獣の詩 (アイオン)
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転生

Q.どうして一発ネタで満足できなかったんだい!?

A.そんなのわかんないよ!!


 「あぁっ……」

 

 短い悲鳴を上げて絶命した黒衣の火防女から、ソウルブランドを引き抜く。

 地面に倒れた彼女の死体を踏み越え、光に手を伸ばす。

 光は徐々に輝きを増し、やがて世界を白く灼き―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――色のない濃霧へと踏み込み、ボーレタリアを調査せよ。

 それが、神の御名の下、私に下された指令だった。

 

 命じられるがままに神殿を後にし、謎の声に導かれて濃霧の切れ目からボーレタリアへと足を踏み入れる。

 亡者の様に襲い来る兵士達を斬り伏せ、戦斧を振り翳すデーモンの尖兵も打倒した。

 しかし、天を貫くが如き巨大な竜には為す術もなく―――気付いた時には、楔にこの身を縛られていた。

 

 

 

 

 

 私が楔に縛られる事になった原因とも呼べる存在―――要人は言った。

 目覚めてしまった“獣”を再度の微睡みに導く為に、デーモンを全て殺せ。

 それが出来ないのであれば、お前のソウルは未来永劫楔に囚われたままだ……と。

 

 巫山戯た話だ。

 巫山戯た話だが……デーモンを殺す為にボーレタリアを巡る事は、同時に指令を遂行する事にもなる。

 ―――総ては我等の信仰する神の為に。

 そう決意を新たにした私は、ソウルを自在に操る謎の女性―――黒衣の火防女の力を借り、デーモン討伐へと乗り出した。

 

 

 

 

 

 さて、デーモンを殺すとは言ったものの……そこからが大変だった。

 大変と云う言葉すら生温い、苦難の道が続いた。

 

 ある時は、聳え立つ塔の如く巨大な騎士の盾に叩き潰され。

 ある時は、鎧の様な甲殻を持つ大蜘蛛の鋏角に両断され。

 ある時は、再生し続ける女王の偶像に嬲り殺され。

 ある時は、物言わぬ骸骨の群れに切り刻まれた。

 

 特別被虐趣味でもない私がこうまでなって折れなかったのは、偏に神への信仰が故だった。

 ―――しかしある時、己が信ずる神に疑問を抱かせる出来事に遭遇する。

 

 

 

 

 

 それは、ストーンファング坑道の地下へと通じる縦穴を降りていたときの事。

 途中で発見した横穴の中で、スキルヴィルと名乗る冒険者と遭遇した。

 マトモな人間と遭遇した事自体は、珍しいと云うだけで特に問題がある訳ではない。

 問題なのは―――彼の持っている、奇妙なタリスマンだ。

 

 神の業の体現である“奇跡”は、信仰心を持つ者の祈りと媒介物であるタリスマンによって発現する。

 そうであれば当然、タリスマンは神の意志を受ける神聖な物であり、そこに“魔”が宿る事など有り得ない筈なのだ。

 ……しかし、目の前の冒険者が持つタリスマンからは、確かに“魔”の気配が感じられる。

 

 疑問に思った私は、奇妙なタリスマンについて冒険者に訊ねた。

 彼曰く、これは獣のタリスマンと呼ばれる物らしい。

 その名が示す通り古い獣の似姿であり、これ単体で“魔法”の触媒としての機能と“奇跡”の媒介物としての機能を併せ持つ代物だそうだ。

 

 正直説明だけでは納得出来なかったので、実際に使ってみてほしいと頼み込む。

 彼は快く私の頼みを引き受け―――獣のタリスマン単体で、確かに“魔法”と“奇跡”を使って見せた。

 

 デーモンの業の体現である、“魔法”。

 我等が神の業の体現である、“奇跡”。

 何故神は、忌むべき“魔”を宿す物に祝福を与えたのか……不敬と理解しながらも、私の中で神への僅かな疑いが生まれた。

 

 

 

 

 

 とは云え、デーモンの討伐を止める理由にはならない。

 私は引き続き黒衣の火防女の力を借り、ボーレタリアを征く。

 

