地獄先生と陰陽師少女 (花札)
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始まり
転校生


“キ―ンコーンカーンコーン……キ―ンコーンカーンコーン”

 

 

学校中に鳴り響く朝のチャイム……

 

 

五年三組の教室内では、チャイムが鳴ったと同時に担任の鵺野鳴介(通称、ぬ~べ~)がドアを開けると、男子の誰かが仕掛けた黒板が頭に落ち、ぬ~べ~の頭が真っ白になった。それを見た生徒達はぬ~べ~を見て、大爆笑をした。

 

 

ぬ~べ~は大きく咳払いをし、落ちた黒板消しを手に取り教室の中へ入った。するとぬ~べ~の後ろから、紺色で肩に着く程度の髪を結び、首に翡翠の勾玉のネックレスをした見覚えのない少女が入ってきた。少女は誰とも目線を合わせようとせず、ずっと下を向いたままだった。ぬ~べ~は黒板に少女の名を書きながら、教室内を見渡し説明をした。

 

 

「今日からこの学校に転校してきた、神崎麗華さんだ。

 

麗華さんは、家の事情でここへ転校してきた。皆仲良くしてやれよ!」

 

「はーい!」

 

 

返事をした生徒達を見たぬ~べ~は、麗華の席を指差した。窓際の一番前の席で、麗華はそこへ座り荷物を置くと頬杖をし、窓の外を眺めた。その様子に困った顔をしながらも、ぬ~べ~は授業を始めた。

 

 

 

 

休み時間……

 

 

授業が終わると、真っ先に教室を飛び出し校庭へ遊びに行く生徒達の中に紛れて、麗華は教室を出て屋上へ行きそこから校庭で遊ぶ生徒達を眺めた。

 

 

「……」

 

「馴染めてないみたいだな?」

 

 

そんな麗華の傍に、黒い山伏衣装にいた服を着、白い髪に赤いバンダナを巻いた青年がどこからか姿を現し、麗華と一緒に屋上から校庭を見下ろしながら声をかけた。

 

そんな青年に、麗華は金網に寄りかかり青年の質問を無視した。

 

 

「ま、転校初日で馴染めってのも、無理か……

 

 

……?

 

誰か、来るぜ」

 

 

青年は麗華に教えると、霧のように姿を消した。青年の言う通り、屋上のドアが勢いよく開き、中から息を切らした郷子が現れた。

 

 

「いたいた!ここに居たんだ!」

 

「えっと……」

 

「稲葉郷子。

 

ほら、教室着て!皆があなたの事、知りたがってるのよ!」

 

「知ったところで、何が…」

 

「いいから!行くよ」

 

 

郷子に強引に手を引っ張られながら、麗華は郷子と一緒に教師へ戻った。

 

 

教室へ戻ると、数名の生徒がそこで待ってましたかのように、麗華に駆け寄り質問攻めをし始めた。

 

 

「前はどこに住んでたの?」

 

「今はどこに住んでるの?」

 

「兄弟(姉妹)はいるの?」

 

「お父さん、どんな仕事してるの?」

 

「そんな質問攻めしたら、麗華答えられないよ!

 

ねぇ、麗…華?」

 

 

皆に注意しながら、質問攻めにされている麗華に顔を向けると、麗華は青白い顔をしたまま、教室を飛び出していった。そんな麗華を郷子は教室の外からただ眺めているしかなかった。

 

 

教室を飛び出した麗華は、階段の踊り場で座り息を整えるために深呼吸をした。そんな麗華を心配そうな顔を浮かべた青年が、どこからか姿を現し踊り場で座り込む麗華の肩に手を置きながら声をかけた。

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「ハァア……ハァア……

 

大丈夫……いつもの事でしょ?」

 

「そうだが……」

 

 

「麗華?」

 

 

その声が聞こえた青年は、また煙のように姿を消した。消えたと同時に麗華の名を呼んだぬ~べ~は、辺りの気配を気にしながら座り込む麗華の前にしゃがみ、顔を伺った。

 

 

「どうした?こんなところで……

 

腹でも痛いのか?」

 

「……なんでもない。

 

いつもの発作が起きただけ」

 

「発作?

 

何のだ?」

 

「アンタには関係ない。

 

気分悪くなったから、早退する」

 

「お、おい。大丈夫か?

 

何なら、俺が送ってやろうか?」

 

「結構よ!」

 

 

ぬ~べ~に断りながら、階段を上り麗華は教室へ行った。そんな麗華を見送ったぬ~べ~は黒い手袋をはめた左手を麗華が座り込んでいた付近にかざした。

 

 

(……なんだ、この妖気は…

 

まさか、アイツ)

 

 

教室に戻った麗華は、呼び止める郷子達を無視し机に掛けていたバックを持ち、そのまま逃げるように教室を飛び出し学校を出て行った。



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もう一人の霊能力者

ぬ~べ~の手伝いをしていた、広と郷子……


段ボールをぬ~べ~の近くに置いた広に、郷子は話しかけた。


「ねぇ、広」

「?」

「麗華、大丈夫かな……」

「大丈夫って……何が?」

「だって、転校して来て早々に、早退だなんて……

それに……


皆に、質問攻めされてた時、顔色悪くして教室飛び出したから……

何か悪い事でも……」

「気にし過ぎだよ。郷子は」

「でも…」

「ただ体調崩しただけだろ?」

「なら、良いんだけど……」


「あの……」


その声が聞こえ、広と郷子は後ろを振り返った。そこには長く黒い髪を伸ばした女性が立っていた。


(メッチャ綺麗な人…)

(誰のお母さんだろ…)

「あなたに、ちょっと一緒に来てほしいのだけれど……よろしいですか?」

「え?」

「お、俺にですか?」

「そう」

「喜んで!」

「ちょっと広!」

「大丈夫だって、もう仕事終わったんだろ?」

「そうだけど」

「じゃ、あとよろしくな!

お姉さん、行きましょう」

「えぇ」


鼻の下を伸ばしながら、広は女性の手を引っ張りどこかへ行ってしまった。郷子はそんな広にキレながら、ぬ~べ~のところ職員室へ戻った。


「ぬ~べ~、仕事終わったわよ」

「そうか…ご苦労……!?」


何かを察したのか、ぬ~べ~は顔色を変え郷子に近づいた。郷子は何が何だが分からなくなり、近づいてきたぬ~べ~の目を見ながら質問した。


「ど、どうしたの?

そんな怖い顔して」

「ここへ来る途中、誰かに会ったか?」

「誰かって……!」


ぬ~べ~の言葉に、郷子は先程広とどこかへ行ってしまったあの女性を思い出した。


「女の人……」

「?女の人?」

「さっき誰かのお母さんが、私達のところに来て、広と……」

「ちょっと待て。誰なんだ、その女の人は」

「え?ぬ~べ~が通したんじゃないの?」

「俺はそんな人、見た覚えもないし通した覚えもない」

「!!」

「その女の人は、おそらく妖怪だ」

「え?!」

「お前から、プンプン妖気が漂ってるんだ!」

「じゃ、じゃあ広は?!」

「案内しろ郷子!!今ならまだ間に合うかもしれない!」


そう言いながら、ぬ~べ~は職員室を飛び出し、その後を郷子は追いかけて行った。


その頃、広は女性と共に学校の屋上へ来ていた。外はすっかり暗くなっており、空は黒い雲で覆われており、雲の隙間から月が上がっていた。

 

 

「うへぇ!もう、夜なのか。全然気づかなかったぜ……」

 

「とても綺麗な月ですね……」

 

「そうですか?全然見えないですけど……」

 

「今夜の晩御飯に、ピッタリだ…」

 

「え?

 

今何…!」

 

 

聞き覚えのない声が聞こえ、気になった広は後ろを振り返ると女性の体が二つに割れ、中から巨大な顔だけの妖怪が姿を現した。

 

 

「な!何だ?!」

 

「ようやく、晩飯にありつけるぞ」

 

 

「待て!!」

 

 

その声が聞こえ、ドアの方に顔を向けるとそこに息を切らした郷子とぬ~べ~がいた。

 

 

「ぬ~べ~!!郷子!!」

 

「あの妖怪何?!」

 

「あれは画皮という妖怪だ。」

 

「画皮?」

 

「皮をかぶって、女性になり男を誘き寄せ喰らう妖怪だ」

 

「けっ!邪魔が入った」

 

「俺の生徒に手を出すな!!」

 

「この俺に、勝てると思っているのか?馬鹿な人間が」

 

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感……

 

我が左手に封じられし鬼よ。今こそその力を示せ」

 

 

経を唱えながら、左手にはめていた手袋を外し、隠されていた鬼の手が露わになった。鬼の手を使いぬ~べ~は画皮を切り裂こうとしたが、画皮はその攻撃を難なく避け、代わりにぬ~べ~に圧し掛かり攻撃した。

 

 

「ぐはぁ!」

 

「ぬ~べ~!!」

「ぬ~べ~!!」

 

「ガハハハハ!!

 

弱い弱い!この俺様に勝てるとでも思ったのか!」

 

「くそぉ……」

 

「さてと、俺は晩飯の途中なんだ。」

 

 

そう言いながら、画皮は広の方へ顔を向けた。広はビクつき辺りを見回すと、一目散に駆け出し扉の方へ向かったが、その目の前に画皮が降り立ち道を封じた。落ちてきた反動で、広はその場に尻餅をつき、恐怖のあまり震えながら画皮を見上げた。

 

 

「逃げられるとでも思ったか?!」

 

「生徒に、手を出すな!!」

 

「な~に、こいつを食ったら今度はお前だ」

 

「くっ……」

 

「ぬ~べ~!!広!!」

 

「それでは、いただきまーす!」

 

 

画皮は大口を開き、広を食べようとした。洋は食べられると思い目を閉じ死を覚悟し、見ていた郷子は手で顔を覆い隠し泣き叫び、そんな二人の様子を見ていたぬ~べ~は自分の未熟さに悔しさを感じていた……

 

 

その時……

 

 

 

 

「雷術雷刀斬!」

 

 

その声と共に、雷を纏った刀が画皮の顔を真っ二つに切り裂いた。画皮は黒い煙と共に、消滅してしまった。

 

何が起きたのかが理解できなかった広と郷子は目を開け、動けなくなったぬ~べ~のもとへ駆け寄った。広達が彼のもとへ駆け寄ると同時に、画皮を切った者は刀を腰に掛けていた鞘へしまい、屋上に設置されていた給水タンクの上へ登っていった。

 

その者の後を追うように、ぬ~べ~達は給水タンクの上を見上げた。

 

 

その上には大きい獣のような黒い影があり、先程登って行ったものはいつの間にか姿を消していた。

すると、先程まで雲に隠れていた月が姿を現した。

 

 

「!?

 

れ、麗華?!」

 

 

そこにいたのは、白い毛並で覆われた大きい狼に寄りかかる様に立っていた麗華の姿があった。



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麗華とぬ~べ~

麗華は給水タンクから飛び降り、ぬ~べ~達を見つめた。

 

 

「麗華……」

 

「……」

 

「お前が俺を?」

 

「だったら?」

 

「……」

 

「……そうか。

 

その妖怪だったのか。お前の周りに漂っていた妖気の正体は」

 

 

麗華の後ろに立つ白い狼を見ながらぬ~べ~は彼女を見た。麗華は後ろに立つ狼の頬を撫でながら、ぬ~べ~を見て左手を指差しながら質問した。

 

 

「その手……

 

鬼でも封じてるの?」

 

「……

 

その通りだ」

 

「どうりで、アンタから嫌な妖気が感じたわけか」

 

「妖気?

 

お前、霊感があるのか?」

 

「なきゃ、アンタ達を救えないでしょ?」

 

「……」

 

「じゃ、じゃあさっきの妖怪、真っ二つにしたのは?」

 

「あぁ。雷光のこと」

 

 

そう言うと、麗華は腰に着けていたポーチから紙を出した。するとその紙は宙を舞い煙を出し中から、黒い侍風の着物を纏い、赤い髪を耳下で一つに結った青年が出てきた。

 

 

「何だ?ぬ~べ~、アイツ妖怪使いなのか?」

 

「いや、あれは式神だ」

 

「式神?」

 

「陰陽師が使っている鬼神の事だ」

 

「お、陰陽師?」

 

「それって確か、よく本とかテレビに出てくる、安倍晴明のこと?」

 

「そうだ。

 

その安倍晴明だ」

 

「お見事。

 

その通り、私は陰陽師の血を引いている」

 

「何か、スゲェ……」

 

「え?」

 

「だってよ、俺たちのクラスに霊能力先生のぬ~べ~と、陰陽師娘の麗華がいるんだぜ?

 

最強じゃねぇか?!

 

 

それに、もし強敵が現れても、麗華とぬ~べ~二人で戦えば」

「勝手なこと言わないで!!」

 

 

広の話に、麗華は大声を上げて阻止した。広は麗華の声に驚き話すのを止めて彼女を見た。

 

 

「何で?だって」

 

「誰とも組む気もないし、誰とも一緒に戦いたくない」

 

「でもよ」

 

「言っとくけど、私は先生なんて信用しない。それからアンタ達クラスメイトもね」

 

「え?」

 

「先生なんて、最悪な大人がやる仕事よ。

 

どんなに生徒が助けを求めても、助けようともしない……

 

挙句、自分の立場が悪くなると、責任を全部生徒に押し付けて……

 

 

クラスの奴等もそう。自分が犯人扱いされたくないがために、平気で嘘ついて裏切って……」

 

「そ、そんな……」

 

「ぬ~べ~はそんなことしない!するもんか!」

 

「そうよ!それに私達だって、そんなこと」

 

「今の内だけよ。そう言っていられるのも。

 

いつかは、裏切るに決まってる。もちろんアンタ達もね」

 

「なぜ、そう思うんだ?」

 

 

郷子と広に支えられて立っていたぬ~べ~は、二人から離れ麗華に近づこうと歩みを進めながら質問した。そんなぬ~べ~に後ろで座っていた狼は立ち上がり牙を向けながら威嚇の声を上げた。

 

 

「なぜって……

 

聞いてどうするの?」

 

「俺は、お前を何があっても守り通すつもりだ」

 

「助けは無用。私にはこいつ等がいる。アンタの助けなんて必要ない!」

 

「麗華……」

 

「これ以上の話は無用。

 

悪いけど、帰る。それから明日学校休むからそのつもりで」

 

 

麗華は、雷光を戻しポーチに入れると、狼に跨り屋上から飛び夜の暗い空へ消えて行った。

 

 

「ぬ~べ~……」

 

「とんでもない、転校生が来たもんだ」

 

「どうして、どうして、麗華あんなこと……」

 

「校長から聞いていたことは、どうやら本当だったみたいだな……」

 

「え?何か聞いているの?」

 

「今日はもう遅い。明日の放課後話すから、今日はもう帰るんだ」

 

「うん……」

 

 

二人と一緒に、ぬ~べ~は校内へ入り、荷物を持ちそのまま二人を家まで届け家へ帰った。



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麗華の過去

翌日―――――


案の定、麗華はその日学校へは来なかった。ぬ~べ~は風邪をひいて休んだと生徒に言い、そのまま授業を始めた。


そして、放課後……


広と郷子は、皆が帰った後、教室でぬ~べ~の話を聞いた。


「実はな、麗華の通っていた以前の学校で麗華は問題児だったそうだ。」

 

「問題児?」

 

「学校へ滅多に来なくてな、稀に来ても麗華はクラスじゃ、いじめのターゲットにされていて、来るたびにいじめにあっていて、これが原因で来なかったのかもしれないが、ハッキリした事も分からず、当時の担任も麗華にはひどく手を焼いていた」

 

「ちょっと待って、いじめと先生やクラスメートを信頼しない事と何が関係あるの?」

 

「……あるかどうかは分からぬが、転校するきっかけを作ったその日、麗華はクラスの男子全員と先生に全治一ヶ月の大怪我をさせたらしい」

 

「全治一ヶ月の」

 

「大怪我を?」

 

「そうだ。

 

原因は、クラスの女子の体操着が無くなったらしくて、そこへ麗華が来てクラスの男子が寄って集って麗華を犯人扱いしたんだ」

 

「そんな……」

 

「そんな騒動のところへ、担任が入ってきて慌てて喧嘩を止めて事情を聴いたんだ。クラスメートから。

 

ところが、事情を聴いて事が収まるかと思った……いや、麗華はそう思っていたんだ。

 

 

その当時、麗華の担任は麗華の事やクラスのいじめの問題を抱えて、ストレスが溜まっていてな半分鬱状態になっていたんだ。

 

 

その状態で、しかも男子たちが麗華を犯人扱いしていて、担任は男子の言い分を正しいと判断し犯人にしたんだ。証拠もないうえで……」

 

「ひ、酷い……」

 

「それに逆上して、怒りを覚えた麗華は……

 

 

騒ぎに気付いた他の先生方が麗華のクラスへ行ったら、教室は滅茶苦茶になり、隅で女子たちが怯え泣いていて、周りには傷だらけになった男子たちと先生が倒れていて、その中心に髪を乱した麗華が、息を切らして立っていたそうだ」

 

「麗華……」

 

「かわいそう……」

 

「その後、家族の人に連れられて、麗華はここへ引っ越してきたそうだ。

 

だが、まだ学校へ行ける状態じゃなかったから、転校を一年延ばしたそうだがな」

 

「そうだったの……」

 

「このことは、ほかの奴らには誰にも言うなよ」

 

「うん、分かった」

 

「絶対言わねぇよ!」

 

「さっ、もう帰れ」

 

「うん!じゃあな!先生」

 

「また明日!ぬ~べ~」

 

「あぁ!車に気を付けるんだぞ!」

 

「はーい!」

 

 

駆け出て行く広たちを見送ったぬ~べ~は、教室に鍵を閉め職員室へ行き仕事をし始めた。

 

 

 

 

学校を出て、商店街を歩いていた郷子と広……

 

 

ふと前を見ると、コンビニから何かを買ったのか袋を持って出てくる麗華の姿がいた。郷子と広は、電信柱に隠れた。

 

 

「あれ、麗華よね?」

 

「あぁ。なんでこんなところに…」

 

 

「隠れてないで、出てきたらどうだ?」

 

 

まるで郷子達が隠れているのを知っているかのような口調で、麗華は後ろを振り向き電信柱を見ながら郷子達に話しかけた。郷子は広と顔を見合わせながら、電信柱から姿を現した。

 

 

「あ、あのさ」

 

「以前学校で起きたこと、鵺野から聞いたんでしょ?」

 

「え?」

 

「どうして、それを」

 

「さぁ、どうしてでしょ?」

 

「……」

 

「で?聴いたご感想は?」

 

 

腕を組みながら、麗華は郷子達に問いかけた。郷子達は顔を見合わせ下を向いたまま、返す言葉もなかった。そんな二人に麗華は鼻で笑った。

 

 

「やっぱりね……

 

『麗華は、悲惨な過去がある。だから教師やクラスメートを信用できないんだ』って、思った?」

 

「そ、それは…」

 

「お前の事情なのかもしれねぇけど、何で以前の学校に行かなかったんだ?」

 

「……」

 

「もし、学校に行ってればあんな問題起きなかったんじゃねぇのか?」

 

「……

 

行かなかった理由ねぇ……

 

 

最初は行ってたよ」

 

「じゃあ、何で」

 

「嫌になったのよ。学校が」

 

「え?」

 

「昔から、喘息持ちと体が弱くてね。体育の時間はいつも見学。

 

そんな私を見てた女子がいつしか私を嫌い、さらに勉強ができるのを妬み今度は男子が私を嫌い、挙句の果てにはいじめが起こりじまい……

 

 

何度も先生に助けを求めたけど、先生は一向に動いてくれない。しかも、いじめの現場を目撃したにも関わらず、誰も咎めもしないし、注意もしてくれない……」

 

「そんな……」

 

「自分の身を守るには、学校へ行かないのが先決。

 

だから、学校へは行かなかった。

 

 

行くのは、たまにだけ。それに月に一回か二回、多くて三回……それ以外は全く行かなかった」

 

「それでよく、お母さんが許したわね……」

 

「母さんね……

 

 

何にも言わなかったな、そんなこと」

 

「それ、本当に母ちゃんかよ……」

 

「?」

 

「子供が普通そんなことになってたら、訳を聞くはずだ!それに学校にも押し掛けるはずだ!」

 

「本当の母親ならね?」

 

「え?」

 

「お母さんいないの?麗華」

 

「……

 

小学校に上がる前に死んだ。

 

その後は親戚の家に引き取られてね。まぁそこにいた従兄だけが唯一の味方だったかな?」

 

「そうだったの……

 

ごめん」

 

「……

 

この話はこれで終わり。

 

気分が向いたら、また学校へ来るから」

 

「待てよ!」

 

 

帰ろうとした麗華の手を、広は握り引き留めた。麗華はそんな広を睨みつけたが、広はそれに怯まず話した。

 

 

「母ちゃんが死んでんなら、俺も一緒だ!だけど俺はこうやって学校に行ってる!

 

お前のその行動、単なる逃げてるだけじゃねぇのか?」

 

「!!

 

フザケタこと言わないでよ!!」

 

 

広の手を振り払い、麗華はすごい剣幕で広を睨んだ。広は手を引きそんな麗華を少し怯えた目で見つめた。

 

 

「麗華……」

 

「アンタに何が分かるのよ!私の何が分かるのよ!

 

生れ付き、喘息持ちで体が弱いだけで嫌われて、挙句の果てには犯人でもないのに、クラスで起きた事は全部私のせいにされて!

 

 

あの時の事件だってそう!私を犯人にしたいが為にやったことだったのよ!」

 

「あの事件?」

 

「転校のきっかけを作った、あの体操着が紛失した事件のこと?」

 

「そうよ!

 

あの事件は、一部を除いたクラス全員で行った芝居だったのよ!」

 

「な、何でそんなことが分かるんだ?」

 

「一人だけ、私の味方をしてくれた子がいたのよ。

 

転校して引っ越した後、そいつから手紙が来てね、あの日のことを全部話してくれたよ」

 

「担任の先生や校長先生に言えばよかったじゃない!そんなひどい事するなんて……」

 

「無理だよ。いくら言ったって相手にされないことは痛いほど知ってるから」

 

「麗華……」

 

 

後ろを振り返り、麗華はその場から駆け出して去ってしまった。そんな後姿の麗華を、留めることのできなかった郷子と広は、居た堪れない気持ちでいっぱいで、しばらくその場に立っていた。



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美樹と麗華

麗華が学校へ来なくなってから、一週間が過ぎた。広と郷子以外の生徒は、ぬ~べ~から風邪を拗らせてしばらく休むと聞かされていた。


そんな中、学校ではある噂が流れていた。その噂を休み時間、お喋りの美樹はクラスの皆に話していた。


「犬鳳凰(イヌホウオウ)?」

 

 

美樹が言い放った名前をクラスの一人が繰り返した。

 

 

ここ最近、頻繁にゴミ置き場や空き家、公園の草花が燃える事件が続いていた。その事件の原因が妖怪の仕業だと美樹はクラスに話していた。

 

 

「何だ?犬鳳凰って?」

 

「愛媛に伝わる怪鳥よ!

 

狐火と同じ炎を口から吐き出す妖怪なの!」

 

「最近起きてる火事が、その妖怪の仕業なの?」

 

「そうよ。

 

現に目撃者がいるんだから」

 

「いるの?!」

 

「えぇ。

 

消防署に通報したOLさんが云ってたのよ!帰り道にゴミ置き場から飛び立つ影と同時に、火が上がったんだって!」

 

「へぇ……」

 

「美樹、それ本当なの?」

 

「本当よ!昨日話してるの聞いたんだもん!

 

あ!これとは別の話なんだけど……

 

 

昨日の帰り道、麗華見かけたわよ」

 

「え?!」

 

「嘘?!」

 

「だって神崎さん、風邪拗らせて休んでるんでしょ?」

 

「そうなのよ。

 

私も、目を疑ったわ。それに、なんかお兄さん連れてたのよねぇ……」

 

「お兄さん?」

 

「うん。

 

何か、平安時代の人が着るような服着て、白い髪生やして頭に赤いバンダナ巻いてた男の人」

 

「何それ……」

 

「本当に、お兄さんなのか?」

 

「ただの変人じゃないの?」

 

「言えてる」

 

 

“キ―ンコーンカーンコーン……キ―ンコーンカーンコーン”

 

 

休み時間が終わるチャイムが鳴り響き、それと同時にぬ~べ~が教室へ入ってきた。ぬ~べ~が入ってきたことに気付いた生徒たちは皆、自分の席へ戻り三時間目の教科書を机から出した。

 

 

(麗華ねぇ……

 

そういえば、郷子も広も麗華の話になると、ちょっと顔を曇らせるわねぇ……

 

 

怪しい。

 

今日の帰り道、何隠してるんだか暴こう)

 

 

そう思いながら、美樹は三時間目の授業を受けた。

 

 

 

 

放課後―――――

 

 

「ねぇねぇ!お二人さーん!」

 

 

二人で帰る郷子と広を、美樹は呼び止め二人の前に立った。

 

 

「何?美樹」

 

「今日さ、お二人さんに聞きたいことがあるのよ!

 

麗華のことについて」

 

 

麗華の名前を美樹が言い放った途端、広と郷子は顔を曇らせて下を向き美樹から目線を逸らした。その異様な行動を見逃さなかった美樹は、郷子の顔を覗き込むように見ながら質問した。

 

 

「どうしたのぉ?郷子ぉ?

 

何か隠してるのぉ?」

 

「べ、別に隠してないわよ」

 

「ふぅ~ん……

 

広は?」

 

「お、俺も何も……」

 

「な、何よ!

 

何が聞きたいのよ!」

 

「別にぃ~。

 

アンタたち二人が麗華のことになると顔色を変えるから、何か彼女のことについて知ってるんじゃないのかなぁって」

 

「!!」

 

「その顔!やっぱり、何か隠してるんでしょ?」

 

「か、隠してるわけないじゃん!!

 

広、帰るよ!」

 

 

広の手を引いて、郷子は美樹の横切って二人は帰っていった。そんな二人の後ろ姿を見た美樹は、諦めずに二人の後をついて行った。

 

 

二人を尾行する美樹……

 

 

しばらく尾行していると、二人の前にガムを噛む麗華が現れた。美樹は慌てて近くにあったポストの陰に隠れ覗き見た。

 

 

(こんなところで、麗華に会うなんて……美樹ちゃんってばチョーラッキー!)

 

 

「いい加減に付き纏うの止めてくれない?」

 

 

自分自身の運に感激していた美樹は、麗華の声に耳を傾け、見つからぬようにポストから顔を覗かせ見た。

 

 

「だったらいい加減、学校に来たらどうなんだ?」

 

「また、その話?

 

一週間も、同じこと言われると、だんだん腹立つんだけど?」

 

「じゃあ、来ればいいじゃねぇか?」

 

「そうよ。

 

そうすれば、私たちだってもう付き纏わないわ!」

 

「だから言ってるでしょ?

 

行く気はない!気分が乗ったら行くって!」

 

「気分で学校に行こうとすんな!毎日来い!」

 

「あのねぇ……

 

ハァ……

 

 

話にならない。そこのポストの陰に隠れている奴持って、とっとと帰ってちょうだい」

 

「?ポスト?」

 

 

麗華の言った言葉に疑問を持った広と郷子は顔を見合わせて、ポストの所へ駆け寄った。そこには引き攣った笑顔を浮かべ、やってきた二人に手を挙げて挨拶をする美樹がいた。

 

 

「美樹?!」

 

「ど、どうも」

 

「な、何でアンタがここに?!」

 

「だって、麗華のこと心配だったし……

 

それに、アンタ達の様子が気になったものでして」

 

「?!」

「?!」

 

「やっぱり、何か隠してるわねぇ?

 

麗華について」

 

「そ、それは……」

 

「何隠してるんのよ?」

 

「ったく……

 

私は帰るよ」

 

「あぁ!待ちなさいよ!」

 

 

立ち去ろうとする麗華の前に、美樹は声を上げながら前に立った。麗華は迷惑そうな顔を浮かべながら、噛んでいたガムを膨らませ、パチンと割りまた噛みながら美樹を睨んだ。

 

 

「何?」

 

「(うわっ!怖ぁ)

 

風拗らせて休んでるって、嘘だったのね!ズル休みじゃない!!」

 

「人の事何も知らないで、勝手なことばかり言わないで!!」

 

「何よ!!その言い方!!

 

ちょっと、広、郷子!

 

 

アンタ達、この事知ってたの?」

 

「えっと……」

 

「それは……」

 

「顔の様子からして、全部知ってたみたいね?

 

これはいいネタになるわ。『風邪を拗らせて休んでいた神崎麗華は、単なるズル休みでした』ってね?」

 

「ちょっと、美樹!!酷過ぎるわ!!」

 

「何が酷過ぎるのよ?

 

事実を伝えるだけじゃない?クラスのみんなに」

 

「伝えるって……

 

麗華は好きで学校休んでるんじゃないのよ!!」

 

「じゃあ何で来ないのよ?

 

納得のいく理由を話して貰おうじゃない?」

 

 

言いながら美樹は、麗華に顔を近付けさせて、覗き込むように話した。麗華はそんな美樹を睨みながら溜め息を吐き、そして美樹の耳元へ顔を持っていき口を開いた。

 

 

「今夜、気を付けな?」

 

「え?」

 

「じゃあね」

 

 

忠告するかのように、麗華は美樹に囁くとそのまま路地裏へと姿を消した。ハッと我に返った美樹は麗華の後を追いかけて、路地裏を見るとそこにいるはずの麗華の姿が無くなっていた。

 

 

「な、何なの?あの子……」

 

「美樹」

 

 

心配そうな声で、郷子は美樹に話しかけてきた。美樹はそんな郷子に顔を向け怯えた顔を浮かべながら、郷子達に質問した。

 

 

「れ、麗華って……何者なの?」

 

「それは……」

 

「私、何かされるの?!ねぇ?」

 

「分からないわ……」

 

「嫌よ!!嫌よ!!

 

私、そんなの信じないから!!」

 

 

泣き叫びながら、美樹はその場を立ち去った。郷子と広はそんな美樹に声を掛けようと手を伸ばしたが、怯え逃げて行く美樹の後ろ姿を引き留めることができなかった。



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火の鳥の襲来

商店街から駆けてきて、外れの土手へやってきた美樹……

 

 

息を切らしながら、美樹は土手の芝生に腰を下ろし、息を整えた。

 

 

「はぁ……はぁ……(な、何なの……何なのよ。アタシに何か災難が起きるっての?嫌よ!嫌……アタシまだ、死にたくない……死にたくない!!)」

 

 

「死にたくないか……

 

だったら、俺様の手伝いをしてくれねぇか?」

 

「え?」

 

 

どこからか聞こえてくる声に気付いた美樹は、後ろを振り返るとそこに夏なのにコートを着て目深い帽子を被った人が立っていた。美樹はその人物を見つめていると、その人物の目が突然光り気を失りその人物の胸の中へと倒れてしまった。

 

 

(いい獲物だ……

 

今日の役割は、こいつで決まりだな……

 

 

さぁて……今日はどこを燃やすか……)

 

 

その人物は、自分の着ていた服を脱ぎ捨て、美樹を連れそのままどこかへ消えてしまった。

 

 

 

 

その夜―――――

 

 

郷子がお風呂に入っている最中、郷子宛てにぬ~べ~から電話がかかり、郷子は慌てて風呂から上がり電話の子機を取った。

 

 

「もしもし、先生どうかしたの?」

 

「お前、今日の放課後から美樹にあったか?」

 

「美樹に?

 

帰りに会ったけど……どうしたの?美樹に何かあったの?」

 

「帰ってないんだ!まだ家に!!

 

他の奴らにも電話して、聞いたんだが誰も知らないって言うし……

 

今広が、美樹を探しに商店街に行っている」

 

「え?!

 

帰ってないって、もう八時よ!!

 

 

ぬ~べ~、私も探しに行く!!」

 

「分かった。俺も今から、探しに行く!」

 

 

ぬ~べ~の言葉を聞いた郷子は子機を置き、すぐに部屋へ行き着替え家を飛び出し美樹が行きそうな場所を探しだした。

 

 

「広!!ぬ~べ~!!」

 

 

商店街を抜けた土手の所へ行くと、そこに広とぬ~べ~の姿があった。郷子は二人の姿を見つけると、二人の名を呼びながら駆け寄った。二人は郷子の声に気付くと後ろを振り返り、郷子を見た。

 

 

「郷子」

 

「美樹、見つかった?」

 

「全然……

 

目撃情報が何もないんだ……」

 

「そんな……

 

 

 

ねぇ、それ美樹の鞄じゃない?」

 

 

郷子が指さす方に目を向けると、そこには美樹の鞄が落ちていた。ぬ~べ~は鞄を取り上げ、手に持っていた霊水晶をかざした。

 

 

「……

 

!!

 

やばいぞ!!」

 

「どうしたの?!美樹に何かあったの?!」

 

「美樹の気に、邪悪な影がかぶさっている!!」

 

「え?!」

 

「美樹は?!美樹は?!どこに!!」

 

「……

 

公園…」

 

「公園?」

 

「この近くの公園だ!!行くぞ!!」

 

 

ぬ~べ~の掛け声と共に、郷子達は公園へ向かった。

 

 

 

 

その頃、美樹は公園の遊具の近くに新聞と灯油を吹きかけていた。そしてすべての遊具に吹きかけると美樹は、手に持っていたライターを点け投げようとした時だった。

 

 

「放火犯、見っけ」

 

「?」

 

 

そこにいたのは、白い髪を生やした青年と一緒にいる麗華だった。

 

 

「お前の狙い通りだったみたいだな?麗」

 

「言ったでしょ?次はこの子だって」

 

「みてぇだな?」

 

「何者だ」

 

「その人間の子と同じクラスの者。

 

悪いけど、そいつ返してもらえる?」

 

「それは無理な願いだ。

 

この場所を燃やした後、この人間を焼いて今日の晩飯にすんだからな?」

 

「食っても不味いよ?そいつ」

 

 

すると美樹の体の中から、鳥の姿をした人間の姿にを犬のような毛並をした妖怪が姿を現し、気を失っている美樹を抱え、麗華を睨んだ。

 

 

「不味い美味いは、俺が判断する。

 

これ以上邪魔をするのなら、お前を先に食ってやる」

 

「正体を明かしたか……

 

麗、こいつ火使う妖怪だぜ?」

 

「分かってる。

 

今回はこいつで行くよ。

 

 

出てきな!!氷鸞」

 

 

腰に着けていたポーチから、紙を投げ出すと紙から煙が上がり、中から僧侶の格好をし水色の髪を下ろし笠を被った青年が姿を現した。

 

 

「この者は……」

 

「こいつ、見た感じ火使いの妖怪らしいから、お前の水攻撃で倒して」

 

「承知」

 

 

氷鸞は持っていた錫杖を地面に着け、術を唱え始めた。すると地面から水が噴き出てきて、それを察したのか、氷鸞は閉じていた眼を開け、錫杖を回した。

 

 

「水術!渦潮の舞!」

 

 

回していた錫杖から、渦を巻いた水が出てきて犬鳳凰に襲いかかった。だが犬鳳凰は、口からマグマの様な液を出して水を防ぎ、美樹を抱え持ったまま飛び公園に火を放った。

 

 

ちょうどそこへ、駆けつけてきたぬ~べ~達がその光景に驚きながら、公園の入り口へ急いだ。

 

 

「美樹!!」

 

「?!

 

れ、麗華!!」

 

 

入り口で、空を見上げる麗華の姿があり、広の声に気付いた麗華は、三人の方へ振り返った。

 

 

「な、なぜお前が……」

 

「美樹は?美樹はどこ?!」

 

「ほぉ……また人間か」

 

「?!」

 

「今日は、やけに多いなぁ……」

 

「な、何?!この妖怪!!」

 

「広、郷子!!お前等は下がっていろ!!」

 

 

そう言いながらぬ~べ~は、白衣観音経を取りだし郷子達を自分の後ろへ隠した。只ならぬ事態を悟った広は、遠慮深い声で質問をした。

 

 

「あの妖怪、そんなにやばいのか?」

 

「あれは犬鳳凰……

 

愛媛に伝わる怪鳥で、火を使う妖怪だ」

 

「火?……

 

まさか、ここ最近起きてる火事って」

 

「そう。こいつ……

 

小火が起きた現場や火事が起きた現場に行くと、必ず妖気が残っているのと、そこいらに飛び散った血痕の跡があった。だけど、死体はどこにもない……

 

 

言いたいこと分かります?」

 

「……

 

そういうことか……」

 

「郷子、どういうことだ?」

 

「つまり、あの妖怪が人間の中に入って、操って火事を起こしその後、その人間を食べてのよ……」

 

「う、嘘…だろ」

 

「……

 

麗華!お前、このこと知っていたのか?!」

 

「もちろん、承知の上……

 

だから、あいつに『今夜は、気をつけな』って言ったのに……」

 

「そんな忠告を聞いて、美樹が気を付けるとでも思ったのか?!

 

少しは言い方を……!!」

 

 

説教の途中、突然顔面を誰かに殴られ、ぬ~べ~は地面に尻を突いた。殴られた顔を手で押さえながら、ぬ~べ~は顔を上げた。そこにはあの白髪の青年が、怒りの目をぬ~べ~に向けて麗華の前に立っていた。

 

自分を殴ったのは、どうやらこの青年かとぬ~べ~は確信した。

 

 

「さっきから聞いてれば、まるであの人間が襲われたのが、麗のせいだって言い方しやがって……」

 

「……」

 

「麗はな、テメェ等人間なんかのために、夜寝る間も惜しんで現場を調査して、次狙う場所を探して、テメェ等が危険な目に遇わねぇようにしてたんだ!!」

 

「!?」

 

「嘘でしょ……」

 

「じゃあ、美樹が昨日の夕方麗華を見たってのは……」

 

「あれも、現場を検証してたんだ!!

 

あの現場に残ってた妖気が、今度はあのクソ女の身体に付いたから忠告したんだ!!」



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和解

青年から真実を聞いたぬ~べ~達……


「……

 

本当なのか?麗華……」

 

「……

 

 

この童守町は、私達の領域……

 

この町に住んでいる者は、何があっても私達が悪い妖怪から守る……」

 

 

そう言いながら麗華は、白髪の青年を見つめた。青年は何かを察してか、姿を変えたのか身体から煙を放った。煙の中からあの晩に見た白い毛並の大狼が姿を現した。

 

 

「こいつ、あの時の……」

 

「名は焔(ホムラ)。私に仕えている白狼一族の火を得意とする狼」

 

「白狼一族?」

 

「妖怪化した狼の群れ。私達の家系に仕えてからざっと三百年経つかな」

 

「……

 

麗華」

 

「誤ったり、説教したりするのは後。

 

先にアイツをやるよ?」

 

 

言いながら麗華は、座り込んでいるぬ~べ~に手を差し伸べた。ぬ~べ~は麗華の差し伸べてきた手と顔を交互に見た。

 

 

「言っとくけど、まだアンタを信頼しているわけじゃない。今回はアンタの力がどれくらいなものかを見るだけのもの」

 

 

その言葉を聞いて納得したのか、ぬ~べ~は麗華の手を握りそして立ち上がった。すると空に上がっていた犬鳳凰は地面へ降りてきて、美樹を放り投げた。

 

 

「小癪な人間め。こいつを食う前に、まずお前等を焼いて食うことにしよう」

 

「俺の生徒には、指一本触れさせはしない!!

 

 

南無大慈大悲救苦救難広大霊感……

 

我が左手に封じられし鬼よ。今こそその力を示せ!!」

 

 

左手に嵌めてい黒い手袋を外し、鬼の手を出したぬ~べ~。その手を見た氷鸞は、錫杖を構え麗華の前に立った。

 

 

「構えなくていいよ、氷鸞」

 

「しかし、あれは……鬼なのでは?」

 

「当たってるけど、大丈夫。あの鬼は、アイツの手で封じられているもの……

 

それに、何か訳有りの封印されてるみたいだしね?」

 

「そうですか……」

 

「もう大丈夫だから、戻りな」

 

「しかし、私の役目は貴女様をお守りすること……」

 

「氷鸞安心しろ。あとは俺がこいつを守る」

 

「……分かりました。

 

焔、麗様を頼んだぞ」

 

「命に代えて」

 

 

焔の答えを聞くと、氷鸞は一枚の紙に戻り麗華の手元へと戻った。紙を取った麗華は、ポーチにしまいぬ~べ~の方へ顔を向けた。

 

 

鬼の手を構えたぬ~べ~に怯えているのか、犬鳳凰は少し後ろへ引き、口から火を放った。その火をぬ~べ~は何とか避けたが、火が放たれた方には、広と郷子がいた。

 

 

「焔!!」

 

 

麗華の声に、焔は口から炎を吐き出し、犬鳳凰の攻撃を打ち消した。犬鳳凰はその攻撃に驚き動揺している様子で、その様子を見たぬ~べ~は鬼の手を振り下ろし犬鳳凰を消し去った。

 

犬鳳凰が消えたと共に、公園に放たれて燃えていた火も消え公園は何事もなかったかのようになっていた。

 

 

「……倒した」

 

「うっ……」

 

 

電信柱に寄りかかって眠っていた美樹が目を覚ましたのか、顔を上げ眠い目を手で擦りながら立ち上がった。

 

 

「あれぇ?ここは?

 

私どうしてこんな所に……」

 

 

「美樹!!」

「美樹!!」

 

 

立ち上がった美樹に、広と郷子が飛びついた。美樹は訳が分からず二人を交互に見ながら、戸惑っている様子だった。そんな光景を見ながらぬ~べ~は鬼の手をしまい麗華の方を見た。麗華の傍にいた焔はいつの間にか人間の姿になり、麗華と一緒にぬ~べ~を見つめていた。

 

 

「どうやら、アンタは他の教師とは違うみたいだね?」

 

「麗華……」

 

 

「あぁ!!麗華!!」

 

 

二人に抱きつかれていた美樹が、麗華を見るなり大声を上げながら、指を指し麗華に顔を近付けさせて話し出した。

 

 

「アンタのせいで、この美樹ちゃんが大変な目にあったのよ!!どうしてくれるのよ!?」

 

「だから言ったでしょ?今夜は気をつけなって」

 

「あんな言い方されて、「はい、そうですか」って信じるわけないでしょうが!!」

 

「……(面倒くさい女だなぁ…)」

 

「まぁいいわ。明日、皆に教えてあげるんだから。

 

 

「風邪を拗らせて休んでいる神崎麗華は、単なるズル休みでした」ってね」

 

「ちょっと、美樹!!だからそれは」

「悪いけど、風邪を拗らせていたのは事実だし……

 

それに私、明日から学校に行くつもりだから」

 

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 

麗華の言葉に、その場にいたぬ~べ~達は皆耳を疑った。その様子を見ていた焔は、キョトンとした顔を浮かべていたが、何かを思い出したのか鼻で笑いながら腕を組み麗華を見た。

 

 

「麗華?」

 

「今、何て……」

 

「だから、明日から学校に行くつもりだ」

 

「ほ、本当?!」

 

「朝起きれればな。それに…」

「やったぁ!!」

 

話している最中に、嬉しさからか郷子が麗華に飛びつき泣きながら喜び叫んだ。麗華はそんな郷子を引き離そうとするが、郷子は離すまいと思いっ切り抱きしめた。

 

 

「ちょっと、稲葉!!痛い!!」

 

「麗華が明日から来る!麗華が!」

 

「おい美樹、どうすんだ?さっきのこと。

 

クラスの奴らにでも、話すのか?麗華はああ言っているけど…」

 

「もちろん、言うわよ」

 

「……」

 

「神崎麗華は、風邪が治り今日から登校しまーす!!ってね!」

 

 

広にウインクをしながら、美樹はそう答えた。美樹の答えに広はほっと胸を下ろし安心した。そんな光景をぬ~べは電信柱に寄りかかり麗華を見る焔に、話しかけながら近づいた。

 

 

「まさか、本当にこの俺が郷子達を命懸けで守るかを、試したのか?麗華は」

 

「さぁな……」

 

「何だ?お前は、麗華の使い妖怪じゃないのか?」

 

「誰が使い妖怪だ!

 

俺は麗と生まれた時からずっと一緒なんだ!俺は麗の右腕だ。そんじゃそこらの使い妖怪でも何でもねぇ」

 

「つまり、麗華はお前の主か」

 

「まぁ、そうなるな…」

 

「焔と云ったな…」

 

「?」

 

「麗華が起こした前の学校での事件……その後はどうなったか分かるか?」

 

「……」

 

「生まれた時からいっしょであれば、以前の学校にいたころも一緒のはずだよな?」

 

「……

 

悪いが、アンタに教える義理はねぇ」

 

「……」

 

「それに、麗はまだアンタを完全に信頼してるわけじゃねぇ。もちろんアイツ等も……」

 

「じゃあなんで、学校へ行くと…」

 

「そんなもん、自分で考えろ」

 

 

「焔、帰るよ」

 

 

麗華の呼ばれる声に反応した焔は彼女に駆け寄った。麗華は郷子達に手を軽く振りながら、家へと帰って行った。

 

 

麗華を見送った後、ぬ~べは郷子達を各自の家へ送りその後自分も家へと帰って行った。




その翌日、麗華は眠い目を擦りながら学校へ登校した。登校中に郷子と広に出会い、二人に誘導されながら教室へと入った。教室ではすでに美樹が、麗華が今日来ると話しており、教室へ入ってきた麗華を見た皆は、彼女を待ってましたとでもいう様に周りを囲った。


そんな様子を窓の外に生えている木から焔が、眺め安心したように笑みを浮かべた。


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猿猴の住む森

童守町のはずれにある丘に広がる森……


そこには珍しい植物が生えているという噂があった。


「美樹、本当にここって入っていいの?」


美樹を先頭に歩く郷子が、不安そうな顔を浮かべながら美樹に質問した。


「大丈夫大丈夫!


だって『立ち入り禁止』なんて書いてる看板も立札もなかったし、全然平気よ!」


森の道を歩きながら美樹は郷子の質問に答えた。


歩いていると、茂みを抜けどこかの広場へとたどり着いた。その広場の真ん中にはデカイ藤の木が生えていた。


「どこだぁ?ここ?」


郷子の後ろを歩いていた広が、真ん中に生える藤の木を眺めてながら辺りを見回した。郷子は、真ん中に生える藤の木に近寄り、顔を上げながら藤を見た。


「大きい藤の木」

「藤の木なんて、どうでもいいから。早く珍しい花を見つけるのよ!」

「珍しい花って言うけど、どんな花なの?」

「知らないわ」

「え?」

「だって噂で聞いただけだもの。」

「噂って…」

「今まで見たことない花だったら、それが珍しい花なのよ!ほら早くしないと日が暮れちゃうわ!」


美樹に言われるがままに、郷子達は藤の木を中心に、地面を探し始めた。しばらく探していると、地面に薄いピンクの花弁を付けた花が咲いており、郷子は見つけてそれを手に取った。


「美樹、この花は?」

「ん?どれどれ?


おぉ!これは珍しい花だわ!」


郷子が手に握る花を奪い取り、美樹は眺めて言った。美樹は嬉しさから飛び跳ねながらその場から立ち去ってしまった。そんな美樹を広と郷子は慌てて後を追いかけた。


三人が立ち去った後、茂みに潜んでいたものが姿を現し、摘まれた花の跡地を眺め、三人が茂みの中へ行った方を睨み付けた。


翌日―――――

 

 

「凄ぉい」

 

「見たことないや、こんな花」

 

 

教室では、美樹が昨日摘んできた花で盛り上がっていた。美樹は積んできた花を押し花にして、皆に見せつけていた。

 

 

「どこにあったの?この花」

 

「童守町のはずれにある森の中にあったのよ!」

 

「森?

 

童守町のはずれに森なんてあったっけ?」

 

「あるわよ!

 

はずれにあるちょっと場所は分かりずらいけど、大きな公園みたいな森が」

 

「そんな森なかったはずだよ?」

 

「え?」

 

「それに、美樹が言ってる森がある場所には、確か神社があったはずだよ」

 

「神社?」

 

「うん。昔からあるらしい神社で、言い伝えじゃ、そこに各地の妖怪達が集まって、飲み会をやってるって言うね」

 

「そうなの?」

 

「でも、私達が言った時は、そんな神社なってなかったわよ。周りは全部木で囲まれてて、迷ってもおかしくないところだったもん」

 

 

クラスの女の子が話したことに疑問を持った郷子は、昨日見た森の事を詳しく説明した。

 

郷子の話を聞いた女の子は首を傾げた。

 

 

「おかしいなぁ

 

あの辺りに住んでるお喋り好きのお婆ちゃんから聞いたときは、そう言ってたけど……」

 

「お婆ちゃん、ボケてんじゃないの?」

 

「そんなことないわよ!」

 

 

「コラ!何騒いでるんだ!チャイムはとっくに鳴ってるぞ!」

 

 

いつの間にか鳴っているチャイムと同時に教室に入ってきたぬ~べ~は、自分の席に座っていない生徒たちに注意をした。生徒たちは慌てて自分の席へ着き、美樹も押し花を鞄の中へしまい席へ着いた。

 

 

「?おい誰か、麗華を知らないか?」

 

 

空席になっている麗華の席に、クラスのみんなは一斉に注目した。

 

 

「休みなんじゃないの?」

 

「おっかしいなぁ……そんな連絡、学校には入って」

 

 

“ガラ”

 

 

「あ~、やっぱり遅れたわ」

 

 

教室の扉を開けながら、麗華は眠い目を擦りながらそう言った。

 

 

「コラッ!!何遅れてるんだ!」

 

「うっさいなぁ……

 

仕方ないでしょ。目覚まし時計の音聞こえなかったんだから」

 

「聞こえなかっただぁ?フザケタ事を言うな!

 

お前、今月に入ってこれで何回目だと思ってるんだ?!」

 

「二桁はいってると思うけど?」

 

「偉そうに言うな!」

 

 

頭に来たぬ~べ~は、麗華の頭を叩いた。彼女は叩かれた頭を押さえながらぬ~べ~を睨み文句を言った。

 

 

「叩くことないでしょ」

 

「叩きたくもなるわ!今日の遅刻を入れて、もう十五回目だぞ!」

 

「私、朝弱いんで」

 

「だからってなぁ……」

 

「ねぇ麗華、親は起こしてくれないの?」

 

「親ぁ?

 

……声は掛けるけど、部屋まで起しに来たことないなぁ」

 

「どんな神経してる親なんだ……」

 

「まぁいい、とりあえず席に就け。授業を始めるぞ。」

 

「ンじゃ、また寝るか」

 

「!!いい加減にしろ!!」

 

 

ぬ~べ~の怒鳴り声が、教室中に響き渡った。そんな教室を学校内に生えている樹の幹から睨む一匹の獣の姿があった。だが、ぬ~べ~も麗華もその存在には気づかずにいた。

 

 

 

 

放課後―――――

 

 

教室を掃除する五年三組……

 

 

「ったく、今日は一日中怒鳴られっぱなしで嫌んなる。」

 

 

床のゴミを吐きながら、麗華は愚痴をこぼした。その愚痴を聞いていた郷子は机を運びながら言った。

 

 

「麗華が、授業中寝てるのがいけないんだよ。ちゃんと受けてれば、ぬ~べ~だってあんなに怒鳴ったりはしないもの」

 

「そんなこと言ったって、眠いものは眠いし」

 

「そういえば、麗華って卒中居眠りしてるもんなぁ」

 

「席一番前なのに、堂々と」

 

「けど、テストはいつも満点だもんなぁ。レベルの高い塾にでもいってんのか?」

 

「塾?そんなもん、行ってねぇよ。」

 

「じゃあ、実力?」

 

「そうだな。」

 

「何々、ご両親のどちらかすごい出来るの?それとも兄弟(姉妹)の誰かが出来て、その兄弟(姉妹)から教わってるの?」

 

「……親は両方共、単身赴任中。兄弟(姉妹)はいるけど、そいつも用事で今月に入ってから家を開けてる」

 

「じゃあ、今麗華の家ってアンタ一人なの?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「それじゃあ、寝坊するわけだ」

 

「けど、さっき声は掛けるって……」

 

「ああでも言わないと、鵺野また怒るでしょ?」

 

「確かに……」

 

「言われてみれば」

 

「で?いつ帰って来るの?親は」

 

「さぁね」

 

「じゃあ兄弟(姉妹)は?」

 

「あいつは、もう少ししたら帰って来るよ」

 

「そんじゃあ、今日は麗華の家に泊まるっということで」

「駄目だ」

 

「えぇ!!何でだよぉ!」

 

「泊まったっていいじゃない!」

 

「駄目なものは駄目だ」

 

「ケチ!!」

 

「意地悪!!」

 

「文句言う暇があるなら、さっさと机運べ」

 

 

そう言いながら、麗華は箒を壁に立てかけ、机を運び出した。それに続いて郷子も運び出した。美樹と広はブツブツ文句を言いながら机を運んだ。

 

 

運び終え、机を並べ掃除用具を片付ける郷子達……

 

 

「よしっ!これで掃除は完了よ」

 

「やっと、帰れるぜ!」

 

「なぁなぁ、帰りにゲーセン寄ってかない?」

 

「おっ!それいいな。賛成!」

 

「俺も俺も!」

 

 

郷子達に続いて、美樹が鞄に今朝皆に見せびらかせていた押し花を鞄の中へしまい直そうとし、鞄から押し花を取り出した。

 

 

そんな姿を狙ってか、樹の枝から獣が枝を蹴り、窓を割り教室の中へ入ってきた。

 

 

「きゃあ!!」

 

「何だ今の音?!」

 

 

美樹の叫び声と、突然ガラスが割れる音に気付いた郷子達は素早く、教室へ戻った。

 

教室には、美樹の他にガラスの破片と共に入ってきた獣の姿があった。

 

 

「な、何だあれ?!」

 

「お、俺、ぬ~べ~を呼んでくる!」

 

 

後ろにいた克也が三人に言い、その場から駆け出し職員室へ向かった。

 

 

「グルル……」

 

 

鳴き声を上げた獣は、ゆっくりと体を起こし近くにいた美樹を睨んだ。美樹は鞄を持ち上げ、後ろへ下がり獣を見つめた。

 

 

「な、何の?妖怪なの?」

 

「それより、美樹が危ないわ!早く助けないと!」

 

 

「青?」

 

 

その声に気付いた郷子は後ろにいた麗華を見た。彼女は、どこか心配げな目を浮かべながら、教室へ入った。中へ入ってきた彼女に気付いたのか、獣は麗華の方に体を向けさせ睨んだ。

 

 

「どうしたんだ?何で……何で人間の里に下りてきたんだ?」

 

 

怒り狂ったものを宥めるかのような声を出しながら、麗華は一歩一歩前へ出た。教室の隅にいた美樹が彼女に声を掛けた。

 

 

「ちょっと、麗華!どうしちゃったの?!そいつに近付いたら、危ないわよ!」

 

「青、ここはお前の来る場所じゃない。すぐにあそこへ帰れ!」

 

「グルル……」

 

 

獣は、近付いてくる麗華を只睨むだけで、攻撃をしようとしなかった。

 

 

「美樹!大丈夫か!」

 

 

克也が呼んできたぬ~べ~が、前の扉を開き教室へと入ってきた。突然現れた彼の姿に驚いた獣は、威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入り、ぬ~べ~を睨み付けた。

 

 

「こいつは、猿猴!!」

 

「猿猴?」

 

「妖怪化した猿だ。性格はずる賢く、さらに自分の縄張りが荒らされれば、凶暴化すると言われている」

 

「グルル……」

 

「麗華下がれ。こいつは俺が倒す」

 

「倒すって……ちょっと待って、鵺野!!」

 

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感……

 

我が左手に封じられし鬼よ。今こそその力を示せ!」

 

 

左手に嵌めていた手袋を外し、鬼の手を出したぬ~べ~。鬼の手を見た猿猴は黒いオーラを体に纏い、長く伸ばした爪を教室の隅にいた美樹に振りかざした。

 

 

「美樹!!」

 

「チッ!雷光!」

 

 

腰に着けていたポーチから、紙を取りだし投げ放った。紙は煙を出し中から雷光が姿を現し、美樹の前に立ち猿猴の攻撃を防いだ。

 

 

「ガルルル!」

 

「怒りを鎮めろ!この女が、何をしたというんだ!」

 

「花……」

 

「え?」

 

「花?」

 

「我等ノ地の花。この人間の子達が、盗った」

 

「花?まさか、あの百日紅の花か?」

 

「そう。だから、罰を与える」

 

 

一方後ろへ引いた猿猴は、爪をさらに長く伸ばしドアの近くにいた郷子達を見るなり二人に襲いかかった。

 

 

「止めろ!!」

 

 

郷子と広の前に立った麗華に、猿猴は攻撃を止めた。しばらく猿猴は麗華を見つめると、振り返り窓をやぶり電光石火の様に、学校を離れて行った。割れた窓に近づいた麗華は身を乗り出し外を見つめた。

 

 

「麗殿……」

 

「焔!!雷光!!青を追うよ!」

 

 

窓の縁に上り、雷光を戻した麗華は窓から飛び降りた。外で既に狼の姿となっていた焔は麗華を背に乗せて、猿猴の後を追った。



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家と家族の秘密

突然教室に入ってきた猿猴に驚く郷子達……


そんな中、ただ一人麗華は猿猴に向かって「青」と呼びながら、猿猴に話しかけた。


騒ぎを聞いたぬ~べ~は猿猴を倒すために鬼の手を出すが、鬼の手に驚いた猿猴は黒いオーラを出し、郷子達に襲いかかった。それを見た麗華は郷子達の前に立ち、猿猴の攻撃を防いだ。


すると猿猴は、攻撃を止め学校から出て行った。その後を麗華は焔と共に後を追った。


教室に取り残された美樹達は、ぬ~べ~に連れられ宿直室へ行き、美樹が持っていた押し花を見た。

 

 

「これが、あの猿猴が言っていた花か……」

 

「まさか、昨日行った森が、あの猿の縄張りだったとは……」

 

「森?どこの森に行ったんだ?」

 

「童守町の外れに丘があるでしょ?そこの森でに……」

 

「あぁ、あの森か」

 

「そこで採ったのよ、この花」

 

「そうか」

 

「そう言えば、麗華がこの花の事、百日紅の花だって言ってたけど……」

 

「百日紅(サルスベリ)って、どんな花なの?名前は聞いたことあるけどさ」

 

「百日紅とは、名前の通り猿が登れないほど、樹の幹が滑りやすくなっているんだ。

 

だが、百日紅が咲かす花は、とても綺麗なうえ、長く咲く花としても有名なんだ」

 

「けど、美樹が持っている花は、地面に生えていた花だったけど……」

 

「多分、丘に建っている神社の神主が、猿猴にも見せてやろうと木から花を取り、地面に植えたのだろう。」

 

「神社?あの森に神社があるのか?」

 

「古い神社だ。名前は「山桜神社」

 

 

昔、この辺りは猿猴が住む地として有名だったんだ。

 

だがある日、この地を買い取った殿様が、猿猴が住んでいた森を切り倒しそこに町を作ったんだ。森を壊された猿猴達は怒り狂い、町で大暴れをした。それを聞いた殿様は、京都にいた陰陽師の血を引くといわれる一家を連れてきて、猿猴の怒りを鎮めさせた。

 

猿猴はもう町を襲わないが、その代わり猿猴が住む森に生えている植物や動物を捕らないという約束で残っていた森に手を付けず、それと森を壊した詫びにその森の至る所に、桜と藤、そして梅と椿と百日紅を植え、さらにその近くに神社を建て、その一家が代々その森を守っているという伝説があるんだ」

 

「へぇ。そんな伝説があったのか」

 

「とは言え、その神社の神主は今、用事で明日の夕方まで帰ってこないから、明日の放課後、その神社へ行くぞ」

 

「分かった」

 

「さっ、もう遅い。お前たちは俺が家まで送って行ってやる」

 

「うん」

 

 

宿直室から出て、ぬ~べ~達は学校を後にした。

 

 

 

 

翌日―――――

 

 

無事に学校に着いた美樹達は、昨日の出来事を三人で話し合っていた。

 

 

「全く、せっかくの金曜日なのに、ぬ~べ~と一緒に神社なんかに行かなきゃならないなんて……」

 

「美樹、そんなこと言わないの!」

 

「そうだよ。もとあといえば、お前がその花を押し花にしたのが原因なんだろ?」

 

「な、何よ!私のせいだっていうの!だったら、花を摘んだ郷子も同罪よ!」

 

「そ、それは……」

 

「お前等、さっさと席に着け!チャイムはとっくに鳴っているぞ!」

 

 

ぬ~べ~の声が聞こえたかと思えば、頭を叩かれた三人……

 

郷子達は頭を押さえながら、自分の席に座った。

 

 

「?あれ?ぬ~べ~、麗華は?」

 

 

授業を始めようとするぬ~べ~に、麗華の席が空席だということに築いた郷子は質問した。

 

 

「麗華か?

 

アイツ、今日は家の用事で休みだ」

 

「用事?何の?」

 

「さぁな。とにかく、授業を始めるぞ」

 

 

そう言うと、ぬ~べ~は授業を再開した。郷子は麗華のことを気に掛けながらも、授業に耳を向けた。

 

 

 

 

放課後―――――

 

 

授業が終わり、教室に残る美樹達……

 

 

しばらくすると、教室のドアが開き外からぬ~べ~が顔を出し、美樹達を呼びそのまま学校を出た。

 

 

学校から歩くこと三十分……

 

 

ぬ~べ~達が足を止めたそこは、上へと続く石の階段があり、周りは木々で囲まれていた。

 

 

「あれ?一昨日来たときは、こんな階段なんてなかったわよ?」

 

「おそらく、昨日これが無かったからだろ」

 

 

指を指す方に目を向けると、階段の近くに建っている石の灯篭に火がついており、灯篭の柱に何か文字の様なものが描かれていた。

 

 

「確かにこんなもの、一昨日は無かったけど……なんで?」

 

「これはこの森に立ち入らないように、結界を張り外から人が入って来れないようにしているんだ。。一昨日これが無かったということは、おそらく灯篭に火を点けるのを忘れていたのだろう……」

 

「おっちょこちょいな神主ねぇ」

 

「とりあえず、中に入るぞ。」

 

 

そう言うと、ぬ~べ~は階段を上りその後に続き美樹達も階段を上り始めた。

 

 

階段を上り終わると鳥居がありそこを潜ると、そこには社が建ちその裏側に大きな平屋の家が建っていた。

 

 

「すげぇ……」

 

「こんな立派な神社だったんだ」

 

「何をやっている、早く行くぞ」

 

「あっ!待ってよ、ぬ~べ~!」

 

 

先に行くぬ~べ~の後は、慌てて追い掛ける郷子達。

 

 

家の玄関についているインターホンをぬ~べ~は押し、中にいる人に向かって声を出した。

 

 

「すいませーん!ちょっとお願い事があってきました!」

 

「はーい。今行きまーす」

 

「?ねぇ、ぬ~べ~さっきの声、どこかで聞いたことない?」

 

「ん?言われてみれば、どこかで聞いたような……」

 

 

言いかけた時、玄関の引き戸が開かれ中にいた者が姿を現した。

 

 

「どうかしましたか?こんな遅く……」

 

「え?」

 

「嘘……」

 

 

中から出てきたのは、巫女の格好をした麗華だった。彼女は郷子達の姿を見た途端、引き戸を閉めた。

 

 

「コラァ!閉めるなぁ!」

 

「何で、アンタ達がここに!さっさと帰れ!!」

 

「昨日の猿猴騒ぎでだ。それより、お前こそ何でここにいるんだ?まさか、小学生が巫女のバイトでもしているわけではないよな?」

 

「アホなこと考えるな!!ここは私の家だ!」

 

「は?」

 

「アハハハハハ!!

 

麗華、嘘をつくならもっとマシなウソを突けよ」

 

「そうよ!第一、ここが麗華の家って証拠でもあんの?」

 

「細川には言ってないけど、立野達には言ったはずだ。

 

私は、陰陽師の血を引いている」

 

「陰陽師?」

 

「そう言えば、確かぬ~べ~が昨日話した話で、この神社は陰陽師一家が住んでいるって……」

 

「ま、まさか」

 

「用が無いなら、出て行ってもらいましょうか?」

 

 

怒る麗華は、玄関から木刀を取りだし構えた。

 

 

「そんな物騒なもの、取り出してどうするんだ?!」

 

「決まってるでしょ?どうしても出て行かないというなら、叩き打つまでよ」

 

「待て!俺達は、昨日の猿猴の件でここの神主に用があって来たんだ!」

 

「神主?まだ帰って来てないよ」

 

「え?」

 

「いつ頃帰って来るんだ?」

 

「六時過ぎには帰って来ると思うけど……」

 

「じゃあ悪いが、神主が帰って来るまで待たせてくれないか?」

 

「……入りな」

 

 

嫌な顔を浮かべながら、麗華は木刀を玄関に置き中へ入った。麗華の後に続き家の中へと入った。

 

 

「広っ!!」

 

「何?麗華って、超お金持ちなの?!」

 

「違う!!

 

 

代々受け継がれていた家だからだ。この家は明治時代に建て直された家なんだ」

 

「じゃあ、そんな昔からあるの?この神社」

 

「そうだよ。

 

 

そんなこと良いから、早く入りな。客間に案内するから」

 

 

そう言われ、ぬ~べ~達は靴を脱ぎ麗華に連れられ、客間に案内された。客間に入った彼等は、荷物を降ろし客間に敷かれていた座布団に腰を下ろした。

 

 

「広いわねぇ!他の部屋もこのくらい広いの?」

 

「だいたいね。今お茶持ってくるから、大人しくしてなさいよ?」

 

「あぁ麗華、私も手伝うわ」

 

「良いよ。一人でできるから」

 

 

郷子の親切を断り、客間の襖を閉め麗華はそのままどこかへ行った。客間に残されたぬ~べ~は、異様に漂う妖気に、警戒を張りながら辺りを見回した。そんな様子を見た郷子は、彼に声をかけた。

 

 

「ぬ~べ~、どうかしたの?」

 

「いや、この家が古いからだと思うが……

 

 

やけに、妖気が漂っている」

 

「まさか、どこかに妖怪が?!」

 

「分からん」

 

 

「何者……」

 

「え?」

 

「美樹、何か言った?」

 

「え?うんうん。何も」

 

「何者?何で、二人以外の人の子が?」

 

 

その声の方に顔を向けると、そこには青い髪に銀色の簪を付け、青い生地に白い菊の花の模様を写した羽織の来た女性が客間の襖を開け、郷子達を睨んだ。

 

 

「で、出たぁ!!」

 

「出たとはなんだ!出たとは!」

 

「お前か!この妖気の主は?!」

 

「黙れ!人の子が!!」

 

「コラッ!丙(ヒノエ)、止めろ!」

 

 

客間の襖を足で器用に開け、麗華は目の前にいる女性を注意した。注意された丙という女性は、彼女を見るなり急に大人しくなり、後ろへ回り抱きついた。

 

 

「麗、この人の子は何だい?今日は人が来る話なんて、童(ワラワ)は聞いてないぞ」

 

「急用で、人が来たんだ。お前は私の部屋で大人しくしていろ」

 

「部屋にいるより、童は麗と一緒にいたい」

 

「それでもいいから、とにかく大人しくしていろ」

 

「うむ!承知した」

 

 

麗華は手に持っていたおぼんを、客間の中央にあるテーブルに置き、湯呑みと菓子を置いた。

 

 

「麗華、その妖怪は何者なの?」

 

「気安く『麗華』と呼ぶでない!!」

 

「お前は黙ってろ!」

 

「う……」

 

「こいつは丙。私達がいない時、家の留守番をさせている式神だ」

 

「式神なのか?こいつ」

 

「そうだ。」

 

「じゃあ、麗華のもう一体の式神ってこと?」

 

「私の式神じゃない」

 

「じゃあ、誰の?」

 

「神主の式神だ」

 

「へぇ……」

 

 

「ただいまぁ!

 

あれ?麗華!誰か来てるのか?!」

 

 

突然玄関の引き戸が開く音が聞こえ、そこから少し声の高い男の声が廊下に響き渡ってきた。その声に対応するかのように、麗華は大きい声を出した。

 

 

「客だ!早く着替えて、客間に来い!」

 

「何キレてんだお前!客に嫌なことでもされたのか?!」

 

「違うわい!!」

 

「そう言うなって、客ってどんな奴なんだ?」

 

 

近づいてきた男は、空いていないもう一つの襖を開け、姿を現した。そこにいたのは黒く無造作な髪型をした少年だった。少年の肩には旅行用の鞄が掛けられ、手にはお土産の紙袋があった。

 

 

「何だ?客って、ガキと冴えないおっさんか?」

 

「誰が、おっさんだ!」

 

「おぉ、龍!帰りを待っていたぞ!」

 

 

丙は麗華から離れ、龍と名乗る少年の身体に抱きついた。

 

 

「ただいま丙、麗華。留守番ご苦労だったな」

 

「どうでもいいから、早く着替えてきて。話しはそれからだ」

 

 

そう言うと、麗華はおぼんを抱え客間を後にした。少年は息を吐き、踵を返し自分の部屋へと向かった。



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麗華と猿猴

しばらくして、客間に神主の格好をした少年と麗華が中へ入ってきて、扉側に敷かれていた座布団に腰を下ろした。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。

 

 

俺は神崎龍二(カンザキリュウジ)。麗華の兄貴で、この神社の神主を務めている、高校二年生だ」

 

「嘘ぉ!!麗華のお兄さんなの?!この人!」

 

「そうだ。」

 

「高二で神主って……

 

親はどうしたんだ?父親は?」

 

「両親なんて、とっくの昔に亡くなった。

 

今は俺がこの神社の、神主になってるんだ」

 

「亡くなったって……じゃあ麗華には、両親がいないのか?」

 

「ちょっと待て、昨日麗華、二人共単身赴任中だって言ってたじゃねぇか?!」

 

「もう居ないって言えば、アンタ達が変な気を使うと思って、嘘吐いたんだ。悪い?」

 

「それはそうだけど……」

 

「それじゃあ、朝起きれるはずもないよぉ」

 

「遅刻の原因が分かってよかったわね。ぬ~べ~」

 

「遅刻?

 

お前、遅刻してんのか?」

 

「朝起きれなくて……」

 

「ったく、しょうがねぇなぁ」

 

「お兄さん、麗華のことガツンと、叱ってくださいよ!」

 

「両親がいないなら、保護者替わりはお兄さんでしょ?」

 

「別に叱る気ねぇよ」

 

「へ?」

「へ?」

「へ?」

「へ?」

 

「俺も朝には弱いから、人のこと言えねぇしなぁ」

 

「それじゃあ、こいつ授業中居眠りしてるんで、そこを」

 

「授業中は居眠りすんな!

 

この俺でも、起きてるぞ!」

 

「アンタね……

 

しょうがないでしょ。つまんないんだもん」

 

「よぉし。なら、今度レベルの高い中学の入試問題のテキストを貸すから、それでも解いてろ」

 

「了解」

 

「そう意味じゃなくて!!」

 

「お兄さん、そういう躾はよくありません!」

 

「そんなこと言われても……小四の時、こいつを預けてたところの主が、限度を知らずに高校入試レベルの問題まで教えちまって、小学生レベルの勉強はもう完璧なんだ」

 

「嘘……」

 

「そうだったのか…」

 

「そういうこと。

 

ま、今度から居眠りは止めるから」

 

「さてと、世間話はこれくらいにして、本題に入ろうか?」

 

 

先程と目つきが変わった龍二に、郷子達は息がつまり気を張った。

 

 

「今日は、どのようなご用件でこの『山桜神社』へお越ししたのですか?」

 

「……

 

 

実は」

 

 

ぬ~べ~は、昨日有った出来事を全て話した。

 

 

その話を聞いた龍二は、腕を組みながら深いため息を吐いた。

 

 

「俺がいない間に、そんなことが起きてたとはなぁ……」

 

「ご、ごめんなさい。勝手に森の中に入って花を摘んでしまって……」

 

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

 

「俺に謝れてもなぁ。

 

麗華、その後の猿猴達の様子はどうなんだ?」

 

「怒りに狂ってるよ。

 

こっちがどんなに宥めても、全然聞く耳を持たず」

 

「だそうです」

 

「そ、そんなぁ!」

 

「何とかして、怒りを鎮めることはできないのか?」

 

「無理だ無理。この麗華が宥めても、無理だったんだ」

 

「何だ?あの猿猴と麗華って、なんか関係でもあんのか?」

 

「あの猿猴達は、こいつ(麗華)が育てたんだ」

 

「えぇ!!」

 

「あの猿猴、麗華が育だてたの?!」

 

「だから、あん時麗華が俺達の前に立った時、攻撃を止めたのか」

 

「じゃあ、麗華があの時猿猴に向かって、“青”って呼んでたのって」

 

「名前だよ。

 

 

あの猿猴の名前は青。他にも白って言う青の兄弟がいる」

 

「へぇ……

 

あれ?猿猴って、その二匹だけなの?」

 

「昔はいっぱいいたよ。だけど、江戸の末期時代に妖怪の間に流行った不治の病にかかって、ほとんど死んじゃって、生き残ったのが青と白の母親だけで、その母親も二匹が生まれたとともに、亡くなったけどな」

 

「じゃあ、今いる猿猴が最後の二匹ってわけか?」

 

「そうだ」

 

「フゥ~ン……」

 

 

“ボーン…ボーン”

 

 

廊下の壁に掛けていた振子時計が家中に鳴り響いた。その音を聞いたぬ~べ~は手首に着けていた腕時計を見た。

 

 

「もう七時か……」

 

「私お母さんに遅くなるって連絡しなきゃ。」

 

「あ、私も」

 

「連絡するぐらいなら、今日家に泊まってけよ」

 

「え?!」

 

「良いんですか?!」

 

「ちょっと兄貴!!」

 

「良いじゃねぇか。それに猿猴の怒り買ってんだ。外に出すより、うちに置いといた方が良いって」

 

「けど、今日は…」

 

「時間になったら、普通に始めればいいさ。

 

なっ!」

 

「……分かったよ」

 

「やったぁ!!麗華の家でお泊り会だぁ!」

 

「変に騒ぐんなら、追い出すよ!」

 

「はい……」

 

「まぁいいや、とりあえず麗華飯の準備するぞ」

 

「兄貴はいいよ。疲れてるだろ?」

 

「いいっていいって。久しぶりに料理したいんだからさ。

 

丙、お前も手伝え」

 

「承知した」

 

 

客間を出て行った麗華と龍二……

 

 

客間にいたぬ~べ~は、三人の親に電話すると客間を出て行き、残された三人は離しをし始めた。

 

 

「麗華とお兄さん、凄い仲が良かったわね~」

 

「ねぇ。これはいい噂話になるわ!」

 

「美樹、この事は皆に秘密にしときましょう」

 

「へ?何で?こんな面白い話なのに」

 

「アイツ、今まで兄弟がいることも両親がいないことを、俺達にもぬ~べ~にも話してないんだぜ?」

 

「だったら、そっとして置くべきだよ」

 

「う~ん……

 

それもそうね。止めるわ。今回は」

 

「美樹……」

 

「ん?

 

美味そうな匂いがしてきたなぁ」

 

 

広の言う通り、美味しそうな匂いが家中に漂ってきた。その匂いに連れられた郷子が襖を開けると、そこに鍋と炊飯器を持った麗華と丙が、別の部屋へ入っていく姿が見えた。

 

 

「食べる場所、別の部屋みたいね」

 

「どうせなら、この部屋に持ってきてくれよな」

 

「麗華の家の事情もあるのよ」

 

 

「あれ?お前……」

 

 

その声に気付き、後ろを振り返るとそこに焔とくノ一の格好をし、白い髪を腰まで伸ばした女性が建っていた。

 

 

「焔」

 

「何で、お前等がここにいんだ?」

 

「ちょっと色々あって、今日はここに泊まることになったのよ」

 

「フ~ン」

 

「ちょっと焔、この子達何者なの?」

 

「そうか、姉者はこいつ等に会うのは初めてか。こいつ等は麗の学校のクラスメイトだ。

 

お前等に紹介する。こいつは俺の姉の渚(ナギサ)。兄貴の龍に仕えている俺と同じ白狼一族の者だ」

 

「へぇ、渚って言うのか。

 

俺、立野広」

 

「私、稲葉郷子」

 

「細川美紀でーす!」

 

「麗にも、やっと人間の友が出来たのか」

 

「え?」

 

「人間の友?」

 

「姉者!」

 

 

 

「おーい、飯出来たぜー」

 

 

龍二の声が、廊下に響き郷子達はそちらの方に顔を向けた。

 

 

「飯だ飯!」

 

「そう言えば、どこの部屋で食べるの?」

 

「あっ……

 

どこだ?」

 

「渚!そこにいんなら、そいつ等を食卓まで案内しろ!」

 

「了解!

 

ほら、着いてきな」

 

 

渚が先頭を歩き、それに続いて郷子達も廊下を歩いた。

 

 

客間から一つ離れた場所にある引き戸を渚は開いた。

 

 

「連れてきたよ、龍」

 

「ありがとな。」

 

「わぁあああ!!

 

美味しそうなご馳走ばっかりぃ!」

 

 

目の前に置いてあるテーブルに広がるご馳走に、郷子達は目を奪われた。そこへ料理を両手に持った麗華が台所から来て、手に持っていた料理をテーブルの上に置いた。

 

 

「ねぇ、麗華!」

 

「?」

 

「これ全部、麗華とお兄さんで作ったの?!」

 

「まぁそうだけど…」

 

「スゴォイ!!」

 

「別に凄くなんか……」

 

「凄いわよ!

 

小学五年で、ここまでの料理作れちゃうんだもん」

 

「そうそう。それに比べて、郷子が作る料理ときたら……」

 

「何が言いたいのよ?」

 

「郷子が作る料理は、全部食べたら死ぬもんなぁ。アハハハハ!」

 

「余計なこと言わないでよ!!」

 

「どうでもいいから、さっさと座れ」

 

「はい……」

 

「あれ?お前の先公は?」

 

「電話かけるって言ったきり、帰ってこないぜ?」

 

 

 

 

「キャァァアア!!」



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神社の秘密

突然、廊下から女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、聞こえた先から赤い花魁の格好をし、茶色い髪を赤い椿の飾りを付けた簪で纏めた女性が、走って来るなり即座に麗華と龍二の後ろへ隠れた。

 

その女性を追いかけてか、手に数珠と白衣観音経を手に持って息を切らしたぬ~べ~が姿を現した。

 

 

「何やってんだ?ぬ~べ~」

 

「麗華達の後ろに隠れた女を除霊するんだ!」

 

「なぜ私が、除霊されなければならぬのだ!!

 

麗!龍!この者は何者だ?!私は、この間抜け面の男に、危うく除霊されかけたのだぞ!!」

 

「間抜け面とはなんだ!!間抜け面とは!!」

 

「こいつは、麗華の先公だ」

 

「何?麗の?」

 

「そうだ。

 

そんで、先公。

 

 

こいつは、雛菊(ヒナギク)。俺のもう一体の式神だ」

 

「式神?

 

何だ、そうだったのか!

 

いやぁ、すまんすまん!てっきり、浮遊霊かと…」

 

「謝って済む問題ではない!!

 

雷術、痺れの舞!」

 

 

手に溜めた電気の塊を、雛菊はぬ~べ~に当てた。ぬ~べ~の身体はたちまち電流し、焦げ付き口から煙を出して倒れてしまった

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「雛菊!やり過ぎだ!」

 

「そ奴がいけないのだ!!」

 

「龍、雛菊の言う通りじゃ!その男が悪い!」

 

「お前等なぁ!」

 

「雛菊、丙。

 

アンタ達はここの仕事もういいから、今晩やる祭りの準備をしてくれ」

 

「承知!」

「分かった!」

 

 

麗華の命に、喜びに満ちた声を出しながら、二人は煙のように消えどこかへ行ってしまった。

 

 

「ったく、示しがつかねぇよ。

 

あの二人の主は、俺だぞ?」

 

「ああするしかないでしょ?

 

それに、主な原因は鵺野にあるみたいだし」

 

「まぁそうだけど……」

 

「なぁ麗華。

 

こんな夜遅くに、祭りやんのか?」

 

「うん。毎月の行事だし」

 

「毎月?!」

 

「そう。毎月」

 

「しかも、相手は人間じゃねぇしな」

 

「人間じゃない?どういうこと?」

 

「続きは飯を食ってからだ。冷めちまうぞ?」

 

 

龍二の言葉に、郷子達は慌てて中へ入り、並べられたご馳走に喰らい付いた。そんな郷子達の姿に驚きながら、二人は顔を見合わせ、その食卓に入り共にご馳走を食べた。

 

 

 

 

一時間後―――――

 

 

「はぁぁ……食った食った」

「はぁぁ……食った食った」

 

 

膨れたお腹をさすりながら、広とぬ~べ~は畳の上に横になりながらそう言った。

 

 

「全く、だらしないわねぇ」

 

「良いじゃない郷子。

 

それにしても、本当に今日食べた料理、美味しかったわぁ……」

 

「何だ?そんなに美味かったか?」

 

 

食器を片づけに来た龍二が、美樹の言葉に反応してお盆に乗せながら質問した。

 

 

「はい!とっても」

 

「そりゃあ、よかった!作った甲斐があったよ」

 

「いつも、こんな料理を作ってるんですか?」

 

「いや、いつもじゃねぇ。

 

麗華と交代交代で、飯を作ってんだ。」

 

「へぇ……」

 

「て言っても、兄貴いつも帰って来るの遅いから、先に食べちゃうことが多いけどね?」

 

 

龍二たちが話している内容を聞いていたのか、残りの食器を片付けに来た麗華が、不機嫌そうな声でそう答えた。

 

 

「仕方ねぇだろ?バイトあんだから」

 

「だったら、連絡よこせ」

 

「これからはなるべく連絡するようにするから、そう怒るなって。なぁ?」

 

「はいはい。

 

そうだ。お前達、風呂入ってくれば?」

 

「麗華は?入らないの?」

 

「私はこの片付けもあるし、ちょっとやることもあるから。お前達から入れ。

 

焔、こいつ等を風呂場まで」

 

「承知」

 

焔に言うと、麗華は龍二と共に部屋を出て、台所へ行った。残った四人は麗華のお言葉に甘え、先に入るということで、郷子と美樹は先に行く焔の後をついて行った。

 

 

 

「ここだ」

 

 

引き戸の前に立ち、焔は引き戸を開き二人に仲を見せた。中は脱衣所が広く、棚がありそこには四つ籠が置かれていた。棚と向い合せに、壁に貼られた鏡がありその下に四つの背蛇口が着いた洗面台が並んでいた。

 

 

「わぁあ!」

 

「広ーい!」

 

「大浴場みたい!」

 

「そりゃあそうだろ。この家、江戸時代に建てられたんだから、でかくて当然だろ?」

 

「あ、それもそうか」

 

「その籠に入ってるタオルを使えばいい。あとは自由に使っていいとの事さ。そんじゃ」

 

 

簡単に説明すると、焔は引き戸を占め、風呂場を後にした。

 

 

 

 

一時間後―――――

 

 

「お風呂空いたわよぉ」

 

 

濡れた髪を拭きながら、郷子と美樹は客間の襖を開けながら、中にいる二人に声をかけた。

 

 

「?そうか。

 

広、俺達も……!!」

 

 

立ち上がったと共に、突然目つきが変わり、周りを警戒し始めたぬ~べ~……

 

 

そんな様子に疑問を感じた郷子は、控えめに声をかけた。

 

 

「ど、どうしたの?ぬ~べ~」

 

「強力な妖気が、ここへ向かっている」

 

「妖気?!」

 

「一体…二体……いや、もっとだ。

 

凄い数の妖気が、この神社に向かっている!」

 

「そのこと、早く麗華達に教えよう!」

 

「けど麗華達、どこにいんだ?

 

どこの部屋にいるかも分かんねぇし……」

 

 

「どうしたんだ?そんな騒いで」

 

 

その声と共に、襖が開いた。襖を開けたのは青い狩衣に身を包んだ龍二だった。

 

 

「龍二。お前の家に強力な妖気が、多数こっちに」

「もう承知の上だ」

 

「じゃあ、早く退治しないと!」

 

「別にいいんだ。退治しなくても。

 

その向ってる妖怪たちは、俺達の神社の祭りを目的に来てるんだからな」

 

「祭り?」

 

 

「兄貴、そろそろ来るよ」

 

 

龍二の横から、浅葱色の大きな羽織を着て、片足首に鈴をつけ、髪を桜の簪で纏め、手には扇子を持ち、白い生地に朝顔のデザインをした踊り巫女の格好をした、麗華が現れた。

 

 

「れ、麗華!!」

 

「ど、どうしたんだ?!その恰好は?!」

 

「この格好、他の誰かにばらしたら、ただじゃ済まないからね?」

 

 

鋭い目付きで、麗華は美樹に顔を近付けさせ、声のトーンを下げて美樹にキツク言った。

 

 

「は、はいぃ(怖~い……)」

 

「あと五分で始まる。

 

丙、雛菊。酒の準備だ!」

 

「承知」

「分かった」

 

「始まるって、祭りが?」

 

「見る?この神社取って置きの祭り」

 

「お祭り、私達も見ていいの?」

 

「焔と渚が、狼の姿になって参加するから、そいつ等の中にいれば安全だ」

 

「本当か?どうも、怪しい」

 

「だったら、勝手にすれば?

 

ま、アイツ等に勝ち目はないけどね?」

 

「何を!!」

 

 

「麗様!龍様!

 

もうお集まりです。早く、ご支度を!」

 

 

空から、庭に飛び降りてきた者が、膝をつき麗華達に頭を下げてそう言った。

 

 

「ご苦労、氷鸞」

 

「じゃあ、麗華。俺は先に祭壇に行ってる。

 

先公達案内したら、お前も祭壇に上がれよ?今回の目星は、棒だからな」

 

「分かった」

 

 

麗華に伝えると、龍二は庭へ出て、いつの間にか巨鳥になっている氷鸞の背中に乗り、祭壇へ向かった。

 

 

「あれも、氷鸞って言う妖怪なの?」

 

「氷鸞は名前。

 

アイツは、私が学校に来る前に手に入れた山の主の妖怪だよ」

 

「山の主?」

 

「うん。

 

けど、その山が壊されて、住む場所を失って、人里を襲っている氷鸞を、私が見つけて引き取ったんだ」

 

「引き取った?どういう意味だ?」

 

「詳しい事は、また後日教える。

 

ほら、早く外出るよ。私も祭壇上がらなきゃいけないんだから」

 

 

先に行く麗華の後に、郷子達は続き玄関を出た。

 

 

 

 

外へ出ると、境内には提灯が着けられ、社前から騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 

「いや~、今月も疲れましたなぁ」

 

「本当だ。

 

こないだ、オラは入るなっていう場所に、人が入ってきたから、脅かして追っ払ってやったわい!」

 

「そんなこと言うなら、ワイもや。

 

ワイの領域に、ごみを捨てるなって言うのに、捨てる人間がいてなぁ、頭来たんで脅かしてやったわ!」

 

 

そんな声が聞こえてきて、気になった郷子達は社の裏から覗くように見ると、そこには無数の妖怪達が敷かれた敷物の上に座り、酒を飲みながら互いに愚痴を言いまくっていた。

 

 

「な、何よ?!これ?!」

 

「妖怪だらけじゃねぇか!!」

 

「どの妖怪も、とてつもない妖気だ!」

 

「各地の守り神たちだ。

 

強い奴もいれば弱い奴もいる。

 

 

そんじゃ鵺野、後は任せるよ?私はもう祭壇へ上がる」



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踊り巫女と神主

ぬ~べ~の肩を叩き、麗華はじゃあと言うかのように手を上げながら、どこかへ行ってしまった。

 

 

「?

 

おい。

 

 

何だか、人間の臭いがしないか?」

 

 

麗華が居なくなると、酒を飲んでいた妖怪の一匹が、酒の入ったお猪口を持ちながら、鼻を動かした。その妖怪に続き、他の妖怪達も鼻を動かし、周りを嗅いだ。

 

 

「おい!見ろ!

 

あんな所に、人間がいるぞ!」

 

 

妖怪の一匹が、郷子達を指差してそう叫んだ。その声に周りにいた妖怪たちは一斉に、ぬ~べ~達の方へ顔を向け、彼等が逃げる隙も与えず、即座に周りを囲った。

 

 

「何だ?今夜のメインディッシュか?」

 

「美味そうな人間が、四人かぁ」

 

「刺身にすれば、酒のいいつまみになるぞ?」

 

「俺の生徒に手を出すな!!

 

南無大慈大悲救苦救難広大霊感……

 

我が左手に封じられし鬼よ」

「遅い!!」

 

「わぁあ!!」

 

 

左手に嵌めていた手袋を外そうとした途端、妖怪の一匹が刀を抜き彼の左手を刺した。

 

ぬ~べ~は刺された左手を押さえながら、その場に蹲った。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「卑怯よ!刀を使うなんて!!」

 

「卑怯だぁ?

 

だったら、お前等人間もだ」

 

「そうだ。

 

人の住んでる場所を、無理矢理盗って邪魔だからどこかへ行けだぁ?ふざけるな!!」

 

「誰のおかげで、その土地がずっと綺麗だったか分かってるのか?!」

 

「作物が育ち、水が枯れなかったのは誰のおかげだ?!」

 

「俺達が出て行った後、水は枯れ作物が育たなくなったと思えば、今度は自然の壊して、汚い空気にしやがって!!」

 

「そ、それは…」

 

「お前等何て、俺達の餌にしてやるよ」

 

「嫌ぁああ!!」

 

 

「待て!」

 

 

聞き覚えのある声が、どこからか聞こえたかと思えば、郷子達の前に大狼が降り立ち、周りの妖怪達を尻尾を振り回し追い払った。

 

 

「ほ、焔!!」

 

「これは、私達の餌だ。お前達に与える人の子はいない」

 

 

後からやってきた目の青い大狼がそう言いながら、妖怪達を睨み付けた。

 

 

「渚さん!!」

 

「ゲッ!!

 

こいつ等、白狼一族のもんじゃねぇか!!」

 

「マジかよ。この人間、お前等の餌なのかよ?!」

 

「そうだ。巫女と神主が、俺達のために特別に用意してくれた餌だ」

 

「主の用意してくれた餌を、横取りするって言うなら、相手になるわよ?」

 

 

鋭い目付きを、妖怪達に向ける二匹……

 

 

その鋭い目付きに怯んでか、妖怪達は尻尾を巻いて、自分達の席へ戻っていった。

 

 

「フゥ~……一時はどうなるかと思ったぜ…」

 

「ありがとう。焔、渚さん」

 

「お蔭で助かったわ」

 

「何で、姉者だけ“さん”呼びなんだ?」

 

「焔のお姉さんだから」

 

「何だよ、それ……」

 

「けどよ、俺達が焔達の餌なんて……本当なのか?」

 

「んなわけねぇだろ?

 

麗と龍に頼まれてやったことだ」

 

「ああでも言わないと、アイツらは引かないからね」

 

「あぁ、そう…」

 

「それより、そこで蹲ってる先公借りるよ。

 

傷の手当てするから」

 

 

そう言いながら、渚は人の姿となりぬ~べ~の襟を掴み引きずり、家の中へと入った。

 

 

(雑な扱いだなぁ……)

 

 

“ドン”

 

 

「?

 

始まるな」

 

「始まるって」

 

「お祭りが?」

 

 

太鼓の音が聞こえ、その音に反応した焔は郷子達を隠しながら、祭壇が見える位置へ移動した。

 

 

祭壇前は、先程まで騒いでいた妖怪達が静まり返り、それと同時に祭壇の中心には長細い棒が一本建てられており、祭壇の前には太鼓の撥を持った龍二が立っていた。

 

 

「今宵も、我が神社『山桜神社』へ来ていただき、ありがとうございます!」

 

「神主!型っ苦しい挨拶良いから、早く巫女出せ!巫女!」

 

「という意見が出たので、これから我が神社の名物、神楽舞をご披露させて貰います。今宵はこの細い棒の上で、巫女が華麗に舞いを見せます!では、どうぞご覧ください!」

 

 

挨拶が終わり龍二が祭壇からいなくなったと同時に、琴や三味線、笛と太鼓の音が鳴り響いてきた。

 

その音と共に、下駄を鳴らしながら走ってくる麗華の姿が現れ、祭壇に上がるとそこから華麗に飛び上がり、細い棒の最短へ着地し、頭から被っていた羽織を脱ぎ捨て、手に持っていた扇子を広げ、片足を交互に変えなら、棒の上で麗華は華麗に舞った。

 

 

「おぉ!!」

 

「良いぞ!!桜巫女!!」

 

「よっ!!日本一だ!巫女!!」

 

 

その麗華の華麗な舞に、圧倒され声も出なかった郷子達は、彼女に見惚れながら声を出した。

 

 

「す、凄ぉ……」

 

「まるで、風に舞う花弁みたい……」

 

「これが、この神社の名物だ」

 

「納得するわぁ。

 

こんな舞、どこの神社へ行っても見れないもの」

 

「この祭りって、麗華の舞のための祭りなの?」

 

「違う。

 

この祭りは月に一度、午後十時から十二時または一時まで行われる妖怪達のための、祭りだ」

 

「妖怪達の?」

 

「各地にいる、土地の守り神達が集まって、日頃のストレスを発するための祭りだ。

 

麗の舞は、そんな妖怪達のための出し物の様なものだ。低級の守り神もいれば、高貴でしかも長年ある地を守り抜いている、霊力の高い妖怪もいる」

 

「へぇ~」

 

「そんな妖怪達が唯一、心を休める場所がこの山桜神社であり、この祭りなんだ」

 

「そうなんだぁ……」

 

 

“タン”

 

 

下駄が祭壇の板に降り立つ音が聞こえると同時に楽器の音が止み、広げた扇子を顔を覆うように持つ麗華の姿がそこにあった。隙間から見える彼女の怪しげでだが美的な目付きで微笑む顔が、妖怪達に向けられた。

 

その目付きを見た妖怪達は、一斉に歓声を上げた。

 

 

「良いぞう!!桜巫女!!」

 

「華麗な舞、お見事だ!!」

 

「さぁ、舞も終わったとこで、今宵もこの神社へ来られたこと、そして皆さんのご苦労と日々の疲れを取れるようお祈りを込めて、乾杯!!」

 

「乾杯!!」

 

 

麗華の手に握られていた扇子を閉じ、声を上げて閉じた扇子を上に掲げた。扇子に釣られて妖怪達は自分の持っているお猪口を上に掲げて、一斉に声を上げた。

 

 

 

 

酒を飲み合う妖怪達……

 

 

その中を、踊り巫女の格好のまま麗華は酒の入った瓶をお盆で運びながら、妖怪達の中を行ったり来たりしていた。

 

 

そんな忙しそうにしていた麗華は、酒の瓶を運び終えると、焔の傍にいる郷子達の所へ行き、焔の前足付近で腰を下ろした。

 

 

「大丈夫?麗華」

 

「何とか。毎月こうだから……」

 

「そうだ!

 

麗華、さっきの舞よかったぜ!!」

 

「うん!まるで、風に舞う花弁みたいだったよ!!」

 

「そりゃどうも。

 

 

あれ?鵺野は?」

 

「あぁ、ぬ~べ~。

 

さっき、渚さんが家の中に連れて行って、それっきり……あれ?そう言えば、まだ戻って来てないわね?」

 

「渚が?」

 

 

「うわぁああ!!

 

 

この、変態エロおやじ!!何しやがる!!」

 

 

家の中から突然その叫び声が聞こえたかと思うと、中から人の姿となった渚が飛び出てきて、狼の姿となっている焔の後ろへ隠れた。

渚に遅れて、右手に包帯を巻いたぬ~べ~が出てくるなり渚に駆け寄った。

 

 

「あれは事故だ!!信じてくれ!!」

 

「何が事故よ?!人の体触りやがって!!」

 

「何?!

 

 

貴様、姉者の体に触れただと?!」

 

 

渚が放った言葉に疑問を感じた焔は、狼から人の姿に戻り渚を隠すように前に出た。

 

 

「テメェ、人の女より妖怪の女が趣味なのかぁ?!」

 

「違う!!」

 

「焔、私が許可を取る!!この男を丸焦げにしろ!!」

 

「承知!!火術……火炎」

「止めんか!!」

 

 

手に火を溜めていた焔の頭を、麗華は立ち上がり拳で殴った。焔は頭にタンコブを作り、そのまま俯せで倒れてしまった。

 

 

「こんな所で、喧嘩沙汰起してどうする!

 

渚、このエロ教師に何されたんだ?」

 

「この男、せっかく手当してやったのに、突然手当した左手で、私の胸を掴んできたんだ!!」

 

「このくそ野郎!!」

 

「見損なったぞ!ぬ~べ~!」

 

「男として、しかも教師として最低よ!!」

 

「違う!!誤解だ!!

 

目が覚めて、立ち上がろうとした時にだな」

「言い訳は結構!!」

 

 

怒りに満ちた顔で、麗華は腕を組み膝をついて謝るぬ~べ~を睨み付けて顔を近付けさせた。

 

 

「この罪、たっぷりとお詫びして貰うよ?」

 

「え?そ、それは…だから…」

 

「渚、私が許可する。

 

こいつを懲らしめていい」

 

「そう来ないと!!

 

さぁ、しばらく私と遊んでもらいましょうか?変態エロ教師さん?」

 

 

狼の姿となった渚は、ぬ~べ~に向かって熱湯を噴き掛け、さらに爪で顔を引っ掻いた。

傷を覆ったぬ~べ~は、その場に倒れ顔から熱湯をかけられたせいか、湯気が上がっていた。渚は狼から人の姿へと変わり、腕を組んでぬ~べ~を見下ろした。

 

 

「ふん!!思い知ったか」

 

「姉者、あれはやり過ぎだ。

 

せめて、熱湯をかけるだけでも…」

 

「アンタは、どっちの味方なの?」

 

「もちろん姉者だ」

 

「なら、私がすることに、口出ししないの」

 

「承知」

 

 

そんな二人の会話を聞いていた麗華はため息をつき、そんな彼女達を見た郷子達は顔を合わせて、苦笑いを浮かべた。



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桜の守り神と踊り巫女

酒を飲み、山桜神社の祭りを楽しむ妖怪たち……


時間が過ぎていく中、酔いが回ってきた妖怪達は次々と、倒れ眠りこけていった。


「ふぁ~……眠くなってきたぜ、俺…」

 

 

広は大あくびをし、目を擦りながら言った。広に釣られて、美樹と郷子もあくびを放った。郷子は眠い目を擦りながら、隣に座っていたぬ~べ~に声をかけた。

 

 

「ぬ~べ~、今何時?」

 

「今か?

 

ちょうど十二時だ」

 

「もう、そんな時間なの?!」

 

「全然、気付かなかった……」

 

「そんな時間になっても、あそこで動いてる麗華が凄いわ」

 

 

そう言いながら、郷子は麗華が居る方へ顔を向けた。

 

 

麗華は、眠ってしまった妖怪達の傍らに転がっている空っぽになった瓶を、お盆に乗せながら片付けていた。

 

 

「眠くないのかしら?麗華」

 

「さぁ……」

 

「それにしても、他の妖怪達は眠ってるのに、今起きてる妖怪達って相当酒に強いんだな」

 

「いや、強いんじゃない」

 

「え?」

 

「今起きている奴等は、名のある場所や川の守護神だ。今眠っている妖怪達と比べて、妖気が遥かに上だ」

 

「へぇ……」

 

 

「おい、桜巫女」

 

 

突然、前の方から麗華を呼ぶ声が聞こえた。ぬ~べ~達は、声がした方へ顔を向けた。そこには右目を髪で隠した男が座っており、その傍へ麗華は瓶が乗ったお盆を置き、その男の元へと駆け寄った。

 

 

「何かご用ですか?」

 

「低級共が眠りについた。

 

一つ、静かな舞を頼む」

 

「分かりました。

 

丙、雛菊、琴と笛の準備頼む」

 

「承知」

「分かった」

 

 

傍で片付けをしていた二人にお願いすると、麗華は祭壇へと登った。同時に丙達も自分の位置へと着き、楽器を鳴らし始めた。

 

 

神楽笛の静かな音と共に、琴の音が響き渡った。音が鳴り響くと、麗華は下駄を鳴らし手に持っていた鈴を鳴らしながら、一つ一つの動作がゆっくりとなった舞を披露した。

 

 

「麗華、大変ねぇ……」

 

 

舞を見ていた郷子がボソリと言った。その言葉を聞いた焔は、郷子に答えるかのように口を開いた。

 

 

「大変か……

 

確かに、他人から見ればそうかもしれねぇな」

 

「?」

 

「けど、麗は今まで一度も、この舞を……この祭りが辛いとは言ったことは無い」

 

「そう……」

 

「よっぽど、好きなんだなぁ……麗華は」

 

「私だったら、絶対音を上げるわ!」

 

「麗は、お前等と違って、鍛え方が違うんだ」

 

「何だよ、その言い方」

 

「クク……

 

!!」

 

 

突然、何かを察したのか焔は目を見開いて、立ち上がり神社の裏にある山を睨んだ。そんな様子を気にした郷子達は、焔に恐る恐る質問した。

 

 

「ど、どうし」

「この妖気、来るぞ!!」

 

 

ぬ~べ~はそう言いながら、後ろポケットに入れておいた白衣観音経を取り出し構えた。

 

 

 

 

「グルルゥ……」

 

 

唸り声に気付いた麗華は、舞う足を止め後ろを振り返った。

 

 

「……

 

青、白」

 

 

その名を発しながら、麗華は裏の森から出てきた二匹の猿猴を見上げた。二匹の猿猴は、彼女の前に座りまるで甘えるかのように擦り寄ってきた。

 

 

「やっぱりまだ、怒ってるのかな?」

 

「あの様子じゃ、もう怒ってないだろ?なぁ、ぬ~べ~」

 

「いや、まだ怒っている」

 

「え?だって、麗華にあんなに……」

 

「恐らく今は、麗華と他の妖怪達の姿しか、目に映っていないんだ。だが、妖力はかなり強い……」

 

「じゃあ……」

 

「まだ……」

 

「怒ってるってこと?……」

 

「そうなるな……」

 

 

擦り寄る猿猴たちを、麗華は頭を撫でながら二匹とじゃれ合っていた。そこへ、あの右目を髪で隠した男が祭壇へ登ってきた。登ってくる音に気付いた麗華は、猿猴達の頭に手を置きながら、男の方へ目を向けた。

 

 

「すみません。舞を途中で止めてしまい……」

「桜巫女の前では、猿猴は単なる人に飼われている犬と変わらないな……」

 

「犬って……」

 

「それで、この猿猴達は一体どういった用件で、森から来たのだ?

 

まさか、あの白狼一族の者に隠れている人の子にでもあるのか?」

 

 

狼姿となった焔がいる方へ、麗華は目をやった。焔は郷子達を自分の後ろへ隠し、いつでも攻撃できるよう態勢に入った。

 

 

「えぇ。この子達が住むこの森から、花を摘んでしまってね」

 

「花?」

 

「私が植えた花よ。百日紅の花」

 

「百日紅か……確かに、あの花は綺麗だ。

 

だが、この世で最もきれいな花は、桜巫女……

 

 

あなたが頭に着けているその簪の飾りの花だ……」

 

「桜…ですか?」

 

「そうだ。

 

俺がこの神社へ来るのは、桜の花を見るためだ。花が咲かぬ時期でも、あなたの舞が私の中に生える桜の花を、いつも満開にさせてくれるのです」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

「だが……

 

その楽しみにしている舞を、この二匹の猿猴が邪魔をし、潰してしまった」

 

「?」

 

「ここで、叩き切る!!」

 

 

突然、腰に備え付けていた鞘から刀を抜き出し、男は猿猴目掛けて振り下ろしてきた。麗華は、咄嗟に二匹を庇う様に前へ立った。その様子を見ていたぬ~べ~は、左手に嵌めていた手袋を外し、鬼の手を露わにしながら、麗華のもとへ駆けつけた。同時に焔も狼の姿から、人間の姿へとなり、麗華のもとへ飛んで行った

 

 

“キーン”

 

 

「!!」

 

 

二人が着く前に、急遽駆け付けた龍二が手に持っていた剣で、男の刀を振り払った。男が持っていた刀は、宙を舞い二人の足元へと落ち刺さった。

 

 

「あ、兄貴…」

 

「せっかくの、酒が不味くなるだろ?」

 

「神主……」

 

「ずっとそうだよな?

 

 

いつもいつも、この神社に生えている桜を見に、春夏秋冬朝晩問わずに訪問してきては、家の桜を眺めてたな?」

 

「……」

 

「そしてこの日、舞がある日は皆が寝静まるのを待ち、上級の妖怪達と静寂に満ちた舞を見る……

 

 

だったよな?桜の守り神・桜雅(オウガ)さん」

 

「……フッ

 

神主、俺はいつもアンタを見てきたが、昔から変わりませんね。

 

 

いつも明るく、陽気で、無邪気で、あなたがいると皆が笑顔になる。先代の神主と巫女も、あなたに釣られてよく笑っていましたな」

 

「お褒めの言葉、どうも」

 

 

「覚えてる……」

 

「?」

 

 

龍二の後ろにいた麗華が、突然口を開き龍二の横へ立った。

 

 

「小さい時、兄貴も母さんもいない午前中……

 

 

家を出て、境内で遊んでるといつもあの桜の前にいた……」

 

「あの桜?

 

麗華、どの桜だ?」

 

「境内の隅に生えてる桜……

 

そこへ行くといつも、見上げてた……悲しそうな目で、いつも……」

 

 

麗華の目に映る、過去……

 

境内で手毬遊びをしていた麗華は、手から離れて行った手毬を追いかけ、隅に生えている桜の木の所まで行った。そこには悲しそうな目で桜を見る桜雅の姿があった。手毬を追いかけていたまだ幼い麗華は、彼に近付き声をかけた。

 

 

 

『どうして、いつもその桜の木を見て、悲しい目をしてるの?』

 

『昔な、俺はある桜の下で、ある人と約束をしたのだ』

 

『約束?』

 

『その約束から、もう何百年も経つのかと思いながら、桜の木を見ているんだよ。』

 

『なんびゃくねん?約束した人とは会えたの?』

 

 

その言葉が響いたのか、桜雅の脳裏に自分が死んだ時の記憶が流れた。

 

死に際に目に映った桜の木と、その桜の下で待つ一人の女性……

 

 

『……もう、過去の話だ。

 

ゴメンな。

 

 

暗い話をしてしまったな、小さい桜巫女』

 

 

桜雅はまだ幼い麗華の頭を撫で、その場を立ち去って行った……



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猿猴の襲来

桜雅と麗華の、誰も知らなかった過去……

彼女の話を聞いた龍二は、驚きの顔を隠せず、ただそこに呆然と立っていた。


「グルルゥ……」

 

「見つけた。花を盗った人間!!」

 

 

麗華達に後ろで大人しくしていた二匹の猿猴は、郷子達の存在に気付き、牙を向け一目散に祭壇から飛び降り、彼女達に襲い掛かった。

 

 

「キャアアア!!」

「キャアアア!!」

「ウワァアアア!!」

 

「郷子!広!美樹!」

 

 

三人の名前を叫びながら、ぬ~べ~は三人の元へ駆け付けた。

 

 

「雷光!氷鸞!すぐに、青と白を止めて!!」

 

「丙!雛菊!お前等は麗華の友達を助けろ!」

 

 

騒ぎに気付き家から飛び出てきた二人に、麗華は指示を出した。同時に楽器が置かれている場所にいた二人に、龍二も麗華と同様指示を出した。

 

四人は指示に従い、雛菊と丙は逃げる郷子達を誘導させ、早期に作り上げた丙の結界の中へ入った。

 

 

「ガウウゥゥ!!」

 

 

結界を破ろうとする、二匹の猿猴……

 

その猿猴達に、攻撃をする氷鸞と雷光……

 

 

「何で!何で!オラ達の邪魔をする?!」

 

「我が主、麗様の命令だからだ!」

 

「麗はオラ達の母親だ!麗!何で、オラ達の地を荒らした人間を庇うんだ?!」

 

 

祭壇から飛び降りる麗華に、二匹の猿猴は目を向けた。彼女はどこか悲しそうな目を浮かべながら、二匹の猿猴を見つめた。

 

 

「何で…何で!!」

 

 

一匹の猿猴が、爪を立てて雷光と氷鸞の間をすり抜けて、麗華に襲い掛かった。

 

 

「麗様!!」

「麗殿!!」

「麗!!」

 

 

“ドーン”

 

 

何かが地面に当たる音と共に、麗華の周りに激しい土煙が舞い上がった。その突然の大音に驚き、寝ていた妖怪達は飛び起き辺りを見回した。

 

 

「な、何だ?!」

 

「喧嘩か?!」

 

「それとも、大地震か?!」

 

 

「大丈夫だ。何もない」

 

 

慌てる妖怪達に、人間の姿をした渚は、煙が立った香炉を手にしてやってきた。

 

 

「じゃあ、この上がっている煙は……」

 

「安心しろ、そなた達はまだ夢の中にいるのだ」

 

「夢の……中?」

 

「そう。

 

だから、もう一度おやすみなさい……」

 

 

香炉から出る煙を吸った妖怪たちは、また深い眠りにつき、次々とその場に倒れて行った。

 

 

「やれやれ」

 

「やることが速いですね?白狼の女性の方は……」

 

 

倒れる妖怪達の中で、静かに酒を飲む青髪をまとめた男性が、渚に語りかけた。

 

 

「さすが、沼の神の市島(イチシマ)。私特製の、眠りを誘うお香を嗅いでも、寝ないとは……」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます。

 

しかし、私だけは無いですよ?寝てないのは」

 

 

市島が言う通り、周りにはまだ寝ていない妖怪達がいた。

 

 

(次は、もっと強いお香作ろう……)

 

 

 

 

その一方、麗華達は……

 

 

攻撃してきた猿猴の爪を、麗華は手に持っていた扇子で振り払った。その衝動で、爪は地面に突き刺さり、猿猴は身動きが取れなくなってしまった。

 

 

「……母(カカ)?」

 

「青……

 

あの人間は、花を盗ってしまったことを深く反省して、今日謝りに来たんだ」

 

「けど、我等の地を荒らした者は、どんな理由であろうと殺す!それが猿猴達オラ達の掟だって、先代の巫女は……」

 

「確かに、母さんはそう言った。

 

だけど、それはこの森の事情を知っている人間の場合だ。あいつ等は、お前の地だとは知らずに入り、花を盗ったんだ」

 

「けど……」

 

「花なら、私がまた植えてあげるよ。だから今回は、見逃してくれ?なぁ」

 

「……

 

 

白、帰るぞ」

 

 

麗華の言葉を承知したのか、青は氷鸞と雷光の攻撃していた白を呼んだ。白は攻撃を止め青の傍へ行く途中に、麗華に甘えるように擦り寄った。

 

麗華は、擦り寄ってきた白の頭を撫でた。そんな白の姿を見ていた青は、郷子達に目を向けた。

 

 

「今回は許す。

 

だがもし、またオラ達の地を荒らしたら、次こそは八つ裂きにしてやるから、覚悟しとけ」

 

「は、はいぃ……」

「は、はいぃ……」

「は、はいぃ……」

 

「白、行くぞ」

 

 

青の呼び声に、白は麗華から離れ青の後を追い、二匹は共に森へと帰って行った。

 

 

「ゆ、許されたのか?」

 

 

恐る恐るぬ~べ~は、麗華に近寄り話しかけた。

 

 

「一応、許し得た。

 

もう大丈夫だ」

 

「じゃあ……」

 

「もう、襲われることは無い」

 

「はぁ……」

 

「やっと、安心したわぁ」

 

 

安心した三人は、力なくその場に腰を下ろし座り込んだ。そんな様子を見た龍二と麗華は、やれやれと手を上げて浅く息をついた。

 

 

 

 

それからしばらくして、渚は妖怪達を眠りから覚まさせるお香を炊いた。妖怪達は次々に目を覚まし、大きい口を開きながらあくびを出し起き上ってきた。

 

 

「時間となりましたので、今宵の祭りは終了とします。

 

 

また次週、皆様のお越しをお待ちしております」

 

 

龍二の挨拶を機に、妖怪達は皆空へと飛び、各地自分の持ち場へと帰って行った。

 

 

低級の妖怪達が去った後、上級の妖怪達は神社の鳥居を潜り帰って行った。

 

 

「桜巫女、また桜を見にやってくる。その時はお前はあの時の様にいるのか?」

 

「生憎、私は今はいない。

 

けど、アンタがいてほしいって言うなら、連絡をくれ。その時はいる」

 

「そうか……では、また来月」

 

 

桜雅は、頭に被っていた笠のつばを持ち、鳥居を抜け霧の中へと消えて行った。

 

 

そんな様子を見ていたぬ~べ~は、麗華に近付き話しかけた。

 

 

「あの桜雅という妖怪は何者なんだ?桜の守り神と聞いたが……」

 

「もとは人間だ。

 

桜を愛し過ぎたために、桜の守り神となり、妖怪になった」

 

「そうだったのか」

 

「まっ、この話もだけど、もう一つ訳はあると思うよ。

 

ただ、言いたくないだけで……」

 

「……」

 

 

「麗華!片付け始めるから、手伝え!」

 

 

龍二の呼ぶ声に、麗華は大きく返事をしながら境内の方へ駆けて行った。

 

 

 

 

片付けは、ぬ~べ~と郷子達の手伝いがあったおかげで、いつもより早く終わった。

 

 

眠さからぬ~べ~と郷子達は大きくあくびをし、その様子を見た麗華は、既に布団が敷かれた客間へ案内した。案内されたぬ~べ~と郷子達は、そのまま布団へダイブし深い眠りに入ってしまった。

そんな郷子達に、麗華は鼻で笑い客間の電気を消し、襖を閉め自分の部屋へと行った。




月が輝く夜空を龍二は縁側から眺め、お茶を飲んでいた。すると、廊下を歩く音が聞こえてきて、後ろを振り向くと、そこには寝間着姿になった麗華が居た。


「今日は、ご苦労だったな」

「何か、いつもの何倍も疲れた」

「そうだろうな。猿猴の襲来に桜守の攻撃……

散々だったな……?」


話をしていると、麗華は眠い目を擦りながら、その場に座り込んでしまった。


「麗華?」

「ゴメン…何か、一気に睡魔が襲ってきて……」

「疲れたんだろ?こっち来い」


手招きをされた麗華は、龍二の傍へ行った。龍二は麗華の手を握り、その場に座らせゆっくりと頭を自分の太腿へ寝かせた。麗華は龍二の温もりと安心感から、重い瞼を閉じ、そのまま眠りについてしまった。


そんな様子を見た焔と渚は、狼化し龍二と眠る麗華を囲い静かな夜を過ごした。


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霊獣・霊霧魚の誕生

ある夜……


境内を箒で掃く麗華……


“ゴロゴロ”


「?」


突然、空に広がる薄黒い雲が、雷を鳴らした。麗華は動かしていた手を止め、空を見上げた。


(……嫌な予感。

何もなければ、良いけど……)


翌朝―――――

 

 

「おい克也、どうしたんだ?その卵」

 

 

登校中の道、克也が手に抱えていた卵を見た広は、卵を指を指しながら質問した。

 

 

「へへ。昨日森の中にあった壊れた祠の所に落ちてたんだぜ」

 

「フゥ~ン」

 

「それにしても、この卵大きいわねぇ」

 

「妖怪の卵だったりして」

 

「ハハハ!そりゃあねぇだろ?」

 

「とにかく、ぬ~べ~に見せたらどう?克也?」

 

「駄目だ!!

 

せっかく見つけたのに、ぬ~べ~に見せてもし、取り上げられたら損するじゃんか?!」

 

 

「何が損するって?」

 

 

突然克也の後ろから声がし、驚いた克也は慌てて卵を後ろへ隠ながら振り返った。

 

そこにいたのは、眠い目を擦る麗華だった。

 

 

「何だ……麗華か…」

 

「何だとは何だ?」

 

「どうしたの?眠そうな顔して」

 

「また夜更かしでもしたのか?」

 

「違う。

 

昨日の夜、森の中にあった祠が壊れたって妖怪達が騒いでて……気になって今朝見に行ったら、そこに封印されてたはずの卵が、無くなってたんだ」

 

「え?」

 

「卵……」

 

 

卵という言葉を聞いた郷子達は、克也の後ろに隠してあるものに目を向けた。克也もみんなに釣られて、後ろに隠している卵に目をやった。

 

 

「まっ、別にいいんだけど。

 

私も、その卵が何の卵かは知らないし」

 

「そ、そう」

 

「お!ぬ~べ~だ!」

 

 

腰を曲げ、眠そうな目をして大あくびをするぬ~べ~が、別の道から現れた。

 

 

「おっはよぉ!!先生!!」

 

「ふぁああぁ~……皆おはよう…」

 

 

あくびをしながら、ぬ~べ~は広の挨拶に答えながら、先へ歩いて行った。

 

 

「良いか?絶対このことは秘密だぞ」

 

 

通り過ぎたのを見た克也は、麗華とぬ~べ~に聞こえぬように郷子達に言った。

 

 

 

 

 

教室……

 

 

「というわけで、中大兄皇子と中臣鎌足は……」

 

 

社会科の授業をするぬ~べ~……

 

 

席で、違うことをしていた麗華は、教室内に漂う妖気と獣の臭いに、顔を顰めていた。

 

 

(この妖気、まさか後ろにいる男から?)

 

 

後ろで教科書を読みながら、生徒と共に授業を受ける金髪の髪を耳下で結った玉藻を麗華は睨んだ。

 

麗華とは別に、ぬ~べ~は玉藻がそこにいるのが気にくわぬ顔をしながら、授業をしており黒板に書かれる字が殴り書きへとなっていた。

 

 

「794年、大化の改新で蘇我蝦夷と入鹿の兄弟を」

「鵺野先生」

 

 

説明している最中、突然玉藻は教科書を持ちながら立ち上がりぬ~べ~を呼んだ。

 

 

「はいはい、何ですか?玉藻先生!」

 

「大化の改新は645年です。794年は平安京。

 

さらに」

「さらに、蝦夷と入鹿は兄弟じゃなく、父子だ。鵺野」

 

 

玉藻の後に続くかのように、麗華は教科書を見ながら言った。ぬ~べ~は顔を赤くして下を向いてしまい、その様子を見た生徒達は大ウケをした。

 

 

「やーい!間違えてやんの」

 

「先生のくせに、生徒と教生に教えられてちゃ世話ないね!」

 

「アイツ、妖怪のくせに何でも知ってんだなぁ」

 

「人間社会に、災い起すための勉強でもしてるのよ」

 

「努力家なのか―。偉いなー」

 

「アンタの髑髏狙ってんのよ!あいつは!」

 

 

郷子と広が話している声を聞いた麗華は、疑いの目を玉藻に向けた。

 

 

(アイツが妖怪?

 

けど何で、人間なんかと居るんだ?)

 

 

 

 

放課後……

 

 

「えー、申し訳ないが……

 

今日は俺達のクラスが、草刈の当番だったということを忘れてて……

 

 

すまんが、放課後残ってくれ」

 

 

突然その事を言われた生徒たちは、嫌な声を上げながら、ぬ~べ~を責めた

 

 

「しっかりしてよ!」

 

「ドジ!」

 

「ハハハ!困った担任だね。僕も手伝うよ」

 

 

笑いながら、生徒達の輪に入った玉藻……

 

そんな玉藻を見た生徒達は皆、玉藻を囲い一緒に校庭へ出て行った。

 

 

「たぁまぁもぅ!!」

 

「押さえて!押さえて!」

 

 

今にも殴りかかろうとしたぬ~べ~を、慌てて郷子と広が止めた。

 

 

その頃克也は、校舎の裏に着けられていた非常階段に座り、今朝持ってきた卵を見ていた。

 

 

「どうしようかなぁ……

 

やっぱり、ぬ~べ~見せるか……うわっ!!」

 

 

あまり気が進まなかった克也は、意を決意して卵を見せようと立ち上がり、階段を降りようとした途端、足を滑らせ卵を地面へ落してしまった。

 

卵は落ちた拍子に皹が入り、突然光りだし割れてしまった。

 

 

その割れる音に気付いたぬ~べ~は、音がした方へ駆けると、裏の校舎から血相を書いて掛けてきた克也が出てきた。

 

 

「先生!!」

 

「克也、何があったんだ?!」

 

「卵が、卵が!!」

 

「卵?」

 

 

すると、校舎裏から、歪な色をした煙が舞い上がってきた。

 

 

「煙だ!」

 

「何?!火事でも起きたの?!」

 

「違う……」

 

 

郷子と広の後ろにいた麗華が、二人の横へ立ちそう言った。それに気付いた広は、麗華に顔を向け話しかけた。

 

 

「違うって、何が」

 

「あれは煙じゃない。

 

霊霧だ!!」

 

「霊霧?」

 

「何なの?それ」

 

「霊気の霧だ……!!

 

鵺野、何か来る!!」

 

 

前にいるぬ~べ~に叫んぶ麗華……

 

すると、霧が薄くなり中から、魚のような容姿をした三つ目の妖怪が姿を現した。

 

 

「な、何あれ?!」

 

「麗!!ここは危険だ!!」

 

 

霧の中へと入ってきた焔は、只ならぬ霊気に危険を察知しすぐに麗華の傍へと駆け寄った。

 

そんな麗華と焔を見た玉藻は、疑いの目を向けた。

 

 

(何だ?あの妖怪……私と同じ人の姿をしているが……まさか、私と同じ種族か?)

 

 

「玉藻、あの妖怪何なのか、知っているか?」

 

 

麗華に目を向けていた玉藻に、ぬ~べ~は目の前にいる妖怪について質問した。

 

 

「あれは、霊霧魚です

 

まさか、こんなところでお目にかかるとは」

 

「霊霧魚?」

 

「霊気の霧の中を泳ぐ怪魚ですよ。

 

頭は悪いが霊気は、ズバ抜けている奴だ。霧を辺り一面にまき散らし、その中に入った者を尽く……」

 

 

説明していると、霊霧魚は突然霧の中を泳ぎだし、逃げ惑う生徒たちに何かを腹から噴き出してきた。

 

背中にかかった者を生徒を見ると、背中に着いた水の様なものにゴルフボールぐらいの大きさをした卵が何十個と浮き出てきた。

 

 

「卵を産み付けた!!」

 

「その通り。

 

奴は最初は人を食わず、まずは自分の仲間を増やすための餌にするのさ。

 

 

あの卵が孵化した瞬間、何百という稚魚が肉を食い破る。今残っている生徒など、二時間もあれば食い尽くしてしまうでしょうね?」

 

「何だと?!くそっ!

 

 

南無大慈大悲救苦救難!鬼の手よ!今こそその力を示せ!」

 

 

右手に嵌めていた手袋を取り、ぬ~べ~は鬼の手を露わにし霊霧魚に攻撃した。

 

 

だが、霊霧魚の身体に出来た傷は、すぐに再生してしまった。

 

 

「再生するの?!あいつ」

 

「この霧の中にいる限り、霊霧魚は無敵です」

 

「ベラベラ喋ってる暇があるなら、アンタは策でも考えなさい!!

 

雷光!!」

 

 

腰に着けていたポーチから紙を取り出し、麗華はそれを投げた。投げた紙から煙が立ち中から雷光が姿を現した。

 

 

「こ、これは?!」

 

「相手は再生能力がある。再生出来なくなるくらい攻撃しろ」

 

「承知」

 

 

腰に着けていた鞘から、二つの剣を取り出し雷光は、霊霧魚目掛けて攻撃をした。雷光と共に、ぬ~べ~も攻撃の手を休めることなく鬼の手で攻撃をした。

 

 

「その式神……」

 

 

二人が、攻撃をしているのを見ていた玉藻は、麗華が出した雷光を見ながら、麗華に話しかけた。近寄ってくる玉藻に警戒した焔は、狼の姿へとなり唸り声を上げながら、攻撃態勢へ入った。

 

 

「焔、止めな」

 

「これは、白狼一族の狼ですか?」

 

「アンタは、妖狐だね?

 

教室にいた時から、獣の臭いと霊気が漂っててアンタを疑ってたけど……どうなの?当たってる?」

 

「正解です。

 

私は、ある目的でこの人間の世界へ来たのですが、その目的を果たす前におもしろいことを見つけましてね」

 

「面白いこと?」

 

「人ですよ。

 

人は、見ていると面白い。それにあの鵺野先生の左手に封印されている鬼にも、興味がありましてね」

 

「……

 

それじゃあ、今起きていることが、アンタにとって好都合では?」

 

「全くその通りだ。

 

鵺野先生が、自分の生徒を助ける時、その霊力が無限に高めることができる。

 

 

私は、そんな鵺の先生の力の秘密を知りたいんです。たとえ、何人の犠牲者が出ようと」

 

 

話を聞いた麗華は怒りの目で、玉藻を睨んだ。麗華と共に聞いていた焔は怒りからか、今にも玉藻に飛び掛かろうと、牙をむき出しにしながら玉藻を睨んでいた。

 

 

「さて、あなたのご質問にお答えしましたので、こちらも質問させてもらいます。

 

あなたは、何者です?」

 

「……

 

陰陽師の血を引き山桜神社の巫女を務める者……名は、神崎麗華だ」

 

「陰陽師でしたか。道理で式神が使えるわけか。

 

それに山桜神社……確かあの猿猴が住むといわれている……」

 

「その通り」

 

 

「麗華!!避けろ!!」

 

 

ぬ~べ~の声にハッとした麗華は見上げるとそこに霊霧魚がいた。霊霧魚は麗華目掛けて、腹から卵が入った水を噴き放った。

 

 

「麗!!」

 

 

その攻撃に、焔は人の姿となり麗華を突き飛ばした。突き飛ばされた麗華は玉藻に受け止められ、受け止められた玉藻から離れた麗華は、すぐに焔の方に顔を向けた。

 

 

霊霧魚が去ると、そこの霧が少し薄くなりそこには卵を産み付けられ倒れる焔の姿があった。

 

 

「焔!!」

 

 

麗華は急いで、焔に駆け寄った。その時、霊霧魚は麗華に気付いたのか襲い掛かってきた。

 

 

「止めろ!!これ以上生徒に手を出すな!!」

 

 

麗華の前に立ち、襲い掛かってくる霊霧魚に鬼の手で攻撃した。霊霧魚は鬼の手により真っ二つになったが、霧のせいでまた再生し始めていた。

 

 

「キリが無い。一旦、学校の中へ行くぞ!!」

 

 

ぬ~べ~の言葉に、外で逃げ惑っていた生徒達を学校の中へと誘導し逃げ込んだ。



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鬼と妖狐と陰陽師

克也の持っていた卵から孵化した霊霧魚……

霊霧魚を退治しようとするぬ~べ~だが、霊気の霧の中では、全く歯が立たなかった。


攻撃しても切りがないことに気付いたぬ~べ~は、生徒達を連れて学校の中へと逃げ込んだ。


学校の中へ入ったぬ~べ~は、五年三組の教室へ入り鍵をかけた。

 

 

「広、卵を産み付けられたのは何人だ?」

 

「九人だ。

 

晶と克也とまこととそれから」

「焔、しっかりしろ!!」

 

 

麗華の心配する叫び声に、ぬ~べ~は顔を向け麗華の所へ寄った。そこには背中に卵を産み付けられ、苦しむ焔に呼び掛ける麗華と麗華の隣に立って焔を心配する雷光がいた。

 

 

「生徒だけでなく、焔にまで……」

 

「私が、あの時もっと早く気づいて、避けていればこんなことには」

 

「麗殿せいではない。某が不甲斐ないばかりに……」

 

「雷光、アンタのせいじゃない……

 

 

くっ!」

 

 

何か思いついたのか、麗華は来ていた上着を脱ぎそれを足首に巻き、巻かれた部分を焔の口に銜えさせた。

 

意識が朦朧としていた焔は、目を開け力ない声で麗華の名を呼んだ。

 

 

「れ、麗?」

 

「焔、しばらく体全体に激痛が走る。その間お前は私の脚を噛め。いいな?」

 

「……」

 

「何をする気だ?麗華」

 

 

麗華の行動を理解できないぬ~べ~は、彼女に質問した。麗華は立ち上がりポーチから一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で彼女は持っている紙に触れた。

 

紙は麗華の血に反応し、煙を出しその中から薙刀が出てきて、麗華はそれを手に掴んだ。

 

 

「その薙刀……」

 

「名は岩融(イワトオシ)。武蔵坊弁慶が生前使われていたとされる薙刀だ」

 

「それでお前はどうする気だ?」

 

「鵺野、怪我をしなくなければ、私達から離れていろ」

 

「?」

 

「雷光、行くよ!!」

 

「承知」

 

「四縦五黄禹為除道蚩尤避兵令吾周遍天下……」

 

 

その呪文に反応したのか、焔の身体が光り出しそこから半透明になったもう一体の身体が浮き出てきた。だがその身体には、無数についた霊霧魚の卵があった。

 

 

「うぅぅ!!!」

 

 

苦しむ声を上げて、麗華の足首を強く噛む焔……

 

 

「そんなことをして、何をする気だ!!」

 

「鵺野は黙ってろ!!

 

雷光、焔の幽体に雷を流せ!」

 

「承知!

 

雷術、千鳥流し!」

 

 

麗華の命に承知した雷光は、手から雷を出しそれを焔の幽体へ流した。痛みから、焔はさらに麗華の足首を噛み、今にも暴れそうに体を激しく動かした。

 

 

「氷鸞!焔の体を押さえろ!」

 

 

慌てて麗華は、ポーチから紙を取り出し氷鸞を出した。氷鸞は麗華の命令通り、暴れる焔の体を抑えた。

そんなことをしている最中に、幽体に取り付いていた霊霧魚の卵が、次々に孵化した。

 

 

「霊霧魚の卵が!!」

 

「これが狙いだ!!」

 

 

その言葉を放つと、麗華は足に力を入れ、薙刀を横へ振った。薙刀は勢いよく卵をすべて真っ二つに斬り落とした。斬り落とされたと同時に、麗華はその場に力なく腰を下ろし、息を切らした。

 

すると、焔の本体の背中から卵が消え、幽体となっ焔の身体はもとの体へと戻っていき、痛みが消えた焔は体から力を抜き、すっと目を開け口に加えていた足首を離し、目を向けた。

 

 

「れ、麗?」

 

「焔、よく頑張ったよ」

 

 

息を切らしながら、麗華は焔の頭を撫でてやった。焔はそんな彼女に力無い笑みを溢した。

 

 

「全く、無茶をするな。お前は……」

 

 

麗華の行動を見たぬ~べ~は、麗華に近寄った。彼女は持っていた薙刀を着きながら、立ち上がり彼を見た。

 

 

「生徒を命賭けで守るアンタと同じことをしただけ。

 

 

言っとくけど、生徒にさっきと同じことをやるのは無理だ。

 

焔を見た通り、死ぬぐらいの激痛と体力を使う。とてもじゃないが、皆にやれば死者が出る可能性がある」

 

「……」

 

 

「今の技が出来ないとなれば、これからが大変ですよ?鵺の先生」

 

 

二人の話を聞いていた玉藻は、壁に寄りかかりながらそう言った。麗華は足首に巻いていた血の付いた上着を持ち、それを肩に羽織った。

 

 

「何が大変なんだ?」

 

「霊霧魚の卵は、日没とともに孵る。

 

もし、日没までに霊霧魚を倒さなければ……」

 

「卵を産み付けられた奴らは、全員食い殺される……」

 

「日没までって……あ、あと三十分しかないわよ…」

 

 

郷子の言葉に、ぬ~べ~は動揺の顔を隠せないでいた。

 

 

「麗華、さっきの技を皆に…」

 

「無理だ。危険すぎる。

 

ヘタしたら、八人の中から死者が出る」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 

郷子の問いに、麗華は悔しい顔を浮かべながら答えた。郷子は残念そうな顔を浮かべた。

 

 

 

「一つだけ、方法はある。」

 

 

考え込んでいたぬ~べ~が、顔を上げて生徒達に言った。

 

 

「何だよ?その方法って」

 

「説明は後で話す。

 

悪いが、誰か体育館から網を持ってきてくれ」

 

「網?」

 

「そうだ。何でもいいから、網になっている物をありったけ持ってきてくれ。作戦の説明はその後だ。

 

それから、誰か一人保健室から救急箱を取ってきて、麗華の怪我の治療を頼む」

 

「分かった」

 

「体育館に行く奴らは、念のため雷光を連れて行け。

 

雷光、ついて行け」

 

「承知」

 

「じゃあみんな、頼んだぞ」

 

「任せとけって!」

 

 

広が返事をすると、それを合図に数名の生徒が教室を出て行った。

 

 

 

 

「バレーボールのネット、サッカーのゴール、野球のバックネット……その他もろもろ。

 

 

言われた通り、ありったけの網を持ってきたぜ。先生」

 

「ご苦労」

 

「雷光、氷鸞。お勤めご苦労。もう戻っていいぞ」

 

「しかし……」

 

「心配するな。あとは自分で出来る」

 

「承知した」

「分かりました」

 

 

渋々、氷鸞と雷光は紙の姿へとなり、麗華の手元へと帰った。

 

 

「麗華、治療終わったよ」

 

「悪いな、稲葉」

 

「良いって、これぐらい」

 

 

「ククク……

 

そんな網で、いったいどうやってあの巨大な霊霧魚を?

 

奴の力を侮ってはいけませんよ?奴は」

「それ以上口出しするなら、その喉を切り裂くよ?」

 

 

喋っている玉藻の喉に、麗華は薙刀の先端を向けた。その行為に驚いた玉藻は、喋るのを止め黙り込んでしまった。

 

 

黙ったのを気に、ぬ~べ~は鬼の手を出し、網に鬼の霊気を流し込んだ。

 

 

「なるほど。

 

霊力を網に封じ込めるわけですか。

 

 

これなら、霊体を捕まえることもできる……考えましたね」

 

「黙れ化け狐」

 

「おやおや、化け狐呼びですか……

 

あなたは、礼儀というものを弁えたらどうです?女性なのですから」

 

「余計なお世話だ!」

 

 

「麗華、手伝ってくれ」

 

 

ぬ~べ~の声に気付いた麗華は薙刀を下ろし玉藻を睨みながら、ぬ~べ~の元へ駆け寄った。

 

 

「この網を繋ぎ合せて、大きな網を作るんだ。

 

 

そして、校庭の周りの木に張り巡らせて、底引き網の要領で奴を斬りの外に引き出す!」

 

「まさか、校庭で漁業をやる羽目になるなんて……」

 

「でも捕まえた後、どうするの?

 

アイツは、殺してもすぐに再生するんでしょ?」

 

「それは」

 

「霧の中から出せば、行けるんじゃないのか?

 

言ってたよな?あいつはこの霧の中を泳ぐ怪魚だって。

 

 

ていうことは、海の魚と同じように、霧の中から引き揚げられたら再生能力は失われるんじゃ」

「その通り。

 

霊霧魚はもともとは、深海魚が妖怪化したもの……

 

だから太陽の光に弱い。霧の外に出て太陽の光を当てれば、彼女が言った通り、再生能力は失われる」

 

「そっか、深海魚は暗闇の中でしか生きられないのから……」

 

「なぜ、そんなことを教えてくれる?!」

 

「私はあなたの力を知りたいんです。それに、そこにいる陰陽師の彼女の力も知りたい。

 

無限に霊力を高められるその能力の秘密を」

 

「生憎、化け狐に見せる力は、私は持っていない」

 

「俺もだ。

 

あるのは、死んでも子供たちを守らずにはいられない……自分でも抑えきれない気持ちだけだ」

 

「……」

 

「麗華、俺が網を仕掛けている間、こっちの指示は頼んだ」

 

「分かった」

 

 

麗華に頼むと、ぬ~べ~は網を持って窓の外を飛び下りて行った。

 

 

 

 

霧の掛かった校庭を走り抜けていくぬ~べ~……

 

中には、卵を産み疲れて寝ている霊霧魚の姿があった。

 

 

(占めた!今の内だ)

 

 

ぬ~べ~は急いで、木に登り網を幹に結んで行った。

 

最後の網を結んだぬ~べ~は、木の天辺へ登り手を挙げて合図を出した。

 

 

「合図が出た!

 

皆、引っ張って!!」

 

「せーの!!」

 

 

合図を見た麗華の掛け声と共に、広達は一斉に網を引っ張った。網に乗っていた霊霧魚は霧の外へ引き上げられ、叫び声を上げた。

 

 

「釣れたー!!」

 

「見ろ!!

 

日光に当たった途端、アイツの身体から煙が!」

 

「日没まで、あと十分はあるぞ。大成功だ!」

 

「ヤッホー!!ぬ~べ~ばんざー」

「気を抜くな!!こっちに来る!!」

 

 

暴れていた霊霧魚は、広たちがいる教室めがけて突進してきた。麗華はすぐに広達を自分の後ろへ隠し、手に持っていた薙刀を霊霧魚目掛けて振り下ろした。

 

 

「くたばれ!!」

 

「ギャアアアア!!」

 

 

すさまじい声を上げた霊霧魚は、攻撃してきた麗華を睨みさらに突進してきた。




「水術!渦潮の舞!」


その声と共に、何者かが麗華を連れてその場を離れた。彼女が居た場所からは、渦の巻いた水が霊霧魚に当たり、霊霧魚はそれに驚き再び霧の中へ入ってしまった。


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怪魚死滅

霊霧魚を霧の中から引き揚げたぬ~べ~達……


だが釣れた途端、霊霧魚は暴れ出し広達がいる教室へ突進してきた。

彼等を守ろうと、霊霧魚に攻撃した麗華だったが攻撃は通用したものの、霊霧魚は怯まず彼女目掛けて突進してきた。


そんな麗華を何者かがその場から連れ、同時にどこからか渦の巻いた水が吐き出され、霊霧魚は突然の攻撃に驚き、霧の中へと隠れて行った。



「全く、無茶をする主だぜ……」

 

 

麗華を抱えていたのは、傷が癒え動けるようになった焔だった。

 

 

「焔!!」

 

「麗様、ご無事ですか?!」

 

「氷鸞!!

 

てか、さっき戻したはずじゃ……」

 

「いてもたってもいられず……御無礼なことをしてしまい、申し訳ございません!」

 

「ったく……

 

焔が目覚めたから、もう大丈夫だ。戻りな氷鸞」

 

「焔、麗様を頼んだぞ」

 

「命に代えて」

 

 

焔の返事を聞いら氷鸞は紙の姿になり、麗華の手元へと帰った。麗華を下ろした焔は、一瞬目眩がし頭を押さえて、その場に膝をついた。

 

 

「焔!!」

 

「だ、大丈夫だ……」

 

「……」

 

 

「皆!!怪我はないか!!」

 

 

向こうの木の枝にいたぬ~べ~は、大声で教室の中にいる広達に呼び掛けた。

すると、美樹が泣きながら指を押さえて訴えた。

 

 

「あーん!ガラスで指斬ったー!」

 

 

その言葉を聞いたぬ~べ~は、怒りに満ちその感情に反応してか、鬼の手から只ならぬ霊力が高まっていった。

 

 

「こうなったら、力ずくで太陽の下に引きずり出してやるぜ!

 

 

南無大慈大悲救苦救難……

 

 

喰らえ!!鬼の威力を!!」

 

 

鬼の手を近づいてきた霊霧魚目掛けて、振り下ろし攻撃した。霊霧魚はぬ~べ~と共に霧の中へと入っていった。

 

 

「霧に潜った!」

 

「大変だ!!奴は霧の中じゃ、不死身なんだ!!」

 

「先生が死んじゃう!!」

 

「くそ!!

 

焔、行けるか?!」

 

「問題無し!!

 

さっさと、あの魚に仕返ししてやる!!」

 

 

麗華の掛け声に、焔は窓の外へと飛び出し、そのまま狼化した。麗華は薙刀を持って窓から飛び降り、焔の背に乗りきりの中へと入って行った。

 

 

「麗華!!」

 

「おい!玉藻!!」

 

 

広は、教室の隅にいた玉藻に振り返り、玉藻の名を呼んだ。

 

 

「アンタも、一緒に先生達と闘ってくれ!!」

 

「バカを言うな!なんで私が!」

 

「生徒一人でも死んでみろ?!

 

ぬ~べ~は、責任をとっても教師を止めるかもしれない。最悪の場合自殺する可能性もある。

 

麗華もだ!あいつ、自分のせいで友達が死んだって思い込んで、自殺する可能性もある!(一か八かだ。ハッタリかましてやる)

 

 

そうなれば、二人の力の秘密は永久に分からなくなるんだぞ?それでもいいのか?!」

 

 

玉藻を責める広に、疑問を抱いた美樹は傍にいた郷子に質問した。

 

 

「郷子、どういうこと?

 

何で玉藻先生なら、闘えるの?」

 

「え?そ、その……

 

 

実は、玉藻先生もぬ~べ~に負けないくらいの、霊能力教師なのよ!それで…」

「ええ!!」

 

 

事実を知った生徒たちは、一斉に玉藻に駆け寄った。その中にいた美樹は玉藻の腕を掴んで頼んだ。

 

 

「先生お願い!!

 

皆を助けて!!

 

 

このままじゃ、ぬ~べ~も晶達も麗華も死んじゃうわ!!

 

頼れるのは、玉藻先生しかいないの……だからお願い!!」

 

 

言い終わると、美樹は泣き崩れてしまった。そんな様子を見た玉藻は、顔を顰めた。

 

 

 

 

その頃、霊霧魚の頭に乗りながら、ぬ~べ~は霊霧魚に鬼の手で攻撃していた。だが、いくら切ってもその傷はすぐに再生してしまった。

 

 

(やはり太陽の光に当てなければ、ダメなのか?!こいつを倒すことはできないのか?!)

 

「鵺野!!日没まで、もう時間がない!!」

 

(くそ!!とうとう生徒たちを守れなかった……ちきしょう!!)

 

 

“ドオオオ”

 

 

突然、どこからか火が噴出された。火に驚いた霊霧魚はそこから身動きが取れなくなってしまった。何かに気付いたぬ~べ~と麗華は、火が放たれた場所へ顔を向けた。

 

 

「玉藻!!」

 

 

そこにいたのは、狐の姿となり首さすまたを持った玉藻だった。

 

 

「鵺野先生!校庭を火の海にする!そうすれば、霊霧魚は耐え切れず浮上するはずだ!そこで仕留めろ!」

 

「なら玉藻!!私達も協力する!」

 

「火なら、俺に任せろ!」

 

「勘違いするな!これは助太刀ではない!

 

あなたが負けては困るので、力を貸すだけの事だ!」

 

「玉藻……」

 

(それを、助太刀って言うんだけど……)

 

 

 

「日が沈む!!もう駄目だ!!」

 

 

窓の外で沈む夕日を見た広は、卵を産み付けられた晶達を見た。彼等の背中に着いた卵は、孵化をし小さい霊霧魚が誕生していた

 

 

「キャア!!」

 

 

“ドーン”

 

 

火の暑さに耐えきれなくなった霊霧魚が、霧の外へと這い出てきた。その頭にぬ~べ~の姿があった。

 

 

「先生!!」

 

「太陽の光よ!霊霧魚を照らせ!

 

邪悪の魂を焼き尽くせ!」

 

「今だ!鵺の先生!!」

 

「とどめを刺せ!!」

 

 

太陽の光に照らされた霊霧魚に、ぬ~べ~は鬼の手で攻撃した。霊霧魚の身体はバラバラ日され、太陽の光と共に消えた。教室では霊霧魚が倒されると晶達の背中に産み付けられていた卵が一瞬で消え去り、その喜びから生徒達は歓声を上げた。




夜……


校庭に置いてあるベンチに、玉藻は腰を下ろしていた。そこへ麗華と焔、ぬ~べ~が姿を現し、玉藻に近付いた。


「玉藻……」

「私は、妖狐失格だ。

理由はどうあれ、人間を助けてしまったのだから……」

「妖怪が人を救うのはいけない事じゃないよ」

「?」

「人を救うことがいけないって言うなら、ここにいる焔も私の式神である雷光も氷鸞も、失格だ」


そう言いながら、麗華は狼の焔の頭を撫でた。焔は甘え声を出しながら、麗華に擦り寄った。


「あなたの力に秘密は、その妖怪達と関係があるみたいですね?」

「かもね」

「アディオス鵺野先生、麗華君。


結局、鵺野先生の力の秘密を知ることが出来ず、残念です」

「待てよ、玉藻。


見せてやるぜ?あれが、俺の力の秘密だ」

「え?」


「いたー!!」


その叫び声に気付いた玉藻は後ろを振り返ると、美樹を先頭に多くの生徒たちが玉藻の傍へ駆け寄ってきて、玉藻を囲った。


「先生が助けてくれたんだってね!ありがとう!」

「玉藻先生だーい好き!」

「教員試験受かったら、絶対この学校に来てね!」


喜び、お礼を言う生徒達に、何をすればいいのか分からなかった玉藻は、先にいるぬ~べ~に再度確認した。


「ぬ、鵺野先生!これのどこが…?」

(生徒達の「ありがとう」や「大好き」……これが俺の力の源なのさ。教師になれば分かるぜ玉藻)


困り果てる玉藻を見ながら、ぬ~べ~はそう心の中で呟いた。


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狙われた魂

桜……

語源の由来は様々である。

春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)と言われている。

また、富士の頂から花の種を撒き花を咲かせたとされる「木花之開耶姫(コノハナノサクヤビメ)」のサクヤから採った名前ともされている。


“ミーンミーンミーン……”

 

 

真夏の太陽の下でセミが鳴く六月の上旬……

 

 

「暑ーい!!」

 

 

真昼間の太陽の下で、体育の授業をする五年三組……

 

 

サッカーボールを足で留めながら、広は流れ出てくる汗を拭き、空を見ながら文句を言った。

 

 

「本当暑いわよねぇ……」

 

「全く……

 

よりによって学校のプールが、使えないなんて……」

 

「仕方ないわよ。点検中なんだもん。明後日からは使えるって言ってたじゃない!」

 

「その間に、この暑さで干からびちまう!」

 

「そんな大げさな……」

 

「麗華はいいわよねぇ……」

 

 

そう言いながら、美樹は学校の木の下でスケッチブックに絵を描く麗華を恨めしそうに見た。

 

 

「こんな暑い日でも、体育を見学して涼しい日陰で、自分の好きなことをして……羨ましい」

 

「仕方ないでしょ?

 

麗華、先週まで夏風邪ひいて休んでたんだから」

 

「風邪ねぇ。私も引いて、体育休みたいわ」

 

「美樹!!アンタねぇ!」

 

 

「コラァ!!そこ!喋ってないで、体を動かせ!!」

 

 

ぬ~べ~に注意された郷子達は、急いでサッカーボールを転がし体育の授業を行った。

 

 

その光景を見ていた麗華は、動かしていた手を止め体育をやる広達を眺めた。

 

 

「……」

 

 

眺めている最中に、ふと以前いた学校の体育の時間を思い出した。

 

 

 

真夏の太陽の下……

 

自分は体が弱く喘息持ちだということで、医者から運動はするなと言われていた為、いつも見学をしていた。

 

 

だが、それを妬む女子や男子が現れ、いつしかクラスの皆から虐めを受ける羽目になってしまった。

 

 

 

そのことを思い出した麗華は、持っていたスケッチブックに描かれている絵を一枚一枚見返した。そこには運動するクラスの友や、以前の学校の風景、自分の目に映って見えた妖怪達の絵が描かれていた。

 

 

「……」

 

「懐かしいなぁ、その絵」

 

 

後ろから、焔が麗華のスケッチブックを覗き込むように見た。

 

 

「何よ?覗き見?」

 

「良いじゃねぇか、見たって。

 

けど、まだそのスケッチブック持ってたとはな……」

 

「……別にいいでしょ。

 

体育の見学、暇潰しにはちょうどいいし」

 

「前の学校では、よく学校の風景を描いてたっけ。

 

それから、俺の絵やあそこにいた妖怪達の絵、さらには帰りたいって泣きながら俺達の家も描いてたよな。桜の木や、そこへ来る妖怪達の絵」

 

「そんな昔のこと、思い出さなくたっていいじゃない」

 

「ヒヒ。いいじゃねぇか」

 

 

「麗華!授業終わったから、教室戻ろう!!」

 

 

いつの間にかチャイムが鳴り響き、手を上げながら麗華を呼ぶ郷子の姿があった。麗華は、スケッチブックを抱え郷子達のもとへと駆け寄った。

 

 

 

 

帰り道……

 

 

「じゃあ!麗華」

 

「じゃあね!また明日!」

 

「あぁ」

 

 

下校中、一緒に帰っていた郷子達と別れる麗華……

 

 

別れた麗華は、着なれた道を歩きながら家に向かった。

 

 

家の階段を登りながら、鼻歌を歌い境内に入った。

 

 

「?」

 

 

ふと顔を上げると、神社の前に笠を被った人がいた。

 

 

(何だ?こんな時間に?)

 

「ほぉ……桜巫女とは、随分小さいお方だったのですか」

 

 

まるで、麗華の存在に気付いているかのように、笠を被った人はそう言い放った。

 

 

「小さくて悪かったね。

 

で?一体、何の御用でこの山桜神社へお越しになったのですか?」

 

「なぁに……

 

桜守のお気に入りと、噂で聞いたので一体どんなお方かと思いましてねぇ」

 

「?!」

 

 

笠を取りながら、麗華の方へ振り返った者の顔は、半面大火傷を負っているかのように溶けていた。それを見た麗華は身を引き、傍にいた焔は彼女を後ろへ隠しように前へ出た。

 

 

「麗!こいつ危険だ!」

 

「そんなの、見れば分かる!」

 

「おやおや、客人に牙を向けるとは……

 

とんだ、桜巫女だ。礼儀が成ってませんね?」

 

「アンタは、ここで私が始末する!

 

焔、下がってろ」

 

 

焔に言いながら、麗華は前へ出て、ポーチから数枚の札を取り出し投げ放った。

 

 

「結界発動!」

 

 

その言葉を放つと、境内全体が光り、意妙な文字が笠を被っていた者の周りに浮き出てきた。

 

 

(なるほど、逃げられぬように結界を張るとは……小さいわりには結構やりますね)

 

 

「臨、兵、闘、者」

「その攻撃、拙僧には訊かぬ。」

 

「え?」

 

 

手に持っていた槍で、やけどを負ったものは結界を破った。破った衝撃で、突然どこからか強風が吹き、麗華は風と共に階段から落ちてしまった。

 

 

「麗!!」

 

 

傍にいた焔は麗華を石段に落ちる寸前でキャッチし、境内の中へと入り下ろした。

 

 

「ありがとう、焔」

 

「やりますね?桜巫女」

 

「?!」

 

 

その声が聞こえ、すぐに後ろを振り返るとそこから黒い光線が放たれ、焔はそれを喰らい森の中へと飛ばされてしまった。

 

 

「焔!!」

 

「さぁ。これで、邪魔者はいなくなりました」

 

「いなくなった?それはどうかな」

 

「?」

 

「氷鸞!雷光!」

 

 

ポーチから出した二枚の紙を投げた。投げた紙は煙を上げ中から、氷鸞と雷光が姿を現した。

 

 

「この妖気?!」

 

「まさか、お前が妖怪達の噂になっている、人の魂を喰らう妖怪か?!」

 

「魂を喰らう妖怪?」

 

「フフ……

 

人の魂は、とても美味だ。特に霊力の強い者は」

 

 

そう言いながら、笠を被っていた者は麗華を不気味な目で見つめた。その眼を見た麗華は、恐怖で身を引いた。

 

 

「まさか、麗様の魂を喰らうというのか?!」

 

「それもあるんだが、拙僧にはどうしても許せぬ者がいてな」

 

「許せない者?」

 

「桜守の桜雅という者です。

 

 

拙僧は奴が嫌いだ。だからこの手で、奴を殺す。

 

だが、そのためには人質が必要。そうしたら、妖怪達の噂で、桜雅はあなたをとても気に入っていらっしゃるという事を耳にして、この神社へ来たのです」

 

「桜雅を殺せば、この地に生えている桜の木は全て枯れるぞ!それでもいいの?!」

 

「桜など、枯れてしまえばよい。

 

拙僧は桜が、一番嫌いだ」

 

「?!」

 

「さぁ、お喋りはここまでにして、そろそろ桜巫女の魂を、渡して貰いましょうか?」

 

「そうはさせぬ!!」

 

「命に代えても、我が主を守るのが某たちの務め!!」

 

「雷光!!氷鸞!!」

 

 

飛び出て、目の前にいる敵目掛けて、武器を振り下ろす二人……

 

 

そんな二人に呆れるかのような表情を浮かべた敵は、持っていた槍で一瞬で二人の身体を貫いた。

 

 

「ガハ!!」

「ガハ!!」

 

「雷光!!氷鸞!!」

 

「さぁ、桜巫女。

 

これで、邪魔をする者は消えた」

 

 

二人を刺した敵は、麗華の目の前に立った。麗華は恐怖のあまり、体を動かせず、只々そこに立ち尽くしていた。

 

 

(やばい……やられる!)

 

 

「風術!疾風の舞!」

「火術!火炎砲!」

 

 

その声と共に、森の方から風を纏った炎が、敵を攻撃した。その攻撃に気付いた敵はすぐに麗華から離れ、離れたと同時にどこからか現れた者に、麗華は抱えられその場から離れた。

 

 

「そう簡単には、渡さねぇ!」

 

「焔!!」

 

「麗!無事か?!」

 

「ひ、丙!」

 

「母を襲う奴、オラたちが許さない!」

 

「青!白!」

 

 

森の中から傷を負った焔と、焔を支える丙、さらに自分を助けに来てくれた猿猴の青と白がそこにいた。

 

麗華から離れた敵は、舌打ちをし悔しそうな表情を浮かべながら、焔達を睨んだ。

 

 

「次から次と……」

 

「そう簡単に、麗を渡すわけにはいかないよ!

 

 

雷光!氷鸞!アンタ達の力は、そんなものか?違うだろ?!」」

 

 

倒れている二人に、丙は手をかざしながら言った。すると二人の身体に不思議な光が包み、傷を癒していき二人はすぐに目を覚まし起き上った。

 

 

「雷光!氷鸞!」

 

「麗!どうする!」

「麗様!ご命令を!」

「麗殿!指示を!」

 

「雷光!氷鸞!焔!共に獣化し、奴に攻撃!!

 

青!白!丙!アンタ達は、三人の援護!」

 

「承知!」

「承知!」

「了解!」

「分かった!」

「諾!」

「諾!」



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奪われた桜巫女

突如山桜神社に現れた、人間の魂を喰らう妖怪。

狙いは麗華の魂であり、それを阻止しようと焔達は、彼女の命令に従い、獣化した。


獣化した焔達……

 

 

氷鸞は、水色の羽に七色に光る尾を持つ美しい巨鳥へ、雷光は角を生やした馬へと姿を変えた。

 

 

「クク……ハハハハハ!!

 

 

無駄なことをするなぁ。大人しく、桜巫女の魂を渡して貰えば、君達が死ぬことは無かったのに」

 

「誰が死ぬだ?!」

 

「某達は、麗様が生きている限り、死なぬ!」

 

「我が主を守るのは、拙者達の役目!」

 

 

角に雷を溜めた雷光は、溜めた雷を敵目掛けて打ち放った。打ち放たれた雷を合図に、氷鸞は口から水と氷が混ざったものを吐き、焔も口から炎を吐いた。焔達の攻撃を援護するかのように、丙は扇子を取り出し風を起こした。

 

 

「言っているであろう。

 

その攻撃は無意味だ」

 

 

攻撃が来る寸前、敵は持っていた槍を振り回し攻撃を防いだ。

 

 

「何?!」

 

「某達の攻撃が訊かぬだと!?」

 

「さぁて……

 

君達には死んでもらうよ?」

 

 

そう言うと、敵は電光石火の如く敵は、焔達の体に槍を貫き、さらに光の波動を放った。放たれたと同時に、焔達は森の中へと飛ばされ、生えていた木の幹に打ち付けられた。

 

 

「焔!!氷鸞!!雷光!!」

 

「君達も邪魔だ。大人しくしていろ」

 

 

敵は、焔たちの近くにいた丙達にも光の波動を放った。丙達は境内の中心へ飛ばされた。

 

 

「丙!!青!!白!!」

 

「さぁ、これでもう、邪魔者はいない。」

 

「!!」

 

「一緒に来てもらうよ?桜巫女」

 

 

目から怪しげな光を放ち、何かの呪文を口にしながら敵は唱えた。すると麗華の体から力が抜け、操り人形のようになった。それを見た敵は、麗華の胸に手を入れ青白く光る魂を抜き取った。

 

抜き取られた麗華は、力なくその場に倒れてしまった。

 

 

「クク……

 

これで、ようやく桜雅を殺すことができる。」

 

 

麗華の魂を握った敵は、神社から姿を消した。

 

 

居なくなった後、麗華の体は微かに動き、ゆっくりと起き上った。

 

 

「はぁ……はぁ……(ギリギリ、魂を抜き取られる前に、一部を幽体離脱させといて、正解だった)」

 

 

起き上がったはいいが、麗華は立ち上がろうにも足に力が入らず、体勢を崩し地面へ倒れてしまった。

 

気を失いかけた寸前、麗華の目に兄の龍二とぬ~べ~達の姿が映った。

 

 

(兄貴……皆)

 

 

力尽き、麗華は気を失ってしまった。

 

 

 

 

夜……

 

 

「……か!」

 

 

どこからか、何かを呼ぶ声……

 

 

「……いか!」

 

 

その声は、徐々に大きくなっていった。

 

 

「……れいか!」

 

 

自分を呼んでいる声だと気付いた麗華は、重い目蓋をゆっくりと開けた。

 

 

「麗華!!」

 

 

映る人影は、ぼやけており麗華は瞬きをしながら、声がした方へ顔を向けた。

 

 

「……

 

い、稲葉?」

 

 

そこにいたのは、心配そうに眼に涙を浮かべて、自分の手を握る郷子だった。視界を取り戻した麗華は、辺りを見回すとそこには焔達の治療す龍二とそれを手伝う広とぬ~べ~の姿があった。

 

 

「何で……アンタ等が」

 

「麗華今日、教室に忘れ物したでしょ?それを届けに行ったら、境内で傷だらけになった焔達と気を失って倒れている麗華が居たから……」

 

「そうか……

 

泣くな。もう私は平気だ」

 

 

泣く郷子に、麗華は力ない笑顔を向けた。郷子は涙を拭いて麗華に微笑み返した。

 

 

「麗華!大丈夫か?!」

 

 

郷子の声に気付いた広達は、麗華の傍へ駆け寄った。麗華は郷子に助けられながら何とか体を起こした。すると隣の部屋で丙の治療を終えた龍二が、郷子と席を替わり、麗華の体を支えながら話しかけた。

 

 

「焔達から、全部聞いた。

 

お前、体の方は大丈夫なのか?」

 

「全然……ダメ。

 

体に、真面に力が入らない」

 

「そうか……」

 

「麗華」

 

「?」

 

 

広の隣にいたぬ~べ~は、真剣な顔で霊水晶で麗華を見ながら呼んだ。麗華は、息を切らしながら彼に目を向けた。

 

 

「お前の体に、魂が一部しかないのは、なぜだ?」

 

「魂が一部?!」

 

「麗華、どういうこと?!」

 

「焔達が気を失っている間に、何かあったのか?!」

 

「……

 

 

 

 

敵に……魂を持っていかれた」

 

「?!」

 

「魂を持っていかれただと?!」

 

「けど、奪われる前に魂の一部を幽体化して、何とかこの状態を保っている」

 

「……」

 

「だが、あの焔達はともかく、猿猴達まであんなにボロボロにやられるとは……相当強い奴だ」

 

「私も油断した。まさか、あそこまで強力な奴だったとは……

 

さっさと逃げていれば、魂を抜かれること何てなかったのに……」

 

「いや、桜巫女のせいではない」

 

 

その声と共に、縁側沿いにある襖が開いた。開いたのは、桜守の桜雅だった。

 

 

「桜雅……」

 

「麗華のせいじゃないって、どういうこと?」

 

「桜巫女、お前の魂を奪ったものは、顔の半面が解けてはなかったか?」

 

「あぁ……溶けてた」

 

「……やはり

 

 

そいつは、皐月丸(サツキマル)だ」

 

「皐月丸?」

 

「俺の古い知り合いだ。

 

俺と違って、桜を嫌い人の魂を餌として生きる妖怪だ」

 

「古い知り合いって…」

 

「生前アイツは人であった。だが人の手により、顔を半面解かされて死んでいった、哀れな妖怪だ。

 

 

俺も妖怪になる前は、人であったからアイツの気持ちが分からないわけでもない」

 

「!!

 

 

ゲホ…ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」

 

 

突然麗華は、激しく咳をし出した。それを見たぬ~べ~は手に持っていた霊水晶で麗華を透視した。

 

 

「やばいぞ!

 

さっきより、麗華の生気が無くなっている!」

 

「え?!」

 

「何?!」

 

「ゲホゲホゲホゲホ!!

 

!!!

 

 

お久しぶりですね。桜雅。」

 

 

何かに憑りつかれたかのように、麗華の目は怪しげな光を放ち、その目で桜雅を見つめてそう言った。桜雅は束を掴み刀を抜き取ろうとした。

 

 

「無謀なことは辞めなさい。

 

辞めなければ、この桜巫女の命はありません」

 

「?!」

 

「そんなぁ!!」

 

「麗華を……麗華を返して!!」

 

「返して欲しければ、あなた方の手で桜雅を殺しなさい」

 

「殺すだと?!」

 

「皐月丸、桜雅を殺したらどうなるか分かってんのか?!」

 

「拙僧は、桜が嫌いです。

 

桜が枯れて朽ちようが、拙僧には関係ありません」

 

「……」

 

「桜雅……

 

どんなに探しても、もうあの桜も姫も還ってはきません。過去の事はもう忘れなさい」

 

「お前に、言われる筋合いはない!!」

 

「そうですか。

 

では、また日を改めて」

 

 

麗華の目が正気に戻り、彼女は力無く倒れた。龍二はそんな麗華を支えながらゆっくりと寝かせた。

 

 

「……

 

すまん、神主。

 

俺の問題に、桜巫女を巻き込んでしまって」

 

「自分を責めるな、桜雅」

 

「だが…」

 

「ねぇ…

 

さっき、皐月丸が言ってた「あの桜も姫も還ってこない」って……どういう意味なの?」

 

「姫って誰なんだ?

 

その姫と何か関係があるんじゃ……」

 

「……

 

大ありだ」

 

「……」

 

「桜雅。

 

辛いかもしれないが、話してくれねぇか?お前の過去を。

 

そして、皐月丸とはどういう関係なのかと、どうしてここまで麗華を気にするかを……」

 

「……」

 

「桜雅」

 

「……

 

 

 

 

あれは、俺がまだ人間だった頃だ」



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桜守の過去

麗華の魂を奪ったのは、桜守・桜雅の知り合い、人の魂を餌として生きてきた皐月丸という妖怪だった。

彼は麗華を返して欲しければ、桜雅を殺せとのこと……


そして、彼は麗華の体から離れる寸前、桜雅に言い放った。


「もうあの桜も姫も還ってはきません。過去の事は忘れなさい」


その言葉を聞いた龍二は、桜雅自身が人間だった頃の過去に何があったのか話すよう要求した。


桜雅は、重い口を開きながら、自分の過去について語り始めた。


――――俺は、ある城に仕える兵士でした。

 

 

『桜雅!見て下さい!桜が、今年も満開です!』

 

 

当時、俺には幼少期時代からお世話をしていた城の姫君、桜夜(サクヤ)姫という女性がいました。

 

 

姫はとても明るく大らかで、そしてとても美しくまさに、桜の人とも呼べるほどの女性でした。

 

 

『桜夜!また勝手に外へ出て!

 

こんな所、殿に見つかったらまた叱られますよ?』

 

『別に良い!

 

只でさえ、この狭い城に閉じ込めているんだから……

 

 

庭に出て、大好きな桜を見たって別に……』

 

『……

 

 

 

そうだ、桜夜』

 

『?』

 

『今晩、俺の秘密の場所へ連れてってやる』

 

『本当か?!』

 

『あぁ。

 

だから、今日は大人しく部屋へ戻ってろ』

 

『約束だぞ!!』

 

『分かった分かった!』

 

 

姫は、父上当時私の主であった桜生様は、姫君を大変可愛がられていて、姫を他の男と結婚させたくないがために、姫を城の中へ閉じ込め誰一人と、姫に近付かせようとはしなかった……

 

 

俺は、そんな姫が不憫に思い、よく姫を城の外へ出しては、城下町や森を見せて遊ばせた。姫はいつも楽しそうに笑いながら、遊んでいた。

 

 

 

 

そして、その日の夜……

 

 

私は姫を連れて、山の奥深くへと行きそこに生えている、美しい枝垂れ桜を姫に見せ

た。

 

 

『とても綺麗な、枝垂れ桜だ!!

 

桜雅、こんなところに桜が生えていたのか?!』

 

『この間見つけたんだ。

 

多分、もう何十年も前から生えてる桜だ。絶対気に入ると思って、見せたんだ』

 

『ありがとう!!桜雅!!

 

とても、気に入った!!』

 

『そうか?

 

なら良かった!』

 

 

月が照らしたあの日……

 

 

俺は、ずっとこの幸せが続いてほしいと願った。

 

 

 

 

だが、神はそれを許してはくれなかった。

 

 

 

 

枝垂れ桜を姫に見せてから数日後、戦が始まってしまった。

 

 

俺もその戦に出なければならなくなってしまった。戦場へ行く前夜、姫は俺をあの枝垂れ桜の所へと呼んだ。

 

 

『どうしたんだ?こんなところに呼んで』

 

『……

 

桜雅』

 

『?』

 

『明日、戦場へ行かれるのでしょ?』

 

『!……はい』

 

『お前は行かなくて良い!!

 

ずっと、私と一緒にいてくれ!!』

 

『桜夜……』

 

『頼む……』

 

『……

 

 

桜夜』

 

『?』

 

 

俺は、姫に俺の父の形見であった小太刀を姫に渡し、そしてその枝垂れ桜の下で、約束をした。

 

 

『その小太刀はお前に預ける』

 

『?!

 

こ、これはあなたのお父様の』

『未来の花嫁に預けたって、父は怒ったりはしません』

 

「!!」

 

『あなたも、時期に城を離れ安全な場所へ移される。

 

その時、戦が終わりもし生きていれば、この枝垂れ桜の下で再開して……俺と結婚してくれないか?』

 

『……

 

 

はい』

 

 

姫は、顔を赤くしてそう返事をした。

 

 

月が二人を灯す中、俺達は約束を交わし枝垂れ桜を後にした。

 

 

 

 

約束した日から数日後……

 

 

 

 

俺は、敵が打ち放った矢に胸を貫かれ、亡くなった。

 

 

その時、俺の脳裏に桜の下で俺の帰りを待つ姫の姿が映り、その時に桜に対する強い思いが、俺を妖怪へと変えた。

 

 

だが、妖怪になったせいか俺は姫と約束したあの枝垂れ桜の所へ行くことが出来なかった……と言うより、場所を覚えてはいなかった。

 

 

 

 

それから、何百年という月日が流れ、俺は風の噂で桜の名所、この「山桜神社」の存在を知り、ここへ来ればあの桜もあるのではという思いから、神社へと足を運んだ。

 

 

神社では、先代の巫女が舞を振る舞い、先代の神主が妖怪達に酒を配っていた。その中を、まだ幼いあなたは妖怪達に近づいてはからかい、境内を走り回りながら妖怪達と遊んでいた。

 

 

 

 

そんな姿を見ているうちに、俺は久しぶりに幸せというものを感じた。そして、境内を見回っている時だった。

 

 

境内の隅に、生えていた枝垂れ桜を見つけたのは……

 

 

その桜を目にした瞬間、まだ姫はあの枝垂れ桜の下で一人、俺が来るのを待っているのではないか……

 

 

だが、もう俺は薄々気づいていた……

 

 

姫はもう、この世にはいない……もう生きてはいないと

 

しかし、諦めきれなかった俺は、いつかあの枝垂れ桜を見つけられる日が来ると思い、その日をずっと待っているのだ。今でもずっと……



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皐月丸の住家

桜雅の過去を聞いた龍二達……


「……

 

 

以上、これが俺の過去だ」

 

「……そんな過去が、あったとは」

 

「……?

 

ちょっと待て、お前の過去は分かったけど、皐月丸とはどういった関係なんだ?

 

 

さっきの話を聞いた限り、皐月丸なんて出来なかったぜ?」

 

「そう言えば、そうよね。

 

ねぇ、どういうこと?桜雅さん」

 

 

話を聞いていた二人は、いつの間にか手に持っていた煙管に火玉を入れている桜雅に質問した。桜雅は煙管を銜えながら口を開いた。

 

 

「皐月丸は、その城に仕えていた頃の同期だ。

 

だがアイツは、戦で見かけたのを最期に、会うことは無かった」

 

「だから、古い知り合いなのね」

 

「そうだ」

 

「けど、知り合いで同期なら、どうしてお前を恨むんだ?」

 

「……」

 

「焔達から聞いた話じゃ、力は圧倒的だ。

 

 

丙はともかく、焔は白狼一族の者で火の使い。氷鸞は山の神。雷光は島の神。

 

さらに、猿猴達はこの山の主だ。

 

 

そんな奴等が、簡単に倒されたってことは、相当な恨みを持っていることになる」

 

「……

 

その事は、俺にも分からない。

 

 

何も、心当たりが無いのだ」

 

「えぇ?!」

 

「じゃ、じゃあ麗華はどうなるの?!」

 

「恨みの理由が、本人が分かんなきゃ、麗華は一体何のために魂を抜き取られたが分かんねぇじゃん?!」

 

 

「だったら、その皐月丸の住家を探し出すまでだ!」

 

 

その声がした方に振り向くと、そこには包帯を巻いた焔と氷鸞、雷光が人の姿へとなり、起き上がっていた。

 

 

「お前等!しばらくは安静に」

「主が大変な時に、寝てなどいられるか!」

 

「魂を取られたのは、私達にも責任がある!」

 

「お前等……」

 

「……

 

 

さすが、桜巫女ですな?

 

ここまで信頼されているのは、桜巫女の妖怪達に対する優しさからだろうな」

 

「桜雅……」

 

「俺は、先代の桜巫女に恩がある。

 

皐月丸の住家を探そう、神主」

 

「え?!」

 

「俺達も手伝うぜ!お兄さん!」

 

「クラスの仲間が大変な時に、ジッとなんかしていられないわ!」

 

「生徒を守るのが、教師の役目だ!」

 

「龍、俺達にも探させてくれ!」

 

「龍殿!」

 

「龍様!」

 

 

皆の麗華に対する思いを聞いた龍二は、キョトンとした顔を浮かべていたが、一瞬で真剣な顔をしながら郷子達を見た。

 

 

「命の保証はない。それでもやるか?」

 

 

その言葉を聞いた郷子達は、互いの顔を見合わせ、そして龍二に向かって迷いなく頷いた。

 

返事を聞いた龍二は、真剣な表情で薄く笑い、全員を見回した。

 

 

「それじゃあ、早速明日か捜索を始める。氷鸞と雷光、桜雅と雛菊はこの神社を中心にした周囲の森や廃墟、社を探してくれ。

 

俺と渚は、祠を探す」

 

「祠?」

 

「皐月丸は、昔親父が退治した妖怪だ。どこかに皐月丸を封印した祠があるはずだ。

 

 

俺は、朝から探しに行く。

 

お前等三人は、学校終わってから俺達二人と同じように、祠を探してくれ」

 

「分かった」

「分かった」

「分かった」

 

「おい龍、俺はどうすればいいんだよ?」

 

「お前は、怪我が酷過ぎる。

 

ここで、丙と一緒に麗華の傍にいろ」

 

「けど!」

 

「主から離れない……

 

それが、私達白狼一族と陰陽師家にかわされた契約でしょ?焔」

 

「……

 

分かったよ」

 

「任せな焔!」

 

「某達が、すぐに住家を探し出してやるから!」

 

「そう言うお前等が、心配なんだよ」

 

「それは、どういう意味だ?」

 

「自分で考えろ」

 

「しかし龍様、焔に任せるより、この拙者が麗様の御傍についていた方が、よっぽど安全なのでは?」

 

「氷鸞!どういう意味だ!!」

 

「力の差ですよ?何か間違っていますか?」

 

「もういっぺん、言ってみろ!このアホ鳥!」

 

「えぇ、言いますとも負け犬さん?」

 

「だったら、ここで力の差とやらを試すか?」

 

「構いませんよ?どうせ、あなたが負けるのですから」

 

 

互いに睨み合う二人は、いつでも攻撃を出来る様に構えていた。そんな二人を見た龍二は慌てて、二人の間に割り込んだ。

 

 

「辞めろ!!こんな時、喧嘩は!」

 

「こいつが俺を侮辱するからだ!!龍は引っ込んでろ!」

 

「事実を言ったまでです。何かご不満でも?」

 

「この野郎!!許さねぇ!!

 

 

火術!火炎」

「水術!水鉄」

 

 

技を放とうとした時、二人の頭を誰かが殴り、その反動で技が消え二人は頭を抑えながら、その場に座り込んだ。

 

 

「こんな一大事に、喧嘩するとはいい度胸してるじゃない?焔、氷鸞」

 

 

聞き覚えのある声に、二人は体をビクつかせ恐る恐る後ろを振り向いた。

 

 

そこには、フラフラな足取りでどこからか持ってきた竹刀を肩に乗せて持つ麗華の姿があった。

 

 

「れ、麗」

「れ、麗様」

 

「しばらく、喧嘩してなかったから、ようやく仲良くなったかと思ってたけど、そうじゃないみたいだね?」

 

「このアホ鳥が!!」

 

「違う!この負け犬が!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

「!!」

「!!」

 

「ったく……

 

只でさえ、体動かすのきついんだから、こんな時に喧嘩はやめろ」

 

「……はい」

「……はい」

 

「す、すげぇ……」

 

「麗華相手だと、あの二人も手が出せなくなっちゃうんだ……」

 

「それほど、麗華を信用し、主と認めているからだろう……」




その光景を、部屋の天井の隅から見つめる一つの目……


その目を通して、どこかから手に持っている水晶から見る皐月丸……


「……


まさか、魂の一部を霊体化していたとは、驚きです」


後ろに生えている樹の幹に、根で縛られている半透明の麗華に、皐月丸は話しかけた。半透明になっている彼女は、皐月丸の言葉に反応し、顔を上げて皐月丸を睨んだ。


「兄貴に聞いた事がある……

私が生まれる前、父さんがお前をどこかに封じたって……それがまさか、童守町から離れたこの洞窟だったとはね……」

「あの神主が、分かればよいのですがねぇ……

見ている限り、ここを捜すかどうかは分かりません」

「?それって……」

「この洞窟に拙僧を封じたのは事実……

しかし、先代の神主はここに魂を封じ、体をこの地のある山に封じた」

「それを兄貴は知らないってわけ?」

「そうなります」

「……」

「言っときますが、ここからあなたの本体に今の事を伝えるのは不可能です。

この洞窟には、結界が張っておりあなたの意識を伝えるのを防ぎます」

「完璧な拉致ってことか」

「人間の世界では、そうなりますね」

「ムカつく妖怪だ」

「それはどうも。

(さぁ桜雅……

あなたは、どうやって大切なものを取り返しますか……)」


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削られる命

学校を休み、祠を渚と共に探す龍二……


「くそ!!どこにもねぇ」

 

 

じりじりと暑い日差しが、容赦なく龍二に当たり、龍二は汗だくになりながら、山の中を歩いていた。

 

 

「龍、少し休みな!汗、びっしょりだよ!!」

 

「こうしてる間にも、麗華の寿命はどんどん縮むんだ!!休んでなんかいられねぇ!!」

 

「アンタの気持ちは分かるけど、探してる最中にアンタが倒れたりでもしたら、どうすんだ!?」

 

「けど!!」

 

「龍!!

 

アンタは、一人で探してるつもりか?」

 

「え?」

 

「それは違うぞ!!

 

氷鸞や雷光、桜雅や雛菊が皐月丸が居そうな森や廃墟、社を捜してるんだよ?

 

 

そいつ等だけじゃない!!焔は、自分の責任だって感じて私たちと一緒に探そうとしてるんだ!!」

 

 

必死に訴える渚……

 

 

「……渚」

 

「龍!!」

 

 

自分の名を呼ぶと、龍二はそのまま渚の方へ倒れてしまった。渚は倒れた彼を支え、近くの木陰に寝かせた。

 

 

 

 

(俺が……俺が、守ってやらなきゃ)

 

 

眠る龍二……

 

ふと、目が覚めると辺りは暗く、何もない空間にいた。

 

起き上がり、見回すと向こうに泣く幼い少女の姿があった……

 

 

『……!?麗華!!』

 

 

泣く少女が、麗華であると気付いた龍二は立ち上がり、駆け寄り泣く麗華を抱こうとした時だった。

 

 

『!!』

 

 

抱こうと手を伸ばしたが、その手は幼い麗華の体をすり抜けた。

 

すると、幼い麗華は徐々にその姿を消していった。

 

 

『!!?

 

待て!!麗華!!俺が……俺が!!』

 

 

 

 

「麗華!!」

 

 

名を叫びながら龍二は飛び起きた。

 

辺りにを見回し頭を押さえながら立ち上がり、手首に着けていた腕時計を見た。

 

 

(十四時三十分……

 

二時間近くも寝てたのか……)

 

「目が覚めたか?」

 

 

その声の方に目を向けると、隣に心配そうな表情を浮かべる渚がいた。

 

 

「渚……俺」

 

「脱水症状だ」

 

「え?」

 

「アンタ、この森に入ってから一滴も水飲んでないでしょ!?」

 

「……あっ」

 

「『あっ』じゃないわよ!!

 

全く」

 

「いやぁ…悪い悪い」

 

「……ほら、朗報」

 

「?」

 

 

彼女の声を合図に、茂みの中から氷鸞と雷光が姿を現した。

 

 

「お前等?!」

 

「龍様!この森から少し離れた山に、つい最近壊された祠がありました!」

 

「本当か?!それ!!」

 

「はい!」

 

「そこに住む妖怪達に聞いたところ、最近雷が落ちて、その祠が破壊されたそうです!」

 

「よっし!氷鸞、雷光、今すぐそこへ案内しろ!!」

 

 

先に駆け出す龍二に、氷鸞と雷光は慌てて後を追った。そんな三人に、渚は大声で呼び叫んだが聞く耳を持たず、仕方なく後を追いかけて行った。

 

 

 

 

その頃、神社では……

 

 

布団の上で眠る麗華……

 

その麗華を覆う様にして寝そべる、狼姿となった焔……

 

 

「暑苦しいねぇ……全く」

 

 

そこへ、水の入った桶を持ってきた丙は、焔の姿を見ながら言った。

 

 

「そんなに寝そべってたら、麗が焼けちまうよ」

 

「……

 

良いんだよ。さっきコイツがこうしろって、言ったんだから」

 

「おや、そうかい」

 

 

返事をしながら、丙は麗華の額に置いておいてあるタオルを取り、桶に入っている水に浸け、絞りまた額へ置いた。

 

 

「まさか、こんなことになるなんて……」

 

「……

 

 

こうしてると、思い出す」

 

「?

 

何がだ?焔」

 

「お前と雛菊がいなかった時、今日みてぇにスゲェ暑かった日だったかな……

 

 

その日、麗の奴夏風邪ひいちまって、優華は仕事で龍は学校……

 

仕方ねぇから、俺が看病してたんだ。しばらくして、熱が治まってきて麗が目を覚ましたんだ。

 

麗の奴、俺に向いた時なんて言ったと思う?」

 

「何て言ったんだ?」

 

「『狼の姿になって、傍にいて』だとよ……」

 

「……」

 

「まだ、小学校にも上がってねぇガキがだぞ?」

 

「ガキで悪かったな」

 

「!?」

 

 

目が覚めたのか、薄らと目を開いた麗華……

 

 

「れ、麗」

 

「すいませんねぇ……あの時は、まだガキだったもので!」

 

「!!」

 

 

怖いものを見たかのような顔で、焔は耳を伏せそっぽを向いた。そんな二人を見た丙は、吹き出し二人を見た。

 

 

「全く、本当に麗の前じゃ、焔はただの飼い犬と一緒だな」

 

「うるせぇ!!噛み殺すぞ!」

 

「おぉ!怖い」

 

「この……

 

?」

 

 

焔はふと、麗華を見た。彼女はいつの間にか目を閉じ、眠りに入っているかのように見えた。

 

 

「寝たのか?」

 

「……

 

いや、熱が上がったから、多分意識が無くなったのだろう」

 

 

そう言いながら、丙は麗華の額に手を置きながら焔を見た。

 

 

「いつまで続くのか……」

 

「……」

 

「早く、皐月丸を見つけ出して、麗の魂を返して貰わないと、そろそろ限界が来るよ」

 

「っ……」

 

 

 

 

暗い森の中へとやってきた龍二……

 

 

氷鸞と雷光に釣られて目的の場所へ行くと、そこに確かに小さな社があったであろう痕跡があった。

 

 

「これは……」

 

「麗様の学校で、怪魚事件が会った時に、落ちたと言われております」

 

「……」

 

「龍、ここには何が封印されてたんだ?そういえば」

 

「皐月丸の体……いわゆる本体だ」

 

「別々に封印したのか?」

 

「そうだ。

 

皐月丸は、余りにも強力過ぎて、親父は封印する才体と魂を分けて封印したんだ。

 

 

だけど、これが壊されてるとしたら、おそらく魂の方も……」

 

「!?

 

じゃあ、早く皐月丸の住家を、見つけないと!!」

 

「麗様……」

 

「麗殿……」

 

「……

 

とにかく、一旦家に帰ろう。

 

鵺野達と会って、俺達もすぐに住家を捜しに行くぞ」

 

「承知」

「承知」

「承知」

 

 

氷鸞と雷光、渚は、獣へと変化した。龍二は渚の背に跨り、三人はその森を後にした。




その様子を見る、皐月丸……

「おやおや、気付かれましたか……


まぁ、この住処を見つけられるかが、問題ですがね」

「ぅ……」


目を覚ます麗華……


「覚めましたか?」

「……」


何も答えない麗華……


皐月丸は、麗華に近付き顎を手で上げ、自分の顔を近付けさせた。


「そろそろ、体力が限界のようですね?


早くこの巫女を失った、桜雅の顔を見たいですね」


不敵に笑う皐月丸……


だが、その眼にはどこか悲しげな光があったのを、麗華は見逃さなかった。


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辿り着いた住処

放課後……

ぬ~べ~と共に郷子と広は、麗華の家へとやってきた。


家には既に、戻ってきた龍二と氷鸞達がいた。


氷鸞と雷光が、祠を見つけたことを伝える龍二……

 

 

「見つかったなら、早く麗華を探しに!」

 

「祠が見つかっても、住処が見つからない。

 

 

それより……」

 

 

腕を組み、龍二は振り返り後ろで正座をしている二人を睨んだ。二人は頭を下げ、目を合わさぬようにしていた。

 

 

「お前等確か、雛菊と桜雅と一緒に、この神社を中心に森や廃墟、社を探せって言ったよな?」

 

「ウ……」

 

「それが何で、お前等二人が祠を探しだしたんだ?」

 

「そ、それは……」

「偶々社を探していたら、偶然見つけて」

 

「偶然ねぇ……

 

随分と遠くまで行ったもんだ」

 

「っ……」

 

「ったく……

 

麗華が心配なのは分かる。だからって、勝手な行動は止せ」

 

「面目ない」

「申し訳ございません」

 

「まぁ、説教はこれくらいにする。

 

 

祠を見つけたから、俺達も昨日言った通り住処を探すぞ」

 

「おぉ!」

 

「任せてください!」

 

「見当はついてるのか?」

 

「一応、桜雅の記憶を辿って、範囲を縮めた結果がこれだ」

 

 

そう言いながら、龍二は円を描いた地図を見せた。その地図は麗花たちの家を中心に円が描かれており、十個以上のバツ印が示されていた。

 

 

「このバツ印は?」

 

「結界が貼っていて、普通の人間じゃ見えない場所だ。

 

ここには、洞窟や社……さらには妖怪が記憶から造り出した城もある」

 

「城?」

 

「妖怪になる前、生前住んでいた場所だ。

 

 

このバツ印に、各自で行って調べてくれ」

 

「分かった……って、私達霊感ないわよ?」

 

「そうだよな」

 

「お前等二人は、鵺野と一緒だ。

 

雷光、お前はこいつ等と一緒に行ってくれ」

 

「承知した」

 

「雛菊は桜雅と、氷鸞と渚は俺と一緒だ」

 

「承知した」

「承知した」

「了解」

 

「今丁度、三時だ。

 

 

五時になったら、またここに戻って来い。もし見つけたら、その場で待機」

 

「分かった」

 

「鵺野、住処を見つけたとしても、中に入らず近くの茂みに身を潜めてろ。

 

 

皐月丸は、人の魂を食らう妖怪だ。そのうえ、霊力もお前以上に高い。絶対に戦おうとするな」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

「ならいい。

 

じゃあお前等、また後で。渚」

 

 

狼姿となった渚の背に乗り、龍二は行ってしまった。その後を雛菊と桜雅、外へ出て巨鳥の姿となった氷鸞がついて行った。

 

龍二達を見届けたぬ~べ~達も家を出て行った。

 

 

 

 

二時間後……

 

 

「よ、ようやく…最後の一か所」

 

「つ、疲れたぁ……」

 

 

深い森の中にある、絶壁を見つけた郷子と広は膝を着きながらそう言った。

 

ぬ~べ~は、霊水昌を手にその絶壁を通して観ると、そこには大きな穴があった。

 

 

「どうやら、ここのようだな……

 

 

雷光、頼む」

 

「貴様に言われずとも」

 

 

吐き捨てるように言うと、雷光は雷を放ち合図を送った。

 

 

 

 

雷に気付いた龍二は、皆を呼び集めぬ~べ~達の元へと急いで行った。




その様子を見る皐月丸……


「おやおや……もう見つかっちゃいましたか……


しかし……あなたが相手では、あちらも手の出しようがありませんでしょうな?

そう思うでしょう?桜巫女」


振り返り、後ろにいる麗華を見る皐月丸……


麗華は、着物を着弓矢を持たされ、目は操られているような目の色をして、その場に立っていた。


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桜守対桜巫女

ぬ~べ~達のもとへと着いた龍二達……


郷子と広、雛菊と渚を外で待たせ、龍二達はぬ~べ~と共に洞窟の中へと入った。


洞窟の奥へと入った龍二達……

 

 

奥には、不気味な輝きを放つ木が一本生えていた。

 

 

「良く見つけましたね……」

 

 

皐月丸の声がどこからか聞こえ、氷鸞と雷光は人の姿になり武器を構えた。すると、彼は木の陰から姿を現した。

 

 

「皐月丸……」

 

「拙僧の住処を見つけた事、褒めて差し上げましょう」

 

「そんなことより、早く我等の主の魂を返せ!」

 

「桜巫女の魂が、そんなに欲しいのですか?

 

なら、望み通り桜巫女を返して差し上げましょう……」

 

 

皐月丸の声に反応するかのようにして、彼の後ろから蘇芳色の着物を着て、白い羽織を着た麗華が現れた。

 

 

「麗華!!」

「麗様!!」

「麗殿!!」

 

「おい、様子がおかしいぞ?」

 

「?!」

 

 

ぬ~べ~の言葉に、龍二は麗華を観た。彼女の目には光は無く、まるで催眠術にでも掛かっているかのような目をしていた。

 

 

「皐月丸!!麗華に、麗華に何した!?」

 

「少しばかり、拙僧の操り人形になってもらった」

 

「?!」

 

「桜雅……

 

 

そなたには、この桜巫女と戦ってもらいます」

 

「?!!

 

そ、そんなこと」

「待て」

 

 

飛び出そうとした雷光の前に、手を出しながら桜雅は止めた。桜雅は刀を抜き取り前へ出た。

 

 

「皐月丸、俺が勝てば桜巫女は返してもらうぞ」

 

「いいだろう。

 

お前達二人が戦っている間、神主達節操が相手をしよう」

 

 

槍を手に持ち、不敵な笑みを溢す皐月丸……

 

傍にいた麗華は、弓を引き桜雅に矢を放った。飛んできた矢を彼は素早く刀を振り、矢を切り裂き一瞬のスピードで麗華の前へ行き、刀を振りかざした。降り下りてきた刀を、麗華は弓で防ぎ手に持っていた矢で攻撃してきた。

 

 

「麗華!!」

 

「桜巫女を助けたければ、拙僧を倒す他はない……

 

彼女に掛けた催眠術は、拙僧が死なぬ限り解けはしない……」

 

 

皐月丸の体が分裂し、四人へと増えた。ぬ~べ~はすぐに鬼の手を開放し構え、龍二は一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で龍二は持っている紙に触れた。

 

紙は龍二の血に反応し、煙を出しその中から剣が出てきて、龍二はそれを手に掴んだ。

 

 

「やはり、兄妹だな」

 

「何が?」

 

「麗華も、お前と同じようにして武器を出した」

 

「あっそ。

 

氷鸞、雷光、十分注意しろ」

 

「承知」

「承知」

 

「鵺野、アンタもだ」

 

「分かっている」

 

「節操には敵わぬ。

 

永遠にな……」

 

 

 

 

 

 

『姫様……』

 

 

『あぁ……姫様…』

 

誰?

 

『なぜ……なぜ、死んでしまったのです……姫様…』

 

皐月丸?

 

『私は……姫様を……姫様を守りきることが、できなかった……』

 

『い、行かなくては……』

 

『姫様!?』

 

『あの……桜の木の元へ……桜雅が……桜雅……』

 

『桜……どのような桜ですか?!』

 

『あなたには……分からないわ……あの桜は……私と桜雅だけが知っている……秘密の……場所……そこに……あるの……ですから……』

 

『秘密の……場所?』

 

『桜雅……私はあの桜の下で……あなたの帰りを……お待ち……しています……』

 

『……?姫様?』

 

『……』

 

『姫様ぁ!!

 

 

許さぬ!!桜雅め!!お前のせいで……姫様は……姫様は!!全ての桜を……枯らしてやる!!二度と、お前と姫様が会わぬ様にな!!』

 

 

……あいつ(皐月丸)は自分の失敗を……桜雅に……

 

 

『姫様……』

 

 

『私は……もう、この自縛から解き放たれたいと思っています……自分が今、間違っていることをしていることは、もう承知しています……

例え魂が消えようとも……私はもう……この世に未練はありません……』

 

 

皐月丸……

 

そうか……

 

 

お前はもう、自分の罪を知っていた……

 

死んだ桜夜にもう一度会いたかった……

 

 

私を大事にしていた桜雅を、逆恨みし私の魂を取った。桜雅の苦しむ顔を見たいがために……

 

 

 

 

……あいつの所へ行ったら、私の体を使って、お前の気持ちを伝えてくれ……

 

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます麗華……

 

 

外を見ると、既に暗くなっており、月光が部屋に差し込んでいた。

 

 

「麗…」

 

 

麗華が目を覚ました事に気付いた焔は、伏せていた顔を上げた。

 

 

「焔……」

 

 

焔の名を呼んだ麗華は、起き上がろうと体に力を入れるが、なかなか入らずやっとの思いで、体を起こしそして立ち上がった。

 

立ち上がった途端、足がふら付きよろけ倒れそうになり、傍にいた焔は人の姿になり、慌てて彼女を支えた。

 

 

「どうしたんだ!?まだ、起き上がれるほどの」

「焔、頼みがある……」

 

「頼み?」

 

「私を……兄貴達の所へ……」

 

「けど……」

 

「大丈夫だから……私は」

 

 

息を切らしながら、麗華は焔に頼んだ。焔は少し考えてから、狼に姿を変え背に彼女を乗せ家から飛び立った。



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還された魂

皐月丸と戦うぬ~べ~達……


麗華と闘っていた桜雅は、放ってくる矢を切り避けながら彼女に対抗していた。


矢を放ってくる麗華の隙を狙い、桜雅は刀を振り下ろした。振り下ろしてきた刀を、彼女は弓で受け止め防いだ。

 

 

(目を覚ませ!桜巫女!)

 

「……テ」

 

「?」

 

 

何かを呟いた麗華……

 

すると、操られているはずの彼女の目から、涙が流れ出てきた。

 

 

「さ、桜巫女……」

 

「……メテ……ルヲ……」

 

「桜巫女、あなた」

 

「ウ……グゥウウウ!!」

 

 

突然頭を抱え、膝を着き苦しむ麗華……

 

 

 

その様子を見ていた龍二は、相手にしていた皐月丸を叩き斬り、麗華のもとへと駆けて行った。

 

 

「麗華!!」

 

「ウゥ!!」

 

「突然苦しみだした。

 

恐らく、彼女自身の意思で、催眠術を解こうとしているのだろう……」

 

 

苦しむ麗華は、何かを探るようにして手を動かし始めた。その手を龍二は握りろうとしたが、彼の手は彼女の手をすり抜けてしまった。

 

 

「神主、今の桜巫女には無理だ。

 

魂は人の手では触れる事は出来ぬ」

 

「麗華……」

 

 

探る麗華の手……

 

 

 

 

“ドーン”

 

 

何かが爆発する音が聞こえ、後ろを振り返った。そこにいた氷鸞と雷光が吹っ飛ばされ壁に激突していた。

 

 

「氷鸞!!雷光!!」

 

「グアァア!!」

 

 

血塗れになり、鬼の手を押えながらその場に倒れる鵺野……

 

 

「鵺野!!」

 

「拙僧に適うはずがない。

 

全てを消し、桜巫女は拙僧のものにする」

 

「皐月丸、まさか!!」

 

 

笠と服を脱ぎ捨て、皐月丸は地震の体に掛かれている、封印文字に自分の血を付けた。

 

 

「そのようなことをすれば、皐月丸!!お主、もう人として生まれ変わることは」

 

「黙れ!!

 

約束も果たせず、逝ったお前に何が分かる!?

 

 

拙僧……私の腕の中で、死んでいった姫の……姫の気持ちが!!」

 

「だから俺は、姫が生前愛していた桜を守り続けているのだ!!

 

姫と交わした約束は果たすことはできなかった……だが、俺は妖となり、桜を守る神として、この世に留まった。

 

 

だがお前は、俺に対する恨みの念で、この世に留まり人の魂を食らい、桜を枯らしている。それで姫が喜ぶとでも思うか?!」

 

「黙れ!!全てを消す!!全てを!!」

 

 

叫び声と共に、皐月丸の体が徐々に化け物へと変わっていった。

 

 

化け物の姿になった皐月丸……彼は声を荒げ、雄叫びをあげた。

 

 

 

その声を、洞窟の外で待っていた郷子達は聞こえ心配そうな表情で、洞窟の方を観た。

 

 

「な、何?今の声」

 

「龍……」

 

「大丈夫よね?ぬ~べ~達」

 

「だ、大丈夫だろ!

 

ぬ~べ~は何度も、俺達を助けてきたんだ!絶対負けはしないさ!」

 

 

郷子を励ます広……

 

 

すると、雛菊と渚は何かの気配を察し、雛菊二人の頭を地面へ叩き付け二人を隠すようにして、上に倒れた。三人を隠すようにして、渚は前に立ち辺りを見回しながら、警戒した。

 

 

「な、何」

「静かに!!」

 

 

声を出そうとした二人の口を手で塞ぎ、辺りを警戒する雛菊……

 

 

しばらくして、風が吹き自分達を覆う様にして、空に影が通り去り、洞窟の中へと入っていくのが見えた。その陰に驚いた雛菊は立ち上がり、渚と共に洞窟の方を観た。

 

 

「(まさか……しかし、まだ動けぬはずなのに)

 

……雛菊、ここを頼む!」

 

「分かった!」

 

 

渚は影に釣られる様にして、素早く洞窟の中へと入っていった。

 

 

 

 

化け物へとなった皐月丸は、容赦なく龍二達に攻撃してきた。龍二はぬ~べ~と共に馬へと姿を変えた雷光に跨り、その攻撃を避けていった。

 

 

「龍二、皐月丸に近づくことはできないか?!」

 

「あいつの攻撃が止めない限り無理だ!止められれば、なんとか行けることも……!

 

 

氷鸞!!奴を上から攻撃しろ!!」

 

「承知!!」

 

 

巨鳥の姿へとなった氷鸞は、飛び上がり攻撃した。だが皐月丸は、その攻撃を取り込むかのようにして、体を巨大化し走り回っていた龍二達を攻撃した。攻撃された雷光は、壁に激突し同時に、振り落された龍二達も地面へ落ち倒れた。

 

 

「バカめ!!その様な攻撃、拙僧には通じぬ!!

 

 

神主!まずは貴様から、殺してやる!」

 

「?!」

 

 

ぬ~べ~達が動こうとした途端、地面から木の根が生え三人の体を縛り、動きを封じさせた。

 

 

「これで邪魔者はいない。

 

さぁ、潔く死ぬがいい」

 

「……」

 

 

刃を向ける皐月丸……それに抵抗するかのように、龍二は手に持っていた剣を手に取り、ふら付きながら立ち上がり構えた。

 

 

「まだ刃向うか?なら、一撃であの世へ逝かせてやろう」

 

「……」

 

「死ね!!」

 

 

「火術!!火炎玉!!」

 

 

何処からか火の玉が飛んできて、皐月丸を攻撃した。皐月丸が怯んだ隙を狙ってか、龍二を何者かが連れその場から離れた。火の玉を放った者が桜雅と麗華が居る所へと着地した。

 

 

「な、渚?!」

 

「間一髪ってところね」

 

「な、何でお前が」

 

「説明は後。それより麗の所へ行くよ!」

 

 

龍二を抱いたまま、渚は麗華と桜雅が居る所へと行った。

 

二人の所へ行くと、そこには意識のない麗華を抱えた焔がいた。

 

 

「ほ、焔?!それに」

 

「龍、悪い。

 

麗が、麗がどうしても……ここへ行きたいって……」

 

「桜雅、麗華の魂は?」

 

「これだ」

 

 

桜雅は、手に持っていた青白く光る玉龍二に見せた。そこへやってきた、傷だらけのぬ~べ~が駆け付けてきた。

 

 

「鵺野……」

 

「龍二、俺が麗華の体に戻す」

 

「あ、あぁ……頼む。

 

桜雅」

 

「任せたぞ。鬼の主」

 

 

鬼の手へ麗華の魂を渡されたぬ~べ~は、寝かされている麗華の体へ魂を戻した。魂が戻されていくのを遠くから見ていた氷鸞は、雷光を連れ麗華のもとへと駆け寄ってきた。

 

戻された麗華の顔色は徐々に、元通りになっていき、意識が取り戻したのか目をゆっくりと開けた。

 

 

「麗華」

「麗」

「麗殿」

 

「……兄貴?」

 

 

龍二を呼んだ麗華は、起き上がり周りにいる渚達を見回した。

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「あぁ。ありがとな、焔。

 

 

兄貴達も……皆…ありがとう」



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あの世からの迎

魂を戻され目を覚ました麗華……


「桜雅!!貴様ぁ!!」

 

 

麗華が目を覚ましたのに気付いたのか、化け物の姿になった皐月丸は彼女に向かって突進してきた。その攻撃を避けるかのようにして、焔は麗華を渚は龍二を氷鸞と雷光の二人は、ぬ~べ~を抱えその場から離れた。残った桜雅は自分で張った結界で、その攻撃を食い止めた。

 

 

「桜雅!!」

 

 

地面に下ろされた麗華達……

 

氷鸞と雷光は、ぬ~べ~を置くと素早く麗華の元へと駆け付けた。

 

 

「麗様、どうします」

 

「麗殿」

 

「……

 

今すぐ、桜雅を助けに行って!!」

 

「承知!!」

「承知!!」

 

「焔、狼の姿になって!!」

 

「了解!」

 

「鵺野、お前にはある魂を呼んでほしい」

 

「魂?」

 

 

 

「渚!!」

 

「言われずとも!!」

 

 

麗華の作戦を知ってか、龍二は腰に掛けていた剣の束を握り、狼姿になった渚に乗った。ぬ~べ~に話し終えた麗華は、いつの間にか出していた薙刀の柄を握り、焔に乗り龍二の隣へ並んだ。

 

 

「で?どうする気だ?」

 

「あいつに飛び乗って、攻撃する!」

 

「だろうと思った!」

 

「行くよ!」

 

「あいよ!!」

 

 

皐月丸の背に飛び降りた二は、武器を彼の背に突き刺した。その痛みで一瞬攻撃に手が緩み、その隙に氷鸞と雷光は桜雅を助け出し、ぬ~べ~の元へ運ぶとすぐに皐月丸のもとへと行き、攻撃し始めた。

 

 

背中の痛みで、暴れ狂う皐月丸……

 

すると、斬り口からただならぬ冷気が紛失し、皐月丸は見る見るうちに小さくなり、元の姿へと変わっていった。変わっている最中に、焔と渚は二人を背に乗せ、その場から退避させた。

 

 

ぬ~べ~の元へと降りた麗華は、彼に駆け寄った。

 

 

「鵺野、あれは?!」

 

「一応呼んだ。だが、このままでは……」

 

「私の身体を使え!」

 

「いいのか?」

 

「構わない!早く、入れろ!!」

 

「わ、分かった」

 

 

 

 

仰向けになり、暗い天井を観る皐月丸……

 

 

(あぁ……私は、また間違ったことをしてしまった……)

 

 

皐月丸の傍へ行き、桜雅はその場に腰を下ろした。

 

 

「桜雅……私はただ……姫様を…」

 

「何も言うな。

 

お前の気持ちは、十分分かっているつもりだ」

 

「姫様は、死ぬ間際に……そなたと約束した場所へ行きそこで待っていると言った」

 

「そうか……」

 

「私はもう、生まれ変わることはない……

 

ここまで、重い罪を犯してしまったのだからな……」

 

 

『それは違います』

 

 

懐かしい声がした二人は、ハッと声の方へ眼を向けた。二人に近づいて来るのは、あの着物を着た麗華の姿……

 

その姿は一瞬、皐月丸の姫であり桜雅の花嫁になるはずであった、桜夜姫の姿へと変わった。

 

 

「さ、桜夜……」

「桜夜姫……」

 

『皐月丸、あなたが犯してしまったことは、確かに重い罪です。

 

だからと言って、生まれ変われないという事はありません……

 

 

あなたは、このまま妖になり、そして桜雅と共に私の大好きな桜を守っていってください』

 

「桜雅と……

 

しかし、私は桜雅までも、殺そうと……」

 

『でしたら……』

 

 

桜夜は自分の胸に手を当て、光を放ち一つの種を皐月丸へ渡した。

 

 

『この種を土に埋め、芽生えた木を守っていってください。私と思って』

 

「ひ、姫様……」

 

『それであれば、できるでしょ?皐月丸』

 

「……」

 

「皐月丸……」

 

 

桜雅に背中を軽く叩かれた皐月丸は、目から一滴の涙を流した。そんな皐月丸の肩に、桜夜は手を置き微笑んだ。

 

 

『さぁ、もう泣かないで。

 

あなたは、泣くような方ではありませんわ』

 

「は、はい」

 

『桜雅、あなたはこの先も、桜を守っていってください』

 

「はい。必ずや、守り通して見せます」

 

『さぁ、もう時間です。

 

この者に、あなた方から礼を言っておいてください。

 

体を貸していただき、ありがとうと』

 

「はい」

「はい」

 

『では、私はこれで……』

 

 

光を放ち、麗華の身体から離れる桜夜……

 

光の柱が二人を包み、桜夜は二人の前へ本当の姿を現した。

 

 

『桜雅、皐月丸……

 

私は、いつでもあなた方を見守っていますからね……』




上を見上げる皐月丸と桜雅……


「……?

皐月丸、顔」

「?」


桜雅の目に映る皐月丸の顔は、火傷の跡が無くなり元の顔になっていた。


「も、戻っている……」

「話せたみたいだね……」


起き上り、二人を見る麗華……


「桜巫女、まさかあなたが……」

「夢の中に出てきたんだ……お前達二人と話がしたいとね……」

「そうだったのか……」

「皐月丸、これからはその種を守っていきな」

「あなたに言われずとも、そうしていくつもりだ」




洞窟から出てきたぬ~べ~達……


広たちは、無事に出てきたぬ~べ~達のもとへと駆け寄り抱き着いた。

龍二に背負られた麗華は、二人を観て安堵の顔を浮かべると、目を閉じそのまま寝てしまった。


そんな龍二達の様子を見ながら、桜雅と皐月丸は互いを見合い、薄く笑い空に浮かぶ月を見上げた。


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桜巫女の帰還

皐月丸との戦いから数日後……


学校が休みだった郷子と広はぬ~べ~を連れ、麗華の家へ見舞に来ていた。

 

 

着流しを着た麗華は縁側の柱に背凭れながら、一緒に縁側に座る郷子達と他愛のない話をしていた。

 

 

そんな様子を見るぬ~べ~に、龍二は茶を出しながら話した。

 

 

「安心したって顔だな?鵺野」

 

「そうか?

 

まぁ、三日も休んでいたからな」

 

「二日前までは、ずっと寝込んでたけど……昨日やっと起き上がれるようになって今日までの調子さ。

 

 

明後日辺りには、たぶん学校には行けると思うぜ?」

 

「それを聞いてホッとした」

 

 

そう言いながら、ぬ~べ~は三人の方へ顔を向け眺めた。

 

 

楽しそうに話す広達……

 

 

「ねぇねぇ、麗華」

 

「ん?」

 

「あの皐月丸と桜雅は?」

 

「あぁ、二人なら昨日出て行ったよ」

 

「え?!」

 

「桜雅は、また遊びに来るって言ってたけど、たぶん皐月丸はもう来ないよ」

 

「何で?!だって」

 

「皐月丸は、あるものを守らなきゃいけなくなったからね」

 

「でも、遊びに来ることくらい

 

「それの傍から離れたくないんだとさ」

 

「……」

 

「まぁ、いつか私の方から、遊びに行くつもりさ。

 

あいつの霊気を捜して、いつかね……

 

 

あの桜が満開に咲く頃に」

 

 

そう言いながら、麗華は庭に植えていた桜の木を見た。

 

 

「その時は、私達も呼んでね!」

 

「気が向いたらね」

 

「何よそれ!」

 

 

「麗!!」

 

 

そこへ血相を掻いて、駆け寄ってくる渚……

 

 

その様子に、部屋にいた龍二とぬ~べ~も縁側へ出て行き渚の元へと行った。

 

 

「渚、どうかしたか?」

 

「麗、早く止めろ!

 

焔と氷鸞が、喧嘩をしている!」

 

「あのバカ犬とバカ鳥……

 

主を休ませるってことを知らないのか」

 

「そう言うなって。

 

二人もだけど、雷光も寝込んでたお前からず――っと、離れようとしなかったんだぜ?今は、ちょっと離れてるけどさ」

 

「だったら、大人しく私の傍にいればいいのに……」

 

 

「火術!火炎玉!」

「水術!水鉄砲!」

 

 

その声と共に、庭の向こうから見える火の玉と水の鉄砲……

 

それを観た麗華はため息を吐き、立ち上がり玄関へ行き下駄を履き靴箱に立てかけられていた木刀を手に持ち、外へ出た。

 

 

外では狼の姿をした焔と、巨鳥の姿をした氷鸞が技を出し合いながら、攻撃を繰り返していた。

 

 

「お前等、いい加減」

「水術!水鉄砲!」

 

 

氷鸞が放った水が見事、麗華に当たり彼女はびしょ濡れになってしまった。麗華の後を追いかけてきていた龍二は、間一髪その水を避け濡れずに済んでいた。

 

 

「れ、麗様!?」

 

「ハッハッハッハッハ!!

 

ざまぁみろ!!氷鸞!!」

 

「貴様ぁ!!」

 

「お前等、いい加減にしろ!!」

 

 

ブチ切れた麗華は、大声をあげながら焔と氷鸞の頭を木刀で叩いた。二匹は痛みからか、獣から人へと姿を変え、その場に尻を着き叩かれた個所を手で押さえた。

 

 

「テメェ等……喧嘩すんのはまだしも、主であるこの私によくも、攻撃を……」

 

「ま、待て!!攻撃したのは、氷鸞の」

 

「問答無用!!雷光!!」

 

「あ、はいぃ!!」

 

「二人に雷落せ!!」

 

「し、しかし」

 

「私の言うことが、聞けないのか?」

 

「し、承知……

 

二人共、済まぬ!

 

 

雷術!雷柱!」

 

 

頭を深々と下げた雷光は、二人に向かって雷を放った。雷を受けた二人は体から煙を上げ、そのまま倒れてしまった。

 

 

「ったく」

 

「相変わらず、容赦ねぇな…お前」

 

 

言いながら、龍二は後ろから自分が来ていた羽織を麗華の肩に掛けてやった。

 

 

「躾は厳しく……でしょ?」

 

「そうだけどよ……」

 

「本当、容赦ないんだから麗華は」

 

「全くだぜ!」

 

「それ以上からかうなら、アンタ達二人の頭もこの木刀で叩くよ?」

 

「す、すいません……」

「す、すいません……」

 

「……?」

 

 

麗華に擦り寄る、いつの間にか馬の姿になった雷光……

 

その雷光に釣られてか、氷鸞と焔も巨鳥と狼の姿へと変わり、麗華に擦り寄った。

 

 

「ちょ、何だよ!?

 

よ、寄るなって!!コラ!!うわっ!!」

 

 

三匹に擦り寄られた麗華は、その場に倒れてしまった。

 

 

そんな麗華の姿を観た龍二と広達は、吹き出し笑い上げた。

 

 

山桜神社の境内に、そんな楽しそうな笑い声が響き渡った。




どこかの森……


小さな池の傍に生える小さな木の苗……


風が吹き苗の葉が揺れると、木々の隙間から差し込む日差しに照らされ苗を覆う一つの影……


苗はまるで、その人を待っていたかのように葉を揺らし、喜んでいるようにも見えた。


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殺人鬼の復活

空を覆う黒い雲……


“ゴロゴロ”


雷が鳴り響く夜……


“ピシャーン”


巨大な音を出しながら、雷は一本の木に落ちた。



雷に打たれた木は、黒く焦げ煙を上げた。その時、木の幹から何かが出てきた。


(あぁ……ようやく出られた……)


出てきた者は、立ち上がった。それと同時に、雷が近くに落ち、雷の光で、その者は照らされた。

赤く光る目……

手に持つ巨大な鎌……


(待っていろ……輝二…

必ず、殺ってやる……君の子供を……)


土砂降りの雨……

 

 

学校の玄関で、傘を畳む生徒達……

 

 

5年3組で教卓の花の水を代える郷子……

 

窓の外を観る広と男子達はため息をついていた。

 

 

「はぁあ……良く降るよなぁ、雨」

 

「ホントだぜ。

 

雨のせいで、全然外で遊べやしない」

 

「この雨じゃ、来週の七夕祭りがやれないのだ!」

 

「大丈夫よ!

 

来週には晴れるわよ!絶対」

 

「だといいけどよぉ……」

 

 

広達を励ます郷子……

 

丁度そこへ、美紀と一緒麗華が教室へ入ってきた。美紀は何やら、ずっと話をしている様子だった。

 

 

「本当なのよ!

 

傷口が、まるで何かで斬られた様に、パックリ開いてて」

 

「だから、そんな事話されても、何も分かんないって」

 

「でも、傷口からじゃ、妖怪の仕業ってことも」

 

「ないない。

 

てか、何でもかんでも妖怪のせいにするな。祟られるぞ!」

 

「うぅ……」

 

 

「二人共、何の話してるの?」

 

「あ、郷子!おはよう!

 

 

ねぇねぇ、今朝のニュース観た?!ニュース!」

 

「今朝の?」

 

「それって、確か昨日の夜、路地裏で四人が殺害されたっていうニュースか?」

 

「そうそう!

 

 

さっきね、その現場にいた奥様方から聞いたんだけど、遺体の傷口がまるで刃物で斬られたかのように、ぱっくり開いてたんだって!しかも一ヶ所だけ!」

 

「い、一ヶ所だけ?!」

 

「その傷口が、致命傷になって死んだとされてるみたいだけど。

 

細川の奴、それが妖怪のせいじゃないかって、さっきからうるさくてうるさくて……

 

ゲホゲホゲホゲホ!!」

 

「どうしたの?風邪?」

 

「違うよ。

 

喘息だ。今朝から酷くて」

 

「大丈夫なの?

 

今日、休んだ方が良かったんじゃ」

 

「別にいいよ。一応吸入器持ってきてるから、何とかなる」

 

「なら、いいけど……

 

辛くなったら、すぐに言うんだよ?」

 

「はいはい……」

 

 

“キ―ンコーンカーンコーン……キ―ンコーンカーンコーン”

 

 

チャイムの音と共に、教室へ入ってきたぬ~べ~……

 

 

「コラ、お前等。早く席に着け!」

 

 

その場に立っていた郷子達は、慌てて席に着いた。出席を確認したぬ~べ~は、そのまま授業を始めた。

 

 

 

放課後……

 

 

帰り支度を終えた生徒達は、次々に教室を出ていき帰って行った。

 

 

玄関先で、空を見上げ愚痴を溢す広……

 

 

「ったく、本当嫌な雨だぜ!」

 

「もう、そう言わないの!」

 

「来週には晴れてくれよ?でなきゃ、お祭りが中止になっちまうんだからさ!」

 

「お祭り?」

 

 

傘を差し広達と帰る麗華は、広の言葉を繰り返し不思議そうに彼等を見た。

 

 

「来週七夕だろ?

 

それで商店街で、お祭りがあんだよ!」

 

「毎年やってただけど、去年は途中から雨が降って中止になって、翌日。一昨年はずっと雨が降っててお祭り事態が中止」

 

「そりゃあ、残念な事で」

 

「だから、今年は何としてでも、晴れてくれねぇと!」

 

「テルテル坊主でも、下げとけば?」

 

「毎年そうしてるさ!それなのによぉ、全然晴れてくれねぇし」

 

「ねぇ、麗華もお祭り行かない?」

 

「悪いけど、七夕の日家の用事があって行けないんだ」

 

「え?そうなの?」

 

「じゃあ、学校も休むのか?」

 

「あぁ」

 

「何々?!家の用事って!」

 

「何でもいいだろう?つーか、アンタに話してどうすんのよ」

 

「良いじゃない!お友達なんだし」

 

「お喋りインコと友達になった覚えはないけど?」

 

「あ~ん、麗華の意地悪ぅ!!」

 

 

「キャァアアア!!」

 

 

突然何処からか女性の悲鳴が聞こえ来た。すると、角から出てきた血塗れになったデカイ鎌を持ち黒いマントで全身を覆った一人の人物……

 

その人物と、鉢合わせてしまった広達……

 

 

「ま、まさか今朝のニュースで言ってた、さ、殺人鬼?」

 

「う、嘘……」

 

「と、とにかくに」

「輝二……」

 

「え?」

 

 

その人物は、その名前を囁き郷子の隣にいた麗華を見つめ、近付いてきた。その瞬間、傍にいた焔は差し延ばしてきたその人物の手を掴み抑えた。手を掴まれた者は、スッと焔の方を向き、不気味に微笑み声を出した。

 

 

「あぁ……君は白狼一族の子かい?」

 

「?!」

 

「焔、そいつの手を放せ!!

 

お前等、走れ!!」

 

 

麗華の指示通り、焔はその者の腕から手を放し走り出した彼女の後を追い、広達と共にその場から走り出し逃げた。

 

 

 

道を走りどこかの公園へ辿り着き、息を整えながらその場で立ち尽くしていた。

 

 

「な、何なのよ!?あの殺人鬼!」

 

「あいつ、麗華の事見て『輝二』って言ってたみたいだったけど……」

 

「知らない……大方、誰かと見間違えたんでしょ?

 

けど……ゲホゲホ……焔を見て、白狼一族の事を知ってたってことは、相当なオカルトマニアか、霊媒師の可能性が高い。ゲホゲホゲホ」

 

「麗、あいつ人間じゃねぇ」

 

「え?」

 

「腕掴んだ時、麗みたいな肌の温か味がなかった……それどころか、とんでもねぇ妖気を感じた」

 

「ゲホゲホゲホ!

 

妖怪の可能性か出たって訳か……」

 

「麗華、これからどうする?このまま家に帰ろうにも、まだアイツがうろついてかもしれないし……」

 

「一旦学校に戻ろう。ここからそう遠くない」

 

「そうね……」

 

「学校に行けば、ぬ~べ~がいるだろうし!」

 

「だったら、安全ね!」

 

「じゃあ決まりね!

 

麗華」

「ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」

 

 

膝を着き口を手で塞ぎながら、咳き込む麗華……

 

 

「ちょっと麗華、大丈夫?!」

 

「だ、だい……ゲホゲホゲホゲホ!!」

 

「麗華!」

 

 

咳き込み、その場に蹲る麗華はポケットから、携帯用吸引器を取り出し吸った。数回ほど吸うと、麗華は息を整えながら体を起こした。

 

 

「大丈夫?」

 

「何とかね…ハァ…ハァ…」

 

「とにかく、行きましょう」

 

「う、うん。

 

麗華、立てる?」

 

 

郷子の手を掴みながら、麗華は立ち上がり転がっていた傘を手に取り、皆は学校へと戻っていった。




学校へ戻る麗華達を、あの黒いマントを覆った者は、木の上からから眺めていた。


(もっと、人間供を殺し力を取り戻して……


早く輝二の子供を殺したい……)


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忘れかけていた名前

学校へ着いた郷子達……

職員室にいたぬ~べ~に、先程起きたことを全て話した。ぬ~べ~は早速警察に通報し、郷子達を家まで送ることにした。


外へ出ると、雨は既に上がり黒い雲が、雷を鳴らしながら動いている様だった。

 

 

「雨、上がったのね」

 

「このまま、晴れてくれればいいのになぁ」

 

「ホントよねぇ」

 

「鵺野、悪いけど私は寄る所があるから、一人で帰るぞ」

 

「おい、今は危険じゃ」

「俺がついている。平気だ」

 

「し、しかしだな」

 

「じゃあな」

 

 

呼び止めるぬ~べ~の声を無視し、麗華は狼姿になった焔に跨り、空へと飛んで行ってしまった

 

 

「いいの?ぬ~べ~」

 

「たぶん大丈夫だろ。焔がいるし」

 

「……」

 

「さ、行くぞ。

 

お前等を安全に、自宅まで送らなきゃいけないんだからな!」

 

「頼りにしてるぜ!ぬ~べ~!」

 

 

 

 

どこかの学校へ着いた麗華……

 

 

校門の壁に寄りかかりながら、焔と一緒に誰かが出て来るのを待った。

 

 

 

 

待つこと三十分……

 

 

校門から出てきた龍二と渚……

 

 

「麗?それに、焔」

 

 

二人に気付いた渚は、名を呼ぶと焔の方へと近寄った。渚の声に、龍二も麗華の方へと寄った。

 

 

「どうした?麗華。

 

お前が、ここに来るなんて……何かあったか?」

 

「……」

 

「麗華?……!?」

 

 

突然龍二に抱き着く麗華……

 

龍二は驚き、抱き着いてきた彼女を見下ろした。抱き着いた麗華は次第に体を震えさせ、泣き出した。

 

 

「麗華……

 

 

焔、何があったんだ」

 

「それが……」

 

 

龍二は抱き着いた麗華を抱き上げ、狼姿になった渚の上に乗り、空を飛びながら焔の話を詳しく聞いた。

 

 

「その、黒マントが麗華に向かって『輝二』って呼んだのか?」

 

「あぁ。

 

それに、俺の事見て『白狼一族の子かい?』って聞いてきたんだ……」

 

(まさか)

 

「龍、もしかして」

 

「……」

 

「そいつから逃げ走ってて、そんで……」

 

「発作を起こしたって訳か……

 

 

こいつにとっちゃ、発作は一種のトラウマみたいなものだからな……」

 

「……」

 

「ひとまず、家に帰ろう。

 

麗華、恥じる事ねぇよ。お前の喘息は、生まれ持ってのものだ。仕方ねぇ」

 

 

 

慰めながら龍二は、麗華の頭を撫で優しく言った。彼女は何も答えず、ずっと龍二の服を掴み離れようとはしなかった。

 

 

 

 

夜になり皆が寝静まり返った頃……

 

 

外では雨が再び降り、雨の音と共に雷が鳴り響いていた。

 

 

ベットの上で、静かに眠る麗華……

 

 

 

 

ゲホゲホゲホ!

 

『先生!また神崎さんが咳してまーす』

 

『神崎さん!うるさい!』

 

違う……好きで出してるんじゃ

 

『アンタはいいよ、勉強出来んだから!』

 

『俺達は、できねぇんだよ!授業邪魔すんなら、早く教室から出て行けよ!!』

 

『出てけよ!!』

 

『邪魔なのよ!!』

 

『邪魔すんなら、もう学校に来んな!!』

 

好きで出してんじゃない!こんな体で、生まれたんじゃ……

 

 

『辛くなったら、すぐに言うんだよ?』

 

 

「!?」

 

 

目を覚ます麗華……

 

起き上り、額に掻いた汗を手で拭った。荒くなった息を整えながら、ふと床で寝ている焔の方を向いた。

 

静かに眠る焔……

 

 

ベットから降り眠る焔の胴に、麗華は頭を乗せ横になりそのまま眠ってしまった。その感触で焔は目を覚まし自分の胴を見た。

 

自分の動に頭を乗せ、寝息を立てて眠る主の姿……そんな姿が一瞬、幼い頃の姿と重なって見えた。

 

 

焔は自分の尾を彼女の上に乗せ、目を閉じそのまま眠りに入った。

 

 

 

 

翌朝……

 

 

朝食を食べながら、テレビを観る麗華……

 

 

《次のニュースです。

 

 

明け方、またしても童森町の商店街の路地裏にて、八人の遺体が見つかりました。

 

傷口は、先日と同様、まるで刃物の様なもので斬られた傷口になっているとのことです。

 

 

警察署では、十年前に捕まえられなかった殺人者が、再び蘇ったのかも知れないとのことです》

 

「十年前?」

 

 

「おーい、麗華。早く支度しねぇと、遅れっぞぉ」

 

 

制服を着ながら、龍二は座りテーブルに出されていた朝食を食べ始めた。いつの間にか朝食を食べ終えた麗華は、テレビを見ながら返した。

 

 

「それは兄貴でしょ?」

 

「ヒヒ!言えてる」

 

「笑い事じゃない」

 

「お前、大丈夫なのか?」

 

「何が?」

 

「昨日発作起こしたから、今日休むもんだと思ってたけど」

 

「別に。喘息如きで、休んでたらまたあいつ等にどやされるだけだからねぇ……

 

『何で来ないの?』だの、『明日は学校に来い』だのって……」

 

「余程居心地いいみてぇだな?」

 

「うるさい……

 

それから、昨日の事誰にも言わないでよ」

 

 

頬を赤くしながら、麗華は味噌汁を啜る龍二に行った。龍二は自慢げな顔を浮かべながら、器を下ろし答えた。

 

 

「気分が向かなきゃ、言わないようにしとくよ」

 

「意地悪」

 

「ほら、テレビ消せ。

 

学校行くぞ」

 

 

食器を流し台に置き、水に浸けた龍二はバックを持った麗華の背中を押しながら、家を出て行き学校へと行った。

 

 

龍二と別れ、焔と共に道を歩く麗華……

 

 

“グチャ”

 

「?」

 

 

肉が斬られる様な音が聞こえ、麗華はその音の方へ近付きそっと覗き見た。

 

そこにいたのは、昨日出会ったあの黒いマントを覆った人物……

 

 

その者はマントを頭から外し、何かを舐めている様子だった。

 

するとその者は、麗華の気配を感じ取ったのか、口にべっとり付いた赤黒い血を舌で舐め拭き、立ち上がり彼女の方を向きそして微笑んだ。その微笑とその物から放たれる只ならぬ殺気に、二人は固まりその場に立ち尽くしてしまった。

 

黒マントの者は、転がっていた死体を蹴り飛ばし一瞬のスピードで、二人の前に立つと傍にいた焔を殴り飛ばした。

 

 

「焔!!」

 

 

蹴り飛ばされた焔のもとへと駆け寄ろうとした時、その者に自分の腕を掴まれてしまい、止められてしまった。麗華は恐る恐るその者の方を振り返り、目を観た。

 

 

「!!」

 

 

赤く光る目……

 

黒く伸ばした髪……姿からして、元は人間であったが、死際に何かに対する強い念が今の姿へと変えてしまったのだろう……そう、麗華は思った。

 

 

麗華を見るその眼は、まるで探し物をやっと見つけた様な目をしていた。

 

 

「見つけたよ?輝二」

 

「え?」

 

「君の名は?」

 

「……」

 

「黙り込んでても、無駄だよ?

 

僕は、君が放つ霊気で輝二だってことが分かってんだから」

 

「……何で?」

 

「ん?」

 

「何で……父さんの事を?」

 

「……何でだろうね」

 

「……?」

 

「知りたいなら……君には……

 

 

消えてもらうよ?」

 

「!!」

 

 

手に持っていた鎌を振りかざす男……

 

 

「火術!!火炎玉!!」

 

 

男に向かって、火の玉を放つ焔……男は麗華から手を放し、その攻撃を避けた。焔は男が彼女から離れたのを隙に、自分の後ろへ隠し男を睨んだ。

 

 

後ろへ隠された麗華は、焔に出来ていた傷を見ながら戸惑い、彼の背を見た。

 

 

すると男は、焔の姿を観るなり、突然笑い出した。

 

 

「な、何が可笑しい!!」

 

「クックック……

 

 

君は、輝二と一緒にいた迦楼羅かい?」

 

「は?」

 

「何でお前が、父さんと迦楼羅の事を知ってんの?!」

 

「知りたければ……一緒に逝くといいよ」

 

「焔!避けて!!」

 

 

振り下ろしてきた鎌を、間一髪避けた焔は麗華を抱えその場から立ち去った。男は鎌を担ぎ持ち、去っていく麗華達の姿を観た。

 

 

(輝二……迦楼羅……

 

あれは、君達の子かい?)




路地裏で着地する焔……抱えていた麗華を下ろした。


「麗、怪我は?」

「ないよ。平気だ。

ありがとう」

「……」

「さっきの事、学校では話さないようにね」

「あ、あぁ……」


焔の返事を聞いた麗華は、裏から出ていきそこを通りかかった郷子達と共に学校へと向かった。


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捜し物

休み時間……


「ぬ~べ~!頼まれてたもの、持ってきたわよぉ!」


クラスで集めたであろうノートを、郷子は広と一緒に職員室へと運んできた。ぬ~べ~は、山積みになっている資料から、顔を出し答えた。


「あぁ!そこに置いといてくれ!ありがとな……って、おわあぁ!!」


指を差そうと、腕を伸ばしたとき山積みになっていた資料が崩れ落ちてしまった。


「あ~もう!何やってんのよ!」

「少しは片付けろよな!」

「うるさい!」

「全く……?」


崩れ落ちた資料の中から、郷子は一枚の紙を見つけ手に取った。それは麗華の写真が貼られた環境調査書であった。


「?どうしたんだ?郷子?」

「これ、麗華の調査書よね?」

「あぁ。みてぇだな。

え~っと、誕生日は……七月七日……


え?!」

「れ、麗華の誕生日って、七月七日なの?!」

「うわぁ…合わねぇ…」

「コラ!

でもこれが本当なら来週じゃん、麗華の誕生日」

「そうだよな。

けどさ、アイツ七日は家の用事があるとか言ってたじゃねぇか」

「まさか、お兄さんと二人っきりで、誕生日を祝うとか?」

「ないない!

アイツ、そんなガラじゃねぇし!」

「だよねぇ!」


「コラ!!他人の調査書、勝手に見るな!!」


郷子が持っていた調査書をぬ~べ~は取り上げ、二人の頭に拳骨を食らわせた。


「痛った~い!!」

「何も、殴ることねぇだろ?!」

「当然だ!人様の情報を読むなんて、失礼にもほどがあるぞ!!」

「だったら、ちゃんと整理しろよな!!」

「だから、今してるでしょうが!!」

「ねぇ、ぬ~べ~は知ってる?」

「何をだ?」

「七月七日に、麗華が学校休むってこと」

「あぁ。それがどうかしたか?」

「何で休むの?麗華からは、家の用事だって聞いてるけど……」

「ならそれでいい。

お前等がそれ以上詳しく知る必要はない」

「えぇ?!」

「えぇ、じゃない!!

ほら、早く教室戻れ!!」


放課後……

 

 

雨が降る道を麗華は、郷子達と一緒に帰っていた。だが彼女は今朝の事を気にしてか、落ち着きがない様子で、辺りを警戒していた。その様子に隣を歩いていた郷子は、前を歩く三人に聞こえないように、小声で声をかけた。

 

 

「大丈夫?」

 

「え?」

 

「何か、ずっと落ち着きがないっていうか……

 

また、喘息?」

 

「ち、違うよ。

 

ちょっと、考えことしてただけ」

 

「ならいいけど……」

 

「気にしなくてもいいよ。

 

平気だから」

 

 

作り笑いを浮かべる麗華……

 

そんな彼女に、郷子は不安と心配で心の中が渦巻いていた。

 

 

土手の階段を上った時だった……広達の前に、あの黒いマントの男が現れたのは。

 

 

「?!」

 

「き、昨日の殺人鬼!!」

 

 

逃げようとするが、広達は恐怖のあまり足が竦んでしまい、逃げられなかった。男は血塗れになっていた口元を、舌で拭うと広達の間を通り、後ろにいた麗華の前に立った。

 

 

「やぁ。また君に会えるとはね……」

 

「……」

 

「君は無口なんだねぇ……

 

輝二とそっくりだ……」

 

「麗華から、離れろ!!」

 

 

後ろにいた広が、意思を男に向けて投げその隙に美樹と郷子が麗華の元へと駆け付け、その場から離した。三人の前に立ち広は石を、克也は傘を広げた状態で構えた。

 

すると男は、広達を見て笑みを溢しながら言った。

 

 

「君の名前は、麗華っていうのかい?」

 

「……だから何?」

 

「そうか……

 

 

君が、輝二の子供だったのか……

 

だから、彼と同じ髪の色をしていたのかぁ……」

 

 

不敵に笑みを溢し、広達に近付く男……

 

男はマントの中から、鎌を取りだし笑みを溢しながら広達目掛けて鎌を振りかざした。

 

 

「君達は邪魔なんだよぉ!!」

 

「キャァアア!!」

 

 

振り下ろしてきた瞬間、目の前にいたはずの広達が突然と姿を消し、代わりに白衣観音経が男に絡み動きを封じてきた。

 

 

広達は、男から離れた場所で下され、助けてくれたであろ後ろにいた者を観た。広達を助けたのは、焔だった。

 

 

「焔!!」

 

「麗、悪い!

 

身を案じて、やっぱり今朝の事あの教師に」

 

 

広達の前にいたのは、お経を唱えるぬ~べ~の姿があった。

 

 

「ぬ、ぬ~べ~!!」

 

「全く…襲われたんなら、早く言わなきゃダメじゃないか!!麗華!!」

 

「ハハ…どうもすんません」

 

 

引き攣った顔で謝る麗華に、ぬ~べ~は呆れてため息を吐いた。

 

 

「こんなもので、この僕を抑えられるとでも思っているのかい?」

 

 

その声と共に、男は体に絡んでいた白衣観音経を解いた。解いた男は、顔を上げ麗華に向かって微笑んだ。

 

 

「麗華……

 

君が輝二の子供なら、そこにいる焔は迦楼羅の子供だね?」

 

「だから、何でテメェは父上の事を知ってんだ!?」

 

「そりゃあそうだよ……僕はあの日にいたんだんだから……

 

 

その二人は君達が生まれてくる前に、この僕が殺したのだからね」

 

「?!」

 

「さぁ、始めよう……

 

 

十年前の続きを!!」

 

 

一瞬のスピードで、麗華の前へと降り立った男は鎌を振り下ろしてきた。瞬時に彼女は、その攻撃を避けポーチから一枚の紙を取り出し、自分の血を触れさせ薙刀を取り出した。

 

 

「麗華!!」

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

 

間一髪広達を、ぬ~べ~の元へと連れてきた焔……

 

焔の腕には、振り下ろしてきた男の鎌が掠り、血を流していた。郷子と美樹は焔の元へ行き、広と克也はぬ~べ~に駆け寄りながら、男と二人っきりになってしまった麗華の名を呼んだ。彼女は息を切らし、薙刀を構えた状態で男を睨んでいた。

 

 

「麗!!」

 

 

郷子達から離れた焔は、危険を察してか麗華の所へと駆け寄った。そんな焔を、男は彼女に向かって笑みを溢すと、麗華の前からいなくなり一瞬で焔の後ろへ回り鎌を振り下ろした。

 

 

「焔!!後ろ!!」

 

 

麗華に言われ焔は、後ろを振り返り下ろしてきた鎌を飛び上がり避け、麗華の前に着地したが、胸を斬られたのかそこから血を流し痛みから地面に膝を着いた。

 

 

「焔!!」

 

 

呼び叫びながら、麗華は焔の元へと駆け寄った。そんな光景を見る男を、後ろからぬ~べ~は鬼の手を出し、攻撃してきた。だがその鬼の手を男は、マントから出した片手で受け止めゆっくりと、振り返り彼を見た。

 

 

「君は、鬼の主かい?」

 

「?!」

 

「実はね……

 

僕も鬼なんだよ?」

 

 

笑みを溢し、受け止めた鬼の手を鎌で切り裂いた。鬼の手は血を噴出し、激痛からぬ~べ~は声を上げて、鬼の手を押えその場に蹲ってしまった

 

 

「ぬ~べ~!!」

「鵺野!!」

 

 

蹲ったぬ~べ~の元へと、郷子達は慌てて駆け寄った。男は振り返り麗華を見た。彼女は息を整えながら、焔の前に立ち薙刀を構えた。

 

 

「輝二は槍だったけど、君は薙刀なのか……

 

やっぱり親子だね」

 

「うるさい……」

 

「そう言う戦いの目付き……

 

 

輝二とそっくりだね」

 

「黙れ!!」

 

「?!」

 

 

薙刀を振り上げた瞬間、麗華は突然胸を掴みながら膝を付き咳き込んでしまった。

 

 

「麗!!」

 

 

咳き込む麗華に、焔は駆け寄った。そんな二人の前に男は立ち、鎌を振り上げた。

 

 

「さぁ、死んでもらうよ!!麗華!!」

 

 

鎌を振り下ろす男……その攻撃から庇おうと、焔は麗華の上を覆った。

 

 

その時、麗華の首から下がっていた勾玉が突然光り出した。その光を嫌うかのようにして、男は振り下ろした鎌を地面へ落し、手で目を塞ぎながらその場から姿を消した。

 

しばらくして、その光は消え焔は顔を上げ男を探すかのようにして見回した。

 

 

(た、助かったのか…)

 

「な、何?今の光」

 

 

ぬ~べ~の傍にいた郷子達は起き上がり、辺りを見回しながら立ち上がった。ぬ~べ~は鬼の手にできた傷口がようやく塞ぎ、彼等と一緒に立ち上がった。

 

 

「あの光のおかげで、さっきの殺人鬼いなくなったみたいだな……」

 

「……」

 

「麗!!しっかりしろ!!麗!!」

 

 

麗華の名をび叫ぶ焔……

 

彼女の方を振り向くと、息苦しそうに息をしながらその場に倒れていた。

 

 

「麗華!!」

 

「ぬ…鵺ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」

 

「喘息が、酷くなってんだ……

 

急いで病院へ連れて行くぞ!!」

 

「うん!!」

 

 

麗華を抱き上げ、ぬ~べ~達は病院へと向かった。焔は狼へと姿を変え、龍二達に知らせようと、彼等の元へと急いだ。




どこかの電信柱に手を着き、息を整える男……


(輝二……あの光は、何だい?)


高笑いをした男の声に反応してか、雷が鳴り響いた。


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真実

病院へと着いた龍二達……


中へ入ると、ロビーではぬ~べ~達が座っていた。


「鵺野」

「?

龍二」


彼の声に、顔を上げたぬ~べ~は立ち上がり向いた。


「何があったんだ?」

「……」

「?焔は?」

「渚と一緒に、先に家に帰した。傷が傷だったんでな……」

「……」

「……クッ!!」」


黙り込むぬ~べ~に、龍二は彼の胸元を掴み怒鳴った。


「何があったんだって、聞いてんだよクソ先公が!」

「お、お兄さん落ち着いて!!」

「ガキは黙ってろ!!」

「!!」


龍二の突然の変貌に、郷子達は怯えそれ以上止める事が出来なかった。龍二は鋭い目つきで、ぬ~べ~を睨みながら、胸元をさらに強く掴んだ。


「病院で、騒ぐな!」


その時、診察室から出てきた医者が、手に持っていたカルテで龍二の頭に軽く叩いた。龍二はぬ~べ~の胸元から手を放し、叩かれた個所を撫でながら後ろを振り返った。


「し、茂さん……」

「大声聞こえてきたから、もしやと思ったけど……


あのねぇ、兄である君がしっかりしないでどうすんの?不良みたいに大声出して脅しちゃって」

「アンタも、元不良だろうが!!」

「まぁ、そうだけど。

とりあえず、君は麗華ちゃんの所へ行きな」

「麗華……!

