閃光のリベリオン (塩焼きイワシ)
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設定集

※注意※


ネタバレあり。少なくとも第三章終了時までのささやかなネタバレを含みます。

キャラが分からなくなった時とかに使えるかも。


キャラの設定集。

ステは勝手に考えた。ごめんなさい。戦闘時の参考にはあんまりならない。ゲーム的なランク付けだから。

 

 

 

〜ラストバタリオン〜

 

名前:タカアキ

その由来:啓明から。明けの明星。つまり金星。

年齢:19

武器:一閃流東方刀「ルシフェル」(主に一の型)

好きなもの:魚 仲間

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今作の主人公。性格は明るく人懐っこい。それでいてお人好し。人に好かれやすい体質を持つ。あと若干S。イタズラ好き。

 魚が異常に好き。実はすごい伏線に━━なったりしない。せいぜいウェイブと早く打ち解けるくらい。

 東方一閃流を扱う。得意なのは一の型。居合いがスタイルに合っているから。基本的にはどの型も使える。

 ちなみに兄弟が多い。兄が一人と弟と妹が一人ずつ。タカアキは実子で他三人は養子。なんだかんだで仲良し。

 父親が結構適当な性格で、奥伝もよく分からないうちに継承。本格的な習得はしていない。

 生き物を殺めることが大嫌い。食事のときの「いただきます」は絶対に忘れない。

 

 

ステータス

 

HP   B→B

STR  B→A

DEF  C→C

TEC  B→A

SPD  A→S+

 平均的な主人公ステータスに忍者タイプを足した感じ。スピードが高い分防御がもろい。うたれ弱い主人公しっかり。一の型は攻撃タイプ。

 矢印はニ章後半以降。

 

 

名前:ダンテ

その由来:神曲のダンテより

年齢:?

武器:一閃流東方刀「ルシフェル」

好きなもの:?

 

 千年前の英雄。らしい。帝具を人の様に扱ったり謎が多い。基本的にはクールだが、天然。はっきり言うならアホ。

 人の言うこと結構ホイホイ信じる。

 

 

ステータス

 

HP   A

STR  S

DEF  B

TEC  S

SPD  SS

 タカアキの身体を使っているのでそれに依存。ナイトレイドにも引けを取らない。

 

 

名前:アリア

その由来:原作基準。恐らくそれっぽい名前を付けられただけ。

年齢:17

武器:綱糸 四針

好きなもの:拷問 料理

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ドSでまさに外道なお嬢様。でもイケメン。貴族の義務(ノブレス=オブリージュ)を意識して行動するなど案外ツンデレ。

 でも田舎者は家畜。

 千年前、帝都を震わせた吸血鬼エリザベート・バートリーの生まれ変わり。と言うか血を引いてる。

 主人公と合わせて覚醒イベがあるなんて珍しいなって自分で言ったりする。

 

 

ステータス

 

HP   D→B

STR  C→A

DEF  D→B

TEC  B→S

SPD  C→A

 全体的に低め。かなりうたれ弱い。状態異常で戦うしかないキャラ。四針は強い。

 第三章中盤で化ける。

 

 

名前:イエヤス

その由来:原作基準。

年齢:18

武器:十字槍

好きなもの:肉料理

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 タカアキの親友。ホモではない。タカアキとは反対に肉が好き。それでたまに喧嘩する。

 真面目なこと書くと手先が器用。頭もいい。ぶっちゃけタカアキはもとよりアリアより上。

 

 

ステータス

 

HP   B+

STR  B

DEF  A

TEC  C

SPD  D

 防御タイプ。どっちかというと中衛。味方のサポートをさせると輝く。結局作中じゃ支援ばかりで戦闘しないだろってやつ。

 

 

 

名前:ユセ

その由来:夕星。宵の明星。つまり金星。

年齢:18

武器:奈落軍勢アバドン(帝具)

好きなもの:天体観測

 

 

【挿絵表示】

 

 

 お嬢様。ではない。しゃべり方だけ。上品で落ち着いているため年上に見える。でもイタズラ好き。お茶目。

 名前から分かる通りタカアキの相対的存在。むしろつがい。

 のほほんとした顔で結構強い。

 

 

ステータス

 

HP   A

STR  S

DEF  A

TEC  S

SPD  A

 スポット参戦。第二章後半のみ。あとは、まあ、でーんと構えていらっしゃればそれでいい。

 

 

名前:シェーレ

その由来:原作基準。

年齢:22

武器:エクスタス(帝具)→巨大ハサミ

好きなもの:仲間

 

 眼鏡のお姉さん。ダンテに次ぐ天然キャラ。でもダンテのアホさには負ける。おっちょこちょい度は圧勝。

 戦闘訓練を積んでおり、ナイトレイドの中でもそれなりに強かった。戦闘中は冷静モードになるのでミスはしない。

 

 

ステータス

 

HP   A

STR  S+

DEF  B

TEC  A

SPD  B

 元ナイトレイドなので能力は高め。シェーレは戦士タイプだと思うの。

 エクスタスと合わせると、攻撃力は味方の中でもトップクラス。なお、手元にない模様。

 第二章後半から参戦(戦えるとは言っていない)。

 

 

名前:ホリマカ

その由来:原作基準。

年齢:36

武器:奇奇怪怪アダユス(帝具)

好きなもの:空

 

 パツキンのイカしたにーちゃん。ビジュアルがドストライクすぎて惚れた。

 今作では強キャラとして登場しているが、原作で唯一即死した帝具使い。でも好き。

 空を愛する男。ソラ、サイッコー。

 

 

ステータス

 

HP   A

STR  A

DEF  A

TEC  S

SPD  B

 万能さん。つおい。固い後衛のイメージ。アダユスのおかげでアタッカーも出来るでしょう。

 イエヤスのお門を奪ってしまうかもしれないキャラ。

 イ、イエヤスはレギュラーだから(震え声)

 第二章からの参戦。

 

 

名前:ユキナ

その由来:日本人っぽい名前。

年齢:16

武器:一閃流東方刀(三の型)

好きなもの:兄(タカアキ)いじり

 

 基本眠そうな娘。見た目通りのローテーションキャラ。ここまでテンプレ。

 実際イタズラ大好きで感情は豊か。ただ表情に出さないだけ。と思わせて表情も豊か。タカアキになついている(おもちゃ的な意味で)。

 

 

ステータス

 

HP   C

STR  B

DEF  A

TEC  A

SPD  S

 兄寄りのステータスだけど兄より強い。防御の高い忍者。そうそういないタイプ。もしかしたら回避壁。スポット参戦(第三章前半)。

 三の型は防御タイプ。

 

 

 

〜敵か味方か!? 煽っていくスタイル〜

 

名前:ドク(アウグスト)

その由来:ドクターから。

年齢:?

武器:?

好きなもの:若い女の子

 謎の多い人。怪しすぎてぶっちゃけラスボスだろ。

 ちなみに原作二巻でレオーネが言ってた「スラムに元医者のじいさんがいるんだが…」「若い女の子大好きだから喜ぶだろ」の人。覚えている人はいないだろう。

 

 

ステータス

 

HP   ?

STR  ?

DEF  ?

TEC  ?

SPD  ?

 戦ったことがないので(震え声)

 

 

名前:疾風迅雷マスラオ

その由来:原作スサノオから。

年齢:?

武器:拳

好きなもの:戦い

 帝具人間。オリジナル帝具。

 名前の通りスサノオの兄弟。兄にあたる。でも弟よりだらしない。

 奥の手がない分、普段の戦闘能力はこちらが上。

 

 

ステータス

 

HP   S

STR  SS

DEF  A

TEC  A

SPD  A+

 強い。が結局壁にされそうなキャラ。再生能力付きなのでなおさら。敵だったらウザイ。

 

 

名前:アキラ

その由来:日本人っぽい名前

年齢:23

武器:一閃流東方刀(二の型)

好きなもの:自然

 タカアキを殺しかけた兄貴。強い。タカアキ憑依のダンテくらい強い。

 落ち着いた雰囲気で争いを好まない。使命感に燃える。

 

 

ステータス

 

HP   A

STR  S+

DEF  SS

TEC  A

SPD  SS

 タカアキとユキナを足して2で割った感じ。それを一回り強くする。二の型が一の型と三の型の合の子だしね。

 

 

名前:シツメ

その由来:執事服を着たメイドから

年齢:?

武器:?

好きなもの:タカアキ

 執事服を着たメイドという変な人。初めて会うはずのタカアキをお坊っちゃまと呼ぶ。

 

 

ステータス

 今回は戦いません。

 

 

 

 

〜ナイトレイド〜

 

名前:タツミ

ステータス

 

HP   S

STR  A+

DEF  SS

TEC  B

SPD  C

 ステはインクル装備。ほんと防御だけは立派ですね。主人公とは思えないステです。

 

 

名前:アカメ

ステータス

 

HP   B

STR  A

DEF  C

TEC  S

SPD  SS+

 忍者タイプ。速い脆い。ただHPは多い。肉食うから(偏見)。

 

 

名前:レオーネ

ステータス

 

HP   SS

STR  S

DEF  A

TEC  C

SPD  A

 普通に強そう。さすが獣。回復能力が厄介。

 

 

名前:マイン

ステータス

 

HP   C

STR  不定

DEF  B

TEC  S

SPD  B

 パンプキンマインちゃん。攻撃力は最大SSS。パンプキンはチート。別にマインは強くない。

 

 

名前:ブラート

ステータス

 

HP   SS

STR  S+

DEF  SS

TEC  S

SPD  A+

 インクルブラート。強すぎるアニキ。削るのにスゲー苦労しそう。

 

 

名前:ラバック

ステータス

 

HP   C

STR  S

DEF  A

TEC  SS

SPD  C

 忘れちゃいけないラバック。ナイトレイドで一番好き。

 

 

名前:スサノオ

ステータス

 

HP   S →SS

STR  S+→SSS

DEF  A →S

TEC  S →SS

SPD  B+→S

 矢印は奥の手。もはや記号。スーさんパネェ。

 

 

名前:チェルシー

ステータス

 

HP   C

STR  B

DEF  B

TEC  A

SPD  C

 ナイトレイド的には低め。それでもアリアくらいなら一捻り。真価はガイアファンデーションだから。

 

 

名前:ナジェンダ

ステータス

 

HP   A

STR  S

DEF  B

TEC  SS

SPD  S

 パンプキン装備なし。これで実力の八割だそうな。

 

 

 

 

〜イェーガーズ〜

 

名前:エスデス

ステータス

 

HP   SS+

STR  4S

DEF  SSS

TEC  4S

SPD  4S

 帝国最強。帰って、どうぞ。

 

 

名前:クロメ

ステータス

 

HP   S+

STR  A

DEF  B

TEC  S

SPD  SS+

 どっかの妹と似た能力。こっちのがダンチで強い。

 

 

名前:ウェイブ

ステータス

 

HP   SS

STR  S

DEF  SS

TEC  S

SPD  A

 普通に強キャラ。曰く完成された強さ。

 

 

名前:ラン

ステータス

 

HP   C

STR  A

DEF  B

TEC  S

SPD  S

 空を飛べるのでスピードは高め。頭脳キャラ。

 

 

名前:セリュー

ステータス

 

HP   A

STR  S

DEF  A

TEC  S

SPD  A

 イェーガーズ加入後の能力。コロは含まない。

 

 

名前:ボルス

ステータス

 

HP   S+

STR  S

DEF  S

TEC  A

SPD  B

 格闘キャラ。覆面。奥さんがかわいい。

 

 

名前:Dr.スタイリッシュ

ステータス

 

HP   C

STR  D

DEF  C

TEC  C

SPD  D

 戦闘能力的な意味ではないが、テクニックは高い。

 

 

 

~その他~

 

名前:オネスト

その由来:正直? 原作基準

年齢:?

武器:なし(至高の帝具?)

好きなもの:甘い物

 すべての元凶。こう書くとラスボスっぽいな。

 

 

名前:ミカエル

その由来:大天使から

年齢:26

武器:?

好きなもの:読書

 

 革命軍総長。総司令とも言う。基本総長って呼ばれる。

 

ステータス

 

HP   SS

STR  SSS+

DEF  SS

TEC  SSS

SPD  SS+

 革命軍最強(帝国最強とは言っていない)。

 

 

名前:スザク

その由来:四神から

年齢:22

武器:青竜刀

好きなもの:昼寝

 喧嘩腰の青年。まだ若い。

 

ステータス

 

HP   S

STR  SSS

DEF  SS

TEC  S

SPD  S

 

 

名前:ゲンブ

その由来:四神から

年齢:32

武器:トンファー

好きなもの:花

 でかい強いをモットーにしております。

 

ステータス

 

HP   SSS

STR  SS

DEF  SSS

TEC  SS

SPD  S

 

 

 

名前:セイル

その由来:四神から

年齢:21

武器:三節昆

好きなもの:綺麗なもの

 艶やかな花には毒と棘と麻薬があります。

 

ステータス

 

HP   S

STR  SS

DEF  S

TEC  SSS

SPD  SSS

 

 

 

名前:ビャコウ

その由来:四神から

年齢:24

武器:錘

好きなもの:何でも

 やばそうな人。じつは腕力がある。

 

ステータス

 

HP   SS

STR  SSS

DEF  S

TEC  SSS

SPD  SS




絵はペイントで頑張った。
ペンタブがないのでマウスで描きました。

気力があれば、味方陣営は全員描きたいなぁ(遠い目


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序章 闇の中で
始動


あんまり真面目に読むものでもない作品。
楽しんでいただければ幸いです。

ちなみに原作が原作ですが、グロ表現はカットしてあります。安心してくださいませ。


 帝都で働くのは田舎者のロマン。

 賑わう大勢の人々に活気ある巨大市街。田舎にはない輝かしく、珍しいものがそこらじゅうに溢れている。

 今しがた帝都に到着したばかりの青年━━タカアキも例外ではない。

 帝国では珍しい黒髪の青年で、服装こそ田舎臭いがどこか気品がある出で立ちだ。整った顔立ちがそうさせているのか、あるいは別の何かか。

 彼は見たこともない物に目を泳がせ、キョロキョロとせわしなく頭を動かす。

 やはり誰がどう見ても田舎者であった。

「……帝都ってスゲー」

 気付くとタカアキは呟いていた。タカアキの故郷はもちろん田舎で、帝都より北にある。しかし冷害が酷く、村は常に食糧難に陥っていた。さらに重税も課せられており、何とかその日その日を凌いでいるのが現状である。

 そんな折、タカアキを含む四人の若者を村は帝都に送り出したのだ。

 帝都で稼いで出世し、村を救う。そんな使命を背負って四人は旅に出た。

「でもまさか、途中で夜盗に襲われるなんて」

 ツイてないな……と大きくため息をつく。お陰で三人と見事にはぐれてしまった。

「タツミ……イエヤス……サヨ」

 タカアキは今まで共に高め合い、修行を重ねてきた仲間の顔を思い浮かべる。無事に逃げおおせはしたが、はぐれてしまった。

 しかし悩んでいても仕方ない、とタカアキは兵舎に足を向ける。皆が帝都に集まり、また会えることを夢見て。

 しかし━━。

「この書類書いたら、俺んトコ持って来な」

 タカアキは兵舎に辿り着いたのはいいものの、疲労からか大きく隈をこさえたオヤジに、一枚の紙を押し付けられていた。

 どうやら履歴書の様で、いきなり兵士になれる訳ではないようだ。

 タカアキは書類をまじまじと見つめ、オヤジに向き直る。

「え、字書かなきゃいけないの?」

「当たり前だ。何のための書類だよ」

 向こうで書いてこい、とオヤジは手でタカアキを追い払うジェスチャーをする。

「自慢じゃないが……」それには意も介さず、タカアキはくいっと親指を自分に向ける。「俺は産まれてこの方文字を三十五文字しか書いたことない!」

「おのれ田舎者! 本当に自慢にならねぇな」

「書いたことある字は、魚と春。合わせて(さわら)!」

「だから何だ!? 何のアピールだよ! つか逆にすげぇ!」

 オヤジはげんなりした様子でカウンター越しにタカアキをどかす。

「後ろが詰まってんだ。お前みたいなバカとじゃれてる暇はない」

 たたらを踏みながらタカアキが振り返る。すると確かに人が並んでおり、迷惑そうにタカアキを見ていた。

 普通の人間ならここで萎縮し、申し訳なく思うだろう。そしてトボトボと書類を書きに向かう。

 しかしこの男はタカアキ。彼はにやりと口角を吊り上げる。

「なぁ、おっちゃん。(いわし)ってどうして鰯って名前が付いたか知ってるか?」

「知るか! つか邪魔する気満々だろ!」

「俺を採用してくれるなら、教えてやってもいいぜ?」

「採用してもしなくても邪魔する気がおのれは!?」

 しばらくそんなやり取りを続けたのだが、遂に堪忍袋の緒が切れたオヤジに放り出されてしまった。

 玄関からゴミ袋のように投げ捨てられ、タカアキは打ち付けた頭をさすりながらオヤジに文句を浴びせる。

「うるせぇ! 兵士になりてぇなら、その書類を書いてこい!」

 しかしオヤジはタカアキの不満には耳ひとつ貸さず、昨日に続いてまったく田舎者は……とボヤきながら兵舎に消えた。

「あーあ、上手くいかんかったか」

 タカアキは立ち上がり、服に付いた埃を払う。あそこで駄々をこねれば面倒になったオヤジが兵士に取り立ててくれるかと思っていたが、そう上手くはいかないらしい。

「仕方ない。誰かに代筆してもらうか」

 しかし字を書けないのは確かなので、とりあえずは当てもないがさまようことにした。

 

 

 捨てる神あれば、拾う神あり。誰がそう言ったの知らないが、タカアキはあながち間違いではない様な気がした。

 何故なら幸運にも見知った顔を見付けることが出来たのだ。

「タツミ! タツミじゃねぇか」

「え……アキ?」

 前髪をセンターで分け、アホ毛が一本ぴょこんと飛び出している特徴的な髪の少年がタツミだ。彼は、何やら大量の荷物を乗せた馬車の側に、兵士らしき男と一緒に立っていた。

 無邪気な笑顔でタカアキとの再開を喜ぶタツミに、タカアキは涙ぐみながら彼の肩を叩く。

「そうかそうか、出世したなタツミ。もう既に一人前の兵士に……」

「いや、違うって。たまたまお嬢様に拾われてさ。しばらくの間、その娘の護衛をすることになったんだ」

「そういうことだ。こいつはオマケだな」

 ずいっとタカアキとタツミの間に、タツミと並んでいた男が割って入る。素人目に見ても鍛えられていることが分かるほど、肉付きがいい。

「タツミ、知り合いか?」

 男がタツミに尋ねるが、タツミが答えるより早くタカアキが口を開いた。

「ああ! 名前はタカアキ。ダチにはアキって呼ばれてる。村で一番━━いや、世界で一番魚を愛する男だ!」

「……何だコイツは」

「俺もよく……。近くに海もないのにやたら魚が好きで」

 男が困った顔を向けると、タツミも同じ顔で返す。タツミにとっては十数年に渡る付き合いだが、タカアキという少年のその人となりを理解しきれていない。どちらかと言うとイエヤスの方が仲がいいので、そちらの方が理解しているのかもしれない。

「えっと、こっちの人はガウリさん」タツミは延々と魚について語りそうなタカアキを手で制する。「アリアさん━━っと、俺を拾ってくれたお嬢様の護衛をしてる」

「苦瓜?」

「子供のころそれでいじめられた。殴るぞ」

 ガウリの名前を聞いてほぼ条件反射で答えたタカアキに、本人は苦い顔をする。どうやらコンプレックスに近いものを感じるらしい。

「こいつは悪い。(さば)の様に青い青春時代だなぁ」

「……何故こいつは、魚に話が帰決していくんだ?」

「ちょっとしたホラーっすよね」

 長い付き合いのタツミですら若干の悪寒に身体を震わせていると、タツミを拾ったというお嬢様が他の護衛と共に帰って来た。

 いかにもお嬢様風のドレスを身にまとい、緩くウェーブのかかった金色の髪を風に揺らしている。後ろ手には数人の護衛を引き連れており、各々に荷物を持たせていた。やはり買い物中だった様だ。

「あら」

 お嬢様はタツミやガウリと話す余所者を見付け、その可愛らしい瞳を見開いた。

「あ、アリアさんおか━━って荷物が面白い量になってるんですけど!?」

「? これくらい普通でしょ」

 普通と言うには確かに面白い量で、護衛たちはやっとの思いで荷台に荷物を積む。

「それでこの人は━━」

 改めてお嬢様はタカアキに目を向けるが……。

 二人が目を合わせると、一瞬固まった。

 そのやり取りにタツミが気付き首をかしげる。

「どうかしたか?」

「……いや」それにタカアキは首を振って答える。「可愛い娘に拾われたじゃんか。羨ましいぞ」

「ま、まぁ……」

 言われてタツミは、にへらとだらしなく鼻の下を伸ばした。しかしすぐに気を持ち直し、

「えっと、この人がアリアさん。俺の恩人だ」

「初めまして」

 紹介されたアリアがスカートの裾を持ち上げ、上品にお辞儀をする。

「ああ、初めましてだな。俺はタカアキ。アキで構わんぜ」

「そう? よろしく、アキ」

 アリアの方も先ほどのやり取りが嘘の様に自然体だ。

 それからアリアはタツミに向き直る。

「タツミ、この人って昨日言ってた……」

「ああ! 三人の内の一人だ! 本当に会えてよかった」

 タツミが満面の笑みを浮かべると、アリアも微笑み返した。

「言ったでしょ? アリアの勘は当たるって」

 優しい笑顔にまたドキリとしつつも、タツミは恐る恐るといった体で口を開く。

「えっと……それで」

 目はチラリとタカアキを向いている。アリアはタツミの言いたいことを察し、手を叩いた。

「うん。その人もしばらく雇ってあげる! 護衛は多い方がいいし」

 再び顔を輝かせたタツミに、アリアも無垢な笑顔を向ける。

「それに、友達はみんな一緒がいいよね」

 なし崩し的にアリアの家に招待されることになったタカアキだが、アリアの最後の言葉に何かの違和感を感じられずにはいられなかった。

 

 

 タカアキが合流したことで買い物は打ち切りとなり、タカアキはアリアの屋敷に招待されていた。

 本当ならアリアの護衛として、ガウリたちと共に食事をするはずである。しかし、アリアが客人としてもてなしたいとのことで、タカアキとタツミはアリアとその両親と一緒に夕食をとったのだ。

「う〜ん、野戦食ばかり食ってきたから、美味しさが身に沁みるぜ」

「本当本当。こんな美味いモン食って、俺たち兵士になれるのか?」

 タカアキとタツミがそれぞれ賛美の声を上げると、アリアの母親は嬉しそうに頬を緩めた。

「珍しくお客さんが二人いたから、コックに頑張らせたの。気に入ってもらえてよかったわ」

「気に入ったけど……もっと魚が欲しかったぜ」

 タカアキがふくれた腹を叩くと、タツミがすかさずツッコミを放つ。

「お前はそればっかだな! 失礼だろ」

「構わんよ、タツミくん。どれ、次回は魚料理を増やすよう言い付けるか」

「マジっすか!?」

 アリアの父親の言葉に一転、タカアキは彼を拝み始める。

 ははーと手を合わせて頭まで下げ、タカアキに拝まれるアリアの父親はさながら仏様だ。柔和な笑みも仏様の様だと思わせる要因の一つだ。

「お、おい。恥ずかしいから止めろって!」

「バカ野郎! お前も海の神様に祈れ!」

「いつから海の神様に!?」

 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたアリアの父親だが、ふと険しい表情になり、四枚の紙を取り出した。それを二人に突き出す。

 それは手配書で、それぞれ四人の男女が載っていた。

「これは……」

「ナイトレイド。賊だ」

 アリアの父親は一層表情を険しくして続ける。

「その名の通り、夜襲を仕掛けてくる。帝都を震え上がらせている殺し屋集団だ」

 殺し屋という言葉にタカアキは一瞬反応したが、特に何も言わずに手配に目を落とす。

「こいつらは帝都の重役や富裕層を狙ってくる。もちろん、ガウリくんたちも承知しているから、君たちも用心してくれ」

 タツミがその言葉に強く頷く代わりに、タカアキはゆっくりと顔を上げた。

「なぁ、こいつらって……高く売れる?」

 その言葉に、タツミを含むその場の人間がポカーンとしてしまった。

 一瞬の静寂の後、口を開いたのはタツミだった。

「アキ、お前……人身売買でもする気か?」

「ちげぇよ。手配書が回ってるくらいの殺し屋なら、賞金かかってんじゃないかと思ってな!」

「……賞金がかかってたらどうする気?」

 答えは何となく予想出来ているのか、アリアが恐る恐る訊ねる。

「決まってんだろ」フッと一笑し、タカアキは高らかに宣言する。「縛って吊って巻いて責めて踏んでなじってから軍に突き出す!」

「妄想に妥協がねぇ! てかそれ最低だぞ!」

「あら、いいわね、それ」

「何で乗るんですか! もしかしてアリアさんドS!?」

 タツミが、それでも可愛らしい笑顔は崩さないアリアにびびっていると、アリアの父親が机を軽く叩いた。

「夢があるのはいいが、仕事の方もしっかりな。食後の見回り、頼んだぞ」

「あ、アキの部屋はタツミと同じにしといたから」

 タカアキとタツミはそれぞれ礼を言い、アリアの父親の通り食後の見回りに繰り出すのだった。

 

 

 時間は過ぎ、深夜。虫も眠る丑三つ時。

 起きているのはお月様か━━闇の者だけであろう。

「━━殺気!?」

 異口同音にタカアキとタツミはベッドから飛び起きる。

 お互いに顔を見合せ、それぞれ得物を手に部屋を飛び出す。

 殺気━━それも複数。

 タカアキがそれを強く感じ取り窓の外……つまり殺気を放つ元凶を見やる。それに釣られてタツミも窓の外を見やり、息を飲んだ。

 満月をバックに四人の影がこちらを見下ろしていた。全員が全員、どういう芸当か宙に浮かんでいる。

 ━━全員こちらより格上だ。タカアキは言い様のない恐怖を感じた。見ただけで分かる。あれはただのヒトではない。

 人を殺して人を止めた集団。つまり━━。

「ナイト、レイド」

 タツミの口から言葉が溢れる。タカアキも理解していた。あれはナイトレイド。帝都を震え上がらせている殺し屋だ。

 ナイトレイドの殺気に圧され気付かなかったが、すでにガウリたちはナイトレイドの元へ向かっていた。

 タカアキが示すと、タツミは援護に行くかと問うが、

「いや、全員束になっても敵わない」タカアキは冷静に切って捨てた。「ならせめて今屋敷に気配のないアリアを探そう。彼女だけでも守らないと」

「え、親父さんとお袋さんは!?」

 タツミの手を引いて駆け出したタカアキはタツミの言葉で止まる。

「……二人はもう駄目だ」

 それだけ言うとタカアキは再び駆け出す。タツミは涙を飲み、タカアキに付いて駆け出した。

 アリアにはすぐに追い付いた。一人の兵士に手を引かれ、離れにある倉庫を目指していた。

 兵士は二人の姿を確認すると、

「いいところに来た!」

 ちょうどいいとばかりに二人を指差す。

「お前たち、あいつらを足止めしてくれ。もうすぐ警備隊が来る。俺たちは隠れてるから、なるべく長く━━」

「そりゃ無茶ッス!」

 しかしタツミが異議を唱え終わる前に、ナイトレイドの一人である黒髪の少女が辿り着く。

「タツミ!」

 タカアキは素早く反応。刀を鞘から引き抜き、黒髪の少女に向き直る。

 タツミの方も仕方ねぇと剣を構える。

「……標的ではない」

 しかしそんな二人を完全に無視し、少女は長い黒髪をなびかせてアリアへと向かう。

 兵士が銃で迎撃するが、弾は一つも当たることはなく。兵士は少女の持つ刀で胴を二つにされた。

 当然、次の標的はアリア。咄嗟に飛び退いたアリアに追いすがり、黒髪の少女は刀を構える。

「待ちやがれ!」

 間一髪。少女が刀を振る前に、タカアキとタツミが間に割って入った。

「これ以上殺させるか!」

 二人はそれぞれ庇う様にアリアの前に出る。

 それに黒髪の少女は小首をかしげる。それはこの場には似つかわしくないほど可愛らしいものだった。

「お前たちは標的ではない。何故邪魔をする」

「お前がこの娘を斬ろうとするからだろが!」

 さらにタカアキが一歩踏み出す。刀を構え隙を伺う。が、いかんせん黒髪の少女の方が手慣れているのは明白で、タカアキは隙らしい隙を見付けられずにいる。

「お前ら、金が目的じゃないのか?」タカアキが間合いを保っている間、タツミは何とか突破口を開こうと言葉を探す。「この娘は見逃してやってくれよ! 戦場でもないのに、罪もない女の子を殺す気か!?」

「タツミ……」

 しかしタツミの必死の訴えも、漆黒の殺し屋には小鳥のさえずりほどにも耳を貸す気はないらしい。

 タカアキごと斬ろうと飛びかかってくる。その流れる様な、それでいて全く隙のない動きにタカアキは死を覚悟するが━━。

「待った、アカメ」

 寸でのところで少女の刀はタカアキに当たらなかった。

 原因は新たに現れた金髪の女性。おそらくナイトレイドの一員。

「何をするレオーネ」

 ひょいと仔猫の様に襟首を掴まれた黒髪の少女は、特に表情を変えずに持ち上げた本人を見た。

「そっちの少年には借りがあるんだよ」

 そう言って金髪の女性はタツミにウインクを飛ばす。それにタツミは昨日の出来事を思い出し、声を上げた。

「何だよ、知り合い?」

「知り合いっつーか……昨日、あの人に有り金巻き上げられたんだよ!」

「……俺の勘だがお前……甘言に乗せられてホイホイ金渡したな?」

 タカアキの的を射た言葉にタツミはウッと言葉を詰まらせる。

「今回はその少年の甘さに感謝しな」

 言いつつ、金髪の女性は先ほどアリアたちが駆け込もうとしていた倉庫へ足を向ける。

「さっき少年は罪もない女の子を殺すなと言ったが……」そして、頑丈そうな倉庫の扉をあろうことか蹴りでブチ抜いた。「これを見てもそんなことが言えるか?」

扉の向こう。そこにあったのはまさに地獄だった。

 ところ狭しと拷問器具が並び、付いている血糊から判断して使いこまれているのは確かだ。さらにその器具にかけられるだろう人々が半裸で檻に囲まれていた。

 もはや見るに耐えない状態だ。

「これが帝都の闇だ。少年」

 言葉もなく立ち尽くすタカアキとタツミに、金髪の女性が言い放つ。

 タツミは生気が抜けた顔で、よろよろと倉庫に近付いた。

「地方から来た身元不明の者たちを甘い言葉で誘い込み、己の趣味である拷問にかけて死ぬまで弄ぶ」

 金髪の女性が澄ました━━しかしどこか怒気を孕んだ表情で言葉を綴る間も、タツミはふらふらと倉庫に近付き、信じられないと首を横に振る。

「……それがこの家の人間の本性だ」

 そして、さまよっていたタツミの目が一人の少女で止まる。

「━━サヨ?」

「何っ?」

 タツミが見付けたのは間違いなくサヨだった。裸に剥かれ拘束され、痛め付けられてはいるが、確かにサヨだ。すでにこと切れている様子で、近付いたタツミに何の反応も示さない。ただただトレードマークだった長い黒髪だけが綺麗になびいている。

 それを見たアリアは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに怯えたような表情に戻った。それを確認出来たのは、一番近くにいたタカアキだけだったが。

「……この家の人間がやったのか」

 そう言ったタツミの声は冷たく、感情が籠っていなかった。脱け殻の様な、生気のない声だ。

 それに対し、金髪の女性はそうだと淡々と答える。

「護衛たちも黙っていたので同罪だ」

「だから葬った」

 殺し屋二人に事実を突き付けられ、タツミはどう処理していいのか迷っている様で、俯いたまま動かなくなった。

 その時、タツミは微かに知った声を聞き取った。

「タ……タツ、ミ……だろ?」

 檻の中から手を伸ばしている人物。身体中に斑点を作り、見ただけで病気だと分かる。変わり果ててはいるが……イエヤスだった。

「サヨは……サヨはあの女に……!」

 何とか絞り出した声だったが、タツミにはしっかり届いていた。

「その女は……俺とサヨに声をかけてきて……飯を食ったら意識が遠のいて……。気が付いたらここにいて。……サヨはその女に虐め殺されたんだ!」

 イエヤスは言い切ると力なく崩れ落ちた。

 その女……もはや疑うべくもない。アリアのことだ。

 そんなやり取りを見て、タカアキの後ろでアリアがため息を吐いた。

「唐突に現れた、真相を知る者が事件のネタばらし。ちょっとデウスエクスマキナすぎない?」

 先ほどまで脅えていた彼女の姿はどこへ行ったのか。アリアは髪をかき上げると事も無げに続けた。

「地方の田舎者なんて家畜よ家畜。それをどう扱うかなんて私の勝手でしょう? 家畜は貴族様のためにいるのよ」

「てめぇ、誰が家畜だ!」

「あなたたち田舎者のことよ。頭も悪いのね。……そのくせその女、髪サラサラで生意気なのよ」

 タツミの言葉を一笑に付し、アリアは苦虫を噛み潰した様な表情をする。

「私がこんな癖毛で悩んでるのに。まったく、本当に生意気。だから念入りに責めてあげたのよ。むしろ感謝してほしいわ」

 アリアの狂った独白に、金髪の女性はサド家族が……と吐き捨てる。

「悪いなアカメ、邪魔した」

「葬る」

 再び黒髪の少女が刀を構えるが、

「待て」

 タツミの声が止めた。

「まさか……まだ庇う気か?」

 金髪の女性がいよいよ苛立ちを隠しきれずにタツミに殺気を向け始めるが、タツミは剣の柄を握り、アリアに向かって一歩踏み出した。

「いや、俺が━━」

 その意図を察したタカアキは、素早くタツミの前に滑り込む。

「斬る!」

 降り下ろされた剣はしかし、アリアの前に出たタカアキによって阻まれた。

「何しやがる!」

 邪魔をされたタツミが怒声を飛ばす。その殺気に気圧されそうになるタカアキだが、しっかとタツミを睨み返す。

「馬鹿、何殺そうとしてんだ!」

「当然だろ! サヨを殺したんだぞ!」

「てめぇ……殺されたからって、殺し返すのかよッ!?」

 タカアキは怒声と共にタツミの剣を弾く。

「お前に人殺しなんかさせねぇ……!」

 ゆらり、とタカアキは身体を弛緩させる。その動きはまるで獣のそれだ。そしてタカアキは全身から異質なオーラを放ち出した。

 殺気とは違う、何かもっと黒くてドロドロとした何か。人が触れてはいけない様な何かを。

 それだけでその場の雰囲気は一変した。空気は明らかに重くなり、タカアキが敵意を向けている殺し屋二人は無意識に後ずさりするほどだ。タツミにも当然被害はあり、顔を真っ青にして後退する。

 本人にその気はないのか、タカアキは殺し屋二人を睨みつつも、油断せずに刀を構える。

「こりゃ、マズイな」

 真っ先に反応したのは金髪の女性だった。獣じみた感覚でタカアキを危険と見なし、タツミを抱えて飛び上がる。当然、黒髪の少女もそれに続いた。

「おい、てめぇら。タツミをどうする気だ!」

「こいつは貰ってく。才能あるんでね」

「レオーネ時間だ。早く離脱を」

 そのまま離脱しようとする二人に追いすがろうとするタカアキを、アリアが腕を掴んで制した。

「もうすぐ警備隊が来るわ。任せましょう」

「うるせぇ、触るな!」

 しかしタカアキはアリアの手を振り払い、再び追おうとするが、

「追ったら死ぬわ」

 タカアキは急に身体の自由が利かなくなり、頭から地面に突っ込んだ。

 その正体を、タカアキは一瞬で看破出来た。

「ワイヤー……か!」

 全身に、目視出来ないほど細いワイヤーが絡みついていたのだ。

「チクショウ……!」

 遠ざかって行くタツミの姿を見て、タカアキは蚊の鳴く様な声で呟いた。

 そして地面に顔を埋める。悔しくて涙が出てくる━━止まらない。

 殺し屋が引いたのは警備隊が到着するのを危惧してだろうし、何故かタツミを連れ去られた。

 挙げ句サヨを殺した相手に心配までされた。

 もはや屈辱以外の何物でもない。

 タカアキは声にならない悲鳴を上げていた。

 

