーちゃんとレナっちの二人は服が目立ちすぎるヨ」

「そもそもタークス隊のリビール力は化け物だって聞いたことがある。俺でもハイド出来るか怪しいぞ?」

「じゃあどうするのよ?」

「あーまってろアスナ。今考えてるから」

「まずその灯り!!」

「だめだよ!?何も見えなくなっちゃう!!」

「どっちだよ!!」

 

一転、場はまるでハチの巣でもつついたかのような大騒ぎ。普段、常人ならすくみ上ってしまうようなモンスターを前にしても動じない三人が珍しく焦っていた。ぶっちゃけ、こっちの方が彼らには何倍も恐怖を感じていた。そんな、若干三名があたふたとこーでもないあーでもないと慌てて対策を講じている中、仲間の一人であるアルゴは、ただ取り乱すこともなく自身でも不思議に感じるほど妙に落ち着いていた。

 

「この用水路に潜れば!!」

「ムリだって!!溺れるぞ」

「息も持たないわ!!」

「そもそもレナはトンカチだろ!!」

「あー!いったなぁー!!言っちゃいけないことを!!」

「事実だろ!!」

「痴話げんかは後にして!!」

「「痴話じゃない!!」」

 

普段からすれば目も当てられぬほどに動転している中でも器用なことで声を押し殺しながら策を論じる三人は、果たしてさすがというべきなのか努力の方向音痴というべきか。勿論、アルゴ自身にも慌てる心が全くないというわけではない。ただ湧き上がってくるそれにもましてなお勝る“確信”と“疑問”が、彼女の精神状態を安定にとどめていた。先ほどから、所有者であるアルゴへとある通知のウィンドウを発し続ける、ストレージ内の自立ぬいぐるみ(オートマタ)。通知ウィンドウのボタンをタップし、ストレージ内より実態化するシーケンスを経てアルゴの掌へとポスッっと乗ったのは、一般的なそれよりもなおさらに小さい、彼女のトレードマークであるおヒゲをまた同様に持つ、愛らしくデフォルメされた某仲良く喧嘩する世界的アニメに登場するその片割れ、鼠のぬいぐるみだった。懐かしさと、今でも色あせることのない記憶とが浮かび、こんな状況であるにもかかわらず、自然とその表情がゆるむ。両手の上にポスンと佇む小さな鼠は、頭を愛くるしく左右に揺らしながら、どこか聞き覚えのある音楽を流してくる。

 

「って、アルゴ?なんだそれ?」

 

慌てている彼らにも、さすがにその音楽は耳にしたようで、未だ焦りの色が消えないままも、アルゴへと尋ねた。しかし、アルゴはそれに取り合うことなくじっと首を振る続けているその首を静かに見つめ……

 

「キー坊!!その灯りを俺っちに貸してくレ!!」

「は?どーして?」

「いいから!!」

 

言い終わらないうちにキリトからひったくるようにして《アンサズの石》を手にした彼女は、そのまま石を正面に構える石造りの壁へと掲げ始めた。

 

「…………」

 

そんなアルゴの行動に三人は目を合わせつつも、ただ見守ることしかできない。

 

「あった!!」

 

程なくして、彼女は苔むし、すすけ、古ぼけた岩々の中から果たして読み通りカギを見つけた。一見何の不思議はない、積まれて壁となり汚れぼやけた岩々の一つの中に一つだけ、微々たる違いだがかすかに真新しい石がある。最早一片の迷いなく、アルゴがその石に手を伸ばすと、触れた瞬間、カコンと音を立ててその石が壁へと沈んだ。すると、今まで何の変哲もないただの壁だったはずのそれに、ほのかに黄色に染まった光が、長方形にも似た形で鋭く走り、ゴゴゴと地響きを縦ながら幅九メートルほどの穴を作り壁が移動した。

 

「これはッ!!」

「驚くのは後だ!!さっさと中に入るんダ!!」

 

最早時間がない。もうとっくに、タークス隊はドアをぶち破ってこの地下道へと続く穴を見つけていてもおかしくはない。今アルゴたちがいる場所は体感で二十メートルと離れていないハズ。逆にこれだけの時間をかけてなお見つかっていないのは奇跡にも等しい。であるからにして、アルゴはこの先に何が待ち構えているかなど気にすることなく、是非もなしにキリトとレナ、そしてアスナを押し込んでから、自身もまたその場所へと飛び込んだ。同時に、壁が瞬く間に入り口をふさぐ。

 

「あっ」

 

そこで、アルゴはハタと気づく。己が手に握っていたアンサズの石がないことに。

 

――マズイ

 

慌てて、如何にか戻ろうと体を動かすアルゴであったが、そんな彼女の行動を、遠くから聞こえてくる音が縫い付けた。いや、聞こえてくのではない。正しくは、響いてくる、だ。ほぼ石のみで形作られたこの閉鎖空間では、大凡すべての音が反響するは自明の理。闇に潜む彼ら四人の耳に届いたのは、複数人のプレイヤーの足が石を叩く音と、かすかな話声。

 

「…………長、………先………」

「…………です。い………………」

 

それらの音は確実にこちらへと近づいてゆき、

 

「光が……見えます!!……長!!」

 

“光”、その単語を耳にしたアルゴは、まるで心臓をわしづかみにされたかのような感覚に陥った。すんでのところでアスナがその口をふさがなくば、それこそ悲鳴にも近い絶望の声を上げていたかもしれない。近づいてくる足音は止み、その代わりに壁一枚を隔てたその会話が、不気味なほど明瞭に、四人の耳へと届いた。

 

「隊長!!光っていたモノの正体が分かりました」

「どうやら、光る結晶石のようですね。魔法……エルフたちの秘蹟ですか」

「ここに誰かいたのでしょうか?」

「まず間違いなく。穴の外にいたときには気づきませんでしたが、存外にこの場所は音が反響するようです」

 

感じられるあどけなさにそぐわない落ち着き払った敬語が印象的な癖のある声。隊員と思しきプレイヤーに“隊長”と呼ばれるものは、おのずとわかる。

 

――ベノナだとっ!!隊長のアイツが、どうしてここに

 

効果があるのかは分からぬが、息を殺して闇に潜んだまま、キリトは聞き耳を立てて静かに事の成り行きを静観していた。

 

「当然、私たちの存在にも気が付いているでしょう。……うかつでしたね。私たちは走るべきではなかった」

「すいません隊長。俺の気がはやったばかりに……」

「シンドのせいだけではありません。思わぬ発見を前に気を急いたのは私も同じです」

「……地下はまだ続いているようですが……追跡しますか?」

「いや、どうやらこの場所は迷宮化しているみたいですね。むやみな深追いは禁物でしょう。

「では?」

「地上部隊に連絡を。レンの家は封鎖します」

「了解しました」

 

はっきりとした声とともに、足音が一つ遠ざかってゆく。

 

「さて、地下水路ともなれば()()()の一匹や二匹潜んでいても不思議ではありませんが……」

 

せつな、それを聞いていた四人の呼吸が、例外なく停止した。何故、ではない。何気ないベノナのその声は、明らかにある種の志向性を孕んでいた。

 

――気づかれた?

 

ナイフを、喉元へと突き立てられているかのようだった。あまりの恐怖に、思考が呼吸するのを忘却してしまう。デジタルの下に成立するこの世界で、流れるハズのない冷や汗を、キリトは感じていた。本能がけたましい警鐘を鳴らす。今にも、隔てる壁が動き――

 

「なんて、そんなベタな展開あるわけありませんか。余計な空想に耽ってないで、私も地上に戻らねば」

 

だが、その壁は動くことなく、代わりに聞こえるのは、ベノナの遠ざかってゆく足音だけだった。

 

「「「「ぷはっ!!はぁはぁ……」」」」

 

欠乏した空気を求めて、喘ぐ声が等しく四人の口から洩れる。生きた心地がしない。それほどまでに、彼らはおぞましい何かに侵食されていたのだ。

 

「ば…….バレなかった?」

「分からない…………」

「ベノナは?」

「け……気配はないヨ。たぶん、穴に向かったんダ」

 

荒れた息は、いくらたっても正常に戻る気配がない。嘗てこれほどまでに、これ程の恐怖を覚えたことはあっただろうか。荒れ狂う呼吸をどうにか抑えつつ、アルゴはそんなことを考えていた。彼女自身、情報屋としていくつもの修羅場を潜り抜けてきた自覚はあったが、今感じていたものは、到底それらの物とはくらべるべくもないように感じた。一体、“アレ”はなんだったのか。気にはなるが、今はそれよりも先にしなくてはならないことがある。

 

「暗いナ……」

 

とっさの判断で飛び込んできたそこは、表の地下水路と同様に一寸先すら見渡すことのできぬ闇に覆われていた。

 

「とりあえずは、灯りがないと」

「替えの石ってないの?アルアル」

「いやァ、残念だけド《アンサズの石》はあれで品切れなんダ。レナっち」

「なら、何か別の方法を見つけなくてはいけないわね……」

「……とにかく、みな自分の居場所から動くな」

 

暗闇の中、姿なく飛んでくるキリトの声に、アスナも無言ながらに頷いた。自分たちは今、右も左もわからぬ“迷宮”の中にいる。であれば、この隠し壁のようなギミックが他にあっても何らおかしくはない。下手に動き、それらを作動させてしまってはマズイ。

 

「いいか?何も触れるなよ?絶対にだぞ?今何か考えるから」

「あっ」

 

キリトの、念を押すようなその声と、ガコンと何かの作動する音が聞こえたのは、なんの偶然であろうか全くの同時だった。

 

「ガコン?」

「わわわ!ごめん!」

「レーナァ!!お前なにしたんだ!?何芸人みたくベタな真似してくれるんだ!!」

「ワ、ワザとじゃないよ?ただ立ち上がろうかなって壁に手を伸ばしたら……」

「このドジ!!」

「あーあー!!まーたそうやって余計なことを!!いいわよ、そっちがその気なら今後キリトは夕飯抜きです!!」

「んな、それとこれとは話が違うだろ」

「んべー。乙女をもてあそぶ鈍感ちんにはこれで十分ですー」

 

相変わらず両名の姿は見えぬが、まぁ何ともほほえましいやり取りが聞こえてくる。このまま行く末を見守ってみたいが、今は状況が状況だ。既に辺りにはギミックの作動したことによる動作音が響いている。意味はないかもしれないが、腰に帯刀してあるレイピアの柄に手を添え、アスナは何が起きても瞬時に反応できるように警戒心を高める。その隣で、同じく金属のすれる音がした。恐らくは、アルゴのかぎづめ。単一であった音に他の音が混ざり合い始める。徐々に複雑化してゆくその音は、アスナの警戒心を刺激するには十分。カチリ。最後に一つ、そんな音がして、アスナがレイピアを鞘走らせようとする同時、闇一色だったその場所が燈色に明転した。

 

***

 

「くっ!!」

 

視界を塗りつぶしたその燈色の光は、闇に慣れた彼らの眼より視力を完全に奪い去る。普段なら何の問題もないその光源量も、今の彼らにとっては毒にも等しい。視覚情報の一切が遮断される中、アスナは何度か瞳を瞬かせてみると、ようやく目の機能が徐々に回復してきた。

 

「一体どうなったの?」

 

回復した目で辺りを見渡せば、アスナにとって驚きの光景がそこにあった。レナが偶然にも作動させたのは、どうやらこの部屋に設置された灯りをともすためのスイッチであったらしい。壁際に設置された灯火が曝け出したのは、闇に包まれていたその部屋の全貌。

 

「これハ……」

 

同じく視界を取り戻したのであろうアルゴが、アスナの隣で息を呑む。だが、そんな彼女たちの驚きも無理はない。何故ならば、彼女たちが隠し通路だと思っていたその場所は、そもそも通路ですらなかったのだ。大きさで言えば、一般家庭のリビングほどの大きさだが、決定的に違うのはその中心にあるのがテーブルではなくゴンドラであるという点だった。気の材質が良くいかされた、ニス塗仕立ての質素なゴンドラが、船台の上に乗せられたままの状態で放置されている。辺りの壁にはトンカチはハンマーなどといった代表的な工具が立てかけられており、アスナたちの立っている場所には、外の水路から水を引き込むための路が、船台の周りを囲むように設けられている。

 

「部屋じゃないわよね……ドッグ?」

 

その構造は、かつてクリアしたイベントのソレに酷似していた。レナは近寄り、船台に放置されているゴンドラの船首近くに刻印されていた文字を読み上げた。

 

「《J・A・C・K・D・A・W》……ねぇ、この船って……」

「間違いない。《ジャックドー号》。レンとカズが乗っていた船の名前だ」

「由来は……“ズル賢いニシコクマルカラス”だっけ?」

 

記憶を探りながら言葉を紡ぐレナに、キリトもはっきりとはしない生返事で応じる。何故彼らがそんな名をこのゴンドラに名付けたのかははっきり言ってキリトも覚えていなかったのだから。

 

「でも……どうして?」

 

こんなドックのような場所に、かつてのゴンドラを放置しているのか。アスナのつぶやきにはそんな意味合いが含まれていた。嘗てこの層が、未だ最前線であったころ。目の前に鎮座するようなゴンドラは、間違いなく攻略には欠かせぬものであった。ありとあらゆる攻略プレイヤーはこぞって関連クエストをクリアし、それぞれが思い思いのカスタマイズを施してフィールドへと漕ぎ出した。だが、そんなよく目にした光景も、やがては落ちぶれてゆく。フロアボスが打倒され、次の層へと攻略の手を伸ばした攻略組に対し、彼らの“足”であり“武器”ですらあったゴンドラに待っていたのは“廃棄”という残酷な二文字だった。キーアイテムであったゴンドラも、その層を過ぎればただの荷物に過ぎず、ただ維持費を生み出すものでしかなかった。ゴンドラに対しては並々ならぬ思い入れがあるアスナ達でさえ、使用したのはもう一年以上も前の話だ。

 

「何とも。ここがアイツの隠したかった場所なのか?」

「いいや、違うナ」

「は?」

 

はっきりとした口調で、キリトの考えを遮ったのは、今まで口を一度も開かなかったアルゴだった。皆の視線が彼女へと集まる中、アルゴは手に先ほどの鼠のぬいぐるみを抱えたまま、部屋際の壁を沿うようにして“何か”を探していた。

 

「何してるの?」

 

レナの問いかけにも答えない。アルゴはただ、己が持ちうる神経の全てを総動員して、この部屋に隠された“真実”を暴かんとする。他でもない“彼”が“彼女”へと残したメッセージに従って。そんなアルゴの行動は、傍よりそれを見つめるキリト達からすれば唯々不思議な光景でしかなかった。目の前に放置されているゴンドラには興味もくれず、壁を一心不乱に“何か”を求め見つけようとするアルゴは時たま右手に持つぬいぐるみに目をやりながら、じわじわとその位置を移動させ、やがて部屋のある一画にて立ち止った。

 

「なぁ、一体……」

「静かに!!」

 

ぴしゃりとキリトを制し、アルゴは空いている左手をあるモノへと向ける。

 

――反応はここから!つまり……

 

右手のぬいぐるみから感じる反応を確かに感じ取りながら、アルゴは自身の索敵スキルを立ち上げる。すると、探していたモノはちゃんと目の前にあった。

 

「あった!!」

「?さっきから何なんだよ、アルゴ?」

「見つけたのサ、レンが本当に隠していたモノ」

「なんですって?」

 

その言葉に驚くアスナたちを尻目に、言いながらアルゴは左手をこの部屋にただ一つあるランプへと手を伸ばし、何のためらいもなく壁に向かって押し込んだ。とたん、今日中の内に何回も聞いたことのある作動音が鳴り響いた。

 

「なに!?」

「今度は本当に何もしてないから!!」

「判ってるさ!!」

 

程なくしてその音は反響性をなくし、ある一点――丁度アルゴが立つ辺り――へと集中してゆく。

 

「アルゴッ!!」

「らしくないなァキー坊。ホラ、これがそうだヨ」

「!?」

 

得意げに話すアルゴがその身を翻すのと同時……先ほどまで壁だけだったはずの場所に、新たな扉が出現していた。

 

 

 

 




ジャックドー号の元ネタは当然アレですね。読者の中にもピンと来る人は居るでしょう。因みに別案として攻略組=英雄とかいう繋がりで名高いアルゴノーツにしようかとも考えていましたが、なんかしっくりこないためボツとなりました笑

そしてお気に入り登録者数500人突破有難うございます!


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Ep54: Hidden truth I

暑い。蒸し焼きになりそうです。水分補給しっかりしないと熱中症で倒れそうです。今回は少し長かったので前後半に分けました。


何故、彼女はこの部屋に隠されたギミック――その真相にたどり着くことができたのだろうか。アインクラッドにてその筋のプレイヤーで右に出るものなしとまで称される、情報屋としての洗練された経験、研ぎ澄まされたカンか。それとも単なる偶然にすぎないのか。はたまた、最初からそれを知っていたのか。可能性としては否定できない。そもそも、この地下ドックを見つけた時にも言えることだが、まるでそこに仕掛けが施されていると確信しているかの如く、行動に迷いがなかった。しかしそのどれもが、仮定としては正しく、そして致命的に間違いであるかのように、アスナには思えた。結局のところ、真相を知りたいのであれば、その本人に直接聞いてみるより外にはないのだ。であるからして、彼女がその答えをアルゴへと求めたのは、当然の帰結ともいえた。

 

「ねぇ、アルゴ。どうしてあなたは、このギミックに気が付いたの?」

「たまたまだヨ、って言ったらどうすル?」

「ちょっと信じられないかな」

「どうしテ?」

「だってアルゴの行動には、迷いがなかったから」

「私もそう思うな」

 

じっと、フードの多くからのぞかせるアルゴの瞳が、ただ真っ直ぐ、アスナとレナを見据え……やがて、力を抜くかのようにフッと肩をすくめた。

 

「相変わらず鋭いナ、アーちゃんは。判ってるヨ。後でちゃんと教えるカラ、先ずは部屋に入ろウ」

 

観念したかのように肩をすくめると、アルゴはさぁ入っタ入っタ。とかつぶやきながら左手を入口へと指さした。

 

***

 

アルゴに勧められるままに奥へと進んでいったキリト達だったが、新たに表れたその通路は恐ろしく狭く、人ひとり通るにもやっとという有様だった。

 

「狭い……」

「ちょっ、押すなよ」

「おっト、ごめんヨ」

 

四苦八苦しながら如何にか部屋の内部へと辿りついた一行ではあったが、やはりというべきなのか、今までと同じように見通すことが叶わないほどに暗かった。

 

「どこもかしこも暗いな」

「とりあえずライト探さないと……うーん、この辺りにありそう……あ、これかな」

「レナのそのライトに対する勘の良さは何なんだ?」

「さぁ?乙女のカンってやつじゃない?」

 

そんなたわいもない雑談を交わしつつ、隣の部屋からこぼれるかすかな光を頼りに手で壁を伝わせていたレナは、やがて指先に何かレバーのようなものがふれたのを感じ、迷うことなくそれを引いた。ガコンと音を立てて降りたそのレバーは、程なくして暗がりのみが支配していたその部屋を照らす古風なルームランプを作動させた。

 

「これは……まタ」

「レンの奴、なんか妙に子供っぽい趣味してないか?これじゃぁまるで、秘密基地みたいだぞ」

「その子供趣味筆頭が何言ってんだか」

「んな!?」

「正直に白状なさい?良いなぁとか思ってるんでしょ?」

「く……言い返せない」

「ホラやっぱり」

 

現れたのは、とても簡素な作業台……いや、作業机というべきものだった。ただし、その実態は先の部屋にあった作業ドックとは比べるべくもなく明らかに“異質”だった。

 

「何というか、学校の理科実験室みたいね」

「アスナってなんか好きそうだよな?」

「……どういう意味かしら?」

「いや、深い意味はなくて、なんかこうイメージ的に。すごく勉強できそうだし」

「アーちゃんはクラスの委員長役がピッタシだネ」

「実質今もそんな感じじゃない?アスナってさ」

「まぁ、言われてみればそうね」

 

ふと脳裏に思い浮かんできたイメージを口にしたアスナであったが、それは概ね皆の共通イメージであったらしい。それほどまでに、アスナが言い表したその表現が、的確に部屋の特徴を捉えていたのだ。この部屋に、ただ一つ置かれている家具たる大きな作業机、その上に置かれているのは、摩訶不思議な色合いをした液体で満たされたビーカー、フラスコ、アルコールランプのようなもの、バーナー、そして無造作に置かれた無数の投げナイフ、加工中と思しき何かの金属片、木などなど。

 

「あとは……人形?」

 

それらが乱雑に置かれた中でただ一つ、少し銀色にも似た灰色の毛並みを持ち、どこかの鼠と仲良く喧嘩していそうな猫に似たぬいぐるみが、古ぼけ、使い込まれた机の上にきちんと安置されていた。それを、アルゴは徐に手に取ると、どこか懐かしむような、それでいて微かに驚いているかのような何とも表現のしにくい目でしばし見つめた後、元の位置に戻すと同時に元々彼女が手にしていた鼠の人形をその横に置いた。

 

「これガ、オレっちがこの場所に難なくたどり着いた理由(ワケ)サ」

「この人形がか?」

 

それはキリトにとって、そしてその横で聞いていたアスナにとって、全く予想だにしなかった返答だった。二つ一緒に並んでいる人形を見やれば、確かに同じ意向の下作られたかのようにも感じる。しかしそれを加味してみても、彼らにとってはどこからどう見たって何の変哲もないただの人形にしか見えない。が、本当なのだからしょうがないとアルゴは続けた。

 

「確かニ、何も知らないとこの人形はただのぬいぐるみダ。ケド、これはぬいぐるみじゃなくて一種の自律人形(オートマタ)なんだヨ」

自律人形(オートマタ)?」

「自律人形の事でしょ?でもこれが?」

「オー、流石アーちゃんは博識だネ。そう、これは一種のオートマタ。でも、備わってる機能そのものはとても単純ダヨ」

「その機能って?」

 

レナがそう問えば、アルゴは猫の方のオートマタを手に取り、何やら耳の付け根あたりを軽く押し込むと、その手の上でオートマタが踊り始めた。

 

「これと対になるオートマタを持っているプレイヤーに対し、その位置情報を通知するんダ。“ビーコン”って言えばピンとくるかナ?オレっちがこの部屋に気づけたのもモ、まさにこの情報を受け取ったからだヨ」

「じゃあまさか、アルゴがレンの住処に気が付いたのは……」

「……だまして悪かったネ、キー坊。こうでも言わないト、信じてもらえないと思っテ」

 

ばつが悪そうに舌をチロリと出して、アルゴは未だに動き続ける猫のオートマタを再び鼠の隣へと置いた。

 

「そんなのいつ」

「悪いナ、アーちゃん。その情報だけは売れないヨ」

 

言いながら、自分でもずるいなぁと、アルゴは思う。しかし、これだけはどうしても譲れないのだ。過去にはあまりこだわることなく、また思い出などにもあまり深く固執はしないタチである彼女が数少なく、この大凡二年間の中で大切に抱えてきたものの一つだ。目の前で、納得がいかないとばかりに顔をしかめているアスナもまた、レンの事を心から心配しているのはわかる。だが、たった一日の、それも報酬によってとはいえ自分が大切に思っている人との思い出を独り占めしたいと思うのは、乙女の特権ではないだろうか。

 

「とにかく、言いたくないなら無理には聞かない。いいだろ?アスナ」

「……分かったわ」

 

渋々ながらも、アスナが頷いたのを見、キリトは机の方――アルゴが今立つ場所の横へと移動する。

 

「じゃあ、これがアイツの隠してたモノなのか?」

 

改めて、己の眼前に広がる光景を、キリトは一瞥する。不可解で、それでいて何の脈絡もない作業机。そこに、レンは何を隠したかったのかを見つけるために。そこで彼がまず目にとめたのは、机の上に散見される様々な用途不明の器具、そのうちのビーカーだった。大まかに見分け、ビーカーには大凡四種類、ないし五種類ほどの液体が満たされている。そのうち、キリトは無作為に禍々しい紫色の不気味な液体で満たされたビーカーを手に取る。ガラスをタップし、現れたウィンドウに目を通す。そして、ウィンドウに表記されていた内容を目にして、キリトは思わず絶句した。

 

「……毒だ。それも、かなり強力な」

 

努めて冷静に、言葉を紡いでゆく。

 

「毒ですって!?」

「それもLv10!?」

 

帰ってきた反応のどれもが、驚愕に染まった声であった。

 

「毒だけじゃない、こいつほどのレベルじゃないけど、麻痺毒に幻覚毒、石化毒。ここにあるのは、どれもそんなmobあるいはプレイヤーに状態異常を引き起こさせるやつばかりだ」

 

キリトが手にした毒の名前は、《グリムリーポイズン》。一見馴染みのない名前ではあるが、キリトの脳裏にある記憶、その残滓にその名前が引っ掛かった。

 

――“残忍な(グリムリー)?”そんなな名前のボスが、どっかにいたよな?

