史上最強の弟子ケンイチ 〜僕は二周目をこう生きる〜 (眠眠バカ)
しおりを挟む

1話

試しに書いてみました、よろしくお願いします。
死に方が酷いかもしれないので注意です。


「梁山泊」

それは無敵超人、風林寺隼人を長とする武術を極めた6人(現在は諸事情で5人だが)の達人が集い、生活する場所である。

 

そんな武術の聖地とも呼べるこの地で、修行に励む一人の男子高校生がいた。

 

名前を白浜兼一。現在、闇の育成機関YOMIと死闘を繰り広げている人物である。

 

彼に武術の才能はなかった。しかし、彼は自分の信念を貫くため必死に努力を続け、その結果、先のD of DにおいてYOMIのリーダーである叶翔を打ち破るという偉業を成し遂げたのだ。

 

そして今日も、次の戦いに向け兼一は鍛練を積んでいた。

 

「あぱー。兼一、アパチャイと組手やるよ」

 

「ひぃぃっ!」

 

アパチャイ・ホパチャイ、裏ムエタイ界の死神と呼ばれるこの男は梁山泊で一番手加減を苦手としている。

その手加減のなさを何度も身をもって体験している兼一にとってはアパチャイとの組手は恐怖でしかなかったが、今も敵は強くなり続けていると思うと逃げることは出来ない。

 

「(流石に、昔よりは手加減出来てきてると信じたい・・・)」

 

そう願いつつ兼一はアパチャイに対峙し拳を構えた。

 

「兼一さん、頑張ってですわ!」

 

「あっ、美羽さん!」

 

その二人にお茶を淹れ兼一に声援を送るのは美羽という少女。

彼女は無敵超人の孫娘である。

彼女こそが、兼一が梁山泊の門を叩くこととなった切っ掛けであり、兼一の想い人でもある。

彼女の存在は修行においても兼一に非常に大きな影響を与えていた。

 

美羽の声援に拳を構えたまま顔だけを美羽に向け返事をする兼一。

 

 

 

 

 

それが全ての失敗、不幸だった。

 

 

 

 

 

「あぱ!ケンイチ避けるよ!」

 

「えっ?」

 

拳を構えたことで、臨戦態勢であると判断(勘違い)したアパチャイが手加減に失敗した蹴りを放ったのだ。

 

「うぐぁぁぁ…っ!!」

 

「け、兼一さん?!」

 

硬直する美羽とアパチャイ。

アパチャイの蹴りを防御もできずまともに受けてしまった兼一はサッカーボールの如く吹っ飛ばされていく。

 

しかし、不幸はそれだけではなかった。

哲学する柔術家、岬越寺秋雨とあらゆる中国拳法の達人の馬剣星はそれぞれが経営する診察所へ、長老は世直しの旅に、喧嘩百段の異名をもつ逆鬼至緒は警視庁の依頼でこの場にいなかった。

更には、いつもアパチャイの近くで組手を見物し吹き飛ばされる兼一を鎖鎌の鎖で受け止めていた、剣と兵器の申し子、香坂しぐれも刀狩りで外出中だった為に、吹き飛ばされる兼一を受け止める人がいなかったのだ。

 

「(こ…れ、いつもの蹴りより、強…)」

 

そんなことを考えながら、兼一は外壁をぶち抜く衝撃によって完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

「…あれ、ここはどこだ?」

 

意識を取り戻した兼一は見たこともない部屋にいた。

一面が真っ白で何もない空間、梁山泊にこのような部屋はなかった。

兼一は混乱した。僕は先程まで確かに稽古をしていたはず、と。

 

「ここは無の空間ですよ、白浜兼一君」

 

「誰っ?!」

 

突如、空間に聞き慣れない声が響く。その直後、背中に翼をもつ男が姿を現した。

 

さっきから何が起きているのか全く理解できないが、この場所が普通ではないことは納得することにした。

翼の生えた人間など地上では見たことがない。

 

だが、何故自分がこんな場所にいるのか分からない、正確には、分かりたくないだけでその可能性を信じたくはなかった。何故なら…

 

「私は一般的に神と呼ばれる存在だ。そして、君がこの場に呼ばれた理由は…死んだからだよ。」

 

「そ、そんな…嘘だ…」

 

自身の死亡、信じたくもなかった可能性を突き付けられ、兼一は絶望に顔を歪ませた。

もう、美羽と会うことが出来ないのだ。

近くでその笑顔を見ることも、叶翔と交わした約束を果たすことさえも…。

 

「(それに、僕の不注意が招いた事態なのにアパチャイさんが責任を感じてしまう。みんながどうなってしまうのか…)」

 

「私が嘘を言ってどうする。ちなみに、君が死んだのはアパチャイだったか、あの男の蹴りではなく、外壁を突き破った先の道路で頭をトラックに潰されたのが原因だ。安心したまえ」

 

神を名乗る男は兼一の心を読んだのか、自身の直接の死因がアパチャイの蹴りによるものではないと説明した。しかし、問題はそんなことではない。

 

「神様、お願いします!僕をどうか生き返らせてくれませんか。僕には約束があるんです!」

 

「残念ながら、それは出来ない。神である私でも輪廻を弄るなどしてはならぬ、禁忌なのだ。心苦しいが、諦めなさい」

 