アイツ無事なんですか?!」

「一応、薬を投与して今は落ち着いている。

診察室で、横になって貰ってるから、早く行ってあげな」


茂と名乗る医者に背中を押された龍二は、背中を撫でながら看護師に釣られて、診察室へと入っていった。


「いやぁ、相変わらずだなぁ……龍二君」

「あの、先生。あなたは二人とはどういった」

「二人の担当医…とでも言っておこうかな。

昔からの付き合いでね、この態度なんだ。すみませんね」

「い、いえ…」

「麗華、大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。

さっきも言ったけど、薬を投与して今は落ち着いている。


あとは俺達に任せて、先生は生徒さん達を送っててあげてください」

「……分かりました。

お前達、ひとまず帰ろう」

「でも…」

「心配いらないよ。もう大丈夫だからさ」


茂の言葉に渋々頷き、郷子達は納得がいかないままぬ~べ~に連れられて、病院を出て行った。




雨が降る帰り道を歩くぬ~べ~達……

 

 

「さっきのお兄さん、何か人が変わったみたいだったな」

 

「うん……ちょっと、怖かった…」

 

「え?麗華の兄貴って、さっきと性格違うのか?」

 

「そっか、克也は会うの初めてだったもんな。

 

 

麗華のお兄さん、普段というかいつもは妹思いのすっげぇ優しい人なんだ」

 

 

以前観たことのある、龍二が麗華に頭を撫でる姿を思い浮かべながら、広は克也に話した。

 

 

「まだ三回しか会ったことないけど、あんなに怒ったのって初めて見たから……」

 

「へぇ……」

 

 

美樹と克也を家に送ったぬ~べ~は、郷子達としばらく黙った状態で歩いていた。すると郷子は歩く足を止め、ぬ~べ~を呼び止めた。

 

 

「ねぇ、ぬ~べ~」

 

「?」

 

「あの黒マントの男が言ってた事で、気になるのがあるんだけど……」

 

「気になる事?」

 

「何か……麗華と焔を見て、『輝二』、『迦楼羅』って呼んでたの」

 

「?!」

 

 

その名前を聞いたぬ~べ~の顔色は、見る見る内に変わった。その様子を観た郷子と広は互いを見合い、彼に声を掛けた。

 

 

「ぬ~べ~、どうしたんだ?」

 

「……」

 

「ぬ~べ~?」

 

「いや、そんなはずは……」

 

「何?何か知ってるの?」

 

「迦楼羅は分からんが、輝二っていう人なら知っている」

 

「え?」

 

「だ、誰なの?!」

 

「十年前、今と同じ事が、この童森町で起きていた」

 

「今と同じって、あの通り魔事件?」

 

「そうだ。

 

 

男女、年齢問わずにして、一日十人近くを殺して行っていた殺人鬼がいた……

 

だが、ある日を境にして、その殺人鬼は消えてしまった」

 

「ある日って?」

 

「七月七日だ」

 

「?!」

 

「殺人鬼がいなくなったと共に、ある警官も亡くなった。

 

世間は、その人が殺人鬼を殺し、その罪で自害したという風に知らされている。だが、その真実を知る者は、誰一人としていない……」

 

「まさか、その輝二って人が、その警官なの?」

 

「そうだ。

 

当時の新聞に、デカデカと載っていたからな。俺はよく覚えている」

 

「……」

 

「さ、行くぞ。

 

それから、こんなこと誰かに話さないように。分かったな」

 

 

二人に釘を刺すように言うと、ぬ~べ~は先を歩き出した。そんな彼を郷子達は慌てて追いかけて行った。

 

 

 

 

二人を家に送ったぬ~べ~は、一人になるとどこかへと向かった。

 

 

目的地へ着いたぬ~べ~……

 

 

そこは、麗華と龍二の家だった。静まり返った境内を歩きながら、奥にある家の戸を叩いた。

 

 

中から出てきたのは、着流しの上から羽織を肩に掛けた龍二だった。

 

 

「鵺野……」

 

「どうしても、麗華の様子が気になってな……」

 

「……上がりな」

 

 

背を向かせながら、龍二は奥へと入っていった。ぬ~べ~は戸を閉め中へと入り、龍二の後に続いた。

 

 

客間へと案内されたぬ~べ~……その向かいに龍二は座り口を開いた。

 

 

「麗華は今、部屋で寝ている」

 

「そうか……」

 

「で?何が聞きたい?」

 

 

まるで、自分の考えを見抜かれたかのように言われたぬ~べ~は、思わず驚いたを浮かべた。

 

 

「その顔からして、図星だな」

 

「……

 

 

お前達の傷(過去)に触れるようであれば、別に無理して話さなくてもいい……」

 

「『輝二』と『迦楼羅』」

 

「?!」

 

「焔から聞いた。

 

 

麗華と焔を見て、その男は確かにそう言ったんだろ?」

 

「あぁ……そうだ。

 

誰なんだ?その二人は」

 

「……

 

 

十年前に、死んだ俺達二人の父親と、焔と渚の父親だ」




ぬ~べ~が、家へやってきた頃……


暗い部屋で目を覚まし、ベットの上で蹲り勾玉を観る麗華……


あの時、突然と光り自分達を守ってくれた……


(……母さん)


勾玉を握り締め、麗華は身を縮込ませ膝に顔を埋めた。


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二人の父親

『輝二』と『迦楼羅』……


二人は龍二達と渚達の父親だと、龍二はぬ~べ~に教えた。


龍二は予め用意しておいた、一枚の写真を出しぬ~べ~に見せた。それは麗華と同じ髪を生やし、スーツを着た男性とその後ろで、黒い忍服を着、白い髪を生やした男が写っている写真だった。

 

 

「これは……」

 

「スーツ姿の男が、俺達の親父神崎輝二。

 

親父の後ろにいるのが、渚達の親父、迦楼羅だ。

 

 

十年前だったよ……

 

アンタは覚えてるだろ?童森町で起きた通り魔事件」

 

「あぁ……」

 

「親父はその事件を担当していた警部だった。

 

犯人が、人間ではなく妖怪だってことに気付いた親父は、迦楼羅と一緒にその犯人を捜し回っていた。

 

 

そして、あの日……

 

親父はアイツと戦った。迦楼羅と式神、自分の武器を使って……

 

 

そして、アイツを神木に封印したと共に、親父は死んだ……」

 

「何故、そこまで知っている」

 

「……俺も、あの日その現場にいたからさ……

 

 

親父を助けたいがために、そこへ行き渚と剣を使ってな…けど、全く歯が立たなかった……

 

親父は俺を庇い、致命傷を負いながらアイツを封印し、死んだ……

 

 

その数時間後だった……

 

 

お袋が麗華を産んだのが」

 

「……」

 

「けど、昨日焔から話を聞いて、気になって封印されている神木に行ったんだ。

 

 

そしたら、雷に打たれて見事に真っ二つに割れて、木を閉めていた注連縄も切れていた」

 

「封印が解かれ、今の状況ってことか……」

 

「そういう事だ。

 

アイツがまだ十年前の続きをしているのであれば、おそらく麗華を狙ってくるだろうな……いや、もう襲われたか」

 

「待て……何で麗華何だ?その続きが」

 

「アイツは自分でターゲットを決め、そいつを殺すまで他の奴は殺さない妖怪だった。

 

十年前、アイツは親父の前で言ったんだ。『次殺すのは、生まれてくる君の子供だ』ってね。

 

 

今殺している人達は、たぶんアイツの霊力を戻すための生贄の様なもの……」

 

「それじゃあ、もし霊力を完全に戻したら」

 

「麗華を殺しに来るだろうね」

 

「……」

 

「これで満足したか?」

 

「あ、あぁ……」

 

「じゃあもう、帰ってくれ……」

 

「……」

 

「俺が正気の内に、さっさと帰れ!!」

 

「!!」

 

 

突然怒鳴り出した龍二に驚いたぬ~べ~は、慌てて家を出て行った。

 

 

出て行った後、頭を抱え息を吐く龍二……

 

 

(何苛立ってんだ……俺)

 

 

 

思い出す、あの日の出来事……

 

血塗れになった父・輝二を前にまだ幼かった龍二は、倒れている輝二の体に出来た傷口を抑え、必死になって血を止めていた。

 

 

『父さん!!父さん!!

 

駄目だよ!!死んじゃ!!』

 

『龍二……父さん、もう無理みたいだ……』

 

『そんな事無い!!すぐに、父さんの仲間が来るよ!だから…だから!』

 

 

涙目で必死に言う龍二……輝二はそんな彼の頭に、手を乗せ笑みを溢し言った。

 

 

『龍二……これからは、お前が母さんと生まれてくる赤ん坊を、守っていってくれ……

 

父さん……お前達とは一緒にいられないんだ……』

 

『そんなの嘘だ!!

 

父さんは、生きられるよ!!だから……』

 

『ごめんな……

 

 

お前達と一緒にいられなくて……』

 

 

その言葉を最期に、輝二は力なく龍二の頭から手を落とし、開いていた目をゆっくりと閉じ息を引き取った。彼と共に、傍で倒れていた狼姿の迦楼羅も、後を追うかのようにして、息を引き取った。

 

 

 

 

 

「兄貴?」

 

 

その声に、ハッと顔を上げ声の方へ振り向くと、そこには心配そうな表情で、自分を見つめる麗華の姿があった。

 

 

「兄貴、大丈夫?」

 

「あ…あぁ、大丈夫だ。

 

ちょっと、考えことしてたんだ。それより、お前大丈夫なのか?起きて」

 

「もう大丈夫。

 

それより、焔は?」

 

「渚と一緒だ。今はもう痛みが引いて、ぐっすり寝ている」

 

「なら……いいけど…」

 

「大丈夫だ。そんな心配しなくても」

 

 

心配する麗華の頭を龍二は雑に撫でた。麗華は雑にされた髪を整えながら、自分に目線を合わせるかのようにして屈んできた龍二の顔を見た。

 

 

「何なら、今日四人で寝るか?」

 

「……いい」

 

 

頬を赤くしながら、麗華は断った。

 

 

「じゃあもう終わりだ。

 

飯作ってあるから、食え。腹減っただろ?」

 

「別に減ってない」

 

「いいから食え。

 

じゃねぇと、薬飲めねぇだろうが。」

 

 

言いながら、龍二は麗華の背中を押し客間を出て行き居間へと向かった。




眠る焔を眺める渚……


傷口はふさがり、血の出し過ぎからか焔は寝息を立てながら静かに眠っていた。


『俺はもう死ぬ……』


龍二と同様、思い出すあの日の出来事……


白い毛並みを血で真っ赤に染めた父を前に、渚はただただ泣き崩れていた。



『泣くな渚……』

『だって…だってぇ……』

『お前は、生まれてくる龍の妹弟(キョウダイ)とお前の妹弟を守れ……』

『うん……うん』

『お前は本当に強い子だ、渚……』


笑みを溢した迦楼羅は、静かに目を閉じ息を引き取った。


思い出した渚は、膝を抱え蹲り顔を埋め泣いた。


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失いかけた者

麗華の席を見つめる郷子達……


「麗華、今日休みだったね……」

「無理もねぇぜ。昨日発作で倒れて、病院行ったんだからさ……」

「ねぇ、今日皆で麗華のお見舞い行こうよ!」

「それ、いいな!」

「賛成!」

「じゃあ、今日の放課後皆で行こう!」


目を覚ます焔……

 

寝ながら横を向くと、自分が寝ている布団の隣で寝る麗華の寝顔が目に入った。

 

 

(?!

 

び、ビックリしたぁ……)

 

 

眠る麗華……

 

そんな彼女に、焔は自分に掛かっていた掛布団の半分を掛け、また眠りに入った。

 

 

 

 

公園のベンチに座り、雲で覆われる空を眺める龍二……

 

 

しばらくすると風が吹き出し、何かの気配を感じた龍二は出入り口の方へ向いた。

 

そこに立っていたのは、あの黒マントの男だった。

 

 

「やぁ、龍二。

 

久しぶりだね」

 

「……鎌鬼」

 

「僕の名前、憶えてくれてたんだ。嬉しいなぁ……」

 

「何の用なの?龍に」

 

 

姿を現した渚は、龍を後ろへ隠すようにして前に立った。渚を前にした龍二は、ベンチから立ち上がり鎌鬼を睨んだ。

 

 

「二人共、そんな怖い顔しなくてもいいだろ?

 

今日は君達に、挨拶に来ただけだよ」

 

「挨拶?」

 

「君の妹……あと少ししたら、殺しに行くから。

 

その前に、君を懲らしめようと思ってね……あの時みたいに、邪魔されちゃ困るし」

 

「……渚」

 

「承知」

 

 

渚は姿を狼へと変え、龍二は一枚の紙を取り出し、自分の血を触れさせ剣を出した。

 

 

「剣の腕は上達しているのかい?」

 

「あれから、何年経ったと思ってんだ」

 

「……そうだね。

 

それじゃあ、始めるよ?」

 

 

 

 

“ドーン”

 

 

突然と童森町に鳴り響く雷……

 

その音と共に、雨が降り出してきた。

 

 

降りだしてきた雨を、学校の中から見る郷子達……

 

 

「あ~あ、せっかく晴れてたのによぉ……」

 

「よりによって、罰掃除何て最悪」

 

「美樹が昼間にあんなことするからでしょ?!」

 

「何よ!!自分だって、楽しんでたじゃない!!」

 

「まぁまぁ、二人共」

 

 

「おーい、終わったかぁ?」

 

 

教室へ入ってきたぬ~べ~は、戸を開けながら入ってきた。

 

 

「もう終わったから、早く帰らせてくれよぉ。

 

雨降ってきちまったじゃねぇか」

 

「それは自業自得だ。

 

 

もういいぞ、帰って」

 

「やったぁ!!」

 

「帰り道、気を付けるんだぞ!」

 

「はーい!」

 

 

 

 

雨が降る帰り道を歩く郷子達……ふと前を見ると、公園の前に人が集っておりその中に救急車が止まっていた。

 

 

「何があったんだ?あれ」

 

「さぁ……」

 

「ちょっと、見に行こうぜ」

 

「うん!!」

 

「ちょ、止めなよ!野次馬みたいなことは!!」

 

「良いじゃねぇか!ちょっとだけだ!」

 

 

止める郷子を無視して、広達は人混みの中をかき分け様子を見に行った。

 

人混みの隙間から見えた、担架に乗せられた制服を着た男性……その男性は、体から血を流し、意識がないように見えた。

公園を観ると、出入り口に黄色いテープが張られ、中には警察官や鑑識官が入り無茶苦茶になっている公園を、調べている様だった。

 

 

「また通り魔だってな」

 

「嫌ねぇ……今度は、高校生を狙ったんでしょ?」

 

「見た人の話からじゃ、あの高校生その通り魔と戦ってたみたいよ」

 

「戦ってたって……」

 

「あの傷じゃあ、ボロ負けだったみたいだな」

 

 

野次馬から聞こえる話し声……

 

広達は、人混みから抜け出し待っている郷子の元へと行った。

 

 

「何か、通り魔にやられたみたいだ」

 

「通り魔に?」

 

「公園見たけど、なんか普通の戦い方じゃなかったわよね……」

 

「誰が戦ったんだろう……」

 

 

「おい!そんな傷で、どこに行くんだ?!」

 

 

叫ぶ声に、郷子達は振り返った。そこには救急隊員に止められる、人の姿になり傷だらけになっている渚がいた。

 

 

「離せ!!アイツを、アイツを追いかけるんだ!!」

 

「何言ってんですか?!その傷で、いったいどうやって」

「黙れ!!」

 

 

突然吹き荒れる風……

 

その場にいた人達は皆、顔を腕で多い風から身を守った。自分から離れた人達の隙に、渚は狼姿へと変わりどこかへと行ってしまった。

 

 

止んだ風に、その場にいた人達は顔を上げ、渚を捜すようにして辺りを見回した。

 

 

「さ、さっきの人って」

 

「渚さん…だよね」

 

「ってことは、さっき救急車で運ばれた人って」

 

「……」

 

 

嫌な予感を感じた郷子達は、急いでどこかへと向かった。

 

 

 

 

家の縁側に座る麗華……柱に背凭れ、屋根から落ちてくる水滴を眺めながら、雨で濡れた庭を眺めていた。目を覚まし麗華と同じく縁側にいた焔は狼姿となり、座る彼女の傍で寝そべり、一緒に庭を眺めていた。

 

 

“ガラ”

 

 

突然と玄関の戸が開き、麗華は顔を上げた焔を見た。焔は姿を人間の姿へと変え、彼女と一緒に立ち上がり玄関へと行った。

 

 

玄関へ行くと、床に倒れる傷だらけの渚がいた。

 

 

「渚!!」

「姉者!!」

 

 

倒れる渚に駆け寄ろうとした時、突然と電話が鳴り渚を焔に任せた麗華は、受話器を取り耳に当てた。

 

 

「もしもし」

 

「麗華ちゃんかい!!良かった、家にいて」

 

「茂さん……どうしたんですか」

 

「落ち着いて聞いて。今龍二君がうちに運ばれてきたんだ!!」

 

「!!」

 

「傷だらけで意識不明なんだ!!急いで」

“ガタン”

 

「麗華ちゃん?!麗華ちゃん!!」

 

 

受話器が落ちる音が聞こえ、茂は彼女の名を呼び叫んだが応答がなかった。

 

 

 

 

「焔、渚を頼む!!」

 

「麗!!どこに行くんだ!!麗!!」

 

 

受話器の外から聞こえる、麗華と焔の声……

 

 

『傷だらけで意識不明』

 

その言葉を聞いた麗華は、居ても立っても居られず家を飛び出した。外へ出た麗華は氷鸞を呼び出し、既に巨鳥の姿になっていた彼の背に飛び乗り、病院へと向かった。




病院へ着いた麗華……


びしょ濡れになった彼女は、人の姿となった氷鸞と共に中へと駆け込んだ。

息を切らし、茂の姿を捜す麗華……


そんな彼女を不思議に思った看護婦は、彼女に声をかけた。


「あの、どうかされました?」

「今日、ここへ……ここへ運ばれた人は!!」

「失礼ですが、あなたは?」

「運ばれた学生の、家族です!!兄は…兄は!!」
「麗華ちゃん!!」


茂の声にハッと声の方向を向くと、彼が血相を掻いて走ってきた。


「茂さん……兄は…兄貴は?!」

「病室で寝ている。

もう大丈夫だ」


息を切らし、心配する麗華の頭に、手を置きながら茂はそう言った。彼の言葉に、麗華は緊張の緒が切れたのか、力が抜けたかのようにしてその場に倒れかけた。
そんな麗華を、慌てて傍にいた氷鸞と茂が支え近くにあった椅子へと座らせた。


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決意

麗華が家を出て行ってから数分後……

麗華の家へと着いた郷子達……

家へ入ろうとした時、同時に戸が開き中から出てきた焔と、危うくぶつかりかけた。


「焔!?」

「?!お前等」

「大変なの!!麗華のお兄さんが!!」
「とっくに知ってる!!

今から、行くところだ!!退け!!」


郷子達を退いて、焔は狼へと姿を変えどこかへ飛んで行ってしまった。


「郷子、この事すぐにぬ~べ~に伝えましょ!」

「うん!!」


美樹の提案に、全員が賛成し麗華の家を後にした。


病院のロビーで、椅子の上で膝を抱え脚に顔を埋めて座る麗華……

 

その時、壁に掛けられていた時計が鳴りだした。傍にいた氷鸞は、その音の方に目をやり時計を観た。

 

 

(もう、五時か……)

 

 

椅子に座る麗華の肩を擦る氷鸞……雨で濡れた髪の上には、先程茂が被せたタオルが掛かっていた。

 

 

「麗!」

 

 

中へ入ってきた焔は、麗華を見つけるなり彼女の名を呼びながら駆け寄ってきた。

 

 

「焔」

 

「氷鸞、すまねぇ。お前に任せちまって」

 

「別にいい。とにかく貴方が麗様の傍にいなさい」

 

「……」

 

「それより、姉上は大丈夫なのですか?」

 

「あぁ。丙と雛菊が手当てしている。命には別条ないって……」

 

「そうか……」

 

「龍は?」

 

「まだ意識が戻っていないとのことだ」

 

「……」

 

「焔、麗様方がこのような状況になったのは初めての事か?」

 

「イヤ……たぶん、初めてだと思う……」

 

「……焔、麗様を頼んだぞ」

 

「命に代えて」

 

 

氷鸞は一枚の紙へと戻り、麗華の腰に着けていたポーチの中へと戻った。

 

 

「焔……」

 

 

顔を埋めながら、麗華は弱り切った声で焔の名を呼んだ。

 

 

「?」

 

「兄貴が死んだら、どうしよう……」

 

「麗……」

 

「あそこにはもう、戻りたくない……

 

戻りたくない……」

 

「……」

 

 

身を縮込ませ、麗華は焔に言った。焔は隣へ座り、黙って雨で冷たくなった彼女を抱き寄せた。

 

 

 

 

しばらくして、病院へぬ~べ~が駆け付けてきた。中へ入り麗華を見つけると、彼女のもとへと駆け寄ってきた。傍にいた焔は麗華に彼が来たことを伝え、立ち上がりぬ~べ~を見た。彼の後に続いて、郷子と広も一緒に二人の傍へと駆け寄ってきた。

 

そこへ、茂がやってきて、ぬ~べ~を連れ診察室へと行き、残った郷子と広は麗華とロビーに残った。

 

 

「何で、兄貴を……」

 

「?」

 

 

顔を上げながら、頭を片手で抱え麗華はそう言った。彼女の目には泣いたであろう跡が残っており、少し腫れていた。

 

 

「殺すなら、さっさと殺せばいいのに……」

 

「麗華……」

 

「あの殺人鬼が、私と焔を見て『輝二』と『迦楼羅』って呼んでたの、聞いてたでしょ?」

 

「うん……」

 

「その二人……私と焔の父さん達なんだ……」

 

「え?!」

 

「私が生まれた日に死んだんだよ……父さん達」

 

「っ……」

 

「兄貴じゃなくて……私を……私を殺せば……」

 

「麗……」

 

 

泣き出したのか体を震えさせ、麗華は再び顔を埋めた。

 

彼女の話を聞いた郷子と広は、何も言い返す言葉がなく、黙り込んでしまった。

 

 

「麗華」

 

 

診察室から出てきたぬ~べ~は、麗華の名を呼んだ。その声に気付いた彼女は顔を上げ、床に履き捨てていた黒い下駄を履き、焔と共にぬ~べ~の所へと行った。

二人がいなくなると、広は郷子の耳元で小さな声で話した。

 

 

「あの二人(美樹と克也)、連れてこなくて正解だったな」

 

「うん……」

 

「けど、麗華の親父さんまさか、麗華の誕生日に亡くなってたなんてな……」

 

「七日は、麗華の誕生日でもあり、お父さんの命日だったんだね……」

 

「何か、休む理由が何となく、分かったぜ……」

 

 

 

 

ぬ~べ~の所へ行った麗華は、茂に連れられ龍二が寝ている病室へと入った。

 

中へ入ると、龍二は目が覚め既に起き上っていた。

 

 

「兄貴……」

 

 

目覚めた龍二のもとへと駆け寄り、麗華は起き上がっていた彼に抱き着いた。茂はその瞬間を、隠すようにしてぬ~べ~の顔前にカルテで塞いだ。

 

抱き着いてきた麗華を受け止めた龍二は、彼女に釣られてか目から涙を流し強く抱きしめながら言った。

 

 

「ごめんな……心配かけちまって……」

 

「もう止めてよ……勝手な行動するの……

 

それで死んだら、話にならないじゃん……」

 

「だな……」

 

 

麗華を自分から話した龍二は、彼女の目に溜まっている目を指で拭ってやった。その様子を見てホッとした茂は、ぬ~べ~からカルテを放し、二人の元へと寄った。

 

 

「鵺野?!何で」

 

「お前が病院へ運ばれていくのを、郷子と広が見ていてな……」

 

「そうだったのか……?!渚は」

 

「今家で、丙達が手当てをしてる。大丈夫、命に別条はないってさ」

 

「よかったぁ……」

 

「龍二、お前に聞きたいことがある」

 

「?」

 

「あの殺人鬼……俺の子の鬼の手を見て自分も鬼だと言ってきた。

 

アイツは、何者なんだ」

 

「……

 

 

鎌鬼」

 

「え?」

 

「奴の名前は、鎌鬼……

 

元々は人間だったんだ……」

 

「やっぱり、人だったんだ……」

 

「あぁ……

 

もとは、中学生の男だったんだ。けど学校のいじめや家庭内で起きてた虐待があって……ある日、アイツはその自分の運命に耐えきれなくなって」

 

「自殺…したの」

 

「そうだ。

 

だがアイツは、死際にクラスの奴等に言ったんだ。『この世にいる全ての人間を殺すまで、僕の魂は尽きることはない!!無論、君達も全員殺すつもりだから、覚悟しておけ!!』って……

 

 

そいつが死んでから、しばらくして通ってた学校の関係者が全員遺体で発見された。体には鎌で斬られた様傷を負ってな。

 

それが始まりだった。十年前に起きたあの通り魔の」

 

「だけどその事件父さんが、命を掛けてその鎌鬼を神木に封印して、終わったんじゃ」

 

「その神木に、雷が落ちて封印が解けちまってたんだ。

 

アイツが狙ってるのは、麗華の命だ」

 

「……」

 

「龍二、お前はとにかく傷を治せ。その間はこの俺が、麗華を守ってやる」

 

「うわ、頼りねぇ」

 

「何!!」

 

「だったら、焔達に守られてた方がよっぽど良い」

 

「お!それ言えてるかも」

 

「コラぁ!!兄妹揃って!!教師をからかうな!!」

 

 

病室から響いてくる笑い声に連れられ、ロビーにいた郷子達は病室へ入って行った。




数時間後……

ぬ~べ~は郷子と広を連れ、病院を後にした。

二人っきりになった病室では、麗華と龍二は互いを見合い頷いた。



しばらくして看護婦が病室へ行くと、ベットの上は物家の空になっており、代わりに窓が開いていた。




家へと帰ってきた龍二と麗華……

龍二は、丙に傷を完全に治してもらうと、自分の部屋へと行った。部屋へ行くと龍二は服を脱ぎ腹にさらしを巻き、黒い単を着ると上から白い狩衣を着た。

同じ頃、麗華も自分の部屋で胸に晒を巻き、赤い水干を着た。


部屋を出た二人は、本殿へ行き神棚に供えられていた、一枚の紙を手に取り、外で待っている狼姿へとなった焔と渚の所へ行った。


外へ出ると、いつの間にか雨が止んでいた。


「麗華、覚悟はいいな」

「当たり前じゃん。でなきゃ、ここにいない」

「だよな」


話をしながら、二人は渚と焔の背に乗った。乗ったのを確認すると、焔と渚は互いを見合い、先に渚が飛び続いて焔が飛んで行った。


二人は、首からかかっている勾玉、手首に着けている勾玉を見た。


(……親父)
(母さん)


勾玉を放し、意を決意したかのような目で、二人は向かう方向を見た。


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対決

学校の屋上へ降り立つ焔と渚……

校舎の上に立つ棒の先に鎌鬼は鎌を持って立っていた。彼は二人の気配に気付いたかのように、ゆっくりと振り向き、微笑んだ。


渚と焔から降りた龍二と麗華は、懐から一枚の紙を取り出し、自分達の血をそれぞれの紙に触れさせ薙刀と剣を取り出した。


「?

君達は、僕を倒そうとしているのかい?」

「これ以上、人を殺されちゃ困るんでね」

「アンタに殺られる前に、私がアンタを殺る」

「無意味な反抗だね……

でもいいよ。付き合ってあげる。」


目の色を変え、鎌鬼は棒の上から飛び降り、二人に向かって笑みを向けた。


「さぁ、始めよう……


この地が、君達二人の墓場となる」


“ドーン”

雷の合図と共に、二人は鎌鬼に薙刀と剣を振りがざし、同時に鎌鬼も二人に鎌を振りかざした。


黒い雲が広がる午後……

 

 

「凄かったよなぁ、今朝の学校」

 

 

学校へ行った広達だったが、校舎の屋上が滅茶苦茶になっており、学校は急遽休みとなった。休みになった広達は、学校へ忘れ物を取りに行こうと通学路を歩きながら、今朝の校舎の様子を話し合っていた。

 

 

「滅茶苦茶だったもんねぇ」

 

「誰がやったんだろうな?」

 

「そりゃあきっと、妖怪の仕業だぜ!」

 

「はいはい、いつものパターンね」

 

「全く、何で学校に忘れ物なんかするのよ!広は!」

 

「仕方ねぇだろ?持ち帰るの忘れてたんだから」

 

「あのねぇ!!」

 

「まぁまぁ!広が忘れ物してくれてたおかげで、今は立ち入り禁止の学校に忍び込めるんだから!良いじゃない!!」

 

 

喜ぶ美樹に、郷子は深くため息をついた。

 

 

 

 

“ガラガラ……ガラガラ”

 

 

アスファルトに何かを引きずる音が、後ろから聞こえてきた。

 

 

「?何の音だ」

 

 

気になり、広は後ろを振り返った。そこにいたのは、鎌を引き摺り傷だらけになった箇所を抑える、鎌鬼の姿だった。

 

 

「?!!」

 

「さ……殺…人鬼……」

 

 

広達に気付いたのか、鎌鬼はスっと顔を上げ彼らを観ると捜し物を見つけたかのような、微笑を向けた。

 

 

「やぁ…」

 

「ひっ…」

 

「君達は、麗華の友達かい?

 

なら嬉しいなぁ……

 

 

丁度、力を取り戻したかったところだったからね!!」

 

 

叫ぶと共に、鎌鬼は広達に鎌を振りかざしてきた。恐怖で動けなかった広達は、殺されると思い強く目を閉じた。

 

 

“キーン”

 

 

鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、その音に郷子は恐る恐る目を開けた。

 

 

 

「龍二さん!!」

 

 

振り下ろしてきた鎌を剣で防ぐ龍二……

 

ズタズタに斬られた狩衣に破れた袖から見える傷だらけの腕……

 

 

「渚!!早くこいつ等を、学校の方へ!!」

 

「承知!!」

 

 

いつの間にかいた傷だらけになっていた狼姿の渚は、広達の返事も聞かず自分の背に乗せ、学校の方へと飛び立っていった。

 

 

「ようやく見つけたぜ。鎌鬼」

 

「鬼ごっこも、ここまでかな?」

 

「戦っている最中に逃げ出すとは、いい度胸じゃん……」

 

 

後ろから聞こえる声……

 

 

薙刀を手に持つ麗華の姿……

 

身に纏う水干は、左半分が破かれ見える肌には、痛々しい傷が幾つもあった。

 

 

「お揃いかい?」

 

「そうだね……

 

アンタを追いかけるだけで、どれだけ体力使ったか……」

 

「でも、君達には確か、致命傷を与えたはずだけど?」

 

「悪いなぁ。こっちには、回復担当の式神がいるもんでな」

 

「あぁ、なるほど。

 

そいつに、回復させて貰ったって訳か……」

 

「そういうこと」

 

 

二人は懐から札を取り出し、鎌鬼に投げつけた。札は稲妻を放ち鎌鬼を動けなくした。

 

 

「おや?動けなくなっちゃった……」

 

「アンタは、ここで」

 

「消えてもらう!麗華!!」

 

「承知済み!!」

 

 

印を結ぶ二人……二人の立つ場所から、地面から陣が光を放ちながら浮き出てきた。強力なのか、稲妻を放ち風を起こしながら、その陣は浮き出てきた。

 

 

(何だ?一体……)

 

「臨」

 

「兵」

 

「闘」

 

「者」

 

「皆」

 

 

二人が放つ言葉に、札から出ていた稲妻は徐々にその力を増し、鎌鬼を封じ込めようとしていた。二人の動かす口を交互に観た鎌鬼は、微笑みそして……

 

 

「君達は、僕の本当の力を知らないみたいだね……」

 

「?」

 

 

その言葉と共に、鎌鬼は札から出てきていた稲妻を振り解いた。解かれた光景を観た二人は驚きを隠せないでいた。驚いている二人を、鎌鬼は鎌を振り回した。

その瞬間、駆け付けた焔が素早く二人を背に乗せ、その場から逃げ出した。

 

 

そんな逃げ行く焔を観る鎌鬼……その目は、玩具で遊ぶ子供のように無邪気な光を放っていた。

 

 

 

 

その頃、学校へ逃げついていた広達……学校にいたぬ~べ~は彼等を校舎の中へと入れた。

 

しばらくした後、焔が傷だらけになった二人を乗せ、学校へ着いた。ぬ~べ~はすぐに二人を校舎へ入れ、保健室へと連れて行った。

 

 

二人を治療する、丙と雛菊……

 

 

「全く……

 

無茶ばかりしやがって」

 

「説教は、後にしてくれない?

 

こっちは死にかけなんだから……痛っ!」

 

「す、済まぬ!麗」

 

「学校の屋上を滅茶苦茶にして、挙句の果てにはそんな傷だらけになるまで、あの鎌鬼に戦っていたとはな…一言、俺に声をかけてさえくれれば、手伝ってやったのに」

 

「余計なことすんな。

 

これは俺達の問題だ。他人のアンタに口出す権利はねぇんだよ!」

 

「っ……」

 

「でも、学校で戦っていたなら、どうして鎌鬼はあんな所にいたの?」

 

「隙を狙って、アイツに結界を張って、封じ込めようとした……けど、動きを封じ込めようとした時、結界を破ってその場を逃げだしちゃって……」

 

「二手に分かれて、アイツを捜してたら……お前等がいたってわけさ」

 

「そういう事だったの……」

 

「これからどうするつもりだ?

 

また、再挑戦するのか?」

 

「そのつもりだ。

 

奴をこの学校に誘き出して、学校全体に結界を張る。そこで決着を付ける」

 

「なら、俺達も」

「命の保証、できないよ」

 

「?!」

 

「麗華を殺すまでは、奴はどんな事をするか分からねぇ。下手したら、お前等を殺して霊力を戻す、餌食になる可能性は高い」

 

「それでもいい!!」

 

「!?」

 

「友達が命の危機なのに、ただ指銜えて大人しくしてろ何てできるかよ!!」

 

「広の言う通りよ!!

 

麗華、手伝わせてよ!!私達、麗華の力になりたいの!!麗華を救いたいの!!」

 

「ま、麗華には貸があるし、私はそのお返しよ」

 

「お、俺だって、手伝うさ!!麗華は俺達、ぬ~べ~クラスの一員なんだからさ」

 

「麗華、お前にはこんなにもお前を助けたいという、仲間がいるんだぞ。

 

その仲間に、少しは甘えてはどうだ?」

 

 

呆気に取られていた麗華に、龍二は彼女の頭に手を乗せ雑に撫でた。麗華は撫でてきた彼の手の上に手を乗せながら振り向いた。

 

 

「ここは、いいところ見てぇだな。麗華」

 

「……」

 

 

記憶に蘇る、ぬ~べ~達と過ごした日々……

 

最初は嫌だった麗華だったが、次第にその気持ちは無くなり替わりに、無くてはならない感情へとなり、いつしか麗華にとって居心地のいい場所になっていた。

 

 

顔を下へ向かせた麗華は、深く息を吐くと顔を上げぬ~べ~達を見つめた。

 

 

「結界を張る。張る前にやらなきゃいけないことがある。

 

 

それを、手伝って」




そんな二人を見る焔と渚……


焔はどこか安心げな表情で、麗華を見ていた。


「安心してるの?焔」

「当り前だ。

こんな光景、以前の学校じゃありえなかった……


仲間か……」


焔の記憶に蘇る、幼い頃の麗華の姿……

いつも家に帰りたいと泣き喚ていた……いつしか、その顔から笑顔は無くなり無口になり、周りにいた人と係わろうとせず、当時そこにいた妖怪達としか話さなくなってしまった。


だが、今の麗華には、人間の友がしっかりいることを、焔の目には映っていた。


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奇跡

学校の隅に、木の釘を打つぬ~べ~達……

打つ前に、麗華と龍二彼等に説明した。


「まず、学校の隅計四か所に、この札の着いた木の釘を打って貰う。

打ち終えたら、俺と麗華で結界を張る」

「ちょっと待て。

結界を張っては、鎌鬼は入って来れないんじゃ……」

「大丈夫。

この結界は、一度入ったら出られなくなるものだ」

「だから、奴が入ればもう袋の鼠……

逃げることも、隠れることもできない……


もし失敗すれば、全員に命の保証はない」

「……」


木の釘を打ち終わり、校庭へ集まるぬ~べ~達……

 

 

「釘打ち終わったけど……何が始まるんだ?これから」

 

「結界張るのは分かってるけど」

 

「いいから見てて。

 

アンタ達は、危険だから校舎の中に。雷光、氷鸞こいつ等に付いてて」

 

「承知」

「承知」

 

「後、何があってもそいつ等の傍から離れないこと。いいね」

 

「し、しかし」

 

「それでは麗殿が」

 

「私の命令が、聞けないの?」

 

「っ……」

 

 

麗華の迫力に負け、二人は口応えができず互いを見合い渋々承諾した。

 

 

 

「鵺野、お前にはこの結界を張る手伝いを頼む。

 

霊力の強いお前だ。強力な結界ができる」

 

「分かった」

 

 

郷子達が、校舎の中へと入ったのを確認すると、三人はそれぞれの位置へ着いた。それを見守るかのように、屋上から麗華達を見る焔と渚……

 

 

息を吐き、三人は手を合わせた。すると、三人が立っている場から風が起き、周りを光で包みだした。

 

 

 

そんな光を、遠くの木の上から見る鎌鬼……

 

 

(あぁ……見つけた。

 

麗華)

 

 

 

光は消え、学校全体に何かが覆い被さったかの様になった。ぬ~べ~は手を放し、学校に張られた結界を見上げた。

 

 

「凄いな、この結界……」

 

「強力な霊力を持った妖怪を、閉じ込める際に使う特別な結界だ。

 

先代達は、この結界を張って妖怪達と闘ってきたんだとさ」

 

「そうなのか……?!」

 

 

校庭へ入ってきた一つの黒い影……

 

 

「来た……」

 

 

地面に刺していた薙刀と剣を構える龍二と麗華……ぬ~べ~は鬼の手を出し、二人に並んで立った。

 

 

その様子を見る郷子達……

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「へっちゃらだ!あのぬ~べ~と陰陽師兄妹だぜ?」

 

「最強チームじゃねぇか!」

 

 

興奮する三人に対して、郷子はただ不安げな表情で校庭を観た。

 

 

 

 

三人に近付いて来る鎌鬼……

 

 

「いやぁ麗華……またここに来るとはね」

 

「入ってきてくれて、どうもありがとう」

 

「歓迎してくれるのかい?嬉しいなぁ……

 

でも、君にはここで死んでもらうよ。

 

 

これは、定めだからね」

 

 

一瞬で麗華に近付いた鎌鬼は、手に持っていた鎌を振り下ろした。振り下ろしてきた鎌を麗華は薙刀で受け止め、その隙にぬ~べ~と龍二が攻撃してきた。

 

二人の攻撃を、鎌鬼は彼女から鎌を放し、二人に向かって振り回した。龍二は持っていた剣でその攻撃を防ぎ、ぬ~べ~は間一髪避けた。

 

 

「君は、また殺られたいのかい?」

 

「次は殺られねぇ!」

 

「いい目付きだねぇ……

 

あの時とは比べ物にならないくらい、成長したみたいだね。龍二」

 

「気安く、俺の名を呼ぶな!」

 

「おぉ。怖い。

 

 

ま、君は麗華を殺した後に、殺してあげるよ。

 

そうすれば、仲良くあの世で家族と一緒に過ごせるだろ?」

 

「生憎、俺はまだ死ぬ気はねぇ。もちろん麗華もだ」

 

「へぇ……そうかい」

 

 

鎌鬼が一歩踏み出した時……

 

突然地面が光り、鎌鬼の体に光る呪印の触手が絡みついた。

 

 

「よし!!

 

麗華!!鵺野!!」

 

 

龍二の掛け声と共に、それぞれの位置に着く二人……

 

麗華は懐から一枚の紙を取り出した。息を整えながら、その紙に自分の髪の毛を結び、露出していた腕を薙刀で軽く斬り、血を流しその地を紙に触れさせた。紙は麗華の血に反応し、煙を出しその中から弓と矢が出てきた。矢の箆にはお経であろう文字が、びっしりと書かれていた。

 

 

「兄貴、準備できた!」

 

「了解!」

 

 

鎌鬼から離れた龍二は、既に構えていたぬ~べ~に合図を送った。ぬ~べ~は印を結び、お経を唱え始めた。それに合わせるかのようにして、龍二もお経を唱え始めた。すると、鎌鬼の体に絡みついていた呪印が強まり彼の体は麗華の方へと向かれた。

 

 

弦に矢筈を嵌め、狙いを定めたかのようにして、弓を引く麗華……

 

 

(これで……終わりだ)

 

 

弦を放そうとした時だった……

 

突然、鎌鬼から黒いオーラが放たれ、体に絡んでいた触手は光の粒となり消えた。それと共に、彼は黒いオーラを全開にしたかのように、波動を起こした。

 

 

波動から起きた風で、ぬ~べ~達は吹き飛ばされてしまい、更にその波動は鎌鬼が振り回す鎌により、鎌鼬のような風となり三人の体を傷つけた。

 

 

「?!」

 

「麗!!」

「龍!!」

 

 

人から狼の姿へとなった渚と焔は、光のスピードで屋上から飛び降り、二人の元へと急いだ。

 

 

鎌鬼は次第に黒いオーラを抑え、飛び散った三人を眺めながら笑みを溢し言った。

 

 

「まだ、分からないみたいだね。

 

君達に、僕は倒せない……

 

 

でも喜んで……

 

この手で僕が、君達……いや、この世にいる者全てを殺してやるから」

 

 

倒れていた麗華と龍二は、体に出来た傷を押えながらゆっくりと体を起こした。その傍へ駆けつけてくる焔と渚……

 

 

「君達は、邪魔なんだよ……」

 

 

渚と焔目掛けて、鎌鬼は鎌を振り回し鎌鼬を放った。その風を受けた焔達は、傷を負い木にぶつかり倒れた。

 

 

「焔!!」

「渚!!」

 

 

焔の元へと行こうと、麗華は立ち上がった。その時目の前へ寄ってきた鎌鬼は、彼女の腕を掴みその行為を阻止した。

 

 

「麗華……

 

 

これで、やっと殺せる」

 

「何が殺せるだ……

 

 

私を見つけるまでの間、どれだけの人を殺した!?

 

私だけを狙えばいいものを、何で他の人達まで!?」

 

「霊力を戻すには、人の魂を食らい、その魂に宿っている霊気を奪う必要があったんだ。

 

輝二は、僕の霊力を自分の身体へと封印して死んだ。元の霊力を戻すには、人を殺す他なかったんだよ」

 

「じゃあ、諦めればよかったじゃない!!」

 

「諦める……

 

 

嫌だね…

 

 

僕は……僕は」

 

 

麗華の腕を掴む鎌鬼の手が震え出し、次第に力が強くなっていった。

 

 

(な、何?!この力)

 

「あの時僕を虐めて、のうのうと生きている奴等に復讐を誓った!!そして、助けを求めていた僕に、気付いてくれなかったこの世全ての人にも、復讐を誓った!!

 

だから、諦めることはできないんだよ!!

 

 

この地から、神様が僕の為に与えてくれた力!!だから、この世にいる者全員を殺すのが、僕の役目!!」

 

「鎌鬼……」

 

「だから!!」

 

 

掴んでいた腕を両手で掴んだ鎌鬼は、麗華を地面へ倒した。抵抗することができなかった彼女は、そのまま地面へ倒れすぐに起き上ろうとしたが、鎌鬼は彼女の上に跨り笑みを溢した。

 

 

「君を殺した後は、さっきも言ったように龍二を殺す!そうすれば、寂しくないだろ?」

 

「麗華!!」

「麗!!」

 

「ほら、聞こえるかい?

 

君の名を呼ぶ声が」

 

「……」

 

「じゃあ、死んでもらうよ」

 

 

鎌を振り上げる鎌鬼……

 

 

(なす術無しか……

 

 

ごめん……皆)

 

 

目を閉じ、死を覚悟した麗華……

 

 

「死ねぇぇええ!!」




“バーン”

一筋の光が、結界を破り中へと入った来た。その光は麗華に当たり、光を嫌ったのか鎌鬼は彼女から離れ、左腕を押えながら息を切らしていた。

光は次第に、人の形へとなりその姿を現した。


(まさか……)

(こんなのって……)


その姿を見た龍二と渚は、驚きの顔を隠せないでいた。渚は口に手を当て、泣き出そうとする声を抑えた。


固く眼を閉じていた麗華は、自分に何が起きたのか分からず眩しく光っている光景が気になり、ゆっくりとその眼を開いた。

自分の前に立つ一人の男性……白い単の上から青い狩衣を着、手には槍を持っていた。髪は自分と同じ紺色の髪を、耳下で束ねていた。その男性の傍に、立つ白い毛並みに赤い目を持った一匹の狼……


「大丈夫か?


麗華」


男は振り返り、麗華を見た。その顔を見た瞬間、麗華はやっとの思いで口を動かしたかのように、声を出した。


「と……父さん?」


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あの世からの助っ人、そして再会

「おい、輝。

こいつ、俺達が確か、封印したんじゃなかったのか?」


輝二の隣にいた狼・迦楼羅は、口を開きながら輝二の方を観た。


「そうなんだけど……

どうやら、封印が解かれちゃったみたいだね」

「呑気に言ってる場合か!!

お前のガキ共も、俺のガキ共、更には関係ない人間がボロボロにやられてんだぞ!!」

「そう怒鳴るなって…

俺だって何が起きてんのか、分からないんだからさぁ……」

「ったく……」


そんなやり取りを見ていた麗華の元に、龍二と焔が駆け寄り彼女を立ち上がらせた。


「龍二、麗華とあの人を連れて、先に建物の中へ入ってなさい」

「分かったけど……親父はどうすんだ?」

「何、こいつの目を晦ませてから、校舎に入るさ」

「……」

「早く行け」

「あ、あぁ」

「焔、渚。

オメェ等、しっかり自分の主を守れ。いいな」

「分かってるわよ!!」
「分かってるよ!!」


人の姿へとなった焔は、麗華を抱え先に校舎の中へと入った。同じく人の姿へとなった渚はぬ~べ~を引き摺り、龍二と共に中へと入っていった。


皆が中へと入ったのを確認した輝二は、体を動かしながら鎌鬼の方を向いた。

 

 

鎌鬼は鎌を回しながら、口を開いた。

 

 

「おかしいな……

 

君達は確か、僕を封印したと同時に死んだじゃなかったのかい?」

 

「お前が封印した時、ちょっとした術式を組ませてもらった」

 

「術式?それは、どんなのだい?」

 

「お前が復活し、もしあの時妻のお腹にいた子供を、狙うようなことがあった時……魂だけが、この世に復活することができるようにしといたのさ」

 

「へぇ……そりゃあ凄いねぇ」

 

「お前が復活するのを願いたくはなかったが……

 

ま、成長した息子と顔を見れなかった娘が見れたことで、お前には少し感謝しているよ」

 

「そうかい……そりゃあよかった」

 

「輝!!オメェな!!敵に感謝してどうすんだ!!」

 

「正直に言ったまでさ。

 

自分の子供の成長が見れたんだぜ?父親としては嬉しいだろ」

 

「あのなぁ……時と場合を」

「迦楼羅だって、嬉しいんじゃないのか?

 

あの時小さかった渚やまだ腹にいた焔が、立派に育った姿を見てさ」

 

「ま、まぁ……お前の言い分は一理あるけど……」

 

「素直じゃないんだから」

 

「オメェに言われたくない」

 

「楽しい話をしているところ、悪いんだけど……

 

君達二人には、今ここでいなくなってもらうよ?」

 

 

輝二に向かって、鎌を振り下ろす鎌鬼……

 

その鎌を、輝二は手に持っていた槍で振り払い、その隙を狙い迦楼羅は火を放った。火にあたった鎌鬼は、顔を押えながら地面に倒れ体に点いた火を消そうと、転がった。その隙を狙い、迦楼羅は人の姿へと変わり輝二と共に校舎の中へと入っていった。

 

 

 

 

校舎の中へと入った二人は、明かりが点いていた保健室へと入った。中では、怪我をしたぬ~べ~を手当てする郷子達、龍二と麗華を手当てする雛菊と丙がいた。

 

 

「な、何故輝が?!!あ、あの時死んだんじゃ……」

 

 

輝二の姿に驚く丙に対し、龍二はまだ手当も終わっていないのにも関わらず、立ち上がり見た。彼は雛菊に手当てをしてもらっている、麗華のもとへと行き顔を見つめた。

 

しばらく見つめると、輝二は鼻で笑うと麗華の頭を雑に撫で、龍二の方を見た。

 

 

「説明しろ、親父。どういう事だ?

 

状況がさっぱり分からん」

 

「ざっくり、説明するとだな。

 

十年前、お前と一緒に鎌鬼を神木に封印しただろ?」

 

「あぁ」

 

「その時、もし鎌鬼が何だかの原因で封印が解かれ麗華を殺そうとした時……

 

俺と迦楼羅の魂が復活できるようにしといたんだ。

 

 

けど、まさか本当に鎌鬼が復活し、麗華を殺しにいくとは思いもしなかったけどね……」

 

 

龍二と話す輝二を見ながら、郷子達は麗華の傍へとより小声で質問した。

 

 

「ねぇねぇ、あれが麗華のお父さんなの?」

 

「一応……そうらしい(何であん時、『父さん』なんて呼んだんだろ……会ったことないはずなのに)」

 

「何か、若干麗華に似てるね」

 

「どこが……つか、私に似てるんじゃなくて、私が似てるんでしょ?」

 

「そうそう!」

 

「娘のピンチに駆け付けて来るとは……

 

いい父親じゃない!」

 

「はいはい……」

 

「何、照れてんのよ!」

 

「て、照れてなんてない!!

 

変なこと言うな!!」

 

「またまたぁ!顔真っ赤だよ?」

 

 

郷子達と騒ぐ麗華を見る輝二……そんな彼に、ぬ~べ~は寄り話し掛けた。話し掛けてきたぬ~べ~を不思議そうに見ながら、輝二は龍二に質問した。

 

 

「龍二、この人誰だ」

 

「鵺野…何だっけ?」

 

「っ……

 

鵺野鳴介。麗華の担任です」

 

「担任でしたか。

 

ではこちらも改めて。

 

 

神崎輝二。もと警視庁の警部を勤めさせてもらっており、山桜神社の先代の神主、そして龍二と麗華の父親です」

 

「話は全て、龍二君から聞いています」

 

「何だ、お前が自分達の事を話すとはな」

 

「ストーカーみてぇに、しつこかったから話してやったんだ」

 

(ンの野郎……)

 

「ハハハ……」

 

 

苦笑いする輝二……

 

 

 

「楽しく話しているところ悪いが、時間がねぇぞ」

 

 

皆が話しているところへ、迦楼羅は輝二に寄りながら全員に聞こえるように言った。その言葉に不安に思ったのか、郷子達の顔が少し暗くなってしまった。

 

 

「ちょっと、迦楼羅。

 

空気読もう」

 

「オメェが呑気過ぎんだろ!!

 

少しは、自分の立場を考えろ!!」

 

「そう怒鳴らなくても」

 

「輝!!」

 

「分かった分かった。

 

コイツ等に説明すればいいんだろ?説明すれば」

 

「何だよ説明って。

 

何か作でもあんのか?」

 

「一応ね。

 

龍二、弓の札は持ってきたか?」

 

「あぁ、麗華が持ってる」

 

「そうか……」

 

「何なの?一体」

 

「サクッと言っちゃうけど、鎌鬼は封印しない」

 

「え?!」

 

「代わりに、鎌鬼の魂事この世から消す」

 

「消すって……そんなことできるのか?」

 

「麗華が持っている弓と矢……矢には、魂を消す役目があるんだ」

 

「待って……兄貴、さっきこれで鎌鬼を……」

 

「あ……」

 

「と言っても、その矢に書かれている文字がちゃんと発動するのは、ある行いをしなきゃならない。しなきゃ、ただの矢だ」

 

「行い?」

 

「まず、三人で結界を張りそこに鎌鬼を誘き寄せる。

 

この学校には、運よく結界が張っているから、おそらく鎌鬼は学校から出ずにこの校舎に入って、麗華を捜しているだろうね」

 

「じ、じゃあ鎌鬼は」

 

「この校舎に」

 

「てことは、いずれこの保健室にも」

 

「大丈夫だ。

 

この保健室だけは、鎌鬼の目だけに俺らが映らない様に結界が張っている」

 

「何だぁ」

 

「安心したぁ」

 

「話の続きをするよ。

 

結界を張り、鎌鬼の動きを封じたところで……麗華、お前が矢を放つんだ」

 

「私が」

 

「そうだ。

 

俺と龍二、鵺野先生で結界を張る。

 

 

龍二、今ここにいる丙を除く式神は皆、お前達の式神か?」

 

 

保健室にいた雛菊と丙、氷鸞と雷光を見ながら、輝二は龍二に質問した。

 

 

「あぁ。

 

 

赤い髪を生やした奴と、水色の髪を生やした奴は、麗華の式。

 

そんで、あの茶色い髪を簪でまとめたのが、俺の式だ」

 

「そうか……(そこまで、成長したのか)」

 

「なぁ、龍二」

 

 

肩を叩き、ぬ~べ~は輝二に聞こえぬ様にして、龍二の耳元で小さい声で話しかけた。

 

 

「丙は、お前の親父さんの式神なのか?」

 

「あぁ。

 

俺がガキの頃に、捕まえてきた妖怪だ。ある村で、村人がいつも森に入ると、必ず迷わせて困らせてたっていうんで、親父が引き取って式にしたんだ」

 

「へぇ……」

 

「けど亡くなった後は、森へ返そうにも何か可哀想になっちまって、俺が引き取ったんだ」

 

「そうだったのか」

 

「話を続けるが、いいか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「結界を張っている間、お前達に是非とも手伝って欲しいんだ」

 

「手伝い?」

 

「何でもやるぜ!麗華の為なら」

 

「どうも。

 

氷鸞と雷光と共に、この校舎の中で鎌鬼と鬼ごっこをしててほしいんだ」

 

「鬼ごっこ?」

 

 

郷子達を見ながら、輝二は皆に頼んできた。その話を聞いたぬ~べ~はすぐに輝二のもとへ行き抗議した。

 

 

「待ってください!

 

こいつ等は、俺の生徒です!いくらなんでも、危険過ぎます!」

 

「まぁ、先生。

 

話を最後まで聞いてください」

 

「……」

 

 

どこか得意げな顔で、輝二はぬ~べ~を見ながら言った。ぬ~べ~は何か言い返そうとしたが、それを飲み込み言うのを止めた。

 

 

「さて、話の続きだ。

 

 

二手に分かれてもらい、鎌鬼を少しの間、校庭から遠ざけてほしい。準備が出来たら、迦楼羅達が知らせてくれる。

 

 

できるか?」

 

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

 

「よし!いい返事だ」

 

「その作戦、本当に上手くいくんですか?」

 

「今の鎌鬼は、霊力が無くなりかけている。そんなところに、魂を持った生身の人間が出てきてみなさい。忽ち食いつく」

 

「確かに、そうだが」

 

「いくらなんでも、危険すぎじゃ……氷鸞や雷光にだって限界はある!」

 

「だから、四人にはこのミサンガを着けてもらう。

 

さっき、龍二と丙に作ってもらったお守りだ」

 

(おかげで、手がぼろぼろだ)

 

 

四つのミサンガを、輝二は郷子達に手渡した。その間麗華は氷鸞と雷光のもとへと駆け寄った。

 

 

「限界はあるかもしれないけど、アンタ達しっかり稲葉達を守り抜きな」

 

「承知」

「承知」

 

「本当に大丈夫かぁ?」

 

「某達は、麗殿の式ですぞ!」

 

「雷光の言う通り。我々は麗様に一生お守り続けると、契約したではありませんか!」

 

「そうだけど……」

 

「大丈夫だ、麗。

 

雷光はともかく、氷鸞はこの俺がいる限り死なねぇだろ?」

 

「フン…麗様を残して、あの世になど行けるか。

 

このバカ犬に、任せるとなればどれだけ心配か……」

 

「んだと!!」

 

「やめろ!!ここで喧嘩は!」

 

 

麗華に止められた二人は、身を引きそっぽを向いた。そんな二人に、麗華は飽きれてため息を吐いた。

 

 

「それじゃ、さっそく作戦開始と行こうか?」

 

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

 

「先生は、先に校庭へ出ていてください」

 

「分かりました」

 

「雛菊、お前ついて行ってやれ」

 

「えぇ!こ、この変態にか」

 

「誰が変態だ!!」

 

「いいから、早くついてけ」

 

「ウゥ……行くぞ、変態」

 

「変体言うな!」

 

「アハハハは!ぬ~べ~らしいや」

 

「広!」

 

「いいじゃない!いつも律子先生の事、エロそうな目で見てるじゃない!」

 

「お、俺はそんな目で」

 

 

騒ぎながら保健室を出ていく郷子達を、麗華達は静かに見送った。




保健室に残った、麗華と焔、龍二と渚、丙、そして輝二と迦楼羅……

郷子達がいなくなったと同時に、丙は輝二に抱き着いた。


「何故だ……なぜ、あの時童も一緒に行かせてくれなかったんだ!?輝二!!」

「お前には、幼い龍二やまだ優華のお腹の中にいた麗華を守っていってほしかったんだ……」

「だからって……」

「お前には辛い思いをさせたと思う……もちろん、龍二にもだ」


麗華の隣に立っていた彼を見て、抱き着いていた丙を放した。そして輝二は龍二の前に立ち彼の頭に手を置き撫でた。


「デカくなったな、龍二……

最期に会った時は、まだあんなに小さかったのにな」

「……」

「お前に全部を任せて済まなかったな」

「……」


下を向く龍二の目から、ポタポタと涙が出てきた。そんな彼を見た輝二は、何か言おうとした時、自分の腹部を軽く何かにぶつかった感覚があり、気になり下を見た。震える拳で、自分の腹を着く龍二の握られた拳……


「……バカ親父」

「……

済まなかった……」


腕で涙を拭きながら、龍二は顔を上げ輝二に向かって笑った。そんな彼の頭を撫でる様にして下ろすと、隣にいた麗華の方を向き、屈み彼女と目線を合わせた。


「……」

「……

やっぱ、俺に似てるな。」

「っ……」

「麗華、だったな」

「……う、うん」

「ごめんな。

お前が生まれてくる前に、死んじまって……」

「……


!」


黙り込む麗華を、輝二は静かに抱き締めた。麗華はずっと溜めこんでいたものを、吐き出すかのようにして震えながら輝二に抱き返し、涙を流しながら言った。


「会いたかった……ずっと……ずっと……


父さんに」

「俺もだ……生まれてくるお前をどうしても、守ってやりたくて……」

「父さん……父さん!」

「麗華!」


抱き合う二人……すると輝二は麗華を抱きながら、傍にいた龍二を抱き寄せた。龍二は止めたはずの涙をまた流し、輝二の服を掴みながら泣き崩れた。




そんな光景を見る、焔と渚……


「麗のあんな顔……初めて見た」

「アンタも、あんな顔になるんじゃないの?」

「は?どういう意味だよ、姉…!」


後ろから、自分の頭に手を置き雑に撫でる迦楼羅……


「父上!」


迦楼羅の姿を見た渚は、彼に飛び付いた。迦楼羅は飛び付いてきた彼女を受け止め、頭を撫でてやると焔を抱き寄せながら、頭を撫でた。すると焔の目から、自然と涙が流れ出てきて、焔はその涙を止めようと、腕で拭くが一向に止まらなかった。


「大きくなったな、焔……」

「?!」

「その赤い目は、俺譲りだな」

「……」


迦楼羅の言葉を聞くと、焔の目から出ていた涙は、さらに勢いを増し、焔は拭くのを止め代わりに、迦楼羅に抱き着いた。




そんな家族の光景を、丙は涙を流しながらしばらく眺めた。


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射を引く者

校庭へ出てきた輝二達……


外には、鎌鬼の姿はなかった。


「早速、行動を開始と行こうか。


迦楼羅、結界ができるまでの間、お前は麗華の弓を見てくれ」

「分かった」

「何で?弓なら」

「チャンスは一度だけだ。

その前に、念入りに練習をしといてくれ」

「……」


納得がいかないような表情で、麗華は渋々頷いた。そんな彼女に輝二は少し困ったような表情を浮かべながら、彼女の頭を撫でた。


「麗、行くぞ」

「行くって…」

「いいから、ついて来い」


先行く迦楼羅の後を、麗華は慌てて追いかけて行った。


校舎の中を放浪する鎌鬼……

 

そんな鎌鬼を、広達はからかうかのようにして馬の姿になっていた雷光に跨り、逃げ回っていた。

 

 

 

 

結界を張るのを待つ麗華は、校舎裏に生えている木の的に向かって矢を放っていた。矢は打つごとに真中へと当たり続けていた。

 

 

“パーン”

 

 

「命中率、ざっと八割ってところか」

 

 

木に刺さる無数の矢を見ながら、迦楼羅は麗華に向かって言った。

 

 

「何が言いたいのさ」

 

「いや……流石、輝のガキだなと思ってな」

 

「……

 

 

ねぇ迦楼羅」

 

「ん?」

 

「父さんって……昔から、あんな性格なの?」

 

「あぁ。

 

輝とは、オメェ達と一緒でガキの頃からの付き合いだからな。

 

 

いつも呑気で、気ままで物静かで、周りから見りゃ何考えてんだか分からねぇ野郎だったぜ……」

 

「まるで麗華だな」

 

 

傍にいた焔は、麗華をからかうようにして言った。そんな焔の言葉にキレたのか、麗華は彼の頭を殴った。

 

 

「けど、仕方ねぇことなんだよな。あいつがそんな風になっちまったのは」

 

「?」

 

「輝の親父さんとお袋さん、奴が中学生の時、交通事故で死んじまったんだ……俺達の親はとうの昔に他界していた。

 

その後は、双子の兄貴と一緒に過ごした。

 

 

そしていつの日か、アイツに大事な女ができた」

 

「それって母さんのこと?」

 

「そうだ。

 

 

それから結婚して間もなく、輝に龍、俺に渚が生まれた。

 

あの頃は、幸せそうだった……平日はいつも仕事でまだガキだった龍と過ごせる時間が限られてたけど、休日になると必ずって程、龍と遊んでたっけなぁ……」

 

「……」

 

「そんで、龍が学校に通うようになった頃、オメェができた。

 

女だって聞いた時、輝は嬉しそうな顔をして喜んでた。

 

 

麗」

 

「何?」

 

「オメェの名前、決めたの輝なんだぜ」

 

「え」

 

「『麗』って漢字は、アイツのお袋さんの名前から取ったんだ。

 

そんで、オメェの母親であり輝の妻であった優の名前から『華』を取って、繋げたんだ。」

 

「それが……『麗華』」

 

「そうだ。

 

いなくなる前に、これだけは話しておこうと思ってな。

 

もし死んでなければ、お前が大きくなった時にでも、輝は話すつもりだったんだ。

 

 

輝はあの調子だ。おそらく何も話さず逝っちまうだろうな。

 

もっと時間が欲しかったと思うぜ……オメェ等ともっと話をしたかったしな……」

 

「……」

 

 

思い出す、幼い頃の自分……

 

休日、龍二と共に公園へ行くと、周りの子は必ずって言い程父親と遊んでいた。幼い頃の自分は、いつもその光景を羨ましく見ていた。

 

 

(私だって……父さんともっと、話がしたい……

 

それに兄貴だって…)

 

 

「父上!焔!」

 

 

三人のもとへとやってきた渚……麗華は木に刺さっている多数の矢を引き抜きながら、渚の方を見た。

 

 

「結界の準備ができた」

 

「分かった。麗、焔行け」

 

「承知。麗」

 

 

弓矢を持った麗華は、焔と迦楼羅とともに校庭へ向かった。渚は開いている窓から校舎の中へと入り、郷子達へ知らせに行った。

 

 

 

 

校庭では、鬼の手を出しその手を上げるぬ~べ~と、剣を地面に刺し呪文を唱える龍二、そして同じく地面に槍を差し、呪文を唱える輝二……三人が立つ場から光が放ち、大きな三角形の結界が張られていた。

 

 

(かなりの霊力を使うな……この結界は)

 

 

校庭へ出てきた雷光に跨った広と克也……その後ろから鎌を振り回しながら鎌鬼が追いかけてきた。雷光は龍二達が造り出した結界の中へと入り、鎌鬼を中へと誘い込んだ。鎌鬼は結界の中へ入り、雷光目掛けて鎌を振り下ろした。雷光は寸前で鎌を避け、結界から出ていき校舎の中へと入っていった。

 

 

「すっげぇ!!俺達、なんか最強じゃねぇか?!」

 

「あぁ!!なんか、本物の主人公見てぇだな!!」

 

 

燥ぐ広達を、校舎の中へ入り教室で降した雷光は、人の姿へと戻り校庭を見た。

 

 

(麗殿……)

 

 

 

結界の中へ入ってしまった鎌鬼……

 

 

「これは一体……」

 

「やぁ、鎌鬼。

 

また会えたな」

 

「やぁ、輝二に龍二。

 

それに……鬼の主さん」

 

「悪いが、俺は鬼の主ではない」

 

「左手に鬼を封印しているのに?

 

まぁいいか……

 

 

それより、こっから早く出してくれないかな?」

 

「それは無理な願いだ。鎌鬼……

 

 

お前には、ここで消えてもらうからね。無論魂ごと」

 

「……クッ

 

ハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 

腹を抱え笑い出す鎌鬼……そこへやってきた麗華は、息を整え弦に矢筈を嵌め構え、狙いを定めた。

 

 

「バカだなぁ、輝二……」

 

「?」

 

「僕はもう、十年前の僕じゃないんだよ?」

 

「?……!!」

 

 

その時、鎌鬼の赤い目が不気味に光り出した。鎌鬼の鎌はひとりでに動き出し、結界を破り弓を構えていた麗華目掛けて突っ込んでいった。

 

 

「麗華!!」

 

 

彼女を庇うかのようにして焔は、彼女と共に倒れ込んだ。焔の背中と麗華の腕には、痛々しい切り傷ができそこから血が流れ出ていた。

 

 

「麗華!!」

「焔!!」

 

「だから言ったでしょ?

 

僕はもう、十年前の僕じゃないって」

 

「霊力が高まっていたのか……」

 

「いやぁ、何……

 

ここの人達、とっても霊力が高くてさぁ……思わずいっぱい殺しちゃったよ」

 

「嘘だろ……てめぇ!!」

「龍二、集中しろ!!

 

結界が破れては、何にもならない!」

 

「けど!!」

 

「いいから、集中しろ。

 

麗華!!焔!!」

 

 

倒れている麗華と焔に呼びかける輝二……丙と雛菊に支えられて、何とか起き上がっていた。

 

 

「丙!麗華は引ける状態か!?」

 

「無理だ!!右腕の傷が酷い!!弓を押せても、弦を引くことが出来ん!!」

 

 

丙に支えられている麗華の右腕は、血塗れになっていた。胸に巻いていたさらしが赤く染まり上がっていた。

 

 

「さてと……

 

どうやら、君達三人を殺さないと、この結界から抜け出すことはできないみたいだね……」

 

 

結界の外に出ていた鎌が、形を変えもう一人の鎌鬼へと変形した。もう一人の鎌鬼は、顔を上げ丙に支えられ起き上っている麗華を見るなり、ニタぁっと笑うと覆っていたマントを脱ぎ捨てた。露わになった腕には、二つの刃が生え出ているかのようにして、腕から生えていた。

 

腕を構え麗華目掛けて突進して行くもう一人の鎌鬼……

 

 

「麗華!!」

 

 

位置にいたぬ~べ~は、居ても立っても居られずその場から駆け出してしまった。

 

 

「あのバカ教師!!」

 

「意識を逸らすな!!集中しろ!!」

 

「けど!!」

 

「この結界が破れれば、矢は何の効果もなくなる!!」

 

「クッソ!!」

 

「欠けた分、霊力を上げろ!

 

結界が破られる前に!!」

 

「了解!」

 

 

霊力を上げる二人……

 

 

その一方、もう一人の鎌鬼の攻撃をギリギリのところで、ぬ~べ~は防いだ。

 

 

「ジャマ……ダ」

 

「俺の生徒に、指一本触れさせはしない!!」

 

「ジャマダ!!」

 

 

腕を振りかざすもう一人の鎌鬼……ぬ~べ~の後ろにいた麗華は、焔に持たせていた薙刀を手に取り、ぬ~べ~の前へ立ち振り上げてきた刃を防いだ。

 

 

「狙うなら、私だけを狙え!!

 

こいつは関係ない!!」

 

 

薙刀を振り上げ、もう一人の鎌鬼を振り飛ばした。もう一人の鎌鬼は、元の姿へ戻り本体の元へと戻っていった。




薙刀を地面に刺し、膝を着いた麗華は出血している腕の傷を抑えた。そんな麗華を心配したぬ~べ~は、彼女の元へと駆け寄り肩に手を乗せようとした。すると麗華はぬ~べ~の手を叩き、彼の顔を睨みながら振り向いた。


「何で、アンタがここにいる」

「っ……」

「あの結界が破れれば、全てが水の泡になるの!!分からないの!?」

「……」


黙り込むぬ~べ~……

麗華は、龍二と輝二がいる方へ目を向けた。二人はいまだに結界を解かずに頑張っており、その結界の中にいる鎌鬼は内から放たれている文字の触手により、身動きが取れない状態になっていた。


「(チャンスは今か……)

鵺野」

「?」

「弓は私が押す。代わりにアンタが弦を引け」

「だが、危険じゃ」
「この作戦しかない。

この腕じゃ、まともに弦を引けない。私が狙いを定めるから、鵺野は私の合図と共に、弦を放せ」

「……分かった」


麗華は地面に転がっていた弓と矢を拾った。片腕で、弦に矢筈を嵌めぬ~べ~の元へと行った。後ろを振り返り、まるで自分の指示を待っているかのように立つ、焔と渚、迦楼羅、丙がいた。


「渚と迦楼羅は、兄貴と父さんの元へ」

「了解」
「承知」

「焔と丙は二人の援護」

「承知」
「了解」


四人がそれぞれの位置へ着いた後、麗華は弓を握り押しぬ~べ~は弦を鬼の手で引いた。

弓手を動かし、狙いを定める麗華……息を整え頬付けをし狙いが定まった時……


「鵺野、放て!!」


麗華の掛け声と共に、ぬ~べ~は弦を放した。弦は勢いよく放たれ、麗華の腕を叩き付けその勢いに任せられた夜は、そのまま鎌鬼目掛けて飛んで行った。


“パーン”


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救いと別れ

結界を貫き、鎌鬼の胸に刺さる一本の矢……


「あ……あ……」


自分の胸に刺さった矢を見る鎌鬼……矢に書かれていた文字が輝きだし、鎌鬼の体内から光が次々に光線が出てきた。

光線に驚いた郷子達は、まるで何かにぶたれたかのようにして、倒れ気を失ってしまった。気を失った郷子達を見た氷鸞と雷光は、互いを見合い頷き外へと出て行った。


「わぁぁあああああ!!!」

 

 

苦しみ叫ぶ鎌鬼……

 

結界を解いた龍二と輝二は、倒れかけた。そんな二人の傍にいた迦楼羅と渚が慌てて二人を支えた。

 

 

弓を放った麗華とぬ~べ~は、息を切らしてその場に座り込んだ。麗華は弦で打った右腕を押えながら、再び立ち上がり薙刀を構えた。そんな彼女の元へ、危機を察した焔が駆け寄った。

 

 

「い、嫌だ!!死ぬのは嫌だぁ!!」

 

「それがお前の辿る道だ。

 

お前は人を殺し過ぎた。その罰としてお前の魂は消滅する。二度と生まれ変わることはない」

 

「嫌だ!!

 

僕は、この世の人間を消すんだ!!この鎌を手にした時から、それが僕の定めだ!!」

 

「アンタは、神になったつもりか!!」

 

 

鎌鬼の元へと寄る麗華……鎌鬼はそんな彼女の方を向いた。

 

 

「罪もない人たちを殺して、その魂を食って……」

 

「黙れ!!何も知らないくせに!!

 

 

人間の頃、僕がどれだけ助けを求めたか……いじめにあって、ずっと助けを求めていた……親や兄弟(姉妹)、友人やその現場を見ていたクラスメイトや、担任にも……

 

なのに…誰も助けてくれなかった!!誰も、僕の事を助けてくれなかった!!」

 

 

鎌鬼に蘇る、数々の記憶……

 

叫ぶ鎌鬼の様子を見た麗華は焔を待たせ、鎌鬼の元へと近付いた。彼女の元へ行こうと、立ち上がる龍二に輝二は手を握り、その行為を止めた。

 

 

「親父…」

 

「ちょっと待ってろ」

 

「……」

 

 

鎌鬼に歩み寄る麗華……鎌鬼は鎌を振り回しながら、近寄ってくる彼女を追い払おうとした。

だが彼女は、その攻撃を薙刀で受け止め防いでいった。鎌を振り下ろした瞬間、麗華は薙刀を振り払った。鎌は鎌鬼の手から離れ飛ばされ、鎌は地面へ突き刺さってしまった。

 

無防備なってしまった鎌鬼は、目の前にいる麗華を睨んだ。彼女は傍に薙刀を突き刺し、鎌鬼に抱き着いた。

 

 

その行為に驚く、輝二達……

 

 

「……何で」

 

「アンタの気持ち……分かるよ」

 

「え?」

 

「私も一歩間違えてたら、アンタと同じ道を行ってた……

 

けど、それを救ってくれたのは、周りにいた妖怪達だった……あいつ等がいてくれたから、私は間違った道を行くことはなかった……」

 

「……」

 

「私は、この学校へ来る前、酷いいじめを受けてた。

 

だから、アンタの気持ちが分かる」

 

 

麗華の言葉が響いたのか、鎌鬼の目から透き通った涙が流れ出てきた。

 

 

「麗華……君……君だけだよ……

 

僕を……僕を、救ってくれたのは……」

 

 

鎌鬼の涙に反応するかのように、彼の体内から出てきた光線は、麗華の体を貫いた。彼女と同じようにして、輝二と龍二の体、更には焔、渚、迦楼羅の体を貫き、貫いた光線は光を増し、やがて輝二達を包んでいった。

 

 

 

 

光が弱まり、眩しさから目を閉じていた麗華は、恐る恐る目を開けた。

 

 

「麗華!」

 

 

自分に駆け寄ってくる龍二と輝二……麗華は鎌鬼から離れ、不思議そうに二人を見た。

 

駆け寄ってきた龍二は、麗華を抱き寄せ頭を雑に撫でまくった。

 

 

「い、痛い!兄貴!」

 

「よくやったな!麗華」

 

「全くだ」

 

 

龍二と共に寄ってきた輝二は、龍二と変わるかのようにして、彼女の頭を撫でた。麗華は頬を赤くして、輝二を見つめた。

 

 

「本当によくやってくれたな、麗華」

 

「……

 

 

 

ねぇ、ここって……」

 

『ここは、あの世とこの世の狭間……』

 

 

その声に気付き、麗華は後ろにいるはずの鎌鬼の方を振り向いた。鎌鬼は人の姿に戻っており、体が光っていた。

 

 

「鎌鬼……」

 

『麗華……

 

君のおかげで、僕はまた生まれ変わることができるよ』

 

「え?」

 

「お前の言葉が、鎌鬼の罪を軽くしてくれたんだ。

 

鎌鬼は、たくさんの人を殺していったことを、心から反省している」

 

「じゃあ、鎌鬼は……」

 

『何に生まれ変わるか分からない。

 

でも、生まれ変わったら、必ず君の元へ行くよ。麗華』

 

「待ってるよ、鎌鬼」

 

『ありがとう……

 

それから、済まなかった』

 

「……」

 

『君達二人の父親輝二と、渚と焔の父親迦楼羅の命を奪ってしまって……』

 

「……」

 

『僕は、どうやってお詫びすればいいか……』

 

「だったら、麗華と交わした約束、しっかり果たせ。

 

そしたら、俺もお前の事を許してやる」

 

「無論、私達も。

 

ね!焔」

 

「あぁ!」

 

 

龍二と麗華の傍にいた渚と焔は、互いを見合いながら嬉しそうに返事をした。

 

 

「焔…」

「渚…」

 

『ありがとう……龍二。

 

ありがとう……渚…焔』

 

 

やがて、鎌鬼の体は足から光の粒へとなり、消え始めた。

 

 

『そろそろ時間だ……

 

僕は先に、あの世へ逝くよ』

 

 

光の粒は、鎌鬼を包み込み天へと昇っていった。

 

光の粒を見送る麗華と龍二……

 

 

そんな二人を、輝二は自分に抱き寄せた。

 

 

「親父……」

「父さん……」

 

「俺もそろそろ、時間だ……」

 

「……」

 

「龍二、お前の成長した姿を見れてよかった。

 

麗華をしっかり守るんだぞ」

 

「あぁ……」

 

「麗華、お前に会えてよかった。それだけが、父さんの心残りだったんでな。

 

龍二に思いっきり甘えろ。俺や母さんがいない分、お前には寂しい思いをさせてきた。だから、我慢なんかするな」

 

「うん……」

 

 

二人は顔を下げながら返事をし、輝二の服を強く握った。そんな二人の行為に、少し困り果てた顔を浮かべながら、輝二は二人の頭を撫でながら強く抱いた。

 

 

三人が別れを惜しんでいる時……

 

迦楼羅も、渚と焔を抱き寄せていた。

 

 

「渚、お前は弥都波(ミツハ)と同じ水を使う白狼だ。

 

その水で龍をしっかり守るんだぞ」

 

「うん……」

 

「焔、お前は俺と同じ火を使う白狼だ。

 

その火で麗をしっかり守るんだぞ」

 

「あぁ……」

 

 

涙を流す渚は、別れを惜しむかのようにして、迦楼羅の服を掴み離れようとしなかった。余り目にしない姉・渚の姿を見た焔は、渚に釣られ涙が流れ落ち、迦楼羅に抱き着いた。

 

 

だが、時間は待ってくれなかった……

 

輝二と迦楼羅の体は、光の粒となり消え始めた。

 

 

「親父!」

「父さん!」

 

「父上!」

「父上!」

 

 

天へ昇っていく光の粒となる二人を見上げる四人……四人に向かって、二人は微笑みそして光の粒となり、天へと消えていった。

 

 

二人がいなくなると共に、周りを包んでいた光が強まり、四人は眩しさの余り目を閉じた。

 

 

 

 

『女の子かぁ……』

 

 

聞こえてくる父・輝二嬉しそうなの声……麗華は暗い空間の中を彷徨うかのようにし、身に任せて流れていた。

 

 

『名前、どうします?』

 

『俺に、考えさせてくれないか?』

 

『いいですよ。

 

変な名前は、付けないでくださいね』

 

『付けたりしないさ!龍二の名前だって、変な名前じゃないだろ?』

 

『そうでしたね』

 

 

おかしそうに笑う女性の声……

 

 

(この声……母さん?)

 

『何々?二人で、何話してるの?』

 

 

どこからかやってきたまだ幼い龍二の声……

 

目を覚ました麗華は、暗い空間を見回した。するとそこにまるで映画のようにして映る、輝二の膝に乗ってくる幼い龍二と、そんな龍二の頭を雑に撫で笑う輝二……じゃれ合う二人を見て笑う母・優華の姿……優華のお腹は、大きくなっていた。

 

 

『龍二、アンタもう少ししたら、お兄ちゃんになるのよ』

 

『兄ちゃん?俺が?』

 

『そうだぞ、龍二。

 

母さんの腹の中には、お前の妹がいるんだぞ』

 

『妹?母さんの腹の中に、俺の妹がいるのか?』

 

『そうだ』

 

『龍が兄になるなら、私は姉だな!』

 

 

まだ子狼姿の渚が、龍二の膝の上へと登ってきた。渚についてきた狼姿の迦楼羅は、輝二の後ろに体を下ろし座った。

 

 

(あれは……迦楼羅に渚)

 

『迦楼羅、弥都波の容態はどうなの?』

 

『オメェさん同様、大丈夫だ。腹の中にいるガキも順調に育っている』

 

『そう……良かった』

 

『早く生まれてこねぇかな?俺の妹!』

 

『そうだな。

 

早く生まれて、俺達にその元気な姿を見せてほしいなぁ……』

 

『二人とも、お腹の子が生まれるのは、まだ二ヶ月も先の話よ?』

 

『もう生まれてきていいよ!』

 

『駄目よ!

 

そんな早く生まれたら、この子生まれて早々に死んじゃうかもしれないわよ?』

 

『え?!それは困る!!』

 

『じゃあ、もう少しの辛抱だ。

 

龍二、ちゃんと待っていられるか?』

 

『うん!』

 

 

笑い合う五人……

 

そんな姿を見ていた麗華は、涙が溢れ出てきて一人泣いていた。

 

 

(そうか……

 

私、これを憶えてたんだ……だから、あの時父さんを見て『父さん』って呼べたんだ……)

 

 

すると目の前に広がっていた家の中の風景が消え、境内の風景へと変わった。

 

本殿の階段に腰掛ける優華と輝二……二人の隣で体を下ろし座る迦楼羅と弥都波の姿……

 

 

そんな四人の前で、境内を遊び回る龍二と幼い自分、そして渚と焔……

 

 

(……何もなければ、こんな日が訪れてたかもしれない……)

 

 

見ていた映像は、光を放ち麗華は眩しさのあまり目を閉じた。

 

 

 

 

「麗華!!」

「麗華!!」

 

 

郷子と美紀に呼ぶ声で、麗華は目を覚ました。麗華はいつの間にか狼姿になっていた焔の胴に頭を乗せ寝かされていた。

 

 

「稲葉……それに、細川」

 

「麗華……」

 

「はぁ~、目が覚めてくれてよかったぁ!」

 

「……!!

 

痛ってぇ!!」

 

 

気が抜けたのか、麗華の右腕に激痛が走り大声を上げながら起き上り右腕を抑えた。

 

 

「だ、大丈夫?!麗華」

 

「う、腕がぁ……」

 

「腕?」

 

 

抑える麗華の腕は、真っ赤に腫れていた。

 

 

「うわぁ……痛そう」

 

「これ、骨折れてんじゃないの?」

 

「い~や、折れちゃいねぇよ」

 

 

気が付いた龍二は、渚と共に彼女の元へと駆け寄ってきた。

 

 

「お兄さん、目が覚めたんですね!」

 

「まぁな」

 

「ねぇ、これが折れてないってなんで分かるんですか?」

 

「俺も部活で弓道やってるけど、始めた頃はしょっちゅう腕を当ててたからなぁ、弦に。」

 

「じゃあ、これは単に腫れてるだけってことですか?」

 

「そういうこと。二・三日すりゃ元通りになるよ」

 

「何だぁ」

 

「よかったね!麗華」

 

「あぁ」

 

「麗殿ぉ!!」

「麗様ぁ!!」

 

 

その声に気付いた麗華は、声の方向に目を向けた。彼女に釣られて、三人もその方向に顔を向けた。

 

ぬ~べ~のもとにいたのか、馬の姿になった雷光と巨鳥の姿になった氷鸞、丙と雛菊が二人の元へと駆け寄ってきた。

 

 

「氷鸞、雷光!」

 

「丙、雛菊!」

 

 

飛んできた氷鸞は、麗華の傍に着地し顔を摺り寄せた。雷光も彼女の傍では止まり顔を摺り寄せてきた。

 

丙と雛菊は走ってきた勢いに任せ、龍二に飛び付いた。龍二は飛び付いてきた二人を受け止めたと同時に、そのまま後ろへ倒れてしまった。

 

 

「麗殿!よくぞご無事で!!」

 

「ご無事で何よりです!麗様!」

 

「お前らこそ、よく頑張ってくれたな。感謝するよ」

 

 

「龍!!心配したぞ!!」

 

「全くだ!!童達を、心配させるとは…」

 

「ハハハ……悪ぃ悪ぃ。

 

 

お前達、本当ご苦労さんだったな。ありがとう」

 

「おぉ!!龍に褒められたぞ!!丙!!」

 

「だな!雛菊!!」

 

 

嬉しさのあまり龍二を抱きしめる丙と雛菊……

 

 

そんな中に、広と克也に支えられてやってきたぬ~べ~……

 

 

 

学校はいつの間にか元通りに戻っていた。空には雲一つなく陽が沈みかけていた。

 

 

「おぉ!晴れてやがる!」

 

「この調子だと、七日は晴れだな」

 

「本当!?」

 

「焔の言う通り、この夕日は明日が張れるって予兆だよ」

 

「それに雲一つない。という事は、しばらく雨も降らないってことさ」

 

「やったぁ!!」

 

 

燥ぐ郷子達……

 

 

座っていた麗華は、人の姿になった焔に支えられ立ち上がり夕焼けを見た。

 

そんな彼女を抱き寄せ、龍二は笑い掛けた。そんな彼を見た麗華は頬を赤くして、笑い返した。

 

 

燥ぐ郷子達を、ぬ~べ~は抱き寄せ後ろにいる麗華達を見ながら言った。

 

 

「さぁ、帰るか!」

 

「うん!!」

「うん!!」

「うん!!」

「うん!!」

 

「郷子達は、俺が責任もって送ってやる」

 

「恩に着るぜ!ぬ~べ~!」

 

「鵺野!

 

俺達は、こいつ等と一緒に帰るから」

 

「そうか!」

 

「学校行くのは、たぶん来週かな?」

 

「しっかり体を休ませろよ?麗華」

 

「へいへい」

 

「麗華、行くぞ」

 

「あぁ」

 

 

狼姿になっていた渚に乗りながら、龍二は後ろで狼姿になった焔に乗る麗華に言った。

麗華の返事で、龍二は渚を飛ばした。渚が飛んだのを合図に焔、氷鸞、雷光、丙、雛菊も共に飛んで行った。

 

 

「じゃあねぇ!麗華ぁ!

 

また来週!!」

 

 

飛んでいく麗華達に郷子達は、手を振った。そんな郷子達に、麗華と龍二は手を振り学校を離れて行った。




七月七日……


墓参りをする麗華と龍二……

お線香を上げ、墓場を後にした二人は家へと帰った。


家へ帰った麗華は、森に作った鎌鬼の墓に花を添えた。


「まだ来ないのかなぁ……」

「そのうち来るさ。

どんな姿かは分からねぇけどな」

「だといいけど…」

「それより、早く支度しろよ?

約束してんだろ?祭り行くって」

「あれは、勝手に稲葉達が決めたことだ」

「そう言うなって。

俺も今日、誘われてんだからさ」

「それって、真二さん達?」

「そうだよ。

ほら行くぞ。着替えるんだろ?」

「はーい」


返事をしながら立ち上がり、先行く龍二の後を追いかけて行った。




夜………


商店街へ着た麗華と龍二……


「あ!麗華ぁ!!」


先に来ていた郷子は、麗華の姿を見つけるなり手を上げながら大声で彼女の名を呼んだ。龍二は待ち合わせの場所へ行くと言い、麗華から離れて行った。


「あれ?お兄さんは、一緒じゃないの?」

「兄貴は、友達と一緒に行くんだとさ」

「な~んだぁ、せっかくお兄さんと一緒に行けるかと思ったのに」

「美樹!」

「なぁ、早く屋台に回ろうぜ!」

「そうだね!」

「麗華、行こう!」

「あぁ!」


走り出した郷子達の後を、麗華は追いかけるようにして走り出した。


そんな麗華を、近くの木の上から眺める焔は、ほっと息を吐き彼女の後を追いかけて行った。




祭りを楽しむ麗華と郷子達……

屋台を見ながら歩いていると、一つの屋台で皆は足を止めた。


「可愛い!!」


その屋台に売られている、一匹二百円のフェレット……


「わぁ!!ふわふわしてるぅ!!」

「一匹二百円だよ。どうだい?お嬢ちゃん達」

「二百円かぁ……」

「ちょっと高いよねぇ……」


「ねぇ、おっさん」

「?」


麗華は、屋台を出しているオジサンの傍らにあるケージに入っている黒い毛並みをしたフェレットを見ながら、オジサンに話し掛けた。


「このフェレットだけ、何で売りに出さないんだ?」

「そいつ、つい先日買ってきたんだけど……どうにも、人に慣れてないようでさぁ。

近寄ってくるお客を、やたらと噛みつくんで、今日の祭りが終わり次第返品しようと思ってさ。」

「ふ~ん」


ケージの中にいるフェレットを見つめる麗華……中にいたフェレットは、麗華の目を見るなりケージから出ようと、扉の鍵を開けようとした。その行為を見た麗華は、何かを察したのか、オジサンの目を盗みケージの鍵を開けた。
戸が開くとフェレットは、一目散に麗華の腕に登り彼女の目を見つめた。


「……」

『麗華』

「?!」


聞き覚えのある声……振り返りその声の主を捜したが、姿はなくふと自分の腕に乗るフェレットにもう一度目を向けた。


(……鎌鬼?)


フェレットの目は、どこか鎌鬼の目に似ていた。


「おぉ?!

こいつ、お嬢ちゃんには、噛みつかねぇんだな?」


麗華に顔を近付けさせ、フェレットと彼女を交互に見るオジサン……


「あ、あの」
「頼む!

そいつ、引き取ってくれ!代金はいらねぇ!」

「え?」

「さっきも言ったけど、そいつ噛みつく癖があるんだ。

けど、お嬢ちゃんには噛みつかねぇ!どうだ?引き取ってくれるか」

「……

喜んで!!」


嬉しそうに声を上げ返事をする麗華……

麗華はフェレットを肩に乗せ、自分を待っていてくれた郷子達の元へと駆け寄った。

彼女の肩に乗っていたフェレットを見る、郷子と美紀は羨ましそうな目で麗華を見た。


「良いなぁ、麗華」

「タダでもらえたんでしょ?そのフェレット」

「あぁ!」

「ねぇねぇ、名前どうすんの?そのフェレットちゃん」

「そうだな……


シガン…」

「へ?」

「こいつの名前、シガンって名前にするよ。」

「シガン?どういう意味だ?」

「現実世界のかなたの霊的な世界って意味だ。」

「へぇ……」


“ドン”


「お!

太鼓の音だ!」

「行こうか!」

「うん!」

「麗華、行こう!」

「あぁ!」


太鼓の音に釣られて、郷子達は商店街の中心部へと駆けて行った。




“チリーン”


祭りが終わり、家へと帰ってきた麗華……

縁側に座り柱に背凭れている彼女の膝の上には静かに眠るシガンがいた。


「そのシガンが、鎌鬼の生まれ変わった姿とはなぁ」


風呂から上がった龍二は髪を拭きながら、麗華の隣に座った。


「こいつ見てたら、不思議と鎌鬼の声が聞こえてきたんだ……」

「そうか……」

「約束、果してくれた」

「だな」


眠るシガンの頭を撫でる龍二……ふと麗華を見ると、彼女はいつの間にか眠ってしまっていた。そんな麗華を龍二は抱き寄せ、自分の肩に羽織っていた羽織を、彼女に掛けた。狼姿になっていた焔と渚は二人に寄り添い、自分達の尾を二人に乗せた。


“チリーン”


縁側に吊るしている風鈴が、夏の心地よい風に揺られ優しい音色を響かせた。


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麒麟現る

麒麟(キリン)……

それは、神に使わされた獣……神獣とも言われている。

その霊力は、極めて高く、聖域を汚す者には容赦なく厳しい罰を与える、天の裁判官とも言われている。


神社の沼へとやってきた克也……

 

 

「獲るなって言っても、ここの鯉はデカくってさ。

 

特に、刺身に出来る鯉は、魚屋で高く買ってくれるんだ」

 

 

沼に網を入れ、そこに住んでいる鯉を獲りながら言った。

 

 

「神社での殺生はいけないっていうけど、生け捕りなら神様も文句ないだろ」

 

 

鯉を持ち帰ろうとした時、空の一ヶ所が光り出しその光に克也は驚き、振り向いた。

 

 

鹿のような強大な体を持ち、顔は竜に似ており、馬の蹄に牛の尾を持った獣が、舞い降りてきた。口には血を出したチンピラを銜えており、チンピラは苦しみの声を上げながら暴れていた。

 

その光景に絶句した克也は、気を抜き思わず捕まえた鯉を網から落してしまった。落ちた場所が運悪く岩の上で、鯉は骨を折ったのか跳ねることなく、体を痙攣させ動かなくなってしまった。

 

しまったと思った克也は、無我夢中で駆けだしその場を逃げだした。

 

 

 

 

夜……

 

 

寝付けないでいた克也は、鯉を獲ったことを思い出していた。

 

 

“ピシャーン”

 

 

雷が鳴り、その光で外に映る獣のシルエットが、部屋の窓に映った。ふと克也は窓を見たが、そこには外に干している洗濯物の影しか映ってはいなかった。気になり、そっとカーテンの隙間から外を覗いた。

 

 

(ま、まさか……たかが魚一匹くらいで……)

 

 

同じ頃……

 

眠い目を擦りながら、鯉の死骸を見る麗華と龍二……

 

 

「ったく、誰だよ。

 

鯉釣った奴」

 

「やっぱり、立札じゃ効果はないってか?」

 

「ハァ~ア……

 

釣った奴、また殺されるよ?」

 

「自業自得だ。

 

それより、早く帰って寝ようぜ」

 

「だな」

 

 

狼姿になっている渚と焔に二人は乗り、神社を後にした。

 

 

 

 

翌日……

 

学校へ着た克也は、休み時間昨日の事を広達に話した。

 

 

「ホントかよ?

 

明神沼に、竜に似た馬が出たって」

 

「そうなんだ。

 

頭には角みたいなものがあってさ。口には血だらけになった男を銜えてて……

 

 

きっと、食われちまったんだ。多分、魚殺して罰が当たって」

 

「まさかアンタ、あの大きな鯉を釣ろうとして、明神沼に行ったんじゃないでしょうね?」

 

「どうなのよ、克也」

 

「……

 

う、うん」

 

「やっぱり!

 

とうとうあなたは、禁じられた鯉を釣ってしまったのね!

 

 

あれ程」

「釣ってはいけない鯉を釣ったてか?

 

明神沼の鯉を?」

 

 

階段を下りてくる麗華は、美樹の言葉を繋げる様にして言った。

 

 

「麗華」

 

「木村、本当にあの沼の鯉を釣ったのか?」

 

「あ……あぁ」

 

「殺されるよ?その獣に」

 

「え?」

 

 

「竜に似た馬の様な獣と言ったな」

 

 

その声に、郷子達は振り返った。手すりに手を置くぬ~べ~が問いかけてきた。

 

 

「そいつは麒麟かもしれんぞ?」

 

「首が長くて、黄色くて、斑のある動物園にいるキリン?」

 

 

口を揃えて言う郷子達……ぬ~べ~は少々困り果てた顔を浮かべ、麗華はため息をついて呆れた表情を浮かべた。

 

ぬ~べ~は階段を降り、麗華の隣へ立つと話し出した。

 

 

「そのキリンじゃない。

 

神の使いと云われている獣の事だ。

 

 

でも大丈夫、麒麟は何もしないさ。理由もなく人間を襲ったりはしない」

 

「理由がなければね」

 

「?どういう意味だ、麗華」

 

「別に」

 

「さってと、皆放課後暇だったよな?」

 

 

郷子達に放課後残るように言うと、ぬ~べ~はどこかへ行ってしまった。

 

 

図書室で、麒麟について調べるぬ~べ~……

 

 

(麒麟は聖域を汚すものに対して、厳しい罰を与えるか)

 

「何で、私達まで手伝わなきゃならないのよ!」

 

 

文句を言いながら、図書室の本を運ぶ郷子達……

 

 

「全く、人使い荒いんだから」

 

「一人でできねぇのか?ヘタレ教師」

 

(まさかな……

 

麒麟が本当にいるなんてことは……)

 

 

本を片付ける郷子達……

 

克也は書棚に、持っていた本を元の場所へ戻していた。その時ふと風が吹き、気になり恐る恐る後ろを振り返った。

 

 

後ろにいたのは、あの時見た麒麟の姿……

 

 

「わぁああああ!!」

 

 

麒麟の姿に驚いた克也は、持っていた本を落とし叫んだ。その声にぬ~べ~は、すぐに立ち上がり克也の元へと行った。

 

 

克也の元へ行くと、彼は腰を抜かし座りこんでいた。

 

 

「どうした?克也」

 

「き…き…麒麟が……

 

麒麟が今、ここに!」

 

 

ぬ~べ~の後ろを指さす克也……彼の指す方にぬ~べ~は振り返った。克也の叫び声に、郷子達が駆け寄ってきた。

 

 

「どうしたんだよ、克也ぁ」

 

「急に大声何て上げてさぁ」

 

「ビックリするじゃないの」

 

 

克也のもとへ着た麗華は、ふとぬ~べ~が向いている方に目を向けた。すると肩に乗っていたシガンが、毛を立たせながら威嚇の声を上げた。

その声に応じるかのように、姿を消していた焔が姿を現し麗華の耳元で囁いた。

 

 

「麗、麒麟の奴がここへ来た」

 

「その様だね。

 

 

先に戻って」

 

「了解」

 

 

姿を消し、焔はどこかへ行ってしまった。

 

 

二人が向く方に在ったもの……それは光る毛だった。

 

 

威嚇するシガンを宥めるかのようにして、麗華は頭を撫でながら克也の方を振り向いた。

 

 

「罰が……罰が当たったんだ……きっと。

 

俺、鯉釣ってそれでまた沼に放してやるつもりだったのに、麒麟を見た時慌ててて、それで捕まえた鯉を岩の上に落しちまって……だから、罰が!!」

 

「なるほどねぇ……

 

ぬ~べ~、何とかしてやれば」

 

「落ち込むなよ。

 

ぬ~べ~に任せれば、大丈夫だよぉ!」

 

「そうそう!

 

心配する事なんかないわよぉ!」

 

「克也が危なくなったら、鬼の手があるじゃない!」

 

「『俺の生徒に、手を出すなぁ!』」

 

「下手くそ!『鬼の手よ、今こそその力を示せ!』」

 

 

笑い合い、冗談を言い合う郷子達……

 

ぬ~べ~の元へと行った麗華は、彼の手の上で消える麒麟の毛を見ながら小声で言った。

 

 

「今回は、アンタもお手上げなんじゃないの?

 

神獣相手じゃ、鬼の手がどこまで効くか」

 

「あぁ。

 

いくら俺でも、神の使いである麒麟を……」

 

「神獣の怒りを鎮めるには、生贄が必要」

 

「?」

 

「何てね。

 

 

どうすんの?あいつ等、アンタに期待してるけど?」

 

「う~ん……

 

お前ならどうする?」

 

「知らない。

 

大体、獲るなって立札立ってたにも関わらず沼の鯉を、獲った木村が悪いんでしょ?自業自得だよ」

 

「そうだが……」

 

「私にどうしろっていうの?」

 

「っ……」

 

「アンタの手伝いはするけど、どこまで力になれるか、分かんないよ」

 

「悪いな」

 

「ったく。世話のかかる教師ですこと」

 

「お前が言うな!問題児め!」

 

 

 

 

沼へやってきた郷子達……

 

 

「ねぇ、本当に神様の罰なんてあるのかしら」

 

「分かんないわよ!そんなこと!」

 

「まさか、地獄へ落されるとか?」

 

「じ、地獄?!」

 

「コラ!美樹!

 

何てこと言うのよ!」

 

「大丈夫だって克也!

 

きっとぬ~べ~は何とかしてくれるから、元気出せよ!」

 

「そうよ!きっとぬ~べ~が何とかしてくれるから!」

 

 

思い出す、先程のこと……

 

 

『とにかく夕方、明神沼へ行ってみよう。

 

麒麟が神の使いなら、分かってくれるさ』

 

 

その言葉を思い出す克也は、意を決意し沼の方へと歩いて行った。

 

沼へ行く途中、橋を割っていると小川から水の音と何かの声が聞こえ、郷子とまことは足を止めた。

 

 

「何かしら?」

 

「何なのだ?」

 

 

よく見ると、そこにいたのは小川に落ち草に絡み、上がれない状態になった子犬だった。

 

 

「何だ?またお前か!」

 

 

そう言いながら、克也は土手を滑り降り、小川の中へと入った。

 

 

「ったく、あれ程こっから離れろって言ったじゃねぇか!

 

バッチィ犬がよ!

 

 

いいか?今助けてほしいのは、こっちの方なんだぜ?」

 

 

文句を言いながら、克也は草を解き子犬を抱き上げた。子犬は毛を振り水を落とそうとし、その行為に驚いた克也は足を滑らせ尻を着いてしまった。

 

そんな克也の頬を、子犬は舐めてやった。舐める犬のくすぐったさに、克也は笑いながら子犬を放した。そんな彼を見る郷子達は、どこか悲しげな眼をしていた。

 

 

 

 

ぬ~べ~と約束の場所へ着た郷子達……

 

そこには木の釘を円形に刺し、釘を通して注連縄が設置されていた。

 

郷子達の姿を見たぬ~べ~は、顔を顰めて言った。

 

 

「お前達は、帰るんだ」

 

「どうしてよ!」

 

「いつもいつも、邪魔なんだよ!

 

お前等、前からずっと言おうと思ってたんだけどな……いいか?これは御遊びじゃないんだ。」

 

「でも!」

「帰れ!

 

もうとっくに、下校時間が過ぎてんだ!早く家へ帰れ!」

 

「け!何だよ!」

 

「帰ろ帰ろ!

 

邪魔なんだから、私達は!!」

 

「そうそう!邪魔なんだってさ!」

 

「全く、失礼しちゃうわよねぇ!」

 

「俺達がいて、助かったこともあんのにさぁ!」

 

「そうよ!それなのに、あんな言い方ないわよね!

 

 

ぬ~べ~の、おたんこなーす!!」

 

 

文句を言い捨てながら、郷子達は帰っていった。

 

そんな光景を空から見る、焔の背に乗った踊り巫女の格好をした麗華……

 

 

「全く、好き勝手言って」

 

「いつ頃、あの二人の元に出るんだ?」

 

「麒麟が姿を現した頃かな?しばらくは様子見」

 

「了解」

 

 

 

 

「克也」

 

 

不安げな表情を浮かべた克也に、ぬ~べ~は声をかけた。

 

 

「せ、先生」

 

「これは結界だ。

 

この中にいれば何が来ても、こちらには手出しできない」

 

 

言いながら、ぬ~べ~は注連縄を結んだ円の中へと入った。彼に釣られて、克也もその中へ入った。

 

 

「で、でもどうして、こんなものを?」

 

「克也、今度は今までのように、簡単にはいかないかもしれないんだ。

 

相手は麒麟、神の使い……いや、神そのものと言ってもいいかもしれない。恐らく、俺の霊力とは桁違い」

 

「そ、それじゃ俺は?!」

 

「心配すんな!

 

お前だけは、必ず守ってやる。命に代えてもな」

 

 

その会話を、近くで聞く郷子達……

 

 

「まさか、ぬ~べ~にも勝てない相手?」

 

「じ、冗談でしょ?」

 

「麗華さえいてくれれば……」

 

「さっき帰っちゃったもんねぇ」

 

 

 

バックから霊水昌を取り出し、ぬ~べ~はそれを天に翳した。翳しながら、ぬ~べ~は数珠を手に巻きお経を唱え出した。すると、辺りが暗くなり、雷を放ち出した。

 

お経を唱えていると、霊水昌が粉々に割れぬ~べ~は沼を見た。

 

 

「来たか!」

 

「え?!」

 

 

沼に現れる一頭の獣……その姿は、紛れも無く麒麟であった。

 

 

「おい、あれって」

 

「本物?」

 

 

麒麟の姿に驚く広達……

 

 

「現れたぜ?どうする?」

 

「もう少し、様子見。

 

ヤバくなったら、行くよ」

 

「分かった」

 

 

空から、麒麟の姿を観る麗華と焔……

 

 

 

 

麒麟はぬ~べ~達へ近付いてきた。

 

 

「せ、先生!!」

 

「任せろ!」

 

 

近付いて来る麒麟……麒麟の頭には、克也が言った通り角が生えていた。

 

 

(生命を尊び、殺生を嫌う麒麟の角は、通常他の生物を傷つけないよう、肉に包まれ丸くなっているという……

 

明らかに奴は、怒っている。

 

克也は、神の怒りに触れたのか……)

 

 

“グォオオオオ”

 

 

叫ぶ麒麟……声に反応してか、その角は光り出し空から雷をぬ~べ~達目掛けて落した。落された雷は、ぬ~べ~が張った結界を破り彼に攻撃した。

 

 

「先生!!」

 

 

ぬ~べ~は、体から煙を上げその場に膝を着いた。

 

 

『裁きを受けろ!』

 

 

聞こえて来る麒麟の声……

 

 

膝を着いたぬ~べ~は、白衣観音経を広げた。

 

 

「麒麟よ、訊いてくれ!

 

確かにこの子は、沼の魚を死なせてしまったかもしれない!しかし、許してやってくれ!

 

この子に悪気はなかったんだ!この子は決して、悪い奴ではない!信じてくれ!」

 

 

その言葉は、麒麟の耳には届かず、角を輝かせ雷を起こした。雷は白衣漢音郷を破り、まずいと思ったぬ~べ~は克也を守るようにして、麒麟に背を向かせた。すると雷はぬ~べ~の背中へ当たった。

 

当たったぬ~べ~は、力なくその場に倒れてしまった。

 

 

「せ、先生!!」

 

『裁きを受けろ!』

 

 

“チリーン”

 

 

何処からか聞こえる、鈴の音……

 

音の方に目を向けると、麗華は焔の背中から飛び降りた。

 

 

「れ、麗華」

 

「その者を、許してやって下さい。

 

十分に、反省しています」

 

 

静かに言う麗華……だが麒麟は、怒りを鎮めることなく、彼女へ雷を放った。雷に驚いた麗華は、避けるかのようにして後ろへ飛び下がった。

 

 

「麗!!」

 

「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」

 

 

麒麟は再び克也の方を向いた。克也はまるで蛇に睨まれた蛙のようにして、その場から逃げ出すことができず怯えていた。その時、倒れていたぬ~べ~がすっと立ち上がり、麒麟を睨んだ。

 

 

「やはり、俺の霊力とは桁違いか……

 

だが、例え神でも!俺の生徒に、手出しはさせん!!

 

 

我が左手に封じられしおによ、今こそその力を示せ!!」

 

 

鬼の手を出したぬ~べ~は、麒麟に攻撃した。麒麟は彼の鬼の手に角を触れさせ、鬼の手から血を流し、ぬ~べ~は叫び出し麒麟は彼を投げ飛ばした。

 

 

「あのバカ……神獣に対して、鬼の手が通じるとでも思ったの?」

 

「どうする?麗」

 

「あそこまで怒ってちゃ、手も出せない……(奇跡を待つか……)」

 

 

角の先端を克也に向ける麒麟……

 

沼で倒れているぬ~べ~のもとへ、郷子達は駆け寄った。

 

 

「頼む!!克也を許してやってくれ!

 

俺は教師だ!その子のやったこと、俺に責任がある!

 

 

克也を裁く前に、俺を裁け!!」

 

『裁きを受けろ』

 

「克也、逃げろ!!」

 

「逃げるのよ!!克也!」

 

 

だが克也は、恐怖のあまりその場から逃げ出すことができなかった。麒麟は角を天に向け、角に反応したかのように雷が克也目掛けて、落ちてきた。

 

 

「やめろぉおお!!!」

 

 

「ワン!ワン!ワン!!」

 

 

聞こえてくる犬の鳴き声……

 

落ちてきた雷は、克也にあたる寸前で消え、麒麟はその犬の声の方に目を向けた。

 

 

克也の前に立つ、先程助けた一匹の子犬……

 

麒麟は子犬に顔を近づけさせた。すると子犬は威嚇の声を上げながら、麒麟に飛び掛かり噛みついてきた。噛みついてきた子犬を振り払い、麒麟はその子犬を見つめた。

 

子犬は、怯えもせず麒麟にずっと威嚇の声を上げていた。

 

 

そんな姿を見た麒麟は、角を引っ込め姿を消した。

 

 

「麒麟が去っていく……」

 

「たった一つの善行が、アンタの罪を軽くしたんだ……

 

麒麟は天の公正な、裁判官だからねぇ」

 

 

傍にいた麗華は、克也達に説明するかのようにして言った。

 

 

麒麟は鳴き声を発しながら、天を駆け上っていった。




沼から上がってきたぬ~べ~達……


「そういや麗華、お前何でそんな格好してるんだ?」

「……」


克也の質問に何も答えない麗華は、容赦なく彼の頭を思いっ切り叩いた。打たれた個所を押えながら、克也は半ベソを掻きながら麗華の方を見た。


「何で打つんだよ!?」

「当り前だ!!人にこんな格好させといて!!

獲るなって言った物獲って、神の裁きを受けなかったんだ!!私の腹の虫が治まらない!!」

「はぁ!?」

「まぁまぁ、麗華」

「ったく……

あ~もう!!ムシャクシャするぅ!!焔、帰るよ!!

帰ったら、お神酒飲みまくってやる!!」

「そんなことしたら、龍に怒られるぞ?」

「うるさい!!」


焔に乗り、麗華は家へと帰っていった。打たれた個所を撫でながら、克也は麗華の行為が今一理解できないでいた。


「麗華、やっぱり心配して戻ってきてくれてたのね!」

「だな!」

「さーてと、腹も減ったな!

ラーメンでも食いに行くか!」

「ち、ちょっと待って!!鬼の手は!?」

「ああ、これは霊気さえあれば、一週間で再生する」

「げ~!!やっぱ、人間じゃねぇな!」

「うるさい!」


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気ままな猫達

暗い夜道を歩く一人の女子大生……


周りには彼女を囲う様にして、歩く猫達……


角を曲がると、暗い道に佇む一つの影……その暗闇に光る目は、彼女を襲いかかった。


「キャァアアア!!」


「猫の仕業?」

 

 

帰路を歩く郷子達……

 

 

今朝方、女性が体中に斬られた傷を負いながら、交番へ駈け込んでいったのだと……

 

女性が言うには、化け猫に襲われたと言うのだ。

 

 

「そうなのよ!

 

その女性が言うには、巨大な猫が二足方向で、立ってたんだって!しかも、普通の猫たちを従わせてるらしいよ!」

 

「何か、嘘くさぁ」

 

「本当なんだってば!!

 

丁度、現場近くよ!行きましょ!!」

 

「ちょっと、美樹!」

 

 

先行く美樹に呆れながら、郷子達は仕方なく彼女について行った。

 

 

現場へ着いた美樹達……

 

現場は、襲われた女性の血であろう跡が残っており、所々に猫の毛が残っていた。

 

 

「うわぁ……酷ぇなこれ」

 

「本当ね…」

 

 

すると、現場に置かれている段ボールから飛び出てきた一匹の黒猫……突然現れた黒猫に、驚いた郷子達は叫びながら互いに抱き合った。

 

しばらくして、現れた黒猫を見て、郷子達はホッとした。

 

 

「何だぁ、ただの猫じゃない」

 

「黒猫だなぁ。こいつ」

 

「見りゃあ分かるよ。

 

ほら、おいでおいで」

 

 

手を差し延ばす広……黒猫は広の伸ばしてきた手を警戒し、唸り声を上げながら、毛を逆立たせた。

 

 

「げ、こいつスゲェ警戒してるぞ?」

 

「広の事、嫌いなんじゃないか?」

 

「じゃあ克也はどうなんだよ!」

 

「俺か?俺は懐かれてるだろ!」

 

 

得意気に話す克也は、広に代わって手を差し伸べたが、黒猫は広と同様毛を逆立たせた。

 

 

「ありゃ?」

 

「何だよ、オメェだって一緒じゃないか!」

 

「う、うるせぇ!」

 

 

二人の隙を狙って、黒猫は走り出し塀へと昇り、郷子達を見下ろした。

 

 

「エラそうな奴だなぁ、こいつ」

 

「ニャーン」

 

「今日は家に来るのか?」

 

「へ?」

 

「ニャーン」

 

 

麗華の質問に答えるかのように鳴き声を発すると、どこかへ行ってしまった。

 

 

「あの黒猫、麗華が飼ってんの?」

 

「違うよ。

 

あいつ、時々家に仲間連れてきて、餌貰いに来るんだ」

 

「何だ?餌付けしてんのか?」

 

「何でそうなんのよ」

 

「じゃああの黒猫、名前あるの?」

 

「一応ね。

 

猫の大将だから、ショウって呼んでる」

 

「ショウかぁ……」

 

「麗華が名付ける名前って、単純だな」

 

「っるっさい!!」

 

 

 

郷子達と別れた麗華は、家の階段を上っていた。彼女に釣られてか、野良猫が次々に階段を上って行った。

 

 

登り切ると、境内に集まる無数の野良猫たち……

 

 

「随分と集まったなぁ……」

 

「いつも世話になるな。姉御」

 

 

いつの間にか隣に立つ、猫耳を立て黒い髪を生やした青年……

 

 

「ショウ」

 

 

麗華は隣に立つショウの頭を撫で、家の中へ入り着替え境内に集まる、猫達の元へ餌の乗った皿を置いた。猫達は一斉に食いついた。

 

 

「相変らず、私達以外の人間は、好かない様だね」

 

「当り前だ。

 

あんな事されて、今頃人を好きになれっかよ」

 

「そう言うなって」

 

 

本殿の階段に腰掛ける麗華は、少々困った表情を浮かべながら、人間姿になっているショウの顔を覗き込んだ。ショウは顔を顰めて、口に小枝を銜えながら腕を組み舌打ちした。

 

 

「ショウ、一つ聞いて良いか?」

 

「?」

 

「人が襲われたっていう現場……あそこで何かあったのか?」

 

「人を食らう化け猫だ……

 

最近になって、この地に現れてきた」

 

「そう……」

 

「けど、あいつ元は飼い猫だ。俺と一緒で」

 

「助けたい?」

 

「助けるさ」

 

「はいはい」

 

 

皿に盛られた餌を食いつく猫達の中で、弾け出されたのか一匹の子猫がシガンに釣られて、麗華とショウの元へと寄ってきた。

 

 

「あ~らら、弱肉強食ってか?」

 

「姉御、頼む」

 

「は~い。

 

おいで、アンタには別の物食わせてやるよ」

 

 

寄ってきた子猫を抱き上げる麗華に、シガンは彼女の肩に飛び乗った。

 

 

「そういや、姉御。

 

その鼠、どうしたんだ?」

 

「鼠じゃないよ。フェレット。

 

ちょっとした訳で、飼い始めたんだ」

 

「フゥ~ン……」

 

「アンタも飼ってあげようか?」

 

「俺は自由気ままに生きるのがいいんだ!」

 

 

顔を赤くしながら、ショウは叫んだ。そんなショウを、麗華は笑いながらからかった。

 

 

 

 

翌朝……

 

 

学校に向かう麗華……彼女を追うかのようにして、黒猫姿のショウが塀を歩いていた。

 

 

「麗華ぁ!おはようぉ!」

 

 

前を歩いていた麗華に、郷子は美樹と共に挨拶しながら走り寄ってきた。

 

 

「おはようぉ!麗華!」

 

「よぉ、お前等」

 

「今日は、しっかり起きたんだね!」

 

「兄貴が今日朝練だって言って、無理矢理叩き起こされたんだ」

 

「あぁ、それで」

 

「ニャーン」

 

「?」

 

 

鳴き声を発しながら、塀に登っていたショウは麗華の肩へと飛び降りた。彼女の肩に乗っていたシガンは、場所を奪われたと思い頭の上へと移動した。

 

 

「あ!昨日の黒猫!」

 

「本当に懐いてるわねぇ。麗華」

 

「でもシガンが、何か場所盗られたみたいにしょ気てるわよ?」

 

「ショウ、どうした?」

 

「フウウウウ!!」

 

「?……!」

 

 

威嚇するショウを見た麗華は、ふとショウが見ている方に目を向けた。そこにいたのは、白い布を頭から被った一人の者……

 

 

「あれ?あの人、いつからあそこに?」

 

「さぁ……?

 

ねぇ、やけにこの辺り野良猫多くない?」

 

 

美樹の言葉に、三人は道に目を向けた。三人を横切る多数の野良猫達……すると白い布を被った者が、彼女達に近付いてきた。

 

 

「な、何?」

 

「人……許さない!!」

 

 

白い布を取り、その姿を現した。灰色の毛に身を包み人間と同様に、二本足で立ち二本の尾を持った猫……

 

 

「な、何こいつぅ!?」

 

「二人は早く、学校に行って鵺野に知らせろ!!

 

雷光!」

 

 

ポーチから出した紙を投げ、麗華は雷光を出した。出てきた雷光は、刀を抜き構えた。

 

 

「こ、この者は?!」

 

「説明は後。風を起こして、この二人が逃げれる道を造れ!!」

 

「承知!

 

 

風術風神掌!!」

 

 

風を起こし、三人を囲っていた野良猫たちを、吹き飛ばした。その隙を狙い、麗華は今だと声を出し、彼女の声を合図に美樹と郷子は無我夢中で走りだした。

 

 

「許さない……許さない!許さない!!」

 

「何が許さないんだ?

 

人間か?」

 

「そうだ……

 

私を、塵の様に捨てて行ったあの女だ!!」

 

「女って……私狙われてる?」

 

「っ……」

 

「麗殿……

 

 

焔、風を起こし此奴の目を晦ませる!その隙に、麗殿を!」

 

「了解!麗、乗れ!」

 

「分かった……って、ショウ?!」

 

 

肩に乗っていたショウは、飛び降り人の姿へと変わった。ショウが降りると、麗華の頭に乗っていたシガンは、降り肩へと移動した。

 

 

「し、ショウ?」

 

「こいつの相手は、この俺だ。

 

姉御、早く逃げてください。

 

 

ニャ――――ゴ!!」

 

 

天に向かって呼び叫ぶショウ……その声に町中にいた野良猫達が、集まってきた。それを見た麗華は、雷光を紙に戻し焔に飛び乗り、一目散にその場を離れて行った。

 

 

「さぁて、こっからは猫又と猫ショウの戦いだ!!」

 

「貴様も同じ様な境遇を送っているのに、なぜそこまでして人間の味方をする!?」

 

「ちょっとした出来事があったんでな!

 

野郎ども、掛かれ!!」

 

「お前達、行けぇ!!」

 

 

両側の野良猫達は一斉に襲い掛かり、ショウと猫又も野良猫と共に戦い始めた。




学校へ着いた郷子達は、すぐさまぬ~べ~に先程の事を知らせた。彼女達の話を聞いたぬ~べ~は、麗華を助けに行こうと職員室を出て行った時、丁度そこへ麗華が着き、ぬ~べ~の元に向かって走って来ていた。


「麗華!無事だったのね!」

「ちょっとした助っ人が来て、そいつに任せた」

「助っ人?」

「あぁ。(ショウ……負けるなよ)」

「麗華が無事なら良かった。

あとは俺が何とかするから、お前達は早く教室へ行け」

「うん!

麗華、行こう!」

「あぁ!」


郷子達と共に、麗華は廊下を歩き教室へと向かっていった。


「アンタは、いい教師だよ」


ぬ~べ~の元へ姿を現した焔は、独り言のように呟き姿を再び消した。


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猫又と猫ショウ

放課後……


机を並べる美樹達……掃除道具をロッカーにしまう麗華と郷子……


「ふぅ~…やっと掃除終わった」

「早く帰ろう。私見たいテレビがあるの!」

「あぁ、待ってよ!美樹!」


先に歩き出した美樹を、広達は慌てて追いかけて行き、その後を郷子と麗華が続いた。


下駄箱へ着き、靴を履きかえようとした時、学校の中へ無数の野良猫達が入ってきた。


「な、何だ?!」

「ちょ、ちょっと郷子!こ、この猫達って」

「あ、朝の猫達?!」

「おい、見ろよ!」


広が指差す方向に、あの灰色の毛の化け猫が立っていた。


「うわぁああああ!!」

「焔!!」


麗華達の前に姿を現した焔は、狼の姿へとなり猫達に向かって牙を向けた。牙を向けた焔に怯えた野良猫達は、身を引き毛を逆立てながら威嚇した。


「まさか、ショウが」

「あいつに限って」


その時、化け猫の体に白衣観音経が絡み付き、動きを封じた。


「お前ら、無事か?!」

「ぬ、ぬ~べ~!!」
「ぬ~べ~!!」
「ぬ~べ~!!」
「ぬ~べ~!!」

「おのれぇ!!小賢しい人間がぁ!!」

「今のうちに、教室に戻れ!」

「分かった!」


郷子達が走り去って行くと同時に、化け猫の体に巻き付いていた白衣観音経が破かれ、前にいた麗華目掛けて、爪を立てて攻撃してきた。彼女を守ろうと、傍に立っていた焔は、口を開き火を放とうとした時だった。

一匹の黒猫が、化け猫に噛みつき攻撃した。化け猫は黒猫に手を伸ばし鷲掴みし投げ飛ばした。飛ばされた黒猫を、麗華は受け取った。


「焔、煙を吐け!!」

「了解!!」


煙を吐き、化け猫の目を晦ませた。その隙を狙い、ぬ~べ~は足が止まっていた郷子達の背中を押し後からついてくる麗華に声を掛けながら、教室へと向かった。


しばらくして、煙が無くなり化け猫は、辺りを見回しながら学校の中を彷徨い始めた。

 

 

教室へ逃げ込んだ、ぬ~べ~達……

 

壁下にある小さい戸から、シガンが出て行き廊下の見てその様子を焔に伝えていた。

 

 

「今のところ、安全みてぇだ」

 

「そうか」

 

「グルルルル」

 

 

喉を鳴らしながら、麗華の膝の上で眠る黒猫……体は傷だらけになっており、所々の傷口から血が出ていた。

 

 

「可哀想……」

 

「この黒猫、ショウなんだろ?

 

対した奴だよ。あの化け猫から麗華を助けるなんて」

 

「あぁ。

 

丙がいてくれたら、傷を回復させられるのに……」

 

 

心配そうな表情を浮かべながら、麗華はショウの頭を撫でた。するとショウは薄らと目を開き、自身の体に出来た傷を舐め始めた。

 

 

「ショウ……」

 

「あぁ、コラ!

 

舐めたら、余計酷くなるよ!」

 

「フウウウウ!!」

 

 

舐める行為を止めさせようと、郷子が手を差し延ばすと、ショウは威嚇の声を上げながら牙を向けた。

 

 

「こいつ、本当に麗華以外懐こうとしねぇな」

 

「ハハハ……」

 

「麗華」

 

「?」

 

「その猫、普通の猫じゃなさそうだな?」

 

「……

 

そうだけど」

 

「どういう事?ぬ~べ~」

 

「お前達、こいつの尻尾をよく見てみろ」

 

 

ぬ~べ~に言われ、四人はショウの尻尾を見た。その尻尾はよく見ると、三本の尾が重なっていたのだ。

 

 

「さ、さささ」

 

「三本?!!」

 

「ま、まさか、ショウって……」

 

「よ、妖怪?」

 

「ショウ、こいつ等は味方だ。

 

姿を見せても、大丈夫」

 

「……」

 

 

麗華の膝から降りたショウは、猫の姿から人の姿へと変わった。

 

焔と同じくらいの背に、青い着流しに萩の模様が着いた紫色の羽織を肩に羽織り、猫耳を立て黒い癖毛を生やした青年の姿へと、ショウは変わった。

 

 

「か……カッコいい!!」

 

「焔と同じくらいに、カッコいい!!キャー!!」

 

「何々?!麗華、妖怪の動物の人の姿って、皆イケメンなの?!」

 

「知らない」

 

「顔がイケメンで、そこに何気ない可愛さの猫耳が……

 

キャ―――!!!」

 

「誰か、この女共黙らせろ」

 

「ウォッホン!!」

 

 

ぬ~べ~の咳払いに、騒いでいた郷子と美紀は顔を赤くして黙り込んだ。

 

 

「鵺野が言った通り、こいつは妖怪。猫ショウって言うね」

 

「ね、猫ショウ?」

 

「猫又の上の猫の妖怪の事だ」

 

「へぇ……」

 

「けっ!!

 

こんな野郎共に、何でこの俺の姿を見せなきゃならねぇんだか」

 

「そう言うなって。アンタが妖怪だって、このバカ教師に見抜かれちまったんだからさ」

 

「誰がバカ教師だ!」

 

 

手を出そうとしたぬ~べ~の手を、ショウは容赦なく爪を立て引っ掻いた。

 

 

「あひぃ!!」

 

「コラ、ショウ」

 

「けっ!」

 

「全く……」

 

「ところで、あの猫又は何者なんだ?」

 

「そうそう、今朝私達を見るなり、いきなり襲いかかって」

 

「だとさ。

 

質問してるよ?ショウ」

 

「……」

 

 

黙り込みながら大あくびするショウに、麗華はため息を吐き手を上げながらぬ~べ~達に話し出した。

 

 

「見た通り、あれは猫又。

 

昔、飼い主に捨てられた哀れな雌猫」

 

「捨て猫?」

 

「そう。

 

ここ最近になって、妖力が高まり猫又となり、自分を捨てた女を襲い出したって訳さ」

 

「じゃあ、今朝私達を襲ったのって」

 

「紛れも無く、復讐するため」

 

「なるほど。女性なら誰でもいいって訳か。自分を捨てた人間と同じ性別なら……」

 

「じゃ、じゃあ、私と郷子と麗華は襲われるってこと?嘘ぉ!!まだ、死にたくな~い!!」

 

「姉御、この女童共黙らせていいか?」

 

「やめなさい。

 

うるさいのは、よ~く分かるから」

 

 

その時、麗華の肩に乗っていたシガンが、毛を逆立たせ威嚇の声を上げた。シガンに釣られるかのようにして、ショウも爪を立て攻撃態勢に入った。

 

 

「な、何?!」

 

「見つかったか…」

 

「嘘ぉ!!」

 

「騒ぐな!!

 

ショウ、アイツに勝ち目は?」

 

「分からねぇ……

 

仲間を庇って、この傷だ。今の状態じゃ、あいつ等を呼ぶこともできねぇ」

 

 

近付いて来る強力な霊力……郷子達の前に立つぬ~べ~は鬼の手を出し構え、ショウと焔は麗華を隠すようにして彼女の前に立った。

 

 

“バーン”

 

 

ドアが蹴破られ、中へ入ってくる灰色の化け猫……

 

 

「フフフ……見~つっけた」

 

「麗、どうする?」

 

「焔は指示するまで待機。もちろん鵺野も」

 

「だがこいつには……途轍もない、殺気が」

 

「いいから。

 

ショウ。自分の敵は自分で倒しな」

 

「姉御に言われずとも、そのつもりだ」

 

 

白い布を被った化け猫の姿は、人の姿へと変わった。猫耳を立て腰まで伸ばした灰色の髪に、白い麻の葉紋(アサノハモン)の柄の着物を着た女性へと姿を変えた。

 

 

(うへぇ……綺麗な女だなぁ)

 

「貴様は、殺したはず。

 

なぜ、今ここにいる!」

 

「うるせぇ!!

 

まだ、数十年しか生きてねぇ雌猫が、エラそうな口を訊くな!」

 

「黙れ!!

 

貴様に何が分かる!!あの子に……あの子に捨てられた私の気持ちが!!」

 

「だからって、人を襲う事ねぇだろ?!」

 

「襲わなければ、人間は何も分からん!!私達、猫の気持ちを……飼い猫から野良猫になった猫の気持ちを!!」

 

「俺だって野良猫だ!!

 

けど、ある男が子猫だった俺を助けてくれた。

 

 

だが、月日が流れてその男は俺が次に来た時は、もういなくなっていた。

 

寂しくて、寒くて、心が押し潰されそうだった……けど、その男のガキが、俺を拾い育ててくれた……

 

 

それからしばらくして、俺は妖怪猫ショウとなり、そしてガキにまたガキが出来た……けど、そのガキはあの男と同じよう俺の前から姿を消した……

 

 

俺はもう、ここに必要なくなったと思い、その地を離れた。

 

各地を回り、旅をしていくうちに……俺は、人が嫌いになった。薄汚い俺を見ては、石を投げつけ追い払おうとした……

 

 

地を離れてから何年か過ぎて、俺は再びその地へと帰ってきた。体中に傷を負ってな……

 

そのガキの住処であった森の中を彷徨ってたら、ガキに出会った。そのガキを俺は、意味もなく攻撃した。攻撃をしている間、そのガキは何も抵抗もしないし、反撃もしてこなかった。俺が攻撃を止めると、ガキは俺に近付き俺を抱き上げてくれた。

 

抱き上げられたガキの腕の中はどこか、初めて会ったあの男と同じ暖か味があった。

 

 

お前にもあっただろ?その暖か味が……」

 

「暖か味……」

 

 

何かを思い出そうとする化け猫……

 

 

「鵺野」

 

「?」

 

「あいつに、記憶を蘇らせてやれ。

 

復讐でしまわれている、アイツの大切な思い出を」

 

「あぁ」

 

 

ぬ~べ~は、化け猫の元へ吐息鬼の手を、彼女の頭の上へ乗せお経を唱えた。すると、彼女の頭から、記憶と思われる泡が次々に出てきた。

 

泡に映る記憶……どこかのお嬢様風の女の子に抱かれる、まだ子猫の彼女。彼女はとても幸せそうな表情で、鳴き声を上げながら女の子に擦り寄っていた。

 

だが、その女の子はいつの日か、自分を部屋へと入れてはくれず、やがて女の子の家族は自分を置いて、どこか遠くへ行ってしまった。

 

 

「おそらく、お前の飼い主の女の子は病気になってしまい、猫を飼えない体になったのだろう。

 

それを心配した女の子の両親が、お前を置いて遠くへ行ったのだろ。娘の治療のために」

 

「わ…私にも…あの暖か味を感じられた時が、有ったのか……」

 

「女童は、お前を捨てたくなかったと思うよ。

 

けど、親が勝手にしたことだと思う。多分、今頃は遠くでお前の幸せを願ってると思いよ。」

 

「……」

 

「見てみろよ。お前、こんなにも愛されてたんだぜ?」

 

「ウ……ウゥ……」

 

 

泣き出す化け猫……

 

記憶の泡は、化け猫の身体へと戻っていった。戻ったと共に、化け猫の体は光り、灰色の猫の姿へと戻った。ショウも彼女が戻ると自分も、猫の姿へと変え彼女により、頬を舐めた。

舐められると、雌猫は目を開け透き通った水色の目でショウを見て彼に擦り寄った。

 

 

 

「何か、ロマンチックぅ……」

 

「猫のカップルってか」

 

「羨ましいぃ」

 

「あ~りゃりゃ……あの雌猫、猫又から猫ショウになっちゃった」

 

 

麗華が見る、灰色の雌猫の尾は二本から三本へとなっていた。二匹の三本の尾は、一本一本絡み合い、二匹は顔を擦り寄らせた。




麗華の神社へとやって着た郷子達……


本殿の階段に腰掛け、ショウの手当てをする丙とその彼女の様子を観る麗華……

ショウを心配してやってきた、野良猫たちに餌を与える広達……


「はい、終わったよ」


丙の声に、ショウは起き上がり体を震えさせ麗華の膝の上へと乗り移った。ショウの元へやってきた灰色の猫も、彼女の膝の上へと乗りショウに擦り寄った。


「麗華の膝の上、猫でいっぱいね」

「ホントだぜ。どれ、灰色の猫俺に」
「フウウウウ!!」

「うわっ!」

「猫ショウって、麗華にしか懐かないのかしら?」

「知らない……なぁ」


二匹の猫を撫でながら、麗華は笑い掛けた。


「なぁ、麗華」

「?」

「ショウが言ってたガキって、誰の事か知ってるか?」

「え……そ、それは」


「そりゃあ、麗華だ」


着流しを着ながら、龍二は言った。


「兄貴」

「お前等、帰んなくていいのか?もう暗いぜ?」

「大丈夫です。親には友達の家で夕飯ごちそうになるって言っといたので!」

「あのねぇ……」

「それよりお兄さん、話の続き続き!」

「こいつがまだ、小学校上がる前の話さ。


昼間森に遊びに行ったきり、夜になっても戻って来なくてな……心配して、俺とお袋、丙達と一緒に探しに行こうと、表へ出たんだ。

だけど表へ出ると、猫に引っ掻かれた傷を体中に作って、猫を抱いて麗華は帰ってきたんだ」

「へぇ……」

「ま、その後母さんに、こっ酷く怒られたけどな」

「アハハハ……」

「それより麗華、飯だ。

お前達の分もあるぞ」

「本当?!」

「やったぁ!!」

「猫達の餌やり終わったら、さっさと家に入れよ?」

「はーい」


先にも家へ戻る龍二の後を、郷子達は嬉しそうな声を上げながらついて行った。そんな彼等を見ながら、麗華は膝の上にいる灰色の猫を撫でながら言った。


「あいつらは、良い奴等だな……」

「ミャーン」

「なぁ、瞬火(マタタビ)」

「ミャーン」


その名前が気に入ったのか、瞬火は嬉しそうな鳴き声を上げた。


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鬼の手使用不能

とある屋敷……

ベットの上で苦しむ一人の女性……その女性の身体には、人の顔に似たデキモノが覆い尽くしていた。


そんな女性を見るぬ~べ~に、両親は必死に彼に助けを求めていた。


「金ならいくらでも出す!

助けてくれ!娘には、何が憑いているんだ?!!」

「人面祖だ……

こいつは、幽体に融合している。だから手術で切り取っても、すぐに再生する。


こいつを治すには、幽体を出して悪霊を切り離すしかない。

南無大慈大悲救苦救難広大霊感!」


お経を唱えると、ベットの上で苦しんでいる娘の身体から、もう一人の娘が現れた。もう一人の娘にも、あの人面祖が取り憑いていた。


「見ろ……まるで幽体に、溶け込むかのようにくっ付いている……


切り離すぞ!」


鬼の手を出し、娘の幽体に憑いている人面祖を切り離した。だが隙を狙われ、切り離された人面祖は、ぬ~べ~の身体へと乗り移った。


「ぐああああ!!」


翌日……

 

 

「えー、今日は鵺野先生はお休みの為、代わりに学年の先生が交代で授業します」

 

 

教卓の前に立ち、律子先生は皆に説明した。

 

 

「先生、どうしたの?」

 

「さぁ……

 

連絡もないし、行方不明のようですよ」

 

「変よねぇ」

 

「ぬ~べ~が、理由もなく学校休むなんてなぁ」

 

「(まぁ、あの先生……

 

意外と信頼されてるのね。見直しちゃったわ)まぁまぁ、いくら教育熱心な先生でも一日くらいは」

「先生は今日みたいな、月末は給食だけで金欠だけで一日過ごすはずよ」

 

「そーよ!一日一回、律子先生のお尻を見ないと死ぬって言ってたわ!」

 

「電気代が嵩むから、宿直室で、テレビ見てクーラーにあたっているはずだよ!」

 

 

律子先生の思いとは裏腹に、生徒達はぬ~べ~の事を心配せずにいた。そんな生徒達を見た律子先生は、思わず肩を落としてしまった。

 

 

 

しかし次の日も、その次の日も、ぬ~べ~は来なかった。

 

そして、次の日……

 

 

克也の妹・愛美と友達二人が、花の水を代えに旧校舎へ行った。

 

 

水道で、誰かが顔を洗っていた。

 

 

「誰かしら?」

 

「この辺は、準備室や置物で、滅多に人来ないのにねぇ」

 

 

顔を洗っていた者は、三人に気付いたのか手を止め顔を上げた。

 

 

“パリ―ン”

 

 

その者の顔を見て、花瓶を持っていた子は思わず落してしまった。

 

顔は、化け物の様な顔をしていた。

 

 

「キャァアアア!!」

 

 

三人は、悲鳴を上げながらその場から逃げ出し、五年三組のクラスへと行った。

 

 

 

 

「何だって、旧校舎の三階に妖怪?!」

 

 

泣きながら、愛美は兄・克也に訴えてきた。

 

 

「そうなの!オペラ座の怪人みたいなの!」

 

「お兄ちゃん、早くぬ~べ~先生に言って、退治してもらって!」

 

「そ、それは」

「よし、すぐ行こう!」

 

 

克也が答える前に、広はそう答え教室に残っていた郷子達を見た。

 

 

「い、いいの?ぬ~べ~に知らせた方が」

 

「バカ!そのぬ~べ~がいないんじゃないか!

 

代わりに俺達が調べるしかない!

 

 

麗華、頼む!一緒に来てくれ!」

 

「ったく、勝手なんだから……

 

いいよ」

 

「サンキュー!」

 

「愛美は帰ってろ。後はお兄ちゃん達に任せて!」

 

 

愛美にそう言うと、広達は教室を出て行き、旧校舎の三階へと向かった。

 

 

 

 

現場である、流し場に着いた広達……

 

 

「あの流し場だ」

 

「何も居ないじゃないか……」

 

「奥の方に、隠れてるだけかもよ?」

 

「え?」

 

「ほら」

 

 

奥の方に耳を澄ますと、何かの呻き声が聞こえてきた。

 

 

「な、何だ?あの呻き声……」

 

 

恐る恐る、声の方へと向かうとある一室に辿り着いた。そこは『社会科資料室』と書かれた看板が架けられた教物置部屋だった。広達はソッとその部屋のドアを開けた。中には椅子に腰かけ、机に膝を着き苦しむ一つの影……広には、その人影に見覚えがあり、恐る恐るその名を呼んだ。

 

 

「ぬ~べ~?」

 

「お前達!?」

 

(妖気?まさか)

 

「教室に帰れ!俺に近付くな!」

 

「なーに言ってんだよ!散々人に心配掛けといて。

 

どうしたんだよ、先生!いい歳こいて、登校拒否か?麗華じゃあるまいし」

 

「余計なこと言うな!」

 

 

ぬ~べ~を見ながら、広は部屋の隅に在ったスイッチを押し電気を点けた。

 

 

「見るな!!」

 

 

明かりが点き、ぬ~べ~の姿が見えた。その姿は左半分が、人面祖に覆われていた。

 

 

「いやあああああ!!」

「ぬ~べ~!!」

 

「こ、これって……」

 

「除霊に失敗した……取り憑かれている」

 

「見りゃあ分かる」

 

「何とか……自力で除霊しようとしてみたんだが……

 

こいつは、俺の幽体に融合してしまっていてな……鬼の手を使わなければ、切り離せないんだ」

 

「こいつ、見た所鵺野の左半身を支配してるようだし、そのせいで鬼の手が使えなくなってる」

 

「麗華の……言う通りだ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「それじゃ、絶対に除霊できないじゃん」

 

「どうするのよ!ぬ~べ~!」

 

「ハハ……

 

何とか、自分の霊力で追い払うさ……何日かかるか分からんが」

 

「俺達に、何かできることはないのか?」

 

「ハハハ……じゃあ、給食を頼む。体力を付けなきゃ」

 

 

ぬ~べ~の頼み通り、広達は部屋へ残りの給食を持っていき、部屋の外で中の様子を伺った。

 

給食を貪るぬ~べ~……

 

すると手にしていた食べかけのパンを落とし、苦しみだした。

 

 

(駄目だ……右半身も侵され始めた……

 

神経が麻痺して、体が言う事を聞かない!!

 

 

おまけに、無理に経文で除霊しようとすると、激痛を!)

 

 

抑えようと、お経を唱えるぬ~べ~だが、体に激しい痛みが走り、床に転がり倒れた。

 

 

(本当に……今回ばかりは、お手上げだ……

 

フ…フフ…ミイラ取りがミイラになるか……ちきしょう……参ったぜ)

 

 

弱り切った目で、ぬ~べ~はまるで助けを求めるかのようにして、部屋を除く広達の後ろにいる麗華を見た。麗華は目を逸らし、そっぽを向いた。

 

 

 

 

校庭で、遊具に腰掛ける広達……

 

 

「ぬ~べ~……もしかしたら、助からないんじゃ……」

 

「そ、そうよ。

 

ねぇ、あの顔絶望してたわ。私達の前じゃ強がってたけど」

 

「よくもそんな酷いこと、言えたものね!!散々助けて貰っといて!!」

 

「あ、アタシだって、どうしていいか分からないわよ!!」

 

「鬼の手……鬼の手の様に、霊を切り裂くことができるものがあれば……」

 

「おいおい、そんなもんあるわけねぇだろ?」

 

 

ふさぎ込む広達……そんな広達を見た麗華は、ため息を吐きながら口を開いた。

 

 

「助ける方法なら、一つだけある」

 

「え?」

 

「ほ、本当?麗華」

 

「霊夢魚のこと覚えてる?」

 

「あぁ」

 

「その時、卵を産み付けられた焔に使った技あったでしょ。あれを使う」

 

「?!!」

 

「そ、そんなことしたら、ぬ~べ~が」

「アンタ達は死ぬ確率は高い。けど鵺野だったら、鬼の霊力があるから少しは死ぬ確率が低くなる」

 

「じゃあ、ぬ~べ~を」

 

「助けることはできる」

 

「そうと分かれば、さっそくぬ~べ~の所に行くぞ!」

 

 

喜びながら、先行く広達の姿を観る麗華の顔は、どこかホッとしたかのようだった。

 

 

「変わったな?麗」

 

「別に……気紛れで、動いてるだけ」

 

「あっそ」

 

「それより、手伝ってよ」

 

「了解」

 

 

 

 

再び部屋へとやってきた広達……

 

 

「お、お前等……」

 

「アンタが除霊出来ないんなら、私がそいつを除霊する」

 

「?!!

 

駄目だ!!危険過ぎる!!」

 

「そんな事、分かってるよ!!

 

けど、先生を助けられる方法があんなら、俺達は助けたいんだ!」

 

「そうよ!今まで、いつも助けて貰ってきたんだもん!!」

 

「今度は俺達が助ける番だぜ!」

 

「恩を売りっぱなしで、死のうたってそうはさせないんだから!!」

 

「だそうです」

 

「お前等……」

 

「ま、こっちにも色々恩はあるし。

 

で、どうするの?」

 

「……

 

麗華、頼む」

 

「了解」

 

「俺が、幽体離脱する……その時に」

 

「幽体離脱した後、雷光の雷をアンタの体内に流す。かなりの激痛が走るけど……」

 

「構わない」

 

「分かった……

 

雷光!」

 

 

ポーチから既に取り出していた札を投げ、雷光を出した。雷光を出した後、ポーチから一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で麗華は持っている紙に触れた。

 

紙は麗華の血に反応し、煙を出しその中から薙刀が出てきて、麗華はそれを手に掴んだ。

 

 

その間に、ぬ~べ~はお経を唱え幽体離脱をした。その幽体を、雷光は麗華の指示に従い、雷を放った。

 

 

「グアアアアア!!!」

 

 

体に走る激痛に苦しみ叫ぶぬ~べ~……

 

麗華は、薙刀を振り上げぬ~べ~の幽体に着いた人面祖を切り落とした。切り落とした人面祖は、広達に襲い掛かろうと、突進してきたが、麗華はその攻撃を見逃すことなく、薙刀を振り払い人面祖を切り裂き倒した。

 

 

「やったぞ!」

 

「雷光、戻って。ご苦労さん」

 

 

幽体に放っていた雷を辞めた雷光は、紙に戻り麗華の元へと戻っていった。元の体に戻ったぬ~べ~に、広達は歓声の声を上げながら、抱き着いて行った。

 

 

「今回ばかりは、お前達の名案で助かった。ありがとう!」

 

「でも、この案考えたの、麗華なんだよ!」

 

「え?麗華が?」

 

 

前にいる麗華にぬ~べ~は目を向けた。麗華は頬を赤くし恥かしそうにして、そっぽを向いてしまった。

 

 

「(あいつ……)

 

麗華、ありがとう!」

 

「別に……気紛れでやっただけだ!」

 

「何照れてんのよ!麗華」

 

「照れてなんかない!!」

 

「またまたぁ!」

 

「けど、鬼の手がなくとも、俺達には麗華がいりゃいいかもな!」

 

「お!それ、言えてるかも!」

 

「私、気紛れで動くから。例えアンタ達が助けを求めても、助けてやんないから」

 

「意地悪!」

 

「ハハハ!

 

よーし、じゃあ今日は思い切って皆に」

「わあぁ!鰻でも奢ってくれるのかぁ!」

 

「いや……ラーメンをな」

 

「やっぱ、そういうところ、ぬ~べ~ね」

 

「っ……」

 

「鵺野、支払いはいつでもいいからな」

 

「な、何の事だ?麗華君」

 

「除霊代に、妖怪退治代として、二万貰うよ?」

 

「小学生が、商売をするんじゃない!!」

 

「じゃあ、千円以下でいいから」

 

「そういう問題じゃ~ない!!」



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昔の仲間
依頼内容


夏休みに入った童守小……


宿直室で、テレビゲームをする広達……


「あのなぁ、ゲームなら家でやれ家で」

「家でやると、お母さんがうるさいんだもん」

「そうそう。宿題は大丈夫なの?とか言っちゃってさぁ。

まだ始まったばかりなのに、しつこいのよねぇ!」

「僕も、家にいるといつも怒られるのだ!」

「だからって、宿直室に来てゲームする奴があるか!!」

「だってぇ、ここだとクーラー効いてるしぃ!」

「うるさいお母さんいないし!」

「好き放題なのだぁ!」

「あのなぁ!」


「おい、アホ教師!」


突然宿直室の戸が開いた。ぬ~べ~は、開いたとに目を向けると、そこにいたのは汗だくになり走ってきたであろう、息を切らした龍二だった。


「龍二?どうかしたか」

「こっちに、麗華来なかったか?」

「麗華?来てないけど」

「そうか…」

「お兄さん、どうかしたんですか?」

「さっきちょっと言い争っちまってさ……そしたら麗華の奴家飛び出しちまって」

「麗華が行きそうなところ、捜したんですか?」

「捜したんだけど……どっこにも居なくてよぉ」

「何を言い合ったんだ?お前達の事だから、そう滅多に喧嘩なんてしなさそうなのに」

「ちょ、ちょっと依頼内容でな……」

「依頼内容?」

「実は」
「龍!見つけたぞ!」


外から聞こえてきた渚の声に、龍二は話の途中にも関わらず、渚の声の方へと行ってしまった。そんな彼の後を追いかけようと、郷子達はゲーム機を置き宿直室を出ようとした時だった。


「火術火竜弾!」


龍二が走り去っていった方角から、炎の龍が宿直室の前を横切った。その炎を避けた狼姿の渚は、龍二を乗せながら水の竜を口から吹いた。


「コラぁ!!焔!!

姉であるこの私に、よくも攻撃を!!」

「こっちは主の為にやってんだ!!姉であろうと知ったことか!!」

「コラコラ、兄妹喧嘩は余所でやれ!」


止めに入ろうと、ぬ~べ~は二匹の間に立った。すると二匹は、真ん中にぬ~べ~がいるのにも関わらず、炎と水を口から発射した。両者の攻撃は、見事ぬ~べ~に当たった。


「ギャァアアア!!」

「ぬ~べ~!」

「げ…」

「やっちまった……」

「知~らない」

「お前等!!そこに座れぃ!!」


頭にコブを作って、宿直室の中で、ぬ~べ~の前に座る麗華と龍二……

 

 

「で?

 

一体、何があったんだ?お前等二人に」

 

「……」

 

「……」

 

「そういえば、さっき依頼内容で喧嘩したって言ってたわよね?」

 

「そうそう」

 

「麗華、その依頼内容ってなんだ?」

 

「兄貴に聞けば。私は行かないから」

 

「麗華!」

 

「何で行かなきゃいけないんだよ!!あんな所に!!」

 

「仕方ねぇだろ!!依頼なんだから」

 

「依頼だからって、何で私まで行かなきゃいけないのよ!!行くなら兄貴一人で行けばいいでしょ!!」

 

「そうもいかねぇんだよ!!」

 

 

「止めんかぁ!!」

 

 

二人の喧嘩を、ぬ~べ~は怒鳴り慌てて止めた。

 

 

落ち着きを取り戻した龍二は、事の成り行きを話し出した。話している間、麗華は広達とゲームで遊び出した。

 

 

「実は、以前麗華が住んでた所から、依頼が来たんだ。

 

夏休みに入ってから、子供が頻繁にいなくなるらしいんだ。島の人達は神隠しじゃないかって言うんだけど……島の町長さんが妖怪の仕業じゃないかって言うんで、俺達にその原因を突き止めてほしいのと、その原因を作る出した妖怪を退治してほしいっていう依頼なんだ」

 

「なるほどなぁ」

 

「けど、何で麗華を連れてくの?麗華、嫌だって言ってるじゃない」

 

「依頼の手紙と一緒に、麗華を世話してくれた親戚から手紙が入ってて、その内容に麗華も一緒に連れてくるようにって書いてあったんだ」

 

「私は行かないから。あんな所二度とごめんだ」

 

「あんな所っていうけど、麗華って以前どこに住んでたんだ?」

 

「そういえば、聞いてなかったわね。どこなの?」

 

「こっから船で四時間かかる小さな島。

 

 

名前は鬼の馬と書いて『鬼驎島』」

 

「鬼驎島?何でそんな名前なの?」

 

「昔、島に雷と風を使う馬の神様がいたんだ。

 

その馬の姿は、鬼のような角を持ち、強靭な黒い体を持っていたそうだ」

 

「フ~ン」

 

「おまけに、その島には妖怪が多くて、よく怪奇現象が起きてたっけ。

 

ま、その現象も、主に私のせいにされてたけどね」

 

「……」

 

「二人の話を聞いて、大体の喧嘩原因が分かった。

 

要するに、龍二は麗華を連れてその鬼驎島へ行きたいと。けど麗華はそれを頑として行きたくないと……」

 

「そりゃあ、喧嘩にもなるわねぇ」

 

「だから鵺野頼む!

 

麗華を説得してくれ!」

 

「せ、説得と言ってもなぁ」

 

「鵺野に説得しようがしまいが、私は絶対に行かないから」

 

「麗華!」

 

「龍、今回は見逃してくれよ!この俺からも」

 

「焔まで……」

 

「この調子なんだよ。話してから……だから頼む!」

 

「そんな風に頼まれてもなぁ……」

 

「そうだ!

 

なぁ、俺達もその島に行こうぜ!もちろん、ぬ~べ~も!」

 

「はぁ!?」

 

「お!それいいなぁ!」

 

「だろ?」

 

「わーい!海に行けるのだぁ!」

 

「おいおい、そんな勝手に」

「俺はいいぜ、鵺野」

 

「い、いいのか?」

 

「一応、島には宿もあるし、別にお前等が良ければついて行ってもいいぜ」

 

「やったぁ!!」

 

「麗華、一緒に行こう!それならいいでしょ?」

 

「……

 

 

あっち行っても、あの家にはいないからな」

 

「よし!そうと決まれば、明日出発するぞ!」

 

「えぇ?!明日?!」

 

「船の時間が、明日の朝の九時なんだよ」

 

「じゃあ集合場所は、港近くでいいか?」

 

「あぁ。

 

行くとなれば、麗華家に帰るぞ」

 

「……あんまり気が進まないなぁ」

 

「文句言うな。もう決まったことだろ?」

 

 

なかなか立ち上がらない麗華を、龍二は持ち上げ抱え宿直室を出て行った。その二人を、渚と焔は慌てて追いかけて行った。




「全く、勝手に決めて……」

「いいじゃない!」

「どうせ、ぬ~べ~も暇なんだろ?」

「……」

「早速家に帰って、支度しなきゃ!」

「そうだな!」

「じゃあ、ぬ~べ~!また明日!」

「明日なぁ!」


そう言いながら、広達は学校を後にした。


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帰島

“ボ――――”


「わぁ!!見てみて!島よ島!!」


船の上から、小さく見える島を指さす郷子……彼女の指す方へと、移動する広達は手すりから身を乗り出し、島を見て大はしゃぎしていた。


船内では、木の長椅子に腰掛け膝の上で自分の毛を舐めるシガンを撫でる麗華は、一人ウォークマンで音楽を聴いていた。


「あれが鬼驎島かぁ……

思っていたほど、デカくない島だな」

「ま、小数人しか住んでないから、島の殆どの人が顔見知りって感じだよ」

「ほぉ……

龍二、ちょっと聞いてもいいか?」

「ん?」

「麗華がお世話になった親戚の人達は、この依頼を受けなかったのか?

普通なら、その島に住んでるものがやるんじゃ」

「あの人達は、違うんだ」

「違う?何が」

「俺等の祖父母に当たるんだけど、母方の祖母には歳の離れた末の妹がいたんだ。

けど、その妹には霊力も無いし、霊感も無い。それを知った当主が、その妹を家から追い出したって話だ」

「追い出しただと……」

「つっても、十八で嫁に出されたって聞いた。

その後の詳しい話は、何も聞いてない」

「……お前達の家系は、とても厳しいんだな」

「まぁな。俺等は分家の一族だし、もし才能がなければ追い出されてたかもな」


しばらくして、船は港へと着いた。荷物を持ちながら、龍二は辺りを見回しながら、誰かを捜している様だった。

 

 

「龍二さーん!」

 

「!おう!」

 

 

港へとやってきた一人の少年……癖のある黒い髪を生やした、少年は龍二に駆け寄ってきた。

 

 

「お久しぶりです!龍二さん!」

 

「久しぶりだな、龍実!」

 

「あれ?この人達は?」

 

「あぁそうか。

 

こいつ等は、麗華の友達だ。行くなら一緒に行きたいって言ってきたから、連れてきたんだ」

 

「へぇ、麗華に友達かぁ。

 

俺は川島龍実(カワシマタツミ)。龍二さんと麗華の従兄妹ってところかな」

 

「初めまして。私稲葉郷子!」

 

「俺は立野広」

 

「木村克也」

 

「栗田まことなのだー!」

 

「細川美樹でーす!」

 

「よろしくな!」

 

 

ふと船を見ると、船長と麗華に支えられて出て来るぬ~べ~がいた。

 

 

「あ、あの男の人は?」

 

「麗華の担任、鵺野鳴介だ。

 

さっき、波で船がスゲェ揺れてて、酔っちまったんだよ」

 

「ハハハ……そりゃあ災難だったな」

 

 

ぬ~べ~を支える麗華の姿……龍実は一瞬、幼い頃の彼女を思い出した。

 

 

(……デカくなったな、あいつ)

 

「ゲー」

 

「うわっ!ここで吐くな!!バカ教師!」

 

「そ、そんなこと言われても……オゲー」

 

「吐くなぁ!!」

 

「龍実、こいつ等を宿まで頼む。

 

俺と麗華は、町長の所に行って挨拶してくる」

 

「おぉ!」

 

「麗華ぁ!!行くぞぉ!!」

 

「あぁあ!待ってよ!兄貴!」

 

「麗華ぁ!!手伝うよ!

 

広、手伝って!」

 

「ったく、しょうがねぇ教師だなぁ!」

 

 

郷子と広はぬ~べ~の元へと駆け寄り、船長と麗華と変わり彼を支えた。郷子達にぬ~べ~を任せた麗華は、先に歩いていた龍二の後を慌てて追いかけて行った。

 

 

「さてと、俺達も行くぞ」

 

「はーい!」

 

 

 

 

海沿いの道を歩く郷子達……

 

 

「わぁ―!!海よ海ぃ!!」

 

「早く荷物置いて、泳ぎたいぜ!!」

 

「ハッハッハ!!張り切ってるなぁ、広君」

 

「当ったり前ですよ!!

 

海を楽しみに、ここへ来たんですから!」

 

「コラ!広!」

 

「いいっていいって」

 

「ねぇねぇ、龍実さん!

 

ここに住んでた頃の麗華って、どういう感じだったんです?」

 

「ちょっと、美樹!失礼よ!」

 

「いいじゃな~い!

 

ねぇねぇ、どうなんです?」

 

「そうだなぁ……

 

あの頃の麗華は、今とは全然違う奴だったよ。

 

 

当時のアイツは、無表情で無口で、誰とも触れ合おうとせず、しょっちゅう浜辺や森、無人島になんかも行ってたっけなぁ」

 

「無表情で」

 

「無口……」

 

 

昔の麗華を想像する五人……今の性格とは、無口以外は異なっている事に気付いた。

 

 

「龍実さん!無人島って、どこにあるんです?」

 

「俺ん家から少し歩いて、入江を泳いで行ったところにある小さな島さ」

 

「マジっすか!!

 

じゃあ、後で皆で行こうぜ!」

 

「良いわねぇ!それ」

 

「面白そうじゃん!」

 

「え~、怖いのだ!危険なのだ!」

 

「何、ビビってんだよ!」

 

「でも~」

 

「まことの言う通りだ。無人島に行くなんて、危険すぎる!」

 

「え~!!良いじゃねぇか、ぬ~べ~!」

 

「駄目だ!!

 

海に行くのはいいが、無人島に行くなどけしからん!!」

 

「スゲェ固い事言うなぁ……お前等の担任」

 

「当り前だ!」

 

「ハハハ……

 

あ!着いたぜ」

 

 

二階建ての大きな木造の家に着くと、郷子達を中に入れた龍実は、勝手に靴を脱ぎ家の奥へと行き家主を呼びに行った。

 

 

「何か、地味な家ねぇ」

 

「美樹!」

 

「そう言うな。

 

風流があって、いいじゃないか」

 

「昔の家って感じだな!」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 

奥から出てきた、夏の着物を身に纏った若い女性が、笑顔で出迎えてきた。

 

 

「うひょぉお!メッチャ美人!!」

 

「ぬ~べ~……」

 

「この宿を経営してる、美香さんだよ」

 

「今日から、よろしくお願いしまーす!」

 

「こちらこそ!」

 

「そんじゃ、美香さん後任せたよ。

 

俺、龍二さん達のところ行って来るから」

 

「分かったわ。二人によろしく伝えといてね」

 

「はーい。じゃあなお前等」

 

「あぁ、龍実さん!

 

麗華に会ったら、海で泳いでるって言っといてください!」

 

「了解!!」

 

 

靴を履きぬ~べ~達に別れを言い、龍実は龍二達の所へと向かった。

 

 

 

 

市役所へ着いた龍実……

 

外ではウォークマンを聴き、黒いキャップ帽を深く被った麗華が、壁に寄りかかり座っていた。龍実に気付いたのか、麗華は顔を上げ耳に着けていたイヤホンを取り龍実の方を向いた。

 

 

「待たされぼうけってか?」

 

「違う。

 

さっきまでいたけど、居辛い空気になったから先に出てきて、待ってるだけ」

 

「そういう事か……」

 

「……?」

 

 

麗華の前でしゃがみ込むと、龍実は彼女の帽子を取り頭を雑に撫でた。

 

 

「何?」

 

「デカくなったなぁって思って」

 

「……」

 

「そっちの学校は、楽しそうみたいだな?

 

友達と担任の顔見て、少し安心したよ」

 

「……」

 

 

麗華は黙り込み、頬を赤くしてそっぽを向いた。そんな彼女を見て、鼻笑いしながら立ち上がり、傍にいた狼姿の焔と渚を見た。

 

 

「何も変わってねぇな?この狼」

 

「うるせぇ!」

 

「?

 

焔、こいつは私達が見えるのか?」

 

「まぁな。

 

この島で俺達妖怪や、幽霊が見えるのは龍実ぐらいだったからな」

 

「そうなのか」

 

「もう一匹の方は?お前、二匹も一緒にいたっけ?」

 

「もう一匹は兄貴のだ」

 

「龍二さんも持ってたのか」

 

 

「お待たせ」

 

 

建物の扉が開き、中から龍二が数枚の紙を持って出てきた。麗華は立ち上がり、龍実から帽子を受け取り被りながら、龍二の方を向いた。

 

 

「どうなの?被害者の数は」

 

「被害者って……」

 

「神隠しに遭った子供だよ。

 

そいつ等の資料を貰ったんだ。」

 

「あぁ、そういうこと……

 

 

そろそろ行きます?」

 

「……」

 

 

その言葉を聞くと、麗華は耳にイヤホンを着け二人に背を向けた。

 

 

「悪いなぁ……無理矢理連れてきたようなものだからさ」

 

「やっぱり……

 

すんません、祖母ちゃんが」

 

「いいよ。今回は俺がいるし……

 

それに、ここにいる間は家にいなくていいって言っといたし。後あいつ等がいるし。

 

 

さ、行こうぜ。麗華、ちゃんとついて来いよ!」

 

 

龍実の背中を押しながら、龍二は市役所を後にした。二人の後を麗華は、気が向かない脚を動かしトボトボと着いて行った。

 

 

海沿いを歩く三人……その時、前方から歩いて来る四人の男女の子供に、麗華は帽子のつばを深くし四人と目を合わせぬように歩いた。

 

歩いて来る四人とすれ違う麗華……事をやり過ごしたかのように、麗華は深く息を吐いた。その様子に心配したのか、肩に乗っていたシガンは心配そうな声を出しながら、彼女を覗き込むようにして顔を見た。

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

訊いてきた焔に答えながら、麗華はシガンの頭を撫でながら、再び歩き出した。

 

 

島の隅の方へと着き、そこに建つ家の前で龍実達は足を止めた。二人が足を止めると、麗華も離れた場所で足を止め、家を見た。

 

古い木造の二階建ての家……時代劇に出てきそうな門を構え、龍実と龍二はその門を通り中へと入った。ふと龍二は、ついて来ない麗華が気になり、外へと出て行き門へ着の前で立ち尽くしている麗華の肩に手を回し、一緒に入っていった。

 

先に歩いていた龍実は、引き戸を開き二人を中へと入れた。

 

 

「今母ちゃん呼んでくるから、ここで待っててくれ」

 

「分かった」

 

 

靴を脱ぎ、龍実は廊下を歩き母の元へと行った。

 

 

麗華と二人っきりになった龍二は、彼女の抱き寄せ肩を擦った。

 

 

「大丈夫だ。今回は俺も一緒だし、もうここへ置いてったりしねぇよ」

 

「……」

 

 

「麗華ちゃん」

 

 

聞き覚えのある優しい声……帽子を取り顔を上げると、黒い髪を一つに結った女性が、龍実と一緒に立っていた。

 

 

「……お…小母さん」

 

「大きくなったわね、麗華ちゃん」

 

「……」

 

「龍二君、わざわざ遠いところから、ご苦労様」

 

「いえ、いいんです」

 

「ごめんなさいね。お母さんがまた無理なお願いを」

「来たのかえ」

 

「!?」

 

 

その声にビクついた麗華は、素早く龍二の後ろへ隠れた。

 

奥の部屋から出てきた、紺色の着物を着灰色の髪を簪でまとめた、怖い顔をした老婆……

 

 

「お母さん」

「祖母ちゃん」

 

「……お、お久しぶりです」

 

「春子姉さんのとこの孫が、よくも来たもんだ。

 

私に才能がないという理由で、私を家から追い出しその挙句、私はもういない者という扱いをしたくせに……

 

 

そして、春子の娘・優華が死んだ時に、ようやく私達の事を思い出したかのように、葬式に呼んで」

〝バン”

 

 

耐え切れなくなった麗華は、引き戸を思いっきり開け飛び出していった。

 

 

「麗華!!」

 

「祖母ちゃん、いい加減にしろよ!!アイツを攻めたって、何も解決しないだろ!?」

 

「フン!

 

知ったことか。一族にちゃんと身を置いてる者に、才能がないという理由で追い出され、除け者にされた一族の気持ちなんか、分かりゃしないよ」

 

「お母さん、いい加減にして!!」

 

「フン!知らんことだ」

 

 

聞き流すかのようにして、祖母は部屋の中へと戻った。




少し前……

麗華とすれ違った四人の子供のうち、一人が足を止め、歩みを止めていた麗華の後姿を見ていた。


(……まさか)

「どうしたの?」

「え?あ…何でもない」

「ふ~ん」

「あの人達、龍実さんの親戚の人かな?」

「そうなんじゃない?

だって町長さん、今日確か霊媒師を呼んだってママが言ってたもん」

「あぁ!例の神隠し」

「そうそう」

「本当に妖怪の仕業なのかしら?」

「そんなこと断じてあり得ませんよ!第一、この世に妖怪やら幽霊やらがいるなら、なぜ僕たちの前に現れないんです?」

「知らないわよ!そんなこと!


ま、あの子だったら、見えてたかもね」

「あの子?」

「ほら、いたでしょ?


二年前の夏休み前に、転校した子。男子達に酷い怪我を負わせて、挙句の果てに担任を辞めさせた異端な女が」

「……」

「どうしてるかな……今頃」

「僕達……謝ってないんですよね……」

「謝る必要なんかないわよ。

そもそも、体育見学して、好き放題に学校休んで、おまけに勉強できて、それで何で罰を与えちゃいけないわけ?」

「でも」

「ねぇ!アンタはどうなの?」

「……知ったことか」

「あら、流すのね?」

「うるさい。

さっさと行くぞ」

「あ、待ってよ!」

「二人共、待ってください!」


後ろで止まっていた男の子が、歩き出し三人の間を通り過ぎて行った。その後を女の子二人が慌てて追いかけて行き、三人に置いて行かれてしまったもう一人の男の子も、走って後を追いかけた。


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居辛い場所

入り江のを歩く麗華……


海から飛び出ている岩を一つ一つ飛び越えながら、小さな島の浜へと着いた。

浜に着いた麗華は、辺りを見回しながら森の中へと入り、誰もいないことを確認すると、雷光を出した。


「ここは……」

「しばらく、ここにいることになったから、その間この島でも見回ってみれば?

久しぶりの故郷なんだし」

「し、しかし…それでは」

「お前一人いなくても、俺と氷鸞が麗の事を守ってやっから、羽を伸ばして来い」

「……」

「焔の言う通りだ。私なら大丈夫だ」

「……

では、お二人のお言葉に甘えて……」


姿を人の姿から、頭に角を生やし黒い馬の姿へとなった雷光は、二人に頭を下げその場から飛び立っていった。


「まさか、この島の神がお前の式神になってるなんて誰も知りもしねぇよなぁ」

「だろうね。

焔、稲葉達のところ行くよ」

「分かった」

「着いた後、兄貴のところ行って稲葉達の所にいるって言っといて」

「了解」


狼姿の焔に乗り、麗華は無人島を離れた。


海へと来た郷子達……

 

 

郷子は広と一緒に浮き輪で海を泳ぎ、克也とまこと、美樹とぬ~べ~はビーチボールで楽しんでいた。

 

そんな光景を、浮き輪を持つ黒い肌をした小さい男の子が、何やら不思議そうに見ていた。その男の子に気付いた郷子は、気になり広と一緒に海から出て、その男の子の元へと駆け寄った。

 

 

「どうしたの?

 

迷子になっちゃったの?」

 

「……

 

お姉ちゃん達、もしかして都会の子?」

 

「え?

 

え、えぇそうだけど…」

 

「じゃあさ、麗華お姉ちゃん知ってる?」

 

「麗華お姉ちゃん?」

 

 

男の子の言葉を聞いた郷子は広と顔を合わせて、首を傾げ再び男の子の方に顔を向けた。

 

 

「なぁ、お前が言う麗華お姉ちゃんって、どんな奴なんだ?」

 

「えっとね!

 

優しくて、強くて、それにお化けと仲良しなんだ!」

 

「お化けと仲良し?」

 

「うん!

 

 

僕が見える怖いものと、すぐにお友達になってね、時々僕に紹介してくれるんだ!」

 

 

満面な笑みで、男の子は郷子達に説明した。郷子達の様子に疑問を感じたのか、バレーをしていたぬ~べ~達は二人の元へと駆け寄った。

 

 

「何々?!

 

どうしたの?」

 

「あぁ、美樹」

 

「誰なのだ?この子」

 

「そういえば、お前名前は?」

 

「僕、川島大空(カワシマソラ)!」

 

「川島?

 

ねぇ、お兄ちゃんの名前って、龍実って名前?」

 

「そうだよ!何で知ってんの?」

 

「さっき、その人に宿まで案内してもらったから!」

 

「じゃあやっぱり、お姉ちゃん達麗華お姉ちゃんの知り合いなの?!」

 

 

「やっぱり、ここか」

 

 

声に気付いた郷子達は、その方向に顔を向けた。焔から飛び降り、麗華は砂浜に着地した。

 

 

「あぁ!麗華」

「麗華お姉ちゃん!!」

 

 

大空は麗華を見るなり、大喜びで彼女に駆け寄り抱き着いた。麗華は大空を受け止めると、焔に何かを伝えた。焔は承知し、その場を飛び去っていった。

 

 

「あれ?焔は?」

 

「ちょっと用で。

 

しっかし、来て早々海で遊ぶとは体力があるねぇ」

 

「へへ!まあな!」

 

「ねぇねぇお姉ちゃん!

 

海で泳ごう!僕ね、凄く上手くなったんだよ!」

 

「麗華、その子って」

 

「あぁ。龍実兄さんの弟の大空だよ」

 

「やっぱり、そうだったんだ。

 

名前聴いて、さっきそいつから龍実さんのこと聞いたんだ」

 

「へぇ」

 

「私達を見るなり、『麗華お姉ちゃん知ってる?』って聞いてきたの」

 

「何で?」

 

「だって、お姉ちゃん一昨年の夏休み前…どっか行っちゃったじゃん……」

 

「……」

 

「だから、都会の人なら、お姉ちゃんのこと知ってると思って……それで」

「分かった分かった」

 

 

言い続けようとする大空を止めるかのようにして、麗華は彼の頭に手を置いた。

 

 

「しばらくは、大空の家で世話になるから、よろしくな」

 

「本当!?やったぁ!!」

 

「そうと決まれば、おい麗華」

 

「?」

 

「早速遊ぼうぜ!海で!」

 

「いや水着、家だし」

 

「いいじゃない!下着姿で」

「アホ!」

 

 

パラソルの下で、シートに腰を下ろし海で燥ぐ郷子達を、麗華は眺めていた。

 

そこへ、ぬ~べ~が近付いてきて、隣へ腰を下ろしながら話しかけてきた。

 

 

「小さい子供が、お前みたいな奴に懐くとはな」

 

「ほっとけ」

 

「そう言うなって。

 

龍実と大空は、お前達の従兄弟でいいのか?」

 

「従兄弟で合ってる。

 

龍実兄さんは、ここに住んでた頃凄い世話になったからね……たった一人の理解者だったから……」

 

「龍実から聞いたが、お前今とはえらい違いだったようだな?性格」

 

「まぁね。

 

ここの連中は、妖怪や幽霊を信じない連中でさ……私がいくら、妖怪がいるとか、そいつらがやろうとしてることを、事前に大人達に忠告しても、誰も耳を傾けようとしなかった。そして事件が起こると、いつも私のせいに。

 

 

だから、この島に住むなら無表情でいて誰とも話さないようにし、触れ合わないで過ごそうって思ったの」

 

「なるほどな」

 

「それが、今回の神隠し事件で、いきなり私と兄貴の力が必要だなんて言ってきて……都合が良すぎなんだよ」

 

「……」

 

「さっさと帰りたい。

 

ここは嫌いだ」

 

「だから、行きたくなかったのか……この島に」

 

「龍実兄さんや大空、私の事を可愛がってくれた人や、この島に住んでる妖怪達には会いたいとは思ってた……

 

でも、それ以外は……」

 

 

言葉を切らす麗華の目は、どこか悲しげな瞳をしているのを、ぬ~べ~は見逃さなかった。

 

 

 

 

夕方……

 

 

 

「あ~、楽しかった!」

 

 

パラソルを片付けながら、郷子達は浮き輪とビーチボールの空気を抜いていた。

 

 

「すっかり日が暮れちゃったねぇ」

 

「また明日、遊ぼうぜ!」

 

「そうだな!」

 

「麗華、明日は水着着て来いよ!」

 

「暇だったらな」

 

「え~、ダメダメ!

 

お姉ちゃん、明日皆と一緒に泳ごうよぉ!僕の泳ぎ見てよぉ!」

 

「あ~もう……分かったから、騒ぐな」

 

「本当?!約束だよ!」

 

「はいはい」

 

「じゃあ、麗華明日な!」

 

「あぁ!」

 

「またここに来るから!」

 

「分かった」

 

「じゃあね、大空君!」

 

「じゃあね!」

 

 

手を振りながら、皆はそれぞれの場所へと向かった。

 

 

家へと向かう麗華と大空……

 

途中から来た、焔に乗りながら大空は大はしゃぎしていた。

 

 

「わぁー!!高い高ーい!!」

 

「ほら、暴れるな!落ちるぞ?!」

 

「だって、この狼さん空飛べるなんて知らなかったんだもん!」

 

「お前はまだ小さかったから、乗せなかったんだ。

 

 

……!」

 

 

家に着く前に、向こうからやってくる人影……よく見ると、それは渚に乗った龍二と龍実だった。彼に気付いた麗華は、いったん地面へと着地し、飛び降り空を下ろした。麗華に合わせて、龍二達は目の前で着地し飛び降り彼女の元へとに駆け寄った。

 

 

「大空、先に家に帰ってな」

 

「え~!お姉ちゃんと一緒に行きたい!」

 

「いいから」

 

「大空!帰るぞ!

 

母ちゃんが心配してるぞ!」

 

「ほら、龍実兄さんが呼んでるよ?」

 

「……は~い」

 

 

大空は渋々、麗華から離れ龍実の元へと駆け寄った。龍実は大空を抱き上げ肩車をして、先に家の中へと入った。

 

 

二人を見送った龍二は、目を合わせようとしない麗華に近付いた。

 

 

「焔から聞いたよ。

 

お前、アイツ等の所にいたんだってな?」

 

「……悪い?」

 

「全然。

 

ほら、中に入ろうぜ」

 

「……入りたくない」

 

「夕飯食わなくてもいいから、中に入れ」

 

「……」

 

 

龍二の服の裾を握り、麗華は彼と共に家の中へと入っていった。

 

 

入った麗華は、誰とも顔を合わせようとせず、二階の自分達が泊まる部屋へと入ってしまった。そんな麗華を見た龍二は、ため息を吐きながら困った表情を浮かべた。そんな彼に龍実の母は近寄り小さい声で話した。

 

 

「後で、御夕飯持って行ってあげるわ」

 

「すいません…」

 

「いいのよ。あの子には、お母さんのわがままで辛い目に合ってるんだから……」

 

「……」

 

 

「ママぁ!早く、ご飯食べよぉ!」

 

「分かったわ!

 

龍二君、いただきましょ」

 

「はい……」

 

 

 

 

“ボーン……ボーン”

 

 

振り子時計が九時を知らせる音が、家中に響いた。龍実の祖母が眠ったのを見計らってか、麗華は二階から降りてきた。

 

 

「あら、麗華ちゃん」

 

 

自分の分の夕飯をお盆に乗せ、二階へ持っていこうとした龍実の母は、ホッとしたかのような顔で麗華を見た。

 

 

「夕飯、食べるでしょ?

 

 

お母さん、寝ちゃってるからここで食べなさい。」

 

「……」

 

「龍二君、今お風呂に入ってるし、龍実と大空は部屋にいるし……ね」

 

「……

 

 

いただきます」

 

 

 

龍実の母の言葉に甘え、麗華は居間で遅い夕飯を食べた。

 

 

しばらくして、龍二は風呂から上がり台所にいる龍実の母に麗華の夕飯を頼もうとしたが、流し台には既に麗華の夕飯と思われる食器が乾かされていた。

 

 

(あいつ……)

 

「あ、龍二君。上がったの?」

 

「あ、はい。すいません、麗華が迷惑かけて」

 

「いいのよ。それに、普通ああなるわよ。

 

ずっと酷いこと言われ続けて、ようやく離れたかと思ってたらまた来る羽目になっちゃったんだから」

 

「そう……ですよね」

 

 

泣きながら駄々を捏ねる幼い頃の麗華の姿を、龍二は思い出していた。

母・優華が死に二人でやり過ごそうという決意で、伯父と伯母に話を付けた時、龍実の祖母が妹を引き取ると言い出したのだ。あの時の自分ジャマダ、麗華をまともに育てることはできないと強く言われ、龍二は自分が高校受験が終わったらすぐに迎えに行くと、まだ幼かった麗華と約束をし、龍実の家に渡した。

 

 

(俺が、あの時もっと強く言っていてれば……)

 

 

階段を上りながら、その時の事を龍二は思い出した。部屋へ入り、麗華に風呂が開いたことを伝えると、麗華は着替えを持っていき下へと降りて行った。

 

 

 

 

数時間後……

 

 

(あいつ……遅いな?)

 

 

なかなか上がって来ない麗華が心配になり、龍二は見ていた資料をテーブルに置き渚と一緒に部屋を出て行った。すると、階段を上がってくる足音に気付いた龍二は、階段を覗くと寝てしまった大空を背負った麗華だった。

 

 

「麗華……」

 

「兄貴……どうしたの?」

 

「随分と長風呂だったな」

 

「違う。

 

上がった時に、大空がトイレで起きてきてたんだ。大空、一人じゃ怖くて行けないって言うから付き合って行ったら、散歩したいって言いだしたから、今まで散歩してたんだよ」

 

「何だ、そういう事か」

 

「大空?!」

 

 

宿題をしていたのか、シャーペンを持った龍実が、二人の声に気付き部屋から出てきた。龍実は麗華の背で眠っている大空を見て驚いている様子だった。

 

 

「トイレ行って、なかなか戻ってこないかと思ったら……悪かったな、麗華」

 

「別にいいよ。

 

丁度散歩したかったし……」

 

 

背負っている大空を、龍実に渡した麗華は先に部屋へ戻った。

 

 

「悪いな…あんな態度で」

 

「良いって。ここに居た頃も、あんな感じだったしな」

 

「……」

 

「じゃ、龍二さんお休みなさい」

 

「あぁ、お休み」

 

 

大空を抱え龍実は、部屋へと戻った。龍二は一息つくと、部屋へと戻った。部屋に入ると、先に入っていた麗華は、焔の胴に頭を乗せ眠っていた。

 

 

「眠っちまったのか」

 

「スー……スー……」

 

「疲れていたのだろう……

 

一緒になって、焔も寝ているし」

 

「だな……

 

俺達も寝るか……調べは、明日に回して」

 

 

資料をファイルにしまい、テーブルを片付けた龍二は、用意していた布団を敷き、掛布団を麗華にかけてやった。眠る麗華の頭を軽く撫で、龍二は部屋の明かりを消し寝床に入った。




「ゲホゲホ……」


咳き込む声……


「ゲホゲホゲホゲホ!!」

「!?」


麗華の咳き込む声に、慌てて飛び起き彼女の方を見た。咳をしながら、苦しむ麗華が起き上がり必死に止めようとしていた。


「麗華!」

「あ……兄ゲホゲホゲホゲホ!!」

「待ってろ!」


部屋の明かりを点け、鞄をあさり携帯用の吸引器を出した龍二は、倒れ込む麗華を腕で支えながら、彼女に吸引器を吸わせた。数回吸うと、麗華は荒くなった息を整えようと、深く息をして落ち着きを取り戻した。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……

ウ……うん」

「良かったぁ……」

「……ゴメン」


息を切らしながら、麗華は小さい声で龍二に謝った。


「何謝ってんだよ。

お前の喘息は」
「ごめん」


顔を下に向け、泣いてるのか体を震えさせながら、麗華は涙声でそう言った。


「……


泣くことねぇよ」

「だって……だって」

「いいから。もう寝ろ」


泣く麗華を抱き寄せ、龍二は慰めるかのように頭を撫でてやった。彼に撫でられ安心したのか、麗華は龍二の腕の中で、静かに眠ってしまった。眠ってしまった彼女を、強いていたもう一枚の布団に寝かせた。その隣に、焔は心配そうにして添い寝をした。

眠っている麗華の目に溜まっている、涙を拭き取り電気を消し龍二は再び眠りに入った。


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会いたくない者

朝……


目を覚ます龍二……


「朝か……?」


隣を見ると、布団が畳まれ麗華の姿がなかった。それどころか、焔とシガンの姿もなくなっていた。


(どこ行ったんだ?)

「お姉ちゃん、待ってぇ!!」


大空の声が聞こえ、龍二は立ち上がり窓を開き外を見た。

外には、手提げ鞄を持った麗華が玄関から出て行くのが見え、彼女を慌てて追いかけてきた大空が、飛び出してきた。


「これから、海だとさ」

「え?」


声の方に振り向くと、部屋に大あくびをして龍実が入ってきた。


「海?」

「昨日、広君達と約束してたみたいでな。」

「約束?」

「今日、一緒に海で遊ぼうって言われたみたいだぜ。

麗華からの伝言で、資料に書いてあった場所に行くのと、携帯用の吸引器持ったんで、ご心配なくだとさ」

「別に、仕事やらなくてもいいのに……」

「いいじゃねぇか。


アイツ、そっち行ってから随分と明るくなったな」

「あいつ等のおかげだよ」

「あいつ等って、広君達?」

「あぁ。

おかげさまで、不登校が直ったわ」

「そりゃあ、よかったな」

「なぁ龍実、今日暇か?」

「部活もないし、別に暇っちゃ暇だけど」

「なら、今日付き合え」

「良いのか?俺が」

「構わない。

ついでに島を案内してほしいしな」

「なるほどぉ……麗華にして貰おうかと思ってたけど、出掛けちまったから俺に頼んだってことか」

「そこまで知ってんなら、手伝ってくれよ」

「ヒヒ!いいよ。

アンタ達と一緒にいると、楽しいし」

「そりゃあどうも」


海へ来た麗華と大空……

 

 

海には、既に郷子達が泳いで遊んでいた。

 

 

「あ!麗華ぁ!!」

 

 

麗華に気付いた郷子は彼女に手を振りながら、呼び叫んだ。浜へ着き服を脱いだ麗華は、近くの釣り場から海へと飛び込んだ。その様子を見ていた広達は、泳いで近付いた。

 

 

「スゲェな!!麗華!

 

お前、あんな所から飛んだのか?!」

 

「ここに住んでた頃は、いつもこっから飛び込んでた(正確には、突き落とされてたけどね)」

 

「す、凄いのだ……」

 

「大空ぁ!早く飛び込んどいでぇ!」

 

「わ、分かってるもん!!」

 

 

そういうが、大空はなかなか飛び込むことができずにいた。飛び込もうとすると、足が竦み飛ぶことができなかった。

 

 

「あいつ、また怖がってるなぁ」

 

「なぁなぁ!俺達も、あそこから飛び込まねぇか?」

 

「いいな!それ!」

 

「え~!!怖いのだ!!」

 

「まことは怖がりだなぁ!

 

大空と一緒じゃねぇか?」

 

「だってぇ……」

 

「じゃあ栗田は、未だに母親と一緒に寝てるってことか?」

 

「お!言えてる!」

 

「そ、そんなことないのだ!!もういい!!僕も飛び込むのだ!!」

 

 

広達に言われ、まことは浜へ上がり釣り場へと行った。彼の後を広達はついて行き、釣り場から海を見下ろした。

 

 

「うへ~!スゲェな!」

 

「お姉ちゃん、僕やっぱり怖い」

 

「怖がってどうすんのよ!男だろ?」

 

「でもぉ……」

 

「大空、この俺達の華麗な飛込みを見ろ!」

 

 

そう叫ぶと広は一番に、釣り場から飛び込んだ。広に続いて郷子、美樹が飛び、怖がっていたまことは克也に押され飛び込み、その次に克也も飛び込んだ。

 

 

「ウッヒョ~!!気っ持ちいい~!!」

 

「大空君も、飛び込んでみなよぉ!!とっても気持ちいわよぉ!!」

 

「臆病のまことも飛び込めたんだぁ!!お前だって飛び込めるよぉ!!」

 

「ウ……」

 

「……ハァ。

 

先に行ってるよ」

 

「あ、お姉」

“バシャ―ン”

 

 

先に飛び込んでしまった麗華……

 

 

「ほらぁ!!大空も早く来なってぇ!!」

 

「大丈夫だからさぁ!!」

 

「怖いのは初めの内だけなのだぁ!!」

 

「溺れたら、すぐ助けてやっからぁ!!」

 

「う~……」

 

 

ブツブツ文句を言いながら、大空は意を決意して飛び込んだ。飛び込んだ衝撃で、水飛沫が広達い掛かり、掛かった広達は笑い出した。上がってきた大空を、麗華は抱き支えた。

 

 

「良くやったなぁ、大空!」

 

「カッコよかったわよ!大空君!」

 

「本当!?お姉ちゃん、僕カッコよかった?!」

 

「ハイハイ、カッコよかったよ」

 

「麗華、ちゃんと褒めてやれよ!」

 

「そうよ!相手は小さな子供よ!」

 

「ンなこと言われたって……」

 

「わーい!褒めて貰えたぁ!」

 

「へ?」

 

「お姉ちゃん、昔からこういう感じだよ!

 

だから、さっきの言葉はちゃんとした褒め言葉なんだ!」

 

「ちゃんと褒められるようにならねぇとな!」

 

「そうそう!じゃないと、子供出来た時いいお母さんになれないわよ?麗華」

 

「っるっさい!」

 

 

「コラぁ!!お前等ぁ!!」

 

 

その怒鳴り声に、顔を向けるとぬ~べ~が凄い形相で泳ぎながら、広達の所へと近付いてきていた。

 

 

「げ!!ぬ~べ~だ!!」

 

「に、逃げるぞ!」

 

 

逃げていく広達……麗華は大空を背中へと移動させた。

 

 

「(いるいる)

 

大空、思いっきり息を吸って止めろ」

 

「うん!」

 

「吸ってぇ!」

 

「ハァァァ」

 

「止めて!」

 

 

大空が止めたのを合図に、麗華は海へと潜った。すると深い場所にいた二つの光る目が、彼女を追い手の様なものを伸ばし二人を飛ばした。

 

 

泳いでいた広達は、浜へと上がり息を切らしながら、仰向けに寝っ転がった。

 

 

「つ、疲れたぁ」

 

「お疲れだなぁ。お前等」

 

「!?麗華?!」

 

 

いつの間にか到着していた麗華と大空……大空はついた広達の元へと駆け寄りしゃがみ込んだ。

 

 

「遅かったね?お兄ちゃん達」

 

「な、何で?さっき一番後ろにいたじゃねぇか?」

 

「ちょっと知り合いにあってね。そいつにここまで届けてもらったんだ」

 

「し、知り合いって……」

 

「ねぇねぇ、二つ結びしたお姉ちゃんは泳げないの?」

 

「へ?

 

い、いや…その」

「そうなのよ!

 

五年生にもなって、未だに金槌なのよ!郷子お姉ちゃん」

 

「美樹!」

 

「じゃあ麗華お姉ちゃんに教えて貰えばいいよ!」

 

「大空!」

 

「僕が泳げるようになったの、お姉ちゃんのおかげだし!ね!お姉ちゃん!」

 

「知らん!」

 

「麗華、顔赤いわよ?」

 

「っ…」

 

「じゃあここにいる間、郷子お前教えて貰えよ!」

 

「そうしよっかな?」

 

「覚悟しといた方が良いよ?

 

お姉ちゃん、スッゴイ厳しいから!」

 

「……やっぱ、止めよう」

 

「やめとけやめとけ。

 

絶対ついていけないから」

 

 

「お前等……」

 

「?!」

 

 

海から上がってくる、ぬ~べ~……広達は、体をビクらせ恐る恐る彼の方を見た。

 

 

「せ、先生」

 

「お前等……さっき、何して遊んでた?」

 

「飛び込み遊び」

 

「何を平然とした態度で!!

 

一歩間違えたら、死んでたかもしれんのだぞ!?」

 

「いや、大丈夫だし」

 

「何?」

 

「住んでた頃、あそこから普通に飛び込んでたし」

 

「うん。僕も飛び込んでるし……

 

ここの島の子供達、皆飛び込んでるから全然平気だよ!」

 

「そ、そうなの?」

 

「あ~あ、せっかくの楽しい時間が、ぶち壊されたわぁ!」

 

「ウ……」

 

「どうしてくれんだよ、ぬ~べ~」

 

「そ、そんなこと言われても……!」

 

 

突然とぬ~べ~は目つきを変え、辺りを警戒するかのように見回した。その行為に疑問に思った麗華は、すぐに彼の行為を理解した。近くに強い妖気を感じた……だが、その妖気は覚えがあり、あまり警戒しなかった。

 

 

「どうしたのだ?先生」

 

「凄い妖気が……こっちに来るぞ!」

 

「?!」

 

 

海の方を向くと、飛沫を上げながら物凄いスピードで広達を通り過ぎた。通り過ぎ、すぐに振り向くと麗華の上に跨る上半身裸の男がいた。

 

 

「よう、女。

 

またこの俺に会いに来たのか?」

 

「邪魔じゃい!!」

 

 

跨っていた男を蹴り飛ばした。男は鼻から血を流しながら、広達の方へと倒れ込んでしまった。麗華は焔が加えて持ってきた半袖の上着を羽織り、男を睨んだ。男は起き上り、体に着いた砂を払いながら彼女を見た。

 

 

「何だよ?せっかく、この俺が慰めに来てやったのに」

 

「何が慰めるだ!いちいち来んな!気色悪い」

 

「そいう言い方ないじゃねぇか?

 

さて、今度こそお前のその唇…ンゴングウ!!」

 

 

麗華の顎を手で上げ、自分の唇を近づけようとした男の口を、焔は人の姿へとなり手で鷲掴みにした。

 

 

「誰の唇を奪うって、ああ!!」

 

「何だよ。人の邪魔すんなよ!

 

俺は、女とキスをしようとしてるまでさ」

 

「他の女とやれ!」

 

「嫌なこった!ここの女は好かねぇんだよ!」

 

「知ったことか!!」

 

 

言い合う焔と男……

 

麗華は大空の耳を塞ぎながら、郷子達の元へと移動した。

 

 

「ねぇ麗華、あれ妖怪なの?」

 

「そうだよ。

 

鮫の妖怪で、名前は鮫牙(コウガ)。昔怪我してた所を助けたんだけど……

 

 

どうにもこうにも、『お前の唇を奪うまでは、ずっと傍を離れない』とか言ってさ」

 

「く、唇って……」

 

「さぁ、女。

 

この俺の唇で」

「さっさと海に戻れ!!」

 

 

腕を掴み、鮫牙を海に向かって背負い投げをした。鮫牙は海に入り、鮫の姿へと変わり、海の中へと消えて行った。

 

 

「あ~らら、海に帰っちゃった」

 

「こうでもしないと、しつこいんだよ」

 

「そんな感じしたもんねぇ」

 

「なぁ、そろそろ昼飯にしねぇか?

 

腹減ってきちまった」

 

「俺も」

 

「僕も」

 

「じゃあ、宿に戻ってお昼食べようか!

 

麗華と大空君はどうする?」

 

「その辺にある店で、適当に買って食うからいいよ」

 

「そうなの?」

 

「何だ?家に帰らねぇのか?」

 

「調べなきゃいけないことがあるから、それ調べながら食うんだ。

 

食べ終わった頃に、また戻ってくるから」

 

「じゃあ、その時にまた」

 

「あぁ。大空、行くぞ」

 

「うん!」

 

 

浮き輪を手に持ち、大空は先行く麗華に追いつくと手を繋ぎ一緒に歩いていった。




数時間後……


お昼を食べ、再び海へと来た広達……泳ぎ騒いでいた時だった。


どこからか広達目掛けて石が投げられてきた。飛んできた石は、まことの近くで落ちそれを見た広は、石が投げられた方を向いた。
石を手の上で投げる自分たちくらいの四人の男女の子供達……


「何だよ!いきなり石投げやがって!」

「危ないじゃない!」

「当たったらどうするの!?」

「知らないわよ!そんなこと!

余所者が、いったい誰の許可を得て、この海に入ってんのよ!」

「海は皆のものでしょ!!」

「うるさいわね!!

余所者はさっさと上がって、帰りなさいよ!!」

「誰が上がるか!!」

「従わないなら、こうよ!!

大輔」


大輔と名乗る男は、持っていた石を広達目掛けて投げてきた。石は広の近くで落ち、キレた広は克也と共に海から上がり、石を投げてきた大輔と名乗る男の元へと駆け寄り怒鳴った。


「てめぇ等、よくも投げやがって!!」

「怪我したくなければ、余所者は早く出て行きなさいよ」

「何だと!!」

「何よ!!やるっていうの!!」

「ちょっと、止めようよ!」

「うるさいわね!!七海は黙ってなさい!!

余所者が来ると、ロクなことがないでしょ!!」

「でもぉ……」


四人が揉め合っているところへ、広達に元に麗華が戻ってきた。広達の後ろで、心配そうに見ている郷子と美紀に、麗華は質問した。


「どうかしたの?」

「島の子達が、いきなり石投げて着て」

「石?」

「そんでキレた広達が、今揉め合ってるのよ……」


言い合う広達と黒いサイドテールの女の子……

女の子の隣にいた大輔が、ふと郷子達の後ろにいる麗華に気付き顔を上げて見つめた。その視線に気付いた麗華は、大輔の顔を見た。その瞬間、二人の顔が強張り互いを見つめ合いながら固まってしまった。
彼の様子に気付いた広と言い合ってた女の子は、彼が見ている方を向いた。二人に釣られて七海ともう一人の男の子もその方に向いた。


「……え?」

「う、嘘……」

「あ、あんた……」


彼等の様子が気になった広達は、一斉に後ろにいる麗華を見た。彼女も彼等と同様に強張った顔で彼等を見つめていた。


「麗華、どうしたんだ?」

「どうしたの?麗華」

「麗華?」

「お姉ちゃん?」


「神崎……」


黙り込んでいた大輔が、口を開きその名を言った。波の音と共に、潮風が全員の髪を靡かせた。

大輔の髪が靡き、前髪で隠されていた額が露わになり、そこには大きな傷跡があった。


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悲痛な過去

見つめ合う麗華と大輔達……

その時、大輔の隣にいたサイドテールの女の子が、腕を組み口を開いた。


「よくもまぁ、戻ってこれたわね?異端児」

「……」

「戻ってきたかと思えば、余計なものまで連れてきて……

あ!そっかぁ!だから、神隠し事件が起きたんだ!」

「……」

「ちょっと久留美、今起きてる事件と神崎さんとは」
「うるさい!!

そうに決まってるわ!!でなきゃ、おかしいもの!!


そうよね?大輔」

「……」

「大輔?」


久留美の質問に、何も答えない大輔は、ずっと麗華を見つめていた。顔を下に向かせていた麗華は、大空を郷子に預けその場から立ち去ってしまった。
そんな彼女を広達は呼び止めた。麗華は呼び止められ、一瞬足を止めた。


「おい、麗華!」

「お姉ちゃん!」

「ゴメン……

調べることあるから……」

「え?でも……」

「ゴメン……」


振り返らず、麗華は走り出しその場を立ち去った。


「全然変わってないのね?異端児」

「おい、誰が異端児だって?!」

「異端だから異端児って呼んでんのよ!悪い?」

「麗華のどこが、異端児なんだよ!!」

「そうよ!普通の女の子じゃない!」

「普通の女の子?

どこがよ!!妖怪がいるだの、幽霊がいるだの言って……それのどこが普通なのよ!」

「妖怪や幽霊が見えちゃ、普通じゃないのかよ!!」

「そうよ!普通じゃないわよ!!


それに、普通だったら、あんな事件起こさないわよ」

「事件?」

「そう。あの子が転校する羽目になったあの」
「それくらいにしとけ」


黙っていた大輔が、久留美の話を止めた。


「大輔……」

「その話をしたって、アイツ等に俺達と神崎の過去は消せない」

「……」

「行くぞ」

「あぁ、待ってよ!」


先に歩き出した大輔の後を、久留美は慌てて追いかけて行った。そんな二人の後を、七海と男の子は広達に申し訳なさそうな顔を浮かべながら、ついて行った。


入り江を通り、無人島へと来た麗華……

 

 

森の中にあった岩に腰掛けた。彼女の様子が気になったシガンは、心配そうな鳴き声を発した。姿を消していた焔は姿を現し、麗華を囲うようにしてその場に寝そべった。

 

 

思い出す過去……

 

 

二年前、久しぶりに学校へ着た麗華……

 

教室へ入ると、突然クラスの男の子に打たれた。打たれた麗華は勢いで、その場に尻餅をつき男の子を見上げた。その男の子の後ろには、自分を虐めている者達が集まっていた。

 

 

『お前だろ!』

 

『何が?』

 

『奈美の体育着、隠しただろ!!』

 

『し、知らな』

『知らばっくれるな!!

 

お前以外に、誰が犯人なんだよ!?』

 

『そんな事……言われても』

 

 

自分を責めるクラスメイト達……そこへ担任の先生がやってきて、慌てて皆を教室の中へと入れ話し合いをし始めた。話し合いをして、ようやく収まるかと思っていたが、担任は男子達の言い分を正しいと判断し、証拠もなく自分を犯人だと決定付けた。

 

 

クラス中から暴力を受けた麗華は、一瞬頭が真っ白になってしまった。

 

 

 

他の先生の声で、麗華はハッと我に返った。教室を見回すと、机や椅子が滅茶苦茶になっており、隅には怯えて泣いている女子達と、周りには傷だらけになっている男子達と担任が横たわっていた。

 

 

 

「……」

 

 

目を覚ます麗華……いつの間にか眠っており、傍には焔とシガン、更には島に住んでいるであろう、兎や鹿などの動物が近くで座っていた。

 

 

(寝てたのか……)

 

「起きたか?」

 

「一応ね……」

 

「魘されてたぜ……」

 

「嫌な夢見たから。まさか、ここに来てアイツ等に会うなんて……」

 

「……

 

 

これから、どうすんだ?」

 

「どうするって、調べるに決まってるでしょ?

 

昼間に行った店の亭主から聞いた話じゃ、行方不明になった二人の子供、いなくなる前に誰かに追われてたって、親に言ってたみたいだし」

 

「誰かに追われてた?」

 

「あぁ。正体は分からねぇけど、誰かに追われてたってずっと言ってたらしいんだ」

 

「フ~ン」

 

「早速行動を開催しますか」

 

「その前に、置いてきた荷物取りに行かねぇか?」

 

「そのつもりだ。

 

シガンおいで、行くよ」

 

 

傍で丸まっていたシガンに呼びかけ、麗華は焔に乗った目を覚ましたシガンは、素早く起き上がり麗華の肩へと登った。それを見た焔は、その場から飛び去った。

 

 

 

 

広達の元へと戻ってきた麗華……広と遊んでいた大空は、焔から降りてきた彼女に抱き着いてきた。

 

 

「麗華、大丈夫?」

 

「あぁ。何とかね……

 

荷物取りに来ただけだから……」

 

「あいつ等、何者なんだ?一体」

 

「学校のクラスメイトだよ。以前行ってた」

 

「っ……」

 

「嫌な思いさせて悪かったな……」

 

「べ、別に気にしてないわよ!ねぇ」

 

「そうだよ!」

 

「……」

 

 

作り笑いを浮かべ、麗華は大空を郷子に任せ待っていた焔に乗り、飛び去ってしまった。

 

 

「麗華の奴、大丈夫かな?」

 

 

不安げに、広達は焔が飛び去っていった方向を見上げた。

 

 

 

 

島にある森の中を調べる龍二と龍実……

 

 

「森なんか調べてどうすんだ?」

 

「森には、そこに住みついている妖怪や幽霊がいる。

 

そいつらに聞いて、情報を集めて、この島でい変わったこととかを調べるんだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 

森を見回すと、龍二の言う通り、そこらじゅうに小さい妖怪や浮遊霊が存在していた。

 

 

「お前と大空には見えてくれててよかったよ」

 

「見えたからって、別に得したことはなかったけど。

 

麗華が住み始めた頃に、やっと自分も見えててよかったなって思えたよ」

 

「何で?」

 

「当時、俺も正直麗華の霊感をよく思ってなかったんだ……もちろんこの俺や大空の霊感も。

 

けど、あの日あった出来事で俺達にも霊感があってよかったって、改めて思ったんだよ。

 

 

四年前、麗華がこっちに来た頃だったかなぁ……

 

 

あの日、学校の授業で海で泳ぐことになってな。けど俺はどうにも、その日海に入る気がなかったんだ……

 

直感で、海に何か住んでるんじゃないかって思って……

 

 

けど、それはすぐに的中した。海に入ったクラスの友達が、海に引きずり込まれるようにして、消えちまったんだ……

俺はそん時見たんだ。海の中から手を伸ばして、そいつを引きずり込んだ妖怪の姿が……」

 

「それ、クラスの奴等に言ったのか?」

 

「言えるわけねぇだろ……

 

いなくなったことを知った先生達は、俺達と一緒に海を捜し続けた。けど、その日一日中探しても、友達は発見できなかった。

 

 

俺もその日、諦めかけてたんだ……けど、アイツは見つけてくれた」

 

 

思い出す、四年前の出来事……

 

友達がいなくなった翌日……友達は、近くの浜で発見された。

同時にその日、麗華はびしょ濡れで家に帰ってきた。体中に、引っ掻き傷が所々にあり母は、すぐに怪我の手当てをした。

 

 

「あの時、麗華に聞いたんだ。友達を奪ったのは、妖怪なのかって。

 

そしたらアイツ、寂しがり屋で遊び相手が欲しかっただけの妖怪だったって言ったんだ。自分が毎日海に行って、そいつと遊ぶって約束したら返してくれたんだとさ」

 

「相変わらずだな、麗華の奴」

 

「それから、もう一つ。

 

その妖怪、本当は見えてた俺を連れてこうとしたんだけど、間違えて俺の隣にいた友達の脚を掴んじまったんだとさ」

 

「そりゃあ、笑いもんだな!」

 

「全く、笑えたぜ!

 

その日から、俺もなるべく見える妖怪には、声を掛けるようにしたんだ。ここに住んでる妖怪は、皆悪気のない昔から、この島を守ってる奴等だから」

 

「そういう奴がいてくれて安心したよ。

 

正直、こっちで麗華が上手くやってんのかいつも心配でさ……だから、龍実や大空みたいに見える奴がいて、本当よかったよ」

 

「見える奴っていえば、アイツのクラスにも一人いたなぁ」

 

「いたのか?」

 

「あぁ。友達だったかは知らねぇけど、一人いたんだよ。

 

死んだ祖母が、昔霊媒師やってたか何かで、その血を引いてて見えるって……」

 

 

龍実から話を聞いた龍二は、ふと麗華に届いた一通の手紙を思い出した。彼女が家へ帰ってきた一週間後に、クラスの友達から一通だけ手紙が届いた。

 

 

(あの手紙を出した奴なのかな……)




夕方……


釣り場で、足を海へと出し座る郷子と広……そこへ昼間にあった、七海と男の子が二人の元へとやってきた。


「お前等、昼間の」

「ごめんなさい!」
「ごめんなさい!」


深々と頭を下げ、謝る二人の態度に広と郷子は戸惑い互いの顔を見合った。深々と下げていた頭を上げ、七海は口を開いた。


「久留美があんな事言って……

本当にごめんなさい!」

「申し訳ないと思って、九条さんの代わりに謝りに来たんだ……」

「そうだったのか……」

「いいのよ。気にしてないから」

「でも……」

「いいって!だって、あの時二人の態度見てて分かるもん。それに、こうやって謝りに来てくれたじゃない」


笑顔を浮かべる七海と男の子……

二人は、広達と同じ場所に腰を下ろし話をし出した。


「そういえば、名前まだだったよな?

俺は立野広」

「私は稲葉郷子」

「私は、飯塚七海!」

「僕、渡部遙(ワタベハルカ)と云います!」

「七海ちゃんと遙かぁ。よろしくな!」

「よろしく!」
「よろしくです!」

「なぁ、二人は麗華の友達なのか?」


その言葉を聞いた遙と七海は、暗い顔になってしまった。


「あれ?俺、何かいけない事聞いちゃった?」

「あんたねぇ!!」

「いいんです。気にして……ませんから……」

「友達…か。

言えてた頃もあったよ……神崎さんと」

「僕等がいけないんです……」


広はそう呟く遙の腕にあった傷跡に気付き、ハッと思い出した。
ぬ~べ~から聞いた、以前麗華が起こした事件……男子達と担任に、全治一か月の怪我を負わされたこと。


「私達のクラスってね、皆幼馴染なんだ。

十人ちょっとの少ない教室なんだけど、皆顔見知り。けど神崎さんだけが、新顔だったんだよねぇ」

「思い出すなぁ……初めて、神崎さんが島に来た時のこと」


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辛い島の日々(前編)

五年前の三月……


島に着いた一隻の船……

 

船から降りてくる、川島家……その中、龍実の手を握りながら、怯えて島へとやってきた幼い麗華。

 

 

龍実の家に付き、島で初めての一夜を過ごした。

だが、まだ母・優華が死んだ事と、突然別れることになった兄・龍二を恋しがり、夜泣きをした。そんな麗華を、一緒に来ていた焔は、慰めるようにして彼女の涙を舐め、顔を摺り寄せた。焔に抱き着きながら、麗華は泣くのを堪え彼の胴に頭を置き眠りに入った。

 

 

そんな日々が過ぎて行き、四月に入り入学式を迎えた。

 

 

不安そうな顔を浮かべ、体育館の中に並べられた椅子に座る麗華……楽しげに騒ぐ同級生隊は皆、昔からの幼馴染であり、麗華だけが新顔であったため、話し掛けるものなど誰もいなかった。

 

 

通う様になってから麗華は小六であった龍実と一緒に行った。だが麗華は学校に馴染むことができず、いつも教室の窓を眺めながら、優華が生きていた頃の楽しかった日々の事を思い出していた。

 

学校が終わると、麗華は鞄を部屋に置き外へ出て行き、入り江の奥にある小島へ遊びに行っていた。森の中を歩きながら、あちらこちらにいる妖怪を見て楽しんだ。

この頃の麗華は、まだ多少笑顔になったり、笑えることができた……いじめが起きるまでは。

 

 

 

 

学校に通い始めて、二ヶ月……プールの時間、麗華はプールサイドにあるベンチに座り持っていたスケッチブックに絵を描きながら、暇を潰していた。

担任が少しプールか離れた時、久留美がプールをから上がり男子二人を連れ、ベンチに座っている麗華の前に立った。彼女は動かしていた手を止め、久留美達を見上げた。すると二人の男子は、彼女の腕を掴み勢いに任せてプールの中へと突き落とした。

 

 

“バシャ―ン”

 

 

水の音に、慌てて担任はプールサイドへ戻ってきた。麗華は息を切らしながらびしょ濡れでプールから這い上がった。担任はすぐに予備のタオルを彼女に掛け、急遽保健室へ連れて行かせた。

 

その日から、久留美とクラスメイトからのいじめが始まった。

 

 

学校に来ると、中傷的な言葉を浴びさせられ、時折暴力を受けたり、私物が全て鋏で切られていたり、最悪の場合は階段から突き落とされたこともあった。

日に日に傷を負って帰ってくる麗華が気になった龍実は、担任にいじめがあるのではないかと訴えた。しかし担任にはまともに聞いて貰えず、そのまま夏休みへと入った。

 

島へ着た頃より、麗華は無表情になり余り喋らなくなってしまった。休みの間、家でも中傷的な言葉を龍実の祖母から酷く言われており、居辛い麗華はいつも小島へ行っていた。

 

 

海辺へ来ると、怪我をした人が浜に上がっていた。麗華は倒れている者の傍へと寄り、焔に手伝ってもらい傷の手当てをした。

だが、手当てをした者は人ではなかった。怪我が治るとその者の姿は変わり、変わる前に海へと飛び込んでしまった。海へ走り入ると、水面に背びれが出て、下を見ると鮫が一匹そこで泳いでいた。

 

鮫は麗華にお礼を言っているかのようにして、周りを泳ぎ回った。それから夏休みの間、小島へ来ては救った鮫と泳いで遊んだ。

 

 

そんなある日、島である事件が起きた。島にある森へ行った老夫婦が、怪我をして戻ってきた。負った怪我は、まるで爪で引っ掻かれたかのような、背中一面に広がっていた。怪我を見た町長は、数人の大人を連れ、森を調査しに行こうとした時だった。森の前で待っていた麗華は、町長達に行かない方が良いと忠告したが、彼等は聞く耳も持たず森の中へと入っていった。

 

 

数時間後……

 

町長達は傷だらけで、森から出てきた。それを見た麗華は、皆の目が離れた隙に森の中へと入りそこに潜んでいた悪霊と戦った。

 

日が暮れた頃、麗華は傷だらけで森から出てきた。その姿を見た町長は、気が動転していたのか、森で起きたことを全て麗華が裏でやっていたことにされてしまった。

 

その翌日、海沿いを歩いていた麗華は、浜で網に絡み海に戻れないでいた妖怪を見つけ、網を解き助けていたところを、運悪く久留美に観られしまった。

 

 

 

 

夏休みが終わり、学校へ行くと久留美は麗華は、変なものが見えそいつ等と遊んでいるという噂を流した。それからの麗華に対するいじめは、ますますひどくなってしまい、耐え切れなくなった麗華は、学校を休みがちになってしまった。

学校を休み、いつもの様に小島へ遊びに行った時だった。先を歩く見覚えのある人の背中が見えた。麗華はその背中を追いかけて行き、島の森の中へと入った。歩いて行き、その背中は歩きの前に止まり、そこにいた妖怪の頭を撫でていた。それを見た麗華は、その人に姿を現した。

 

 

その人は、クラスの男の子で自分のいじめにいつも参加しようとしない男子だった。

 

男子と一緒に、島にいる妖怪を見る麗華……そんな様子を、焔は木から木へと移りながら、眺めていた。

 

 

「お前にも、見えてたのか?」

 

 

陽が沈む光景を、二人は崖から眺めており、男の子は麗華に質問した。彼女は何も答えず、ただ頷いた。

 

 

「そうか……

 

 

俺、物心ついた頃から見えてたんだ。けど、そんな事話したら、九条に何言われるか分かんなくてさ、ずっと黙ってたんだ……

 

そしたらアイツ、夏休み開けてから突然お前が変なものと遊んでるって……」

 

「……

 

 

以前住んでた所が、妖怪や幽霊が集まる場所だったんだ……

 

昼間、お兄ちゃんと母さんがいない時、いつも相手してくれてたんだ……だから、寂しいって思ったこと一度もなかった」

 

「お前、何でここに来たんだ?」

 

「……

 

 

母さんが死んだから……」

 

「……

 

 

父ちゃんは、いねぇのか?」

 

「父さん、私が生まれた日に亡くなったの……

 

だから、父さんの顔は知らない……」

 

「……

 

 

似た者同士だな、俺等」

 

「え?」

 

「俺の母ちゃん、本当の母ちゃんじゃないんだ。

 

俺が一歳の時に、父ちゃんと別れちゃって……それからは、別の母ちゃんなんだけど……

その母ちゃん、スッゴイ厳しくて、学校休もうとすればすぐに怒鳴るし、叩くし……」

 

「……

 

 

知ってるの?あなたが見えるってこと」

 

「知らないよ。多分言えば、『何バカなこと言ってるの』って怒られて、打たれるだけだよ。」

 

「……」

 

 

何を放せばいいか分からない麗華は、何も答えずただ一緒に陽が暮れる空を眺めた。




“ピシャーン”


雷鳴が鳴り響く夜……

雷の音で、目が覚めた麗華は隣で寝ている龍実を起こさぬように、起き上り焔と一緒に窓から外を眺めた。
ふと窓から見えた、離島に雷が落ちた。その雷を目を凝らして見ると、中に馬の姿をし赤い角を輝かせた生き物らしき影が、その島に落ちていくのが見えた。


(何だろう……あれ)

「麗、さっきの影」

「……明日、行くよ」

「了解」


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二つの出会い

翌日……

その日、大雨が降り海には荒々しい波が立ち、島には強い風が吹き荒れていた。当然学校は休みとなり、子供達は嵐が治まるまで外出禁止となった。


麗華は、大人達の目を盗んで一人小島へと行った。島へ着き島の裏にある海岸へと行き、そこで待っていた鮫の背びれに掴まり離島へと向かった。


離島へ着いた麗華……

 

以前龍実から、この島の事を聞いた。それは昔、この島は雷と風の被害がとても酷かった。季節問わずいつも雷は鳴り響き、風は吹き荒れていた。そんなある日、天から雷と風の神様が降り立った。

その姿は鬼のような赤い角に、黒い強靭の体を持った馬だったと……その神が降り立って以来、雷と風は治まり、島に平和が訪れた。その感謝の思いを込めて島の住民は、離島に社を建て、自分がいつも行っている小島ともう一つの小島に二つの祠を建てた。

 

 

離島の森を彷徨い歩いていると、奥から何かが倒れるような音が聞こえてきた。その音に、焔は狼から人間へと姿を変え、麗華を守りながら近付いた。

 

そこにいたのは、傷だらけになり弱り切った角を生やした黒い馬……

 

 

「馬?」

 

「あの馬……相当弱り切ってる。

 

何かと戦った後かもしれねぇ。妖力は俺より、かなり高いだろう。今は弱り切ってるけど」

 

 

立っていた黒い馬は、足が蹌踉けその場に力なく倒れてしまった。心配になった麗華は、茂みから飛び出し恐る恐る、黒い馬に近付いた。

黒い馬は、鋭い目付きで近付いてくる麗華を睨み、力を振り絞り立ち上がり、彼女に角を向け雷を出した。

 

 

「人の子が……いったい、某に何用で来た」

 

「別に用はないよ……

 

ねぇ、怪我してるよ?痛くないの」

 

「誰が負わせたと思っているのだ!!

 

人だ!!人が負わせたのだ!!貴様と同様の人の子が!!」

 

「……」

 

 

怒りに満ちた黒い馬の目を見た麗華は、自分に向けていた馬の角に怖がらず、恐る恐る手を伸ばし馬の額を撫でてやった。その行為に、馬は驚きの顔を隠せず、固まったまま彼女を見つめた。

 

 

「私も、同じだから……」

 

 

そう言いながら、麗華は着ていた服を脱ぎ捨て体中に出来ていた傷や痣を馬に見せた。

 

 

「この傷は全部、お前に傷を負わした人の子から受けたもの。

 

だから、お前の気持ちはよく分かる」

 

「……」

 

 

馬は姿を変えた。赤い髪を長く伸ばし、黒い侍風の着物を纏った男へと変わった。

 

 

「そなたの様な人の子、初めてだ。

 

某を見ても恐れない」

 

「お前の様な妖怪には、慣れてるから……

 

それに……ここの人達、皆嫌いだから……」

 

「……」

 

「お前ならできるか?

 

この風と雷を抑えること」

 

「もちろん。

 

某は、風と雷の使いです」

 

 

そう言うと、男はまた馬へと姿を変え、空へと高く駆け上り角を輝かせた。

 

輝いた角は、光を放ち島を襲っていた風と雷を消し去った。島を覆っていた黒い雲が晴れ、所々から陽の光が差し込んできた。

 

 

島で嵐の支度をしていた住民たちは、突然空が晴れたことに驚き動かしていた手を止め、空を見上げた。

 

 

「晴れた?」

 

「おい、見ろ!」

 

 

島の住民の一人が、離島を指さした。離島の真上にいる一匹の黒い馬……

 

 

「ありゃあ、鬼驎様だ」

 

「あれが」

 

 

馬は島へ降り、麗華の前で頭を下げた。麗華はそんな馬の額を撫でてやった

 

 

 

「ありがとう」

 

「……」

 

「ねぇ……お前さえ良ければ、式神にならない?」

 

「式神?」

 

「私が死ぬまで、ずっと守り続ける……それが、式神の役割。

 

私はお前が気に入った」

 

「……某も、そなたが気に入った。

 

そなたに一生仕えることを」

 

 

“ビシャ―ン”

“ゴォオオオ”

 

 

「この雷、そして風に誓う」

 

「……」

 

 

焔に持たせていた一枚の紙を、手に取った麗華は紙に術式を書きお経を唱えた。すると黒い馬はその紙の中へと、煙のように吸い込まれていった。馬を吸い込んだ紙は、術式が書かれ人型の紙へと変わった。

 

 

「これでいいの?」

 

「そのはずだ。

 

龍が雛菊を式にした時、確かこういう感じだったからな」

 

「……」

 

 

紙を見る麗華に、久しぶりの笑顔が戻った。そんな彼女の姿にホッとしたのか、焔は狼へと姿を変わり顔を摺り寄せた。

 

 

「何?」

 

「良いじゃねぇか……」

 

「……」

 

「さっそく、出してみればいいじゃねぇか?そいつ」

 

「うん」

 

 

紙に血を付け投げ、黒い馬を出した。馬は首を振り、麗華に擦り寄ってきた。

 

 

「お前まで……

 

 

ねぇ、名前ってあるの?」

 

「某の名は、ありません。

 

この島の者達は皆、某の事を『鬼驎』と呼びます」

 

「……そのまま呼ぶと、嫌なことばっかり思い出すから」

 

「そなたが着けてくださる名であれば、何でもよいです」

 

「その『そなた』って呼ぶのやめて。

 

麗でいいよ」

 

「では、麗殿」

 

「麗殿って……

 

ま、いっか。

 

 

そうだなぁ……雷と風が使えるんだよねぇ……

 

 

 

雷光」

 

「雷光…ですか?」

 

「うん。

 

 

目の色が、光ってたから。それに私、雷好きだし」

 

「麗殿……」

 

「気に入った?」

 

「はい!」

 

「じゃあ、これからお前は、雷光!

 

よろしく」

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたす!」

 

 

 

 

夕方……

 

 

雷と風が治まった龍実は、島中を歩きながら朝から姿が見えない麗華を捜し回っていた。

 

思い当たる場所を捜したが、彼女の姿はどこにもなかった。龍実は、もう一度麗華がいつも行っている小島へと向かった。小島に着くと、浜に降り立つ一匹の狼が降り立つのが見え、龍実はすぐにその場へ向かった。

 

 

「麗華!」

 

 

狼から降りた麗華は、その声に気付き振り向くと駆け寄ってきた龍実は、彼女に抱き着いた。

 

 

「今までどこに行ってたんだ!?心配したんだぞ!!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ったく……」

 

「……」

 

「ほら、帰るぞ」

 

 

立ち上がり、龍実は麗華に手を差し延ばしたが、その手を拒否するかのように彼女は後ろで手を組んだ。

 

 

「……

 

 

帰りたくない」

 

「麗華……」

 

「お兄ちゃんのところ、帰りたい……

 

何で、いちゃいけなかったの?」

 

「……」

 

「母さんが死んだ時、お兄ちゃん言ってたよ!これからは、二人で頑張ろうって!!

 

なのに……なんで、私だけ」

 

「お前はまだ小さいし、龍二さんはまだ中学生だし……」

 

「でも、伯母さんが手伝ってくれるって言ってたもん!

 

だったらそれで……それで」

 

 

泣き出す麗華……龍実は彼女を抱き上げ慰めるように、頭を撫でながら焔と一緒に家へと戻った。




母・優華の葬式……


優華の遺影の前で、あやとりをする麗華を、龍実は初めて見た。彼はまだヨチヨチ歩きだった大空を連れて、彼女の元へ近寄った。すると大空は龍実から離れ、麗華の前で座り込むと、彼女が持っていたあやとりを掴んだ。


『コラ!大空!

それは、そいつの物だろ?返しな』

『やー!』

『返しなって!』

『やーあ!』


大空はあやとりを持ったまま、麗華の後ろへと隠れた。


『ったくぅ……

悪いな』

『……』


『麗華』


その声に、麗華は立ち上がり龍実を通り過ぎた。彼女が行った方を振り向くと、そこに龍二の姿があった。自身に抱き着いてきた麗華の頭を撫でながら、龍実達の存在に気付いたのか顔を上げ彼等を見た。


『えっと……』

『神崎龍二。お前は?』

『龍実、川島龍実です』

『龍実か。よろしくな』

『あ、はい!こちらこそ……?』


二人の後ろにいる渚と焔に気付いた龍実は、じっと後ろを見た。


『お化け―!』

『!?』

『!!コラ!

大空!』

『兄ちゃん、この兄ちゃんと姉ちゃんの後ろに、お化けがいるよー!』


大空の言葉に、龍二は二人の顔を見た。龍実は慌てめいた様な表情で、ごまかそうと言葉を並べるが、なかなか思いつかず戸惑っている様だった。


『龍実……

お前等まさか、見えるのか?』

『え?


あ、はい……見え…ます』

『……』

『……

お、おかしいですよね。やっぱり、見えるのって』

『全然』

『へ?』

『俺もこいつも、見えてる。

おかしくねぇよ』

『……』


『龍二さん』


親戚だという女の人に呼ばれた龍二は、麗華を連れ奥の部屋へと行った。


(遠縁の人は霊感があるって、話では聞いてたけど……まさか、本当だったとは)




『嫌だ!!』


奥の部屋から、麗華と思われる怒鳴り声が聞こえてきた。寝てしまった大空に上着を掛け、部屋を出て行き奥の部屋の襖を龍実は覗き見た。すると違う部屋から出てきた龍二と同い年くらいの女の子が駆け寄り、部屋にいた女性が泣き叫ぶ麗華を抱きながら部屋から出てきて、彼女に受け渡した。女の子の後をついてきたのか、麗華と同じくらいの少年が駆け寄り、泣き喚く彼女の手を引きどこかへ行ってしまった。


(何があったんだ?)


数分後、部屋から出てきた龍実の両親と祖母、そして龍二と女性……龍実の両親と祖母は、龍実が待つ部屋へ入ってきた。


『何話してたんだよ、母ちゃん』

『龍実……


これから話すことを、理解して頂戴ね』

『?』

『このお宅神崎さんの所にいるご兄弟と会ったでしょ?』

『あぁ。龍二さんと麗華ちゃんって女の子だろ?

二人がどうかしたのか?』

『さっき二人について、今後どうするかを話し合っててね……

そしたら、お祖母ちゃんが是非、家で麗華ちゃんを引き取りたいってことになってね……』

『え?

龍二さんは?』

『龍二君には、ここ童森町に残ってもらう事になったんだよ』

『じゃあ、麗華ちゃんとは離れて』

『そういう事になるわね』

『何で!二人を引き離すことなんて……』

『私達も反論したわ。余りにも酷過ぎるって』

『けど、お義母さんがどうしても引き取りたいと聞かなくて……』

『だから……あんなに、泣き叫んでたのか』

『それで結局、引き取ることになってね』

『……』


突然聞かされた話……

トイレの帰り、龍実は泣き喚く声が聞こえる部屋に通りかかった。気になり、ふと開いていた襖の隙間を覗いた。龍二にしがみ付きながら、駄々を捏ねて泣く麗華と困り果てる表情を浮かべる龍二……


そんな姿を見た龍実は、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。


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辛い島の日々(後編)

島へ来てから二年が過ぎた……

麗華は日に日に増すいじめが原因で全く学校に行けなくなってしまった。そして誰とも話さなくなり、笑顔も浮かべなくなった。


三年生になった麗華……

 

小島に住む、動物の世話をしながら時間を弄び、そこで知り合った鮫の妖怪や、海に潜む妖怪達と遊びながら過ごした。

 

 

学校が休みだったある日、麗華は一人海沿いを歩いていた。ふと釣り場を見ると、そこで遊ぶ久留美達が遊んでいた。

 

 

(あそこには、確かアイツが……)

 

 

その時、久留美はなかなか入ろうとしない男子を突き落した。男子は這い上がろうと手をばたつかせていると、底から足を引っ張られたかのようにして海底に引きずり込まれてしまった。瞬時に麗華は着ていた上着を脱ぎ捨て、走り出しその勢いのまま釣り場から海へと飛び込んだ。

 

 

海に入ると、そこに潜む妖怪の触手が引きずり込んだ男の子・遙の脚に絡みついていた。遙は必死になってその触手を取ろうとしていたが、息が続かず一気に息を吐き意識が朦朧とし始めていた。麗華は遙の脚に絡んでいる触手を無理に外し、急いで上へと上昇した。そこへ遅れて入ってきた焔は麗華と遙の腕を掴み、勢いよく水面目掛けて投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされた麗華と遙は、水面から飛び出て一瞬宙を舞い、また海へと落ちて行った。気を失った遙を引きながら、麗華は息を切らしながら浜へと上がってきた。そこへ久留美と一緒に遊んでいた七海が大人を連れてきた。

 

麗華は遙を浜に残すと、再び海へ戻った。海の中へ入った麗華は、触手を伸ばしている妖怪の元へ行き、妖怪の周りに結界を張り水を閉ざした。

 

 

「ここにいてもいいけど、人を襲うようなことはしないで」

 

「ただ、遊びたかっただけだ……

 

一緒に…遊びたかった」

 

「だったら、あの小島に来て。

 

そうすれば、私と遊べるよ」

 

「……ここに来る子には、もう手を出さない。

 

けど、君には」

 

「良いよ。

 

その代わり、突然引きずり込むのは、止めてよ?」

 

「うん……」

 

 

話が着くと、結界を解き麗華は焔と共に、陸へ上がった。

 

浜へ上がると既に大人達が、自分が助けた遙の手当てをしていた。遙は意識朦朧としながらも、息をしっかりしており、顔色を見たところ命に別条はない様だった。すると、大人達から少し離れた場にいた久留美は、海から上がってきた麗華に気付くと、何かを思いついたかのように不敵な笑みを浮かべて、大人達の所へと駆け寄った。

 

一人の大人の肩を叩き、麗華をチラチラ見ながら、久留美は何かを伝えた。久留美の話を聞いた大人は、険しい顔を浮かべながら、麗華にズカズカと近付いてきた。

近付くと大人は何も言わずに、突然麗華の頬を殴った。殴られた麗華はそのまま倒れ、頬を押えながら起き上り大人を見上げた。

 

 

「おめぇ、何てことをしたんだ!!」

 

「?」

 

「海に飛び込んだ遙の脚を、引きずって海で溺れさせたと、久留美から話を聞いた」

 

「わ…私、そんな」

「言い訳何ざ、聴きたくない!!

 

ったく、これだから余所者は嫌いなんだ」

 

 

ブツブツと文句を言いながら、大人は遙の元へと駆け寄った。打たれた麗華は、その場に座り込み声を堪えながら、涙を流し海の中へと入りその場を立ち去った。

 

 

家へ帰ってきた麗華は、部屋に入りベランダで蹲っていた。焔は麗華を囲う様にして寝そべり、心配そうな顔で麗華を見つめた。

 

 

「麗華」

 

 

部屋に入ってきた龍実は、ベランダで蹲っている麗華の元へと近寄った。

 

 

「飯だけど、食うか?」

 

 

龍実の質問に、麗華は首を横に振り答えた。

 

 

「なら、また持ってきてやるからな」

 

「……

 

 

こんなところ、もう嫌だ」

 

「麗華……」

 

「帰りたい……」

 

 

身を縮込ませ、涙声で龍実にそう訴えた。

 

先程、母から聞いた麗華の事……昼間、遙を溺れさせたというが、遙はやったのは久留美だと言っているそうだ。だが親は、遙は麗華から脅されてそう言っていると決め付けたそうだ。

 

 

 

 

数日後……

 

もう少しで、麗華にとって三度目の夏休みが来ようとしていた時期だった。

 

 

ある日、麗華は久しぶりに学校へ行った。理由は昨晩担任から電話があり、出席日数が足りないので、そろそろ来ないと一年留年するという連絡があったため、麗華は仕方なく行くことにした。

 

 

学校へ着た麗華……教室へ行き入ろうと戸を開けると、突然クラスの男子に打たれた。打たれた麗華は勢いで、その場に尻餅をつき男の子を見上げた。彼の後ろには、自分を虐めている者たちが集まっていた。

 

 

「お前だろ!」

 

「何が?」

 

「奈美の体育着、隠しただろ!!」

 

「し、知らな」

「知らばっくれるな!!

 

 

お前以外に、誰が犯人なんだよ!?」

 

「そんなこと……言われても」

 

 

自分を責めるクラスメイト達……そこへ担任の先生がやってきて、慌てて皆を教室の中へと入れ話し合いをし始めた。話し合いをして、ようやく収まるかと思っていたが、担任は男子達の言い分を正しいと判断し、証拠もなく自分を犯人だと決定付けた。

 

 

クラス中から暴力を受ける麗華……その後ろで、七海と遙、あの男の子はクラスメイトを辞めさせようと必死に訴えていた。

 

 

(何で……どうして、いつも……

 

私が、何をしたっていうの……何もしてない……

 

 

もう耐えられない……もう……耐えられない!!)

 

 

蹴ってきた足を受け止める麗華……その足を持ち上げながら立ち上がり、その持ち主である男子を投げ飛ばした。麗華を止めようと、他の男子達が寄って集って抑えようとしたが、彼女はあり得ぬ力で、男子達を投げ飛ばした。そして一人の男子は廊下側のガラスを突き破り飛ばされた。廊下を出た麗華は割れたガラスの破片を手に取り、ガラスの上で倒れている男の子の腕を、突き刺した。

 

悲痛な声が、廊下中に響き渡った。突き刺したガラスの破片を抜き取り、教室にいる男子達を一斉に斬り付けて行った。ガラスが無くなると、今度は暴力で男子達をボコボコにした。

 

 

しばらくして、一学年下の担任が駆け付けてきた。担任はその荒らされた教室と、血と傷、痣だらけになった男子達と担任を見て驚いた。教室の真ん中には、血だらけと痣だらけになった麗華が、長く伸ばしていた髪を乱し、息を切らしながらそこに立っていた。教室の隅では、泣きながら怯える女子達がいた。

 

 

「あなた、一体何をしたの?!!」

 

「?」

 

 

その声で、麗華はようやく我を取り戻したかのようにして、教室を見回し理解してないのか、自分の肩を掴んでいる担任を見た。

 

 

「私が……やったの?」

 

「あなた……」

 

 

学校はすぐに、残っている生徒達を全員家へと帰し、怪我をした三年の男子達は病院へ送り女子達は親が迎えに来て、皆帰っていった。

 

校長室のソファーで顔を下に向け座っていた麗華は他の先生達の質問に何一つ答えようとしなかった。そこへやってきた龍実の母は、麗華を覗き込むようにしてその場に座り彼女の顔を見た。

その顔は、まるで魂が抜けたかのような表情になっていた。

 

 

 

 

夕方……

 

麗華の事を聞いた龍二は、すぐに龍実の家へと駆け付けた。客間で龍実の祖母を前に座る麗華……龍実の母の話からでは、事件を起こしてから一度も顔を上げようとせず喋ろうともしないとのこと。

 

 

(麗華……)

 

「俺が見てた限り、麗は何にも憑りつかれてなかった」

 

 

龍二の後ろから、小声で焔はその時の麗華の状態を教えた。龍二は焔を渚に渡し、客間へと入り彼女の隣に座った。

 

 

「全く、これだから春子の孫は」

 

「ちょっと、お母さん!」

 

「元に事件を起こしたではないか。

 

お~ヤダヤダ。

 

 

陰陽師の才能があり、妖怪や幽霊と仲良しになれても、人とは仲良くなれぬという事か。あ~ヤダヤダ。こんな化け物の様な子は、儂は生まれて初めて見たわい」

 

「お母さん!!」

「……ら」

 

「?」

 

「だったら……」

 

 

“バン”

 

 

机を叩き、立ち上がった麗華……その顔は怒りに満ち、目から涙を流していた。

 

 

「麗華…」

 

「だったら、何で引き取ったのよ!!

 

そんなに化け物、化け物っていうなら、引き取らなきゃよかったじゃない!!

 

 

こんな場所……こんな場所、こっちから出てってやる!!」

 

 

そう叫ぶと麗華は、客間を出て行き家を飛び出していった。その後を、龍二は追いかけようとしたが、それを龍実は俺が追いかけるといい、彼女を追いかけて行った。

 

 

小島へ着た龍実は、浜で蹲る麗華を見つけ、彼女に駆け寄った。

 

 

「麗華」

 

「帰りたくない……あんな場所」

 

「……」

 

 

するとそこへ、渚に乗った龍二がやってきて二人の前に降り立った。渚は人の姿へとなり、心配そうに麗華を見る焔を抱け寄せ、二人を見守った。

 

 

「龍二さん……」

 

 

麗華の前に行くと、龍二はしゃがみ込み彼女を見ながら話しだした。

 

 

「麗華、明日帰るよ」

 

「え?」

 

 

その言葉に、麗華は一瞬自分の耳を疑い顔を上げ龍二を見た。

 

 

「帰るんだよ。家に」

 

「本当に……本当に帰っていいの?」

 

「あぁ。

 

小母さん達に話を点けて、明日帰ることになった」

 

 

麗華は見る見るうちに、笑顔を取り戻していき満面な笑みで、龍二に抱き着いた。龍二は抱き着いてきた麗華を受け止め、頭を撫でながら言った。

 

 

「今まで、我慢させて悪かったな。麗華」




翌日……


早朝の船に乗り、遠ざかっていく島を眺める麗華……海には、自分を見送りに着た妖怪達が、手を振りながら船を追いかけてきていた。そんな妖怪達に麗華は手を振り返しながら別れを告げた。


港で、遠ざかっていく船を、七海は一人見送っていた。同じ頃、病院の部屋からあの男の子は、申し訳なさそうな表情で海を眺めていた。


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もう一人の理解者

島へ来てから三日目……

その日、小五の女の子がいなくなったと二人に伝えられた。麗華と龍二は、すぐに現場へと行き調査した。そこへ助っ人として、ぬ~べ~もやってきて三人は、その現場を隈なく調べた。


「全く妖気が感じられないな……」

「いなくなってから、そう時間経ってないはずなのに……」

「麗華、そっちはどうだ?」

「母親の話だと、昨日の夜帰ってきた橘の奴、何かに追われたって怯えた様子で家に逃げ込んできたんだって」

「またかよ……」

「どういう事だ?」

「この島でいなくなったのは、今回の橘を入れて、計五人。しかも全員小学五年生。

橘以外のいなくなった子達の親からの話だと、橘同様何かに追われたっていう証言がある。その翌日に姿を消した。」

「このままもし、五年の奴等が消えるとなれば、後五人ってところ」

「五人か……

そいつ等は、今後どう対応していくんだ?」

「するつもりはない。

ここの奴等は、妖怪だろうと幽霊だろうと、変な事件が起きれば全部、余所者のせいになる。


だから、ほっとく」

「おいおい……」

「調べは後、俺がやっとくから、お前アイツ等と遊んで来い」

「遊んで来いって……」

「広達なら、今日はこの島を探検しに行くって言ってたぞ」

「探検って……(?森……ヤバいぞ、あそこには)

焔!」


狼姿になっていた焔に乗り、麗華はすぐに森へと向かった。


島にある森を探検する広達……広達を案内する、七海と遙。

 

 

「しっかし、七海ちゃんと遙が俺等に島を案内するなんてな」

 

「いいのよ。昨日の事もあるし……」

 

「本当にごめんなさい。突然石投げちゃって……

 

 

僕と飯塚さんは別に神崎さんをいじめたくなかったんだ。普通に迎え入れたかったんです」

 

「確かに余所から来て、私達とは別の人って感じだったかもしれないけど……」

 

「だからって、いじめはよくありません!

 

けど……九条さんに逆らうと」

 

「九条って?」

 

「九条久留美。ほらあなた達に石投げてきた男の子に、命令を出してた女の子」

 

「あぁ!あのエッラそうな、女の子ね!私、ああいう子嫌いよ!」

 

(アンタが言うな)

 

「何で、その子に逆らえないのだ?」

 

「……九条さんの家って、この島じゃ凄いお金持ちなんだ」

 

「気に入らない人がいると、その人にお金渡して無理矢理島から追い出しちゃうの……だから、皆逆らう事が出来ないの」

 

「だから、あんなに威張ってたのか」

 

「止める勇気がなかった私達も悪いんだけど……久留美のいじめは、酷過ぎたのよ…やり過ぎよ」

 

「ねぇねぇ、麗華がこの島での出来事と、私達の学校に転校したのって、何か理由があるの?」

 

「美樹!そういう事、聴くもんじゃないよ!!」

 

「だってぇ、気になるじゃない。

 

 

いじめはあったにせよ、普通島を出る?」

 

「そ……それは」

 

「二年前だったかな……麗……いや、神崎さんがこの島を出てったの」

 

「皆やり過ぎたんです……」

 

「何があったの?」

 

「あの日……

 

 

神崎さん、たぶん耐えてた何かが切れたんだと思う。蹴ってきた男の子の脚を持ち上げて、投げ飛ばしたの」

 

「神崎さんを止めようと、僕達三人以外の皆が寄って集って抑えようとしたんだ……けど、神崎さんあり得ない力で自分に集ってた皆を投げ飛ばしたんだ。そのうちの一人が、廊下側の窓ガラスを割って、飛ばされたんだ。その子の元へ行った神崎さん、割れたガラスの破片でその子の腕を刺したんだ」

 

「ガラスで?」

 

「怖~い」

 

「持ってたガラスの破片で、男子達を皆斬り付けたんだ。担任の鈴村先生も……」

 

「僕も、被害に遭ってね……」

 

 

そう言いながら、遙は袖を捲った。腕には刃物で斬られた様な切り傷の跡がクッキリと残っていた。

 

 

「破片が無くなった後も、神崎さんは手を止めず、皆が気絶するくらいまで殴り続けたの。

 

 

その騒ぎに気付いた、当時二年生の担任だった芦川先生が、気を失ってる男子達と怯えてる私を含めた女子達、滅茶苦茶になった教師に駆け付けたの」

 

「その後、神崎さんの親族がやってきて、次の日にはこの島から出てったの……

 

僕等、謝ろうって手紙も書こうとしたんだけど……九条さんが……

九条さんが、書かなくていいって……

 

 

別に自分達が悪くないんだから、謝る必要はないって……」

 

「ひ、酷過ぎるよ……

 

麗華が、可哀想じゃない!」

 

「そうよ!!」

 

「神崎さん、そっち行ってから随分と友達が出来たみたいだね。

 

良かった」

 

 

「人の子……またか」

 

「?」

 

 

森中に響く声……広達は足を止め、辺りを見回した。

 

 

「さっき、声聞こえなかった?」

 

「そうよね」

 

「許さぬ……許さぬ!!」

 

 

茂みから出てきた、蛇の体を持った髪を長く伸ばす女……胴から伸びている手は鋭い爪が伸びていた。

 

 

「で、出たぁ!!」

 

「逃げろ!!早く!!」

 

 

走り出す広達……彼等を妖怪は、後を追いかけて行った。

 

森の中を掛けながら、追いかけてくる妖怪から逃げる広達……その時、七海は木の根に足を躓かせ、転んでしまった。

 

 

「七海ちゃん!!」

 

「待てぇ!!人の子ぉ!!」

 

「嫌ぁあああ!!」

 

 

「水術渦潮の舞!」

 

 

七海に襲い掛かろうとした妖怪の真横から、渦を巻いた水が妖怪に当たった。妖怪は水に当たった勢いで、茂みの中へと飛ばされてしまった。

 

 

「貴方方、御怪我は?!」

 

「氷鸞!」

 

「大丈夫だ!」

 

「間に合った」

 

 

茂みから、焔に乗った麗華が遅れて駆け付けてきた。それと共に、茂みから飛ばされたあの妖怪が戻り、鋭い爪を構えた。

 

 

「やっぱり……」

 

「麗華、あの妖怪って」

 

「この森に住んでる、蛇の妖怪だ。

 

 

霊感がない飯塚と渡部にも見えるってことは、あの後随分と人が入ってその怒りが強くなったんだな……(あれほど、ここには人を入れるなって言ったのに……)」

 

「あの時の女か。

 

また人の子が入ったではないか!!ずっと見逃していたが、もう我慢の限界だ!!」

 

「はいはい!

 

相手になるから、その怒りを思いっ切りぶつけて来い!!

 

 

立野、この隙に早く逃げろ!!」

 

「わ、分かった!

 

七海ちゃん」

 

 

広の手を握り、立ち上がる七海……彼女と遙は、麗華の姿を見て固まっていた。

 

 

「あ……あれが、神崎さん……」

 

「神崎さん……あんなに、強かったんですか?」

 

「そうだよ。

 

麗華、あの力で俺達を何度も助けてくれたんだ!」

 

「神崎さんが……」

 

「さ、早く逃げるぞ!」

 

 

七海の手を引き、広は走り出し二人の後を、郷子達は追いかけ逃げて行った。

 

 

「さ~て、アイツ等がいなくなったことだし……

 

 

さぁ、その怒り私に思いっ切りぶつけてきな!!」

 

 

 

 

森から抜けた広達は、手に膝を置き息を切らした。息を切らしながら、七海と遙はふと森の方を振り返り眺めた。

 

 

「神崎さん……大丈夫かな」

 

「心配しなくても、大丈夫だよ!七海ちゃん!」

 

「でもぉ……」

 

「麗華ちゃん、ぬ~べ~先生と同じくらいスッゴイ強いのだ!だから、心配しなくてもいいのだ」

 

「ぬ~べ~?」

 

「誰ですか?」

 

「俺達の担任、鵺野鳴介。

 

左手に鬼の手を持つ、人呼んで『地獄先生ぬ~べ~』」

 

「じ…地獄先生?」

 

「鬼の手?」

 

「そうそう!鬼の手」

 

「何です?その、鬼の手っていうのは?」

 

「左手に、鬼が封じ込められてんだよ!」

 

「あり得ません!そんなこと!」

 

「え?」

 

「そんな、非科学的な事があるなんて……絶対あり得ません!!」

 

「でも、実際妖怪に会ったじゃない。私達」

 

「あれは……」

 

 

「何言ったって、無駄だよ。そいつ等には」

 

「?」

 

 

森から傷だらけになった麗華が、出てきて広達に話した。怪我を見た郷子は心配して、彼女の元へと駆け寄った。

 

 

「酷い怪我じゃない!」

 

「大丈夫だ、これくらい。

 

後で、丙に治してもらうから」

 

「さっきの妖怪は?」

 

「もう倒した。

 

ま、次に襲われても、助けには来ないから」

 

 

まるで二人に訴えるかのようにして、麗華は鋭い目付きで七海達を見ながら言った。

 

 

「おいおい、そんな肩っ苦しいこと言うなよ!

