バカとデートと精霊達 (トッキ―)
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第一話

バカテス編に入る前にヒロインである八舞姉妹との出会いを書いていきます。


 季節は春。芦原島の空には雲ひとつなく太陽が外で作業をしている人に容赦なく照り付ける。風は優しく頬を撫で、静かに通り抜けていく。

 

「今日も暑いなぁ~……」

 

 休日の昼頃、商店街へ買い物に行っていた出木遥斗は大量の食料が入っているエコバックをぶら下げ、春だというのに都会の夏並の気温を記録した芦原島を歩いていた。もう全身が汗だくである。

 いつもは立たせている緑色の髪も汗の重みでぺたんとしていて、穏やかさを感じる目の周りや、ほっそりとした頬には汗が休みなく流れている。体つきは細いがそれらはすべて筋肉であり、力も強い。

 

「もっとこう……強い風が吹かないかな……」

 

 天気予報で季節外れの熱中症には充分気をつけてくださいと注意された今日について一人愚痴っていると、急に周りが暗くなった。今日は晴天で雲ひとつないはずなのに、太陽の光が当たらないのはおかしい。

 そう思って見上げてみると、空一面が雲に覆われていた。だがそれだけではなかった。雲の流れが速いのだ。不思議な雲の動きを眺めていると、

 

「うおっ!」

 

 とてつもない突風が遥斗に襲い掛かる。急な事に反応できず、バックに入っていた食料がいくつか飛んでしまった。

 これ以上失ってはいけないとバックを胸に抱え込み、飛ばされまいと足で踏ん張ってその場に留まろうとする。荒れ狂う突風の中でなんとか開くことが出来た目が捉えたのは、宙に浮いている二人の女の子だった。

 一人は水銀色の瞳をしている女の子で橙色の長い髪を結い上げている。身体には全体が紫に近い色で構成されている特徴的な服装を纏っている。なによりも特徴的なのが、右手右足についている錠だ。まるで脱獄囚を連想させる。顔立ちは間違いなく美少女に値する。

 もう一人は同じ色の髪を三つ編み状にしている女の子で気怠そうな半眼をつくっている。服装もところどころで違っていて、ほとんど同じ造りをしているが、錠だけが逆側の左手左足についている。

 何よりも驚いたのがこの二人、姿形がとても似ているのである。

 髪型や服装で判別できるがそれも些細な違いで、それこそお互いの服装やら髪型やらを変えられた時にはそれも難しくなってしまうほどにそっくりなのである。

 遥斗が唖然とその光景を見ていると、二人の少女がゆっくりと遥斗の目の前に降り立つ。すると先程の突風が止み、静かな沈黙が辺りを支配する。正確には二人の周りだけが治まり、周囲の木々はいまだに強い風に吹かれている。間違いない。この強い風は二人が巻き起こしたものだ。

 

「くくく、やるではないか夕弦。さすがは我が半身と言っておこう。だが、この戦いは我の勝利で幕を下ろそう」

「反論。五十戦目を制するのは、那倶矢ではなく夕弦です」

 

 邪悪な笑みを浮かべて芝居がかった言葉遣いをする方が那倶矢で、気怠げな表情をしている方が夕弦というらしい。

 

「ほざきおるわ。いい加減、真なる八舞に相応しいのは我だと認めたらどうだ?」

「否定。生き残るのは夕弦です。耶倶矢に八舞の名は相応しくありません」

 

 双方は遥斗の存在に気がついていないようで、わからない言葉を織り交ぜて二人にとってはとても大事な話をしているに違いない。

 

「無駄なあがきよ。我の魔眼には見えているのだ。次の一撃――シュトウルム・ランツェに刺し貫かれし貴様の姿がな!」

「指摘。那倶矢の魔眼は当たった試しがありません」

「う、うるさい! 当たったことあるし! バカにすんなし!」

 

 なんだろう、大事な話だと思ってたのに単なる姉妹喧嘩に見えてきた。

 

「ほ、ほらあれだ。次の日の天気予報とか当てたことあるし!」

「嘲笑。下駄と変わらない魔眼(笑)の効果に失笑を禁じ得ません」

 

 夕弦が口元に手を当ててフスーと息を漏らしている。半眼なのも手伝ってか、如何にもバカにしてますよ、といった表情になっている。(笑)まで口で言うとは、これほどバカにされた経験が自分にはあっただろうか。

 

「黙らんか! 我を怒らせたこと、後悔させてくれるわ!」

 

 よっぽど屈辱だったらしい耶倶矢が激昂し、両手を広げる。それを合図に嵐が一層強くなった。そしてすぐに構えを取り、夕弦もそれに応じる。

 

「漆黒に沈め! はぁぁッ!」

「突進。えいやー」

 

 覇気の籠もった声と緊張感を感じない声の主が猛スピードで激突しようと地面を蹴った。ここにいるだけでもすごい嵐なのに、そんなのが衝突した日には周辺の木の葉はおろか、砂浜が消し飛びかねない。もちろん自分の身の安全も大事だ。

 遥斗は息を深く吸い込み、肺に溜まった酸素をすべて吐き出す勢いで思い切り叫んだ。

 

「ちょっと待てーーい!!」

「「!?」」

 

 今にも衝突しそうだった二人の動きが止まり、驚いた顔をしてキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

「な、なに今の……ごほん。まるで絶対地獄から響く亡者共の嘆きにも似たような……」

「報告。耶倶矢、あれを見てください」

 

 耶倶矢は夕弦が指差す方向にいる遥斗を見た瞬間に顔を歪め、怪訝そうな顔を浴びせてくる。二人の鋭い双眸が遥斗に突き刺さるが、それを真っ向から受け止める。

 

「人間……だと? 我らが戦場に足を踏み入れるとは、貴様何者だ?」

「驚嘆。驚きを隠せません」

「お前らこそ何者だよ。島の天気を嵐に変えるわ宙に浮いてるわ。いろいろ言いたいことはあるけど、まずはそこからだ」

 

 聞いてはみたが遥斗には確信があった。なぜなら、自分が立っているその場所――耶倶矢と夕弦が立っているところに近い位置には、まるで台風の目のように風の影響が出ていないのだから。

 耶倶矢と夕弦はお互いに顔を見合わせてから遥斗に向き直る。最初に口を開いたのは耶倶矢だった。

 

「ふふふ……我が名は八舞耶倶矢。八舞の血を受け継ぐ者」

「紹介。八舞夕弦と申します。前者に同じくです」

「我らだけ名乗るのも不自然であろう……貴様、名をなんと申す」

「お、俺は遥斗。出木遥斗だ」

 

 那倶矢の雰囲気に少し後ずさりながらも遥斗は自分の名前を名乗る。俯き加減にふむと唸った那倶矢が再び遥斗に視線を送ってくる。

 

「では遥斗よ。ひとつ問おう。我らの神聖な決闘に横槍を入れるとは、どういう了見だ?」

「け、決闘?」

「補足。耶倶矢と夕弦は、どちらが真の八舞に相応しいかのを競っていたのです」

「左様。我らの命運を定める神聖なる決闘に水を差すなど、どう責任を取ってくれるのだ?」

「え、いや……」

 

 決闘などと知らなかった遥斗にとってはそんな無責任なと思うところだが、耶倶矢の目は本気である。それにどう返そうかとしどろもどろになっていると、その様子を見てか夕弦が気怠るそうな表情のまま口を開く。

 

「指摘。耶倶矢、それでは脅迫です」

「うるさい! せっかく上手くいきそうだったのに……」

「確認。何か言いましたか」

「な、何でもないし!」

 

 どうやら口では耶倶矢は夕弦に勝てないらしい。夕弦から顔を背けたのを見てから、心の中で夕弦に感謝をする。

 

「とにかく、このままでは気が収まらんわ! どうしてやろうか……ああそうか、これなら」

「質問。どうかしましたか、耶倶矢」

 

 耶倶矢は夕弦の身体を頭の頂点から足のつま先まで眺めては一人頷いていた。まるで、品定めでもするかのように。

 

「夕弦よ。我と貴様は様々な勝負をしてきた。それも、もうどこで競えばいいのかわからなくなるほどにな」

 

 これも大仰な身振りをしながら那倶矢が話を続ける。今までの四十九戦の種目がどんなものか気になったが、ここで口をはさむとまたややこしくなりそうなので自粛する。

 

「だが、まだ一つ勝敗のついていないものがあるではないか。そう、それは……魅力だ!」

 

 少しの間をあけて夕弦に告げた言葉が魅力ときた。いったいどうやって対決するというのだろうか。耶倶矢がチラッと遥斗の方を見てきたときに背中に寒気のようなものを感じたのはなぜだろうと考える。そんな遥斗に構わず耶倶矢が続ける。

 

「真の精霊、八舞には力や頭脳だけではなく、森羅万象を嫉妬させるほどの魅力が必要だとは思わないか?」

「思案。……」

 

 夕弦が俯き加減に考えを巡らせている。それを一瞥した耶倶矢が遥斗の方を向き、ビシッと指を向ける。

 

「そこでだ、遥斗。貴様を裁定役に任ずる」

「は? いやちょっと待て。姉妹の喧嘩のようなものになんで首を突っ込まなきゃ……おい! 夕弦からも何か言ってくれ!」

「回答。確かにそれでは競ったことがありませんでした」

「そうだろう。今まで我らの闘争に割って入れたものなど皆無――第三者に裁定を委ねることなど出来るはずもなかったのだからな。勝負方法は、先に遥斗を落とした方の勝ちだ!」

「承諾。その勝負、受けて立ちます」

「うおいっ!」

 

 夕弦に助けを求めたが、耶倶矢の提案を呑んでしまった。もはやこの周りに遥斗の味方はいない。

 こうして、遥斗と謎の二人との、真の八舞を決める共同生活が始まった。

 



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第二話

タグにも書きましたが、バカテスとのクロスは途中からとなります。
八舞姉妹との出会いを書いた後の学園生活で絡ませます。
それでは本編をどうぞ


 真の八舞を決めるための神聖なる対決――悪く言えば姉妹喧嘩の裁定役に勝手に任命された遥斗は重い足を引きずりながら、一人暮らしのために使っているマンションに耶倶矢と夕弦を連れてきた。正確には引きずってきたと言った方が正しいだろうか。なぜなら……

 

「遥斗よ。我の身体は魅力的だろう? 我を選べば、この魅惑に満ちた身体は遥斗のものぞ?」

「誘惑。夕弦を選んでください。いい事をしてあげます。もうすごいことです。耶倶矢なんて目じゃありません」

 

 二人がそれぞれ両方の腕にしがみつき、耳元で甘い声音を囁いて誘惑してくるのだ。疲労している身体にさらに重量が圧し掛かってくる。

 突然の嵐で外出している人がいなかったのが不幸中の幸いで、奇抜な格好をして男にしがみついている二人を人目に晒すことなく連れてくることが出来た。靴を乱暴に脱ぎ捨て、二人をリビングに連れてきては、晩御飯を作るからと理由をつけてソファーで引き剥がす。

 キッチンへ向かい買い物バックを下ろすと、すぐに今日買ってきた食材を使って夕飯に取り掛かる。調理を始める時間がいつもより早いため、手の込んだものにしようとハンバーグの材料を取り出す。付け合わせのサラダの準備や、人数が増えたことによって必要になったご飯を炊くことを忘れない。

 突風によっていくつか飛んでしまった食材の分をあるもので代用しながらも調理を続けること数十分。三人分の料理が出来上がった。

 

「これでよしっと……二人とも、ご飯出来たぞ~」

 

 二人が座っているソファー近くにあるテーブルにまずは二人分の食事を運ぶ。そのあと自分の分を持っていく。耶倶矢と夕弦が隣同士で座り、テーブルをはさんで向かいに遥斗が腰を下ろす。その様子を見た二人がソファーから降りて床にちょこんと座る。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 手を合わせてから箸を掴み、焦げ目のついたハンバーグにかぶりついた。うん。悪くない味だと思う。

 少し遅れて耶倶矢と夕弦も手を合わせ、箸でハンバーグを一口大にしてから二人同時に口に運ぶ。

 

「んんっ! なにこれ、すごく美味しい! ……そなたが用意した供物、見事なものよ。高貴たる我が晩餐にはふさわしい」

「称賛。とても美味しいです」

 

 耶倶矢には大仰な態度を忘れるほどに、夕弦には気怠そうな半眼を見開くほどに喜んでもらえたらしい。手間をかけて作った甲斐があったというものだ。

 会話はなかったが、どこか和やかな雰囲気のまま夕食が進んでいくこと数分。サラダに箸を伸ばしていた遥斗の目にスッと箸が伸びてきた。先端には一口大にされたハンバーグがある。顔をあげてみると、そこには少し顔を赤くした耶倶矢と相変わらずの半眼の夕弦があーんの体勢で待ち構えていた。