 

「どうしてレンがそんなものを?」

「どうやラ、これのためらしいネ」

 

声が上がったのは、彼女たちの後ろ、入り口当たりの壁に設けられている戸棚をあさっていたアルゴだった。

 

「ここニ、こんな資料があったヨ」

「おっと」

 

アルゴがばさりと手に取った写本を放り投げれば、キリトが難なくそれを受け止める。ボロボロの表紙には、掠れた文字で“各種調合リスト”と刻まれている。

 

「調合って……何のための?」

「これはあいつ特製の写本みたいだが、主に毒ナイフとかを作成するのに必要な調合リストだな。割合、組み合わせ、出来る毒の種類とか……内容は様々だけど」

 

キリトの脳裏に、ラフィンコフィンの幹部たる毒使い“ジョニー・ブラック”の姿がよぎる。

 

「あり得ないわよ、彼は、レン君は毒ナイフなんて」

「そウ、“使わないハズ”なんダ。レンは、毒ナイフ使いじゃないし、そんな手とは遠い人物ダ」

 

――いや、そうじゃない

 

アルゴの言葉に、その大半にはうなずきつつもキリトは内心首を振った。より正確に言い表すのならば、レンは毒ナイフ等を“使わない”のではなく“使えない”のだ。“A-ナイファー”に代表的な武器の全てが、カスタマイズ不可――つまり、強化や合成、及び改良ができないという。そしてレン自身、アルゴが言うように毒などを好んで使用するプレイヤーではない。こういった状態異常などは、ある意味RPGの王道のようなものだが、この世界の状態異常戦法はモンスターに対して有効とは言い難い。逆は理不尽なまでに効くくせして、多くのモンスターはプレイヤーが与える状態異常に対して恐ろしい程に高い耐性を兼ね備えている。もしこの世界がデスゲームと変貌していなければ、キリトはこの仕様を運営に抗議すること間違いなかった。よって、残るはプレイヤーに対して使用するだけだが、そんなこと、レンがするはずもない。だからこの部屋に置いてある毒の存在を、キリトはにわかには信じがたかった。

 

「何だってレンが毒なんて……」

「……兎に角、今はもっと情報を集めましょ。結論を仰ぐのは、それからでも遅くはないわ」

「アスナの言うとおりだね」

 

心なしか、いつもより力のないその提案に、レナは頷きながら脳裏によぎった嫌な想像を拭うように手を動かした。

 




後半に続きます。


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Ep55: Hidden truth II

秘密基地は浪漫ですよね〜


それから彼ら四人は、手分けしつつこの隠し部屋の中を隅々まで探しまくった。何か些細な事一つでもいい。ほんのちょっとしたことで構わない。兎に角、何かレンにつながる手がかりを見つけることができたのなら……そんな淡い希望を抱くまま、わき目も降らず探しまくる彼らだが、そんな彼らをあざ笑うかのように、得ることのできた手掛かりは無にも等しかった。勿論、何も見つからなかったわけではない。二人一組となって一緒に探していたレナとキリトは、机の下にあるスペースからそれぞれ毒で満たされた水槽のようなものを発見した。その水槽には、つっかえ棒のようなもので吊るされた投げナイフが無数に浸されており、十中八九、毒ナイフを制作するための道具であるのは明らかであり、それから類推して、やはりレンは何か、今までとは違うなにかを目論んでいるのではという位しか分からなかった。だがそれも、今レンがどこで何をしているのかという明確な手掛かりにはつながらない。得ることのできた情報らしい情報は、ただそれだけだった。

 

「ここが最後ね」

 

机の前に立ち、アスナが静かに言う。元々、お世辞にも広いとは言い難いこの隠し部屋だ。四人で探すとなれば、その効率は格段に高い。

 

「何かめぼしいものは?」

「何もなかった」

「こっちもダ」

「そう……」

 

つまりもう、最後に残ったのはここだけということになる。アスナは、再び目の前にある机へと目を向けた。唯一、未だ彼らが手を付けていないその場所とは、様々な器具が所狭しと置かれている机の上ではなく、その机に唯一設けられた引き出しだった。長さでこそ、この机の前兆大凡三分の一程度ではあるが、その分深さがかなりある。これなら見た目以上に大きなものも入るであろう。

 

「問題は、鍵がかかっている事よね」

 

そんな、いかにも怪しさ満点の引き出しを彼らが後回しにしたのは、一重にカギがかかっていたからだった。部屋を探し回れば、どこかにカギがあるかもしれないと考え、とりあえずは後回しにすると決めたはいいものの、結局見つけることができないままで今に至るというわけだ。が、だからと言ってこのまま素直にあきらめようとは、だれも考えていなかった。この隠し部屋に至るまでがやたら厳重であるくせして、その内部は驚くほどにフリーだった。想像はつきにくいが、もしタークス隊が先にこの場所を見つけていたのなら、もう言い逃れのしようもなくレンは犯罪者として告発されるだろう。そんな中でただ一つ、律儀にカギのかかっている場所があるとなれば、“何か”あるのではないかと期待してしまっても無理はない。特に、キリト達は今までにめぼしい手掛かりを得ていない分、その期待値は高まるばかりだ。

 

「どうする?」

「方法としては二つだな。ピッキングするか、壊すか」

「ピッキングスキルなんて持ってないわ」

「俺も。アルゴは?」

「おあいにク」

「じゃあ決まりだな、レナ」

「オッケー」

 

ほいきたといわんばかりに応えながら、レナは腰に下げていた鞘から蒼白く煌めく刀身を持つダガー、《ブルーアース》を手に取り、机の前――鍵がある部分へと歩み寄った。ちらりとキリトの方を見やり、彼が頷いたのを見て、彼女は机へとその刃を向け、

 

「ほっ」

 

机本体と鍵穴が存在するその隙間へダガーを滑り込ませた。ガキンッ、と鈍い音を立てながら、金属の壊れる音が響く。ささやかな夫婦への手向けとしてレンが用意した希少な素材を、最高峰のマスタースミスでもあるシェリーが加工して鍛え上げられたそのダガーはいともたやすく、鍵として機能していた機構を壊したのだ。

 

「これで開いたかな」

 

しゅたっとダガーを鞘へと戻し、

 

「んしょ」

 

取っ手へと手をかけると、そのまま一気に引き出す。立て付けが悪いのか、かすかな抵抗を以て引き出しが開く。と同時、なんとも言い難い独特の匂いが、この部屋にいる全員の鼻腔を刺激した。

 

「このにおいは何?」

 

ドック部屋でも、そしてこの部屋の中ですら感じられなかった、むせ返るように濃密なその匂い。

 

「けど、どこかで?」

「六十八層の時のフロアボスと一緒じゃない?」

「あっ、確かに」

 

その匂いを不思議に思いつつ、しかしどこかで既視感を感じていたアスナは、ふとその正体に気が付いた。どこかツンと鼻につき、それでいて何とも言い難い懐かしさを感じさせてくれるこのにおいは、レナの言う通り確かに六十八層の時に嗅いだ匂いと同じものだ。ただ、

 

「けど濃度が違う。あの時より、濃ゆくないか?」

「そうね」

 

その濃度は、六十八層の時に嗅いだそれとは比べ物にならないほどキツイ。鼻を右手で押さえつつ、キリトはレナへと問いかけた。

 

「で?中にはないかあったか?」

「あったよ。ビンっぽいものと……これは……本かな」

「ビン?」

「本?」

「そ」

 

レナが頷きながら取り出したビンと本を机の上へ並べる。

 

「この本……“アルゴの攻略本”だ」

「本当か?」

「うん」

 

彼女は机の上に置いた本を手に取り古ぼけてくたびれてしまったその表紙を皆へと向ける。

 

「本当ダ。オレっちの攻略本じゃないカ」

 

それに最も早く反応したのは、やはりその制作者たるアルゴ本人であった。彼女は、レナより受け取った攻略本のくたびれた表紙を、どこか懐かしむような手つきでそっとなで、掠れ見えにくくなった文字に目を通した。かなり見にくいが、その表紙には“大丈夫、おヒゲマークだよ!”という謳い文句と共に“第二十三層《マララッカ》”とある。

 

「マララッカ?また随分と昔の層だな」

「確かにね。もう一年以上前の頃に前線だった街よ」

 

アルゴの横から、キリトとレナが重ねる。どちらも、マララッカの存在は記憶しているが、その街が果たしてどんな場所だったのか、それがいつ頃の話だったのかなどは記憶していなかった。

 

「どうして、二十三層の本なんてしまってたんだろ?」

「わからないなァ」

 

首をかしげつつ、アルゴは流すようにパラパラとページをめくっていく。だが、中身は何の変哲もない、いたって普通の攻略本である。

 

――二十三層、二十三層……ウーン、何かアッタカナ?

 

何分、二十三層での出来事は彼女にとって何かと強烈に印象に残るものばかりだったので、これだ!と思う記憶が中々思いつかない。

 

「とりあえず、結論は後にしてもう少し調べてみましょ?ここに置いてあるってことは、何かがある筈よ」

「アーちゃんの言うとおりだね」

 

皆の眼が通しやすいように、本を見開きに開いたまま机の上へと置き、アルゴはページを一枚ずつめくってゆく。相変わらず、紙そのものはボロボロだが、中に記述されている文章の全ては未だくっきりと鮮明さを保っている。

 

「うわー、懐かしいね」

「こんなクエストもあったっけ」

 

その内容はどれもキリト達にとって懐かしさを感じさせるものばかりだった。

 

「でも、めぼしい情報はないわね……」

 

だが、アスナの言うとおり、いま彼女たちが求めている手がかりはどこにもない。結局、ここも外れだったのか……そんな、皆の胸の内に暗い感情が見え隠れし始めたころ、パラパラと半ば機械的にページを捲っていたアルゴの手が、ふいにピタリと止まった。

 

「これハ……」

 

思わず、アルゴは息を呑む。攻略本の半分も半ばあたりを過ぎたくらいのページ。そこには、本来記載されていないハズの記述――間違いなく、レンからアルゴへと宛てられたメッセージが、黒いインクと共に刻まれていた。

 

「見つけタ……やっと見つけた!!」

 

気が付けば自分の両手は震えていて、心臓はバクバクと早い脈を打ち続けるばかりだった。

 

「これがアイツの?」

 

アルゴに負けない位の興奮をその身に覚えながら、キリトはその記述を己の指でそっとなぞった。その隣から、アスナがゆっくりと、しかし微かに震える声でページに記載されていた分の内容を読み上げた。

 

『殉教者達の鐘が鳴り響きし時、嘗て勇者と賢者とが交じりし場所にて、穢れた羊は知恵を乞う』

 

「何かの暗号かな?」

「いや、これは暗号っていうよりむしろ……」

「謎かけじゃないかしら?レンは、私たちに何か伝えようとしているんだわ」

 

とはいえ、この記述が何かしらの謎かけであると分かったところで、アスナにはこの謎かけの答えが何であるかは見当もつかないでいた。殉教者たちの鐘、勇者と賢者の交じりし場所、穢れた羊。この謎かけを解くためのキーとなるであろう単語こそ拾えるものの、そのどれもが一体何を指すのか分からない。

 

「キリトやレナは解ける?」

「悪い、アスナ。俺にもさっぱりだ」

「ごめんね、私も」

「そう…………」

 

分かってはいたことだったが、SAOのほぼすべてに精通しているのではないかと錯覚させるキリトをして分からない謎かけとなれば、難解を極めるということに他ならない。

 

――賢者……知恵?いったい何が?

 

このSAOにおける、“知恵”とはいったい何のことだろうか。現実であれば、知恵とは様々なものを指す。例えば学力、例えば、記憶。教養の高さといったところだろうか。ならば、このSAOではどうだろうか?学力も、記憶力も、教養の高さでさえ、現実と同様“知恵”足りえる。そこに、最早疑いの余地はない。だが、このSAO――彼女たちいとってもう一つの“現実(リアル)”には、それら以上に大切な“知恵”がある。時には己の命運を分け、生と死とを分ける。そう、現実にもあり、そしてこのSAOにもありながらその優位度合の違う“知恵”……それは、“情報”に他ならないだろう。その時、脳裏へと伝わる電気信号の一つ一つが、火花を散らすかのようにスパークするかのような感覚が、アスナを襲った。

 

「ねぇ、アルゴ。あなたは何か知らない?」

「うエ!?」

 

突如、アスナは先から何か思いつめたかのような顔もちのまま壁に上半身を預けるようにして寄りかかっているアルゴへと質問の先を向けた。それはさも、一寸先すら見渡せぬ闇の中で、一筋の光明が差し込んだかの如く――だが、まだ足りない。自分がこの謎を解くために手にしかけたものは、パズルの中、無数に欠けたピースの一枚を見つけただけに過ぎない。だが、残りの欠けたピースを埋め合わせることができるのはアルゴしかいないだろうという確信があった。勇者と賢者――おそらくは、この謎かけを解くためのカギであるだろうキーワードの一つ、具体的に勇者が何を指すのかは分からないが、賢者とはつまり、アルゴの事を指しているのではないだろうか、と。そう考えれば、全てにつじつまが合う。巧妙に隠された秘密部屋。普通ならたどり着けぬであろうこの場所に来ることができたのは、間違いなくアルゴのおかげだ。オートマタにしろ攻略本にしろ、レンの手掛かりとなりうるファクターの全てが、何かしらのカタチでアルゴとつながっている。

 

突如話を振られたアルゴは、他の眼に見えて普段の彼女らしかぬ程に動揺の色が見えた。それでも、他人に悟られぬように隠すその技量は情報屋として名高い“鼠”なのだろうが、それでもアスナを始めとするキリトやレナなど普段から交流のある人間であれば、彼女が動揺しているのがはっきりと分かった。そして、それを見逃すアスナではない。彼女は、机の上に置かれた本を手に取ると、ズカズカとアルゴへと詰め寄り、彼女の前へズイッと本を差し出した。

 

「ちょっ、アーちゃん、近いヨ」

「知らない?」

「…………」

 

誤魔化すように笑うアルゴへと尚アスナが疑問を重ねれば、彼女は口をつぐみ、何かを言うか言うまいかと決めあぐねるかのように視線を落とし、やがて小さく首を振った。

 

「ごめん、アスナ。私もまだ混乱してて、はっきりとしたことは言えない」

「そう…………」

「“鼠”という情報屋として、“アルゴ”という私として、不確定な情報は口にしたくない。だから、私に少しだけ調べる時間をくれない?」

 

それは、情報屋である“鼠”のアルゴとしてではなく、仲間であるレンを心配する、少女(アルゴ)としての意見だった。口調もそうだが、何よりもアルゴの瞳に、強い光が宿っているのを見た。

 

――仕方ないか、ここが落とし処かな

 

不思議と、思いのほか自分が冷静なことに、アスナは驚いていた。やっと見つけた、レンへとつながるであろうただ一つの手がかり。冷静さを失い、アルゴを問い詰めていたとしても不思議ではない。だが、アスナは目にした、アルゴの瞳に宿る強い決意を。その時、澄み渡っていた思考で思い至ったのだ。アルゴも私も、思いは同じなんだと。あの時、嫌疑と仲間を殺された怒りが暴走してているのを止めることができなかった自分と、そんな彼の足取りも掴めず、間接的にこの事態を大きくさせた彼女も、胸の内にあるのは深い後悔とそんな己に対する歯がゆさだ。そして何よりも、レンを助けたかった。いつも一人で何でもこなそうとして、いつも一人ですべてを背負い込んで、かたくなに他人へ、自分の弱さを見せようとはしない。もろく、今にも壊れそうな強さで一人歩く、どうしようもなく不器用な生き方しかできない彼の支えとなれば。思いの丈に差異はあれど、その方向性に違いはないのだ。ならば、同じ志を持つ仲間として、信頼するのは当たり前なんだから、と。故に、アスナそれ以上言葉を重ねることなく、ただ静かに、本をアルゴへと託した。

 

「お願い」

「…………わかっタ」

 

すると、アルゴはそんなアスナの信頼を感じ取ったのか、ゆっくりと大切そうにその本を受け取ると、いつものようにニカッっとコケティッシュに笑って頷いた。

 

「じゃぁ、ソレはアルゴに任せるとして、こっちも調べないとな」

「こっち?」

「そう」

 

キリトが頷いて、テーブルの上に置かれていた容器を手に取る。彼はそのまま躊躇なく閉じられていた蓋を回すと、そのまま鼻に近づけて、反対の手で仰ぐようにしながらその匂いを漂わせた。

 

「……間違いないな。火薬の匂いだ」

「六十八層で漂っていた匂いと同じね」

「火薬…………」

「正確には、ブラックパウダー……つまり、“黒色火薬”じゃないかしら。日本の花火とかによく使われている種類の火薬よ」

「まったクアーちゃんの博識さには脱帽するヨ」

 

呆れたようにアルゴがつぶやく。確かに、彼女の博識さはキリトから見ても目を見張るものがある。クラスの優等生、まさしくそんなイメージがぴったりだな、と、彼は初めて彼女と会ったときに抱いたイメージを思い返す。そんなキリトを尻目に、隣でその瓶を眺めていたレナが、難しそうな顔で疑問を口にした。

 

「でもなんで?毒とか何やらは百歩譲って分かるけど、火薬なんてこの世界で使うの?」

「…………そうなんだよな。“剣が織りなす仮想世界”って言うのがこのSAOの謳い文句だったんだけどさ、βテストの時から本当に剣やらの近接攻撃以外実装されていないんだよ。こういったRPGにはお約束と言ってもいい程に定番の魔法すら、排除する徹底ぶりだからな」

「そんな世界観で、当然“銃”とか“爆弾”とか出てくるのは、可笑しいわよね」

「RPGって界隈は色々と複雑だかラ、こういった作品特徴みたいなものがないとすぐ飲み込まれてしまうんだヨ。ゲームあまりしたことなさそうなアーちゃんは知らないかもしれないけド、一昔前に“死にゲー”ってジャンルが大流行した時期があってネ。その頃は“~~ライク”ってそりゃもう同じような内容のゲームがあふれたモノサ」

「“ゲームをあまりしたことがない”って、それはちょっと偏見じゃないかしら?」

「オヤ、違ったカナ?イヤァ、初めてアーちゃんと会った時のことを思い出すヨ。あの頃はとっても初々しかったなァ」

「む…………」

「やめときなよ、アスナ。アルアルには逆立ちしたって勝てっこないよ」

 

くすくすと、からかうように笑うアルゴを横目に見ながら、キリトは手にもつビンへと向き直り思考を埋没させる。どうにも、ある予感が、彼の脳内を張り付いて離れなかったのだ。

 

「キリトってば難しい顔して、何か分かった?」

「……….だーめだな。さっぱりだ」

 

