兵藤物語 (クロカタ)
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外伝
『D』 STORY 上


 一月は、テストやら成人式やらで忙しかったので更新できませんでした。

 そしてお待たせいたしました。

 予告した通りに二つ目の外伝です。

『D』の頭文字から分かるように、今回は兵藤物語に、世界の破壊者がやってきます。
 尚、この『D』STORYはあくまで外伝なので本編には影響はありません。

 そして感想蘭で要望された事をできるだけ詰め込んだ外伝なので、今から述べる注意事項に抵抗を感じる方は注意してください。

・世界の破壊者がやってくる。
・オーバーロードが出る。
・D×D世界にインべス発生。
・アーマードライダー召喚
・展開が少し早い。
・一樹が若干空気。
・おのれディケイドォォォォ!!








 世界の破壊者、ディケイド―――

 

 

 幾つもの世界を巡りその瞳は何を見る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは何処だ?」

 

 青年、門矢士は異世界を巡る旅の中で不可解な現象に戸惑っていた。

 

 様々な世界を回ることで、その世界の人々と絆を深めながら世界を転々と旅していた彼は『仮面ライダードライブ』の世界から、未だ見ぬ新しい世界へ赴こうと灰色の壁を潜る際、それは起こった。

 

 突如、士の目前に迫った灰色の壁がまるで差し替えられるように、その色が黒く染まり士の身体を飲み込んだ。

 

 思わず目を瞑ってしまった彼が次に目を開けた時、最初に目に入ったのは、何処かしらの校門前。困惑しながらも周囲を見渡すと、どうやらどこかの学園の敷地の中にいるらしい。

 加えて、相当遅い時間なのだろう、周囲は暗く人っ子一人いない。

 

 何故、学園?と思い困惑する士だが、自身の服装が変わっている事に気付くと深いため息を吐いた。

 

「大体わかった……」

 

 要するに、またこの世界の自分の立場というものが勝手に決められてしまったらしい。

 

「鳴滝の仕業かぁ?」

 

 最近、腐れ縁と化してきた中々に面倒くさい男、『鳴滝』の高笑いを脳裏に思い浮かべるが、よく考えれば奴は今更自分にこのような手の込んだことをする必要はない事に思い至り、その考えを自ら否定する。

 

 腕を組みながらもとりあえず自分が現在居る場所を確認しようと、校門の校章に近づき読み上げると、そこには仰々しい書体で『駒王学園』と書かれている。

 

「……駒王学園、555の世界ではないようだな。……見覚えがないから当然だろうがな」

 

 しかし、ここは何処の世界だろうか。

 ある程度のライダーの知識はあるつもりだが、情報が足りない今では全く見当がつかない。

 とりあえずは、歩けば何かあるだろうと思い、学園内に入り込もうとすると―――

 

 

 キィ―――ン!

 

「なんだ?」

 

 学園の敷地内で、戦闘音らしき音が聞こえる。

 爆発やら剣戟音で色々察した士は、深いため息を吐きながらも気だるげにその場所に向かって歩き出す。

 

「はぁ、全く退屈させないな。俺の旅は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんっだよこいつらぁ!!」

 

 兵藤一誠、及びグレモリー眷属は正体不明の敵と 交戦していた。

 

 夜遅くまで部活動をしていたグレモリー眷属、何時ものように一日が終わるかと思いきや、異変は予期せずにやってきた。

 

「―――!!」

「―――!!」

 

「部長!なんですこいつら!!」

「分からないわ!!」

 

 灰色の丸みを帯びた上半身が特徴的な化物。そいつらが大量に学園に出現し、突如暴れ出した。最初はコカビエルの時のような襲撃だと思ってはいたが、戦っているとただ暴れまわっているだけの獣にも見える。

 加えて―――

 

「クソ!」

「……打撃が効きません」

「魔力の類も効果が薄いですわ……」

 

 一樹と小猫、朱乃が表情を渋めながら、化け物から距離を取る。

 リアスの消滅の力も、木場の聖魔剣も多少の効果はあるようだが、決め手にはならないのか攻めあぐねている。

 

【オレンジスカァッシュ!!】

 

「皆には手出しさせねぇ!!」

 

 唯一、鎧武オレンジアームズに身を包んだ一誠だけが、大橙丸で化け物を切り裂き消滅させるが、依然として化け物は校庭に10体以上出現している。

 

「埒が明かない……ッ」

 

 長時間闘っていては、皆が保たないと判断した一誠はゲネシスコアとレモンエナジーロックシードを取り出し、フォームチェンジを行おうと構えようとすると―――

 

 

 

『そいつらの名前は『インべス』ヘルヘイムの森に生息する怪物だ』

 

 

 

 仲間の誰でもない第三者の声が校庭に木霊する。

 思わず手を止め、声のする方向に目を向けると、校門がある方向から一人の男子生徒がゆっくりと歩いてくる。

 リアス達も見覚えのない第三者に戸惑うような視線を向ける。

 

 だが、見た所人間だ。

 一誠のように、特異な力がなければ簡単に殺されてしまう……最悪の可能性を予測した一誠は、男子生徒に逃げるように促す。

 

「お、おい逃げろ!!ここは危険だ!!」

「俺を知らない……?それにこの声、やはり葛葉紘太じゃないな」

 

 一誠の声をスルーしその場で考え込むように腕を組んだしまう男子生徒。そんな彼に化け物―――『インべス』と言われた白い怪物の一体が、鋭利な爪を鳴らしながら近づく。

 

「くそ!!」

 

 自分もリアス達も、他のインべスに道を阻まれ助けに行くことができない。

 殺される―――――そう思い、歯を食いしばり問答無用でインべスの集団を突破しようと試みようとするが、時すでに遅くインべスは男子生徒目掛けて突進を仕掛ける。

 

 だが、それでも男子生徒は慌てない。

 なんと、男子生徒は向かってくるインべスなぞ、歯牙にもかけないとばかりにひらりと体を捻り、その勢いを利用しインべスの背部を後方に押し出し突進を躱したのだ。

 

 事も無げにインべスをあしらった彼に、驚く面々。

 

「其処のお前、この世界についての事情を聴かせて貰うぞ」

「は?この世界?」

 

 突然、訳の分からない事を言われながらも、インべスを押しやった一誠が、再び視線を男子生徒の方に向けると、一誠やリアス達にとって衝撃的な物体が男子生徒の腰に巻かれているのが見えた。

 

 白を基調にしたバックル。

 一誠とは正反対な色合いを持つ、それを身に着けた男子生徒はベルトに装着されているカードケースのようなものから一枚のカードを取り出し、インべス達に見せつけるように構える。

 

「お前、それ……」

 

「変身」

 

 掲げたカードをバックルの上方に挿入し、両側面を押し込み半回転させる。

 

【KamenRide―――Decade!!】

 

 男子生徒の身体をマゼンタ色の光が覆い、その姿を変容させる。

 緑色の目、マゼンタと黒を基調としたアーマーにバーコードを模したような頭部。

 

 一誠とは似てもつかないその姿に、彼は思わず呆然としながら疑問を投げかける。

 

「何者なんだ……お前」

 

 その言葉が聞こえたのか、マゼンタ色の戦士に姿を変えた男子生徒は両手を埃を払うように鳴らしながら答える。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【鎧武】というライダーの世界がある。

 ビートライダーズと呼ばれるダンスチームに関係する若者たちが、アーマードライダーへと変身し世界の命運を託される世界。

 

「かかってこい」

 

 だがこの世界はどう見てもダンスとかそういう感じを行う世界ではないようだ。

 【仮面ライダーディケイド】へと変身を果たした士は、ライドブッカーをソードモードにへと変え、近づいてきたインべスへと切りかかる。

 

「ハァ!!」

「―――ッ!!」

 

 ライドブッカーの刃がインべスを切り裂き大きな火花を上げる。

 士はさらに、ライドブッカーを振るい、続々と自分に群がって来るインべスを連続で切り付けていく。

 

「こいつら相手なら―――これだな」

 

 ライドブッカーを開き一枚のカードを取り出し、変身時と同じようにバックルへと挿入する。

 

【KamenRide―――Ryuki!】

 

 ディケイドの身体が再度光に包まれ、その姿を赤を基調とした騎士へと姿を変える。龍を基調とした頭部に、赤いライダースーツを覆う鋼色のアーマー。

 【仮面ライダー龍騎】―――鏡の世界を戦う戦士。

 

「姿が変わった?」

「イッセーとは違うの……?」

 

「質問は後から受け付けてやる。こいつらを倒した後にな」

 

【AttackRide―――Strikevent!】

 

 再びバックルにカードを挿入した彼の右手に、上空から飛来してくるようにやって来た、手甲【ドラグクロー】が装備される。

 士は前方にいるインべス達を視界に収めると、右腕に装備されたドラグクローを引き絞る様に構える。龍の頭部を模したドラグクローの口の部分にあたる場所から火が噴き出す。

 

「ハァァァ――――ッ!」

 

 そのまま勢いよく手甲を突き出し、強烈な火炎をインべス達目掛け放射する。

 純粋な超火力に流石のインべスも耐えられなかったのか、数体まとめて燃え上がり、跡形もなく消滅してしまった。

 丁度、他の面々もインべスを殲滅することができたらしく、それ以上のインべスの出現は見られなくなっていた。

 

「……終わったか」

 

 変身を解き元の姿に戻り、自身と同じ制服を着ている面々に向く。

 案の定、警戒はされているようだが、毎度の事のようなものなので気にする事ではない。

 

 特徴的な制服を着た紅髪の女生徒と、その仲間らしき面々が士の前にまで歩み寄ってきた。

 

「助けてくれたのは感謝するわ」

「礼には及ばない。似たような事は何回もしているからな」

 

 主に鳴滝のせいで。

 

「………貴方には聞きたいことが山ほどあるの」

「構わん……と言いたいところだが、もっと落ち着いたところに移動しないか?」

 

 士の言葉に女生徒はこくりと頷き、士を学園の奥のほうに案内する。

 道中、さりげなく聞いてはみたが、この連中はオカルト研究部とやらに所属する学生たちらしい。

 

「それにしても、ここの学生はこんなにも遅い時間まで活動しているのか?どうにも分からん」

「あ、いえ。そう言う訳じゃないんですよ」

「ん?」

 

 士の独り言にツンツン頭の男子生徒が、苦笑いしながらそう返す。どういうことだろうと、言及しようとするが、男子生徒は困ったように頬を搔く。

 

「すごく説明しづらいんですよ。部長達の活動については……えと―――」

「士、門矢士だ。士で構わない」

「あ、オレは兵藤一誠です」

「兵藤一誠……?」

 

 全く以て葛葉紘太とは似つかない名前。

 士は少しだけ表情を顰めながらも、一誠と並ぶように歩いていると、何かが気になったのか一誠がやや遠慮がちに士に質問を投げかけてきた。

 

「あの、士さんのあの姿はなんなんですか?それにあの怪物について知っているようでしたし……俺の変身とは全然違う感じがしたんですけど」

「俺はディケイド、お前と同じ仮面ライダーだ」

「仮面ライダー?なんすかソレ?」

 

 知らないのはある意味当然か。

 鎧武の仮面ライダーの総称はアーマードライダーだったし。他の世界でも明確な『仮面ライダー』を定義する名称はあやふやだからな。

 

「希望の魔法使い曰く、全ての人の自由を守る戦士の名、らしいぞ」

「……何かカッコイイっすね」

「お前は鎧武だろう?他のライダーはいるのか?」

「え?何でオレが鎧武だって……?それに俺以外に仮面ライダーなんて……士さん以外見た事が無いんですけど……」

 

 バロンや龍玄がいないのか。

 龍騎の世界のように争い合っているような世界じゃあないのか。

 加えて、インべスについて全く知らないと見える……葛葉紘太の【鎧武】の世界ではユグドラシルという組織によってベルトが開発されたらしいが、そうすると一誠はどうやってベルトを手に入れたのか……。

 

「ベルトはどうやって手に入れた?」

「あー、俺は一回悪……じゃなくて化け物に襲われて、その時にコイツが出てきたんです」

 

 そう語ると、一誠が掲げた掌が一瞬光り、その手の中にバックルとオレンジロックシードが握られていた。葛葉紘太の世界のベルトを知っている士としては、突然現れたベルトに驚きを隠しえない。

 

「………俺の知っているものとは違うな」

「このベルトについて知っているんですか!?オレもコイツに関しては全く知らないんですよ!」

「こいつはインべスが生息するヘルヘイムの森に対抗するために創られたベルトだ。だが、お前の持つそのベルトはどうやら少し違うらしいな」

 

 ベルトの出自がよく分からないのはよくある事だ。

 士自身同じようなものだったからだ。

 

「少し違うって……もしかして士さん―――」

「ついたわよ」

 

 一誠が質問を言い終えるよりも前に、目的地についてしまったようだ。周りが暗くて視界が良好とはいえないが、よく目を凝らすと目の前にはやや古びた校舎らしき建物が見えた。