 槍の如く長大な直剣を操る騎士を、ハルバードで貫き。

 地下に封じられた炎の魔人を、奇跡の力で退け。

 人とデーモンを掛け合わせた様な怪物を、象牙の塔より蹴落とし。

 長き時を越えた勇士を、正面から打倒した。

 

 総ては神の御名の下に―――自らの疑心から目を逸らす様に、私は戦い続けた。

 そしてその結果……神への信仰が、大きく揺らぐ事態に直面する事になる。

 

 

 

 

 

 私が訪れたのは、腐れ谷と呼ばれる場所だ。

 ゴミや動物に果てには人間まで、忌み嫌われ捨てられたありとあらゆる存在が流れ着く、不浄の谷。

 漂う異常な臭気や襲い来る奇怪な住民達に辟易しつつ、歩を進める。

 

 疫病を運ぶ鼠の大群。

 その巨体に見合った棍棒を手に襲い来る、腐敗した人型。

 生理的嫌悪感を抱かせるヒル溜り。

 外敵を退け、苦労して降りて来た先にあったのは……一面に広がる、毒々しい色をした沼だった。

 足を取られる忌々しい毒沼を、解毒の奇跡を頼りに前進する。

 

 毒を撒き散らす蚊の群れ。

 不安定な足場で這い寄る大型のナメクジ。

 黒い塊としか認識出来ない程の蠅が集る不潔な巨像。

 数多の不浄を踏破し、私は遂に最深部へと辿り着く。

 其処で対峙する事になったデーモンは……神の信徒であった筈の聖女アストラエアと、彼女を守る暗銀の騎士ガル・ヴィンランドだった。

 

 聖女は語る―――神に捨てられた人々を救う為、デーモンになったと。

 騎士は云う―――我々はこの地で、ただひっそりと生きているだけだと。

 聖女は願う―――この地より立ち去って欲しいと。

 騎士は望む―――我々を害さないで欲しいと。

 

 彼女達の言葉に、私は武器を執る事で応えた。

 ……武器を執る事でしか、応えられなかった。

 救われぬ人々の救済の為にデーモンへと堕ちた―――堕ちざるを得なかった彼女に、神の僕に過ぎない私が何を言えると云うのか。

 そんな彼女を守ると誓った騎士に、私如きの言葉がどれほどの意味を持つと云うのか。

 

 ―――心が揺れていた。

 だがそんな状態でも、黒衣の火防女によって練り上げられた私のソウルがこの躰を突き動かす。

 桁外れの膂力から繰り出される巨人殺しの大槌と、細身のハルバードが真っ向から打ち合った。

 予想外の力に驚いたのか、暗銀の騎士が一歩退く。

 

 騎士は問う―――貴様等は何故、我々を害そうとするのか。もとより、貴様等が捨てたものだろう……と。

 

 私はただ、武器を振う。

 ……武器を振う事しか、出来ない。

 騎士の問いに答えられるだけの想い(モノ)が、私の内に存在しないから。

 

 ハルバードの連撃に、暗銀の騎士がジリジリと退く。

 焦った様に振るわれる大槌を見切り、撃ち落とす―――伝わる感情は、驚愕。

 私は勢いそのままに、ハルバードを暗銀の騎士の肩口に振り下ろした。

 

 肩を抉られ、騎士が苦悶の声を上げる。

 深手を負いながらも、退く気配を見せない暗銀の騎士。

 私はその懐に飛び込み、盾で大槌を持つ手を打ち据えた。

 

 騎士の手から零れ落ちる大槌。

 晒された決定的な隙。

 突き出したハルバードが鎧を穿ち、心の臓を貫く。

 

 ―――アストラエア様……

 

 聖女の名を呟いた騎士は倒れ臥し、程無くしてソウルへと還った。

 暗銀の騎士のソウルを受け止めつつ、聖女へと近付く。

 

 ―――あの人が斃れたのですね……

 

 己が騎士の勝利を願っていたのだろう、私の姿を認めた聖女は悲しげな声で云う。

 

 ―――あなたを相手に私の抵抗など無意味でしょう……さぁ、望みのデモンズソウルをお取りなさい……

 

 聖女は自ら命を絶ち、ソウルを差し出した。

 純血のデモンズソウルを手に、私は神に問う。

 

 ―――彼女達の姿を見て、貴方は何を思うのですか……?