イヤー困った困ったと笑いながら、キリトは瓶のふたを閉めると、そのまま引き出しの中へと直した。

 

――いや、まさかな

 

そんな白々しい態度をとるキリトへと一斉に冷めた目線が集まるが、どうやら問い詰めようとは考えていないようだった。それに、内心キリトはよかったと息をつく。

 

「それじゃ!深く考えててもわからないし、とりあえず外に出よっか!」

「待てよ、バカ」

 

小躍りしそうなくらいにルンルンな彼女の襟を、キリトが手早くつかむ。同時、首が閉まったかくえっと可愛らしい悲鳴を上げながら抗議めいた視線を向ける彼女を無視して、キリトはそっと出口方面にあたる壁の方を指さした。

 

「なによっ!!」

「馬鹿正面から出る奴があるか。忘れたのか?レンの家はタークス隊が封鎖してるんだぞ?」

「あっ!!」

「はぁ、相変わらずお転婆というかなんというか……見ているこっちがハラハラする」

「むー、じゃあ他にどうするのよ」

「……それは今から探す」

「あっ!!自分もいい案がないんじゃない!!」

「素直じゃなくてひねくれてるアイツの事だ!!どうせどっかに別の出口があるにきまってる!!」

「何それ?根拠なんてないじゃん!!」

「カンだ!!」

 

二人とも至って真面目に議論を交わしているのだろうが、傍からソレを俯瞰しているアスナとアルゴの二人には、まさに熟年夫婦のやり取りのソレにしか見えない。気のせいだろうか、今日は何だか、ほほえましい二人のやり取りを見る機会が多いような、無性にブラックコーヒーが飲みたい気分なような、とアスナは思う。そこで、彼女はそんなやり取りを交わす二人の表情が幾分柔らかくなっていることに気が付いた。

 

――そっか

 

その理由は、考えるまでもない程には明快だ。皆、自身が思っている以上に切羽詰まっていたのだ。仲間へと掛けられたいわれのない“嫌疑”、それらを裏付けするかのような不安要素の数々。袋小路のように先の見えない進展のなさ。そんな様々な不安要素が、本人たちの知らぬ間に少しずつ精神を蝕んでいっていたのだ。

 

――らしくなかったな、私

 

ふっと、アスナの表情に笑みが浮かぶ。進展は少しだろうが、確実に“前進”したという安心を感じたからだ。

 

「ハイハイ、二人ともそこまで」

 

パンパンと、アスナが手を叩く。

 

「仲がいいことは結構だけど、今は他の出口を探しましょ」

「まったク、お似合いだ、お二人サン」

「「どこが!!」」

「オット、失言だったカナ?」

 

口では否定しているのに、顔を真っ赤にしながら全く同じことを言うキリトとレナの表情が、やけに印象的だった。

 

***

 

「足を滑らせないように気をつけろよ」

「わかってるサ」

「暗いしね」

「そう、特にレナ」

「はいはーい」

 

少しふてくされたような、そんな返事が返ってきて、キリトは再び壁から生えた足掛けへと足をかける。あれから、彼らは他に出口がないかと部屋中をうろつき、そしてドックがあった場所で今上っている場所を見つけた。言い出しっぺであるキリトではあるが、まさか本当に他の出口が見つかるとは……と内心呆気に取られていたのは秘密だ。

 

「ホント、何なんだここは」

「キリト君の気持ちはすっごい分るよ、うん」

 

往々にして、秘密基地というのは男子のロマンではあるが、それにしたってこれは流石にいかがなものか。そんな芋愛が、二人の会話には含まれていた。

 

「それにしてモ、随分と深かったんだナ、ココハ」

「どれくらいかな?」

「どーだろネ」

 

場所が暗いが故に、ゆっくり少しずつ上がっていっているというのを加味しても、彼らはもうずいぶんと梯子を上っている。中にいたときには気が付かなかったが、あの地下ダンジョンはかなり深い位置にあったのだという証拠だ。

 

「たぶんそろそろ…...あた」

 

何かに頭をぶつけ、先頭を行くキリトの足が止まる。

 

「何だ?」

 

毒づきながら手を伸ばせば、何ら硬い感触が戻ってきた。

 

――出口か

 

キリトは左手に力を込め、その感触を思いっきり押し上げる。すると、ガコッという音と共にまぶしい光が差し込んできた。

 

「着いたみたいだぞ」

 

登り切った彼らを、痛いくらいにまぶしい太陽の光が出迎える。

 

「あーやっと着いたぁ」

「長かったわね」

 

周りを見やれば、すぐ水路を挟んだ向こう岸に、レンの家がある中島が見えた。

 

「どうやラ、あの地下ダンジョンが街全体に通っているってのは本当みたいだナ」

「らしいな」

 

同意しながら、どかしたマンホールを元に戻す。

 

「さテ、船のところに戻らないとナ」

「じゃあこっちだね!!」

 

元気のいい声で歩き出すレナにつられ、アルゴとアスナも続く。――が、キリトはそれについて行くことなく、そっとアルゴの肩をたたき、人差し指を口に当てたままこちらへと手招きした。

 

『どうしたんダ?』

『一つ仕事を依頼したい』

 

それを聞いたアルゴの雰囲気が、仕事の時のソレへと切り替わる。

 

『何をダイ?』

『アイツ――レンの過去を、調べられるだけ調べてほしい。特に、クリスマス騒動の前後を、徹底的に頼む』

『へぇ……何デ?』

 

アルゴの鋭い目線が、キリトを射抜く。が、彼はそれに怖気づくことなくあくまで声を殺したまま、ずっと脳裏を離れない仮定を口にした。

 

『あくまで、俺のカンなんだが、レンの過去――俺たちの知らない、何かがあるように感じるんだ』

『…………』

 

アルゴの脳裏に、レンの覗かせる瞳の色がよぎった。透き通るくらいの、海を思わせるような紺碧色の双眸。だがその奥に漂う、全てを拒むかのような“暗い色”を、アルゴは知っている。だから、

 

『イイヨ、キー坊のカンを信じよウ。“鼠”の名に懸けテ、おれっちが完璧に調べ上げよウ』

 

キリトの“カン”を、何ら疑うことなく受け入れた。全ては、その“暗い色”を知っているが故に。

 

「?何してるの?おいでよ」

「ああ、今行く」

 

不思議そうにこちらを見つめるレナへと答えながら、キリトとアルゴは二人の待つ方へと駆け出した。

 




最近ps4 で遊んでるとこの気温のせいかファンが煩いんですよね。初期型なんで特に。もし暑さでぶっ壊れたら、proに買い換えるのもいいかも知れませんね。


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Ep56: Just like old times

エアコンなしでは生きていけない、夢見草です。皆さんはどうでしょうか?これを執筆しているときも死にそうでしたw


Interlude: Renegade 《Renxs》Piece of bread

 

仮定の話だ。ヘンゼルとグレーテルは、帰り道に迷うことが無い様に森にパンくずをまいた。後は簡単。戻るときにまた、そのパンくずを辿るだけだ。しかし、そのパンくずを辿ってくるのは、果たしてヘンゼルとグレーテルだけなのだろうか?悪い魔女や、森の猛獣たちがそれを辿ってこないとは限らないのだ。“痕跡”を残す、つまりはそういうことだ。どんなに巧妙に隠し、どんなに目立たないようにしようが、そこに“存在”するというその事実だけは隠しようがない。

 

「まぁ、そうでないとこまるんだがな」

 

建物の上、丁度この街の全貌を見渡すことのできるこの場所にて、かれは 眼前に広がるその光景を俯瞰していた。

 

――きれいな街だ

 

何時目にしても、彼の抱く感想は同じ。例え目に映るこの景色が、ゲームエンジンの織り成す偽りの創造物だとしても、ここにいるすべてのプレイヤーにとっては、ゆるぎないもう一つの現実なのだ。

 

「おっと。Вот компания(お出ましだ)

 

全体を見通すようにしていた瞳が、街のある一点へと向けられ、目深にかぶったフードから覗く口元が、かすかに吊り上がる。

 

ピィィー

 

澄み渡る大空を舞うように飛んでいた鳥が。不意にその体を切り返し、軌道を変えて、彼の立つ場所の目の前を横切った。その瞬間、確かにそこにいたはずの彼の姿は、忽然と消えていた――

 

***

 

第二十三層マララッカ転移門広場前。

時刻 正午零時十五分前

情報屋“ネズミ”のアルゴ

 

転移するときに感じられる、体全身を包み込むかのような浮遊感が消え、一歩前に踏み出せば、目の前に広がるのは全くの別世界だった。音という概念が消失していた世界は終わり、代わりに迎えるは、まるで鍋でもひっくり返したかのような喧噪さ。今までにも数多くの街を訪れてきたが、こんなにもにぎやかで――騒がしい街は、多くはないだろう。

 

「ふゥ…………相変わらず暑いナ、ココハ」

 

ピィィー

 

とどこかで鳥が気高く鳴くのを耳にしながら、目深に覆われた黄土色のフードで素顔の隠された小柄なローブの少女――アルゴは、顔に持ってきた片手で首筋のあたりを拭った。格好が恰好なだけに、季節など無視した元から熱いこの場所がより一層暑く感じられる。照り付ける太陽はまるで留まることを……あるいは自重することを知らぬと言わんばかりにさんさんと、肌を吹き抜けるかのように流れる風はからりと乾ききっている。一説によれば、日本の常夏はアフリカなどの砂漠地帯に住む人をして“耐えられない”程に暑いらしいが、そんな常夏とはまた一味違う、気の滅入りそうな気候。それでも、土を塗り固めて作り上げられた建物の間々を抜ける砂利道を行き交う人々の数は、ごった返すまでに多い。

 

――変わらないな、何もかもが

 

そんな、彼女の瞳に映るモノすべてが、かつてこの場所が最前線だったころと何も変わらない。そんあ、懐かしさとも感傷ともつかぬ感情を抱きつつ、アルゴは自分を尾行しているプレイヤーがいないかどうかを確認しながら、人であふれるその道へと足を踏み入れた。二十三層主街区“マララッカ”。それが、今アルゴの居る場所に付けられた名前。この層は、このSAOに生きるすべての人々にとって、とても大切な役割――大切な“意味”を持つ。そして当然、ソレは彼女にも同じだ。人だかりの多いバザールを、アルゴはぶつかることなくひょいひょいと軽快に進んでゆく。全ては、この層から始まった。この層がもし存在しなかったとしたら、確実に今とはまた違う道を歩んでいたことだろう。自信を以て、アルゴはそう断言できる。

 

――私は、大切な光を/彼は、大切な光を

 

――得て/失った

 

忘れることなどできはしない。

 

『ねぇ、アルゴ、アナタは何か知らない?』

『ごめん、アスナ。私もまだ混乱していて、はっきりとしたことは言えない』

 

なんてひどい嘘だろうか。歩きながら、アルゴは自嘲を浮かべた。実の所を吐露するのならば、あの時すでに、アルゴは残されたメッセージの意味に気が付いていた。全てを知りえながらにして尚、隠したのだ。

 

“殉教者達の鐘が鳴り響きし時、嘗て勇者と賢者とが交じりし場所にて、穢れた羊は知恵を乞う”

 

あの本と、底に記されていた記述に、答えは全てあった。だからこそ、アルゴはこのマララッカの土を踏んでいるのだ。ゴーンゴーン。メインストリートを半分ほど行ったところで、丁度正午12時を告げる協会の鐘が鳴り響く。

 

――殉教者たちの鐘が鳴り響きし時

 

心の内で、アルゴは記述の一文を反芻する。先ほど、SAOに生きるすべての人にとって、と口にしたが、ソレは何もこの世界を確固たるもう一つの現実として生きるプレイヤーの話をしているのではない。SAOにて生活する、全ての人間NPCにとって、この“マララッカ”の街はまさに“聖地”なのだ。“アインクラッド教”。ソレが、このアインクラッドの知にて厚く信仰されている唯一無二の宗教の名前。その実態は、現実世界にあるキリスト教、イスラム教、そして仏教の三大宗教を共通点に持つ“創世者カーディナル”を祖とする宗教だが、この地に住むすべての人々が生活し信仰し、日々を生活する。各地に点在する教会や社は、プレイヤーにとっては対アンデッドなどのバフを付加してくれる場所という意味合いが強いが、それこそ彼らからすればそれ以上の意味を持つのだ。そして、そんなアインクラッド教の始まりの地とされる――聖地――ここマララッカの北部区画には、“バスティオン大聖堂”という大きな聖堂がある。この層の意向を、多くのプレイヤーは“メソポタミア文明”のような、と言い表すが、本当の意向は、聖地パレスチナの、イスラム文化を色濃く反映しているのだ。

 

「そろそろ時間が近いナ」

 

この大聖堂では、毎週日曜日に、プリーストたちによる大巡礼が行われる。それが、“殉教者たちの鐘が鳴り響きし時”という文の表すもの。大聖堂に集まった聖職者たちはアインクラッド教にて殉者の数字――キリスト教で言うところの聖者の数字に近い――とされる零と三――つまり正午の十二時よりその信仰を祖たるカーディナルへとささげ、午後の三時に鳴り響く鐘の音と共に各地へ巡礼へと旅立つ。つまりあの文の指し示すところは、殉教の鐘が鳴る十二時から三時の間の事なのだ。足早に進んできたメインストリートをそれて、アルゴは中央区画から西部区画へと続いてゆくサブストリートへと入った。程なくサブストリートを歩いてゆくと、やがて街全体の“色”が変化していく。立ち並ぶ建物の壁はボロボロになった場所が増え、活気に満ち溢れていた雰囲気がどこか草臥れたものとなり、あれだけ騒がしかった喧騒が遠のいてゆく。突き当りの角を左へと折れ、二ブロックほどを歩いたところで、アルゴはその足を止めた。

 

「久ぶりだナ、ここに来るのモ」

 

彼女がそうつぶやいた先にあったものは、一軒のぼろ宿だった。この南部区画――立場的には、スラム街にあたる――にある建物の例にもれず、その壁はひび割れ、長い年月を経て草臥れ、有り体に言い表すなら、廃墟寸前の宿そのものだ。ただ、あえて利点を上げるとするなら、建物自体が高いことと、面している通りの道幅が他と比べ若干広いという位だろうか。

 

――かつて勇者と賢者の交わりし場所にて

 

謎のメッセージとして記述された一説のフレーズ。ソレが指し示す場所こそ、いま彼女の目の前にある宿そのものなのだ。そのぼろ宿の名前を、《レ・ミゼア》。この、今にもつぶれてしまいそうな宿は、嘗てまだこの二十三層が最前線だったころにカズとレンの両名が拠点として利用していた場所。と同時に、カズとアルゴが主に情報取引を行うために利用していた場所でもある。つまり、勇者とは攻略組随一のランカーとして活躍していたカズの事を、賢者とは、生き残るうえで絶対に欠かすことのできない情報屋として活動していたアルゴ自身のことを暗示していたのだ。となれば、

 

「ここニ、レンがいる」

 

残るフレーズ――“穢れし羊は知恵を乞う”――は、消去法でレン自身の事を指示していると考えるのは自然なことだ。だが一つだけ、どうしても引っかかることが、彼女にはあった。

 

――穢れし羊

 

何故レンは、そんな言い回しをしたのだろうか。羊は、西洋宗教――特にユダヤ教において重要な意味合いを持つ。彼があえてそれを選んだのは、ただ文全体としての調子を整えるためなのか。それとも――アルゴの脳裏に、嫌な仮定が浮かぶ。

 

――もし、その一節に、それ以上の意味を込めていたとするならば

 

そこまで考えて、アルゴは己の考えを振り払うように首を振った。既に、正午に鐘が鳴り響いてから四十分もの時が経とうとしている。無駄なことを考えている暇などないのだ。そうして、アルゴは開け放たれた宿の入り口をくぐった。くたびれたロビーフロアには、やはり利用者など一人としておらず、主人と思しき中年の男が、フロントにて暇そうに新聞を眺めていた。アルゴが近づこうとすると、男はそんな彼女の存在に気付いたか読んでいた新聞を下げ、不愛想な表情のまま口を開いた。

 

「三○一号室だ」

「エ?」

「三○一、そこで待っているだと。アンタ宛への伝言だ」

「あ、ああ。ありがとウ」

 

あまりにも唐突すぎて、しばしあっけに取られていたアルゴであったが、すぐにその意味を理解すると、再び新聞へと目を通し始めた男へとペコリ頭を下げ上へと続く階段を上り始めた。一歩一歩進むたびにひどく軋みを上げる床の感触をどこか懐かしく感じながらも、アルゴは若干緊張した趣のまま上を目指す。やがて、上へと続く階段が終わりをつげ、件の部屋の前へと立つ。記憶と変わることなく、塗装は剥げ堕ち、部屋番号を表記するプレートは片側のピンが外れ傾いていて、今にも倒壊しそうなそれを、アルゴは意を決してゆっくりと叩いた。

 

「レー坊、オレっちだヨ。開けてくレ」

 

返事はない。ただ、カチャリとロックの解除される音はした。入れということなのだろうか、その意図が掴めず、しばし逡巡するように迷った挙句

 

「レー坊?」

 

アルゴは静かに扉を押した。ギギギィと扉が軋み、内部への視界が開ける。値段相応のボロボロのベッド、古びたテーブルとイス。全てが昔のままに、その配置が換わることすらない部屋。しかしその部屋には目的たるレンはおろか人の気配すらなかった。

 

「レン?居るのカ?」

 

そんな、不可解な光景に首をかしげながら、ゆっくりと中へと踏み入っていけば、

 

「動くな」

 

空いていた扉が乱暴に閉じられ、ひどく凍てついた久方ぶりの声とともに、背後から伸びてきたナイフが首元へと突き立てられた。

 

***

 

同時刻

二十三層マララッカ北部区画。

タークス隊はパッケージ“ラット”の動向を追って行動中

Operation Ajax Code name of the Tango “RAT”, ”Fish”. Objective is to kill ‘em or capture.

 

「……たった今、デルタチームから報告が入りました。《ラットインケージ、ビッグフィッシュインアスモールポンド》」

「そうですか、ご苦労様です」

 

ニコニコと、人懐っこく優しい声で彼は頷く。その瞳は、一体何を見据えているのだろうか。はるか遠く、青く何処までも澄み渡る太陽に光を浴びながら、彼はその背後へと待機している隊員へと向き直った。

 

「では、最終確認です。アルファ、ブラボー、デルタ、フォックストロイト、それぞれの武装確認は?」

「つつがなく」

「抜かりはありません」

「あとは隊長の指示を待つだけです」

「いつでも行けますよ」

 

彼の問いかけに、四人の部下らしきプレイヤーが、呼応する。それぞれ、装備されている武装の種類はまちまちで、重々しいヘビープレートから軽装なスキンコートまでと統一感すらまるで無に等しいが、ただ一つだけ、共通する点があった。そこにいるプレイヤーの全てのプレイヤーの頬に、何かをモチーフにしたのであろう独特なタトゥーが刻まれている。

 

――傍から見れば、ソレはまさに異様としか言いようがない光景だった。ただ一つを除いて、何もかもがバラバラな四人のプレイヤーが、まるでおとぎ話に出てくる忠節の騎士のごとく、一人のプレイヤーに仕えているのだから。だが同時に、圧巻でもあった。彼らの行動には一糸乱れぬまでに統一されており、まるで軍隊の行進のように研ぎ澄まされたものだったのだから。何を隠そうか、そんな彼らこそ、このアインクラッドの中でいかなる部隊、勢力にも属さない“監視者”――独立諜報部隊タークス隊なのだ。

 

――そんな彼ら四人の反応を見て、ほのかに笑みを浮かべた隊長――ベノナ――は、静かに言葉をつづけた。

 

「時刻、1:00」

「「「「チェック」」」」

「パッケージは二人。本作戦の目的はあくまで“身柄の確保”です。――が、手段は問いません。だたし“ラット”への危害は認めません。“ラット”は未だ一般人ですから。しかし――」

 

そこで言葉を区切り、ベノナはさらにトーンを押し下げた――まるで背筋がゾクゾクと震え上がるかのような声色で続きを紡いだ

 

「パッケージ“フィッシュ”の方に関しては、生死は問いません。いいですね?」

「「「「はっ!!」」」」

 

裂帛の気合とともに、彼ら四人の声が重なる。士気は十分、全てに抜かりはなく、べノアに成功の確信を抱かせるには十分すぎるほどだった。

 

「では、今から“オペレーションエイジャックス”を開始します。状況開始は四十分後です。当初の作戦通り決行します」

「「「「ラジャー!!」」」」

 

高々と腕を掲げれば、四人は完ぺきなまでに統率された動きで瞬く間に散開していった。そこで残されたベノナはただ一人、あくまで人懐っこい表情のまま、静かに目をつぶった。

 

「全ては――」

 

そんな彼つぶやいた声は、通り抜ける風たちの音に溶け込み、儚くかき消えていった――

 

 




やっとこの伏線を回収できた。いやぁ随分とながくなっちゃったなぁ、と書きながらにして思います。漸く、この章にも終わりが見えてきました!!