 

また助けてやりゃ、いいじゃねぇか!なぁ?」

 

「そうだよ!」

 

「嫌なこった。

 

私がどんなに、この森に入るなって言ったって、結局入ってる奴等がいたんだから。

 

 

ここに住む、悪い妖怪から皆を守ろうと、いつも忠告してた……でも、誰も聞き入れてくれなかった。

 

そして、変な事件が起きれば全部、私を犯人扱いして……」

 

「……」

 

「妖怪とか幽霊とか、その存在を信じない奴等なんか助けたって、どうせ私は悪者扱い」

 

「ちょっと麗華、言い過ぎよ!」

 

「……

 

この森には、もう入るな。一応言ったから、もし入って襲われてももう知らないよ」

 

 

焔に乗り、麗華は広達の前から立ち去った。

 

 

「麗華の奴……どうしちまったんだ」

 

「いけないのは、私達です……

 

この島の人達、麗華を邪魔者扱いしてましたから……」

 

「何が起きても、全部神崎さんのせいにされてて……いつしか、彼女は誰とも話さなくなりました」

 

「……」

 

「私……神崎さんに謝りたい……

 

昔みたいに、仲良くしたいよ」

 

「七海ちゃんって、麗華と」

 

「久留美にいじめられる前、最初の友達だったんです。私……

 

けど、いじめが始まってから……声を掛けることもできなくなって……それで」

 

「七海ちゃん……」

 

「だから、ちゃんと謝って仲直りして…昔みたいに、笑い合いたいんです」

 

 

思い出す、麗華と笑い合った日々……しかし、久留美のいじめが始まり、彼女は近付きにくい存在になってしまった。

 

 

 

 

小島へと来た麗華……

 

浜へ行くと、見覚えのある背中が見えた。その背中は、自分の存在に気付いたのか、振り返った。

 

 

「お前か……!

 

その怪我、また九条が」

 

「違う。さっき妖怪と戦ったから、それで」

 

「ならいいけど……」

 

 

不意に麗華は、振り返った者の額にかかっている髪の毛を手で上げ、額に出来ていた大きな斬り傷跡を見た。

 

 

「やっぱり……残っちゃったか……」

 

「別に気にしてねぇよ。

 

あれだけの罰を受けてたんだ……怒りが頂点に上がったんだろ」

 

「……ごめん」

 

「謝る必要ねぇよ」

 

「……」

 

「……

 

なぁ」

 

「?」

 

「……切っちまったのか?」

 

「え?」

 

「髪……

 

あんなに長かったのに」

 

「邪魔になったから。

 

長かった方が、よかった?」

 

「別に。

 

短い方が、似合ってる」

 

「どうも……

 

ねぇ、まだ見えてるの?」

 

「まぁな……

 

家にいても、邪魔者扱いされてるから……」

 

「何で?あの時は」

 

「俺の母ちゃん、子供産んだんだよ。二人な。

 

世間でいう、異母妹弟ってやつだよ。それで、本当の母ちゃんの子である俺を、邪魔者扱いさ。

 

 

父ちゃんは、仕事の関係でずっと単身赴任中だし」

 

「大変だね……その上、九条でしょ」

 

「そうだよ……

 

 

あん時、久しぶりにお前見て、ビックリした。まさか帰ってくるなんて」

 

「島から依頼が来てね。それで行く羽目になったんだ」

 

「だよな。

 

でなきゃ、ここに二度と来ねぇもんな」

 

「その通り」

 

「……

 

 

話変わるけどさ、今起きてる事件ってやっぱり妖怪の仕業だよな?」

 

「強いて言うなら、そうだね。

 

でも、ちょっと奇妙なんだよね」

 

「何がだ?」

 

「行方不明になってる子、全員アンタと私と同じ学年の人達……何か共通点でもあるのかな」

 

「共通点……

 

 

俺と飯塚、渡部を抜いて、全員がお前をいじめてた」

 

「嫌な事、思い出させないでよ」

 

「悪い……」

 

「もう……

 

まぁ、それは一理あるかもね」

 

 

そう言いながら、麗華はバックから取り出していた紙を見直した。




海沿いを歩きながら、七海と遙に自分達の事を話す広達……


「二十人もいるの?!広君たちのクラスって」

「賑やかですねぇ」

「遙君たちのクラスは、どれくらいの人数なの?」

「うちは学年ごとに、一クラスしかなくて……それに人数も、二桁いくかいかないか位しかいないんだ。

ちなみに僕達のクラスは、十人です」

「少っくねぇなぁ。

学校、ガラガラじゃねぇか」

「だから、校舎凄い小さいよ。

木造二階建ての校舎。体育館は新しいけどね」

「へぇ……




おい、あれ」

「?」


広が何かに気付いたのか、釣り場の方を指さした。その方向に皆が目を向けると、そこには誰かと話す麗華がいた。


「あれって、麗華じゃない」

「誰と話してんだろ?」


広は目を凝らして見ると、麗華と話していた相手は昨日、自分達に石を投げてきた大輔と名乗る男だった。それを分かった広は、駆け出し彼に飛び掛かった。大輔は広に押された勢いで、海へと降り広も彼と共に海へ落ちて行った。


麗華は急いで、浜へと走っていった。彼女のを追いかけるように、郷子達も浜へと向かった。

浜から、広と大輔が息を切らしながら這い上がってきた。郷子達は広に駆け寄り、七海と遙は大輔の元へと駆け寄った。広は克也の手を借り立ち上がり、大輔の元へと殴りかかった。殴りかかってきた広の拳を、彼は間一髪受け止めた。


「何だよ、いきなり」

「昨日投げた石のお返しと、麗華をずっといじめてた」
「星崎は、関係ない!!」


郷子達の傍にいた麗華は、そう広に言った。広は呆気な顔で彼女の方を振り向いた。


「どういう事だよ?

だって、昔こいつもお前のこと」

「星崎は何もやってない!!九条に命令されたって、絶対従わなかった。だから、そいつは関係ない!」

「やってないって……」

「そう言えば星崎君、いつも『面倒くさい』や『だるい』って言って、九条山の命令聞き流してましたよね」

「あんなクソ女の命令なんか、聴きたくもない。クソ女には、神崎は外でいじめてるって伝えといた。


俺の事を、唯一理解してくれてる友達を、いじめられるかってんだ」

「友達?」

「立野と稲葉には話しただろ。

あの事件の真相を、手紙で教えてくれた子……その子が、星崎なんだよ」

「?!」


聞かされた真実……広は、狼狽えた様子で麗華と大輔の顔を交互に見た。その様子に、大輔は麗華の顔を一瞬見て、そして意を決意したかのようにして話し出した。


「神崎と同じ、俺にも霊感があり、そして見える」

「え?」

「正直、神崎がいじめられてる時、まるで俺がいじめにあってるみたいで、見るのが辛かった。家にいたって、本当の母親じゃない母親から、いつも打たれるわ怒鳴られるで辛いのに、学校に行ってまで唯一の理解者だった神崎のいじめの激しさを見て苦しかった」

「星崎君……」

「あの時、暴れてた神崎の顔は、怒りと悲しさで満ちてた。俺には分かったんだ。

神崎の中で押さえてたものが一気に噴き出してきたんだって。今まで耐えてたものが、一気に……だから、あんなことになっちまったんだ」

「……」




「そういう事だったんだぁ」


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黒い影

聞き覚えのある声……その方向に、全員が振り向いた。

 

 

「く……久留美」

 

 

土手から降りてきた久留美は、腕を組み七海達と麗華、広達を見ながら言った。

 

 

「七海、アンタいつから余所者と仲良しになったの?」

 

「そ、それは……」

 

「まぁいいわ。七海達より……」

 

 

七海を睨んでいた久留美は、遙の隣にいた大輔を睨んだ。

 

 

「大輔、どういう意味……さっきの」

 

「そのままの意味だ」

 

「アンタも異端人と一緒だったんだ。変なもの見えてたんだね。

 

外でいじめてるとかって言ってたけど、それは嘘だったってことね」

 

「……」

 

「九条さん、もうやめようよ!」

 

「やめる?何を?」

 

「余所者扱いとか……神崎さんの事をいじめるとか……」

 

「何が言いたいの?」

 

「久留美、謝ろう……

 

あの時の事、全部麗華に謝ろう……」

 

「はぁ?何言ってんの?

 

七海、アンタこいつ等と一緒にいて、頭おかしくなった?

 

 

何がイケないっていうの!前にも言ったわよね?

 

体が弱いんだか何だか知らないけど、いつも体育見学して、体調が優れないからっていう理由で好き放題に学校休んで、年上の人がいるからその人から教えて貰ってるおかげで勉強できて……

それで何で、罰を与えちゃいけないわけ?」

 

「そんなことで、いじめるなんてやっぱりおかしいよ!」

 

「生意気な事言うんじゃないわよ!!」

 

 

怒った久留美は、七海の頬を平手打ちした。

 

 

「飯塚さん!」

「七海ちゃん!」

 

「七海、アンタいつから私にそんな反抗的になったわけ?」

 

「……」

 

「お前、いくら何でも酷過ぎるぞ!」

 

「余所者は黙ってなさいよ!!

 

 

こうなったのも全部、異端児アンタのせいよ!!」

 

 

麗華を睨み付け、久留美は寄ってきて突き飛ばした。麗華は押された勢いで、海辺付近に尻を着いた。

 

 

「麗華!」

 

「酷いわ!いくらなんでも」

 

「余所者は口出ししないで頂戴!!

 

 

今起きてる事件も、どうせ神崎さんの仕業なんでしょ?」

 

「……」

 

「透かした顔して……何か言ったらどうなの!!

 

 

真鈴や徹、慎也に駿、さらには奈美まで……皆いなくなったのよ!!

 

どう責任取ってくれるのよ!!」

 

「責任取れって……麗華は悪くないわよ!!」

 

「そうよそうよ!!」

 

「九条さん、神崎さんはさっき僕達を妖怪から救ってくれました!そんな人が、この事件を」

「遙は黙ってなさい!!」

 

「九条、いい加減しろ!

 

飯塚や渡部は」

「アンタも黙ってなさい!!化け物!!」

 

 

その言葉に、麗華はキレ怒りが満ち、久留美の頬を殴った。彼女は殴られた勢いで飛ばされ地面に倒れた。

 

 

「れ、麗華」

 

「神崎さん……」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「痛いじゃない!!何すんのよ!!異端児!!」

 

 

立ち上がった久留美は、麗華を睨み怒鳴った。彼女は息を切らしながら、久留美の胸倉を掴んだ。

 

 

「化け物はアンタだよ。

 

たかが普通の奴と違うだけで、それで化け物扱いかよ……」

 

「……アンタ、話せたんだ。

 

何にも喋らないから、てっきり言葉なんて知らないものだと思ってたわ」

 

「喋るのが面倒くさかっただけ。特にアンタと喋るなんて、時間の無駄」

 

「何よ!!アンタがこの島に来なければ、こんな怪奇事件起きなかったわ!!」

 

「!!」

 

「九条!!今起きてるのは」

「うるさい!!

 

アンタさえ、ここに来なければ……来なければ」

 

 

麗華から離れ、久留美は麗華達を見ながら訴えた。その時、何かの気配に気付いたのかまことは、ふと海の方を振り向いた。

 

 

「な、何なのだ!?あれ」

 

「?!」

 

「どうした?まこと」

 

「あ、あれ!!」

 

 

彼が指差す方には、人のような黒い影が海から自分達に向かって走って来た。

 

 

「あ、あれって」

 

「黒い影……

 

確かいなくなった奴らが、前日に何かに追いかけられたって……」

 

「まさか、その何かがあの黒い影?」

 

「という事は……

 

僕達の誰かが、明日いなくなるってことですか?!」

 

 

すると、黒い影は形を変え、麗華の体をすり抜けどこかへ飛んで行った。すり抜かれた彼女の脳裏に、一瞬フラッシュバックで、何かが映った。

 

どこかの祠……その前で泣きながら何かを訴える自分……

 

 

その映像と共に、麗華は力なくその場に倒れてしまった。

 

 

「神崎!!」

 

 

倒れた麗華を、大輔は駆け寄り体を起こし、声を掛けた。大輔に続いて広達も彼女に駆け寄り、呼び掛けたが麗華は全く反応がなかった。

 

 

 

 

倒れた麗華を家に送って広達は、帰り道をトボトボ歩いていた。

 

 

「麗華、どうしちまったんだろ……」

 

「また、喘息?」

 

「でも、咳なんてしてなかったわよ?」

 

「そう…よね」

 

「じゃあ何で」

 

「気を引こうとしただけじゃない?」

 

 

広達の後ろを歩いていた久留美は、腕を組みながらそう言った。

 

 

「気を引こうって……」

 

「麗華はそんなことしないわ!!」

 

「なら何で倒れたの?

 

気を引く以外、考えられないじゃん」

 

「何だと!!」

「やめとけ」

 

 

何かを言おうとした広に、大輔は止めに入り久留美を見た。彼女は腕を組み、いつでも来いとでも言っているかのような平然とした態度をとった。

 

 

「何で止めんだよ!」

 

「アイツと云い合ったところで、何か得でもするのか?」

 

「それは……」

 

 

「お前等ぁ!!」

 

 

大声で、広達に呼びかけながら、町長とぬ~べ~が駆け寄ってきた。

 

 

「ぬ~べ~!」

「町長さん!」

 

「ここにいたのか!」

 

「どうしたんだよ、ぬ~べ~」

 

「お前達、すぐ宿に戻って明日まで絶対に外に出るな」

 

「え?何で?」

 

「妖怪が出たんだ」

 

 

息を切らしながら、町長は皆にそう伝えた。

 

 

「町長さん、どういう事です?」

 

「さっき、章義が何かに追いかけられたって、血相を掻いて家に帰ってきたんだ」

 

「まさか、それって……」

 

「黒い影」

 

「まだ分かんねぇ。

 

お前達、すぐに家に戻れ!それから、明日俺が良いと言うまで、絶対に外に出るな。分かったな?」

 

「はい」

 

「町長の言う通り、お前達も俺が良いと言うまで、宿から出ず大人しくしてろ」

 

「分かった」

 

 

「本当に出たんですか?」

 

 

七海達のを退かしながら、久留美は町長に近寄った。

 

 

「な、何が言いたいんだ」

 

「その黒い影って、さっき倒れた神崎さんだったりして」

 

「何言ってんの!!」

 

「麗華がそんなことするはずないじゃない!!」

 

「あのさ、さっきからアンタ達の話聞いてるけど……

 

そんなに神崎さん庇ってどうするの?」

 

「どうするって……」

 

「この怪奇事件起きたのって、神崎さんがこの島に来たからじゃないの?」

 

「九条!」

 

「だってそうじゃない。

 

神崎さんが、この島に来た五年前も今までの怪奇事件、いつもその現場には彼女がいたじゃない!

 

 

彼女以外、誰が起こしたっていうのよ!言っとくけど、妖怪の仕業とかいうのは、止めてよ」

 

「っ……」

 

「……

 

 

お前達、すぐに家に帰りなさい」

 

「は…はい」

 

 

町長の言葉に、七海と遙は家へと向かった。広達は、不安げな顔でぬ~べ~の顔を見た。ぬ~べ~は彼等に先に帰れと合図を顔で送り、広達はそれに従い皆、宿へと戻った。

 

その場に残った大輔は、久留美を睨んだ。彼女は透かした顔で、腕を組み直し大輔の方を見た。

 

 

「これでもし、神崎のせいじゃなかったらどうすんだ?」

 

「その時は、そうね……

 

土下座して謝ろうかしら。神崎さんに」

 

「……」

 

 

大輔はそれを聞き入れたかのようにして、自分の家へと帰り、久留美も自分の家へと帰った。残ったぬ~べ~と町長は二人を見届けた後、急いで龍実達の家へと向かった。




夜……


龍実の家の居間で、いなくなった子供たちのリストと現場が記されている地図を見る龍二達……


「いなくなった現場はバラバラ……

だけど、行方不明になった子供は皆小学五年生の奴ら……」

「行方不明の奴等に、何か共通点があるのか?」

「あるって言えば、麗華の同級生……」

「ん~……

そう言えば、麗華は?」

「今寝てる。

さっき倒れてな……」




二階の部屋で眠る麗華……大量の汗を掻きながら、悪夢に魘されていた。


暗闇に自分が一人……目を開けると、そこには辛かったあの島の日々が映像で流れていた。耳を塞ぎ目を閉じる麗華……その時息が苦しくなり、やがて咳き込んでいった。




「ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」


聞こえてくる咳き込む声……隣の部屋にいた大空と龍実はその咳に気付き、二人は龍二達の部屋の襖を恐る恐る開けた。

布団の上で、苦しそうに咳き込む麗華……その背中を焔は、擦りながら心配そうな顔を浮かべていた。


「麗華!」

「龍実…すぐに龍を呼んでくれ!!」

「分かった!」

「お姉ちゃん!」


大空は部屋へ入り、苦しむ麗華の所へ駆け寄った。龍実はすぐに階段を駆け下り、居間へと向かった。廊下の騒ぎに気付いた龍二は、立ち上がり襖を開けようとした時、突然襖が開き龍実が血相を掻いてやってきた。


「龍実?どうし」
「麗華が!!麗華が!!」

「麗華……!!」


二階から聞こえてくる咳に、龍二は龍実を倒しに階の部屋へ向かった。床に尻を着いた龍実は、ぬ~べ~に立たされ共に、二階へ上がった。


「麗華、しっかりしろ!!麗華!!」


咳き込む麗華の傍には、吸ったであろう携帯用の吸引器が捨てられていた。龍二は咳をし蹲る麗華の背中を擦りながらずっと彼女の名を呼び叫んだ。


「龍実!!すぐに小母さんに、医者呼んでくれるよう頼んでくれ!」

「分かった!!」


咳が一旦落ち着いた麗華は、浅く息をしながら起き上り、胸元を手で掴みながら龍二の方に顔を向けた。


「麗華」

「ハァ……ハァ……

アニキ?」

「大丈夫か」

「ヌエノ……ウッ

ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」

「麗華!!」
「麗!!」




数分後……龍実の母が呼んだ医者がすぐに駆け付け、麗華に薬を投与した。彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、静かに眠りに入った。
医者が帰ると共に、ぬ~べ~も宿へと帰った。二人が帰ってしばらくした後、麗華は目を覚まし起き上った。


「麗」


目を覚ました麗華に、焔は顔を摺り寄せた。擦り寄ってきた彼の顔を麗華は撫で自分の顔を摩った。その様子に、焔に乗っかっていたシガンは、彼女の肩に飛び乗り頬ずりした。そんなシガンを麗華は手で撫で、立ち会上がり階段を下りた。




「麗華」


下へ降りてきて、居間に入ってきた彼女を見た龍二は、驚いた表情をした。


「お前、大丈夫なのか」

「まぁね……


兄貴」

「?」

「もしかしたら、今回の事件……


私が関係してると思う」


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深い傷跡

突然発した言葉……


「どういう意味だ?」

「倒れる前に、黒い影に身体を突き抜かれた。


その時、見えたんだ……

どこかの祠の前で、泣きながら何かを訴えてた昔の自分の姿が」

「祠?

確か、この島にも」

「私がいつも行ってた小島と、もう一つの小島に古い祠がある。

そのどれかだと思うんだけど……」

「?どうした」

「二つとも、行ったことあるか覚えはあるんだけど……

そん時見えた祠、小島にある祠じゃないんだ」

「え?

ちょっと待て、じゃああれか?祠は他にもあるってことか?」

「だと思うんだけど……どうも、そん時の記憶が曖昧で」

「おいおい……


とりあえず、その情報をもとに明日、徹底的に島中探すぞ。その祠を。

もしかしたら、その祠に何かが封じられてて、お前が訴えたのをその何かが聞き入れて、それを利用して今に至るのかもな」

「そこに何が封印されてたの?」

「知らねぇよ。

つーか、お前その祠で、何言ったんだよ」

「……覚えてない」

「……はぁあ!?」

「だから、覚えてないって……

さっき言ったじゃん、記憶が曖昧だって」

「ったく……」

「ハハハ……」

「笑い事じゃねぇよ……」

「すんまんせん……」


翌朝……

 

 

龍二と共に、麗華はあの小島へと着ていた。森の奥には草や蔓が絡まった祠が一つ建てられていた。

 

 

「雷光を祭った社を建てた時に、一緒に建てられた祠だそうだ。

 

龍実兄さんの話じゃ、あの離島を中心に囲う様にして、三つの島が出来た。一つはこの島の反対方向にある小島と、もう一つはこの小島、そして龍実兄さん達が住んでる島」

 

「反対方向にある小島には?

 

行ったことあるのか?」

 

「あんまりない……」

 

「じゃあその島と、離島、そして龍実達が住んでる島の森の中を捜すか。

 

そのどれかの島に、多分もう一つ祠があるんだろ。何かが封印されていたもう一つのな」

 

 

「龍二さーん!!」

 

 

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとかけてくる龍実の姿があった。

 

 

「龍実、どうしたんだ?」

 

「章義の奴、いなくなっちまったんだ!!」

 

「!?」

 

「嘘だろ!?だって、アイツの家には雛菊が」

 

「その雛菊なんだけど、何か石みたいに固まってんだ。章義の家の前で」

 

「はぁ?!」

 

「とにかく来てくれ!町長さんたち、大騒ぎしてんだ!!」

 

 

龍実に言われ、龍二と麗華は傍にいた焔と渚に乗り、龍実を渚に乗せた龍二が先に飛び、その後を焔が飛んで行った。

 

 

家に着いた龍二達は、玄関前で石になっている雛菊を見つけた。彼は丙を出し、彼女の治療をさせ麗華と共に家の中へと入った。

中では駐在さんと島の大人達、町長さんが集まっていた。大人達に囲まれ慰められている章義の母は、ずっと泣きっぱなしだった。

 

 

「龍二君!」

 

「町長さん。話は龍実から聞いてる」

 

「なら、さっそく部屋を見てくれ」

 

「部屋を?」

 

 

町長に案内され、二人は章義の部屋へと行った。部屋は爪で引っ掻かれた引っ掻き傷が、至る所にあり荒らされていた。

 

 

「これは……」

 

「こんなこと初めてだ。

 

今までいなくなった子達の、部屋は見たがこんなに荒らされてはいなかった。いや、それどころかまるで煙の様にして、いなくなっていたんだ」

 

「何ちゅう、荒らされようだ……」

 

 

壁に出来た傷痕に、麗華は触れ妖気を感じ取ろうとした。傷に触れた瞬間、フラッシュバックで何かが映った。

 

 

(あれ?……この傷痕……

 

どこだ……同じようなものを……どこかで……)

 

「鵺野?」

 

 

龍二の声に、振り返るとそこに走ってきたのか、息を切らしたぬ~べ~が立っていた。

 

 

「何で、アンタが」

 

「騒ぎを聞いてな。

 

それにこの家から、嫌な妖気を感じたんだ」

 

「だろうな……」

 

「それより、麗華を連れ出して大丈夫なのか?」

 

「いちいち、人の事まで口出しすんのやめてくれない?」

 

「あのなぁ!!」

「あ~もう!!

 

鵺野は黙ってろ!今回は、こいつがいなきゃ話にならねぇんだから」

 

「だが」

 

「そんなに心配なら、ついて来ればいいじゃない。

 

ま、焔には乗せないけどね」

 

「己~!!」

「まあまあ」

 

 

怒鳴ろうとしたぬ~べ~を、龍実は抑えた。彼に飽きれてため息を吐きながら、麗華は再び壁に出来た傷痕に触れた。

 

 

「フウウウウ」

 

 

肩に乗っていたシガンが、突然威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入り出した。

 

 

「?シガン」

 

「麗華、どうかしたか?」

 

「いや、シガンが……」

 

「お前に関わってるのは、間違えないみたいだな。今回の犯人」

 

「え?」

 

「シガンは鎌鬼の生まれ変わり。

 

フェレットになっても、恐らく霊感は残ってんだろ」

 

「それは分かってるけど……」

 

「鎌鬼なら、親父と迦楼羅を殺してしまった罪滅ぼしとして、お前と俺を守ろうとすると思う」

 

「……」

 

 

その言葉に、麗華はシガンの方に目を向けた。シガンは彼の言葉通りだとでも言うかの様に、彼女の頬を舐めた。

 

 

しばらくして、麗華は家に居辛くなり、外で待たせている焔たちの元へと行った。気が付いたのか、雛菊は目を擦りながら、起き上がっていた。

 

 

「雛菊!」

 

「……麗!」

 

 

駆け寄ってきた麗華に、雛菊は立ち上がり抱き着いた。

 

 

「丙、痛い!痛い!」

 

「昨日の夜、凄く怖かったんだぞ!!」

 

「分かったから、分かったから……早く離れろ!!苦しいわ!!」

 

 

麗華に怒鳴られた雛菊は、悄気た顔で彼女から離れた。

 

 

「ったく……限度を知れよ」

 

「ウ~……」

 

「で?何が怖かったの?」

 

「昨日の夜、黒い影が現れて……そしたらその黒い影、形を変えて鋭い爪をもった蛇男になったんだ。

 

すぐに退治しようとしたら、その男に目を睨まれた瞬間、身動きが取れなくなって……」

 

「気が付いたら、丙達がいたと」

 

「その通りだ」

 

「見たところ、雛菊に目立った怪我もないし……」

 

「まじめに石になってなのか……

 

メデゥーサにでも、睨まれたか?」

 

「蛇男って言ってたぞ」

 

「分かってるよ!!それくらい」

 

「機嫌悪いな…麗」

 

「さっさと帰りたいわよ……こんなところ来たって、今起きてる事件を全部私のせいにされるんだから……」

 

「麗……」

 

「何でもかんでも、私のせいにして……

 

忠告したって、聞き入れてくれなくて……自分達が怪我をすれば、全部私がやったことにされて、犯人扱い……

(いなくなればいいのよ……皆……いなくなれば)」

 

 

『それが望みか』

 

 

「?!」

 

 

どこから聞こえた声……その声に、麗華は辺りを見回し声の主を捜した。

 

 

「麗、どうした?」

 

「……今、声が」

 

「声?」

 

「何も聞こえなかったぞ」

 

「気のせいかな……」

 

「麗?」

 

 

「麗華!」

 

 

龍二の声に麗華は振り返った。彼は章義を捜すと共にこの島にあるもう一つの祠も探すと伝え、丙と雛菊を戻し傍にいた渚に乗り飛んで行った。麗華は焔に乗り、小島へと向かった。

 

 

 

 

小島へ着いた麗華と焔……

 

 

「何か私、ここに来たことあるような気が……」

 

「俺は行ったのとねぇぜ。それよりさっさと祠見つけようぜ。

 

もしかしたら、二つあるんだろ?」

 

「多分……」

 

「じゃあ、早く探そうぜ」

 

「だね……

 

姿変えていいんだよ。ここ来てからあんまり人の姿になってないでしょ?」

 

「昨日なった。それにこっちの方が、ここにいる間は動き易い」

 

「シガンと同じく、鼬になってもいいんだよ?」

 

「っ……

 

うるせぇ!!」

 

「顔赤くなってるよ!」

 

 

先行く焔を追いかけながら、麗華は森の奥へと行った。

 

 

 

 

章義の家から出てきたぬ~べ~は、宿へ戻り部屋にいる広達にしばらくの間は外へ出るなと伝えると、必要な道具を持って宿を出て行った。

 

宿を出たぬ~べ~は、龍実の家の近くにある小島へと向かった。小島に付き森の中を歩きながら、霊水昌を通し回りを見ると、麗華の言う通り霊力の弱い小さな妖怪達がわんさかといた。

 

 

(この島は、本当に妖怪が多いな……

 

海といい島といい……そこらじゅう妖怪だらけだ)

 

 

『鵺野先生』

 

 

思い出す、麗華が転校してきた日、校長から言われたこと……

 

 

『今日君のクラスに転入する、神崎麗華さんの事だが』

 

『神崎が、何か?』

 

『以前の学校で、担任とクラスの男の子全員を、全治一か月の怪我を負わせた問題児なんだ』

 

『全治一カ月?!』

 

『そうだ。

 

まぁ、そのクラスにも問題があってな。クラスの一部が麗華をいじめていてな……それが原因だというんだが、実際の所は分からぬ。

鵺野先生、少々扱いにくい生徒かも知れませんが、彼女のケアと指導、お願いします』

 

『分かりました』

 

 

(家族から引き離され、この島へと着た……だが、島の人達更に学校の友達から、中傷的な言葉を浴びさせられた……

そうなれば、我慢も限界が来る……)

 

 

森の奥へと着くと、そこに古びた祠が一つ建っていた。祠の中を覗くと、中には水晶が一つ置かれており壁には馬と巫女が描かれた掛け軸が架けられていた

 

 

(この水晶は……それに、この絵)

 

 

「それは某の力を強めるものだ」

 

「?!」

 

 

その声に、後ろを振り返るとそこにいたのは、馬の姿をした雷光だった。

 

 

「ら…雷光。何でお前が」

 

「麗殿から、暇を貰ったのでな。久しぶりの故郷を見て回っていたのだ」

 

「故郷?

 

そうか……この島の神、鬼驎は雷光お前だったのか」

 

「いかにも。

 

『雷光』という名は、某が麗殿に仕える際、彼女から頂いた名です」

 

「そうだったのか……

 

雷光」

 

「?」

 

「この島には、たくさんの妖怪達が住んでいるようだが……全て、お前が引き寄せたのか?」

 

「……いえ。

 

この島には、某がまだこの島へ来る前、霊力の強い妖怪がいた。長い爪を武器に、島の住民を次々に喰らって行った。それを見たそなた達が言う『神』にその妖怪を封じ込めるよう頼まれ、この地へと降り立ちました。

その妖怪を倒す際、この島の巫女が私に強力な二つの力……『風』と『雷』の力を与えてくれたのです。そしてその妖怪は某の力と巫女の力により、この島に封印されました。巫女は死ぬ間際に、某が住処とする場所に社、そして三つの島にそれぞれ祠を建て、某を祭ってくれました」

 

「三つ?

 

 

確か、建てられたのは二つのはずじゃ」

 

「そのうちの一つは、その霊力の強い妖怪が封印されている……それに、その妖怪は既に復活しある者に憑りついています」

 

「?!」

 

「五年前、ある者がその祠へと行き、封印されていた札を外してしまった。その者は未だに自分が憑りつかれていることを分かってはいません……」

 

「何か、特徴はあるのか?」

 

「その者には……」

 

 

口を動かす雷光……

 

その話を聞いたぬ~べ~は、驚きの顔を隠せないでいた。




カーテンを閉め切り、薄暗い部屋に置かれている鏡を見る久留美……


(何で七海や遙、大輔は神崎さんに……

あんな化け物、早くいなくなればいいのよ……私にこんな傷、負わせたんだから……


一生消せない、傷を)


服を着る久留美……ランプの光で照らされ、鏡に映る彼女の背中……




その背中には、大きく三つの引っ掻き傷の痕があった。


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島の妖怪

「ちょっと広!待ってよ!」


入り江の海から突き出る岩を飛び移りながら、移動する郷子達……

ぬ~べ~の言いつけを守らず、郷子達は龍実から聞いた無人島へ向かっていた。


島に着いた郷子達……

 

 

「本当に誰も居ないわねぇ」

 

「そりゃあ無人島だからだろ」

 

「そ、そんな事より、僕達ぬ~べ~先生のいう事聞かなくていいのかな?」

 

「いいのいいの!まことはビビり過ぎだよ」

 

「そうそう、変な騒動のせいで、俺達の大事な夏休みの時間が潰されちゃ、堪ったもんじゃねぇよ」

 

「そうよ!」

 

「早く中に入って、探検しようぜ!」

 

「しようしよう!」

 

 

広を先頭に、郷子達は森の中へと入っていった。

 

 

 

 

「本当にあるの?ここに」

 

 

森の中で、祠を捜す麗華……

 

木陰に座りながら、傍で一緒に座る焔にほざいた。

 

 

「探して二時間……

 

暑さのせいで、頭がボーっとする」

 

「もっと奥にあるんじゃないのか?」

 

「フゥ……

 

もうひと頑張りか……?」

 

 

聞こえてくる声……その声に、手で扇いでいた帽子を頭に被り、麗華は立ち上がった。

 

 

「あれ?

 

麗華じゃねぇか!」

 

 

獣道から姿を現したのは、広達だった。彼等の登場に驚いていると、別の獣道からは大輔達が姿を現した。

 

 

「あれ?広君達」

 

「な、七海ちゃん!」

 

「大輔君、遙君?!」

 

「何でアンタ達が、ここにいんのよ」

 

「いやぁ、暇で暇でさぁ!」

 

「ぬ~べ~は、町の事件の方に行ってるし…俺等無人島ってのちょっくら、探検しに行きたかったからな」

 

「そうそう!

 

この島着て、森の中に入ったは良いけど、どこから行けばいいのか分からなくなちゃって」

 

「知らないよ、そんなこと。

 

 

で、星崎達は何で?」

 

「そ、それは……」

 

「九条の奴が、ここに来いって」

 

「あのバカ……どうせ、また私をいじめる気なんでしょ。

 

悪いけど、こっちは今仕事中だから、九条のいじめには付き合ってられないんで」

 

「仕事中?何、小学五年生が大人みてぇな事言ってんだよ!麗華」

 

「あのねぇ!

 

こっちは、元々仕事でこの島に来てんだ!でなきゃ、こんな島来たりしない!」

 

「麗華、そういう事言うなよぉ!

 

七海ちゃん達だって、凄く反省してんだぜ?なぁ」

 

「二人が反省したって、島の大人達が反省しなきゃ、何も変わらない。

 

今起きてる事件だって、大人達から見りゃ私や兄貴、お前達が来たせいで起こってるって思ってるんだから」

 

「おいおい!事件は、俺達が来る前から起きてんだろ?!それで何で、俺達のせいなんだよ!」

 

「大人の都合って奴だ。

 

いつもそうさ。自分達の悪い状況になると、必ず誰かのせいにして……しかも余所から来た人のせいに…」

 

 

そっぽを向きながら、大輔はそう言った。

 

 

「星崎の言う通り。私だってこの島に居た頃、ここで起こる事件は、全部私のせいにされてたからね……

 

そんで、今ではまるで手の平を返したかのようにして、私達二人に助けを求めてさ。情けない大人達」

 

「ちょっと麗華!いくらなんでも、言い過ぎよ!」

 

「お前らしくないぞ!麗華!」

 

「そうなのだ!」

 

「どうしちゃったの?!この島着てから、何かおかしいよ?」

 

「どうもしない。

 

とにかく、お前達は帰れ。多分今日一日は、外から出るなって町長から言われる」

 

「麗華はどうすんだよ?」

 

「引き続き、祠の捜索」

 

「祠?何の?」

 

「そう言えば、以前祖母から聞いた事あります。

 

 

この島は昔、一匹の妖怪から襲われていたと。襲われている日々が続いたある日、天から一匹の黒い馬が舞い降

り、島にある『風』の力『雷』の力を使い、その妖怪に戦いを挑みました。

しかし力が足りず、負けそうになった時、島にいた巫女の血を引いた者が神の力を借りて、馬に鬼の角を生やしその妖怪を共に、封じたと」

 

「それ、本当?」

 

「はい。祖母から聞いたので、恐らく」

 

「……」

 

 

考え込む麗華……

 

遙が話した巫女の血を引いた者……その人物は、彼女の脳裏に一人しか思い浮かばなかった。

 

 

(まさか……けど、能力はないって)

 

 

「随分と、楽しいそうな話をしてるじゃない?」

 

 

その声に、麗華は後ろを振り返った。そこには茂みを掻き分け自分達に歩み寄ってくる、久留美の姿だった。

 

 

「七海、遅いじゃない。

 

四人を連れて、ここに来いって言ってから、もう何分経ってると思ってるの?」

 

「そ、それは……」

 

「まぁいいわ。ターゲットの神崎さんがここに、いるんだから良しとするわ」

 

 

久留美は麗華に近付くと、後ろに隠していた手をスウッと何かを出した。その何かを麗華はすぐに手で払い避け彼女から少し離れた。払い避けられた何かは、二人の間の地面に突き刺さった……それは、包丁だった。

 

 

「久留美!!いくらなんでも、やり過ぎよ!!それ!!」

 

「うるさいわね!!

 

余所者が出て行かないなら、ここで殺しちゃえばいいのよ!特に、あの女と同じ血を引くアンタにはね!」

 

「?!」

 

「く、九条さん?」

 

「何言ってるの?」

 

「あの女よ……

 

あの女さえいなければ、私は『俺は』……」

 

 

久留美から聞こえる別の声……その声に、焔は反応し攻撃体制に入り麗華の傍へと寄った。彼女を心配した七海は、近寄り肩を揺すった。

 

 

「久留美?!どうしたの?!」

 

「飯塚、九条から離れろ!」

 

「え?!」

 

「あの女さえいなければ……俺は!!」

 

 

久留美の体全体に、黒いオーラが纏い彼女の身体から、蛇の体に長い爪を持った手を生やした男の様な妖怪が姿を現した。久留美は力なくその場に倒れ、男は抜けたと同時に雄叫びを上げ、麗華達を睨んだ。

 

 

「まさか、貴様がまたこの地へ帰ってくるとはな!!」

 

「妖怪?

 

まさか、久留美に」

 

「道理で……道理で、九条が変わった訳だ」

 

「変わった……!」

 

 

思い出す、久留美と過ごした日々……小さい頃から一緒だった七海達は、すぐに分かった。久留美は言い方はきつく、気の強い女の子ではあったが、決して誰かを傷つけるようなことをしなかったこと……

だが、それはある日……突然と変わった。まるで何かに憑りつかれたかのようにして。

 

 

「久留美に……妖怪……」

 

「ま…まさか、今までの事って全部……この妖怪が?」

 

「私を追い出したいが為に、久留美の体を借りたってか……」

 

 

そう言いながら、麗華はポーチから一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で彼女は持っている紙に触れた。

 

紙から出てきた薙刀を手に掴み、そして構えた。

 

 

「何だぁ?貴様、この俺と戦おうとでもいうのか?」

 

「その通り。

 

どうせ、今起きてる神隠しは、全部アンタの仕業なんでしょ?」

 

「あぁ、ガキ共か。あれは俺の完全復活のために贄だ」

 

「贄?贄ってなんだ?」

 

「生贄のこと。

 

つまり、この場にいる全員、こいつの餌だ!」

 

「嘘ぉ!!」

 

「ど、どど、どうするのだぁ!!」

 

「騒ぐな!!うるさい!!」

 

「麗、どうする?」

 

「無論こいつの相手だ」

 

 

そう言いながら、ポーチからもう一枚の紙を取り出し投げた。紙は煙を放ち中から人の姿をした氷鸞が姿を現した。

 

 

「氷鸞、アンタは立野達を連れて、兄貴達の所へ。私は焔と共に、こいつの相手をする」

 

「しかし、この妖気は」

 

「いいから行け」

 

「承知。

 

 

行きますよ、皆さん」

 

「行きますって…」

 

「麗華は?麗華は、どうするの?!」

 

「私がこいつの相手をする!

 

だから、お前等は兄貴達の所に行って、この事を伝えろ!」

 

「わ、分かった!」

 

「星崎、飯塚、渡部」

 

「?」

 

「この事、町長達には言うんじゃねぇぞ」

 

「え?」

 

「な、なぜです?!」

 

「言った所で、状況が変わるとでもいうのか?!

 

私は、散々あいつ等に忠告した。けどあいつ等は、それを尽くいつも破った。信じようともしなかった……」

 

「……」

 

「何も変わりやしない。

 

だから、あいつ等にはいう必要はない。後で兄貴と私で話す」

 

「……でも」

「分かった」

 

「?!」

 

「ほ、星崎君!?」

 

「神崎の言う通りだ。

 

お前等、行くぞ」

 

「……」

 

 

倒れている久留美を背負い、大輔は先を走っていく広達の後に着いた。互いの顔を見合わせた七海と遙は、麗華を心配しながらチラチラと、後ろを振り返りながらみんなの後を追いかけて行った。

 

 

「さぁて、これでようやく邪魔者はいなくなった」

 

「貴様と戦うのも悪くない。いいだろう、相手してやろう」

 

「そりゃあ、どうも」

 

「さぁ、来い!」




森を抜けた広達……


「え?!」

「な、何だ?!」

「ど…どうなってるの」

「嘘だろ……」


行きは雲一つない晴れ空だったのに、森から出てきた外は、雨雲に覆われ強い風が吹きだしていた。


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昔からの忠告

巨鳥へと姿を変えた氷鸞に乗り、宿の前にある海辺に降り立つ広達……


氷鸞から降りると、そこへぬ~べ~と龍二が通りかかった。


「コラぁ!!お前等!!」
「説教してる場合じゃないわよ!!ぬ~べ~!!」

「どうしたんだ?氷鸞何かに乗って」

「大変なんだよ!!


久留美の奴から、妖怪が現れたんだ!!」

「その妖怪と神崎さんが、戦っているんです!!」

「?!」

「渚!!」

「分かっている!!」

「氷鸞、案内しろ!

鵺野は、町長達の所へ行ってろ!麗華を連れて、俺もすぐに行く!」

「無茶はするなよ!龍二!」


渚に飛び乗り、氷鸞と共に空を飛んで行った龍二に叫びながらぬ~べ~は三人を見送った。

見送ると、ぬ~べ~は大輔が背負っている久留美を受け取り、広達を連れ急いで町長の家へと向かった。


“ドン”

 

 

「がはっ!」

 

 

木に身体を叩き付けられた麗華は、蹲り痛みを堪えた。傍では傷だらけになった焔は体に出来ている傷の箇所を押えながら彼女の元へと駆け寄ってきた。

 

 

(どうしよう……敵わない……)

 

 

薙刀を松葉杖代わりに使いながら、立ち上がり荒い息を整えた。目の前にいる敵は、恐らくまだ半分も力を出し切ってはいない……

 

 

「どうした?もう終わりか?」

 

「……んなわけ…ないでしょ……」

 

 

薙刀を握り締め、敵目掛けて振り下ろした。敵は片手の爪でその攻撃を受け止め、もう片方の爪で麗華の腹を斬った。力を緩め、腹を抱えて膝を着いた彼女の隙を狙い、敵は薙刀を受け止めていた手で投げ飛ばした。

 

飛ばされた麗華を、焔は先回りし彼女を受け止めた。

 

 

「麗、大丈夫か!?」

 

「な、何とか…悪い、焔」

 

「礼には及ばねぇ」

 

「やはり弱者か」

 

「?!」

 

「大口叩いといて、結局妖怪の手を借りないと、何もできないわけか……

 

哀れな女だな、貴様は」

 

「うるさい!!

 

妖怪の手を借りずとも、こっちは式神はいなくとも自分一人で戦えるよう、厳しいあの地獄のような修行をやり抜いたんだよ!!」

 

 

ポーチから一枚の紙を取り出した。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

 

その言葉に反応するかのように、紙が青く輝きだした。輝きだしたと同時に持っている紙から、水が溢れ出てきた。

 

 

「いでよ!海神!」

 

 

水は麗華の手を覆うと、槍のような形へとなりその槍を麗華は敵に向かって突いた。敵の体を貫いた水の槍は、一瞬に消え弾いた水に驚き、後ろへと下がり即座に薙刀を構えた。

 

 

「己ぇ!!

 

何をしやがった?!!」

 

「陰陽師を甘く見るな!

 

例え式神が使えなくとも、こっちにはこの地に司る神々の力を借りて、勝負することができる!」

 

「クソ!!ナメた真似をしやがって!!」

 

 

怒りに満ちた目で麗華を睨む敵……だが彼女は先程使った技の影響か、息が荒くなり地面に膝を着いた。

 

 

「麗!」

 

「目眩がしただけ(やっぱり使うと、体にくる……)」

 

 

『お前は体が弱い……

 

技を使えば、体にくる……使う時は、十分注意しろ』

 

 

思い出す男の言葉……息を切らし、薙刀を強く握りしめながら、敵を睨んだ。

 

 

(ったく、何でこんな弱い体で生まれたんでしょうかね……)

 

「どうやら、一回が限界のようだな?それじゃ、こちらも攻撃させてもらおう」

 

「?!」

 

 

敵が攻撃の構えをした時だった……

 

 

「水術!水鉄砲!」

 

 

空から水鉄砲が敵目掛けて放たれてきた。敵はその攻撃を避け、後ろへと下がり空を見上げた。すると麗華達の傍に何者かが通り過ぎた。

敵はハッと何かを察したのか彼等の方に目を向けた。だがそこには二人の姿はなく、空から攻撃したと思われる影が、いつの間にか消えていた。

 

 

(逃げたか……まぁいい。

 

こっちにはまだ、やらなくてはならないことがあるのだからな……)

 

 

 

 

町長の家に着いた龍二は、麗華を担いで中へと入った。別室で丙の治療を受けている最中、龍二は広達と町の大人達が集まっている大広間へと入った。

 

 

「龍二君、一体この島で何が起きてるんだ?!!」

 

「……さぁな。

 

アンタ達に、どう説明していいかなんて分からねぇからな」

 

「っ……」

 

「大輔…だっけ?」

 

「あぁ……そうだけど」

 

「久留美っていう女は?」

 

「今、隣の部屋で寝てる。全然意識が戻らねぇんだ」

 

「そうか……」

 

「龍二」

 

 

立ち上がったぬ~べ~は、顔で合図を送り部屋の隅へと行き、龍二に小さい声で話し出した。

 

 

「さっき、七海達から話を聞いたんだが……

 

どういう事だ?さっきの事をあの人達に話さないっていうのは!」

 

「今回島で起きてることは、この島にいる奴等に原因がある」

 

「?!」

 

 

「龍二君」

 

 

後ろから聞こえた町長の声に、龍二は振り返り彼等を見た。町長は正座をし頭を下げ話した。

 

 

「頼む。この島で起きていることを、説明してくれ。

 

儂等は全てを、受け入れるつもりだ。

 

「……」

 

「頼む!」

 

「……」

 

「龍二、説明した方が」

「しても無駄」

 

 

別室から、丙の治療を受け終わり、体の所々に包帯を巻いた麗華は半袖の上着に腕を通しながらそう言った。

 

 

「麗華……」

 

「私は何回も忠告した。この島にいた時、霊力の強い妖怪達はいつかアンタ達を襲う……

 

だから、小島やこの島にある森、その他のあらゆる場所に入るなと言った。でもアンタ達はその忠告を聞こうともせず、その中に入っては怪我を負い、その起きた事々を全て私のせいにした」

 

「っ……」

 

「忠告を聞かなかった結果が、今だ……」

 

「だから、今お前達に助けを求めてるんじゃないのか?!」

 

「だから?だからって何?!!

 

私達は、こいつ等の道具じゃない!!

 

 

散々私を、化け物扱いして……島で起きる奇妙な事件は、いつも私のせいにされて……それが何。

 

まるで手の平を返したかのようにして、私達に頼って!!私がいなくなってからも、結局私の忠告を聞かずに、森や小島に行った。入る度に怪我を負い、挙句の果てには子供が神隠しにあって、自分達じゃどうしようもできなくなってしまった……だから私達を呼んだ。自分達が化け物と呼んでた私を!!」

 

「……い……いくら子供でも、言い過ぎだ!!」

 

「言い過ぎ?何がだ!!

 

この島にいる間、私はアンタ達に怪我を負わせないために、自分の身体を犠牲にしてまで守っていたつもりだ!!アンタ達の行いに怒り狂う妖怪達に、その怒りを私の身体にぶつけさせ、アンタ達に危害を加えさせない様にしていた!!

 

それなのに、アンタ達はいつもいつも……」

 

 

言葉を切る麗華……下を向き誰とも目を合わせようとせず、外へと出て行った。その後をシガンは心配そうな鳴き声を上げながら追いかけて行った。

 

 

「……言われて当然だな」

 

「大輔…」

 

「だってそうだろ?

 

俺達は、たかがあいつが余所から来た者で余所者扱い、そして霊感があるっていう理由だけで、化け物扱い……

 

 

一人でいるだけで、悪者扱いされて……あの時の事件だって、結局神崎じゃなくて、俺達がイケなかったんだろ?

 

俺達男子が大怪我を負い、担任だった鈴村はその怪我が原因で、現場復帰が出来なくなって、学校を辞め教師を辞め、今じゃ精神科の病院で入院……

 

もし、あの時神崎をしっかり受け入れてさえいれば、今の状況を神崎は一刻も早く解決しようと思ったはずだ」

 

「大輔の言い分も、一理あるな」

 

「龍二」

 

「子供は全員、別室に移動しろ。こっからは、大人の話をする。」

 

「え~!!」

 

「俺達もその話、聞きてぇよぉ!」

 

「一応は関わってるんだぜ!俺達」

 

「子供が首を突っ込むな!

 

さっさと、別室へ行け!」

 

「は~い」

 

 

納得のいかないような声を出しながら、広達は部屋を出て行き別室へと行った。別室へ行く際、大輔はふと足を止め広達が目を離した隙を狙い、踵を返し外へ出て行った。

 

外へ出ると、湿った風が吹き荒れていた。海沿いの土手に座り、隣で座る馬の姿をしている雷光の頭を撫でながら、海を眺めている麗華がいた。大輔は彼女の元へ駆け寄った。

 

 

「きつかったかな……言い方」

 

「全然……

 

あれくらい、当然だと思うぜ」

 

「……ならいいけど。

 

 

何回も忠告して、聞かなかったのが今の結果だ。

 

ま、私には関係ないけどね」

 

「……何か、随分と変わったな。お前」

 

「え?」

 

「昔はあんな風に怒鳴ったり、怒ったこと一度もなかったじゃねぇか。

 

どんなこと言われたって、いつも人の事睨んで何も言わずに立ち去る……」

 

「……環境が変われば誰だって変るさ」

 

「それもそうだな」

 

 

湿った風が二人の髪を靡かせ、二人は灰色に染まっている海を眺めた。

 

 

そんな二人の様子を、広達は茂みから覗き眺めながら、小さい声で話していた。

 

 

「何々?!二人って、郷子と広みたいな関係なの?!」

 

「美樹!!」

 

「大輔の奴、また面倒な女を好きになったものだなぁ」

 

「克也!アンタね!」

 

「冗談!冗談だって!!」

 

「全くもう」

 

「星崎君のあんな姿、初めて見た」

 

「え?そうなの?」

 

「うん……

 

大輔君、あんまり私達と話したことなかったから……なんていうか、壁作ってるって感じだったし」

 

「壁ねぇ」

 

「何か、転校したての麗華みたい」

 

「美樹!」

 

 

もう一度二人を見る遙……その時、海の向こうから何か黒い影が走ってくるのが見えた。遙は立ち上がり、その黒い影を見つめた。

 

近づいて来る黒い影は、二人の間を通り過ぎ自分の元へと寄ってくるのが理解した遙は、恐怖に見舞われ震え出した。それ気付いた七海は、怯え震える遙を心配して呼び掛けた。

 

 

「どうしたの?遙」

 

「あ……あれ……」

 

「あれ?」

 

「黒い影……黒い影が!!こっちに……!!う、うわぁあ!!」

 

 

突然叫びだした遙は、後ろを振り返り走り出した。遙の叫び声に気付いた麗華と大輔は後ろを振り返り、走り去って行く遙の背中を見た。

 

 

「……?!麗殿!!某に乗ってください!!」

 

「え?……!!

 

あの影!!」

 

「まだ狙うっていうのか?!」

 

「星崎は、皆を家の中に!

 

私は渡部を追う!」

 

「いつからテメェの部下になったんだよ!」

 

「誰も部下なんて言ってないでしょ。

 

アンタは私にとって、初めて出来た人間の仲間だ」

 

「……」

 

 

雷光に乗りながら、麗華は大輔にそう言った。走り去って行く彼女を見ながら、彼は腰に手を当てながらため息を吐いた。

 

 

(そこ……『仲間』じゃなくて、『友達』だろうが……)




森の中を走る遙……息を切らし走りながら、後ろを振り返るとあの黒い影は未だに自分を追いかけて来ていた。
走っていると、土から盛り上がっていた木の根に足を躓かせ、地面に転んでしまった。ハッと体を起こし、後ろを振り返ると、黒い影は徐々にあの小島で観た蛇の妖怪の姿へと変わり、自分に近寄ってきた。


「こ…来ないでください!!」

「……」

「(誰か…助けて!!

か、神崎さん…助けて……神崎さん……)


神崎さん!!!助けてぇ!!」


「雷術雷球砲!」


雷の弾が妖怪の背後から飛んできて、妖怪の体に激突した。妖怪は背中から煙を上げその場に膝を着き後ろを振り返った。


「か…神崎さん!!」


雷光に乗る麗華は、膝を着いている妖怪を跳び越し、尻をついている遙を雷光に乗せた。雷光の体を軽く蹴り、それを合図に雷光は妖怪を飛び越え走って行った。背を向けた麗華に、妖怪は懐から小さい針を数本取り出し、雨のように投げ飛ばした。

針に気付いた麗華は、前に座る遙を守るようにして体で覆い彼を庇った。


「ぐっ!!」

「か、神崎さん!?」
「麗殿!?」

「私に構わず、走れ!!」


麗華の言葉に、雷光は素直に従いそのまま走り続けた。


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記憶と謝罪

降り出す雨……

その様子を、大輔は窓越しから眺めていた。麗華に言われた通りに、広達を町長の家の中へと入れた。大広間ではぬ~べ~が、今後どうするかを町長達と話し合っていた。別室にいる広達は、浮かない表情をして座っており、七海は隣の部屋で寝ている久留美の傍に座り、窓の外を眺めていた。


玄関で腰を下ろし、麗華の帰りを待つ龍二……すると雨の音に紛れ馬の蹄の音が聞こえてきた。

その音に気付いた焔は一目散に外へと飛び出し、音の方に目を向けた。焔の前で、雷光は足を止め彼らの方に顔を向けた。

 

 

「早く麗殿を!!」

 

「麗?……!!

 

麗!!」

 

 

放心状態になっているのか、何も反応しない遙に寄りかかるようにして倒れる麗華……背中には無数の針が突き刺さっており傷口は紫色に変色しており、それが原因か彼女の顔色は青白くなっていた。

 

 

「麗華!!」

 

 

焔に抱かれ下ろされる麗華を、龍二は駆け寄り彼から彼女を受け取ると、すぐに家の中へと駆け込んだ。放心状態になっている遙を渚は雷光から下ろし、龍二と共に家の中へと入った。雷光は首を振り顔に着いた水を飛ばし、ふと離島を眺めた。

 

 

 

 

麗華を抱えた龍二は、もう一室の別室へと駆け込み、抱えている彼女をうつ伏せで寝かせた。傷口を見ながら丙を出した。丙は麗華の様子を見て驚き、背中に刺さっている針を手で翳し調べた。

 

 

「これは、毒だ」

 

「毒?」

 

「かなり強力な毒だ。

 

すぐに解毒しないと、死ぬぞ」

 

「だったら、頼む!丙!」

 

「言われずとも!

 

少し、手荒な真似になるがな」

 

 

そう言うと丙は、羽織を脱ぎ懐から襷を取り出し、着ている着物の袖を上げ、麗華の服を破り自信の手に不思議な光を放たせ背中に翳した。光は麗華の背中全体に広がり、丙は背中に刺さっている針全てを抜いた。

 

 

「毒針は抜いた。

 

龍、ここから手荒になる。麗を抑えてくれ」

 

「わ、分かった」

 

 

丙は背中から手を放し、麗華に跨った。龍二は麗華の前に行き肩を抑え、丙に合図を送った。

彼の合図を見た丙は、手に青い光を放たせ懐から寸鉄を取り出し、青く光る手を背中に出来ている傷口に翳しながら、寸鉄で背中を斬った。背中に激痛が走った麗華は、起き上がろうと暴れ出した。

 

 

「麗華!少し辛抱しろ!

 

丙、続けろ」

 

「言われずとも」

 

 

斬った傷口に、手を翳すと青い光に反応してか傷口から紫色の液体が出てきた。

 

 

「かなりの毒の量だ。

 

まだあるぞ」

 

「殺す気だったのか?」

 

「いや……恐らく、動けなくさせるつもりだったのだろ……」

 

「じゃあ、次のターゲットはまさか」

 

「可能性は高い」

 

「……」

 

 

 

 

数時間後……

 

 

毒抜きが終わった丙は、傷が出来た背中を直し麗華の体に包帯を巻き、敷かれていた布団に寝かせた。寝かされた彼女に寄り添う様にして、焔は狼の姿へとなり隣に寝そべった。

 

 

「しばらくは起きないだろ」

 

「そうか……ありがとな、丙」

 

 

丙に礼を言うと、龍二は彼女を戻し広達がいる部屋へと行った。

部屋の襖を開けると、意識が戻ったのか七海の隣で座る久留美と、ようやく我に戻った遙が怯えた様子で膝を抱え体を震えさせていた。

 

 

「気が付いたのか、お前等」

 

「はい」

 

「龍二さん、麗華は?」

 

「奥で寝てる。

 

しばらくは起きない」

 

「そう…ですか」

 

「心配する事ねぇよ。

 

 

それより、久留美、遙……起きて早々済まないが、お前等二人に聞きたい事がある」

 

 

龍二の言葉に、久留美は七海に不安気な表情を浮かべながら彼女を見た。遙は体をビクらせ、頭を抱えながら泣き出していた。

 

 

「そんな怯えなくとも、俺は何も暴力振るう訳じゃねぇし」

 

「龍二さん、怖ぇもんな~」

 

「そうそう!麗華が喘息で倒れた時も、頭に血が上ってぬ~べ~の胸倉を掴み上げたこともあったわよね~」

 

「あった!あった!」

 

「そのペラペラ動くお喋り口、この手で今すぐにでも閉じるか?」

 

「い…いえ」

 

「え、遠慮しときます」

 

「なら、黙ってろ!

 

 

さてと、本題に移させてもらう。別に二人を責めるわけじゃないから、質問に答えてもらうよ。

 

まずは久留美ちゃん……俺の妹・麗華をいじめてたって事実を、七海ちゃんから聞いてると思うけど、お前自身どうなんだ」

 

「……」

 

「久留美…」

 

「……私……覚えてないんです」

 

「……」

 

「小一の時、麗華と小島に探検しに行った後の記憶があやふやで……麗華をいじめてたって七海から聞いて……でも、私…自分が本当にやったのかどうか……何もも……何も……」

 

 

泣き出す久留美……そんな彼女の背中を七海は擦った。

 

 

「やっぱり、妖怪が久留美ちゃんの体を乗っ取っていたのか」

 

「乗り移ってる時の記憶ってないのか?」

 

「だいたいな。あっても自身の意識でやってるわけじゃないから、そん時の記憶は曖昧。

 

恐らく、麗華をいじめている記憶はないけど、その他の記憶は多少残ってるって所だろ……

 

さて、お次は」

 

 

怯えている遙に龍二は目を向き、彼に近寄り肩に手を乗せた。

 

 

「怯える事ない。何もしない」

 

「……ぼ…僕」

 

「話してくれねぇか?麗華が、あんな状態になったことを」

 

「お……追いかけてきた妖怪から……僕を……僕を救ってくれて……馬に乗せて……に…逃げてたんだ……

 

そ…そしたら……妖怪が……妖怪が……攻撃してきて……その攻撃を……神崎さんが受けて……

 

 

あ……あの攻撃は、本当は僕が受けるはずだったんだ!!僕が受けて、あの妖怪にさらわれるはずだったんだ!!なのに、僕を庇ったせいで僕じゃなくて、神崎さんに順番が!!」

「分かったから、落ち着け!」

 

 

大声を上げる遙に、慌てて大輔は肩を両肩を掴み揺らした。遙は息を切らして、涙でくしゃくしゃになった顔で大輔を見上げると、また泣き出し彼にしがみ付いた。

 

 

「手口は丙が言った通りか……」

 

「龍二さん、これからどうするんです?」

 

「そうだなぁ……

 

アホ教師と町長達と相談して、思い付いたんだけど……お前等に、このミサンガを着けて貰う」

 

 

赤と白の糸で紡られた九個のミサンガを、龍二は彼等に渡した。

 

 

「七海ちゃん達はともかく、何で俺等まで?」

 

「そうなのだ!僕達は、ただ遊びに来てるだけなのだ!」

 

「お前等も、狙われてる可能背は高い。一応着けとけって意味だ」

 

「ただ遊びに来てるだけなのに?」

 

「何で着けなきゃいけないのよ?」

 

「そんなこと説明できっかよ。いいから着けとけ」

 

 

皆が着けだすと同時に、襖が開きぬ~べ~が部屋へと入ってきた。彼に気付いた龍二は後ろを振り向いた。

 

 

「どうかしたか?アホ教師」

 

「お前な、その『アホ教師』っていう名前で呼ぶのやめい!俺の名前は鵺野鳴介、通称ぬ~べ~!」

 

「今頃そんな説明してどうすんだよ……アホだからアホって言ってるだけだ」

 

「お前なぁ!」

 

「固ぇ事言うなよ」

 

 

「うるさいなぁ……静かにできないの?」

 

 

目が覚めたのか、目を擦りながら麗華が龍二達がいる部屋の襖を開けた。彼女を見た途端、その場にいた男達は皆、鼻血を出し女達は皆顔を真っ赤にした。

 

 

「麗!服!」

 

 

後から慌てて出てきた焔に言われ、麗華は自身の体に目を向けた。手に持っていた掛布団で大事な箇所は隠されていたものの、その他の丸見えになっており、それに気付いた麗華は鼻血を出し今でも自身の体を見ている広達に蹴りを食らわせた。

蹴られた他の彼等を見た大輔と遙は、顔を真っ赤にしながらも手で目を覆い隠していたため、何とか彼女の蹴りを食らわずに済んだ。

 

 

数分後…宿から浴衣を借り、それに身を包んだ麗華は、その場に座った。彼女を中心に円になって座る広達の顔は赤く腫れ、鼻血を出したであろう鼻にはティッシュが詰められていた。

 

 

「すぐに蹴り入れる奴があるかよ……」

 

「アンタ等男共が、厭らしい目で見てたからでしょ」

 

「まぁ…そうだけど」

 

「けど、意外に麗華の体良かったよな?」

 

「あぁ!それ、俺もそう思った!」

 

「また殴られたいか!?」

 

「も、もういいです……」

 

「麗華、大丈夫なのか?体の方は。

 

丙が言うには、二日は体の痺れが取れないって言ってたぜ?」

 

「痺れは多少あるけど、普通に動かせるし大丈夫だ。

 

それより、今後どうすんだ?」

 

「一応、こいつ等全員にはミサンガを着けさせた」

 

「それなら何とかなるか」

 

「お前に攻撃した妖怪、もしかして次に狙うのは」

 

「私じゃなく、渡部だ」

 

「?!」

 

「私を痺れさせたのは、動けなくするため。

 

あの蛇と戦ってる最中、アイツから聞いたんだ……さらう前にターゲットとした獲物の体のどこかに印を付ける。それを目印にしその晩に獲物を取りに行く。獲物には催眠術をかけ連れて行く……これが、奴の手段だ」

 

「そんな事、よく話してくれたな」

 

「べらべらべらべら……よくもまぁ、お喋りインコみたいによく喋るわ喋るわ」

 

「お喋りインコとは何よ!お喋りインコとは!!」

 

「それからもう一つ……

 

渡部の次は、飯塚…その次は、星崎……そして最後に九条」

 

「順番に、何か意味があるのか?」

 

「あるかどうかは分からないけど、いなくなった奴らの順番を見ていくと……

 

同じなんだよ……私に手を上げた順が」

 

「手を上げた順?」

 

「要するに、いじめだ。

 

 

最初にやったのは、上野。その次は新川、佐藤、橘、中野、渡部、飯塚……そして、九条」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!

 

七海ちゃんや遙は、何もやってないって」

「やってるんです……」

 

「?」

 

「久留美に脅されて……私と遙、麗華の事いじめてたんです」

 

「だから……僕達も…さらわれて……と、当然なんです」

 

「そんな……」

 

「嫌々やってたみたいだったけどね。二人は。

 

 

ま、そんな事今は後回しにして、今夜どうする?」

 

「式神を付けといても、効果はなかった。

 

残るは、俺等が見張りをするってことで」

 

「賛成」

 

「よし、そんじゃ」

「待て待て待てぇ!!」

 

「ンだよ……せっかくまとまりかかってたのに」

 

「いくらお前等兄妹でも危険過ぎだ!

 

特に麗華!お前は、怪我負ってる上にまだ毒の痺れがあるんだろ?お前は寝てろ。俺が変わりに見張りするから」

 

「うわ。何先公面してるの?」

 

「こういう時だけ、先公面すんのやめろよ」

 

「己等ぁ!!」




夕方……


別室で、丙の治療を受ける麗華……すると部屋に、久留美が襖を開け入ってきた。治療が終えた丙は、大広間の方へと行き、部屋に残ったのは麗華と久留美の二人だけだった。

浴衣の袖を上げ袖に腕を通す麗華……


「……怒ってる?」

「何が」

「私が……麗華に酷いことしてきたこと……

あの時、一緒に小島に行ったでしょ?私が勝手に、あの祠を開けて……そしたら黒い影が……」

「……あれは、私の不注意だ」

「っ……でも!」

「そのせいで、お前の背中に傷を負わせた。

今でもあるんでしょ?爪の痕……


九条のいじめは受けて当然だ……」

「……




ゴメン」


小さいが涙声で、確かにそう聞こえた……声に反応し麗華は、浴衣の帯を締め後ろを振り向きながら立ち上がった。


「ごめんなさい……ごめんなさい…ひっ……ごめん…なさい」

「……」

「例え……妖怪にとり憑かれてたとしても……私がいじめたのに変わりはないわ……

だから……だから」


涙でくしゃくしゃになった顔を手で覆いながら、久留美は謝り続け座り込んだ。そんな彼女の姿を見た麗華は、ゆっくりと久留美に近寄り彼女の肩に手を置きながらしゃがんだ。


「謝ったからって、過去が消えるわけじゃない……」

「……」

「けど……


謝ってくれて、ありがとう……心の重荷が少し、軽くなった」


麗華は優しい声で、久留美に言った。久留美は覆っていた手を取り、顔を上げ彼女を見た。

昔、怪我した動物に見せていた表情……まるで生まれた赤ちゃんを抱いている母親の様な表情……そんな優しげな表情を見せていた麗華の顔を見た久留美は、また手で顔を覆い隠し大泣きした。


大泣きする彼女の背中を麗華は擦りながら泣き止むのを静かに待った。


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現れた救世主

陽が沈み、虫の鳴き声が鳴り響く夜……

 

 

自身の部屋に置かれているベッドに潜り込み怖がる遙……家の周りには空に氷鸞、玄関、裏口、窓等に焔と渚、中には武器を手に持ち構える龍二と麗華、二人に就く丙と雛菊……鬼の手を隠している手袋をいつでも外せるよう構えるぬ~べ~……

 

 

「麗華、お前本当に大丈夫なのか?」

 

「うるさい先公だな……動ける分大丈夫だ」

 

「ならいいが……」

 

「それはそうと……あいつ等、ここに連れて来てないでしょうね?」

 

「当然だ!今頃、宿の部屋でぐっすりだ」

 

「それが、嘘でないことを願う」

 

「何だ!その言い愚さは?!」

 

「静かにしろ!!バレたらどうすんだ!!」

 

 

龍二の怒鳴られたぬ~べ~は、身を縮込ませ大人しくした。

 

すると、麗華の肩に乗っていたシガンが、毛を逆立て威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入った。

 

 

「兄貴」

 

「来たみてぇだな……

 

アホ先公」

 

「分かっている」

 

「丙と雛菊はここで待機。

 

何があっても、上にいる遙君を守れ。いいな」

 

「承知」

「承知」

 

 

二人の返事を聞くと、三人は外へと出た。外では焔と渚が狼の姿になり、威嚇の声を上げながら暗くなっている辺りを見回した。

 

外は夏だというのに、異様な寒さに見舞われていた。その寒さに麗華は浴衣の袖を上げ、露わにしていた二の腕を擦りながら、辺りの見回し警戒した。

 

 

「ほぉ……

 

あの小僧を、渡さないつもりだな?」

 

 

その声に、一同は顔を向けた。そこに立つ蛇の目をした人型の妖怪……膝まで伸ばした鋭い爪を上げ構えニヤついた。ぬ~べ~はすぐに鬼の手を現し、赤くなった目で妖怪を睨んだ。

 

 

「何だ?その眼は。まぁいい……どうせ、この島の奴等を全員、俺の贄になってもらうのだからな」

 

「もう一度聞く……

 

いったい、何の目的でこの島の奴等を殺すんだ」

 

「この俺の霊力を戻し、あの忌まわしい巫女を殺すためだ!

 

アイツがいなければ、この島は俺の物になっていた!」

 

「巫女……(やっぱり……)」

 

「だが、今じゃその巫女はいない!ならば今だと思い、あの小娘の中へと入り、霊力の高いお前をこの島から追い出した!そして、いなくなり長い年月を掛け今に至るわけだ」

 

「だったら、その長年かけたテメェの計画!」

 

「ここで潰させてもらうよ!」

 

「出来るもんなら、やってみろ……」

 

 

一瞬で姿を消した妖怪……三人は耳を澄ませ、辺りに警戒しながら敵を捜した。その時シガンが後ろを見ながら鳴き声を上げた。

その声に二人は同時に振り返り、振り下ろしてきた爪を防いだ。敵は口を大きく開け、舌を鋭くし麗華の肩に乗っていたシガンを攻撃した。シガンは攻撃を食らい、麗華の肩から落ち地面に倒れた。

 

 

「シガン!!」

 

「邪魔な溝鼠だ。溝鼠のくせして、かなり強力な霊力を持っていやがる……」

 

「生憎、こいつは普通の鼠とは違う!!それから、鼠じゃなくフェレットつう動物だ!!」

 

 

爪を払い倒し、麗華は敵の腹に膝蹴りを食らわせた。敵はもろに受けた攻撃に一瞬怯み、二人から離れた。離れたのを狙いぬ~べ~は、鬼の手を敵の開いた背中目掛けて振り下ろし攻撃した。敵の背中には傷を付けられ、敵は悲痛な声を上げながら、後ろを振り返り口から液体を吐き出しぬ~べ~にかけた。

 

 

「わぁあ!!」

 

 

かけられた液体は、ぬ~べ~の目に架かり彼は目を押えながらその場に膝を着いた。

 

 

「鵺野!!」

 

「麗華は鵺野に就いてろ!」

 

 

龍二は彼女に命を出しながら二人を守るようにして、武器を構え立った。口周りに着いた液体を拭き取りながら敵は彼らを見た。

 

 

「どうだ?俺の特性の毒は?」

 

「テメェ!!」

 

 

敵は姿を変え、目の前にいる龍二を一瞬で丸呑みした。その光景を目のあたりにした麗華は、目を疑いその場に立ち尽くしその光景を見つめた。

 

 

「あ……兄…貴……」

 

「これで一人目……さぁて、残るはお前等か」

 

「貴様!!よくも龍を!!」

 

 

主を食われた渚は、怒りに任せ口から水を吐き出し攻撃した。水は麗華の横を通り過ぎ敵に当たったかと思ったが、敵は攻撃が効いていないのか平然とした顔でその場に立っていた。

 

 

「!?」

 

「き、効いてねぇ」

 

「クックック……この俺はな、水には抵抗があんだよ!」

 

「!!」

 

「クソ!!」

 

 

薙刀を持ち構え、麗華は敵目掛けて薙刀を振り下ろし攻撃した。攻撃は敵の胴に突き刺さり、動けなくなった敵を焔は前脚で敵の頭を押さえ、渚は尾の方を押え動きを封じた。突き刺した薙刀を引き抜き、麗華は敵の腸を切り裂いた。

切り裂かれた腹から、人の手が力なく出てきた。出てきた手を麗華は掴み引っ張り龍二を出した。

 

 

「龍!!」

 

「兄貴と鵺野と一緒に、渚は中で待機!変わりに雛菊を!!」

 

「承知!」

 

 

意識のない龍二と未だに目を開けられないぬ~べ~を抱え、渚は家の中へと入った。渚の方に向いていた麗華は、薙刀を手に掴もうとした時、背中に激痛が走った。後ろを振り返ると、焔を投げ飛ばし爪を構え怒りの顔を浮かべる敵の姿があった。

 

 

「貴様、よくもこの俺の腹を!!」

 

「へへ……ざまぁみろ」

 

「この!!くたばれぇ!!」

 

 

爪を振りかざし、敵は麗華に襲い掛かった。麗華は背中に出来た傷の痛みのせいかその場を動けず、襲ってくる敵を見つめ、死を覚悟した。

 

 

「殺させない!」

 

 

その声と共に、麗華の目の前に何者かが立ち敵の攻撃を受け止めた。彼女はその声に懐かしさを感じ、ゆっくりと立ち上がりその名を口にした。

 

 

「鎌…鬼?」

 

 

自分の目の前に立っているのは、以前とは違う黒いスーツに身を包みその上から黒いマントを羽織り、手には白い手袋を嵌め大鎌を持った鎌鬼の姿があった。

 

 

「チッ!!一体、どれだけの妖怪を手下にしたんだ!!貴様は!」

 

「僕は手下じゃない……

 

罪滅ぼしの為に、僕は麗華を守る」

 

「ほぉ……なら、守り抜いてみろ!!」

 

「麗華!僕が良いと言うまで、目を瞑っていてくれ!!焔もだ!」

 

 

鎌鬼に言われた焔は麗華の傍へと駆け寄り彼女を守るようにして抱き目を瞑り、麗華は焔の体に顔を埋め目を頑なに瞑った。

 

 

「さぁて、本領発揮としましょうか」

 

 

目を赤く光らせると、それに反応したかの様にして大鎌は形を変えた。敵は変化した武器に怯みもせず彼目掛けて爪で攻撃した。だが形を変えた大鎌は攻撃してくる爪をまるで予知でもしていたかのようにして、攻撃を防ぎ切り自身の攻撃を防がれたことに驚いている敵の隙を狙い、大鎌を振り回し攻撃した。

 

敵は鎌の攻撃を、頬に食らいながら後ろへと退き黒い煙を口から放ちながら姿を晦ませた。

 

 

やがて黒い煙は晴れ、すぐに敵がいた方に目を向けるがそこにあるはずの彼の姿は無くなっていた。

 

 

「(逃がしたか……)

 

麗華、焔、もういいよ」

 

 

鎌鬼の声に、焔は目を開けすぐに起き上り後ろを振り返り敵の姿を捜したがどこにもなく、逃げられたのをすぐに確信した。焔が立ち上がると共に、麗華も立ち上がり少し怯えた様子で、傍にいる焔に寄った。焔は寄ってきた彼女を抱き寄せ、鎌鬼の元へと寄った。

 

 

「逃げられたの?」

 

「その通りだよ……」

 

「……

 

それより何で……その姿に?以前とは違うような」

 

「それは僕にもわからない……気が付いたらフェレットの姿からこの姿になっていたんだ……」

 

「もしかしたら、麗に対する思いが強くなって今のお前の姿が出来てるのかもな」

 

「思い?」

 

「誰かに強い思いを寄せてると、生まれ変わった後でもその力を発揮することができるって聞いた事がある。今の姿から以前の姿に変わるって……」

 

「!麗!」

「麗華!」

 

 

背中を抑えるようにして、麗華は体を丸めその場に座り込んだ。鎌鬼は彼女を抱き上げ、焔と共に家の中へと入った。

 

 

その様子を、敵は遙の家の屋根から見下ろしていた。屋根には傷だらけになって、倒れる氷鸞の姿があった。

 

二人が中に入ったのを確認すると、敵は姿を変え物音立てずに遙の部屋へと忍び込んだ。忍び込んだ敵の顔には、不敵な笑みを溢し鋭い牙が揃った白い歯が暗い部屋で不気味に輝いた。




明け方……

下の部屋ではテーブルに肘を着き頭を抱える遙の母と、妻を慰めるようにして背中を擦る遙の父……ソファーには大鎌をしまい、普通の男として迎え入れられた鎌鬼が祈るようにして、目を瞑り両手を握っていた。


別室では、意識のない龍二と背中に傷を負い意識を失った麗華が寝かされ、二人の治療を終えた丙が彼女に掛布団を掛けると、深い息を吐いた。傍で雛菊の治療を受けている焔は、息を吐いた丙に質問した。


「麗の容態は?」

「傷は深いけど、命に別状はない。

龍も目立った傷もない……二人とも、時期に目を覚ます」

「良かったぁ……」


雛菊の治療を終えていた渚は、胸を撫で下ろし安心したかのような声でそう言った。


「二人はいいとして……

全く、使えぬ男だな。お主は」


正座をしそっぽ向くぬ~べ~……彼を見ながら、雛菊たちは飽きれたような口調で文句を言った。


「何が『お前はまだ傷を負っているから、寝てろ。お前の代わりに俺が見張りする』よ」

「代わりの見張りが、二人より先に目を毒でやれてリタイヤ(再起不能)。その後は龍と麗が相手をしてたみたいだが……龍は敵に丸呑みされ、彼を助けようと麗が敵の腸を斬り破り無事龍を救出……だが、その直後敵の攻撃を背中に食らい、動けなくなっていた所になぜだかは分からぬが、鎌鬼が麗と焔を助けた……


けど、結局遙は連れ去られ今の状態……空を見張っていた氷鸞は、自分の情け差に悔んで、一人屋根の上……」

「す…すいません」

「全く……情けない先公だ」

「だから麗と龍に、『アホ教師』だの『バカ教師』だの言われるんだよ」

「焔の言う通りね」

「っ……」


「鬼さんをそんなに攻めなくても、いいんじゃないんですか?」


その声と共に、襖が開き部屋に鎌鬼が入ってきた。ぬ~べ~は彼の姿に驚くと、すぐさま左手に嵌めていた手袋に手を掛け鬼の手を出そうとした。その瞬間を渚はぬ~べ~の頭に、肘鉄を食らわせ阻止した。


「あ、姉者……」

「当然の報い。麗と龍に怪我を負わせた罰だ」

「ハハハ……(迦楼羅の子供って、案外怖いんだね……)」


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島の巫女と桜巫女

遙を連れ帰った敵……


住処にはさらった子供が、ずらりと並び寝かされていた。


(残すは後三人……これで、ようやく俺の力が)


「ここが…お主の住処か」


その声に素早く振り返ると、そこには馬の姿をした雷光が立っていた。


「誰かと思えば、久しぶりだな……鬼驎よ」

「その名は遠の昔に捨てた。

今の名は雷光だ。蟒蛇」

「その名……久しぶりに聞いたな……」

「今すぐ、そこにいる人の子達を解放しろ」

「それは無理だ……

貴様、どうしたんだ?貴様らしくないぞ。


昔は、この島の奴等は俺達を散々コケにした。それがどうだ……お前は巫女に操られ俺を封印しその後は姿を晦ました……

俺が復活した時はどこにいたのかも分からなかったが……いつのまにか、あの女の手下になっていたとはな……」

「……麗殿は某を助けてくれた巫女だ」

「巫女か……

結局、お前は人の味方に就いたか……」

「蟒蛇」

「もういい……

貴様はここで、死んでもらう……この俺の計画には邪魔何でな」

「ならば、その計画を某はここで壊す」


戦いの合図なのか、蟒蛇の住処近くに雷が落ち二人を照らした。二人の目は怒りと共に、どこか悲しげな光を放っていた。


数時間後……

 

目を覚ました龍二と麗華……だが二人は、遙をまんまと連れ去られたことに強いショックを受け、麗華は浅瀬にある岩に腰を下ろし灰色の海を眺め、龍二は彼女を遠くから見守るようにして、土手に腰を下ろし灰色の海を眺めていた。

彼等の傍に何も話さず、焔と渚は寄り添っていた。

 

 

 

その間、鎌鬼は偶々この島に居合わせていた霊力探偵として、町長達と話をしていた。

 

 

「この島の事件を、解決してくれるんですか?!」

 

「もちろんです。報酬は龍二と麗華に与えてください」

 

「あの兄妹とは、どういった……」

 

「知り合いです。時々僕が力を貸して、彼らを助けることもあります」

 

「そうですか……」

 

「しかし、あの兄妹に大人の知り合いがいたとはな」

 

「全くだ。

 

あの麗華っちゅう女なんて、昔から薄気味悪い子供だったもんな」

 

「言われてみればそうだな。あいつが居た頃は、必ずって言い程怪奇事件が起きて、その度に怪我人が出ていた……」

 

「結局、アイツがいるから今の事件が起きてるんじゃないのか?」

 

「確かにそうだよな。あの子がこの島を去った後、すぐに怪奇事件は起きなくなった。それが今じゃ、あの子が来たらまた」

「いい加減してください!!」

 

 

鎌鬼は机を手で強く叩きながら、怒鳴り声を出した。隣に座っていたぬ~べ~は、慌てて止める様にして彼の肩に手を乗せた。

 

 

「貴方方が、何かにおかしな事件に対して、全てを余所者のせいにするから……今の事件が起きてるんじゃないんですか?!

 

何でもかんでも、全てを麗華のせいにして……そもそもの原因はあなた方のその性格が、今の事件が起きているんです!!」

 

「何を!!」

 

「その行いです!!

 

麗華は……あの子は優しい子です……

 

 

この島に居た頃、あの子はどうでしたか?何か、あなた方に不愉快なことをしましたか?怪我を負わせたようなことをしましたか?考えてみてください……

 

あの子がいた頃、確かに怪奇事件は起きました……けど、その事件で誰かが死んだり取り返しのつかない大怪我を負ったことはありますか?

 

 

事件が起きる度に、あの子は……いつもいつも体に傷を負っていたと思いますよ……痛々しい傷を……」

 

「……」

 

「そう……だよな」

 

「怪奇事件が起きても、誰も死人が出なかった……けど、その近くにはいつも傷を負ったあの子(麗華)がおった……」

 

「俺達は……知らぬ間に、あの子を犯人扱いしていたのか」

 

「そもそも誰じゃったけか……あの子を犯人と決め付けたのは……」

 

「けど、あの子がいなくなった後、怪奇事件はピタリと」

 

「それは…あの子が、この島に住む妖怪達にあなた方には手を出さない様に頼み込んだからです……体を張って」

 

「……」

 

「この島で起きている神隠し……それが起きるまで、何か不可解な事件はありましたか?誰かが傷を負ったことはありますか?誰かが死にましたか?!」

 

「っ……」

 

 

 

 

灰色の海を眺める麗華……湿った風が止むと共に、立ち上がり焔を連れどこかへ向かった。彼女の様子を見た龍二は心配そうな顔を浮かべる渚の顔を撫でながら、彼女達を遠くから見守るようにして後をついて行った。

 

 

目的地に着いた麗華……目の前にあるのは龍実と大空の家だった。

中へと入り、玄関のすぐ前にある部屋の襖を開いた。中には仏壇を前に座る一人の老婆……麗華は後ろに敷かれていた座布団に正座をし口を開いた。

 

 

「アンタなんでしょ……かつて、この島を救った巫女って」

 

「……」

 

「母さんの母さん……私の祖母には歳の離れた末の妹がいた。けど、その妹には霊力もないし、霊感もない。それを知った当主が、その妹を家から追い出した。

 

けど、その妹は霊力も霊感もしっかりあった……私の祖母とあいつの祖父と同じくらいの霊力が……」

 

「……」

 

「何か答えたらどうなの?

 

静代さん」

 

「……確かに…儂にも力はあった」

 

「じゃあ……」

 

「けど、兄や姉のように振る舞えなかった……

 

わしは小学校に入った頃から、いじめにあった……霊感がある……変なものが見えている……薄気味悪がられて、同級生は儂に近付こうともしなかった……そして、いつしかいじめが起きた……

 

 

こんな力がなければいい……その強い思いが伝わったのか……儂に仕えていた白狼はいつしかいなくなり、父の前で力を見せなければならなかった時、白狼がいなく何もできなかった。そんな儂を見て、父は絶望したかのような顔で見ていた。

 

そして、父は儂を遠い親戚の男に嫁がせた。だがこの島には、強力な妖怪達がいてわしは皆に危害を加えない様に、できる事を全てやった。

 

そしてあの日……

 

 

蛇の妖怪が島の住民全員を食い殺すと言い、それを止めるべくその島の守り神であった鬼驎に島に古くから言い伝えられている水と雷の力を受け渡した。鬼驎はその力を得て蛇を封印し、そ奴を復活させないために小島に水と雷が封じ込めた水晶を祠に置き妖怪を封じた」

 

「……」

 

 

静代は立ち上がり、桐箪笥から赤い水干を出し、麗華の前に置いた。

 

 

「これは、家から離れる際姉が儂に送った物だ……」

 

「……」

 

「『離れていても、私は静代の味方だからね』

 

そう言ってくれた……お前は、姉の春子に似ていた……」

 

「……」

 

「春子の娘、優華が亡くなり葬式に呼ばれ始めてお前を観た時……まるで春子姉さんの幼い頃の生き写しを見ている様だった。

 

お前を引き取りたかったのは……決してお前に酷いことを言いたかったわけじゃない……姉の代わりに親を亡くしたお前を守りたかった……まだ幼く、母親にまだ甘えなきゃいけない年頃なのに……」

 

 

話す静代の目から、いつの間にか涙を流していた。その涙に釣られ麗華の目から、知らず知らずの内に大量の涙を流していた。

 

 

「この島を……守り抜いてはくれぬか……儂の代わりに」

 

「……はい」

 

 

涙を浴衣の袖で拭き取り、麗華は何かを決意したかのような目付きで頷き返事をした。その様子を部屋の外で待っていた焔は、いつの間にか流れていた涙を拭き取りながら、安心したかのように息を吐いた。

 

 

 

 

家を出てきた麗華……門前では柱に凭り掛かり立つ龍二と渚の姿があった。

 

 

「話が着いたみたいだな……」

 

「兄貴」

 

「傷が癒えたら、離島に乗り込むぞ……」

 

「え?」

 

「さっきお前の友達妖怪……鮫牙っつう野郎が遙を抱えて離島に入っていく蟒蛇を見たらしい」

 

「蟒蛇?それが、アイツの名前なの?」

 

「あぁ。鮫牙の奴から全部聞いた」

 

「鮫牙から?」

 

「あいつ、昔からこの島にいた鮫で長生きしたせいで妖怪になったんだとさ」

 

「あいつらしい」

 

「そういう事だ……」

 

 

柱から離れ、龍二は麗華の頭を雑に撫でると先を歩いて行った。麗華は撫でられた箇所を手で撫でながら焔と共に、龍二達の後を追いかけて行った。




町長の家に着いた麗華と龍二……

外ではぬ~べ~と鎌鬼が二人を待っていたかのように立っていた。


「鵺野」

「やっと来たか……」

「麗華、龍二……今回は僕も協力させてもらうよ」

「お願いする、鎌鬼」


鎌鬼と龍二が話す中、ぬ~べ~は麗華の元へ吐息小声で話した。


「なぁ、何で鎌鬼がここにいるんだ?奴は確か、シガンになってたんじゃ……」

「自分で考えて。

ヒントはアンタが、生徒を守る時と同じ思いが鎌鬼にもある」

「……!なるほど」

「直感で分かれ、アホ教師」

「己ぇい!!」


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違う強さ

宿の部屋で、ぬ~べ~の帰りを待つ広達……

その時、部屋の襖を開け七海達が入ってきた。


「七海ちゃん?!」

「大輔君!?それに、久留美ちゃん!」

「渡部が連れ去られた」

「?!」

「ぬ、ぬ~べ~は?!」

「麗華は?!それに、龍二さんは?!」

「三人は無事だって、さっき町長さん達が話してた……」

「よ、よかったぁ」

「これから、麗華達どうすんだろ……」

「おそらく、離島に乗り込むかもしれない」

「離島?何で?」

「言い伝えであるんだよ。

離島にはあの蛇野郎の住処があるっていう言い伝えが」

「じゃあ、麗華達は」

「そこへ行く可能性は高い」

「こうしちゃいられねぇ!!

俺達も助太刀に行くぞ!!」

「そうよ!!行きましょう!」

「怖がってる場合じゃないのだ!!」

「まことの言う通りだ!!

大輔、俺達を離島に連れて行ってくれ!!」

「……


東の小島に来い。俺等も後から行く」

「分かった。行くぞ!」

「うん!」


広の掛け声で、郷子達は宿を飛び出していった。

そんな彼等の背中を見る大輔と七海……


「麗華……本当にいいお友達ができたね……」

「うん……あんな人達に囲まれれば、麗華だって変るよ」

「だな……

俺達も行くぞ」

「うん!」
「うん!」


「ったく……何で頼りない教師を連れて行かなきゃいけないんだよ」

 

「お前等二人が戦うっていうのに、教師である俺が手伝わなくてどうすんだ!」

 

「教師の割には、役に立たないがな」

 

「丙の言う通りだ」

 

「ウゥ……」

 

 

丙と雛菊から治療を受ける龍二達に言いたい放題言われるぬ~べ~は、肩を縮めながら図星だというような顔を浮かべた。治療を終えると二人は服を着て、上着に腕を通し表へと出た。二人を待っていたかのように、狼姿となっている渚と焔は顔を上げ二人に駆け寄った。

 

渚達の頭を撫でていると、湿った風が吹き出した。その風に何かを感じ取ったのか、段差に腰を掛けていた鎌鬼は立ち上がり離島を見た。

 

 

「ゆっくりしている暇はないみたいだよ」

 

「……」

 

「雨が降る前に、奴を倒さないと」

 

「どういう事だ?」

 

「あいつ、水攻撃が効かなかったんだ……」

 

「渚の技がか?」

 

「うん……

 

水に強い妖怪は、雨の中が有利になる。河童と同じ様に」

 

「ヤバいじゃないか…それ」

 

「早く行こう。

 

さらわれた島の子供達にも、時間がない」

 

「あぁ」

 

 

丙と雛菊を戻した龍二は、渚に飛び乗り先に離島へ向かった。先行く龍二を見た鎌鬼は焔に飛び乗り、麗華は氷鸞にぬ~べ~を乗せると、鎌鬼の手を借り焔に飛び乗った。

 

 

「鵺野は氷鸞に乗ってついて着て!氷鸞、離島まで鵺野を頼んだぞ」

 

「承知」

 

「焔、行って!」

 

 

麗華の言葉に焔は離島へ向かった。彼の後を氷鸞は翼を広げ、後をついて行った。

 

 

三人が行ってしばらくした後、七海と久留美の母親が血相を掻いて町長の元へと駆け込んできた。

 

 

「九条さん?どうかされ」

「久留美は?!娘は今どこに!!」

 

「お、落ち着いてください!どう」

「七海を知りませんか?!

 

あの子、今朝から姿が見えないんです!!」

 

 

七海と久留美の母親が、町長の肩を掴みながら娘の行方を聞き出そうとしていた。その時宿の女将の美香が困ったような顔して町長の所へと入ってきた。

 

 

「大変です!!子供達が……子供達がいなくなりました!!」

 

「?!」

 

「どういう事です?!」

 

「麗華ちゃんのお友達が、部屋から消えていたんです!

 

担任の鵺野さんから、部屋から出すなと言われていたんですが……私が目を離した隙に」

 

 

その話を部屋の外から聞いていた龍実は、離島の方へ眼を向けながら浜辺へ行き、波際う所に足を運び離島を見た。

 

 

(まさかアイツ等……離島に行ったんじゃ)

 

「行きてぇのか?離島に」

 

 

声の方向に顔を向けると、海から男が一人上がってきて自分に近寄ってきた。龍実はその男に見覚えがあった。

 

 

「お前……確か」

 

「俺は鮫牙。

 

お前、あの島に行きてぇんだろ?」

 

「あぁ……麗華と龍二さんを助けてぇ!」

 

「なら、話は決まりだ!

 

俺に乗れ!」

 

 

そう叫びながら鮫牙は、海へと飛び込み鮫の姿へと変わり背びれを出し龍実を待った。龍実は海へと入り鮫牙の背びれを手に掴み、それを確認した鮫牙は離島へと一目散に向かった。

 

 

 

離島に着いた麗華達……

 

地面へと降り立った渚から飛び降りると、龍二はすぐに札を取りだし血を付け剣を出した。少しして焔と氷鸞も着地しぬ~べ~は、地面へ転げ落ちると、命拾いしたかのような表情で息を吸っていた。彼の姿に呆れながら、鎌鬼の手を借りながら焔から降りた麗華は札を取りだし血を付け、薙刀を出し彼の傍にいた氷鸞の顔を撫でながら、ぬ~べ~を見下ろした。

 

 

「大丈夫か?鵺野」

 

「し…死ぬかと思ったぁ」

 

「氷鸞、お前まさかいつものスピードで飛んできたんじゃ……」

 

「その様にしましたが、何か不都合な事でも?」

 

「鵺野は私じゃない。

 

あんなスピード出したら、普通に慣れてない奴はこうなる」

 

「ハァ……」

 

「も、もう乗りたくないぃ……」

 

「アハハハ……(帰りは、焔に乗せてくか)」

 

 

“ビュー”

 

 

突如吹き荒れる風……下ろしていた髪が靡き、風の方へ眼を向けた。太陽が出ていないせいか、森の中は夜のように暗く広がっていた。

 

 

「嫌な風……」

 

「だな……」

 

「鵺野、もう鬼の手を出せ。

 

麗華、氷鸞を戻せ。焔と渚はそのままの姿で。

 

 

戦闘になった際は、俺と麗華が前方で鵺野と鎌鬼は後方を。焔と渚は俺等の側方を」

 

 

指示を出す龍二に、驚いているのか口をポカンと開けるぬ~べ~……下ろしていた髪をまとめ上げた麗華は、ポカンと開いている彼の口を閉じるかのようにして、飛び上がり彼の頭を殴った。

 

 

「ン~~~~~!!」

 

 

舌を噛んだのか、ぬ~べ~は赤く腫れた舌を出しながら麗華を怒鳴りつけた。

 

 

「へいか!!いはま~!!!(麗華!!貴様ぁ!!!)」

 

「何言ってるか、全然分かんないんだけど……」

 

「ほのぉ!!(このぉ!!)」

 

「アンタがポカンとしてるからでしょうが。

 

いい?こっからの戦い方に、口出ししない様に。何があっても、自分のポジションから離れないこと。

 

 

離れれば、全員死ぬ」

「全員死ぬ」

 

 

手に指なしグローブを嵌めながら、龍二は麗華と同じ言葉を口にした。彼と同じ様にグローブのテープを締めると麗華は地面に突き刺していた薙刀を柄を掴み引き抜き、前に立っている龍二の隣に並ぶようにして立った。

そんな二人の背中を見るぬ~べ~……

 

 

(何て大きな背中なんだ……教師の俺を遥かに超えている、この兄妹。

 

お互いを信じ合い、自分の背中を任せる……)

 

「何言ってるんだい?二人共。

 

君達の命は、僕は奪えさせはしないよ」

 

 

鎌を担ぎ笑顔で、鎌鬼はそう言った。

 

 

「後、麗華にそんな怪我を負わせた妖怪は、この僕がスパッと切っちゃうから。ね?」

 

「鎌鬼、何か怖ぇぞ」

 

「そうかい?」




同じ頃、船から降りる広達……薄気味悪い森を眺めていると、どこからか湿った風が吹いた。


「何か…怖いのだ」

「ビビッてねぇで、さっさと行くぞ」

「こ、怖くないの?大輔君は」

「怖ぇさ。

けど、この島に連れ去られた渡部達の方が、もっと怖ぇに決まってる」


そう言いながら、大輔は持っていた袋から木刀を取り出した。彼に続いて七海と久留美も、自身が持っていた彼と同じ袋から竹刀を取り出した。


「え?」

「木刀?それに竹刀?」

「無いよりマシだ。

家にあったのを持ってきただけ」

「使えるの?」

「見縊らない方が良いよ?

大輔は、島一番の剣道達人よ」

「嘘?!」

「四段だっけ?」

「二段だ。盛るな」

「す、スゲェ……」

「ちなみに私と久留美は、まだ段取ってないんだ」

「でも、実力なら負けないんだからね」


“バシャ―ン”


突然海の方から、何かが落ちた様な音が聞こえ、海の方に目を向けた。そこには鮫牙と共に、海から上がってくる龍実がいた。


「龍実さん?!」

「テメェ等!!何島から出てんだ!!」

「!!」

「広君達はまだしも、大輔達三人は狙われの身なんだぞ!!」

「そんなの分かってる。だからここにいるんだろうが」

「テメェの剣道の実力は十分承知してる。けどな……

麗華達が相手をしようとしてるのは、妖怪なんだぞ!!霊力も妖怪に対抗できる武器も持ってねぇ奴が助けに行った所で、邪魔者扱いだ!!」

「武器なら竹刀と木刀が」

「そんなもん、妖怪にへし折られて使い物にならないのが落ちだ」

「じゃあ指銜えて見てろってことかよ!」

「その通り」
「嫌だね」


龍実の言葉を断ち切るようにして、大輔が口を開いた。


「神崎の奴は、五年前からずっと俺達を守ってきた。


今まで俺達が大怪我や死人が出なかったのは、全部アイツのおかげだ……

俺はあいつに恩返しをしたい……それだけだ」

「大人達は頼りにならない。だったら、私達が動いて麗華を助けるって決めたんです」

「麗華をずっといじめてた……例え妖怪のせいでも、私がやったことに間違いはない。

せめてもの罪滅ぼしに、私麗華を救いたいの!」

「お前等……」

「お、俺達だって!なぁ?!」

「お、おうよ!」

「私達は、地獄先生のクラスメイトよ!」

「妖怪だろうが幽霊だろうが、ドーンと来いってもんよ!」


胸を張り偉そうに美樹は言った。彼女に続いて、広達も胸を張った態度で頷いた。


「へぇ……いいこと言うじゃねぇか?なぁ?」

「あ、あぁ……」


広達を見る龍実……幼い頃の麗華を思い出した。

あの頃の彼女は誰にも心を開こうとはしなかった。自分にさえ完全に心を開いてはくれなかった……
だが、今の麗華には心を開いた友達がいる……しかも自分の目の前に……

嬉しさからか、龍実の目から自然と涙が流れ出てきた。出てきた涙を拭き取りながら、笑みを浮かべ広達を見た。


「お前等の気持ち、嬉しいよ……」

「龍実さん」

「行こう。麗華の所へ。

鮫牙だっけか?お前も一緒に来てくれ」

「お安い御用だ!」

「よっしゃあ!!皆行くぞぉ!」

「オー!!」
「オー!!」
「オー!!」
「オー!!」
「オー!!」
「オー!!」


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離島に住む者

森の中を歩く麗華達……

 

奥へ行くと、天井の無い洞窟に着いた。警戒しながら中へ入ると、奥に連れ去られた子達が綺麗に揃え並べられていた。

 

 

「何これ」

 

「連れ去られた奴等だ……」

 

 

全員を見回す麗華と龍二……ぬ~べ~は霊水昌をかざしながら一人一人を見た。

 

 

「全員、眠らされているだけだ。

 

見たところ、目立った外傷はない」

 

「てことは、ここが蟒蛇の住処か?」

 

「おそらくな……微かだが、奴の妖気が残っている」

 

「それじゃあ、おかしいね。

 

住処の主がいないなんて……」

 

「どうせ、島のどこかにでも行ってるんじゃないの?」

 

「いや……恐らく違う理由だろ」

 

「え?」

 

「どういう事だ?鵺野」

 

「あの蛇の他に、違う妖気が残っている……」

 

「違う妖気?」

 

「……雷光だ」

 

「?!」

 

 

ボソッと焔はそう言った。焔の方を振り向いた麗華は、居た堪れない感情に締め付けられ胸の前で手を強く握りしめ、絞るようにして言葉を放った。

 

 

「まさか…雷光は」

 

「それはねぇ。

 

あの雷光だぜ?簡単に死ぬか」

 

 

“パチパチパチパチパチ”

 

 

奥から聞こえる拍手の音……

 

 

「素晴らしいぜ……見事に当たってやがる」

 

「オメェ……」

 

 

中から出てきたのは、遙達を浚った犯人……蟒蛇だった。爪には赤黒く乾いた血がべっとりと着いていた。

 

 

「雷光は?」

 

「あぁ……鬼驎なら、お前等の後ろにいるぜ」

 

「?!」

 

「ほ~ら、島の守り神のご登場だぜ?」

 

 

後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。振り返ると、馬の姿をした雷光が姿を現れた。

 

 

「雷光…」

 

「麗華、近付くのは待って」

 

「え?」

 

「君は誰だい?」

 

「……誰でもない……

 

我が名は『鬼驎』だ!!」

 

 

角に雷を溜め、溜めた雷を麗華向けて放った。傍にいた鎌鬼は彼女を抱き上げ、その攻撃を飛び避け龍二の元へと着地した。

 

 

「雷光!!」

 

「テメェ!!雷光に何やりやがった!!」

 

「な~に……少しばかり、記憶を弄ったんだよ。

 

お前達の記憶だけ、アイツの中から消したんだ」

 

「?!」

 

 

その言葉に、麗華は後ろを振り返り雷光を見た。彼の目は初めて出会った頃の目と同じ色をしていた。

 

 

「ら…雷光」

 

「我が名は鬼驎!!」

 

「雷光!!目を覚ませ!!

 

私が分からないの?!」

 

「雷術千鳥流し!!」

 

 

角に溜めた雷を、四方に放ち攻撃した。龍二とぬ~べ~は素早く避け、鎌鬼は麗華を抱きかかえ攻撃を避けて行った。焔と渚は雷光の背後に周り炎と水の攻撃をした。その攻撃を、雷光は素早く避け二人の方へ振り向き、雷を放った。

 

 

「グアッ!!」

「キャッ!!」

 

「焔!!」

「渚!!」

 

「クソ!!

 

どうすればいいんだ!!」

 

「戦うんだよ!!

 

鵺野と俺は蟒蛇を相手する!!麗華は鎌鬼と雷光を止めろ!!」

 

「分かった!」

「承知!」

 

「渚!!焔!!立てるか?!」

 

「無論だ!」

「無論よ!」

 

「二人は引き続き、俺らの援護にまわれ!!」

 

「承知!」

「了解!」

 

 

蟒蛇の方を睨む龍二と鵺野……蟒蛇は笑みを溢しながら、二人を睨んだ。

 

 

「三年前……あの女は突如やってきた。

 

クっクック……思い出すぜ。何せ昔この俺を封印した巫女と同じ、霊気を感じ取ったんでな。

まさかと思い、その辺にいた妖怪とあの女を戦わせた……そしたら、ものの見事に倒しやがった。こりゃまずいと思って、アイツをこの島から追い出すことにした……この島に二度と訪れたくない思いをさせてな。」

 

「全てはテメェのせいか……」

 

 

言いながら龍二は握っていた剣の束をさらに強く握り締めた。

学校に麗華の知らせを受け、早退し麗華の元へと駆け付けた龍二……その時の麗華は、去年の夏休みに観た時よりも、表情が暗くなり服の隙間から見える肌には、所々痣や傷が合った。

 

あの時の彼女の姿を思い出した龍二は、歯を食い縛り握られていた剣を構え、蟒蛇を睨み付けた。

 

 

「おぉ…怖い怖い。

 

その目付きだけは、兄妹一緒だな?」

 

「いちいち、ムカつく野郎だ……

 

鵺野!テメェは俺の後方を頼んだぞ!」

 

 

後ろにいるぬ~べ~に命令すると、龍二は剣を振りかざし蟒蛇目掛けて振り下ろした。振り下ろした剣を、蟒蛇は爪で受け止めた。受け止められた蟒蛇に、ぬ~べ~は鬼の手で攻撃した。

 

 

「鬼の主か?面白い……

 

やはり、あの女の心を二度と修復しないくらいに、壊しとけばよかったか」

 

「何だと?!」

 

「アイツの心を、完全に壊し二度と『人』として、生きられぬようにすればよかったな。そうなれば、貴様等は決してここに来ることはなかった」

 

「貴様、よくも!!」

「確かにそうだったかもな……」

 

「龍二?」

 

「俺だって……正直言って、ここに来たくなかった。

 

大事な妹を他人の手によって、壊されてさ……まだ小せぇんだぜ?小さかったんだぜ……俺とお袋以外に懐こうとしないで……人見知りで…甘えん坊でさ……けど…スゲェ優しくてさぁ……」

 

 

涙を流し話す龍二……ぬ~べ~は蟒蛇から離れ、龍二の方に顔を向けた。

 

 

 

「そんな大事な妹を……俺は手放して、他人に預けちまった……自分が、無力なばっかりに。

 

そしてあの日……お昼過ぎだったかな……

担任から呼び出された……妹がクラスメイトに怪我を負わせたって。担任もだぜ?怪我を負った奴等は皆、全治一カ月の大怪我……

一瞬、信じられなかった……妹は…そんなことする様な奴じゃなかった」

 

「龍二……」

 

「だから……島から依頼が届いた時……正直一瞬放棄しようかと思った。

けど、一緒に入ってた龍実達からの手紙で、行くことを決めた。あの婆さんが、麗華に謝りたいって……

手紙に、その一文だけ書いてあった……だから、ここへ連れてきた」

 

「そうだったのか……」

 

「クっクック……過去話は終わりか?

 

俺は復活し、この島の奴等を食らい島を住処とし、人間どもを復讐するつもりだった……あそこにいる鬼驎と共にな」

 

「雷光は、お前みたいな考えは持っていない!!」

 

「知ったことか!!俺達は散々人間から酷い仕打ちを受けてきた!!その人間 共に復讐して、何が悪い?

 

何なら、貴様の妹を殺してやってもいいんだぜ?先に……この島にいる住民より先にな!!」

 

 

その言葉を叫ぶと、蟒蛇は口から鋭く尖った柱を出し雷光と向き合っている麗華目掛けて投げ飛ばした。雷光の方を向いていた麗華は、龍二の声に気付き後ろを振り返ったが、柱はもう彼女の目の前まで迫っていた。

 

 

“パーン”

 

 

「!!」

 

 

目の前に迫っていた柱は、突如何者かが弾き返し壁に突き刺さった。壁に刺さった柱を見つめていた麗華は、自分の前に立っている者に目を向けた。

 

 

「ほ……星崎?」

 

「ギリギリか」

 

 

彼女の前に立っていたのは、木刀を握りしめ構える大輔だった。麗華は話し掛けようとしたが、その瞬間雷光が雷を放ち攻撃してきた。

 

 

「星崎!!右!!」

 

 

その声の指示通りに、大輔は右に避け自分も右へと避け、二人は雷光の方を睨みながら武器を構えた。

 

 

「何だ?この馬…」

 

「雷光……私の式神。

 

今はあの妖怪のせいで、操られてるけどね」

 

「マジかよ……」

 

「つか……何でアンタがここに?他の皆は」

 

「さぁな……何か嫌な直感が働いたんで、ここに駆け付けたから。多分、その辺の森で迷子」

 

「ハハハ……アンタらしい」

 

「どういう意味だ?それ」

 

「そのまんまの意味」

 

「ったく……助けてやったのに、礼も無かよ」

 

「……ありがとう」

 

 

小さい声でだがハッキリと言うと、麗華は頬を赤くしてソッポを向いた。そんな彼女を見た大輔は、鼻で笑った。

 

 

「てめぇ…相変わらずだな」

 

「それは、お互い様」

 

「だな」

 

「あの~……お二人さん。

 

話してないで、ちゃんと目の前にいる敵に集中しなさい」

 

 

後ろで二人を見ていた鎌鬼は、遠慮深そうにそう言った。二人は引き攣った顔を浮かべながら、武器を握りしめ構え雷光を見た。雷光は前足で土を蹴り飛ばしながら、角に雷を溜め攻撃をしようとしていた。

 

一方龍二達は、麗華の無事に安心した龍二とぬ~べ~はつかさず、蟒蛇に攻撃をしてきた。蟒蛇は攻撃を次々に避けて行き、二人目掛けて攻撃をし返してきた。

 

 

“ドーン”

 

 

二つの戦いの合図を送るかのように、天から雷が離島に落ち激しい音を鳴らした。




その頃、広達は……


「ここどこよぉ!!」


大輔が言った通り、森の中で迷子になっていた。龍実と鮫牙もいつの間にか逸れてしまい、残った広達は途方に暮れていた。


「もう!!何で大輔の奴、いきなり走り出したのよ!!」

「久留美、怖いよ」

「うるっさい!!こっちはいなくなった大輔にムカついてんのよ!!」

「龍実さんとも逸れちゃうし……」

「くそぉ……このままじゃあ、麗華達がヤバいぞ!」

「一旦、戻るか?」

「何言ってんの?!!ここで引き返したら、島にいる大人達に隔離されて二度とここへ来れなくなるわ!!今は引き返すわけにはいかないのよ!!」

「そ、そりゃあ分かってるけど(何か言い方がおかしい様な……)」

「あ~もう!!

どこなのよぉ!!ここはぁ!!」


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雷と風の使い

―――――元々は……一つだった。

だが地上へ降りた時、二つに分かれた。人間の目から見れば、蛇と馬の姿をした妖……
ところが、人間たちはそんな自分達に攻撃していった。矢や剣……鎌や火……いろいろな武器で攻撃していった。
そんなある日、島に災いが起きた。人間達はまるで手の平を返したかのようにして、自分達に助けを求めてきた。しかし…自分達にはそんな力は無く……いや、それどころか人間を助ける気などなかった。あの方が来るまでは……


“バーン”

 

 

四方八方に放たれる雷……その攻撃を麗華達は瞬時に避けて行った。

 

 

「くそっ!!キリがない!!」

 

「星崎!鎌鬼と一緒に注意を引け!!」

 

「了解」

「承知」

 

 

木刀と鎌を振りかざし、雷光に攻撃を仕掛け自分達に注意を惹き付けた。その間、麗華はポケットからいつ枚の札を取り出した構えた。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前の敵を正気に戻す!!」

 

 

その言葉に反応するかのように、紙は赤く輝きだした。輝きだしたと同時に持っている紙が燃え出し、火が上がった。

 

 

「いでよ!!火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)!!」

 

 

紙から上がっていた火は、紐のように伸びた。鎌鬼はその火を目にすると、傍にいた大輔を抱えその場を離れた。二人が離れて行くのを見ると、麗華は火を操るようにして振るい、雷光に攻撃した。攻撃を食らった雷光は、吹き飛ばされ壁に激突した。

 

 

「雷光!!」

 

 

放っていた火を消し、麗華は壁に激突した雷光の元へと駆け寄った。

 

 

「雷光…雷光!!」

 

「ゥ……」

 

「雷光……私が分かる?」

 

「……我に触るな!!」

 

 

叫び声と共に、雷光は体中から電撃を放った。電撃は傍にいた麗華を包み攻撃した。

 

 

「わぁああああ!!」

 

「麗華!!」

 

「クゥ!!……

 

 

苦…しんだろう……」

 

「?!」

 

「苦しんだろ……雷光。

 

あの時……アンタ言ってくれたよな?

 

 

今……吹いてる風と……アンタが放ってる……雷に誓って……

 

私を……守り抜くって」

 

「……黙れ」

 

「雷光」

「黙れ!!」

 

 

放っていた雷をさらに強くし、麗華は雷光に触れていた手を彼の首に回し強く抱き締めた。雷光は彼女を振り払おうと、首を回し暴れ出した。暴れ出したせいか、雷は敵身味方関係なく、そして地面で眠っている子供達にまで危害を加えようとしていた。地面に寝かされている子供達を守ろうと、鎌鬼は持っている大鎌をさらに大きくして、攻撃を跳ね返した。

 

振り回していた雷光の首から、麗華は力が尽き洞窟の外に面している崖に飛ばされてしまった。飛ばされた勢いで麗華はそのまま海の方へと落ちて行ってしまいそうになった。

 

 

落ちて行く麗華を、崖から飛び降り縁に手を掛け、大輔は彼女の腕を掴み助けた。

 

 

「星崎?!」

 

「ギリギリ…セーフ」

 

「バカ!!アンタ、何やってんの?!

 

下手したら一緒に」

「見過ごす訳にはいかねぇんだよ……

 

もう……傷付けたくないんだ」

 

「……」

 

「いつも、大人達のお前に対する対処見てて……正直、反吐が出ると思った。

 

だってよぉ……そんな大人達に、俺達育てられてきたんだぜ?」

 

「……」

 

「いつもいつも、お前が体張って俺達の事を守ってたのは、島の中じゃ俺が一番知ってたつもりだ。

 

だから……今度は俺が、体を張ってお前を助ける!!」

 

 

縁を強く掴み、宙吊りになる二人……そんな中、雷光は首を振り回しながら、壁に頭をぶつけ正気を取り戻そうとしていた。

 

 

「雷光……君の主が今、大変なことになっているよ。

 

それを見逃すのかい?違うだろ」

 

 

鎌鬼は大鎌を持ちながら、ゆっくりと彼に近付き優しく語りかけた。その様子を見ていた焔は、狼から人の姿へと変わり、雷光の元へと駆け寄り彼の角を掴み自身の方に振り向かせ、頬を思いっ切り殴った。

 

 

「テメェ……

 

あの時の約束は、嘘だったのか」

 

「……」

 

「俺等で……麗を守ろうって、約束したじゃねぇか!!杯、交わしたじゃねぇか!!

 

約束の誓いとして……」

 

「……我は」

 

「目を覚ませ!!雷光!!

 

テメェがいなくなったら……麗はどうなるんだ!!俺達三人で、守ろうって決めたじゃねぇか!!」

 

「我は……」

 

 

記憶が混乱しているのか、何も答えようとしない雷光……

 

その時、大輔が掴んでいた崖縁が崩れ、二人は落下していった。

 

 

「麗!!」

「麗華!!」

 

 

落下した麗華を助けようと、焔と鎌鬼は崖に駆け寄り助けようとした。そんな彼等の背中を雷光は見つめ、言葉を呟いた。

 

 

「れい……」

 

『雷光』

 

「レイ……」

 

『雷光……』

 

「麗……」

 

『アンタの雷と風は……私を守ってくれる大事な力だよ。もちろん、アンタがいなきゃだけどね』

 

「麗……殿」

 

 

「雷光ぉ!!」

 

 

崖の下から聞こえた叫び声に、雷光は正気を戻し人の姿へと変わり稲妻の速さで崖から飛び降り、二人を受け止めた。地面へ降りると雷光は馬の姿へと変わり、麗華に頭を下げた。

 

 

「雷光……」

 

「某が不甲斐なばっかりに……

 

焔も鎌鬼も……済まぬ」

 

「雷光」

 

 

謝る雷光に、麗華は抱き着いた。雷光は驚くも、抱き着いた彼女に顔を摺り寄せた。

 

 

「お帰り……雷光」

 

「只今帰りました……麗殿」

 

 

すると、雷光は麗華から離れ蟒蛇の方に目を向けると、角に雷を溜め彼目掛けて放った。

 

放たれた雷を見た渚と焔は、龍二達を蟒蛇から離した。雷は、蟒蛇に見事当たり体から煙を上げながら、彼は地面に膝を着き雷光を睨んだ。

 

 

「鬼驎……己ぇ!!」

 

「もう……良いではないか。蟒蛇」

 

 

互いを睨み合う雷光と蟒蛇……

 

渚と焔に助けられた龍二とぬ~べ~は、二人の元へ降り立った。龍二は降り立つとつかさず、麗華の元へと駆け寄り彼女を抱き締めた。そんな二人を見ていた渚は、傍でさり気無く見ているぬ~べ~の顔面に裏拳を食らわした。また大輔は鎌鬼に手で目隠しされ、二人の光景を見せない様にしていた。

 

 

「怪我はねぇか?」

 

「ない……大丈夫だよ」

 

「そうか……」

 

「雷光……戻ったよ……何とか」

 

「麗華!」

 

 

足がふら付き、麗華は龍二に倒れかけた。龍二は慌てて彼女の腕を掴み支えた。二人の元へ心配し、渚と焔は駆け寄り彼女を見た

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「大丈夫……目眩がしただけ」

 

「……お前は後方に回れ。前方は俺と鵺野の二人でやる」

 

「けど」

 

「あれを使ったんだろ?だったら、尚更だ」

 

「……」

 

「言ってただろ?

 

お前は体が弱いから、使うごとに体にくるって」

 

 

その時、蟒蛇の口から何千引きと蛇が飛び出し、自分達に攻撃してきた。目を回しているぬ~べ~を渚が、大輔を鎌鬼が、龍二は麗華を抱え高くジャンプし、狼の姿になった焔の背中に飛び乗り、蟒蛇の攻撃を避けた。

 

 

「鬼驎!!貴様はなぜ、散々俺達を傷付けてきた人間共の味方をする!!?」

 

「某がこの者達に、救われたからだ!!」

 

「何が救われただ!救われたからって、結局貴様は道具扱いじゃないか!!

 

そこにいる女を守るだぁ?ふざけるな!!」

 

 

もう一度口から蛇を吐き出し、麗華達に攻撃をした。口から出してきた蛇を、雷光は角から雷を放ち攻撃を防いだ。

 

 

「麗華!!龍二!!

 

ここには子供達がいる!激しい戦いは避けた方が良い!!」

 

「分かってるけど、どうすればいいか……」

 

「兄貴、場所を変えよ」

 

「そうだな……

 

鎌鬼と大輔は、ここに残ってこいつ等を起こしてくれ!」

 

「分かった。大輔、いいね?」

 

「あ……あぁ」

 

「蟒蛇!!場所を変える!!ついて来い!!」

 

 

そう言うと、龍二は焔から渚の背中へと飛び移り先頭を切った。渚から受け取ったぬ~べ~を、麗華は焔に任せ自身は雷光の背に乗り移りながら、ポーチから紙を取り出した。

 

 

「氷鸞!!」

 

「これは、一体……」

 

「説明は後。アンタは鎌鬼と星﨑と一緒に、ここの奴等を起こしてここから避難させろ」

 

「承知しました」

 

「それから、アンタは今回戦いに参戦しなくていい。

 

敵が水に強い。万が一のことを考えて」

 

「……承知しました。

 

雷光、焔…麗様を頼んだぞ」

 

「命に代えて」

「命に代えて」

 

「じゃあ、後お願い。雷光行こう」

 

 

麗華の指示に、雷光は蟒蛇について来いとでもいう様に首を振って龍二達の後をついて行った。蟒蛇はそんな彼等を睨みながらその後をついて行った。



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妖怪と人間

洞窟に残った鎌鬼達……


「そういや……お前等、何者だ?」


大輔は鎌鬼と氷鸞を交互に観ながら、質問した。氷鸞は笠のつばを少し上げ、笑みを浮かべながら口を開いた。


「私は氷鸞……麗様の式神です」

「僕は鎌田陽輝(カマタハルキ)。

童守町で霊力探偵をやっているんだ。麗華と龍二とは古い知り合いなんだよ」

「へぇ……」



“ジャリ”


「フ~……やっと着いたぁ」


洞窟に森で迷っていた広達が、ようやく辿り着き入ってきた。


「よぉ!お前等!」

「大輔ぇ!!

アンタ、よくもこの私をぉ!!」

「九条、顔怖ぇ…」

「……?!

か…かか……鎌鬼ぃ!?」


鎌鬼の姿を見た広達は、一斉に身を引いた。


「な、なな、何で鎌鬼が?!!」

「あの時、麗華が倒したんじゃなかったっけ?!」

「……君達、何か勘違いしていないかい?」

「へ?」

「僕はこの通り、以前とは服装が違うだろ?それに、僕の魂はずっと、麗華が飼っているフェレットのシガンの中にあったんだ」

「じゃあ、なんで今いるのよ!!」

「……氷鸞…だっけ?君、説明していただけませんか?あの子達に分かりやすく」

「……分かりました。

今現在、鎌鬼は私達の味方です。この世界にの言葉で表すなら、シガンに『奇跡』が起こり死んだ鎌鬼が復活したのです……麗様を守りたいという思いが強くなってね」

「麗華を?」

「僕のせいで、家族を失った……だから、その罪滅ぼしさ。理解したかい?」

「……怪しい」

「どうすれば、信じてくれるのかなぁ……」

「……

この男、一応俺の事助けてくれたぜ?」

「へ?そうなの?」

「あぁ。神崎もな」


“ドーン”


「キャア!!」


雷がどこかに落ち、激しい音が洞窟に鳴り響いた。雷に驚いた郷子達女子は、それぞれの男に抱き着いた。


「だ…抱き着くな!!」

「な、何よぉ!!べ、別にアンタに抱き着きたくて、抱き着いたんじゃないんだからね!!」

「知るか!!ンなもん!!」


言い争う久留美と大輔の様子を見た美樹は、ニヤ着いた顔で七海に近付き話した。


「何々?大輔君、麗華じゃなくて久留美が本命?」

「さ…さぁ」

「あの~……騒いでないで、早くこの子達起こすの手伝って?」


鎌鬼の声に、広達は顔を赤くして黙り込み、そのまま寝ている子達の元へと行った。


小島へと降り立つ渚……彼女の後に続いて、焔、雷光が降り立った。着地すると共に、背に乗っていた龍二達は降り武器を持ち、雷光の後ろからついて来ていた蟒蛇に目を向けた。

 

 

「ほぉ……ここが貴様等の墓場か?」

 

「それはこっちのセリフ……ここは、アンタの墓場だ」

 

「クックック……

 

それじゃあ……この姿ではなく、真の姿で貴様等と闘おうではないか」

 

「真の……」

 

「姿?」

 

「……麗華、後方」

 

 

後ろにいた龍二に言われた通り、麗華は武器を持ち焔と共に後ろへ下がった。

蟒蛇は手から水球を出し、それを空に向かって投げ放った。すると雲に覆われていた空から、一滴の雫が麗華の頭に当たった。

 

 

「!………雨?」

 

 

次々に雫が落ち、やがて雨が降り出した。雨を降らす雲を見上げていた麗華は、ふと蟒蛇の方に顔を向けた。蟒蛇は空を見上げ笑みを溢していた。雨に濡れた体は見る見るうちに巨大化していき、彼の顔も変形していった。

 

 

「す…凄い妖力」

 

「蟒蛇は……いったい何者なんだ」

 

「人の負を糧とする妖怪だ……

 

人の恨みや嫉み、悔しさ、怒りを餌にしている」

 

「伊佐那美命と同じ奴ってこと?」

 

「そういう事です」

 

「待て……その神は確か、古事記に出て来るこの日本の地を最初に創ったと言われている神。だが死に黄泉へと送られ、そこで闇の神になったはずじゃ」

 

「話だとそうだけど……仮にもし、その一部……黄泉にいた妖怪が、この地に現れていたら?」

 

「……!」

 

「雷光と蟒蛇は、まさにその一部……」

 

「元は一つ……だがある日、二つに分かれた」

 

「それが、雷光と蟒蛇……」

 

 

完全な姿になった蟒蛇は、雄叫びを上げた。それと共に雨足が強くなり、嵐のように風が吹き荒れ雷が鳴った。

 

 

「さぁて……この俺様に、適うか?」

 

 

睨み合う龍二達と蟒蛇……先に飛び出したぬ~べ~は鬼の手を構え飛び上がり、蟒蛇の顔を斬った。だが効いていないのか、蟒蛇は手に備えていた爪で、彼を攻撃し吹き飛ばした。

 

 

「鵺野!!」

 

「あのバカ教師!!

 

丙、バカ教師を頼む!!」

 

 

紙を取り出し、丙を出すと龍二は、渚に飛び乗り蟒蛇に攻撃した。出された丙は、麗華と共に壁に激突したぬ~べ~の元へと駆け寄った。

 

 

「ほら、バカ!さっさと起きて、戦うよ!」

 

 

膝を着いているぬ~べ~を立たせた丙は、彼のに蹴りを入れ前に出した。彼は白衣観音経を取り出し、蟒蛇の動きを封じた。その隙を狙い、渚に乗っていた龍二は剣を構え蟒蛇を切り裂こうとした。

 

 

“キーン”

 

 

「!?」

 

「刃が通ってない!?」

 

 

降り下ろした剣は、蟒蛇の体を弾き龍二は弾かれた衝撃で、跳ね返され地面に転がり落ちた。

 

 

「兄貴!」

「龍!」

 

 

転がり落ちた龍二の元へ、丙は駆け寄り彼の体を起こし治療を始めた。

 

 

「渚は兄貴を!

 

焔と雷光は、奴の注意を引いて!!」

 

「承知!」

「承知!」

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

 

ポーチから取り出した紙は、彼女の言葉に反応すると黄色く輝きだした。輝きだすと、紙から雷がバチバチと鳴り出した。

 

 

「いでよ!建御雷之男神(タケミカヅチ)!」

 

 

雷は麗華の手を覆い、その激しさを増した。その手で薙刀を掴むと、雷は薙刀を覆い纏い雷の刀を造り出した。その薙刀で彼女は口笛を拭いた。その口笛に従ったのか、蟒蛇に火を吐いていた焔は向きを変え麗華の方に近付いた。飛んできた焔に麗華は飛び乗り、隙がある蟒蛇の腕目掛けて薙刀を振り下ろした。

 

刃は見事に通り、その腕を切り落とした。蟒蛇は腕に走った激痛に、思わず叫び暴れ出した。白衣観音経を外したぬ~べ~は、素早く後ろへと引き鬼の手を構えた。

地面に降り立った焔は、心配げに麗華の方を見た。麗華は息を切らしながら、焔から降りたが足がふら付き倒れかけた。焔は彼女を慌てて鼻先で支えた。

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「何とか……

 

けど……使えて、多分あと一回」

 

「……」

 

「この尼ぁ!!

 

よくもこの俺の腕をぉ!!」

 

「悔しいなら、さっさと掛かってくれば」

 

 

麗華の挑発に乗った蟒蛇は、口から無数の毒針を吐き出した。その針を麗華は薙刀を使いながら、全てを避けて行った。その動きは、まるで風に乗って舞う花弁の様……全ての針を避けた麗華は、舞の終めの様に地面で薙刀の柄を鳴らし蟒蛇を睨んだ。

 

 

「さすが、巫女だな……

 

それじゃあ……これはどうだ!!」

 

 

蟒蛇は麗華に向かって口から液体を吐き出した。麗華はその液体を、素早く避け別の場所へと移動した。その姿を見た蟒蛇は笑みを溢した。

 

 

「掛かったな?」

 

「?……!!」

 

 

地面に足が着くと共に、麗華の足首に無数の蛇が巻き付いてきた。それと共に地面から蛇があふれ出してきて、麗華の周りを囲い一つの檻を作り上げた。

 

 

「悪いが、貴様には大人しくしててもらう」

 

「アンタ……どこまで意地汚いの」

 

「さぁな……クックック。

 

さてと……言葉通り、大人しくしててもらうぜ」

 

「は?それって」

 

 

何かを言い掛けた時、蟒蛇の口から吐き出された針が、麗華の首に刺さった。その瞬間、麗華は力が抜けたかの様にその場に座り込みそのまま倒れてしまった。

 

 

「な……何…した……の?」

 

「毒だ。しばらくは動けまい」

 

「麗華!!」

 

 

檻の中で倒れている彼女に気付いた龍二は、すぐに檻へと駆け寄り中にいる麗華を見た。彼女は寄ってきた龍二に目を向けながら、何とか体を起こし格子となっている柱に手を掛けようと触れた。その瞬間、格子の形を作っている蛇に噛まれかけ慌てて手を引いた。

 

 

「麗華……」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

息を切らし、苦しそうな顔を浮かべる麗華……そんな彼女を見た龍二は、触れられない自身の手を見た。

 

 

「どうだ?大事な者に、触れられない悔しさは」

 

 

檻の中で苦しむ麗華……龍二の目に一瞬、その姿が幼い頃の姿を映した。自分が無力なばかりに麗華は、自分達から離れたこの島へと着た。

 

 

「……

 

大地の神告ぐ」

 

「?」

(兄貴?)

 

「汝の力、我に受け渡せ……

 

その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

 

小さい声で呟きながら、上着のポケットから一枚の紙を取り出し、蟒蛇の方を向いた。そして彼を睨むと大声を出した。

 

 

「いでよ!!建御雷之男神(タケミカヅチ)!!」

 

 

その声に反応し、紙は麗華と同様に稲妻を放ち、龍二の手を雷で覆った。その手で剣の柄を握ると、麗華同様に雷は剣を覆い雷剣を造り出した。それを持ち龍二は、蟒蛇の背後へと周り彼の尾を切り裂いた。

 

 

「クソッ!!

 

兄妹揃って、よくもこの俺様の体を!!」

 

「ざまぁみろ」

 

「だが、勝ち誇ってるのも今のうちだ」

 

 

ふと疑問に思ったが、その疑問は蟒蛇の姿を見て瞬時に解決した。麗華に斬られた腕の箇所から、そして先程自分が斬った尻尾から新たな腕と尻尾が生えてきた。代わりに切られた腕と尻尾は、無数の蛇の群れになり崩れ落ち、そのまま渚達に寄って攻撃してきた。

 

 

「悪いな……

 

俺には、再生能力があるもんでな」

 

「そ…そんな」

 

 

渚と焔は空へと飛び上がり、焔は口から炎を吹き攻撃していった。渚は人の姿へとなり装備していた槍で蛇達を攻撃した。

 

 

「鬼の主!!貴様のその左手で、そこにいる巫覡を殺せ!!」

 

「?!」

 

「さもなくば、この巫女がどうなることか……」

 

 

蟒蛇が指を鳴らすと、格子の形を作っていた蛇の一部から、数匹の蛇が麗華向かって寄ってきた。麗華は持っていた薙刀を杖代わりに使いながら立ち上がり、ふらつく足で息を切らしながら、自分に寄ってくる蛇を薙刀を振り回し防いだ。

 

 

「麗華!!」

 

「さて、あれがいつまで続くか……

 

言っとくが、あの蛇たちには俺と同様、猛毒を持っている。噛まれたら一瞬であの世行きだ」

 

「蟒蛇!!お前は、麗華に何かされたのか?!」

 

「いや、何もされていない。寧ろ感謝している……

 

この俺を解放してもらったからな」

 

「じゃあ、なぜ」

 

「あの巫女を思い出すからだ……

 

この俺を封じ込めたあの忌まわしい女を」

 

「……」

 

「そもそも、元の発端は貴様等人間だ。俺達に散々危害を加えながら、いざ自分達が危険な目に陥った時、突然手の平を変えたかのように態度を変え、俺達に頼み込んでくる始末だ。

 

そして、俺達が危害を止めなければまた危害を加える……

 

そこにいる鬼驎も同じだ」

 

 

自信が放った蛇の群れを、切り裂いていく人の姿となった雷光の姿を見ながら蟒蛇は言った。

 

 

「………確かに、お前達は酷い仕打ちを受けたかもしれない………

 

だが、その人間が変わろうとしていたらどうする」

 

「人は変わりはしない………

 

 

さぁ、早くその巫覡を殺せ!!」

 

 

尻尾を地面に叩き付け、威嚇する蟒蛇……その振動で、麗華は体勢を崩し檻の中で倒れた。彼女の倒れる音に気づいた龍二は、麗華の方に顔を向け駆け寄ろうとしたが、近寄れないことを思い出し足を止めた。

そして意を決意したかのようにして、踵を返しぬ~べ~の元へと行った。

 

 

「龍二……俺には」

 

「鵺野……」

 

「……!!?」



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守る側と守られる側

「!?」


子供達を起こしていた鎌鬼は、何かを察したのか振り返り遠くにある小島を見た。


「……」

「鎌鬼、どうかしましたか?」

「……胸騒ぎがする」

「はい?」

「……氷鸞、後をお願い」

「え?か、鎌鬼!?」


氷鸞の呼び止める声を無視して、鎌鬼は持っていた大鎌に乗り小島へと向かった。


(何だ……この胸騒ぎは……

無事でいてくれ……麗華、龍二!!)


同じ頃、鮫牙と一緒にある場所へと着た龍実……


「だいぶ離れちまったけど……こんなところに、何があるんだよ!」

「この辺りなんだ。以前あの蛇野郎を封印した際に使われた剣が」

「剣?」

「あぁ……蛇野郎を封印した際、その剣でバラバラにして祠に封印した。そんで、その剣もどこかに封印したって言われてんだ」

「へぇ……(さすが、妖怪)」

「なぁ、龍実…だっけ?」

「え?あ…あぁ」

「俺の事、式神にする気あるか?」

「え?」

「何て、冗談だ。

早く探そうぜ。お前、そっち探してくれ」

「わ、分かった」


探そうと腰を下ろした時、湿った風が吹いた。その風に、龍実は腰を上げ海を眺めた。


(……何だ?この……胸騒ぎは)


“ピチャン”

 

 

「……え?」

 

「龍二……」

 

「悪ぃ……これ以外……方法が」

 

 

力無く倒れる龍二……

 

 

ぬ~べ~の鬼の手は赤く染まり、倒れた龍二を中心に赤い水が溢れ出てきた。赤く染まった鬼の手を、彼は呆気な顔をして、その手を見た。

 

 

「ハッハッハッハッハッハ!!見事に殺しやがった!!

 

やはりな!人なんざ、他人より自分の命の方が大事だって訳だ!どうだ?巫女。これが……貴様等が守ろうとしている人の姿だ!!」

 

 

蟒蛇の高笑いが、麗華の頭に響いた。彼女は未だに、その状況を飲み込むことができず、ただずっと倒れてい龍二を呆然と眺めていた。

 

動かない龍二……そこへ蛇達を倒し切った丙と渚が駆け寄り、龍二を呼び叫んだ。丙はすぐに龍二の傷を治し始め、その横で渚は懸命に彼の名を呼び叫んだ。

 

 

「丙!!早く治療を!!」

 

「今やっておる!!龍!!死ぬでないぞ!!」

 

「龍!!龍!!

 

ゴメン……私が弱いばっかりに」

 

「……せい……じゃねぇ(やべぇ……意識が……)」

 

「龍……龍!!」

 

「死ぬでないぞ!!お主が死んだら、麗は……麗はどうするんだ!!」

 

「……」

 

 

龍二の傍へ行きたい……その思いが強くなった麗華は、立ち上がり自分を閉じ込めている蛇を薙刀で全てを切り裂いた。開けられた場所から、彼女はふら付く足で抜け一歩一歩龍二の元へと歩み寄った。

 

 

(……何で……何で、来てくれないの?

 

何で……いつもみたいに……心配しないの?)

 

 

『麗華!』

 

『走ると転ぶぞ!』

 

『ほら見ろ!言う事聞かねぇから、怪我するんだ!』

 

『どうした?怖い夢でも見たか?』

 

『今日母さん泊りで帰って来ないから、二人で寝るか?』

 

 

喜んだ時の顔……心配した時の顔……時折見せる怒った時の顔……

 

麗華の脳裏に、次々にその記憶が蘇ってきた。母が死んだ後も、必ず龍二は傍にいてくれた……自分が変わっても、龍二は何も変わろうとせずいつも通りの調子で自分を見守ってくれた。

龍二の傍へと近寄った麗華は、渚と変わり龍二の姿を見た。渚は寄ってきた焔にしがみ付きただただ泣き続け、焔はそんな彼女を抱き締めながら龍の方を見た。

 

 

「……兄貴」

 

「……」

 

「丙……兄貴……お兄ちゃん、助かるよね?」

 

「……」

 

「丙……答えて」

 

「……分からぬ……

 

すまん……麗」

 

「……」

 

 

丙は龍二の傷口を翳していた手を微かに震えさせた。翳された手の下をふと見ると、そこには鬼の手で貫かれた痕の傷口が残され、そこから大量の血が溢れ出ていた。

 

その姿を見た瞬間、麗華の脳裏にある記憶が蘇った。血塗れになった母親……その横で丙が治療し、彼女の隣で泣き喚く自分と母親の手を取り懸命に呼び掛ける龍二の姿が蘇った。

 

すると、目から一滴の涙が零れ落ちその涙は龍二の血の上に落ちた。

 

 

「……許さない」

 

「?」

 

「麗?」

 

「鵺野……私の援護に回って」

 

「……」

 

「鵺野!!気をしっかり持て!!アンタ、それでも教師なの?!!」

 

「!!」

 

 

ハッと我に返ったぬ~べ~は、鬼の手を構え慌てて麗華の隣へと立った。彼女は立ち上がり、ポーチから二枚の紙を取り出した。

 

 

「一枚の攻撃が発動したら、鵺野!アンタの腕に巻き付ける!それで奴を攻撃して!!」

 

「わ、分かった」

 

「麗、止せ!!使ったお前の体が」

「どうでもいい!!」

 

「?!」

 

「私は、こいつを許さない!!

 

だから、どうなったっていい!!こいつを倒すまでは、攻撃は止めない!!」

 

「麗……」

 

「大地の神々に次ぐ!!汝等の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

 

二枚の紙は、赤と黄色に輝きだした。輝きだすと、一枚の紙から炎、もう一枚の紙から雷が噴き出てきた。

 

 

「いでよ!!火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)!!そして、建御雷之男神(タケミカヅチ)!!」

 

 

二枚の紙は炎と雷を激しく放ちその勢いを増した。麗華は雷が放っている紙を、薙刀の柄の部分に貼った。紙から放たれていた雷は薙刀を覆い纏い雷の刀をまた造り出した。

 

 

「鵺野!!鬼の手!」

 

 

麗華の声に、ぬ~べ~は彼女に鬼の手を差し出した。鬼の手に麗華は炎が放たれている紙を、ぬ~べ~の鬼の手の手首に巻き付けた。すると、鬼の手は炎に覆われ巨大な炎の手が出来上がった。

 

 

「体に負担がかかる!!一発で決めろ!!」

 

「分かった!!」

 

「私が先に行く!!その後に続け!!」

 

「あぁ!!」

 

「焔!!」

 

「言われずとも!」

 

 

人の姿から狼の姿へと変わった焔は、麗華を背に乗せ自分達を見つめている蟒蛇に向かって行った。その隣を雷光が通り過ぎ、蟒蛇の動きを封じるかのようにして、角から雷を放ち彼の体を動けなくさせた。

 

焔の背に乗っていた麗華は、立ち上がり彼から飛び降り動けなくなった蟒蛇目掛けて、薙刀を振り下ろし両腕を切り落とした。

 

 

「バカめ!!そんな事をしても」

「鵺野!!今だ!!」

 

「ハァ―――!!」

 

 

麗華の掛け声と共に、後に続いていたぬ~べ~は、炎を纏った鬼の手を切り落とされた両腕に、そして蟒蛇に向かって攻撃した。

 

 

「グギャァァァアアアア!!!」

 

 

炎に体を包まれた蟒蛇は、悲痛な声を上げながらその場に転がり火を消した。燃やされた手は跡形もなく消え去り、そして蟒蛇の傷口から腕が伸びることがなかった。

 

 

「火が弱点なのか」

 

「再生するには、細胞が必要……

 

その細胞を炎で、跡形もなく消されたら終わり……

 

 

焔が放ってた、炎を見て分かったんだ。蛇たちは一瞬で燃やされた」

 

「なるほどなぁ…」

 

「って、教師なんだから普通、これくらいのこと知ってるはずでしょ?」

 

「ゥ……」

 

「それとも、私より出来ないの?勉強」

 

「教師を馬鹿にするでない!!」

 

 

「貴様等ぁ!!許さん!!」

 

 

蟒蛇の声に反応するかのようにして、突然小島が激しく揺れた。その振動で、地面が崩れ始めそれと共に島に激しい雷雨が起き風が吹き荒れた。

 

 

「一人一人殺っていこうと思ったが……面倒になった。貴様等はここで一気に殺す!!」

 

 

地面が揺れ、麗華とぬ~べ~はその場に膝を付いた。すると振動のせいか、地面に亀裂が入り崩れ始めた。

 

 

「まさか、この島を壊す気か?!」

 

「う…嘘……!!

 

ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!!!」

 

 

胸を押さえながら、麗華は咳き込みながらその場に倒れた。

 

 

「麗華!!」

「麗!!」

 

 

揺れる中、焔は人の姿に変わりながら麗華の元へと駆け寄った。麗華は咳をし過ぎたせいか、口から血を出し藻掻き苦しんだ。

 

 

「麗……

 

だから言ったじゃねぇか……体にくるって」

 

「まだ………ゲホゲホ………終わって…ない……ゲホゲホゲホゲホ!!」

 

 

胸を押さえ息を切らしながら、麗華はふら付く足で立ち上がり、ポーチから一枚の紙を取り出した。

 

 

「麗!!それ以上使ったら、本当にお前は!!」

 

「兄貴が動けない今、私がやるしかない!!」

 

「それでもし、死んだらどうすんだ?!

 

そんなことしたって、龍は喜ばねぇぞ!!」

 

「死んだっていい!!

 

大事な者壊されるより、ずっといい!!」

 

 

言い叫び、息を切らす麗華……そんな彼女に焔は近寄り、自身の方に体を向かせた。

 

 

“パーン”

 

 

「?!」

 

 

麗華のを叩いた焔……彼女の頬は見る見る内に、赤く腫れ麗華は頬を押さえながら俯いた。

 

 

「死ぬなんて、簡単に言うんじゃねぇ!!

 

お前が死んだら、龍はどうするんだ?!!お前しかいねぇんだぞ!!」

 

「……」

 

「麗……」

 

 

その時、揺れが激しくなった。すると麗華が立っていた地面が崩れ落ち彼女はそのまま崩れた瓦礫と共に下へ落ちて行った。伸ばした彼女の手を、焔が掴もうとしたが間に合わなかった。

 

 

「麗ぃ!!」

 

「(……助けて……誰か)

 

兄貴……助けてぇ……

 

 

兄貴ぃ!!」

 

 

すると、焔とぬ~べ~の横を何かが通り過ぎ、その陰は穴に落ちて行った。陰は伸ばしていた麗華の手を握り、もう片方の手でつき出していた岩を掴み宙吊りになった。

 

 

「ったく……

 

 

世話のかかる妹だ……」

 

「……兄…貴」

 

 

汗だくになった龍二は、麗華の手をしっかりと握りしめながらそう言った。その手は赤く染まっており、ふと腹部の方を見ると、そこの箇所にあったはずの傷口は先程より小さくなっていたが、走り少し暴れたせいかそこから血が流れ出ていた。

 

 

「兄貴、血ぃ!!」

 

「大丈夫だ……これくらい!

 

テメェが体張って、戦ってたよりはマシだ」

 

「……」

 

「死ぬなんて、許さねぇぞ……麗華」

 

「……」

 

「お前なぁ……親父が自分の命を捨ててまで救われた命だぜ?親父の死を無駄にする気か?違うだろ?」

 

「……」

 

「言っただろ?

 

俺は……いなくなったりしないし……今握ってる、お前の手を離さないって……

 

 

お前が、しっかり……自分の道を一人で、歩むまではずっと握ってるって」

 

「……」

 

 

龍二の話を黙って聞く麗華……彼女は目から流れ出てくる大粒の涙を止めようと必死になって、腕で拭いていたが、拭いても拭いてもその涙は止まる気配がなかった。

 

 

だがその時、龍二が掴んでいた岩が崩れ二人は一緒に落ちて行った。焔と渚がその穴へ行こうとしたが、揺れが激しく以降にも行けない状況になってしまった。それだけではない……早く避難しないと、自分達も彼女達と同じ立場になってしまう。

 

 

「……雷光!バカ教師を背に乗せて、いったん非難してくれ!!

 

姉者は丙を背に乗せて、ここで待機しててくれ。俺が二人を助けに行く」

 

 

支持を出し切った焔は、二人が落ちて行く穴に向かって飛び込もうとした時だった。穴の縁に大鎌の先端が刺さり、それと共に落ちて行った龍二の手を誰かが掴み止めた。

 

 

「死なせないよ……二人は」

 

「か…」

 

「鎌鬼!!」

「鎌鬼!!」

 

 

大鎌は鎌鬼達を、引っ張り上げ縁の届くところまで行った。縁に手を掛けた龍二は上がり、握っていた麗華を引っ張り上げた。上げられた二人を、鎌鬼は手を貸し立たせ焔の背に乗せ空へと上がった。

 

小島は崩れ、海へと沈んだ。そこにいた蟒蛇は海の水を吸い込み、さらに巨大化しきられた腕は海の水のおかげか、また再生した。

 

 

「また再生してる!?」

 

「しぶとい奴だ……痛!」

 

「兄貴!?」

 

 

腹を押さえて、龍二は麗華の腕に倒れた。その異変に気付いた渚はすぐさま焔の元へと行き、丙を焔の背に乗せた。

 

 

「まだ傷口がふさがっていないのに、無理をして動くからだ!」

 

「丙、助かるよね?」

 

「大丈夫だ。後は傷口を塞ぐだけだ」

 

「……」

 

「龍二は丙に任せて、麗華。君しかいないよ……今あの大蛇を倒せるのは……」

 

「……」

 

「鬼の主さんは体力に限界が来ている。これ以上戦えば、鬼の封印が解ける可能性がある」

 

「…・・・でも」

 

「雷光、焔。君達二人は龍二と鬼の主を連れて、近くの小島に行ってくれ。龍二、君は傷口が治り次第、参戦してくれ」

 

「そう…させてもらう」

 

「鎌鬼……俺は麗華の教師だ……まだ戦えから参戦させてもらう」

 

「……なら、僕は何も言いません。一応忠告はしましたから」

 

「すまない」

 

「焔は二人を小島に置いた後、すぐに渚と交代だ」

 

「了解」

 

「麗華……不安なのは分かるが、今は君しかいないんだよ?」

 

「……」

 

「大丈夫だ……

 

お前は俺の妹だ」

 

「兄貴……」

 

「何だって、できるだろ?違うか?」

 

「……」

 

「傷治ったら、俺もすぐに参戦するから。な?」

 

「……うん」

 

「鎌鬼、鵺野……俺が来るまで、麗華を頼んだぞ」

 

「分かった」

「承知した」

 

 

龍二を丙に渡した麗華は、渚へと飛び移った。焔は彼女が移ったのを確認すると、近くにあった小島へと行った。麗華は深く息を吐き、そして意を決意したかのようにして、目の前にいる蟒蛇を睨んだ。



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五つの力

その頃島では、住民達が学校の体育館へと非難していた。突然起きた雷雨と強風によりすぐに非難警告が出された。
町長たちは、職員室にあるテレビで、天気予報を見ていた……だが、自分たち付近だけに雷雲が囲っており、まるで自分達を逃げださない様にしているような光景だった。


「何だ…こりゃあ」

「これじゃあ、避難どころか島から逃げることもできません!」

「一体、何が起きてるんだ?」

「……」


「町長!!子供たちが戻ってきました!!」

「?!」


外にいた者から話を聞いた町長は、レインコートを着てすぐさま表へと出た。表では巨大な鳥から降りてくる、大輔たちと広達、更には行方不明になっていた子供たちが降りていた。


「こ、これは?!」

「すぐに医者を頼む!!」

「はい!」

「それからもう少し人手を」

「分かりました!」


体育館にいた男性たちは次々に立ち上がり、外へと出て行った。出て行った者の中に、自分の子供を見つけた父親はすぐに我が子へと駆け寄り抱き締めた。それに続いて、次々に自分達の子供へと駆け寄り、それぞれ抱き締め中へと入った。


「七海!!」

「久留美!!」


全員が中へ入り、タオルを受け渡されていると、そこへ七海と久留美の母親が駆け付けてきた。二人の母親は二人を見つけると、力強く抱きしめた。

そんな光景を、遠くから大輔は眺めていた。


「おい、大輔」

「?」

「お前は母ちゃん、捜さなくていいのか?」

「別に……捜したところで、何の意味もない」

「へ?」

「何で?」

「……」


その時、子供達を抱きしめる親たちの間を抜けながら、女性が一人大輔の元へと歩み寄ってきた。大輔は少し驚いた顔でその女性を見つめた。


〝パーン"

「!?」

「!!」


何も言わずに、女性は大輔の頬を引っ叩いた。


「何で……何でそうやって、いつもいつも迷惑かけるのよ!!」

「……」

「いい?!これ以上世話を掛けるようなことを起こさないで!!

樹梨と海斗が、真似したらどうするつもりなの?!」


叩かれた頬を押えながら、大輔は彼女の後ろにいる小さい二人の子供を見た。その子供達は手を繋ぎ自分の事を、哀れな目で見つめていた。女性は何かを言うと、二人の手を引きそのままどこかへ行ってしまった。


「……」

「あれが、うちの親だ」

「え?」

「大輔?」

「……これが現実だ」


大輔の頬に、一滴の水が流れ落ちそのまま彼は階段を上り姿を消した。そんな彼を氷鸞は少し気になり、後を追いかけて行った。


同じ頃、龍実は突然消えた島の上空を、持っていた双眼鏡で覗き見ていた。


「おいおい……何か、あの蛇デカくねぇか?」

「見りゃあ分かるわい!!クッソぉ……せっかく、剣見つけたのに」


鮫牙の手には、布に包まれた剣が握られていた。


「なぁ、何とかして麗華達の所に行けねぇのか?」

「行けたらとっくに行ってる!」

「あいつ等みたいに、飛べねぇのか?」

「飛べたら飛ぶわ!!俺は海専門だ!!」

「分かったから、デカい声出すな!」

「……?」


ふと、森の方を見るとそこに、何かが降り立つ影が見えた。その陰に気付いた龍実は鮫牙と一緒にその陰へと駆け寄った。


「……?!

龍二さん?!」


龍実は地面に横になった龍二の元へと駆け寄った。その横で丙は再び治療を始めた。


「これ……何があったんです?」

「攻撃されて、今は動けない状態だ」

「麗華は……あいつは?!」

「あの化け物と闘ってる」

「なら焔だっけ?連れてってくれ俺を!!」

「バカか?!危険なところ」
「これを届けたいんだ!!」


そう言いながら、龍実は鮫牙の腕に抱えられていた剣を奪い焔に見せた。


「これは、大昔この島にいた悪霊を切り裂いて封印したと言われてる剣だ……

もしかしたら、これであの化け物を倒せるかもしれねぇんだ!」

「龍実……」

「俺は、アイツに何もできなかった……

だから、今度はやってあげたいんだ!!」

「……焔、こいつを連れてけ」

「けど」

「いいから……

龍実、頼んだぞ」

「はい!」


龍実は持っていた剣を抱えながら、焔に飛び乗った。焔は飛び乗ったのを確認すると、彼は麗華の元へと向かった。


渚の背に乗った麗華は深く息を吐き、意を決意したかのようにして、目の前にいる蟒蛇を睨んだ。そしてポーチから、数枚の札を取り出した。

 

 

「……結界発動!!」

 

 

数枚の札は円を作るように配置に着き、陣を造り出した。陣を造り出すと、麗華はポーチから一枚の紙を取り出した。

 

 

「臨、兵、闘、者」

 

 

呪文に反応する可能用に、それぞれの位置に着いた札が別々の色の光を放った。

 

 

「皆、陣、列、在、前!」

 

 

札から光線を出し、その光線は蟒蛇の体に巻き動けなくさせた。

 

 

「鵺野!鬼の手で攻撃しろ!

 

雷光!彼をアイツの所まで送れ!」

 

「承知!」

 

 

雷光は前足をバタつかせ、蟒蛇の元へと駆けて行った。ぬ~べ~は鬼の手を構え、雷光から飛び上がり動けなくなった蟒蛇目掛けて鬼の手を振り下ろした。

 

だが、その鬼の手は弾き返された。そして蟒蛇を囲っていた札が全て破かれ、彼は自由の身となり腕を伸ばしぬ~べ~と麗華を攻撃した。

 

 

「グワァ!」

「わぁあ!」

 

 

攻撃されたと同時に、麗華とぬ~べ~は海の方へと落ちて行った。

 

何かに着地した麗華とぬ~べ~……着地した地面を麗華は手で触れた。水で出来た床の様なもの……ぬ~べ~は彼女の傍へといきながら、その床を凝視した。

 

 

「この床は……一体」

 

「……たぶん、海に住んでるやつだと思う」

 

「……」

 

「麗!!」

「麗殿!!」

 

 

馬と狼の姿から、人の姿へと変わった渚と雷光はその床に着地し、麗華に駆け寄った。渚は駆け寄るとぬ~べ~を退かし、麗華を抱き締めた。

 

 

「麗!!無事でよかった!」

 

「な、渚……苦しい」

 

「お…俺は無視なの?」

 

「フン!麗の命の方が、よっぽど重いわ!

 

アンタの命なんて、どうでもいいのよ」

 

「己ぇ!!このくノ一めぇ!!」

 

「誰がくノ一よ!私は白狼一族の狼娘だ!!」

 

「格好がだ!!格好だ!」

 

「何ですって!!雷光、麗をお願い!」

 

 

抱き締めていた麗華を、渚は雷光に投げ渡し拳を鳴らしながら、ぬ~べ~に殴りかかった。麗華は雷光の腕の中で気を失っていた。

 

 

「れ、麗殿?!」

 

 

渚に抱き締められたせいか、麗華は気を失ってしまった。魂が抜けたかのように口を大きく開いた彼女を、雷光は体を揺らしながら懸命に呼び掛けた。

 

 

そんな光景を、到着した焔は呆れた様子で眺めながら、水の床へと着地し背から龍実を降ろすと、人の姿へと変わりぬ~べ~を殴っている渚の元へと寄った。

焔の気配に気付いた渚は、殴っている手を止めぬ~べ~の胸倉を掴みながら、彼の方を向いた。

 

 

「あら、焔」

 

「『あら、焔』じゃねぇよ!!

 

何殴ってんだよ、このバカ姉者!!」

 

「誰が馬鹿だって!この男が、失礼な事言うからよ!!」

 

「ここまで殴る必要があるか!!大体、何で麗が気を失ってんだよ!?」

 

「へ?!麗が!!何で!?」

 

「姉者……また強く抱きしめたな」

 

「ア……アハハハ」

 

「『アハハハ』じゃねぇ!!俺の主を何回気絶させる気だ?!」

 

「ゴメンゴメン!つい、力が入っちゃって」

 

「ゴメン済むなら警察はいらねぇんだよ!!

 

さっさと龍を迎えに行け!!」

 

「ハ~イ…(そんな怒らなくても……)」

 

 

胸倉を掴んでいたぬ~べ~を投げ捨て、狼の姿へと変わり龍二の所へと向かった。

 

 

「ほ、焔ぁ!!れ、麗殿が目覚めぬぅ!!」

 

「あ~もう!分かったから、麗を貸せ!それから、そこで伸びてる馬鹿を起こせ!」

 

「あ、はい」

 

 

雷光から渡された麗華を座らせると、焔は背中に膝蹴りを軽く入れた。すると意識が戻ったのか、ハッと顔を上げ眼をパチパチとしながら、辺りを見回した。

 

 

「あれ?私、何……」

 

「ようやく意識が戻ったか……」

 

「大丈夫か?」

 

 

心配した龍実が、恐る恐る麗花の元へと寄りながら声を掛けた。

 

 

「あれ?龍実兄さん……何で」

 

「これを、届けたくて」

 

 

肩にかけていた布に包まれた剣を、龍実は差し出した。

 

 

「これ……」

 

「鮫牙から聞いたんだ。

 

昔ここにいた巫女が、あの化け物を封印する際、この剣を使って封印したんだ。

剣を使い、五つの力で化け物を封じたんだ。」

 

「五つの力?それに、何で龍実兄さんがそんなことを?」

 

「ここへ来る前、祖母ちゃんから話を聞いたんだ。

 

風と雷の他に、水、氷、火を使ったって」

 

「あのババァ、どんだけ最強なんだよ……」

 

「全くだ…あれだけ、麗の事いじめてたくせに」

 

「なぁ、焔君……一つ聞いて良いか?」

 

「?……!」

 

 

後ろを振り返ると、そこに丸焦げになったぬ~べ~と頭を掻きながら、少々困ったような雷光が立っていた。

 

 

「どうしたの?その格好」

 

「あれなのか……俺は、こいつらに嫌われているのか?」

 

「……何やったの?雷光」

 

「目を覚まさせようと、そのぉ……雷を……」

 

「……アホ」

 

 

 

 

大雨が降る島……体育館では、親の膝に頭を乗せ安心して眠る子供達……大輔は、ただ一人教室に置かれている机の上に腰を下ろし、外を眺めていた。

 

 

「……御独りは好きですか?」

 

「?」

 

 

教室の隅に佇む氷鸞……ゆっくりと大輔の近くへ行くと外を眺めた。

 

 

「……なぁ」

 

「?」

 

「妖怪って、どうやって生まれるんだ?」

 

「……」

 

「なぁ」

 

「……さぁ。どう生まれて来るんでしょうかねぇ」

 

「……じゃあ、生まれた後はどうなるんだ?」

 

「そうですねぇ……

 

その地の神になって、その地を守っていくでしょう。

 

 

例え、どんなに人に迫害されてもですけど」

 

 

フラッシュバックで思い出す過去の記憶……氷鸞は悲しげな瞳で、大輔を見つめた。

 

 

「……二年前。俺もアイツと一緒に、この島から出て行きたかった」

 

「?大輔さん?」

 

「俺が一歳の時、本当の母親がこの島から出て行った。

 

俺もついて行きたかった……けど、父親がそれを許さなかった。

 

 

今でも覚えてる……船に乗り込むお袋が、涙を流して俺との別れを惜しんでたのを」

 

「……」

 

「神崎のお袋は死んだって聞いてるけど、何で死んだんだ?」

 

「詳しくは聞いていません。私が麗様に仕えたのは、一年程前です」

 

「……そういや、そうだったな。

 

アイツがあの時連れてたのって、あの狼と馬くらいだったもんな」

 

「……?」

 

 

何かに気付いたのか、氷鸞は窓を開け外を眺めた。

 

 

「どうした?」

 

「……少々、嫌な殺気を感じましてね……」

 

「神崎の所に行くなら、俺も一緒に行く!

 

ここにいたって、誰も俺の事を心配しちゃくれねぇ……俺も神崎と一緒なんだよ」

 

「……乗りなさい。

 

しかし、いつも通りのスピードで飛びます」

 

「分かった」

 

 

外へと飛び出た氷鸞は、巨鳥へと姿を変えた。変わった氷鸞の背に大輔は飛び乗り、彼が乗ったのを確認すると猛スピードでどこかへ向かった。

 

 

 

 

「よし!治療完了!」

 

 

傷口から手を放し、丙は嬉しそうに言った。龍二は龍二は立ち上がり、丙に礼を言うと紙へと戻した。そして地面に刺していた剣を抜き取ると渚に乗り、麗華達の元へと急いだ。

 

 

 

 

「麗華ぁ!!」

 

 

水の床へと降り立った渚から、素早く飛び降り麗華の元へ駆け寄った。

 

 

「兄貴!」

 

「良かった、無事だったか」

 

「兄貴、もう大丈夫なの?」

 

「ばっちりだ!

 

それより、こいつ何でいじけてんだ?」

 

 

蹲り、目から涙を流し何かブツブツ言うぬ~べ~を見ながら質問した。

 

 

「何があったんだ?」

 

「さぁ……」

 

 

「麗様ぁ!!」

 

 

空から声が聞こえると、巨鳥から人の姿へとなりながら、腕に何かを抱えて飛び降りてくる氷鸞の姿があった。着地すると、抱えていた人をその場に下ろし麗華の元へと駆け寄った。

 

 

「麗様!!お怪我はございませぬか?!」

 

「ないない」

 

「何しに来てんだよ、阿呆鳥」

 

「フン!麗様がピンチの時に、何をのうのうとしているのだ。この馬鹿犬が」

 

「あぁ!!やるっていうのか?!この阿呆鳥」

 

「馬鹿犬如きに、この私が負けるなどありません」

 

「んだと!!」

 

「やりますか?馬鹿犬さん」

 

「止めんかい!!こんな一大事の時に!!」

 

 

氷鸞と焔の頭に、思いっきり殴った。二人は殴られた個所を押えながら、二人は背を向けた。

 

 

「全く……?

 

あれ?星崎?!」

 

 

地面に膝を着き、手を着く大輔の姿に気付いた麗華は彼の元へと駆け寄った。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「し……死ぬかと思った。

 

あ……あんなスピード、もう……味わいたくない」

 

「……氷鸞、まさかアンタ」

 

「いつも通りのスピードで行くと言いましたら、別に良いと言ったものですから」

 

「……雷光、電撃」

 

 

角から雷を出し、氷鸞に攻撃した。氷鸞は体から煙を放ち、その場に倒れた。そんな彼を焔は足で突っつきながら遊んだ。

 

 

「さぁて、御遊びはここまでにして……

 

 

麗華、アイツを倒す方法あるか?」

 

「一応、龍実兄さんから聞いた方法ならあるけど……」

 

「方法?どんなの?」

 

 

龍実は先程の話を龍二に話した。五つの力を使い、龍実が持っている剣にその力を加えさせるのだと……

 

 

「なるほどなぁ……(何ちゅうババァだ)」

 

「どうする?やってみる?兄貴」

 

「やってみる価値はある。

 

それ以外方法はねぇだろ?」

 

「確かにそうだけど、力はどうするの?

 

今ここに揃ってるのは四つだけだ」

 

「いや、一応五つ揃ってる」

 

「え?」

 

「お前、雛菊のこと忘れてるだろ?」

 

「……あ!」

 

「ったく、人の式神の技くらい覚えとけ」

 

「ハイハイ……」

 

「返事は一回だろうが!!」

 

「わ…分かった!!分かったから、耳を引っ張るな!!」



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砕け散る壁

「ったく……思いっきり引っ張りやがって」


耳を押えながら、麗華は焔の乗った。


「さて、二人だが……」


焔に乗る麗華を見ながら、龍二は龍実と大輔の方を向いた。


「普通なら安全な場所に行かせたいんだが……そんな暇はない。

つーことで、お前等にも手伝ってもらう!」

「へ?!」

「俺等に!?」

「お前等二人共霊力あるんだろ?

だったら、丁度いい。」

「けど、あったとしても何も」

「別に大丈夫だ。大まかな事は俺達三人でやるから。な」

「……」

「よし!そうと決まれば、とっとと行くぞ!

大輔は鎌鬼と一緒に、龍実は氷鸞に乗れ」

「分かった」
「分かった」


二人の返事を聞くと、龍二は渚に乗り、大輔は鎌鬼に掴まりながら大鎌へと乗り、ぬ~べ~は雷光に乗り、龍実は氷鸞に乗った。


「出て来い!雛菊!」


その叫びと共に、一枚の紙を投げるとそこから煙が上がり中からを雛菊が現れた。


「これは…一体……!?

な、何だあの化け物は?!」

「妖怪だ。

雷の術を使うから、獣の姿になれ」

「え~~~

嫌じゃあ!」

「いいからしろ!」

「ウゥ~~~~~」

「……麗華」

「ハ~イ。


雛菊の獣姿、私見たいなぁ……」

「……麗が言うなら、変化してもいいぞ?」

「さっさとしろ!!」


雛菊は懐から扇子を取り出すと、火の玉を出しそれを自身の上へと浮かせ火のカーテンを造り出した。数分もしない内に、火のカーテンが消えると共に、そこから三つの尾を持ち茶色い毛に包み、首に赤い椿の飾りを付けた首輪をした狐の姿をした雛菊が現れた。


「どうだ?麗!」

「やっぱり、この姿の方がいいよ」

「本当か?!」

「本当、本当」

「嬉しいぞ!」

「喜ぶのは後だ!

早く行くぞ」

「ハーイ!」


大蛇の姿となった蟒蛇は、嵐をさらに激しくしていた。島の住民たちは、川の氾濫を防ぎに川へと行った。

 

 

「町長!!このままだと、川が氾濫します!!」

 

「この嵐がおさまれば、いいんだが……いったい、何がどうなっているんだ……」

 

「昔もありましたよね?確か何十年か前に、同じように嵐が来て危うく島が沈みかけて」

 

「あぁ!それなら、俺少し覚えてます!

 

けど、その時はあの静代さんが嵐を鎮めたんですよね?元巫女の職に就いてたからかなんかで」

 

「そうじゃそうじゃ!」

 

「それじゃあ、今回も静代さんが?」

 

「いや、さっき静代さん、娘さんと一緒に体育館にいましたよ」

 

「じ、じゃあ、今回誰がこの嵐を?」

 

「……麗華」

 

「?」

 

「今この場にいないのは、麗華ちゃんと龍二君だけだ。あの二人が今、この嵐を止めようとしてるんだろう」

 

「……二人だけで、大丈夫なんでしょうか?」

 

「もう麗華ちゃんを疑ったりするのはやめだ!」

 

 

町長は海を見ながら、皆にそう言い叫んだ。

 

 

「わしらは、あの子を迫害し過ぎた……今起きてる災害は、その罰だ。

 

今は、あの子に頼ろう」

 

「そう……だな」

 

「あの子はいつもいつも、僕らに忠告してましたもんね。

 

森に入っちゃいけない……祠を壊しちゃいけない……川を汚さないでほしい……」

 

「考えてみれば、言われてきたあの子の願なんて……普通にできる事ですもんね。」

 

「それなのに、俺達は守らずいつも破って、そして怪我を負ってはあの子のせいにして……」

 

「俺達が、悪かったんだな……」

 

「あの子は何も悪くない……今考えれば、優しい子だった。」

 

「無駄話は後だ!とにかく今は、俺達ができる事をやろう!」

 

「はい!」

 

 

その頃、体育館では、嵐の轟音で目を覚ました子供たちが遊び回っていた。そんな中、久留美たちの学年は隅の方に集まり今までの事を七海が全て説明していた。

 

 

「えぇ?!」

 

「じゃあ久留美、妖怪にとり憑かれてたってことかよ!?」

 

「そうよ……さっきから説明してるじゃない」

 

「けどよその蛇妖怪……どうせ、神崎の手下かなんかじゃねぇのか?」

 

「手下なんかじゃない!!説明したけど、今回起きてる神隠し事件は全部、蛇の妖怪の仕業だったの!!だから麗華は関係ないの!!」

 

「そうです!僕等を探し出したのも、ここまで送ってくれたあの大きな鳥も、全部神崎さんがやってくれたことです!!」

 

「麗華、皆の家に式神を着かせて、見張らせてたんだよ!」

 

「けど、失敗に終わってるんじゃねぇか?」

 

「それは……」

 

「じゃあ、アンタは一人で出来たっていう訳?!

 

私達には見えない妖怪を相手に!!」

 

「そ……それは」

 

「言い返せないなら、文句言わないでほしいもんだわ!!」

 

「何だよ!!手の平返したような態度取りやがって!!」

 

「だから!!私は妖怪にとり憑かれたんだって!!」

 

「単なる言い訳だろ!!」

 

「何よ!!やるっていうの!?」

 

「ちょっと、二人とも!!止めなよ!!」

 

 

立ち上がり睨み合う二人を、座っていた奈美が慌てて止めた。

 

 

「ねぇ……謝りませんか?」

 

「?」

 

「誰にだよ?」

 

「神崎さんですよ!

 

二年前に起きた事を、全部謝ろ……」

 

「何で」

「だって!

 

だって……元後言えば、麗華をあんな風にしたのって、私達に原因があるじゃない……もし、私達が麗華をしっかり受け入れてさえすれば、鈴村先生も入院することもなければ、先生を辞めることだってなかったじゃん……」

 

「……けど、久留美の奴が全部」

 

「それは卑怯ですよ……

 

自分達は悪くないみたいなこと言って……全部九条さんのせいにするなんて」

 

「そうよ……久留美だって悪気がなかったんだから……」

 

 

二人の言い分が正しいと思う章義達……すると長い黒髪に赤いカチューシャをした真鈴が口を開いた。

 

 

「私ね……神崎さんがまだいじめられる前、助けて貰ったことがあるの。

 

 

ほら家、両親が帰り遅くて……それで遊び心で夜、外へ出て一人で森に行ったの。

そしたら、迷子になっちゃって……歩いても歩いても、全然出口が分からなくなっちゃって……怖くて泣き出しそうなった時だったかな。神崎さんが、私を助けてくれたの。

 

懐中電灯持って、私の手を握って一緒に森の中を歩いて……そしたらすんなり、森から出られたんだ。あの時は本当に助かったって今でも思うよ」

 

「ぼ、僕もあるよ!

 

川で怪我した時、神崎さん僕の足の治療をしてくれたんだ。まるで看護婦さんみたいだったなぁ。あの時の神崎さん」

 

「そういや俺も似た様な事あったな」

 

「俺も」

 

「私も……」

 

 

それぞれがそれぞれの事を思い出し話をし出した。皆の話を聞いていた久留美は遙と七海を見ると、手を叩いて自分に注目を浴びさせた。

 

 

「皆、麗華に助けられてる……

 

ねぇ、ちゃんと謝ってさ……頼まない?友達になろうって!」

 

「……そう…だな」

 

「そうよね……その方が良い!」

 

「私、神崎さんと友達になりたい!」

 

「俺も俺も!神崎と一緒に遊びてぇし!」

 

「そうよ!」

 

「それじゃあ決まりね!

 

嵐がおさまったら、麗華の所に行こ!」

 

「うん!」

「うん!」

 

 

 

 

蟒蛇の元へと近寄ったぬ~べ~達……

雷光に乗っていたぬ~べ~は、先程麗華から受け取った剣を鬼の手で握り、バランスを取りながら立ち上がった。

 

 

「いつでもいいぞ!!」

 

「了解!!

 

焔!!氷鸞!!雷光!!」

 

 

麗華の声で、焔は口から火を放ち、氷鸞は龍実を気にしながら羽を羽ばたかせ氷を出し、雷光は自身の背中に乗っている彼に向かって風を起こした。

三つの技は全てぬ~べ~が握っている剣に吸収されていった。

 

 

「渚!!雛菊!!」

 

 

三つの技に続いて、渚は焔と同様に口から水を放ち、雛菊は三つの尾を立たせ先から雷を剣目掛けて放った。

剣は二つの技を吸収し、そしてぬ~べ~の鬼の手から妖力を吸い取り、その形を変えた。鬼の手の様に赤く巨大な剣となった。

 

 

「鵺野!!今だ!!」

 

「強制成仏!!」

 

 

雷光から飛び上がり振りかざした剣を、ぬ~べ~は蟒蛇目掛けて振り下ろした。

 

 

「馬鹿め!!そんなもの、この俺に通用しない!!」

 

 

蟒蛇は振り下ろしてきた剣を防ぐようにして、口から水を放った。水は壁のように上から流れ落ちその攻撃を防いだ。

 

 

「何?!」

 

「防がれた……」

 

「ハッハッハッハッハッ!!どうだ!

 

所詮、貴様等はこの俺に適わなかったと言うことだ!!」

 

「………(確かあいつ)

 

麗華」

 

「?」

 

 

何かを思い出したのか、龍二は焔の背に飛び移り蟒蛇に聞こえない様に声を小さくして話し出した。

 

 

「あいつ、雷に弱いんだよな?」

 

「うん……それから火にも弱い。

 

でも、攻撃性式は体力的にもう使えないよ?兄貴だって、その体じゃあ………」

 

「いや、いける」

 

「え?」

 

「薙刀を構えろ」

 

 

焔の上で立ち上がり、自身が持っていた剣を構えた。麗華は疑問に思いながらも、薙刀を握り締め立ち上がった。

 

 

「兄貴……何やるの?」

 

「な~に……

 

ちょっとした作戦だ」

 

「作戦?」

 

「雷光をこっちに呼べ」

 

「うん」

 

 

口笛を吹き、雷光を呼んだ。彼は音に気付くと素早く麗華の元へと駆け寄り、雷光とほぼ同時に雛菊も龍二の元へと来ていた。

 

 

「揃ったな……

 

二人には、今から俺と麗華が持ってる武器に、雷を放ってほしい」

 

「?!」

 

「あの水のバリアを破壊する。残ってる作戦はこれしかない」

 

「……」

 

「大丈夫だ。必ず成功する」

 

 

不安げな表情を浮かべる麗華に、龍二は笑みを溢しながら彼女の頭を雑に撫でた。

 

 

「早速やるぞ。

 

雛菊!!」

 

「雷光!!お願い」

 

 

渚の背に飛び戻り、剣を構えた。構えた龍二に雛菊は、三つの尾を立たせ先から雷を放った。同時に雷光も角に雷を溜め麗華が握っている薙刀に放った。

 

二つの武器は、雷に包まれ雷刀となった。その圧倒的な力を抑えるのがやっとの麗華は、バランスを崩しかけ落ちかけた。その時、鎌鬼が彼女の二の腕を掴み立たせた。

 

 

「その妖力じゃ、抑えられないんじゃないかな?」

 

「う、うるさい!!これくらい……わっ!」

 

「立っているのがやっとじゃないか……?」

 

 

鎌鬼の腕に掴まり立っていた大輔は、起用に大鎌の上を歩き麗華の隣へと飛び移り、彼女と一緒に柄を掴んだ。

 

 

「星﨑?」

 

「お前等みたいに、戦えなくても……

 

力を貸すことができる」

 

「……」

 

「君達三人は、氷鸞に乗り移った方がいい!

 

氷鸞!!こっちへ!それから」

 

 

的確な指示を出す鎌鬼……そんな彼を見た大輔は、嫌そうな目つきをした。

 

 

「何だあいつ……偉そうに指示して」

 

「本当……前は私達兄妹を、普通に殺そうとしてたのに」

 

「え?!お前、あいつに殺され掛けたのか?!」

 

「まぁね……(あん時は、マジで死にかけたからなぁ)」

 

「そんな野郎と、よく手を組む気になったな」

 

「色々あってね……

 

今じゃ、手助けしてくれて結構助かってるんだぁ」

 

「フーン……」

 

 

指示を出し終えると、氷鸞が彼女達の元へと寄った。大輔と麗華、そして龍二が飛び移りそれと入れ替えに龍実は鎌鬼が乗る大鎌に飛び移った。

 

 

「氷鸞!鵺野の攻撃を防いでる水壁の所まで連れてけ!」

 

「承知!」

 

「ギリギリの所で、飛び上がって水壁をぶち壊す。

 

上手くいけば、氷鸞が俺達をキャッチしてくれる」

 

「う、うん」

 

「俺の合図で飛べ!!」

 

「了解!」

 

 

空高く飛び、そこから急降下し水壁に向かう氷鸞……

 

 

「今だ!!」

 

 

龍二の掛け声と共に、三人は一斉に氷鸞から飛び降り水壁目掛けて、それぞれの雷刀を振り下ろした。

 

水壁は見事に切り裂かれ、崩れていった。それを知ったぬ~べ~は今だと思い、剣を振りかざし蟒蛇を切り裂いた。切り裂くと共に、自身の鬼の手で弱くなった蟒蛇を、最後の一撃として攻撃を与えた。

 

 

「ウワァァアアアア!!」

 

 

断末魔を上げ、蟒蛇の体は頭から黒い粉になっていき、やがてその姿を消した。



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兄(龍二)と妹(麗華)

消えていく蟒蛇……だが、その黒い粉は空へと登りやがて、酷い嵐を起こした。嵐から発生した強風により、落ちていく麗華達は、風に流され氷鸞の背に乗ることができなかった。


「麗!!」
「龍!!」


人の姿へと変わった渚と焔が、急いで二人を助けようと急降下した。落ちていくぬ~べ~を、雷光は何とかキャッチすると、人の姿へと変わり彼を抱えたまま麗華を助けにいった。

落ちていく麗華と大輔の手を、追いついた焔がようやく掴んだ。


「焔!」

「何とか間に合った……」

「焔!兄貴を追って!!」

「言われずとも!!氷鸞!こいつを頼む!!」


近くにいた人の姿へと変わっていた氷鸞に、大輔を渡すし焔は麗華を抱え落ちていく龍二を追い掛けるために急降下した。
渚が手を伸ばすが、龍二が伸ばす手に届かなかった。共に急降下してきた焔に抱えられた麗華は、焔の手を掴みながら伸ばす龍二の手を掴もうと、手を伸ばした……

だが、その手は届かず焔と渚は追い掛けるのを辞めた。それと共に、龍二は荒れる海へと落ちていった。


「兄貴ぃ!!」

「麗、無理だもう!!

一旦、島に行くぞ!」

「嫌だ!!兄貴が……兄貴が!!」

「嵐が収まったら、すぐに助けに行く!!だから今は島へ行くぞ!!

姉者、行くぞ」

「う……うん」


暴れる麗華を宥めながら、焔は渚と共に皆の所へと行き全員、彼と共に小島へと降りた。


“ボコボコ”

 

 

(水の中……)

 

 

暗い海の中……龍二は手を伸ばしたまま、底へゆっくりと沈んでいた。

 

 

(ハハハ……

 

俺、このまま死んじまうのかなぁ)

 

 

薄らと目を開き、海の上を見た。伸ばす手首には、勾玉のブレスレットが目に入った。

 

 

(親父……お袋……

 

もう駄目みてぇだ……)

 

 

沈んでいく龍二……瞑った目の裏に映る、麗華の姿……

 

 

(麗華……)

 

『お兄ちゃん!見てみて!

 

青と白がお花くれた!』

 

『お兄ちゃん!お帰り!』

 

『お兄ちゃん!花火が上がった!』

 

『お兄ちゃん!!』

 

 

蘇る幼き頃の記憶……人見知りで、自分達以外の人には、一言も喋らなかった……けど、甘えん坊で寂しがり屋だった……自分が学校から帰ってくると、一目散に抱き着いてきた。時には学校まで、焔と一緒に迎えに来た時もあった。

 

島から帰ってきた後も、その性格は変わっていなかった。

夏休みに入り、受験のために居間で勉強をしていると必ず、麗華は自分の近くで大人しく本を読みながら傍にいた……どこの部屋にいても、まるで引っ付き虫のように付いてくる……鬱陶しいとは、思わなかった。

 

 

(ずっと……傍にいるって約束したのに、守れなくてごめんな……)

 

 

次第に意識が薄くなり、海の中から見えた雲の隙間から現れた太陽の日差しを最後に、龍二は意識を無くした。

 

 

嵐が収まり、黒い雲が強風に吹かれ流れていく。晴れたのを確認すると、麗華は島の洞窟から飛び出し辺りを見回した。彼女に続いて、渚と焔も飛び出し麗華の傍へと駆け寄った。外は雷雨は収まったものの、今だに強風が吹いていた。

 

 

「龍……龍!!」

 

 

口に手をラッパのようにかざし、渚は呼び叫んだ。その声は島全体にやまびこの様に響き渡った。

 

 

「あの嵐だ……

 

運が良ければ、この島に流れ着いてるかもしれない」

 

「いや……絶対に龍二は、この島のどこかに辿り着いている。僕がまだ、元の姿に戻っていない」

 

「そうだな……

 

俺達も捜そう」

 

「うん」

 

 

ぬ~べと大輔と龍実、雷光と雛菊、氷鸞と鎌鬼はそれぞれ場所へと行き龍二を捜した。

 

 

「龍二ぃ!!」

 

「龍二さーん!!」

 

「龍二さーん!!」

 

「龍殿ぉ!!」

 

「龍!!」

 

「龍様ぁ!!」

 

「龍二ぃ!!」

 

「龍ぅ!!」

 

「龍ぅ!!」

 

 

龍二の名を呼び叫び捜すぬ~べ~達……

焔達と一緒にいた麗華は、入り江の方まで行き岩を飛び移りながら龍二を捜した。氷鸞達は森を抜け、反対の浜辺へと出て彼を捜したがいる気配がなかった。

 

 

「こんな時、空から捜せれば……」

 

「仕方が無い。さっきの戦いで妖力は、ほとんど使い果たしてしまったのだから……」

 

「……龍様」

 

「捜そう、氷鸞……」

 

「……はい」

 

 

一時間後―――――

 

入り江を捜す麗華……その後ろを、渚と焔はついて行きながら捜した。だがいくら捜しても、龍二の姿はどこにもなかった。

 

 

「どこにもいない……

 

まさか、龍は……もう」

 

「縁起でも無いこと言うな!!

 

龍は絶対生きてる!!お前の主だぞ!麗の兄者だぞ!!

簡単に死ぬわけねぇだろ!!」

 

 

渚の肩を掴み言い怒鳴る焔……すると、彼女の目から我慢していたのか涙がこぼれ落ちた。そして渚は焔に抱き着き、大声を上げて泣き出した。

そんな彼女の泣き声を、聞いていた麗華の目からも涙が出てきた。

 

 

「(何で……何でいないの?

 

どうして、いないの?出てきてよ……いつもみたいにひょっこり出て来て、いつもみたいに笑って私の頭撫でてよ……)

 

出て来てよ……兄貴……

 

 

 

 

兄貴ぃ!!」

 

 

島中に響く麗華の声……その時海から何かが浮き出てくる音が聞こえ皆その声の方を向いた。

 

 

「あれは?!」

 

 

海に浮かぶ三つの陰……その陰は岸へ向かおうと泳ぎだした。近付いてくる陰……

 

 

「丙だ……あれは丙だ!!」

 

「もう一つの陰は……鮫牙だ!!鮫牙の奴だ!!」

 

 

雛菊達と合流していた龍実は望遠鏡を取り出し覗き、雛菊と同じ方向を見ながらそう言った。

 

 

「それから………!!

 

あの二人、龍二さんと……龍二さんと一緒だ!!」

 

「?!」

 

「ほ、本当か?!」

 

「間違えねぇ!!」

 

 

龍実の答えを聞くと、雛菊と雷光は一目散に浜辺と向かい、その後を龍実は追い掛けていった。

 

 

海から出る丙達……その肩には意識の無い龍二が抱えられていた。岸へ上がると龍二を寝かせ、丙はすぐに治療に掛かった。彼等の元へ雛菊達が到着し、それに続いて鎌鬼達、そして麗華達が駆け付けた。

 

 

「鮫牙、何でお前が」

 

「海に落ちたのを見たから、急いで助けにいったんだよ……

 

生きてるかどうかは分からねぇ……長いこと、海の中にいたからな……」

 

 

治療する丙……麗華は龍二の傍へと行き座り込み、彼の手を握った。

 

 

「覚ましてよ……兄貴。」

 

「……」

 

 

何も答えない龍二……全ての治療を終えた丙は、龍二から離れすぐ後ろにいた雛菊の手を掴み、共に主か目覚めるのを待った。焔は渚と一緒に麗華の近くに寄った。

 

 

「……何で覚めないの?

 

皆、兄貴が目覚めるの待ってるよ?」

 

「……」

 

「ねぇ……何で覚めてくれないの……ねぇ……

 

ねぇ!!」

 

 

涙声になり、龍二の体を揺らす麗華……彼女の涙につられ、丙と雛菊は抱き合い泣き出した。氷鸞は笠のつばを掴み涙を見せぬように無き、雷光は後ろを振り返り泣き姿を見せぬようにした。龍実と大輔は涙を流し、顔を反らした。ぬ~べ~は目を閉じ、悔しそうな表情を浮かべながら、拳を握りしめた。

 

 

「目ぇ覚ましてよ……兄貴……

 

約束してくれたじゃん……ずっと傍にいるって……

 

握ってる手は離さないって………」

 

 

涙を流し、龍二の手を強く握りしめた。頬を伝い、麗華の涙は龍二の左手首に着けられている勾玉の上に落ちた。

 

 

「起きてよぉ……

 

お兄ちゃん……起きてよぉ」

 

 

手を強く握り、涙声で小さく言う麗華……そよ風が吹き、彼等の髪をなびかせた。

 

 

 

 

「……?」

 

 

握ってる手が微かに動いた。ハッとした麗華は、顔を上げ龍二を見た。

 

ゆっくりと、龍二の目が開いた。

 

 

「龍!!」

「龍!!」

「龍二さん!!」

「龍二さん!!」

「龍二!!」

 

「……丙……雛菊……それにお前等」

 

 

起き上がり、皆を見回す龍二……ふと、隣で自分の手を握る麗華を見た。

 

 

「麗華……」

 

「兄貴……」

 

 

麗華を見た龍二は、すぐに彼女を抱き締めた。その様子に喜んだ渚は焔に抱き着いた。焔は抱き着いてきた渚を受け止めながら喜びを分かち合った。

 

 

「お前の声……聞こえたぞ」

 

「うん」

 

 

抱き合う二人……龍実と大輔は、後ろを向きながら嬉し泣きをし、傍にいたぬ~べ~に向かって、雛菊は見せ物じゃないとでも言うようにして投げ飛ばした。

 

 

「な、何でぇ?」

 

「空気を読め。阿呆教師」

 

 

抱き合う二人……すると黒い雲の間から日差しが出て来て、太陽が顔を出した。

 

 

「……?!

 

鎌鬼!身体」

 

 

太陽に当たった鎌鬼の体が、光の粒となり消えかけていた。

 

 

「おや……時間が来たみたいだね」

 

「鎌鬼……」

「鎌鬼……」

 

 

麗華と龍二は立ち上がり、鎌鬼の元へと寄った。その様子に龍実達も、彼の元へと駆け寄った。

 

 

「龍二、麗華。

 

また危険になったら、助けに来るからね」

 

「うん」

 

「じゃあまた……いつでも、僕は君達の傍にいるからね」

 

 

光の粒は、空へと登り消えていった。鎌鬼がいた箇所には、黒い毛並みをしたフェレットのシガンが寝ていた。目を覚ましたシガンは、起き上がりすぐさま麗華の肩へと登り頬を舐めた。

 

 

「シガン……」

 

 

舐めてきたシガンを、麗華は頭を撫でた。

 

その時、海の方からエンジン音が聞こえてきた。海の方を見ると、一隻の船が島へと向かっていた。

 

 

「助けが来たんだ!」

 

「た、助かったぁ」

 

「これで全部終わったな……」

 

「うん……

 

すぐに帰る?」

 

「いや、焔たちの傷が治るまで、しばらくは島に留まるつもりだ」

 

「そう……」

 

「嫌じゃないみてぇだな?」

 

「まぁね……」

 

 

海を眺めるぬ~べ~達……龍実は鮫牙を見て、何かを決意したかのようにして、龍二に話しかけた。

 

 

「龍二さん……」

 

「?」

 

「その……

 

いる間でいいんで……

 

妖怪を式神にする方法を教えてください!」

 

「龍実」

 

「二人がいなくなった後、似たようなことが起きるかもしれない……

 

その時は、龍二さん達と同じ血を引いてる俺が、この島を守っていきたいんです。祖母ちゃんが以前守ってくれたように」

 

「……

 

 

いいぜ。

 

だが、手は抜かないからな。覚悟しとけ」

 

「よろしくお願いします」

 

「んで、式にする妖怪は決まってるのか?」

 

「はい!鮫牙の奴を」

 

 

自身の名前を呼ばれた鮫牙は、龍実に寄り自分を指差した。

 

 

「お、俺を?」

 

「あぁ!俺、お前が気に入った!!」

 

 

その言葉に、喜び鮫牙は飛び上がった。そんな彼等を見た麗華は自身の式神をである氷鸞と雷光を見た。彼女に連れられ、龍二も雛菊と丙を見た。二人に見られた氷鸞達は、獣の姿へと変わり甘える様にして寄り添った。丙は人の姿のまま、龍二に抱き着き甘えた。寄り添ってくる氷鸞達を二人は撫でてやった。




夜―――――



二階へ上がり、自分の部屋へ向かう龍実……ふと足を止め、龍二達の部屋へと行きソッと襖を開け覗いた。寝ている龍二の腕を枕にして眠る麗華と彼女を抱き寄せ眠る龍二……二人に寄り添うようにして、狼姿になって眠る焔と渚。

そんな二人の姿を見て、龍実はホッと息を吐き自分の部屋へ入り眠りに着いた。


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修復する糸

数日後……

 

 

“バシャーン”

 

 

釣り場から海へと飛び込む久留美達……彼女達に続いて、広達も一緒に飛び込んでいった。

 

 

「ウッヒョ―!気っ持ちいぃ!」

 

「ビビりじゃねぇことは確かみてぇだな?広」

 

「当ったり前ぇよ!」

 

「おいお前等!岸まで競争しようぜ!」

 

「おぉ!」

 

「やるのだぁ!」

 

「負けねぇぜ!」

 

「久留美!頼む!」

 

「全く、男子共は!」

 

 

一列に並ぶ広達……

 

 

「位置について……

 

よーい……ドン!!」

 

 

水を叩き合図を送ると同時に、広達は一斉に泳ぎだした。勢いに負け、まことと遥は置いていかれていた。

 

 

「す、凄いのだ!」

 

「とても僕等じゃ、適いませんよ……」

 

「だらしないわねぇ。まことも遥君も」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「とにかく、岸に上がって男子達を待ちましょ」

 

「そうね」

 

 

久留美の意見に賛成し、彼女達は先に岸へと上がった。

 

浜辺では龍二に習う龍実と、泳げない郷子と大空、麗華が遊んでいた。

手に持った紙を投げる龍実……投げた紙から煙が上がり中から鮫牙が姿を現した。

 

 

「教え込んで、二日……

 

凄い上達だな」

 

「本当に、才能はあるみたいだね」

 

 

龍実の練習を見ていた麗華は、龍二の元へと行きながらそう言った。

 

 

「そうだな……って、何偉そうなこと言ってんだよお前は」

 

「私は小一の時には、もう式神は扱えてました」

 

「そうだけどなぁ……

 

龍実!今の調子だ」

 

「はい!」

 

「すげぇじゃねぇか!龍実!」

 

 

自分の事のように、喜ぶ鮫牙……そんな彼に釣られて龍実も、一緒に笑った。

 

 

「麗華ぁ!!」

 

 

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、麗華はその方に振り返った。久留美が手を振りながら、七海と一緒に駆け寄ってきた。

 

 

「皆で、チーム組んでバレーボールやろう!もちろん、お兄さん達も!」

 

「面白そうだな!やるか!」

 

「やるからには、負けねぇぜ!」

 

「麗華もやろう!ね!」

 

「拒否権無いんでしょ?それ」

 

「もちろん!」

 

「ったく、勝手なんだから」

 

「そうと決まれば、麗華は私達のチーム!」

 

 

久留美に手を引かれ、麗華と七海は皆の所へと行った。そんな様子を見た龍二と龍実は、顔を合わせると安心したかのような笑みを溢して、三人の後を追い掛けた。

 

 

「何で、麗華がそっちのチームなのよぉ!」

 

 

久留美が分けたチームに納得のいかない美樹が文句を言ってきた。

 

 

「麗華は元、私達のクラスメイト!こっちのチームに入るのが当然!」

 

 

久留美は麗華の腕を組みながら、そう言った。すると彼女をフォローするかのように、章義が腰に手を当てながら口を開いた。

 

 

「いいじゃねぇか。どうせ、そっちには高校生の龍実さんや神崎の兄貴がいるんだから。なぁ?」

 

「そうだよ!体力的に、そっちの方が有利じゃん!」

 

「そ、それは」

 

「さぁさぁ、そうと決まればゲーム始めるわよ!遥達は、審判お願い!」

 

「はい!」

 

久留美に言われ、遥と奈美、慎也と真鈴、徹はコートから出た。残った者は皆、それぞれの位置へと着き、攻撃態勢に入った。

 

 

「じゃあ、いくよ!

 

レディー……GO!!」

 

 

手を振り下ろしたを合図に、先攻となっていた広チームの郷子がボールを投げた。飛んできたボールを前にいた章義が取り、浮いたボールを久留美が広チームのコートへと叩き入れた。

入ってきたボールを、克也が慌てて取り、上がったボールを龍二が思いっきり叩き入れた。

 

 

「嘘!!」

 

「やった!一点リード」

「するわけ、ねぇだろう!!」

 

 

その声と共に、龍二が入れたボールを麗華は難なく上げ、そのボールを大輔が容赦なく入れた。

呆気にとられ、ボールを取ることが出来ず久留美チームに一点入った。

 

 

「やった!」

 

「よっしゃー!」

 

「麗華!ナイス!」

 

「ナイスだ!神崎!」

 

 

喜び合う久留美達……

 

 

「れ、麗華の奴……スゲェ」

 

「龍二さんのサーブ、取っちまうなんて……」

 

「そんじゃ、力は抜かずに行くか……あっちがその気ならな」

 

 

戦闘目付きになり、いたずら笑みを浮かべながら龍二はそう言った。

 

 

 

 

数時間後……

 

パラソルの下、龍実の母が持ってきたスイカを頬張る広達……

 

 

「たくさんあるから、どんどん食べてね」

 

「ご馳走様でーす!」

 

「ったく、本気出しやがって、この男は」

 

「テメェが本気出すからだろうが」

 

「先にやったのはどっちよ」

 

「お互い様だろうが」

 

「兄妹喧嘩すんなよ!こんな所で」

 

「そうそう!ほら、スイカ食って機嫌直せよ!」

 

「龍二さんも、大人気ないですよ?小学生相手に」

 

「普通じゃねぇよ。この女は」

 

「それはそっちもでしょ……」

 

「飛んでボール蹴る奴に言われたくない」

 

「それはこっちのセリフ」

 

「やるっつうのか?」

 

「別に構わないけど?」

 

 

「止めんかい!」

「止めなさい!」

 

 

 

睨み合う二人の後ろから、姿を消していた焔達が現れ、二人の頭を叩いた。

 

 

 

「こんな所で、喧嘩してどうすんだよ」

 

「だってぇ……」

 

「全く、大人気ないわよ!龍」

 

「けどよぉ……」

 

 

叩かれた個所を撫でながら、言い訳をしようとする龍二と麗華……そんな彼らを見ていた久留美が堪えていたのか、突然吹き出し笑い出した。彼女に釣られて広達も笑い出し、釣られて大輔達も笑い出した。笑い声に気付いた二人は互いの顔を見合わせると、吹き出し笑い出した。

 

 

「ア~!おっかしい!」

 

「渚さんと焔って、二人の親みたい!」

 

「うるせぇ!」

「うるさい!」

 

「久しぶりに見たなぁ!お姉ちゃんの笑い顔!」

 

「へ?」

 

 

大空の言葉に、大輔達は笑うのを止め麗華の方を見た。笑ったせいか、目から出てきた涙を拭き取りながら麗華は彼等の方に目を向けた。

 

 

「……」

 

「な、何?」

 

「いや……」

 

「神崎って、笑うんだなぁって……」

 

「は?」

 

「そう言えば神崎さん……髪切っちゃったの?」

 

「え?」

 

「何々?どういう事?」

 

「昔の麗華、今の郷子ちゃんくらいの長さあったんだよ。髪」

 

「嘘ぉ!!」

 

「何で切っちゃったの?!もしや、失恋!?」

 

「ンなわけないでしょ!

 

 

邪魔になったからだ。それだけ」

 

「本当に~」

 

「本当だ。それ以上しつこいと、細川はお替りなしだ」

 

「あ~ん!麗華のいじわるぅ!」

 

 

広達と笑い合う麗華……そんな姿を、龍二は見ながらふと思い出した。

ある森で長い髪に手を掛け、持っていた小太刀で切ったあの日。息を切らしながら、目の前にいる敵を倒した……二人だけで。

 

 

「この調子なら、戻るんじゃない?」

 

「戻る?」

 

「麗の性格。

 

昔みたいにさ」

 

「あいつは何も変わってねぇよ……

 

人見知りで、甘えん坊で、寂しがり屋で……けど誰に対しても、優しい奴で。変わってねぇよ……

壁作ってるだけだよ。

 

 

けど、その壁を少しずつ、時間をかけて壊して行けばいいんだよ……もう、あんな顔が出せるようになったんだからな。」

 

 

腕を組み、渚に言う龍二……彼の目に映るのは、友達と笑い合う麗華の姿だった。




翌日……


麗華達を見送り船場に来た久留美達……


「もう帰っちまうのかよ」

「もっといればいいのに……」

「もともとは、この島の事件を解決するために来たんだ。遊びに来たわけじゃない」

「何偉そうなこと言ってんだよ」

「うるさいわね」

「来年の夏休み、またおいでよ!今度は遊びに!」

「考えとく」

「また広達連れて来いよ!」

「気分が向いたら」

「いいじゃない麗華!また皆で来ようよ!」

「そうそう!」

「お前等な…」

「大輔君!久留美ちゃんの事、しっかり見てやんなさいよ!」


美樹の言葉に、後ろにいた大輔と麗華の側にいた久留美に、七海達は一斉に目を向けた。二人は呆気な顔を浮かべながら顔を見合わせた。


「あらぁ?お二人さんって」

「そう言う関係だった?」

「な……・馬鹿な事言うな!!」

「そ、そうよ!!大体、何でこんな男私が!!」

「それはこっちのセリフだ!」

「久留美、顔赤いよ?」

「へ、へへ、変な事言うからでしょ?!」

「大輔、お幸せにな!」

「章義!テメェ!!」


顔を赤くして、章義の胸倉を掴んだ。章義はニヤ着いた表情で、彼をからかった。そんな二人の姿を見て、皆大笑いした。


〝ボ――――”


汽笛が鳴り、船が出発した。船の縁へと行き広達は追いかけて来る久留美達に手を振った。


「じゃあねぇ!麗華ぁ!皆ぁ!」

「また来いよぉ!」

「今度は友達として、待ってるからぁ!」

「ありがとうなぁ!!」


手を振る久留美達……広達が手を振る中、麗華は手を振らず追いかけて来る皆をただ見ながら思い出した。

島で過ごした二年半……あれ程島が嫌いだった……あれ程この島を憎んでた……
目に映る、久留美達の姿……ずっと見方をしてくれた大輔……いじめが始まる前まで、友達だった七海……
色々な気持ちがこみ上げ、目から涙を流し麗華は広達から少し離れて、手を振り返した。

ギリギリまで来ると、皆はそこで立ち止まり手を振り続けた。船が見えなくなり、振るのを止めると心地よい波風が吹いた。


「麗華……本当に来るかな」

「来るさ……今度は、笑って」

「そうだよね……だってもう、友達だもんね」

「うん……」




波に乗り動く船の上……広達は島で探検したこと見たことを話し合っていた。そんな話をぬ~べ~は少々キレながらも、笑いながら聞いていた。

縁に寄りかかり、空を見上げる麗華……


「何見てんだ?」

「見てない……考え事」

「考え事?」

「あのいじめ……私にも原因あったんじゃないかなぁって……」

「……」

「考えてみるとさぁ……あの時からもう、壁作ってたんだと思う。

それをアイツらは懸命に、壊そうとしてくれてた……でも、受け入れようとしなかった。


普通に受け入れていれば、あんな事なかったかもなぁ」

「そうかもな」


麗華の頭を撫でながら、龍二は笑みを溢した。ふと広達の方に目を向ける麗華……彼らは話し合っている中、ぬ~べ~に絡まれながら笑い合い楽しんでいた。


「あいつ等があきらめず、お前の壁を壊してくれたから、今のアイツらの気持ちが分かったんじゃねぇのか?」

「……そうかもね」

「麗華ぁ!こっち来て、一緒に遊ぼう!」

「お前等なぁ!!危ないところに行くなと、あれ程!!」

「いいじゃねぇか?馬鹿鵺野」

「そうそう」

「だから、『馬鹿』を付けるな!!」

「ンじゃ、鵺野」

「『ンじゃ、鵺野』じゃなくて!!先生を着けろ!!」

「却下!」

「俺も」

「お前等!!」

「生徒に振り回されてるな!先生!」

「一言余計だぁ!!」


からかい笑う広達……彼等に釣られて、麗華も一緒に笑った。


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過去と罪
壁男


「みほちゃーん、帰るよー」

「うーん……この保険係の仕事終わってから帰るね」

「そう、じゃあバイバーイ」

「バイバーイ」


作業を進める生徒……その時、壁から何かが這いずる音が聞こえてきた。後ろを振り返るとそこには誰も居なかったが、壁に受け出る影が目に入った。


「キャァアアア!!」


翌日……

 

 

壁に埋め込まれた上履きに、生徒が見つけそれを囲う様にして野次馬が集っていた。

 

 

「か…壁に靴がめり込んでる……」

 

「四年生の子が行方不明なんだって」

 

「壁男の仕業よ!壁の中にいて、人を引きずり込むのよ!

 

今、学校中で話題になってんの!」

 

「怖~い!」

 

 

壁を見るぬ~べ~……もっと近くへ寄ろうと前に進むと、地面に転がっていたペンに躓き転び、壁に顔面を激突した。

 

 

「ぬ~べ~……」

 

「何バカやってんだよ……あいつは」

 

「噂じゃ二十年前、殺人事件があってこの校舎の改築の時、壁に埋め込まれた人がいるらしいわ!」

 

「じゃあ、その霊が無差別に人を襲ってるわけ?」

 

「そういう事!」

 

「迷惑な話…」

 

「生徒が一人消えて、警察も来てる……今日の授業はここまでにして、すぐに家に帰りなさい」

 

「はーい!」

 

 

 

 

放課後……

 

 

霊水昌を手に校内を見まわるぬ~べ~……

 

 

「警察は日中、校内を調べ誘拐の可能性もあるとして、捜査を町内に移した……

 

しかしこれは……確実に霊の仕業…感じる」

 

 

霊気を感じながら歩くぬ~べ~……段々と強くなり、階段付近の壁へと来た。

 

 

(どこだ?何処に……!!)

 

 

壁から手が伸び、ぬ~べ~の体を掴むとそのまま壁へとのめり込ませようとしていた。

 

 

「し、しまった!!

 

壁に……体が吸い込まれる……身動きが出来ん!!

 

 

く!!南無大慈大悲……陽神の術!!」

 

 

陽神の術……それはぬ~べ~の奥義。気を練り実態とほとんど変わらない分身を造り出す技。

 

小さくなったぬ~べ~……壁男は彼の体を持ってそのままどこかへと消えてしまった。

 

 

「くそ……体を持って行かれてしまった。取り返さなければ……

 

それにまずいな……陽神の分身では、霊能力は何一つ使えない。

 

 

しかも、気が十分に練れなくて小学生の大きさだ。活動がかなり制限されるぞ……大ピンチだ」

 

 

「ちょっとお、先生に怒られるよ!」

 

「シー!音を立てるんじゃねぇぞ!」

 

「ちょっと克也、しっかり持ち上げてよ!」

 

「わ、悪ぃ(何で尻から入るんだ?)」

 

「ったく……何で、私まで行かなきゃいけないのよ」

 

「そう言うなって」

 

 

〝ヒロシ!ヒロシ!”

 

 

機械の声が聞こえ、窓縁に足を掛けていた人影が、すぐ大音を出して転げ落ちた。

 

 

「ごめん……ポケットラブコール」

 

「アホンダラ―!」

 

「大声出すな!」

 

「コラぁ!!何やってんだ!!」

 

 

月の光でやっと見えた広達を見て、ぬ~べ~は痺れを切らして怒鳴った。その声に五人は驚き後ろを振り返った。

 

 

「だ、誰だ?」

 

「俺か?

 

俺は……!

 

 

陽神明だ!」

 

「陽神明ぁ?」

 

「そんな子いたっけ?」

 

「見かけないのは、六年生だからさ。

 

さぁ、ここは危険だ。早く家に」

「何、エラそうな事言ってんだよ!」

 

「そうよ!一つ年上だからって、生意気よ!」

 

「今日は事件があって、早く帰れと言われただろ?何で来たんだじゃあ」

 

「明日笛のテストがあるんだけど、たて笛忘れちまって」

 

「くだらない、そんな理由で……」

 

「くだらなくて悪かったな!!

 

それに事件なら、ぬ~べ~が解決してくれるぜ!!」

 

「残念だが、鵺野先生は今行方不明だ」

 

「?!」

 

「さ!危ないから早く帰れ」

「何だって!?」

 

(しまったぁ……)

 

「ぬ~べ~が行方不明って、どういう事よ!?」

 

 

広達にせがまれぬ~べ~(明)は仕方なく、事の成り行きを説明した。

 

 

「えー!?壁男にさらわれた!?」

 

「間抜けな教師だな。あいつ」

 

「ちょっと麗華!」

 

「お前黙って見てたのかよ!」

 

「仕方ないだろ?あっという間の出来事だったんだ」

 

「とにかく、みんなで捜しましょう!」

 

 

郷子の掛け声でぬ~べ~を捜し始めた。

 

 

「全く……何が『陽神明』だよ。バカ教師が」

 

 

四人が離れたのを計らって、麗華はぬ~べ~の隣へ立ち不機嫌そうに言った。

 

 

「ハハハハ……やっぱり、分かってたか」

 

「当たり前でしょ?見縊らないでよ……」

 

「そうだな!お前が来てくれて、助かった!」

 

「何が助かったよ?言っとくけど、何もしないよ?」

 

「そう言わずに~」

 

「うっさい!

 

ま、アンタの秘密は洩らさに様にはするけど。一応友達だっていう事にするから、話し合わせてね」

 

「はいぃ」

 

 

 

 

“ガシャン”

 

 

「これで全部だ」

 

 

ゴミ箱いっぱいに入った空き缶を、教室へと持ってきた広達……美樹は空き缶を一つ手で弄びながら、話した。

 

 

「これで何するの?麗華」

 

「敵は壁の中を移動する悪霊。

 

空き缶に、タコ糸……これを廊下の壁に張り巡らせる」

 

「単純だな?仕掛け」

 

「いつもみたいに、式神使ってズバッと倒しちまえよ!」

 

「生憎、氷鸞と雷光は置いて着ちまったんだよ」

 

「え?!」

 

「アンタ等が急かしたからだ!」

 

「ほ、焔は?!」

 

「あいつは今日、兄貴と一緒に仕事の方に行った。連れて来てると言えば……」

 

 

フードの中にいたのか、シガンが顔を出し鳴き声を上げ郷子達を見た。

 

 

「シガン一匹。悪いけど、今回はお手上げだ」

 

「そんなぁ」

 

「続き話すよ?」

 

「あ、うん!」

 

「敵が現れれば、壁が盛り上がる。盛り上がれば壁に張り巡らせるこの空き缶が鳴って知らせてくれる」

 

「そして、出てきたらこのアラームウォッチを着けたペーパーナイフを突き刺す。

 

三分後に音が鳴る……奴には、戻っていく場所があるはずだ。そこが分かる。

そこに鵺野先生の体も必ずあるはずだ」

 

「スゴォイ!」

 

「さすが陽神君!頭いい!!」

 

「私達じゃとても、思いつかない頭脳プレーだわ!」

 

「頭脳プレーだと、麗華と互角じゃねぇ?」

 

「言われてみればそうだな?」

 

「空き缶は私だけど、アラームウォッチは陽神の考えだ」

 

「へぇ」

 

「そう言えば、二人って知り合いか何かなの?」

 

「え?何で」

 

「普通に呼び捨てだからさ」

 

「まぁ……ちょっとね」

 

「さ!この話は後にして、早く仕掛けに行こう!」

 

「はーい!」

 

 

いい返事をした美樹は明にベッタリと腕を組みながら教室を出て行き、彼らに連れられて郷子達も一緒に出て行き空き缶を壁に仕掛けて行った。

 

 

「ねぇねぇ、郷子!麗華!」

 

「?」

 

「何?」

 

「陽神君って、大人っぽくって顔もいいしかなりイケてると思わない?」

 

「もう、美樹ったら~……今はそんな事言ってる時じゃないでしょ?!」

 

「学年を超えた愛も素敵~!」

 

「全く……呑気な奴」

 

 

シガンが転がしてきた空き缶を取り、仕掛けながら麗華は飽きれた。広と克也はそんな明を、気にくわぬ顔で見ていた。

 

 

「おい、何かアイツに差つけられてねぇか?」

 

「べ、別に……どうってことねぇよ!」

 

 

仕掛け終え、階段付近で敵が現れるのを待つこと数十分……手摺りに寄りかかっていた郷子は辺りを見回しながら口を開いた。

 

 

「全然現れないわね?」

 

「あぁ」

 

(う~ん……やっぱいい男!これは掘り出しもんかも!)

 

「俺ちょっとしょん便」

 

「一人じゃ危ない!俺が」

「俺が一緒に行く」

 

 

克也の肩に手を乗せようとした明の手を、広は払い避け不機嫌そうな声を出しながら、克也と一緒にトイレへと向かった。

 

トイレで用を足す広と克也……

 

 

「あの陽神って奴……一年しか変わらないのに、妙に大人ぶってるよな?自信たっぷりだし」

 

「張ったりさ、あんなの」

 

「しっかし、まさか麗華と知り合いだったとはな」

 

「あの二人、どこで知り合ったんだろうな?麗華の奴、一応は転校生だぜ?」

 

「昔知り合ったとかじゃねぇのか?ほら、いつか話してくれたじゃねぇか。

 

小学校上がるまでは、ずっとここに住んでたって」

 

「まぁ、そうだけど……」

 

「……?

 

でも、六年にいたっけかなぁ?陽神……陽神」

 

 

“カランカランカラン”

 

 

「!?」

 

「奴だ!」

 

 

鳴り響く空き缶の音……その音に、シガンは毛を逆立たせ威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入った。

 

 

「現れた!」

 

「トイレの方だ……」

 

「?!」

 

「うわぁあああ!!」

 

 

トイレの方から、突如克也の叫び声が聞こえてきた。郷子は慌ててトイレに向かい、彼女に続いて麗華も向い、二人に続こうと明が足を動かしたとき、美樹が彼に抱き着いてきた。

 

 

「いや~ん!陽神君、怖~い!」

 

 

抱き着かれて、大きい胸に押し潰された明はそのまま床に倒れてしまった。

 

 

トイレに着くと、壁にめり込まれていく克也と、彼の手を掴み引っ張る広がいた。

 

 

「克也!」

「木村!」

 

「も…もうだめだ」

 

「がんばれ克也!」

 

「広!麗華、何とかして!!」

 

「何とかって言われても……!

 

木村!立野、息止めてろ!」

 

「?」

 

 

何かを思いついたのか、麗華はポーチから紙を取り出し、克也をめり込もうとしている壁を睨んだ。

 

 

「大地の神に次ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

 

声に反応した紙は、碧く輝きだし水を出した。

 

 

「いでよ!海神!」

 

 

水は槍へと姿を変え、その槍で麗華は壁を貫いた。だが、壁男はビクともしないどころか聞いている様子がなかった。そこへ遅れて入ってきた明が、克也の手を引っ張っていた広をどかし、アラームウォッチが着いたペーパーナイフを壁男の肩へと突き刺した。壁男は数回吠えると、克也を引き入れ壁の中へと入った。

 

 

「陽神く~ん!」

 

「細川、避けろ!」

 

「へ?」

 

 

めり込んだ壁男は、腕を伸ばし一瞬で美樹を壁の中へと引きずり込み、そのままどこかへと消えた。

 

 

「しまった!」

 

「美樹!克也!」

 

「攻撃が通用しないなんて……」

 

「くっそぉ!」

 

 

克也たちを追いかけようと、広が走り出したがその行為を明が止めた。

 

 

「何で止めるんだよ!」

 

「奴にはアラームをセットした。

 

これ以上は危険だ!」

 

「何だよ!怖気着いたのか?!

 

そんなのやってみなきゃ、分かんねぇだろ!!」

 

「俺は生徒を……友達を危険な目に合わせたくないだけだ」

 

「けっ!良く言うぜ!

 

さっきだって、克也を簡単に見捨てやがって……友達を思うなら、麗華みたいなことをしろよ!最後まであきらめずにさ!」

 

「広」

 

「気安く呼び捨てにすんな!!お前と友達になった覚えはないぜ!

 

行こう、郷子」

 

「う、うん」

 

「おい、待て。どこに行くんだ」

 

「克也達を助けに行くんだよ!」

 

 

そう叫びながら、広は郷子を連れてどこかへと行ってしまった。ふと麗華は、後ろで少し落ち込んでいる明の方に目を顔を向けた。

 

 

「教師と生徒じゃ、上手くいっても……友達同士じゃ、また難しいもんなんだね」

 

「今はそんな事より、皆を助けるのが先だ」

 

「助けるっつっても、私の攻撃は効かなかった……あとは、アンタの体を見つけるしかない」

 

「そうだな……あのアラームだけが頼りだな」

 

 

その頃、広と郷子は廊下を歩いていた。広は明の悪口を吐きながら歩き、その隣を郷子が思い詰めたような顔で歩いていた。

 

 

「フン!情けない奴だぜ!

 

こうなったら、俺達だけで皆を捜し出してやる!アイツ、上級生のくせに腰抜けだよな!」

 

「……私、そうは思わない」

 

「え?」

 

「だって……陽神君がいなかったら、広と麗華まで壁男に掴まってたかもしれない!広達を助けてくれたのよ!自分だって、危険なのに……」

 

「それは……」

 

「稲葉の言う通りだ……」

 

「?」

 

「麗華……」

 

「あいつが言ってることは、全部お前等を危険から守るため。昔からああいう態度だから、誤解され勝ちかも知れないけど……あいつは自分より、まず他人を考えるんだ。」

 

「……」

 

「麗華のいう事、少しわかる。

 

それにね、陽神君……どこか不思議な感じがするの。懐かしい……ずーっと前から知ってるような……

 

会ったばっかりなのに……信頼できるっていうか……安心感みたいなもの感じるの!そう思わない?広、麗華!」

 

「稲葉……」

 

「……郷子」

 

「何?」

 

「戻ってもいいんだぜ?」

 

「え?」

 

「立野?」

 

「アイツの方が良いんなら……」

 

「広……どうしたの?今日の広、おかしいよ!」

 

 

“ピピピピピ”

 

 

どこからか聞こえるアラームの音……その音に、麗華の肩に乗っていたシガンが毛を逆立せ、威嚇の声を上げだした。

 

 

「?!」

 

「アラームの音」

 

「……一階だ!」

 

 

広は音を頼りに、階段を駆け下りて行きその後を郷子と麗華が降りて行った。音の鳴るところへ辿り着くと、そこには明が座り込み、アラームを手に拾っていた。

 

 

「残念だけど、失敗だ……」

 

「そ、そんな…」

 

「それじゃあ、皆の居場所は?!」

 

 

何も答えない明……その時、壁に貼り付けていた空き缶が一斉に鳴りだした。

 

 

「今度は上か!」

 

「郷子と麗華はここにいろ!」

 

 

二人に言うと広は、先に行った明の後を追いかけて行った。

 

 

「広君!君は麗華と変わって、郷子ちゃんの傍に!」

 

「俺に命令すんな!!お前なんかに負けるもんかぁ!!」

 

「何を意地になってるんだ!!」

 

 

階段を駆け上がり、上へと辿り着き廊下を見たが、そこには壁男の姿はなかった。しばらく、廊下を歩き捜していると、広がハッと顔を上げ明の方を見た。

 

 

「まさか……」

 

 

その顔に明もハッとした……狙いは郷子達。

 

 

 

 

階段傍で広達の帰りを待つ郷子と麗華……シガンの頭を撫でながら、麗華は階段を見上げた。

 

 

「壁から離れてれば、大丈夫だよね?」

 

「一応ね……(何だ……この胸騒ぎは)」

 

 

すると、麗華に撫でられていたシガンが、何かの気配を感じ取ったかのようにして立ち上がり、威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入った。

 

 

「シガン?どうし……!?

 

 

稲葉!そっから離れろ!!」

 

「え?……!!

 

キャァアアア!!」

 

 

 

「郷子!?」

 

「しまった!!」

 

 

彼女の悲鳴に、広達は慌てて階段駆け下りて行き、二人の元へと急いだ。辿り着くと、階段の上壁に引きずり込まれる郷子と麗華の姿があった。

 

 

「郷子!!麗華!!」

 

「止めろ!あそこじゃ無理だ!」

 

「広!!助けてぇ!!」

 

「郷子!!」

 

 

明の手を振り解き、広は階段の手すりを踏み台に手を伸ばした。彼の手を伝い、シガンがそこからジャンプし麗華の体を抱えている壁男の手を思いっきり噛みついた。壁男はその痛みに、手を放し麗華を落としたが、郷子を抱え更にシガンを持ったまま壁の中へと消えて行った。

 

 

「広!麗華!」

 

 

明は落ちた二人の元へと駆け寄った。広は痛めた箇所を押えながら、壁に寄りかかり体を起こし座った。麗華はすぐに立ち上がり、上を見上げた。

 

 

「稲葉……シガン……

 

 

クソ!私がいながら」

 

「麗華のせいじゃない……!

 

広、血が」

 

「ほっといてくれ!」

 

 

明の手を払い、広は立ち上がった。それと共に悔しさからか、壁を殴った。

 

 

「クソ!クソ!郷子を守れなかった……

 

お前の言う通り、麗華と変わって郷子の傍にいれば……」

 

「立野……」

 

「余計な意地を張ったばかりに、守らなくちゃいけない者を守れなかった……」

 

「広、お前のせいじゃ」

 

「何が何だか分かんないけど……意地張っちまう……

 

お前、正しいよ……頼りがいがあって、冷静で……俺なんかが適う訳ねぇんだ!!」

 

「広……」

 

「自分でもどうしようもなかったんだ……くそ!!」

 

「……?」

 

 

ふと麗華の方を振り向くと、彼女は真剣な表情で目を瞑っていた。

 

 

「麗華……何を」

 

 

“ヒロシ!ヒロシ!”

 

 

「!?」

 

「郷子のポケットラブコール」

 

 

『麗華』

 

「?!」

 

 

明の耳に入ってきたもう一つの音……それは、麗華の名を呼ぶ声の様にも聞こえた。その音の方向に、三人は足を走らせ向かった。資料室へ辿り着き、耳を澄ませると音と声はここから聞こえていた。喋ると鉄パイプを手に取り、音が聞こえる壁を叩き壊した。壁を壊すと、中には克也と美紀、郷子とさらに行方不明になった小四の女の子とぬ~べ~がいた。

 

 

「郷子!ぬ~べ~!」

 

「全員居る!」

 

「キュウ!」

 

「シガン!」

 

 

郷子の背後から、シガンが姿を現し麗華に飛び乗った。登ってきたシガンの頭を撫でながら、麗華はホッとした。

広は中へと入り、郷子を起こそうと体を揺らした。

 

 

「こんな所に空洞があったとはな……」

 

「校舎を建て増しした時の、設計ミス?」

 

「おそらくな」

 

「郷子!しっかりしろ!!郷子!!」

 

「ウ……」

 

「ゴメンな……守ってやれなくて」

 

「急げ広君!奴が戻ってくるぞ!」

 

 

美樹を抱き上げ、外へと出しながら彰はそう言った。

 

 

「郷こ……おい、郷子!!」

 

「……広?

 

 

?!キャァアア!!」

 

 

目が覚めた郷子の目の前には、壁から出て来る壁男の姿があった。外にいた麗華と明はすぐに、武器を持って壁男の前に立った。

 

 

「立野は早く、稲葉を連れて外に出ろ!」

 

「分かった!」

 

(く!俺の体は、奴の後ろか……)

 

「奴の気を引く!その隙を狙え!陽神!!」

 

 

ポーチから一枚の紙を取り出し、指を上池を出すとその血を紙に付けた。紙は血に反応し煙を出し中から薙刀が出てきて、その薙刀を麗華は手に取り高くジャンプし攻撃した。敵は攻撃を素早く交わし、すぐに反撃をしてきた。

 

 

(動きが速い!?)

 

 

その時、攻撃してきた敵の手が麗華に当たり、彼女は壁へと激突した。

 

 

「麗華!!」

 

「クソ!化け物め……こうなったら」

 

 

郷子を自分の後ろへと行かせ、広は地面に転がっていたシャベルを手に取った。

 

 

「来るなら来い!!郷子には、指一本触れさせないぞ!!郷子は俺が守る!!」

 

(広……)

 

 

シャベルを振り上げ攻撃しようとしたが、壁男はその攻撃をあっさりと避け反撃をしようとした。

 

 

(駄目だ……やられる!!)

 

「立野!!……!」

 

 

攻撃が当たりかけたその時……敵の背後から、ぬ~べ~が鬼の手で敵の頭を掴み、攻撃を抑えた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

「鵺野!!」

 

「南無大慈大悲救苦救難……この者の魂を、成仏させたまえ」

 

 

お経を唱え終えると、化け物の姿は消え代わりに白骨死体がバラバラと床に落ちた。

 

 

「噂は本当だったみたいね……

 

この男、殺人事件に巻き込まれて、建設中のこの隙間に、死体を埋められたんだろうね……」

 

「可哀想に……すぐに警察に知らせよう」

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

彼の姿を見た広達は、歓声を上げながら寄ってきた。

 

 

「広、よくやった。おかげで助かったよ。

 

麗華も、今回ばかりは本当に助かった。ありがとう」

 

「別に…礼なんて」

 

「俺じゃないよ……六年の陽神って奴のおかげなんだ。

 

俺は、足引っ張ってばっかりで……あいつがいなかったら」

 

「そんな事無いよ!広!

 

広が守ってくれなかったら、私どうなってたか……」

 

「お熱いこと」




「それにしても、陽神君どこに消えちゃったのかしら?」

「不思議な奴だよな……」


「本当、不思議な奴」

「……」


広の言葉を繰り返し言う様にして、麗華は後ろにいるぬ~べ~を見た。ぬ~べ~は引き攣った顔を浮かべながら、作り笑いをした。


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童守小・創立記念祭

童守小学校は、生徒と教師が協力して創立記念祭をやる行事がある。

今回はそのお話。


賑わう童守小学校……

 

 

そこへやってきた三人組の不良高校生……

 

 

「おい、見て観ろよ!」

 

「面白そうなことしてますね?」

 

「け!小学生のくせしてよ!」

 

「兄貴、寄って行きましょうぜ」

 

「そうだな……俺達も楽しませてもらうとするか」

 

 

学校へ入ると、三人組は早速外に置かれている机や屋台を壊し始めた。担当していた生徒達は皆、止めるよう注意はするが、何の抵抗もすることができずにいた。

 

中へ入っても、その行為は変わらず、展示物を壊しながら歩いていた。その様子を、焔は遠くから見ていた。

 

 

(何ちゅう野郎どもだ……作ったものを壊しやがって)

 

 

「もっと面白い出し物は無いのか……?」

 

 

ふと目に入ってきたぬ~べ~クラスの出し物……

 

 

「見ろよ、お化け屋敷だ」

 

「お!いいっすねぇ」

 

「夏にピッタリじゃないですか!」

 

「少し、楽しませてもらおうぜ」

 

「入場料、五十円だってよ?高いんじゃないの?」

 

「おい!本当に怖いんだろうな?」

 

「ほ、本当なのだ!怖いと……思うのだ」

 

「怖くなかったら、暴れちゃうぞ?」

 

 

不敵に笑いながら、三人は中へと入った。すると、通りかかった井戸から顔を出した郷子が恨めしや~と言いながら現れた。だが、男の内の一人が顔を飛ばすと、彼女は驚き井戸の中へと倒れた。

 

 

「け!俺に顔を飛ばす何ざ、百年早いんだよ!」

 

 

続いて秀一が、ドラキュラの格好で現れたが、三人は驚きもせず彼を持ち上げそのまま引きずり下ろした。

 

 

「何だよ?ちっとも怖くねぇじゃねぇか!」

 

「た、助けてぇ!」

 

 

次々に道具を壊していく三人……物陰で隠れていた広は、彼らの行為を許せなくなり、思わず声を上げた。

 

 

「コラ!辞めろ!!」

 

「何?辞めろだと?」

 

「あぁ!辞めてくれって言ったんだよ!

 

こ、これでも、一生懸命作ったんだぞ!!」

 

「うるせぇ!!」

 

「壊すことないだろ!」

 

「そうだよ!酷いよ!」

 

「何だと、テメェら!」

 

「酷過ぎるわよ!」

 

「目茶目茶じゃない!」

 

「うるせぇ!!こっちは五十円払ってんだよ」

 

「客何だよ!客!」

 

「嘘なのだ!!この人達、まだ払ってないのだ!!」

 

「な!?」

 

「毎日遅くまで残って、作ったのにぃ!!」

 

「それがどうし……!?」

 

 

殴ろうと拳を上げたが、その手を横から出てきた黒装束に身を纏った麗華が止めた。

 

 

「大人気ないよ?あんた等」

 

「あ?」

 

 

拳を放すと、男はすぐに麗華の方へと振り向き睨んだ。すると何も言わずに、麗華の頬を殴った。

 

 

「麗華!」

 

「ガキのくせに、嫌な目付きしやがって。強がってんじゃねぇよ!」

 

「お前等、何すんだ!?」

 

「こんなちゃっちいお化け屋敷で、金なんかとるんじゃねぇ!」

 

 

男は文句を言いながら、広を殴った。

 

 

「悔しかったら、本物みたいなものを出せ。そんで、マジでビビらせてみろよ」

 

 

高笑いをしながら、三人は外へと出て行った。しばらくして、騒ぎに気付いたぬ~べ~と玉藻が慌てて駆け付け、教室の状態を見た。

 

 

「酷い奴らだ……」

 

「ぬ~べ~」

 

「無茶苦茶なのだ」

 

「クッソぉ!麗に怪我負わせやがって、あの野郎共……」

 

「頼むから、変な気は起こすな」

 

「けど!」

「焔!」

 

「……ち!」

 

「すまねぇ……高校生には、勝てなかった」

 

 

悔し泣きをする広……広に連れられ、まことと克也も泣き出した。

 

 

「勝てる勝てないの問題じゃない……あっちは客で、こっちは商売人……どの道したって無駄だ」

 

「……」

 

(愚かな……人間のくせに妖怪を馬鹿にして!!

 

タダでは済まん!!)

 

「玉藻!」

 

「?」

 

「断っておくが、これは俺と生徒の問題だ。お前には手出しさせないぞ」

 

「鵺野先生……

 

 

いいでしょ……あなたのお手並み、じっくり拝見させていただきましょう」

 

 

玉藻の話を聞き流しながら、ぬ~べ~は広の元へと行った。

 

 

「広、その三人はもっと本物みたいなお化けを出せと言ってきたんだな?」

 

「うん」

 

「そして、マジでビビらせてみろ……そう言ったんだな?」

 

「あぁ」

 

「だったら、ご期待に応えてやろうじゃないか。麗華!」

 

「承知。焔!

 

それから、氷鸞!」

 

「待ってましたぜ!」

 

 

投げられた紙から煙を放ち中から姿を現す、氷鸞。

 

霊水昌を取り出すぬ~べ~……

 

 

「さぁ……これからぬ~べ~クラスのお化け屋敷だ」

 

 

その頃、小学校へと来た龍二と男女二人……

 

 

「ウッヒョ―!懐かしい!」

 

「卒業して、もう五年も経つのかぁ」

 

「何も変わってねぇな?ここは」

 

「みてぇだな。早く中に入って、麗華のクラスの出し物見ようぜ」

 

「おうよ!」

 

「あ~……麗華ちゃんに早く会いた~い!」

 

 

カメラを首から下げた女が、カメラを弄りながらそう言った。そんな彼女を隣にいた男が、引き攣った顔で見た。

 

 

「頼むから、変な行為はするなよ?」

 

「分かってるわよ」

 

「オラ、行くぞ!」

 

 

同じ頃……暇を潰す不良三人組。入ったメイドカフェ風の教室に入り、注文したジュースの入ったコップを、床へと落し生徒を脅した。

 

 

「ジュースなんていらねぇよ!」

 

「ビールだ!ビール!」

 

「俺達はお客だろ?」

 

「でも……」

 

「ビール持って来いって言ってんだよ!!」

 

「あなた達なんですか!!」

 

 

そこへ律子先生が現れ、三人を怒鳴った。

 

 

「皆迷惑してるのが、分からないの?とっとと出て行きなさい!!」

 

「おぉ!怒ると、また色っぽいねぇ」

 

「俺達と一緒に楽しくやろうぜ」

 

「出てって!!嫌ぁあ!!」

 

 

「お客さん」

 

 

律子先生とじゃれていた男の肩を、広はソファーの後ろから叩き呼んだ。後ろを振り返ると、広の他にい克也と秀一が立っていた

 

 

「何だよ……変な声、出しやがって」

 

「さっきの奴らか」

 

「何だ?用があるのか?」

 

「お化け屋敷が、新装開店いたしまして」

 

「今度はなかなか、本物みたいですよ?」

 

「決して、あなた達の期待を裏切らない事を、お約束します」

 

 

広達に連れられ、文句を言いながらも教室の中へと入った三人組……中は先程と変わらない様子だった。

 

 

「怖くなかったらどうすんだよ?」

 

「覚悟はできてんだろうな?」

 

「覚悟するのは、あなた達ですよ!さ、どうぞ」

 

 

 

しばらく奥へ進むと、途轍もない冷気が漂ってきた。

 

 

「寒くないか?」

 

「何か、気味悪いぜ」

 

 

それもそのはず……美樹の隣で、氷鸞が錫杖を回しながら、冷気を送っていた。その時、どこからか不気味な音が聞こえ、男の一人がその方向に目を向けると、そこに社が建っていた。

 

 

「あんなの、さっきは無かったはず」

 

『許さん』

 

「へ?」

 

『罪人は、打ち首じゃあ!!』

 

 

社の扉が開き、中から円陣になった刀に乗る妖怪…はたもん場。

 

 

「な、何だありゃ?!」

 

『けっけっけっけ!心臓を食わせろ!』

 

 

長い舌を回し、不敵な笑い声を出す…ヤモリ。

 

 

「ど、どうなってんだよ!これは!」

 

「もう後悔しても遅いよ!ぬ~べ~と麗華は、本物を呼び出しちゃったんだから。失神するまで、出られないよ!」

 

 

そう言うと、広は教室の扉を閉め鍵を掛けた。

 

 

「おいコラ!待てよ!」

 

「開けろよ!!」

 

「ウフフフ!

 

ぬ~べ~クラスを舐めちゃいけないわよ!生きてここから出られないかもねぇ」

 

 

笑みを溢す美樹……だが、その首が異様な長さへと伸びた。

 

 

「ろ、ろくろ首だ!!」

 

 

逃げ惑う三人……その時、何かを引きずる音が聞こえてきた。

 

 

「な、何だ?今度は」

 

「……いやあ。君は人だね。

 

 

丁度良かった……今、霊気を切らしていてねぇ。補充したかったところなんだ!」

 

 

黒いマントを羽織った鎌鬼は、持っていた麗華の死体(役)を捨て、鎌を振り下ろした。

 

次々に現れる、本物の妖怪達に悲鳴を上げながら、三人は逃げ回った。

 

 

「何だ?不甲斐無い」

 

 

三人を追い回していた妖怪は、一斉に消えそれと共ぬ~べ~が姿を現わした。床に横になっていた麗華は、起き上がり三人の元へと近付いた。

 

 

「もうダウンか?」

 

「本物を出して、ビビらせてほしかったんじゃなかったの?」

 

「ぎゃぁああ!!ゆ、ゆゆ、幽霊!」

 

「生きとるわ!!」

 

「お前達が見たのは、本物じゃない。この水晶石が憶えていた記憶だ。こいつは霊力が強いので、その記憶を鮮明に出すことができた。ビデオテープの様にな」

 

「こ、ここ、こんなのインチキだ!!」

 

「まだ疑う気?

 

しょん便垂らしてる、高校生の先輩に言われたくないんだけど」

 

「この!ガキ!!」

 

 

立ち上がり、ふらつく足で男は麗華を思いっきり殴り飛ばした。麗華は壁に激突し、口から血を流しながら立ち上がり三人を睨んだ。

 

 

「麗華!」

 

「黙ってみてりゃあ、いい気になりやがって……」

 

「……次殴ったら、後ないよ?」

 

「へ!そんな脅し、通用するか!!」

 

 

殴ろうと、腕を上げた時背後から、何者かに受け止められた。

 

 

「誰だ!!俺の邪魔を…する…奴は」

 

 

腕を掴む龍二の姿に、男の声が段々と弱々しくなった。龍二は笑みを浮かべていたが、雰囲気からして明らかに怒っていた。

 

 

「あ……ああ……」

 

「よぉ……何やってんだ?お前等」

 

「い、いや……そのぉ」

 

「あ、兄貴!こいつ、鈴海高校の生徒会長ですよ!」

 

「何ぃ!?」

 

「お、おまけに……後ろには書記と会計の野郎がいます!」

 

「ウ……嘘だろ」

 

「俺はな……

 

早い朝が嫌いなら、朝陽は嫌いだし、朝に鳴く鳥の鳴き声はもっと嫌いだ……けどな、一番何が嫌いかって」

 

「あ…ああ…」

 

「それはな……

 

大事な妹を、傷付けられることだ!!」

 

「ヒィイイイイ!!」

 

「覚悟できてんだろうな?テメェ等!!」

 

 

拳を鳴らし、三人に殴りかかる龍二……

 

そんな彼を見ながら、広は麗華の元へと行き耳に口を当て小声で質問した。

 

 

「なぁ、龍二さんってそんなに有名なのか?」

 

「ここいらの高校じゃ、名は通ってるよ?知らぬ者はいないっていうほどね……だよね?真二兄さん」

 

「ま、そうだな」

 

「写真、ブチ撒いてやろうかしら」

 

「止めとけ!いらん事するな!」

 

「麗華、お兄さんまだ居たの?」

 

「まさかの四人兄妹?」

 

「違う。この人達は」

「俺等は、こいつの兄貴・龍二の幼馴染なんだ。

 

俺は滝沢真二(タキザワシンジ)。一応イタコの家系に生まれたんだけど、男だからあんまり関係ない。そんで、こいつは彼女の日野崎緋音(ヒノザキアカネ)。カメラマンなんだけど、霊体質でしょっちゅう心霊写真が写っちまう。それから、ストーカー行為が玉に瑕」

 

「いいもん!私は麗華ちゃん担当のカメラマンだから」

 

「好きに言ってろ」

 

「アハハハ……」

 

(麗華と龍二さんの周りの人って、個性的な人ばかり……)



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消えた白狼達

「許さない……許さない……あの兄妹だけは」


とある廃屋……

蝋燭の炎を点し、薄暗い一室……壁に貼られた二枚の写真。
小学校の下校中、郷子達と楽しげに帰る麗華と、部活の休憩中なのか壁に凭れながら座り、友達と戯れる龍二の姿が写った写真が貼られていた。


「二人のせいで、僕は人生滅茶苦茶にされたんだ……

復讐は果たさせてもらう」


炎に照らされた部屋に置かれている机の上に、奇妙な機械が置いていた。


“ピピピピピピピピ”

 

 

目覚ましの音が部屋中に鳴り響き、ベットで寝ていた麗華は寝ぼけながら音を止めた。

 

 

「朝ぁ……

 

まだ眠い……?」

 

 

目を擦りながら、床で寝ている焔の方に顔を向けた。だがそこには、彼の姿は無かった。

 

 

「……焔?」

 

 

ベットから起き、部屋を見回し彼を捜したがどこにもおらず、麗華はドアを開け廊下を覗く様にして顔を出した。

 

 

「焔ぁ?焔ぁ!」

 

「……」

 

 

廊下を歩きながら、彼を呼んだ……だが、彼はどこにもなく居間の襖を開け中を見たが、やはり彼の姿はどこにもなかった。

 

 

「麗華!渚の奴……って、焔は?」

 

「今朝から居ないの……って、渚も?」

 

「あぁ。寝床見たら物家の空で……

 

珍しいよな……あいつ等がいないなんて」

 

「……」

 

「帰ってきたら、森ん中捜してみよう。今はとりあえず、学校だ」

 

「うん……」

 

 

学校へ着いた麗華……机の上で頬杖をして、窓の外を眺めていた。その様子を心配そうに、フードの中にいたシガンが声を上げながら、彼女を見た。その様子に、郷子達も多少気づき気になった郷子は、麗華の元へと寄り声を掛けた。

 

 

「麗華、どうしたの?」

 

「……へ?」

 

「いや……今日の麗華、何か変だから」

 

「……別に。関係ない」

 

 

そう言いながら、麗華は郷子を退いて、教室を出て行った。彼女を呼び止めることもせず、広達は去っていく彼女の背中をただただ見るしかなかった。

 

 

「どうしたのだ?今日の麗華ちゃん」

 

「今朝から、元気ないもんね」

 

「龍二さんと、喧嘩したんじゃねぇか?」

 

「あぁ!それ、あり得るかも!」

 

「……あれ?」

 

「いつもの、突込みがいない……」

 

「……あ!」

 

 

屋上へ着た麗華……給水タンクの上へと登り、辺りを見回した。

 

 

(……どこ行ったんだろ)

 

「キュウ……」

 

「大丈夫だよ、シガン。そんなに心配しなくても、焔も渚もどっかに行ってるだけだ。その内帰ってくる」

 

 

ポーチから紙を出し投げた。紙から出た煙の中から、人の姿をした氷鸞が出た。

 

 

「この辺りを飛んで、焔を捜してほしい」

 

「いなくなったのですか?」

 

「分かんない……今朝起きたら、いなかったから……

 

頼む」

 

「……分かりました」

 

 

笠のつばを持ち、氷鸞は飛んで行った。それを見届けながら、麗華は肩で心配そうな鳴き声を上げるシガンの頭を撫でた。

 

 

(大丈夫……すぐ帰ってくる)

 

『麗!』

 

(……焔)

 

 

放課後……

 

 

帰り支度をする麗華に、郷子は声を掛けた。

 

 

「ねぇ、麗華」

 

「?」

 

「焔は?」

 

「へ?」

 

「今日、焔いないのかなぁ…っと」

 

「……今朝から居ない」

 

「え?」

 

 

二人の話が聞こえた広達は、麗華の元へと寄り近くの机や椅子に座り、話を聞いた。

 

 

「何だ?家出か?」

 

「知らない。

 

朝起きたら、寝床にいなかった」

 

「どこ行っちゃったの?」

 

「知らない。今まで、黙って家を出たこともないし……」

 

「里帰りじゃね?」

 

「里帰りって……白狼一族の故郷は、もうこの地にはない。

 

あって、私達の本家だけだ。けど、滅多な事で本家に帰ることはない。あいつも……親はいないんだ」

 

「え?親いないのか?」

 

「前に言ったでしょ?焔の父さんは、私の父さんと一緒の日に死んだって。」

 

「あ……」

 

「じゃあ、お母さんは?」

 

「母さんは……死んだ」

 

「……」

 

「だから、あいつ等に帰る場所っつったら、私達の元しかない。

 

尤も、本家にもあるけど、私達を置いてはまず行こうとしない」

 

「……じゃあ、他に行く場所は?」

 

「分かんない。

 

悪いけど、もう帰るからいい?」

 

「あ…あぁ」

 

「じゃあね、麗華」

 

「じゃあな」

 

「また明日ね!」

 

「あぁ」

 

 

バックを肩にかけ、麗華は教室を出た。校庭に出た麗華は歩き校門へと向かった。ふと顔を上げると、校門前に龍二と真二達が立っているのが見えた。麗華は足を速め、校門へと向かった。

 

 

「兄貴」

 

「焔がいない今、お前を一人で帰らせるのは危険だと思ってな」

 

「本当、龍二は心配性だな」

 

「うるせぇ!つか、何でお前等まで来るんだよ!?」

 

「いいじゃねぇかぁ!俺等だって、麗華のこと心配だったし。なぁ?」

 

「真二…誰が、人の妹呼び捨てでいいって言った?」

 

「う~ん……」

 

「考えるな!!」

 

「まぁまぁ、いいじゃない!

 

今日は、龍二の家に泊まることになってるんだから!」

 

「誰が決めたんだよ?!」

 

「俺等二人で」

 

「何勝手に決めてんだよ!?」

 

「何よぉ……いいじゃない。私は麗華ちゃんの写真を撮りたいんだからぁ」

 

 

頬を膨らませながら、緋音は後ろから手を回し麗華を抱きながら言った。麗華と龍二は呆れ顔になって、ため息を吐いた。

 

 

 

 

「焔ぁ!焔ぁ!」

 

 

家へ帰ってくると、龍二達は早速森の中を探索始めた。森を捜し回るが、彼らの姿はどこにもなく、ただただ時間だけが過ぎて行った。

 

 

「渚ぁ!どこにいんだぁ!!」

 

「渚さーん!龍二が怖がるから、出てきてくださーい!」

 

「いらんことを言うな!!」

 

「焔ぁ!焔ぁ!」

 

「焔ちゃーん!焔ちゃーん」

 

 

茂みを掻き分け、捜す麗華……麗華から離れた場所で、シガンは鼻を動かしながら茂みの中を彷徨い捜した。

 

 

「(……あとは、氷鸞に任すしか)うわっ!!」

 

 

夕方……

 

 

森から出てきた龍二達……だが、そこには麗華姿がなかった。

 

 

「あれ?麗華の奴は」

 

「そういえば……緋音、麗華と一緒じゃ」

 

「え?真二と一緒じゃなかったの?」

 

「は?」

 

「……!!」

 

「龍二!!」

 

 

何かを察したのか、龍二は振り返り森の中へと入った。しばらく森を駆けて行くと近くの木の上から、何かが飛び降りてきた。

 

降りてきたのは、麗華を手に抱えた青だった。

 

 

「麗華!」

 

「母(カカ)、崖から落ちた。

 

傷あるけど、死んでない。」

 

「そうか……ありがとな」

 

「焔は?あいつ、傍にいない」

 

「……」

 

「渚も、傍にいない」

 

「……ちょっといないんだ。

 

大丈夫、すぐ帰ってくる!」

 

「……父(デデ)」

 

「じゃあな、青。ありがとな!」

 

 

気を失ってる麗華を背負い、龍二は森を歩いて行った。

 

歩いている最中、麗華は目を覚ました。

 

 

「兄貴?」

 

「気が付いたか?」

 

「あれ?何で?

