遊戯王ZEXAL~俺の弟が可愛すぎてマジ超天使。弟のためなら何をしても構わない、というかむしろ俺に全部任せて「は?そんなことも出来ないの?」って蔑んだ目で見下してあんなことやそんなk(ry (雲珠)
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第一話 確実に幸福になるただ一つの道は愛することである。

初めまして、雲珠(うず)です。
アニメを見てたら不意にブラコンな兄を想像した、ら出来上がった。

ちなみにサブタイトルはトルストイ先生の名言である。



「ただいまー」

「遊馬ァ!おっかえりー!」

「うわっ、兄ちゃん!?」

 

学校から帰ってくると、物凄い勢いで抱き着かれた。

抱き着いてきたのは九十九凍夜。俺の5つ上の兄ちゃんだ。

男にしては少しだけ長い髪に、俺とは反対の蒼いメッシュが特徴的だ。

 

「学校はどうだった?楽しかったか?あ、お腹空いてないか?それとも先にお兄ちゃんと一緒に風呂でも入るか?安心しろ、お兄ちゃんが遊馬に纏わりつくゴミというゴミを体の隅々まで洗い流してやるからな!」

 

ハァハァ、と鼻息を荒くする兄ちゃんはいつもながらに信用出来ない。

というか力説する部分が違うと思う。顔は良いのに何か色々と残念だ。

 

「い、いや、その…」

「うん?何か元気ないな、遊馬。学校で何かあったのか?……はっ!まさかガラの悪い野郎共にあんなことやこんなことでもされたのか!?そんな羨ま……ゲフンゲフン!けしからん!!」

 

俺の様子に気付いて心配してくれるのは嬉しいんだけど、もう後半のセリフでグタグダだ。

しかも何で悔しそうなんだ?真顔でその顔するのやめて欲しい。

 

「別に何もねーよ」

「本当か?じゃあいつものペンダントはどうした?」

「そ、それはっ…」

 

相変わらず、兄ちゃんは変化に鋭い。

俺がうろたえていると、表情を柔らかくして頭を撫でてきた。

思わず兄ちゃんの目を見た。あ、これは不味い。笑ってない。

 

「遊馬、お兄ちゃんちょっと害虫駆除してくるから。なぁに、明日の朝までには戻ってくる。そう、明日の朝までには…な」

 

しゃ、シャーク逃げろォ!兄ちゃんはやると言ったらマジでやるからヤバイ!!

すでに外靴に履き替え、外に出ようとする兄ちゃんの腕を必死に掴む。

 

「だ、ダメだ!」

「遊馬…?」

「これは俺の問題なんだ!俺がやらないとダメなんだ!」

 

そう言うと、掴んでいた兄さんの腕の力が軽くなった。

それどころか、頭上からすすり泣くような声が聞こえてきた。

 

「遊馬…っ、そんな、こんなに立派になって…!お兄ちゃんは嬉しい!」

 

どうやら感極まって嬉し泣きしているようだ。

留まってくれたのは良いけど、なんか面倒臭そうなことになっている気がする。

取り敢えず兄ちゃんの腕を引っ張り、リビングまで移動した。

 

「分かった。遊馬がそこまで言うなら、お兄ちゃんは全力で応援する!」

「おう!かっとビングだぜ、俺!」

 

俺の様子に微笑む兄ちゃんは、俺の肩に手をポンと乗せた。

 

「けど遊馬、我慢する代わりにそうなった経緯を教えてくれるよな?」

「……はい」

 

応援すると言ってくれた以上、何もしないとは思うけど…。

もし何かあったらごめん、シャーク。

暴走した兄ちゃんって何するか分からないから。

 

「―――で、明日の放課後にシャークとデュエルすることになった」

「成る程な。……ところで、シャークって神代凌牙のことか?」

「兄ちゃん、シャークのこと知ってんのか!?」

「あぁ。前にアンティルール持ちかけられてボコボコにした。……チッ、遊馬にこんなことすると分かってたら抹殺したものを…。あの時の俺は何をやってんだ…!」

 

歯をギリギリと噛み締め、後悔したなよう表情をする兄ちゃん。

ボコボコってデュエルでだよな?物理じゃないよな?

どっちにしろ恐いけど……そっか、兄ちゃん、シャークに勝ったことあるんだ。

 

「やっぱ兄ちゃんスゲェな!」

「えっ!?お兄ちゃん凄い!?」

「あぁ!あのシャークに勝ったんだからな!」

「はうっ」

 

笑顔でそう言うと、兄ちゃんは胸を抑えて苦しそうに下を向いた。

何かぶつぶつ言ってるけど、小さくてよく聞こえない。

 

「……遊馬の可愛さに許してやらなくもない、神代凌牙。だが次会った時は容赦しねェ」

「兄ちゃん?何言ってんだ?」

「何でもない。さて遊馬、お兄ちゃんと一緒に風呂でも…」

「俺すっごく腹減ったな!」

「よーし!じゃあ先にご飯食べるか!」

 

…ふう、何とか誤魔化せたな。

別に兄弟で風呂入んのは変じゃないけど……なんか兄ちゃんと入ったら色んなモノが危ない気がする。

やっぱり兄ちゃんは兄ちゃんだな。

 

 




(遊馬、ご飯食べた後にお兄ちゃんと風呂でも…)
(大丈夫!俺一人でも入れるから!)
(あ、そ、そうか…)

(´・ω・`)



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第二話 財宝も地位も愛に比すれば塵芥の如し

一話を見て下さり、ありがとうございます。
すでに感想があったことに驚きの色を隠せない雲珠(うず)です。
いやwほんとww何故にww

あ、ちなみにオリキャラ出るので注意報発令。
サブタイはグラッドストン先生の名言です。


今日は俺の遊馬と神代凌牙が放課後デュエルをするようだが、場所を聞き忘れてしまった。

クソッ、もっと事細かに詳細を聞いておけばよかった!

仕方ないから遊馬が帰ってくるまで待つしかない。

 

「はぁ~……」

「その特大の溜息やめて下さい。こっちまで気分が滅入ります」

 

どこか神経質そうな話し方をするコイツは相沢拓真。

言葉遣いは丁寧だが、その実かなりの毒舌家だ。

まぁ俺は遊馬が居ればいいので気にしないが。

 

「遊馬が、遊馬が足りないぃ」

「相変わらずウザいブラコン野郎ですね。いっそ一度嫌われれば諦めもつくのでは?」

 

学校からの帰り道が同じ所為か、何だかんだ言って友達っぽい間柄だ。

ぽい、っつーのは、拓真が俺のことを友達だと言ってくれた試しがないからである。

以前に冗談で言ってみたら「気色悪い。ついにソッチの道にも手を出しましたか、変態」という汚物を見るような目で言われたので諦めた。

 

「遊馬に嫌われたら確実に死ぬ自信あるわ」

「ほう、そうやって脅して表面上では嫌われないようにしているのですね。今後の参考に致しましょう」

「なぁキレていいか?いいよな?」

「どうぞご自由に。明日から“抵抗できないクラスメイトに暴行!口封じに関係を迫る!”という見出し記事を広めて差し上げますよ」

「ごめんなさい止めて下さい。そんなことされたら遊馬にどんな目で見られるか…!

 ち、違う!違うんだ遊馬!俺は遊馬一筋なんだ!……いやでも、待てよ?遊馬に冷ややかな目で見下されるのも案外悪くないような…」

 

俺が呟く隣で、拓真が「ドMが」と蔑んだ目で見てくる。

何言ってんだ?俺はドMじゃない。遊馬にされることなら全部嬉しいだけだ!

 

「それをドMというのですよ」

「だから違ぇっつってんだろ。せめて貢献的と言え」

「貴方が貢献しているのはそのウザったさだけでしょう」

 

なんて奴だ。

さてはコイツ、俺がどんなに遊馬を大切にしているか分かってないな?

こうなったら遊馬がどれほど素晴らしい存在なのかは三日三晩叩き込んで……

 

「あいてっ」

 

コイツに遊馬の素晴らしさを説明する言葉を考えていると、頭に鋭い何かがスコーンと当たった。

地味に痛ぇ。いやマジで刺さるかと思ったわ。

 

「何一人で阿呆な事やってるんですか?」

「うるせぇ。やりたくてやってる訳じゃねぇよ」

 

投げてきた奴に苛立ちを感じながらも、何が投げられたのを見るために足元に視線を向ける。

そこには外枠が黒い1枚のカードが落ちていた。

……は?これ、エクシーズカードじゃねぇか。

一体誰がカードを投げるなんて馬鹿な真似してやがる。

 

「えーと、No.50ブラック・コーン号…?」

 

聞いたこともねぇカードだな。

わざわざカード名にナンバーズなんて番号が振ってあるってことは、一応このカード以外にも種類があるのか?

しかし、効果がNo.と名のついたカード以外の戦闘では破壊されないって……意味不明。

普通に戦闘破壊されないで良くね?一体誰が使うんだ、こんなカード。

お、でももう一つの効果は使えそうだな。

 

「気色悪い百面相しているところ悪いですが、私はこの辺で帰りますよ」

「ん?あぁ、じゃあな」

 

言葉のトゲはまるっと無視し、道の途中で別れた背中にひらひらと手を振る。

返事は返ってこなかったが、いつものことだ。

 

「あ?なんだコレ?」

 

その時に、手の甲に何かの文字が浮かんでいるのに気付いた。

見たこともねぇ文字だが……50って書いてんのか?

手元にはNo.50ブラック・コーン号のカード。そして手の甲には50の文字。

成る程、つまりはこのカードが関係している可能性が高い。

俺はその事実に気付き、カードを見ながら微笑んだ。

 

「うし、破っちまうか」

 

一体どこの誰かの所有物かは知りませんが、どことなーく薄気味悪いオーラを感じるので破っちまいます。

どうせ存在しててもロクでもないカードなんだろうし、ここで破いちまうのが世のため人のため。

破いた後は燃やして灰にでもすれば何の証拠も残らない。まさに完全なる隠蔽工作。

というわけで、さんはいっ☆

 

「……は?」

 

えーっと……破こうとした瞬間、手の甲の文字が消えた。

ついでにカードの絵も消えて真っ白になった。何だこの不思議現象。

一応裏返しにしてみたり、振ってみたり、適当に投げてみたりもしたが、白紙のままで変化なし。

マジで意味がわからん。

 

「…ま、危険がないなら持ってても良いか。持ち主が現れたら返せばいいんだし」

 

ただし――

 

「――俺はともかく、遊馬に危害を加えてみろ。破いて燃やすだけじゃ済まさねぇからな」

 

そう一瞥してカードをエクストラデッキの中に入れる。

何故か怯えたように震えた気もするが……まぁ俺の勘違いだろう。たかがカードだしな。

 

 




そのたかがカードに全力で脅しを掛けるお兄さんマジブラコン。


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第三話 愛は理解の別名なり

第三話を見て下さり、ありがとうございます。作者の雲珠(うず)です。
ブラコンの主人公を書くのは楽しいけど、意外と難しいです。
どこまで暴走させて良いものなのか…。

ちなみに、サブタイはタゴール先生の名言です。


 

俺は基本的に自分の目で見たものと遊馬から聞いたこと以外は信じない。

逆に言えば見てしまえば信じるし、遊馬から言われたことなら尚更だ。

だが、いくらなんでもコレは受け入れ難いわ。

 

「遊馬、その様子からするにシャークに勝ったんだな?おめでとう。今日は赤飯でも炊くか?それとも遊馬の好物の方がいいか?」

 

嬉しそうな顔で帰ってきた遊馬に笑いながら声を掛ける。

しかしそこで、俺は信じられないモノを見た。

 

「おう!……ギリギリでも勝ったからいいんだよ!」

 

誰もいない空間に話し掛ける遊馬。

疲れでも出ているのか?と思って首を傾げていると、その空間にぼんやりとした靄の様なモノが見えた。

おいおい、帰ってくる時も面倒臭そうなカード拾ったっつーのに、まだ何かあんのかよ。

だが遊馬はその靄っぽいものがハッキリ見えているみたいだし、害があるのかないのかだけは白黒つけておかねぇとな。

 

「遊馬、その隣のは何だ?」

「えっ!?兄ちゃん、コイツのことが見えるのか!?」

「なんとなくそこに何かが居るような感覚がする、程度には見えてる」

「そっか…。誰にも見えてないし、俺が変なのかと思ったけど……へへっ、良かったぜ」

 

なんて、なんて健気なんだ…!

遊馬をこんな不安な気持ちにさせたのも、このよく分からない靄の所為か…!

くっ、実際に触れれば殴ってやるものを!

 

「大丈夫だ、遊馬は変じゃない。現に俺にも見えている」

「兄ちゃん…。うん、ありがとな!」

 

きゅん

 

うわぁあああぁあ、遊馬可愛いよー!

クソッ、こんな時ほど兄弟であることを後悔したことは無い…!

だが兄弟じゃなかったら遊馬のこんな可愛い顔は見れなかったわけで……俺は、俺は…一体どうすれば!?

 

《彼は壁に頭を打ち付けて何をやっているのだ?》

「兄ちゃんなりの精神統一だろ」

《どういう効果だ?》

「そのまんまだよ!」

 

……ふう、落ち着いた。

はっ!俺はまた遊馬を蔑ろに…!なんてことだ!

兄としてあるまじき失態…っ!ごめん遊馬!

 

「どうした遊馬、靄に何か言われたのか?」

「精神統一の効果……あ、や、何でもない」

「通常魔法。デッキから精神統一を1枚手札に加える。このカードは1ターンに1度しか使用できない」

「え?」

「ん?精神統一の効果だろ?基本的に魔力カウンター目的で使われることが多いが、それなら魔力掌握があるから殆ど使用されてないカードだな」

 

ネタというか、マニアックというか……まぁそういった連中の間では使われてるかもしれないが。

俺が普通にデュエルする限りでは今まで見たことねぇな。

 

「もしかして兄ちゃん、俺がデュエルやってるの知って…」

「……秘密な?」

 

上目遣いで見てくる遊馬。

くっ、どこでそんな技を覚えてきたんだ…!お兄ちゃんを萌え殺す気か!?

動悸の激しい心臓を何とか押さえつけながら、唇に人差し指を立てた。

本当なら遊馬の柔らかい唇に当てたいが、そこは我慢。我慢だ、俺!

 

「一応姉貴には色々言われてるが、遊馬は遊馬の好きにしたら良い。俺はどんなことがあっても遊馬の味方だ」

 

そう言って遊馬の頭をポンと撫でる。

 

というかむしろ遊馬以外の奴なんて虫酸が走るっつーか、至極どうでもいいわ。

ぶっちゃけた話し、俺の中での優先順位って遊馬>その他だし。

勿論、遊馬が大切にしてるモンは俺にとっても大切だけど。

これこそが真理!世の理といっても過言ではない!!

 

「兄ちゃんありがとう!」

「ぐはっ」

 

この輝かしい笑顔!これだけでご飯3杯は軽い。

ハァハァ、出来ればこのままベッドに連れ込m……ゲフンゲフン!一緒に添い寝でも!

なんなら一緒に風呂場に入ろう!ほら、シャークとデェエルして疲れているだろう?

疲れを癒やすならまずは風呂だ。さぁ入ろう、今すぐに!ハリーハリー!

「俺先に風呂入っていい?」

「ひゃっほーい!遊馬の残り湯!……ごほん、いいぜ?」

「やっぱ後でいい!」

「上げて落とす、だと?そんな、いつから遊馬はそんな小悪魔チックな思考に………いや待て。俺が先に入った後に遊馬が入るというは、俺が使った物を遊馬が使う。つまり間接的接触。そして俺が入った風呂に入るということは、俺は間接的に遊馬の全身に接触しているということに…!ハァハァ、やばい想像したら鼻血が……ティッシュティッシュ」

 

《キミの兄とやらは変というか……なんと言えばいいのだ?》

「気持ち悪いでいいと思うぜ」

《なるほど。記憶しておこう》

 

なんか遊馬と靄が会話してるが、ちょっ、不味い。鼻血が止まらん。

つか考えないようにすればするほど脳内に妄想が駆け巡るというか……あ、待て俺、その想像はまだ早い。

それは遊馬がもう少し大人の階段を登ってから、アッ――――――

 

 

 

 

「はっ…!」

 

目が覚めたら自分のベッドで寝ていた。

なんだ、いつものことか←

 

脳内が想像という名の妄想でオーバーヒートした結果倒れただけのことだ。

 

「さてと、遊馬のところに行くか」

 

時間的に姉ちゃん以外が寝静まった頃、俺は自分の部屋を出て遊馬が寝ているであろう屋根裏部屋に向かった。

そこにはハンモックに寝ている遊馬の姿。

寝顔がメチャクチャ可愛い。

取り敢えず一通り色々な角度と体勢から写真を撮りまくって懐にしまう。

え?盗撮?ナンノコトカナー?

 

(おい、靄。そこにいるんだろう?)

 

だが今日は可愛い可愛い遊馬だけではなく、別の奴にも目的がある。

遊馬のところに行けば会えると思ったが……正解みたいだな。

なるべく声を潜め、靄がある部分を見つめた。

 

《その“モヤ”というのは私のことか?》

(生憎と何言ってるか聞こえねぇが、雰囲気で何となく分かるぜ。テメェのことだよ)

《遊馬以外とでは態度が随分と違うな》

(困惑してんな。俺の態度が違うって言ってんのか?ったりめーだろ。遊馬以外の奴なんてそこら辺の雑草や石ころ以下の価値しかねぇよ)

 

会話が成立しているのかは知らんが、取り敢えず一方的に話す。

これで間違ってたら一人で話してる痛い奴だな、俺。

 

(さて、いい加減本題に入るぜ)

《本題?》

 

俺がここに来たのは世間話をするためじゃねえ。

コイツの真意を探りに来ただけだ。

 

(俺の質問に頷くか首を振れ。喋らなくてもそれぐらいなら出来んだろ)

《確かにキミにはその方法がいいかもしれないな》

(俺が聞きてぇことは1つ。テメェが遊馬に危害を加えるかどうか、だ)

 

鋭い眼光に貫かれ、凍夜に“モヤ”と呼ばれた存在はその体を静止させた。

モノに触れられない自分が遊馬に危害を加えることは不可能だ。

だが何故か、首を横に振ることは出来なかった。

自分でも分からなかったが、首を振るのは憚れた。

どれくらい時間が経ったのか、痺れを切らした凍夜が再び口を開いた。

 

(おい、いつまで無反応を決め込んでるつもりだ?)

《自分でも分からない。だが、その質問には答えられない》

(まさかアレか、今はまだ答えられねぇってか?……ふざけんなよ)

 

ハッキリと見えていないハズの凍夜の視線と目が合った。

その瞳の奥はどこまでも暗く、さきほど見た“()”は黒い闇に覆われていた。

決して濁っているわけではない。綺麗すぎる水では魚さえ棲めないという言葉通り、何の不純物もないナニカがそこに存在している気がした。

 

(……まぁいい。今のところは無回答で許してやるよ)

《すまない》

(だが、遊馬に少しでも危害を加えてみろ。そん時は触れなかろうが何だろうが関係ねぇ。この世界のありとあらゆる手段を使ってでも、テメェを排除する。例えどこまで遠くに逃げようともな。……それだけは心に刻んでおけ)

《観察結果、キミは敵に回さないほうが良さそうだ。……記憶しておこう》

 

靄が僅かに頷いた気配を感じ、俺は遊馬の部屋を出た。

一応警告はしたが、要注意だな。即答しなかった時点で抹殺モノだが、今回の場合は仕方ない。

どうやったらアイツに触れる、または排除する手段を考えないといけねぇな。

 

そして……

 

「ハァハァ、遊馬の寝顔ゲット(*´Д`)ハァハァ」

 

鼻血を止めて遊馬の写真をアルバムにしまわなければ。

 

 




こんなブラコンを書きながらアニメを見てるせいか、遊馬が本当に可愛く見えてきて困る。


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第四話 愛は私達を幸福にするためにあるのではなく、私達が悩みと忍耐においてどれほど強くあり得るかを示すためにある。

作者の雲珠(うず)です。
第三話を見て下さり、ありがとうございます。

思った以上に感想が多くてヒャッハー!状態です。
サブタイはヘッセ先生の名言!


諸君、重大な事件が発生した。

やはりあのクソ靄はこの世からおさらばして貰わないといけない。

退場、ログアウト、俺の堪忍袋の緒が切れた。

 

理由?ふっ、よかろう。

諸君らにあのクソ靄の罪状を教えてやろう。

万死に値する罪状をな!

 

 

遊馬の入浴、寝顔、着替え、そして普段の学校生活が見放題だからだよコンチクショオォオオォ!!!

 

 

今の所、トイレは何とか死守しているらしいが、それも時間の問題!!

この世にはラッキースケベという言葉が存在する!つまりはいつ“うっかり”が発動するかも分からない状況でストーカー紛いの行動を許しておけるか?答えは否!!

遊馬の柔肌に触れないからという理由を盾にゼロ距離で見ることも可能!

俺が普段見ることの出来ない学校生活すら筒抜けだなんて兄として放ってはおけん!

 

だが一番許せないのは俺自信だ!

クソッ!何故俺はこの事実に今日の今日まで気付かなかった!?

こんな羨まけしからことを俺の領域で許していたとは…っ!

悔やんでも悔やみきれんわ!!

 

この胸の奥底から止め処なく溢れ出る怒り、どうしてくれようか…?

やはりクソ靄を排除する手段を早目に考えないといかん。

遊馬の今度のために!!

 

「凍夜、貴方今人間として終わっているような顔してますよ。正直話しかけるのも嫌です」

「遊馬のためなら人間だろうが何だろうが止めてやるぜ」

「貴方が人外になろうとも化け物になろうとも一向に構いませんが、貴方への用事が全て私に回ってきて迷惑です。さっさとそのスカスカな脳味噌で考えたことを実行して犯罪者にでも何にでもなって私を開放して下さい」

 

拓真が迷惑そうにしてんのはどうでもいいが、流石に犯罪者にはなりたくない。

主に遊馬が悲しむからな。アイツが悲しむことは絶対にしない。

だがあのクソ靄は人間じゃない=人権は無い。

つまり何をしようと俺は罪に問われない!!

問題はその方法だ。どうしたらクソ靄を排除出来るか、まだ良い案は出ていない。

 

隣で小さい溜息が吐かれた後、俺の後頭部に鈍い痛みが走った。

痛ッ!コイツ今グーで殴ったな!?

 

「何しやがんだ!」

「弟のためなら猪突猛進で有言実行の馬鹿が行動を起こさないということはどうしようも出来ない状態なのでしょう?それをいつまでも馬鹿みたいにウジウジウジウジと鬱陶しいんですよ。馬鹿は馬鹿なりの考えがあるとは言いますが、貴方の場合は出来ないことをいつまでも馬鹿馬鹿しく考え込むから馬鹿みたいな思考スパイラルに入り込むんですよ。出来ないことは出来ないと馬鹿みたいに割り切って違う方法でも探しなさいこの大馬鹿」

「おい今馬鹿って何回言った?」

 

罵倒してんのか説教してんのかはよく分からなかったが、とりあえず俺を貶すだけ貶してんのは理解した。

酷ェ言われようだが、まぁ確かに出来ないことをいつまで考えても時間の無駄か。

要は見せなきゃいい訳だ。学校生活のことは仕方ないとして、それ以外のことは徹底して見張っとかねぇとな。

はっ…!つまりこれは見張りと称して遊馬と風呂に入れるチャンス!?

こうなったら今日にでも実行せねばらん。待っていろ遊馬!

 

「どこ行く気ですか?授業始まりますよ?ただでさえ頭スカスカなんですから……あぁ失礼、どうせ受けても知力は変わりませんね」

「は?授業より遊馬の方が大事に決まってんだろ」

「そうですか。つはり遊馬君のお兄さんは堂々と授業をサボる不良生徒だと…」

「おい次の授業教室移動なんだからさっさと用意しろよ。いつまで待たせる気だ?」

 

ころっと態度を変えた凍夜に軽く吹き出しそうになったが、なんとか堪える。

相変わらず弟が絡むととんだ豹変ぶりですね。

嫌味を交えて頷けば、凍夜は待たせると言っておきながらさっさと次の教室へと移動してしまった。

ウザったい弟談議という名の迷惑惚気話しを聞かされずに済むので別に良いですが。

 

「それにしても、九十九遊馬君といえばこの間シャークを倒した生徒で有名ですね。この件で凍夜が暴走して私に迷惑が掛からなければ良いのですが」

 

何故かそこはかとなく嫌な予感に苛まれながらも、次の授業のために教室を移動した。

 

 




最後の方だけ拓真君視点になっています。
分かり難くてスミマセン…。

凍夜(ブラコン)のデッキが決まらない件につきまして。
誰か知恵を…っ!知恵をお貸し下さい!


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第五話 愛する愛は自分のどんな犠牲をも顧みない

どうも、雲珠(うず)です。
第四話を見て下さり、ありがとうございます。

さらに、色々なデッキのアイディアをありがとうございます!
色々と悩んだ末、一番しっくり来ると思ったものを選ばせて頂きました!
本当に多くのアイディアをありがとうございます。


あ、デュエル描写あります。なにか間違いがありましたらご指摘下さい(図々しい)


「遊馬ぁvV」

 

語尾にハートでも付きそうなアイドルのファン並の声を出しながら抱きつくイケメン。

この点で色々とすでに残念なのだが、その表情はへらりとだらしなく笑っている。

鼻息が荒いのはもはやデフォだろう。

 

「兄ちゃん?どうしたんだ?」

 

そんな自身の兄の行動にすっかりと慣れてしまった悲しき少年、遊馬はきょとりと首を傾げた。

 

「ハァハァ、遊馬可愛い遊馬可愛い遊馬可愛い遊馬可愛い遊馬可愛い遊馬可愛い…

(校門前で見張っ……じゃなくて、偶然見かけたから一緒に帰ろうと思ってな!)」

「兄ちゃん、多分本音と建前逆」

「どっちも本音だから変わらん!」

「何考えてたんだ!?」

 

完全にストーカー行為をされていたとは露ほども思わない遊馬が思わずツッコミを入れた。

そして凍夜はキリッと格好良くしてもただの変態である。

 

「何を?俺は食事中だろうが入浴中だろうが、例えそれが夢の中であろうが、常に遊馬のことだけを考えている!いや、むしろ遊馬のことだけしか考えたくない!く…っ!何故兄弟同士で結婚出来る法律が無いんだ!……ふ、まぁいいさ。遊馬に近付く雌豚共を片っ端から排除していけばいいんだからな…」

 

遊馬は無言で一歩引き、全力で兄弟結婚がないことに感謝した。

というか、校門前でいつまでも恥ずかしいことを叫ばないで欲しい。

かといって、ここで自分が声を掛ければ兄の暴走は更に加速する訳で……。

 

「遊馬!……に、凍夜さん?」

「いやむしろ兄弟だから何だって言うんだ、こういうのは先に既成事実さえ作って……ん?あぁ、小鳥に鉄男か。遊馬と一緒に帰りか?」

 

第三者が加わったことで、凍夜の妄想が一時停止した。

あまりにもコロリとした変わり様に遊馬の後ろで見ていた、凍夜曰く“靄”が驚いたように声を上げた。

 

《本当に同一人物か?》

「兄ちゃんは俺が絡まない時は大体あんな感じ」

 

なんで自分の時だけあんな性格になるんだろう、と疑問に思いながら兄を見ていると、小鳥達との会話を終えた凍夜が振り返った。

 

「悪い遊馬、ちょっと用事思い出したから先に帰っててくれ」

「え?」

 

一緒に帰ろうと言われるのだと思っていた予想はあっさりと外れ、申し訳なさそうな顔で謝られた。

 

「本当は俺だって遊馬と帰りたい!一緒に手を繋いで俺の遊馬への愛を囁きながらきゃっきゃっうふふをしたいんだ!」

「兄ちゃん、早く用事終わらせてきたら?」

「遊馬…!そんなに俺のことを心配してっ。分かった、速攻で終わらせて来るから!家に帰ったら俺と一緒に風呂でも入って一緒のベッドとゆっくりと夜を過ご「早く行けば?」いってきます!」

 

身の危険を感じた遊馬がぞんざいに言い放つと、それはもう花が飛び散る勢いで走って行く凍夜。

そんな凍夜の性格を昔からよぉーく知っている小鳥は人知れず溜め息を吐いた。

 

「相変わらずね、凍夜さん」

 

小鳥の呟きに、その場に居た三人は一瞬の間もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 

自分が呆れられているとは欠片も思っていない脳内お花畑、もとい脳内遊馬パラダイスの凍夜は人気のない所で動悸の激しい胸を苦しそうに抑えた。

 

「……遊馬…っ」

 

血が滲みそうなほど下唇を噛み締め、愛する弟の名を呟く。

 

「そんなところで何をしてるんですか?」

「拓真…?」

 

ふいに掛けられた声に振り向くと、怪訝そうな顔をしている拓真がいた。

コイツになら、言ってもいいかもしれない。

凍夜は一度周囲を見回すと、意を切ったように話し出した。

 

「拓真、聞いてくれ」

「え、普通に嫌ですけど」

「俺は遊馬と一緒に帰りたかったんだ…。でも、でもっ!」

「だから嫌だって言ってるでしょうが」

「遊馬は友達と一緒に帰るみたいで…。そんな中、俺がいたら明らかに邪魔だろう?」

「……そうですね」

 

拒否しても話し出す凍夜に諦め、適当に相槌を打つ。

そして何故声を掛けてしまったのだろうかと自己嫌悪した。

 

「けど、友達と仲良さげに話す遊馬を見ていたら俺は確実に絶叫する」

「勝手にしてれば良いのでは?」

「そんなことしてみろ!友達が引くだろう!?遊馬と友達の間に亀裂でも入ったらどうするんだ!」

「すでに遅い気もしますが…」

 

というか、凍夜のその真剣さに前例でもあるのかと疑った。

無いならそれはそれで疑問なのだが。

 

「そして万が一にも、遊馬と友達の身体が接触しようものなら、俺は何をするか分からない」

「もう帰って良いですか?」

「だが問題はそこじゃない!遊馬は友達が大切なはずだ、俺の次くらいに。そしてその友達に何をして、俺が嫌われたらどうすれば…!例え死んでも遊馬にだけは嫌われなくない!嫌いって……嫌いってぇぇ………うわぁああぁあん!」

 

自分が嫌いと言われる様子を想像したのか、両手を顔に当てて咽び泣く凍夜。

取り敢えず写メっておきましょう。脅しの材料としても使えますし。

 

「というか、友達が仲良いのは当たり前ですし、体が接触する程度で一々騒いでたらキリがありませんよ」

「ふざけんな!遊馬は天使なんだ!あの一瞬の微笑みでどれだけの人が魅了されると思ってるんだ! 現に俺も恋に落ちた!兄の俺でさえ恋に落ちたんだ、家族の次に距離の近い友達がいつ遊馬をそういう対象として見るか分からないだろうが!……いや、待て。まさかもう毒牙に掛かっているなんてことは…!遊馬の初めてを奪……じゃない、貰うのは俺なのに!」

「気持ち悪い」

 

嫌味ではなく本気で言い切った。

そして未だに弟への愛を語る凍夜を置いてさっさと帰った。

これ以上付き合ってられない。

 

「遊馬は本当、それはもう小さい頃から天使なんだ。父さんには多少……いや、かなり嫉妬したが、パパ、パパと呼んで笑う様子なんてマジ女神が降りて来たのかと思ったほどだ。

 俺の後ろを危なっかしい足取りで付いて来て、にーにぃ?なんて呼ばれてみろ、鼻血が止まらなかったね。今思えばよく襲わなかったなと自分を褒めたいぐらいだ!父さんと母さんが旅に出た時には寂しそうな顔をして、夜には一緒に寝てもいい?って首を傾げて言われたら断れるわけないだろう!?あの無防備な寝顔!マジで誘ってるのかと思ったね、俺は。けど俺は我慢して我慢して我慢して、写真を撮るだけにした。……のに!画像ファイルの容量が全然足りなかった!学校の宿題やらレポートやらの無駄な容量も削除したにも関わらず、だ!32GB仕事しろ!お陰で遊馬の寝顔写真が二万枚しか入らなくて残りの五千枚が無駄になっただろうが!折角ムービーも撮ったのに!……おっと、話がズレたな。

 そう言う訳で、昔の遊馬がどれだけ純粋で無邪気で可愛くて天使で女神で愛らしいのかよく分かっただろう?そして今!遊馬は更に可愛さをアップさせた!あの笑顔は普段見慣れている俺ですら魅了し、虜にする!どんな悪鬼羅刹なド変態畜生共が俺の可愛い可愛い可愛い遊馬にいつ手を出すか…!俺の遊馬に指一本触んじゃねぇ!傷つけようもんなら地獄すら生温い刑に処してやる…。警察なんて甘いモンに叩きつけられるなんて思うなよ?ふははははッ!