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Ep57: Dear 2 u

近所で夏祭りが有ったんですが、そこで久々に食べたかき氷が美味しすぎて泣きました。皆さん何味が好きですか?私はブルハかコーラですかね〜


「動くな」

 

首元へと、まるで具現化した殺意のようにギラギラとした刃を首元に突き付けられたとき、アルゴは一瞬何が起きたのか理解できずにいた。しかし、さも全てを拒み続けるかのように冷え切ったその声を耳にしたとき、アルゴが感じたのは果てしない懐かしさと、そして深い悲しみだった。訳の分からぬまま、しかし生じた動揺を隠ぺいして、アルゴは振り返ろうとするが――そんな彼女を、更に突き立てられたナイフが制する。

 

「――ヤレヤレ、随分な挨拶だナ」

「…………」

「…….呼び出したのはソッチだろウ?」

「…………」

 

返事はなく、ただむなしく行き場のない声だけが響く。だが、アルゴには彼が、今何をしているのかが手に取るように解る。――大凡四秒。それが、彼の持つスカウティングスキルの最大範囲の索敵に掛かる時間。彼女が知る中で、最速。

 

「…………どうやら、追っ手はいないようだな」

「当たり前ダネ。オネーサンを甘く見ないでほしいナ」

「ちゃんと、一人で来たか」

 

静かに、向けられたナイフと、それに乗せられた殺意がすっと遠のいてゆく。

 

「良く言うヨ。最初カラ、オネーサン以外に解かせる気なんてなかったクセニ」

 

そう。あの暗号は全て、アルゴにしか解くことのできぬ、彼だからこそ作れるモノだったのだ。正月の時に、もらったあのぬいぐるみも、嘗てこの同じ部屋で、カズと情報交換をしたのも、全てはレンとアルゴ、そして今は亡きカズにしか知りえない情報だ。初め、ぬいぐるみが反応を見せた時、彼女はすでにその可能性にうすうす辿り着いていた。

 

「そうだな」

 

フッと、いつものどこか飄々とした彼の薄ら笑いが聞こえる。こみ上げる懐かしさ。三週間、たった三週間でしかないのに、随分と昔の事のように感じるからだ不思議だった。そんな思いを胸にかき抱きつつ、彼女は静かに彼の方へと振り返る。久方ぶりに目にしたその姿は、記憶と随分と乖離していた。彼の印象的な服装であるエメラルドグリーンのチェスターコートはマッドブラックとても形容すべきコンバットシャツへと変わり、全体的に投げナイフなどを収納するホルスターなど、武装面での攻撃性が増したように思える。目深に被られたフードはそんな彼の表情を隠ぺいさせ、そのいで立ちは、どこか暗殺者のようだった。

 

「まタ、ずいぶんな衣替えダネ」

「かもしれないな」

 

皮肉交じりの声に、レンは肩をすくめておどけて見せた。そのまま、備え付けのオンボロイスへと腰掛けると、未だ立ち尽くすままのアルゴへ、どうぞとこの部屋一つだけのベッドを指し示した。座れということなのだろう。そう解釈したアルゴは、素直に従うことにした。彼女が浅くベッドへと腰掛ければ、古くなり、経年劣化したバネがギシリと悲鳴を発する。アルゴが重いというわけではなく、単にそれだけこの宿がボロイという証拠だ。

 

「相変らズ、ボロっちい宿ダナ。寝れるのカ?こんなベッドデ」

「攻略組は、敵地のど真ん中、硬いフィールドの上でも寝れるように訓練されているんだよ」

「ハハハ」

 

冗談ではなく、紛れもない事実だ。多くの攻略組はソレができるし、キリトやレナほどの上級者ともなれば、たとえボス部屋の中だろうが寝てしまえる。攻略組は、人間を辞めてしまった者たちの集まりだ、巷ではそんなことがまことしやかにささやかれているらしいが、あえてアルゴはそれを否定しない。

 

「さてと、雑談もここまでだ」

 

その一言で、今までこの場所に漂っていた雰囲気が、がらりと一変したのをアルゴは感じた。ピリピリとした緊張が、チリチリと肌を刺す。無駄話はもうしない。フードに隠れたその表情はうかがい知れぬが、自然体のまま椅子に座る彼の全身が、そういっていた。

 

「何ヲ?」

「とぼけなくてもいいさ。あの謎かけを解いたアルゴなら、俺が何のために呼んだかわかってるだろ?」

「…………」

 

今こうして、何週間ぶりかの再会を果たして、冷静であるかと言えば、ソレは嘘になる。聞きたいことは、それこそ無数にある。どうして、あの日姿を消したのか。何故、あんな無茶を冒し、皆から疑われるかのような行動をとるのか。どうして、出来ることなら、今にでもレンへと詰め寄り、一つ一つ確かめたかった。けれど、今はそうすべき時ではなく、先ずはこちらが先。はやる気持ちを抑え、そう己を律したアルゴは、無言のまま左手を宙に振りかざすと、目の前へウィンドウを呼び出す。それに呼応するように、向かいに座るレンもウィンドウを立ち上げた。

 

「それデ?ほしい情報は何だイ?」

「現時点で手に入る、レッドプレイヤー関連の情報、その全て」

「……オネーサンの聞き違いカナ?レッドに関する情報だっテ?」

「ああ、そうだ」

 

そう口にするレンの口調に、ふざけた様子はなく、あくまでも平然としている。

 

「……それは」

「あるだろ?“ネズミ”なら」

「…………」

「それもただの情報じゃない。あいつら(タークス隊)すら知らないものがある」

 

まるで、全てを見通されているかのような感覚だった。確かに、レンの言うとおりだ。今のアルゴには、攻略組全体が認知している情報と、それとは別の、独自に調べ上げた彼女だけが知る情報がある。

 

「何故ダ?どうしてそう思う?」

「……そう聞き返すってことは、やっぱりあるんだな」

 

まんまとやられた。つまり、レンはカマをかけていたのか。その筋のスペシャリストであるアルゴをして手玉に取ってしまうだけの手腕。こういった交渉の場において、自分のイニシアチブをいかにとるかは大事だ。だがこの場において、支配しているのはレンであり、アルゴはあくまでのその掌の上で踊らされているだけでしかない。しかし、ふとそこで、アルゴは明確なある違和感を抱いた。大きくはないが、決して小さくもない。彼女の中でのレンと、目の前に居るレンが、どこか明確に、致命的にズレているように錯覚した。

 

「……あるヨ。恐らク、レー坊の望むものが」

「だろうな」

 

当然とばかりにレンは返し、徐に表示したウィンドウを慣れた手つきで操作すると、何かしらの決定音が部屋に響く。そして程なくして、アルゴのウィンドウに着信を知らせる通知が届いた。

 

「これハ?」

「取引だ。内容はいたって簡単、俺の持つそのデータと、アルゴの持つ情報を」

 

――データ?

 

その単語に、アルゴは僅かばかりに引っ掛かりを覚えた。どうして、レンはわざわざデータと口にしたのか。

 

――つまり、こいつは情報じゃない。

 

そう、アルゴは確信した。となると、その中身は何なのだろうか。一口にデータと言っても、該当するのはいくつかある。そうして、アルゴは送られてきたファイルを開いた。別枠がポップアウトし、ダウンロードバーが進行を始める。程なくしてそのプロセスが終了し、アルゴは眼前に表示されたそのデータへと目を落とし

 

「なっ」

 

驚愕に絶句した。彼女の目の前に映し出されたデータ、そこには何やら構造図らしきものが描かれており、傍から見ればそれは、何かの地図のようだった。否、描かれているのは紛れもなく“地図”なのだ。

 

――マップデータ。それはゲームなどではよくある、“フィールド”という迷宮へとほうり込まれたプレイヤーへの道標。当然、このSAOにもマップデータは存在し、時にはそのデータのやり取りもままある。別にこれだけなら、アルゴも驚くことはない。が、レンが彼女へと提示したのは、第六十九層のマップデータだった。

 

「どうして?」

「何だよ、お気に召さないのか?」

「惚けないで!!レン!!」

 

変わらぬ様子でおどけて見せるレンに、素の口調のまま、アルゴは思わず声を荒げた。気に召さないわけなんてない。ざっと目を通しただけでも、各フィールド情報、mobデータ、迷宮区のデータ、これらがボス部屋まで完璧に記録されている。踏破率は数値にして80%。隠し部屋と、イベントマップらしき20%が欠損しているため、厳密にいえば完ぺきとは言えないが、客観的に見ればこのデータは価値あるモノだ。喉から手が出るほどにほしくなるデータだ。だが、今のアルゴには、そんなことはどうでもよかった。

 

「正気なの!?一人で最前層をたった()()で?」

 

そう、重要なのは、そんなデータが今存在しているということなのだ。四日、連続PKに震撼する攻略組へと突如として告げられた、第八十九層の開放。その当事者へと驚きとゆるぎない嫌疑を抱かせたあの出来事から、まだ四日しか経っていない。確かに、四日という数字には何ら問題はないし、攻略組はかつてそれ以上の速さで踏破したことだってある。だが、ソレは人数規模を念頭に置かなかったらの話だ。今現在、六十九層におけるありとあらゆる攻略活動は対策本部より禁止されている。理由は単純、新たなる地では、いつ如何なる時レッドプレイヤーに攻撃されるかわからない。圏内にある対策本部はSAOの定めるクリミナルコードによって守られているが、未踏破である地は、その全てがPKプレイヤー達の狩場であるも同義なのだから。加えて、今のこの状況で無闇矢鱈に攻略を進めるという危険を進めるのは、あまり賢い考えとは言えないからだ。つまり、四日で踏破率80%というこの結果は、たった()()――()()のみで刻まれた数字ということになる。そんなもの、不自然を通り越して最早異常だ。

 

――なんて、デタラメ。一人で96時間、一時も休まなくても、そんなの

 

「死にたいの?」

「誰が?」

「っ、あなたの事よ、レン!!四日で80%。それも一人で?そんなのデタラメだ。96時間、不眠不休で最前線を攻略したとでも言いたいの?そんなのただ、死にに行くようなものじゃない!!」

「…………だったら、何か問題が?」

「えっ………」

「死にに行く?だったらどうした。お前に何の関係がある?不眠不休?そもそも、ただ0と1の集合体でしかない無機物の俺たちにそんなの必要か?忘れたとでも?元々俺たちは、茅場昌彦という人間によって“監獄”に入れられているんだというコトを。頭に、一瞬で殺せる物騒な装置を付けたままな。向こうの世界で、俺たちが確実に死んでいない、なんて確信がどこにある?確かに今俺たちはこうして生きている。このSAOというもう一つのリアル(現実)を。けど、それが単なるデータ体でしかないとどうして言い切れる?」

「何を……言って……」

「アルゴ、お前の言ってることは全て意味がないんだよ。死んでいるのか生きているのかも分からない俺達にとっては」

「そんな............ことは......」

 

押し出した言葉はどうしようもなく震えていた。目の前に居るのは、いったい誰だ。一体何を言っているのだろう。まるで、悪い夢にでも曝されてるよう。聞こえてくる、感情なんて消えた、恐ろしくフラットで、ともすれば機械のような声も、そんなことをいう彼自身も、アルゴはその一切をレンとは認めたくなかった。そして、そのズレが、決定的なモノへと変貌する。

 

「そもそも、俺がどこで何をしようと、お前には関係ないだろ」

「っ!!ふざけないで!!」

 

パァンと、乾いた音が響く。ほぼ反射的に気がつけば、アルゴはかつてのようにレンの頬をはたいていた。彼の顔が僅かにそれて、覆い隠されていたフードが、はらりと落ちる。だが、一度あふれ出してしまった感情は、もう抑えきることなどできはしなかった。

 

「そんなコト、昔のあなたなら絶対に言わなかった!!」

「……」

「関係ないわけないじゃない!!必要ない?勝手だ?そんなことある筈ないじゃない!!あなたは何時もそうだ!!一人で突っ走って、なんでも全部、一人で背負って、なんでもない様におどける!!置いてけぼりにした私たちの気も知らないで!!一体どうしちゃったのよ!!なんでそんな残酷なことを平気で言うの!!」

 

自分の頬へと、冷たいものが伝うのを、アルゴははっきりと感じた。悲しかった、苦しかった。これが悪夢なら、早く冷めてほしいとすら思った。何もかもがぐちゃぐちゃで、どうしてこうも、胸が苦しくなるの分からない。

 

『アルゴが無事でよかった』

 

幾多の記憶の中で、変わらず光り続けるそれが、強くアルゴを締め付ける。何が彼を変えたのか。()()時、何故私は声をかけなかったのだろうと。何をしていいのか分からず、今はただ、あふれ出ようとする涙を堰き止めることができなかった。

 

「………知る必要なんてないだろ」

「っ」

 

底冷えのする、レンに似たダレカの無機質な声。

 

「何処まで行っても俺とお前は赤の他人だ。笑わせるなよ、アルゴ。初めから、俺はお前たちと仲間になった覚えはない(、、、、、、、、、、、)

「あっ…………」

 

カチリ、掴んでいた手、ダレカの服に掴みかかっていた両手が払われ、呆然とするアルゴの首筋を、冷たい冷たい、刃の感触が撫でた。

 

「友情ごっこがやりたいなら他所でやれ。悪いが俺は、お前たちを仲間だと思たことは一度もない。お前も、キリトも、レナも、クラインも皆、俺にとってはただ利用価値のあるプレイヤーに過ぎない。お前を助けたのも、その方が都合がよかったからだ。初めから、お前たちを信用してなんかいないんだよ」

 

――ズレたソレが、やがて大きな歪となり、その内側から、彼女の心を食い破った。

 

紺碧の双眸が向けられ、紡がれるその言葉は、向けられているナイフと同じように冷たかった。そこには明らかな拒絶があり、嘲りと怒りがあった。心はぐちゃぐちゃで、悲鳴を上げるまま、そこで、アルゴは気づいてしまった。

 

――瞳が、どこまでも透き通った、深い海を思わせる紺碧の瞳。その奥に濁る、暗い暗い澱みを。 

 

――レン......貴方は……

 

ずっとずっと変わらぬ、彼がひたむきに隠し、その飄々とした態度の内に隠し続けていたモノ。あの時から何一つ変わっていない、その瞳の色を。どうして未だ、彼は抱き続けているのかを。それは……

 

「……時間か」

「え?」

「腕が落ちたな、アルゴ」

「なんの……」

 

諭すようなダレカの声。その時だった。

 

ドガッ!!

 

という重い音と、

 

シュン!!

 

という微かな軽い音。

 

その、全く正反対の音を耳にしたアルゴの体を、不意に何とも言えない人肌のぬくもりが包み込み、その視界がぐらりと反転した。

 

「ごめん」

 

彼女の耳元へ、優しさと暖かさに満ちたささやきが届く。益々ぐちゃぐちゃに混乱するだけの思考、反転した彼女の視界がとらえたのは、無残にも砕け散りゆく部屋のドアと、視界の横から伸びるダレカの腕、その先に握られた、見慣れないナニカ。

 

「タークス隊です!!おとなしく投降してください!!」

「断る」

 

そんな会話と、パシュンッ!!と何かの作動する音。それを最後に、アルゴの視界は、真っ白な白煙に包み込まれた――

 

***

 

Interlude: Renegade《Renxs》Dearly beloved

 

その時は一瞬、刹那ですら短き時間を三つ重ねる。工程自体は単純そのもの。イメージを強く、固めたソレ(クロスボウ)をのばす左腕の先――その掌へと。狙う先は、震えるドアの隣にある壁 。

 

三、左手に、新たな重みが生まれ、開いた右腕で、後ろからそっと、立ち替わった彼女を包む。表示される警告音。だが、今はどうでもいい。小さい小さい彼女の体を、そっと自分の方へと持ってゆき、その耳元へ。

 

「ごめん」

 

今の自分にできる、せめてもの謝罪を。許されぬことであることは、十二分に理解できている。大切な記憶(思い出)を否定し、彼女を傷つけたこの身で、触れるはいかなる愚行か。恐らく、彼女には何一つ理解できていないだろう。だが、それでいい。罪と共に地獄へと落ちるのは、一人で十分なのだから。

 

二、震えていた扉が、ついにその均衡をくずし、強大な力の前に、なすすべなく吹き飛び、砕けてゆく。ちらりと、ベノナと目がかち合った。トリガーへとその指をかける。つがえられたその矢が、今か今かと開放を待ちわびている。

 

一、破られた扉の向こう側から、彼を捉えるために放たれた猟犬がその姿を現す。

 

「タークス隊です!!おとなしく投降してください!!」

「断る」

 

確固たる意志を、その口に。掛けていた指を、軽やかに引き込めば、パシュンッ!!と軽いその音が、大気を震わす。放たれた矢は、一直線に定められし場所へと。

 

着弾。仕込まれた機構が作動し、白煙をまき散らす。

 

そして、彼ーーレンは、窓枠を躊躇いなく蹴り破りながら、最後に一度、未だ立ち尽くすままの彼女を見やった。

 

 

 

ーーさようなら。どうかその行く道が、多くの幸で彩られていますように

 

***

 

「なっ!!煙!?」

 

その煙をもろに浴びたベノナが、驚きの声を上げる。立ち込める濃煙が彼の視界を瞬く間に奪い去った。

 

――マズイ

 

すぐさまその行動の真意を悟ったベノナが、咄嗟にスカウティングスキルの範囲索敵を立ち上げた。主な反応は三つ、一つは発動者たる彼自身、もう一つはパッケージであるアルゴ。そして――

 

「レンクスッ――!!」

 

彼の叫び声が木霊するのと同時、立て付けの悪く、ガタガタだった窓を、レンは蹴り破った。

 

索敵の反応を頼りにその窓へベノナが詰め寄ったときにはもう、残る反応の主であったレンは、外へと脱出してのけていた。

 

「ぐっ!!」

 

高さ大凡十二メートルの落下により発生する衝撃を、受け身一つだけで分散させて着地したレンは、そのままわき目もふらず、自身のステータスに刻まれた敏捷値の全てを以て駆けだす。

 

「ブラボー、デルタ、フォックストロイト!彼をっ!!」

 

そんなベノナの声を耳にしたのと同時、立ち上げておいた彼のスカウティングスキルが鋭く警告音を発した。

 

――囲まれた

 

彼の知覚出来うるだけで、少なくとも十人。通りを一直線に駆けるレンを囲うようにして、タークス隊のプレイヤーが彼を補足していた。

 

――くそっ!!やはりそうだよな

 

思わず、悪態をつく。彼らとレンとの距離はキッチリ十メートル。前方にこそ人はいないが、後ろと左右を固められたこの状況で転移結晶による逃亡は不可能に近い。こちらが少しでも転移するそぶりを見せれば、周りの隊員がすぐさま詰めてくるだろう。つまり、プランA

による逃亡は不可。残るプランBにかけるしかない。

 

そう割り切ったレンは、頭の中に叩き込んだ構造を頼りに網目のごとく複雑なサブストリートを抜けてゆく。だが、追跡を撒くように移動しているにもかかわらず、レンを追う彼らはキッチリ十メートルの囲いを保ったまま。逆に、レンにはそれが不気味だった。まず、前方を囲まない理由が分らない。四方を固めれば、拘束などたやすいだろうに、なぜ態々逃げ道を作るのか。

 

――何か企んでるのか

 

彼の直感が警鐘を鳴らす。サブストリートが終わり、メインストリートへと切り替わる最後の角へとレンが飛び込む、その時

 

「っ!!」

 

視界のハジ、その角の向こう側から、伏兵が飛び出してくるのを、補足した。完全に不意を突かれた形、しかしレンは地面を蹴ると、そのまま体操選手のようにクルリとジャンプして相手の頭上を跳び越す。

 

「なっ!!」

 

果して、突破されるとは思ってもいなかったのか、相手はそんな声を上げながら呆然と立ち尽くしていた。

 

「デルタ隊!!バリケード!!」

「今度は何だ?」

 

メインへと入り、人だかりの多いその道を駆け抜けるレンは、その前方で信じられない光景を目にした。彼の場所から、大凡五十メートル先。その道に、大型の盾を構えた重装兵が、道幅いっぱいにさもバリケードのように横に陣形を組んでいた。ヘビープレートに身を包み、どっしりと盾を構えるその姿は、どこかレンの好きなFPS(CoD)に出てくる、ジャガーノート(みんなのトラウマ)のような印象を与える。

 

――やられた

 

その光景を見、漸くレンは彼らの意図と、自分が彼らの手の内に掛かっていたことを悟る。撒くようにして逃げていたと思っていたレンだったが、実際には彼らに気づかぬうちに誘導されていたのだ。前方をあえて塞がなかったわけ、彼らは初めから、ここで捉えるつもりで行動していたのだ。そして、レンではあの人間バリケードを突破することはできない。もし仮に、あのバリケードが単純に盾ではなく人間だったのなら、当身で吹き飛ばすか先ほどのように飛び越えてしまえばいい。が、重厚な盾にて固められたあの陣形に、軽量にして紙装甲なレンでは逆に吹っ飛ばされてしまう。かといって、引き返すこともできない。四方を完全に囲まれたレンは、檻に入れられた鼠も同然。ギリギリと、まるで真綿で首を絞められるかのような焦燥感が襲う。絶望的にも近いその状況下、稲妻のように目まぐるしく流れゆく景色の中で、レンは活路を見出した。

 

――やるしかないか

 

彼が意識を向けたのは、メインストリートの道端に構えられた何かしらの店。そして、その店の横に、まるで階段のようにして段々に積み上げられた木箱。それにレンは全てをかけた。

 

「ふっ!!」

 

限界まで引き上げたギアを、更に一段引き上げる。敏捷値が悲鳴を上げ、光すら置き去りにせんと爆発的なまでに加速していく。

 

体当たりで、強行突破するつもりか

 

そう考えたデルタ隊に、一層の力が籠り、編み上げられたその陣形がより堅牢さを増す。いまの彼らなら、たとえどんな障害が来ようとも、完全に跳ね返してしまうだろう。万事休す、飛んで火にいる夏の虫、。だが、そんなレンが見せたのは、一つの不敵な笑みだった。最高点すらとうに突破して、放たれた弾丸もかくやというスピードで駆け抜けるレン。だが、その進行方向は堅牢なその人間バリケードではなく――その手前にある、店だった。

 

「お、おいアンタ!!そこで――」

「悪いね」

 

それに気づいた店主らしき人物の声を無視して、その横に積まれた木箱を駆けあがると、そのままレンは屋根を蹴って街の壁へと飛び移った。だが、土を塗り固めて作られたその壁に、足場となるでっぱりなどない。そのまま、重力に負けてむなしく落下するだけ、誰もがそう思った、その最中

 

「行けッ!!」

 

落ちると思われたレンが、まるで張り付くようにして壁を駆け抜けていた。壁走り(ウォールラン)。パルクール、あるいはフリーランと呼ばれるエクストリームスポーツの技。しかし、その走行距離は現実のソレを優に凌駕していた。桁外れの敏捷値と、強力な機動力補正をもつ彼にしか成しえない離れ業だ。そうして、彼は悠々とバリケードを突破した。

 

「冗談だろ」

 

それは、レンを追っていたブラボー隊の分隊長であったシンドにとって、信じられない光景だった。

 

「シンドさんッ!!このままじゃ振り切られます!!」

「俺の後に続け!!絶対に逃がすな!!!」

 

だが、未だシンドのスカウティングはレンを捉え続けている。そうして、デルタ隊の隊員を押しのけると、逃亡を続けるパッケージの後を追う。

 

――どこに向かっている?