 

「……どういうつもりだ」

「我が直々に食べさせてやろう。さあ、その無限の闇へと続く門を開くがよい」

「返答。あーん、です」

 

 耶倶矢は少し頬を朱に染め、夕弦は半眼の瞳を微かに揺らしている。恥ずかしいならやらなければいいのに。

 なぜこんな行動に出たのか、考えてみれば当然である。遥斗自身が認めたわけではないが、真の八舞を決める裁定役に任命されているのだ。この二人は自分の知っている知識の中から、男が喜ぶであろう仕草や行動を選択して実行している。それに対していくら自分本意ではなくても、ここまでされては無情に突き放すわけにはいかない。

 そう考えた後の行動は早かった。遥斗は顔を突き出し、二人が差し出している箸を同時に口に含んだ。味は自分の作ったハンバーグだが、今まで体験したことのないことにそれも新鮮に感じた。

 

「……うん。美味しいよ二人とも」

 

 正直な感想を述べたら二人は満面の笑みを浮かべ――しかしすぐにお互いの睨み合いを始めてしまう。

 

「くくく。我が差し出した物の方が一瞬だが口に含むのが早かったな」

「否定。夕弦の方が○・○五秒早かったです」

「そんなことないし! うちの方が早かったし!」

「お前らとっとと食っちまえよ~」

 

 姉妹の言い合いをしている間に自分の分を平らげた遥斗は流し台まで食器を運んで慣れた手つきで洗っていく。一人暮らしをしていると自然と身につくので、一通りの家事は慣れたものである。

 

「質問。夕弦が手伝えることはありませんか?」

「ん? それじゃあ悪いんだけど、洗ったやつを拭いてってくれないか?」

「首肯。了解しました」

「あ、アタシは何すればいい!?」

 

 夕弦に対抗してか、耶倶矢が焦った表情で問うてきた。遥斗は食器を洗いながら考えを巡らせ、ひとつの仕事を任せることにした。

 

「それじゃあ耶倶矢には風呂のお湯を入れてきてもらおうかな。廊下に出てすぐにあるから。温度の目盛りは黄色の中間辺りな」

「わかった! ……コホン、任せておくがよい」

 

 軽くわざとらしい咳払いをしてから、言うとおりに風呂場へと駆けていく耶倶矢を少し微笑ましく思いながらも、水ですすいだ食器を水切り台に乗せ、それを夕弦が拭いていく。心なしか、距離がとても近い気がする。少しでも動けば触れてしまいそうだ。

 

「好機。これで邪魔者はいなくなりました」

 

 何のことかわからなかったが、すぐに理解した。夕弦が皿を拭いていた手を止め、遥斗の左腕に抱き着いてきたのだ。それにより豊満な二つの山が腕を挟み込み、ぐにゃりと形を歪める。

 

「この場に邪魔をする者はいなくなりました。さあ、遥斗の思うがままに、夕弦をめちゃくちゃにしてください」

 

 そう言ってさらに身体を押し付けてくる。その動作がとても色っぽく、確実に理性を削っていく。遥斗の脳は突然の事態にショートしかけている。顔が熱いし、おそらく顔も赤くなっていることだろう。

 そんな遥斗のことなんてお構いなしで、夕弦が紅潮させた顔を近づけていき、ついにはお互いの吐息が肌で感じられるほどの距離になった。そして夕弦の艶やかな唇が遥斗の唇に重なる――

 

「ただいま戻ったぞ……って夕弦! アンタ何してるのよ!!」

 

 瞬間、風呂場から戻ってきた耶倶矢はこの光景を見ては顔を赤くし、目に見えない速さで遥斗と夕弦の間に入り込んで二人をぐいっと引き剥がす。耶倶矢がぜぇぜぇと息を切らし、夕弦は視線をそらしてはチッと舌打ちを漏らし、遥斗はいまだ冷え切っていない頭でこの状況をどうしようか考えを巡らせていた。

 

「……とりあえず、風呂が沸くまで話でもするか。二人のこと知りたいし」

 

 気まずい空気を何とかするために切り出した話題に、耶倶矢と夕弦は顔を俯かせながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、よくわかった」

 

 遥斗は聞けるだけのことを聞いた。

 耶倶矢と夕弦はもとは一人の精霊だったということ。もう元には戻らないこと。八舞にはどちらか一方しかなれないこと。そのために数々の決闘を繰り広げていたこと。そして……どちらかが勝利を獲得したとき、負けた方は消滅すること。最低限知っておかなければならないことはすべて知ることが出来た。

 だが、それを知ったと同時に遥斗は戦慄にも似た感情に襲われた。

 この二人は姉妹であるお互いの存在を消し去ろうとしているのだ。それが定められた運命だとでもいうように。

 遥斗が顎に手を当てて考えを巡らせている態度をどう捉えたのか、向かいに座っている姉妹は困り顔をつくってしまう。

 

「くくく。遥斗よ。我らの運命を左右する存在であるお主がそんな顔をするでない」

「支持。そんな顔をしないでください。遥斗は、ただどちらかを選べばいいのです」

 

 それが一番つらいことなのだが、二人の少し寂しそうな顔を目の前にして言えるわけがない。ましては遥斗は仮にも裁定役。途中で投げ出すわけにもいかない。

 遥斗が気まずい気分になっていると、タイマー音がリビングに鳴り響いた。どうやら風呂が沸いたらしい。

 

「遥斗よ。一度知力を巡らせるのを休め、体を清めてきてはどうだ?」

「同調。それがいいです。夕弦達のことは気にせず、お風呂に入ってきてください」

「いいのか? それじゃあお言葉に甘えるとするよ」

 

 本当は遥斗が譲るのが普通なのだが、二人の行為を無駄にはするまいと二人に感謝し、部屋で着替えを用意してから脱衣所へと向かい、素早く衣服を脱いで風呂場のドアを開ける。一室に籠もっていた湯気が一気に開放され、視界がだんだん晴れてくると、お湯がたっぷり入った浴槽が姿を現した。蛇口から出ているお湯を止めてから入浴剤を投入し、身体を洗ってから湯船に浸かる。

 

「あぁ~気持ちいい~」

 

 全身の毛穴から今までの疲労がにじみ出てくるような感覚に襲われ、自分のすべてを湯銭にゆだねる。

 どれほど時間が経っただろうか。そろそろ出ようと湯船の淵に手をかけると、ドアの向こうに人影が見えたのだ。まさかと思って近くにあったタオルを手に取り、腰に巻こうとしたのと同時にドアが開かれた。

 

「くくく。遥斗よ。我が自らお主の身体を清めてやろう。光栄に思うがいい」

「否定。夕弦が気持ちよくしてあげます」

「な、なにしてるんじゃお前らはーー!!」

 

 遥斗は顔を真っ赤に染め、腰にタオルを巻くと同時にお湯に沈み込む。

 そこに立っていたのは予想通りの耶倶矢と夕弦だった。二人とも身体にバスタオルを巻いているため局部は見えていないが、男女が同じ風呂場に居合わせていること自体がイレギュラーなためどうすればいいのかわからないでいる遥斗であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か言う事は?」

「「(謝罪)申し訳ありませんでした」」

 

 風呂場でひと騒動起こった後、リビングでは遥斗が仁王立ちしていて、その前で那倶矢と夕弦が正座して頭を下げていた。遥斗は呆れたようにため息を吐き、風呂上がりで湿っている頭をボリボリ掻いた。

 

「まあ……悪気があったわけじゃないんだろうし、いいけどさ……」

 

 正直に言うと、嬉しくないわけじゃなかった。とある事情で現在学校に行っていない遥斗はまして一人暮らし。女の子との出会いどころか男の友達もまともに出来ていないから、こうして女の子がいる空間というのは新鮮でいいのだ。なにが言いたいかというと遥斗も男だ。女の子の裸をタオル越しとはいえ見ることが出来たのが嬉しかったのである。

 

「そういえば二人ともその服装はどうしたんだ? 俺の家にはないはずだが……」

 

 今耶倶矢と夕弦が着ているのはシンプルなデザインをしたパジャマなのだ。色は耶倶矢が黄色で夕弦が水色だが、どこで手に入れたのかが不思議だった。

 遥斗が疑問を口にすると二人は顔を見合わせた後、納得したように頷くとその場で立ち上がって目を閉じた。すると二人の身体を淡い光が包み、身に纏っている服装が変化していく。光が消滅したときには、二人の服は出会った時のものになっていた。

 

「驚いた……。精霊ってのはそんなことまで出来るのか……」

「左様。こんなもの、我らにとっては造作もないことよ」

「質問。他の服にも変えられますが、なにか要望はありますか?」

「ないからとりあえずさっきのに戻してくれ」

 

 すぐにそう返答した遥斗の顔を夕弦は不機嫌そうな顔でパジャマ姿へと変化し、耶倶矢はそれをにひひと笑いながら先程のパジャマを纏わせた。

 

「さて、二人はこっちの部屋を使ってくれ。布団は敷いておくから」

 

 遥斗は自分の部屋の隣――かつて両親が寝起きしていた部屋の扉を開け、ふすまから二人分の布団を取り出す。敷き終わってから、父と母の写真が飾られた仏壇の前に正座して礼をする。起きた後と寝る前に礼をするというのが遥斗の日課なのだ。

 

「それじゃあ二人とも、今日はもう遅いから寝ろよ。お休み」

「うむ。お主が良き夢を見ることを祈っておるぞ」

「了解。お休みなさい、遥斗」

 

 あれこれしているうちに時計の針は日付を跨ごうとしていた。遥斗は二人が部屋へ入っていくのを確認してからリビングの電気を消し、自分の部屋へと入っていく。こっちの電気も消してベットに飛び込み、布団に潜り込んだ。

 今日一日でいろいろあったからか、すぐに眠気が襲ってきた。それに抗うことなく、睡魔に従って眠りについた。

 

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 電気が消され、真っ暗で静かな空間に耶倶矢と夕弦は遥斗が敷いてくれた布団に並んで寝転んでいた。だが二人とも、あることが頭から離れずに寝ることが出来ないでいた。

 

「……夕弦。起きてる?」

「応答。なんでしょう、耶倶矢」

「あのときの遥斗の表情、どう思う?」

「回答。とても、悲しい顔をしていました」

 

 どうやら夕弦も思うところがあったらしく、すぐに返事が返ってきた。自分の考えすぎなのではないかと考えていた那倶矢がほっと息を吐いた。

 遥斗がお休みと言ってリビングの電気を消したとき、表情がとても穏やかだったのだ。夕弦が言った通り、悲しさを感じるくらいに。

 

「提案。ここは一時休戦して、遥斗を元気づけるというのはどうでしょう」

「それはいいけど……どうやって?」

 

 暗闇に慣れた目に、夕弦が手招きしているのが見えたので近づいていく。そちらに耳を傾けると夕弦がそこに向かって提案を耳打ちした。

 

「ふんふん。なるほどね……よし、そうと決まればさっそく赴こうではないか」

「首肯。では行きましょう。遥斗の部屋へ」

 

 こうして姉妹は暗い室内を物音立てずに歩いていき、事情を抱えているであろう少年が寝ている部屋へと向かうのだった。

 



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第三話

なんかこっちがメインになりそうな予感……
遅くなりましたが、本編をどうぞ!