 ……唯一不満があるとすれば風呂だ。何故だ、何故なんだ!小さい頃は一緒に入ってたのに!まさかお兄ちゃんと一緒に入るのが嫌になったとでも言うのか!?そんな…!遊馬、遊馬ぁあああぁあああぁああ!!!」

 

拓真が去ったことにも、周りの人がドン引きして避けているのにも気付かず、凍夜は抑えきれなくなった遊馬への愛をノンストップで語る。

今の凍夜は間違えようのないくらいの変態である。

そんな人物がいくら学校指定の制服を着ているからと言って、怪しい者には変わりないわけで…。

 

「そこのキミ、ちょっといいかい?」

「嘘だ、遊馬が俺を嫌っている筈がない!これはただ……そう!ただちょっと恥ずかしいだけなんだ!なんて可愛い!なんて愛らしいんだ!遊馬もお年頃ってヤツなんだな…。

 弟が成長して兄として嬉しいと言うべきか、寂しいと言うべきか…。くっ、決められない!可愛すぎるんだ…!」

「うん。署まで来てくれる?」

「ハァハァ遊馬可愛い(*´Д`)ハァハァハァハァ………あ?テメェ誰だ?」

「こういう者だけど」

 

暴走にも区切りが付いたのか、ようやく目の前の存在に気付く凍夜。

差し出された手帳を見て凍夜は薄く笑いながら頷いた。

 

「デュエルだ!俺が勝ったら見逃してもらおう!」

「……ふう、仕方ない。負けたら大人しく署まで来てもらうよ」

 

そうして、恐らく世界一くだらない理由で決闘が始まった。

 

 

決闘(デュエル)!』

 

凍夜 LP4000

警察 LP4000

 

いや本当に始まるのかよ、というツッコミはさておき。

先攻有利。その言葉に則り、凍夜はデッキからカードをドローし、展開を進める。

 

「俺のターン、ドロー!《E・HERO エアーマン》を召喚。そしてエアーマンの効果を発動。デッキからHEROと名のついたモンスター1体を手札に加える。俺は《E・HERO バブルマン》を手札に加える」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK1800

凍夜のデッキは融合召喚を得意としたHEROデッキ。

エクシーズ召喚が流行っているハートランドシティでは珍しい召喚方法を使っている。

 

余談ではあるが、その昔に世界を救った英雄が使っていたデッキもHEROを主軸にした融合デッキ。

それを何がどう捻くれ曲がったのか、こんな変態にも使われているとは世も末である。

 

「さらに手札から《融合》を発動し、場のエアーマンと手札のバブルマンを融合。

全てを凍らせ、無に還せ。融合召喚!絶対零度の英雄《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK2500

 

絶対零度、まさにその言葉の通り、身も凍るほどの冷気を纏った英雄が凍夜のフィールドに降り立つ。

毅然とした態度で相手を見据える姿は誇り高い。……のだが、何故かガッカリしたような顔をしている。

凍夜はその表情に気付いているのかいないのか、カードを1枚伏せてターンを終了した。

 

「私のターン、ドロー。《召喚僧サモンプリースト》を召喚。このカードは「召喚・反転召喚に成功した時、守備表示になる。その他の効果も知ってるから省いていいぜ」

 

召喚僧サモンプリースト ATK800→DEF1600

 

凍夜はブラコン・変態・ストーカーと三拍子揃った駄目人間ではあるが、デュエルに関しての知識は非常に富んでいる。

少なくとも、一度使われたカードの効果は絶対に忘れない。

 

「なら有り難くそうさせて貰おうかな。サモンプリーストの効果で手札の《炎舞‐「天枢」》を捨て、デッキから《暗炎星‐ユウシ》を攻撃表示で特殊召喚。

 そしてレベル4のサモンプリーストとユウシでオーバーレイ・ネットワークを構築。

 堅き殻を打ち破り、今こそ真の輝きを見せよ!エクシーズ召喚《ジェムナイト・パール》!」

 

《ジェムナイト・パール》 ATK2600/DEF1900 ORU2

 

特に何の効果も持たないエクシーズモンスターだが、特筆すべきはその攻撃力だ。

素材がレベル4モンスター2体だけという極めて召喚しやすい条件にも関わらず、大抵の上級モンスターを戦闘破壊出来る。

 

「ジェムナイト・パールでアブソルートZeroに攻撃!」

 

凍夜 LP4000→3900

 

伏せカードに警戒の目を向けるものの、相手はそのままバトルフェイズに入る。

だが予想外にもアブソルートZeroはあっさり破壊され、氷の結晶となって辺りを漂う。

そして自身のモンスターを破壊された凍夜は、口角を持ち上げた。

 

「どうもありがとう?」

「……それはどういう意味かな」

 

モンスターを破壊され、微々とはいえライフも減っている。

その状態で笑う精神状態は理解出来ない。

 

―――そう思っていた矢先、フィールド上が銀世界に包まれた。

 

「これは…!?」

「アブソルートZeroの効果発動!このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する!」

「な…っ!」

 

銀世界に包まれたジェムナイト・パールは為す術もなく、氷となって砕け散った。

一気に戦場はガラ空き。もはや優劣の欠片もない。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。《融合回収(フィージョン・リカバリー)》を発動。自分の墓地に存在する《融合》魔法カードと融合に使用した融合素材モンスター1体を手札に加える。 

俺は融合とエアーマンを手札に加える」

 

墓地のカード2枚を手札に加え、凍夜は自分のフィールド・手札・墓地のカードを再度確認する。

 

HEROデッキというのは実に多種多様な融合召喚が出来る。

出来る、ということはつまり選択肢が多いわけで、その選択肢の中から常に最善の手を選ばなくてはいけない。

一度のデュエルで出来る融合回数にも限度がある。もし融合召喚にでも失敗すれば計4枚のロスト。決して少なくない、そして軽くもないダメージだ。

 

「(さて、どうするか…)」

 

その事を前提に、凍夜は僅かに目を細めた。

警戒するべきは相手の伏せカードだ。

どんな効果を持った罠、もしくは魔法カードなのか。

もし自分が相手と同じ立場なら、伏せるカードは恐らく…。

 

「俺は罠カード《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地のバブルマンを特殊召喚!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK800

 

さっきはアブソルートZeroの融合素材として召喚される間もなく墓地へと送られた哀れな泡男だが、今度こそようやく出番が回ってきたようだ。

 

「攻撃力800……また融合かい?」

 

相手は凍夜の手札に融合カードと、融合素材となるエアーマンがあることを知っている。

たった攻撃力800で攻撃してくる筈は無いと思っての発言だったが、それは半分正解で半分不正解であった。

 

「んー?やっだなぁ、まさかそんな芸の無いことするとでも思ってんの?」

「……何?」

「とりあえず、そうだな………あんま俺達をナメんなよ?」

 

おちゃらけた態度は一変、相手はその鋭い眼光に貫かれた。

ソリットヴィジョンであるはずのバブルマンも、その瞳の奥をギラギラと輝かせているような気がした。

その闘志に応えるように、凍夜は一枚のカードを手にした。

 

「HEROは進化し続ける。速攻魔法《マスク・チェンジ》を発動!新たな仮面を纏い、再び現れよ!霧の英雄《M・HERO ヴェイパー》!」

 

《M・HERO ヴェイパー》 ATK2400

 

バブルマンが新たな姿となり、フィールド上に姿を見せる。

全身が青い装甲に包まれ、右手には蒸気を発する白い槍を持っていた。

 

「マスク・チェンジは自分フィールド上のHEROと名のついたモンスター1体を選択し墓地に送ることで、自分のエクストラデッキからM・HEROと名のついたモンスター1体を特殊召喚する」

「M・HERO、か。成る程、それがキミの言う進化ってことなんだね」

「え?あー…まぁ、そこは自己解釈の自由ってことで」

 

妙に歯切りの悪い口調だが、デュエルを続行すればそんな表情も鳴りを潜めた。

 

「俺はヴェイパーに装備魔法《アサルト・アーマー》を装備。アサルト・アーマーは自分フィールド上に存在する戦士族モンスターが1体の場合のみ装備可能で、攻撃力を300ポイントアップさせる」

 

《M・HERO ヴェイパー》 ATK2400→2700

 

ヴェイパーの全身が白い輝きに包まれる。

そして昆虫を思わせるような赤い瞳で相手を真正面から見据え、槍を構えた。

 

「終わりだ。俺はヴェイパーで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

ここでヴェイパーのダイレクトアタックが決まれば相手のライフは残り1300。

下級モンスターでも十分に殴れる射程距離へと入ってしまう。

ならばここでヴェイパーを破壊する以外、相手に残されている手段は無い。

 

「罠発動《サンダー・ブレイク》!手札を一枚捨てることでフィールド上のカード1枚を破壊する。ヴェイパーを破壊!」

 

空から轟音と共に雷が落ちる。

これで破壊されたと相手が安堵した瞬間、雷はヴェイパーの体をすり抜け、全く見当外れな場所に落ちた。

 

「な、何故…」

「ヴェイパーはカードの効果では破壊されない。バトル続行、ヴェイパーで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「く…っ」

 

警察 LP4000→1300

 

まさか破壊耐性持ちだったとは知らず、相手は歯噛みする。

攻撃力2700のモンスターを戦闘破壊するには骨が折れる。

自分の手札を再確認し、次のターンからが勝負だと凍夜を見るが……何故かバトルフェイズが続行されたままだ。

凍夜のモンスターであるヴェイパーも戦闘態勢を解かない。

 

「どういうことだい?」

 

凍夜は器用に口元だけで笑うと、次の行動へ移る。

 

「俺はヴェイパーに装備されているアサルト・アーマーをリリース」

「わざわざ装備したカードをリリース?……っ、まさか…!?」

 

怪訝に呟くが、何故か装備カードを失っているはずのヴェイパーが輝き続けている。

その事実に相手は勢い良く顔を上げ、凍夜に視線を向けた。

 

「ご名答。アサルト・アーマーの効果は戦士族モンスターの攻撃力を上げるだけじゃない。

 このカードをリリースすることによって装備されていたモンスターはもう一度攻撃可能になる」

「なんだと!?」

「言っただろ、終わりだってな。ヴェイパーで再び直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「ぐあぁあああッ!」

 

LP1300→0

WIN 凍夜

 

決着がつき、0から9で構築されていたソリットヴィジョンが消える。

デュエルの切っ掛けは非常にくだらないものだったが、それでも決着はついたのだ。

残されたのは勝者と敗者の二名。その事実だけだ。

 

「約束は守ってもらう」

「……仕方ないね。今日は見逃してあげるよ」

 

よし、これで遊馬にあんなことやこんなことが続けられると凍夜が鼻息を荒くして安堵していると、この場に似つかわしくない甲高い音が響いた。

 

「うん?あぁ、ちょっとごめんよ」

 

音の正体は相手の携帯からだったようで、インカムを通しながら何かを話している。

 

「……渋滞にオボットの暴走?え?自動販売機からジュースが?」

「じゃあ俺帰るんで。早く帰らないと遊馬と愛を語り合う時間がなくなる…!」

「気をつけて帰るんだよ。……ううん、なんでもない。こっちの話し。場所はどこ?」

 

未だに会話中の警察など眼中に入れず、凍夜は全速力で家へと走った。

ちなみに走っている最中に妄想がオーバーヒートして倒れかけたのだが……それはまぁ、余談である。

 

 




はい、凍夜のデッキはHEROデッキになりました。
初のデュエル描写なので緊張しました。ものっそい緊張した!
あ、アサルト・アーマーの効果はOCG版ではなく、漫画版仕様になってますのでご了承下さい。
だってなんかそっちの方がカッコ良かったから(震え声)

取り敢えず、凍夜の変態度は割りかし低め。


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第六話 子供には、批評よりも手本が必要である

どうも、雲珠(うず)です。
第五話を見て下さり、ありがとうございます。

サブタイはジューベール先生の名言!


「ただいまー」

 

つい先程まで逮捕を賭けたデュエルをしていたとは思えないほどの気軽さで家に帰ってきた凍夜。

そのままリビングに向かえば、食事風景が目に映った。

 

「あ、兄ちゃんお帰り」

「ただいま、遊馬。口元にご飯粒ついてるぞ」

「えっ、どこ?」

「んー……こkぐぇっ!」

 

自然な動作で遊馬に顔を近付ける凍夜だったが、突然カエルが潰れたような声を出して床に倒れた。

そして実に恨みがましそうな表情で、目の前の人物を睨みつけた。

 

「んだよ姉貴」

 

睨みつけられた姉も、凍夜に負けず劣らずの般若顔で額に青筋を浮かばせていた。

視線の間で火花が散るような音が聞こえる。

 

「遊馬の教育に悪いでしょうが!」

「兄弟愛のどこか教育に悪いってんだ!世界一純粋な愛だろうが!」

「アンタの場合は行き過ぎて不純なのよ!」

 

ギャンギャンと目の前で繰り広げられる姉と兄の舌戦に、遊馬は遠い目をしながらスルーした。

最初の頃は喧嘩を止めようとオロオロしていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

喧嘩自体は遊馬が仲裁に入れば弟溺愛の凍夜はすぐに止めるし、仲裁が入らずとも……。

 

「痛たたたたたッ!!!ギブ!ギブアップ!!骨折れる!」

「今度遊馬の前で変なことしたら許さないからね」

 

黒帯保持者の姉に運動神経が良いだけの凍夜が勝てるはずもなく、物理的に黙らされて終わる。

とはいえ、毎回毎回姉による教育的指導を受けながらも凍夜は遊馬への変態行為を控えたことなど一切無い。

そのゴキブリ並に強い忍耐と精神力は一体どこから来るのか…。

 

「遊馬!お姉ちゃんが酷いんだ!」

「言ってる側から抱きつくな!」

「ゴフッ!?」

 

本日二回目の蹴りで再び床に沈む凍夜。

それでも片手で遊馬の服を掴んでいるあたり、そのブラコン度は重度と言えよう。

 

「ごめん、遊馬。お兄ちゃん、少しだけ離れるな。寂しくなるかもしれないけど、本当に少しの間だから…!」

 

少しも寂しくなんてないが、自分を本当に大切にしてくれているのは分かっているから言わないでおいた。

言ったら言ったで面倒臭そうなどとちっとも思ってない。思ってないったら思ってない。

 

「さっさと座れ」

「……はい」

 

流石の凍夜も黒帯の蹴りを三度も食らいたくないのか、非常に名残惜しそうに遊馬から離れ、席に座った。

すでに用意されていたご飯を一口食べると、全員の食事が再開された。

 

「……ところで遊馬、なんか姉貴の機嫌悪くないか?」

「さっき原稿消えたって言ってた」

「あぁ、それで…」

 

納得したように頷く凍夜だが、姉の機嫌が悪いのは凍夜にも原因がある。

目の前で恋人並に甘い雰囲気を出されたらそりゃあ殴りたくもなる。

一体いつからこんな性格になったのかと思わず姉の口から溜息が漏れた。

 

「突然システムエラーになったのよ。それで原稿も全部消えて……全く、困ったどころの話じゃないわよ」

《――本日、街で起きたシステムダウンについてですが、原因は未だに不明……》

 

姉が怒った表情で愚痴っていると、丁度テレビからその放送が流れていた。

画面には停止したモノレールや赤信号で渋滞している車が映し出されている。

……俺とデュエルした警察も、まさかこれが原因で呼び出されたのか?

 

「俺もオボットに捕まって大変でさー。あ、自動販売機もぶっ壊れてたっけ」

「何だと?遊馬、その話もっと詳しく」

「え?えーと、自動販売機が壊れてジュースが出まくってた」

「違う。そっちじゃない」

 

凍夜はテーブルを強く叩き、勢い良く椅子から立ち上がった。

あまりにも真剣な表情に遊馬はごくりと喉を鳴らした。

 

「捕まった、だと?つまりは遊馬に触れたわけだ……遊馬の柔肌に、機械ごときが!

 場所はどこだ?安心しろ、次からそんなことが出来ないように分解……んん!改良してくるだけだ。それと俺が帰ったら一緒にお風呂に入ろう。主に機械に無理矢理触られたところを重点的に。勿論、それ以外のところもお兄ちゃんの手で洗って、いやむしろ洗ってない場所なんか無いくらい頭の天辺から足の先まで徹底敵に…!そ、そんな、遊馬の体を合法的に触り尽くしたいなんて思ってないから大丈夫だ!」

 

いや完全に触り尽くしたいだけだろう変態。

凍夜を除き、その場にいる全員が思った。

 

「黙って食事してろ」

「ガフッ!……はい」

 

テーブルの下から繰り出された弁慶攻撃に、凍夜は泣く泣く痛みを堪えながら座った。

 

そして後日、新聞の片隅に街の郊外で修理不可能な程スクラップにされたオボットが一機見つかる事件があったとか無かったとか。

 

 




うーん、短い。


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第七話 人間にもっとも多くの災禍をもたらす者は人間なり

雲珠(うず)です。
第六話を見て下さり、ありがとうございます。

サブタイはプリニウス一世の名言です。




次の日、凍夜が教室に入ると電子黒板と電子教科書に赤い文字でERRORと映し出されていた。

 

「これは…」

「どうやら昨日のシステムダウンで、学校のシステムにも問題が出たようですね」

 

立ち尽くしていた凍夜に声を掛けたのは、昨日凍夜の妄想にドン引きして帰っていった拓真だ。

凍夜に話しかけられるレベルまで回復したその精神力は非常に素晴らしい。

 

「成る程、ということは……」

「えぇ、今日の授業は自習「遊馬の学校生活を見られるチャンス!」

 

突然鞄の中に手を入れたと思うと、取り出したのはビデオカメラ。

 

「先生にはテキトーに言っといてくれ!」

 

そう言うと凍夜はビデオカメラを片手に教室を飛び出し、どこかへ行ってしまった。

まぁ確実に遊馬の所だとは思うが…。

 

「……はぁ」

「大変だな、お前」

「元気だせよ」

 

ツッコミを入れる隙さえなく、走り去って行って凍夜に溜息をついた。

そのあまりの不憫さに、やり取りを見ていたクラスメイトがその両肩を叩いた。

 

「だったら貴方達が凍夜の相手をして下さい」

「「無理。だってアイツ変態だし」」

 

声を揃えて言われ、拓真は二度目の溜息をついた。

そして授業に来た先生に凍夜の事を聞かれ、包み隠さず弟のストーカーに行ったことを暴露した。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「遊馬の教室は……お、ここだ」

 

迷いの無い足取りで遊馬の教室へと辿り着いた凍夜。

教室を除くと、どうやら遊馬のクラスも授業どころでは無いらしい。

取り敢えずビデオカメラをズームにして遊馬の一挙一動を目に焼き付ける。

 

「ハァハァ、遊馬可愛い。そんなに元気よく手を上げて…!制服の隙間から見える脇とか項とか超エロい。クソッ!遊馬のクラスメイトは毎日毎日毎日毎日遊馬の天使ぶりを間近で見ているわけか!俺は昼休みかこうして自習の時くらいしか遊馬の学校生活を見れないのに!(゜皿゜メ)ギリィ」

 

持っているビデオカメラが凍夜の握力に耐えられず、ミシリと嫌な音を立てる。

凍夜は音に気付き、何とか心を落ち着かせる。

 

「いや、大丈夫だ。クラスメイトの奴等なんかよりも俺の方が遊馬のことを知ってる。

 遊馬の寝顔も遊馬の好き嫌いも遊馬のクセも遊馬の使用済みグッズも俺の方が…!使用済みのストロー程度で満足している奴等なんぞに俺は負けん!!」

 

見えない敵に対して対抗心を燃やす凍夜。

もし拓真が近くにいれば使用済みのストローなんて拾うのはお前だけだと辛辣なセリフと共に突っ込んでくれたことだろう。

 

「さてと、ムービーだけじゃなく写真も………ん?」

 

凍夜が再び教室の中を覗き込むと、何故か遊馬と遊馬のクラスメイトが距離を開けて向かい合っていた。

その光景を見て何が始まるのかを理解した凍夜は慌てた様子で教室のドアに手をかけた。

 

『デュエ「ちょっと待ったぁああああぁぁぁ!!!」

 

スパーンと勢いよくドアが開き、その音に生徒達が振り向く。

全員が突然の介入者に驚く中、いち早く冷静になったのは遊馬だった。

正確には冷静ではなく、慣れていたというのが正解だが。

 

「に、兄ちゃん!?」

「イエス!遊馬のためなら火の中、水の中、嵐の中、例え槍が降ろうとも現れるお兄ちゃんだ!」

 

いやその自己紹介はおかしいと思ったが、あまりにも突っ込みたい所が多すぎて口には出なかった。

取り敢えず、何故ここに兄がいるのだろうかと純粋な疑問をぶつけた。

 

「何で兄ちゃんがここに?」

「遊馬のいる所に俺がいるのは当たり前だろう?」

「うん。冗談はいいから」

「…授業が自習だったから遊馬を盗撮して夜のオカズ……じゃなくて、可愛い弟の授業参観でもしようかと」

 

正解言っちゃってるし!全部聞こえたから!

そう叫ぼうにも、もし吹っ切られて暴走でもされたら危ない。

遊馬は全力でドン引きしながら曖昧に受け流した。

 

「そ、そうなんだ…」

「あぁ。……って、そうだ!そこのお前!」

 

教室に飛び込んだ目的を思い出したのか、遊馬と向かい合っていた生徒を指さした。

おかっぱが特徴な男子は突然自分を指名され、ほぼ反射のように言い返した。

 

「ぼ、僕に何か用ですか!」

「遊馬とデュエルすんのは俺だ!遊馬とデュエルしたかったら俺を倒してからにするんだな!ただし遊馬の写真提供もしくは使用済みのモノで手を打たなくもない。そこら辺はアレだ、要相談ってことで……分かるだろ?」

「トドのつまり、意味が分かりません」

「何でだよ!」

「どうして僕がキレられてるんですか!?」

 

目の前のやりとりに、おかっぱの男子へと同情の目が集まる。

先生は学年どころか等部の違う凍夜のこともスルーしてどこか楽しげに事の次第を見守っている。

 

「意味が分かりませんが……トドのつまり、貴方を倒せば遊馬君とデュエルが出来るわけですね」

「中坊のガキに負けるほど、俺は弱くないぜ」

 

その中学生のガキに全力で喧嘩を売っているのは凍夜なのだが、言葉のブーメランに気付かずデュエルの体勢に入る。

本来デュエルするはずだった遊馬はその置いてきぼり感に落ち込み、小鳥達の方へと場所を移動した。

 

「(ハァハァ、落ち込んでる遊馬可愛すぎる。今すぐテイクオフしたい…!)」

 

「デュエル!」

「……デュエル」

 

凍夜 LP4000

等々力 LP4000

 

遊馬の方を見ながらデュエルを開始した凍夜に、まるで相手にならないと言われたように感じたおかっぱ男子、もとい等々力は力強くカードを引いた。

 

「僕の先攻、ドロー!《魔界発現世行きデスガイド》を召喚!このカードが召喚に成功した時、手札・デッキからレベル3の悪魔族モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚できる。僕はデッキから《バグマンY》を特殊召喚!」

 

《魔界発現世行きデスガイド》 ATK1000

《バグマンY》 ATK1400

 

いきなりレベル3のモンスターが2体並ぶ。

攻撃力1000と1400、どちらもすでに効果は使えない。

ならば、そのままフィールドに残してはおかないだろう。

 

「レベル3のデスガイドとバグマンYでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現われろ《グレンザウルス》!」

 

《グレンザウルス》 ATK2000 ORU2

 

口から炎を吐く恐竜を見ながら、凍夜は「ほお」と呟いた。

 

「意外とやるな」

「意外は余計です!僕はカードを1枚セットし、ターンエンドです」

「俺のターン、ドロー」

 

凍夜は自分の手札を見た後、相手フィールド上にセットされたカードに目を向ける。

そして1つ頷くと、自身の手札に手をかけた。

 

「モンスターを裏守備表示で召喚。カードをセットしてターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!色々言っていた割には消極的ですね。怖気づきましたか」

「ハッ」

 

挑発してくる等々力に、凍夜は余裕の笑みを浮かべて笑い返した。

あまり挑発の耐性は無いのか、等々力は憤慨した様子でデュエルを続行した。

 

「その余裕も今の内です!僕は《カードガンナー》を召喚し、効果発動!デッキの上からカードを3枚墓地へ送り、エンドフェイズ時まで攻撃力を1500ポイントアップさせます」

 

《カードガンナー》 ATK400→1900

 

「さらに魔法カード《ダーク・バースト》を発動!自分の墓地から攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を選択して手札に加えます。僕はバグマンXを選択」

「ふーん?」

 

墓地落としからの回収。

手際の良いプレイに凍夜もようやく心のスイッチを切り替えた。

真剣味を帯びた凍夜の目を見て、等々力は満足したように頷く。

 

「行きますよ、バトルです!グレンザウルスでモンスターに攻撃!」

 

セットされたモンスターがグレンザウルスの攻撃を受けて姿を見せる。

現れたのは《E・HERO フォレストマン》だ。

 

《E・HERO フォレストマン》 DEF2000

 

「フォレストマンの守備力は2000。残念だったな」

「くっ、ターンエンドです」

 

同じ2000同士ではどうすることも出来ない。

優勢だったように見えて、実際は均衡しているだけだった。

それが崩れるのは恐らく次の凍夜のターン。

 

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時、フォレストマンの効果を発動。デッキから《融合》カード1枚を手札に加える。

 そして《E・HERO エアーマン》を召喚。このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキからHEROと名のついたモンスター1体を手札に加える。俺は《E・HERO オーシャン》を手札に加える」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK1800

 

「魔法カード《融合》を発動。俺は場のフォレストマンと手札のオーシャンを融合。

 大地の鼓動高鳴りて、その拳で全てを砕け!融合召喚!大地の英雄《E・HERO ガイア》!」

 

《E・HERO ガイア》 ATK2200

 

地面から湧き出るように姿を見せる、全身が鎧に包まれた戦士。

まさに大地という言葉に相応しい巨体でモンスターごと相手を見下ろした。

その迫力に等々力の足が一歩後退した。

 

「行くぜ、ガイアの効果発動!このカードが融合召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択する。そしてこのターンのエンドフェイズまで選択したモンスターの攻撃力を半分にし、ガイアはその数値分攻撃力をアップさせる」

「な…っ」

 

《グレンザウルス》 ATK2000→1000

《E・HERO ガイア》 ATK2200→3200

 

小さくなるグレンザウルスに対し、ガイアは更に体を大きくしていく。

顔を青ざめる等々力に、凍夜は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「バトルだ。エアーマンでカードガンナーを攻撃!ガイアでグレンザウルスを攻撃だ!」

「ぐぅうっ!」

 

等々力 LP4000→2600→400

 

モンスター2体を破壊された等々力は攻撃の余波で体が後ろに飛ばされる。

もはや火の粉2発で死ぬレベルまでライフを減らされた等々力だが、フラフラになりながらも体を起こした。

 