 

「ここで話を聞かせて貰うわ」

「アンタらの話も聞かせて貰うぞ」

「構わないわ」

 

 先程の戦闘からして、オカルト研究部とやらに所属する面々が異質な力を持っている事に、士は少しばかり興味を惹かれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎に入っていく士と一誠達―――。

 その面々を新校舎の屋上から、見ている一つの陰があった……。

 

 ラフな服装の男は、興味深そうに旧校舎に入っていく面々を見ながら楽しそうに、手元の青色の銃を回す。

 

「偶然この世界に来てみたのはいいけど、まさか士がいるなんてね……でも―――」

 

 銃を持つ手とは別の手で拳銃の形を型作り、その人差し指を士の隣にいる一誠に向ける。

 

「お宝は、僕のものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、士はオカルト部室という場所に招かれ、リアス・グレモリーと名乗る女生徒から大まかな説明を聞かされていた。

 

 悪魔という存在が実在している事。

 この場に居る一誠以外のメンツが全員悪魔だという事。

 神話の世界の生物たちが実際にいる事。

 

 彼女から聞かされた話に士は暫し腕を組み悩むような動作をした後、脱力しながら顔を上げる。

 

「大体分かった」

「本当に分かっているのかしら……」

 

 リアクションが薄い士に対して苦笑いする面々だが、別の世界で散々人間の姿をした別の存在と何度も遭遇している士からすれば、あまり驚くような事ではない。

 

「色々な世界を回っては来たが、ここまで幻想的な世界はなかったな。少しばかり驚いた」

「驚いているのは私達の方よ……異世界を回っている人間なんて。にわかには信じられないわ」

「だが、事実だ」

「分かっているわ……はぁ」

 

 朱乃と呼ばれる黒髪の女生徒に差し出された紅茶を口に含みつつ、尊大に足を組みソファーに背を預けた士を見て重いため息を吐くリアス。

 

 士から聞かされた話はそれほどまでに衝撃的だったのだ。

 

「とりあえず、住む場所をくれ。野宿は勘弁なんでな」

「清々しいほどに図々しいわね……構わないわ。貴方は私達の協力者という形で私が見張るわ」

「勝手にしろ」

「……そういえば、貴方ここの制服を着ているわね?貴方が別の世界から来たとしたら、その制服は……?」

「ここでの俺の立場は、ここの学生という事になっている」

「滅茶苦茶ね……ハァ……まあ、いいわ。とりあえずは貴方の話を信じてみる事にするわ。今日の所は解散としましょう。でも皆、インべスが現れたら一人で相手しない事ね?」

 

「「「はい」」」

 

 インべスト戦って疲労も少なくはない。眷属達を見てそう判断したリアスは、取りあえずその場で解散として部室から出る。

 一緒に帰るのは一誠と一樹アーシアとリアス、そして士。一緒に帰る面々を見た士はやや怪訝な表情をしながら一誠に問いかける。

 

「お前等一緒に住んでいるのか?」

「え?あ、ああ」

「ふぅん……」

 

 何か言われるのか……?そう思い構える一誠だが、士はリアス達と同居していることには興味がないのか、無関心だ。そのまま士は無言のまましばらく夜道を歩いていると、不意に何かに気付いたように背後を振り向く。

 そのまま面倒くさそうな表情を浮かべると前に向き直りリアスに声を掛ける。

 

「…………おいグレモリー」

「何?」

「少しイッセーを借りるぞ」

「……何故?」

「話がある」

「ここではできないの?」

「ああ」

 

 士の言葉に渋る様に腕を組み、一誠の方に視線を向けるリアス。事情を聞いたとはいえ、あれが本当だとは限らない、さっき会ったばかりの男とイッセーを二人きりにしてもいいのか?

 

「部長、大丈夫です。士さんは悪い人じゃないですから」

「……分かったわ。できるだけ早く戻るのよ」

「はい!」

「悪いな」

 

 リアス達とは離れ、士と共に帰り道近くの公園へと移動する。

 公園―――レイナーレと会い、自分が非日常へ初めて足を踏み入れた場所。ここでリアスと出会い、一樹が悪魔になった。それからライザーやその眷属達、そしてコカビエルとも戦った。数か月前の自分では決して想像だにしないであろう体験。

 ある意味この場所が始まりともいっていいだろう。

 

 ……そういえば、いやに士が周囲を警戒しているのが気になるが、何かいるのだろうか。

 

「士さ―――」

「おい!出てこい!!」

 

 公園の中心で立ち止まると同時に背後に振り向き、叫ぶ士。何事かと思い一誠も後ろを振り向くと、公園の入り口の角に誰かが潜んでいるのが見えた。

 

「ばれちゃったら、しょうがないね」

「な……ッ」

 

 全然気づかなかった。

 士は追跡してくるこの男に気付いて、自分を連れてここに移動したのか……。

 

「また学生かい士。似合わないなぁ」

「抜かせ、それより……何でお前がいる?―――」

 

 怪しげな男を面倒臭げに見据えた士に対して、男は薄らと笑みを零し月明かりの下に出てきた。

 一誠から見たら、出てきた男の纏う雰囲気は―――

 

 

 

 

「海東」

 

 

 

 

 どこか胡散臭かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、士」

「ああ」

 

 海東大樹、仮面ライダーディエンド。士と同じ仮面ライダーの一人であり、泥棒。

 時には敵対し、時には共闘した間柄だが今この状況でこの男が出てくるのはどうにも解せなかった。

 

「どうしてお前がここにいる?」

「ここに来たのは偶然さ。偶然此処に士が来ているのを見つけて、そして偶然『お宝』も見つけちゃったわけさ」

「……?ということはお前はこの世界についてよくは知らないのか?」

 

 『お宝』、に少し引っかかるが、そちらの方は後回しにする。こいつにとってのお宝は大抵碌な物じゃないからだ。まずはこの世界について詳しく知っておきたい。

 

「いや、この世界の大まかな事は知ったつもりだよ?といってもこの世界はどうにも神秘に関係する秘匿性が高いからね、細かい事までは分からない」

「それでもいい、話せ」

「はぁ、全く変わらないな士は……この世界は言うなれば仮面ライダーが必要のない世界。……いや、『鎧武』が必要のない世界と言ってもいいね」

「……お、俺が必要のない世界?」

 

 海東の言葉に思わず口を挟んでしまった一誠だが、それも無理はないだろう。彼にとってリアス・グレモリーとその眷属達を守るために浸かって来た力を全否定されたようなものだ。

 その事に気付いた海東は一誠に詫びるように手を横に振る。

 

「ああ、違うんだよ、みかん君。そう言う意味じゃない」

「違う……?」

「君の力は本来インべスと闘うための力だ。だけどこの世界にはインべスもヘルヘイムもいない」

「戦うべき相手がいないってことか?」

 

 イッセーの言葉に頷く海東。

 だがそれじゃ解せない、『鎧武』がこの世界に必要のない存在ならば何故、イッセーが『鎧武』になれる?必要性がなければライダーは生まれない。

 オルフェノクがいる555の世界然り、魔化魍がいる響鬼の世界然り。

 

「……それなら、何故この世界にインべスは現れた?本来いないはずの存在じゃないのか?」

「それなんだよ、士。この世界にインべスが『自然』に出現することはありえないんだ。なのに出現した、これから導き出される結論は簡単だ」

「……」

 

 ………まあ、考え得る限りそれしかないだろうな。

 

「何処かの誰かがインべスを引き入れているって所か?」

「そうだね、でも僕達の知っている『鎧武』の世界のインべスは既に別の場所に移ってしまった。……言うなればあれははぐれインべスとでも言うべきかな?」

「引き入れている奴を分かっているのか?」

「それは僕にも分からないね、鳴滝さんなら知っているんじゃないか?恐らく彼もこの世界を見つけているはずだからね」

 

 士が鳴滝を苦手にしていると分かっている上での言葉である。嫌味な奴だ、と内心毒づきながらこれからの事について考える。

 現在の最優先事項はインべスの撃退とその原因を倒す事。

 

「あのさ、さっきから話についていけないんだけど……つまりどういう事なんだ?」

「とりあえず害になる奴らを倒せばいいって事だ」

「お、おぉ……」

 

 ちゃんと分かっているのか?

 曖昧な返事をする一誠に軽いため息を吐いた士は、海東の方を向く。

 

「俺は俺で勝手にやらせて貰うぞ海東」

「僕もそのつもりだよ士」

「………イッセー帰るぞ」

「わ、分かった」

 

 胡散臭い笑みを向けてくる海東を訝しみながらも、公園から出ていくべく出口に足を向ける。一誠も慌てて士について行こうとすると―――。

 

「待ちたまえ」

 

 何時の間にか手元に『青い銃』、ディエンドドライバーを構えた海東が士たちを呼び止めた。

 

「どういうつもりだ」

「言っただろう?僕もそのつもりだって。お宝を目の前にして僕が黙っているはずがないだろ?」

「……イッセーか」

「は!?俺!?」

「御名答だよ」

 

 海東が一誠を『お宝』と称したからには、葛葉紘太とは違う何かがあると考えても良い。……だがこれは厄介な事になってしまった。場をかき乱すことに関して、コイツ以上面倒くさい奴は知らない。

 

「士さん……どうするんですか?てかお宝ってなんのことですか……?」

「お前の持つ特別な力、アイツはそれが欲しいらしい」

「俺の力って……」

「―――話している暇はないようだ」

 

 バックルを取り出した士が前方を見据えると、海東が自身の右手に持つ『ディエンドドライバー』に士と同じ形状のカードを挿入している光景が目に入る。

 

「―――行くよ」

【KamenRide―――】

 

 ディエンドドライバーから待機音声が流れると、そのまま上方へ掲げそのままトリガーを引き撃ち出す。すると銃身から複数の長方形の物体が射出されると共に海東の身体をフィルムが重なる様に青色の戦士へと変えていく。

 

【―――Diend!】

 

「あれって士さんと同じ……?」

「そうだよ、僕も通りすがりの仮面ライダーだからね」

 

 【仮面ライダーディエンド】、ディケイドと対を成すような姿の戦士。

 変身を終えた海東が銃を一誠と士の方に向ける。明確な敵意はないが穏便には済ませられない―――そう判断した士と一誠はバックルを取り出し腰に装着する。

 

「何が何だか分からねぇが。やるしかない!!」

「まったく……お前と闘うのも何度目だろうか……」

 

【オレンジ!】

【KamenRide】

 

 一誠がロックシード、士がカードをバックルに挿入し変身する。同時に二人の身体がライダースーツに包まれ【仮面ライダー鎧武】と【仮面ライダーディケイド】へと姿を変える。

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

【Decade!!】

 

 周囲に暗闇が満ちる公園に本来集まるはずがなかった三人のライダーが集う。

 

「食らえ!」

 

 変身を完了したと同時に士がライドブッカーをガンモードにして海東目掛けて数発打ち込むが、海東は容易く弾丸を撃ち落とす。

 両者の間に火花と煙が舞うが、その煙を刀で切り開いた一誠が全速力で海東目掛け接近し攻撃を仕掛ける。

 

「はぁぁ!!」

「おっと!」

 

 一気に肉薄し無双セイバーと大橙丸を振るった一誠の攻撃を後方へ退がりながら回避、同時に何時の間にか取り出した【カード】を銃に装填する。

 

「お仲間を呼んであげよう」

【KamenRide―――】

 

 ディエンドドライバーの側面に特徴的な文様が浮かび上がる。士の使っていたように別の姿に変身するのかと、身構える一誠。だがそんな一誠の予想を裏切るかのように、銃身から何かがが飛び出し海東の目の前に停滞し人の形状を形作る。

 

【Baron!】

 

「なっ……!?」

 

 現れたのは一誠の良く知るバナナアームズを纏った騎士の顔を思わせる赤色の戦士。一誠が驚いたのは相手の姿ではなかった。士から他にも仮面ライダーがいるとは聞いていたので、ライダーが召喚された事にはさして驚いてはいないが、驚いたのは召喚されたライダーの腰に装着されているもの。

 

『フン……まさか貴様が相手とはな』

 

「俺と、同じ……」

 

 自身のつけているベルトと全く同じ形状をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海東ォ!!」

『AttackRide―――Blast!!』

 

 召喚された二人のライダーを一誠に任せ、士は海東を相手に銃撃戦に持ち込んでいた。Blastにより銃身が朝なるように分身し、ショットガンのように銃弾が海東目掛け吐き出される。

 

「甘いね!」

『AttackRide―――Blast!!』

 

 海東も士と同じカードを用いエネルギー弾を放った。両者同じカードは使えど、ディエンドは銃主体のライダー、遠距離線では圧倒的にディケイドが分が悪い。

 案の定、海東の放ったエネルギー弾は士の弾を突破し直撃する。

 