 

さっき、崖から」

 

「青がお前を俺の所まで、連れて来てくれたんだ」

 

「……」

 

「あんまり、単独行動は控えろ。焔がいないんだから」

 

「……うん」

 

 

家に着き、居間で丙から治療を受ける麗華……

 

 

「痛っ!!」

 

「あ、すまん」

 

「それくらい、我慢しとけよ。

 

命助かって」

「レディーの裸を、何覗き見してるのよ!!」

 

 

襖に手を掛け下着姿になり、丙から治療を受けていた彼女を見ていた真二目掛けて、緋音が飛び蹴りを食らわせた。真二は見事にその蹴りを食らい、奥の方へと飛ばされた。

 

 

「全く、何覗き見してるのよ!」

 

(こ、怖ぇ……)

 

「け、蹴ることねぇだろ……」

 

「普通に覗くからでしょうが!!」

 

「人ん家で、何騒いでんだよ」

 

 

麗華の着替えを持ってきた龍二は、二人を見ながら呆れ顔をしていた。

 

 

「だってぇ、真二が麗華ちゃんの着替えを覗き見してたんだもん」

 

「たまたま襖開けたら、その光景だったんだ!

 

だいたい、小学生の裸見たって嬉しかねぇよ」

 

「緋音、麗華の着替え頼んだ」

 

「はーい」

 

 

緋音に着替えを渡した龍二は、拳を鳴らしながら真二に殴り掛かった。奥の方から聞こえる悲鳴に、麗華は呆れ顔をした。

 

 

「本当、まだ子供なんだから」

 

「龍もあいつも、何も変わらないな。

 

さ、終わったぞ」

 

 

丙の治療を終えた麗華は、緋音から着替えを受け取りそれに着替えた。着替え終えると同時に、風が吹き窓ガラスが振動し鳴り響いた。

 

 

「風が出て来たのかしら?

 

あら?麗華ちゃん?!」

 

 

風が止むと共に、麗華は部屋を出て行き、龍二にやられ伸びている真二を跨ぎ、家を飛び出した。

 

外へ出ると、鳥の姿をした氷鸞が帰ってきた。

 

 

「氷鸞!」

 

彼の名を呼びながら、麗華は氷鸞の元へと駆け寄った。氷鸞は人の姿へと変わり、駆け寄ってきた彼女の方を見た。飛び出ていった麗華を追い掛け、龍二達は外へと出て行き彼の元へと駆け寄った。

 

 

「焔達は、見つかったか?」

 

「いえ……何も手掛かりがありませんでした。申し訳ありません」

 

「……そう。

 

ありがとう。ご苦労様」

 

 

氷鸞に礼を言い、麗華は彼を戻した。落ち込んでいる麗華に龍二は寄り肩に手を置いた。

 

 

「麗華」

 

「……どこ行っちゃったんだろ。

 

焔も渚も」

 

「さぁな……

 

あいつ等のことだ。その内ひょっこり帰ってくる」

 

「……」

 

「さ!中に入って飯食おうぜ」

 

「……うん」

 

 

龍二に連れられ、麗華は家の中へと入った。




その日の夜……

“ガン…ガン”


とある廃屋の地下……

首と手首、足首に鎖を着けられ捕らわれている焔と渚。
二匹は懸命に、鎖を外そうとしていた。


「クソ!!外れねぇ!!」

「せめて、人の姿になれれば」

「無理だ……鎖に着いてるこの札のせいで、人になるどころか技も出せねぇ」

「情けないよ……

あんな催眠術に掛かるなんて」

「今頃、龍も麗も心配してるぞ」


“ガチャン”


突然鎖されていた扉が開いた。焔達はすぐに入ってくる者を睨み攻撃態勢に入った。


「そんな怖い顔をするな。

僕は何もしやしない」

「じゃあ何で、俺等をこんな所に閉じ込める」

「そうだなぁ……

強いて言うなら、君達二匹の主に復讐しようと思ってね」

「?!」

「どんな顔をするかなぁ……

君達二匹に、裏切られ攻撃したら」

「そんなことするか!!」

「そうよ!!私達は主の言うことしか訊かない!!」

「それはどうかな」


手に持っていた首輪を焔達に見せた。そして、懐からリモコンを取りだしボタンを押した。すると、焔達は体を動かすことができなくなり、それを狙ってか首輪を焔達の首に着けた。その瞬間、焔達の体に電撃が走り目を見開いた時赤く染まりそのまま気を失ったかのように、その場に倒れた。


「さぁて……復讐の時が来た!」


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操られる右腕

「!!」


飛び起きる麗華……

息を切らし、額から流れ出ている汗を拭き取り、ふと床の方を見た。そこには布団を敷き眠る緋音の姿があった。
いつもなら、そこには狼姿で眠る焔がいる……しかし、今はいない。ベットから降り緋音を起こさぬようにして歩き、部屋を出た。
龍二の部屋へ着た麗華は、そっと戸を開けた。床には布団を敷き、腹を出し眠る真二の姿があった。戸を閉め自分の部屋へ帰ろうとした時だった。ふと龍二が眠るベットの方に目を向けると、彼も起きたのか目を擦りながら体を起こし、自分の方を見ると手招きをした。

導かれるようにして、麗華は部屋へ入り真二が起きぬよう歩き、龍二のベットに入った。入ってきた彼女に布団を掛け、龍二は何も言わず頭を撫でてやった。しばらくして、麗華は重い瞼を閉じ眠りに入り、龍二も彼女の頭に手を置き眠りに入った。


場所は変わり、ここはとある大学……

大学の屋根に降り立つ、二匹の大狼。狼から飛び降りる一つの影。


「さぁて……まずは、僕を馬鹿にしたこの学校に復讐だ。

焔、渚、やれ!」


その命令道理に、焔は火を放ち校舎を燃やした。しばらくして、次に渚がその火を消すかのようにして、水を放った。だが火が消えても、その水を止めることもなく放ち続けた。


「よし、もういいぞ」


その命令道理、焔と渚は攻撃を辞めた。二匹の傍にいた影は、焔の背に飛び乗り学校を後にした。


朝……

 

 

《昨晩、K大学に異常現象が起こりました。

 

校舎が燃えてた痕と、その火を消した水の痕跡がありました。校舎内は水浸しになり、教員たちの書類やパソコンのデータが全てダメになり、警察は器物損害罪として調査を続けています。》

 

「おぉ……大学がテロリストにあったか」

 

「何朝っぱらから、変な事言ってんだよ。お前は」

 

 

真二は朝食を食べながらテレビを見ていた。そんな真二に、龍二は普段着を着ながら呆れた顔で話しかけた。

 

 

「あれ?龍二、今日は学校行かねぇのか?」

 

「あぁ。今テレビでやってた事件、もしかしたら焔達の可能性もあるから、一応現場に行くつもりだ」

 

「フ~ン……あれ?麗華もか」

 

「まぁな。それに、今の状態であいつを学校に行かせるわけにはいかない」

 

「……」

 

「ねぇ、龍二!」

 

「?」

 

「麗華ちゃん、知らない?朝起きたら、ベットにいなくて」

 

「あぁ…麗華の奴なら、俺のベットで寝てるよ」

 

「え?!」

 

「何だ?!麗華の奴、瞬間移動でも使えるのか?!」

 

「違ぇよ!!夜中に起きてきて、俺の部屋に来たんだ!」

 

「何で私の布団じゃなくて、アンタのベットに行くの!?」

 

「俺はあいつの兄貴だぞ!!着て当たり前だろ!!」

 

「そんな~」

 

「相変らずだな……麗華の奴」

 

「え?」

 

「ほら……昔、お前ん家に泊まったこと何度かあっただろ?」

 

「そういえばあったな」

 

「そうそう。私達が泊まると、おばさんいつもおいしい手料理振る舞ってくれたよね!」

 

「そうだったよなぁ」

 

「俺達がいる間ずっと、麗華はおばさんと龍二に引っ付いててさ……そんで森の中行くのも俺等が遊んでる時も、いっつも龍二にくっ付いてたよなぁ」

 

「あと、夜になると必ず龍二の布団に潜り込んできたこともあったよね!」

 

「それはお袋が、勤め先の病院から緊急呼び出しがあって、一人でまだ眠れねぇから俺の所に来たっていうだけだ」

 

「とか言って、本当は龍二に甘えてたんじゃねぇのか?麗華の奴」

 

「うるせぇ!!

 

つーか早く学校行かねぇと、遅刻すっぞ!」

 

「あ!やっべぇ!!」

 

「早く行かなきゃ!!」

 

「龍二!今晩も泊まるからな!!」

 

「私も!!」

 

「泊まるな!自分家へ帰れ!!」

 

 

二人が家を出て行ってから数分後、麗華は目を覚まし自分の部屋へと戻り着替え居間へと行った。

 

 

「お!起きたか」

 

「あれ?真二兄さん達は?」

 

「学校だ。お前は今日休め。

 

これから俺と一緒に、行ってもらいたいところがある」

 

「行く場所?」

 

「大学だ。昨日の夜、校舎が燃やされたうえ水浸しにされたそうだ」

 

「え……まさか」

 

「まだ分かんない。これから調べに行くから、とっとと支度しろ」

 

「うん」

 

 

同時刻、童守小学校……

 

 

「麗華の奴、どうしちまったんだろうな」

 

 

麗華の机を見ながら、広はぼそりと言った。

 

 

「昨日あんなに元気だったのに……」

 

「どうせ、またズル休みでもしてるんじゃないの?」

 

「美樹!!」

 

「冗談よ!冗談!」

 

「ぬ~べ~が言うには、家の用事みたいだけど本当かな?」

 

「さぁな」

 

「ねぇねぇ!それより、今朝のニュース観た?!」

 

「あぁ、あれだろ?大学がテロリストにあったって奴」

 

「そうそう!」

 

「あれ、誰がやったんだろうね」

 

「噂じゃ、犯人は一人らしいよ?」

 

「嘘!?どうやって、やったの?!」

 

「分かんないわ、そんなの」

 

「一人で出来たら、そいつ相当な足の速い奴だな!」

 

「そうだな!」

 

「という事は、逃げ足も速いのだ!」

 

「なるほど!」

 

「アンタ等、もっと現実を見なさい。現実を」

 

 

大学へ着た龍二と麗華……警察官の目を盗み、黄色いテープを潜り中へと入った。

 

焦げた地面とびしょ濡れになった校舎……

 

 

「ヒデェありさまだなぁ」

 

「……」

 

「もしかしたら、まだ妖気が残ってるかもしれねぇな。」

 

「じゃあ」

 

「あぁ……

 

雛菊!」

「氷鸞!」

 

 

ポーチから紙を取り出し、二人は雛菊と氷鸞を出した。

 

 

「雛菊、氷鸞。今ここに残ってる妖気を頼りに、渚と焔を捜してきてくれ!」

 

「見つからなくてもいい。手掛かりでも……小さいことでも何でもいいから!」

 

「分かった」

「承知!」

 

 

二人は姿を消し、妖気を頼りにそのままどこかへと行った。彼らを見送る龍二と麗華……

 

 

「見つかるかな……焔達」

 

「見つかるさ。

 

さ、俺等も捜すぞ」

 

「うん」

 

 

 

 

お昼過ぎ……事件は起きた。

 

小学校の屋上に、渚と焔が降りた。

 

 

「ここが妹の学校か……

 

焔、炎を放て」

 

 

その命令道理、焔は口から火を放ち校庭を火の海へとした。陽に気付いた職員室にいた教員たちはすぐに、小火器を持ち消しに行き、残ったものは火災報知機を鳴らし、生徒達を避難させようとした時だった。

 

 

「焔、もういい。次は渚、水を放て」

 

 

焔は火を止め、入れ替わりに渚が火を消すようにして水を放ち、そして校舎を水浸しにした。校舎にいた生徒達は慌てて近くの柱や扉に流されぬ様に掴まった。

余りにもおかしいと思い、ぬ~べ~は放ってくる場所が屋上からだと感づき、すぐに屋上へと向かった。屋上へ着き外へ飛び出ると、そこには狼姿になった渚と焔が立っており、傍には人が一人いた。

 

 

「焔?!渚?!」

 

「?……見つかったみたいだね。

 

焔、渚、逃げるよ」

 

 

人が焔の背に乗ると、それを合図に二匹は空へと飛んで行った。そんな彼らをぬ~べ~は、顔を上げ眺めた。

 

 

(まさか……今朝の事件も、今回もあの二匹の……)

 

 

放課後……

 

水浸しになった校舎を拭き終わり、ひと段落する教員たち。生徒達は皆、事故が治まったと共にすぐ自宅へと帰らせた。

 

 

「しかし、こりゃまた酷い。

 

大学の方は人がいなかったから、あまり被害は少なかったが……儂らの所じゃ、生徒も教員もいたから、第三次だな」

 

「そうですね……いったい、誰がこんなことを」

 

「鵺野先生、これも妖怪の仕業ではないんでしょうか?」

 

「可能性はあります……(信じたくはないが、犯人はおそらく)」

 

 

蘇る焔と渚の先程の姿……そして彼らの傍にいた一人の人。

 

 

「鵺野先生!」

 

「あ、はい!」

 

「お客さんです!」

 

「お客さん?」

 

 

石川先生に導かれ、職員室に入ってきたのは、血相を掻いた龍二だった。

 

 

「龍二?!」

 

「アホ教師、ここに焔と渚が来たって」

「待て待て!ここじゃマズイ、ひとまず教室に」

 

 

慌てて話を止めさせ、ぬ~べ~は龍二を連れて教室へと行った。教室に入った龍二はすぐさま、ぬ~べ~に話をし出した。

 

 

「ここに焔と渚が来たっていうのは、本当か?!」

 

「ちょっと待て!その話、誰から聞いたんだ?」

 

「雛菊だよ。あいつ、昼間この辺りを捜してたら二人が学校から飛びだったのが見えたって……どうなんだよ」

 

「……事実だ」

 

「嘘だろ……」

 

「龍二、あいつ等に何があったんだ?」

 

「知らねぇよ……昨日から姿が見えなくなって、そんで今だ」

 

「……麗華はどうした?」

 

「あいつは今、氷鸞の所に行って焔達が最後に寄った場所に行ってる。俺もそこへ行こうとしてたんだが、雛菊が焔達を見たって知らせてきて、ここへ来たんだ」

 

「そうだったのか……

 

龍二、一つ聞いて良いか?」

 

「?」

 

「渚と焔が、お前達以外の人間に従う事はあるのか?」

 

「ない。白狼一族は、大昔俺達陰陽師家の助けがあったから、一族は滅びずに済んでいるんだ。その恩返しとして、一族は主が死ぬまでは決して主以外の人間に懐くことはまずないし、命令も聞かない」

 

「そうか……」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや……あいつ等に命令を出していた人を見たんだ」

 

「え?」

 

「俺の気のせいかもしれないが……焔の背に飛び乗った人影を見たんだ」

 

「そんなはず……渚も焔も、俺達以外の人間を乗せる事ねぇ」

 

「俺も間違いだと思っている。焔達はなんだかの理由で、その人間に手を貸しているのかもしれない。

 

下手したら、お前等二人を人質に取られているのかもしれない」

 

「……」

 

「とにかく、今日は家へ帰れ。何か分かったら、すぐに連絡する」

 

「あぁ」

 

 

ぬ~べ~に言われ、龍二は一旦家へと帰った。

 

 

「ただいま……」

 

「お帰り、龍」

 

 

家へ帰ってくると、丙が出迎えてくれた。靴を脱ぎ居間の襖を開けると、畳の上で眠る麗華の姿があった。

 

 

「帰ってきてこの様だ。

 

よっぽど疲れたんだろ」

 

「あぁ……」

 

「麗にとって、焔は父親のような存在だからな。そしてもう一人の兄でもある」

 

「丙……」

 

「お主もそうだろ?お主にとって、渚は母親のような存在、そして姉でもある。違うか?」

 

「……」

 

 

照れ臭そうに、龍二は頭を掻き、頬を赤くしてソッポを向いた。そんな彼に、丙は笑みを溢しながら頭を撫でた。




“ビュー”


強風に吹かれ叩かれる窓ガラスの音で、麗華は目を覚ました。眠い目を擦りながら起き上り、いつの間にか掛けられていた羽織を退かしながら、窓の方へと行った。外はすっかり暗くなっており、ふと居間に掛けられている時計を見た。時刻は午後七時だった。


(どんだけ寝てたんだ……)


目を擦りながら、麗華は外の空気を吸おうと草履を履き表へ出た。強風が吹いており、周りの木々が騒ついていた。乱れる髪を手で止めながら、麗華は周りを見回した。


「……?」


ふと本殿の方に目を向けると、石の灯篭に点された火が照らす二つの影。麗華は咄嗟に、玄関に置かれていた木刀を手に持ち、ゆっくりとその影に近付いた。


「……?!

焔!渚!」


近付きよく見ると、そこにいたのは狼姿になった焔と渚だった。木刀を下ろし、麗華は焔に駆け寄ろうとした時、突如焔と渚は唸り声を上げ、攻撃態勢に入り彼女を睨んだ。


「?

焔?渚?」

「ガルルルルル」

「どうしたの?私だよ?麗だよ」

「ガルルルルル」

「焔……渚」

「クックックック……どうだい?右腕に裏切られる気分は」

「?!」


本殿の階段に腰を掛けていた影がゆっくりと立ち上がり、そして階段を降りて行き灯篭の元へと来た。


「……誰?」

「僕は……そうだな…Kとでも名乗っとくか」

「K?」


「麗華!!」


何かを察してか、彼女の元へ龍二が駆け付けてきた。


「兄貴……焔と渚が!」

「え?……!渚!?」

「さっきから、様子が変なの!」

「兄妹揃ったみたいだね?

焔……君の主にご挨拶しな」


その命に従ってか、焔は口から火の玉を麗華目掛けて放った。その攻撃から庇う様に、龍二は背中を盾にして攻撃を防いだ。


「兄貴!」

「ハハハハハハ……どうだい?一番信頼している者から受ける攻撃は」

「な…何者だ」

「……そうか。忘れたんだね……君ら二人は。

僕は……あの牢獄の中、君達二人を忘れることは決してなかった。一度もな!!」

「……まさか……お前…痛っ!!」

「さぁて……お次は」

「……」

「渚……攻撃開始」


渚は一歩前へ出て、口から水を放った。


「氷鸞!」


ポーチから紙を取り投げた。紙から煙を放ち中から人の姿をした氷鸞が現れ、水の攻撃に瞬時に気付くとすぐにその水を氷の術で阻止した。


「な……渚様?!」

「雷光!アンタも!」


もう一枚の紙を投げだし、中から人の姿をした雷光が現れた。


「渚殿?!それに…焔?!」

「一体、何があったんですか?!麗様!」

「説明は後!二人を元に戻して!氷鸞は渚を!雷光は焔を!」

「承知!」
「承知!」


獣の姿へと変わった二人は、焔と渚に攻撃をし始めた。
だが、その攻撃は焔達には全く効かなかった……そして二人の攻撃がとだえると、焔達は反撃するかのようにして攻撃を放った。氷鸞と雷光はその攻撃を避ける暇も無くして、当たってしまい森の方へと飛ばされた。


「氷鸞!!雷光!!」

「麗華…お前は、家に入ってろ!」

「兄貴は?」

「俺は平気だ……もう少ししたら、真二達が来る。

その前にこいつを倒さ……ウッ!」

「兄貴!」


力なく倒れる龍二……背には自分を庇ってできた火傷の跡があった。そんな彼を麗華は呼び叫んだ。


「そんじゃあ……ここで、お別れだね?」

「?!」

「焔、やれ」


二人目掛けて、焔は強大な炎の渦を口から放った。麗華は倒れている龍二を守るようにして、覆い被さり目を瞑った。


「南無!!」


その声と共に、焔の攻撃は阻止され、同時に誰かが自分達の前に立った。


「……!!

ぬ……鵺野」


目の前に立っていた人物……それは、鬼の手を構えたぬ~べ~だった。


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仮の両親と兄姉

鬼の手を構えるぬ~べ~……


「麗華!龍二!」


ぬ~べ~に続いて、真二達が駆け付けてきた。


「間に合ってよかった……麗華、怪我はないか?」

「私は大丈夫だけど……兄貴が」

「龍二、しっかりしろ!」


真二の声に龍二はふら付きながら彼の肩を借りて立ち上がった。


「緋音?……それに、真二」

「大丈夫か?」

「鵺野……何で」

「お前等の様子が気になってきたんだ……それより、これはどういう事だ。

何で、焔と渚があいつに」

「知らねぇ……」

「話は後!

龍二、渚さんと焔。攻撃するけど良いか?」

「構わねぇ」

「許可得た!」


制服の上着のポケットから、リップクリームの筒を取り出した。


「出て来い!管狐!」


筒から数匹の黒い管狐が姿を現した。管狐は牙を剥き出しにしながら、雄叫びを上げ焔達を睨んだ。


「こいつは……管狐?!しかも、かなり高い霊力」

「以前にも言っただろ?俺はイタコの家系だって。」

「この能力…いずなにも見習ってもらいたい」


真二が指を鳴らすと、その音に従うかのようにして管狐は渚と焔に攻撃した。
二匹は管狐に向かって、攻撃をしたが管狐はその攻撃を誘導するかのようにして動き回り、渚の攻撃を焔に焔の攻撃を渚に当てた……その時だった。


「り……龍……」

「?!」


小さな声、だが確実に聞こえた。渚が自分の名を呼んだ声を……


「渚?」


彼女の名を呼ぶが、渚はまた理性を無くしたかのようにして遠吠えし、管狐目掛けて水を放った。管狐は避ける事が出来ず、攻撃に当たり真二が持っている筒の中へと戻った。


「どんなに増えても、今の僕に勝ち目は無いよ」


不敵な笑みをK……彼は焔の傍へと寄り、焔の頬を撫でた。


「焔から離れろ!!」

「何怒ってるんだ?

ああ!そうか……自分の右腕を撫でられるのが嫌なんだろ?そうなんだろ?」

「……」

「クックックック……

いいねぇ……その顔。まだまだ、復讐をさせてもらうよ?」


そう言い残すと、Kは焔に乗り渚と共に、その場を去った。後を追い掛けようとしたが、飛んでいく二人の背を眺める事しかできなかった。


家の中へと入った麗華達……緋音は麗華の腕に出来た擦り傷を手当てし、龍二の火傷をぬ~べ~と真二が、そして氷鸞と雷光を丙が手当てした。

 

 

「これで良し!」

 

「ありがとう、緋音姉さん」

 

「いいのよ。龍二の方もそろそろ終わるわ」

 

「うん……」

 

 

手当てされた傷を撫でながら、麗華は思い詰めた様な表情を浮かべた。すると隣の襖が開き、中から真二達が出てきた。

 

 

「真二」

 

「龍二の奴は大丈夫だ。今寝てるけど、時期に目が覚めるだろ」

 

「そう……良かった」

 

「ねぇ……真二兄さん達はともかく、何で鵺野が」

 

「夕方龍二が学校に来て、渚と焔の事を話してくれて。

 

少し気になって様子を見に行こうとしたら、二人に会ってな」

 

「俺等の学校に、こいつが知らせに来たんだ」

 

 

そう言いながら、真二はバックのチャックを開けた。すると中からシガンが飛び出て行き、麗華に駆け寄り肩へと登り頬を舐めた。

 

 

「シガン!」

 

「こいつが緋音のキーホルダーを銜えて行っちまったから、取り返そうと思って追い掛けてたら、先公に会ったんだ」

 

「どうりで、見掛けなかったわけだ」

 

「……麗華」

 

 

真剣な顔でぬ~べ~は、麗華の前に座り話し掛けた。麗華はシガンを肩から降ろし彼を睨む様にして、目を向けた。

 

 

「俺の質問に答えてくれ……焔と渚に、一体何があったんだ?」

 

「……」

 

 

何も答えない麗華……ふと見ると、彼女の手は強く握り締められ震えていた。

 

 

「先公……いきなりその質問は」

「知らない」

 

「?」

 

「……今まで、逆らったことなんてなかった。

 

攻撃したこともなかった……」

 

「……」

 

 

「あいつ等は操られてるんだ」

 

 

隣から、龍二は羽織を肩にかけた状態で出てきた。同時に丙に治療を受けていた氷鸞達も居間へと入ってきた。麗華は二人に礼を言うと紙へと戻した。

 

 

「龍二、どういう事だ?」

 

「真二が渚を攻撃した時、アイツは俺の名を呼んだんだ。

 

苦しそうにな」

 

「それじゃあ」

 

「さっきも言った通り、渚も焔もあの男に操られてる」

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「あのKって何者なの?

 

『僕は……あの牢獄の中、君達二人を忘れることは決してなかった。』って……」

 

「……お前は覚えてなくて無理はない」

 

「え……」

 

「八年前、突如アイツはこの神社へ来た。

 

何でも、妖怪や幽霊に関係の大学の教授で、是非俺等と一緒に暮らしてる妖怪達を調査したいと言い出してな」

 

「見えていたのか?そいつは」

 

「あぁ。狼姿になってた渚と焔を、普通に大狼の研究をさせてくれって言ってきたこともあったからな。

 

だけど、余りにも怪しい奴だったから、お袋が断ったんだ。

 

 

それが誤りだった……」

 

「?」

 

「……生血」

 

「え?」

 

「生血?」

 

「古い言い伝えで、妖怪を呼ぶには生血が必要だって……そいつが言ってた。

 

そしたら……翌日から、大学生が突然失踪して」

 

「失踪……まさか!」

 

「そのまさかだ……

 

アイツは、自分の教え子をを自分の研究室へと呼びそして、そこで血を抜き溜まった量になると、それを家へ持ってきた。

 

その行為に気味悪がったお袋はすぐに警察に連絡した。そしたらどっこい、アイツの研究室から何十体もの血を抜かれた死体が出てくるわ出て来るわ……その後教授は速攻で逮捕されて、牢獄の中……のはずなんだけど、恐らく最近出所したんだろ」

 

「じゃあ、その男があの焔と渚を操っているというのか?」

 

「おそらくな……話は終わりだ。

 

とっとと帰ってくれ」

 

「龍二。俺は」

「他人は首突っ込まないで!」

 

 

怒鳴りながら、麗華は立ち上がりぬ~べ~を睨んだ。

 

 

「鎌鬼の時もそうだったけど、私達の問題に首を突っ込まないで」

 

「俺は担任としてお前を」

「担任だから、何だって言うの?!」

 

「麗華ちゃん……」

 

「担任だから何?親みたいな事してくれるわけ?

 

学校の外出れば、赤の他人でしょ」

 

「……」

 

 

振り返り麗華は外へと飛び出した。その後をシガンと緋音が追い掛けていった。

 

 

「他人か……

 

確かにそうだな。所詮、俺は麗華の担任……あいつのことを全て知ってるわけじゃない……」

 

「仕方ねぇよ……あれは」

 

 

その場に腰を下ろし、龍二はため息を付きながらぼそりと言った。

 

 

「龍二?」

 

「鵺野、悪いけど今回ばかりは手を引いてくれ。

 

それから、麗華はしばらく休ませる」

 

 

ぬ~べ~が何かを言おうとした時、真二は彼の肩を掴み首を横に振った。

 

真二に連れられ、ぬ~べ~は家を出た。玄関先で真二は引き戸に凭り掛かり腕を組み立った。

 

 

「龍二も麗華も、別にアンタのことを嫌ってないと思う」

 

「?」

 

「あの二人は、人に頼るっ言葉を知らないんだ。

 

あいつ等、親を早くに亡くしたから、誰に頼ればいいかが分からねぇんだ。人に頼れば、余計な心配を掛ける……

 

そう思って辿り着いたのが、妖怪達だったんだ。

中でも、焔と渚さん……龍二達にとっては、二人は親みたいな存在なんだ。いつも傍にいて、困ればすぐに助けてくれる……

 

 

特に焔は、麗華の事一番わかってると思う。自分にだって父親がいなかったから、アイツの寂しい気持ちが分かってたかもしれない……父親がいない寂しい気持ちを」

 

「……」

 

「だからあいつ等、傍にいた親がいなくなって不安なんだと思う。特に麗華は……

 

俺、あいつ等と付き合い長いから、何となく分かるんだ。あいつ等の気持ちが。

 

 

何度か家に遊びに来た時、いつもそばに二人がいたんだ。必ずって程……」

 

「……そうか」

 

 

それ以上は聞かず真二に背を向け、ぬ~べ~は帰って行った。

 

 

 

 

森の中……

湧き水の近くで膝を抱え座る麗華。心配そうに傍にいたシガンは鳴き声を上げながら、ウロウロしていた。すると茂みの中から、ショウと瞬火が現れた。瞬火は彼女の傍へと寄り膝に前足を掛け頬を舐めた。

舐められた感触に、麗華は顔を上げショウ達の方に顔を向け、舐めてきた瞬火を抱き上げ撫でた。そんな彼女の姿を見たショウとシガンは寄り添うようにして、傍に座った。

 

瞬火を撫でながら、麗華は思い出した。

 

 

幼い頃、龍二も母・優華もいない昼間……

一人縁側で絵を描いていた。すると、焔が麗華に笑いかけながら持っていたボールを投げ、境内を指差した。嬉しそうにして、麗華はボールを持ったまま立ち上がり、焔の手を引っ張って、表へと飛び出た。

 

遊び疲れ、縁側でウトウトしていると彼は、狼の姿へとなり自身の胴に麗華の頭を乗せさせた。麗華は気持ち良さそうに、体に顔を埋め眠りに入った。そんな彼女の体の上に焔は自身の尾を乗せ共に寝た。

 

自分が寂しい時、必ず焔は傍にいた。どんな事が起こっても決して、自分から離れたことはなかった。だから、どんな困難でも乗り越えられた。

 

 

(……焔)

 

「見~つけた」

 

 

その声の方に目を向けると、携帯用懐中電灯を手に持った緋音がいた。

 

 

「捜したよぉ?

 

さ、お家帰ろ!」

 

「……」

 

「ほら、行こう!」

 

「……」

 

「麗華ちゃん……」

 

 

すると茂みが揺れ、そこから懐中電灯を手に持った龍二と真二が現れた。

 

 

「龍二、真二」

 

「緋音、悪いけど先に帰って晩ご飯の準備しててくれないか?」

 

「え?」

 

「俺も手伝うから!

 

ほら、行くぞ!」

 

「あぁ、ちょっと!!」

 

 

もたもたする緋音の手を引っ張り、真二は龍二にウインクすると先に家へと帰っていった。

 

二人っきりになった龍二と麗華……

麗華に抱かれていた瞬火は、彼女から降り待っていたショウと共に茂みの中へと消えた。

 

 

「気になる場所があるんだ。

 

明日、そこに行こうと思ってる」

 

「それって……どこにあるの?」

 

「こっから、バスに一時間乗って、少し歩いたところに奴の家があるらしいんだ。もしかしたら、出所してそこに隠れ住んでいるかもしれないしな」

 

「じゃあ、そこへ行けば焔も渚も」

 

「可能性は高い。

 

行くか?」

 

「行く!」

 

「よし!そうと決まれば、さっさと家帰るぞ」

 

 

嬉しそうに頷き、立ち上がった麗華は龍二に抱き着いた。抱き着いてきた彼女を撫でながら、龍二は一緒に家へと帰って行った。




廃屋……

地下に倒れる渚と焔……


「こんな首輪ごときに操られるなんて……」

「龍と麗に攻撃することになるなんて……」

「麗……

あいつ、俺がいねぇと」

「焔、それは龍も一緒よ。

あの二人は、私達がいないと……」


“ガチャン”


扉が開く音……そして、リモコンを持って入ってくる白衣を着たKの姿。


「クックックック……

どうだい?主を傷つける気分は」

「テメェ……」

「まだまだ手伝ってもらうよ?

逆らうなら、二人の命は無いからね」

「……」


不気味な笑い声が、廃屋中に響き渡った。


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恨みの塊

翌日……

休み時間、古い新聞記事を眺めるぬ~べ~。
その記事には八年前、K大学で起きた狂気事件の内容だった。


(研究所から十五体の死体を発見。

K大学の教授であった、K氏は『妖怪を喚ぶために、生き血が必要だった』など、訳の分からないことを言っていた……


確かに、古い言い伝えの中には、人の血が必要だと聞いたことがあるが)

「鵺野先生!

何を真剣に読んでいるんですか?」


真剣な目で読んでいるぬ~べ~が気になった律子先生が声を掛け、新聞記事を覗き見た。


「あぁ、律子先生」

「この記事、確か八年前に起きた狂気事件ですよね?」

「はい。律子先生もご存知でしたか」

「えぇ。良く覚えてますよ。酷いですよね……

自分の教え子を、妖怪を喚ぶために殺すなんて……」

「おまけに、その死体は呼び出した妖怪の餌として保存してたみたいですし」


記事を見ながら、ぬ~べ~は律子先生に説明した。そしてまた真剣に記事を読み返した。


(通報した女性に、教授は『いつか子供達を殺す』などと叫びながら逮捕された……

二人に何もなければいいんだが……)

『学校の外出れば、赤の他人でしょ』


蘇る言葉……その言葉を思い出したぬ~べ~は、深くため息を吐いた。


午後……

教室へ入ってくるぬ~べ~。

 

 

「昨日の事件もあって、今日は午前授業とする」

 

「やったー!!」

 

「静かに!!

 

家に帰ったら、一歩たりとも外に出ない様に」

 

「先生!休んでる麗華には、この事言わなくていいのか?」

 

「帰りに俺が彼女の家に寄る」

 

「じゃあ、私達も」

 

「駄目だ。お前等は家に帰って大人しくしてろ」

 

「え~!!」

 

「話は以上だ。

 

寄り道せず、まっすぐ帰れよ」

 

 

生徒を全員帰らせると、ぬ~べ~は急いで麗華の家へと向かった。

 

 

山桜神社へと着たぬ~べ~。階段を上り切り息を切らし、汗を腕で拭うと早足で家へと向かい戸を叩いた。しばらくして、戸が開き中から巫女の格好をした麗華が出てきた。

 

 

「何?まだ学校じゃないの?」

 

「昨日の事もあって、今日は午前授業で終わったんだ。

 

龍二は?」

 

「兄貴なら、学校だ。

 

呼び出し喰らって、午後には帰ってくると思うよ」

 

「そうか……なら、中で待たせて貰う」

 

「え?ちょ…ちょっと!」

 

 

靴を脱ぎ、客間へ入り座るぬ~べ~に、麗華は追い駆け襖に手を掛け身を乗り出し文句を言った。

 

 

「いきなり来て何なの?!

 

早く出てって!兄貴が帰ってきたら、行かなきゃいけない所があるん」

「昨日の奴の家か?」

 

「?!」

 

「図星か……

 

やはり来て正解だったな。悪いが、それに俺も同行する」

 

「……ふざけた事言わないで。

 

他人は口出ししないで!!」

 

「他人だろうと、俺はお前の教師だ!生徒が困ってる時こそ、力になるのが教師の役目だ」

 

「何が困ってる時だ!!

 

どんなに助けを呼んだって、力に何てならないじゃない!!教師は!!

 

親がいない今、私も兄貴も自分達二人の力で、助け合って行かなきゃ生きられないんだよ……」

 

「……」

 

「昔からそうだよ……父さんが死んだ時からそう!母さんが死んだ時だって!!

 

周りの大人に助けを求めれば、嫌な顔されたり余計な心配をかける!だったら、自分達で解決した方が早いし、誰にも心配を掛けずに済む」

 

「けど、二人だけじゃ済まない時だって」

「そういう時は、妖怪に頼ってるよ。

 

あいつ等は……助け求めれば、すぐに助けてくれる。

それに、いつも傍にいてくれる……寂しい時、辛い時、悲しい時……いつもいつも傍にいてくれる」

 

 

目に映る焔の姿……いつも自分の傍にいてくれた。必ず、どんな時でも。

 

 

「もう……関わらないで」

 

「麗華……」

 

「鵺野、一つだけ教えてあげる……

 

教師だろうとね……超えちゃいけない境界線があるんだよ。どんな関係上でも」

 

「……」

 

 

涙目でそう言うと、麗華は家を飛び出しどこかへ行ってしまった。彼女と入れ違いの様に、煙管を銜えた丙が姿を現し、襖の縁に寄り掛かりながらぬ~べ~を見た。

 

 

「あんまり、麗をいじめないでおくれよ?」

 

「いや、別にいじめてるわけじゃ」

 

「麗も龍も、昔から人に頼ったことがないんだ。

 

童たちの世界は、人と違って皆に繋がりがある。困ればすぐに仲間の所へ駆けつけ力を貸す……けど、人にはそういうものがない。無いというより、だんだん無くなってきている」

 

「……」

 

「もし……

 

輝も優も生きていれば、二人はもっと周りの人間に頼ったのかもしれないな」

 

「父親の事は聞いたが、母親は一体」

 

「麗がこの地を離れる切っ掛けになった原因だ。

 

……あれは、麗と龍を変えた事件だ」

 

「事件?」

 

「何でもない。こっちの話だ」

 

 

 

 

“ビュー”

 

 

突然強風が吹き、何かの気配を感じ取った丙は玄関を飛び出し外へ出た。外へ出ると、そこには昨夜現れた焔と渚を連れたKの姿があった。

 

 

「お主は!!」

 

「お兄さんはいないのか……

 

なら丁度いい」

 

「?」

 

「君達二人に、伝言を頼みたいんだ。この子のお兄さんにね」

 

 

渚の足もとで傷だらけで倒れる麗華……Kは麗華の腕を掴み立たせると、持っていたハンターナイフを彼女の首に当てた。

 

 

「麗華!!」

 

「動かない方がいいよ。

 

この子の血は、妖怪を喚ぶために必要なんだ。お兄さんに言っといてくれ……妹は生贄にするってね」

 

「そうはさせぬ!!

 

氷術桜吹雪の舞い!!」

 

 

扇を広げ、丙は手元から氷を吹雪かせた。冷たい風に目を細めるK……立たされていた麗華は、意識を取り戻したのか足に力を入れ、隙のできた彼の腕を掴み投げ倒した。倒されたKを飛び越え、麗華は雷光と氷鸞を出した。

 

 

「渚と焔に攻撃しろ!」

 

「承知」

「承知」

 

 

獣の姿へと変わり、二匹は同時に攻撃を放った。二匹が攻撃している中、丙とぬ~べ~は彼女の元へと駆け寄ろうとした時だった。二匹の攻撃が弾かれ彼等が飛ばされると、焔は麗華目掛けて火を放った。

当たる寸前、ぬ~べ~は彼女を抱え炎を背にして転がり避けた。

 

 

「鵺野?!」

 

「麗華、大丈夫か?怪我はないか?」

 

「……」

 

 

自分を心配する目……一瞬、死んだ母・優華の姿が映った。

 

 

(母さん……)

 

「麗!!変態!!避けろ!!」

 

 

丙の叫び声に、ハッと焔の方に顔を向けると彼は口から巨大な炎の玉を二人目掛けて放った。ぬ~べ~は白衣観音経を盾のように広げ攻撃を防いだ。

 

だが、焔の圧倒的な力で観音経は、燃えて無くなり麗華に当たり掛けた時、ぬ~べ~は背を向かせその攻撃を受け彼女を守った。

 

 

「ガァアアアア!!」

 

「鵺野!!」

 

「クックックック……

 

これ以上、人を傷つけられたくなければ、僕と一緒に来い。そうすれば、もう攻撃はしない」

 

「……」

 

「麗、もう少しすれば龍が帰ってくる。

 

それまで」

「丙……」

 

「?」

 

「兄貴に伝えて……

 

先にKの所へ行ってるって……」

 

「麗……お主まさか」

 

「見たくないよ……

 

焔が私や鵺野、皆を傷つける所なんて……」

 

「……」

 

「丙……ごめん」

 

「?……!」

 

 

丙の額に、睡と書かれた札を着けた。その瞬間、丙は力無くその場に倒れた。立ち上がり、木に凭り掛かり気を失っている雷光と氷鸞を確認すると、麗華はKの方に顔を向けた。

 

 

「お前と一緒に行く……けど、条件がある」

 

「条件?なんだい?」

 

「焔と渚を元に戻せ。すぐこの場で」

 

「……いいよ。

 

けど、戻すのは焔だけだ。変な行為を見せたら、そこに居る男の命はないと思いな」

 

「……分かった」

 

 

返事を訊くと、Kは白衣のポケットからリモコンを取り出し操作した。すると焔の首輪をのライトが点滅し消えると、焔は正気に戻ったかのようにして首を振った。

 

 

「ここは……」

 

「焔!」

 

「麗!!」

 

 

正気に戻った焔に駆け寄ろうとした時だった。突如渚は、水を放ち麗華に攻撃した。水の勢いで麗華は、近くに生えていた木に体を打ち、そのまま気を失った。渚の方を振り向いた焔に、Kはすぐにリモコンを操作し首輪のライトを点けた。

 

 

「そう簡単に、感動の再会何てさせないよ。

 

良いことを教えてあげるよ。僕には妻と娘が居た。

生きていれば、娘は結婚をしてた頃かもね……

 

 

でも、君達兄妹は僕から二人を奪った。もう、僕には帰る場所がないんだよ……君達兄妹と君達の母親のせいでね」

 

 

思い出す過去……牢獄中、一通の手紙が届いた。それは妻子が自殺したという内容だった。

『娘は父親が殺人犯という理由で、学校からいじめを受け堪えきれず首を吊って自殺。妻は世間からの好奇の目、そして仕事を失い再就職が出来ず、鬱へとなり娘が亡くなった二日後に睡眠薬を飲んで自殺。』

 

手紙の内容を思い出しながら、Kは気を失っている麗華を持ち上げ焔の背へと投げ乗せ自分も乗ると、二匹と共にどこかへ行ってしまった。




夕方……

目を覚ます、ぬ~べ~……体に出来ていたはずの火傷や傷はどこにもなく痛みも感じなかった。掛けられていた掛け布団を退かしながら、起き上がり火傷があったであろう両手を見た。


(……傷跡もない上、痛みもない。

どうなっているんだ)

「やっと目覚めたか……」


その声と共に、襖が開き着流しを着た龍二が姿を現した。


「龍二……」

「話は全部、丙から聞いた。

全く、どこまでお節介何だか……」

「……」

「……帰れと言って、素直に帰る男じゃないことは承知済みだ。けど、これから行くところはお前の墓場になる場所になるかもしれない。それでも行くか」

「その覚悟で、ここへ来た」

「……」

「本当、お人好しだなぁアンタは」


龍二の肩に手を乗せながら、真二はニヤ付いた顔でぬ~べ~を見た。


「お前は引っ込んでろ」

「いいじゃねぇか?龍二君」

「お前…」

「長い付き合いだろ?

麗華とも緋音とも……お前等、少しは周りの奴に頼ってみろよ」

「何知った様な口訊いてんだよ!」

「まぁまぁ。俺等も、参戦させてもらうからな?

緋音はここで留守番な!」

「オッケー!美味しいご飯作って、待ってるね!皆の帰り!」

「勝手に決めるな!」

「そんじゃあ、お前一人の力で大事な妹を救えるのか?」

「っ……」

「人はな『独り』じゃ生きていけねぇんだ。誰かの手を借りなきゃ、ダメになる。

昔教えてくれただろ?お前、以前の俺と同じだぞ」

「……」

「頼ってみろ。妖怪じゃなくて人に。

周りの大人に助けを求めろって言ってるんじゃない……俺等には頼ってくれよ。親友だろ?龍二」

「……


勝手にしろ。


氷鸞!雷光!お前等もついて来い!」


真二の肩を突いて、龍二は二人の名を呼びながらどこかへ行ってしまった。真二は頭を掻きながら、ため息を吐いた。


「全く、相変わらず素直じゃねぇんだから。

と言う訳で、さっさと表で待つぞ!先公」


笑みを見せながら、真二は表へと出て行った。


(……長い付き合いか。

確かにそうみたいだな。俺には壊せない壁を、二人は難なく壊した。


俺も、いつか二人の支えになりたいな……)




表へと出てきたぬ~べ~。外には馬の姿になった雷光と巨鳥の姿になった氷鸞が待っていた。傍には狐姿になった雛菊の頭を撫でる青い狩衣を着た龍二がいた。


龍二は真二に、雷光に乗るよう手で指示し龍二はぬ~べ~を氷鸞の背に放り投げ、自分も飛び乗り指示を出しそのまま目的地であるKの家へと向かった。


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頼る者と頼れる者

「ウ……」


目を覚ます麗華……異様な寒さに震えながら、体を起こし辺りを見回した。


(……冷凍室?)


白い息を吐きながら、立ち上がり歩き回ろうとしたが、手枷が着けられ自由に動くことができなかった。


(あの野郎……

キンキンに冷えた部屋に閉じ込めたうえ、逃げられない様に手枷ってか。体冷えたところで、逃げられるわけねぇだろ……あいつ、本当の妖怪馬鹿だな)


手を口元に持っていき、息を吐きながら冷たくなった手を温め膝を抱え身を縮込ませた。


(……焔)


寒い時期……雪が降った寒い夜。
その夜は優華が当直の為いなかった。寒さと恐怖から目を覚ましす麗華……部屋を出て龍二の元へ行こうとしたが、開けた途端冷気が自室へと入り出ようにも出られなくなり、その場に膝を抱え怯え泣いていた時だった。ベットの床で寝ていた焔が目を覚まし、自分に擦り寄った。そんな彼を撫でると、焔は自分を背に乗せ自身の寝床で丸くなった。丸くなると、麗華は背から降り焔の胴に頭を乗せ、しばらく腹を撫でていると思い瞼を閉じ眠りに入った。眠った彼女に、毛布を掛け自分の尻尾を乗せると、焔も共に眠りに入った。

とても暖かく、居心地が良かった。一瞬、父親と一緒に寝るとああいう温もりが感じられるかと思った。
そんな記憶を思い出しながら、麗華は息を吐いた。


“ガチャン”


「!!」


鉄製の扉が開く音に、麗華は顔を上げた。入ってきたのは、シガンを入れた籠を持ったKだった。


「シガン!!」

「こうでもしないと、僕に噛み付くもんでね」

「当たり前だ。そいつは私と兄貴以外の人間には懐かない」

「へ~……

じゃあ、こいつも妖怪かな?」

「っ……」

「なーんて、嘘嘘。

さ、一緒に来て貰おうか」

「……!!」


力無く倒れる麗華。その姿を見たシガンは、籠の中で暴れ出し鳴き声を上げた。Kの手にはスタンガンが握られていた。


「さぁて……君の血で、僕が長年研究し続けて、ようやく辿り着いた妖怪を呼び出そう」


陽が沈み、辺りがうす暗くなった頃……Kの家へと着いた龍二達。

 

 

フラフラの足取りで、氷鸞から降りるぬ~べ~を踏み台に、龍二は飛び降りた。

 

 

「何寝てんだよ、バカ教師」

 

「は、早いんだよ……スピード」

 

「そんじゃあ、帰りは氷鸞に乗って帰ろ!氷鸞、いつも通りのスピードで頼むわ!」

 

「は、はぁ……」

 

「いらん事頼むな!

 

ほら、行くぞ!」

 

 

すると風のせいか、突然玄関ドアが開いた。まるで自分達を待っていたかのように……

 

指を噛み血を出した龍二は、懐から紙を取り出しそれに血を着け、剣を出した。雷光と氷鸞は紙へと戻り、龍二の手元へと帰った。

 

 

「いいのか?二匹を戻して」

 

「こいつ等には、後でやることがある。

 

雛菊、麗華か焔、渚、誰でもいい。匂いを捜してくれ」

 

「分かった!」

 

 

狐姿になっていた雛菊は、鼻を動かし匂いを探った。すると誰かの匂いを見つけたのか、雛菊は中へと入って行った。彼女の後を、三人はついて行った。

 

 

中へ入ると、雛菊はある扉の前で人の姿へと変わり、三人を待っていた。龍二は恐る恐る、その扉を開けた。それは地下に通じる階段がある部屋だった。

 

 

「ここ……確か、教授の実験室」

 

「大学じゃないのか?」

 

「大学は仮の部屋だ。

 

本来の研究室は、教授の家の地下だ」

 

「……!!」

 

 

突然、地下からこの世とは思えないほどの強い妖気が漂ってくるのを、三人は肌で感じた。

 

 

「な……なんだ、この妖気」

 

「早く麗華を助けねぇと……とんでもねぇことになるぞ」

 

 

龍二の予想は的中した。それは龍二達が来る少し前。

 

 

(あれ……ここは……

 

 

動けない……何で?それに、腕が痛い……)

 

 

ゆっくりと目を開ける麗華……痛みを感じる腕に目を向けると、腕には何十本ものチューブが刺さっており、そこから滝のように血が近くに置かれているバケツに流れ出ていた。近くに置いている棒には、シガンが入った籠が提げられていた。

 

 

「いやぁ、起きたかい?」

 

「……」

 

「しばらくは動けないし、喋ることもできないよ?な~に、僕特製の薬を打たせてもらったよ。気を失っている最中にね」

 

「……」

 

「そう言う怖い顔しないで。君は選ばれた人間なんだから。なぁ、焔」

 

 

傍で操られている焔の頬を、笑顔で撫でた。一撫ですると、Kは麗華の腕からチューブを外し、バケツ一杯になった血を陣が書かれたところへと持っていき、真ん中に置き何やら呪文を唱え出した。

すると、陣が黒く輝き出し、バケツに入った血が宙を舞いその血に反応してか底から、巨大な化け物が姿を現した。ライオンの体に蛇の尾を持った怪物……完全に現れると、怪物は雄叫びを上げた。

 

 

「あぁ……遂に…遂に実現したぞ!!

 

見ろ!!これが僕の実験結果だ!!こいつを使って、僕を馬鹿にした野郎共を皆殺してやる!!」

 

「グルルルル……」

 

「そうか……お腹が空いたのかい?大丈夫。君のご飯はあそこにあるよ」

 

 

実験台に寝かされている麗華を指差しながらKは言った。怪物は息を吐きながら、陣から出てゆっくりと実験台へと近付いた。麗華は渾身の力を振り絞り、何とか起き上がることは出来たが、それ以上移動することが出来なかった。

 

怪物は味でも確かめるかのようにして、麗華の頬を舐め体中を嗅ぎまくった。そして唸り声を上げながら、彼女を睨んだ。

 

 

「……食いたければ、食え。

 

私は、隠れもしないし逃げもしない」

 

「グルルルルル……」

 

 

その言葉に答えるかのように唸り声を出すと、怪物は口を大きく開け麗華を飲み込もうとした。

 

そんな怪物に、焔と渚が体当たりした。怪物は吹っ飛ばされ壁に激突し、その行為に驚いたKはすぐにリモコンを操作した。すると首輪のライトが点滅し、二匹は苦しみ暴れ出した。

 

 

「言う事を訊け!!

 

何を拒んでいる?!訊かないと、君達の主の命はないよ!!」

 

「焔……渚……」

 

 

しばらく苦しんでいた二匹だが、ついに支配されてしまい目を見開いて麗華を睨んだ。

 

唸り声を上げる焔と渚……その時だった。

 

 

「氷術氷槍砲!!」

「雷術千鳥流し!!」

 

 

二つの攻撃が二匹に向かって放たれた。二匹はすぐさまその攻撃を避けKの元へと戻った。

 

ほぼ同時に、麗華の前に人の姿をした氷鸞と雷光が降り立った。

 

 

「……雷光……氷鸞」

 

「うひょー!!何だ?!この化け物」

 

 

その声の方にゆっくりと顔を向けると、そこには龍二達が駆け付けてきてきた。

 

 

「兄貴……真二兄さん……鵺野」

 

「鵺野と真二はそこの化け物頼む!!」

 

「分かった!!」

「りょーかい!!」

 

「氷鸞!!雷光!!

 

構うな!!二匹を攻撃しろ!!」

 

「承知!」

「承知!」

 

「雛菊!あのクソ野郎に攻撃!!」

 

 

龍二の指示通りに、雛菊はKに火を放ち攻撃し、雷光と氷鸞は再び焔達目掛けて攻撃し、真二とぬ~べ~は化け物に攻撃をした。

 

Kが目を離した隙に、龍二は麗華の元へと駆け寄り実験台の上にいる彼女を抱き締めた。

 

 

「阿呆が……何強がってんだよ」

 

「……ゴメン」

 

「すぐにこっから出るぞ」

 

「うん………だけど」

 

 

“バン”

 

 

「雷光!!」

 

 

地面に倒れる雷光……巨鳥へと姿を変えた氷鸞は氷の礫を二匹目掛けて放った。

 

 

「氷鸞!!攻撃辞めて!!」

 

「し、しかし」

 

「いいから!!

 

兄貴、シガンを出してあげて」

 

「あぁ……」

 

 

攻撃を辞める氷鸞……焔と渚は彼等を睨み付け唸り声を出した。籠からシガンを出した龍二は、すぐに麗華の元へと戻り彼女を抱き寄せ二匹を見つめた。

 

唸る焔と渚……その時だった。二匹の目から一滴の涙が流れた。

 

 

「焔……」

「渚……」

 

 

実験台から降りた麗華は、龍二に支えられながら立ち焔達を見た。

その時、雛菊が投げ飛ばされ自分達の元へと転がってきた。

 

 

「雛菊!!」

 

「全く、躾のなっていない妖怪だ。

 

焔、渚……二人を早く殺しなさい」

 

 

リモコンを操作しようと指を動かそうとした時だった。突如腕が凍り付き動かなくなってしまったのだ。そして腕へと近付いた雷光が、瞬時に刀を振りKの腕を切り落とした。

 

 

「ワァアアアア!!腕が!!僕の腕が!!」

 

 

斬られた腕を押さえながら、藻掻き苦しむK……雷光は切り落とした腕を手に持ちながら、口を開いた。

 

 

「妖を甘く見る出ない」

 

「甘く見れば、貴様など簡単に殺せます。

 

腕だけで済んだ事を有難く思ってください」

 

 

Kを見る氷鸞と雷光……切り落とした腕からリモコンを取ると、二人はすぐに麗華達の元へと駆け寄った。

 

 

「麗様、こちらを」

 

「氷鸞……雷光……

 

ありがとう」

 

 

リモコンを受け取りながら、麗華は二人に礼を言った。手にしたリモコンは多数のボタンがあり、どれを押せば良いのか見当が付かなかった。

 

 

「リモコン受け取ったはいいが……」

 

「使い方が分からん……」

 

 

その時、焔と渚が二人目掛けて突進してきた。麗華と龍二は雷光と氷鸞を突き飛ばし焔と渚の攻撃を食らった。

攻撃を食らい、痛んだ体を起こすと二人の目の前には牙を向けた焔と渚がいた。

 

 

「焔……」

「渚……」

 

 

それぞれの名を呼び、二人は手を伸ばした。

牙を向けていた二匹は雄叫びを上げ、二人の腕に噛み付いた。噛み付き唸る焔と渚に、麗華と龍二は腕を噛まれながらももう片方の手を伸ばしそして、二匹を抱き締めた。

 

 

「辛いよね……」

 

「苦しいよな……」

 

「ごめんね」

「ごめんな」

 

「頼りない主で」

「頼りない主で」

 

 

その声に反応してか、二匹の首輪が突然煙を上げそして破裂した。首輪は粉々になりそれと共に、焔と渚は狼から人の姿へと変わり、ゆっくりと目を開けた。

 

 

「麗…」

「龍…」

 

 

顔を上げる二人……その目はいつもの目の色になった。目に映った自分達の主の姿を見た瞬間、渚は龍二を、焔は麗華を強く抱き締めた。

 

 

「麗……

 

すまねぇ……独りにさせちまって」

 

「うんうん……平気だったよ」

 

「すまぬ龍……お前にまた、重荷を背負わせてしまって」

 

「いいんだ……もう」

 

「お帰り……焔」

「お帰り……渚」

 

「クソ!!

 

まだだ!!まだ終わりはしない!!」

 

 

傷口を白衣の袖で強く結び止血し、Kは狂ったかのようにそう叫ぶと、白衣のポケットから銃を取り出し放った。弾は四方を飛び散り、龍二と麗華は体を伏せた。放った一発の弾が化け物の体に当たり、化け物は雄叫びを上げ暴れ出した。

ぬ~べは、暴れ出した化け物から離れ、真二は出していた管狐を筒へと戻すと、ぬ~べ~と共に龍二達の元へと駆け寄った。

 

 

「龍二、どうする?!」

 

「このままだと、全員あいつの餌食になるぞ!!」

 

「分かってる。取り敢えず、あいつを倒してからここを出る!

真二は麗華に着いててくれ。あのクソ野郎に変な薬打たれて真面に動けねぇ」

 

「分かった」

 

「鵺野は俺と一緒に、キメラの相手だ」

 

「キメラ?」

 

「あの容姿からして、恐らくキメラっつう化け物だ。ギリシャ神話に出てくる動物だ」

 

「あいつは妖怪ではなく、神を呼び出したって事か?」

 

「そういうことだろ。

 

霊力が強ければ強いほど、とんでもねぇ化け物を呼び出すことがある」

 

 

片袖を破り、龍二は麗華の傷だらけになっていた腕に巻いた。彼女の頭を一撫ですると、剣を手に取り立ち上がった。

 

 

「氷鸞と雷光はKの動きを封じろ。殺すんじゃねぇぞ」

 

「承知」

「承知」

 

「雛菊と渚は、俺と鵺野の援護。焔は麗華と真二の援護だ」

 

「分かった」

「承知」

「承知」

 

 

“バーン”

 

 

「?!」

 

 

突如弾が、龍二達の足下の地面を抉り通った。すぐにKの方に顔を向けると、彼は口から涎を出し狂ったかのように高笑いをしながら、銃口を龍二達に向けていた。

 

 

「君等には死んで貰わないと、困るんだよ。この研究所を知られた以上、生かしちゃおけない……」

 

「……」

 

「妹さん……焔を連れて、こっちへ来なさい」

 

「?!」

 

「麗華、行くんじゃ」

“バーン”

 

「余計な口出しをするな!!」

 

「……!!

 

K!!後ろ!!」

 

「そんな子供騙しに引っ掛かる」

 

 

言い掛けたとき、Kの上半身はキメラの口の中へと消えた。残った下半身から噴水のように血が噴き出し、力無く倒れた。

 

 

「呆気ねぇ最期……」

 

 

麗華の目を手で塞ぎながら、真二はボソッとそう呟いた。

 

 

「あれが、あいつの運命だろ。

 

さぁ、とっととあの化け物元の世界に返すぞ」

 

 

その時……キメラの目から一滴の涙が流れ落ちた。

 

 

「涙?」

 

「………カエセ」

 

「?」

 

「カエセ……モトノチ」

 

「(そうか……)

 

兄貴、あの陣にキメラを誘導して」

 

「あぁ。キメラこっちだ!」

 

 

龍二の声に反応するかのようにして、キメラは歩き出した。その間、麗華は落ちていたビーカーのガラスの破片をとり、龍二が巻いてくれた袖を取り、腕に刺し血を流し真二に支えられながら陣の所へと向かった。

 

 

陣の所へと着た麗華は、ふらつく足で立ち陣の真ん中に血を垂らした。すると陣が黒く光り出し、そして龍二に釣られて着たキメラが、陣の真ん中へと立つと陣から黒い煙が上がった。

 

 

「我が血と引き替えに、この者を元の世界へ戻せ!」

 

 

黒い煙が上がると、外の空に黒い雲が覆い雲は雷をKの家に落ちた。Kの家はたちまち火の海へと代わり、それを合図に陣が黒く輝きキメラを消した。

 

 

「自分を呼んだ人間を殺し、元の世界へ帰るか……

 

幽霊の様だな」

 

「甘く見ねぇ方がいいぜ?妖怪も幽霊も神も」

 

「そうだな」

 

「お喋りしてねぇで、とっととこっから出るぞ!!

 

煙の臭いがする!!」

 

 

地面に座り込んでいる麗華を抱き抱え、龍二は雛菊達を戻した。焔と渚はすぐに狼の姿へと変わり、焔は龍二と麗華を渚は真二とぬ~べ~を乗せ、地下から脱出するため天井を壊し空へと駆け上った。



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戻ってきた白狼達

天井を突き破り、外へと出て来た二匹……上から見るKの家は、赤い炎に包まれていた。


「うひょー!大炎上」

「これで良かったかもしれないな。

あいつの研究資料は全て、塵となり風に乗って消える……その方が、危険な妖怪をこの世に喚ばなくて済む。」

「そうだな……」


焼けるKの家を背に焔は先へ行き、その後を渚がついて行った。


後ろをついていた渚が、突如スピードを上げ焔を追い越していった。彼女に乗っていた真二は歓声を上げながら楽しんでいた。


「ヤッホー!!早い早ーい!」

「真二ぃ!!す、すす、スピードを落とせぇ!!」


真二とは裏腹にぬ~べ~は悲鳴を上げていた。そんな二人を見て龍二は呆れため息を吐いた。
すると、前に座っていた麗華が自分に凭り掛かってきた。彼女の顔を覗き込むと、いつの間にか寝息を立て眠っていた。そんな麗華の頭を撫で龍二は渚達の後を追い掛けていった。


翌日……

 

 

悪夢で目を覚ます焔……周りをキョロキョロと見回し、ここは麗華の部屋だと気付くと落ち着きを戻した。

 

 

(……そうか。

 

帰ってきたのか……?)

 

 

ふと自身の胴体に目を向けると、麗華が気持ち良さそうに眠っていた。眠る彼女を見た焔は、甘えるように顔を近付け擦り寄り、自身の尾を体に乗せ丸くなり再び眠りに入った。

 

 

それから数時間後……

 

縁側で丙と雛菊から治療を受ける麗華とぬ~べ。昨晩帰ってきたはいいが、渚のスピードに龍二達の家に着き彼女の背から気を失ったかのように転げ落ちた。

彼を見て、龍二は仕方なく家に泊めることにした。

 

 

「はい、治ったよ」

 

 

丙の治療を終えると、麗華は彼女に礼を言いながら袖に腕を通した。雛菊から治療を受けていたぬ~べ~は、傷の痛みからか悲鳴を上げながら、彼女の治療を受けていた。

 

 

「ひ、雛菊……もう少し優しく」

「何か言ったか?」

 

 

手に雷を起こしながら、雛菊はぬ~べ~を睨んだ。ぬ~べ~はそれ以上何も言わず大人しく治療を受けた。

 

 

「いや~、昨日のは楽しかったぁ!」

 

「何が楽しいだ!!俺は死ぬかと思ったぞ!!」

 

「そうか?俺は気持ち良かったけどなぁ」

 

「ま、普段から空飛んでねぇ奴に、いきなりあのスピードはキツいか」

 

「お前等二人は!教師をからかうな!」

 

「あれくらいのスピードでヘタレるなんて、情けない教師」

 

 

麗華は、ヤレヤレと言わんばかりに手を上げて首を振った。ぬ~べはそんな彼女を叩こうと構えたが、傍にいた緋音と真二が慌てて抑えた。

 

彼等を見て龍二と麗華は、思わず噴き出した。そんな二人を傍で見ていた焔と渚はどこか安心しきったような表情で、彼等を眺めた。

 

 

しばらくして、ぬ~べ~は麗華の家を出て行った。彼を見送る麗華と龍二……

 

 

「変わった大人だよな。あいつ」

 

「麗華と龍二に、関わろうなんて大人いなかったもんね。今まで」

 

「あいつは、他の奴とは違うんだろ。

 

さぁて、久しぶりに本殿掃除するか。真二、緋音、お前等二人にも手伝って貰うからな」

 

「え~!!」

「え~!!」

 

「文句言わない!!」

 

 

文句を言う二人に云いながら、龍二は本殿へと行った。彼の後を真二と緋音は文句を言いながら、追い掛けていった。彼等を見た麗華は、肩に乗っているシガンの頭を撫で、後をついて行った。

 

 

 

 

夕方……

 

蜩が鳴き騒ぐ音に気付いた麗華は持たされていたゴミ袋をゴミ置き場に置き、空を見上げた。

 

 

(もう、そんな時間か……)

 

「麗華ぁ!!」

 

 

その声の方に顔を向けると、郷子達を連れたぬ~べ~がやってくるのが見えた。

 

 

「鵺野……アンタ達、どうしたんだ?」

 

「花火しようと思って!」

 

「花火?」

 

「さっきそこのお店でくじ引きしてさ!そしたら広が二等の花火セットを当てたの!」

 

「へ~、やるじゃん」

 

「そんで、麗華の家で花火やろうって話になったわけでさ!いいだろ?」

 

「大人のぬ~べ~もついてくれるって言うしさ!」

 

「ねぇ!やろうよ!」

 

「私は別に構わないけど……本殿の掃除終わって」

「お!花火じゃん!」

 

 

後ろからゴミ袋を持った真二が、麗華肩に腕を乗せながら広が手に持っている花火を見て、嬉しそうな声を出した。

 

 

「真二兄さん」

 

「丁度やりたかった所なんだ。俺ん家にも確か部活合宿で余ってるのがあるから、掃除終わったら持ってくる。

そんで、皆でやろうぜ!」

 

「本当ですか?!」

 

「兄さん!」

 

「いいじゃねぇか!

 

お祝いだ、御祝い」

 

 

小さい声で真二はそう言った。

 

 

「お祝って……」

 

「二人が帰ってきたお祝いだ。

 

 

つーことで、麗華来れ頼むわ!俺家帰って、花火取ってくるから!」

 

「え?!に、兄さん?!」

 

 

ゴミ袋を麗華に渡すと、真二はもうダッシュで家へと帰って行った。

 

 

「ハァ……勝手なんだから。

 

掃除が終わったら、兄貴に頼んでみるよ」

 

「本当?!」

 

「だから、いったん家に帰って。許可得たら電話するから」

 

「うん!」

 

 

嬉しそうに返事をすると、手を振りながら郷子達は去って行った。

 

 

境内へ入ると、そこを掃く緋音が見えた。

 

 

「あ!麗華ちゃん!……って、真二は?」

 

「兄さんなら、さっき花火取りに家に帰った」

 

「花火?」

 

「夜、お祝いに皆でやろうだってさ。

 

兄貴は?」

 

「龍二なら、母屋にいるよ!この際だから、いらない物も整理しちゃうって」

 

「そう……分かった」

 

 

緋音にそう言うと、麗華は母屋へと戻った。母屋へ行き音のする仏間へ行くと、押し入れから物が出されその中に、龍二が何かを懐かしそうに見ていた。

 

 

「何見てるの?」

 

「あぁ、麗華か。

 

いや何、アルバム見つけてな。見てたんだよ」

 

 

アルバムを覗き見しながら、麗華は龍二の隣に座った。

 

輝二と優華とまだ幼い龍二、そして渚と迦楼羅と弥都波が写った写真がビッシリ貼られていた。

 

 

「俺がガキの頃の写真だ。

 

ほら、こっからお袋の腹デカくなってるだろ」

 

 

次のページへ進むと、大きいお腹を抱えた優華の写真が多くなっていた。優華だけではない……弥都波のお腹も大きくなっていた。

 

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「母さんと弥都波……何で死んだんだっけ」

 

「……」

 

「時々、母さんの事思い出すと……同じ光景が見るの。

 

血塗れで倒れてる母さんと、母さんみて泣き喚いてる私と母さんに呼びかける兄貴と母さんを治す丙の姿が見えるんだ……」

 

「……あれは、不運な事故だった。

 

 

お前には関係ないよ」

 

 

無理に笑いながら、龍二は麗華の頭を撫でた。アルバムを閉じ出していた荷物を元の押し入れの中へと戻し押し入れから見つけたいらなくなった物を手に持ち、外へ出た。

 

 

夜……

 

花火をやる広達……

 

 

「お!ついたついた!」

 

「花火お化けだぞぉ!」

 

両手に花火を持った広はそう言いながら、克也とまことと一緒に境内ではしゃいだ。

 

 

「全く、男子は~」

 

「あれくらいの元気が、丁度いいんだ!

 

な!龍二」

 

「俺に振るな」

 

「またまたぁ!何賺してんだよ!

 

あれか?麗華の前だからか?」

 

「お前に麗華を、呼び捨てで良いなんて許し出してねぇぞ!!」

 

 

手に持っていた花火で、龍二は真二に向けて火花を放った。真二はそれから逃げるようにして花火を持って走り出し、その後を龍二は追い掛けていった。

 

 

「あれじゃ立野達とやってることと、変わんないじゃん」

 

「相変わらずだなぁ、二人とも」

 

 

持っている花火に目をやり、麗華は火花を眺めた。すると隣にいた緋音がクスクスと笑い出した。

 

 

「何笑ってんの?」

 

「何か、懐かしいなぁって思って。

 

覚えてる?毎年夏休みに入ると、こうやって麗華ちゃん達の家に遊びに来て、花火やったなぁって」

 

「……」

 

「あの頃の麗華ちゃん、確か火が怖くて花火出来なくってね。やってる龍二の後ろから覗くようにして、見てたっけ」

 

「どうでもいいこと思い出すなよ……」

 

「なぁんだ、麗華にもかわいい時期あったんだぁ」

 

「花火でその口焼くぞ」

 

「怖~い」

 

「……よかった」

 

「え?」

 

「郷子、何がよかったの?」

 

「だって麗華、ここ二、三日全然元気なかったじゃない。

 

それで学校二日も休んで……少し心配だったけど、何か元気になったみたいで、よかったなぁって思って」

 

「あ~、それで……ねぇ麗華。何で二日も休んだの?家の用事だって訊いたけど」

 

「親戚から呼び出し食らって、それで行ってたんだ」

 

「そうだったんだ」

 

「それはそうと……焔。アンタ三日前いなかったみたいだけど、どこに行ってたの?」

 

「そうよ!大事ない麗華を独り置いて!

 

おかげで麗華、その日スッゴイ不機嫌だったのよ!」

 

「美樹!」

「細川!」

 

「あ~……あの日か。

 

姉者と一緒に、散歩行ってたんだ。すぐに帰るつもりがその地にいる妖怪に助け求められて……それやってたら帰りが遅くなっちまって……」

 

 

困ったように言い訳をする焔を、麗華は面白可笑しく眺めた。

焔の隣にいた氷鸞は、深くため息を吐きヤレヤレと云わんばかりに首を振った。

 

 

「全く、主を置いて散歩など……呆れて物が言えません」

 

「何だと?」

 

「主の傍から離れぬのが、我々の役目なのではないのですか?」

 

「阿呆鳥が、偉そうな口訊くんじゃねぇ」

 

「阿呆でも、馬鹿犬よりはマシです」

 

「あぁ!!もう一回言ってみろ!!」

 

「何度でも言いますよ?馬鹿犬」

 

「黙れ阿呆鳥!!相手してやる!!」

 

「臨むところです!」

 

「よ、止さぬか!二人とも!!」

 

「うるせぇ!!止めるな!!

 

この阿呆鳥を、一発殴らせろ!!」

 

「雷光、雷術」

 

「し、承知。

 

雷術雷柱!」

 

 

雷光の放った雷は二人に当たり、二人は体から煙を上げ地面に倒れた。

倒れた彼等を見て、郷子と美樹は苦笑いした。

 

 

楽しい時間が過ぎ、持ってきた花火は全て燃え尽きた。

 

 

「あ~あ、もう終わりか」

 

「もっとやりたかったのだ」

 

「それじゃあ麗華、私達帰るね」

 

「あぁ」

 

「また月曜日ね!」

 

「ちゃんと来いよ!」

 

 

階段を駆け下りていく郷子達を見送る麗華に、ぬ~べ~は話し掛けた。

 

 

「また困った事があったら、いつでも相談してくれ」

 

「気が向いたらね」

 

「ぬ~べ~!!早くー!!」

 

 

郷子に呼ばれ、ぬ~べ~は返事をしながら階段を駆け下りようとした時だった。

 

 

「アリガトウ」

「アリガトウ」

 

 

微かにだが、ハッキリとその言葉が聞こえた。後ろを振り返るぬ~べ~。しかしそこには、麗華達の姿はなかった。

 

 

(あいつ等……)

 

 

笑みを溢し、ぬ~べ~は急いで郷子達の元へと行った。

 

 

郷子達が帰った後、真二が持っていた線香花火を、四人はやった。線香花火の明かりを眺めながら、龍二と真二、緋音は昔のことを思い出した。

 

今と同じように、皆で線香花火をやった思い出……火が怖くて花火が出来ない幼い麗華を抱え、三人の線香花火を眺める優華。競争だと言いながら自分の線香花火を見る真二と龍二……彼等を面白可笑しく見る緋音。

 

 

しばらくして、四人が持っていた線香花火の玉はほぼ同時に地面へと落ち消えた。

 

 

「これで終わりか……

 

さてと、帰るか」

 

「帰るのか?」

 

「あぁ。やらなきゃいけねぇことあるし。

 

緋音、帰るぞ」

 

「ハーイ」

 

 

緋音を連れて、真二は龍二達に手を振って帰って行った。二人を見送ると、龍二は麗華と共に家の中へと入った。




昼下がりの午後……

優しく吹く風が、縁側に吊している風鈴を鳴らした。

仏間で、気持ち良さそうに眠る龍二と麗華……その近くで眠る二人を眺める渚と焔、そして丙。


「二人は、いくつになっても変わらないな」

「そうだな……」

「お主等がいない間、龍も麗も不安そうな顔を浮かべて二日間過ごしていた。

特に麗は、龍の傍から離れようとしなかった」

「……らしいな」

「この先、如何なる時でも二人をしっかり守りな。渚、焔」

「言われずとも」

「命に代えて、守り抜いてやるよ……

龍と麗には、もう俺等しかいないんだからな……家族が」


人から狼の姿へとなった焔と渚は、眠る二人に寄り添うようにして体を丸め、目を瞑り静かに眠った。

そんな彼等を見た丙は微笑みながら、手に持っていた煙管を口に銜え空を眺めた。


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逆さの学校

学校を走る体育教師……


「どうなっているんだ?

逆さだ……逆さだ!」


教室へ入る教師……ところがその教室は、天井が床に床が天井に来ていた。すると、後ろからおぞましい影が現れ、教師は逃げようと窓の外へ出た。


「!!」


だが、窓の外まで逆さになっており、教師は真っ暗な空へと落ちて行った。


「わざわざ、童守中に来ていただいてすみません。

 

霊能力教師、鵺野先生の噂は中学でも有名でして」

 

「そ、そうですか。あはは……」

 

 

童守中学の校長と一緒に、ぬ~べ~は後者を見回っていた。

 

 

「知っての通り二週間くらい前、うちの体育教師が行方不明になりまして……宿直の時の出来事で。

 

生徒達の間でも、噂になって大騒ぎですよ。

 

 

我が鋼の七不思議の一つ『逆さ学校』に出会って死んだと……」

 

「逆さ?」

 

 

天井を見上げながら、廊下を歩いていたぬ~べ~……その時、何かに足を取られバランスを崩し転び、仰向けの状態で倒れた。

 

 

「キャハハハ!!

 

何やってんのよ、0能力教師!」

 

 

転び目に映った人物……それは紫色の髪を腰下まで伸ばした葉月いずなだった。さらにいずなの後ろに、郷子と美紀の姿もあった。

 

 

「いずな!そうか…君はこの学校の生徒だったな。

 

しかし何で、郷子や美樹まで?」

 

「いずなお姉さまが、面白いことがあるからって、呼んでくれたの!」

 

「ねぇ今回の事件、私に回してくんない?

 

最近、退屈してたしさー。私だって立派な霊能力者だし!」

 

「駄目だ!危険だ!

 

君みたいな半人前の霊能力者が!」

 

「何よ!私は東北のイタコのサラブレッドよ!」

 

「ほーお、サラブレットね!だったら、真二君にでも勝ってくれ」

 

「真二って誰よ!」

 

「うるさい!!とにかく、まだ除霊は無理だ!!この未熟者イタコギャルが!!」

 

 

「あれ?馬鹿教師じゃねぇか?」

 

 

その声に、ぬ~べ~は手を止め後ろを振り返った。そこには制服を着た真二と二人の喧嘩を見て呆れ顔をしている麗華がいた。

 

 

「真二!それに、麗華!」

 

「よっ!」

 

「何で真二さんがここに?」

 

「俺ここの卒業生でさ。後輩からこの学校で起きた事件の事聞いて来たんだ」

 

「麗華は何で?」

 

「龍二は今日、学校の用事で帰りが遅くなるって。緋音は部活と委員会で龍二と同じく帰りが遅いみたいだし……

 

だから、今日は俺のお供って訳!」

 

 

笑いながら、真二は麗華の肩に腕を回した。麗華はため息を吐きながら呆れていた。

 

 

「つー訳で校長。今回の事件、俺に任せてくれ!このイタコの血を引いたこの滝沢真二さんが、見事に解決してやる!」

 

「イタコの血?」

 

「真二さんは、いずなさんと同じくイタコの血を引いてるの!」

 

「けど、男っていう理由でこっちに来たんだって!」

 

「違うわい!親の都合でこっち来たんだ!

 

つーか、何年前の話をしてんだ!!」

 

「へ~、アンタが真二って人ね」

 

「?誰だ、このくそ女は」

 

「葉月いずな……霊力ないくせに、威張ってる女子中学生。修行ほったからして、こっちに上京したみたいだけど……過去の闘い観てる限り、まったく無能」

 

「ちょっと何よ!この女!

 

言ってくれるじゃない!何の霊力もないくせにさ!」

 

「……真二兄さん、筒貸して」

 

「おぉ」

 

 

ポケットから筒を取り、それを麗華に渡した。麗華は筒を受け取ると、それをいずなに向けた。

 

 

「出でよ!管狐!」

 

 

筒から出てきたのは、白い管狐だった。管狐は声を上げ、いずなを睨んだ。

 

 

「アンタには、こういう管狐出せる?

 

無理でしょ?見てる限りじゃ、まともな管狐出してないもんね」

 

「偉そうな口訊いてるんじゃないわよ!!

 

管!!」

 

 

麗華に向けていずなは管を出し。攻撃しようとした。その瞬間、真二がもう一つの筒から管を取り砂が出した管を攻撃した。いずなの管は、あっさり負け筒へと戻った。

 

 

「親友の妹、攻撃されちゃ困るんだよねぇ」

 

「う、嘘?!

 

わ、私の管が!!」

 

「才能のねぇイタコ。俺の姉貴の方が、よっぽど能力はある」

 

「な、何よ!!」

 

「お前、実家に帰れ。そんでやり直してこい」

 

「はぁ?!」

 

「霊力無さ過ぎなんだよ!そんなんでよくもまぁ、そこにいる馬鹿教師や大事な妹に威張れるよなぁ」

 

「何よ!!年上だからって、偉そうに説教しないで!!」

 

「偉そうにしてるのはどっちだ?

 

俺はな、お前みたいな半人前で偉そうな事を言ってる野郎が一番嫌いなんだ。

 

 

そうだ……勝負しようぜ?」

 

「勝負?」

 

「今回のこの事件……どっちが先に犯人を捕まえられるか、勝負しよう。負けたらお前は速攻で実家に帰って出直してこい」

 

「良いわよ!!引き受けてあげる!!

 

けど、アンタが負けたら私に偉そうに説教しないで!!」

 

「あぁ、いいぜ!

 

説教は、全部そこにいる教師にして貰うから、そのつもりで……

 

 

つーわけで校長、今回の事件俺等に任せてくれよ」

 

「し、しかし……」

 

「いいよな?校長」

 

「は、はいぃ……」

 

 

怯えたように、校長は許可を出した。啀み合う二人を見ながら、ぬ~べ~達は麗華に寄った。

 

 

「何か……とんでもない事になったぞ?」

 

「いずなお姉様と真二さんが、対決するなんて……どっちが勝つか見物だわ」

 

「ああなると、兄さん手が着けられないからねぇ……

 

鵺野、審査頼む」

 

「待て待て。俺は明日おじの法事で九州に行くから……」

 

「何だ、いねぇのか……そんじゃ、麗華。お前審査員な!」

 

「結局私も巻き込まれるのね……」

 

「お前は俺のお供ってことで!」

 

「兄貴に怒られても知らないよ」

 

「大丈夫大丈夫!俺がついてるし、焔のいるし!な!」

 

「いや、俺がいるからって……」

 

「コラコラ!勝手に事を決めるな!

 

俺が帰ってくるまで、余計な事をするんじゃないぞ!特にいずな!」

 

「分かりました」

「分かってるわよ!」

 

 

その日の夜……

 

校舎の中へ、侵入するいずな達……

 

 

「ほ、本当に大丈夫?」

 

「当ったり前でしょ!

 

この男に勝負掛けられた以上、負けられないもの!!」

 

「精々、負けねぇ様にな」

 

「いちいちムカつく言い方ね!!」

 

「そんじゃ、俺と麗華はこっちに行くからお前等はお前等で頑張りな!」

 

「えぇ!!麗華、真二さんと一緒なの!?」

 

「半人前の奴と一緒に行動なんかできない。危険すぎる」

 

「アンタね!!夕方もそうだけど、いちいち偉そうな口訊くんじゃないわよ!!郷子ちゃん達と同じ小五のくせして!!」

 

「そっちこそ、半人前が偉そうなこと言わないで!

 

私は陰陽師の血を引いている、山桜神社の桜巫女だ!アンタみたいに修行ほったからして、この戦場にいるんじゃない!!こっちは命懸けの修業を終えて、ここに立ってるんだ!!一緒にするな!!」

 

「お、陰陽師?!それって確か、阿部清明の」

 

「そうよ。

 

ま、分家だけどね。怖気着いた?」

 

「つ、ついてなんかないわよ!!郷子ちゃん、美樹ちゃん!行くわよ!」

 

「あぁ!いずなさん!」

 

 

先行くいずなの後を、郷子と美紀は追いかけて行った。彼女達の後姿を見届けると真二と麗華はため息を吐いた。

 

 

「全く……強情っ張り奴だな」

 

「ああいう奴が、早死にするんでしょ?」

 

「そう言うなって……どうする?あっち行くか?」

 

「何だ、気付いてたんだ」

 

「当り前だ……後ろから、こっそりついてくか」

 

「あんまり乗らないけど……了解」

 

 

静まり返った廊下を歩くいずなと郷子、そして美樹……

 

 

「夜の学校ってのは、気味悪いわねぇ」

 

「い、いいかい……しょん便ちびるんじゃないわよ。

 

怖がったら、妖怪の思うつぼ……」

 

 

郷子達に助言していたが、二人は慣れた様な顔でスタスタと廊下を歩いていた。二人とは真逆に、いずなの脚はガタついていた。

 

 

「わ、私より先に行くんじゃないわよ!!」

 

「?」

 

「怖がっているんなら、後ろで震えてていいよ!」

 

 

廊下を歩く三人……その時、天井から長い舌が伸び、舌は三人の頭を舐めた。三人は悲鳴を上げ、その場に座り込んだ。

 

 

「な、何なの今の?!」

 

「嫌だぁ!!お化け屋敷のコンニャクみたい!」

 

「え?!」

 

「どうしたの?郷……嘘!?」

 

 

今まで正常だったはずの廊下が、いつの間にか天井へと逆さまになっていた。

 

 

「さ、逆さ……」

 

「逆さになってる!!」

 

「見て、逆さにぶら下がってるよ、蛍光灯……」

 

「私等だけ、重力が逆になってるのよ……

 

妖怪の術にかかったのよ。

 

 

いるわ、何か……そこね。

 

出ておいで!!」

 

 

いずなの声に答えるかのように、妖怪が姿を現した。下を長く伸ばし、蛇の体で這っていた。

 

 

「て、天井舐め……

 

大きな屋敷や城などに住む、昔からの妖怪よ……天井裏に人を引き込んで、殺す事もある凶暴な奴……

 

現代の学校で、七不思議になっていたとは……」

 

「い、いずなさん!助けてぇ!」

 

「任せといて!

 

阿耨多羅三藐三菩提!出でよ!管狐!」

 

 

いずなの筒から出てきた管狐達は、一斉に天井舐めに攻撃したが、管狐達はあっさり負けてしまった。

 

 

「駄目よ!全然、歯が立たない!」

 

「くそぉ……それなら……

 

霊能力自然発火!!」

 

 

天井舐めに向けて、いずなは火を放った。火は忽ち天井舐めを包んだが、天井舐めは自身の舌で火を消した。

 

 

「な、舐めて消しちゃった!」

 

「うっそぉ……私の必殺技なのにぃ……」

 

 

天井舐めは、火を消すといずな達に向かってきた。

 

 

「い、いずなさん、逃げよう!」

 

「け、けど……」

 

 

その時、天井舐めは鳴き声を上げいずな達に襲ってきた。

 

 

「キャァァアア!!」

 

 

「水術渦潮の舞!!」

 

 

天井舐め目掛けて、突如水の攻撃が放たれ、天井舐めガラスを割り激突した。放たれた方を見ると、そこには麗華達がいた。

 

 

「れ、麗華!それに真二さん!」

 

「やっぱし、こっちだったか……

 

お前、本当に使えないイタコだな?」

 

「っ……」

 

「さっきの管狐、酷過ぎだぞ?全然霊力ねぇじゃん。おまけにさっきの火、あれは何だ?火遊びでもしたかったのか?」

 

「う、うるさい!!説教すんな!!」

 

「テメェはここで大人しく見てろ!!

 

麗華、水の技を俺の管狐に」

 

「了解」

 

「いでよ!管狐!」

 

 

筒から出てきた数匹の黒い管狐……麗華は氷鸞に指示をし、氷鸞は彼女の言う通りに、管目掛けて水を放った。水を覆った管は、鳴き声を上げながら天井舐めに攻撃した。

 

 

「す、すごぉ」

 

「まだまだ!」

 

 

真二の声に反応してか、水を覆った管は天井舐めにもう一発攻撃を食らわせ、窓へと突き飛ばした。窓の外は学校の中と同様に、逆さになっており天井舐めは空へと落ちて行った。

 

 

天井舐めを倒すと、真二は管を筒へと戻し麗華は氷鸞を手元へと戻した。天井舐めを倒したおかげか、校舎は元通りになっていた。

 

 

「これで勝負は決まったな?」

 

「ゥ……」

 

「し、真二さん……」

 

「まさか……」

 

「……しばらくは、あの教師のいう事をしっかり聞くんだな。

 

でなきゃ、本当に実家に帰って修行して来い」

 

「え?」

 

「じゃあ」

 

「今回は引き分けだ。

 

言っとくけど、俺はまだテメェを認めちゃいねぇから、そのつもりで。帰るぞ、麗華」

 

 

筒をポケットにしまいながら、真二は先に歩き出した。肩に乗っていたシガンを撫でながら、麗華は小さくため息を吐くと、先行く彼の後を追いかけて行った。

 

 

ポカーンと口を開けていたいずなに、郷子と美紀は彼女に抱き着いた。

 

 

「やったね!いずなさん!」

 

「実家に帰らずに済んだのよ!」

 

「ハ…ハハハ……

 

と、当然よ!」

 

 

立ち上がりいずなは高笑いをした。笑いながら、二人の背中を見た。

 

 

(今回は、私の負けね。悔しいけど、二人の力は認めるわ。

 

真二さんと麗華ちゃんか……二人とも、強いなぁ。私ももっと強くならなくちゃ!今度は真二さんに認められる位)




その夜……


「お前、一体こんな夜遅くに麗華と一緒に、どこ行ってたんだ?」


居間で正座する真二を前に、龍二は怒りの形相で彼を睨んでいた。


「だ、だから…その……中学に行ってて」

「こんな夜遅くに、何で中学行く必要があんだ?」

「いやぁ……後輩から中学で起きてる事件聞いて、それで…解決しようかなぁって」

「何で、麗華が一緒に行くんだ?

俺は今日、生徒会の仕事があるから、帰ってくるまで麗華の面倒を頼んだのに……何で、二人して俺より帰りが遅いんだ?」

「いや……だから、中学」
「言い訳すんじゃねぇ!!」

「す、すいませーん!!」


龍二怒られる真二……彼の姿を見ながら麗華はため息を吐いた。傍にいた緋音はヤレヤレと云わんばかりに手を上げて事を済ました。


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前世の記憶

輪廻転生……


人は死んだ後、別人になって生まれ変わる。

その時、前世の記憶は失われるが……稀に前世の記憶が残っている時がある。


「まぁ皆も知っての通り、今日の授業参観日の話題は僕のママに決まりだな」

 

 

登校中、広達に自慢げに秀一は話した。

 

 

「美人だし服の趣味はいいしね」

 

「いくら服にお金かけても、中身がねぇ……」

 

「どういう意味だよ!」

 

「悪いけど、話題を浚うのはうちのお母さんよ!

 

何しろ私に似て美人だし!」

 

「あれが美人?

 

ただの巨乳おばさんじゃないか」

 

「悪いが今日の話題はやっぱり、ハンサムな鵺野先生でしょ!」

 

「……」

 

「馬鹿の間違いじゃないの?」

 

「美人のお母様方にモテちゃったりして……

 

『キャー、鵺野先生素敵!』」

「いい加減にしてよ!!」

 

 

ぬ~べ~達がふざけていると、今まで黙っていた郷子が怒鳴った。

 

 

「アンタ達にはデリカシーってものがないの?!

 

広と麗華の前で、お母さんの話をして!!二人には話したくても、お母さんがいないのよ!!」

 

「アンタが一番、デリカシーがないんじゃない?そんなにはっきりお母さんがいないって言っちゃって!」

 

「!」

 

 

美樹に言われ、郷子は思わず自分の口を手で塞いだ。すると、広は笑いながら郷子に言った。

 

 

「気にすんなって!俺全然、気にしてないから!

 

母ちゃんが死んだ時は、三つで何も覚えてないし……いないのが普通っていうのかな?」

 

「私の母さんは私が小学校上がる前だし……

 

今更寂しいだの言ったって、母さんが帰ってくるわけでもないし」

 

「麗華のお兄さんも広のお父さんも、カッコいいもんね……

 

お兄さんとお父さんが、授業参観日に来てくれれば」

 

「それが父ちゃん、仕事で来られなくなっちまって」

 

「兄貴は普通に学校だ。今学校の行事の準備で、行かなきゃいけないんだとさ」

 

「え……」

 

「ホント気にすんなって!

 

俺なんか、今日は授業が半日だから、家に帰ってテレビでサッカー見れるから嬉しくってさぁ!」

 

「家に帰れていいなぁ。私なんか、学校終わったらそのまま兄貴の学校行かなきゃいけなくなっちゃったし……」

 

「え?家に帰れないの?」

 

「こないだ、あのイタコギャルと対決したでしょ?夜遅くに。

 

それが兄貴にばれて、学校が早く終わったらまず兄貴の所に行かなきゃいけなくなっちゃって……事の発端を起こした真二兄さんは、しばらく兄貴の雑用係」

 

「アハハハ……可哀想、真二さん」

 

「それより、早く行こうぜ!学校に遅刻するぞ!」

 

 

歩き出す五人……すると前方から、四歳くらいの女の子を連れた母子とすれ違い掛けた時だった

 

 

「広!」

 

「?」

 

 

女の子が突如、母親の手を放して広の名を呼んだ。

 

 

「広だね?」

 

「あ?」

 

「随分大きくなって!」

 

「恵子ちゃん?」

 

「知り合い?」

 

「全然知らない子だよ」

 

「何言ってんだい!お前の母ちゃんじゃないかい!」

 

「はぁ?!」

 

「へぇ?!」

 

 

恵子と名乗る女の子の発言に、一同は驚きの声を上げた。

 

 

「母ちゃんの顔を忘れたのかい?

 

そりゃあ長い間、病院に入ってたけど」

 

「ちょ、ちょっと恵子ちゃん!

 

ごめんなさいね!さぁ、早く幼稚園に行きましょう」

 

「え?幼稚園?」

 

 

不思議そうに恵子は自分の手を見た。その隙に広達は、逃げる様にして学校へ向かった。

 

 

「あ!広!

 

広!お待ちったら!」

 

「恵子ちゃん!」

 

 

広を追いかけようとした恵子を、母親は慌てて止めた。そんな彼女を麗華とぬ~べ~は疑いの目を向けた。

 

 

(幼児の嘘にしちゃ出来過ぎだ……

 

これはもしかしたら)

 

 

場所は変わり、学校のぬ~べ~クラス……

 

 

授業をやるぬ~べ~……授業を受ける生徒達。

 

後ろには生徒達の保護者が、授業の様子を見ていた。窓の外では焔と、龍二に頼まれ様子だけに見に来た渚が麗華の様子を窺っていた。

 

文字を書き終えたぬ~べ~は、チョークを置き生徒の前に体を向けた。

 

 

「それじゃ、この問題が解ける人」

 

「……」

 

「どうしたぁ?いやに大人しいじゃないか?

 

お母さんたちが来てるからって、恥ずかしがることは無いんだぞ」

 

「だって……」

 

「ねぇ……」

 

「間違ったっていいんだぞ!正しい答えを教えるために、先生はここにいるんだからなぁ!」

 

「ハーイ!ハイハイ!」

 

 

手を上げて返事をする声……後ろに注目すると、そこには今朝出会った恵子が元気よく手を上げていた。

 

 

「あらら……学校にまで来たか」

 

「はぁ!?」

 

「へ?!」

 

 

すると恵子は、もうダッシュで広の所へ行き彼の手を掴むと、その手を無理矢理上げさせた。

 

 

「その問題は、広が答えます!」

 

「き、君」

 

「先程は失礼しました。広の母でございます。

 

いつも広がお世話になっています」

 

「こ、こちらこそ!ご挨拶が遅れまして……広君の担任の鵺野です」

 

「アホか!幼稚園児の飯事に真面に答えてどうすんだよ?!」

 

「!

 

き、君!」

 

「広ならこの問題出来ます!

 

先生、広を指して下さい!私に似て顔も頭もいいですから!」

 

「あ、あの…そういう問題じゃなくて……」

 

「何ですか?!先生、広があの問題解けないとでも?!」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

「恵子ちゃん!」

 

 

後ろから、恵子の母親が彼女を抱き上げた。母親に抱かれた恵子は暴れながら、反抗した。

 

 

「は、離してよ!」

 

「恵子ちゃん、帰るのよ!」

 

「嫌だ!授業参加に出るんだから!

 

私が出なくて、誰が出るのよ!」

 

「恵子ちゃん!」

 

「離してよぉ!」

 

「すみません」

 

 

母親は一礼すると、恵子を連れて教室を出て行った。そんな光景を、渚と焔は羨ましそうに眺めていた。

 

 

「いいよなぁ……親が輪廻転生して」

 

「いいわけないでしょ……って、アンタまだ親離れしてないの?」

 

「違ぇよ!

 

ただ……」

 

 

言い掛けながら、焔は窓際の席で問題集を解き終え、一息つく麗華の姿を見た。

 

 

「麗も龍も、何も言わねぇけど……寂しいに決まってんだろ……

 

特に麗は……」

 

「……そうね」

 

「それに姉者と俺も」

 

「そうね……って、私はもう!」

 

「背伸びしなくたっていいじゃねぇか。俺と一緒だろ?」

 

「ウ……そう…だけど」

 

 

頬を赤くして、渚は麗華に顔を向け焔と目を合わせぬようにした。

 

 

放課後……

 

 

「いや~!今日の話題は、広のお母さんで決まりだね!」

 

「美樹!」

 

 

顔を赤くして歩く広に、美樹は大笑いしながら広をからかった。そんな美樹に郷子は注意するかのようにして怒鳴った。すると、美樹が笑みを溢しながら校門を指さした。

 

そこには校門のへいにへばりつく恵子と、申し訳ないようにしてぬ~べ~に頭を下げる母親がいた。母親は恵子に一言言うと、彼女を置いて帰って行った。

 

 

「ぬ~べ~!」

 

「?」

 

「どうしたの?その子?」

 

「広ぃ!」

 

「うわぁ!」

 

「母ちゃんだよ!」

 

「雛形恵子ちゃんだ。見ての通りなんで、お母さんから預かった」

 

「そんなガキ預かって、どうするつもりなんだ?」

 

「仕方ないだろ?

 

恵子ちゃんは自分は広の母親の生まれ変わりだと信じてる……調べなきゃ、治まらないだろ?」

 

「馬鹿馬鹿しい!こんなガキが、母ちゃんなわけないじゃないか!」

 

「そんなに言うなら、証明してあげるよ!」

 

「え?」

 

(面白い展開になりそう)

 

 

広達を連れて、恵子はあるボロアパートへ来た。

 

 

「ここが私達が住んでいたアパートです」

 

「凄いボロアパート」

 

「俺達の家よりボロいぞ」

 

「いや、私達の家と比べるな。差が違う」

 

「こ、ここは……

 

俺が小さい頃住んでた家だ」

 

「え?!」

 

 

アパートの戸に手を掛け開けようとするが、カギが閉まっており開かなかった。仕方なく管理会社へ電話しようと思った時、恵子は壁に出来ている穴からアパートの鍵を取り出した。

 

 

「ここにいつも鍵を隠しておいたから」

 

「……」

 

 

鍵を開け中へ入ると、恵子は部屋の構造を広達に説明した。

 

 

「入って右が共同トイレ。奥が管理人の部屋。

 

 

そして、ここが私達の部屋」

 

 

指差している部屋の戸を開け、中へと入り部屋を見た。部屋へ入ると、恵子は台所に出来ている床の刺し傷に触れながら言った。

 

 

「この床の傷は……お前がここで悪戯した時のものだよ。

鍋や包丁やらが落ちてきて、危うくお前が怪我するんじゃないかってあんときゃ冷や冷やしたよ」

 

「その話だったら、父ちゃんに聞いたよ。確かそん時、母ちゃん右肩に怪我をして……!!」

 

 

話をしていると、恵子はおもむろに服を脱ぎ右肩に出来た傷跡を広達に見せた。

 

 

「これで分かっただろ?さ!母ちゃんと呼んでおくれ!」

 

「嘘だ……そんなの証拠になるもんか!!」

 

 

咄嗟にぬ~べ~は、鬼の手を出し恵子の額に指を当て記憶を探った。

 

 

「広……この子は嘘をついていない。

 

確かにお前のお母さんの生まれ変わりだ」

 

「そ、そんな!!」

 

 

それを知った恵子は、流し台の下の戸を開け床板を外すとそこにあったがま口の財布を手に取った。

 

 

「こっそりヘソクリを貯めていたんだけど……ようやく役に立つ時が来たよ。

 

さ!広、行こう!」

 

「ぬ、ぬ~べ~!」

 

「これは親子の問題だ……第三者の俺には、口を挟む余地は無い」

 

「そんな~!俺は今日早く帰って、サッカーの試合見るんだよ!」

 

 

恵子(広の母)に連れられ、広はアパートを出て行った。その後を面白そうに美樹と郷子がついて行った。

 

 

「あ!おい、コラ!二人だけにしてやれ……ハァ。」

 

「にしても、前世の記憶強過ぎない?あの子」

 

「あぁ。これでは、幼稚園児としてのあの子の人格が……」

 

「立野の母さんって、確か病死だよね?」

 

「そのはずだが」

 

「それじゃあ、無念大有りだね。

 

息子の成長を見れなかったのが、死ぬ時よっぽど悔しかったんでしょうね」

 

「それはお前のお母さんも一緒だ」

 

「……」

 

「お前のお母さんだって、きっとどこかで」

「してるわけないじゃん……」

 

「?」

 

「してるわけ、ないじゃん……」

 

「麗華?」

 

「何てね。

 

正直言って、母さんの死んだ時の記憶、曖昧だからどうやって死んだかなんて私知らないし」

 

「……」

 

「二人の事、見させてね。

 

どうも気になって」

 

 

童守町センター街に来た広達……

 

服やへ行き、恵子(広の母)は広に小さい子が七五三に着る様な短パンの黒いスーツを購入した。その後デパートの屋上へ行き、そこにある遊具で広と遊んだ。広は顔を赤くして恥ずかしながらも、大げさに楽しんだ。

 

 

夕方……公園のベンチで、二人はソフトクリームを食べながら、休憩していた。彼等の様子を後から追い駆けてきたぬ~べ~と麗華は遠くから眺め、二人の近くのベンチで郷子と美紀が心配そうに見ていた。

 

 

「あ~!楽しかったねぇ!

 

こうしていると、誰も親子だと思うんだろうねぇ」

 

「誰も思わん!」

 

「ねぇ一言、お母さんって呼んでくれないかい?」

 

「死んでも嫌だ!!」

 

「……」

 

「あの……ちょっとお話が」

 

 

やってきたぬ~べ~に、恵子(広の母)は彼に連れられ、話を聞いた。話を終えると恵子(広の母)は、残念そうな顔を浮かべていた。

 

 

「広……

 

今日は本当に楽しかったよ。母さんが死んじゃって、寂しい思いをしてるんじゃないかと思ったけど……元気そうで安心したよ。

 

 

もう思い残すことは無いわ……先生、どうぞ。私の記憶を消して下さい。」

 

(え?!)

 

「前世の記憶が強過ぎると、この子……恵子ちゃんの人格にとっても良くないんだって。

 

そりゃそうだよね……

 

いつまでもお前のお母さんでいたいけど……そうしたらこの子のお母さんが悲しむものね……そんなことできないわ。

 

一言『お母さん』って、呼んでほしかったけど……仕方ないよね。

 

 

じゃあ先生、お願いします」

 

「えぇ」

 

「あ……」

 

 

鬼の手を出すぬ~べ~……

 

 

「南無大慈大悲救苦救難!前世の記憶を消し去りたまえ!」

「待って!」

 

 

広が止めに入ったが、もう遅かった……鬼の手はすっかり恵子の記憶を消し去った。そんな恵子の姿を見た広は、目から涙を流しそして彼女に抱き着き泣き喚いた。

 

 

「ごめん!ごめんよ母ちゃん!!

 

俺……恥かしかっただけなんだよぉ!!本当はずっと、母ちゃんがいなくて寂しかったんだ!授業参観の時も運動会の時も、父ちゃんが仕事でいない時一人で食べる夕食の時も……いつもいつも……

 

なのに……なのに俺!」

 

 

泣く広……すると、広の頭を何かが撫でる感触があり、広はハッと顔を上げた。そこには涙の流し嬉しそうに微笑む母親の姿があった。

 

 

「ばかね。男の子がメソメソ泣くんじゃありません。

 

でも……やっとお母さんって呼んでくれたのね。嬉しいよ」

 

「母ちゃん……」

 

「ありがとう、広」

 

 

礼を言うと、母親は涙を流したまま消えて行った。

 

 

「人は輪廻によって生まれ変わる……しかし、それは前の人生をやり直すためではない。

 

新しい人生を始めるためなんだ。

 

そのためには、冷たいようだが……前世の記憶など忘れてしまった方が良い」

 

「その方が良い……過去に囚われてたら、いつまで経っても前に進めない。

 

無い方がマシさ」

 

 

「恵子ちゃん!」

 

 

公園へ迎えに来た恵子の母親……恵子は嬉しそうに叫びながら、母親に飛び付いた。

 

 

「ママ!あのね、あたし大きくなったら、あのお兄ちゃんみたいな子供産むね!」

 

「何言ってるの」

 

 

その言葉に、広達は安堵の顔を浮かべた。そんな中、麗華はふと首から下げていた首飾りを手にして、母親の事を思い出した。蘇る記憶……それは、優華がいつも笑っていた頃。

 

 

(……母さん)




その夜……


風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら龍二は居間へと入った。


「?」


何かを見ていたのか居間の机に体を伏せ、麗華はすっかり眠っていた。


「ったく……

おい麗華、風邪ひくぞ」

「スー……スー……」

「ふぅ……しょうがねぇなぁ」


体を起こし、彼女を持ち上げようとした時だった。麗華が見ていた本が床へと落ちた。彼女を床へと寝かせ、その本を手に取るとそれは色違いのアルバムだった。


「これって……麗華のアルバムじゃねぇか」


ページを捲りながら、龍二は写真を見て行った。

生まれた麗華とまだ幼い自分が写った写真……母に抱かれる赤ん坊の麗華……初めて立った時の写真……真二達と一緒に撮った写真……七五三の時の写真……


数々の写真を眺めながら、龍二はふと麗華を見た。


(やっぱり、寂しいだろうな……)


ふと思い出した記憶……優華の葬式時、麗華が放った言葉。


『私が……私が母さんを殺した』


その言葉を聞いた龍二は、黙って自分に彼女を抱き寄せ小声で言った。


『お前のせいじゃい……』


その言葉を発するのが、精一杯だった。

だが翌日……麗華は、優華が亡くなった時の記憶を忘れたかのように、母親はなぜ死んだのかと自分に訪ねてきた。


その事を思い出した龍二は、アルバムを閉じ机に置き居間の電気を消した。消すと寝かせていた麗華を持ち上げ部屋へと行き、ベットに寝かせた。


「龍……」


寝かせた麗華を撫でると、後ろから渚と焔が心配そうな顔で自分を見ていた。


「お前等……」

「そろそろ……話してもいいんじゃないか?」

「……」

「辛いのは分かるが、いつまでも隠せないぞ」

「分かってる……もう少し……もう少ししたら話すつもりだ」


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もう一人の家族

新幹線の座席……ビール缶とつまみを広げ、窓の景色を見る一人の男。

男はふと手に持っていた一枚の写真に目を向けそれを眺めた。そこに写っているのは、白い着流しと紺色の羽織を着た少年と、髪を長く伸ばし巫女の格好をした少女……そして二人の間に立つ自分。


(元気にやってりゃいいが……)


少々、心配そうな目で男は再び窓の外の景色に目を向けた。


学校で燥ぐ、生徒達……

 

休み時間になり、各々が各々の時間を過ごしていた。そんな賑わう学校の中、校長室ではピリピリした空気が流れていた。

 

ぬ~べ~と校長の向かいに座る、一人の男……右目に大きな傷跡を着け、口に煙草を銜え不機嫌そうにして彼等を睨んでいた。

 

 

「一体……いつまで、待たせるつもりだ?

 

俺はただ、アイツに会いに来ただけだっつってんだろ?」

 

「いえですから……いくら、家族関係とはいえ…そのぉ。

 

こちらで把握してない以上、生徒に会わせることはできません」

 

「さっきから、その言葉しか話してねぇな?

 

会えばあっちがすぐに分かる。いいから、とっとと会わせろ」

 

「ですから、会わせることは」

 

「……チッ。

 

そっちが連れてきてくれねぇなら、こっちから捜しに行く」

 

 

そう言いながら、男は校長室を出て行った。校長とぬ~べ~は慌てて男の後を追い、そして前へ出て止めた。

 

 

「勝手な行為は困ります!

 

一先ず一旦、部屋へ戻ってください!」

 

「だったら会わせろ!こっちは緊急で来たんだ」

 

「し、しかし」

 

 

「ぬ~べ~?何やってんだ?」

 

 

廊下を歩いてきた広達は、ぬ~べ~の姿を見るなり、疑問を感じながら彼に近付いて来た。

 

 

「誰?その怖いオッサン」

 

「美樹!」

 

「お、お前達!早く教室へ戻ってなさい!」

 

「え?何でだよ?」

 

「まだ休み時間終わってねぇぞ?」

 

 

すると、ぬ~べ~に抑えられていた男は、彼を退けて郷子達へと近付き彼女達の後ろにいた麗華の前で立ち止まった。

 

 

「お前達!早く離れるんだ!!」

 

 

ぬ~べ~に言われ、四人は慌ててその場から離れぬ~べ~の元へと避難した。ぬ~べ~は彼等を後ろへと行かせ、意を決意したかのようにして麗華を助けに行こうと足を踏み出した時だった。

 

男は、突然麗華に向かって殴ってきた。その瞬間、彼女はその拳を手で受け止め攻撃を防いだ。男は次に蹴りで攻撃し、空いているもう片方の腕で麗華は蹴りを止めた。

男は攻撃を辞めず、止められていない手で拳を造り麗華を殴ってきた。瞬時にその拳を避け、麗華は男の頭目掛けて蹴りを入れた。その蹴りを男は素早く避け、手を床につき高く飛び麗華の頭向かって踵落としをした。麗華は足に力を入れその踵落としを受け止めた。

 

男は攻撃するのを辞め、口に銜えていた煙草を手に取り煙を吐きながら言った。

 

 

「腕は鈍ってねぇみてぇだな」

 

「当然でしょ」

 

「上出来だ」

 

 

「何ぃ!!?」

 

 

校長室で向かいに座る男の話を麗華から聞いたぬ~べ~は、声を上げて驚いた。校長室の外で広達は、ドアに耳を当てて話を盗み聞きしていた。

 

 

「いきなり大声出すなよ……」

 

「い、いやぁ……だってまさか、その人が親族だなんて……」

 

「神崎輝三(カンザキコウゾウ)。

 

父さんの一番上の兄貴で、家の家系の相談役なんだ」

 

「そ、そうだったの……」

 

「改めて自己紹介させて貰う。

 

俺は神崎輝三。地方でマル暴の刑事やってるもんだ」

 

「ま、マル暴……」

 

「顔怖いのはそのせい。目の傷は、妖怪と対決した際に出来たもの。

 

だよね?竈(カマド)」

 

 

後ろで焔と一緒に立っていた山男のような格好をした竈という名の者は、麗華を見ながら頷いた。

 

 

「ほらね」

 

「いや、ほらねじゃなくて」

「なぁなぁ輝三!何で学校来たんだ?なぁ!」

 

 

ぬ~べ~の話などお構いなしに、麗華は嬉しそうな顔で輝三に話し出した。輝三はポケットから、携帯用灰皿を取り火を消した煙草の吸い殻をしまいながら受け答えた。

 

 

「な~に……ちょいとばかし、こっちに用があってな。

 

しばらくこっちで厄介になるから、お前等迎えに行ってから家にと思って、それで」

 

「本当か?!」

 

「本当だ。

 

つーわけだから先生、麗華の授業が終わるまでちょいとばかし居させて貰うぜ?」

 

「は、はぁ……」

 

 

何も言い返せないぬ~べ~と校長は、仕方なく返事をしてしまった。

 

 

話を聞いていた広達は、驚きながら小声で話していた。

 

 

「あの怖ぇ男、麗華の伯父だってよ!」

 

「何か、麗華の奴スゲェ嬉しそうじゃねぇか?」

 

「よっぽど好きなんでしょ?あの男の人の事が」

 

「麗華のあんな嬉しそうな声、初めて聞いたなぁ」

 

「そういえばそうだよな。麗華って滅多に、感情を表に出さねぇもんな」

 

 

“キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン”

 

 

「あ!休み時間、終わっちゃった!」

 

「早く教室行かねぇと!!」

 

「急ぐのだ!!」

 

 

慌てた様子で、広達は急いで教室へと戻った。

 

チャイムが鳴って数分後……ぬ~べ~は麗華と共に、教室へと向かっていた。

 

 

「しかし、まさかあんな怖い人が親戚だったとはな。

 

驚いたよ」

 

「驚き過ぎ。たかが目に傷があって人相が怖い男ってだけじゃん」

 

「いや、そうだが……」

 

「ま、この授業が終われば終了だし」

 

「本当にあの人と帰るのか?」

 

「決まってるでしょ。何?帰っちゃ駄目なの?」

 

「い、いやそういう意味じゃ」

 

「なら、これ以上口出ししないで」

 

「は、はいぃ」

 

 

嬉しそうに鼻歌を歌う麗華の後ろ姿に、ぬ~べ~ほ微笑んだ。

 

 

(あの麗華が、ここまで喜んでいるとは……

 

余程、あの人を信頼しているんだな……)

 

 

放課後……

 

校門へと向かう麗華……

門付近には、壁に凭り掛かって立つ輝三が、煙草を吸いながら待っていた。自分の元へと到着した麗華の頭に手を置き一撫ですると、先を歩き出した。彼の後を麗華は嬉しそうに後を追い、隣に並んで一緒に歩いた。

 

そんな彼等の様子を、郷子達はこっそりと後をつきながら見ていた。

 

 

「見ろよ……麗華のあの顔」

 

「滅多に見られないわねぇ」

 

「何か麗華……

 

大好きなお父さんと一緒に帰ってる子みたい」

 

「そういや、麗華に父ちゃん居なかったな」

 

「よっぽど嬉しいんだよ……」

 

「ねぇねぇ皆!二人の後、着けていかない?

 

何か面白そうじゃん!」

 

「美樹」

「駄目だ」

 

 

後ろから声が聞こえ振り返ると、そこにぬ~べ~が立っていた。

 

 

「ぬ~べ~」

 

「何で後着けちゃいけないのよ!?」

 

「二人っきりにしてやれ。

 

麗華にとって、輝三さんは父親と同じ存在なんだ」

 

「だから、何でついて行っちゃ行けないのよぉ」

 

「美樹、辞めとこうぜ」

 

「え?」

 

「そうよ。二人っきりにしてあげましょう」

 

「………仕方ない。今回は辞めとくか!」

 

「美樹……」

 

 

鈴海高校へと来た二人……

 

 

「ここで待ってるから、龍二呼んでこい」

 

「不審者と間違われないでね」

 

「うるせぇ。とっとと行け」

 

 

軽く返事をしながら、麗華は校内へ入った。

しばらくして、麗華に連れられて龍二が袴姿でやってきた。

 

 

「よぉ、龍二……何だ?その格好」

 

「部活だよ。急に呼び出されたからこのまま来たんだ……」

 

「そうだったか」

 

「麗華から話聞いたけど、本当にしばらくここに居るのか?」

 

「あぁ。野暮用があってな。

 

しばらくの間、世話になるぜ」

 

「別に構わねぇけど……」

 

「そんじゃ、俺等は先に帰るか。

 

龍二はどうやら、部活中みたいだしな」

 

「部活終わっても、この後バイト入ってるから帰り遅ぇよ」

 

「捻くれるな……

 

麗華、行くぞ」

 

「ハーイ」

 

 

龍二の頭を雑に撫でると、輝三は先を歩き出した。その後を麗華は嬉しそうについて行った。

彼等の後ろ姿を見届けていると、渚が姿を現し龍二に話した。

 

 

「麗の奴、嬉しそうだな」

 

「焔も同じだろ?」

 

「え?」

 

「ほら」

 

 

龍二が目を向けている方に渚は顔を向けた。二人の後ろからついて歩く焔と竈。焔は嬉しそうな顔で何やら話をしていた。

 

 

「二人にとって、輝三と竈は父親みたいな存在だからな……

 

ああいう光景見てるとさ、思うんだ……親父が生きてたら、あんな風だったのかなぁって……」

 

「そうだな……」

 

「さて、練習に戻るか」

 

 

見届けた後、龍二は急いで道場へと戻った。

 

 

数時間後……

 

 

「ただいま……」

 

 

バイト先から帰ってきた龍二は、玄関の戸を開け靴を脱ぎ入った。

居間へ行こうと縁側を通ると、柱に凭り掛かり座る輝三と彼の太腿に頭を乗せ、気持ち良さそうに眠る麗華の姿があった。

 

 

「帰ったか」

 

「輝三……寝ちまったのか?麗華」

 

「今さっきだ。

 

話聞いたけど、楽しいみてぇだな?今の学校」

 

「担任が、霊能力者だから。それにお節介な奴だし」

 

「そうか……」

 

 

帰りにでも買ってきたのか、日本酒を飲みながら庭を眺めた。

 

 

「で?一体、何の用で。」

 

「ん?」

 

「とぼけた顔すんな。

 

アンタがここに来た理由って、俺等に用があるからだろ?自分の仕事はそのついで……違うか?」

 

「……フゥ―。

 

ったく、勘はいいんだな。輝二にそっくりだ」

 

「どうなんだよ」

 

「その通りだ」

 

 

日本酒が入ったお猪口を置き、ポケットから煙草を取り出し口に銜え火を点けながら言った。

 

 

「龍二……

 

奴等がこっちに来てる」

 

「?!」




月が雲に隠れた夜……


建物の屋上に降り立つ二つの影。


「ひょー。

久しぶりだなぁ。この街」

「思い出に浸るな。さっさとあの二人殺すぞ。」

「その前に、腕を早く解放させなきゃな。俺等」

「……行くぞ」


二つの影は、夜の街へと消えた。


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トラウマ

「来てるって……」


寝た麗華に目を向けながら、龍二は言葉を繰り返し言った。輝三は自身の脚で寝ている麗華の頭を撫でながら、真剣な顔で龍二を見た。


「妖共の話じゃ、数々の村や里を転々としていたらしい。何でも腕を治したいと言って、治療能力がある妖共に頼み込んでいたと……」

「腕……」

「優華がやったのか?」

「……あ、あぁ」

「奴等が来てる今、お前等が心配になったんだ。そしたら都合よく、こっちで仕事ができてな」

「……」

「あの時の事、話したのか?」

「……まだ…詳しくは」

「いい加減、話した方が良いんじゃねぇのか?

こいつだってもう」

「……」


拳を握る龍二……輝三は眠る麗華を持ち上げ、そして龍二の隣に立った。


「いつまでも隠し通せねぇぞ。

辛いのは分かるが……」

「けど……話せば、麗華はまた」

「……」

「もう……辛い思いをさせたくないんだ。


俺が強くなかったから、親父が死んだ……俺が弱かったから、麗華は島に行く羽目になった。

俺のせいで、麗華には辛い思いばかりさせてきた……」

「だから、言いたくないと……


甘ったれるんじゃねぇぞ」

「!」


小声だがハッキリと、怒鳴る様にして輝三は龍二を睨んでいった。龍二は顔を上げ、輝三の顔を見た。


「こいつにだって、知る権利はある。

いつまでもお前の事情で、教えてあげねぇってのはこいつにとって、一番辛い事だ」

「……」

「何も教えねぇと、何も始まらない……そうだろ」

「……」


翌日……

 

 

嬉しそうに歩く、麗華……

 

 

「昨日は寝ちゃったけど、今日からまた見て貰おう」

 

「技見てもらうのか?」

 

「当然でしょ?実力が上がったところ、見て貰わないと」

 

「だったら、俺も竃に見て貰おうっかなぁ」

 

「ずっと居てくれればいいのになぁ……二人とも。

 

そうすれば……あんな思いしなくてもいいのに」

 

「麗……」

 

「何てね。早く行こう」

 

 

先を歩く麗華の後姿を、焔はどこか悲しげに見た。首を振り、彼女の後をついて行った。

 

 

学校へ着き、廊下を歩く麗華……教室へ着き、中へ入ろうとした時だった。

 

 

「!!」

 

 

突如目の前に、巨大な蜘蛛のぬいぐるみが吊り下がってきた。

 

 

「ハハハハハハ!!

 

どうだ麗華?この蜘蛛!」

 

「登校中のゴミ置き場に捨てられててさ!何か、リアルだったから拾ってきたんだよ!」

 

 

笑い合う克也と広……それとは裏腹に、麗華は吊るされている蜘蛛のぬいぐるみを、じっと見たまま固まっていた。それは焔も同じだった。彼も目を見開いたまま固まっており、広の手にする蜘蛛のぬいぐるみを見つめていた。

彼女達の様子に気付いた郷子は、駆け寄り声を掛けた。

 

 

「麗華?焔?」

 

「……」

 

「麗華?ねぇ」

 

 

郷子の声が、次第に別の声へと変わっていた。

 

 

『麗華!!逃げなさい!!』

 

『母さん!!』

 

 

『私のせいで……私のせいで母さんが』

 

『お前のせいじゃない!!』

 

『母さん!!母さん!!』

 

 

泣きながら母の名を呼ぶ自分の叫び声と龍二の声……息が乱れ、麗華は胸を押さえその場に倒れた。

 

 

「麗華!!」

 

 

倒れた麗華に郷子は寄り、彼女の名を呼び叫んだ。彼女の叫び声に、ハッと我に返った焔は、倒れた麗華に駆け寄った。

麗華は呼吸困難になったかのように、荒く息を繰り返しそれと共に喘息が発生したのか、息を吸う度に激しく咳をした。咳をしたせいで、咽を切ったのか口から血を出した。

 

 

「麗華!!麗華!!」

 

「麗華!!しっかりしろ!!

 

克也、美樹!ぬ~べ~を!!」

 

 

広に言われ克也と美樹は慌てて、教室を飛び出し職員室へと行った。

 

 

「ぬ~べ~!!」

「ぬ~べ~!!」

 

 

職員室へと来た二人は、ぬ~べ~の名を叫びながら職員室へと入った。

 

 

「ん?どうした、お前等。そんな慌てて」

 

「た、大変なの!!麗華が!!麗華が!!」

 

「麗華がどうかしたのか?」

 

「突然倒れて、苦しそうにしてるんだ!!おまけに口から血ぃ出して」

 

「!!」

 

 

克也の言葉に、ぬ~べ~は急いで教室へと向かった。その後を美樹と克也は慌てて追い掛けた。

 

 

階段を上り切り、自分の教室を見ると教室前の廊下に群がる人。その中には隣のクラスの担任である律子先生が、倒れている麗華に声を掛けていた。

 

 

「麗華ちゃん!私の声聞こえる?麗華ちゃん!!」

 

「律子先生!!」

 

「鵺野先生!

 

騒ぎを聞いて、駆け付けたんです!そしたら」

 

 

倒れる麗華の口元は赤く染まり、胸を押さえながら苦しく息をしていた。

 

 

「急いで救急車を!!」

 

「はい!!」

 

「麗華!!しっかりしろ!

 

全員、教室の中に入ってろ!!」

 

 

ぬ~べ~に強く言われ、麗華を囲っていた生徒達はそれぞれの教室へと入った。その中にいた広と美樹と一緒に居た克也は、彼女の姿を見て動揺していた。

 

 

「広!克也!お前達も早く」

「俺のせいだ……」

 

「?」

 

「俺がこんなぬいぐるみ拾ってきたばっかりに……麗華は」

 

「ぬいぐるみ?」

 

 

ドア付近に落ちている黒い蜘蛛のぬいぐるみが、ぬ~べ~の目に入った。

 

 

「あれを見て、麗華はこうなったのか?」

 

「うん……」

 

「どうしよう……俺等の」

 

「お前達のせいじゃない……後は俺がやるから、教室戻ってろ」

 

「広、克也」

 

 

郷子に連れられ、二人は教室へと入った。

 

 

数分後……学校に到着した救急車に運ばれていく麗華。口には酸素マスクを着けられ、隊員の人に何度も呼ばれていたが全く反応がなかった。ぬ~べ~も同行し一緒に救急車へと入り病院へ向かった。

救急車を見送ると、焔は空を飛び猛スピードでどこかへ行った。

 

 

車内で、応急処置をされる麗華。彼女の傍には、心配そうな鳴き声を上げるシガンが居た。

 

 

「呼吸が乱れ吐血しています。はい。脈拍が以上に早く、意識不明です。

 

 

先生、麗華さんに何か持病は?」

 

「喘息持ちです」

 

「患者は喘息持ちだとのことです。はい……」

 

 

電話をする隊員……ぬ~べ~は、落ち着かない様子で苦しそうに息をする麗華を見た。

 

病院へ着いた救急車は、素早く麗華を病院へと入れた。その中をぬ~べ~は追い駆けたが、看護師に止められそれ以上追い駆ける事が出来なかった。彼の傍には先程看護師に下ろされたシガンが、心配そうな鳴き声を上げていた。

 

 

緊急治療室へ入った麗華……病院で医師をやっていた玉藻と用で病院に来ていた麗華と龍二の担当医・茂が立ち合っていた。

 

 

「呼吸乱れに、吐血……

 

喘息の発作にしては少し……」

 

「恐らく、拒否反応でしょう」

 

「拒否反応ですか?」

 

「この子は以前、似たような発作を起こしています。

 

治療等は僕がやりますので、玉藻先生はその他のことを」

 

「分かりました」

 

 

茂は寝かされている麗華の傍に座り込み、手を握りながら声を掛けた。

 

 

「麗華ちゃん、僕の声聞こえるか?

 

聞こえるなら、僕の手を握ってくれ」

 

 

その声に反応し、麗華の手が微かに動き茂の手を弱く握った。それと共に麗華は、ゆっくりと目を開け隣に座っている茂の方を見た。

彼女の行為に驚いた二人は、思わず顔を見合わせた。

 

 

「……シ」

 

「もう大丈夫だ。

 

今薬を打つから、少し痛いかもしれないけど我慢してね」

 

 

そう言いながら、いつの間にか持ってきていた注射と薬を玉藻から受け取り、それを麗華の腕に打った。

 

 

「……シノセイダ」

 

「?」

 

「シノセイデ……サンガ」

 

 

呟きながら、麗華は再び意識を無くした。

 

 

その頃龍二は、麗華が倒れたことを知らずにクラスの仲間と一緒に戯れていた。

 

 

「神崎君!!」

 

 

血相をかいて、龍二の担任が駆け込んできた。

 

 

「あれ?ホームルームまだなんじゃ」

 

「大変よ!!あなたの妹さんが、倒れて病院に運ばれたって、小学校の方から連絡があったの!!」

 

「?!!」

 

「すぐに童守病院へ……って、神崎君?!」

 

 

教室の窓を開けると、龍二は縁に足を掛け飛び降りた。下では駆け付けていた焔の背に着地すると、焔は渚と共に猛スピードで病院へと向かった。

 

 

「あ~らら……龍二の奴行っちまったよ。

 

先生、あいつの鞄俺と緋音が持ってくんで。緋音行くぞ!」

 

「あ、待ってよ!」

 

 

龍二の鞄を持ち、真二は緋音と共に学校を後にした。

 

 

病院へと着いた龍二……

 

 

「渚はすぐに、輝三達の所に行ってこの事を伝えてくれ!」

 

「承知!」

 

 

渚はすぐに輝三の元へ向かい、焔は龍二と共に病院の中へと入った。

 

中へと入り、ロビーを見回すと置かれているソファーにぬ~べ~が座っていた。ソファーの上で、丸まっていたシガンは、龍二の存在に気付き彼の元へと駆け寄った。

シガンに様子に、ぬ~べ~は顔を上げ彼の方に顔を向けた。

 

 

「龍二?!何で」

 

「さっき、担任の方に小学校から連絡があって………それで。

 

それより、麗華は?」

 

「分からない……」

 

「……何があったんだ?

 

あいつに、何が」

 

「広達の話によると、広と克也が拾ってきた大きな蜘蛛のぬいぐるみを見せた途端……」

 

「蜘蛛……」

 

 

一瞬、脳裏に映る映像……二つの陰を前に、優華が血塗れで立っていた。

 

その時、玉藻と茂がやって来た。

 

 

「玉藻」

「茂さん」

 

「何とか一命は取り留めてるけど……今日を越せれば、問題は無い」

 

「……麗華はどこに」

 

「病室にいる。個室だけどね。

 

ほら、龍二君は彼女の傍に」

 

 

茂に背を押され、龍二は看護師に連れられ治療室へ向かった。

 

 

「狐野郎、何でこんな所に」

 

「私はこの病院で医師をやっているからね」

 

「あぁ、やっぱり玉藻先生は妖怪でしたか。

 

僕、これでも霊力強い方でしてね」

 

「木戸先生……無駄話はそれくらいにして、早く本題は言ってはどうです?」

 

「そうですね。そうしますか……

 

先生、あの子に何を見せました?発作が起きる前」

 

「見せたと言うより……生徒が悪ふざけで、蜘蛛のぬいぐるみで彼女を驚かせたと言う事しか」

 

「……ハァ。

 

参ったなぁ……蜘蛛はあの子にとって、一番駄目なものなんだよ……それを見て、発作か」

 

「蜘蛛は駄目って、どういう事です?」

 

「詳しくは教えられませんが……そうですね、強いて言うなら……?」

 

 

話を止め茂は、出入口の方を見た。ぬ~べ~は後ろを振り返り見ると、そこには竈を連れた輝三の姿があった。

 

 

「輝三さん……」

 

「この病院は、妖怪を医師として迎え入れるのか?

 

ま、いっか」

 

「少年刑事が、何用だよ」

 

「阿呆。俺は今はマル暴の刑事だ。

 

お前こそ、何こんな所で医者ごっこしてんだよ。

元、暴力団総長さん」

 

「ごっこじゃねぇよ!総長はとうの昔に辞めた!!」

 

「知り合いなのか?二人は」

 

「昔こいつを補導した」

 

「昔こいつに補導された」

 

「お前が悪さするからだろうが」

 

「そ、そりゃそうだけど……」

 

「思い出に浸るのは構いませんが、それは話が終わった後にしてくれます?」

 

 

玉藻に言われ、茂は手を叩きながらぬ~べ~の方を向いて、話の続きをした。

 

 

「おぉっと、そうだった。

 

ま、簡単に言うとだな……蜘蛛は麗華ちゃんにとってトラウマだ」

 

「トラウマ?」

 

「えぇ。詳しいことは言えませんが、昔麗華ちゃんは蜘蛛でちょっと辛いことがありましてね。それ以来、蜘蛛を見ただけで、ああいう発作が起きちゃうんです」

 

「それでは、先程話してくれた同じ症状もその時に?」

 

「いや、それはまた別。

 

確か麗華ちゃんが、三歳くらいの時だったと思うよ。保育園に行ってたんだけど、急に倒れて……そうそう、今回みたいな発作が起きて、一ヶ月以上入院することになってね」

 

「その話なら、優華の奴から俺も聞いた。

 

その事が原因で、確か辞めたんだよな?保育園」

 

「そうそう……って、何でアンタが知ってるんです?」

 

「俺はあの二人の叔父だ。知ってちゃ悪いのかよ」

 

「そもそもそんな話、初耳なんだけど」

 

 

言い合う輝三と茂……ぬ~べ~と玉藻はそんな二人を見て、深くため息を吐いた。




心電図の音と酸素マスクから酸素が送られる音が、病室に響いていた。多数の装置を体に着け、酸素マスクの酸素を吸って眠る麗華に、龍二は彼女の手を握りながら目を覚ますのをただ待っていた。


喫煙所で煙草を吸う輝三……


『本当に一人で大丈夫なのか?』


麗華が生まれて間もない頃、輝三は時折様子を見に来ていた。


『何がです?』

『何がって……これからのことだ。

お前一人でやっていけるのかって事だよ。まだ小一の龍二と生まれたばかりのそいつと二人抱えて、これから大変になるだろうし……』

『大丈夫です。姉さんもお義兄さんも困った事があったら、すぐに連絡しなさいって言ってくれたし。それに輝二の遺産も入ってきてるし、何とかやっていけます』

『そうだが……』

『何です?心配してくれるんですか?』

『当たり前だろ!弟の嫁とガキ二人をほったらかしにできるか!』


輝三のデカい声に驚いたのか、ベビーベッドで寝ていた赤ん坊の麗華は泣き出した。そんな彼女を優華は、あやしながら輝三の隣に座った。


『大声出すから、起きちゃったじゃないですか!』

『わ、悪ぃ……』

『フフ……相変わらずですね。

私なら平気です。龍二と麗華……それに弥都波や渚、焔に丙、真白がいてくれます』

『人を頼れ人を』

『もちろん頼ります。輝三さんにもね』




あの時見せた笑顔……

だが、今となってはその笑顔はもう、見ることも眺めることも出来なくなってしまった。


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失くしたパズル

翌日の早朝……

ロビーのソファーで眠るぬ~べ~……竈に凭り掛かり眠る渚と焔。ぬ~べ~の近くのソファーで、背もたれに凭り掛かり天井を見上げ、ボーッとしていた輝三の頬に何かが当たり、顔を上げた。頬に当たったのは缶コーヒーであり、それを当ててきてのは茂だった。


「眠気覚ましにどうです?」

「悪ぃな」

「しっかし、驚きましたよ。まさかアンタが、龍二君と麗華ちゃんの叔父さんだったなんて……」

「こっちだって驚きだ。まさかあのやんちゃ坊主が、優華の病院を引き継いで医院長になって……世の中どうなるか分かんねぇなぁ」

「俺が病院で働けるのも、神崎院長のおかげです。

暴力団の総長だって話が、大学内に広まったらしくて……皆が就職していく中、俺だけが取り残されてて……そんな時です。神崎院長に出会ったのは」

「……」

「医院長、俺が通ってた大学の卒業生だったんです。時々遊びに来てたらしくて……

その日も、まだ小さい龍二君連れて遊びに来てたんです。けど、大人の話に飽きた龍二君、医院長達がいた部屋から脱走して、校内走り回ってたんです。俺等生徒達は走り回る龍二君を捕まえようと、必死に追っ掛けてました。

しばらくして、俺が走り回る龍二君を捕まえたんです。それとほぼ同時に、神崎院長が騒ぎに気付いて俺等生徒達の元へ駆け付けたんです。そしたら、何を見て気に入ったのか……

『決めた!この生徒、私の病院で採用します!』」


その言葉を聞いた輝三は思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出し咽せた。


「それからですよ……神崎院長の元で働くことになったのは。

最初は大変でした。覚えることがいっぱいあった上、言葉遣いを直したりするのが……けど何か出来たりやり遂げたりすると、神崎院長……まるで自分の子を褒めるみたいに、俺のこと凄く褒めてくれて……母親に褒められているみたいでした。」

「……」

「勤め初めて、龍二君や輝二さんとも仲良くなって、時々ご飯ご馳走してくれたりして……本当に良い家族でした。


けど……麗華ちゃんが生まれた日に、輝二さんと迦楼羅さんが亡くなって……」

「それからあいつ、相当無理してたんじゃねぇのか?」

「かなり無理してましたね……でも、辛くはなかったと思いますよ?帰れば、子供の顔が見れる……それだけで疲れが吹き飛ぶって言ってましたもん。医院長が家にいない間は、ずっと龍二君が麗華ちゃんの面倒を見てたみたいですし……


だけど……そういう幸せっていうのは、長く続かないもんですね」

「……亡くなって五年…か」

「二人にとっては、大きいダメージです。

聞きましたか?龍二君、母親の葬儀の時泣かなかったみたいですよ。輝二さんの時もでしたけど……

俺心配なんです。龍二君……我慢し過ぎてるんじゃないかって」

「責任感じてるんだよ、あいつは……

自分が現場へ行ったばかりに輝二は死んでしまった。
自分が弱かったばかりに優華は死んでしまった。

ずっと責めてるんだよ……自分のせいで、親が死んだって……ずっとな」


数分後……

 

麗華が眠るベッドに伏せて眠る龍二……すると龍二の手を微かだが、握られる感覚があった。龍二はその感覚に気付き、すぐに目を覚まし体を起こし麗華の方を見た。

 

 

ゆっくりと開く目……龍二は彼女の頭を撫でながら、手を離さず自分の顔を近付けた。

 

 

「……レ……コハ」

 

「病院だ。もう大丈夫だ」

 

 

微笑する龍二の顔を見ると、麗華は安心したのか再び目を閉じ眠ってしまった。

 

 

ロビーへ戻ってきた龍二。龍二に気付いた茂と輝三はすぐに彼の元へと駆け寄った。

 

 

「たった今、麗華が目を覚ましました」

 

「そうか……よかったぁ」

 

「けど、また寝ちまって」

 

「いいよいいよ。意識が戻れば、後は体力と精神を治すだけだから」

 

 

安堵の息を吐く龍二……すると緊張が解れたのか、一気に眠気が襲い意識が無くなり倒れそうになった。そんな彼を輝三は、慌てて支えた。疲れ切った表情で輝三の腕の中で龍二は眠ってしまった。寝てしまった彼を輝三は持ち上げソファーの上に寝かせた。龍二の傍へ、焔の傍で寝ていたシガンが寄った。

 

 

「ったく、無理するから」

 

「麗華ちゃんの事、本当に大切にしてますから……仕方ないですよ」

 

「……そうだな。

 

なぁ、全く別の話になるが、聞いても良いか?」

 

「ん?何です?」

 

「このフェレット、どうしたんだ?」

 

「あ……これは俺も初めてですから……麗華ちゃんが拾ってきたんじゃないんですか?」

 

「そうか……」

 

「このフェレットが、どうかしました?」

 

「いや……ちょっとな」

 

「……感じるんですか」

 

「?」

 

「妖気……感じるんですよね」

 

「……微かにな」

 

 

しばらくして、起きたぬ~べ~と龍二はそれぞれの学校へと行き、輝三はお昼前までいたが、仕事が入ったため現場へと向かった。

 

輝三が病院を出て間もなく、麗華はもう一度目を覚まし、目で辺りを見回した。気が付いた彼女に部屋に置かれていた机にいたシガンは駆け寄り、彼女の頬に擦り寄った。

擦り寄ってきたシガンを、麗華は腕を上げシガンの頭を撫でた。

 

 

「麗……」

 

 

狼姿になった焔は、顔を近付け彼女の頬を舐めた。舐めてきた焔をシガンを撫でていた手で撫でた。撫で終わると、麗華は再び目を閉じ眠ってしまった。シガンは彼女の枕元で丸くなり、焔は床下で体を伏せ目を瞑り眠りに入った。

 

 

その頃童守小では、ぬ~べ~は教員達に麗華は命に別状はない事、そしてしばらく入院が必要だという事を伝えた。同じ事を、今度は自分のクラスの生徒に伝えた。

 

 

「じゃあ、麗華はしばらく学校に来れないの?」

 

「そうだな……医者の話じゃ、目を覚ましたとしても体力が衰えている可能性が高いから、しばらくは体力作りだとの事だ。もともと体が弱いからな麗華は」

 

「そっかぁ……」

 

「ねぇねぇ!今日、皆でお見舞いに行こうよ!

 

花と色紙持ってさ!」

 

「お!それいいな!」

 

「行こうぜ!」

 

「おいおい、そんな大勢で行ったら病院に迷惑だ。

 

郷子と広が代表で来てくれ。花の代金は二人に渡すこと。広、郷子、頼んだぞ」

 

「分かったわ」

 

「任せろ!」

 

「ヒューヒュー!お二人さん、熱いわね~」

 

「うるさい!」

 

 

場所は変わりここは、童守病院……

 

 

「それでは、移動ということでよろしいんですね?」

 

 

救急車中へ、眠っている麗華を入れられる光景を見ながら、玉藻は茂と話していた。

 

 

「えぇ。ここより見慣れた場所の方が良いでしょう。

 

僕の病院は、丁度麗華ちゃん達の家が近いですし……何かあればすぐに呼べますしね」

 

「そうですね……それでは、移動したことを鵺野先生方に伝えておきますね。」

 

「お願します」

 

 

ハッチを閉める音と共に、茂は車へと乗り救急車を走り出させた。

 

 

数時間後……

 

再び目を覚ます麗華……意識が朦朧としながらも、体を起こし辺りを見回した。その部屋は見覚えがあった。自分が幼い頃、入院していた部屋だった。

すると、床で寝ていた焔が目を覚まし、起きている彼女の元へと寄り顔を擦り寄せた。焔と同じように、枕元で寝ていたシガンも目を覚まし、彼女の肩へと駆け登り頬擦りした。

 

 

「焔……シガン」

 

 

擦り寄ってきた焔に顔を埋め、麗華は頬擦りした。頬擦りしてきた彼女を、焔は擦り返し甘え声を出した。

すると病室のドアが開き、外から茂が入ってきた。

 

 

「起きたかい?」

 

「茂さん……」

 

「その様子だと、もう平気みたいだね」

 

「あの……ここって」

 

「僕の病院。移動したんだよ、寝てる間に。

 

ここの方が落ち着くし、家も近いからいいかなぁって」

 

「……」

 

「ま、しばらくの間は入院して貰うけどね。

 

 

?どうかしたかい」

 

「……母…さん」

 

「?」

 

「あれ……」

 

 

頭を抱え何かを思い出す麗華……目に映る光景は、母・優華の笑顔の姿や白衣を着て仕事をする姿……数々の記憶が、渦の様にして回っていた。

 

 

「母さん……」

 

「麗華ちゃん?」

 

「ねぇ……母さんは?」

 

「?!」

 

 

その言葉に、茂は持っていたカルテを落とし、驚いた表情で彼女に駆け寄った。

 

 

「麗華ちゃん、今なんて」

 

「だから……母さんは……あれ…母さんって」

 

「麗華ちゃん……」

 

 

夕方……

 

玉藻に聞いた病院へと来たぬ~べ~達。麗華の病室へ行こうと、受付所へ行った時だった。

 

 

「は?面会謝絶……ですか」

 

「はい。昼間に目を覚ましましたが、容態が急変しただ今、ご家族以外の方の面会はご遠慮させて貰っています。」

 

「そ、そんなぁ」

 

「どうしても、ダメなんですか?」

 

「申し訳ございません」

 

「では、この花と色紙を麗華に渡しといてください」

 

「分かりました」

 

 

色紙と花を看護師に渡し、ぬ~べ~達は病院を出た。

 

 

「麗華の奴、どうしたんだろう」

 

「容態が急変したって言ってたけど……大丈夫かな?」

 

「また、日を改めて来るか」

 

「うん……」

 

 

心配そうに頷いた郷子は、後ろを振り返り病室の窓を一瞬眺め、先行く二人の後を追いかけて行った。

 

 

ぬ~べ~達と入れ違いに、龍二達が病院へとやってきた。入って来ると、丁度ロビーにいた茂が龍二に駆け寄り、別の場所へと連れて行った。彼らの後を、真二と緋音はこっそりとついて行き盗み聞きした。

 

 

「記憶障害?あいつが」

 

「あぁ。目が覚めて、最初は混乱してるだけかと思ってたんだけど……突然言ったんだ。

 

『母さんは?』って」

 

「?!」

 

「ごちゃ混ぜになっているんだと思うよ。発作が原因で、記憶の棚の位置がバラバラになっているんだと思う」

 

「バラバラって……」

 

「話の内容からして、おそらく麗華ちゃんの記憶は、神崎院長……母親が生きていた頃の記憶が途切れ途切れ、入っているんだと思う。もう死んでいるのに、あの子の頭の中では母親は、まだ生きているって思っているんだと思うよ」

 

「……」

 

「とりあえず、記憶が整理するまでは、家族以外の人との面会は謝絶してもらう。無論、君の幼馴染の緋音さんと真二君にもね。

 

訳の分からない人が来れば、麗華ちゃんの記憶は混乱する」

 

 

近くで話を聞いていた真二と緋音は、顔を見合わせ驚いていた。戻ってきた龍二は二人に訳を話し、緋音が持っていた花を受け取ると、茂と共に病室へと向かった。

 

病室の中へと入る龍二と茂。麗華はベットに横になり静かに眠っており、枕元ではシガンが自分の毛を舐めて手入れしていた。ベット近くの床には、狼姿になっていた焔が丸くなっていたが、龍二達が中へ入ってくると、人の姿へと変わり彼に駆け寄った。

 

 

「龍、麗が……」

 

「分かってる」

 

 

焔を渚に任し、龍二は眠っている麗華の傍へ行き、近くにあった椅子に座った。

 

 

「渚、焔。二人を任せたよ」

 

「はい」

「はい」

 

「龍二君、何かあったらすぐに呼んでね」

 

「分かりました」

 

 

茂は院内用の携帯電話を掛けながら、部屋を出て行った。

 

茂が部屋を出てしばらくした後、麗華はゆっくりと目を開けた。

 

 

「麗華……」

 

「……お兄ちゃん」

 

 

起き上がる麗華……病室を見回しもう一度、龍二を見た。

 

 

「どうした?」

 

「……母さんって」

 

「っ……」

 

「あれ……母さんは……母さんは」

 

 

頭を抱えながら麗華は、混乱していた。頭に蘇る数々の優華の姿……その時、戸が開き外から看護師に案内された輝三が入ってきた。

 

 

「輝三……」

「輝三!」

 

 

嬉しそうな声を上げて、麗華は子鹿の様に駆け寄り彼に抱き着いた。輝三は少々驚きながらも、抱き着いてきた彼女の頭を撫でた。

 

 

「龍二、話がある」

 

「分かった……

 

麗華、少し話してくるから、ここで焔達と待っててくれ」

 

「うん……」

 

 

残念そうな声を上げながら、麗華は輝三から離れた。そんな彼女を撫でると龍二は、輝三と共に部屋を出て行った。

 

 

部屋を出て喫煙所で、煙草を吸いながら輝三は龍二に話した。

 

 

「茂の話通りだな。

 

確かに、記憶に障害が残っているな」

 

「見りゃ分かるよ。

 

俺のことを『お兄ちゃん』なんて呼んだんだからさ」

 

「懐かしい響きだな」

 

「誰のせいだよ」

 

「さぁな……

 

しばらくは面会謝絶だろ」

 

「あぁ。俺と輝三以外の奴等は入れないとさ」

 

「俺等二人って訳か……」

 

「どうすりゃいいんだろう……これから」

 

「龍二……」

 

「何もなければいいんだけど……」

 

 

部屋で待つ麗華……荷物の中にあった自分で描いたスケッチブックの絵を、一枚一枚見ていた。

 

だが、ページを捲った時、麗華は顔を強張らせた。

 

 

「ねぇ……」

 

「?どうした」

 

「こっからの絵、私が描いたの?」

 

 

焔に言いながら、麗華は絵を見せた。それは島で描いた絵だった。その後の絵は郷子達や神社に来た妖怪達、ショウと瞬火の絵だった。

 

 

「覚えてないのか?」

 

「……分かんない。

 

何か……」

 

 

胸を手で押さえながら、息を荒げると咳き込みベッドに横たわり苦しんだ。

 

 

「麗!!」

 

「龍達を呼んでくる!!」

 

「頼む!!」

 

 

渚は部屋を飛び出し、龍二達の元へと行った。

 

 

「龍!!大変だ!!

 

麗が!!」

 

 

渚の言葉に、勘が働いた龍二は喫煙所を飛び出し部屋へと戻った。彼の後を輝三と渚は追い掛けていった。

 

 

「麗華!!」

 

 

ベッドの上で咳き込み苦しむ麗華……彼女に付き添う焔。龍二は彼女に駆け寄り、焔と交代し彼女を呼び掛けた。後からやって来た渚は龍二の傍で立ち尽くしていた焔を退かし、輝三は茂と看護師を連れて来た。

 

 

「すぐに器具を準備して」

 

「はい」

 

「龍二君、一旦離れて」

 

 

呼び叫ぶ龍二を輝三に渡し、茂は麗華を寝かせ器具を持ってきた看護師と共に、治療を行い始めた。

 

 

「すみませんが、一度退室してください。終わり次第、呼びますので」

 

 

看護師に言われ、二人は部屋を出た。部屋の前で龍二は立ち尽くし、震え声で輝三に話した。

 

 

「麗華の奴……大丈夫だよな」

 

「龍二」

 

「俺のせいで……あいつにまで死なれたら」

 

「しっかりしろ。お前が信じなくてどうすんだ。

 

麗華には、お前しかいないんだぞ」

 

「……」

 

 

数分後……部屋から出て来た茂。

 

 

「茂さん……麗華は」

 

「大丈夫だ。時期に目が覚めるよ。

 

それより、麗華ちゃんにいったい、何を見せたんだい?」

 

「スケッチブック……」

 

「スケッチブック?」

 

「麗の奴、鞄からスケッチブック取り出して、しばらく見てたんだ……そしたら、島で描いた絵を見て自分が描いたのかって聞いてきて……それで」

 

「……彼女の容態が落ち着くまでの間は、記憶を戻すような発言や物は禁止だね。

身体が拒否しているんだろう……記憶を取り戻すことに」

 

「そんな……」

 

「無論、面会も君達以外は謝絶。」

 

「真二達もですか?

 

あいつ等、麗華が赤ん坊の頃からずっと」

 

「気持ちは分かるけど、二人を見れば麗華ちゃんの記憶は混乱する。

 

落ち着くまで、待つしか無い」




その夜……童守病院の屋上に降り立つ二つの陰。

仕事をしていた玉藻は、その気配に気付き部屋を見回すと、ドア前に立つ二つの陰があった。


「何の用です?」

「妖狐のくせに、人の姿になって医者ですか」

「用がなければ、今すぐ帰宅してください」

「そう言うなって。この腕を治して貰いたくて、ここに来たんだ」


そう言いながら、陰の一つは腕に巻いていた布を取り腕を見せた。


「代は払う。この腕を元に治してくれ」

「誰にやられたんだ……腕の具合からして、相当な腕の持ち主だぞ」

「昔、この地へ来た時にある神社の巫女にやられたんだ。」

「長年、この腕を治したくて各地へ行った。けど誰にも治せなかった。」

「治せるか?俺等の腕」

「……数週間は、掛かるが」

「構わねぇ」

「なら、この時間帯に来てください。」

「分かった」

「恩に着るぜ、妖狐」


二つの陰は、煙のようにしてその場から姿を消した。


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二人の母親

翌日の昼過ぎだった……麗華が目を覚ましたのは。

傍には、シガンと焔がおり二匹は体を起こした彼女に擦り寄った。


「焔……シガン」

「もう平気か?」

「うん……

お兄ちゃんは?」

「龍は学校だ」

「そう……

ちょっと外出て絵、描いてくる」


キャビネットの上に置いてあったスケッチブックを手に取り、麗華はベッドから降りドアに手を掛けようとしたときだった。
突然戸が開き、外から茂が入ってきた。


「茂さん」

「その様子だと、もう大丈夫みたいだね」

「うん」

「……?

絵を描きに行こうとしていたのか?」

「うん……暇だったから」

「残念だけど、今日一日は部屋から出ないようにしてくれないかな?」

「え?何で」

「色々検査したいんだ。それにまだ体力が戻ってないだろ?

検査が終わったら、龍二君達と一緒なら外に出てもいいから」

「……ハーイ」


残念そうな声を上げる麗華に、茂は困った表情を浮かべながら頭をかいた。そんな彼女の元へ、シガンが肩へと登り頬擦りした。頬擦りしてきたシガンの頭を、麗華は優しく撫でてやった。


「ねぇ、麗華ちゃん」

「ん?」

「そのフェレットは、どうしたんだい?」

「この子ですか?

前に通り魔がありましたよね?その時の、犯人が妖怪で……
自分の罪を認めて、死ぬ際に私とお兄ちゃんの傍にいるって約束してくれて……この子はその生まれ変わりなんです」

「そうだったのか……」


夕方……病院へ来た輝三と同じタイミングで、ぬ~べ~がやって来た。

 

 

「アンタ…確か」

 

「こ、輝三さん(やっぱり、怖い……)」

 

 

喫煙所で煙草を喫う輝三は、麗華が記憶障害を起こしていることを防いで、面会謝絶の事情を話した。

 

 

「錯乱……ですか」

 

「あぁ……昨日、俺と龍二も彼女の所に行ったんだけど、急にパニック起してそのままだ。

 

茂からの話じゃ、しばらくは家族以外の面会は謝絶だとさ」

 

「そうですか……」

 

「花とか届けるのは、まだ構わない。けど会う事はできない」

 

「……」

 

 

心配顔を浮かべるぬ~べ~に、輝三は煙草を手に取り煙を吐き出し、彼の方を見た。

 

 

「教師っつうのは、生徒をそこまで心配するもんなのか?」

 

「しますよ。特に麗華は心配です。

 

彼女は、以前の学校で酷いいじめを受けて、転入してきた頃は、全く俺や生徒達に心を開こうとしませんでした……

けど、日が経つに連れだんだんと彼女も、心を開くようになっていったんです。確かに口調や態度は、時折目に障りますが……」

 

「……学校は毎日来てんのか?」

 

「えぇ。時折遅刻はしますけど……」

 

「……行かせて、正解だったな」

 

「?」

 

「いや何……島から帰って来てからの、約一年半……あいつ等の面倒みてたんだ。俺は」

 

「……」

 

「島から帰って来たって話を聞いて、溜まってた休み使ってアイツらの所に行ったんだ。

 

島の奴等は本当に麗華を壊したなって思った……あの時の彼女の姿を見て」

 

「その当時の姿って……」

 

「……人間不信……人間嫌い。どの言葉で表せばいいか分からなかった。

 

ずっと龍二の傍から離れようとせず、他人が来ればどこかに隠れちまう……この俺が来た時も、そうだった。昔は俺の事を、父親の輝二と重なって見えたのか、よく甘えてきたもんさ」

 

「……」

 

「優華が死んでから、アイツ等は変わっちまった」

 

「優華?誰です」

 

「二人の母親であり、先代の桜巫女だ。綺麗な女だった。

 

綺麗な女程……死期は早いなぁ」

 

「……失礼な事を聞きますが……

 

二人の母親は、なぜ死んだんです?」

 

「……さぁな」

 

「詳しく知っているなら、教えて」

「超えねぇ方が良いぜ?境界線」

 

 

煙草を消しながら、輝三はぬ~べ~の隣に立ち入った。

 

 

「超えれば、お前も関わることになる。

 

そして、死ぬ」

 

「……」

 

「これ以上……二人を苦しめないでくれ。特に龍二を」

 

 

そう言うと、輝三は喫煙所を出て行った。

 

 

病院を出たぬ~べ~……ふと上を見上げ、病室の窓を見た。どの部屋に麗華がいるかは分からないが、窓全体を眺めた。しばらく眺めると、ぬ~べ~は顔をおろし病院から離れて行った。

 

 

彼の後ろ姿を、麗華は窓から眺めていた。

 

 

(誰だろう……でも、会ったことある様な)

 

 

戸の叩く音が聞こえ、振り返ると戸が開き外から、茂と輝三が入ってきた。

 

 

「輝三!」

 

 

彼の名を呼びながら、嬉しそうに駆け寄り抱き着いた。そんな様子を見て、茂はホッとしたかのように息を吐いた。

 

 

「何だ。案外元気そうじゃねぇか」

 

「全然平気だよ!

 

だけど、茂さんは動いちゃ駄目だって」

 

「自分が善くても、身体は全然なんだから余りはしゃがないように」

 

「ハーイ……

 

ねぇねぇ、外行こう!」

 

「おいおい、茂の話聞いてなかったのか?」

 

「輝三が来たら外に出ていいって、茂さん言ったじゃん」

 

「いや、言ったけど……」

 

「守った約束はしっかり守れって、いつも母さん……が……」

 

 

突然黙り込む麗華……彼女の目に映る光景には、若い頃の茂がカルテを見ながら、困った顔をしていた。そんな彼に、優華は手に持っているカルテで軽く頭を叩いていた。

二人の姿に、幼い自分と龍二が笑っていた。それに釣られて優華と茂も一緒に笑った。

 

 

「麗華!!」

「麗華ちゃん!!」

 

 

二人の声にハッと我に返った麗華は、辺りを見回した。彼女の肩を掴んでいた輝三は、茂と顔を合わせもう一度彼女を見た。

近くにいた焔は、そんな彼女に擦り寄った。

 

 

「焔……」

 

「麗華ちゃん、大丈夫?」

 

「……」

 

「どこか、痛いところ無いか?」

 

「……母さんは?」

 

「?!」

 

「今……母さんがそこに……」

 

「……麗華……優華はな」

 

「どうして……」

 

「?」

 

「どうして、母さんと弥都波は死んだの」

 

「?!」

 

 

その言葉を放つと、麗華は力無く倒れた。輝三は倒れた彼女を受け止め、抱き上げるとベッドへ寝かせた。狼姿になっていた焔は、人の姿へとなり心配そうな表情で輝三の元へ寄った。

 

 

「輝三……」

 

「こいつの中で、何が起きてるんだ……」

 

「……覚えてるのか」

 

「?」

 

 

傍にいた竈は口を開き、焔に質問した。焔は訳が分からず、竈の方に顔を向けた。

 

 

「お前は、覚えてるのか……弥都波が死んだ時のことを」

 

「……

 

 

覚えてるよ」

 

「……」

 

「母上が死んだ時の事は……今でも覚えてる」

 

 

蘇る記憶……真っ白な毛が血で赤く染まった弥都波の傍で、涙を流しながら叫ぶ渚と自分。

震える焔を、竈は抱き寄せ慰めるようにして頭を撫でた。

 

 

同じ頃……童守病院のロビーのソファーに座る二人の兄弟。チャラけた格好をした弟とスーツ風の格好をした兄。

 

 

「よく来るねぇ……人が」

 

「黙って待っていられないのか」

 

「仕方ねぇだろ?暇なんだからさ」

 

「全く……」

 

「早く腕治して、あの二人を殺したいぜ」

 

「そうだな……

 

二人だけでない。あの神社も壊そう」

 

「えぇ!あそこも壊しちまうのかよ?!

 

あんな綺麗な場所、滅多に見れねぇぞ?」

 

「元後言えば、桜巫女が娘を渡せば済んだ話だ。素直に渡さなかった、奴等が悪い」

 

「それもそうだな」

 

「腕が治れば、こっちのものだ。

 

そうすれば……娘は」

 

 

兄の頭に蘇る記憶……手を差し伸べ、笑みを浮かべる少女の姿。

 

 

「惚れた女は、絶対だな?」

 

「当たり前だ」

 

「けど、殺すんだろ?」

 

「当然だ。この俺を裏切ったんだからな」

 

 

日が暮れ、辺りが真っ暗になり、病院内が寝静まった頃……

 

麗華は意識を戻しゆっくりと、目を開けた。体を起こし真っ暗になっている、部屋を見回した。床にはシガンと焔が体を丸くして、眠っていた。

 

突然怖くなり、ベッドから降り部屋の戸を開け病室を出た。真っ暗な廊下を、壁に着けられていた手摺を手で探りながら歩いた。

 

先の見えない闇に映る、白い白衣姿の人物……その者はゆっくりと麗華の方に振り向いた。

 

 

「……母さん」

 

『麗華』

 

 

優華に手を伸ばそうと時、顔に光が照らされ、眩しさのあまり目を細めた。

 

 

「麗華ちゃん?!」

 

 

懐中電灯を持った看護師が、驚いた表情で彼女の名を呼び叫んだ。

 

 

「どうしたの?!夜は部屋から出ちゃ駄目だよ!」

 

「……お兄ちゃんと輝三は」

 

「二人ならもう帰ったよ。

 

さ、お部屋に戻ろう」

 

 

看護師に釣られ、部屋へと戻った麗華。部屋に入ると戸を閉め、眠っている焔の胴に頭を乗せ眼を閉じ眠りに入った。何かが乗った感触に気付いた焔は、目を覚まし自身の胴に目を向けた。不安そうな表情で、眠る麗華の姿を見た焔は、自分の尾を彼女の体に乗せ再び眠りに入った。

 

眠りに着いた麗華は夢を見た。自分の幼い頃の笑い声が聞こえた。

 

 

『母さん、見てみて!

 

青と白が団栗くれた!』

 

『あら、よかったじゃない』

 

 

笑う優華……声に釣られて、麗華はゆっくりと目を開けた。だが、その光景は自分が想像しているものとは大きく違っていた。

血塗れになった優華と泣き叫ぶ自分……そして呼び叫ぶ龍二に優華の治療をする丙。

 

 

『私のせいだ……私のせいで』

 

 

目を覚める麗華……眠っている間に移動させられたのか、彼女はベッドの上にいた。窓の外は丁度陽が真上に昇っていた。既に起きていた焔は、起き上がった麗華に顔を擦り寄せた。

 

 

「焔……」

 

「?」

 

「焔は覚えてるの?」

 

「何をだ?」

 

「弥都波が死んだ時の事」

 

「……」

 

 

何も答えない焔……ふとキャビネットに置かれていた色紙を麗華は手に取った。

色紙には、『麗華へ』という字を真ん中に周りに沢山のメッセージが書かれていた。

 

 

『早く元気になってね!郷子』

 

『麗華がいないと学校つまんないよぉ!美樹』

 

『元気になったら、サッカーやろうぜ!審判でもいいかさ!広』

 

 

数々のメッセージ……

 

 

「……郷子?美樹?

 

広?」

 

 

頭に蘇る郷子達の姿……色紙を持っていた手が震えだし、自然と目から涙が流れてきた。泣いている彼女に焔は、人の姿へと変わり心配そうに肩に手を置いた。

 

 

「何だろう……

 

思い出しそうな記憶があるのに……思え出せない。無理に思い出そうとすると、頭が痛くなる……」

 

「麗……」

 

「どうしちゃったんだろ……私。以前はこんなんじゃなかった気がする……」

 

 

色紙の上に落ちる一滴の涙……泣く彼女を、焔はベッドの上に腰を下ろし、自身に抱き寄せ頭を撫でた。

 

 

夕方……ぬ~べ~達は、再び麗華の見舞いへと来たが、やはり家族以外の者とは面会謝絶だと言われ、仕方なく帰ろうとした時だった。

 

スケッチブックを持って階段を降りてきた麗華……その姿に気付いた郷子は、思わず声を掛けた。

 

 

「麗華!」

 

「?」

 

 

郷子達の方に振り向く麗華……三人の顔を見ながら、麗華はキョトンとしていた。

 

 

「えっと」

「面会謝絶だって聞いたけど、お前部屋から出て平気なのか?!」

 

「見た感じ元気そうでよかったぁ!」

 

「いつ頃、退院出来るんだ?」

 

 

戸惑う麗華に、ぬ~べ~は何かを察したのか、二人の話を止めさせ彼女に近付こうとした時だった。

突然、ぬ~べ~の腕が誰かに掴まれ行為を止められた。彼の腕を掴んだのは茂だった。

 

 

「茂さん……」

 

「悪いけど、これ以上は駄目だ」

 

「これ以上はって……」

 

「麗華ちゃん、この後検査があるから、部屋で待っててくれないかな?」

 

「分かった……」

 

 

傍にいた焔に釣られて、麗華は階段を上っていった。彼女の姿が見えなくなると、茂はぬ~べ~の腕を放した。

 

 

「どういう事です?これ以上はって」

 

「済まないが、それは教えられない」

 

「麗華、退院できますよね?」

 

「答えられないよ。済まないけど……

 

もう帰ってくれないか?あの子が混乱するから」

 

「混乱?」

 

「何がだよ」

 

 

広達の問いに何も答えず、茂はその場を去って行った。

ぬ~べ~達は仕方なく、病院を出て行った。彼等の帰って行く姿を、麗華は色紙を見ながら部屋の窓から眺めていた。

 

 

「あいつ等……私のこと知ってたみたいだけど……

 

この色紙を書いた奴等かな」

 

「……さぁな」

 

 

すると戸が開く音が聞こえ、後ろを振り返ると茂がドア前に立っていた。

 

 

「茂さん」

 

「君が屋上にいた事を、すっかり忘れてたよ」

 

「さっきの奴等って……」

 

「僕の知り合い。

 

さ、検査するから診察室へ来て。終わった頃に龍二君が見舞いに来るって言ってたから」

 

 

茂に連れられ、麗華は病室を出て行った。




闇の中……

目を覚ます麗華……目の前には、もう一人の自分が立っていた。


ーーーーー誰?

『いつまで、逃げてるつもり』

ーーーーー逃げてる?どういう事

『いくら目を塞いだって……記憶閉じたって……

何も解決しない』

ーーーーー……誰なの?

『アンタが記憶を戻したいって思えば、私は戻ってくる。

アンタが知りたいこと、私は全部知っている』


もう一人の自分は、煙のように消えていった。消えたと共に麗華は目を覚ました。

起き上がる麗華……枕元で寝ていたシガンは目を覚まし、起きている彼女の肩へと登り頬擦りした。


(記憶……閉じたってどういう事だろ……

閉じてなんか……)


ふと思い出す、優華の姿……だが、優華は一瞬にして血塗れで地面に倒れていた。


「分かんない……

だって母さんは生きて……あれ」


病院で過ごした日々……茂や龍二、輝三は部屋へ来た。
だが、ただ一人優華は一度も来ていない。


「母さん……母さん……

母さん!!」


彼女の大声に、眠っていた焔は目を覚まし顔を向けた。ベッドの上で耳を塞ぎ泣いている麗華……
焔はすぐに彼女の元へと駆け寄った。


「麗!どうした!?」

「母さん……母さん……」

「麗……」


人の姿へと変わり、焔は彼女を抱き寄せた。麗華は焔に抱き着きしばらくの間、泣き続けた。


別の場所の屋上……
写真を眺める輝三……幼い麗華と龍二を抱く自分と二人の男女と写った写真。


(お前が死んでから、あいつ等は苦しんでるぞ……

優華)


二人を抱いた自分の傍で、面白いのか満面な笑みを見せる優華と妻。

写真をしまい、胸ポケットから煙草を出し、火を点け吸い煙を出しながら、輝三は夜の街を眺めた。


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出会い

これは、まだ優華が生きていた頃の話……


境内で焔と一緒に、ボール遊びをする麗華……

母・優華は仕事で龍二は学校で、家には誰もいなく幼い麗華は、丙と焔と一緒に留守番をしていた。

 

元々は保育園へ通う予定だったが、発作を起こしてしまいそれが傷となり保育園を辞めた。それからは、丙と焔、森に住む青と白や動物が、幼い麗華の遊び相手であった。

 

 

焔が投げたボールを取ろうとした麗華だが、手が滑りボールは麗華の手元から離れ、鳥居を抜け階段の下へと転がっていった。

 

 

「取ってくる!」

 

「麗!

 

丙!ちょっと境内の外出る!」

 

 

狼の姿になり、階段を降りて行く麗華の後を追い駆けた。追い駆けていた麗華は、急に足を止め何かを見ていた。焔は人の姿へと変わり、彼女が見ている方を見た。

 

落ちてきたボールを、手にする若い頃の輝三……輝三の後ろには、山男のような格好をした竈が立っていた。

 

 

「何か用か?」

 

「な~に、様子見に来ただけだ」

 

「様子?誰のだ」

 

「お前等二人のだ」

 

「……」

 

 

近付く輝三……焔は狼の姿になり、唸り声を上げながら攻撃態勢を取った。それを見た竈も同じく狼の姿になり、焔を睨んだ。

 

 

「止せ竈……

 

無理もない。俺等が最後に会ったのは、こいつ等がまだ生まれて間もない頃だ」

 

 

竈は人の姿へと変わり、ため息を吐き先行く輝三の後をついて行った。麗華の隣に立つと輝三は手に持っていたボールを、彼女に渡した。渡されたボールと輝三を交互に見ながら、キョトンとしていた。

 

 

階段を登り境内へ入った輝三に気付いた丙は、縁側へと出て来た。

 

 

「輝三!

 

久しぶりじゃないか!」

 

 

丙は嬉しそうな声を出しながら、縁側に腰を下ろした。輝三は丙の隣へと腰を下ろした。警戒するようにして、焔は狼姿のまま輝三と竈を見た。麗華はボールを地面に置き、輝三の近くにいる竈をチラチラと見ていた。

 

 

「相変わらず元気そうだな、丙」

 

「どうしたんだ?こんな時間に。

 

優も龍も、出かけておるぞ」

 

「帰ってくるまで、待たせて貰う。

 

しっかし驚いたぜ。あの赤ん坊がこんなデカくなっているとは、思わなかったぜ」

 

「お主がここへ来たのは、麗と焔がまだ赤ん坊の時だぞ?

 

三年も経てば、大きくなるもんさ」

 

「そりゃそうだな」

 

 

その時、茂みの中から黒猫が姿を現し、そして人の姿へと変わった。

 

 

「ショウ!」

 

 

ショウの姿を見た麗華は、嬉しそうな声で彼に飛び付いた。

 

 

「あれ?オメェ確か、龍輝(リュウキ)のガキの」

 

「輝三だ。お前も相変わらずだな」

 

「おかげさまでな」

 

「ショウ、こいつ等誰?」

 

「輝の旦那の兄貴だよ」

 

「父さんのお兄ちゃん?」

 

 

不思議そうに麗華は、輝三を見た。すると麗華は、ショウから離れ、地面に転がっていたボールを手にし輝三に投げ渡した。投げてきたボールを、輝三は瞬時受け止め彼女を見た。麗華は素早くショウの後ろへと隠れ、覗くように彼の様子を伺った。

 

 

「珍しいね。麗がアンタみたいな見知らぬ奴に懐くなんて」

 

「懐いてんのかよ……これで」

 

「普段なら、お前みたいな野郎が来たら、すぐ隠れるか一言も喋らねぇよ」

 

「ガキの頃の輝二とそっくりだな」

 

 

ボールを持ち、口に銜えていた煙草の火を消し、輝三は立ち上がった。ショウの後ろに隠れていた麗華は、近付いてくる輝三を見上げていると、彼は麗華に向かってボールを軽く投げた。ボールを受け止めた麗華は、境内へ出る輝三の後を嬉しそうに追い掛けていった。

彼女の姿を見た丙達は、少々驚くも少し安心したような顔で眺めた。

 

 

しばらくして、学校へ行っていた龍二が帰ってきた。

 

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

「ただいま麗華……って、輝三?!」

 

「よう龍二、デカくなったな」

 

「どうしたんだよ?!

 

つか、よく麗華に懐かれたな」

 

「父さんのお兄ちゃんでしょ?だから麗華の父さん!」

 

「全然違ぇぞ、麗華」

 

「違うの?」

 

「いいじゃねぇか。そう思うならそれで。

 

時期に分かる時がくる」

 

「いやそうだけど……」

 

「お兄ちゃんも遊ぼ!」

 

「そうだな……

 

よし、森行くか!」

 

「うん!」

 

「輝三も一緒に行こうぜ!

 

母さんどうせ、夕方か夜までは帰ってこないから」

 

「久しぶりに、森探検するか」

 

「決まりだ!麗華、行くぞ!」

 

 

鞄を縁側へ投げ捨てると、龍二は森の方へと行った。彼等の後を焔達は追い駆けて行き、丙は縁側に腰掛けながら見送った。

 

森を歩く龍二達……麗華は焔とショウと一緒に、二人の前を歩いていた。

 

 

「じゃあ、しばらくいるんだ」

 

「あぁ。久しぶりに休暇が取れてな……妻は学生時代の友人達と旅行に行っちまってるし、ガキ二人は家出てるし……」

 

「そんで、何も用もないから俺達の所に来たって訳か」

 

「そういう事だ」

 

 

「お兄ちゃん!青と白が来た!」

 

 

その声に前方を見ると、そこには青と白がいた。

 

 

「ようお前等、元気だったか」

 

「お前、龍輝の」

 

「輝三だ」

 

「お兄ちゃん、ショウも言ってたけど……

 

龍輝って、誰?」

 

「さぁ……俺も訊いた事ねぇな。

 

輝三、龍輝って誰だ?」

 

「俺等の親父で、お前等の爺だ」

 

「へぇ……初めて聞いた。そんな話」

 

「何だ、優華の奴から訊いてねぇのか?」

 

「祖父ちゃんや祖母ちゃんの事、何も聞かされてねぇもん……なぁ麗華」

 

「うん」

 

「優華の奴、相変わらずだな」

 

「お兄ちゃん、お花見に行きたい」

 

「分かった。青、先に麗華を連れてってくれ」

 

「分かった……」

 

 

青に抱かれ、麗華は焔とショウと共に森の奥へと行った。龍二と輝三は白に連れられ、ゆっくりと青達が向かった場所へと行った。

 

 

奥へと着くと、目の前には大きな藤の木が生えていた。その木を麗華は見上げていた。

 

 

「デッカーい」

 

「おぉ、まだあったのか。この木」

 

「え?いつ頃からあるんだ?この木」

 

「俺が物心ついた頃には、もうあったぜ。

 

親父がガキの頃にもあったって言ってたな」

 

「そんな昔から?!」

 

「登る!」

 

 

そう言うと、麗華は木の枝を使い登ろうと足を掛けた。その瞬間、輝三に持ち上げられその行為を阻止された。

 

 

「危ねぇから止めろ。怪我したら洒落になんねぇぞ」

 

「え~……登りたい!」

 

「駄目だ!母さんに怒られるぞ」

 

「ほら、龍二もこう言ってんだ。もう少しデカくなってからな」

 

「ブ~」

 

「膨れるなって!」

 

「だって、何でもかんでもダメダメ言うんだもん!」

 

「当たり前だ!まだ小せぇんだから」

 

「いじわる!」

 

 

輝三の腕から降りた麗華は、青達と共にどこかへ行ってしまった。

 

 

「麗華!

 

ったく……」

 

「元気だなぁ……」

 

「外見だけだよ……

 

体弱いし、喘息持ちだ」

 

「?」

 

「それで保育園、行けなくなったんだから」

 

 

夕方……

 

森から戻ってきた輝三達……一緒にいたショウは猫の姿へとなり彼等と歩いていた。ふと家の方を見ると母・優華と弥都波が買い物袋を持って帰ってきた。

 

 

「あ!母さんだ!母さーん!!」

 

 

走り出す麗華……彼女の後を龍二と焔は追い駆けた。すると石にでも躓いたのか、走っていた麗華は滑り転んだ。

 

 

「麗華!」

「麗!」

 

 

転んだ麗華の元へと追い着いた龍二と焔は、転んだ彼女を慌てて起こした。それと共に、優華達が駆け付けた。

 

 

「大丈夫か?!」

 

「走るからよ、もう!」

 

「どっか痛い所あるか?」

 

 

麗華の服の土を払いながら、龍二は質問した。すると麗華の頬から血が出て来た。

 

 

「血が出てるぞ!」

 

「さっきので切ったのね……全く。

 

ほら、早く家に入りましょ。龍二、麗華を連れて先に中に入ってて」

 

「分かった。麗華行くぞ」

 

「うん」

 

 

龍二に手を引かれ、麗華達は先を歩いて行った。二人の背中を眺めながら、優華は隣にいる輝三に話し掛けた。

 

 

「何しに来たんです?義兄さん」

 

「焔と麗華の様子見だ。休暇が取れてな」

 

「そういう休暇は、普通家族に使うもんじゃないんですか?弟の家族なんかのために使って……美子姉さん、悲しみますよ」

 

「美子は学生時代の友人達と旅行に行ってる。ガキ二人はもう大学生で一人暮らしだし……家にいてもつまんねぇから、こっちで焔と麗華の様子でも見ようかと思って」

 

「それで来た……

 

それにしても、よく麗華に懐かれたわね」

 

「丙も言ってたが、そんなに人見知りなのか」

 

「そうねぇ……」

「母さーん!!輝三!!早くぅ!!」

 

 

玄関前で、大声を出す麗華……優華は話の続きは中でと言いながら、輝三と一緒に家へと向かった。

 

 

陽が沈み、辺りが暗くなり虫の音が響きだした夜……

 

夕飯を終えた龍二と麗華は、縁側でシャボン玉を吹きそのシャボン玉を、輝三は酒を飲みながら眺めていた。

夕飯の後片付けを終えた優華は、居間でリンゴの皮を剥いていた。

 

 

「静かだな……」

 

「いつもこうだぜ。

 

普段ならこの時間帯に母さん、仕事でいないし」

 

「じゃあ夕飯はいつもどうしてんだ?」

 

「俺が作ってる」

 

「お兄ちゃんのご飯、美味しいよ!」

 

「優華、お前」

 

「大丈夫。龍二、私に似てしっかりしてるし、何かあれば丙と渚が助けてくれるし」

 

「あのなぁ」

 

「リンゴ剥けたわよ」

 

 

リンゴが盛った皿を、優華は縁側へと持って行った。シャボン玉の用器を置き、龍二と麗華はリンゴを手に取り食べた。麗華は手に取ったリンゴを持ったまま、輝三の膝に座った。

 

 

「すっかり懐かれましたね」

 

「怖ぇ顔なのに」

 

「ほっとけ」

 

 

しばらくして、龍二は自分の部屋へと行き、麗華は輝三の膝の上で眠っていた。

 

 

「寝ちまったよ……」

 

「本当に懐かれましたね。

 

私と龍二以外の人には、滅多に懐かないのに……」

 

「ガキの頃の輝二にそっくりだ。

 

あいつも、ガキの頃は見知らぬ奴が来ると懐こうともしなかった」

 

「フフ……輝二らしい」

 

 

笑う優華……輝三は酒をお猪口に注ぎながら話した。

 

 

「優華、一つ訊いていいか?」

 

「何です?」

 

「……何で麗華を、保育園に行かせないんだ?」

 

「……」

 

「こいつの歳なら、もう通えるはずだ。

 

何か、理由でもあるのか?行かせられない」

 

「……行かせましたよ。

 

けど、駄目だったんです」

 

「?」

 

「この子を預けたんです……けどその日、突然発作を起こして病院に送られたんです……

 

運ばれたあの子は、胸を押さえて苦しそうに息をして……その上、生まれ持ってた喘息が出てそれで咽を切って、血を出して……

 

 

幸い、命に別状はなかったんですが……一ヶ月近く入院することになって……」

 

「それでか……」

 

「えぇ……ついこないだ、退院したばかりなんですよ……

 

元気な姿見てると、ホッとして」

 

「ガキは元気が一番だからな」

 

「義兄さんがしばらくいてくれるなら、当分の間は麗華と龍二の面倒頼もうかしら」

 

「おいおい、俺は世話係で来たんじゃ」

 

「いいじゃないですか。そんなに懐かれてるんですから、大丈夫ですよ」




皆が寝静まった夜中……電話が鳴った。鳴った電話に出た優華は、着替えながら受け答えし電話を切ると、起きてきた龍二に後のことをお願いし、優華は弥都波と共に家を出て行った。
目が覚めた輝三は、優華が出て行った同時に起き、玄関へと行きあくびをする龍二に話し掛けた。


「優華の奴、仕事か?」

「病院から呼び出しがあって……多分夕方までまた帰ってこないよ……ファ~」

「大変だなぁ……(体壊さなきゃいいが)」


あくびをしながら、龍二は自分の部屋へと行き、輝三も自身が泊まっている部屋へと戻り眠りに着いた。


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二人の居ない時

翌朝……


目を覚ました輝三は、起き上がりあくびをしながら水を飲もうと台所へと行った。

 

台所には既に起きた龍二が、朝ご飯を作っていた。

 

 

「龍二?」

 

「あ!輝三、おはよう」

 

「朝っぱらから、大変だなぁ」

 

「母さんが朝居ない時は、いつもこうだよ。

 

焔ぁ!!麗華の奴、起こしてくれ!」

 

「分かったぁ!」

 

 

庭で渚と組み手をしていた焔は、龍二に返事をして麗華の部屋へと向かった。渚は縁側に置いていたタオルで顔を拭きながら、台所にいる龍二の元へと行った。

 

 

「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!」

 

 

咳に気付いた龍二は、洗い終えたフライパンをコンロに置き、輝三と一緒に廊下を見た。

 

焔に抱かれている麗華は、激しく咳をしていた。

 

 

「喘息か?!」

 

「多分……起きたら、この調子だったから」

 

「そこに寝かせろ。薬持ってくるから」

 

 

龍二の言う通りに、焔は座布団を枕にして麗華を寝かせた。苦しく咳をする彼女の元へ薬を持った龍二が寄り、薬を飲ませた。薬を飲みしばらくして、麗華は落ち着き息を整えながら、起き上がり傍にいた龍二に抱き着いた。

 

 

「確かに、喘息持ちだな」

 

「時々こうなるんだよ……

 

けど、参ったなぁ……今日母さん、帰ってくるかどうか分かんねぇし」

 

「麗華の面倒なら、俺が見る」

 

「えぇ?!!」

 

「何だよ、その反応」

 

「いやだって……」

 

「言っとくが、こう見えても俺は自分のガキ二人を立派な大人に育て上げた」

 

「とか言って、本当は美子叔母さんが全部やってたんじゃねぇのか?」

 

「……余計な口叩いてないで、とっとと飯食って学校行け」

 

「話を反らすな!」

 

「いいから食え!」

 

 

しばらくして、朝食を食べ終えた龍二は急いで支度をし渚と共に家を飛び出して学校へ行った。

 

龍二が出て行き、家にいるのは輝三と竈、丙、焔と麗華の五人だけ。麗華は縁側で狼の姿になった焔に凭り掛かり座りながら、大人しく絵を描いていた。

 

 

「ガキの割には、大人しい奴だな」

 

「優は手が掛からなくて楽だって言っていたけど……ちょっと心配だよ。

 

龍が麗くらいの時は、大人しくなくていつも輝と優が手を焼いていた。それに比べて麗は……

 

 

体のこともあるからだとは思うんだが……」

 

「心配すんな。

 

輝二のガキの頃も、こんな感じだった」

 

「そうだったのか……」

 

「中身といい外見といい、輝二そっくりだな」

 

「外出る!」

 

 

スケッチブックを床に置き、麗華は焔を飛び越えて表へと出た。

 

 

「待て!麗!」

 

 

外に飛び出た麗華を、焔は庭を出て彼女の前に立った。

 

 

「今日は外に出るのは駄目だ!」

 

「え~……何で?」

 

「朝、咳しただろ!」

 

「もう平気だもん!」

 

「駄目だ!今日は家で大人しくしてろ!」

 

「嫌だ!」

 

 

言い争う焔と麗華に、仲裁に入るかのようにして輝三と竈が止めに入った。

 

 

「そこまでだ」

 

「輝三……」

 

「いちいち喧嘩すんな。

 

麗華、焔の言う通り今日は家で大人しくしてろ」

 

「嫌だぁ!遊びたいぃ!」

 

「龍二達が帰ってくるまで、大人しくしてろ」

 

「嫌だ!行く!」

 

 

隙を狙い、輝三の後ろへと回りそのまま走り出し森へ入った。

 

 

「麗!」

 

「すげぇ速さだな……」

 

「感心してる場合か」

 

「だな……竈」

 

「ったく」

 

 

狼の姿へと変わり、竈は焔よりも早くに森に入った麗華を止め、頭で彼女の背中を押しながら追い駆けてきた焔に渡した。

 

 

「家帰るぞ」

 

「……」

 

 

膨れながら麗華は、その場に座り込んだ。後から輝三が駆け付け、座り込んだ麗華に合わせる様にして座り込んだ。

 

 

「しょうがねぇ……

 

湧水までなら、行ってもいい。ただし俺と一緒だ」

 

「本当?!」

 

「輝三!」

「輝三!」

 

「怒るな怒るな。

 

何でもかんでもダメダメ言ってちゃ、将来こいつグレるぞ」

 

「グレ……」

 

「簡単に言うと、輝三みたいになる」

 

「嘘?!」

 

「竈!」

 

「事実だろ?」

 

「っ……

 

おら、行くぞ!」

 

 

立ち上がり竈と焔を退かしながら、輝三は歩いて行った。その後を麗華は追い駆けていき、焔と竈は互いの顔を見合わせながら二人の後についた。

 

 

茂みを抜け、湧水に着いた輝三達。麗華は湧水の縁まで行き、袖を上げ湧水に手を入れた。

 

 

「中には入るなよ。湧水とは言え、底が深いから」

 

「縁でも駄目?」

 

「足浸かるならいいが、真ん中に行くんじゃねぇぞ」

 

「うん!」

 

 

履いていた下駄を脱ぎ、袴の裾を上げ足を浸からせた。焔も彼女と一緒に、湧水に入った。入ってきた焔に、麗華は水を掛けた。掛けられた焔は顔に付いた水を払い、彼女に向かって水を掛け返した。

 

 

昼過ぎ……掛け合いで濡れた麗華の体を、輝三は持っていたタオルで拭いた。

 

 

「ったく、ビショビショになるまで掛け合いすんな。

 

風邪引いたら、元も子もねぇぞ」

 

「へへ!大丈夫!風邪引かないもん!」

 

「だからってな……ま、いっか。

 

さ、家帰って飯食うか」

 

「うん!」

 

 

拭き終えると、麗華は一目散に茂みの中を駆け入って行った。その後を慌てて焔は追いかけて行き、二人の後を輝三と竈はゆっくりとついて行った。

 

 

お昼ご飯を食べ終え、縁側で焔の胴に頭を乗せ昼寝する麗華に、輝三は肩に羽織っていた羽織を彼女に掛け、近くに座った。

 

 

「遊んだら寝るか……子供らしいな」

 

「一時間後には起きる。そして遊ぶ……

 

毎日この繰り替えしさ」

 

「教育としてはいいが……」

 

「?何か不満でも」

 

「別に……お前等妖達には、関係ないことだ」

 

「なんだい、それ」

 

「気にするな……?」

 

 

眠る麗華にふと、顔を向ける輝三……寝ている彼女の頬が少し赤くなっているのに気付いた。

 

 

「丙、こいつの顔、赤くねぇか?」

 

「え?」

 

 

麗華の額に手を当てると、額は熱く更に麗華は咳を出した。

 

 

「完全に風邪引いたな……」

 

「じ、じゃあ」

 

「心配すんな。軽い風邪だ。

 

しばらく大人しく寝てりゃあ、元気になる。丙こいつの部屋、どこだ?」

 

 

寝ている麗華を抱き上げ、輝三は丙に案内された部屋へ入り、彼女をベッドへ寝かせた。後から来た狼姿の焔は、床に横になった。

 

 

「焔、見張り頼んだ」

 

 

そう言いながら、輝三は戸を閉めた。

 

 

数時間後……麗華はゆっくりと目を覚ました。すると目の前に、自分の額に自身の額を当てる龍二の姿がいた。

 

 

「あれ?……お兄ちゃん」

 

「熱は下がった見てぇだな」

 

「熱?」

 

「昼間、熱出して寝込んだんだろ?

 

輝三から聞いた」

 

「ふ~ん……

 

ねぇ、母さんは?」

 

「母さんならさっき電話があって、今日は帰れないだとさ。後、輝三は今、夕飯の買い出し」

 

「麗華も行きたかったぁ!買い物」

 

「阿呆!熱出して寝込んでる奴を、連れて行けるか!」

 

「え~!!」

 

「え~じゃねぇ!

 

ほら、夕飯できるまで寝てろ!」

 

「もう平気だもん!

 

ねぇお兄ちゃん!森行こう!」

 

「駄目だ!大人しく寝てろ!」

 

「寝るの嫌だ!起きてる!」

 

「だったら大人しくしてろ!」

 

「縁側で絵ぇ描く!」

 

 

ベッドから飛び降り、麗華は部屋を飛び出した。

 

 

「麗華!

 

ったく……」

 

「あれだけ元気にはしゃいでんだから、いいじゃねぇか」

 

「いや、そうだけど」

 

「心配し過ぎよ、龍」

 

 

麗華を追い駆け、龍二は縁側へ行った。先に来ていた麗華は、縁側の窓を開け空を見上げていた。

 

 

「どうかしたか?麗華」

 

「外が暗い……」

 

「当たり前だ。もう七時なんだから」

 

「フーン……」

 

「ほら、窓閉めるぞ」

 

「うん」

 

 

そう言いながら、龍二は窓を閉めた。

 

それから数分後、輝三が買い物から帰ってきた。彼が作った鍋焼きうどんを、二人は美味しそうに食べた。食べ終わると、麗華は顔を赤くしてボーッとしていた。

 

 

「麗華?大丈夫か?」

 

「ふん?ゲホゲホ」

 

「咳が出て来たな……ぶり返したか?」

 

「麗華、もう寝よう」

 

「え~……まだ起きゲホゲホ!」

 

「咳してるし、熱もあんだから寝るぞ」

 

「う~……」

 

 

龍二に抱かれ、麗華は部屋へ行った。縁側で横になっていた焔は一あくびし、二人の後をついて行った。

 

部屋へ入り、いつの間にか寝てしまった麗華をベッドに寝かせた。布団を掛け龍二は心配そうにため息を吐いた。

 

 

「湧水で遊ばせたのが、まずかったか……」

 

 

部屋に入ってきた輝三は、麗華の額に冷えピタを貼りながら申し訳なさそうに言った。

 

 

「湧水?」

 

「森の中にある小さな溜池だ。どうしても森で遊ぶって騒ぐから、遊ばせたんだ。焔と水掛け合って、ビショビショに濡れたんだ。一応タオルで拭いたけど、あんまし効果無かったな」

 

「濡れたなら、風呂に入れといてくれよ。こいつ本当に体弱くて、ちょっとしたことでもすぐに風邪引くんだから」

 

「……本当に輝二に似てるな」

 

「え?父さんに?」

 

「輝二も、麗華くらいの頃は体が弱くて、しょっちゅう風邪引いてたんだ。

 

俺がまだ学生時代、昼間に家へ帰ってくるといつもいた……迦楼羅に凭り掛かって、軽く咳しながらガキのくせに難しい本読んで……後でお袋に聞くと、学校で喘息の発作起こして、早退したんだとさ」

 

「父さん、そんな風には見えなかったけど……」

 

「大人になって、喘息が治まったんだろ……だから、何も言わなかったんだ。まぁ、お前が生まれた時喘息持ちじゃないって言うのを聞いて、あいつスゲェ喜んでたっけなぁ」

 

「ここで父さんの話すんなよ……

 

麗華が聞いたらどうすんだ」

 

「おっと悪い」




真夜中……


「ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ!!」


自分の咳で起きる麗華……布団を退かしながら体を起こし、咳をしながら部屋を見た。彼女の咳で目が覚めたのか、焔は顔を上げた。


「麗、どうかしたか?」

「ゲホゲホゲホゲホ!母さんは?」

「優なら、母上と一緒で帰ってこないって……龍が」

「ゲホゲホゲホゲホ!」


ベッドから降り、咳をしながら麗華は部屋を出た。その後を焔は狼から鼬へと姿を変え、ついて行った。

その頃、輝三は寝泊まりしている部屋で古いアルバムを見ていた。それは自分達がまだ子供の頃、この神社で住んでいた時に撮られた写真だった。中学に上がるまでの間、自分はずっと一人だったが、小学校を卒業する二ヶ月前……双子の弟達が生まれた。
双子の内、一人は丈夫に育ったがもう一人は喘息持ちの上体が弱かった。すぐに風邪を引くため、保育園にも行けずいつも家にいた……それが、末の弟の輝二であり龍二と麗華の父親。


(……二人目のガキの顔を見ずに逝って、悔しかっただろうなぁ。俺があの時、もっと早く駆け付けてさえいれば)


その時、廊下の板が軋む音が聞こえた。輝三はアルバムを部屋に置かれていた桐タンスの中にしまった。それとほぼ同時に、襖が開きそこにいたのは、咳をして半べそをかいた麗華だった。


「麗華……どうした?」

「ゲホゲホゲホゲホ……母さんは?」

「優華なら、今日は帰ってこない」

「ゲホゲホゲホゲホ」


咳をしながら、麗華は泣き出しその場に蹲った。輝三はため息を吐きながら、蹲った彼女を抱き上げ自分の布団に寝かせた。布団を掛け、しばらく麗華の頭を撫でていると、重い瞼を閉じそのまま眠りに入った。
二人の光景を見ていた焔は次第に眠くなり、鼬姿のまま大あくびをウトウトしていた。すると部屋の隅で寝ていた竃が焔の傍へ寄り、ウトウトしている焔を寝かせた。


(本当……輝二にそっくりだな)


眠る麗華の頭を撫でながら、輝三は昔のことを思い出した。

高校時代、勉強で夜遅くまで起きていた頃、両親が仕事の都合で帰ってこない日が希にあった。双子の兄はすんなり寝てくれたが、輝二だけどうしても夜眠ることが出来ず、輝三の部屋に来ては一緒に寝ていた。


しばらくして、輝三は部屋の電気を消し自分も眠りに着いた。


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蘇る記憶

入院してから四日が過ぎた。

麗華の記憶は未だに戻らずにいた。


病院の屋上に置かれているベンチに座り、見舞いに来た猫姿の瞬火とショウを麗華は撫でていた。傍には焔とシガンが見守るようにしていた。

 

 

その時、屋上の扉が開く音が聞こえ、麗華はふと後ろを振り向いた。屋上の扉を開けたのは、茂だった。

 

 

「茂さん」

 

「やっぱりここだったか……

 

暇だと必ず外に出るね」

 

「中にいると、息詰まって……外だと思いっ切り呼吸が出来るし、風が気持ちいいし……」

 

「そうだね……」

 

「……ねぇ、茂さん」

 

「?」

 

「正直に言ってください……

 

私、何で入院してるんです?」

 

「……」

 

「体付きからして、私小学五年生ですよね?

 

何で未だに入院してるんですか?確か最後に入院したのは、五歳の時だったはず……」

 

「……」

 

「それに、どうして母さんは一度も私の所に来ないんです?用が無ければ、必ず私の所に来て色んな話をしてくれる……弥都波なんか、ずっと私と焔の傍にいてくれました……」

 

「……」

 

「答えてください……茂さん」

 

「……本当に知りたいんだね」

 

「……はい」

 

「……いいよ。話すよ。

 

 

君はつい先週まで、童守小学校に通っていたんだ……ところが、学校で事件があってそれが発端で君は発作を起こして、童守病院に運び込まれ何とか命は助かって、今の状況になってるんだ」

 

「私が……学校?

 

……母さんは?そう、母さんはどこにいるの?」

 

「……

 

神崎院長……優華さんは、君が小学校に入学する前に亡くなった」

 

「……死んだ?何で……何で死んだの?」

 

「……それは分からない」

 

「……」

 

 

固まる麗華……ふと首から提げていた勾玉の首飾りを手に持ち見た。

それは、かつて優華が身に着けていた物……輝二から貰った物だと言っていた……それがなぜ、自分がしているのかが分からなかった。

 

 

「ほ、本当に母さんは死んだの?」

 

「……間違いないよ」

 

「……」

 

 

黙り込む麗華……蘇る記憶には、途切れ途切れ優華の血塗れになった姿が映った。

 

 

「へ~……

 

神社じゃなくて、こんな所に住み始めたんだぁ」

 

 

その声に麗華は後ろを振り返った。同時にショウと焔は威嚇の声を上げながら、攻撃態勢に入り声の主を睨んでいた。

 

 

そこにいたのは、チャラけた格好をした男とスーツ風の格好をした男が、柵の上に降りてきた。

 

 

「……だ、誰?」

 

「何だ?覚えてねぇのか?」

 

「無理もない……あの日から、五年も経っている」

 

「人の記憶っていうのは、持たないもんだねぇ……俺等は普通に覚えているのに」

 

 

チャラけた格好をした男は、柵から飛び降り麗華に近付こうとした。だが、瞬時に焔が彼女の前に立ち彼を睨んだ。猫姿になっていたショウと瞬火は、人の姿へとなり麗華を隠すようにして彼女を自分達の後ろへと隠した。

 

 

「ひょー、猫が一匹増えたわー」

 

「何しにここへ来た……今すぐ立ち去れ!!」

 

「威勢が良くなったな」

 

「外見だけじゃねぇか?」

 

「立ち去らねぇなら、ここでてめぇ等を倒す!!」

 

 

そう言うと、焔は口から炎を放ち二人に攻撃した。二人は素早く攻撃を避け、一人は焔の前もう一人は麗華の後ろへと降りた。

 

 

「さぁて、桜巫女を頂くとしましょうか!」

 

 

手から糸を出し、麗華の腕に巻き付けようとした。すると麗華は一瞬目付きを変え、構えていたショウの手に足を乗せ糸を素早く避けた。

 

 

「麗華ちゃん!」

 

「……!?

 

わ、私……何で」

 

「痛っ!!」

 

「ちっ!まだ駄目だったか……

 

一旦引くぞ!!」

 

「くっそぉ!!」

 

「桜巫女……また会いに来る」

 

 

そう言うと、二人はその場から素早く姿を消した。追い駆けようとしたが、どこへ行ったのか見当がつかなかった。

 

 

「逃げ足の速い奴等だ……」

 

「姉御、大丈夫ですか?」

 

「姉さん、大丈夫?」

 

「……」

 

 

気が抜けたかのようにして、麗華はその場に倒れた。茂は慌てて倒れた彼女を支えた。

 

 

「気を失っただけだと思う……

 

一旦病室に戻ろう」

 

「はい……」

 

 

麗華を抱え茂は中へと入った。ショウと瞬火は猫の姿へとなり、焔は人の姿へとなり近くにいたシガンが彼の肩へと駆け上った。

 

 

「分かってると思うが、お前等二人は中に入らない方がいい」

 

「承知の上だ。姉御の事頼んだぞ」

 

「命に代えて」

 

「瞬火、行くぞ」

 

「えぇ」

 

 

二匹は病院の近くに生えていた木に飛び移りその場を去った。焔は二匹を見送った後、肩に登っていたシガンを着ていた服の懐に隠し中へと入った。

 

 

商店街の木に降り立つ二人……

 

 

「痛ってぇ……やっぱり、まだ駄目だったかぁ」

 

「完治するまでは、まだ闘わない方がいいな」

 

「だな……

 

それにしてもあの桜巫女、何か様子おかしくなかったか?」

 

「確かに……まるで記憶を失っているようだったな」

 

「あの日から、記憶を失ってあそこに住んでるのかな?」

 

「それはないだろ……」

 

「即答かよ」

 

「妖狐の所に戻るぞ」

 

「ヘーイ」

 

 

木から飛び去り二人はどこかへ行ってしまった。

 

 

夕方……病院へ着いた龍二と輝三。二人に気付いた茂は、別の部屋へと呼び昼間のことを話した。龍二と輝三は驚きの顔を隠せず、龍二はその表情のまま固まっていた。

 

 

「それで、麗華は?」

 

「病室で寝てるよ……相手の攻撃を瞬時に避けて、少し混乱してそのまま気を失ってね」

 

「記憶が無くとも体は覚えていたか……」

 

「それから、少しだけ記憶を取り戻しつつある」

 

「え?」

 

「妖怪に襲われる前に、僕に聞いてきたんだ……神崎院長の事を。

 

僕は隠すのが嫌いだから、死んだことを話した……麗華ちゃんは凄い戸惑っていたけどね」

 

「……」

 

 

何かを思い出し、固まり震える龍二……彼の頭にはフラッシュバックで次々と蘇る、優華が死んだ光景……泣き叫ぶ麗華、必死に優華に呼び掛ける自分の姿。

 

 

(あの時……あの時、トドメを刺しとけば)

 

 

蘇る敵二人の姿……優華が死ぬ前に、二人の腕に呪いを掛け腕を使えなくさせた。腕を押さえながら、二人は素早くその場から立ち去った。

 

 

「龍二!」

 

「?!」

 

「しっかりしろ……」

 

「……少し、風に当たってくる」

 

 

弱々しい声で言うと、龍二は部屋を出ていった。

 

 

「龍二君……」

 

「五年前の敵が来たんだ……無理もない」

 

「敵って……」

 

「……優華を殺した、妖怪さ」

 

「?!」

 

「五年前だった……優華が死ぬ一週間前、アイツから電話があったんだ。

 

 

『強力な霊力を持った妖怪が、麗華を狙ってるの……

 

とてもじゃないけど、私達じゃ対処しきれないから……お願い。助けに来て』

 

 

そう頼まれた……けどその時、俺には関わってた事件があって、すぐには行けなかった」

 

「その間に、殺されたって事ですか?」

 

「そうかもな……

 

俺が駆け付けたときには、もう……」

 

 

思い出す光景……荒れた境内……その真ん中に泣き崩れる幼い麗華と、放心状態になった龍二と丙……三人に囲まれ倒れているのは、血塗れになり動かなくなった優華。

 

傍には優華同様に動かなくなった弥都波に抱き付く、渚と焔が泣き崩れていた。

 

 

「俺がもっと早く駆け付けてさえいれば、優華達は死なずに済んだかもしれねぇな」

 

「オッサン……」

 

「龍二もだが、俺も責任感じてんだよ……

 

あいつ等の本当の笑顔を奪ったのは、この俺だ……

 

(俺がもっと早く駆け付けてさえいれば、二人は死なずに済んだ……

 

輝二……優華)」

 

 

病室で目を覚ます麗華……頭を抑えゆっくりと起き上がった。ボーッと病室を見ていると、床で丸まっていた焔が起き上がり、彼女に顔を擦り寄せた。焔に続いて枕元で丸まっていたシガンも、麗華の肩に駆け上り頬擦りした。

 

二匹を撫でながら、麗華はベッドから降り病室を出た。彼女を後を焔は鼬の姿になり追い駆け、シガンが乗っている反対の肩に駆け上った。

 

 

屋上へ来た麗華……屋上には、金網に凭り掛かり街を眺める龍二がいた。肩に乗っていた焔は、遠くで彼を見守る渚の元へと駆け寄りながら、鼬から人の姿へと変わった。

 

 

「姉者」

 

「焔……無事だったのね」

 

「……あいつ等、まだ麗を」

 

 

二人が話している最中、麗華は金網に凭り掛かる龍二の元へ近寄った。凭り掛かっていた龍二は近寄ってきた彼女を抱き寄せ頭を撫でた。麗華は怯えたように龍二に抱き着きしばらく二人は、ボーッと景色を眺めた。

 

 

「……あの二人って、何者なの?」

 

 

龍二の顔を見ず、景色を見ながら麗華は質問した。龍二は一瞬驚いた様な表情を浮かべ麗華を見たが、すぐに顔を曇らせ彼女と同じ方を見た。

 

 

「……(もう、無理か)

 

昼間、お前が会ったのはお袋を殺した妖怪だ」

 

「!!」

 

 

その言葉を聞いた途端、突然目の前が真っ暗になった。そして自分の中で眠っていたもう一人の自分が現れ手を伸ばしてきた。伸ばしてきた手を麗華は何の抵抗をせず、ソッと触れた。

触れた瞬間、忘れていた記憶の泡が滝のように自分の中へと入り、手を伸ばしてきた自分は泡となり消えていった。

 

 

「麗華!!」

 

「!!」

 

 

ハッと我に返ると、自分の肩を掴み心配した表情を浮かべる龍二が目の前に居た。

 

 

「麗華、大丈夫か?」

 

「……兄貴」

 

「!!

 

麗華……記憶が戻ったのか?!」

 

「……うん」

 

 

返事を聞くと、堪らず龍二は麗華を抱き締めた。抱き締められた麗華は、何故だが分からぬが自然と涙がこぼれ落ち龍二の腕の中で、静かに泣いた。




童守病院の診察室……二人の腕を治す玉藻。


「これで、完治はした。

後はリハビリしていけば、昔のように技を使えるようになる」

「やっとか……」

「技を出した際の痛みは、自然に消えるのか?」

「多少痛む。けど慣れれば気にする程の痛みじゃない」

「そうか……

世話になったな。約束の物だ」


そう言うと、兄は懐から膨らんだ巾着袋を投げ置いた。玉藻はそれを持ち上げ中を見た。中には宝石が入っていた。


「これをどこで」

「各地に行ってて、その先の山や洞窟、森で見つけて拾ったんだ」

「……確かに受け取った」

「そんじゃ!」


弟ははしゃぎながら、診察室を出て行きその後を兄はゆっくりとついて行った。


屋上に着いた二人……


「長かったなぁ……あの女の呪い」

「全くだ……治すだけで、まさか五年も掛かるとはな」

「これでようやく、二人を殺れるな?」

「……安土(アヅチ)」

「?」

「桜巫女は殺すな」

「?!何で」

「俺が話をし、その答え次第で俺が殺す……」

「……やっぱり、また諦めてなかったか……

いいぜ」

「済まんな」

「それじゃ、行きますか」

「あぁ」


二人は瞬時に飛び上がり、建物の屋根を移動しながらどこかへ行ってしまった。


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透き通ったピース

夜……

病室のベッドで眠る麗華。


「記憶が戻った!?」


龍二の言葉に驚いた茂は思わず声を張ってそう言った。龍二は慌てて静かにするよう口に指を当てた。茂は思わず口を手で塞ぎ小声を話した。


「龍二君、それ本当かい?」

「本当だ。俺の問いにしっかり答えたし……それに」

「それに?」

「……俺のことを『兄貴』って、呼びましたから……」

「あ~なる程……」

「それで、今後なんですが……」

「言っとくけど、退院はまだ駄目だからね。体力や精神を元の状態に戻すまでは、入院してて貰う。

それからもう少しの間は、面会もまだ君達二人だけ。記憶が戻ったからって、まだ完全じゃないかもしれないし……それにずっと記憶が無かった間のことも話さなきゃいけないしね」

「……はい」

「龍二君」

「?」

「一人で抱え込むのはもう止めな。君には僕やオッサン(輝三)、真二君や緋音ちゃんが着いてる。もちろん、麗華ちゃんの担任の鵺野先生だって。困ったりしたら、すぐに相談するんだ。皆いつでも、君の助けになりたいと思っているんだからね」

「……」

「無論、これは麗華ちゃんにも言えること。

君達兄妹は、何でも抱え込み過ぎなんだよ……少しは周りを頼ってみな。誰も嫌がらないし迷惑だなんて思わないから……ね」


翌日……屋上の屋根に焔の胴に頭を乗せ仰向けに横になり、空を眺める麗華。傍には描きかけの絵が描かれたスケッチブックが置かれていた。

 

ボーッとする麗華……すると、どこからか猫の鳴き声が聞こえ、その方に顔を向けると猫の姿をしたショウと瞬火がいた。

 

 

「ショウ、瞬火」

 

「ニャーン」

「ミャーン」

 

 

鳴き声を発しながら、ショウと瞬火は焔の胴に飛び上がり、麗華の頬に頬擦りした。頬擦りする二匹を、麗華は抱え膝に乗せ二匹を撫でた。

 

 

「?」

 

 

何かの気配に気付いたのか、麗華はショウ達を退かし立ち上がり周りを見回した。

 

そんな彼女を、配給タンクの上から眺める男が一人いた。

 

 

(戻れるなら、またあの時のように……)

 

 

何かを思い出しながら、男はその場所から姿を消した。

 

 

場所は変わり童守小学校……

 

 

書類を片付けるぬ~べ~。隣に座っていた律子は優しく声を掛けた。

 

 

「鵺野先生、そういえば麗華ちゃんの容態はどうです?

 

入院してから、もう一週間も経ちますが……」

 

「それが、ずっと面会謝絶でして会っていないんです。

 

先日行ったときは、少し様子がおかしかったしですし……」

 

「そうですか……」

 

「今日は行くつもりなので……会えれば良いんですが」

 

「元気になっていると良いですね!」

 

「はい」

 

 

病院の屋上の手すりの上を歩く麗華。歩き終わると、そこか高くジャンプし、ベンチの上に着地した。

 

 

(何とか感覚は戻ってきたか……

 

しっかし、私一週間も何してたんだ?全然憶えてない。

 

 

確か、学校で倒れて……)

 

「相変わらず、身軽だねぇ」

 

「?……茂さん」

 

「動くのは良いけど、程々にしときな」

 

「ヘーイ」

 

 

軽く返事をしながら、麗華はベンチから降りた。降りた彼女の元にシガンと瞬火が擦り寄ってきた。二匹を持ち上げ自分の肩へと乗せ頭を撫でた。

 

 

「さ、病室で少し休もう」

 

「え……もう少し」

 

「ダメダメ。只でさえ目が覚めたばかり何だから、しっかり体を休めないと」

 

「……」

 

「さ」

 

 

瞬火とシガンを下ろし麗華は、茂と共に中へ入った。近くにいた焔は人の姿へと変わり、シガンを肩へと乗せ去って行くショウ達を見送ると、遅れて中へと入った。

 

 

麗華達が屋上から去ってから少しして、安土と男が到着したかのようにして、地面へ着地し辺りに人が居ないか確認するようにして見回した。

 

 

「とりあえず、人はいないみてぇだな」

 

「そうだな……」

 

「で、どうする?」

 

「今夜、攻撃を仕掛ける……

 

それまでは、自由にしとけ。言っとくが、人を殺めたり物を壊すのは無しだ」

 

「へいへい……了解!」

 

 

安土は姿を変え、その場から立ち去った。男は人から蜘蛛の姿へと変わり、微かに開いていたドアから中へ入り、誰かの気配を探るようにして、院内を歩き回りある一室へ辿り着いた。

 

 

「それじゃあ麗華ちゃん、龍二君達が来るまでは部屋で大人しくしてるように」

 

「ハーイ」

 

 

扉を開けながらそう言うと、茂は麗華の返事を聞きながら扉を閉めどこへ行った。蜘蛛の姿になった男は、閉まる寸前で部屋への入った。

部屋にいた麗華は、スケッチブックの絵を一枚一枚眺めていた。彼女の膝にはシガンと鼬姿をした焔が丸くなり眠っていた。

 

蜘蛛の姿になっていた男は姿を人へと変わり、彼女達の前にその姿を現した。突然目の前に現れた男に驚いた麗華は、立ち上がり身構え同時に鼬姿になっていた焔は狼へと変わり牙を剥きだし威嚇しながら攻撃態勢に入り、シガンは麗華の肩へと駆け上ると、焔同様に威嚇した。

 

 

「案ずるな。俺は桜巫女と話しに来ただけだ。

 

貴様等は……邪魔だ」

 

 

手から糸を出しその糸で、焔の体を拘束し動きを封じた。

 

 

「焔!」

 

 

焔に近付こうとしたが、その瞬間に蜘蛛の巣の形をした糸が体を覆い被さり、発射された勢いに負けそのまま壁に凭り掛かるようにして当たり、糸が壁にへばり付き身動きが取れなくなった。

 

 

「これで、誰も邪魔はしない」

 

「何が狙いだ……」

 

「……」

 

 

“ドン”

 

 

「!!」

 

 

麗華の顔スレスレの壁を殴り壊した。その破壊力に驚いた麗華は蛇に睨まれた蛙のように、足が竦み恐怖からか体が震えた。

 

 

「あれから、五年も経つんだ……そろそろ気持ちも変わってるだろ?」

 

「な、何の事?」

 

「……しらばっくれるんじゃねぇ!!」

 

「!!」

 

 

突如腹部に激しい激痛が走り、麗華は痛みで蹲ろうにも体が固定されており、顔を歪めて下に向き痛みを堪えた。男は下を向いた麗華の顔を手で上げ彼女と目線を合わせた。

 

 

「フッ……

 

五年も経つと、やはり人間は変わるか……容姿も目付きも、口調も……」

 

「……」

 

「桜巫女、お前が受け入れれば先代の桜巫女の様なことにはならずに済む……」

 

「先代の……桜巫女?

 

母さんが何だって言うの?」

 

「?

 

桜巫女、お前まさか」

 

「……母さんがどうやって死んだかなんて、知らない……」

 

「……お気楽な巫女だ。

 

貴様のせいで、先代の桜巫女は死に絶えたのに」

 

「?!」

 

「蜘蛛野郎!!それ以上、言ってみろ!!

 

噛み殺すぞ!!」

 

 

暴れ出す焔に、男は蹴りを入れ大人しくさせた。男は怯えている麗華の方に目を向けると、手で彼女の顎を持ち優しく言った。

 

 

「最後のチャンスを与える……

 

この俺と一緒に来い」

 

「……」

 

 

「君の元へは、その子は行かせないよ」

 

 

男の首に突如、大鎌が翳された。麗華はハッとしおそるおそる後ろを見た。そこにいたのは怒りの表情を浮かべた鎌鬼だった。

 

 

「か……鎌鬼」

 

「もう大丈夫だよ、麗華」

 

「……」

 

「何者だ」

 

「名前を聞くときは、まず自分から名乗り出すものだよ?」

 

 

男は麗華から手を離し、鎌鬼の方に振り向いた。鎌鬼は彼の首に翳していた鎌を離した。

 

 

「……名は牛鬼(ギュウキ)。貴様は」

 

「僕は鎌鬼……

 

名前を聞いて悪いんだけど……君にはここからいなくなってほしいんだ……」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「力尽くで、追い出すまでさ」

 

 

鎌を振り上げる鎌鬼……その攻撃を牛鬼は、手から糸を出し鎌を封じ、頭に生えていた角を手に取り、鋭い刀を出し鎌鬼目掛けて振り下ろした。鎌鬼は素早く避け壁を踏み台にし、勢い良くジャンプし自力で糸を取った鎌を振り下ろした。

 

騒がしい音に、看護師と一緒にいた龍二と輝三が疑問に思い互いの顔を見合った。すると傍にいた竃が、渚に向かって頷き先を歩き出しその後を渚がついて行った。

 

 

「構えとけ」

 

「はい……」

 

「看護師さん、すぐに茂さんを呼んできてください」

 

「わ、分かりました」

 

 

後ろを振り向き看護師は急いで、茂を呼びに行った。竃は輝三を見て頷き、それに答えるかのようにして輝三は頷き返した。竃は勢い良く扉を開けた。

 

 

「!?」

 

 

中にはボロボロになった鎌鬼と、糸で身動きが取れない焔と壁に糸がへばり付き焔同様に身動きが取れない麗華、そして敵である牛鬼が机の上に立っていた。

 

 

「テメェは!!」

 

「?

 

ほぉ、神主か……」

 

「腕を治してやがったのか?!」

 

「おかげでこの通りさ……この町には妖狐がいて安心したよ」

 

「妖狐……!!」

 

「渚、水攻撃だ!!」

 

 

人から狼へと素早く変わり、渚は口から水を吐き攻撃した。牛鬼は素早く避け、窓を突き破り外へと逃げていった。

 

 

「逃げられたか……」

 

「麗華!!」

「焔!!」

 

 

彼等の体に巻き付いている糸を素早く解く龍二と渚……焔は人の姿へと変わり首を振り、麗華は力無く龍二に凭り掛かるようにして倒れ込んだ。

 

 

「麗華!!しっかりしろ!!麗華!!」

 

「……」

 

 

肩を揺らし龍二は麗華を起こそうとした。麗華はゆっくりと意識を取り戻したかのようにして、顔を上げ二人を見た。

 

 

「兄貴……輝三……」

 

「大丈夫か?」

 

 

龍二の問いに麗華は、体を震え上がらせて龍二にしがみつき泣き出した。龍二は訳が分からず傍にいた輝三に目を向けながらも、麗華を抱き締めた。

 

 

「麗華ちゃん!!」

 

 

丁度そこへ、茂が駆け付けてきた。

 

茂は看護師から注射器を受け取り、麗華の腕に薬を打った。しばらくして麗華は、薬が効いてきたのか龍二の腕の中で眠ってしまった。眠った彼女を龍二はベッドへ寝かせ部屋に置かれていたソファーに座った。

 

茂は後のことを輝三に任せ、看護師と一緒に部屋を出ていった。

 

 

「無理もねぇ……記憶にない事を話されて、いきなり襲われたんだ」

 

「……」

 

「龍二、もう話せ」

 

「!?」

 

「麗華が目覚めたら、ちゃんと話すんだ。いいな?」

 

「……けど」

 

 

詰まる言葉に輝三は思わず、龍二の胸倉を強く掴み上げた。渚と焔が彼を止めに入ろうとした時、竃は二人の前に手を差し出し止めた。

 

 

「いつまで甘えてるつもりだ……」

 

「……」

 

「優華と輝二の血を引いてるのは、お前等二人しかいねぇんだぞ!!

 

年上のテメェが、しっかりしねぇでどうすんだ!!」

 

「……俺」

 

「アイツの欠けてる記憶のピースを埋められるのは、テメェ一人だけなんだぞ……

 

優華が死んだ真相を知ってんのは、テメェだけなんだぞ……」

 

 

そう言うと輝三は龍二の胸倉から手を離した。龍二は力無く座り、そして目から涙が流れ出た。

輝三はしばらく龍二を見下ろすと、竈を連れ部屋を出ていった。

 

 

部屋を出てロビーへ行くと、丁度そこへ花束を持ったぬ~べ~が病院へ入ってきた。

 

彼を連れ喫煙所へ来た輝三は、煙草に火を点けながら麗華の状態を話した。

 

 

「それじゃあ、今は落ち着いてるんですね……」

 

「あぁ。もう少ししたらオメェ等との面会も可能になるそうだ」

 

 

ぬ~べ~は安堵の息を吐き、部屋にあった椅子に腰を下ろした。

 

 

「ずっと気に掛かってたんです……入院してからずっと面会謝絶でしてたから」

 

「……」

 

「けど、今の言葉を聞いてホッとしました」

 

「そうか」

 

 

ぬ~べ~は花束を輝三に渡し、病院を出て行った。

 

病院を出た時、ぬ~べ~は只ならぬ妖気を感じ取り、後ろを振り返り病院の建物をしばらく見つめた。




夜……

眠りから覚める麗華。起き上がるとソファーの座る龍二と輝三がいた。傍には狼姿になり、竈に寄り添う渚と焔が心配そうな顔で三人を見ていた。


「兄貴……輝三」

「起きたか」

「……どうしたの?真剣な顔して……」

「……龍二」

「……


麗華」

「?」

「お前に話したいことがある」

「話したいこと?」

「……ずっと言ってたよな?

お袋が死んだ理由が知りたいって……」

「……」

「今から話す……」

「……」


ソファーから立ち上がり、龍二は窓際へ行き暗くなった外を見た。


「事の発端が起きたのは、お前がある妖怪と知り合ったことからだ」

「妖怪?」

「真冬の時……お前は森である妖怪と知り合った」

「……」

「その妖怪は、森の中で大怪我を負っていた……

お前はその妖怪を助けたんだ……けどある日、その妖怪はお前を欲しがった」

「私を?」


頭に蘇る記憶……木の根元で倒れる妖怪に、手を差し伸ばす自分。傷だらけになった妖怪の体を、丙に内緒で治療をした。


「……その妖怪ってまさか」

「夕方、お前を襲った牛鬼だ」

「……」

「そして傷が治った牛鬼は、あの日……弟を連れて神社にやって来た」


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明かされた過去

「弟を連れて神社にやって来た……」

「……」

「今から話すことは、全て真実だ……

お前が知りたがってた事でもあり、そしてお前が自分でその記憶を消した過去だ」


五年前の二月……

 

 

居間で炬燵に入り、絵を描く麗華……その時風が吹き何かの気配に気付いたのか、麗華は炬燵から飛び出し表へ出た。その後を慌てて焔は追い駆けていった。

 

 

外へ出る麗華……境内には、人の姿をした牛鬼と安土がいた。

 

 

「牛鬼!」

 

 

麗華は嬉しそうにして、彼の元へ行こうとしたがそれを焔が止め後ろへ引き下げた。

 

 

「焔ぁ!」

 

「丙!!麗を!!」

 

「分かっておる!!麗、こっちだ」

 

「へ?」

 

 

訳が分からず、麗華は丙を見上げた。その時焔は、二人に向かって火を口から放った。二人は素早く避け、焔に向かって毒針を放った。毒針は焔の首に刺さり、焔は狼から人へと姿を変え青ざめた顔でその場に倒れた。

 

 

「焔ぁ!!」

「焔!!」

 

「……桜巫女」

 

「?」

 

「俺と一緒に来い……」

 

「……牛鬼?」

 

 

丙から離れ、手を差しのばす彼の元へ行こうとしたときだった。

二人の間を裂くようにして、水が放たれてきた。丙はすぐに放たれた方に目を向けた。そこにいたのは、走ってきたのか息を切らす龍二と渚、そして雛菊がいた。

 

 

「龍!!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「人の妹を連れて行こうとするとは、良い度胸してんじゃねぇか!」

 

「貴様か……安土」

 

「りょーかい!

 

悪いけど、お前と遊んでる暇ないんで、すぐに終わらせて貰うよ!」

 

 

安土は仕込んでいた毒針を渚と丙、雛菊に刺し、ガラ空きになった龍二に向かって蹴りを入れた。蹴り飛ばされた龍二は、麗華の元まで飛ばされた。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

「桜巫女……一緒に来い」

 

「……ヤダ」

 

「?」

 

「嫌だ!!お兄ちゃん達を傷付ける妖怪なんかの所に行かない!!」

 

「……そうか。

 

なら」

 

 

安土に合図を送ると、安土は龍二を糸でこちらへ引き寄せ構えていた毒針を、首に翳した。

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

「一緒に来れば、兄の命は助けてやる……どうする?」

 

「……」

 

「行くんじゃねぇぞ……麗華!」

 

「テメェは黙ってろ!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

「桜巫女、答えろ……どうする?」

 

「……

 

 

行く」

 

「……」

 

「行くから……お兄ちゃんを離して」

 

 

答えを聞くと、安土は気を失った龍二を投げ飛ばし離した。牛鬼は麗華を抱えると安土と共に素早くその場から立ち去った。

 

 

数時間後……目を覚ました龍二は、飛び起きた。傍にいた治療を終えた渚は、飛び起き動揺する龍二の頬を舐めた。

 

 

「渚……」

 

「龍二」

 

「……母さん」

 

「気が付いたみたいね……」

 

「……!麗華」

 

「止めなさい……今は動ける状態じゃない」

 

「……」

 

 

「辞めない!!その体でどこへ行くの!?」

 

「うるさい!!母上離せ!!」

 

 

隣の部屋から聞こえる焔と弥都波の声……すると勢い良く襖が開き、中から包帯を巻き息を切らし汗ばんだ顔で焔が出て来た。

 

 

「焔……」

 

「言う事を訊きなさい!!」

 

「主である麗を守れなかった……だったら、あいつ等を探し出して助けねぇと!!麗が!!」

 

「あなたの気持ちはよく分かる……けどその体では」

 

「……」

 

「母上の言う通りよ、焔」

 

「姉者……」

 

「今その体で動いたって……」

 

「……」

 

 

「優」

 

 

襖が少し開き、外で何かを見張っていた黒い髪を長く伸ばし、右目に前髪を垂らした女性が、優華に話し掛けてきた。

 

 

「真白……」

 

「来たわ……麗も一緒」

 

「……丙、すぐに焔の傷を治しなさい。

 

弥都波、来なさい」

 

 

目付きを変え優華は、着ていた着物の裾を襷上げしそばに置いていた刀を手に取った。

 

 

表へ出て来た優華……目の前にいたのは、薙刀を手に持ち安土と牛鬼の手を握った麗華がいた。

 

 

「麗華……」

 

「どうです?俺の女は」

 

「……」

 

「桜巫女、あの女を殺りなさい」

 

 

牛鬼の手から離れ、麗華は薙刀を構え優華を見た。

 

 

「……!」

 

 

麗華の目からは溢れんばかりに、涙が流れ出ていた。

 

 

「麗華……あなた」

 

『嫌だ……』

 

「?!」

 

『母さんを殺して……神社を壊して……牛鬼の傍にいるの嫌だ……帰りたい』

 

(麗華……)

 

 

鞘から刀を抜き取り構える優華……その瞬間、麗華は薙刀を優華目掛けて振り下ろした。優華は瞬間に刀で受け止め薙ぎ払い、刀を振り下ろした。麗華は素早く避け優華の背後へ周り、薙刀を振り下ろした。優華は脚を踏み換え素早く振り返り、攻撃を避けた。

 

 

「母さん!!」

 

「龍二、早く二人に攻撃しなさい!!」

 

「はい!!

 

渚、焔!!」

 

「承知!」

「了解!」

 

「真白、弥都波、あなたも行きなさい!」

 

「はい」

「承知」

 

「龍二!剣を構えて、麗華と闘いなさい!!」

 

「はい!!」

 

 

出していた剣を握り、龍二は麗華の背後へ周り攻撃した。麗華は受け止めていた優華の刀を振り落とし、龍二の攻撃を防いだ。

 

 

「目を覚ませ麗華!!俺等のことが分かんねぇのか!?」

 

 

麗華を相手に闘う優華と龍二……

 

その一方で、安土と牛鬼を相手にする渚達……素早い動きに皆着いていけず、手こずっていた。

 

 

「クソ!!攻撃が当たらねぇ!!」

 

「焔、落ち着きなさい!!相手の動きをよく見なさい!!」

 

「ほらほらどうした?攻撃当たってねぇぞ」

 

「こっのぉぉ!!蜘蛛野郎!!図に乗るんじゃねぇ!!」

 

「焔!!

 

全く……渚、焔の援護をしなさい」

 

「承知!」

「承知!」

 

「真白は私と一緒に、牛鬼を」

 

「はい」

 

 

弥都波の言われると、真白は手に氷の礫を作り牛鬼に攻撃した。牛鬼は飛ばされてきた氷を全て、蜘蛛の巣で受け止め防いだ。

 

受け止めた礫を牛鬼は、真白の背後へ周り毒が着いた槍で彼女の背中を貫いた。

 

 

「真白!!」

 

「ほぉ……雪女か。

 

なら、火を点けたらどうなるか」

 

「……!!

 

いやぁぁあああ!!」

 

 

槍から火が放ち、真白の体は火に包まれ跡形も無く焼き消えた。

 

 

「ま、真白が……」

 

「嘘でしょ……」

 

「これで一匹……殺した。

 

桜巫女の帰る場所を無くせば、あいつはずっと俺の傍にいる」

 

 

怒りに身を任せ、焔は巨大な火の渦を放った。彼に続いて渚も水を放った。牛鬼は二つの攻撃を素早く避け、そして焔の背後へ回ると槍を突いた。当たる寸前、弥都波は焔を突き飛ばし、突いてきた槍は彼女の胸を貫いた。

 

 

「おぉ!やるねぇ!」

 

「は、母上!!」

「母上!!」

 

 

麗華の攻撃を止める龍二。その隙を狙い、優華が刀を振り下ろす。麗華は薙刀でその攻撃を防いだ。

 

 

「何ちゅう瞬微力……」

 

 

すると麗華は一瞬にしてその場から姿を消し、そして優華の背後へと周り薙刀を突いた。

 

 

「!!」

 

「か、母さん!!」

 

 

貫かれた優華は口から血を吐いた。その時、麗華の手が震えだし薙刀の柄から手を離した。

 

 

「?麗華」

 

「……か、母さん……」

 

「麗華……戻っ……たのね」

 

 

手を見る麗華……その手には優華の血がベットリと付いていた。

 

 

「私が……私が母さんを」

 

「麗華……」

 

「?!」

 

 

血塗れなった優華は、震える麗華を抱き締めた。

 

 

「母さん?」

 

「大丈夫……あなたの……せいじゃないから」

 

「……」

 

 

「ほぉ……催眠術が解けたか」

 

 

三人の前に立つ牛鬼と安土……優華は立ち上がり、結っていた黒い髪に手を掛け、持っていた刀で髪を切り落とした。

 

 

「か、母さん?」

 

「龍二……

 

後はお願いね」

 

「え?」

 

「母さん!!」

 

「麗華!!逃げなさい!!」

 

 

髪を紐で纏め結び、札を着け二人目掛けてそれを投げた。

 

 

「我が念と恨み、その髪に全てを取り組み、そして……二人の腕を永遠に封じよ!!」

 

 

その言葉に反応するかのように、髪に着いた札が黒い炎を放ち髪を燃やしそして、二人の両腕ち巻き付き紫色に変えさせた。その瞬間、優華は口から血を吐きながらその場に倒れた。

 

 

「母さん!!」

「母さん!!」

 

「丙!!」

 

 

倒れた優華の元へ丙が駆け付け、それと同時に雛菊が倒れた弥都波の元へと駆け付け治療をした。

 

 

「くっそぉ!!何だ?!この術!!」

 

「チッ!!安土、一旦退くぞ!!」

 

「クソ!!」

 

「桜巫女!!

 

次会いに来るまでに、答えを出しとけ……いいな」

 

 

そう言うと、二人は煙のようにして姿を消した。そして二人が去ってしばらくして、空から雪が降ってきた。

 

 

「母さん!!母さん!!」

 

「丙、母さん……助かるよな?」

 

「無理だ……心の臓を貫かれてる……もう」

 

「そんな……」

 

「私のせいだ……」

 

「麗華」

 

「私のせいで……母さんが」

 

 

目から大量の目を流す麗華。しばらくして、丙は治療する手を止めた。

 

 

「丙?」

 

「……龍、麗……

 

済まぬ……」

 

「……嘘だろ」

 

(また、助けられなかった……また)

 

「母さん……母さーん!!」

 

 

優華の亡骸に抱き着き、麗華は泣き喚いた。龍二は地面を叩きながら悔し涙を流し、丙は地面の砂を握り龍二同様に涙を流した。

 

 

同じ頃、優華と同様に息絶えた弥都波にしがみつき泣く焔と自分の力無さに嘆く雛菊……

 

 

(父上だけでなく……母上まで私は)

 

 

彼の傍で涙を流し、渚は魂が抜けたようにしてその場に座り込んでいた。




真夜中……


階段を駆け上ってきた輝三……


倒れる二つの陰……二つ陰にしがみつく六つの陰。境内の真ん中に倒れている陰の傍へ駆け寄ると、そこにいたのは優華にしがみつき泣き埋まる麗華とその場に蹲る龍二と魂が抜けたようにして、そこに座り込む丙だった。


「……優華」


変わり果てた優華の姿に、輝三は思わず息を呑んだ。輝三は着ていたコートとジャケットを、龍二と麗華に掛けてやった。そして、座り込む丙の肩を揺らし正気に戻した。


「輝三……」

「丙、何があった」

「……済まぬ。

また、助けられ無かった……済まぬ!」


輝三に抱き着き、泣き出す丙……

その頃、竃は変わり果てた弥都波の姿を見ながら、座り込んでいた渚の前に座った。


「渚」

「私は……父上だけでなく……母上まで」

「……」


泣き出す渚……竃は泣き出した渚を強く抱き締めた。


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填まったピース

真実を聞いた麗華……

彼女の頭には、長年封印されていた記憶が蘇ったかのようにして、固まっていた。


「……これが全てだ」

 

「……私が……私が、母さんを」

 

「……違う。

 

お前のせいじゃ」

「何で教えてくれなかったの……」

 

「?!」

 

「何で教えてくれなかったの……

 

何で……ずっと」

 

「……」

 

 

ベッドから降り、龍二に近付く麗華。龍二は彼女と目を合わせぬようにして、下を向いた。

 

 

「答えてよ……」

 

「麗華……龍二はお前に辛い思いを」

「何が辛い思いよ!!」

 

「!」

 

「母さんの死の真相を知らなかっただけで……どれだけ辛かったか……

 

いつも思ったよ……何で自分には、父さんも母さんもいないんだろうって……

 

 

父さんはともかく……母さんは私のせいで」

 

「麗華」

 

「聞きたくない!!

 

兄貴なんか……大っ嫌い!!」

 

 

踵を返し部屋を飛び出る麗華。後を追い駆けようとした焔を竃は彼を止め、ついて行くなと首を横に振った。外で話を聞いていた鎌鬼は、すぐに彼女の後を追い駆けていった。

 

 

屋上へ出て来た麗華……その後を鎌鬼が追い駆け、後ろに立ち止まった。

 

 

「……麗華」

 

「……ずっと、思ってたよ……

 

 

母さんが、何で死んだのかって……兄貴に聞いてもいつも流されて終わって……

 

私が殺してたんだ……母さんを」

 

 

涙声で麗華は、首から提げていた勾玉のペンダントを手に取り見た。

 

 

「麗華……でも」

「アンタまで兄貴の味方するの!

 

父さんを殺したくせに……」

 

「!!」

 

「……!

 

ゴメン……しばらく一人にして」

 

 

それ以上は何も話さず、鎌鬼は中へと入った。一人になった麗華はその場に蹲り泣き出した。

 

 

「もう……誰も信じられない……誰も」

 

 

「だったら……俺の元に来るか?」

 

 

部屋で頭を抱えソファーに座る龍二……彼に輝三は、ずっと背中を擦っていた。

 

 

「……よく話したよ、龍二」

 

「……」

 

「……?」

 

「……輝三」

 

「来たか……

 

龍二立て、行くぞ」

 

「行くって……」

 

「屋上だ……奴等が来てる」

 

「……!!」

 

 

何かに気付いたのか、龍二は部屋を飛び出し屋上へ向かった。

 

 

立ち上がる麗華……目の前には、牛鬼と安土がいた。

 

 

「牛鬼……」

 

「記憶を取り戻した様だな……」

 

「……」

 

 

「水術!渦潮の舞!!」

 

 

突然放たれた水の攻撃に、二人は素早くその攻撃を避けた。麗華は後ろを振り返り、放たれた方に目を向けた。

 

そこにいたのは、氷鸞と雷光がいた。

 

 

「氷鸞……雷光」

 

「麗華!!」

 

 

息を切らした龍二が、麗華の前に姿を現した。その後を輝三達が追い駆けてきた。

 

 

「兄……貴」

 

「また邪魔が……」

 

「牛鬼、今回は人質に取ればいいんじゃねぇのか?」

 

「だな」

 

 

近くにいた麗華の腕を引っ張り、安土は給水タンクに蜘蛛の巣を張りその中心に麗華を投げ入れ拘束した。

 

 

「麗華!!」

 

「神主、俺等に勝つことが出来たら、桜巫女は諦め返す……だが、お前達が負けたら桜巫女はこの俺のものだ」

 

「……」

 

「答えを聞かずに、戦闘開始だ!!」

 

 

安土は跳び上がり毒針を出し、雨のようにして放った。

 

 

「渚!!氷鸞!!」

 

 

龍二の言葉に、二人は口から水を放ち毒針を消し去った。

 

 

「ふぅ!新たな妖怪を差し支えたか!

 

え~っと、氷と水に雷と風ってところか」

 

「?!」

 

「完全に見切られてるか……

 

全員攻撃しろ!!あいつ等に隙を作らせるな!」

 

 

攻撃を仕出す焔達……

 

輝三と龍二は、剣と棍棒を手に取り二人に攻撃した。二人は全ての攻撃を避け、宙に舞った。

 

 

「やれやれ……数が多すぎる」

 

「そんじゃ、部下出しますか」

 

「あぁ」

 

 

指を切り血を出し、宙に陣を描いた。すると陣から大量の巨大蜘蛛が姿を現した。

 

 

「そいつ等を全て殺し、俺等を倒したら桜巫女は返そう」

 

 

地面へ着地した蜘蛛は、龍二達を攻撃した。そんな様子を見ながら、安土と牛鬼は麗華の近くに降り立ち観戦した。

 

 

「ひょ~!良い景色」

 

 

蜘蛛を退治していく龍二達……その時、龍二の背後から蜘蛛が飛び掛かろうとした。

 

 

「兄貴!!後ろ!!」

 

 

麗華の声に龍二は、後ろを振り返ったが蜘蛛はすぐ目の前にいた。襲われる寸前、蜘蛛の体に白衣観音経が巻かれ、そして蜘蛛は粉々に消え去った。

その攻撃に、安土達はドアの方に顔を向けた。そこにいたのは、鬼の手を構えるぬ~べ~と首さすまたと狐の尾を出した玉藻がいた。

 

 

「阿呆教師……化け狐」

 

「僕の患者が、まさか君達兄妹の敵だったとは……」

 

「お!妖狐!

 

腕サンキューな!」

 

 

礼を言う安土……

 

動きが止まっていた蜘蛛達は、一斉に動き出し龍二達を襲いだした。

 

 

「腕を治したことには礼を言う……だが、貴様もそちら側なら、遠慮無く攻撃させて貰う」

 

「……」

 

「どうだ、桜巫女……

 

これがお前等を騙してきた、仲間の姿だ」

 

「……仲間」

 

 

思い出す、数々の戦い……龍二にぬ~べ~、焔達が傍にいた。そして助けてくれた……鎌鬼にも言えることだった。

 

島で起きた事件……死にかけたとき、助けに来てくれた。今回も同じだ……

 

 

(私は……)

 

 

闘う焔達……焔と竈、雛菊は火を放ち蜘蛛達を焼き殺し、氷鸞と渚は、渚が水を放ちそれを氷鸞が氷を放ち槍のようにして攻撃し、雷光は雷を放ち鎌鬼は大鎌を振り回し攻撃した。

 

だが、倒しても倒してもその数は一方に減ることはなかった。

 

 

「そろそろ飽きてきたな……牛鬼」

 

「……やるか。

 

安土、桜巫女を」

 

「応よ!」

 

 

宙へ飛ぶ牛鬼……真上へ来ると牛鬼は、自身を中心に毒針を浮かせそして払い投げた。毒針は一斉に龍二達目掛けて降ってきた。

 

 

「龍!!」

「輝三!!」

 

 

渚と竈は二人に覆い被さり、ぬ~べ~と玉藻達はその場に伏せ、攻撃を避けた。毒針の雨が上がり、牛鬼は龍二に覆い被さっていた渚を蹴り飛ばし、龍二の髪を持ち上げた。

 

 

「これで分かっただろ?貴様は俺等兄弟には勝てない」

 

「……」

 

 

「辞めて……」

 

 

微かだがその声が、どこからか聞こえ牛鬼は上を向いた。拘束された麗華が、下を向いてそう言ったのだ。

 

 

(麗……)

 

「もういい……

 

牛鬼、アンタと一緒に行くから……行くからもう辞めて」

 

「本当だな」

 

「……うん」

 

 

龍二の頭を離し、牛鬼は彼女の元へと行った。安土に解かれた麗華は、彼の手を借りて宙に浮いていた。そして空いているもう片方の手で、首から提げていた勾玉を取り捨てた。地面へ落ちた勾玉は、倒れている鎌鬼の元へと転がった。

 

 

「麗華……行く」

「黙れ」

 

 

起き上がろうとした龍二に、牛鬼は毒槍を飛ばした。毒槍は彼の腕に刺さり、動きを封じた。

 

 

「神主、桜巫女は貰っていく……

 

精々巫女の幸せでも祈っとけ」

 

 

安土から麗華を受け取り抱き抱えながら、牛鬼は龍二にそう言った。麗華は誰とも目を合わせず、牛鬼に抱えられるがままに彼等と共に暗い空へと消えていった。

 

 

「……キショウ……チキショウ」

 

 

拳を震えさせ悔し涙を出す龍二……手に刺さった毒槍を引き抜き、近くにあった剣で龍二は自身の手の甲を何度も刺した。

彼の行為を、輝三は止めた。止められた龍二は、彼の方を向いたら、輝三は首を横に振り口を開いた。

 

 

「自分を傷付けたって……帰ってくるわけじゃねえんだから止せ」

 

「……」

 

 

手から剣を落とす龍二……その瞬間、火が点いたかのように輝三の上着を掴み大声を上げて泣き出した。

龍二に釣られて焔は、地面を拳で叩きながら悔し泣きをした。氷鸞と雷光も、涙は流したが声に出さず、拳を握り己の弱さに嘆き悔やんでいた。




風が吹き木々がざわめく、山桜神社……


“パリーン”


仏間の壁に立て掛けていた優華の遺影が、突然床に落ち割れた。縁側で煙管を吸っていた丙は、煙管を置き割れた優華の遺影を手に持った。
その時、一瞬龍二と麗華の姿が頭に過ぎった。ハッとした丙は遺影を持ったまま、窓の外を見た。

外は嫌な風が吹き荒れ、木々を揺らしていた。丙はもう一度優華の遺影に目を向けた。優華の遺影は、笑っているがどこか悲しげな目をしていた。


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崩れるものと直すもの

どこかの山奥へ連れて来られた麗華……


暗い洞窟の中を、牛鬼は麗華を抱えて歩いていた。

洞窟の奥へ着くと、牛鬼は抱えていた麗華を床に下ろした。下ろした彼女の手足の首に、蜘蛛の糸を巻き拘束した。


「……拘束しなくても……逃げないのに」

「……用心のためだ。

また来る……大人しくしていろ」


牛鬼は来た道を戻り、そして闇の中へと姿を消した。一人残った麗華は、蹲り膝に顔を埋めた。


洞窟から出て来た牛鬼。外で待っていた安土は、洞窟を覗き見しながら彼に話し掛けた。


「独りにさせる意味あるのか?」

「あれをすれば、あいつは完全に俺のものだ」

「あれって……確か体力が予想以上に必要だったような」

「その通り。

体力が万全になったら開始だ」

「りょーかい!」


ベッドの上で、腕に包帯を巻き眠る龍二。

 

彼の目覚めを待つようにして、傍には渚と竃、雛菊がいた。焔と氷鸞、雷光は屋上に出て太陽に照らされた街並みを誰も何も言葉を発しず、ずっと眺めていた。

 

その一方でぬ~べ~と玉藻、鎌鬼と輝三は別の部屋にいた。

 

 

四人の横でカルテに何かを書きながら、茂は重い空気を壊すようにして口を開いた。

 

 

「病院で怪我するって、いったいどういう考えを持ってるんです?