 

レンの逃亡ルートは、転移門のある中央部ではなく、教会のある行き止まりの北部区画。最初でこそ、そのルートはタークス隊が誘導してきたものだ。全ては、バリケードへと誘導するため。しかし、こうやってとても人間技とは思えない方法で突破された今、彼に北部へと逃げる理由などないはずなのだ。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

そうして――様々な障壁を、機転のみで突破したレンの逃亡は行き止まりたる教会の正門へとたどり着いたことで止まり――その後を追っていた、シンド率いるブラボー隊がついにレンを補足した。

 

「終わりだな……」

「…………」

 

ゆっくりと、背を向けていたレンが、シンドへと振り返る。

 

「大人しく投降しろ」

「……」

「フンッ、漸くあきらめたか」

「……甘いな」

「何?」

 

フードの奥から覗くレンの口元が、不敵に吊り上がる。追い詰められたのは彼のはずなのに、その笑みはまるで、そんなシンドをあざ笑うかのようだった。

 

ゴーンゴーン

 

殉教者の巡礼を告げる、三時の鐘が、この街全体を包み込んだ。

 

その時だった。

 

何の前触れもなしに、突如としてレンの体が光に包まれ、次の瞬間には、マットブラックに染まる工作員じみた彼の風貌を、十字架と聖者をあしらった装飾品のある白いローブが包み込んだ。

 

「っ!!お前ッ!!」

 

感じられる時の流れが、ゆっくりと、停滞しながら停止してゆき、“時”という概念が喪失していく。そのなかで、アレンは地面を抉らんとするまでに蹴りだし、一直線に駆けだした。それを、レンはただ静かに、不敵な態度のまま、静かに見つめていた。

 

ギギギ……ガコン

 

重い重厚な音を響かせながら、大聖堂の扉が開く。そこから現れたのは、レンと同じ白いローブに身を包んだ、聖地巡礼へと向かう殉教者達だった。

 

「くそぉぉぉぉ!!」

 

届かない。どんなに足を動かそうが、彼に届くには致命的に、そして絶望的に遠すぎたのだ。現れた殉教者たちが、飲み込むようにしてレンとすれ違う。

 

そこへ

 

レンはただ静かに、スカウティングスキルにある隠蔽能力を発動させ、

 

Возьмите братан по уходу(じゃあな)

 

 

追いかけるシンドへとそれだけ吐き捨てて、

 

 

 

 

 

その存在を、彼らの中へと埋没させた。

 

 




今回でレンが新たに手に入れたスキルの一端が垣間見えたかなと。やっぱりベースはCoDから持ってきてるんで判る人にはピンと来るような来ないような?

完全お披露目はまだ先になりそうですが笑

そして評価ありがとうございます。


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Ep58: The Defector

はいだらー級ロボットアクションの金字塔、Anubis Zone of the EndersがVRで出来ると聞いて久々に興奮しました。待ち遠しいですね


タークス隊本部、”取り調べ室”内にて

 

 

男はただ、何をするでもなくじっと用意された椅子に座っている。

 

「……何か話さないのか?」

 

返事はない。まるで、言葉が右から左へと素通りしているかのようだ。

 

「はぁ……」

 

それを受けて、その対面に腰掛ける男が大きなため息を吐いた。その頬には、なんとも独特なタトゥーが刻まれている。だんまりを決め込む男と、それに対し、呆れた表情を浮かべる男。二人の光景は、どこかありふれた刑事ドラマのワンシーンのようでもあった。

 

「あのなぁ、保護を求めたのはお前なんだぞ?」

「……まいったね、こりゃ」

 

だらんと椅子に腰かけ、お手上げだといわんばかりに鉄色の素っ気ない天井を見上げる。とその時、ガチャリと音を鳴らしてその個室に唯一設けられたドアが開く。

 

「た、隊長!」

 

ガタタンッ!

 

大きな音を立て椅子から立ち上がった彼は、自身の姿勢をピンと正し深々と訪問者へ頭を下げた。だが、隊長と呼ばれたその訪問者は柔和な優しい笑みを一つ浮かべると、そんな男へねぎらいの言葉をかける。

 

「お疲れ様です、イバン。君には苦労を掛けますね」

「め、めっそうもない!」

 

だが、男は益々畏まるばかりだった。そんな彼の態度に苦笑し、隊長たるベノナは顔を座ったままの男へと向けた。

 

「進展は?」

「ソレが全く」

「成る程。何か都合でも悪いのですか?」

 

ちらり、とだんまりを決め込むままの男の視線が、かすかに動く。それを、ベノナは人懐っこい笑みのまま見届ける。すると、今まで固く閉ざされていた男の唇が、ゆっくりと、しかしながら確かに動き出す。

 

「あんたが、この部隊の責任者か?」

「ええ、畏れ多くも」

 

***

 

今からおよそ、四時間ほど前。突如として耳に入ってきたその情報が、仮眠をとるべくまどろんでいた彼女の意識を再覚醒させた。曰く、重大な情報の入手に成功したので今すぐに会議が行いたい、と。何の脈絡もなく、ベノナから報告が入った。ソレが普段の彼らしくなかったため、彼女はソレが急を要するほどに大切な情報なのだろうと推測した。そうして、無理と反発が出てくることを承知で代表者権限による緊急招集をかけたのが、丁度一時間前。攻略組の主要メンバーによって開かれるその会議は、今や混沌がその全てを支配していた。

 

「ラフィンコフィンからの亡命者が、今日の明朝に現れました」

 

開口一番、ベノナが彼らへと報告したのは、あまりにも衝撃的すぎる内容だった。今までの雲をつかんでいるかのような曖昧な情報ではなく、確固たる、しかも直接的な亡命者からの情報ともなれば、逆に驚かないのが不思議なくらいなのだ。

 

「亡命者は今我々の拠点にて保護しています。その際、彼に対して取り調べを行いました」

 

言いながら、彼は目の前にウィンドウを表示すると何かのオブジェクトを実体化させた。コトリ、と机に置かれたそれは、淡く輝きを放つ録音クリスタルだった。

 

「亡命の理由は?」

「彼らの計画が恐ろしくなった、と。これは亡命の手土産だそうです」

「計画?」

 

思わず、アスナは眉をひそめた。だが、ベノナは多くを語ることなく、静かにクリスタルに録音されたデータを再生した。

 

『……計画の変更はナシだ』

『強気っすねヘッドォ』

『アイツらは、まぬけ、だ。気づけるわけ、ない』

 

「っ!!」

 

僅かに遠く、反響するかのような声は、その音量こそ小さく遠いものの、確かにアスナが聞いたことのある声だった。そしてそれは、ここにいる全ての攻略プレイヤーについても同様だった。

 

『時は、近い』 

『攻略組が気付いた様子はないっすもんねぇ』

『フン、好きモノだなお前ら。はやりすぎて、余計な人殺しはするなよ?』

『えー、硬いっすよぉヘッドォ!!ヘッドだってワクワクしてるくせに』

『you right』

 

おぞましい程に場違いで、悪寒すらいだく陽気な声。クリスタルから発せられるその音声は、本当に楽しげで、おもちゃを買い与えられた子供のような無邪気さがあった。

 

『P-13,19,0,6,21,4,4,25,8,5,7,24,14,18。集会は明日予定通りだ。各地に散らばるcomrades(同志)に伝えろ』

『『了解』』

『ああ、それと――』

 

不意に、そこで録音は途絶えていた。だが、攻略組にとってそんなのは些末事だ。大事なのは、今まで尻尾を捕まえられなかったラフコフの、確実な情報を掴んだというその一点のみ。

 

「この情報、信憑性は高いのか?」

「かなり。亡命者曰く、逃亡寸前に幹部たちが話していたのをひそかに録音していたそうです」

「ふーん」

 

そのまま、訪ねたキリトは腕を組んで何かを考えるように押し黙った。その見据える瞳は鋭く、表情も険しい。とそこで、卓に座るクラインが手を上げた。

 

「信憑性が高いのは結構だがよぅ、P-何ちゃらってのは何なんだ?」

 

彼の言う通り、その録音データでわかることは、ラフコフのメンバーが何かを画策しているということだけ。確かにそれだけでも今の攻略組には地獄に垂らされた蜘蛛の糸の如きではあるが、そうだとしても情報として十分とは言い難い。だが、ベノナはまるで問題ないとでも言いたげに首を振った。

 

「確かにクラインさんの言うとおりです。しかし、彼の手土産はこれだけじゃないんです」

「本当か?」

「ええ。重要なのは録音データ内の数列です。P-13,19,0,6,21,4,4,25,8,5,7,24,14,18。これは、彼らが身内で使う暗号なんだとか。Pとは解読法の事。そしてその法則に沿うと、前六文字と後ろの五文字はダミーで本命は中の三つ、つまり4,25,8とのことです」

「意味は?」

「4と8が時刻を、これは足すんだそうです。そして残る25が、集会に使う層を表しているんだとか」

「じゃあ……」

 

アスナは、頭の中でベノナが告げた解読法に沿っていく。4と8は足して12。のこった25はそのまま層を意味するなら、つまりは

 

「明日の十二時に、25そうで集会が行われるってこと?」

「ええ、まず間違いないでしょう」

 

忽ち、会場場所に集まったプレイヤー達にどよめきが走る。かつてない程の手がかり、数々のPKを繰り返し、自分たちを脅かさんとしたラフコフの尻尾を対に掴んだのだから。だが同時に、いきなり目の前へと提示されたそれに対して、如何すればいいかわからないでいるのもまた事実だった。

 

「さて、私が今日アスナさんに無理を言って皆さんに集合してもらったのは他でもありません……」

 

一呼吸置き、ベノナはかつてない真剣な眼差しのまま、真っ直ぐにアスナを見やった。そこでアスナも、今から彼が言わんとするであろうことをおぼろげながらに悟った。

 

「タークス隊隊長として進言します。討伐部隊を編成し、これを叩きましょう」

 

屹然と、確かな口調で告げた。

 

「我々は常に後れを取り続けました。防御的カウンターインテリジェンス。不甲斐なくも、私たちにはそれしかできませんでした。カウンターエスピオナージとは遠く離れ、常に受け身であるしかなかった。しかしそれではだめなんです。いずれか、我々攻略組の脆弱性が露呈して、致命的な攻撃を受けることでしょう。その前に今、こちらから攻勢を取りましょう。敵の防諜力は我々に遠く及びません。このチャンスを何が何でもモノにしたいんです。アスナさん。どうか、ご英断を」

 

テーブルの上に置いていた手を、アスナはほとんど無意識のうちに握りしめていた。

 

***

 

「討伐を、決行します。我々はこれ以上、大切な仲間を失うわけにはいきません。ですが強制はしません。討伐隊に参加するか否か、それは個人の判断にゆだねます」

 

それが、攻略組に迫られた、ひいてはアスナの下した決断だった。もうこれ以上、犠牲者を増やしたくないんだという正義心と、仲間を殺されたという義憤。我々は数々の窮地を乗り越えてきたんだという自信と、対プレイヤーという、今までに経験したことのない状況への不安。背反する感情のはざまで、如何するべきなのかを問い続け、出した答えに誰も文句は唱えなかった。既に街を照らしゆく太陽の日は赤く、遥か彼方の水平線へと沈み行かんとしている。手持無沙汰となったアスナは一人、街のはずれにあるベンチに腰掛け、茜色へと染まったその光景を眺めていた。

 

「……」

 

思い返すのは、あの日の夜の事。今はいない彼ならば、果たしてどんな決断を下していただろうか。何故、自分たちの前から姿を消したのか。もう何回と繰り返した問いかけは、しかしいつも答えなどない。

 

「ふぅ……」

 

重く、押し出したかのような溜息。心は言い知れぬ不安に駆り立てられるまま、ソレが晴れることはない。こんなにも心細いと感じたのは、一体いつぶりだろうか。ぼんやりと、アスナは一人思う。そこで、彼女は自嘲じみた笑みを浮かべた。らしくないなというのは、彼女自身自覚していた。強くあれ、走り続けろ、そして燃え尽きれ。あの空をかける、流星のごとく。嘗て彼女がかくあれと掲げていた信念に、唯一疑問という名のひびを開けた人。彼女が初めてかなわないと、超えられないと感じた彼の、どこか懐かしさを覚えるその後ろ姿へ、アスナはそっと言葉を投げかける。

 

「あなたは、どうして誰かを守り続けるの?」

 

ずっと尋ねようとして、今の今まで聞けなかったその問いは、またしても帰ってくることはなく、どこか空しいままの茜空へときえた。

 

***

 

Interlude: Sleeper《XXXXXX》persona non grata

 

すっかりと太陽が落ち、月明かりすら埋め尽くさんとする闇夜一色に染まり切った森の中を、彼は一人歩き続けた。辺り一面に広がり、視界という視界をうっそうと茂る木々が塞ぐその光景は、どれも不気味なままに同じで、ぐるぐると同じ場所を回っているかのような錯覚を覚える。だがその道を行く彼の足取りはしっかりとしていて、まるで惑わされている様子がない。パキリと踏み進めた足が地面に落ちてた枝を折ったとき、その視界のハジで何かがきらりと光ったのを、彼は見逃さなかった。だらりと自然体でいた右腕を懐へと持っていき、ベルトにくくられた短刀のようなナニカの柄を握った彼は、そのまま真っ直ぐに振り抜く。一閃の尾を引きながら、目にもとまらぬ速さで振り抜かれたその武器は、ガリィィンと激しい音と火花を散らしながら己へと迫っていた凶刃を弾いた。何者かによる襲撃、ソレは誰の目に見ても明らか。であるのに、彼は全く動じることなくうっそうと茂る森の中を見つめた。

 

「ひどいなぁ、ジョニーさん。ボクのコト忘れっちゃたんですか?」

 

すると、同一風景だったはずの森の中から、パチパチと手を叩く音がこだました。

 

「お前の腕がなまってないか不安でよぉ」

「まさかそんなことあるわけないでしょ」

「どうやら、その、ようだ」

 

まるで実態無き亡霊のように、暗闇からゆらりと現れたのは、四人のレッドプレイヤーだった。

 

「久しぶりだな。一、いや、二か月か?」

「お久しぶりです、ボス」

 

頭を丁寧にさげ、彼は目の前に現れたぼろ雑巾のようなポンチョ男を見やった。それを見届けたポンチョ男――Pohはくっと口元を釣り上げると、頭を下げた彼の肩へと手を置いた。

 

「尾行の類は?」

「ありませんよ。まったくの無警戒です」

「そうか」

 

ポツリとつぶやかれたPohの言葉に、彼はそっと頭を上げる。その頬には、何かを複雑にカリカチュアライズされたタトゥーが刻まれていた。

 

「攻略組は?」

「ボスの思惑通りに。今日開かれた緊急会議によってラフコフ討伐作戦が決定されました」

「くくく、そうか」

 

口元が、邪悪に歪み行く。だがそれは、Pohだけではなく傍らに立つジョニーとザザも同じだった。

 

「いやぁ楽しみっすねぇヘッドォ。オレ、ワクワク止まんねーっす」

「まだ、始まって、ない」

「それも時間の問題だ」

「だな」

 

無邪気なる子供のように笑みを浮かべるジョニーとしゅーしゅーという擦過音を立てながらつぶやくザザに、彼も笑顔のまま返す。とそこで、彼はさらにその奥に立つローブの男が興味なさげにため息をこぼすのを見た。

 

「どうしたんですか」

「ふん、あまりはしゃぐな。今はまだ、目的のひとつ目が終わったにすぎん」

「あーもう。サブはいっつもドライすぎですよ」

「……知るか」

 

不愛想な声のまま、ローブの男はジョニーを一瞥する。そんな彼の淡白な対応に、怖気図居たのかとからかうジョニーとザザだったが、Pohはただ一人、そんなローブ男に対してぶるりと身を震わせた。それは、久しく感じたことのない恐怖か、それとも未知なる畏怖なのか。彼にとって、それらはただ与えるだけのもので、感じるはずのないものだった。最悪と称されるレッドギルド“ラフィン・コフィン”そのリーダー“Poh”彼はそんな存在なのだ。だが、ただ一人の男だけは例外だ。

 

――『………いいだろう、お前の提案に乗ってやる。ただし、指図はするな。俺のエモノを、殺すも殺さないも、全て俺が決める』

『Ha!!いいぜ』

 

初めて会ったその日の事を、Pohは思い返す。あの時から、決して消えず、衰えることのない黒い憎悪を燃やし続けるその男だけは、Pohにとって唯一、自分が体験することのない“畏れ”を抱かせる人物にして、長らくの相棒という存在なのだ。

 

――ククク……この時を待ちわびたのは他でもないお前だろ?brother

 

決して、多くを知るわけではない。彼のたぎる“憎悪”も、己が抱くそれも、相手には関わりのないこと。友情など、そんな甘えたものは彼も男も有してはいない。だからPohは高らかに声を上げる。

 

「俺たちは狩る側の人間だ。さぁ、狂乱に彩られたパーティーを始めようぜ!!It’s show time!!」

 

***

 

そうして、運命の日となる太陽が蒼く透き通った大空に高く昇り、小鳥たちが新たなる朝の始まりを囀り謳う中、攻略組総勢50名が集合場所たる五十層転移門前広場へと集まっていた。その顔触れは、傍目に見れば知らずとも理解してしまう。誰もかれもが、日の光を受けてきらびやかに輝く武器をその手に携え、職人の技が随所に光る防具を身に纏う。そんな彼らは、ともすれば古い神話、あるいは英雄譚に出てくる戦士や勇者、騎士団のごとく。――攻略組。名実ともにこのアインクラッド内で最強と名高い彼らは、このデスゲームにおける武士(もののふ)と呼んでも差し支えはない。そんなプレイヤー達を束ね、勝利へと導く指揮にあたる存在であるアスナは、隊の前で一人、閉じていた瞳を静かに開いた。柳のように細く美しい眉がゆらりと動き、宝石のような輝きを放つしばみの瞳が表れるその姿は、まるで銀幕の主役を演じる女優のようだが、その整った顔には、僅かばかりの陰りがあった。

 

――皆、覇気がない

 

が、それも無理はないだろうと、彼女は思う。今回は、いつもと訳が違う。攻略組がこうして集まるのは、この生き地獄――アインクラッドという鉄の城にて自分たちのもう一つの現実から脱出せんがため、はるか彼方、想像すらもつかぬ天の頂へと至り、この世界の囚われた全てのプレイヤー達の希望と願いをその一身に背負いながら立ちはだかるモンスターという名の敵を剣を以て倒すのが攻略組に課せられた使命にして誉なのだ。だが、今日集まったのはそんな誇りや誉とは程遠いものでしかない。――同士討ち――道を外れ、プレイヤーを殺害するという禁忌を犯したレッドプレイヤー達の集まりであるギルド、ラフィン・コフィンを同じプレイヤーである攻略組が武力を以て討伐する。対峙するのは、AIによって操られ、ゲームエンジンが作り出すデータでしかないモンスターではない。相手は、己と同じ意思を持ち、命を宿すプレイヤーそのものなのだ。ただモンスターを屠るのとはわけが違う。己の刃が、もしかしたら同じ存在であるプレイヤーを殺してしまうかもしれない。その行為の、一体どこが誉であり誇りなのだろうか。ここに集まったのは、モンスター狩りのスペシャリストではあっても人狩りのスペシャリストではない。

 

「よぉ、難しい顔してるな。アスナ」

「おはよー」

「おはよう。キリト、アスナ」

「うん」

 

ハグしてくるレナを受け止めながら、アスナは普段通りの口調で返す。だが、彼女と長い付き合いがあるレナからしてみれば、それもただの強がりに過ぎないと分かっていた。

 

「力、もっと抜いていいと思うぜ」

「…………私からすれば、平常を保っていられるあなたの方が羨ましいわ」

「俺が?まさか」

 

苦笑を漏らしながら、キリトは己の右手を突き出すと、嵌めていたグローブをとる。現れた白い手は、かすかに震えていた。

 

「……」

「皆そうさ。ここに集まったみんな、そんな感情を押し殺しながらここにいる」

 

外したグローブをはめなおし、その右手を強く握る。

 

「でも、誰かがやるしかないだろう?もうこれ以上、罪のないプレイヤーを殺されるわけにはいかない」

 

ギリッと音の出るほどに握られた己のこぶしを、つややかな黒い瞳で見つめる。未知なる闘いへの不安や恐怖がないわけではない。だが、既に覚悟は決めれいる。ちらりと、キリトはレナの方を見やった。守ると誓った、嘗ての自分にはできなかったこと。その過ちを、もう二度と繰り返さないために。

 

「時間、ね」

「大丈夫?アスナ」

「うん、少しだけ。勇気をもらったから」

「そっか」

 

ふわりと、まるで太陽のような朗らかさでレナが笑う。それにつられ、アスナも自然と笑った。多少なれど覚悟は決まった。今は、自分がなすべきことを成すだけだ。そう、強い意志を胸の中に秘め、アスナは改めて、広場に集まる戦友たちの前へと立つ。