「と、トドのつまりピンチですが……まだです!僕は永続罠《リビングデッドの呼び声》を発動、墓地から《バグマンY》を特殊召喚します!」

 

《バグマンY》 ATK1400

 

「モンスターをフィールドに残したか…。俺はこれでターンエンドだ」

 

《E・HERO ガイア》 ATK3200→2200

 

凍夜のターンが終わったことでガイアの攻撃力が元の数値へ戻る。

 

「勝負はこれからです!僕のターン、ドロー!僕は《バグマンX》を召喚!バグマンXは自分フィールド上にバグマンYが表側表示で存在する時、デッキから《バグマンZ》を特殊召喚できます。来い、《バグマンZ》!」

 

《バグマンX》 ATK0

《バグマンZ》 ATK0

 

これで等々力のフィールドにはバグマンXYZの3体が揃った。

何か来るな、と凍夜は静かに目を細める。

 

「僕はレベル3のバグマンX、Y、Zでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ、《ワクチンゲール》!」

 

《ワクチンゲール》 ATK1800 ORU3

 

3つの光に囲まれ、白衣を着た天使が現れた。

その手には等身大ほどもある注射器を持っている。

 

「ワクチンゲール……初めて見るモンスターだな」

「行きますよ、ワクチンゲールでガイアに攻撃です!」

「何だと?」

 

攻撃力の劣るワクチンゲールの攻撃に凍夜は僅かに瞠目した。

 

「ワクチンゲールの効果発動!オーバーレイユニットを1つ取り除くことで、自分フィールド上のモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズ時まで1000ポイントアップします!僕はワクチンゲールの攻撃力を1000ポイントアップ!」

「く…っ」

 

《ワクチンゲール》 ATK1800→2800

 

凍夜 LP4000→3400

 

レベル3モンスターを3体も必要とする時点で何らかの効果があるとは思っていたが、まさか攻撃力アップだったとは…。

凍夜は破壊の余波を片手で防ぎながら、心の中で呟く。

 

「ターンエンドです」

 

《ワクチンゲール》 ATK2800→1800

 

「俺のターン、ドロー。……流石俺のデッキ、分かってるな」

 

引いたカードを見た瞬間、凍夜は不敵な笑みを浮かべた。

 

「喜べ。もう1つの大地を見せてやるよ」

「もう1つの……大地?」

「俺は手札から《ミラクル・フュージョン》を発動!自分のフィールド・墓地から融合素材を除外することで、エクストラデッキから融合モンスター1体を特殊召喚する。俺は墓地のフォレストマンとオーシャンを除外!」

 

凍夜の言葉に疑問符を浮かべる等々力だが、凍夜はそんなことは知らないとばかりに展開を進めていく。

そして凍夜のフィールド上にガイアの素材となったフォレストマンとオーシャンが半透明の姿で現れた。

その体はお互いを溶かし合うように徐々に消えて行く。

 

「よく見とけ。これがもう1つの大地だ。

 海と森から生まれし、灼熱の大地!融合召喚!地球の英雄《E・HERO ジ・アース》!」

 

《E・HERO ジ・アース》 ATK2500

 

白い体の戦士が溶け合う渦の中から姿を現す。

地球という言葉通り、その背後に一瞬だけ広大な青が輝いた。

 

「ジ・アースの効果発動。自分フィールド上の表側表示で存在するE・HEROと名のついたモンスター1体をリリースすることで、その攻撃力分の力を得る。俺はエアーマンをリリース!」

 

《E・HERO ジ・アース》 ATK2500→4300

 

同じHEROの力を得たジ・アースがその体をマグマのごとく赤く、そして熱くしていく。

 

「攻撃力、4300…!?」

「終わりだ。ジ・アースでワクチンゲールを攻撃!」

「うわぁあああぁあ!!」

 

等々力 LP400→0

WIN 凍夜

 

ワクチンゲールが破壊され、凍夜の勝利が決まった。

だがARヴィジョンが解除される瞬間、凍夜は頭の上に疑問符を浮かべた。

 

「(ん?ワクチンゲールの効果って自分のターンだけか?)」

 

てっきり相手のターンにも発動出来るのだと思っていた凍夜は「リリースし損じゃん」と内心でボヤいた。

まぁ、それでも勝ちは勝ちだと笑顔で遊馬に振り向いた。

 

「遊馬ぁvVお兄ちゃん勝ったぜ!」

「おう!スッゲェ格好良かった!」

 

普段変態行為しかされていない遊馬にとって、真面目にデュエルしている兄の姿は貴重であり格好良くもあった。

いつもこうだったら良いのにと本気で思ったほどだ。

だが遊馬の心など知らない凍夜は、頭の中である言葉がエコーしていた。

 

「ッ!?(格好良かった……格好良かった……格好良かった……)」

 

遊馬の笑顔+褒め言葉をダイレクトに受けた凍夜は鼻を抑え、その場に倒れた。

 

「そんな、格好良かっただなんて…!これはOKですよね?誘っていると考えてOKですよね!?まさか遊馬から誘いプレイを言い出してくるなんてお兄ちゃんを萌え殺す気!?そして遊馬から許可が出たということはもうこれは合法だと。そういうことか!ハァハァ。

 大丈夫だ遊馬、安心しろ。俺は他の野郎共と違って性急に求めることなんてしない。最終的に恥じらいを持ちつつ縋ってくるくらい俺にどっぷり嵌らせて優しく、優しく………ブフォッ」

 

抑えきれなくなったのか、床に血の池を作る凍夜。

クラス全員どころか先程まで笑顔を見せていた遊馬もドン引きした。

いや、むしろドン引きすら生ぬるい。その目は汚物を見るような目だった。

凍夜はその視線に気付き、さらに興奮したように遊馬に迫った。

 

「踏め、踏もう、踏んで下さい。遠慮することはない!さぁ!さぁ!!(*´Д`)ハァハァ」

「い、嫌……気持ち悪い」

「はうっ!もっと罵ってくれ!」

 

完全にメーターが振り切れているらしく、欲求がド直球だ。

このままだと人目を憚らずにマジで襲いかねないと周囲の誰もが思った時、凍夜が教室に乗り込んできたのと同じ音が響いた。

 

「やはり此処にいましたか、糞虫」

 

見ると、そこには凍夜に負けず劣らずの美形。

だがその表情は般若の如く怒りに溢れていた。

 

「ハァハァ、遊馬マジ天使…!」

 

その人物は凍夜がもっともよく知る人物であったが、もはや遊馬しか見ていない凍夜は気付かない。

周囲の視線を嫌というほど受けながら、その人物はゾンビのように這い蹲る凍夜に近付くと遠慮なくその頭を踏み潰した。

 

「死ね、変態ゴミ野郎」

「ごべばッ!?」

「さっさと死ね、今すぐ死ね、地獄に召されろ」

 

何度も容赦なくその頭を蹴り続ける美形。

だが最初の一撃で気絶したのか、死体のごとくピクリともしない。

その様に満足したのか、顔が無表情に戻る。

そして恐怖で目尻に涙を浮かべている遊馬に振り向いた。

 

「初めまして、相沢拓真です。九十九遊馬君ですね?貴方のことはこのウジ虫から耳にタコが出来るくらい死ぬほど聞かされています」

「え、ご、ごめんなさい…」

「謝罪はこの糞野郎から土下座でして貰うつもりなので大丈夫ですよ。……っと、済みません。次の授業までに時間がないのでこのストーカー馬鹿は引き取りますね」

「あ、はい。お願いします」

「皆さんもご迷惑をお掛けしました。……さっさと行くぞこの変態クズ野郎が。テメェのせいで私まで先生にとばっちりを受けることになりやがったんですからね」

 

礼儀正しく頭を下げると拓真は凍夜の無駄に長い髪の毛を鷲掴み、そのまま引き摺るように教室から出て行った。

途中から何かにぶつかるような硬い音が連続で聞こえたが、きっと階段を降りている足音なのだろうと、そう思い込むことにした。

 

『………』

 

そして殺害現場のような有り様の教室を全員が無言で掃除し、精神衛生上、全てを無かったことにした。

だがこの日を境に、クラスの皆が少しだけ遊馬に優しくなった。

 

 




「こんな優しさいらない(´・ω・`)」


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第八話 言葉をもって教えるよりは、実行をもって示せ

どうも、雲珠(うず)です。
第七話を見て下さり、ありがとうございます。

サブタイはスマイルズ先生の名言です。


「うう~ん、遊馬が1人、遊馬が2人、遊馬が3人……グヘヘ、ハーレム(´ε`*人)」

 

幸福そうな笑みを浮かべ、欲望という名の涎を流し続けている凍夜。

その背後に、黒い影が近付く。

 

「さっさと起きないと貴方の盗撮カメラぶち壊しますよ」

「それだけはダメェエエエェエ!!……ん?あれ?」

 

不吉な言葉が聞こえ飛び起きると、そこには白い天井と拓真の姿。

ここ、保健室か?何でこんなところに…?

疑問を浮かべながらも、近くに置いてあったカメラを死守するために懐に隠した。

 

「ようやく起きましたか。もう放課後ですよ」

「はぁ!?放課後!?」

 

いやいやいや、それは有り得ないだろうと内心ツッコミを入れたが、窓の外を見ると拓真の言葉を証明するように夕日がコンニチハしていた。

まさかこの俺が、遊馬の日常記録をすっぽかして寝ていた…だと!?

 

「で、謝罪もしくは弁解はありますか?」

「謝罪?一体何のことだ?そんなことより、なんかさっきから後頭部が痛い……って、痛いって言ってんだろ!何で叩く!?ドSか!」

 

どうやら頭を強打した(された?)衝撃で今日一日の出来事を忘れているらしい。

何とも都合の良い凍夜の脳味噌に拓真は追い打ちを掛けるように一撃をかました。

 

「ったく、マジ痛ェし…。つか、俺なんで保健室に居るんだ?」

「階段に頭をぶつけて気絶したみたいですよ」

「あー、それで頭痛ェのか。記憶も飛んでるみたいだし、最悪だな」

 

凍夜に記憶がないのをこれ幸いとばかりに捏造する拓真。

まぁ、捏造と言っても決して嘘も間違ったことも言ってないのだが。

ただ話の内容を省略しただけに過ぎない。

 

「それはそうと、何でお前も保健室に居るんだ?まさか俺のことを心配して「その下に付いてる粗末なモン引き千切りますよ」るわけ無いですよねスミマセン」

 

本来なら土下座して咽び泣くまで謝罪を求める気であったが、当の本人が記憶をすっぽりと落としてしまったみたいなので諦めた。

 

「一応謝罪は聞けたので私はこれで帰ります」

「おう、じゃあな」

「貴方が早く土に還ることを祈っていますね」

「死ねってか?早く死ねってか?……オイ!無視して帰んな!」

 

邪気しか感じられない素敵な笑みを浮かべ、拓真は後ろで騒ぐ変態には目もくれずさっさと帰っていった。

残された凍夜は最初こそ憤慨していたが、すでに悪辣な態度に慣れたせいもあり、ものの数秒で遊馬へと思考が切り替わった。

 

「(この時間だと遊馬はもう帰宅してるか…)」

 

遊馬の貴重な学校生活を見逃したことに落ち込みながら、深い溜息を吐く。

この心の虚しさは遊馬で癒やすしかないとベッドから立ち上がった時、ポケットに入れていたD・ゲイザーが震え出した。

 

「こんな時に一体誰……ん?姉貴?」

 

D・ゲイザーのディスプレイ部分に“明里姉”という文字が浮かんでいる。

通信機能をオンにすると、どこか焦ったような姉貴の声が聞こえてきた

 

「凍夜!大変なの!」

「ちょっ、おいおい落ち着けって姉貴。焦っても良いことなんてないぞ?」

「遊馬が「なに落ち着いてんだよ姉貴!もっと焦れよ!時間は有限なんだぞ!?遊馬がどうした!?何かあったのか!?まさか遊馬のあまりの可愛さに誰かが勢いあまって襲ったなんてことは…っ!一体どこのどいつだ!そいつの居場所を吐け、姉貴!今すぐ俺が内蔵に砂を敷き詰めて恥ずかしい過去をネット上でバラ撒いてくれる…!」

「うん。まずアンタが落ち着け」

 

人間、自分よりも慌てている人がいたら自然と冷静になるものだ。

遊馬の名前を出した瞬間に手のひら返しを食らった明里は額に青筋を浮かべながらも何とか口調を抑えた。

 

「これが落ち着いてられるか!遊馬に…っ、遊馬に何があったんだ!?」

「一本背負いされたくなかったら黙ってろ」

「………ハイ」

 

電話越しにも関わらず姉の黒い笑みを察知したのか、凍夜は人形のようにコクコクと首を縦に振った。

静かになった凍夜に、明里は会話を続ける。

 

「昨日のシステムダウンについて覚えてる?」

「あぁ、学校の図書館からウィルスが撒かれてたんだろう?」

 

平然と返された言葉に明里の思考が一瞬止まった。

 

「アンタ、知ってたの!?」

「遊馬が被害に遭ってんのに調べない訳ないだろう。まぁ、犯人までは特定出来なかったが。チッ、折角お礼参りに行ってやろうと思ったのに」

「…そう。知ってるなら話は早いわ。その犯人のところに、遊馬が今向かってる」

「犯人が分かったのか!?流石俺の遊馬!……で、場所はどこだ?」

 

興奮した口調は一転、背筋も凍るほど冷たい空気が凍夜の体に纏わりつく。

遊馬が被害に遭ったという事実に相当怒っているらしい。

 

「学校近くの建設中の建物よ」

「建設中……あぁ、あそこか。分かった。突き落としてくる」

「何を!?凍夜ちょっと待ちなさい!凍夜!凍夜!」

 

明里の静止の声も虚しく、不穏な言葉を最後に凍夜との通信が切れた。

 

 

 



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第九話 有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い

どうも、雲珠(うず)です。
第八話を見て下さり、ありがとうとざいます。

サブタイはシラー先生の名言です!


 

太陽が完全に沈み、街灯が道を照らす頃、凍夜は険しい表情で目の前の建物を睨みつけていた。

 

「ここだな…」

 

愛憎入り乱れる目付きで呟く凍夜。

そして乱暴に扉を叩きつけると身体能力を十全に駆使して建物の内部を一直線に駆ける。

靴音が一定間隔で響き渡り、その早さを物語っている。

凍夜の体がじんわりと熱を持ち出した時、もう一つの扉に辿り着いた。

 

「遊馬!」

 

愛しい弟の名を呼び、勢いを殺さずに扉を蹴り飛ばす。

が、しかし。その先には暗闇に包まれた奈落が待っていた。

 

「あっ、ぶね…!?」

 

咄嗟に左右の壁を両手で掴み、何とか落下を回避した凍夜が下を見て冷や汗をかく。

腕と腹筋に力を入れ、ゆっくりと上半身を起こすと静かに安堵の息を吐いた。

と同時に、凍夜は僅かに首を捻った。

 

「間違えた…?いや、そんなはずは無い。場所は合ってる。けど遊馬がいない……となると、移動した?」

 

頭を回転させながら、扉の向こうの内部を観察するように視線を張り巡らせる。

よくよく見ると、どこか記憶に引っ掛かる構造をしている。

まだ未完成のようだが、これは……

 

「エレベーターか!」

 

再び身を乗り出し、顔を上げる。

暗くてよく見えないが、遊馬が上にいるような気がした。

 

「今行くからな、遊馬…!」

 

周りを見渡し上に行く方法を探す凍夜の目に、非常階段と書かれたランプが目に映る。

流石に同じ轍を踏みたくないのか、ゆっくりと扉を開けて中を確認すると上へと続く階段が存在していた。

 

「ふ、犯人め……目にもの見せてくれる!遊馬に手を出した罪は重い…!」

 

背後に黒いオーラを纏わせながら、鋭い眼光で階段の先を睨みつける。

無駄に長い凍夜の髪が暗闇に溶けて消えた。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

一方その頃、事件の真犯人は遊馬とデュエルをし、敗北していた。

真犯人の正体は遊馬の担任である右京先生だった。

目的は電子情報をバラ撒き、暴走させること………ではなく、ただ単にある電子回路を完成させることであった。

現在はそれが成功し、空中にD・ゲイザーを通して見ることの出来る巨大バクマンが浮かんでいる。

これで事件も解決し一件落着!さて帰ろうか、と全員が思った時、突然ドアが破壊されるのではないかという音を立てて開かれた。

 

「きゃっ!」

「なんだ!?」

「トドのつまり、何事ですか!?」

 

驚きの視線の先には、その場にいる全員が見慣れた人物。

特に等々力はある種のトラウマがあるのか、その人物を認識した瞬間に顔が青褪めた。

 

「ゆ、遊馬君のお兄さん…!」

「兄ちゃん!?」

「え?凍夜さん?」

「おや、確か高等部の…」

 

三者三様ならぬ四者四様の反応をされた凍夜はゆっくりと顔を上げた。

髪が汗で顔にへばり付き、服は肌蹴け放題。おまけに相当息が上がっている。

まさに疲労困憊という様子であったが、遊馬を視界に入れた瞬間に花が咲いた。

 

「遊馬!無事か!?身体的及び精神的に大丈夫か!?何かされたなら兄ちゃんに遠慮無く言ってくれ。草の根かき分け地の果てまで追い詰めて社会的に抹殺してから地獄のドン底に突き落としてくれる…!!」

「え、えっと…」

 

完全に目が血走っている凍夜を前に、遊馬は無意識の内に右京先生の方をチラリと見た。

勿論それは右京先生を心配しているからこその行動だったが、いかんせん目の前にいる人物が悪かった。

遊馬の一挙一動を見逃すまいと普段からストーカー行為を働いている凍夜の洞察力はもはや並程度では測れない。

 

「そうかそうか。その眼鏡優男野郎が犯人だな?大丈夫だ、後は兄ちゃんに任せておけ。明日になれば全部終わってる」

 

いやいやいや!全然大丈夫じゃないし!というか全部終わるって、右京先生の命も終わるよね!?

 

グッと親指を立てて良い笑顔をしている凍夜に向かって全員が心の中でツッコミを入れた。

普段のほほんとしている右京先生も流石に不穏な空気を感じ取ったのか、足が一歩後ろに下がった。

 

「ゆ、遊馬!早く何とかしないと…!」

「何とかって何だ!?」

「トドのつまり、アナタのお兄さんでしょう!?」

《遊馬。キミの兄がカードを取り出したぞ》

「うわああぁあぁ!兄ちゃん待った待った!それは本当にマズイから!……うう、兄ちゃんゴメン!」

 

カードを片手にじりじりと相手を追い詰める凍夜。

仕方ない、こうなれば一か八かだと遊馬は覚悟を決めて全力で凍夜にタックルをした。

 

「が…ッ!?」

 

体格差はあれど流石に全力のタックルには耐え切れず、凍夜はその場に仰向けになって倒れた。

元から痛む後頭部をぶつけ、生理的な涙が目尻に溜まった。

一体何なんだと苛立ちながら視線を上げると、赤い瞳とぶつかった。

 

「え、あ……え?」

「ごめん兄ちゃん!でもこうでもしないと止まらな……兄ちゃん?」

 

慌てて言い訳をしようとしていた遊馬の言葉が不自然に途切れた。

目の前の兄が近年稀に見る早さで顔を逸し――というか初めてかもしれない――その上、耳を赤くして何かをブツブツと呟いている。

 

「遊馬が俺に馬乗り…!これは襲い受けですか、それとも本当に襲ってるんですか!ヤバイどうしよう、いや遊馬になら全然襲われても構わないけど、というかむしろバッチコイだけど…!」

「に、兄ちゃん…?」

「っ!あ、あのな、遊馬…」

 

遊馬の声にはっとしように顔を上げる凍夜。

男子高校生が顔赤くしてモジモジする姿は視覚的に微妙だ。

 

「俺、頑張るから!だからその……優しく、な?」

「全然意味分かんねーけど、兄ちゃんキモイ」

「Σ(゚д゚lll)ガーン」

 

前に気持ち悪いと言われた時は完全に本能が暴走していたが故に欲望に忠実だったが、今回は理性がハッキリしており、それに加え冷静でまるで容赦のないド直球で言われたためか、遊馬のためならドMになることすら厭わない凍夜にしては珍しくガチで落ち込んだ。

 

「…そっかぁ……うん、わかってた。……うん」

 

亀のような遅さで遊馬から離れ、体育座りする背中には哀愁が漂いまくっている。

 

《言い過ぎたのではないか、遊馬》

「う、うるさい!分かってるよ!」

 

背後に佇む“靄”の指摘に思うところがあったのか、僅かに反省の姿勢を見せる遊馬。

未だに乱れたままの凍夜の服を掴み、気まずげに口を開いた。

 

「兄ちゃん、その……ごめ「良いんだ。俺の方こそゴメンな、遊馬」

 

振り返り、遊馬の頭に優しく手を置く凍夜。

しかし、次の瞬間……

 

「だが遊馬、1つだけ許せないことがある」

 

遊馬の両肩を力強く掴み、怒っていそうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべる凍夜。

あまり見たことのない兄の表情に、さしもの遊馬も体を硬くした。

やはり許してくれていないのだと思った遊馬の耳に、予想外の言葉が届く。

 

「どうして俺を頼らなかったんだ」

「へ?」

「遊馬も小鳥も、等々力君も、中学生とはいえまだ子供だ。事件の犯人は大人だったんだろう?今回は無事だったから良かったものの、もし逆上して襲い掛かって来たらどうするつもりだったんだ」

「そ、れは……その、」

 

そこまで考えて行動していなかった遊馬は言葉に詰まる。

 

「犯人を捕まえようとする勇気は兄ちゃんも誇りに思う。実質捕まえたんだから凄い。けど、俺も姉ちゃんも心配した。気が気じゃなかった。……なあ、俺って遊馬にとって頼りないか?頼りたくもない兄か?」

「ちが…っ、そんなことない!」

「なら、次からは兄ちゃんを頼ってくれ。俺の知らない所で遊馬が傷つくのは嫌だ、考えたくもない。……もうこれ以上、俺の大切なモノを奪われたくないんだ…」

 

切ない凍夜の声に、遊馬は胸の奥が痛くなったような気がした。

凍夜は確かにどうしようもないブラコンで、既に手をつけられないレベルの変態で、隠す気も無い末期のストーカーだが、それでも遊馬より年上で……唯一無二の兄なのだ。

久し振りに見た“兄”の顔に遊馬は不思議と笑みが零れた。

 

「ごめん、兄ちゃん。……ありがと」

「あぁ。……ハハッ、帰ったら姉ちゃんから説教だな」

「うげっ」

「兄ちゃんも一緒に謝ってやるから。な?」

「……うん」

 

凍夜の言葉に渋々頷く遊馬。

場が落ち着いた所で、凍夜は右京先生を真正面から見据えた。

 

「次は無い」

 

それだけ言うと、小鳥と等々力の方に歩み寄った。

等々力は先程の遊馬とのやり取りで凍夜のことをある程度信用したのか、その目に怯えは無い。

 

「2人共、夜も遅いし送ってくぜ」

「い、いいですよ!1人で帰れますし…」

「僕も大丈夫です」

「分かった、言い方を変える。俺が心配だから黙って送られろ」

 

半ば強制的な言い方ではあったが、小鳥も等々力も嫌な気分ではなかった。

それどころかちゃんと心配されていることが分かり、お互いに顔を見合わせて笑った。

心はどこか暖かく、むず痒かった。

 

 




「……あれ?私は?」
「お年寄りと家族以外の大人に優しくする義務も理由も無いんで」
「(´・ω・`)ショボーン」



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第十話 人の持つ尺度は、その異常な努力によってではなく、その日常的な行為によって測定されるべきものである

どうも、雲珠(うず)です!
第九話を見て下さり、ありがとうございます。

更新が鈍亀並に遅いにも関わらず、毎度の如く感想を書いて下さっている方、本当にありがとうございます!
感謝し切れないくらい嬉しいです。いつも行き詰まると感想を見直してやる気を貰っています!(*´ω`*)
最近は雪も降って寒くなって来ましたので、どうぞ読者の皆様も体調には十分お気を付け下さい。


サブタイはパスカル先生の名言です!


「ああもう!オマエしつこいぞ!」

「ゆ、遊馬…?」

 

突然叫び出した遊馬に、小鳥が驚いたように声を掛けた。

 

遊馬、小鳥、鉄男、そして凍夜の四人は揃って学校へ登校していた。

普段は拓真と一緒に登校する凍夜だったが、今日は時間が合わなかったのか置いてけぼりを食らった。

アイツ最近俺に対して態度冷たくね?という疑問が凍夜の頭に浮かぶも、目の前に遊馬がいることでその思考は隅に追いやられた。

 

「こいつホント昨夜から“私の名前はオマエではない。アストラル世界から来たアストラルだ”ってうるさいんだぜ!」

 

どうやら昨日からそのアストラルとやらが自身の名前に固執しているらしく、睡眠時間を削られた遊馬は若干イライラしている。

凍夜は険しそうな表情をしている遊馬を見ながら実に恍惚そうな笑みを浮かべていた。

 

そんな寝不足な遊馬も可愛い!

眠いなら一緒に保健室で行こうか。大丈夫、お兄ちゃん保健体育の成績はあんまりよくないけど実技なら満点取れる自信があるから!いつも夢の中でもしてるし!

 

「兄ちゃん、寝言は寝てから言って」

「凍夜さん、教室は向こうですよ」

「遊馬、早くしないと授業遅れるぞー」

「あぁああぁあ!冗談!冗談だって!だからもうちょっと遊馬と居させてぇええぇえ!!」

 

どうやら思いのたけが言葉に出ていたらしい。

遊馬を遠ざける小鳥達(中学生)に泣きつく凍夜(高校生)

何とも酷い絵面である。

 

「うっ…うっ……遊馬と会えない時間なんて死んでいるも同然だ…」

「そこまで!?」

「先生の話を聞くぐらいなら遊馬の写真を眺めてたい」

「貴方はいつも盗撮した写真を眺めているし、盗聴したボイスレコーダーも聞いているでしょう」

 

聞き慣れた声に思わず凍夜が顔を上げる。が、すぐに地面とコンニチハした。

痛む後頭部に自身が殴られたのだと理解した。

 

「あ!えっと、この間の……」

「はい、相沢拓真です」

 

言い淀む遊馬の言葉をフォローするように会話を続ける拓真。

出会いが出会いだっただけに覚えていないのも仕方が無い。

そもそも拓真としては覚えられていない方が都合が良い。あの時は取り乱し過ぎていた。

 

「兄ちゃんの友達?」

「いいえ、全く、断じて、神に誓って違います」

「おまっ…!酷くね!?」

 

仮にも友達だと(勝手に)思っていた拓真から全力で全否定された凍夜は打ちひしがれた。

そんな凍夜に追い打ちの言葉が掛けられる。

 

「出来れば今すぐ一生涯終えた後、輪廻転生して性格が変わったとしても私と出会わないで下さい。本気と書いてマジと読むくらいに切実かつ真剣にお願いします」

「悪口がグレードアップしてんじゃねェか!いつにも増して辛辣だなオイ!?」

 

普段は振り回す側の凍夜が振り回されている。

遊馬の目の前の光景に驚きながらも拓真兄ちゃんスゲーと目をキラキラさせていた。

そんな視線に目敏く気付いたのは凍夜だ。

 

「(ゆ、遊馬が拓真を熱い眼差しで見てる!?そんな!俺より拓真の方が良いって言うのか!?)」

 

変態の凍夜と見た目真面目そうな拓真のどちらを兄にしたいかと言われれば、そんなもの聞かなくとも分かるだろう。まあ拓真を選んだ場合、変態の代わりに毒舌が付いてくるが。

絶望した顔で落ち込む凍夜に、そんなことは知らないと言わんばかりの拓真が髪を鷲掴んだ。

 

「さっさと教室行きますよ」

「痛ッ!いだだだだッ!抜ける!髪抜ける!」

「貴方、今日が日直だってこと忘れてたでしょう。仕事サボった報いです」

 

引きずられて行く凍夜の姿を見送った3人は「何が何だかよく分からないけど、危機は去った」という顔をして自分達の教室に向かった。

……だから気付けなかった。自分達から少し離れた場所で、不穏な影がコチラを見ていたことに。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

放課後、遊馬より一足先に家に帰った凍夜は自室のパソコンを開いていた。

 

「これは…」

 

そこに映し出されている人物を見ながら、凍夜は眉間にシワを寄せる。

頬杖をしながら、まるで見定めるように画像を隅から隅まで見配った。

 

「ハァハァ、今日も遊馬は可愛いなぁvV」

 

画面に大きく映し出されている遊馬の姿を見ながら、凍夜は存分に鼻の下を伸ばしていた。

かたわらには鼻血用か、それとも使用用なのかは知らないがティッシュが3箱用意されている。

まさにブラコンの鑑、変態の中の変態である。

 

「ただいまー」

 

そんな凍夜の耳に優先順位不動の一位の愛らしい弟の声が聞こえてくる。

その後の凍夜の行動は早い。開いていたパソコンの画面を閉じ、ティッシュ箱を部屋の隅に放り投げ、階段を一気に飛び降りる。

 

「遊馬!あんたまさか学校でデュエルモンスターやってるんじゃ「遊馬!お帰り!俺とご飯にする?俺とお風呂にする?それとも俺とベッドで……運動、する?(*´Д`)ハァハァ」

「部屋で休んでる!」

 

遊馬の帰りを何故か険しい顔で待ち構えていた明里の言葉を遮った凍夜は「そんな遊馬も可愛いvV」と自室に走り去る遊馬の後ろ姿を堪能する。

その瞬間、足払いを掛けられて床にすっ転んだ。

 

「グヘッ!?」

「アンタ、今のわざと?」

「いや明らかに姉貴が足払い掛けたせいだろ!」

「そっちじゃない!」

「あで!」

 

最近はよく頭を殴られるな、と思いながら患部を擦る。

先程の遮りがわざとか、わざとじゃないかと聞かれれば、それは勿論わざとであった。

凍夜は明里が遊馬にデュエル禁止令を言い渡していることは知っているし、父親と最後に会った日に「遊馬のデュエルには気をつけろ」と言われたことも覚えている。

 

―――だが、それが何だというのだろうか

 

「俺は遊馬の味方だ。誰が何を言おうと、絶対に」

「凍夜、あんた父さんが言ったこと忘れてるんじゃないでしょうね?」

「忘れてなんかないさ。けど、何も無かった俺に遊馬だけが光をくれたんだ」

 

どこか遠くを見ている朧げな眼差しを前に、明里は開いていた口を閉じた。

そして複雑に絡み合った不安を掻き消すように大きく頭を振る。

 

「……まあいいわ。これ、遊馬に渡しておいて」

「ん?なんだそれ?」

 

明里から渡されたのは、淡いピンク色の電子手紙。

封をするのに小さな赤いハートが貼られており、それを見た凍夜は手紙を思いっ切り床に叩きつけ、それでは飽き足らないとばかりに力の限り踏みつけた。

足の下から何かが割れたような音が聞こえたが、そんなものは気のせいだ。

 

「ちょっ!何すんの!?」

「何者かの多大なる悪意を感じた。具体的には小さい頃に誰かに裏切られて世の中全てに裏があると思い、それを暴くためなら多少のプライドも捨てるような奴」

「具体的過ぎて気持ち悪いけど、後半はアンタのことじゃないの?」

「は?何言ってんだ姉貴。俺にプライドなんか無い」

「それはそれで問題よ!!」

 

真面目な顔で言い返してきた凍夜に明里がツッコミを入れる。

凍夜は自身が踏み潰した壊れかけの手紙を拾い上げ、今更になって内容を確認した。

映像も一緒に送られていたのだろうが、今は不快なノイズを放つ機能しか残されていなかった。

手紙の内容を要約すると、遊馬のデュエルファンとのこと。

しかし、凍夜の持つ遊馬情報にラブレターらしき物を送るファンはいない。

 

「(ふ、俺の遊馬に何する気だったのかは知らんが……いい度胸してんじゃねェか)」

 

凍夜の手の中にあった手紙は盛大な音を立てて形を失っていく。

唯一無傷で残ったのは黒い枠のカード。

 

「凍夜、あんた顔ヤバイわよ。というかそれ、遊馬の手紙…」

「大丈夫だ、問題ない。遊馬には後で裸の付き合いがてら土下座する」

「問題あるから言ってるんでしょうが!ついでに教育に悪い!」

 

どこぞのフラグを立てるも、ものの数秒で圧し折られた。

後味の悪そうな表情を浮かべた凍夜は明里から逃げるように自室に向かう階段を駆け上がる。

 

「ちょっと凍夜!」

「土下座は冗談だ!」

「教育に悪いのはそっちじゃないわよ!この馬鹿!」

 

明里の怒鳴り声を背に受け、逃げ込むように自室に滑りこむ。

そして持っていたカードを探るように見ると静かに机の上に置いた。

黒い枠のカード、ベビー・トラゴンと表記されたエクシーズモンスターだ。

 

「……特に細工も無し、か」

 

安心したように呟くと凍夜は残骸に成り果てた手紙をゴミ箱に投げ捨てた。

凍夜は再びベビー・トラゴンに視線を向けると、器用に口元だけを獰猛に笑わせる。

その無機質な目に、虎柄の小さなドラゴンが怯えたように身を縮こまらせた。

 

 




最近アストラルさんが安定の不在。
作者も若干存在忘れてました。


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第十一話 青年にとってあらゆる思想が、単に己の行動の口実にすぎぬ

どうも、雲珠(うず)です。
第十話を見てくださり、ありがとうございます!
この度は長らく更新を停止してしまい、申し訳ありませんでした。

サブタイは小林秀雄先生の名言です!