 

 気が付くとワイヤーの拘束が解けていた。

 ゆっくりと、覚束ないが立ち上がる。

 辺りにアリアの気配を感じず、見回すとちょうど倉庫から顔を出していた。

 何か……いや、誰かを引っ張っている。

「一人のお友達は拐われたけど、もう一人は残ってるでしょう?」

 アリアが引っ張ってきたのはイエヤスだった。

 瞬間、タカアキは頭に血が昇るのを感じたが、

「この家畜を助けたいなら、着いて来なさい」

 アリアが続けた言葉で、沸騰しかけた頭の温度が下がった。

「なに……?」

 頭が働かず、そんな気の利かない言葉を捻り出すのがやっとだった。

「女好きだけど、いい医者を知ってるの。彼なら治療出来るわ」

「ほん、とうか?」

「早く」

 会話のキャッチボールが成立していないが、少なくともタカアキを嵌めようとしている雰囲気ではない。

 タカアキはイエヤスを担ぎ上げ、今さら敷地に入って来た警備隊を尻目に、アリアと裏門から街へと繰り出した。

 今夜も帝都の闇は深い。タカアキは、そんな闇に足を一歩踏み出したのだった。

 

 




たたみ掛けました。序章は終了です。


せっかくなので主人公設定

名前:タカアキ
由来:漢字だと啓明。分かる人には分かる…かも。
特徴:ウェイブと仲良くなりそう。


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第一章 収束するツバサ


タカアキはイエヤスを背負い、アリアの後を追ってひたすら走っていた。

 最初に会った時に気付いてはいたが、やはりアリアはそれなりに戦闘訓練を受けている。良家のお嬢様とは思えない身のこなしだ。

 アリアの方も、タカアキの実力に気付くくらいには鍛えられている。先ほどの、自分の正体がバレてからの落ち着き様も普通ではなかった。

 どこでそんな訓練を……という疑問はすぐに解消された。

 やって来たのは帝都にあるスラムの一角。ただの民家にしか見えないその家に、アリアは遠慮もなしに扉を開け、ずけずけと中に入る。

 殺風景な部屋にいたのは一人の老人だ。

「アリアちゃん。いつも入る時はノックしろって、おじいさん言ってるだろ?」

 老人は部屋の中央に配置されている机に腰かけており、こちらを見ずに言い放った。何やら机の上に細々したものをばらまいており、老人はそれに囲まれていた。

 タカアキは、一瞬見ただけで老人がかなりの使い手だと分かった。ボサボサの白髪をものぐさそうにかいている姿はただのだらしない老人だ。だが、いくつもの死線をくぐってきた歴戦の猛者であることは一目瞭然だ。

 アリアはこの老人を師に、修行したのだろう。

「緊急の要件よ」アリアは老人の台詞を無視し、続いて入って来たタカアキとイエヤスを指差した。

「治療を行ってちょうだい。今すぐ」

「あ〜……急に眠くなってきた〜。こんな夜更けだしなぁ」

 ようやくイエヤスをチラリと見た老人は、わざとらしくあくびをした。それにアリアは、苛立たしげに眉をひそめる。

「夜行性の癖に何言ってるのよ」

「じゃあ、報酬としておっぱいを……」

「いいから、は・や・く」

 半分以上ガチ切れしていると思われるアリアの威圧感に、老人はやれやれと首を振る。そしてタカアキに近付き、イエヤスを軽々と担ぎ上げた。

「あ、おい」

「心配するな。すぐ直してやる」

 老人はニッと歯を出して笑ってみせると、奥の部屋へと消えて行った。

 そんな様子に呆然としているタカアキに構わず、アリアの方は遠慮もなしに椅子に座る。

「……座ったら?」

 タカアキがどうしていいか目を泳がしていると、アリアが対面の席を目で示す。タカアキは一瞬迷ったが立っている必要もないので、大人しく従うことにした。

「随分落ち着いてるな」

 気付けばタカアキは口を開いていた。お互い向かい合わせの沈黙が重すぎたのもある。あるが、それよりもアリアの様子が初対面と随分違うのが気になったのだ。

 頬杖を付いて机の上にばらまかれた部品を見ていたアリアは、タカアキに目を向ける。

「あなたこそ。さっきはかなり取り乱してたのに」

「俺は切り替えが早いんだよ」

「私もよ」

 アリアは再び部品に目を落とす。単純に話をしたくないのか、それとも気まずいのか。

 タカアキは構わず口を開く。

「どうしてイエヤスを助けてくれる? ━━いや、俺もか。自分で拷問にかけてた癖に」

 そう言うとまたアリアはタカアキを見やる。そして一つ嘆息する。

「……家畜に借りを作りたくなかった。それだけよ」

 アリアの言い方はぞんざいだったが、どこか柔らかいものを感じた。

「借りって……俺、何かしたか?」

「私を庇ったでしょ? 生意気にも。あの時本当は死ぬつもりだったけど、借りが出来たし。返すまであなたを死なせる訳にはいかなかったのよ」

 それで満足? とアリアは肩をすくめる。

 言われてタカアキは黙り込んでしまった。

 確かにアリアはサヨを殺したと宣言したし、自分たち田舎者を家畜と呼んで侮蔑している。

 しかし死ぬ気だったのが本当なら潔さを感じるし、わざわざ借りを返そうとしたのも義理堅く気品を感じる。

 アリアが善人なのか悪人なのか判断がつかず、タカアキは困惑してしまった。

「それにね……」とアリアは何か言いかけたが、言葉を続けずに口をつぐんでしまった。

 何だよと目を向けたタカアキに、手を振って何でもないと示した。

 タカアキが首をかしげていると、奥の部屋から老人が出てきた。治療が終わったのか、タバコに火を付け、二人に近付く。

「よう、アリアちゃん。要望通り処置したぜ。一週間もすりゃ完治するだろうよ」

「そう、ありがとう」

 老人とアリアの素っ気ないやり取りに、タカアキはもうか? と目を丸くする。

 それに老人は歯を見せて笑う。

「楽勝よ。俺を誰だと思ってんだ」

 タカアキは言葉も出なかったが、やがて頭を下げてお礼を言った。現実味がなかったが、実際にイエヤスに会わせてもらうと、確かに落ち着いた呼吸をしていた。病気で苦しんでいる様子はない。

 タカアキは心底ほっとして、イエヤスのベッドにもたれかかった。

「ドク。俺の名前だ」

 安堵しているタカアキの背中から、老人は言った。

「恩人の名前だ。覚えとけ」

 

 

 それから安心からか急に眠気に襲われたらしいタカアキを寝室に案内し、アリアとドクは玄関部屋に戻って来ていた。

 ドクは今度は机の上には座らず、椅子に座って先ほどの作業の続きを始める。細かい部品は全て時計の一部であり、ドクはそれを修理していた。

「……で、何があったんだ?」

 ドクが時計をいじりながら、アリアに問いかける。

「うちがナイトレイドに襲われたの。お父さんとお母さんと……それに護衛たちも。あいつらに殺されたわ」

 ギリッとアリアは歯を食い縛る。手も爪が手のひらに食い込むほど握り締められていた。

「なるほどなぁ。それであのガキは?」

「……恩人よ。家畜だけど」

「……それだけか?」

 そこでドクはようやく手を止めた。くすんだ瞳がアリアを射抜く。やはりこの瞳には逆らえないな、とアリアは思った。

「何か危ないモノを感じたわ。危険種なんて目じゃないほどの何かを」

 それでナイトレイドは引いたんだと思う、と付け加える。

 正直あの瞬間のことは思い出したくない。身体がすくむなんてレベルの話ではなかった。生物の根源を脅かす様な何か……アリアはそれを強く感じた。タカアキの様子からすると自覚はなさそうだったが。

 ドクはそれを聞き、唸らせた。あごひげに指を這わせ、昔の出来事を思い出している。

「現時点では何とも言えんが……とりあえず、治療費はもらおうか」

 ドクの視線は明らかにアリアの胸に向かっていた。

「いつも実験体をあげてるでしょ。家畜の健全なやつ。そっちの方こそ、ツケが貯まってると思うけど?」

 とりつく島もないアリアに、ドクはわざとらしく舌打ちした。

「……それでもう一人のガキを治療させた理由は?」

 それを聞いてアリアはあからさまに不機嫌な顔になった。

「女の方が何も吐かずに死んだのよ。……しばらく泳がせるわ」

「目を覚ましゃ逃げ出すだろうよ」

「それはそれよ。ナイトレイドに合流するなら、一緒に殺すわ」

 そこでアリアはおもむろに立ち上がった。

「今日はもう寝るわね。部屋、借りるわ」

 それだけ言うと、アリアはさっさときびすを返してタカアキとは違う寝室へと向かった。

 その背中を見送り、ドクは嘆息した。

「俺の胸で泣いてもよかったのに」

 ようやくドクは時計を直し終わり、静かに机に置いた。



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 目を覚ますと最初に感じたのは、美味しそうな匂いだった。家庭的な料理の匂い━━言ってしまえば故郷でいつも感じていた匂いだ。

 タカアキはゆっくりと起き上がり、部屋を見渡した。知らない場所だ。

 と、そこで昨日の出来事を思い出した。

「……そっか」

 帝都で働くため村を出て、既に一ヶ月以上経過している。故郷を思い出す匂いだが帰って来た訳ではない。ここは帝都だ。

 そんなアンニュイな気分に浸かっていると、

「じゃ〜ん。おじいちゃんが朝を快適に目覚めさせます!」

 突然何かが部屋に入って来た。その何か━━ドクだが━━は既に起きていたタカアキを見ると、つまらなさそうに口を尖らせた。

「何だよ。朝のお約束イベントをジジーで砕こうと思ったのに」

「どういう意味だ?」

 本気で分からなさそうな顔をしているタカアキに一瞬目を見開くドクだが、すぐに嬉しそうな顔になる。

「田舎者はこれだから〜。よし! 帝都の常識を教えてやろう! いいか、朝は幼馴染みの可愛い女の子にだな━━」

「何余計なことやってるのよ、ジジイ」

 大仰に身振り手振りを付けて説明を始めるドク。そんな彼の頭を軽くフライパンで叩き、アリアが言った。

「アリアちゃん、来ちゃ意味ないだろ!? お約束イベントが発生してしまう!」

「何の話よ」

 肩を落とすアリアの格好は何故かエプロン。右手にしたフライパンは使用済みの様だ。タカアキはそれを見て目を丸くする。

「え、お前が料理?」

「家畜にお前呼ばわりされる覚えはないわ」

 つっこむトコそこか? と真面目な顔をするドクを無視し、アリアはくるりときびすを返す。

「遊んでないで早く起きなさい。ご飯が冷めてしまうわ」

 食べたくないならいいけど。と付け加え部屋を後にするアリア。タカアキは目を丸くしたままだ。驚きを隠せずに、口もあんぐりと開けている。

 まったくもって意味が分からない。

「……なんだありゃ。あれじゃ女の子みたいじゃねぇか」

「アリアちゃんは女の子だぞ。大丈夫か、お前」

 素でドクにつっこまれ、タカアキはそうなんだけどさ……と頭をかく。

「サヨを殺したり、イエヤスを助けたり……よく分からんくて」

「……タカアキ……だったか?」

 ドクが急に声を落とす。怪訝に思いそちらを窺うと、ドクは真剣な顔でタカアキを見下ろしていた。

「人には必ず表裏ってヤツがある。その辺を切り分けんと、世の中上手くやってけんからなぁ」

「表裏、か」

「一面だけじゃ人は判断出来んよ。俺だってスラムじゃかなり腕の良い医者で通ってるしな」

「え、マジで?」

「マジで」

 タカアキが再び目を丸くすると、ドクは得意げな顔をする。

「ただのエロジジイかと思ってたぜ」

「もちろん、否定はしねぇさ」ドクは豪快に笑い飛ばす。「だがそれもやっぱり表裏だ。……お前さんだって、隠してることぐらいあるだろう? ……不吉な力、とか」

 急に心の奥に仕舞い込んである「闇」を突かれ、タカアキは咄嗟に何も言えなくなった。やはりただの惚けた老人ではない。

「ま、深く考えんでもいいんじゃねぇか? お前にとって有益か無益か。人との関係なんてそんなもんさ」

 さてアリアちゃんの飯だ。と部屋から出て行くドク。タカアキも悩むよりまずは腹を満たそうと判断し、部屋を後にした。

「え? 朝ご飯? いらないのかと思って片付けたわよ」

 玄関部屋に顔を出した二人に、アリアは冷たく言い放った。

 タカアキはやっぱりアリアが苦手だと思ったのだった。

 

 

 

 タカアキとドクは捨てずに保存されていた朝食━━パンを主食に卵焼きとベーコン。それにサラダ━━を平らげ、アリアを加えて机を囲んでいた。

 今後のことを話し合う会議だ。

 ドクは特に変わらず医者として生活を続けられるが、タカアキとアリアはそうもいかない。

 タカアキは元々出稼ぎに来ていて家はない。アリアの方もナイトレイドに家族を殺されている。しかも「仕止め損ねた標的」として命を狙われ続ける可能性すらある。

「……まあ、私はしばらくドクに匿ってもらうけど」しかしアリアは事も無げに言った。「元々利害関係だしね。これを機に借りを返してもらうわ」

「イエヤスもいるし、俺もしばらくは居させてほしい。出来るだけ手伝いもするしさ」

 ドクとしてはお得意様を無下には出来ないし、患者を放り出す訳にもいかない。選択肢は無いも同じだ。二人の居候話は簡単に纏まった。

 しかし今後はそれだけでは済まない。

「俺はタツミを助け出す」

「私はナイトレイドを殺す」

 意見が割れたのだ。

 方や拐われた友人を助けるためで、方や両親、護衛共に殺された……言わば仇討ち。

 細かく言うなら、タツミは既に殺されたか懐柔されたと意見するアリア。仇討ちなどさせる訳にはいかないと言うタカアキ。

 ここで意見が割れていた。

「タツミはそんな馬鹿なやつじゃない。殺し屋なんかに手を貸すか」

「その殺し屋が見込みがあるって言ってたのよ。とっくに仲間になってるわ。諦めなさい」

「大体、殺されたからって殺してどうする。馬鹿じゃねぇの?」

「馬鹿はそっちでしょう? どーせ読み書き出来ない家畜のくせに」

「読むことぐらい出来るわ、バーカ!」

「そんなことで自慢しないで。馬鹿なの? 死ぬの?」

「おい、会話が低レベルだぞ、お前ら」

 次第にヒートアップし、ドクにたしなめられるまで、二人の言い争いは続いた。

 ━━結局言い争いに決着は着かなかった。どうしてもタツミを助けたいタカアキと、仇を取りたいアリアは両者一歩も引かなかったのだ。

 これについては優劣を付けれるものでもなく、どちらが正しいというものでもない。それを踏まえ、ドクは二人に一つの案を出した。

 それは標的が同じという利点を活かし、とりあえずの協力体制を取るということだった。

 具体的には二人でナイトレイドの捕獲。タツミの居場所━━ナイトレイドのアジト━━を聞き出す。その場合にはアリアの十八番、拷問にかける。その過程で居場所を吐かず、死んでしまった場合は仕方なし、といった具合だ。

 アリアはその案に満足し、タカアキは渋々了承した。

「だが、相手はあのナイトレイドだぞ」

 ドクが神妙な面持ちで二人を見据える。

 帝都を震わす殺し屋集団。警備隊や、富裕層の護衛を掻い潜り暗殺を遂行するその実力は言わずもがなだ。

「確かにあいつらは化け物だ。だがだからって引けない。ダチが捕まってんだ。引ける訳がねぇ」

 それでもタカアキは自身の得物を握りしめ、真っ直ぐな瞳を向ける。決意は十分だった。

「……私だって」

 アリアも負けじとドクを睨む。

「こいつみたいに、ひっぱたかれても黙ってるお人好しじゃないのよ。私が奴らに報いを施してあげるわ」

「気持ちは負けねぇ……か」

 二人の決意を受け止め、ドクは嘆息した。

「だがそれだけじゃ駄目なのは分かってるよな? ナイトレイドは漏れなく全員帝具使いだ」

 帝具という言葉に、アリアは身体を震わせる。だが、その言葉を聞いたことのないタカアキは、首をかしげた。

「帝具って?」

「田舎者って本当、何も知らないのね」

「そろそろ殴るぞ」

「喧嘩すんなお前ら」

 こめかみに血管を浮かせるタカアキを、ドクがどうどう、となだめる。

「帝具ってのは、千年前始皇帝が造り出した四十八の超兵器のことだ」

「それは現在の技術では造り出すことは出来ないらしいの。ロストテクノロジーってやつね」

 ドクとアリアはそれぞれ淡々と語り出す。

「だがそれ故強力なやつが多くてな。中には一騎当千の力を秘めるのもある」

「持ってるか持ってないかだけでも、戦闘能力に雲泥の差が出るわ」

「そんなんが帝国にはあるのか……」

 タカアキはようやく、アリアが戦慄した意味が分かった。帝具がそれほどまでなら、ナイトレイドが全員帝具持ちだという事実は恐ろしいものだ。

「帝具は始皇帝が、自分が死んでも国を守るために造らせたモンらしい。武器や防具なら受け継いでいけるからな。素材は超級危険種やレアメタルだ。強くない訳がねぇ」

「国を守るために武器を……?」

「ん? どうした?」

 帝具が造り出された理由を聞き、タカアキは思案顔になる。どこか引っ掛かると言うか、納得いかなかった。

「いや……理由って本当にそれか?」

「さあ? 諸説あるけど、国を守るためってのが有力らしいわ」

「そうか……」

 納得はいかなかったが、正直自分でもよく分からない勘だ。タカアキは首を振ってそれを思慮の外へ追いやる。そしてドクに先を促した。

「それに帝具には、あるジンクスがある」

「ジンクス?」

 これはアリアも知らなかったのか、眉をひそめた。ドクは頷く。

「帝具はその威力故、帝具使い同士が戦えば……必ずどちらかが死ぬ」

 帝具は必殺の武具だ。一騎当千の武具……あるいは闘士がぶつかれば、お互いただでは済まない。当然と言えば当然だ。

「つまり帝具使いじゃないやつが帝具使いと戦えば……分かるよな?」

 それは子供でも分かる計算問題だ。強さ百の人間と一の人間。どちらの数が大きく、また勝つかなどは一目瞭然だ。

「それでもやるか?」

「当然」

 異口同音だった。ドクの問いかけに、二人は一歩も引かない。ドクはもうそれ以上とやかく言うのは無粋だと判断をした。

「よし、じゃあこうしようじゃねぇか」

 ドクは言って人差し指を立てる。

「どうせ戦うなら弱いやつからだ。……首斬りザンク。知ってるか?」

「ええ」アリアが即答する。「ナイトレイドとは別に、帝都を騒がせてる辻斬りね」

「ああ、そうだ。元は帝都の首斬り役人だったが、何年も続ける内に首斬りが癖になったらしい」

 うげ……とタカアキが舌を出す。ザンクがイカれているやつだと、容易に想像がつく。

「そいつは死刑囚じゃ物足りんくなって、帝具を持ち出して辻斬りになった……って訳さ」

「そいつを殺せばいいのね」

 事も無げにアリアが言い放つ。表情は変わらず、涼しげに髪を撫でる。

「ああ。と言ってもタカアキの坊やが殺しは許さんだろうから……帝具の回収を名目とする」

「帝具持ち……だが、ナイトレイドより格下ってとこか」

「そのザンクに勝てなきゃ、ナイトレイドに勝つなんて夢のまた夢だ」

 ドクに言われ、タカアキは俯く。確かにナイトレイドは一目見ただけで強いと分かった。パッと見の人数は五人……いや六人。宙に浮いていた四人と、後から顔を出した金髪の女。それとわずかに気配を感じた、アリアの母親を殺しただろう一人。

 彼我の戦力差は歴然だ。

「怖じ気付いたならいいわよ。私一人でやるから」

 そうしたタカアキを尻込みしている様に見えたのか、アリアが横目で彼を流し見る。

 むっとしてタカアキはアリアを睨んだ。

「違うわ」それからドクを見る。「分かった。それでいこう。で、達成したらなんだが……」

「ご褒美にアリアちゃんのおっぱいを揉みたい、と」

「違うわ」

「なら、なじられる方か!? なかなか通だな」

「それも違うわ!」

 ドクとタカアキのやり取りで、アリアの表情筋みるみる内に死んでいく。

「俺を鍛えて欲しい!」

「ドMに?」

「殴るぞ、エロジジイ!」

 しかしタカアキが手を出すより早く、アリアの掌底がドクのあごに飛ぶ。

 クリーンヒット。下手すると死ぬ。

 アリアにしてみれば、もしかしたら死んでも構わないのかもしれないが。

 「酷いぜ、アリアちゃ〜ん」とガンガンするのか頭を押さえるドクに、アリアは舌打ちを浴びせる。どうやら殺す気だったらしい。

「えーと、アリアを鍛えたの、あんただろ? 俺も鍛えて欲しいんだ。より強くなって……タツミを助け出すために」

「ほう……」

 ドクは目を細め、感嘆の声を上げる。

「俺は剣術もまだまだだ。あんたに指南してほしい」

「……なるほど。よし、無事生きて帰って来れればアリア共々鍛え直してやる!」

「……私も?」

「お前には基礎を教えただけだからな。二人とも基礎は出来てる。もうワンランク上を目指すとするか」



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タカアキ「さかな、さかな、さかな~。魚~をたべ~ると~♪」
タカアキ「あたま、あたま、あたま~。頭~がよく~なる~♪」
アリア「あなたを見れば、それが嘘と証明出来るわね」
タカアキ「おい」
ドク(DHAはほんとに脳にいいけど、今は言えないな…)


それからタカアキとアリアの行動は迅速だった。

 夜に出没するとされているザンクを捜索すべく夜まで待つ。それからスラムだけでなく、帝都の城下町を回る。さすがに一人での行動は危険なので、ツーマンセルだ。

 夜になり、捜索に足を向ける二人。

 だがそれなりの広さのスラムを二時間ほどかけて回るが、成果はまるでなかった。

 続いて帝都の城下町へと歩を進める。

「……なあ、お前ってやっぱワイヤー使いってやつか?」

 人気の全くない城下町を進む道すがら、タカアキがそんなことを言い出す。アリアは眉をひそめてタカアキを見上げる。

「そうだけど……急に何?」

「いや、せっかく共闘するならお互いの戦い方を把握しといた方がいいと思ってな」

 タカアキは言って腰に差してあった刀を抜き放つ。

「俺はこいつだ」

 自慢気にかざしたタカアキの得物。帝国で普及している剣とは違い、刃が細く緩やかに反り返っている。俗に東方刀と呼ばれる刀の一種だ。

「確か……ナイトレイドの赤目の女も同じ様な武器を使ってたわね」

 よく見てたな、と笑いタカアキは腰に刀を戻す。

「あいつは我流っぽかったけどな。俺のはちゃんとした流派がある」

「興味ないわ。はい終わり」

「ここまで行ったら最後まで聞いてくれませんかね」

 再び策敵モードに入ったアリアを止め、タカアキは咳払いをして気をとりなおす。

「東方一閃流。帝国じゃ知られてない流派らしい」

「確かに聞いたことないわね。……皇拳寺系列?」

「いや。あそこは拳法寺だからな。こっちは剣の流派だ」

 さてはそっちに疎いな? と調子に乗り出したタカアキに、アリアは一発入れてから早く続けて、と促す。相変わらず容赦がない。

「本来はもっと短い東方刀を使うんだが……夜盗に襲われたときにどっかやっちまって」

「えー、武器落としたのー? マジないんですけどー」

 アリアが小馬鹿にした声で、ないないと手を振る。

 さながらギャルだ。はっきり言うとウザイ。はっきり言わなくてもウザイ。

「そのキャラすっげぇうぜぇな。……仕方ないだろ。俺の命より重い、魚たちの入った袋を守るのに必死で……」

「……あなたって本物のバカみたいね」

「何を!? 缶詰めだから磯臭くないぞ!」

「そこじゃないわよ」

 付き合ってられないと首を振るアリア。しかしタカアキが、今度はそちらの手を見せて欲しいと言い出した。

 アリアは渋ったが、タカアキに押され結局武器を取り出した。

「こりゃあ……ワイヤーと、針か?」

 アリアが出した武器は近くで目を凝らさないと見えないほど細い糸と、一本五センチほどの細い針だった。

綱糸(いと)四針(しばり)よ」

「綱糸━━はいいけど、四針って?」

 興味津々でタカアキは針に手を伸ばす。

「四つの効果を持った針……という意味よ。毒が塗ってある針もあるから、死にたくないなら触らないで」

「いっ!?」

「あ、死にたいなら触って? の方が可愛らしかったかしら」

「殺伐としすぎて、可愛らしさなんか微塵もないけど……」

 タカアキがびびって手を引っ込めると、アリアは楽しそうに笑った。ただ、それは美少女の微笑みと言うより、狂喜に犯された変態の笑みだったが。

「四針には四種類あるの。紫針(しばり)弛針(しばり)枝針(しばり)

 一つの針に一種類の効果を持たせている。

 紫針は毒を塗った針。致死性の物から激痛を誘発するものまである。

 弛針は毒は毒だが神経毒。呼吸困難や手足の痺れを引き起こす。

 枝針は針の先が釣針の様に反り返っている。傷をえぐるのに使う。

 といったことをアリアが一通り説明すると、タカアキは青ざめた顔で首を左右に振る。

「……あの、アリアさん。どれもエグすぎて言葉が出ないんですケド」

「じゃあ喋らないで。良かった、静かになるわ」

「相変わらずひでぇ」

 タカアキはげんなりして言うが、はたと気が付く。

「あれ? もう一つは?」

 そうアリアに問うと、アリアは舌打ちをした。

「田舎者のくせに数が数えられるか」

「馬鹿にしすぎだろ。十三までならいける!」

「それは色々ツッコミ所のある数字ね」

 そこまでいけるなら二十までいけ、とか手を使って数えるんじゃないのか、とか言いたいことは色々あったが。

「最後は秘密よ。まあ言ってみれば切り札ね。簡単には明かせないわ」

「俺の魚やるから。おせーて」

「絶対、い・や」

 どこから取り出したのか、サバの缶詰めを差し出すタカアキ。アリアは鬱陶しげに手を払うと、今度こそザンク探しに戻った。

 タカアキもアリアから聞き出すのは諦め、ザンクの気配を出来る限り探す。

 その道中でアリアの家だった場所の前を通った。完全に封鎖されており、人の気配は絶たれていた。

 ちなみに午前中にタカアキが潜入してサヨの遺体を回収して弔ってやろうとしたが、サヨどころか他の檻に入れられていた人達や拷問器具まで綺麗に無くなっていた。アリアが言うには警備隊が証拠の隠滅を図ったからだそうで、予想はしていたらしい。この国の大臣であるオネストが、そう指示をするだろうと。

 アリアは数秒の間足を止めたが、再び何事もなかったかの様に歩き出した。

「なあ、今さらなんだが」早足になったアリアを、タカアキが追いながら話しかける。「お前貴族なんだし、親戚か上の人間かに言って新しい家に住めばいいじゃんか」

 すると前を歩くアリアが急に足を止めた。アリアは帝都の中心……すなわち皇帝が住む宮殿を見上げる。

「……どうせ私たち皆死んだことになってるわ。オネストがそうするはずよ」

 そして整った顔を歪めて憎々しげに言った。

「オネスト?」

 午前中にも聞いた名前で、タカアキはオウム返しに聞いてみた。

「ええ、大臣オネスト。幼い皇帝を権力争いに勝たせ、自分の傀儡としているクソデブよ」

 アリアは頭を振って嘆息した。

「一応利害関係だったけどね。お父さんの仕事の都合で何度か会ったけど……相当に食えないやつだったわ」

「お前がそこまで言うのか……」

 共に行動したのは少しの間だけだったが、アリアは他人を簡単には評価しない人間であることは、タカアキにも大体分かっていた。基本的に雑な扱いをするからだ。

 そのアリアが━━悪い意味でだが━━他人を高く評価している。その大臣はよっぽどの狸親父なのだろう。

「待てよ。政治やら何やらをその大臣がやってるなら、俺の村に重税がかかってるのは……!?」

「オネストのせいね」

「はっ倒すぞクソデブウゥゥ!」

 深夜に、しかも皇居に向かって言う言葉ではない。もちろん、アリアに殴られた。

「一応忠告だけど、オネストを敵に回すのだけは絶対に止めなさい」

 アリアは皇居に背を向けて歩き出しながら言った。

「あのデブには敵わないわ。知力でももちろん、武力でもね」

「武力って……何かの流派の使い手か?」

「いいえ」アリアは首を振ってタカアキを見る。

 そして珍しくタカアキの瞳を見つめてきた。

「皇帝に伝わる至高の帝具を持っているからよ」

 至高の帝具。至高と言うからには他の帝具とは違う、異質なものなのだろう。

 事実、至高の帝具は他の帝具とは一線を角している。

「あまり世間には知られていないけどね。将軍たちの間では、神の帝具と噂されているみたいだけど」

「神って……万能ってことか?」

「あくまで噂よ」

 あまり深く考えないで。と続けて、それでもオネストを敵に回してほしくないのか、念を押してきた。

 タカアキはそれを苦笑いで承諾しつつ、今度は本物の笑顔に変わっていった。

「何よ、ニヤニヤして」

 それを気味悪がってアリアは若干距離をとる。

「いや、なんて言うか、やっぱお前、いいやつかなって思って」

 若干照れくさそうに言ったタカアキを見て、アリアは今度こそ距離をとる。

「どうしたのよ急に。本当に気持ち悪いわよ?」

「え、そんなに引くほど気持ち悪い?」

「どれくらい気持ち悪いかって言うと、人面魚がすごく気分が悪そうな顔で吐瀉物を撒き散らすくらい気持ち悪い」

「そりゃキモいな。さすがに食いたくない」

 ある程度予想出来たタカアキの返答に、アリアは肩をすくめた。この男はそれほど勘や頭は悪くないはずなのに、魚が絡むと別人の様にダメになる。

「でも、お前が優しいやつだなって思ったのは事実なんだぞ」

「……私が?」

 今のどこにそんな要素があったのか全く理解出来ず、アリアは眉をひそめる。

 本気で考え出したアリアを見て、タカアキは表情を和らげた。

「俺のこと心配してくれてるみたいだし。なんだかんだでイエヤスも助けてくれたしな」

「それは…………女の方は殺したわよ」

 急に褒められ、いたたまれなくなったのか、アリアはすねた子供の様に目線を逸らした。

 タカアキはそんな彼女に近付き、不意に頭を撫でた。びっくりしたのはもちろんアリアの方で、目を見開いたまま固まってしまう。

「そんなに悪ぶらんでもいいだろ。お前が結構いいやつだってのは分かった。……少なくとも、俺にとっちゃな」

 いまだにガッチガチになっているアリアを尻目に、タカアキは続ける。

「それに言ったろ。殺されたからって殺す様なマネなんかしない。絶対にだ」

 そこでようやくアリアは、真っ白になっていた頭が働き出すのを感じた。同時にあの時、あの瞬間から感じ続けていた違和感を吐き出すタイミングを掴んだ。

「……それよ。どうしてそんな風に言えるの? あの女はあなたの大切な友達じゃなかったの?」

 アリアの問いに一瞬驚いた表情を見せたが、

「死んじまったやつより、今生きているやつの方が大切だからだ」

 と事も無げに言った。

「死んだ人間は生き返らない。絶対にな。ガキだって知ってるさ。だったらいつまでも死者にこだわってないで、前向いて歩いた方が建設的だと、俺は思ってんだが」

 理屈としては正論で、アリアは黙ってしまった。だが人間の感覚的にそう簡単に割り切れるものではない。

 事実、アリアがそうだ。両親は当然のこと、護衛であるガウリたちが殺害され、腹の中は煮えくり返っている。だからナイトレイドを皆殺しにすると決めたのだ。

「まだ若いのに、もうそういった切り替えが出来る訳? やっぱりどこかおかしいわね、あなた」

「失礼なこと言うなよ。確かにサヨのことは残念だし、辛いけどイエヤスとタツミは生きてる。なら俺は二人が死なない様に全力で頑張るだけだ」

 そう言うとタカアキはニッと笑ってみせた。「もちろんお前も含めてな。今は仲間だし、いざとなったら頼りにしてくれていいんだぜ?」

 続いてブイサインを作ってみせたタカアキに、再度驚きつつ、アリアは嘆息した。

「……ま、いざとなったら壁になってもらうわ。それともうひとつ忠告を加えてあげる」

「ん? 何だ?」

 タカアキが首をかしげると、アリアは薄く笑って針を取り出した。

「次、許可なく私の頭を撫でたりしたら、四針の刑ね」

「え? ……あー悪い。いつもタツミとかにも無意識にやってて、つい……」

 男にもかよ、というつっこみを呑み込み、アリアはおもむろに四針を仕舞う。

「あれね、あなた。すけこましってやつね」

「すけこまし? 帝都の言葉か?」

「ま、そんなところね」

 その後にタカアキが意味を聞いてもはぐらかされ、仕方なくザンクの捜索を再開していった。



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タカアキ「あー! アリアが俺の缶詰食った!」
アリア「別にいいでしょう? 空いてたんだし」
タカアキ「空いてたんじゃなくて、空けてたんだ。それはな、サヨといつか二人で食おうぜってボトルキープしてた缶詰なんだよ!」
アリア「ツッコミどころが多すぎるわ」

イエヤス(何で原作でも二次でもサヨばっかり出てくるんだ…俺も早く出番が欲しい…)


それから一週間が過ぎ、そろそろイエヤスも目覚める頃だろうという時間が経った。しかし、首斬りザンクは姿を現さなかった。

 何度偵察を繰り返しても、夜の帝都には不気味な闇が広がるだけだった。

 それも当然で、いかんせん帝都が広すぎる。その広さは二十万平方キロにも及ぶ。

 一応、痕跡はいくつかあった。警備隊や一般人の遺体。首斬りと言われるだけあり、その全員が首と胴体が離れていた。二人が遺体を発見した頃には、ザンクの姿はなかった……といったこともままある。

 その間にも、医者にも関わらず情報通なドクに、ナイトレイドの情報は入ってきていた。

 警備隊の隊長……鬼のオーガと呼ばれる手練れや、大臣の縁者。それらがナイトレイドに葬られたことなどだ。ナイトレイドは帝都で着実に暗殺を成功させていた。

 タカアキはそれに歯噛みしつつも、じっと耐えた。もしかしたら、アリアの方が腹が煮えたくっていたかもしれないが。

 アリアは表情を表に出さないのでタカアキにはどうなのか、さっぱり分からなかった。

 そうして都合八度目になるザンク捜索に出た。

 しかし今回ばかりは少々事情が違った。

 ドクの情報では、ナイトレイドがザンク討伐に動き始めたそうだ。アリアはこれを好機と見ていた。

 一種の賭けだが、ジンクスから考えてザンクがナイトレイドを狙う可能性は低い。しかしザンクは首を斬りたいはずだ。なら夜を無用心に出歩いている一般人か、仕事で警備をしている警備隊。または帝具持ちでない、見た目は一般人のタカアキとアリア。