 

病院は怪我や病気を治す所で、患者を増やす所じゃありません」

 

「……」

 

「……とま、世間話は、これくらいにしといて。

 

どうするんです?」

 

「……元の発端を起こしたのは、この私です。全責任は私に」

「玉藻先生の意見は確かにそうかもしれません……

 

しかし、まだ他に理由ありますよね?」

 

「……」

 

「龍二君が話さなかったこともですが……オッサン。

 

アンタ全部知ってたんでしょ?神崎院長が操られた麗華ちゃんの手によって死んだって事……」

 

「……」

 

「知ってたくせに、事実を兄である龍二君に話すように押し付けた……そんなところじゃないですか?」

 

「……押し付けてねぇよ」

 

「?」

 

「あいつが全部言うって言ったんだ……自分の口から」

 

「……」

 

「予想通りの反応だった……

 

だから早く言えば良かったんだ……それをアイツは、麗華に辛い思いをさせたくないって、ずっと逃げてたんだ……いつでも言えるチャンスはあった……俺の元で修業してたときにだって、言えたはず……」

 

「……」

 

 

窓の外を眺めながら、輝三は静かにそう言った。

 

 

「……けど、アイツにはその勇気が無かった……

 

それが今の結果だ……」

 

 

そう言うと輝三は、片手をポケットに入れ部屋を出て行った。

 

 

屋上に居座る雷光と氷鸞……

 

そこへ、どこかへ行っていた焔が手にお神酒が入った樽を二本担いで帰ってきた。

 

 

「焔、それは」

 

「家から持ってきた……

 

全部飲み干す。俺等三人で」

 

「……」

 

「テメェ等、約束したよな?この俺と……杯交わしたよな?

 

何があっても、命に代えて我等が主・麗を守り抜くって」

 

「焔……」

 

「この二本、飲み干したら麗を探しに行くぞ」

 

 

樽を置き、懐からお猪口を取り出す三人。三人は同時に樽の蓋を叩き割り、中の酒をお猪口に注ぎそして互いの腕を絡み合わせた。

 

 

「テメェ等二人に問う!

 

我と義兄弟の契りを交わし、そして自身の命を我が主・麗に注ぐか!?」

 

 

声を張り二人に問う焔……すると、二人はそれぞれの技を出しそして言った。

 

 

「この氷鸞、我が能力……氷と水に誓い麗様を命に代えて守ります!!」

「この雷光、我が能力……風と雷に誓い麗殿を命に代えて守ります!!」

 

「その誓いを決して忘れるな!!」

 

 

その声と共に、太陽は三人を強く照らした。

 

 

 

場所は変わり暗い洞窟……

 

道を歩く牛鬼。奥へ辿り着くと、周りに見張りをさせていた蜘蛛達は、彼の元へと行き何かを伝えるようにして、口を動かした。

蜘蛛達から何かを聞いた牛鬼は、奥で蹲る麗華の元へと近付き隣へ座った。

 

 

「……何を怯えている」

 

「……分かんない……ただ怖い……」

 

 

身を縮込ませ、麗華は震えた声で言った。牛鬼は彼女を抱き寄せ、そして優しく声を掛けながら肩を擦った。

 

 

「誰もいねぇからだ……でも大丈夫。

 

この俺が、ずっとお前の傍にいてやるからな……」

 

「……」

 

「お前も……俺の傍にいたいだろ?」

 

 

顔を上げ牛鬼を見る麗華。牛鬼は笑みを溢し、彼女の頭を優しく撫でてやった。

 

 

「俺はずっとお前の傍にいるからな……」

 

 

麗華を抱き締めながら、牛鬼は静かに優しく囁いた。

 

すると麗華は、その言葉に安心したのか瞼をゆっくりと閉じ、そして深い眠りに入った。

 

 

「桜巫女、眠っちまったか?」

 

 

そこへ、頭の後ろに手を回し組んだ安土が彼等の元へとやってきた。牛鬼は眠った麗華を寝かせ立ち上がった。

 

 

「やるぞ……」

 

「応よ!」

 

 

安土は指を鳴らし、周りにいた蜘蛛達を集めた。蜘蛛達は麗華に尻を向け一斉に糸を出した。糸は眠った麗華を包み込んだ。

牛鬼は手から六本の矢を出し、麗華を囲うようにして投げ刺し、蜘蛛達が出していた糸がその矢に絡んだ。すると糸は不気味な色を出し、包み込んでいた麗華を持ち上げそして四方に糸を張り巡らせると、大きな繭になり不気味な光を放った。

 

 

「スゲェ……」

 

「目覚めるまで時間は掛かる……

 

だが、目覚めればこの俺のものになる……完全にな」

 

 

 

 

病院のロビー……隅の椅子に座り、鎌鬼は麗華が首から提げていた勾玉を眺めていた。眺めている最中、鎌鬼は龍二の手首にも同じ勾玉のブレスレットを思い出した。そしてそのブレスレットは、生前輝二が身に着けていた物だと言う事も……

 

 

「そりゃ、優華が生前着けていたペンダントだ」

 

 

顔を上げると、そこにいたのは輝三だった。輝三は鎌鬼の隣へ座り、彼が持っていた勾玉に目を向けて話を続けた。

 

 

「輝二が高校生の時、優華の誕生日にそれをプレゼントしたんだ。

 

そんで、優華は輝二とお揃いにしたくて、輝二の誕生日に同じ勾玉のブレスレットをプレゼントしたんだ……

 

 

今でも覚えてる……互いのプレゼントに喜んだ二人の顔」

 

「……その笑顔の一つを、僕は奪った」

 

「……やっぱりか」

 

「十一年前、輝二の命を奪ったのは僕です……

 

復讐するがために、多くの命を奪いました……そして最後に目を付けたのが、麗華でした。

 

 

けど、そんな僕を救ってくれたのが麗華でした。罪滅ぼしにと思い、僕の魂は転生しフェレットのシガンになったんです。以前、麗華と龍二が危険にさらされた時、僕はこの姿になって二人を助けました」

 

「一瞬ぶん殴ろうと思ったけど、二人の命を助けてくれてんなら、良しとするか」

 

「貴方は、輝二の……」

 

「兄貴だ……年が離れてて、あんまり一緒にいられなかったが、アイツはよく優華を連れて俺の元へ遊びに来た。

 

しばらくして、甥っ子も連れて来て……本当に楽しかった。輝二もだが輝一も来てくれた……二人が来るたんびに家ん中が賑やかになったもんさ。

 

輝二が死んだ後、残った優華達の事が気になって時々様子を見に行ってたが、相変わらず賑やかだった。輝二が亡くなったのは痛かったが、アイツは残してくれた……『麗華』っつう存在を」

 

「……」

 

「よく電話で相談された……

 

次に生まれてくるガキの名前を考えたいって……どうしても優華の『華』の字を入れたいって言って、色々名前を思いついて言ったんだが、輝二の奴どれもピンと来なかったらしくて……

 

けど、生まれる半月前だったけなぁ……名前が決まったって、喜んだ声でそう叫んでた。お袋の字を取って『麗華』……

アイツ、自分より早死にした親の名前を、自分の子供二人に付けやがって……正直凄ぇ奴って思ったよ。ある意味で」

 

「……僕が殺さなければ、今の状況を輝二はどうしたんでしょうね……」

 

「さぁな……」

 

「今二人が頼れるのは、輝三……君しかいないと、僕は思うよ」

 

「……かもな」

 

 

鼻で笑い、輝三と鎌鬼はしばらくの間、ロビーで時間を潰した。




空のなった樽が転がる屋上……


「俺は北と西、雷光は東、氷鸞は南の山を捜してくれ。

俺の予想が当たってれば、奴等はどこかの山に潜んでる可能性がある。


明日の夕方、ここへ戻ってこい」

「承知」
「承知」

「じゃあ行くぞ……散!」


焔の掛け声と共に、三人は屋上から姿を消しそれぞれの区域へ向かった。


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抑えていた思い

『……ん』



『……ちゃん』

誰だ……

『お兄ちゃん!』


幼い麗華の声に、目を開ける龍二……


目の前に映るのは、本殿の階段に座る自分に駆け寄ってくる幼い麗華。


『お兄ちゃん!見てみて!カブトムシ捕まえた!』

『お!凄ぇじゃねぇか、麗華!』

『エヘヘ!もっと捕まえてくる!』

『程々にしろよ!』


森へ向かう麗華……向かう先には、不敵な笑みを浮かべた牛鬼が立っていた。


麗華!行くんじゃねぇ!!

『精々、幸せでも祈っとけ』

やめろ……やめろぉぉおお!!


「麗華!!」

 

 

そう叫びながら、龍二は飛び起きた。

 

 

「龍……」

 

 

大量の汗をかき息を切らす龍二の肩に、渚はソッと手を置き彼を見た。龍二は息を切らしながら、心配顔をする彼女の方に顔を向けた。

 

 

「ハァ……ハァ……な、渚」

 

「大丈夫?随分魘されてたみたいだったが……」

 

「……」

 

 

息が整うと、龍二はベッドから降り部屋を出て行った。彼の後を渚は慌てて追い駆けていった。

 

 

病院を出て道を歩く龍二。彼の後を渚は鼬姿になってついて行った。

歩き辿り着いた場所……そこは自分の家だった。階段をゆっくりと上り、鳥居を抜けた龍二は境内を見回した。彼の目には、幼い麗華が地面に絵を描く姿や彼女より背の高い箒を持って境内を掃く姿や焔と一緒にボール遊びする姿が映った。

 

立ち止まっていた脚を動かし、龍二は家の中へと入った。留守番をしていた丙は、帰ってきた彼の姿に驚きながらも笑顔見せ声を掛けようとしたが、彼の顔を見て掛けるのを辞め廊下を歩いて行く後ろ姿を、人の姿へと戻った渚とずっと見つめた。

 

 

不気味な光を放つ繭……それを眺める安土と牛鬼。

 

 

「今更だけど、不気味な光りだなぁ……」

 

「……」

 

 

暗い闇の中……眠っていた麗華は、ゆっくりと目を開けた。起き上がり、辺りをキョロキョロと見回しながら誰かを捜した。

 

 

『俺はずっとお前の傍にいてやるからな』

 

 

どこからか聞こえた声の方に顔を向けると、そこには黒く染まった牛鬼が手を差し伸ばし立っていた。牛鬼の手を麗華は何の警戒も無しに握った。すると辺りの暗闇が更に暗くなり、麗華はその暗さに恐怖を感じ怯えだした。牛鬼は怯える彼女を引き寄せ抱き締め、撫でながら優しく囁いた。

 

 

『大丈夫だ……俺が傍にいる。怖がらなくていい』

 

 

その言葉に微かに指を動かす麗華……繭の中で彼女は目を覚ました。不気味な空間……体中には糸が張り巡らされ、身動きが取れなかった。

 

 

(……繭の中?

 

何で……)

 

 

ふと思い出す牛鬼の姿……

 

 

(……牛鬼)

 

 

彼の姿を思い浮かべながら、麗華は目を閉じ再び眠りに着いた。

 

 

 

曇っていた空から、シトシトと雨が降り出した。

 

縁側に座り、片膝を立て柱に凭り掛かり庭を眺める龍二。傍で狼姿になった渚が心配そうな表情で、彼を見ていた。

 

 

「龍二ぃ!!いるかぁ!!」

 

 

玄関を開けながら、大声を発しながら四人足音が聞こえた。目だけを廊下に向けると、そこには笑みを浮かべた真二と緋音、彼等の後ろには煙草を銜えた輝三がいた。

 

 

「輝三……お前等」

 

「話は全部、この厳ついオッサンから聞いた!」

 

(厳ついって……)

 

(真二……)

 

「龍二、さっさと麗華の奴を助けに行くぞ。

 

こんな所で、うじうじしてても」

「いいんだ……もう」

 

「?」

 

「……アイツは、自分の意思で牛鬼の元に行った。

 

だから、いいんだもう……」

 

「龍二……」

 

「……本気で言ってんのか?」

 

「……」

 

 

何も答えない龍二……それにキレた真二は、龍二の胸倉を掴む上げそして、頬を思いっ切り殴った。彼に殴られた龍二は柱に体をぶつけ、座り込んだ。

傍にいた渚は、人の姿へと変わり真二の元へ行こうとしたが、その行為をいつの間にか後ろにいた竃が彼女の肩を掴み止めた。

 

 

「……痛ぇな」

 

「当たり前だ……殴ったんだから」

 

「……」

 

「……麗華が自分の意思で行っただ?んなわけねぇだろ!!

 

お前、アイツの家族だろ!!兄貴だろ!!何でアイツの気持ち」

「勝手なことばかり言うんじゃねぇよ!!」

 

「!!」

 

「お袋の形見だった、ペンダントを外したんだぜ?分かるかその訳が……」

 

「……」

 

「優華のペンダントと輝二のブレスレットの勾玉には、悪霊から主を守る特殊な力があるんだ。

 

それを取ったって事は、麗華を守る結界も何も無い……つまり、悪霊からすれば麗華は強力な霊力を持った餌だ」

 

「……それをアイツは取ったんだ」

 

「そんなんで見捨てんのかよ……

 

龍二、もう一回考えてみろ……あの麗華がそんなことするか?俺も緋音も、ガキの頃からお前等とずっと一緒にいる……俺等二人にとっちゃ、麗華は本当の妹のように思ってた……」

 

「……」

 

「龍二……いつも話してくれたよね?麗華ちゃんの事。

 

凄く人見知りで、自分達以外の人には懐こうとしなくて……けど、寂しがり屋で甘えん坊で、それで誰に対しても凄い優しい子だって……動物にも妖怪にも」

 

「……」

 

「私思うよ……ペンダントを外したのって……

 

自分を犠牲にして、皆を助けたかったんじゃなかったの?」

 

「!」

 

 

緋音の話にハッとしたかのように、龍二は顔を上げ彼女の顔を見た。緋音は真二の隣へ行き話を続けた。

 

 

「龍二から見れば、多分麗華ちゃんは昔も今も変わってないかもしれないけど……私達や周りから見れば、凄く変わったよ。

 

私達の前じゃ、まだ小さい麗華ちゃんかもしれないけど、麗華ちゃんのお友達や担任の先生から話聞くと、全然違うもの……自分を犠牲にしてまで、皆を守ろうとしてたって……」

 

「……」

 

「焔ちゃんと渚さんが居なくなった時だって、麗華ちゃん自分を犠牲にして、Kの元に行ったじゃない……」

 

「……」

 

 

緋音の話を聞いている最中、龍二の目から大粒の涙がポロポロと流れ出てきた。

 

思い出す、麗華の姿……泣いた姿、笑った姿、怒った姿、寂しがる姿、甘える姿……

 

 

「……親父が死んだ時……俺思ったんだ。

 

生まれたばかりの麗華見て、俺がこれから親父の代わりに、お袋と麗華を守らなきゃって……決意した証にと思って、泣くのを我慢したんだ……

 

 

けど、六年後にお袋が死んで……自分のせいだって責めて泣いてた麗華見てて、もう麗華が頼れるのは俺しか居ない……だからしっかりしなきゃって……思って……葬式の時泣くのを我慢したんだ……」

 

「……」

 

 

涙声で話す龍二。輝三は真二と緋音を退け、座り込んでいる龍二を力強く抱き締めた。

 

 

「……泣け。

 

 

溜めてるモン、全部出せ……もう、我慢する必要は無い」

 

 

輝三の言葉に、龍二は彼に抱き着き大声を上げて泣いた。

長年、溜めていたものを全て吐き出すようにして、その泣き声は境内に響き渡った。

 

 

 

“パキ”

 

 

朝日が昇る少し前……洞窟内に張っていた繭に皹が入った。蜘蛛達は慌て出し後の一匹が洞窟の外へと出て行った。

 

川で水浴びをする安土と牛鬼。

 

 

「あ~~!気~っ持ちいい!」

 

「ったく、相変わらず脳天気な奴だな」

 

「いいじゃねぇか!それに、牛鬼が長年求めてた女も手に入って、嬉しいんだよ」

 

「……安土」

 

「俺等さ、ずっと住んでた山追い出されて、ずっと旅してたじゃん……

 

そんで、ずっと一緒にいた女は兄貴と俺を捨てて、人間の男とどこかに消えちまって……俺、心配だったんだぜずっと」

 

「……」

 

「そして、行き着いた場所が、あの山桜神社だった。

 

森の中で、傷だらけで腹空かせてた俺等に桜巫女は手を差し伸べてくれた」

 

「……そうだったな」

 

 

“ガサ”

 

 

茂みの中から、飛び出てくる部下の蜘蛛。その蜘蛛に牛鬼と安土は互いを見合い、牛鬼は蜘蛛の傍へと寄った。

 

 

「……!!

 

本当か」

 

「どうかしたのか?牛鬼」

 

「繭に皹が入ったらしい」

 

「えぇ!!

 

だって、あれって確か覚醒するまで数日はかかるはずじゃ」

 

「霊力が高い分、覚醒するのも早いんだろう……

 

行くぞ」

 

 

川から上がった安土に言いながら、牛鬼は部下の蜘蛛と共に茂みの中へ入っていき、服を着ながら安土は慌てて後を追った。

 

 

洞窟の奥へ着た二人。繭には部下の言う通り、皹が入っていた。

 

 

「マジだったんだ……」

 

「……」

 

 

割れる繭。牛鬼は繭に近付き手を伸ばした。すると繭の中からか細い手がゆっくりと伸び、彼の手を弱々しく握った。

 

 

「……麗華」

 

「……」

 

 

顔を上げる麗華……ぼやけていた視界がハッキリしていき、目の前にいる牛鬼の姿が映った。

 

 

「……ギュウキ」

 

「麗華……」

 

 

繭の中から牛鬼は、麗華を引き出し外へ出した。外へ出た麗華はもたつく脚で立った。

 

 

「何か、生まれたての子鹿みてぇだな」

 

「長い間、昏睡状態だったんだ……無理もない(ようやく……ようやく、俺のものになった)」

 

 

ふらつく彼女を牛鬼は抱き上げた。抱き上げられた麗華は、安心したのか再び眠りに着いた。

 

 

「寝ちまった……」

 

「体力が無いんだ。目覚めるまでの間、俺は麗華の傍にいる。安土は彼女に着せる服を探して持って来い」

 

「ヘイヘイ(人使いの荒い兄貴)」

 

 

しばらくして二人は、洞窟を出て行った。残された繭の残骸の中には、深い深い眠りに着いていたもう一人の麗華が糸に絡まれそこにいた。




南にあるとある山……

木の枝に立ち、町を見下ろす氷鸞。首から提げていた何かを手に取りそれを眺めた。それは青色の桜の手作りマスコットだった。


(麗様がいなければ、私はどうなっていたことか……

麗様……)


手に持っていたマスコットを見ながら、氷鸞は空に浮かぶ満月を見上げた。


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大事なものと決意
誘い


二年前、島から帰ってきた麗華。

夏休みという事もあり、彼女は一日中龍二と一緒に過ごしていた。


龍二の脚に頭を乗せ昼寝をする麗華。龍二は彼女の頭を撫でながら、受験勉強をしていた。

 

 

その時、玄関の戸が開く音が聞こえた。寝ていた麗華は音に反応するかのようにして起き上がり、自分の部屋へと逃げ込んだ。

 

 

「麗華!」

 

 

部屋へ行った麗華にため息を付きながら、龍二は玄関へ行った。玄関へ行くと、そこには見覚えのある背中だった。

 

 

「……輝三?」

 

「久し振りだな、龍二」

 

「……」

 

「?おい、麗華の奴どうした」

 

「!……へ、部屋に逃げ込んじまって」

 

「……」

 

「輝三だって事、教えてくるから居間で待っててくれ」

 

 

龍二は廊下を走っていき、部屋へと向かった。居間に行くと、置かれていた机の上には教科書と参考書が広げられその中に、字で埋め尽くされたノートが置かれていた。

 

 

「そっか……龍二の奴、もう受験生か」

 

 

そこへ、麗華を連れてやって来た龍二。麗華は彼の後ろに隠れ、ずっと服の裾を握っていた。

 

 

「ほら、輝三だろ?大丈夫だって」

 

「……」

 

 

麗華は顔を上げ輝三を見た。だが彼と目が合った途端目を反らし、龍二に抱き着き怯えだした。

 

 

「……島から帰ってきてから、その状態か?」

 

「あぁ。緋音や真二が来てもこの状態で……それに片時も俺から離れないし」

 

「……」

 

 

ふと思い出す幼い麗華の記憶。時々しか行けなかったが、自分が来ると一目散に駆け寄り飛び付いてきた。

 

 

麗華は焔と縁側に座り、居間にいる二人の話を聞いた。

 

 

「そういや、今日は何で来たんだ?」

 

「お前等二人に少しばかし、話が合ってきたんだ」

 

「話?」

 

「二人に、修行を就ける。無論俺の元で」

 

「?!」

 

「輝二と優華が死んだ今、お前等二人は自分で自分の身を守らなきゃいけねぇ……家の家系には、代々親が子供に一族伝統の技を教える事になっている……優華の話じゃ、お前等二人は一応式神は教わったみてぇだし」

 

「まぁ、そうだけど」

 

「という事は、お前等はまだ技を教わってねぇって事だな」

 

「技って……」

 

「外に出ろ」

 

 

立ち上がり、輝三は外へ出た。それに続いて龍二と麗華も、一緒に外へ出た。

 

 

外に出た輝三は、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 

 

「大地の神告ぐ……汝の力、我に受け渡せ!」

 

 

その言葉に反応するかのように、紙が青く輝きだした。輝きだしたと同時に持っている紙から、水が溢れ出てきた。

 

 

「水?」

 

「これは大地に司っている、神々から力を借りて出している」

 

「神?」

 

「これを使えるようになれば、例え式神や焔達が動けなくなったり、自分達が人質に取られたとしても、反撃可能だ」

 

「……」

 

「龍二は受験が終わってからでいい。

 

麗華、お前は今からでも俺の元へ来て修行を開始させたい。

龍二は、部活や体育で体力もあるし筋力もあるから、後からでも技はすぐに会得できる。だが麗華は、その生まれ持った弱い体と喘息のせいで、まともに体を動かしてもないし筋トレもしてねぇから、技を会得するまでにはかなりの時間が掛かる」

 

「どれくらい掛かるんだ?」

 

「少なくとも一年は掛かる。どうせ麗華は、新学期が始まってもまともに行けねぇだろ?学校」

 

「……」

 

 

「……嫌だ」

 

 

小さい声でそう発しながら、麗華は龍二の後ろに隠れた。

 

 

「麗華……」

 

「どうせ……どうせまた……余所者扱いして、私を……化け物扱いして……」

 

「……」

 

 

震えた声で麗華は言った。輝三は麗華の傍へ行き彼女の前に座り込み話し出した。

 

 

「余所者扱いも化け物扱いもしない……俺の家だ。美子や里奈、泰明がいる」

 

「え?二人とも、帰って来てんのか?」

 

「夏休みだからな。里帰りだ。

 

里奈はガキ連れて着てるし」

 

「……」

 

「どうだ?」

 

「……嫌だ」

 

「麗華……」

 

 

龍二から離れ、麗華は家の中へと入り部屋へと逃げ込んだ。

 

 

「……輝三、ごめん」

 

「相当嫌な思いをして、島で暮らしてたのか……」

 

「島に住む龍実の話じゃ、一緒に暮らしてた祖母や島の人達やクラスメイトから、酷いいじめを受けてたらしくて……それで、堪忍袋の緒が切れてクラスメイト全員に怪我負わせたんです。全治一ヶ月の」

 

「全治一ヶ月!?アイツのどこにそんな力が?!」

 

「お、俺だって分かんねぇよ!焔が言うにはそうみてぇだし……」

 

「……」

 

 

自分の部屋で、ベッドに座り込み頭から布団を被り膝を抱える麗華。蘇る記憶は全て島で起きた出来事……何もやっていないのに、犯人扱いをされその上化け物扱いされた、辛い思い。

 

 

(嫌だ……あんな思いするのは、もう嫌だ)

 

 

その時、部屋の戸が開き外から龍二が入ってきた。龍二は戸を静かに閉め、ベッドの上で膝を抱え怯えている麗華の隣に座り抱き寄せ、頭を撫でながら優しく話した。

 

 

「麗華……大事な話だから、ちゃんと聞いてくれ」

 

「……」

 

「この先、どうなるかは分からない……この童守町には、お前も知っての通り、妖怪が集まりやすい場所だ。もしもの時、俺が学校の行事で家に帰れない日だってある」

 

「その時は、焔や丙、それに青や白が」

 

「焔達だけじゃ、対処しきれない妖怪もいる。そん時、もしお前が人質に取られれば、尚更だ。

 

麗華」

 

「……」

 

「今回、預けるのはお前を強くさせたいからだ。今のままじゃ、いつか妖怪にその隙だらけの心を乗っ取られる時がくる。妖怪は人の弱い心を着いてくる」

 

「……けど」

 

「お盆に入ったら、俺もそっちに行く……それに受験が終わったら、新学期が始まるまでの間、ずっといる。

 

輝三がそれでも良いって言ってくれた」

 

「……」

 

「強くなるのは、お前だけじゃない」

 

「?」

 

「焔も渚も強くなる。それにお前が島で式にしてきた雷光や俺の雛菊だって……

 

今が強くなる時期なんだ……」

 

「……

 

 

明日まで待ってて……答え出すから」

 

「あぁ」




夜……


部屋から出て、森の湧き水近くで麗華は狼姿の焔に凭り掛かり、傍で座る馬姿の雷光の顔を撫でながら、昼間の答えをどう出すか迷っていた。


『今回、預けるのはお前を強くさせたいからだ』

「……焔」

「?」

「焔は、どうやって強くなったの?」

「……そうだなぁ。

守りたいものがあったから……かな」

「守りたいもの?」

「人も妖怪も動物も、全員誰かを守りたい気持ちがあれば、そのために強くなりたいって思うモンさ」

「……」

「某も昔はそうでした。

島に住む者達を守りたく、日々修行していました……しかし、それは無駄に終わりましたが」

「……無駄じゃないよ。

今は私がいるじゃん」

「……そうですね」

「で、どうすんだ?麗……今回は」

「……このままじゃいけないことは、自分でもよく分かってる。

けど、やっぱり怖い。余所行って、また化け物扱いされるのが……」

「……麗殿」


怯えたようにして震え、麗華は焔に抱き着き顔を埋めた。
そんな彼女に、雷光は顔を擦り寄せた。


「麗殿、今回は焔だけでなく某も着いています……

大丈夫です」

「……雷光」

「俺も今回は大丈夫だと思う。

輝三と竃がいるから、何かあればすぐ二人に話せばいいし」


ふと思い出す輝三の姿。
幼い頃、父親が居なかった自分は輝三が父親のように思えた。そしてそれは焔も同じだった。輝三の白狼・竃は焔にとって麗華同様に父親のように思えた。


顔を上げた麗華は、擦り寄せていた雷光の顔を撫でた。


「……焔、雷光」

「俺はずっとお前と一緒だ。死ぬまで」

「某もです。麗殿」


二匹の顔を撫でながら、麗華は立ち上がりそして意を決意したかのような表情を浮かべた。


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輝三の家

翌日、麗華は龍二に自分の答えを出した。


「焔と雷光と一緒に、強くなる」


その答えを出した二日後、麗華は輝三と共に彼の住んでいる町へと向かった。


電車に乗り、窓から外を眺める麗華。輝三は新聞を読みながら外を眺めている彼女を気にしていた。

 

 

「……ねぇ輝三」

 

「?」

 

「何で輝三は、山桜神社を継がず他の所に行ったの?」

 

「……」

 

「輝一伯父さんの話じゃ、普通は長男が継ぐんでしょ?なのに……」

 

「輝二にあそこを離れさせたくなかったからだ」

 

「父さんに?」

 

「あぁ。

 

あそこに来る妖怪共は、皆輝二に会いたくて来ていた。今じゃお前目当てだがな」

 

「……」

 

「輝二の奴、お前くらいの頃は俺によく聞いたもんさ。

 

『何で兄さんが、継がないんだ』って」

 

「その時は、何て答えたの?私と同じ答え?」

 

「……いや。

 

妖怪共が、輝二を連れて行こうとしたら、頑として渡そうとしなかったんだ……だから輝二をあそこに残したんだ。

 

妖怪達のそんな姿見て、輝二も何で俺が継がなかったが、理解したみてぇだったし」

 

「……」

 

 

 

しばらくして、目的地の場所へ着いた二人は、電車を降り駅を出た。駅長と何かを話していた輝三の傍から離れた麗華は、狼姿になり着いてきていた焔に駆け寄り顔を撫でた。その近くに竃は降り立ち人の姿へなり、輝三の近くへ行った。

 

焔を撫でていた麗華は、ふと手を止め駅へ来た家族を見た。自分と同じくらいの女の子が父の手を引き、その後ろから弟を抱っこした母親が歩いていた。その光景が一瞬、自分達家族に重なって見えた。

 

父・輝二の手を引く自分と母・優華と一緒にくる龍二……

 

 

「麗華」

 

「!」

 

「待たせたな。行くぞ」

 

 

先を歩く輝三の後を、麗華は慌てて追い駆けていき、焔は空を飛んでいる竃の元へと行った。

 

 

道を歩く二人……

 

 

「何も無いね」

 

「それがいいんだよ。

 

自然豊富でいいじゃねぇか」

 

「島よりはマシか」

 

「……」

 

「ねぇ、輝三の家ってどこなの?」

 

「この道をまっすぐ進んで、山を少し登ったところにある」

 

「ふーん」

 

 

すると、前の方から自分と同じくらいの女の子達が話ながら歩いてくるのが見えた。女の子達は楽しそうにお喋りをしていたが、自分と目が合った途端ヒソヒソと何かを話をしながら遠離っていた。

 

 

「この辺りのガキは皆、ああいう感じだ。

 

小さい町だから、世間が狭いんだよ」

 

「町って……見た感じ村だけど」

 

「一応町だ。

 

俺の家に向かっているから、この辺りは森や田んぼしかねぇけど、駅でバス停あっただろ?あれに三十分乗れば、町に着く」

 

「へぇ」

 

 

真夏の暑い日差しが照らす道……ようやく山の麓につき、山を登った先に、鳥居が見えた。輝三と共にその鳥居を潜ると立派な本殿があり、その隣に二階建ての家があった。

 

 

「淒ぉ……」

 

「おーい!美子!帰ったぞ!

 

泰明!里奈、いるか!」

 

 

大声を発しながら、輝三は家の縁側から家の中を見た。

 

遅れて竃と焔は神社へと降りてきた。すると竃の元へと一匹の白狼が駆け寄ってきた。

 

 

「あれ?親父、帰ってたのか?」

 

 

山へ行ってたのか、工事現場の人のような格好をした男が、茸類が入った籠を持って山から下りてきた。麗華は焔の後ろへ隠れ覗き込むようにして彼を見た。

 

 

「泰明、里奈達はどうした」

 

「姉貴達なら、買い物行ってるけど……」

 

「そうか……」

 

「……親父、そのガキは?」

 

「輝二んとこのガキだ」

 

「え?輝二叔父さんの子供って確か、龍二君じゃ」

 

「妹だ。八年前に生まれた……って、輝二の葬儀の時に話しただろ」

 

「あぁ、すっかり忘れた」

 

「お前なぁ……」

 

「じゃあ、そこにいる白狼も迦楼羅のガキって事か?」

 

「そうだ」

 

「へぇ……よくもまぁ、こんな所に来たなぁ」

 

「しばらく預かることになった」

 

「ヘイヘーイ」

 

「荷物、部屋に入れるから手伝え」

 

「ウーっす」

 

 

首に巻いていたタオルで顔を拭きながら、泰明は輝三と共に持ってきていた荷物を部屋へと運んだ。麗華は人の姿になった焔の後ろに隠れながら、彼等の様子を伺っていた。

 

 

「お前、何に警戒してるんだ?」

 

 

焔の元へ、羽織を肩に羽織り頭に鉢巻をした男がいたずら笑みを浮かべながら、話し掛けてきた。

 

 

「……」

 

「へぇ、確かに迦楼羅さんの子供だな。目がよく似てる」

 

「その口、焼き落とすぞ」

 

「ふう!おっかねぇ!」

 

「……」

 

「お前の主は、貞子か?長ぇ髪下ろして、下向いて……

 

貞子の役出来るんじゃねぇか?」

 

「テメェ!!」

 

 

その時、焔の後ろに隠れていた麗華は、彼から離れ森の中へと逃げていった。

 

 

「麗!!」

 

 

彼女の後を慌てて焔は追い駆けていき、二人の背中を見ながら男は首をかしげた。すると竃は、男の頭を思いっ切り叩いた。

 

 

「痛って!!何すんだよ!!親父!!」

 

「何を挑発してるんだ!」

 

「してねぇよ!軽く挨拶した」

「あれのどこが挨拶だ!

 

焔はともかく、アイツの主は人から酷いいじめを受けて、心も体もズタズタなんだ」

 

「……」

 

 

森を駆けていく麗華は、どこかの川原へ出てきた。辺りを見回すと、そこに子供達が川で楽しそうに遊んでいた。

 

 

「……?」

 

 

ふと川の方を見ると、底の方に黒い影が見えた。

 

 

「……!

 

川から上がって!!早く!!」

 

 

麗華の怒鳴り声に、川で遊んでいた子達は何を言っているのか理解できなかったが、川に浸かっていた男の子が突然川の中へと引きずり込まれていった。

 

 

「健太!!」

 

「川から離れて!!早く!!」

 

 

麗華の言葉を理解した子達は、すぐに川から上がった。麗華は川へと飛び込み中で健太の脚に絡みついている悪霊の元へと泳ぎ、悪霊の手を取り健太の手を引き川へ上がった。上がると健太を川から離れさせ、札を取り出した。

 

 

「雷光!!風攻撃!」

 

 

煙から出て来た雷光は、風を起こし川から飛び出てきた悪霊を攻撃した。麗華は傍に落ちていた棒切れを手に取り、跳び上がり悪霊を退治した。

 

息を切らしながら、麗華は棒切れを捨て雷光を戻し森の中へと入っていった。健太を囲んでいた子達の内一人は立ち上がり、彼女の背中を見た。

 

 

「淒ぉい……誰だろ、あの子」

 

「輝三さんの親戚の人じゃないかな?

 

だって、あの馬って式神でしょ?だったら」

 

 

森を歩いていた麗華の元へ、狼姿の焔が降りてきた。すると麗華は焔の胴に顔を埋めた。濡れている彼女を見た焔は雷光の方を見て、雷光は彼に全てを説明した。

 

 

服が乾いた麗華は、雷光を戻し森を抜けた。境内に目を向けると、買い物袋を持った女性と乳母車から赤ん坊を抱える女性がいた。

 

 

「?誰だろ」

 

 

すると、赤ん坊を抱えた女性が麗華の元へと駆け寄ってきた。

 

 

「お父さーん!この子が、あの時の赤ちゃん?」

 

「あぁ!」

 

「へぇ、大きくなったわねぇ!」

 

「……えっと」

 

「あ!そっか……里奈よ!初めまして」

 

「……」

 

「それでこの子は私の子、果穂よ」

 

「……」

 

「それくらいにしとけ!早く家に入って母さんの手伝いしろ」

 

「ハーイ」

 

 

輝三に言われ、里奈は母親の元へと行った。

 

 

「昼食ったら、早速始めるぞ」

 

「……うん」

 

 

お昼ご飯を食べる輝三達。麗華は食べ終わり、縁側に座り風に揺られ響く風鈴の音を、焔と聞いていた。すると里奈の隣にいた果穂が、ハイハイをして麗華の隣へ来るなり、膝に手を着き顔を上げ抱っこを求めた。

 

 

「……(どうすれば……いいの?)」

 

「里奈、何とかしろ」

 

「お父さんが助ければ。初孫未だに抱いてないんだから」

 

「……」

 

「ほら果穂ちゃん、お祖母ちゃんの所に着なさい」

 

 

美子は果穂を抱き上げ、麗華の隣へ座った。美子に抱かれた果穂は、手を伸ばし麗華に近付こうとしていた。

 

 

「麗華ちゃんに抱っこして貰いたいのよ」

 

「え?」

 

「抱っこしてみる?」

 

 

果穂をしばらく見ていると、美子は果穂を麗華に差し出した。麗華は美子を見ながらおそるおそる抱っこした。果穂は嬉しいのか、キャッキャと言いながら麗華の長い髪を引っ張った。

 

 

「い、痛い!コラ、離せ!」

 

「果穂!お母さん、手伝って!」

 

 

慌てて里奈は、果穂の所へ行き手を離そうとした。彼女に続いて美子も反対の手を離そうとした。離した途端果穂は泣き出し、里奈に抱っこされそのまま別の部屋へ行ってしまった。

 

 

「大丈夫よ、麗華ちゃん」

 

「?」

 

「赤ちゃんって、ああいう生き物だから全然平気よ」

 

「……」

 

「麗華、着替えろ。そろそろ始めるぞ。

 

泰明、お前も一緒にやるぞ」

 

「はぁ?!何で!!」

 

「その弛んだ根性を叩き直してやっから、早く着替えて出ろ」

 

「何だよ!それ」

 

「とっとと出ろ!」

 

 

輝三は木刀を持って、表へと出た。麗華は用意された部屋へ行き持ってきていた服に着替えた。

 

 

「ったく、何で俺まで……」

 

「俺が仕事行ってる間、お前にアイツの修行見てて欲しいんだ」

 

「はぁ?!」

 

「お盆休みは何とか休み取れたが、ずっと付きっ切りは無理だ。それにお盆になれば、龍二も来る」

 

「待て待て!龍二君は確か、今年受験生じゃ」

 

「いいんだよ。あいつが行きてぇって言ってんだから。

 

それにそれを条件で、麗華の奴こっちに来たんだから」

 

「……」

 

 

煙草に火を点けながら、輝三はそう言った。泰明は困ったような表情を浮かべて頭をかき、隣にいる自分の白狼を見た。



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輝二と優華

修行を開始した三人……


泰明は木刀を落とし、その場に倒れた。その横で麗華は、息を切らしてその場に座った。

 

 

「そんなんで凹んでどうする」

 

「アホ親父!!素振り五百回って……殺す気か!!」

 

「文句あるなら手を動かせ、手を!」

 

「限度っつうもんを知れ!!……?」

 

 

文句を言っている泰明の隣に座り込んでいた麗華が、木刀を松葉杖代わりに使いながら立ち上がった。

 

 

「お前よりも小せぇガキが、立ち上がってるぞ」

 

「当たり前だ、若いんだから」

 

「体力はお前より無い。学校に真面に行ってねぇし、その上生まれながらの喘息のせいで、運動も筋トレもしてねぇ」

 

「……」

 

 

同じようにして、焔も泰明の白狼と共に竃から指導を受けていた。人の姿になっても、火の技を使えるようにしたり、動きや速さ、更に力を付ける訓練だった。

 

だが、泰明と同じように白狼もその場に倒れへばっていた。

 

 

「阿修羅、お前またサボっていたな。修行を」

 

「……」

 

「?

 

修行って」

 

「動きが鈍らないように、俺が出しといた課題のようなものだ。普通にやっていれば、そう簡単にへばったりはしないはずだが……」

 

「サボってたって訳か……

 

フッ……口ほどにもねぇ奴」

 

「んだと!!」

 

「喧嘩する元気があるなら倒れるな!!」

 

「う……」

 

 

日が暮れ辺りが暗くなり、虫の音が鳴り響き始めた。

 

地面に倒れる泰明と阿修羅。

 

 

「もう……立てません」

「もう……立てません」

 

「ったく……どんだけ修行サボってたんだ」

 

「輝三、この調子じゃこいつ等二人も、修行に参加させるしかねぇな?」

 

「だな」

 

「嘘!!」

「嘘!!」

 

 

輝三に文句を言う泰明に対して、麗華は木刀を地面に着き本殿の階段に座り、息を切らしながら咳をしていた。

 

彼女の元へ、竃は駆け寄り声を掛けた。

 

 

「麗華、大丈夫か?」

 

「ゲホゲホゲホ……大丈夫。

 

まだ…まだ、行ける」

 

「俺も行ける……」

 

 

隣に座っていた焔は立ち上がり竃に言った。

 

すると、縁側から庭を覗くようにして、美子が顔を出してきた。

 

 

「お父さん、もうそれくらいにして、続きは明日に。

 

泰明はともかく、麗華ちゃんは今日来て疲れてるんだから」

 

「輝三!まだ行けゲホゲホゲホ」

 

「(発作の前兆か……)仕方ねぇ。

 

今日は終わりだ。お前の体のこともあるし、何かあったら俺が龍二に怒やされる」

 

「……でも」

 

「明日は朝からやる。今日はもう休め。

 

無論、泰明と阿修羅もだ」

 

 

輝三は家の中へ入りながらそう言った。泰明と阿修羅は文句を言いながら輝三の後をついて行き、竃は二人にため息を付きながら家の中へ入った。

 

 

「麗華ちゃん、お風呂今日は叔母さんと入ろっか?」

 

「……」

 

 

しゃがみ込んだ美子の質問の答えに麗華は戸惑った。ふと美子と目が合った途端、笑みを浮かべた優華の姿が映った。

 

 

(……母さん)

 

「どうする?」

 

「……うん」

 

 

麗華は下を向いたまま頷いた。美子は立ち上がり、彼女の背中を押して一緒に家の中へと入った。

 

 

湯に浸かっていた麗華は、縁に手を置き甲に顎を乗せ、美子の洗う姿を眺めていた。洗い終わった美子は髪をまとめ上げ湯へと浸かった。

 

 

「……麗華ちゃん、本当に輝二君に似てるわね」

 

「?」

 

「顔立ちは優華に似てるけど、性格は輝二君そっくりね」

 

「……一つ聞いてもいい?」

 

「ん?」

 

「母さんと父さんの小さい頃って……どんな感じだったの?」

 

「そうねぇ……優華は小学校高学年までね、とても大人しい子だったわ。他の子と遊ばずいつも本を読んだり自分の好きなことをしてね。

 

けど、中学に上がってからは友達を作って外で遊ぶようになって、部活なんて剣道部に入って……そういえば、丁度その頃だったかな……輝二君と会ったの」

 

「……」

 

「家族で新年会をやることになってね。

 

輝二君、そういうの苦手で輝三の後ろに隠れてたっけ……中学生がよ?

 

 

それで優華、彼のことが気になって話し掛けてくれて……しばらく二人っきりで話してたら、輝二君凄く楽しそうに話しててね。それ以来、二人共暇があれば電話で話したり、約束して会いに行ったりして……何か出来立てホヤホヤの新婚夫婦みたいでね、見てて嬉しかったなぁ」

 

「それから結婚して……何年かして、お兄ちゃんが生まれたの?」

 

「そうねぇ……

 

この家に生まれた龍二君を連れて来て、輝三と私、それに里奈や泰明に見せてくれたっけ……」

 

「……」

 

「麗華ちゃんが生まれる前にも優華達、私達の所に来たっけ……大きいお腹抱えて。

 

龍二君、泰明や里奈に『俺はもうすぐしたら、兄ちゃんになるんだ!』って、自慢してたなぁ」

 

 

思い出しながら美子は話していたが、いつの間にか目から涙が溢れていた。彼女の涙を見た麗華は、鼻から下を湯に浸からせ目を反らした。

 

 

お風呂から上がった麗華は、用意された部屋に敷かれた布団に横になり、麗華は首から下げていた勾玉を手に取り電気に当てて見ていた。

優華の葬儀の翌日、兄から渡されたものだった。

 

 

『母さんは、いつも俺とお前のことを見て傍にいる……その証だ。俺も父さんのを持ってるから』

 

 

そう言って、龍二は手首に着けていたブレスレットを見せてくれた。

勾玉を見ている内に、瞼が重くなり麗華は上げていた手を下げ目が開けられなくなり、重かった瞼を閉じ眠りに着いた。傍で寝そべっていた焔は目を開け、寝てしまった麗華に布団を掛けスタンドの明かりを消し、彼女に寄り添い眠りに入った。

 

 

居間の縁側に足を外に出し、泰明と阿修羅は寝そべっていた。居間では美子と里奈が、お茶を飲みながら他愛のない話をしていた。

 

 

「全く、修行サボるからそうなるのよ!」

 

「うるせぇな!姉貴に言われたくないわ!!」

 

「アンタより麗華ちゃんの方が、よっぽど体力あるわ。

 

アンタより、体力ないはずなのに」

 

「偉そうにしやがって……」

 

「そういえばお母さん、麗華ちゃんは?」

 

「もう寝ちゃったわよ……疲れたんでしょうね」

 

「ガキは寝るのが早いなぁ……

 

なぁ、お袋」

 

「ん?」

 

「麗華ちゃん、夏休み終わったら学校始まるだろ?手続きとかしなくていいのか?」

 

「あ!すっかり忘れてたわ」

 

「やらなくていい」

 

 

風呂から上がった輝三は、頭を拭きながら座り美子に言った。

 

 

「でも、こっちに暮らすようになるのなら」

 

「アイツが通う学校は、童守小で再来年の新学期までは休学扱いにして貰った」

 

「いいのかよ?そんなことして」

 

「今のアイツに、真面に学校なんざ行けやしない。只でさえ島で酷い目に遭ってんだ。行ったところで発作起こして、不登校になるのがオチだ」

 

「けど、勉強どうすんだ?

 

勉強できなきゃ、益々行きづらいんじゃ」

 

「私が教えるから大丈夫です」

 

「え?!姉貴が!!」

 

「何よ、その反応!言っとくけどね、これでも私は高校の教師よ!」

 

「今は産休だけどな」

 

「仕方ないでしょ!

 

それにどうせ、こっちで一、二年居なきゃいけないんだから……」

 

「?どういう事?」

 

「文也、海外出張でしばらく帰ってこないのよ。それでお義母さんが、実家に帰ったらどうって事で」

 

「そんでお言葉に甘えて、帰ってきたって訳か」

 

「そういう事!

 

夏休みで、バイト長休みして里帰りしてる、泰明とは違うの」

 

「長休みって……親父とお袋が帰って来いって言ったから、俺は帰ってきたんだ!店長には、里帰りでしばらく行けないって言ってるし……」

 

「フ~ン……本当かしら?」

 

「何だよ!その疑い眼は!!」

 

「怪しいんだも~ん」

 

「この!!くそ女!」

 

「何ですって!!」

 

「やめねぇか!!こんな夜遅くに!!」

 

「!!」

 

「アンタ達、いい年してなんです!

 

姉弟喧嘩は、余所でやりな!!里奈!!アンタはもう、一児の母なんだよ!!落ち着いて貰わなきゃ困るよ!!」

 

「は、はいぃ……」

 

「へ!怒られてやんの」

 

「泰明!!テメェもだ!!

 

都会の大学に行きたいって言うから、行かせたが……今日の修行様子を見て、分かった。

 

 

夏休み最終日に、麗華と龍二と対決しろ。そんで勝ったら、大学へ行っていい。けど負けたら、一年休学してもらう」

 

「はいぃ?!」

 

「無論、阿修羅…貴様もだ」

 

「えぇ?!」

 

「テメェのその鈍った根性、夏休み中に叩き直してやっから、覚悟しとけ」

 

「何でそうなんだよ!!」

 

「サボったら……大学を辞めさせるからな」

 

「嘘ぉ!!」




布団の上で震える麗華。


『化け物が!!』

『オメェが来てから、変な事が起こりっぱなしだ!!』

『妖怪だぁ?んなもん、この世にいない!!』

『嘘吐きが!!』

『アンタなんか、さっさといなくなればいいのよ!』

『余所者なんだから、とっとと家に帰れよ』

『帰れ!』


「!!」


目を覚まし麗華は飛び起きた。大量の汗を流し、額を手で拭うと傍で寝ていた焔にしがみ付いた。しがみ付いてきた麗華を、焔は顔を摺り寄せ頬を舐めた。


「……もう、戻らないよね?あそこ」

「……あぁ」

「もう……行かないよね?」

「行かねぇさ……あんな所、二度とごめんだ」


麗華の頬を舐めながら、焔は泣く彼女を宥めた。次第に麗華は目を閉じ眠りに入り、寝た彼女を見た焔は自分の尾を乗せ麗華の目に溜まっている涙を舐め眠りに入った。


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消せない傷

翌朝……


まだ朝日が出ていない早朝。大あくびをする泰明と阿修羅とは逆に、麗華は境内を見回していた。

 

 

「ったく、何でこんな朝早く起きなきゃいけねぇんだよ……」

 

「ふぁ~……眠い」

 

 

ボーっとする泰明は、ふと麗華達の方に目を向けた。彼女は本殿を見たり、裏へ行ったり森の入り口付近へ行ったりとチョロチョロとしていた。

 

 

「落ち着きねぇなぁ……アイツ」

 

「珍しいんだろ?

 

話しじゃ、アイツずっと島で暮らしてたって言うし」

 

「島だったら、こんな所何処にでもあるわ」

 

 

“ガサ”

 

 

「?」

 

 

茂みが揺らぐ音に気付いた泰明は、森の方に目を向けた。森の入り口付近に生えている茂みから、何と羆の子供が顔を出し鼻をヒクヒク動かしながら出て来た。

 

 

「ひ、羆!」

 

「しかもガキ……」

 

「やべぇぞ……早く母熊の所に返さねぇと」

 

 

茂みから出て来た子羆は、ゆっくりと麗華の元へと寄ってきた。

 

 

「麗華ちゃんが餌食になるぅ!」

 

「お、俺助けに」

「余計なこと、しないで下さい」

 

 

助けに行こうとした阿修羅を焔は止めた。阿修羅は、意味が分からず首をかしげた。

 

 

「何だよ、せっかく助けてやろうと思ったのに……テメェの主」

 

「そう言っていられんのも、今の内だ」

 

「んだと!!よぉし!!

 

それじゃあ、この俺がテメェの主を助けにいってやる」

 

「だから、余計なこと」

「弱虫はそこで待ってろ!」

 

 

狼姿へとなり、阿修羅は子羆から麗華を離した。子羆はまるで、彼女を帰せと言っているように鳴き声を出した。

 

 

「……あの、邪魔」

「どうだ!迦楼羅のガキ!

 

これで」

“ガァアアアア”

 

 

森中に響き渡る凶暴な声。すると森から子羆の母熊であろう羆が出て来た。巨大な体を持ち、額に三日月の痣が入っていた。

 

 

「で、出たぁ!!」

 

「攻撃開始」

「しなくていい!

 

アンタは大人しくしてて!」

 

 

阿修羅に怒鳴りながら、麗華は手を上げ焔に合図を送った。焔は阿修羅の腕を掴み、その場から遠ざけた。彼女の姿が見えた子羆は、鳴くのを辞め擦り寄っていった。すると母熊は麗華の元へと寄り、彼女の頬を舐めた。寄ってきた熊達を麗華は頭を撫でてやった。

 

 

「く、熊が……懐いてる」

 

「アイツは、何だ……森の民か?」

 

「何やってんだ、テメェ等」

 

 

そこへ、火の点いた煙草を口に銜え木刀を持った輝三がやって来た。

 

 

「お、親父!!麗華ちゃんって、本当に輝二叔父さんの娘?!」

 

「何だよいきなり」

 

「だ、だって!!あ、あの羆と!!」

 

「?……!

 

何だ、ムーンじゃねぇか」

 

「ムーン?」

 

「月?」

 

「こっちで暮らすようになってから間もなくして、子熊だったムーンが母親を亡くしてしばらくの間輝二が、面倒みてたんだ。額に三日月の痣があるから、俺と輝二で付けたんだ……ムーンって。

 

けど、大人になってもムーンの奴ガキが出来なくてな。輝二の奴最後まで、アイツのこと心配してたっけ」

 

「へぇ……」

 

「ムーンの奴、ガキが出来て見せに来たんだろ……輝二に」

 

「でも……伯父さんは」

 

「だから麗華に見せてんだよ」

 

「?」

 

「アイツは、輝二のガキの頃の生き写しだからな」

 

 

子熊を連れ、ムーンは森へと帰っていった。彼等を見送った麗華は、急いで輝三達の元へと駆け寄った。

 

 

太陽が顔を出した頃……

 

木刀を落とし、地面に倒れる泰明。その隣で麗華は座り込み、息を切らしていた。

 

 

「し、死ぬぅ……き、筋肉痛で」

 

「それくらいで、へばってどうする……」

 

「麗華ちゃんもへばってるけど……」

 

「阿呆。麗華はオメェより体力ねぇんだ……お前について行くどころか、普通なら半分以下でへばってるところだ」

 

 

座り込んでいた麗華は、息が整いふらつきながら立ち上がった。だが、立ち上がった瞬間、目が眩み麗華は倒れかけた。

 

 

「麗!」

 

 

竃と組み手をしていた焔は、倒れかけた麗華に駆け寄り彼女を支えた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫。

 

練習に戻って」

 

「けど……」

 

「いいから戻りなさい!」

 

 

焔から離れた麗華は、落とした木刀を拾い立った。焔は彼女を心配しながらも、竃の元へ戻っていった。

 

 

「麗華、無理すんじゃねぇぞ」

 

「してゲホゲホゲホ!!」

 

「咳出てんじゃねぇか!

 

お前は休憩だ!泰明、続けるぞ!」

 

「輝三!私は」

「今の修行は、体力作りと筋トレだ。

 

お前は輝二と同じく、手足が長い。だからお前の武器は俺と輝二の親父が使っていた薙刀を使わせる」

 

「薙刀?」

 

「……!

 

待て!あれは、麗華ちゃんには」

 

「いけると俺は思う……

 

主を失ってから、何十年もの間他人に触らせないように、薙刀本人が拒み続けた。

だが、麗華ならアイツは触らせてくれる……お前が強くなればな」

 

「……」

 

「龍二には、お袋が使っていた剣を使わせる。

 

あの剣も、そろそろダメだろうし」

 

「いいのかよ……そんなことして」

 

「お前等二人は俺と一緒に、武器を捜し手に入れた……

 

けど龍二はともかく、麗華は道導となる親が先に逝っちまった……だから、麗華一人の力で武器を見つけるのは、困難だ」

 

「……」

 

 

「お父さーん!朝ご飯出来たよぉ!」

 

 

里奈の声に返事をする輝三を見ながら、泰明は麗華に寄り声を掛けた。

 

 

「麗華ちゃん、体力無いって訊いたけど本当なの?」

 

「……

 

島に居た頃、そこに住んでた妖怪達と過ごしてたから、体力は普通にある……でも無理すると、必ず喘息で発作が起きて……」

 

「それで真面に、体を動かせないのか……」

 

「……好きでこの体で、生まれた訳じゃないのに……」

 

 

思い出す島で過ごした辛い日々。クラスの皆が体育をする中、自分は一人木陰のベンチに座りその光景を、スケッチブックに描いて暇を潰していた。だが、その姿を妬んでクラス全員から酷いいじめを受ける事となった。

 

 

「麗華ちゃん?」

 

「!」

 

「大丈夫?」

 

「……はい」

 

 

 

朝食を食べ終えた輝三達は、すぐに外へと出た。

 

 

「麗華、泰明、自分の式神を出せ」

 

「え?」

 

「何で?」

 

「式達も強くさせるからだ。早く出せ」

 

 

輝三に言われ、麗華は雷光を出した。彼女に続いて泰明も自分の式神を出した。顔に布を多い頭に兜を被り、体に鎧をまとったガタイのいい男が出て来た。

 

 

「……何、こいつ。

 

凄い、妖気」

 

「名は武曲……

 

とある屋敷の蔵の奥で眠ってた妖怪で、俺の式にしたんだよ」

 

「……」

 

「お前の式はどうしたんだ?」

 

「えっと……

 

島の神で……それで式にした」

 

「神ぃ?!

 

島の神を式にしたのか?!」

 

「う、うん……」

 

「何を驚かれているんだ?」

 

「珍しいだけだ。細かいこと気にすんな」

 

「はぁ…」

 

「式神共には、竃。お前が指導しろ」

 

「承知」

 

「泰明は麗華と一緒に、森を走って来い。その間、焔と阿修羅の修行は俺が見る」

 

「は、走るの?この炎天下の中を」

 

「部活の練習よりマシだろ」

 

「う……」

 

「先行ってるよ」

 

「あ!待って麗華ちゃん!」

 

 

先に走り出した麗華の後を、泰明は慌てて追い駆けて行った。

 

しばらく森を駆けて行くと、広場へ出てきた麗華は、息を切らし手に膝を付けた。それに続いて泰明も息を切らし追い付いたかのようにして、広場へと出てきた。

 

 

「麗華ちゃん……足早いね」

 

「……そうなの?」

 

「え?

 

ねぇ、聞いてもいい?」

 

「?」

 

「島にいた頃、何してた?」

 

「……

 

 

いた頃は、あそこに住んでる妖怪達や動物たちと遊んでました。追い駆けっこしたり、海で泳いだり……

あと、悪霊を退治したりしてました」

 

「ハハハ……そうなの(早い理由が、何となく分かった)」

 

「何で、そんなことを?」

 

「いやぁ……親父の話だと、麗華ちゃん島にいた頃は真面に学校に行ってないって聞いたから……」

 

「……初めは行ってましたよ。

 

 

でも、行きたくなくなったから、行かなかっただけです」

 

「それでよく、勉強が追い付いたもんだな」

 

「島にいた従兄の、龍実兄さんが教えてくれましたから……」

 

「へぇ……」

 

「……?」

 

 

何かの気配を察した麗華は、顔を上げ辺りをキョロキョロと見回した。

 

 

「どうした?」

 

「……こっち」

 

「?」

 

「悪霊の気配!」

 

「!」

 

 

その言葉を放つと麗華は、一目散に駆け出した。その後を泰明は慌てて追い駆けた。森を抜けるとそこは草原になっており、その中心に腰を抜かし座り込む少女の目の前に牙を剥き出しにした妖怪がいた。

 

 

「あれは……(牙が武器で……四足方向。体の大きさからして、恐らく雷光と焔と互角のスピードかそれ以下)」

 

「おいおい、こんな所で妖怪かよ……

 

麗華ちゃん、お前親父の所に……って、麗華ちゃん?!」

 

 

泰明の声を無視して、麗華は落ちていた棒切れと石を手に持ち妖怪のもとへと駆けて行った。麗華は妖怪の近くまで行くと、石を投げつけ相手の注意をこっちへと向かせた。

 

 

「こっち!こっちだ!」

 

 

妖怪は雄叫びを上げ、麗華に向かって突進してきた。麗華は目付きを変え、素早く避け妖怪と共に森の中へと入って行った。

 

 

「麗華ちゃん!!危険な行為は止せ!

 

 

こっから早く逃げて」

 

「は、はい!」

 

 

泰明に立たされた少女は急いで、その場から走り去って行った。泰明は彼女を見送ると急いで麗華のもとへと向かった。

 

森を駆ける麗華は昨日行った川に出てきた。だがその川には、昨日と同じ子供たちが遊んでいた。

 

 

(嘘……早く離さな!!)

 

 

背後に突如、悍ましい気配を感じた。麗華はゆっくりと後ろを振り返り、妖怪と目を合わせた。

 

 

(どうする……焔も雷光もいない……)

 

 

棒切れを構え、麗華は高くジャンプし棒切れを振り下ろした。妖怪は素早くその攻撃を避け、麗華に向かって牙を向けてきた。地面に着地した麗華は、後ろを振り返り大口を開けた口に棒切れを刺し込み攻撃を防いだ。棒が口に刺さった妖怪は、棒を取ろうと暴れ出し、その隙に麗華は川へと飛び込み遊んでいる子供たちのもとへ行った。

 

 

「あれ?昨日の……」

 

「早くこっから離れて!!」

 

「え?!」

 

「早く!!アイツが……!!」

 

 

棒切れを外した妖怪は麗華達の方に振り向き、唸り声を出した。それに怖れを感じた子供たちは、腰を抜かしその場から逃げだすことが出来なくなった。

 

 

「あ、あれって……」

 

「ば、化け物」

 

「!」

 

 

その言葉は、麗華の体全体に響いた。息が荒くなり鼓動が速くなった麗華は、落ち着かせようと胸を押さえ何とか深呼吸をしようと息をした。

 

 

(落ちつけ……落ち着け)

 

 

『化けもの!!』

 

『さっさと消えろよ!!』

 

『お前、異端だろ?』

 

『化けもんが来てから、ロクな事が無い』

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」

 

「お、おい……大丈」

「うるさい!!」

 

「?!」

 

「私は……私は」

 

 

その時、妖怪に向かって白い何かと黒い何かが体当たりしてきた。ハッと顔を上げると、前には焔と雷光が立ち、彼らに続いて泰明と輝三が駆け寄ってきた。

 

 

「泰明、相手してやれ」

 

「御ーっす!

 

阿修羅!焔の援護だ」

 

「りょう」

「手ぇ出すんじゃねぇ!!」

 

「?!」

 

「雷光、風を出せ!」

 

「承知!」

 

 

雷光は角を光らせ、風を起こした。その風に乗って焔は口から炎を吐き出し、その炎は雷光が起こした風に乗り渦を巻き、その勢いのまま目の前の妖怪を倒した。焔と雷光は人の姿へなり、互いの拳をぶつけ合った。

 

 

「す、スゲェ……」

 

「何ちゅう、コンビーネーション」

 

(こりゃあ……修行させたら、もっと強くなるぜ)

 

「麗!」

「麗殿!」

 

 

後ろを振り返り、焔と雷光は涙目で麗華のもとへと駆け寄った。だが麗華は、未だに荒く息をしており次第に息は早くなり、激しく咳をし出した。

 

 

「麗華!」

 

「やばい!過呼吸と喘息起してやがる」

 

「は、速く病院!」

 

「それなら、こっちの道が近いよ!泰明さん!」

 

「そうか!親父!」

 

「竃達は先に、神社へ戻ってろ!」

 

 

麗華を抱え、輝三と泰明は急いで病院へと向かった。竃はついて行こうとした焔と雷光を引きずり、阿修羅と共に神社へと帰った。

 

 

 

病院へ着いた輝三達。麗華は病院のベットの上で、点滴を打ち静かに眠っていた。

 

 

「しばらくしたら、目が覚めるでしょう……では」

 

 

医師から話を聞いた泰明は深くため息をつきながら、椅子へ座った。

 

 

「ハァ……どうすんだよ。これから」

 

「どうもこうも、続けるつもりだ。

 

泰明、明日はオメェが見ろ。俺は仕事がある」

 

「へーイ」

 

「今日と同じように、体力と筋トレをしとけ。

 

くれぐれも無理をさせるなよ。」

 

「りょーかい」

 

 

目を覚ます麗華……点滴を外し、ベットから降り病室を抜けた。病室を出てロビーへ行くと、そこには椅子に座る輝三と泰明が座っていた。

 

 

「麗華……」

 

「……」

 

 

目を合わせず、麗華は病院を飛び出した。

 

 

「麗華ちゃん!」

 

「……」

 

『麗華の奴、多分発作起すかもしれない……そん時、もしかしたらお前達の前から、逃げだすかもしれない……

 

けど、逃げるんじゃねぇ……怖いんだ。あいつは島にいた頃、喘息のせいで辛い思いしたんだ』

 

 

龍二の言葉を思い出した輝三は、泰明の肩に手を置き目で合図を送ると、病院を出て行った。




真夜中……生暖かい風が吹いた時、麗華は階段を上り輝三の家へと帰ってきた。風を通すため開いていた縁側の窓から上がり、脱いだ靴を玄関へ置き皆を起こさぬように、ソッと部屋へと入った。


「麗……」
「麗殿……」


部屋には、主の帰りを待っていた焔と雷光が居た。麗華は二匹の頭を撫で焔の胴に頭を乗せると、そのまま眠りに着いた。雷光は眠った彼女の近くに座り首を下げ眠りに着き焔も彼に続いて眠った。


そんな様子を、輝三は竃と共に障子の隙間から見ていた。
麗華の寝姿が、次第に輝二の幼い頃の姿と重なって見えてきた。


(……輝二)

「二人を見てると、迦楼羅と輝二を思い出すな……」

「そうだな……

寝るぞ。明日は早い」


障子から離れ、輝三と竃は部屋へと戻り床についた。


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休息

炎天下の中……電車から降り、駅前のベンチに荷物を置く龍二。
被っていた帽子を手に取り煽りながら、周りを見た。


「……九年前と全然変わんねぇなぁ」


一人思い出に浸った龍二は、荷物を持ち駅を出て輝三の家へと向かった。


麗華が輝三の家に来てから、二週間が過ぎた。

 

麗華は、体力と筋肉がつき始めていた。手に握っていた木刀を地面に立て、息を切らしていたが以前よりは息を切らさなくなり、泰明と同じ量をやっても平気になっていた。

 

彼女と比べ、泰明は相変わらず地面に倒れへばっていた。

 

 

「泰明……お前はいつになったら、体力が戻るんだ」

 

「し、知りません……とにかく、休ませてくれ……

 

全身筋肉痛で、既に悲鳴が」

 

「悲鳴なら、お前の口からいくらでも訊いてる」

 

「う~~……」

 

「輝三、こいつ等も終わったぞ」

 

 

泰明と同様に阿修羅が地面に倒れ、その脇で焔と雷光は余裕の顔をしながら立っていた。

 

 

「もうすぐしたら昼か……午前はここまでにしとくか」

 

「お、終わったぁ……」

「お、終わったぁ……」

 

「午後から、龍二も加わるから泰明の修行量は今の倍だ」

 

「何で?!」

 

「なぁなぁ、焔」

 

「?」

 

「渚ちゃん、美人になったか?」

 

「……何だよ、いきなり」

 

「美人になったかって、訊いてんじゃねぇか!答えろよ」

 

「美人じゃねぇの……というより、アンタにも居るだろ?姉者」

 

「駄目駄目、俺の姉貴。

 

もうガキ作って、一人前ぶってるから」

「誰がダメですって?」

 

 

その声に顔を青ざめた阿修羅は、ゆっくりと後ろを振り返った。そこには袴を着た女性が立っていた。

 

 

「あ……姉貴」

 

「阿修羅、誰がもうダメですって?」

 

「い、いや……言葉の操って言うか……なぁ、焔」

 

「……俺知りません。

 

雷光、行くぞ」

 

「はい」

 

 

焔は雷光と共にその場を離れ、阿修羅は殺気立っている姉に容赦なく殴られた。

 

 

麗華は木刀を元の場所に戻すと、鳥居を抜け坂を見下ろした。そこには坂を登ってくる見覚えの影が見えた。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

龍二の姿だと気付くと、そこから勢い良く駆け出した。

坂を登っていた龍二は、駈け降りてくる麗華に気付き手に持っていた荷物を置き、飛び付いてきた彼女を受け止めた。

 

 

「麗華!お前、随分見ない間に逞しくなったな?」

 

 

抱き着いてきた麗華に手を引かれ、龍二は輝三の家へと急いだ。

 

麗華の喜ばしい声に、輝三は立ち上がり下駄を履き外へ出た。

 

 

「よぉ、龍二。久し振りだな」

 

「あぁ!」

 

「龍二君、遠い所からご苦労様」

 

「お久し振りです、叔母さん」

 

「本当お兄ちゃんらしくなったわね、龍二君。

 

最後に会ったのって、確か輝二伯父さんの葬儀以来だもんね」

 

 

龍二の所へ里奈達は寄り、彼の成長姿に驚いていた。

そんな中、焔は渚に今までやっていた修行内容を話していた。

 

 

「てな具合かな」

 

「ふ~ん……あんまり、変わらないのね」

 

「けど、竃の息子の阿修羅、全然駄目駄目で」

 

「コラ。さんを付けなさい、さんを。

 

仮にもアンタより一回り上なんだから」

 

「え~……努力はするけど」

 

「渚ちゃん!久し振り!」

 

 

焔の肩に手を置き、阿修羅は後ろからひょっこりと顔を出した。渚は彼の行為に少し身を引きながら、引き摺った笑顔を浮かべた。

 

 

「お、お久し振りです……阿修羅さん」

 

「いやぁ、随分と大きくなったね!美人にもなって」

 

「は、はぁ(相変わらず、面倒な男だなぁ……)」

 

「阿修羅!!渚ちゃん、困ってるでしょ!!辞めなさい!」

 

 

阿修羅の耳を姉は引っ張りながら怒鳴った。

 

 

「痛ててて!!痛い痛い!!

 

耳引っ張るな!!」

 

「アンタには、市姫ちゃんがいるでしょ!!渚ちゃんは、業火の彼女!!手を出すんじゃないよ」

 

「わ、分かったから!!分かったから!!引っ張るな!!」

 

 

阿修羅の姿に渚と焔は、呆れたようにしてため息を付いた。

 

 

 

お昼を済ませた三人は、外へ出て輝三が来るのを待った。

 

 

「そういえば、泰明さん」

 

「?」

 

「何で、アンタもやってるんです?修行」

 

「そ、そりゃあ……親父がいない間、お前等二人の修行をこの俺が見るんだ……うん」

 

「麗華、こいつの話本当か?」

 

「コラ!疑うな!!」

 

「……輝三がいない時、修行は見てくれてるよ。

 

でも……輝三とやってるといつもへばって倒れてる」

 

「ふ~ん……なるほどなぁ」

 

 

いたずら笑みを浮かべながら、龍二は泰明を見た。

 

 

「な、何だよ……」

 

「別にぃ……なぁ麗華」

 

 

龍二の言葉に、麗華は首をかしげて彼を見上げた。見上げてきた彼女に、龍二は微笑し頭を撫でてやった。

 

 

 

縁側でお裁縫をする美子。ふと彼女は手を止め顔を上げて輝三達を見た。

組み手をする泰明と龍二。輝三から薙刀の指導を受ける麗華。阿修羅の姉から水の技を教えられている渚と、阿修羅と共に竃から火の技を教えられていた。

 

 

「何か、二人が来た途端に随分賑やかになったね」

 

「小さい子供がいると、これくらい賑やかになるもんだよ。龍二君と麗華ちゃん見てると、昔のアンタ達を思い出すよ……

 

年の差もアンタ達と同じだけど、二人の方がよっぽど大人しいね。輝三の話だと、滅多にしたことないんだって!」

 

「?何をしたことがないの」

 

「喧嘩。

 

龍二君、本当に麗華ちゃんを大事にしてて。誰かさん達みたいに物を取り合ったりして、喧嘩したことがないんですって」

 

「ハハハ……」

 

 

引き攣った顔を浮かべ、里奈は苦笑いをした。ふと里奈は美子の縫い物を見た。それは自分が幼い頃に着ていた紺色の生地に白い菊の花の模様が着いた浴衣だった。

 

 

「その浴衣……」

 

「今日、お祭でしょ?麗華ちゃんに着せて、皆で行こうと思って」

 

「気に入るかな、麗華ちゃん」

 

「気に入るわよ。

 

あの子、優華と同じで花が好きだから」

 

 

 

夕方……

 

 

地面に倒れ力尽きる泰明と阿修羅。

 

 

「ったく……お前はいい加減、体力戻せ」

 

「親父の修行がおかしいんだよ!!

 

あんなの今だったら、虐待だぞ!!」

 

「テメェの年で虐待なんざ言ったら、馬鹿扱いされるのがオチだ!!」

 

 

言い合う二人を見ながら、龍二と麗華は里奈から貰ったタオルで顔を拭きながら、そんな二人を眺めた。

 

 

「いつもあんな感じだから、気にしなくていいよ」

 

「はぁ……」

 

「麗華ちゃん!ちょっと!」

 

 

美子に呼ばれた麗華は、龍二の方に顔を向け彼の様子を伺い、龍二は顔で行ってこいと顎を動かし答えた。麗華はタオルを手に持ったまま、美子の元へと駆け寄った。

 

 

「ちょっとこの浴衣、着てみて」

 

「え……」

 

「里奈がね、丁度麗華ちゃんくらいの時に着てた浴衣なの。今日のお祭にどうかなって」

 

「お祭り?」

 

「ここを下って少し行ったところに公園があって、そこで祭りがあるんだ。沢山屋台出てて舞なんかも見られて、結構楽しいぜ!」

 

「あの祭りかぁ……懐かしいなぁ。

 

俺、屋台で親父にいろいろ買って貰ったっけ」

 

「そんで、親父がよく優華伯母さんと輝二伯父さん二人を怒ったっけ」

 

「そういやぁ……そうだな」

 

「親父、今日の夕飯祭りで済ますんだろ?」

 

「その通り」

 

「さ!女性達は支度があるから、こっち!

 

輝三達は、支度が出来たら鳥居の前で待っててちょうだい」

 

 

里奈に背中を押され、麗華は部屋へと連れて行かれていった。美子は浴衣を持って行き中へと入った。

 

 

「女共が着替えてる間に、俺等は汗流して鳥居の下で待ってるぞ」

 

「ハーイ」

「ハーイ」

 

「……覗くか?」

 

「泰明さんでも、俺殴りますから」

 

「怖ぇ……」

 

 

浴衣に身を包んだ麗華は、鏡台の前に座り美子に髪を纏めて貰っていた。頭上でお団子にし蝶の飾りが付いた簪で美子は手際よく纏め上げた。

 

 

「はい!いいよ」

 

「……」

 

「そういう格好するの、初めて?」

 

「うん……

 

七五三以来」

 

「そっかぁ……」

 

「さ!そろそろ行かないと、男共が待ちくたびれてる頃よ」

 

「そうね!果穂、行くわよ」

 

 

赤ちゃん用の浴衣に身を包んだ果穂を抱き上げ、里奈はベビーカーに乗せた。玄関に出されていた黒い下駄を麗華は不思議そうに眺めた。

 

 

「それ、優華のよ」

 

「え?母さんの?」

 

「優華がまだ麗華ちゃんくらいの頃、よくこの下駄履いて境内を散歩してたっけ。弥都波と一緒に」

 

「……」

 

「お母さん、早くしないと泰明がまた文句言い出すわよ」

 

「そうね。

 

麗華ちゃん、行きましょう」

 

 

下駄を履いた麗華は、先行く美子の後を追い駆けていった。

 

鳥居の下で待っていた泰明は、三人が来ると里奈が言った通りの反応をした。里奈と泰明が口喧嘩をし始め、美子と輝三は呆れたようにしてため息を付いた。

 

二人が喧嘩している中、麗華の浴衣姿に龍二は褒めていた。

 

 

夜道を歩く輝三達。夜道には蛍が飛び散り、辺りを明るく照らしていた。

 

 

「相変わらず、スゲェ蛍」

 

「これだったら、懐中電灯とかいらねぇな」

 

 

夜道を歩き、輝三達は賑わう公園へと着いた。公園内はずらりと屋台が並び、所々に面を付けた子供が友達と騒ぎ、そんな光景を見て笑う親達がいた。

 

 

「あ!泰明さん!」

 

 

騒いでいた子供の内一人が、泰明に気付き名を呼び駆け寄ってきた。彼に続いて次々に子供達が寄ってきた。

 

 

「よぉ!お前等、元気にしてたか?」

 

「わー!赤ちゃんだぁ!」

 

「果穂よ!二月に生まれたの」

 

「可愛い!」

 

「よぉ!泰明!」

 

「おぉ!お前も来てたか!孝文!」

 

「何だぁ?お前、ついにチビに手を出したのか?」

 

 

性悪の格好をした男が、泰明の肩に手を回しながら寄ってきた。

 

 

「チビって……」

 

「あの子だよ。菊の柄の浴衣着た女の子」

 

「阿呆、あれは従弟妹だ」

 

「法律上、従妹とは結婚できるぜ?」

 

「俺には真理菜っつう、許嫁がいるんだ!未だに彼女も出来ないお前と違うんだ」

 

「泰明!テメェ!」

 

 

二人が喧嘩を始めた頃、里奈は子供達に麗華を紹介しようと彼女に手招きをしたが、麗華は首を横に振り龍二の後ろに隠れた。

 

 

「輝三、俺等先に屋台回ってるぜ」

 

「分かった。ほら金だ。無駄遣いすんじゃねぇぞ」

 

「しねぇよ」

 

「それから、河原で花火大会があるから切りのいいところで、河原に来い」

 

「分かった。麗華行くぞ」

 

 

龍二に手を引かれ、麗華は屋台が並ぶ道へ歩いて行った。



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桜の舞

屋台通りを歩く龍二と麗華。所々に屋台の食べ物を欲しそうに、口をぽかんと開けて眺める妖怪達がいた。

 

 

「相変わらず、沢山屋台出てるなぁ。

 

麗華、何か欲しいのあるか?」

 

「……あれ!」

 

 

指差した方向にあったのは、綿アメ屋だった。

龍二は早速、綿アメを一つ買い麗華に渡した。フワフワとまるで雲のように麗華は見えた。

 

 

「雲みたい……」

 

「だろ?

 

俺もガキの頃、初めて綿アメ見たときそう思ったから」

 

「ふ~ん……

 

ねぇ、お兄ちゃんはこっちに何回来たことあるの?」

 

「俺か?多分、十回は来たと思うけど……何で?」

 

「……」

 

「……!

 

そっかぁ、お前こっちに来たことなかったんだっけ。

 

 

けど、いいところだろ?自然が沢山あって」

 

「……島と変わらない」

 

「……」

 

 

下を向きボソッと麗華は言った。そんな彼女の頭に手を乗せ龍二はしゃがみ、綿アメをちぎり口に入れた。麗華は見様見真似で、綿アメを一切れ口に入れた。

 

綿アメは口の中で溶け、甘さが広がった。

 

 

「甘!」

 

「そうだろ?」

 

「うん!」

 

 

綿アメを食べ合う龍二と麗華。そんな彼等を渚と焔は、近くに生えていた木の枝に座り眺めていた。

 

 

屋台通りを歩きながら、麗華と龍二は楽しんだ。初めてお祭りに来た麗華にとって、店に置いている物や売っている物、遊びがどれも珍しく見えていた。

 

 

“パーン”

 

 

射的をする麗華に、店のオッサンはポカンと口を開けて驚いていた。

 

 

「お、お嬢ちゃん……射的の名人だな」

 

「……そうなの?」

 

「腕は確かだ!」

 

 

「龍二!麗華!」

 

 

名を呼ぶ声が聞こえ、龍二は声がした方向に顔を向けた。そこには、人混みの中を駆けてくる輝三の姿が見えた。

 

 

「輝三」

 

「ここにいたか。二人共ちょっと来い」

 

「え?花火大会はまだじゃ……」

 

「いいから来い」

 

 

先行く輝三の背中を見ながら、二人は顔を合わせ彼の後をついて行った。

 

辿り着いた場所は、公園の隣にある小さい神社だった。神社の前には、何かを話し合い困っている神主達がいた。

 

 

「輝三さん、代わりの人って……」

 

「子供……二人ですか?」

 

「?

 

輝三、何の話だ?」

 

「実はな、花火大会が始まる前にここの神社の巫女の舞があるんだが、どういう訳かいつもやってる巫女と不覡が体壊して、今年の舞に出られなくなっちまったんだ」

 

「訳ねぇ……」

 

 

輝三の話を聞きながら、龍二と麗華は周りをキョロキョロと辺りを見回した。神社のあちこちにその地に住み着いた妖怪達が、自分達を見ていた。

 

 

「あれじゃないの?訳」

 

「麗華」

 

「?」

 

「二人共、舞はできるか?」

 

「俺は出来ませんけど、コイツなら出来ます」

 

 

そう言いながら、龍二は後ろに隠れている麗華の肩に手を置き指した。

 

 

「そ、その子が?」

 

「はい!」

 

「どうする?」

 

「でもなぁ、代わりもいないし……今更中止だなんて言えないし」

 

 

話し合う二人の足元に、麗華を見上げる妖怪がいた。麗華は彼と目が合うと、微笑んだ。すると妖怪は照れ臭そうに頭をかいてもじもじした。

 

 

「言い合ってても埒があかねぇ……頼むのか?それとも頼まねぇのか?どっちだ」

 

「……

 

 

ねぇ、お嬢ちゃん。やってくれるかな?」

 

 

屈みながら神主は麗華に訊いてきた。麗華は、龍二の後ろから少し顔を出し小さく頷いた。

 

 

「良かったぁ!」

 

「そうと決まれば、早速準備だ。お嬢ちゃんこっちへ」

 

「お兄さんも一緒に来て!」

 

「あ、はい!」

 

「それじゃあ輝三さん、この子達借ります!」

 

「オー」

 

 

 

数分後……神社には大勢の人達が、舞を見に集まっていた。その中には輝三達もおり、少し離れた場所には麗華と同じくらいの子達に、近くに生えている木の枝に座り眺める渚と焔、竃達がいた。

彼等だけではない。地に住み着いた妖怪達が集まり、ある者は宙に浮かび、ある者は焔達の近くの木の枝に座り眺め、またある者は大勢の人達に紛れて見に来ていた。

 

その様子を舞台の裏から、麗華と龍二は見ていた。麗華は用意されていた白生地に桜の花びらが散った様な模様が入った着物に身を包み、足には鈴を着けていた。龍二は狩衣の格好をし、手に撥を持って麗華の後ろから外の様子を見ていた。

 

 

「うへぇ……スゲェ人」

 

「……」

 

「いつも来てる妖怪達だって思えばいいよ」

 

「え?」

 

「俺達の家にいつも遊びに来る妖怪達が来てるって、思っとけばいいよ。何も考えるな」

 

「……」

 

「な!」

 

「……うん」

 

 

太鼓が鳴り、龍二は麗華の肩を軽く叩き自分の位置へと行った。麗華は深呼吸をして、舞台の階段を上り中央に立った。スッと目を開けると、目の前には数多くの人達の目が自分を見ていた。その目線に怯えた麗華は、体を震えさせ後退りした時だった。

 

 

「キー!キー!」

 

 

何かの鳴き声が聞こえ、フッと下を向くとそこには小さな妖怪達が、まるで自分を励ましてくれるかのようにして、踊り始めた。顔を上げると宙に浮いていた妖怪は、手拍子し木に座っていた焔達は、頷き彼女に微笑した。

 

麗華は目を閉じ深呼吸し、意を決意してゆっくりと目を開け持っていた扇子を広げ、足を構えた。それを合図に龍二は、任されていた太鼓を思いっ切り叩き鳴り響かせた。龍二の太鼓を合図に、楽器を持っていた神主や巫女達は次々に各々の楽器を鳴らした。

 

 

音が鳴り始めると、麗華は下駄を鳴らし扇子を使い舞い始めた。その舞に合わせて、一緒に上がっていた妖怪達は楽しそうに踊り出し、宙に浮いていた妖怪達は宙を舞いながら、喜んでいた。

彼等の様子に、麗華の顔に笑顔が戻り彼女は楽しそうに舞をした。

 

 

「そういうことか……」

 

 

麗華の舞を見ていた焔は、何か分かったかのようにボソリと言った。

 

 

「焔、何がだよ?」

 

「ここの巫女の舞が、毎年酷くて観たくなくて体を壊したんだ」

 

「けど、どうして不覡まで?」

 

「この神社には代わりの巫女はいくらでもいる……けどどれも酷くてやらせたくなかった……だから、不覡も一緒に……

 

 

そんなところでしょ?お頭さん」

 

 

渚の向く方には、笠を被り手に煙管を持ち鼻で笑う男が一人いた。

 

 

「よく分かったな?」

 

「何となくよ」

 

「俺も同感」

 

「へぇ……お前さん達の主、どこの巫女だ?」

 

「山桜神社の桜巫女。

 

あの子の舞が観たければ、来年か再来年にでも神社に来れば?」

 

「クックックック。そりゃあ楽しみだ。

 

 

何せ、ここの巫女の舞は酷いからなぁ……

 

俺達が見えてねぇのをいい気に、まるで人を媚びるような舞ばっかりしやがって……頭にきたから少しばかし痛め付けたんだ。

けど、あの巫女はいいなぁ。人じゃなく俺等妖怪達に楽しませてくれる舞だ……いや~楽しいねぇ」

 

 

舞台の上で舞をする麗華。しばらくして太鼓の音と共に彼女の舞は終わった。

盛大な拍手が上がった。麗華は辺りをキョロキョロとしながらその拍手を受け止めた。

 

 

「いいねぇ……あの子。今度あの子と話しでもしようかなぁ」

 

「いつでもいいぜ。変な行為見せなきゃいいが」

 

「変なことはしないさ。話をしたいんだ……さらったり、自分のものにしようとは思わない」

 

「……」

 

「そろそろ花火の時間だ……場所取りしねぇと。

 

じゃあな、白狼さん方」

 

 

頭はその場から煙のように、姿を消した。頭が消えたのを合図に、妖怪達は消えた。舞台裏で浴衣に着替えた麗華は、待っていた龍二の元へと駆け寄った。

 

 

「舞、良かったぞ!」

 

「小さい妖怪達が、一緒に踊ってくれたの!」

 

「そうか!」

 

「龍二君!花火見に行くよぉ!」

 

 

遠くで待っていた里奈に呼ばれ、龍二と麗華は彼等の元へと駆け寄った。

 

 

河原には大勢の人達が来ていた。焔達は木の枝に座り、花火が上がるのを待ち、輝三達はその傍で立ち花火が上がるのを待った。

 

 

“バーン”

 

 

しばらくして、空に花火が上がった。辺りからは歓声が響き、花火に見取れていた。

 

 

「綺麗ねぇ」

 

「果穂、観てごらん。花火よ」

 

「こういう時、彼女が傍にいてくれたらなぁ」

 

「孝文、お前黙れ」

 

「毎年毎年、飽きずに上がるもんだ」

 

「本当ですねぇ」

 

 

上がる花火を見上げる龍二は昔を思い出した。まだ幼く麗華が優華のお腹にまだいない頃、輝二に肩車をされ三人でその花火を観た。

 

ふと、麗華の方に目を向けると彼女は見ようと背伸びをしていたが、前にいる背の高い人達のせいで、花火が見えていないようだった。

 

 

「……麗華」

 

「?……!」

 

 

龍二は麗華を抱き上げた。麗華は少し驚きながらも、空の方に目を向けると、先程まで見えなかった花火が見えた。

 

 

「綺麗……」

 

「だろ?

 

花火は何も変わらない……昔も今も」

 

 

上がる花火を、妖怪達も嬉しそうにして上がる度に踊った。頭は見上げながら、どこからか持ってきた酒を飲み満喫していた。

 

 

 

花火が終わり、観客達は一斉に自分達の家へと帰って行った。

 

 

「終わったか……帰るぞ」

 

「ヘーイ」

 

 

人が居なくなったのを機に、焔達はそれぞれの主の隣を歩いて行った。龍二はいつの間にか眠った麗華を抱き、輝三達の後を歩いていった。




部屋で参考書を読む龍二。彼の膝に麗華は頭を乗せ眠っていた。傍では渚に擦り寄り焔は眠り、渚も一緒に眠っていた。


「やっぱり、兄貴の膝の方がよく眠れるみてぇだな?」

「輝三」

「こっちに来てから、麗華の奴余り笑わなかったからな……久し振りだった。笑った顔を見たのは」

「……」

「明日から武器を持たせての修行だ」

「けど麗華には……」

「俺の親父の薙刀を持たせる。

コイツは輝二と同じで、手足が長い。薙刀なら使えるだろ」

「……」

「龍二……

あれは話したのか?」

「……いや、まだ」

「そろそろ話した方がいいんじゃねぇのか?

何かあってからじゃ、遅いぞ」

「……もう少し。


もう少し、デカくなったら話すつもりだ……

コイツにはもう、辛い思いをさせたくない……だから」


そう言いながら、龍二は自分の膝で眠っている麗華の頭を撫でた。


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自分の武器

翌朝……


蔵に入り何かを探す輝三。物を退かしていると、陰に隠れていた二つの木箱を見つけた。


外で素振りが終わったのか、木刀を地面に突き龍二と麗華は息切れをしていた。泰明は縁側に座り、阿修羅と共に眠っていた。

 

 

「泰明さん、寝てて大丈夫なのか?」

 

「いつも通りだよ?お昼ご飯食べた後の修行、いつも倒れてるもん」

 

「フーン……」

 

「……あ!輝三」

 

 

木箱を抱えた輝三が歩いてきた。縁側で寝ている泰明を見た輝三は、木箱を龍二と麗華に渡し壁に立て掛けていた竹刀を手に取り、泰明の元へと向かった。

 

 

「……麗華、あっち行ってようか」

 

「?何で?」

 

「いいから。な?」

 

 

麗華を連れ、龍二は手招きする美子の元へと行き、二人に続いて焔と渚も彼女の元へと行った。

 

 

麗華が縁側から上がろうとした時だった。

竹で何かを叩くような音が聞こえ、それと共に悲鳴が聞こえた。その声の方に向こうとした麗華だったが、龍二と里奈に止められた。

 

 

「何で?」

 

「見なくていい」

 

「お父さんが呼びに来るまで、ここでしばらく休憩ね」

 

「ほら、冷たいジュースあるわよ」

 

 

里奈に渡されたジュースを手に持ちながら、麗華は龍二の膝の上に座り彼と一緒に飲んだ。

 

 

「いいなぁ、麗華ちゃん。私もお兄ちゃん欲しかったなぁ」

 

「小さい頃よく言ってたわねぇ。お兄ちゃんが欲しいだ何て」

 

「だって、本当に欲しかったんだもん!友達は皆お兄ちゃんがいるのに、何で私にはいないんだろうって」

 

「その代わり、輝二君がいたでしょ」

 

「伯父さんじゃん」

 

「アンタと十二歳も離れてたじゃない」

 

「でもぉ」

 

「子供染みたわがまま言うんじゃない!!

 

アンタ、もう一児の母親なのよ!しっかりしてちょうだい!龍二君達を見なさい!!アンタと違って、しっかりしてるじゃない」

 

 

説教をする美子。龍二は渚が持ってきてくれたヘッドホンを麗華の耳に着け音楽を聴かせた。

 

 

「相変わらずだな、ここの親子は」

 

「今になって、親父達が俺にしてたことの意味が何となく分かる」

 

 

 

「龍二!麗華!

 

木箱持って来い!」

 

 

待つこと一時間……輝三の声が聞こえた龍二は、読んでいた参考書を置き、麗華と共に木箱を持って輝三の元へと行った。

 

輝三の元へ行くと、隣には自分の頭を軽く手で叩く泰明と阿修羅が立っていた。

 

 

「クソ親父……思いっ切り叩きやがって」

 

「何か言ったか?」

 

「いえ!!何でもありません!!」

 

「そうか……

 

二人共、その木箱の蓋開けろ」

 

 

輝三に言われ、龍二と麗華はそれぞれ持っていた木箱の蓋を開けた。中には一枚の紙が収められていた。

 

 

「紙?」

 

「……あ、そっか。麗華は初めてだったな。

 

 

これは武器を式にしたものだ」

 

「武器?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 

龍二は懐から一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で龍二は持っている紙に触れた。

 

紙は彼の血に反応し、煙を出しその中からボロボロの剣が出てきて、龍二はそれを手に掴んだ。

 

 

「剣?」

 

「ボロボロだな、その剣」

 

「っ……」

 

「仕方ねぇ事だ。輝二が死んでからまだ低い霊力で、強力な妖共と闘ってたんだ。剣だってボロボロになる」

 

「……」

 

「龍二には生前、俺等のお袋が使っていた剣を。麗華には親父が使っていた薙刀をやる」

 

「え……でも」

 

「その剣はいつか折れる。手放したくない気持ちは分かるが、戦闘中もし折れたりしたら、やられる」

 

「……」

 

「つーわけで、武器出せ。泰明、お前もだ」

 

「ヘーイ」

 

「私、出したこと……無い」

 

「龍二がさっきやった通りにやればいい。手に霊力を集めて、溜まった状態で指を噛んで血を出し、出た血を字が書いている面に着ける。

 

そしたら、そこから煙が出て来て中から薙刀が出る」

 

「……」

 

「泰明、見本で見せてやれ」

 

「ウーっす」

 

 

ポケットから一枚の紙を取り出し、龍二同様に指を噛み血を出しその指で泰明は持っている紙に触れた。紙は煙を出しその中から斧が出てきた。

 

 

「斧?」

 

「山男の象徴!」

「さっきみたいな感じだ。出してみろ」

 

「親父!!」

 

「龍二、少し麗華を見ててやれ。俺はこの馬鹿息子の相手をしなきゃいけなくなったんでな」

 

 

泰明と同じように紙から棍棒を取り出し、殺気立つオーラを纏いながら、輝三は泰明に攻撃した。悲鳴が響く中、龍二は麗華に指導した。

 

 

烏が鳴き、陽が沈み始めた頃。

 

輝三と闘っていた泰明は、バテつき地面に倒れていた。その隣に竃にやられたのか、阿修羅も一緒に倒れていた。

 

 

「ったく……ちょっと本気出すと、すぐバテやがって。

 

龍二、そっちはどうだ?」

 

 

地面に座り込む麗華の背中を擦っていた龍二は、輝三の方に顔を向けた。座り込んでいた麗華の指には、噛み跡があり血が固まっている箇所もあれば、血が流れている箇所があった。

 

 

「その様子だと、上手くいかなかったみてぇだな?」

 

「霊気を溜めるところまではいいんだけど、そこからがちょっと……」

 

「指を噛むと痛みで気が引いちまって、溜めた霊気が放出しちまうからな」

 

「……」

 

「今日の所は休んで、明日また」

「嫌だ」

 

 

息を切らして麗華はふらつきながら立ち上がった。

 

 

「出るまでやる」

 

「麗華……」

 

「お兄ちゃん、いいでしょ?」

 

「俺はいいけど……」

 

 

困った表情を浮かべながら龍二は、輝三の方を見た。彼は煙草に火を点け、煙を出ししばらく考え込んだ。

 

 

「輝三、いいでしょ?

 

体なら、全然平気だから……」

 

「……」

 

「輝三」

 

「龍二、見ててやれ。

 

無茶はすんじゃねぇぞ」

 

 

口に煙草を銜えながら、輝三は家の中へと入った。地面に倒れていた泰明と阿修羅を、竃と彼の妻らしき青い袴を着た女性が引き摺り家の中へと入れた。

 

 

麗華は指を噛み、血を出し霊気を溜めながら噛みに着けようとするが、指の痛みのせいか溜めた霊気がすぐになくなってしまう。

 

 

何度も同じ行為をやったせいで、麗華の指は噛み跡と血塗れになっていた。もう一度、指を噛もうとした時、龍二が慌ててその行為を止めた。

 

 

「もう止せ。また明日」

 

「……」

 

「二人共、今日はその辺にして」

 

「でもぉ……」

 

「止めとけ。修行はもう終わりだ。

 

里奈、麗華を風呂に入れてやれ。

龍二、話がある。ちょっと来い」

 

 

輝三に言われた里奈は、果穂を美子に渡し麗華の手を引き風呂へと向かった。

輝三に呼ばれた龍二は、自分の部屋へと連れて行った。

 

 

「話って?」

 

「麗華の事だが、少し無茶し過ぎだな……」

 

「……」

 

「武器出せればいいが、その後だな……

 

前に見せたな?技を」

 

「神の力を借りて、技を出すってやつだろ?憶えてる」

 

「その技を使うには、相当な体力を消費する。今の状態でやってると……いつか体にガタが来る」

 

「……じゃあ、修行は」

 

「武器出したら、逆戻りして体力作りだ。

 

 

お前がいる間は、お前と同じ容量でやる」

 

「……」

 

 

話が終わり龍二は、部屋へと戻った。

 

 

「麗、辞めた方が」

 

「うるさい!

 

出来るまでやる」

 

 

風呂から上がった麗華は、龍二が風呂へ入ったのを見計らって、焔と森へと行き箱に入っていた紙を持ち、夕方やったことを繰り返した。

 

 

「麗、手から血が」

 

「大丈夫……まだいける」

 

 

霊気を手に溜め、指を噛み血のついた指で紙に触れた。その時、紙が反応したかのようにして煙を出し、中から薙刀が出て来た。

 

 

「……」

 

「で、出た」

 

「……やった」

 

 

その言葉を呟くと、麗華は気が抜けたかのようにその場に倒れた。倒れた彼女を焔は持ち上げ、輝三の家へと帰った。

 

 

部屋で眠る麗華。龍二はため息を付きながらも彼女が出した薙刀を見ながら、鼻で笑い麗華の頭を撫でた。

 

 

「全く、大した奴だよ……」

 

「丙か雛菊に、傷治させねぇのか?」

 

「いいよ……明日は寝かしとく。

 

今日使った霊気で、多分明日は一日中起きないだろ」

 

「……」

 

「もう寝るぞ」

 

 

そう言うと龍二は、電気を消し布団に入り眠りに入った。焔は先に眠っていた渚に寄り添う様にして隣に横になり眠りに入った。




「!!」


悪夢に魘され、大量の汗をかき麗華は飛び起きた。息を切らし痛む指を押さえながら、麗華は隣で寝ている龍二の布団に潜り込んだ。潜り込んできた彼女に気付いた龍二は、寝返りをして麗華の方に体を向けた。すると麗華は向いた彼に震えながらしがみついた。

しがみついてきた彼女の頭を撫でいると、安心したのか麗華は目を閉じ眠った。龍二は眠った彼女の寝顔を眺めながら、包帯を巻いた手に自分の手を置き眠りに入った。


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修行の成果

夏休みも残り三日となった頃。


“パーン”

 

 

薙刀と棍棒がぶつかり合う音が境内に響いた。輝三が振るう棍棒を麗華は、薙刀を使い華麗にジャンプをし避け薙刀を振り落とした。輝三は素早く避け棍棒で突き攻撃した。麗華は突かれた勢いで、後ろへと滑り飛ばされた。

 

 

「上出来だ……麗華」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

息を切らしながら、麗華は地面に座り込んだ。

 

 

「体力はもうちょっと必要か……」

 

「……」

 

「輝三、もう一回!」

 

「いいだろ」

「輝三!」

 

 

棍棒を構えた時、美子が電話の子機を持って輝三を呼んだ。輝三は棍棒を戻し、美子の所へと行き子機を手に取り部屋の奥へ入った。

 

 

「どうしたんだろ……」

 

「仕事だろ。親父の奴ああ見えて、結構仲間から頼られてるからな」

 

「へぇ……」

 

 

電話をする輝三の背中が、龍二には一瞬輝二に見えた。幼い頃、輝二は仕事が忙しく一緒にいられるのが限られていた。だが休みの日は、必ず一緒に遊んでくれた。

 

 

(……親父)

 

「ねぇ、父さんも輝三と同じ仕事してたの?」

 

「え?

 

……してたよ。ベテランの刑事で、いつもバリバリ働いてたっけ」

 

「フーン……」

 

 

夕方……

 

 

修行が終わった龍二達は縁側に座り、里奈が持ってきた水を飲んだ。

 

 

「ふー……生き返るぅ」

 

「泰明、明日から二日間、こいつ等の修行任せる」

 

「え?親父は?」

 

「急用が入って、二日間帰れなくなった。

 

修行は泰明に任せる。最終日には泰明、前から言ってた通り、龍二と麗華と闘って貰うからな」

 

「へ、ヘーイ……」

 

「美子、悪いが後は頼んだ」

 

「分かりました」

 

「もう行くの?」

 

「すぐに来いってさ」

 

「あらま」

 

「じゃあな」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 

狼姿になった竈に乗り、輝三は仕事へ行った。

 

 

「わぁ、スゴォ」

 

 

竃に見取れている麗華を見ていた焔に、阿修羅は肘で体を突っついた。そんな彼に焔は頭突きを喰らわせ、狼姿になり麗華に擦り寄った。擦り寄ってきた焔に、麗華は首をかしげながら彼の頭を撫でた。

 

 

「お前もどうだ?渚」

 

「……いい」

 

 

頬を赤くして、渚は断った。そんな彼女の頭に龍二は手を置き、雑に撫でてやった。

 

 

「龍!」

 

「俺が撫でたかったんだ。いいだろう?」

 

「……」

 

 

顔を更に赤くして、渚は龍二に背中を向けた。

 

 

夕飯を終え風呂から上がった麗華は、縁側に座り風鈴の音を聞いていた。傍にいた焔は口を開けあくびをし、顔を麗華の膝に乗せた。顔を乗せてきた焔の顔を麗華は撫でてやった。

すると結っていた髪を引っ張られる感覚を感じ、後ろを振り向くと自分の髪を掴んだ果穂がいた。同じように、焔の尾で遊ぶ果穂の白狼がいた。助けを求めようと居間に顔を向けるが、運悪く美子は風呂に入っており、里奈は夕飯の後片付け、泰明は自信の部屋へ行き、龍二は泊まっている部屋で勉強していた。

 

 

(……ど、どうしよう)

 

 

果穂は麗華の髪から手を離し、麗華の膝に手を着き抱っこを求めた。麗華は少し考えて仕方なく、果穂を自分の膝に置き抱っこした。

嬉しいのか、果穂は手を叩き歓声を上げた。同じようにして、焔は尻尾で果穂の白狼の相手をした。白狼は嬉しそうに焔の尻尾を追い駆け遊んだ。

 

 

“パシャン”

 

 

その時、シャッターを切る音が聞こえ、その方に顔を向けるとどこからか持ってきたカメラで龍二が、麗華達を撮っていた。

 

 

「!お兄ちゃん!!」

 

「いいじゃねぇか?赤ん坊なんざ、そう滅多に触れられるもんじゃねぇぜ」

 

「いいよ……あっちで似たような奴の面倒見てたし」

 

「?大空の事か?」

 

「……」

 

 

ブスくれた顔をしながら、麗華は頷いた。龍二は彼女の隣へ座り頭を撫でてやった。

 

 

「そんな顔すんな。赤ん坊の前だぞ?」

 

「……うん」

 

 

「あら果穂、麗華ちゃんに抱っこして貰ってたの?」

 

「里奈さん」

 

「えっと……か、かえ」

「いいわよ、そのままで」

 

「……」

 

「お風呂どうぞ」

 

「ハーイ。

 

と言うことだから、果穂。お風呂入るわよ」

 

 

麗華の服を掴み、果穂は離れまいとした。里奈はため息を付き果穂の脇を擽り手が緩んだ隙に、彼女を抱き上げた。

 

 

「スゲェ強引」

 

「こうしないと、中々離してくれないのよ」

 

 

今にも泣きそうな果穂を宥めながら、里奈は風呂へと行った。二人が居なくなると、麗華は隣に座っていた龍二の膝に座った。

 

 

「あら、今度は麗華ちゃんが赤ちゃんになっちゃったわね」

 

 

美子に言われながらも、麗華は龍二の膝で彼が持っていたデジタルカメラを取り、データを一緒に見た。

 

データには、緋音や真二の笑顔や、龍二が通っている学校の風景や、山桜神社の境内やショウ達が写っていた。

 

 

「……」

 

「皆、お前が強くなって帰ってくるの楽しみに待ってるよ」

 

「……うん」

 

「明後日には俺帰るけど……受験終わったら、また来るからな」

 

「……うん」

 

 

カメラを下げ、麗華は龍二の服を掴んだ。掴んできた彼女の頭を龍二は撫でながら話を続けた。

 

 

「お前は強くなったよ……

 

帰ってきた頃は、夏風邪ばかり引いて体力無かったのに……今じゃ喘息の発作が少なくなって、風邪引かなくなったし。何より輝三とやり合えるようになったじゃねぇか」

 

「……」

 

 

しばらくして、龍二は転た寝仕始めた麗華を抱き、部屋へと戻った。焔は眠った果穂の白狼を美子の白狼に渡し、渚と共に龍二達の部屋へ行った。

 

 

輝三がいない二日間、麗華と龍二はより一層修行に励んだ。そして夏休み最終日……

 

 

薙刀を構える麗華と剣を握る龍二。向には斧を握った泰明がおり、二人の真ん中には煙草を口に銜えた輝三が立っていた。

 

 

「そんじゃ、前から言った通り対戦して貰う。

 

龍二と麗華の相手は泰明。渚と焔の相手は阿修羅だ」

 

「待て待て!何で二対一なんだよ!」

 

「お前等の力なら、普通に余裕だろ」

 

「あのなぁ……」

 

「龍二、麗華。力抜かず思いっ切りやっていいからな」

 

「親父ぃ!!」

 

「戦闘始め!!」

 

「オイィ!!」

 

 

輝三の掛け声と共に先に責めてきたのは、龍二だった。剣を振り下ろしたが泰明は斧でその攻撃を受け止め防いだ。龍二に気を取られている隙を狙い、後ろに回っていた麗華は薙刀を振り回し泰明に攻撃した。その攻撃を泰明は、斧で防いでいた龍二の剣から離し、素早く跳び上がり二人から離れた。

 

 

離れた場所に着地した泰明の元へ、麗華は素早く行き薙刀を振り下ろした。泰明は間一髪避け、体を麗華の方に向け斧を振り下ろした。振り下ろした斧を、麗華は薙刀で振り払い避け柄の部分で、泰明のみぞを突いた。

みぞを突かれた泰明は、胸を押さえ後ろへ引いた。

 

 

(何だよ……二人とも、めっちゃ強くなりやがってる)

 

 

泰明の元へ焔達と闘っていた阿修羅が駆け寄ってきた。

 

 

「泰明、こっちの二人も相当強くなってる」

 

「何か、手を抜かない方が良さそうだな」

 

 

立ち上がった泰明は、素早く二人に向かって斧を投げつけた。二人は素早く避け右に麗華、左に龍二と回り同時に武器を振り下ろした。泰明は慌てて式神を出し、龍二の剣を泰明が防ぎ、麗華の薙刀を泰明の式神・武曲が防いだ。

 

 

「式神ありかよ?!」

 

「あぁ、いいぜ」

 

「先に言え!!麗華!」

 

「雷光!」

 

 

武曲から離れた麗華は、雷光を出した。しかし雷光の姿は馬ではなく、黒い侍風の着物を纏い、赤い髪を耳下で一つに結った青年の姿になっていた。

 

 

「……え?

 

雷光?」

 

「アイツ、人の姿になれたのか……」

 

「馬の姿では闘いにくいと思いまして、それで……」

 

「……」

 

「やはり、ダメでしょうか」

 

「いや、全然……(黒い馬だったのに、何で髪の色赤なんだろ……)」

 

「麗ぃ!」

 

 

その声が聞こえ、後ろを振り向くと同時に何かが飛び乗ってきた。

 

 

「会いたかったぞ麗!」

 

「ひ、雛菊……苦しい」

 

「コラ雛菊!抱き着く前に闘え!」

 

「良いではないか」

 

「よくねぇ!!」

 

 

戯れてる中、武曲は刀を握り二人に攻撃してきた。その攻撃を、雷光が素早く刀を抜き受け止めた。その光景を見た雛菊は狐の姿へと変わり、焔と共に火を吐いた。その火を援護するかのようにして、雷光は風を起こし風は火を巻き込み炎の風の様に勢いを増し泰明達に攻撃した。

 

泰明は阿修羅に跳び乗り、阿修羅は泰明が乗ったのを確認すると、素早く空を飛び彼等の攻撃を避けた。

 

 

「フー……危ねぇ」

 

「流石泰明さん……強い。

 

 

渚、水攻撃」

 

「了解」

 

「焔!」

 

 

麗華の呼び声に、焔が駆け寄ると麗華は薙刀を握ったまま焔に跳び乗り空へ飛び、焔から飛び上がり阿修羅に乗る泰明目掛けて薙刀を振り下ろした。

 

阿修羅に指示を出そうとした泰明だったが、目の前には渚が放った水が迫っていた。

 

 

「げ……」

 

「嘘だろ……」

 

 

“パーン”

 

 

当たる寸前、輝三が間一髪麗華の攻撃を受け止めた。同時に渚の攻撃を、竃の妻が受け止め消し去った。

 

 

「……輝三?何……!!」

 

 

受け止められた麗華は勢いのまま、下へ落下した。落下していく麗華を雷光が慌てて受け止め、地面へ下ろした。

 

 

「麗殿、お怪我は?!」

 

「大丈夫……何とか」

 

 

龍二が駆け付けると共に、竃に乗った輝三が降り続いて阿修羅に乗った泰明も降りてきた。

 

 

「……二人の勝ちだ」

 

「え?」

「嘘……」

 

「麗華の判断力と瞬微力……そして龍二のテクニックと守備力……

 

そして、式神達と白狼達の使い方は上出来だ」

 

「……」

 

「龍二は、受験が終わり次第また修行を着ける。

 

麗華、お前は龍二が帰った後は、体力作りと筋トレそして、組み手の特訓だ。

 

 

泰明、約束通りお前は一年休学だからな」

 

「ハイィ……(俺の人生が)」

 

 

倒れヘタレる泰明を見て、輝三は鼻で笑った。ポカンと立っていた麗華を龍二は抱き上げ喜びを分け合った。笑っていた麗華だったが、次第に目から涙が流れ龍二に抱き着き泣き出した。

 

 

「……麗華」

 

「……」

 

「また来るし……楽しみにしてるからな。

 

お前が強くなるの」

 

「……うん……うん」




お昼過ぎ……駅へ来た輝三達。だが、そこには麗華の姿はなかった。


「お世話になりました」

「受験、頑張れよ!」

「泰明さんも、色々頑張ってくださいよ?」

「うっ……」

「里奈さん、麗華の勉強の方お願いします」

「任せといて!」

「くれぐれも無茶させるんじゃねぇぞ、輝三」

「そのつもりだ」

「……麗華の奴、来なかったんですね」

「お昼ご飯食べて、龍二君が荷造りしてる最中に、どっか行っちゃって」


お昼ご飯を食べていた頃、麗華は先に食べ終わるとどこかへ行ってしまった。


(……麗華)


その時、電車のベルが鳴り響き龍二は慌てて乗り込んだ。しばらくして汽笛の音と共に、電車は発車した。発車した電車を、麗華は離れた場所からペンダントを見ながら見送った。


「良かったのか?見送りしなくて」

「……見送ったら、また泣いちゃうから」

「そうか……」

「……」


ペンダントを握り締め、麗華は走り去っていく電車をいつまでも見送った。


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雪山に住む者

夏が過ぎ、緑の葉は秋色に変わりそして、葉っぱが木から落ち裸になった木に雪が積もり、時季は冬へと変わった。


「わぁ……真っ白……


焔みたい」

「うるせぇ……」


境内に積もった雪を踏みながら、麗華は焔に言った。焔は頬を赤くしてそっぽを向いた。


「それにしても、遅いなぁ……輝三と泰明さん」

「何か、昼間に電話掛かってきてて輝三の奴、それに対応してたけど」

「フーン……」


ボーッとしている焔に向かって、麗華は雪玉を作り投げ付けた。


「麗!!」

「ヒヒ!!ボーッとしてるのがいけないんだよぉ!」

「この!!」


雪玉を作り、焔は麗華に投げた。麗華は玉を華麗に避け作っていた雪玉を投げ付けた。


二人が遊んでる中、電話を切りながら輝三はため息を付いた。


「親父、どうかしたのか?」

「仕事からの依頼で、明日から一週間ある村に行くことになった」

「村?」

「山奥にある小さな村なんだけど、そこでちょっとした事件が起きて、それを解決して欲しいんだとさ」

「……?

そんなことしたら、麗華ちゃんの修行」

「だから困ってんだ。

代わりはいねぇか聞いたんだけどいねぇみてぇだし……」

「いっそのこと、連れてっちゃえば?」

「?」

「そうすれば、済むことじゃない。麗華ちゃんしっかりしてるし、だらしないお父さんの見張り役出来るし」

「里奈……」

「そうしなさいよ。輝三」

「……」


翌日……

 

 

電車から降りる麗華と輝三。

 

 

「こっちの雪はもっと淒ぉい!」

 

「山奥だからな……」

 

「こっから、山登るの?」

 

「いや、迎えの車が来てるはず何だが」

 

「刑事さーん!」

 

 

声が聞こえその方向に振り向くと、ペンチコートを着た男性が駆け寄ってきた。麗華は即座に輝三の後ろに隠れた。

 

 

「刑事さん、わざわざ遠い所からご苦労様です!」

 

「こちらこそ、迎えご苦労さん」

 

「では、早速車の方へ……?

 

あの、その子は」

 

 

麗華を指差しながら、男性は不思議そうに質問した。麗華は首に巻いていた赤いマフラーに顔を埋め、輝三の服の裾を掴みながら隠れた。

 

 

「コイツは俺の姪っ子だ。訳あって連れてくることになった。駄目だったか?」

 

「い、いえ」

 

 

車に揺られる中、麗華は車の外を見ていた。彼女と一緒に鼬姿になった焔と竃も窓の外を見ていた。

 

 

「山から抜けられない?」

 

「はい……

 

村の人の話からですと、季節問わず雪が降り、野菜が取れず仕方なく町に降りようと車を走らせるんですけど……どうにもこうにも、山道から抜け出せないんですよ。

 

なんて言うんでしょうね……まるで山全体に深い霧が掛かってるって言うか……」

 

「霊霧」

 

「?」

 

 

話を聞いていた麗華は、ボソリと言った。

 

 

「れいむ?何です、それ」

 

「お前さん、幽霊とか信じる方か?」

 

「え?

 

 

霊感はありませんけど、僕はいると信じてます」

 

「……

 

話せ麗華」

 

「……霊気の霧。

 

けど、話の内容からして、多分それ山から人を出さない為にやってることだと思う」

 

「でも、村に済む人が出られなくて、僕等部外者は普通に出入りすることが出来るんだよ?」

 

「部外者だからだよ。

 

多分、その山に済む妖怪がやってることだと……思う」

 

「へぇ……結構詳しいんだね、お嬢ちゃん」

 

「……」

 

「あれ?」

 

「人付き合いが苦手なんだ」

 

「はぁ……」

 

 

車を走らせること三時間。山に入り村の市役所前に車は止まった。車から降りた麗華は白い息を出し、周りを見回した。

 

 

「寒……」

 

「当たり前だ。雪降ってんだから。

 

中に入るぞ」

 

「ハーイ」

 

 

役所に入り、ソファーに腰掛ける輝三は、煙草を取り出し火を点け一服した。麗華は部屋にいた白猫の頭を撫で時間を潰していた。

 

 

「お待たせしました。村長の村瀬です」

 

 

入ってきた老人に、輝三は煙草の火を消し握手を交わした。麗華は老人と目を合わせようとせず、ソッと部屋を出て行った。

 

 

部屋を出た麗華は焔と共に、市役所内にある図書室へ入った。本棚を眺めながら歩いていると、ある一冊の本が目に止まった。

それは、村に伝わる大鳥伝説の話しだった。

 

 

「大鳥って……妖怪のことかな?」

 

「読んでみろよ」

 

「うん……

 

 

昔、この村には琵琶を弾く妖が現れた。

 

琵琶の音色は、言葉では表せないほど綺麗な音色だった。村人達はその音色に惚れた。来る日も来る日も仕事が終わると、妖に頼みその音色を響かせた。

 

最初は皆、お礼として果実等を供えてくれたが、次第にそれは無くなり、そして村人の村長が琵琶の妖を捉え、一日中琵琶を弾かせ、村人から金を取った。

琵琶の弦が切れようが、指が血塗れになろうが、村長は妖で鞭で叩き暴行を加えた」

「麗華!」

 

 

読んでいる時、自分の名を呼ぶ声が聞こえ後ろを振り返った。

 

 

「輝三」

 

「村長さんの家で厄介になることになった。今から行くぞ」

 

「うん……」

 

 

本をしまい、麗華は先行く輝三の後を追い駆けていった。

 

 

夜……暗い空から降ってくる雪を、麗華は見上げながら眺めていた。

 

 

「夜になっても、降るんだね……」

 

「一日中降ってて、止むのは何ヶ月かに一回だけらしい」

 

「うわ、大変」

 

「そうだな」

 

「……何見てるの?」

 

「ここ数年の天気だ。見てる限りじゃ、この村ずっと雪が降ってるみてぇだな」

 

「それ多分、妖怪のせいだと思うよ」

 

「?」

 

「さっき図書室で読んだんだ。

 

昔、この村には琵琶をの上手い妖がいたんだ。けどこの村の村長がその妖を捉えて自分のものにして、村人から金を取ってたんだ」

 

「……」

 

「それにその妖、琵琶の弦が切れようが、指が血塗れになろうが……無理矢理弾かされてたみたいだったよ」

 

「その恨みかもしれねぇな……今起きてる事件は」

 

「……ハックション!」

 

「窓にへばり付いてるから、湯冷めしちまったんだ……もう寝ろ」

 

「輝三は?」

 

「俺はもう少し調べてから寝る。

 

とっとと寝ろ。風邪引かれちゃ困る」

 

「お兄ちゃんに、怒られるから?」

 

「……さっさと寝ろ!」

 

 

怒鳴られた麗華は、慌てて隣の部屋に敷かれていた布団に潜り込んだ。輝三はため息を付きながらも、笑みを溢し資料を見た。

 

 

“ボーン……ボーン”

 

 

部屋に着けられていた時計の音に気付き、時計を見上げると午前零時を指していた。

 

 

(もうこんな時間か……)

 

 

資料を片付け、一服しようと煙草を持ち部屋を出て行こうとしたとき、ふと足を止め麗華が眠っている部屋を覗いた。

麗華は布団から手を出し、その傍に体を丸くして鼬姿のまま眠る焔がいた。

 

 

(コイツの寝相、本当に輝二によく似てるな)

 

 

布団から出ている手を、布団の中へ入れしばらく寝顔を眺めると、部屋を出て行った。

 

 

麗華達の部屋を眺める、一つの陰。

 

 

陰はしばらく麗華達の部屋を眺めていると、何事もなかったかのようにしてその場から立ち去った。




(……あぁ。

良い音色……この音色で舞ってみたい)


目を覚ます麗華。辺りはまるで水の中のような透明感の世界だった。


(綺麗な音色……

これ、弾いてるの誰だろう)

『ただ聞いて欲しい……それだけだった。

ただ、皆の疲れを和らげたかった』


水の中の奥。薄らと陰が見えた。陰は鳥のシルエットになったり人の姿のシルエットになったりしていた。
そして、その目には涙が浮かんでいた。


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村の秘密

「……」


雀が窓のガラスを突きその音で麗華は目を覚ました。隣の布団では輝三が眠っており、麗華は起こさぬよう起き上がり隣の部屋へ行った。時計を見ると時刻は午前六時だった。


(……毎日、起きる時間だから体が覚えちゃったんだ……

どうしよう……暇だぁ)


しばらく考えていると、麗華は置き手紙をテーブルの上に置きいつの間にか起きていた焔と共に部屋を出て行った。外へ出ると雪はまだ降っており、外が本当の白い世界になっていた。


「まだ降ってる」

「雪の村だな……」

「……?」


雪の中……一つの影が見えた。佇む影……すると冷たい風が吹き麗華は目を閉じた。風が止みもう一度そこを見るが、そこにはもうあの影はなくなっていた。


「あれ?」

「?どうした?麗」

「今、何か居なかった?」

「いや……なんも」

(……気のせいかな)


数時間後、朝食を終えた輝三と麗華は村の中を歩き調べた。

 

 

「……ったく、ここは老人ばっかだな」

 

「村だからじゃないの?」

 

「……あり得るか」

 

「輝三、森行ってきていいか?」

 

「森?」

 

「妖怪達が居るから、そいつ等から情報集めた方が早いよ?」

 

「……まぁ、そうだけど」

 

「それに……気になるのも居るし」

 

「?気になるもの?」

 

「ううん、何でも無い」

 

 

一通り村人から話を聞くと、昼時と言う事もあり二人は村にあるうどん屋に行った。カウンター席に座ろうとした時、麗華の目にある物が映った。

 

 

「あ、鳳!」

 

「?鳳」

 

 

店の壁に飾っていた神棚の上にそれは飾られていた。一枚の墨絵……そこに描かれているのは、鳥の絵だった。

 

 

「これは……」

 

「朝木様ですよ」

 

「あさぎ様?」

 

「えぇ。古くからこの山の奥に住んでいる私達の守護神です。とても琵琶がお上手で、江戸時代にはあの琵琶法師と肩を並べる程だと言われています」

 

「その朝木様はいるの?」

 

「山の奥は、人が立ち入ってはならない区域があると聞きましたので、恐らく居るんじゃないんでしょうか」

 

 

うどんを食べ終え店を出ると、雪は少し小降りになっていた。

 

 

「小降りになってる」

 

「……早いとこ、森に行って調べるぞ」

 

「ハーイ」

 

 

森へ向かい麗華は先を歩き、その後を輝三はついて行った。そんな二人の後を、村の住民は畑の鍬や鎌を持って睨んでいた。

 

 

森を歩く麗華と輝三。森の中に入ったのを機に、鼬姿になっていた焔と竃は、人の姿になり森を歩いていた。すると竃は何かの気配に気付いたのか、輝三の耳元に口を持って行き何かを話した。輝三は険しい顔になり、前を歩く麗華の腕を掴み寄せた。

 

 

「輝三?」

 

「ちょい黙ってろ……それから、絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ」

 

「……!」

 

 

茂みから出て来た村人達を見て、麗華は怯え輝三にしがみついた。焔と竃は村人達の背後に回り攻撃態勢に入った。

 

 

「どういう風の吹き回しだ?

 

他人に助け求めといて、消そうって根端か?」

 

「何でこの森に行く」

 

「?」

 

「ここの森は、朝木様の森だ。誰も入れるわけにはいかねぇ!」

 

「この大雪、アンタ達のせいじゃないの?」

 

「!!」

 

「私読んだよ……昔、朝木様を虐めてたんでしょ?

 

その怒りがずっと続いてる……違う?」

 

 

麗華の言葉に、村人の一人が持っていた斧を投げ付けた。麗華は輝三から素早く離れて斧を避け、焔と共に森の奥へ走って行った。

 

 

「麗華!!」

 

「ヤバい!!この奥は、朝木様の」

 

「急いであの子の後を追い駆けろ!!」

 

 

村人達は一斉に走り出し、麗華の後を追った。輝三は狼姿になった竃に乗り麗華を探しに行った。

 

森を駆ける麗華。息を切らし、森から抜け廃屋になった社に辿り着いた。

 

 

「ここまで……来れば、もう大丈夫だろ……」

 

「何だよ、あの爺……いきなり攻撃しやがって」

 

「事実を言ったまでなのに」

 

「……それにしても、ここスゲェ静かな場所だな」

 

「何か家の神社みたい」

 

 

辺りを見回しながら麗華は思った。ボロボロに崩れた社を見ながら境内を見た。

 

 

「……何を祀ってたんだろ」

 

「大きさからして、相当な持ち主だろうな」

 

「……?」

 

 

社の瓦礫の中に光る物を見つけ、それを手に取った。それは鈴が付いた小さな簪だった。

 

 

「簪?

 

ここって、昔は舞とかやってたのかな?」

 

「かもな。

 

何かを祀ってたんなら、それのために舞を見せる……」

 

「……?

 

ねぇ、私達の家って何祀ってるの?」

 

「っ……さ、さぁ」

 

「……」

 

 

“チリーン”

 

 

持っていた簪の鈴が鳴り、フッと顔を上げるとそこにいた。僧侶の格好をし水色の髪を下ろし笠を被った青年が……

 

 

「わぁ……綺麗な人」

 

「俺……ああいう美男子嫌いだ」

 

「自分よりイケメンだから?」

 

「違う!!」

 

「……あなたですか?」

 

 

青年は優しい声でそう言うと、麗華に寄った。

 

 

「あなたが……贄ですか?」

 

「……へ?」

 

「おい阿呆、俺の主に何の用だ?」

 

「……フッ。

 

馬鹿が……この私に一体何用ですか?」

 

「誰が馬鹿だ!!」

 

「下品な馬鹿だ。大声など出しおって」

 

「ンだと、この!!」

「あー!焔ぁ!喧嘩は駄目!

 

アンタも、喧嘩吹きかけるようなこと言わないの!」

 

「……」

 

 

今にも噛み付きそうな焔を宥める麗華の姿を、青年は見取れたかのように眺めていた。彼の視線に気付いた麗華は彼の方に顔を向けた。

 

 

「……どうしたの?私の顔に何か付いてる?」

 

「い、いえ……特に」

 

「……」

 

「麗華!!」

 

 

空から聞こえた声に、麗華は顔を上げた。空から竃が舞い降り彼の背中から輝三が飛び降り、麗華の元へと駆け寄ってきた。

 

 

「輝三」

 

「こんな所にいたのか」

 

「走ってたらここに辿り着いた。あいつ等は?」

 

「どっか行った……ほら、帰るぞ」

 

「うん……(あ!そうだ)

 

ねぇ、お前も……?」

 

 

後ろを振り返り、青年に声を掛けたがそこにいるはずの青年の姿はなくなっていた。

 

 

「あれ?」

 

「どうした?何か居たのか」

 

「凄い綺麗な人……どこ行っちゃったんだろ」

 

「自分の住処にでも帰ったんじゃねぇの」

 

「そうには見えなかったけど……」

 

「麗華、焔、行くぞ」

 

「ハーイ」

 

 

狼姿になった焔に乗り、麗華は先に行った竃達について行った。彼等の姿をあの青年は見届けていた。

 

 

「……珍しい人の子だ。

 

この私を見ても、怖がらないなんて」

 

 

青年は笠のツバを持ち、どこかへ飛んでいった。

 

 

村長の家に帰ってきた麗華は、自分達が泊まってる布団の部屋で、布団に凭り掛かりながら、簪を眺めていた。

 

 

“チリーン”

 

 

(綺麗な音……

 

最近……のじゃないな。もっと昔の……)

 

 

“ガタン”

 

 

「?

 

輝三」

 

 

隣の部屋から物音が聞こえた麗華は、簪をポケットにしまい立ち上がり輝三の名を呼びながら、襖を開けた。

 

だが、隣の部屋には誰も居なかった。

 

 

「……気のせいか」

 

 

鼬姿の焔の頭を撫でながら、麗華は部屋に戻ろうとした時だった。

 

 

「……!!?」

 

 

突然目の前が暗くなり、両手首を拘束され口と目を塞がれた。何かに担がれ麗華と焔は暗い寒空の外へと姿を消した。

 

 

その頃、輝三は市役所の図書室へ行き、麗華が読んだという本を読んでいた。

 

 

「暴行を加えたか……?

 

続きがあるのか。

 

 

傷付けられた妖は、その後山へ逃げ込み二度と村へ降りることはなかった。そして妖は復讐のために、空に雲を広げ雪を降らせた……決して止むことの無い雪を。

 

村人達は、雪に困り果て森に社を建て年に一度、女の舞を見せてやった。だが時が過ぎていく内に、舞は誰もやらなくなり、妖は更に大雪を降らせた。

次に村人達が行ったのは、生贄を与えた。歳は七つから九つの少女の生贄……すると雪は、嘘のようにして半年の間雪が止み太陽が拝められた……そして毎年、少女を贄に出すことにした。

 

 

ところが、その贄を嫌がり子供が出来た村の者達は次々に村を出て行き、残ったのは年寄りだけとなった……

 

 

?待てよ……確か天気の資料だと、雪はここ三十年降りっぱなし……てことは、もう何十年も贄を出していない……

 

そういや、麗華は確か今年の七月で十歳だろ?てことは……今は……!!」

 

 

輝三は資料を戻し、急いで部屋へ戻った。

 

 

部屋に戻り襖を勢い良く開けたが、中は既に物家の空になっていた。

 

 

「ち!!やられた」

 

「焔の霊気を辿れば、何とかなるぞ」

 

「そうだな……」

 

 

「それは、お許しできません」

 

 

出入り口の方に振り返ると、そこには村長率いる老人達が入り口を塞ぐようにして立っていた。

 

 

「……何の真似だ」

 

「ようやく、雪から解放されるんです。

 

姪っ子さんのことは、諦めてください」

 

「諦められっか。アイツは死んだ弟の形見なんだ。ここで死なれちゃ、あの世に逝けねぇ」

 

「なら大人しくしててください。

 

この部屋からは一歩たりとも、出しません」

 

 

襖の前にいた村人達は一斉に猟銃を構えた。輝三は窓から飛び降りようとしたが、下にも村人達がおり逃げようにも逃げられなかった。

 

 

「輝三、俺が行くか?」

 

「止めとけ。下手したらこいつ等、お前のこと見えてる可能がある」

 

「……」

 

「麗華には焔が付いてる……何とかなるだろ(持ってくれよ……麗華)」




どこかの蔵に閉じ込められていた麗華は、焔に紐と目と口を塞がれていた布を取って貰い深く息を吐いた。


「ったく、いきなりなんだよ……誘拐しやがって。どうかしてるよ、ここの老人」

「さらわれて、怖がらないお前もどうかしてる」

「っ……

それにしても、ここどこだ?」

「どっかの蔵じゃねぇの?何か色々あるし」

「……ねぇ、焔」

「?」

「少し気になってたんだけど……ゲホゲホ。

この村って、子供居ないのかな?」

「……言われてみれば。

子供、見てねぇな」

「居ても……不思議じゃない……のに」

「……?

麗華、どうした?」


息を切らし、麗華は力無く倒れた。焔は彼女に駆け寄り大声で麗華の名を呼び叫んだ……だが、麗華は頬を赤くして倒れたまま返事をしなかった。


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山の主

“チリーン……チリーン”


鈴が入った手鞠を打つ青年。しかし飽きたのか、それを地面に落とした。そして壁に立て掛けていた琵琶を見た。


「……人の子は、皆あの音色を聞くと、不思議と泣き止みましたっけ……」


傍に置いていた日本人形に、語りながら青年は琵琶を持った。記憶に蘇る数多くの少女達。だが皆、十三(妖怪の世界では二十歳)歳になる前に、病気に掛かり亡くなってしまった。


「今度はもっと、長生きする人の子が欲しいです」


「麗!!」

 

 

焔の声に麗華は目を覚ました。部屋は蔵ではなく広い和室だった。

 

 

「……あれ?何で」

 

「蔵で倒れてたお前を、あの老人達が運んでここで看病してくれてたんだ」

 

「……」

 

 

その時、床が軋む音が聞こえ焔は鼬姿になり麗華が入っている布団の中へ入り隠れ、麗華は慌てて寝たふりをした。

 

 

入ってきたのは水が入った桶を持った老婆だった。額に置いていたタオルを取り、それを持ってきた桶の水に浸し絞り、麗華の額に置いた。

 

 

(……スゲェ、気持ちいい……冷たくて)

 

 

気持ち良さそうな表情を浮かべていると、老婆はニッコリと笑い彼女の頭を撫でながら言った。

 

 

「ごめんねぇ……

 

でも、アンタを贄に出さないと、この村の雪が止んでくれなくてねぇ……」

 

(贄?)

 

 

しばらくして、老婆は桶を持ち部屋を出て行った。去ったのを確認すると、布団から顔を出した焔に話し掛けた。

 

 

「ねぇ、贄って……」

 

「生け贄のことだ」

 

「やっぱり……私、贄になるのか」

 

「呑気なこと言ってる場合か!」

 

「そんな慌てなくて大丈夫。

 

焔と雷光が居るもん」

 

「……」

 

 

するとまた床の軋む音が聞こえ、焔は慌てて布団の中に隠れた。だが麗華は、起きようと思い体を起こした。

 

 

障子を開けた二人の老人は、起きていた麗華の姿を見て驚きの顔を隠せないでいた。

熱がある状態で、麗華は皆が居る部屋に呼ばれ村長と向かい合わせになって座っていた。

 

 

「お嬢ちゃんをさらったことは、本当に済まないと思ってる」

 

「……気にしてないし(何でこんな訳の分かんない奴等と喋らなきゃいけないわけ?

 

輝三はどこにいるの?)」

 

「それでお嬢ちゃんに頼みがあるんだ……」

 

「頼み?」

 

「贄になって欲しいんだ。

 

言葉の意味、分かるかな?」

 

「意味は分かります……けど、何の?」

 

「朝木様の贄です。

 

昔はお嬢ちゃんくらいの子を出していたんだけど……それが嫌になって、若い者は皆この村を出て行っちゃったんだ……」

 

(そりゃあ逃げたくもなるわ……)

 

「それで、お嬢ちゃんにやって貰いたいんだけど……やってくれるかな?」

 

「……拒否権、無いんでしょ?」

 

「っ……」

 

「……

 

 

いいよ、やってあげる」

 

 

その言葉に、老人達は歓声を上げた。そして麗華を別室へと連れて行き、贄に着る服に着替えさせ森へと連れて行った。辿り着いた所は、昼間に来たあの廃屋になった社だった。

 

 

「ここ……」

 

「見ろ!朝木様だ!」

 

 

一人の老人が指を指しながらそう言った。すると老人達は一斉に頭を下げた。

 

 

「……?!アンタ、あの時の」

 

 

そこにいたのは、あの時の青年だった。

 

 

「何だぁ!アンタが朝木様だったんだ」

 

「やはり、あなたが贄でしたか」

 

「成り行きでなった……ハックション!」

 

「……その様な格好では、風邪を引きますよ」

 

 

首に巻いていたマフラーを取り、朝木は麗華に巻いてやった。

 

 

「……アンタ、優しいんだね」

 

「……」

 

「優しいんなら……雪を止ませ……て」

 

 

朝木に凭り掛かるようにして、麗華は倒れた。朝木は倒れた彼女を抱き上げ、空へと消えていった。

 

 

住処へ戻った朝木は、敷いていた布団に麗華を寝かせた。

 

 

「人の扱いは慣れてるのか、お前」

 

 

鼬姿から人の姿になった焔は、麗華が眠る布団の上に座りながら朝木に話し掛けた。

 

 

「昔は贄になった子供を育ててましたから……」

 

「そいつ等、今どうしてんだ?」

 

「……亡くなりました。

 

この寒さに耐えられず、病気になりそのまま」

 

「……」

 

「どうせ、この子供も亡くなるのでしょ?」

 

「……悪いが、うちの主はそう簡単に死なないぜ?」

 

「?」

 

「今は熱出して寝てるけど、お前が看病すれば熱なんざすぐに引いて、お前と一緒に居られると思うぜ?」

 

「……面白いですね。馬鹿は」

 

「誰が馬鹿だ!!」

 

 

朝木が麗華の看病をしている中、時間は刻々と過ぎていき、気付けば夜になっていた。

 

雪解け水で濡らしたタオルを絞り、それを麗華の額に置いた。

 

 

「なかなか、下がりませんね」

 

「そりゃそうだよ。

 

こんな寒い洞窟じゃ、治るもんも治らねぇよ」

 

「……今思ったのですが。

 

あなたは何故、ここに居るのです?」

 

「俺は麗華の右腕だからな。

 

離れるわけにはいかねぇんだ」

 

「……

 

この子は、霊感があるんですか?」

 

「大ありだ。

 

だから、初めてお前に会ったとき驚かなかっただろう?」

 

「そういえば……そうですね」

 

 

その時、大人しく寝ていた麗華が突然飛び起きた。朝木は驚き咄嗟に彼女から離れた。起きた麗華は息を切らして、傍に座っていた焔に抱き着いた。

 

 

「時々、こうなるんだ」

 

「……初めてです。

 

こんな人の子は」

 

「麗は昔、人から酷いいじめを受けてたんだ。

 

今はそこから離れて、俺達と暮らしてるけど心に出来た傷は消せない……

 

 

少なくはなったけど、毎晩悪夢に魘されて飛び起きて、俺にしがみつく。そしてしばらくして眠りに着く」

 

 

焔の言う通り、しばらく撫でていると麗華は安心したのか目を閉じ眠った。眠った彼女を焔は布団に寝かせ、掛け布団を掛けてやった。

 

 

「手慣れている物ですね……やはり何年も一緒に居ると、そうなるのですか?」

 

「さぁな。俺は半分、こいつの親みてぇなもんだからな」

 

「……」

 

 

しばらくして、焔は麗華に寄り添うようにして眠った。朝木はしばらくの間、麗華の寝顔を眺めていた。

 

 

(そういえば……

 

夜泣きした人の子が居ましたっけ……)

 

 

眠気が襲ってきた朝木は、次第に重い瞼を閉じ眠りに入った。朝木が眠ると焔は目を覚まし、麗華に頬擦りすると住処から出て行った。

 

 

電気を消し布団の上に横になる輝三。だが麗華が心配で、瞼を無理矢理瞑っても眠れないでいた。

 

 

「……アイツ、大丈夫かな」

 

「心配ねぇだろ……焔が付いてる」

 

「だといいんだけど……

 

外どうだ?」

 

「まだ見張りは居る。

 

言っとくけど部屋の外もだ」

 

「……チ。

 

完全に監禁されたな」

 

「見りゃあ分かるよ……?」

 

 

窓の叩く音が聞こえ、竃は下の見張り達気付かれないように開き、窓を叩いた主を中へ入れた。

 

 

「焔」

 

「お前んところは、見張りだらけだな」

 

「麗華はどうした?」

 

「アイツなら大丈夫だ。

 

まぁ……熱出してるけど」

 

「……この寒さだ。

 

その内、引くと思ってたがまさか、本当に」

 

「とりあえず、一応報告だ。

 

何かあったら、また来る」

 

「麗華のこと、頼んだぞ」

 

「命に代えて」

 

 

鼬姿になり、竃は見張り達に気付かれないように窓を開け、外へと出て行った。

 

 

翌朝、焔は住処へ帰ってきた。中へ入ると、麗華は布団から出て朝木の足に頭を乗せ眠っていた。朝木は焔に気付くと、彼の方に顔を向けた。

 

 

「どこ行ってたんですか?馬鹿」

 

「馬鹿言うな!!

 

そいつの叔父の所だよ。お前の贄のために、さらわれたんだ。まぁ、今のこと話したから一応心配は無い」

 

「……あの、この子のご両親は?」

 

「いねぇよ。二人共……」

 

「……」

 

「唯一兄貴だけが家族だ。

 

俺も姉者だけだし」

 

「……」

 

 

自分の膝で眠る麗華を、朝木は眺めた。すると眠っていた麗華は、薄らと目を開けた。

 

 

「……あれ?焔」

 

「よっ、麗」

 

「どこ行ってたの?私を置いてって」

 

「へへ…悪い悪い。

 

ちょっと、輝三の所に行ってたんだ。お前が無事だって事を伝えにな」

 

「フーン……」

 

 

焔は彼女の前にしゃがみ、額に手を当てた。熱はすっかり引いていた。

 

 

「熱は引いたみたいだな」

 

「熱あろうが無かろうが、大丈夫なのに……

 

 

ねぇ、外行こう!」

 

「え?」

 

「早く!アンタの森なんでしょ?じゃあ案内してよ!」

 

 

肩に掛けていた羽織に腕を通した麗華は、朝木の手を引いて表へと出て行った。焔は人から狼の姿になり彼等を追い掛けていった。

 

 

麗華が朝木と森の中を歩いていると、村に降っていた雪は止んだ。そしてしばらくして、雲の切れ目から日差しが差し込んだ。

 

 

「晴れた……」

 

「本当だ」

 

「……」

 

「アンタの力なの?これって」

 

「……はい」

 

「淒ぉい……氷が得意んだ」

 

「……(どうしてそれを)」

 

「ねぇねぇ、氷の彫刻作ってよ!」

 

「彫刻……ですか?」

 

「出来るだろ!?」

 

「……しかし」

 

「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇだろ?」

 

「馬鹿の頼みは聞きません」

 

「ンだと!!これでも食らえ!」

 

 

キレた焔は雪玉を作り、朝木の顔面に当てた。朝木は当てられたことにキレ、雪玉を思いっ切り投げ飛ばした。それが交互に続き、面白いのか麗華は笑い共に参戦し雪玉を二人に投げた。三人はしばらくの間、雪合戦をして楽しい時を過ごした。

 

 

その様子を、村人達は縄と猟銃を構え見ていた。

そして先頭に立っていた老人が頷くと、村人達は一斉に飛び出し朝木に縄を掛け、地面に倒し銃口を向けた。

麗華は彼に手を差し伸べようとしたが、来ていた老婆に手を引かれ猟銃を構えている老人達の後ろへ行かされた。

 

 

「オメェさんさえ、死ねばこの雪は止む!ここで死んで貰おう」

 

「待って!そいつを殺したって、何の解決にも」

「子供は黙っておれ!」

 

 

銃口を向け引き金に手を掛ける老人達……麗華は老婆の手を振り解き、朝木の前に立った。

 

 

「退け!!お嬢ちゃん!」

 

「死にたいのか?!」

 

「ズルいよ……

 

 

元後言えば、この村が雪の被害に遭ってるのって、アンタ達の先祖のせいじゃん!!」

 

「?!」

 

「あの本……鳳伝説の話の続き。

 

 

村に琵琶の上手い妖が来て、アンタ達の先祖の心を癒やしてあげたって……なのに、それを金儲けのために捉えて、弾けなきゃ暴行して……」

 

「……」

 

 

「そのガキの言う通りだ」

 

 

現れたのは、口に煙草を銜えた輝三と鼬姿で彼の肩に乗る竃だった。

 

 

「輝三……」

 

「ガキの言う通りだ。

 

アンタ等、何とか雪を止ませようとしてそいつに舞を見せたりそいつと同じ年頃の女を贄に出してた……だが、若い奴等は自分の子供を贄に出すことを嫌がり逃げていった。

 

贄に出す子供が居なくなり、雪は止まなくなった……」

 

「……」

 

「そんで、たまたま俺が丁度年頃の女を連れていた……

 

都合がいいと思い、麗華をさらい贄に出した。そしたら案の定、雪は止み太陽が顔を出した。

これがずっと続いて欲しいと思い、彼女と楽しげに遊ぶ朝木様を捉えて殺そうとした……ざっとこんな感じだろ」

 

「……」

 

 

輝三の言葉に、村人達は向けていた銃口を下ろした。それを狙ってか、朝木は吹雪を起こし姿を水色の羽に七色に光る尾を持つ美しい巨鳥へと変わった。

 

 

「……綺麗」

 

「事実を知れば、もうこの村に太陽を昇らせません。そしてここから、出ることを禁ずる」

 

 

羽を羽ばたかせ、朝木はどこかへ飛んでいってしまった。彼が飛ぶ寸前、麗華は朝木の背中に跳び乗り、そんな彼女の後を焔は急いで追い駆けていった。

 

 

「行っちまったか……」

 

「呑気なこと言ってていいのか?麗華、ついて行っちまったぞ?」

 

「大丈夫だろ。焔と雷光が付いてる」

 

「まぁ、そうだけど」




どこかの高い木……その先にハープを手に持った者が立っていた。


(……見つけた)


その者は不敵な笑みを溢して、煙のように姿を消した。


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傷付いた氷

「早い!早ーい!!」


巨鳥の姿になった朝木の背中に乗った麗華は、猛スピードに快感していた。その後ろを焔が何とか追い駆けていった。


(私のスピードで、笑う人の子なんて初めてだ……

ほとんどの子が、このスピードに怖がりましたのに)

「ねぇ、朝木!」

「はい?(呼び方もまた……)」

「どこに向かってるの?住処はこっちじゃ」

「あそこは、私と贄になった少女達の住処です。

本当の住処は、あの山の洞窟です」

「へぇ……私以外の贄は行ったことあるの?」

「いえ……皆、あそこに住ませておきました。この寒さです……とても、私の住処に連れて行けないと思いまして」

「……?あれ、私は?」

「後ろから来ている、犬さんと一緒に居れば大丈夫かと思いまして……

それにあなたは、あの男性と離れても泣き喚いたりしておりません。連れて行こうとした少女達は皆、離れたくないなどと言って泣き喚いてましたのに」

「輝三のこと?全然平気だよ。

それに私、六歳の頃お兄ちゃんと離れて暮らしてたし」

「……」

「私ね、母さんが死んですぐに知らない家に引き取られたんだ。そこの人達、朝木みたいな妖怪を信じない奴等でさ……」


フラッシュバックで島に居た頃の記憶が蘇った。体に出来た傷はきれいに治っても、心の傷は治らなかった。
その事を思い出した麗華は、朝木の背中を強く握り締めた。


「……だから朝木の気持ち、少しは分かるよ」

「……?」


突然、朝木はスピードを落とし、そして止まった。


「朝木?」

「……いったい、私の森に何の用です?」


目の前にいたのは、ハープを背負い笠を被った男が朝木をずっと見ていた。


「琵琶法師が、今度は女遊びですか」

「……何用かと聞いているのです」

「あそこの村の住人が欲しいのですが……」

「別に構いません。

あなたがあの者達を煮て食おうが焼いて食おうが、私には関係ありません」

「……そうですか」


すると男は、朝木の背中に乗っていた麗華に目を付けた。麗華は身を縮込ませ彼の後ろに隠れていた焔に乗り移った。


「この少女は私のものです。狙うのであれば、容赦はしません」


鋭い目付きで男を睨みながら、朝木は強く言った。男は風を起こし吹雪と共に姿を消した。


「……ねぇ」

「?」

「私、いつからアンタのものになったの?」

「……」

「阿呆鳥、テメェ……」

「……成り行きです」


それだけを言うと朝木は飛んで行き、その後を二人はついて行った。


村長の家の窓から再び降り出した雪の空を、輝三は煙草をすいながら見上げた。

 

 

「また降ってきやがった」

 

「刑事さん……そこは寒いです。こちらでお茶でも」

 

「悪いが、うちの姪っ子をさらった奴等の茶なんざ飲めねぇ。毒でも仕込まれいたら終わりだからな」

 

「……すいません。

 

うちの主人や村の人達が」

 

「アンタ……ここの村の奴じゃ」

 

「……違います。

 

私は三十年前、十歳年上の今の主人と結婚しこの村に住み始めました。

 

 

子供は、自立し村から離れていきました。そして、私も一度は離れました。

 

しかしどうしても、主人が心配でまたここへ」

 

「……」

 

「朝木様の話は昔から聞いていました。

 

一時期ですが、私はこの村を出るまでの間、ずっと朝木様の祠にお供え物を置いていました。時には祠をお掃除したりして……せめてもの罪滅ぼしと思いまして。

 

 

刑事さん、本当に申し訳ありません。あなたの大事な姪っ子を……贄に出してしまって……」

 

 

奥さんは泣き出し、ポケットからハンカチを出し涙を拭いた。輝三は煙草を灰皿に起きながら、口を開いた。

 

 

「……心配すんな」

 

「?」

 

「アイツなら平気だ。

 

アイツは人から迫害された妖の味方だ。人には心を開かないが、妖には心を開く……そんで頑なに閉じた妖の心を静かに開けてくれる……そういう奴さ」

 

「……」

 

「だから、心配すんな」

 

 

深々と雪が降り続く中、辺りは次第に暗くなり夜を迎えた。

朝木の住処へ着いた麗華は、焔から降り住処へと入っていった。朝木は鳥から人の姿へと変わり彼女に続いて住処へと入った。

 

 

中は昔の服であろうか、麗華が着ている服と似たような服がいくつもあり、台代わりに使っている岩の上には日本人形が置いてあり、その傍には赤い手鞠が転がっていた。そしてその奥には埃を被った琵琶が立て掛けられていた。

 

 

「何も無くて、ビックリしました?」

 

「うんうん。

 

ねぇ、琵琶弾いてよ」

 

「!」

 

「ねぇ、聞かせてよ。琵琶」

 

「……弾く気はありません。

 

というより、もう弾くことはありません」

 

「え?何で」

 

「あなた、本をお読みになったのでしょ?だったら……?」

 

 

足元がふらつき麗華は、朝木に凭り掛かるようにして倒れた。倒れた彼女を朝木は支え、それを見た焔は慌てて麗華に駆け寄った。

 

 

「麗!」

 

「大丈夫……大丈……夫……大」

 

 

朝木に支えられた麗華は、力無く座り込んだ。心配した焔は彼女の額に手を当てると、熱がぶり返していた。

 

 

「麗……」

 

「大丈夫だよ……

 

少し熱が……出た」

 

 

言いながら麗華は意識が無くなり、倒れてしまった。

 

 

「麗!!」

 

「薬草を採りに行ってきます。後は頼みました」

 

 

倒れた麗華を焔に渡し、朝木は出て行った。麗華を抱えた焔は敷かれていた木の葉の布団の上に寝かせた。熊の毛皮で出来た掛け布団を掛けた。

 

 

(こいつの暮らし……山で暮らす人みたいだな)

 

 

空を飛ぶ朝木が向かっていた先にの森には、太陽の日差しが差し込みそこだけが、まるで別世界になっていた。

そこに降り立った青年は、奥へと行き薬草を採りに行った。

 

 

『朝木様……いつも素敵な演奏をありがとうございます』

 

『朝木様の琵琶は、とても綺麗な音色ですね』

 

『朝木様!これあげる!感謝の気持ち』

 

 

朝木の頭に蘇る数々の記憶。琵琶を弾き村人達を癒やし続けた。だがある日、それは変わった。突然捉えられ牢にぶち込まれ、無理矢理弾かされた……弦が切れたと言っても弾けと言われ、指が血塗れになっても、弾けと言われた。弾けなければ、暴力が待っていた。

 

 

『速く逃げてください!朝木様!』

 

 

どこの誰かも分からない者が、牢の鍵を開けてくれた。

 

 

「……」

 

 

目を覚ます朝木……薬草を摘み、住処へと戻り焔と共に麗華の看病をしている最中に眠ってしまっていた。麗華の傍には狼姿になった焔が、彼女のに寄り添うようにして眠っていた。

 

 

(……嫌な夢)

 

「ゲホゲホゲホゲホ!」

 

 

咳をしながら麗華は起き、枕元で寝ていた焔にしがみついた。焔は目を覚まし、しがみついてきた麗華の頬を舐めた。

 

 

「本当に保護者みたいですね、あなた」

 

「……俺にも親はいない。

 

だから、こいつの気持ちが分かるんだ。

 

 

アンタには家族とかいねぇのか?」

 

「そんなものはありません……

 

しかし……人を好きになったことはあります」

 

「……」

 

「随分昔のことです。

 

この村へ来る前、私の琵琶を気に入ってくれた女性がいました。琵琶を聞く度に女性は笑っていました。

 

 

しかし、やはり人の子……そんな幸せが続くはずもありません……」

 

「……死んだのか」

 

「老衰ですよ。その子には家族などいなく、私が彼女の死を見届けました……

 

死ぬ間際に、彼女は言いました。

 

 

『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

 

皆の心を癒やしてあげて』

 

 

その言葉を貰い、私は琵琶を持って長旅に出ました」

 

「そして、辿り着いたのがここか」

 

「……その通りです。

 

しかし、人の心は醜いものだとこの村で知りました」

 

「……」

 

「一度傷付いた氷は元には戻りません……」

 

 

「それは人も一緒だよ」

 

 

焔にしがみついていた麗華は、熱で頬を赤くして朝木の方に顔を向けた。

 

 

「麗……」

 

「人も一緒だよ……

 

一度出来た傷は、治りはしないよ……私の傷だって、治ってないよ……」

 

「……」

 

「だから……私は人が嫌い」

 

 

焔の胴に顔を埋め、そのまま眠りに入った。眠った彼女の体に焔は自分の尾を乗せ自身も眠りに入り、朝木も眠りに入った。

 

 

翌日……

 

雨戸を開け輝三は、外の様子を見た。外は昨日より酷い天候になっていた。

 

 

「吹雪になってやがる。

 

(村に来てから、今日で四日目……残り三日で事件は片付くのか)

 

 

?」

 

 

吹雪の中、村に降り立つ黒い影が見えた。輝三は竃を連れすぐに表へと出た。

 

 

表にいたのは、ハープを手に持った男だった。

 

 

「誰だテメェ」

 

「……良い血の臭い。

 

ようやく、この村に復讐が出来る」

 

「?」

 

「氷術……吹雪!」

 

 

男は吹雪を起こし、村を雪で覆い尽くした。家の中にいた村人達は全員、抵抗する間もなく凍り漬けにされた。

 

 

「フー……スゲェ、力だな」

 

「呑気なこと言ってる場合じゃねぇぞ」

 

「だな……竃、行くぞ」

 

 

指を噛み、出していた札に血を付け棍棒を出した。男は手に持っていたハープ弾き始めた。その音色は、復讐に染みた音色だった。

 

 

(何ちゅう音色だ。

 

相当この村に、怨みを持ってるな)




その頃、朝木の住処では……
起き上がっていた麗華の額に、焔は手を置き計っていた。


「……熱は引いたな」

「だから大丈夫だって」

「そうは見えなかったけどな」

「……ねぇ、朝木」

「……どんなに頼まれても、私は」
「舞うから、音を頂戴」

「?!」


驚く朝木に、麗華はずっと持っていた鈴の着いた簪を出し見せた。


「これ、舞の子が着けてた簪だよね」

「……えぇ。

もう随分昔に、この鈴を着け私のために舞をしてくれました」

「だったら、私が舞う。

そんで、アンタは琵琶を弾いて音色を出して。それに合わせて舞ってあげる」

「……」

「舞には音がないとね!」


草布団から起き上がり立ちながら、麗華は自分の髪を纏め上げ鈴の着いた簪を着けながら微笑んで言った。朝木はそんな彼女の顔に釣られてか、微笑しゆっくりと立ち上がり埃を被った琵琶を持った。


「ここでは少々狭すぎます……

私のとっておきの場所へ行きましょう」

「とっておきの場所?」

「はい。付いてきて下さい」


朝木は住処を出て空を飛んでいった。彼の後を麗華は狼姿に変わった焔に乗り付いて行った。


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氷の刃

吹雪の中、ハープを奏でる男。その音色は怒りに満ちていた。


「どんな怨みあるか知らねぇが、この村の奴等をさっさと解放しろ」

「……知ったことか。

散々妖をいじめていたくせに……」

「その代償で、今この村は大雪だ」

「大雪だけでは足らん。もっとこの者達を苦しめるくらいの罰を与えないと……」

「……それじゃあ、邪魔させて貰う。テメェの行為を」

「受けて立とう。僕に勝つことは出来るかな?」


広場に着いた麗華達。周りは森で覆い尽くされ広場の中心には平べったい岩があった。

 

 

「……ねぇ、どうしてここだけ、雪が降ってないの?」

 

「ここは私の食糧倉庫とでも言っておきましょう。

 

ここだけに太陽を照らし、雪を降らせていないのです」

 

「へぇ……」

 

「さぁ、弾きますから準備してください」

 

「ハーイ」

 

 

背負っていた琵琶を手に取り、朝木は弦を調整した。麗華は平べったい岩の上に立ち、深呼吸をした。

 

朝木は、弦の上に指を置きそして一本一本動かしていった。琵琶からは、言葉に出来ない音色が奏でられ、それに釣られて麗華は下駄をならし舞を始めた。

その舞はまるで、水面で踊っているように静かだった。

 

 

(……この音色。

 

 

夢で聞いた音色と一緒……そうか。朝木はずっと一人で琵琶を弾いて、そして誰かが来るのを待ってたんだ……

この音色で舞ってくれる者を、ずっと……)

 

 

琵琶を弾く朝木は目を瞑り、昔を思い出していた。麗華が立っている岩はかつて自分が座り、琵琶を弾き聞きに来た村人達の疲れた心を癒やした。

村人達は、聞いた後まるで疲れが取れたかのように笑い合い、そして自分に感謝してくれた。そして、自分の琵琶に合わせて舞をしてくれた……

 

弾く手に何滴もの水が落ちてきた。それは朝木の目から流れ出ていた涙だった。

 

 

(……美しい舞だ。

 

こんな……こんな安らかな気持ちになれたのは、いつ以来だろう……)

 

 

「いい舞だねぇ……」

 

「?」

 

 

その声が聞こえ、朝木は手を止め後ろを振り返った。焔は岩の上にいる麗華の隠すように、腕を掴み自分に寄せた。

 

茂みの中から出て来たのは、血塗れになったハープを持った男だった。

 

 

「何故ここに……

 

ここは、私以外の者は入れないはずなのに……」

 

「琵琶の音色に導かれ、ここへ来たまで。

 

舞子さん、今度は俺のハープで舞してくれねぇか?」

 

 

焔の後ろに隠れていた麗華は、顔を出して首を横に振った。

 

 

「琵琶法師の願いは聞いたのに、俺の願いは聞いてくれないのか?」

 

「……私は好きでやっただけ。朝木に命令されてやったんじゃない」

 

「この子に手を出すのではあれば、容赦はしませんよ」

 

 

背中から水色の翼を出し、朝木は只ならぬ妖気を発した。そんな彼に、男は口笛を吹きながら笑みを溢した。

 

 

「そんな殺気立たなくても……その子には何もしませんよ」

 

「ならば、早くここから立ち去りなさい」

 

「嫌なこった。ここの村人、全員食べるまで立ち去らねぇよ。

 

さっきな、棍棒使いの男とデケェ狼と闘ってきたんだ」

 

「棍棒使いの男?

 

それって……」

 

「輝三……

 

デカい狼は、竃」

 

「いやぁ、手こずったよぉ。倒すのにあんな時間がかかるなんて」

 

「え?」

 

「まさか、ハープの血は」

 

「ビンゴ。

 

あの男と狼の血だよ。まぁ今頃は、真っ白な雪が真っ赤に染まってるかもな」

 

 

その言葉に怯えるかのように、麗華は焔の手を強く握りながら、彼に抱き着いた。

 

 

「あなたが欲してるのは、村人達なのでは?

 

なぜこの子の家族を殺すんです?」

 

「邪魔するからに決まってんだろ?それとも、そこにいるガキも邪魔する気か?」

 

「……焔」

 

「承知」

 

「雷光!アンタも」

 

 

振袖の中にしまっておいた札を取り出し投げた。札は煙を出し中から馬の姿をした雷光が現れた。

 

 

「……あなた、何者です?」

 

「陰陽師の家系、山桜神社の桜巫女を務める、アンタの贄」

 

「……」

 

「ヒヒ!何て、嘘。

 

さぁて、やりますか……焔、雷光」

 

「いつでも」

 

 

雷光は角に雷を溜め放った。放ってきた雷を男はハープの奏でる音で防いだ。ハープは雷を吸いそして、男が指を動かしハープを奏でると、弦から雷光が放った雷が放たれてきた。

 

 

「嘘?!反撃」

 

「攻撃を吸う武器か……厄介だ」

 

「ハープを壊さない限り、攻撃は不能です」

 

「……」

 

 

「水術、五月雨!」

 

 

男の頭上から、水の槍が無数に降ってきた。男はそれを全て琴で防いだ。

 

 

「俺に攻撃しようが殺そうが構わねぇ……

 

けどな、弟のガキには指一本触れさせねぇ」

 

 

額から血を流しているのか、巻いている布が赤く染まっており、ズタズタに切られたコートを肩に羽織り、口に煙草を銜えた輝三が木に手を掛け立っていた。

 

 

「こ……輝三!」

 

「おや、しぶとい……

 

けど、どんなに強くても、人質を取られては一巻の終わりでしょう」

 

 

男はハープを奏で吹雪を起こした。吹雪は麗華の周りを覆い始めた。覆った瞬間、朝木はすぐに彼女の手を掴み自分に寄せ、羽から氷の刃を出し飛ばした。男はすぐにハープの音を変え氷の刃を防いだ。

 

 

「人質を取るなど、恥たない……

 

この子に手を出した限り、もう……あなたを許しません」

 

「面白ぉ……じゃあ、やりましょう!」

 

 

ハープで防いだ氷の刃を、朝木に投げ付けた。朝木は麗華を焔に渡し、手から氷の礫を出し刃を防いだ。焔は麗華を連れ雷光と共に、輝三の元へと行った。

 

麗華はすぐに輝三に飛び付いた。輝三は抱き着いてきた彼女の頭に手を置き肩に掛けていたコートを掛けながらしゃがんだ。

 

 

「心配掛けちまったな」

 

「全く、幼い子供に心配掛けてどうする」

 

「ヘイヘイ……今回は俺が悪かった」

 

「白水に怒られてやんの」

 

 

その時、朝木が自分の方へ飛ばされてきた。ハープを奏でる男は、不敵な笑みを溢しながら自分達の方へ近付いてきた。

 

 

「朝木!」

 

「早くここから、逃げてください!あなた達までこの戦いに」

「既に巻き込んでんじゃん……」

 

「……」

 

「朝木……

 

私も……輝三も……焔も雷光も、竃も白水も……

 

 

皆、戦える」

 

「いいねぇ……仲間って」

 

「……」

 

「戦えるねぇ……

 

どこまで、戦えるかな?生身の人間が」

 

 

指を噛み血を出した麗華は、振袖から札を取り出し血を付け薙刀を出した。

 

 

それを見ると、男はハープを奏で氷の礫を飛ばしてきた。麗華は薙刀を使って高く飛び、それを合図に焔と竃は火を放った。




戦いを始めた頃、雪が積もった山が揺れ、そして積もった雪に亀裂が入った。


“ゴォォオオオ”


雪が流れ落ちる音が、山中に響き渡った。


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氷の絶壁

『朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』


私は、親も分からずその森にいた。琵琶だけが、ただ一つの親の形見だったのかも知れない……


『私も親はいないよ……家族もいない。


でも……朝木がいてくれるから、全然寂しくないよ』


琵琶を弾く度に、あの人はいつも舞ってくれた……そして、笑っていた……

時が経つうち、あの人の体はどんどん衰えていった。そしていつしか、舞うことが出来なくなった……


『朝木がいてくれたから、私……幸せだった。


あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

皆の心を癒やしてあげて』


あの人は笑顔でそう言って……亡くなった。


息を切らし膝を付く麗華達。朝木は白水に治療されながら、彼女達の闘いを観戦していた。

 

 

「……」

 

『アンタ、優しいんだね』

 

(……何故)

 

『朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』

 

(……私は)

 

 

村人達から暴行を受けて以来、自分の中で氷の絶壁を作り誰にも心を開こうとしなかった……

だが、その壁を溶かしいつの間にか、自分の陣地へあの子は入ってきた。

 

 

『だから朝木の気持ち、少しは分かるよ』

 

『麗は昔、人から酷いいじめを受けてたんだ』

 

 

「……何故」

 

「?」

 

「何故……ここまで私を」

 

「……ほっとけないからでしょ」

 

「……」

 

「麗華の奴、人より私達妖怪が好きだから。

 

 

昔から、アイツは妖怪が大好きで……怪我をしてる奴を見ると、いつも手を差し伸べて手当てしてた。

 

だから、ほっとけないんだよ。貴様みたいに独りになり、分厚い壁を作った奴は特に」

 

 

膝を付いていた麗華と輝三は、武器を使いながら立ち上がり構えた。男は笑みを溢しながら、ハープを奏で氷の礫を放った。礫は容赦なく麗華達の体に当たり、脚に当たった麗華はその場に尻を着いた。

 

 

「もはやここまで……

 

勝ち目は無い」

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じたのか、麗華は辺りを見回した。同じように焔達も辺りを見回し始めた。

 

 

「どうした、麗華」

 

「……聞こえない」

 

「?」

 

「鳥の声が聞こえない……

 

それに、何か変」

 

 

“ゴォォオオオ”

 

 

何かが流れ落ちる音と共に、地面が揺れた。輝三はふと山の方に目を向けると、雪が流れ落ちていた。

 

 

「雪崩だ!!」

 

「このまま流れたら、あの村を飲み込むぞ!」

 

「やっとだ……

 

やっと復讐出来るよ」

 

「テメェの復讐って、何だいったい……)

 

「……そこにいる、朝木を傷付けた復讐だ」

 

「?!」

 

「俺と朝木は、ある雪山で生まれた……

 

だが、ある吹雪の日……朝木は消えた」

 

「……」

 

「俺はずっと、探し続けた。たった一人の肉親を……兄弟をずっと……

 

 

そして、この村に辿り着き見つけた。

 

血塗れの手で、琵琶を弾くお前を」

 

「……」

 

「朝木……消えてなんぼだろ?憎い村人達が、あの雪崩で消えるんだからな」

 

「……確かにそうかもね。

 

 

琵琶の音色を、金儲けの為に使って……

 

けど、その音色は……凄く綺麗で、皆の心を癒す力がある。

それは、朝木が優しいからだよ」

 

「……」

 

『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

 

朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』

 

 

朝木は吹雪を起こし、巨鳥の姿に変え雪山の方へ飛んでいった。彼の後を男は追い駆けていった。

 

 

「輝三、私達も!

 

焔!」

 

「竃!」

 

 

二匹はすぐに輝三達の背中に乗せ、二人の後を追い駆けていった。

 

流れる雪……そこへ朝木は行き、氷の技を放った。氷は一時的に雪崩を食い止めた……だが、その氷を追い駆けてきていた男に壊され、また雪崩が再開した。

 

 

「何故助けようとする!

 

貴様をいじめた奴等を何故!」

 

「……確かに暴力は受けました。

 

しかし、地獄から救ったのは、人の子です」

 

「……」

 

「あなたが家族というのであれば、私の気持ちが分かるはずです……あなたが……兄だというのであれば」

 

 

朝木は人の姿へと戻りながら、男にそう言った。そして朝木は雪崩に近付き、氷を放った。

 

固まっている男に、焔に乗った麗華は近付き話し掛けた。

 

 

「朝木は優しいよ。

 

だから、被害に遭ってもほっとけないんだと思う……あの村人達を」

 

「……」

 

 

雪崩の元へと行く朝木の姿を、男はしばらく眺めた。

 

最後に会ったときは、まだ小さく頼りないものだった。だが琵琶を弾かせれば天下ものだった。

朝木の琵琶と自分のハープで演奏をすると、森に住む小さな妖怪や動物達が喜んだ……

 

だが、朝木はある日煙のように姿を消した。そして月日が経ち見つけた……この村で、指を血塗れにして琵琶を弾く朝木を。

 

 

(……朝木)

 

 

迫り来る雪崩。氷で壁を作るが、力が及ばず壁を作ってもその壁すぐに崩壊してしまった。

 

 

(勢いが強すぎる……このままだと)

 

「朝木!

 

俺が水を出す、それを凍らせろ!」

 

「……はい!」

 

 

男はハープから滝の様に水を出した。水は雪崩の前に流れ落ち、その水を朝木は凍らせ分厚い壁を作った。

雪崩の勢いは収まり、そして氷の壁を壊し止まった。

 

 

「止まった……!」

 

 

近くにいた男は、ハープを落としそのまま真っ逆さまに落ちていった。

 

 

「兄上!!」

 

 

朝木は彼の後を追い駆けていった。その光景を見ていた麗華は、焔から飛び降り二人を追い駆けていった。

 

 

「麗!!」

 

「あの馬鹿!何考えてんだ!」

 

 

焔と輝三はすぐに彼女を追い駆けていった。

 

落ちていく男……その先には氷の刃が待っていた。朝木は手を伸ばし彼の手を掴もうとした。

 

 

(……また無くすのか。

 

大事なものをまた)

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前のものを助ける!」

 

 

その声に朝木はハッと顔を上げ隣を見ると、そこに白いオーラを纏った札を構えた麗華がいた。

 

 

「いでよ!氷室!」

 

 

札は氷を出し、男の先にあった刃を砕いた。壊れた氷の地に男は落ちた。何とか難を逃れた男の元へ、朝木は降りていき、共に落ちていた麗華を追い付いた輝三は下でキャッチした。

 

 

「ナイス!輝三」

 

 

キャッチした麗華の頭を、輝三は思いっ切り殴った。麗華は殴られた箇所を抑え、涙目で彼を見た。

 

 

「何で?!」

 

「阿呆が!!死ぬ気か!」

 

「ああでもしないと、間に合わなかったんだ!仕方ないでしょ!」

 

「……ったく。

 

あんまり、無茶すんじゃねぇぞ」

 

 

安堵の息を吐き、彼女の頭を雑に撫でた。そして二人は朝木の元へと行った。



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氷華の舞

氷の地に倒れる男……近くには粉々になったハープが落ちていた。


ハープが壊れたおかげか、村に住む者達を凍らせていた氷は溶け、皆外へと出た。外は雲一つ無い空になっており、村の雪が溶け始めていた。


しばらくして近くに、朝木が降りそして麗華達が降り立った。麗華と輝三は白水と雷光を戻し、彼の元へ行った。

 

 

「……朝木。

 

俺はずっと、お前がこの村の者達を恨んでいるんではないかと思っていた。お前は幼いときから、優しい上に人を殺すことが出来なかった……」

 

「……」

 

「輝三……

 

白水の力で、アイツを治せないの?」

 

「無理だ……

 

こいつは寿命を迎えてる……もうどうすることも」

 

「……そんな。

 

 

朝木、琵琶弾いて」

 

「?」

 

「アンタが望んでた舞、見せてあげる」

 

 

麗華は氷の中央に立った。朝木は琵琶を持ち弾きだした。輝三は男の傍へ行き、体を起こし彼女の舞を見せた。

 

麗華は下駄を鳴らし、朝木の琵琶の音色に合わせて舞った。その舞はまるで、ちらつく小雪の様だった。

 

 

「……雪みたいだ。

 

空から降ってくる小雪の様だ」

 

「兄上」

 

「俺は……こんな綺麗な舞を見たのは、初めてだ。

 

朝木」

 

「……はい」

 

「……俺はもうすぐ死ぬ。

 

せっかく会えたのに、また別れてしまう……もう決して会うことの無い別れだ」

 

「……兄上」

 

「……お前さん、別の形で生きてぇとは思わねぇか?」

 

「?」

 

「お前等二人は兄弟だ……お前が死ぬ前に、朝木の体と融合すれば、お前は生きられる」

 

「……」

 

「私はいいですよ。兄上」

 

「……よろしく頼む」

 

 

琵琶の音色が止み、朝木は男の前に座り手を握り意識を集中させた。すると彼の身体から吹雪が起き、二人を包み込んだ。

 

強風が吹き荒れ、輝三は飛ばされそうになった麗華を抱き寄せ、麗華は彼にしがみついた。

 

 

やがて 風は止み吹雪は収まり、中から一人の男が現れた。麗華は輝三から離れ、彼に近寄り声を掛けた。

 

 

「……朝木?」

 

 

声に気付いた男は、ゆっくりと振り返った。

外見は朝木の姿だった。水色の髪を長く伸ばし僧侶の格好をし、笠を脱いだ朝木……手には先程まで持っていた琵琶の代わりに錫杖は握られていた。

 

 

「今の私は、朝木でも何でもありません……」

 

「……朝木、琵琶」

 

「無くなりました……もう弾くなと言う意味でしょう」

 

「……」

 

「断ち切ってくれたんじゃねぇのか?

 

兄貴がお前の心を縛っていた何かを取り除いた……その証であった琵琶を消し、錫杖を持たせた……多分その中に、兄貴の魂が眠ってると思うぜ。

 

お前が持っている氷と兄貴が持っていた水と氷……」

 

「……」

 

「やったじゃん!朝木、氷の技が最強になって新たに水の技が出来るんじゃん!」

 

 

笑顔で言った麗華だったが、そのままで仰向けに倒れた。

 

 

「麗!」

 

「疲れが出たんだ……この寒さでこの格好だ」

 

 

持っていたコートを掛け、輝三は麗華を抱き竃に乗り村へと戻った。彼等の後を焔は追い駆けていき、朝木は彼等とは反対の方向へと飛んでいった。

 

 

村に戻った輝三は、村長の家へと入り、自分達が泊まっていた部屋に入り、熱で眠っている麗華を布団に寝かせた。電話を借り、事件は解決したと報告し部屋で付きっ切り麗華の看病をした。

 

その様子を、朝木は離れた場所から見ていた。

 

 

「もっと近くで見りゃいいじゃねぇか?

 

気になるなら」

 

 

声が聞こえ振り向くと、焔がそこにいた。

 

 

「……」

 

「麗なら、心配ねぇよ。

 

熱が引いたら、すぐに元通りだ」

 

「……」

 

「お前、これからどうすんだ?」

 

「……」

 

「この山に住み続けるのか?それとも、この山を出て旅を」

 

「……以前に言いましたよね。

 

私は人を好きになったことはあると……」

 

「あぁ」

 

「そして、その方は年老いて亡くなったと……

 

同じ悲しみを味わいたくないんです……同じ悲しみを」

 

「……人はいつかは死ぬ。

 

けど人って、俺等妖と違ってあるものを残せる」

 

「あるもの?」

 

「主の血を引いたガキだ。

 

 

いつかはガキが出来る。そして俺等白狼一族にも……

 

お前と雷光は死なないだったら残った麗のガキと俺のガキを守ってくれ。ずっと……この先。

 

自分達が死ぬまで」

 

「……

 

馬鹿に言われたくありません」

 

「んだと!!」

 

「しかし、いいアドバイスをどうも。

 

もう少し考え、答えを出したらまた会いに来ます」

 

 

笠のツバを持ち、朝木はどこかへ飛んでいった。

 

 

熱で眠る麗華。意識が無く、顔を赤くして眠っていた。額に置かれているタオルを取り替えながら、輝三はため息を付いてた。

 

 

やがて外は陽が沈み、夜を迎えた。

麗華の熱は上がり、彼女の顔は一層赤くなり苦しそうに咳を仕始めた。

 

 

「やべぇな……

 

こりゃあ、コイツが治るまでここに泊まらねぇと……」

 

「けど、二日後には帰るんじゃ……」

 

「俺が怪我してるから、一日延ばして貰った。

 

けど、麗華のこの熱じゃ後四、五日は必要だ」

 

「……」

 

「熱さえ引けば、何とかなるんだけどなぁ」

 

 

しばらくして、輝三は怪我と疲れで麗華が眠る隣の部屋で寝入ってしまった。

 

 

「ゲホゲホゲホゲホ!」

 

 

咳をしながら、麗華は息を切らし目を開けた。

 

 

(あれ?ここは……

 

身体が熱い……それに重い。

 

焔……どこ?輝三……竃)

 

 

名前を呼ぼうとしたが、咳のせいで麗華の声は出ずにいた。その時、硝子戸が風に当たり音を立てた。そして窓に影が映った。

 

 

(……誰だろ)

 

 

窓を開けその影は、中へ入ってきた。麗華は逃げようとしたが身体が動かせず、さらにまた眠気が襲い目が重くなった。

 

ぼやける視界の中、影は自分の傍に座りソッと手を額に置いた。するとその手から冷気が放たれ、麗華の熱を冷やしていった。

 

 

(冷たくて気持ちいい……)

 

 

意識が朦朧とする中、麗華は何とか目を開けその影の正体を見ようとしたが、視界がぼやけて見えず、そのまま目を瞑り眠りに入った。

 

 

翌日……

 

麗華はゆっくりと目を開けた。隣の部屋を見ようと顔を向けた。襖の隙間から見えたのは、新聞を読む輝三の背中だった。

 

寝返りを打ちながら起き上がると、傍で鼬姿をした焔が麗華の肩へと登り、頬擦りした。彼女が起きたのに気付いたのか、襖に手を掛け輝三は開けた。

 

 

「起きたか」

 

「輝三……」

 

「熱は引いたみてぇだな。

 

これなら、明日には帰れるか」

 

「今日でもいいのに……」

 

「駄目だ、寝とけ」

 

 

話し合う二人の姿を、朝木は外から眺めていた。笑う麗華の姿を見た朝木は、ホッとしたかのように息を吐き、その場から姿を消した。



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三人の証

お昼を済ませた後、輝三は用があるという事で、表へと出た。

 

 

一人残った麗華は、持ってきていたソーイングセットを出し、作りかけのマスコットを作り出した。

 

 

「何作ってんだ?」

 

「内緒」

 

「何だよ……

 

程々にしろよ」

 

「うん」

 

 

焔は一つあくびすると、目を閉じ眠りに入った。

 

 

“チリーン……チリーン”

 

 

鈴の入った手鞠をつく朝木。

 

 

『朝木は優しいから、皆に愛されるんだよ』

 

『あなたの琵琶は、心を癒やす力がある……

 

皆の心を癒やしてあげて』

 

 

ふとその言葉を思い出した朝木は、壁に立て掛けていた錫杖に目を向けた。

 

 

(……私にはもう、心を癒やす力など持っていない。

 

これから、どうするべきか)

 

『お前と雷光は死なないだったら残った麗のガキと俺のガキを守ってくれ。ずっと……この先。

 

自分達が死ぬまで』

 

(……)

 

『朝木は、優しいね』

 

 

朝木の脳裏にふと、麗華の笑顔が蘇った。短い間だったが彼女と共にいる時、とても楽しかった。今まで何人もの少女と過ごしていたが、これ程心に残るような少女はいなかった。

 

 

(……あの子の笑顔を、もう一度……もう一度)

 

 

 

マスコットを作る麗華。縫い終わり糸を切り、出来ていたもう二つのマスコットと並べた。

 

 

(出来た……後は紐を通して、ペンダントみたいにすれば……

 

?)

 

 

窓ガラスが風で鳴り、麗華は顔を上げ窓を見た。

 

 

(……誰だろ)

 

 

立ち上がり、肩に掛けていた掛布団を取り出た麗華は、窓を開け外を見た。その時、強風が吹いたかと思うと、麗華は宙に浮きそのままどこかへ連れて行かれた。

 

 

目を開ける麗華……

 

洞窟の中におり、手足が氷で固められ、身動きが取れなくなっていた。

 

 

(……油断した。

 

まさか、最後の最後になって……妖怪にさらわれるなんて)

 

 

「お目覚めですな?」

 

 

洞窟の出入り口に、その声の主はいた。

 

 

「……誰?」

 

「雪男……とでも言っとくか。

 

テメェをさらえば、あの阿呆鳥を誘き出せると思ってな」

 

「誘き出す?何で」

 

「雪を降らして貰わねぇと、俺がこの山に住めなくなるからだ。

 

せっかく、住み心地のいい山見つけたんだ」

 

「……だからって、私をさらうな。本人に言え」

 

「断られちゃ困るんでな」

 

「……どうでもいいけど、この氷溶かしてくれない?

 

私、逃げないから」

 

「そりゃあ駄目だ。変な行為されちゃ、困るからな」

 

「変な行為って……」

 

「とにかく、大人しく」

 

 

“ビュー”

 

 

「?」

「来たか」

 

 

そこに立つ、黒い影……錫杖を手にした朝木が立っていた。

 

 

「朝木……」

 

「どう言うつもりかは知りませんが……その子を返して貰いましょうか」

 

「そんじゃ、またこの山に雪を降らせろ。そしたら返してやる」

 

「……もう雪を降らすつもりはありません。

 

私はもう、この村から出て行きます。あなたもこの地を去り、別の地で」

「うるせぇんだよ!!」

 

「?!」

 

「この山を離れろだ?

 

せっかく、住み心地のいい山見つけたんだ!さぁ、早く雪を降らせろ」

 

 

持っていた短剣で、雪男は麗華の頭を掴み、首筋に当てた。すると朝木は、手から氷の息を出し彼女の首筋に当てていた短剣を凍らせた。

 

 

「な!」

 

(スゲェ……)

 

「これ以上、その子に手を出すというのであれば……あなたを氷漬けにします。永久に」

 

 

鋭い目付きで朝木は静かに、雪男に言った。雪男は震えだし、麗華の氷を解かすとすぐさまその洞窟から立ち去り、どこかへ行ってしまった。

 

氷から解放された麗華は、朝木に飛び付いた。朝木は飛び付いてきた彼女に驚きながらも、そっと頭に手を置き撫でようとした時、麗華は彼の手を握った。

 

 

「?」

 

「……やっぱり」

 

「……あの」

 

「朝木だったんだ。私の熱、冷ましてくれたの」

 

「……」

 

「ありがとう!」

 

「……」

 

「ねぇ、朝木さえよければ……私の式神にならない?」

 

「式神?」

 

「私が死ぬまで、ずっと守り続ける……それが、式神の役割。

 

私、アンタが気に入った」

 

「……」

 

「それに私の家、琵琶あるからいつでも弾けるよ」

 

「……

 

 

明日でもよろしいですか?そのご返事」

 

「うん!」

 

 

朝木は鳥の姿になり、麗華を送り届け自分の住家へ戻った。

 

 

その夜、朝木は夢を見た。水の中をフワフワと飛んでいると、どこからか懐かしい声が聞こえ、声の方に顔を向けるとそこにいたのは、桜の簪を着けたかつて自分が愛した女性だった。

 

 

『朝木……ありがとう。私の約束、ずっと守ってくれてたんだ』

 

「あなたがくれたお言葉が……嬉しく、それに応えたかったんです」

 

『フフ……朝木らしい。

 

 

でも、もういいのよ』

 

「?」

 

『朝木には、もう琵琶はない……けど、それは新しい道を見つけたってことよ』

 

「……」

 

『新しい人が見つけたんじゃない?私と同じくらい、大事な人が』

 

「……しかし」

 

『朝木……もういいのよ。

 

私は、ずっとあなたの事見てた。それで分かった……』

 

「……」

 

『あなたは、あの子と一緒にいると、いつも笑ってる。まるで私と一緒に過ごしていたかのように……ううん、それ以上に』

 

 

その言葉に、朝木の眼から涙が流れてきた……涙を流したのは、いつ振りだろう。すると女性は姿を変え、年老いた姿になり、皺くちゃになった手を伸ばし朝木の眼に溜まった涙を拭いた。

 

 

『泣かないでください……私は、あなたと一緒にいられて、とても幸せでした。

 

今度は、あなたが幸せになってください』

 

 

満面な笑みでそう言うと、女性は泡となり姿を消した。

 

 

「……」

 

 

そこで夢は終わり、朝木は目を覚ました。目には泣いた後であろう、乾いた涙があった。

 

 

『今度は、あなたが幸せになってください』

 

 

女性が見せた最後の笑顔……その笑顔は、どこか麗華の笑顔と似ていた。錫杖を持ち外へ出ると、外は朝陽が昇り辺りは明るくなっていた。

 

 

車から降りる麗華。

 

村を離れ、町役場の人に駅まで送ってくれたのだ。輝三は送ってくれた男性に礼を言いながら、荷物を受け取りその車を見送った。

 

 

「切符を買ってくる。ちょっと待ってろ」

 

「うん……」

 

 

輝三は切符売場へ行くと、麗華は字が書かれた紙を手にしながら、空を見上げた。

 

 

(……朝木)

 

「結局、来なかったな……あの阿呆鳥」

 

「……?」

 

 

冷たいそよ風が吹き、麗華はハッと顔を上げた。そこに降り立つ見覚えのある姿……僧侶の格好をし水色の髪を下ろし笠を被り、手に錫杖を持った男。

 

 

「朝木!」

 

 

その姿を見た麗華は、朝木に駆け寄りそのままの勢いで飛び付いた。朝木は飛び付いてきた麗華を受け止め、彼女を自分から離し、前で膝を付き頭を下げた。そして手から氷、錫杖から水を出した。

 

 

「生涯、あなたに仕えることを、この氷と水に誓います」

 

「朝木……」

 

 

手に持っていた紙を掴み麗華はお経を唱えた。すると朝木はその紙の中へと、煙のように吸い込まれていった。朝木を吸い込んだ紙は、術式が書かれ人型の紙へと変わった。

 

 

「雷光の時と一緒……」

 

「雷光も出して、顔合わせしようぜ」

 

「うん!

 

朝木!雷光」

 

 

紙を投げ、雷光と朝木を出した。雷光は人の姿のまま現れ、目を開け隣にいた朝木に驚き焔を見た。

 

 

「新しい仲間だ。いろいろ教えてやれよ、先輩」

 

「は、はぁ……」

 

「あぁ、そうだ。

 

改めて自己紹介させてもらう。俺は焔。白狼一族のもんで、火の術を得意とする」

 

「某は雷光と申す。雷と風を得意としする。何卒よろしくお願いする」

 

「こちらこそ」

 

「今日から、よろしくね。朝木」

 

「……」

 

「朝木?」

 

「あの……

 

名前、変えて貰いませんか?」

 

「え?」

 

「『朝木』は……確かに私の名前ですが……

 

今ここにいる私は、もう朝木でも何でもありません」

 

「……いいよ。

 

考えてた名前、あるし」

 

「へぇ、どんなのだ?麗」

 

「氷鸞!」

 

「ひょう……らん?」

 

「うん!

 

 

氷の神で、姿が鳥でしょ?だから」

 

「……」

 

「気に入らなかった?」

 

「い、いえ!

 

気に入りました……ありがとうございます」

 

「じゃあ、これからは氷鸞ね。よろしく!

 

 

私のことは麗って呼んで構わないから」

 

「ハイ……麗様」

 

(様って……)

 

(こりゃあ、雷光より面倒くせぇ)

 

「それより、焔。

 

あなた、昨日主が危険な目に合っていた時、どこで何をしていたんです?」

 

「!

 

そ、それは……」

 

「全く、これだから馬鹿は」

 

「!!んだと!!」

 

「何です?バカをバカと呼んだだけですよ?バカ犬さん」

 

「この!!阿呆鳥!!もういっぺん、言ってみろ!!」

 

「何度でも言いますよ?バカ犬さん」

 

「喧嘩は駄目!

 

ほら、これ上げるから、仲直り」

 

 

喧嘩する二人の間に入り、麗華は来ていたコートのポケットから色の違う桜のマスコットを取り出した。

 

 

「麗……これ」

 

「お守り。三人が私の右腕だっていう証」

 

「……」

 

 

それぞれのマスコットを手にしながら、三人は互いの顔を見合わせた。焔には赤い桜のマスコットを、雷光には黄色い桜のマスコットを、そして氷鸞には青い桜のマスコットをくれた。

 

 

「アンタ達……しっかり、私を守ってね。

 

そして、ずっと一緒にいてね」

 

 

笑顔で、麗華はそう言った。三人はしばらく固まっていたが、マスコットを握り締め彼女に抱き着いた。

 

 

そんな光景を、輝三は竃と共に静かに見守った。




雪山の奥にある洞窟……

そこは、かつて『朝木』という、守り神が住んでいた場所。

けどそこには、もう誰も住んでおらず、中にあるのは生活環に溢れた家具が残されていた。


そして部屋の中心に置かれていた机には壊れたハープと鈴の着いた簪、そして氷でできた一輪の花が添えられていた。


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変わる存在

長い冬が終わり、春が過ぎ、そして夏が来た。

麗華にとって、輝三の家に来て二度目の夏だった。輝三の家に来てから、一年が経った。


一年前より、麗華は背が伸び体つきも変わった。それだけではなく、性格も変わりつつあった。極度の人見知りが人付き合いが苦手な性格になり、そして感情を家族以外にはあまり表へ出さなくなった。口調も変わり輝三と泰明の影響からか、喋り方も変わった。

しかし中身は変わっても、外見は変わらなかった。ずっと伸ばし続けていた髪は腰下まで伸びた。輝三の目には今まで幼い輝二に見えていた麗華だったが、だんだんと優華に見えるようになった。


二度目の夏休みに入り、受験が終わり晴れて高校生になった龍二は、お盆休みに入ると再び修行を受けに、輝三の家に向かった。

 

冬休みは行けず、春休みは高校の準備があったため、一週間しか行けなかった。その間に見せてくれた、麗華の新しい式神の氷鸞や、技の上達を見て龍二は喜びに満ちていた。

 

 

駅へ着き、長い坂道を登り、龍二は輝三の家へと着いた。境内には、泰明と組み手をする麗華の姿があった。

 

 

(アイツ……また背、伸びた?)

 

 

「よぉ、龍二」

 

 

声の方に振り向くと、煙草を銜えた輝三が歩み寄ってきた。

 

 

「輝三」

 

「久し振りだな。どうだ高校は」

 

「満喫してるよ。緋音や真二も一緒だからさ」

 

「そうか」

 

「麗華の奴、また背ぇ伸びたよな?」

 

「そういや伸びたな。

 

丁度、お前の胸下くらいだ」

 

「胸下……って、メッチャ伸びてんじゃん!!」

 

「そうか?」

 

「そうだよ!!

 

俺が春休みに来た時はまだ、全然そこまで伸びてなかったよ!!」

 

「背が伸びても、胸の方は優華よりはない」

 

「このエロ爺!!何、人の妹の体を厭らしい目で見てんだ!!」

 

「勘違いすんな。今のは泰明の言葉だ」

 

「……後でぶっとばしてもいいか?」

 

「好きにしろ」

 

 

組み手が終わった麗華は、里奈が持ってきてくれたタオルで汗を拭いた。ふと鳥居の方を見ると、そこから輝三と共に歩いてくる龍二に気付いた。

 

 

「あ!兄貴!」

 

「……」

 

 

麗華の言葉に、龍二は一瞬凍りづいたかのように固まった。傍にいた渚は、固まった彼の軽く頭を打ち意識を取り戻させた。龍二は火が点いたかのように、目から涙を出しそして近くにいた泰明を殴り飛ばした。

 

 

「何で?!」

 

「泰明さん、人の大事な妹を…よくも」

 

「へ?俺、何かした?」

 

「自分の胸に手を当てて、考えなさい。

 

麗華ちゃん、お風呂で汗流してきちゃいな」

 

「はーい」

 

 

家の中に入る里奈にるられて、麗華は中へ入り彼女に続いて焔と阿修羅も入り、輝三とかまども中へと入った。

 

 

「おい!見捨てるな!」

 

「泰明さん!」

 

「!!」

 

「覚悟は……いいですね?」

 

 

数分後……ボロボロになった泰明は、縁側に倒れていた。龍二は居間で、美子に出されたお茶と団子を麗華と一緒に食べていた。

 

 

「ねぇ、何で泰明さんを殴ったの?」

 

「お前には関係ない」

 

「……」

 

「それより麗華、かなり腕上げたじゃねぇか?組み手」

 

「泰明がずっと相手してくれてるから、麗華ちゃんとっても強くなったのよ」

 

「へぇ……」

 

 

悪戯笑みを浮かべながら、龍二は団子を片手に麗華を見た。麗華は恥ずかしそうに団子を持ったまま、龍二の背中に回り凭り掛かって座った。

 

 

「やっぱり、いくつになってもお兄ちゃん子ね」

 

 

凭り掛かり座る麗華の元へ、よちよち歩きの果歩がやって来た。果歩は麗華に、リボンの着いたゴムを渡し彼女の手を握った。

 

 

「……髪結ぶの?」

 

「アー!」

 

「果歩、本当に麗華ちゃんにベッタリだね。

 

歩き出すようになってから、いつもいつも麗華ちゃんにくっついて歩いてるもの」

 

「へぇ……」

 

 

果歩の髪を結び終えると、輝三は倒れている泰明の尻に蹴りを入れ起した。それを合図に、麗華は下ろしていた髪を結び、龍二はお茶を飲み干すと表へ出た。

 

 

 

龍二と組み手をする泰明。輝三と組み手をする麗華。

 

そんな彼等の元へ、駐在さんが自転車をこいでやって来た。麗華は即座に龍二の後ろへ隠れ、三人は組手を止め、やって来た駐在さんを眺めた。

 

 

「こちらに、神崎輝三警部補っていますか?」

 

「俺だが」

 

「(顔怖い……)

 

じ、実は、あなたにお願いがあってきました」

 

「願い?」

 

 

一時修行を止めた龍二と麗華は、里奈の部屋へ行き泰明は除くようにして、隣の部屋から二人の話を聞いて見ていた。

 

 

「山に妖怪だぁ?」

 

「先程……登山客が言ってきたんです……

 

妖怪に襲われたって……それで、本部の方に連絡したら……刑事課の方に、そういう系統を担当してる人が居ると聞いて……それで」

 

「俺に頼んできたって訳か……」

 

「……ひ、引き受けてくれます?」

 

「いいぜ。

 

今日にでも、行ってやる。場所はどこだ」

 

 

しばらくして、話は終わり駐在さんは帰って行った。

 

輝三は、龍二達を居間に呼び先程の話をした。

 

 

「山に住む妖怪……」

 

「この近くにある山だ。

 

俺と泰明、それからお前等二人も来て貰う」

 

「それ、いつ行くんだ?」

 

「今からだ」

 

「今から?!」

 

「さっさと支度しろ」

 

 

 

山へとやって来た輝三達。

二手に分かれて、原因の種となっている妖怪を捜すことにした。

 

 

森の中を歩く龍二と麗華。

 

 

「ちっとも見つからねぇな……」

 

「もっと奥にいるんじゃないの?」

 

「けど、登山客用のルートはこの道で合ってるし……」

 

「……?」

 

 

何かの気配を感じ取った麗華は、前方に目を向けた。

 

 

「どうした?」

 

「……何か来る」

 

 

麗華の言葉通り、二人の前にそれは現れた。背中に触手を出し体はヘラジカの様にデカく、角を二本生やしていた。

 

 

「……これ、妖怪?」

 

「……妖怪……だな」

 

「凄い妖気……

 

何か、勝ち目がない」

 

 

妖怪は雄叫びを上げ、二人に突進してきた。焔と渚はすぐに狼の姿へと変わり、二人を背に乗せ攻撃を避けた。

 

妖怪は口から紫色の液を出し、二匹に攻撃した。二匹は攻撃にギリギリに避け、即座にそこから立ち去ろうとした。

だが、その攻撃は毒だったのか、渚と焔の身体が紫色に変わり、真っ逆さまに森の中へと落ちていった。

 

 

二人は木の枝に当たりながら、地面へ落ちた。焔と渚は麗華が出した氷鸞と雷光のおかげで、地面への衝撃は免れゆっくりと地へ降りてきた。

 

 

「渚!!」

「焔!!」

 

「ひでぇ……雛菊、二人を頼む!」

 

「氷鸞、雷光!攻撃!」

 

「承知」

「承知」

 

 

獣の姿へと変わり、二匹は氷と雷の攻撃をした。だが妖怪は、その攻撃を背中に生やしていた触手で、全てを防いだ。

 

 

「嘘……技が」

 

「麗様!

 

この者、火の攻撃以外は通用しない模様です!」

 

「え?!」

 

「待てよ……

 

炎を使える、焔も雛菊も使えねぇぞ」

 

「……」

 

「……麗華!

 

技を使うぞ!」

 

「了解!

 

氷鸞と雷光は、アイツの気を引いて!」

 

「承知!」

「承知!」

 

 

二匹が妖怪の気を引いている最中に、麗華と龍二はポーチから札を取り出した。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

「いでよ!!火之迦具土神!!」

「いでよ!!火之迦具土神!!」

 

 

二人が持つ紙が赤く光り出した。そして紙は炎を作り出し、目の前にいる妖怪を攻撃した。妖怪は見事に二人の攻撃に当たり、声を荒げて暴れ出した。暴れ出した衝撃で、雷光と氷鸞は飛ばされてしまった。

麗華と龍二は暴れ出した妖怪の攻撃を避けながら、武器を出し攻撃した。

 

二人の攻撃を阻む様にして、背中の触手が攻撃してきた。そして、その触手は麗華を攻撃しよう振ってきた。その攻撃を龍二は彼女をかばい受け、木に体を打つけそのまま座り込んだ。

 

 

「兄貴!!」

 

 

麗華はすぐに、龍二の元へと駆け寄ろうとしたが、それを触手は邪魔をした。そして彼女も木に体を打つけ座り込んだ。息を切らしながら、目の前にいる妖怪を見た。妖怪は暴れるのを止めると、別の木に凭り掛かり座る龍二にゆっくりと近付いた。

 

それを止めようと、麗華は立ち上がろうとしたが髪が切れた木の枝に引っ掛かり、身動きが取れなかった。何とか取ろうと髪を触るが、取れずハッと顔を上げ龍二の方を見ると、彼の前には既に妖怪が迫っていた。

 

 

(……嫌だ。

 

辞めて……誰も……誰も失いたくない。

 

 

もう、誰も傷付けない……大事なものは、全部……全部。

 

 

私がこの手で、全てを守る!!)

 

 

ポーチから小太刀を取り出し、自分の髪を握りそして髪に小太刀の刃を当て、勢いを付けて振った。



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大事なもの

幼い頃、母さんはいつも褒めてくれた。


『麗華の髪は、癖が無くて柔らかいね。

小さい頃の母さんとそっくり』


長く伸びた私の髪を梳かしながら、母さんはそう言った。

それが嬉しかった私は、髪を切るのを嫌がった。切る際は母さんが私を宥め、毛先を切るだけで後は伸ばしていた。


母さんが死んだ後も、髪を伸ばし続けた。ずっと……何年もの間、私を見守るかのようにして……


龍二の前に立つ麗華。意識を取り戻した龍二は、立ち上がりながらゆっくりと目を開けた。目の前に立つ麗華……だが、その後ろ姿は違っていた。

 

腰下まで伸びていた髪が、肩上までしかなかった。

 

 

「……麗華」

 

「氷鸞!水!

 

雷光!雷!」

 

「承知!」

「承知!」

 

 

二匹の攻撃を背に、麗華は龍二を見た。龍二は彼女の頭を雑に撫でると、前へと出て剣を構えた。

そしてふらついた妖怪目掛けて、龍二は麗華と共に武器を振り下ろした。攻撃が当たった妖怪は雄叫びを上げ、最後の力を振り絞り、麗華の脚に攻撃した。その攻撃を食らった麗華は、脚から血を出し、地面へと落ち転んだ。

 

麗華が落ちた共に、妖怪は力尽きたかのように倒れ、そして目をゆっくりと瞑った。

 

 

「……倒した。

 

 

!麗華!!」

 

 

倒れている麗華の元へ、龍二は剣をしまいながら駆け寄った。麗華は脚に出来た傷を押さえながら、起き上がった。二人の元へ、治療を終えた焔と渚が駆け寄ってきた。

 

 

「お前等、大丈夫なのか?」

 

「雛菊に治して貰ったから、一応」

 

「そうか……雛菊!

 

悪い、麗華を頼む!」

 

 

龍二の呼び掛けに、雛菊はすぐに駆け寄り起き上がった麗華の治療をした。

 

 

「傷口がかなり深い上に、毒が入ってる。

 

もしかしたら、今日の夜か明日にでも熱で魘されるぞ」

 

「雛菊……

 

もう、熱出た」

 

 

息を切らしながら麗華は、顔を真っ赤にして雛菊に言った。

 

 

治療を終え雛菊を戻した後、氷鸞は渚を雷光は焔を支え、麗華は意識朦朧とする中、龍二に背負られて山を下りていた。

 

 

「全く、主が大変な時に焔。あなたという人は」

 

「文句でもあんのか?」

 

「大ありですよ。馬鹿犬」

 

「んだと!!この阿呆鳥!!」

 

「焔、暴れると体に障ります!!」

 

「氷鸞!

 

私の弟を呷るな!!」

 

「っ……も、申し訳ございません(こ、怖い……)」

 

 

後方を歩く龍二は、そんな光景を見ながら面白可笑しく笑った。

 

 

「ったく、あいつ等。

 

何か、帰ったら賑やかになりそうだな?麗華」

 

「……」

 

「?」

 

 

背負っている麗華に目を向けると、彼女は疲れと毒で静かに眠っていた。

 

 

「……」

 

『嫌だ!髪切らない!』

 

『伸ばすんだもん!絶対切らない!』

 

『もう絶対切らない……母さんのもう一つの形見だから』

 

(……デカくなったのは、外見だけじゃなくて中身もか)

 

 

山を下り、集合場所へ着いた頃には、辺りは暗くなりかけていた。そこには待ちくたびれたかのように木に凭り掛かり転た寝をする泰明と阿修羅、煙草を吸う輝三の姿があった。

 

変わった麗華の姿を見て二人は少々驚いた。だがすぐに、輝三は微笑み龍二と麗華の頭を雑に撫で、共に山を下りていった。

 

 

それから四日間、麗華は熱で魘され眠り続けた。

 

 

そして五日目の午後……

 

 

「泰明!もっと腰を低くしろ!」

 

「分かってるよ!!」

 

「龍二!相手の動きから目を離すな!」

 

「了解!」

 

 

組み手をする二人の声で、麗華は目を覚ました。ボーッとしながら起き上がり、何気に頭を触った。

 

 

「!」

 

 

髪がないことに気付き、そして五日前に自分で切ったことをすぐに思い出した。

短くなった髪を触りながら、麗華は軽くため息を吐いた。

 

 

「あら、麗華ちゃん起きた?」

 

「里奈さん……」

 

「今日は一日、休みなさい。疲れが出たのよ」

 

「……」

 

「(あ、そうだ!)

 

ねぇ麗華ちゃん、髪梳かしてあげる」

 

 

麗華の髪を梳かす里奈。短くなった麗華の髪を梳かしながら、話し出した。

 

 

「本当にバッサリ切っちゃったわね」

 

「……」

 

「……麗華ちゃん、良いこと教えてあげる」

 

「いいこと?」

 

「昔から髪は女の命だって言うじゃない?」

 

「うん……」

 

「けど、その女が命よりも大事な髪を切るって事は……

 

髪よりも大事なものが出来たって事よ」

 

「……」

 

「髪はいつでも伸ばせるし、取り返せる……

 

でも、大事なものは一度壊れたら元に戻ることは出来ない……」

 

 

記憶に蘇る龍二の姿……いつも隣にいてくれる。そしてフラフラ歩いていると、必ず自分の手を握り共に歩いてくれた。

麗華は立ち上がり、手に着けていたゴムで髪を結ぶと壁に立て掛けていた木刀を取った。

 

 

「麗華ちゃん」

 

「里奈さん、ありがとうございます。

 

私、大事なもの守りたいからもっと強くなりたいんです」

 

 

そう言うと、麗華は障子を開け外へと出た。

 

 

それから月日は流れて行った。厳しい修行に、麗華はより一層励んだ。

 

そして、三月……

 

 

「え?学……校」

 

 

輝三の言葉に、麗華は動かしていた木刀を止めた。

 

 

「そうだ。

 

来月でお前は、小五だ。そろそろ行かねぇと、学校の方も何かとうるさいからな」

 

「……だったら、中学からでもいいじゃん」

 

「駄目だ。

 

これ以上、不登校すると益々学校に行けなくなる。まだ間に合う。この三月中にでも、家に帰れ。そんで四月から、学校に通え」

 

「……」

 

 

輝三の話に、麗華は納得のいかないような顔を浮かべた。

 

修行を終えた麗華は、木刀を片付け焔達と森の方へ行った。そんな彼女の姿を輝三は、困ったかのようにため息を吐いた。

 

 

「無理に行かせなくてもいいんじゃないの?

 

麗華ちゃん、確かに強くはなってるけど、精神的にはまだ……」

 

「ここで行かせないと、いつまでも行けやしない。

 

それに、社会に出ればアイツはもっと苦しむ……だったら、今出した方がいいだろ」

 

「それはそうだけど……」

 

「それに、この事本家の方に知られれば、龍二も麗華もあの神社にいられなくなる……

 

 

今までは、遠縁の親戚に預けられて精神を病んだと報告してた。けどもう一年だ……そろそろ本家の方も疑いの目を向けてくる」

 

 

森の中にある広場で横になり、空を見る麗華。傍には狼姿の焔と馬姿の雷光、そして鳥姿の氷鸞が彼女を囲うようにして休んでいた。焔の胴に頭を置き、目を閉じ島の学校で受けていたいじめを思い出す麗華。

 

 

「……やっぱり、行きたくない」

 

「学校か?」

 

「うん……」

 

「確かにな……

 

けど、そろそろ行かねぇと通う予定の学校から連絡があったんだろ?」

 

「そうみたいだけど……」

 

「あの、先程からお二人が仰ってる『学校』っとは、何です?」

 

「人間が、勉学を学ぶ為に通う所だ……

 

それから、他人の心を壊すところでもある」

 

「そんな所に、麗様を?!」

 

「これは俺等がどうこう出来る事じゃない。

 

氷鸞、変な事すんじゃねぇぞ」

 

「馬鹿犬に言われなくとも、そんなの百も承知です」

 

「誰が馬鹿犬だ!!?」

 

「焔!辞めな!

 

氷鸞、焔を呷るような言い方するな!」

 

「っ……も、申し訳ございません」

 

 

一息吐きながら、麗華は再び空を見た。夕陽の色に染まったオレンジ色の空に、数匹の烏が鳴きながら飛んでいた。

 

 

“ガサ”

 

 

「?」

 

 

誰かが近付いてくる足音が聞こえ、麗華は起き上がりその音の方に顔を向けた。氷鸞と雷光は彼女を守るようにして立ち上がり、攻撃態勢に入った。

 

 

「おいおい、そんなに警戒すんな。

 

俺だ」

 

 

草を踏み現れたのは、竃を連れた輝三だった。二匹は彼の姿を見ると、態勢を崩し近くに座った。

 

 

「輝三……」

 

「本当、ガキの頃の輝二にそっくりだな。

 

輝二もガキの頃、喘息のせいで学校に余り行けなくなって、いつしかアイツをいじめる奴が出て来て、学校に行けなくなった」

 

「……どうやって、行くようになったの?それとも、結局行けなかったの?」

 

「麗華が住んでる所は、妖怪が集う場所なんだ。

 

頻繁に人が襲われて、その度に輝二が助けにいっていた。そんな中、襲われた奴の中に輝二をいじめてた奴がいて……ある日、迎えに来たんだよ。そいつが」

 

「……それで行ったの?父さん」

 

「……行ったぜ。

 

迎えに来たそいつが、余りにもしつこくてな……まぁ、風邪とか喘息以外で、休むことはなくなった……いつもそいつが迎えに来て、学校行ってたっけ」

 

「……」

 

「麗華。全ての学校がお前を受け入れないって訳じゃない。必ず一校は、お前を受け入れてくれる……」

 

「……そんなわけ無いじゃん。

 

同じに決まってる」

 

「……」

 

「けど……

 

 

父さんがやってたこと、私もやる。

 

この力があれば、人一人くらい……いや、全員守ってみる。そう決意したから……」

 

 

短くなった髪を触りながら、麗華は言った。切った当時よりも伸びていた。肩に届く程度に伸ばした髪を結んでいた。

 

 

「家には戻る……

 

けど、学校は気分で行くから」

 

「……それでもいい。

 

しっかり、守るもん守れよ」

 

「うん……(絶対、守る……絶対に。

 

私の命を賭けて)」




それから一週間後……修行を終えた麗華は、迎えに来た龍二と共に輝三の家を後にした。


一年半ぶりに帰ってきた麗華の元へ、神社に住む妖怪達が一斉に彼女に飛び付き喜んだ。

そして学校へ行く前日……


「え?依頼?」

「本家の方から依頼受けて、それに行かなきゃいけなくなった」

「だったら、私も」
「お前は明日から学校だろ?

心配すんな。一ヶ月家を空けるけど、大丈夫だな?」

「別に……平気だけど」


そして、翌日……朝早く、龍二は出掛けていった。麗華は居間で一人、紙を見ていた。それは自分が今日から転入する予定のクラスの名簿だった。


(……生徒数、多。

担任は男か……)

「麗、そろそろ」

「う~ん」


縁側に置いていた鞄を手に取り、靴を履き神社を出て行き学校へ向かった。


校舎についた麗華は、自分が通っていた学校より建物がデカいのにビックリしていた。


「デカ……それに、人多」


校長室に来た麗華は、椅子に座りながら担任が来るのを待った。その様子を焔は外から見守るように見ていた。


「お待たせしました」


扉が開き、その担任は入ってきた。濃い眉毛が特徴の顔立ち、左手に黒い手袋を嵌めた男の担任……


(……強い妖気。

何なの?コイツ)

「君が転校生の神崎麗華君か!

俺、今日から君の担任の鵺野鳴介だ!通称ぬ~べ~と呼ばれている」

「……」

「ハハハ!

まぁ、初日だから緊張して当然か。これからよろしくな」

「……そういうの、いらないんで」


伸ばしたぬ~べ~の手を避け、麗華は外へと出た。彼女の後をぬ~べ~は、慌てて追い駆けていった。


ぬ~べ~を前にして、麗華は廊下を歩いた。すると騒がしい声が彼が止まった教室から聞こえた。


「今日からお前のクラスの仲間だ。

皆、面白い奴等だ。きっと仲良くなるぞ」

「……」

「さ!入るぞ!」


扉が開き、中へと入った。個性豊かな生徒達……皆麗華を見て、話すを辞めた。


(……予想通りの反応。


でも、こいつ等全員……私が命を賭けて守ってみせる……いや、守り抜く)


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一筋の光
替えられた心


暗い洞窟……


目を覚ます麗華……ボーッとしながら、辺りを見回しながら立ち上がり外に出た。外は暗く、肌寒い風が吹いていた。


(……牛鬼、どこ?)


怯えながら、ふら付く足で麗華は歩き出した。肌寒い風が吹き麗華は、露出した二の腕を手で擦りながら森を見回した。


(牛鬼……どこ?

怖いよ……それに、寒いよ……牛鬼)


風が吹き荒れ、下ろした髪が風に揺れ乱れた。その時、背後から誰かに肩を掴まれ、麗華は体をビクらせて恐る恐る振り返った。

肩を掴んできたのは牛鬼だった。彼と一緒にどこからか走ってきたのか息を切らし膝を付く安土がいた。


「牛鬼……」

「こんな所にいたのか……捜したぞ」

(捜したの……俺だ)


震える麗華を牛鬼は抱き上げた。抱かれた麗華は、牛鬼にしがみ付くと泣き出した。泣き出した彼女の頭を牛鬼は宥めるように撫で、安土と共に住処へ戻った。


麗華が牛鬼の元へ行ってから、十日が過ぎた。

 

病院側では、主治医の茂以外病室へ入ることを禁じられた。輝三は、休みを取ったらまた来るとの言い残し故郷へ帰った。龍二は学校を休み、鎌鬼と共に牛鬼と安土について調べた。

焔達は、住処を探しつつ牛鬼と安土について龍二同様に調べていた。

 

 

そんなある日、事件は起きた……

 

ある夜、女子大生が帰宅途中突然襲われ、そして翌日ミイラ化した遺体で発見された。

 

 

その事件の新聞記事を、ぬ~べ~は龍二の家で読んでいた。龍二は鎌鬼が持ってきた、遺体の写真を見ながら牛鬼と安土の事を書いたノートを読み調べていた。

 

 

「遺体はミイラ化か……」

 

「二人の殺り方は、まず安土の方だと、獲物を自分の住処へと誘導してから殺す……遺体はそのまま奴の餌に。逆に牛鬼は、その場で殺し血を吸い遺体は放置。

 

俺が調べた二人の襲い方だと、この事件の犯人は牛鬼だな」

 

「牛鬼……」

 

「遺体なら未だしも、ここ最近だとニュースになってはないけど、現場に血を残してその場から姿を消した者が、五日前から続出してる」

 

「狙っていた麗華を手に入れながら、奴等はいったい何が目的なんだ?」

 

「知るかよ、そんなこと……」

 

 

場所は変わり、ここは牛鬼達の住処。

 

 

河原で水面に映る自分の顔を見る麗華。彼女を眺める様にして、牛鬼は離れた岩に腰掛けていた。すると麗華は履いていた下駄を脱ぎ、河原に足を入れようとした。だが、水が怖いのか麗華は爪先で水に触るも、すぐに水から離れ水を見ていた。

 

まるで、初めて水を目にする子供のように……

そんな彼女の姿を見た牛鬼は、岩から降り先に水に入り麗華の前に立ち手を差し伸べた。

 

 

「ほら、入ってみろ……平気だから」

 

「……」

 

 

差し伸べてきた牛鬼の手を掴み、麗華は恐る恐る水へ入った。冷たさに驚き、麗華は牛鬼の腕にしがみつき目を瞑って怯えた。

 

 

「大丈夫だ。目を開けてみろ」

 

 

牛鬼の言葉に麗華は恐る恐る目を開いた。水は彼女の足に当たりながら流れていた。

 

 

「……」

 

「な?平気だろ」

 

 

麗華は頷き、そして興味を持ったのか牛鬼の腕を掴みながら、川の水に手を入れた。水は冷たくそれが気持ち良かったのか、麗華は掴んでいた牛鬼の腕を放し水の中を歩こうと足を一歩前へ踏み込んだ。その瞬間足を踏み外したのか、麗華は転び水に顔を浸けた。

 

彼女はすぐに顔を上げ、水を拭くようにして頭を激しく振った。

 

 

「そこは滑りやすいから、気を付けろ。

 

それと、このままだと風邪を引く。一旦上がるぞ」

 

 

麗華の手を引き、牛鬼は川から上がった。木の枝に掛かっていたタオルを手に取り、濡れた麗華の体を拭いた。

 

 

「……ねぇ、牛鬼」

 

「?」

 

「私って……牛鬼に会う前、どこにいたの?」

 

「……」

 

「最近、夢見るの……

 

白い影が、ずっと私を見てるの……悲しい顔で」

 

「……」

 

「ねぇ、私……?」

 

 

不安な顔を浮かべる麗華の頭に、牛鬼は手を置きそして撫でた。

 

 

「牛鬼?」

 

「お前は俺達と、ずっと一緒だ。そんなこと、気にするな」

 

「……うん!」

 

「それより麗華、今日は少し出掛ける。お前も来い」

 

「どこ行くの?」

 

「童守町だ」

 

 

 

教室の花を変える郷子……

 

 

「今日で二週間かぁ……

 

麗華、元気にしてるかな?」

 

 

ぬ~べ~は、郷子達にまだ入院していると伝えていた。しっかり治したら、面会が可能と言う事を説明し、郷子達は納得していた。

 

 

「見舞いにも行けねぇし……俺等、謝りてぇのに」

 

「だよな」

 

「そういえば、私病院付近で変な噂聞いたわよ」

 

「?どんな」

 

「十日前……だったかな。

 

病院の屋上で、誰かが飛んでたって。その翌日から、急にある入院患者の部屋に主治医以外入っちゃ行けなくなったんだって」

 

「え?何で」

 

「話だと、その患者さん行方不明になってそれを主治医が隠そうとしてるんじゃないかって、噂してたのよ!」

 

 

童守町の空に浮かぶ、牛鬼と安土。二人と一緒に、牛鬼に抱かれて麗華もいた。

 

 

「ここが童守町だ」

 

「何か、ゴチャゴチャしてる」

 

「人が住むとこうなる。

 

麗華、一つ約束してくれないか?」

 

「?何?」

 

「この町にいる間は、梓と言う名で呼ぶ……町の中をお前が歩いていてもし、麗華と呼ばれても決して振り返ったら駄目だ」

 

「ここにいる間は、梓が私の名前?」

 

「そうだ」

 

「分かった。牛鬼の言う通りにする」

 

「ありがとう。安土、そういうことだ。いいな?」

 

「りょーかい!」

 

「俺は用事がある。しばらくは安土と一緒にいろ」

 

「ハーイ」

 

 

安土に麗華を渡すと、牛鬼はその場から姿を消した。安土は抱いた麗華と共に、地面へ降り彼女を下ろした。二人は共に術で姿を変え道を歩いた。

 

 

「安土、何でこんなに人が多いの?」

 

「え?う~ん……そうだなぁ。

 

人間だからじゃねぇの」

 

「にんげん?」

 

「お前もその人間だけどな」

 

「それくらい知ってる……

 

捨てられてた私を、牛鬼が拾ってくれたんでしょ。その辺の記憶、全然無いけど」

 

 

歩く二人の前方から、下校中の郷子達が歩いてきた。楽しげに話す郷子がふと顔を上げると麗華と目が合い、そして驚いた顔をした。

 

 

「麗華?」

 

「……」

 

「ねぇ、麗華よね?麗華でしょ」

 

「麗華!お前、どうしたんだよ!?それにその格好」

 

「病院抜け出して、何やってんのよ!?」

 

「……」

 

「お前等、梓に何か用か?」

 

「え?梓?」

 

「ひ、人違い」

 

「嘘よ!

 

 

確かに着てる服は違うかも知れないけど、雰囲気からして明らかに麗華よ!」

 

「しつこいぞ!!

 

こいつは俺の兄貴の女だ!!梓に手を出すなら、俺が容赦しねぇからな!!」

 

 

強く言う安土に郷子達は身を引いた。安土は麗華の手を引きさっさと歩いて行った。

 

 

「ねぇ安土、あいつ等誰?何で私の名前を」

 

「この町には、お前と瓜二つの人間が住んでたんだ。多分あいつ等はその人間の知り合いだよ」

 

「……」

 

「気にするな。お前は俺達と一緒だ……心配ねぇよ」

 

「……うん」

 

 

場所は変わり、茂の病院。

 

麗華が入院していた病室で、龍二は茂から手の治療を受けていた。十日前に刺した手の甲の傷を、治療して貰っていた。

 

 

「だいぶ傷口も塞がってきたし……もう少ししたら包帯も取れるよ」

 

「……」

 

「……

 

 

まだ、見つからないのか?」

 

「……はい」

 

「……」

 

 

「そりゃあ、見つかるわけねぇよなぁ」

 

「!!?」

 

 

窓の方に振り返ると、窓の縁に手を掛けた牛鬼がにやけた顔で立っていた。

 

 

「牛鬼……」

 

「よぉ神主……十日振りだな?

 

どうだ?桜巫女がいない気分は」

 

「……」

 

「クックック……

 

まぁ、もう桜巫女はお前等の所には帰らねぇけどな」

 

「どういう意味だ……」

 

「……心を替えたと言おう。

 

お前等の記憶は無い……アイツの中にあるのは、俺と安土の記憶そして人の記憶……それしか残っていない」

 

 

 

公園のベンチに座り、用があるといいどこかへ行ってしまった安土の帰りを麗華は待っていた。

 

 

すると彼女の前に、三つの影が降りてきた。その影に気付いた麗華は、顔を上げそれを見た。

 

 

「……誰?」

 

 

自分の前に立つ三人……それは焔と雷光、そして氷鸞だった。

 

麗華は怯えながら立ち上がり、三人を見つめた。

 

 

「麗……」

「麗殿……」

「麗様……」

 

「……麗って。

 

私の名前は、梓だよ……三人共、誰かと間違えてんじゃ……!?」

 

 

焔は彼女の頭に手を置いた。その瞬間、麗華の脳裏にある記憶が蘇った。

自分の頭に手を置き、笑顔で褒める焔の姿……

 

ハッと我に返った麗華は、焔を見上げそして首を振り彼の手を振り払い、後ろへ下がった。

 

 

「……麗」

 

「私は……麗じゃない。

 

私は……梓よ」

 

「……?」

 

 

その時、麗華の前に何者かが飛び降りてきた。それは妖怪の姿をした安土だった。

 

 

「テメェ……」

 

「梓に何の用だ?」

 

「……そいつは麗だ。

 

俺達三人の、主だ」

 

「……安土、私」

 

「(やべぇな……

 

さっさと、牛鬼のとこに連れて行かねぇと……)

 

 

梓、息止めろ!一先ず……退散!!」

 

 

口から毒霧を吐き出した。三人はすぐに息を止め目を瞑った。その隙に、安土は手で口と鼻を塞ぎ息を止めている麗華を抱き上げその場から立ち去った。



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記憶を無くした巫女

『お前は人からいじめられ、そしてゴミのように捨てられた』


牛鬼達と会う前の記憶は何も無い……ただ、人間と一緒にいたという記憶は、少しはある。だからかな……時々すれ違う人間を見ると、懐かしさを感じた……でも、不安と恐怖も感じていた。


病室へと入ってきた牛鬼に、龍二の傍にいた渚は狼の姿へと変わり、威嚇の声を上げながら攻撃態勢に入り、鎌鬼は大鎌を構えた。

 

 

「おいおい、俺にそんなことしていいのか?

 

巫女さんの居場所どころか、彼女の命は無いよ」

 

「……渚、鎌鬼」

 

 

震える龍二の声に、二人は体勢を崩した。それを見た牛鬼は手を叩きながら、不敵に笑みを溢した。

 

 

「さすが、聞き分けがいい」

 

「何が目的で来た……麗華を奪っときながら、人を襲って」

 

「……欲しいものは手に入った。

 

けど、もし記憶が蘇ったときのことを考えて、巫女さんの故郷とも言えるこの町を、壊そうかなぁって」

 

「……」

 

「クッククク……

 

まぁここで別れるのも何だし、桜巫女に会わせてやるよ」

 

「……!!」

 

 

その時、牛鬼の隣に安土が到着した。龍二達は安土が抱えている者を見て絶句した。元の姿となり、その容姿は袖無しで膝まである裾の着物を身に纏い、肘下まである手袋を着け、素足で下駄を履いた麗華だった。

 

 

「どうだ?俺の梓は」

 

「……」

 

 

安土は抱えていた麗華を、牛鬼に渡した。牛鬼に抱えられた麗華は、嬉しそうな顔で彼に抱き着いた。

 

 

「……麗華」

 

「……

 

牛鬼、この人達誰?」

 

「俺の知り合い」

 

「ふ~ん……」

 

 

次の瞬間、鎌鬼は鎌を構え窓の縁を蹴り飛んだ。安土と牛鬼は、その行為に驚きすぐに身構えた。

 

 

「襲う気はない……ましてや、取り戻そうなんて事も考えていない。

 

ただ、その子に見せたい物があるんだ」

 

「見せたい物?」

 

「麗華」

 

「?」

 

「これを見てくれ」

 

 

鎌鬼は懐からある物を取り出し、それを麗華に見せた。麗華は見せてきた物に興味を持ちながら、牛鬼に支えられ彼に近寄った。

 

鎌鬼が手に持っていた物……それは十日前、麗華が捨てた勾玉のペンダントだった。麗華はそれを興味本位で手で触れてみた。

 

 

「!!」

 

 

触れた瞬間、頭が真っ白になった。辺りは暗く見回すと境界線とも言えるその向こう側は、真っ白な世界になっていた。そこには焔に氷鸞、雷光、雛菊、丙、渚が立っており、その後ろには数多くの妖怪達の姿……

彼等の前には、ぬ~べ~達と出会ってきた人々、そして死んだはずの優華と輝二が立っており、二人の間に龍二が立ち、彼は麗華に向かって手を差し伸べてきた。

 

 

その光景が見えた瞬間、麗華は怯えだし顔を反らして牛鬼に抱き着いた。

 

 

「梓?」

 

「麗華……これを見て怯えるという事は、君は」

「違う!!」

 

「?!」

 

「違う……違う……

 

私は……私は」

 

 

怯える麗華を見た安土は、口から毒霧を吐き出した。全員口と鼻を塞ぎ、目を瞑った。その隙を狙い二人はその場から立ち去った。

 

 

しばらくして、毒霧は晴れ鎌鬼は病室へと入った。

 

 

「鎌鬼、アイツに何見せたんだ?」

 

「君達の母親、優華のペンダントだよ。

 

輝三から聞いていたんだ……これには特殊な力があると。これを見せれば、麗華は元に戻るんじゃないかと思ったんだよ」

 

「……じゃあ」

 

「心配ないよ。

 

 

これを見て怯えたという事は、あの子の心は完全に牛鬼のものになったわけじゃない。

 

きっと、僕等の元に帰ってくるよ」

 

 

龍二の肩に手を乗せながら、鎌鬼は説明した。龍二は無理矢理笑顔を作り見せたが、すぐに不安な顔へと変わってしまった。

 

 

住処へ向かう牛鬼達……

 

 

牛鬼に抱かれた麗華は、ずっと震え彼に抱き着き泣いていた。牛鬼はそんな彼女を宥めるようにして、ずっと頭を撫でていた。

 

 

「大丈夫か?麗華」

 

「さっきよりは落ち着いてる……

 

しばらくの間は眠ってて貰う」

 

「……」

 

 

住処へ帰ってきた牛鬼達は、別の洞窟内へと入った。中には不気味な光を放った繭が作られていた。抱えていた麗華をその繭の中に、牛鬼は座らせた。

 

 

「もう寝ろ。今日は疲れただろ?

 

寝るまで傍にいてやるから」

 

 

座っていた麗華は、隣に座った牛鬼にしがみつき震えていた。そんな彼女を牛鬼は、優しく頭を撫でた。しばらく撫でていると、安心してきたのか麗華は重くなっていた瞼を閉じそのまま眠りに入った。

眠った彼女を自分から離した牛鬼は、繭から出た。彼が出たのを合図に、繭は出入り口を塞ぎそして、麗華の手足に糸を絡ませ不気味な光を強く放った。

 

 

「うへぇ、不気味な光」

 

「俺もしばらく寝る。

 

何かあったら起こしてくれ」

 

「ヘーイ……」

 

 

繭に凭り掛かる様にして、牛鬼は座り目を閉じ眠った。眠った彼を見た安土は、顔を曇らせ今まで起きたことを思い出した。

 

 

(……本当に、これでいいのか。

 

 

確かに、兄貴が幸せならそれでいい。けど……

 

麗華は……麗華は、それを望んでなかった。皆の記憶を消して、俺等だけの記憶を作って兄貴の傍にいる……

 

 

やっぱり、何か違う!)

 

 

洞窟を飛び出し、安土はもう一つの洞窟へと向かった。洞窟内へ入ると、そこはあの麗華が出て来た繭の殻があった。安土は繭の中へ入り、中で眠っているもう一人の麗華を持ち上げ、洞窟を飛び出し童守町へ向かった。

 

 

息を切らし、童守町へ着いた頃には辺りは暗くなっていた。

 

 

(やべぇ……

 

兄貴が起きる前に、早くコイツをあの神主の所に)

「氷術氷棺!!」

 

 

突然脚が凍り漬けにされ、背後から何者かに殴られ、安土は力が抜けそれと共に、彼に抱えられていた麗華は落ちていった。落ちてきた彼女を、もう一つの影が受け取ったのを最後に安土は意識を失った。

 

 

 

「ったく、いきなり凍り漬けにするやつがあるか?!」

 

「凍り漬けにしなければ、また逃げられます。逃げる前に捉える……その方がよいのでは?」

 

「あのなぁ……」

 

「そもそも、凍り漬けにしたのは私ですが、気を失わせたのは雷光です」

 

「某は、反抗すると思い気を失わせただけです」

 

「その前に、麗の安全を確保しろ!!

 

危うくあの世に逝っちまうところだったんだぞ!!」

 

「あなたがキャッチしたので、それでよいのでは?馬鹿犬」

 

「誰が馬鹿犬だぁ?!」

 

「二人共、止さぬか!」

 

「黙れ!!この阿呆鳥に」

「お前等三人、うるせぇ!!」

 

 

意識を取り戻した安土が目を開くと、喧嘩する三人の頭を龍二が思いっ切り叩き、三人は頭を押さえてその場に座り込んだ。

近くには、ぬ~べ~が数珠を構えて龍二達を見て苦笑いをしていた。

 

 

「ったく、麗華がいねぇとすぐこれだ……?」

 

 

安土が目を覚ましたのに気付いた龍二は、安土の方に振り向いた。安土はすぐに逃げようと体を動かしたが、体は凍り漬けにされており、身動きが取れなかった。

 

 

「悪いが、大人しくしてて貰う」

 

「……」

 

「どういう風の吹き回しか知らねぇが……何で麗華を返しに来た」

 

「……」

 

「答える気がねぇなら、ここで監禁する」

 

「……

 

 

間違ってると思ったから」

 

「?」

 

「……兄貴がやってること、間違ってると思ったから……

 

思ったから、麗華を返しに来た」

 

「……」

 

「けど、夕方会った麗とは違うような……」

 

「当たり前だ。

 

夕方連れて来たのは、お前等の記憶を消して、代わりに俺等二人の記憶を入れた麗華……いや梓なんだから」

 

「……じゃあ、あの麗華は」

 

「……お前等の記憶がある……本物」

 

「……」

 

「しかし、それなら何故麗様は、目を覚まさないのです?」

 

「覚まさなくて当然さ。

 

 

記憶があっても……アイツの心は、梓の中にあんだから」




不気味な光を放つ繭に皹が入った。その音に寝ていた牛鬼は目を覚まし皹の入った繭を開け中へ入った。

起き上がる麗華……いや、もうその姿は麗華では無かった。赤み掛かった茶色の髪を長く伸ばし、赤い目を開き牛鬼を見た。


「……梓」

「牛鬼……」


差し伸ばしてきた牛鬼の手を梓は掴み、彼に抱き着いた。抱き着いてきた彼女を、牛鬼は抱き締め優しく頭を撫でた。




「その梓って誰なんだ?」


安土の話を聞く焔達……ぬ~べ~は彼が放った“梓”という名を疑問に思い、質問した。安土は口を結び下を向き、何も話さなくなった。


「?

安土?」

「……」

「馬鹿教師が、余計なことを言うから」

「う……」


「兄貴の女……」

「?」

「この地に来る前……

一緒にいた……兄貴の女だ」


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二人の過去

「梓は、この地に来る前……

一緒にいた……兄貴の女だ」

「牛鬼の?」

「安土、その梓と牛鬼の関係は?」

「……

大事な女だ。兄貴が愛した人間の恋人」


二人が生まれた故郷は、山に囲まれた場所だった。昔から山に住み着く妖怪として、人間に恐れられていた。だがある日、二人の親は人の手により殺され、残された二人は人の目から隠れるようにして、山にヒッソリと暮らしていた。

 

 

そんな日々がもう何十年も続いたある日……

 

あの日。

 

 

雨の日、山で遭難した女を牛鬼は見つけた。足の至る所に傷があり、着ていた着物はボロボロになっており、乱れた髪を下ろして女は気を失って倒れていた。

気を失っている女を、牛鬼は抱え自分達の住処へと連れて行った。

 

 

『人間なんて連れてきて、どうすんだよ……

 

親父とお袋を殺した人間だぞ!!』

 

『そんなの百も承知だ』

 

『じゃあ何で?!』

 

『……』

 

 

安土に何も答えず、女の怪我の治療した。

 

それから月日は流れたある日……

 

 

『……ウ』

 

 

女はゆっくりと目を覚ました。彼女が目覚めたのに気付いた牛鬼は、人の姿となり近寄った。女は彼に怯え立ち上がり、ふらつく足で奥へと逃げ身を縮込ませた。

 

 

『……怯えなくても、俺は何も』

『来ないで!!

 

私に近寄らないで!!』

 

 

大声を発して女は震えた。牛鬼はそんな女に近寄り、隣に座り震える彼女を抱き寄せた。女は震えていたが、それは次第に収まり牛鬼にしがみつき泣き出した。

 

丁度そこへ安土は帰宅し、その光景を静かに眺めていた。

 

 

 

「その助けた女が、梓か?」

 

「……うん。

 

 

初めは凄く怯えて、牛鬼から離れようとしなかった。

 

ずっと牛鬼の傍にいた……でもだんだん、心開いて牛鬼の傍にいなくても怯えなくなったんだ。牛鬼は梓が気に入ってずっと、一緒にいるって約束したんだ」

 

「……しかし、人の寿命は我々と違う」

 

「違ぇよ……梓は歳を取って、死んだんじゃねぇ……」

 

「?」

 

「……裏切ったんだ……牛鬼と俺を」

 

「裏切った?」

 

「どういう事だ?」

 

「……山で遭難してたのは、確かだった。

 

けど……遭難した理由が……俺等二人を生け捕りするためだった」

 

「生け捕り?!」

 

「村の奴等が、俺等を山から追い出すためにやったんだ。

 

梓は、その村人の仲間だったんだ。俺等を捕まえた梓の顔……あいつの顔は今でも忘れねぇ」

 

 

 

『梓……お前』

 

 

村人に囲まれ、その中の男に抱き寄せられていた梓は、縛られた牛鬼と安土を見て、不敵に笑っていた。

 

 

『ずっと……ずっと、俺と一緒にいてくれるって』

 

『あんなの、嘘に決まってるじゃない。

 

誰がアンタみたいな、妖怪なんかと』

 

『梓……』

 

『演技すんのも、大変だったわ。

 

じゃあね……牛鬼』

 

 

固まった牛鬼の脳裏に、梓と過ごしてきた思い出が次々に蘇った。だがそれは全て嘘だった……悲しみが怒りへと変わり、牛鬼は姿を変え村人達を襲った。それは安土も同じくして姿を変え、彼と共に村人達を襲った。

 

一人残らず殺していき、村を壊し変わり果てた梓を前に、牛鬼は人の姿になり彼女を見下ろしていた。

 

 

 

「村人を全員……殺したのか」

 

「怒りに任せたから、よく憶えてない……

 

それからは、山を出てずっと旅してた。けどある場所に行き着いた時、攻撃されて大怪我を負った。深傷だった兄貴を支えて歩いて……着いた場所が」

 

「俺等の神社か……」

 

「……力尽きて、近くの木に凭り掛かって座ってた。もう死ぬんだと思ってた……冷たい風が、俺達の体を容赦なく冷たくさせた……

 

 

そんな俺等を、助けてくれた……麗華は」

 

 

木に凭り掛かり座る牛鬼と安土は、虫の息で生き延びていた。

 

 

『麗!!待て!!』

 

『待たないよぉ!!』

 

 

子供の声が聞こえ、二人は顔を上げた。茂みから現れたのは、赤いマフラーを巻き大きめの羽織を腕に通した幼い麗華だった。

 

 

(……人の子か)

 

『……

 

 

飲む?』

 

『……』

 

 

肩から提げていた水筒から、湯気の立ったお茶を備え付けのコップに注ぎ、差し出した。牛鬼と安土は彼女と差し出したコップを交互に見ながら、震えている麗華の手を掴み交代でコップのお茶を飲んだ。

 

 

「焔、お前が傍にいながら」

 

「仕方ねぇだろ……あん時、鬼ごっこして遊んでたら見失って……」

 

「さすが馬鹿犬」

 

「んだと!!」

 

「喧嘩すんな!!

 

 

安土、続けてくれ」

 

「麗華は……俺等の怪我が治るまでの間、ずっと傍にいてくれた。

 

俺等二人の絵を描いたり、自分の話をしてくれたり……楽しかった。麗華と一緒にいると……」

 

「……」

 

「怪我が治ったある日……牛鬼は麗華と一緒にいたいって言い出した。

 

 

俺は……兄貴が幸せになるなら、いいと思った。ずっとそう言い聞かせてた……」

 

 

『一緒に?』

 

 

怪我が治り立ち上がっていた牛鬼は、麗華にそう言った。

 

 

『俺達と一緒に、来ないか?』

 

『……行かないよ』

 

『……』

 

『だって、ここは私の家だもん。

 

離れるわけにはいかないよ』

 

『……』

 

『二人がどっか行っちゃっても、ここでずっと待ってるよ!』

 

 

「俺はその言葉が嬉しかった……

 

けど牛鬼は……」

 

「……それが、あの日か」

 

「……

 

 

お前等二人には、悪いことをしたと思った。俺等は母親を人間に殺されたのに、俺等はその人間と同じ行為をお前等二人の母親にやっちまった……」

 

「……」

 

 

「昔話は終わったか?」

 

「?!」

 

 

そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた牛鬼だった。

 

 

「牛鬼……」

 

「帰りが遅ぇと思ったら、こいつ等に捕まっていたのか……

 

拷問受けて、それで俺等二人の昔話をさせられたってか?」

 

「違ぇよ!

 

俺が自分から」

「黙ってろ」

 

「?!」

 

「神主、さっさと安土の氷を砕け。

 

さもねぇと、巫女の心を粉々に壊すぞ」

 

「……焔、溶かせ」

 

「……承知」

 

 

安土の氷を焔は手から炎を出し溶かした。動きが自由になった安土は、焔達から離れ牛鬼の元へ駆け寄った。

 

 

「返して貰ったお礼に、いいものを見せてやるよ」

 

「いいもの?」

 

 

廊下を誰が歩く音が聞こえてきた。ゆっくりとその音の方に目を向けた。

 

 

「!?」

 

「牛鬼、この人達は知り合い?」

 

 

現れたのは、赤み掛かった茶色の髪を長く伸ばし赤い目を開いた梓の姿だった。

 

 

「まぁな」

 

「兄貴、まさか」

 

「あぁ……梓さ」

 

 

梓は牛鬼の傍へと行き、彼の腕を掴み寄った。安土は恐怖に見舞われたような表情で二人を見ていた。

 

 

「……牛鬼、その女はどうした」

 

「どうしたって……創ったんだよ。

 

お前の大事な、桜巫女の心を取って」

 

「っ……」

 

「氷術氷棺!!」

 

 

牛鬼目掛けて、氷鸞は手から氷を放った。牛鬼は梓を抱えその場から飛び、氷の攻撃を避けた。

 

 

「氷鸞!!」

 

「雷光!風」

 

「承知」

 

 

怒鳴る龍二を差し置いて、焔の指示に雷光は風を出しその風に乗って焔は手から炎を出した。その攻撃を、牛鬼に支えられていた梓は、手から糸を出し盾を作り防いだ。

 

 

「?!」

 

「……よくやったよ。梓」

 

 

牛鬼に褒められた梓は、笑顔を浮かべながら彼に抱き着いた。

 

 

「牛鬼……

 

 

やっぱり、間違ってるよ!!なぁ、もう辞めようぜ?こんな事!」

 

「……」

 

「こんな事したって、麗華は喜びはしない!!

 

お前はただ……ただ……

 

 

麗華の笑顔が見たかったんだろ!?その笑顔のまま、自分の傍に……!!」

 

 

話していた安土の腹に、梓は手から毒の槍を出し彼の腹を貫いた。安土は口から血を吐き出し、梓は彼の腹から槍を抜き取り落ちていく彼を見下ろした。

 

 

「……うるさいのよ。

 

邪魔するなら、容赦しないわ」

 

「……」

 

 

落ちていく安土を焔が間一髪受け止め、梓達を見上げた。牛鬼は顔を固めて、血塗れになった安土を見下ろしていた。そんな彼に、梓は笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「これで邪魔者はいなくなったわ。

 

牛鬼、早く住処へ戻りましょう」

 

 

梓に言われ、牛鬼は彼女を抱え背を向け住処へと帰って行った。




傷を負った安土を抱えた焔は、地面へと降り立った。


「酷い怪我だ……龍二、すぐにでも治療を」

「分かってるよ。早くそいつを保健室に」


保健室へと入った龍二達は安土を床に寝かせ、近くにいた丙がすぐに治療を行った。


「かなりの深傷だ……」

「治りそうか?」

「ギリギリの範囲だ。


そもそも、こんな奴妾は助ける気などない」

「そう言うな。

麗華を連れて来たのはそいつだ」

「……」


その時、保健室に備え付けられていたカーテンが開き、中から玉藻が姿を現した。


「麗の様子は?」

「体には目立った外傷はありません。

今、眠っているのは催眠術に掛かってる……とでも言っときましょう」


置かれているベッドの上で麗華は眠っていた。連れて行かれた当時の入院服に身を包み首には、先程鎌鬼が掛けてくれた勾玉が提げられていた。


(麗華……)

「ここに置いとくのも何だし……どこか場所を移した方が」

「安土は家に連れて帰る。雷光、治療が終わったら安土を運んでくれ」

「承知」

「麗華は茂さんの病院に連れて行く。いつでも戻ってこれるように、病室の窓を開けておくって言ってたから。

焔は俺等と一緒に来い。丙と氷鸞丙が安土の治療が終わり次第、雷光と一緒に家に戻ってろ。もちろん鎌鬼も」

「分かりました」
「承知」
「分かった」


眠っている麗華を持ち上げ、龍二は外で待っていた渚に乗り、彼に続いて焔は狼へと姿を変え外へ出た。


「龍二、手伝うことがあればまた頼め」

「何とかな……

時期に輝三が戻る。そん時になったら牛鬼を倒しに行く」

「……」


渚の体を軽く蹴り、それを合図に渚は飛び立ち彼女に続いて焔も飛び立った。


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殺人鬼の覚醒

病室へ入る龍二……

彼等の気配に気付いたのか、入ってきたと同時に茂が病室へ入ってきた。


「茂さん」

「麗華ちゃんの状態は?」

「……玉藻が言うには、催眠術に掛かってるってさ」

「その様だね。

脈拍も呼吸も正常……目立った外傷も無し。


とにかく、ベッドに寝かせて。後は僕が見るから」


抱えていた麗華を病室のベッドに寝かせ、龍二は渚に乗り病院を去って行った。残った焔は狼の姿のまま中へ入り、床に丸くなり眠りに入った。
茂は持っていたカルテをベッドに掛け、病室を出て行った。


住処へ帰ってきた牛鬼と梓。牛鬼は力無く住処に置かれていた岩に腰掛けた。

 

 

「……牛鬼、どうしたの?」

 

「……」

 

「牛鬼……?」

 

 

洞窟内に吹き込んできた風に、梓は洞窟内を見回した。吹き込んできた風の音が、人の悲鳴の様に聞こえ梓は恐怖に見舞われ、牛鬼に寄りしがみついた。しがみついてきた梓を、牛鬼は抱き寄せ露出していた彼女の二の腕を擦った。

 

 

「……」

 

「牛鬼……怖い」

 

「……

 

 

大丈夫だ……俺がついてる」

 

 

擦りながら、牛鬼はそう言った。

 

 

 

『これからは、俺がお前を守ってやる……

 

何があっても、絶対に』

 

 

昔、そう約束した……親父とお袋が人間に殺された時、兄貴は俺の手を握って……

 

 

「……」

 

 

見覚えのない部屋で、安土は目を覚ました。自分に起きたことを思い出すと、彼は飛び起きたがその瞬間腹部に激痛が走り、腹を抱えて蹲った。

 

 

「しばらくは安静だ」

 

「?」

 

 

その声の方に顔を向けると、障子に手を掛けた龍二が立っていた。

 

 

「……」

 

「一応傷口は塞いだけど、動けばすぐに開くから絶対安静(丙の奴……手ぇ抜きやがって)」

 

『傷口さえ塞げばよいのだろ?』

 

『いや、普通に治せよ』

 

『嫌じゃ。

 

麗をさらった者の治療など、したくもないわ』

 

『……ハァ』

 

 

「あれから、何日経った?」

 

「まだ一日しか、経ってねぇよ」

 

「……」

 

 

腹部に出来た傷を撫でながら、安土は思い詰めた表情を浮かべていた。

 

 

「……

 

 

あの梓は、何でお前を」

 

「……知らねぇ。

 

 

もう、分かんねぇよ……」

 

 

掛け布団を強く掴み、安土は目から涙を流して訴えた。

 

龍二は静かに戸を閉め部屋を離れていった。

 

 

本殿の階段に腰掛け、龍二はため息を吐いた。彼の傍へ狼姿の渚が寄り座った。

 

 

「何か、色々分からなくなってきて……」

 

「……麗の心を持った梓か」

 

「本当に麗華の心を持ってるのか、疑わしくてさ……

 

アイツの心を持ってんなら、あんな事躊躇するはずだ」

 

「……

 

もしかしたら、あれを使ったのかも知れない」

 

「あれ?」

 

「牛鬼と安土みたいな、蟲といった小さい生き物から妖怪化した者の一部に使える術があるんだ」

 

「術?」

 

「人の心を元にして、人でも妖怪でもない……

 

人の形をした殺人鬼を作り出す術だ。形は作る本人が最も愛した者に近い姿になる」

 

「……今起きてるのと全く一緒じゃねぇか」

 

「牛鬼はそれを使ったのだろう……

 

愛した女を欲しいが為に……」

 

「けど、一回目に会った時は麗華の姿だったのに、二回目に会った時は、別人になってた」

 

「初めて愛した女に、情が移ったのかもしれないな」

 

「……どうすりゃ、心を取り戻せる?