 

「皆さん!!今日は集まってくれて本当にありがとうございます。私たちは今までに、多くの戦友を失いました。モンスターによって、ではありません。私たちと同じプレイヤーによって、です。レッドギルド“ラフィン・コフィン”、彼らは今までに、多くの過ち、同じプレイヤーを殺すという罪を犯しました。もちろん、許されるはずもありません。道を違えたものたちを、正せるのは同じプレイヤーの私たちです。相手はレッドプレイヤー、これまでに多くのプレイヤーを殺めた対人のエキスパートです。ですが、私たちは多くの困難を乗り越えてここに立っています!!目的はメンバーの束縛。我々の積み重ねてきた武力によって、ラフィン・コフィンを平定します!!」

「「「「オオオオオオオっ!!」」」」」

 

アスナが高らかに声を張り上げれば、ここに集まった全ての雄姿たちの雄たけびがそれにこたえる。士気は十分にある。ここに集まった者たちならば、大丈夫だろう。そう感じたアスナは、力強い足取りで、転移門へと続く道を進み始めた。

 




というわけで討伐作戦開始です。超優秀なラフィンコフィン。アスナたちは見事につられた形となりました。原作通りの流れではありますが、何せ元が情報少ないので、ほぼオリジナルのようなものです。独自設定と解釈ばっかりだなぁと、書きながら思いました。


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Ep59: Into a Badlands

お久しぶりです

何やかんや色々あって遅れました。本当にすいません。

具体的に何をしてたかと言われればゲームに関してはモンハン、GTスポーツ、今はもうしてませんがWWIIなどなどです(笑)

WWIIで言えばWarですがハンドガンデュアルで6on screen splitのマルチキル、あとはドミネでV2を累計五発くらい落としたのが戦果ですかね


極限まで気を張り詰めたまま、敵に察知されないように進軍をつつけること一時間。無駄な消耗を避けるためにエンカウントmobを避けたり迂回したりを繰り返しながら慎重に行動を重ねた彼らが辿り着いたのは、25層にあるフィールドの最南端。メインテーマとなる乾燥しきった不毛の地、未開の砂漠地帯を突き進み、不自然なほどにうっそうと生い茂るオアシスの木々が織りなす樹海を抜けた先にひっそりとある洞窟だった。

 

「これは……」

 

そんな驚きの声は、いったい誰のものだろうか。部隊を指揮し、その先頭にて待機命令を出していたアスナも、眼前に広がるその光景に言葉を失っていた。一面に広がる、ごつごつとした灰色の岩壁。そんな大岩を穿つ、ポッカリと開いた黒点――洞窟の入り口。それが、まさかこんな森を抜けた先に存在しようとは、いったい誰が予想できようか。

 

「ここがそうなの?」

「ええ、情報に誤りがなければ、ですが」

 

押し殺した声でアスナが尋ねれば、その左隣にて片膝をつくタークス隊隊員、シンドが頷いた。今彼らが待機しているのは洞窟の入り口から大凡十五メートルほど離れた森の中。並みの索敵スキルでは範囲外となり、上位互換のスカウティングスキルでさえエア以外なくばギリギリ感知できぬ範囲。互いの会話が自然と押し殺した囁き声になるのは、心理的な理由ももちろんあるがこういったシステム面での要因も大きい。

 

「今確認しますね」

 

彼はそれだけ言うと、森に生えたとある木に向かってハンドサインを送った。程なく、カサカサとその木の枝が揺れると共にその空間が歪み、誰もいなかったその場所に一つの人影が表れた。

 

「っ!!」

「お疲れ様です、アスナさん」

 

僅かに息を呑むアスナを尻目に、軽やかな動作で音なく地面へと着地したその人影――ベノナは、朗らかな笑顔と共に口元を覆っていたスカーフをずらした。

 

「どうしたんです?」

「いえ」

 

よっぽど顔に出ていたのだろうか、不思議そうに尋ねてくるベノナの声で、アスナはふと我に返った。

 

「まさかハイドしていたなんて」

「ああ、そのことですか」

 

彼女が呆気にとられていたのは、ベノナのそのハイディング技能の高さだった。これ程の至近距離にいたにもかかわらず、彼女を始め攻略組のメンバー全員が彼の存在を全く感知できていなかった。言うは易いが、それがいかに特異であるかは、彼女自身がよく知っている。特に攻略組は、自身が不意のランダムエンカウントに巻き込まれぬよう索敵スキルを上げているプレイヤーが多い。だが、そんな彼らの索敵すら潜り抜けて見せた彼のハイディングスキルはもはや化け物と言っても過言ではない。もし仮に、彼が敵であったとしたら、自分たちは不意打ちを喰らっている……そう思うと、アスナはぞっとしなかった。

 

ステルシー(Stealthy)の異名は伊達じゃないようだな」

「いえいえ、そんな」

 

感心したようなキリトの声に、謙遜するように手を振りながら柔和に笑うベノナが続ける。

 

「私たちは、立場上敵拠点やボスエリアへの単独潜入などが基本ですから。なにより、リーダーですしね。これぐらいはできないと」

 

人懐っこく、柔らかい笑顔を湛えたまま彼はさてとアスナへ振りかえる。

 

「私はここで一日、相手の斥候をしていたんですが、本日の十時位からでしょうか。あの洞窟の中に、相当数のレッドプレイヤーが出入りするのを確認しました」

「つまり……」

「ビンゴです。奴らはここで、大きな集会を開くつもりでしょう」

「数は?」

「正確には。しかし少なくとも三十はくだらないでしょう」

「三十…..か」

「こっちよりは少ないけど、絶対有利とはいえないね」

「そうね……」

 

レナの少し不安げな言葉に、アスナも頷く。

 

「どうしますか?」

「……切り込みましょう」

 

僅かな間をおいて、短くアスナは言いきる。それは、迷いない決断であるかのように、隣で聞いていたレナには思えた。――その決断を下したアスナには、少なくとも二つの算段がその胸中にあったからだ。まず一つ目に、彼らとのレベル差が十分に開いていること。そして二つに、たとえ相手に地の利があろうとも、こちらには奇襲というタクティカルアドバンテージがある以上他所の振りは覆せるだろうと考えたからだった。

 

「んじゃいきますか」

「オッケー」

 

シャランと音を立てて、キリトとレナがそれぞれの得手を抜く。それに触発されたのか、後ろで待機していたメンバーたちも一斉に武器を抜き始めた。

 

「先陣は俺が切ろう。レナとアスナは残りのメンバーと共についてきてくれ」

「うん」

「わかったわ」

「よし」

 

二人の反応を見、キリトは静かに洞窟の黒点を見つめる。ギチリと、柄を握る右手に力が籠った。あの洞窟にはおそらく、彼にとって最悪の……そして因縁の相手がいる。ザザとジョニー、そしてリーダーたるpoh。

 

――『次は、俺が、お前を、追い回して、やる』

『Ha!! Its show time dude !!』

 

今でも、思い出すだけで体が震えるのを、止めることができない。それ程までに彼らは恐ろしく、残忍で、そして強い。

 

――けど……

 

ふと、アスナの横で出撃を待つレナを見やる。

 

――守りたい、守らなきゃいけない人がいる

絶望の淵に立っていた自分を掬いだし、温かい手を差し伸べてくれたヒトがいる

 

――“君は死なない”

 

嘗ての自分は、その誓いを守れなかった。けれど、今度こそは護り切って見せる。

 

それだけで、体を縛る震えは止まった。

 

――行ける

 

確固たる確信

 

「……行くぞ」

 

静かに、されど力強く、地面を足でけりつけながら、キリトは洞窟の黒点へと飛び込んだ――

 

***

 

踏み込んだその内部は、大凡“洞窟”という言葉が持つイメージとは似つかわないほどに広大な灰色の空洞が奥まで続いていた。――それは、現実世界では早々目にすることができないであろう程に立派な鍾乳洞だった。意外なのは、洞窟であるにもかかわらず中は明るいことだった。美しいと呼べるその光景も、しかし今のキリトにはどうでもよかった。

 

「誰もいない……だと……?」

 

中は、寂しいまでにモノ抜けの空だった。プレイヤーどころか、生き物の居る気配すらしない。手にもつエリシュデータを正眼に構えたまま、キリトは己が意識をすべて発動させている索敵スキルへと向ける。響くのは、己と、それに続くプレイヤーの足音と、僅かにせせらぐ、地下水のはねる音だけ。

 

――気づかれた?

 

そんな仮定が、キリトの脳裏をかすめる。が、その仮定はあまりにも不可解すぎた。自分たちが突入を開始してから、僅か十五秒もたっていない。そんな刹那の時では、隠れることなど到底不可能。ハイディング自体を発動することはできるが、そんな中途半端なものでは必ず索敵スキルにひっかっかる。

 

「キリト、何か反応ある?」

「いや、そっちは?」

「何も」

 

――どうなってる?

 

状況は、更なる混乱を招くだけだった。

 

「ねぇ、本当に……」

 

レッドプレイヤー達は、この洞窟に出入りしていたのか。そう口にしようと振り返ったところで、アスナははたと気づく。自分の後ろを追従してきているはずの人物が、そこにいないことに。

 

「?どこに――」

 

彼女の意識が、ほんの少しだけ、ズレた。

 

そこで、キリトはぞわりと己が首筋が凍えるのを感じた。

 

――殺気!!!

 

気づけば、体は勝手にアスナの方へと

 

「アスナァ!!!!!」

「えっ……」

 

伸ばした手がアスナの肩を掴み、そのまま外へと押しのける。そして、彼女へと伸びてきたエストックの鋭い刺突を、振りかぶったエリシュデータの刃で防いだ。

 

ギャリィィン!!

 

ひと際甲高い金属音と、閃光花火のような火花がパッと彩る。

 

「っぐ…………」

 

体重の乗った重い一撃が、ギリリと己の剣を押し込む。が、キリトは地につけていた足をさらに踏み込んで、持てる筋力ステータスの全てを以てしてそのエストックを打ち反らした。しゅうしゅうという擦過音をまき散らし、その人物はキリトの頭上を越えて、軽やかに地へと着地する。襤褸切れのような布の垂れ下がった衣服。そして怪しく光る眼をのぞかせる不気味な髑髏マスク。

 

「久し、ぶり、だな、キリト」

「ザザ」

 

衝撃に未だ手がしびれるのもかまわず、キリトはザザへと剣先を向けた。

 

「そんな………」

 

その光景を、キリトの突き飛ばされてよろけていたアスナはしかと目にした。

 

――それは、ラフィンコフィンによる討伐隊への完全なるカウンターアタックだった。その剣閃が合図であったかのように、恐るべき精密さを以て、短剣がまるで雨のように降り注ぐ。その全ては、全く気付かれることもなく、討伐隊のプレイヤーが纏う防具、その隙間を掻い潜り、刃に塗られた猛毒がその真価を発揮した。

 

「ぐわっ!!」

「ぐぅ!!」

「おわ!!」

 

たったそれだけで、全体の三割のプレイヤーが行動を封じられて地面へと崩れ落ちた。更に、まるでそれ自体が一種のトリガーであったかのように、何の反応もなかったはずの空間から、次々とレッドプレイヤー達が沸き出でて、カウンターアタックに混乱する討伐隊を取り囲んだ。

 

「作戦の情報が漏れていたのか!!」

「よそ見、とは、随分と、余裕、だな」

「ち……」

 

ザザが繰り出してきた素早い刺突を、キリトは剣で横に打ち反らす。しかし、攻撃を反らされたザザは、そのまま素早く軸足を入れ替えると、左足でキリトの腹部を蹴り抜く。

 

「ぐぅ……」

「どうした、キリト」

 

しゅうしゅうと、ひときわ高い擦過音が、その口より漏れる。

 

「ザザ……」

 

握る手を震わせながら、剣を支えにキリトは立ち上がる。その瞳には、先ほどまでとは違う剣士としての気が宿っていた。ただその目に射抜かれただけなのに、まるで殺気にも似た気を当てられたザザは、思わずぶるりとその身を震わせた。

 

「そう、その、眼だ」

「…………」

 

剣先を再びザザへと向け、キリトは大きく息を吐き出す。先の追撃、彼の腹部へと叩き込まれたその蹴りは、キリトにとって決して反応できないモノではなかった。なのに、反応できなかったのには、奇襲によってレナが倒れていないかという懸念が彼の胸の内を巣食っていたからだ。が、どうやらそれはただの杞憂だったようだ。ザザによって蹴り飛ばされたその瞬間、キリトの眼は確かに、あの奇襲を潜り抜けて持ち前の俊敏さとダガーを以て敵陣へと切り結んでいく彼女の姿を、目に焼き付けていたからだ。彼にとって唯一といってもいい懸念が消えた今、その専心は、全てザザに向けられる。

 

「そうで、なくてはな」

「言ってろ。そのうちに俺がそのひょろいエストックをへし折ってやるぜ」

「ククク……なら、やって、みろ!!」

「ああっ!!」

 

交わす言葉はそれだけ。目にもとまらぬ速さで迫りくるエストックと、ゴウッと空気を割きながら振るわれる直剣とが、再び激しく切り結んだ。

 

***

 

 

状居は、思いつく限りで最悪だった。カウンターアタックという名の不意打ちを受け、少なくない仲間が凶刃の下に斃れた。更に突如として現れた敵に囲まれ、指揮系統は完全に機能を失った。それでも、討伐隊は今までの経験を生かして立て直したが、一度乱された心理状態でまともに戦えるわけがない。更に、相手は命ないモンスターではなく、同じ人間であるというその点も彼らの動揺を煽っていた。討伐隊が圧倒的劣勢なのは、火の目を見るよりも明らか。

 

――でも、

 

だがそんな時でも、アスナは握るレイピアの手を緩めはしない。ここで自分たちが負ければ、より多くのプレイヤーが彼らの恐怖におびえることとなる。自分は、団長よりその命を任された身だ。ならば、敗走などあってはならない。そんな強い意志のみが、ひたすら彼女の手を、足を突き動かしていた。

 

「うらぁ!!!」

「甘いわ!!」

 

袈裟掛けに振るわれる曲刀を僅かな動作のみで躱すと、相手の柄を握るその手へとレイピアを走らせ、その手から弾き飛ばす。

 

「ぐ……!!!」

「せや!!」

 

だがそれでも、男の手は止まらない。曲刀を握っていたはずの右手を深く握り込み、伸ばした腕を戻そうとするアスナへ、渾身のストレートを放つ。しかし、対人の経験こそ少ないものの、攻略組として常に最前線に立ち、膨大とも呼べる戦闘経験を有している彼女に、そんな大ぶりの、ただ力に任せただけの一打など、あまりにも遅い。突き出した右手はそのままに、足さばきのみで瞬時に体を反転させたアスナは、左手を自身へと寄せ、迫りくる右ストレートにそれを合わせると、そのままコマのように体を回転させ、全ての威力を完全に受け流した。

 

「はぁぁぁ!!!」

 

そのままの流れでその背後へと入れ替わったアスナは力を完全に流されたことによって崩れる相手のうなじへと、右の肘を打ち込んだ。

 

「が!!あ………」

 

その一連の流れは、動きのキレと速度、そして威力こそ違えど、レンが得意とする“転2による防御とその力を利用して技の威力を高める攻撃法そのものだった。それもそのはず、彼女は何度も目にしてきた彼の動きを、即興ながらに取り入れてみたからだ。

 

「すごいわね、コレ」

 

意識を刈り取られ、崩れ落ちる相手を尻目にアスナは攻撃を放った小野が右手をまじまじと握り込んでその威力に舌を巻いた。そも、レンが図らずとも確立させてきた戦闘スタイルは、殆どが対人を想定して鍛えられた技を無理やり対mobに流用させてきたものだ。ならば、それが真価を発揮するのも、対人であるは自明の理。担い手ではない彼女のソレは、本物のそれに比べればお粗末と言ってもいい程のものでしかないが、これ位の手合いであるならば十二分以上に通用する。

 

「よし」

 

周りに自分へと襲い掛かるほかのプレイヤーがいなことを確認したアスナは、周りで苦戦を強いられつつもなんとか反撃に出る仲間たちを無視して駆けだした。本当ならば、今にでもそんな彼らの間に入って助太刀したい。だが、彼女はそんな気持ちを押し殺して、ただ一つの目的に為に洞窟の最奥を目指す。最早こうなっては、血みどろの戦いとなってしまうのは避けられない。けれどその犠牲を、最小限にとどめることは可能だ。それがいつの時代、いかなる戦であれ、相手の戦意をそぐにはまず指揮官を落とすが常套。だから彼女は、この闘いがその火ぶたを切ったその時からpohの存在のみを探し続けていた。そして、単身で最奥目指して駆けるアスナを、当然敵であるレッドプレイヤーが見逃すはずがない。彼らからしてみれば、単騎で突っ込んでくるアスナは、“どうぞ殺してください”とでも言っているようなものだ。なのに

 

「せい!!」

「ぐわ!!」

「えい!!」

「ぐへぇ!!」

 

そうやって襲い掛かってくる者たちを、アスナは持ち前の速さを生かしてそのこと如くを躱し、必要に応じてレンから取り入れた動きで的確な反撃を加えていた。

 

閃光(Blitz)

 

――その二つ名で謳われるアスナの太刀筋は、精密機械のような精度、それでいて駆け流るる流星のごとく迅い。常人の眼では彼女の刺突は捉えきれまい。アスナと対等に渡り合うには、ここにいるレッドプレイヤーでは役不足すぎた。

 

――なんだけど……

 

都合六人のプレイヤーをやり過ごしたアスナは、自分の体にまるで鉛でも流し込まれたかのような重い疲労感を覚えていた。生身ではなくあくまでも電脳体でしかないプレイヤーが感じる疲労感というのは、肉体的な面というよりも精神面での比率の方が大きい。この、普通のボス攻略などでは感じなかった疲労感は、元をたどれば同じ生身の人間であるレッドプレイヤーとのほぼ殺し合いにも近い命のやり取りという事実が生み出すプレッシャーと恐怖のせいだろうとアスナは考えていた。そして、彼女自身が自覚できているわけではなかったが、レンの戦闘スタイルの模倣という行為自体も、彼女の精神に負担をかける要因となっていた。そも、他人の体使いや動きを模倣するというのは、かなりの集中力を必要とする。他に類を見ないレンの独特な体使いは、彼の本来持つ身体ポテンシャルが高いというのももちろんあるが、機動補正というスキルが生み出す驚異的なシステムブーストの恩恵をいかんなく発揮するからこそできる芸当でもある。それを、何の補正もなしに模倣するアスナでは、どうしても無理が生じてしまう。

 

――或いは、レン本人が操るこの戦闘スタイル自体が、担い手に過剰なほどの負担を強いるという可能性もあるが。

 

だとしても、例えアスナがそれを理解していたとしても、彼女はそれを使うことを止めはしないだろう。対人戦等において、これ以上ない程に効率のいい戦い方を、アスナは知らない。

 

――そして何よりも、どこか、懐かしい感じがした。

 

それが何故なのか、彼女自身でも分からない。よもやこの極限状態で、可笑しくなったのか。それでも、このこみ上げてくるぬくもりを手放したくないと強く思う自分がどこかにいるというのが、彼女には不思議だった。ただ、今はそれでもいい。今私がなすべきことは、敵がカウンターによって作り上げたこの不利な状況を脱し、レッドプレイヤー達を速やかに鎮圧すること。

 

――大丈夫、私は一人じゃない。私を信じ、ついてきてくれた仲間たちがいる。

 

そう思うだけで、この体を縛り付ける疲労感が多少なりとも抜けていくような気がした。止めていた足を、力強く踏み出す。そのしばみ色の瞳は、かつてない程爛々と、強く光り輝いていた――

 

***

 

「ここが……最深部……」

 

レイピアを正面に構えたまま、アスナは辺りを見渡す。変わらず、ごつごつとした鍾乳石と、灰色で彩られたその光景は変わらない。だがその代わり、最深部と思われるこの場所はごつごつと鍾乳石がせり出しておらず、天井が驚くほどに低かった。目測で測っても、六メートルに届くかどうか。例えるなら、元々の洞窟から、さらに掘り下げて人工的に新たなスペースを作り出したかのよう。先ほどまでの場所と比べればひどく窮屈に感じてしまうが、むしろ一般的な“洞窟”のイメージとしては、こちらの方がぴったりだった。奇襲などの不意を突かれぬよう周囲へと気を張り巡らせたまま一歩一歩踏みしめるように進んでいたアスナはやがて、その最奥、真にこの洞窟の終着点たるその場所にポツリと人影があるのをみた。

 

「だれ?」

 

レイピアを向け、凛とした声を張り上げる。すると、ゆらりその声に人影が揺れ、コイィィンと何かを地面に突き立てたような澄んだ金属音がその空間に木霊した。

 

「ほぉ、これは意外な人物がきたもんだ。KoBの二番槍、閃光か」

 

響くその声は、口調のわりに抑揚のない、平坦で乾いたものだった。今まで一度も、アスナが耳にしたことのない声。

 

「あいつは如何した?」

「あいつ?」

「まぁ、いいか」

 