「そんな…。あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

一縷の望みも絶たれ、今度こそ成す術がなくなった兼一は大声をあげて泣いた。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたかい、ってそんなはずはないか。兼一君、君には現時点で二つの選択肢がある。一つは天界に行くこと。そして二つが輪廻転生を受けることだ。ただし、どの世界にどの生物として生まれるかは君の希望が通る域ではない。どうする?」

 

「…僕は…」

 

転生する世界がランダムで、僕が生きていた地球に生まれ直す可能性がどれ程あるのか分からない以上、天界で美羽さんが亡くなるまで待つのも悪くない、か。

 

そう判断し、天界で美羽さんを待つ、と呟こうとした時だった。

兼一の視界がぐにゃりと曲がった。

 

「何が起こっている?!一体どこの神が…。に、人間だと?!人間の分際で輪廻をねじ曲げるというのかッ!」

 

この現象の原因を逆探知していた神が声を荒らげた。

神も動揺することがあるのか、と驚きながらも兼一は再び意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

「なにっ、兼一君が?!」

 

アパチャイからの涙を流しながらの一報を受け、診療を中断し現場に向かった岬越寺秋雨はその光景に絶句した。

 

「これは…」

 

道路一面に飛び散った血、急ブレーキの跡、その先に停車している2tトラック。そして、頭を潰され脳をぶちまけた、悲惨な兼一の姿がそこにあった。

 

「…あぱ…」

 

「!? …秋雨どん!」

 

「…」

 

アパチャイとともに到着した剣星の呼び掛けに、秋雨は静かに首を横へと振る。

 

兼一が事故にあったと聞いたとき、どんなに酷い怪我でも絶対に治すつもりだったし、我々が鍛えあげた弟子は、簡単に死ぬほど柔な特訓はしていない、秋雨はそう思っていた。

 

しかし、これは最悪だ。頭を轢かれ脳がぐちゃぐちゃに潰れている。どうみても即死だ。

これだけは、秋雨をもってしても蘇生させることは不可能だった。

 

「兼一さぁぁぁん!!!」

 

兼一の遺体の傍で泣きじゃくる美羽、トラックの運転手と思わしき人物も、膝をついて涙を流し茫然としていた。

 

「(蘇生は不可能…。輪廻をねじ曲げてでも救う意気込みだった私が何も出来ないとは…情けなさ過ぎる)」

 

秋雨は己の無力さを嘆いた。

 

「(…いや待て、「輪廻をねじ曲げる」だと…?これだ!!)」

 

「秋雨…さん…?」

 

しかし、秋雨は決して考えることを諦めなかった。

秋雨は直ぐさま右手を飛び散った兼一の血で染め、道路に奇妙な紋様を描きだした。そして、数分後それは完成する。

数学の式(と思われるもの)のみで作られた紋様、一見すると魔方陣のようにも見えるそれが何を表しているのか、本人以外全く分からないものの、美羽たちには秋雨の使う数式に思い当たる節があった。

 

カオス統計術、それは秋雨が哲学をしていくなかで極めたものであり、その精度は未来予知をも可能にするほどに完成されている。それを秋雨は道路に書いているのだと。

 

兼一の亡骸を秋雨が紋様の中心へと運ぶ。

その顔には秋雨の決意が伺えた。

 

「(蘇生が無理だとしても、これで兼一くんを救ってみせる!)」

 

紋様の中央に立った瞬間、秋雨と兼一が光が包まれる。

その様子を目の当たりにし、その場にいる者全員が声を挙げていたのだが、こちらにはそれを聞く余裕など残されていなかった。

 

「(…ぐっ。苦しいのは計算から分かっていたがこれ程とは…。しかし、例え私の寿命が縮もうとも兼一くんは救ってみせる、達人にしてみせる…!)」

 

長い発光現象が終わると同時に、秋雨はその場に倒れこんだ。

起き上がろうにも力が入らない。

 

「秋雨さん!?」

 

「頼んだぞ…過去の私…よ」

 

意識を失う秋雨の最後の呟きは、この場の誰にも届くことはなかった。




感想や誤字脱字などありましたら、ご指摘お願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございました。

思いつきで書いた話でしたが、自分の想像以上に良い評価だったので驚いております。

第二話もよろしくお願いします。


逆行、この言葉を辞書で引くと大凡このような答えが返ってくる。

 

ぎゃっこう【逆行】[名・自スル]

①物事の進むべき方向とは逆の方向に向かって進むこと。⇔順行。「時代にーする考え」②〔天〕天球上で天体が東から西へ動くこと。

>retrograde motion

 

(集英社国語辞典[第二版]より抜粋)

 

そして僕が「逆行」と聞いて思い浮かぶのが、太宰治の小説だ。タイトルもそのまま「逆行」。

この作品は「蝶蝶」、「盗賊」、「決闘」、「くろんぼ」の4篇で構成されているのだが、読み進めていくと、主人公の年齢が25歳、大学生、高校生、少年、と時代がまさに逆行していく仕組みになっているのだ。

 

第一回芥川龍之介賞の候補にも挙げられた作品なので、是非一度読んでみてほしい。

 

 

 

 

それで、なぜ先程から逆行について語っているのかというと…

 

「兼一、幼稚園のバスが来たわよー!」

 