凍夜が学校に登校すると、教室に妙な雰囲気が漂っていた。

怒っているとは違い、どこか困惑するような……

 

「なあ拓真、何かあったのか?」

 

原因の分からない凍夜は自身の机に鞄を置くと、前の席に座っている拓真に話しかけた。

電子小説を読んでいた拓真は一拍遅れ、ゆっくりと凍夜の方へ振り返った。

その表情はどこか呆れている。

 

「まさかとは思いますが、遊馬君以外のメールは見ないのですか?」

「え、お前何で知って……ハッ!エスパー拓真!」

「上唇と下唇を縫いつけて差し上げましょうか?」

 

冗談を言ったら友達に笑顔でマジギレされました。

そんなテロップが凍夜の脳裏に浮かび上がる。

しかし、暗に黙れと言われていることに気付いた凍夜は賢く口を閉じた。

そして先程拓真が言っていた「メール」という言葉に引っ掛かりを覚え、D・パットを開く。

 

「は?」

 

確かに見知らぬアドレスから1件のメールが届いていた。が、問題はそこではない。

メールに添付されていた画像。それを見た凍夜の頭の中が「不快」の文字で満たされる。

黒く染まる衝動に身を任せた凍夜は勢い良く立ち上がり、教室のドアへと歩いて行く。

 

「少し落ち着いたらどうですか」

 

凍夜の背中に声を掛けるも、足は止まらない。

今の凍夜に何を言っても無駄だと確信した拓真をその言葉を最後に口を閉じ、前を向いた。

もう拓真自身から干渉する気は一切無いようで、クラスメイトはその様子をハラハラとした表情で見ていた。

 

「……コロス」

 

教室を出る直前、呟かれた凍夜の殺人宣告に沈黙が落ちる。

ドアが完全に閉められ、凍夜の姿が確認出来なくなるとクラスメイトの一部が拓真の席に集まった。

 

「おい、お前凍夜の奴に何言ったんだよ」

「あれ完全にキレてただろ。マジで人殺すんじゃね?」

「アタシ小等部の頃から知ってるけど、あんな九十九君初めて見た…」

 

元々静かな空間が好きな拓真は一気に煩くなった周りに眉を顰めた。

そんなに気になるなら本人に聞けばいいでしょうに、などと思うも今の凍夜に話し掛けられるのは拓真くらいだ。

いつまでも煩くされるのも迷惑な拓真は仕方なく溜息を飲み込み、違う言葉を吐いた。

 

「私はメールの存在を教えたまでです」

 

その言葉を聞いたクラスメイトは残らず芋虫を噛み潰したような表情をした。

 

「げ、お前アレ教えたのかよ」

「誰だか知らんけどご愁傷様だな」

 

クラスメイトが先程の凍夜と同じようにD・パットを操作し、メールに添付されていた画像を映し出す。

そこには泣いている女子生徒を押し倒している凍夜の姿。他にも男子生徒からカードを脅し取っている写真や女子更衣室を盗撮している写真などが複数あった。

一見すれば全て凍夜が悪者に見える写真だが、同じ写真に写っているクラスメイト、つまり被害者側はそんなこと微塵も思っていなかった。

 

「確かに押し倒されたけど、これってサッカーボールから守ってくれただけだよ。というか九十九君が故意にアタシ押し倒すとか無い無い。だって重度のブラコンだし」

「俺は脅し取られたんじゃなくて、カツアゲ遭ったの取り返してくれただけだ。というか凍夜が取るなら俺のじゃなくて弟のだろ。だって頭のネジぶっ飛んだ変態だし」

「そうそう。私達も覗かれたことなんて一度も無いよ。覗くなら絶対に弟君の方でしょ。だって不治の病級のストーカーだし」

 

当の本人がいないことを良いことに本音をボロクソと暴露するクラスメイト達。

庇っているのか貶しているのか分からないが、普段の「弟マジ天使!心の底から愛してる!」宣言と、堂々と盗撮写真を厳選する世間的にギリギリどころか確実にアウトな変態行為が凍夜の悪人疑惑を払拭していた。

逆に弟である遊馬に何かあったら真っ先に疑惑と侮蔑の目が向くのだが。

 

「凍夜が怒っている理由が分かったのなら早くご自身の席に戻って頂けますか?騒々しい豚は凍夜だけで十分ですので」

 

誰一人として凍夜を疑ってもいないという茶番劇を目の前で見せつけられた拓真は素敵な笑顔の裏で般若の顔を覗かせた。

漂ってくるドス黒いオーラに背筋を凍らせたクラスメイトが素直に自分の席へと戻っていく。

だが変態の奇行を毎日見ているクラスメイトの精神力も伊達ではない。

残った一部の生徒が拓真の隣に腰を落ち着けた。

 

「けどよ、こっちの写真は冗談抜きで不味くね?」

「それ俺も思った。今なら凍夜が“海に沈めてきた”って言っても驚かねぇ自信あるわ」

 

拓真が横目で映し出された写真を見る。

そこには花壇を踏み荒らしたり、友人に仕掛けた悪戯を見て笑っている遊馬の姿。

クラスメイトは一度も実物の遊馬を見たことは無いが、凍夜が惚気と共に自慢気に写真を見せつけてくることが多々あるのですっかり覚えてしまった。

前に宿題を忘れた生徒が凍夜にUSBを借りに行き、そこに保存されていた遊馬ファイルとやらを誤って開き、ナニカに目覚めかけるという非常に危険な事件もあったほどだ。

 

ちなみにこの不運な生徒、その後謎の事故に遭って一週間ほど入院。

退院した時にUSB事件のことを聞くと「かゆ…うま……」と言って気絶し、再入院。

以来、この事件を口にする者はこのクラスにはいない。

 

「明日になれば分かるでしょう」

「いや明日じゃ遅くね?」

 

男子生徒のツッコミを無視し、拓真は中断されていた読書を再び開始した。

これ以上会話を続ける気配の無いことに気付いた男子生徒は写真の犯人を哀れに思いながら渋々と自身の席に戻った。

そして祈る。明日の新聞に見知った顔が出ませんように、と。

 

 




NGシーン(最後ら辺の場面)

「おい拓真、どうすんだよ」
「私の知ったことではありません。凍夜と弟君の問題でしょう」
「冷てぇなオイ。仮にも友達だろ、お前等………って待て待て待て!何で窓に手ェ掛けてんだ!ここ4階!4階だからな!?」
「あんな変態と同格になるくらいなら私は潔く死体に成り下がります」
「やめろ!お前がいなくなったら誰があの変態のストッパー役になるんだ!ついでに何さり気なく死体を見下してんの!?恨みでもあんのか!?」
「私が居なくとも世界は回ります」
「世界は回るけど確実に俺達の精神と寿命が削られるから!」
「高々30名程度の寿命が縮んでも平均寿命に大差は出ませんよ」
「そんな記録誰も狙ってねぇし!てか冷静に言い返すのやめて!?」
「そうですか。では…」
「だからって飛び降りに全力注げとかそういう意味じゃねーから!この馬鹿ぁああぁぁ!」

拓真が意外とはっちゃける。そんなNG


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第十二話 自ら苦しむか、他人を苦しませるか。そのいずれか無しに愛というものは存在しない

どうも、雲珠(うず)です。
第十一話は見てくださり、ありがとうございます!

サブタイはレニエ先生の名言です。


 

凍夜のクラスメイトが茶番劇を始めた頃、遊馬の教室でも変化があった。

遊馬、小鳥、鉄男を除くクラスメイトのほぼ全員がD-パットを片手に仁王立ちで待ち構えていた。

異様な光景だったが、兄のせいでメンタルが数倍強化されている遊馬は平然とした様子で声をかけた。

 

「何してんだ?」

「遊馬君!キミがそんな人だとは思いませんでしたよ!裏であんなことをしてるなんて!」

「裏?俺、なんかしたか…?」

 

等々力の言葉に、身に覚えのない遊馬が首を傾げる。

しかし相手はそんな遊馬を強く睨むだけだ。

 

「なにかしたか…?白々しいにもほどがありますね」

 

等々力含め、クラスの全員がD-パットを遊馬の方に向けてくる。

そこに映しだされていたのは、花壇を踏み荒らしたり、テストのカンニングをしている遊馬の姿。

 

「さらに!太一君のお弁当を食べ、代わりにカエルを入れた!傷ついた太一君は今日、学校を休んでるんです!」

「ええ!?あの太一が!?……って、俺がそんなことするはずないだろ!」

「そうよ!遊馬がそんなことするはずないわ!」

「遊馬は裏でコソコソやる奴じゃねーって!」

「全くもってその通りだ!というかその写真、合成だぞ!」

「3人の気持ちは分かりますが………ん?3人?」

 

等々力は自分の言葉に途中で疑問を覚え、確認するように遊馬の背後を見る。

そこには小鳥、鉄男、凍夜。

 

「と、凍夜先輩!?」

 

気持ち悪いくらい自然に紛れ込んでいる凍夜に、等々力は驚くように二度見した。

しかし驚くのも数秒、先程の凍夜の言葉を思い出す。

 

「この写真が合成、とは?証拠でもあるんですか?」

「勿論だ。花壇を踏み荒らすのに使われたのは1ヶ月前の校門前、テストのカンニングに使われた写真は3日前の美術の時で、友達のお弁当については2週間前の帰り道のだな」

 

何かを確認したりする様子もなく、凍夜はさらっと言ってのける。

そしてD-パットを操作し「これが証拠だ!」と素人目から見ても確実に盗撮だと分かる写真を堂々と披露した。

その時の遊馬のクラスメイトの心境を語るならば「うわっ……うわっ、ないわー」である。

 

「ふっ、誰が犯人かは知らんが俺の前で遊馬の写真を出したのが運の尽き。例え証拠写真なんぞなくとも遊馬の表情、髪と爪の伸び具合、唇のカサつき、制服のシワ、汚れ具合、靴の磨り減り……と、こんな具合に何年何月何日までの記憶を保持している俺に死角は無い!!!」

『・・・・・・・・・』

 

遊馬を除く全員が冷めた目つきで凍夜を見下した。

当たり前の反応である。

 

「遊馬、俺がお前の写真を撮っていたのは、これを見越してのことだったのさ」

「そ、そうだったのか!?兄ちゃんスゲェ!」

『いや絶対違うだろ!』

 

凍夜の言葉を純粋に信じる遊馬に全員からツッコミが入った。

あのアストラルでさえも「これが変態というものか…」と感慨深く凍夜を見ている。

しかし微妙な雰囲気を壊すように等々力が声を上げた。

 

「皆!騙されては駄目です!凍夜先輩もグルなんですよ!」

「え?兄ちゃん、何かしたのか?」

「いや、(遊馬をストーカーしていること以外)何もしてないぞ」

「これを見て下さい!」

 

等々力のD-パットに映しだされているのは、女子生徒を押し倒したり、カツアゲしたり、女子更衣室を覗き見している凍夜の写真。

先程、凍夜のクラスメイトが茶番をやるに至った写真である。

 

「凍夜先輩!先輩としてこんなことして恥ずかしくないんですか!最低ですよ!」

「やってないことに対してどう恥ずかしがれと?第一、他の奴にそんなことするぐらいなら遊馬にやるわ!人気のない場所で遊馬を押し倒して「これを返して欲しかったら、どうすればいいか……わかるだろう?」とか!更衣室に1人残った遊馬に「どうした?服がないなら俺の服を着せてやろうか?……それとも、脱ぎ方か?」とか!あああああ!!メッチャやりたい!!そしてあわよくば蔑んだ目で見られたい!脳内シュミレーションだけじゃ補えないモノが現実にあるのに行動に移せない自分が憎い!畜生!」

 

凍夜が膝をつき、顔を両手で覆う。

しばらく妄想にハァハァしていた凍夜が冷静さを取り戻して立ち上がると、その場には誰もいなかった。

 

「………あれ?」

「九十九くん、早く自分の教室に戻りなさい」

「え、あ、はい」

 

授業のために来た先生に言われ、凍夜にしては珍しい素直さで頷いた。

 

「(あれ?俺、さっきまで等々力君と話してたような…?)」

 

何事も無かったかのような静寂さに凍夜は首を傾げる。

勿論、さっきあったことは現実である。

凍夜の変態さにクラスメイトが一致団結して遊馬を守るように教室に避難させただけである。

そして遊馬の「裏で何かをやっている疑惑」は凍夜からのストレスだと全員が納得して終わった。

 



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第十三話 成功は結果であって目的ではない

どうも、雲珠(うず)です。
第十二話を見て頂き、ありがとうございます!

サブタイはフローベル先生の名言です!


「あれ?兄ちゃん?」

 

クラスメイトに一日中生暖かい目と対応をされながら授業を終えた遊馬は、帰宅途中に校門前を歩く兄、凍夜を見つけた。

いつもならば鼻息を荒くして己に抱きついてくる兄は、何故か真剣な顔をしてどこかへと向かっている。

 

「おーい、兄ちゃ……」

《どうした?……追いかけるのか?》

 

遊馬は一度口をつぐみ、アストラルの言葉に頷く。

このまま話しかけるという手もあったが、自分が声を掛けたが最後、色んなものがぶち壊れるような気がしたのだ。

 

そのまま凍夜の後を追うこと数分、デパートのような所に着いた。

今日は姉にお使いを頼まれた記憶は無い。

ならば兄の個人的な用事で、あの真剣な表情も自分が深読みしただけだったかと遊馬が杞憂に思っていると、凍夜が遊馬と同じ制服の少年に話しかけていた。

 

「表裏徳之助、だな?随分と遊馬が世話になったなぁ?」

 

制服から同じ学年だとは分かるが、その生徒に遊馬は見覚えが無かった。

少なくとも、同じクラスではないのは確かだ。

それにも関わらず、世話になったとはどういう意味だろうか?

 

「何のことウラ?」

「ハハハ、しらばっくれんなよ。このカード、見覚えがあるだろう?」

 

そう言って凍夜はポケットからカードを取り出し、徳之助に投げ渡した。

生憎と遊馬の位置からはそのカードが何なのかは見えなかった。

 

「知らない。なんて言い訳はよせよ?指紋やDNA鑑定もしたし、なにより俺が撮った遊馬の写真にお前が映り込んでるんだ。腸が煮えくり返ったぜ?俺の許可もなく遊馬とツーショットとか羨ましいんだよクソが。俺の!愛おしい!遊馬と!」

 

ギリィという歯ぎしりが結構離れているはずの遊馬の耳にも聞こえてくる。

 

《キミの兄は相変わらず変態だな》

「それ以上は何も言うな」

 

アストラルの言葉に遊馬は思わず頭を抱える。

そんなことを知らない凍夜は一度冷静さを取り戻すように咳払いを一つすると、話を続けた。

 

「お前がどこで何をしてようが俺には興味もないし、どうでもいい。

だがな、遊馬が関係してるなら話は別だ。これ以上、俺の遊馬に何かするってんなら……容赦しねぇぞ、糞餓鬼」

「全くもって何を言っているか分からないウラ。遊馬君のお兄さんは怖いウラね」

 

そう言ってD-ゲイザーを取り出す凍夜に対し、徳之助は「やれやれ」といった様子だ。

しかし、徳之助もD-ゲイザーを装着して応戦の意思を示す。

 

「遊馬君とはただ友達になりたいだけウラ。俺が勝ったら邪魔をしないで欲しいウラ」

「遊馬には俺だけがいればいい。俺が勝ったら二度と遊馬に近付くな。ついでに遊馬に関する調査資料と写真と動画を全部寄越せ」

 

明らかに後半の方が本音丸出しだったが、それにツッコミを入れる人物は誰もいない。

遊馬自身は今までに培ってきたスルースキルを全力で発揮した。

 

決闘(デュエル)!』

 

凍夜  LP4000

徳之助 LP4000

 

「俺の先行!ドロー!手札の《沼地の魔神王》を墓地に捨てることでデッキから《融合》を手札に加える。そのまま融合を発動!手札の《E・HERO バブルマン》と《幻影の魔術士》を融合。全てを飲み込む混沌の力。融合召喚!闇の英雄《E・HERO エクスダリオ》!」

 

《E・HERO エクスダリオ》ATK2500→2600

 

凍夜の今の心境を表すようにエクスダリオは雄叫びを上げて現れる。

 

「エクスダリオは墓地に存在するE・HEROと名のついたモンスター1体につき、攻撃力を100ポイントアップさせる。俺は更にモンスターを裏守備表示でセット、カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

早々に手札をゼロにした凍夜は怒りと嫉妬が入り交じる目で徳之助を睨みつける。

手加減なぞ一切しない全力の姿勢に、流石の徳之助も冷や汗をかく。

遊馬のことについては調べたが、その兄である凍夜のことまでは調べていない。

 

「俺のターン、ドローウラ。モンスターを裏守備表示でセット、カードを2枚伏せるウラ。ターンエンド、ウラ」

「俺相手に様子見か?ドロー。……エクスダリオで裏守備表示に攻撃!」

 

引いたカードを一瞥し、凍夜は僅かに迷いながらも徳之助のモンスターに攻撃する。

対する徳之助は凍夜の行動にニヤリと笑った。

 

「かかったウラ!ウラのウラを味わうウラよ!罠発動《魔法の筒(マジック・シリンダー)!そのままダメージを受けるウラ!」

「く…っ」

「兄ちゃん!」

 

凍夜 LP4000→1400

 

大きく削らけたライフに顔を歪ませる。

しかしそれも一瞬、自分の愛する者の声に凍夜は顔を上げた。

 

「ゆ、遊馬!?何でここに!?」

「えっと、校門前で兄ちゃんを見かけたから、つい…」

「追ってきた、のか?畜生!俺の大馬鹿野郎!なんで遊馬に気づかなかったんだ!一生の不覚…!」

 

両膝をつき、両腕を床に叩きつける凍夜。

デュエルの敗北よりも悔しがっているのは気のせいだろう。

遊馬は兄の醜態とも言える姿をスルーした。

 

「遊馬君!こんな所で会えるとは偶然ウラ!」

 

そんなやり取りを崩したのは徳之助だ。

現在のターゲットである遊馬を発見し、機嫌良く話しかけようとしたところで悪寒に襲われた。

 

「あ゛?」

 

地獄から這い出てきたような声に徳之助みのならず遊馬もその口元をひくつかせた。

アストラルに至っては凍夜から若干距離を開けた。

 

「テメェ誰の許可を得て俺の遊馬に声かけてんだ。抉るぞ」

 

どこを!?等とは自分の精神衛生上聞けない。

いや、例え聞いたとしても答えて欲しくない。

そして、凍夜の体から黒いオーラが揺々と立ち上る。

誰にも見えることのないオーラ。

 

いや、この場にいる中でただ一人、アストラルだけが凍夜から溢れ出るそれを視認することが出来た。

 

《なんだ、アレは…》

 

ポツリと呟かれたアストラルの言葉は誰の耳にも届くこと無く消える。

己だけに見えることを理解したアストラルは、観察するように凍夜のオーラを見る。

 

《この気配は、一体…?》

 

凍夜を見ながら、アストラルは再び呟く。

いつだったか、同じようなものを見たことがあるとアストラルは思考する。

凍夜のオーラはまるで澄み渡った闇そのものだ。

そして、アストラルは自身の疑問の答えを思い出す。

 

《(そうだ、私は見たことがある。彼と初めて会った日、彼の目の奥に同じ気配を見た)》

 

アストラルと凍夜が初めて会った日の夜。

遊馬に危害を加えないかと殺気にも似た雰囲気で問いつめられた。

あの時も今の自分と同じような感想を抱いた。

自分を見る彼の瞳。その奥に、アストラルは言い知れぬ異様な気配を感じたのだ。

 

《彼は一体何者だ?》

「は?何者って……俺の兄ちゃんだけど?」

《それは知っている》

「じゃあ何が言いたんだよ!」

 

遊馬の切り返しにアストラルは黙る。

何が、の問いに己自身も分からなかったからだ。

疑問だけが頭の片隅に残る。

 

そんな事をしている間に、デュエルは続行された。

 

「俺はカードをセットしてターンエンドだ」

 

凍夜の場にはエクスダリオと裏守備表示モンスターが1体、そして伏せカードが3枚。

手札は無く、残りライフは1400と少々心持たない数値だ。

対して、徳之助の場には裏守備表示が1体と伏せカードが1枚。

残り手札は3枚あり、ライフは4000ポイント。

どちらが優勢なのかを判断するにはまだ早い。

 

「俺のターンウラ。ドロー!裏守備モンスターを攻撃表示に変更するウラ!俺のモンスターは《ペンギン・ソルジャー》ウラ」

 

《ペンギン・ソルジャー》ATK750

 

「そしてペンギン・ソルジャーのリバース効果が発動ウラ!相手の場のカード2枚を手札に戻すウラ。エクスダリオとペンギン・ソルジャーを選択するウラ」

 

ペンギン・ソルジャーがその小さな体では想像出来ない程の大音量で嘶く。

すると、凍夜の場にいたエクスダリオと、徳之助のペンギン・ソルジャーが空気に融けるように消えていく。

 

「俺はモンスターを裏守備表示でセットしてターンエンド、ウラ」

「俺のターン、ドロー」

 

凍夜は引いたカードを見ながら、思考する。

徳之助の伏せモンスターは十中八九、ペンギン・ソルジャーでは無いだろう。

流石に何回も同じモンスターを伏せる馬鹿には見えない。

問題はセットされた魔法・罠カードのほうだ。

もしマジック・シリンダーが伏せられていれば、アウトだ。

どうやら徳之助は自ら攻めるよりはカウンターで迎え撃つタイプらしく、可能性として低くはない。

そこを考慮した上で、凍夜は行動に移る。

 

「罠カード《リビングデッドの呼び声》を発動。墓地からバブルマンを特殊召喚。そして速攻魔法《マスク・チェンジ》を発動。自分の場にいるHEROと名のついたモンスター1体を選択し、エクストラデッキから同じ属性のM・HEROと名のついたモンスター1体を特殊召喚する。俺はバブルマンを選択」

 

バブルマンの体が水のように変化し、泡を立てながら徐々にその姿を変えていく。

 

「形なき水よ、新たな姿を持って現われろ!水の英雄《M・HERO アシッド》!」

 

《M・HERO アシッド》ATK2600

 

片手に銃を持ったヒーローが凍夜のフィールドに降り立つ。

そして、徳之助の場にセットされていたカードをその銃で撃ち抜いた。

 

「俺の伏せカードが…!」

「アシッドが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。そして、もう一つ効果があるんだが……今は意味が無いな。俺は《E・HERO フォレストマン》を通常召喚する」

 

《E・HERO フォレストマン》ATK1000

 

「アシッドで伏せモンスターに攻撃!」

 

伏せカードに警戒する必要が無くなった凍夜は反撃とばかりに攻めに転じる。

徳之助の場にいた裏守備モンスターは《ステルスバード》だ。

守備力1700のモンスターが攻撃力2600のアシッドに敵うわけもなく、その身を銃に撃ち抜かれて破壊された。

 

「フォレストマンで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「ぐあぁああ!」

 

徳之助 LP4000→3000

 

フィールドがガラ空きとなった徳之助に、フォレストマンの容赦無い攻撃が与えられる。

 

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドローウラ。装備魔法を発動ウラ!」

「装備魔法だと…?」

 

凍夜の目が僅かに見開かれる。

徳之助の場にモンスターはいない。

となると、対象は凍夜のモンスター。

相手のモンスターに装備する装備魔法なんてのはロクなものが無い。

 

「《魔界の足枷》をアシッドに装備するウラ」

「厄介なものを…」

 

《M・HERO アシッド》ATK2600→100

 

効果を知っている凍夜の眉間にシワが寄る。

魔界の足枷は装備しているモンスターの攻撃力と守備力を100にし、自分のスタンバイフェイズ毎に装備モンスターのコントローラーに500ポイントのダメージを与える効果がある。

しかも、足枷の名の通り、装備モンスターは攻撃することが出来ない。

単純な効果ほど厄介だとはよく言ったものだ。

 

「まだまだ行くウラ!ステルスバードを攻撃表示で召喚ウラ!」

 

《ステルスバード》ATK700

 

先程、アシッドによって破壊されたモンスターと同じモンスターが現れる。

そして敵討ちだと言わんばかりにアシッドを睨んでいる。

 

「バトル!ステルスバードでアシッドに攻撃するウラ!」

「速攻魔法発動!《マスク・チェンジ》!アシッドを選択!」

 

このままではアシッドは破壊されると判断した凍夜の行動は早い。

2枚目の《マスク・チェンジ》を発動し、アシッドが相手モンスターによって破壊されるのを避ける。

 

「新たな仮面を纏い、再び現れよ!霧の英雄《M・HERO ヴェイパー》!」

 

《M・HERO ヴェイパー》ATK2400

 

アシッドの体が水から霧へと変化し、その中から蒸発する白い槍を持ったヴェイパーが現れる。

戦闘破壊することが出来なかったステルスバードは不満げに鳴き、徳之助も僅かに顔を歪めた。

 

「攻撃は止めウラ。ステルスバードの効果発動!このカードは1ターンに1度、裏側守備表示にすることが出来るウラ。カードを1枚セットしてターンエンド、ウラ」

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時、フォレストマンの効果を発動する。1ターンに1度、自分のデッキまたは墓地から《融合》カード1枚を手札に加える。俺は墓地から融合を手札に加える。バトル!ヴェイパーでステルスバードに攻撃!フォレストマンで直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「ぬぐっ!」

 

徳之助 LP3000→2000

 

裏側守備表示となっているステルスバードはヴェイパーの攻撃に呆気なく破壊される。

そしてフォレストマンの攻撃が徳之助のライフを削った。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

「俺のターン。ドロー。行くウラ!装備魔法《魔界の足枷》ウラ!ヴェイパーに装備するウラ」

 

 

《M・HERO ヴェイパー》ATK2400→100

 

「さっきのカード…!またかよ!」

 

徳之助の魔法カードに、後ろで見ていた遊馬が叫ぶ。

凍夜も同じことを思いながらも、無言で成り行きを見つめる。

 