 

 答える声は、無かった。

 

 

 

 

 

 アンバサ(おお、神よ)―――そんな言葉では戦えなくなってしまったが、同時に別の戦う目的を得た。

 それは、全てのデーモンの祖である古い獣と対峙する事だ。

 

 神が私の問いに答えぬと云うのなら、“獣”ならばどうだろう。

 何かしらの答えを示してくれるのではないだろうか?

 そんな期待が、私をデーモンを殺す者として行動させた。

 

 天空を支配する剣で、嵐の王を切り裂き。

 翁の纏う、狂気を孕む黄衣の力を打ち破り。

 以前は手も足も出なかった巨大な竜を、先人達の遺産を用いて地に沈め。

 王の化身を、デモンブランドの力を借りて討ち果たした。

 

 

 

 

 

 全てのデーモンを殺し、その時は来た。

 

 ―――懐かしい声が聞こえます……獣があなたを呼んでいるのです……共に、獣の元に参りましょう……

 

 黒衣の火防女に導かれ、神殿の地下へと降りる。

 長い長い縦穴を降り続け……気付けば、水辺の砂浜の様な場所に居た。

 光も届かぬ地底と思いきや、辺りには柔らかな光が降り注いでいる。

 そして、そんな光に照らされる様にソレは存在した。

 

 木々の生い茂る山脈であろうか、或いは生命の根付く大地そのものであろうか。

 とにかく途方も無い存在が、そこには居た。

 

 ―――獣よ……こちらです……

 

 黒衣の火防女の声に、獣と呼ばれた存在が身を横たえる。

 開かれた巨大な口から、私たちは獣の内部へと進んでいった。

 体内にまで生い茂る木々を掻き分け、奥へと進む。

 そして終着点―――最奥では、なりそこなった者が待ち受けていた。

 

 ―――歓迎しよう、獣に呼ばれた者よ……

 

 嘗てオーラントと呼ばれたもの。

 辛うじて腕部と認識できる場所に携えたソウルブランドが、その存在を証明していた。

 最早肉塊としか呼べぬ有様でありながら、此方に向かって来る。

 

 ―――貴様も見てきただろう。もとより、世界とは悲劇だ……

 

 なりそこないの言葉に、腐れ谷を思い浮かべる。

 あの地の光景は正に、“世界とは悲劇”の縮図ではないだろうか。

 腐れ谷だけではない、ボーレタリアの外でも悲劇が絶える事はなかった。

 私の居た、神の神殿でさえも。

 

 ―――故に、神は獣という毒を残した。ソウルを奪い、すべての悲劇を終わらせるためにな!

 

 ……それが本当ならば、私の生は一体何だったのだろうか。

 幼い頃より神の為にと生き続けてきた、私の生は。

 

 振り降ろされるソウルブランド。

 迫り来る魂を切り裂く刃に対し―――私の躰は、ハルバードを打ち合わせていた。

 

 嘗てのボーレタリア王とは云え、今はただのなりそこないに過ぎない。

 何合かの打ち合いの後、奴の腕部からソウルブランドを弾き飛ばした。

 透かさずハルバードを、奴の躰へと突き立てる。

 

 ―――貴様……分からないか……

 

 ハルバードを捻り、なりそこないの肉体を抉る。

 斧槍の刃が肉らしきモノを掻き分ける感触が、手に伝わってきた。

 

 ―――本当は誰も望んでいないのだ……

 

 倒れ臥し、ソウルへと還るなりそこない。

 残されたのは、近くに突き刺さっているソウルブランドだけだった。

 ソウルブランドを引き抜き、最奥の光へと近付く。

 

 ―――これですべて終わりました……

 

 黒衣の火防女が、私の傍らに立つ。

 

 ―――もう楔があなたを繋ぎとめることはありません……デーモンを殺す方、あなたはこのまま上に戻ってください……

 

 そう言って、入ってきた方を指し示す黒衣の火防女。

 恐らく彼女は、このまま獣を微睡みへと導くのだろう。

 ……私は、首を横に振った。

 

 ―――何故ですか……?