「い、今行くよー!」

 

この通り、僕の年齢が3歳にまで戻っていたからである。まさに逆行。あり得ない事態に驚愕と多少の恐怖も感じたが、生きていたのでよしとした。

 

それにしてもこの身体、慣れてきたとはいえ頭でっかちの4頭身で酷く動きづらい。

試しに家のなかで、前の身体と同じ感覚で走ってみたところ、頭から床に突っ込んでしまい、滅茶苦茶痛かった。

やはり3歳児には3歳児に適した動きがあるようで、修正には時間がかかりそうだ。

 

幼稚園に到着しバスから降りると、いきなり背中に衝撃を受けた。とはいえ、倒れてしまう程のものではなかったので軽く前方に走って衝撃をいなす。

後ろを振り向くと、3歳にしては体の大きい男の子が機嫌の悪そうに立っていた。どうしよう、誰だか全く覚えていない。

 

「よぉ、けんいちぃ。おれにあいさつもなくあるいていくとはどういうことだぁ?」

 

「あ、おはよう?」

 

「おい、てめえ。あいさつは「おはようございます、けんとさま」だろうが」

 

そして漸く思い出す。

鹿島健斗、僕の人生で初めていじめを受けたのがこの子をリーダーとする男子3人組からだった。

そういえば3歳のときからいじめを受けてたことをすっかり忘れていた。

梁山泊での修行が、いじめとかどうでもよくなるくらいに厳しすぎて。

 

さて、どうするか。

波風立てないようにここは大人しく従うか?

いや、その選択肢は無い。僕が武術を始めた理由が

「誰もが見て見ぬふりをするような悪に立ち向かうため」なのだから。

 

「断る!僕と君は同い年だ、なのに何故君は上から目線でものを言っているんだ?背中に蹴りをいれたのも君だろう。確かに挨拶をしなかったのは悪かったかもしれない。でも、それは人を殴っていい理由にはならないはずだ!」

 

「こいつ…!」

 

先生たちに届くようにわざと叫ぶ。その声に気づいた先生がこちらに向かってきた。周りの子供たちも、「あれはかしまくんがわるいよ」と先生に言ってくれたので、この場は上手くおさめることができた。

 

「鹿島くん、白浜くんに謝りなさい」

 

「くっ…ごめん、なさい…」

 

「うん、分かってくれたならいいんだよ」

 

鹿島君は僕を睨みながら謝った。あの目は絶対やり返すつもりの目だけれど、先生もいるし特に何も言わず終えることにした。

 

 

 

 

「(あいつ、ぜったいゆるさねぇ…!)」

 

鹿島は酷く苛ついていた。原因は先程の一件。

今まで、鹿島の命令に何も言い返してこなかった兼一が、今日になって反撃してきたからだ。

周りに聞こえるように叫んでいたので、こちらは謝るしか選択肢はない。屈辱だった。

 

「おもちゃのくせに、たてつきやがって。クソがっ 」

 

「けんいちのやつ、はんこーしたのか。あーあ、おわったな」

 

「だね。おれたち、とくに、かしまをおこらせてタダですむわけがないのにな。それで、どうするんだ「リーダー」」

 

「…あいつには「しつけ」がいるみたいだ。おれにかんがえがある」

 

仲間の木下将吾と上田康成に作戦を話す。異論は無いようで、二人は頷いた。

 

早くこの苛立ちを鎮めたい。苦痛に顔を歪ませる兼一の顔を想像することで、鹿島はその時がくるまでを耐えていた。

 

 

 

 

 

「32…33…34…」

 

幼稚園から帰宅した僕は自室で形稽古をしていた。

体力と相談して、休み休みやっているが、それでも回数をこなす毎に少しずつ思い通りの動きが出来るようになってきた。まだ5回に1回くらいの成功率とはいえ進歩があるのは嬉しいことだ。

 

「(そういえば、結局今日は仕返ししてこなかったな)」

 

あの後、鹿島君は特に何かをするわけでもなく普通に家へと帰っていった。昼休みにでも仕返しにくるかと予想していただけにちょっと拍子抜けだ。

 

「(まぁ、何もないならそれが一番なんだけど。あまり期待しないでおくか)」

 

何せあの目だ、とても反省している人がするような目ではない。今日でなくともいずれその時が来るだろう。

いやはや、昔の僕も苦労してたんだねぇ…。

そんなことを考えているときだった。

家のチャイムが鳴り、応対した母さんが1階から僕を呼んだ。

 

「兼一、お友達が来てるわよー」

 

「誰ー?」

 

「鹿島くんとそのお友だち2人ー」

 

来たか、やはり即日で仕返しにきたか。しかし、何故このタイミングなんだろう。不思議に思いつつ玄関へと向かうとそこにはあの3人に加えて1人の女性が立っていた。

 

「兼一くん、うちの健斗が色々とひどいことをしたみたいでごめんなさいね。ほら、健斗も」

 

「ほんとうにごめん、おれがわるかったよ」

 

あー…。成る程、そう来ましたか。

親に敢えて苛めていたことを報告することで、罪悪感がある、反省していることをアピール。

基本的に親にとって我が子は可愛いものなので、本人に謝るところを見せたらもう二度とやらないだろうと信じてしまう。同じく、僕の母さんも。

本当、とても3歳児が考えたとは思えないな。大方、ドラマか何かでそういうシーンがあったんだろう。

 