 この状況で狙われるなら、高い確率で自分たちだと踏んでいた。

 はたして、そんなアリアの読み勝ちか、ただのザンクの気まぐれか。

 ついにタカアキたちの前にザンクが姿を表した。

 厚手のコートに身を包み、他人を見下した笑みを顔に張り付け、獲物を前にしてその口を三日月の様に裂き開いた。

「やあ、こんばんは。殺し屋に辻斬りと、物騒な夜だねえ」愉快愉快、とザンクが下卑た笑いを見せる。「こんな夜にカップルで出歩くなんて、危ないよお?」

 全身から殺気を放つザンクを前に、二人は冷静だった。

「ほんとだ。ノコノコ釣られて出てきたな」

「言ったでしょう? 私の勘は当たるのよ」

 辻斬りである自分を前にしても怖がらない二人を見て面白くなかったのか、ザンクは張り付けていた笑みを消して両腕の裾から剣をせり出させる。

「随分余裕だねえ。腕に余程自信があるのかな? だが無駄だね!」

 ザンクは大仰に言い放つと、額に備え付けられた作り物の目を指差す。

「こいつは始皇帝が造りたもうた超兵器、帝具だ。知ってるだろ?」

「ああ。それが?」

「それが? たわけたことを言うなぁ」

 タカアキがザンクの言葉を切って捨てると、ザンクは腹を抱えて笑い出した。

「こいつの名は五視万能スペクテッド。こいつにかかればお前たちの行動などまる分かりだ」

「へぇ、本当に? ならこいつが次にする行動を読んでみなさいよ」

「何で俺なのかなぁ」

 言いつつも、もともと前に出る気だったタカアキは、アリアの一歩前に出る。そして得物を構え、ザンクを見据えた。

 目の前の敵をにらみ、思い描いたことは一つ。

「……なるほど」それを見てザンクはクク、と喉を鳴らす。「明日は魚が食いたいと思っているな」

「完璧じゃねぇか!」

 心が読まれたことに驚き、驚愕の表情を見せるタカアキだが、

「いや、待て。今から殺り合うのに、何故魚のことを考える!? ほら、何故か急に(すずき)について考え出すし」

「な……!? 心が読めるのか!?」

「ああ。五視の能力が一つ、洞視。表情から考えていることを読める。……じゃなくて」

 ザンクはそこで一端言葉を切る。「心が読めるのかなんて言いつつ(まぐろ)の頬肉が食いたいとか考えてるじゃないか。何なのお前」

「辻斬りに常識を疑われてるわよ、家畜」

 ザンクが素でつっこみを入れざるを得ないほどの非常識っぷりを発揮するタカアキ。ペースに呑まれかけたザンクは、はっとしてタカアキたちから距離を取る。

「……恐ろしいねえ、まったく。どうやら自分の土俵に敵を引きずり込むのが得意の様だ」

 ザンクは再び愉快愉快、と笑う。

「おしゃべりは好きだけど君らと話すと泥沼かな。スペクテッドの能力が一つ、未来視。こいつでさっさとケリを着けよう」

 ザンクは両手の剣を構え、一気にタカアキへと肉薄した。さすがに手馴れており、刃はタカアキの首筋を狙っている。

 タカアキも東方刀を腰に構え、迎撃体勢を取るが、

「フフ、甘いなぁ!」

 受け身と見せかけ攻撃したタカアキの刃を軽く躱し、ザンクは辛うじて反応したタカアキの頬を切り裂く。

「なに━━」

「どうだ? 未来視は筋肉の動きから相手の行動を予測出来る。お前たちに勝ち目はないよ」

「結局ペラペラしゃべるのね。おしゃべり好きの男ってキモいわ」

 勝ち誇るザンクをアリアの辛辣な台詞が襲う。

「……なあ。もう少しオブラートに包むってことをしないか? 人として」

「仕方ねぇよ。口開けば毒しか吐かねぇもん。あの女」

「辻斬りに人間のなんたるかを説かれるなんて……身ぐるみ剥がされて天下の大通りを歩かされつつ、犬の様に這いつくばれと皇帝に命令されるくらいの屈辱だわ。よし、殺しましょう」

「……俺はどこからつっこんだらいいんだ?」

「気にしたら負けだと思うぜ」

 驚きを通り越し、ついに呆れ果てて肩を落とすザンクに、タカアキは優しく肩を叩く。

 辻斬りについてはザンクを赦すことは出来ないが、この際だけは同情したタカアキだ。

 またもやペースに呑まれたことに気付き、ザンクはタカアキの手を振り払い、たたらを踏んだタカアキを投げ飛ばした。

「君の方が厄介そうだ。彼氏の前に潰してあげるよ」

 ザンクは再び洞視を発動。アリアに焦点を絞り、彼女の考えを読み取った。

 瞬間だった。

 ザンクの顔がみるみるうちに青ざめていく。しまいには変な声を発しながら、身体をふるわせ、肩を抱いて地面に座り込んでしまった。

「お前……何かすげー恐ろしい事考えてんな?」

「ふふっ、さあ? 別にあなたを拷問になんかかけてないし。ザンクもちょっと可愛がってあげようかしら、なんて考えてるだけよ」

「待って、俺何で被害受けてんの?」

 自然な流れで(アリアの想像だが)拷問を受けていたことに疑問符を浮かべるタカアキ。

 その間にザンクがアリアの頭の中を覗くのを止め、フラフラしつつも立ち上がった。

「全然愉快じゃないなあ。これは死刑決定だな」

「あ、立ち直ったぞ」

「もしかしてもっと惨いのブチ込んでほしいのかしら。それともやっぱり実際に……」

「いや、マジで止めようぜ。死にそうだから」

 先ほどまるで変わらない二人のやり取りを、ザンクはまるで聞こえないかの様に歩を進める。

 その血走った目が見つめているのはタカアキだ。その目を見て、タカアキは背筋に寒いものが走るのを自覚した。さすがに警備隊をも殺めている辻斬り。殺気はなかなかのものだ。

 だがそれ以上に他の何か━━勘にビンビンとくる危ない雰囲気を感じとっていた。

「スペクテッドはその名の通り、五つの能力を持っていてねえ。遠視、洞視、未来視に透視。そして……」

 ザンクが不敵に笑い、彼の額にあるスペクテッドが輝きを発し出した。

 警戒し、構える二人。

「そして幻視! こいつでお前は終わりさ!」

 その発光が強くなり、タカアキの目を眩ました。

「……何をしたの?」

「別に? 夢を見せているだけさ。一人限定だが、効力の高い……な」

 アリアは素早く周りを見渡す。━━変わった様子はない。だが、そこで気が付いた。

 タカアキが動いていない。

「まさか━━」

「ふふ、そうだよ。その小僧に幻視を使った。今頃俺が最愛の人に見えているだろうねえ」

 言われ、アリアはタカアキを振り返る。ザンクを見つめたまま、やはり微動だにしない。その瞳は驚きに見開かれている。

「さあ、小僧は終わりだ!」ザンクが叫び、タカアキに迫る。

「だ……」

 その時、タカアキの唇が僅かに動く。目はしっかりとザンクを見ている。

 ザンクはそれに勝利を確信し、タカアキに飛びかかった。

「愛しき者の幻影を視ながら死ね!」

 ザンクの剣は綺麗にタカアキの首筋へと伸び━━。

「……誰だ、お前!?」

 そのままバランスを崩し、地面へと突き刺さった。

 その様子にはっとなり、タカアキはザンクを助け起こす。

「おい大丈夫か? てかザンクはどこ行った?」

 その助け起こされたザンクに向かって、アリアが四針を放つ。辛うじてザンクは避け、二人から距離を取った。

「って、何やってんだよ、アリア!」

「あれがザンクよ。あなたは幻に引っかかってるの」

「へ? いや、ザンクはオッサンだろ? あの娘は女の子だし……」

 わたわたとし出すタカアキに、アリアは苛立たしげに眉をひそめた。

 対するザンクは驚愕しきっていた。幻視が効いているのに効いていない。こんなことは初めてだった。

「何故だ……どういうことだ!?」

 知らずザンクは叫んでいた。叫ばずにはいられない。

(ぎょっ) !? 女の子がザンクになった!」

「何その生臭そうな驚き方」

 一方タカアキは急にザンクが現れ戸惑いを隠せない。

「もうお前らが何言おうが、俺はつっこまん! 何故だ! お前には一番愛しい者が見えた筈だぞ!」

 それを聞いてタカアキは一瞬固まり、悩み始める。

「う〜ん……いやでも見たことない娘だったけどなぁ。可愛かったっちゃあ、可愛かったが……」

 唸るタカアキだが、記憶の棚をひっくり返しても該当者は見付からない。

「くっ……ぅおおおぉぉぉぉ!」

 そんな考える間を与えないと言わんばかりに、ついにやけくそ気味になったザンクがタカアキたちに襲いかかる。

 タカアキ……またはアリアの首を狙い、一直線に突っ込んで来たのだ。

 それが不味かった。ついに本気を見せたザンクに、アリアが何の対策もしない訳がない。

 不意にザンクが弾かれた様に仰け反った。頭から突っ込んだザンクにとってはかなりの衝撃で、彼は体を反り返らせながら一瞬気を失った。

「帝具に頼ってばっかいるから。こんな単純な罠にかかるのよ」

 ザンクが頭を弾かれた理由……それはアリアが仕掛けたワイヤーだった。ちょうどザンクが突っ込んで来た時に、ザンクの頭━━正確にはスペクテッドが着いている額━━の高さにワイヤーを張っておいたのだ。

 スペクテッドが無ければ即死。

 アリアはザンクが気絶した一瞬を見逃さず、スペクテッドにワイヤーを絡めてザンクから奪い去った。

 決着は着いた。

 一瞬とは言え、気絶したザンクに容赦するような二人ではない。

 ザンクが気が付いた時には、タカアキが東方刀を構えてザンクに肉薄していた。

「これは今まで殺された人たちの分だ!」

 タカアキはそのまま鞘付きの東方刀でザンクをカチ上げる。空中を舞うザンクだが、彼が向かう先に張ってあったワイヤーマットが彼を逃がさない。

 ワイヤーで組まれた弾力性抜群のマットが、宙を舞ったザンクを地上へと弾き返す。

「そしてこれは━━」

 地上には当然、

「馬鹿にされた魚たちの恨みだああぁぁッ!」

 魚馬鹿が待っていた。

「東方一閃流ニの型……」

 逆袈裟斬りを左右から一つずつ一瞬で放ち、最後に中央を突く。東方一閃流のニの型。

秋月(しゅうげつ)!」

 空中で受け身も取れず、地面に衝撃を逃がすことも出来ないザンクは、一閃流の技を見事身体で受けた。

 薄れ行く意識の中、思ったことは一つだけ。

「お、れが……いつ……」

 魚を馬鹿にしたのか。



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 ザンクが完全に気絶したことを確認し、二人は顔を見合わせた。

 タカアキはガッツポーズを作ってみせる。

「……意外と弱かったわね。ま、お互い死なずに済んでよかったわ」

 アリアの方は冷静に言い放つ。しかしすぐに踵を返した。

「あまり長く留まって警備隊に見付かっても厄介だわ。もちろんナイトレイドにもね」

 ザンクを倒した後は速やかに退散する。……そういった段取りだ。

 ザンク自体は警備隊に回収を任せればいいし、ナイトレイドに見付かっても帝具は回収するので、今さら殺されはしないだろう、といった考えだ。

 ただ、後者についてはアリアは「そんな甘い連中だったら楽よね」とこぼしていたが。

 いずれにせよ、まずは離脱だ。アリアの方は駆け出すが、タカアキが付いて来ていない。アリアは振り返って催促するが、

「いや……ザンクのさっきの言葉……気になって、な」

 ザンクを見下ろして思慮に耽っていた。

 アリアは仕方なくタカアキに近寄る。

「さっきのって、愛する者が云々ってやつ?」

「ああ、さっきの娘、確かに見覚えはないんだが、何か気になってな」

「……どんな娘だったの?」

 アリアが問いかけると、タカアキはさらに唸り始めた。

「顔はもうあんまり覚えてないけど……こう、長い髪を頭の横で一つにまとめてて……色はクリーム色? だった。そっちは珍しいから覚えたけど」

 タカアキが身振りで示すと、アリアもあごに手を当てる。

「クリーム色……確かに珍しいし、最近すれ違った娘ではなさそうね」

「そうだな……って、愛する者って言ってんのにそれはねぇだろ」

「さあ? 一目惚れっていうのも世の中にはあるし。……その線はなさそうだけど」

 肩をすくめてみせたアリアだが、記憶を探ってみてもやはりそういった人間は見かけた覚えはなかった。

「そういやあと、サヨの着てた様な服だったな。俺たちの村ではそれなりに一般的だったけど」

「ああ、あの動きにくそうな……」

 袖や足を包み込む裾が長い特徴的な服を思い浮かべ、アリアは納得して頷いた。

 俗に和服と呼ばれる服で、東方から伝わったものだ。帝都でも色町やスラムでもちらほらと見かける服装ではある。

「とにかく、それについては考えても仕方ないわ。あなたが変なのは今に始まったことじゃないし」

 あの不気味な力も……と言いかけて、アリアは口をつぐんだ。それを言うのは色々と憚られたからだ。

「……ここから離れましょう。ナイトレイドが来たら面倒だわ」

「いや……悪いけど」

 タカアキは言葉を濁すがアリアは意味を理解した━━してしまった。

 タカアキは近くにあった建物に振り返り、屋根の上を見上げた。

 一見すると何もありはしない。

「出てきたらどうだ? たいして隠れる気もないくせに」

 そして屋上に向かって言い放った。普通なら返事など返って来るはずなどないが、

「へえ、以外と鋭いな」

 少しくぐもった男の声が返って来た。同時に屋根から二つの影が飛び出し、タカアキたちの前に着地した。

 一人は鎧に包まれた男。そしてもう一人は一週間前にも出会った金髪の女……レオーネだった。

「よ、久しぶりだな黒髪のにーちゃん。それと……」

 レオーネは人懐っこい笑みをタカアキに向けた直後、アリアへと視線をスライドさせた。その目には一瞬で冷たいものが宿り、明らかに殺意に満ちていた。

「サド野郎」

「……ご挨拶ね」

 アリアはゾッとする様な感覚を抑えながら平然と言ってみせた。「私は野郎じゃないわ。殺ししか能のない殺し屋風情じゃ、言っても無駄でしょうけど」

「上等だ。テメエみたいな腐れ外道を殺すのに、遠慮なんかいらないよな?」

 どういう理屈か、腕から生えた獣の様に鋭い爪をアリアに向けるレオーネ。

 それから庇う様に、身体を挟んでタカアキが一歩を踏み出した。

「確かレオーネっていったな」

 その目は真っ直ぐに、殺気を放つレオーネに注がれた。

「人殺しは楽しいか? 命を奪う行為は誇らしいか?」

「私は人でなしだからな。そいつみたいな外道を殺すとスカッとするよ」

「……そうかよ」

 タカアキは諦めた様に呟くと、刀を構えた。そして全身から闘気をたぎらせ始めた。

「タツミはどこだ。吐け。でないと、痛いじゃ済まねぇぞ……!」

「いいねぇ。いい啖呵だ。筋は悪くはなさそうだ」レオーネに闘気を向けるがしかし、鎧の男に阻まれる。「お前の相手は俺がしてやるよ。もし勝てたら、居場所、教えてやってもいいぜ?」

 鎧の下では爽やかな笑顔を浮かべていそうな声色だが、スキのなさと、何より凄まじい威圧感がタカアキに冷や汗をかかせる。

 手加減など元より出来る相手ではないが、ナイトレイドの中でも最強クラスであることは明白だった。タカアキは刀を強く握り直す。

「分かった。その言葉、忘れるなよ。すぐに吐かせてやる」

「じゃあ私の相手は、その獣女ね」

 スッとタカアキの横からアリアが歩み出た。

「おい……!」

「大丈夫よ。畜生ごときに遅れを取るような腕じゃないから」

 タカアキの静止の声を振り切り、レオーネの前に進み出るアリア。素早く四針と綱糸を取り出し戦闘体勢に入る。

 口元には薄く笑みを浮かべているが、全身から迸るのは間違いなく━━殺気。

「貴族様が直々に調教してあげるわ。━━せいぜい啼いて、喚いて、悦びなさい」

「っの、ドSが……上等だ!」

 まさかの威圧感に多少怯んだレオーネ。だが彼女とて殺しのプロだ。すぐさまアリアに襲いかかった。

「さて、こっちも行くか」タカアキの目の前の男は颯爽と槍を取り出した。

 その動きにさえ、スキはない。

「俺はブラート。百人斬りなんて渾名もあるが……ま、ハンサムって呼んでくれ」

「誰が……! お前にはタツミの居場所を聞き出すだけだ!」

 刀を鞘に収め、抜刀の構えで飛びかかるタカアキ。

 かくして、帝都の夜を舞台に激しい戦いが幕を開いた。

 

 

 まずタカアキが動き、懐に飛び込み刀を薙いだ。しかし当然の様にかわされ槍による反撃を受ける。タカアキはそれを左手に持つ鞘でなんとか捌いた。

「お、その動き……一閃流だな? の割には刀が長いが……」

「俺の愛刀は諸事情により封印中だっ!」

 ブラートの動きが一瞬止まったスキを突いて半歩下がるタカアキ。だが続いて、刀と鞘を逆手に持って足に力を込める。

「一閃流三の型」

 タカアキは地面を蹴って一気にブラートに肉薄する。その勢いのまま、両手の得物にて怒涛の乱打をブラートに叩き込んだ。

桜花(おうか)!」

 一瞬で計数十もの打撃を与える技だが、ブラートは槍で全てを弾いてみせた。

「ぐっ、速えぇ」

「フッ、アカメにゃ劣るがなかなかのモンだろ?」

 言って今度はブラートが仕掛けて来た。槍をまんべんなく振るい、タカアキを追い詰める。完全には捌ききれないタカアキに徐々に傷が増えていった。

「どうしたどうした、防戦一方じゃねぇか。そんなんじゃタツミの居場所は聞き出せないぜ!」

「言われなくても━━」

 猛攻に耐えていたタカアキは直後、防御をかなぐり捨てて離脱を優先した。

 結果防御を捨てた代償として脇腹に手痛い一撃をもらったが、ブラートて距離を取れた。

「へぇ……」

 感心するブラートをよそに、タカアキは刀を鞘に収める。

「一閃流一の型……」

「おいおい、斬撃じゃインクルシオの装甲は抜けないぜ」

 手の内を知っているのか、ブラートは自らの鎧の胸を叩く。確かに一の型は居合い技。帝具であると思われる鎧に対して効果は薄い。

 だがタカアキもそんなことは承知だった。

「━━参る!」

 タカアキが欲しかったのは速度。彼が得意とするのは居合いの型で、速さにも優れている。故に一の型のスタートの形だけとったのだ。

 ブラートでも反応出来ない速度を。

 かわしきれない一撃を。

 そして確実に鎧の中にダメージを。

 それを可能にする方法は一つしかなかった。

 タカアキは全身全霊をもってブラートに突貫した。その速さは過去最速。さすがにブラートも驚き、反応が遅れた。

「喰らいやがれ!」

 怒号と共に放たれた一撃。型も何もなく、ただただ全力の一撃。

 刀の柄による打撃だ。工夫したとすればその突き方。

 一瞬反応が遅れたにも関わらず何とか槍で防いでみせたブラートだが、驚きで目を見開き、半ば感心していた。

 理由はもちろん先ほどのタカアキの一撃だ。

「鎧通し……か? ノインテーター(こいつ)で受けた感覚が軽かったな」

 ちょっとした工夫……それは刀の柄による鎧通しだった。その名の通り鎧を飛び抜き内側に衝撃を叩き込むものだ。一閃流の型にはないが、タカアキは簡単なものなら習得していた。

 ……だが、それは防がれてしまった。つまりタカアキの勝機が限りなくゼロに近付いたのと同義。

 脇腹の負傷も無理な加速で開き、タカアキは膝を付いた。それでも戦う意志は失われず、ブラートを下から睨み付けた。

「ハハッ。帝具相手に帝具なしでよく頑張ったもんだぜ。ザンク倒したのも、あながちマグレじゃなさそうだ」

 ブラートが感心しきって笑い飛ばすが、タカアキはそれどころではない。

 チラリと隣の戦闘を窺うとやはりと言うべきか、アリアも劣勢に追い込まれていた。常に悠然とした態度を崩さないアリアには珍しく、額にしわを寄せ、汗を滲ませていた。

 勝ち目はない。分かっていたことだが、無謀が過ぎた。

 ━━こうなったら。タカアキが決断を下そうとした瞬間、タカアキの近くに何かが倒れ込む音がした。

 すぐさまそちらに目をやると、苦しそうに腹を抱えたアリアだった。

「ふー。まったくてこずったよ。なんつー女だ」

 獣の様な腕を振り回しながらこちらに歩み寄って来たレオーネ。綱糸によるものか、身体中に切り傷がある。もっとも、どういう理屈か塞がりかけていたが。

「帝具の再生能力……ここまで厄介だとは思わなかったわ」

獅子は死なず(リジェネレーター)……私の奥の手みたいなもんだ。しぶといぜ、私は」

 二人の会話でタカアキは戦闘の経緯をなんとなく察した。

 綱糸で殺しきれないなら、アリアの勝機は薄い。四針で攻撃したくても、そもそもかすりもしなかったのだろう。毒が効かなかった可能性も大いにあるが。

「さーて、じゃあサクッと……」

「まあ待てよレオーネ」

 いよいよアリアにその強靭な爪を伸ばしたレオーネを、ブラートが制止させる。

「こっちの兄ちゃんはナイトレイドに入れようぜ。それか革命軍で働いてもらうか」

「なんだと……」

 ブラートの意外な言葉に、タカアキは驚きを隠せない。それはレオーネも同じで、不審そうに眉をひそめた。

「なんだよブラート。惚れたか?」

「ハハッ、誤解を招く様なこと言うなよ」

 冗談めかしながらも違うとブラートは首を振った。

「腕はなかなかいい。鍛えりゃそれなりの戦力にゃなるだろ。元々人手は足りないし、悪くはないと思うがな」

「……そうだな。仲間になれば、タツミともすぐ会えるぞ?」

 ブラートとレオーネに言われ、タカアキは俯いて考え込んだ。

 殺し屋の仲間になる気は毛頭ないが、着いていけばタツミの居場所も分かるだろう。ただ、それは既に殺されていなければの話で、「すぐに会える」があの世での話ならまるで意味がない。

 今この場で二人がタカアキを簡単に殺せることを考えると、その可能性は低いが。

 ならいっそ着いていってタツミと合流し、こっそり脱け出すべきではないか。難しいだろうが、自分の中に眠るあの力を使えば可能性は十分にある。

 その間意識が飛ぶのがネックだが、過去に発動した中でタツミやイエヤスなど仲間に危害が加わったことはなかった。

 今はこれに賭けよう。

 タカアキは覚悟を決め、口を開いた。だがその前に必ず確認しておきたいことがあった。

「分かった。そちらに従う。ただし、アリアは見逃してくれ。そうすりゃ着いてく」

 背後でアリアが息を飲む様な気配がしたが、タカアキはブラートとレオーネを睨み付け続けた。

「ああ、そいつは無理だな」

 しかしその言葉をレオーネは切って捨てた。

「殺し屋が獲物を逃がすなんてあり得ないし、前に逃がしたやつなら尚更だ。もちろんザンクも殺すよ」

「おい待てよ。ザンクの帝具は俺たちが回収した。その内警備隊に捕まるだろうし、殺しもしないだろ! それでも殺る気か!?」

 確かに帝具を失ったザンクにもはや力はなく、警備隊に逮捕されるのも時間の問題だ。だが、それでも……。

「当たり前だ。首斬りが大好きで辻斬りになったやつが、そう簡単に改心するとは思えないね。……なら殺すだけだ」

 レオーネは変わらず無表情で言ってのけた。

「おい、レオーネ……」

 さすがにレオーネの言い方に難を感じたか、ブラートがレオーネの肩に手を置くが、彼女はそれを払った。

「つべこべ言わず着いてきな。別にここでその犯罪者と一緒に殺してやってもいいんだぜ?」

 ━━タカアキの中で何かが千切れた音がした。

 もしかしたら理性だったかもしれないし、あるいは己の中の力を縛っていた鎖だったかもしれない。

 分かることは一つ。

 こいつに、こいつらにだけはアリアを、タツミを、大切にしているやつらを殺させる訳にはいかない。

 タカアキはゆっくりと立ち上がった。初めてナイトレイドと邂逅した時と同じく、圧倒的なオーラをまといながら。

 レオーネはそれに戦慄しながらも喜んでいた。

 彼女は元々強敵と戦い、勝利することを楽しみにしていた。そこで目星を付けていたのがタカアキだ。

 レオーネはわざとタカアキを煽り、まんまと力を引き出させたのだ。

「時間はたっぷりある……! 今回は楽しませてもらうぜ!」

 レオーネも全身から闘気をたぎらせ、殺気を高めていく。呼応するかの様にタカアキの闘気も膨れ上がり━━爆発した。

 もはや神々しさすら感じるほどの力を放ち、タカアキはレオーネとブラートを睨み付けていた。

 居立ち振舞いはもはや別人。ブラートでさえも押し潰されんばかりの力を感じた。

 タカアキは一つ大きく息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。

「……久々にあのバカを怒らせたのは誰かと思ったが……見知った顔だったか」

 それから発せられた声は間違いなくタカアキとは別の誰かだった。低く威厳に満ちており、まだ若いながらも泰然とした雰囲気をまとっている。

「インクルシオにライオネル……久しいな」

 タカアキはブラートやレオーネにではなく、彼らが着けている帝具に向けて言っていた。

 背後で目を見開いているアリアはもちろん、ブラートやレオーネですら理解が追い付いていない。

 そんな彼らに構わず続けた。

「いつかの決着を着けようか。今度こそ壊してやろう」

 彼らには知らない因縁どもあるのか、タカアキは静かに闘気をたぎらせ始めた。しかし足元で動かずにいるアリアに気付き、そちらに目を向けた。

「ん? エリゼか? 懐かしいな」

「え……な、なんの話?」

 どこか哀愁を漂わせた目を向けられ、たじろぐアリア。そんな彼女の様子にタカアキはふむ、と少し目を細めた。

「……人違いか。悪いな、昔の友人によく似ていた。あの残酷だが、心優しかった娘にな」

「なにを……」

 話を理解出来ずに呆然としているアリアから目を離し、再び二人を……いや二つを睨む。

「あの馬鹿が刀を落としたそうだが、ちょうどいいハンデだな。来い。全員まとめて相手をしてやろう」

 全員とは誰か━━理解出来なかったのは一瞬で、ブラートとレオーネは駆けつけた仲間の姿を確認した。

「無事か!? レオーネ、ブラート!」

 いの一番に飛び出したのはアカメ。と彼女とペアを組んでいたタツミ。

「凄まじい気配を察して来てみたけど……」

「どうなっているんです!?」

 続いてマイン、シェーレのペアも到着した。

「げっ、あれ、もう一人のアキか!?」

 到着するや否や、豹変したタカアキを見てタツミが驚きの声を上げる。

 タカアキに対し、ブラートは警戒しつつもタツミを横目で見やる。

「もう一人の……?」

「ああ……! たまに出るんだけどマジでヤバい。強いってレベルじゃねぇよ、アニキ!」

「タツミか。貴様も久しぶりだな」

 そんなタツミに気付き、軽く手を上げてタカアキは挨拶をした。タツミは知人と認定されているらしく、敵意を向ける様子はない。

 しかしナイトレイド……帝具持ちは別だった。

 さっとナイトレイド全員に目を走らせ、帝具を分析する。計五つの帝具を確認すると、タカアキは微かに口元を緩めた。

「村雨、インクルシオ、ライオネル、パンプキンにエクスタスまでいるのか。さすがに全力でかかるか━━」

 ━━来る!

 その場にいたアリアを含む全員が、タカアキが動き出す瞬間を感じた。しかし動いた後を捉えることは叶わなかった。

 唯一対応出来たのはブラート。一番最初に斬りかかられた彼だけだった。一瞬で数十メートルの距離を詰められ、なおかつ斬りかかられたブラートは、かろうじて槍で防いでいた。

「おい……嘘だろ!?」

「人間にしてはなかなかやるな。インクルシオも使いこなせている。だが━━」

 つばぜり合いから再び一瞬で離れると、タカアキは先ほどと同じように刀を納め、腰に構えた。

 一の型が飛んでくると覚り、槍を縦に構え待ち受けようとするブラートだが、

「一閃流二の型」

「なにっ」

 そこから構えが変化したそれに対応出来ずに、

無月(むげつ)

 二の型をほぼまともに喰らう結果となった。

 さっきまでのタカアキの二の型とは明らかに速度が段違い。十文字斬りの後の突きと動きは同じ。しかしブラートですら斬った後の刃の煌めきを追うのがやっとの速さだった。

 その斬撃を網膜に焼き付けつつ、ブラートは吹き飛ばされ民家へと激突した。

「アニキっ!」

 タツミはブラートの安否を心配し叫ぶが、他のナイトレイドのメンバーはすでに動いていた。

 マインの射撃の援護を受けてそれに突っ込むレオーネとシェーレ。ほぼ同時に辿り着くと、交互に攻撃を開始した。

 レオーネは力に任せて力強く攻め、一方シェーレはレオーネの攻撃のスキを埋める様にコンパクトに攻撃する。ネズミ一匹すら逃さぬと言わんばかりにスキのない攻撃だが、タカアキは全てかわしていた。

 何十と叩き込まれる打撃と斬撃を事も無げにかわしたタカアキは、突如二人の真上に飛び上がった。

 二人の反応が追い付く前には、すでに一撃ずつ柄による打撃を頭に浴びせ、二人を地面に叩き付ける。

 飛び上がったタカアキを見て狙撃を敢行するマインも、狙撃に気付いたタカアキの斬撃による衝撃波によって、家の屋根ごと吹き飛ばされていた。

 タカアキは地面に着地して一つ息を吐いた。そこに間髪入れずにアカメが襲いかかった。

 タカアキに勝るとも劣らない速度で刀を振るい、斬り伏せようと畳み掛ける。しかし刀本体とその鞘で攻撃を巧くいなすタカアキには刃が届かない。

 アカメは攻撃を続けながらも、歯噛みするのを禁じ得なかった。

「チッ。マジで強ぇ……別人だな」

「アニキ!」

 レオーネとシェーレが立ち直り、アカメと共にタカアキに猛攻を加える中、ブラートは民家に身体を預けつつ、立ち上がった。

 そこにタツミが駆け寄り、マインも街角から姿を表した。建物から落下したお陰で多少のダメージは受けたが、戦えない訳ではない。

「アタシもシェーレたちに続くわ。ブラート! タツミも、行くわよ!」

「分かってる」

「あ、ああ……!」

 ブラートは勇ましく、タツミはどこか気乗りしなさそうに頷くと、アカメたちの加勢に向かう。

 ナイトレイド全員が戦闘体勢に入り、自らに向かって来ることを認めたタカアキは、シェーレとレオーネの追撃をかわし、距離をとった。

「さすがに全員同時に相手をするのは分が悪そうだ」

 誰に言うでもなくそう呟くと、刀を鞘に納め再び抜刀体勢に入る。

「東方一閃流の奥義で一掃してやろう」

 ナイトレイドは空気が変わったのを感じた。今までタカアキが発していた闘気が嘘の様に消えたのだ。しかし当然それはナイトレイドと戦う気が失せた訳ではない。

 言うなれば、嵐の前の静けさ。爆発する前兆━━溜めだ。

 力を一気に放出するため、一時的に力を蓄えている。

 無論、ナイトレイドは黙っていない。

「ピンチだが、同時にチャンスだ! 潰すぞ!」

 ブラートの怒号と共にタツミを除く、ナイトレイド全員がタカアキに攻撃を開始した。

 アカメが最速を以て斬り込み、ブラートは力と速さを以て突撃。

 二人を挟み込む様にシェーレとレオーネが続く。マインは四人の間を縫って援護射撃を行う。

 もはや面攻撃と言っても過言ではないほどにスキがない陣形。しかしタカアキは目を閉じて刀を構えたまま、微動だにしなかった。

 しかしマインの銃撃と他四人の攻撃が当たるかどうかギリギリのタイミングで、タカアキはゆっくりと目を開いた。

「━━行こうか」

 彼には総てが見えていた。銃撃の一つ一つ、四人の動きやその服、髪の躍動まで。それがまるでスローモーションであるかの様に。

 必殺のタイミング。敵は攻撃しか考えていない。

 タカアキが勝利を確信し、刀を抜き去ろうとした、瞬間だった。

 決着が着く直前、意外な横槍が入ったのだ。

「いいかげんにしろっ!」

 その場の誰もが予想だに出来なかった声が、戦場に響く。それは明らかに年端もいかぬ子供の声。

 それに一瞬だが同様したナイトレイドのメンバー。タカアキも攻撃するのは止め、マインの銃撃をかわしつつ、必勝距離から離脱した。

 ナイトレイドはタカアキを逃がしてしまったが、それよりも子供が戦場に現れたことを不思議に思っていた。

 だがそれも当然。深夜とはいえ、住宅街で騒ぎすぎた。民家を破壊までしているのだから当然だ。

 全員がその子供の方を向くと、子供は木の棒を構え、大きな瞳に大粒の涙を溜めてナイトレイドならびにタカアキとアリアを睨んでいた。

「これいじょう、ボクたちの町をこわすなっ!」

 理由はそれだった。街には辻斬りや暗殺者など、恐ろしい連中が現れるなどと噂されている。深夜などなおさらだ。そんな中、子供はたった一人勇気を持ってタカアキたちに啖呵を切ってきたのだ。

 遅まきながらそれに気付いた母親が、民家の瓦礫の傍から走り寄って来た。いままでそこに隠れていたのだろう。

「すみません! 何分子供の言うことですから。こ、殺さないでください!」

 母親は子供を庇いながら必勝の懇願をした。警備隊にも通報はしないので、どうか、と。

 ナイトレイドとしては顔を見られた以上、タカアキやアリア同様生かしておく訳にはいかない。

 もしくはナイトレイドが所属している革命軍の工場で働いてもらうしかない。

 アカメは仲間たちに目配せをしてその意図を伝える。一旦子供らを戦場から引き離し、タカアキと決着を着けようとしたのだ。

 それについては、アリアが許さなかったが。アリアは小さく笑い、立ち上がった。

 ようやくアリアを思慮の外へ追いやっていたことに気付き、ナイトレイドはアリアへと視線を移した。

「ねぇ、今日はいい月夜だと思わない?」

 視線を集めたアリアは、どこか熱が籠った声で話し始めた。確かに空には満月が浮かび上がって、タカアキたちをその光で平等に照らしている。

「光が強ければ、影も濃くなるわよね?」

 アリアが、ゆっくりと手を上げた。その動作に意味を見出だせず、ナイトレイドは固まったまま動かない。

 アリアはチラリと子供……そしてその背後にある瓦礫と化した民家を見ると、手を降り下ろした。

「急用が出来たわ。すぐに片付ける」

 そう言ったのと、完全に手が降り下ろされたのが同時だった。そしてタツミを含むナイトレイド全員と、タカアキが指の一本に至るまで動かせなくなるのもまた、同時だった。

 タカアキ以外の全員が困惑し、唯一動く頭を動かし周囲の状況を確認する。

「影縫いか。やはり……」

 自らの影に視線を落とし、次にアリアへと移すタカアキ。その瞳には何かを確信した色が映っていた。「だが、何故俺まで?」

「……それ以上傷が開いたらヤバいでしょ」

 アリアが言っているのはタカアキが変わる前に負った、脇腹の傷。

 傷自体は深くないが、身体に負荷のかかる行動をしたせいで開ききっている。

「影縫い……だと!?」

 聞き覚えがあるのか、アカメは目を見開く。

「知ってんのか、アカメ?」

「ああ。確か、影を貫くことでその本人も縫い止めてしまう技だ」

 言われて影に視線を落とすと、確かに細い針が影に刺さっている。

 アリアの四つ目の四針。奥の手だ。

 先の子供に気を取られたスキを突いて、アリアは四つ目の四針……止針を影にワイヤーを使って打ち込んだのだ。タカアキに気を取られ、アリアを無視していた間にも準備だけはしていて、その瞬間を待っていた。