「……ん、もう朝か……」

 

 カーテン越しに差し掛かる日光で目を覚ました遥斗は、微睡んでいる意識の中、まだ寝ていたい欲求を抑え込み、重たい身体を起こそうとする。

 

「……ん?」

 

 だがそれは叶わなかった。なにかに押さえつけられていて起き上がれなかったのだ。朝から金縛りにでもかかったのかと考えたが、すぐに違うと理解出来た。原因は遥斗の真横にあった。

 瓜二つの少女二人が左右の腕にしがみつきながら寝ていたのだ。しかもパジャマをはだけさせ、肌に密着させるように抱きしめて。

 

「くぅ……くぅ……」

「すう……すう……」

 

 大声出したかった。このいきなりの状況に叫びたかった。だが気持ちよさそうに寝ている二人を起こすわけにもいかない。どうしようかと考えた結果――とりあえず朝ご飯を作ることにした。

 頭の中で開き直っていると、二人が同時に姿勢を変えたことで遥斗の腕が解放された。この機を逃すまいとすぐに起きて部屋を出ようとすると、なにかを探すように手をあちこちに動かし、目的のものがない事に気づいたのか跳ね上がるように起き上がった。体格から察するに耶倶矢だ。

 

「どうしたのだ遥斗よ……。我が共にプロクルステスの寝台で寝ているというのに、自らその場を離れるとは……」

「お前らこそなんでここで寝てるんだよ。それより朝飯作ってくるから、その間に夕弦を起こしておいてくれ」

 

 寝ぼけている耶倶矢と寝ている夕弦を部屋に残し、遥斗は朝食の準備を始める。今日はハムエッグサンドにすることにした。

 そんなに時間もかからず朝食を作り終えた遥斗はちらりと部屋の方を見た。するとちょうどいいタイミングですっかり目を覚ました様子の耶倶矢と起きているのか寝ているのかわからない半眼の夕弦がやってきたので座るように促し、朝食を食べ始める。

 テレビの音しか響かない静かな空間の中、遥斗は一つの提案をしてみることにする。

 

「耶倶矢、夕弦。朝ご飯食べたら、ちょっと出かけないか?」

 

 遥斗のお誘いに二人はエッグサンドをかじりながらキョトンとした表情を作り、顔を見合わせてから再び遥斗へ視線を戻す。こちらに向けているパッチリしている目と表情が読み取れない半眼が、なぜだとでも言いたいような表情をしていたので買い物に行くから一緒にどうだと説明した。

 

「よかろう。そなたの用事とやらに付き合ってやろうではないか」

「疑問。どこへ行くのですか?」

「デパートだよ。俺個人の用事と、二人の生活用品を整えにな」

 

 当たり前のことだが、彼女がいない一人暮らしの遥斗は一人分の生活用品しか持っていない。食器や箸、タオルは複数あったのでそれを使ってもらっている。

 だが、二人も女の子だ。男が使っていた物をそのまま使わせるわけにもいかない。

 そうと決まれば早めに朝食を済ませることにする。心なしか、正面に座っている耶倶矢と夕弦もさっきより表情が明るくなっている気がする。精霊とはいえ、こういうところは普通の女の子なんだなと二人を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えてそれぞれ着替えを済ませた後、日課の礼を終えた遥斗達三人は現在デパートの前まで来ていた。遥斗の服装は下から黒のブーツ、ズボン、インナー、その上から白の上着を羽織っている。

 遥斗は辺りを見回した。今日は月曜日というのもあって若年層が少なく、自分と同じく買い物に来たのであろう主婦がちらほら見える程度の人通りだった。中にはこちらを見てひそひそと話をしている人達もいた。その気持ちもわからなくはない。学校に通っていそうな若い男女が午前中に平然と町を歩いているのだ。不審に思う人がいてもおかしくない。

 遥斗はこの状況には慣れっこであるためなんともないが、左右を歩いている耶倶矢と夕弦はどう思っているのだろうか。気になってチラリと二人を交互に見やる。

 遥斗の右側を歩いている耶倶矢は全身が黒に覆われていた。ドクロのTシャツにチェーンのついているボトムスといったゴシックパンクスタイル。左側の夕弦は対称的な青い服に白いカーディガンを羽織っており、下は膝丈までのスカートの清楚な感じとなっている。見たところ特に気にしている様子もないのでひとまず安心である。

 デパートに入ると軽やかなメロディーが出迎えてくれる。それに合わせて鼻歌をはさみながらエスカレーターで上の階へ行き、最初の目的地である俺のお目当ての店へと足を動かしていく。

 

「そういえば遥斗よ。いったいどこへ向かおうというのだ」

「確認。遥斗のお目当てというのは……」

「ここだ」

 

 三人が到着したのはデパート内の一角にある電気屋だ。店舗自体は小規模だが、品揃えが良いのでよくお世話になってる。

 店内に入るといつも顔を合わせている女の店員さんが笑顔で出迎えてくれる。それに笑顔で返した後、お目当て商品を探すために歩き回る。

 

「お、あったあった」

 

 遥斗が早足でとある場所へと駆けていく。その後ろを那倶矢と夕弦が追いかけるようについていく。追いついた耶倶矢と夕弦は遥斗の左右の手に何かが握られているのに気づき、肩ごしから手元をのぞき込む。

 左の手には黒い小さな機械が、右の手にはそれより少し大きいが形が似ている同じ色の機械が握られていた。

 

「遥斗よ。その漆黒に染められた機械はなんだ?」

「疑念。見たことがありません」

「これか。これはウォークマンと言ってだな――」

 

 二人の疑問に遥斗は親切に説明してくれる。それに音楽を入れることで、外に音楽を持ち出すことが出来るらしい。

 説明を聞いて耶倶矢と夕弦は驚きの顔を浮かべていたが、それを気にすることなく遥斗は再び二つに目を向けて唸っていた。

 

「こっちの方が小さくていいけど、こっちはたくさん入るからな~。でも今考えてみればそんなに聴く曲持ってないしな……」

 

 唸りながらブツブツ呟いていた遥斗だが、スクッと立ち上がっては右に持っていたウォークマンを棚に戻した。どうやらどちらを買うのか決まったようだ。

 するとすぐに遥斗は隣の棚に目を向けた。そこには色とりどりの細長いコードが陳列していた。なかには頭に被って使うようなものまである。

 

「う~ん……イヤホンは種類が多いな。どれがいいのかわからん」

 

 遥斗は三回目の唸り声を上げながら、イヤホンと呼ばれた品物を手に取って眺めていた。だがどれを選べばいいのかわからなかったのか、先程笑顔で迎えてくれた女の店員さんを呼んでおすすめを聞いていた。後ろの耶倶矢と夕弦にはどれも同じに見えるのだがどうやら違うらしい。店員さんは丁寧に好きな色から選定してくれていた。

 最終的に遥斗は黒のウォークマンに白のイヤホンと相反する色の物を購入した。袋に入れられた品物を受け取り、店員さんの声を背に受けながら店を出る。

 

「わるいな。二人とも退屈だっただろ?」

「遥斗には現在世話になっておるからな。何も言うまい」

「否定。そんなことはありません。むしろ微笑ましい光景を見ることが出来ました」

「そ、そっか。ならいいんだが……」

 

 遥斗は照れ臭くなり、空いている方の手で後頭部を掻く。機械に対してあまり知識のないところを見られて恥ずかしかったのだが、二人はそれを気にしていない様子で返事をした。

 

「さて。俺の買物は終了したから、次は二人のだな。生活用品とか洋服とか、気に入ったものがあったら言ってくれ。買えるものは買うから」

 

 そう言うと二人は嬉しそうな顔をして同じ階にある洋服店へと走っていってしまった。二人仲良く走っていくその背中を微笑みながらゆっくりと追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り買い物を済ませた遥斗達は、少し休憩しようということでデパートに備え付けられてるベンチに腰を下ろした。荷物は目に見える自分の足元に置き、背もたれに身体を預ける。今までずっと歩いていたので自然と息を吐いてしまう。夕弦はお手洗いに行ってくると言って席を立っているため、ベンチには遥斗と耶倶矢しかいない。

 

「……ねえ、遥斗」

 

 隣から耶倶矢が話しかけてくる。だが先程の大仰な態度は見受けられず、なにかを心配しているような表情をしていた。

 

「ん?」

「あのね……今回私たち、どっちが遥斗を落とせるかで勝負してるでしょ?」

「そうだな」

 

 つい昨日の話を忘れるわけがない。耶倶矢と夕弦は現在、真の八舞を決めるために数々の勝負を繰り広げている。だが一向に勝負がつかず、五十戦目の闘争に明け暮れているところに遥斗が横やりを入れる形となったのだ。

 

「この勝負……夕弦を選んでほしいの」

 

 遥斗は耶倶矢がなにを言っているのかが理解できなかった。あの耶倶矢が負けを認めたのかとも思ったがすぐに違うとわかった。先程の表情は夕弦のことを心配していたものだったのだ。

 

「ほら、夕弦って超可愛いし胸大きいし、もう萌えを形にしたようなものじゃん? 迷う余地がないと思うんだ」

「お前、自分が何を言っているのかわかってるのか……? 夕弦を選ぶってことは、耶倶矢は消えるってことなんだぞ! お前だって生きていたいって思ってるんだろ!?」

「確かに生きていたいとは思ってる。でもそれよりも、私は夕弦に生きていてほしい。この世界のいろんなところを見て、楽しんでほしい」

 

 遥斗は抑えることなく強く言い放ってしまうが、耶倶矢は冷静に肯定して淡々と理由を述べていく。そんな耶倶矢を前にして、遥斗は何も言えなくなって息を詰まらせる。遥斗の態度をどのようにとったのか、耶倶矢は一瞬だけ悲しそうな表情を作るが、すぐにいつもの表情に戻り、その場に勢いよく立ち上がった。

 

「くく……遥斗よ。此度交わせしは血の盟約ぞ。違えればこの島ごと、其の身の髄まで煉獄の焔(フェーゲファイア・フランメ)に灼かれると知れ!」

 

 そう言うと耶倶矢はトイレへと走っていってしまい、入れ違いで夕弦が戻ってくる。夕弦はそれを見届けた後、さっきまで耶倶矢が座っていたところに腰掛ける。

 

「質問。耶倶矢がトイレに走っていきましたが、私がいない間に何をしていたんですか?」

「い、いや、何もしていないが……」

 

 遥斗がそう言うと、夕弦は呆れた顔をしてため息を吐いた。何もしていないわけではないのだが、さっきのことを夕弦に言うことが出来るわけがなく、曖昧な返事になってしまったのだ。

 

「呆然。耶倶矢は詰めが甘いです。きちんと誘惑すれば、簡単に遥斗を落とせるというのに」

 

 そんなに簡単そうに見えるのかと遥斗は内心不安を覚えたが、夕弦の言葉に違和感を覚える。そう、それはまるで――

 

「請願。遥斗にお願いがあります」

 

 夕弦は一度俯いてから深く頷くと、その半眼で遥斗の顔を見つめてきた。その目からは一切の迷いが感じられない。このとき、遥斗は夕弦が何を言うのか予想できた。そのことを考えると、急激に喉が渇く。喉を潤すようにごくりと唾液を飲み干す。

 

「請願。この勝負。ぜひ耶倶矢を選んでください」

 

 まじまじと見つめてくる夕弦から顔を背けたかった。だがここでそれをやってしまえば、那倶矢からもお願いされたことが悟られてしまう。それだけはなんとしても阻止せねばならない。

 

「……なんでそんなこと聞くんだ」

 

 今の遥斗にはそう聞くことしか出来なかった。このあと夕弦がなにを言うのかをわかっていてもだ。

 

「説明。耶倶矢の方が、夕弦より優れているからです。多少強がりなところはありますが、一途ですし、面倒見はいいですし、触れれば折れそうな華奢な肢体を抱きしめたときの快感は天国としか形容できません。是非、耶倶矢を選んでください。迷う余地などないはずです」

 

 理由を説明する夕弦はとても楽しそうな表情をしていた。それこそ、最愛の妹の自慢をしているような、そんな表情。

 

「いや、だって……耶倶矢を選んだ瞬間、夕弦は――」

「首肯。わかっています。ですが、耶倶矢の方が真の八舞にふさわしいです」

「だったら、なんで競い合いなんか……」

「解説。耶倶矢はああ見えて恥ずかしがり屋です。焚きつけてあげないと、自分からああいったアピールが出来ません」

 

 そう言い切ると、夕弦はある一点に視線を集中させた。その先にはお手洗いがある。どうやら耶倶矢が戻ってきたみたいだ。

 

「念押。絶対、耶倶矢を選んでください。さもなくば、遥斗が住んでいるマンションの住人に不幸が訪れるでしょう」

 

 耳元まで顔を近づけてそう囁くと、距離を離して那倶矢へと向き直った。すぐに耶倶矢と夕弦がなにやら小競り合いを始めたが、混乱している遥斗には隣の声すら聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「これでよしっと……」

 

 こんがらがった気持ちのまま帰宅した遥斗は、気持ちを切り替えるためにある準備をしていた。家にもともとあったコンポに買ったばかりのウォークマンを取り付け、CDを挿入する。遥斗は一度チラッとソファーに座っている耶倶矢と夕弦を見た。

 デパートで二人からお互いを生かすようお願いされた遥斗は帰り道そればかりを考えていて、話しかけてきた二人に対して上手く接することが出来なかった。それほどまでに動揺していた。

 耶倶矢は夕弦に、夕弦は那倶矢に生きていてほしいと懇願する。

 だが、遥斗の中ではそれは許されない。

 どちらかが取り込まれ、どちらかが生き残る? 自分はそのどちらかを選ばなければならない? ふざけるな。胸の内で叫ぶ。

 

「あんな仲の良い姉妹のどちらかを殺すだなんて、出来るかよ……!」

 