「ほら、兼一。健斗くんもこう言ってるんだし許してあげよ?」

 

「うん、勿論だよ。仲良くできればそれが一番だもの」

 

僕の言葉に安堵した様子の3人。でもそれは「許してもらえて良かった」という意味でないのはお見通しだ。

 

「ありがとうね、兼一くんが優しい子でよかったわ。よければ、仲直りの証に健斗と遊んでもらえないかしら」

 

そして、鹿島君のお母さんが意図せず僕の退路を塞ぐ。こちらも退く気はないから答えは一緒だけど。

 

「うん、いいよ。じゃあ行ってきまーす」

 

「行こうぜ、「けんいちくん」」

 

さぁて、ここから先は戦場だ。

僕は鹿島君たちと共に外へ踏み出した。

 

やって来たのは近くの公園、ではなく僕の家から離れた場所にある空き地だった。その間も3人は仕掛けてこなかった。他人には余程見られたくないらしい。後ろめたいなら初めからしなければいいのに。

 

「それで、鹿島君たちはいつ僕を襲ってくるの?」

 

「はっ、きづいててついてきたのか。バカなのか?」

 

「断れない状況にしといてよく言うよ。ほら、まだなの?僕、本が読みたいから早く帰りたいんだけど」

 

「バーカ、かえすわけないだろ。しょう、やす、やれ!」

 

鹿島君の合図で二人が襲いかかってきた。

僕はこのときになって初めて二人の名前を知った。

だってしょうがないじゃないか、クラスが違うんだもの。

掴みかかってきた一人をかわし、もう一人のパンチを手で払う。空手の回し受けだ。

武術は攻防一体。受けと攻めは流れるように行われ、本来ならば受けた後即座に反撃に転ずるのだが、敢えて僕は攻撃しない。終始回避と受けに専念した。

 

梁山泊では、師匠たちの指導と怪しい薬のおかげで丈夫な身体にさせられていたが、今の僕は3歳児。

下手に殴って拳を痛めたくはない。それに、反撃をしたら相手に口実を与えてしまうことになる。

 

だがこの集団リンチ、というには些か拙いが僕にもちゃんと利点があった。

 

組手主体。相手の行動に適切に、そして柔軟に対処できる実戦的な技法を養うために、少林寺拳法という武術においては二人一組での修練を原則としていると聞いたことがある。

梁山泊には少林寺拳法の達人はいないものの、実戦のなかで技法を学ぶ、という点では師匠たちも同じ考えであった。

 

回避と防御のみの組手。そういうことから、僕はこの戦いをあくまでも修練と位置づけて事に挑んでいた。

 

「クソっ、なまいきにもかわしやがって!」

 

「あたってるのに、ぜんぜんきいてないとかふざけんな!」

 

二人が僕を罵る。こちらは最小限の動きで対処しているのに対して、相手は大振りで殴りかかっている。

体力の消耗は明らかにあちらの方が激しかった。

 

ここで、今まで動きのなかった鹿島君が動く。

片手一杯に砂を掴んで僕に投げつけてきたのだ。

ここで逆風が起きて鹿島君が自滅したら面白かったのだが、生憎と風は僕のいる方向に吹いていた。

 

「いまだ、ぜんいんでやるぞ!」

 

鹿島の声で二人も動く。

僕は砂が目に入らないように腕で目の周辺をガードしたが、三人は既に目の前。

避けることも受け流すこともできなかった。

 

「おらぁ!」

 

「・・・っ!」

 

鹿嶋君渾身のパンチが腹に突き刺さる。

三戦立ちに構え、咄嗟に腹筋に力を入れたので多少ダメージは抑えられたが、それでも全く効かないわけではない。

 

二人もチャンスとばかりに殴りかかってきたが、

流石に何発も連続で当たってあげる僕ではない。

二人の攻撃を避け、体勢を立て直す。

 

「ちっ」

 

その後も、避けては払い、そして時々腹で受けることで三人を奮い立たせて…10分が経過した。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「つかれて…、たてねーよ…」

 

「ク…ソがぁっ…」

 

三人は疲労の限界で地面に膝をついた。

とはいえ、僕の体力も大分削られていたのでいい頃合いだった。

 

「ふーっ、流石に僕も疲れたから帰るね。じゃあ、またね(・・・)

 

「ちくしょう…!覚えてろよ!」

 

唯々捨て台詞を叫ぶ鹿島君たちに別れを告げ僕はその場を去った。

 

そして、次の日も、また次の日も三人は僕を遊び(・・)に誘うのだが、結果は変わらず。

まぁ、良い修行になったとだけ報告しておこう。

 

 

「ただいまー。あー、疲れたぁ」

 

「あら、お帰り兼一。今日はお外で何して遊んだのかな?」

 

「んー。カンフーごっこ!」

 

 




「逆行」と聞いて思い浮かぶのが太宰治の小説だ~ とか適当に書いていたんですが、
兼一の第一巻で太宰治の「人間失格」を片手に教室に入るシーンがあったんですね。何たる偶然