「ぐ……ッ、海東!お前の言うお宝とは何だ!!」

「君も薄々は気付いているんじゃないか?」

「………」

「彼はクウガやアギトのように、自身の力でライダーの力を扱えるという事は、それを可能にするだけの力が彼の中に眠っているという事だ。彼が戦っているところを見て確信したよ………」

 

 ライドブッカ―をソードモードにして斬りかかりながらも思考する。

 本来の鎧武の変身は『戦国ドライバー』を介して行う。そのベルトのあり方は、555のベルトのものに限りなく近い。

 だが一誠は、バックルとロックシードをそのまま手のひらに出現させた。バックルはまだしもロックシードを自ら生成することは、ロックシードについて詳しく知っている者から見たら異常の一言に尽きるだろう。

 なにせヘルヘイムに実る果実が人の身で生成したというのだから。

 

「………禁断の果実か」

「どういう理由かは分からないけど、彼の中には彼にさえ手に余るほどの強大な力が眠っている。命を作り上げ全てを支配するとてつもない力……まさしくお宝だ!!だから今度ばかりは邪魔しないでもらおうか!!」

「ふざけるな!」

 

 銃を下から切り上げ、空いた脇腹に蹴りを入れ吹きとばす。

 

「お宝なんて俺には関係ない、俺はお前が勝手するのが気に入らんだけだ」

「やれやれ……」

 

 剣を突き付けられた海東は起き上がりながらも銃を構えた。

 ―――一誠の方は大丈夫だろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だお前はァ!!」

『それはこっちの台詞だァ!』

 

 大橙丸とバナスピアーがぶつかり火花が散る。

 目の前にいる自分と同じ『ライダー』。そいつと今は闘っているのだが、何故か戦っているうちに不思議な感覚に襲われていた。

 会ったことはないのに見覚えがある。

 

『貴様は葛葉ではないのかッ!!』

「誰だよソレ!!オレは兵藤一誠だ!!」

『イッセイッ!?まあいい!貴様がオレの前に立ちふさがっている以上、オレは貴様を倒す!!ただそれだけだぁ!!』

 

 赤色のライダーは一誠の首を殴りつけるようににランスを振るってくる。

 その攻撃を避けながら士達の方を見やる。―――あちらもまだ決着はつかないようだ。

 

『何をよそ見をしている!!』

【バナナスカァッシュ!!】

 

「まずッ―――」

 

 一瞬の油断、その隙を突かれ赤色のライダーはカッティングブレードを傾け、バナスピアーから巨大な穴菜上のエネルギーを生成し突きを繰り出した。

 

「うぐあぁぁぁあぁああああああああ!!?」

 

 その攻撃をもろに食らってしまった一誠は鎧から煙を上げなが地面に叩き付けられる。

 強い、コカビエルとはまた違った強さだ。だが自分も負けられない。若干ふらつきながらもすぐに起き上がり、無双セイバーと大橙丸を構えようとすると―――。

 

「うぐぁ……ッ」

 

 突然の頭痛が一誠に襲い掛かった。

 この久しぶりの感覚、『鎧武』の力に目覚める前のものだ。

 

 頭痛と共に頭の中に浮かび上がったのは鎧武者と目の前の赤いライダー『バロン』がこことは別の場所で戦っている姿、そして彼らの周りには多数のインベス達。だがそのインベス達は二人のライダーに付き従うように争い会っている。

 

「おま、えは……カイトッ」

『……ッ!何故オレの名を知っている!!』

「知らねぇ、よ……」

 

 銀色の将軍。

 赤色の怪物。

 

 そして、黄金色に輝く果物をその手に持った、儚げな笑顔を浮かべている男の姿。

 

 

 

 

「……分からねぇ……でも、俺はお前を知っている!!」

『なに!?』

 

 頼れる味方だった気がするし、敵だった気もする。

 だが、感情的に従うならば―――

 

「お前は――――」

 

 叫ぼうと立ち上がった一誠、だがそんな一誠目掛け緑色のエネルギー体が直撃した。

 

「ぐぁ!?」

『何!?』

 

 背中に痛みを感じながら背後を振り向くとそこには空間に現れたチャックのような物体がそこにあった。

 

「……な、なんだよアレは!?」

 

 突如空間に現れた亀裂に驚愕する一誠だが、亀裂から発せられる禍々しいオーラをすぐに察知し武器を向ける。

 

『クラックだと……』

「知っているのか!?」

『……貴様は知らないのか!!』

「知らねぇよ!!何で俺が知っている前提なんだよ!?」

 

 あの亀裂の事を知っていそうな男に質問をしてみるが、驚かれる始末。このベルトをしている上であの亀裂は知っていなければいけない事なのだろうか。

 

『………ァ………』

 

「何か来るぞ!!」

『分かっている!!』

 

 武器を構え、クラックと呼ばれた亀裂の奥を見る。暗い空間の奥で何かを引きずる音と共に、うめき声が聞こえる。インべスではない。

 もっと人に近い声だ。

 

『カツラバ………コウタァ…………』

 

『!!!?』

 

 クラックから出てきたのは、人でもインべスでもなかった。緑色の体色の化け物。その手にはヘルヘイムの森の中で見た果実がつけられているハルバードに似た槍が握られている。

 だがイッセーが驚いたのはそこではなかった。

 

 化物の身体を覆うように纏わりついている黒色のオーラ。……いや、僅かに黄金色が混ざっているあたり純粋な黒色ではないが、禍々しい気配を発している。

 

「な、なんだよ。あれもインべスなのかよ!?」

「オーバーロードだ」

「っ、士!」

 

 海東との戦闘を中断してこちらに来た士が、オーバーロードと呼ばれる存在を警戒しながら話しかけてくる。

 

「ヘルヘイムに住む知的生命体。それがオーバーロードだ」

「そんな奴がなんで……」

「分からん。海東、アレはどういうことだ?」

「僕にも分からないね……バナナ君は何か分かるかな?」

『俺に訊くな……だが、一つ言える事があるとすれば―――』

 

 バロンは、クラックの中で呻いているソイツを睨みつけると、苦虫を潰したような声音で言葉を吐きだす。

 

『俺の前に死んだ奴が現れた事だ』

 

 

『……………オマエラノ………セイデェ………』

 

 

 

 

 

 

 

 オーバーロード。

 フェムシンムの王、ロシュオに仕える者にて、王に反旗を翻した裏切りの怪物。

 禁断の果実の力の一端を持つ人間に敗れ去った、欲に溺れて、身を滅ぼした愚か者。

 

 

 そして、奇跡の残りかすに魅入られた憐れな死人。

 

 

 

 その名は――――

 

 

 

『ヨコセェ……キンダンノ……カジツゥ……』

 

 

 

 

 レデュエ。

 

 

 




 レデュエがロシュオから抜き取った、黄金の果実の抜け殻にもし力が残っていたなら……。




30分にするならこれくらいかな、と意識しながら書きました。

予想以上に前篇が長くなったことに加え、後編はまだ完成していないので、今日の更新はこれで終わりです。
もしかしたら、次回は後編ではなく、そのまま第4章を更新するかもしれません。



リハビリがてらに短編を書いてみました。
【『A』 STORY 】
原作は、ガンダムビルドファイターズトライです。


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外伝 兵藤物語【悪】 1

※注意

・イッセーがブチギレて悪堕ち。
・一樹が本編より、ゲス……というか、形容できない程終わってる。
・本編がかわいく見える程の仕打ち。
・戦闘描写は無し。堕ちる過程のみ。
・イッセーに与えられる特典は鎧武ではなく『悪ライダー』

 あくまでプロローグに近い外伝の様なものなので、注意事項を呼んで無理だと思ったならば読むことはお勧めしません。



 最初は、禁断の芽生え 1 と大体同じなので省略。



 兵藤一誠は性欲多感な男子高校生である。

 日々、悪友である松田と元浜と共にエロの道を歩む駒王学園に通う学生。

 

 そんな彼の朝は、けたたましいキャラボイス目覚ましから始まる。

 

「……ふぁ……」

 

 時間は7時15分。

 学校へ行くには丁度いい時間。だるい体を動かしながら制服に着替え、のそのそと両親のいるリビングに降りる。

 欠伸を噛み殺しているイッセーを見た母親は、ため息を吐きながら彼に朝食を差し出す。

 

「ほらほら起きなさいイッセー!一樹はもう学校行っちゃったわよ!」

 

「俺は一樹とは生活サイクルは全然違うんだって……」

 

 兵藤一樹。

 一誠の実の弟である。容姿は髪の長さを除けば一誠と瓜二つ。

 だが一樹は一誠と違い『なんでもできる』。

 彼は何時でも一位を取る。

 勉強に関しては、小学校でも中学校でも……何故か高校からは成績は落ち目に入っているが、上位に入っている事には変わらない。

 

「はぁ……眠ぃ~~」

 

 朝食を食べ終えた後に、顔と歯を磨き高校へと歩き出す。

 弟の一樹は、何故か一誠を疎ましく思っている。一誠が近づいても何時も彼から遠ざかろうとするのだ。まるで親の敵とでも言わんばかりに。

 一誠としてはたった一人の弟、仲良くはしたいと思っている。

 やはりエロいのがいけないのか?エロに忠実なのがいけないのか?周りの目が気にするのか?と色々考えてしまう。

 直そうとは何回も思ってはいるが、やはり無理だった。

 

「だって男だし、しょうがねえよなー」

 

 青少年よ、欲望に忠実であれ。

 そうおっちゃんが言ってた気がする。

 

 そういえば一樹って結構モテるよな。

 同じ見た目であるが爽やか少年である一樹と、健全学生、一誠では雲泥の差があるのだろう。

 分かっている。分かっているからこそその事実が地味に一誠を傷つける。

 

 気付けば校門前。

 ボー、っとしている内にもう到着してしまったのか。

 

「あ、あの……兵藤……くん、だよね?」

 

「ん?」

 

 誰かに声を掛けられた。

 可愛らしい声だなー、と思いつつ声の下方向に目を向けると、そこには一人の黒髪の美少女。

 

「ど、どなたですか!!」

 

「あ、あの私……天野夕麻っていいます」

 

 か、可愛い……それにしても何でこんなかわいい子がオレに話しかけてくるんだ?も、もしかしてこれはもしかして……。

 

「一目惚れです!付き合ってください!」

 

 ペコリと頭を下げながらそう言い放った黒髪美少女を前に、一誠は思わず自分の頬を抓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいぃぃぃぃイッセーコラァ!!」

 

「テメエェェェイッセェェェェ!!」

 

「はっはっはっはっなんだね松田君、元浜君。ああこれ返すよ。今の俺には必要のないものだからね!」

 

 これぞリア充の門を潜った者の風景か。

 報われない者共がこんなにも哀れに見えるとは思わなかった。

 描写出来ないほどの形相で一誠に詰めよる松田と元浜。

 そんな彼らとは対称的に、不敵な笑みを浮かべ椅子に深く座るイッセー。

 

「いらねえよ!くそぉ何でイッセー何だよ……何でオレに春はこないんだよ……なあ元浜ぁ」

 

「諦めては駄目だ……イッセーにだって来たんだ……俺達にだって……」

 

「へへ、元浜。声……震えてんぜ」

 

 親友二人の茶番劇を眺めつつ、教室に居る一樹に目を向ける。

 

『カズキくーん、英語の宿題やったー?』

『ちゃんとやったよ。見せ合いっこしようか?』

『私も私もー!』

 

 

「なあ、一誠。お前の弟って条例で保護するほどの存在か?」

 

「イッセー、ちょっとだけ、先っちょだけだから。あのクソったれハーレムヤロウに俺のシャープペンシルを突き刺すだけだから」

 

「お前ら落ち着けよ!?つか、松田はその手に持ったシャーペンをしまえ!!」

 

 額に青筋を浮かべ、指を鳴らし始めた松田と元浜を止める。

 全く、嫉妬と言うものは恐ろしい。朝の告白がなかったら自分もきっとああなっていただろう。

 

「まあ、ここまで冗談として……イッセーよ」

 

「冗談に見えなかったんだけど……」

 

「冗談として!!」

 

 あくまで冗談として突き通す気かこの眼鏡とハゲ坊主。

 

「本来なら嫉妬の炎でお前を焼き尽くすはずだが……まあとりあえずは、おめでとうと言っておいてやる。なあ松田」

 

「おうよ、精々別れんように背中に気を付ける事だな」

 

 これは祝ってくれているのか?祝ってくれている事にしよう。

 こいつらは親友、一誠は柄にもなく少し感動した。だてに一年生からの付き合いじゃない。

 エロの為なら一緒に頑張って来た仲間。即ちズットモである。

 

「……っで、本音は?」

 

「「別れればいいと思う」」

 

「こ、こいつらァ……」

 

 親友との楽しいやり取り、そして夕麻ちゃんからの告白。

 今日日も新しい出会いや、心が躍りそうな日常が始まっていく。

 

 ずっと続けばいい。

 

 素直にそう思う。

 

 