「《デス・ラクーダ》を召喚ウラ。ヴェイパーに攻撃するウラ!」

 

《デス・ラクーダ》ATK500

 

ラクダに包帯を巻いたようなミイラが徳之助の場に現れる。

そして、身動きの取れないヴェイパーに突進で攻撃してきた。

 

「っ…!」

 

凍夜 LP1400→1000

 

「まだまだウラ!デス・ラクーダの効果発動!1ターンに1度、このカードを裏側守備表示に変更するウラ。ターンエンド、ウラ」

「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時にフォレストマンの効果発動!デッキから融合を手札に加える!そしてそのまま発動だ!フィールドのフォレストマンと手札のエッジマンを融合!大地の鼓動高鳴りて、その拳で全てを砕け!融合召喚!大地の英雄《E・HERO ガイア》!」

 

《E・HERO ガイア》ATK2200

 

「ガイアでデス・ラクーダを攻撃!」

 

裏側守備表示のデス・ラクーダは鳴き声をあげる暇もなく破壊される。

ライフに余裕があるからか、徳之助は破壊された自分のモンスターを見ても表情を変化させることはない。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「ドロー。モンスターを伏せ、カードをセットするウラ。ターンエンド、ウラ」

 

これで徳之助の手札はゼロ。

伏せモンスターは確実にペンギン・ソルジャーだ。

しかし、今の凍夜のフィールドと手札にリバース効果を何とか出来るモンスターはいない。

 

「俺のターン、ドロー。ガイアで伏せモンスターに攻撃」

「ペンギン・ソルジャーのリバース効果発動ウラ!ガイアともう1体の伏せモンスターを手札に戻すウラ」

 

ガイアはエクストラデッキへと戻り、割と最初から伏せられていたモンスターが凍夜の手札に戻る。

 

「俺はモンスターを伏せてターンエンドだ」

 

凍夜は手札に戻ってきたモンスターをセットし直し、ターンの終わりを告げた。

 

「俺のターン、ドロー。《カードカー・D》を召喚するウラ!効果を発動するウラ。このカードをリリースしてデッキからカードを2枚ドローするウラ」

 

《カードカー・D》ATK800

 

場に出てきたカードカー・Dは効果のためにすぐにフィールドから消える。

カードを2枚ドローした徳之助だったが、目当てのカードを来なかったのか僅かに顔を顰める。

 

「ターンエンド、ウラ」

「俺のターン、ドロー!」

 

引いたカードを見て、凍夜はふと笑った。

その笑みに怪訝な顔をしたのは徳之助だ。

 

「行くぜ。俺は魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動!墓地のバブルマンと幻影の魔術士を除外し、融合召喚!混沌より再び現れよ!闇の英雄《E・HERO エスクリダオ》!」

 

《E・HERO エクスダリオ》ATK2500→2700

 

鬱憤を晴らすが如く雄叫びを上げるエスクリダオ。

墓地にいる仲間の力を糧とし、攻撃力を上げる。

 

「終わりを締めるに相応しいモンスターだろ?」

 

同意を求めるように笑うが、その目は決して笑っていない。

それどころか無慈悲な色で徳之助を指さした。

 

「やれ、エスクリダオ。直接攻撃(ダレイクトアタック)!」

「ウラァアアァァ!」

 

徳之助 LP2000→0

 

エスクリダオの攻撃を食らった徳之助が後ろに吹き飛ぶ。

勝負がつき、0と1で構成されていたソリットヴィジョンが消える。

最後のエスクリダオを見れば、どことなく勝利に笑っている様な気がした。

 

「さて、と」

 

凍夜が靴音を鳴らしながら、倒れている徳之助に近付く。

そして冷たい目で口を開こうとした瞬間、遊馬に遮られた。

 

「兄ちゃん!ちょっと待ってくれ!」

「うん?遊馬、どうした?」

 

無表情だった顔が、遊馬を見た瞬間に花が咲き乱れるような笑顔へと変わる。

無駄に美形なのだ。無駄に。

 

「なんでデュエルしてたのかは分からねーけど、コイツは悪い奴じゃないって!」

「だ、だけどな…?」

「俺と友達になりたいだけって言ってたじゃんか!」

「うぐ…っ!」

 

遊馬は徳之助があの合成写真をばらまいた犯人だとは知らない。

ここで全てをバラしてしまってもいいが、それを知った遊馬が傷付くのも嫌だ。

葛藤に板挟みになった凍夜は二の言葉を告げられず、唸る。

 

「俺と友達になろうぜ!徳之助!」

「い、いいのか、ウラ?」

「ああ!勿論だ!」

「ゆ、遊馬…!俺が間違っていたウラ!友達になろうウラ!」

 

凍夜が迷っている間に、遊馬と徳之助は友情を結んでいた。

それに気付いた凍夜が鬼のような目つきで徳之助を睨むが、こっそりと渡された写真に頬を緩ませた。

 

「徳之助君、これからも遊馬をよろしくな!」

「わかっているウラ」

 

後ろ手に隠された数枚の写真。

それに何が写されているのかは徳之助と凍夜だけが知っている。

態度が一変した兄に疑問を持った遊馬だが、仲良さげな様子を見て「兄ちゃんも徳之助が悪い奴じゃないって分かったんだな!」と笑った。

 

《キミはお気楽だな》

 

至極真っ当な意見を言い放つアストラルだったが、誰も聞いてはいなかった。

 




今回はアストラルが記憶から抹消されない内に登場させてみました。
誰の記憶からだって?作者の記憶からだよ!

今回、凍夜の変態度は低めにしてみました。


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第十四話 弁論の時代は去った。今や実行の時である

どうも、雲珠(うず)です。
第十三話を見て下さり、ありがとうございます。

サブタイはホイッティア先生の名言です!


“ロビン!デッドマックスの呪印を受けるがいい!”

“ぐあぁあぁああっ!”

“これでお前たちも私の言いなりよ!アーッハッハッハ!”

 

「遊馬?まだ起きてるのか?」

 

凍夜が日課という名の盗撮のため遊馬の部屋まで来ると、テレビの音が聞こえてきた。

時間は深夜。普段は寝息を立てている時間だ。

 

「(まさか夜更かし、か?これはいけない!遊馬の健康のために俺が一肌脱がなくては!

あわよくば「遊馬、眠れないなら俺が添い寝してやろうか?」「兄ちゃん……うん」なんて一緒のベッドに潜り込み遊馬の体を余すことなく触りまくりたい!うへへへへ)」

「うるせぇ!」

「ッ!?」

 

邪な考えをしている凍夜の耳に遊馬の声が聞こえ、一瞬ビクリと肩を震わせる。

もしや心の声が出ていたのかと冷や汗をかくが、テレビの音が聞こえなくなったのに気付く。

しばらく耳を立てていれば、遊馬がアストラルと会話している声が聞こえ、消したはずのテレビを再び点けていた。

 

“次回!ロビンよ、永久に!”

 

「もう終わってんじゃねぇか」

《何故キミは毎回この部屋に来るんだ?》

 

遊馬の寝息を確認した凍夜が音もなく部屋に入り、テレビの電源を落とす。

側らにアストラルの気配を感じるが、それより優先するべきことがある凍夜は理性を押さえ無心となってカメラのシャッターを切る。

嫌なくらい手慣れていた。

 

《その行動に何か意味はあるのか?ところで、ハクションとは何だ》

「ハァハァ、遊馬可愛い遊馬可愛い遊馬可愛い」

《……聞いてないな》

 

遊馬に無下にされた質問を凍夜に投げかけるが、問われた本人は遊馬に夢中でアストラルのことなど眼中にしていない。

もはやアストラルがいることすらも忘れている。

特にすることも無くなったアストラルは、物凄い勢いでシャッターを切る変態を3時間見続けることになる。

 

 

 

 

 

次の日、目の下にクマを作った凍夜は放課後の教室で、珍しく遊馬の写真を厳選することなく欠伸をしていた。

うつらうつらと夢の世界の船を漕ぎ、頬杖をしている。

 

「寝るなら家に帰ってからにしなさい」

「拓真ママ……ぐべらッ!?」

「よほど死にたいらしいですね」

 

凍夜の顔面に制裁という名の鉄拳が繰り出される。

目の前で暴力行為が広がっているというのに、クラスメイトは見向きしない。

見慣れたを通り越して、むしろ背景と化していた。

 

「しょうがない、今日は大人しく帰るか…」

「盗聴しておいて大人しくも何もないでしょう」

 

拓真の目の先には、凍夜の片耳につけられたイヤホン。

普通の人間ならば音楽を聞いている為と思うが、凍夜にそんな感想を持つ者など、このクラスには誰1人としていない。

そして悲しいことにその認識が正解であった。

 

「俺は遊馬の姿もしくは声を1秒以上見るか聞いていないと死んでしまう病気なんだ」

「真顔で冗談を言わないで頂けますか?犯罪者が」

 

辛辣な言葉を聞きながら、競り上がってきた欠伸を片手で覆い隠す。

流石の凍夜も眠気には勝てないようで、持って来た鞄を肩にかける。

 

「ところで拓真、エスパーロビンって知ってるか?」

「いいからさっさと帰れ」

「痛ッ!……はい」

 

足蹴にされた背中を擦りつつ、教室を出る。

廊下の窓から外を見れば、小鳥と鉄男に連れられてどこかに行く遊馬の姿。

会話は耳元のイヤホンから流れてくるのでどこに行くのかは分かる。

 

「流石に友達との時間を邪魔するわけにはいかないからな…」

 

ついて行きたい気持ちを抑えつつ、凍夜は素直に家に帰る事にした。

その判断を後悔するハメになったのは、それから二日後のことだ。

 

「遊馬!早く!」

「分かってるって!」

 

深夜、までとはいかないか太陽もどっぷりと暮れ、外の街頭に灯りがつく時間。

家の玄関には小鳥と遊馬がいた。どこかに出かける様子の2人に、凍夜は首を傾げながら近付いた。

 

「こんばんは、小鳥ちゃん。遊馬と出掛けるのか?」

「あ、お邪魔してます。これから遊馬とロビンの無実を晴らしに行くんです!」

「ロビン……ああ、あのアニメの」

 

遊馬からその名が口にされた瞬間、凍夜はロビンについて調べた。

役者の名前は奥平風也。性格は気弱で虫が苦手。

あっさりと遊馬と友達になり、しかもデュエルの約束まで取り付けた中々に侮れない奴だ。

最近ではロビンが人を襲っているというニュースが流れており、その被害が遊馬にまで及ばないか凍夜は心配している。

が、そんなこと馬鹿正直に話せば遊馬に引かれるのは分かっている。

今更な気がしないでもないが、凍夜は自分が調べた情報に知らないフリを決めて口を開く。

 

「よし、なら俺もついて行「と~う~や~?」…く……ね、姉さん?」

 

一緒について行こうとした凍夜の言葉を、姉の明里が遮る。

その後ろに般若のような幻覚を見た凍夜は、何故か身の危険を感じてその場から一歩引く。

 

「小鳥ちゃん、凍夜は今からお姉さんと話しがあるから、遊馬と出掛けてくれる?」

「は、はい。分かりました。……遊馬、行くわよ」

「お、おう」

 

小鳥と遊馬は明里から逃げるようにそそくさと家から出る。

それを見送り、残されたのは明里と凍夜の2人。

 

「俺に話しってのは何だ?」

 

深呼吸を数回繰り返し、冷静さを取り戻した凍夜が姉に問いかける。

明里は無言で片手を自分の顔の高さまで上げた。

指先には黒い小さな物体が摘ままれている。

 

「あ…」

 

その物体に凍夜は見覚えがあった。いや、見覚えどころの話ではない。

凍夜はダラダラと滝の如く冷や汗をかきながら唾を飲み込んだ。

 

「これが何か、分かってるわね?」

「さ、さぁ?」

「じゃあ説明してあげるわ。超高性能水没耐性付き小型盗聴器よ。遊馬の服についてたのを洗濯の時に発見したの」

 

明里の表情とは裏腹な優しい声色に凍夜の汗は止まらない。

 

「遊馬にこんな物を取り付ける人物は私が知っている限り、1人しかいないわ」

「そ、それはけしからんな」

「アンタのことよ!この馬鹿!」

「ぎゃああああ!」

 

盗聴器を踏み潰した明里はその勢いで凍夜に一本背負いを決める。

背中を強打した凍夜がその痛みに悶絶している間にも、冷気が全身を襲う。

 

「凍夜、正座」

「はい!」

 

これ以上ズタボロにされたくない凍夜は姿勢を正す。

流れるような動きは、これが一度や二度の行動ではないと如実に語ってくれた。

 

「今日こそは遊馬に変な気を起こさないよう、O☆HA☆NA☆SHIしてあげるわ」

 

明里の実に長いお説教は、遊馬が帰って来て就寝してからも延々と続けられた。

 




そろそろ凍夜は叱られるべき。


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第十五話 あらゆる困難を乗り超えて初めて真の安息日が来る

どうも、雲珠(うず)です。
第十四話を見て下さり、ありがとうございます。

サブタイはゲーテ先生の名言です!


 

「遊馬の様子が可笑しい」

「は?」

 

至極真面目な顔をしながら、自分の横を歩く拓真にそう告げた。

唐突に言われた拓真は「何言ってんだコイツ」と蔑んだ目で凍夜を見るが、当の本人は気付いていない。

 

「ここ最近、着ていく服が毎度違うし、俺が用意した弁当箱が違う物になってるし…」

「反抗期なのでは?」

「遊馬は俺に嫌いなんて言わない!言わないもん!……ぐすっ」

「男がもんとか気色悪いんですよ。あと泣くな。見苦しい」

 

立ち止まる凍夜を置いてスタスタと歩く拓真。

放っておけば少し早歩きで再び横に並んで歩いてきた。

 

「絶対、俺の遊馬に惚れた奴の仕業に違いない」

「妄想もいい加減にしてはどうですか?」

「これは妄想じゃない!俺の勘だ!」

「はいはい」

 

どちらも同じようなものでしょうと心の中で呟いた拓真は、それを口にしない代わりに溜め息を1つ零した。

 

「では私はこれで。これからバイトがあるので」

「バイト?拓真ってバイトなんかしてたっけ?」

 

凍夜が己の記憶を漁るが、悲しいことに辛辣な台詞と理不尽な暴力を受けたことしか思い出せない。

遊馬のことならばご飯の咀嚼回数から髪の毛の本数に至るまで何の迷いもなく言えるというのに。

 

「先週から始めました。まあ、短期ですけど」

「どこでやってんの?」

「冷やかしに来る気ですか?残念ながらアナタには一生縁のない場所ですよ」

 

具体性のない拓真の答えに、これは教えてくれる気はないなと凍夜は静かに思った。

しかし、秘密にされれば暴きたくなるのが人間の性というもの。

 

「じゃあ内容!内容だけ!」

「しつこい」

 

拓真はハエでも追い払うような仕草で凍夜を遠のけると、早足で自宅へと帰って行く。

その後を追うことも出来たが、そんなことをしたら確実に拳が出てくるのを容易に想像出来た凍夜は己の安寧のために遊馬に思考を移した。

 

「遊馬は渡さねぇ」

 

次の日曜日、姉の明里によって壊された盗聴器やカメラを買いに行くことにした凍夜。

あれだけ説教されたにも関わらず、凍夜は全く懲りていなかった。

 

 

 

 

 

凍夜が遊馬の服や部屋に盗聴器や盗撮カメラをこっそりと仕込むのには数日掛かった。

一歩間違えれば明里にバレて破壊されるというのもあったが、何故か遊馬の態度が普段とは違うのだ。

学校ではいつにも増してデュエルをしている姿を見るし、家に帰ってからもすぐに自分の部屋に籠っている。

今日もそうだ。いつもご飯をおかわりする遊馬がそれをせずに屋根裏部屋に行ってしまった。

 

「(何かあったのか…?)」

 

凍夜が盗聴器を仕込むのに必死になっている間に何かがあったとしか思えない。

一応遊馬の部屋に仕掛けたカメラで様子を見るが、遊馬はハンモックに寝そべっているだけだ。

 

「どうするか……行くか」

 

僅かに迷った表情を見せたが、それも一瞬のことだった。

自分の部屋を出た凍夜は真っ直ぐ遊馬の部屋に向かう。

梯子を登れば、遊馬の背中が見えた。

 

「遊馬」

「っうわ、兄ちゃん!?」

 

その背中に声を掛ければ、慌てた様子で振り返った。

目をパクチリさせながらも、何故凍夜がここにいるのかと表情が豊かに語ってくれた。

 

「悩み事か?」

「え?」

「いつもより表情が硬い。……友達に何かあったのか?」

 

ぽかんと口を開けた遊馬の頭に、凍夜の手が乗る。

まるで慰めるような動きに遊馬は思考が固まった。

そして、変態ではなく兄がいると本人を目の前に遊馬は無意識に失礼なことを考えた。

 

「な、何で分かったんだ…?」

「遊馬のことなら何だって分かるさ。それに、遊馬は優しい。その遊馬が怒るなんて友達関係以外に考えられないだろう?」

 

そう言って微笑む凍夜に、遊馬は驚かされた。

様子が変なことだけではなく、自分が怒っていることも理解されていたからだ。

変態的な行動が多い凍夜だが、その根底にあるのは揺るぎない遊馬への愛だ。

だが……

 

「(ハァハァ、もう本当遊馬可愛い。天使や女神さえも嫉妬するほどの可愛さだよ。

状況的には部屋に二人きり。これはあれだろ、神が俺に与えた試練だろ。もしくは襲えという啓示か…。押し倒してぐっちょりねっちょりした後にどろどろに甘やかしたい。

いや、その前に告白が先か?それともいっそ既成事実を作った後に逃げ道を塞いで「はい」としか言えない状況に持ちこむか…。いやいやいや!早まっては駄目だ、俺。体だけ手に入れても虚しいだけだぞ。真に欲しいのは遊馬の心!想像するんだ、俺の顔を見て怯える遊馬と、俺の顔を見て顔を赤らめた上に若干涙目な遊馬…………断然後者だろ!!前半もなくはないが、後者の状態の遊馬に「兄ちゃん。俺、兄ちゃんのことが……好き」なんて言われてみろ!軍配がどちらに上がるかなんて火を見るより明らか!……はっ!今の俺大丈夫か!?鼻血出てないか!?遊馬の表情は……よっしゃあああ!セーフ!セーフ!出てない!大丈夫だ!兄としての矜持は何とか守られた!)」

 

内心でこんなことを叫ぶ内は変態の称号は外れないだろう。

表面上の微笑みは本能を押さえるための仮面に過ぎない。

凍夜の心など全く知らない遊馬は兄が純粋に自分を心配していると思い、その口を開いた。

 

「実は…」

 

遊馬は話した。

シャークとデュエルをして負けたこと。

このままシャークを放っておけないこと。

けれど、今の自分ではどうすることも出来ないこと。

 

「シャークを助けたいのに、俺は何も出来なかった…!」

 

まるで胸に抱えたものを吐き出すように、遊馬の舌は回る。

誰にも話せない感情が言葉となって凍夜にぶつけられる。

凍夜は遊馬の言葉に返事をせず、頷きもしない。

ただ慈愛の色を帯びた瞳で遊馬を見つめている。

それが遊馬の饒舌に拍車をかけていた。

 

「シャークは言ったんだ。自分から望んでアイツ等に所に居るって。居場所のない自分に居場所をくれたって。俺、何も言えなかった…。シャークはあんな奴等と居るべきじゃないのに、それなのに…」

 

遊馬はその言葉を最後に膝を抱え、何も言わなくなった。

数秒の沈黙が流れ、凍夜がその静寂を壊した。

 

「遊馬は、神代が大切なのか?」

「当たり前だ!シャークは仲間なんだ!」

「仲間…。そうか、分かった」

 

凍夜は噛み締めるようにもう一度「仲間」と呟くと、優しい笑みを浮かべながら語り出した。

 

「神代は、4年前の全国大会で相手のデッキを盗み見て大会を失格になったんだ」

「え…?」

「当時は穢れた優勝候補、なんて言われて随分と新聞や雑誌なんかで叩かれてたみたいだな」

「兄ちゃん、何でシャークのこと…」

「遊馬に手を出したんだ。髪の毛一本残らず徹底的に調べるのは当然のことだろう?」

 

とても良い笑顔で言われた遊馬は精神的に引いた。

しかし、内容が内容なだけに表情は真剣だ。

 

「今の神代は自暴自棄なんて感情を通り越して、自分が分からなくなってるんだろう」

「自分が、分からない?」

「どうすればいいのか、何をすればいいのか。そもそも自分は何のために存在して何のために生きているのか。今まであった光が消えて、出入り口も分からない暗闇で立ち止まることも出来ずに迷子になってるんだ。一度立ち止まってしまえば、もう二度と自分が歩けないと思っている。いや、思い込んでいる」

 

凍夜は遊馬から視線を外し、天井に目を向けた。

その目はどこか遠くを見ていて、それなのに懐かしい色を孕んでいると気付いたのはアストラルだけだ。

 

「そんなの…」

「遊馬?」

「そんなの、ダメだ!」

 

強い決意を宿した遊馬が勢いよく顔を上げる。

さっきまでの硬い表情は消え、いつもの遊馬がそこに立っていた。

 

「兄ちゃん。俺は今度こそ、シャークを助ける!」

「……ああ」

(お前なら出来るよ、遊馬。現に1人、こうして救われて人間がいるからな。

 ……その対象が神代だと思うと腸が煮えくり返るどころか顔面に一発ぶちかましたい気分だが。しかし!神代はあくまでも遊馬の仲間。そう、仲間だ!恋人でも愛人でも浮気相手でも夫婦でもない。つまり、恋敵にはなりえない存在!そんな相手に敵意を向けるほど俺も心の狭い人間ではないし、遊馬が助けると言った以上、ある程度の協力もやぶさかでは無い。まあ、もし遊馬に邪な感情を一欠片でも抱いたら即抹消するがな)

 

不満げな雰囲気を醸しながらも、遊馬のことをどこか眩しそうに見る凍夜。

己の葛藤が邪魔をして素直に応援出来ない凍夜は、その代わりに遊馬の頭を撫でた。

 

「取り敢えず、今日はもう遅いから寝ろ。こんな時間まで邪魔して悪かったな」

 

遊馬をハンモックに寝かせ、有無を聞かない内にその身体に毛布を掛ける。

 

「おやすみ、遊馬」

「……おやすみ、兄ちゃん。……………ありがとな」

「(あああああああああ!!!兄ちゃんの方こそありがとうございますご褒美ですううううううう!!!ついでに超押し倒してぇええええ!!!服脱がして全身舐めたい!!)」

 

狂喜乱舞する心を無理やり抑えつけながら、凍夜は遊馬の部屋を出る。

そして自分の部屋に戻った凍夜は…

 

「ごふっ…!」

 

吐血した。

本能に抵抗した反動と脳内のキャパシティが本来の容量を超過し、大暴走した結果だ。

そのまま気絶するように眠った凍夜の顔は実に清々しかった。

 



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第十六話 人の運命を決定するものは、その人が自分自身をいかに理解しているかということである

どうも、雲珠(うず)です。
第十五話を見てくださり、ありがとうございます。

今回、凍夜は登場しません。
主に拓真にスポットを当てています。
ついでに言うと、オリキャラも登場します。
今までの話の中で一番長いです。
始めて2万文字超えました…。

サブタイはソロー先生の名言!


「勘弁して欲しいものです…」

 

拓真は重々しい溜め息を吐きながら、目の前の光景にそう言わざるを得なかった。

凍夜と書いて頭の痛くなる原因と読む忌々しい存在は学校が終わってすぐ「今日はちょっと用事があってな」と苦々しい顔をしながらどこかに行った。

自分が振り回されなくて済むと喜んだ結果が今の現状だと言うならば、この世に神などいない。

仮に居たなら己の手で殺そうと拓真は物騒な決意を抱き、鉛でも背負っている様な足取りで現場に向かった。

 

「俺達にタッグデュエルを挑もうというのか?」

「ハッ、馬鹿な奴等だ」

「(数は5人のようですが、仲間割れ……でしょうか?)」

 

聞こえてくる言葉に冷静な判断を下しつつ、拓真はさらに近付く。

3人の大人たちと対峙する2人の子供。

それだけでも嫌な状況なのに、拓真はその内の1人が結構どころの頻度では表せない程に見慣れた人物がいた。

もう引き返してしまおうと思ったが、拓真がその行動に移る前に大人組と目が合った。

 

「(これは覚悟を決めたほうが良さそうですね)」

 

諦めることに慣れている拓真はせめてプライドだけは保とうと面倒臭そうな顔を一転させ、笑顔を浮かべた。

 

「こんばんは。今夜はとても良い月夜ですが、こんな場所に何か御用でも?」

 

隣人に話しかけるような気楽な声色に全員が一斉に拓真を見た。

そして拓真が見慣れた人物は拓真を指さしながら「ああー!!」と大声を上げた。

想像通りの反応に拓真は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「兄ちゃんの友達の、えっと、えーっと……あ、拓真!……さん!」

「私はあんな変態の友達ではありません。ついでに取って付けたような敬称も不要ですよ」

 

友達、の時点で拓真は不快な表情を隠そうともせず全面的に押し出した。

ここが人前でなかったら盛大な舌打ちもプレゼントされていただろう。

 

「何で拓真の兄ちゃんがここに?」

「私の格好を見てわかりませんか?夜間警護のバイトです」

 

拓真は現在、青とも紺とも色の見分けがつかない厚いスーツを着ていた。

邪魔だからという理由で左手に持っていた警棒を被れば、確かに警察の服装だ。

そして拓真の発言を聞いた大人組は緊張から解かれたように鼻を鳴らした。

 

「ハッ、なんだ。ただのバイトの餓鬼かよ」

「不法侵入と窃盗未遂で本職呼んで欲しくなければ黙ってて頂けますか?」

「んだとガキ!」

「おや、聞こえませんでしたか?それともその耳はお飾りですか?装飾品ですか?ああ失敬、私としたことが難聴を患っているか単純に話の聞かない馬鹿か、という選択肢を忘れていました。申し訳ありません。それで難聴と馬鹿のどちらでしょうか?ああ、これまた失敬。難聴だとしたら私がこうして話していたとしても聞こえませんね。いま筆談用の紙とペンを用意致しますので少々お待ち頂けますか?」

 

煽るように大袈裟な手ぶりで話す拓真。

大人組は怒りに顔を赤くさせ、遊馬は恐怖で顔を青くさせる。

陵牙は軽く笑いながら「良い性格してるな」と感心していた。

ある意味では遊馬よりも忍耐強い拓真にとって、たかが窃盗未遂の不法侵入者など大した問題ではないのだ。

いや本当に。

 

なにせ身近に窃盗、脅迫、賄賂、盗撮、盗聴、器物損壊、情報漏洩、公然猥褻(わいせつ)、公務執行妨害、とまあ正直殺人と麻薬以外のほとんどの犯罪には手を染めていることが予想される変態が何故か警察に捕まらず生活しているのだ。

ああ、そういえばストーカーもあったなと拓真は凍夜の罪状を追加した。

 

「(まあ、不法侵入を許した時点で雇い主に文句をつけられるのは嫌なのでさっさとご退場してもらって報告書に「特に問題なし」と書かせて頂きましょう)」

 

凍夜のことを変態やら犯罪者やら言っているが、拓真も拓真で黒かった。

仮に責任問題を取らされてもバイトの身ですし。

と、ちゃっかりと保身の道を用意する程度には拓真もえぐい思考回路をしているのだ。

 

「貴方がたの用件は十中八九、ここに展示されているレアデッキの窃盗。バイトとはいえ、仕事の関係上見過ごす訳にはいきませんね」

 

真面目な顔で話す拓真に、全員の顔に緊張が走る。

その雰囲気を肌で感じ取った拓真は遊馬と凌牙と近付き、それぞれの肩に片手を乗せて口元を僅かに綻ばせた。

 

「どうでしょう?3対3のタッグデュエルで決着をつけるというのは」

「はっ、おもしれぇ。どうなるか分かってるんだろうな?」

「このカードがある限り、俺達は負けはねぇ」

「その余裕ぶった面がいつまで続くか見物だぜ」

「猿が何か吠えていますが、お互い頑張りましょう」

『誰が猿だクソ餓鬼!!!』

 

まるで怒声など聞こえていないように振舞う拓真は、遊馬と凌牙に微笑みかける。

堂々とした風体に遊馬の心に尊敬の念が生まれ、凌牙は鼻で笑い返した。

 

「おう!かっとビングだぜ!」

「ふ、誰に言ってる」

「……では、始めましょう」

 

全員が目に光を宿し、デュエルディスクを構える。

 

決闘(デュエル)!』

 

陸王 LP4000

遊馬 LP4000

海王 LP4000

凌牙 LP4000

雷王 LP4000

拓真 LP4000

 

「先行は貰った!ドロー!俺は裏守備表示でモンスターをセット!さらにカードを2枚伏せてターンエンド」

「………」

「………」

 

カードを伏せる直前、陸王が海王と雷王に目配せしたのを凌牙と拓真は見逃さなかった。

しかし確信がない以上口には出せず、そのまま静寂をキープした。

 

「分かってらぁ!よし来た、俺のターン!ドロー!俺は《ズババナイト》を召喚!」

 

《ズババナイト》ATK1600 Lv3

 

黄金の甲冑に身に纏い、赤いマントを靡かせたモンスターが遊馬のフォールドに降り立つ。

 

「やってやるぜ!裏守備モンスターを攻撃だ!」

「待て、遊馬!」

「えっ!?」

 

突然の制止に出鼻を挫かれた遊馬は驚いた表情で凌牙を見る。

それが演技では無いと分かった拓真は「ああこれ、ルール分かっていませんね」と心の中で呟いて説明を凌牙に丸投げした。

 