 二人に聞こえないくらいの小声でそう言うと、苛立ち気味に再生ボタンを押した。遥斗の心境とは相反する穏やかな曲調がリビングに響き渡る。

 

「なんだ? 先程まで湧き上がっていた血が静まっていく……」

「静聴。いい音色です」

 

 耶倶矢と夕弦が再生されている音楽に聴き入っている。どうやら気に入ってくれたみたいだ。その光景を見てか――それともこの曲を聴いているからか、遥斗の気持ちも落ち着いてくる。

 この曲はまだ父と母が生きていたころ、よく聴いていた曲なのだ。この曲を聴いているとその日あった嫌なことがすぐに溶け消えていき、次の日も頑張ろうとやる気を起こしてくれるのだ。父と母が亡くなった後も、こうしていつも聴いている。

 曲が終わってコンポを停止させる。那倶矢と夕弦がいまだうっとりしているなか、遥斗はウォークマンを取り外してイヤホンを刺し、録音されているかを確認する。きちんと録音されていたのでほっと息を吐く。

 

「ふむ。たまにはこういうのも悪くない」

「感動。心に残る良い曲でした」

「気に入ってくれてなによりだ」

 

 コンポの近くにいた遥斗もこの曲を聴いて勇気が沸いてきた。言うなら今しかない。そう思った遥斗はすぐに行動に出た。

 

「耶倶矢、夕弦。今回の対決について話がある」

 

 そう言うと耶倶矢と夕弦は驚いたように目を見開き、真面目な顔つきへと変貌させ、ソファーから降りて正座する。遥斗はその向かいに座る。

 真剣な面持ちで見つめてくる二人に結果を伝えるのを躊躇ってしまうが、喉をごくりと鳴らして思いとどまる。ここで逃げてはなにも意味がない。深呼吸をひとつしてから二人を見つめ返し、はっきり聞こえる口調で答える。

 

「真の八舞にふさわしいのは……お前ら二人、両方だ」

 



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第四話

長い期間が空いてしまいましたが第四話です

それではどうぞ!


「は? ふざけてるの、あんた」

「唖然。小学生の運動会じゃあるまいし」

 

 耶倶矢はありえないといった表情で鋭く睨み、夕弦は呆れた表情で嘆息していた。それもそうだ。どちらが真の八舞にふさわしいかどうかはっきりさせる勝負で、どちらもふさわしいと言われれば、呆れるのも無理はない。

 

「ふざけてなんかいない。俺は至って真面目だ。二日間共に過ごしてきて思った。お前らはやっぱり、二人揃って八舞なんだ。どちらかが欠けていいわけがない」

 

 首を横に振りながら伝えた遥斗だったが、二人の表情はいまだ険しいままだった。そこで遥斗は、あることを二人に話そうと思った。仲が良い故にすれ違ったお互いの想いを。

 

「夕弦。俺はな、耶倶矢にある相談を持ち掛けられたんだ」

 

 左向かいに座っている耶倶矢の表情がそれ以上言うなと訴えていたが、遥斗は止まらない。緊張に包まれた空間の薄い空気を取り込み、はっきり告げる。

 

「どうかこの勝負。夕弦を選んではくれないか、てな」

 

 言った瞬間、耶倶矢は俯いてしまい、夕弦は驚愕のあまり半眼の目を大きく見開いていた。だが構わず遥斗は続ける。

 

「それだけじゃない。その相談は夕弦からも持ち掛けられた。耶倶矢を選んでくれと」

 

 今度は立場が変わり、耶倶矢が目を見開き、夕弦が目を伏せる。同じ境遇に会うと同じ反応をする。この二人は本当に姉妹なんだなと微笑ましくも思ったがそれは胸の片隅へ追いやる。今はそんなのんきなことを考えている暇はない。

 

「お互いを想っている姉妹から一人を選んで、どちらが八舞に相応しいかを決める? 冗談じゃない。そんなこと出来るわけないだろ。ましてや赤の他人である俺によ。だがこれだけは言える。八舞には、お前ら二人でしかなれない」

「……」

「……」

 

 耶倶矢と夕弦は俯いてしまい、しばらく無言の時間が続く。居心地の悪い状態で何分経っただろうか。状態をそのままに、耶倶矢が口を開いた。

 

「……夕弦。どういうこと? 私に、八舞になってほしい……だって?」

「復唱。耶倶矢の方こそ、夕弦を選んでほしいとは、どういうことですか……?」

「ふざけないで!(ふざけないでください!)」

 

 お互いが身を震わせ、同じタイミングで声を張り上げると、空気の入れ替えという理由で開けていたベランダの戸から二人が出ていってしまう。リビングから出たところで二人は霊装に身を包み、夏の空を駆けた。空は暗雲に覆われ、暴風が再び芦原島を襲う。

 

「颶風騎士<ラファエル>――【穿つ者】(エル・レエム)!」

「呼応。颶風騎士<ラファエル>――【縛める者】(エル・ナハシュ)」

 

 二人が空中で向かい合う形をとると、お互いの容姿に変化が現れた。耶倶矢の右肩に翼が生え、そこを起点に右腕を金属のような光沢をもったガンドレットが構築され、手には巨大な槍が握られていた。対する夕弦にも左肩に同じような翼が生え、左腕を鎧が包む。手の中には先端に刃が付いた紐のようなものが握られている。遥斗にはあれがなんなのかわからなかったが、武器だということだけは理解出来た。

 

「まさかあいつら、お互いを……!」

 

 遥斗は慌ててベランダへと向かい、視線を上に向けようとしたが、外に出た瞬間に突風が遥斗を襲い、それは叶わなかった。腕で顔を覆ってその場に耐えるのが精一杯だ。

 

「前から思ってたのよ! あんたは自分一人で抱えこんで処理しようとして!」

「反論。その言葉、熨斗とリボンで過剰舗装して耶倶矢に送り返します……!」

「今までの勝負であたしが上手く負けるのにどれだけ苦労したと思ってんの!」

「反論。それは夕弦も同じです」

 

 風に乗せて聞こえてくるのは二人の言い争っている声となにかがぶつかる音。おそらく二人がどこからか出現させた武器によるものだ。

 どうすればいい? 必死に考えを巡らせるも、遥斗にはなにもいい案が見つからない。二人のもとに行くにも遥斗には空を飛べる能力など持ち合わせていない。声だけでもいい。二人に声が届けば……。

 

「っ! そうだ!」

 

 遥斗は急いで部屋にあるウォークマンを取りにいった。机の上にあるそれを手に取り、端子に繋がっているイヤホンを外し、代わりにあるものを繋ぐ。それをベランダへと持っていき、音楽を選択して再生する。もちろん、那倶矢と夕弦に聞こえるように最大音量で。遥斗は予想外の音量に耳を塞ぎたくなるが、それを堪えて二人に向かってウォークマンを握った手を最大限伸ばす。

 

「っ! これは……」

「静聴。さっきの曲です」

 

 姉妹喧嘩をしていた二人の耳に届いたらしく、武器の交わる音がピタッと止まる。代わりに遥斗の手元――小型のスピーカーが取り付けられたウォークマンから、さっきまで三人で聴いていた曲が流れる。二人に訴えかけるなら今だと、遥斗は説得を試みる。

 

「やめろよ! なにが楽しくてお互いを消し合わなきゃならないんだ!」

 

 曲の音量を少し下げ、二人に問いかける。耶倶矢と夕弦は遥斗の声におとなしく耳を傾けている。これを好機と見た遥斗は止まることなく語り続ける。

 

「お前らは考えたのか! 二人が共存できる方法を! 耶倶矢と夕弦が隣り合って過ごせる未来を!」

「そんなのあるわけないじゃない!」

「否定。耶倶矢と夕弦には、どちらか片方が生き残る未来しかありません」

「方法がないなんて決めつけるな! 二人で思いつかなかったのなら、俺も一緒に考えてやる! 耶倶矢と夕弦が一緒にいられる方法を、俺達三人で過ごせる方法を!」

 

 感情的になっていくがもう止められない。遥斗は胸の内に留めていた言葉を、いままで自分を励ましてくれた曲と共に二人にぶつける。

 

「言ってみろ! お前らの望みを! 願いを! 今思ってる素直な気持ちを、お互いにぶつけてみろぉぉ!」

 

 渾身の力を込めて叫んだ最後の言葉を言い終わり、激しく眩暈がして遥斗はその場にへたり込み、激しくなった呼吸を落ち着かせようと胸元をぐっと抑える。自分に出来ることは精一杯やった。あとは二人の問題だ。

 一方、遥斗の心からの叫びを聞いていた二人は唖然とし、お互いが構えていた武器をその場で力なく下ろした。

 

「……お互いの望みを言ってみろってさ。夕弦はなにかある?」

「回答。夕弦は学校に行ってみたいです。友達をつくって、みんなで楽しいことしたいです」

「いいわね、それ。あたしは喫茶店に行ってみたいかも。とってもおしゃれなとこ」

「共感。いいですね。お茶するのもいいですが、制服も着てみたいです」

「いいじゃん。夕弦が着たらお客さんの視線独り占めだよ」

「否定。そんなことはありません。耶倶矢の方が似合うに決まっています」

「そんなのありえないし。夕弦の方が似合うし」

「……」

「……」

 

 二人の間に沈黙が流れる。それを破ったのは耶倶矢だった。

 

「ごめん夕弦。嘘ついてた。わたし、死にたくない……。もっと夕弦と、一緒にいたい……!」

「応答。夕弦も、消えたくありません……。耶倶矢と、生きていたいです」

 

 ついに耶倶矢と夕弦が本心を口にした。長く感じた沈黙はやがて二人の嗚咽へと変わり、涙を流しながら二人は抱き合った。まるで、お互いの存在を確かめ合うように。

 しばらくその状態でいた二人は同じ方向を向き、遥斗が待っているマンションへと向かった。仲睦まじく手を繋ぎながら。

 ベランダに腰掛け、壁に寄りかかった状態で二人の存在を確認した遥斗は、疲労を感じさせる表情をしながら二人を迎えた。

 

「おかえり、二人とも」

「感謝するぞ、遥斗。お主のおかげで、夕弦とこうして一緒にいられる」

「多謝。遥斗には感謝してもしきれません」

「ったく。そんなに仲がいいのに、どうしてあんな派手な姉妹喧嘩をしてたんだか……」

 

 向かい合うようにして降りてきた耶倶矢と夕弦を見上げながら、遥斗は安堵の息を吐く。遥斗の目には、今も仲良く手を繋いでいる理想の姉妹の姿が映っている。そんな光景を見せられて、自然とそんな愚痴がこぼれていた。那倶矢と夕弦は顔を見合わせ、ふふっと微笑み合いながら会話を続ける。

 

「くくく。我と夕弦の間には、神も引き裂くことの出来ない強い絆で結ばれているのだ」

「同調。喧嘩するほど仲がいい、です」

 

 お互いを見て笑い合う耶倶矢と夕弦を遥斗は微笑ましく眺める。だが、心の中は複雑だった。

 遥斗には兄や弟、姉や妹がいない。一人っ子だ。父と母、そして遥斗と三人家族だった。しかし、その父と母も交通事故により他界。遥斗は本当の一人になってしまった。だから、目の前に広がるこの光景がとても羨ましかったのかもしれない。

 

「……遥斗、またあのときの表情してる」

「え?」

「思考。やはり、仏壇に置いてあるあの写真のことですか?」

 

 どうやらお見通しのようだ。そう思った遥斗は観念したように全部話した。両親のこと、自分が一人っ子だということ。だからこそ、二人が羨ましいということを。

 

「……なんかごめんね。しんみりさせちゃって」

「二人は悪くないよ。むしろ、余計な心配をかけさせたみたいで、こちらこそごめん」

「提案。それなら、遥斗も私達の兄妹になるというのはどうでしょう?」

 

 夕弦の突然の提案に遥斗と耶倶矢はポカンとした表情になるが、耶倶矢はすぐに立ち直り、たちまち笑顔を輝かせた。

 

「いいじゃん、それ! ナイスだよ夕弦!」

「したら俺が兄で、耶倶矢と夕弦は妹ってことになるのか」

「否定。それはありません。遥斗は私の弟。耶倶矢は妹です」

「違うでしょ二人とも! あたしが姉になるんだから!」

「「それこそありえないだろ(ありえません)」」

「二人して酷いし!」

 

 そんな会話が面白くて、おかしくて。三人は同時に吹き出し、心から笑った。誰かとこんなに笑い合ったのはいつ以来だろうかと、遥斗は自分の胸の中が穏やかになっていくのを感じた。

 

「……ねえ遥斗。目を閉じて」

「請願。私からもお願いします」

「? いいけど……」

 