 

 ふと、視界の端で一樹が一誠を見ている事に気付く。

 一樹のほうに顔を向くと、彼は既に別方向を向いていた。

 

「あれ?」

 

「どうしたんだイッセー?」

 

「いや……何か一樹がこっちを見てた気がしたんだけど……やっぱなんでもいいわ」

 

 一瞬見えた、一樹は――――今までに見た事が無い歪な笑みを歪めていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その週の休日、その日は俺にとって特別な日だった。

 

 『天野夕麻とのデート当日』

 

 兵藤一誠は、生まれてからの16年間において初めてのデートに緊張しながら、待ち合わせ場所に立っていた。

 時刻は待ち合わせ時間ジャスト。

 まだ夕麻は来ない。

 

「女の子は、準備に時間が掛かるって言うからな。ここは男として無言で待つべきだな!」

 

 ひたすらに待つ。

 10分……15分……30分。

 

 こない、だが待つ。

 天野夕麻はきっと寝坊助でドジっ娘などという淡い希望を抱きながら一誠は待つ。

 

 ……1時間……2時間――――3時間が過ぎる。

 

『ただいま、電話にでることができません―――――』

 

「……」

 

 電話にもでない。待ち合わせ場所も何度も確認したし、彼女自身がここを指定した。――――だが、こない。

 諦めかけたその時、一誠に近づいてくる一人の女性。

 女性は手にチラシのようなものを持ちながら一誠の傍による。

 

「すいませーん」

 

「……!ゆ、夕麻ちゃん、俺も今来たとこr――――」

 

「はい!どうぞ!」

 

 夕麻ではなかった。

 近付いてきたのはバイトの女性であった。彼女は一誠に押し付ける形で胡散臭いチラシを押し付けると、そそくさと別の人の所に行ってしまう。

 

「……ははは、なんだこれ……『貴方の願い叶えます』……だって?」

 

 手に持たされたチラシを見た一誠は、急速に自分の中の熱が冷めていくのを感じた。

 あぁそうか、自分は騙されていたんだな。

 ぐしゃりとチラシを丸めて地面に投げ捨てた一誠は、くるりと後ろを向き歩き出す。

 

「……」

 

 惨め、これなら素直に振られるほうがマシだった。今、思えばおかしな話だった、何で自分みたいな男にあんな可愛い子が告白してきたのか。

 罰ゲームのような物だったのだろう。騙した天野より、騙された自分が恨めしい。

 思い上がっていた自分が恥ずかしい。

 

「もうこうなったら、今から松田と元浜呼んで遊ぶしかねえな!」

 

 目は何で前についている?前に進むためさ!

 失恋乗り越え、今こそニューイッセーとして生まれ変わる時!

 そう思い、携帯を取り出し、松田と元浜に連絡しようとした瞬間――――前方を二人の男女が仲睦まじく歩いていく光景を目にし、ボトリと携帯を落とす。

 

「……はは、なーんだ。そう言う事だったのかよ……一樹、夕麻ちゃん」

 

 弟と、自分が彼女だと思っていた女性。

 絶望する一誠だが、内心は何故か納得していた。

 

「そうだよなぁ、一樹は頭が良くて女子に優しいからなぁ……そりゃ好きにもなるわな。あ、そういえば俺に告白した時も、俺の事、兵藤って苗字で呼んでたなぁ……なーんだ。全部、俺の勘違いか……ははは、くそ」

 

 周りに人がいるにも拘らず独り言。

 ドロドロとドス黒い思いが胸からこみ上げる。

 何でアイツが、何でアイツだけが、勉強ができて……頭が良くて、親からの期待も厚く。教師からも有望視されている。

 アイツが、アイツがさえ、いなけれ――――

 

「……もう、やめよう」

 

 そこで一誠は、我に返る。

 一樹は決して悪気があって、夕麻と居る訳ではないのだ。

 ここで、『一樹がいなければ』なんて思ってしまう事は兄として最低だ。ここは兄らしく弟に彼女ができた事を喜ぶべきじゃないのか。

 

「そう、だな……そうしたほうがいい」

 

 でも、あの二人がこの後どうするのかが気になる。

 夕麻の方は、自分とデートすることは知っているはずなのに……もしかして忘れているのか?それはそれで癪に障る。

 

「……まあ、デートすっぽかされた特権で、見届けるのは許される……よな?」

 

 そう呟きながら、一誠は二人の後を追う。

 30メートルほど距離を開け追跡する。仲睦まじい二人を見て、精神的にダメージを負う一誠だがそれでも追跡をやめなかった。

 

 

 ――――夕暮れが近い。

 夕麻は一樹の手を引き、公園に入った。

 このまま普通に入るわけにもいかないので、公園の茂みに潜み動向を見守る。

 

「あれ?これって、なんかヤバくないか?もしかしたら不健全な事にならないだろうな?」

 

 もしそうなったら、自分は弟に目を合わせなくなる。

 気まずい仲のまま生活しなければならなくなる。

 それだけは避けなければ……いざとなったら逃げる準備を――――

 

 

 ザシュッ

 

 

「…………え?」

 

 音を切り裂いた音に、何かが噴き出る音。

 一誠の目の前に映ったのは、赤――――腹部からシャワーのように血を噴き出しながら地面に倒れ伏す、大事な弟の姿だった。

 

「あれ?……はは、俺って疲れてんのかな?」

 

 何度目を擦っても目に映るのは、腹に光り輝く槍が突き刺さっている一樹の姿。

 そして「それ」を見下ろす、黒い翼を生やした天野の姿。

 死んだ、一樹が。

 誰に?

 天野、夕麻に―――

 

「カズキィィィィィィ!!」

 

 茂みから飛び出し、一樹の元に駆け寄る一誠。

 天野は、最初から気付いていたのか、ニコニコと笑みを浮かべながらその光景を見守っている。

 

「一樹っ、しっかりしろ!今、救急車を呼ぶから!なあ!」

 

「あひゃ、ひゃひゃひゃは……これで、俺が、俺が―――――ボクがなれるんだ……ざん、ねんだったな、いっせぇ」

 

 虚ろな目でボソボソと何かを呟いた一樹は、一誠の頬に添えた手をパタリと地面に落とした。

 彼の体から力が抜けていくのを感じた一誠は、血に濡れた頬に涙を流しながら、一樹の肩を揺らす。

 

「……は?おい、なんだよ。全、然……何言ってるか分からねえよ!……おい、目を開けろよ!何時もみてえに毒の一つでも吐いてみろってんだよ!!」

 

「随分と、兄である貴方は弟を大事にしているみたいね。その子も虫の息だし、あと少し放っておけば死ぬわ」

 

「………っ、何で!何で君が、一樹を……ッ」

 

「貴方に言っても分からないでしょうが……コイツは人にないものを持っていた。それだけよ」

 

 それだけで、殺されたのか。

 まだ一樹にだってやりたいことがあったはずだ。やり残したことが有ったはずだ。

 親孝行もしてない、結婚もしてない、孫の顔を見てない。

 一誠は、血走った眼で夕麻を睨みつける。

 

「あら、怖い。でもごめんなさいね『一誠』君。でもね、この子は貴方が思うような、可愛い弟じゃないのよ?」

 

 バサリと翼をはためかせ地面に降り立った夕麻は、一樹の亡骸を見下すように一瞥しながら、光でできた槍の切っ先を一誠に向ける。

 

「そんなこと……知ってるに決まってんだろ!俺はこいつの兄だぞ!?兄ってのはなぁ、どんなことが有っても弟を守るもんなんだ!お前がなんなのか知らねえけどさぁ!たった一人の弟をお前は殺したんだ!!」

 

「……感動的ね、でも無意味だわ。どちらにせよ貴方は殺す予定だった……ドラマチックでしょう?一緒に死ねるなんて」

 

 槍を掲げ、一誠目掛けて投擲しようとする夕麻。

 天野夕麻の正体が何かは分からない。だが、弟を殺したこいつにたった一言だけ言いたい言葉があった。

 

「俺さ、君の事は本気で好きだった」

 

「そう?私は嫌いだったわ」

 

 次の瞬間、一誠が感じたのは激痛、続いて焼けるような熱、そして力が抜けていく感覚だった。

 

 

 ああ、短い人生だったな。

 結局彼女に振られちまったし、童貞のままだし、結婚もしてないし。

 ……親友二人を残しちまった。

 それだけが心残りだなぁ。……まあ、アイツらなら落ち込みはするけど、すぐに元気になってくれるだろ。

 

 眠い、天に昇るように光に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方ね、私を呼んだのは?」

 

 突然、魔方陣が発動したと思ったら、目の前には血みどろで倒れ伏す『一人』の男子高校生。

 この子は、確か2年生の兵藤一樹?

 

「堕天使、かしらね。この惨状を見るからには……あら?おかしいわね」

 

 兵藤一樹の隣に、血溜まりが?

 一体誰のかしら……死体が消えているって事?それとも生きている?

 

「調べる必要があるかもしれないわね」

 

 それより、今はこの子。

 私を呼び出すほどの強い生への執着を持っているならば――――

 

「その命、私の為に使いなさい」

 

 ――――手の中の『兵』を弄びながら、虚ろな目をしている兵藤一樹にそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んで目覚めたら、周りが真っ白な空間に立っていた。

 そして目の前には、だらしなく服を着崩した20代後半程の男。

 

「あれ?確か俺って、夕麻ちゃんに腹を刺されて―――――っ!?」

 

 思わず、自分の体を見る一誠。腹部に傷がない。

 あれは夢だったのか?もしそうならどれだけ救われた事だろうか。

 

「夢じゃないぜ兵藤一誠?」

 

「はぁ!?なんd―――」

 

「『何で俺の名前が分かる』ってか?そりゃ、俺がお前よりスゲェ存在だってだけさ」

 

「スゲエ存在?」

 

「まあ、立って喋るのは面倒くせえから座れよ」

 

「……」

 

 スゲエ存在……かなり胡散臭い。

 周りを見ても一面真っ白、果てが見えない。はりぼて?と疑いつつも黙って座る一誠。

 男は一誠と同じく地面にどかりと座りながら、二ヘラと軽快な笑みを浮かべながら、一誠を見る。その視線に嫌なものを感じ取った一誠は、目を逸らす。

 

「お前は、死んだよ」

 

「……え?ここってもしかして、地獄、とか?」

 

「それも違う、ここは……まあ、説明すんのも面倒くせえし、特別な場所っつー認識で構わねえ」

 

 特別な場所?

 それならば、何故自分は、こんな場所にいるのだろうか……もしかしたら生前、色々エロな事をしでかしたばかりに『お前の魂は煩悩で一杯だ!魂を浄化するため地獄に落とすぞボケェ』とでも言われるのだろうか。

 

「いや、んなこと言わねえよ」

 

「考えが筒抜け―――――じゃなくて、何で俺ここに居るんすか!?」

 

「お前を生き返らそうと思ってな」

 

「へぇ……そうなんですか」

 

 生き返らせてくれるんですか。

 へぇ~、やったな。生き返ったら失恋を乗り越える為に遊びまくってやろう。

 

「って、はぁ!?そんな簡単に生き返らせるとか言っちゃっていいんですか?!」

 

「ああいいよ。じゃあ、生き返れ~~」

 

「軽っ!?あ、後、できれば俺の弟も……」

 

「生きてるから大丈夫」

 

 男が右腕を振るうと、一誠の体が足元から粒子となって消えていく。

 まさしくスゲエ存在だ。こんなコンビニ感覚で生き返させてくれるとは。

 

「一樹も……何かよく分からないけどありがとうございます!」

 

「あーいいって、いいって。俺を呼びたかったら、頭の中で俺を思い浮かべろ」

 

 先程と同じように二ヘラと笑い手を振るスゲエ人。

 一誠の姿がどんどん薄れていき、最後には消える。一誠が消えた場所を見た男はゴロンとその場で寝転がりながら、何もない空間を見つめ一言ボソリと呟く。

 

「……ま、お前はすぐに俺を呼ばざるを得ない状況になるがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは公園だった。

 血こそついていないが、腹部の部分が破れた服が先ほど天野夕麻に殺された証拠。

 つまり、さっきのは夢じゃなく実際に起こった出来事だという事になる。

 

「――――本当に生き返った!!スゲェ人!!スゲェ!!」

 

 暗くなった公園の中でそう叫びながら、一誠はとりあえず家に帰る。

 スゲエ存在は、一樹も生きていると言った。なら当然、一樹も家に居る筈――――だから走った。

 

 だが、彼は気付いてはいなかった。

 

 生き返った兵藤一誠には―――

 

 帰る場所なんて既にどこにもないことを―――

 

 

 

 

 

 家に帰った一誠を出迎えたのは、彼の帰り喜ぶ母でも父でもなかった。

 

「ただいま、母さん!!」

 

「………誰?……貴方」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……兵藤一誠が死んだら、奴の存在を誰もが忘れる……ねえ。アイツは分かってねえなあ、そんな願いをする時点で……主人公じゃねえんだよ。メインヒロインは只の、脇キャラに変わり、ライバルキャラも只の噛ませ犬に変わる……分かってねえ、分かってねえ。資格がねえ奴がヒーローをやっちまったからなぁ。しょうがねえから、作るしかねえな。アンチヒーローっつーもんをよぉ』

 

 

 




次話もすぐさま更新致します。


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外伝 兵藤物語【悪】 2

外伝はこれで終わりです。


 暗い暗い夜道。

 一誠は呆然としながら夜道を歩いていた。

 

 母親が父親が、自分を覚えていなかった。

 『兵藤一誠』を覚えてはいなかった。

 

 

『ねえ、あなた……玄関に変な人が……』

 

『……ここは俺に任せておくんだ……えーと、君は、どこから来たんだい?生憎私達には息子が一人しかいなくてね―――兵藤一誠?すまない、私達の息子の名前は『兵藤一樹』と言うんだ』

 

 顔が同じ一樹と勘違いすらされない。

 訳が分からない、何があった。自分に一体何が起こっているんだ。

 もう親から名前を呼ばれる事さえないのか?