「……さあ、選んでちょうだい」

 それで消耗したのか、アリアは酷く疲労していた。それでも凛とした表情は崩さない。

「このまま殺されるか、今すぐ尻尾を巻いて逃げるか。……三秒で決めなさい」

「何だと……」

「━━いち」

 ブラートが返すがアリアはすでにカウントダウンを開始。取り付く島も、時間も与えない気だ。

 ブラートは一瞬で考えを巡らし、

「分かった。退こう」

 苦々しく言った。

 それに納得出来ないタツミは反論する。それをブラートは制した。

「タツミ……いいか。戦いに勝つには熱いハートとクールな頭脳が必要だ。熱いだけじゃダメなんだよ。……ここは退くべきだ」

「そう……いい判断よ……」

 ブラートが仲間に目配せし、頷くのを見たアリアは影縫いを解除した。

「少しでも不審な動きをしたら、一閃流の奥義が飛ぶわよ。……さっきあの子供が来なかったら……分かるでしょう?」

「多分、それは俺のセリフだがな」

 アリアとタカアキの言葉を背に、特にレオーネが納得のいかない仕草を見せながらも、ナイトレイドは闇へと消えていった。

 アリアはそれをすぐに忘れ去り、子供らへと駆け寄った。

「父親助けるわよ。手伝って」

 彼らを通り越しつつ、アリアは瓦礫へと向かった。一瞬きょとんとした二人だったが、すぐにアリアへと続いた。

「待て娘。俺の影縫いは何故解除しない」

 タカアキの声がアリアの背中からかけられた。彼の言う通り、タカアキだけがいまだに縫い付けられていた。

「動くとヤバいって言ったでしょ。あなたは後回し」

 早口でタカアキに顔を向けずにアリアは言った。そのまま瓦礫に寄る。

 そこには一人の男性が瓦礫に下半身を埋めていた。それは、アリアの後から駆け寄ってきた子供の父親だった。

「もう少し、辛抱して」

 アリアは呟く様に言った後、父親を押し潰している瓦礫に綱糸を絡め、周りの建物を利用して瓦礫をどかした。

 持ち上がった瓦礫から父親を救出し、母親と子供は弱々しく微笑む父親にすがり付いて泣き出してしまった。

「これが急用か」

 その光景を見て安堵のため息を吐くアリアの背後から、タカアキが声をかけた。

「影縫い……自分で解けたの……」

「力がだいぶ弱まってたからな」

「そう」

 アリアは息を整えると、しゃがんで子供と視線を合わせた。

「悪かったわ。もう少し場所を選ぶべきだった」

「ううん。おねぇちゃんありがとう!」

「礼なんか言わないで。元はと言えば、家を破壊したこいつが悪いんだし」

 さらっとタカアキを悪者にしつつ、首にかけていたペンダントを外し、子供に押し付けた。

「弁償したいけど、もう生憎無一文だから……代わりと言ってはなんだけど」

 綺麗な緑色の宝石が付いたもので、実はアリアの母親から譲り受けた家宝だ。

 さすがに母親や父親に申し訳ないと言われたが、アリアは上手く言いくるめてペンダントを渡した。

 その後は父親に応急処置を施し、朝になったら病院に行く様に指示をした。別れるまでの間、三人はお礼を言いっぱなしだった。

「本当に……ありがとうございました」

 もう何度目か分からないお礼を言って、三人は半壊した家へと入っていった。

 それを見送りながらも、アリアは複雑そうな表情だった。

「自分の両親と重ねたか?」

「そんなんじゃないわ」タカアキの言葉をすぐに否定した。「ただ単に貴族の義務ってやつよ。保護すべき民草を守る義務が、貴族にはあるもの」

 言った後、もう貴族じゃないか、と自傷気味に呟いたが。

「サヨやイエヤスは違うみたいだな」

 タカアキが言うと、一つ間を空けて、アリアは嘆息した。

「あなたはタカアキなの? それとも別人?」

「別人だ」タカアキは事も無げに言った。

「ただ、あいつの記憶は共有出来る。逆は出来んみたいだがな」

「身体は一つってことね。なら一つしかない身体は大切にしなさいよ」

 アリアは無理矢理にタカアキを寝かせて、脇腹の応急処置を始めたのだった。

その後、アリアが簡単に脇腹の処置を終えると、タカアキは何事もなかったかの様に元に戻った。

 力を使った自覚はあったが、その間に起こったことは覚えていないようだ。裏のタカアキ━━常に表に出ている人格を便宜上表とする━━の言った通りで、アリアは簡単にあらましを説明するに止まった。その際、タツミが完全にナイトレイドに加入していた事実は伏せられ、タツミが生きている旨だけを伝えた。

 タカアキはそれを聞いてほっと一息つくと、タツミを取り戻す決意を固めていた。

 あまりゆっくりしていて警備隊が来てもやはり面倒なので、今度こそタカアキたちは早々に場を後にした。

 ザンクは分かりやすい場所に縛り付けておき、帝具はもちろん回収した。

 ドクのオーダーはクリア。帝具使いを倒したことになる。

 つまり本番はこれから。タツミを取り戻すため、ナイトレイド以上の実力を身に付けなければならない。

「行こう。ドクに報告だ」

 タカアキは脇腹を押さえつつも、力強い声で言った。

「タツミ……待ってろよ。絶対に殺させやしない!」

 タカアキは強くなってタツミを助け出す決意を新たにした。




剣術指南こーなー ~東方一閃流~

淡雪(あわゆき)
 …一閃流一の型。要するにただの居合切り。速すぎて相手は死ぬ。

秋月(しゅうげつ)
 …二の型。十字にぶった切った後、突く。速すぎて相手は死ぬ。

桜花(おうか)
 …三の型。刀をトンファーに見立ててめった打ちにする。速すぎてやっぱり相手は死ぬ。

雪月花(せつげっか)
 …一閃流奥義。敵集団をなで斬りにした後、居合で斬り伏せる。やっぱり死ぬ。
 ちなみに乱れ雪月花は関係ない。マジでない。ほんとに最近知った。

一応、タカアキは奥伝(強いとは言っていない)。


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6

イエヤス「見よ! イエヤス様の華麗なる復活劇!」
アリア「貴方は犬と猫どっちが好き?」
イエヤス「話の流れ無視すな!」
タカアキ「魚だ」ドヤァ
アリア「さすが、予想通りの回答ね。ちなみに私は家畜(ブタ)が好きよ♥」
イエヤス「……俺、お前らとやってけるか不安になってきた…」


 ドクの家に戻ると、その持ち主が何故か外に出ていた。玄関口の壁にもたれかかり、煙草を吹かしていたが、タカアキたちの姿を確認すると笑顔を浮かべて二人を出迎えた。

「よう。勝ったみたいだな。随分ボロボロだが」

「運悪くナイトレイドに出くわしてね。ザンク自体は楽勝だったわ」

 アリアがザンクから回収した帝具を渡すと、ドクは満足そうに微笑んだ。

「さすがだ。よくやった。ご褒美と言っちゃ何だが……」

 言葉尻を濁して、ドクはタカアキを見た。意図がわからず、タカアキは首を傾げる。

「バンダナ坊主がついさっき目を覚ましたぜ」

「あ……ほんとか!?」

「嘘言ってどうする。一応一通りの説明はしといた。……お前さんと二人っきりで話したいそうだし、行ってやれ」

 言われなくとも、タカアキは玄関を勢いよく開けて、イエヤスの病室に駆け込んだ。

 その様子を見守っていたアリアが口を開く。

「全部説明したの?」

「ああ」

「逃げなかったのね」

「逃げたくてもなぁ。一週間寝たきりなんて、相当体力落ちてるぜ」

 ついさっき目を覚ましたばかりで食べ物もろくに口にしていない。その上、筋肉をほとんど使っていなかった。体力低下は当然だ。しばらくはかなりのリハビリが必要だろう。

「ま、それにタカアキの坊主にどうしても言いたいことがあるって言ってたしな」

 だから逃げんだろ、とドクは煙草を最後まで吸いきり、火を消した。

 

 

 タカアキが部屋に駆け込むと、確かにイエヤスは身体を起こしていた。開いた窓から満月を眺めている。タカアキが入って来たことに気が付くと、一瞬嬉しそうな顔をしたが、表情はすぐにまた雲ってしまった。

 タカアキに関しては喜びが大きく、駆け寄ってイエヤスを抱き締めるほどだった。

「おわっ!」

「イエヤス……! よかった。目を覚ましてくれて!」

 イエヤスの温もりを感じ取り、確かにイエヤスが生きていることを確認したタカアキは、感極まり涙まで流し始めた。

 イエヤスも最初こそ驚いたが、ぎこちない動きながらもタカアキと包容を交わした。

 それも少しの間でイエヤスはタカアキの肩を掴み、ゆっくりと引き離した。

 その行動の意味が理解出来なかったタカアキは首を傾げた。

「アキ……そう言ってくれんのは嬉しいけど、俺にそんな資格はねぇよ」

「なに、言ってんだ? イエヤス」

「俺、お前を騙してて……タツミも。タツミに、人殺し、なんてさせようとしちまって……」

 イエヤスは目を伏せると、懺悔するかの様にポツリポツリと語り出した。タカアキはイエヤスを落ち着かせると、最初から話す様に促した。

 深呼吸をしたイエヤスは、ゆっくりと、しかしどこか噛み締めるかの様に話し出した。

「俺は、俺とサヨは実は革命軍に所属してたんだ」

「革命軍?」

「ああ。あのナイトレイドを抱えてる、反政府軍だ」

 イエヤスが言うにはナイトレイドは革命軍の一部に過ぎず、他にもいくつか暗殺集団や、戦闘集団を抱えているらしい。

「そこの命令でお前の村……マツラ村での監視任務を受けたんだ」

「監視? 誰の?」

「お前だよ、アキ」

「お、俺!?」

 意外な返しにタカアキはすっとんきょうな声を上げる。

「革命軍はお前の中に眠る“何か”について知りたがっててよ。同年代の俺やサヨがその任務に就くことになったんだ……」

 イエヤスとサヨがマツラ村にやって来たのはおよそ四年前。その間、二人はタカアキやタツミの友人を装い、ずっと監視を続けていたことになる。

「俺たちはずっとお前を騙してた! ただ監視を命じられただけなのに、ダチみたいに接してて……悪かった! 許してくれなんて言えねぇけど━━」

「イエヤス」

 頭を下げたイエヤスの上からタカアキの声がかかる。何かしら罰が下る━━そう思い、身をすくめたイエヤスだったが、

「俺はダチだと思ってるぜ、お前のこと」

「え……」

 かけられた優しげな言葉に、放心して顔を上げた。

「何だよその顔? 今さらだろ。俺はお前をダチだと思ってるし、お前も俺のことダチだと思ってくれてると思ってる」

「そ、そうだけど、俺は……」

「友達に“なった経緯”が大事なんじゃなくて、“なった今”の方が大切だろ?」

 どう交友関係を築いたかではなく、どう築き上げてきたかの方が遥かに大切だ、と語るタカアキ。

「むしろ俺は親友……だと思ってるけどな。イエヤスは、そんなことないのか?」

「お、俺も━━俺もお前を最高のダチだと思ってる!」

 気が付くとイエヤスは涙を流していた。嬉しくて。

 任務と思いつつも、段々と惹かれていった相手にそんな風に思ってもらえていて。

「あの四年間……喧嘩したり、一緒にイタズラしたり、危険種を倒したり……。遊んで修行して、笑って泣いて怒ってそしてまた笑って……」

 友達と築き上げてきた日々は変わらない。

 過去は変えられない。失った人は還らない。流れた時間は戻らない。

 だがそれは悪いことばかりではない。人と人が積み重ねてきた関係は、誰にも壊せない。

「お前と出会ったきっかけが嘘でも! 過ごした日々が嘘じゃないって思いてぇ!」

「ああ……もちろんだ」

 再び、今度こそしっかりと、二人は包容を交わした。

「四人で過ごした日々が、色褪せる訳ねぇだろ」

 イエヤスは決壊したダムの様に両目から溢れる涙を、止めようとすることなく流し続け、タカアキの胸で泣いた。

「……ありがと、な」

 しばらくしてようやく涙が収まったイエヤスが、かろうじてタカアキが聞き取れる音量で言った。

「何がだ?」

「タツミに人殺しをさせないでくれて……」

「あー……」

 言われてあの夜のことを思い出す。タカアキがアリアに斬りかかったあの時のことだ。

「声をかけられたとか、飯を食ったら、なんて嘘だ。出任せだった。アリアは最初から俺たちのこと知ってたんだろうな」

 イエヤスは複雑そうな顔をしていたが、それ以上に満足そうだった。

「ああいう風に言えば、タツミが仇をとってくれるって、思って。サヨが死んじまって大分混乱してたんだな……」

「でも多分だけど……心のどこかで信じてたんじゃないか? 俺が止めること」

「おう……今は、そんな気がする」

 サヨが拷問にかけられ、死んでいった光景はまだ若いイエヤスにとってはかなりのトラウマになっただろう。革命軍で訓練を積んできているとはいえ、しょせんはまだ子供だ。

 ある程度時間を空けている今だからこそ冷静になれてはいる。しかし、サヨが死んでしまった瞬間からタツミたちが倉庫に辿り着くまでの時間はほんの僅かだった。

 だがそんなショックの中でもイエヤスは、タカアキに対する信頼を失ってはいなかった。タカアキは今はそれを何よりも嬉しく思っていた。

「ふう、あんまり薔薇チックな展開は遠慮してほしいわね」

 ふいにかけられた可愛らしい声に、二人は一斉に振り向く。開けっ放しの扉の隣にアリアが立っていた。

「あ、お前、ノックぐらいしろよ」

 タカアキは呆れ顔で身体を向き直した。

 アリアは開いた扉を意味もなくノックし、澄ました顔で続けた。

「個人的な話も終わったみたいだし、そろそろ本題に入りましょうか」

「本題?」

「ええ。私が捕まえた革命軍の狗二匹……あなたたちが続けてきた監視対象の力についてよ」

 アリアを睨み付けていたイエヤスの目がますます厳しくなった。と言っても、レオーネの殺気すら受け流したアリアにとっては蚊が刺すほどでもなかったが。

「オネストの命令で調査を始めたけど、個人的にも気になるのよ。教えてくれないかしら」

 アリアはゆっくりとした歩調で、ともすれば優雅な足取りでイエヤスに近付いた。表情こそ柔らかな笑みだ。だが、本当は笑っていないことは誰の目にも明らかだった。

「もちろん、お願いじゃなくて命令ね。拒否権はないわ。あの女と同じ道を歩きたくなかったらさっさと言うことをオススメするわね」

「おいアリア」

 四針を取り出しイエヤスに向けるアリアから庇う様に、タカアキが間に割って入った。

「邪魔よ。死にたい?」

 可愛らしい笑顔から一転。タカアキが後退りするほどの冷たい視線を向けた。

 本気だ。タカアキは悟った。下手をすればイエヤスが殺される。そして自分も。脇腹に深い傷を負っていることを考えれば、状況的に不利だ。

 だが引き下がる訳にはいかない。大切な親友を傷付けさせない……その思いを胸に、タカアキはアリアを睨み返す。

「イエヤスに何かするつもりなら、許さねぇぞ」

「あら、ちょっとお話を聞くだけよ。ちょっと、ね」

「四針ちらつかされると、さすがに信用出来ねぇんだけど……」

「いいぜ、アキ」

 今にも戦いに発展しそうだった二人を止めたのは、意外なことにイエヤスだった。

「アキにも聞いてもらいたかったし、話すことにするよ。もう俺は革命軍でもないしな」

「いい子ね。後で首輪をプレゼントしてあげるわ」

「いらねぇよ! バカにしてんのか!」

「家畜からペットに昇格してあげようと思ってたんだけど。お気に召さない?」

 売り言葉に買い言葉……ではなく、単純にアリアがいつものノリで、慣れていないイエヤスがヒートアップしている状態だ。タカアキは「アリアはこーいう女だから」とイエヤスをなだめて話を聞くことにした。

 タカアキ自身、正体不明の謎の力については知りたかった。凄まじい力を発揮するので、時には頼りにしてしまっていたが、やはり怖いことには変わりない。

「結論から言うと、あの力について詳しいことは分からなかった」

「残念。ガッカリ。無駄な引き延ばしありがとう。はいさようなら」

「こここ、この女ぁ〜!」

「まあまあ……」

 イエヤスの告白に落胆したアリアによる辛辣な言葉ラッシュ。病み上がりだが、イエヤスが思わず殴りかかろうとしてしまったのも当然だ。

「詳しいことは分からなかったけどよ、色々判明したことはあるぜ!?」

「何よ。言ってみなさい」

 アリアの言葉に合わせてタカアキが頷く。イエヤスはそれを見て頷き返した。

「アキが“力”を使ってる時は、別の人格が出る」

「マジで!?」

 実際にその場面に会ったアリアはすでに知っていたことだが、その間記憶が飛んでいるタカアキにとっては初耳だった。

 そのタカアキの反応を見て、アリアが眉をひそめた。

「知らなかったの? ということは、コイツには教えなかったワケね」

「……それについては任務は関係ない。タツミとサヨと三人でアキには言わないでおこうって決めたんだ」

「なんで教えてくれなかったんだよ〜」

「だって、よ……」

 イエヤスは一旦目を逸らした。

「もしかしたら、もしかしたらだぜ? 万に一つ、いや億に一つの可能性として過去にすんごく辛いことがあって、そのせいで別人格を作り上げちまってたかもしれないじゃん?」

「私が過去に拷問したやつの中にもいたわね。別人格作って、自分は自分じゃないって現実逃避して。可笑しいの」

「ちょっとあんたは黙っててくれないかな?」

 と、タカアキが言ったら、笑顔を保ちつつ無言で四針を刺されそうになったので、平謝りした。

「でもその言い方だと、別人格と力については別物の様に聞こえるけど?」

 何度かタカアキの頭を踏みつけて満足したアリアは、イエヤスに向き直った。

 イエヤスはイエヤスでサヨのトラウマが甦って少し涙目になっていた。この瞬間から、イエヤスは絶対にアリアには逆らうまいと心の中で決めた。

「そ、そう仮定してるんだよ。ほら、思い出してみてくれよ」

「嫌よ。何で私が命令されなきゃいけないの」

「アキが力を使う場面を思い出して頂きたく存じます、はい」

 アリア=恐いと彫り込まれてしまったイエヤスは、心の中と反してへりくだってしまう。

「まずアキから何かこう……得体の知れないオーラみたいのが出るだろ?」

「……そうね。力を使う前には必ず感じたわ」

 人間が関わってはいけない様な暗黒の気。タカアキは力を使う際には、からなずそれを発していた。

「それが高まった直後にアキの別人格が顕れる……訳だが、その人格から恐いものを感じたか?」

「言われてみれば……特に何も」

「そうだろ? だから俺たちはこう仮定した」イエヤスは大きく息を吸い込んで一呼吸置いた。

「アキの力と別人格は別の何かだ、ってな」

「別の何か……か」

 タカアキ自身全く力については知らず、さらに別人格については先ほど知ったばかりだ。

「あ、じゃあ質問。俺の別人格は名前名乗ってなかったか? 自分の出生とか。何でもいいけど」

「ああ、それなら━━」タカアキの問いにイエヤスはすぐに答えた。「ダンテ……そう名乗ってたな」

「ダンテ……?」

 聞き覚えがあり、アリアはあごに指を当てて記憶を探り始めた。

「千年前の英雄だろ。始皇帝の一番の部下だった将軍だ」

 声の持ち主はドクだった。

「あら、寝るんじゃなかったの?」

「タカアキの坊主の怪我診なきゃいけねぇと思って、仕方なく起きてきたんだよ。それで死なれちゃ寝覚め悪いしな」

 眠そうに一つ大きなあくびをかましつつ、ドクは言った。本当に眠るつもりだったらしく、いつも着ていた白衣は脱いでいた。

「そうだ! 剣閃(けんせん)!」

 ドクの言葉でタカアキも思い出し、手を叩いた。

「東方一閃流の開祖でとんでもなく強ぇって、親父が言ってたな」

「一閃流の名の通り、一瞬で敵兵を葬ったらしいからなぁ。付いた二つ名が剣閃だ」

 ちなみに帝具は使ってなかったそうだぜ、とドクは付け加えた。

 帝具なしで帝具使い級の強さを誇るなどよっぽどだ。現時点で帝国最強と呼ばれるエスデス将軍に勝るとも劣らないかもしれない。

「本当にそうならナイトレイドを圧倒してたのも頷けるわね。……普通に考えたらあり得ないけど、自分で別人とも言ってたし……」

 鎧の帝具を纏ったブラートに手も足も出なかったタカアキが、人格が変わった途端にブラートだけでなく、ナイトレイド全員を圧倒してみせた。剣閃と言われれば納得もしてしまうだろう。

「四年間でアキは俺たちの前で三回ダンテを出してる。覚えてるか?」

 イエヤスに訊かれ、タカアキは頭をひねる。

「ん……確か二年前のタツミが危険種に殺されそうになった時と、兄貴に殺されかかった時と……」

「あなたの人生って結構波乱万丈なのね……」

 よく自分や周りが死にかかるやつだなと、アリアは若干引き気味だ。もしかしたら、そのせいで人の死を拒絶するようになったのかもしれない。

「あ、それと村に変な危険種が現れた時だな。そん時以外は意識して出した記憶がある」

「よし。自覚はあるな。親父さんの話だと、お前が最初にダンテを出したのは十くらいの頃って言ってたぜ」

「そっか、親父もやっぱ知ってたか」

 タカアキの父親は東方一閃流の使い手で、タカアキらに指南した人物だ。一番長く近くにいたのだから、知っていて当然だった。

「……まったく、親父といい、お前らといい、こんな訳分からん力持ってるやつ突き放さずに、ましてや心配までしやがって……」

「今さらだろーが。……多分、誰かさんのお人好しがうつったんだよ」

 歯を見せて笑ったイエヤスに、今度はタカアキが感謝した。ドクはそのやり取りを見て「青春だなぁ」と呑気に呟いていた。

「話を戻すけど、アキの力はアキの別人格とは別のもの━━無関係って訳じゃなさそうだが、大元は別の何かだって結論を四年間で出した」

「さっき言ってた、力を使おうとした直後にダンテが顕れるって話ね」

「その通り。つまり、だ」

 イエヤスは再び溜める様に間を空けた。

「アキに何らかの理由で千年前の英雄が宿っちまってる。アキが恐ろしい力を使う際に、それを抑えるため替わりにダンテが顕れる……と、俺は仮定してみてる」

「なるほどな。ダンテ自体は本人だって考えてる訳か?」

 イエヤスの推理にドクは一旦頷き、イエヤスに疑問を投げかけてみた。

 イエヤスはそれに頷いてみせる。

「って言ってもまあ、ダンテがそう言ってたんだけどな」

「そこまで訊いたなら力のことも訊きなさいよ」

「……訊いたけどそれについては一切答えてくれなかった。深い理由がありそうだったから、しつこく訊きもしなかったしな」

 実際問題人が触れていいものでもなさそうだ。タカアキも自覚はしているだろうが、かなり危険なものであることに違いはない。

「……俺の力については分かった。どーせダンテに訊いても答えてくれないだろうし、ま、せいぜい利用させてもらうさ」

 タカアキはそう言うと笑ってみせた。結局は今まで通りで変わらないということだろう。

「それで今度はこっちの話なんだけど……」

「ドクから聞いた。タツミをナイトレイドから取り戻すんだろ? もちろん俺も手伝うぜ!」

「本当か!? 助かるぜ!」

「おう、このイエヤス様に任せとけって」

「調子に乗ってるとこ悪いが、まずは一週間寝たきりだった体力を回復するんだな」ドクは再び眠そうにあくびをすると、タカアキの首根っこをひっ掴んだ。

「そしてお前さんは脇腹の治療だ。さっさと行くぞ」

 仔猫の様な体勢でタカアキは治療室へと運ばれていき、残された二人は同時にため息をついた。

「俺は……正直お前を赦せそうにねぇ」

 さっさと出て行こうとしたアリアに、イエヤスは言った。イエヤスの脳裏にサヨとの━━いやタカアキとタツミとサヨとの四人で過ごした情景が浮かんだ。

 もう二度と戻らない、懐かしい日々を。

「だから?」

 アリアはあくまで冷静だ。ポーカーフェイスを保った顔からは思考は読めない。

「でもアキを助けてくれたみたいだし、俺も……」

 イエヤスはベッドの上で動きにくい身体を無理矢理動かして、アリアの方へと身体を向けた。そして━━

「だから、ありがとう」

 そして頭を下げた。

 それを一瞬横目で見たアリアは、すぐに視線を外して部屋の外へと足を向けた。

 ドアノブに手をかけ、閉めようとしたが、そこで手が止まった。

「私は借りを返しただけ。勘違いしないで。もしあのバカとの友情ごっこが嘘だったら、その時は容赦なく狩るわ」

 ようやくアリアは部屋の外に出て扉を閉めた。

「だから、さっさと顔を上げなさい」

 アリアは閉まる直前に、そう言い残したのだった。



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7

イエヤス「俺以外にまともなヤツっていないのか…」
アリア「自分で言うのもどうなの?」
タカアキ「いるじゃん。今まで登場した中ではタツミとザンク」
イエヤス「片方辻斬りじゃねーか!」
アリア「と言うか初めて魚以外の言葉を発したわね」
タカアキ「……はっ! 鮪鰈鯛鱚鰻鱈鰤鰯鰹鮍鯖鯔鱒……(ぶつぶつ)」
イエヤス「おま、余計なこと言うから!」
アリア「…さすがに後悔したわ…」


 ドクに治療してもらったおかげでタカアキは、次の日の昼には元気になっていた。傷もだいぶ塞がっており、理由を訊くと「西方の特殊な治療技術を使ったんだよ」とドクは答えた。

 その日の昼食時。タカアキはドクにイエヤスも訓練に参加させてくれる様に頼んだ。イエヤスの槍さばきは中々のもので、実力的にもタカアキとも互角だ。

 ドクはイエヤスの回復を待ってから訓練を開始することにした。曰く「準備に少しかかるから丁度いい」だそうだ。

「バンダナは案外タフだな。これなら四、五日リハビリすりゃ大体の調子は戻るだろ」

「え、マジ? 凄くね?」

 ドクがイエヤスの体力を誉めるとタカアキは驚きを隠せなかった。

「まあもちろん、俺の術のおかげだがな。それでもバンダナの体力には目を見張るものがあるぜ」

 ともかく、イエヤス以外にはある程度暇が出来てしまった。タカアキはその時間はもったいないと考えていた。前の一週間と同じ様に、またナイトレイドに人々を殺されてしまうかもしれない。

 今の実力ではとても敵わないし、制御出来ない力に頼る訳にもいかない。そこで出来ることを考えた結果、昼の帝都を見回ることにした。

「夜に帝都を見たのに意味あるの? ナイトレイドの活動は夜だし」

 それにはアリアが疑問を口にした。

「いや、夜と昼ではだいぶ街は違って見えるぜ」

 それに対してはドクがフォローをした。

「そこで活動する以上、両方の顔を見とくのは基本だな」

 それにアリアは興味なさげに頷き、自分は四針の補充をするために森や山に出ることに決めた。

 タカアキたちはそれぞれナイトレイドを倒すため、動き始めた。

 

 

 タカアキの昼の巡回が始まって三日。ようやくスラムを見終わり、今日は帝都の城下町の半分の下見を終えた頃だ。

 夜と違い人が多く、活気に溢れていた。と言っても帝都に来たばかりで色眼鏡をかけていた数日前と違い、人々はどこか表情は暗かった。もちろんオネスト大臣の圧政のせいだ。賑わっている様に見えても実際は闇を抱え込んでいる。

 ナイトレイドもそうだが、出来ればこちらも何とかしたかった。

 大臣の圧政と、得体の知れない暗殺者集団が跋扈する街。とても居心地がいいとは思えない。しかも暗殺者の方に至っては革命軍と言う大きな組織で動いている。いつ帝都に本格的に牙を剥くか分かったものではない。抜け目がないらしい大臣がその辺りをどう処理するかは分からないが。

 悶々としながらも街を見回っていると、少女が一人でかなりの大荷物を担いで歩いていた。昼に帝都を歩いていると、そういった手合いに何度か巡り合った。

 女の子の場合は初めてだったが、タカアキの行動はいつも決まっていた。

 少女に近寄り荷物をひょいっと持ち上げる。

「よ、精が出るな。手伝うぜ」

 タカアキが荷物を代わりに背負うと少女は一瞬驚いた表情を見せた。が、トレードマークの栗色のポニーテールを揺らして嬉しそうに笑ってお礼を言った。

 よく見ると少女の隣には老婆がいて、荷物は老婆のものらしかった。

 老婆の家へ荷物も届けると何度もお礼を言われ、少女と一緒に茶菓子をご馳走になってしまった。

「ありがとうございました。私も助かっちゃいました」

 老婆の家を出た後、少女は腰を折って深々とお辞儀をした。

「いや、いいって結局俺も半分持ってもらったし」

「いえいえ、貴方のお気持ちは本当に嬉しかったです! まだまだ正義の心を持った人はいますね!」

 本当に嬉しそうに笑顔を見せる少女に、タカアキはまあいいかと照れ隠し込みで頭をかいた。

「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私は帝都警備隊所属のセリューです」

 ビシッと敬礼する彼女は確かに警備隊の制服を身にまとっていた。セリューは常に自分にくっついていた犬の様な姿の小動物を抱き抱えた。

「この子はコロちゃん。実は帝具なんですよ」

「え!? 犬じゃないの?」

 ずっと犬だと思っていたタカアキは目を見開いた。確かに鳴き声は「キュゥゥ」などと犬っぽくないとは思っていたが。

「ヘカトンケイルっていう名前らしいです。可愛くないので私がコロって名付けました。それで貴方の名前は……?」

「あ? ああ、俺はタカアキ。アキで構わんぜ」

「分かりました、アキさん! 正義の味方同士仲良くしましょう!」

 強引に手を掴まれてブンブン振られながらタカアキは苦笑いするしかなかった。正義の味方って……この子大丈夫か? と思ったのは秘密だ。

 いい子そうではあるがそこが少し残念だった。

「そう言えば、警備隊なのに一人で行動してるんだな」

 基本的に警備隊は二人一組で行動する。もしかしたら帝具持ちで優遇されてるのかもしれないが、一応タカアキは訊いてみた。

「……実は私、ナイトレイド……帝都を騒がせている賊を追っていて。今夜現れる目星が付いたので下見をしてたんです」

「! ほんとか!?」

「警備隊情報ですので間違いありません。……もしかしてアキさんもナイトレイドを?」

 少女とは言え警備隊が相手なので一瞬戸惑ったタカアキだが、折角だったのでかいつまんで事情を説明した。

 友達がナイトレイドに拐われ、それを助けるために腕を磨いている話をセリューは熱心に聞き入っていた。

「なるほど……それなら今夜、私と一緒に来ますか?」

「え?」

「ナイトレイドが現れるのは今夜。帝都警備隊は全力をもってナイトレイドを撃退するつもりです。人手は多い方がいいですし、どうかなと」

 言われてタカアキは考え込む。今の実力の自分が付いて行って戦力になるのか。“力”を使えば勝負になるどころか勝てる可能性は高い。が、それでタツミを助け出せる訳ではない。あくまでも目的はタツミの解放で、ナイトレイドを倒すことではないのだ。

 帝具使いが味方にいれば心強いが先走ってつまずいては意味がない。しかし今から特訓して力を着けていくより手っ取り早い。何よりナイトレイドがいつまでもタツミを生かしておくとは限らない。

 タカアキは覚悟を決めた。

「分かった。どこまで力になれるか分からないけど……タツミを取り戻すためだ。手伝うよ」

「ご協力感謝します! 正義の味方同士、力を合わせて頑張りましょう!」

 今度はタカアキの方から握手をし、具体的な作戦内容に移った。

 家の前でいつまでも話し込む訳にもいかないので、近場にある飲食店に移動しそこで話し合うことにした。

 適当にオーダーを出した後、セリューは机の上に帝都の地図を広げた。

「今回私は帝具持ちということで遊軍を任されています。ですのでアキさんは私のサポートをお願いします」

「ああ。でも具体的に遊軍って何をするんだ?」

 タカアキが疑問を口にすると、セリューは地図上に丸で囲まれた三つの地点を指差した。

 それぞれはあまり近くはなく、共通している点は帝都の有名な資産家の家であることだった。

 タカアキはアリアの家での出来事を思い出し、顔をしかめた。アリア一家が帝都の役人であることは大体の検討は付いていた。イエヤスとサヨが革命軍に所属していてかつ重要な任務を担っていたことを考えると、ナイトレイドが総出でアリアの家を襲撃したのも頷ける。

 今回は資産家という理由で狙われている様だが、ナイトレイドがこの三ヶ所━━あるいは全ての地点に現れる可能性もある。

「私達は順番にここを巡回します。ナイトレイドをこのどこかで見付けた場合、私達はぐに向かうことになっています」

「資産家の人達が殺される前には止めたいところだな……」

 警備隊員による強固な防衛網は引くつもりらしいが、相手が相手だ。暗殺される可能性の方が高い。

「私達は私達の出来ることをやるしかありません。共に悪を撃滅しましょう!」

 目を輝かせながら言うセリューを見ていると心強いと思う一方、どころか薄ら寒さも感じた。どこか狂気を孕んでいると言うか……ネジが飛んでいるイメージだ。

「確かアキさんにはお仲間がいるんですよね? 協力を要請しないんですか?」

 作戦の練り直しが終わり、ジュースをすすりながらセリューが問うた。

「ああ、あいつらはいろいろ準備で忙しい」

 と答えたものの、実際のところはまだ実力的には未熟な二人をナイトレイドと戦わせたくなかったのが本音だ。タカアキ7の場合は最終手段としてダンテを呼び出して窮地を切り抜けられる。が、イエヤスとアリアは違う。

 前回アリアが助かったのもたまたまで、レオーネに殺されていた可能性も多々ある。

 タカアキが何よりも優先するのは仲間の命だ。優先順位としては最上位で、他の何を犠牲にしても……たとえば、ナイトレイドの人間を殺してでも救うべきだと考えている。タカアキにしてもそういった区切りはつけている。

「分かりました。二人で頑張りましょう。……ふふっもうすぐ逢えるぞ、ナイトレイド」

 ボソリともらし狂気に顔を歪めるセリューだった。



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8

いつものは休刊



第一章も山場です。


 今日も帝都に夜が来た。夜には闇が浮き彫りになり、だからこそ魑魅魍魎が表立って跋扈する。

 そんな闇を、闇から闇へ葬るのがナイトレイドの役目。その一員であるマインとシェーレは仕事を終えアジトへと帰還する最中だった。

 標的であったチブルは用心深く、屋敷の角で何重もの肉の壁の中で震えていた。もっとも、ナイトレイド相手には意味はなくあっさり葬られたのだが。

「無事に片付いてよかったです」

 シェーレが作戦成功にほっとため息を吐いた直後。

 突然の殺気。それを察知した二人がその場から離れると、次の瞬間には巨大な犬がその場の地面をえぐっていた。

「やはり現れたか、ナイトレイド」

 その犬の背後から二人の男女が現れた。栗色の髪の少女と、黒髪の青年。

 セリューとタカアキだ。

 セリューは口元を三日月の様に歪ませ狂気の瞳でマインとシェーレを睨んだ。

「帝都警備隊セリュー……絶対正義の名の下に悪を断罪するっ!」

「セリュー……」

 セリューの変わり様に驚きつつもタカアキは特に口を挟まなかった。正義正義と口走る彼女が“壊れている”のは最初からなんとなく検討が付いていたからだ。

 対するマインとシェーレは二人の登場に若干の動揺を見せた。帝具を持った警備隊員が現れたことはもちろんだが、それに加えナイトレイド全員を相手にして圧倒してみせたタカアキがいる。