 おとなしく指示に従い、目を閉じる。すると――

 

「……?」

 

 遥斗の唇の左右に、柔らかい感触が訪れた。

 なにがあったのかわからずにうっすらと目を開けると、耶倶矢と夕弦の整った顔立ちがすぐ近くにあった。二人とも目を閉じて頬を紅潮させていたことから、遥斗は今なにをされているのかを理解した。

 キス。学校に行っていない遥斗には訪れないと思っていた、恋愛に欠かせないイベント。

 それを今、身をもって体験している。

 驚愕によって目を見開き、二人を引き剥がそうとしたのと同時、耶倶矢と夕弦が先に遥斗との距離を開けた。突然のことに驚いている自分とそれから解放されてほっとしている自分。そして少し残念に思っている自分がいて頭を混乱させていると、頬をほんのり朱に染めている耶倶矢が口を開いた。

 

「なによその反応。あたしと夕弦みたいな超絶美少女のファーストキスに対して」

「謝罪。迷惑でしたか?」

「いや、そんなことは……てか、急にキスしてきて驚くなって方が――」

 

 無理だろうと言おうとして、言葉を詰まらせた。耶倶矢と夕弦が突然光りだし、次の瞬間二人は裸になっていた。それに気づいた二人はそろって胸元を覆い隠し、顔を真っ赤に染めて遥斗に問いかけた。

 

「ちょっと遥斗! あんた何したの!?」

「落涙。もうお嫁にいけません」

「ちょっと待て! 俺にもさっぱり……いったいどうなってんだーー!」

 

 二人と口づけした瞬間に感じた、暖かい何かが自分の中に流れてくる感覚。

 それも含めて、遥斗の周りに起きた現象に困惑の悲鳴をあげざるを得なかった。

 

------------------------------------------

 

 ここは芦原島の上空。島の全体を見渡せる位置に浮かぶ一隻の戦艦があった。

 <フラクシナス>と呼ばれている戦艦の中で、クルーの一人である眼鏡をかけたぽっちゃり体型の男性が声を上げた。

 

「っ! 霊波反応、途絶えました!」

 

 その声に他のクルーも反応した。ある者は動かしていた手を止め、ある者は逆に忙しなくキーボードを叩いている。

 

「途絶えた? 消失(ロスト)したのかしら?」

「そ、それが……」

「観測機の映像を映します!」

 

 正面のモニターを見つめながら司令席と思われる場所に座っている赤い髪の少女が、咥えた棒付きキャンディーを口の中で転がしながら男性に問うと、先程忙しなくキーボードを叩いていた黒髪の女性が艦内中央のモニターに映像を映す。そこに映っていたのは、瓜二つの少女達が、一人の少年に対して同時にキスをしているところだった。しかし、問題はその後だった。

 

「……これは」

 

 少年から距離を離した少女二人の身体が淡く輝き、一瞬にして一糸纏わぬ姿となった。少女達は胸元を押さえて顔を赤くし、少年はなにが起きたかわからず困惑していた。

 

「これは驚いたわね。士道の他にも霊力の封印が出来る人がいたなんて……」

「……どうするんだい、琴里」

 

 目の下にとても濃い隈をつくった女性がそう聞くと、琴里と呼ばれたツインテールの少女はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「決まってるじゃない。各員、戦闘用意! 準備ができ次第コンタクトを取るわよ!」

『了解!』

 

 琴里が咥えていたキャンディーを持って前方に突き出しながら、艦橋内に響き渡るほどの声量で号令をかける。すると定位置に座っていたクルー達は一斉に立ち上がり、準備のために艦橋を飛び出していった。

 一人艦橋に残された琴里は再度キャンディーを咥えると、不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

「――さあ、私達のデートを始めましょう」

 




 だいぶ期間が空いてしまいました。申し訳ありません。今後もこんな感じとなってしまいます。
 これで八舞姉妹との出会いは終わりです。予定では次でラタトスクとの邂逅。それが終わり次第、物語をバカテスとクロスさせようと思っています。それまで待っていてくれれば幸いです。
 それでは、またいつか。


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第五話

今回は素早く書けたので投稿します。
現実逃避って恐ろしいですね……。

それでは本編をどうぞ!


 耶倶矢と夕弦の姉妹喧嘩を沈めた日から一週間近くが経った。

 あれから二人は暴風を巻き起こすことなく、遥斗の住むマンションで生活を共にしている。あるときは買い物に行き、あるときは芦原島唯一の公園に行ったり、あるときは何もせずに家でくつろいだり。やっていることはデートとさほど変わらないが、そんなことを気にせずに遥斗はこの時間を大事に過ごしていた。耶倶矢と夕弦の笑顔を見ていると、まるで家族と過ごしているかのような錯覚を覚える。いや、訂正しよう。家族と一緒に過ごしている。

 

「協議。今日はどうしましょう?」

「買い物はこの前行ったし、島の回れるところは回ったしな~」

 

 遥斗が今日の予定に頭を悩ませていると、ピンポーンとチャイム音が鳴った。どうやらお客が来たらしい。

 

「ん? 誰だろう。俺が出るから、二人は待っててくれ」

「くくく。お主はここにおるがいい。颶風の神子たる我が直々に出迎えてくれよう」

「配慮。ここは夕弦に任せて、二人は座っていてください」

「いやいや。俺が行くって」

「我が行くと言うておろう」

「否定。夕弦が――」

 

 三人一斉に立ち上がり、競い合うように玄関へと向かっていく。遥斗が靴を履き、玄関の扉を開けようとすると、後ろにいる耶倶矢と夕弦がもつれ合ったのか倒れこみ、それに遥斗が巻き込まれて前のめりに倒れてしまう。そして玄関のドアが最大まで開かれたとき――

 

「……あれ?」

「驚愕。ここは……」

 

 三人の目に映っているのはマンション前に広がる住宅街ではなく、SF映画に出てきそうな機械に覆われた部屋だった。部屋の隅には監視用と思われるカメラが遥斗達を捉え、レンズを緑色に染めた。

 

『ようこそ。空中艦<フラクシナス>へ』

 

 突如部屋に響き渡る声に遥斗は敏感に反応する。耶倶矢と夕弦も遥斗を背後に守るように立ち、表情にも緊張感に満ちた警戒色を示していた。

 

『そんなに警戒しなくてもいいわよ。取って食うわけでもあるまいし』

「……警戒するなという方が難しいんじゃないか?」

『賢明ね。まあ、話は直接するとしましょう。そっちに案内員を送るから、その人についていきなさい』

 

 そう言い残してブツッという音と共に声は聞こえなくなった。ほっと息を吐くと、耶倶矢と夕弦が警戒と不安が入り混じった表情で遥斗の方を向いた。

 

「……どうするの、遥斗?」

「……今はおとなしくしていた方がいいだろうな」

「判断。それが懸命だと思います」

 

 今後の方針を話し合っていると壁の一部が左右に開き、そこから薄い茶色の制服を着た女性がやってきた。はっきりと見えるほど目に隈が出来ており、胸元のポケットからは縫い目が目立つ不気味なクマのぬいぐるみが顔を出していた。遥斗達を見つけると、ふらふらと近づいていく。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「心配ないよ……生まれつきこうだからね」

 

 ファーストコンタクトがこんな風になるほど、今にも倒れてしまいそうな雰囲気の女性に導かれ、部屋を出て廊下を歩いていく。

 

「紹介が遅れたね……。私は村雨令音。ここの解析班をさせてもらってるよ」

「あ、すいません。俺は出木遥斗といいます」

「ハロだね……。よろしく頼むよ」

「いや、あだ名で呼ぶならハロじゃなくてハルかと……」

「ん? ああ、すまないね、ハロ」

「……もういいです」

「そうかい……。それとそこの二人のことは知ってるよ。ベルセルク」

 

 ため息を吐く遥斗の隣を歩いている耶倶矢と夕弦はなにを言われたのか理解できずにキョトンとしているが、その間に目的の部屋にたどり着いた。パシュっと扉が開くと、そこは先程の部屋より広い空間となっていた。中央にはモニターがあり、理解できないデータやらなにやらが書かれていた。

 

「改めてようこそ。空中艦<フラクシナス>へ」

 

 そこの一番高い位置にある席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。先程機械音に混じって流れてきた声と似ているのである。

 赤い髪を黒いリボンで結ったツインテールの女の子で背は遥斗の肩ぐらいの小柄。だけどその容姿とは裏腹に態度は大人びていて、見た目と性格が釣り合っていない印象を感じた。

 

「あたしは五河琴里。ここ<ラタトスク>の司令官よ」

「お、俺は出木遥斗。よろしく頼む」

 

 琴里と名乗った少女は司令席から飛び降りるとまっすぐこちらにやってきて、先導していた令音の隣に並び立つ。琴里は口に咥えていた棒付きキャンディーを右手に持ち、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「突然ごめんなさいね。家から出たらSF映画のような場所に連れてきてしまって」

「いや、ええ、まあ……」

 

 この場合どうやって返事すればいいのかわからず遥斗は曖昧な態度をとってしまうが、相手は気にする様子もなく淡々と話し続ける。

 

「詳しい話をする前に、まずは二人の詳しい検査をさせてもらいたいんだけど……」

「検査?」

「警戒。なにをするつもりですか?」

「手荒な真似はしないわ。ちょっと霊力がどうなってるのかを見るだけ。精霊二人のね」

『っ!』

 

 耶倶矢と夕弦はもちろん、遥斗も驚きを隠せなかった。二人が精霊だということをなぜこの人達は知っているのか。耶倶矢と夕弦の反応からして、遥斗以外には口外していないようだ。だとしたら、個人で調べていることになる。

 

「二人とも。検査に行ってきて」

「っ! どうして!?」

「要求。説明を求めます」

「この人達は二人のことをよく知ってる。だから、二人が霊装を纏えなくなった理由も知ってるかもしれない」

 

 遥斗はこの一週間であることが気になっていた。それは耶倶矢と夕弦、二人が着ていた拘束服のような霊装を出すことが出来なくなったのだ。二人が和解し、遥斗にキスをしたあの日から。それは耶倶矢と夕弦も気にしていたことで、一日一回は霊装を出そうとしていたのを遥斗は知っている。

 そのことを口にすると、耶倶矢と夕弦はしぶしぶといった感じで二人の女性に案内されて検査に向かった。あとで二人にはお詫びをしないとな、と考え、遥斗は琴里と向き合った。

 

「……さて、どうして耶倶矢と夕弦が精霊だってわかったのか。教えてもらっていいか?」

「焦らないで。まずはあなたに紹介したい人がいるの。話はそれからでも遅くはないわ。むしろ、そっちの方が説明しやすいから」

「……?」

 

 遥斗が首をかしげていると、琴里は令音に何かを伝え、携帯を使って誰かを呼び出した。少ししてその人物はやってきた。

 年齢は遥斗と同じくらいの中肉中背で、青い髪と優しそうな雰囲気が特徴の少年だ。戸惑っているのはあちらも同じようで、なにがなんだかわかっていない様子である。

 

「なあ琴里。俺に紹介したい人ってのはその人か?」

「そうよ士道。彼こそが、士道と同じ霊力封印の力を持つ出木遥斗よ。しかもすでに二人分の霊力を封印しているわ」

「霊力? 封印?」

 

 琴里が遥斗の紹介をすると目の前の士道と呼ばれた少年は驚いた表情をつくり、遥斗に至ってはもう話についていけていない。

 

「俺と同じ……あ、自己紹介が遅れたな。俺は五河士道。そこにいる琴里の兄だ」

「おう、よろしく。俺は出木遥斗だ。さっそくなんだが士道。霊力とか封印とかってのは何なんだ?」

 

 遥斗が先程の会話の中で気になったことを士道に聞いてみると、士道はあーと言いながら頬を掻き、説明のために口を開く。

 

「えーとだな……遥斗はその、その精霊二人とキスしたんだよな?」

「え? あ、ああ……」

 

 確かに遥斗は二人の精霊――耶倶矢と夕弦とキスをしている。あのときのことは忘れようとしても忘れられないだろう。そのときの状況を思い出して自然と顔が熱くなっていく。

 

「そのときになんかこう……暖かいものが自分の中に流れてくる感覚とかなかったか?」

「あ……」

「その反応は、思い当たる節があるようね」

 

 琴里の言うとおり、遥斗には確かに心当たりがあった。自分の中になにかが流れてくる感覚。あのときの感覚はなんなのかも、遥斗が気にしているひとつだった。

 

「いままでの話を聞いてて、考えつくのはなにかしら?」

「……俺の中に二人の霊力が? それで封印するための手段というのがキス……?」

 