感想や誤字脱字などございましたらご指摘をよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

イジメはダメ、絶対。

オリジナルの設定、そして突然飛ぶ時間

上手く文章が書けないから辛い。
もっと勉強しなくては。


朝宮龍斗は自身の身体に大きなコンプレックスを感じていた。

同年齢の少女大半にも劣る身長に、軽度ではあるが持病の喘息。二つが相俟って、見た目通りの弱々しい身体である。

 

休み時間も外で遊ぶことはなく、クラスメイトの誘いも断って、いつも本を読んで過ごしていた龍斗がイジメを受けることとなったのは、ある意味で仕方なかったのかもしれない。

 

今日も、自分より体格の良い3人を相手に、気の弱い龍斗は反撃することもできず、他のクラスメイトも見て見ぬふりで誰も助けてくれない。

心身ともに弱っていた、そんな時だった。

 

「やめろー!」

 

声と共に3人の前に割り込んできたのは一人の少年。龍斗は助けがきたことに一瞬喜んだものの、その姿を見て落胆した。

現れたのは、龍斗より僅かに背が高いだけの小柄な少年だったからだ。

 

そして龍斗の懸念通り、少年は3人から滅多打ちにされた。龍斗の身代わりとして。

 

「げほっ…いってぇ」

 

「ねぇ、なんでぼくをたすけたの?きみにかちめなんてなかったのに…」

 

助けに来てくれた恩人に対し酷い言い様であるが、それでも龍斗は聞かずにはいられなかった。

今回の場合、見なかったことにして無視をするのが普通だ。小柄な少年なら尚更のこと。

もし自分が逆の立場だったら無視することを選択していたと龍斗は語った。

 

「なんでって、ヒーローになるのがぼくのゆめだから。かちめがなくてもたちむかうのがヒーローでしょ?」

 

「ヒーロー…」

 

勝ち目がなくても立ち向かう。龍斗は少年の言葉に衝撃を受け、そして憧れた。

口だけでなく実際に立ち向かってみせた少年の心の強さに魅かれたのだ。

 

「ぼくは、しらはまけんいち。ともだちになろうよ」

 

「え、えっと…あさみやりゅうとです。」

 

桜散る5月の始め、逆行により兼一の人格が変わる一か月前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が逆行を経験してから3年が経った。

 

6歳になった僕は今、小学1年生として緩涼小学校に通っている。

これまでの3年間、梁山泊の修行法を自分の記憶を基にアレンジし、毎日欠かさずやってきたので、内功と外功を相応に上手く鍛えられたと思う。

 

そして何より制空圏、これを習得できたのは大きい。

初めて制空圏を発動できた日は、開展から緊奏へ至ることができたという喜びで、夜は中々眠ることができなかった。

 

とはいえ、長老の秘技である「流水制空圏」を習得するにはまだ修行と経験が到底、いや、全然足りない。

 

逆行前に一度習得したという事もあり、今でも「それっぽい」ものは出来るのだが、それは同格以上にはとても使えない実用性に欠けたもの。

更に経験を積み、その上で長老との0.0002%組手をしない限り習得は無理であろう。

だけど、長老がそう簡単に秘技を教えるとは思えない。何せ秘技だし…。

 

「兼一、またボーっとしてる。何考えてるのさ」

 

「何でもないよ龍斗。今日のヒーローごっこはどうしようかと考えてただけ」

 

今後の修行計画を考えていると、隣を歩く少年に声をかけられた。

朝宮龍斗、拳聖との出会いによって殺人拳という闇に取り憑かれてしまった人であり、僕の大事な友達である。

 

「そっか。でもヒーロー役は僕がやるんだぞ!」

 

「おいおい、…まぁいいけど。駄菓子屋に着いたし休憩して行こっか」

 

「いいね。僕は駄菓子とガチャガチャもしていこうっと」

 

因みに、今の龍斗のマイブームの一つはヒーローごっこ。最近は毎日のようにそれで遊んでいて、僕はいつも悪役をやっている。

別に配役に異論はないのだが、僕の精神年齢が18歳なだけに少々退屈な遊びである。

 

そしてもう一つが、「あばら屋」という駄菓子屋にあるガチャガチャ。

 

龍斗はそのなかでも特に、ラインナップに統一性が全くないカオスなガチャガチャを気に入っている。

簡潔に言うと、ネコバッジと太陰太極図のバッジが入っているアレだ。

 

龍斗は今日まで既に5回ほどガチャガチャをしているが、未だにお目当ての太極バッジは手に入っていない。

それもそのはず、龍斗が太極バッジを手に入れるのは「初めての決闘」のあと、ガチャガチャの中身を全部回してやっとなのだ。今当たるわけがない。

 

それに対して、早く梁山泊との繋がりが欲しいと思っているこちらは、この二週間、龍斗にとってはハズレであるネコバッジが当たるのを今か今かと待ち続けていた。

 

さて、今日は何が出ることやら。

 

「いくよー!えいっ!」

 

「(ネコバッジこい、ネコバッジこい、ネコバッジこい、ネコバッジこい、ネコバッジこい……)」

 

お金を入れてレバーを回すと、一つのカプセルが転がり落ちる。

龍斗は緊張した面持ちでそれを手にし、中身を確認する。

そして「はあ」と龍斗が溜息をついた。

知ってはいたが、またハズレだったようだ。

 

「龍斗、今日は何が出たの?」

 