 アカメやブラートがいるならともかく今の二人では勝ち目がない。

「あのタカアキってのが力を使ったら、正直敵わないわね」

「タツミが言っていた、あの力ですね?」

 あの後力についてナイトレイドは全員タツミから教えられていた。そして戦った時の評価も鑑みて、ナイトレイドが出した答えは「タカアキが力を使わない内は速攻で撃破。力を使えば一目散に逃げろ」だった。つまり弱い内にカタをつけ、それが不可能ならば撤退しろ、と言う意味だった。

「最悪逃げることになるけど……いいわね?」

「はい。命は大切にしないといけませんからね」

 セリューとタカアキもそれぞれ武器を構えマインとシェーレに向き合う。帝具使い同士の戦いの火蓋が切って落とされる直前、タカアキは一歩踏み出し最後の確認をするために口を開いた。

「……一応訊いとく。大人しくタツミを返す気はないのか?」

 それはタカアキにとって覚悟を固めるための最後通告だ。これ以上拒否されるなら何をやっても無駄だと判断し、アリアへ拷問を任せることも辞さないつもりだ。

「ないわ。タツミに会いたいならそっちが来なさい。歓迎はしないけどまあ、戦力にはなるしね」

「分かった」

 すでに会話による和解などないことが。

「お前たちを叩きのめして居場所を吐かせる。覚悟しろ」

 タカアキは刃をナイトレイドへと向けた。

 もはや話し合いなど無意味……後は実力をもって語り合うのみだ。

「コロ!」

 交渉が終了したと同時にセリューが動いた。ニメートル以上に巨大化したコロを突撃させ、マインとシェーレを襲う。

 二人はコロの攻撃をかわすため二手に別れた。

 マインはすぐさまコロに対して銃撃を浴びせるが、コロには効いている様子はない。銃撃による弾痕は残るがすぐに再生される。

 通常の生物ではあり得ない再生能力。危険種ですら上回るその速度。ならば可能性は一つ。

「シェーレ! やっぱりアレは帝具よ!」

「分かっています……!」

 コロは生物型の帝具。生物型は再生能力が高く耐久性も高いため、通常の攻撃では簡単に傷を修復されてしまう。

 しかしシェーレの持つ帝具……エクスタスは攻撃に特化したハサミ型の帝具。相手が何であろうと━━それこそ鎧の帝具であろうがオリハルコンそのものであろうが豆腐の如く斬り裂くことが出来る。

「すみません」

 マインの銃撃で怯んだコロをエクスタスで両断する。簡単に刃が通り、コロは沈黙した。

 かの様に見えたが、

「補食だ、コロ!」

 主の命令に従って跳ね起き、シェーレに喰らいつこうとした。それはすかさず援護に入ったマインに止められたが。

「文献に載ってたでしょ。生物型の帝具はどこかにある“核”を砕かないと再生するのよ」

 コロから離脱しながらマインがシェーレに向かって言った。

 核がどこにあるか分からない以上、むやみやたらと帝具を攻撃する訳にはいかない。つまり狙うは一つ。

 マインとシェーレは顔を見合せ頷いた。

 そこでセリューが笛を口に含み盛大に音を鳴らした。警備隊で使われている呼び笛で、間違いなく援軍を呼んだ。

「チッ、援軍を呼んだのね」

 まさにピンチ。そうピンチだ。

「けどピンチの時こそアタシは強いのよ!」

 マインはすぐさまパンプキンの銃身を切り替え、コロに向かって発射した。それは先ほどの連射ではなく、一本の太い光の様になって発射された。

 銃身を切り替えたからではない。帝具であるパンプキンの特性だ。パンプキンは使用者の精神力をエネルギーに変えて発射する。つまり感情が高ぶれば高ぶるほど威力が増す。

 ピンチはチャンス。そう前向きに捉えることの出来るマインだからこそパンプキンを上手く扱えるのだ。

 パンプキンのレーザーは鋭くコロを貫くが、すぐに再生を開始してしまう。

「そんな攻撃が━━━━!?」

 愚策だとセリューは嘲笑うが、いつの間にか接近していたシェーレに気付き表情を硬化させる。

「奥の手で一気に━━!」

「俺のこと忘れてんじゃねーぞ!」

 その奇襲もタカアキによって阻止された。

「セリュー! そっちは頼む!」

 タカアキはそのままシェーレを押し飛ばし一対一の状況にした。

 自分に勝ち目がないのは重々承知だが、セリューとコロがもう一人のナイトレイドを倒すまでの時間稼ぎなら出来る。いや、しなくてはいけない。

「行くぞ━━東方一閃流の妙技、見せてやる!」

 タカアキは刀を納め腰に構えた。居合いと悟ったシェーレが距離を置くため飛び退るが、タカアキは追いすがった。

「一閃流淡雪!」

 放たれる鋭く速い横凪ぎ。シェーレはそれを上体を反らしてかわした。

「な!?」

 トリッキーな動きに驚いたタカアキのスキを突き、エクスタスで攻撃。起き上がる反動を利用しての突きだ。

 タカアキはほとんど本能というか勘による回避を敢行。結果として左肩をえぐられるに留まった。

「まだ右じゃなくてよかったけど……強ぇ」

 やはりナイトレイド一人一人の戦闘能力は自分たちより上だ。

 さらに帝具という超兵器を所持している。タカアキも謎の力はもってはいるが、これがいつも当てに出来る訳でもない。

「……やっぱり、普通の人たちにとっては私たちはただの人殺しに見えますよね……」

「は……?」

 シェーレは動きを止めどこかタカアキを羨ましそうに見た。

 

 

「コロ、腕!」

 ずるっと吐き気を催す音と共にコロから人間の様な腕が生えた。その屈強な腕で怒涛の乱打を繰り出す。マインを襲った。

 マインは持ち前のすばしっこさで器用にそれを避けた。マシンガンの銃身に切り替えたパンプキンでコロを攻撃する。

「ちょこまかと!」

 セリューもただ命令するだけでなく、腰に下げていた武器に手をかけた。

 旋棍銃化(トンファガン)。トンファーに銃が埋め込まれた警備隊の武器の一つだ。セリューは両手に一丁ずつ構え、すかさず発射。

 コロの攻撃だけでなくセリューにも攻撃されればマインとて堪らない。直撃こそしなかったが、何発かの銃弾がマインの身体をかする。

 だがそんな状況だからこそ━━

「邪魔よ犬! 伏せっ!」

 マインのパンプキンは威力を増す。パンプキンから高威力のマシンガンの弾が連射され、コロを容易く蜂の巣にした。

「次は!」

 あんたの番! と飼い主にパンプキンの銃口を向けるが、セリューはすでにそこにはいなかった。

 次の瞬間、マインは腹を殴られ吹き飛ばされていた。

「こ、こいつ……!」

「舐めるなよ悪め!」

 身体能力ではセリューが勝っていた。セリューは手にしたトンファガンでマインを殴りまくる。

「こっちのっ……セリフよっ!」

 わざとマインはパンプキンでトンファガンを受け、衝撃で距離をとる。それに合わせセリューも下がり、回復しきったコロを突撃させる。

「逃がさないわっ!」

 離脱するセリューにパンプキンが火を噴く。とっさに身を縮めたセリューだが、何発か身体に命中。特に右腕に直撃し、吹き飛んでしまった。

「ぐううぅ……コロっ! 殴り殺せ!」

 腕が肥大化したコロは凄まじい勢いでマインを殴る。セリューを撃っていたマインは反応が遅れ、コロの一撃をまともに受けた。

 帝具の力は凄まじく、マインはたまらずに吹き飛び、木にぶつかるまで止まらなかった。

「行くぞコロ。止めだ」

 片腕を押さえながらもセリューはしっかりとした足取りでマインと距離を詰めていった。マインはダメージが大きくすぐには動けそうにはない。

 死神のアギトがゆっくりとマインに近付いて来ていた。

 

 

 眼鏡の逆光でよくは見えないが、シェーレの声色から哀しそうにしているのは分かった。

 シェーレが何を言いたいのか分からず戸惑ったが、タカアキは立ち上がり刀を構える。先の一撃でエクスタスはどんなものでも斬れるとタカアキは悟っていた。ハサミ型とふざけた形をしてはいるが、威力は脅威的だ。生身はもちろん、刀と鞘すら紙の様に斬ってしまうだろう。

 あれに触れる訳にはいかない。なら持ち前の速さで翻弄するしかない。

 タカアキは自らの出せる最速でシェーレの周りを駆け出した。平地なので二次元の動きになってしまうが、どちらにせよ三次元的な動きは出来そうにない。

「これは……」

 効果は有った様で、シェーレは忙しなく周りに目を走らせる。タカアキの動きが見えていないのだ。

「━━もらった!」

 そう判断し飛び上がって真上から刀を降り下ろす。しかし反応速度はシェーレの方が上手だった。降り下ろされた刀をギリギリでかわすと、エクスタスの柄の部分で攻撃した。タカアキもそれを無理矢理身体をひねってかわすと、左手に持っていた鞘でシェーレを殴る。

 入ったと思ったその攻撃も、シェーレは腕を盾にして防いでいた。お返しとばかりにタカアキに蹴りを入れる。

 腹にモロに受け止めたタカアキは吹き飛ばされ地面を転がった。

 その直後、シェーレの背後で派手な音がした。振り返った彼女が目にしたのは木にもたれかかっているマインと、それに歩み寄るセリューの姿だった。

「マイン!」

 相棒の危機にシェーレはたまらず走り出す。そしてセリューを背後から攻撃した。セリュー本人の反応は遅れたが、コロが彼女を庇い斬り裂かれる形となる。

「まさかっ! アキさんは!?」

 ようやくシェーレに気付いたセリューはシェーレから距離をとりつつタカアキを探した。タカアキは少し離れた場所で立ち上がろうとしていたところだ。

 それにほっとしたのも束の間。いつの間にかシェーレが肉薄していた。トンファガンで迎撃するも、相手は帝具だ。

 トンファガンはあっという間に鉄屑へと変わった。さらに片腕になってしまったこともあり、上手くバランスが取れず、セリューは地面に倒れ込んでしまう。

 もちろんシェーレはこれを好機と見た。セリューを殺せばコロは機能を停止する上、帝具持ちでないタカアキや駆け付けて来るだろう警備隊員など烏合の衆と化す。

「くっ……コロ!」

 セリューがコロに叫びかけるが今さら何をしようが遅い。

 エクスタスを突き刺す、そうしようとしたが出来なかった。

狂化(おくのて)!」

 セリューのそのキーワードと共にコロが変化した。

 より荒々しい姿に。

 さらに凶暴な姿に。

 生物型の帝具のほとんどに付いている狂化(おくのて)。コロの場合は内部エネルギーを消費して膨大な力を得るものだった。ただしオーバーヒートで数週間は戦闘不能になる。

 その狂化したコロが“吼えた”のがシェーレが攻撃出来なかった原因。耳をつんざく大声でマインとシェーレの動きを完全に止めてしまった。

 コロはそのまま近くにいたマインに掴みかかる。小柄なマインなら片手で覆えるほどになったコロは、掴んだマインを握り潰そうと力を込めた。

 真っ先に両腕の骨が折れ悲鳴を上げるマイン。それを無理矢理身体を動かしたシェーレがコロの腕を切り落とし救った。

「あ、ありがとう……シェーレ」

「いえ、大丈夫ですか?」

 セリューに背中を向けてしまったシェーレ。そのスキを逃す訳がない。

 セリューは千切れた右腕から銃身をせり出させた。普通の人体ならあり得ないことだが、セリューは身体を改造していた。結果、右腕のみならず左腕や口からさえも銃身を出すことが可能になっていた。

 その銃弾は、無慈悲にシェーレを貫いた。

 一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、ようやく撃たれたことが分かり、シェーレはぎこちない動きで背後で倒れているセリューを見た。

 そのセリューの顔は狂喜に歪んでいた。

「愚かな悪め……奥の手は最後まで取っておくものだ」

 虚を突かれた手負いの敵を放っておくコロではない。すぐさま唾液の滴る口を開け、シェーレを補食せんと飛びかかった。

 シェーレはその瞬間、死を覚悟した。

 いつか死ぬことは分かっていたが、それが今となるととても辛く感じた。楽しかった仲間たちとの毎日を思い浮かべ、涙を流した。

 ━━ああ、大切なものを失うのはこんなに辛い……。

 涙で視界がぼやけたシェーレの瞳に最後に映ったのはコロの巨大なアギト。

 ━━ではなく、そのコロを吹き飛ばす黒髪の青年の姿だった。

 

 

 突然響いた恐ろしい鳴き声に三半規管を激しく揺さぶられ、タカアキは耳を押さえた。危うく倒れそうになったがなんとか踏ん張る。

 鳴き声が収まった後でもまだ耳に残っていた音を、頭を振って追い払う。そこで頭を上げたタカアキの目に映ったのは、凶弾に貫かれたシェーレだった。それを発射した銃口はセリューの右腕から伸びており、その顔は愉悦と狂気で歪んでいた。

 シェーレに追い打ちをかける様にコロがその牙を彼女に向けた。

 ━━セリューは殺る気だ。そう思った瞬間には勝手に身体が動いていた。

 駆け出す。ただ走る。頭など動いてないも同然だ。目の前で人を殺される訳にはいかない。……ただそれだけの思いで。

「東方一閃流奥義!」

 コロは帝具。狂化しているとなれば半端な回復力ではない。それを心のどこかで分かっていたタカアキは、賭けに出た。

 技の型を教えてもらっただけの奥義━━それでコロを斬り伏せる。

 帝具でも何でもない刀では帝具に致命傷は与えられない。最大最強を叩き込む必要があった。

 うだうだと考えている暇などなかった。

 ただ、シェーレを助けたい。その一心で、

雪月花(せつげっか)!」

 不完全ながら一閃流の奥義を発動した。

 本来は敵をなで斬りにした後に居合いを叩き込む技だが、速度が足らずにコロを一閃したに留まった。それでも威力は十分で、虚を突かれたコロはダメージでその場に倒れ込んだ。

「な!? 悪を助けるのか!?」

 その光景にその場にいた他の三人は目を見開き、セリューは唯一言葉を発した。

「たとえ悪人でも……人が死ぬとこなんか見たくないんだ……」

 タカアキはシェーレからのダメージでふらついてはいたが、意志のこもった瞳でセリューを見返した。

「ただの俺のわがままだが━━貫かせてもらう!」

「そうか……悪の味方をするなら!」

 奥義によるダメージが完全に修復されたコロが立ち上がる。セリューはボロボロと言ってもいいほどだが、帝具であるコロは何度攻撃しようと回復してしまう。

 コロを何とかする必要があるが……。

「そいつは帝具使いじゃない! 殺れ、コロ!」

 コロ攻略の算段を練るタカアキを、セリューの号令と共にコロが襲う。

 背後に人がいる以上、避ける訳にはいかない。タカアキは構えをとるが、

「エクス、タス」

 突如タカアキの真横からハサミが突き出されそれが目が眩むほどの光を発し始めた。

 これがエクスタスの奥の手。発光により敵の目を眩ますものだ。

 それによりセリューはもちろんコロも動きが止まる。

「……マイン、今の内に逃げてください」シェーレは見えないと分かっていても笑ってみせた。

「シェーレ!?」

「私はもう……長くは……ですから……」

 苦しそうに言うシェーレに呼応するかの様に、エクスタスの発光が弱くなっていく。

「お願いです」

 薄れ行く光の中、マインは幸せそうに笑うシェーレの姿を見た。

 それからどれだけ葛藤したか……無限に思える時間も、おそらく他人にとっては一瞬だっただろう。マインは涙を飲んで全速力でその場を離れた。

 それを満足そうに見届けると、今度はタカアキを見やる。

「俺は退かねぇ」タカアキは目を閉じたまま強く言い放った。「絶対にあんたを助けてみせる」

「どうして……」

 シェーレは問いかけずにはいられなかった。自分より遥かに実戦経験も少なく弱い青年が、どうしてここまで強くあれるのか。

 それは力ではなく心が。

 あの化け物じみた力があるからか? 違う。タカアキにはもっと、熱くて芯の通った信念があり、それでで動いている様に思える。

「言ったろ、俺は人死にが見たくないだけだ。だから……。だから黙って俺に助けられてろ」

 その直後に、無茶苦茶な動きで突っ込んできたコロを何とかいなす。

 もうほとんど光は消えかかっており、人は網膜に残っている強い刺激で目が眩んでいるだけの状態だ。

 さっきの攻撃でコロも同じく見えていないと判断したタカアキは、シェーレを手際よく背負った。その動きは目が眩んでいる人間の動きではなかった。むしろ目は閉じたままだ。

 いわゆる「心眼」。気配を強く感じ取り、それを目の代わりにしていた。

「チャンスだ。このまま逃げる。だから諦めんな!」

 もはや意識が消えかかっているシェーレはタカアキに身を任せるしかない。ついに発光しなくなったエクスタスを取り落としてしまう。

「くっ……早くしないと」

 焦るタカアキだが、許すまいとコロが襲う。セリューもようやく目が慣れてきたのか銃撃を行ってくる。

 いっそ力を使ってしまうか━━タカアキがそう考え始めた時だった。

 一筋の閃光がコロに真っ直ぐ向かい、そして吹き飛ばした。

 奇妙な気配を感じ状況を探るために目を開いたタカアキ。

 目の前に立っていたのは背の高い黒髪の男性だった。どこか和服にも似た服を着た男性。頭からは何故か角らしきものが生えている。人間ではない。

 彼はタカアキにちらりと視線をやった後大きなあくびをかました。

「何だキサマ、新たな悪か!」

 突然の闖入者にすぐさま悪と判断したセリューは、男性に銃撃を加える。

 全弾命中━━男性の命は儚く散った、かの様に見えたが、

「さ、再生しただと」

 その傷口はコロと同じように一瞬で塞がった。

「まさか、人間型帝具!?」

「正解だ」

 男性は一瞬でセリューとの距離を詰めると正解の褒美とでも言わんばかりに蹴り飛ばした。

 男性はタカアキに振り返った。

「おい、ぼーっと突っ立ってねぇで早くマスターんとこにその女連れてけ」

「マスターって……?」

「ドクだよ、分かってんだろ?」

 予想外の━━そしてある意味予想通りの名前を男性は口にした。

「ほら」

 男性に促されタカアキは色々な疑問を頭の中でかき混ぜつつ、シェーレの救護を優先することにした。

「ただ……」

「わあってる。殺しゃしねぇよ」

 タカアキに皆まで言わせず、面倒臭そうに追い払った。

「さて、と」

 タカアキが走り去ったのを確認すると、男性は指をコキコキ鳴らした。

 それをスキありとばかりにコロが狙うが、

「遅せぇんだよ」

 ただ一発の蹴りで、コロを核ごと粉砕してしまった。あのコロが。ただの蹴り一発で。

 豆腐の様に粉みじんに散った。

「う……そ…………」

 セリューの目に涙が滲む。正義の象徴で、そしてパートナーであるコロが目の前で一瞬でいなくなった。それは自分の父や恩師であるオーガを失ったのと同じく位の衝撃だった。

 そんな彼女に対して、男性は無造作に頭を掴んで持ち上げた。セリューにはすでに抵抗する気力は残っていなかった。成されるがまま、宙に身体を浮かせる。

「帝具持ちの警備隊員か……使()()()()()()

 遠くでは他の警備隊員がこちらに駆け寄って来る音がしていた。

 こうして帝具使い同士の戦いは静かに幕を閉じたのだった。



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9

アリア「アリアちゃんの!『よく分かる拷問講座』~!」
イエヤス「こんなに分かりたくないコーナー初めてだ!」
アリア「今日はぁ~みんな大好きアイアンメイデンについて解説しまぁ~す!」
イエヤス「何かテンションが高すぎて、壊れてるんだけど…」
アリア「鋼鉄の処女はその名のとおり…処女よ!!」
アリア「だから、ナカに入れると血が出るの!」
イエヤス「そんなアメリカ超えるブラックジョークは止めて!」
アリア「早速試してみたいけど…どっかにいいカモいないかしら」

タカアキ「うなぎの勇気元気根気~」

アリア「もし、そこの殿方~」
イエヤス「アキ逃げて! 超逃げて!!」



 タカアキは必死に夜のスラムを駆けていた。背中に背負っているシェーレの息が浅い。セリューの放った弾は、恐らくシェーレの急所を貫いている。

 さらに出血も酷く、タカアキの背を赤く染めていく。生暖かい感触が徐々に大きくなっていくほど、焦りも大きくなる。

 早くドクに見てもらわなければならない。

 感覚的には小一時間にも思える間走っていたが、ようやくドクの家に辿り着いた。タカアキは扉を蹴破り中に飛び込んだ。

 いつもの玄関部屋にはドクに加えアリアとイエヤスもいた。もう夜更けだというのに起きていたようだ。

「ドクっ!」

 驚きの表情を見せるアリアとイエヤスに構っている暇も惜しく、タカアキは叫ぶ。

「分かってる。その娘を寄越しな」

 頷くドクにシェーレの身を任せる。ドクは足早に治療室へとシェーレを運んで行こうとした。しかしそれはアリアによって止められた。

 今まで何度かアリアは氷の様に冷たい瞳を見せていたが、今回は特に冷たい瞳だった。

「ナイトレイドのシェーレでしょ。殺すわ。寄越しなさい」

「約束が違うだろ! まず拷問してアジトを吐かせるんじゃないのか!?」

 タカアキが間に割り込みつつ食ってかかるが、アリアはそれを鼻で笑い飛ばした。

「そんなの建前だって分かってるでしょ? 私はナイトレイドをこの手で殺したいのよ!」

 アリアは仇を前に興奮しており、治まる様子はない。タカアキは力ずくで抑えるしかないと判断。傷の癒えない身体を押して刀を引き抜く。

「アリアちゃん」今にも激突しそうな二人を止めたのはドクだ。「俺は仮にも医者だ。命を救う義務━━いや、救いたい意志がある。邪魔するなら相手になるぜ」

 それに同意するかの様にイエヤスもタカアキの横に並んだ。

 構図は三対一。アリアがかざした四針を力なく下げるのも、時間の問題だった。

「……何よ、何で……」

 俯いたアリアはポツリとそう漏らした。アリアにしては珍しく蚊の鳴く様な声。それも今までに聞いたことのないくらい震えていた。

 怒りか、悲しみか。タカアキから表情は見えなかったが、歯を食いしばっているのがよく分かった。

 アリアは弾かれた様に身を翻し、夜のスラムへと飛び出して行ってしまった。

「あっ、アリア!」

 タカアキが止め様とするが、

「止めろ、今はそっとしといてやれ」

 それをドクが止めた。駆け出しそうになったタカアキは一旦足を止める。しかし再び走り出し、扉を出た辺りで振り返った。

「シェーレを頼む。アリアは任せてくれ」

 強い意志のこもった声は、言外に止めるなと語っていた。

「男の子だなぁ」

 飛び出して行ったタカアキの背を見届けドクが感慨深そうに呟く。「あんな女ほっときゃいいのによ」とイエヤスはボヤいていたが。

 それでも一つ、心配事があった。

「アキのやつ……フラグ建ててきそうだぜ」

「ああ……それについては大丈夫だろ」

「え、何で」

 イエヤスが不思議そうに訊ねるとドクはいたずらっ子の様に笑ってみせた。

「アリアちゃんは女の子にしか興味ないからな」

「……マジで?」

 

 

 

 昼間騒がしいスラムでも、帝都と同じく夜は静かだ。時間は十一時を切った頃。人気などないに等しい。

 明かりがない分、星がよく見えるいい夜だ。

 アリアは丘の上で、その星も見上げずに膝を抱えていた。

「…………何しに来たのよ」

 タカアキが近付いた気配を察し、顔をうずくめたままアリアは言った。その声は弱くか細い。タカアキはふっと笑うとアリアの隣に腰を下ろした。

 そして別段何かを言う訳でもなく、ただ星を見上げた。星と星を繋げて星座を描きながら。

 ━━あれ、前にも誰かと星座について話したな。そんなことを一瞬思ったが、それが嘘であったかの様に消えていった。

 今大事なのはそれではない。

 ただ、隣にいることが重要だと。

 誰かがいてくれることが嬉しいのだと。

 アリアに教えるためにも。

 タカアキは星を見上げていた。

「……うちの家系は……代々拷問官の家系だった」

 そうして数十分を過ごしていた。その内、アリアがポツリポツリと口を開き出した。

 タカアキは黙ってそれに耳を傾けることにした。

「特にお父さんが優秀で……オネストに目をかけられて、あいつの特別拷問官として働くことになったの」

 その時に莫大な富を与えられ貴族となった、とアリアは語った。要するにヘッドハンギングだ。大臣は自分の手駒として動く秘密の拷問官が欲しかったのだ。拷問官の大半はエスデス将軍の指揮下にある。

 しかしエスデスの耳に入れずに、自らに流したい情報も多々あったのだろう。大臣は、エスデスにいぶかしがられながらも、アリアの父親を手に入れることに成功した。要は情報を自分だけ、自分だけが知っている情報を手に入れたかった。

「たぶん、それが貴方。……ダンテよ。確か私が十歳くらいにお父さんはオネストの専属拷問官になっていたから……」

「七年前、か」

 タカアキは黙っていようと思っていたが、ついボソリと口を開いてしまった。アリアは十七歳、タカアキは十九歳。七年前ならばタカアキが力を初めて使った二年後。大臣の耳にその情報が入っていてもおかしくない。

 タカアキについて調べるために、帝都に来たイエヤスやサヨを捕まえて……。タカアキは自己嫌悪に顔をしかめた。今思えばあの夜盗も、大臣がけしかけたものの可能性が高い。

 あの時夜盗を倒していれば、こうはならなかっただろう。

「パパは……色んなことを教えてくれたわ。仕事の拷問はもちろん……東洋のおりがみってやつとか、ママにも料理の仕方を教えてもらった。ガウリたちもたくさん遊んでくれたわ……」

 アリアの中では彼らとの思い出が渦巻いていることだろう。

 タカアキにとってのイエヤス、タツミ、サヨの様にかけがえのない、大切な人々だ。

 サヨを失ったタカアキなら、上っ面だけではなく真にアリアに共感出来る。

「大切な人たちを失うのは辛い。よく、分かるよな?」

 優しく語りかけたタカアキに、アリアは答えない。それでも独り言の様にタカアキは続けた。

「大切な何かを失うのは自分の一部を失うのと同じだと思う。関係が深くなればなるほど、大切になればなるほど、相手は自分の一部になっていくんだと思ってる」

 見知らぬ通りすがりならばともかく、両親や友人ならば同じ時を過ごす機会は圧倒的に多い。つまりそれは彼らが、自らの生活の一部になっているということでもある。

「自分の腕や足を失ったら痛くて辛いだろ? 俺だったら泣いちまうな。……だから、な。我慢しなくていいんだよ」

 アリアがあの日から一度も泣いていないのは知っていた。気丈な彼女だが、物陰で隠れて泣くこともしていなかった。

 溜め込んでいる。

 悲しみを、痛みを、辛さを。それが募ってしまったら、人は壊れてしまう。

「痛かったら、辛かったら、悲しくなったら苦しくなったら……泣いていい。貴族だとかは関係ない。お前は……一人の人間だ。そして」

 そして。それが一番大切なことだ。

「━━俺の大切な仲間だ。胸を貸すくらいしてやれるよ」

 その言葉に、アリアはようやく顔を上げた。今にも爆発しそうな、何かが壊れそうな、そんな辛そうな顔だった。

「貴方って、どうして……」

 お節介でお人好しなのかしら。続けようとした言葉も、喉の奥で消えた。代わりに出てきたのは短い嗚咽。

 もう限界だった。

 アリアはタカアキの服を弱々しく掴む。

「今だけ、許可するわ……。私の頭を撫でていいから……顔を見ないで」

「ああ」

 言うのが早いか、アリアはタカアキの胸に飛び込んだ。顔をうずくめ小さくか弱い女の子の様に、腕の中で泣き続けた。

 その間タカアキは星を見上げつつ、アリアを慰める様に頭を優しく撫で続けた。

 ただ、そばにいるよ、と。伝えたくて。

「……もういいわ」

 しばらくするとアリアは顔を上げた。顔を見られたくないだろうなと察したタカアキは、顔を逸らしつつハンカチを寄越した。

「ハンカチくらい……持ってるわ。それより」

 アリアは突如としてタカアキの頭をひっつかみ、自分の方を向かせた。

「今日のことは他言無用。誰かに言うんじゃないわよ」

 それが何だかイタズラを咎められた子供の様で。

 タカアキは吹き出していた。

「な、何よ……」

「いや、はは、悪い。分かった、言わねぇ。二人だけの秘密だ」

「破ったら……」

「分かってるって。分かってるから四針を仕舞え」

 それから調子を取り戻してきたアリアと帰路に着いた。そのアリアは、今までの張り積めた雰囲気がなくなり若干ながら柔らかくなっていた。

 これをきっかけに復讐なんか止めてくれと言いたかったが、それは他人が口出し出来ることではない。

 だが、お互い少し、ほんの少しだが近付けた気がした。




拷問は調べるとほんと胸糞です。

目の前でやられたイエヤスはトラウマだろーなー(他人事


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10

タカアキ「タカアキの!『よく分かる魚講座』~!」
イエヤス「やると思ってました。ええ、思ってましたとも!」
タカアキ「今日は出世魚についてレクチャーするぜ」
タカアキ「出世魚はその名の通り、進化する魚さ!」
イエヤス「進化って単語はどこから…」
タカアキ「まあ、魚の呼び方は帝国各地(都道府県)によって違うから、一概にこうとは言えんが……」
タカアキ「ただ一つ言えることは! コイは出世するとリュウになる!」
イエヤス「それは迷信だし、本当に出来たら進化だ!」
ドク「登竜門な」


 タカアキがスラムにあるドクの家に到着した頃。逃走したマインもまた、ナイトレイドのアジトに辿り着いていた。

 両腕の骨を折られそれでもパンプキンは落とさずに、帝都から離れたアジトに帰ってきたのだ。

 這這の体で逃げ出したマインは腕の治療を施されつつ、ことのあらましについて話した。

「……そうか。シェーレが……」

 青い髪色をした義手の女性が頷く。名はナジェンダ。ナイトレイドを統括するリーダー、つまりボスだ。

「ま、待てよ! まだシェーレが死んだとは決まってないだろ!」マインの報告に、タツミがたまらず異議を申し立てた。「アキもいる! あいつなら帝具使い相手でも……」

「タツミ。そのアキって青年とつるんでるのは、あのアリアだぜ?」

 タツミの言葉を遮って言葉を発したのはレオーネだった。それによって、タツミは押し黙ってしまった。

 タツミとて理解していた。アリアはナイトレイドを赦さない。例えタカアキがシェーレを上手く連れて帰れたとしても、アリアが殺してしまうだろう。彼女は瀕死だろうが何だろうが、ナイトレイドであるシェーレに慈悲をくれる可能性はない。

「でも……でもよ……!」

 反論したい。しかしレオーネの言い分は正しい。タツミはただ拳を握りしめ、俯いて涙を堪えることしか出来なかった。

 タツミの姿を見て、マインもまた歯を噛み締めた。セリューかアリアか。どちらにしろ、シェーレは殺されてしまうだろう。マインは悔しくて仕方なかった。

 いや、この場にいるナイトレイド全員が同じ気持ちだろう。シェーレは共に過ごしてきた仲間だ。

「もはや、放っておく訳にはいかんな」

 広間に広がっていた静寂を打ち切ったのはナジェンダだった。その鋭い眼光には静かに炎が揺らめいていた。

「アリア及びタカアキを」

 二人にはナイトレイドと遭遇しながらも、二回も逃げられた。しかし手配書が増えていない━━帝国に顔がバレているのは元将軍のナジェンダ。元々は帝国側に属していたブラートとアカメ。そしてしばらくの間、帝都で独自に暗殺を行っていたシェーレの四人だ━━そのことを考えると、

二人がナイトレイドの情報を帝国に流していないことは分かっていた。

 しかしだからと言って放置しておいていい訳ではないし、特に問題はタカアキだった。

「あの青年は、確か━━ダンテと言う別人格を呼び出し、パワーアップをする」

「ダンテがあのダンテなら千年前の英雄だな。ま、一閃流を使ってたことといい、帝具なしで帝具使いと互角になったことといい……あながち嘘でもないかもしれねぇ」

 ブラートは以前タカアキ━━いやダンテに受けた傷をさする。

 ナジェンダはたばこを吹かしてから、マインにその視線を向けた。

「マイン、タカアキがこちらに下る可能性は?」

「ないわ。タツミがいても無理だと思う。とことん人殺しを拒否してたから」

「ハッ! 人殺しの外道と行動共にしてるくせに。訳分からん兄ちゃんだな」

 おそらくアリアのことだろう。レオーネは苦々しく吐き捨てた。

「……仲間にならないなら、どうするつもりです、ナジェンダさん」

 タツミをちらりと横目で見つつ、ラバックが問う。答えは分かっているも同然だったが、ラバックが訊かなければタツミが訊いていただろう。

「ああ。アリア共々……抹殺する」

 分かっていた。分かっていたがタツミは動揺を隠せない。

「まずは居場所を突き止め、一人ずつ殺す。特にタカアキは要注意だ」

「ま、いくらダンテを出しても、村雨で斬れば死ぬでしょ」

「ああ。感触からして、私とブラートが全力で戦えば恐らく勝てる」

「ちょ、待てよ!」

 タカアキを殺す算段をし始めたナイトレイドのメンバー。タツミは声を張ってそれを止めた。

「殺すとか……アキは……アキは悪いやつじゃない! 帝都の連中みたいに腐ってる訳じゃない! なのに……!」

「タツミ。アリアは帝国側の人間だ」たしなめる訳でもなく咎める訳でもない、優しい声色でナジェンダは言った。「そんな人間と一緒にいる以上、いつ敵になるか分からない。アリアにはこちらの工作員も殺されている。どちらも危険で、見過ごす訳にはいかない」

 タツミに配慮して本人には言っていないが、工作員とはイエヤスとサヨのことだ。イエヤスの行方は掴めていないが、サヨは確実に殺されている。

「タツミ……ナイトレイドにいる以上、そういった覚悟も必要だ。最初に言っただろう? ━━ここは修羅の道だと」

 ナジェンダはタツミをナイトレイドに誘う際、そう言ったのだ。いつ死ぬとも分からない、ただ大義のために修羅の道を突き進む、と。

 シェーレの死に対しても同じことが言える。本人も━━ナイトレイド全員が覚悟していた。殺し屋などしているのだ。いつ殺されてもおかしくはない。

 タツミはただ、項垂れるしかなかった。

「よし、決まりだ。今後は今までと同じ様に、依頼をこなしながらアリア及びタカアキを討伐する」

 ナジェンダは凛とした声で言い放った。

「アリアは最優先で殺せ。二人いた場合はタカアキを無視しろ」

 ナジェンダの命令は簡単だった。以前と同じく、タカアキはそのままなら速攻で撃破。アリアといた場合はアリアを先に殺す。

「ダンテを出された場合は、アカメとブラート……この二人がいない時は戦うな。そしてダンテ戦は……私も出よう」

 ナジェンダは不敵に笑って見せた。同時にナイトレイドたちの間にざわめきが広がる。

「ボス自ら……行くのか?」

「無論だ。片腕を失ったとて、私も将軍だ」

 アカメがナジェンダの義手となった右腕を見やると、ナジェンダはそれを力強く握ってみせた。

「これは革命軍本部の勅命でもある。総員! 覚悟を決めろ!」

 ナジェンダの号令で沸き立つナイトレイド。その中でタツミだけは静かに……しかし確実に覚悟を固めていった。

 ━━━━国の、村を救うために幼馴染みを斬る覚悟を。

「……俺だって、ナイトレイドだ。シェーレのためにも……」

 少年は今日、修羅の道へと足を踏み出した。

 

 