 遥斗が途切れ途切れに答えを言っていくと、琴里は正解と言って右手に持っていた棒付きキャンディーを再び口に含んだ。そして腕組みの姿勢をとる。

 

「検査してもらっている二人の精霊の霊力は、遥斗の中にあるわ。封印者の遥斗と二人の間にはパスが通っている状態よ。霊力を失った二人はほとんど人間とたいして変わらない」

「ちょっと待て。どうして俺にそんな能力が……?」

「そこまではわからないわ。士道に関してもそうよ」

 

 もうなにがなんだかわからなくなってきた遥斗は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。急に遥斗にそんな能力があると言われてもすぐに受け止めることは出来ない。その様子を見ていた士道が遥斗に助け舟を出す。

 

「なあ琴里。俺のときもそうだったが、いきなりいろいろ言うのは……」

「……そうね。ごめんなさい」

「いや、いいんだ……とりあえず、耶倶矢と夕弦に起きている現象と、俺が感じた不思議な感覚の正体がわかったから」

 

 これで残る疑問はひとつ。どうして琴里は遥斗をここに呼び出したのか、ということだけだ。

 

「そうよ士道。なんなら今日は遥斗と八舞姉妹を家に招待しましょう。男同士で話しやすい事もあるだろうし」

「……それもいいかもしれないな。どうだ遥斗。お前さえよかったら」

「それじゃあお言葉に甘えるとしようかな。耶倶矢と夕弦の意見も聞いてみてから、だけどな」

 

 遥斗は士道に感謝しつつ、今回の話を頭の中でまとめ始めた。

 自分は士道と同じ、キスをすることで精霊の霊力を封印できる。

 その方法で耶倶矢と夕弦の霊力は封印され、その霊力は現在自分の中にある。

 まとめてはみたものの、さらに頭を悩ませてしまう遥斗であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 耶倶矢と夕弦の検査が終わって場所は五河家。士道に招かれ、お邪魔しまーすと入っていくと、奥のドアからトタトタと女の子が走ってきた。その姿を見た瞬間、遥斗は息を詰まらせた。

 電気に反射して輝く夜色の髪、水晶のように透き通った瞳。その美しさとは真逆の無邪気な笑顔。その少女は士道の姿を見つけると笑顔を輝かせ、元気いっぱいの声を発した。

 

「おかえりだシドー! む? 後ろにいるのは誰だ?」

 

 キョトンとした表情をつくっている少女に対して、士道はああと言ってこちらに半身になる。

 

「こっちは出木遥斗。それでこっちは――」

「くくく。我は八舞耶倶矢。風を統べる颶風の神子よ」

「挨拶。八舞夕弦といいます。以後お見知りおきを」

「……だ。ほら、十香も」

「うむ! 夜刀神十香だ! よろしく頼むぞ!」

「おう。よろしくな、十香」

「ここで立ち話もなんだ、上がってくれ」

 

 十香と士道を先頭に靴を脱いで家へと入っていく。遅れまいと後に続こうとするが、突然左右の腕に痛みが走る。表情を歪めながら確かめると、左は耶倶矢が、右は夕弦が腕の皮膚をつねっていた。

 

「……十香のことじろじろ見すぎ」

「注意。いやらしいです」

「……気をつけるよ」

 

 実際問題、十香に見惚れていたのは否定できないので素直に謝る。不機嫌な表情を浮かべる耶倶矢と夕弦を宥めながら部屋へと入っていく。そこはリビングとなっており、カウンターキッチンも設置されていた。そこでは士道がせっせと夕食の準備をしていた。

 

「士道。俺も何か手伝おうか?」

「ん? いやいいよ。遥斗はゆっくりしてな。十香、なんかリクエストあるか?」

「いいのか? なら、今日はハンバーグがいいぞ!」

「はいよ。ちょっと待ってな……まいったな、ひき肉が足りない。いまから買いに行くのもな……」

 

 元気なリクエストを受け取った士道が冷蔵庫の中身を確かめるが、材料がなかったのか小さく苦悶の声を上げていた。それが聞こえた遥斗はカウンター越しに尋ねた。

 

「士道。豆腐はあるか?」

「あるけど……どうするんだ?」

「まあ見てなって。ちょっとお邪魔するよ」

 

 士道にハンバーグの材料と豆腐を用意してもらい、勝手ながら調理を始める。

 野菜をみじん切りにし、ボウルの中に刻んだ野菜とひき肉、それと水を切った豆腐を入れてこねる。形を整えて空気抜きをし、油を熱したフライパンに置く。途中から士道も手伝ったので、作業は迅速に進んでいった。

 

「……よし、こんなもんかな」

「遥斗ってよく料理するのか?」

「まあ、人並みにな。冷める前に食べちゃおうぜ」

 

 程よく焦げ目のついた豆腐ハンバーグを人数分の皿に盛りつける。士道も遥斗がハンバーグを焼いている間に味噌汁やサラダをつくって皿に盛りつけている。それに気づいた女性陣はリビングのテーブルの上を片付けてスペースを開ける。キッチンの方だと四人しか座れないためだ。

 テーブルに隙間なく並べ、五人は手を合わせて料理に手を伸ばした。

 

「んー。今日もおいしいなシドー!」

「よかったな十香。だけどそれ、俺が作ったんじゃないんだ」

 

 士道の告白に十香が箸を咥えたまま目をぱちくりさせている。すると隣に座っている耶倶矢が自慢げに口を開いた。

 

「ふふふ。この焼き具合……これは遥斗が作成したものだ」

「啓蒙。夕弦達があの味を忘れるわけがありません」

「そうなのか? ハルトも料理が得意なのだな! すごく美味しいぞ!」

「はは。ありがと、十香」

 

 十香のような女の子に素直に褒められると照れてしまい、遥斗は顔を背けて頬を掻く。その様子を見ていた琴里がニヤニヤ笑みを浮かべていた。

 

「やるじゃない遥斗。たった一日で胃袋を鷲掴みにするなんて」

「それ表現的にアウトだな……褒めてくれてるのは嬉しいけど」

 

 その後もみんな談笑しながら食事を進めていき、全員が食べ終わったところで協力して食器を片付けた後、琴里が十香と八舞姉妹に風呂に入るよう勧めたため、現在リビングには士道と遥斗、琴里の三人となっている。士道と琴里はダイニングテーブルの椅子に並んで座り、遥斗は真向かいにひとりで座っている。

 

「なあ琴里。お前は良かったのか?」

「なにが?」

「いや、琴里も女の子なんだから、あの三人と一緒に入ってくればよかったのにと思って」

「……その女の子に対する気づかい、あの二人がデレたのも納得だわ。士道も見習いなさい」

「わるかったな。気が利かなくて」

「それで、話ってのは?」

 

 目の前の兄妹のやりとりを羨ましく思いながら、手っ取り早く本題に入ろうとする。琴里への配慮もそうだが、遥斗は遥斗で士道と話がしたいのだ。久しぶりに男友達と話せる機会が出来たのだから。

 

「単刀直入に言うわ」

 

 琴里は両肘をテーブルにつけて手を重ね、その上に顎を乗せて問うてきた。

 

「出木遥斗。士道と私達<ラタトスク>と協力して、精霊を救ってちょうだい」

 

 この一言が、遥斗の運命を大きく変えることとなる。

 




いつになったらバカテスに入れるんだろう……ちょっと不安になってきた


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第六話

かなりの期間が空いてしまいましたが、六話の投稿です。
理由は活動報告にありますので、詳しくはそちらで。
それと、今回の話を投稿する前に前話の時系列を見直し、修正しました。なにかあれば報告をお願いします。
それでは、どうぞ!


「精霊を救う……? それってどういう……」

「そのままの意味よ。精霊はその強大すぎる力故に、人間界にはいられない」

 

 いきなりなにかを救うという大仰な事を言われて頭がショートしかける。まさかリアルでそんなことを言われるとは思ってなかっただからだ。

 

「もう勘付いてはいると思うが、十香も精霊だ」

「十香はこの世界に絶望していたわ。隣界から出てくるたびに自分が狙われる。それのせいで、人間が信じられなくなってしまった」

「この世界に来るたびに命を狙われるって……」

 

 不意にそのときの光景を想像してしまった。人間界に来たら攻撃され、拒絶されて、それが繰り返されて……そんなことをされたら人間を信じられなくなっても無理はない。

 

「ちなみに十香を狙っていたやつって……?」

「アンチ・スピリット・チーム。略してAST。精霊を殺すための組織よ」

 

 遥斗は純粋な悪寒と怒りを覚えた。耶倶矢と夕弦が同じ目にあっていたらと思うと背筋が凍り、同じ存在である十香がいままでASTに襲われていたと聞いて自然と拳を握りしめていた。表情に出ていたのか琴里が溜め息を漏らし、落ち着きなさいと遥斗を宥めた。

 

「あなたの気持ちもわからなくはないわ。現に私達はそれで動いているんですもの。でもASTだって、一般人を空間震から守るために戦っているのよ。それだけは理解してちょうだい」

 

 中学生ぐらいにしか見えない目の前の少女に何も事情を知らない遥斗は、実はこの子年上なんじゃないかという錯覚を覚えた。現状を素早く受け止めて順応する様は、まさに大人そのものだった。

 でも、それが出来るほど遥斗は大人にはなれず、感情に流されるままに勢いよく立ち上がった。

 

「精霊って言ったって人間と同じじゃないか! なんでそんなことを平然と出来るんだよ!」

「精霊は世間では災厄の存在。この事実だけは忘れないで」

 

 告げられた冷徹な事実で遥斗は脱力し、力なく腰を下ろした。その様子を近くで見ていた士道はいたたまれない表情を浮かべ、琴里はなにを思っているのか目を閉じて腕を組んでいた。

 居心地の悪い空気を払拭するかのように、遠くから女子三人の声が聞こえてきた。どうやら風呂から上がったようだ。遥斗達のところにやってくる間にも、仲良く談笑する三人の美少女の声が耳を通り抜けていく。

 

「うむ。いいお湯だったな、二人とも!」

「くくく。普段は孤独か、絆を深く築きし盟友としか入らないのだが、お主も今日からその一人だ。光栄に思うがいい」

「歓喜。楽しいお風呂でしたね」

 

 自分の頭を拭きながらこちらにやってくるとただならぬ空気を感じたのか、三人そろって小首を傾げた。その中から代表して十香が無垢な口調で訪ねてきた。

 

「どうしたのだ琴里? なにかあったのか?」

「なんでもないわ十香。夜も遅いから、このあとはどうするのか遥斗に聞いていたの」

 

 そうなのか、と十香がこちらに視線を送ってきたので、遥斗は笑みをつくって頷いた。すると十香は満面の笑顔となって耶倶矢と夕弦の方に向き直り、その手を握ってはぶんぶんと音がしそうなほどに振りだした。

 

「これはもしかしたら、お願いを聞いてくれるかもしれぬな!」

「お願い?」

 

 遥斗が聞き返すと十香は二人から手を離して横に退き、前に出てきた耶倶矢と夕弦が少し照れくさそうに頬を掻きながら口を開いた。

 

「あのね遥斗。あたし達、こんなに楽しくなったの初めてで、その……なんというか……」

「請願。もっと十香とお話していたいのです」

 

 同じ精霊と出会ったのはこれが初めてだから、今の時間を大事にしていたい。気のせいかもしれないが、そんな気持ちが二人とを繋ぐパスから流れてきている気がした。

 ただ、このお願いは遥斗の力ではどうすることも出来ないため、家主の士道に視線を送る。すると士道はそれを望んでいたかのように笑みを浮かべ、首を縦に動かす。

 

「いいんじゃないか。その方が十香も喜ぶ。いいよな、琴里」

「ええ、もちろん。今夜はガールズトークに華を咲かせましょう」

 

 快く了承してくれた士道と琴里に心の中で感謝しつつ、喜びを露わにしている三人の少女に視線を送る。十香のことは詳しく知らないが、耶倶矢と夕弦と同じ精霊である以上、士道と琴里以外に話せる人というのがいないのかもしれない。それが今日になって同性の友達が出来たんだ。はしゃぐのも無理はない。それは耶倶矢と夕弦にも言える。もちろん遥斗にも。

 

「それじゃあ、三人分の布団出さないとな」

「あ、俺も手伝う」

 

 立ち上がった士道に続いてついていき、布団出しの手伝いを申し出る。耶倶矢と夕弦も申し出てくれたが、こういうのは男に任せておきなさいと琴里が引き留めて仲睦まじく談笑を始めた。黄色い声を背中に受けながら階段を登っていき、布団を士道の部屋へ運び終えると、突然士道が声を掛けてきた。

 

「なあ遥斗」

「ん?」

「お前は琴里の話を聞いて、どう思った?」

「どう思ったって……」

 