カツンカツンと響く足音は、その発せられるたびにアスナの方へと近づいてくる。それにつれて、その全貌を覆う影が少しづつベールを脱いでゆく。初めて目にするプレイヤーだった。無造作に整えられた浅紅の髪が、浅黒く健康的に焼けた地肌に似合っている。落ち着きのある流しの瞼から、覗かせる銅色の瞳には、強い意志を感じさせる光が宿り、客観的に見ても鋭い彼の雰囲気を、より一層獣のようなどう猛さを感じさせる。だが、何よりもアスナが注目したのは、そんな彼の武装だった。真っ先に目を引くは、この薄い暗闇でもなおはっきりと輝く血にぬれたような深紅の槍。どこか禍々しいオーラすら感じさせるそれは、明らかに“魔槍”と称される代物。彼が自分と同じ“突き”を主体におきそれでもレイピアなどよりは隔絶したリーチでもって攻撃する“槍兵”であるは明らか。だが、そんな彼の防具は攻略組として多くの槍兵を目にしてきたアスナでさえ特異に映るモノだった。大部分を布と皮のみ編まれた、ジャケットタイプの戦闘服には、防護のための装甲機構のほとんどが廃されており、両肩部分と、腹部、そして両腰といったバイタルパートのみにごく薄い金属プレイーとがあてがわれているのみ。そんなプレート、付けないよりはましなだけであり、アスナが狙えばレイピアの刺突で貫くことすらできるだろう。アインクラッドの槍兵の主流は、ハーフプレートアーマーのような防具に身を包み、槍特有の長いリーチを生かして中距離から攻撃を行うタンクとアタッカーの中間ほどの立ち回りがほとんどだ。今対峙する彼のような明らかに防御力よりも素早さに重きを置いた兵装は初めてといってもいい。

 

「もう一度聞きます。あなたは何者ですか?」

 

彼女の目的であるpohでないのは確か。主流とは遠く離れた兵装、そして研ぎ澄まされたように鋭い雰囲気が、彼女の警戒心を引き上げる。だが、かれはフンと肩をすくめると、地面に突き刺していた朱い槍をクルリと両肩に乗せた。とたん、彼の発せられる雰囲気が、その濃度を変え、銅色に光る瞳に殺気が宿る。

 

「これから死ぬ奴に、名を告げる必要が?」

「っ!!」

「予定とは違うが、まぁいいさ。肩慣らしには十分だろう。お前を殺して、レンクスを誘い出す(、、、、、、、、、)

「レンクス……ですって?」

 

トクン、と心臓のはねる音がする。何故、目の前の名も知らぬ男から、その名が告げられるのか。ほぼ無意識にも切り替わっていた戦闘思考が散漫になり、ひたすらにその疑問だけが

脳裏を埋め尽くす。しかし、更に重ねようとする疑問を意識の外へと追いやり、努めて冷静に、レイピアの切っ先を相手へと向ける。

 

「つまり、あなたの目的はレンってわけね」

「ああ」

「そう……」

 

ならばもう、言葉を交わす必要はない。その真意はおろか、招待すら不明のままだが、

 

――このプレイヤーに、レンを会わせることだけは、絶対にダメだ

 

そう、理屈ではなくアスナの本能そのものが告げる。ならば成すことは一つだけ。

 

「なら、私がここであなたを止める」

「はは、そう来なくっちゃな」

 

アスナの強い意志の表れに、彼の口元が吊り上がる。肩に乗せていた長槍を右腕でくるんと跳ね上げ、宙を舞ったそれを再び右手でつかみバトン回しのようにクルリと旋回させながら左手へと持ち替えると、そのまま背後へと回し開いた右手をゆらりとアスナへと向けた。

 

「せいぜい、足掻いて俺を楽しませてみろ」

 




正直な話をすればSAOって設定が二次創作向きだと思うんですよ。いい意味でキッチリしてないから、いろんな人の創作が加えれるというか。特にこの討伐戦に関して言えば数ある二次創作でもめちゃくちゃホットな案件だとおもいます。そんな文豪だらけの中でこんな稚作をさらすのは失礼な気がしますが一応これが自分なりの討伐戦創作になるかとw

楽しんでいただけたら幸いです。


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Ep60: Sleeper

もうすぐでダークソウルリマスターのネットワークテストが始まりますね。またガンケツ堀ホモ達がにわかに活気づくことでしょう。自分はあのダクソが60fps/1080p(PS4/Xbox)
で動くってのが感動的です。ロードランで会ったときはよろしくお願いします!


《Interlude

Renegade(Renxs): Last standing

 

30 minutes before the contact of Punitive force

 

見渡すばかりに広がる牧草地帯を、彼はただひたすらに歩いていた。蒼穹より降り注ぐ日の明かりは強く、その空ははるか遠くまで澄み渡った快晴。吹き抜ける風はあまりなく、それでいて不思議な心地よさを与えてくれるその具合は、正にアインクラッドでまれに見る絶好の天気といえよう。

 

もしこの場所に、濡れ鴉羽の髪と艶やかな黒服、身に着けるそのほとんどを黒一色で統一した剣士さんがいれば、絶好の昼寝日和だとかニヒルに笑って快眠をむさぼるに違いない。そう、今ここにはいない仲間へと思いをはせながら、彼は視線を地に落とした。かすかに撫でるそよ風に身を任せながら、まるで安らいでいるようにも見える草木が、太陽の光を受けて鮮やかな翡翠を曝すその様は、まるで良く編まれたカーペットのよう。

 

だが、そんな見事な緑のカーペットに、まるで風情のない、下劣極まる黄金色のものが点々と先まで伸びているのを、彼の“目”は捉えた。

 

「ここか…………」

 

丸っぽいもの、三角っぽいもの、更にはH型の奇怪な形などなど、気の遠くなるような程に様々ある模様の中から、楕円形に近いような形のものを見つけると、それが続いていく先をその“目”で追う。時がたっているせいなのか、かすかに消えかかりながらも点々と伸びるそれは、今彼がいる場所から丁度南南東の方へと続いていた。

 

「ふぅ」

 

大きく吐き出す息を一つ、そして瞳を瞬かせれば、先程まで埋め尽くさんほどにあった黄金色が消え、青々しい翡翠だけが残る。

 

「やっと捕まえた」

 

彼の中にあった過程が、急激に確信へと変革する。

 

実に、六日。ようやく手にすることのできた“ソレ”に、しかし彼が何かを思うことはなく。乾ききったその思考は、ただそれを事実だと認識するのみ。

 

「行くか」

 

そう口にして、彼は降ろしていたフードを目深に被る。暗色に染められたそのフードの先からわずかに覗かせる彼の瞳は、海を想起させるかの如く蒼い、そして凍り付くような冷たさを宿す、紺碧色に輝いていた。

 

***

 

17層にある、とある場所。流れる川と樹海、その両方にはさまれたその場所は、俗に“隠しスポット”だとか、“隠しフィールド”だとか呼称される。無論、マップデータにも表示されないような場所をわざわざ訪れようとする物好きなどおらず、逆説的に言えば――この場所は、ほぼ見つかることのない“スィートスポット”と言える。そしてその場所は――御尋ね者である彼らにとっては格好の潜伏場所なのだ。

 

「ホラ!!“ファラオ”のスリーカードだ!!」

 

声高らかに張り上げながら、男は手にしていたカードを机に叩きつける。無造作に散らばったカードには、『13』を意味する王の絵が描かれているものが三つそろっていた。

 

「うわ、マジかよぉ……」

「負けだ……」

「運が良すぎなんだよなぁ」

 

それを見て、男たちはぼやきながら次々とカードを捨てる。そのどれもは、いかにもありふれた数字ばかり。役あり、無しにかかわらず、彼らには『ファラオ』のカードに対抗しうる手を持っていなかったのだ。

 

“勝った”

 

思わず、男の口元が愉悦に歪む。このゲームは貰った。そんな、確信めいた予感が彼の胸中を占めた時――

 

「残念『エース』のスリーだ」

「げぇ!!」

 

パタリ、と机に置かれた五枚のカードが、彼の笑みを驚愕へと、そして掴みかけたはずの栄光を、その手から引きずり下ろした。ジャララと耳に良い音を響かせながら、テーブルの上にたっぷりと乗ったチップの山を、ニヤニヤと得意げな顔で手繰り寄せるは、ファラオの向かいに座る、首筋に刻まれた棺桶のタトゥーと目元から耳の方にかけて伸びた刀傷の特徴的な、眼付きの悪い男だった。

 

「俺の勝ちだな」

「うっそやろお前」

「いやぁ、よーやるわ」

「バケモンみたいな引き運じゃねーか」

「オイオイオイ、こりゃ勝ったぜと思ってオールインしちまったじゃねぇか」

「ククク。甘いんだよ早漏野郎。俺の方が何枚も上手だ」

 

眉をしかめ、深いため息とともに悪態をつく男に、彼はかき集めたチップを一枚手に取り、指で弾き上げながら、テーブルに置かれたカップを手に取った。

 

「お前は勝負所で必ず『ファラオ』で仕掛けてくる。悪い癖だぜ」

「ちっくしょ」

 

グビリと内に注がれた酒を彼があおれば、先程弾き上げたチップがカツンとテーブルの上を跳ね、ころころと転がって男の目の前で止まる。

 

「おかげで儲けさせてもらった。それはお礼だ」

「ちっ、調子づいてカッコつけやがってよぉ……」

 

それを手にしながら、男は面白くないとばかりに舌を鳴らし、同じように酒の注がれたカップへと手を伸ばした。グビリとあおった酒を喉へと流し込み、プハァと息を吐く。それが、彼等の代わり映えのない、何てことのない日常だった。

 

――彼らは元々、五人一組で独立したオレンジプレイヤーの集まりだった。フィールドに根城を抱え、ソロ、あるいは小人数のプレイヤー(カモ)見つけては襲撃し、一方的な蹂躙を行った後に嬲り殺す。彼らにとってはそれが“正義”であり、そしてこんなくそ溜のような世界での“娯楽”であった。

 

そんな彼らがアインクラッド史上最大のレッドギルド『ラフィン・コフィン』の軍門に下ったのが、今からちょうど一年くらい前の事。俗にレッドプレイヤーの活動が活性化したといわれる時期だった。理由としては、ラフィンコフィンの掲げる“信条”と、規定の枠にとらわれない斬新な“遊び”に酔狂したからだ。以来彼らはこの拠点を根城にしながら、数多くのプレイヤーへ絶望を与えた。

 

「なぁ、今月に入って何人だったか?」

「五」

「バカ言えもう酔いが回ったか?六だ」

「あんなん殺したうちに入らねぇよ」

「オーオ、勇ましいこって」

 

そこで、男が椅子の背もたれに深く伸し掛かり、手を頭の後ろで組んで天井を見上げた。

 

「あーあー、殺し足んねぇよ」

「言えるわ」

「今からカモ探しに行くか?」

「お、いいねぇ」

「バカ共が。少しは我慢ってものを覚えろ。てめぇらはサカりたてのガキか」

「えー」

 

にわかに活気づく男たちを、木津の男が諫めれば、たちまち不満じみた声に変る。そんな彼らにやれやれと首を振りつつ、おとこはカップに残っていた酒を一気にあおる。

 

「あとに時間もすりゃ、“計画”の第二フェーズが始まる。そこで、思う存分殺しゃぁいいだろうが」

「「「「ウェーッス」」」」

「仲良しか」

 

あくまでも正論を口にしただけの男に対し、間のびた彼らの返事は不満がたらたらだった。だが無理もない。そう男は思う。“PK”は自分たちにとってもはや体の一部とも言っていい。人間とは誰しも、己が欲求を満たしたがる生き物だ。腹が減るから食事をし、眠たくなるから睡眠をとる。それが満たされねば、ストレスがたまるのも無理はない。かくいう彼も内心では死ぬほど退屈だった。

 

「けどまぁ」

 

椅子を傾かせながらゆらゆらと揺らしていた男が、胸元にあるポケットに手を突っ込み、紙製の四角い箱を取り出すと、その底を指でトンと押し上げ、飛び出た煙草をくわえながら、なだれ込むように机へと寄りかかった。

 

「今回は大物だよなぁ。なんせあの“攻略組”だぜぇ?」

 

無造作に置いてあった古風なライターを手に取り、親指でファイヤースターターを転がせば、ボッという音と共に燈色の灯がともる。それを口で転がす煙草に燻らせれば、ジジジと音を立てて豊潤な香りが立ち込める。

 

「へってぇあのひそふひゃん」

「何言ってっかわからねぇよ」

「ぜってぇ楽しそうじゃん」

「そりゃそうだよなぁ」

 

煙を深く肺へと取り込み、その澄み切った味を楽しみながら、男はおおきくそれを吐き出し、灰皿にトントンと灰を落とした。

 

「胸がすくようだぜ。あのいつもはイキり散らした奴らを思う存分なぶれるってのは」

「そういえばしってるか?調査班の奴らがまた新しい“遊び”を思いついたらしくてよ」

 

男の持つ煙草に別に煙草を近づけ、その火を貰いつつ彼の右隣りに座るひょろっとしたゾンビのような男が、深いえくぼの奥に座る瞳を子供のように輝かせた。

 

「なんでも、この世界で女が抱けるらしいぜ」

「マジかッ!!!!」

「そマ?」

「うっひょぉ」

 

先程まで陰鬱と、まるでこの世の終わりでも見ていたかのようにしょげ返っていた男たちは、いまやあふれんばかりの笑顔をうかべて、その話に耳を傾けていた。おもわず加えこんでいた煙草を灰皿へとひねりつぶし、男は飛びつかんばかりに続きを促す。

 

「んでんで、その方法は?」

「あー何だったか。なんやシステムメニューの最深部に、“倫理コード”解除って項目があるらしいんだわ。それを解除すると、このくそ溜で“システム的”に“合法”でセックスできるんだとよ」

「ホントだすげぇ!フツーにあるじゃん。今まで気づかなかったぜ!!!」

 

ドスの聞いた底から響くような声を出す中太りの男が、己のシステムメニューを呼び出し、男の言った通りそのボタンがあるのを確認して、歓喜にぬれた声を張り上げた。

 

「だからよ、いつもみたいに俺たちが相手のメニューを操作させて、具現化させた後にそのコードを解除させりゃぁ、そらアツイアツイ愛をはぐくめるって寸法よ」

 

煙らせた喉の乾ききらぬうちに、ひょろがりの男は再び深く息を吸い込み、タールとニコチンの織り成すデュエットをゆっくりと味わう。

 

「んじゃさっそく試そうぜ!」

「この世界に女が早々見つかるかよ」

「アホ言え。忘れたのかよ、今回は“攻略組”だってよ」

「んぁ…………?ああ!そういやとびっきりの女がいるじゃんかよ!!」

「しかも一人じゃねぇ、二人だぜ」

「あいつか!あの“黒の剣士”()とかいうやつの嫁ってやつ」

「そうよ。いいこと思いついた!!オレソイツの目の前でブチ犯すわ!」

「うわ、サイテーだなおまえ。……たかぶらせれくれるじゃねぇか!!」

「リーダーもヤルよなぁ?」

「ん?そうだな……」

 

――こいつら―――

 

チビリチビリと酒を舌で転がしながら、原料である果実の瑞々しさを味わっていた男は、さっきまでのローテンションはどこへ行ったのやら、麻薬でもキメたかのように狂喜乱舞する野郎どもを呆れた目で眺めていた。グラスに残った深い山吹色の酒をゆらし、立ち込める魔的な香りに舌鼓を打ちつつ残りを喉に流し込んだ。

 

「ボトル、取ってくれ」

「ハイヨ」

 

兎に角、この酒を味わっちまうか。仲間からボトルを受け取った傷の男は、空いたグラスを再び山吹色に染め上げた。これ幸いなことに、このSAOでは酔うことなどはできない。いくら酒を飲み散らかしても、この後の“作戦”に支障など出るはずもなかった。男にとってそれは不満すら通り越して怒りを覚える者であったが、ゲームにおける倫理的観点(CERO)がどうやらこうやらという問題なのだろう。今の話を聞いていると、この世界を作り上げた茅場というやつがクソ変態野郎にしか彼には思えなかったが。満たされ、宝石のように輝くグラスを再び手に、彼は得もいわぬ味わいを醸し出すその酒で喉を鳴らした。

 

「旨い」

「だな」

「イイ酒だよな。口当たりがよく、さっぱりとしるクセに、それでいてどっしりとした“土台”がある。現実にあれば、二万は下らないだろう」

「確かにそうかな」

「名前、なんだったけか」

「たしか……」

 

“『ドレ・ビター』”

 

「あ?」

 

突然、聞き覚えのない怜悧な声がした。

 

「この層の主街区、《エテルシア》の名産品である“エテルシアチェリー”を蒸留させることによってできる酒。軽やかで口当たりがよく、この世のものとは思えぬ高貴な香りと味が

特徴。古くは種族の垣根を越えて愛され、嘗て起こった“ヒューマン”と“エルフ”の戦争ですら、この層は“特例区”として停戦されてたとか」

 

なおも続くその声のする方へと視線を移せば、そこにいたのは、フードで顔を隠した“グリーンカーソル”のプレイヤーだった。すらりとした体に、しっかりとしたファティーグ。脚両脇下に備え付けてある武骨なホルスターといったそのいで立ちは、まるでミリタリーアクションからそのまま飛び出てきたように感じさせる。こ“剣”がおりなす世界にて、そんな格好はひどく浮いて見える。闖入者はそのまま勝手知ったるそぶりで壁際に捨て置かれた椅子を手に取ると、そのまま背もたれの部分を前に座り込んだ。

 

「アンタらみたいなチンピラには勿体ないシロモノだ」

「んだと!!!」

「まぁ待て」

 

あざけるような口調で、明らかに挑発してきた闖入者にいきり立つ仲間を抑え、傷の男は酒を味わうその手を止めると、嗜虐的な笑みをひとつ、ゆっくりと浮かべ、依然座り続ける闖入者を一瞥する。

 

「俺たちにそんな口を聞くってのは、また随分と威勢がいいな。どうした?迷子にでもなったか?」

「ぼくちゃんここは君の家じゃないでちゅよぉ」

「お兄ちゃんたちが送ってあげようか?

「「「ぎゃはははは!!」」」

 

相手を侮辱するようにせせら笑う彼らに、闖入者ものぞかせる口元を釣り上げる。

 

「ありがたいが、別に大丈夫だ。お前らも、そんなにいイイ酒を残したまま“死にたく”はないだろ?」

「く,っはははは!!!」

 

面白い。

 

彼に沸き上がる感情はそれだけだった。自分たちレッドプレイヤーを前にして、これ程の態度をとるヤツは、ただの間抜けか、自殺願望者か

 

――どちらにせよ、退屈に殺されそうになり、“娯楽”という快楽を抑圧されてフラストレーションの溜まり切っていた彼らにとって、闖入者は絶好の“遊び道具”だった。

 

目配せをすれば、待ってましたと言わんばかりに両手をナックルで武装した中太りの男と、斧槍を手にしたひょろがりの男とが、ぽきぽきと首を鳴らしながら、椅子に座る闖入者へとつめよる。

 

「いいから、遠慮すんなよっ!」

 

言葉と共に空間ごと薙ぎ払うかのごとく放たれた右フックが、闖入者のカン面に狂いなくせまる。その時点で、それを見世物替わりに眺めていた男たちは、彼に待ち受ける未来に飛び上がらんばかりに心躍らせていた。

 

だから気づかない。

 

プロボクサーさえも優に凌駕するキレと速さを以て振るわれる拳を前に、平然と座る闖入者――レンクスの、フードからのぞかせるその笑みが、どう猛なものへと変貌したのを。

 

ガツン、と肉のぶつかる音がする。

 

「は?」

 

そして気づけば、必中と確信して振るったその拳が、あらぬ方向へと流れていた。目測を見誤ったわけではない。レンを殴りつぶさんと振るわれたその一打は、払うような動作と共に添えられた彼の右腕によって受け流されていた。

 

「チィ」

 

防がれた。そう認識した彼は瞬時に軸を入れ替え、コンパクトな動作で左のアッパーを繰り出す。だが、レンは軽やかに椅子から立ち上がって上半身をスウェーさせ、迫る左をやりすごすと、相手の右手を掴んで下へと引き込み、ぐらりと相手の体制を崩すと、無防備のままの脇腹へと震脚によって威力を上げた膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐ……ぶへぁ!」

 

衝撃は脂肪の壁すら抉るように貫通し、苦悶に呼吸が逆流する。更に、レンは空いた左足で椅子を蹴り上げて左手でキャッチすると、その後ろから斧槍の剣先を叩きつけんと飛び込むひょろがりの男の頭上から椅子を叩きつけた。軋むような快音と共に椅子が粉砕し、尋常ならざる衝撃と共に意識がトンだ。

 

「テメェ!!」

「調子に!!」

 

短刀と三日月に湾曲したシックルソードをそれぞれの手に、新たに二人がレンへと肉薄し、両側から挟み込むように攻撃を仕掛ける。袈裟掛けに振り払われる短刀と横なぎに迫るシックルソード。ほぼ同時に迫りくるそれを身一つで防ぐのは無理。そう判断したレンは、頭の中をクリアにし、加速する思考で編み上げたイメージを右手へと重ねる。すると、

無手のままだったはずの右手へ、鈍いエフェクトをまき散らしながらC-アックスが出現した。

 

「ハァ!!」

 

逆手に握ったC-アックスで短刀を防ぎ、そのまま受け流すと、残るシックルソードを手荷物椅子の残骸で受け止め、貫通したシックルソードごと相手の膝へと突き刺した。

 

「ぐっ」

 

深く己の膝を抉り込んだシックルソードを抜こうとよろける男をを壁へと蹴り飛ばし、追撃のために腕を振り上げる短刀使いへとC-アックスを投擲した。鋭く放たれたソレは、防ぐスキすら与えず左の肩より先を切り飛ばした。

 

「残るはお前だけだ」

「貴様ァ!!!」

 

ホルスターからS-ナイフを抜いて、その剣先を疵の男へと向ける。その立ち姿は、まるで幽鬼のようだった。

 

「どうした?今更怖気づいたか?」

「ぐ……ほざけぇ!!」

 

叫び声とともに、机を蹴り飛ばしながら男が腰に備え付けてある直剣の柄へてをのばし、握ろうとしたその瞬間。

 

「ふっ」

 

短く押し出した息と共に地面を蹴ったレンは、活歩による高速移動で疵の男に肉薄し、そのまま彼の胸元へ、S-ナイフの刃を突き刺した。

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!!!」

「うるさい」

 

刃をより一層深く抉り、男の動きを封じたレンは、右手で相手の腰にある剣を引き抜く。

 

「俺の質問に答えろ。そうすれば、命は助けてやる」

 

明確な殺意をその剣へと乗せ、レンは刃を男の首筋に添えた。

 

「“計画”とはなんだ?お前たちラフコフは、いったい何を企んでる?」

「だ……だれがお前なんかに……」

「ハァ…………」

 

ため息。そしてレンの纏うその雰囲気が、急激にその色を変え、男へと吐き気がするほどに寒い“原始的”な恐怖を抱かせた。その瞬間。

 

ザシュッ!!