「タッグデュエルは全てのプレイヤーが1ターン終えるまで攻撃は出来ない」

「そうなの?なら、ターンエンドだ!」

「フン、ド素人が。このデュエル楽勝だな!」

「俺のターン、ドロー!俺は《リーゼント・ブリザードン》を召喚!」

 

《リーゼント・ブリザードン》ATK1400 Lv4

 

「カードを2枚伏せてターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!俺は《ビッグ・ジョーズ》を召喚!さらに《シャーク・サッカー》を特殊召喚!このモンスターは魚族モンスターが召喚された時、手札から特殊召喚出来る」

 

《ビッグ・ジョーズ》ATK1800 Lv3

《シャーク・サッカー》ATK200 Lv3

 

「レベル3のモンスターが2体……やる気か?」

「俺はレベル3のビッグ・ジョーズとシャーク・サッカーをオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《潜航母艦エアロ・シャーク》!」

 

《潜航母艦エアロ・シャーク》ATK1900 ORU2

 

地面から浮上するように現れたエアロ・シャークは凌牙の敵を睨みつける。

 

「1ターン目からエクシーズ召喚!やっぱシャークはスゲェや!」

「モンスター効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで手札1枚につき400ポイントのダメージを相手に与える。俺の手札は4枚。1600ポイントのダメージを陸王に与える!」

 

《潜航母艦エアロ・シャーク》ATK1900 ORU2→1

 

「ぐううっ…!」

 

陸王 LP4000→2400

 

エアロ・シャークから放たれたミサイルが陸王のライフを削る。

しかし相手は減ったライフを見て笑った。

 

「へっへっへ、そう来ると思ったぜ」

「罠カード発動!《ブリザード・エッグ Lv5》!このカードは効果ダメージが発生した時、ダメージを受けたプレイヤーの手札からレベル5のモンスター1体を特殊召喚する。ただし、特殊召喚出来なかった場合、プレイヤーは500ポイントのダメージを受ける」

「俺はレベル5の《ボンタン・ラヴァザウルス》を特殊召喚する!」

 

《ボンタン・ラヴァザウルス》ATK2100 Lv5

 

全身から熱気を発した恐竜が陸王の場に現れる。

 

「次は俺が行くぜ。罠発動!《フレイム・エッグ Lv5》!」

「効果は先程の罠カードと同じようですね」

「その通り!俺はレベル5の《メンチ・アイスバーグドン》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《メンチ・アイスバーグドン》DEF2100 Lv5

 

ボンタン・ラヴァザウルスとは一転、冷気を放つ恐竜が海王の場に現れる。

 

「見たか!俺達の完璧なコンビネーションを!」

「俺達に敵う奴なんていねぇんだよ」

「へっ、タッグデュエルで無敵の俺達に挑んだことを後悔させてやるぜ」

「弱い犬ほどよく吠える、という諺を知っていますか?」

「その減らず口を黙らせてやる!罠発動《ガンつけ Lv5》!自分たちのフィールドにいるレベル5のモンスター1体につき、500ポイントのダメージを与える!俺達の場にはレベル5のモンスターが2体。よって1000ポイントのダメージを食らえ!」

「く…っ」

 

拓真 LP4000→3000

 

ラヴァザウルスとアイスバーグドンのブレスが拓真を襲い、ライフを削る。

僅かに歪んだ顔に相手はニヤリと口角を上げた。

 

「拓真の兄ちゃん!」

「大丈夫です。この程度のライフダメージ、何ともありません。………やはり、ソリッドヴィジョンは慣れませんね」

 

心配する遊馬に笑いかけた拓真は、哀愁漂う顔でぽつりと呟いた。

あまりにも小さい呟きは誰にも聞こえず、その意味を理解出来る者はいない。

 

「…俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!魔法カード《トレード・イン》を発動!手札からレベル8のモンスター1体を墓地に捨てることでデッキからカードをドローする!俺は《神龍の聖刻印》を墓地に捨てデッキからカードを2枚ドロー!そして《ライオウ》を攻撃表示で召喚!」

 

《ライオウ》ATK1900 Lv4

 

バチバチと雷を纏った青いモンスターが雷王のフィールド上に現れる。

比較的有名なそのモンスターの効果を知ってる拓真、凌牙、アストラルは「厄介なモンスターが出てきたな」と心の中で声を揃えた。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

「やっと私のターンですか。流石に3対3だと長いですね。ドローフェイズ、ドロー。スタンバイフェイズ、メインフェイズ1に移行します。永続魔法《炎舞‐「天璣(テンキ)」》を発動して《武神‐ヤマト》を攻撃表示で召喚。ヤマトの攻撃力は天璣の効果により100ポイントアップします」

 

《武神‐ヤマト》ATK1800→1900 Lv4

 

黒い甲冑を着たモンスターが拓真のフィールドに姿を現す。

甲冑の隙間からは光が零れ、黒い鎧を赤く照らしている。

 

「メインフェイズ2に移行し、カードを3枚セットします。エンドフェイズ、ターンエンドです」

 

本来ならばエンドフェイズ時にヤマトの効果を発動することが出来るが、ライオウが場にいるため無効にされる。

拓真は内心で苦々しく思いながらも、相手を調子づかせないために感情を表に出すことはなかった。

 

「(………おや?)」

 

完全にライオウが自分のデッキに刺さっているため、対処法を考えていた拓真の耳に僅かな物音が聞こえてくる。

その音に反応して視線を動かすと、中学生らしき少女と少年がD-ゲイザーを装着した状態でこちらのデュエルを見ていた。

また侵入者かと呟きそうになったところで、拓真は自分がその2人の顔に見覚えがあるのに気付いた。

 

「(……ああ、そういえば遊馬君と一緒にいましたね)」

 

いつだったか、凍夜を連れ戻す時に見かけたなと思い出した拓真は2人のことを放置することにした。

遊馬の友達ならそう危険なこともしないだろうという判断だ。

もっとも、拓真の中での危険人物の基準が凍夜なので安全ラインはかなり広い。

少なくともガラス窓を割って建物内に侵入する程度だったら拓真の中では「ちょっと危険っぽいけど安全」に位置するくらいにはデッドゾーンの基準値が高い。

 

「俺のターン、ドロー!俺は裏守備モンスターを攻撃表示に変更!現れろ《パンチ・フレイムザウルス》!パンチ・フレイムザウルスのリバース効果発動!このモンスターのレベルを1つ上げ、レベルを5とする!」

 

《パンチ・フレイムザウルス》ATK1800 Lv4→5

 

「レベル5のパンチ・フレイムザウルスとボンタン・ラヴァザウルスをオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《No.61 ヴォルカザウルス》!」

 

《ヴォルカザウルス》ATK2500 ORU2

 

「ナンバーズ!これが、アイツの…!」

「やったぜ兄ちゃん!」

 

マグマから現れるように陸王のフィールドに姿を見せるモンスター。

全員がヴォルカザウルスを見上げる中、この中で唯一、ナンバーズを知らない拓真が首を傾げた。

 

「(わざわざ番号が振ってあるということは、このカード以外にもナンバーズと名のつくモンスターが存在する…?そういえば、以前どこかで同じような名前を聞いた気が……駄目ですね、思い出せません)」

 

あやふやな記憶を打ち切り、デュエルに集中するように再びヴォルカザウルスを見つめる。

 

「もうこっちのモンだ。俺達の恐さを教えてやるぜ!ヴォルカザウルスの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで相手モンスター1体を破壊し、その攻撃力分のダメージを与える!エアロ・シャークを破壊!さあ凌牙、攻撃力分のダメージを受けろ!裏切り者が!」

 

《No.61 ヴォルカザウルス》ATK2500 ORU2→1

 

「ぐあぁああ!」

 

凌牙 LP4000→2100

 

「シャーク!」

「神代君!」

「ガキ共が。凌牙の心配をしている場合か?次はスババナイトを破壊だ!」

 

《ヴォルカザウルス》ATK2500 ORU1→0

 

「うわあぁああ!」

 

遊馬 LP4000→2400

 

「2人共、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ!けど、なんてパワーだ…!」

 

心配する拓真に遊馬は力強く頷いてみたせたものの、その効果に驚きを隠せない様子だった。

 

「フッハッハッハ!思い知ったか!俺達の力を!」

「これが俺達のヴォルカザウルスの力だ!」

「もうお前のナンバーズを貰ったも同然だな!ハッハッハ!」

「猿が三匹揃ってキーキー喚かないで頂けますか?耳障りです」

 

オーバーレイ・ユニットを使い果たしたヴォルカザウルスを見ながら拓真がそう言うと相手側、特に陸王からブチリと何かが切れた音が聞こえた。

 

「本当に口の減らねぇガキだ!俺はヴォルカザウルスでヤマトに攻撃!」

「罠カード《和睦の使者》を発動します。モンスターは破壊されず、ライフダメージは0となります」

「チッ、命拾いしやがったか」

 

ヴォルカザウルスのブレスを受け止めた薄いベールは役目を終えると静かに消える。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

「くっ、俺のターン、ドロー!《ゴブリンドバーグ》を召喚!このモンスターの召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚出来る!俺は《ガガガマジシャン》を特殊召喚!」

 

《ゴブリンドバーグ》ATK1400 Lv4

《ガガガマジシャン》ATK1500 Lv4

 

「かっとビングだ、俺!レベル4のガガガマジシャンとゴブリンドバーグをオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《No.39 希望皇ホープ》!」

 

《No.39 希望皇ホープ》ATK2500 ORU2

 

まるでロボットのような白いモンスターが遊馬のフィールドに現れる。

そのモンスターの肩には赤い文字で39と刻まれている。

 

「出てきたな、ナンバーズ!」

「この時は待っていたぜ!」

「永続罠《アバランチ》発動!このカードが発動した時、召喚されたエクシーズモンスターは攻撃不可となる!」

 

罠カードから吹き荒れる吹雪がホープを凍りつかせ、氷像へと変えてゆく。

全身を氷漬けにされたホープは空中に浮くことも出来ずに地面に足をついた。

 

「ああ…!ホープが!」

「さらに、モンスター効果を発動すればプレイヤーに500ポイントのダメージだ!」

「そんな!それじゃあホープの効果が使えない!」

「エクシーズモンスター専用(トラップ)…!」

 

ホープを封じられて悔しそうな表情を浮かべる遊馬と凌牙を見た拓真は、その雰囲気を壊すように明るい口調で話しかける。

 

「そんなに悲観するような事ではありませんよ、遊馬君、神代君」

「拓真の兄ちゃん…?」

「対処法は2つありますが……要はあの罠カードを破壊すればいいことです」

 

拓真からしてみればバーン内臓のデモンズチェーン又は拷問車輪の劣化版。

ダメージは受けるが効果を無効化されている訳でも表示形式を縛られている訳でもないし、神警神宣奈落強脱を発動されるよりはマシだという想いが楽観的なセリフを後押ししていた。

 

「へへっ、拓真兄ちゃんの言う通りだな!俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

「ナンバーズを封じりゃこっちのモンだ!俺のターン、ドロー!メンチ・アイスバーグドンを攻撃表示に変更!」

 

《メンチ・アイスバーグドン》DEF2100→ATK1300 Lv5

 

「メンチ・アイスバーグドンで凌牙に直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「俺はホープの効果を発動!モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

全く躊躇のない遊馬の発言に、凌牙が驚いたように遊馬を見た。

 

「馬鹿な!アバランチの効果を忘れたのか!?500ポイントのダメージを食らうぞ!」

「俺達は仲間だって言っただろ!ムーンバリア!」

 

《No.39 希望皇ホープ》ATK2500 ORU2→1

 

凍りついたホープがアイスバーグドンのブレスから凌牙を守るように立ちはだかる。

 

「ハッ、アバランチの効果を食らえ!」

「うわぁあああ!」

 

遊馬 LP2400→1900

 

吹雪が遊馬を吹き飛ばし、ライフを削る。

 

「くっ、アイツ、余計なマネを…」

「美しい友情ごっこか?良かったなぁ、いい仲間が出来て。だったらもう一発食らわせてやるよ!俺はリーゼント・ブリザードンで凌牙に直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

「希望皇ホープの効果発動!ムーンバリア!ぐああぁああ!」

 

《No.39 希望皇ホープ》ATK2500 ORU2→1

遊馬 LP1900→1400

 

再び相手モンスターの攻撃から凌牙を守るようにホープが前に出る。

そしてオーバーレイ・ユニットを使ったことで遊馬のライフが吹き荒れる吹雪によって削られていく。

凌牙はそんな遊馬を見て顔を伏せた後、相手の方に振り向いた。

 

「いってて……くっそー」

「どうした?そのまま寝てても良いんだぜ」

「うるせぇ!ちょっと休憩してただけだ!」

 

遊馬は立ち上がると凌牙の隣に立つ。

 

「勝負はまだまだこれからだ!」

「(青春してますねぇ)」

 

拓真は微笑ましいモノを見るような目を遊馬と凌牙に向ける。

そして脳裏にチラついた凍夜の存在を忘れるように頭を振った。

周りに何と言われようが、拓真は凍夜を友達だと思ったことはないし、恐らくこれからも無いだろうという確信めいた気持ちがあった。

拓真にとって凍夜という存在は不快の塊でしかないのだ。

 

「罠発動!《ヴォルカシェア》!このカードの効果で俺は海王のモンスター、リーゼント・ブリザードンを守備表示にする!」

 

思考の波に漂っていた拓真は陸王の声にハッと顔を上げる。

今はデュエル中。他のことを考えている暇はないと心を切り替えた。

 

「え、なんで仲間のモンスターをわざわざ守備表示に…」

 

遊馬の疑問は海王が動くことによって解消される。

 

「やったぜ兄ちゃん!おかげで手札から魔法カード《待機の氷洞》を発動出来るぜ!このカードは守備表示モンスターのレベルを1つ上げる!俺はリーゼント・ブリザードンのレベルを4から5にアップする!」

「レベル5のモンスターが、2体!」

「俺はレベル5のメンチ・アイスバーグドンとリーゼント・ブリザードンをオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《No.19 フリーザードン》!」

 

《No.19 フリーザードン》DEF2500 ORU2

 

吹き荒れる雪の中から氷柱のような体を持ったモンスターが姿を現す。

 

「2体目のナンバーズ…!」

「フリーザードンの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで仲間のエクシーズモンスターのオーバーレイ・ユニットを全て復活させる!」

「何!?」

 

《No.19 フリーザードン》DEF2500 ORU2→1

《No.61 ヴォルカザウルス》ATK2500 ORU0→2

 

2本の赤い光がヴォルカザウルスの周りを回るように浮遊し始める。

 

「オーバーレイ・ユニットが戻ったってことは、これでまたあの効果が…」

「アイツ等…!!」

「どうやら完全に黒のようですね。忌々しい…!」

「しゃ、シャーク?拓真兄ちゃん?一体どうしたんだ?」

 

突然、怒りを露わにする凌牙と拓真に遊馬は驚きながらも声をかけた。

今のプレイにこの2人が怒るようなことでもあったのかと考えるが、遊馬にはその答えが見つからない。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

「俺達にタッグデュエルで敵うヤツなんかいねぇんだよ」

「さっさと諦めるんだな。ハッハッハ!」

「姑息な手段しか使えない猿以下のクズが口を開かないで頂けますか?こちらの知性まで下がってしまいそうですので」

「やはりイカサマか!」

「イカサマ…?」

 

凌牙の言葉に反応した遊馬が同じ言葉を反復する。

その意味を聞く前に相手が先に口を開いた。

 

「はぁ?何のことだ?」

「とぼけるな!セコいイカサマなんかしやがって!」

「デュエリストの風上にも置けませんね。クズ共が」

 

凌牙と拓真が揃って相手を睨みつける。

特に拓真の方は空気さえも凍るのではないかと思うほど冷たい目で相手を見下している。

 

「な、なあ!一体どういうことだ!?」

「ケチな野郎がやりそうなことだぜ。アイツ等、初めからお互いに何のカードがどの順番で入ってるのか覚えていたのさ。恐らく、デュエルディスクのオートシャッフル機能にも細工してたんだろうよ」

「あ、そうか!だからあの時、レベル5のモンスターが都合良く手札にいたのか……」

「普通、レベル5なんていう面倒なモンスターを2ターンで場に揃えてエクシーズ召喚まで持ち込むなんて相当のプレイングでなければ無理です。彼等にそれほどの実力があるとは思えませんでしたし、疑って蓋を開けてみれば案の定、イカサマでしたね」

 

呆れた表情で相手は見る拓真だが、その目には強い怒りが宿っている。

しかし、相手はそんな拓真や凌牙に対して鼻で笑うだけだ。

 

「何がイカサマだ。因縁つけてんじゃねーよ」

「イカサマをやったのはテメーだろ、凌牙!お前が全国大会でやったイカサマだよ!」

「控え室で相手のデッキを盗み見たテメーがイカサマだの何だの言えた口か!」

 

相手の言葉に凌牙は表情を曇らせ、下を向いた。

そして、抑揚のない絞り出すような声で呟く。

 

「俺は……負けるのが、恐かった」

「優勝候補が負けるのが恐かったぁ?ハッハッハッハ!」

「無様だなぁ。ええ!?ぎゃはははは!」

「情けねぇ野郎だぜ!ふはははは!」

 

笑いながら罵倒する相手の言葉を受け、凌牙は諦めるように目を閉じる。

 

「神代く「笑うなぁあああぁあぁぁあ!!!!!」

「ッ!?」

 

このままではいけないと察した拓真が口を開く前に、遊馬の叫びが響く。

ハッと驚き、目を見開いた凌牙は遊馬に振り向く。

 

「何が可笑しいんだ!負けるのが恐くて、何が可笑しい!!

俺だって恐かった。負けるって分かった瞬間に急に恐くなって、だからナンバーズを使っちまった!シャークを助けるためだとか言ったけど、本当は負けるのが恐かったんだ…。俺は嘘をついていた!」

「(このデュエルの話、ではありませんね)」

 

まるで罪を告白するかのような遊馬の叫びに、拓真は完全に口を閉じた。

この話に自分が口出しをすべきではないと分かったからだ。

 

「でも、だからこそ思う。デュエルだけには嘘をつきたくないって!シャークもきっと同じだ。だからシャークのデュエルは本物なんだ!相手がどんなに卑怯な手を使って来ても、俺達は正々堂々、勝つ!それが今の俺達のデュエルなんだ!!」

 

真っ直ぐ前を見つめる遊馬。

どこまでも上を見るその姿は、酷く眩しい。

 

「(神代君が一番欲しかった言葉、なんでしょうね)」

 

世間から信用を失った凌牙に対して、遊馬はいとも簡単に手を伸ばした。

何の見返りも求めない無償の信頼は凌牙にどう映っているのか。

そんなものは、今の凌牙を見れば一目瞭然だろう。

 

だからこそ、拓真は遊馬の言葉を馬鹿にする相手が許せなかった。

嘲笑する相手に、今度は拓真の堪忍袋の緒が切れた。

 

「では私からも言わせて頂きましょうか。デュエリスト失格な最低人間かつ社会不適合者の犯罪者共。頭の悪い猿でも分かるように懇切丁寧に罵倒して差し上げますので耳の穴かっぽじってよぉーく聞いていて下さいね?この【自主規制】のことしか頭にない【自主規制】がカードに触っているだけでも不愉快なのに【自主規制】がデュエルをしているというのが本当に堪えられないんですよ私は。この【自主規制】が。そもそもイカサマをしておいてその偉そうな態度は何です?馬鹿ですか?阿呆なんですか?痴呆症を患ってるんですか?頭に脳味噌詰まってないんですか?せめて猿並の知性か人並みの品格を身につけてから出直して下さいます?犬のほうがまだ人の言葉を理解しますよ。【自主規制】と【自主規制】が足りてないクセに人と同じ立場になったとか思い上がってるんじゃないですか?これだからアナタ方は【自主規制】なんですよ汚らわしい「拓真兄ちゃんストップ!ストップ!」ああでも、確かにイカサマしているかしていないかなんて大した問題ではありませんね。どうせイカサマしててもアナタ方のような【自主規制】が私達に勝てるとは到底思いませんから。ええそれこそ天地がひっくり返っても絶対に有り得ませんね。そもそもこちらの年齢言えます?中学生と高校生相手に三十路超えた大人3人がかりで1人も倒せてないとか引きますね。本当ドン引きですよ。プレイングがお粗末すぎて私の方が悲しくなってきますね。それでイカサマを疑うなという方が無理難題だとは思いませんか?誰がどう客観的に見ても疑わざるを得ない状況だと思うんですよ。勿論、個人的な感情が含まれている可能性も無きにしは在らずですが……ねぇ?よく考えてみて下さい、明らかに年齢が上なら経験もそれなりに上のはずでしょう?にも関わらず何で1人も倒せていないのですか?せめて私達のフィールドをガラ空きにしてからなら上から目線のセリフも偉そうな態度も納得出来ますが……ああ、すみません、どうせ【自主規制】なアナタ方には無理難題どころではなくて試練ですね、試練。【自主規制】の頭に合わせられなくてどうもすみません。IQが20違えば会話が成立しないというのは有名な話でしたのに私としたことがうっかりしていました。それで、どの程度のレベルにまで知性を落とせば理解して頂けるでしょうか?それとも話す言語自体が違うのでしょうか?生憎と勉強不足でして日本語と英語しか話せないんですよ。そちらはえっと、猿語ですか?犬語ですか?流石に私としても人間のプライドがあるので永遠とキーキーワンワンと喚くわけにもいかないんですよ。せめてジェスチャーで意思疎通をお願いしてもよろしいですか?ではまず私の質問に頷く動作から「拓真兄ちゃんストーーーーーップ!!!!」

「おい、流石の俺もそれ以上は可哀想だと思うぞ。……いや、今のでも十分過ぎるくらいだが」

「笑顔なのに、笑顔じゃない……恐い」

 

ストップをかけられた拓真は何故か震えている遊馬と凌牙の言葉に対して首を傾げた。

まるで何を言われたのか分からない、とでも言いそうな顔だ。

 

「えっと、罵倒度が足りませんでしたか?もっと厳しめにするべきでした…」

「罵倒度!?」

「100を基準として今のだと30程度でしょうか?まだまだ言い足りないくらいですね」

「えっ」

 

これで30なのか。恐ろしい。

デュエルする前に自分の心が折られると確信した遊馬、凌牙、アストラルは本気で拓真を敵に回さない決意を固めた。

 

「ではお説教も良い所で区切りが着いたのでデュエルを再開しますか。どうもすみません、時間を取らせてしまって」

 

お説教で済ませていいレベルなのかは分からないが誰も突っ込まなかった。

誰だって自分の命は惜しいのだ。こんな所で散らしたくはない。

 

「ふ、フン!こ、こここの状況で俺達に勝とうなんて無理に決まってるぜ!」

「そ…その通りだ!お前たちの場には氷漬けにされたホープとヤマトのみ!」

「ぎゃく、ぎゃ、逆転出来るモンならしてみやがれ!」

『………』

 

完全にビビっている。しかも若干逃げ腰だ。

しかし拓真を除く全員が無様だとは思わなかった。

あれだけ馬鹿にされていた凌牙でさえも僅かな同情心を向けた。

 

「遊馬」

「シャーク?」

「このデュエル、勝つぜ!」

「!…おう!」

「俺のターン、ドロー!俺は手札から魔法カード《エクシーズ・ギフト》を発動!フィールドにエクシーズモンスターが2体以上いる時、デッキからカードを2枚ドローする!」

「(上手い)」

 

口には出さなかったが、拓真は凌牙のプレイングに感嘆した。

フィールドにライオウがいるため、ドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加えることは出来ない。

しかし、エクシーズ・ギフトの効果はカードをドローする効果。

これなら何の問題もない。流石としか言いようがない。

 

「俺は《ハリマンボウ》を召喚!さらに手札から魔法カード《浮上》を発動!自分の墓地から水属性モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚!現れろ、ビッグ・ジョーズ!」

 

《ハリマンボウ》ATK1500 Lv3

《ビッグ・ジョーズ》DEF300 Lv3

 

「これは…!」

「レベル3のビッグ・ジョーズとハリマンボウをオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《ブラック・レイ・ランサー》!」

 

《ブラック・レイ・ランサー》ATK2100 ORU2

 

黒い身体に紫色の翼、そして手には赤い槍を持ったモンスターが凌牙のフィールドに姿を現す。

 

「俺はブラック・レイ・ランサーの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことでヴォルカザウルスのモンスター効果をエンドフェイズまで無効にする!」

「何!?」

「これでナンバーズが倒せる!」

「はい?えっと、ナンバーズが倒せる…とは?」

 

遊馬の発言に疑問を覚えた拓真が質問を投げかける。

そして遊馬から「ナンバーズはナンバーズでしか倒せない」という答えを貰った。

 

「(……それ、普通に戦闘破壊されない、という効果でもいいのでは)」

 

恐らくは誰もが思うようなことだろうが、拓真はあえて口にはしなかった。

拓真は雰囲気を優先したのだ。

 

「だが、攻撃力はヴォルカザウルスのほうが上だ!」

「甘いぜ、陸王!ハリマンボウの効果発動!このカードが墓地に送られた時、ヴォルカザウルスの攻撃力が500ポイント下がる!」

 

《No.61 ヴォルカザウルス》ATK2500→2000

 

ヴォルカザウルスの足元に黒い穴が出現し、そこから墓地にいるハリマンボウの針がヴォルカザウルス目掛けて発射される。

思わぬ攻撃にヴォルカザウルスはよろめく。

 

「これでブラック・レイ・ランサーの攻撃力が上回った!」

「俺はブラック・レイ・ランサーでヴォルカザウルスを攻撃!行け!ブラックスピア!」

「罠発動!《代償交換》!このカードはバトルを無効にする代わりに、プレイヤーがヴォルカザウルスの攻撃力分のダメージを受ける!」

 

海王 LP4000→2000

 

ヴォルカザウルスの炎が海王に襲いかかり、ライフを減らす・

 

「アイツ、身代りになりやがった!」

「俺が攻めて、海王が守り、雷王が奪う」

「これが俺達のデュエル!」

「俺達の戦い方よ!」

「罠発動!《灼熱の淵‐ヴォルカ・アビス》!仲間が効果ダメージを受けた時、相手の手札を確認し、モンスターカードがあった場合デッキに戻す!俺はお前の手札を確認する!」

「な、何で拓真兄ちゃん…?」

「恐らく、雷王の次のターンプレイヤーが私だからでしょう。まあ妥当ですね」

 

陸王が指名したのは拓真。

指名された拓真は潔く手札の内容を全員に公開した。

 

《死者蘇生》

《武神器‐ヘツカ》

 

拓真の手札にはモンスターカードが1枚。

そして、拓真の手札に死者蘇生のカードをあることを知った相手は警戒レベルを上げる。

 

「さあ、モンスターをデッキに戻しな!」

 

拓真がヘツカをデッキに戻すとデュエルディスクのオートシャッフル機能が作動する。

手札にモンスターが1枚もなく、更には内容を公開されたというのに拓真の表情に変化はない。

というのも、拓真にしてみればモンスターカードをデッキに戻す行為には何のデメリットも無かった。

それどころか、手札確認に乗じて味方にまで内容を公開出来たのは有り難いとさえ考えていた。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!俺もそろそろ行かせて貰うぜ。《OToサンダー》を攻撃表示で召喚!そして効果発動!1ターンに1度、このカード以外の雷族・光属性・レベル4のモンスターを召喚する。俺は《OKaサンダー》を召喚して効果発動!1ターンに1度、手札からこのカード以外の雷族・光属性・レベル4モンスターを召喚する。OToサンダーを召喚して効果発動!《ONeサンダー》を召喚する!」

 

《OToサンダー》ATK1300 Lv4 (2体)

《OKaサンダー》ATK1400 Lv4

《ONeサンダー》ATK900 Lv4

 

それぞれ緑、紫、赤色の服を着たモンスターが雷王の場に現れる。

サンダーの名の通り、金色の髪がバチバチと音を立てている。

 

「レベル4のモンスターが5体!?」

「俺はレベル4のライオウ、OToサンダー2体、OKaサンダー、ONeサンダーでオーバーレイ!5体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》!」

 

《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》ATK2400 ORU5

 

空から轟雷と共に水色のドラゴンが姿を現す。

そのドラゴンが天高く吠えれば、雷雲がゴロゴロと嫌な音を立てた。

 

「これが、3体目のナンバーズ…!」

「行くぞ!俺はサンダー・スパーク・ドラゴンの効果発動!エクシーズ素材を5つ使うこと相手フィールド上のカードを全て破壊する!」

 

《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》ATK2400 ORU5→0

 

「何だと!?」

「ってことは…!」

「全て消えてなくなれ!サンダー・スパーク・ボルト!」

 

遊馬、凌牙、拓真のフィールド上にいくつもの落雷が落ち、全員が激しい光に目を閉じた。

 

「ホープ!!」

 

チカチカとする目を開けて遊馬が自分のフィールドを見ると、そこには破壊されたハズのホープが顕在していた。

それどころか、凌牙の伏せカードや拓真のヤマトも無事である。

 

「ど、どういうことだ!?何故破壊されていない!?」

「ご自身のモンスターを見てみれば分かりますよ」

「何!?」

 

《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》ATK2400→2800 ORU0

 

拓真の言葉に雷王がサンダー・スパーク・ドラゴンを見れば、攻撃力が400ポイントアップしていた。

そして、拓真の場に伏せられていたカードが1枚なくなっていることに気付く。

 

「まさか!」

「速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動させて頂きました。このカードは選択したモンスター1体の攻撃力を400ポイントアップさせる代わりに効果をエンドフェイズ時まで無効にします。よってサンダー・スパーク・ドラゴンの効果は不発です」

「なっ、コイツ…!」

 

たった1枚のカードで最悪の状況を防ぎ切った拓真に警戒と称賛の二つの心情がぶつけられる。

特にエクシーズ素材を全て使わされた雷王は拓真に強い敵意を向けた。

 

「チィッ、だがまだ攻撃が残っている!俺はサンダー・スパーク・ドラゴンでヤマトに攻撃!」

「ぐううぅう!」

 