 あのときの感情が再び遥斗の胸の中に渦巻いていくのを感じ、表情に出さないように努める。あのときの発言に嘘偽りはないので、今の気持ちを素直に口にする。

 

「……耶倶矢と夕弦、十香のような精霊がただ殺される運命にあるなんて、俺は認めない。救える可能性があるのなら、俺は救いたい」

「なら、俺と気持ちは一緒だな」

 

 不意に士道が手を差し出してくる。それに一瞬だけ視線を送り、再び視線を士道の顔に向ける。

 

「俺からもお願いだ。俺と――俺と<ラタトスク>と一緒に、精霊を救ってくれないか?」

 

 真剣な眼差しを向けてお願いしてくる士道に遥斗は一瞬ポカンとしてしまうが、すぐに笑いが込み上げてきて、こらえきれずに声を上げてしまう。士道は今頃になって恥ずかしくなってきたのか、もう片方の手で頬をポリポリと掻いた。その間に遥斗は差し出された手を力強く握った。

 

「そんな必死にお願いされたら、断れるものも断れなくなるだろ」

 

 今度は顔を上げた士道がポカンとしてしまう。しかしそれも一瞬で、嬉しさを帯びた笑みで握手している手を強く握り返してくる。それだけで、士道と今後仲良く出来ると断定できた。

 

「布団も敷き終わったし、みんなのところ行こうぜ」

「だな」

 

 雑談しながら階段を降り、リビングのドアを開けると、仲良く話をしている四人の姿が目に映った。こうして見てみるとそれぞれ違う魅力を持っており、思わず見惚れてしまう。

 

「どうやら、話はまとまったようね」

 

 ぼうっとしていたせいで琴里の声に肩を震わせる。しかもその口ぶりは……。

 

「……まるでこっちの話を聞いていたみたいなセリフだな」

「実際聞いていたもの。士道の耳についてるインカムから、ね」

 

 琴里の発言に士道があっと声を漏らし、右耳をいじり始めた。出てきたのは赤に黒のラインが入った小さな機械だった。見たことはないが、どこか遥斗の持っている白いイヤホンの先に似ている。

 

「あ~、家に帰ってから外すの忘れてたわ」

「士道の通ってる学校ってどこなんだ?」

「ん? ここから近い来禅高校だ」

「学校か。どのような場所なのか気になるな」

「請願。夕弦たちにも聞かせてもらえますか」

「ああ。いいとも」

 

 学校の話を持ち出したからか耶倶矢と夕弦が食いつき、士道の方をまじまじと見つめて話を聞いている。そういえば姉妹喧嘩のときにどちらかが言っていたような気がする。学校に行ってみたいと。

 

「ああ士道。言い忘れてたんだけど」

「ん?」

「来禅高校、他の学校との合併が決まったわ」

「こんな時期にか? どことだ?」

「文月学園って名前、聞いたことあるんじゃないかしら?」

 

 言われて思い出す。テレビで何度も出ている学園名だということを。

 文月学園は他の学校にはない特殊なシステムを導入した進学校である。しかも学校自体が試験校として扱われているため、学費がとても安いとテレビを見ていて何度も思ったものだ。

 

「でもなんで来禅なんだ?」

「理由は二つあるわ。一つは人数の確保。今年の入学生が少なかったせいか、人数の多い来禅に目をつけたのでしょうね。そしてもう一つが、そこの学園長が元<ラタトスク>の解析班だったそうなの」

 

 告げられた事実に琴里以外の全員が驚く。そんな人が学園長をやっていることもそうだが、令音さんが二代目解析班だったことが一番の驚きだった。

 

「だから私が直々に交渉しに行ったの。人員は確保してあげるから、今後<ラタトスク>に協力しなさいって。そしたら唸りながら了承してくれたわ」

「ちょっと待てよ。そっちで交渉が成立したからって、来禅がオーケーしなかったら……」

「そっちは問題ないわ。来禅の校長に『断ったらあなたが隠している秘密を全部奥さんにバラした後、保護観察処分<ディープラブ>の箕輪を愛人として送りつけるわよ』って言ったら快く頷いてくれたわ」

「それ完全に脅迫じゃねぇか!」

「交渉の『こ』の字もねぇ! それと箕輪さんはやめて差し上げろ!」

 

 士道と共に全力で突っ込む。あんたら教育機関になんつうことしてんだ! と。そのときの交渉現場を想像してしまい、泣き顔で土下座している来禅高校の校長が浮かぶ。それと箕輪さんってどんな人なの? 脅迫材料に使われるほど恐ろしい人なの? と、恐怖を感じざるを得なかった。

 校長先生に関してはもう、同情するほかなかった。精霊三人も苦笑いを浮かべている。

 

「冗談よ。学長同士の話し合いでお互いが納得した上での合併よ」

 

 みんなの反応に対してため息ひとつ漏らして告げた真実に、全員がほっと息を吐き出す。そんなことが本当にあったらたまったもんじゃないと、遥斗は内心ビクビクしていたのだ。

 

「それで合併に伴い、文月学園形式の振り分け試験を受けてもらうことになるわ」

「フリワケシケン? とは、いったいなんなのだ?」

 

 十香が頭に疑問符を浮かべ、可愛らしく首をかしげている。遥斗が言葉から整理して説明しようとすると、先に士道が口を開いた。

 

「えーとな十香。試験というのは勉強したことをどこまで覚えているかを試すことで、振り分けってのは、ええっと……」

「もしかして、試験の結果でクラスが分かれるんじゃないか?」

「察しがいいわね遥斗。まさにその通りよ」

 

 琴里からさらに詳しい説明が施される。文月学園はA~Fクラスまで存在し、成績が良ければA。悪ければFといった感じで振り分けられる。

 上に行けば行くほど設備が良くなるらしく、最上級にはリクライニングシートにエアコン、ノートパソコンが付くらしい。

 

「それに、Aクラスはお菓子が食べ放題らしいわ」

「おお、それはすごいな!」

 

 お菓子というワードに十香が敏感に反応した。今日一日で、十香が食欲旺盛な子だということが痛いほど理解出来たのは、遥斗と耶倶矢と夕弦の陰ながらの収穫だった。

 

「これは勉強とやらを頑張るしかないな、シドー!」

「お、おう……」

 

 ずいっと身を乗り出して迫ってくる十香に押されながら返事する士道。それを見た耶倶矢と夕弦もなぜかビシッと派手なポーズをとっている。

 

「ふふふ、そのような場所は王者にふさわしいと相場が決まっている。つまり、そこは八舞にふさわしい場所!」

「注釈。夕弦と耶倶矢も、Aクラスに行きたいです」

 

 それはもう、遥斗に向かって直球で『学校に行きたいです』と言っているようなもので……まだ働いていない遥斗は困った顔をしてボリボリと頭を掻いた。

 

「いくら試験校で学費が安いからって、そんなに持ってないぞ?」

「心配ないわ。遥斗たちの分は<ラタトスク>で負担してあげる。士道と十香、他の来禅生徒は急な日程で合併と試験をするからって理由で編入費はタダよ」

 

 <ラタトスク>ってどんな組織なんだろう。三人分の入学費用なんてとても払える額じゃないだろうに。それを全額負担してくれるこの人たちはいったい……。そんなことを考えている遥斗の思考を読んだのか、琴里が遥斗の方を向いて不敵な笑みを浮かべる。

 

「私たち<ラタトスク>は精霊を全力でサポートする秘密組織。金銭の出所は気にしたら負けよ」

「そんなこと言われたらなおさら気になるんだが……」

「細かいことは気にしないことね」

 

 これ以上聞いても無駄そうだなとため息を吐く遥斗はふともう一つ気になることを見つけた。

 

「急な日程での試験って言ってたけど、試験日はいつなんだ?」

「あら、言ってなかったかしら? 一週間後よ」

「「一週間!?」」

 

 思ったことは士道も同じなのだろう。遥斗と返答が被った。続いて士道が言葉を投げかける。

 

「おま、一週間ってすぐそこじゃねぇか! そんなすぐになんて――」

「俺なんて中学で止まってるってのに……」

「でも、他の三人はそうは思っていないようよ?」

 

 琴里が向ける視線を辿ってみれば、元気に拳を天井に掲げる十香とそれに同調するようにお互いの手を繋ぎ合わせてかっこいいポーズをとっている耶倶矢と夕弦がいた。

 

「よーしシドー! 一緒にAクラスにいくのだー!」

「我ら八舞が力を合わせれば、いけぬ高みなどない! ゆくぞ遥斗! 我らと共に!」

「同調。夕弦と耶倶矢に、不可能なんてありません。わからないところは、優しく教えてあげます」

「ちょ、待て十香! 落ち着いて話を聞いてくれー!」

「離せ、離してくれー!」

 

 悲しきかな。封印したとはいえ精霊の彼女らに力で勝てるわけもなく、男として情けない状態で引きずられていった士道と遥斗を見届けてリビングにひとりとなった琴里は、携帯端末を取り出してボタンを押す。

 

「……とりあえず交渉は成立。その報告をしなきゃ」

 

 携帯を耳に当て、相手の応答を待つ。三コール目で回線がつながり、こちらを窺うような声が電話越しに聞こえてきた。

 

「五河琴里です。精霊三人と例の二人、説得に成功しました」

『そうかい。それはご苦労なこった』

「それに伴い、あなたにお願いがあるのですが……」

『……生徒の確保っていう借りがあるしね。言ってみな』

 

 以前<ラタトスク>のクルーが仲介人として立ち合った来禅と文月の合併談義のモニタリング風景を思い出し、思わず唇を歪ませる。これでまた対策が増えた、と。

 

「今から言う名前の生徒を、<観察処分者>としてください」

 

 すべては、人類のために。

 すべては、精霊を救うために……。

 



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第七話

遅くなってしまいましたが投稿です。
しばらくはこっちでしか投稿しないかも……

それでは本編をどうぞ!


 結果だけを言うと、散々だった。

 やる気に満ちた精霊三人と同じく連行された士道に付き合って徹夜勉強を繰り返し、猛スピードで実力を身に着けていった。中学で学力が止まっていた遥斗も高校一年生レベルまで到達した。

 令音に負けないくらい目に隈をつくり、ノートにびっしり計算式や歴史の出来事を書き連ね続けた編入試験前日の夜。疲れ果てた、でもやり遂げた感に満ち溢れた表情で一斉に頑張ろうと声を合わせたことは一生忘れることはないだろう。

 

「シドー~、頭がくらくらするぞ~……」

「我を蝕む忌々しい邪悪の権化め……はやく浄化されるがよい……ゴホッ」

「失態。よりにもよってこんなときに……ゴホッゴホッ」

 

 あれだけAクラスに行こうと張り切っていた十香と耶倶矢、夕弦が三つ並んだ<フラクシナス>のベットに横たわっている。マスクに水枕に体温計と、見ているだけで辛いのは一目瞭然だった。

 

「まあ、予想していなかったわけではないんだが……」

「これでFクラス行きは確定だな……ふぁ」

 

 士道が額に手を当ててため息を吐き、遥斗はあくびを噛み殺しながら小さく呟いた。世間では危険視されている精霊も、風邪というウイルスには勝てなかったようだ。

 

「どうして徹夜していない私まで風邪ひいてるのかしらね……」

 

 同じようにマスクをしてソファーに寝そべっている琴里が枯れた声で呟き、ゴホゴホと咳をする。彼女は健康的な睡眠をとっていたにもかかわらず、五河家に漂っていたウイルスに侵されてしまったのだ。

 

「しかし遥斗よ……なぜお主は試験を受けに行かなかった?」

「疑問……。遥斗は風邪をひいていません。試験は受けられたはずです」

 

 夕弦のように目を細めている耶倶矢と、さらに目を細くしている夕弦にそう問われた遥斗は、はあとため息を吐いて答える。

 

「あのな……一緒にAクラスに行くって言って始めた勉強だろ? Aクラスに行けはしなかったけど、どのクラスでも一緒にはなれる。俺だけで試験を受けて、お前らと別々になったら意味がないだろ」

「遥斗……」

「唖然。……」

「……今ので八舞姉妹の好感度と体温が急上昇している」

 

 遥斗たちから少し離れた医務室のデスクで、令音がノートパソコンのキーボードを打ち鳴らしている。画面には精霊三人と琴里の顔写真が映っており、琴里からは一本、他三人からは二本の棒グラフのようなものが伸びていた。こうしている間にも、耶倶矢と夕弦から伸びている棒がすごい勢いでその長さを増やしている。

 

「体温上昇とかやばいじゃん! はやく氷水を用意して――あれ、それともおとなしく寝かせておいた方がいいのか?」

「とりあえず落ち着けよ遥斗。今は安静にさせるべきだ」

 