 

レンは握っていたいた剣を振り下ろし、男の右腕を切り落とした。

 

「~~~~~~~!!」

 

声にならない悲鳴。切り落とされた腕はばしゃりとエフェクトを散らしながら消滅し、男のHPバーががくんと減った。

 

「勘違いするな、お前に選択肢なんてない。早くしろ。答えないのなら、今度は左腕だ」

 

紡がれるその声は凍てつくほどに冷たく、フードの奥に宿る瞳には、気が狂うほどの殺意に彩られていた。それが、男の抵抗心を瞬く間に粉砕する引き金となった。

 

「――だ」

「聞こえないぞ」

「ク、クーデターだ!!攻略組のメンバーを抹殺し、今のパワーバランスを崩壊させるっ!!そ、そそして俺たちの手で新しい“秩序”を築くんだ!!」

「……それで?」

「部隊を二つに分けて、攻略組を潜り込ませたスパイによって情報を操作し、狩場に誘い出した所を第一部隊で奇襲、その後混乱に乗じて第二部隊が後ろから挟み撃ちにするっ!!」

「スパイとは誰だ」

「ラ、ラフコフの参謀。血盟事件を影で引き起こし、それを利用して立ち上げた“タークス隊”の隊長“ベノナ(Venona)”だっ!!!」

「な……に……」

 

カラン、とレンの右手に握られた直剣が滑り落ち、地面へと転がる。

 

――『ベノナです。以後、お見知りおきを』

 

タークス隊のベノナ、その印象的な人懐っこい顔の彼が、レンの脳裏をよぎったとき、どうしようもない動揺が、彼の全身を駆け巡った。と同時に、蝕むような焦燥感が、彼を駆り立てた。

 

「っ作戦場所は!?時刻と部隊突入はいつだ!!」

 

その、人が変わったような剣幕さに男は目を見開くが、そんなことはお構いなしに、レンは突き刺したナイフをどんどん突き立てていく。

 

「二、二十五層の支部だ!!時間は十二時、その一時間後が第二部隊の突入予定だ!!」

「十二時だとっ!!」

 

ウィンドウを出現させ、表示される時刻に視線を移す。ソコには、無機質なフォントで12:00と刻まれていた。

 

「は、話は全部だ!!早くナイフを!!!」

「……ッチ!!」

 

突き刺していたナイフを強引に引き抜き、ホルスターへと戻すと、げっそりと脱力した男の顔が映り込む。そこへ、レンはあらん限りの力を乗せたストレートを、男のあごめがけて叩きつけた。

 

「ゴヴッ………」

 

電脳体その野茂を揺るがすような衝撃は、そんな彼の意識を粉々に打ち砕き、よろりとふらついた後に、男は事切れた。

 

「アルゴ!!」

 

最早そんな彼を見届けることなく、踵を返したレンは、未だ地面に転がっているレッドプレイヤー達を無視して駆けだした。

 

「クソ!!!!」

 

同時に、脳内へと編み上げたイメージを具現化させ、、出現した蒼い結晶――転移クリスタルを握り込む。

 

――“お前の親しい者を殺す”

 

レンの脳裏に、最悪の光景がチラつく。

 

――それが、取れる最善で、一番安全だと思った。

 

今はもう懐かしくさえ感じる、キリトと、そしてレナ両名の結婚式。誰もがそれを認め、祝い、最も祝福されなくてはならないその日に起きた、残忍下劣極まる殺人。そして届いた警告。それを、レンは脅しなどではないと感じた。《ケンジ》。それが、殺されたプレイヤーの、また(、、)レンが死なせてしまったヒトの名前。

 

知ったプレイヤーだった。すくような責任感と、それでもあふれる不安を押し殺しながらも、前へ、前へと自分の歩める範囲で歩んでくヤツだった。切っ掛けは語るべくもない程に些細なことだったし、交わす言葉もそう多くはなかった。だからそれを知っているプレイヤーは少数だったが、基本的にはじき者であるレンが珍しく、ボス戦の際にアスタたち以外で肩を並べた、戦友と呼べる存在だった。

 

それが殺された。あっけなく、無残なままに。故に理解した。この警告は、偽りじゃないと。そして、少ないレンとケンジの関係性を知る、“攻略組”内部に“スリーパー(裏切り者)がいると確信した。だから何も告げず、自分が疑われるようなことになろうとも、その通りに姿を消した。フレンド欄から”《Kajay》“だけを残して、トラッキングされないように全てを抹消して。

 

――けれど、同時にある予感もあった。心優しいアスナ達(彼ら)は、自分を容疑者だとは疑わないかもしれない

 

うぬぼれも甚だしいと、レン自身も思った。瀬田煉也(レンクス)という人間は、そんなに想われていい人物じゃない。けれど、そのうぬぼれが当たった。特に、“鼠”のアルゴの調査能力はすごかった。知っていながらも心のどこかで、見くびっていたと言ってもいい。彼女は攻略組ではないが故に、アスナ達のようにしがらみに縛られることなく持ち前の“腕”と“鼻”を生かして、ついにレン自身の根城すら探り当てた。畏れを抱いた。

 

――そう遠くないいつの日かに、彼女は自分の痕跡を捉える。向こうはプロで、こっちは素人なのだから

 

と。それが怖かった。

 

“親しいものを殺す”

 

あの警告が脅しでない以上、もし彼女が、自分の痕跡を捉えてしまったら。

 

“殺される”

 

何時もレンが目にするように。儚いままに死んでいった、彼ら(、、)のように。

 

その結末を回避するためだけに、レンは博打に出た。彼女にしか分かりえぬだろうヒント、“大切”な思い出をキー標に残して、同時にわざとタークス隊に己の尻尾をちらつかせ、アルゴを保護してもらおうと思った(、、、、、、、、、、、、)。攻略組の虎の子。秘匿部隊である“タークス隊”の庇護の下ならば、幾ら同じ攻略組と言えど容易に手は出せまいと考えた。

 

――なのに、なのになのになのになのにっ――

 

吐き気がする

 

喉はカラカラに乾いてる

 

拍動する心臓が、もっとガソリン(酸素)を求めて喘ぐ

 

気が狂いそうになるほどの恐怖心が、思考の波をぐちゃぐちゃにかき乱す

 

「転移!!第一層《始まりの街》!!!」

 

宣言とともに、蒼き石は起動の光を灯す。そして、体を包むまばゆい程の明かりに抱かれながら、彼はその場から姿を消した。

 

 




この章も佳境に入ってきました。まさかこんなに長くなるとは構想段階では思ってもいなかったのが正直なところです。


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Ep61: All or Nothing

皆さんゴールデンウィークはいかがお過ごしですか?私はこのゴールデンウィーク期間中は何とか時間を見つけて投稿できてます。

それでは、どうぞ


第一層《始まりの街》。天の頂へと伸びるアインクラッドの最も低き層。全ての始まりであるこの場所には、他の層にはないある“特徴”がある。層の中央部より東南へと下った場所に位置する黒く無機質な鋼の建物。名を“黒鉄宮”と冠するその場所は、百塔に連なるこの天空城に唯一存在する“牢獄”としての機能を有している。

 

多くのプレイヤーにとって目に見える“秩序”と“正義”の象徴ともいえるその建物は、設立から事実上“タークス隊”の本拠点でもある。もちろん、多くの人間はそれを知らない。一般公開されている情報では、この黒鉄宮は三大攻略ギルドから持ち回りで警備、そして維持管理をしているとしている。“タークス隊”設立の流れを考えれば、あながち間違いでもないのだが。

 

ともかくも、“タークス隊”の存在同様、その真相は攻略組の最高機密の一つであるからだ。その真相を知るは、攻略組の中でも限られた人物のみ。――そのセレクションに招待されたレンも、その真相を知る数少ないプレイヤーだった。

 

「……暇だな」

「……ああ」

 

――内部に四……いや、五、か

 

黒鉄宮の頂上、建物の構造上において屋根にあたる部分の際に立ち、レンは研ぎ澄まされた聴覚と索敵を以て静かに俯瞰していた。

 

門番なのであろう二人の男は、ヘビープレートアーマーにその身を包んだままの格好で直立の姿勢を保つまま、愚痴ともつぶやきともつかぬ会話をしていた。出入り口となる場所は他になく、正面突破しか方法はない。内部は強力な結界が敷かれており、どんな隠蔽すらも白日の下に曝す。

 

自身が有するスカウティングスキルによって強化された索敵が、門番以外に五人のアクティブ反応を捉えている。ただし問題なのは、内部の構造までは正確に把握できないこと。あくまで理解できるのは、まるで地表に浮かぶ陽炎のように朧気としたイメージだけ。

 

「――行くか」

 

しかしレンにとっては、少なくとも一階にアルゴの反応が無いと分かっただけでも御の字だった。

 

「ふっ」

 

何のためらいもなくレンは足場を蹴ると、二人いる門番の内の片割れ目掛けて飛び降りる。音一つなく、鮮やかな姿勢のまま自由落下をするレンは、そのまま目標の首元を両手で拘束し、落下する己と共に地面へと叩き落とす。

 

「ッ何だ!!!」

 

反応は、ことレンに対して言えば致命的に遅かった。その剣が抜かれるよりも早く、落下の衝撃を受け身で分散させつつ跳ね起きたレンは、鋼で作られた壁を駆けあがるかのように走り出す。石畳の地面や砂利岩道とは違い、表面が玉のように磨かれたその壁は、伝達した力を思うように受け止めてはくれぬが、それを彼は凄まじいまでの敏捷と機動力補正で駆け上がる。そうして、逆袈裟に振るわれる剣をスレスレで躱し、背後へと滑るように回り込んで渾身の“寸勁”を叩き込み、相手の脳天を揺らして棒立ちにさせたところで鎧通しの要領で堅牢な防具の隙間から“頂肘”を放ちその衝撃で意識を刈り取る。

 

そのまま、その機能に相応しい厳粛な門をこえて黒鉄宮内部へと踏み入れると、レンの視界へと”Caution”と記された文字と共に数字が表示される。カウントは“三百秒”あくまで侵入者であるレンへと課された彼への猶予時刻だった。黒鉄宮はその運営こそ現在はタークス隊がとりしきっているが、あくまでも第一層内部に有するシステム権限の一つ。正規の手順を経ずに踏み入れれば、システム側からの懲罰を受けるは道理。カウントの三百秒がゼロになれば、対象は強制的に圏外へと転移させられ、カーソルもグリーンからオレンジへと変更する。

 

――三百秒。分に直して五分。この、日常なら長いようで短い時間は、しかし侵入者に対しては温い様にも感じる。何故このようなシステムにしたのかは分からないが、キリトの憶測ではこの世界が“デスゲーム”ではなく“ソードアート・オンライン”であったころの名残ではないか、とも。

 

「侵入者だ!!」

「各員第一種戦闘態勢!!」

「生け捕りにしろよ!!」

 

監獄のイメージよろしく黒一色に微かな日の明かりのみが照らす暗い内部を駆け抜ければ、その存在に気付いた隊員たちが武器を片手に集まってくる。その数、足音からしておよそ五人。事前の索敵通りだった。足を止めて、右の腕を前に突き出す。その行動に、警戒の色を強める隊員たちを尻目に、レンは出現させたクロスボウを右手に、空いた左手で矢を取り出して軋む音と共にコッキングレバーを引いてボルトを番える。そもまま、こちらへと肉薄してくる隊員たちに向かって、レンはトリガーにかけていた人差し指をふわりと引いた。軽い作動音と共に飛翔するボルトは向かってくる彼らへとではなく、その足元――地面へと突き刺さり、短い破裂音と共に辺りを濃ゆい白煙がおおった

 

「くっ!!!」

 

当然、レンを捕まえようと詰め寄っていた彼らは例外なくその煙に巻かれ、一瞬のうちに視界を奪われる。

 

「しっ!」

 

そこへ、レンは活歩による高速移動と共にその中へと斬り込み、展開したスカウティングスキルで位置を正確に測り取り、煙に紛れた闇討ちを行う。一、二、三と視界には捉えていなくとも正確無慈悲な体捌きで次々に隊員たちを無力化させてゆき、煙が晴れたその頃には、レン以外に立っている者はおらず、制圧は完了された。もうだれも、レンの侵入を阻む者はいない。――ただ一つ、“システム”というこの世界絶対の法を除けば。

 

視界のハジに表示された時間は、残り二百二十二――三分と四十秒。腰のベルトに備え付けてある金具へとクロスボウをひっかけて、レンは軽く周りを見渡す。無機質なまでに物寂しい監獄の内部は、牢屋がその定められた機能を果たすことなく鎮座している。この階にアルゴの存在がいないのは確認済み。――若しくは――そこまで考えて、レンは強制的に思考を打ち切った。

 

恐怖心に震える体と、寒気に狂いそうになる思考。

 

――頼む

 

縋るような愚かしい希望を糧に、彼は下層へと続く階段を跳ねるように駆け下りた。

 

***

 

暗く暗く、僅かに窓から差し出す光ですら照らすことは叶わない冷たい牢獄。レンガ造りの内部に、備えつけられた簡素な椅子に座りながら、アルゴは何をするでもなく虚空を見つめていた。

 

――“ごめんな”

 

ずっと、脳裏に焼き付いてチラつくその言葉。その囁くようにつぶやかれた言葉に乗せられた真意を、アルゴはずっと考えていた。ワケもわからず、感じたぬくもりと共に視界を埋め尽くす白煙が漂うその中で、レンは何を思い、その言葉を私に向けたのか。自分への謝罪なんていう、そんなことで片づけていいものなのか。彼はナニカが変わった。なのに、そのナニカが分からない。今の彼は、まるで短い命を消費しながら鳴く真夏のセミのようだ。いったい彼の過去に、私たちが知らない過去に何があって、いったい何が彼を変えたのか。その答えを知る事は、今のアルゴには叶わない。

 

「ん……?」

 

とそこで、アルゴはどことなく上の階が騒がしいなと思った。複数人の足音が床を叩き、それが下の階へと響き渡る。やけに珍しい。そう考えていた矢先、今度は階段を駆け下りてくる音が聞こえる。カンカンカンと、まるではじけ飛ぶような速さと共に迫ってくるその音は、やがてアルゴの居る牢の前で止まった。

 

「アルゴ!!!」

 

そして聞こえたのは、数日ぶりとなる、彼の声。

 

「っ!?」

 

彼女が見上げた先にいたのは、フードで顔を隠した、レンの姿だった。

 

「ど、どうしてここに?」

 

アルゴの問に答えることなく、レンは腰に下げていたクロスボウを向けると、レバーを引き絞り新たに番えた矢を鉄格子のカギ穴部分へ向けて射出する。すると、着弾と共にボルトが等間隔の信管音を発し始め、やがて爆発。突き刺さっていた鍵穴を完全に破壊した。

 

「大丈夫か!?」

「う……うん」

 

最早意味のなさぬ格子を蹴り開け、中へと入ったレンは、状況が呑み込めず戸惑いがちに頷くアルゴに安堵しつつ、その華奢な体を抱きしめた。

 

「~~っ!!」

「良かった……良かった……無事で……」

「レ、レン?」

 

いきなり抱きつかれ、トクンと心臓が跳ね上がり、体温が急激に上昇するもつかの間。そんな感覚は、すぐに塗りつぶされた。

 

――レン………震えてる…………

 

体に、少しきついくらいに回された腕が、力なく震えている。あのレンクス(、、、、)が、だ。《A-ナイファー》という、この世界に二つとないユニークスキルを自在に駆り、攻略組より、いや、アルゴの知るどんなプレイヤーよりも近くで敵と交戦し、この常に死に冒されている世界を渡り歩く。“ノーネーム”、“鬼神”、“ユニークホルダー”、“無法者”、“卑怯者”、“スカベンジャー”、“帝王の金魚フン”、。様々な呼称でおそれ慕われる彼が、その身を震わせているのだ(、、、、、、、、)

 

――よかった、よかった

 

そう何度も、壊れたオルゴールのように繰り返す彼は、まるで何かに怯えている子供の様で――目障りなほどに音を発すハラスメントコードの警告表示を消して、アルゴは両手を彼のひろく、けれど小さい背中に回し、その耳元で、私なら大丈夫だよ、無事だよと宥めるようにつぶやいた。

 

――どれほど、そうしていただろうか。静かに、されど無情に流れゆく時間の中で、恐らくはたぶん、さほど多くはなかった。震えが止まり、すっかり落ち着いたレンは、アルゴの肩に両手を置いて、その紺碧色の鮮やかな瞳でアルゴを見つめる。

 

「頼みがある」

 

もう、時間が少ない

 

「今から街中、知ってる限りでいい。攻略組の皆に伝えてくれ。“できる限りの援軍を、二十五層に”と」

「レンは?」

「俺は行かなくちゃ。全てが手遅れになる前に」

「だめ、行かせない」

 

立ち去ろうとするレンの服を掴み、アルゴは彼が被っているフードを取り払った。自分の、彼に比べると随分小さな両手をそのままレンの頬へと添え。

 

「一人でなんて行かせない。レン、私と一緒に着なさい」

 

彼女でも驚くほどに紡ぐその言葉は強く、彼に選択肢など与えはしない。両手に伝うぬくもりから、自分を見つめる紺碧色の瞳から、彼女の意志を伝える。

 

この手を離せば、また彼は一人、何もかもを一人のまま進もうとする。

 

“大丈夫”

 

そんな筈はない

 

“何でもないよ”

 

もうたくさんだ。

 

彼が命ない、ただ命令されるがままに動くだけのロボットならばそれでもいい。しかしレンは違う。彼は一人の人間だ。こうやって伝わってくるぬくもりは、心優しいレンだからこそ伝える事のできるものだ。そして、人間だからこそ、鋼と油とで出来た機械とは違う、繊細さ、壊れやすさがある。致命的な、後戻りができなくなるまでの“ナニカ”が砕けてしまう前に、誰かが引き留めるしかない。

 

「ありがとう」

 

優しい声と、穏やかな笑顔。それが、強く見つめるアルゴへと映る。

 

「………けど、無理なんだ。俺はもう、破りたくない。誰も、死なせたくない。助けなきゃいけない。“彼女(、、)”を守らなきゃいけないんだ」

 

そして、レンはパシンとアルゴが掴んでいた手を払うと、変わらぬ笑顔のまま――しかし致命的に、なにかが抜け落ちた―その表情で、なにかに怯えるような瞳を向けて拒絶した。

 

—―あっ

 

そこで、アルゴはようやく気付いた。引き込まれるように鮮やかで、さも深い海を想起させるような澄んだ紺碧色の双眸。その奥、蒼さの更に奥深くある、暗闇。瞳はアルゴへと向けられていながら、何も映していない(、、、、、、、、)。揺蕩っているのは、全てを飲み込まんとするほどの漆黒。

 

その目を、アルゴは知っている。ようやく、漸く気づいた。

 

――その瞳は、

 

――嘗て、レンが大切な、親友であり戦友だったカズを無くした時と、全く同じではないか。

 

――そして、残されていた時間がゼロになる。法を犯した犯罪者は、その罪によって慈悲無く裁かれるのみ。払われたアルゴの手は再びレンを掴むことはなく、牢破りという重罪を犯したレンは、カーディナルという完全なる調律者の調停の下、厳粛な審判が下され、その槌が落ちる。卑劣な犯罪者としてのレッテルを張られ、強制的に圏外へと飛ばされた。

 

 

***

 

クリスタルでも、回廊決勝でも、ましてや転移門による転移とは比べるべくもない、まるでジェットコースターからでも振り落とされたかのように痛烈な感覚と共に強制転移によって飛ばされたレンは、そのまま投げ出されるような形で地面へと叩きつけられた。

 

「がぁ!!……づぅ…………」

 

受け身すら取る暇なく、たたきつけられた衝撃に視界がブレ、いやな感触と共に意識が遠のきかける。その、途絶えかけのボロボロな意識を、レンは己の体にクロスボウの、“爆裂ボルト”を突き刺して自爆させた。先ほどとはまた違う種の衝撃が、しかし今度は途絶えかけていたその意識を急激に励起させた。

 

「あ、くっ……が……ああっ!!」

 

体が思うように動かぬ中、レンはその体に鞭を入れながら紡いだ気力のみで立ち上がった。

 

「……転移、第二十五層《断界の熱砂漠》」

 

鈍った思考で編み上げたイメージを左手に出現させ、起動文句と共に体をまばゆい光で包み込む。

 

第二部隊の突入を、許すわけにはいかない

 

すべては、何の根拠なく楽観的に構えていた自分のせいだ

 

自分がちゃんと動いていれば、回避できた

 

そうしてレンは、三度の転移と共に既にキリングフィールド(死地)と化した戦場へと踏み込んだ。

 




ここ数話は比較的にレン側とアスナ、キリト達攻略組側と一緒の時間内で別々に行動してましたがこっからはまた普段通りです。存外、ものすごい話数がかかっちゃいましたけどね。

後重要な連絡として、この小説を再編しました。具体的には原作で言うところの”圏内事件”編にあたる部分を削除、それに伴い各タイトルのEp話数を調整しました。理由は活動報告の所で述べさせていただきますが、常々言ってたように思いのほかこの章が長引いてるのも理由の一つです。


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