拓真 LP3000→2100

 

ヤマトに向かって放たれた雷がそのまま拓真の体を貫く。

随分と吹っ飛ばされた拓真は、雷が当たった腹部を押さえながら立ち上がる。

 

「拓真兄ちゃん!」

「だ、大丈夫です…」

 

とても大丈夫そうには見えなかったが、微笑む顔を向けられた遊馬は言葉を飲み込むしかなかった。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

《No.91 サンダー・スパーク・ドラゴン》ATK2800→2400

 

ターンを終了したことで禁じられた聖杯によって変動していたサンダー・スパーク・ドラゴンの攻撃力が元に戻る。

 

「私のターン。ドローフェイズ、ドロー。スタンバイフェイズ、メインフェイズ1に移行します。《武神‐アラスダ》を攻撃表示で召喚。魔法カード《死者蘇生》を発動して自分の墓地にいる《武神‐ヤマト》特殊召喚します」

 

《武神‐アラスダ》ATK1600→1700

《武神‐ヤマト》ATK1800→1900

 

光が溢れる黒と金の鎧を着たモンスターと、さきほど戦闘破壊されたヤマトが再び拓真のフィールドに現れる。

そして天璣の効果を受けて攻撃力が100ポイント上昇する。

 

「私はレベル4のヤマトとアラスダをオーバレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚。天上世界より降臨せよ《武神帝‐スサノヲ》」

 

《武神帝‐スサノヲ》ATK2400→2500

 

赤い鎧を身に纏い、虹色の翼を持つモンスターが2本の異なる剣を交差させながらフィールドに降り立つ。

その神々しいまでの光は確かに神と呼ばれても見劣りしない美しさだ。

 

「エクシーズモンスター…!だが、ナンバーズはナンバーズでしか破壊出来ない!いくらモンスターを召喚したところで無駄だ!」

「では無駄かどうか、試してみましょう。スサノヲの効果を発動。エクシーズ素材を1つ使うことでデッキから《武神》と名のつくモンスター1体を手札に加えるか墓地に送ることが出来ます。私は《武神器‐オロチ》を手札に加えます。そしてオロチの効果を発動し、このカードを墓地に送ります。バトルフェイズ。私はスサノヲで海王に直接攻撃(ダイレクトアタック)

 

《武神帝‐スサノヲ》ATK2500 ORU2→1

 

「何言ってやがる!俺のフリーザードンが見えねぇのか!?」

「オロチの効果発動。このカードをメインフェイズ1に墓地に捨てることで、このターンのみ《武神》と名のつくモンスター1体の直接攻撃を可能とします」

「何だと!?」

 

相手の反応に拓真は更に笑みを深くする。

そして、自身のモンスターに容赦のない命令を下した。

 

「処罰しなさい、スサノヲ」

「ぐ、ぁあああぁああ!!」

「海王!」

 

海王 LP2000→0

 

スサノヲが2本の剣を海王の体を突き刺し、ライフをゼロにした。

海王が地面に倒れ負けが確定した瞬間、海王のフィールドにいたフリーザードンの姿が消える。

そして、海王の永続罠《アバランチ》も破壊され、遊馬のホープが氷漬けから解放された。

 

「ナンバーズはナンバーズでしか倒せない?だから何です?わざわざ同じ土俵に上がる必要性はないでしょう。デュエルはモンスターを倒した方が勝ちではなく、相手のライフをゼロにした方が勝ちなのですから」

「よくも海王をやりやがったな…!テメェ、許せねぇぞ!!」

「おや、恐いですね」

 

憤怒の表情を浮かべる陸王に対し、拓真はわざとらしく肩を竦めてみせた。

凍夜が怒った時と比べれば、この程度の怒りなど高が知れている。

 

「バトルフェイズを終了してメインフェイズ2に移行。私はカードを1枚セットします。エンドフェイズ、ターンエンドです」

「俺のターン!ドロー!ヴォルカザウルスの効果を発動!スサノヲは破壊してその攻撃力分のダメージを与える!」

 

《No.19 ヴォルカザウルス》ATK2000 ORU2→1

 

「罠発動!《ダメージ・ダイエット》!このターン、効果ダメージは半分になる!」

「ぐっ、う…」

 

拓真 LP2100→850

 

遊馬の罠カード《ダメージ・ダイエット》の効果で拓真のライフが僅かに残る。

相打ちを覚悟していた拓真からすれば少し意外な展開だ。

 

「ありがとうございます、遊馬君」

「へへ!どうってことないぜ!」

「ヴォルカザウルスの効果はまだ残ってるぜ!凌牙のブラック・レイ・ランサーを破壊だ!」

 

《No.19 ヴォルカザウルス》ATK2000 ORU1→0

 

「くっ…!」

 

凌牙 LP2100→1050

 

「ヴォルカザウルスを対象に罠発動!《ヘイト・クレバス》!このカードは自分のモンスターがカード効果で破壊された時、相手モンスターを道連れにし、攻撃力分のダメージを与える!」

「そうはさせるか!罠カード《強制変移》!罠の対象をヴォルカザウルスからサンダー・スパーク・ドラゴンに変更!ぐあぁああ!」

 

雷王 LP4000→1900

 

地面に引きずり込まれそうになったヴォルカザウルスの体は途中で止まり、代わりに雷王のサンダー・スパーク・ドラゴンが地面へと引きずり込まれ破壊された。

 

「雷王…!テメェ等、無事にここから帰れると思うな!!ヴォルカザウルスで凌牙に直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「罠発動!《ラスト・エントラスト》!このカードはバトルを強制終了させ、さらに相手プレイヤーに自分のカードを1枚渡す。遊馬!」

 

ヴォルカザウルスの炎が強風によって消される。

そして、名前を呼ばれた遊馬は自分に向かって投げ渡されるカードを受け取った。

 

「え、俺に!?相手プレイヤーって俺でもいいの!?」

「ああ」

「今回はバトルロイヤル形式ですから、問題はありませんよ」

「無駄な足掻きを!罠カード《サンダー・ブレイク》!手札を1枚捨てることでフィールド上のカード1枚を破壊する!ホープを破壊だ!」

「そんな…!ホープ!」

 

どこからか現れた手から雷撃が走り、ホープの体に直撃する。

雷撃を受けたホープを体に雷を纏わりつかせながら破壊された。

 

「俺はこれでターンエンド。さあ、テメェの番だ!」

「お前のフィールドにモンスターはいない!諦めるんだな!」

「俺は……俺は、絶対に諦めねぇ!かっとビングだ、俺!」

 

勢いよくドローした遊馬は、必死になって手札を見る。

自分のやるべきことを真剣に考える遊馬にかける言葉はない。

信頼。その言葉を体現するように、凌牙と拓真は遊馬を視界に入れることなく口を閉ざした。

 

「…っ、そうか!俺は手札から魔法カード《死者蘇生》を発動!俺が蘇生させるのは………シャークのブラック・レイ・ランサー!」

 

《ブラック・レイ・ランサー》ATK2100 ORU0

 

遊馬の場に凌牙の墓地にいたブラック・レイ・ランサーが特殊召喚される。

凌牙は己のモンスターを見上げると、ふと笑った。

 

「ハッハッハ!攻撃力の低いブラック・レイ・ランサーだと?やはりド素人だな!」

「それはどうかな?」

「何!?」

「俺は魔法カード《アーマード・エクシーズ》を発動!」

「アーマード・エクシーズ…?」

「俺が渡したエクシーズモンスター専用カードだ!」

 

相手はこのカードを知らなかったのか、困惑した顔で凌牙と遊馬を見ている。

 

「このカードは、自分の墓地にいるエクシーズモンスター1体を、自分フィールドにいるモンスター1体に装備する!現れろ、希望皇ホープ!ホープをブラック・レイ・ランサーに装備!」

 

《ブラック・レイ・ランサー》ATK2100→2500

 

ホープが装備されたことにより、ブラック・レイ・ランサーの装甲がホープと似た様な色に変化し、さらに装備効果で攻撃力が400ポイントアップされる。

 

「ハッ!いくら攻撃力が上がろうとナンバーズはナンバーズでしか倒せないのを忘れたか!」

「木偶の坊が五月蠅いんですよ。無知もいい加減にして頂けますか?」

「何だと!?」

「拓真の言う通りだぜ。ブラック・レイ・ランサーはアーマード・エクシーズの効果によってホープとして扱われる」

「つまり、擬似的なナンバーズになれるんだ!」

「擬似的なナンバーズだと!?」

「ということは、ヴォルカザウルスが…!」

「ブラック・レイ・ランサー!ヴォルカザウルスを攻撃!」

「ぐわぁあああああ!!」

 

陸王 LP2400→1900

 

ブラック・レイ・ランサーが振り下ろした剣がヴォルカザウルスの体を引き裂く。

破壊された爆風が陸王を襲い、ライフを削る。

 

「さらに!アーマード・エクシーズは装備されたモンスターを墓地に送ることで」

「ブラック・レイ・ランサーの攻撃をもう一度可能にする!俺はホープを墓地に送る!

 行け!ブラック・レイ・ランサー!陸王に直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!ブラックスピア!!」

「ば、馬鹿な…!ぐあああぁああぁあ!!!」

 

陸王 LP1900→0

 

投擲された槍が陸王を貫き、ライフをゼロにした。

 

「海王だけじゃなく、陸王まで…!テメェ等、もう許さねぇぞ!」

 

吹っ飛んだ陸王を見た雷王が憎悪にも似た表情で遊馬達を睨みつける。

そして、海王が負けたことによりターンプレイヤーが雷王に設定される。

 

「俺のターン!ドロー!《カードカー・D》を召喚!そしてこのカードをリリースすることでデッキからカードを2枚ドロー!」

 

《カードカー・D》ATK800 Lv2

 

カードのような薄っぺらい青い自動車は召喚されてすぐにリリースされた。

そして役目は果たしたと言わんばかりに光の速さで消えていった。

 

「魔法カード《思い出のブランコ》を発動!自分の墓地にいる通常モンスター1体を特殊召喚する!来い!《神龍の聖刻印》!」

 

《神龍の聖刻印》ATK0 Lv8

 

モンスターとは思えない黄色い球体が雷王のフィールドに現れる。

僅かに聞こえる心臓の鼓動が、その球体が生きているのだと思わせた。

 

「なんだよ、攻撃力ゼロじゃん」

「遊馬君、あまり油断しないほうが良いですよ。攻撃力ゼロなんて嫌な予感しかしません」

 

ほっと安心している遊馬に、拓真の注意が飛ぶ。

確かに効果モンスターではないが、己の経験上、攻撃力ゼロで良かった場面など一度も無い。

拓真の警戒心に引っ張られたのか、遊馬がごくりと喉を鳴らした。

 

「良い勘してんじゃねぇか。俺は特殊召喚時に速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動!このカードは相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時に発動できる。特殊召喚されたモンスターと同名のモンスターを手札・デッキ・墓地から特殊召喚する!デッキからもう1体の神龍の聖刻印を特殊召喚!」

「レベル8のモンスターが2体!?」

 

《神龍の聖刻印》ATK0 Lv8

 

黄色の球体が2つ、雷王のフィールドに並ぶ。

 

「そして、相手もフィールド上にいる表側表示のモンスター1体を選択して同名モンスターを特殊召喚出来るが……」

「こちらにいるのはエクシーズモンスターのブラック・レイ・ランサーのみ。特殊召喚は不可能ですね」

「ヒャハハハ!その通り!俺はレベル8の神龍の聖刻印でオーバーレイ!2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築!エクシーズ召喚!現れろ《サンダーエンド・ドラゴン》!」

 

《サンダーエンド・ドラゴン》ATK3000 ORU2

 

白い巨躯と青い翼が特徴的なドラゴンが全身に雷を纏って現れる。

鋭い眼光が遊馬達を見下ろした。

 

「攻撃力3000!?」

「サンダーエンド・ドラゴンの効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことでこのカード以外のフィールド上のモンスターを全て破壊する!サンダー・エヴォリューション・ボルト!」

 

《サンダーエンド・ドラゴン》ATK3000 ORU2→1

 

「うわぁあああ!」

「ぐぅううう!」

「っ、ああぁああ!」

 

サンダーエンド・ドラゴンの効果をまともに食らった遊馬達は後ろに吹き飛ぶ。

特にブラック・レイ・ランサーが自分フィールド上にいた遊馬はその余波をもろに食らった。

凌牙と拓真が立ち上がった後、少しの時間を置いてよろめきながら立ち上がった。

 

「なんてモンスターだ…!」

「遊馬君、神代君、大丈夫ですか?」

「問題ねェ」

「俺も大丈夫だ!」

「余裕は与えねェよ!サンダーエンド・ドラゴンでド素人に直接攻撃(ダイレクトアタック)だ!」

「俺!?」

「遊馬!!」

「罠カード《威嚇する咆哮》を発動。このターンのバトルフェイズを強制終了させます」

 

サンダーエンド・ドラゴンが攻撃のために口の周辺に力を溜めるが、どこからか聞こえてきた獅子の咆哮に体を硬直させた。

 

「た、助かったぜ、拓真兄ちゃん」

「先程のダメージ・ダイエットのお返しですよ」

「チッ、しぶてェ野郎だな。俺はこれでターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

凌牙がデッキからカードを引くが、表情はあまり思わしくない。

しかし、あまり迷うような素振りも見せず行動に移る。

 

「俺はモンスターをセットしてターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!さっきまでの勢いはどうしたよ?ええ!?俺はサンダーエンド・ドラゴンの効果を発動!凌牙のセットモンスターを破壊する!サンダー・エヴォリューション・ボルト!」

「があぁああ!」

「うぅぅうう!」

「ッ……く、ぁ!!」

 

《サンダーエンド・ドラゴン》ATK3000 ORU1→0

《キラー・ラブカ》DEF1500 Lv3

 

再び轟雷が遊馬達のフィールドに降り注ぐ。

凌牙が伏せていたキラー・ラブカは雷に当たった瞬間に黒い炭と化し、破壊された。

だが相手は遊馬達の体勢が整うのも待たず、サンダーエンド・ドラゴンは攻撃態勢に入っていた。

 

「やれ!サンダーエンド・ドラゴン!凌牙に攻撃しろ!」

「罠発動!《ゼウス・ブレス》!攻撃モンスター1体の攻撃を無効にする!」

「フン。俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

「私のターン。ドローフェイズ、ドロー」

「手札1枚で今更何が出来る!テメェ等はもう終わりなんだよ!」

 

雷王の言う通り、遊馬達のフィールドは酷い状態だ。

凌牙に至っては手札もなく、フィールドもガラ空き。

もし次のターンで攻撃されれば終わりだ。

絶望とも言える状況の中、けれど拓真は微笑みを浮かべて相手を見ていた。

 

「デュエルを始めた瞬間から終わりに至るまで、私達デュエリストが出来るのはデッキを信じることのみ。少なくとも私は今までそうしてきましたし、これからもそうです。そして生憎と私は、一度もデッキに裏切られたことはありません」

 

拓真の笑みが深くなる。

その表情に、雷王は自分の背中から汗が流れたのが分かった。

 

「スタンバイフェイズ、メインフェイズ1に移行。罠カード《剣現する武神》を発動。自分の墓地から《武神》と名のつくモンスター1体を手札に加えます。私はアラスダを手札に加えます。そして墓地にいるヤマトを除外し、手札から《武神‐ヒルメ》を特殊召喚。自分のフィールドまたは墓地からモンスターが除外された時、手札のアラスダを表側守備表示で特殊召喚することが出来ます」

 

《武神‐ヒルメ》ATK2000 Lv4

《武神‐アラスダ》DEF1900 Lv4

 

白と金の鎧を纏ったモンスターとスサノヲのエクシーズ召喚に使われたアラスダが拓真のフィールドに現れる。

 

「レベル4のヒルメとアラスダでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚。天上世界より降臨せよ《武神帝‐カグツチ》」

 

《武神帝‐カグツチ》ATK2500→2600 ORU2

 

白金の鎧(ヒルメ)黒金の鎧(アラスダ)が光の渦に消え、その中から蒼い光に包まれたカグツチが現れる。

両手にはそれぞれ剣と盾を持ち、まるで拓真を敵から守るように構えている。

 

「エクシーズ召喚したところで、そいつの攻撃力はサンダーエンド・ドラゴンより下だ!」

「武神の真の力は他の武神によって齎されるものです。カグツチも例外ではありません。

 そしてカグツチは召喚に成功した時、自分のデッキの上からカードを5枚墓地に送り、墓地に送った《武神》と名のつくモンスター1体につき攻撃力を100ポイント上げます」

「何!?」

「1枚目《武神‐ミカヅチ》、2枚目《武神降臨》、3枚目《武神器‐ハチ》、4枚目《武神器‐ヘツカ》、5枚目《武神器‐ムラクモ》。墓地に送られたモンスターは4体。よって攻撃力が400ポイントアップします」

 

《武神帝‐カグツチ》ATK2600→3000 ORU2

 

「サンダーエンド・ドラゴンと並んだ!」

「相打ちを狙うつもりか…!」

「は?相打ち?わざわざ自分のモンスターを破壊するような真似をするとでも思ってるんですか?この私が?」

 

拓真の言葉に全員が一瞬の躊躇いもなく「いや、それはねェな」と思わず納得しかけた。

 

「言ったでしょう。武神の真の力は他の武神によって齎されるのだと。

私は墓地にいるムラクモの効果を発動。自分フィールド上に《武神》と名のつく獣戦士族モンスターが存在する時、墓地にいるこのカードを除外することで相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を破壊します。私はサンダーエンド・ドラゴンを破壊」

「なっ!?」

 

黒い穴から黄色い四足のモンスターが飛び出し、額の剣でサンダーエンド・ドラゴンを突き刺した。

サンダーエンド・ドラゴンは雄叫びの咆哮を上げると力尽きたのか、光の泡となって弾けた。

 

「バトルフェイズ。処刑しなさい、カグツチ。雷王に直接攻撃(ダイレクトアタック)

「ぐああぁあああああぁあ!!!」

 

雷王 LP1900→0

 

雷王のライフがゼロになったその瞬間、デュエルの終了を知らせるブザーが鳴り響く。

そして中央に遊馬達の顔がWINという表示と共に映し出された。

 

「よっしゃー!勝ったぜ!」

「お疲れ様です。ありがとうございました」

「拓真兄ちゃんも最後凄かったな!」

 

目をキラキラさせる遊馬に、拓真は微笑ましい目を向ける。

 

「それはそうと、あちらの方は遊馬君のお友達では?」

「え?……あ、小鳥!鉄男!」

 

友達に駆け寄った遊馬は何かを話しながら謝っている。

そんな様子を見ながら、拓真は地面に倒れた敗北者達に近付いた。

 

「さて…」

「お、俺達、こんなところで何を…」

「ひっ…!」

「コイツ等、やばい!逃げろ!」

「待っ、……行ってしまいましたね」

 

ここでのことを口外しないように言い聞かせようと思っていた拓真だったが、先程までの態度はなんだったのか小心者のように逃げだす相手の背中を見ることしか出来なかった。

あの様子では二度とここに近付くこともないだろうと判断した拓真は「仕方ありませんね」と溜め息と零し、見逃した。

 

「遊馬君、神代君……おや?神代君は?」

「シャークならもう帰ったぜ」

「デュエルに巻き込んでしまった謝罪とお礼がしたかったのですが、先延ばしになってしまったようですね」

「俺もシャークも気にしてねーって!」

「そう言って頂けると助かります。そちらの……えっと、小鳥さんと鉄男君、でしたっけ?3人とも夜も遅いですし、家まで送りますよ」

「そんな、悪いですよ」

「俺達だけでも大丈夫だぜ」

「ここで3人だけで帰してしまった後のほうが気になります。仕事も丁度交代の時間ですし、ちょっと待っていて下さい」

 

拓真はそう言って美術館の方に戻ると、5分ほどで遊馬達の所に戻ってきた。

制服と雰囲気のせいで大人っぽく見えていたが、私服に着替えた拓真に年相応の幼さが見える。

 

「お待たせしてすみません。さ、帰りましょう」

「じゃあ俺、帰るまで拓真兄ちゃんのモンスターのこと聞きたい!」

「あ、私も!」

「構いませんよ」

「やった!」

 

可愛らしい後輩を見ながら、拓真はにこりと笑った。

もし拓真を知るクラスメイトが彼を見れば、普段との違いに戦慄したことだろう。

それを知らない遊馬達は自宅に帰るまで途切れることのない会話を楽しんだ。

 

 




《No.91 サンダーエンド・ドラゴン》の効果は漫画版。
《カードカー・D》の効果はアニメ版です。

間違いやご指摘がありましたら感想にてお願いします。


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第十七話 恋に狂うとは言葉が重複している。恋とはすでに狂気なのだ

どうも、雲珠(うず)です。
第十六話を読んでくださり、ありがとうございます。

今回は凍夜が珍しく真面目というかシリアスです。
変態な凍夜を期待している方はご注意を!

サブタイはハイネ先生の名言です!


遊馬達が3対3のタッグデュエルを始める同時刻。

凍夜は路地裏にひっそりと佇む建物の前に来ていた。

建物の近くには数台のバイクが置かれており、凍夜はそれを苛立った様子で足蹴にした。

バイクは他のバイクを巻き込んで派手な音を立てながら倒れる。

当然、狭い路地裏でそんな音がすれば建物の中にいても聞こえる訳で……

 

「テメェ、何してやがる!」

 

ぞろぞろと建物の中から人相の悪い輩が出てくる。

普通の人間なら怯えるであろう相手を前に、凍夜は気だるげな動作で振り返ると不機嫌な顔を隠しもせず言い放った。

 

「あー……八つ当たり?」

「ナメてんのかテメェ!」

「ふざけんじゃねェぞ!!」

 

罵詈雑言が浴びせられるが、凍夜の表情は変わらない。

しかし、その全身からはアストラル以外には視認出来ない黒いオーラが立ち上る。

人知れず、凍夜の右手に50という黒い文字が刻まれる。

 

「なあ、俺とデュエルしようぜ」

「何言ってやが……、ッ!?」

 

不意に言われた言葉に反論しようとしていた相手が、凍夜の異様な雰囲気に気付く。

恐怖。その感情に支配された男は凍夜から距離を開ける。

その男の様子を見て、周りの連中も凍夜の異様さに気付いたのか警戒心から一歩足を下がらせる。

 

「おいおい、俺まだ何もしてないだろう。傷付くなぁ」

 

肩を竦めてみせた凍夜だが、その言葉に感情は籠っていなかった。

当然、相手もその言葉を本気で言っているとは欠片も思わず、ただの冗談か戯れだと確信していた。

 

「じゃあこうしよう。俺がデュエルで負けたら二度とここには近寄らないし、そこのバイクの修理費も全額支払う」

 

凍夜は後ろのバイクを指さしながら、そう言った。

倒れた衝撃で塗装が剥げたり、ハンドルな変な向きに曲がっているバイクが数台ある。

その全ての修理費を支払うとなれば結構な額だろう。

 

「だが、俺が勝ったらテメェ等全員ここに近寄るな。ついでに神代凌牙への接触も禁止する」

「凌牙…?テメェ、凌牙の知り合いか!?」

 

思わぬ人物の名前が凍夜の口から出たことで、相手の警戒心がさらに増す。

元々、相手は一匹オオカミ気質な凌牙のことを快く思っていないのだ。

 

「いや、他人だ。俺の中ではどうでもいい存在だな」

「はぁ?」

「じゃあ何でわざわざ…」

「だが、俺の大切で愛しい天使というか女神がそいつを仲間だって言っててな。ぶっちゃけ羨ましいのと悔しさで心が痛い。そいつがここしか居場所がないって言うもんだから潰しにきた」

「………は?」

 

相手が凍夜の言葉を正しく理解するのに数秒の時間を必要とした。

色々ぶっ飛んだセリフだったが、要するに俺達を潰しに来たと言ったのだ、この凍夜という男は。

 

「何ふざけたこと抜かしてんだ!このクソガキ!」

「いい加減にしねぇと容赦しねぇぞ!」

「大人ナメてんのかコラ!」

 

先程まで警戒心は凍夜への怒りで撥ね飛ばされたのか、微塵も感じられない。

しかし怒りに満ちているのは凍夜も同じで、近くの壁を拳で殴った。

 

「黙れよ」

 

瞬間、再び凍夜から異様なオーラが漏れる。

静まり返った空間で、凍夜が口を開く。

 

「早くデュエルしようぜ。そっちは何人でもいいからよ。今頃、神代が俺の大切なハニーと会って話していると思ったら嫉妬で狂いそうだ」

 

中々に締まらない発言だが、その殺気は本物だ。

たじろぐ男達の中で、気の強そうな男が2人、凍夜の前に出た。

 

「いいだろう、俺達がやる」

「さっきの言葉は本当だろうな?」

 

凍夜は2人の顔を見た後、暗い笑みを浮かべた。

 

「勿論、約束は守るぜ」

 

流石の凍夜とてデュエリストだ。

デュエルで嘘を吐くことはない。

 

「なら始めるぞ」

 

その言葉を切欠に3人はデュエルディスクを構える。

 

決闘(デュエル)!』

 

倉門 LP4000

凍夜 LP4000

古内 LP4000

 

「先攻は貰う!ドロー!……おい、テメェふざけてんのか?」

 

倉門は自分の手札を一瞥した後、表示された凍夜のライフを見てそう言った。

言われた本人は首を傾げながら頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「何のことだ?」

「俺達2人を相手に通常ライフだと?」

 

そう、2対1のデュエルで凍夜のライフは通常の4000。

明らかに不利な状況を選択したことになる。

 

「は?お前ら程度、通常ライフで充分だろ?」

 

さも当然のように真顔で言い放った凍夜に、相手の額にピキッと青筋が浮き出る。

 

「その発言、後悔させてやるよ!俺は永続魔法《コア転送ユニット》を発動!1ターンに1度、手札を1枚捨てることで自分のデッキから《コアキメイルの鋼核》を手札に加える!そして《コアキメイル・ウルナイト》を攻撃表示で召喚!」

 

《コアキメイル・ウルナイト》ATK2000 Lv4

 

倉門の場に鎧を纏い、槍と盾を持ったケンタウロスが現れる。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド。そしてターンエンド時、ウルナイトの効果が発動。このカードのコントローラーは自分のエンドフェイズ毎に手札から《コアキメイルの鋼核》を1枚墓地に送るか、手札の獣戦士族モンスター1体を相手に見せる。または、どちらも行わずにこのカードを破壊する。俺は手札の《コアキメイルの鋼核》を墓地に送る」

「俺のターン、ドロー」

 

相手モンスターの効果処理が終わり、凍夜にターンが移る。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンエンドだ」

「おいおい、随分言ってた割には逃げ腰だな」

 

凍夜は相手の挑発には乗らず、薄っすらと笑う。

それを不気味に思った古内は心のモヤを払うように勢い良くドローした。

 

「俺のターン、ドロー!フィールド魔法《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を発動!そして《ヴァンパイア・ソーサラー》を攻撃表示で召喚!」

 

《ヴァンパイア・ソーサラー》ATK1500 Lv4

 

ヴァンパイア帝国の演出か、周りのARヴィジョンが変化する。

相手の背後に古城が出現し、紅い月が妖しい光を放つ。

そして蝙蝠のようなステッキを持った黒いローブの女性ヴァンパイアが古城から現れ、古内の場に降り立つ。

ヴァンパイア・ソーサラーが凍夜に対して妖艶な笑みを浮かべるが、全ての愛情を自身の弟である遊馬に捧げている凍夜は全くの無反応だ。眉一つ動かない。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

「俺のターン、墓地の《コアキメイルの鋼核》の効果を発動。通常ドローを行う代わりに墓地のこのカードを手札に加える。バトル!ウルナイトで伏せモンスターに攻撃!」

「残念、俺のセットモンスターは《E・HERO クレイマン》だ」

 

《E・HERO クレイマン》DEF2000 Lv4

 

同じ攻撃力と守備力を持つ者同士、ダメージは発生しない。

その事実に相手は舌打ちした。

 

「チッ。俺はこれでターンエンドだ。そして手札から《コアキメイルの鋼核》を墓地に送る」

「俺のターン、ドロー。手札から《E・HERO エアーマン》を攻撃表示で召喚」

 

《E・HERO エアーマン》ATK1800 Lv4

 

青い体と翼を持ったエアーマンが凍夜のフィールドに現れる。

 

「エアーマンの効果発動。このカード以外の自分フィールド上の《HERO》と名のついたモンスターの数まで、フィールド上の魔法・罠カードを選んで破壊出来る。俺はお前のセットカードを破壊する」

「何!?」

 

倉門の場にセットされていた罠カード《魂の綱》が破壊される。

効果は自分フィールド上のモンスターがカード効果によって破壊され墓地に送られた時、ライフを1000ポイント支払うことでデッキからレベル4のモンスター1体を特殊召喚する。

意外と面倒なカードを破壊出来た凍夜は満足気に頷く。

 

「さて、そろそろ行くぜ。俺はレベル4のエアーマンとクレイマンでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。黒き希望を乗せた海賊よ、闇の淵より現れよ!エクシーズ召喚!《No.50 ブラック・コーン号》!」

 

《No.50 ブラック・コーン号》ATK2100 ORU:2

 

凍夜のフィールドが黒い霧に包まれ、その中から半透明な海賊船が姿を見せる。

白い帆には髑髏の代わりに赤い文字で50と書かれている。

そして、ブラック・コーン号がフィールドに現れた瞬間、凍夜の右手に浮かんだ50という文字が一層その光を輝かせる。

 

「ナンバーズ…?」

「ブラック・コーン号の効果発動!オーバーレイ・ユニットを1つ使うことで相手フィールド上のモンスター1体を砲弾に変え、その攻撃力分のダメージを与える!」

 

《No.50 ブラック・コーン号》ATK2100 ORU:2→1

 