 革命軍。それは今や腐りきった帝国を変えるため、数人の有志が立ち上げ巨大化させた組織。

 ナイトレイドはいわば帝都のゴミ掃除。日の目を浴びることもなく、歴史にも残らない。

 ならば日の当たる場所で自らがそうだと名乗る者も必要だ。

 革命軍最高幹部。彼らは革命軍を纏め上げる存在である。

「これよりッ! 革命軍最高幹部員による、議会を執り行うッ!」

 石畳が敷き詰められた部屋に男の大声が響く。部屋自体はさほど大きくないが、男の声は大きかった。

 小さな窓と必要最低限の燭台以外には、中心に据えられた円卓しかない簡素な部屋だ。

 その円卓に五人の男女が座っている。先ほど大声を張り上げたのはゲンブ。ひときわ身体が大きく、椅子から完全にはみ出るほどの巨体だ。

 さっぱりと短い髪に意志の強そうな太い眉。完璧にへの字に曲がった口。二メートルはあろうかという巨体。最初にゲンブを見た者は大抵腰を抜かしてしまう。

「うるせぇなぁ。もうちょい静かに出来ねぇのかよゲンブゥ〜」

 ゲンブの隣の席。そこに腰かけた線の細い青年が避難の目でゲンブを見る。

 青年の名はスザク。ゲンブとは対称的に体つきは細く、ともすれば女性の様だ。しかし彼の鋭い眼光に捉えられれば、そんなことは言えまい。

「何か文句があるのかな?」

「だから大有りだっ! うるせぇってんだよ! いつもいつも……」

「それではまるで……俺が悪いみたいではないかッ!」

「何自分は悪くねぇみたいな顔してんだ、テメエ!?」

 スザクはとうとうゲンブに掴みかかりそうになるが、スザクのほぼ真正面に座っていた女性が止めた。

「喧嘩はよくないわよ〜ん。二人とも〜」

 穏やかに、そしてどこか間の抜けた声で二人を止めたのはセイル。女性と言うよりは、外見は少女に近い。

 ボブカットにされた髪は可愛らしく揺れ、それによって彩られる瞳もまた、大きく可愛らしい。

 が、そんなセイルの可愛らしい容姿に反比例して、彼女が放つ殺気は剣呑なものだった。思わず二人が黙り込むほどだ。

「あー、いじめだ。いじめよくないんだー。いじめカッコ悪いんだー」

 それを見た、今にも死にそうな外見をした男が口を開いた。

 ビャコウ。目の下に大きな隈をこさえ、顔色もお世辞にも良いとは言い難い。むしろ最悪の部類。頬も痩けており、実年齢より確実に十歳以上老けて見える。

 しかし小さく開かれた目だけは、キラキラと子供の様に輝いている。

 「ふひひ……」と笑うビャコウに他三人はひきつった笑みを見せた。

 その様子を今まで黙って見ていた五人目が、手を叩いて注目を集めた。

 他四人はすぐさま姿勢を正した。円卓とは本来、力の上下関係を平等にしようとして作り出された机だ。だが、手を叩いた男性がこの中で最高の権力を持つ者だというのは一目瞭然だ。

 彼こそ革命軍を統括する総長、ミカエル。大臣のやり方に疑問を感じ、帝都の腐敗を正すため革命軍を立ち上げだ人物だ。

 そんな人物像とは反対に、ミカエルは物腰の柔らかい男性だ。柔和な笑みを浮かべる顔は下手をすれば女性にも見えるし、体つきもがっしりしている訳ではない。

 特徴的な銀色に輝く髪は長く、頭の後ろで一纏めにされている。争い事など無縁そうな男性だが、その実革命軍最強の実力を誇る。

「元気なのも結構だが、そろそろ本題に入ろうじゃないか」

 本人の柔らかい物腰と同じく、声も柔和なものだった。

 ミカエルの要望に答え、ゲンブが資料を手に立ち上がる。

「今回集まってもらったのは他でもない。この帝国で発見された『ツバサ持ち』についてだ」

「報告書は呼んだわ。サヨとイエヤス、しくじったのねん」

 つまらなそうにセイルが言う。彼女は革命軍内の諜報部隊の育成も行っている。サヨとイエヤスはセイルから直接勲董を賜った数少ない人物だった。

「自分の直属とも言える部下が死んだんだ。悲しくはないのかい……? ヒッ」

 酔っ払いの様にしゃっくりをかましたビャコウ。セイルは目を伏せた。

「そんな訳ないじゃない……悲しかったわぁ。天国でも安らかにね」

 安寧道式の祈りを捧げるセイルを、スザクは横目で胡散臭げに見る。

 一つ鼻を鳴らした。

「ハッ。テメエの部下がどうなろうが関係ねぇケドよ、『ツバサ持ち』についてはどーすんだ。ほとんど情報ナシだろ」

「お前は報告書を読んでないのか?」

 ゲンブはぎろりとスザクを睨む。

 イエヤス及びサヨがもたらした情報は二つ。一つはタカアキが確実に『ツバサ持ち』であること。二つ目が、タカアキにはダンテが取り付いているかもしれないことだ。

「あーあー、読んだ読んだ。だから何だ。ターゲットは『ツバサ持ち』です。ダンテとか言う英雄だか何だか知らねぇやつを身体に宿します。……四年かけてたったそれだけか? 諜報部隊も大したコトねぇなぁ」

「あらん? 喧嘩売ってるの? 買うわよ? 買っちゃうわよ?」

「止めんか貴様らッ!」

 火花を散らし出したスザクとセイルを、ゲンブが一喝。納得出来ない顔をしながらも、二人は一応矛を納めた。

「重要なのは『ツバサ持ち』の彼が、革命軍につかないってことじゃないの?」

「その通り! だから俺はナイトレイドに抹殺指令を出しておいたッ!」

 イエヤスとサヨの報告書に、ナイトレイドの連絡。二つを鑑みた結果、タカアキが革命軍側につく可能性は限りなくゼロに近いと判断された。

「……ナイトレイドで相手になるかしら?」

 セイルが手元の資料を弄ぶ。その資料にはタカアキのデータやダンテの出現について書き記されている。

「『ツバサ』の力を使うのではなく、ダンテを召喚するみたいな書き方されてるね。……力を使わないなら楽勝さぁ。私の愛しいナジェンダもいるしねぇ」

「だが“もしも”って時には……()()()()?」

 青ざめた表情とは裏腹にうっとりとした眼差しのビャコウを、スザクは横目で見る。

 ミカエルはゆっくりと深呼吸をした。

「近年、大臣も『ツバサ持ち』を手に入れた。詳細は不明だが、我々にとってこれは絶望を意味する」

 革命軍はその実、帝具よりも『ツバサ持ち』を警戒していた。いまだ発見数はニ。もしかしたら二人だけなのかもしれないし、帝国の外にまだいるのかもしれない。

「さらに、この資料にある青年が大臣側につかないとも限らない。芽は早い内から摘み取っておくのが得策だ。もしナイトレイドがしくじった場合━━」

 ナイトレイドは帝具を持つ少数精鋭の部隊だ。それが標的を討ち漏らすなど考えにくいが……実際二度に渡ってタカアキを逃がしている。

 それを鑑みての判断。

「私が出よう」

 空間の雰囲気が変わった。ミカエルがそうさせたのだ。他四人はピリピリしたとミカエルの静かなる殺気を受け止めた。

「もう一人の『ツバサ持ち』についても同様だ。例え君たちでも戦うな。もし出会ったら逃げろ。やつは革命軍決起の日……その日まで大臣と同じく無視だ」

 戦えば命はない。革命軍を指揮するミカエルが、たった一人の人間に対してそう言ったのだ。この場の幹部は、改めて『ツバサ持ち』の恐怖を新たにした。

 大臣お抱えの『ツバサ持ち』の姿を見た者はいない。正確には、()()()()()()()()()()()()()

 以前、帝具使い三人精鋭五十人の遠征部隊が、その『ツバサ持ち』たった一人に全滅させられたこともある。

「エスデスに加え、厄介だぜ全く!」

「こっちの全戦力を投入して勝てるかしらぁ?」

「西の異民族、安寧道の教徒たち、革命軍の諜報、暗殺、実働部隊。……これだけ揃ってるんだ。勝てるさぁ」

「うむ! 我ら幹部に加え、革命軍最強の総長殿もいらっしゃる! 負ける訳がないッ!」

「その通りだ諸君。負ける訳にはいかない」

 総長━━ミカエルは幹部一人一人の顔を順番に見た。

「決起まであと僅かだ。それまで耐えてほしい」

 あと僅か。あと僅かで大臣も終わりだ。民を虐げてきた報いを受ける時が来る。

 幹部たちは、それぞれ平和な未来を夢見て牙を研ぐ。

「数ヶ月後には……世界は変わる」

 ミカエルはそっと呟いた。

 それは吉か凶か。革命軍が勝つか大臣が勝つか。

 未来はそれで……決まる。

 

 

                                  第一章 完



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第二章 光をもたらす者
1


飽きっぽい上にめんどくさがり屋の私が、ついに第二章!
これから第三章、終章と続いて一旦終了します。長い目で応援くださいませ。


「イエヤス様、完全復活!」

 いまだ静けさが勝るスラム街に、能天気な青年の声が響く。イエヤスその人だった。

 イエヤスはしきりに身体を動かし万全になったことをアピールしていた。

「朝から元気ね、家畜二号は」

 それを朝の冷気と同じ冷たさを持つ言葉で一蹴したのはアリア。金色に輝く髪をひとかきして優雅に言った。

 家畜二号とはイエヤスのことだ。一号はタカアキ。アリアはあの日から何故か二人をそう呼び始めた。

「産卵期なんだろ、多分」

 アリアに続いてスラムの家から顔を出したタカアキ。適当にそんなことを返してみた。あー魚が食べたい。そう思いつつ。

「よし、元気で結構」

 最後に顔を出したのはドク。いつも通りにボサボサの白髪をかきあげる。

 今日からタカアキたちの本格的な修行が始まることになっている。イエヤスも全快し、ドクの言う“教師”の目処もついたらしい。

「ほら、今からそこに行け」

 タカアキたちは一枚の地図を渡された。帝都の外れにある森の中に丸印が付けられている。そこが教師との集合場所だ。

 ドクはシェーレの治療のために残り、引き続き帝都の情報を集めるそうだ。

()()()()、ちょっと納得出来ないけど、シェーレは頼んだ」

 タカアキは険の含んだ声色で言ってから、ドクの背後━━家の扉の隣に身体を預ける黒髪の男性を見た。シェーレを助けた夜、タカアキ自身も助けてもらった男性だ。

「あ? 何か文句あんのかよ、小僧」

 相変わらず気だるそうだ。タカアキはいや、と首を振って前を向き直った。今は彼を気にしている場合でもない。

「それじゃ、行ってくる」

 

 

 深い森を三人で進む。普段人が滅多に足を踏み入れない場所で、危険種も多数存在するらしい。

「こんなところで修行させる気?」

 森を進みはじめて早一時間。アリアが頭にくもの巣を引っかけながらごちる。思った以上に過酷で、タカアキとイエヤスでさえも不満を溜め込んでいた。

 そんなこんなでようやく広場の様な場所に出た三人。目印代わりか、ご丁寧に白い布が巻き付けてある木の棒が中央に立っていた。目的地に辿り着いた様だ。

 三人は安堵のため息をもらすが当の教師が現れていない。

「こんなに頑張ったのに、出迎えの一つもない訳?」

「ま、まあ、時間も指定してなかったし」

「けどわざわざドクが朝っぱらから起こさせてここに来させたんだぜ? あのじいさんのことだ。俺たちがここに着く時間も計算してるだろ」

 それを否定出来ないのがドクの怖いところだ。ということは待ち人もすでにいそうだが……。

「気配がないな……」

 タカアキは周囲を見回し、人の気配を探る。しかし周囲に気配はない。

「なあ……その気配とかってどう感じるんだ?」

 イエヤスが常日頃から疑問に思っていたことを口に出した。村にいた時からタカアキはそういったものを鋭く感じていたのだ。タツミはもちろん、共に訓練していたサヨさえも気配など感じ取れなかったのに。

「どうって……なあ?」

 同じく気配を感じられるアリアに、タカアキは視線を送る。彼女は肩をすくめた。

「私の場合は、何かそこにいるなって感覚がふわふわと伝わって来るのよ。もしかしたら人の血の匂いを感じ取っているのかも」

「こ、こえーこと言うなよ」

「ふふ、何で? 私は血を見るの、大好きよ」

「やっぱこえーよ。この女悪魔だよ、絶対」

 イエヤスは質問も忘れてタカアキの陰で震え出す。

 その様子を見て嘆息したタカアキだが、次の瞬間に自らに飛びかかってくる“何か”を察した。それが何かは分からないが、タカアキは条件反射で飛びかかってきた何かから、イエヤスを庇った。

「んな!?」

「しまった━━」

 イエヤスとアリアの声が遠くで聞こえる。━━死ぬのか俺。

 迫る刃を目の前にそう考え目を閉じた。

 ━━そして刃が自らの身体をすり抜けていく感覚を味わった。ああ、斬られた。死んだ。そう思ってはいたが、痛みはない。

 恐る恐る目を開けると、そこには金髪の男性が立っていた。

 見事な金色のモミアゲを自慢気になぞる。スーツ姿の様だが裾はよれよれになっている。しかもそれは崩されていて、男性が型にはまらない人間だと言っている様だ。

 手にしているのは━━巨大な鎌。立派な装飾を施されている点といい、とても戦闘用には見えない。

 その男性は口角を楽しげに吊り上げていた。その口を開く。

「……合格。お前さんは立派な人間になるだろうなぁ」

 タカアキはポカンとしてしまった。イエヤスもアリアも突然の出来事で硬直している。

 そんな彼らを見て男性は悪い悪いと頭をかいた。

「ドクに聞いちゃいたが、一応試させてもらった。兄ちゃん……」

 男性は鋭くタカアキを見据えた。その瞳が楽しげに揺れる。

「十分すぎる。逸材だ。王の器っつってもいいくらいだぜ」

 ものすごく褒められているのだが、当の本人は目をぱちくり。状況が全く飲み込めていない。

「え、と……ドクの知り合いか?」

 ここまでくればもはや想像がつくだろうに、先ほどの斬られた様な衝撃も相まって間抜けな問いをしてしまうタカアキ。

 そんな彼の問いに、男性は笑って答えた。

「ホリマカ。今日からお前らの教師やらせてもらうぜぇ。よろしくな」

「こ、こんなちゃらんぽらんな男が……?」

 ドクがタカアキたちを鍛えるために呼んだ教師、ホリマカにアリアは絶句を隠せない。

「男はみな、飄々とあるべき生き物だぜ、アリアのお嬢さん。特に俺は、特定の波止場を持たない流浪の船さ」

「それって要するに、帰る家ねぇってことか?」

 あごに指を当ててポージングをしてみせるホリマカ。本人的には決まっているつもりなのかもしれないが、内容は身のないものだった。おかげでイエヤスのツッコミをくらう。

「ま、立ち話もなんだ。来いよ。俺の彼女を紹介してやる」

「話の流れがおかしくない? 別に貴方の女なんてどうでもいいんだけど」

 くるりときびすを返したホリマカだが、アリアの言葉に立ち止まる。そこで顔だけをこちらに向けた。

「誰が女っつったよ? いいから来いよ。民間人に見せんのは初めてだぜぇ?」

 タカアキたちは一度顔を見合せたが、結局着いていくことにした。アリアは、また森の中を歩かなくてはならないことに不服だったが。

 目的地はすぐだった。ホリマカに先導され、五分十分歩くとホリマカが立ち止まった。

 周りには木しか見えず、時に何かがある様には思えない。

 しかし。

「そこ……いくつか人の気配を感じる」

 タカアキはホリマカが立つ丁度目の前の森を指差した。

「ほんと。それによく見たら……ハリボテ?」

 アリアの言う通り、目の前の木々は本物ではなかった。ホリマカが実際にそれを掴んだことで、カムフラージュ用の木々が描かれた布だと分かった。

 ホリマカは布を握る手に力を込める。

「ご対面だぁ。しっかりその目に焼き付けろ━━」

 そして勢いよく布を引いた。

 生い茂る木々が取り払われ、“それ”があらわになる。

 白。真っ白だ。まず最初に目に入ったのはその色。次にシャープなその形。巨大すぎて“それ”が何だか分からなかったが、ようやく布が取り払われたことにより、“それ”がどういうものか分かってきた。

 本来こんな場所にはあるはずのないもの。

 普通は陸の上にはないもの。

 そもそも海の上でしか、その力を発揮出来ないもの。

 ━━そう。船だ。いや艦だ。大きさは百数十メートルほど。船としては大きく、艦としては小さい。純白の装甲には傷や汚れ一つなく、全体的に流線形な船体に、簡素に主砲や副砲が収まっている。

「こいつが、俺たちの持つ最愛の彼女……閃光の白船、セントビーチェ号だ!」

 ホリマカの自慢気な声もタカアキたちには届いていない。ただ、圧巻されていた。美しさと共に気品を兼ね揃える、この純白の艦に。

「いや、で、でもよ、どうやってこんなとこまでこいつを?」

 イエヤスの疑問ももっともだ。船は水上を走るもの。近くに川もない。

 ホリマカは不敵に笑って空を指差した。

「飛んできた」

 飛んできた。

 トンできた。

 分からなくなってきた。いや、元々訳が分からない。さすがのアリアも目眩を感じ、タカアキなど考えることを放棄したかの様に口をポカンと開けている。

「ま、百聞は一見にしかず、だ。飛行戦艦……その身で味わってみな」

 艦は実際に飛び上がった。甲板にタカアキたちを乗せ、大空へと舞い上がる。

 初めはビビりまくっまていた三人だが、風を切る感覚を数分も味わえばもう虜になっていた。

「これは……気持ちいいわね」

「ああ! サイッコーだぜ!」

「まさに鳥になった気分ってやつだな。こいつなら空から魚が取れそうだ」

「そうだろう? いいだろう? 最高だろう? これだから空を飛ぶのは止められねぇ」

 三人の賛辞を受けホリマカは満足げに頷く。共感を得られたことがよほど嬉しいらしい。

「でもこんな鉄の塊がどうやって飛んでいるの?」

「何で今までこいつが帝国に知られてなかったんだ? 革命軍にも情報はなかったぜ?」

「こいつで漁出来る?」

「いっぺんに聞くな! 順番に答えてやるよ……」

 ホリマカは興奮気味の三人を手で制する。そして一つ咳払いをした。

「こいつ━━セントビーチェ号は俺とドクで造り上げた。確かに普通は空なんぞ飛べるモンじゃあねぇ」

 ホリマカは流れる下界に視線を落とした。甲板に出るために高度と速度を落として飛んでいるため、下界の動きはゆっくりだ。

「だが空飛ぶ危険種の飛翔機関を何とか組み込めてなぁ。ドクは天才だよ」

「それって……」

 つまり帝具と同じなのでは? 皆まで言わずともアリアの言いたいことがわかっていたのか、ホリマカは強く頷く。

「まるで、どうすれば危険種の特性を道具に乗せられるか知ってるみたいだった。付き合いは長いが、謎の多いジジイだぜ」

「……そうね。彼については分からないことの方が多いわ」

 タカアキがシェーレを助けた時に彼を救った男性もしかりだ。ドクから男性が何なのかは聞いていたが、納得は出来ていない。

「次はイエヤスだな。知らない理由は簡単。バレないからだ」

 ホリマカは簡単に言い切った。

「飛翔機関はさっき言った通り危険種のもの。大きな音は出さねぇし、大して燃料も食わねぇ。そして空にいるこいつは下からは見えねぇ」

 ホリマカが言うには海鳥と同じ様に、腹の部分を空と同じ色にして地上からは見えにくくしているらしい。

「それと基本は高い高度を飛行するからなぁ。普通は見えん」

「空を見上げるってこともしねぇしなぁ」

 人が空飛ぶ船に乗って空中散歩中、なんて言われても信じる人間はいないだろう。今の時点では空を飛ぶ方法は、危険種の背に乗るか帝具を使うかのニ択だ。

「……とまぁ、こんなモンだぜ。もうお前らはセントビーチェの虜だろ?」

「漁が出来るか答えてねーぞ、こらー」

「お前はうるせーよ」

 ホリマカは軽くタカアキの頭を小突く。王の器だの何だの褒めていたわりに、タカアキの扱いはぞんざいだ。

 そのままちょっとした喧嘩に発展したが、タカアキがふと地上を見下ろした。視線の先には湖。

「ん? ギョガン湖か。あれがどうかしたか?」

 ホリマカもタカアキに倣って覗き込む。眼下には大きな湖と、それを取り囲む木々が生い茂っているだけだ。

「何だろう……何か」タカアキは目を細めた。「懐かしい……? ふるさと……みたいな」

「んー?」

 ホリマカは首を捻った。イエヤスに目で訊ねるが、彼は首を振った。

「……まぁいい。次は船内を案内してやる。高度を上げたいし、中に入れ」

 タカアキは何故だかあの湖……もしくは湖の近くに何かある様な気がしてならなかった。ならなかったが、それが何かはわからない。

 後ろ髪を引かれながらも、タカアキは艦内へと入って行った。

 




閃光のリベリオンはつまり何が言いたいかっていうと、

ルシフェルマジかっこいい!!
って話です。


お、俺はイルミナティの人間じゃねえよ?(震え声)


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2

アリア「アリアちゃんの!『よく分かる拷問講座』! 第二弾よ」
イエヤス「まさかの続編かよ…」
アリア「前回のアイアンメイデンは正確には拷問器具ではないわ。だから今回も拷問器具ではなく、拷問の方法をみんなに解説するわね♥」
アリア「そうね~、嫌いなやつを全部が緑色に塗られた部屋に放り込んでみなさい」
イエヤス「……訊くのが怖いけど、どうなるんですか?」
アリア「発狂するわ。ふふ、私、精神的に責める方が好きなのよね」
イエヤス「え、と、じゃあ、アレを、全部の壁に魚が描かれた部屋に放り込むとどうなるんだろうな」

タカアキ「魚、そう…それは宇宙の神秘。そして真理!」

アリア「うん。発狂するんじゃないかしら」
イエヤス「最初から狂ってると言えなくもないけどな…」


 艦内へ戻ったタカアキたちは、乗組員への挨拶がてら艦内を見回った。

 意外にも小綺麗にされており、手入れが施されていた。まるで新造艦だ。大切に扱われている証拠だろう。

 ブリッジや居住区など主要な場所を回った後、三人は食堂の休憩スペースで腰を落ち着かせることにした。

 飲み物を貰いあおりつつも、話をする。

 内容はすでに艦のことではなく、ドクのことだった。

「まっさかドクが帝具使いとはなぁ」

 イエヤスはギシリと背もたれに体重をかけた。

 ドクは帝具使いだった。それはついこの間……タカアキがシェーレを助けた時に判明したことだ。

「確か生物型の中の人間型帝具……疾風迅雷マスラオ、だったかしら」

「そう言ってたな。とんでもない強さだった」

 タカアキは同じく生物型帝具であるコロを、いとも簡単に蹴り飛ばしたマスラオのことを思い出した。いかにもやる気がなさそうな人相だったが、実力はある。

「生物型は普通と違って消耗少ねぇからな。ジジイでも使える」

「そのジジイが何で帝具なんか持っていたのか気になるけどね……」

 ドクを問い詰めてもその辺りは教えてくれなかった。

「ま、それもそうだけど、俺はなんでお嬢様のお前が、スラムのジジイなんかと知り合いになったのか知りてぇなぁ」

 イエヤスが恐る恐るといった体でアリアを流し見る。アリアは方眉を上げる。

「あら、言ってなかったかしら?」

「おう、聞いてねぇ」

 タカアキが頷いたのを見て、アリアはコップをあおった。

「そうね……私が産まれたばかりの時の話よ。お父さんとお母さんの話だと、私は産まれたばかりだというのに、ろくにミルクを飲まなかったらしいわ」

「まあ、そういう赤ん坊もいるかもな」

 イエヤスは頷いてみせる。

「そう。別にこれは珍しいことじゃないけれど、ここからよ」

 アリアは机の上で手を組みその上にあごを乗せた。その瞳が怪しげな光を発し出したのを認めたタカアキとイエヤス。

 無意識に唾を飲み込む。

「そのまま本当に何も口にせず、一週間二週間は平気な顔でいたらしいわ」

(ぎょっ)!? こ、こえぇ」

「おい、やっぱ悪魔だってこの女。マジやべえって!」

 お互い抱き合って震え出した男二人を無視して、アリアは続ける。もはや怪談をしている雰囲気だ。

「さすがに医者に連れていったみたいだけど、異常はなし。健康そのものだったそうだわ」

 アリアは続ける。

「当時まだ貴族ではなかったお父さんは、スラムにいるある医者の話を聞きつけ、彼にかけることにした」

「ドク……か?」

 タカアキの言葉に頷くアリア。ドクは性格はいい加減だが腕は確かだ。十五年近く前から医者をやっていたとしても不思議ではない。

「ドクのところに連れていかれた私は治療を受け、普通にミルクを飲む様になりました……と」

「あや、案外あっさりと」

「お父さんから聴かされた話だし、はっきり言うと信憑性にかけるわ。ドクも何も言わないし。まあ、ドクとの交流が始まったのはお父さん伝いだし、あながち嘘じゃないかもね」

 ふっと顔を綻ばせて、アリアは手を離した。

「私の話はこんなところよ。大して面白くもないでしょ?」

「いや? お嬢さんの過去なんかそうそう聞けねぇからな。俺には有意義だったぜ」

「あ、ホリマカ」

 いつの間にかアリアの背後にはホリマカが立っていた。ホリマカはおどけてウインクをかましてみせる。

「艦内見学はもういいのかよ?」

「ああ、サンキュ! 最高に有意義だったぜ!」

 好奇心の強いイエヤスにとっては、この艦はおもちゃ箱も同然だろう。彼は顔を子供の様に綻ばせた。

「面白い話と言や、ホリマカ。最初に会った時、俺斬られた気がしたんだけど」

 確かにタカアキはあの時、ホリマカの持つ鎌で斬られた感覚を味わった。刃が身体をすり抜けた感覚は本物だったし、死を覚悟するほどだったのだが、実際生きている。斬られた痕もない。

「ああ、あいつは帝具だ」ホリマカは事も無げに言った。「奇奇怪怪アダユスっつって、鎌を振るとその軌道上の好きな場所、角度に斬撃を発生させられんだよ」

「ほえ?」

 目を丸くするタカアキ。理解出来ていない。

「つまり縦に鎌を振っても、縦に斬撃が発生するとは限らないってことだよな?」

「よく分かったな。見た目より頭いいな?」

「失礼じゃね? それ」

 イエヤスは一回の説明で理解出来た様だが、タカアキはまだ頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

「そうね……例えば鎌を縦に振る。普通なら鎌が通った場所が斬れるわよね」

「まあ……当然だよな」

 アリアの身振りにタカアキは頷いてみせる。

「ところがアダユスは帝具。斬った場所が斬れるとは限らないの。使い手の意思で、斬り裂いた方向とは別方向に斬り裂ける……って感じよね?」

「んー? 刀を振るのは縦だけど、斬れるのは横って感じか?」

「任意でな。ちなみに威力、範囲は実際に振ったものと同じな上、何回でも複製出来っからアダユスを一周させりゃ、全方位に攻撃出来る」

 アリアがかみ砕いて説明すると、微妙な顔付きながらもタカアキは納得した。

「一筋縄じゃいかない帝具ね。使いにくそうだわ」

「俺様くらいになれば、チョチョイのチョイだがなぁ」

 自慢気に胸を張る。ホリマカ。だが全員がスルー。ガックリとホリマカは肩を落とした。

「そ、そういや」それを見たタカアキが不憫に思ったか、ホリマカに問いかける。「この艦どこに向かってるんだ? ずいぶん飛んでるけど」

「ああ、言ってなかったか……極東の島国、ジパングだよ」

 そこでしばらく修行してもらう、とホリマカは言った。

「ジパング? そこって確か鎖国中だったよな?」

「他国と貿易はしないってやつね。そんな話も聞いたことあるわ」

 ジパングとは、帝国を東にずっと行った場所にある国だ。島国であるため、船を使わなければ辿り着くことは不可能。

 それを利用してか、数百年前から鎖国をしている。

「そいつはそうなんだが、セントビーチェなら関係ねぇんだな、これが」

「まあ……空飛べるしな」

 空を飛べるのは大きな利点だ。制空権を取れば戦闘のみならず、あらゆる方面で優位に立てる。

「向こうに知り合いもいる。ちょくちょく行ってっからな。メシも美味いしいい国だぜ?」

 不敵に笑ってみせるホリマカ。ジパングの食事に余程自信がある様だ。だがそれよりも、タカアキはジパングに行けることそれ自体に胸を躍らせていた。

 ジパングは一閃流開祖ダンテの故郷だ。そこの産まれだと伝えられている。

 一閃流を扱う者としてジパングに足を運ぶことになるのは、これ以上ないほど嬉しいことだったりする。

「どんな国なんだろうな……」

 タカアキはジパングに想いを馳せていた。

 

 

 セントビーチェ号の速度は素晴らしく、ニ時間足らずでジパングに辿り着いていた。船で帝国から行くと五、六時間はかかるらしい。

 ホリマカはしばらく滞在することになる村の近くの森に、セントビーチェ号を降ろした。曰く、「知り合いの方が多い村だが、さすがに住民が驚く」だそうだ。

「また歩くのね……」

 村まで少し距離がある旨をホリマカが説明すると、アリアはゲンナリした。

「戦闘に体力は必須だぜ。これから嫌ってほど鍛えるんだ。これくらいでガタガタ言うなよ」

 まさにホリマカの言う通りで、それはアリアも理解していた。一行はホリマカの仲間にセントビーチェ号を任せ、村へと向かった。

 セントビーチェ号は村から数キロの場所に停泊してあり、徒歩でもすぐに村に着くことが出来た。

 森を抜け、しばらくのどかな平原を歩く。すると段々と民家が見え始めてきた。

 のどかな場所だ。

 帝国とは違い木製の建造物が点々と建っており、全体的に雰囲気が落ち着いている。森が近くにあるためその温かさもあるのだろうが、どことなく平和そうだ。

 争いごとなどとは無縁で、呑気に畑を耕している人や、花畑で蝶々を追いかけている子供までいる。

「……何か……平和そう、だな」

 イエヤスが知らずに呟いた。帝国ならこんな感想は抱けないだろう。地方であっても、大臣の圧政のせいで貧困に苦しんでいる。

 ここは帝国とは対照的だった。

「ま、村は後でゆっくり見れるさ。……時間なのに来てねぇな」

 ホリマカが懐中時計に目をやる。そして苛立たしげに眉を上げた。こちらはしっかりと定刻通りに村に着いたというのに、出迎えるべき人間が来ていないのだ。

「誰か来るのか?」

「おお、俺たちが泊まる旅館の案内人に、この時間に来る様に頼んだんだがよ……」

 いない。辺りを見回しても畑と花畑と青空が広がるだけだ。ホリマカはため息をついた。

 と、その時遠くから駆け寄ってくる影があった。

「あ、転んだ」

 遠目で分かりにくいが、その影が地面にキスをしていた。思わず全員で呟くほど豪快だった。

 影は起き上がり、再びタカアキたちの元に駆けてきた。

 近付くことで影が女性だと判断出来た。服装はこの村の人たちと同じ和服。走りにくいこの服のせいで転んだのだろう。

 セミロングの髪は寝起きの様にボサボサで、整えられている様子が微塵もない。と言うより、表情からして寝起きだろう。まだ視点が定まっていない。

 その女性の髪の色は━━柔らかいクリーム色だった。タカアキの表情が徐々に強張りだす。

 ようやくタカアキたちの目の前まで来ると、女性は膝の上に手を置いて息を整える。

「おせーぞ、オイ」

「すみません〜。昨日は天体観測がはかどってしまいまして……」

「あー、分かった。分かってた。そうだったな、うん。お前はそういうやつだ」

 ホリマカと会話する女性の顔を見て、タカアキは完全に絶句した。何故なら、

「ザ、ザンクの幻影に出てきた……女の子……!」

 その人だったからである。

「え? 彼女が?」

 アリアは女性をまじまじと見つめる。タカアキが以前言った様に特徴的なクリーム色の髪をしているし、和服も着ている。

「……私の顔に何か付いてます? ━━ハッ!? 寝起きだし、よだれ!?」

「……は付いてない、けど」

 ずいぶん利発な人だ。見かけはどちらかと言えば清楚な佇まいなのに。

「落ち着け」ホリマカは女性の頭を乱暴に掴んだ。「こいつはユセ。これから村の案内や色々と世話してくれるやつだが……知り合い……じゃねぇよな?」

 タカアキとアリアの反応があまりに不自然だったので、ホリマカも困惑気味だ。

「初めましてのはずだけど……どっかで会ってないよな?」

 間抜けにもタカアキはそんなことを訊いてしまった。タカアキは帝国から出たことはなく、ジパングも鎖国中だ。ユセという女性が帝国に来ていた訳もない。

「貴方と会うのは初めてですけれど……」ユセは上品に顔を傾げると、にっこりと笑ってみせた。「初めて会った気がしませんわ。運命を感じてしまいますわね」

「いっ!? さ、さすがに初対面の人間に……それは重いぜ……」

「これは失礼しましたわ」

 ユセは屈託なくころころと笑った。

「からかうのはそんくらいにしとけ」

 ホリマカは一つ嘆息して頭をかいた。ユセは誰にでもこうだ。特に気に入った相手は、からかいの対象となる場合が多い。ホリマカも一時期よく遊ばれた。

 ユセは佇まいを直してタカアキたちに向き直った。

「ようこそいらっしゃいました。ここはジパングの晴州(せいしゅう)、明け丘村ですわ。どうぞごゆっくり」

 そして深々と頭を下げた。

 接客態度としては十分なのだが、

「アタマ何とかしろよ、アタマ」

 寝癖が強く付いたクリーム色の髪が、ホリマカのつっこみと共に、揺れた。



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3

注意!流血表現があります。けっこうザックリと。



しかし、警告タグ付けた方がいいのかしらん。
何気にセリューも腕飛んでるし。


 一行はまずユセの案内で、泊まる予定の旅館へと向かった。

 どこまでも田園風景が広がり、時には森も見受けられたその道中。ユセは先頭に立って一行を先導し、それだけでなく村のガイドまで始めた。

 ユセが指差したのは、小さいながらも存在感のある一つの山。頂上には見慣れない建物が建っていた。やはり木造である。

「右手に見えますのはこの村の由来にもなりました、明けの山。山頂には神社もあります」

「神社?」

 聞き慣れない単語にアリアがおうむ返しに訊いた。

「はい。神を祀る……いわゆる祠ですわ」

 そこは村人の集いの場でもあり、時には避難する場所にもなる。

「千年前……帝国である一つの化け物が暴れ回りました。黒き翼を持つ災厄━━悪魔大王ですわ」

 有名な話だ。絵本にもなっている。

 大まかなストーリーはこうだ。ある日悪魔大王と呼ばれる、とてつもない力を秘めた危険種が現れた。当時まだ帝国とは言えないものの、武力や兵力のある国がいくつかあり、それらが連合を組んで悪魔大王討伐作戦を展開した。

 しかし悪魔大王の力は強大すぎて、千の兵士も物の数ではなかった。

 民の間に不安が広がる中、立ち上がったのが後の帝国の始皇帝とその仲間たちだった。

「その内の一人が、我がジパング出身のダンテでした」

 始皇帝は東へ赴きダンテを仲間に引き入れ、西へ赴きさらに仲間を増やした。

「最終的に始皇帝が仲間として引き連れた人数は四人。たった四人だったそうですわ」

「始皇帝を含む五人で、その悪魔大王を討伐しちまったんだよな?」

「はい。当時帝具はまだ発明されておりませんでした。その四人の方々が素晴らしい腕前だったのでしょう」

「さすがに誇張っぽいけどなぁ」

 結末は当然の如く悪魔大王の敗退。悪魔大王は始皇帝によって身体を四つに分けられ、封印されたと伝えられている。

「あの神社が、その一つらしいですわ」

 本来なら神様を祀らなければならないんですけれど、とユセは困った顔で笑った。ジパングにある他の神社は、しっかりその地方に由来した神やジパング独自の神が祀られているらしい。