 焼けつくような明りを放つ街灯の下で壁に寄りかかりながら、今にも消えそうなか細い声で一誠は何かにすがるように携帯を取り出す。

 

「ま、松田……元浜……」

 

 誰かの声が聞きたい。

 そんな一心で、一誠は震える指で携帯電話を操作する。

 電話を掛ける。数度のコールの後、相手が電話を受ける。

 

『もしもs―――』

 

「もしもし、俺だイッセーだ!!松田、松田だよな!?」

 

『あ、ああ松田だが……』

 

 良かった繋がった。

 自分を覚えていないのは、親だけだと――――

 

『お前誰だよ』

 

「―――――――……ぁ」

 

『あのさ、こういうの迷惑だからやめてくれ』

 

 ブツリと乱暴に切られる電話。

 ぐらりと一誠の体が崩れ落ちる。世界から置いて行かれたような感覚、誰からも忘れ去られた喪失感。一体誰が、何のために?

 

「ははは、何でこうなってんだろ」

 

 デートをすっぽかれ

 

 彼女が弟とデートしている光景を目撃し

 

 弟が彼女に殺され

 

 自分が彼女に殺され

 

 生き返ったら、皆から忘れ去られている 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーっぱこうなってたな」

 

「………」

 

 気付けば目の前に、自称スゲエ存在が立っていた。

 彼は、虚ろな目で泣き崩れたイッセーを見下ろしたまま彼の隣に座る。

 

「ヒッデェよなぁ……こんなのってないよな。家族から友人の記憶から消されるっつーのはよ」

 

「………」

 

「実は、俺がそう仕組んだことなんだが……俺も本位じゃあなかったわけだよこれが」

 

「………」

 

「殴っても構わねえぜ?……っつっても、その様子じゃあ無理だな」

 

「………」

 

「じゃあさ、この俺様にそれをやらせた存在っつーもんを知りたいか?」

 

「………っ」

 

「お、反応アリだな。よしよし……じゃあ、まずはお前に真実を見せてやるよ」

 

 何も話さず空を見ている一誠の頭に、手の平を乗せる男。

 無反応の一誠、だが次の瞬間――――彼の頭の中に、今までの彼が歩んできた人生とは違うイッセーの記憶が再生される。

 

「!!??」

 

「ほら、こいつがお前の本当の人生だ、そしてこれがお前が歩むはずだった悪魔に転生した未来」

 

 続いて映されたのは、これから自分が歩むはずだった輝かしい未来。

 悪魔、堕天使、天使、木場、小猫ちゃん、朱乃さん、ギャスパー、アーシア、ヴァーリ、オーフィス、サイラオーグ、匙――――――――

 

 レイナーレを殴り飛ばすイッセー

 

 ライザーを倒すイッセー

 

 コカビエルに立ち向かうイッセー

 

 赤い鎧を纏い、ヴァーリと闘うイッセー

 

 匙と命を懸けた死闘の交わすイッセー

 

 ディオドラを下すイッセー

 

 ロキをミョルニュルで倒すイッセー

 

 曹操と闘うイッセー

 

 サイラオーグと死闘の末勝利を勝ち取ったイッセー

 

 サマエルの毒で力尽きるイッセー

 

 曹操と決着をつけるイッセー

 

 

 そして―――

 

「………リアス」

 

 全てを理解した。

 この世界が作り物の世界で、兵藤一誠がこの世界の主人公だと……。

 そして自分が生涯愛するはずの女性を………理解した。

 

「そうだ、それがお前が本来歩むべきだった道だ。だがお前がもうその道を歩むことは決してない。何故だか分かるか?」

 

 記憶の中で、唯一出てこない異物がいる。

 邪魔なゴミがいない。そうか、アイツか……弟の皮を被ったクズヤローか……合点がいった。

 アイツが自分を邪険にしていた理由も、自分を嫌っていた理由も、そしてアイツが最後にオレに対して言った言葉も今、理解した。

 

 『残念だったな一誠』

 

 笑いものにも程がある。ナニが残念だったな、だ。

 どうしようもない奴が自分の席に居座っただけじゃないか。

 

「はは、ははははははははは……そう言う事だったのか……お前が奪ったのか……俺を」

 

 許せない、許せない、許せない―――

 そんな単語の羅列が一誠の頭の中でグルグルと回っていく。

 自分は何を奪われた?

 両親、親友、存在、神器、仲間、恋人。

 ならアイツは手に入れた力で何をする?

 イッセーが歩んでたであろう道を、沿っていくつもりか?そうすればハーレムが築けるし、頼れる仲間や、沢山の友人ができる。

 

「いい気分だろうなあ、お前の作ったレールをそのまま走っていくんだぜ?アイツ……こういうのなんていうんだっけ?漁夫の利だよな?」

 

 吐き気がする。

 そんなもん漁夫の利じゃない、ただの卑劣な盗人だ。

 なんでも思い通りになると思うなよ……どんな汚い手を使っても、どんな犠牲を払っても、邪魔してやる。

 自分は、もう記憶の中の綺麗なイッセーじゃない、もうなることはないし、なれるとは思えない。

 

「ぶっ壊してやる……」

 

「良い答えだ。だがどうする?そのナリじゃあ、無理だぜ?なんせお前さんには『赤龍帝の籠手』はないんだからな」

 

「そんなもん後から考える」

 

「やけになっちゃいけねえなあ、一誠。お前はオレ様の期待の星なんだからよぉ。俺だって、かなり腹がたってんだよ、碌に敬意をはらわねえクソガキに好き勝手に世界かき回されてんだ。だが、生憎オレ様は自分から世界に干渉する訳にはいかねえ、オレ様はあくまで管理する側であって、統治する側じゃねえんだ」

 

 怒りに震える一誠を尻目に、男は大仰な動作で悲観するように壁に寄りかかる。

 スゲェ存在、スゲェ存在とばかりとは思っていたが、実は世界の管理者だったと一誠は今更ながらに気付く。もしかしたら、この男、グレートレッドやオーフィスよりも遙かに強いのではないかと勘繰ってしまう。

 

「オレからは奴の行動を阻止することはできねえ、ならどうする?決まっている、阻止できる奴を使えばいいだけだ」

 

「それが俺?」

 

「そうだ、丁度いいだろ?だってお前、滅茶苦茶アイツを恨んでる」

 

「でも……俺は貴方の言う通り力がない」

 

「くくく、だから俺はお前に手を貸すんだよ」

 

 男が手を掲げると、何処からともなく飛んで来た黒い球体が現れる。

 黒い球体は男の周りをふわふわと回って一誠の元に飛んで行き、彼の手元に収まる。

 

「こいつは、怒りと悪意。お前の意思に呼応してその力の形を変える。毎回同じ形かもしれねえし、全然違うかもしれねえ。特典名は『仮面ライダー』」

 

「仮面、ライダー……?」

 

「ああ適当に決めた奴なんだが……思いのほか今のお前にピッタリだったからな。こいつにさせて貰った」

 

 怒りと悪意……その言葉を心の中で反芻しながら、神器を展開するように意識を集中させる。

 イッセーの記憶の中では、左手に展開されるはずの神器。だが一誠の体に展開されたのは―――

 

「ベルト?」

 

 何時の間にか腰に巻かれたベルトに手に収まっていた、黒い龍に似た紋章が刻まれてたカードケースのようなもの。

 何だこれは?そう呟こうとした瞬間、一誠の頭の中に『コレ』の使い方が流れ込んで来る。

 無意識にカードデッキを持った手を掲げ、イッセーはボソリと呟く。

 

「………変身」

 

 バックルにカードデッキを横からスライドする形で挿入する。フィルムが重なるように黒い影が身体に重なり、自らの姿を変えていく。

 

 闇夜に映える赤い複眼、上半身を覆う黒いアーマー、龍を象られた意匠が施された頭部。

 男は、上機嫌にうんうん、と頷いた後に一誠の肩を叩く。

 

「いきなりリュウガ……か、今のお前にはぴったりだな」

 

「これが、今の俺の力……」

 

「最初に言っておく。今のお前は強い、イッセーの記憶を持っているお前は、今や百戦錬磨の戦士だ……だからやっちまえ、全部ぶっ壊しちまえ、奴の思い通りにさせるな」

 

 そう言い残した後、男はフッと音を立てずに消えた。 

 一誠は心の中で深く男に感謝した後に、変身を解く。

 自らの手の中に有る、カードケースをみて一誠は、口角を三日月のように歪め笑う。

 

 優越感に浸ってろよ、クズが。

 この先、お前の思い通りになると思うなよ。

 お前をぶっ壊して、ぶっ壊して、ぶっ壊して、ぶっ壊して―――――

 

「………くっ、はっはははははははははははははははははははははは!!」

 

 粉々にしてやる。

 




俺のザビーゼ〇ター返してくれ(ry



悪といっても、平成ライダーですね。
昭和のライダーは反則的すぎますから……。

はい、完全に病んだ原作知識持ちのイッセー君でした。
周囲の人に対する一誠に関する記憶消去は……流石にこの仕打ちは酷いと思い、転生できない設定にしました。


これで今日の更新は終わりです。


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外伝 兵藤物語【悪】 3

あけましておめでとうございます。



テスト前に加えて、年末なので少し更新が遅れてしまいました。
感想も変身できずに申し訳ないです。

そして待たせいたしました。
外伝1、2の続きです。






 自身の存在を抹消された一誠は、数週間の間。

 まともに生活できる場所を探していた。

 

 基本的に野宿だが、金に関しては財布の中に何時の間に数えきれないほどの一万円札が挟んであったことから、食費の問題は当面は心配ないと言えたのだが―――。

 

「公園って、こんなに肩身が狭いものだったのか……」

 

 とりあえずはありきたりに公園で夜を過ごしてみたが、正直寒い、そして昼間は子供たちの無邪気な視線に晒されるので、色々と気まずいものがあった。

 最初の一週間は、初めての野宿ともありキャンプ気分で感覚がマヒしていたが、次第に野宿の不便さに気付くと他の良い場所を探しに行くようになった。でも、夜中にうろついていたら職質が待っていた。最初捕まった時はなんとか注意だけで済んだが、今度からは注意して行動しなくちゃいけない。

 

「はぁ……」

 

 銭湯は見つけた、コインランドリーも見つけた、寝る場所といってもホテルじゃすぐにお金が尽きてしまう。

 バイト見つけなきゃ復讐どころじゃねぇ……。

 

 とりあえずは、デパートでリュックと帽子、そして着替えを買ったものの、まだ一樹を邪魔する時間はまだまだ先。

 正直に言うと苦しい、暖かい家に戻りたい。でも……もう『あそこ』は自分の居る居場所じゃない。

 

「……それでも……」

 

 ―――どんなに惨めな思いをしても耐えられると一誠は思っていた。

 例えこれから先―――血反吐を吐くほど苦しい目に会っても、心が引き裂かれそうなほどのつらい子よが会っても―――。

 人から忘れ去られるよりは、ずっと楽だ。ただ体が苦しいだけじゃ、全然苦もない。

 

「……ここ、か」

 

 夕方、一誠は町はずれの古びた教会の前へと訪れていた。

 ここがレイナーレ達とアーシアがいた場所。恐らく、彼女はもうここにいるだろう。………今の一誠の記憶ではあった事はない少女だが、与えられた記憶の中では、とても大切な人―――だったらしい。

 

「……俺の記憶は俺のものだ……俺はイッセーじゃねえ……」

 

 頭の中で繰り返し映し出される、幸せな日々。

 それが、一誠の心の安定と、その幸せを奪った一樹という『異物』への怒りを忘れないようにしている。彼は、無言で拳を震わせ、手に出現させたバックルを見る。

 

「もう、戻ってこないんだよ……」

 

 苦しそうに俯いた後に、また無表情になる。

 