 

 目は見えなくとも拒否の気配を感じ取ったのか、黒衣の火防女が疑問の声を上げる。

 私は一言、こう答えた。

 

 ―――済まない……

 

 そして彼女が反応するよりも早く、その身にソウルブランドを突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『これが……私が求めた答えなのか……』

 

 獣の内に融け、私は知った。

 我等が神と呼んで信仰していたモノは、ただの“力”に過ぎなかったのだと。

 私と云う存在は、“力”の奴隷でしかなかったのだと。

 

 『下らない信仰に、下らない存在―――自分の事ながら、笑劇(ファルス)にもならないな……』

 

 思わず自嘲の笑みが零れる―――いや、肉体は既に無いのだが。

 

 時間が経てばやがて、私はデーモンと成り果てるのだろう。

 人間としての生は奴隷として、神に捧げられ。

 デーモンとしての生すら奴隷として、獣と云う神に捧げる事になる訳だ。

 

 『……仕方無いか』

 

 決して仕方無くはないのだが……私の心は、もう折れてしまっていた。

 立ち上がる事も出来ず、刻を待つ事しか出来ない。

 

 このまま意識を閉ざしてしまえば、それで良い。

 そう考える私だったが―――

 

 (―――本当に?)

 

 『えっ?』

 

 (本当にそれで良いのか?)

 

 私の中のナニカが、語り掛ける。

 困惑しながらも、その声に返答する。

 

 『良くはないけど、仕方無いさ……』

 

 (ほう……他者の願いを踏み躙ってまで歩んで来た結果が奴隷で、仕方無いと納得出来ると?)

 

 そんな、そんなもの―――

 

 『納得出来る……ワケがないだろう!』

 

 (そう、そうだろう? ならば何故、こんなところで蹲っているのだ?)

 

 それは、心が折れてしまったからだ。

 立ち上がる気力すら沸かぬ程、完璧に。

 

 『もう、立ち上がれないんだ。ここから立ち上がるには、私の心は弱すぎる』

 

 (ならば焼べてしまえば良い、脆弱な心など。そして手に入れれば良い、何者も及ばぬ“力”を)

 

 心を焼べる?

 “力”を手に入れる?

 それはつまり―――

 

 (ボーレタリアでやってきた事と、何一つ変わらぬよ。奪えば良いだけだ、“獣”のソウルを! 神のソウルを!)

 

 “力”に隷属させられるのではなく、“力”を隷属させる。

 人間を超越し、“絶対者”となる。

 

 (今まで散々神に利用されてきたのだ。ならば今度は、神を利用する番だ)

 

 ―――いつの間にか、ただ蹲る事を止めていた。

 

 『……私の生は、始まってすらいなかった』

 

 (ならば始めれば良い、今、この刻より)

 

 『脆弱な人間の心を、ソウルの火に焼べよう』

 

 (新たなる生を、始める為に)

 

 『何者も及ばぬ、強きソウルを練り上げよう』

 

 (“獣”のソウルを以て)

 

 『さあ、目覚めよう』

 

 (新たなる“獣”―――“絶対者”よ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくてグリフィスと呼ばれていた女は、新たなる獣―――絶対者として転生した。

 何者も及ばぬ力を手にした彼女は、その力で何を為すのだろうか?

 ……それは、彼女以外の誰にも判らない。




女グリフィスさん。
女性寄りの見た目をしたグリフィスさんだと思ってもらえればOKです(元々中性的ですけど)。

一応次の話でデモンズ的な世界をどうにかしちゃって旅立つ予定。

ここまで閲覧していただいた序でと言ってはなんですが、活動報告にも目を通して頂ければ幸いです―――書くのは今からなんですけどね。


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