ブラック・コーン号から鎖が飛び出し、ウルナイトの体に巻き付く。

そしてウルナイトは抵抗虚しく、ブラック・コーン号の内部へと引きずり込まれていく。

 

「ウルナイト!」

「やれ、ブラック・コーン号。全弾発射(フルバースト)!」

「うあぁああぁぁ!!」

 

倉門 LP4000→2000

 

ブラック・コーン号の砲台から光の礫が発射され、倉門のライフを削る。

どこか遠くで、ウルナイトの悲しげな声が聞こえた気がした。

しかし、凍夜はそれでも止まらない。

 

「アッハハハハ!さあトドメだ!ブラック・コーン号で直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

「ぐあぁあぁぁあ!!!」

 

倉門 LP2000→0

 

先程よりも大きな光の弾が倉門を跳ね飛ばす。

その衝撃で気を失ったのか、ピクリとも動かなくなった。

 

「倉門!テメェ…!」

「何だ、他人の心配をする余裕があるのか?俺はカードを1枚セットしてターンエンドだ」

「もう許さねえ!魔法カード《ナイト・ショット》!相手フィールド上にセットされた魔法・罠カード1枚を選択して破壊する!このカードの発動に対して、相手は選択されたカードを発動できない!俺は左側のカードを破壊だ!」

「へえ、良いカードを使うな」

 

セットされていた《リビングデッドの呼び声》がナイト・ショットによって破壊される。

しかし、凍夜は破壊されたカードを一瞥しただけで表情に変わりは無い。

それどころか相手を称賛する余裕さえ見せた。

 

「ナメてんじゃねぇぞ、クソガキ!ヴァンパイア・ソーサラーをリリースして《ヴァンパイア・ロード》を召喚!ブラック・コーン号に攻撃だ!そしてフィールド魔法《ヴァンパイア帝国》の効果により、ヴァンパイア・ロードの攻撃力はダメージ計算時のみ500ポイントアップする!」

 

《ヴァンパイア・ロード》ATK2000→2500→2000 Lv5

 

ヴァンパイア・ソーサラーが蝙蝠に姿を変えて古城に戻ると、次はヴァンパイア・ロードが古城から姿を表す。

そして体の一部を蝙蝠に変化させ、ブラック・コーン号を襲う。

 

「っ…」

 

凍夜 LP4000→3600

 

僅かに与えられた攻撃に凍夜が眉を潜めるが、それも一瞬のことだ。

しかし、表情はあまり思わしくない。

というも、凍夜はヴァンパイア・ロードとヴァンパイア帝国の効果を知っているからだ。

だが顔色が悪いのは相手も同じであった。

 

「な、何故破壊されない!?」

「ブラック・コーン号はナンバーズと名のついたモンスター以外との戦闘では破壊されない」

 

攻撃を受けてなお佇むブラック・コーン号に古内は驚きを隠せていない。

そして凍夜はブラック・コーン号の効果を淡々と説明した。

 

「破壊耐性持ちか…!だがカード効果は防げまい!ヴァンパイア・ロードの効果発動!このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、カードの種類を宣言し、相手は宣言された種類のカード1枚をデッキから墓地に送る。俺はモンスターカードを宣言!さあ、デッキから捨ててもらおうか」

「俺は《邪帝ガイウス》を墓地に送る」

「さらに、ヴァンパイア帝国の効果発動!1ターンに1度、相手のデッキからカードが墓地に送られた時、自分の手札・デッキから《ヴァンパイア》と名のついた闇属性モンスター1体を墓地に送り、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。俺はデッキから《ヴァンパイア・ソーサラー》を墓地に送り、ブラック・コーン号を破壊!」

 

ブラック・コーン号の真下に黒い穴が出現し、その穴から黒い槍のように無数の蝙蝠がブラック・コーン号を貫く。

凍夜は破壊された爆風を右手で防ぎ、ぼんやりと右手の甲に現れていた文字が消えていくのを見た。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「……折角、」

「あ?何か言ったか?」

「折角、チャンスをやったのにな」

「どういう意、味……」

 

凍夜の目を見た相手は、全身に恐怖が走る。

先程の異様なオーラとは比にならないほどの異様、いや、異形なオーラが場を支配する。

そこにあるのは、純粋な闇。

 

「俺のターン、ドロー」

 

無機質な声が、静寂な場に響く。

相手にはそれがまるで、死の宣告のように聞こえた。

 

「俺は魔法カード《ダーク・フュージョン》を発動。手札の《E-HERO マリシャス・エッジ》2体を墓地に送り、エクストラデッキから《E-HERO マリシャス・デビル》を特殊召喚。そして《E-HERO ヘル・ゲイナー》を通常召喚」

 

《E-HERO マリシャス・デビル》ATK3500 Lv8

《E-HERO ヘル・ゲイナー》ATK1600 Lv4

 

どちらのモンスターを凍夜と同様に黒いオーラを纏っている。

特にマリシャス・デビルは桁違いのオーラを放ち、まるで意思があるかのように凶悪な爪を相手に向ける。

 

「イービル、ヒーロー…?」

「俺はヘル・ゲイナーをゲームから除外。さあ、お前の好きにしろ。マリシャス・デビル」

 

初めて見るモンスターなのか、相手は呟く。

しかし、無視したのか単純に聞こえなかったのか、凍夜は相手の呟きには答えずマリシャス・デビルに指示を出した。

いや、正確に表すのであれば決して指示とは言えない。

何故なら、凍夜が指示を出すよりも速く、マリシャス・デビルはヴァンパイア・ロードに斬りかかっていたからだ。

 

「なっ、あ……と、罠発動!《聖なるバリア-ミラーフォース-》!」

 

発動された閃光の輝き。

それに相手が安堵した瞬間、その光はマリシャス・デビルによって引き裂かれた。

絶望。その二文字が相手の頭を過る。

 

「残念だったな。ダーク・フュージョンによって特殊召喚されたモンスターはこのターンのみ魔法・罠カードでは破壊されない。そして、ヘル・ゲイナーの効果によってマリシャス・デビルはこのターンに2回の攻撃を行える。……本当に、残念だ」

 

もはや恐怖によって話すことも出来ない相手に、凍夜は静かに告げる。

悲しいことに、相手には凍夜の声など聞こえてはいなかった。

いや、逃げ場のない現実(ぜつぼう)を聞かずに済んだことを幸運と言うべきか。

 

「あ、あ……」

 

古内 LP4000→3000

 

ヴァンパイア・ロードが破壊されたことにも気付かず、相手はただマリシャス・デビルから距離を置くように体を後退させる。

だが、マリシャス・デビルは容赦なくその体に爪を突き立てた。

 

「あ゛、あぁぁああ痛いっ、痛っぎゃあぁあああああ!!!」

 

古内 LP3000→0

 

ARヴィジョンが解除されてなお、相手はマリシャス・デビルに攻撃された箇所を押さえ、地面を転げ回った。

痛みで薄れゆく視界の中、相手は見た。

マリシャス・デビルが消えるのに若干のタイムラグが生じたこと。

そして、人間を人間として見ていない、凍夜の無機質な瞳を。

 

「(アレは……何だ…)」

 

己の理解を超えたモノが、そこに佇んでいた。

しかしそれを認識するよりも早く、相手の意識は闇に沈んでいった。

 

「…なん、で……何で、こんなことするんだよ…!」

「そうだ…。俺たち、何もしてねぇだろ!?」

 

仲間が倒された恐怖に、思わず何かを言わなければいけないと感じた彼等は凍夜を非難するように声を荒げる。

 

「そうだな、お前たちは何もしていない」

「だ、だったら何で…」

「けど、そんなの関係ないんだ」

 

凍夜はデュエルディスクを片付けながら、相手に一歩ずつ近づいていく。

 

「俺の愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて愛しい天使がさ、神代凌牙を助けたいって言ったんだ。あの子は誰よりも優しいから、無下に扱われて断られても絶対に助けるまで諦めない。だから俺は考えたんだ。神代凌牙がここしか居場所が無いと言うのなら、それを奪ってしまえばいいって。奪って、奪って、奪い尽くして、そうして、あの子の所にしか居場所を見出だせなくなればいい。何もかもを失えば、もうそれしか居場所も方法も無くなるだろ?人は全てを失った時、差し出された手に縋るしかないんだから」

 

慈愛に満ちて、何もかもを許容するような笑みで、この男は今、何と言ったのだろう。

相手は凍夜の言葉を理解出来なかった。いや、拒絶した。理解などしたくなかった。

目の前の男が、人間という範疇を超えて、恐ろしい存在に見えたからだ。

 

「俺、勝っただろ?だから約束、守ってくれるよな?」

 

相手は凍夜の言葉に必死に頷いた。

もうそれ以外の選択肢は彼等に残されていなかった。

 

「そりゃ良かった。んじゃ、今日中に引っ越しよろしくなー!」

 

あの異様なオーラは鳴りを潜め、軽い態度で凍夜はその場から去った。

ひらひらと振られる手。相手はその背後を呆然と見送る。

口を開く者は、誰もいなかった。

 




《No.50 ブラック・コーン号》の効果は漫画版のを採用しています。


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第十八話 ある一人の人間がそばにいると、他の人間の存在など全く問題にならない。それが恋というものである

どうも、雲珠(うず)です。
第十七話を読んで下さり、ありがとうございます。

サブタイはツルゲーネフ先生の名言です!


 

「(ハァハァ遊馬が可愛いすぎて辛いよぉ(*´Д`)ハァハァハァハァ)」

 

凍夜は現在、帰宅途中の遊馬を尾行もといストーカーしていた。

そしてショッピングモール内にも関わらず鼻息を荒くさせて遊馬を激写し、周りの人たちをドン引きさせていた。

一部の人達は通信機を片手に警察に連絡しようか迷っている。

 

「お掃除~!」

「な、何だ一体!?」

 

そんなこんなをしている内に、何故か上からお掃除ロボットが降ってきた。

次いで、その原因と思われる犯人の怒声が聞こえて来る。

 

「うるっせぇんだよ!この駄目ロボットが!金はどうした!?それにヘリもだ!」

「(こんな場所で強盗かよ。いい迷惑だ)」

 

全員に総スカンを受けるであろう発言を心の中でしつつ、緊急事態だと判断した凍夜は盗撮とストーカーを一時中断して遊馬達に近付いた。

 

「遊馬、小鳥ちゃん、大丈夫か?」

「兄ちゃん!」

「あ、凍夜さん…」

 

一応知り合いで年上な凍夜が現れたからか、2人の顔から不安そうな表情が消える。

そして周りの人たちに「え、この子たち知り合いだったの?可哀想に…」という驚愕と憐憫の視線を浴びている。

 

「ショッピングモールに立てこもり、ねぇ」

 

その視線に気付いていない凍夜は中央のテレビに映しだされているアナウンサーの放送を聞きながら意味深に呟く。

直後、遊馬と凍夜のD・ゲイザーに通信を知らせる音が鳴った。相手は姉の明里だ。

 

“遊馬!凍夜!アンタたち今、ショッピングモールにいるでしょ”

「え、その、俺は…学校……そう!学校にいるんだ!」

「俺も学校だ!遊馬のストーカーなんてしてない!してないからな!」

“アンタたちがそこにいるのは分かってるのよ。ちゃんとテレビに映ってるんだからね”

 

明里の発言を聞いた遊馬と凍夜は思わずテレビを見た。

そこには確かに、2人の姿が中継で映しだされていた。

 

「うわっ!映ってるじゃん!」

“いい!?何かスクープ映像撮ってきて!あと凍夜は帰ってきたら説教!!”

「げっ」

 

凍夜が嫌そうな顔をするも何かを言う前に通信は切れた。

遊馬と凍夜、そして通信を聞いていた小鳥の間に沈黙が流れる。

 

「……兄ちゃん、どうする?」

「遊馬はここにいろ。俺が行ってくる」

 

遊馬を危険な所に行かせる気はさらさら無いが、もし何もせずに帰ったら姉の説教時間が長くなるのは確実。

逃げ道を塞がれた凍夜は姉の説教が少しでも軽くなるように祈る。選択肢など最初から無かった。

 

《見ろ、遊馬。ナンバーズだ》

「え?ってことは、犯人はナンバーズ!?」

「遊馬?どうした?」

 

アストラルの言葉に、遊馬はテレビに映し出された犯人の肩に紫色の文字が浮かび上がっていることに気付く。

そして、聞き覚えのある単語に凍夜は思わず遊馬を見た。

 

「兄ちゃん、俺も行く!」

「なっ、危ないから小鳥ちゃんと待って…」

「先に行ってる!」

「遊馬!?」

 

凍夜は遊馬の行動に驚きながらも、後を追うように走り出す。

しかし、頭の中では遊馬が先程言った「ナンバーズ」という単語が引っ掛かっていた。

 

「(何で遊馬の口からナンバーズなんて言葉が?まさか、あのモヤ……もとい、アストラルが原因か?)」

 

デッキケースに仕舞っている現在白紙のカードを思い浮かべながら、凍夜をアストラルに向かって殺気を放つ。

このカードがロクでもないカードだと確信している凍夜は、遊馬が危険な目に遭う原因を作った存在を許せる筈がなかった。

何が何でも遊馬から事実を聞かなくてはと心に決め、走るペースを早くした。

 

その瞬間、頭上からガラスが割れる音が響く。

 

「遊馬!」

 

ガラスの破片から遊馬を守るように抱きしめるが、いつまで経っても痛みも何も感じない。

いや、それどころかテレビの音や人の騒音まで、あらゆる音が消え去っていた。

そして、手から滑り落ちた物が床に落ちず、何故か空中で止まっている。

 

「何だ!?」

「まさかとは思うが……時が止まっている、のか?スーハースーハー」

 

異常事態に気付いた遊馬が周りを見渡し、凍夜は己が導き出した推測を呟く。

馬鹿馬鹿しいと一笑出来ないのが辛い。

不意に、どこからか口笛が聞こえてきた。

 

「え?」

「誰だ!お前は!」

「どうやら、上で何か起きているらしいな。スーハースーハー」

 

静かな空間で、上にいる男の声はよく聞こえた。

その言葉からするに、上には犯人の他に誰かがいるらしい。

凍夜は誰かがガラス窓を割ってショッピングモール内に入ってきたのだと察し、この不可思議な現状もそいつが原因だろうと当たりとつけた。

 

「……ところで兄ちゃん」

「ん?何だ?スーハースーハー」

「もう離れても大丈夫だぜ」

「え…っ。そ、そんな殺生な!まだ遊馬の匂いを思う存分嗅いでないのに…!!」

 

今までの会話中、凍夜は遊馬を抱きしめたまま鼻息を荒くして匂いを堪能していた。

だが、遊馬の「離れて」発言に興奮で赤くなっていた顔が一気に青白くなっていく。

まさに天国から地獄に突き落されたかのような絶望顔だ。

 

「に い ち ゃ ん ?」

「さあ早く上に行こうか!!」

 

一瞬肩をビクつかせた凍夜は遊馬から渋々離れる。

そして、さり気なさを装いつつ遊馬の手を引いて上へと向かった。

時々聞こえる破壊音や大声に2人の足は自然と早くなっていく。

ようやく人の壁を抜けて最上階まで来ると、犯人と思しき人物が床に倒れていた。

しかし、何故か犯人の髪は白髪のようになり、顔も老人のように痩せこけている。

 

「何で犯人が!?」

「これは…」

「な、ナンバーズ、ハンター……」

「ナンバーズハンター?な、何言ってんだ!?」

 

犯人の様子に驚く遊馬だったが、不意に割られた天井のガラス窓を見上げた。

その動作に釣られるように凍夜も外を注意深く観察しようとしたが、空中で停止していたガラスの破片が動き出したのを見て遊馬を庇うのを優先させた。

 

「うわっ!」

「遊馬!」

 

上から抱きこむようにガラスから遊馬を庇った凍夜は、全てのガラスの破片が床に落ちたことを確認すると遊馬に怪我がないことに安堵した。

 

「な、何だ!あの2人は!」

「どうやって入ったんだ!?捕まえろ!」

 

ガラスだけではなく、停止していた周りの時間も動き出す。

どうやら停止していた時のことは見えていないようで、警察官は突然現れた凍夜と遊馬を拘束しようと近付いてくる。

 

「ま、待て!そいつに近付くな!」

 

しかし、警察官の動きは同じ警察官の声によって止められる。

周りの仲間に怪訝そうに見られているその警察官の男性は、そんな視線に晒されても気にすることなく2人を見ていた。いや、正確には遊馬ではなく、凍夜を凝視していた。

 

「おい、一体どうした」

「そいつは……そいつは、例のアイツだ!」

 

警察官は一度言い淀む様子を見せるも、意を決したように言葉を発した。

その目には怒りと驚き、そして怯えが混ざっている。

 

「な、何!?じゃあまさかコイツが…」

「ブラックリスト、超要注意人物…」

「あの、九十九凍夜なのか!?」

 

2人に近付いていた警察官が、恐ろしいモノを見たようにジリジリと離れていく。

警察官の反応を見ていた遊馬も一般客に紛れるように凍夜から離れる。

凍夜は遊馬の反応に思わず両膝をついた。

 

「兄ちゃん、何したんだ…」

「お、俺は何もしてない!無実だ!お前ら変な濡れ衣被せるな!それでも法の番人か!お陰でマイハニーに引かれただろ!」

「この反応、間違いない!本人だ!」

「人違いだ!早く訂正しろ!俺は愛しのマイエンジェルにドン引かれるなら全身に頬擦りして匂いを嗅ぎまくって体の細部まで舐め回した後に平手打ちされて蔑んだ目で見下されて顔を踏みつけられながらって決めてるんだ!!」

 

一般客は全力で最上階から脱兎のごとく逃げ出した。

遊馬とTVリポーターとカメラマンも逃げ出した。

その場に残されたのは警察官と凍夜だけだ。

凍夜は遊馬が逃げたのは警察官が濡れ衣を着せたせいだと決めつけ、憎悪に満ちた目で警察官を睨みつけている。

 

「でゅ、デュエルだ!デュエルで奴を拘束しろ!」

「上等だ!テメェ等全員、返り討ちにしてやる!」

 

警察官数名VS凍夜の前代未聞なデュエルが開始され、凍夜が家に帰れたのはそれから数時間後のことだ。

遊馬がこの場にいたことも、犯人がショッピングモールに立て籠もった事件も、全てが有耶無耶になったのであった。

 




帰宅後

明里「……で?」(仁王立ち)
凍夜「いや、あの、その…」(正座)
明里「放送が途中で終わったから良かったものの、アンタがスクープになってどうすんのよ!この馬鹿!!」(キャラメルクラッチ)
凍夜「ごめんなさ痛い痛い痛い!!」(悶絶)

凍夜は関節技を受けながら数時間の説教された後、気絶


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第十九話 最大の災害は自ら招くものである

どうも、雲珠(うず)です。
第十八話を読んで下さり、ありがとうございます。

サブタイはルソー先生の名言です!


長らく更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした!(ジャンピング土下座)
そして久々の更新にも関わらず文字数が短いです…。うわああああごめんなさい!ごめんなさい!


 

場所はハートランドシティの隣町に出来た、新設のデュエルコート。

晴天の下、多くのデュエリスト達がデュエルをしていた。

その中には遊馬、鉄男、小鳥、等々力、凍夜の姿もある。

 

「よっしゃー!俺のターン、ドロー!」

「(地上に舞い降りた天使がここにいるんですけどぉおおおぉおお!!!)」

 

心を狂喜乱舞させた凍夜はそれに比例するように無表情でカメラのシャッターを連打し、デュエルをしている弟の姿を写真に収めていく。

周りの人達は鼻からボタボタと血を流し続ける凍夜にドン引き、あるいは見て見ぬ振りをしている。

中にはその変態行動を見かけて

 

「おい、デュエルしろよ」

 

と言ってくる親切なデュエリストもいたが、その人物はデュエルコートの隅っこで「ブラコン恐い」と嘆いている。

それからは誰も凍夜にデュエルを挑まなくなり、挑もうとするデュエリストを全力で止める謎の団結力が発揮されていた。

 

そして周りの反応や視線に耐性のない等々力が精神的な理由でリタイアを余儀なくされ、アフターケアのため鉄男が付き添うはめに。

2人が離脱したことでデュエルの相手が激減した遊馬は、既に時間が遅いこともあり小鳥とホクホク顔の凍夜と一緒に帰る事になった。

 

「いやぁ、惜しかったぜ!あそこで攻撃が決まってたら勝ってたのに!」

「もー!遊馬ったらさっきからそればっかりなんだから!」

「帰ったら特訓に付き合ってやろうか?勿論それ以外の特訓でもお兄ちゃんは大歓迎というかむしろそっちの方が俺的には大事というかオススメなんだが!」

「うん、ありがとう兄ちゃん。でも遠慮しとく」

「えっ」

 

ガーンという効果音でも付きそうな表情で固まった凍夜は、落ち込んでいますというオーラを隠しもせずに醸し出し、遊馬と小鳥の後ろをトボトボと歩いた。

凍夜の態度に慣れている遊馬と小鳥はスルースキルを全開で発動し、そのまま会話を続ける。

その直後、空からポツリと雨が降り出した。

 

「やべっ!」

「あ、ちょ、遊馬!置いて行かないでよ!」

 

急いで家に帰ろうと、遊馬が走りだす。

後を追うように小鳥が横断歩道を渡ろうとしたその瞬間、鋭い光と共にクラクションが響き渡る。

 

『小鳥!』

 

遊馬と凍夜が同じタイミングで叫ぶ。

一番距離の近かった凍夜が咄嗟に地面を蹴り、小鳥の体をトラックの直線上から突き飛ばす。

代わりに、凍夜がトラックの前へと身を投げ出した。

 

「凍夜さ…っ!?」

「兄ちゃん!!」

 

トラックは目前。もう間に合わないと、その場にいる誰もが思う。

凍夜は自分の死を自覚し、ふと笑った。

 

「(死ぬ前に、遊馬の全身舐め回したかったなぁ)」

 

最後に考えることがそれかと総ツッコミされそうなことを心の中で呟きながら、凍夜は笑う。

一切ブレることのない思考は、ある意味愛の塊だと言えるだろう。

枕詞に“変態”という言葉は付くが。

 

「遊馬、ばいば……ぐべら!?」

 

最愛の弟に別れを告げようとした凍夜だったが、それは顔面を地面に強打したことで強制キャンセルされた。

擦りむいた鼻を抑えながら、凍夜は何が起こったのかと立ち上がった。

 

「………は?」

 

トラックは凍夜の1cm前で停止していた。

それだけなら良かったが、周囲の光景は凍夜の頭を混乱させるには十分過ぎる程であった。

雨粒が地面に落ちることなく、空中で止まっている。

 

「兄ちゃん!大丈夫か!?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

駆け寄ってくる遊馬を抱き締めたい衝動に襲われながら、凍夜は返事をした。

そして、つい先日も似たような経験をしたことを思い出す。

 

「(前は確か、ショッピングモールで似たようなことが…)」

 

あの時も割れたガラス片が空中で止まっていた。

その後に悪徳な警官達の陰謀によって遊馬にドン引きされた記憶しか残っていない凍夜だったが、何か嫌な予感がすると珍しく打算のない行動で遊馬の手を握った。

 

「やばい、遊馬の手めっちゃ柔らかいし温かいしキュンキュンするんですけど…!これ以上俺の心を惑わせてどうする気なんだ!!俺は一秒一秒、遊馬に惚れ直しているというのに!!!!(遊馬、俺から離れるなよ)」

「………兄ちゃん…」

「え、待って。なんで俺から離れようとするんだ、遊馬。やめて!指一本ずつ離そうとしないで!地味に傷つくから!!」

 

打算は無かったが本能は全開だったらしく、本音と建て前を逆に言ったことに気付かない凍夜は遊馬が物理的な距離を開けようとする行動に心臓にダメージを負った。

ライフがゼロどころかマイナスに突入しそうな凍夜だったが、どこからか聞こえてきた口笛にハッと顔を上げる。

そこには、黒いコートを着た特徴的な髪の青年いた。その後ろには、見たことのない形のロボット。

青年は大声を発し、空中で停止していた周囲の雨粒を弾き飛ばした。

 

「誰だお前!これはお前の仕業か!」

 

周囲の全てが停止した原因であろう青年を見ながら、遊馬は叫ぶ。

凍夜もまた、言葉にはしなかったが遊馬と同じことを思いながら青年を見る。

 

「今このエリアは特殊フィールドを展開し、時間の進みを一万分の一にしてある」

「ワタクシ、オービタル7ノチカラデス!」

 

しかし青年は質問には答えず、遊馬と凍夜を睨むように見つめる。

 

「この空間の中で動けるのは、ナンバーズを持っている者のみ。やはり貴様等、ナンバーズを持っているな!」

《ナンバーズ…!まさか!?》

「ナンバーズハンター!?」

 

遊馬の脳裏に、この間の強盗犯の言葉が浮かび上がる。

それと同時に青年の言葉に疑問を覚えた。青年は今「貴様等」と言ったのだ。

アストラルは普通の人間には見えない。となると、その対象になるのは自分の他に動いている人物、つまりは自分の兄だ。

 

《遊馬!この男は危険だ!逃げろ!》

「に、逃げろったって…!」

 

アストラルも遊馬と同じ疑問を浮かべるが、それよりも今は逃げることを優先させた。

凍夜とは同じ家に住んでいる。質問する機会などいくらでも作れると咄嗟に判断した故の言葉だった。

遊馬は突然の出来事に狼狽える。そしてその隙を見逃すほど、青年は優しくも間抜けでもなかった。

 

「ふっ!」

「うわっ!?」

「ッ遊馬!」

 

遊馬に向かって伸ばされた赤い鞭のような光線。

それから庇うように、凍夜は繋いでいない左手を差し出す。

痛みは無かったが、青年が腕を引くと、それに引っ張られるように凍夜の体が動いた。

 

「うおっ!?」

「兄ちゃん!大丈夫か!?」

「このデュエルアンカーにより、デュエルのケリが着くまで俺とお前は離れることは出来ない!」

「何!?そ、それじゃあ兄ちゃんは…!」

「つまり貴様等がデュエルから逃げ出すことは不可能。狩らせてもらおう……ナンバーズを!」

 

遊馬は自分の代わりにデュエルアンカーに縛られることになった凍夜を見る。

視線を地面に向けていた凍夜が顔を上げる。

その表情に、遊馬はある種の後悔を覚えた。

 

「……ふ、ふふっ、あはっ、アハハハハハハハ!!!!!」

 

笑い声を上げる凍夜だが、その瞳は全くと言っていいほど笑ってなどいなかった。

ギラギラと、あるいはドロドロとした感情の渦が浮かび上がり、凍夜の体を黒いオーラが纏った。

遊馬にも、青年にも視認出来ない黒い塊。それを見ることが出来るのは、アストラルのみだ。

 

《(何なのだ、彼のこの異様なオーラは…!)》

「に、兄ちゃん…?」

「貴様、何が可笑しい」

 

しかし、そんな事を露ほども知らない遊馬と青年は突然笑い出した凍夜に疑念の眼差しを向ける。

 

「いやいやいや、これはもう、笑うしかないじゃん?だってさあ、デュエルアンカーだっけ?これ最初、遊馬に飛ばしたじゃん?それってつまり、俺が庇わなかったらテメェと俺の遊馬がデュエル中ずっと繋がってたって事だろ?ハハッ。………殺すぞテメェ」

 

笑い声を引っ込め、凍夜は明確な殺意を言葉に乗せて青年にぶつける。

変態行為なら何度も目の前にやられてきた遊馬だったが、凍夜がこんなにもハッキリとした殺意を、しかも自分の前で見せるのは初めてだった。

不愉快な表情を全く隠さず、凍夜は半ば力任せにデュエルディスクにデッキを差し込んだ。

 

「逃げる?馬鹿なことほざいてんじゃねーよ。俺の愛しい遊馬に手ェ出しといて、そっちこそ逃げられると思うなよ」

 

凍夜は左手に繋がれたデュエルアンカーを引っ張り返す。

ピタリと青年に向けられた目は、どんなことをしてでも逃がしはしないと言葉以上に物を語っている。

 

「ふ、面白い。俺を狩ろうという訳か」

 

鋭い殺意を全身に浴びる青年だが、まるで意に介していないように笑みを返す。

この程度の殺意で身を引くほど、青年の覚悟もまた生半可なモノではないのだ。

 

「っ、兄ちゃんばっかりにやらせるかよ!」

「遊馬…?」

 

訳の分からない状況に困惑していた遊馬だったが、自ら危険なことに首を突っ込む兄の姿を見て、決意を固める。

そしてD-ゲイザーとデュエルディスクをセットし、凍夜の隣に並び立つ。

そんな遊馬の行動に動揺したのは、今まで殺気立っていた凍夜だった。

 

「遊馬、お前は早くどこか安全な場所に…」

「兄ちゃんを置いて、そんなこと出来るかよ!」

「俺の弟マジ地上に舞い降りた天使。むしろ天使すら霞むほどというか天使を超越した存在だわ。ということはつまり人間すら超えていると同義だから人間社会の法律なんて塵屑で俺と遊馬が結ばれる可能性というか未来が訪れ、」

「良いだろう、纏めて相手をしてやる!」

「テメェふざけんな!空気読め!」

 

凍夜は自身の言葉を遮った青年に怒りの感情をぶつけるが、遊馬としてはこの時ばかりは青年に感謝した。

 

「デュエルモード、フォトンチェンジ!」

 

しかし青年は2人の感情に全く興味を示さず、デュエルの準備をする。

黒を基準としたコートは青年の言葉に反応するように純白に染まり、左目は青い模様が浮かび上がったかと思うと赤色に変わった。

 

「さあ、狩らせてもらおう。貴様等の魂ごと!」

 

それぞれの感情と思考が渦巻く中、デュエルが始まる。

 




カイト登場。
久々の投稿でスランプ状態が否めないです…。


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