「良いよな、ホント……我が物顔で俺の場所に居座っている奴はなぁ……」

 

 バックルを消し、くるりと方向転換して今夜、野宿する場所を探しに行く。流石に公園は寝心地が悪い、せめてもっといい場所を―――

 

 

 

「あうっ!」

「っと……」

 

 ドンッと勢いよく背中に誰かが当たる。

 誰だ?と思って振り返ると、そこには金髪の綺麗な髪の美少女シスター。

 その姿を視界に移した一誠は、心臓が止まりそうになるような錯覚に陥る。

 

「す、すいません!い、急いでいたので―――」

 

 優しげな双眸を真っ直ぐ一誠に向けた少女。

 ―――アーシア・アルジェント、イッセーの大事な仲間だった人達の一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一成(かずなり)さんは、各地を回って旅をしていているんですかー」

 

 場所はハンバーガーショップ、何故か今、彼女と相席する形でハンバーガーを注文した一誠はとりあえず彼女に一成(かずなり)という偽名を名乗った。

 アーシアが悪魔に転生した時、自分の名前が一樹に伝わらないようにする為である。

 それに、『誠』という文字から『言』を抜き『成』――――誠の意味を失った自分には丁度良いと自嘲しながら一誠は思案気にハンバーガーの包みを開けようと四苦八苦するアーシアを眺める。

 

「アーシア、だっけ?それは包みごと手で持ち上げて食べるんだよ、こうやって―――」

 

 ハンバーガーを手に取り口に運ぶ所を見せる。

 すると彼女も一誠を真似て、同じようにハンバーガーを食むとパァっと表情を明るくさせる。

 

「美味しいです!」

「それはよかった」

 

 彼女と会うのはこれで初対面だ。だが、初めて会った気がしない、元の記憶と管理者と名乗る男から与えられたイッセーの記憶が、自分の中でハチャメチャになっているのだ。

 ただ一つ言えるのは、自分は彼女は傷つけたくない事、そして自分は『イッセー』ではなくこの世界で育った『イッセー』だということ。

 優しく頼もしいおっぱいドラゴンに、なることは決してない。

 自分に残されたのは、溢れ出す憎悪と破壊衝動。

 

「一成さん?」

「……あ、ああ、なんでもないよ」

 

 心配そうにこちらの顔を覗き込んだアーシアに、作り笑いを向ける。

 だが、アーシアはジーッと一誠を見ると―――

 

「嘘、ですよね」

「…………ははは、何でそう思うんだ?」

「だって、一成さん……とても苦しそうな目をしているんですから」

 

 アーシアから見て、終始一誠は全く笑っていなかった。一誠は笑っているつもりでもそれは笑みになっておらず、口角を無理やり歪めたような異様な貌になっていた。

 

 笑みが笑みになっていない。

 

 アーシアがぶつかってしまった時も、ハンバーガーを食べている時も、今この時も、彼はピクリとも表情を動かさなかった。―――まるで、表情から感情が削ぎ落されてしまったかのように。

 

「あの、初対面の私が言うのも、とても不躾だとは思うのですが……あのっ、力になれませんか!!」

 

 店内に響くアーシアの大声。店内にいる客全員が一斉にこちらに視線を向ける。当のアーシアは周りの視線に気付くと顔を真赤にして俯いてしまうアーシア。

 一誠は、自分の顔に右手を添える。

 自分は笑えていなかったのか、不思議と悲しくないのは頭がおかしくなったからなのだろうか。だが……胸に何かがぽっかりと消えてしまった感覚はある。

 

「ありがとう、アーシア。でも俺は大丈夫だ」

「でも……」

「初対面の俺にこんな事言ってくれるのは本当に嬉しい。……でもさ、俺は、もう駄目なんだ。これからも皆が楽しいと思える事も楽しいとも思えないし、二度と笑えなくなるかもしれない。でもオレはそれで納得しちゃっているんだ」

 

 自分は目的さえ果たせば良い、ましてや先の事なんか考えていないのだから。

 

「そんなの……悲しいじゃないですか」

「君は優しい女の子だ。そんな君だからこそ、俺みたいな目に合っちゃいけないんだ……お金はもう払ってあるから、大丈夫だよね?じゃあ、また機会があったら」

「一成さん!!」

 

 トレーを手に持ち、席から立つ。

 後ろから彼女の呼ぶ声が聞こえるが、構わず前に進む。

 

 話して分かった。彼女は、イッセーの記憶の通りにどこまでも優しい子だ。こんな自分でも受け入れてくれるだろう。――――だが、それ以上に―――

 

「あいつの思い通りにさせる訳にはいかねぇんだよ……」

 

 一樹はこの後、起こる事を全て理解している。

 フリードやレイナーレに怖い目に合わされることも、アーシアが神器を抜かれて苦しんで、一度死んでしまう事も―――知ってて何もしていない事を。

 ヒロインだから、イッセーがやった事と同じように助けようとしているのか?ちっぽけなヒロイズムと欲望で一人の少女の人生を操作しようというのか?

 許せる訳ないだろ。

 赦していい訳ない。

 

 全部、オレが変えてやる。

 例え、イッセーの作り上げた物語が壊されたとしても―――

 

「正しく回らなくていい、オレは皆が、リアスが生きてくれている世界なら……」

 

 顔を隠すように帽子を深く被りった一誠は、道を往く人の間を歩きながら、バックルを腰に巻き『黄色い携帯電話』を掌に出現させ、力強く握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一成と名乗った少年は、アーシアが追いかけようと外に飛び出した頃には消えてしまった。

 ―――とても、とても儚い人だった。

 教会へ訪れてくる人にも、あのような危うい人はいなかった。

 

「……っ」

 

 先日、フリード・セルゼンに連れてかれ訪れた民家であった、少年がいた。

 名を一樹と言っただろうか、彼は先ほど会った一成と瓜二つだった。―――でも、全然違う。見た目ではなく雰囲気もなにもかも。

 

「何を考えているんでしょうか……私」

 

 昨日、どんな形だろうと助けてくれた人と、似てる人を比べるなんて……。

 ブンブンと頭を振り、先程の考えを捨てようとしていると―――

 

「アーシア、探したわ」

「……っ!」

 

 見つかってしまった。

 気付けば周りに沢山いた人がいなくなっていた。そして、目の前には黒髪を翻した少女―――堕天使レイナーレ。

 

「レイナーレ、さま」

「アーシア帰りましょう?」

「嫌、です。私、あの教会に戻りたくないです。人を殺すところになんかに、戻りたくありません」

「……チッ……あの神父に任せたのは失敗だったわね」

 

 怯えるアーシアの言葉に、舌打ちをするレイナーレは、一転してニコリと笑みを浮かべ、じりじりとアーシアに近づく。

 

「まあいいわ、別に貴方が嫌って言っても私には関係ないから」

 

 翼を出現させ、自分を取り押さえようとするべく、手を伸ばしてくるレイナーレ。

 後ずさりながら、嫌々と首を横に振るアーシア。だが、どんなに祈ろうとも誰も来ない。思わず目をつぶってしまった彼女、レイナーレはそんな彼女を見て嗤う。

 

「……貴方は素晴らしい贈り物だわアーシア。ええ、ホントに、貴方の神器があれば―――」

 

 レイナーレの手がアーシアに触れようとした瞬間、路地から彼女に向かって勢いよく黒い影が跳び出してくる。飛び出してきた黒い影に、気付くのが遅れたレイナーレは、咄嗟にアーシアに伸ばした手で黒い影が放った蹴りらしき攻撃を防御し、後ろに後ずさる。

 

「チィッ!……誰!!」

「よぉ、レイナーレ……っといっても忘れてるか……」

 

 黒い帽子とフードを被り、緑色の大振りなリュックサックを背負った、いかにも旅人然とした少年がレイナーレからアーシアを守る様に立ち塞がっていた。

 

「かず、なりさん」

「アーシア、ちょっとこっから離れろ……いや、駒王学園って所に行け。場所は分かるか?」

「……え?ば、場所は分かりますが……一成さんは……」

「俺は大丈夫だ。君は、そこでリアス・グレモリーと言う女生徒に会え。彼女なら君を優しく迎えてくれるはずだ」

「で、でも―――」

「早く行け!!」

 

 性分上、未だに一誠を心配するアーシアに、一括する。

 すると、彼女はコクンと何かを決意したように頷き、レイナーレの居る方向とは逆の方向に走り出す。

 

「待ちなさい!!」

「おっと……」

「くっ、退け!人間風情が!!」

「彼女には手を出させないし、ましてや神器を抜き取らせもしない」

「……ッ!?何故、お前が―――」

「お前に言う道理はねえ……」

 

 驚愕するレイナーレを前にして、一誠は懐から折り畳み式の携帯電話を取り出す。何処かに連絡でもするのかと、勘繰るレイナーレだが、所詮はすぐに殺してしまえば援軍も何も関係ないと思い、余裕を取り戻しながらその手に光の槍を生成する。

 

「貴方を殺してすぐにアーシアを―――」

「うるせえよ、間違えるなよ堕天使レイナーレ。この場で消されるのは俺じゃなく―――」

 

 右手に持った携帯【カイザフォン】を開き、9・1・3と、ボタンを押し頬の横に添えるように構える。

 レイナーレは気付く、目の前の男の腰に銀色の何かが巻かれているのを―――

 

【Standing by】

「お前だけだ、天野夕麻――――変身」

 

 顔の横に持ってきたそれをバックル部分のコネクター部分に突き立て、左に倒す。

 

【Complete】

 

 目の前の男の身体を二つの黄色いラインが走り、身体全体を片付くる様に覆うと、次第に彼の身体から眩い光が漏れる。

 

 光が収まると、そこには黒と黄が綺麗に混ざり合った仮面の戦士がそこに佇んでいた。

 変身を終えた戦士が喉元の襟を崩すような動作と共にレイナーレの方に顔を向ける。

 

「……っ!」

 

 Xを模したような仮面。

 それに睨まれただけで、レイナーレは正体不明の悪寒に襲われる。

 

 一誠は無言でベルトに付けられた銃に似た形状の武装【カイザブレイガン】を右手に持ち、変身に用いた携帯から長方形の小さな板のようなものを取り出し、銃の持ち手の下から挿入する。

 

【Ready】

 

「邪魔なんだよ、お前等みたいな奴らは……」

 

 シュンッ、とグリップ部分から黄色く光る刃が出現する。

 同時、一誠は武器を構えレイナーレへと走り出す。一誠の変身に面を食らっていたレイナーレだが、すぐさま自身に迫る一誠に対し光の槍を複数投擲し牽制する。

 

「死ね!!」

「この程度で倒せると思っているのか?」

 

 槍をカイザブレイガンで砕きながら、一気にレイナーレに肉薄し下から斜めに切り上げる。咄嗟に後ろに退がるレイナーレだが、腹部と腕に浅いながらも傷を負ってしまう。

 だが、この程度じゃ戦闘不能には程遠い―――しかし相手の実力は図れず、加えてこちらからの攻撃は効かない。

 

「ッ……ここは退いた方が得策ね」

 

 レイナーレの決断は早かった。

 アーシアは後で探し出せばいいし、コイツに関しては集団で攻めれば勝てる。それに見た所こいつには空を飛べるような機能はないはず。

 

「次はないわよ!貴方は絶対殺す!!」

「そうか……じゃあ無理だな」

 

 ガクンッと翼を広げたレイナーレが膝をつく。

 一誠が変身した仮面ライダー【カイザ】。体に流れる黄色いフォトンブラッドは人体に対して非情に有毒。超人であるオルフェノクにすら効く毒なのだ、たかが中級堕天使程度、一度の接触で動けなくなる。現にレイナーレはいまは、四肢を動かす事すらできないほどに毒に侵されてしまった。

 動かない自分の体に焦燥する彼女に、一誠は淡々とカイザフォンの【ENTER】ボタンを押す。

 

「お前は終わりだ。だから、次はない」

 

【Exceed Charge】

 

 バックルから、身体を通るラインを流れるように、エネルギーが伝っていく。そのエネルギーは右腕のカイザブレイガンに伝わり、充填される。

 

「う、嘘よ。私がこんなところで、ね、ねえ貴方!私を助けてくれたら―――」

「言っておくけど、オレはお前の事―――」

 

 エネルギーが充填されたカイザブレイガンのレバーを引きガンモードに移行し、レイナーレ目掛けて放つ。放たれた三角錐上のエネルギー弾は、レイナーレを傷つけずに彼女の体を縛り付けるように展開される。

 叫び声を上げるレイナーレ。

 だが一誠にはその声は聞こえない。―――否、聞く気もない。自分を殺した奴の懺悔など聞く気も起こらない。

 

 カイザブレイガンを後ろに引き絞る様に構え、左足を回すように後ろに退げる。そして一気に力を籠めるように拘束されたレイナーレ目掛けて跳び出す。

 瞬間、彼の身体が三角錐上のエネルギーに包まれ、レイナーレの身体に吸い込まれるように消え、途端に苦しみだした彼女の背後に瞬間移動の如く出現する。

 