「ネコバッジだよ。かっこわるいし、いらないからあげる」

 

祈りが通じたのか、龍斗がネコバッジを当てた。

よくやった龍斗!僕は心のなかで称賛の言葉を述べ、龍斗がいらないと言ったネコバッジを有り難く貰うことにした。

 

「本当?じゃあ貰おっかなー」

 

「えっ…、兼一ってそんな趣味だったの~?」

 

受け取ったら受け取ったで何故か揶われる僕。

流石に恥ずかしかったので「もしかしたら、妹が欲しがるかもしれないから」と言って龍斗を無理やり納得させた。

その後、妹のほのか(2歳)のことで龍斗から質問攻めにされていた時、遂に待ち望んでいた彼女がやってきた。

 

 

「あのう…」

 

「ん、どうしたの?」

 

「これのやり方、教えてくださいですの!」

 

振り向くと、硬貨を握りしめた美羽さんが立っていて、その手はガチャガチャの方向を指さしていた。

やっと巡ってきたチャンス、逃してなるものかと龍斗が口を開く前に僕が応対する。

 

「えっとね、ここにお金を入れてレバーを矢印の方向に回すんだ。そしたらカプセルが出てくるよ」

 

「ありがとうですの!早速やってみるですわ!」

 

僕の言われた通りに美羽さんがガチャガチャを回す。その結果は…

 

「太極バッジいやぁぁ!!ネコバッジがほしいですわぁぁ!!」

 

やはり惨敗…淡い期待を打ち砕かれていた。

思いのほか煩い泣き声に少し吃驚したが、僕は予定通り行動に移す。

 

「あのさ、このネコバッジあげるよ。バッジも欲しい人に貰われた方が幸せだろうし」

 

「で、でもおじいさまからは「知らぬ人から物を貰うな」と言われていますから、怒られてしまいますですわ…」

 

僕がネコバッジを差し出すと美羽さんは一瞬嬉しそうな表情を見せたが、長老の教えに背くことはできないと涙ながらに断ってきた。

しかし、断ってくることはこちらも織り込み積み。

お互いのバッジを交換するのはどうかと提案すると、美羽さんは一転して、明るい表情を見せた。

 

「うわー、本当にいいんですの?ありがとうですの!」

 

愛くるしい笑顔を浮かべ去っていく美羽さんに僕も龍斗も思わず見惚れていたが、駄菓子屋から突如として起きた騒音と罵声によって現実へと引き戻される。

当時の記憶から、地上げ屋が駄菓子屋の店内を荒らし始めたことを察した僕は、お婆さんを助けるべく龍斗とともに急いで店へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「どうせ老い先長くないんだ、さっさと立ち退いたらどうなんだ婆あ!!」

 

そんな罵声が響いてきたのは、ガチャガチャのやり方を教え、その上欲しかったネコバッジを交換してくれた、優しい男の子とそのお友達の方にお礼を言って、おじい様の元へ戻ろうとしていた時でした。

近くの木の影から様子を窺うと、如何にも悪そうな男三人組がお婆さんに掴みかかっています。

これは見過ごすわけにはいきません。

 

「ど、どうしよう…?」

 

「…龍斗は近くの大人に助けを呼んで来て」

 

「え…ま、待って…」

 

時を同じくして、先程の男の子たちもまた入り口付近から店内の様子を窺っていました。

 

おかっぱ頭の男の子は怯えていましたが、それに対して彼の様子は全く違いました。

何とあの男たちに挑もうと立ち上がったのです。

拙いと思った私は、慌てて駆け寄り、説得のために彼の腕を掴み振り向かせます。

 

「…」

 

「えっ?!」

 

その時でした、私は彼の目に不思議な光を宿しているのを見たのです。

 

その目に、彼の強い意思を感じた私は掴んでいた手を離してしまいます。

 

腕に触れ初めて気づきましたが、彼は相当トレーニングを積んでいるようで、身体は筋肉で引き締まっていました。

それがスポーツで培われたものなのか、武術によるものなのかは、私にはまだ正確に察することはできません。

しかし、その腕力を以て不意をつけば一人くらいは倒せるだろうと判断して私は引き留めるのをやめました。

 

私は彼に目配せします。彼も分かっていると頷き、一呼吸した後、私たちは同時に店内へと駆け出しました。

 

「何だてめ「前蹴りッ!正拳突きッ!」うぐぉぉ…」

 

急な襲撃に不意をつかれた一人が、股間と脇腹に蹴りと突きを受け倒れました。

手加減はされているものの容赦ない攻撃です。

 

男が倒れたことで漸く事態が分かった残りの二人でしたが、私が隙を逃す訳がありません。

鳩尾と顎に一撃ずつ与え、それぞれ戦闘不能にしました。

 

「お婆さん、大丈夫ですかですわ」

 

「あい、おかげさんで」

 

「あの方たちはいつもここへ?」

 

「あい、おかげさんで」

 

「そうなると、やはりおじい様を呼んだ方が…」

 

お婆さんの証言を聞いていたところ、すぐ後ろでカランと金属音がしました。何事かと振り向くと、床には落ちたナイフ、そして彼によって組伏せられている、私が倒したはずの男の姿がありました。

 

「(か、完全に油断してました…。危ないところだったですわ)」

 