 言われてタカアキも思い出していた。自分の住んでいたマツラ村の近くにある洞窟……そこにも確か祠があった。

 小さい頃は気にしたことなどなかったが、今思えばなかなか(えにし)の深そうな場所だ。特に、四つにした悪魔大王をこの場所に封印したのは、大きな意味がありそうだ。

「興味がおありでしたら、後ほど訪れてみてもいいかもしれませんわね」

「あ? ああ、そうだな……」

 タカアキの思考を見透かした様にユセがタカアキの顔を覗き込んで笑った。

 タカアキは何だかユセが苦手に感じてしまっていた。ザンクの幻影を意識しすぎることもないはずだが、どうしてもユセが気になってしまう。

 ━━やはり以前会っている様な、そんな気がして。

「絵本でよく見るのはダンテだけどよ」そんなタカアキの様子を察したのか、イエヤスがひょいっと顔を出した。「他の三人の名前はわかんねーのか?」

 帝国で出回っている「始皇帝誕生秘話」にはダンテ以外の名前は記されていない。何故ダンテだけなのかは不明だが、これによりダンテが一番の始皇帝の部下として有名だ。

「ジパングには伝わっていますよ。ダンテとウェルギリウス、エリザベートにベアトリーチェ……この四人ですわ」

「ふーん。半分は女なのね?」

 意外そうにアリアが呟いた。その後に「ん? エリザベート?」と最近聞いた様な単語に頭を悩ませ始めた。

 しばらく記憶を辿ると、一つだけ、思い当たるものがあった。

「……エリゼ。そのエリザベートさんの略称ってもしかしなくてもエリゼ?」

「? ええ、多分。名前からそう判断出来ると思いますけど」

 ユセの回答を聞いて「ああ……」とアリアは頭を抱えた。

「どうしたんだよ、アリア」

「いや、ね。前にダンテと話した時、私がそのエリゼに似てるって言われたのよ……」

 タカアキの問いにアリアは弱々しい声で答えた。別に悪いことじゃねぇだろとタカアキは言うが、

「私は似てるって言われるのが嫌いなのよ。特に動物じゃなくて人間にって言われると、もう、最悪」

 アリアは自分のアイデンティティーを大切にしている。だから何かと似てる、何かに似てる、誰かと似てる……そんな言葉はアリアにとっては侮辱に等しい。

 自分は自分。一人だけだ。その誇りがあり、ともすれば傲慢ともとれるが、自分はこの世に一人だけ。オンリーワンである。それを誰よりも強く思っているのがアリアだ。

「ああ……まさかそんな歴史的な偉人と似てるなんて……」

 そしてアリアは負けず嫌いだ。自分が下に見られるのを我慢出来ない。

 だがら、

「エリゼより凄いことしてやんなきゃいけないじゃない!」

 この結論に辿り着く。

「ダンテめ……見てなさいよ。エリゼみたいって言ったこと、後悔させてやるわ……!」

 アリアが静かに闘志を燃やす様子を見て、タカアキたちはやれやれといった様子で頭を振った。

「別にそれでもいいけどさ……お前はお前でいいところがあるだろ? 無理しなくても、十分魅力的だと思うけどなあ」

 タカアキの正直な感想だった。アリアの性格から、自分の魅力が比較された人に劣っていると思い、それが面白くないのだろうとタカアキは判断したのだ。

 今のままでもいいぞと本人は言ったつもりだろうが、そこはタカアキである。他人にどう聞こえるかは分かりきったことだ。

「よくそういうこと、普通に言えるわよね……」

「何だよ、そういうことって」

「はいはい、家畜二号の時もだったけど、本当に舌が回るって言うか……」

「多分、舌が回るは意味が違う。……まあ、アキについては同意見だけどな」

 アリアに続いてイエヤスもゲンナリとして肩を落とした。落とさせた本人はキョトンとしていたが。

 それはともかく、雑談をしていればすぐに旅館に到着した。

 旅館は民家と同じく木造だった。しかし意匠が他と明らかに違う。全てが一階建てだった民家とは違い、こちらは二階建てだ。つまり木造平屋でない。玄関を中央に、左右に建物が別れている。

 豪華な装飾を施され、どことなく帝国の家屋の意匠を見てとれる。完全に客人用なのだろう。

「こちらが今回皆さんが滞在することになる、光明館ですわ」

 ユセは玄関の扉を開け、タカアキたちを中へと導いた。

 旅館の中はさらに豪華な装いだった。床にはじゅうたんが敷かれ、天井にはまさかのシャンデリア。ここだけジパングではない様な意匠だが、どこまでも木造ではある。

 泊まることになる部屋━━男女で部屋自体は同じだが、敷居を障子で隔てて部屋を分けた━━に荷物を置いた。

 そこにはすでに誰かの荷物も置いてあり、タカアキが誰のものかユセに訊くと、

「私の荷物です。しばらく同じ屋根の下での生活ですわね」

 と笑顔で返してきた。泊まり込みをするらしい。

「この村に住んでる訳じゃねーんだな」

 わざわざ荷物を用意している辺り、ユセもこの村の人間ではないのかもしれない。そう思ったイエヤスが口を開く。

「ふふ、私はこの村の出身ではありませんから」

「はーん……なるほど」

 納得して頷いたイエヤスとタカアキたちを引き連れ、再び外へと繰り出した。

 連れて行かれた場所は村から少し離れた森の中。木が開け、ちょっとした広場になっている場所だ。

 ホリマカがユセの代わりにタカアキたちの前に歩み出る。彼は持ってきていた帝具アダユスを地面に突き刺した。

「まだ夕飯まで時間がある。そこでお前らがどれだけ“やれる”か調べさせてもらうぜぇ」

「戦闘能力の調査ってとこか?」

 タカアキたちは、持ってきておいたそれぞれの武器を構える。この場所に案内された時点で、なんとなく予想はしていた。

 ユセを連れてきた理由は分からないが、ホリマカが帝具を持って森へと行く理由など戦闘行為以外にはないだろう。

 反面教師っぽい雰囲気だが、教師は教師だ。

 ホリマカは口の端にシワを刻みつつ、アダユスを引き抜いた。

「いい反応だ。━━()()

 ホリマカに答え、ユセは左腕を持ち上げる。その薬指にはキラリと光ものがはめられていた。

「ゆ、指輪?」

「そう……だがただの指輪じゃあねぇ。こいつも帝具よ」

 タカアキたちは目を見開いた。五百年前の内乱で外国にも帝具は散っていたのは分かっていたことだが、ユセがその一つを持っていた。

「帝具━━奈落軍勢アバドン。こいつ単体には、特殊な能力はねぇ」

「帝具なのに……?」

 アリアは怪訝そうに眉をひそめた。ホリマカの言い方が気になったのだ。

 “単体では”。つまり複数にて効力を発揮するのか。

「知ってる……確か革命軍の書物にあったぜ」

 イエヤスが言う書物とは、いつ書かれたものかは分からないが、帝具について書かれた文献だ。全ての帝具が記されている訳ではないが、書いた誰かが知りうる限りの帝具が載っていた。

「奈落軍勢アバドン……破壊した帝具の能力を、吸収する帝具だ……」

 イエヤスの口から漏れるアバドンの能力。タカアキたちの間に戦慄が走った。

「そうだ。まあ帝具は危険種から作り出されたモンだし、帝具の元となった危険種を倒せば力は手に入るんだが……帝具ぶっ壊す方が簡単だ」

「素材の超級危険種は、あのダンテたち四人がかりで討伐したそうですからね」

 ホリマカとユセの言い方から察するに、超級危険種はダンテクラスの実力者四人以上でなければ討伐出来ない様だ。

 つまりホリマカやユセはもちろんタカアキたちでは無理。

「だから簡単に壊せる帝具の方を、これまでいくつか壊してきたんだよ」

「その一つが……これですわ」

 瞬間、地面が裂けた。地面が割れ、中から人の形をした何かが出てきた。一体だけではない。タカアキたちを囲む様に何十体と姿を表した。

「土偶人形クレイマン。土さえあれば好きなものを造り出せる帝具ですの。姿形しか真似は出来ませんけど、それなりの戦闘能力はありますのよ」

 見た目は茶色く人の形をした粘土の様だ。タカアキたちの抵抗を減らすためにわざと粗雑な作りにしたのだろう。

「さあ、そいつらをぶっ倒してみな。気ぃ抜くと……やられるぜぇ?」

 ホリマカのセリフを合図にしたかの様に、クレイマンたちがタカアキに襲いかかる。

「迎撃開始! 全力でいくぞ!」

 そしてタカアキたちも、タカアキの号令で動く。

 始めに踏み込んだのはタカアキ。刀を腰に構え、クレイマンの首を狙って横凪ぎに一閃。確実に一つを捉え、次へ。

 タカアキは相次ぐ強敵との戦いで、そのキレを増していた。

 流れる様にクレイマンを打ち倒すタカアキを見て、イエヤスだけでなく、アリアも嘆美の声を漏らした。

「すげえ、前より強くなってるぜ……」

「ふうん……殺せる相手ならあんなに強いのね」

 二人がタカアキの動きにブレのなさを感じたのは、特にそれが原因だった。

 タカアキは相手が生き物ならば危険種ですら不殺を貫こうとする。生きるために、食べるために以外で生き物を殺めない━━それが彼の矜恃(きょうじ)だ。

 クレイマンにはそれが適用されない。ただの土だ。手加減の必要もない。

 クレイマンは次々とタカアキに打ち倒され、土くれへと戻る。

「こりゃあ、負けちゃいられないぜ!」

 イエヤスも手に持つ槍に力を込める。迫るクレイマンに突きをお見舞いしようと槍を引くが━━

「━━いたっ」

 引いた槍の石突━━槍の柄の刃とは反対部分の先端━━がアリアの背中に当たったのだ。

「あ、すみませ━━」

 振り向いて謝ろうとしたイエヤスに、何の躊躇いも容赦もなく四針が発射される。

 間一髪で避けたイエヤスだが、さすがにこれには下手に出てはいられない。

 こめかみに血管を浮き上がらせつつ、イエヤスは怒鳴った。

「ふざけんな、この外道女! 今俺死にそうだったぞ!」

「あら殺そうとしたのに、何か問題あるかしら?」

 うふふ、とアリアはあくまで上品に笑う。

 限界だ。

 イエヤスのこめかみの血管が切れた。

「てめえ、もう赦さねぇっ! サヨを殺された件もある! ここらで決着付けようじゃねぇか!」

「家畜ごときが私に敵うと思ってるの? 地面に這いつくばらせてあげるわよ。もちろん死体でね」

「死体になるのはてめえだぁぁっ! ぶっ殺してやるううぅぅ!」

 四針が飛ぶ。

 イエヤスが避ける。

 クレイマンに当たる。

 クレイマンが動かなくなる。

 イエヤスが突く。

 アリアはひらりとかわす。

 ついでに綱糸でイエヤスを攻撃。

 イエヤスは近くにいたクレイマンを槍で突く。

 そいつを盾にする。

 クレイマンが輪切りになる。

 …………など、二人の戦いは苛烈を極めていった。いつの間にかクレイマンは全滅し、タカアキは刀を振るうのを止め、ホリマカとユセはただただ呆然としていた。

 イエヤスはアリアに対して色々な鬱憤が溜まっていたし、アリアもアリアで目の前に仇がいるというのに何日かお預け状態だった。

 つまりお互い蓄積があったのだ。アリアに関してはぶつける相手は誰でもよかったろうが、イエヤスはアリア一人に対してだ。

 タカアキは最初こそ呆れた目で二人を見ていたが、段々と二人の間にある……いわば強い確執を感じ取った。

 止まれない。二人は止まらない。それを感じ取った。だからどうすべきか迷った。力で押さえ込むことが出来るのか、出来たとしてもやるべきか。決断しないと二人の内どちらかが死ぬことになってしまうかもしれない。

 いや、高い確率でどちらかが死ぬ。

 タカアキは決意を固め、一歩踏み出すが、

「私にお任せくださいな」

 ユセがタカアキの肩に手を置いて止めた。

 ユセは優雅な足取り……それこそ散歩に向かう様な足取りで激突する二人の空間に歩み寄った。

 ゆっくり、ゆっくり。

 一歩一歩。

 お互いがお互いを傷付け合い、イエヤスとアリアはボロボロだ。

 それでも二人はぶつかり合い、己の敵を駆逐しようとしのぎを削る。

 ユセは二人を哀しそうな目で見やった後、覚悟を固めるかの様に目を閉じた。

 イエヤスが槍を突き出し、アリアが綱糸を振った。

 これで決めると言わんばかりの攻撃。

 ユセは、その二人の攻撃の間に、自分の身を投げ入れた。

「なっ━━!?」

 タカアキの止める間もなく、二人の攻撃が同時にユセに届く。槍はユセの左肩を貫き、綱糸はユセの全身を細かく斬り刻んだ。

 綱糸はともかく、槍は深く肩に食い込んだ。槍は貫通し、反対側にいるアリアに、ユセの血を浴びせる結果となった。

「━━んく……!」

 ユセは肩や全身を焼く痛みを必死に耐え、声を噛み殺した。肩からは血がとめどなく溢れ、白い和服を真っ赤に塗らす。

 赤。命の水の色。そして今、ユセの身体を塗らしているのは間違いなく命の水。その原因を作ったのはイエヤスとアリア。

 イエヤスは急速に頭が冷えていくのを感じた。

 槍を持つ手が震える。

 それだけでなく、全身め震え出した。

「…………ぁ……」

 ようやく喉を震わせたのはか細い声。いや、声にもならない音だろう。

 イエヤスはとたんに視界が真っ白になった。唯一、ユセの血の色だけは、どこまでも赤かった。

 一方アリアはユセを凝視したまま動けずにいた。

 それは、ユセが自らの身体を使って二人の争いを止めたから。

 ━━━━ではない。自身の顔にかかった血。ユセの真っ赤な鮮血。それが流れ、口元を伝った。

 アリアはそれを舐め取った。無意識に。まるでいつも“そう”していたみたいに。

 口の中には当然鉄分の味が広がった。酸化していて苦い……はずなのに、その味がどこか懐かしかった。

 同時に広がる幸福感。懐かしい感覚。例えるならば、母親が作ってくれていた自慢の料理の味。お袋の味と言うやつだ。

「……いったい…………」

 実はアリアも、ユセに初めて会った気がしなかった。とても大事な昔の友人。そんな雰囲気をユセから感じ取っていたのだ。

 だがそんな感覚も一瞬。

 懐かしいと感じた感覚は消え、目の前に広がる衝撃が脳を打つ。

 目の前にいる女性は口を開いた。

「……血を血で洗う様な……そんな、戦い……虚しいだけ、です」

 イエヤスもアリアもしっかとユセの言葉を聞いた。そしてその表情がとても苦しそうだったことも。痛みではない。少なくとも、身体の痛みではあるまい。

 あの表情は、もっと別の何か……どちらかと言えば心の痛さに耐える顔だった。

 ユセはついに倒れ込んだ。イエヤスが槍を引き抜こうとしたが、タカアキに止められた。

「こいつ抜いたら余計出血するだろ! 村まで運ぶぞ!」

「任せとけよ」

 タカアキは適当な木を二本探しだし、それに服を通して簡単な担架を作った。ホリマカと二人でそれを持ち上げる。

 村に運び込み、村に唯一いた医者にユセを任せるまでの間、イエヤスとアリアは何も言うことが出来なかった。




諸君、私は神曲(ダンテ作)が好きだ。神曲が大好きだ。
何故好きかって、別にルシフェルが出てくるからって訳でもありませんが。

神曲にインシュピレーションを受けたとされる「魔王ダンテ」とかオススメです。
デビルマンも好きですが、こっちも好きです。
古い漫画ですが、読んでみてはいかがでしょう。


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4

タカアキ「お魚天国って素晴らしい歌だよな」
イエヤス「お、おう」
タカアキ「俺は暗唱してる上に、振付けまで完璧だ」
イエヤス「そ、そうか…」
タカアキ「…………」
アリア「嫌よ」
タカアキ「なんで」
アリア「なんでじゃない。嫌」
タカアキ「本当は踊りたいんだろ?」
アリア「そんな訳ないでしょうがっ!」

イエヤス(三年前の夏の日…大変だったなぁ)遠い目


「大丈夫ですよ、このくらい。すぐに治りますわ」

 全身に包帯を巻かれたミイラが、優しい声色で言った。

 いや、ミイラの様になってしまったユセだ。彼女は連れていかれた病室で、止血のために全身を包帯で巻かれてしまった。特に肩は重点的に処置され、ひとまずは出血は収まった。

 現在は病室のベッドの上で安静にしている状態だ。

 起き上がったのは先の事件から六時間後。日も傾き始め、それぞれの家で晩御飯の支度を始める時間帯だ。

 イエヤスとアリアは責任感からかその間付きっきりだった。

 むくりと起き上がったユセがそのことをすぐに察し、笑ってみせたのだが、

「ごめんよすまない悪かった許してくれ〜!」

 イエヤスにベッドにすがりついて泣かれてしまった。

 真っ白のシーツに染みが広がる。それでもイエヤスは泣き止まなかった。

「その……私も悪かったわ……大事な肌なのに傷が残ったら……」

 アリアの方は泣きはしないまでも、目を伏せてユセと向き合わない。

「そこは気にしなくても問題ありませんわ。傷が付くくらいへっちゃらです」

「いえ、そういう訳にも……」

 女の子の肌に傷が残ってしまったら、それこそ謝るだけではすまない。その辺りの感覚は同性のアリアがよく分かっていた。ユセ本人はあまり気にしていない様子だが。

「見舞品の魚だぜ━━っと、起きたのか」

 目に見えて落ち込んでいる二人。ユセが二人をどう慰めるか考えあぐねていると、バスケットを持ったタカアキが病室に訪れた。

 ユセはこれ幸いとばかりに口を開いた。

「ありがとうございます、アキさん。どうぞお二人に振る舞ってあげてくださいな」

「おお、すぐそこの川で釣ったやつだ。すぐ食べないともったないしな!」

 やたら嬉しそうである。すでに刺身にしてあり、食べる気満々だった様だ。

 イエヤスとアリアの方はまだ浮かない顔をしている。

「みんなで食いたかったけど、食えそうか?」

「食欲もありますし……食べられそうです」

「おいおい、タフだな」

 タカアキがベッドの傍の机にバスケットを置く。そのタイミングでホリマカも顔を出した。

「肩えぐられて麻酔も射たれたみたいなのにな……」

「こう見えて頑丈ですから」

 いつもの様に笑ってみせるユセ。だが、顔も半分以上包帯巻きなのでよく見えない。

「んじゃ、魚食おうぜ魚。もう腹減ったしな〜」

「……何も言わないのね」

 タカアキが全員分の醤油皿に醤油を注いでいると、唐突にアリアが口を開いた。

 タカアキは二人を責めなかった。怪我をした本人でさえも。

 どころかユセは二人を慰めようとまでしている。アリアは髪を振り乱して叫んだ。

「そんなの優しさじゃないわよ、何考えてるの!? 少しは責めて、くれないと……」

「何って言われても……」

 タカアキは困った顔をユセに向けた。彼女も同じ様に困惑を含んだ笑顔を返した。

「お前らのそれはお前らが解決するモンだしな。俺はアリアを赦した。赦したっつか、責めてもしょうがないっていうか……。憎まれ口も慣れれば可愛いもんだぞ」

「私は……そうですね。お二人の事情は分かりませんけれど、今は仲間なんですよね? ならいつかきっと仲良くなれますわ」

 イエヤスはアリアを見やった。

 サヨを殺した相手。革命軍の秘密を吐かせるため、彼女に拷問を行った。イエヤスにはせず、わざわざ彼にサヨの拷問を見せつけたのは、イエヤスに恐怖を植え付けるためだ。例えサヨが事切れてしまっても、サヨが吐かなくても、イエヤスを使って確実に吐かせるため。

 アリアはそういった残虐極まる方法を選んだのだ。赦せるはずがない。

「でも……俺は、こんなやつ」

「こら」

 イエヤスがシーツを強く握りしめる。とユセがイエヤスの眉間を軽くつついた。

 意味が分からず、イエヤスはきょとんとしてしまう。

「決め付けはよくありませんわ。人にはいいところと悪いところが必ずあります。今は悪いところばかり見えてしまうかもしれませんが……その内アリアさんがいい人だと分かりますわ」

 その言葉。使う単語こそ違うが、かつてドクがタカアキに言ったものと同じ。

 人の二面性。捉え方次第だと。

「まずお前さんたちはそっからだな」

 今まで静観していたホリマカが口を開いた。

「訓練はタカアキ一人にやらせる。お前らはペアを組んでしばらく雑用な」

「ぺ、ペア!?」

「おい、マジかよ」

 アリアとイエヤスはそれぞれ絶句した。当然だ。ホリマカは一日中、ずっと二人でいろと言ったのだから。

「おいおい、そんな反応でいいのかよ〜? ユセに傷負わせたんは誰だ?」

 こんな風に言われたら黙るしかない。二人は不承不承といった様に黙った。

「よし。決まりだな。しばらく二人でいりゃ、色々見えてくるモンもあんだろ。人間、成長が必要だぜぇ」

 こうして二人の……最悪コンビの結成が確立した。

 

 

 

 

 その日の夜。タカアキは光明館をこっそり抜け出し、夜風を浴びがてら村を散策した。昼にも歩き回ったが、クセみたいなものだ。初めて来る場所は昼と夜、両方見なければ安心出来ない。

 夜の村はやはり静かだ。虫の音がしみじみと響き渡り、夜の星が地上に降り注ぐ。

 しばらく歩きながらタカアキはアリアとイエヤスについて考えていた。アリアはともかく、イエヤスはアリアが嫌いであるのは間違いない。タカアキを介してしかアリアと口は利かないし、どこか怖がってもいる。

 これから仲間としてやっていくのに、これでは駄目だ。分かっているが、どうすればいいか分からない。ホリマカは荒療治をするつもりの様だが、こじらせてしまっては元も子もない。

 それにこの間はうやむやに終わったシェーレの件。アリアはまだ殺す気でいるのか。ドクが手のひらを返したおかげで、一時的にシェーレは死なずに済んだ。

 そちらもどうにかしたかった。

 だがいい案が浮かばず、タカアキは考えあぐねていた。

 と、その時人影を見た。

 起きている人間など、自分しかいないだろう。そう思っていたのだが、見当違いだった。ミイラが夜道を歩いている。

 ユセだ。

 歩いていると言うより、壁伝いに這っている……と言った方がいいか。安静にしていなければならないはずなのに何をやっているのか。

 タカアキはユセに近付いた。

「ミイラはベッドに戻れよ……」

「あ、あれ? アキさん、起きてたんですか?」

「お前は起きてちゃダメだろ」

 ユセは見つかると、イタズラがばれた子供の様に縮こまった。

「何してるんだ?」

 タカアキには、ユセがどこかに向かっている様に見えた。何を目的にしているかは分からないが、怪我を押させる訳にはいかない。

 とりあえず連れ戻さなければ。

「……今しかないんです」ユセは決意のこもった瞳で前を睨んだ。「今日、ここで見なければ私は一生後悔するでしょう……! ですから!」

「……そこまで言うなんて……一体なんだ?」

「星です」

 タカアキは耳を疑った。

「あの、もう一度お願い」

「ほ・し・で・す」

 ユセは一言一句はっきりと発音した。やはり聞き間違いではなかった様だ。

「そんなのに怪我を押したのか?」

「そんなの?」

 ユセの目付きが変わった。優しげな瞳に、先ほどはなかった冷ややかな光が混じる。

「天体観測は私の生き甲斐ですわ! アキさんの魚と同じ……なくてはならないものですの!」

「そ、そうだったのか!」

 魚と同じと言われ、一瞬で納得したタカアキ。タカアキは魚がなければ生きていけない自信がある。ユセも同じなのだ。途端に親近感が湧いてきた。

「よし、行こう! 俺が命をかけて連れて行ってやる!」

「アキさん……ありがとうございます!」

 ぱあぁとユセの顔が輝く。やっぱり包帯に包まれているが。

「で、どこで見る気だ?」

 星を見たいのは、病室からでも今いるこの場所でもない様だ。でなくては移動しようとはしないはずだ。

「あの神社ですわ」

 ユセは高くそびえる山の頂を指差した。

「あ、あれか……」

 指差された山を見上げ、苦い顔をするタカアキ。

「あの、無理しなくても……」

 タカアキの様子から柔らかく引き留めようとするユセだが、タカアキは首を振った。

「余計に一人じゃ行かせられないな」

 そう言うと慣れた手際でユセを背負った。

 突然の行動に短く悲鳴を上げたユセだが、完全にタカアキに背負われると大人しくなった。

「これでいいだろ。怪我人に無理させる訳にはいかないしな」

「あ、あの、重くは……」

「ん? 妹よりは重いけど……まあ、ひょろひょろのあいつと比べても、な」

 その後も何かモゴモゴと言っていたが、タカアキが歩き出すと何も言わなくなった。

 山に差し掛かり、神社に直通している階段を登る。

 お互いに無言だ。

 聴こえるのは虫の音。そして密着しているが故に、お互いの心音。

「…………安心しますね……アキさんの背中」

「そう?」

 タカアキにもたれかかって身を任せていたユセが、うっとりとして呟いた。

「……兄貴の背中も広くて、力強くて、格好よかった。この背中になら、俺の背中を預けられるって思えた」

 タカアキの兄……血は繋がっていなかったが、昔から仲がよかった。二年前、タカアキの前から姿を消すまでは。

 それでもタカアキはその兄を目標に生きてきた。

「今私はアキさんに背中どころか、全身預けてしまっていますけれど」

 ユセは上品にコロコロと笑った。

「そ、そうだな。改めて言われると気恥ずかしいけど……」

 心なしか先ほどよりユセの心音が早い気がした。彼女の様子から、おそらく気のせいだが。

 人一人を背負っているせいで時間こそかかったが、タカアキは無事頂上に到着した。

「ふー、着いたか」

「ふふ、お疲れ様です」

 ユセの労いの言葉を聞きつつ、彼女の指定通りに芝生の上にユセを寝かせる。

 ユセを下ろすとタカアキは、大きく伸びをした。

「さて、と。早速俺も星の観察……といきたいけど」

 そのままタカアキは近くの藪を流し見た。ユセが不思議そうな顔をする。

「そんなとこに隠れてないでこっち来いよ」

 呆れた様なタカアキの声に釣られ、出てきたのは青年と少女。イエヤスとアリアだった。

 二人は距離を取りつつ、タカアキとユセの後をコソコソと着いて来ていたのだ。ようやく二人の姿を認めたユセは、くすっと笑った。

「まだ負い目を感じているのですか? 気にすることはありませんよ。さあ、お二人もこちらで星空を見上げようではありませんか」

 ばれてしまっては逆らい様もない。イエヤスとアリアはそれぞれタカアキの隣とユセの隣に腰を下ろした。

 全員で寝転がり、満天の星空を見上げる。

 帝国で見上げた星空と変わらない、輝く星々がそこにあった。国は違っても同じ空の下にあるのだと理解出来る。

「綺麗ね……」全員が全員、美しさに魅了される中、アリアが口を開いた。「私は今までこういうこと、しなかったから新鮮だわ」

 基本的に夜には父の手伝い━━拷問だ。ない日はない日で、空を見上げるなどしない。

「そうなんですか? それは勿体ないですわ」

「……だなあ。確か宇宙って言うんだよな?」

 ユセの言葉にイエヤスが頷く。革命軍ではある程度の知識は叩き込まれる。読み書きはもちろん、一般常識もだ。それに加え、邪魔にならない程度の専門知識も覚える。

 イエヤスはそれこそスポンジが水を吸い込む様に知識を吸収する。その一環で宇宙についての知識も手にしていた。

「ええ。以前までは天動説と言って、私たちが生活している、この地球を中心に宇宙が回っていると信じられていて━━」

「……俺、なんか余計なこと言ったか?」

「みたいね。……まったく」

 つらつらと語り出したユセに、顔を引き吊らせるイエヤス。それにアリアが答えるとイエヤスは苦い顔になった。

「……そうだな」

 タカアキはそんな二人を見かねた。仲間としてやっていくならぎこちない関係は避けたい。特にナイトレイドなど強敵と戦う場合は、ギクシャクした関係が死を招くことにもなる。

 言おうかどうか迷ったが、タカアキは口にすることに決めた。

「イエヤスはアリアが赦せないかもしれない。俺はこんなやつだから吹っ切れたけど」

 タカアキは上体を起こす。二人の注目がタカアキに集まる。

「でも赦す必要はないかもな」

 注目を集めたタカアキが言った言葉は、二人にとって予想外のことだった。

「俺が言えることじゃないかもしれないけど、それでも、イエヤスだけでもアリアを赦さずにいてほしい。アリアは罪を犯しているってことを、忘れないでいてほしい」

「アキ……」

「それだけは赦す赦さないの問題じゃないと思う。俺は神様じゃないから、人の罪を赦すなんて大層なことは言えないしな」

 今は協力体制ではある。がそれでアリアの罪が消える訳ではない。後でいくら善行を積もうが、過去は変わらない。罪は罪。

「アリアも覚えていてくれ。人殺しは罪。俺は大嫌いだ。例え死刑囚だとかそういった人相手でも。悪人でも死刑囚でも……そして人殺しでも。人は人を殺しちゃいけない。同族を殺すなんてこと積極的にするの、生き物の中でもたぶん、人間だけだ」

 どうしようもなく愚かしい行為だと、タカアキは思っている。なぜ生き物同士でしかも全く同じ生き物が命を奪い合わなくてはならないのか。

 誰にも命を奪っていい道理はない。唯一生きるため。そのために他人の命を消費するのは仕方のないことだ。割り切るしかない。しかし、それ以外では許すことは出来ない。快楽のために殺すなど、もってのほかだ。

 二人は俯いて何も言わない。正論で説き伏せるつもりもなかったが、イエヤスもアリアも黙り込む。

「ま、それでも相手のいいところを見付けて好きになるのは悪いことじゃない」

 タカアキだってアリアのいい部分も━━もちろん悪い部分も━━知っている。

 要は罪も含めて、その人を認めることが出来るかどうかだ。

「明日から頑張れよ。お前らならきっとお互いを認めることが出来る」

 タカアキの言葉でイエヤスとアリアはお互いを見る。お互いの瞳に、お互いがどう映ったのか。

「━━ですから……あれ、皆さん聴いてました?」

 三人で話をしている間、ユセはずっとつらつらと言葉を並べていた様だ。三人は顔を見合わせて笑った。

 小さくだが。三人で初めて笑えた。

 小さいが、大きな一歩。

 タカアキは上手くいく確信を持ったのだった。



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番外編 ザンクさんの獄中日記

タカアキたちの方のキリがいいので投稿。



番外編と言いつつ伏線を張るスタイル。


 拝啓……といっても、送る相手はいませんが、ザンクです。

 

 獄中は喋る相手がいなくて寂しいので、日記をつけます。手紙ではないです。

 

 

 

 あの黒髪のせいで牢獄にぶち込まれてから、かれこれ一ヶ月が経ちました。

 あの魚魚言ってる黒髪を思い出すと今でも腹が立ちます。

 

 次会ったら絶対殺します。

 

 ……金髪の彼女もいたけど、あっちには触れたくありません。

 

 可愛い顔してるのに超怖いです。お腹の中真っ黒です。間違いありません。いつの間にかスペクテッドも取られるし、最悪です。

 

 あんな女を彼女にしてるなんて、あの黒髪はイカれてると思いました。

 多分、魚を食べすぎて脳味噌も魚になってしまったんだと思います。

 その内後ろから刺されると思います。そして魚みたいに捌かれてしまうと思います。

 ざまあみろです。

 

 そんなことより、私は最近首を斬っていません。

 首を斬りたくて斬りたくて仕方ないです。でも私は独房なのでどう頑張っても首を斬れません。

 脱獄も考えましたが、そもそも独房の外に出してもらえません。警備隊は私に辛く当たりすぎだと思います。

 

 そんなことを書いていると、警備隊員らしい女の子が一人やってきました。

 

 名前はセリューというらしいです。ころころと表情を変えて、とても可愛らしいと思いました。

 同時にすごく首を斬りたくなりました。

 

 考えてもみてください。犬の様に人懐っこい女の子の首が、胴から離れる光景。

 妄想したらヤバくなりました。マジで斬りたいです。殺したいです。

 

 でも私は檻の中。あなたは外で、触れ合えない。

 

 リズム感が気に入りましたが、どうでもいいです。素直に殺したいと言ったら、やっぱりころころと笑っていました。

 

 本気にしてないんでしょうか。どっちにしろ、私には武器がありません。首を斬れないのがとてももどかしいです。

 

 セリューちゃんは私の愚痴を延々と聞いてくれました。この日記に書いてある様な、殺人衝動が酷いといった話から、私の好きな色まで。

 

 セリューちゃんは聞き上手です。ついいろいろ喋ってしまいました。

 嬉しかったのでこうして日記に書いてます。

 

 日記を見せたら「字が綺麗ですね。」と褒められました。私は喋るのも好きですが、書くのも好きです。

 私は調子に乗って、セリューちゃんの名前を書いて、そのページをプレゼントしました。

 セリューちゃんは跳び跳ねて喜んでいました。こういうのも悪くないかもです。

 

 

 

 

 セリューちゃんは毎日来てくれます。警備隊の仕事の合間をぬっているそうです。

 どうしてそこまでするのかと訊くと、セリューちゃんはスペクテッドについて訊きたがっていた様です。

 

 曰く、セリューちゃんも帝具持ちなので、帝具の勉強をしたいそうです。

 

 私はスペクテッドの性能を語ってやりました。

 セリューちゃんはキラキラした目で私の話を聞いてくれました。

 

 最初に会った時からそうでしたが、こうやって私の話に耳を傾けてくれる人なんていつ以来でしょうか。

 

 年甲斐もなく涙ぐんでしまいました。

 そうしたらセリューちゃんが頭を撫でて慰めてくれたのです。本当に良い娘です。

 

 何だか首を斬りたいなんて思っていたのがバカらしく思えてきました。

 こんな良い娘を殺すなんて有り得ません。

 他の奴らはどうでもいいですが、セリューちゃんだけは首を斬りたくないと思えました。

 

 

 セリューちゃんは自分の話もしてくれました。

 父が警備隊員で、自分も同じ道に進んだこと。

 警備隊には鬼と呼ばれたとても強い人がいて、その人に師事していたこと。

 

 そしてその二人は私の様な賊に殺されたこと。

 ですがセリューちゃんは賊を恨んではいない様です。

 「殺されたからといって、殺しても意味はありません。そういった憎しみは連鎖して、無駄に尾を引くだけです。」そう言っていました。

 

 今は警備隊として仕事をこなしているそうですが、近々特殊警察の一員になるそうです。

 

 何でも帝具使いだけを集めた治安維持組織だそうで、あの帝国最強と謳われるエスデス将軍が隊長らしいです。

 

 祝福してやると、セリューちゃんは嬉しそうに、とびっきりの笑顔を見せてくれました。

 

 

 

 

 

 そんな日が何日か続き、彼女が来るたびに、こうして日記を書いていました。ですが、どうやらお別れの時間が来たみたいです。

 

 実は私は死刑囚で、死刑の執行を待っていました。

 ただ待っているだけなのもアレなので、干し首以外にも私が生きた証を残したいと思い、日記を書きました。

 

 

 ところで、セリューちゃんの帝具はヘカトンケイルという生物型の帝具です。

 セリューちゃんと一緒によく牢獄に来てくれました。

 

 そのヘカトンケイルは人を食べるそうです。ちっちゃい犬の様な外見ですが、とても大きくなれます。

 ヘカトンケイルは人を跡形もなく捕食することが可能です。

 大きな口で丸飲みにするそうです。

 綺麗に食べれるので痕跡を残しません。

 

 そして持ち主のセリューちゃんは警備隊員です。帝都の警備隊員は死刑囚の死刑執行も請け負っています。

 

 基本的に死刑執行は、首吊りか私がかつてやってきた様に、首を斬り落とすかです。

 

 でもヘカトンケイルがいるなら話は別です。後処理をしなくていいので、ヘカトンケイル並びにセリューちゃんに執行を任せているそうです。

 

 

 セリューちゃんはそう語ってくれました。

 つまり、私はセリューちゃんに殺されます。殺したい、なんて思っていたのに皮肉なものです。

 

 セリューちゃんはそれを最初から分かっていたそうです。

 なのに、

 

 

 

 馬鹿だなぁ。

 

 わざわざ殺す相手の話を聞きにくるなんて。

 

 セリューちゃんは自分が、俺を殺すという事実を語った時肩が震えていたよ。

 

 可愛い顔をくしゃくしゃにしてたよ。

 

 

 本当に馬鹿だ。

 

 

 

 

 

 

 全然愉快じゃない。

 

 

 もしかしたらセリューちゃんは、最後に俺にいい思いをさせようと思って俺に話しかけたのかもしれない。

 

 自分が辛くなるだけなのに。

 

 帝具の話もあながち嘘ではなさそうだが、どちらにしろ、死刑囚に話しかけてる時点で大馬鹿だ。

 

 

 馬鹿だよ、本当に。

 

 

 だからこの日記はセリューちゃんにあげることにした。

 俺が殺された後の部屋の片付けはセリューちゃんに頼んである。

 

 せいぜいこの日記を見付けて、読んで、後悔するといいさ。

 

 そして二度と死刑囚に話しかけるなんて、馬鹿な真似をしない様にしてほしい。

 

 

 

 死刑執行の日。セリューちゃんはどんな顔をしているんだろうね。

 やっぱり泣きそうな顔をしてしまうかな?