「―――大嫌いなんだよ……」

「きゃ……ぁ……ぁ」

 

 【X】の文字が浮き上がった彼女は、一瞬で灰となって消滅した。

 後に残った灰の山を一瞥した一誠は変身を解き、ふぅ、と息を吐く。

 

「……中級堕天使はコレでも倒せるな……」

 

 レイナーレの残骸に見向きもせず、カイザフォンを見つめボソリとそう呟く一誠。

 彼が管理者を自称する男から与えられた能力は、一度変身できた仮面ライダーならば任意で選べるようになるといったものだった。

 現在変身できるのはリュウガとカイザともう一つだけ。強さで言えばリュウガがダントツに強力だが、危険さで言うならフォトンブラッドという危険なエネルギーを扱うカイザだ。

 残りの一つは―――広い意味で万能で、尚且つ能力の多様さで一番。

 

「………残りも片づけてくるか」

 

 カイザフォンでサイドカーが搭載された大型のバイク『サイドバッシャー』を召喚し、フルフェイスのヘルメットを被り走り出す。向かう先は教会。恐らくアーシアから事情を聞いた彼女らは、教会へとやってくるだろう。

 あくまで憶測だが、確信はある。

 

「そこにいかなきゃならない理由があるよな……。ドライグ……『赤龍帝の籠手』を覚醒させるには……」

 

 

 

 ヤツがここに来させるように説得するに決まっている。

 

 

 

 

 

 




カイザは……人間的には悪ライダーとは言い難いですが……平成ライダーVS昭和ライダーの草加さんを思い出して悪ライダーとして一誠に変身させました。






 前回の更新で一樹が改心する事に対しての感想がありました。
 あの場面では一樹は自信の間違いに気付いただけなので、本当の意味での改心とは違いますね。
 実際、一誠に倍加の力を譲渡をしたのもドライグであって、一樹の意思でやった訳ではありません。
 切っ掛けのようなものと思っていただければ幸いです。

 今章は自分の間違いに気付きましたので、次章は様々な登場人物に自分の罪を突きつけられる展開にする予定です。

 次話もすぐさま更新いたします。


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外伝 兵藤物語【悪】 4


本日二話目の更新です。


 フリード・セルゼンは心身共に腐りきった人間の屑である。

 殺すことに快感を得、暴力を振るい悦に浸る。

 

 そんな彼が教会という規律と信仰を重視した場所に収まるはずがなく、案の定抜け出した。様々な場所を転々としたその末に、レイナーレと言う堕天使に雇われることになった彼だが、思いの外レイナーレと言う存在はつまらないものだったことに加え、甘ったらしい聖女のお守りをさせられるという体たらく。

 

「ああ、つまらねぇ……。まっことほんっとにつまらないっすー、あーアーシアちゃんも逃げちゃったしなー、探せって言われちったけどぶっちゃけ面倒だし。適当言い訳つけてサボろーかなぁーオレマジ不真面目ちゃんだなー」

 

 そんな彼は現在、町はずれの古びた教会内の聖堂前の長椅子に横になり不貞寝をしていた。

 レイナーレとか、他の堕天使共が探しに出たなら最早自分は必要ない―――というか面倒くさいと判断し、サボっていたのだが―――

 思ったよりもレイナーレ達が帰って来るのが遅い。

 アーシアの脚ならそれほど遠くにはいけないはずなのだが……。

 

「おっかしーなー、もう言い訳の候補が100を超えてしまったのですよぉ!あー、もう地下の神父共もクソ真面目でつまんねーしなぁ!もうやることなくて暇ですわ!いっそ前あったクソ雑魚悪魔くんを惨殺しに行こうっかなーどうしっよっかなー!」

 

 ヒャッハーとばかりに起き上がり、独り言を叫び始めるフリード。

 彼の脳裏には先日、悪魔と契約を交わしていた人間を惨殺していた時に出会った、下級悪魔の恐怖に怯えた顔が映っていた。怯え、震え、恐怖―――その全てがフリードにとっては面白いものだった。

 

 後から来たリアス・グレモリーが言っていた言葉から察するに……『カズキ』と言っただろうか。

 

「クソ悪魔が下等な下等な人間くんに怯えるなんてよぉ、面白すぎっ!次会った時は、ハリケーンミキサーでミンチにするしかないよね―――!」

 

 ここまで全て独り言、彼は誰に何かを言っている訳ではなくただ喋っているだけ。意味何て最初から考えていない、なにせ、モラルも何もない狂人なのだから。

 へらへらと笑いながら背もたれに背を預けたフリード。

 

 すると、ドンッ!と教会の扉が勢いよく開かれる。『レイナーレ様、キターッ!オレマジアーシアちゃん探しましたよマジでー!』と叫びながらフリードが振り返ると、そこには―――

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

 

 

「……うん、誰すか?」

 

 

 

 

 何やら見覚えのある顔立ちのツンツン頭の高校生くらいの少年が、フリードを睨みつけていた。

 人違いだったことは、分かるのだが、この少年は―――

 

「あ、君ってさぁ、あのクソ雑魚悪魔のカズキくんじゃ~ん!どしたのどしたの?アーシアちゃん取り返しに来たの?残念もう逃げてます☆残念無念また来週って感じっす!まあ来て貰ったからには―――ッ!?」

 

 瞬間、凄まじい眼力で睨みつけられる。

 あのクソ雑魚悪魔じゃねえ……瞬時にそれを理解したフリードはヘラヘラと笑みを浮かべながらも懐に手を差し入れいつでも武器を取り出せるように構える。

 

「……ありゃりゃ、どうにも人違いみたいで……」

 

 瓜二つ、よく顔は見てはいないが傍目から見るとそっくりだ。

 

「もしかしてお兄さんすか?あひゃひゃ―――!弟の無念を晴らす為にここまで来た感じすか?弟君死んでないっすけどね――――!!」

 

「………アイツを……」

「ん?」

 

 ボソリと俯きながらも小さな声で何かを呟いた少年に思わず耳を傾けるフリードだが、ここで彼は気付く、何時の間にか少年の手には黒色の長方形状のカードケースが握られていた。

 

「あのクズを」

「やべ、何か地雷踏んだ感じ」

 

 少年がバックルを教会のやや罅割れた窓にかざすと、どういう仕組みなのか、鏡からバックルのようなものが浮き出て腰に巻かれる。

 

「弟と呼ぶな……」

「なぬ?」

 

 少年が、バックルの横からカードケースを挿入すると、幾重にも重なったフィルムのような黒色のシルエットが少年の体に重なり、別の姿へと変える。

 龍を模した頭部の仮面に、黒色に輝く鎧、左腕に装備された龍手甲。

 

「どけ、邪魔するならお前も殺す」

 

 この時、フリードは内心、訳の分からない危機感に汗をダラダラと流していた。いろんな強い奴を見てきたが、こいつは本当にヤバい。先日のグレモリーと相対した時もなんやかんやで逃げ出せる自信もあったのだが……目の前のコスプレと見間違えるようなコミカルな少年の姿に対し、フリードの第六感がビンビンと反応している。

 

 グギャォォォォ―――!

 

「うえ!?」

 

 窓に何かの咆哮が聞こえた。

 傍目にしか見えなかったが、黒い機械的な龍の頭が見えた気がする。恐らく、目の前の少年の使役するなにかしらの化け物。窓から自分にも分かるほどのビンビンと放たれている殺気は、まるで『逃げたら殺す、逃げなくても殺す』と言わんばかりの怖気さだ。

 

「……え、えー、もしかして。ここに来る時さ、黒い羽根生やした厨二集団見なかったー?」

「殺した。レイナーレも他の堕天使達も」

「…………」

 

 速攻で自分がここにいる理由がなくなった。

 経験上、こんな輩には速攻でとんずらこくのがフリードのやり口だが、下手に逃げようものならば窓で絶賛殺気放射中のドラゴン君が自分を殺しに来るだろう。

 

「どうぞどうぞ!遠慮なく中にお入りくださいな!中にはむっさい神父達しかいねぇけど何か御用ですかいな?」

「………」

「はい、『テメェに言う必要はない』ですよねぇ!じゃあ、オレは依頼主のレイナーレがおっ死んじまったから、帰りますねぇ!」

 

 冷や汗をたらりと流しながら、一誠に道を開けるフリード。無言で階段を降りていく少年の背を見て―――

 

「―――なーんて」

 

 光の剣と銃を取り出し、無音で向ける。

 無謀?蛮勇?そんなものは知った事ではない、この先の障害になるのならば殺せるときに殺す、殺せない時は後から殺す。無理だったら逃げる。

 ずっとそうしてきたから、変わらず―――

 

「…………顔面殴るだけじゃ済まねぇぞ、クソ神父ッ」

 

「!?」

 

 フリードの首元には青龍刀に似た黒色の刀が突きつけられていた。

 何時出したのかは分からない。だが、この刀が普通のものではない事が分かる。光の剣では対抗する事さえ不可能だろう。それだけの鋭利さと威圧感が感じられる。

 

「……おかしいよな、レイナーレの時ほどお前に対する怒りが沸いてこない。お前に対して同情している訳ではないのにな。……それほどアイツに対して怒っているという事か……」

 

 サッと首に突き付けた刀を下ろす、少年を不思議そうな目で見るフリード。情けを掛けた訳ではないのが明白だが、何がしたいのかは全く理解できない。

 刀を降ろした少年は、呆然とするフリードに一瞥もくれることもなく地下へと続く階段を降りていく。

 

 残されたフリードは、階段の下を暫し眺めた後、薄らと微笑を浮かべる。

 

 

「………面白れー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがアーシア・アルジェントの言っていた教会ね……」

 

 リアス・グレモリーは眷属達を引き攣れて、古びた教会に訪れていた。訪れた理由は聖女、アーシア・アルジェントに助けを求められたから―――ではなく、下僕である兵藤一樹の頼みを聞いたからである。

 

 新しい眷属、兵藤一樹。

 堕天使に殺された人間を兵士の駒8つを使って悪魔に転生させた人間。アーシアの『自分を助けてくれた人を助けて!』という願いを聞いたカズキが、リアスに願い出たのが始まりだが……。

 

「不自然な程に気配を感じないわね……小猫」

「……人の気配は感じられません……」

「そう……とりあえず中に入って見ましょう。仲がもぬけの殻でも何かしらの情報は見つかるかもしれないわ」

 

 朱乃にアーシアの事を任せている手前、そんなには時間は掛けられないが、行ってみるだけの価値はあるだろう。自分の管轄しているこの地に堕天使が好き勝手するのは見過ごしていい事態はないのだから。

 

「確か、カズナリくん、といったかしら?アーシアを助けた男の子というのは……」

「あまり言いたくはありませんが……堕天使相手にただの人間が太刀打ちできるとは思えません。その彼が生きている可能性は……かなり低いと判断してもいいでしょう」

 

 祐斗がやや表情を渋め指摘してくる。アーシアが堕天使レイナーレと遭遇した場所に行っても、戦闘した跡は残っていれども彼の姿―――死体はどこにもなかった。残っていたのはその場に似合わない『白い灰』だけ。

 

「もしかしたらの可能性もあるわ。一樹、貴方も―――」

「………」

 

 近くにいる彼に注意を促そうとするも、何か考えに没頭しているのか返事をしない。一体何を考えているのか、眷属としては申し分ないほど従順だが、眷属になってからはというもの、彼は悪魔という存在に不自然な程に慣れていった。

 

「一樹、聞いているの?」

「え?ああ、聞いてます」

 

 兵藤一樹、新しい眷属。

 順応力が高い下僕。

 同じ学年の祐斗からこの数日間の内に、一樹のいるクラスで騒ぎがあったと聞いた。彼の親友の『松田』と『元浜』と一樹が教室で喧嘩したらしいのだ。

 理由は分からないが、殴り合い寸前にまで発展したとの事だ。

 

 その事を知ったリアスはさりげなくその事を一樹に訊いたが、一樹は二人の事を親友ではないと否定した。自分の知っている覗き魔三人組とは、険悪な仲だったのだろうか?