 

このまま、アイツはずっと眠りっぱなしなのか?」

 

「……」

 

 

「もう心は戻ってると思う……」

 

 

境内から声が聞こえ、顔を上げるとそこには安土が立っていた。

 

 

「安土……

 

どういう事だ?心は戻ってるって」

 

「……

 

 

そいつが言った術は、確かに殺人鬼を作る。けど心がある間は、人どころか虫すら殺すことは出来ない……

 

お前等が一回目に会った麗華は、まだ心があった……

けど、二回目に会った麗華……いや、梓はもう殺人鬼も同然なんだ……殺すことを喜びとした……」

 

 

 

暗闇の中……麗華はゆっくりと目を覚ました。ふと隣を見ると、自分の手を握る黒い影がいた。

 

 

(……誰?)

 

『……お前は』

 

(……?)

 

『お前は……俺のものだ』

 

(……!)

 

 

自分の手を握っていたのは、黒く染まった牛鬼だった。麗華はすぐに手を離そうとしたが、彼の強い力から逃れられることが出来なかった。

 

 

その状況に、麗華は魘されていた。彼女の様子に気付いた焔は目を覚まし、人の姿へと変わながらベッドに行き震えている麗華の手を握った。

 

 

(……麗)

 

 

 

場所は変わり、山桜神社……

 

安土の話を聞いていた龍二は、驚きながらも口を動かした。

 

 

「心が戻ってるって……じゃあ」

 

「麗は何故、目を覚まさない?」

 

「覚まそうにも、覚められねぇんだ……

 

麗華の心を縛ってる紐を、麗華自身で解けば多分、覚めると思う……けど、それを邪魔する奴がいるんだ」

 

「奴って、誰だよ……」

 

「……

 

 

兄貴の牛鬼だ」

 

「!?」

 

「初めて麗華に会った時、麗華の奴牛鬼に懐いていただろ?神主、彼女の記憶からお前等の記憶を消したって事、兄貴から聞いたか?」

 

「あぁ、一応」

 

「その消した記憶を、牛鬼が持ってる……

 

牛鬼が邪魔をしてる限り、麗華はずっと目は覚めない……

いや、覚めることが出来ないんだ」

 

「……」

 

「今も苦しんでるよ……

 

牛鬼から離れようと、自分の中で藻掻いて苦しんで……

 

 

手を伸ばせば、届く光に手を伸ばして」

 

 

 

『牛鬼!安土!見てみて!』

 

 

幼い麗華の声が、どこからか聞こえた。牛鬼はゆっくりと目を開け目の前の光景を見た。

 

そこには、怪我を負う自分と安土が木に凭り掛かり座り、自分達の元へ、手に何かを持って走ってきた麗華が駆け寄り牛鬼の膝へ座った。

 

麗華は、手に包んでいた手を離し、中に持っていたものを見せた。それは色鮮やかな蝶だった。。蝶は羽ばたき、彼等の周りを飛んで回ると、そのまま空へと飛んでいった。

 

 

『綺麗でしょ?あの蝶』

 

『すげぇ綺麗だった……けど、どこにいたんだ?』

 

『森の奥』

 

『へぇ……』

 

『二人は蝶見たの初めて?』

 

『いや、見たことあるよ。な!』

 

『あぁ。

 

 

俺達が住んでた所には、花畑があって沢山の蝶が飛び交っていた』

 

『わぁあ!楽しそう!

 

ねぇねぇ、今度連れてってよ!牛鬼達の故郷』

 

『……

 

いつかな。いつか、連れてってやるよ』

 

『約束だよ!』

 

『あぁ』

 

 

差し出してきた麗華の小指に、牛鬼は自分の小指を出し、そして安土も小指を出し絡めた。

 

 

『指切りげんまんしたから、本当に約束だよ!』

 

 

麗華の笑い声が、響きその声に導かれるようにして、牛鬼はゆっくりと目を開けた。

 

 

「(……夢だったのか)?」

 

 

ふと隣を見ると、そこにいるはずの梓の姿が無かった。牛鬼は立ち上がり、洞窟の外へ出た。すると一匹の巨大蜘蛛が、自分に駆け寄ってきた。何かを聞くと、牛鬼は血相をかいて蜘蛛と共に茂みの中へ駆け込んでいった。

 

 

茂みの外へ出ると、そこは地獄絵になっていた。血塗れになった数多くの動物の死骸……そしてバラバラに引き千切られた数人の人間の死体……

その中心部に、手に着いた血を舐め牛鬼に気付いたのか、そこに立っていた者はゆっくりと振り向いた。

 

 

 

「……梓」

 

「牛鬼、凄いでしょう?

 

これ、全部私が殺ったの」

 

「!!」

 

「この地に住む、全ての生き物を殺せば……

 

ずっと、牛鬼と一緒……誰も邪魔はしないわ。ね?いい考えでしょ?」

 

「……

 

 

お前は……誰だ」

 

「……

 

 

私は梓。あなたが生涯、ずっと一緒にいたかった女よ?」

 

 

不敵に笑いながら、梓はそう答えた。梓は殺気に満ちた目で牛鬼を見詰めていた。




山桜神社へ何かが降り立ったのか風が吹いた。風に気付いた龍二は、渚と共に外に出た。


「……!」


降り立ったのは、輝三を背に乗せた竃だった。竃の背からから輝三は飛び降り、降りた彼の元へ龍二は駆け寄った。


「遅くなったな、龍二……?!」


輝三は、龍二の後ろにいた安土の姿に気付くと、棍棒を出し彼目掛けて攻撃した。輝三の攻撃を龍二は、慌てて剣で防いだ。


「どういう風の吹き回しだ?」

「一応味方だ。麗華を返してくれた」

「?!」

「詳しい話するから、家に入ってくれ」

「……分かった」


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迷路

暗い路地……そこを歩く酒に酔ったサラリーマン。


その時、サラリーマンの前に不敵な笑みを浮かべた梓が降り立った。梓は手を出し、そしてそこから毒槍を出しサラリーマンの胸を貫いた。
サラリーマンは、口から血を出し倒れた。そしてその容姿はミイラ化していった。


「フフフ……フフフフ」


不気味な笑い声が、夜の町に響き渡った。


ベッドに眠る麗華を輝三は見て、そして病室に置かれているソファーに腰掛けた。

 

 

「確かに眠ってるな……

 

 

安土、麗華を目覚めさせる方法は他に何かねぇのか」

 

 

一緒に来ていた安土に輝三は、機嫌悪そうに質問した。安土は怯えたようにして、体をビクらせ傍にいた龍二の後ろへ隠れながら、首を激しく左右に振った。

 

 

「輝三、顔怖い」

 

「……チッ」

 

「オッサン、顔マジで怖いから」

 

「……」

 

「茂さん、その後の麗華の様子は」

 

「何も変わったところは無し。

 

あると言えば、時々魘されてるって感じかな」

 

「魘されてる?」

 

「昼間はあまり無いんだけど、夜になるといつも……」

 

 

麗華の頭を撫でながら、焔は心配そうに言った。

 

 

「多分、兄貴が邪魔してるんだ……

 

麗華は目覚めようとしてるけど、それを兄貴が邪魔してる……だから魘されてるんだと……思う(あの人、怖い!!)」

 

 

睨んでくる輝三にビビりながら、安土は説明し再び龍二の後ろへ隠れた。

 

 

「輝三、顔」

 

「義妹殺されてんだ。こういう顔になる。

 

それにこの顔は、生まれ付きだ」

 

(僕は弟を殺したけど……こういう顔にはなってないけど……)

 

 

睨む輝三……そんな彼に、茂は持っていたカルテで頭を思いっ切り叩いた。輝三は素早く後ろを振り返り、茂の胸倉を掴み同じく茂も輝三の胸倉を掴んだ。

 

 

「何のつもりだ!!テメェ!!」

 

「そんな顔してたら、話せるもんも話せねぇだろうが!!」

 

「生まれ付きだ!!」

 

「何が生まれ付きだ!!

 

麗華ちゃんや龍二君、神崎院長に輝二さん達と話してた時、アンタはそんな顔してなかった!!

 

俺が間違った道に行こうとしてた時だって、そんな顔はしてなかった!!」

 

「っ……」

 

「いつだってアンタは、自分の家族を誰よりもそして、自分の命よりも大事に思ってた……

 

 

麗華ちゃんをあいつ等に奪われて、悔しい気持ちは分かる……だからって、そんな顔すんな」

 

「……」

 

 

互いの胸倉を二人は離した。輝三は舌打ちしながら、麗華の病室を出て行った。その後を竃はため息を吐きながら、鼬姿へと変わりついて行った。

 

 

「……し、茂さん」

 

「時々強く言わないと、色々抱えちゃうから。

 

あの人も」

 

「……」

 

「輝二さんを亡くしたとき、随分自分を責めてたからね……

 

 

『自分がもっと早く行っていれば、輝二は死なずに済んだかもしれない』って、よく口に出してたから」

 

(……輝三)

 

 

屋上へ来た輝三は、胸ポケットから煙草を取り出し、口に銜えライターの火を点け吸った。

 

心地良い風が吹き、輝三の髪を靡かせそれと共に懐かしい声が彼の耳に入ってきた。

 

 

『兄さん!見てみて、ほら俺にも子供出来たんだ!』

 

 

職場の喫煙室で、刑事に成り立てだった輝二は内ポケットから一枚の写真を出し、輝三に見せた。

 

 

『優華に似てるな……女か?』

 

『違うよ。男だよ』

 

『へぇ……名前は?』

 

『龍二。

 

父さんの名前と俺の名前を取ったんだ』

 

『お前らしいな』

 

『どういう意味だよ……

 

そうだ!今度、遊びに行ってもいい?お義姉さんと里奈ちゃん達にも見せたいし』

 

『連絡さえくれれば、いつでも構わねぇよ』

 

『本当?じゃあ、今週の土曜日にでも、遊びに行くよ』

 

 

嬉しそうに輝二はそう言った。だが六年後、その輝二は二人目が産まれる前に死んだ。輝三が警察病院に駆け付けた時には既に輝二は帰らぬ人となっていた。

 

 

それから一ヶ月後、仕事の都合により輝三は再び輝二の職場へ行き、そして帰り掛けに輝二の家に寄り線香を浴びた。

 

 

『二人目を見ずに逝っちまいやがって……って、思ってません?』

 

『……ケッ。

 

相変わらずだな、優華』

 

『フフ……

 

 

輝二もそういう気持ち、あると思いますよ。待望の二人目……女の子を見ずに逝っちゃったんですから』

 

 

ベビーベッドから起きていた赤ん坊の麗華を、優華は持ち上げ輝三の隣へ座った。

 

 

『……赤ん坊の頃の輝二によく似てる』

 

『龍二は私似だけど、麗華は輝二似ね』

 

『全くだ』

 

 

口に銜えていた煙草を手に持ち、煙を吐き出し輝三は空を見上げもう一度煙草を口に銜えた。

 

 

『輝三!こっちこっち!』

 

 

成長した麗華に引っ張られ、輝三は神社の山の中を歩いていた。険しい山道を歩いていると、森を抜け見晴らしのいい場所へ辿り着いた。

 

 

(……ここは)

 

 

輝三はこの場所に見覚えがあった。かつて輝二が小さい頃、自分に見せたいと案内した場所だった。

 

 

『白と一緒に見つけたんだよ。

 

綺麗な場所でしょ!』

 

『……あぁ』

 

 

見せてきた麗華の笑顔が、一瞬輝二の笑顔と重なって見えた。輝三は麗華の頭に手を乗せながら、しゃがみ込みその光景を眺めた。

ふと麗華の隣を見ると、そこに輝二の姿が一瞬見えた。彼は輝三の方に顔を向けると、歯を見せてニッと笑うと風と共に消えた。

 

 

「?」

 

 

何かの気配に気付いた輝三は、顔を上げた。そこにいたのは、宙に浮かんだ梓だった。彼女の姿に、傍にいた竃は狼姿へと変わり威嚇声を上げながら、攻撃態勢になった。

 

 

「……何者だ」

 

「私は梓。

 

 

この世にいる全ての生き物を殺すの。そうすれば、ずっとあの人と一緒にいられる……だから、消えて」

 

 

手から紫色の槍を出し、それを輝三目掛けて投げた。傍にいた竃は輝三の前に立ち、口から炎を出し攻撃を防いだ。

 

 

「あら?普通の人ではないの?」

 

「普通じゃないねぇ」

 

「それじゃあ、少し手詰まるわね……けど、死んで貰うわ」

 

 

手から無数の紫色の槍を放ち、槍は雨のように降り注いだ。その槍を輝三は棍棒を出し、前で回し槍を弾き飛ばした。

 

 

「手応えのある人……

 

でも、これで終わり」

 

 

 

「?」

 

 

病室にいた龍二はふと窓の外を見た。外はどす黒い雲が空を覆い、辺りは薄暗くなっていた。

 

 

「降りそうだな……」

 

「……?」

 

 

何かを察したのか、渚と焔は顔を上げた。

 

 

「渚?」

 

「……焔はここにいなさい。

 

龍、鎌鬼、来て!」

 

 

扉を開けた渚を先頭に、二人は病室を出て行った。

 

病室に残された焔と安土……魘されだした麗華に、焔は彼女の頭に手を置いた。

 

 

「……何か悪い。

 

兄貴のせいで」

 

「誰も攻めちゃいねぇよ……」

 

「……」

 

「それに麗のことだ。

 

目覚めるって……牛鬼なんざ倒して、すぐにさ」

 

 

 

屋上へ来た龍二達……

 

 

「……!!」

 

 

目の前に倒れる輝三と竃……二人の前に、不敵な笑みを浮かべながら立った梓がいた。




闇の中……

握られている牛鬼の手に、麗華は空いているもう片方の手で彼の手を包み込むようにしてソッと握った。


(……牛鬼。

アンタは私にずっと傍にいると言った……けど、こういう形じゃないでしょ?アンタが望んでたことは)


黒く染まった牛鬼の目から透き通った涙が溢れ落ちた。その瞬間、麗華の手から牛鬼の手が離された。麗華は離し独りになった彼に抱き着いた。


(……私の所に来て。

そして、あの殺人鬼を倒そう。安土も待ってるよ)


その言葉に、牛鬼は頷き彼女の手を掴み投げ飛ばした。そして自分もその闇から消えた。



“バン”


「!?」


ソファーで転た寝していた焔は、その音で目を覚ましベッドに目を向けた。

いつの間にかベッドは空になっていた。ふとドアの方に目を向けると、扉が開いていた。


「……麗」


驚き口を開けている安土の背中を押し、焔は病室の外へ出た。


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目覚めた桜巫女

目覚める牛鬼……頭痛がするのか、頭を押さえながら立ち上がり、蹌踉けながら洞窟の外へ出た。


「……?」


外に出ると、そこに丁度着いたのか空から二つの影が降り立ってきた。牛鬼は頭を押さえながら、顔を上げ影を見た。


「……お前等」

「やっと見つけたぞ……牛鬼」


降り立ったのは、氷鸞と雷光だった。


不敵な笑みを浮かべた梓は、倒れている輝三と竃を見下ろしながら口を開いた。

 

 

「中々の手応えだった……

 

この槍を、心の臓に突き刺せば終わり」

 

「させるか!!

 

渚、鎌鬼!二人を頼む!」

 

「了解」

「承知」

 

 

龍二は腰に着けていたポーチから一枚の紙を取り出し、指を噛み血を出した。血が出た指で龍二は持っている紙に触れた。

 

紙は彼の血に反応し、煙を出しその中から剣が出てきて、龍二はそれを手で掴み梓に攻撃した。

彼の攻撃を梓は、手から糸を出し盾を作り防いだ。

 

 

「普通じゃないのね。アナタも」

 

「うるせぇ……殺人鬼が」

 

「酷い言い方ね。

 

私は、牛鬼とずっと一緒にいたいのよ。だから……

 

 

この世にいる、全ての生き物が邪魔なの」

 

「一緒にいたきゃ、いればいいだろ!!

 

俺等はいたくても、もういないんだ……もう」

 

 

束を強く握る龍二の脳裏に、輝二と優華の姿、そして死んだ真白と輝二の式神であった暗鬼の姿が映った。

 

 

「私だけを見て欲しいの……

 

牛鬼には、私だけを見て欲しいの……

 

 

傍にいても、あの人はいつも私を見てくれない……だから、全ての生き物が邪魔なの。

 

 

私を見て欲しいの……私だけを」

 

 

手から黒いオーラを放ち、そして渚達にその手を向けた。二人は倒れている竃と輝三を支え立ち上がっている最中だった。

 

 

「まずは四人……消去しまーす!」

 

 

嬉しそうに言いながら、梓は黒いオーラから無数の毒針を放った。龍二は足を踏み出し彼等の元へと急いだ。渚は支えていた竃を守るように抱き、鎌鬼は輝三を下ろし三人の前に立った。

 

 

梓の攻撃が間近に迫っていた時だった……駆け寄ってくる龍二の頭上を、火玉が通り彼女の攻撃を消し去った。そしてそれと共に四人の前に、何者かが立ち梓の喉仏に何かを突き当てた。

 

 

「……!?」

 

「……嘘」

 

 

目の前に立つ人物……紺色の髪を肩まで伸ばし、入院服を身に纏いそして意識の無い目を開きその場に立つ麗華だった。

 

 

「れ、麗華」

 

「……」

 

「姉者!龍!」

 

 

火を放った焔が、渚達に駆け寄った。彼と共に安土も駆け寄り、麗華の目の前に立つ梓を見た。

 

 

「……何で」

 

「……」

 

「何でアンタが目覚めてんのよ!!

 

私が奪ったのに、何で!!」

 

「……」

 

 

何も答えない麗華……手に持っていた薙刀を振り上げ、梓目掛けて振り下ろした。その攻撃を梓は、手から糸を出し盾を作り防いだ。防ぐと梓は、空いているもう片方の手から毒槍を出し、ガラ空きになっている麗華の頭目掛けて振り下ろした。

 

 

“キーン”

 

 

「!?」

 

 

振り下ろしてきた槍を、龍二が間一髪剣で防いだ。

 

 

「己ぇ!!」

 

「氷術氷槍牙!」

 

 

突如氷の刃が空から降ってきた。龍二は麗華を抱えその場を離れ、梓は降ってきた槍を持っていた毒槍を振り回し、氷の刃を砕き空へと飛んだ。

 

 

「次から次へと……!!」

 

 

氷の刃が放たれた方に顔を向けると、そこには凍り漬けになった牛鬼を抱えた氷鸞と雷光だった。

 

 

「牛鬼!!

 

己、よくも牛鬼を!!」

 

「悪いが、貴様の男は預からせて貰った」

 

「返して欲しければ、ここから立ち去りなさい」

 

「この!!」

 

 

二人に突っ込もうとした時、下から鎌が伸び刃は梓の腹を貫いた。

 

 

「悪いけど、攻撃させないよ」

 

「お、己……

 

覚えておけ……これで終わりではない」

 

 

口から毒煙を出しそれに紛れて、梓は姿を消した。雷光は充満した毒煙を風で吹き飛ばした。

 

 

「致命傷を与えた。戻るのは不可能だと思うけど……」

 

「……」

 

「ひとまず、輝三と竃を中に入れて茂に頼もう。

 

渚、手伝ってくれ」

 

「はい」

 

「安土……君は、氷鸞からそのカチコチに凍ってる牛鬼を貰って、中に」

 

「あ、あぁ」

 

 

指示を終えた鎌鬼は、その場に座り込み抱えている麗華をずっと抱き締めている龍二に寄った。

 

 

「龍二」

 

「……

 

鎌鬼、悪い。

 

 

しばらくの間、ここにいさせてくれ」

 

「……」

 

「分かんねぇけど、もしかしたら……

 

 

もしかしたら、麗華の奴覚ますかもしれないんだ……だから」

 

「……大丈夫だよ。

 

焔達を置いていく。先に中に入っているよ」

 

「うん……」

 

 

鎌鬼は焔達に目線を送り、渚が支えている輝三を貰い、中へと入った。

 

 

残った龍二は、力無く自分の服を握る麗華を抱き締め続けた。三人は遠くから、その様子を見守るように眺めた。

 

 

 

暗闇の中、麗華は一筋の光を頼りに彷徨っていた。そしてその光に手が届き触れた。その瞬間、辺りが明るくなり暗闇か、真っ白な世界へなった。

 

 

「……」

 

 

その真っ白な世界を、麗華は見回した。そしてその世界に人影が見えた。見覚えのある人影……

 

人影はスッと手を差し伸べてきた。麗華はその手をソッと握った。次の瞬間、その影は人の姿へと変わり、自分を強く抱き締めた。

 

 

(……

 

 

あぁ……

 

 

懐かしい温もり……

 

 

いつも傍にいてくれた温もり……)

 

 

 

「?」

 

 

力無く龍二の服を握っていた麗華の手が一瞬動いた。それに気付いた龍二はハッと顔を上げ、彼女を見た。

 

 

ゆっくりと開く目……

 

 

「……麗華」

 

「……

 

 

兄貴」

 

 

龍二の顔が目に映った瞬間、麗華は堪らず彼に抱き着いた。龍二は抱き着いてきた彼女を抱き締めた。

 

 

「……

 

 

兄貴……

 

 

ごめん」

 

「謝らなくていい……

 

悪いのは俺だ。

 

 

辛い思いさせて、悪かった……」

 

「ううん……

 

 

辛かったのは確かだけど……

 

 

兄貴がいたから、私……私」

 

 

涙声で言う麗華……その目からは、大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。彼女と同じように、龍二の目からも大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。

 

 

二人の様子に、ホッとした三人は顔を見合わせ微笑んだ。




洞窟へと帰ってきた梓……


傷口に糸を絡ませ、繭の中で横になっていた。


(己……小賢しい人間が。


全てを消すまで、私は死なない!!全てを消し、そして……


牛鬼とずっと一緒に!!)


その思いに反応するかのように、繭は不気味なオーラを放ち、そして中にいた梓を包み込んだ。包み込まれた梓の姿は、次第に変わった。胴体から黒い足が生え、頭には黒い二本の角が伸び、体は巨体化し、人間の歯から牙だらけの歯へと変わった。

姿が変わった梓は、開いていた目を閉じ体を丸め眠りに入った。


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蜘蛛女の襲撃

『牛鬼!

見てみて!花摘んできたよ!』

『牛鬼!

見てみて!全員殺したよ』


その言葉通り、牛鬼の目の前に無数の人の死体が転がっていた。その中には、変わり果てた麗華と龍二、そして安土の姿もあった。死体に降り立ち、体中に血を浴び自分を見詰める梓……


『これで……ずっと一緒よ。牛鬼』


「!!」

 

 

飛び起きる牛鬼……息を切らしながら、自分が寝かされている部屋を見回した。何も無い部屋……置かれていたのは自分が今まで寝ていたベッドと、棚と椅子だけで他は何も無かった。

 

 

「……ここは。

 

?」

 

 

掛け布団に目を向けると、そこに顔を埋めて静かに眠る安土がいた。

 

 

(……安土)

 

 

「一晩中、アンタを看病してたんだ。感謝しな」

 

 

その声の方に目を向けると、ドアを開いて中へ麗華が入ってきた。

 

 

「麗華……」

 

 

ベッドから降りた牛鬼は、麗華の元へと行きそして彼女を抱き締めた。

 

 

「……牛鬼」

 

「間違ってたことぐらい、俺にも分かってた……」

 

「……」

 

「ただ傍にいて欲しかった……

 

離れたくなかった……もう、失いたくなかったんだ」

 

「……」

 

「なのに……

 

 

なのに、俺は……

 

 

お前等の母親を殺して……お前を殺そうと」

 

 

抱き締めながら、牛鬼は涙声で言った。そんな彼を麗華は、牛鬼の頭に手を回しソッと撫でた。

 

 

「……責めてない。

 

 

微かだけど……牛鬼、傍にいてくれたじゃん。ずっと」

 

 

牛鬼達と過ごした日々……自分の傍にはいつも牛鬼がいてくれた。決して傍から離れることなく、ずっと……

 

 

「それだけで充分……」

 

 

その言葉に、牛鬼は目から大量の涙を流し抱き締めていた麗華をより一層抱き締めた。麗華は彼が泣き止むのをただ静かに待った。

 

 

 

不気味なオーラを放つ繭……

 

その繭に、皹が入った。そして中から手が伸び何かが出て来た。

 

 

(牛鬼……すぐに迎えに行くから、待ってて)

 

 

 

輝三が眠る病室に、麗華は牛鬼と安土と共に入ってきた。部屋には龍二達がおり、茂がカルテを見ていた。

 

 

「刺し傷が数ヵ所あるけど、命に別状はない。

 

時期に目は覚めるよ。竃も同様で」

 

「そうですか……」

 

「悪い……

 

梓のせいで」

 

 

謝る牛鬼……そんな彼に、茂は頭目掛けて力強く殴った。

 

 

「し、茂さん……」

 

「ふぅ……

 

やっと気が晴れた」

 

「……」

 

「神崎院長を殺した罰だ」

 

(牛鬼にはやるけど……安土にはやんないんだ)

 

(俺、助かった?)

 

「輝三が目覚めるまでは、大人しくしてろ。

 

安土と牛鬼は俺等の家に来い。鎌鬼と氷鸞、渚は俺と一旦家に帰る。雷光はここで輝三達の部屋に。麗華は自分の病室で焔と一緒に大人しくしてろ」

 

「え~……

 

もう動けるから、寝たくないんだけど」

 

「駄目だ!麗華ちゃん、仮にも僕の入院患者だ。

 

治るまで大人しくしててもらうから」

 

「う……」

 

「龍様、私も麗様の傍に」

 

「お前は二人の見張り役だ。

 

命令無しに勝手に二人を凍らせた罰だ」

 

「っ……」

 

「いい気味だな!阿呆鳥」

 

「黙りなさい、馬鹿犬」

 

「誰が馬鹿犬だ!!」

 

「犬と言ったら、アナタしかいないじゃないですか」

 

「だったら姉者も、馬鹿って事か?!」

 

「!!

 

氷鸞!!アンタ!!」

 

「誤解です。渚は馬鹿ではありません。

 

焔が馬鹿なのです」

 

「このぉ……クソ阿呆鳥!!」

 

 

二人が喧嘩仕掛けた時、麗華は深く息を吐きそして二人の頭に向かって、思いっ切り殴った。二人はその場に倒れ伸びてしまった。

 

 

「相変わらず、容赦ねぇな……」

 

「氷鸞、兄貴の言う事聞け。いいね?」

 

「し、承知しました」

 

「ハイハイ。

 

そうと決まれば、とっとと戻った戻った。

 

 

二人のことは僕に任せて、龍二君達はやることやる」

 

「輝三と麗華のこと、お願いします」

 

「はいよ!」

 

 

窓を開け、先に出た渚に龍二は飛び乗り先を行った。彼に続いて安土と氷鸞が出て行き、牛鬼は行く前に一瞬だけ、麗華の方に振り向きそして彼等の後を追っていった。

 

 

龍二達を見送った麗華は、不安げな表情で空を眺めた。そんな彼女に、焔は狼姿へとなり擦り寄った。擦り寄ってきた焔を、麗華はしゃがみ撫でた。

 

 

「(そうだ……)

 

麗華、これを返すよ」

 

「?」

 

 

鎌鬼はポケットから何かを取り出し、それを麗華に差し出した。彼から受け取ったのは、あの日自分が捨てた優華の形見であるペンダントだった。

 

 

「……」

 

「あの日、君が捨てていった物だよ」

 

「……」

 

 

ペンダントを眺めていると、ふと優華の事を思い出した。

幼い頃、自分の首によく着けてくれた……

 

 

『お嫁に行く時、麗華それ貰ってね』

 

 

だが、そのペンダントは嫁に行く前に、自分の手元へと渡った。自分が母親を殺したせいで……その記憶を早く忘れたかった……

 

亡くなった翌日、その記憶は綺麗に無くなった。楽しかった日々の記憶は思い出せるが、亡くなった日の事だけは思い出すことができなかった。

 

 

自然に目から涙が溢れ落ちた。そんな彼女を茂はソッと抱き締めた。

 

 

「戻ってきてくれてよかったよ……

 

皆、心配してたんだよ」

 

「……」

 

 

流れてきた涙を隠すようにして、麗華は茂の肩に顔を埋め声を抑えて泣き出した。泣き出した彼女を、茂は何も言わず泣き止むまでずっと頭を優しく撫で続けた。

 

 

 

どこかの廃墟に、数匹の巨大蜘蛛が降りてきた。そして蜘蛛達は、一斉に糸を吐き崩れた建物を巻き付けた。

 

吐き出す蜘蛛達の元へ、空から人が降り立った。赤み掛かった茶色い髪を腰下まで伸ばした少女……それは人の姿をした梓だった。閉じていた目をゆっくりと開き、糸だらけになった建物を見上げた。

 

 

「ここを新たな住処にして、全てを殺し……

 

そして、永遠に牛鬼と一緒に……

 

 

けどその前に、あの女をここへ連れて来ないと……」

 

 

 

泣き疲れた麗華は、病室に置かれているベッドの上で眠っていた。彼女に寄り添うようにして、焔はずっと傍にいた。その時、病室の扉が開き外から竈が入ってきた。

 

 

「竃……」

 

「心配掛けたな。もう大丈夫だ」

 

「……輝三は?」

 

「まだ寝てる。

 

麗華はまだ……」

 

「いや……

 

 

さっき目覚めたんだ。けど、ちょっと色々あって……

 

今は疲れて寝てる」

 

「そうか……」

 

 

安心した表情を浮かべる焔に、竃はソッと彼の頭に手を乗せた。

 

 

「よく頑張ったな……焔」

 

「……」

 

 

縛っていた紐が緩んだかのように、焔の目から涙がポロポロと流れ落ちた。

 

 

 

「妖怪でも、涙を流すのねぇ……」

 

「?!」

 

 

窓の方に顔を向けると、そこには梓が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「お前……生きてたのか?」

 

「そう簡単に死ぬわけないでしょ?

 

私は牛鬼と一緒にいたいのよ……」

 

「……」

 

「でもね……

 

牛鬼を呼び出すには、そこにいるの女が必要なの」

 

 

その声に反応するかのように、眠っていた麗華は目を覚まし、起き上がり梓の方に顔を向けた。

 

 

「……?」

 

「初めまして。私は梓」

 

「梓?」

 

「焔、麗華を早く」

 

「分かった。

 

麗、来い……!!」

 

 

焔の手を借り、ベッドから降りた時だった。突然焔は険しい顔をして、彼女に凭り掛かる様にして倒れた。

 

 

「焔!!」

 

「逃がさないわよ?」

 

 

倒れた焔の背に、毒槍が刺さっていた。竃は手から炎の塊を作り、そして梓目掛けて投げた。梓はその攻撃を難なく避けた。病室の窓から火の玉が出て来たのを、見舞いに来たぬ~べ~は見た。何かを察したぬ~べ~は、急いで病院へ入った。

 

 

竃の肩に毒槍が刺さり、投げられた勢いで壁に激突し槍は壁に刺さり身動きを取れなくした。

 

 

「竃!!」

 

 

竃の元へ行こうと立ち上がり駆け寄ろうとした時、麗華の足下に数本の毒矢が刺さった。

 

 

「これで邪魔者は動けなくなった。

 

さて、一緒に来て貰うわよ?麗華」

 

「……

 

 

(起きたばかりだから、力が入らない……

 

それに、技を使いたくても……体力が戻ってないから、使えない……雷光も氷鸞もいない……

 

どうしよう……)」

 

 

近付いてきた梓の体に、白衣観音経が絡んだ。ハッとし麗華はゆっくりと後ろを振り向いた。

 

 

「……鵺野」

 

「麗華、無事か?!」

 

「邪魔者がぁ!!」

 

 

白衣観音経を破り、梓は麗華目掛けて突進してきた。突進してきた彼女を、ぬ~べ~は鬼の手を出し攻撃した。

 

 

「鵺野!!」

 

「俺の生徒に、一体何の用だ!!」

 

「退きなさい!!

 

そこにいる女が必要なのよ!!」

 

 

互いに距離を取るために、一歩後ろへと下がった。ぬ~べ~は立ち尽くしていた麗華を自分に引き寄せ後ろへ隠した。

 

 

「その女を渡しなさい!!」

 

「お前のような強力な霊気を持った奴に、麗華を渡せるか!!」

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

 

梓は口から大量の毒煙を吐き出した。麗華はすぐ鼻と口を手で覆い、ぬ~べ~に息を止めろと言い放った。ぬ~べ~は彼女の言う通りに、息を止めそして鼻と口を手で覆った。

目を瞑り、部屋から出ようと煙の中を麗華は彷徨い歩き回った。すると何かに当たり、薄らと目を開けた。そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべた梓だった。

 

 

「!!」

 

「大人しく寝てて貰うわよ?」

 

 

麗華の額に軽く指で触れると、彼女は意識を無くし力無く倒れた。倒れた麗華を梓は受け止め、手から糸を出し彼女の手足を巻き、抱えて窓から飛び降り部屋を出て行った。

 

 

騒ぎに気付いたのか、外から茂が駆け付けドアを開けた。そこには倒れる焔と竃、そして手を離し空気を吸うぬ~べがいた。

 

 

「……一体……何が。

 

 

?!麗華ちゃん!!」

 

 

麗華の姿が見えないのに気付いた茂は、彼女の名を呼び叫びながら中へ入り部屋を見回した。だが、そこには彼女の姿は無かった。

 

 

「やられたか……」

 

「?」

 

「強力な霊気を持った妖怪が、麗華を襲って」

 

「強力な霊気?

 

先生、詳しい話は龍二君が来たら話してください。

 

僕は二人の治療に当たります」

 

「……分かりました」



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繰り返される悲劇

目覚める麗華……

手を動かそうとした時、手が動かずさらには足も体も身動きが取れぬよう、糸が巻かれていた。何とか体を起こすことができ、起き上がり辺りを警戒した。


「お目覚めかしら?」


糸で出来たカーテンが開き、外から梓が入ってきた。


「……」

「怯えることは無いよ。私はアナタなんだから」

「アンタが私?」

「あなたの心を元に、私はこの世に生まれたの……牛鬼の手によって」

「……」


不敵な笑みを浮かべながら、梓は麗華が横になっていたベッドの上に乗り警戒している彼女の頬に、ソッと手で撫でた。


「……私をどうする気?」

「牛鬼を呼び出す餌よ。

少し、言う通りに動いて貰うわよ?」

「アンタの言う事なんか、聞か……!!」


梓は麗華を押し倒し、彼女の上に跨がり顔を動かさぬように手で押さえ、不気味に光る自身の目を彼女の目と合わせた。


「怯えることないわ……


少しの間、眠ってて貰うだけよ……」

「え?」

「私の目を見てれば分かるわ」

「目?」


不気味に光る梓の目を、麗華はジッと見つめた。やがてその不気味な光は、麗華の目にも輝いた


「麗華……

今から私が言う事を、しっかり聞きなさい」

「言う……事?」

「えぇそう………

いい?」

「言う事を……聞く」

「その通りよ……麗華」


梓が目を反らすと、麗華は目を閉じそのまま眠ってしまった。彼女の頬を手で軽く触れると、ベッドから降り手足と体に巻き付けていた糸を解いた。


「目覚めれば……全て計画通り。


牛鬼、待ってて。すぐに迎えに行くからね」


「……は?」

 

 

病室で立ち尽くす龍二……丙から治療を受ける焔は、誰とも目を合わせぬよう、顔を下に向けていた。先に丙の治療を終えた竃は、顔を下に向ける焔の頭に手を乗せ、彼を宥める慰めるようにして撫でた。

 

危害が無かったぬ~べ~は、先程起きたことを全て話した。

 

話を聞いた牛鬼と安土は、顔を強張らせて互いを見合い前で立ち尽くす龍二の背を見た。

 

 

「さらわれたって……」

 

「……」

 

「梓にさらわれたって事かよ……」

 

「……その通りだ」

 

「何でだよ……何で」

 

「龍……」

 

「焔……

 

テメェ、傍にいながら何やってたんだ……」

 

「……」

 

「龍二、焔を責めるのは門違いだ」

 

「竃は黙ってろ!

 

焔、答えろ」

 

「……」

 

「龍、焔を責めたって麗は」

 

「うるせぇ!!」

 

 

怒鳴る龍二の声に反応してか、治療中の焔は突然立ち上がったが、目が眩みしゃがみ込んだ。

 

 

「まだ治療中だ!焔」

 

「もういい……俺は行く」

 

「待て。どこにいるのか分かっているのか?!」

 

「麗の臭いを辿ればいい話だ!

 

雷光、氷鸞、来い」

 

「ほ、焔!そなたの治療を終えてからの方が」

 

「さっさと来い!

 

主を見捨てる気か?!」

 

「しかし!」

 

「足手まといになるだけです。治療を終えてからにして下さい」

 

「阿呆鳥、黙れ」

 

「黙りません。治しなさい馬鹿犬」

 

「余計な口出しすんな!!

 

行くと言ったら」

“パーン”

 

 

焔の頬を、渚は思いっ切り叩いた。彼の頬は赤くなり焔は頬を手で押さえながら渚の方に目を向けた。

 

 

「そんな怪我で行って、勝てるとでも思ってるの?」

 

「……」

 

「今の状況が、どういう状況か分かってる?」

 

「……」

 

「……六年前のあの日と同じよ」

 

「!」

 

「龍……

 

また麗を悲しませる気?違うよね?」

 

「……」

 

「ここで言い争ったって、何にも解決しないでしょ?

 

それに今回は、六年前とは違う……雷光と氷鸞がいる。鎌鬼だっている」

 

「……」

 

「それだけじゃない。

 

皆、前より強くなってる……麗だって……強くなってる」

 

「……」

 

「龍、アンタも強くなってる。

 

だから、次は勝てる。今回は麗だって、ちゃんと戦える。焔……アンタ、これで行ってもし、死んだらどうするの?麗を独りにさせる気?

 

以前言ったわよね?麗は、自分がいなきゃ駄目だって……

いなきゃ駄目なら、死んだらどうするの?!ねぇ!

 

考えなかった!?アンタが死んだら、この先誰が守るの?」

 

 

黙り込む焔……全てを言ったかのように、渚は息を切らし龍二と焔を交互に見た。

 

 

「さすが、弥都波のガキだな」

 

 

その声と共に、寝ていた輝三がゆっくりと起き上がった。

 

 

「輝三……」

 

「彼女と一緒で、しっかりしてる……さすがだ。

 

焔、お前の気持ちはよく分かる……だがな、怪我を治して万全で行かなきゃ、麗華だって安心出来ねぇぞ」

 

「けど……」

 

「助けたい気持ちは分かる。

 

その前に、怪我治せ」

 

「っ……」

 

「龍二、ちょっと付き合え」

 

「あ、あぁ……」

 

 

ベッドから降りた輝三は、龍二を連れて部屋を出て行った。二人の後を鎌鬼は、ソッとついて行った。

 

 

喫煙室へ来た輝三は、ベンチに座り煙草を口に銜え、火を点け煙を噴き出しながらついてきた龍二の方に顔を向けた。

 

 

「奪われて悔しい気持ちは分かる……けどな、だからって焔に八つ当たりすることねぇだろ?」

 

「っ……」

 

「後で竃に、麗華の霊気を探って梓のアジトを見つけ出して貰う」

 

「……」

 

 

顔を下にしている龍二に輝三は、頭に手を置き雑に撫でた。

 

 

「少しは気を緩めろ。

 

張り過ぎで、顔が疲れてるぞ」

 

「余計なお世話だ」

 

「屋上に行って、風でも当たって来い」

 

 

気が進まないが、龍二は輝三に言われた通りに屋上へと行き置かれているベンチに座った。雲一つない青空に心地よい風が吹き、龍二の髪を靡かせた。

 

 

「少しは、落ち着いたか?」

 

「?……渚」

 

「抱え込み過ぎだ。だから、私たち妖怪ではなく人に頼れと言っているんだ」

 

「……お前は、生まれた時からその口調だな」

 

「当たり前だ。

 

普通、私が麗の傍に着き、焔がお前に着くのが理想だ。だけど、生まれる順番は神にしか操れることができない……だから私は、龍に着く事になった時、父上と輝から人間の男の事をいろいろ聞いた。その結果が、これだ」

 

「悪かったな、俺が先で」

 

「文句は言ってない。

 

私は今でも覚えている」

 

「?」

 

「お前がまだ赤ん坊だった頃……優は私に抱かせてくれた。

 

私が抱いた時、お前は目を開け笑って、私の頬を触ってきた。まだほんの小さい手で」

 

 

渚の頭に映る記憶……赤ん坊の龍二を渚は弥都波と優華が見てる中、彼女は二人の顔を伺いながら、抱いている龍二を見た。

 

 

「触られた瞬間、私は決意した。

 

 

コイツは私が、死んでも守ると……」

 

「……」

 

「とまぁ……

 

昔話はこれくらいにして、病室に戻るぞ。探しに行っている竃もそろそろ戻ってくるまで……!」

 

 

驚いた表情で、渚は振り返り上を見上げていた。龍二は立ち上がり、その方向に目を向けた。

 

 

そこにいたのは、幼い姿をした麗華だった。麗華は龍二の横を通り過ぎ、そして何かを伝えるとそのまま消えた。消えた地面には人型の紙が一枚落ちていた。

 

 

「龍……」

 

「……アイツ」




夕方……


病室で集まる龍二達は、竃の話を聞いていた。


「廃墟?そこにいるのか」

「焼けた建物から、只ならぬ妖気を感じた。

見たところ、所々に糸が張り巡らされていたうえ、無数の巨大蜘蛛がいた」

「分っかりやす!何?!そのアジト!」

「渚殿の言う通りです……」

「何を目指しているんです?その者は……」

「さぁな……」

「何か……絶対住みたくない」

「右に同じく…」

「ま、俺が集めたのはここまでは。

輝三が治ってから行った方が良いと俺は思うが……そこにいる、三馬鹿はその気はないみたいだし」

「三馬鹿?」

「何故、このバカ犬と一緒なのです」

「テメェは俺より、大馬鹿だ」

「あなたに言われたくない」

「んだと!!」

「三馬鹿トリオ、うるさい!!」

「姉者!!」

「アイツらほっといて、話し続けてくれ」

「……

今回は行かせるが、無茶だけはするな。先生、龍二と麗華を頼んだぞ」

「分かりました」

「鵺野はともかく、そこにいる化け狐は責任あんだから、来なさいよ」

「わ、分かってますよ……」


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戦略

焼け落ちた廃墟の前に降り立つ龍二達……

 

 

「ここって……

 

Kの家じゃねぇか?」

 

「どうりで……

 

嫌な妖気がそこら中に臭う」

 

「……しかし」

 

 

呆れたような表情で、龍二は後ろを振り返った。後ろには鎌鬼に支えられて立つぬ~べ~がいた。

 

 

「お前は一体、いつになったらあのスピードに慣れるんだ?」

 

「渚、この人は普通の人間で、空何て飛行機で飛んだことしかない人だよ。

 

麗華や龍二達と違うんだから」

 

「いい加減慣れなさい」

 

「……」

 

「ハァ……?」

 

 

焼け落ちた屋根の骨組みに立つ二つの影……その影に気付いた龍二達は、屋根に目を向けた。そこにいたのは梓と彼女と似たような恰好をし薙刀を持った麗華が立っていた。

 

 

「麗…」

 

「お集まりの様ね……牛鬼も一緒でよかった。

 

いなかったら、どうしようかと思ったわ」

 

「……」

 

「さてと……

 

牛鬼は私の所に来て。そうすれば、麗華は返してあげるわ」

 

「やはり、そう来たか……」

 

「龍、どうする」

 

「……牛鬼、耳貸せ」

 

「?」

 

 

牛鬼の隣へ行った龍二は、彼の耳元で何かを話した。牛鬼は顔色一つ変えず、一瞬梓達の方を見た。

 

 

(何を話しているのかしら……)

 

 

話しを終えると、牛鬼はゆっくりと梓の元へと寄った。梓は後ろにいる麗華に手で合図を送りながら、彼を見つめていた。ゆっくりと近づいてくる牛鬼……彼が梓の元へ来た時、麗華は飛び上がり、龍二目掛けて薙刀を振り下ろしてきた。振り下ろしてきた薙刀を、龍二は剣で防ぎ薙ぎ払った。

 

それを見た牛鬼は、手から毒の槍を出し梓に攻撃した。梓は糸でその攻撃を防ぎ、彼から離れた。

 

 

「牛鬼……抵抗するなら、あの女の命は」

「誰の命だって?」

 

「?!」

 

 

龍二の前に立つ麗華……彼女はゆっくりと梓の方に振り向いた。

 

 

「な、何で……催眠術を掛けたはずなのに」

 

「あ~……催眠術って、痛みに気を引かれてると掛かりにくいんでしょ?」

 

 

そう言いながら、麗華は人差し指を見せた。そこには血の塊が付いていた。

 

 

「まさか……」

 

「催眠術を掛けられる前に、寝かされていたベットにあった釘で刺した。痛みのおかげで術にかかることなく、アンタに操られているふりをしたってわけ」

 

「!!」

 

「それはそうと……

 

アンタ、よくも私の体弄りまくったな!!こんな意味の分からない服まで着せやがって!!」

 

「フン!私の趣味に合わせただけよ。文句でもあるのかしら?」

 

「大ありだ!!」

 

「お前……あいつに何されたんだ」

 

「色々された……

 

とてもじゃないけど、口で説明できないほど」

 

(相当、嫌な事されたな……)

 

「ちょ、ちょっと待て!

 

俺に分かるよう、説明してくれ!」

 

「何で阿呆が来てるの?

 

玉藻はともかく」

 

「麗華!!お前なぁ!!」

 

「怒るのは後だ!俺から説明させて貰う。

 

 

昼間、コイツの式から知らされたんだ。麗華は操られていない……梓に合わせて演技をしている。だから攻撃したら、剣で防ぎその合図で牛鬼に攻撃させろって」

 

「式?」

 

「自分の霊気を、この紙に入れて伝えたいことだけを想いながら投げる……そうすれば、霊気の弱い、もう一人の自分が出来るんだ」

 

「お前等、便利なもの持っているなぁ」

 

「あんな変な奴に、操られてたまるか」

 

 

擦り寄って来た、焔達の頭を撫でながら麗華はそう言った。ぬ~べ~は苦笑いしながら、そっぽうを向いた。

 

 

「調子に乗るんじゃないよ!!」

 

 

怒鳴り声と共に、梓の周りにはいつの間にか巨大蜘蛛の大群が構えていた。龍二達の後ろにいた安土は、前にいる牛鬼の隣に立ち梓を睨んだ。ぬ~べ~は鬼の手を出し、玉藻は妖狐に姿を変え麗華と龍二は持っていた武器を構え、渚達は獣の姿へと変わり、攻撃態勢に入った。

 

 

「あなた達全員殺して、私は牛鬼と一緒にいるのよ……永遠に!邪魔者は全員消してあげるわ!!」

 

「消すだ?何馬鹿なこと言ってんだ」

 

「あなたは黙っていなさい」

 

「黙るか!

 

兄貴と一緒にいたいだ?そのために、この世にいる生物を全員消すだ……フザケタ事言ってんじゃねぇよ!!

 

 

テメェの存在は、とっくの昔に俺等の手で消してんだよ!!」

 

「黙れ!!」

 

 

梓の手から発射された風圧が、安土に当たり彼は麗華達の元へと飛ばされた。

 

 

「安土!」

 

「消した?私は、そこにいる女の霊気で、この世に蘇ることができたのよ!

 

蘇らせたのは、消した本人であるアンタ達二人じゃない!」

 

「……」

 

「それを……今度は、邪魔になったからって消そうとして……」

 

 

何かブツブツと言いながら、梓の周りに黒いオーラが纏い、周りにいた蜘蛛たちは鳴き声を発した。

 

 

「何……この、妖気」

 

「感じたことねぇ妖気だ……」

 

「……!」

 

 

一瞬、麗華の頭に何かが過った。人型の蜘蛛の様な生き物が一匹……

 

 

「……ヤバい」

 

「え?」

 

「早く……早く、アイツを殺さないと。

 

大変な事になる!」

 

 

“ドーン”

 

 

黒いオーラが吹っ飛び、中から胴体に黒い足が生やし、頭に黒い二本の角が伸び、体は巨体化し不敵な笑みを浮かべ姿が変形した梓が現れた。

 

 

「これで……邪魔者は全員殺す!!」

 

 

口から無数の針を梓は飛ばしてきた。渚は口から水を吐き、その水を氷鸞は凍らせ全員の前に盾を作った。氷の盾で針は防がれ、終わったのを合図に雷光と焔が上へ上がり、焔は炎を吐き出しその炎に向かって雷光は風を起こした。風は炎を纏い炎の風へと変わり、梓に攻撃した。梓は糸を吐き炎を防ぎ、毒の槍を麗華と安土目掛けて投げ飛ばした。

 

 

「安土!麗華!」

 

 

安土は麗華を抱え、その場から飛び上がり攻撃を避けた。だが梓は飛び上がった安土目掛けて、毒槍を素早く作り投げた。毒槍を麗華は安土の体を借りて、薙刀を降り槍を粉々に砕いた。砕いた後落ちて行く麗華をキャッチした安土は、龍二達の元へと落ちた。

 

 

「麗華!!」

「安土!!」

 

「痛って~……

 

踏み台にすんなら、そう言えよなぁ」

 

「ゴメン、咄嗟的に思いついたことだったから」

 

「お前等二人共、何やってたんだ!!」

「お前等二人共、何やってたんだ!!」

 

 

口を揃えて言いながら、麗華と安土の頭を龍二と牛鬼は思いっきりに殴った。二人は殴られた箇所を押さえ、涙目で二人の方に目を向けた。

 

 

「何で殴るんだよ!牛鬼」

 

「当たり前だ!!危険な行為しやがって!!」

 

「殴らなくたっていいじゃん!無事だったんだから!」

 

「殴るわ!!毎度毎度危険なことしやがって!!少しは心配するこっちの身にもなってみろ!」

 

「私はいつもその身だ!!兄貴こそ、少しは分かれ!!」

 

「俺は兄貴だから、分かってんだ!だからいいの!」

 

「ズルいぃ!!」

 

「お前等!!兄妹(兄弟)喧嘩は後にしろ!!」

 

「君等、敵と戦っていることをお忘れなく!!」

 

 

その時、ぬ~べ~達の頭上を無数の巨大蜘蛛が飛び越え龍二達目掛けて突進してきた。突進してきた蜘蛛たちを、牛鬼と安土が毒の槍を出し切り裂いた。すると彼らの後方からも、巨大蜘蛛達が突進してきた。後方の蜘蛛たちを、背中を守る様にして麗華と龍二が立ち剣と薙刀で切り裂いた。

 

 

「……」

 

(……おやおや。

 

昨日の敵は今日の味方…ですか?)

 

「危なっかしくやってるのは、アンタ達兄弟じゃない」

 

「そういうお前等兄妹もだろうが」

 

「お互い様だろ。もう」

 

「さっさと、あの化け物を壊すぞ」

 

「へ―イ」

 

「鵺野!玉藻!

 

二人で、あの化けものを殺せ!!」

 

「何ぃ?!」

 

「俺等全員で、アイツが出してくる巨大蜘蛛を殺していく。雛菊、焔、二人は火攻撃。雷光は二人の援護するようにして風の攻撃。渚は水攻撃で、その水を氷鸞が凍らせて、礫を作りあの化け物に攻撃だ」

 

「承知」

「承知」

「承知」

「承知」

「承知した!」

 

「鎌鬼は俺等の援護で!」

 

「コラ!」

 

 

突進してきた無数の巨大蜘蛛の群れに向かって、四人は突っ込んでいった。前に攻撃してきた蜘蛛を、鎌鬼が慌てて攻撃し防いだ。

 

 

「二人共!!突っ込むなら、こっちの準備が出来てからにしてくれ!ついて行くのがやっとなんだから……」

 

「いいじゃん、別に」

 

「死なせないだろ?俺等二人は」

 

「……全く。

 

世話の掛かる子供だ!」

 

 

そう言いながら、鎌鬼は持っていた鎌に自身の妖気を吸い込ませ巨大な鎌を作り上げ、その鎌を巨大蜘蛛群れの一部を切り裂き消し去った。

 

 

「さっすが鎌鬼!」

 

「君達はあの鬼と狐の援護をしなさい」

 

「そんなもん」

 

「分かってるよ」

 

 

龍二はポーチから紙を取り、もう一枚の紙を麗華に渡した。そして二人は紙を構え群れを睨んだ。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!」

 

「いでよ!!火之迦具土神!!」

「いでよ!!火之迦具土神!!」

 

 

二人が持つ紙が赤く光り出し、そして炎を作り出した。作り上げたと共に二人は睨んでいた蜘蛛の群れに向かって炎を解き放った。蜘蛛たちは一斉に悲痛な悲鳴を上げながら、丸焦げになり全滅した。梓は驚いた表情を浮かべて、龍二達を睨んだ。

 

 

(何で……何で……)

 

 

睨んでいた眼は、やがて牛鬼一人に絞られていた。

 

 

(どうして……どうして、一緒にいてくれないの?

 

それだけが……それだけが望みなのに。どうして)

 

 

化け物の姿をしていた梓は、元の人の姿へと戻り、そして赤い目で牛鬼を睨んだ。目が合った瞬間、梓は笑顔を向けそして手から糸を出し、牛鬼の近くにいた麗華を取り、崖に宙吊りにした。

 

 

「麗華!!」

 

「選びなさい、牛鬼」

 

「?!」

 

「私と共に、この地ではない遠い所で一緒にいるか、この女をこの崖から落として殺されるか……」

 

「汚ねぇぞ!!梓」

 

「さぁ、選びなさい!この糸を斬れば、彼女は真っ逆さまに地面に落ちて、あの世逝き……」

 

 

足を縛られ、逆さづりになっていた麗華は何とか糸を斬り、遠くにいる焔を見ながら合図を送ろうとしていたが、糸に障った瞬間、毒蜘蛛が手を噛みその症状なのか、手足が麻痺し動けなくなってしまった。

 

 

(脱走しようにも……手足が麻痺しちゃ)

 

「どうする?大事な子が、粉々に砕けていなくなるのよ?」

 

「……お」

「落とせばいいじゃねぇか」

 

「?」

 

 

その声の主の方に、その場にいた全員が顔を向けた。そこにいた龍二は腕を組みながら、笑みを溢してそう言った。

 

 

「龍二、今何て」

 

「だから、落とせばいいじゃねぇか?

 

出来るならな」

 

「は?

 

あなた、頭おかしいんじゃないの?」

 

「おかしくねぇ。俺は至って、冷静だ。

 

落とせるもんなら、落としてみろよ」

 

「……いいわよ。

 

落としてあげるわ……あなたが望むなら!」

 

 

糸に当てていた毒槍で、梓は糸を斬った。その瞬間、麗華は真っ逆さまに落ちて行った。ぬ~べ~は崖縁まで駆け寄り、下を見た。下は木々で埋め尽くされていた。

 

 

「嘘だろ……龍二!!」

 

 

ぬ~べ~は、怒りの形相で龍二に駆け寄り胸倉を掴み怒鳴った。

 

 

「何考えてんだ!!」

 

「……」

 

「大事な妹を……たった一人の家族を殺してどうすんだ!!」

 

「……」

 

「何か答えろ!!龍二!!」

 

 

何も答えない龍二……すると梓は高笑いをしながら、立ち上がり不敵な笑みを浮かべてぬ~べ~を見た。

 

 

「何をそんなに嘆いているの?たかが女一人、死んだだけでしょ」

 

「人が一人死ぬってことは、誰かが悲しむことなんだ!人を無暗に殺すな!」

 

「……死んでも、気付かれない人だっているのよ」

 

「?」

 

「この世には、無数の魂が彷徨ってるわ。

 

自分が死んだ事すら知らない魂や、死んだ事に気付かれずそれに気付いてほしいが為に彷徨う魂……

 

 

死ねば誰かが悲しむ?そんなわけないじゃない!それに、邪魔者がいなくなれば……大事な人とずっと一緒にいられるのよ……そうでしょ?牛鬼」

 

 

顔を下に向けながら、牛鬼はゆっくりと梓に歩み寄った。そして彼女の前に立つと、牛鬼は梓を抱き締めた。梓は幸せそうな表情を浮かべ、牛鬼を抱き締めようとした。だが次の瞬間、梓の顔色が変わった。血の気が引いたように青ざめ、胸を押さえてその場に座り込んだ。ハッとしたぬ~べ~と玉藻は牛鬼の手元を見た。彼の手には血に染まった短剣が握られていた。

 

 

「な…何で……」

 

「梓……邪魔者がいなくなれば、大事な奴とずっと一緒にいられると思ったら、大間違いだ。

 

大事な奴にだって、大事な奴がいる……それを壊せば、大事な奴の人生は滅茶苦茶になるだけだ」

 

 

その時、空から翼を羽ばたかせた氷鸞が、何かを抱えて降りてきた。自身の手に布を巻き、青ざめた顔で氷鸞に支えられながら立つ麗華がいた。

 

 

「?!」

 

「悪いな……テメェが落とす前に、コイツに行ってもらってたんだ。気配を消して麗華が落ちてくるのを待ち構えててもらってたんだ」

 

「まさか、氷鸞がいたからやったのか?」

 

「当たり前だ!でなきゃ、あんな事するか!」

 

「怒鳴る前に、少しは考えてほしかったわ」

 

「全くだ」

 

「だから阿呆って呼ばれるんだよ」

 

「……」

 

 

「終わりはしないわ……」

 

「?」

 

 

胸を押さえながら、梓は立ち上がり全員を睨んだ。

 

 

「まだ動けるのか」

 

「終わりはしない……

 

もう何も関係ないわ。私は必ず、この世にいる全ての生き物を殺してやる!!」

 

 

そう叫び高笑いをしながら、梓は口から毒煙を出した。龍二達は瞬時に手で鼻と口を多い目を瞑った。しばらくして、丙と雷光が風を起こし毒煙を払った。牛鬼の前にいた梓の姿は、跡形なく消えていた。

 

 

「どこに行ったの……」

 

「分からねぇ……けど、もうアイツの妖気は感じない」

 

「……」

 

「何れにせよ、アイツはまたいつか姿を現す……」

 

「その時になったら、また僕も参戦するよ」

 

 

そう言いながら、鎌鬼は光の粒になりながら麗華に語りかけてきた。

 

 

「鎌鬼……」

 

「時間だ。

 

そんな悲しい顔しなくても、また助けに来るよ。以前もそう約束して、またこうやって助けに来ただろ?」

 

「……」

 

「じゃあまた……」

 

 

鎌鬼はヒカリの粒となり消え、彼がいた場所にはシガンがいた。目を開けるとシガンは麗華の方へと攀じ登り、頬を舐めた。

 

 

「一応、戦いは終わったってことか……」

 

「ハァ~……どっと疲れが出たぁ」

 

「何が疲れたよ。何の役にも立ってないくせに…馬鹿教師が」

 

「あ?!

 

 

だいたいな!お前みたいな不良生徒を指導する、教師の身になってみろ!毎度毎度冷や冷やしておちおち、夜も寝れないわい!!」

 

「テストの採点を鬼の手に任せて、眠ってる教師に言われてくないわ!!」

 

「な?!何でそれを?!」

 

「お見通しなのよ、馬鹿教師」

 

「何だとぉ!この不良生徒が!!」

 

 

口喧嘩をするぬ~べ~と麗華……そんな二人を見て、龍二達は笑った。そんな光景を牛鬼は眺めていた。

 

 

「何しけた顔してんだ!」

 

「安土……」

 

「一件落着したんだ。少しは喜べ!」

 

「……」

 

「ハハ~ン……さては麗華に、慰めて貰いたいのか?」

 

「?!」

 

 

安土の言葉に、牛鬼は顔を真っ赤にして彼の方を見た。

 

 

「その顔は正解だな。

 

 

麗華ぁ!牛鬼の奴がなぁ!」

 

「コラ、安土!!」

 

 

先を走って行く安土の後を、牛鬼は顔を赤くして呼び叫びながら追いかけて行った。



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昨日の敵は今日の味方

数日後……

 

 

病院内のデイルームで、麗華は見舞に来た広達と楽しげに話していた。そんな彼女達を遠くから輝三と龍二は眺めていた。二人に向かって、茂はカルテを見ながら話していた。

 

 

「熱も引いたし、発作も起さなくなったから、明後日あたりには退院できるよ」

 

「そうか……

 

これなら、今日中にでも帰るか」

 

「え?もう帰るのか?」

 

「まぁな。今日まで休みを取ってたが丁度良かったな」

 

「麗華の奴、怒るぞ」

 

「……?」

 

 

二人の前を見覚えのある格好をした男子二人が通り過ぎた。男の内チャライ格好をした男は、後ろへ回り麗華に抱き着いた。

 

 

「よぉ、麗華!元気にしてたか?」

 

「キャァァアア!!変な男が麗華に抱き着いたわぁ!!」

 

「細川、うるさい!」

 

「この人、誰?」

 

「知り合い。最近童守町に帰って来て、私が入院してるの何処からか聞きつけたのか、時々見舞いに来るんだ」

 

「へぇ……」

 

「コラ安土、麗華に抱き着くな」

 

 

スーツ風の格好をした牛鬼は、安土の服の首根っこを掴みながら引き離した。

 

 

「わぉー!チョーイケメン!」

 

「どうしたの?今日は二人揃って、見舞なんて」

 

「いや…それは」

「兄貴の奴、恥かしくって今まで来なかったんだけどさ、今日誘ったら行くって言って。

 

それに、今コイツの心の中、嬉しくてメッチャ飛び上がってる」

「安土!!」

 

 

頬を赤くして、牛鬼は怒鳴った。その瞬間、二人の背後に立っていた茂は持っていたカルテとノートで、二人の頭を思いっきり叩いた。

 

 

「病院で騒がない。大声を上げない」

 

「茂さん、相変わらず容赦ねぇな……」

 

「当然だ」

 

「わ~ん、麗華ぁ」

 

「安土……テメェは!!」

 

 

怒鳴り声を上げ掛けた牛鬼の頭を、茂はカルテではなく拳で思いっきり殴った。そんな牛鬼を安土は笑っていたが、後ろにいつの間にか立っていた龍二が彼の頭を思いっきり殴った。二人は頭を押さえて、その場に座り込んだ。そんな彼等が面白かったのか、麗華達は大笑いした。

 

 

そんな二人の笑った顔を見ていた輝三は、ふと昔の事を思い出した。

 

 

二人の両親……輝二と優華が結婚したての頃、引っ越しの手伝いに来ていた時だった。

 

 

『本当にいいのか?この家で』

 

『いいの。これくらい広ければ、子供が何人生まれようと十分に育てられる』

 

『それに、裏は森。猿猴達が住んでるけど、何もしなければ害は無いし。生まれてくる子供には伸び伸びと育って欲しいしね』

 

『せめて、建て直しでもすればいいだろ?この家、明治時代に建て直しされてるけど、所々ボロ来てるぜ』

 

『いいの。母さんや父さんとの思い出が詰まった家だもん。このままにしておきたいさ』

 

『……おい優華、いいのか?こんなお化け屋敷に住むことになって』

 

『お化け屋敷って……』

 

『仮にも、アンタの実家でしょ?そういう言い方しないの!』

 

『自分家をどう言おうと、俺の勝手だ』

 

『全く』

 

『気にしなくていいよ、美子姉さん

 

私、こういう古風あるお家好きだし。それにこのままの方が毎日来る妖怪達にもいいでしょ?』

 

『まぁ、アンタが言うならいいけどね』

 

 

『母ちゃーん!姉ちゃんが俺の事殴るぅ!』

 

 

そう言いながら、客間にいた幼い泰明は泣きながら美子に抱き着いてきた。その後を里奈が追い駆けて来るなり、声を上げて怒った。

 

 

『アンタが遊んでばっかりいるからでしょ!』

 

『遊んでないやい!』

 

『嘘!!持ってきたビービ―弾銃で遊んでたじゃない!』

 

『警察ごっこしてただけだもん!』

 

『それを遊んでるっていうの!!』

 

『やめろお前等!

 

手伝いに来てまで、喧嘩すんな』

 

『だって泰明が!!』

 

『ほら里奈ちゃん、叔母さんとお母さんと一緒にあっちで叔母さんの荷物一緒に片付けよ。ね』

 

『泰明君は、俺と兄さんの手伝いをしてくれ』

 

『うん!』

 

『叔母さんのお手伝いする!』

 

『じゃあ、あっちの部屋行こう!姉さんもほら』

 

『ハイハイ』

 

 

里奈を連れて、優華は美子と共に別室へ行った。優華は二人に向かってウインクし、先に行った二人の後をついて行った。

 

 

『お前等二人の方が、子供の扱い慣れてるな』

 

『母さんがやってたことを、優華に教えたんだよ。

 

兄さん達、いっつも喧嘩してたじゃん。そのたんびに父さんが機嫌直しにって兄さんと喧嘩の現場見た俺を連れて、よく散歩に連れてってくれたじゃん』

 

『そういや、そんなこともあったなぁ』

 

『……』

 

『なぁ、一つ聞いていいか?』

 

『?』

 

『もし、子供が生まれるなら、何を望む?』

 

『え?望むって』

 

『五体健康とか、頭脳明晰とか……そう云ったものだ』

 

『う~ん、難しい質問だねぇ。

 

兄さんは何望んだの?』

 

『俺か?

 

元気がありゃ、いいかなって……それだけを願った』

 

『元気かぁ……それはちょっと、保証できないなぁ。俺、喘息持ちだから。もしかしたら、俺の子供も喘息持ちになるかもしれないしなぁ』

 

『お前が持ってるからって、ガキに遺伝するかよ』

 

『分からないよ?そんなの』

 

『あのなぁ』

 

『でも、一つだけならあるよ。望んでること。優華と同じもの』

 

『へぇ……どんなのだ?』

 

『笑顔』

 

『?』

 

『笑顔を絶やさない子になって欲しい。

 

どんな状況に陥っても、どんな悲しい事があっても、次の日……ううん、いつでもいい。とにかく、いつでも笑顔を向けている子に育って欲しいかな』

 

 

輝二の言葉を思い出す輝三の目には、満面な笑顔をした龍二と麗華がいた。

 

 

(お前等の望み、ちゃんと叶ってるぜ。

 

輝二……優華)

 

 

輝三の思いに応えるかのようにして、麗華の首に掛けていたペンダントと龍二の手首に着けていたブレスレットの勾玉が一瞬光り、その中に笑顔を向けた二人の姿が一瞬映った。



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鬼・妖狐・陰陽師共同戦線

小さい頃、誰でも金魚や緑亀などの小動物を飼ったことがあるだろう。

そして、自分の不注意で死なせた経験もあるだろう……長い間、餌をやり忘れたり。また、水槽の水を取り替えようとして、下水に流れてしまったり……


下水道……

ここには、たくさんの動物の死骸があった。それは故意にせよ、過失にせよ人間によって殺され、捨てられた動物達だった……そして待っているのだ。


復讐の時を……


ある日の童守小学校……

 

 

保健室の前には、体育着を来た男子達が並んで待っていた。今日は健康診断があり、先に女子達がやり次に男子達という順番であったため、男子達は女子達が終わるのを待っていたのだ。

 

 

「あー皆静かに。

 

女子達が終わったら、順序良く中に入ること良いな?」

 

「ハーイ」

 

「決して中を覗いたりすんじゃないぞぉ。

 

ここでしっかり見張ってるからな?」

 

「そんなこと言って、こっそり自分だけ覗いたりすんじゃねぇの?」

 

「そうだそうだ!ぬ~べ~ならやりかねん」

 

「く~!

 

どうして俺はこうも、生徒達に信頼が無いんだぁ!」

 

 

その頃女子達がいる保健室では……

 

 

「わー!美樹ちゃん胸大きい!」

 

「あら、ノロちゃんも結構あるじゃない!」

 

「やだ」

 

「でもね、重いし肩こるし、ロクな事ないのよねぇ」

 

「そうそう。男子達はジロジロ見るし」

 

「胸の小さい人が羨ましいよねぇ」

 

 

嫌味タップリに言う美樹の言葉に、郷子は自分の胸を見ながら後ろを向き、デカデカと声を上げた。

 

 

「あ~!くだらないくだらない!」

 

「本当!羨ましいわぁ!アハハハハハ!」

 

「胸デカいと、何かいい事でもあるわけ?」

 

「胸の小さい麗華には……って、アンタ、意外にあるわね?郷子よりも大きい」

 

「さらしで胸押さえてるから、小さく見えるだけ。小さいほうが着物とか袴着る時便利なんだ」

 

「へ~」

 

 

「次のクラスどうぞ」

 

「はーい……!」

 

「玉藻先生!」

 

 

保健室の椅子に座っていたのは、玉藻京介だった。

 

 

「キャー!」

 

「玉藻先生!」

 

「お久しぶりですぅ!」

 

 

保健室から女子達のその声に気付いたぬ~べ~は、咄嗟にドアを開けてしまった。その瞬間、殺気に満ちた女子達の目が向き、部屋に置かれていた置き物が無造作に投げられ、ぬ~べ~の体中に当たり最後に麗華の蹴りが飛び、彼はその場に伸びた。

 

 

「えー何で、教育実習まで来といて、先生にならずに医者になったの?」

 

「うん、大学では教育課程をとると先生にならない人も実習に来るのさ。

 

僕は先生になりたかったのだが、医大出なのにと親が許さなくてね」

 

「とか何とか云って、本当は自身の趣味で調べてるある事に人間が関わってるから、そのために医者になったんじゃなくって?」

 

「神崎さん、口が達者だね。

 

それにしても、筋肉発達が皆より優れてるね」

 

(当たり前だ。体の構造が違うんだよ)

 

「あと、郷子ちゃん。

 

胸の発育が著しいですね」

 

 

「女子終ったわよ」

 

 

鼻歌を歌いながら、郷子は伸びているぬ~べ~に言った。男子の順番になったのを気に、ぬ~べ~は保健室へと入り、玉藻に突っ掛って言った。

 

 

「おい玉藻!

 

今日は一体、何の用だ!お前外科だろ!」

 

「別に……内科の先生が全員で払っていて、手の空いている私が来たのです」

 

「簡単に言うと、暇だったのがアンタ一人だけってことか」

 

「麗華君、君は女子だからもう診断は終わりました。教室に戻りなさい」

 

「アンタがここにいるって分かってて、離れる馬鹿はいない。

 

また厄介な妖怪の傷でも治されたら困るからね」

 

「……」

 

「何でそうまでして、健康診断しに来たんだ?

 

何を企んでいる!正直に答えろ!」

 

「別に……」

 

「……!!

 

まさか、お前ロリコンで小学生の女子の胸が見たくて」

「バカはほっといていいから、玉藻訳を話して」

 

「今、童守町で起こっている奇怪な事件を知っていますか?」

 

「へ?奇怪な事件?」

 

「えぇ。

 

路上で、マンホールや下水の傍で全身落雷にあったような、丸焦げの人々が病院に日に何人も運ばれるのです」

 

「それなら茂さんから聞いた。確か、強力な妖気を帯びて来るって言ってたよ」

 

「その通りです。

 

調べてみましたら、マンホールや下水には夥しい怨念が漂っていました」

 

「怨念?」

 

「下水ねぇ……

 

探検したら、鰐でも出てきそう」

 

「おい麗華」

 

「?」

 

「お前、いつになったら部屋から出るんだよ。もう女子は終わってるぜ?」

 

「もう出るよ。

 

鵺野、玉藻が逃げないように見張っててね」

 

 

そう頼みながら、麗華は戸を閉め教室へと帰って行った。

 

 

「では次、白鳥秀一君」

 

「はーい」

 

 

返事をしながら、秀一は玉藻の所へと来た。その瞬間、玉藻が持ってきていた者が、彼に反応するかのようにして動き出した。

 

 

診察が終わった玉藻はぬ~べ~と共に、屋上へ行き話を続けた。

 

「それじゃあお前は、奇怪な事件がこの学校の生徒であると思ったのか」

 

「そうです……

 

マンホールに残っていた妖気が、童守小学校の方に流れていた……それでこの学校の誰かに関係があるかと考えたのです。

 

それが鵺野先生のクラスにいたとは……秀一君…ですか」

 

「だからどうした。いつもの事だ。

 

俺が守ってやるさ」

 

「そう簡単に行くような、妖怪じゃないよ。今回は」

 

 

その声の方に振り向くと、狼姿をした焔の頭を撫でる麗華が、給水タンクの上に座っていた。

 

 

「麗華……って、コラ!!

 

そこから降りろ!危ないぞ!」

 

「硬いこと言うなって。ここが一番好きなんだからさ」

 

「あのな」

「麗華君、話の続きを」

 

「今回の敵……妖力が異常に高い。もしかしたら、神獣のかもしれないね」

 

「何だと?!」

 

「以前闘った麒麟のこと覚えてるでしょ?

 

そいつと同じ妖力を感じるんだ」

 

「……」

 

「何、恐れることはありませんよ」

 

「?」

 

「方法は一つです」

 

「方法って……?」

 

 

突然、雷が鳴りふと空を見上げると、空は黒い雲に覆われていた。その雷に反応するかのようにして、焔とシガンは毛を逆立てながら、唸り声を上げた。

 

 

「あ~、可愛い!」

 

 

その頃秀一は、猫の写真をクラスの女子に見せながら自慢話をしていた。

 

 

「だろだろ?うちには他に、スコティッシュフォールドやメインクーンなんかもいるんだよ」

 

「スッゴォイ!

 

皆、秀一君が世話してるの?」

 

「もっちろん!……?雷?」

 

 

雷が鳴り、女子達は不安げに空を見上げてた。その時、マンホールの蓋がガタガタと動く音が聞こえ、秀一は蓋に目を向けた。蓋は動くのを止め静けさが戻ったかと思いきや、四人を囲うようにしてあったマンホールから亀の様な首が四匹姿を現した。その首は雷を浴び、そのまま秀一に突進してきた。

 

襲われる瞬間、鬼の手を構えたぬ~べ~が一匹の首を斬り落とし助けた。それを見た首達は素早く、下水の中へと姿を消した。蓋が開けっ放しになった下水を、焔に乗って降りてきた麗華は中を覗くようにして見た。

 

 

「逃げられたよ」

 

「そうみたいだな……」

 

「ぬ、ぬ~べ~!」

 

「秀一……」

 

 

しばらくして、斬り落とした敵の首を理科室へと持っていき、ぬ~べ~は机の上に乗せた。立会人として、広と郷子も理科室へと入り様子を伺った。

 

 

「何なのあれ?蛇?」

 

「しっ!今調べている所よ」

 

「なぜ秀一君を恨んでいる……

 

貪狼巨門禄存文曲廉貞武曲破軍」

 

「フッ……何かの間違いさ。

 

この完璧な僕が恨まれるなんて…ぬ~べ~や麗華はともかく」

 

「相変わらず、小生意気な奴だ」

 

「完璧な人間程、他人の抱く恨みは強いよ」

 

「!」

 

「麗華!」

 

「これは、数日前秀一君に捨てられた亀だ」

 

「亀?!」

 

「アハハハハハ!!亀だって!」

 

「確かに僕はこないだまで、小さな亀を飼ってたけど」

 

「え?」

 

「でも、わざとじゃないんだ……ちょっと不注意だったんだ。

 

いつものように、水槽の水を取り替えようとしてただけなんだ……」

 

「水を流している最中に、亀が下水に流れちゃったの?」

 

「うん……

 

けど、だからといって」

 

「やはりな」

 

「?」

 

「罔象女(ミズハメ)を知っていますか?」

 

「確か、日本神話に出てくる古代の水神……」

 

「それがどうかしたの?」

 

「神話では、伊邪那美が死の直前に産んだとされ、蛇や竜の姿で表されている。

 

あの亀は、ヘドロの底に捨てられた古代の罔象女神の御神体に触れ霊力を得たのでしょう」

 

「なるほどねぇ。

 

巨大妖怪化した亀は、今や御神体そのものを飲み込んで、自分の体の一部にした」

 

「そう……

 

御神体は神が現世に力を送る云わば通信機……それが体内にあるということは、奴は無限に神の力を得られるという事」

 

「神の力……それはもはや、神獣」

 

「そのうえ、下水に流れている無数の動物達の怨念をかってる……威力半端ないね」

 

「そうです。

 

恐らく……私でも鵺野先生、麗華君でも勝ち目は無いでしょう。

 

 

しかし……私は人間の味方ではないが、今回は童守町の人々を救ってやりましょう。

私は鵺野先生を超える霊力を得るために、人間の愛について研究している……他人に対する愛という感情は、高い霊力を引き出すらしいからね」

 

(愛ときたもんだ……)

 

(くさい事言うなぁ……)

 

「町を救えば、私は何百人もの人々を愛してやったことになり、霊力を高めることができる」

 

「?」

 

「それは、たった一人の今を犠牲にすることによって!」

 

「ま、まさか」

 

 

突然玉藻の姿が、狐へと変わり秀一を抱えて外へと飛び出して行った。

 

 

「待て!玉藻!」

 

「焔!」

 

 

割れた窓に狼姿になった焔が現れ、麗華は窓から飛び彼の背中に乗り、すぐさま玉藻の後を追いかけて行った。

 

 

町の建物を飛び移りながら、玉藻は秀一を抱え移動していた。

 

 

「た、玉藻先生、妖怪だったのか?!」

 

「そうだ!私は妖狐・玉藻。

 

それより見ろ……奴は怒って暴走し始めた」

 

 

空は黒い雲に覆われ、雷が鳴り響いていた。所々のマンホールから下水の水が噴水し、さらには雷が落ち町を粉々に壊していき、人々は逃げ惑っていた。

 

 

「どうだ秀一君……これがみんな、君のせいなのだ。

 

君は自らの責任を取って、アイツに殺されるのだ。それで町は救われる……」

 

 

「そんなわけないでしょ」

 

 

秀一の元へ、焔に乗った麗華が到着し彼女はいつの間にか出した薙刀を構え秀一の前に立った。

 

 

「れ、麗華クン」

 

「一人の犠牲で、この怒りが沈むとは思わない」

 

「一人の犠牲で、何百人の命が救われる……そしてそれは何百人もの人々を愛してやったことになり、霊力を高めることができる」

 

「出来るわけないでしょ。そんなの偽物の愛だ」

 

 

“ドーン”

 

 

落雷と共に三人の前から、八つの頭を持ち甲羅の様な者を背負った巨大な妖怪が現れた。

 

 

「これ……亀というより、八岐大蛇じゃん」

 

 

麗華が秀一から目を離した隙に、玉藻は彼を持ち上げた。

 

 

「狭く暗い闇の中で、恨みを持った者達よ!

 

この生贄で、恨みを晴らすがいい!憎しみの心を癒すがいい!!」

 

 

恐怖のあまり、秀一は玉藻の手の中で暴れ泣き喚いた。怪物は秀一に近寄り、鳴き声を上げながら彼を食おうとした。次の瞬間、彼等の前に氷の飛礫が飛び、そしてその直後に遅れて駆け付けたぬ~べ~が玉藻に持ち上げられていた秀一を奪い地面に下ろした。二人の元に、鳥の姿をした氷鸞と麗華が駆け寄ってきた。

 

 

「ぬ~べ~!」

 

「何をするんです?!その子一人が死ねは、人々は助かるというのに」

 

「黙れ!何が一人死ねばだ!」

 

「?」

 

「例え一人が犠牲になって、人々が救われたからって、喜ぶ奴はいない。

 

生贄に出された人の家族の気持ちを考えなさい!」

 

 

その時、一つの首がぬ~べ~の背後から突進してきた。玉藻は秀一を抱えすぐに飛び避けたがぬ~べ~は諸に攻撃を喰らい、氷鸞は麗華を守る様にして彼女の翼で包み攻撃を受けた。

 

 

「ぬ~べ~!麗華!」

 

 

ぬ~べ~は突進された勢いで飛ばされ、壁に激突した。氷鸞は背中に傷を負い、地面に倒れ虚ろな目で麗華を見た。

 

 

「麗様……お怪我は?」

 

「私は大丈夫……けど、氷鸞…アンタ、背中」

 

「大丈夫です…これくらいの傷。

 

焔、麗様を守りなさい」

 

「命に代えて」

 

 

傷を押さえながら、氷鸞は後ろにいた焔に伝えると、紙に戻り麗華と手に戻った。

 

 

「氷鸞……(帰ったら、丙に治して貰うからね)」

 

 

そんな麗華達を見た秀一は目に涙を溜め、目の前にいる妖怪の所へ一歩一歩近づいた。

 

 

「も、もう止めてぇ……

 

ぼ、僕が悪かったよ……ゴメンね。でも、関係ない人達を殺しちゃいけないよ!」

 

「秀一!」

「白鳥!」

 

「憎いなら……僕を犠牲に……僕だけを!!」

 

 

妖怪はしばらく秀一を見ると、後ろを向いた。麗華は立ち上がり、薙刀を手にし唸る焔の頭に手を置き身構えた。

 

 

「わ、分かってくれたのか?」

 

「……いいえ」

 

 

後ろを向いた妖怪は、その瞬間尻尾を伸ばし秀一を縛り上げ自分の体の中へと入れた。

 

 

「秀一!!」

 

 

傷を負いながら、ふら付いた足でぬ~べ~は立ち上がり彼の名を呼び叫んだ。

 

 

「フフフ……これで、妖獣の怨念も消える。これで、童守町の人々も救われた……私の愛によって」

 

 

その時、横に立っていたぬ~べ~は玉藻の頬を思いっきり殴った。

 

 

「そんなもの……そんなもの、愛でも何でもない!」

 

「……」

 

「人はね、何人死ねば何人助かるなんて数で考えたりはしない……目の前に、命が危ない者がいれば、何も考えず無意識に助けようとするもの……自分の命も顧みずにね!」

 

「そこには計算なんてないんだ……お前は人間の心がちっとも分かっちゃいない!!」

 

 

鬼の手を出し、ぬ~べ~は妖怪の甲羅の上へと飛び乗った。そしてなかにいる秀一を助けようと、甲羅を叩きだした。そんな彼に向かって首たちは襲おうとしたが、首たちの前に焔と雷光、麗華が立ち防いだ。

 

 

(無駄だ……鬼の手の力では、甲羅に傷一つつけられはしない。ましてや陰陽師の力を借りても……

 

 

しかし、どういうことだ。贄を出したのに私の力は……

どう見ても明らかに、鵺野先生の霊力は上がっている。それに麗華君の霊力まで……まさか。

 

 

まさか、私の計算が間違っていたとでも言うのか?!)

 

 

甲羅を叩くぬ~べ~……だが、その手は止みぬ~べ~は悔し涙を流した。

 

 

「く……ダメか。

 

 

どうしても……どうしても、今の力で勝てないというなら」

 

 

鬼の手を上げるぬ~べ~……その行為に気付いた麗華は、薙刀を下ろし彼を見た。

 

 

「アイツ……!?まさか」

 

「美奈子先生……生徒を守りたいんだ。先生が抑えている鬼の力の封印を解き放ってください!」

 

『そんなことをしたら、あなたの体は鬼に乗っ取られてしまいます』

 

「構いません……やってください!」

 

『……

 

 

分かりました……生徒を守るためなら』

 

 

美奈子先生のその声と共に、鬼の手の妖力は一気に放たれぬ~べ~の体を覆った。

 

 

「(あのバカ……鬼の力を解放させやがった)鵺野!!」

 

 

苦しみ声を上げるぬ~べ~に、麗華は襲ってきた首を斬り駆け出した。

 

 

「鬼が完全に、目覚めれば……こんな甲羅など……!?」

 

 

鬼の手に、玉藻は自分の手を乗っけてきた。それ同時に麗華も駆け寄り、彼等の手の上に手を乗せた。

 

 

「お前等、何を?!」

 

「私と麗華君の体にも鬼の力を逆流させて、あなたの負担を軽くするのです」

 

「ば、馬鹿な!そんな事したら、お前等まで」

 

「私がここに戻ってきて、誓ったことがある!

 

 

自分の命に代えてでも、大事なものを守る!!だから、この体がどうなろうと構わない!」

 

「私も構いません!!

 

いきますよ!先生」

「いくよ!鵺野!」

 

「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音」

「貪狼巨門禄存文曲廉貞武曲破軍」

「四縦五黄禹為除道蚩尤避兵令吾周遍天下」

 

 

三人はお経を唱え、そして自分達に着いた鬼の手を振り上げ甲羅を叩き割った。粉々に割れた瞬間、中で囚われていた秀一は地面に落ちかけたが、彼を助けようと一つの首がクッションとなり彼を助けそして消えた。

 

 

「ぐあ!」

 

「み、美奈子先生!鬼を……鬼を抑えてください!」

 

 

ぬ~べ~の願い通りに、美奈子先生は鬼の力を押さえた。鬼の手は元の大きさへとなり、三人は息を切らした。

 

巨大妖怪は、黒い霧を纏って姿を消した。その霧の中から小さい緑亀が一匹現れた。亀を見た秀一は、亀に駆け寄った。

 

 

「さっき僕を助けてくれたのは、お前だったんだね……ごめんごめんね」

 

 

涙を流して、謝る秀一……すると亀は光り出し辺りを覆っていた霧が光りやがて天へと登って行った。

 

 

「小動物の怨念が?!」

 

「……そうか。

 

分かってくれたんだ。秀一の優しさに触れて」

 

「じゃあ……これで、成仏できるのか」

 

「そうだ……」

 

 

光りは天へと登り、空はもとの青空へと変わった。

 

 

「すまん、おかげで助かった」

 

「フン。勝機が見えたのでね……秀一君を犠牲にするより、あなたに協力する方が良いと判断したのです」

 

(勝機に見えた?

 

フン…一か八かの賭けだったよ)

 

「全く、無茶しやがって。

 

おかげでボロボロじゃない」

 

「いつも無茶しているお前に言われたくはない!」

 

「ハァ?!」

 

 

その時、瓦礫の隙間から黒猫と灰猫が駆け寄り麗華の肩へと飛び乗ってきた。それと同時に、狼姿をした焔と馬の姿をした雷光も駆け寄り彼女に擦り寄った。

 

 

「どうしたぁ?いきなり」

 

 

何も答えない彼等を、麗華は一息吐きながら順々に頭を撫でていった。

 

 

「ぬ~べ~!

 

ありがとう!命懸けで僕を助けてくれて。麗華もありがとう!」

 

 

ぬ~べ~の元へ駆け寄ってきた秀一は、泣きながら二人に礼を言った。そんな秀一を見た玉藻は、何も言わず立ち去ろうとした。

 

 

「待って!」

 

「?」

 

 

立ち去ろうとした玉藻を、秀一は呼び止め彼の前に行き泣きながら口を開いた。

 

 

「玉藻先生ありがとう!本当にありがとう!」

 

「……」

 

「どうだ?一人の感謝も何百人の感謝も、そう味は分からないと思うが」

 

「……くだらん。

 

私は合理的に行動しただけですよ」

 

 

そういうと、玉藻はその場を去って行った。去っていく彼の顔はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。



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人間となった妖怪

「キャァアア!!」


とあるビル……

そこに勤務していた女性が、ある一室で悲鳴を上げていた。警備員が駆け付けると、そこには怯えて泣いている女性と目の前に展示されていた着物が切り裂かれていた。


その翌日……切り裂かれた着物の写真を見ながら、社長椅子に腰掛ける女性は頭を抱え、ため息を吐いた。


「いったい、誰の仕業でしょう」

「……仕方がない。

あの人に依頼してみましょう」

「あの人?」

「童守町に、霊能力先生がいるって聞いたの。その人に助けて貰いましょう。

この斬り方……どう見ても、妖怪の仕業よ」

「ハァ…」

「車を出して頂戴」

「はい!」


用意された車に乗った女性は、窓を見ながら古い写真を手に取り出した。それは幼い少女と自分が写った写真だった。


(童守町……十一年ぶりね)


放課後の小学校の校門に、一台の車が止まった。中から青い着物に身を包み、桜のバレッタで黒髪を纏めた女性が姿を現し、学校の中へ入った。

 

彼女が入った頃、屋上の屋根の上で横になり目を瞑っていた麗華はスッと目を開けた。彼女の傍で寝ていた焔も一緒に目を覚まし、顔を上げた。

 

 

「懐かしい妖気……誰だろ?」

 

「さぁな……この校舎内にいるみたいだけど」

 

 

場所は変わり、会議室では遅れて入ってきたぬ~べ~は向かいに座る女性から名刺を貰った。

 

 

「楓香呉服店社長・森谷楓さんですか」

 

「はい。

 

それより先生、早速本題に入ってよろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

「実はここ数日、私が仕上げた着物が、何者かによって破かれているんです。刃物のような切り口で、とてもじゃありませんが人間がやったとは思えませんし」

 

「なぜそう思うんです?」

 

「私が仕上げた着物の生地は、監視カメラが設置されている他警備員が中と外で六人配備されています。

 

しかし、切られた時刻になると黒い影の様なものが私の生地に覆い被さり、そして一瞬でその記事を切り裂いてしまっているんです」

 

「黒い影ですか……」

 

「えぇ」

 

 

話し合う二人……その様子を、外から覗くようにして郷子達が見ていた。

 

 

「メッチャ綺麗な人……」

 

「あの人……確か、前雑誌に載ってたわよ。

 

 

呉服店の女社長で、彼女が作る着物は世界一で、色もデザインも綺麗で有名な芸人さんや、どっかの企業の社長さんや有名な茶道教室や華道教室から、注文が殺到しているんですって」

 

「へ~……」

 

「何て名前の店なんだ?」

 

「確か……楓香呉服店って書いてあったわ」

 

「へ~」

 

 

「その呉服店、私も知ってるよ」

 

 

屋上から降りてきた麗華は、彼等の隙間に顔を入れドアの隙間から中を覗きながら、彼等に話し掛けた。

 

 

「何だ…麗華か」

 

「脅かすなよ…」

 

「麗華でも知ってるって事は、相当有名って事か」

 

「どういう意味よ。

 

言っとくけど、楓香呉服店じゃ私の家、お得意さんの一人だけど」

 

「嘘?!」

 

「本当。

 

まだ会社が小さい頃から、頼んでたし。私の七五三の着物や浴衣に袴、全部社長直々が作って送ってくれてるもん」

 

「す、スゲェ……」

 

「……あの人」

 

「知ってるの?」

 

「違う」

 

「じゃあ何?」

 

「人間の姿はしてるけど……妖怪だな」

 

「え?!」

 

「あんな綺麗な人なのに?!」

 

「あのねぇ」

 

 

「では、話はこれで」

 

「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

 

「はい?」

 

「あなた……妖怪、ですよね?」

 

 

ぬ~べ~の一言に、楓はしばらく沈黙したが、笑いながら彼に話した。

 

 

「正解正解…大正解です!先生」

 

「ハァ……」

 

「さすが噂の霊能力先生ですね。

 

もともとは私、風の妖怪だったんです。しかし、着物の美しさに惚れて人として生きる道を選びました」

 

「そうだったんですか……俺の知り合いにも、一人いるんです。雪女で俺に恋して、山から下りてきて……」

 

「そうですか。

 

しかし、ここ(童守町)は居心地がいいですねぇ。いつ来ても」

 

「以前にも住まれたことがあるんですか?」

 

「はい。

 

私、社長になる前はとある巫女の式神をやっていたんです。その巫女には子供がいまして、私が巫女の傍から離れる三ヶ月前に、生まれた赤ん坊……あの子、今はどうしていますかねぇ」

 

「そのご家族は、今もこの童守町に?」

 

「えぇ。確か。

 

ついこないだ、強力な妖と闘って、袴をボロボロにしたから新しく仕立ててくれって、注文がありましたから。私の会社は女性だけではなく、男性の着物も作っていますから」

 

「ハァ……(何ちゅう巫女だ)」

 

「さて、長話して申し訳ありません。

 

それでは、帰らせていただきます」

 

「どうも、遠い所からわざわざ来てくださってありがとうございました」

 

「こちらこそ。私の依頼を受けて下さって、本当に…!!」

 

 

ドアを開けた瞬間、縁に足を躓かせてしまい、楓は目の前にいた麗華を倒してそのまま倒れてしまった。

 

 

「楓さん!」

「麗華!」

 

「痛ってぇ……」

 

「あぁ!ご、ごめんなさい!」

 

 

楓は誤りながら、慌てて起き上がった。その時、麗華の首に掛けられていたペンダントが目に入り、楓は頭を押さえながら起き上った麗華を見た。

 

 

「楓さん、お怪我は?!」

 

「あ、ありません……」

 

「コラお前等!!何盗み聞きしているんだ!!」

 

 

広達を怒っているぬ~べ~を背に、立ち上がった楓は座っている麗華の前でしゃがみ、そっと手を伸ばし彼女の頬を触った。

 

 

「ヒャン!」

 

 

変な声を出しながら、麗華は体を震えさせ頬を赤くしながら、触ってきた楓を見た。楓は頬を撫で続けながら、彼女の目をジッと見ていた。

 

 

「ち……ちょ…ちょっと……

 

頬……さ…触るの…やめ…あひゃん!」

 

「アンタ……名前は?」

 

「へ?」

 

「名前、何ていうの?」

 

「そ、その前に……頬を触るの止めてぇ!!」

 

 

再び会議室に入ったぬ~べ~達……麗華は隣に座っている焔の膝に頭を乗せ、楓に背を向けて横になっていた。ぬ~べ~は二人の真ん中に椅子を置き座り、二人を交互に見た。

 

 

「……凶暴な妖怪じゃねぇことは分かった。

 

その前に……

 

 

麗に何しやがった?!お前はぁ!!」

 

「ただ頬を触っただけです。そしたら、その子が勝手に気絶して」

 

「阿呆!!

 

コイツは生まれた時から、頬が弱点なんだ!!」

 

「そうなの?

 

私、人の頬を触るのがつい癖で」

 

「その癖どうにかしろ!!」

 

「フフ……

 

そうやって怒鳴る所……迦楼羅そっくり」

 

「……?」

 

「あなたは顔立ちとその目つき……輝二そっくり。けど、性格は優華似かしら」

 

 

楓の言葉に、麗華は起き上がり彼女の方に顔を向けた。楓は笑みを浮かべながら、二人を見つめていた。

 

 

「な、何で父さんのこと知ってるの?」

「な、何で父上のこと知ってるんだ?」

 

「あら、同じ質問?」

 

「私はもう一つ。何で母さんのこと知ってるの?」

 

「あら?本人から聞いてないの?私の話」

 

「聞いてない」

 

「じゃあ、自己紹介してあげる。

 

私は楓。優華……あなたのお母さんの元式神」

 

「……へ?!」

 

「そんな驚くことないでしょ?」

 

「驚くわ!!

 

だって、母さんの式神は真白だけのはずじゃ」

 

「私は優華が小さい頃に、式にしてもらった風の妖怪よ」

 

「そうなの?」

 

「俺に助けを求めるな!」

 

「それじゃあ、今日泊まる予定だったホテルキャンセルして、アンタの家に泊まろ!」

 

「断る!!」

 

「何でよぉ!」

 

「アンタが式神だなんて、私初耳だし!」

 

「そんなに言うなら、病院行って優華に聞いて見ればいいじゃない」

 

「いねぇよ!母さんは、五年前に死んだわ!!」

 

「え?!何よそれ!」

 

「とにかく!家に入れないから!」

 

「入ります!」

 

 

しばらく言い争っていた二人だが、焔が龍二に楓を合わせるという考えに、賛成し二人は学校を出て行った。

龍二の学校に来た楓は、丁度校門から出てきた彼に駆け寄り抱き着き、頭を雑に撫でまくった。龍二は楓の手を抑えながら、彼女を離した。

 

 

「楓?!何でお前が?!」

 

「やっぱり!アンタは覚えててくれたんだね!」

 

「当たり前だろ?お前には世話になったんだから」

 

「しかし、お前は段々輝二に似てきたな!学生時代の輝二にそっくりだ!」

 

「あのなぁ……?

 

何で麗華が、楓と一緒なんだ?」

 

「この女が、鵺野に用があって学校にぃ~!」

 

 

喋っている麗華の頬を、楓は抓りながらもう片方の手で空いている頬を撫でた。

 

 

「私は楓よ!ちゃんと名前で呼びなさい!

 

それから、鵺野先生はアンタの担任でしょ?ちゃんと先生を付けなさい!」

 

「わ、分かったから!!早くはな…あひ!」

 

 

手を離した途端、麗華は腰が抜けたかのようにその場に座りかけた。そんな彼女を焔は慌てて後ろから支え立たせた。

 

 

「相変わらず、麗華の頬を触るんだな」

 

「だって、プニプニしてて気持ちいんだもん!」

 

「ハハハ……」

 

「さぁて、龍二の確認も取れたしお家、帰りましょ!」

 

「何だ?泊まるのか?」

 

「もちろん!久しぶりの帰郷だわぁ!丙元気?」

 

「あぁ!」

 

 

楽しそうに話しながら、龍二は楓と共に先を歩いて行った。二人の後を麗華は、焔と共に追いかけて行った。

 

 

家に帰ってきた麗華達は夕飯を食べ終えた後、龍二は押入れから麗華と自分のアルバムを出し広げた。

 

 

「ほら、麗華おいで」

 

「?」

 

 

手招きされた麗華は、食べていた団子を口に入れながら、龍二の元へ行き一緒にアルバムを見た。それは髪を一つに結った楓と、彼女に抱かれている赤ん坊の自分だった。

 

 

「これ……」

 

「楓がいた頃の写真だ」

 

「え?これ、母さんじゃないの?」

 

「違うよ。

 

これは楓だ。楓はお袋がガキの頃に式にした妖怪で、それからずっと一緒にいたんだ。だから親父の事もよく知ってるし、もちろん迦楼羅や弥都波の事も以前話した、親父の式だった暗鬼の事も知っているんだ」

 

 

一ページ一ページに貼られている楓と自分の写真……まるで母親の様な顔をしながら、自分を抱き頬を擦っていた。

 

 

「けど驚いたよ本当に。

 

あんな小さかった麗華が、こんなに大きくなってたなんてさ」

 

「楓が麗華と別れたのは、生まれて三か月たった後だったもんな。けどよく分かったな?麗華の事」

 

「首に提げてるペンダント見て、すぐに分かったよ。そのペンダントは優華しか持っていないんだから、アンタが持ってるってことは優華の子供。あの女が他人にあげるはずがないしね」

 

「まぁな」

 

 

昔話に火を点けた龍二は、楓と楽しそうに話を続けた。麗華は彼からアルバムを取り、見返した。優華に抱かれている赤ん坊の自分……楓に抱かれたり、龍二の膝の上に乗せられ、ご機嫌そうに笑っていた。他にも遊びに来た輝三が不器用そうに自分を抱っこし、それを面白そうに龍二が大笑いし、彼に釣られて優華と楓も笑っている写真やもう一人の赤ん坊と一緒に映る写真があった。

 

 

「しかし……運命とは残酷なものだな」

 

「?」

 

「まさか、優華が死んでいたなんて……」

 

「死んだのは、五年前……

 

ある妖怪と戦って」

 

「……そうか。

 

全く、輝二もだけど優華も自分の命をちゃんと大事にしないで、こんな可愛い子供二人を置いて先に逝っちゃうなんて……」

 

 

酒が入ったのか、楓は後々から愚痴愚痴と、死んだ二人の文句言いだした。そんな楓を、麗華アルバムに目を向け、優華と一緒に映る楓を見た。二人はまるで姉妹の様にして、並んで木の前に立っていた。

 

同じ黒髪……今と変わらない顔立ち……

 

 

(……何で、同じなんだろ……

 

姉妹なら、分かるけど……)

 

 

 

 

翌日……

 

 

楓が呼んだ車は、ぬ~べ~と麗華、龍二を乗せ、和風に建てられたビルの前で止まった。

 

 

「スゲェ……」

 

「楓の会社、スゲェなぁ」

 

「で?

 

何でお前等まで、来たんだ?呼ばれたのは俺だけだぞ?」

 

「昨日の夜、楓が来てほしいって言ったもんで」

 

「だから来たの。悪い?」

 

「っ……」

 

「それに二人は、私の一番のお得意さんだから。ね!」

 

 

後から出てきた楓は、二人の方に肩を組むようにして腕を置いた。そんな彼女の腕を、麗華は振り払い傍にいた焔と共に先を歩いた。

 

 

「何が気にくわねぇんだ?アイツ」

 

「麗華の奴、どうかしたのか?」

 

「楓が家に来てから、妙に機嫌悪いんだ。

 

何聞いても、『別に』とか『悪くない』とかしか言わなくて」

 

「お前の事だ。何かしたんじゃないのか?」

 

「阿呆教師に言われたくない」

 

「己ぇ!!」

 

「先生ほら、早く中に入ってください!」




先を歩いていた麗華は、敷地内にあった池の鯉を眺めながら、優華を思い出した。


(何で……同じなんだろ。


何で……)


麗華は訳の分からない怒りの感情を心の中でぐっと抑え、ビルの中へ入った龍二達の後を追った。


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楓の想い

ビル内は、和風な家具や置物、花やカーペットで飾られていた。

 

 

「和物ばかりですね」

 

「楓は、この古風ある家具に惚れて、呉服店を開いたんだ」

 

「へぇ」

 

「昔見た、ある女性の木もがそれはそれは綺麗で……私も、ああいう着物を着て歩きたい……また着物を織ってみたいって思って、それで会社を開いたんです」

 

「そうそう」

 

 

楽しそうに話す龍二達の後を、麗華は展示されていた着物を眺めながら来ていた。

 

 

「すごぉ……

 

ここのデザイン、全部こないだ届いた着物と一緒だ」

 

「龍と麗の着物が、デザインされてまだ出展する前に、作って送っているそうだ」

 

「へぇ……って、何で渚がここに?

 

兄貴の所にいなくていいの?」

 

「龍の傍には焔がいる。私はお前のその機嫌損ねた気持ちを聞きに来た」

 

「……」

 

「何をそんなに、怒っているんだ?私に話してみろ」

 

「……」

 

「麗」

 

「……同じ」

 

「?」

 

「何で、母さんと同じ黒髪なの?アイツ」

 

「髪?」

 

 

麗華が見詰める方に、渚は目を向けた。歩いている楓の髪は黒く艶のある髪で、桜のバレッタで纏めていた。

 

 

「何で……」

 

「あの姿は、優の姿を真似て」

「それを何で、ずっと真似てんの?

 

母さんの式を辞めたなら、別の姿になればいいじゃない!」

 

「それは……」

 

 

「キャァア!」

 

 

悲鳴が聞こえたかと思うと、突然何かが開いた音が響いた。麗華はすぐに渚と共に悲鳴が聞こえたところへ駆けた。駆け付けると、ドア前には鬼の手を出し構えるぬ~べ~と犯人を見詰める龍二と、そして三人を守るようにして楓と焔が立っていた。

 

彼等の前には、二本の鎌を持った男が一人、切られた着物の前に立っていた。

 

 

「けっ!

 

こんなもん作ってるとは、思いも知らなかったぜ。志那都(シナツ)」

 

「その名で呼ぶのは辞めてちょうだい。イタ丸」

 

「人の姿になって、人間の世界に溶け込んでるようだが、匂いは変わらねぇな」

 

「それはアンタも一緒でしょ」

 

 

楓の言葉が気に食わなかったのか、イタ丸は背後に飾られていた着物をビリビリに切り裂いた。

 

 

「気に食わねぇなぁ……

 

志那都、また昔みたいに暴れようぜ?」

 

「私はもう暴れたりはしない。主と誓ったの」

 

「主ねぇ……」

 

 

楓の言葉を繰り返しながら、イタ丸はドア付近にいる麗華と彼女の前へ行き、守るようにして立つ龍二が目に映った。

 

 

「志那都、お前確か男が嫌いだったな?」

 

「?……!!

 

龍二、麗華!!」

 

 

次の瞬間、二人の前に稲妻のようにしてイタ丸が移動し、二人目掛けて鎌を振り下ろした。龍二は咄嗟に相手に背を向け麗華を守るようにして抱いた。渚は二人の前に立ち、死を覚悟したかのように目を頑なに閉じ、両腕を広げた。

 

 

“パーン”

 

 

何かが弾かれた音が聞こえ、渚は恐る恐る目を開き、その光景を見た。音が気になった麗華は、振り返っていた龍二と同じ光景を見た。

 

 

「……!?」

 

 

そこにいたのは、青紫色の長い髪に、水色の羽織に身を包み、大きな扇子を盾にした妖怪が一匹立っていた。

 

 

「楓……」

 

「え?」

 

「二人共、怪我は?」

 

「大丈夫だ」

 

「……」

 

 

安心したかのように、楓は息を吐くと麗華の方を見た。彼女は別の姿になった楓をジッと見ていた。

 

 

「……麗華」

 

「……」

 

「驚かせた……よね。

 

これの姿が、私の妖怪としての姿なの……」

 

「……」

 

「先生!鬼の手で、早くアイツを!」

 

「はい!」

 

 

鬼の手を構え、ぬ~べ~はイタ丸の方に顔を向けたが、そこに彼の姿は無かった。すぐに周りをキョロキョロと見たがどこにも無く、次の瞬間立てられていた扇が倒れ、それに手を乗せ前にいるイタ丸を睨む楓がいた。イタ丸は麗華と龍二を人質に立っていた。

 

 

「アンタ……」

 

「二人を殺られたくなければ、戻ると言え……

 

元の場へ……また昔みたいに暴れようぜ?」

 

「……

 

 

イタ丸、早く二人をこっちに返しな」

 

「戻ると言ってからだ」

 

「その前に返しな……早く」

 

 

髪の間から見せる怒りに満ちた目で、楓はイタ丸を睨んだ。イタ丸は記に食わぬような表情を浮かべて、二人から手を離した。龍二は離される麗華の手を取ろうと手を伸ばしたが、イタ丸は麗華の腕を掴み風の檻を作りその中へ彼女を放り込んだ。

 

 

「麗華!!」

 

「イタ丸!アンタ!!」

 

「吉那都……どうしても戻らねぇなら、代わりにコイツを連れて帰る」

 

「?!」

 

「何が『楓』だ。

 

人間に名前なんて着けて貰いやがって……」

 

「楓……」

 

「……昔、私は山でコイツと一緒によく暴れた。

 

だがある日、私の前にアイツが現れた」

 

「……」

 

 

『アンタ、風使いなんだね』

 

『何?』

 

『アンタに興味あって……

 

綺麗な髪だね。桔梗(キキョウ)みたい』

 

『……』

 

『ねぇ、私の式になって』

 

『式?』

 

『そう、式。駄目?』

 

『嫌だ。縛られるのは嫌いだ』

 

 

そう言い楓は優華の誘いを断り、イタ丸共にどこかへ行った。だが次の日もその次の日も、優華は一日も欠かさず自分に会いに来た。

 

 

「何日も何日も来た……

 

しつこいくらいに……だがある日、その山で事件が起きた」

 

 

 

大雨が降る日……楓とイタ丸はいつも通りに、風を起こした。だがその時崖崩れが起き、楓はその瓦礫と共に山の下へと落ちていった。

 

 

目を覚ますと、見覚えの無い天井が目に映り、起き上がりふと自分の体を観た。至る所に包帯が巻かれ治療されていた。ふと自分に掛けられている布団に目を向けると、そこには静かに眠る優華がいた。

 

 

『この子……』

 

『目を覚ましたか?』

 

『?』

 

『申し遅れた。私は弥都波。

 

この子に仕えている白狼です』

 

『……なぜ私を』

 

『優が、どうしてもアナタが欲しいと言って、アナタがあの日瓦礫と共に落ちていったのを優は見たの。私と真白と一緒にアナタを助け、家へ運んできた』

 

『……』

 

『帰る前に、どうしてもアナタを自分の傍にいて欲しかったのよ』

 

『帰る?』

 

『この家は、夏休みだけ来ているんだ。それが明日帰るんでどうしても』

 

『……なぜ、私を欲しがる』

 

『優は寂しがり屋だから、アナタのその気持ち分かったんじゃないの?』

 

『……』

 

 

「布団の上で涙を流し眠っていた優華を見ていたら、何だか今まで彼女がしてた事が全部、嬉しくなって傍にいたくなった」

 

「だから、お袋に?」

 

 

龍二の質問に、頷きそして扇を手に掴み扇を振った。扇から風の帯を出し、イタ丸が作った檻を壊し、麗華を出し自分の傍へ抱き寄せた。

 

 

「優華と弥都波、真白が死んだと知れば私は……私は二人を守る義務がある!」

 

 

扇を開き強風を起こした。イタ丸は風の勢いで壁にぶつかり、彼が怯んだ隙に鬼の手を出していたぬ~べ~は、彼にトドメを刺そうとしたが、イタ丸はその攻撃を避け楓の前に立った。

楓は麗華を後ろに隠し、イタ丸を睨んだ。

 

 

「……

 

 

はぁ……お前がそこまで言うなら、俺はもう何も口出しはしない」

 

「イタ丸」

 

「お前はそいつ等と、一緒にいた方が幸せそうだしな。

 

嫌がらせも辞める。好きに生きろ」

 

 

風を起こしイタ丸は、その場を去っていった。

 

 

夕方……ぬ~べ~は、荒らされた部屋の後始末を手伝っていた。その間、麗華達は屋上に作られた中庭で、楓と一緒にいた。

 

 

「え?母さんの姿を真似してんじゃないの?」

 

「お前がまだ赤ん坊だったある日、ぐずって泣いた時があってな。その日お袋は当直でいなくて、お袋を求めて泣いているお前を楓があやしたんだ……

 

けどお前、さっきの姿した楓見た瞬間、大泣きして。

 

俺と渚と焔で、お前をあやして何とか泣き止ませたっけ」

 

「……」

 

「その後、お前を抱くお袋を見て楓は、お袋と同じ黒髪の女の姿になったんだ。それからお前はその姿をした楓を見ても、泣かなくなったんだ」

 

「……」

 

「今でも同じ黒髪なのは、いつか俺等に会った時お前が楓の妖の姿見て、また泣き出したら困ると思って、同じ黒髪なんだよ……

 

別にお袋の代わりになろうと思って、今の姿をしてるわけじゃねぇんだ」

 

「……何か、ごめんね。

 

麗華が怒るのも無理ないよね。麗華の母さんは優華だけだもんね」

 

「……」

 

「麗華が嫌なら、私この姿を変えるつもりだから」

 

「……変えなくていい」

 

「え?」

 

「今の姿のままでいい。

 

それに、私もう……楓のあの姿見ても泣かないし」

 

「……麗華」

 

「それから私好きだよ……

 

楓の髪。桔梗みたいで」

 

 

その言葉を聞いた楓の目に、一瞬優華が映った。自然に涙が流れ、咄嗟に麗華と龍二を抱き締めた。

 

 

「楓?」

 

「どうしたの?」

 

「ちょっとね……ごめん、しばらくこうさせて」

 

 

『楓?それが私の新しい名か?』

 

『うん。

 

楓は風の使い何でしょ?だったら分かり易く、風が入ってる漢字の楓って名前にしてみた』

 

『……』

 

『それにね、楓の名前には意味があるんだよ』

 

『意味?』

 

『楓の花言葉は『大切な思い出』

 

私は楓みたいに長生きできない……ずっとなんていられない。だからね……もし私が死んじゃった時、教えてあげて。私と楓が過ごした思い出を。楓だけじゃ無い。お姉ちゃん達やお父さんやお母さんの事も、私の子供や孫、曾孫に教えてね』

 

『……うん』

 

『で?気に入った?』

 

『え?』

 

『名前!どう?』

 

『……気に入った!』




それから数日後……


神社に集まった妖怪達の前で、舞を見せる麗華……

その着物は赤い布生地に、黄色い紅葉がデザインされた着物だった。舞台傍で彼女の舞を静かに見る龍二の赤と茶色の狩衣に身を包み、一枚の写真を見た。


『楓、この着物って……』

『新しくデザインした着物よ。紅葉をイメージして作ったの。綺麗でしょ?』

『綺麗だけど……これ着て写真撮るの?』

『いいじゃない!記念に』


撮られた写真には小恥ずかしそうに笑う龍二と麗華……二人の間に入るようにして立つ妖怪の姿をした楓が写っていた。

その写真は、楓の机の上に写真立ての中に収められ、彼女は仕事をやりながらそれを眺めていた。


『時々、泊まりに来て』


帰り際に、麗華は楓と二人っきりになったのを見計らって、そう話してきた。


『そんで聞かせて……

母さんの話……それから』

『?』


言葉を詰まらせながら、麗華は恥ずかしそうにモジモジと体を動かした。そんな姿に楓は笑い麗華を抱き締めた。


『もちろん、泊まりに来るわよ』

『……!!』


おもむろに楓は、麗華の頬を撫でた。麗華は顔を赤くして体を震えさせた。


『やっぱり、プニプニしてて気持ちいい!』

『や、辞めてぇ!』


そんなことを思い出した楓は、楽しそうに笑いながら夜の街を眺めた。


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学校に怨みを持つ者

「文化祭?」


学校の帰り道、麗華は郷子達に龍二が通う鈴海高校の文化祭のパンフレットを私ながら話していた。


「今週の土日にあるんだ。兄貴が良かったら来てくれって」

「へ~……」

「そう言えば、龍二さんが通ってる学校って、確か有名校よね?

確かチョー頭がいい学校だって聞いたけど」

「さぁ。あんまり気にしないからなぁ、そういう事」

「にしても、制服可愛いわねぇ」

「ねぇ!女の子は赤いチェックのスカートに黄土色のブレザー。男の子は黒いチェックのズボンに女子と同じ黄土色のブレザー。そして一番いいのは女の子はリボンで男の子はネクタイ」

「そして学年ごとに色が違う」

「お前等、何でそんなに詳しいんだ?」

「だってぇ、制服可愛いし」

「受けてみようかなぁって」

「あっそ……」

「色が違うって言うけど、何が違うんだ?」

「話だとリボンが、一年生は赤。二年生は青。三年生は黄色なんだって」

「男の子のネクタイも一緒よ」

「へぇ」

「なぁなぁ、この文化祭麗華も行くのか?」

「行くよ。

というより、土日とも兄貴の学校で一日を過ごすよ」

「え?!何で?」

「一日だけならともかく、二日連続で私を独り家に置きたくないんだってさ。いい迷惑だよ」

「アハハ…龍二さんらしい」

「前まではほったらかしだったのに、今じゃ全然」

「それだけ麗華のこと心配するようになったんだよ。

学校行くようになって、龍二さんもいろいろ心配なのよ」

「そうそう。変な男に付き纏われたり」

「付き纏われたら、速攻で殺されるよ」

「面白そうだし、日曜皆で行こう!」

「そうだな」

「賛成!」

「意義無!」

「俺も―!」


一つ返事が多いのに気付いた郷子達は後ろを振り返った。そこには嬉しそうに手を上げるぬ~べ~がいた。


「ぬ~べ~?!」

「さては盗み聞きしてたな」

「もっちろん!

俺も日曜、お前等の保護者としていかせて貰う!」

「何が保護者だ」

「どうせ暇だから、ついて来るだけでしょ」

「あ!それ言えてる!」

「お前等ぁ!」

「変な行為見せたら、生徒会に縛狩れるから気を付けてね」

「は、はい……」


当日……

 

 

学校へ来た郷子達。門前には色々な衣装を着た生徒達が呼び掛けをしたり、チラシを配ったりしていた。

 

 

「スゲェ……」

 

「賑やかな学校だなぁ」

 

「さてと、麗華を捜す前に美味いもん食べて思う存分楽しんでからだ」

 

「賛成!」

 

「そんじゃ行こうぜ!」

 

 

駆け出した広を先頭に、郷子達は校内へ入って行った。彼等の後に、不良の格好をし、折り畳み式のナイフを持った男が、口に入れていたガムを噛み膨らませながらナイフを隠し中へと入った。

 

 

校舎の廊下を歩きながら、広達は各クラスの出し物で遊び楽しんでいた。だが校舎をいくら歩いても、麗華が見つからずにいた。

 

 

「そう言えば、麗華何処にいるのかしら?」

 

「言われてみればそうだな。一応校舎は一通り見たが、全然見かけないしすれ違わないな」

 

 

「おい、見ろよ!あの子!」

 

 

嬉しそうな声に、数人の男子生徒が広たちを通り過ぎた。走って行く方向に目を向けるとそこには薄いピンクに白いレースが飾られ後ろに大きなリボンが着き、足には白い網ブーツを履き頭にはつばの大きい白い帽子を被った、まるでフランス人形のような少女が歩いていた。

 

 

「わ~……可愛い」

 

「今年のアニメ部、スゲェな!」

 

「可愛い衣装!」

 

「衣装じゃないわ!着てるあの子が可愛い!」

 

「去年はファンタジーの女戦士の衣装だったけど、今年はお嬢様ときたか!」

 

 

少女は郷子達の横を通り過ぎると、そのまま上へと登って行った。

 

 

「か、可愛い……」

 

「あんな可愛い子、この学校にいるのかぁ」

 

「それにしても、高校生にしては些か背が低過ぎるな……」

 

「背何て、人それぞれでしょ?まことを見なさい!

 

五年だけど、周りから見たら一年と間違われてるんだよ!」

 

「まぁ、そうだけど」

 

「なぁなぁ、今度は武道場行ってみねぇか?」

 

「武道場?」

 

「空手部と柔道部は練習試合とたこ焼きやってて、剣道部は焼きそば店、薙刀部は公演やってるって書いてるけど……他にも何かあるの?」

 

「弓道部だ!

 

この部活、射撃やってるってさ!」

 

「何々……実際の弓と矢を使い的に当てるか……へぇ、面白そうだな」

 

「行こうぜ!」

 

「うん!」

 

 

その頃麗華は……

 

 

「まさか……あんな所でアイツらに合うとは、思いもよらなかった……」

 

 

近くにいる焔に話しながら、麗華は着ていた服を脱ぎ私服に着替えていた。脱ぎ捨てた服をハンガーへ駆け、履いていたブーツを持って更衣室から出て、隣の部屋で椅子に座っていた女性に声を掛けた。

 

 

「あのぉ」

 

「?

 

あぁ!麗華ちゃん、さっきはお疲れ様とありがとう!」

 

「本当に助かったよ。さすが神崎君の妹だよ」

 

「いえ……じゃあ、私兄の所に行くんで、これで」

 

「えぇ。本当にありがとう」

 

 

部室を出た麗華は鼬姿になった焔を肩に乗せ、どこかへ向かった。

 

 

武道場に着いた郷子達は靴を脱ぎ中へ入ろうとした。

 

 

「あれ?鵺野達じゃねぇか!」

 

 

聞き覚えのある声の方に顔を向けるとそこにいたのは、袴姿の龍二と鼬姿で彼の肩に乗った渚だった。

 

 

「あ!龍二さん!」

 

「お前等も来たのか」

 

「ハイ!何か、楽しそうだったんで!」

 

「憧れの制服を間近で見たかったんです!」

 

「そうかそうか!

 

まぁ、射的でもやってってくれよ。弓道部の」

「弓道部の名物は、滅多に触れることのっできない弓と矢が触れられる射的なんだから」

 

 

後ろを振り返るとそこには、どこかで貰ったのか手作りクッキーが入った包みと、手に持っていたクッキーを食べる麗華がいた。

 

 

「麗華!」

 

「その説明、俺がする予定だったんだけど」

 

「いいでしょ。二日連続で手伝いされるこっちの身にもなってよ……ほら、緋音姉さんからの差し入れ」

 

「サンキュー。

 

お前もやってけよ」

 

「そのつもり。だから来たの」

 

「じゃあ麗華行こう!」

 

「ちゃんと並べよ!」

 

「はーい」

 

 

矢道を歩く麗華に、部員のほとんどが挨拶し、中には彼女に飛びつく者もいた。

 

 

「麗華の奴、相当馴染んでいるんだな。ここに」

 

「いつも来させてるから、俺のクラスの奴等や部活の皆、それに緋音の部活の部員も真二の部活の部員も、さらに校長や教頭、顧問も皆、アイツの事は知ってるぜ」

 

「す、凄いなぁ」

 

「この校舎で、アイツのこと知らない奴はあんまりいないんじゃねぇかな?」

 

「そうなの……」

 

 

四本の矢を全て的に当てた麗華に、やっていた郷子達は驚きの顔をして彼女を見ていた。その時、土足のまま同上に上がろうとする者に、部員が注意している声にぬ~べ~と龍二は気づき後ろを振り返った。

 

そんな部員に向かって、何かを見せたのか部員は怯えた表情で後ろを振り返り龍二に助けを求めた。龍二はその子の元へ行こうとした時だった。

 

 

「動くな……」

 

「?!」

 

 

ポケットから携帯用ナイフを取り出し、刃を出しながら龍二に言った。部員は怯えながらも、ゆっくりと下がり龍二の元へと駆けた。

 

 

「要件は」

 

「学校への復讐……」

 

 

騒ぎに気付いたのか、麗華は奥に広達を置いて龍二の元へと駆け寄った。

 

 

「そこのガキ、こっちに来い」

 

 

麗華は驚き、傍にいた龍二に目を向けた。龍二はしばらく何かを考えているようだったが、答えを出したかのように麗華に頷いた。

 

麗華は震える手を握り、怯えながらもナイフを持った者の所へゆっくりと近寄った。

 

 

「聞き分けのいいガキだ」

 

「……」

 

「一緒に来い」

 

 

麗華の腕を掴み、男は道場を出た。龍二は息を吐き、道場の方を向き机の上に置いてあった無線を取り出した。

 

 

「神崎、どうする気だ」

 

「先輩達はここにいる人達に、事情を話してここで待機してて下さい。子供達には怯えないように、射的をやらせたり自分達の練習風景を見せるなどして下さい」

 

「分かった」

 

「広君達もここにいて。

 

それから鵺野」

 

 

鵺野の傍へ行き耳元で囁いた。

 

 

「陽神の術を使って、麗華の所へ。

 

話は聞いてる」

 

「分かった」

 

 

無線機にスイッチを入れると、雑音と共に声が聞こえた。

 

 

《こちら、真二。どうかしたか?》

 

「緊急事態発生だ。

 

校内に不審者が侵入した。そんで麗華を人質に校内に歩いてる」

 

《嘘ぉ!!ちょっとそれ、どういう事よ!龍二!!》

 

「大声出すな!緋音!

 

とにかく、プランBで動け。緋音は動く前に校長の所に行って、事情を話せ」

 

《了解!》

 

《マイク持って、校庭行ってるぜ!》

 

「任せた」

 

 

無線機を道着のポケットに入れると、鵺野と共に龍二は外へ出た。

 

 

校内を歩く男は、すれ違う生徒達に持っていたナイフを振り回し退かした。生徒達は悲鳴を上げながら近くの教室へ逃げ込み、来客は生徒に釣られ教室へ入った。

 

 

「……振り回さなくても、皆避けるよ」

 

「黙って歩け」

 

「……」

 

 

その時、スピーカーから音が流れ、活気のいい音楽が流れた。

 

 

《さぁさぁ!!始まりました!

 

生徒会による、格闘大会!!対戦するは、顔付きが超怖い、ナイフを持った少女好き青年!

 

えー、校内に生徒会長神崎龍二君の妹、神崎麗華ちゃんを連れた青年がいたら、校庭へ行くように言ってね!

 

それから、青年は何と危ない凶器持ってるから、戦おうとか麗華ちゃんを助けようとか思わないように!それじゃあ、校庭で待ってるから!是非ご覧下さい!では》

 

 

(真二兄さん……名前公開しないでよ)

 

「(誰が少女好きだぁ……)

 

来い!校庭に行くぞ!」

 

 

腕を引っ張られ、麗華は男と共に外へ出た。校庭には沢山の人が集まり、リングを作っていた歓声を上げていた。前には放送委員が設置していた、マイクと機械が置かれた机に既に真二が座っており、彼は片手にマイクを持ち机に足を乗せた。

 

 

「さぁさぁ!!始まります、青年との対決!!

 

司会はこの俺、生徒会書記を務める滝沢真二!そして……ゴハァ!」

 

 

何かを言い掛けたとき、真二の背後から誰かが思いっ切り叩いた。背後にいたのは、呆れ顔をした龍二と緋音が立っていた。

 

 

「何が司会だ。

 

さっさと、リングに上がれ」

 

「俺なの?!」

 

「緋音は薙刀部、俺は弓道部。

 

 

実践的に戦えるの、空手部のお前だけだろ?」

 

「己……」

 

「いいじゃない。こないだの全国大会、二位だったんでしょ?」

 

「……」

 

「あー、あー……

 

司会変更します。司会は生徒会副会長、神崎龍二と会計の」

 

「日野崎緋音が送りまーす!」

 

「さぁて……

 

そこにいる、凶器持った青年。さっさとこっちに入ってこい。そんで麗華を返せ」

 

 

大勢の生徒が、後ろから道を空けその間を男は麗華の腕を引っ張り中央へ入った。真二はブレザーを脱ぎ、肩を回しながら首を鳴らした。

 

 

「どういう事だ?」

 

「生徒会限定格闘大会。

 

俺が相手をする。その前に早く麗華返せ」

 

「返す気はねぇ。俺はこの学校に復讐しに着たんだ。

 

こっちの要件を飲み込めば、このガキは返す」

 

「要件?」

 

「木本を出せ」

 

「木本?」

 

「国語の木本先生のことじゃ」

 

「あぁそうだ。俺は濡れ衣を着せられた。

 

他に犯人がいたうえ、俺にはアリバイがあった。なのに木本は散々俺を犯人扱いして、挙げ句の果てには退学させられた!

 

おかげで、俺の家は滅茶苦茶だ」

 

「事件?」

 

「そういえば、私達が入学する二年前、他校との暴力沙汰が起きて、うちの生徒が辞めさせられたって」

 

「証拠もねぇのに、普段の行いが悪いからって理由で……」

 

 

麗華の腕を握っていた手に力を入れ、強く握られた痛みから麗華は顔を歪めた。何とか手を離させようと手を掛けた時、男はその行為を読み取っていたかのようにして後ろを振り返り麗華の腕を持っていたナイフで斬った。

 

 

「キャァアアア!!」

 

「麗華!!」

「麗華ちゃん!!」

 

「変な真似すんじゃねぇ……

 

お次は首だ」

 

 

麗華の首目掛けて、男はナイフを振り下ろした。その瞬間、何者かが麗華の前に立ち自分の腕に相手のナイフを刺した。

 

 

「……?!」

 

 

そこにいたのは、陽神の術で陽神明の姿になったぬ~べ~だった。

 

 

「ぬ、鵺野……」

 

「大丈夫か?麗華」

 

「大丈夫……けど何で」

 

「龍二の提案だ。

 

 

真二!!早くそいつを」

 

 

動かない男目掛けて、真二は前蹴りを食らわせた。男は頬を抑えながらも持ち堪え、後ろを振り返り真二を見た。

 

 

「テメェ」

 

「ふぅ……」

 

 

男は拳を握り、真二に攻撃した。真二は攻撃してきた男の拳を払い、殴り掛かった。だが男はその拳を上へ払い空いた腹を殴った。真二は顔を歪め、蹌踉けながら後ろへ引いた。

 

 

「真二!!」

 

「くぅ……効いた。

 

アンタ、まさか」

 

「お前、空手部か」

 

「一応」

 

「そりゃあ楽しくなってきた。

 

俺も空手部だ。もと」

 

「こっちは嬉しいっす!

 

先輩と対戦できるなんて」

 

 

男は笑みを浮かべ、真二に回し蹴りをした。真二はすぐにその蹴りを腕で受け止め、男の頬に向かって裏拳を食らわせた。男は口を切ったのか口から血を流しながらも、真二に攻撃を続けた。

 

その隙に、ぬ~べ~(明)は麗華を龍二の元へ連れて行った。麗華の腕を見ると龍二は、緋音に保健室へ連れて行くよう頼んだ。彼女は承知し麗華を保健室へ連れて行った。

 

すると、闘いが盛り上がっているのか生徒達は歓声を上げ、闘う真二の名をコールした。

 

 

その歓声に応えるかのように、真二は男にみぞうちを食らわせ、屈んだ隙を狙い踵落としを食らわせた。男はその攻撃をモロに食らい、その場に倒れ伸びてしまった。

 

 

「……勝者、滝沢真二」

 

 

龍二の言葉に、観客は歓声を上げた。真二は息を吐き観客にVサインを見せながら、満面な笑顔で見回した。

 

 

数分後、学校が呼んだ警察に男は逮捕され連行された。パトカーに乗る前に男は振り返り、手錠をしながら警察官二人の腕を払い、真二の前に立った。

 

 

「……いい闘いだった」

 

「俺もです!」

 

「機会があったら、また手合わせ頼む」

 

「はい!」

 

 

そう言うと男は、笑みを浮かべてパトカーに乗った。




それからしばらくして、文化祭は終了した。ぬ~べ~達は終了と共に帰った。麗華は龍二の手伝いをしながら、残りの時間を過ごした。そして生徒全員を返した後、龍二達は生徒会室へと入った。


「あ~!疲れたぁ」

「お疲れ様」

「一事はどうなるかと思ったけど、何とかやり過ごせたし」

「だな。

校長もさっきの事件は、世間に公表するつもりは無いってさ。保護者も来校者もその意見に賛成してたし」

「木本の奴は退職だろ?」

「そうらしい」

「全く、お前等三人には毎回驚かされるな」

「そうですか?」

「そうだよ。

凄いチームワークだよな、お前等」

「そうそう!」

「僕、先輩達みたいな幼馴染み憧れちゃいます!」

「そんな憧れだなって……」

「さて、無駄話はこれくらいにして、そろそろ帰ろう。

神崎の妹もほら」


先輩が、指差す方に目を向けると、ソファーの上で麗華は静かに眠っていた。


「あらあら、寝ちゃってる……」

「あの後、結構気ぃ張ってたみたいだったぜ」

「そういや、あの阿呆教師達がいる間は全然だったけど、帰った後はずっとお前にくっついてたもんな」

「よっぽど怖かったんだろうねぇ」

「怖かったとは思うけど、あの男に腕を掴まれて泣きもしないでよく平然としてたな」

「その辺り、大人なんですよ麗華は」

「……って、真二」

「?」

「いつから麗華のことを、呼び捨てていいと俺が言った?」

「もちろん、この俺の判断!」

「真二ぃ!!」


しばらくして、麗華を背負った龍二は緋音と彼女に支えられて立っている真二と別れ、家へと帰った。


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緋音と写真

麗華を撮る緋音……

 

 

「ちょ……緋音姉さん、撮るの辞めてよ」

 

「記念よ記念。

 

二人のお母さんがいないなら、二人の写真を撮るのはこの私の役目!」

 

「二人って…(ほとんど、私の写真しかないような気が)」

 

「それにしても、今日は誰を待ってるの?」

 

「稲葉達。ゲーセン行こうって約束して。そういう姉さんは?」

 

「私は真二とデート!」

 

「相変わらず、お熱い事」

 

「麗華ちゃんにだっているでしょ?そういう男の子」

 

「いない」

 

「またまたぁ」

 

 

「麗華ぁ!」

 

 

郷子達の姿が見えた麗華は、緋音に別れを言い彼等の元へと駆けて行った。それから数分後、緋音もやって来た真二と共に出掛けた。

 

 

そして数時間後、事件は起きた。

 

 

童守小に一本の電話がかかってきた。

 

 

「ハイ、童守小……って、広か。どうかしたか?」

 

「大変だ!!

 

郷子達がさらわれた!!」

 

「何?!

 

い、今どこに」

 

「童守公園。

 

 

遊び疲れて、ベンチで休んでたら変な男に郷子と美樹と麗華がさらわれて……今、焔が追い駆けてんだけど……」

 

「だけど、どうしたんだ?」

 

「そいつら、霊感あるみてぇで、焔がいること分かってたみたいなんだ!ど、どうしよう」

 

「とにかく落ち着け!

 

いいか、すぐに学校に来い。俺は龍二達に連絡するから」

 

「わ、分かった」

 

 

数分後、学校へ着き職員室へ入ると、そこには郷子の母親と美樹の母親、そして龍二と緋音達が一足先に駆け付けていた。

 

 

「ぬ~べ~、どうしよう!郷子達が!」

 

「分かってる。今さっき警察には通報した。

 

だが、見つけ出すには時間がかかる」

 

「どうして!」

 

「手掛かりが無いんだ」

 

「そ、そんな!」

 

「早く見付けねぇと、郷子達が!」

 

 

その時、職員室のドアが開き、中から血相を書いた焔が膝に手を付けて息を切らして立っていた。

 

 

「焔」

 

「悪い……見失った」

 

「……」

 

「……焔ちゃん、麗華ちゃんが落とした物何かある?」

 

「落とした物?」

 

「うん」

 

「緋音、まさか」

 

「出来るかどうかは分からないけど、ここで大人しく指銜えて待ってられないわ」

 

「何をする気だ?」

 

「緋音の能力です」

 

「能力?」

 

「緋音は他人が持ってる持ち物を写真に撮ると、その人が今何をやっているか、どこにいるか特定することが出来るんだ」

 

「スゲェ」

 

「で、焔、何かねぇか?」

 

「何かって言ったら……野郎たちの車に乗せられる前に落とした、このブレスレットくらいしか」

 

「それだけで十分。貸して」

 

 

緋音は焔からブレスレットを受け取り、ポケットから陣が書かれた紙を広げ、机に置き神の中心にブレスレットを置いた。そして鞄からインスタントカメラを出しシャッターを押した。

 

 

撮られた写真に写っていたのは、犯人の車と思われるトラックとどこかの廃工場の建物だった。

 

 

「ここって確か、山付近にある最近潰れた工場の廃屋だ」

 

「本当か?」

 

「あぁ。間違いねぇ」

 

「緋音、中の様子は分かるか?」

 

「やってみる」

 

 

意識を集中させ、レンズをブレスレットに向けシャッターを押した。出てきた写真にはロープで縛られた郷子と美樹が口をガムテープでふさがれ、何かを見て泣き叫んでいる様だった。さらに移った光景には、鉄パイプで身動きの取れない麗華を殴る、三人組の男がいた。

 

 

「コイツ等!!」

 

「今警察に場所を通報した。あとは」

「焔!!ついて来い!!」

 

 

ドアを勢いよく開き、焔と共に外へ出て行った。彼の後を渚と真二と緋音が慌てて追い駆けた。

 

 

「コラ!お前等!」

 

「ぬ~べ~、俺達も行こう!」

 

「こんな所で、待っていられるかよ!!」

 

「……分かった。だが、変な行為だけは起こすな」

 

「うん!」

 

 

“バン”

 

 

「!」

 

 

蹲る麗華……郷子と美樹は、縛られたロープを解こうと手を動かしながら、彼女の名を呼んでいるのか声を出していた。

 

 

「ったく、面白くねぇ。

 

目付き悪かったから、もっと強いかと思ったけど……全然だな!」

 

「んんん!!(麗華!!)」

 

「反攻しなければ、お友達には何の害もないんだぜ?」

 

 

息を切らしながら、麗華は髪の間から郷子達を見た。すると男は鉄パイプを地面に着きながら、しゃがみ込み麗華を見た。

 

 

「何か、殴るの飽きてきたなぁ……

 

なぁ、いっそのことコイツの服脱がせて、裸写真撮らね?」

 

「お!いいじゃねぇか!」

 

「ナイス提案!」

 

「それじゃ」

 

 

近付いてくる男の顔を、麗華は睨み続けそして自分に近付いてきたのを気に、自身の頭を思いっきり振り頭突きを喰らわせた。

 

 

「痛ってぇ!!」

 

「この尼!!」

 

「鼻!!鼻が折れたぁ!!」

 

(阿呆……)

 

「このぉ!!」

 

 

“パリ―ン”

 

 

その時、屋根に着けられていた天窓が割られ、外から狼姿をした焔に乗った龍二と、渚に乗った緋音と真二が降りてきた。

 

 

「な、何だ?」

 

「テメェ等!!

 

よくも俺の大事な妹を!!」

 

 

何の合図も無しに、龍二は容赦せず男の一人に回し蹴りを喰らわせた。彼に続いて真二も男二人の頭を踵落としで攻撃した。

 

その隙に緋音は、三人の元へ駆け寄り彼女達の口に貼られていたガムテープをはがした。

 

 

「緋音さん!」

「緋音さん!」

 

「三人共、怪我は無い?」

 

「私達は大丈夫。けど麗華が」

 

「どうして場所が」

 

「麗華ちゃん、私の能力忘れちゃったの?」

 

「……あ」

 

「そういうこと。

 

そろそろ警察の人が来る頃ね」

 

 

“バーン”

 

 

「警察だ!動くな!」

 

 

手錠を掛けられた男達は、顔と体中に痣を着けパトカーに乗った。郷子と美樹は迎えに来ていた母親に泣きながら抱き着いた。麗華は警察が呼んだ救急車の中で、治療を受けていた。

 

 

「打撲と切り傷多いけど、命に別状はありません。

 

体にある傷も痣も、日が経てば消えると思います」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

隊員は龍二に一礼すると、二人の元へと行った。彼とすれ違いに緋音と真二が駆け寄ってきた。

 

 

「さっき聞いたけど、三人の犯人、麗華ちゃんの目付きが気に食わなくて、さらったんだって。郷子ちゃんと美樹ちゃんは、反抗できないようの人質で一緒に」

 

「そんな理由で……」

 

 

ずっと下を向く麗華を龍二は見詰めた。

 

 

しばらくして、郷子達は親に釣られて自分の家へ帰り、ぬ~べ~も帰り緋音達も帰って行った。

 

残った龍二は、傍で座る麗華をふと見た。彼女の手に持っていた缶ジュースが震えていた。

 

 

「麗華……」

 

「分かんなかった……

 

 

何していいか」

 

「……」

 

「妖怪にさらわれた時は、普通に反抗できたり話せるのに……

 

あいつ等に捕まって……稲葉達が人質にされた時、何をすればいいのか分からなかった」

 

 

次第に涙声になり、麗華の目から涙がポタポタと流れ落ちた。

 

 

「……怖かった……

 

誰も来なかったら、どうしようって……

 

 

あいつ等、焔のこと見えてたらしくて追い掛けてきてた焔を追い払って……」

 

 

腕で流れてくる涙を拭きながら、麗華は話した。彼女の肩に乗っていたシガンは心配そうな声を出しながら頬を舐めた。同じようにして、焔も麗華の傍により顔を擦り寄せた。

 

泣く麗華を、龍二は抱き寄せ彼女を抱き締めた。麗華は龍二にしがみつき、ずっと泣き続けた。




夜……ベッドで眠る麗華の頭を、龍二はずっと撫でていた。


「あんな風に泣かれたの、初めてだ」

「人の怖さに触れたんだ…直に。

よっぽど、怖かったんだろ」

「……」

「もともと、人見知りの性格だし……それに島の奴等にいじめられたせいもあって、そういう目付きになってる」

「……」

「……兄…貴」


寝言で呼ばれた龍二は、麗華の布団に入り彼女をソッと抱き締めた。次第に龍二は彼女の布団の中で眠ってしまい、渚と焔は鼬姿になり、二人に寄り添うようにして傍により眠った。


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史上最大の激戦・絶鬼襲来

童守公園、午前零時……

その日かつてない危機が、童守町に降り立った。



ゴミ箱を探り野良犬……その時、回転ジャングルジムに電気が走り、次第にジャングルジムは激しく回転した。


異様な気配に、童守町にいるぬ~べ~、玉藻、いずな、雪女(ユキメ)が感知し作業していた手を止めた。
同じ様にして、異様な気配に焔と渚は気づき、唸り声を出し警戒し麗華の肩に乗っていたシガンも毛を逆たせ警戒した。彼等の反応に、麗華と龍二もすぐに気配を感知し、外へ出て空を見上げた。


回転ジャングルジムは、粉々に壊れそこから鬼のような影が現れた。


「ここか……

鬼を封じた人間がいるというのは」


一夜明けた翌日……

 

 

雨が降る中、郷子は広と相合傘をしながら歩いていた。相合傘をする二人を、後ろを歩いていた美樹が話し掛けた。

 

 

「あ~らお二人さん、お熱いのね~朝から相合傘なんて!」

 

「な、何言ってんだよ!!郷子が」

「退いた退いた退いたぁ!!」

 

 

声を発しながら、誰かが走ってきたが足を滑らせそのまま転び、着いた先に郷子達がおり彼女たちは転んだ人物を見て驚いた。

 

 

「い、いずなお姉様……」

 

「お、おはようございます」

 

「気をつけなよ」

 

「それはいずなさんじゃ」

 

「(その通りだけど)違う!

 

いいか。昨日童守町にとてつもなく、邪悪な妖気が感じられたんだ。あれ程の妖気を持つ者は……?」

 

 

その時、校門前に一台の車が止まり、中から玉藻が姿を現した。

 

 

「強力な妖気!

 

さては、昨日の!」

 

 

いずなは自身の能力である、自然発火し玉藻を睨んだ。玉藻は傘を差しながら、郷子達の声を掛けた。

 

 

「皆さん、鵺野先生を知りませんか?」

 

「やい妖怪!命は貰ったよ!

 

霊力!自然発火!」

 

「何です?この小娘は」

 

 

いずなが放った火を、玉藻は難なく弾き返しいずなに浴びさせた。丸焦げになった彼女の横を、玉藻は通り過ぎ校舎の中へ入った。

 

 

「大丈夫?いずなお姉様」

 

 

煙を口から吐きながら、いずなはその場に倒れた。

 

 

「あぁ!もう!

 

兄貴は早く、学校に行け!!自分の!」

 

 

怒鳴り声が聞こえ、校門に目を向けるとそこに言い合う麗華と龍二がいた。

 

 

「あれって……」

 

「麗華だな。けど何で龍二さんが」

 

「昨日の妖気、感じ取っただろ!!お前一人で行かせられるか!」

 

「一人じゃありません!焔と雷光、氷鸞もいるし、シガンもいます!」

 

「そういう問題じゃねぇ!

 

とにかく、あの妖気の持ち主倒してから、俺は学校に行く」

 

「ちょっと兄貴!!渚!止めなさい!」

 

「ああなると、手におえん」

 

「……もう!兄貴、待って!」

 

 

先行く龍二の後を麗華は追いかけて行き、二人は郷子達の間を通り過ぎて校舎の中へ入った。

 

その時、倒れたいずなは何かに気付き、立ち上がり空を見上げた。

 

 

「妖気!

 

出たな!悪霊め!!」

 

 

自然発火しかけた時、空から雪の雪崩が落ちいずなはカチンコチンに凍ってしまった。彼女の横に雪女が降りてきた。

 

 

「誰が悪霊ですって!

 

こう見えても私は、由緒正しき雪女なんですから!全く!」

 

「アハハ……

 

そういえば今日、皆大集合ねぇ」

 

「そうだなぁ」

 

 

笑いながら、郷子達はいずなを置きそのまま校舎の中へ入って行った。

 

 

職員室では、ぬ~べ~は霊水晶を見ていた。その時、窓から雪女が、職員室のドアから玉藻が現れた。

二人は目が合った瞬間、雪女は氷を玉藻は火を放った。二人の間にぬ~べ~が割って入り、片方に凍傷もう片方に火傷を負った。

そこへ、いずなと麗華達が駆け付けた。

 

 

「そう言えば、皆初対面だったね」

 

「私は玉藻といずなにはあってるけど、この雪女には会ったことない」

 

「俺は狐野郎には会ったが、そこにいる霊力ゼロの女と雪女には会ったことない」

 

 

そう言いながら、麗華は保健室にあった救急箱から、冷えぴたと包帯を取り、やけどを覆った片方を治療した。もう片方の凍傷を負った体を龍二は保健室から借りた湯たんぽを置き温めた。

 

 

「というより、何で龍二がここにいるんだ」

 

「兄からストーカー」

「コラ!!兄をストーカー呼びするな!!

 

 

昨日の夜、ヤバい妖気がここに来て……ってか、全員分かっててここに来たんだろ?」

 

 

龍二の言葉に、皆が頷いた。

 

 

「昨夜、何かとてつもない妖気を持つ何者かがこの町にやって来た」

 

「やっぱり……先生も感じたんですね」

 

「私も感じた」

 

「俺達もだ。というより、最悪な妖気だ」

 

「おや?君達兄妹は分かっているみたいですね。

 

しかし、しょうがない二人(いずなと雪女)ですね。妖気を感じただけか……正体を気付いていないとは」

 

「え?」

 

「教えてやろう。あの妖気は」

「いや待て。俺から言おう。

 

あの妖気……俺の左手と同じレベルの鬼だ」

 

「!!」

 

「鬼の手を持つ俺が感じたんだ……間違いない」

 

「そ、その鬼ってどれくらい強いの?」

 

「そうだな……出現した時の妖気から推定して、ざっと鵺野先生の霊力の五百倍」

 

「ハハ……じゃ、私の霊力だったら?」

 

「五千倍。

 

ちなみに、麗華君とお兄さん、二人の霊力を合わせても鬼の霊力は百倍」

 

「嘘……」

 

「そこまであるのかよ……」

 

「この鬼の力を抑えていられるのは、美奈子先生が自分を犠牲にして内から封じてくれているからだ。

 

真面に闘ったら……俺は虫けらのように潰されていただろう」

 

「で、どうすんの?」

 

「あの鬼はこの鬼の手の鬼と何か関係がある……そんな気がるする…いや感じるんだ。

 

皆に迷惑はかけられない」

 

「せ、先生!」

 

「奴は俺がいるからここに来た。俺一人で何とかしないと」

 

「そんな……一人で何ができるの!?」

 

「ま、せいぜいこの町の人間を傷付けないよう誰もいないところで鬼の殺される……それぐらいか」

 

「そんな!」

 

「とにかく、我々が束になって掛かったところでどうしようもない相手なんだ。来てくれてのはありがたいが俺の問題だ。帰ってくれ」

 

「勝手な事ばかり云うな」

 

「?」

 

「アンタ、散々私達に手を貸したでしょ。

 

借りっぱなしは嫌いなの」

 

「だから今回の件、俺等も協力する」

 

「龍二……」

 

「それに、もしかしたらアンタの手に封印されてる鬼とそのここに来た鬼……こっちにも少しばかし用はあるし」

 

「どういう事だ?」

 

「追々説明する」

 

「私も残ります!先生が何と言おうと」

 

「バカを言うな!」

 

「こんな形でライバルを失うとは……

 

だが万に一つ、何か方法があるかもしれない。考えてくるとしましょう」

 

「わ、私まだ修行中だしぃ?半人前だしぃ?ハハハ」

 

 

そう言いながら、いずなは玉藻に続いて帰って行った。麗華と龍二は呆れ顔をしながら彼女に対してため息を吐いた。

その時、肩にいたシガンが唸り声を上げ、毛を逆立たせながら上を見上げていた。

 

 

「シガン、どうした?」

 

「フウウ」

 

「シガン?」

 

 

学校を出たいずなは、道を歩き自身の学校へと向かっていた。

 

 

「冗談じゃないよ。

 

力が数百倍の敵と戦って、勝てるわけないじゃん。あの先生終ったね。

 

あーあ、いい喧嘩相手だったのに……

 

 

ま、いずなちゃんはまだまだこれからだしぃ。霊力建て今は小さいけど、この先何百倍も成長するしぃ。いい男と結婚してお金持ちになって」

「ねぇ、君」

 

 

後ろから声を掛けられ、いずなは振り向いた。そこにいたのは白い学ランに身を包み青い髪を生やした美少年だった。

 

 

「今、どこから帰ってきたの?」

 

 

そう質問すると、少年は鼻を動かしいずなの体の匂いを嗅いだ。

 

 

「な、何よ…ナンパ?(わ!サラサラの髪の毛……わりと好みかも)」

 

「鬼の匂いがする……鬼を封じた者の仲間だね」

 

「え(妖…気)」

 

「まずは、仲間を血祭りにあげて、戦いの序曲に添えるとしよう」

 

「お、鬼の手!?」

 

「死んでご覧」

 

 

つかさずいずなは、数珠を取り出し抵抗しようとしたが、彼は鬼の手から波動を出しいずなを攻撃した。いずなは傷を負い、そのまま倒れてしまった。

 

 

「一撃だったね……無言の死もまた美しい」

 

 

するとたまたま通りかかった子供が、持っていた玩具を落としおじけ突き立っていた。子供に気付いた少年は、後ろを振り返り鬼の手を翳した。

 

 

「人間の子供か……見ていたんだね。僕のアート(殺し)を。

 

見物料は命だよ」

 

 

子供を襲うとした時、背後から炎の渦が放たれ、少年はその攻撃を受けたが拭くが焦げた程度で済み、後ろを振り返った。そこには少年が倒したはずのいずなが、息を切らして立っていた。

 

 

「驚いたな。普通の人間なら十人は消し飛ぶぐらいの妖力波だったはずだよ」

 

「その子の傍から離れろ!!

 

アンタ、人間より何百倍も強いんだろ?弱い者殺したって、面白くないはずだろ!?」

 

「そうかな?それは人間の道徳観だろ?

 

僕は鬼……だから、十分面白いよ。君達人間が虫けらのように、もがき苦しんであげる断末魔の叫びがメロディとなって、僕の心を安らぎを与えてくれるのさ」

 

「何してんだ!早く逃げろったら!」

 

「さぁ……聴かせておくれ。

 

君の……断末魔の歌声を!」

 

 

鬼の手に妖気を溜め、少年はいずなの顔を殴り飛ばした。いずなは殴られた勢いで、コンクリートの塀に激突した。彼女の姿を見た少年は、腰を抜かし座り込んでいる子供の方を向いた。

 

 

「わ…わ…わああ!」

 

「待たせたね…君の番だ」

 

 

殺そうと手を振り下ろした時、倒したはずのいずなが少年を抱きかかえ、その攻撃を背中に喰らい地面に転がり、口から血を吐き咳き込んだ。

 

 

「お、お姉さん!」

 

「不思議だ……どうしてあの女の子は生きているんだろう?

 

リフレインは一度でいいよ。もう君の声は聞き飽きた……ほら」

 

 

鬼の手から妖気波を放ち、いずなを攻撃した。いずなは自身の霊気で体を覆い攻撃を防いだ。

 

 

「アハハ、なるほどね。そういう事か。

 

 

君は無意識のうちに、霊気のバリアを作っていたんだね。それでダメージを抑えていたんだ。君の低い霊力でよくまあ……きっと、火事場の馬鹿力って奴だね。

 

面白い手品を見せて貰ったよ……でも、ネタが分かったらもういいや。今度はさっきより、ちょっと強めに攻撃してあげる……これでコーダ(最終楽章)だよ」

 

「畜生……好き勝手やりやがって。

 

イタコのサラブレッドいずなを舐めんなよ。お前なんかにこの子を傷付けさせない!弱い者を甚振って、喜んでるお前なんかに……絶対負けない!!」

 

「ヤダナァ…力んじゃって。君に何ができ」

 

 

ふといずなを見ると、彼女の霊気が上がっていき、いつの間にか霊気玉が出来ていた。

 

 

「へぇ……炎の温度をさらに上げて、光球現象を起こすなんて。

 

こんなことは人間界では、かなりの霊力を持った者しかできないはず。他人を守ろうとすることで、そんな力が出せるのか?」

 

「そうだ!!霊能力者は、人を救うために命をかけるもの!!そう……あいつが教えてくれたんだ!!

 

くたばれ、鬼め!!」

 

 

出来上がった光球をいずなは、少年目掛けて投げ飛ばした。光球は少年に当たり激しい爆発音を出し、辺りに煙を漂わせた。

 

 

「やった!!命中した!!」

 

「凄い!お姉さん強い!」

 

「当然って感じ?あはは……やっ…」

 

 

喜びに浸っていたのもつかの間だった……いずなの胸を刀が貫いた。目を凝らすと目の前に、少年が笑みを浮かべて、残念そうに彼女を見ていた。

 

 

「あああああ!!」

 

「あぁ…美しいよ。そのメロディ(断末魔)。

 

君は最高の楽器だねぇ……」

 

「ち……畜生……」

 

 

口から血を吐きながら、いずなは力が抜けその場に倒れてしまった。少年は刀の形になっていた手を元に戻した。

 

 

「他人を守ろうとすると、力が上がるなんて……以前にも聞いた言葉だね。

 

面白い女の子だった。誰かに教わったとか言ってたが……?」

 

 

向こうから、人のざわめく声とパトカーのサイレンが響いてきた。

 

 

「人が集まって来たね。

 

奴に合う前に、騒ぎはごめんだ」

 

 

そういうと、少年は煙の様にして姿を消した。残された子供は、血塗れで倒れたいずなに泣き付き、そこへ警察官が駆け寄った。




「いずな!!」


数分後、玉藻から連絡を受けたぬ~べ~達は、慌てて童守病院へ駆けつけた。玉藻に案内され、彼らはいずなが眠っている病室へ入った。いずなは体中に包帯を巻き、酸素マスクを着け心電図モニターを着け、油断できない状態だった。


「瀕死の重傷だ。普通の先生なら、諦めていただろう……

私が気を送り込んで、何とか傷は塞いだが」

「畜生!!なぜ……なぜいずなを!!

狙いは俺のはずだ!」

「アンタだけじゃないんでしょ……目的」

「麗華君の言う通り……

奴の目的はまだ分からないが、一つだけハッキリした事がある」

「何だ?それは」

「奴がとてつもなく、凶悪だという事です。

奴は目撃者の子供まで殺そうとした。もはや、アナタだけの問題ではない……我々と共に戦わせていただく」

「しかし!」

「そうです先生!一人で戦っても殺されるだけです!!」

「とりあえず、私と鵺野先生、麗華君とお兄さん、それにその雪女が戦闘力が高い……万一の場合、この五人で闘う事にしましょう」

「五人じゃない……焔達もいる。合わせれば十一人になる」

「そうですね……」

「すまん……皆」


申し訳なさそうにして、、ぬ~べ~は皆に礼を言った。すると麗華の肩に乗っていたシガンが、またしても毛を逆立て声を荒げながら、攻撃態勢に入った。シガンの直後、彼らは何かに気付きカーテンを開け窓の外を見た。


外にはあの少年が立っていた。


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鬼の急襲、陰陽師との因縁

病院の外に立つ少年……病室に一緒に来ていた麗華と郷子達を置き、ぬ~べ~達は外へ出た。

病室の窓から少年を見た美樹は、顔を赤くして興奮していた。

 

 

「あれが鬼?ジャニーズ系よね?」

 

「バカ」

 

「凄い妖気……(ここにいるだけなのに、凄い寒気)」

 

 

「あの女の子を着けて来れば、君に会えると思ってたよ」

 

 

出てきたぬ~べ~を見ながら、少年は嬉しそうにそう言った。龍二の傍にいた渚は狼の姿になり威嚇声を上げながら攻撃態勢に入った。そんな彼女を宥めるかのようにして、龍二は渚の頭に手を置き身構えた。

 

 

「貴様が、鬼か……」

 

「そう……焦熱地獄からやって来た、名を絶鬼(ゼッキ)という」

 

「焦熱地獄……そんな深い地獄から…」

 

「目的はなんだ!?」

 

「目的?

 

君の手の中の鬼を開放することかな。

 

 

君の手に封じられた鬼の名を覇鬼(バキ)言ってね。力はけた外れに強いが、頭の方がいまいちでね……だから、人間なんかに封じられたりしたんだけど……実は、僕の兄さんなんだよ」

 

「兄?……そうだったのか」

 

「間抜けな兄だよ……鬼族の恥晒しさ。

 

いつまでもほっとくわけにもいかないからね……それで僕が着た」

 

「そうか……それが目的なら、話し合いで済みそうにない」

 

「でも、もう一つ目的が出来たよ。

 

何せ、鬼族因縁の人間がここにいるんだもん」

 

「因縁の人間?」

 

「そう……そこにいる、白狼を持った君だ!」

 

 

鬼の手を発動させ、絶鬼は波動を龍二に向かって放った。龍二はそれに当たり、勢いで飛ばされ病院に生えていた木に体を打ち付けた。

 

 

「龍!」

 

 

飛ばされた龍二の元へ、渚は急いで駆け寄った。病室からその光景を見ていた麗華は、すぐに表へ飛び出した。絶鬼は彼女に気付くと、笑みを浮かべて麗華を見つめた。

 

 

「まだいたとは……」

 

(何……この異様な妖気。

 

まるで……まるで、あの時の鎌鬼に……睨まれているみたい)

 

「驚いたな。まさか、あの時の人間の子孫がいたなんて」

 

「あの時?」

 

「そうか……そういう事か」

 

「兄貴!」

 

 

渚に支えられながら立った龍二の元へ、麗華は駆け寄った。龍二は駆け寄ってきた彼女を抱き寄せ、絶鬼を睨んだ。二人の元へぬ~べ~は駆け寄り話しかけた。

 

 

「龍二、どういう事だ?」

 

「絶鬼と覇鬼……

 

 

大昔、俺等の先祖が対決したっていう鬼だ」

 

「?!」

 

「始めは式にしようと思って、対決したが対処しきれず結界を張り、地獄へ戻したって聞いてる……」

 

「おめでとう!その通りだよ。

 

君達二人の御先祖様には、相当苦労させられたよ。

 

 

特に、君達二人を見ていると、あの二人を思い出すよ」

 

「二人?」

 

「さてと、無駄話もここまでにして……君等二人には、死んでもらうよ?仕返しも込めて」

 

 

絶鬼は両方の鬼の手を出し、二人目掛けて攻撃した。二人はすぐにそれぞれの武器を出しその攻撃を防いだ。

 

 

(何?!)

 

(お、重い!)

 

「アハハハ!凄いね!

 

君達二人は、僕を楽しませてくれるみたいだね」

 

「戦うなら、場所を変えて」

「何言ってるんだ?

 

ここだから、いいんだよ。ここだと僕のシンフォニーが聞けるだろ?」

 

 

龍二と麗華は同時に前へ出て、身構え絶鬼を見た。

 

 

絶鬼は鬼の手から、波動を出し攻撃した。龍二と麗華はすぐに避け龍二は絶鬼に向かって剣を振り下ろした。だが絶鬼はそれを難なく避けたが、彼の背後に麗華は回り構えていた薙刀を振り下ろし背中を切り裂いた。怯んだ彼を見て、龍二は絶鬼の腹部を剣で貫いた。

 

 

「やったか!?」

 

「……!?

 

麗!龍!そいつから離れろ!」

 

 

渚の言葉に一瞬二人は理解できなかったが、それはすぐに分かった。絶鬼は手から波動を放ち、二人を攻撃飛ばした。二人は病院の壁に激突し、力なくその場に倒れた。

 

 

「龍!」

「麗!」

 

 

渚と焔は、二人の名を呼び叫び、すぐに絶鬼を睨み口から火と水を放った。その攻撃を絶鬼は防ぎ手から波動を出し、焔と渚を麗華と龍二同様に攻撃飛ばした。

 

 

「ハハハハハ!いい気味だ。

 

さぁて、お次は」

 

 

絶鬼は笑みを浮かべながら、ぬ~べ~の方を見た。ぬ~べ~は外に出ている他の患者やナースを見ながら、口を開いた。

 

 

「ここは病院だ……巻き添えが出て行けない。場所を代えよう」

 

「アハハハハハ!

 

違うよお!ここでやり合うから、死人がたくさん出て面白いんだよ!」

 

「きますよ!鵺野先生!」

 

「皆早く逃げて!!」

 

「さぁ!コンサート(戦い)を始めよう!素敵なシンフォニーを聴かせておくれ!」

 

 

絶鬼は人から鬼の姿へと変わり、変わるごとに当たりに妖気を放った。その妖気は遠くにいる、ある二人が気付き空を見上げた。

 

 

「……兄貴」

 

「……行くぞ」

 

「そうこねぇと!」

 

 

鬼の姿をした絶鬼に、三人は身構えた。

 

 

「物凄い妖力ですよ、鵺野先生!」

 

「これが…鬼の力」

 

「ビビらないでね狐さん。もう逃げられないんだから」

 

 

玉藻は狐の姿へなり、雪女(ユキメ)は雪女の姿へとなり、ぬ~べ~は鬼の手を出し、絶鬼に攻撃した。

 

 

「鬼の手……それが僕の兄さんだね!?哀れな姿だ!!」

 

 

三人の攻撃を、絶鬼は難なく防いだ。

 

 

「うんうん……いいリズムだ。三人とも、なかなかのいいセンスだよ。

 

ただ…ちょっとパワーが足りないけどね。

 

 

いい機会だ。本当の鬼の手の使い方を教えてあげよう!いくよ、鬼の手!!」

 

 

鬼の手の力を放った直後、三人はモロに当たりその場に倒れた。その光景を郷子達は目撃し、三人は互いの顔を見ながら頷き病室を出て行った。

 

 

「どうしたの?随分手応えが無いじゃないか。

 

本気でやってよ」

 

(強過ぎる!これほどまで、力の差があろうとは……これではまるで、象と蟻の闘いだ)

 

「君には僕の兄さんを封じた時、使った秘密の力があるはず……その力を見せておくれよ」

 

「何!?何の事だ!?」

 

「とぼける気か……」

 

(……そうか!絶鬼の奴、鵺野先生には鬼を封じる特殊な力があると思っているな……しかもその力をかなり恐れている……だから一気に殺さず、力を加減して様子を見ながら戦っているんだ……)

 

「そうかい……どうしてもその秘密の力を見せる気が無いと言うなら」

 

「……」

 

「君の心に、聞くまでさ!!」

 

「南無!」

 

「遅い!」

 

 

鬼の手を巨大化し、絶鬼はぬ~べ~の顔を鷲掴みにした。

 

 

「素敵な音楽を、聴かせてあげるよ!」

 

「先生!」

 

「鬼の手は人の心を読むことができる!さあ、見せて貰おう!鬼を封じた時の記憶を!!」

 

 

記憶を探る絶鬼……ぬ~べ~の記憶には、兄・覇鬼と戦闘中担任の美奈子先生の魂により鬼を封じることができた過去。その記憶を見ると、絶鬼はぬ~べ~を投げ捨て高笑いをしながら話し出した。

 

 

「何だ……そういう事だったのか!

 

どうりで、君弱過ぎると思ったよ!あの女が、体内から兄さんの力を抑えていたから封印できたんだ……体内から心を封じられたら、いくら鬼でもどうしようもない。

 

しかし、これで恐れるものは何もなくなったわけだ。一気にかたを着けようか……皆のレクイエムを聞かせてあげるよ」

 

 

手に光球を溜め、絶鬼は病院壁に背凭れ倒れている龍二と麗華目掛けて、光球を投げ飛ばした。

 

 

「麗!!」

「龍!!」

 

 

飛んでくる光球……その時、二人の元へ影が降り二人を抱えて離れ、もう一つの影がその光球を防いだ。

 

 

「やれやれ……二人を殺そうなんざ、いい度胸してるじゃねぇか」

 

 

そこに立っていたのは安土と、麗華と龍二を抱えた牛鬼だった。

 

 

「君達…」

 

「お前等」

 

「嫌な妖気感じて来た。それだけだ」

 

「やいやいやい!!馬鹿男!何で麗華が、こんなに傷ついてんだ!!」

 

「ば、馬鹿?!」

 

「人の事言える立場か、お前は」

 

 

抱えていた龍二を安土に渡しながら、牛鬼は彼に言った。その時、彼等を心配してやってきた郷子と広は、ぬ~べ~の名を呼びながら駆けつけてきた。二人に気付いた絶鬼は、光球を二人目掛けて放った。するとぬ~べ~は起き上がり、素早く二人の元へ駆けつけ攻撃を鬼の手で防いだ。

 

 

「何?こいつ、霊力がどんどん上昇していく……あの少女と同じだ…いや、それを遥かに凌ぐ勢い……何故だ!?」

 

「二十倍……四十倍……鵺野先生の霊力がどんどん上がって行く!いったいどこまで、鬼の力を近付けるか……」

 

 

防いだ光球を、ぬ~べ~は弾き飛ばし絶鬼の横の地面へと当てた。

 

 

「あーびっくりした。凄いね。僕は全然本気じゃなかったけど、僕の妖力波を跳ね返すとは」

 

「俺の生徒に手を出すな!!俺の命が欲しいならくれてやる!

 

だが、生徒や関係のない人達を巻き込むことは許さん!!」

 

「フフ……そうかい。

 

やっぱりその力の上昇は、誰かを守ろうとするとき、起きるものなのだね。実を言うと、僕はちょっとがっかりしてたんだ。

 

だって、せっかく遥々地獄から這い上がって来たのに……君等があんまり弱いんだもの。特に、そこにいる二人は。

 

 

でも、面白くなりそうだ。やり方によっちゃ。象と蟻ではなく、象と鼠ぐらいの闘いはできそうだからね。

 

 

もっと大量の人間を傷付けよう……君をもっと奮闘させるようにね。兄さんはいつでも、救いだせそうだからね」

 

 

翼を広げ、絶鬼は笑いながらその場を飛び去った。




それからぬ~べ~達は学校へ行き、保健室で怪我の治療をした。麗華と龍二は目を覚まし、丙と雛菊から傷の治療を受け、怪我が治っていた渚と焔は、二人に寄り添い顔を摺り寄せた。寄ってきた二匹を二人は顔を撫でながら、顔を下に向けたまま一点を見つめていた。


「最悪な奴だ……すまん、俺のためにみんなを巻き込んでしまった」

「そんな……先生のせいじゃありません!

それに、もし鵺野先生が絶鬼にやられてしまったら、兄の覇鬼まで解放されて二人でどんな悪事をはたらくか……なんとしても戦わなきゃ」

「だろうな…しかし、あの力では勝ち目はない。戈を交えてそれがよく分かった」

「でもぬ~べ~、さっきはアイツの攻撃、跳ね返したじゃん」

「アイツはあれで実力の十分の一も出しちゃいないよ。それに跳ね返すだけじゃ、勝てない。攻撃でなきゃ」

「そっか……」

「だったら、麗華達が攻撃すれば」

「さっきの闘いを見た限りじゃ、麗華と龍二、それに式神達の力を借りても、絶鬼に与える攻撃は掠り傷程度だ」


黙り込む麗華と龍二……何かを考えているのか、指を唇に当てながら一点を見つめているばかりだった。


「麗華?」
「龍二さん?」

「……ねぇ、兄貴」

「?」

「二人って、誰?」

「……話していいの?渚」

「この状況だ。しょうがない」

「何?その話」

「お前が、中学に入ってから話すつもりだったけど、まさかアイツが現れるとは思わなかったから、今話す。鵺野達も聞いても別に、害は無い。何れ訪れることを想定して話されてきたし」

「だから何の話なの?」

「俺等の先祖の話は、お前もお袋からいろいろ聞いているだろ?話ぐらい」

「何となくなら覚えてるけど……」

「そう言えば、絶鬼が言っていたな……お前等二人は、以前闘った陰陽師と似ているって」

「安倍晴明……俺等の先祖は、昔地獄からやって来たという鬼二体を自身の式にしようと思っていた。

けど、余りにも妖力が強過ぎて、町に害が及んでしまった。先祖は何とか一体を地獄に還したが、もう一体は苦戦して、妻と共に残ったもう一体の鬼を地獄へ還した」

「そんな話を、何で麗華達の代まで話されてんだ?」

「その一体が、還り際に言ったんだ。『地獄から這い上がり、君の子孫を殺す』って……

その言葉に身を案じた先祖が、自身の子供に話しそれを自分達の子供、孫へと語り継げるようにって遺言を残したんだ」

「その鬼が、絶鬼なのか?」

「かもな。あいつ、俺等を見て二人って言ったからな」

「その二人が、先祖とその妻なんだ。

妻の絵は無いけど、話じゃ麗華そっくりだっていうし。先祖も俺に似てたって、本家の曾爺さんが言ってたみたいだし」」

「え?!」

「その話、母さんから何度も聞いた」

「さて、昔話はこれくらいにして……問題はどうやって、あの鬼を倒すかです」

「まさか、あれほど強いとは思わなかった」

「強過ぎたせいで、面倒くさい兄弟が来る始末だし」

「それ、どういう意味だ!!

助けてやったんだから、ありがたいと思え!」

「ありがたいとは思ってるけど、アンタ等来たところで鬼に勝てるかって……」

「う……」

「戦いで勝てないなら、地獄へ追い返したらどう?」

「それよ!

鬼は現世に出る時、凄まじい力で鬼門を開き出てくる。絶鬼が出てきた鬼門が、まだ残って」
「バカ言うな……どうやって奴を、そこに入れるというんだ」

「あ……」

「ま、勝ち目のない戦いをするなど、愚の骨頂……私は無駄な事はしない主義でね。申し訳ないが」

「ま、待てよ!少年ジャ〇プの漫画なんかだとこういう時、何倍にもパワーアップする修行とかあるものだけど!?」

「漫画と一緒にするな!」

「パワーアップか……ない事もない。

私の人化の術は、君(広)の髑髏によって完成する……その時私の力は何十倍…いや、それ以上にもなるはずだが」

「ダメ!」

「なら、諦めるんなら…アディオス」

「ちょっと逃げる気?!卑怯者!」

「いや、奴の言う通りだ。闘うのは自殺行為だ。

無理に引き留めることはできないよ」

「でも!


私は逃げませんから……最後まで、一緒にいますから」

「雪女(ユキメ)……」

(お熱いこと……)

「鬼門に入れる方法なら、今思い付いたけど聞く?」

「本当か?!」

「あぁ。

ただし、二人の協力が必要だけど」


そう言いながら、龍二は麗華に抱き着く安土と壁に寄り掛かって立つ牛鬼に目を向けた。その時、保健室の窓が勢いよく開き、外から氷鸞が現れた。


「麗様!頼まれたものを、持ってきました!」

「ありがとう」

「何?」

「特殊な札。昔鬼たちを地獄へ還した際に、使ったとされている札」

「一人で使うのは無理だが、俺等二人で使うなら何とか発動することは可能だ。

動けなくなった奴を、安土と牛鬼の糸で拘束し雪女の氷、鵺野の鬼の手で攻撃した後、そのまま鬼門へポイ」

「そう上手くできるのか?」

「さぁな。一か八かの賭けだ。

どうだ?乗るか?」

「……やってみよう」

「そうと決まれば、奴を捜して、鬼門が開いている場所へ行こう」

「あぁ」


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滅気怒の火

鉄塔に立つ絶鬼……


「いい眺めだ……さてと、彼との約束を果たすとするかな。


絶鬼作曲、地獄の交響曲第一……『破壊』」


川の上に立つ線路を、絶鬼は波動で破壊した。破壊された線路の上には、電車が走っており、中の乗客は外を見ながら悲鳴を上げた。


「素敵だ!もっともっと、激しく歌っておくれ!」


だが落ちる寸前、駆け付けた雪女が壊された橋を氷で修復し、電車は落ちること無く難を逃れた。それに気付いた絶鬼は、顔を下に向けた。そこにはぬ~べ~がいた。


「絶鬼、そんなことをしなくてもお前と戦ってガッカリさせない程度の力は手に入れたぞ。場所を変えて再戦だ」

「妙に、自信あり気だね。何か秘策でも考え付いたかな。

いいとも。どこでやる?」

「お前が最初に出現した場所、童守公園だ」

「……なるほどね。じゃあついてきなよ」


翼を広げ絶鬼は空を飛び移動した。雪女も空を飛び移動したが、ぬ~べ~は飛ぶことが出来ず自転車で公園へ向かった。


公園に着き、絶鬼は笑みを浮かべながら、回転ジャングルジムに手を翳し鬼門を見せた。


「君がこの場所を選んだわけは、これだろ。


確かに、僕をここに落とせば何とかなるかもしれない。名案だ。

地獄ってのは、八つの層からなって居てね。鬼は深い層ほど強いんだけど、僕はその六番目の焦熱からやって来た。そりゃあ深かったよ。地上まで登るのに三年もかかったんだ。

しかし……もしあの鬼門に僕を落とせば、亜空間法則により、一瞬で僕は最下層の無間地獄に落ち、二度と這い上がって来れないだろう。つまり僕にとってはゲームオーバー…君等の勝ちってわけさ。

でもさあ、どうやって僕を落とすんだい?」

「さあな」


絶鬼に見えないように、ぬ~べ~は茂みに隠れている麗華達に合図を送った。龍二はそれを確認すると、全て手で支持し、その指示に従い麗華達はそれぞれの位置へ着いた。麗華は後ろで小声で喋る美樹達に振り返り、小声で怒鳴った。


「喋るな!

鵺野には内緒で、ここに来てんだろ?」

「へへ……そうですぅ」

「緊張感を持て」

「へ~い」


ため息を吐きながら、麗華は目線だけを後ろに向けた。木の陰から、玉藻は見守る様にして彼等を見ていた。


構えていた牛鬼と安土は、龍二の合図で動き二人は絶鬼の身体に糸を巻き付け拘束した。そして茂みから麗華と龍二が姿を現し、手に持っていた札を投げた。


「麗華!」

「いつでも!

牛鬼!安土!離れて!」


麗華の命に、二人は手から糸を離しその場から離れた。龍二と麗華は、手を合わせ霊気を溜めた。


「結界発動!」
「結界発動!」


その言葉を放つと、絶鬼を中心に地面に五芒星の陣が現れた。


「この結界……まさか」

「そのまさか」

「お前は大昔味わったはずだ。

先祖の結界を」

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」


五芒星の陣が白く光り、地面から白い紐の様な者が、絶鬼を宙へ浮かせ鬼門に向けた。


「鵺野!!」

「今だ!」


鬼の手を出し、ぬ~べ~は動けなくなった絶鬼を押し、鬼門の中へと落とした。開いていた鬼門は、徐々に小さくなって行き、ぬ~べ~達は喜びの顔を浮かべた。


「やった……」

「勝った!」

「いや、まだだ!逃げろ!」

「玉藻?……?!」

「奴が上がって来る……力を全開にしてるんだ!]


「よくも……よくも」


閉じかけていた鬼門が、開き中から絶鬼の手が伸び、鬼門を完全に開き中から鬼化した絶鬼が怒りの形相をして姿を現した。


「よくもやったな虫けら共ぉ!!

君達全員、皆殺しだぁぁ!!覚悟しろよぉぉ!!」


「そ、そんな失敗だなんて……」

 

「いかん……奴の力は臨界に達しつつある。

 

こうなっては手が付けられない!」

 

「そ、そんな!!」

 

 

出てきた絶鬼は、初めに麗華達を目に向けると、勢いよく手を振り攻撃した。攻撃が当たる寸前、渚と焔は素早く二人を抱えその場から離れ、その攻撃を安土と牛鬼が喰らい身代わりになった。二人は口から血を出し、そのまま飛ばされ木に体をぶつけ気を失った。絶鬼はすぐに上を見上げ、手を槍の形にし、麗華達の腹を貫き、焔達の腹部にも、もう片方の槍で貫いた。四人は口から血を吐き出しながら、そのまま真っ逆さまに地面に落ちた。

 

 

「麗華!龍二!」

 

「まずは二人と二匹!」

 

「に、逃げましょう先生!」

 

「いや……逃げ切れるものではない。麗華達を連れて、すぐに逃げろ!」

 

「そんな……先生も一緒に!」

 

「早くしろ!生徒達を連れて逃げろ!」

 

 

絶鬼が自分の方に向いた瞬間、雪女を突き飛ばした。その瞬間、絶鬼は容赦なくぬ~べ~を殴り飛ばした。飛ばされた彼の背後に絶鬼は回り、背中を肘打ちし口から大量の血を吐いたぬ~べ~の頭を鷲掴み、そのまま地面に叩き付けた。地面に倒れた彼に向かって、絶鬼は容赦なく妖力波を放った。

 

それを見た雪女は、怒りに任せ霊気を溜め絶鬼に攻撃した。だが絶鬼は彼女を掴み口から妖力波を放った。

 

 

「雪女(ユキメ)さん!!」

 

「いやああ!!」

 

 

絶鬼は血塗れに倒れる、ぬ~べ~の元へゆっくりと近寄った。

 

 

「ち……まだ生きている。人間のくせに、しぶとい奴だな。また霊気のバリアでダメージを防いだな。全く、君はゴキブリの様な奴だね。

 

だが、もう終わりだ。特大の妖力波で粉々にしてやるよ……無茶苦茶腹が立った」

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

攻撃しようと手に妖力波を溜めていた時、彼の手に炎と雷の渦が当たり絶鬼の攻撃を防いだ。絶鬼はすぐに放たれた方に目を向けると、そこには雷光と氷鸞と、そして腹を抑える焔と渚、麗華と龍二が立っていた。

 

 

「まだ生きていたか……」

 

「し…死ぬわけ…ないでしょ」

 

「テメェを……地獄に還すまでは、死なねぇよ」

 

「雷光、風!」

「焔、火!」

 

 

二人の命に、焔は火を放ち雷光は刀から風を放ち、炎の渦を作り絶鬼を攻撃した。二人の攻撃に続いて、渚は水を氷鸞はその水を凍らせ、氷の刃で攻撃した。麗華と龍二は腹の血を指で拭き取り、その血を懐から出した紙に着け、剣と薙刀を出し傷の痛みを我慢して、駆け出し絶鬼に向かって同時に振り下ろした。絶鬼は難なくその攻撃を手で振り払い、二人に向かって攻撃した。

 

攻撃してきた手を、二人は同時に腕で受け止め、同時に足を上げ踵落としを喰らわせようとしたが、絶鬼はその足を握り二人を地面に叩き付けた。二人は口から血を吐き、意識を失い掛けた。そんな二人を助けようと、焔達は攻撃を放ち、絶鬼を二人から話そうとしたが、彼は二人から手を離し襲い掛かってきた焔達を、槍の形にした手で串刺しにし、そのまま振り投げ飛ばした。飛ばされた焔達は玩具や木に当たり血塗れの姿で倒れた。

その姿を見た龍二と麗華は、体の痛みをお構いなしに立ちあがり、絶鬼の顔に回し蹴りを喰らわせた。回し蹴りを喰らった絶鬼は、口から妖力波を放ち攻撃した。二人は妖力波をもろに喰らい、血塗れの姿のまま地面に倒れ、意識を失った。

 

 

意識を失った麗華達を見ると、絶鬼は再び手に妖力波を溜めぬ~べ~の方に向いた。

 

 

 

「麗華!!ぬ~べ~!!」

 

「玉藻先生!ぬ~べ~と麗華達を助けて!」

 

「奴と戦えるのは先生しかいないんだ!」

 

「力にはなれんな。私が出て戦ったところで、状況は何も変わらない……自殺行為だ。万に一つも勝ち目はない」

 

「そんな!ぬ~べ~達が死にかかっているのよ!」

 

「皆殺しにするの?!そんなの…そんなの」

 

「……玉藻、アンタの言う通りだよ」

 

「広!?」

 

「だってそうだろ……マンに一つの勝ち目も無くて、殺されるだけなんだから。

 

でもさ玉藻、万に一つじゃなくて、百に一つぐらいの勝ち目があれば……闘ってくれるか?」

 

「?」

 

「確か俺の頭蓋骨を使えば、人化の術が完成してパワーアップできる……って言ってたよな?」

 

「広君、それは」

 

「俺が死んだらすぐ、頭蓋骨ひっぺ替えしてパワーアップしてくれよ」」

 

「え」

 

「頼んだぜ!」

 

「広!」

 

 

茂みから出て行き、広は絶鬼に飛び掛かった。そんな彼を見た郷子達もつられ、次々に茂みからと飛び出し絶鬼に飛び掛かった。

 

 

「広に続け!!」

 

「ぬ~べ~達を助けるのよ!」

 

「よせ!無駄死にするだけだ!」

 

「そうじゃないのだ!ぬ~べ~先生も麗華ちゃんもいっつも、僕等を命がけで助けてくれたのだ!

 

皆……ぬ~べ~先生が好きなのだ!麗華ちゃんは、僕達にとって仲間なのだ!だから……だから、自分の命を捨てても助けたいのだ!

 

 

それが、人間なのだ」

 

 

まことはそう言うと、広達の元へと走って行った。駄目もとでも広たちは石を投げたり、枝で叩いたりと攻撃の邪魔をした。絶鬼はそんな彼らを無視の様にして攻撃支払ったが、広達は手を止めず攻撃し続けた。そのしつこさにキレた絶鬼は手から、妖力波を溜め彼等に向かって放った。攻撃が当たる寸前、玉藻は霊気でバリアを作り攻撃を防ぎ彼等を守った。

 

 

「玉藻……」

 

「君は……妖狐だね。狐は賢いから、一度戦えば僕の力が分かって、二度と戦わないと思っていたが……」

 

「牛鬼!安土!気が付いたなら、子供達を安全な場所へ避難させろ!」

 

 

起き上がり頭を振りながら立ち上がった牛鬼と安土は、すぐに郷子達の元へと駆け寄り玉藻から離した。

 

 

「お前等二人も妖怪なら、霊気バリアぐらい張れるだろう!?」

 

「当たり前だ!俺等二人を舐めんな!」

 

「行くぞ」

 

 

広達の背中を押し、二人は場所を移動した。広達が離れたのを確認すると、玉藻は手に持っていた首さすまたを分解し、空へと上げお経を唱え結界を作った。

 

 

「……ほう、結界か。何の真似だ」

 

「お前が逃げられないようにするためさ……これから放つ技は一度しか使えないのでね」

 

「何だと?

 

君……妖狐は人間界に災いをもたらす存在のはず。なぜ人間の味方を?気でもふれたかい」

 

「フ……そうかもな。

 

私は鵺野鳴介という男が持つ、他人を守ろうとする強い力…『愛』について研究してきた。だが……私には、未だその力は理解できない。その力が理解できれば……お前と言い勝負ができたかもしれないが、今となってはもう、敵わぬことだ。

 

 

しかし……私は今、ただこの子達を助けたい。ただそう思っている…理由は分からない。しかし命懸けで自分達の師を……そして仲間を守ろうとするこの子達を傷付けはさせん!!」

 

 

玉藻は意識を集中させ、霊気を高めて行った。それは倒れている雪女も瀕死で倒れている麗華達も感じ取ることができた。

 

 

「フ……そうか。

 

どうやら、人間界で長く暮らし過ぎて、すっかりに人間に毒されてしまったようだね。君……もう半分、人間の匂いがするよ……死ね!!」

 

 

手に溜めた妖力波で、絶鬼は玉藻を攻撃しようとしたが、その手は一瞬で凍り漬けになった。ハッとした絶鬼は下に目を向けると、自身の足にしがみ付く雪女がいた。

 

 

「また君か!この死にぞこないめ!」

 

「早く!こいつは私が押さえてるから……今のあなたの力なら、勝てる!!」

 

「雪女め、余計な事を……だが、おかげでやりやすくなった。

 

 

古来より、妖狐が禁じ手としてきた自らの命と引き換えに放つ大技……最大パワーでお見舞いする(アディオス、鵺野先生)

 

滅気怒!!」

 

 

玉藻は溜まっていた霊気を一気に放ち、公園を中心に大爆発を起こした。安土はすぐに郷子達をバリアで守り、牛鬼は瀕死の状態で倒れている麗華と龍二の傍へ駆け寄り、バリアを張り二人を守った。




しばらくして、爆発は収まり辺りに静けさが戻った。郷子達はすぐに顔を上げ辺りを見た。


「や、やったのか……」

「あ!」


その時、気を失っていたぬ~べ~が目を覚まし、瓦礫を退かしながら起き上った。


「痛……俺は…生きてるのか?


ん?……!!」


ぬ~べ~の目に映った光景……血塗れの姿で、絶鬼に頭を鷲掴みにされ瀕死の状態になっている玉藻と、彼の足元に体が溶け死に掛けている雪女が倒れていた。


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鬼との決着

目の前に広がる、地獄のような光景……

 

 

血塗れの姿で倒れる麗華と龍二……腹部を貫かれ、血を流し木に寄り掛かりぐったりとなっている焔、渚、氷鸞、そして雷光。

 

絶鬼の傍には、彼に鷲掴みにされ血塗れになった玉藻と、揚力を使い果たし今にも死にそうになっている雪女が倒れていた。

 

 

すると絶鬼は、目を覚ましたぬ~べ~に気付き顔を向けた。

 

 

「ようやく気が付いたようだね」

 

「……」

 

「どうした?覇気が無いね。無理もないか、生きているのが不思議なくらいだからね」

 

「ぬ~べ~!」

 

「もう駄目よ!皆やられちゃったし、もうぬ~べ~には立ち上がる力もない」

 

「クックック……」

 

「お前は……奪った。

 

 

お前は……俺から大事なものを、たくさん……奪った。奪ったんだ!!」

 

 

怒りからぬ~べ~は自身の霊気を高めた。

 

 

「な、何?!

 

こ、この霊力は……百倍…二百倍……子、これまでとは桁違いの上昇だ!!この人間は一体」

 

『人は何か大事なものを守る時、真の力を見せるもの……人間を甘く見ていますとあなたは負けます』

 

 

かつて、絶鬼にそう言った人間がいた……だが、それが誰だったかは思い出せない。しかし、その言葉の通りの事が今目の前で起きていた。

 

 

「はあああ!!」

 

 

気合を溜めたぬ~べ~の左手の鬼の手は、彼の体を乗っ取るのようにして鬼化した。

 

 

「一体、何をする気だ?鬼の手を!?封じられた鬼の力を解放している!?」

 

「鬼である貴様の力を超えるには……鬼になるしかない!!」

 

『やめなさい鵺野君!!そんな事は無理です!

 

私とあなたが全力で押さえても、封印がとかれた鬼の力は制御できません!!鬼に心を支配されるだけです!』

 

 

耳に聞こえる美奈子先生の言葉を無視して、ぬ~べ~はどんどん鬼の力を開放していった。

 

 

「ぬ~べ~が鬼になって行く!」

 

「いやああ!!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

強風が吹き、砂煙が舞い上がった。ぬ~べ~がいた場所には、覇鬼化した彼の姿があった。だが覇鬼は、力が制御できないのか、無意識に地面に膝を付いた。

 

 

「ククク……馬鹿め!鬼に支配されたな。

 

君を殺して、兄さんを開放するつもりだが、手間が省けてしまったよ!!良かったね、覇鬼兄さん。

 

さぁ、一緒に人間を殺しまくろう!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

郷子の声に反応するかのようにして、覇鬼は絶鬼の顔面を殴った。

 

 

「な、何するんだ!兄さん!

 

気でもふれたか……!な、何?まさか」

 

「あれは……鬼じゃない!あれは……ぬ~べ~よ!!」

 

 

立っていたのは、『覇鬼』ではなかった……ぬ~べ~だった。

 

 

「バカな!!こいつ、鬼を精神力で支配しているというのか!?何故人間如きに、そんなことが」

 

「……雪女(ユキメ)は、こんな優柔不断な俺を愛してくれた」

 

 

そう呟くとぬ~べ~は、絶鬼を殴り飛ばした。

 

 

「玉藻は、敵ではあったが何度も互いに助け合った、良き戦友だった」

 

 

玉藻の事を言うと、ぬ~べ~はそれが仕返しのようにして、絶鬼の顎をを殴った。

 

 

「麗華と龍二は、口と態度は悪いが、俺が苦戦している時はすぐに駆け付け、そして力を貸してくれた!

 

 

そして……そして、俺の命より大事な生徒達……」

 

「調子に乗るなよ!人間がぁ!!」

 

 

腕に反動を起しながら、ぬ~べ~は絶鬼の腹を殴った。

 

 

「凄い!絶鬼の力を超えてるわ!!」

 

「頑張れぬ~べ~!!」

 

「一気に鬼門に落としちゃえ!」

 

(な……なんだこの力……鬼の力とは違う……それ以上の力だ!一体)

 

 

殴っていたぬ~べ~は手を止め、握った拳を見た。拳の背後に雪女や玉藻、いずな、そして自身の生徒達が映った。

 

 

(俺は……皆が好きだ。この町で暮らす皆が。

 

それを傷付けるものを、俺は許さない。たとえ、俺の体が朽ち果てようと…心が砕けようと俺は!)

 

 

自分を睨むぬ~べ~の目に、絶鬼はいつしか恐怖を感じていた。

 

 

(こ、これは……何人もの人間への驚くほど強い思いだ……絆だ……

 

それを傷付けられた怒り……お、恐ろしい。これほどの力を生むとは……僕は触れていけないものに触れたのか?!)

 

『人は何か大事なものを守る時、真の力を見せるもの……人間を甘く見ていますとあなたは負けます』

 

 

同じ声が、絶鬼の耳に響いた。絶鬼は目を見開いて、目の前にいるぬ~べ~を見た。

 

 

「地獄へ還れ!!」

 

 

鬼門へ絶鬼を、ぬ~べ~は突き落とした。彼は目から涙を流しながら、怯えた声で叫んだ。

 

 

「これが、人間の力……怖い…怖いよぉぉ!!」

 

 

悲鳴を上げながら、絶鬼は地獄へ還って行った。彼を返したおかげかぬ~べ~の体は、元の人間の姿へとなった。

 

 

「勝った……か。

 

余りに多くを……失った」

 

 

ぬ~べ~は力尽き、意識を失いそのまま倒れてしまった。

 

 

「……べ~!」

 

 

暗い闇の中……ぬ~べ~の耳に聞こえてきた微かな声。

 

 

「ぬ~べ~!」

 

 

その声は次第に大きくなり、意識を戻したぬ~べ~はゆっくりと目を覚ました。そこにいたのは、怪我が治った玉藻達だった。

 

 

「お、お前達!け、怪我はどうしたんだ?!」

 

「丙さんと雛菊さん、それに駆け付けてくれた楓さんが治してくれたのよ!」

 

 

郷子達が指さす方には、焔達を治す丙達がおり、その傍には怪我が治った焔達を抱き締める麗華と龍二がいた。

 

 

「よ、よかった!」

 

「鵺野、これで貸は返したからね!」

 

 

それだけを言うと、麗華と龍二は怪我が治った焔と渚に乗り、その場から立ち去った。牛鬼達も二人を見送ると、手を振りそのままどこかへと行き、楓達も麗華と龍二の後を追い帰って行った。

麗華達に釣られ、玉藻も帰って行った。

 

 

彼等を見送ったぬ~べ~は、安堵の息を吐いた。そんな彼に雪女は嬉しそうに抱き着いた。

 

 

「さぁ!皆で帰りましょう!」

 

「そうだな!帰るか!

 

 

(皆、ありがとう)」

 

 

ぬ~べ~は笑顔を向けながらそう思い、郷子達と帰って行った。



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古き都
好きな和菓子と嫌いな伯父


とある屋敷……


寝殿の中、一人の者を真ん中に、左右に数人の男女が座っていた。


「一体、東京の童守町はどうなっているんでしょう……」

「こうも毎度毎度、強力な霊気を感じる何ぞ、初めてだ」

「確か、あそこの守り族は……」

「神崎家だ」

「確か、神崎輝三の弟との輝二とか言う奴だったな」

「しかし輝二は、妻であった優華と共に亡くなったと聞いていますが……」

「今は子供達が、童守町を守っていると、輝三から聞きましたが」

「子供……それは心配ですな。

いくら子供とは言え、力は我等本家より乏しい……


当主、二人を呼び、会議を開きませぬか?」

「……なぜだ?」

「今後、あの山桜神社と二人をどうするかが問題です。

第一、まだ成人にもなっていないのに、子供二人で住ませるのはどうかと思います」

「それもそうだな……

今後の、妖達をどうするかも検討せねばならぬし……近頃、妖達の動きが活発化している。


全一族に、召集じゃ!」

「神崎家の向かいは、三神家に行ってもらおう」

「分かりました」


ある日の夜……

 

 

縁側で麗華は、龍二と一緒にお饅頭を食べていた。手にしたお饅頭を食べる麗華を、龍二は鼻で笑いながら彼女の頭を撫でた。

 

 

「何?」

 

「変わんねぇなぁって思って」

 

「何が変わらないの?」

 

「ガキの頃から、お前桜雨堂(オウサメドウ)の和菓子好きだよなぁって」

 

「他の店だと、甘過ぎたり生地がもっちりしてなかったりしてて、美味しくない。それにデザインもイマイチ。

 

けど桜雨堂は、全部心を込めて一から作ってるから、凄い美味しい!それにデザインも綺麗だし色も綺麗」

 

 

嬉しそうに、麗華は手に持っていたお饅頭を口に頬張り、幸せそうな表情を浮かべながら食べた。そんな彼女の幸せそうな表情を見て、龍二は嬉しく手に持っていたお饅頭を麗華と同じようにして、口に頬張った。

 

 

翌朝……

 

 

学校が終わると、麗華はどこか嬉しそうな表情を浮かべて校舎を飛び出しどこかへと向かった。そんな彼女が気になった郷子達は、こっそりと後をついて行った。

 

センター街へと来た麗華は、どんどん奥へと行きある店の中へと入った。郷子達はその店の前に立ち店の看板を見た。

 

 

「さくらあめどう?」

 

「違うわよ!桜雨堂(オウサメドウ)って読むの!」

 

「ここって確か、超高級和菓子店よね?」

 

「確かそうだぜ。雑誌やテレビでよく上げられてたから」

 

「何で麗華が、そんな高級和菓子店の中に入ったの?」

 

「それは分かんないけど……

 

あ、出てくるよ」

 

 

引き戸が開きなから、麗華は中の人に礼を言いながら紙袋を持って出て行った。すると彼女は、少し歩いて立ち止まり、ため息を吐きながら口を開いた。

 

 

「そこで何コソコソしてるの?」

 

「い!」

 

「用があるなら、出て来なさい!」

 

 

麗華に言われて、郷子達は苦笑いしながら出て来た。

 

 

「麗華って、本当はお金持ちなんだね!」

 

 

歩きながら、美樹は麗華にそう言った。

 

 

「は?お金持ち?

 

何で?」

 

「だって、あの高級和菓子店である、桜雨堂の和菓子買ってるじゃん」

 

「買ってないよ」

 

「え?買ってないって……まさか」

 

「盗んでませんし、脅してません。

 

貰ってんの。時々」

 

「貰ってる?」

 

「あの和菓子店のオーナーが、私の伯父でその家族ぐるみで時々、私達にってとっといてくれるんだ」

 

「伯父さんって、あの怖い人?」

 

「(怖いって……)違うよ。

 

もう一人の伯父さん。ま、私は嫌いだけど」

 

「え?何で?」

 

「……

 

なぁ、食うか?」

 

「え?」

 

「店の人に頼んで、アンタ達の分貰っといたから、よかったら」

 

「え、でも」

「頂きます!!」

 

「コラ!」

 

 

公園のベンチに腰を下ろし、麗華は紙袋か小さい箱を出し蓋を開けた。中には秋をイメージした柄のお饅頭が、六つ入っていた。

 

 

「わー!綺麗!」

 

「ねぇ、食べていい?」

 

「いいよ、ほら」

 

 

差し出された箱から郷子達は一個ずつ取り、麗華は二つの取りその内の一つを傍にいた焔に渡した。全員が取るとほぼ同時に口に入れた。

 

 

「美味しい~!」

 

「さすが、高級和菓子店!」

 

「麗華、いつもこんな美味しいの貰ってるの?」

 

「まぁね。昔っから私のおやつ、これだったし」

 

「へ~」

 

「そういえば、麗華って普通のお菓子あんまり食べないよね」

 

「そうそう。スナック菓子やケーキとか、あんまり食べたところ見たことないし」

 

「ケーキはともかく、スナック菓子はあんまり食べないよ。ほとんど和菓子しか食べない」

 

「へ~」

 

「ねぇ麗華、さっきの質問の答え、聞いてないんだけど」

 

「え?さっきの質問?」

 

「だから、オーナーの伯父さんの事、何で嫌ってるの?」

 

「……嫌いだから嫌いなの。

 

もう帰るね」

 

 

空になった箱を潰しゴミ箱へ捨てた麗華は、焔と共に帰って行った。

 

 

階段を上りながら、麗華は昔の事を思い出した。優華の膝に座り、伯父が持ってきた和菓子を食べる自分……

 

 

(昔は好きだった……伯父も)

 

 

階段を登り切り、家へと帰ってきた麗華は、自身の部屋へ行き巫女の格好になり、縁側で貰ってきた和菓子を口にしながら、庭を眺めがらまた昔の事を思い出した。

 

 

『麗華は、本当に義兄さんの和菓子好きだね』

 

 

幼い頃、伯父が持ってきたお饅頭を食べていた自分に、母・優華は頭を撫でながらそう言った。するとそこへ、遊びに来ていた伯父が隣に座り、嬉しそうに笑いながら自分の頭を撫でてくれた。

 

 

『輝二も、麗華ちゃんと同じ様に、和菓子が大好きだったんだよ。

 

だから、輝二に喜んで貰いたくって、和菓子を作り出したんだ』

 

 

そう言ってくれた……しかし、優華が死んだ時、あの言葉を発した。

 

 

『川島さん達の言葉に甘えて、麗華ちゃんをそこに置いて貰おう』

 

『え?』

 

『そうすれば、龍二君の負担は減る。第一、まだ成人でもないのに、こんな小さい子を育てるなんて、大変だよ』

 

『そんな……ちゃんと面倒みるから!』

 

『龍二君、子供を育てるっていうのは、漫画やドラマのように上手くいかないんだ。

 

君が学校に行っている間、誰が麗華ちゃんの面倒を見るんだい?小学校に行き出したら、もっと問題は増えるんだよ』

 

『……けど』

 

『そんなに心配なら、お前が引き取ればいいだろ』

 

『俺には家族がいるし……二人いっぺんには無理だよ』

 

『無責任な言い方だな』

 

『何だと!!』

 

『よしなさい!子供達の前で!

 

龍二君、麗華ちゃんを外に出して』

 

『あ、ハイ。麗華』

 

『嫌だ!!』

 

 

そう言い叫びながら、先喚く麗華を、龍二は外へ出した。そこへ自信と同い年の女の事、麗華と同い年の男の子が駆け寄り、男の子は泣き喚く麗華の手を引き、どこかへ行ってしまった。二人の後を、女の子は龍二に頷き追いかけて行った。




「おーい!誰か、いないのかぁ!」


その声に気付き、麗華は目を覚まし目を擦りながら体を起こした。


「いつの間にか、眠ってたんだ……」

「おーい!」

「あ、ハーイ!今行きまーす!」


立ち上がり、袴を叩きながら麗華は廊下を歩き、玄関へ行った。


「何かご用……」


玄関に立っていたのは、父・輝二と同じ顔だちをした男性だった。彼を見た瞬間、麗華はその場に立ち尽くしてしまった。


「大きくなったな、麗華ちゃん」

「こ……輝一…伯父さん」


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本家からやって来た家族

※関西弁を使おうと思っています。

使い方が間違っていたりするかもしれません。よろしくお願いします


固まる麗華……咄嗟に、傍にいた焔の後ろへ隠れた。

 

 

「おい、そんな隠れなくても」

「出てって……」

 

「?」

 

「出てって!!

 

アンタの顔なんか、見たくもない!!」

 

「麗華ちゃん……」

 

 

「ほら、言わんこっちゃない!」

 

 

関西弁の女性の声が聞こえ、そっと顔を出すと輝一の後ろから彼の頭を軽く扇子で叩きながら、母・優華に似た女性が現れた。

 

 

「アンタが出ると、麗華ちゃん毛嫌いするって言い張ったろ?

 

だから、私が出るって言うたのに」

 

「すまん……」

 

「麗華ちゃん、大きくなったなぁ!だんだん、優華に似てきたね!」

 

「あ、彩華伯母さん……(相変わらず、元気だなぁ)」

 

「ヤッホー!麗華ちゃん、久しぶり!」

 

 

彩華の後ろから、黒髪を一つお下げに結い、白い七分のワンピースに茶色いコートに身を包み茶色いロングブーツを履いた女性が顔を出してきた。

 

 

「……」

 

「コラ!アンタが出てくると、麗華ちゃん頭混乱しちゃうやろ!」

 

「え~!ええやない!」

 

 

「ただいまぁ…って、何だ?!」

 

 

学校から帰ってきた龍二は、外で伯父達を見て驚きのあまり声を上げた。彼の声に彩華の後ろにいた女性は、後ろを振り向き龍二に飛び付いた。

 

 

「龍二!久しぶり~!」

 

「み、美幸(ミユキ)?!」

 

「あら龍二君、大きくなったなぁ!昔の輝二君にそっくり!」

 

「伯母さん、それに伯父さん……何で?」

 

 

輝一と彩華の顔を交互に見た龍二は、ふと家の中で焔の後ろに隠れ怯える麗華が見えた。そんな彼女を目にした龍二は、美幸を離し輝一と彩華を退かし家に入り、麗華を自分に抱き寄せ小声で言った。

 

 

「大丈夫だ……もうどこにも行かせねぇから、怯えるな」

 

「うん……」

 

 

龍二が着ていたブレザーを握り締め、麗華は小声で返事した。

 

 

「麗!おるかぁ!

 

いや~、オーナーの息子って証明すんの大変やったわ~」

 

 

元気のいい声が聞こえ、美幸は後ろを振り返り、呆れ顔で後ろにいた者を見た。

 

 

「何やってたん?……てか、何買ってきたん?!」

 

「え?そりゃあ、麗の大好物、桜雨堂の饅頭!」

 

 

白い歯を見せ笑いながら、手に持っていた袋を差し出した。

 

 

「……陽一(ヨウイチ)、お前なぁ」

 

「どうりでさっきから、姿が見えなかった訳ね」

 

「ええやないか!」

 

 

袋を持ち、彩華と輝一を退かして陽一は玄関を上がり、龍二に抱き着いている麗華の所へ行った。

 

 

「なぁなぁ、早う茶入れて饅頭食おうで!俺、腹減って死にそうや。龍二兄ちゃんも!」

 

 

「あ、あぁ…そうだな。

 

麗華、お茶入れてこい」

 

「うん」

 

 

龍二から離れた麗華は、陽一から袋を受け取り、台所へ向かった。陽一は喜び飛び跳ねながら、手伝うと言って台所へ向かった。

 

 

「相変わらず、元気ですね……陽一の奴」

 

「元気だけが、取り柄なもんやからな」

 

「……ところで、なぜ来たんです。

 

あなた方が来るのは、大抵依頼か、本家から呼び出されたかの二つ……」

 

「鋭いわね……」

 

「二人が最後に来たのは、麗華を島に行かせる前日。それ以降は、来ていませんから。

 

まぁ、美幸と陽一は三年前に一度来てますし」

 

 

龍二の言葉に、二人は顔を曇らせた。そして意を決意したかのように、輝一は口を開いた。

 

 

「実は、本家の方から一族の召集がかかったんだ」

 

「召集?何で」

 

「それは……」

 

 

「兄貴、お茶入れたよ」

 

 

寄ってきた麗華の姿に、輝一は口を閉じた。父親の姿を見た陽一は何かを察したのか、麗華に声を掛けた。

 

 

「なぁ、麗。童守町案内してや!」

 

「え?」

 

「龍二兄ちゃんに用があって、今日来たんや。なぁ!」

 

「え、えぇ」

 

「難しい話は大人に任せて、俺等は遊びに行こうや!な!」

 

「……けど」

 

「ええから!ええから!」

 

 

陽一に背中を押され、麗華は仕方なく玄関へ行き下駄をはき外へ出た。

 

 

「ほな、俺等遊びに行って来る。夕飯までには帰るさかい!じゃ!」

 

 

引き戸を閉め、陽一は麗華の手を引き境内を飛び出して行った。二人の後を、焔と白い髪を結い丈が短い赤い着物に身を包んだ女性が心配そうに眺めながらついて行った。

 

 

「全く、気の利く子なんやから」

 

「では、話そう。龍二君。

 

俺達がここに来たわけを」

 

 

 

道を歩く陽一……麗華は、そんな陽一を見て少し笑った。

 

 

「あ!やっと見せたな!その笑顔」

 

「え」

 

「だって、父ちゃんと母ちゃんの前じゃお前、全然笑おうとしなかったやろ?」

 

「まさか、そんな理由で外に出たの?」

 

「おぉ!その通りや」

 

 

歯を見せ親指を立てながら、陽一はドヤ顔を見せた。麗華は呆れてため息を吐いたが、すぐに笑顔になり陽一を見た。

 

 

「全く、全然変わらないね」

 

「そういうお前も、変わらないやん!

 

それより、夕飯までどうする?まだ時間結構あるで」

 

「だったら、この辺り案内するけど」

 

「ホンマか!?」

 

「本当」

 

「じゃあ、お願いするわ!」

 

 

嬉しそうな顔で、陽一は麗華の手を引き駆けていった。童守商店街を歩きながら、麗華は陽一の質問に答えていた。

 

 

そんな二人を目撃した郷子達は、電信柱から覗き見ながら二人を見ていた。

 

 

「ちょっと!誰よあの男の子!」

 

「俺等の小学校に、あんな奴いなかったはずだぜ」

 

「というより、麗華の奴巫女の格好して、歩いてるよ」

 

「とにかく、ついて行きましょう!」

 

「おー!」

 

 

陽一と一緒に歩く麗華は、どこか楽しそうに笑いながら、自分達には見せない顔で話していた。陽一は手で何かを表現しながら離し、笑う麗華に釣られて一緒に笑っていた。

 

 

「あんな顔、見たことないぜ」

 

「あの人、何者なのかしら」

 

「麗華をあんな顔にさせるんだから……広と郷子みたいな関係じゃないかしら。あの二人」

 

「コラ!」

「コラ!」

 

 

二人の声に、麗華と陽一は足を止め後ろを振り返った。四人は見つかってしまい、苦笑いしながら頭を掻いた。陽一は首を傾げ、麗華は深くため息を吐いた。




その頃、龍二は居間で伯父達の話を聞いていた。


「……え?本家に?」

「そうだ……


全ての家系に、召集がかかった。ここ童守町で感じる数々の妖気と、ここ最近妖怪達の動きの活発化……そいつ等の今後の対処と……」

「対処と?」

「……今後、山桜神社と君達二人をどうするかの話だ」

「……へ?」


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大事な人

某所……


ある社の前に立つ、一つの影……社の中へ入り、影は中に札が貼られた鏡を手に取り、それを叩き割った。

すると、割れた鏡から黒い影が姿を現した。それを見たものは笑みを浮かべその影と共に社を去って行った。


自販機でジュースを買った郷子達は、公園のベンチに座り早速麗華に質問した。

 

 

「麗華、この人誰?」

 

「従姉弟の三神陽一。

 

一応、私達と同い年だよ」

 

「あ、同い年だったんだ」

 

「てっきり、年上かと思ってた」

 

「改めて自己紹介させて貰うで。

 

俺は三神陽一。呼び方なら、何でもええで。麗からは『陽(ヨウ)』って呼ばれてるし」

 

「麗だって」

 

「焔達も麗って呼んでるよな?」

 

「ねぇ、陽一君、一つ聞いてもいい?」

 

「ええで」

 

「陽一君と麗華って……出来てるの?」

 

「出来てる?

 

麗、どういう意味や?」

 

「……細川、あとで面貸せ」

 

「え、遠慮しときます(怖……)」

 

「出来てるって、結婚相手がいるってことか?」

 

「そうそう!」

 

「陽!変な事」

「麗は、俺の女やで。

 

それに許嫁や。なぁ!」

 

(馬鹿……)

 

 

その言葉に、郷子達は持っていた缶ジュースを落とした。

 

 

「……い」

 

「……い」

 

「……な」

 

「……づけ」

 

「おう!」

 

「許嫁?!!」

 

 

大声を発しながら、郷子達は飛び上がり驚いた。その反応に陽一は首を傾げ、麗華は手で顔を覆い下を向いた。

 

 

「嘘ぉ!!

 

じゃあ将来、麗華が一番先に結婚しちゃうって事?!」

 

「なぁなぁ、許嫁ってなんだ?」

 

「阿呆!!

 

 

許嫁っていうのは、将来決めた結婚相手の事よ」

 

「簡単に言えば、広と郷子みたいな関係よ」

 

「美樹!!」

 

「そんなに驚くもんか?」

 

「驚くわよ!だって麗華に限って」

 

「何でや?

 

可愛いやん、麗」

 

「可愛いときたぜ、可愛いと」

 

「ちなみに、二人はどこまでいってるの?」

 

「いってる?何や?いってるって」

 

「細川、後で知り合いの妖に言って、テメェのその胸、稲葉と同じサイズにするよう頼んどいてやる」

 

「それだけは辞めてぇ!!」

 

 

美樹に泣きつかれた麗華は、知らん顔をして缶ジュースを飲んだ。そんな光景に、陽一は安心したような表情を浮かべて彼女を見ていた。

 

 

「よかったわ。麗に友達出来て」

 

「え?」

 

「いや、こっちの話や。

 

なぁ!お前さん達の学校行こうで!」

 

「学校?何で」

 

「麗が通ってる学校、俺見たいんや!なぁ、行こう!」

 

「そうだな」

 

「ぬ~べ~に紹介しないと」

 

「何でそうなるのよ」

 

「そうと決まれば、麗行こうや!」

 

 

座る麗華の手を引き、陽一は走って行った。二人の後を郷子達は慌てて追い駆けて行った。しばらくして、学校に着き校舎の中へと入ろうと校門をくぐった時だった。

 

 

「入るな!!今すぐ逃げろ!!」

 

 

校舎の中から聞こえたぬ~べ~の声に、麗華と陽一は何かを察して互いにアイコンタクトし、郷子達の手を引き学校から出ようとしたが、既に遅く目の前に巨大な蜘蛛の妖怪が立っていた。

 

 

「!?麗!目瞑れ!」

 

 

陽一の言う通りに、麗華は目を瞑った。陽一は肩に掛けていたバックから紙を出し、それを投げた。紙は煙を放ち、中から羽織を肩に掛け胸にさらしを巻き、口に枝を銜えた女性が姿を現した。

 

 

「風月!そいつに、火の攻撃!」

 

「あいよ!頭!

 

火術棒線華!」

 

 

手から火の棒が無数に飛び、棒は蜘蛛に攻撃し蜘蛛は悲鳴を上げ後ろへ下がった。その隙にぬ~べ~が校舎から飛び出し、郷子達を中へと入れ陽一は麗華の手を引き、一緒に入って行った。彼等に続いて焔と風月、そして一緒に来ていた女性も校舎の中へと入った。

 

 

校舎の保健室へ行き、外の様子を伺い何とか難を逃れたぬ~べ~は、安堵の息を吐いた

 

 

「とりあえず、今は一安心だ」

 

「何なの?あの蜘蛛」

 

「土蜘蛛と言って、人を喰らう妖怪だ」

 

「土蜘蛛?待って、そいつは確か」

「アイツ等とは関係ない。

 

恐らく、野良の様なもんだ。心配するな」

 

「……」

 

「それより、そこの男の子は誰?」

 

「あぁ、この子は」

「三神陽一。麗の従姉弟で許嫁や。よろしゅうな!阿呆面さん」

 

「……許嫁?!!

 

何?!お前等、もうできてたのか?!」

 

 

興奮して、大声を上げるぬ~べ~に麗華は裏拳を喰らわせ、陽一には拳骨を喰らわせた。

 

 

「酷いなぁ…殴ることないやろ?」

 

「余計な事言うからでしょ」

 

「……?」

 

 

その時、廊下から足音が聞こえ、ぬ~べ~達は警戒した。足音は保健室の前で止まり、そして勢いよくドアが開いた。

 

 

「お!いたいた」

 

 

ドアを開け中へ入ってきたのは、焔達だった。

 

 

「頭、捜しましたで」

 

「よう分かったな?俺等がここにいるって」

 

「そりゃあ、あっしは頭の子分ですから!」

 

「風月!陽を甘やかさんといて!

 

この子、すぐに調子に乗るんやから!」

 

「波の姉さんは、厳し過ぎやで?」

 

 

そう言いながら、風月は陽一の頭を撫でながら、焔の隣にいた女性に話した。

 

 

「全く、陽には甘いんだから……

 

まさか、焔は麗に甘くないわよね?」

 

「んなわけねぇだろ!」

 

「ないない…」

 

「ならええけど」

 

「麗華、この人達誰?」

 

「陽に抱き着いているのは、風月。火と風を使う妖怪で陽の式神。

 

そんで、そこの髪結ってる女は、陽の白狼で焔の許嫁」

 

「え?!焔にも許嫁がいるの?!」

 

「何だよ“にも”って」

 

「初めまして。波と言います」

 

「は、初めまして(可愛い人……)」

 

「そんじゃあっしも。

 

あっしは風月。こう見えても女だから、そこよろしくな」

 

「え?!女なの?!」

 

「何や、その驚き」

 

「ねぇねぇ、陽一君、一つ聞いていい?」

 

「?何や」

 

「さっきさ、あの巨大蜘蛛が出た時、何で麗華に『目瞑れ!』って言ったの?」

 

「そりゃあ……なぁ」

 

 

自分の方に目を向けた陽一の顔に、麗華は目を逸らし顔を赤めた。顔を赤くした彼女の頭に陽一は手を置いた。そんな二人に、美樹は郷子の耳元で小さい声でしゃべった。

 

 

「どこまでいってるのかしら?あの二人」

 

「さぁ……」

 

「広達よりは確実にいってるわよね、うん」

 

「俺等を基準に考えるな!!」

 

「世間話はこれくらいにして、本題入ろう。

 

 

鵺野、さっきの土蜘蛛……何で、この校舎に?」

 

「それは分からない。

 

お前等が帰って、他の先生方も帰った後、見回りしていたらアイツがこの校舎に入っていたんだ。すぐに退治しようと思った時、お前達がこの校舎に入ってきて……」

 

「なるほどなぁ……

 

麗、風操れる式おるか?」

 

「いるよ。そっちは氷操れる式いる?」

 

「おるで!」

 

「そんじゃ決まり」

 

「待て待て!

 

俺が全然、着いていけてない!」

 

「鵺野はいいよ。私達二人でやるから」

 

「せやせや。

 

阿呆面さんは、そのプンプン妖気を漂わせてる手でも撫でて、見ててください」

 

「麗華、コイツに一応俺の紹介してくれないか……今にも手が出しそうで」

 

「……

 

鵺野鳴介……私の担任だ」

 

「え?担任なん?この人」

 

「人を指差すな!」

 

 

夕日が差し込む廊下を歩く土蜘蛛……すると柱の陰から、氷鸞と右眼だけに包帯を巻き、黒い着流しに身を包んだ女性が、姿を現し土蜘蛛の背後から、氷の技を出し攻撃した。土蜘蛛はすぐに後ろを振り向き、口から毒針を吐き攻撃した。

 

氷鸞と女性は素早くその攻撃を避け、外へと飛び出した。土蜘蛛は彼等を追い、外へと飛び出た。飛び降りた土蜘蛛の前には、薙刀を構える麗華と刀を構える陽一がいた。

 

 

「麗、ホンマに大丈夫なん?」

 

「何が?」

 

「お前、昔っから蜘蛛だけは駄目やったやん」

 

「……大丈夫」

 

「……?」

 

 

ふと手元を見ると、薙刀を握っている麗華の手が震えていた。その手を陽一は強く握った。

 

 

「大丈夫や!俺が付いてる!

 

だから、心配すんな」

 

「……」

 

 

歯を見せて笑う陽一に、麗華は小さく頷いた。そして襲ってきた土蜘蛛に向かって、二人は同時に飛び上がり武器を振り下ろした。蜘蛛の口の牙を切り落とすと、二人はすぐにその場から離れ背後へと回った。

 

 

その様子を、ぬ~べ~は鬼の手を構え木の陰から眺め、郷子達は結界が張った保健室でその様子を見ていた。

 

 

「風月、火の攻撃!」

 

「雷光、風の攻撃!」

 

 

二人の命に、雷光と風月はそれぞれの技をだし攻撃した。二人の攻撃を喰らった土蜘蛛は、悲鳴を上げ後ろにいた麗華と陽一に気付いたのか尻を二人に向け、その瞬間、陽一は咄嗟に麗華を突き飛ばした。彼女を突き飛ばした直後、陽一の体に土蜘蛛の糸が覆い被さった。

 

 

「陽!」

 

 

呼び叫びながら、麗華は土蜘蛛に向かって薙刀を振り下ろした。彼女が振り下ろした直後、焔達はそれぞれの攻撃を出した。土蜘蛛は悲鳴を上げ、そして焔と風月の火の攻撃により、体が丸焦げになった。丸焦げになりながらも、土蜘蛛は麗華に向かって口から毒針を放った。

するとその時、糸に絡まれていた陽一が、糸から飛び出し彼女の前へ立ち毒針を弾き飛ばし、その毒針は土蜘蛛の頭に当たり、土蜘蛛は悲鳴を上げそのまま倒れ塵となり消えた。

 

 

「やったぁ!!」

 

 

保健室で、郷子達は歓声を上げて喜び、ぬ~べ~はホッと息を吐きながら鬼の手をしまった。

 

 

「麗!大丈……?」

 

 

刀をしまいながら、陽一は麗華の方に向いた。麗華は薙刀を落とし、顔を手で覆いながらその場に座り込んだ。

 

 

「麗?」

 

「……」

 

「……泣いてんの?」

 

「……無茶しないでよ」

 

「……」

 

 

泣き声でそう言った麗華を、陽一は何も言わず彼女の前でしゃがみ込み、そっと抱き締めた。二人の様子を、焔は傍にいた波を抱き寄せ、雷光と氷鸞は風月と氷月(ヒョウゲツ)は互いの顔を見ながら、しばらくの間眺めていた。




保健室で傷の手当てを二人は、受けていた。手当が終わった麗華は、トイレに行くと言い保健室を出て行った。彼女が出て行ったのを見計らった美樹は、陽一に話し掛けた。


「ねぇ、陽一君!ちょっと質問してもいいかしら?」

「答えられる範囲んなら、別に……」

「じゃあ聞くけど……ズバリ、麗華をどう思っていますか?」

「え?麗をどう思ってるかって?

う~ん、難しい質問やな~


大事にしたいって思ってる。これはホンマの気持ち」

「大事に?」

「麗の奴、つい最近までずっと遠縁の親戚に預けられてたやろ?そこで酷い事された見たいやし……それに、アイツの父ちゃんも母ちゃんも死んじまって、今家族で残ってるんは龍二兄ちゃんくらいしかいないし……

それに、あんな顔見たら……誰だって、麗の事大事にしなきゃって思うしな」


陽一の頭に蘇る記憶……夏休みの短い期間だけ、島から帰ってきた麗華の事を聞いた陽一は、姉の美幸と共に麗華達の家へと遊びに行った。家に着きドアを開け、大声で麗華の事を呼ぶと彼女は、怯えた表情で壁から玄関を覗くようにして顔を出した。その直後、自分の声に気付いたのか龍二が従弟である龍実と共に、驚いた顔で出てきた。

陽一は麗華の手を引き、外へと飛び出して行った。暑い中、自分の父が経営している店に行き、そこの店長に頼みお饅頭を二つ貰った。受け取った陽一は、一つを麗華に渡した。麗華は震える手で、お饅頭を受け取り陽一の顔を伺いながら、一口かじった。


『……?』


陽一は動かしていた口を止め、麗華の方を見た。麗華は目から大粒の涙を流し、その場にしゃがみ込んだ。そんな彼女を見た陽一は、一緒にしゃがみ込み背中を擦った。


『麗?どなんしたん?』

『帰りたい……』

『?』

『もう、あそこに帰るの嫌だ……帰りたい』

『麗……』

『何で、母さんも父さんも死んじゃったの?何で、麗華が大きくなるまで生きてくれなかったの?』


泣きながら、幼い麗華はそう訴えた。そんな彼女を陽一は、声を張って言った。


『俺がずっと傍にいてやる!』

『へ?』

『俺がずっと傍にいてやる!!そんで、お前が死ぬまでずっと生きてやる!!絶対、お前を独りにさせへん!!約束する!!だから、麗はもう泣くな!』


当時の事を思い出した陽一は、笑みを浮かべて郷子達に答えた。


「どう思ってるかは、まだ答えれへんけど……これだけは言える。

麗は絶対、何があっても俺が守る!これだけは言えるで!(もう、あんな顔はさせへんからな)」

「……ヤバ、イケメンだわ」

「アンタ達、こんなこと言える?」

「とてもじゃないけど……」

「言えねぇ」

「ぬ~べ~は、絶対言えないわよね?」

「お、俺だってあれくらい」

「へ~……

じゃあ、早く雪女(ユキメ)さんに、告白しちゃいなさいよ」

「い、いや、それはな……」


攻められるぬ~べ~……丁度そこへ、トイレから帰ってきた麗華は、彼等を見ながら陽一の傍へ行った。


「何やっての?」

「さぁ……」

「……」

「……麗」

「?……!」


立ち上がった陽一は、麗華の額にそっとキスをした。その光景を、焔と渚は郷子達に見られない様に、間に入り目隠しをした。

額から離した彼をしばらく放心状態で見ていた麗華は、咄嗟に彼の頬に麗華はお返しのようにして、そっとキスをした。


「お返しだから」

「おう!」


歯を見せ笑う陽一に釣られて、麗華も昔のように歯を見せて笑った。


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神崎家と三神家

郷子達と別れた麗華と陽一は、家へと帰った。帰って来ると、彩華と美幸が夕飯の準備をしているのか、美味しそうな匂いが玄関まで広がっていた。


「お!美味っそうな匂いや」

「帰ったか」

「龍二兄ちゃん!ただいま」

「お帰り。早く、手洗ってこい」

「おう!」


靴を脱ぎ、陽一は洗面所へと向かった。彼に続いて麗華も行こうとした時、龍二は麗華を呼び止めた。麗華は振り返り彼の方に目を向けた。


「何?」

「……


明日から、京都に行く」

「……え?」

「一族全員に、召集がかかったんだ。

理由は二つ……一つはここ童守町で感じる数々の妖気と、ここ最近妖怪達の動きの活発化……そいつ等の今後の対処について……それともう一つは……」

「……兄貴、もう一つは?」

「……

今後、山桜神社と俺達二人をどうするかの話だ」

「……え」


翌日……麗華と龍二は、それぞれの学校に休学届を出しに学校へと向かっていた。

 

学校に着いた麗華は、教室へ行かず職員室のドアを開け、ぬ~べ~を呼んだ。

 

 

「十日近くも休学するのか?」

 

 

空いていた教室で、ぬ~べ~は麗華から渡された紙を見ながら彼女に質問した。

 

 

「一応、十日だけど……それ以上かかるかもしれない」

 

「しかしだなぁ……何で、京都に行くだけで休学するんだ?しかも十日も」

 

「それは……」

 

 

口籠った麗華は、顔を下に向けてを強く握った。そんな彼女の様子に疑問を抱きながら、ぬ~べ~は静かに声を掛けた。

 

 

「麗華」

 

「?」

 

「その京都には、いつ行くんだ?」

 

「今日」

 

「……は?」

 

「だから、今日だって」

 

「……何?!」

 

「大声出さないでよ」

 

「出すわ!!今日休学届を出して、それで今日行くってどういう事だ!!」

 

「そんな事言われたって、伯父の家族が昨日迎えに来て、それで今日行くって言ったんだから仕方ないでしょ?」

 

「伯父の家族って……陽一君の家族か?」

 

「そうだよ……もう帰っていい?多分、校門前に兄貴が迎えに来てるからさ」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

「じゃあ、あとはよろしく」

 

 

そう言いながら、麗華はドアを開き教室を出て行こうとした。だが彼女は足を止め、ふとぬ~べ~の方に目を向けた。

 

 

「……バイバイ」

 

 

小さい声でそう囁くと、麗華はドアを閉め誰にも目を合わせず、走って学校を出て行った。途中すれ違った広たちは、彼女の様子を気になり追い駆けたが、校門を抜けた先に龍二が待っており、彼の元へ行くと二人は家へと帰って行った。

 

 

「麗華の奴、どうしたんだ?」

 

「今日、学校休みなのかしら?」

 

「さぁ……」

 

 

“キ―ンコーンカーンコーン……キ―ンコーンカーンコーン”

 

 

「わ!やっべぇ!」

 

「遅刻しちゃう!」

 

 

チャイムの音に、郷子達は慌てて学校に入った。チャイムが鳴った頃、麗華は足を止めふと童守小を眺めた。

 

 

「……」

 

「麗華」

 

「……」

 

「行くぞ」

 

 

足取りの重い麗華の手を、龍二は握りその手を引き帰って行った。

 

 

新幹線に乗り、窓の外を麗華は眺めていた。元気のない彼女に、向かい席に座っていた陽一は持っていた和菓子を差し出した。

 

 

「ほれ、饅頭。

 

桜雨堂のや。これ食って元気出せ」

 

「……」

 

「アンタ、いつの間に」

 

「麗の家にあったもん、持ってきた」

 

「アンタね……」

 

「……」

 

「食っとけ。朝から食べてないだろ」

 

「……」

 

 

龍二に勧められ、麗華は陽一からお饅頭を受け取り、それを一口かじり食べながらまた外を眺めた。

 

 

 

数時間ほど新幹線に乗り、無事京都へ着いた。駅を出ると先に着いていた焔達は、鼬姿へとなりそれぞれの主の肩へと飛び乗った。焔に続いて、彼の傍にいたシガンも彼女の肩へと乗り頬擦りした。

 

 

「なぁ、麗」

 

「?」

 

「そのフェレット、どなんしたん?」

 

「訳有って、飼い出した」

 

「フ~ン」

 

 

陽一は興味なさそうに声を出しながら、シガンの頭を撫でようと手を伸ばした。シガンは彼の手の匂いを嗅ぐと、陽一が気に入ったのか彼の手に擦り寄った。

 

 

「へ~、可愛いやん」

 

「珍しい。私と兄貴以外、懐かないのに」

 

「おーい、行くぞ!」

 

「はーい」

「はーい」

 

 

同時に返事をしながら、二人は先行く皆の後を追いかけて行った。

 

そんな麗華達を京都駅の屋根から、眺める者がいた。その者は、笑みを浮かべてその場から姿を消した。

 

 

数時間後、開いている門前に麗華達は着いた。門を潜るとその中は平安時代に建てられた豪邸が広がっていた。

 

 

「……スゲェ」

 

「……」

 

「そうか……麗華は初めてだったな」

 

「兄貴は着たことあるの?」

 

「二歳か三歳の時に、一回。それっきり着てない」

 

「フ~ン……」

 

 

屋敷へと入った麗華達は、用意されていた部屋へと案内され正装の服へ着替えた。

 

 

「袖長い……」

 

「我慢しろ。楓が大きめに作ったんだ。

 

お前の歳じゃ、この先大きくなるから」

 

 

着替え終えた麗華と龍二は障子を開け外へと出た。すると聞き覚えのある声が聞こえ、声の方に顔を向けるとそこには同じ正装の服を着た輝三の家族がいた。

 

 

「輝三!」

 

「?

 

 

よう、お前等」

 

「輝三達も着てたのか」

 

「一応、俺はこの本家の相談役だぜ?」

 

「そういえば、そうだったな……」

 

「麗華ちゃん、久しぶり!」

 

「お久しぶりです」

 

「この子が麗華ちゃんかぁ。何か、大人びてるね」

 

「……」

 

 

泰明の傍にいた赤ん坊を抱えた女性と果穂と手をつなぐ男性は、麗華を見ながらそう言った。

 

 

「えっと……」

 

「あ!紹介がまだだったわ。この人は文也。私の旦那」

 

「麗華ちゃんは一度会ってるけど、龍二君はまだだったよな?こいつは、真理菜。俺の嫁で真理菜に抱かれてるのが、今年の夏に生まれた俺の子供の大雅だ。

 

ついでに言っとくけど、真理菜と文也さんは兄妹なんだ」

 

「初めまして、神崎麗華です」

 

「兄の神崎龍二です」

 

「初めまして、僕は月神文也(ツキガミフミヤ)。仕事の関係でずっと海外の方に行ってたんだけど、妻から君達二人の話を聞いて、是非会ってみたいと思っていたんだ。会えて嬉しいよ」

 

「私は月神真理菜。麗華ちゃんとは、冬に一回会ってて、お兄さんの龍二君は初めましてだね」

 

「初めまして」

 

 

自己紹介している時、障子が開き中から陽一達が出てきた。

 

 

「あ!輝三の伯父さん!」

 

「おう、陽一か。デカくなったな」

 

「お久しぶりです。伯父さん、伯母さん」

 

「美幸ちゃん、随分と彩華に似てきたわね」

 

「姉さん、またぁ」

 

「兄さん、ちゃんと二人のしつけしなきゃ、ダメじゃないか!」

 

「文句があるなら、自分で育てればよかっただろ。

 

俺は俺流で、育てただけだ」

 

「無責任な事を言うな!

 

兄さんがちゃんとしつけないから、麗華ちゃんも龍二君も態度といい口といい、悪いじゃないか!」

 

「弟の子供を捨てたテメェに、言う資格は無い」

 

「何だと!!」

 

 

輝三に言われた輝一は、火が点いたようにして言い返し始め、ついには激しい口喧嘩へと変わった。

 

 

「また始まったわ……兄弟喧嘩」

 

「全く……いくつになっても飽きないんだから」

 

「あの怒鳴り方、姉貴にそっくり」

 

「何ですって」

 

「怒鳴り方が、そっくりって言ったんです」

 

「ちょっと、どういう意味よ!」

 

 

輝三達に続いて、泰明と里奈も喧嘩を始めた。

 

 

「泰明さん達も始めちゃった……」

 

「私、頭が痛いわ」

 

「姉さん……」

 

「うへ~……父ちゃん、マジで怒ってるわ~。

 

ああいう、悪い口の言い方、姉ちゃんそっくり」

 

「私、ああいう下品な言い方、したことないで」

 

「どうだが」

 

「なんやてぇ!!」

 

 

泰明達に続いて、陽一と美幸も喧嘩を始めた。親子二代、しかもトリプル兄妹喧嘩を目の当たりにした麗華と龍二……ハッと後ろから殺気を感じ、恐る恐る振り向いた。後ろには二人の妻が、殺気のオーラをあげていた。その殺気に、怯えたのか真里菜に抱かれていた大雅が泣き出し、文也の手を握っていた果歩は麗華に泣きついてきた。

 

 

「いい加減にしなさい!!」

「いい加減にしなさい!!」

 

 

二人の怒鳴り声で、トリプル兄妹喧嘩はピタッと止まった。鼬姿になっていた竃達は、嫌な予感が察し主から離れ龍二達の元へと非難した。

 

 

「ったく、何です!!良い年した大人が喧嘩なんかして!!

 

輝三!!アンタ、もう五十過ぎてるに、何です!?孫もできてるのよ!!」

 

「う……」

 

「泰明、里奈!!アンタ達二人は、もう一児の親なのよ!!未だに喧嘩してちゃ、子供の教育上悪いじゃない!!」

 

「す、すいません」

「す、すいません」

 

「輝一!!アンタ、子供のしつけには厳しいけど、アンタがそんなんじゃ、話になりまへん!!」

 

「す、すまん……」

 

「美幸!!アンタはもう、高校生何やで!!少しは落ち着きなさい!

 

陽一!!いつまでも、お姉ちゃんをからかわない!いい加減大人になりなさい!!」

 

「は、は~い」

「は、は~い」

 

「少しは、麗華ちゃんと龍二君を見習いなさい!!アンタ等」

 

 

二人の女に怒られた、兄弟達は身を縮込ませていた。そんな二人の女の背中を、龍二と麗華は呆気に口を開けながら見ていた。

 

 

「スゲェ……」

 

「トリプル兄妹を、一発で黙らせた」

 

「母強って、まさにこの事だね」

 

「うん…」




“パリ―ン”


粉々に割れた鏡……ひび割れた箇所から、黒い霧が上がりそれはどこかへと飛んで行った。


(あと一つ……これで、復讐できるわ)


笑みを浮かべ、鏡を割った犯人はその場から姿を消した。


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一族の集結

「騒がしいと思えば、分家の方々ではありまへんか」

 

 

その声が聞こえると、大人達は一斉に顔色を変え後ろを向いた。そこにいたのは狐のような目付きをした父とその息子であろう子供がいた。

 

 

「アンタ達か」

 

「お久しゅうございます、輝三はん。相変わらず、あなた方の家系は賑やかですな」

 

「お褒めの言葉どうも」

 

「それはそうと……見慣れない、女子がいはりますな?誰です?」

 

 

龍二の傍にいた麗華に、男は目を向けた。その目つきに怯え、麗華は龍二の後ろに隠れた。

 

 

「おや?躾がなってまへんな?」

 

「コイツは人見知りだ。知らない奴の前じゃ、いつもこうだ。

 

そういうアンタも、礼儀がなってねぇじゃねぇか。自分の名前を言わずに」

 

「おや、これは失敬。

 

私は月影院晴政(ツキカゲインハルマサ)。この陰陽師家の本家の者です。そんで、この子は私の息子の晴彦(ハルヒコ)」

 

「晴彦です。初めまして」

 

「さぁ、これで自己紹介は終わりました。次はあなたの番です」

 

「……神崎麗華」

 

「ほう、麗華はんですか。そうそう、息子とあんさんとは同い年ですな?よかったら、仲良うしてくだはい」

 

 

麗華はふと晴彦の方に目を向けた。晴彦は不敵な笑みを浮かべて、自分を見つめており、その眼に怯えた麗華は龍二の後ろへ完全に隠れた。

 

 

「これはこれは分家の者達、遠い所からよう来はったな」

 

「当主、これはお久しぶりです」

 

「輝三、わざわざ遠い所からご苦労はん。

 

それで、山桜神社の神主は?」

 

「こいつです」

 

 

自分の後ろに立っていた龍二を、輝三は親指で指した。龍二は麗華を美幸に渡し、前へ行き輝三と並んで立った。

 

 

「山桜神社、現神主の神崎龍二です。初めまして」

 

「うむ……これで、神主達は揃ったわけか。

 

輝三、子供達は別室で待たせ、大人は本堂へ」

 

「分かりました」

 

「では……」

 

 

当主はそれだけを言うと、本堂へ向かった。当主も続いて晴政も、晴彦を置き本堂へと向かった。

 

 

「お前は別室で果歩の面倒を見てろ」

 

「……現巫女だけど、行っちゃダメ?」

 

「ダメだろ……

 

大人しく待ってろ」

 

 

麗華の頭を雑に撫で、麗華達子供は広い和室へと案内され、そこで大人しく待つことになった。

 

 

その一方、白狼一族は別の場所へと行った。そこは白狼一族に用意された庭……数々の白狼がおり、渚達はその中へと入り、人から狼の姿へとなった。

 

 

「……帰っていい?」

 

「ダメ……」

 

「……」

 

 

帰りたそうな焔を、波は擦り寄った。そんな彼女に、焔は驚きながらもため息を吐いて、仕方なくそこにいることにした。

 

 

「……!?」

 

 

突然、何かを感じた焔は、空を見上げた。それは姉の渚、竃も同じだった。

 

 

「渚、どうした?」

 

「……」

 

「焔、どなんしたん?」

 

「……」

 

「竃、どうかしましたか?」

 

「……」

 

 

三人の呼び掛けに、焔達は聞こえていないのか、ずっと空を眺めていた。

 

 

別室……広い和室の中、小さい子供達は机で絵を描いたり、追い駆け回ったりと遊んでいた。その中、麗華と陽一は、壁に寄り掛かって座り麗華はシガンを撫で、隣に座っていた陽一は持ってきていた本を読んでいた。

 

 

「麗華さん……でしたね」

 

 

その声に、シガンは警戒するような目付きになり、声の主を睨んだ。二人が顔を上げると、そこには晴彦が立っていた。

 

 

「晴彦……さん」

 

「“さん”はいらないよ。だって、僕達同い年だろ?」

 

「……でも、本家でしょ」

 

「もしよかったら、今度僕とどこか出かけませんか?本家についてお話」

「悪いけど、麗は俺の女や。手ぇ出したら、例え本家でも俺が許さへんで」

 

 

立ち上がり、はり合うかのようにして陽一は麗華の前に立ち、晴彦を睨んだ。晴彦は少し怖気着いたかのようにして、身を後ろへ引いた。

 

 

「……悪いけど、そんな事で怖がってるんじゃ、本家の恥だね。

 

私、強い人じゃないと付き合いたくないの」

 

「……」

 

 

何も言い返すことができず、晴彦はブツブツと文句を言いながら、自分達の前から立ち去った。二人は息を吐き、その場に座り込んだ。

 

 

「スゲェ、断り方やな?」

 

「アンタ以外の男と、付き合いたくないの。特に本家の男とはね」

 

「へへ、同感や」

 

 

「お姉ちゃーん!」

 

 

今まで絵を描いていた果歩が、大雅を抱っこしてよろよろの足で歩いてきた。だが、大雅の重さに耐えきれなかったのか、脚を絡めそのまま転び掛けた。二人は慌てて果歩達に駆け寄り、果歩を陽一が、大雅を麗華が受け止め難を逃れた。

 

 

「あ、危なかったぁ」

 

「ぎりぎりセーフ……」

 

「果歩、ダメじゃない。大雅を抱っこしちゃ」

 

「だって……」

 

「ま、怪我がなかったんやし、ええやん!」

 

 

陽一の言葉に、麗華は少し笑い果歩を抱えてその場に座った。果歩は持っていた紙を広げ、描いた絵を麗華に見せ、陽一も興味津々にその絵を大雅と共に覗き見た。

 

その時、麗華の肩に乗っていたシガンが、毛を逆立たせ威嚇声を上げ攻撃態勢に入った。その行為に麗華は一瞬理解できなかったが、ある気配を感じてすぐに分かった。果歩を下ろし、麗華は障子を開け外を見た。

外は先程まで晴れていたが、今は灰色の雲で覆い尽くされていた。

 

 

(……まさか)

 

 

話し合いをして二時間……なかなか、自分達の話に入らなかった龍二は、つまらない話に聞き飽き、眠そうにしていた。そんな彼の隣に座っていた輝三は、頭に軽く拳骨を喰らわせ、龍二はその痛みで何とか目を冴え、殴られた頭を撫でながら、目を開けた。

 

 

「悪い」

 

「寝ようとすんな」

 

「ヘイ……」

 

 

長々と話す当主……話を終え、ようやく自分達の話へと入った。

 

 

「それでは、本題である……山桜神社の子供達を今後、どうするかの話し合いじゃ」

 

「山桜神社といえば、確か……輝三の末の弟がいる神社やな?」

 

「えぇ。しかし、弟・輝二は十一年前に殉職しており、今はここにいる息子の龍二が勤めています」

 

「それでは、桜巫女は?」

 

「桜巫女は、龍二の妹であり俺の妻である美子の末の妹・優華の娘、麗華が勤めています」

 

「そうですか」

 

「そういえば、お二人さん確かまだ、未成年でしたな?」

 

「……はい」

 

「私等、どうも心配なん。未成年二人を、神社に置いとくのはどうかと……それに、神社が立っている場所は、確か『童守町』。霊界と最も接点が近いとされている地」

 

「確かに……妖怪は、いつも出ています。

 

しかし、俺達二人にとっては」

 

「問題が大きくなってからじゃ、遅いんだよ」

 

「っ……」

 

「輝三はん、二人の御両親は亡くなったと言いましたな?」

 

「そうだが」

 

「親権は、誰が持っているんです?」

 

「一応、俺が二人を引き取っている。だが二人の希望もあって、神社に残してる」

 

「そんな育児放棄の様な育て方をしてるんですか?アンタは?!」

 

「親として、失格ですで!!」

 

「ちょっと、私の」

「里奈、座ってろ」

 

「でも」

 

「いいから、黙って座ってろ」

 

「……」

 

 

刃向おうとした里奈を、輝三は里奈に怒りの目を向け、静かに言った。里奈は文也に抑えられながら、ゆっくりと席に座った。

 

 

「とりあえず、未成年で神社を経営するのは難しい。せめて、神主の龍二はんが成人するまでの間、輝一はんか輝三、どちらかに引き取ってもらいましょう。もちろん麗華はんも」

 

「そんな……

 

待ってください!やっと……やっと、妹は心の病が治ったんです!だから」

 

「心の病?