彼がいなかったら、そのナイフは私に突き刺さっていたかもしれない。

全員倒した気になって油断していた自分を反省し、助けてくれた彼にお礼を言うと、「貴女が無事でよかった」と思わぬ返事を貰いました。

おじい様と梁山泊の方々以外に人と交流することが殆ど無かった私には、他人から心配されることなどありませんでしたから、これには返答に詰まってしまいました。

 

「ち、近くにいた大人…連れてきた…よ…?」

 

「ほっほっ、少年の案内で連れて来られたわ。それで…、悪は何処かのぉ」

 

困っているときに、彼のお友達の男の子がおじい様の肩に担がれてやって来ました。

 

これは連れて来たと言えるのでしょうか。

危うく言いかけたツッコミを慌てて心にしまいます。

 

そしておじい様、気当たりを放つのをやめてくださいまし!私まで動けませんわ!

 

「おじい様、ここですわ!」

 

「美羽、無事でなによりじゃ。そして、そこの少年。見事じゃったぞ」

 

「いえ、僕なんて大したことないですよ。美羽さんですか、そちらの方が多く倒してましたから」

 

「そ、それは違いますわ!最後にとどめを刺したのは」

 

「まあまあ、ここは引き分けということでよいじゃろう。ところで少年、このあと時間宜しいかの?」

 

私と同じくらい幼い子供でありながら、称賛に対し謙遜する様子に、どうやらおじい様も興味を持ったようで彼をお茶に誘いました。

それはつまり、梁山泊へ案内するということです。

 

初対面の人からの突然なお誘いに、彼もとても驚いた様子でしたが、気のせいでしょうか。

私には彼がどこか喜んでいるようにも見えたのでした。




感想や誤字脱字などございましたらご指摘をよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

お久し振りでございます。


駄菓子屋で起きた事件は、長老の登場により完全に終息する。

 

長老の気当たり混じりの説教で、意識を取り戻した男たちが、何度も何度も涙や汗、そして小便を流しながら意識を途切らせていたのがとても衝撃的…、印象的だった。

 

そして登場時、長老の肩に担がれていた龍斗だが、長老が駄菓子屋に到着したときに放った気当たりが原因で見事に気を失っていたので、龍斗も梁山泊へ連れていくことになった。

 

何でも、長老は荒れた事件現場やこれから行う説教を龍斗に見せないために敢えてやったと言うのだが、それが果たして本当なのかは少し怪しいところだ。

 

「ただいまですわー♪」

 

梁山泊に元気な声が響く。お客自体が少ないこの家に、同年代の子供が来るとあってか美羽さんのテンションはバッジを交換した時のように高い。

 

「お邪魔します」

 

「邪魔するなら帰るといいね」

 

「っ?!」

 

僕の挨拶に反応して一人の男が現れ、果たして冗談なのか判断しづらい返事をした。

その男は長い黒髪を後ろで束ねており、上背はないが美形である。

そして、喋り方には外国人特有の訛りがあった。

僕の知る顔とは随分と差があるのだが、背格好からして思い当たる人物は一人しかいない。

 

「馬さん!お客様に失礼ですわ!」

 

「(やっぱり馬師父!)」

 

美羽さんの発言でこれが馬師父だと判明し改めて驚く。

 

まさかこの美形が本当に「あらゆる中国拳法の達人、馬剣星」だとは思いもよらなかったのだ。

 

以前から、事ある毎に師父のモテ話を聞かされてはいたが、正直なところ疑っていたために僕は思わぬ衝撃を受けた。

 

それにしても、元の世界において、この先10年の間に馬師父の身(頭髪)に何があったというのだろう…。きっと、相当な苦労があったに違いない。

 

「おぉ、ついに美羽が友人を連れてきましたか。今日はお祝いですな。そして剣星、冗談でもそんなことを言うもんじゃない。そもそも、君も客人だろうに。」

 

冗談(?)を言った馬師父に対し、それを諌める人物が一人奥から現れた。岬越寺師匠だ。余り変わらない姿だったので、こちらは僕もすぐに分かった。

 

「あいやー、痛いところを突かれてしまったね。すまんね少年。ゆっくりしていくといいね」

 

「あ、はい。白浜兼一といいます、よろしくお願いします」

 

「…ふむ、随分と礼儀正しい子のようだ」

 

「じゃろう?美羽とは駄菓子屋で仲良くなったようでの―」

 

僕が挨拶を済ませたところで長老が母屋の玄関へと入ってきた。

しかし、先程まで長老が肩に担いでいた龍斗の姿がない。聞けば、此処にはお客様用の布団がないそうで、岬越寺師匠の診療所へ運んだとのことだった。

 

「…そうですか。しかし、知らない場所で目が覚めるというのも不安でしょう。後程ベッドごと此方に運んでおきます」

 

「そうじゃな、よろしく頼む。それでは兼ちゃんや、ついて―」

 

「さあ、参りますわよ兼一さん!」

 

「―ッ!?」

 

待ちきれなかったのか、美羽さんは長老が言い切るよりも早く、僕の手首を掴み走り出した。

突然掴まれたこともあり、僕の足は無意識のうちに踏みとどまろうとしていたが、美羽さんの顔を見るに

早く遊びたくて仕方がないという感情がありありと出ていたので、その力に逆らわず僕も走ることにした。

 