 

 駄目だよ、それは。警備隊が悪人の死を悲しんでどうすると言うんだ。

 

 俺は辻斬り。

 

 人を殺すのが大好きな、

 

 人の首を斬るのが大好きな、

 

 人の首を飾るのが大好きな、

 

 

 

 辻斬り。

 

 

 最低の殺し屋さ。セリューちゃんに殺されても、文句は言えない。

 

 言う気もないけどね。

 

 

 

 

 

 ああでも、最後にもう一つ、好きなものが出来たよ。

 

 こんな気持ち初めてだし、セリューちゃんが日記を読む頃には、俺はどうせ死んでいる。

 

 

 だから奇を衒わず言うことにするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までありがとう。

 好きだったぜ、セリューちゃん。



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番外編 結成!特殊警察 そして…

 帝都のメインストリートを歩く。今まで辺境で海賊たち相手に戦ってきた俺━━海の男ウェイブ。俺は初めて帝都の地面を踏みしめた。

 俺が働いていた港町も賑わっていたが、やはり帝都は賑わい方も違う。

 より大勢の人々でごった返す帝都は、帝国の繁栄を象徴している様だ。

「服、キメてきてよかったぜ」

 母ちゃんの言う通りだったな。俺は帝都の華やかさに負けない様に、地元で流行りのファッションで服装を固めた。田舎のだけど。

 でも大好評だった。地元のガキ共には大絶賛されたしな。

 しかし、こう、何だろう。なんとなくだが、視線が痛い。チクチクと突き刺さる様な視線が俺の背中を差す。何か作法でも間違っているのだろうか。

 いや、俺も海の男。これくらいじゃめげないぜ!

「よし、行くか」

 気合いを声に出して自分を鼓舞する。

 これから俺は帝都で働くことになる。何でも、帝具使いだけを集めた治安維持部隊を結成するらしい。それを提案したのはエスデスっていう将軍様だ。

 名前だけは俺の田舎にも轟いていた。帝国最強と名高いドSの将軍。そんな人の下でこれから働くのだ。緊張しない訳がない。

 ……いろんな意味で。

「……やってけるかな、俺」

 気合いを入れたばかりなのに、気持ちが萎んでしまった。これじゃあいかんな。

 俺は両頬をはたいて自分を律し、帝都の中心……召集場所へと向かった。

 

 

 

 門兵に許可証を見せて、皇居へと入る。だだっ広い庭を抜けて屋敷の中に入り、集合場所である会議室へ向かう。

 途中道に迷ったりしたが、無事たどり着けた。やたら広いんだよなぁ。さすが帝都。

 俺は会議室と書いてあることを確認し、両開きの扉を開く。

 こういうのは第一印象が大事だ。元気にいくぜ!

「こんにちは! 帝国海軍から来たウェイブです!」

 中にまだ誰もいなかった場合のことを考えてなかったが、それならそれでいいだろう。入ってきた人に挨拶をすればいい。そう思っていたが、杞憂だった。

 いた。何かいた。いや、失礼だよな。何かって言うのは。人だ、人。

 でもそう思うのも許してほしい。だって入った部屋にいたのは、覆面を被った拷問官の様な出で立ちの人だったのだから。

 殺風景なそれなりの広さの部屋に机と、召集された人数分……すなわち六人分の椅子がある。その一つ。一番端の席にその人が座っていた。

 身長は二メートル近くあるだろうか。縦の幅に加え横幅もあるので威圧感が半端ない。しかも覆面。口元に付いたたぶん呼吸用の穴から、「シュコォォ」という音を響かせている。こっちも怖い。

 俺はゆっくりと後退りをして、もう一度この場所の名前を確認する。

 一応、一応な。部屋もそれっぽいしさっきも見たけど一応。もしかしたらもしかすると拷問官の待機室かもしれない。

 駄目だ。やっぱり合ってる。会議室だ。ってことはあの人同僚!? きょうび海賊だってもっと普通の格好してるわ!

「し、失礼しまーす」

 とにかく、当たらず触らず刺激せず、だ。俺は覆面と対角線の椅子に座る。が。

 何故か覆面さんは俺のことをガン見。何故だっ!? 最初のアレが気に障ったのか!? ごめんなさい、ごめんなさい!

 心の中で謝りつつ、別の同僚を心待ちにする。早くこの空気をなんとかしてくれ……。

 俺の願いが通じたのか、蝶番を軋ませて扉が開く。入ってきたのは、俺よりも若い女の子だった。

 黒髪黒目。黒髪も珍しい━━俺もそうだが━━が黒目の人間も珍しい。

 女の子はどこかの学校の制服みたいな服を着ていて、手には刀。背中が反り返っているのを見る限り、東方刀というやつだろう。切れ味が素晴らしく、帝国の剣より切れるらしい。

 さっそく声をかけよう。第一印象が大事だ。

「よぉ、俺はウェイブっていうんだ。よろしくな」

「……クロメ」

 部屋に入り、俺の目の前の席に座った女の子は淡白に答える。クロメというらしい。

 クロメは刀を机に立て掛け懐から袋を取り出した。俺がいぶかしんでいることなど全く気にせず、袋を開け中身を頬張る。

 お菓子だ。間違いない。袋にもしっかり「クロメのおかし」と書いてある。

 クロメはそのお菓子を一心不乱に口へ運ぶ。なんつーか、勢いがすごい。

「なあ、そのお菓子って」

 俺が袋を指で差すと、クロメはハッとした様にお菓子を両腕で庇った。

「このお菓子はあげない」

 この子すごい食い意地張ってる! 目が本気だ。一欠片ほどもやるものかと目が語っている。

「い、いや、俺は別に欲しい訳じゃなくてだな」

「この世のお菓子はすべてわたしのもの。あなたにはあげない」

 前言撤回。全然普通の女の子じゃない。むしろ濃いよ。全世界のお菓子は自分のものとか豪語するなんて、一体なんなんだ?

「ゴメンナサイ」

 俺は肩を落として机に突っ伏した。もうやだ。

 覆面さんはやっぱり俺のこと凝視してるし、クロメさんは変わらずお菓子を頬張る。泣きそう。泣きそうだよ、母ちゃん。

 そんな俺の荒波に揉まれる心など露知らず、またもや蝶番が音を鳴らす。

 一応振り向くと、またもや女の子だった。

「帝都警備隊所属━━じゃなかった。元、帝都警備隊、セリューです。よろしくお願いします!」

 明るい栗色のポニーテールを揺らし、ビシッと敬礼する女の子……セリュー。歳は俺と同じくらいか? まだあどけなさの残る顔だが、瞳に灯る真っ直ぐな光には好感が持てる。今度はまともそうだ。

 セリューは敬礼を解くと、足下で同じ様に敬礼している白い犬の様な生き物を抱き上げた。

「この子はコロちゃん。私の帝具です。コロちゃん共々よろしくお願いしますねー」

 にっこりと笑うセリュー。俺は彼女の笑顔がとても輝いて見えた。だってようやくまともなやつだぜ!?

「よろしく、ウェイブだ。これから仲良くやろうぜ」

 俺は立ち上がって握手を求める。が、

「な、ナカ良くヤろうぜ……!? 破廉恥です!」

 セリューは顔を真っ赤にして俺の手を払った。

「無理です無理です! いくらイケメンでも無理です!」

「どう変換したらそうなるんだ!? 悪意を感じる!」

 前言撤回二回目。やっぱり濃かった。真面目そうなのに……いや、真面目ゆえか。

「ウェイブ、破廉恥」

「変態です、変態!」

 女子二人に責め立てられ、マイハートはブレイク寸前だよ。語彙が変になるほど傷付いたよ。

「ちょっとセリューちゃあん、アタシの登場のお膳立てはまだなのぉ?」

 そうこうしていると、開いた扉から何か入ってきた。

 フッサフサで刺々している髪。ただし濃い。

 ケッパケバのまつ毛。ただし濃い。

 高く整った鼻。ただし濃い。

 そして極めつけはひげ。濃い。

 とにかく濃い。

 もうお分かりだろうが、男だ。言葉使いは女だが、どう見ても男。いくらまつ毛をケバケバにしても歩き方を内股にしても、女の子らしい手つきで髪を撫でても男だ。

 顔の輪郭が太いし体つきもがっしりしている。

「あ、すみませんドクター・スタイリッシュ。私今セクハラを受けてまして……」

「ご、誤解だ!」

 どうやらあのオカマはスタイリッシュという名前だそうだ。本名じゃないよな?

「ふうん……」

 ドクター・スタイリッシュは俺の全身をなめ回す様に見てくる。背中に悪寒が走る。ヤバい、ヤバい。俺の本能がマッハで警鐘を鳴らしている。

「田舎者臭いけどぉ、イケメンじゃなあい? 好み・だ・わ」

 ぞわぞわ〜。悪寒だとかそういうレベルじゃない。何故か気に入られてしまった。俺ピンチ。帝都怖すぎる。

「あ、もう皆さん揃っていらっしゃったのですね」

 スタイリッシュに胸をツンツンと触られ、金縛りにあったみたいになっていると、金髪の……今度は男が入ってきた。最後のメンバーだ。

 男って表現するのは微妙だな。中性的で整った顔をしている。物腰も柔らかく、好感が持てる。

 でもどうせ濃いんだろ?

「よ、よぉウェイブだ。よろしくな」

「私はランです。よろしくお願いしますね」

 にっこり。これまた柔和な笑みを俺に向けたラン。

 …………あれ。フツー?

「お名前を伺ってもよろしいですか」

 俺に挨拶した後も一人一人とランは握手を交わしていく。覆面さんやスタイリッシュにもだ。

 ━━ようやくまともなやつだぁ! 母ちゃん、俺上手くやってけそうだよ!

 ランが一通りのメンバーと挨拶を交わし終えた頃。ようやく全員が揃ったかと室内を見渡すが、いつの間にか覆面さんが消えている。

 まさか、幻だったとか? 幽霊まで濃いのかよ、帝都ってとこは。

 スタイリッシュの金縛りから逃れ、どっしりと席に腰を落とす。目の前ではやっぱりクロメがお菓子をパリポリボリパリ。

 よく食うなー。

「お疲れ様。はい、お茶」

「お、サンキュー」

 どこからともなく差し出されたお茶をすする。いろいろ緊張して喉がカラッカラだったから助かる。

 お茶を出してくれた人は、クロメにもお茶を渡していた。

 あれ。よく見ると覆面さん?

「成仏されたのでは!?」

 俺が驚きで椅子からずっこけると、覆面さんはオロオロした様子で俺を立たせてくれた。

「ごめんね、驚かせちゃったよね。私、最初からいたのに声かけられなくて……」

 謝りながら俺に傷がないか確認してくれる覆面さん。声も優しそうだし、案外いい人?

「私、ボルスっていいます。ランさんのおかげでようやくウェイブくんにも挨拶出来るよ」

 ボルスさんは人見知りらしい。その外見で人見知りって……と思ったが、言わぬが華だ。

 ともかく六人全員揃った。時間通りに全員が会議室に集合している。

 でも召集をかけたエスデス将軍が来ないな。もう来ててもいい時間なのに。

 まあ、メンバーは各々談笑にふけってるし、別に少しくらい遅れても構わないか。

 そう考えていると、三たび扉が開く。

 体つきから……女か? 妙に禍々しい仮面を被っているので、素顔は分からない。

 仮面の女は注目を気にすることなく、腰より長く伸びる青い髪を靡かせて歩く。カツンとヒールの音をさせて、会議室の正面にある壇上に上がった。

 あ、もしかしてエスデス将軍? 女の人っぽいし、そうかもしれない。被っている仮面からドSっぽい性格を連想出来るし。

「お前たち、見ない顔だな。ここで何をしている!」

 仮面さんは凛とした声で言い放った。あれ、人違いか?

 しかし「ここで何をしている」は酷いぜ。俺たちは召集に応じてわざわざ来たってのに。

 抗議しようと仮面さんに一歩足を踏み出すが、

「待ってください。殺気です」

 セリューに止められた。手を突き出し、俺を庇う様に立つセリュー。コロもセリューの足下で唸っている。

「そうだ。賊には殺し屋もいる。警戒を怠るな」

 ヒールの音を軽快にならして仮面さんが肉薄してきた。

 咄嗟に反応出来なかった俺は、セリューに突き飛ばされ、たたらを踏む。仮面さんはセリューに、勢いのまま鋭い蹴りで攻撃を開始した。

 速い。女の脚力なんてたかが知れてる筈なのに、明らかに俺より上。セリューも必死に捌いているが、あれじゃ長くは持たない。

 それに女の子だけに戦わせておくのは、俺の性に合わない。

「伏せろ、セリュー!」

 俺の咄嗟の怒号にもセリューは見事に反応してくれた。セリューの頭の上を俺の脚が通過。繰り出されていた仮面さんの脚と交差する結果になる。

「くぉ……!」

 お、重い! 細身のクセになんつー脚力だ。

 力が拮抗したのは一瞬だけ。俺の脚は絡めとられ、体ごと飛ばされてしまった。

「ぐあっ」

 なんとか受け身は取れたが、背中が壁に叩き付けられ、肺が押し潰されたことで変な声が出てしまった。

「ふざけられても、こちらは加減出来ない」

 肺に空気を戻すために咳き込んでいると、クロメの落ち着いた声が耳を撫でる。そちらを見やると、仮面さんの仮面が砕かれていた。どうやらクロメがやったらしい。

「え、エスデス将軍!?」

 割れた仮面から出てきた素顔に、ボルスさんが驚いた声を上げる。

 って結局エスデス将軍なのかよ!?

「すまないな。普通に歓迎しても面白くないと思い、趣向をこらしてみた」

 すまないと言いながら悪びれる様子が全くないぞ、この人。ドSなんて呼ばれてる訳だ。

 ……このメンバー、マジで濃すぎるって。ランがいるだけマシか。

 それからエスデス将軍に各々自己紹介をし、今後の方針を聞かされた。

「えっ、陛下と謁見?」

「それはまた……飛ばしてきますね」

 ランの言う通りいきなりすぎるだろ。まだ初日だぜ? おかげですっとんきょうな声を上げてしまった。

「面倒事はチャッチャと済ませる、が私の方針でな。悪いが付き合ってもらうぞ」

 陛下との謁見を面倒事と言うのはどうなんだ……とは思うがやはり口にしない。口は災いの元だぜ。

「ロッカーに行って着替えてこい。お前たちのサイズに合わせたスーツがある」

 いつの間にあつらえたんだ? と声が上がるが、正直もう何があっても俺は驚かないと思う。なんだか故郷が懐かしいな。

「十五分後に謁見の間の前に集合だ。━━遅れるなよ?」

 エスデス将軍の命に全員でビシッと敬礼する。本格的にチームでの行動になったんだと実感が湧いてくる。

 まずは全員で謁見だ。失礼のない様にいかないと。

 ……特にこいつらは何をしだすか分からんしなぁ。

 

 

 

「エスデス以下七名、入ります」

 エスデス将軍が重々しい謁見の間の扉を開く。横幅だけでなく、高さもかなりある場所だ。ここが謁見の間。

 俺たちはエスデス将軍に着いて歩き、跪いたエスデス将軍に倣って頭を下げる。

 俺たちよりも高い位置にいるのが、今の帝国の皇帝。……どう見ても子供だ。俺は海で海賊ばっかり相手にしてきたから知るよしもなかったが、今の帝国はこの皇帝が回しているのか。

 確かに威厳というか、幼いながらも器の大きさを感じる。カリスマってやつか? エスデス将軍とは違うベクトルで人を惹き付ける魅力を感じるな。

「その者たちが新たな帝具使いか?」

 皇帝がその口を開く。おお、なんかこう、上手く言えないけどただの人じゃないって威厳を感じる。これが皇帝か。

「はい、これからは私の下で働きます」

「うむ、苦しゅうないぞ」

 皇帝はふと顔を暗くした。どうしたんだ?

「……三獣士の件は残念であったな。遅まきながら悔やみの言葉を送ろう」

「恐縮です。ですが大臣の配下の者が彼らの亡骸、そして帝具を回収してくださいました。逆に礼を言わせてください」

 そういえば俺たちの先輩がいるらしい話を聞いていたが、殉職してしまったのか?

「ヌフフ、礼には及びませんよ将軍。帝具を革命軍に奪われてしまうと、いろいろ面倒ですからねぇ」

 皇帝の横に控えていたデブが腹を震わせる。あの人がオネスト大臣か。無駄に恰幅がいいのは、この謁見の場においても構わず食事をしているからだろうか。

 見た目と言動はいいやつそうだが、どうにも胡散臭さを感じるな。こう言っては失礼だが。

「時に大臣。そろそろどう帝具を回収したか教えてくださっても、よろしいのでは?」

 エスデス将軍が顔を上げた。なんだ? 何かを怪しんでいる? そんな目付きだ。

「おお、大臣、それは余も聞きたいぞ。どうやって凶賊……それもナイトレイドから三獣士を回収したのだ?」

 それに皇帝陛下も同意した。大臣はいかにもやれやれといった風に頭を振る。

「前にも申し上げた通り、私の部下が━━」

「私は方法を聞いているのです」

 エスデス将軍の凍てつく様な視線が大臣を貫く。いや、後ろに控える俺からは見えないが、気配で分かる。

 あんな気に当てられたら大抵びびって声も出なくなりそうだが、大臣の反応は至って素っ気ない。

「血の気が多くていけませんな。まあ、陛下もご所望ですしいいでしょう。ただし、ここにいる私たちだけの秘密ですぞ」

 そう言って大臣は人差し指を唇に当てた。うげ、キモい。

「『ツバサ持ち』を使ったのですよ。彼に回収させました。ナイトレイドもその場にいたそうですが、上手く切り抜けた様ですねぇ」

「逃がした、の間違いだろう? あの化け物が敵を殺し損ねるなど有り得ん」

「はてさて、私は彼からそう報告を受けていますがねぇ」

 ツバサ持ちだの何だの聞いたことのない単語が行き交う。

 それとは別に、エスデス将軍が「化け物」と称する男……何者なんだ? 実際に拳━━いや脚を交えて分かったが、エスデス将軍は強い。圧倒的に。帝国最強と言われる訳だ。

 その人が「化け物」なんて言うなんて……。いやいや、見かけの話かもしれない。きっと野獣みたいなやつなんだろう。

「それに帝国最強と言われるドSの将軍がそのようなことを仰るとは……」

「何か勘違いしている様だな、大臣。私はやつに負けるつもりはないぞ?」俺からは見えないが、エスデス将軍が冷ややかに笑っているのは分かった。「化け物と称したのは比喩だ。それくらい理解しろ」

「……これは失礼」

 あくまで大臣は笑顔を崩さないな。ポーカーフェイスってやつか。

「すみません陛下。少々話が逸れてしまいましたな。エスデス将軍も、それくらいで」

 大臣はやんわりとこの話を打ち切り、俺たちチームの結成の話へと移った。

 帝具使いだけを集めた特殊警察。それが今、俺が所属しているチームだ。帝都で暴れているナイトレイドっていう殺し屋に対抗するために組織されたらしい。

 ナイトレイドはなんと、全員が全員帝具使いだそうだ。だから帝国もそれに対抗して帝具使いだけで編成された部隊を欲しがった。

「ではエスデス将軍。ナイトレイドを討伐し、帝国の輝かしい未来を逆賊から護るため、卿たちの特殊警察としての活動を認めよう!」

 皇帝の言葉に従い、エスデス将軍を含む全員が一斉に立ち上がる。同時に右手を左胸に置く。誓いのポーズだ。……直前にエスデス将軍に教えられたんだよ。

「ハッ! 我ら特殊警察『イェーガーズ』。これより帝国に仇成す者どもを牙で捉え、屠り、狩り尽くす、皇帝陛下の剣となります!」

 エスデス将軍の声が謁見の間を振るわせた。

 ……将軍はノリがいいな。なんだか親近感が湧いてきた。

 チーム結成の狼煙が上がる中、俺はそんなことを考えていた。



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5

ユセ「よく分かる星空講座の始まり始まり~ですわ!」
イエヤス「あ、なんかマトモそうだ」
ユセ「辺りが暗くなって、一番最初に輝く星、何か分かりますか?」
アリア「一番星? そういえば、なんの星かは知らないわね」
ユセ「答えは金星です。時期によって明方に見えたり、一番星になったりしますわね」
ユセ「なので、明けの明星や宵の明星という名前がついたのですわ」
タカアキ「へええぇ~」

イエヤス(こんなまともなの初めてかもしれないぜ…)


 翌日、病室に連れ戻されたユセの見舞いをしてから、イエヤスとアリアは村に繰り出した。理由は簡単。ホリマカに今日中にこなす様に言われた指令書があるからだ。

 一枚の紙に三つほど指令が書かれている。ホリマカの言った通り雑用だ。

「なんだか絶妙に面倒臭いものが揃ってるわね」

「……それは村の人に失礼なんじゃ」

 指令の内容はいずれも村の人からの依頼の様なもの。出来れば手伝ってほしいといったものだ。

 ホリマカから全部やれと言われた以上、手抜きは出来ないが。

「どれからやろうかしらね」

「そ、そうだな」

 指令に目を通すアリアだが、イエヤスが妙に落ち着かない様子だ。アリアと目を合わせることもしない。そもそもアリアを見ない。

「なんでそんなビクついてるのよ。とって食ったりしないけど」

「へっ!? い、いや〜」

 イエヤスがアリアと二人きりでいるのは初めてだ。いつもはタカアキもいたからだ。決して女子と二人で何かをするから緊張している訳ではない。

 イエヤスはアリアに苦手意識を感じていた。嫌い云々よりも苦手だ。その恐怖心を植え付けたのはアリアで、アリア本人も自覚している。

 アリアは一つ嘆息した。

「どうでもいいけど、仕事には引きずらないでよね。足を引っ張られても迷惑だわ」

 

 

 

 タカアキは今、焦っていた。森の中を駆け抜けながら必死に頭を回す。

 あれも駄目これも駄目、と考える内に敵が近くまで迫って来ているのを感じた。

 タカアキの目の前に、巨大な大樹が現れた。思わず足を止める。すぐに周りを囲まれてしまった。

 ジパンウルフ。ジパングに生息する危険種で、集団で狩りをする。そのご多聞に漏れず、ジパンウルフは数匹でタカアキを囲う。

 ジパンウルフは夜行性だ。今は朝。元気なものだ。

 そんなタカアキのボヤキも意味はない。ジパンウルフは慎重に獲物との距離を積める。

「攻撃はすんなよー」

 タカアキの真上から、ホリマカの声が降り注ぐ。タカアキの背後にある大樹の枝に座っているのだ。

 タカアキが焦っていた理由はこれ。訓練内容として、戦わずして危険種を追い払えというものだ。

「無茶だろ!? どうやれば━━」

 タカアキの抗議が終わる前に、ジパンウルフの一匹が跳ねる。大跳躍を見せタカアキに牙を剥いた。

 それを刀を盾にしつつかわす。別のジパンウルフが飛びかかる。かわす。

 波状攻撃だ。ジワジワとタカアキの逃げ場をなくしていく。

「ジパングの戦士には、戦わずして勝つって理念があるらしいぜぇ。刀を抜くのは戦いを回避出来ねぇ時。東方剣術の流れを組んでる一閃流も、同じじゃねぇのかい?」

 暢気な声で暢気にホリマカが言う。動物相手に無茶だろ、と思ったタカアキだが、そこで一つの方法を思い付く。

 タカアキは攻撃を避けるのを止め、刀を正眼に構えた。タカアキの気配を本能で感じ取ったジパンウルフが攻撃を止める。

 タカアキの周りを回りながら、様子を窺う。

 タカアキは大きく息を吸い、吐き出した。気合いは十分だ。

 息をもう一度吸い込み、構えた刀を真上に持ち上げ……

「━━━━ハッ!」

 気合いと共に吐き出し、降り下ろした。

 森の木々が震えるほどの音量。そして圧力。ジパンウルフは怯えだし、一目散に逃げ出した。

「よし」

 タカアキはジパンウルフを別の方法で攻撃することを選んだ。

 本能を揺さぶることにしたのだ。恐怖はどんな生き物━━いや、生き物だからこそ持っているもので、死や危険を回避するのに絶対に必要だ。タカアキは危険種にも当然備わっているだろうと判断した。

「いやあ、見事だったぜ」

「物理的には攻撃してないぜ」

「ああ、合格だ」

 ホリマカが木から降りてくる。満足そうに口元を吊り上げている。

 しかし、タカアキは何故実戦にはせず、戦わないことを修行の第一段階に選んだのか分からなかった。タカアキとしては早く強くなりたいのだ。

「これって意味あるのか? タツミを取り戻すためにも、俺は強くなりたいんだ」

 だから訊いた。ホリマカは渋い顔をした。

「そうだな……お前さんには“素質”がある。人を束ねるだけの素質がな」

「……俺はそんな、大層なもんじゃ」

「いや、最初に言ったろ。お前にはでっかい器がある。そのためにも、敵を蹴散らす覇道じゃなく、人を束ねる王道を行ってほしい」

 そのすぐ後に「ドクから聞いた話じゃ、難しいかもしれんがな」と小さく呟いた。

「? 何か言ったか?」

 タカアキにはホリマカの声は聴こえなかった。ホリマカは頭を振る。

「まあ、お前さんのダチを取り戻したい粋は認める。ただ覚えとけよ。暴力を振りかざして全てを奪っても、結局何も得られないぜ。だから俺は王道を行ってほしいんだがなぁ」

「ホリマカ……」

 しみじみと言うホリマカに、タカアキが思ったことは一つ。

「あんた、案外まともなことも言うんだなぁ」

「おい、殴られたいのか?」

 

 

 

 物事は順調に進んでいた。

 アリアとイエヤスのコンビはこの一週間しっかりと雑用をこなしていた。試しにホリマカが二人を訓練に参加させ、連携をさせてみたが、そちらは上手くいかなかった。

 日常生活には支障はないが、戦闘となると別の様だ。どうにもイエヤスのぎこちなさが目立ち、連携が上手くいかない。

 タカアキとは完璧にこなしてみせるが、アリアと組むと途端に動きが悪くなる。苦手意識が先行している様だ。

 最初の頃より大分マシだが。

 アリアによると、会話もそれなりにする様になったらしい。

 一方タカアキは戦わない方法と同時に、戦い方も教わっていた。

 ホリマカはセントビーチェを使って世界を旅してきた男だ。荒事も少なくなく、腕がかなり立つ様になっていた。

 トリッキーな戦い方が得意なホリマカとの戦闘は、タカアキにいい方向で刺激を与えた。アダユスの軌道が非常に読み辛いというのもあるが、ホリマカの強弱織り交ぜた絶妙な戦い方は、さすが幾多の修羅場をくぐっているだけある。

 タカアキはそれを順調に吸収していった。

 

 

 

 

 ジパングに来てついに二週間近く経った。アリアやイエヤスも、雑用の合間に訓練を挟んではいるが、タカアキほど成長は出来ない。

 その上二人にはなんとも微妙な、ギクシャクした関係があった。

 イエヤスも最近は辺にへりくだることもなくなったが、アリアが急に声をかけると、ビクッと肩を震わせる。

 アリアとしてはイエヤスなどどうでもいいが、一日でも早く帝都に戻りナイトレイドを殺したいと思っていた。そのためにタカアキに協力しているのだ。

 だが、仲間として活動する以上和は保たなければならない。

 なので今日もこうして、イエヤスと共に雑用に励んでいる。

 今しがた、その一つを終えたところだ。

「いつもいつもありがとうね〜」

 中年の女性が洗濯物を干しながらアリアに笑いかけた。当のアリアは竹で出来たカゴに、野草を山盛りに突っ込んで立っていた。

 女性に頼まれて山に取りに行ったものだ。いわゆる薬草で、普段は女性の夫が取りに行っているが、山は危険種が出没する。つまり腕の立つアリアたちの出番だ。

 ホリマカはそういった仕事を用意し、アリアたちにさせていた。

「いつものところに置いておくわね」

 週に二、三回同じことをしている。慣れたものだ。

 女性の家にお邪魔をさせてもらい、台所に薬草を置く。

「あっ、バカ! 弄んなって」

 騒々しい声が、台所にいるアリアの耳に届いた。この声はイエヤスのものだ。その他にもちらちら。

 今、彼は同じ女性の依頼で子供たちの相手をしている。女性が家事をしている間、子供たちが危険な目に会わないようにする……つまり子守りだ。

 本当なら立場を逆にした方がよかったとアリアは思うのだが、「子供の遊ばせ方なんか、分かんねぇだろ?」とイエヤスに言われ、断念したのだ。

 そんなことはないのだが、イエヤスの方が子供に好かれるのは事実だった。

「どうだ! イエヤス様特製夫婦鶴!」

 アリアが部屋を覗くと、イエヤスが三人の子供たちと折り紙で遊んでいた。イエヤスが誇らしげに掲げたのは文字通り、折り鶴が二つくっついた状態のものだった。

 これを一枚の紙で作り上げたらしく、子供たちは歓声を上げる。

 他にもイエヤスと子供たちの周りには、折り紙で出来た様々な動物が転がっていた。

「相変わらず器用ね」

「お、アリアか。だろ? こういうのは俺の得意分野だ」

 イエヤスが胸を張るがアリアは特にコメントを返さなかった。

 しばらくして女性の洗濯も終わり、子供たちに別れを告げた。

 そろそろ午後に差し掛かる時間帯。二人はすでに依頼を全て終えていた。慣れもあるが、今回は簡単だったのだ。

 それからタカアキとホリマカ、それからユセと合流し、光明館の自室で昼食をとった。

 ユセはこの二週間で、綱糸の切り傷はほぼ完治していた。さすがに左肩は包帯で固定はされているが、もうミイラではない。

「もう終わったのか、慣れたモンだな」

 アリアとイエヤスの報告を聞き、ホリマカは箸を止めた。今回の昼食は、タカアキが釣ってきた川魚を旅館が調理したものに、ご飯、味噌汁、漬物、それに茶碗蒸しという料理だ。

「そんじゃあ、午後は訓練すっか?」

「う……まあ、いいけど」

 イエヤスが即座に苦い顔に変わる。まだ完全には馴れていない様だ。

 三人での訓練内容を話し合っていると、出入口の扉が激しく叩かれた。声から女中だろう。

 扉を開けると女中と、先ほどの女性が焦った表情で立っていた。五人はすぐに何かあったのだと悟った。

 タカアキがどうしたと訊くと、

「ジンちゃんが……帰ってこないの!」

 と泣きながらも女性は答える。

 泣きじゃくっている女性を一旦落ち着かせ、詳しく話を聞いた。

「つまり……村の子供ら数人で森に探検に行った。けど途中でそのジンがいないことに気付いた他の子供らが帰ってきて、ジンがいなくなったと報告した……」

 女性をなだめるのに時間がかかったが、つまりそういうことの様だ。

 平原はそこまで危険ではないが、森の中……それも奥だとかなり危険だ。崖もない訳ではないし、地元の人間でも迷うほど入り組んでいる。

 そして何より怖いのは危険種。森の奥には危険度の高い危険種もばっこしている。

「普段は危ないところに行く様な子ではないんです。ただ、最近は皆さんに遊んでもらえて気が大きくなっていたみたいで……!」

 女性はまた泣き崩れてしまった。

 もしかしたらイエヤスやアリアの真似をして、森の奥に足を踏み入れたかったのかもしれない。

「俺たちの、せいか?」

「今はそんなこと考えるより、子供を探すのが先だ」

 イエヤスが俯いて拳を握るが、それをタカアキが叱咤する。事態は一刻を争う。今もまさに危険種に襲われているかもしれないのだ。

 女性に子供たちが入った森を聞き、早速行動に移す。

「よし、手分けをしよう。俺とアリア、イエヤスとホリマカのペアで捜索。ユセは村で待機していてくれ。子供が戻ってくるかもしれない。それとクレイマンで捜索範囲を広げてくれ」

 危険種が出てくる可能性を考え、戦闘能力を偏らない様な編成にしたつもりだが、ホリマカがそれに待ったをかけた。

「アリア嬢はイエヤスと行きな。タカアキは俺とだ」

「あんた、こんな時に!」

「こんな時だからこそだろぉ?」

 ホリマカはタカアキにニヒルに笑ってみせる。それでタカアキはホリマカの意図を察した。

 極限状態での人間が下した判断は、その人を的確に表す。つまりその人の気持ちや気分には影響されずに行動する、というものだ。

 咄嗟にとった行動の方が、考え抜いて出した行動よりもその人の本心と言える。

 ホリマカは、この状況でイエヤスの本心を引き出そうと言っているのだ。

 理屈は理解出来る。出来るが……

「私は反対よ」

 タカアキが切り出すより先に、アリアがホリマカの提案を切り捨てた。

「家畜二号が本当に危ない時に、いい行動が出来るか分からないわ。もし、上手くいかなかったらどうする気?」

「そんときゃあ、お前……チームは解散した方がいいな。この程度で上手くはまらんなら、ナイトレイドの連中相手にゃ戦えねぇよ」

 タカアキも含め、全員は押し黙ってしまった。

 正論だ。ここで挫けてはナイトレイドとは渡り合っていけはしまい。

「でも……!」

「多少強引なのは分かってる。だが、ここでやらねぇならいつやるんだよ?」

 子供の命がかかっている以上、イエヤスもアリアも下手は打てない。決断する時は今だとホリマカは言う。

 一瞬の沈黙。

 次に口を開いたのは、

「乗ったぜ」

 イエヤスだった。

「アリアには確かに苦手意識がある。正直怖い女だよ。でもな」

 イエヤスは静かに自らのバンダナに触れた。かつてサヨに贈られたバンダナ。イエヤスの宝物の一つだ。

「俺も男だ。いつまでも女相手にびびってられないぜ!」

 拳を強く握りしめての啖呵を切った。サヨ、それにタカアキやタツミとの思い出が、イエヤスを奮い立たせている。

「……言う様になったじゃない」

 それを見たアリアが、一瞬だけ笑みをこぼした。満足そうな笑みを。

「よし。各自、状況開始! 絶対に子供を探し出すぞ!」

 タカアキの号令にはその場の全員が強く応えた。

 アリアも、イエヤスも、ユセも。もちろんホリマカも。

 各々自らの役割を果たすため、行動を開始した。

 




王道展開は好きです(自分で言う


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