 

あぁ、確か遠縁の親戚に預けられて、迫害を受けたっていう?」

 

「ハイ……」

 

「子供やし、大丈夫やろ。

 

心に問題あっても、子供やし大人が思っているほど、ストレスなんか、大きくはありまへんし」

 

「……何、さも見たような口で言ってんだ」

 

「?何です」

 

「龍二君、抑えて」

 

 

輝一の声が聞こえてないのか、龍二は立ち上がり言ってきた女性の方に、怒りの目付きを向けた。

 

 

「アンタに何が分かるんだ!!」

 

「龍二君!」

 

「心をズタズタに傷付けられて帰ってきた、妹を見たことあるのか!?」

 

「龍二君!抑えて」

 

「親父とお袋が死んだ時、アンタ達本家は」

“ドーン”

 

「!?」

 

 

どこからか、爆発音が聞こえそれと共に地面が揺れた。

 

 

「な、何だ?!」

 

「何や、この揺れは?!」

 

「……!」

 

 

何かを察した龍二と輝三は、すぐに表へと出た。外は灰色の雲が広がっており、見回すと何処からかやって来たのか、妖怪の群れがあった。

 

 

「何だ……この群れは」

 

「さっきから、嫌な妖気は感じていたが……」

 

 

その妖気に誘われてか、白狼一族が自分達の主のもとへと駆け寄り、攻撃態勢に入った。

 

 

「里奈達女は、ガキ共の所に行け!!」

 

「はい!」

 

「残った男で、コイツ等を倒せ!!」

 

「了解!」

 

 

 

輝三の命通りに、一族は全員それぞれ動いた。里奈達女が子供達がいる部屋へ行くと、その部屋の前には既に無数の妖怪達が攻め寄っていた。

 

 

「ヤバいじゃない……これ」

 

 

その時、部屋の中から氷と水の攻撃が放たれ、出入り口に固まっていた妖怪達を倒した。中から、薙刀と刀を構えた麗華と陽一が出てきた。

 

 

「麗華ちゃん!陽一君!」

 

「里奈さん」

「ママ―!」

 

 

麗華にしがみ付いていた果歩は、里奈の姿を見ると泣きながら彼女の元へと駆け寄った。中で怯えていた子供達も、自分達の母親の元へと駆け寄り、しがみ付き泣いた。そんな光景を見て、麗華と陽一は息を吐き互いを見合うと、手でハイタッチした。

 

 

「二人共、よく頑張ったわね!」

 

 

麗華と陽一を褒める様にして、美子と彩華は二人の頭を撫でまくった。

 

 

「母ちゃん、頭撫でんといて!」

 

「ええやない!頑張ったんやから、褒めてんねん」

 

「それより、さすっが……私達の子供ね!」

 

「陽一君はともかく、麗華は何せ私の旦那のもとで修業したんだから!」

 

「ハハハ……」

 

「俺も今度、輝三の伯父さんに頼もうかなぁ」

 

「アンタはすぐに、根を上げて帰って来るやろ」

 

「上げへんわ!!麗が出来て、俺が出来ないはずがない!」

 

「かなり厳しいよ。私でも、挫折しかけたもん」

 

「う……マジか」

 

「マジ」

 

 

“パリ―ン”

 

 

ガラスが割れる音が、屋敷中に響き渡った。その音の方に全員顔を向けると、本堂の奥にある小さな社から黒い煙が上がっていた。

 

 

「あ、あそこの社には……」

 

「先祖が封印したとされている…妖怪が眠っている場所や」

 

「妖怪?」

 

「あの妖怪を復活させたら……この国が」

 

「?」

 

 

黒い霧は天へと昇り、そして黒い稲妻を落としそこに姿を現した。

 

 

巨大な胴体に、八つの首を持った妖怪……

 

 

「これって……」

 

「や、八岐大蛇?」

 

“キシャァァアアア”

 

 

大蛇は巨大な鳴き声を発した。その声に反応するかのようにして、無数の妖怪の群れが京都へと攻め込んできていた。

 

 

「よ、妖気がこっちに!!」

 

「何でや!!何で、コイツが復活したんや!!」

 

「つべこべ言ってねぇで、とっととアイツに攻撃……!?」

 

 

輝三の目に、見覚えのある姿が映った。

 

 

「久しぶりね~」

 

「お、お前は」

 

「……嘘だろ」

 

 

その者はゆっくりと降り、そして麗華の方に目を向けた。

 

 

「会いたかったわ……れ・い・か」

 

「……あ、梓」

 

 

そこには、不敵な笑みを浮かべた梓が浮いていた。




その事態は、童守町に住む玉藻やぬ~べ~達もすぐに感じた。ぬ~べ~は、授業中だったにもかかわらず、手を止め外を見た。玉藻はカルテを掻いている手を止め窓の外を眺めた。その他の霊能力者や妖怪達も皆、手を止め空を見上げた。


(何だ……このとてつもない妖気は)

(鬼……いや、それ以上)

「鵺野先生、すぐに職員室へ来てください」


教室のドアが開き、隣クラスの担任である律子先生が、彼を呼ぶとすぐに職員室へ向かった。ぬ~べ~は生徒全員に、自習と告げ律子先生後を追う様にして職員室へと向かった。


職員室へ駆けこむと、そこには職員全員がテレビを見ていた。


《番組を代えまして、臨時ニュースを送ります。

今日未明、突如京都を中心に黒い霧が発生しました。避難した住民の話によると、『化け物が突然、襲ってきた』と言う話です。すぐに救助隊が出動するも、黒い霧の中から羽の生えた化け物が攻撃をするため、救助は難航。中にはまだ数万人もの逃げ遅れた者達が残されています》


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狙われた京都

陰陽師本堂……


本堂に集まる陰陽師一族は、元の原因は麗華にあると決めつけ、彼女を蔵へと閉じ込めた。


「何で麗華が閉じ込められなきゃいけねぇんだ!!」


本家に抵抗するかのように、龍二は今にも殴り掛かろうという勢いで、当主を睨んだ。そんな彼を輝一は慌てて止め、龍二を抑えた。


「あの妖怪も言っていたではないですか……自分は麗華の分身だと」

「分身じゃねぇ!!」

「龍二君!抑えて!」

「とにかく、あの子を閉じ込めておけば、あの妖怪もこちらには手を出さないでしょう。

妖怪達の狙いは、あの麗華という娘一人……もしもの時は、あの子の生き血を授けましょう」

「生き血って……テメェ等!!」


殴り掛かろうとした龍二を、輝一は全力で抑えそして別室へと連れて行った。その後残った輝三は、話をし自分達一族がいる部屋へと行った。
部屋へ入ると、龍二は怒りからか、輝一の顔を思いっきり殴り飛ばした。龍二に殴られた輝一は、泰明に受け止められ、彼は頬を抑えながら龍二を見た。


「その言葉、もう一度言ってみろ……例え伯父でも、俺は許さねぇぞ」

「何があった」

「輝一が、いっその事麗華ちゃんをあの妖怪に渡そうって……」

「……輝一。

お前、実の弟の娘を、妖怪の贄に出すって言うのか?」


戸を閉めながら、輝三は輝一の方に目を向けた。怒りに満ちた彼の目を見た輝一は逸らすようにして、顔を下に向いた。


「何か答えたらどうだ?」

「……」

「お前、何も感じないのか?双子の弟の娘だぞ」

「……


今起きてる状況を、解決するなら一人の犠牲を出しても……問題は無いだろ」


その言葉に、龍二はまた殴り掛かろうとした。そんな彼を文也が慌てて抑えた。すると輝三は龍二の代わりにとでも言うかのようにして、輝一の顔を思いっきり殴った。


「一人の犠牲だ?ふざけんじゃねぇ!!

この二人は、神崎家と三神家の血を……輝二と優華の血を引いてんだぞ!!俺等の家族なんだぞ!!」

「それぐらい、俺にだって分かってる!!けど、この一大事を解決するにはやっぱり」

「解決するごときで、何で麗華が犠牲に何だよ!!

そんなんじゃ、本家の奴等と変わらねぇじゃねぇか!!」

「龍二君、抑えて!」


そんな争いの声が響く部屋を、陽一は蔵の近くから眺め見ていた。蔵の前では果歩がスケッチブックに絵を描きながら、ドアを見上げていた。

その頃中では、置かれている荷物の隅に入り麗華は蹲っていた。そんな彼女をは心配そうに、鳴き声を上げながらシガンは頬擦りした。


『これは一大事やぞ!!』

『まさか……大昔に封印されてた妖怪が、復活するなんて……』


倉に入れられる数時間前に、一族は慌しく話していた。麗華は怯えた様子で陽一の後ろに隠れずっと彼の裾を握っていた。


『先程、四方に管理する者達から連絡を受けましたが……社に封印していたはずの鏡が全て、割られていたみたいです』

『やはりか……』

『そして、最後の鏡である、ここの鏡を割り封印から目覚めた』

『そういえば、あの妖怪はん……麗華はんのこと知ってるようでしたな?』

『!』

『龍二はん、何か知ってるんですかい?』

『……以前、闘っているんです』

『闘ってる?』

『ハイ……


俺の母である優華を殺した妖怪達が、麗華をさらい彼女をもとに作り出した妖怪……殺人鬼なんです』

『殺人鬼?』

『アイツは……梓は、この世にいるすべての生き物を殺すまで、大人しくはなりません。

止めを刺そうとした時、彼女は逃げそれ以降はずっと』

『行方知れず…ですか?』

『……』

『何なら、話は早いですな。


恐らく、その梓という妖の狙いは力のパワーアップ……そのためには、分身である麗華はんを殺すのが条件』

『つまり?』

『……麗華はんを、隠せばいいんです。蔵にでも、彼女が逃げないよう閉じ込めておけば』

『!!待て、何で!!』


本家の男に抑えられた龍二……陽一も何とか抵抗しようとしたが、男達にすんなり抑えられ、腕を掴まれた麗華は激しく抵抗したが、そのまま蔵へと放り込まれた。


その事を思い出した麗華は、顔を上げ虚ろな目で頬擦りしてきたシガンの頭を撫でた。すると、蔵の鍵が開く音が聞こえ、麗華は鋭い目付きでその蔵の扉を睨んだ。彼女と同様にシガンも、毛を逆立たせ威嚇の声を上げた。


「……?輝三」


扉を開けたのは、輝三だった。彼は黙って中に入り、麗華の手を掴みとそのまますぐに、本堂の裏へと回った。裏へ行くと、そこには龍二達がおり、そして狼姿になっていた焔達もいた。


「何で、皆……」

「結界を開ける。スピードのある氷鸞に乗って、お前は今すぐ童守町に行け」

「何で?」

「鵺野達に助けを求めるんだ……」

「鵺野に?」

「いつまでも、こんな所に長居はできない……


あれから、三日は経つ。そろそろ、本家の奴等は限界だ」

「けど、何で私が……」

「奴等はお前を蔵に閉じ込めたことになっている……そのお前が消えたところで、何の騒ぎにはならない」

「……でも、結界が開いたら、本家の奴等に」

「大丈夫だ。ここの結界は俺が張ったやつ。ちょっと空いたところで、誰にも気づかれはしない」

「……」

「さっさと氷鸞出せ」

「う、うん」


懐から紙を出し、それを投げた。紙は煙を上げ中から氷鸞が鳥の姿となって現れた。


「焔は、シガンと同じ様に鼬姿になって、麗華の肩に乗っとけ。鼬姿になっとけば、多少霊気は弱くなってあの梓に気付かれにくい」

「分かった」


鼬姿になった焔を肩に乗せた麗華は、鳥の姿になっていた氷鸞の背に乗ろうと手を掛けた時だった。


「麗!」


乗ろうとした麗華を、陽一は呼び止め何も言わずに彼女にある物を渡した。受け取った物を見ると、それは陽一がいつも耳に着けているリングだった。


「これ……」

「お守りや。あの阿呆面先公、呼んで来い!」

「……うん」


笑みを浮かべて、麗華はリングを指に嵌め、氷鸞の背に飛び乗った。氷鸞は稲妻のスピードで、空いた結界をすり抜け外へと飛び出した。


京都で起きた現象は、童守町でも起こっていた。黒い霧のせいか、童守町に住む妖怪達が活発化し、人間達を襲う様になっていた。学校は休校になり、ぬ~べ~達は悪事をする妖怪達を倒していった。

 

 

「くそ!多すぎる!」

 

「京都で何があったのかしら……確か、龍二と麗華ちゃん、そこに行ってるのよね」

 

「そのはずだ」

 

 

真二と緋音は、心配そうにして灰色に覆われた空を見上げた。

 

その時、路地裏に置かれていたゴミ箱が転がり倒れる音がした。真二は筒を向け、緋音は持っていた木製の薙刀を構えた。すると路地から出てきたのは、顔に布を巻き手に何かを抱え出てきた子供だった。

 

すると、背後から妖怪の群れが子供に向かって襲い掛かり、二人はすぐにそれを退治しようとした時だった。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!いでよ!!火之迦具土神!!」

 

 

その声と共に、その子供の手から炎を作り出し群れを一気に倒した。その見覚えのある攻撃と声に、二人は互いの顔を見合わせ、そしてその子供を見た。

 

 

「……麗華ちゃん?」

 

 

緋音の呼び掛けに反応するかのようにして、子供は顔に巻いていた布をとった。それは髪が乱れ、よく見ると手に血塗れになっている鼬姿になっている焔を抱えた麗華だった。麗華は二人を見て安心したのか、力なくその場に倒れ、倒れかけた彼女を慌てて真二が支えた。

 

すると路地裏から、鎌を引き摺った傷だらけの鎌鬼が姿を現し、そして傷を抑えながらその場に座り込んでしまった。

 

 

「どうしたんです?!その傷?!」

 

「ハァ…ハァ……れ、麗華は?」

 

「麗華は、今緋音が抱えてる」

 

「よ……良かった……」

 

 

鎌鬼は安心したかのようにして、その真二に寄り掛かる様にして気を失った。

 

 

「何?!麗華が?!」

 

 

それから数時間後、ぬ~べ~の元へ真二が電話をした。麗華が茂の病院にいると……ぬ~べ~はすぐに玉藻と共に、茂の病院へ向かった。彼の病院内では、妖怪に襲われた被害者が多数いた。

 

 

「先生!こっちです」

 

 

手を振る茂の姿を見つけたぬ~べ~達は彼に案内され、病室へと案内された。部屋には包帯を巻き、目を覚ました鎌鬼とベットで眠っている麗華の姿だった。

 

 

「麗華……」

 

 

麗華は所々に包帯を巻き、不安げな顔で眠っていた。ベットの傍に置いてあったキャビネットの上には、包帯を巻いた焔が眠っていた。二人を心配するかのように緋音と真二が椅子に座っていた。

 

 

「体の至る所に、切り傷と打撲傷があった。焔も麗華ちゃん同様に、体中に切り傷ががあるけど、眠ってる様子を見ると後数時間も眠れば、治るよ。妖怪だからね。

 

取り合えず、二人に命の別状はない。これだけは断言できるよ」

 

「そうですか……」

 

「麗華ちゃん……京都で何があったのかな」

 

「……それは、僕が説明するよ」

 

 

目頭を手で抑えながら、鎌鬼はそう言った。

 

 

「鎌鬼……大丈夫なのか?」

 

「何とかね……麗華と比べれば、僕なんてまだ軽いほうだよ」

 

「一体、何があったんだ?」

 

「……四日前、突然京都を中心に黒い霧が多い被ったのを知っていますね?」

 

「あぁ。ニュースで知った」

 

「その黒い霧の発端は、梓が原因です」

 

「?!」

 

「梓だと?!」

 

「ハイ……彼女は、大昔に麗華の先祖が封印したとされている、凶暴な妖を復活させてしまったんです。

 

あの黒い霧は、妖怪達を狂暴化させる霧……凶暴化した妖怪達は、人前に姿を現し、人々を次々に襲って行きました。大半の人々は、避難することが出来ましたが、黒い霧が多い逃げることが出来なくなった人々を、陰陽師……麗華の本家が住んでいる屋敷を中心に結界を張り何とか難を逃れています。

 

 

ところが、本家の者達はこの事件の原因は全て、麗華にあると勝手に決めつけ、彼女を蔵へ閉じ込めました。理由は、梓の狙いが麗華だと勝手に決めつけ、彼女が見つからなければ、屋敷は被害を受けずに済むと考えそして、もしもの時麗華を殺すためでした」

 

「そんな……麗華ちゃんは何も悪くないわ!!」

 

「龍二もそう言って、反攻した。けどそれは何の意味もなさなかった。

 

 

それから数時間後、輝三が突然麗華を蔵から出して、彼女にあなた方二人を連れてくるように言って、氷鸞と共にここへ来たんです」

 

「俺達を?」

 

「なぜ、私達を」

 

「力だと思います……あなたは鬼の力。あなたは妖狐の力。

 

この二つの力で、何とかなると思って輝三はあなた方二人に助けを求めたんだと思います」

 

「……」

 

「けど、俺達が会った時、麗華の奴氷鸞には乗ってなかったが……」

 

「氷鸞は敵の攻撃が激しく、童守町に来る前に麗華が戻して、そこからは一人で顔を隠してここまで来たんだ」

 

「……麗華」

 

 

不安げに眠る麗華……寝返りを打った彼女は、ベットの上にあった緋音の手を強く握った。それに気付いた緋音は、麗華の方を向き、彼女の頭を撫でながら、優しく抱きしめた。

 

 

「大丈夫だよ……もう、大丈夫だからね」

 

「……茂さん、麗華はいつ頃目を覚まします?」

 

「彼女の意識次第だよ。

 

起きたいって思いがあれば、すぐに目は覚ます……けど、覚ましたくないって思えば、永遠に覚まさない」

 

「じゃあ……目覚めるのは、彼女次第……」

 

「そうなります。

 

今は、見守っていましょう」

 

 

京都で起きた事件は、ずっとニュースで報道されていた。そのニュースは、安土と牛鬼、ショウと瞬火、そして都会から離れた小さな町で桜雅、そして楓が見ていた。彼等だけでなく、空の不穏な様子に猿猴の青と白は空を見上げ、森の奥深くで、小さい桜の木の根元に座っていた皐月丸も空を見上げ、輝三のいる里に住む妖達も空を見上げていた。

そして遠くにいる、龍実や島に住む者達も、京都の異変に気づいていた。

 

 

「麗華……」

 

「お兄ちゃん……麗華お姉ちゃん、大丈夫かな?」

 

「……」

 

「助けに行きてぇけど……荒れてる海が治まるまでは」

 

「……」

 

 

縁側では、鮫牙が不安げな顔でずっと空を見上げていた。彼と同じようにして、大助は小島の崖沿いに腰を下ろし、荒れた海と空を眺めていた。

 

 

テレビを見ていた牛鬼達は互いの顔を見合い、姿を変えてどこかへと向かった。その行為は桜雅と楓、青と白、そして皐月丸と輝三の里の妖達もどこかへ向かった。

 

 

 

麗華が茂の病院へ運ばれてから数時間後……麗華は、魘されながらゆっくりと目を開けた。

 

 

「麗華ちゃん!」

 

 

目を覚ました麗華に、緋音は彼女の顔に自身の顔を近づかせた。麗華は瞬きをしながら、ゆっくりと視界がはっきりしていき、緋音の顔を見た瞬間飛び起きた。

 

 

「緋音姉さん…真二兄さん」

 

「気が付いてよかった……」

 

「鵺野……それに、玉藻」

 

 

気が緩んだ途端、麗華の目から自然と涙があふれ、彼女は見せぬように顔を下に向けた。そんな彼女を、緋音は抱き寄せた。麗華は緋音にしがみ付き、泣き出した。

 

 

「麗華ちゃん……」

 

「無理もないですよ……本家にいる間、罪もないのにずっと蔵に閉じ込められていたんだから。童守町へ向かっている最中、途中途中で妖怪達が自分達を襲って、氷鸞を傷付けられ、焔も傷付けられて……やっと着いた場所でも、襲われたんだ……よっぽど、怖かったに決まっているよ」

 

 

しばらくして、落ち着きを戻した麗華は、目覚めた焔の頭を撫でながら鵺野達を見た。

 

 

「話は、鎌鬼から聞いた」

 

「……」

 

「我々は、あなたの手助けをしようと思っています」

 

「……なら、すぐに着て」

 

「それはしたいが……今は新幹線も電車も、今日とは通れないんだ」

 

「そんなもんで行かない。氷鸞を使う」

 

「待て。氷鸞は傷だらけなんじゃ」

 

「傷はおってる。けど、そんなに深くない……早く行かないと、兄貴達が」

 

「……」

 

 

「傷なら、私に任せなさい」

 

 

その声に、窓に目を向けると、妖怪の姿をした楓が立っていた。

 

 

「楓……」

 

「傷は私が治す。その代り、私も京の都へ連れて行きなさい」

 

「いいけど……大丈夫なの?」

 

「大丈夫。言ったでしょ?アンタ達二人がピンチの時は、何があっても駆けつけるって」

 

「……」

 

 

楓は麗華の頭を撫でながら、優しく言った。麗華は楓の顔を見ながら、氷鸞を出した。氷鸞は人の姿で腕から血を流しでてきた。

 

 

「酷い傷……けど、大丈夫。すぐに治すから、大人しくしてて頂戴」

 

「わ、分かりました」

 

「傷が治り次第、すぐに行く」

 

「分かった」

「分かりました」

 

「童守町は、俺達に任せろ」

 

「町にはイタコが二人、雪女さんがいますから、大丈夫ですよ!」

 

「心強いよ。

 

麗華、僕は一度シガンに戻るよ。この妖気じゃ、移動している最中にでも妖怪に感じられたら、必ず襲い掛かってくる」

 

「分かった。焔もお願い」

 

「了解」

 

 

二人は鼬とフェレットの姿へとなり、麗華の傍へと寄った。麗華は二匹の頭を撫でると、ベットから降り壁に掛けられていた狩衣に腕を通した。

 

 

数分後、傷の癒えた氷鸞は病院の外で、鳥の姿になり麗華達を待っていた。玉藻は先に氷鸞の背に乗り、ぬ~べ~は緋音と真二に後の事を頼み、麗華と共に氷鸞の背に乗った。氷鸞は最後に乗った楓を確認すると、氷鸞は羽を羽ばたかせ、稲妻の様なスピードで空へ飛び立った。



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口寄せと再会

京都へと着いた麗華達は、黒い霧の中へ入った。中は至る所に妖怪達がおり、暴れ回っていた。


「何てこった……京都がこんな事になっていたとは」

「……!?」


本家の屋敷がある場所には、無数の妖の群れが攻め寄っていた。


「な、何で……」

「結界が破られていますね」

「そ、そんな……

氷鸞、早く!」

「承知」


降下し氷鸞は、屋敷へと向かった。だがそこへ向かう途中、妖怪の群れが麗華達に襲ってきた。


「急いでるのに……

焔!」


麗華は薙刀を出すと、シガンを下ろし氷鸞から飛び降り群れの中へと突っ込んだ。焔はすぐに狼の姿へなり、落ちていく麗華をキャッチし、そのまま群れに向かって火を吐いた。群れは一瞬で火に包まれ、その背後からまた新たな群れが攻め寄り、麗華は薙刀を振り回し群れを退治した。


「氷鸞!このまま行って!!」

「分かりました!」


翼を縮め、氷鸞は猛スピードで降下した。彼に続いて焔も、麗華を乗せそのまま降下した。


屋敷の庭に、氷鸞は着地した。玉藻は気を失っていたぬ~べ~を支え降り、彼に続いて楓も降りてきた。

そこへ氷鸞の妖気に気付いた龍二が、駆けつけてきた。


「龍二!」

「楓!」


駆けつけてきた龍二の元へ、楓は駆け寄った。


「大丈夫か?怪我はしてないか?」

「俺は大丈夫だ……つか、あの教師はまた気を失ってるのか?」

「……」


気を失っているぬ~べ~を、龍二は呆れて見た。そこへ焔が到着し、彼の背から麗華が飛び降り、龍二の元へ駆け寄った。彼女が降りたと共に、輝三達も駆けつけてきた。


「うわ!妖怪!!

風月!」

「あいよ!」

「待て」


玉藻に向かって攻撃しようとした時、輝三は慌てて陽一と風月を止めた。


「伯父さん、何でや?」

「あの狐は、麗華の知り合いだ」

「え?!あの、今にも人を襲うとしている奴が?!」

「アンタ、失礼にも程があるで」


「何や?!これは」


そこへ本家の者達が駆け寄り、麗華はすぐに龍二にしがみ付き後ろへ隠れ、焔は鼬姿へとなり彼女の肩へと登りシガンは鎌鬼の姿になり、氷鸞は人の姿へとなり二人は龍二達の前に立った。


「何者です?この者達は」

「この二人……とてつもない、妖気を感じますが」

「龍二達の知り合いだ。助けて貰おうと呼んでもらった」

「呼んだって……この霧で、しかも結界が張っているのにどうやって」

「コイツに行ってもらった」


輝三の言葉に応えるかのようにして、龍二の後ろに隠れていた麗華はそっと顔を出した。彼女の顔を見た瞬間、本家達は顔を強張らせた。


「お前さん方が、くだらない話をしている最中に、行ってもらった」

「何ちゅうことを!!輝三はん!

あんさん、自分が何をしたか」
「ガキ一人閉じ込めてる暇があんなら、この事態をどう解決するか考えろ!!

他人に全て責任を擦り付けやがって……その間にでも退治するかと思えば、くだらない話をしやがって」

「……」

「ま、これからまた話をする」

「話?」

「結界が破られた今、手を打たねぇとここもヤバい。

全員、本堂に呼べ。無論ガキ共もだ」


本家者達は渋々、輝三の言う通りに動いた。彼等が去った後、麗華は龍二の後ろから姿を現した。


「プライドだけは、高いみたいですね」

「力は、この二人より無い。いい迷惑だ」

「……」


麗華は龍二に頭を撫でられて、安心した表情を浮かべて彼を見上げ、彼と共に本堂へ向かった。


本堂へ入り、一族は全員席に着いた。ぬ~べ~は頭に巨大なタンコブを作り、玉藻の隣に座っていた。

 

 

「なぜ、頭にタンコブが……」

 

「それは麗華君に、聞いてください」

 

「なかなか起きないから、一発活を入れました」

 

「お前……」

 

「そろそろ、口閉じろ。当主が来る」

 

 

龍二の言葉通り、当主が部屋へと入り中心に座った。

 

 

「さて……事情は全て分かっていると思われます。

 

あの妖を、どうやって封印するかです。今回の話は」

 

「そんなん簡単な事ではないですか。

 

原因を作った、神崎麗華をあの妖に渡せば全て丸く治まります」

 

「ちょっと、それどういう意味?

 

アンタ、他人の子供を殺す気なの?」

 

「何です?この者は?」

 

「神崎優華の式神……名は楓」

 

「優華……あぁ、龍二君の麗華さんの母親の」

 

「式神が、口出しするのはやめて貰いまへんか?」

 

「やめません。あなた方がやろうとしているのは、人殺しと同じです」

 

「ま!何て事を」

 

「それでは、我等が殺人犯の様ではないですか?!」

 

「そうなんじゃないんですか?

 

それとも、自分の子供を贄に出す勇気がありますか?」

 

「っ……」

 

「その勇気があるならば、麗華をその妖に差し出しても構いません」

 

「……」

 

「黙り込むところを見ると、君達は他人はいいけど自分は嫌だって感じだね。二人に親がいないことをいいことに、言いたい放題言って……

 

僕はそういう人は嫌いだ。今すぐにでも、この鎌で首を斬りたい気分だよ」

 

 

そう言いながら、鎌鬼は目を光らせ鎌の刃を向けた。本家の者達は怯えた様子で、身を引いた。

 

 

「お前等、人をビビらせてどうする……」

 

「ん?何も、ビビらせてないわよ?」

 

「同じくです。

 

僕はただ、あの者達が言った言葉をそのまま彼等に返しただけです」

 

 

咳ばらいをした本家の声に、二人は黙り込み本家の方に目を向けた。本家が話をしている最中、玉藻は彼等の霊気を感じながら小声で、麗華に話し掛けた。

 

 

「この者達が、本家の者達ですか?」

 

「そうだけど…」

 

「霊力が乏しいですね……これだったら、麗華君や龍二君、鵺野先生の方が断然上です」

 

「態度とプライドだけ高い奴等だから。

 

もしかしたら、いずなより下かも」

 

 

「輝三、何か作戦があるのなら、ぜひ話して貰えませぬか?」

 

 

話をしていた当主は、隣に座っていた輝三に目を向けて話した。輝三は目を開け、全員を睨み付ける様にして口を開いた。

 

 

「口寄せをし、先祖たちを呼び出す」

 

「え?」

 

「それが、作戦ですか?」

 

「あの妖怪は、以前先祖が封印したんだろ?だったら、その張本人を出せばいい。それに、今この京都を襲っているのは、歴代の先祖達が封印したはずの妖怪達だ」

 

「確かに……」

 

「文句があんなら言え。その代わり、この作戦に賛成なければ、あとはお前等本家で何とかしろ。俺達……神崎家と三神家はこの作戦を実行する」

 

 

その言葉に、本家達は何も口答えせず、黙り込んだ。それを見た輝三はさも企んでいたかのような顔をして、話を続けた。

 

 

「全員賛成のようだな……それじゃあ、早速作戦を実行する」

 

 

表へ出た一同……小さい子供達は、遠くから見守る様にして、縁側に座り待っていた。

 

 

「我々大人がやるのはまだ分かりますけど……何で、神崎家と三神家の子供まで参加するんです」

 

「月影院の坊ちゃんは、大人しくあそこに座っているのに……」

 

「この二人は、アンタ等よりよっぽど霊力がある」

 

「……」

 

 

ため息を吐いた陽一は、麗華の耳元で何かを囁き、麗華はそれに吹き笑い、陽一も一緒に笑った。

 

 

「なに笑ってんの?お前達」

 

「別に~…なぁ」

 

「知らなくていい、鵺野は」

 

「?」

 

「無駄話はしてねぇで、さっさと始めるぞ。

 

一応、この屋敷内にも妖怪の群れが入り込んでる」

 

 

輝三に言われた通り、人型の紙を持った者は全員構えた。鵺野と玉藻はそんな彼等を見守る様にして眺めた。

 

 

「霊界の扉よ開け!亡き魂の力を借り、邪気に満ちた者を倒す!」

 

 

その言葉に反応するかのようにして、構えていた人型の紙が光り出し、そして手元から離れ空へと登った。すると天から光が柱の様に降り注ぎ、その中から多数の人々が姿を現した。

 

 

「これは一体……どないな事になっているんです?」

 

 

澄ました顔で、男は龍二に話し掛けてきた。龍二は引き攣った顔で、その者に目を見ながら口を開いた。

 

 

「えっと……ア、アンタ…いや……あなたが、封印した妖怪が復活しました」

 

「復活?

 

この妖気……さては、八岐大蛇ですね」

 

「あ、はい」

 

「そういえば、あんさん……私の霊気を受け継いでいるみたいですね。

 

本家の者ですか?」

 

「い、いえ……俺は、分家の者です」

 

「分家?

 

あぁ、吉昌の家系ですね」

 

「そ、そうだと……思います(全然分かんねぇ……聞いてないし)」

 

「……して、あんさんの隣にいるのは、あんさんの子供ですか?」

 

「違います……妹です」

 

「妹……

 

これはこれは……また面白い」

 

「?」

 

「この女子はん……私の妻の霊気を受け継いでるみたいですね」

 

「ハァ……」

 

「ところで、何なんです?

 

この、霊気の弱い者は?」

 

「私達は、本家の者です。

 

そして、私が今この陰陽師家の当主……範正といいます」

 

「あんさんが、本家の当主?

 

……霊気がこの子等より、低いですな?」

 

 

そう言いながら、男は麗華達の家族を見た。ぬ~べ~は玉藻に小声で質問した。

 

 

「なぁ、まさかあの人が」

 

「霊気からして、おそらく……安倍晴明」

 

「私達って……姿だけでなく、霊気まで一緒だったんだね」

 

「だな……

 

つか、話し掛けられた時、半分ビビった」

 

「うん、知ってる」

 

「スゲェ、迫力」

 

「何かいろんな人達がいるんだけど」

 

「ほとんどが、今回の件で長い眠りから覚めた妖怪達を封印した者達だ」

 

「凄い霊力……さすが、陰陽師家の本家の人達ね」

 

「……ねぇ、封印した奴等がここにいるんだよね?」

 

「まぁな」

 

 

輝三の答えを聞いた麗華は、龍二から離れどこかへ走って行った。その後を龍二は慌てて追い駆けて行った。二人の様子に、輝三達は顔を見合わせそして後を追い駆けた。

 

口寄せされた者の間を通りながら、麗華は誰かを捜した。龍二も彼女と同じ様にして、辺りをキョロキョロと見回した……そして、捜していた者を見つけた。

 

 

「麗華……あれ」

 

「?……!」

 

 

人混みの中にいた見覚えのある姿……黒い長い髪を結い巫女の格好をした女性と、紺色の少し長めに伸ばした髪を結い黒い狩依を着た男性……二人は麗華と龍二の視線に気付いたかのようにして、後ろを振り向いた。それは自分が生まれる前に死んだ父・輝二と自分のせいで死んだ母・優華だった。

 

 

「麗華……龍二」

 

「……母さん!」

 

 

そう叫びながら、麗華は優華の元へと駆け寄り飛び付いた。飛び付いてきた麗華を優華は、力強く抱きしめた。

 

 

「こんなに大きくなって……

 

もっと顔見せて」

 

 

優華は涙を流しながら、自分と同じようにして涙を流す麗華の頬に手を当て、顔を見た。麗華はそんな母の手を握りながら、目を合わせた。そこへ龍二も目に涙を溜めながら駆け寄り、優華と輝二を交互に見た。

 

 

「龍二……」

 

「お袋……俺」

 

「いいのよ……何も言わなくて。

 

ゴメン……母さん、何でも龍二に任せて」

 

 

泣きながら優華は龍二を抱き締めた。自分より少し背が低くなり、龍二は時間の流れを実感した。あの頃の自分は、母親より小さかった……それが今、優華より少し大きくなっていた。

次第に龍二の目に溜まっていた涙が流れ、優華に抱き着き泣いた。麗華は何も聞かずに、ソッと母から離れ以前会った父親の元へと駆け寄り飛び付いた。飛び付いた麗華を輝二は抱き締め、笑み浮かべながら彼女の頭を撫でてやった。

 

そこへ輝三達が着き、彼等の姿を見て驚いていた。

 

 

「嘘だろ……な、何で輝二が」

 

「優華……」

 

 

二人は輝三達に気付くと、顔を上げ彼等を見た。輝三達はすぐに駆け寄り、美子と彩華は優華と涙を流しながら抱き合い、輝三は輝二の頭を雑に撫で、輝一は未だに現実を信じられていないかのような顔をして、彼を見ていた。

そんな彼等を見ながら、麗華と龍二は離れ傍にいた陽一と美幸の顔を合わせ笑った。

 

また焔達も、父と母である迦楼羅と弥都波に会い、渚は目から涙を流して弥都波に抱き着き、迦楼羅は渚と同様に泣いている焔の頭を撫でてやった。

 

 

そんな光景を見たぬ~べ~は、思わず口を開き玉藻に言った。

 

 

「あんな麗華と龍二の姿……初めて見た」

 

「無理もありません……二人は早く似御両親を亡くされています。

 

龍二君はともかく、麗華君は広君達と同様まだ小学生……普通なら、親の愛情を受けるもの」

 

 

ぬ~べ~に玉藻はそう話した。優華の元へ楓が駆け寄り、彼女に飛び付き泣いた。鎌鬼は申し訳なさそうな顔で、輝二を見たが彼は何も言わずに、鎌鬼に微笑み見せた。

 

 

「さて……感動的な再開もここまでにして……」

 

 

そう言うと、楓は拳を鳴らして輝二と優華の頭を思いっきり殴った。

 

 

「全く!アンタ達二人は!!

 

あれ程命を大切にしろと言っただろ!!我が子を残して逝くなど、輝二!」

 

「はい!」

 

「アンタ、自分の親と変わらないじゃない!!」

 

「す、すいません」

 

「優華!!

 

アンタ、私に言ったわよね?自分達の子供には、淋しい思いはさせないって……言った張本人が死んでどうすんのよ!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「まぁまぁ、説教はこれくらいにして」

 

「アンタに止められる筋合いはないわ!!輝二の命奪っときながら、何のうのうと生き返ってんのよ!!」

 

「いや、だからこうやって、麗華と龍二を」

「言い訳は結構!!」

 

 

三人に怒鳴る楓の姿を見て、美子達はため息を吐き麗華と龍二は呆気な顔で眺めていた。

 

 

「楓って……母さんの母さん?」

 

「簡単に言えば、そうね」

 

「私達のお母さん、仕事をやってて夜遅くに帰って来るのが多かったの」

 

「末っ子の優華にとっては、ちょっときつかった部分もあって……そんな時、楓に会ったの」

 

「式にされた後の楓は、優華にとって母親同然の存在だったわ。いつもいつも、傍にいて」

 

「へ~」




輝二の姿を眺める輝一……眺めた後、ふと龍二と麗華を見た。容姿が若い頃の弟に似た甥と、性格が一緒の姪……


(……いつからだったかな。

アイツに、妬みを持ったのは)


生まれた時間はずれていた……けど、同じ日に生まれた。赤ん坊の頃は覚えていないが、物心つくころから兄さんも父さんも母さんも皆……輝二の事を気に掛けていた。転んでも……風邪を引いても……

何をやっていても、全部輝二が優先された……どこかへ行きたくても、必ず輝二の体が心配された。

それもあってか、よく兄さんと喧嘩した……一回り年上の兄さんは、いつも輝二を気に掛けていた。そりゃそうだ……輝二は、喘息持ちのうえ体が弱い……俺と違うんだから。

学校の友達によく言われた……『何で輝一は来るのに、輝二は来ないんだ?双子なんだろ?』

知らない……俺だって、気分悪いから、学校休みたいよ。けど、親は許してくれない……『アンタは丈夫なんだから、大丈夫』って、勝手に言って……


中学へ上がる前、親は亡くなった……原因は交通事故。親権は既に成人であった兄さんが持つ事になった。けど兄さんはもう既婚して、子供もいた……高校に上がってからは、美子義姉さんの妹・彩華と付き合い始め、そして輝二も末っ子の優華と付き合い始めた……いや、もう付き合っていた。
新年会を、兄さんの新しい家でやることになり、三神家と神崎家(三人だけだけど)が全員集まった。そこで輝二は優華に惚れて、そして付き合い始めていた。

その後、大学は彩華の実家近くにある学校に入学した。そして卒業一年前に、彩華と結婚した。同じ時期に優華と輝二も結婚した。
卒業後、和菓子店を開き、見事有名になった。
昔から女の子みたいに、お菓子を作るのが得意だった。特に和菓子を作るのが……作ると、輝二が凄く喜んだ。弟の無邪気な喜ぶ顔を見たいがために、和菓子を作った。店を開き作った和菓子を弟に食べさせると、昔と同じように子供みたいな喜んだ顔で、美味しいと言って食べた。それは優華も一緒だった。


やがて、子供が生まれた……俺の方は女の子。そして輝二の方には男の子。二人の子供も、和菓子が大好きだった。頬に餡子を付けて、口一杯に頬張って笑顔で食べてくれた。

六年後、再び子供が生まれた。俺の方は男の子。そして輝二の方は女の子……弟の家に駆け付けた時、それを知った。冷たくなった弟の身体……ふと、優華の方を見ると、そこには写真で見たことがあった、輝二の赤ん坊とよく似た赤ん坊……


『名前は「麗華」……輝二が考えてくれたんです』


しばらくして、麗華に喘息があることが分かった。それを聞いた途端、彼女に輝二と同じような気持ちが芽生えてきた。和菓子を食べて、喜ぶ彼女の顔はどこか弟の面影があった……

それからまた、悲劇は起こった……冷たくなった優華…義妹の身体。その前に、幼い麗華は座り綾取りをしていた。そこへ見覚えのない家族が現れた……優華の祖母の年の離れた妹の家族。


『麗華は、儂等が引き取る』


その言葉がその祖母の口から出た。龍二は何とか反抗し、渡そうとしなかった。
だが、俺はその時恐らく、輝二に対しての恨み……そういう感情があったのかもしれない。俺がされてきたことを麗華ちゃんに仕返ししよう……そういう思いがあった。

そして……彼女を一人、預けた。


預けてから数年後……麗華は突然、島から帰ってきたと報告があった。別にどうでもいいと思い、和菓子を作り続けた……そして、いつしか俺の頭には、本家にはいい目で見てほしい…そういう感情があった。

それから、二人の報告は兄さんがしてくれた。二人共、式を作り、そして強くなったと。


そして五年ぶりに、二人に会った。そこにいた彼女の容姿はすっかり変わっていた……長かった紺色の髪は肩に届く程度の長さになり、それを一つに束ねていた。背は息子の陽一より少し低かった。そして何より、彼女は自分を見るなり怯えていた……そして言われた。


『出てって!!アンタの顔なんか、見たくない!!』


そう言った。自業自得だと思うが……
あの時、悲しかった……それと共に酷い後悔が、俺の心を襲った……自分は何てことをしたんだ……

悔やんでも悔やみきれない……


戻れるものなら戻りたい……和菓子を作って、それを食べた輝二の顔……それを見て笑った自分……幸せだったあの日々に。


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集結した妖怪達

皆が再会の喜びに浸っていた時、突然地面が揺れた。

激しい揺れに、思わず立っていた子供達は地面に尻を突いた。輝二は倒れかけた麗華を抱き寄せ支え、同じようにして優華を龍二が支えた。


地面は激しく揺れ出し、そして塀を壊し黒い霧からそいつは姿を現した。


「あれは……」

「八岐……大蛇」

“キシャァァアア”


八岐大蛇は鳴き声を発し、麗華達を睨んだ。そこへ不敵な笑みを浮かべた梓が、髪を弄りながら宙に浮いていた。


「どうも~」

「梓!」

「こりゃまたビックリ。


鬼と狐も来ていたなんて。久しぶりねぇ」

「目的は麗華か?!」

「麗華は確かに欲しいわよ……でも、目的はこの世にいる生き物を全て殺すこと」


殺気に満ちた目で、梓は麗華を見つめた。その眼に怯えた麗華は輝二にしがみ付ついた。殺気に満ちた目を見た式神達と白狼達は自分達の主を守るかのようにして、前に立ち構えた。


「そんなことしても無駄よ。

だって……もうその子は、私の手の中にいるんだもの」


その言葉に応えるかのようにして、地面が激しく揺れ、その衝撃か輝二は麗華を離してしまった。離された彼女の周りに、土の塀が伸び閉じ込めた。


「麗華!!」

「優華、離れて!!」


閉じ込められた麗華の前、一つの首が近づいた。麗華は逃げようと周りを見たが、逃げ道がどこにもなく追い込まれ土の壁に背中を押しつけた。

焔はすぐに氷鸞達と助けに行こうとしたが、地面が揺れ足を動かすことが出来ず、空を飛ぼうにも空には無数の妖怪達が飛び交っており、飛べば戦闘は避けられない状況だった。


梓は土壁に背中を押し付けている麗華に、近付き不敵な笑みを浮かべながら言った。


「殺せば……あなたと私は一体化。

じゃあね」


言葉を合図に、大蛇の口から火が出てきた。


「麗華!!」
「麗華!!」
「麗!!」
「麗様!!」
「麗殿!!」



土の塀に、激しく炎が広がり塀の内から炎の赤い煙が上がった。優華は口を抑え、輝二は口を開けてその光景を見ていた。龍二と焔、氷鸞と雷光は目から涙を流し、上がって行く煙を見た。


「アハハハハハ!!

どう?大事な家族を失った悲しみは?」

「……」

「言葉にもできないわよね~

先生方はどうかしら?灰になった生徒を目の当たりにして」

「……」

「ウフフフ……いい目ね。さてと……これで」


「これで何だって」


その声と共に、梓目掛けて毒槍が飛んできた。梓はすぐにその槍を避け、投げてきた方を向いた。そこにいたのは、もう一つの槍を構えた安土だった。


「安土……」

「え?」

「我が美しく舞をする唯一の巫女……桜巫女を殺そうとは、許せぬな」

「桜雅!」

「やれやれ…姫様から頂いた、桜の木を育てている最中なのに……こうも、空が曇っていては育つ者も育たぬではありませんか?」

「皐月丸!?」

「この御嬢さんの舞が無きゃ、酒が美味かねぇんだよ」

「あいつ、輝三の所にいた妖怪の主!」

「姉御を傷付ける奴やぁ、この俺が許さねぇ!!」
「姉さんを傷付ける奴は、この私が許さない!!」

「ショウ!!瞬火!」


塀を飛び越え、ショウ達が八岐大蛇の前へ立った。空からは桜雅、皐月丸、主が自分達の妖怪達を率いて、ゆっくりと地面へ降り立った。彼等が降り立つと同時に猿猴の青と白も降り立った。


「何なの……こいつ等」

「麗華を気に入ったり、彼女に助けられた妖達だ……

こいつ等全員、麗華を助けにこの地……古き都へ来たんだ」


声の方に振り向くと、そこにいたのは麗華を抱えた牛鬼だった。梓は驚きの顔を隠せないでいた。


「あら……牛鬼」

「……麗華、目を開けろ」


頑なに目を閉じていた麗華は、牛鬼の声に恐る恐る目を開け彼を見上げた。


「……牛鬼」

「もう大丈夫だ」


梓を見る牛鬼の目を見た麗華は何かを察し、彼の首に手を回し両手を開けさせた。牛鬼は空いた手に霊気を溜め巨大な弓を作り、そこに毒矢を弦にはめ引き離した。矢は梓の腹部を貫き、梓は腹を抑え殺気に満ちた目で牛鬼を睨んだ。すると傍にいた大蛇達は口から炎を吐き攻撃した。牛鬼は麗華を担ぎ、すぐに炎の攻撃を避け梓を睨んだ。


「一時…退却してあげる……けど、次は無いと思いなさい。

この子の力を……見縊らない事ね」


霧を出し梓は、八岐大蛇と共に姿を消した。


地面へと降りた牛鬼は、抱えていた麗華を下ろした。下ろされた麗華の元へ、優華は素早く駆けつけ麗華を抱き締めた。

 

 

「よかった……良かった無事で」

 

「母さん……痛い」

 

「驚いたぜ……桜雅はともかく皐月丸が来るとは」

 

「陽が出てなく、桜に元気がありません。その原因を突き止めるために、ここへ来たんです」

 

「何か嫌な予感がしたから、ここへ来たんです。でないと、春の楽しみが無くなってしまいますから」

 

「オラ達、空見た。雲行き怪しかった。それに妖気が充満してた。

 

だから、母達がいるこの地に来た」

 

「綺麗な舞が見れないと、酒が美味くないからな。それで助けに来た。

 

そういや、名前まだだったな。俺様は時雨。あの地域一帯は、この俺様の物だ」

 

「あ、ハイハイ」

 

「俺達とそこにいる男二人は、テレビ見てここに来たんだ」

 

 

誰とも目を合わせようとしない牛鬼と安土……優華は麗華を輝二に渡し、牛鬼と安土に歩み寄った。

 

 

「……あなた達」

 

「……」

 

「母さん……そいつ等はもう、悪い奴じゃ」

 

「……手の呪いが消えてる。どうやって」

 

「そこにいる妖狐に、解いて貰った」

 

「なるほど……

 

ま、過ぎた事はもういいわ。それに、今は麗華のお気に入りみたいだし、アンタ達二人共」

 

 

そう言いながら、優華は安土と牛鬼二人の頭に手を置いた。

 

 

「アンタ達二人は、一生あの二人の家族を守っていくこと。子孫の代までね。いいわね?」

 

「当ったり前だ!」

「当然だ」

 

「よし!その答えが聞ければ、こっちも安心だわ」

 

「母さん」

 

「麗華が気に入ってるんですもの。殺したり怒鳴ったりはしないわ」

 

 

そう言いながら、優華は麗華の額に自分の額を合わせた。

 

 

「全員揃ったところで、作戦会議をする。

 

麗華と陽一を含むガキ共は、少し眠れ。闘う時お前等の力も必要になる。特に麗華、お前は霊気を使い過ぎている。体がそろそろ悲鳴あげてもいい頃だ」

 

「けど」

 

「麗華、今は休みなさい。

 

父さんと同じ体なら、休んだ方が良い」

 

「……」

 

「残った大人達で、あの八岐大蛇と梓をどうやって退治するかを離す。無論、先生方も頼む」

 

「はい」

「分かりました」

 

 

それぞれの式神達を戻した大人達は本堂の中へと入った。氷鸞と雷光を戻すと、猫の姿になったショウと瞬火は彼女に擦り寄り、焔は麗華の頬を舐めた。すると麗華の肩に自分の腕を置き、酒を飲む時雨が絡んできた。

 

 

「嬢さん、ここいらで舞ってくれ」

 

「この非常時に、舞う馬鹿がどこにいる!」

 

「え~……いいじゃねぇ」

「麗華に、絡むな!!」

 

 

牛鬼達は絡んでいた時雨の頭を殴り、安土は倒れた時雨の服の襟を引っ張り、庭の方へ行った。麗華は呆れ顔になりながら、彼等を見届けた。そこへ笑みを浮かべた陽一が、歩み寄り麗華を見た。

 

 

「お前、人には好かれへんのに、妖怪達には好かれるんやな」

 

「変な男に絡まれるよりマシでしょ?」

 

「ま、そうやな」

 

「……」

 

「……?麗」

 

「ん?」

 

「どなんしたん?顔、赤いで」

 

 

麗華は顔を赤くし、そして力が抜けたように陽一の胸の中に倒れ込んだ。

 

 

「麗!」

 

「……陽」

 

「麗!しっかりせい!

 

 

叔父さん!!叔母さん!!麗が!」

 

 

陽一の叫び声に、彩華達は振り向き二人の様子を見て驚き、すぐに駆け寄った。

 

 

「陽一、アンタは早く部屋に布団を敷きな!」

 

「う、うん!」

 

 

顔を赤くして倒れる麗華を、輝二は体を起こし呼び掛け、不安げな顔で輝三を見た。

 

 

「兄さん、どうしよう!」

 

「心配すんな。お前等二人のガキだろ」

 

「で、でも……お、俺の子だから、体弱いし…それに喘息持ちだし」

 

 

オドオドしている輝二に、優華はため息を吐きそして彼の頭を思いっきり殴った。

 

 

「父親でしょ!シャキッとしなさい!」

 

「でも」

 

「でもじゃない!!アンタがそんな不安げな顔してたら、治るもんも治らないじゃない!!

 

刑事でしょ!警察でしょ!警部でしょ!!仕事の顔つきになりなさい!!」

 

「は、はい……」

 

「お袋……親父を叱ってる暇があんなら、麗華の診察しろ!

 

医者だろ!院長だろ!さっさと娘の診察しろ!」

 

「分かってるわよ!それくらい!」

 

「テメェ等三人は、喧嘩する前にやることがあるだろ!!」

 

 

輝三に怒鳴られ、優華はすぐに麗華を診た。

 

 

「霊力の使い過ぎね。熱はその疲れから。

 

けど、体が弱い分熱が高いし…たぶん今、意識は無いわ」

 

「えぇ!や、ヤバいんじゃ」

 

「だ・か・ら!いちいち、心配しない!」

 

「親父、先に俺と本堂行こうぜ」

 

「け、けど!」

 

「迦楼羅、頼む」

 

「ハァ~……ったく、世話の掛かる主だ」

 

 

迦楼羅はため息を吐きながら、輝二の服の襟を引っ張り彼を引き摺って龍二と共に本堂へ向かった。輝三は手で頭を抱えながらため息を吐き、輝一は目頭を手で抑えた。

 

その後麗華を抱き上げた輝三は、陽一が用意した布団の上に寝かせた。

 

 

「陽一、あとは任せたで」

 

「おう!」

 

 

本堂へ行った親達を見届けた陽一は、壁に凭り掛かり座り持っていた本を広げた。するとそこへ、眠いのか目を擦った果穂が、毛布を持ってやって来た。

 

 

「あれ?果穂ちゃん、どなんしたん?」

 

「……」

 

「?

 

 

ここで、寝るか?」

 

「うん!」

 

 

陽一の隣に果穂は座った。座った彼女から毛布を受け取った陽一は果穂の体に掛け頭を撫でた。果穂は陽一に凭り掛かり、あくびを一つするとそのまま目を瞑り、眠ってしまった。眠った果穂を見ると眠気が襲い、陽一は一度体を伸ばすと、本を置き重たい瞼を閉じ一緒に眠った。

 

 

本堂では、晴明を中心に左右に分かれて座っていた。中心に座っていた晴明は、本家の顔を見ながらため息をついていた。

 

 

「全く……

 

 

何で、この霊力の低い者達が、本家なんです?分家の…とくに、先程名を聞いた神崎龍二はんとその妹はん、それに三神家の女子とあの小さい男。四人の方がよっぽど、霊力があるますで」

 

「それは……」

 

「言い訳は結構。この話は後程、させてもらいます。

 

 

さて、本題に入りましょう。

 

先にこれだけは言っときます……八岐大蛇をもう一度封印することは出来ます。

けど、あの女子の妖怪……梓は、余りにも霊力が強過ぎて、とてもじゃありまへんが封印することはできまへん」

 

「そ、そんな……」

 

「その二体だけじゃないわ。

 

他の妖怪達も、前より魔力を増してるわ。もしかしたら、今回の妖怪達を全部封印することはできないかもしれないわ。八岐大蛇はともかく」

 

「嘘……」

 

「優華……お前と輝二が封印した妖怪は、どうなんだ?」

 

「分からないけど……ギリギリ封印できるかなって感じかな」

 

「俺も優華と同意見だ」

 

「あんさん達は、自分が封印した妖怪等の相手をしてください。もちろん、あなた方本家もそのお手伝いをお願いします」

 

「分かりました」

 

「八岐大蛇の封印には、神崎龍二はんと妹の麗華はん、お願いします。親御はん方は、自身が封印した妖怪の退治。その後で手伝って下さい」

 

「分かりました」

 

「晴明様!何故、本家ではなく分家の者が?!」

 

「霊力も無く、プライドと態度が高いもんが何を言ってはるんです!

 

本家のもんより分家の方の霊力が高いから、私は選んだまでです!」

 

「……」

 

「残った方々は、梓と彼女が率いてる妖怪達の退治をお願いします。封印できるならば、封印して下さい」

 

「わ、分かりました」

 

「話は以上です。体を休めた後、開始です」

 

 

晴明に言われ、全員用意された部屋へと帰った。龍二達は麗華達がいる部屋へ行き、彩華は眠っていた陽一を抱きかかえて輝一と美幸がいる部屋へ、里奈は彼の傍に眠っていた果歩を持ち上げ、輝三達がいる部屋へと戻った。

部屋に残り、布団の上で寝ていた麗華の傍に、輝二は座り額に手を置いた。

 

 

「熱が引いてる」

 

「だから言ったでしょ。大丈夫だって」

 

「いつ言ったっけ?」

 

「言いました!

 

 

こんなに大きくなってたなんて……やっぱり、子供の成長は早いわね。

 

死ぬ前は、龍二はまだ十二歳で麗華は六歳だったもんね」

 

「お前はいいだろ。俺なんて、龍二はまだ六歳……おまけに麗華に会ってないし」

 

「暗い話すんなよ…親父もお袋も」

 

「アハハハ……ゴメンゴメン」

 

「龍二、アナタも少し寝て体休めなさい。アンタは先祖と協力して、やるんだから」

 

「いいよ。俺、眠くないし」

 

「眠そうな顔して、何言ってんのよ。布団敷くから寝なさい」

 

 

そう言いながら、優華は積まれていた布団を麗華の隣に敷いた。龍二は嫌そうな顔をしながらも、仕方なく母が敷いた布団に横になった。すると一気に睡魔が襲い、龍二は重くなった目蓋を閉じそのまま眠ってしまった。

 

その頃、白狼が集う場所では、狼姿になった焔と渚は、迦楼羅と弥都波に寄り添うようにして眠り、そんな我が子を二人は毛を整える様にして舐め、彼等に寄り添った。




日が落ちた頃……

麗華は目を覚ました。起き上がり、ふと隣を見ると起きたのか、龍二も目を擦りながら起き上っていた。


「あれ?兄貴も寝てたの?」

「いつの間にか、寝てた……もう大丈夫なのか?」

「一応……体は重くないし」

「……」


起き上がった麗華は、隣の部屋を覗いた。そこには優華と輝二が楽しそうに話していた。


「……いる。母さんと父さんが」

「限られた時間だ……麗華」

「……」


龍二は襖を開け、麗華と共に二人がいる部屋へ入った。龍二は輝二の隣りに座り麗華は優華の膝の上に乗り、今まで起きた事を楽しそうに話した。そんな様子を、楓と鎌鬼は障子越しから眺め聞いていた。


するとそこへ、ぬ~べ~がやって来た。そして障子越しに耳を当て二人の笑い声を聞いた。


「あんな楽しそうな麗華と龍二の声、初めて聞いた」

「親がいれば、子供は普通にああいう声になるわ」

「……」

「その親を殺した犯人が、ここに全員いるのに……半殺しに出来ないのが、つまらないわねぇ」


楓の殺気に、隣に座っていた鎌鬼は顔を引き攣り、遠くにいた牛鬼と安土は、体を震え上がらせて辺りをキョロキョロと見回した。


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八岐大蛇・封印

深い山の中……


濃霧が掛かった場所……岩に座っていた梓は、服を着替え立ち上がり立て掛けていた薙刀を手にした。


(綺麗な月……

あいつ等を殺すのには、ピッタリね)


月が雲に隠れた時、赤く光る梓の目の背後に無数の殺気に満ちた目が光っていた。


優華の膝の上で眠る麗華……彼女の体に輝二は、毛布を掛けてやった。

 

 

「眠ってるな……」

 

「まだ回復しきってなかったのよ……体弱いのに、こんなに頑張って」

 

「そうだな。

 

しかし驚いたよ。鎌鬼の後にそんな沢山の妖怪達を倒していたなんて」

 

「まぁな。十一年前よりは、成長しただろ?」

 

「恐れ入った。あのやんちゃな龍二が、面倒見のいい兄さんになっていたとは」

 

「ヒヒ!」

 

「……龍二」

 

「?」

 

「この戦いが終わったら、母さん達またあの世に逝くわ……

 

またお願いできる?麗華のこと」

 

「……あぁ」

 

「龍二、父さんと一つ約束してくれないか?」

 

「何?」

 

「一人で抱え込まず、周りの人を頼りなさい。

 

お前もだけど、麗華も……抱え込み過ぎなんだ。

お前達二人は父さんも母さんもいないんだ……だから、周りの大人を頼ったって、別にいいんだ」

 

「……」

 

「何か困った事があったら、茂や輝三義兄さん……自分達が信用できる人に、相談しなさい」

 

「……」

 

 

「ん~」

 

 

目が覚めたのか、目を擦りながら麗華は起き上がった。

 

 

「あら、起きた?」

 

「うん……」

 

 

その時、襖が開き外から輝三が入ってきた。

 

 

「兄さん……」

 

「時間だ」

 

「何の?」

 

「支度終わったら、本堂に来い」

 

 

輝三はそれだけ言うと、部屋を離れていった。

 

 

「ねぇ、何の支度?」

 

 

麗華の質問に、輝二は先程聞いた話を全て話した。

 

 

「八岐大蛇を、私達が」

 

「先祖が決めたことだからな。最初は俺とお前の二人だけでやる」

 

「母さんと父さんは、自分達の妖怪を倒してからそっちに合流するから」

 

 

着替えを済ませた四人は、部屋を出た。するとそこへ、猫の姿をした瞬火が、彼女の元へ駆け寄りジャンプし肩へ登った。

 

 

「そういえば、その灰色の猫……どうしたの?

 

ショウと同じ猫のようだけど」

 

「前に起きた事件で、助けたの。

 

それからはショウと一緒」

 

「そうだったの」

 

「よかったなぁ、ショウ。

 

彼女が出来て」

 

 

自分の傍にいたショウに輝二は、微笑を浮かべながら言った。彼に言われたショウは、顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

龍二達は準備があると言い、麗華は先に本堂へ行った。中へ入ると、そこには数名の本家の者がおり、中には本家の子供の晴彦がいた。

 

晴彦は麗華に気付くと、彼女に近寄ってきた。

 

 

「何で、あなたのような分家が、ご先祖様のお手伝いに任命されるんですかね」

 

「実力の差じゃないの」

 

「といいますと?」

 

「甘い汁を吸って生きてるアンタと、苦い汁を吸って生きてる私達とじゃ、育ち方が違うからね」

 

「……」

 

「アンタさ……死にかけの修行をしたことある?」

 

「修行?そんなもの、僕には必要ありません」

 

 

鼻笑いしながら、晴彦は腕を組んでそう言った。そんな彼に、麗華は目付きを変え、足を上げ晴彦の顔面ギリギリで蹴りを止めた。晴彦は蹴りにビビり、思わず腰を抜かし地面に尻を突いた。

 

 

「女の蹴りごときで、そんな風にビビってるようじゃ……いざという時、白狼と地震の式神達の足を引っ張るだけ。妖怪と闘ったことないでしょ?」

 

「……何…!」

 

 

立ち上がった晴彦は対抗しようと口を動かそうとした時、彼女の背後に殺気立つ無数の眼が光っていた。その眼に恐怖を感じた晴彦は、身を引き即座に自身の母親の元へと泣きついて行った。

なぜ逃げたのか理解できず、首を傾げる麗華に背後から誰かが手を回し絡んできた。

 

 

「ちょっと嬢さんが、脅かしただけであんなにビビるか?普通」

 

「ビビった理由、私以外にあるような気がするんだけど」

 

「硬い事言うな。それより、いつ舞見せてくれるんだ?」

 

「……この戦いが終わってから」

 

「本当か?」

 

「どうでもいいけど……早く手ぇ放して」

 

「いいじゃねぇか~」

 

「ちょ…抱き着くな。

 

わ!変なところ触るな!」

 

「この爺!何、麗華に触ってんだ!!」

 

「んだよ、いいじゃねぇか。

 

お前さん達よりは、俺の方が付き合い長いぜ?」

 

「長くねぇだろ!俺等は麗華がまだこのくらいの頃から知ってるわ!!」

 

「ヘイヘイ。分かったよ。

 

んじゃ、こうしたらどうなるかな?」

 

 

にやけながら時雨は麗華を抱き寄せ、彼女の顎を持ち自分の口を近付けさせた。麗華は抵抗しようと手を上げたが、時雨は彼女の腰に当てていた手で、その手とさらにもう片方の手を後ろへと持って行き抑えた。

 

 

(こいつ……本気だ)

 

「がぁぁ!!麗華から離れろ!!」

 

(ヤバい……力強!)

 

「これでもう、離れられねぇだろ?

 

さぁて……譲さんの、唇をコイツ等の前で頂くと…」

 

 

顔を近付けさせようとした瞬間、時雨の頭に陽一の蹴りが飛んできた。時雨は何かを言い掛けのまま横へ倒れ、倒れた彼の元へ部下の妖怪達が慌てて駆けつけた。

 

 

「テメェ……例え妖怪でも、俺の麗に……とくに唇を奪おうなんざ、百年早いねん」

 

 

怒りの目付きで、陽一は時雨に言い放った。時雨は蹴られたせいか、口から魂を吐き気を失っていた。

 

 

「す、スゲェ蹴り……」

 

「妖怪の主を、一撃で」

 

「当たり前よ。

 

陽一は、僅か小学生で全国大会一位獲ったんだから」

 

「一位?何の?」

 

「私と互角に戦える唯一の武道……空手」

 

(……あいつ、災難だな)

 

 

「何やってんだ?

 

つか、何で時雨が倒れてるんだ?(しかも、気を失ってる)」

 

 

本堂へやって来た龍二は、気を失っている時雨を目の当たりにしながら、二人に質問した。

 

 

「麗華の唇を奪おうとして」

 

「そこの男に蹴られました」

 

「陽一!アンタ、形振り構わず蹴るの辞めなさい!」

 

 

龍二の後ろにいた美幸は、陽一の元へ寄り頭を思いっきり叩いた。

 

 

「何で殴られなきゃ、アカンのや!?アイツは、麗の唇を奪おうとしたんやで!!」

 

「だからって、闘う寸前で味方を減らす馬鹿がどこにおるん!?」

 

 

口喧嘩する美幸と陽一に、龍二の後ろにいた彩華は思いっきり頭を叩き怒鳴った。

 

 

「こんな一大事に、喧嘩しなさんな!!

 

早う、席に着きなさい!!」

 

「ハイ……」

「ハイ……」

 

 

美幸は龍二に釣られ、席に着いた。麗華は陽一に服を引っ張り、耳元で礼をいいながら指に嵌めていた指輪を返した。陽一は歯を見せ笑顔を浮かべて、彼女と共に席に着いた。

 

全員が揃いかけた時だった。突然地面が揺れ、それと共に何かが崩れる音が聞こえた。急いで外へ出ると、そこには再び張った結界が破れ、外から無数の妖怪達が攻め込んできていた。妖怪の群れの奥には梓と八岐大蛇がいた。

 

 

「お待たせしました」

 

「全員、式神を出しなさい!」

 

「はい!」

 

「龍二!麗華!先祖と一緒に、早く行け!」

 

「分かった!麗華」

 

「うん」

 

「お二人はん、こちらへ」

 

 

晴明と共に龍二と麗華は、本殿を出て行こうとした。だがその行く手を阻むかのようにして、無数の妖怪が三人の前に立った。

 

 

「……仕方ありまへん。

 

龍二はん、麗華はん……闘いましょう」

 

「分かりました」

 

 

麗華が武器を出そうと、懐を探っていた時だった。彼女の体に何かが巻き付き、そのまま引っ張られ空へと登っていった。

 

 

「麗華!!」

 

 

着いた場所……そこは、梓の手元だった。

 

 

「逃げようとしても無駄よ。

 

アナタは私から、逃げることは出来ないわ」

 

 

にやける梓に、麗華は懐から小太刀を取り出し、それを梓の手に刺した。刺された梓は、痛みで麗華を抱えていた手を離した。

落ちていく麗華を、焔はすぐに飛び彼女を受け止め、すぐに龍二の元へと連れて行った。地面に下ろされた麗華は、駆け寄ってきた龍二に抱き締められた。二人の元へ、晴明は駆け寄り麗華を見た。

 

 

「麗華はん、お怪我はありまへんか?」

 

「大丈夫です……私は」

 

「それはよかった……」

 

「龍……多分梓の眼中には、俺等の姿は入ってない」

 

「そんな……」

 

「……焔と云いましたな。

 

あんさん、麗華はんを連れて梓と戦いなさい。もちろん氷鸞と雷光も共に」

 

「し、しかし」

 

「こっちの事は、私と龍二はんで任せてください。それに、妖怪の退治が終われば、あなた方二人の御両親も手伝いに来ますさかい」

 

「……分かりました」

 

 

狼姿になっている焔の元へ、麗華は薙刀を手に取りながら乗ろうとした。すると彼女の元へ、梓が降り立ち不敵な笑みを浮かべながら、麗華を見つめていた。

 

 

「先にあなたを殺してあげるわ」

 

「……」

 

 

二人の行動が同時に動き、薙刀がぶつかり合う音が鳴り響いた。梓は薙刀を軸に飛び上がり、宙に浮き麗華を見下ろした。麗華は既に構えていた焔の背に飛び乗り、梓に向かって炎の攻撃をした。梓は薙刀で炎を振り払い、手から毒の槍を飛ばし攻撃した。飛んできた毒槍を、氷鸞は氷の息を吐き固め、雷光が雷で砕き壊した。

 

 

「妖怪の力を借りて、闘う……

 

あなたは自分の力で、闘うことはできないのかしら?」

 

「……無理だね。アンタと違うもん……私」

 

「……」

 

「霊力は確かにある……けど、その能力を使って妖怪達と戦うには限度がある。

 

だから、妖怪達の力を借りる……自分だけじゃ倒せない敵でも、妖怪達がいれば倒せる……人間も一緒だ。仲間がいれば、強くなる……」

 

「……」

 

「だから……私は、もう我慢はしない。

 

皆が…傍にいるから」

 

「……そんなもの、私が消し去ってあげるわ」

 

「?」

 

 

梓は手を上げ指を鳴らした。それを合図に、八岐大蛇達は口からそれぞれ、炎、水、雷、氷、風、毒、土、酸を吐き攻撃した。白狼達はそれぞれの主を背に乗せ、素早く空へ飛び式神達はそれぞれの技で攻撃を何とか防いだ。

 

 

「この子がいれば……全部、消せるのよ?

 

でもね、一番消したいのは……麗華、アナタただ一人!!」

 

 

梓は薙刀を振り上げ、麗華目掛けて突進してきた。麗華は焔の背からジャンプし、振り下ろしてきた梓の薙刀を振り払い、持っていた薙刀で梓に攻撃した。梓は麗華の振り下ろした薙刀の勢いに負け、地面へと墜落した。ジャンプしていた麗華は、そのまま焔の背に着地し彼と氷鸞と雷光と共に、地面へ降り立ち梓を見た。

 

 

その時、梓が墜落した場所から毒槍が麗華の肩を掠り通り過ぎた。麗華は肩を抑えながら、その場に膝を付いた。

 

 

「死んだと思った?

 

残念。普通に生きてるわよ」

 

 

笑みを溢しながら、梓は服に着いた砂を振り払った。

 

 

「死んだなんて、思ってない……痛」

 

「フフ……その傷、早く治療しないと体中に毒が回って、動けなくなるわよ」

 

「……」

 

 

梓は持っていた薙刀の形を変えた。薙刀は弓矢へと変わり、握り革を握り梓は矢を弦に嵌め引いた。焔達は人の姿へと変わり、彼女を守ろうと駆け寄ろうとした時、突如目の前に無数の妖怪達が道を塞ぎ邪魔をした。

 

 

「助けに来るものは誰もいない……」

 

「……」

 

「じゃあねぇ」

 

 

笑みを浮かべながら、梓は矢を放った。次の瞬間、放たれた矢は横から飛んできた毒槍に当たり、麗華の横を通り過ぎ地面に刺さった。そして彼女の前に、牛鬼と安土が守るようにして立った。

 

 

「梓……お前の相手は、俺達だ」

 

「……」

 

 

座り込んでいた麗華の元へ、焔が駆け付け彼女を抱き上げその場から離れた。

離れたと同時に、牛鬼達は梓に攻撃を開始した。梓は弓から薙刀へ形を変え二人相手に攻撃を開始した。

 

 

牛鬼達から離れた麗華は、龍二の元へ行き丙から治療を受けた。

 

 

「梓の相手は牛鬼達に任せて、俺達は先祖と一緒に八岐大蛇を封印するぞ」

 

「……分かった」

 

「お前等は、焔と渚をリーダーに俺達の護衛に回れ」

 

「承知」

 

 

丙の治療が終わると、龍二の手を借り麗華は立ち上がり先に行った晴明の元へ急いだ。

 

晴明の所へ行くと、そこには五つの鏡が円を描くようにして置かれていた。

 

 

「こっちの準備は出来ました。

 

龍二はんは私と共に、八岐大蛇の封印を。麗華はんには、私らが八岐大蛇を封印する前の儀式……鏡に梨乃と同じ霊気を入れて下さい」

 

「分かりました」

 

 

麗華は、鏡が置かれている中心に立ち意識を集中させ、霊力を溜めた。すると霊気は麗華の身体から放たれ五つの鏡へ入るようにして当たった。

鏡は白く光り、そこから光線を出し八岐大蛇の体に巻き付いた。

 

 

「麗華はん!そこから出て、あんさんの白狼に乗って、八岐大蛇を攻撃して、こちらに誘導させなさい」

 

「はい!」

 

 

地面に刺していた薙刀を手に取り、麗華は狼姿になっていた焔に乗った。乗ったのを確認すると、焔はすぐに空へと上がった。

 

 

「龍二はん、八岐大蛇がこちらへ来たら、すぐに結界を張って逃がさないようにして下さい」

 

「分かりました」

 

 

八岐大蛇に攻撃する焔と麗華……二人の攻撃に八岐大蛇は、ゆっくりと胴体を動かし移動した。それに気付いた陽一と美幸は、敵に蹴りを当て既に狼になっていた波と業火の背に乗り、二人に協力するかのようにして攻撃した。

一方優華達は、自信の妖怪を封印し直すと弥都波達と共に、龍二の元へ駆けていった。

 

 

八岐大蛇は、鏡が置かれている近くに着き、それを見た晴明は龍二達に合図を送ると鏡を移動させ、八岐大蛇を中心に並べ周りに結界を張った。麗華はすぐに地へ降り、空いている鏡の前に立ち手を合わせた。

 

 

「今から、封印します!

 

あんさん達の霊気を全て、この鏡に入れるつもりで送り込んで下さい!」

 

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

 

 

晴明がお経を唱えると、それに反応するかのようにして鏡が五つの光を放った。手を合わせ霊気を送り込んでいた龍二と麗華、優華と輝二の体にその色の光りが包み込んだ。

 

光りはやがて一本の線になり、暴れる八岐大蛇の身体に巻き付き、そして身体を分割させた。

 

 

「麗!頑張れや!」

 

「龍二!しっかり!」

 

「桜巫女!」

「桜神主!」

 

「龍!」

「龍!」

 

「龍二!麗華!」

 

「優華!輝二!」

「優!輝!」

 

「姉さん!」

 

「姉御!兄貴!」

 

 

闘っていた桜雅達は、龍二達の方に目を向け声を出した。陽一と美幸は、二人を見守るようにそして祈るようにして手を握り祈った。

 

 

八岐大蛇の体が分かれ、それぞれの鏡に吸い込まれていった。八岐大蛇は雄叫びを上げ、そして二人目掛けてそれぞれの攻撃をした。その瞬間、麗華の前に陽一と波、龍二の前に美幸と業火が立ち、その攻撃を防いだ。八岐大蛇は悔しそうな声で鳴き叫び、そのまま鏡の中へと封じ込まれた。封じられると鏡は黒く染まり、宙へ浮くとそれぞれの場所へと飛んでいった。




飛んできた鏡は、それぞれの社の中へと入り破かれていた札は元の形に戻り、鏡へと付き八岐大蛇を封じた。


すると、それぞれの社の中から獣が姿を現した。獣は目を光らせ八岐大蛇が封じられた鏡を守るかのようにして、影で鏡を覆った。


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白狼の力

八岐大蛇を封印した麗華達……

 

 

疲れからか、麗華と龍二は地面に座り込み息を切らした。そんな二人の元へ、優華と輝二は駆け寄り頭を思いっ切り撫でた。

 

 

「麗華!龍二!よく頑張ったわ!さすが、私達の子供!」

 

「母さん、痛い!」

「親父、痛い!」

 

「よう頑張ってくれました。おおきに」

 

 

晴明は二人の手を握り、立ち上がらせ礼を言った。

 

 

“パリーン”

 

 

「?!」

 

 

硝子の割れる音が聞こえ、麗華達は後ろを振り返った。そこには八岐大蛇が封印された鏡が割れていた。

 

鏡から黒い霧と共に、四つの首を持った大蛇が姿を現した。大蛇の元へ、梓が降り立ち不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「例え封印しても、ここにいる大蛇は何度でも蘇らせるわ」

 

「……牛鬼達は」

 

「二人なら……あ・そ・こ」

 

 

梓が指差す方に目を向けると、そこには傷だらけになった牛鬼と安土が壁にもたれ掛かり倒れていた。

 

 

「牛鬼!安土!」

 

「丙!すぐに治療!」

 

 

駆け出した麗華に続き、丙は二人の元へ駆け付けすぐに治療を開始した。

 

 

「牛鬼!安土!

 

丙、助かるよね?!」

 

「大丈夫だ!まだ息はある(頼む……死なないでくれ。

 

これ以上、麗を悲しませないでくれ)」

 

 

必死に治療する丙……その時、意識が戻ったのか牛鬼の手が微かに動き、麗華はそれに気付くとすぐに彼の手を握った。牛鬼は彼女の手を握り返し、ゆっくりと閉じていた目を開けた。

 

 

「れ…い……か」

 

「牛鬼!」

 

「俺は」

 

「喋らなくていい。すぐ治すから」

 

 

牛鬼の治療をする丙の元へ、敵を倒した楓が駆け付け安土を治療した。しばらくして、安土も意識が戻ったかのようにして、咳払いをして顔を上げた。

 

 

「しぶといわね……さすが私が認めた男。

 

でもね……消えて欲しいのよね」

 

 

赤い目を光らせ梓は後ろにいる大蛇を睨んだ。大蛇は彼女の命を知ったかのようにして、龍二と麗華達に向かって炎の攻撃と氷の攻撃をした。

その行為は余りにも一瞬のことであった……だが、その攻撃を焔と渚は炎と水を纏った黒狼の姿になり、それぞれの主の元へ行き攻撃を防いだ。

 

 

「あれは……」

 

「まさか、焔と渚が……」

 

「輝三さん、あれは」

 

「極希に、白狼一族の中で自信の力を身体に纏った狼がいた。その狼の毛は白ではなく黒……」

 

「しかし、焔も渚も普通の白い毛並み……」

 

「その力を纏うには、ある条件がある」

 

「条件?」

 

「互いの信頼関係と聞いている……」

 

 

姿が変わった自分達の白狼を見る麗華と龍二……

 

二匹は同時に首を下ろし、二人に顔を近付けさせてきた。

龍二はしばらく渚を見詰めていたが、水を纏った渚の頭に手を置き撫でた。彼女の身体を纏っている水は、不思議と龍二の手は濡れずましてや冷たくはなかった……いつも感じる渚の暖かさだった。

麗華は少し怯えた様子で、牛鬼の手を握りながら焔を見詰めた。すると牛鬼はどこか嬉しそうに笑い、麗華の頭に手を置き振り向いた彼女の目を見て頷いた。麗華は牛鬼から離れ立ち上がり、炎を纏った焔の頭に恐る恐る手を置いた。不思議と彼の身体を纏っている炎は熱くなかった……渚同様、いつも感じる焔の暖かさだった。

 

 

「焔……」

「渚……」

 

 

その時、大蛇が雄叫びを上げ他の妖怪達と戦っていた者目掛けて、毒の液体を吐き出してきた。

 

 

「あの毒液に掛かったら、全滅です!」

 

「?!」

 

「そんなぁ……俺、母ちゃん達助けに行く!」

 

「待って!私も行く!」

 

「やめなさい!二人共!

 

今行けば、あなた達二人まで犠牲になるわ!」

 

「けど!このままじゃ」

 

「渚!」

 

 

龍二の叫び声が聞こえたかと思うと、彼は水に包まれた渚の背に飛び乗り毒液の元へ向かった。その光景に優華と輝二は驚いていた。そんな龍二の姿を見た麗華は、牛鬼の方に振り向いた。彼は頷き、微笑んだ。それは丙と楓も同じようにして……

 

 

「麗、俺はいつでも行ける」

 

「……焔!」

 

 

炎に包まれた焔の背に、麗華は飛び乗り龍二の後に続いた。毒液を前に、輝一達は皆それぞれの白狼の後ろで身構えていた。白狼たちは自分達の主を守るかのようにして、口から自身の技を出し毒液を防いでいた。だが毒液は流れる速度を弱めることなく、近付いてきていた。

 

 

「無理だ……これ以上は」

 

「ただでさえ、妖怪共と戦っている……止めてぇが霊力が」

 

 

諦め掛けていた時、彼等の前に焔と渚が降り立った。二匹は目を合わせると同時に水と炎の技を口から出し毒を食い止めた。二匹の攻撃を見ていると、背に乗っていた龍二と麗華は立ち上がり懐から札を取り出し構えた。

 

 

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!いでよ!火之迦具土神!」

「大地の神告ぐ!汝の力、我に受け渡せ!その力を使い、目の前にいる敵を倒す!いでよ!海神!」

 

 

二匹に力を貸すかのようにして、龍二と麗華は水と炎の攻撃を放った。毒液は水と炎の勢いに負け蒸発した。

その様子を、梓は歯を食いしばり拳を握りながら悔しそうに見ていた。

 

 

(何で……何であの子(麗華)に勝てないの……

 

殺そうとすると、次から次に助けが来て……)

 

 

蘇る数々の記憶……自分は彼女の心から生まれた。牛鬼は自分のものになると思っていた。だが彼は自分を捨て、麗華の元へ行った……

 

 

「……喜んでるのも今の内よ」

 

 

毒液を止めた時、空から黒い粉がパラパラと降ってきた。

 

 

「何?」

 

「雪?」

 

 

空を見上げる一同……その時、地面から輝三達が倒したはずの妖怪達が次々に甦り、姿を現した。

 

 

「そ、そんな?!」

 

「倒したはずの妖怪が、復活してるやと?!」

 

「当主!我々には、もう霊力が」

 

「……」

 

 

「氷鸞!雷光!

 

輝三達の援護に回れ!」

 

「承知」

「了解」

 

「丙!雛菊!

 

霊力が少ない輝三達の治療に回れ!」

 

「承知」

「承知」

 

「その他の妖達は、そのまま戦闘を続けて!」

 

「承知」

「了解」

「諾」

 

「麗華、俺等は大蛇を封印するぞ」

 

「分かった。

 

母さん!父さん!鏡の準備」

 

 

麗華の言葉に優華達は、蔵の中へと入り晴明と共に鏡を探した。

 

時間を掛けようやく見つかった鏡を抱え、晴明は鏡を置き鏡を囲うようにして優華と輝二は立った。

 

 

「準備OKだ!」

 

「分かった!

 

麗華、いくぞ」

 

「了解」

 

 

二人の合図に焔と渚は空へと上がり大蛇を見た。麗華と龍二は立ち上がり同時に札を投げると、大蛇の首を絞める様にして札から光線が出て来た。

 

 

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 

「闇に潜む邪悪な影よ!汝の犯した罪を思い知れ!」

「闇に潜む邪悪な影よ!汝の犯した罪を思い知れ!」

 

 

言葉に反応するかのようにして、陣は輝きを増し大蛇の身体に光線を貫かせた。大蛇はもがき苦しみながらも、最後の力を振り絞り口から三本の刃を放った。放たれた二本の刃は麗華と龍二の頬を擦り、もう一本は麗華の結っていた髪留めに当たった。

大蛇は雄叫びを上げ、鏡の中へと吸い込まれていきその衝撃なのか、境内全体に強風が吹き荒れた。

 

 

封印され、風が止むと顔を腕で覆っていた麗華と龍二は恐る恐る腕を下ろし鏡の所へと向かった。渚と焔が降り立つと二人はすぐに飛び降り、優華と輝二の元へ駆け寄った。

二人は麗華と龍二を待っていたかのようにして、駆け寄ってきた二人をそれぞれ受け止め抱き締めた。

 

 

その光景を梓は、怒りの目付きで見ていた。

 

 

「これ以上、邪魔をするなら……」

 

 

薙刀を弓へと変え、二本の矢を糸と毒で作り出した。弦に一本の矢筈を嵌め引いた。

 

 

「龍二……あなたがいななれば、麗華も他の奴等皆、お・わ・り」

 

 

独り言を言いながら、梓は矢を放った。矢は容赦なく龍二の背中に当たり、彼は輝二に凭り掛かるようにして倒れた。優華は麗華を自分の後ろへ隠し、晴明は札を手に印を結びながら梓に攻撃した。梓は難なくその攻撃を避け、庭の池に掛かっている橋の上に乗った。

 

 

「梓!!テメェ」

 

「大事なものを無くすのって、どういう気持ちかしら?」

 

 

その時、渚は目の色を変え力を活発化するかのようにして、彼女の身体を纏っている水が沸騰した。それは渚だけでなく焔も同じだった。彼の身体を纏っている炎は、噴火したかのように燃え上がっていた。

 

 

「な、何という霊力だ……

 

もしかしたら、鬼よりも遥に上だ」

 

「……妖狐」

 

「?」

 

 

玉藻の近くにいた牛鬼は、彼に話し掛けた。

 

 

「お前が持っている残りわずかの霊力を、全部そこの鬼に渡せ」

 

「なぜ?」

 

「鬼の力を発揮すれば、梓は倒せるはずだ。

 

もう……彼女をこれ以上苦しめさせたくないんだ」

 

「牛鬼……」

 

「俺の勝手な行動で、誤って作り出した妖怪だ……

 

もう、自由にさせたいんだ……だから頼む」

 

 

牛鬼の真剣な目付きを見たぬ~べ~……彼はしばらく考えると、彼に身体を向け手を差し出した。

 

 

「麗華のためだ。俺は喜んで協力する」

 

「恩に着る」




力が暴走したかのように、唸り声を上げる焔と渚……優華の後ろにいた麗華は飛び出し、二匹の元へ駆け寄り頭の上に手を乗せようとした。
だが二匹の身体は、炎の暑さと水の冷たさになっていた。それに驚き、麗華は咄嗟に手を離し見た。右手は水で濡れ余りの冷たさに震え凍傷し、左手は炎に触れたことにより火傷を負っていた。


「焔、渚……」


二匹の目を見た時、一瞬Kの事を思い出した。操られ苦しんでいた焔と渚……

その事を思い出した麗華は二匹の首に手を回し抱き締めた。半身に熱と冷気を感じながらも、麗華は二匹に優しく声を掛けた。


「辛いよね……渚、焔。

自分達が守ってきた主……大事な人が、目の前で倒されて……
だからって……自我を失わないで……


私を独りにしないで」

「!!」


言葉が通じたのか、二匹から熱と冷気は全く感じなくなった。


「渚、焔。


私に力を貸して……梓を倒そう」


麗華の言葉に唸るのを辞め、そして彼女と目を合わせた。二匹の目はいつもの目の色に戻っていた。元に戻った焔と渚は麗華の頬を舐め擦り寄った。


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鬼と陰陽師の力

我に返った渚は、麗華の命により龍二の傍へ寄り添い焔は彼女を背に乗せてぬ~べ~達の元へと行った。


梓は力を挽回し、あの時の化け物の姿へとなり口から毒槍を吐き攻撃していった。

 

 

「死になさい!全ての生き物は、この私の手で破壊してあげるわ!!」

 

 

高笑いを上げながら、梓は攻撃をし続けた。

 

 

彼女の姿を見ながら、焔はぬ~べ~の近くに降りた。背中に乗っていた麗華は飛び降り、彼の元へと駆け寄った。

 

 

「鵺野、頼む……力を貸して」

 

「もちろんだ」

 

「私の霊力を、鵺野先生に与えました。一応は」

「まだ」

 

「?」

 

「焔……」

 

「分かってる。

 

阿呆先公、鬼の手を出せ」

 

 

焔に言われ、ぬ~べ~は鬼の手を彼の顔の前に翳した。焔が鬼の手に触れると、彼の身体に纏っていた炎が鬼の手に吸い込まれるようにして消えていき、焔は元の白狼の姿へ戻った。

 

 

(す、凄い霊力だ……)

 

「焔の力を取り入れた……

 

けど、まだ足りない」

 

「待て。これ以上入れたら、鬼の手が暴走」

「大丈夫。私が抑えます」

 

「何を言っているんだ、麗…!」

 

 

目の色が変わっているのに気付いたぬ~べ~は、驚いている玉藻と鎌鬼、牛鬼の顔を見た。

 

 

「お前、誰だ」

 

「……人間の記憶から消えた者……とでも言っときますか」

 

 

何かを察したのか、龍二の傍にいた晴明は顔を上げ、麗華の方を眺めた。

 

 

(……まさか、梨乃?)

 

「ガハ!ゲホ!ゲホ!」

 

 

丙に治療されていた龍二は、息を吹き返したのか咳払いをしながら起き上がった。

 

 

「龍二!」

「龍二!」

「龍!」

 

「親父……お袋……それに丙に渚」

 

「よかった……」

 

 

起き上がった龍二は、ふらつく足で立ち上がり傍にいた渚の背に乗ろうとしたが、彼の手を優華は引き留めた。

 

 

「そんな傷で、何をするの」

 

「……」

 

「傷が完治するまで、ここにいなさい」

 

 

龍二は優華の手を振り払い、渚に飛び乗った。渚はすぐに飛び立ち麗華達の元へ向かった。

 

 

「龍二……」

 

「お前達が死んだ後も、龍はずっと麗の傍にいた……」

 

「……」

 

「だからいたいんだ……この一大事だからこそ。

 

麗の傍に」

 

 

渚はぬ~べ~の近くに降り立ち、自信の力を彼の鬼の手に取り入れた。渚は焔と同様に元の白狼の姿へ戻った。

 

彼等の元へ晴明が駆け付け、麗華を見詰めた。

 

 

「梨乃?」

 

「久しぶり……晴明」

 

「麗華の身体を借りたのか?」

 

「無断で借りました。

 

彼女は、少しの間眠ってもらっています」

 

「……」

 

「晴明、あなたの仲間……妖怪を集め、早うこの鬼に力を与えなさい。私がこの者と共に、あの少女を倒します」

 

「鵺野と一緒に倒すって、麗華をどうする気だ!」

 

「彼女も一緒の想いです。その思いを読み取り、私はこの者の中へ入り身体を借りたんです」

 

「……」

 

「梨乃、あんさんの気持ちは分かります。しかし、我々の子孫を犠牲にしてまで」

 

「ここで倒さねば、この国の未来はありまへん」

 

「……龍二はん、お願いします」

 

「……

 

 

条件がある」

 

「?」

 

「俺も一緒に行く。この条件を飲み込めば、俺が……いや、俺達の仲間の妖怪を集め、鵺野の鬼に霊力を与える」

 

「命の保証はできまへん……それでも、ええですか?」

 

「構わない。妹を独り、あの世に逝かせるよりはマシだ」

 

「……分かりました」

 

「雷光!氷鸞!残ってるお前等の霊力を、鵺野に渡せ」

 

「わ、分かりました!」

「し、承知しました!」

 

 

二人は鵺野の傍へ駆け寄り、獣の姿へとなると彼の鬼の手に触れ霊力を与えた。鬼の手は力を増し、服を破り左腕は鬼の腕へと変わった。

 

 

それに気付いた梓は、ぬ~べ~達の方に振り向き攻撃した。

 

 

「麗!」

「龍!」

 

 

炎と水の攻撃をしようと構えたが、霊力が無く渚と焔は人の姿へとなり彼等の前に立った。

 

 

「渚!焔!逃げろ!!」

 

「逃げるわけねぇだろ!」

 

「お前等二人は、私達がこの命に代えても」

 

「守って見せる!!」

「守って見せる!!」

 

 

死を覚悟した目付きで、焔と渚は迫ってくる攻撃を見つめた。その時、彼等の前に迦楼羅達が降り立ち、梓の攻撃を防ぐかのようにして炎と水を口から吐いた。

 

 

「お前等……死んでどうする」

 

「あなた達二人が死んだら、麗と龍はこの先どうするの?」

 

「先生、あなたは霊力を溜めるのに集中してください」

 

「梓の相手は、父さんと母さんに任せて」

 

「先に逝って、アンタ達二人に何もできなかった……何もしてやれなかった。

 

 

本当は……龍二と麗華の傍にいたかった。二人の成長を見届けたかった……ちゃんと大人になって、成人式上げて……花嫁花婿姿見て……孫の姿、見たかった」

 

 

涙を流しながら、優華は言った。彼女に釣られて、輝二も涙を流していた……二人の後ろ姿を見た龍二と麗華は、自然に目から涙が流れた。

 

 

意を決意したかのようにして、優華と輝二は懐から紙を札を取り指を噛み血を出し、札に着けた。札八に反応するかのようにして、煙を出し中から槍と長刀が出てきた。

 

 

「迦楼羅!援護を頼む!」

「弥都波!援護を頼む!」

 

「承知」

「承知」

 

 

四人は梓目掛けて攻撃を繰り出した。四人の姿を見たショウは、瞬火たちと顔を合わせ、ぬ~べ~の元へ駆け寄り、鬼の手を触った。

 

 

「霊力なら、俺等も渡す!瞬火!」

 

「はい!」

 

「我等も与えよう」

 

「さっさと倒して、俺様達に舞いを見せてくれよ。譲さん」

 

 

次々に取り入れられる霊力……鬼の力はどんどん増し、とてもぬ~べ~一人じゃ抑えきれなくなっていた。すると彼の手の上に、龍二が自身の手を置きそして麗華も手を置き、霊力を自身の中へ流した。

 

 

「お前等」

 

「いいから、集中しろ」

 

「父さんと母さんの力を、無駄にしないで」

 

「麗華……」

 

「梨乃さんに頼んだ。止めは私がやる……

 

牛鬼、安土。アンタ達二人の力もお願い」

 

「もちろん」

 

「合点承知だ!」

 

 

二人の霊力を与えると、鬼の手の力はさらに増しぬ~べ~の腕だけでなく龍二と右半身と麗華の左半身が鬼の姿へと変わって行った。それに気付いた優華と輝二は、迦楼羅と弥都波に乗りその場から離れた。

 

梓は麗華達に気付くと攻撃しようと手を上げた瞬間、手に糸が絡み付き身動きが出来なくなった。下に目を向けると素早い動きで、牛鬼と安土が糸を出し梓の動きを封じていた。

 

 

「己ぇ!!」

 

「梓!お前は罪もない者達を殺していった。

 

その報いを受けろ!」

 

「何が罪も無い者だ!!

 

生き物は皆、罪を持ち生きている!私はその生き物を殺しただけに過ぎない」

 

「罪を犯しても、許される生き物もいる!

 

その罪を償い、生きている生き物がこの世には大勢いる!」

 

「黙れ!!全員、ここで死ぬがいい!!」

 

 

口から無数の槍を吐き攻撃してきた。槍の元へ、桜雅と皐月丸が前に立ち、手から桜の花弁を混ぜた風の技を放った。槍は勢いを失くし、地面へと落ちた。

 

 

「貴様がこの者達を殺そうというのであれば……我々が相手するまで」

 

「こちらも救われた身……」

 

「……」

 

「闇に埋もれた哀れな影よ……」

「闇に埋もれた哀れな影よ……」

 

 

二人の言葉に反応するかのようにして、鬼の手が赤いオーラを纏った。

 

 

「罪を償い、無へ還れ!」

 

 

拳を握り、ぬ~べ~達は鬼の手で梓を攻撃した。梓は糸の盾を作り上げ、その攻撃を防いだ。ぶつかり合う二つの力……その波動で、辺りに強風が吹き荒れた。

 

 

「お前は俺が誕生させた女だ……

 

生まれ変われるなら、俺達の元へ来い」

 

 

糸の盾が破れ、鬼の手は梓の腹へと入った。その時、麗華と龍二はぬ~べ~と鬼の手を離れさせ、強力な霊気を纏った鬼の手の残像に自身の手を置き、突っ込んでいった。

 

 

「自分達で起こした事は」

 

「自分達で片づける……鵺野」

 

「?」

 

 

二人は外の世界へ戻っていく、ぬ~べ~に口を動かし『ありがとう』と呟き、梓の中へと入って行った。

 

 

ぬ~べ~は彼女の中から飛び出てくると、彼を玉藻が受け止めた。その時、梓の身体から光線が飛び交い、辺り一面が光りに包まれた。




白い空間……梓はそこでゆっくりと目を開けた。


(ここは……)


『梓!起きて!』


元気のいい声が聞こえ、梓はその声の方を見た。そこには笑顔を見せる安土と壁に寄り掛かり、自分を待つ牛鬼がいた。


「何で……」

『やっと起きた!ほら、早く川に行こうぜ!』

「え?」

『お前がいないと、面白くないんだ。早く行くぞ』

「何で……だって」


言葉を続けようとしたが、梓はそれを止めた。今までの事を話したら、全てが消える……そう思えた。梓は今、なぜか幸せの気持ちでいっぱいだった。


「行こう!安土、牛鬼!」


梓は笑顔を浮かべながら、先に外へ出た安土の後を追いかけた。そんな二人の後を牛鬼も追い駆けて行った。


(あぁ……これが、幸せなんだ……

生まれ変われるなら……二人……ううん。


彼等の傍にいたいわ)


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二人の子供

白い光は、黒い霧を突き抜け辺りに雨の様に降り注いだ。光は各地で暴れていた妖怪達の活動を治めて行き、妖怪達は我に返ったのかそれぞれの土地へ帰って行った。


童守町にいた緋音達は互いの顔を見合わせて、笑顔を見せ空を見上げた。


龍実達の島では、荒れていた海に静けさが戻り、大輔達は海を眺めて一安心したかのように息を吐いた。


黒い霧は白い光に包まれ消え、京都に夜明け前の空が広がった。


「……う」

 

 

目を覚ますぬ~べ~……彼に続いて、次々に目を覚まし体を起こす一同。

 

 

「終わったのか……」

 

「彼女の妖気が全く感じられません……」

 

「……」

 

「麗!!」

「龍!!」

 

 

焔と渚の叫び声に、ぬ~べ~は立ち上がり二人の元へと駆け寄った。二人は眠っているのか目を閉じ仰向けで倒れていた。二人の元へ優華と輝二が駆け寄り、胸に耳を当てた……次の瞬間、二人は青ざめた顔になり息を呑んだ。そしてすぐに心臓マッサージを施した。

 

二人が施す中、妖達は麗華と龍二傍に行き二人に呼び掛けた。丙と雛菊、楓は二人の傷の手当てをしながら、霊力を送り込んだ。

 

 

「龍二!!目を覚ましなさい!!龍二!!」

 

「麗華!!起きろ!!起きて、また『父さん』って呼んでくれ!!麗華!!」

 

「龍!!起きてくれ!!」

 

「麗!!ふざけるなよ!起きろ!!」

 

「麗様!!」

「麗殿!!」

 

「龍!!目を覚ませ!!もう……もう、失いたくないんだ!!」

 

「龍!!嫌じゃ……別れは嫌じゃぁあ!!」

 

「桜巫女!!神主!!

 

死ぬな!!」

 

「麗華!!龍二!!起きろ!!」

 

 

妖怪達の叫び声が、境内に響き渡った。だが二人は、目を覚ますことは無かった。

 

次第に二人の手が遅くなり、それを見た輝三と美子は二人の肩を掴み後ろへ引かせ、交代させた。二人は息を切らしながら、輝三と美子に合図を送りながら人工呼吸した。

 

妖怪達の叫び声が、次第に泣き声と変わっていった。泣き声に釣られ、果穂は泣き喚き里奈に抱き着いた。里奈は涙を流しながら座り込み抱き着いてきた果穂を抱き締めた。

泰明は里奈と同じようにして涙を流しながら、手で顔を覆い泣く真理菜を抱き寄せた。

 

彩華は泣く美幸を抱き締めながら泣き、陽一は腕で流れ出てくる涙を拭きそんな彼の頭を輝一は宥めるようにして撫でた。

 

 

 

暗い闇の中……麗華と龍二はゆっくりと目を開いた。

 

 

「ここは……」

 

「……俺達、死んだのか?」

 

 

『戻って』

 

 

誰かの声が聞こえた……それと共に何かに押されるかのようにして、いた場所から飛ばされた。飛ばされた先には一筋の光が見えた。押された方に目を向けると、そこには白い光りに包まれた梓が立っていた。

 

 

「梓!」

「梓!」

 

 

梓は二人に笑顔を向けると、手を振りながら消えていった。麗華と龍二は飛ばされていくがままに光の方へと向かった。そしてその光に、二人は手を伸ばした。

 

 

疲れ切った輝三と美子は、息を切らしその場に座り込んだ。輝二と優華も息を切らし、二人の手を握っていた。

 

その時、優華が握っていた龍二の手が微かに動いた。ハッと顔を上げ優華は、龍二の顔を覗くようにして見た。

瞼が動き、そしてゆっくりとその瞼は開いた。

 

 

「龍二?」

 

「……お袋」

 

「龍二!!」

 

 

目覚めた龍二を、優華は泣きながら起きた彼を抱き締めた。同じようにして、輝二が握っていた麗華の手が微かに動き、輝二はすぐに彼女の方に顔を向けた。瞼が動き、ゆっくりとその瞼が開いた。

 

 

「……父さん」

 

「麗華!!」

 

 

目覚めた麗華は体を起こしすと、輝二の方に顔を向けた。輝二は目に涙を溜めながら、彼女を力強く抱き締めた。

 

二人が抱き締め終えると、今度は式神と妖怪達が二人に飛び付いてきた。

 

龍二に飛び付いた雛菊は彼に抱き着くなり大泣きし、ショウは彼の傍で腕で流れ出てくる涙を拭きながら泣き喜び、渚は雛菊と同じようにして抱き着き泣き叫んだ。

 

麗華の方では、飛び付いた瞬火が泣きながら彼女の頬に頬擦りし、氷鸞と雷光は獣の姿で麗華に擦り寄り、焔は渚と同じようにして抱き着いた。

 

 

二人の様子に、輝三達は互いに抱き合い喜び、鎌鬼や牛鬼、安土、桜雅、皐月丸、丙、青と白、そして時雨は、泣きながらその光景を見た。

 

 

しばらく喜び合っていると、空が明るくなってきた。すると麗華と龍二の傍にいた優華と輝二、迦楼羅と弥都波、鎌鬼、その他大勢の者達の体が光の粒へとなっていた。

 

 

「母さん」

「親父」

 

 

消える二人を見た龍二と麗華は、渚と焔の手を借りながら立ち上がり二人を見た。

 

 

「そろそろ、お別れね……」

 

「お袋」

 

「龍二、またお願いしてもいいかしら?麗華のこと」

 

「……あぁ」

 

「それから、何でもか抱え込まないこと!

 

周りを頼りなさい。茂や美子姉さん達に頼っていいのよ。アンタ達はまだ、子供なんだから」

 

「……あぁ」

 

「麗華、もう我慢しなくていいから、思いっ切り龍二に甘えなさい」

 

「……うん」

 

「楓、丙、二人を頼んだぞ」

 

「うん」

「えぇ」

 

「もちろん、雛菊と氷鸞と雷光、それにショウ達もだ」

 

「あぁ」

「はい」

 

「牛鬼、安土、二人を頼むわよ。

 

二人共、我慢しちゃうから」

 

「分かってる」

「もちろんだ」

 

「先生、二人共態度や口の利き方が悪いかもしれません。けど、根はとても優しい子達です。私達がいない分、二人をよろしくお願いします」

 

「もちろんです。二人の教育はこの鵺野にお任せ下さい!」

 

「何母さんを、厭らしい目で見てんだ。このエロ教師は」

 

「な!お、俺はそんな目で」

 

 

ぬ~べ~が麗華達と言い合っている間、優華と輝二は輝三達の方に振り向いた。

 

 

「兄さん、二人の事お願いするよ」

 

「任せとけ」

 

「輝一」

 

「?」

 

「龍二も麗華も、俺と同じで和菓子が好きなんだ。特に輝一の店の」

 

「……」

 

「だから……作ったらあげてくれないかな。

 

二人に。多分凄く喜ぶと思うよ」

 

「……」

 

 

下を向いたまま黙り込む輝一……彼は腕で涙を拭きながら、微笑して輝二を見た。

 

 

「もちろんだ。二人にあげるよ」

 

「……ありがとう。

 

美幸ちゃんと陽一君、龍二と麗華を頼んだよ」

 

「はい!」

「おう!」

 

「美子姉さん、彩華姉さん、元気でね」

 

「アンタもね……って、もうあの世に逝くから意味ないか」

 

「二人の成長は、私達がしっかり見届けてあげるから、安心しな」

 

「うん……」

 

 

笑顔を見せる優華……だがその目から、涙が溢れ落ちた。そんな彼女を美子は抱きしめようと手を伸ばした……だが触れようとした瞬間、美子の手がスッとすり抜けてしまった。

 

 

「龍二、麗華」

 

 

輝二と優華は同時に麗華と龍二の方に振り向き、光の粒へと変わっていく手を上げ二人を抱き締めた。

 

 

「ごめんなさい……傍にいてあげられなくて」

 

「……いいよ」

 

「……」

 

「親父もお袋も、姿見えなくても俺等の傍にいてくれるんだろ……だったら、傍にいてくれるんじゃねぇか」

 

「龍二……」

 

「私……嬉しかったよ。

 

 

……父さんと母さんの子供で生まれて。一度も不幸だなんて思ったこと……ないよ」

 

 

泣きながら、麗華は心の奥底にしまっていた二人の思いを打ち明けた。二人は麗華と龍二の顔を交互に見た。二人は目から涙を流していたが、満面な笑顔を見せていた。

消えゆく中、二人の子供に釣られ、輝二と優華も笑った。そして粒は空へと登っていき、二人は消えた。そこに残っていたのは、人の形をした紙だけだった。

 

その紙を麗華と龍二は、拾い上げ見詰めた。心地良い風が吹き麗華と龍二、その場にいた全員の髪を靡かせた。

 

風が止むと、シガンは麗華の肩へと登り頬擦りした。頬擦りしてきたシガンを、麗華は笑みを溢して頭を撫でた。

 

 

そして空に朝日が昇り、暗かった京都の町を照らした。



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継がれる意志

「さてと……

こっからは、本家と本家の当主を変える話し合いでもしましょうか」


残っていた晴明は、突然口を開きそう言った。


「何で、あいつだけ残ってんの?」

「術で少しの間だけ、ここに残れることになりまして。

話し合いが終われば、私もあの世へ帰ります」

「あっそ」

「龍二はん、そう冷たくしないでくだはい……」

「氷鸞、鵺野達を童守町まで送っといてくれ」

「分かりました」

「鵺野、今回は助かった。礼を言うよ」

「絶鬼の時、お前等に助けて貰ったんだ。そのお返しだ。

それに、麗華は俺の生徒だ。目を離すわけにはいかない……」

「鵺野」

「玉藻も、今回はどうも」

「いえ、私はただの暇つぶしです」

「はいはい……

氷鸞、送って」


何かを言い掛けたぬ~べ~を、鳥の姿になった氷鸞はつまみ上げ自身の背中に乗せた。それと同時に玉藻も飛び乗った。飛び乗ると氷鸞は羽を羽ばたかせ空へと上がり飛んでいった。飛び立つと共に、誰かの悲鳴が空に響き渡ったのを、麗華達は聞こえていた。


「……何か、叫んでなかった?あの教師」

「気のせいだろ」


それから数日間、京都は復興活動に当たった。外の世界とは裏腹に、陰陽師家では話し合いが続いた。麗華と龍二は二日間眠り、二人だけでなく陽一や美幸、他の子供達も眠り続けた。

 

同じ頃、童守町では学校は開校し元の生活が戻った。そして郷子達は、京都へ行った麗華の無事をぬ~べ~から聞き、一安心し彼女が戻ってくるのを心待ちにした。

 

 

そしてその日は訪れた。

 

 

「それでは、私から判決を言います。

 

本家はただいまを持って、我が弟の家系……神崎家と三神家を本家とし、そして陰陽師当主を……

 

 

神崎輝三。あんさんが勤めなさい」

 

「分かりました」

 

「よっしゃー!」

 

「わ、我々はこれからどうすれば」

 

「あんさん方は、この本家に住んでて大丈夫です。

 

輝三はんには、まだ自身の仕事がありますさかい」

 

「そう…ですか……」

 

「ところで、神崎龍二と麗華はどうします?」

 

「二人の話は、後にします。少々私もあの子等とお話ししたいですし」

 

 

話し終えた一同は、本殿を出て行きそれぞれの部屋へ戻っていった。その時庭から笑い声が聞こえ、輝三達は顔を見合わせ、庭の方へ向かった。

庭では、妖怪達と戯れる麗華と龍二、そして陽一達の姿があった。

 

 

「俺の鉢巻返せ!」

 

「嫌ぁ!」

 

「嫌ぁじゃねぇ!

 

牛鬼、追い掛けるの手伝ってくれよ!」

 

「知らん」

 

「意地悪!麗華ぁ」

 

「果穂、もっと追い駆けっこしていいよ」

 

「わーい!」

 

「麗華!あ、待てコラ!」

 

 

果穂は安土の鉢巻を手にそこら中走り回った。彼女を追い駆ける安土の姿に、一同は大笑いしていた。麗華は陽一と一緒に縁側に座り、その光景に笑っていた。二人の膝の上には猫の姿をしたショウと瞬火が乗り昼寝をしていた。障子を開けた和室では、龍二は丙からまだ癒えてない傷の治療を受け、その看病に美幸が傍に座り、その光景を見て一緒に笑った。

 

 

「騒がしいと思えば……」

 

「里奈……お前」

 

「果穂が『絶対お姉ちゃんと一緒にいる』って、聞かなくって」

 

「ったく……どうにかしろ」

 

「そんなに言うなら、お父さんがどうにかしてよ。

 

未だに初孫、抱いてないじゃない」

 

「……」

 

「弟の子供は普通に抱けるくせに、自分の孫はだけないってどういう事よ!」

 

「……」

 

「輝三、いい加減抱きなさい。男でしょ」

 

「……ちっ。

 

抱けばいいんだろ、抱けば」

 

 

舌打ちしながら、輝三は前へ出て行き、走り回っていた果穂の襟を掴み抱き上げた。安土は走りながら地面に倒れ、息を切らした。

 

 

「や……やっと……終わった」

 

「ほら、そいつに早く鉢巻返せ」

 

「……」

 

「早く返せ」

 

「ジイジ、顔変!」

 

「っ!」

 

 

果穂は笑いながら、輝三を指差していった。その言葉に麗華と龍二は拭き笑い堪え、二人と同じ様にして美子と里奈、泰明も笑い堪えていた。その姿を見た輝三は、果穂を文也に渡し麗華と龍二、そして泰明と里奈の頭を順々に叩いて行った。四人は全員、頭を抑えてその場に座り込んだ。

 

 

「何も、叩かなくても」

 

「うるさい」

 

「全く……」

 

「パパ、何でママ、ジイジに叩かれたの?」

 

「ちょっと、悪いことしたから……かな」

 

 

苦笑いをしながら、文也は果穂に言った。するとそこへ、晴明が現れ麗華と龍二に近寄った。

 

 

「麗華はん、龍二はん、ちょっといいですか?」

 

「?」

 

「何です?」

 

「少々、話がしとうて……ここじゃなんですから、別の所へ」

 

「ハイ……」

 

「陽、シガンお願い」

 

「あぁ」

 

 

肩に乗っていたシガンを陽一に渡し、麗華は先に行った龍二の後を追い駆けた。

 

 

晴明達が来た所は、池がある場所だった。晴明は池を見ながら口を開いた。

 

 

「お二人は、妖怪は好きですか?」

 

 

晴明の質問に、二人は互いの顔を見合わせ彼に向かって頷いた。

 

 

「そうですか……

 

陰陽師はもともと、妖怪退治が本業です。私は様々な妖怪達を退治しました。

それが今回、この世に蘇って少々驚きました。何せ、私の子孫が妖怪達と仲良うしていたんで」

 

「……俺達二人にとって、妖怪は家族のような者です」

 

「それはそれは、また結構なことで。

 

 

お二人に聞きます。今後何があっても、童守町にあるあんさん方の家……山桜神社を守っていきますか?」

 

「はい」

 

「あそこを離れるわけにはいきません」

 

「私達の手を必要とする妖怪達は、沢山います。

 

それに、あそこは彼等にとって憩いの場……そこを奪うわけにはいきません」

 

 

二人は真剣な眼差しで晴明にそう言った。するとそこへ、猫の姿をした瞬火とショウが駆け寄り、二人の肩にそれぞれ飛び乗った。飛び乗ってきた二匹を二人は撫でた。

 

そんな姿を見た晴明は微笑んだ。

 

 

「どうやら、あんさん方を山桜神社から離すわけにはいきまへんな。特に麗華はんには」

 

「え?」

 

「龍二はん、麗華はん……二人と話が出来てよかったです。私の話はこれで終わりです。

 

すいませんが、輝三を呼んできてくれまへんか?」

 

「分かりました」

 

 

二人が戻ってくると、麗華の元へ安土が抱き着いてきた。そんな彼を牛鬼と時雨は怒鳴り、離れるように言い放った。龍二は輝三の元へ行き晴明の元へ行くよう伝え、輝三は彼の言う通りに晴明の所へ行った。

 

 

「そういえば、泰明さん」

 

「?」

 

「さっきの話し合い、どうだったんです?」

 

「本家は俺等の家系……神崎家と三神家が身を置くことになって、当主が親父になったんだ」

 

「……え?!本当ですか!?」

 

「本当だ!

 

だからお前等二人共、残れる可能性はある」

 

「可能性って……絶対じゃないの?」

 

「晴明様が、決めるんだって」

 

「……」

 

「おい待てよ……じゃあもし、その晴明って奴が戻るなって言ったら、麗華と龍二は」

 

「……戻ることは出来ない」

 

「そんな……」

 

「戻さねぇって言うなら、こっちは力ずくで嬢さん達を守るだけだ。

 

そうだろう?」

 

 

時雨は小太刀を手で叩きながら、牛鬼達を見た。彼等は時雨の言葉に強く頷いた。

 

 

「変な行為起こそうとするな!

 

その行いで、俺等いられなくなる可能性はあるんだから」

 

「う……」

 

「……あ、輝三」

 

 

輝三は一人、裏から帰ってきた。彼の姿に牛鬼達は武器に手を添え身構えた。

 

 

「お前等、構えるな!」

 

「氷鸞、雷光。こいつ等を見張ってて」

 

「丙と雛菊も頼む」

 

「承知」

 

 

氷鸞は氷の壁を牛鬼達の前に作り、道を塞いだ。

 

輝三は腕を組み並んで立つ龍二と麗華を見た。

 

 

「……輝三、俺達」

 

 

龍二が何かを言い掛けた時、鼻で笑いながら輝三は二人の頭に手を置いた。

 

 

「心配すんな。

 

お前等二人共、引き続きあの神社を守れとの命だ」

 

「じゃあ……」

 

「あの童守町に、残れるって事?」

 

「そうだ」

 

 

その答えを聞いた雛菊は、火を放ち牛鬼達の前にあった氷の壁を溶かした。邪魔だった氷の壁が消えた途端、彼等は一斉に麗華と龍二に飛び付いた。二人は横から飛び付いてきた牛鬼達を受け止めながら、泣いて喜んだ。

 

 

 

『あの子等、とても良い目付きをしていました』

 

 

晴明と二人っきりで話していた輝三……晴明は彼にそう言いながら輝三の方を向いた。

 

 

『私の妻、梨乃もまた、妖怪達に気に入られていた存在でした。彼女の姿を見ていく内に、私はただ妖怪を倒すのではなく、彼等の力を借りて悪霊を倒していく……そういう気持ちになりました。

 

二人の目は、まさに梨乃の目の色でした』

 

『じゃあ、二人は』

 

『山桜神社に残るよう伝えて下さい。

 

そして、神社を継ぐのは麗華はんです。あの子は梨乃と似たような力を持っています。それに彼女がいなければ、救われなかった妖怪達は、ぎょうさんいるんでは?』

 

『……仰るとおりです』

 

 

話している最中、晴明の身体は光の粒へとなっていた。そして首から下が全て消えていき、その状態になってもこれは口を閉じようとしなかった。

 

 

『そろそろ時間ですな。

 

ほな、輝三。後は任せました』

 

『分かりました。必ず守っていきます』

 

 

晴明は微笑み、そして空へと消えていった。輝三は彼が立っていた場所に歩み寄り、落ちていた人の形をした紙を拾い上げた。

 

 

そして拾い上げた紙を輝三は眺め、顔を上げ妖怪達と喜び合う麗華と龍二を見た。

 

 

「いい顔だな……あいつ等」

 

「そうですね」

 

 

二人を眺める輝一……頭に蘇る記憶は、幼い麗華と龍二が自分が作った和菓子を食べて、喜んでいる姿だった。

 

 

「……彩華」

 

「?」

 

「……明日、二人を……店に呼んで良いか?」

 

「……構へん。

 

アンタの店やろ」

 

「ありがとう」




翌日……

帰り支度を済ませた龍二と麗華は、輝一の店に来ていた。


「何だろう……用って」

「さぁな」

「二人共、こっちに来て」


厨房のカーテンを手で開けた輝一は、二人に手招きをしながら中へと入った。二人は顔を見合わせてから、厨房の中へと入った。

中へ入ると、調理台の上に紅葉の形をしたお饅頭が二つ並んでいた。


「饅頭?」

「食べてみてくれないか?新作なんだ」

「……」


二人は皿にのったお饅頭を一つずつ手に取り一口食べた。


「……栗?」

「栗の味がする」

「栗饅頭だよ。


二人に謝りたいんだ……すまなかった」


輝一は深々と頭を下げて言った。二人はキョトンとした顔で彼を見詰め、互いの顔を見合わせた。


「……いつも通り、饅頭くれればいい」

「?」

「俺もそれでいい」


輝一が顔を上げると、二人は笑みを浮かべて残りのお饅頭を口に頬張り食べた。その姿を見た輝一は、一瞬輝二と優華の姿が目に映り、彼は嬉しくなり目から涙を流した。


駅に着きホームに立つ輝三達……その見送りに輝一達が来ていた。


「暇出来たら、また遊びに行くね!」

「今度はちゃんと連絡してから来いよ」

「は~い」

「また新年会、開きましょう。美味しい酒持って行くから」

「もちろん!」

「龍二君、麗華ちゃん、二人共身体には気を付けてね」

「はい」

「特に麗はな」

「残念。ここ最近は風邪は引いてませ~ん」

「とか言って、ホンマは引いてんじゃないか?」

「引いてない!」

「陽一、しつこいで。

しつこいと、麗華ちゃんに浮気されるで」

「そういう姉ちゃんこそ、あんまりお転婆過ぎると、龍二兄ちゃんが逃げてまうで」

「なっ!なんやてぇ!!」

「こんな所で、喧嘩しなさんな!!」


彩華に怒鳴られ二人は身を縮込ませた。その時発車ベルがホームに鳴り響き、輝三達は急いで新幹線に乗った。


「じゃあな麗!浮気だけはするな!」

「しないよ。そういうアンタもね」

「俺は麗以外の女は、興味ない!」

「はいはい」

「今度そっち行ったら、デートしてや龍二」

「するする」


ドアが閉まり、新幹線は発車した。席へと移った麗華と龍二は窓越しから手を振った。陽一と美幸は二人に向かって手を振り替えした。そして新幹線が見えなくなるまで、手を振り続けた。


数時間後……輝三達と別れた龍二と麗華は、ようやく童守町へ着いた。外へ出ると、陽が沈み夕方になっていた。


「もう五時か……」

「明日休みで、本当によかった」

「まぁな」

「皆帰ってきてるよね?」

「もちろんだ」


するとそこへ狼姿をした焔と渚が到着し、二匹は狼から鼬へ姿を変え、それぞれの主の肩へ登った。焔の肩に乗っていたシガンは彼が鼬姿になったと同時に、地面へ着地し麗華の肩へと登った。登ってきた三匹を麗華と龍二は撫で、帰宅路を歩いて行った。


家へ帰ってくると、消したはずの家の電気が付いているのに二人は気付いた。すると引き戸が開き、中からエプロン姿の緋音が出て来た。


「あ!龍二、麗華ちゃん!

お帰りなさい!」

「お!龍二、麗華!帰ったか!」


緋音に続き、真二が笑みを溢しながら迎え出て来た。


「何で二人が?」

「つか、鍵掛けてきたはずだが……」

「私が開けたの。ちょちょいっとね」


そう言いながら、玄関鍵を回す楓の姿があった。楓の後ろからは、料理を手に持った瞬火とショウが現れ、更に麗華の後ろから時雨が抱き着いてきた。


「嬢さん、約束通り舞を見せてくれ」

「アンタね……


ハァ……しょうがない。兄貴、準備」

「へいへい……緋音達も手伝ってくれ」

「分かった」


部屋へと行き麗華は踊り巫女の格好へなり、本殿へ出た。真二達は猛スピードで、準備をし何とか終わり龍二と丙、雛菊、氷鸞、そして楓がそれぞれの楽器を持ち音を奏でた。音に合わせ麗華は、下駄を鳴らしそして持っていた扇を広げ足に着けていた鈴を鳴らし舞い始めた。

時雨は酒を飲みながら楽しみ、戻ってきていた牛鬼達も、神社へ足を運びその様子を眺めた。

その舞は、まるで喜びに満ちているようだった……また奏でる音色も喜びに満ちているようだった……
微風が吹き、下ろしていた麗華の髪を靡かせた。その姿はまるで風に乗り空を飛ぶ桜の花びらのように見えた。


その様子を、木の枝に止まっていた白い鷹は眺めていた。鷹に気付いたのか、牛鬼はふと鷹の方に振り向いた。しばらく鷹を見詰めた牛鬼は、鷹に向かって手招きをした。鷹は羽を羽ばたかせ、彼の元へと行き差し出されていた腕に留まった。


「牛鬼、その鷹どうしたの?」


舞を終えた麗華は、牛鬼の脚に留まっている鷹を見ながら質問した。


「さぁな。何かついてきてたみたいで」

「ふ~ん」


白鷹は首を動かし、鳴き声を発すると麗華の脚に飛び移った。麗華ほ少し怯えながらも恐る恐る手を差し伸ばした。鷹は差し伸ばしてきた彼女の手を見ると、嬉しそうにし手に擦り寄った。


「お、麗華に懐いたか」

「懐いても……この辺りを飛んでたら、すぐに捕まるよ」

「……俺が飼っとくよ」

「いいの?」

「構わない」

「何?兄貴、その鷹飼うのか?」

「あぁ」

「だったら、名前考えないとな」

「そんじゃ白で!」

「単純な奴……」

「こういうのを、馬鹿っていうんだ」

「何だと?!じゃあ、兄貴が考えてる名前、言ってみろよ!」

「まだ……考え中だ」

「じゃあ麗華は」

「え……

う~ん……そうだな~……


杏(アンズ)」

「あんず?」

「何か、そんな感じがした」

「杏……いいかもな」


「嬢さーん!激しい舞、頼むわ!」


時雨の声が聞こえ、麗華は杏を牛鬼に渡し舞台へと駆けて行った。牛鬼は鷹の頭を撫でながら静かに声を出した。


「お前はその形で、俺達と生きることにしたんだな……

今回は、俺がお前と一緒にいてやるよ。もちろん麗華の所にも連れてってやるからな。




梓」


鷹の方に目を迎えると、一瞬梓の姿になり、彼女は牛鬼の方に振り向くと笑顔を見せた。幻でも見たのかと思い、目を擦りもう一度杏がいる方に目を向けると、そこには杏が一匹いるだけだった。

牛鬼は微笑を浮かべ、舞をする麗華の方に目を向けた。


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信頼
刑事の追憶


友と出会ったのは、俺がまだ小学生の時だった。


一年の時から一緒だった……けど休みがちだった。来ても咳き込んですぐに早退。その上、体育はずっと見学。

余り気にならなかったが、四年なったある日……だんだんズルく思い始めて、ついには仲間を率いていじめた。


上履きを隠したり、悪口を言ったり嫌な仕事を全部押し付けたり……色々やった。しばらくしたら、来なくなった。

双子の兄に、何で休んでるのか聞いた。


『風邪引いて、その上喘息の発作が起きたから、しばらく来ないよ。

あいつ、周りに迷惑掛けたくないからって、行こうとしないんだ』


嘘ばっかり……どうせ、俺にいじめられるのが嫌だから、ズル休みしてるに決まってる……そう思った。


そんなある日の夜……

散歩がてらに、夜道を歩いていた時だった。


“ガアアアァァァアアア”


突然、化け物……いや妖怪に襲われた。必死に逃げるが、妖怪はそれを許してくれなかった。道を曲がった時行き止まりになり、俺は壁にへばり付き座り込み死を覚悟した。


そんな時だった……

目の前の妖怪に、白い毛に身体を包んだ大狼が攻撃した。


その狼に続いて、自分の前に槍を持ったあいつがいた。


『お前……』

『君は……』

“ガアアアァァァアアア”

『輝!早くそいつを離れさせろ!』

『分かった!

暗鬼、この子をお願い』

『諾』


黒い布で顔を覆った者は、刀をしまい俺を背負い飛んだ。上から見た光景は、今でも覚えている。

巨大な妖怪に向かって、槍を突き刺すあいつとそれを援護する大狼と羽織を着た者が闘っていた……


家に辿り着き、俺を送ってくれた者は稲妻のように走り戻っていった。


翌日、俺はあいつの兄からあいつについて話を聞いた。
あいつは生まれた時から喘息を持ち、その上体が弱かった。喘息のせいで、激しい運動は控えるように、医師から言われていたらしい……

だからあいつ、いつも絵を描いて俺等のことを恨めしそうに見ていたのか……


喘息について、俺は調べた。調べて分かった……

苦しい思いをしてたんだ……皆と一緒に遊びたいけど遊べない体……
今までやってたいじめが、急に恥ずかしくなった。


翌日……

俺はあいつを迎えに行った。出迎えたあいつは、怯えたような表情を浮かべていた。俺は真っ先にあいつに言った。


『今まで悪かった……ごめん』


頭を深々と下げて、俺は謝った。あいつはキョトンとした顔で俺を見ていた。


『今日、学校行けるか?』

『……ううん』

『そうか……

分かった。じゃあ、帰りにまた来るな!』


その日の夕方も、次の日の朝と夕方、次の日も、また次の日も……


そんなある日……


『え?行く?』

『うん……

もう体の方はいいし、医者からも学校には行っていいって言ってたし』

『そうか……

じゃあ待ってるから、早く支度してこい!』

『うん!』


あいつは荷物を持って、母親に声を掛け出て来た。ふとあいつの後ろを見ると、黒い忍服に身を包んだ男がいた。


『……そいつ誰?』

『え?

見えてるの?』

『見えてるって……』

『こいつ、霊感が無いと見えないようになってんだ……

だから、君が見えてるって事は霊感があるって事』

『……霊…感』


思い当たる節はあった……小さい頃から妖怪を見ていた。でもこれは全員見えているもんだと思っていた……けどある日、親に釣られて親戚の家に遊びに行った時、それは見えてはいけないものだと知った。


『あ、ご、ごめん!

何か、気に障るようなこと言って』

『……お前は俺に霊感があっても、変に思わないのか?』

『え?変?何で?』

『だって……普通の奴には見えないものが見えるのって』

『そういうこと、思ったこと無いよ。寧ろ嬉しいじゃん』

『嬉しい?』

『うん!

だって、助けを求める妖怪を助けることが出来るんだよ。
それに悪霊から、君等を守ること出来るし……』

『……そっか。

行こうか』

『うん』


救われた気がした……いじめられっ子に。


それからはずっとそいつと行動を共にした。このまま年を取るまで、そいつの親友でいようと……

けどそれは、呆気なく壊れた。


一緒に刑事になり、俺達はそれぞれの事件を担当していた。夜の更けたある日、俺の元へその話が流れてきたのは。


『……え……


死ん……だ』


眠気覚まし飲もうとしていた缶コーヒーを、思わず手から落としてしまった。信じられず、俺はそいつがいる部屋へと向かった。

案内されたのは、霊安室……

部屋の真ん中に、あいつは台に寝ていた……腹部を見ると、そこには大きく空いた穴があった……これが致命傷か。

周りを見回したが、あの妖怪はどこにもいなかった。


その後、遺体は家族の元へ行った。あいつの妻の腕には赤ん坊が抱かれていた。


『俺、二人目出来たんだ』


そんなこと言ってたな……輝二。

今度、赤ん坊の誕生を祝って飲もうって……約束したじゃねぇか。
なのに……なのに……


その日、俺はずっと泣き続けた。あいつにはもう会えない……助けに行けなかった悔しさ……それだけが心に溢れていた。




『……俺、二人目出来たんだ』


アイツは俺にそう言った……子供みたいな無邪気な笑顔で。


『名前はどうすんだ?』

『まだ考え中。女の子みたいなんだ。

どんな名前にしようかな~』

『貞子とかいいんじゃないか?』

『からかうのは止めてくれ。女の子の名前なんだから、本人が気に入るような名前がいいんだ』

『知るか。

第一、予定日はいつ何だ?』

『予定日は』


「先輩!」

 

 

机に伏せて寝ていた灰色のスーツに身を包んだ男は、眠い目を擦りながら体を起こした。彼を起こした紺色のスーツに身を包んだ男は、呆れた表情を浮かべながら先輩を見た。

 

 

「先輩、昨日まさか寝てないんじゃ……」

 

「だったらどうした」

 

「ダメじゃないですか!人間、寝なきゃ死んじゃいますよ!」

 

「それはお前だ」

 

「……?

 

もしかして、昨日起きた事件を調べてたんですか?」

 

「そうだ……

 

犯人は黒田定子……十五年前に、俺と組んでた男が逮捕した女だ」

 

「確か黒田って、十五年前に殺人未遂の容疑で逮捕された女で、先月出所してますね」

 

「黒田は当時逮捕した警部を逆恨みし、警部の家族を狙って、形振り構わず次々に家族連れの父親とその家族を刺している。未だに死人は出てないが……」

 

「その警部って、今どうしてるんです?早く伝えればいいんじゃないんですか?」

 

「……十一年前に亡くなった」

 

「え」

 

 

「桐嶋、すぐに童守町に向かえ」

 

 

ドアが開くなり、突然刑事達が入り込んできた。後輩刑事は驚いたかのように慌て、桐嶋は彼を落ち着かせるために頭を軽く殴った。

 

 

「い、痛いです」

 

「どうかしたか」

 

「犯人の黒田が、童守町に入ったって報告があったんだ。

 

すぐに向かえ。童守町は、お前の方が詳しいだろ」

 

「分かりました」

 

「先輩!俺も行きます!」

 

 

車を走らせ、童守町へ向かった。駐車場へ車を停め商店街を歩いた。

 

 

「黒田を見つけ次第、すぐに抑えろ。いいな」

 

「了解っす!」

 

 

敬礼し後輩刑事はどこかへ行ってしまった。桐嶋は辺りの人に目を光らせながら、商店街を歩いて行った。そして小学校へと辿り着いた。

 

 

「懐かしいな……?」

 

 

校舎から鞄を持った生徒達がゾロゾロと出てきた。その時、ある少女が目に留まった。

 

 

(あの子……)

 

 

その少女は、姿を消している焔と一緒に歩く麗華だった。

 

桐島は気付かれぬように、ソッと後をついて行った。すると麗華は、路地裏に入って行きそこのある店へと入った。そこは隠れ家のような喫茶店だった。

 

 

(こんな所に、小学生が)

 

 

桐嶋は店の写真を撮り、別の場所へと行った。

 

 

「つけられた?」

 

 

喫茶店のカウンター席で、ジュースを飲みながらカウンター越しにいる牛鬼に麗華はそう話した。この喫茶店は、牛鬼と安土が働いている『蜘蛛の巣』という喫茶店だった。

 

 

「うん」

 

「何でまた」

 

「知らない……

 

後で兄貴には言うけど……」

 

「ま、ここにいれば一応は安全だけどな」

 

 

ジュースを飲みきった麗華は、牛鬼達に礼を言いそのまま龍二の学校へと向かった。その後ろに、目を光らせ彼女を睨む女性が何かを呟きながらついて行った。

 

 

学校に着いた麗華は、丁度部活休みで校庭を歩いていた龍二を見つけ、駆け寄ろうとした時だった。突然叫び声を上げながら、背後からあの女性が手に持っていた包丁を麗華目掛けて振り下ろしてきた。咄嗟に麗華は避けたが、その反動で足を挫きその場に尻を突いた。叫び声に麗華が尻を突いたのを見た龍二は、すぐに麗華の元へ駆け寄った。焔は女性の動きを封じ、駆けつけた龍二に抱かれる麗華を見ると、素早く離し渚と並び構えた。

 

 

女性は、乾いた血が付いた包丁を舐めながら、二人目掛けて振り下ろした。焔はすぐに彼女の腕を抑え、渚は足払いを掛け女性を倒した。女性は見えない二人に攻撃され、怯えたのか包丁を口に銜えてそのままどこかへ行ってしまった。

 

騒ぎに気付いた生徒が先生に伝えたのか、体育教師と袴を着た少女が駆けつけてきた。

 

 

「神崎、大丈夫か!?」

 

「俺は平気です。先生、すぐに妹を保健室に!」

 

「分かった!」

 

「神崎君、さっきの変な人は」

 

「逃げた」

 

「逃げた?何で?」

 

「さぁな。それより先生、早く保健室に」

 

 

教師と共に龍二は校舎の中へと入って行った。

 

保健室の先生な、椅子に座った麗華の足の手当てをした。先生が足を動かすと、麗華は顔をしかめて足首を手で押さえた。

 

 

「捻挫みたいだけど、心配なら病院に連れて行きなさい。

 

とりあえず、湿布貼っとくから」

 

「分かりました」

 

「警察には連絡してある。

 

時期に捕まるだろ」

 

「はい……」

 

「しかし……お前も大変だな。

 

数日前に京都から帰ってきたばかりなのに。今度は変な人に目を付けられるなんて」

 

「家系問題と変人問題は、関係ないです。余計なこと言わないで下さい」

 

「悪い悪い……」

 

「先生……」

 

 

苦笑いする教師を龍二達は、深くため息を吐いた。

 

 

部活が終わった後、龍二は緋音達と共に帰路を歩いていた。龍二は足を挫いて動けなくなった麗華を背負っていた。

 

 

「その女、今度会ったらこの俺がボコボコに殴ってやる」

 

「やんなくていい。後は警察に任せとけ」

 

「でも、何で麗華ちゃんをいきなり襲ったのかな?」

 

「何か、理由でもあんのかな?麗華に怨みを持ってるとか」

 

「どんな怨みだよ……

 

第一、今起こってる通り魔事件は俺達が京都から帰ってくる前日から発生したんだろ?一日でどうやって怨み買うっていうんだ」

 

「それもそうだな」

 

「それじゃあ、怨んでる誰かと似てるとか?」

 

「立悪ぅ……」

 

 

二人と別れた後、龍二達は家へと向かった。階段に着くとその前に車が一台駐まっていた。龍二の背中にいた麗華は、彼の服を掴み怯えるようにして身を縮込ませた。そんな彼女を龍二は焔に渡し、警戒しながら階段を上り家を見た。家の前には二つの人影があり、一つは煙草でも吸っているのか火玉が見えた。

 

 

「渚、鼬になって俺の肩に。

 

焔、麗華を」

 

 

焔から麗華を受け取り、龍二は彼女を背負った。焔は渚と同様に鼬姿になり、麗華の肩へ登った。

 

 

「誰だ!」

 

「!?」

 

 

龍二は大声でそう叫んだ。すると一つの人影が、慌てふためた様にして、落ち着きを無くしていたが、もう一つの人影は煙草を口から離し二人の方に目を向けた。

 

 

「怪しい者じゃない……警察だ」

 

 

そう言いながら、桐島は警察手帳を見せた。彼に続いて慌てふためていた男も警察手帳を見せた。

 

 

「警察……刑事が、うちに何の用です?」

 

「君等二人に話があってね」

 

「話?

 

 

外じゃあれ何で、中でしません?」

 

「構わないよ」

 

 

家の中へ入り、龍二は桐島達を客間へ案内した。後輩は家の中をじろじろ見回していたが、桐島は部屋を見回し、ふと襖が開いた部屋を見た。

しばらくして、袴に着替えた龍二が部屋へと入ってきた。足を挫いた麗華は、龍二の隣に座った。

 

 

「で、話って」

 

「率直に言うけど、君等二人の命をある人物が狙っている」

 

「え」

 

「黒田定子……

 

十五年前に殺人未遂で逮捕された女性だ」

 

 

そう言いながら、桐島は髪を長く伸ばした女性の写真を龍二と麗華に見せた。

 

 

「……この女」

 

 

怯えた目で、麗華は龍二の服を掴んだ。龍二は怯えている彼女の頭に手を置き、写真を桐島に返した。

 

 

「……何で俺等を」

 

「君等二人のお父さん……神崎輝二が捕まえたんだ。

 

だけど黒田は、逮捕したのを逆恨みし君等二人と君等のお母さんを殺そうとしているんだ」

 

「そんな……」

 

「それで、この事を君等二人のお母さんに伝えたいんだけど、何時頃帰ってくるのかな?」

 

「……母はいません。

 

五年前に亡くなりました」

 

「っ……」

 

「だから、この家にいるのは俺等二人だけなんです……」

 

「……そうか。

 

 

それじゃあ、何かあったらすぐに連絡をくれ。名刺を渡しとくから」

 

「分かりました」

 

 

名刺を渡すと桐島達は靴を履き、家を去ろうとした時だった。

 

 

突然、前から唸り声が聞こえたかと思いきや、二人の横を黒い影が通り過ぎ、龍二目掛けて包丁を振り下ろしてきた。彼は咄嗟に避け、玄関に立て掛けていた木刀を手に持ち構えた。

 

 

「この女、どこから!」

 

「龍二君!早く妹さんを連れて、逃げなさい!!」

 

 

そう叫びながら、桐島は女の背後から抑えようと手を掛けたが、女はすぐに後ろを振り向き彼の腕を包丁で刺した。

 

 

「先輩!!」

 

「焔!!麗華を連れて早く逃げろ!!」

 

 

龍二に言われ、麗華の肩にいた焔は人の姿へと変わり彼女を抱えようとした。その時、背後から黒い影が焔を襲った。焔はすぐに振り向きその攻撃を手で抑えた。

 

 

「な、何だ!?こいつ」

 

「ふ、二人に化けたぁ!!」

 

「あれは……生き霊」

 

 

すると女は物凄いスピードで、麗華の元へと駆けて行き、包丁を振り上げた。

 

 

“ザシュ”

 

 

「!!」

 

 

麗華は目を疑った……目の前にいたのは、青ざめた顔をした龍二だった。彼の背中には女が振り上げた包丁が刺さっていた。

 

 

「……あ……あ」

 

 

龍二は意識を失い、麗華に凭り掛かるようにして倒れた。女は突き刺した包丁を抜き、付いた血を舐めた。白い着物に血が染まっていった……麗華は倒れた龍二の背中に手を乗せ起こそうとした。

 

生暖かい血が彼女の手に付き、麗華はその血を見た……その瞬間、記憶に優華が死んだ時の映像がフラッシュバックで蘇った。

 

 

「池蔵!!早く救急車と応援を呼べ!!」

 

「は、はい!!」

 

 

“ドーン”

 

 

突然、何かが壊れる音が聞こえ、桐島は家の方に振り向いた。玄関の戸が壊されその瓦礫に倒れる女がおり、その前には怒りに満ちた目で木刀を持ち立つ麗華がいた。

 

麗華は女は包丁を手に構え、フラフラしながら立ち上がり彼女目掛けて振り下ろした。麗華はその攻撃を避け、木刀を振り上げ女の頭を思いっ切り叩いた。女は頭から血を流しながらも、包丁を麗華の腕に刺した。だが彼女は、顔色一つ変えずに包丁を抜き取り、地面へ落とし女の脚に向かって木刀を振った。女は脚の痛みからその場に倒れ藻掻き苦しんだ。

 

その女に向かって、麗華はもう一度木刀を振り上げ攻撃しようとした。その瞬間を、桐島は止めた。

 

 

「これ以上はやり過ぎだ」

 

「……」

 

 

桐島の声に反応したのか、麗華はキョトンとした顔で彼を見た。そこへ焔が駆け付け、麗華の肩を掴んだ。

 

 

「麗、俺の事分かるか?」

 

「……焔」

 

「麗……」

 

「……!?

 

兄貴」

 

 

我に戻った麗華は、玄関へと駆け付け倒れている龍二の元へ行った。

 

 

しばらくして、救急車が到着し龍二は病院へ向かった。同じように警察も駆け付け、女はその場で逮捕された。

 

龍二が運ばれた病院へ、麗華も行き彼女はそこで腕の傷と挫いた足の治療をうけ、手術室の前の椅子に座った。傍には泣く渚を宥める焔と腕にサポーターをした桐島が立っていた。

 

 

「……ねぇ」

 

「?」

 

「……何で、兄貴の名前……知ってたの?」

 

「……」

 

「それに……何で、父さんの名前も」

 

「……

 

 

昔、君達のお父さんと組んでたんだ」

 

「組んでた?」

 

「昔馴染みでね。

 

お父さんとよく飲んだ。その時に赤ん坊だった龍二君を見せてくれていたんだ」

 

「……けど、兄貴はアンタのこと見た時、覚えてなかったみたいだけど……」

 

「龍二君に最後に会ったのは、彼がまだ二歳の頃だったからね。覚えて無くて当然だよ」

 

「……だからか」

 

「?」

 

「刑事さん……父さんと同じにおいがしてる」

 

「……お父さんに会ったことがあるのか?」

 

「昨日まで京都に行ってて、そこで口寄せして呼んだの……父さんと母さんを」

 

「そうか……

 

よかったね」

 

「信じるんだ……話」

 

「まぁね。

 

一応、見えてるから」

 

「……焔達のこと見えてるの?」

 

「もちろんだ。

 

君のお父さんの迦楼羅っていう奴も、見えてた」

 

「……」

 

「そういえば、名前まだ聞いてなかったね。

 

俺は桐島勇二。君は」

 

「……麗華…それが名前です」

 

「麗華ちゃんか……」

 

 

その時、手術室のランプが消え中からマスクを外しながら茂が出て来た。

 

 

「茂さん、兄貴は」

 

「大丈夫だ。今は傍にいてあげなさい」

 

 

包帯を巻き移動してきた龍二に、麗華は看護師と共について行った。彼女の後を、焔は渚を連れついて行った。

 

 

「そういえば、刑事さん……どこかで会いました?」

 

「あの子の父親と組んでいた桐嶋雄二です」

 

「……あ。

 

そういえば、確か何度かこの病院に来てた人」

 

「えぇ。

 

あなたは確か、輝二の奥さんと一緒にいた人……」

 

「木戸茂です。

 

今は、この病院の院長をやらせて貰ってます。それから、龍二君と麗華ちゃんの担当医やってます」

 

「そうでしたか……」

 

 

「茂!」

 

 

彼の元へ渚が呼びながら駆け寄ってきた。

 

 

「渚」

 

「龍が目を覚ました!」

 

「本当かい?!」

 

「はい!すぐに病室に来て!」

 

 

渚の言葉に、茂と桐嶋は急いで病室へ向かった。戸を開けると、中では起きた龍二のベッドに伏せて泣く麗華に、彼は笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でていた。

 

 

「龍二君……良かったぁ、目が覚めて」

 

「茂さん……」

 

「麗華ちゃん、もう大丈夫だよ。

 

目が覚めれば、入院して傷を治せば家に帰れるよ」

 

「……」

 

「刑事さん……妹を送ってやってください。

 

麗華、俺しばらく家に帰れない……後で楓に連絡しとくから、今夜は一人で……」

 

 

麗華の泣く姿を見ていた龍二は、話すのを止め彼女の頭を撫でた。

 

 

「刑事さん、やっぱりいいです。

 

茂さん、今日いいですか?」

 

「いいよ。

 

後で、毛布持ってくるね」

 

「ありがとうございます」

 

 

しばらくして、茂と桐嶋は病室を出て行き、桐嶋は病院を後にした。




それから数日後、龍二の元へ緋音達が見舞いへ来た。彼等が帰ってしばらくした後、桐嶋と池蔵が病室へ入ってきた。


「桐嶋さん……」

「元気そうだね、龍二君」

「おかげさまで。

傷口が塞がれば、もう退院していいみたいです」

「それは良かった」

「は~、安心しましたよ。

君等二人に何かあったらどうしようって、僕ずっと悩んでましたもん」

「お前はそれくらいがいいんだ」

「そんな、先輩!」

「今日は君等二人に報せがあってきたんだ」


騒ぐ池蔵を無視して、桐嶋は話をした。


「逮捕した黒田だけど、もう君等を襲うことは無い。

彼女は、刑務所行きになった」

「そうですか……」

「それから、君達二人はこの僕達が担当…ゲフ!」

「君等二人の事を調べさせてもらったよ。

ご両親は既に他界してて、今は輝二の……お父さんのお兄さん、神崎警部が親権を持っているみたいだね」

「一応…そうなってます。

けど、俺等はこの地を離れたくなくて……それで、二人で暮らしているんです」

「まさか……輝三の所に行けって」

「違うよ。

君等二人の事は、俺が任された。神崎警部から直々にね」

「輝三が……」

「だから、困ったことがあったら、俺に相談してくれ。何でも乗るよ」

「僕も僕も!」

「コイツは気にしなくていい」

「そ、そんな~!

先輩、いじわるするの辞めてくださいよ~!」


池蔵の反応に、龍二達は大笑いした。笑われた池蔵は、頬を膨らませながら、桐嶋に言い返した。桐嶋はため息を吐きながら、それを聞き流した。


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結成!!童守少年妖撃団

今、まさに僕達童守町の子供達に、恐ろしい魔の手が伸びようとしていた。


しかし……今回の最大の危機を、まさかぬ~べ~がいなくなり……僕達だけで闘わねばならなくなるとは……


宿直室で大口を開けて寝るぬ~べ~……

 

その時、広達がゲームを入って来るなり、ゲームをやり出した。

 

 

「お前等ぁ!!ゲームなら、家でやらんかぁ!!」

 

「うん……そうは思ったんだけどさ」

 

「呪いのソフトが怖くてさ」

 

「呪いのソフト?」

 

「知らないの?超有名よ!

 

今、この付近の町のソフト屋さんに黒服の男が徘徊して変なソフトを配っているの。そのソフトはカバーだけ人気の作品ゲームで、中には恐ろしい呪いのソフトが入っているのよ。

 

ゲームを始めると、画面に変な字と目が現れて、それを見たらもう、三日後には死ぬんだって!」

 

「噂ではもう、五人も死んでるって話よ」

 

「怖いでしょ。だから今日買ってきたソフトはここでやるんだ。」

 

「本当にそうか?場所が欲しくて来たんだろ?」

 

「ぬ~べ~もやってみなよ!面白いぜ!」

 

「ダメだ。一秒で死ぬから」

 

「そんな奴、いねぇよ!ほらほら」

 

 

コントローラーを持ち、渋々ぬ~べ~はゲームをやり出した……だが、一発で負けた。格闘ゲームの難しさにキレるぬ~べ~を宥める様にして、郷子はレースゲームのソフトを出した。だがそのゲームでも、負けキレた。

 

 

「コントローラーの操作がダメらしい」

 

「そういや、運転もド下手だったよな……」

 

「ぬ~べ~はゲームオンチなのだ!」

 

「うるさいうるさい!」

 

「とにかく、買ってきたソフトは呪いのソフトではないようね」

 

「だから、嫌だったのに……」

 

「そういや、晶と麗華はどうしたの?」

 

「あー、晶は塾だってさ。

 

麗華は、家の用事だって言ってたけど……」

 

「フーン」

 

 

夕方……

 

龍二の学校で、麗華は生徒会室の部屋にあるテレビで、真二達とゲームをしていた。

 

 

「おっしゃ!!勝ったぁ!!」

 

「くそ…負けた」

 

「どうだ!麗華!

 

これで条件は果たした!さぁ、この俺に…ゲフ!!」

 

 

突然後ろから彼の頭に、木の薙刀を緋音が思いっきり振り下ろした。真二はその場に伸び倒れ、頭から魂が抜けたかと思いきや、すぐに戻った。

 

 

「全く!

 

小学生に、何やらせてるのよ!アンタは!」

 

「か……格闘…ゲーム」

 

「ゲームに自分が勝ったら、神崎の妹にメイド服を着させる予定でした」

 

「が!!木島!!お前」

 

「メイド服ね……」

 

 

怒りに満ちた声が聞こえ、真二は恐る恐る後ろを振り返った。そこには怒りのオーラを纏った龍二が腕を組み、彼を見下ろしていた。

 

 

「り、龍二…」

「か、会長…」

 

「真二……お前、いつから麗華を着せ替え人形にした?あ?」

 

「い、いや…それは……」

 

「会長…怖いです」

 

「お前等は、麗華連れて表に出てろ……終わったら、呼ぶ」

 

「は、はい……」

 

「麗華ちゃん、調理室行こう。家庭株の友達が、美味しいお団子作ったって言ってたから」

 

「う、うん……」

 

 

同じ頃、塾が終わった晶は、商店街を走りソフト屋へ向かっていた。

 

 

「塾で遅くなっちゃったよ。

 

ったく……みんなみたいに昼間から遊びたいな……

 

 

新作ゲームのエノキアス、売り切れちゃったかな……」

 

 

そう思いながら、ソフト屋へ入り捜した。捜していると、棚に一つそのソフトは置かれていた。

 

 

「よかった。一枚残ってたよ」

 

 

家に帰った晶は、早速そのゲームをやり出した。ロボットのキャラが出てきたかと思いきや、突然テレビ画面が砂嵐になり、そして変な字と目が映った。

 

 

「わあああ!!こ、これって……まさか。

 

う、うわ!ど、どうやってクリアするんだ?

 

 

ウワァァアアア!!ぬ~べ~!!」

 

 

翌日……

 

 

「晶!!」

 

 

玉藻から連絡を受けたぬ~べ~達は、急いで童守病院へ向かい、中へと駆けこんだ。

 

中では診察台に横たわる、下半身が石化した晶がいた。

 

 

「キャァアア!!」

 

「か、体が半分、石になってる……」

 

「何の病気だ」

 

「これは呪いだ。

 

石化が心臓まで達すれば、死ぬだろう……後、三日というところか」

 

「晶!!」

 

「ちきしょう!!誰がこんな事を……

 

ぬ~べ~!!麗華!!何とかできないのか?!」

 

「強力な呪いだ……

 

正体の分からなければ、手出しが……」

 

「何とかしたいのは山々だけど……

 

鵺野の言う通り、正体が分からないと」

 

「鵺野先生、麗華君、ちょっと」

 

 

病室を出て行ったぬ~べ~と玉藻と麗華……泣いていた郷子は、晶の手に握られていた紙に気付いた。

 

 

別室へ来た玉藻とぬ~べ~と麗華……玉藻はディスクの上に置いていたソフトを見せた。

 

 

「実は、このソフトが彼の家で見つかりましてね」

 

「まさか……中身は、呪いのソフト!?」

 

「これをやれば、助かる方法が分かるかもしれませんよ。

 

ゲームは得意ですか?」

 

「……」

 

「言っとくけど、私兄貴から禁止されてるから、ゲーム(真二兄さんのせいで、一週間も禁止令が出されるとは)」

 

 

テレビ画面に映ったのは、昨夜晶が見たのと同じ変な字と目だった。そして画面が切り替わり、白い着物に身を包んだ人間が、妖怪だらけの街にいた。

 

 

「画面が変わった」

 

「不気味なアクションゲームです。

 

亡者を避けて、歩いてください」

 

 

その時、背後から霊気が感じられ、玉藻達は後ろを見た。そこには画面と同じ妖怪がいた。

 

 

「現実と連動している様です」

 

 

画面の中で、プレイヤーが亡者に襲われている時、自分達もその亡者に襲われた。

 

 

「鵺野先生!避けて下さいと言っているでしょ!!

 

何で、わざわざ亡者に向かっていくんですか!!」

 

「いやその、あの……俺はね」

 

「このゲームオンチ!」

 

「う…」

 

「私がやる!!

 

?!

 

 

この町……どこかで見たことありませんか」

 

「え?」

 

「病院……学校……駅……そして公園。

 

それに、ここは麗華君達の家の神社。すべての位置は」

 

「じゃあ」

 

「まさか」

 

「そうです」

 

(童守町)

(童守町)

(童守町)

 

「亡者に追いやられて、あの丘の上の建物に行くようになっています」

 

「町中の壁にある文字の意味は?」

 

「分かりません……超古代文字のようだが……」

 

「何か、どっかで見たことある字だな……」

 

「本当か?」

 

「前に京都に行った時、蔵の中で似たような文字を見たんだ」

 

「……着きました。

 

 

中へ入りますよ……」

 

 

「邪魔はさせんぞ!!!」

 

 

画面から突然顔が浮き出てきた。ぬ~べ~は鬼の手を出し闘おうとしたが、鬼の手は既に石化していた。

 

 

「鵺野先生!!麗華君!!分かった。あの壁の字は……

 

この石化の呪いをかけるための呪文だったんだ!!我々は町を歩くことで、全て呪文を意識の底に送り込まれてしまった……我々は負け」

 

 

激しい音に、部屋に来ていた郷子達は、中にいる玉藻達に呼び掛けたが、応答がなかった……広は、ドアを体当たりし中へと突っ込んだ。

 

 

中には石化したぬ~べ~と玉藻、そして麗華と焔達が立っていた。

 

 

「ぬ、ぬ~べ~!!麗華!!

 

まさか、本当にやられちまったのかよ!!」

 

「死んじゃ嫌!!ぬ~べ~!!麗華!!

 

返事してぇ!!」

 

 

体を揺らすと、ぬ~べ~は床に倒れた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

部屋の外へ出て、病院の外にいた美樹達にぬ~べ~の事を話した。

 

 

「呪いなら、何とか解く方法があるはずだろ」

 

「どうやって!?

 

ぬ~べ~も玉藻もあんなになっちゃったのよ!?」

 

「手掛かりは、晶が握っていたこの紙だ。

 

呪いのソフトをやりながら、地図を描いてたんだ。童守町のこの丘のここに何かがある」

 

「ま、まさか俺達だけで、何とかするなんて言うんじゃないだろうな」

 

「バカ言ってんじゃないわよ!!ぬ~べ~と玉藻先生、それにあの麗華がやられるほどの相手なのよ!」

 

「霊力も無い僕等がどうするのだ!!」

 

「じゃあどうする気だ!!

 

晶は三日で、死ぬんだぞ!!見捨てる気か!?」

 

「……」

 

「……もう、泣いてなんかいられない。

 

俺達だけで、解決するしかない!」

 

 

「ハハハハ!止せ止せ。命を落とすぜ」

 

 

笑い声と共に、茂みから見覚えのある人物が姿を現した。

 

 

「ひ、陽神明(ヒノカミアキラ)!!」

 

「君等の手に、おえる相手じゃないぜ」



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潜入!!呪いの百刻館

広達の前に現れたぬ~べ~(明)……

 

 

「君等にこの事件を解決するのは、無理だ!」

 

「何だと!?」

 

(陽神君……

 

ピンチになると、いつも来てくれる……不思議な人)

 

(チ!郷子の奴、またボーっとなってやがる……)

 

(キャー!陽神君。また会えるなんて、何かラッキー!

 

でも……本当に、人間かしら?正体は何者?)

 

(あーコイツの言う通りだ……ヤバい事に首突っ込むのはやめよう)

 

(手伝ってくれないかな?陽神君なら、頼りになるのだ)

 

「ま、事件の事は警察に任せて、君等は家で宿題でもやって待ってるんだな」

 

 

言い放った瞬間、彼の背後から何者かが頭を思いっきり殴った。そしてそれに続くようにして、広がぬ~べ~(明)の頬を殴った。

 

 

「え?誰?!」

 

「君は……」

 

 

ぬ~べ~(明)を殴ったのは、紺色の長い髪を一つに結い、青い袴に身を包み方に子ぎつねを乗せた少女だった。

 

 

「ったく、何偉そうに言ってるのよ。陽神」

 

「……」

 

「そうだ!

 

お前に何が分かる!!警察や大人は、呪いのゲームの事何か、信じてくれないんだ!!

 

ぬ~べ~や晶を助けられるのは、俺達しかいないんだ!!

 

お前に分かるか!!俺達にとって友達や先生がどれだけ大事か……お前に!!

 

 

ちっ!!行こうぜ。

 

こんな奴に構っているだけ時間の無駄だ!」

 

(広……)

 

 

広達が去って行くと、郷子がぬ~べ~(明)にハンカチを差し出し殴られた頬を拭った。

 

 

「ごめんね……私分かってるわ。

 

きっとあなたは、また一人で解決するつもりだったんでしょ?

アナタが何者かは知らないけど、それこそ無謀よ。

 

 

出来るなら、協力して欲しいわ……」

 

 

病院へ戻った広達は、ぬ~べ~達がいる病室に入った。

 

 

「完全に石化してる……本当に馬鹿教師だな」

 

「う……」

 

「とりあえず、石化したぬ~べ~達はどこかに隠しておこう」

 

「そうね……知らない人が見つけて粗大ゴミに出しちゃうかもしれないし」

 

(あの時……俺は咄嗟に陽神の術で、肉体を脱出したが……玉藻は助けられなかった。

 

玉藻はともかく、コイツは……)

 

 

そう思いながら、ぬ~べ~(明)は隣にいる少女に目を向けた。

 

 

石化したぬ~べ~達を郷子達は、ロッカーの中へ無理矢理入れ、ベッドに寝ている晶に必ず助けると言い病院を後にした。

 

 

しばらく歩き、煙草屋の前の公衆電話から雪女に電話した……だが、雪女は仕事の関係で北海道に行っていた。

 

 

「どうする?

 

本当に私等だけでやるの?」

 

「今更後に退けるか。

 

そう言えば、さっきから気になったんだけど……お前、何者だ?」

 

 

広は後ろにいるぬ~べ~(明)と一緒にいた少女に問いかけた。

 

 

「神原司(カンバラツカサ)、小学四年生です。それから、この子狐は私が飼っている焔です。

 

陽神君に用があって、童守病院に来たんですが、どうやら一大事みたいですし……

 

 

私も手伝うことがあるなら手伝います。これでも一応、霊媒師の血を引いてる身なんで」

 

「本当か!」

 

「それは助かるわ!

 

あ、そうだ。自己紹介まだだったわね……私、稲葉郷子!」

 

「俺は立野広」

 

「俺、木村克也」

 

「僕は、栗田まことなのだ。

 

これでも、小学五年生なのだ」

 

「私、細川美樹よ。美樹お姉様と呼びなさい!」

 

「呼びません。

 

 

それより皆さん、丘に行く前に私の古い友人の家にいきません?

 

武器も持たずに行くなんて、死に行くようなものですし」

 

「それもそうだな……よし、行くか!」

 

 

そう言われ、郷子達は司について行った。前を歩く司に、ぬ~べ~(明)は話しかけた。

 

 

「お前がいて助かった……麗華」

 

「やっぱり、アンタには分かったか」

 

「当たり前だ。

 

まさか、お前が札で脱出したとはな……」

 

「見縊らないでよ。

 

言っとくけど、陽神の術と違って霊力は普段と変わらないから」

 

「……」

 

「全く、咄嗟だったから姿が狐になっちまった……」

 

「いいじゃない。その姿も可愛いよ、焔」

 

「……」

 

 

頬を赤くし、焔はそっぽを向いた。

 

 

しばらく歩いて行き、郷子達が付いた場所は麗華(司)の家だった。

 

 

家に着いた麗華(司)は、山の中にある蔵へと行き、鍵を開け中に入った。

 

 

「すっげー!麗華ん家、蔵もあるんだ……って、お前麗華と知り合いなのか?司ちゃん」

 

「はい。以前除霊の時に、助けてもらったことがあって……それ以来、文通しながら連絡しているんです。

 

私、東北の方に住んでいるんで」

 

「え?じゃあ、何で今」

 

「持病があって……寒い東北より、設備が整った都会の方が良いだろうってことで、一人こっちの病院へ来てたんです」

 

「寂しくないの?親と離れて暮らして」

 

「大丈夫です。

 

父も母も、仕事で家にいませんし……

 

 

それに今は退院して、親戚の家に住んでますし」

 

「そうなの……」

 

「けど、何で陽神に用があったんだ?」

 

「彼も文通相手の一人で、童守町で起きてる事件を調査するのに手伝ってもらいたくて……待ち合わせ場所を病院して、待ってたんです。

 

 

あ!ありました!」

 

 

一つの木箱を見つけた麗華(司)は、蔵から出て来た。木箱の蓋を開けると、中には五つの短剣が入っていた。

 

 

「霊力の弱いあなた達でも、使える短剣です」

 

「短剣かよ~。

 

どうせなら、麗華や龍二さんが使ってるような薙刀や剣がいいなぁ」

 

「……持ってみます?」

 

「え?」

 

「麗華さんと同じ薙刀を持っているんで、よかったらどうです?」

 

 

そう言いながら、麗華(司)は自身の薙刀を出しそれを彼に向かって投げ渡した。受け取った広だったが、貰った瞬間その薙刀はとても重く彼は一緒に床に倒れてしまった。

 

 

「お、重い……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「こ、こんな重いもの……お前も麗華もいつも持ってたのか?」

 

「まぁ、そうですね」

 

 

麗華(司)は薙刀を拾い、軽々と振りながら広に答えた。

 

 

「陽神には、これ貸すよ」

 

 

そう言いながら、麗華はぬ~べ~(明)にヨーヨーを渡した。

 

 

「これは、霊殺石」

 

「麗華さんの家に生まれて始めに扱う武器だそうです。

 

霊力の低い、あなたなら丁度いいでしょ?」

 

 

悪戯笑みを浮かべながら、麗華はぬ~べ~(明)を見た。

 

 

「つーか、お前も行くのかよ」

 

「陽神君は何かといて、便利ですから。

 

いればいるだけで、案外頼りになりますよ」

 

「まぁ……司ちゃんがそう言うなら」

 

 

気が進まない広だったが、武器も整ったところで、彼等は明が書いた地図を頼りに歩いて行った。

 

 

「麗華、悪いな」

 

「別にいいって。

 

アイツ等が何か仕出かすのを感ずいて、アンタ陽神の術を使ったんでしょ?」

 

「まぁな」

 

「私もそうだし。

 

さっきも言ったけど、霊力はアンタより私の方があるから、そこん所はよろしく」

 

「この不良娘が」

 

 

丘を歩いて行く広達……以前言ったオーパーツを見つけた童守遺跡のすぐ傍に、古い館が建っていた。

 

 

「この洋館が、ここにあの呪いのゲームを作った奴がいるのかも……」

 

(やばいぞ……まるで、刺すような妖気を感じる)

 

 

ぬ~べ~(明)が感じる様に、麗華(司)と彼女の肩に乗っている焔は毛を逆立たせて、威嚇の声を上げた。

 

 

(結構、ヤバいか……)

 

 

そんな彼等を、洋館の窓から黒い帽子とマントを被った物が眺めていた。

 

 

「ヴェロキラフユラヌラトトニラ……

 

ロロトヌラアユヌフラ……」

 

 

眺めていた者は呪文を唱えた……すると、庭に置いていた岩が光り出し空からつるべ落としが降ってきた。

 

 

「キャー!!」

 

「そ、空から妖怪が!?」

 

「これはつるべ落とし!」

 

「つるべ落としって、確か樹上から人を襲い、生気を喫ってミイラにする妖怪よね?」

 

「そのはずだが……何で、こんな所に!?」

 

「外は危険だ!

 

屋敷の中へ入れ!!広君、頼む!」

 

「お、おう!」

 

 

広は克也と共に、扉を体当たりし中へと入った。全員が中へ入った瞬間、扉は締まりビクとも動かなくなった。

 

 

「あ、開かない」

 

「窓も鉄格子が」

 

「どうやら……この主人は俺達を、大歓迎で招き入れてくれるようだ」

 

「とにかく、ゲームの呪いを解くカギはこの館の主が握ってるはずだ。

 

探し出して、話を聞こうじゃないか」

 

 

そう言い、広達はぬ~べ~を先頭に廊下を歩いて行った。絵画が飾られた廊下を歩く広達……彼等を絵画の目から覗く黒服の者は、再び呪文を唱えた。その瞬間通り過ぎた絵から庭に会った石が浮き出て光り出した。

 

その瞬間、広は背後から異様な気配を感じ後ろを振り向いた。そこにはしょうけらが唸り声をあげていた。

 

 

「キャァアアア!!」

 

「しょうけら……こんな妖怪がなぜ、突然……」

 

「よっしゃぁ!闘うぞ!」

 

 

そう言いながら、広達は短剣を構え一斉に飛び掛かった。だがしょうけらは、そんな彼等の攻撃を防ぐかのようにして、腕を思いっ切り振り短剣を吹っ飛ばした。

 

 

「剣が!!」

 

「危ない!!」

 

 

しょうけらの攻撃に当たり掛けた広を、ぬ~べ~(明)が助けた。二人の前に麗華(司)は立ち、持っていた薙刀を構え攻撃しようと、振りかざした。

 

だがその瞬間、しょうけらの背後から何者かが飛び出てくるなり、持っていた武器を振り下ろした。しょうけらは力無く倒れ、それと共に武器を持った者が広達の前に立った。

 

 

「霊能力もロクに使えないくせに、無茶はよしたまえ……陽神君」

 

(この妖気……)

 

(まさか……)

 

 

ハンチング帽を被り、首さすまたを手にした少年は、麗華(司)とぬ~べ~(明)を見て微笑した。

 

 

「そんなことより、僕と陽神君、それから神原さん以外は、早くこの館を脱出した方がいい。

 

 

僕なりに調べて分かった。

 

ここは妖怪を自在に操る、妖怪博士の館だ」



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妖怪博士の秘密

「ここは妖怪博士の館だ。

 

早く脱出した方がいい」

 

「はあ!?妖怪博士!?」

 

「な、何者よあんた」

 

「僕は……

 

南雲京太(ナグモケイタ)。陽神君達とまあ、友達ってとこだ」

 

「そうなのか?」

 

「あ、あぁ。まぁな」

 

「文通相手の一人です、彼は」

 

 

そう答えながら、ぬ~べ~(明)と麗華(司)は京太の傍へ行き耳元で囁いた。

 

 

「フッ……しかしお前にも、陽神の術が使えるとは思いもしなかったぜ。

 

 

玉藻」

 

「やっぱり玉藻か」

 

「気に魂をくるんで固定化する……鵺野先生が以前やっていたのを見て真似たのですよ。

 

しかし、あの呪いのゲームに襲われな時は、余りに急だったため、子供の姿までしか気を練る時間が無かった。

 

先生も麗華君もそうなのでしょう?」

 

「あぁ」

 

「まぁね(おかげで焔は、狐の姿にしかなれてないし)」

 

 

「しかし……ププッ!

お前が……ククッ!

半ズボン……ウププ!

 

よく似合うぜ、たーまちゃん」

 

「無礼な!」

 

 

持っていた首さすまたで、玉藻(京太)は、ぬ~べ~(明)を殴った。そんな彼を麗華(司)辞めろと言うように玉藻に話し掛けているようだった。

 

 

「何か、仲悪そう……」

 

 

廊下にいた広達を、玉藻(京太)はダイニングへ入りながら話した。

 

 

「とにかく、君達をこの館から出してやろう。

 

その後で僕と陽神君、そして神原さんがこの館で妖怪博士の謎を解く」

 

「お前といい陽神といい、どうして俺達を邪魔者扱いするんだ!!

 

まるで俺達じゃ何も出来ないみたいに!!」

 

「君等だって同じ小学生なのだ!!」

 

「そうよ!!皆で力を合わせて解決しましょうよ!!」

 

「フッ……力を合わせるだと?

 

くだらん、笑わせるな」

 

「何だと!?

 

俺達とお前等で、実力が違うとでも言うのかよ!!」

 

「そうだ!」

 

「おい、よせ!」

 

「彼等がいた方が、私はいいと思う。

 

麗華さんの話によりますと、彼等はとても勇敢だと聞いていますが」

 

「その勇敢が、邪魔なのです」

 

「テメェ!!五年三組を舐めるな」

「待て!あれは!」

 

 

殴ろうとした広を止め、ぬ~べ~はダイニングの二階のテラスにいる人影を見た。

 

 

「君達……私の館で……何を騒いでいるのかね」

 

「あ、あれが!!」

 

「妖怪博士……」

 

「ククク……私の館に入った以上、命は無いぞ」

 

「お前か!

 

あのゲームを作ったのは!子供達の命を奪う呪いのゲームを!!」

 

「ククク……その通り。

 

あのゲームでもう、全国で百人が死んだ……原因不明ということでね。

 

だが……私の計画には、もっともっとたくさんの子供の命が必要だ……ハハハハハ!!」

 

「鎌鬼よりはマシか」

 

「コラ!」

 

「くそ!許せねぇ!

 

妖怪博士!俺達と勝負しろ!」

 

「よせ広君!!」

 

「クックック……勝負だと?」

 

「いくぞ!」

 

「よせ!」

(何か、凄い嫌な予感が……)

 

「ひょうすべ!!」

 

「だいだらぼっち!」

 

「ぬらりひょん!」

 

「ねねこがっぱ!」

 

「べとべとさん!」

 

「口裂け女!」

 

「どうだ?!参ったか!

 

俺達の方が、妖怪博士だろう!」

 

「だてにぬ~べ~クラスにいないのだ!」

 

「見て!かなり怯んでるわよ!」

 

 

彼等の攻撃に、ぬ~べ~(明)達は呆れて頭を抱えた。

 

 

「広君……僕はそんな意味で、奴を妖怪博士と言ったのではない。奴は……」

 

「えっ」

 

「ククク……そうかね。口裂け女がリクエストか。

 

ヴェロキラススマアユヌフラママニチチチカカフ……フユラユラマニラメヌルヲルラ」

 

 

呪文を唱えると、全員の後ろに置かれていた岩が光り出した。

 

 

「見ろ!あの床にある装置を」

 

「彼は、超古代文明の研究から、妖気を操る術を解決したんです」

 

「何だって!!」

 

「空気中にある妖気が、みるみる凝縮されていく……」

 

「ククク……我が憎しみよ形となれ!

 

ハハハハハ!!」

 

 

光り出した岩から口裂け女が姿を現し、彼等に攻撃した。

 

 

「ワタシ、キレイ?」

 

「口裂け女を作った!?」

 

「しかもでかい!!」

 

「ポマードポマード!」

 

「陽神君!神原さん!」

 

「おう!」

「了解」

 

 

首さすまたを振り回し、玉藻(京太)は攻撃しその後に続くかのようにして、麗華(司)も薙刀で攻撃した。

 

 

「陽神の術では、私の妖力も普段の二十分の一ほどしか無い。しかしこの、妖狐一族に代々伝わるさすまたは小物妖怪を倒すぐらいの力はある」

 

「口を動かしている暇があるなら、攻撃に集中しな。

 

ただでさえ二人共、霊力は私より低いんだから」

 

「何者だ?」

 

 

二人に続いて、ぬ~べ~(明)も麗華(司)から借りた霊殺石の玉を振り攻撃した。彼の攻撃で口裂け女は難なく倒され、三人はハイタッチした。

 

 

「す、すげぇ……」

 

「僕達の実力が、はっきり分かっただろう」

 

「うるせぇ!」

 

 

妖怪博士はしばらく三人を見詰めると、すぐに別室へ入った。

 

 

「あ!」

 

「逃げるか!待て!」

「追い掛けるな!罠かも」

 

 

博士は部屋へ入る寸前に、何かのリモコンのスイッチを押した。すると追い掛けてきたぬ~べ~(明)と玉藻(京太)が立つ床が開き、彼等はそのまま地下へ落ちていった。

 

 

「あの二人……人の忠告を聞かないから」

 

「陽神君!!」

 

「実力あるんじゃ無かったのかよ」

 

「大丈夫……こんな事で死にませんよ。彼等は」

 

「しかしこれで、俺達だけになっちまったぜ!」

 

「どうすんのよ!どうすんのよ!」

 

「お前等、あんだけあの二人に馬鹿にされて悔しくねぇのかよ!俺達だけで解こうぜ!」

 

「そ、そうだよな……」

 

「そうだそうだ!

 

僕等ぬ~べ~くらすなのだ!」

 

「ちょっと、皆本気?」

 

「司ちゃん、俺達に力を貸してくれ」

 

「もちろんです。

 

二人に見返してやりましょう」

 

「おうよ!」

 

 

ダイニングから出た郷子達は廊下を歩いた。

 

 

「なぁ、司ちゃん」

 

「はい?」

 

「何で、こんなに俺等に協力してくれるんだ?

 

陽神や南雲は、俺等のこと邪魔者扱いしたのに」

 

「あなた方が闘えると判断したからです。

 

クラスの仲間のため、命を賭けてこのボスがいる館へ来た勇気……それを見てあなた方なら負けない!そう思ったからです」

 

「な、何か照れるな」

 

「後輩なのに、何か同い年に言われているみたい」

 

「ねぇ、本当に小四なの?司ちゃん」

 

「はい。小四です(実際は、アンタ等と歳一緒だけどな)」

 

 

廊下を歩く広達……すると麗華(司)と焔は、妖気を察知し素早く薙刀を構え後ろを見た。廊下の角から、妖怪の大軍が広達に押し寄せてきた。

 

 

「で、出たぁ!!」

 

「速く逃げて下さい!!」

 

 

広達は一斉に走り出し、麗華(司)は薙刀を使い追い付いてくる妖怪を退治するが対応が追い付かなかった。

 

 

(数が多過ぎる!!

 

これじゃあ、間に合わない!)

 

 

 

その頃、ぬ~べ~(明)達は……

 

落ちた穴にあった石柱に串刺しになっていた。

 

 

「油断しましたね」

 

「陽神の体じゃなかったら、即死だったな。

 

しかしまずいな……広達と離れてしまった」

 

「あの子達は普通の人間ですからね……

 

けど、彼等には司君がいます。何とかなりますよ」

 

「そうだが……

 

 

とにかく急いで戻ろう」

 

「妖力もロクに使えない……全く不自由な体です」

 

「あの横穴から出られそうだ」

 

 

登っていた壁にあった穴に入り、ぬ~べ~(明)と玉藻(京太)は穴の中を歩き出した。

 

 

「ところで、あの妖怪博士のことを調べたと言ってたな」

 

「えぇ。百刻館の持主は学会の記録に載っていましてね。

 

 

本名、百鬼久作(ナキリキュウサク)。

十年前、童守遺跡の調査のため妻と共にこの館に移り住んだ。童守遺跡はご存知の通り、超古代文明の遺跡です。

彼の研究によれば、超古代文明は「気」を科学的エネルギーとして捉え、これを利用して現代とは全く異なった文明を築いていたというのです。

 

彼はそれを学会で発表したかった……しかし「気」は目に見えない。

そこで彼が考えたのは、比較的目に見えやすい「妖気」を空中から集めて妖怪を作る装置でした……

 

しかし、学会に参加した科学者達は彼等をインチキだと言い、作動中の石に触れようとしたんです。妻はそんな彼等に注意しようと駆け寄った時、電磁波にやられ妻を助けようと博士もその中へ飛び込みました。

 

 

彼の妻は死に、彼自身も大怪我を負った……そして」

 

 

「そして彼は、妖怪博士と呼ばれるようになり……人々の前から姿を消した。

 

世間に残っている記録は、そこまでかな。

 

 

私の恨みの深さ……分かってもらえたかな?」

 

 

後ろを振り向くとそこには、顔を覆っていた包帯と帽子を取る妖怪博士……久作が立っていた。

 

 

「分からないな……

 

それと呪いのゲームで、子供達の命を奪っていくのと……どう関係があるのか」

 

「ククク……それを聞くに必要はあるまい……

 

君達と一緒に来たガキ共はもう死んだ頃だ……そして、少しばかり手強い君達もここで死んで貰う。

 

 

この石はね、超古代の軍事兵器だ。一種の鎧のようなものと言ってもいい」

 

 

懐から取り出したオカリナの形をした翡翠を手にしながら、久作は二人にそれを見せ説明した。

 

 

「だが、石は常に大気中の妖気を吸収し続け、その力で恐ろしい攻撃力と防御力を持つ……これを纏った者は、最強の妖怪ソルジャーとなれるのだ。

 

ヘキト!」

 

 

呪文を唱えると、石は輝きそして大気中に漂っていた妖気を吸収していった。

 

 

「凄い妖気だ!!」

 

「きますよ、陽神君!!」

 

 

久作は石の鎧に身を包み、二人を見下ろした。

 

 

「クックック!!

 

妖怪博士の力、思い知れ!!」



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妖怪ソルジャーの脅威

「これが、妖怪ソルジャー……超古代の戦士の姿だ!」

 

「妖力の鎧を纏った人間か」

 

「おいそれと、通してくれそうにありませんね」

 

「ククク……覚悟はいいな?

 

行くぞ!!」

 

 

物凄いスピードで、久作は突っ込んでいった。余りのスピードに、二人は彼の攻撃を避けることが出来ず諸に当たってしまった。

 

 

「この鎧は空気中の、妖気を大量に取り込んでエネルギーにしている!

 

人間がこれを纏えば、強い妖怪と同じ力を得ることが出来るのだ!そう……鬼や天狗と同等の力をな!!」

 

 

攻撃の勢いで、二人は壁に叩き付かれ血を出した。

 

 

「フ……もうおしまいか?

 

わりとあっけな」

 

「あ~、びっくりした!」

 

「どうもこの体は、死なないと思うと防御に隙が出来ますね」

 

 

二人は体をもとの形に戻し、久作から離れ武器を構えた。

 

 

「なるほどコイツ等、気を練って作った肉体なのだ。

 

文献で見たことがある……高度な霊能力者だけが使える「陽神の術」……これがそうか」

 

 

玉藻(京太)は、首さすまたを分解しさすまたを手に着け、ぬ~べ~(明)に合図を送った。ぬ~べ~(明)は、殺生石を構え飛び上がった。

 

 

「この石は、妖気の体に対しては、加速度がつくほどのダメージが与えられる!」

 

「おっと!外れ」

 

 

ぬ~べ~(明)の攻撃を避けた久作だが、彼の攻撃の後に玉藻(京太)が姿を現し、久作は攻撃した。

 

 

「己、ちょこまかと!」

 

 

玉藻(京太)を攻撃し、彼は飛ばされ壁に叩きつけられた。その隙を狙い、ぬ~べ~(明)は殺生石を柱から回転させ、久作の顔に攻撃した。

 

 

「さっきはわざと外したのさ!

 

柱に引っ掛けた方が、勢いがつくからね」

 

「妖怪博士……

 

アナタも学者なら、気付いたでしょう。僕達の体は、粘土と同じで何をしても無傷」

 

「だよ~ん!」

 

「一方あなたは、僕達の攻撃で少しずつだが、ダメージを受けている。

 

このまま闘い続ければ……あなたに勝ち目はない!」

 

「フッ……ハハハハハ!!

 

子供騙しのハッタリは止せ!生憎この鎧は、再生能力があるんでね!

 

 

それより君達こそ、妖気で出来た、この鎧で攻撃を受ければ気と気がぶつかり合って……少しずつ、気が飛び散って減少し……ダメージが増えていくんじゃないのかね?」

 

「っ……」

 

「さて……ではこの辺りで、この鎧の本当の力をお見せしよう。

 

ヴュラルラウリルラムヘキトム!!」

 

 

呪文を唱えると、久作の肩から別の妖怪が出てきた。

 

 

「な、何だ!?肩から妖怪が!?」

 

「違う!!あれは、超古代の破壊兵器」

 

「死霊玉!!」

 

 

肩から出てきた妖怪は、口から光線を出し二人に攻撃した。二人は何とか攻撃を避け、煙が上がっている方を見た。そこには悲痛の叫びをあげる、怨霊達がいた。

 

 

「こ、これは……奴の放ったのは、死者の霊気の玉?」

 

「しかも、凄い数の……」

 

「そうだ……空中には何千何万の、成仏していない霊が漂っている……

 

それらの霊をかき集めて、発射したのだ。今ので幽霊百人分の霊気だ。しかも死霊玉は、その怨念によって色々な種類がある。今のは事故等を物理的な力によって死んだ霊の玉。

 

そしてこれは!!」

 

 

肩の妖怪が口から放った人魂は、二人に向かって突進しそして爆発した。

 

 

「家事などの火によって死んだ、霊の死霊玉」

 

「うわ!」

 

「す、凄い高熱だ!」

 

「そしてこれは飢えで死んだ者達の霊だ!」

 

「くそ!!舐めるなよ!」

 

「貴様の大道芸に、付き合ってる暇はない!」

 

「君等に私は倒せん!!喰らえ!殺人によって、死んだ強い怨念の死霊玉!!

 

直撃!!」

 

 

二匹の妖怪が放った人魂は、二人に直撃し爆発した。

 

 

「く、クソ……人間如きにここまでやられるとは……」

 

「畜生……こうしている間にも、広達は……(麗華、持ち応えてくれよ)」

 

「私は負けん……愛する者のために」




一方、広達は……


「早く!!早く、走ってください!!」


麗華(司)の呼び掛けに、広達は背後から追ってくる妖怪達から逃げていた。麗華(司)は、札と薙刀で何とか退治していくが、全く数が減らずそれどころか増える一方だった。
広達が角を曲がった時、そこに道が無く壁が広がっていた。


「い、行き止まりよ!!」

「どうすんのよ!広!司ちゃーん!」

「どうするもこうするも……」

「短剣を出して、何とか闘って下さい!!

いくら私でも、対処しきれません!(こんな時、氷鸞と雷光がいれば……一緒に石にされちゃってるから……)


焔、火を放って!」

「承知!」


焔は麗華の前に立ち、火を放った……だがいつもより威力が弱く、妖怪達は怯むことなく彼等に攻撃していった。


「わ―!!」

「助けてぇ!」

「くそ!」

「畜生、無力だ!

俺達は……やっぱり、陽神の言う通り何の役にも立たない子供なのか……


ぬ~べ~…晶…麗華……ゴメン」


「力を貸します……さぁ」


強い光が放ち、妖怪達はそれを嫌うかのようにして、広達から離れ逃げて行った。


「妖怪達が、逃げていく……」

「司ちゃんが?」

「いえ…私は……」

「あの絵から出た、光のせい?」


美樹が見た絵は、壁に掛かっている天使の絵だった。まことが手を掛けると、絵は動き開いた。


「この絵、開くのだ!中に部屋が!」

「ええ!?」

「一体何が……」


「!!」


中へ入ると、そこには水が入った巨大な水槽の中に、半分火傷を負った女性が入っていた。


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大反撃

水槽を眺める広達……


「酷い怪我……死んでるのかしら?」

「バストは八十五ってとこか」

「あなたは、何を言っているんです?」


水槽の近くには、光を放つ白い玉が置いてあった。


「この玉、何だ!?」

「突いてみるのだ」

「触らないで!!」


光の玉から、突然あの時聞こえた声が聞こえた。


「私は……百鬼恵子(ナキリケイコ)。

妖怪博士……百鬼久作の妻です」

「えぇ!!!?」

「夫が夫なら、妻も妻よねぇ」

「結婚式とか凄かったんでしょうねぇ!」

「そんなはずないじゃないですか!!」

「……あら?」


傍に置いてあった机の上に、写真立てが置いてあり、郷子はそれを手に取り写真を見た。写真には若い男女が映っていた。


「……私達は、童守遺跡の研究をしていた学者夫婦でした。

そして、そこで発見した超古代の装置を学会で発表したのです……


あなた達も見た、あの妖怪を作る装置です……しかし」

「インチキだって言って、他の学者たちはその装置を壊そうとした……それを阻止しようと、妻が入ったがその途端、電気が流れ妻はそれをもろに喰らい、死亡……そんな妻を助けようとした夫も、重傷を負った」

「そうです……

夫は、死んだ私の体を持ち帰り、古代の技術と現代の科学を使って……何とか生き返らせようとしました。

しかし、私の魂はもう、肉体には戻りませんでした」

「当たり前だ。

一度抜けた魂を戻すなど、不可能に近い……」

「そして、夫は変わったのです……」


『フハハハハハ!!見ているがいい!世間の奴等め!!

私は誓う!!例え悪魔に心を売ってもでも、貴様等に復讐し……妻を生き返らせてみせるぞ!!』


「俺から夫は、憑りつかれたかのように、古代の文書を解読を続け、ついに……


超古代文明が生み出した、最強の人造妖怪大蛇。

その圧倒的な、妖怪を使えば妻の私を生き返らせることもできるし……究極の破壊兵器としても使える……
夫は、とうとう大蛇を作り始めました。まず、この館の地下に巨大な大蛇発生装置を作り……

大蛇の核となる、若く新鮮な魂を集めるため、呪いのゲームを作り子供達の魂を奪い始めたの……それが呪いのゲームの正体よ」

「クッ……それで、晶やたくさんの子供達が」

「大蛇の魂を作るための、生贄にされたのね!」

(ついこないだ、その大蛇に殺され掛けて、危うく京都が消えかけたのに……)

(また殺され掛けるのかよ……)

「子供達だけではありません……

もしも大蛇が誕生すれば、その圧倒的な妖力で……日本は三日で廃墟になるでしょう」

「でもさー、オバサン……何で妖怪博士の妻のあんたが、そんなことを教えてくれるんだ?」

「オバ……


あの人を、助けたいの。可哀想なあの人を……


私は、あの人を助けたい……歴史上最大の悪人になってしまう前に……

お願いです……あの人の計画を止めてくれませんか……」

「え……」

「ど、どうやって」

「方法は一つだけ……

悪の妖気の究極の妖怪が大蛇なら、それに対極する正義の究極妖怪がいるのです。


超古代……大蛇を打ち破るために作られた……もう一つの究極妖怪……それをあなた達が作るのです!
難しくはありません。それは夫が地下に作った大蛇発生装置で作れます。あなた達は、装置の上に立ち心を一つにして、究極妖怪生成の呪文を唱えればいいのです」

「よ、よし!それくらいならできそうだ!」

「うん!やるわ!」

(そんな究極妖怪いるなら、私達の時に助けてもらいたかったわ……)

「何て唱えればいいのだ?」

「それが……

夫は、その呪文を書斎の金庫に隠しているのです。書斎は北館の最上階です」

「と、遠いなぁ……」

「けどやりましょう!」

「そうだな!やろう!

それで晶やぬ~べ~、麗華が助かるなら」

「うん!やろうやろう!」

「ありがとう…いい子達。


その机の引き出しに、古代のお守りが入っています。持っていきなさい……きっと約立つはずです」

「へぇ」


机の引き出しを開けると、中には五つの勾玉が入っていた。


「きっと俺達が」

「解決するわ」

「ありがとう!オバサン」

「お、オバ……」


勾玉を個々に持ち、部屋を出て行った。出る前に麗華(司)は、後ろを振り返り稽古の魂を見た。


「……やはり、あなたは」

「もし、究極妖怪が役に立たなかったら、私達が倒してあげる。一度倒したことがあるから」

「お願します……」


笑みを浮かべると、麗華(司)は広達の後を追いかけて行った。


「我が計画の邪魔はさせん!!」

 

 

久作は腕から光線をぬ~べ~(明)と玉藻(京太)目掛けて放った。二人は素早く避け、久作の前に立った。

 

 

「ちょこまかと逃げ回っても、もう打つ手はないはずだ。

 

観念しろ」

 

「どうする、陽神君」

 

「うん……

 

神原から、もしもの時にって持たされたものがあるんだ」

 

 

言いながらぬ~べ~(明)は、ポケットから筒を出した。

 

 

「調伏焔(チョウブクノホムラ)。

 

これは炎の神……不動明王の印を込めた火薬で、霊能力者じゃなくても、炎で悪霊を退治できるグッズ」

 

 

説明すると、ぬ~べ~(明)調伏焔を久作目掛けて投げた。すると調伏焔は火を放ち、久作の腕の妖怪を攻撃した。

 

 

「何だ!このちんけんな炎は」

 

 

腕に着いた炎を振り消しながら、久作は嘲笑った。

 

 

「使えそうですね」

 

 

互いの顔を見合うと、二人は振り返り別の部屋へと移動した。その後を久作は追いかけて行った。中へ逃げた後、ぬ~べ~(明)は天井に上り、玉藻(京太)はそのまま走って行った。

 

 

「調伏焔を殺生石とくっ付けてと……

 

見てろ、妖怪博士」

 

 

着け終るとぬ~べ~(明)、走ってきた久作の背中に飛び乗った。久作は背中に乗ったぬ~べ~(明)の事に気付かず、玉藻(京太)を追い駆けた。

 

 

「待てというのに!!逃げても無駄だ!!」

 

 

走っていた玉藻(京太)は、急に立ち止まり久作の方を振り向いた。

 

 

「もういいだろ。後ろを見てごらん」

 

「何……!?」

 

 

後ろを振り返ると、背中に乗り笑みを見せるぬ~べ~(明)が乗っていた

 

 

「発射!!」

 

 

そう言うと、ぬ~べ~(明)の伸びていた人差し指を動かすと、先程天井に仕掛けていた殺生石が動き、引っ張られる勢いのまま、久作の背中に当たった。彼の背中に当たるとともに爆発し、する寸前にぬ~べ~(明)は素早く飛び上がり離れた。

 

 

「油断大敵って奴だ」

 

「お、己ぇ……

 

子供のくせに、図に乗りおって」

 

「子供じゃないんだよね……実は」

 

「僕なんか、四百歳だよ」

 

「己……己ぇ!!はああ!!」

 

「げ……また妖気を吸収しているぞ」

 

「再生していく……きりがない」

 

 

妖気を集める久作は、姿を変えた。

 

 

「何と」

 

「言ったはずだ……この石は超古代の兵器、妖気を吸収して攻撃力を得る……

 

闘いの状況に合わせて、変形することもできるのだ!

 

 

死霊砲!!」

 

 

背中に出来た砲から、人魂を放ち二人に攻撃した。圧倒的に威力の違う魂を、二人は避けることが出来ずに喰らった。

 

 

「く……命中率が、上がってる……」

 

「畜生……こんなことしている間にも広達は……

 

神原だけじゃ対処しきれない……

 

 

広達……あの子達は霊能力がない……早く助けに行かないと(あの子たちは、無力なんだ……)」

 

 

 

その頃、広達は北館の最上階にある書斎へ向かっていた。

 

 

「ようし!やるぞ!

 

俺達で、この事件を解決するんだ!見てろ、陽神!!」

 

「ねぇ広、ちゃんと道考えて走ってる?

 

広!?」

 

「行っくぜぇ!!」

 

 

走って行こうとした広の服の襟を、郷子は掴み彼を止めた。

 

 

「あんたは猪か!!ただでさえ、迷路のような館なのに!!

 

 

まず、二階にある階段を探すのよ!そして渡り廊下で、隣の建物に移る」

 

「ほうほう」

 

「あの北館の最上階に、正義の究極妖怪の呪文が隠されているのよ!」

 

「なるほど階段ね!

 

階段、ほな行きまひょう」

 

「能天気ねぇ」

 

「だってよぉ、妖怪博士の奥さんがくれたヒントで、もう勝ったも同然だろ?」

 

「も!何、安心しきってるのよ!」

 

「言っときますけど、絶対勝てるなんて保証はありませんよ。

 

麗華さんから聞きましたけど、京都で起きた事件……あれも確か、大昔に先祖が封印された大蛇が復活して、危うく死にかけたと言っていましたし」

 

「嘘!」

 

「事実です。

 

それに、あなた達は霊能力がない……」

 

「っ……何だよ!

 

お前まで、陽神達と同じ事言うのかよ!!後輩のくせして!!」

 

「そういう意味で、言ってるんじゃありません!

 

陽神や南雲の言い方は確かに酷いと思います……けど、二人はあなた方に怪我をさせたくないんです!」

 

「怪我を……」

 

「大怪我を負って、もしあなた方の誰か取り返しのつかない怪我をして……

 

そんな目に合わせたくないから……二人はあのような言い方をしたんです」

 

「っ……」

 

 

その時、妖気を感じ取った麗華(司)は、薙刀を構え後ろを振り返った。そこには全身毛だらけの妖怪が、襲い掛かろうとしていた。

 

 

「わあああああ!!」

 

「忘れてた!この館、妖怪が出てくるのよ!」

 

「やっぱ、何にも状況変わってねぇじゃねぇか!

 

無理だよ、俺達には……に、逃げよう」

 

「待てよ!!

 

いつもいつも、逃げ回るだけで……俺達は何もできない、このままじゃ陽神達の言う通りだぞ!!

 

 

ここまで来て、引き返せるか!!闘って、超高突破するんだよ!!」

 

(さすが、立野……)

 

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!!

 

お前はいつもそうだ!!行き当たりばったりでよぉ!!

前々から、思ってたんだ!!ついて行けねぇんだよ!!お前には」

 

「何だと……晶やぬ~べ~、それに麗華が助けられなくてもいいのかよ!」

 

(私の場合、山口や鵺野以外にも、助けなきゃいけない奴がいるんだけど……数名ほど)

 

 

麗華(司)の頭に過る人物……石になった龍二と真二と二人のクラスメイト。そして龍二についていた渚と彼と共に来ていたシガン。

晶が石化する前日、真二達とゲームをしたせいで龍二から禁止を出された麗華は、緋音と彼女の友達がいる調理室にいた。

龍二達は学校の一室を借りクラスメイトが持ってきていたゲームのカセットをやろうと思っていたをゲーム機の中に入れた途端、あの映像が流れクリアが出来ず石化してしまった。それを緋音から聞いた麗華はすぐに駆け付け、状態を見たが何も分からなかった……そしてその翌日、晶が石化したと連絡があり、何とか解決しようと思い、病院へ来た。

 

 

「い、いいさ……自分が命を落とすぐらいなら……

 

お、俺はお前と違うんだ」

 

「克也……」

 

「馬鹿野郎!!」

 

 

克也の胸倉を掴み上げ、広は殴ろうと拳を上げた。だが殴ることが出来ず、手を離した。

 

 

「ついて行けねぇよ」

 

 

そう言い放つと、克也は振り返り逃げ出した。

 

 

「克也!!」

 

 

振り返り、襲って来ている毛だらけの妖怪が、既に目の前まで迫っていた。

 

 

「コイツの動きは鈍い……よし、俺が食い止めるから、その隙に擦りぬけて前へ進め」

 

「広」

 

「司ちゃん、先輩の俺が言うのもなんだけど……皆をお願いするよ」

 

「……はい」

 

「行けぇ!!」

 

 

突進した広だったが、妖怪は指を弾いて、広に攻撃した。飛ばされた広は、鼻から血を流して郷子達の方へ転がり倒れた。

 

 

「広!!」

 

「早く行け!

 

ちょっと遊んで、後からすぐ追うからよ」

 

「郷子、行こうよ!」

 

「うわあああ!!」

 

 

突進するが、何度も弾き飛ばされていく広……そのたんびに、ぬ~べ~(明)達の言葉を思い出した。

 

 

『ハハハ、止せ止せ……命落とすぜ。

 

君等の手に負える、相手じゃないぜ』

 

『力合わせだと?くだらん、笑わせるな』

 

『あなた方には、霊能力がない……それで、どうやって闘うんですか?』

 

「畜生!!俺達は無力じゃねぇ!!」

 

 

その思いに応えるかのように、広のポケットに入れていた勾玉が光り出し、彼の腕に巨大な武器が装備された。

 

 

『勇気』

 

 

どこからか聞こえた声……

広は装備した武器で、妖怪に攻撃した退治した。

 

 

「凄……」

 

 

地面に着地した広は、腕を上げつけられた武器を見て驚いていた。

 

 

「ど、どうしたの広、それ!!」

 

「知らねぇよ……急にあの、お守りが光って……」

 

「どうやら、それは超古代の兵器の様ね。

 

身に着けて、何かのきっかけで変化するんだわ」

 

「きっかけ?」

 

「そういえば以前、童守遺跡で見つかったオーパーツが、人の心の気を読み取って動いたって、麗華さんから聞きましたけど」

 

「そうよ!きっと心で強く思ったことが作用するのよ!」

 

「よーし!私も、美樹ちゃんゴージャスアーマ!!」

 

「変身なのだぁ!!」

 

 

そう叫び、勾玉を上に翳すが何も反応はしなかった。

 

 

「変化しねぇじゃねぇの!ズルい、広だけ!」

 

「僕に貸すのだぁ!」

 

「へ!心の汚い奴は駄目なのさ!」

 

「何ぃ!!それ寄こしなさいよぉ!!」

 

「喧嘩すんなぁ!!」

「この一大事に、喧嘩してる場合じゃありません!!」

 

「さぁ、先を急ぐよ」

 

「あ、元に戻った。必要な時だけ、変化するんだ」

 

 

先に進み、廊下を歩く広達……

 

 

「克也はどこに行っちゃったのかしら」

 

「心配なのだ」

 

「ほっとけ。どっかに隠れてるさ」

 

「……あ!見て、階段は無いけど、エレベーターが。

 

文明の利器で上りましょうよ!」

 

「あ!美樹、不用意に一人にならない方が」

 

「あら?」

 

「スイッチも何もない」

 

 

美樹と郷子がエレベータの中へ入った途端、何かのスイッチが入ったかのように、天井から棘だらけの板が降りてきた。逃げようと振り返り、出入り口を見たがそこにすぐに格子が伸び、道を塞いでしまった。

 

 

「これは罠よ!!」

 

「広!!その武器で、ぶった斬って!」

 

「……ダメだ!!妖怪は良く斬れたのに」

 

「嫌ぁ!!死にたくない!!」

 

「立野さん、下がってください!」

 

 

広を下げ麗華(司)は、薙刀に霊気を纏わせ、振り下ろしたが格子は傷一つついていなかった。

 

 

「特別な妖気を纏ってる……」

 

 

部屋を見回していた郷子は、ふと床に窪んでいる部分を見つけた。

 

 

「美樹!床に一人分窪みがあるわ!!

 

あそこに入れば助かる!」

 

「お!

 

ハーイ!入りまーす……って、郷子はどうすんの?」

 

「ダメよ、一人だけしか助からない……」

 

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ、郷子!」

 

「美樹……馬鹿な男子達の事頼んだわよ!」

 

「こ、コラ何言ってんのよ!

 

何でそこまでするのよ!郷子!」

 

「何って……親友でしょ……

 

私にとって、一番大事なものだから」

 

「郷子……」

 

 

『友情』

 

 

どこからか聞こえた声……すると郷子のポケットに入っていた勾玉が、広と同様に光り背中に翼が生えバリアを張り、迫っていた棘だらけの天井から自分達を守った。

 

 

「私のはバリアの様ね」

 

「あ~ん……私も欲しい~。

 

それ欲しい~」

 

「フッ、欲しいか?ほーれほーれ」

 

「きーっ!!」

 

「よし!北館へ急ぐぞ!!」

 

 

廊下を走り出す広達……そんな彼等を、逃げた克也は眺めていた。後ろから見ていた克也に、麗華は(司)気付きながらも、広達の後をついて行った。



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石よ、光れ!

「これは超古代の兵器よ。

 

持ち主の強い気持ちを感じ取って変形するのよ。凄い武器だわ!」

 

「そうかしら?

 

解せないわね!じゃ、何で私のが変形しないのよ!!郷子や広のが変形して!!

 

 

本来なら、史上初Fカップ小学生アイドル、美樹ちゃんのが一番変形するのが筋ってもんでしょうが!!えぇ!!」

 

「まーまー」

 

「フッ……神様は正しいわ」

 

「あれですね。きっと心のきれいな人のだけ、変形するんですね」

 

「何ですって!!」

 

 

広達の会話を、克也は立ち聞きし自身が持っていた勾玉を手に見た。

 

 

「……俺の何か、絶対変形しないだろうな。

 

怖くなって、逃げ出した……俺は卑怯者だ」

 

 

廊下を進む広達……すると、目の前に階段が見えてきた。

 

 

「見て階段よ。これで、階段が上がれるわ」

 

「よし!あの渡り廊下を渡れば、北館だ」

 

 

階段を駆け登り、渡り廊下を渡ろうとした時、渡り廊下の床は腐り板には所々に穴が開いていた。

 

 

「ここを渡るの?」

 

「落ちたら下は、尖った岩よ!死ぬわ」

 

(こういう時に、焔が使えれば……)

(こういう時に、俺がこんな体じゃなければ……)

 

「へ!何だい、ケンケンパーの要領で行けばわけねぇよ」

 

 

片足でぴょんぴょん跳ねながら移動する広だったが、一歩踏み入れた瞬間床が抜けた。それを見た郷子と麗華(司)は慌てて彼の手を掴み引き揚げた。

 

 

「バカ!!」

 

「腐ってるんですから、悪ふざけはやめてください!」

 

 

広を上げた郷子達は、壁にへばり付く様にゆっくりと歩いた。

 

 

「いい?慎重にね」

 

「あ!鼠さんなのだ!

 

子供がたくさんいるのだ!」

 

「ほっときなさいよ、そんなもん」

 

「おい、そこの床腐ってるぞ」

 

「ひ!」

 

「司ちゃん、絶対俺の服を離すんじゃねぇぞ!」

 

「は、はぁ……(お前に掴まって歩くのが、一番怖いんだけど……)」

 

 

その時、廊下の奥から電気に身を包んだ妖怪が現れた。

 

 

「うわぁ!」

 

「くそ……こんな所で」

 

「この床じゃ、闘えないわ!」

 

「光れ!光れ!」

 

「早く向こうに渡るんだ!」

 

 

広を先頭に廊下を渡り切ろうとした時、まことは足を止めた。

 

 

「まこと!何やってんのよ!」

 

「鼠さんが……

 

鼠さんをほっとけないのだ!どんな小さな命も大切なのだ!」

 

「まこと!!」

 

 

鼠家族の元へ駆け寄り、守る様にしてまことは妖怪に背を向けた。妖怪は彼を容赦なく襲い掛かろうとした。

 

 

『優しさ』

 

 

その時、まことが持っていた勾玉が光り彼の頭に兜が装備された。

 

 

「やめるのだ!

 

小さい子をいじめるな!!皆友達なのだ!!」

 

 

その言葉に反応するかのようにして、兜は光った。すると妖怪は、正気になり涙を流しその場に立ちまことを舐めた。

 

 

「へぇ……まことのは妖怪を懐かせる力があるのか」

 

「まことらしい、平和な武器ね」

 

「わあー!動物の言葉も分かるのだ!」

 

「私のは?」

 

「仲良く暮らすのだ」

 

「これじゃ、どんな強い妖怪も形無しだな」

 

「私の~」

 

「美樹ちゃんには、石を発動するような強い感情が無いのだ」

 

「そうねぇ……勇気とか友情とか優しさとか、何か飛び抜けたものを持ってないのよね」

 

「何だと、このチビ~!」

 

「よし、この螺旋階段を登れば」

 

「北館の最上階ね」

 

 

広を先頭に郷子達は、階段を駆け上って行った。その時、壁から巨大な岩が転がり落ちてきた。

 

 

「い!?」

 

「わー!」

 

「こ、こんな所にも仕掛けが!」

 

 

走り逃げる郷子達……その中、美樹は立ち止り前を向いた。

 

 

「美樹!何やってんの!」

 

「何って?フフ……

 

次は当然私の石が、光る番でしょ。

 

 

行きなさい!!ここは私の出番よ!」

 

「美樹!」

 

「な、何言ってんだ!?」

 

「さあ、光りなさい!私の石!

 

真打登場!ヒロイン誕生、救世主降臨よ!びかー!」

 

 

石を持ちそう叫ぶが、石は光らなかった。

 

 

「どうしたのよ!ここで光る場面でしょ!

 

私のだから、一番強くカッコ良くて、派手なはずでしょ!!

 

 

さあ光るのよ!光れ!光れよ!おい光れっちゅーに!」

 

「美樹ぃ!」

 

「嫌ー!潰される!」

 

「細川さん!!」

 

 

迫りくる岩……麗華(司)が薙刀を構え、飛び出そうとした時だった。

 

 

『虚栄心』

 

 

美樹の石は光り出し、彼女の体に鎧と杖が装備された。そんな彼女の姿を見た広達は、引き攣った顔になり飛び出した麗華(司)は、思わず転び倒れた。

 

 

「オーホホホ!!」

 

 

高笑いをしながら、杖から稲妻を放ち岩を破壊した。

 

 

「ど、どうやらあの石は、特に正しい心じゃなくても光るみたいだね……」

 

「スゲェ派手だ……」

 

「小林〇子か……」

 

「美樹の石も光った」

 

 

後ろからついてきていた克也は、彼女の様子を見ながらそう呟いた。その時破壊した岩の破片が、壁を壊した。

 

 

「壁を壊しやがった……何チュー無茶苦茶な攻撃……!

 

外の木を伝って、逃げられそうだ……俺だけ、この場から脱出できる」

 

 

壊された壁と階段を見た郷子は、美樹に怒鳴っていた。

 

 

「馬鹿ぁ!!階段がボロボロになったじゃない!!」

 

「いや~、悪い悪い。溜まってたもんで!

 

あ~、スッキリした~」

 

「お前、それって派手なだけで、力の制御できないんだろ」

 

「……仕方ありません。

 

登りましょう」

 

 

麗華(司)の意見に賛成し、広は先に壊れた手摺に手を掛けた。

 

 

「気を付けてね」

 

「おう」

 

「……?」

 

「フウウウウ!!」

 

 

郷子が何かに気付いたのか、上を見上げた。彼女と同じ様にして、焔は毛を逆立たせ唸り声を上げ、麗華(司)も上を見上げた。すると上から、無数の妖怪達が雨のように降ってきた。

 

 

「うわああ!!」

 

 

広達は慌てて、石の武器を装備し対処しようとしたが、数が多く対処しきれなかった。

 

 

「こ、こんな数闘えるかよ!!」

 

「ガードしきれない!!」

 

「友達になれないのだ!!」

 

「私のまた、光んない!!ぐわー!!」

 

「ハァ……ハァ……(ヤバい、霊力も体力も尽き掛けてる……)」

 

 

 

その頃、克也は木を伝い館を抜け出ていた。

 

 

「ま、頑張ってくれよな、皆!」

 

「ぎゃー!!」

 

「わー!!」

 

「な、何だ?やられてるのか?

 

し、知るかよ!俺には関係ねぇ!!」

 

 

駆け出し館を去ろうとする克也……だが、その足は止まった。

 

 

(皆……

 

アイツ等……こんな卑怯な俺でもずっとずっと仲間でいてくれたんだ……

そして……ぬ~べ~……晶……麗華……

 

 

く、くそ……足が動かねぇ!何かが俺を……引き留めるんだ……)

 

 

克也が自分と葛藤している中、広達は郷子が作ったバリアの中で何とか持ち応えていた。麗華(司)は咳き込み息を切らし、座り込んでいた。そんな彼女を守る様にして広は、麗華(司)の傍に寄りバリアの外を見た。

 

 

「ダメよ……バリアが持たない!!」

 

「これでは、ピラニアの池に落ちた鼠よ!」

 

「くそ……ここまでか…」

 

「嫌ぁ!!死にたくなーい!!」

 

(こんな体じゃなければ……私が)

 

 

その時、壁が壊され外から、ジェットスキーの形をした石に乗った克也が現れた。

 

 

『責任感』

 

 

「悪い、遅くなっちまって!」

 

「克也!!」

 

「カッコよ過ぎだよ―!!」

 

「あ、アンタのそれ、私のより目立ってる……後で交換しろよな」

 

「行くぜ!しっかり掴まってろよ!」

 

「一気に最上階だ!!」

 

「妖怪博士の書斎で、究極妖怪の呪文を見つけるんだ!」



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起動!大蛇発生装置

「よく戻ってくれたぜ、克也」

「へへ……やっぱり、俺がいないとお前等ダメじゃん」


北館の最上階の書斎へ着いた広達……中は、大きな天体望遠鏡を中心に壁一面に本が並んでいた。


「ここが妖怪博士の書斎か……」

「呪文は金庫の中に、隠してあるって言ってましたね」

「金庫はどこよ?」

「あ!」

「あった?!」

「見ろよ!妖怪博士の本棚にこんな本が」

「スゲェ!大エロコレクターだぜ!」

「見てよ!ヘソクリよヘソクリ!」

「アハハ!『妻と私のラブラブ日記』だって」

「ラブラブ……」

「ったく、妖怪博士のプライベートなんか、どうでもいいのよ……ん?」


ふと書棚を見ると、そこに金庫が置いてあった。鍵がかかっているのか、扉が開かず郷子は石の力を借りて、金庫の扉を開けた。

金庫の中には、一冊のファイルが置いてあった。


「あったわ。このファイルに、大蛇を倒す善の究極妖怪の名前が。


ここだわ!

悪の究極妖怪大蛇、それを対抗する善の究極妖怪……その名前は……」


中を読んだ時、全員驚き目を飛び出させた。麗華(司)は腰を抜かしたかのようにして、地面に座り込んだ。


「こ、コイツが……」

「これって……こんなの、私らもよーく知ってる言葉じゃない!!」


巨大な爆風と共に、壁を突き破り飛ばされるぬ~べ~(明)と玉藻(京太)……

 

 

「フハハハハ!!どうしたどうした!

 

お前達、もう首がつながってないぞ!」

 

 

その言葉通り、二人は首を失くして座っていた。しばらくすると、何とか首は再生した。

 

 

「くそ……悔しいけど、だいぶ気が飛び散って陽神の肉体が傷ついてきた。

 

再生が出来なくなってきたぞ」

 

「奴は大気中の妖気を吸収している……力は無尽蔵だ」

 

「ククク……やっと分かったか。

 

ならば、死ね!!」

 

 

弾を放ったと同時に、二人が座っていた床が抜け二人は真っ逆さまにその中へ落ちて行った。

 

 

「く…しまった。

 

奴等をうっかり、ここに案内してしまった」

 

「これは、巨大な妖怪発生装置!?」

 

「いや……ただの妖怪発生装置じゃない!」

 

「ククク……まぁ、見てしまったからには説明してやろう。

 

これは、悪の究極妖怪大蛇の発生装置なのだ」

 

「大蛇!?」

 

「超古代……気を操る文明が残した究極の兵器。現代の核兵器をも遥かに凌ぐ、破壊兵器だ。

 

私はこの装置で、大蛇を作り……全世界をこの手で破壊してやる!!」

 

「く……マッドな奴」

 

「陽神君、あれを」

 

「……!」

 

 

玉藻(京太)が指さす方に会ったのは、巨大な光の玉だった。

 

 

「あれは……子供達の魂を集めて作った巨大な魂だ!」

 

「下にあるメカは……おそらくその魂を集める装置」

 

「その通り!!あの魂は大蛇の核となる!

 

そして、あの装置は呪いのゲームと連動して子供達の魂を吸収しているのだ!!

 

 

説明は以上だ!!消えろ!!」

 

 

ぬ~べ~(明)と玉藻(京太)目掛けて、久作は攻撃した。二人は辛うじて、攻撃を防ぎその場に立っていた。

 

 

「そうかい……しかし、今の説明を聞いて少し希望が湧いたよ」

 

「とりあえず、あの装置を壊せば呪いは消えるわけだ……奥の手をやるよ」

 

 

玉藻(京太)とぬ~べ~(明)は手を合わせた。すると二人の体は無数の小人へとなり、久作に攻撃していった。

 

 

「どうだ!こんな細かいのに、くっ付かれたら攻撃できまい!」

 

「!!猪口才な!

 

しかしこれでは……お前達も私の攻撃できまい!!」

 

「そうかな?僕達は粘土の様な体。鎧のほんの隙間から……」

 

 

そう言いながら、玉藻(京太)は鎧の隙間へ体を入れ、彼の腕に攻撃した。

 

 

「中に入り込んで、攻撃できる!!

 

アンタ、鎧の中身はただの人間だからな!」

 

「ぐああああ!!」

 

 

玉藻(京太)に続いて、ぬ~べ~(明)も中へと入り攻撃した。久作は転がり口から血を吐き苦しんだ。

 

 

「そーれ、呪いの装置をぶっ壊せ!!

 

これで晶の命は助かる!」

 

 

 

ぬ~べ~(明)の言う通り、病院で寝ていた晶の足の石化は治って行った。同じ様にして、ぬ~べ~と玉藻の本体も戻って行き、高校に残っている緋音の前に置かれていた真二と龍二達の身体も徐々に戻って行っていた。

 

 

「く、くそ!!

 

貴様ら許さんぞ!!子供の悪ふざけにしては、度が過ぎたぞ!!」

 

「あきらめろ」

 

「ぐああああ!!」

 

 

久作は鎧を外し、何とか難を乗り越えた。二人はすぐに元に戻った。

 

 

「ち!もう少しだったのに……」

 

「妖気を瞬間放出させて、振り払った……」

 

「ヴェロザザザレノナムレ……」

 

「アイツ……また妖気を集めているのか」

 

「いや……今までと少し違いますよ……」

 

 

呪文に応えるかのようにして、館内に放浪していた妖怪達、外を放浪している妖怪達が次々に館内の地下へと集まって行った。

 

 

「アイツ……館中の妖怪を吸収しているぞ!?」

 

「馬鹿な……あんなに妖気を吸収したら中の人間は耐えられない!!」

 

「大蛇製造計画の邪魔は、誰にもさせん!!

 

例え、この身が滅びようよな!!」

 

「ヤバいパワーだ」

 

「最後の手段というわけか」

 

 

その頃、広達は克也の石の力を借りて、どこかへ向かっていく妖怪達の後をついて行った。

 

 

「一体、何が起こってるんだ!?」

 

「妖怪達が、吸い寄せこられていくのだ!!」

 

「まさか……大蛇発生装置が?!」

 

「可能性大です!(凄い妖気……京都で闘った時と同じだ)」

 

「とにかく、後を追ってみよう!!」

 

「おう!!」

 

 

場所は変わり、妻・恵子がいる場所では、彼女は目から涙を流し訴えた。

 

 

『あなた……やめて。

 

こんな装置…不毛よ』

 

 

「妖怪を吸収してやがる!!」

 

 

次々によって来る妖怪を、久作はどんどん吸収していった。

 

 

「よすんだ!!博士!」

 

「それ以上、妖気を吸いこんだら、鎧の中の人間は体が持たない!!」

 

「ぐうぅぅ!!……ガハ!!」

 

 

口から血を吐き出し、久作は力なくそのまま倒れてしまった。

 

 

「フッ!愚かな……妖気を吸収し過ぎて、強くなるどころか自滅したぞ!」

 

「このままでは、死んでしまう……

 

鎧を脱がしてやろう」

 

 

「ク…ク…ク……自滅など、して……ない……ぞ……」

 

「!!」

 

「少しパワーが入り過ぎて、目眩がしただけだ……」

 

「よせ、動くな!!死ぬぞ!

 

鎧を取れ!!」

 

「構わんさ、死んでも……

 

大蛇が……完成するまで貴様等を……足止めできればいいのさ!」

 

 

キーボードを打つと、光の玉が光りだした。

 

 

「フフ……核となる魂は、まだ小さいが……十分、大蛇は作れるぞ」

 

「やめろ!!」

「やめろ!!」

 

「邪魔をするな!!」

 

 

止めようと飛び掛かってきた玉藻(京太)とぬ~べ~(明)を、久作は振り払うようにして投げ飛ばした。

 

 

「……大蛇、発生装置の起動方法は……

 

まず、装置の中央に立ち……己の心を全ての憎しみを、解き放ち……名を呼ぶ。

 

 

願わくば、わが愛する者を返したまえ……願わくば世界に、死を……」

 

 

ふと思い出すたのしいひと時……彼の傍にはいつも、愛する妻・恵子がいた。

 

 

「神よ!!私はあなたを許さない!!

 

大蛇!!」

 

 

その叫び声に応えるかのように、装置が起動しタイマーがセットされた。

 

 

《大蛇製造開始…誕生まであと三十分……あと三十分》

 

 

「き、貴様ぁ!!」

 

「邪魔はさせん!!」

 

 

すると、体内に吸収した妖気を全開し、久作の体を覆っていた鎧は変形した。その容姿は、鱗を纏った竜の様な姿だった。

 

 

久作は変身を終えると、すぐに飛び上がり二人を拘束すると、そのまま壁に突進した。

 

 

「く、くそ!!」

 

「痛ってぇ!!何て攻撃だ!!

 

 

コイツ、思考力が殆どなくなっている」

 

「まるっきり獣だ!」

 

 

二人は武器を構え攻撃した。だが久作は二人の攻撃を、予知しているかのようにして腕に刃を生やし攻撃した。

 

 

「うわあああ!!」

 

「思考力が無くなって、本能だけで戦っている!!奴は今、狂戦士(バーサーカー)状態だ!!」

 

 

久作は玉藻(京太)達を玩具の様に投げ飛ばしたり、地面に叩き付けたりした。

 

 

「だ、ダメだ!!このスピードとパワーでは……反撃できない!!」

 

「気の飛び散りが激しい!!陽神の体が保てない!!」

 

 

久作は、突然動きを止めた……そして手から細い触手を出し二人に絡ませた。

 

 

「こ、こいつ!!気を吸っている……

 

馬鹿な……こんな人間如きに」

 

「ダメだ……やられる……

 

すまん……広……郷子……皆」

 

 

《大蛇誕生まで、後に十分……後に十分》

 

 

「このままでは、童守町が……」

 

「これで、終わりなのか」




終わりかと思った時、突如何者かが久作の背中を叩き斬った。久作は苦しみ、拘束していた二人を離した。二人はすぐに顔を上げ、攻撃した方に目を向けた。


「全く……あなた方が死んで、どうすんですか!」

「神原!!」
「神原さん!!」


二人の前に立っていたのは、薙刀を持った麗華(司)だった。彼女は二人にまだいるとでも言う様に、振り向いた。


現れたのは、石の装備をした広達だった。


「戦士、広!!」

「守護の女神、郷子!!」

「最強破壊的超絶巨乳美女魔法使い、美樹!」

「妖怪使い、まこと!」

「飛翔戦士、克也!」

「童守少年妖撃団、参上!!」
「童守少年妖撃団、参上!!」
「童守少年妖撃団、参上!!」
「童守少年妖撃団、参上!!」
「童守少年妖撃団、参上!!」


彼等の予想外の登場に、麗華は呆れたように固まり、ぬ~べ~(明)達も顔を引き攣り、久作は額から汗を掻きそれを見ていた。


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強い心

《大蛇誕生まで、後に十分……大蛇誕生まで、後に十分》

 

 

「ひ、広……皆」

 

「何だ、あの武器は?」

 

「超古代文明が残した、お守り。

 

彼等の強い感情に反応して、ああいう武器を作り出したんだ」

 

「強い感情……」

 

「立野は勇気……稲葉は友情……栗田は優しさ……細川は虚栄心……そして木村は責任感」

 

 

久作はもとの状態に戻り、広達の姿を見て目を疑っていた。

 

 

(あれは私が発明した古代兵器……超古代の戦士はこの鎧を着て、あの武器を持って戦ったのだ。

 

あのガキ共、一体どこであれを?)

 

 

「誰なのだ?あの怪人……ひょっとして」

 

「妖怪博士だ……超古代の鎧で、武装しているのさ」

 

「陽神君!!」

 

 

ボロボロになったぬ~べ~(明)を、郷子は駆け寄り支えた。

 

 

「酷い怪我……こんなになるまで戦うなんて」

 

「平気さ……

 

君達こそ、よくあの妖怪館で無事だったな。神原、お前も良く頑張ったよ」

 

「……フン、様ぁねぇな!もう戦わなくていいぜ。あとは俺達に任せろ」

 

「フッ……何言ってるんだ。君等を戦わせるわけにはいかない。

 

助けて貰ったのは、有り難いが……これ以上は危険だ。隠れてろ。

 

 

奴は……俺達が倒す」

 

「てめ……まだ、俺達の力を信じられねぇのかよ!!」

 

「当たり前だ!!引っ込んでろ!!」

 

 

「いい加減にしてよ!!陽神君!!」

「いい加減にしろ!!陽神!!」

 

 

広とぬ~べ~(明)が喧嘩しかけた時、郷子と麗華(司)が間に入った。

 

 

「郷子……司ちゃん」

 

「陽神君……いつも私達を守ろうとしてくれてるのは分かるけど……

 

あなた、間違ってるわよ!!」

 

「麗華さんが封印した大蛇が造られたら、私達の大切な人がたくさん死ぬんですよ!!」

 

「そうよ!!お父さん、お母さん、先生、学校の皆……

 

私達、自分の力でそれを止めたいの!!」

 

「私達、そんなに弱くないよ!!」

 

「そうよそうよ!」

 

「そうだ!俺達だって、命をかけてでも守りたいんだ!!」

 

「……」

 

 

何も言い返せないぬ~べ~(明)……そんな彼に、麗華(司)は口を開き言った。

 

 

「教師が生徒を守るのは当然……

 

けど、守られっぱなしじゃいつまで経っても成長しませんよ」

 

「……」

 

「陽神君、一か八か……

 

あの子達に賭けてみませんか?もしかしたら、あの子達が……」

 

「南雲の意見に、賛成です」

 

 

数分後……

 

 

「待たせたな」

 

「フフン……何だ?今度はお前等が相手か?

 

馬鹿め……超古代兵器は、精神力の強さで操る武器……子供に扱えるものではない。私には勝てんぞ」

 

「フッ…そうかな」

 

 

そう言いながら、広は懐から書斎で見つけた『妻と私のラブラブ日記』という本を取り出し、久作に見せた。彼は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、広はそんなのをお構いなしに内容を読み始めた。久作は辞めさせようと追い駆けるが、恥かしさのあまり足がヨロヨロ動いていた。

 

 

「虚栄の雷!!」

 

 

その隙を狙い、美樹は彼に攻撃した。

 

 

「や、やった……」

 

「く、クソ……迂闊」

「空中に、飛び上がんない方が良いぜ!

 

責任バルカン!!」

 

「ぐわあああ!!」

 

「う、上手いぞ克也!」

 

「妖怪お友達攻撃!」

 

 

久作はまことの命で動いている妖怪達に襲われ倒れてしまった。その時、肩に着けていた妖怪が口を開き攻撃の仕掛けをした。

 

 

「ま、まずいまこと!

 

撃って来るぞ!」

 

 

ぬ~べ~(明)の言う通り、妖怪は口から人魂を出しまこと目掛けて攻撃した。その瞬間、まことの傍へ郷子が駆け寄り彼を持ち上げた。

 

 

「友情バリア!!」

 

「凄いぞ!郷子のはバリアか!」

 

「くらえぇ!勇気斬!!」

 

 

広の剣で久作の肩についていた妖怪を叩き斬った。

 

 

「さてと、私も少し本気を出しますか。

 

焔!」

 

 

焔は地面へ足を着いた。麗華(司)は懐から札を取り霊気を送った。それを見た焔は、口から火の粉を出し札に着けた。火の点いた札を薙刀の柄の部分へ着けた。薙刀は火に包まれ、麗華(司)は柄を握り飛び上がり、久作目掛けて薙刀を振り下ろした。

 

 

「ギャァアアア!!」

 

「例え、式神がいなくとも……私は普通に闘える」

 

「や、やった!」

 

「何と、彼等の武器は強力なんだ!」

 

「いや……武器の力……それだけじゃない」

 

「己己ぇ!!こ、こんなガキ共!!」

 

「アイツ等……抜群のチームワークじゃないか……

 

そして何より、自分達の大切なものを、命をかけてでも守ろうとする強い覇気が、一人一人の体から、ビンビン感じられる。

 

(アイツ等……俺が知らない間に、こんなに強い子供達になっていたなんて……)」

 

「少しは、生徒を頼りな。陽神」

 

「お前に言われたくはない!」




「くそぉ!!己、己、己ぇ!!」


体を光らせ、久作の姿は忽ち変わっていき、先程ぬ~べ~(明)達と戦った姿へとなった


「まずい!!また、狂戦士(バーサーカー)状態になるぞ!!」

「頑張れ!あと少しだ!」

「抑えつけろ!!」

「ち、畜生……これじゃ、動きが取れないぜ!!」

「は、速く誰か止めを!凄いパワーが動き出す」


《大蛇誕生まで、あと十分》


「!!?」


《大蛇誕生まで、あと十分》


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復活の大蛇

呪いの館・百刻館……

広達がこの館に入ってから、既に八時間が経過していた。


そして今……地下数十メートルに作られた大蛇発生装置のドーム内では、妖怪博士との最後の戦いが繰り広げられている。


竜の様な鱗を身にまとった久作は、唸り声をあげ今にも暴れようとしていた。

 

 

「うわあああ!!」

 

「く、くそぉ!!」

 

「そのまま抑えててください!!

 

焔!」

 

「無理だ!これ以上使ったら、お前の霊気が無くなって危険な状態になる!!」

 

「そんな!!(こんな時に、霊気切れかよ……くそ!!)」

 

「陽神君!早く止めを刺して!

 

また、再生してしまうわ!!」

 

 

郷子に言われ、ぬ~べ~(明)は殺生石を玉藻(京太)は首さすまたを構えた。

 

 

「余計な事をするな!!陽神!!

 

テメェの力なんざ、借りるもんか!!」

 

「何言ってんのと馬鹿広!!こいつ倒さないと、大蛇が誕生しちゃうのよ!!」

 

「う、うるせぇ!!」

 

 

その時、久作は郷子を持ち上げた。

 

 

「きゃあああ!!」

 

「郷子!!」

 

「動き出したのだ!!」

 

「広君!!」

 

「ち、畜生!!

 

 

陽神!!南雲!!頼む!!とどめを!!」

 

 

彼の叫び声に、二人は一斉に飛び出し久作目掛けて武器を振り下ろした。

 

 

「最期だ!!妖怪博士!!」

 

 

二人の攻撃をもろに喰らった久作の体の鎧は、粉々に砕かれてしまった。

 

 

「馬鹿な……こんな馬鹿なぁ!!

 

わ、私の超古代兵器が敗れるとはぁ!!」

 

「その兵器は使う者の心を反映するらしいな!」

 

「お前の意志は、俺達より弱かったという事だ!!」

 

 

鎧が壊された久作は、そのまま力なく倒れてしまった。

 

 

「し…死んだのか!?」

 

「いや……気を失っただけだ……」

 

「けどもう、闘う力は残ってないでしょう」

 

「あれだけ大量の妖気を放射能の様に浴びていたのだから……」

 

「か……勝ったのね…私達」

 

「う、うん」

 

「これで家に、帰れる……」

 

 

喜ぶ美樹と克也とまこと……麗華(司)二人の後ろに立ち、地面にいた焔を肩に乗せ彼の頭を撫でた。すると広は前に立ち、ぬ~べ~(明)と玉藻(京太)を睨んだ。

 

 

「フン……良かったな。最後の止めがさせて……」

 

「広!」

 

「また「お前等だけじゃ何もできないだろ」って顔だな」

 

 

その言葉に、三人は互いの顔を見合い、二人の顔を見た麗華(司)笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「それは逆だよ……広君。

 

 

君達は凄いよ……今まで馬鹿にして悪かった。君達は勇気と強い心を持ったスーパーチルドレンだよ!

 

ぬ~べ~先生が見ていたら……きっと全員、百点満点をくれると思うよ。

 

 

なぁ、南雲!神原!」

 

「え、えぇ」

 

「当然ですよ」

 

 

睨んでいた広は、彼の言葉を聞くと緩くなり、手を上げた。

 

 

「お前等こそ、凄過ぎだぜ!」

 

 

二人は互いを認め合ったかのようにして、ハイタッチをした。

 

 

「よかったよかった」

 

「仲良くなったのだ!」

 

「そうよねぇ……元後言えば、アンタが両方に気が有る素振りするから仲が悪かったのよねぇ」

 

「おいおい……」

 

 

《大蛇誕生まで、後八分》

 

 

「おっといけない……早く装置を止めなくちゃ……」

 

 

《後七分》

 

 

 

「え?」

 

 

《後六分》

 

 

「何で?」

 

 

《後五分……後四分……

 

最終段階へ入ります》

 

 

「な!速過ぎるぞ!!」

 

「妖怪博士!!」

 

 

機械の方を振り向くと、そこには気を失っていたはずの久作が意識を取り戻し、キーボードを弄っていた。

 

 

「クックックック……油断したな。

 

短縮モードに切り替えて誕生を早めたのさ……

 

 

既に大蛇のエネルギーは、九十パーセント以上まで溜まっている……百パーセントを待たずとも誕生させることはできるのだ……」

 

「何!?」

 

「最早誰にも、大蛇の誕生は止められんぞ!!ハハハハハハ!!」

 

「畜生!!」

 

 

《大蛇誕生まで、後二分……一分》

 

 

天井に浮かんでいた黒い球を止めようとしたが、黒い球は光り出し中から八つの首を持った大蛇が誕生してしまった。

 

 

「きゃー!!」

 

「いかん……天井が崩れ出したぞ!」

 

「ハハハハハ!!何て可愛いんだ!!

 

さあ大蛇よ!!産声を童守町に轟かせろ!!」

 

「生まれちゃった……」

 

「最悪のシナリオだ……」

 

「このままじゃ、瓦礫の下敷きになって生き埋めだ!!

 

この通路から外へ出よう!!」

 

「大蛇はどうするんだ!?」

 

「脱出するのが先よ!!」

 

 

入り口付近へ行き、克也の石の力でバイクを作りその上へ広達は乗った。

 

 

「郷子のバリアで岩を塞ぎながら逃げるんだ!!」

 

「陽神君達は!?」

 

「俺達は別ルートで逃げる!神原来い!」

 

「ハイ!」

 

「待て!どこ行くんだ!」

 

「陽神君!」

 

 

追い駆けようとしたが、三人が入って行った道は瓦礫で塞がれてしまった。

 

 

「よし!今のうちに元の体に戻るぞ!!」

 

「しかし……元に戻ったところで、あの化けものに勝つ見込みは」

 

「ある」

 

「?」

 

「アンタ達が勝てなくとも、こっちは一回大蛇を倒して封印してるんだ。

 

知ってる妖怪達に力借りて、倒せばいい。それにまだ最終手段はある」

 

 

その頃、久作は地下シェルターへ行き妻・恵子の魂と体を出した。

 

 

「おお恵子やったぞ……ついにお前を、生き返らせられる時が来たのだ……

 

長い事、待たせたね。今……楽にしてあげるよ」

 

「あなた……ああ……

 

あの子達の力でも、止めることはできなかったのですね」

 

「ば、馬鹿な!!お前があの子達に古代兵器を与えたのか!?」

 

「そうよ、あなた。

 

あなたは間違っているわ……もう復讐はやめて……一時の憎しみのために、未来永劫、消えない大罪を犯すというの」

 

「クックック……はっはっは」

 

「あなた……」

 

「恵子、お前は優し過ぎて、何も見えていない」

 

「……」

 

「思い出すんだよ……二人で行った南の島のあの夕陽を。

 

思い出すんだ。初めて指輪を渡した二人だけのクリスマス……

 

 

愛しているよ恵子……さあ、今こそ大蛇の力であの時を取り戻そう。そしてそれを奪った奴等に復讐を!!」

 

 

しばらくして、大蛇は館を崩し遂に誕生してしまった。広達は間一髪抜け出すことが出来、彼等は飢えを見上げ大蛇を見た。

 

 

「大蛇……(封印した奴より高い……ヤバい……こんなのが、童守町で暴れたら、京都の二の舞えになる)」

 

 

目覚めた大蛇は、口から町目掛けて光線を放った。町は一瞬で木端微塵になってしまった。

 

 

「町が!!」

 

「こ、これが究極妖怪大蛇……こんなもの倒せる訳が無い!

 

京都で倒したとはいえ、あまりにも違い過ぎる」




大蛇の妖気に、ショウ達は木の上へと登り大蛇の姿を見ていた。


「嘘だろ……」

「こんなのって有りかよ」

「京都で倒したはずの、ウザい妖怪がまさかこの童守町でご対面するとは」

「ありゃ、昔の奴らが妖気を使って作り出した大蛇だな。若干前のウザい奴と比べて霊力が高過ぎる」

「そんなことはどうでもいい……

さっさと、麗華の所に行くぞ!」


傍にいた牛鬼の呼び掛けに、ショウ達は一斉に移動した。


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最後の言葉

火に包まれた街を、上空からヘリコプターが飛び、中ではカメラマンとリポーターが状況を伝えていた。


「非常事態!!童守町郊外の山中に、巨大怪獣出現!!市街を攻撃中!!」


火に包まれた街付近に住む住人は、慌ててその場から逃げだし、そんな住民たちを警察は誘導していた。


「慌てないで!落ち着いてください!」


そんな中、玉藻(京太)とぬ~べ~(明)と麗華(司)は辺りを気にしながら、物家の空になった病院へ行き元の体へと戻った。


「戻ったはいいが、問題はこれからだ……」

「アイツをどうするか……」

「凄い破壊力……京都にいた大蛇より、かなり強力だ」

「まるで、怪獣映画を見ている様だ……馬鹿げている。こんなものが世界を滅ぼすとは……

鵺野先生、あれはもはや妖怪などではない。この世の終わりを告げる天変地異だ……我々に勝ち目はない」

「分かっている……しかし……

それでも、あの子達は命懸けで戦ったんだ……生徒達が命をかけて守ろうとしたものを……この俺がこの手で守って見せる」


そう言うと、ぬ~べ~は鬼の手を出し病院を出ようとした時、天井から突如光線が落ち彼を攻撃した。ボロボロになったぬ~べ~の元へ、玉藻は駆けより支えた。


「桁が違い過ぎる……終わりだ」

「終わりかどうかは……こっちが決めることだ」

「麗華?」

「氷鸞!!雷光!!」


二匹を紙から出し、それと同時に彼女の傍へ牛鬼達が降り立った。


「お前等……」

「やはりここにいたか……」

「ショウと瞬火、氷鸞は兄貴達の所へ行って!

牛鬼と安土と時雨、雷光は大蛇に攻撃!」

「了解!」
「承知!」


麗華の命に、ショウと瞬火は猫の姿へとなり氷鸞は巨鳥の姿へとなり、彼の背にショウ達は乗りそれを知ると氷鸞は翼は羽ばたかせ飛んで行った。牛鬼達はそれぞれの技で大蛇を攻撃し、麗華は狼姿になった焔の背に飛び乗り、紙を出した。


「大地の神に次ぐ!汝の力、我に受け渡せ!!

いでよ!火之迦具土神!!」



麗華が持つ紙が赤く光り出した。そして紙は炎を作り出し、目の前にいる妖怪を攻撃した。その炎を援護するかのように、焔は口から炎を放った。炎は巨大化し大蛇を頭へ当たった。大蛇は悲鳴を上げると、焔から離れていた麗華目掛けて光線を放った。


「麗!!」
「麗殿!!」
「麗華!!」


焔は人の姿へとなり、彼女を庇うようにして抱きその二人の前に、雷光と牛鬼が立ちそれぞれの技を攻撃した……だが、二人の攻撃はあっけなく跳ね返され四人はそのまま攻撃を喰らってしまった。


「兄貴!!麗華!!」
「お嬢!!」


雷光達はボロボロの姿で宙に浮き、二人はすぐに彼等の元へ駆け寄った。


「兄貴!!」

「あ……安土」

「兄貴……」

「大丈夫か……お前等」


時雨を見たら以降は、力なく彼に寄り掛かるように倒れ、麗華を抱いた焔は彼女を抱いたまま、下へと降りて行った。焔に続いて安土達も地面へと降りて行った。


「麗華!!」
「麗華君!!」


ぬ~べ~と玉藻は降りてきた彼等の元へと駆け寄り、雷光達を支え下ろし座らせた。焔に抱かれていた麗華は、焔を見上げ焔は無事だった彼女の姿を見ると、安心したかのようにして笑みを浮かべそのまま麗華に寄り掛かる様にして倒れてしまった。


「焔ぁ!!」

「け……桁が違い……過ぎる」

「牛鬼……(やっぱり、あの最終手段を使うしか……

立野…稲葉……皆、頼む!)」


館内で、機会を弄る久作……

 

 

「ば、馬鹿な……おかしい……変だ……

 

 

大蛇の制御ができない……古文書では大蛇は製造者の意のままに操れ……妻を生き返らせることもできるはず」

 

「無駄です」

 

「恵子……」

 

「あれはあなたの、狂気の心を反映した化け物……

 

制御などできるはずがありません」

 

「ば…馬鹿を言うな!!あれは……私達を救ってくれる唯一の……!!」

 

 

その時、天井が崩れ瓦礫が久作の頭へと落ち彼は下敷きになってしまった。

 

 

「あなた!!」

 

「……これまでか……

 

しかし復讐は果たすぞ……世界に……破滅を」

 

「可哀想なあなた……もうこれ以上、罪を重ねるのはやめて……

 

大丈夫……あの子達が止めてくれる」

 

 

久作はふと前を見ると、設置されていた石の真ん中に広達が円を囲むようにして手を繋ぎ立っていた。

 

 

「あのガキ共は……何をしているんだ。逃げたんじゃなかったのか」

 

「あなたを救うための……最後の呪文を唱えようとしているのよ」

 

「ま、まさか……」

 

 

「いいか?」

 

「心を一つに合わせるのよ。そしてあの呪文を叫ぶ」

 

 

「大蛇は悪の救国妖怪……

 

しかし、同じ装置で同じ様に中央に立ち、その名を呼びことで大蛇を滅ぼす……善の究極妖怪を生み出すことが出来る……」

 

「まさか奴等、善の究極妖怪の名を!?」

 

「そう……あの子達は知っている。

 

 

そして、それを使う勇気と正しい心を持っている」

 

 

(これが最後のチャンスだ……)

 

(もう私達しか、童守町を救えない……)

 

(責任重大だぞ……)

 

(守ってみせるのだ……)

 

(やるっきゃない)

 

「いでよ!善の究極妖怪!

 

ケサランパサラン!」

 

 

広達の思いに応えるかのように、石が白く輝きだし大蛇がいる下から白い光が放たれた。その光を、逃げ惑う人々は足を止め見上げた。病院からはぬ~べ~達は空を見上げ、その光を見た。

 

 

「一体、何が……」

 

「悪の究極妖怪が大蛇……

 

そして、善の究極妖怪が……ケサランパサラン」

 

 

大蛇の真上に、巨大なケサランパサランが現れた。ケサランパサランは大蛇を押しつぶすように降り立ち、そして大蛇を倒した。ケサランパサランは大蛇を倒すと共に、粉々にばらついた。

 

 

「超古代文明が作り出した、合成妖怪だったのか……

 

それが現代にも残って、人々に降伏する毛玉として伝えられたのだ」

 

 

ケサランパサランの力か、傷だらけだった焔達は回復し焔は意識を取り戻し起き上がった。起き上がった彼を見た麗華は、安心したかのように目から涙を流し彼に抱き着いた。抱き着いてきた麗華を、焔は笑みを浮かべ強く抱きしめ、彼女の元へ傷が癒えた雷光は寄り、起き上がった牛鬼に安土は笑みを浮かべて抱き着いた。




瓦礫の下敷きになった久作は、目から涙を流していた。


「あたたかい……このあたたかさは……もうとっくに忘れてしまった何か」

「あなた……」


懐かしき声……ふと目を向けると、そこには生前の姿になった妻・恵子の姿があった。


「け、恵子!!ど、どうして!?」

「フフ……あなただって」


彼女の言う通り、久作の姿も大やけどを負う前の姿に戻っていた。


「そうか……これはケサランパサランの力なのだ。

傷を癒してくれたのか……」

「いいえ……ケサランパサランが癒したのは、あなたの心の傷よ」

「……そうか。

思い出したよ、このあたたかさ……


子供の頃、私を愛してくれた父さん…母さん…そして……
恵子、君が傍にいる時に、いつも感じていたあたたかさなんだ。

私は……間違っていた……もう許されないだろう……」

「いいえ……大丈夫よ……

さあ……行きましょう」


ケサランパサランに包まれ、二人は天へと昇って行った。


「成仏していく……ケサランパサランの力が、魂を浄化したんだ」


その声に、広達は後ろを振り向いた。そこには元に戻った晶とぬ~べ~がいた。


「ぬ~べ~!!」
「晶!!」

「よかった……戻って」

「先生!!俺達、一生懸命闘ったぜ!!」

「ああ……知っているよ」

「私なんか、妖怪百匹以上やっつけたわよ!」

「僕なんか、妖怪を家来にしたのだ!!」

「俺なんか、無免でバイク乗った!!」

「ああ……ああ!!知ってるとも!