「―はい!行きましょう!」

 

「ではおじい様、先に道場の方に行ってますわ!」

 

「これこれ、そんなに慌てんでもよいじゃろうに」

 

「…行ってしまいましたね。友達が出来たことが余程嬉しかったのでしょう」

 

「あの子にはまだ数十回しか会ってないけど、あれほど嬉しそうな顔は見たことないね」

 

目の前の光景を見て、知らず内に長老、秋雨、剣正の頬は緩んでいた。

美羽はこの梁山泊の癒しなのだ。

 

「ところで、じゃ。あの兼一という少年。お主らの目にはどう映ったかの?」

 

コホン、と咳払いして長老は二人に問いかける。

長老が兼一を連れてきた理由、それは、ただ二人を遊ばせる為だけではないのだ。

 

「…とても不思議な少年ですね。醸し出す気は武術家のそれに近いですし。先ほどもほんの数瞬ではありますが、美羽を投げようとしていましたので、柔術を習っているのは確かです。が、他の武術の要素も見受けられました」

 

秋雨が告げたのは兼一が数瞬見せた技撃軌道が、柔術の技であったというもの。

実は、兼一は美羽に腕を引っ張られた際、無意識で踏みとどまろうとしていただけでなく、これもまた無意識のうちに技をかけようとしていたのだ。

 

秋雨の指摘に長老と剣星も同意であると相槌をうった。

 

「駄菓子屋の一件で『空手』は確定しておったが、まだまだありそうじゃな」

 

「本当に興味深い少年ね。少年の師匠は誰なのか、後で聞いてみるとするね」

 

あの少年はこの先どんな成長をするのだろうか。

梁山泊の豪傑たちに興味を持たれた兼一であった。

 

 

所変わって、梁山泊 武道場。

 

「着きましたわよ!」

 

美羽に案内され、武道場へと案内された兼一。

 

以前から何度も此処で修行していた兼一としては見慣れた場所ではあったが、今は体が小さいこともあり、何時もより少し広めに感じていた。

 

「広い武道場ですね」

 

「梁山泊自慢の武道場ですわ♪ いつもは此処で、私が修行したり、おじい様達が道場破りの相手をしているのですわ」

 

「へ、へぇ…。確かに、壁にドでかい穴が空いてたみたいだね」

 

美羽が言うように、この武道場は修行の場としての用途の他、道場破りを叩きのめす場としても利用しており、壁には補修された跡が至るところに見受けられた。

 

「やっぱり分かりますかですわ…。あの方達、何時も過剰にやってしまうから…」

 

「確かに、あの人たちは加減を知らなさそうだもんね。…それで、ここで何するの?」

 

話を切り、問いかけた兼一に、美羽はくすりと笑う。

 

「そんな事言って、何をするのか分かってるじゃありませんか。話をしながら、重心を落としているのがバレバレですわよ?」

 

「あらら。と言うことは、アレをやるんですね?」

 

「ええ、勿論ー」

 

「「組手だね(ですわ)!」」

 

言うや否や、美羽が一瞬で距離を詰める。

 

長老たち直々に修行をしているだけあって、そのスピードは兼一の予想を上回っていた。

 

「(くっ、駄菓子屋で見せた動きは、全力ではなかったのか?!)」

 

油断していたつもりはない。しかし、今から後方へ跳んだところで、それよりも早く美羽の拳が当たる。

ならば、攻撃を受け切るのみ!

 

人中を狙った一撃目を右腕で跳ね上げ、二撃目の肝臓打ち(レバーブロー)を半身になることでかわす。

さらに、半身になる際の回転力を腕へ伝え、こめかみを狙ったであろう三撃目を弾き、最後の上段蹴りは逆に間合いを詰め、美羽の太股を押さえることで防いだ。

 

美羽の四連撃を捌き切った兼一は、上段蹴りに失敗したことで生まれた一瞬を見計らって、美羽の追撃から離脱することに成功した。

 

「むむむ、受けが上手いですわね…」

 

一息つき美羽が唸る。

美羽には、今の攻撃を当てる自信があったようで、捌き切られたこと対する悔しさが見て取れた。

 

「防御の練習は大事ですからね。相手を倒せなくても身を守れれば、命を奪われずに済みます」

 

「なるほどですわ。しかし、相手が諦めずに攻め続けたらどうなるでしょう?」

 

またも、美羽が仕掛ける。

 

しかも、今度は四連撃ではなく、八連撃…十連撃…。

兼一もその悉くを捌き続けるが、どれだけ捌こうと、美羽の攻撃は一向に止まる気配を見せない。

それどころか、あまりの手数に兼一の受けが少しずつ追い付かなくなってきている。

 

一度、間合いから離れて仕切り直そうとするも、美羽がそれを許すはずもなく。

兼一のバックステップに完璧なタイミングで前へ踏み込んだ美羽は渾身の一打を兼一の腹部へと見舞った。

 

「これで決まり、ですわ!…あれ?」

 

完全に捉えたと確信し、したり顔で一撃を放った美羽であったが、想定したほどの手応えが無かったことにその表情を困惑へと変える。

 

ー 扣歩(こうほ) ー

 

美羽の視界から兼一の姿が消えた。

 

 




続く、のか…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。