 士道の冷静な指摘にそれもそうかと納得した遥斗は近くにあった椅子を八舞姉妹が寝ているベットの間に引っ張り、腰を下ろす。座ってすぐにシャツの裾が引っ張られたため、そちらに体ごと向き直る。

 

「どうした耶倶矢? なんかあったか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……あの、さ」

 

 耶倶矢はただでさえ風邪で赤くなっている顔をさらに赤くして視線を遥斗からわずかに逸らし、躊躇いがちに華奢な腕を伸ばす。

 

「手……握っててくれない?」

「あいよ」

 

 風邪をひいた人は思考がネガティブになりがちだ。看病してくれる者がその場から離れたとき、もう戻ってこないのではないかと普段考えないことが脳裏にまとわりついてしまう。そんな寂しさが少しでも和らぐのならと、遥斗は伸ばされた耶倶矢の左手を優しく握りしめた。

 

「懇願。夕弦も、お願いします」

 

 背後からも声が聞こえて振り返ってみれば、案の定夕弦も同じように右手を伸ばしていた。断る理由もないため、空いている方の手で夕弦の手を握る。まったく同じタイミングで、左右の手が握り返された。

 

「こうしてると、なんだか安心する……」

「安堵。遥斗の温もりが、間近に感じられます……」

 

 姉妹の微笑みに遥斗が照れ笑いを浮かべたそのとき、手に伝わる力が徐々に弱まっていくのを感じた。見てみれば、耶倶矢と夕弦が安心しきった表情ですうすうと穏やかな寝息を立てていた。

 

「……なんかあなた、士道と同じにおいがするわ」

 

 琴里が言ったセリフの意味がわからず遥斗は首を傾げる。視界の端で十香がなにやらそわそわしているが、今も八舞姉妹に手を握られているためなにもすることが出来ない。

 

「……琴里。そろそろ寝ておいた方がいいんじゃないか?」

「そうね。士道。いくら私が寝てるからって、変な事したら殺すわよ」

「断じてするかっ!」

「……あっそ」

 

 不機嫌にそう吐き捨てると、琴里はもぞもぞとベットに潜り込んだ。どうして不機嫌だったのかが気になった遥斗だが、兄妹間の話に口をはさむべきではないと思考を遮断した。

 

「……シンとハロも寝たらどうだい? 徹夜続きで疲れてるだろう?」

「一番寝ないといけない人に言われても……」

 

 士道のツッコミにうんうんと頷く遥斗は、ふいに何かを思い出したかのようにハッと顔を上げ、令音の方に視線を向けた。

 

「令音さん。俺がここに連れてかれたときのあれ、こっちからでも出来るんですか?」

「空間転移のことかい? 可能だが……どうかしたのかい?」

「ええ。ちょっと行っておきたいところがありまして」

 

 遥斗から理由を聞いた令音は無言で頷くと、パソコンのキーを素早く叩き、とある場所の座標を表示した。それを確認した遥斗は一瞬だけ表情を曇らせるが、令音の後ろについて転送装置に向かうときにはすでにいつも通りの顔になっていた。

 その一瞬を、士道は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 晴れ渡った空の下、白百合の花束と水の入ったペットボトルを持って狭い道を歩いていた。左右は同じ素材で作られた石が並び、その真ん中には誰かもわからない名前が達筆で刻まれている。

 その一角に建てられた『出木家』と書かれた墓石の前に腰を下ろした遥斗は花束を置き、墓石の頭から水をかけながら呟く。

 

「父さん、母さん……。俺さ、また学校に行くことになったさ。中学校だって最後まで行けてないのに、高校に。しかも二年生からだぜ? すごいだろ? 飛び級だぜ?」

 

 自慢げに話す遥斗の言葉に返ってくるのは音のない静寂。悲しみを帯びた笑みを浮かべながら再度腰を下ろした遥斗は手を合わせて拝み、はるか遠くにいる両親に念じる。

 俺はもう一人じゃない。新しく出来た友人たちと上手くやっていくから。

 だから、安心して見ていてくれよ……。

 遥斗の思いにこたえるように、辺り一帯にそよ風が吹いた。緑色の髪がそれに合わせてなびく。

 

「ここだったか」

 

 顔を上げ、立ち上がろうとした遥斗の耳に届いたのは、先程<フラクシナス>で別れたはずの五河士道の声だった。

 

「士道。来てたのか」

「まあ、な。お参りしてもいいか?」

「もちろんだ。きっと父さんと母さんも喜ぶ」

 

 遥斗と入れ替わりで腰を下ろした士道は静かに目を閉じて墓石の前で手を合わせた。後ろで見届ける遥斗は、士道がどうしてここにいるのか理由を聞こうとしていた口を閉じた。大方、帰りが遅いから令音に場所を聞いて転送してもらい、ここまで捜しに来たに違いない。腕時計を見てみれば、時刻は既に夕方の六時を示していた。

 お墓参りに来た遥斗は何も持っていないことに気づき、早足で芦原島の花屋に向かって白百合の花を購入した。会計を済ませて帰ろうとしたところで花屋のおばさんにゆっくりしていくといいと言われ、上手く断ることも出来ずに話に付き合ってしまったのだ。

 

「お前ってさ、親想いのいいやつだよな」

 

 立ち上がった士道が背中を向けた状態でそんなことを言ってきたため、遥斗は驚き半分照れくささ半分で頬をかいた。

 

「な、なんだよ急に」

「いや、ただ思ったことを言ってみただけだ」

 

 なんだよそれと、遥斗の口から自然と笑みがこぼれた。同じように士道も笑みをつくり、さらに続けた。

 

「やっぱ、遥斗は笑ってないとだめだな」

 

 遥斗は一瞬だけ身を固くして、すぐに力を抜いた。もしかしたら、士道には気づかれていたのかもしれない。いや、確実に気づかれていた。遥斗が令音にこの場所を指定したときの、一瞬の悲痛な表情を。

 

「なんだ士道。俺のことを口説いているのか? 十香が泣くぞ?」

「誰がそんなことするか!」

「……ふふ、ははは!」

 

 冗談に全力でツッコむ士道がおかしくて、遥斗は声を上げて笑った。士道は唐突なことにどう反応すればいいのかわからず、ボリボリと頭をかいていた。

 

「わるいわるい。士道の反応があまりにもおかしくてな……」

「急にあんなこと言われたら誰だって驚くだろ……」

 

 困惑する士道を見て再び笑いが込み上げてくる遥斗だったが、このままでは埒が明かないのでぐっとこらえる。そろそろ本題に入ろうと、遥斗から切り出す。

 

「それで士道。迎えに来てくれたのに悪いが――」

「迎えには来たが、それだけじゃないぞ」

 

 ゆっくりと近づいてくる士道の目をまっすぐ見据える。瞳が一切揺れない、強い意志を持った目だった。

 

「なんか困ったことがあったら、遠慮なく言えよ? 俺たちは精霊を救うために協力する仲であり、友達なんだからな。隣に住むんだから遠慮は無しだ。いいな?」

「……わかった。その代わり、その条件お前にも適用な。俺に対して遠慮はしないこと。これで平等だろ?」

「おう。それでいい」

 

 士道とお互いの絆が固く結ばれるのを感じながら、遥斗はもう一度両親の墓石に顔を向けた。

 な? もう大丈夫だろ? 今言った通り、俺はこの島を離れる。だけど、必ず顔は出すから。

 遥斗が心の中でそう呟いたところで、ふと違和感を覚えた。それを確かめるために。遥斗は再び問いかける。

 

「なあ。今、お隣に住むって言ったか?」

「あ、ああ。確かに言ったが……もしかして何も聞かされてないのか?」

「さっぱり」

「琴里のやつ……まああの調子じゃあ無理もないか」

 

 墓地の出口に歩いていきながら士道に詳しい説明を受ける。近々完成する精霊マンションに遥斗と耶倶矢、夕弦と住むことになったらしい。近くで常に気を配れる場所にいた方がいいとのことだ。完成し次第、十香もそこに引っ越すようだ。

 

「したら一回家に帰って荷物まとめてこなきゃな」

「それなんだが、すでに遥斗が住んでたマンションの退室手続きが終わって、部屋の荷物もラタトスクの人たちが<フラクシナス>の空き部屋に入れたらしい」

「……は?」

 

 あっけにとられた遥斗は何も言えなかった。まずマンションにはどうやって入った? 住所も教えてないし、部屋に入るのにだって鍵が必要だ。大家さんに言えば鍵は開けてくれると思うが、身元の知らない人たちが一斉になだれ込んできておいそれと鍵を開けるわけがない。

 

「……ラタトスク。あんたら何者だよ……?」

「気にしたら負けだ、遥斗」

 

 士道も似たような経験があるようで、二人仲良くため息を吐く。

 

「あ、忘れるところだった」

 

 急に立ち止まった士道がポケットに手を突っ込み、なにかを取り出した。士道がこの前つけていたものと同じ色の、電気屋に行ったときにチラッと見たちょっと値段が張るコードのないウォークマンだった。

 

「お前の部屋から小型の音楽プレーヤーが見つかったと聞いて、ラタトスクの人が開発したものらしい。音楽を入れて聴くのはもちろん、耳の部分を二回こづけば<フラクシナス>との通信も可能だ」

「俺の部屋に来てから一日も経ってないぞ……?」

 

 こんな短時間になんてものを開発したんだ。感謝してもしきれない。

 腕が震えるのを抑え込みながらそれを受け取り、耳に装着する。耳に感じる密閉感は前まで使っていたイヤホンとほとんど変わらない。さっそく耳元を二回こづいてみると、ザザザという音に続いて男性の声が流れてきた。

 

『遥斗君。どうですか、調子は?』

「えっと、神無月さん? すごい、本当に繋がった」

『その様子だと、特に不具合はなさそうですね』

 

 こんな島にいる人との通話はノイズがかかっていてもおかしくないのに、遥斗の耳には神無月のはきはきとした声がはっきりと聞こえる。すごいものをもらってしまったと遥斗は内心歓喜に満ち溢れていた。

 

「そういえば令音さんは? ここに来る前まではいたはずなんですが……」

『村雨解析官ですか? 先程用事があるからと言って席を立ち、代わりに私がここを受け持ったのですが……何か御用でしたか?』

「いえ、こっちの用は済んだので、そちらに転送をお願いしたいのですが」

『わかりました。ちょっと待っててくださいね』

 

 本当にちょっと待ったところで、体を不思議な浮遊感が包み込んだ。視界が変わる前に、遥斗はもう一度出木家の墓石がある方を見つめる。

 じゃあ、行ってくる。必ず、顔を出しに来るから。ここにはいない、新しい家族を連れて。

 目を閉じてそう念じたのを最後に、遥斗と士道は<フラクシナス>に転送された。

 

 

 

 

 

 遥斗に続いて士道を転送した後、令音はある場所を尋ねていた。どこか重々しい空気を放つドアの前に立ち、なんのこともなくノックする。

 

『入りな』

 

 中から聞こえてきたのは年老いた女性の声。言うことに従い、ドアを開ける。

 

「わざわざご苦労だね。ここまで来るなんて」

「……先代に挨拶するのは、跡を継いだものとして当然だと思うのだがね」

 

 噂には聞いていたが、これは難儀な人だと令音は内心で嘆息する。早く要件を済ませてしまおうと口を開く。

 

「まずは来禅高校との併合の件、感謝します」

「それはこっちのセリフさね。入学した生徒が少なくて、お偉いさんからいろいろ言われてたんだよ」

「……それはそれは」

 

 向こうにも事情があるようで、適当な箇所で相槌を打つ。何度かそのやりとりを繰り返し、そこで生じた微かな合間に割り込むように口をはさむ。

 

「それで、この前言った件は……どうなりましたか?」

「手続きは済んでるよ。あの子らが入学したとき、あんたは文月学園の正式な教員さね」

 

 それを聞いてひと安心した令音は、学園長で元<フラクシナス>解析官の藤堂カヲルに深く頭を下げた。

 

「……それでは村雨令音。文月学園の物理教師として、お世話になります」

「ま、せいぜい頑張るんだよ」

「……それでは、私はこれで失礼します」

 

 令音は藤堂からの少し投げやりな謝辞を受け取ってもう一度礼をすると、両開きのドアを開けて学園長室を出ていった。

 

「精霊……ね」

 

 一人残された学園長室の椅子に腰かける藤堂は外を眺めながら、もう聞くことはないと思っていた単語を呟いた。

 




デアラ熱、しばらく治まりそうにないな……
今後もこんな調子になると思いますが、よろしくお願いします


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