お前達は最高の生徒達だ!!」


喜びながら、ぬ~べ~は広達を抱き締めた。


「聞いてよ!この古代のお守りが変形してさぁ……あれ?」


美樹がポケットから出したお守りは、皹が入り割れてしまった。それは広達が持っていたお守りをも同じだった。


「それは強力過ぎる。争いの道具だ。

ケサランパサランが壊したんだ」

「ちぇ」

「大丈夫。そんなものなくても、お前達は十分強いさ」

「そういえば、麗華は?」

「アイツは大丈夫だ。

無事を確認したい人がいるんだ」


その頃麗華は、龍二達がいる高校へ行き教室の中へ入った。中では元に戻った龍二達がおり、麗華の姿を見ると、彼の傍にいたシガンは鳴き声を上げ一目散に彼女の肩へと飛び乗り頬擦りした。シガンの頭を一撫ですると、麗華は一目散に龍二に駆け寄り飛び付いた。龍二は飛び付いてきた彼女を受け止め、力強く抱きしめた。


ふと広達は、町を眺めた。町には何事も無かったかのようにして明かりが灯っていた。


「町の灯りも元に戻った」

「ケサランパサランが直したのね」

「また、平和な日常に戻るんだ」

「何だか、とても綺麗」

「お前達が、闘って守った町だ……

さあ、帰ろう」


灯りが灯る町へ、ぬ~べ~達は帰って行った。帰りを待つ家族の元へと……


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雨の日の出来事

雨が降るある日……

 

 

帰る準備をする生徒は、窓の外を眺めながらため息を吐いた。

 

 

「あ~あ……降ってきちゃったなぁ」

 

「私、傘持ってきてないよ」

 

「朝、カンカンに晴れてたもんなぁ」

 

 

文句を言う中、麗華はボーッと窓の外を眺め昔の事を思い出していた。

 

島に住んでいた頃、今日のように雨が降り学校の玄関口で雨宿りをしていた。他の生徒は皆、親が迎えに来て共に帰って行った。親が迎えに来る中、自分一人だけ誰も迎えには来なかった。

 

迎えに来る彼等の姿を見て、ふと思い出す優華と龍二と過ごした日々……

 

 

「帰りの会やるぞ。早く席に着け」

 

 

ぬ~べ~の声に、麗華は窓から目を離し前を向いた。

 

 

数分後、帰りの会が終わった生徒達は、玄関口で雨宿りをしていた。

 

 

「あーあ、早く止まないかなぁ」

 

 

広達も玄関口で固まり、雨が止むのを待っていた。降る雨を見上げながら、麗華はふと昔の事を思い出した。

 

雨が降る中、傘を差し自分を家まで送ってくれた人……

 

 

「……来るわけないか」

 

「?」

 

「何が来ないの?麗華」

 

 

小声で言ったつもりだった麗華だったが、それは広達にも聞こえていた。麗華は少々驚きながらも話し出した。

 

 

「今日みたいに雨が降る日に、私を迎えに来た人が居たんだ」

 

「迎えに来た?」

 

「あぁ。

 

島に来て丁度一年経って……その日、おばさんは用事で出掛けてて夜まで帰ってこなくて、龍実兄さんも中学に上がって、帰ってくる時間遅くて……

 

 

親が迎えに来て、一緒に帰る皆が羨ましかった……喜んで親と手を繋いで帰る皆が……」

 

 

思い出す記憶……他の子は皆、迎えに来た親の手を繋ぎ嬉しそうに帰っていった。

 

 

「皆が帰ってしばらくした後だった……蛇の目傘を差した奴が迎えに来たのは。

 

 

顔は覚えてないんだけど、そいつ私に手を差し伸べてきてさ。そいつの手を恐る恐る握ったら、凄い暖かかったっけ……その後そいつと一緒に家まで帰ったんだ。何も喋らないで……

 

家に入った後、台所にあった蜜柑をあげてそいつに礼を言った……

 

そしたら、今まで無表情だったそいつの顔が、笑顔になった……」

 

「へ~」

 

「その日を境に、雨が降る日にそいつは必ず私を迎えに来てくれた……皆が帰った後」

 

「そうなんだぁ」

 

「誰だったか、分からないの?」

 

「それが全然。

 

妖怪だったのか人間だったのかも、さっぱり」

 

「じゃあ、ここで待ってればその人来るんじゃないの?」

 

「来るわけないよ。

 

あいつは島にいたんだ……妖怪なら分かるけど、人間だったら来られる訳ないよ。こっちは名前教えてないんだから」

 

「……あ!お母さん!」

 

 

雨が降る中、自分の子供の傘を持った母親達がやって来た。皆それぞれの親の元へと駆け寄り、下級生は迎えに来た母親に飛び付き喜んでいた。郷子達も母親が持ってきてくれた傘を差し、その中へ広達を入れた。

 

 

「麗華も入りなよ!送ってくよ!」

 

「いいよ。もう少ししたら、兄貴が迎えに来るかもしれないから」

 

「そう……

 

じゃあ、また明日!」

 

「あぁ」

 

 

郷子達に別れを告げた麗華……振っていた手を下ろし、降り止みそうにない雨を眺めた。

 

 

(何て……

 

兄貴は部活のうえ、今日はバイト……帰り遅いんだよねぇ)

 

 

すると、フードの中にいたシガンが顔を出し、麗華の肩へ移動すると彼女を慰めるようにして頬擦りした。頬擦りしてきたシガンの頭を麗華は撫でた。

 

 

「大丈夫だよシガン。

 

昔はいつも、こんな感じだったから……」

 

 

降り続ける雨を、麗華はしばらくの間ボーッと眺めた。

 

 

しばらくして、下駄の音が聞こえてきた。麗華は校門の方に顔を向けた。そこにはあの時と同じように、蛇の目傘を差しこちらへ歩み寄ってくる者がいた。

 

 

(……まさか)

 

 

歩み寄り麗華の前に立つと、傘を持ったまま手を差し伸ばしてきた。その蛇の目傘を持った者は、水色の着流しの上から白い羽織を腕に通し、黒い下駄を履いていた。

麗華はゆっくりと顔を上げ、その者の顔を見た。

 

白い髪を耳下で結い、口元は黒い布で覆った青年……

差し伸ばしてきた手を、麗華はソッと握った。その手はあの時と同じように、優しい暖かさだった。麗華は彼の手を握ったまま彼と共に家へと帰った。

 

 

三十分後、家へ着き青年に待つように言い、急いで家の中へ入り台所にあった蜜柑を手に持ち、玄関へと行き青年に渡した。青年は目を輝かせ懐に蜜柑をしまうと、麗華の額を指で軽く突いた。その瞬間、麗華は意識を無くし青年に凭り掛かる様にして倒れた。気を失った麗華を、青年は抱き上げ居間に寝かせ、そのまま雨の中へと姿を消した。

 

 

それから数時間後……

 

 

「……あれ?」

 

 

麗華は目を覚ました。起き上がり後ろを向くと、そこには自分に寄り添う焔がいた。何気に麗華は、眠っている焔の頭を撫でた。

 

 

「……?」

 

 

焔から伝わる暖かさ……その暖かみは、あの青年と同じ暖かみだった。

 

 

(何で?

 

あれ?そういえば、あいつの姿)

 

 

青年の姿を思い出そうとするが、なぜか顔に靄が掛かり思い出せなかった。

 

 

「……?

 

あれ、麗起きたのか?」

 

「え…あ、うん」

 

 

返事をした途端、麗華は眠気に襲われ眠い目を擦りながら、焔の胴に顔を埋め横になった。横になった彼女を見た焔は、尻尾を麗華の身体の上に乗せ頬を舐めた。

 

 

「……ホムラ」

 

「?」

 

「アリガトウ」

 

 

小さい声で、麗華はそう呟いた。その言葉を聞いた焔は、彼女に甘えるかのようにして、顔を擦り寄せ一緒に眠った。

 

 

(……蜜柑の匂いがする)

 

 

そう思いながら、麗華はそのまま眠ってしまった。




雨が降ったある日……


麗に気付かれないように、俺は家に帰り自分の傘を手に持ち、違う姿で彼女を迎えに行った。

迎えに行った訳は、周りが親の迎えがあるのに、麗にはなくそれが可哀相に思えたから。



傘差して、麗と手を繋いで歩いた。喋ったらバレると思って何も喋らなかった。家に着くと、麗は俺の大好物の蜜柑をくれた。それが嬉しくて思わず微笑んだ。

それからずっと、雨の降る日は麗を迎えに行った……けど、いつかばれると思い、麗の記憶から俺の顔と妖気を忘れさせた。


けど、何年かした後……島から帰りその後輝三達の家へ住み移り、そんなことはなくなった。

それから一年後、麗は再び学校へ行き出した。

そして今日、雨が降った。俺は麗に気付かれないように家に帰り、傘を持って迎えに行った。皆が帰った時間を見計らって……

麗はあの時のように、お礼に蜜柑をくれた。


麗を寝かせた後、元の姿に戻り彼女に寄り添い眠った。
しばらくして、麗は起き俺の頭を撫でてくれた。その後また眠くなったのか、俺の胴に顔を埋め眠りに入ろうとしていた時だった。


「アリガトウ」


今まで、バレないようにしてきたが、やっぱり主を騙せないか……彼女の頬を舐め、寄り添い一緒に寝た。


今度はちゃんとした姿で、迎えに行くからな。


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救出!

まくら銀行へ来た広達……

 

 

「いや~、お年玉の貯金余ってて良かったよ!」

 

「それおろして、頑張れ森川君二号買うのよ!」

 

 

騒ぐ広達を、引き攣った顔を浮かべながら銀行員は見ながら仕事をした。するとそこへ、五人の男が入りそして……

 

 

「動くな!!全員手を上げろ!!」

 

 

男達は一斉に、銃を取り出しそう言い放った。

 

 

「え!」

 

「嘘!」

 

「騒ぐな!死にてぇのか!!」

 

「この鞄にありったけの金をつめろ!!」

 

 

男達が目を離した隙に、銀行員は緊急ボタンを押した。そしてしばらくすると、サイレンが鳴り響き外には無数のパトカーが停まった。

それに気付いた男の一人は、天井に向かって銃弾を放ち、リーダー格の男は全員を睨んだ。

 

 

「貴様等ぁ!!

 

通報しやがったな!!全員、壁に向かって両手付け!!」

 

 

その時、どこからか音が聞こえ男の一人は銃を構えて、音のした方へ向かった。

 

 

「おら、歩け!!」

 

 

別室から出てきたのは、男に腕を引っ張られてきた麗華だった。

 

 

「何だ…まだいたのか」

 

「よく堂々と女子便入れたね。変態男」

 

「んだと!!」

 

 

麗華の胸蔵を掴んだ途端、彼の手にフードの中にいたシガンと焔が噛み付いた。男は噛まれた痛みと突然出てきた鼬とフェレット、二匹に怯み後ろへ引いた。

 

 

「悪いねぇ……こいつ等、私に危害加える奴には、容赦なく噛み付くんでね」

 

「っ……」

 

 

“バーン”

 

 

「……!!

 

痛!!」

 

 

手首から血を流した麗華は、傷口を抑えながらその場に膝を付いた。焔とシガンは撃ったリーダー格の男を睨み付け、焔は殺気を放ちながら今にも人の姿になろうとしていた。

 

 

「焔!シガン!

 

早くフードの中に入って!」

 

 

彼女の命に渋々従うかのようにして、シガンと焔はフードの中へと入った。

 

 

「これに懲りて、大人しくお前も両手に壁付け」

 

「……」

 

 

三十分後……

 

銀行の外には、無数の野次馬とパトカーが停まり、空からヘリコプターが記者を乗せて飛び回っていた。

そこへ騒ぎを聞きつけて、ぬ~べ~がやって来た。野次馬の中には、泣き喚くまことの姿があった。

 

 

「あ!先生!」

 

「広達が中にいるって、本当かまこと!」

 

「そうなのだ!!広君が貯金下ろすからって……僕は、おもちゃ屋で待ってたのだ……そしたら……そしたら」

 

「分かったまこと……もう泣くな」

 

 

まことを慰めながら、ぬ~べ~は銀行を見た。

パトカー付近で、腕を組み銀行を睨み付ける勇二……

 

 

「先輩、顔怖いですよ」

 

「黙れ(くそ……すぐにでも、救出に)」

 

 

押収した防犯カメラの映像には、手首を抑える麗華と彼女に寄り添う広達と、近くに人質とされた人達が固まり座っていた。

 

 

中では、金が詰まったバックを横にリーダー格の男は、克也が持ってきていたゲームをやり暇を持て余していた。

 

 

「り、リーダー……そんな、のんびりしてて」

 

「慌てるな。今、警察と逃走車の交渉中だ。

 

後は金さえ出せば、海外へ逃がしてくれるコネがある。

 

 

途中まで、あのガキ共を人質にして逃げれりゃ、何とかなるさ。ガキは使い終ったら、殺っちまえ」

 

「あ、あの……おしっこ、行っていいですか?」

 

「ひ、広!よしなよ」

 

「あ?何だお前、自分の立場分かってんのか?

 

そこでしろ!」

 

 

広の頬を殴り、倒した彼を男は踏み躙った。

 

 

「やめな!」

 

 

手首に布を巻き止血した麗華は、立ち上がりリーダー格の男の前に立った。男は持っていた銃口を麗華の額に当てた。

 

 

「酷い事をするな!!今すぐ彼女から、銃を離せ!」

 

 

リーダー格の男の背後に、ぬ~べ~が姿を現しそう言った。

 

 

「な、何だ!貴様!?どこから入った!?」

 

「ぬ~べ~!」

 

(幽体離脱を使って、侵入か……さすが)

 

「お前達、すぐに人質を解放して自首しろ……さもないと、痛い目に合うぞ」

 

「るせ!!何様のつもりだ!ゲジマユ野郎!!」

 

 

怒りに任せた男は、銃弾を放った。銃弾はぬ~べ~の幽体の体を貫通し壁に当たり、そして彼の幽体はスッと消えた。

 

 

「どうやら……話の通じる相手じゃなさそうだな」

 

「き、消えた!?」

 

「お、お化け……」

 

「くだらん……ただの手品だ!

 

建物の中を調べろ!!どこかに隠れてるはずだ!」

 

 

リーダー格の男の命令を受けた男たちは一斉に建物の中を調べに行った。

 

 

「果たして、本当にそうかな?」

 

「は?」

 

「目の前に起きた事を信じないと、痛い目に合うと思うよ」

 

「テメェは黙って、そこに座ってろ……また撃たれたいか」

 

 

野次馬たちの目を盗み、ぬ~べ~は排水溝の中を進み中へと侵入しようとしていた。

中へ入り、天井の金網を静かに開け、中にいた仲間の守護霊を交代させた。交代させられた男は、足を滑らせコンロに頭をぶつけ、その拍子に火を点けてしまい大火傷してしまった。その悲鳴にもう一人の仲間が駆けつけ中へと入るが、その背後には既に天井から降りてきていたぬ~べ~が、鬼の手を出し彼の記憶を探った。

 

 

「お前の、すずめの涙ほどの良心に訴えよう……お前は悪い事をしている。取り返しのつかないことだ」

 

 

その言葉が響いたのか、突然男の手の甲から目が浮き出てきた。その目は体中を覆い尽くしていった。

 

 

「これは百々目鬼……良心の呵責が生む悪霊だ。

 

悪事を誰かに見られているという、うしろめたい心が目となって現れるのだ」

 

「ぎゃあああ!!」

 

「人に戻りたければ、本気で改心するんだな」

 

 

廊下を歩いていたぬ~べ~の前に、見回りに来た男が現れた。ぬ~べ~は彼に向かって、霊水晶で殴り気を失させた。

 

 

「遅いなぁ……何やってんだ、アイツ等」

 

「見てきましょう」

 

 

そう言い仲間の一人が見回りに行くと、廊下に三人の仲間が伸び倒れていた。それを見た仲間は急いで、リーダー格の男の元へと行った。

 

 

「三人とも、やられてるぜ!リーダー!」

 

「何!?」

 

「あ、アイツはただ者じゃない……きっとFBIかCIAの工作員だ……」

 

「馬鹿野郎!!ビビってんじゃねぇ!」

 

 

騒ぐ犯人達……その目を盗み、焔は姿を消し人の姿へとなり、麗華の傍に寄り小声で話した。

 

 

「麗」

 

「ポーチから、氷鸞と雷光を出して」

 

「分かった」

 

 

ポーチのファスナーを開け、焔は氷鸞、雷光と達筆で書かれた札を取り出した。札は煙を上げ中から二人が姿を現したが、すぐに状況を把握し姿を消し、二人は麗華の傍へ寄った。

 

 

「麗様、この状況は」

 

「説明は後。姿を消したまま、あの野郎共の動きに合わせて、攻撃を防いで」

 

「承知」

「承知」

 

「それから、奴等は銃を持ってる。

 

氷鸞もだけど、雷光と焔は輝三の所でやった修行を覚えてるよね?」

 

「あ、あぁ」

 

「一応」

 

「だったら、その対処をお願い」

 

「了解」

 

 

扉に寄り掛かっていた男の背後から、壁をすり抜け鬼の手が姿を現し、男の頭を鷲掴みにした。

 

 

「な、何だ……壁から手が」

 

「これは幽体摘出と言って、鬼の手で幽体を無理矢理ひっぺがえす技さ。恐ろしく痛いぞ」

 

 

どこからか聞こえるぬ~べ~の言葉通り、鬼の手に掴まれた男は悲鳴を上げ頭を抑えて地面に倒れた。

 

 

「な……」

 

(ナイス……鵺野)

 

「へん!どんなもんだ!

 

ぬ~べ~は自分の生徒を守るためなら、無限のパワーを発揮するんだ!!観念しやがれ!」

 

「ひ、広!!」

 

「ほう……そうか。

 

お前等の先生か、アイツは」

 

「!」

 

「馬鹿…」

(馬鹿…)

 

 

リーダー格の男は広を掴み立たせ、銃口を向け大声を上げた。

 

 

「やい!出て来い!

 

お前の大事な生徒の頭がぶっ飛ぶぞ!」

 

 

仕方なく、ぬ~べ~は別室のドアを開け姿を現した。姿を見た男は、広を投げ飛ばし銃口をぬ~べ~目掛けて銃弾を放った。弾は彼の足を貫き、ぬ~べ~は足を抑え倒れた。

 

 

「キャァアア!!ぬ~べ~!!」

 

「確かな正義感だな……え?ヒーローにでもなったつもりか?

 

そんなのは、映画の中だけなんだよ!!」

 

 

動けなくなったぬ~べ~を、男は銃で思いっきり殴った。

 

男がさらに攻撃をしようとした時、麗華は立ち上がり彼の背後から回し蹴りを喰らわせた。蹴りは男の頬をに当たり、男は勢いでそのまま飛ばされ机に当たった。

 

 

「敵が一人になれば、こっちのモノだ」

 

「このガキ!!」

 

 

男は銃を手に取り、弾を打ち放った。麗華は舞をするかのようにして、動き回り玉を避けた。避けきれない弾は全て、姿を消した焔達が受け止め防いでいた。

 

 

「な、何だ!お前!」

 

「悪いね。ちょっと田舎で、軽く体鍛えたもんでね。

 

 

稲葉!立野!細川!木村!

 

そこのマジックで、各壁の端に霊の道を駆け!」

 

「……わ、分かった!」

 

 

台の上に置かれていた箱から、ペンを手に取り広達は一斉に駆け出し壁の端に鳥居の絵を描いた。動こうとした男に、麗華は踵落としを喰らわせそして、腹に正拳突きを喰らわせた。その鳥居を見たぬ~べ~は、すぐに理解をし霊水晶を取り出した

 

 

「南無大慈大悲救苦救難……霊の通り道、開け!!」

 

 

扉が開いたのか、鳥居からぞろぞろと霊が姿を現した。その光景に驚いた男は、怖気着いたかのように怯えきった表情で周りを見た。

 

 

「ば、馬鹿な!!

 

一体、何なんだ!!」

 

「相手が悪かったね」

 

「?!」

 

「俺の生徒に手を出すとは、ぬ~べ~クラスのチームワークは抜群なんだぜ」

 

「……」

 

「地獄へ堕ちろ!!」

「地獄へ堕ちろ!!」

 

 

ぬ~べ~の拳と麗華の拳が同時に、男の顔面を殴り男は口と鼻から血を流して倒れた。

 

 

しばらくして、人質達は解放され、ぬ~べ~の周りには広達が歩き、美樹はカメラに向かってピースをした。

 

 

「一体どうやって犯人を?!」

 

「今のお気持ちを詳しく!」

 

「あなたは一体?」

 

「すいません、通して貰いませんか?」

 

 

リポーター達の質問に何も答えず、ぬ~べ~は広達と銀行を後にした。

 

 

「さー!ラーメンでも、食いに行くか!」

 

「ラーメンより病院でしょ!撃たれてんのよ!」

 

「ワハハ!こんなもん、唾つけとけゃ、治る……痛てて」

 

「無理しちゃってもう!」

 

「そういえば、麗華は?」

 

「さっき、警察の人に抱き着かれてたわ」

 

「何?!」

 

「知り合いなんじゃねぇの?ほら、アイツのあの怖い伯父さんの部下とかで」

 

「あー、納得」




ぬ~べ~達が銀行から出てきた時、麗華は氷鸞達を戻し彼等の後に出てきた。出てきた瞬間、心配していた池蔵は、涙目で麗華に飛び付き抱きついた。


「うわーん!麗華ぢゃんが無事だっだぁ!!」

「い、池蔵さん……苦しい」

「麗華ちゃん!手首に怪我してる!

先輩!すぐに病院へ連れて行きましょう!!」
「騒がしい」


騒ぐ池蔵の頭を、勇二は思いっきり叩いた。パトカーに乗った麗華は、後部座席に勇二と座り池蔵は鼻歌を歌いながら運転した。
緊張が解れたのか、麗華は深く息を吐いた。


「無事でよかったよ」

「輝三……伯父のおかげですよ、助かったのは(あと鵺野と稲葉達のおかげかな)」

「神崎警部の?」

「昔、伯父の家に一年半住んでまして……その時、銃弾の回避訓練をやったんです」

「回避訓練?」

「色々法律破ってるかもしれませんが……あの人、猟銃持っていきなり空砲を撃って……結構ハードでしたけど、まさかこんなところで役に立つとは」

「伯父さんに、感謝しなきゃな」

「そう……ですね」


重くなっていた目蓋を閉じ、麗華はそのまま眠ってしまった。眠ってしまった彼女の頭を勇二は撫で、安堵の顔を浮かべ、病院へと向かった。


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鬼娘・眠鬼現る!

かつてぬ~べ~は二度、鬼と戦ったことがある。

一度目は、死闘の末左手に封印した鬼「覇鬼」。
二度目は、その弟「絶鬼」である。

そして……三度目の恐怖が今……ここ童守小学校にやってこようとしていた。


昼休み、学校の校庭で広達は野球をして遊んでいた。

その時、宙に切れ目が現れそして爆発した。

 

 

「な、何だ?!」

 

「おい、お前達」

 

「え」

 

「私のパンツを知らないか?」

 

 

煙の中から姿を現したのは、露出度の高い鬼風の服を着てツインテールをし頭から角を生やした美少女だった。

 

 

「私は眠鬼!地獄から来た誇り高き女戦士である!

 

亜空間を通って、現世に出る時凄まじいエネルギーの流れで、パンツが脱げてしまってな……」

 

 

話をする眠鬼の姿を、広達は顔を赤くし、そして線が切れたかのようにして、鼻から噴水のように血を出した。流れ出た血は眠鬼の顔に掛かり、彼女は手で血をふきながら二人を睨んだ。

 

 

「己ぇ!!人間共!!よくも私の顔面に汚らしい鼻血など……

 

妖力波で、吹き飛ばしてくれる!!そこになおれ!!」

 

「げ!鬼の手!?」

 

 

人間の手から鬼の手に変化させた眠鬼は、鬼の手に妖力波を溜め二人目掛けて放とうとした。だが妖力波は、投げ飛ばす前に眠鬼の手の中で爆発し、彼女顔は吹き飛んでしまった。

 

 

「爆発したぞ?」

 

「ひょっとしてコイツ……

 

 

かなりのお馬鹿?」

 

 

 

霊水晶を片手に、ぬ~べ~は険しい顔をして校内を歩いていた。

 

 

(くそ!気配を断たれたか……

 

確かにさっき、強い妖気の出現を感じた!あの妖気は、並みの妖怪ではない……あれは……

 

 

鬼だ!

 

それも……今までに闘った二人の鬼を、遥かに凌ぐ強い潜在妖力を秘めている……

 

 

まずいぞ……早く見つけ出さねば!生徒達と接触する前に)

 

 

同じ様に、屋上で日向ぼっこをしていた麗華も、妖気を感じていた。

 

 

「麗、この妖気」

 

「絶鬼と似てるけど、少し違う。

 

けど、鬼だという事には間違いない」

 

「どうする?」

 

「……捜そうにも、妖気が感じられない」

 

 

顔が元通りになった眠鬼は、濡らしたタオルを受け取り顔を拭いた。

 

 

(やはり……鬼のパンツは妖力の源……

 

あれが無いと上手く力が出せないんだわ……今の私は人間並みの力しかない……

正体を知られないようにしなくては……)

 

「なぁお前、鬼だろ?人間界に何しに来たんだ?」

 

(ま、まずい!!何とか誤魔化さなければ)

 

「さては、あんまりお馬鹿だから、地獄を追放されたんだろ?」

 

「鬼族のおちこぼれってわけだな!ハハハ!」

 

「無礼者!!私だって、パンツさえ穿いていれば……」

 

「あーパンツね。ハイハイ」

 

「安心しな。探してやるよ、一緒に」

 

「そうそう、俺達美少女には優しいのよ」

 

「お前悪い鬼じゃなさそうだしな……

 

俺、広。よろしく!」

 

「俺は克也。

 

取り合えず、心当たりを探してみよう」

 

「ほう……心当たりがあるのか。それは頼もしいな(ちょうどいい……この二人を私の下僕一号二号にしてやるか)」

 

 

広達が眠鬼を連れてきた所は、女子更衣室だった。

 

 

「プールの更衣室だ。六年生の女子が着替えてるぞ」

 

「さすが六年生。みんなええチチしとるのう!」

 

「おいコラ!

 

何で私がこんな、デバガメみたいな真似しなくちゃなんないのよ!」

 

「シー!声が高い!」

 

「ひょっとしたら、誰かが拾って穿いてるかもしれないだろ。

 

だったら、こうやって探すのが一番、手っ取り早いじゃないか……」

 

「う……(確かに)

 

しかしこれでは、私のプライドが」

 

 

広達更衣室の前で、コソコソしているところを通りかかった女子が見つけ大声を上げた。

 

 

「キャー!!皆!更衣室覗かれてるわよぉ!!」

 

 

その声に更衣室から、掃除用具を武器に女子が一斉に出て行き、そして広達を痛めつけた。

 

数分後、気の済んだ女子達は再び更衣室へ戻った。頭に五・六個のタンコブを作った広達が伸び倒れていた。

 

 

「お、己……この私を、痴女呼ばわりするとは……

 

いいじゃねぇか!!パンツくらい見せたって、減るもんじゃなし」

 

「お前それ、女のセリフじゃねぇよ」

 

「しかし……誰かが穿いてるかもしれないというのは、一理ある。奥の手を使うわよ」

 

「何をする気だ?」

 

「攻撃力は無くっても、鬼の魔力のエネルギーは少し使えるわ。

 

 

黄泉の女王……伊佐那美の名において、この光の球の照らす所……

皆……パンツ一枚になれ!!」

 

 

光の球を空へと登らせると、傍にいた広達の服は消えパンツ一枚になり、その光が照らした場所にいた者全員がパンツ一枚の姿になってしまった。

 

 

「もたもたしないで!早く探すのよ!!」

 

 

パンツ一枚の姿をした広達は、眠鬼の後を追いながら校舎の中へと入り、廊下を歩いていた。走っていた眠鬼は突然足を止めた。彼女の前にいたのは。広達と同じ格好になったぬ~べ~だった。

 

 

「お前が……鵺野鳴介だな?」

 

「そうだが……お前は」

 

「私は眠鬼!お前に倒された二人の兄……絶鬼と覇鬼の妹だ!!」

 

「ええ?!」

 

「やはりそうか……目的はなんだ?仇討か?」

 

「お!鵺野君、これは一体どうしたわけじゃね?」

 

「……あ!

 

あった!!私のパンツ!!」

 

 

背後からやって来た石川の穿いているパンツを指差しながら、眠鬼は叫んだ。その言葉に、ぬ~べ~は体から血が抜けたかのように、真っ白になった。

 

 

「い、石川先生」

 

「ん?これ……今朝、校門の前で拾ったんだけど」

 

 

「ぬ~べ~!!大変よ!!広と克也が、覗きをしたって六年生が」

 

「いかん!!こっちに来るな!!」

 

 

広達の事を言いつけに来た郷子達女子は、ぬ~べ~の元へ駆け寄ろうとしたが彼の怒鳴り声に驚き、すぐに足を止めたがそれは遅く、彼女たちの体に合の光が当たりそして、服は消えパンツ一枚の姿へとなってしまった。

 

 

「キャアアア!!」

 

「何よこれ―!!」



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鬼のパンツはいいパンツ?

「やはり、アナタも感じていたのね」


玉藻の車に乗った雪女(ユキメ)は、運転する玉藻に話し掛けた。


「ああ……強力な妖気が、童守小に出現するのを確かに感じた……

あれは……鬼。


かつて、童守町を震撼せしめた鬼の襲来……あの悪夢がまた再現されるのか」


小学校へ到着し、車から降りた玉藻は後者の上にある光の球が目に留まり上を見上げた。


「何だ?あの光は?」

「え?」


その時光が二人に当たり、二人の服は消えパンツ一枚の姿へとなった。


「キャアアアア!!何やってんのよ!!この変態狐!!」

「そういう貴様こそ、何て格好だ!!この淫乱雪女(ユキオンナ)」


その頃麗華は……


「な、何これ……」


下着姿になった麗華は、自身の体を見て呆気にとられていた。


「れ、麗……いつの間に」

「……ど、どうしよう……つか、何で」


狼姿になっていた焔は、目隠しをするかのようにして、裸になった麗華を見て呆気にとられていた。


「まさか、絶鬼と覇鬼に妹がいたとはな……

 

この騒ぎはお前の仕業か……眠鬼!!」

 

 

目の前で仁王立ちし、腰に手を当てる眠鬼を見ながらぬ~べ~は質問した。

 

 

「フフフ……そうよ。私の妖力よ。

 

 

でも、誤解しないでね。仇討何ていう、セコい目的で来たんじゃないわ。

私の目的はただ一つ……それは……

 

 

パンツよ!!」

 

「パンツ?」

 

「『鬼のパンツはいいパンツ……百年穿いても破れない』昔の」

「昔の歌にある様に、古来鬼のパンツには、強い霊力があると信じられてきたんだ……

 

なぜなら、鬼のパンツは強力な霊能力者の体を紡いで、作り出した物らしいからね」

 

 

階段を下りながら、眠鬼が仕様としていた説明をしながら、麗華は彼女を見下ろした。

 

 

「お、お前……

 

何で、服着てるんだ!?」

 

「着てるか!!中下着だけだ!!」

 

 

そう言いながら、麗華は着ていた羽織を広げ中を見せた。広達と同様にパンツ一枚であったが、胸にはさらしが巻かれていた。

 

 

「ったく……人が日向ぼっこしてる時に、変な技使いやがって」

 

「麗華、それ誰の羽織り?」

 

「焔の。このままの格好で行こうと思ったけど、さすがに辞めろって焔に言われて、羽織を借りた」

 

「……」

 

「さてと……続きを話をしてもらいましょうか?」

 

「……

 

 

材料となる人間の霊力が強い程、強力なパンツが作れ……それを纏った鬼は、強い妖力を持つようになる。

 

 

アナタなら、きっと最高のパンツになれるわ。フフフ……そう。

 

 

鵺野鳴介!!私はアンタをパンツにしに来たのよ!!」

 

 

その言葉を聞いた途端、その場にいた全員が驚いき呆れた。麗華に関しては、頭を抱えて深くため息を吐いた。

 

 

「そういうわけで、死んでもらうよ!!喰らえ!!妖力は……」

 

 

妖力波を放とうとしたが、前と同様放つ前にまた爆発した。

 

 

「うう……しまった。

 

今の私はノーパンで、力の制御が出来ないのだった。地獄から登って来る時、うっかりパンツを落としてしまったから……そのパンツを探すため、皆を裸にしていたのだ……

 

 

私のパンツは……あの変体親父が穿いている……返せ!!」

 

「石川、逃げて!!早く!!」

 

 

麗華の声に、石川は慌てて逃げ出した。その後を眠鬼は追いかけそしてすれ違う生徒のパンツを一人一人はぎとって行った。

 

 

「鬼娘!!人のパンツをやたらと脱がすな!!」

 

「黙れ女!!

 

追い詰めた!!残るはお前一人だ!!」

 

 

追い付いた眠鬼は石川を押し倒し、パンツを奪い取った……だがパンツからはこの世の物とは思えない臭いを放ち、その匂いに眠鬼は気を失った。

 

 

「死んだ……」

 

「石川、アンタ……」

 

「いやあ……儂、一ヶ月風呂入ってなかったから」

 

「……」

 

 

気を失った眠鬼を縛り、五年三組の教室へ入れた。パンツ一枚にされた生徒達は皆、体操着に着替え彼女から離れた場所で睨んだ。外で騒いでいた玉藻と雪女(ユキメ)も、教室の中へと入り、眠鬼を見つめた。

 

 

「で……どうすんのコイツ」

 

 

焔が持ってきた着流しの帯を締めながら、麗華はぬ~べ~に話し掛けた。

 

 

「鵺野先生……こいつはさっさと殺した方が良い。

 

あの絶鬼と覇鬼の妹……生かしておいたら、必ず災いをもたらす」

 

「そうよ!今は大人しくしていても、いつ本性を現すか……」

 

「……いや……

 

この子は……殺さない。俺のクラスで引き取る」

 

「ええ!!?」

 

「なあに、このパンツさえ穿かせなきゃ無力だ。平気さ」

 

「ダメよ先生!!姿は可愛い女の子でも、鬼なのよ!!」

 

見かけに騙されちゃダメ!!」

 

「おや~?雪女君、ひょっとしてヤキモチ?

 

俺がほかの女の子に優しくするから~?」

 

 

その言葉にキレた雪女は、冷気を放ちぬ~べ~をカチンコチンに凍らせた後、ドアを勢いよく閉め帰ってしまった。

 

 

「デリカシーの無い先公」

 

「後悔しますよ、鵺野先生」

 

 

彼女の後に続く様にして、玉藻は出て行った。

 

 

(いや……鬼や妖怪といえど、人間の中で暮らしていけば、やがて人間の心を手に入れられると……俺は信じる。

 

その事は何よりも、お前達二人が証明しているじゃないか……)

 

「あの女を本当に置くとなると、私はともかく傍にいる焔とシガンが警戒を解かなくなるわよ」

 

 

麗華の言う通り、シガンは眠鬼をジッと睨み焔は狼姿になり今にも攻撃するような態勢になり、牙を剥き出しにし威嚇声を上げていた。

 

 

「ずっと、この状態でいることになるけど、いい?」

 

「う……」

 

「何なら、しばらくの間学校休むけど?」

 

「お前はただ、サボりたいだけだろ!」



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鬼の目にも涙

そして翌日……


眠鬼の人間としての生活が始まった。


「え~では、出席を取る!

阿部!」

「はい」

「稲葉!」

「はい」

「遠藤!」

「はい」


次々にクラスメイトの名を呼び上げていきそして……


「眠鬼!」

「ふん!」

「呼ばれたら、返事!」


眠鬼の角に付けられていた札に霊力を入れ攻撃した。攻撃された眠鬼は、慌てて言い換えし何度も返事をした。

その反応を、窓枠にいたシガンは馬鹿にしているかのように笑った。その声に気付いた眠鬼は、シガンを睨んだ。


「ちょっと!!このネズミ、何なのよ!!」

「あ~!そいつ、麗華が連れて歩いてるフェレットのシガンだよ」

「フェレット?」


偉そうに気取る様にして、尻尾を振ると眠鬼を馬鹿にしているかのような目で見た。


「このフェレット……私を馬鹿にしてる?」

「キュー」


ツンとした態度で枠を降り、前の席で居眠りをしている麗華の元へと戻っていった。


休み時間……


「ほれほれ、パンツ返して欲しけりゃちゃんと働け」


ぬ~べ~の言い付けで、眠鬼はトイレ掃除をしていた。その光景を広達は見ながら感心していた。


「おーおー」

「偉い偉い」

「今日で三日目。もっと反抗するかと思ったけど……」

「案外、根は真面目で良い子なのかも」

「私は鬼よ!!真面目で良い子な訳ないだろ!!」

「ちぇ!何よ、あの態度」

「いこいこ!」


立ち去ろうとした時、広はふと眠鬼の方を振り向いた。彼女は水溜まりで溺れている芋虫を見ると手を差し伸べ、窓の傍に生えている木に移した。

その光景を見た広は、彼女を呼び校庭へと出た。


「固まるな!散れ散れー!」


クラスメイト全員でドッチボールをする中、眠鬼はいた。


「何か……すっかり溶け込んじゃってるね……」

「ああ。ぬ~べ~の言う通りだ。あいつは……」

「よーし、ガンガンいくぞぉ!」


楽しそうに遊ぶ眠鬼を見て、ぬ~べ~はホッとしていた。校庭の隅で狼姿で、眠鬼を睨む焔を宥めながら麗華は彼女を見た。


どっちボールを楽しむ中、学校の外に出て行ったボールをまことは追いかけて行き表へと出た。その時、トラックが走って来ており引かれ掛けた。引かれる瞬間眠鬼が慌てて彼を押し倒し助けた。


「眠鬼がまことを助けた!」

「凄い運動神経だよな……さすが鬼」

「目にも止まらぬ速さだったぜ」


ヒソヒソと話すクラスメイトの背後で、麗華は眠鬼を眺めていた。


「悪い奴じゃなさそうだね」

「……」

「いい加減、その目つきやめな。その顔になるよ」


からかいながら、麗華は焔の頭を撫でた。


眠鬼の腕を見ると、掠り傷を負っていた。真琴はそれを見て、涙を浮かべて言った。


「あ、ありがとうなのだ」

「フ、フン!

罰に助けた訳じゃないよ!ゲームが中断するのが、嫌だっただけだ。私は血も涙も無い鬼なんだ!」

「いいや」

「?」

「鵺野」

「お前は……明らかに……他の鬼とは違う。


話し合おう……

眠鬼、お前なら分かり合えるはずだ」


見つめ合う二人……その隙を狙い、眠鬼はぬ~べ~の胸ポケットに入っていたパンツを奪った。


「ま、待て!!」

「ぶぁ~か!!人間なんかと、分かり合うなんてないよーだ!!」


ブルマを脱ぎパンツをはくと、眠鬼は鬼の姿へと変わった。


「覚悟しろ!鵺野鳴介!

お前をパンツにしてやるよ!!」

「いかん!鬼の力が戻った……」


「阿呆!!」

 

 

眠鬼を見上げるぬ~べ~に、麗華は踵落としを食らわした。

 

 

「パンツ奪われてどうすんだ!!」

 

「お前が言うな!!何もしてないくせに!!」

 

「出来るか!!こっちは見張られてんだから!!」

 

 

背後に目を向けると、殺気だった焔がぬ~べ~を睨み、眠鬼を睨んでいた。

 

 

「近付こうにも、アイツの殺気を宥めるのが先だったんだ。だからアンタに任せてたのに」

 

「す、すまん」

 

 

「眠鬼!フルパワー!」

 

 

妖力を全開にし、眠鬼はぬ~べ~を攻撃した。

 

 

「な、何という気だ!

 

お、俺は成す術もなく、パンツにされるのか?!」

 

「大変よ!ぬ~べ~がパンツに!」

 

「ぬ~べ~パンツになっちまうのか?!」

 

「地獄パンツぬ~べ~に、タイトル変更!?」

 

「最悪……」

 

「ううう……凄いピンチなのに、緊張感が無い」

 

 

「フフフ……いくわよ、鵺野鳴介!

 

ミンキーフラーッシュ!!」

 

 

手に妖力を溜め、雨の様に降らし攻撃した。その攻撃を喰らったぬ~べ~は、口から血を吐き気を失った。

 

 

「気を失ったか……大丈夫。本気は出していないから。

 

殺したら、パンツに出来ないからね」

 

 

その様子を広達は、茂みから見ていた。

 

 

「強い……まるで、絶鬼の様だ……(あれで本気じゃないなんて……)」

 

「助けなきゃ!」

 

「アンタ達は大人しくしてて」

 

「え?」

 

 

いつの間にか出した薙刀を構え、焔の頭を撫でる麗華の方に広達は目を向けた。

 

 

「麗華?」

 

「焔、いいね?」

 

「いつでも」

 

「どうするの?」

 

「戦う」

 

「え?!」

 

「む、無理よ!!」

 

「そうよ!!相手はあの絶鬼と同じくらい強いのよ!!」

 

「じゃあ指銜えて見てろって言うの?」

 

「っ……」

 

「そ、それは」

 

「んじゃ、闘える私がやるしかない。

 

あの馬鹿教師、パンツにされるのは困るからね」

 

 

「さぁ、パンツになってもらうわよ~……」

 

 

技を掛けようとした時、焔が放った炎にビックリした眠鬼は、慌てて手を引いた。

 

 

「パンツにさせないよ」

 

「この女!よくも邪魔してくれたね」

 

「簡単に手に入ると思ったら、大間違いだよ」

 

「何ですって!!パンツの前にアンタが先だ!!」

 

 

溜めた妖気を麗華目掛けて放った。その瞬間、麗華はすぐに飛び上がり避けた。

 

 

「焔!」

 

 

麗華の掛け声に、焔は口から炎を放った。炎に怯んだ眠鬼を狙い、麗華は薙刀を振り下ろした。その攻撃を慌てて眠鬼は腕を剣に変え防いだ。

 

 

「これでどうだ!!」

 

「……!?」

 

 

妖力の球を放った。その瞬間、焔は麗華の前に立ちその光に当たり彼女と一緒に地面に倒れた。

 

 

「麗華!!」

 

「は、速く助けに!」

 

「女子はここを動くな」

 

「相手は俺達と同じ年頃の女の子だ。弱点は分かってる。俺に考えがある」

 

 

煙が晴れ目を覚まし麗華は焔を退かし起き上がった。

 

 

「焔…」

 

「ったく、余計な力を使わせないでよね」

 

「うるさい、未熟鬼」

 

「何ですって!!」

 

 

「やーい、眠鬼!」

 

「?」

 

「これでも喰らえ!!」

 

 

男子達は、女子が嫌がるものを見せながら突っ込んでいった。眠鬼と麗華は呆れ顔になり、眠鬼は手から妖気を放ち男子達に攻撃した。

その攻撃を喰らった男子達は皆、姿をパンツに変えられた。

 

 

「広!!」

 

「ったく!余計な力使わせて……この技、結構時間がかかるのよ」

 

「ちょっとアンタ!!なんてことすんのよ!!

 

元に戻して!!」

 

「嫌ーよ。それより、ぐずぐずしてると……

 

この子達、人間の心を失って、本当のパンツになっちゃうわよ。今は辛うじて、意識が残ってるけど、もうじき……」

 

「ええ?!」

 

「助けたければ、はく事ね!そうすれば、とりあえず今の状態を維持できるわ」

 

「は、はくって……」

 

 

美樹の言葉に、女子達は全員顔を見合わせて真っ赤にした。そして全員パンツになった男子をはいた。興奮して騒ぎ出した男子達を女子達は悲鳴を上げて騒いだ。その光景を、麗華は顔を真っ赤にして眺めていた。

 

 

(あんなのはいたら……絶対陽に嫌われる)

(あんなのに当たったら……絶対波に嫌われる)

 

 

「馬鹿な、破廉恥小学生共め」

 

 

気を失っているぬ~べ~の方に振り向くと、そこにいるはずの彼の姿は無く代わりに麗華がいた。ハッと下を向くとそこに傷の癒えたぬ~べ~がいた。

 

 

「フッフッフ……実はな眠鬼。

 

お前のパンツを預かっている間に、ちょっと細工しておいた」

 

 

パンツから出ていた糸を引っ張り、帯を破いた。するとパンツがズレ落ちた。

 

 

「よ、よくも私のパンツを!!」

 

「そらそら!抑えないと、パンツが落ちるぞ!!

 

パンツが無ければ、お前は妖力を失い、普通の女の子になる!!」

 

「うるさい!!人間相手なら、片手で十分よ!!」

 

「お互い片手どうし、これで互角だな!」

 

「互角なもんか!!見ろ、鬼の力!!」

 

 

眠鬼は巨大な妖力の球を出した。

 

 

「どうだ!!人間にこんな妖力球、作れないだろ!!これを喰らえば、お前は二度と立てなくなるぞ!!

 

私の勝ちだ!喰らえ!!」

 

 

両手を天に掲げた時、パンツが脱げ落ちた。

 

 

「ば、馬鹿!!両手を使ったら、パンツが」

 

「は!!し、しまった!!

 

パンツなしじゃ、私こんな重いもの」

 

 

その瞬間、宙に浮いていた妖力球は眠鬼の頭上に落ちた。

 

 

「キャァァアアアア!!あ、熱い!!溶けちゃうぅぅぅ!!

 

 

(く、悔しいよぉ……鬼の私が……こんな惨めな死に方……)」

 

 

死を覚悟した時、白衣観音経が炎を防いだ。眠鬼は目を開き、その光景を見るとそこにはぬ~べ~がいた。

 

 

「な、なぜ私を助ける?」

 

「言ったろ……お前は、絶鬼や覇鬼とは違う……きっと分かり合えると信じている。

 

それに……今のお前は俺の生徒だ。命を懸けても、俺はお前を守る」

 

 

「全く、未熟鬼が!氷鸞!」

 

 

氷鸞が放った水を、妖力球は煙を出して消えていった。煙の中に、ポカンと座り込む眠鬼と彼女の傍で倒れているぬ~べ~がいた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「大丈夫?」

 

「ハハハ……大丈夫大丈夫」

 

「何が大丈夫だ。死にかけてるくせに」

 

「お前が言うな」




「いやー、パンツにされた時は、どうなるかと思ったよ」

「結構喜んでたくせに」

「ああー俺……一生パンツのままの方が」

「あっちいけ!!このドスケベ!!」

「ま、元に戻してくれてよかったわ」

「そーね」


教室で騒ぐ郷子達……眠鬼は席に座り、考え込んでいた。


(……分からない。

人間ってなんなの?私は小さい頃から、周りの鬼達に人間は屑だ、蛆虫だと教えられてきた。
でも……)


「ね!これあげるよ!」


話し掛けられ、振り向くと郷子の手には何かを包んだ物があった。包んだ物を受け取り、包み紙を破りながら文句を言った。


「分かってるわよ!!どうせ、仕返しの嫌がらせでしょ!何よ!ゲジゲジ?毛虫?」


包み紙を取ると、中にはたくさんのパンツがあった。


「皆でお金出して買ったんだ」

「鬼のパンツは燃えちゃったし、ぬ~べ~はパンツに出来なかったし……これで我慢して」


その言葉に、眠鬼は思わず涙を流した。


「ノーパンはいかんぞ」


からかうようにして、ぬ~べ~はニヤけながら教室へ入ってきた。


「ねぇ、私……パンツが無くなって、地獄へ帰れないの。しばらくここにいてもいい?」

「ああ、いいとも。

帰る方法は、そのうち何とか考えよう」

「じゃあよろしくね、お兄ちゃん」

「お、お兄ちゃん?!」

「だってその左手、本当のお兄ちゃんだもん。

(ここに残ろう……人間ってなんなのか。私なりに、見極めるまで……)」


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道を外した分家

とある山地……

唸り声を上げる妖怪を前に、フードを被った男は札を出し、その妖怪を消し去った。その隣には黒い巨狼がいた。


「この辺りの妖怪も、いなくなったな……」

「そうだな……

んじゃ、今度は童守町にでも、行ってみるか」

「童守町……確か、神崎輝三が住んでるんじゃ」

「いや、アイツは確か地方の方に住んでる。童守町を任されているのは、その弟の輝二だ」

「お前から、優華を奪った奴か」

「……殺すか」

「やめておけ、後々面倒になるぞ」

「冗談だ冗談。


そんじゃ、行くか……童守町へ」


童守小……終了チャイムが鳴り響き、それと共に校舎からたくさんの生徒が走り出てきた。

 

 

 

「え!龍二さん、修学旅行で家にいないの?!」

 

 

掃除をしていた郷子は、驚きながら大声を上げてそう言った。黒板を掃除していた麗華は、椅子から降りながら話を続けた。

 

 

「五泊六日の沖縄旅行でね」

 

「沖縄かぁ」

 

「いいなぁ」

 

「何かお土産買ってきてくれないかな?」

 

「それじゃあ、帰ってくるまで麗華一人ってこと?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「怖くないの?毎回思うけど」

 

「全然。だって、夜になると普通にショウ達が来るし(今じゃ安土や牛鬼、時雨も来るからな……)」

 

「そういえば……」

 

「麗華ん家って、妖怪が集まる場所だったな」

 

 

騒ぐ郷子達……麗華は椅子を元の場所に戻している時、何かの視線を感じ窓の外を見た。

 

 

(何か……今視線感じたような気が)

 

「麗華ぁ!そっち終わったら、こっち手伝って!」

 

「あ、あぁ(気のせいか)」

 

 

学校の木に座り、双眼鏡で麗華を見る男……双眼鏡を移動させ、職員室で寝ながら何かを書いているぬ~べ~を見た。

 

 

「へ~……面白いもん、持ってんじゃん」

 

 

 

放課後……紙束を運ぶ郷子達。

 

 

「ったく、何で掃除終ったのに、ぬ~べ~の手伝いしなきゃいけないのよ」

 

「そう言うな。これ今日中に、五年生全員分作らなきゃいけないんだ。協力頼む!」

 

「世話の掛かる馬鹿教師」

 

「何だと!」

 

「見たいテレビがあったのに」

 

「そうそう」

 

「お前等……文句言い過ぎだぁ!!」

 

「怒鳴る前に、とっとと書き上げろ!!」

 

 

数枚の紙を持ち、ぬ~べ~に怒鳴りながら麗華は美樹と一緒に資料室へ行った。資料室に置かれているコピー機で、持ってきた紙を学年分コピーした。

 

 

「全く、どうしてあの馬鹿教師のために、こんな労働しなきゃいけないんだか」

 

「ホントよねぇ」

 

「あ~あ(渚に怒られるなぁ……連絡だけ入れとくか)。

 

細川、ちょっと電話したい奴がいるから、ここ任せていいか?」

 

「いいけど……何々?陽一君に掛けるの?それとも龍二さん?」

 

「違う……家で留守番してる渚。この調子じゃ、遅くなりそうだからね」

 

 

そう言いながら、麗華は資料室を出て行った。廊下を歩き階段を下った時、麗華は何かにぶつかり顔を手で抑えた。

 

 

「す、すみません!つい……?」

 

 

顔を上げながら謝る麗華は、ぶつかった人物の顔を見て驚き声を出せずにいた。

 

左目に包帯を巻き、黒いフードを被った男と男の背後に黒い巨狼がいた。それを見た麗華は、居た堪れない恐怖を感じその場に立ち尽くしてしまった。

 

男は麗華の頬に触れ、そして髪を触り臭いを嗅いだ。

 

 

「優華と同じ匂いがする」

 

「……あ、アンタ…誰」

 

「分家のもんとでも、言っとくか」

 

「分家に、アンタみたいな奴は見た事も聞いた事も無い。それに一族が集合した時、アンタいなかった」

 

「頭の働きが良いねぇ……」

 

「……」

 

 

その時、ドアが開き中にいたぬ~べ~が、顔をひょっこりと出した。

 

 

「お~い!麗華!

 

すまんが、これも頼むわ~!」

 

「わ、分かったぁ!……?」

 

 

前を向くとそこに、男の姿は無くなっていた。

 

 

(あ、あれ?)

 

「麗華!頼む~!」

 

「あ、あぁ(確かにいたはずなのに……)」

 

 

職員室へ行き、追加の紙をぬ~べ~から受け取った麗華はすぐに資料室へ戻った。コピーを終え紙の束を運び職員室へ美樹と一緒に職員室へ戻った。

 

 

「はい!これで全部よ」

 

「悪いな」

 

「礼は弾んでくれるんでしょうね?」

 

「後でジュース奢ってやるよ」

 

「え~それだけ~」

 

「文句言うな!!こっちはお金が無いんだ!」

 

 

泣きながら言い訳をするぬ~べ~を見ながら、郷子達は紙の束を纏めた。すると麗華のフードにいたシガンと焔が、何かを感じたのか突然麗華の肩へ登り攻撃態勢に入り唸り声を上げた。

 

 

「?シガン、焔どうした?」

 

「嫌な気配だ」

 

 

そう言うと焔は鼬姿から、狼姿へと変わった。変わった途端職員室の天井に頭をぶつけ、焔は人の姿へと変わり、頭を抑えて座り込んだ。

 

 

「家じゃないんだから、普通に狼になるなよ。この学校、天井低いんだから」

 

「うぅ……」

 

「焔ぁ、お前何狼の姿になってんだ?」

 

「また麗華に甘えたくなったの?」

 

「焔もそうだけど、雷光と氷鸞も麗華に甘える時って、必ず動物の姿になるよなぁ」

 

「そうそう」

 

「コイツ等いっぺん、地獄に落としてやる!!」

 

「落ち着け焔!!」

 

 

手に炎を出し、郷子達に攻撃しようとした焔を慌てて麗華は抑えた。その時、突然職員室の電気が切れた。暗くなり焔は、出していた炎を灯りにしながら辺りを照らした。

 

 

「停電か?」

 

「キャー!広、怖~い!」

 

「美樹!!」

 

 

「祇園精舎の鐘の声」

 

「?」

 

 

廊下から突然、男の声が響いてきた。歩く足音と共にゆっくりとこの部屋へ近付いていた。

 

 

「な、何?」

 

「諸行無常の響きあり」

 

「何なの?」

 

「沙羅双樹の花の色」

 

「(まさか……)シガン、おいで」

 

「盛者必衰の理をあらわす」

 

 

職員室のドアが開きそれと同時に、職員室の灯りが付いた。ドアの前にいたのは、あの時麗華がぶつかった男だった。

 

 

(こいつ、さっきの?!)

 

「鬼が一匹……」

 

「何者だ」

 

「そこにいる女に聞いてみろ。

 

一応、そいつとは血縁関係だ」

 

 

男の言葉に疑問を持ったぬ~べ~は、男が見詰めている先にいる麗華を見た。自分と目線が合うと、彼女は激しく首を左右に振った。

 

 

「あらら……かなり嫌われたみたいだね」

 

「当たり前だ。テメェがさっき、変なことしたからだ」

 

「陽炎(カゲロウ)、お前はそこの白狼の相手でもしてろ」

 

「あいよ」

 

 

拳を鳴らすと、陽炎は目に見えぬ速さで焔の傍へ行き腹を殴った。焔は顔を顰めながらも、机を台にして外へと出て行き、陽炎はその後を追いかけて行った。

 

 

「焔!」

 

「狼は狼同士。俺達は俺達同士」

 

 

隠し持っていた何かを、男は麗華目掛けて突き出した。麗華は瞬時に突き出されたものを理解し、後ろへ引き手で振り払った。

 

 

「へ~……よく分かったな。ナイフだって」

 

「勘が働いただけ」

 

「へ~……しかし、面白い奴と一緒にいるな?」

 

「面白い奴?」

 

「そこにいる、鬼の手持った男」

 

「……」

 

「鬼さんよ、少しばかり相手してくれ」

 

 

そう言うと、男は札を出し赤黒く染まった鎌を出した。

 

 

「な、何……あの鎌」

 

「こ、怖い」

 

「どれくらい殺したかなぁ……

 

数え切れない妖怪を殺してたら、この色に染まったんだ。最初は白銀色だったんだぜ?」

 

 

男を睨みながら、麗華はポーチから紙を出した。紙は煙を出し中から人の姿をした雷光が現れ出た。

 

 

「稲葉達を連れて、今すぐここから立ち去りなさい!」

 

「承知」

 

「させねぇ。月影(ツキガケ)!影牙(エイガ)!」

 

 

黒い煙を放ち、中から黄色い着流しを身に纏った男と顔と腕に包帯を巻いた男だった。

 

 

(す、凄い妖気)

(す、凄い妖気)

 

 

「月影、お前はあの侍の相手をしろ。

 

影牙、お前はあのガキ共を」

 

「承知」

「諾」

 

「(ヤバい!)氷鸞!包帯男の相手しろ!」

 

 

悲鳴を上げる郷子達の前に、氷鸞は立ち影牙の攻撃を防いだ。

 

 

「氷鸞、吹雪!雷光、強風!」

 

 

麗華の命令通りに、氷鸞と雷光は技を出し攻撃した。二人は怯み、動くのを辞めその隙を狙いぬ~べ~は郷子達の背中を押しすぐに職員室を出て行き、それに続いて麗華も出て行き、五人を援護するかのようにして、雷光は攻撃を続け氷鸞が放った吹雪で、霧を作り姿を消した。

 

 

「あ~らら……逃げたか」

 

「どうする?」

 

「追うか?」

 

「……気儘に捜すさ」

 

 

鎌を肩に担ぎ、口笛を吹きながら男は暗い廊下を歩いた。




宿直室に辿り着き、息を乱す五人……その様子に、中でテレビを見ていた眠鬼は、少し驚いた様子で彼等を眺めた。


「だ、大丈夫?」

「な、何とか……」

「麗殿、あの者は一体……」

「知らない……あんな奴……」

「けど、麗華のことは知ってたみたいだったけど」

「……あんな変人、知らないよ。

そういえば」

「どうしたの?」

「いや……あの変人、母さんのことを知ってたみたいなんだ」

「お母さんを?」

「あぁ……でも、母さんからあんな変人の事、聞いた覚えないし……兄貴からも聞いたことは」

「じゃあ何で?」

「知らない……私が聞きたい」

「電話しようにも、公衆電話は職員室の離れた場所だし……」

「ここに長居すんのも、時間の問題じゃねぇか?

あいつ、下手したら俺等の事捜してるんだろ?」

「まぁ…そうだね」


呆れ溜め息を吐く麗華……その時、目の前に糸を天井から吊るし降りてきた蜘蛛が目に入った。


「あ!蜘蛛」

「掃除してねぇのかよ、この部屋~」

「しょうがないわよ。ぬ~べ~と眠鬼が暮らしてるんですもの」

「一言余計だ!」

「……って、麗華は?」


捜し回すと座っていた雷光の後ろに、麗華は引き攣った顔をしながら座っていた。


「麗華?」

「!」

「ハハ~ン……その様子だと、さては蜘蛛が苦手のようですなぁ」

「……るさい」

「そんじゃ、ほれ」


差し出された広の手を麗華は見た。その手には糸を吊るしぶら下がっていた蜘蛛だった。次の瞬間、麗華は広に後ろ蹴りを喰らわせた。


「雷光はここに残れ!今から焔探しに行って来るから、氷鸞!!来な!!」

「あ、はい!」


怒り満載の様子で麗華は、氷鸞と共に部屋を出て行った。


「麗殿を怒らせたら、例え味方でも容赦なく攻撃しますよ」

「そのようね(これからは、からかわない様にしよう……)」


廊下を歩く麗華……


「立野の野郎……次やったら、ただじゃおかないから」

「牛鬼と安土は平気なのに、何故普通の蜘蛛は」

「さぁ……ほかの虫とかは平気なんだけど、何でか蜘蛛だけは駄目なんだよねぇ」

「そうですか……?」


何かを感じた氷鸞は、足を止め手に持っていた錫杖を構えた。彼と同時に麗華も何かを感じ取り、氷鸞の後ろへ立ち薙刀を出し構えた。


「……!?」


暗い廊下から現れたのは、巨大な蜘蛛だった。


「ク……蜘蛛」


弱々しく言いながら、麗華は腰を抜かしたかのようにしてその場に座り込んでしまった。


「れ、麗様!」

「無理……腰が抜けて、動けない」


「そこは変わらないんだな?赤ん坊の頃と」


蜘蛛の後ろから、鎌を持ったあの男が姿を現した。


「何者なの?」

「……」

「答えてよ!!アンタ、何で母さんのこと知ってるの?!」

「……分家に華、三神家と神崎家、月神家以外にもう一つあったんだよ」

「え?」

「三神家と神崎家は兄弟同士だって聞いてるだろ?」

「う、うん」

「月神家にも兄弟がいたんだ……神田家っていうな」

「神田家?(聞いた事ない)」

「神田家は、お前が生まれる何十年の前に、月神家と神田家はお前等(神崎家と三神家)と同じ様な立ち位置だった。だが神田家にある悲劇が訪れた」

「悲劇?」

「俺以外の神田家は全員、事故で死んだんだ」

「?!」

「しかもその事故は、本家の奴等が仕組んだもの……

俺等を消せば、分家は三神家と神崎家と月神家だけ……その方が、都合が良いと思ってたんだろうな」

「……まさか」

「俺はその神田家唯一の生き残り……

名は神田秀二(カンダシュウジ)」


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奪われた鬼の手

神崎家と三神家……
月神家と神田家……


二つペアの家族は、義理兄姉(弟妹)だった。
兄姉(弟妹)として、家族として一家はとても仲が良かった。だが本家はそれをよく思っていなかった。

神田家の当主が仕事で遠出して帰って来た時、自分の家は黒く焼かれていた。神田家の家へ行くと、床には変わり果てた妻子の亡骸が寝かされていた。

当主は一晩中泣き、そして翌日誰にも言わず皆の前から姿を消した。


巨大蜘蛛に怯み、その場に座り込む麗華と彼女を守るようにして、氷鸞は錫杖を構え立っていた。

 

 

「あ、そうだ……お前の白狼、やっちまったんだけどどうする?」

 

 

彼の声に合わせてか、陽炎が血塗れになった焔を手に降りてきた。

 

 

「焔ぁ!!」

 

「大した奴だ……この俺に深傷を負わせるとは……痛」

 

 

腕から血を流しながら、陽炎は焔を麗華に向かって投げ付けた。投げられてきた焔を、麗華は受け止め呼び掛けた。

 

 

「焔!!目を覚ませ!!焔!!」

 

「……」

 

「殺しちゃいねぇ……気を失ってるだけだ(クソ……腕の感覚がまだ鈍ってる……)」

 

「貴様、よくも!!」

 

 

錫杖を振り氷鸞は陽炎目掛けて水を放った。すると陽炎の前に影牙が立ち氷鸞の攻撃を防ぎ、そして両手に水を溜め、水の砲を放った。

 

 

“ドーン”

 

 

「?!」

 

「な、何?今の音」

 

 

騒音に気付いた広達は、怯えた様子で顔を見合わせた。

 

音を聞いてからしばらくすると、何かを察知したのか雷光は立ち上がり廊下へ出て行った。彼に続いてぬ~べ~も出て行った。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「どうしたのかしら?雷光まで」

 

「気になるわ。行ってみましょう」

 

 

二人が気になり、広達は廊下へ出て追い駆けた。

 

 

廊下を駆け玄関口へ行くと、ドアにずぶ濡れになり傷だらけになった焔と氷鸞が倒れ、彼等を前に倒れ込む麗華がいた。

 

 

「麗殿!!」

「麗華!!」

 

 

手に持っていた刀を鞘にしまいながら、雷光は麗華の元へと駆け寄り彼女を抱き起こした。ぬ~べ~は辺りを見回しながら三人の状態を見た。

 

 

「一体、何が……」

 

 

「これはこれは……鬼の手の持主まで、お出でか」

 

 

暗い廊下の窓から差し込む夕陽が、鎌を肩に担ぎ陽炎立ちを後ろにして立つ秀二がいた。

 

 

「麗華達に何をやった!」

 

「先に攻撃したのはそいつ等だ」

 

「先に攻撃を仕掛けてたのは、そっちだろうが!!」

 

「黙れ馬鹿教師が」

 

「馬鹿……」

 

 

ぬ~べ~達の様子を、広達は曲がり角から覗くように眺め、秀二が言った言葉がウケ笑いを堪えていた。

 

 

「ガハ!ゲホッゲホッ!!」

 

 

意識が戻ったのか、麗華は咳をしながら目を開けた。

 

 

「麗殿!」

 

「雷…光?

 

 

焔は?氷鸞は?」

 

「二人共、まだ意識が……」

 

 

それを聞くと、麗華は薙刀を出しふらつきながら立ち上がった。

 

 

「まだ立てるか」

 

「よくも……氷鸞と焔を!!

 

雷光!攻撃!」

 

「承知」

 

 

鞘から刀を抜き、雷光は刀に雷を纏わせ秀二に向かって攻撃を仕掛けた。だが彼の前に、月影が立ち雷光の刀を素手で受け止めた。

 

 

「?!」

 

「……遅い」

 

 

次の瞬間、月影は手から雷を放ち雷光の腹に当てた。雷光は避けられず、当たった勢いで飛ばされ下駄箱に当たり倒れた。

 

 

「雷光!!」

 

 

彼の元へ行こうとした時、自分の腕に何かが巻き付き引っ張られそうになり、慌てて食い止め振り向いた。腕に巻き付いていたのは、巨大蜘蛛が吐いた糸だった。

 

 

「蜘蛛は苦手なくせに、糸は平気なんだな」

 

「今すぐ麗華を離せ!!」

 

「あぁいいぜ……テメェのその鬼の手を奪ってからな」

 

「何?!」

 

「月影、影牙…やれ」

 

 

秀二の言葉に従い、二人は一斉にぬ~べ~に攻撃した。ぬ~べ~はすぐに鬼の手を出し攻撃を弾いた。

 

 

「鵺野!!」

 

「テメェの相手は、俺だ」

 

 

糸を切りぬ~べ~の元へ駆け寄ろうとした時、秀二は麗華の前に立ち鎌を振り下ろした。麗華はすぐに秀二の鎌を薙刀で振り払った。

 

 

「小学生にしちゃ、動きにキレがあるな」

 

「叔父の家で、少しばかし鍛えたんでね…ゲホゲホ(こんな時に、喘息かよ……まぁ、諸に水浴びたせいもあるか)」

 

 

鎌を持ち直し、秀二は後ろへ回り鎌を振り下ろした。麗華はすぐに振り返り薙刀で振り払い、そのまま振り下ろした。鎌の束で振り下ろしてきた薙刀を振り払い、秀二は隠し持っていたナイフで麗華の腕を切った。腕から血を流した麗華は、後ろへ引いた。

 

 

「動きが素早い事」

 

「ナイフ何て、卑怯だ!!」

 

「戦いに卑怯もヘッタくれもない。テメェの師匠はそんなことも教えてなかったのか?」

 

「っ…(教わってはいたけど……)」

 

 

「おい麗華!いつもみたいに何で本気出さねぇんだよ!!」

 

「立野…お前」

 

「ちょっと広!」

 

「だってそうだろ?

 

いつもみたいに格闘して、札使って何か攻撃魔法みたいなものだして闘えよ!」

 

「アンタね……」

 

「何だ……札仕えたのか。なら、解禁だな」

 

 

秀二は札を出すと、そこから水を出しは広達目掛けて放った。麗華はすぐに広達の前に立ち、札を出し氷の盾を作り防いだ。

 

 

「立野達はすぐに、宿直室に戻れ!!邪魔だ!!」

 

「邪魔って……そんなキツイいい方しなくていい」

「火術棒線火の術」

 

 

突然現れた陽炎は、口から火の棒を放った。麗華は広達を床に倒し背中に攻撃を受けた。

 

 

「麗華!!」

 

 

その光景を見ていたぬ~べ~は、月影と影牙の攻撃を払い広達の元へと駆け寄った。

 

 

「大丈夫か?!」

 

「大した怪我じゃない……痛」

 

「酷い火傷だ!すぐに病院に」

「行かせねぇよ」

 

 

目の前に秀二が立ち、札を投げた。咄嗟にぬ~べ~は鬼の手でその札を弾いた。だが札は鬼の手首にピッタリと張り付いた。剥がそうとするぬ~べ~だったが、秀二は鎌を札目掛けて振り下ろした。その瞬間、鬼の手はぬ~べ~の手から斬り落とされ、鬼の手は秀二の鎌に吸収された。

 

 

「ぐわぁぁぁあああ!!」

 

「ぬ~べ~!!」

「お兄ちゃん!!」

「鵺野!!」

 

「鬼の手は頂いたと……」

 

「テメェ!!」

 

 

転がっていた薙刀を掴み、麗華は素早く起き上がり秀二の腹部目掛けて束を突いた。だがその攻撃を陽炎が手で受け止め、そして彼女の両腕を掴み背後で拘束した。

 

 

「ズルはいけないよズルは」

 

「何がズルだ……早く鬼の手を返せ!!」

 

「そう怒るな……なら、テメェのも奪ってやるよ」

 

「え?」

 

「この俺が味わった苦しみ……家族を奪われた苦しみだ」

 

 

秀二はそう言いながら、麗華の頭に手を置いた。麗華は離れようと陽炎の拘束を解こうともがくがビクともしなかった。

 

 

「テメェにも、味あわせてやるよ」

 

 

その言葉を放つと、秀二の手から電気が流れ出てきた。電気は麗華の身体を包み、そして秀二の手の中へと収まった。彼が麗華の頭から手を離すと、彼女はぐったりと首を下にし動かなくなってしまった。

 

 

「麗華!!」

 

「先生、鬼の手とこいつの大事なものは貰った。

 

返して欲しければ、俺を見つけ出すんだな」

 

 

拘束していた麗華の腕を陽炎は離した。麗華は力無くその場に倒れ込んでしまった。そして月影が雷を放ち、その眩しさに広達は目を塞いだ。

 

 

 

“カツカツカツ”

 

 

「わぁ!龍二、ビーズビーズ!」

 

「え?……わ!」

 

 

沖縄のホテル内を歩いていた龍二……手首に着けていたビーズの紐が切れ、ビーズがバラバラと落ち中心に着けていた鈴も一緒に落ちた。

 

 

「嘘だろ……紐が切れてる」

 

「昼間歩いてた時、壁に手ぇぶつけたのが原因かな?」

 

「ぶつけただけで、切れちまうのか?紐」

 

「それか呪い?」

 

「誰のだ!」

 

「ほら、拾うの手伝うから。これ麗華ちゃんが作ってくれたんでしょ?お守りって」

 

「いいよなぁ、龍二は。

 

俺なんて、姉貴に『鮫の餌食になれ』って言われたんだぜ。酷ぇよなぁ」

 

 

ため息を吐きながら真二は寂しそうに話した。緋音はその話を聞き流しながら、落ちたビーズを拾った。龍二もビーズを拾いそして鈴に手を伸ばした。

 

 

“チリーン”

 

 

「?」

 

 

風も吹いていないのに、突然鈴が鳴った。地面も揺れた跡がなかった。

 

 

(まだ……触れてないのに、何で?)

 

 

“チリーン”……『兄貴』

 

 

「?!」

 

 

鈴の音と共に微かだが、麗華の弱々しい声が聞こえた。龍二は声がした方に顔を向けた。そこには家族なのか、幼い女の子を抱っこした母親と元気に走る男の子の後を追い駆ける父親の姿しか無かった。

 

 

「龍二?」

 

「……」

 

「どうかしたか?龍二」

 

「いや……何でも無い(気のせいだよな……)」

 

「ビーズはこれで全部よ。直しとこうか?」

 

「じゃあ頼む」

 

「いいよなぁ……俺にも作って貰えば良かった。お守り」

 

「あのね!麗華ちゃんにとって、龍二は大好きなお兄ちゃん!そんな大事なお兄ちゃんに、もしもの事があったら!」

「だから、お前に習ってビーズのお守り作ったんだろ?」

 

「そうそう!って、何で知ってるの?!」

 

「さぁ、何ででしょう」

 

「アンタまさか、また覗き見してたでしょ!」

 

 

緋音をからかった真二は、舌を出し彼女を馬鹿にしながら逃げていった。その後を緋音は怒りながら追い駆け、二人を注意しながら龍二は後に続いた。




「とりあえず、鬼の手が戻るまでの間は、なるべく妖怪との接触を控えるようにして下さい。鵺野先生」


童守病院……左手に包帯を巻いた玉藻は、カルテに何かを書きながらぬ~べ~にそう言った。書きながら玉藻はため息を吐き、ボールペンを置きぬ~べ~の方を向いた。


「一体、何があったんです?


広君から電話を貰い駆け付けてみたら、あなたは鬼の手を奪われているし、麗華君は気を失っているし、焔達は傷だらけで倒れているし……」

「……話は全部、麗華が目を覚ましてからにしてくれ。

それより、麗華達は?」

「霊力を送って、焔達は何とか。麗華君は先程お呼びした木戸先生に、傷の手当てをして貰って今は病室のベッドに。時期に目は覚めると思いますよ」

「そうか……」

「あの男に奪われた鬼の手は、覇鬼兄ちゃんよ!取り返さなきゃ、承知しないわよ!!」

「お前に言われなくても、必ず取り返す!


ところで、治療費まけてくれない?たまちゃーん」

「……」

「今月、俺ピンチなんだ!頼む!」」



その頃広達は、病室のベッドで眠る麗華の傍にいた。同じ病室には、氷鸞と雷光、焔が体に包帯を巻き眠っており、眠る彼等を心配そうにシガンは室内を歩き回っていた。また茂から連絡を受けた渚が、焔の傍に座り診ていた。


「背中の火傷と腕の切り傷は、時期に治るし……

龍二君が、帰ってきたら丙に治して貰えば問題ないよ。


けど三人は、多分時間が掛かると思うよ。気が付くのは」

「……先生、一つ聞いていいですか?」

「なんだい?」

「毎回思うけど、何で怪我とか病気の手当って、いっつも先生何です?麗華と龍二さんは」

「何聞いてんのよ……アンタ」

「この非常時に」

「いやぁ、前から気になってさぁ」

「ハァ……全く」

「二人の体のことを一番知ってるのは、僕だからね。それに二人の母親から任されてるし。龍二君も麗華ちゃんも、他の病院の先生より僕の病院で受けた方が早いって言うし」

「へぇ」

「そういえば、先生っていつから麗華達のこと知ってるの?」

「龍二君は、僕がまだ今の病院の研修生だった頃に。
麗華ちゃんは、三歳の頃入院しててその時に。

それからだよ」

「じゃあ、麗華達にとって先生は年の離れたお兄さんですね」

「まぁそうだね。

僕も二人の事は、本当の弟妹みたいに思えるし」

「先生には家族いないんですか?」

「そうだねぇ……?」


ふとベッドの方に目を向けると、眠っていた麗華の目が開いていた。


「麗華!気が付いたのね!」

「……」

「どっか痛いところない?」

「……」

「麗華?」

「おい麗華、お前何黙ってんだよ」

「……」

「何か答えなさいよ!広と郷子が質問してるのよ!」

「……」


何も答えない麗華……その様子を見た茂は、広達を後ろへ引かせ彼女の肩に手を置きながら目線を合わせるようにして座った。様子が気になった渚は、急いで麗華の元へ駆け寄った。


「自分の名前、言ってご覧」

「……」

「名前……分かる?自分の」


茂の質問に、麗華は首を横に振った。


「そんな……麗!私だ!渚だ!分からない?!」


渚の必死の呼び掛けも虚しく、麗華は首を左右に振った。


「……茂、麗は」

「すぐに玉藻先生と鵺野先生を……急いで!」


茂の指示に広達は急いで病室を出て行き、玉藻達の元へと急いだ。玉藻がいる診察室に着き、訳を話すと二人は急いで、病室へ向かった。

病室に着き、広達を外で待たせ中にいた茂の元へ寄った。


「木戸先生、いったい何が」

「彼女……自分の名前を知らないって言うんです……

それに、渚を知らないって」

「っ……」

「すぐに担当の先生を呼んできます!」

「お願いします」


そう言うと玉藻は急いで、病室を出て行った。ぬ~べ~は麗華の肩を掴み、揺らしながら必死に名前を呼んだが彼女は何も反応を示さなかった。


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奪われたもの

玉藻に呼ばれた担当医は、麗華の近くに座り質問をしていった。質問の返答に対して、麗華は頭を左右に動かすことしかなく、決して声を発することはしなかった。

診察が終わると担当医は別室で、三人に結果を報告した。


「字は書けるし、簡単な計算も出来ますから、日常生活には支障はないと思います。

しかし、記憶に関しては恐らく何も……」

「……そうですか」

「それより、言葉を発さないのが少し気になります」

「警戒してるんだと思います」

「え?警戒?」

「麗華ちゃん、知らない人を前にすると何も話しません」

「そうですか……

では、何か記憶を戻されたり問題がありましたら、すぐに呼んで下さい」

「分かりました……色々ありがとうございました」


担当医が部屋を出て行った後、ぬ~べ~は玉藻に言われ鬼の手を奪われた時の事を話した。


病室のベッドに座り、首から掛けていたペンダントを眺めた。その様子を心配してか、同じ病室で寝ている焔の傍にいたシガンは、キャビネットから降り麗華のベッドへ乗り鳴き声を発した。その声に気付いた麗華は、シガンの方に目を向け、ソッと手を伸ばした。伸ばしてきた手を、シガンは擦り寄り舐めた。

シガンの様子に、麗華は微かだが微笑んだ。その様子に、渚はホッとしたように息を吐いた。


別室で話を聞き終えた玉藻と茂は、深く息を吐き背もたれに凭り掛かった。


「まさか、そんなことが」

「原因はそれだね。

その男が放った電気が、恐らく麗華ちゃんの記憶を消したか奪ったか」

「麗華君の記憶を取り戻すには、その男を捜すのが先ですね」

「そうですね……知り合いの刑事に、頼んどきますよ」

「お願いします」

「ところで鵺野先生、龍二君に連絡してきて貰わなくてもいいんですか?」

「連絡したいのは山々なんだが……龍二は今、修学旅行で沖縄に行ってるんだ。帰ってくるのは六日後だ」

「都合が悪いですね……」

「龍二君がいないとなると、麗華ちゃん絶対に言葉を発しませんよ」

「どんだけ人見知りなんだ…アイツは」

「まぁ、父親の輝二さんが小さい頃、相当人見知りだと聞いてますし……その父親に似たんですよ。麗華ちゃんは」


翌日……学校が終わった広達は、退院した麗華の家に行き病院へ向かいながら町を歩いた。

 

 

商店街を歩きながら、建物の説明をした。

 

 

「この町でお前、えっと……何年か過ごしてたんだぜ?覚えてねぇか?」

 

「広、アンタ適当過ぎよ」

 

「いや、だって……」

 

 

三人の後ろを歩く麗華は、周りを見回した。

 

 

「あ!そうだ、桜雨堂に行きましょう!

 

麗華、あそこの和菓子好きだったでしょ!」

 

 

郷子に手を引かれ、麗華は桜雨堂へ行った。だが店はシャッターが閉まっており、都合のため休暇と書かれた紙が貼られていた。

 

 

「何で……こんな時に」

 

「嘘だろ……」

 

「……あ!ねぇねぇ!

 

陽一君呼びましょうよ!陽一君!」

 

「陽一?」

 

「だってほら!麗華の旦那だし、奥さんがピンチだって言えばすぐに飛んでくると」

「その陽一の連絡先、誰か知ってるのか?」

 

「あ……」

 

「どっか、麗華が記憶を取り戻せそうなところないかしら?」

 

「……そうだ!

 

あそこ行きましょ!」

 

 

美樹に釣られやって来たのは、牛鬼達が働いている喫茶店だった。

 

 

「ここ……」

 

「噂の蜘蛛の巣の喫茶店……別名『暗黙の喫茶店』」

 

「随分前に、学校帰りに麗華が牛鬼と一緒に歩いてたのを見つけてね!それで尾行したら、この喫茶店に着いたの!」

 

「そうか……牛鬼達を見たら、麗華の記憶も戻るかも!」

 

「そうだな!美樹、たまにはいい事するじゃねぇか!」

 

「えっへ~ん!」

 

「早速入ろうぜ!麗華、来いよ!」

 

 

広に手を引かれ、喫茶店へと入った。中に入ると、牛鬼がカウンターのテーブルを拭いていた。

 

 

「すいません、まだ開店……なんだ、お前等か」

 

「何か、酷ぇ出向かい」

 

「ここはガキが来る場所じゃないからだ」

 

「ガキって、麗華は来てるじゃない!」

 

「アイツは別だ」

 

「何で?」

 

「龍二から任されてるからだ」

 

「とか何とか云って、本当は麗華と一緒に居たいからじゃねぇの?」

 

 

背後から買い物袋を二つ持った安土が、からかうかのように悪戯笑みを浮かべながら言った。そんな彼の頭に牛鬼は拳骨を喰らわせた。

 

 

「さっさと買ってきた物、冷蔵庫に入れろ」

 

「ハイ……」

 

「ったく……?」

 

 

牛鬼は広の後ろに立っていた麗華が目に入り、彼女の様子がおかしいの事に気付いたのか、広達を退かした。牛鬼の姿を見た麗華は、震えながら彼に抱き着いた。

 

 

「わ!抱き着いた!」

 

「やっぱり、牛鬼には懐くのか」

 

「記憶ねぇみてぇだけど、何があった?」

 

「え?!見ただけで分かるの?!」

 

「当たり前だ!!こんな弱々しい麗華見たら尚更!

 

それに、微かだが嫌な霊気感じるし……二度と感じたくなかった霊気が」

 

「霊気?」

 

「何でもない、こっちの話だ」

 

「フ~ン……まあいいや。

 

それより牛鬼、早速で悪いんだけどこれから俺等と一緒に、病院に来てくれ!」

 

「何で?」

 

「頼むよ!」

 

「けど、店が」

 

「行って来いよ。店なら俺に任せて!」

 

「テメェに任せるのが、一番心配だ」

 

「兄貴ぃ!!」

 

「冗談だ冗談。泣かなくてもいいだろ」

 

「冗談には聞こえなかった……」

 

 

エプロンを外し、牛鬼は広達と共に病院へ向かった。

 

童守病院へ行き、玉藻の診察室へ広達は入り、診察室にいた担当医は麗華に質問した。

 

 

「この人は知ってるのか?」

 

 

黙りながら麗華は頷いた。

 

 

「な?牛鬼の記憶は残ってるみたいなんだよ!」

 

「確かに……彼女が怯えてないのを見ますと、そうですね」

 

 

しばらく質問していると、担当医は看護婦に呼ばれ玉藻の診察室を出て行った。

 

 

「残ってる……というより、妖怪は警戒しないんでしょ」

 

「警戒してないなら、何で喋らねぇんだ?」

 

「別に喋ったところで、妖怪と話せるわけでもない」

 

「え?」

 

「妖怪の中でも、人の言葉を理解できない奴はいる」

 

「そうなの?」

 

「極一部ですけどね」

 

「へ~」

 

「それより妖狐、焔達はどうした?」

 

「彼等は木戸先生のもとで、入院中です。未だに意識は戻ってませんが」

 

「え?焔達、茂さんの病院に移ったの?」

 

「えぇ。うちで預かるより、彼等の体を一番知っている先生のもとで治療を受けて貰うことにしたんだ」

 

「なるほど」

 

「とりあえず、記憶を戻すまでの間……牛鬼、麗華君の事君に任せるよ」

 

「別に構わねぇが」

 

「さっすが牛鬼!」

 

「変な事でもしてみろ……即殺すからな」

 

「何もしねぇよ……って、何でお前はここに残ってんだ?」

 

「さすがの私も、長距離の移動は無理がある。

 

龍のことは丙達に任せて、私はこっちで留守番になったんだ」

 

「そうだったんだぁ」

 

「焔達が動けない以上、私が麗を守るしかない」

 

「どうぞお好きに」

 

「……ねぇ、今思ったんだけど……牛鬼って、人じゃないの?」

 

「あれ?そうよね」

 

「テメェ等の先公や麗華達と同じ様に、霊感があんだよ。それに昔妖怪について少しかじったからだ」

 

「なるほど!」

 

(危ねぇ……)

 

 

帰り道、郷子達と別れた牛鬼は麗華と渚を連れて店へと戻った。

 

 

「えぇ!!?ここに置く?!」

 

「そうだ。まぁ記憶が戻るまでの間だ。

 

見張り台として、この女も一緒だが」

 

「別に迷惑じゃねぇけど……(何だ……この抑えきれない感情は)」

 

 

牛鬼の服の裾を掴み立つ麗華を見ていた安土は、胸の奥から吹き上がってくる怒りを抑えていた。

 

 

「キュウ?」

 

「あれ?このフェレットは、麗華についてんのか?」

 

「コイツだけ、怪我も無くなぜか麗華に好かれてるから、そのままにしたらしい」

 

「へぇ……」




真っ暗になった外……道を歩き、家の中へ入ったぬらりひょん。すると彼の背後に何かが降り立ち、そして光る何かで切り裂いた。小豆を洗うあずき洗いの背後に、ぬらりひょんと同様に何かが降り立ち光る何かで切り裂いた。


どこかの家の屋根の上に座り、鎌を見る秀二……


「スゲェ切れ味だ……どんどん妖怪が斬れる」

「さすが鬼の力だな……

ところで、あの優華のガキの記憶、どうする気だ?」

「さぁな……」


ふと思い出す記憶……誰もいなかった昼間。秀二は誰もいない麗華の家へ忍び込み、ベビーベッドに寝かされていた赤ん坊の麗華の頬に触れた。


「あの先公が、本当に鬼の手を返してほしいんであれば、探しに来るだろ?

これだけ妖怪を殺してんだからさ」


同じ頃……牛鬼の店のドアが開き、ショウと瞬火が入ってきた。


「お前等……」

「姉御がここに来てるって、茂の奴から聞いて……姉御は」

「上にある俺の部屋で寝てる。

記憶ねぇっていうけど、何で俺に」

「あれじゃねぇの?

以前記憶消しただろ?そん時の記憶が残ってんじゃねぇの?」

「じゃああれか?姉御は、牛鬼にさらわれた時と同じ状態ってことか?」

「さらったって……」

「嫌な記憶、蘇らせるなよ」

「悪ぃ……」

「ショウ、アンタね……

しばらくの間、ここにいてもいいか?姉さん事、心配だし。記憶が無いっていうなら尚更」

「構わねぇけど」

「俺も俺も」

「別にテメェに聞いてねぇ」

「お前といい牛鬼といい、俺の扱い酷くないか!?」


その時、ドアが開く音が聞こえた。ドアの方に振り向くと、傷だらけになった時雨が入ってきた。


「時雨?!どうしたんだ?!」

「鬼の手の……持ち主居るか?」

「ここにはいねぇけど……」

「鬼の手の力で、ここいら一体の妖怪達がどんどん傷を負ってる」


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鬼の手、狂乱

時雨の傷の手当てをする茂……

牛鬼の傍には騒ぎで起きてきた麗華は、ずっと彼にしがみ付きそんな彼女の頭を、渚は優しく撫でた。


「痛……」

「酷い傷だ……(さすが鬼の力……これ程傷が深いとは)」

「そういや嬢さん、いつもの強気はどうした?」


時雨の質問に、麗華は首をかしげて彼を見た。


「?嬢さん、何か様子おかしいな?」

「記憶がねぇんだ……」

「記憶がない……そんじゃ、戻してやるよ」


治療を終えた時雨は、着ていた袖を脱ぎ麗華の頭に手を置いた。その瞬間、麗華の脳裏にフラッシュバックで秀二に襲われた時の記憶が蘇った。彼女はすぐに時雨の手を振り払い、店を出て行った。


「麗華!!」

「この爺!!麗華に何しやがったぁ!!」

「何もしちゃいねぇよ!」

「アンタ!麗に何した!!」

「だから、何もしちゃいねぇ!!俺は無実だ!」


店を出て裏路地から飛び出した麗華だったが、飛び出した直後何かにぶつかりその勢いのまま尻をついた。顔を上げると、ぶつかったのは酔っ払ったサラリーマンだった。


「お嬢ちゃん、こ~んな夜遅くに一人で歩いてちゃ危ないよ?」

「……」

「怖がんなくていいよ~、オジサンがお嬢ちゃんを安全な場所に」


そう言いながら、麗華の腕を掴もうとした時、彼女の背後から手が伸びサラリーマンの腕を掴んだ。サラリーマンは酔った目で見上げた。彼の腕を掴んでいたのは、怒りの形相をした牛鬼だった。


「テメェ……人の女をどこに連れて行こうとした?」

「そ、それはその……」

「怪我したくなきゃ、さっさとここから立ち去れ」


牛鬼の殺気にサラリーマンは、悲鳴を上げて逃げて行った。サラリーマンがいなくなると、麗華はすぐに牛鬼に抱き着いた。


「麗華」

「……」

「ほら、戻るぞ」


抱き着く麗華の肩に手を置き、牛鬼は店へと戻った。


戻った麗華は安心したのか、牛鬼に凭り掛かるようにして眠ってしまった。眠った麗華に、茂は着ていた白衣を掛けた。


「眠ったか……それにしても、困ったねぇ。

龍二君がいない時に、こんな事になっちゃうとは」

「龍が知ったら、泳いででも帰ってくるぞ」

「やりかねないね……

けどよかったよ。牛鬼に懐いて貰って……彼女も少しは安心してるみたいだし」

「なぜお前に懐いて……私達には懐かないんだ」

「知るか……」

「お前等二人にさらわれた時の記憶になっているのだろ?」

「嫌な事思いさせるな!猫女!」

「事実を言っただけよ!!」

「その事実を言うなって言ってんだよ!」

「何ですって!人さらい!」

「んだと!!」

「辞めろ!瞬火!」


爪を立て襲い掛かろうとした瞬火を、ショウは慌てて抑え殴り掛かろうとした安土を、渚は頭を思いっ切り殴り止めた。


「いい気味だ!」

「な、何」
「お前等二人は一旦黙っていろ!!

だいたい、麗がお前等を気に入られなければここにいられなかったんだぞ。
牛鬼と安土!お前等など、尚更!二人は私達の親…優と弥都波を殺しているんだからな」

「お前は人の傷に塩を振るなよ!!」

「喧嘩してる暇があんなら、嬢さんの記憶を取り戻すのが先じゃねぇのか?お前さん方」


酒瓶の酒を飲みながら、時雨は渚達を見た。


「そういうお前は、どういう理由でここに留まってるわけ?
お前の故郷は、輝三が住んでいる田舎だろ」

「生憎、俺様は自由気ままな妖怪なんでね……嬢さんの舞が気に入ったから、ここに居着く事にしたんだ」

「麗狙いか……

そういえばお前、記憶を戻せるのか?」

「戻せるぜ?

けど、嬢さんの場合記憶がある何かがあるはずだ。その記憶が収まってるものを額に当てる……そうすれば、それは光だし嬢さんの体を包み、記憶は元に戻る」

「じゃあ麗華は……

牛鬼!」

「明日、鬼の野郎の所に行ってさっきの方法を話す。

オッサン、ついて来い」

「え~……」

「行かぬと言うなら、即この地から出て行け」

「……分ーったよ。

その代わり、事が済んだら舞を見させて貰うからな」


翌日、牛鬼は時雨と渚を連れて学校へ行った。だが学校には一部の傷を負った妖怪が集まっていた。

 

 

「どうやら、時雨だけじゃねぇみてぇだな」

 

「被害は拡大してるな」

 

「……」

 

「ところで、嬢さんは連れて来なかったのか?」

 

「まだ寝てたからな。

 

安土が傍にいるし、店は夜からだ。どうってことは無い」

 

「そんじゃ、用が済んだら後で」

「変な事したら、速攻で殺すからな」

「変な事したら、速攻で殺すからね」

 

「おぉ怖い」

 

 

妖怪の列を見ていき、教室のドアを開けると中では玉藻が霊水晶で彼等の手当てをしていた。

 

 

「おや、あなた方」

 

「まさか、こいつ等全員」

 

「鬼の力にやられたみたいだ……」

 

「……!?」

 

「この妖気……」

 

 

牛鬼と時雨はすぐに外へと出た。玉藻は治療を終えると、後から着たぬ~べ~と共に二人の後に続いて外へと出た。

外へ出ると、校門前には傷だらけになった雪女を鎌で吊した秀二が立っていた。

 

 

「雪女(ユキメ)!!」

 

「よぉ、持主……全然捜さねぇから、会いに来てやったぜ」

 

「早く麗華の記憶を返せ!!」

 

「何だ?人に化けた妖怪がいたとは……」

 

「返す気がねぇなら、テメェを殺すまでだ」

 

 

牛鬼は手から毒の槍を出し構え、時雨は人の姿からいつもの着流しを着た妖怪の姿へとなり、蛇の目傘を手に掛けた。

 

 

「なぜそこまでして、妖怪を殺そうとするんだ!」

 

「殺して当然だ……

 

俺は陰陽師の家系で、しかも妖怪殺しのスペシャルリストだ」

 

「陰陽師!?」

 

「まさか、それで麗華を襲ったのか?!」

 

「麗華……

 

アイツ、麗華って名前なのか」

 

 

ニヤけながら、秀二は懐からビー玉サイズの丸い玉を出した。

 

 

「この玉には、麗華の記憶がある……

 

俺に勝てれば、返してやってもいい」

 

「なるほどぉ、それじゃあもし俺様達が負けたら、どうするんだ?」

 

「玉を割る……それだけだ。

 

割れば、麗華の記憶は永遠に戻らなくなる」

 

「?!」

 

「怯えてるだろ?自分がどこの誰かも分からない……そして知ってる奴は誰もいない……真っ暗な空間にたった一人で立ち、彷徨っている……」

 

 

そう言いながら、秀二は雪女を投げ捨て玉を腰に着けていた巾着の中へしまった。投げ捨てた雪女をぬ~べ~を受け止めた。

 

 

「月影、影牙、相手しろ」

 

「承知」

「諾」

 

 

二人は懐から小太刀とクナイを出すと、時雨と牛鬼に攻撃した。二人に気を取られていた隙に、玉藻の目の前に刀を振り下ろしてきた陽炎がいた。玉藻はすぐに攻撃を防ぎ、陽炎と闘いを始めた。

 

 

「鬼の元主の相手は、俺だ」

 

 

そう言うと秀二は、鎌を振り上げぬ~べ~に向かって振り下ろした。ぬ~べ~当たる寸前、雪女を渚に投げ渡し避けた。

 

 

「さぁて、どこまで相手してくれるかな?」

 

 

「!?」

 

 

飛び起きる麗華……傍にいたシガンは、心配そうに鳴き声を発しながら、彼女の顔を覗き見た。

 

 

「あれ?麗華、起きたのか?」

 

 

部屋のドアを開けた安土は、起きた麗華を見た。安土の姿を見ると、麗華は立ち上がりそのまま外へ飛び出した。その後を安土と外にいたショウと瞬火は急いで追った。

 

 

麗華が走り辿り着いた場所……そこは学校だった。校庭には傷だらけになった牛鬼達が膝を付いていた。

 

 

「……キ」

 

「おやおや……記憶を無くし独りぼっちになった女の登場か」

 

「麗華!!」

 

「安土!!麗華を連れて、速く逃げ」

「させねぇよ」

 

 

麗華の手を掴み逃げようとした安土だったが、彼の目の前に突如巨大蜘蛛が降り立ち道を塞いだ。

 

 

「陽炎、やれ」

 

「承知」

 

 

玉藻から離れ飛び上がった陽炎は、手から巨大な炎の玉を作り出し、麗華目掛けて投げた。秀二の頬を殴ったぬ~べ~は彼女の元へ急いだ。

 

 

(駄目だ!間に合わん!!)

 

 

炎の玉が当たる寸前、突如麗華はその場から姿を消し、玉は巨大蜘蛛に当たった。蜘蛛は炎に包まれひっくり返りそのまま死んでしまった。

 

 

「テメェ……人の主を殺そうとは、いい度胸してるな?」

 

 

その声がした方に、陽炎は振り向いた。そこにいたのは麗華を抱え、体にまだ包帯を巻いた焔達だった。

 

 

「何が主だ……貴様等のことなど何も覚えて無いぞ?」

 

「覚えなかろうが覚えてようが……俺等の主は麗だ」

 

 

氷鸞に怯え震えている麗華を渡し焔は狼の姿へとなった。しかしその狼となった焔の姿は、京都で渚と共になったあの黒い狼だった。

 

 

「黒狼になれるとは、大した奴だ」

 

 

陽炎は黒狼の姿へとなり、焔目掛けて炎を放った。焔は反撃するかのようにして炎を放った。

二人の闘いが始まると、氷鸞と雷光はぬ~べ~の元へと降り立ち麗華を渡した。

 

 

「麗様を早く、安全な場所へ」

 

「しかし」

 

「あの式神の相手は、某達にお任せを」

 

「負けっぱなしでは、麗様に叱られます」

 

「……」

 

 

二人はそれぞれの相手の元へと行き、牛鬼達と交代するかのようにして戦闘を始めた。交代した牛鬼は、秀二の前に立ち毒の矢を放った。彼は鎌から鬼の力を出し、毒の矢を消し去り牛鬼に攻撃した。

 

 

「牛鬼!!」

「牛鬼!!」

 

 

やられる牛鬼の姿を見た麗華は、ふらつきながら立ち上がり倒れている彼の元へ駆け寄り体を揺すった。

 

 

「麗!!(クソ!早く治れ!)」

 

「麗華!!(鬼の手さえあれば)

 

 

 

 

待てよ……眠鬼、お前は霊能力者の作ったパンツをはけば、鬼の力が出せると言ったな?

それは霊能力者と一体化すれば、鬼の力が戻ると言う事か?」

 

「え?あー、まあね」

 

「頼む!眠鬼、力を貸してくれ!

 

お前も覇鬼や絶鬼と同格の鬼なんだろ!」

 

「え?」

 

 

理解していない眠鬼の耳元で、ぬ~べ~は何かを囁いた。それを聞いた眠鬼は驚き思わず声を上げた。

 

 

倒れている牛鬼と彼の傍で座り込む麗華……二人の元へ行った秀二は、鬼の手を吸収した鎌を振り上げた。振り下ろそうとした瞬間、突如彼の前に鬼の手を出し鎌を抑えるぬ~べ~の姿があった。



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取り返した記憶

鬼の手を持つぬ~べ~の姿に、闘いを観戦していた美樹達は驚いていた。


「鬼の手に予備があったなんて」

「……あ!

そうか、眠鬼よ!眠鬼ちゃんが、鬼の手になってるのよ!」

「眠鬼?

あ~、あの未熟鬼か」

「誰が未熟鬼ですって!!」

「お前が牛鬼達と闘っていた時……」


『!?私を鬼の手にするって……どおやって!?』

『鬼の手は鬼を封印したものだ。

お前の兄の覇鬼を封じた時と同じ封印術を使う。
あの時は、抵抗する覇鬼を美奈子先生と力を合わせて封じたが……
今回はお前が自分の意思で封印されてくれれば、ずっと簡単にすむ』

『何で私が、封印されなきゃなんないのよ!!』

『頼む!!このままでは、牛鬼が!!それに罪も無い妖怪達が殺される!!』

『……


ったく……覇鬼兄ちゃんをあんな馬鹿に盗まれて……今回だけだからね!!』

『はい……

よ、よしいくぞ!眠鬼!

南無大慈大悲救苦救難白衣観世音の力によりて、鬼を封じたまえ!!』


「……というわけだ」

「ふ~ん……面白い。

けど……その鬼、お前一人で使い熟せるのか?」

「心配御無用。俺は鬼の手の扱いには慣れてる……

どんなじゃじゃ馬をも、乗り熟すカウボーイのようにな」


その言葉を聞いた途端、眠鬼はぬ~べ~の顔面を殴った。


「ちょっと!じゃじゃ馬とは何よ!!」

「うるさい!!今お前は鬼の手なんだぞ!!黙って俺に従え!!」

「き~~!!そもそも何で私が、あんたに従わなきゃなんないわけ!?」

「逆らうな!!阿呆鬼娘!!」

「嫌だ嫌だ!べーだ!馬鹿!眉毛!おやじ!」

(使い熟せてねぇじゃねぇか)

「喧嘩してる場合があるなら、さっさと闘って麗の記憶を取り戻せ!!」


ぬ~べ~と眠鬼を渚は力を込めて思いっ切り殴った。

渚に殴られた腹いせか、眠鬼は勝手に動き攻撃した。秀二は攻撃を鎌で受け止めながら闘いを始めた。


渚は牛鬼の傍へ行き、意識を取り戻した彼の治療を始めた。


「言っとくけど、私の治療じゃ傷は癒やせない。あくまで霊気を送って力を戻してるようなものだから」

「それでもいい。闘えるようになれば、それで……

それより、安土達は」

「妖狐が治療している。心配ない……」

「そうか……

心配すんな麗華……お前の記憶は、必ず取り戻す」

「……」


治療を終えると、牛鬼は手から毒の槍を出しぬ~べ~の元へと行き戦闘に加わった。彼の後を追い駆けようとした麗華を慌てて渚は引き止めた。


「危険だ!ここにいろ!」

「……」

「大丈夫だ……牛鬼なら」

「……」


闘うぬ~べ~達……ぬ~べ~と眠鬼が攻撃をし、その後から牛鬼が槍で、秀二の腰目掛けて突いた。槍は見事に腰に掛かっていた巾着の紐に当たり地面へ落ちた。

 

 

「やったぞ!牛鬼!」

 

「させるか!」

 

 

巾着に手を伸ばした牛鬼に、秀二は鎌を振り下ろした。牛鬼に当たる寸前で、時雨が蛇の目傘で鎌の攻撃を防いだ。その背後から、ぬ~べ~が鬼の手で攻撃を仕掛け秀二は素早くナイフで防いだ。彼の隙を狙い、牛鬼は巾着を取り転がるようにして抜け出した。それを見た時雨は傘を取り、攻撃してきた鎌を難なく避け、牛鬼の隣へ降り立った。

 

 

「嬢さんの記憶は?!」

 

「大丈夫だ……ここにある」

 

 

巾着から出した玉を見ながら、牛鬼は安心したようにして話した。玉を握り締め立ち上がった時、突然背中に激痛が走り牛鬼は膝を付き後ろを振り返った。そこにいたのは、血塗れになった刀を持った、顔に麻布を巻いた男だった。

 

 

「悪いな。式はまだいるんでね」

 

「テメェ……」

 

 

刀を持ち直した男は、牛鬼目掛けて振り下ろした。当たる寸前の所へ、玉藻の治療を終えた安土が毒の刀を二本構えて攻撃を防いだ。

 

 

「安土!」

 

「早く、麗華の記憶を」

 

「あぁ!」

 

「肩掴まれ」

 

 

時雨の肩を掴み、牛鬼は立ち上がり麗華の元へと急いだ。

 

 

「牛鬼!」

 

「時雨、早く麗華に記憶を!」

 

「嬢さんを抑えてくれ。記憶が玉になってるとちぃとばかし手荒になる」

 

「分かった……麗」

 

 

渚が手を伸ばした途端、麗華は怯えた様子で後ろへ下がった。

 

 

「麗、大丈夫だ。何も痛いことはしないし、何も怖がることはない」

 

 

渚が優しく言うが、麗華は首を左右に振った。すると牛鬼は彼女の後ろに立ち手を拘束した。恐怖に見舞われた麗華は、拘束を解こうと暴れ出した。そんな彼女の頭に牛鬼は手を置き、宥めるようにして話した。

 

 

「大丈夫だ……俺がずっと傍にいてやるから」

 

「……」

 

「だから、安心しろ」

 

 

その言葉に、麗華は暴れるのを辞め大人しくなった。その隙を狙い、時雨は手に持っていた玉を麗華の額に当てた。すると玉は、青く光り出し彼女の体を包み込んだ。

 

 

麗華を包んでいた光は消え、彼女はゆっくりと目を開け顔を上げた。

 

 

「麗?」

 

「……な…ぎさ?」

 

「麗華」

 

「……牛…鬼」

 

 

ボーッとする麗華の手から自身の手を離した。麗華は辺りを見回し頭を抑えた。

 

 

「頭痛いのか?」

 

「……大丈夫。頭がボーッとしてるだけ」

 

「どうやら、記憶は戻ったみたいだな。

 

頭がボーッとするのは、ちょっとした後遺症のようなものだ。すぐ治る」

 

「何で、時雨が……

 

ねぇ……焔達は?あいつ等、あの男の式神と狼にやられて、それで!」

「落ち着け、麗。

 

三人なら大丈夫だ。今闘っている」

 

 

渚が見る方に目を向けると、そこでは焔達が陽炎達と闘っていた。

 

 

「……麗、あの男は何者なんだ?」

 

「神田秀二……

 

月神家の兄姉(弟妹)だった家だって」

 

「神田?聞いたことない」

 

「いきなり襲ってきて……それでいきなり……うっ!」

 

 

突然激しい頭痛が襲い、頭痛と共にある記憶が蘇った。

 

血の海となった場所……その中に横たわる死体となった人間。その真ん中に立つ、血塗れになった薙刀を手に握る自分……

 

 

「……渚」

 

「?」

 

「私……私」

 

「どうした?麗」

 

「……殺した」

 

「?!」

 

「兄貴を……真二兄さんを……緋音姉さんを……皆を……」

 

「何を言ってるんだ!!

 

龍も真二も緋音も……皆生きてるぞ!!」

 

「嘘!!だって!」

「嬢さん、少し大人しくしてな」

 

 

麗華の肩を掴み、時雨は彼女の額に指を当て目を閉じた。しばらくして目を開けた時雨は、舌打ちをしながら秀二の方を睨んだ。

 

 

「あの野郎……自身の記憶を混ぜやがったな」

 

「自身の記憶?それって」

 

「アイツが犯した事が、嬢さんの記憶に書き加えられてんだ。嬢さんは兄貴……あの兄(アン)ちゃんと二人の人間を殺したって」

 

「そんな……

 

 

麗、龍は生きてる……真二も緋音も」

 

「じゃあ連れて来てよ……

 

兄貴達に会わせてよ!!」

 

 

渚の体を揺らしながら、麗華は強く訴えた。その時、爆発音が聞こえ、渚達は音のした方に顔を向けた。

 

風で煙が晴れ、そこにいたのは校庭で観戦していた郷子達の前に氷鸞と雷光が立ち攻撃を防いだ。

 

 

「あなた方は、早く建物の中へ!!」

 

「ここは危険です!」

 

 

二人に怒鳴られた郷子達は、急いで校舎の中へ逃げ込んだ。

 

 

「人の子を心配する必要があるのか?」

 

「あります……私達の主からの命令ですから」

 

「そんなものに従っているのか……」

 

「不愉快」

 

「?!」

 

「人の子……我が地を犯し…奪った」

 

「それなら、某達も同じ」

 

「なら何故、人の子の下に就く」

 

「就くならば、有能な者だけ」

 

「我が主も、有能な方だ」

 

「あの人の子……無能」

 

「敵だった妖共を、殺さず残すとは……

 

陰陽師の名が汚れる」

 

「麗様は心の優しい方……路頭に迷った妖達に、手を差し伸べ救っているだけだ」

 

「綺麗事並べてるだけじゃねぇか……」

 

「貴様等……即殺す」

 

 

武器を構え、先端に雷と水を出し二人に攻撃した。氷鸞と雷光はその攻撃を防ぎ、同時に同じ技を出した。月影達は手で氷鸞達の技を弾き返し、そして素早く二人に刃を入れた。

二人は体から血を流し、膝を付いた。その様子を見た麗華は駆け寄ろうとしたが、目の前に黒い毛に覆われた焔が倒れ落ちてきた。

 

 

「焔!!」

 

 

麗華は焔に駆け寄り、体を揺らした。焔の毛は黒から白へと変わり、彼の前に黒狼の姿をした陽炎が降り立った。

 

 

「黒い毛に覆われても、その程度の力か」

 

「……」

 

「……主を殺せば、多少はマシになるかな?」

 

 

人の姿になり刀を持った陽炎は、瞬時に麗華の背後へ周り刀を振り下ろした。麗華が刀に当たる寸前、焔は人の姿になり彼女と陽炎の前に立ち攻撃を受けた。攻撃を受けた焔は、体から血を流し倒れた。

 

 

「主のために命を捨てるとは……」

 

「……」

 

「主が弱いから、式神や白狼がこういう目に遭うんだよなぁ」

 

「……」

 

「あそこで秀二と闘ってる元鬼の持主も、そろそろ限界が来るだろうな?」

 

 

秀二の方に目を向けると、ぬ~べ~は凍ってしまった眠鬼を守るようにして、秀二の攻撃を受けていた。鎌を持ち直しぬ~べ~の背中目掛けて、勢い良く鎌を振り下ろした。

 

 

“キーン”

 

 

「……?」

 

 

攻撃が止んだのに、疑問を持ったぬ~べ~と眠鬼は後ろを見た。二人の前にいたのは、薙刀で秀二の鎌を抑えている麗華だった。



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激突!殺妖陰陽師対救妖陰陽師

『主のために命を捨てるとは……』

『……』

『主が弱いから、式神や白狼がこういう目に遭うんだよなぁ』


言われた……確かに弱い……


自分のせいで、皆を……


守るって決めたのに……何があっても、命に代えて守るって……

絶対、失いたくない……居場所ができた……笑える場所がてきた……


何より……友達が出来た……私を認めてくれた……


だから……例え白狼がいなくても、式神がいなくても……私の力で、守り切る……


鎌を抑える麗華……秀二は鎌を引き後ろへ下がった。

 

 

「おやおや……記憶を戻したか」

 

 

肩に鎌を置きながら、秀二はニヤリと笑いながら話した。麗華は薙刀を使って跳び上がり、秀二に目掛けて薙刀を振り下ろした。秀二は素早く薙刀を鎌で受け止め、回し蹴りをした。彼の蹴りを麗華は腕で受け払い、顔面を殴った。唇から血を出した秀二は、蹌踉めきながら後ろへ下がった。

 

 

(何だ……こいつ。

 

前と全然違う)

 

「何だ、あの女……(いつの間に、移動したんだ?)」

 

 

陽炎は不思議そうに、秀二の前に立つ麗華を見つめた。彼が焔から目を離した隙に、焔は目を覚まし黒い狼の姿へとなり、体に炎を纏い陽炎に体当たりした。陽炎は蹌踉めき狼の姿へと代わり、焔を睨んだがその姿を見て驚いた。

 

 

「まさか、お前!」

 

「こっから勝負だ!陽炎」

 

 

その様子を意識朦朧と見ていた氷鸞と雷光……

 

 

(……焔のような力があれば)

 

 

二人は自身の首から下がっていた、桜のマスコットを手に取り見た。

 

 

『お守り。三人が私の右腕だっていう証』

 

『アンタ達……しっかり、私を守ってね。

 

そして、ずっと一緒にいてね』

 

 

(……麗様を守らなければ)

(……麗殿を守らねば)

 

 

『朝木……お前の力はそんなものか?』

 

(兄上?)

 

『鬼驎、テメェはそんな弱な奴じゃねぇだろ?』

 

(蟒蛇?)

 

『俺の力をやる……』

 

『この力で、貴様の主を守れ』

 

 

ゆっくりと体を起こす氷鸞と雷光……二人はふらつきながら立ち上がると、獣の姿へとなった。

その姿はいつもと違っていた……雷光は水色の角を生やし真っ白な馬の姿へとなり、氷鸞は白い翼に七色に光る尾を持ち体に冷気を纏った鳥の姿へとなった。

 

その姿に驚いた月影と影牙は、顔を見合わせそして自分達も獣へと姿を変えた。月影は黒い巨大な鹿の姿になり、影牙は大猿の姿になり、彼等は闘いを再開した。

 

 

「スゲェ……氷鸞も雷光も」

 

「何か妖怪というより、怪獣の闘いだな……」

 

 

後ろへ下がった秀二に、麗華は薙刀を回し振り下ろした。秀二は腕を斬られ血を流しながらも、持っていた鎌を振り下ろし麗華の肩に突き刺した。攻撃を辞めず秀二は持っていたナイフを彼女の腹に刺した。

刺された箇所から血を流していたが、麗華は顔色一つ変えず肩に刺さっていた鎌を抜き取り、後ろへ引き腹に刺さっているナイフを抜き刃を折った。

 

 

「凄い馬鹿力だ……

 

けど、肩と腹に痛みを感じてるみてぇだな?」

 

 

血で染まった上着の袖を破り捨て、麗華はポーチから札を出した。

 

 

「……大地の神に告ぐ……汝の力、我に受け渡せ……その力を使い、目の前の敵を倒す……

 

出でよ……火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)」

 

 

札から出た炎を、麗華は薙刀に付け秀二目掛けて振り下ろした。秀二は攻撃を受ける寸前で、札から水を出しその札を鎌に付け、麗華の攻撃を防いだ。

 

だが炎は水に当たっても、勢いを弱めることなく燃え麗華は薙刀を振り下ろし秀二の腕を斬り、薙刀を素早く脇に構え勢いを付け腹を斬ろうとした。斬られる瞬間、彼の前に人の姿になった陽炎が立ち刀で薙刀を抑えた。彼に続いて月影と影牙が攻撃を放ち、麗華はその攻撃に当たりつつも後ろへ下がり薙刀を手に秀二を睨んだ。彼女の傍へ焔達は寄り彼等を睨んだ。

 

 

「秀二、大丈夫か?」

 

「……大丈夫。

 

少し油断しただけだ」

 

 

焔達の前に立つ麗華の元へ、ぬ~べ~は駆け寄り彼女の隣に立った。

 

 

「麗華、俺も参戦する」

 

「……」

 

「麗華?……おい」

 

 

彼女の肩に手を置き、ぬ~べ~は呼び掛けた。麗華はまるで意識でも取り戻したかのように、ハッと体をビクらせぬ~べ~の方に目を向けた。

 

 

「鵺野?」

 

「麗華……お前、さっきまでの事話せるか?」

 

「は?何言ってんの?

 

あの野郎と闘ってたに決まってるじゃん」

 

「なら、いいんだ……」

 

「お兄ちゃん、どうかしたの?」

 

「何でも無い(何だ……この違和感)」

 

「ねぇ、今思ったんだけど……

 

鬼の手って、あんな簡単に盗めるの?」

 

「それがな……

 

アイツが持っている鎌には特別な力があって、その力で美奈子先生を催眠状態にしてるんだと思う」

 

「成る程ねぇ」

 

「って、何で本家のお前が知らんで俺が知ってるんだ!?」

 

「そんなこと言われたって、私アイツのこと知らないし」

 

「お前はもっと、自分家の事を知れ」

 

「父親と犬猿の仲の鵺野に、言われたくないなぁ」

 

「人の心の傷に触れるな!!

 

 

それよりお前、腹の傷は痛くないのか?」

 

「痛いに決まってるでしょ。無論肩も。

 

けど、この傷程度で悲鳴上げてたら、妖怪と対等に闘えないでしょ」

 

「まぁ、そうだが……(こいつの体は、どういう仕組みになってんだ?)」

 

 

ぬ~べ~と話す麗華を見る秀二……彼女の姿が一瞬、輝二と楽しげに話す優華と重なって見えた。

 

 

「嫌な光景だ……

 

陽炎、月影、影牙……あいつ等の相手しろ。俺はあの二人の相手をする」

 

「応よ」

「承知」

「諾」

 

 

陽炎達は人から再び獣の姿になると、地面を蹴り焔達に攻撃した。彼等の背後から続くようにして、秀二が姿を現しぬ~べ~に鎌を振り下ろした。振り下ろしてきた鎌を、ぬ~べ~は眠鬼の力を借りて、四方八方に鬼の刃を出し攻撃を防いだ。その刃を台に、麗華は飛び薙刀を振り下ろしたが、秀二は 鎌を持ち直し彼女の薙刀を振り払った。払われた勢いに、薙刀は麗華の手から離れ地面へ突き刺さった。

 

 

「?!」

 

「これで……終わり…!

 

ぐああぁぁあ!!」

 

 

突然秀二は、叫び声を上げて腕を押さえた。彼の様子にぬ~べ~は鎌を見て驚いた。鎌から鬼の指が伸び彼に侵食していた。

 

 

「暴走してる……」

 

「秀二!」

「秀!」

「秀!」

 

 

陽炎達は闘いを辞め人の姿へとなり、秀二の元へ駆け寄った。駆け寄ってきた彼等に、秀二は容赦なく攻撃を仕掛け、三人は傷を負いながら彼から離れた。

 

 

「いきなりどうしたんだ?!秀二!」

 

「そいつが持っている、憎しみに満ちた醜い心に鬼の妖気が同調し、侵食を始めたんだ。

 

自業自得だな」

 

「侵食って……

 

秀二!今すぐ、鎌を捨てろ!!」

 

「捨てる……訳ないだろ!

 

お前を殺すまで、捨てるか!!この身が鬼に侵食されたっていい」

 

「何を言ってる!!侵食が進めば、お前は鬼になるんだぞ!!」

 

「構わねぇ!!鬼になったところで、悲しむ奴なんざこの世にいやしない……」

 

 

鬼の姿になった秀二は、ゆっくりと立ち上がり傍にいた陽炎達を殴り飛ばした。飛ばされた陽炎達を、傷の癒えた牛鬼と時雨と顔に麻布を巻いた男が受け止めた。

 

 

「霊力が強いから、進行が早いんだ」

 

 

鬼化した秀二は、鬼の手で麗華を攻撃した。余りにも一瞬のことだったせいで、麗華は避けきれず腹に出来ていた傷に更に傷を負った。

 

 

「!!」

 

「麗華!!

 

お前の相手は俺だ!!眠鬼」

 

「分かってるわよ!!」

 

 

秀二に向かって、ぬ~べ~は鬼の手で攻撃した。攻撃してきたぬ~べ~に、秀二は目を向け攻撃を仕掛けた。

 

 

腹から大量の血を流した麗華は、その場に膝を付き息を乱した。その様子に、焔達はすぐに彼女の傍に駆け寄った。

 

 

「麗!!」

「麗様!!」

「麗殿!!」

 

「痛……大丈夫。

 

氷鸞、渚達に伝えて……援護欲しいって」

 

「分かりました」

 

「雷光は残ってる霊気で、秀二の式達を。無論時雨と牛鬼にも手伝って貰って」

 

「承知」

 

 

二人は獣の姿から、人の姿になるとそれぞれの場所へ行った。それを見届けると、麗華は上着を脱ぎそれを腹に強く巻き立ち上がった。

 

 

「麗……」

 

「フゥー……大丈夫。

 

焔は傍にいて」

 

 

炎に包まれた焔の頭に、自身の頭を当てながら麗華はそう言った。焔は当ててきた彼女の額に擦り寄り、甘えるように体を擦り寄せた。



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戻った鬼の手と誓い

その間にぬ~べ~は、眠鬼と自身の霊力で鬼化した秀二に傷を与え、彼は傷を負いながら倒れた。


「お見事」

「そいつは全妖怪の敵です!早く留めを……!」


傷が癒えた雪女は、ぬ~べ~にそう訴えた。その時彼女の前に、陽炎達が降り立ち今にも攻撃しようとしていた。だがいくら待っても、彼等は攻撃をしようとせず焔の傍にいた麗華を振り返り見た。


「雪女(ユキオンナ)、アイツを殺せと言う事は、麗を殺せと言ってるようなもんだ」

「!?そ、そんなつもりは」

「陰陽師は妖怪退治を専門とする一族……

妖怪達に憎まれて、当然よ……」

「っ……」


「麗様」


寄ってきた氷鸞は、麗華の前で頷き後ろを見た。後ろには傷の癒えた牛鬼達が立っていた。


「アンタ達も手伝って……」

「……」


牛鬼達は、倒れた秀二の元へ行き手を添え霊力を吸い取った。それを見た月影と影牙は人の姿へとなり、顔に麻布を巻いた男と共に彼の元へ行き、手を添え鬼の霊力を吸い取っていった。


ふらつきながら立つ麗華……彼女を支えるようにして、渚と焔は両隣に立った。


ゆっくりと目を覚ます秀二……目に映ったのは、狼の姿をした陽炎だった。

 

 

「……陽炎」

 

「秀二……」

 

「秀」

「秀」

「主」

 

 

起き上がる秀二……周りには自身を囲うようにして立つ、牛鬼達のその前に麗華達が立っていた。

 

 

「……麗……華」

 

「秀二……アンタが望むなら、神田家を復活させる」

 

「……分家の存在で、何偉そうなことを」

 

「……

 

 

ついこないだ、神崎家と三神家、月神家は本家に移動した」

 

「……あぁ……あの、八岐大蛇の事件でか」

 

「その時の事件の活躍で、初代当主安倍晴明が私達分家を本家にした」

 

「……クッ。

 

そんなことが起きたのか……だが、恨みは消えねぇ」

 

 

秀二は立ち上がると、麗華の額に指を当てた。その瞬間、彼女の記憶から龍二達を殺した記憶が消された。

 

 

「手ぇ出しな……鬼の手の主」

 

 

秀二に言われ、ぬ~べ~は眠鬼を解放し彼から鬼の手を受け取った。鎌は元の赤黒い色になり、秀二の手に収まった。

 

 

「これで返した……じゃあな」

 

「アンタの恨みは、絶対私がどうにかする……必ず」

 

「……やれるもんならやってみろ」

 

 

月影達を戻し、秀二は狼になった陽炎の背に乗り飛び去った。

 

 

見送った後、麗華は腹を抑え倒れてしまい、ぬ~べ~も負った傷が痛み膝を付いた。また焔達は完全に治りきっていなかったせいかそのまま倒れてしまった。五人はすぐに玉藻と渚達の手により、茂の病院へ運んだ。

 

 

 

数日後……

 

カーテンの中で、ベッドに座っていた麗華の腹に出来た傷口を茂は見た。焔達の傷は着ていた玉藻が見て治療した。

 

 

「だいぶ塞がってるね……この調子なら後二、三日で退院できるよ」

 

「何とか兄貴の迎えには、間に合いそう……よかったぁ」

 

「間に合うって……今回のこと、龍二に黙ってる気か?!」

 

 

そう言いながら、体の至る所に包帯と絆創膏を貼ったり巻いたりしたぬ~べ~が、見舞いに持ってきたフルーツがもったバスケットを手にカーテンを開けた。

 

だが、麗華はまだ服を着ておらず裸姿になっており、茂は彼女の裸姿を見ないように点滴を変えている最中だった。

 

 

「何麗の裸を堂々と見てんのよ!!」

「何麗の裸を堂々と見てんだ!!」

 

 

背後から渚と玉藻の治療を受けていた焔が、ぬ~べ~の頭を思いっ切り殴り焔がフルーツバスケットだけ受け取ると、渚は彼を蹴り飛ばしカーテンを勢い良く閉めた。カーテン越しから、悲痛な悲鳴が聞こえた。

 

 

「麗華ちゃん、龍二君にも言えることだけど……

 

焔と渚、少し躾直した方がいいんじゃないかな?」

 

「いや……もう、無理だ……直そうにも」

 

「それより、早く服着て。風邪引くよ」

 

 

入院服を着た麗華は、カーテンを開けた。病室の床にはボロボロになったぬ~べ~が倒れていた。

 

 

「完全に伸びてるな……」

 

 

玉藻に殴られたのか、焔は頭にコブを付けてベッドに戻っていた。

 

 

「よぉ!麗華!見舞いに来てやったぜ!」

 

 

病室のドアが勢い良く開き、外から安土が元気よく入り床で倒れていたぬ~べ~を踏み付けた。

 

 

「ゲフ!」

 

「あれ?何だ、鬼教師も来てたのか」

 

「ひ、人の上に乗るな……」

 

 

安土が脚を退かすと、ぬ~べ~はフラフラになりながら立ち上がった。

 

 

「鵺野先生!退院したんですから、病院内で怪我しないで下さい!!病院は怪我や病気を治すところで、作るところではありません!」

 

「何で皆俺には冷たいんだよ!!」

 

「ところで麗華ちゃん、本当に言わない気かい?龍二君に今回のこと」

 

「言わない。

 

兄貴はもちろん、緋音姉さんと真二兄さんにも……

 

アイツの相手は、私だ。私が片を付ける。だから手を出して欲しくない。それに兄貴には余計な心配を掛けたくない……だから」

「だから、今回のことは黙ってて欲しいと……

 

 

ま、いいでしょう」

 

「玉藻!」

 

「いいじゃないですか、別に。

 

こうやって、生きてたことですし」

 

「私も別にいい。

 

麗のこの怪我を見たら、私が龍にこっぴどく怒られる」

 

「俺もだ……」

 

「ハァ……全く。

 

今回だけだけだよ」

 

 

カルテを書いていたペンで、茂は麗華の額を軽く突きながら呆れたように言った。

 

 

「しかし、その傷だらけの体見たら、龍二だって」

「それなら大丈夫」

 

「?」

 

「俺様が、嬢さんの体の傷残らず治してやるよ」

 

 

牛鬼と一緒に見舞いに来た時雨が、ニヤけながらそう言った。

 

 

「傷治す能力、あったのかよ」

 

「あるぜ」

 

「あるなら、俺等を治せ!」

 

「嫌なこった」

 

「この野郎……」

 

「ところで鵺野先生……包帯巻いてることですし、傷の手当てしましょうか」

 

「え?い、いやぁ……」

 

「それじゃあ、鵺野先生。僕が診ますので、僕の診察室行きましょう。玉藻先生、手伝って下さい」

 

「……わ、分かりました」

 

(ヤバい……マジで怒ってる)

 

 

満面な笑みで優しく声を掛けながら、茂はぬ~べ~の服の襟を掴み、引き摺りながら玉藻と一緒に病室を出て行った。

 

 

「さぁて、治すから傷痕見せな」

 

 

時雨に言われ、麗華は服の裾を上げ腹に出来ていた傷痕を見せた。時雨はしばらく診ると、手を当て治療を始めた。

 

 

「しっかし、腹刺されても動くとは……どんな仕組みになってんだ?嬢さんの体は」

 

「知らん」

 

 

『俺以外の神田家は全員、事故で死んだんだ』

 

『しかもその事故は、本家の奴等が仕組んだもの……

 

俺等を消せば、分家は三神家と神崎家月神家だけ……その方が、都合が良いと思ってたんだろうな』

 

 

「……そういえば牛鬼、あいつに会ったことあるのか?」

 

「?」

 

「記憶の中に、『二度と感じたくない霊気が』って言った記憶があるんだけど」

 

「っ……」

 

「そういや、俺もアイツの霊気、微かだけどどっかで感じたことあるなぁ」

 

「……

 

 

殺した奴だ……俺と安土の両親を」

 

「!?」

 

「……どういう事」

 

「五十年前だったかな……

 

アイツは突然やって来て、親父達を殺した。二人の死体を見つけたのは、アイツが去ってから数時間後だった……今でも覚えてる……親父とお袋の死体に残ってた微かな霊気が」

 

「……?

 

ちょっと待って……それじゃあ秀二の奴、相当の年じゃ」

 

「けど、アイツ……輝三と変わらない霊気を感じた……

 

それに、見た目適には……」

 

「俺があいつに会ったのは、多分……アイツが二十代前半か十代後半ぐらいだ」

 

「……」

 

「嬢さん、アイツの恨みを消すって言ったよな?あん時」

 

「う、うん……」

 

「多分救えねぇと思うぜ」

 

「?」

 

「あの野郎、相当の恨みを持っていた……

 

恐らく、元に戻ることは出来ない。アイツの運命は『死』」

 

「そんな……何か救う方法が」

 

「無理だ。俺様は何人もああいう人を見てきた……結果、自害した奴がほとんどだ」

 

「……」

 

「ところで、謝礼のことだけど」

 

「……何?

 

私が出来る範囲にしてよ」

 

「嬢さんの舞見ながら、酒飲みたいんで舞ってくれ」

 

「いいよ。そう言う願いなら……

 

その代わり、私の傷治したら今度は焔達の傷もお願い」

 

「仕方ねぇなぁ……やってやるよ」

 

「何で嫌そうな返事すんだよ……」

 

「んなもん、嫌に決まってるからだ」

 

「何で麗の傷は治すのに、俺等は治してくれねぇんだよ!!」

 

「俺様は嬢さんの舞が見られるから、ここに住み着いたんだ。舞の出来ねぇお前等なんざ、元から用はねぇんだよ」

 

「んだとこの!」

「焔!動いたら傷口が」

 

「離せ雷光!」

 

「大人しく出来ないんですか?馬鹿犬は」

 

「誰が馬鹿犬だ!」

 

 

口喧嘩を始めそうになった二人を見た麗華は、ため息を吐き治療していた時雨に指示を出した。時雨はため息を吐き、治療していた手を止め、立ち上がった氷鸞をベッドに寝かせ、彼が動けぬように拘束すると素早く傷を治した。

氷鸞を治すと、隣に座っていた雷光を治した。終えたのを見ると麗華は、二人を式に戻しキャスケットの上に置かれていたポーチの中へしまった。

 

 

「闘いの時は息ピッタリなのに……

 

何で普段は、ああ喧嘩ばっかりすんのよ」

 

「……」

 

 

その問いに、焔は引き攣った顔をしながらそっぽを向いた。

 

 

 

夜……

 

眠れない麗華は、何度か寝返りを打つと起き上がり窓の外を見た。

 

 

「眠れねぇのか?」

 

 

背後から声が聞こえ振り返ると、天井から糸で吊っていた蜘蛛が降り人の姿に変わった牛鬼が現れた。

 

 

「人の苦手な蜘蛛に化けないでよ(気絶しかけた)」

 

「あの姿じゃなきゃ、ここに残れねぇだろ?」

 

「まぁそうだけど……」

 

「……一つ聞いていいか?」

 

「?」

 

「何で、俺の事は覚えてたんだ?

 

あの野郎から、記憶を奪われた時」

 

「……

 

 

光ったから」

 

「?」

 

「記憶を奪われた時、暗い世界に一人残されてた気分だったの……

 

寄ってくる者、皆が黒くて……触れると冷たいし。

 

でも、牛鬼だけ光ってた……触ったら暖かかった」

 

「……」

 

「その光なら、傍にいても安心だと思った……だからかな」

 

 

月明かりに照らされた麗華の顔が、一瞬梓の顔と重なって見えた。その姿が見えた牛鬼は、笑みを浮かべ麗華の頭に手を乗せ、彼女の額に自身の額を当てた。

 

 

「……牛鬼?」

 

「まじないだ……麗華」

 

「?」

 

「ずっと傍にいてやっからな……

 

俺も……安土も」

 

「……うん。

 

 

ありがとう……牛鬼」




後日……

空港へ着た麗華……肩に鼬姿になっている渚と焔、頭にシガンを乗せて、緋音と真二の家族達と立っていた。


「もうそろそろだよね?真二が帰ってくるの」

「そのはずよ」


革のジャケットを着ていた女は、腕時計を見ながら隣に座っていた女性に話し掛けた。


「さぁて、あの馬鹿はどこまでマシになったかしら」

「いい加減、真二をいじめるの辞めなさい!二十一にもなって」

「っ……」

「ハハハ……いいじゃないですか、滝沢さん」

「兄姉(弟妹)がいると、お家が賑やかじゃありませんか」

「とんでもない。いっつも顔を合わせれば、喧嘩の嵐よ!

見習って欲しいもんよ……龍二君と麗華ちゃん」

「う……」


軽く息を吐きながら、入り口に目を向けた。するとそこから、鈴海の制服を着た生徒達がぞろぞろと出て来た。
生徒達は、自分達の親を見つけると一目散に駆け寄り、楽しそうに話し出した。


「麗華!」


真二の母親の隣に立っていた麗華に、真二は飛び付き頬擦りした。


「元気だっかぁ」

「兄さん、痛い……」

「何だ……鮫の餌食にならなかったか」

「簡単に死ぬか!馬鹿姉貴」

「何ですって!」

「辞めなさい!!外での喧嘩は!」

「真二!!人の妹を、何抱いてんだよ!!」

「アナタの家族は麗華ちゃんじゃなく、こっちのお姉さんでしょ!」

「女らしくもない姉貴と、久し振りの再会の抱き合い何ざできるか」

「誰がらしくないですって!」


喧嘩を始めた真二と姉……そんな二人に母親は怒鳴り声を上げ、父親は呆れたようにため息を吐いた。

真二から離れた麗華は龍二に寄り、寄ってきた彼女の頭に手を置き笑みを浮かべた。


「何も無かったみてぇだな……」

「うん……?」


ポケットに入れていた龍二の手を、麗華は出し見た。手首に付けていたビーズのブレスレットを見ながら、麗華は質問した。


「紐切れた?」

「あ、あぁ……

少し心配だったんだよ……お前に何かあったんじゃないかって……」

「……」

「渚、麗華のことありがとな。焔もな」


そう言いながら、麗華の肩にいた鼬姿の渚と焔の頭を撫でた。渚は麗華の肩から、龍二の肩へと移動し彼の頬に擦り寄った。そんな渚を見た麗華は、龍二に抱き着いた。抱き着いてきた麗華を、龍二は少しホッとしたかのような表情で撫で抱き上げた。


「龍二!」

「?」

「お袋が、家まで送ってくれるってさ!」

「いいのか?」

「いいっていいって!

長い付き合いなんだから!


あれ?麗華の奴、どうしたんだ?」

「ちょっとな」

「なぁ、どうする?」

「そんじゃ、おばさんのお言葉に甘えて」

「そうこねぇと!」


先に行った真二を見送った龍二は、麗華を下ろし彼女の手を引き彼等の元へと行った。


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成長と別れ
次元妖怪・枕返し


目覚めた時、記憶が混乱したことがありますか?

自分が寝ていた場所や時間や日にちまで……


まるで寝ている間に、突然他の空間に放り出されたみたいに……食い違う時があるだろう。


そんな時、君は……本当は……

こいつに襲われているのだ……


ある日の朝……

 

 

「郷子!!起きなさい!!遅刻するわよ!!郷子!!」

 

 

下から母親の怒鳴り声が聞こえ、郷子は眠い目を擦りながら布団から顔を出し時計を見た。

 

 

「う~、何か眠い……

 

何よ~、まだ六時じゃない」

 

 

起きた郷子は、下ろしていた髪を結びながら下へ降り母親に文句を言った。

 

 

「ちょっとぉ、お母さん何でこんな早く起こすのよ」

 

「早くって?もう六時よ」

 

「らって、学校は八時起きで十分……」

 

「学校?何寝ぼけてんの?

 

 

アンタ、今年で二十六にもなってどこの学校に行くんだい!?」

 

「え!?(二十六?)」

 

 

母親の言葉に驚いた郷子は、自身の胸を見たが小学生の頃と余り変わっていなかった。それを母親に言うと、遺伝だと怒られ郷子は急いでテーブルに置いてあった鏡を見た。鏡に写ったのは、成長した自分だった。

 

 

(そんな……何これ……

 

私は十一歳、童守小五年三組、ぬ~べ~クラスの稲葉郷子……よ)

 

「どうしたの、一体……

 

小学生みたいにお下げして……大丈夫かい?」

 

「(私……寝ぼけてるんだ……

 

そういえば……小学校、卒業したっけ……記憶の混乱?

 

中学も……高校も……あ……大学も出たんだ。

 

そう、今OL四年目で……私)

 

あ~!!

 

何でもっと早く起こしてくれないのよ!!会社遅刻だわ!!」

 

「ホッ……よかった

 

いつもの郷子だ。ほら、口紅食べるな」

 

 

スーツに着替えた郷子は、腕時計を見ながら道を走った。

 

 

(何て酷い記憶混乱だろ……心が小学生に戻っちゃうなんて)

 

 

満員電車を乗り、会社へ着いた郷子……上司に怒られ仕事をやるが、次々に先輩達が仕事を言いつけられどんどん増えていった。

 

 

「(フウ……目が痛い。

 

キツい会社、入っちゃったなぁ。

 

 

あの頃は……よかったなぁ。

ぬ~べ~……皆……

 

あはっ……凄く鮮明だ…これも今朝の記憶の混乱のせい?

何だか私……まるで昨日まで小学生だったよう……

突然……二十六歳になって、OLになったみたいに……)

 

ち……違う違う!!やっぱり、これは私じゃない!!」

 

「稲葉君!」

 

 

資料を撒き散らして、郷子は会社を飛び出した。そして近くにあった電話ボックスから、美樹の元へ電話し彼女の家へ行った。彼女は三つ子を産んでおり、三つ子の面倒を見ながら郷子の話を聞いた。

 

 

「へぇ……つまり、今の自分が本当の自分じゃない気がするのね」

 

「うん……そう……」

 

「今じゃ克也が、空自で戦闘機のパイロットよ。驚くよね」

 

「ヘエー」

 

「まことは、八頭身に成長して、モテモテの敏腕弁護士に」

 

「ゲッ」

 

「のろちゃんは、中学高校と男好きの本性を現し、ズルズルとAV女優に(嘘)」

 

「ええ!!」

 

「ねぇ……本当に頭の中が小学生になっちゃったの?」

 

「う、うん……

 

確かに現在までの記憶はあるけど、それはまるで取って付けたような感じで、現実感がないの……

 

だから今の皆の話にしても、ハッと驚くのよ……

 

でも、小学生の時の記憶だけは鮮明で……本物って感じ……」

 

「仕事とか嫌で、楽しかった過去を懐古する……現実逃避じゃないの~?」

 

「そんなんじゃないの!信じて!」

 

「ま……半信半疑だけど……これで分かるかな?」

 

 

そう言いながら、美樹はある一本のビデオテープを流した。

 

流れたのは、美樹と広の結婚式だった。背後には二人を祝福するクラス全員の顔があり、その中に自分もいた。

 

 

「郷子……あなたは……

 

高校の時、広と大喧嘩して別れて……広は同じ大学に行った私とゴールインしたの。

 

今じゃ、広はJリーグのベルディの看板選手で私の良き夫。

 

 

もし、アナタの心が小学生の時のままなら、これをどう受け止めるかしら」

 

「広……そんな……」

 

 

映像を見て美樹の話を聞いた郷子は、目から大量の涙を流した。それを見た美樹は、ビデオを止めた。

 

 

「……分かったわ。

 

あなたはあの人の所に、行くべきよ」

 

「……」

 

「何してるの急いで!!アナタはこの世界の人間じゃないの!!あの人なら、きっと助けてくれる!!」

 

 

美樹に押され、郷子はある場所へ向かった。そこは自分の母校である童守小だった。

だが、今の教員の中であの人のことを知っている人は誰もいなく、今どこにいるのかさえ分からなかった。

 

 

トボトボと歩いていると、ある場所へ着いた。そこはかつて麗華が寄っていた病院だった。何気に中へ入ると、待合室でカルテを見ながら歩く白衣を着た女性を見つけた。

 

 

「……麗華?」

 

 

中に入ってきた郷子に気付いたのか、女性は振り返った。その女性は、長い紺色の髪を耳下で結った麗華だった。

 

 

「稲葉?」

 

「麗華……麗華ぁ!」

 

 

麗華の姿を見た郷子は、泣きながら彼女に抱き着いた。郷子に抱き着かれた麗華は、カルテを他の医者に渡し屋上へ行った。

 

屋上に置かれていた自販機でコーヒーを買った麗華は、泣き止み落ち着きを戻し、ベンチに座っていた郷子に渡した。

 

 

「ありがとう……」

 

「いいって」

 

 

隣に座りながら、コーヒーの蓋を開け飲んだ。そんな麗華の姿を見た郷子は、少し安心したかのような顔をした。

 

 

「麗華……お医者さんになってたんだ」

 

「まぁね……まだ見習いだけど」

 

「……」

 

「どうかした?ここに来るなんて」

 

「……あの人を捜してるの。

 

どこにいるか、知らない?」

 

「……悪いけど、何にも。

 

中学までは、アンタ達と一緒だったけど……高校からは、誰とも連絡を取ってない……細川と立野の結婚式に出たのが中学を卒業した以来だったよ。皆に会ったのは」

 

「……」

 

「稲葉……

 

細川にも言われたんでしょ?この世界の人じゃないって……

 

私はもう、アンタ達の力にはなれない」

 

「どうして……」

 

「……?

 

 

お迎え来たみたいだよ」

 

 

吹雪が起き、そこから成長した雪女が現れた。雪女は泣き付いてきた郷子の涙を拭き取ると、麗華に軽く会釈し、郷子を連れてどこかへ行ってしまった。

 

 

「何や、こんな所にいたんかい」

 

 

しばらくして成長した陽一が、屋上へやって来た。

 

 

「陽、仕事は?」

 

「少し抜けてきた。大丈夫大丈夫。

 

時間的に、人が来ない時やから」

 

「そう……」

 

「……また焔のこと、考えてたんか?」

 

「……」

 

「麗……」

 

 

服の下に隠していたペンダントを取り出し見た。ペンダントの鎖には、赤い色をした桜のマスコットが着けられていた。

 

 

「駄目だよね……早く立ち直らなきゃ」

 

「麗……」

 

「もう、四年になるのに……焔が死んで」

 

「……」

 

 

記憶に蘇る過去……血塗れとなり、生気のない目で倒れる焔。彼の体に伏せ泣き叫ぶ自身と、手で顔を覆い泣き喚く渚。

 

 

彼が死んで以来、麗華は全く妖怪と戦うことが出来なくなっていた。

 

 

 

「しっかりしなきゃね」

 

「……無理せんでええで。

 

辛くなったら、休め。な?」

 

「……うん」

 

 

雪女に連れて来られた場所は、森の中にある小さな家だった。郷子は雪女を見ると、雪女は静かに頷き姿を消した。

 

坂を下り家に行くと、玄関前に座る揺り椅子に揺れる一人の男性と彼を世話をする女性がいた。

 

 

「あら……まあ……」

 

 

女性は、律子先生だった。そして男性は包帯を巻き意識の無いぬ~べ~だった。

 

 

「早いものね、月日の経つのは……

 

あなた達が卒業して二年後……鵺野先生はこれまでにない、強い悪霊と闘って除霊に失敗……

 

生徒は救ったものの、自分は全身がほとんど麻痺状態に……

 

私が先生のお世話をすることになったけど、私はこれで少しは幸せなの……」

 

「ち、違う……

 

違うよ!!こんなの現実じゃないよ!!」

 

「認めたくないのは分かるわ。でもね……

 

これが現実なの。辛いけどこれが……」

「やめてやめて!!

 

私はこの世界の人間じゃないの……帰して!!

 

帰して!!楽しかったあのぬ~べ~クラスの日々に!!」

 

 

その時、ぬ~べ~の左手が微かに動いた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「郷子……こっち……来い……

 

妖気……お前……悪い妖怪に……早く」

 

 

郷子に手袋を外してもらい鬼の手を出すと、ぬ~べ~は彼女の背中についていた妖怪の頭を鷲掴みにした。

 

 

「こいつは……枕……返し……

 

こいつに……枕を返されると……今の……お前のように……魂が違う世界に……飛ばされる。

 

 

そうして……困っている人間を見て……楽しむ……

 

しばらく……枕を返した……お前の様子を……面白がって……背中で見ていた……だから捕まえられた。

 

こ…こは……お前の……世界で……ない……

 

ここは……パラ……レル……ワールド……

 

たくさんある……未来のうちの一つ……こういう……未来も……あるという事だ……

 

さあ……帰りなさい……俺の……可愛い生徒……

 

そして……幸せな未来を……築く……んだ……

 

 

枕返しよ……郷子を……元に戻せ……さもないと……」




「!!」


飛び起きる郷子……体を見ると、元の小学生に戻っていた。頭を抑えながら道を歩くと、そこに元気な姿をしたぬ~べ~と広達がいた。


(戻ったんだ!元の世界に!)


それは、只の悪夢だったのか、それとも……


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バレンタインの魔法

放課後の学校……

 

 

「明日はいよいよ、バレンタインデーね!」

 

 

お菓子の雑誌を手に、美樹は嬉しそうに言った。美樹を囲うように立っていたクラスの女子達は、互いを見合って頷いた。

 

 

「今年はどうしようかなぁ」

 

「やっぱり、手作りチョコでしょ!」

 

「クッキーも良いんじゃない?」

 

「ドーナッツ何かもいいじゃん」

 

「どれにしようかぁ」

 

「ねぇ郷子!

 

アンタは今年、広に何あげるの?」

 

 

自身の背後から雑誌を覗いていた郷子に、美樹は話し掛けた。

 

 

「私は……そうだなぁ。今年はクッキー……って、何で私があんな奴にバレンタインのチョコ、あげなきゃいけないのよ!」

 

「何言ってんのよ、ラブラブなくせに」

 

「そうそう!」

 

「おっと!もう一人を忘れてたわ!」

 

「もう一人?」

 

「ねぇ、麗華!」

 

 

輪に入っていなかった麗華に、美樹は声を掛けた。麗華は鞄を肩に掛けようとしていた手を止め、美樹達の方を見た。

 

 

「アンタもあげるんでしょ!」

 

「あげる?誰に」

 

「陽一君!」

 

「陽一君?誰?」

 

「うちの学校に、そんな子いたかな?」

 

「陽一君はね、麗華の従兄弟でい」

「それ以上言ったら、アンタの家に悪霊二十体ほど住まわせるから」

 

「それだけは勘弁してぇ!」

 

 

麗華に泣き付く美樹に、女子達は大笑いした。

 

 

「麗華、もう帰るの?」

 

「あぁ。少し用があるから。じゃあね」

 

 

どこか嬉しそうにしながら、麗華は教室を出て行った。そんな彼女の様子を、美樹は怪しそうな目で眺めた。

 

 

鼻歌を歌いながら、麗華はスーパーの袋を手に商店街を歩いていた。その様子を、美樹と郷子はこっそりとついて行った。

 

 

「あの袋の中……絶対、チョコよね?」

 

「有り得る」

 

「誰にあげるんだろ?」

 

「やっぱり、陽一君?」

 

「じゃあ麗華、バレンタインの日に京都に行くの?チョコを渡しに」

 

「それか、その日に陽一君がこっちに遊びに来るか」

 

「う~ン……気になる」

 

 

翌日……

 

 

可愛い紙袋を手に、女子達は学校へやって来た。童守小と同様、龍二の学校では女子が好きな男子に次々にチョコを渡していた。その中、龍二は真二と共に、下駄箱に入っていたチョコを持ち、数を数えていた。

 

 

「今年は……三十個だな」

 

「相変わらず、スゲェなぁ龍二」

 

「いらねぇって言ってんのに、毎年こうなんだよなぁ」

 

「そういや、お前の許嫁の美幸ちゃんだっけ?あの子からもチョコが来るんだろ?」

 

「まぁな。けど美幸は、いつも手作りの和菓子を送って来るから別に困りはしないんだ」

 

「フ~ン……」

 

 

童守小では……

 

 

廊下で、チョコを受け取る男子……その様子に、チョコを貰えない男子は、指をくわえ恨めしそうに見ていた。

 

 

「いいよなぁ……」

 

「羨ましい……」

 

 

そんな廊下の中、郷子と美樹は袋の中に入っている小包を見ながら、楽しそうに話していた。

 

 

「郷子、アンタいつあげるの?」

 

「え?あげるって?」

 

「恍けちゃって!広よ広」

 

「そうね……って、そういう美樹は誰にあげるの?」

 

「私?私は、チョコを貰えない世の男子共に、この義理チョコをあげるのよ!毎年見てて可哀想に思ってね」

 

「アンタね……」

 

 

教室へ着くと、美樹は教卓の上に立ちもっていた袋から、包まれたチョコを出し見せびらかせた。

 

 

「さぁ!男共!!

 

この美樹様が、冴えない男子のためにチョコを買ってきてあげたわよ!受け取りなさい!!」

 

 

雨の様に美樹はチョコを振り撒いた。そのチョコを貰えない男子は食い付き拾った。その様子に、郷子は呆れて深くため息を吐いた。

 

 

「あのバカ女王は何やってんだ?」

 

「あ、麗華。おはよう。

 

 

チョコを貰えない男子に、美樹がばら撒いてんのよ」

 

「細川が考えそうなことだな(ホワイトデーで、お返しを貰うって魂胆だな)」

 

「……あれ?麗華、チョコの入った紙袋は?」

 

「紙袋?何の事?」

 

「昨日、スーパーの袋持って帰ってたじゃん」

 

「また、つけてたの?」

 

「え?い、いやぁ……そ、それは」

 

「やっぱり」

 

「ハハハハ……

 

で、さっきの質問の答え……」

 

「……買ったよ、チョコ」

 

「じゃあ!」

 

「兄貴にね」

 

「う……

 

陽一君には買わないの?」

 

 

何か言い掛けた時、チャイムが鳴り郷子達は慌てて席へ座った。それと共に、氷漬けになったチョコを持ったぬ~べ~が教室へ入り授業となった。

 

 

放課後……

 

 

帰りに郷子は、こっそり広に手作りのチョコを渡した。二人は顔を真っ赤にして笑い、その様子をドアの隙間から、美樹達は覗く様にして見ていた。

 

 

「さっすが、お似合いのカップル!」

 

「ク~!広の奴、羨ましい!」

 

「さてと!お次は」

 

 

 

廊下を見ながら、美樹は悪戯笑みを溢した。彼女の目の先には、廊下を歩く麗華の後ろ姿だった。

 

 

商店街を歩く麗華……美樹達はその後を追っていたが、後ろにいた克也と後から来た広と郷子に話をしながら歩いていた時、何かにぶつかった。尻餅をついた美樹は、ふと顔を上げるとそこにいたのは、五人の怒りの形相をした不良だった。

 

 

「痛ってぇなぁ……こりゃ、骨折れたぞ!」

 

「慰謝料もらわねぇとな」

 

「い、慰謝料って……」

 

 

「骨折って言っても、そんだけ元気なら平気だよ」

 

 

前にいた麗華は、不良の姿を見ながらそう言った。不良は、その言葉にキレ彼女の胸倉をつかんだ。

 

 

「ガキが調子乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

「あれれ?骨折したんじゃないの?腕」

 

「っ……」

 

「このガキ!!」

 

「ぶちのめしてやる!!」

 

 

殴り掛かろうとした時、美樹達の横を何かが通り過ぎ、手を出そうとしていた彼に向かって回し蹴りを喰らわせた。

 

 

「人の女に、手ぇ出すとはええ度胸しとるな?兄ちゃん」

 

「陽一君!!」

「陽一!!」

 

 

地面に座り込んだ麗華に、陽一は手を貸し立たせた。麗華は少し驚いた表情で彼を見ていた。

 

 

「何で……」

 

「試合、早く終わってね!これ見せたくて、素っ飛んで来たんや!」

 

 

持っていたバックから、何かを取り出しそれを麗華に見せた。それは金メダルと『優勝』と書かれた賞状だった。

 

 

「関西大会少年部、見事一位や!!」

 

 

満面な笑みを見せながら、陽一はそう言った。その言葉に麗華は喜びに満ちた笑みを浮かべた。

 

 

「何笑ってんだ!お前等、やれ!!」

 

「応!」

 

「よっしゃ!ここいらで、一位の実力を試させて貰うで!麗、援護頼む!」

 

「了解!」

 

 

迫ってきた不良の一人に、陽一は腹目掛けて正拳突きを喰らわせた。喰らった不良は腹を抱えてその場に倒れた。続いて迫ってきた不良に、麗華は陽一の手を借りて踵落としを喰らわせた。頭に喰らった不良はその場に伸び倒れた。二人やられたのを見たリーダー格の不良は、残った二人を連れに泣き喚きながら逃げて行った。

 

 

「ハッハッハッハ!!ざまぁみろや!」

 

「さっすが陽一君!」

 

「チョーカッコ良かった!!」

 

「ねぇ、さっき言ってた関西大会少年部、一位って何の事?」

 

「空手や空手!

 

今日、関西大会の決勝戦があってな。それに出場して、見事一位取ったんや!」

 

「スゴォイ!!」

 

「この金メダル、早く麗に見せたくて、試合終ったあと速攻でこっちに来たんや!波に乗ってな!」

 

「それじゃあ麗華、ご褒美あげないと!」

 

「今日、バレンタインだし!」

 

「バレンタイン?あぁ、そういや姉ちゃんがそんな事言ってたなぁ。

 

 

けど俺、チョコあんまり好きやないし」

 

「え?そうなの?」

 

「毎年、学校の女子からチョコ貰うんやけど、たいていほかの男子にあげるか、気持ちだけ受け取っとくって言って貰わない様にしたり、どうしてもらった時は店の人や母ちゃんたちに手伝って、処理してるしな」

 

「じゃあ、麗華からバレンタインのチョコもらわないの?」

 

「麗からはいつも、手作りの饅頭貰ってる。俺はそれでええし!」

 

「饅頭……」

 

「初めてチョコ作った時、陽の奴化け物見たかのような表情で、チョコ受け取ったから。それで」

 

「な~んだ」

 

「せっかく、麗華が陽一君に顔を真っ赤にしてチョコを渡す風景が見れるかと思ったのに」

 

「期待するな」

 

 

美樹達と別れた後、麗華は陽一を駅まで送った。改札を潜る前に、麗華は彼を呼び止め周りに誰もいないか確認すると、バックから綺麗に包まれた小さい箱を渡した。

 

 

「ハイ……まだ、あげてなかったから」

 

「応!ありがとうな!」

 

「じゃあね、また」

 

「今度のホワイトデーは、京都きいや!俺がこれのお返ししたいからな!」

 

「うん!

 

美幸姉さんに、よろしくね!」

 

 

彼を見送った後、麗華は嬉しそうに帰って行った。




夜……


居間に置かれたチョコを食べながら、縁側で済んだ空を見上げる麗華。


「悪いな。毎年処理に付き合わせちまって」

「いいよ。

兄貴が風呂に入ってる最中、電話かかって来たよ。姉さんから」

「美幸から?」

「来月は、京都に来てだとさ」

「行けたら行くよ……

お前も、言われたんだろ?陽一に」

「……まぁね」


チョコを食べながら、麗華は空に広がる星を眺めた。


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魂を食らう絵

とある学校の美術室……


首に縄を掛けられ、手を縄で縛られ台の上に立つに一人の女性……怯える彼女の前には、ベレー帽を被った骨姿の人がキャンパスに筆を躍らせていた。


「美しい……そんな怖がらなくてもいい。

お前はこの絵の中で生き続けるのだから……永遠に」


描き終えると、キャンパスは光だし女性を吸い取った。そこから女性は消え、骨人間も姿を消し残されたのは、消えた女性の絵が描かれたキャンパスだけだった。


「凄ぇよなぁ」

 

「本当」

 

 

廊下の壁に飾られた絵を見る童守小の生徒達……先日行われた絵画コンクールに出した絵の中に、金のメダルが飾られた絵が飾られていた。

 

その絵は森の中にある月明かりが照らされる湖……その湖を眺める白い毛に覆われた狼が描かれており、まるで幻想の世界にいるような絵だった。

 

 

「これ本当に、小学生が描いたのか?」

 

「何か、大人が描いたって感じよねぇ」

 

「でもこの絵って、五年生の人達が描いて出したんでしょ?」

 

 

低学年が見ている中、その間を通って広達が絵を見に来た。

 

 

「お!やっぱり!

 

麗華!」

 

 

後ろから郷子と来ていた麗華は、広に呼ばれ駆け寄った。

 

 

「ほら、お前の絵金のメダルが着いてるぞ!」

 

「本当だ!お前、凄ぇな!」

 

「いいなぁ、絵が上手くて……私も上手く描けたらなぁ」

 

 

麗華を褒めたたえる広達……外からその絵を眺めていた焔は、嬉しそうに笑みを浮かべて宙を舞った。

 

 

「麗華って、どうしてあんなに絵が上手いの?」

 

 

教室に着いた広達は、席に着きながら麗華に質問した。

 

 

「どうしてって……

 

 

小さい頃から描いてるから……どうって言われても」

 

「外とかで遊ばなかったのか?」

 

「体弱かったから、母さんに余り外で遊ぶなって言われてたし……それに、アンタ達と違って保育園とか幼稚園に行ってないなから遊び相手もいなかったし……」

 

「そうだったの」

 

「けど、麗華の描いた絵のことだから、また何か事件でも起きんじゃねぇのか?」

 

「縁起でも無いこと言うなよ……」

 

 

チャイムが鳴り、ぬ~べ~が教室へ入り立っていたクラスメイトはそれぞれの席に座り、授業を受け始めた。

 

 

午後……

 

給食の準備をしている最中、雷の音が鳴り広はふと窓の外を見た。見たと同時に大粒の雨が降り出した。

 

 

「げ!雨かよ!」

 

「凄い雨」

 

 

雨を見た麗華は、廊下側に目を向けるとずぶ濡れになった鼬姿の焔が、自分の元へ寄ってきた。

 

 

「あ~らら……びしょ濡れだね」

 

 

そう言いながら、焔を抱き上げバックからタオルを出し彼を拭いた。拭きながら外を見ると、大雨が降る中白い布を被った人影が見えた。

 

 

『見つけた』

 

「!?」

 

 

声が聞こえ、麗華は辺りを見回したが怪しい人物はおらず、外にもあの人影は無くなっていた。

 

 

(……何だ、今の)

 

 

午後の授業が終わっても、雨脚は収まる気配は無く生徒達は、教室で担任が来るのを待っていた。しばらくして、ぬ~べ~が真剣な顔で教室に入り、黒板に書いていた自習という字を消しながら話し出した。

 

 

「先程、近くの川が氾濫してお前達を帰すのは危険だと判断し、今日は学校に泊まって貰うことになった」

 

「よっしゃ!泊まりだぁ!」

 

「保護者の方には、先生達が連絡しとく。

 

就寝時間は十時だ。それまでに各自布団を敷くように」

 

「はーい」

 

 

泊まることになり、生徒達は皆喜んでいた。

 

 

「泊まることになったな」

 

 

麗華は焔とシガンの頭を交互に撫でながら、ボソリと言った。

 

 

雨が降る外……その中に、あの白い布を被った人影が、校舎を見上げニヤリと笑うと、そのまま姿を消した。

 

夕飯を食べ終わり、就寝時間となった。体育館では、生徒達の寝息が聞こえ、麗華は何回か寝返りをすると、起き上がり体育館を出た。

 

 

暗い廊下を歩く麗華だったが、背後から聞こえる足音に気付き後ろを振り返った。そこにいたのは固まって歩く、広と郷子と美樹と克也だった。

 

 

「……何やってんの?」

 

「いや……麗華が起きて」

 

「どこ行くのかなぁって……」

 

「……トイレに行かないよ」

 

「え?そうなの?」

 

「眠れないから、校内散歩……?」

 

 

廊下の壁に飾られていた自分の絵に、麗華はふと目を向け眺めた。

 

 

「本当、麗華の絵って綺麗だよねぇ」

 

「何か、ずっと眺めてたい」

 

「……ねぇ、この狼って焔よね?」

 

「一応」

 

「何をイメージして描いたんだ?」

 

「人間が立ち入ることの出来ない深い森の奥……

 

絶滅した狼の生き残りが、ひっそりとこの湖の近くに住み生き続けてる……そんな感じかな」

 

「へぇ……」

 

「そういえば麗華って、人の絵は描かないの?」

 

「人の絵?

 

ちょいちょい描いてるけど……あんまり描かないなぁ。人描くの得意じゃ無いから」

 

 

“ドーン”

 

 

突然落雷の音が聞こえ、郷子と美樹は驚き思わず広と克也に抱き着いた。

 

 

「す、凄ぇ音」

 

「び、ビックリしたぁ」

 

「ねぇ麗華、早く体育館へ戻……?」

 

 

麗華に話し掛けながら、郷子は後ろを振り返った。だが、そこにいるはずの彼女の姿はどこにも無かった。

 

 

「あれ?麗華」

 

「郷子、どうかした?」

 

「麗華がいないのよ。麗華ぁ」

 

 

郷子の呼び掛けに続いて、広達も彼女の名を呼びながら廊下を歩いて行った。

 

 

雷が鳴る少し前、ぬ~べ~は霊水晶を手に美術室にいた。

 

 

(この辺りから、妖気を感じたんだが……)

 

 

ふと壁に飾られていた絵に目を向けた。

赤いドレスに身を包み悲しそうな表情を浮かべる女性の絵……

 

その時、落雷の音が響き渡った。その雷の光に照らされるぬ~べ~の背後に立つ人影……彼はすぐに後ろを振り返ったが、すぐ目の前に頭蓋骨が浮かび、赤く目を光らせながら口を開いた。

 

 

「君も私の芸術に楽しんで貰おう」

 

 

目が強く光り、ぬ~べ~は腕で目を塞いだ。

 

 

光が弱まり、ぬ~べ~は目を開けた。そこは先程までいた美術室だった。ぬ~べ~は警戒しながらドアを開けた。そのドアの前に、見知らぬ男子生徒が立っていた。

 

 

「……誰?」

 

「えっと……鵺野鳴介。この学校の教師だ」

 

「嘘……」

 

「え?」

 

「鵺野なんて名前の教師、この学校にはいない!!

 

テメェまさか、ダビンチの仲間か?」

 

「ダビンチ?」

 

「仲間となれば、退治する」

「待って!!」

 

 

突然声が聞こえ、少年はポケットから出そうとした何かを止め、その声の方に目を向けた。

 

 

「勇二、この人もさっきの子達と一緒だよ」

 

「え?」

 

「ダビンチに連れて来られたんだよ!」

 

「このゲジ眉がか?」

 

「コラ!」

 

「とにかく来て。説明は兄さんがしてくれるから」

 

「分かった」

 

「先生も」

 

「あ、あぁ……」

 

 

先を歩く少年の後ろ姿が、一瞬麗華の姿と重なって見えた。それを気にしつつも、ぬ~べ~は二人の後をついて行った。

 

着いた先は、結界が張られた五年三組と書かれた看板が下げられた教室だった。中には郷子達がおりその傍に大学生くらいの男性が立っていた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「お前等!何で」

 

「分からない……雷が鳴ったかと思ったら、麗華がいなくなって……」

 

「捜してたら、そこにいる男の子に会って……」

 

「そうだったのか……

 

説明してくれないか?何が起きてるのか」

 

「……兄さん」

 

「分かってる。

 

昔、俺が封じた妖怪がどういう訳か復活した。お前達がこの世界に来たのは、その妖怪が関係している」

 

「どういう事だ?」

 

「その妖怪は、自由に次元を超えることが出来る。未来にも行ければ過去にも行けるんだ……

 

時代を自由に行き、そこで見つけた美しい女を捕まえ絵を描く……そして、そのモデルの女の魂を食らう」

 

「私達が連れて来られたのって……じゃあ」

 

「お前等の中の誰かを、この世界に連れて来た。おそらくお前等はついでだろ」

 

「ついでって……」

 

「俺等、オマケかよ」

 

「じゃあ、早く麗華を捜さないと!」

 

「捜したいのは山々だけど……

 

今この学校には、ダビンチが呼んだ妖怪がうじゃうじゃいるんだ」

 

「なぁ、お前がさっきから言ってるダビンチって何だ?」

 

「妖怪の名前だよ。兄さんが封じた妖怪、元は絵描きの人間だったんだ。ダビンチの絵に憧れていつも描いてたんだけど、世の中に認められること無く、そのまま」

 

「その名前を取ったって事か!」

 

「単純だなぁお前」

 

「アハハ……」

 

「そういえば、名前は?聞いてなかったよな?

 

俺、立野広」

 

「私は稲葉郷子」

 

「俺は木村克也」

 

「細川美樹ちゃんでーす!」

 

「俺は桐島勇二。で、この二人は」

 

「神崎輝二……で、この人は俺の兄さんの輝三」

 

「こんな顔だけど、一応大学生何だぜ?」

 

「一言余計だ」

 

 

名前を聞いたぬ~べ~と広達は、互いと顔を見ながら驚き小声で話をした

 

 

「輝三って……確か、麗華の伯父さんじゃ」

 

「俺等、本当にタイムスリップしちまったのかよ!」

 

(どうりで、違和感を感じたわけだ)




「うっ……」


体育館倉庫のマットの上で、麗華は目を覚ました。頭を抑えながら起き上がり辺りを見回した。


「……体育館倉庫?何で……?」


ふと腕を見ると、服の色が違っていた。白いレースを着けた赤い袖になっていた。気になり全身を見ると、いつも着ている服とは異なり、膝下まである真っ赤なワンピースを着せられていた。すると傍で気を失っていた焔とシガンが目を覚ました。


「痛ててて……どこだ?こ」


焔は麗華の姿を見ると固まった。そして……


「ギャー!!麗がぁ!!」

「驚きすぎだ!!」


焔に扉を開けて貰い、麗華は警戒しながら倉庫から出て体育館を見た。


「誰もいない……どうなってんの?(ポーチが取られてなくてよかった)」

「いや、いる」

「……みたいだね」


体育館の中心に立つ人影……麗華は腰に着けていたポーチから、札を取り薙刀を構えた。


「美しい……」

「何が……って、人の服どこにやったの!?」

「君には、その服がお似合いだ。

さぁ、僕のモデルに」
「焔、炎」


いつの間にか狼の姿になっていた焔は、口から炎を出すと麗華を乗せその場から逃げ出した。


(……やはり、普通の女ではなかったか)


体育館を出て、廊下に着いた麗華は、鼬姿になった焔を肩に乗せながら周りを見た。


「何か、いつもと違う……おまけに、妖怪がうじゃうじゃいるし」

「……誰か来るぞ」


焔の言う通り、足音が聞こえ麗華は薙刀を構えた。廊下に現れたのは、黒い布で顔を覆った人の姿をした妖怪だった。


「人の子……輝に似ている」

「え?輝?……!」


強い妖気を感じ、二人はその方向に目を向けた。鎖鎌を持った人の姿をした妖怪だった。


「下がれ。俺がやる」

「下がるわけないでしょ。焔」


麗華の呼び掛けに、焔は人の姿となり構えた。その姿に隣にいた妖怪は、驚きの顔を隠せないでいた。


(迦楼羅に……似ている)


鎖鎌の錘を、麗華目掛けて妖怪は投げ付けていた。麗華は素早く避け彼女の前に、焔は立ち手から炎を出し攻撃した。その炎の中を通るように、黒い布で顔を覆った妖怪は腰に着けていた鞘から刀を抜き取り、妖怪を真っ二つに斬った。斬られた妖怪は、灰となり消えた。


「……お前、何者」

「何者って……」


「暗鬼!」


その声に、暗鬼は後ろを振り返った。角からやって来たのは輝二だった。


「凄い音したけど……あれ?この子……」

「ここで会った」

「君、名前は?」

「えっと……麗華」

「麗華……あ!広君達が言ってた」

「え?立野達がこっちに?」

「とにかく、教室に。ここは危険だ」

「わ、分かった」


先行く輝二の背中を見ながら、麗華は焔とシガンを交互に見ると、後をついて行った。


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蘇った絵師

教室に着いた麗華と輝二は、ドアを開け中へ入った。

郷子達は麗華の格好を見た瞬間、驚きの余り思わず悲鳴を上げた。そんな彼等に、麗華は容赦なく蹴りを入れた。


「ったく……焔といいアンタ等といい」

「だって」

「麗華が」

「そんな格好」

「するなんて……」

「好きでこんな格好してんじゃない!

ねぇ、鋏ない?」

「鋏?そこの教卓の上に」

「何に使うの?」

「スカートの裾を短く切るの。あと袖も」

「え?!もったいないよ!」

「こんな格好で、妖怪とまともに闘えるか!!」


鋏を手に持つと、麗華は裾を持ち上げ刃を入れた。それを見た焔は、人の姿になり目隠しをするように前に立った。広と克也とぬ~べ~は残念そうな顔を浮かべ、そんな三人に郷子と美樹は拳骨を入れた。

焔の姿を見た輝二と勇二は、輝三の方に顔を向け口を開いた。


「兄さん……あれ」

「……あの女、何者なんだ」

「白狼を持ってるって事は……うちの」

「いや……家系にあんな女はいない」


着替え終えた麗華は、焔の後ろから出て来た。裾を膝上まで切り、長かった袖肘上まで切り襟元も切られていた。


「あら~、随分切ったねぇ」

「もったいないなぁ」

「クソ、もう少しで麗華の裸が見られたかと思ったのに」

「人の体を、何だと思ってんの……」


終えた麗華を見た焔は、鼬姿になり彼女の肩へ登った。そんな彼の様子に、輝三と輝二の後ろにいた竃と迦楼羅は互いを見合いながら、焔を見た。


「タイムスリップ?!」

 

 

ぬ~べ~から話を聞いた麗華は、驚き思わず声を上げた。

 

 

「こっちの世界で復活した妖怪が、お前等の誰かをここしへ連れてきたんだ」

 

「復活って……結界か何かが敗れたの?」

 

「うん……そうらしいんだ。

 

兄さんが封印したはずの祠が、こないだ工事で壊されてて……それで」

 

「さっきの服を見る限り、ダビンチはおそらくお前を狙ったんだろうな」

 

「え?!麗華が?!」

 

「何でこのナイスバディの美樹ちゃんじゃなくて、この麗華なのよ!!」

 

「美樹……」

 

「お前な……」

 

「ダビンチは狙った女に、その赤い服を着せる。そして手足を拘束し、台に乗せ首に縄をかけ絵を描き始める」

 

「起きた時、私台に乗ってないし、首に縄掛けられてなかったけど……」

 

「準備でもしてたんじゃねぇの?」

 

「その可能性あるな」

 

「あるある」

 

「それにしてもダビンチの奴、何で麗華なんかを狙ったのかしら?いろんな時代に行けば、美しい女なんていくらでもいるのに」

 

「その女に霊力があるからじゃねぇのか?」

 

「え?」

 

「暗鬼の奴から聞いたけど、お前普通に妖怪と戦ってたみたいじゃん。その薙刀で」

 

「……まぁ……ね」

 

「そりゃあそうだよ!だって麗華は」

「わー!!」

 

 

言い掛けた広の口を麗華は慌てて抑え、誤魔化すかのようにして話を続けた。

 

 

「わ、私のうち、霊媒師関係の仕事やってて……それで霊感が強いんだ」

 

「へ~、そうだったんだ」

 

「とか言って、本当は輝二達と同じ家系だったりして」

 

「アハハハ……」

 

 

郷子達を連れ、麗華は全員の耳元で囁いた。

 

 

「ここで、私が陰陽師の娘とか言わないで」

 

「え?何で?」

 

「輝三は私の伯父だって分かるでしょ」

 

「うん」

 

「輝二は私の父さん。勇二は今私が世話になってる刑事さん」

 

「嘘?!」

 

「どうりで、輝二君麗華に似てたわけだ」

 

「娘だって分かったら、いろいろおかしくなるから……」

 

 

「ねぇ!」

 

 

突然声を掛けられ、広達はすぐに後ろを振り返った。後ろには勇二と彼の後ろに隠れる様に立つ輝二がいた。

 

 

「な、何?(ビックリしたぁ)」

 

「お前等、未来から来たんだろ?」

 

「え、えぇ」

 

「じゃあさ、未来の俺等ってどうなってるか分かるか?」

 

「え?」

 

「ゆ、勇二……分かる訳無いよ。この子達の親御さんと俺等が知り合いかどうかなんて」

 

「けど、お前の子供がこの童守小の生徒だったら、会ってるかも知れぇじゃねぇか!」

 

「子供って……」

 

「なぁ!どうなんだ?!」

 

「いや……それは」

 

「二人共、刑事になってる」

 

「え?」

 

 

広達の後ろで、麗華はボソッとそう言った。それを聞いた勇二は、広達を退かし麗華に寄った。

 

 

「それ、本当か?!」

 

「本当」

 

「スッゲェ……輝二、これで未来は決まった!お前も俺も、刑事になるんだ!そしたら、一緒にどんどん事件解決していこうな!」

 

「う、うん(張り切り過ぎだな……それにしても……)」

 

 

返事をしながら、輝二は広達と話す麗華に目を向けた。

 

 

(何だろう……ほっとけない…感じだ。

 

ほっといたら、ずっと泣いてそう)

 

 

その時、何かを察したのか輝二と勇二は廊下の方を睨んだ。二人に続いて、麗華とぬ~べ~と輝三も廊下の方を睨んだ。

 

 

「何か来る……」

 

「お見事」

 

 

その声と共に、ドアが勢いよく開いた。開いたと同時に、傍にいた暗鬼と迦楼羅達が構え、麗華の肩に乗っていた焔も人の姿になり構えた。外から現れたのは、白い布を見に纏いベレー帽を被ったあの骨人間だった

 

 

「まさか、こんな所に結界が張っていたとはね……どうりで見つからないわけか」

 

「ダビンチ、未来の女をここに連れて着た訳は何だ?」

 

「この過去でやれば、相手をするのはお前達だけだ……未来だと、どうにも僕に歯向かう妖怪がいてやりにくいからね」

 

「言われてみれば……」

 

「そうだよね」

 

「襲われた瞬間、速攻で助けに来る奴がいるからね」

 

「過去へ連れて着たはいいが……どうやら、邪魔者も連れて着てしまったみたいだね」

 

「誰が邪魔ものだ!!」

 

「刺激するな!

 

全員口塞げ!竃!」

 

 

輝三の呼び掛けに、竃は口から煙を吐いた。その隙にぬ~べ~達は全員教室を出て行った。煙が晴れ、いなくなったことを知ったダビンチは笑みを浮かべ、そのまま煙のようにどこかへ消えた。

 

 

準備理科室に逃げ込み、息を乱しながら外を伺うぬ~べ~と輝三……その背後で、美樹と克也は息を乱し座り込んでいた。

 

 

「どうやら、追い駆けてきてないみたいだな……」

 

「た、助かったぁ」

 

「ねぇ、郷子と広は大丈夫かしら?」

 

「麗華と輝二達も心配だよな」

 

「輝二達は平気だろ。無論その麗華って奴も。問題は郷子と広って奴だ。どっちかと一緒に居ればいいんだが……」

 

 

同じ頃、家庭科室に逃げ込んだ勇二は外を伺っていた。二人の背後で、広と郷子は渡された水を飲み、息を整えていた。

 

 

「こっちには着てねぇみてぇだな」

 

「何とか逃げ切れたってことね」

 

「それより、麗華達大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろ?あの麗華って奴、何か強そうだし」

 

「だといいけど……」

 

 

同じ頃、美術準備室に逃げ込んだ輝二と麗華は、その場に座り込み咳をしながら息を整えた。傍で焔と迦楼羅が彼等の背中を擦りながら、心配そうに顔を伺った。

 

 

「麗、大丈夫か?」

 

「な、何とか……」

 

「だ、大丈夫?麗華ちゃん」

 

「う、うん……」

 

 

立ち上がりながら、麗華は息を整えた。準備室を見回すと、キャンパスに立て掛けられ白い布で隠された絵が一つ置いてあった。気になった麗華は、白い布を取りその絵を見た。

 

 

「?!」

 

 

その絵は、自分で描いたあの狼と湖の絵と同じものだった。

 

 

「それ、俺が描いたんだ」

 

「え?」

 

「俺、体弱くてさ。医者から運動しちゃダメって言われて……絵ばかり描いててさ。そしたら、こないだコンクールにその絵を出したら、見事優勝して」

 

「これ……そこにいる、迦楼羅をモデルに?」

 

「え?う、うん。よく分かったね。

 

この絵、父さんや母さんにも褒められたんだ…それに、兄さんにも!」

 

「へぇ……」

 

 

眺める輝二……そんな横顔を、麗華はしばらく見つめ絵を見た。

 

 

「さ!皆を捜そう」

 

「うん」

 

「あ!これ、着てよ」

 

「え?」

 

 

輝二は着ていた長袖の上着を脱ぎ、麗華に渡した。

 

 

「いいの?」

 

「その恰好じゃ、風邪引いちゃうよ」

 

「……ありがとう」

 

 

上着を借りた麗華は、輝二と一緒に部屋を出た。その時、青白く光ったキャンパスが目に入り、二人は恐る恐るそれに近付き絵を見た。

その絵は、ワンピースを着た麗華が描かれておりまだ色が塗られていなかった。

 

 

「いつの間に……」

 

「君が眠っている最中に、下書きを終えたんだ。

 

そうすれば、色を塗っている最中暴れても、濡れるだろ?」

 

 

その声が聞こえ、後ろを振り返った途端、麗華の体に縄が巻き付き倒れた。

 

 

「麗華ちゃん!」

「麗!」

 

「モデルは捕まえた……じゃあな」

 

 

手から光の球を放ち、それを輝二に投げ付けた。その瞬間、強い光が放ち輝二は眩しさの余り腕で目を塞いだ。




その光を丁度廊下を歩いていた輝三達の目に止まり、ぬ~べ~と輝三は顔を見合わせると、すぐに美術室へ行きドアを開けた。開けたと同時に光は無くなり、傍に輝二達が倒れていた。


「輝二!」
「迦楼羅!」


二人は駆け寄り、倒れている二人を起こした。その横で倒れていた焔は、頭を抑えて起き上がった。

二人がしばらく呼び掛けると、輝二と迦楼羅は目を覚ました。


「兄さん?」

「大丈夫か?」

「……麗華ちゃんは?!」

「麗華がどうかしたのか?」

「ダビンチにさらわれた!」

「?!」

「早くしないと、麗華ちゃんの命が!!」

「どうしたの?」

「兄さん、早くしないと!」

「助けに行きてぇが……どこに行ったか。

まさか」

「どうしたの?兄さん」

「お前等、ついて来い!」


走り出した輝三の後を、ぬ~べ~達は慌てて追い駆けていった。


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微笑むダビンチ

目を覚ます麗華……手と足を動かそうとしたが、ロープで縛られ身動きが取れなくなっていた。首には縄が掛けられ、服を見ると先程まで着ていた服とは別の赤いドレスに身を包んでいた。


(……何で)

「目覚めたか」


前に目を向けると、そこに絵に色を塗るダビンチが座っていた。


「動かない方がいい。君の命がなくなるよ」

「……」

「素晴らしい絵が出来そうだよ」


ポーチから出て来たシガンは、彼に気付かれないように麗華の手のひらに乗り、ロープを噛み始めた。


(頼んだよ、シガン)


廊下を走る輝三……彼は外へ出ると、取り壊されていない旧校舎へ向かった。

 

 

「旧校舎?!」

 

「明日には取り壊されるんだ……そうか!兄さん、まさか」

 

「他の美術室と言ったら、ここだ」

 

 

「輝二ぃ!!」

 

 

自分の名を呼ぶ声が聞こえ、旧校舎の方に目を向けた。そこには、郷子達と一緒に立つ勇二がいた。

 

 

「勇二!」

「郷子!」

「広!」

 

「さっき、ダビンチがこの校舎に入っていくのが見えて……それで来たんだ。

 

あれ?麗華ちゃんは?」

 

「さらわれたんだ!早く助けに行かないと、麗華ちゃんが死んじゃう!」

 

「お、落ち着け!分かったから!」

 

「勇二、お前はここで待機してろ。無論お前等もだ」

 

「え?!」

 

「何でだよ!俺達も」

「分かった」

 

「勇二君!!」

「勇二!!」

 

「お前等が行った所で、何かの役に立つっていうのかよ!

 

輝二と輝三さんみたいに、武器出して戦えるか?霊力あって、妖怪の痛めつけることできるか?」

 

「そ、それは……」

 

「君等にここにいてもらうのは、もしダビンチが逃げた時にここで対処してほしいからなんだ」

 

「何だ!」

 

「そういう願いなら!」

 

「任っかせなさーい!」

 

 

輝三と勇二に向かって、頷くと二人は笑みを浮かべた。輝三は棍棒を出し輝二は槍を出し、校舎の中へと入り二人に続いて、白衣観音経を手にぬ~べ~も入って行った。

 

 

美術室へ着き、輝三が警戒しながらドアを開けた。中は物家の空になっており、布を被された銅像とキャンパスがあるだけだった。

 

 

「誰もいない?どうなってんだ?」

 

「兄さん、他の美術室は?」

 

「ない」

 

 

ぬ~べ~は美術室を歩き回り、中心に置かれていたキャンパスの布を取った。その絵は赤いドレスを着た麗華が描かれており、彼女の肌を塗ればほぼ完成だった。

 

 

(まさか!)

 

 

キャンパスの前に置かれていた銅像の布に手を掛けようとした時、突然カッターが飛びぬ~べ~は慌てて手を引っ込めた。

 

 

「ここに来るとは……しつこい」

 

「麗華を返せ!!」

 

「駄目だ。彼女の絵はもう少しで完成する」

 

 

白い布を取りながら、ダビンチは言った。布を取られた銅像は狭い台の上で拘束され、身動きが取れない麗華が立っていた。

 

 

「麗華!!」

 

「さぁ、見届けるが良い……美しい女性の絵の完成を」

 

 

ダビンチの声に反応するかのように、筆が動き色を塗り始めた。ぬ~べ~は筆に向かって白衣観音経を投げたが、キャンパス全体に結界が張っているのか弾き返された。

 

 

「さぁ……あとは唇を塗るだけ。

 

もうこの子に、用は無い」

 

 

そう言うと、ダビンチは麗華の台を蹴り飛ばした。縄が首を絞める寸前、迦楼羅の懐に潜んでいた焔が姿を現し、人の姿になり麗華を支えた。それと同時に、縛られていた手の縄がシガンの手により解かれ、麗華はすぐに首の縄を取り咳き込んだ。

 

 

「麗!」

 

「ハァ……ハァ……ほ、焔」

 

「キュー!」

 

「シガン……ありがとう」

 

 

シガンの頭を撫でながら、麗華は礼を言った。焔に下ろされ駆け寄った輝二の手により、麗華の足の縄が切られた。

 

目付きを変えた焔は、完成しかけている絵に向かって火を放った。絵は炎に包まれ燃えてしまい、ダビンチは怒りのオーラを纏い焔を睨んだ。

 

 

「よくも、僕の絵を!!」

 

「輝二!麗華!そこにあるキャンパスの前に行け!

 

先生、これをダビンチに近付けて下さい」

 

 

輝三から渡されたのは、火の点いた線香だった。同じ線香を持った輝三はすぐにダビンチの傍へ行き、彼に続いてぬ~べ~も傍へ行った。

 

 

「輝二!」

 

「分かった!麗華ちゃん、手を合わせて『ダビンチは絵の中で微笑め』って唱えて!」

 

「はい!」

 

 

二人が手を合わせると、周りに飾られていた絵が光り出した。二人を攻撃しようと、ダビンチが筆を構えたがその攻撃を焔と竃、迦楼羅は彼の前に立ち炎を放ち筆を燃やした。

 

 

「いくよ!」

 

「はい!」

 

「ダビンチは絵の中で微笑め」

「ダビンチは絵の中で微笑め」

 

 

声に反応するかのように、周りに飾られていた絵の光が強くなり、ダビンチの体が光の粒になっていた。

 

 

「ダビンチは絵の中で微笑め」

「ダビンチは絵の中で微笑め」

 

「や、やめ!!」

 

「ダビンチは絵の中で微笑め!!」

「ダビンチは絵の中で微笑め!!」

 

 

強い風が吹き荒れ、飛ばされる前に輝二は麗華の手を握り二人を守るようにして、焔と迦楼羅は抱き締めた。

 

ダビンチは、光の粒となり絵の中へと吸い込まれ消えた。風が止み麗華は焔の腕から顔を出し、教室を見回した。傍では風で飛ばされたぬ~べ~と輝三が頭を抑えて起き上がった。

 

 

「終わったの?」

 

「痛ててて……」

 

「輝、大丈夫か?」

 

「うん……迦楼羅、ありがとう。

 

わっ!ご、ごめん!」

 

 

麗華の手を握っていた輝二は、慌てて彼女の手を離し顔を真っ赤にして謝った。

 

 

「どうやら、封印は成功だな」

 

「それじゃあ」

 

「奴はもう、復活することは出来ねぇ。

 

ここの絵は全部、明日には焼却炉行きだ」

 

「……あれ?麗、服」

 

 

焔が指さし、麗華は自身の服を見た。服はいつもの普段着に戻っていた。

 

 

「いつもの服だ……」

 

「ダビンチがいなくなったことで、妖力が消えたんだろ」

 

 

「輝二!!輝三さん!!」

 

 

階段を駆け上る音が聞こえ、ドアを勢いよく開き外から血相を掻いた勇二が入ってきた。

 

 

「勇二、どうしたの?そんなに慌てて」

 

「広達がいなくなったんだ!!」

 

「え?!」

 

「美術室が光って、目を閉じたんだ。そんで開いたら、四人共いなくなってて!」

 

「ダビンチの妖力が消えたから、元の世界に帰ったんじゃ」

 

「だったら、何で先生と麗華ちゃんは」

 

「……もしかしたら、稲葉達は自動的に連れて来られたけど、私と鵺野はダビンチに無理やり連れて来られたからじゃ」

 

「可能性は高いな」

 

「じゃあ、早く探しに行かなきゃ!その入り口!

 

ほら、麗華ちゃん!行こう」

 

「え?行くって、どこ……ちょっと!」

 

 

輝二に手を引かれた麗華は、彼に引かれるがままに連れて行かれ、その後を勇二が追いかけて行った。

 

 

「先生……」

 

「?」

 

 

二人の背中を見送った後、輝三は口を開いた。

 

 

「あの麗華って女……輝二のガキだろ?」

 

「!い、いや……そ、その……それは」

 

「誤魔化さなくても分かる。

 

あの人見知りの輝二が、初対面の奴にあそこまで懐いたのは初めてのことだ。それに雰囲気といい容姿が、アイツにそっくりだ」

 

「……」

 

「お前等が帰れば……俺達の記憶からお前等の存在は無くなり、お前等の記憶からも俺等の存在は無くなる」

 

「……まさか、お前が呼んだのか?ダビンチじゃなくて」

 

「ンなわけねぇだろ?

 

ほら、行くぞ」

 

「え?行くって」

 

「決まってんだろ?新校舎の美術室だ」

 

 

先に付いた輝二達は美術室のドアを勢いよく開けると、準備室の中に置かれている絵が光っていた。それを手にして教室へ出した。その絵は輝二の描いたあの絵だった。

 

出したと同時に、輝三達が到着し教室の中へ入った。

 

 

「この絵か……(麗華が描いた絵にそっくりだ)」

 

「時空の扉が閉め掛かってる……早く行け」

 

「行くって……どうやって?」

 

「突っ込めばいいんだよ」

 

 

怖気着いているぬ~べ~の尻を蹴った。ぬ~べ~は悲鳴を上げながら、その絵の中へ吸い込まれていった。

 

 

「うわ……可哀想」

 

「麗華ちゃんも、早く行った方が」

 

「う、うん……」

 

 

輝二達を見ながら、麗華は目に涙を溜めた。それを見た輝二は勇二と顔を見合わせると、彼女の肩に手を置き優しく声を掛けた。

 

 

「大丈夫?」

 

「ご、ごめん……なんか、未来に帰るのが」

 

「麗華ちゃん……」

 

「……なぁ、俺と輝二は未来刑事なってんだろ?家庭とかって、どうなってんだ?」

 

「勇二、楽しみ無くなるよ」

 

「いいじゃねぇか!」

 

「……勇二は分かんないけど……

 

輝二は……優しい女性に会って……それで……二人の子供に恵まれてるよ」

 

「へ~……あれ?何で、そんなに詳しいの?」

 

「……」

 

 

何かを言い掛けた時、麗華は咄嗟に輝二に抱き着いた。輝二は顔を真っ赤にして、オドオドしながら勇二を見た。

 

 

「じゃあね。未来で……待ってるから」

 

 

そう言うと、麗華は絵の中へと入り消えた。光が強くなり、三人は手で目を塞ぎ光を遮った。

 

 

鳥の鳴き声が聞こえ、輝二達は目を覚ました。ボーっとしながら、輝二は立ち上がり辺りを見回した。彼に続いて、輝三と勇二も目を覚まし起き上った。

 

 

「何か、長い夢見てたみたいだ」

 

「さっさと、帰るぞ」

 

「はーい」

 

 

勇二は先に教室を出て行き、その後を輝三はついて行こうとしたが、ふと教室を見ると輝二は自身の絵の前から動こうとしなかった。

 

 

「輝二?」

 

「……なんか、大事な人が来てたように思えるんだ」

 

「大事な奴?」

 

「うん……(今度、その人の絵でも描いてみよ)」

 

「いくぞ」

 

「あ、うん!」




目を覚ます麗華……彼女がいたのは、体育館に敷かれていた布団の上だった。目には涙を流した跡があり、それを袖で拭きながら起き上った。彼女と同時に、郷子達も目を擦りながら起きた。


「あ~……なんか、変な夢見た」

「私も~」

「私も~」

「俺も~」


起床の時間となり、生徒達は自身の布団を片づけ朝食を終えた後、迎えに来た保護者と共に家へ帰って行った。


「どうした?スッキリしない顔して」


迎えに来た龍二は一緒に歩いていた麗華が気になり話しかけた。


「何か……変な夢見た」

「夢?」

「よく分かんないけど……」

「フ~ン……それより、明日蔵の掃除すんの、忘れてねぇよな?」

「忘れてるわけないでしょ」

「ならいい。ほら、帰るぞ」

「うん」


翌日……蔵の掃除をする麗華と龍二。麗華が奥の棚の整理をしていた時、棚の上に置かれていた何かが落ち彼女の頭に激突した。


「痛っ!」

「麗華!」


倒れている麗華を龍二は起こした。


「大丈夫か?」

「痛ってぇ……なんか、頭に当たった」

「当たった?……あ、これか」


龍二が手にしたのは、古いスケッチブックだった。裏には、“神崎輝二”と名前が書かれていた。


「父さんのスケッチブック?」

「みたいだな……?」

「この絵……」


スケッチブックの最後の数ページに描かれた絵……それは、自分によく似た赤いドレスを着た少女だった。


「この服……」

「麗華にそっくりだけど……

?何か、裏にも字が書いてる」

「何て書いてあるの?」

「『幻の少女。もし君に、もう一度逢えたら礼を言いたい』

どういうことだ?」

「この子に会ったって、事?」

「みたいだな」


“ガタン”


何かが落ちる物音が聞こえ、龍二達は慌ててその場所へ行った。そこでは焔と渚が出した本棚が倒れ、二人はその下敷きになっていた。二人叫び声を上げながら、本棚を持ち上げようと手を掛けた。


騒がしい声と共に、優しい風が吹き台の上に置かれていたスケッチブックのページが変わり、最後のページにも字が書かれていた。


『君に会えるのを、楽しみに待っているよ。


俺の娘・麗華』


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送らずの桜

体育館からか聞こえる“ほたるの光”の歌。

その歌を歌いながら、郷子は泣いていた。


練習を終え、広達五年生は皆、教室へ向かった。

 

 

「あーあ、同じ歌何度も歌わされて、疲れた~」

 

「でもよ、卒業生を送る会の練習で、授業に時間も潰れてよかったじゃん」

 

 

騒ぐ広達……そんな中、郷子は浮かない顔をしていた。

 

 

「しかしよ『ほたるの光』歌ってて思ったんだけどさ」

 

「何が?」

 

「『あけてぞけさ』って何なんだ?」

 

「あけてぞけさか……」

 

「佐渡おけさみたいなもんじゃない?」

 

「謎なのだ」

 

「謎でも何でもないよ……

 

『今朝は杉でできた扉を開けてクラスメートと別れていく』って意味」

 

「へ~」

 

「さっすが麗華!」

 

 

「皆!!」

 

 

皆が騒ぐ中、突然郷子は怒鳴った。

 

 

「本当に何とも思わないの!?

 

六年生になったら……皆、バラバラになっちゃうんだよ……分かってんの!?」

 

「……」

 

「大袈裟だなぁ!別に会えなくなるわけじゃないだろ?」

 

「そーよ!クラス替えなんて、毎年のことじゃないの!」

 

「クラス替えすんだ……この学校」

 

「そうよ!毎年ね」

 

「麗華はしたことねぇのか?」

 

「一クラスしかなかったからね」

 

「そんなことより、六年生の歌う『あおげば尊し』の『あおげば』って、何だ?」

 

「青ゲバ」

 

「妖怪みたいなのだ」

 

 

何も気にしない皆を見詰めながら、郷子は送る会の準備をしているぬ~べ~に話した。

 

 

「クラス替え?

 

そりゃあ、俺だって寂しいよ。でも、仕方ない……六年生になるんだからな。

 

それより……六年生になれば、新しい友達も出来るし……修学旅行とか楽しいこともいっぱいあるぞ!」

 

 

楽しそうに話すぬ~べ~だったが、郷子は納得しないかのようにして、体育館を出て行った。

 

 

放課後……校庭をトボトボと郷子は歩いていた。

 

 

「(どうして……皆平気で、いられるんだろう……

 

この一年……怖いことや悲しいこともあったけど……大好きな友達がいて、ぬ~べ~がいて、最高に楽しかった)

 

今の私達、五年三組がなくなっちゃうなんて嫌。もう一生のうち、二度とこんな楽しいクラスはないよ……」

 

 

「だったら……もう一回戻る?」

 

 

その声が聞こえ、ベンチから立ち上がり後ろを振り返った。そこにいたのは、こけしの様な容姿をした少女だった。

 

 

「あ、あなた誰?」

 

「私、桜……あなたと同じ五年生よ」

 

(こ、こんな子……いたっけ?)

 

「ずっと……五年三組でいられる方法、教えてあげるよ」

 

「え!?」

 

「ほら、校庭の桜で一本だけ花が咲いてない木があるでしょ?

 

あの木の幹に、自分の名前を刻むと……同じ学年を、もう一度やり直せるという、七不思議があるの」

 

「え!?それどういう事!?

 

単に落第するだけじゃないでしょうね!」

 

 

振り返り怒鳴ったが、そこにいたはずの少女は消えていた。半信半疑で郷子は、少女が言った咲かない桜の木へ行った。そこには、たくさんの名前が刻まれていた。

 

 

「やだ……本当に何人か名前が彫ってある。

 

この子達、同じ学年にもう一度戻ったの?タイムスリップでも、起こるのかしら?

 

 

で、でも……もう一度、五年三組をやれるなら……ちょっと、試してみてもいい……かな」

 

 

バックから彫刻刀を出し、木の幹に自身の名前を彫った。すると木の幹が、口のように大きく開き木の根で郷子の体を巻き中へと引きずり込んだ。

 

 

その頃、職員室では開かない机の引き出しを無理に引っ張り、椅子から転げ落ちたぬ~べ~の元へ、広達がやって来た。引き出しから落ちた古いノートを美樹は拾った。表紙に『童守小七不思議』と書かれていた。

 

 

「一……屋上に続く階段は、夜になると魔の十三階段になって悪い子を引き込む。

二……校庭の二羽の烏がいる木の下で、愛を告白すると必ず結ばれる」

 

「おー、懐かしい!」

 

「三……家庭科室の合わせ鏡を零時零分零秒に見ると、未来の自分が写る。

四……図工室のモナリザは人を食う」

 

「おーおー!」

 

「五……二宮金次郎が、夜校庭を走る。

六……人体模型が、夜掃除してる」

 

「あったあった」

 

「ん?これ、知らないわ。

 

校庭で一本だけ花の咲かない桜の木がある。それに名前を彫ると同じ学年をもう一度やり直せる」

 

「くだらん。古い噂だ」

 

「よーし、試そっと」

 

「やめろ!!

 

これはな、童守小に伝わる最後の七不思議だ。

 

もしこの、七不思議を試したら本当に……本当にこの世に帰ってこれない。

 

 

俺にも……助けられん」

 

「……」

 

「その七不思議で、兄貴の同級生の一人が行方不明になった。

 

兄貴が桜の木を見に行くと、そこにそいつの名前が彫られてたみたいだよ」

 

「え……」

 

「……

 

 

 

 

なーんちゃって!嘘々!こんなの、只の噂だよーん」

 

「鵺野に合わせて、冗談言ってみたけど案外騙されやすいんだね」

 

「……やめとく。

 

ぬ~べ~が、そういう態度取る時って、絶対に本当だもん。一年付き合って、よく分かったよ」

 

「なーに、噂だってう・わ・さ。

 

試してみたら?ほれほれ」

 

「ううう……嫌じゃ」

 

 

「先生!!」

 

 

血相をかいて、法子が職員室に駆け込んできた。

 

彼女に呼ばれ、桜の木へ行くとそこには赤黒い液が地面に流れ、その上に彫刻刀とリュックが置かれていた。

 

 

「す、凄ぇ血……

 

もう、死んでんじゃねぇか?!」

 

「よ、よかった~……今までこんな七不思議知らなくて」

 

「ま、まさか本当に……この七不思議の犠牲者が出るとは……

 

 

そうだ!犠牲者は、自分の名前を彫ったはず。何年何組の奴だ」

 

 

木の幹を見ると、そこに『稲葉郷子』の名前が彫られていた。




暗いよ……

ここは……どこ?



「郷子!郷子ったら」


美樹に起こされ、郷子は伏せていた顔を上げた。


「ったくもー、新学期一日目から、居眠りなんて」

「え?」


「お!ついに来たぞ」

「きゃー!」


足音が聞こえ、それと共にお馴染みのお経が聞こえてきた。


「南無大慈大悲救苦救難広大霊感白衣観世音……」


扉が開くと共に、ぬ~べ~の姿が現れた……だが、彼の頭に着けていた火の玉が彼の頭に燃え移った。ぬ~べ~は悲鳴を上げて、そこら中を走り回った。


「こ、これ……ぬ~べ~クラスの一日目の風景。

私戻ったのね!あの日に!!」


喜ぶ郷子……彼女の後ろには、あの桜と名乗るこけしの様な容姿をした少女が座っていた。


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変わらないクラス

昔々、この童守小にとっても仲の良い、五年生のクラスがあったという。

三月になり、進級・クラス替えが決まって、皆泣いて別れを嫌がった。


そこで先生は、記念に皆を最後の遠足に連れて行った。


しかし彼等は……事故に遭い、そのまま永遠に進級しなかった。



「この校庭の一本だけ、花の咲かない桜はそのクラスが植えたという……

だから、この木に名前を彫ると、彼等のように進級せず、もう一度同じ学年を繰り返すという……


しかしそんなのは、まやかしだ。彼等の霊に魂が捕らわれるだけだ」

「ぬ~べ~!!郷子を」

「分かっている。

このクラスの集合霊は、凄い団結力だが……やるしかない。麗華」

「分かってる」

「南無大慈大悲救苦救難!!」
「四縦五黄禹為除道蚩尤避兵!!」

「郷子を返せ!!」
「稲葉を返せ!!」


嬉しそうに鼻歌を歌いながら、ぬ~べ~の授業を受ける郷子。

 

 

「よーし!新学期、第一問!

 

この問題を解け!」

 

「先生、何も黒板書いてませーん」

 

「今、念写する!見よ、霊能力教師の力を!」

 

「鵺野先生、テストのコピー持ってきました」

 

「うひー!!」

 

 

紙の束を持ってやって来た律子先生の、巨乳に見取れ動かしていた手は彼女の裸姿の絵を描いた。それにクラス全員大笑いした。

 

 

(うわー……一年前の頃の、こてこてのギャグだ!)

 

「ねぇ細川さん、ぬ~べ~先生の左手って、本当に鬼の手なのかな」

 

「さ~、単なる噂じゃない?」

 

 

放課後……

 

 

(凄い凄い!本当に一年前に戻ったわ!

 

何もかも、私がぬ~べ~のクラスに入った時のままだわ!嬉しい!)

 

 

「おい、ペチャパイ女!」

 

 

後ろにいた広に、突然そう言われ郷子は彼の胸倉を掴み上げ怒鳴った。

 

 

「あんだとオラァ!!

 

あんた、私の恐ろしさを忘れたの……って、あれ?

 

 

何で広がいるのよ?確か五月頃、転校してきたんじゃ」

 

「全てが同じじゃないのよ」

 

「桜さん」

 

「ここはあなたが、楽しいと思っている五年三組を再現した世界。

 

時間には新学期に戻ったけど、起きることは少し違うわ」

 

「俺、立野広!よろしくな」

 

「あなたはこれから、また広君と良い関係を作っていくのよ」

 

 

差し出された手を握り、郷子は広と握手した。変に感じながら教室を出て校舎の裏へとやって来た。そこでは煙草を吹かしている克也がいた。

 

 

「お、おい稲葉、先生にチクるなよな!!」

 

「克也……」

 

「木村克也……この頃の彼は、不良だった。それに卑怯だし」

 

「う、うん……」

 

「これからの一年で、彼は変わっていくのよ」

 

「あ~あ、僕ってついてないな。何か悪い運命に生まれついたんだ」

 

「山口晶……彼も一年で、段々自信を付けていくわ」

 

 

校庭をトボトボと歩いていると、帰ろうとしている麗華の後ろ姿が見えた。

 

 

「あ!麗華!」

 

「?」

 

 

肩に手を置き呼んだが、麗華は郷子の手を叩き払った。

 

 

「馴れ馴れしくしないで」

 

「っ……」

 

 

そう言うと、麗華はそのまま学校を後にした。

 

 

「神崎麗華……

 

転校した頃の彼女は、皆を信用せず全部一人でやっていたわ。一年後には皆を信用できるようになって、笑うようになったけど」

 

 

「あ、いたいた!ねぇ郷子!」

 

「旧校舎、探険しようぜ!」

 

 

広達と一緒に、旧校舎へ行った。

 

 

(そ、そうか……一年前はこんな所もあったっけ)

 

「ここの理科室には、毒薬を作って何人もの人を殺し、警察に追い詰められて硫酸を被って自殺した、変質者理科教師の霊がいるんですってよ」

 

「止しなよ!ここ、床が腐ってて危ないから入っちゃ駄目だって先生が」

 

「何よ~郷子、せっかく誘ったのに……

 

良い子ぶってんじゃないわよ!!」

 

「な!私はただ」

 

「生意気よ!!アンタ」

 

 

美樹は郷子を押し倒した。

 

 

「細川美樹……クラス一のトラブルメーカーよね。一年後にはだいぶ良い子になったけど……

 

チナミニ、コノコロハBカップダケド、イチネンゴニハFカップニナルワ」

 

「でも美樹は、もっと友情に篤かったわ!」

 

「そうなるのは、何ヶ月か後のことでしょ」

 

 

旧校舎へ入り、美樹達は理科室へ着きドアを開けた。

 

 

「なーんだ、何もないじゃない」

 

「ぷえ~、埃っぽい」

 

 

その時、天井から何かの液が落ち床から煙が上がった。上を見るとそこに顔の皮膚が溶けた白衣を着た男がいた。

 

 

「うわぁあああ!!」

 

「逃げろー!!」

 

 

走り出す美樹達だったが、足を踏み出したとき郷子の足に床が抜け倒れてしまった。自分の前にいたまことに、郷子は助けを求めた。

 

 

「た、助けて!!足が抜けない!!」

 

「うわぁ!!怖いのだ!!」

 

 

まことはしょん便を漏らしながら、逃げていった。

 

 

「まことは本当に怖がりで甘えん坊だった。一年前はね」

 

 

手に硫酸が入った瓶を手に、男が郷子に襲い掛かってきた。そこへ鬼の手を構えたぬ~べ~が間一髪、彼女を助けた。

 

 

「俺の生徒に、手を出すな!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「あ、あれは……鬼の手!?」

 

「噂は本当だったのね!!」

 

「何か怖いのだ」

 

「お前は俺の生徒だ。

 

傷付けさせはせん」

 

 

その時、男が投げてきた硫酸がぬ~べ~の足に掛かった。それを見た郷子は、その辺に落ちていた木の板で男の背中を叩いた。

 

 

「皆!見てないで!ぬ~べ~を助けて!!」

 

「そ、そんなの無理だよ……

 

妖怪と普通の人間が戦うなんて」

 

「大体、その先生のことまだよく知らないし……

 

命賭けてまで、助けられないよ」

 

「は、早く逃げるのだ!」

 

 

怖じ気ついて弱気なことを言う広達……その中、ぬ~べ~は鬼の手で男を倒した。彼は郷子に礼を言いながら、鬼の手をしまった。すると、広達が一斉にぬ~べ~に飛び付いた。

 

 

「凄いぜ先生!!」

 

「格好いいのだ!!」

 

「鬼の手って本当だったのね!!」

 

 

喜ぶ広達……そんな姿を見て、郷子は静かに口を開いた。

 

 

「……違うよ」

 

「え」

 

「こんなの……違うよ!間違ってる。

 

 

そりゃあ……一年前の皆は、まだ勇気も友情と師弟愛もあまりないさ。そうよ、違和感があるのは当然……

 

違うのよ!!そういうことじゃなくて!

 

この一年で、五年三組の皆が得たものは、零からやり直せないって事!

 

 

私、間違ってた……クラスの皆、一人一人が一年掛けて変わった部分は……どんな宝物より、大事なものだったのよ。

 

それを私の勝手な思いで、零にリセットしてしまって、また同じような経験重ねて作っていくなんて……

そんなの……偽物よ……紛い物よ!!

 

 

私、分かったの……楽しい時の経験は、もう一度繰り返すんじゃなくて、これからの未来への糧にするもんだって」

 

「言いたい事は、それだけ?」

 

「残念だな……君なら、喜んで我々の仲間」

 

「止まった時間(とき)の住人になれると思ってたのに」

 

「楽しかった同じ時間(とき)を、何度でも繰り返す」

 

「この空間の住人に……」

 

「だが、もう逃げられないよ」

 

「君も我々の仲間になるんだ」

 

 

広達の姿が、木の化け物の姿へと変わり、枝で郷子に絡みついた。




お経を唱えるぬ~べ~と麗華……その時、桜の木が光り幹が口を開けた。

その中には、木の根に拘束された郷子がいた。


「郷子!!」

「駄目だ……無理に取り出せない。

魂が、木の中に融合してる」

「ど、どうやって助けるんだ!?」


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クラスの絆

「皆!!大変よ!!郷子ちゃんが、送らずの桜の中に!!」

「何!?」

「郷子ちゃんが?!」


法子に呼ばれたクラス一同は、彼女に続いて桜の木の元へと急いだ。


木の前で狼狽える麗華とぬ~べ~……


「魂が完全に木と繋がっている……」

「無理に引き剝がせば、稲葉は死ぬ」

「ぬ~べ~!!麗華!!郷子を助けてくれ!!」

「この木に宿るのは、強い団結力で繋がった、五年生のクラス四十人の集合霊だ!」

「一人一人の霊はそんなに強くないけど……心のきずなで、何条にも力が上がってる。外から除霊するの無理」

「外から無理なら、中に入ったら?」

「そうだ!鬼の手で、俺達の魂を木の中に入れてくれ!俺達が助け出す!」

「ダメだ!!そんな危険な事はさせられない!」

「ええい!まどろっこしい!!」

「え」

「ぬ~べ~、麗華!

私等が、死なないように見張っててよ!!」

「ちょっと!」


地面に転がっていた彫刻刀も拾い、広達は自身の名前を木に彫った。


「アンタ等!……ったく。

焔、アンタはここで待機!」

「え?!麗!!」


ポーチから小太刀を取り出し、麗華は木の幹に自身の名前を彫った。


「これで、帰の中に入れる……後は頼んだぜ、ぬ~べ~」


木の幹の中から、根が伸び彼等に巻き付いた。


暗い廊下……その中を、郷子は走っていた。

 

 

「私……間違っていたわ!こんなの、偽物の世界よ!

 

外に出なくちゃ……皆のいる、本当の世界へ」

 

「ヒッヒッヒ!そうはさせないよ」

 

「お前はもう、この世界の住人に決定なんだよ」

 

「キャア!!」

 

 

人の姿をした木が郷子を囲う様にして伸び立った。

 

 

「嫌ぁあ!!」

 

「ここは止まった時の世界……卒業も進級もしない。

 

楽しかった時間を、永遠に繰り返すの。

 

 

アナタもそれを望んだのでしょう?だから私達は、もう仲間よ……さぁ、融合して一つになるのよ」

 

「そうだ……桜の言う通りだ」

 

「さすが、学級委員。良い事言うね」

 

「嫌よ!!私はアンタ達の仲間になんか、ならない!!

 

私の仲間は五年三組、ぬ~べ~クラスよ!!この一年間を一緒に過ごして、一緒に成長してきたわ!!

 

私は皆の所に帰るの!!止まった時間(とき)の世界になんか、住みたくない!!」

 

「ククク……その後年三組の連中は、クラス替えを寂しいとも思わない薄情者じゃないか!

 

そんな奴等の事は忘れなよ……私達が仲間になってあげる。新しい五年三組に」

 

 

「待て!!」

 

 

突然背後から声が聞こえ、桜と郷子は声がした方を向いた。そこには広を先頭に五年三組全員が立ち構えていた。

 

 

「俺達が……五年三組だ!!」

 

「広!!美樹!!皆!!」

 

「な……ど……どうやって、ここに!?」

 

「俺達はクラスの仲間を見捨てない……命を懸けてもな!」

 

「そうか……全員で、名前を彫って木の中に入ってきたわけね。

 

フン!何が仲間よ。クラス替えで、バラバラになるのを何とも思わないくせに……そんなクラス、私達の敵じゃないわ!死ね!!」

 

 

桜は自身の手の音を鋭く尖らせ、広達に攻撃をしてきた。その瞬間、麗華と後から駆けつけてきたぬ~べ~が、その攻撃を防いだ。

 

 

「全く、無茶な事をする……戻れなくなったら、どうする気だ」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「来てくれたんだね!」

 

「当たり前だ!お前達だけ、危険な目に合わせられるか」

 

「遅れてくる何とやらね」

 

「まぁな!

 

 

 

 

桜といったな……郷子はこの子達の、とても大切な仲間なんだ。今からそれを見せてやる。

 

さあ、皆!俺達の一年間を見せてやろう」

 

「ここは魂の世界だ。念じれば、相手に伝わる」

 

(思い出そう)

 

(俺達の……一年を)

 

 

目を閉じ、思い出を引っ張り出す広達……すると彼等の背後から、走馬灯の様に映像が流れてきた。

 

 

転校してきた広と麗華……

 

忘れん坊のまこと……

 

仲の良い美樹と郷子……

 

影では優しい妹想いの克也……

 

騎座でウザいが、オカルトに関しては熱心の秀一……

 

 

『お前達は最高の生徒だ』

 

 

思い出を一つ一つ思い出した広達は、知らぬ間に眼から涙を流していた。彼等に釣られて、桜も目から涙を流しそして口を開いた。

 

 

「こんな……こんな暖かくて楽しくて皆が思いやっているクラスがあるなんて……

 

伝わってくる……この子達、本当に五年三組を愛してる。

 

 

だがそれならなぜ、クラス替えを悲しまないの!?なぜ私達の様に、ずっと一緒にいたいと思わないの?」

 

「それはな、俺達五年三組の友情が、クラス替えくらいじゃなくならないって信じているからさ!」

 

「クラスが変わっても、学校が変わっても、ずっとずっと友達でいられるって信じてるから」

 

「そういう友情を……俺達五年三組は、一年かけて築き上げたんだ」

 

 

皆の言葉を聞く桜……すると、郷子を縛っていた木の根が緩み彼女を離した。郷子はすぐに皆の元へ駆け寄り、広に抱き着いた。

 

 

「……本当に、素晴らしいクラスだったのね。そこまで深くお互いを信じあえるなんて。

 

私達はきっと、臆病だっただけ。居心地のいい時間を失うのが怖くて逃げていただけ。

 

 

私達もそろそろ……進級します……

 

 

さようなら」

 

 

そう言い、桜は向こうで待っているクラスメイトと先生の元へと帰って行った。




意識を戻す広達……目覚めた場所はあの咲かない桜の木の下だった。


「皆、無事か?!」

「大丈夫!全員、生き返ったわ!!」


「麗ぃ!!」


木の傍で待っていた焔は、人の姿のまま麗華に抱き着き、彼の肩に乗っていたシガンは彼女の肩へと飛び移り頬擦りした。


「郷子!」


広の隣りにいた郷子は、ぬ~べ~を見ると彼に飛び付いた。


「ぬ~べ~!!

私、分かったよ!!この一年間の事は、かけがえのない宝物なんだって!


ずっとずっと心の中で、大切にするものなんだって……」


喜ぶ一同……ふと上を見上げると、風に乗って桜の花びらが舞った。


「ああ!」

「わあ!」

「咲かない桜が……」


振り返り桜を見ると、あの咲かない桜の木が綺麗なピンク色の花を咲かしていた。


「綺麗……」

「止まっていた時間(とき)が動いた……あの子達が成仏したんだ」

「俺達も進級だな」

「でも、五年三組は永遠よ!」

「そうだな」


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ついに結婚!地獄先生と雪女

広達の協力が有り、ぬ~べ~は雪女(ユキメ)に結婚を申し込んだ。彼女は何の迷いもなく“はい”と答えた。


だが、結婚する前夜岩天狗の妨害を受け、ぬ~べ~は一人悩むに悩んだ。


結婚式当日、ぬ~べ~は式場で姿を現さなかった。


彼は一人、和解した鬼・覇鬼の力を借りて岩天狗を倒した。


式場では、ウェディングドレスを身に纏い、準備を終えた雪女が心配そうにして時計を見ていた。


会場に集まった先生や生徒達は、新郎新婦が来ないのにざわつき始めた。

 

 

「もう、これ以上待てません!

 

次の予約も入ってますし、式は中止という事で……」

 

「そんな!!」

 

「ぬ~べ~は必ず来るよ!!」

 

「しかし……」

 

「そこを何とか!」

 

「普通のカップルじゃないのよ!」

 

 

騒ぐ生徒達……その中、麗華はぬ~べ~の捜索から帰ってきた鼬姿の焔に、目を向けながら囁いた。

 

 

「鵺野は?」

 

「思い当たるところを探したけど、何処にも」

 

「……」

 

「何とかしないと……」

 

 

“バタン”

 

 

ドアが開く音が聞こえ、一同は振り向いた。そこにいたのは、血だらけになったぬ~べ~の姿だった。

 

 

「待たせたな……」

 

 

それだけ言うと、ぬ~べ~はその場に倒れてしまった。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「どうしたの?!その怪我!」

 

「ゆ、雪女に……雪女に……伝えてくれ……

 

鵺野鳴介は……死ぬまで君を、愛していた……と」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「嫌あああ!!結婚直前で死ぬなんて!!」

 

 

気を失うぬ~べ~……そこへ、丙と雛菊が傷を治し始めた。二人に続いて、楓はぬ~べ~の耳を持ち上げそして……

 

 

「何弱り切ったこと言ってんだ!!花嫁残して死ぬんじゃない!!」

 

「あひ~!!」

 

 

傷が癒えたぬ~べ~は、広達に釣られ新郎の服へと着替え、雪女が待つ部屋へ行った。

 

 

(随分遅れてしまった……雪女、怒ってるだろうな)

 

「じゃあね!雪女さん、心配してるから!」

 

「早く会って、安心させてあげて!」

 

 

そう言うと、美樹と郷子は式場へ戻った。ドアの前で、ぬ~べ~は緊張した。

 

 

(このドアの向こうに、花嫁衣装の雪女がいる……)

 

 

ドアに手を掛けようとするが、ぬ~べ~はどこからか押し寄せてくる不安で、ドアノブに手を掛けられなかった。

 

 

「(どうした、鵺野鳴介。

 

雪女との結婚は嬉しいはずじゃなかったのか?

 

 

そりゃ、多少は岩天狗に付け込まれたように、不安はある……だがもう納得したはず。

 

いや、やっぱり結婚っていろいろ大変だろうし……本当にこれでよかったのか……)やっぱり不安だ」

 

 

不安いっぱいで、ぬ~べ~は勇気を出しドアノブを回しドアを開けた。

 

 

部屋には、花嫁衣装に身を包み綺麗になった雪女が椅子に腰掛けていた。

 

 

「先生……無事だったんですね。よかった……

 

私、とっても幸せです!」

 

 

彼女の姿に見とれたぬ~べ~は、思わず……

 

 

「き、綺麗だ……

 

 

 

 

俺は、何を不安がっていたんだ。何か、全て吹き飛んでしまった」

 

「不安って、何ですか?」

 

「え、あ!い、いや。

 

 

とにかく……

 

 

待たせて悪かった、さあ行こう!」

 

 

二人が抱き合っていた時、突然広と郷子が、ドアを開け中へ入ってきた。

 

 

「ぬ、ぬ~べ~!!」

 

「大変よ!!」

 

 

式場では校長先生が、係員の人に文句を言っていた。

 

 

「何でだね!!やっと新郎が来たというのに!!」

 

「ですからもう、ダメなんですよ。

 

もう次の式に取り掛からないと……また日を改めて」

 

「そんな!」

 

「せっかく、皆集まったのに!」

 

「そうよ!キャンセルしたら、ぬ~べ~もう式やるお金ないのよ!!」

 

 

「ク……俺が遅れたせいで……すまん」

 

 

 

騒ぎを見ていたぬ~べ~は、申し訳なさそうに言った。

 

 

「鵺野先生。

 

私、わがまま言って式場、ここにしてもらいましたけど……私達の式を挙げるなら、もっといい場所があるって、今気が付きました」

 

「え?」

 

 

 

場所は変わり、ここは童守小の校庭……

 

 

校内に合った机を並べ、その上に式場から持ってきた料理を置き席に着く一同。

 

 

「ま、まさか校庭で式を?」

 

「料理は運んできたけどさ」

 

「何か、味気ないとね」

 

 

「皆さん、日本一珍妙な新郎新婦が、日本一珍妙で盛大な式をあげます。

 

それでは、二人の入場です」

 

 

司会の玉藻が言うと、雪女は手から冷気を放ち校庭に氷の教会を作った。

 

 

「さあ!皆、中に入ってくれ!」

 

「す、スゲェ!」

 

「氷の教会だ」

 

「こんな所で結婚式何て、ロマンチック!」

 

 

教会に置かれていた椅子に、一同は座り神父役を任された龍二は二人の顔を見ながら言った。

 

 

「汝、鵺野鳴介、この女、雪女を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、誓いますか?」

 

「誓います」

 

「汝、雪女は、この男、鵺野鳴介を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、誓いますか?」

 

「誓います」

 

「それでは、指輪の交換を」

 

 

向き合い、指輪を交換する二人。

 

 

それは、小さな少女がほんの小さな恋から始まった……少女は長い長い間、その人の事を思い続けて、命を懸けた大冒険を重ねてついに……

 

 

指輪を交換し終えると、二人は唇と唇を合わせキスをした。その様子に、一同は歓声を上げた。

 

 

「フッ、それが愛の最終形態ですか、鵺野先生」

 

「お幸せに、二人共」

 

「畜生!やるじゃねぇか!」

 

「綺麗な花嫁さん、憧れますわ!」

 

「本当に結婚しちゃったのだ」

 

「新婚旅行は熱海だってよ!」

 

 

“ドン”

 

 

外から突然、太鼓の音が聞こえた。それと共にマイクにスイッチが入り、台に足を乗せた真二が声を張った。

 

 

「二人の結婚式のフィナーレには、妖達のアイドルとスター!桜巫女と桜巫覡の神楽舞で終いだぁ!」

 

 

校庭に目を向けると、いつの間にか舞台が設置されていた。両脇には太鼓の撥を持つ焔と雷光。笛を構える渚と丙。琴の前に座る楓と雛菊。琵琶を持つ氷鸞と三味線を持つ時雨。

 

 

舞台の幕が上がり、中から浅葱色と緋色の羽織を頭から被り、顔に狐の面を着けた二人の男女(龍二と麗華)。

 

 

雷光と焔は目を合わせると、同時に太鼓を鳴らした、二人の太鼓を引き金に次々に楽器が音色を響かせた。音に合わせて二人は、下駄を鳴らし扇子を広げ鈴を鳴らし舞を始めた。

羽織を投げ捨て、麗華は華麗にジャンプをし空中で一回転した。彼女の回転をフォローするかのように、龍二は舞台の上でバク転した。

 

 

「スゲェ!!」

 

「いいぞ!!麗華!!」

 

「龍二!最高よ!!」

 

「とてもいい舞ですね!!ねぇ!鵺野先生!」

 

「あぁ!(お前等、最高だ!)」

 

 

龍二が構えた手に目掛けて、麗華はジャンプし着地した。それと共に龍二は乗ったと同時に、彼女を投げる様にして腕を上げた。高く飛んだ麗華は、扇子を広げそこから氷の技を出した。氷は花弁のように宙を舞い、ぬ~べ~達に落ちて行った。

 

 

「綺麗……」

 

「ざっとこんなもんかな」

 

 

舞台から降りた麗華と龍二は、面を取りぬ~べ~と雪女の元へ行った。

 

 

「改めて言わせて貰うよ。

 

おめでとう、鵺野、雪女」

 

「幸せにな」

 

「あぁ」

 

 

「ぬ~べ~!!頑張れよ!!」

 

「雪女さん!お幸せに!」

 

 

一同は二人に続いて声を上げ、二人の結婚を祝した、ぬ~べ~と雪女は顔を真っ赤にして嬉しそうな顔を浮かべた。



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ぬ~べ~からの卒業

「本当に話を受けるのかね?」

「ええ」

「ふう……そうか」


パイプを離し煙を吐く校長……二人の会話を聞いた美樹は、気になり校長室の中をこっそり覗いた。


「しかし……寂しくなるな。君がいなくなると」


「はあ。

九州へ転任します」


教室で、掃除をしながら広達は楽しそうに話をしていた。

 

 

「明日から春休みだな」

 

「宿題ないからいいよな!」

 

「ぬ~べ~にどっか、連れてってもらおうか?」

 

「うん!」

 

「給料十年分前借させて、ハワイ行くってのはどう?」

 

「そらいーや!アハハハ!」

 

 

「大変よ!!」

 

 

自由にろくろ首なれた美樹は、首を伸ばして教室へ飛び込んできた。

 

 

「どうしたの?」

 

「ぬ……ぬ……ぬ~べ~が!て、てて、転任!!」

 

 

 

段ボールに荷物を詰めるぬ~べ~一家。

 

 

「ふー!思ったより、荷物が多いな……皆、いらないものは捨てて行けよ」

 

「じゃあ、これは全部捨てて行きましょうね」

 

「あーいやー!俺のカップラーメンのカップコレクションは」

 

「私も荷物が多くて多くて」

 

 

そう言いながら、眠鬼は段ボールいっぱいに積まれていたパンツを整理していた。

 

 

「そんな物、捨てなさいよ!変態鬼娘!」

 

「余計なお世話よ!男たらしの雪女(ユキオンナ)!」

 

「だいたい何でアンタが、私達の新婚生活にくっついてくるのよ!!」

 

「妹だからよ!!文句ある!」

 

「先生!」

 

「アハハハ……しかしな、眠鬼はまだ人間界の事勉強中だし、俺から離れると、また悪い鬼に戻るかもしれんし……」

 

「だからって……だいたいその、鬼の手の覇鬼だって、ついて来るんでしょ!

 

新婚だっていうのに」

 

「うが、安心しろ雪女。俺は迷惑は掛けんうが。

 

 

あ~、しかし新婚初夜は凄かったうが!

 

『ああ先生。とっても熱いわ……体の中から蕩けそう』

『ああああ……ゆ、雪女君、冷たいよ。冷や!まるでかまくらの中みたいだ……』」

 

「殺す!!」

 

「わぁ!!俺を殴るな!こら!!」

 

 

騒がしいぬ~べ~のアパートに、玉藻は車を停めた。その音に気付いたぬ~べ~は数個のタンコブを作り外へ出てきた。

 

 

「や、やあ玉藻。

 

忙しい所、呼び出してすまん」

 

「……鵺野先生、あまりに急ですね。

 

なぜ突然、この地を離れる気になったのです?」

 

「実はこの手紙が来てね。

 

 

吸収で墓地の上に、建設されたため、霊的地場が発生し、悪霊や妖怪が多数現れるようになった小学校がある。県の教育委員会は、特例措置として俺にその学校に赴任し、生徒を守って欲しいと願い出てきた。

 

 

俺は……考えた末、そこに行くことにした」

 

「あなたらしいな」

 

「で、お前に頼みがあるんだ。

 

俺がいなくなった後も、童守町に残って、生徒達を守ってやって欲しい」

 

「そんな事、約束はできないが……

 

私はより強い妖狐になるため、人間界で修行することを九尾の狐様に誓った。だからこの童守町で妖怪や霊絡みの事件が起これば……修行の一環として子供達を助けよう」

 

「玉藻……(ありがとう、任せたぞ)」

 

 

「そういう事ね」

 

 

電信柱の影から、出てきた麗華は全て話を聞いたようにしてぬ~べ~を見た。

 

 

「麗華……」

 

「玉藻がいなくなった後は、私がこの町を守ってあげるよ」

 

「お前……」

 

「丁度一年前、この町に帰って来て……いじめの傷がまだ癒えぬまま、童守小五年三組に転入してきた。

 

始めは、アンタに反抗ばっかしたっけ。けど……だんだん、反攻するのが馬鹿らしくなった。それどころか、アンタの力を借りる様になってた。鎌鬼の事、焔達の事、牛鬼達の事、そして京都で起きた事……

 

全部、鵺野がいたから、私は今ここにいられる」

 

「お前……」

 

「報告あるんだ、鵺野。

 

私、山桜神社を継ぐことになった」

 

「本当か!」

 

「あぁ。だから、この地にずっといられる」

 

 

ぬ~べ~に向かって、麗華は手を差し出した。

 

 

「ありがとう。鵺野先生……いや、ぬ~べ~。

 

ぬ~べ~のおかげで、私は以前の私に戻ることが出来た。そして居場所が出来た。

 

兄貴の分と合わせてもう一度言わせて……本当にありがとう」

 

 

笑みを浮かべ、ぬ~べ~は麗華の手を握った。

 

 

「ところで鵺野先生、この事は子供達に?」

 

「い、いや……」

 

 

「先生!!生徒から電話が!」

 

「何だって!!生徒達が妖怪に!?」

 

「童守四丁目のお化けが出るっていう大正ビルに……」

 

「アイツ等……何でまたそんな所に」

 

 

商店街を駆け抜け、ビルへと着いた。ビルの前には、晶と法子、静が立っていた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「大変なの!!郷子ちゃん達が、二階で妖怪に掴まって……」

 

「ここは学区外の立ち入り禁止の建物だぞ!何で入ったんだ!!」

 

「ごめんなさい」

 

 

霊水晶を手に、ぬ~べ~は麗華と共に中へ入り二階へ続く階段を上った。壁にはたくさんの写真が飾られていた。

 

 

「大正時代に建てられた写真館か……不気味だな」

 

 

ふと顔を上げると、宙吊りにされた郷子と広、まこと、美樹がぶら下がっていた。その中心に、悍ましい妖怪の顔が浮かんでいた。

 

 

「ぬ~べ~!!助けてくれ!!苦しいよ!」

 

「食われるのだ!」

 

「久々の強敵よ!鬼の手で切り裂いて!!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「ぬ~べ~、早くして!!」

 

「ぬ~べ~!!私達は、こんなに弱いのよ!!私達、まだまだ先生が必要なのよ!!」

 

 

郷子達の姿を見た麗華は、ブレーカーを見つけスイッチを入れた。部屋に電気が付き辺りを明るく照らした。部屋には顔が描かれたボールを吊るす克也と、柱に吊るされた布に乗る郷子達の姿が現れた。

 

 

「やっぱり……」

 

「何の真似だ」

 

「だ、だって……

 

 

先生、行っちゃうんでしょ。私達を置いて……遠くの学校へ」

 

「酷いよぬ~べ~!!」

 

「何でだよ、急に!」

 

「私達、まだまだぬ~べ~にいて欲しいのよ!」

 

「何で……」

 

「何で行っちゃうんだよ!!」

 

「俺を……必要としている生徒達がいるからだ」

 

「僕達だって、まだまだ必要なのだ!!」

 

「そうよ!!教えてほしい事、まだまだいっぱいあるわ!!」

 

「お前達は、もう俺から卒業した」

 

「してない!!私達、ぬ~べ~クラスの生徒よ!いつまでも!」

 

「クラスが変わっても、傍にいてよ!!ねぇ!!」

 

「ぬ~べ~!!俺達が好きじゃないのか!!」

 

「私達が可愛くないの!?」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「ぬ~べ~がそんなわけ」

 

 

麗華が言い掛けた時、ぬ~べ~は郷子達を抱き締めた。

 

 

「可愛くないわけないだろ……好きじゃないわけないだろう」

 

「い、痛い。

 

痛いよ……ぬ~べ~」

 

「お前達を世界で一番、愛しているから……俺から卒業してほしいんだ。

 

 

お前達は、皆もう一人でやっていける……強くなった」

 

「ぬ~べ~……」

 

 

涙を流し、皆は抱き締め合った。その様子を麗華は、肩に乗っていた焔とシガンの頭を撫でながら黙って眺め、雪女は壁の隙間から覗くようにして立っていた。




ぬ~べ~の想いは……抱き締める力と一緒に、ひしひしと僕等に伝わってきた。

そして、僕等に別れが近づいた。


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さようなら、ぬ~べ~

どんな運命の日でも、いつも通りの朝がやってくる。


目を覚まし、目覚まし時計を見る広……
枕に顎を着け、悲しそうな目で覚めた郷子……
起き上がり、朝日が差し込む窓を眺める美樹……
飼い猫のタマを抱き締めるまこと……
ベッドの上で膝を抱え込む克也……
箒で境内を掃きながら空を眺める麗華と龍二……


同じ頃、ぬ~べ~は童守小で鉄棒で回っていた。


「何やってんのよ、出発の朝だっていうのに」

「きっと、皆に涙を見せるのが嫌だから、汗を流して水分を出しているのよ」

「馬鹿言うな!ただの朝の運動だ」


そう言いながら、ぬ~べ~は鉄棒から降りたった。そんな彼に、眠鬼は持っていた缶ジュースを、口に入れた。すると気が緩んだのか、ぬ~べ~の目から滝の様に涙が流れ出てきた。


「涙腺、緩みまくりね!キャハハハ!」

「大丈夫よ先生。泣きそうになったら、私がすぐ、止めてあげます!

でも、生徒達、あれで納得したのかしら?ちゃんと、見送ってくれるかしら……」


昨日の事を思い出すぬ~べ~。思い出すうちに不安が過ったが、それを追い払うかのように首を左右に振った。


「ば、馬鹿言うな!あいつ等は、分かってくれたさ……

もう時間だ、行こう!(さらば童守小……色々あったな)」


童守小を見ると、ぬ~べ~は振り返り駅へと急いだ。


童守駅へ着いたぬ~べ~達……その時、爆竹の音が聞こえた。音の方に向くと、体から煙を上げ煤を纏ったいずなと玉藻達が立っていた。

 

 

「いいかい、新婚生活にかまけて、霊能力者の本文を忘れんなよ!」

 

「龍二と麗華の事は俺と緋音に任せとけ!」

 

「先生は安心して、九州に行って下さいね!」

 

「俺等兄妹を何だと思ってんだ……

 

頑張れよ。鵺野先生。そしてありがとう」

 

「お元気で。今度会う時はあなたの力を超えてみせますよ」

 

「転任先の学校でも頑張ってくださいね」

 

「一年前、貸した百円餞別にあげるよ」

 

「ありがとう皆!向こうに着いたら、すぐ手紙書くよ……って、あれ?」

 

 

辺りを見回し、ぬ~べ~は広達を捜したが、彼等の姿はどこにもなかった。

 

 

「生徒達、一人も来てませんね……やっぱり、昨日ことが」

 

 

心配そうにするぬ~べ~達の背を見ながら、龍二と真二、緋音は顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 

 

《三番線。七時半八、博多行格安鈍行列車、間もなく発車します》

 

 

ホーム内の放送を聞いたぬ~べ~は、少々残念そうな表情でホームの階段を上った。その時、麗華の声が聞こえそれと共に歌が聞こえてきた。その歌は『仰げば尊し』。

 

ぬ~べ~が顔を上げると、そこにはクラス全員が歌い、その背後には『五年三組卒業式』と書かれたプラカードがあがっていた。

 

 

「お前等……なんだよ、まるで卒業式だ」

 

「そうさ……これは俺達の卒業式なんだ」

 

「昨日、ぬ~べ~の気持ちは、よく分かってたの。でも、悲しさが込み上げちゃって」

 

「もう大丈夫だからね!へへん!」

 

 

目に涙を溜めながら、広達は言った。そして広は、手を上げクラス代表として口を開いた。

 

 

「宣誓!俺達、五年三組は、ぬ~べ~を卒業し、自分達で何でもやってくことを誓います!」

 

 

その言葉を聞いたぬ~べ~は、笑みを浮かべ鬼の手を隠し嵌めていた黒い手袋を取った。

 

 

「卒業証書、五年三組一同。

 

俺からの卒業証書だ。受け取れ……」

 

 

広はしっかりと、その卒業証書を受け取った。受け取るのを見ると、広達は一斉にぬ~べ~に抱き着いた。

 

 

「ぬ~べ~!」

 

「ゴメンね、わがまま言って!」

 

「私達、ぬ~べ~を笑顔で送り出すことにしたの」

 

「アタシ等、ぬ~べ~の生徒だかんね!そんなに弱くないよ!」

 

「ありがとう、皆……本当にありがとう。

 

俺も安心して、旅立てるよ……本当に」

 

「泣くなよぬ~べ~」

 

「大げさだなぁ」

 

 

発射するベルが鳴り、ぬ~べ~は慌てて列車に乗り席へ座った。窓越しに見える生徒達を見て、ぬ~べ~は窓を開けてを差し出し、生徒達と一人一人別れの握手をした。

 

そしてドアが閉まり、列車は発射した。

 

我慢し涙を堪えるぬ~べ~と広達……ぬ~べ~の席が離れて行くにつれ、涙を堪えることが出来なくなりそして……

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

「ぬ~べ~!!」

 

 

彼の名を呼び叫びながら、広達は列車を追いかけて行った。涙を流した広達を見たぬ~べ~は、同じようにして涙を流しながら叫んだ。

 

 

「こ、コラ!!止せ、危ないぞ!!

 

泣かないって言っただろ!!

 

 

 

 

広!!サッカーが好きなら、とことんやれ!!しかし、小四までの漢字ぐらい書けるようにしておけ!

郷子!!広の尻を叩いてやれよ……ただし本気で殴るなよ!!

美樹!!首を伸ばすのは嫁入りまでにしておけ!!

克也!!妹を大切にしろ!!

まこと!!戦隊ものは卒業しろよ!!

晶!!頑張って発明家になれ!!

麗華!!人に頼ることを忘れるな!!

 

 

(五年三組……

 

俺の大切な生徒達……本当に色々な事があった)」

 

「ぬ~べ~!!」

 

(思い出がいっぱいあり過ぎて……

 

大人の俺でさえ……別れは辛すぎる……)

 

 

走っていたまことが転び、彼に躓くかのように後方を走っていた法子達は転んだ。前を走っていた広と郷子、麗華、美樹、克也は走り続けた。

 

 

(だけどいつかは別れなくてはならないんだ)

 

 

美樹が転び、それに続いて克也も転んだ。美樹は起き上がり声を上げた。

 

 

「ぬ~べ~!!」

 

(皆!!強く生きろよ)

 

「ぬ~べ~!!」

 

「お前達の事は決して忘れない!!忘れないぞ!!」

 

 

ホームギリギリまで走り、作の所で広達は立ち止った。そして走り去って行く列車を見送った。

 

 

(さようなら……五年三組の日々

 

さようなら、ぬ~べ~……そして、一番輝いた思い出達)




その後のぬ~べ~達……


沼地でムツゴロウを取るぬ~べ~……そこへ自転車をこいだ雪女がやって来た。


「何やってるんですか!鵺野先生!

いい年して、泥んこ遊び何て……」

「おお!雪女君!いや何、晩のおかずのムツゴロウ取っていたんだ」

「……またお給料使っちゃったんですか。

もう!!事件解決の度に、生徒にチャンポ奢るの辞めてください!!」

「ハッハッハッハ!!時に雪女君、そんなに急いで、何の用?」

「あ!そうそう、これ渡さなきゃと思って……実は童守小の皆から手紙が」
「それを早く言ってくれい!!!」

嬉しそうにして、ぬ~べ~は封筒を開けた。中に入っていた紙を取り広げた。それは『また胸が大きくなりました』と書かれた水着を着た美樹が写った写真だった。


(美樹、お前の将来はどうなるんだ……)


もう一枚入っていた紙を広げた。そこには郷子の字がびっしりと書かれていた。


「拝啓、ぬ~べ~先生。お元気ですか?郷子です。ちゃんとご飯食べてる?

今日は、元ぬ~べ~クラスを代表して六年生になった皆の、近況報告をします(ちなみに私、最近グンと大人っぽくなったって言われてるのよ)

広はサッカー部のキャプテンになりました。下級生にも信頼され、風間君や北村君と一緒に童守小サッカー部をリードしています。
『郷子……実は俺、トイレで花子さんを見てからというもの、未だに夜トイレに行けないんだ……こういうの、馬鹿(ウマシカ)になるっていうんだよな?確か』
『トラウマでしょ』
馬鹿は相変わらずだけど……

克也は、謎の天才釣り少年と出会ってバス釣りに夢中。

まことは恋人(?)の篠崎愛さんと同じ、私立中学へ行くって猛勉強始めたの。成績もぐんぐん上がって、将来弁護士になるなんて言ってるわ。

中学受験するのは、他に晶と秀一、のろちゃんあゆみちゃん、山田君……皆夜遅くまで塾で頑張ってるみたい。

美樹はいずなさんに弟子入りして、本格的な詐欺師……じゃない、霊能力者の修行を始めたわ。

律子先生は、新しい恋人と熱恋愛中との噂が……

麗華は、相変わらずだけど、クラスでは頼りがいのある姉さん的な存在になったわ。
あと、彼女から聞いたんだけど、龍二さん達今年が大学受験で勉強頑張ってるんだって。応援よろしくって龍二さん達が。


そうそう、こんな事もあったのよ。この間、童守小にまた悪霊が出た時、玉藻先生と麗華がその悪霊をすぐに退治してくれたわ。その時の玉藻先生、ちょっとぬ~べ~と被ってたよ。


そんな訳で、皆小学生最後の一年間を悔いのない様に頑張って行きます。

それでは先生、体に気を付けてまた会おうね。

ぬ~べ~クラス一同より」


「……」

「先生……童守小に戻りたくなっちゃいましたか?」

「いや……あの子達は、皆自分達の未来に向かって一生懸命、頑張ってる。

その事が分かれば、俺は十分嬉しいんだ!それに……

ここにはもう……俺の新しい生徒達がいる」


「先生!!」

「ぬ~どん先生!!」


変なあだ名で呼ばれたぬ~べ~は、思わずズッコケた。


「だからその、ぬ~どんはやめろ!!麺類みたいだろ!」

「だって、眠鬼ちゃんがそう呼べって……」

「う~~~ん、九州風ってどんな名前かな」

「やめんかい、眠鬼!!」

「そんな事より、学校に幽霊が出たんだ!!今度は三本足のリカちゃんが!!」

「何?!


それは全国的に有名な七不思議だ。また、この学校の霊磁場が引き寄せたか」

「何かいるの?先生」

「ああ」

「怖いよ」

「安心しろ。お前達は俺の生徒だ。命に代えても守ってみせる(必ず守ってやる)」



(完)


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