 噂の限りではこれ以上ない仲良しだったと聞いてはいたが―――。

 

「………一樹が、覗きね」

 

 覗き魔とは何のことだろうか。そもそも一樹は覗きなんてする性格はしていないはずなのに……いや、その松田と元浜は学校内でも有名な三人の内の一人だ。

 

「……」

 

 残りの一人は誰だろうか?二人の親友である一樹なのではないか。でも彼が覗きをしていたなどという話は聞いた事が無いし、本人が否定している。別の生徒の事だろうか?……いや、そもそも何故自分は、学校でも有名な松田と元浜の親友を一樹だと思っていたのだろうか。

 

「部長!地下への階段を見つけました!!」

 

「……ッ」

 

 祐斗の声にハッと我に返りながら彼の方を向く、そこには地下へと続く階段があった。どんよりとした雰囲気にどこかうすら寒いものを感じながら、リアスは眷属達に指示を促し地下へと潜っていく。

 魔力で暗闇を照らしながら、階段を降りた先には、蝋燭の明りに照らされたやや広い部屋のようなものがあった。

 

「争った跡がありますね」

「でも、跡はあっても生物の姿がどこにもないわ」

「……少し、気味が悪いですね……」

 

 壁が罅割れ、床には亀裂が走り、至る所に血痕が飛び散っている。戦闘があったのが明白だが、不自然な程に何もない。

 訝しげな顔をしながらその光景を見つめていたリアスだが、この場には得る者がないと判断した彼女は先に移動しようと判断する。

 

「行きましょう」

 

 嫌な予感がする。

 言い知れぬ悪寒を感じながら、さらに地下へと降りていく。歩を進めていくと、小猫が何かを感じたのかリアス達に止まる様に促す。

 

「……誰かいます」

「なんですって?」

「……気配は一人」

 

 一人?……敵の堕天使の可能性もある。

 祐斗も魔剣、一樹は神器『龍の籠手』を展開させ一応の臨戦態勢に入る。警戒しながら暗い階段を降りると、先程の部屋と同じような広い講堂が視界一杯に広がる。

 

 

 

「………」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 十字架の張り付け台を見たまま、リアス達に背を向けている黒色の鎧に身を包んだ男がそこにいた。怪しげなその姿に祐斗と小猫が息を吞むのが分かるが、一樹はどういう訳か動揺するようにだらんと腕を下げた。

 

「レイナーレは殺した」

 

 黒色の鎧の男はこちらを振り返らずに、そう言い放つ。

 

「ドーナシークと他の堕天使も殺した。ここにいる神父は……一部以外全員逃げていった。残念だったな」

「残念?」

 

 誰に向けての言葉なのか、それともリアス達全員に対しての言葉なのか。リアスの言葉に鎧の男は、こちらに向き直ると、サッと指を向けてくる。

 向き直った鎧の男の姿はまるで、西洋騎士のモノに酷似していた。

 

「そこの下級悪魔の事を言ったんだ」

 

 指さされた一樹は、ビクッと体を震わしながらも鎧の男を睨みつける。

 

「それは彼が自分を殺したレイナーレに対して復讐できなくて残念、って所かしら?」

「………リアス………グレモリー。全く違う、全然違う………そういう事じゃないんだ」

「?」

 

 自分の名前を知っているという事は、悪魔の事を理解していると見ても良い。

 今一番の問題は、この目の前の男が、自分達に敵対の意思を抱いているか、どうか。

 

「まあいいわ。まず貴方に訊きたいことがあるの。貴方は敵?それとも味方?」

「……貴方の敵じゃない」

「……信用してもいいの?」

「今、攻撃していないのが証拠、じゃ駄目でしょ………駄目か?」

 

 即答された言葉に、思わず胸をなでおろす。

 複数の堕天使を倒せる力を持った相手との戦闘はできるだけ避けたかったのだ。

 祐斗と小猫に剣と拳を下ろさせながら、黒い鎧の男の近くにまで歩み寄る。敵意がないのならば、この男から少し事情が聞きかったのだ。

 もし不意を突いてきても祐斗や小猫や対処してくれるだろうからの、判断である。

 

 鎧の男もゆっくりと近づき、リアスの前にまで歩いてくるが、どういう訳かそのまま彼女を通り過ぎ、彼女の後ろに控えている祐斗達の前に止まり―――。

 

「ああ―――こいつは違うけどな」

 

 そうポツリと呟くと同時に凄まじい速さで一樹の首を片手で掴み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方―――安堵したリアスを見据えた黒い鎧を纏った男―――一誠は、心の中で渦巻く憎悪に必死に耐えていた。

 寄生虫のように居場所を蝕み、乗っ取ったクズ

 悍ましいほどに通ったその顔。

 我がもの顔で自分の『仲間』だった人達の居る場所に要る。

 

 今、首を掴み上げているこいつが、こいつが―――

 

「ガハッ……何を―――」

「お前が一番知ってんだろ?なあ、兵藤一樹。赤龍帝になれて余程嬉しかったようだな」

 

「一樹くん!!」

 

 木場がこちらへ切りかかって来る。

 一誠は、手甲で剣を弾き、木場の身体を軽く蹴り飛ばす。抜群の身体能力を備えている『リュウガ』ならば軽い蹴りですら相当の一撃だ。防御面に弱い『騎士』ならばすぐには起き上がっては来ないだろう。

 

「何故、こんな事を!?」

 

 一樹が近くにいるからか、咄嗟に動けた木場とは違い迂闊に動けないリアスが問いただすように叫んでくる。小猫も彼女の隣で手出しできずにいる。

 

「余計な事される前に、足止めしておくか……」

 

 一樹の首を掴んでいる左手とは逆の手でバックルに挿入したカードケースから一枚のカードを抜き取り、左手の手甲『ブラックドラグバイザー』に差し入れる。

 

【ADVENT】

 

グオォォォォ―――!

 

「なっ!?」

 

 音声が流れると同時に黒色の龍『ドラグブラッカー』が窓から現れ、一誠とリアス達の間を遮るように立ち塞がる。

 

「ドラゴンッ!?」

「……部長、退がってください」

「手を出すな。言ったはずだ、俺は『貴方の』敵じゃない」

「何が目的なの!!」

 

 威嚇するように唸るドラグブラッカーを前に、小猫にさがる様に促されながらも、気丈に一誠に対し、疑問を投げかけるリアス。

 

「俺は個人的な恨みがコイツにある」

「……ッ!個人的な恨みですって?この子は最近悪魔になったばかりよ!?」

「知ってる、でもコイツは絶対許されない事をしたんだ。オレから何もかもを奪った」

「グゥ……僕は……知らない……ッ何も、してないっ」

「ん?今、何て言った?聞こえなかったな……あぁ?もう一度行ってみろよ、なぁ?」

 

 ふざけた事を言っているヤツの腹を軽く殴る。

 あまり力を籠め過ぎると殺してしまうからこその軽くだが、こいつを黙らせるのには丁度良かったようだ。苦しげに呻いている。

 

「残念だったよなぁ、一樹。お前は兵藤一誠を蹴落としてさぞかし愉快なご様子だが……思い通りになると思うなよ」

「な、あぁ……お、まえ、てんせ……」

「死んだ奴がさァ生き返んなよ……大人しく死んでおけよ……なぁ?俺の言っている事間違っているか?……理解できないなら……完膚なきまでに全部ぶっ壊してやるよ。この先にお前の『物語』なんて歩ませねぇし、創らせねぇ。別にいいだろう?お前が終わらせた物語なんだから。……まず手始めに、お前はここで赤龍帝には目覚めない。レイナーレも倒せない」

 

 ここで、自分が一誠だとは明かさない。明かす必要性を感じないし、今明かしてもつまらないからだ。

 そして、ここでこいつを殺すのは簡単だが、そうしてもドライグが自分に戻ってくるわけじゃないし、皆の記憶が戻ってくれる訳じゃない。

 だから、せめてその元凶のこいつを絶望させる。

 呆気なく死なれては、この胸の内に渦巻く憎悪は収まらない。

 

「グ……ァ…………」

「………気絶しちまったか。……こんなもんか……」

 

 気絶してしまった一樹を雑に床に捨てながら、リアス達に一瞥もくれずに地上へと続く階段へと歩いていく。背後では、気絶した一樹に駆け寄りながらも、困惑した表情で一誠を見るリアスの姿。

 

「貴方は一体何者なの!?」

「…………」

 

 彼女の叫び声を背にしながら彼は暗闇の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会から少し離れた場所で、一誠はようやく変身を解いた。黒いライダーの姿から、元の姿に戻った彼はドッと汗を流し息を乱しながら、壁に背を預けたまま、ずりずりとその場に座り込んだ。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 変身するのに、副作用があるわけではない。むしろどういう訳かノンリスクなのだが、彼がここまで疲労しているのには別の理由があった。

 

「くっそ……俺の事じゃないのに……やっぱり……ッ」

 

 記憶の中で愛した女性、仲間達が自分たちに敵意を向けてくるのは何よりも一誠の精神にクルものがあった。会話している時でさえ、辛い。

 

「……もう引き返せねぇ……アイツが、アイツに好き勝手させる訳にはいかないんだ……」

 

 アーシアの場合は、例え一樹が負けてもリアスや木場達が助けてくれただろう。

 でもライザーは?

 ヴァーリは?

 曹操は?

 イッセーが一人で対処した時、奴はどうするのか。

 下手すれば、皆が……皆が、死んでしまう事さえあり得るかもしれない。奴のせいで、勝手な願いのせいで、一誠だけではなく、仲間達まで酷い目に合うのは御免だ。

 

 そう記憶の中のイッセーは思っているが、矛盾するように一誠は一樹への復讐を望んでいる。

 殺したほうがいいのに、殺せない。だって、奴には地獄の苦しみを味あわせたいから。二つの相反する感情に苦悩しながらも、一誠は目元を抑える。

 

「ははっ、無茶苦茶だよなぁ……でも、許せねぇよなぁ……」

 

 自嘲気味な笑みをもらしていると、頬が濡れている事に今更ながら気付く。力なく頬に障ると、やはり濡れている………。

 

「泣いてんのか、オレ……ていうか、泣けたのか……」

 

 

 

『あのっ、力になれませんか!!』

 

 

 

 アーシアの言葉が頭の中で思い起こされる。彼女の言葉にまた視界が涙で霞んで来るが、すぐさま袖で目元の涙を拭い、立ち上がる。

彼女の言葉だけで、自分は戦える。

 イッセーの記憶の中の『皆』を知ってるからこそ、折れずにいれる。

 

「……荷物取りに行くか……」

 

 バイクと一緒に置いてきたリュックを取りに、歩きだす。

 その背には先ほどのような悲哀を感じさせるものはない。

 

 暗い道を無機質に見ながら、ゆっくりとした歩調で歩いていると前方から人の足音が聞こえる。どうせ通行人だろうと思い、そのまま気にせずに歩いていくと―――

 

 目の前の街頭に照らされた場所に、決して忘れようもない白髪が入り込んだ。

 

「ッ!」

「やあやあ、さっきはお楽しみでしたね!!」

 

 気安く片手を上げ挨拶してきた白髪の少年―――フリード・セルゼン。何故ここにコイツが?と、一誠は内心混乱しながらも、即座に服の下にバックルを出現させいつでも変身できるように構える。

 

「何の用だ。雇い主のいなくなったテメェはもうここに留まる必要はねえだろ」

「オレは別に行くとこなんかねーしぃ。ぶっちゃけ寝なし草だから、何処行こうが関係ないんでッス!」

「質問に答えろ」

「うひょー怖ッ。勘弁してくだせぇ、流石の悪魔ブッコロ専門の俺様でもぉ、そんなバケモン並のアンタと事構えようとは思ってないんすよ」

 

 カイザフォンを開きながら、鋭い視線を向ける一誠に、慌てるように手を上げ戦闘の意思はないと訴えかけるフリード。しかし一誠は記憶といえどフリード・セルゼンという残虐な人間の事を知っているので、微塵も警戒を解かない。

 警戒を解かない一誠に、やや嘆息したフリードはとりあえずは上げた手を下ろしそのまま質問を返すことにした。

 

「アンタ、何か面白そうな事しようとしてんな?」

「…………」

「それも飛びっきりの面白い事。うーん、ちょっち覗き見した感想から言うと………復讐?」

 

 面白いかどうかは一誠には理解できなかったが、フリードの鋭い指摘に一誠はやや動揺する。その動揺を気取られたのか、『やっぱり!』とばかりに指を鳴らし、ニシニシと嗤い始めた。

 

「それがお前と何の関係があるんだよ」

「オレも参加させてけろ」

「……はぁ?」

 

 図々しいにも程があるだろこのバカ。

 思わずそう思ってしまう一誠だが、取りあえずはこの狂人がそんな事を願いだそうとした理由を考える、が、すぐに答えが浮かぶ。

 

 …………こいつにとっては面白そうだからに決まっているか。

 

「駄目だ、お前は信用できない」

「……まあ、アンタが俺にとってつまらない奴になったら裏切るかもな」

 

 不快な笑い声を上げるフリード。

 一誠は無言でこのふざけた狂人を灰に変えてやろうと思い、カイザフォンのボタンを押そうとした時、その挙動に何かを察したのか、フリードが慌てて声を上げる。

 

「う、嘘っす嘘っす!いやぁ、アンタキレやすいな!マジキレる若者!」

「面倒くさいな……もう帰れよお前……俺の事は放っておいてくれ……」

 

 どうせこの後コカビエルの下っ端になって、木場と闘う事になるのだろうから―――

 

「……待てよ……」

 

 フリードが聖剣を持っていた時、木場は自分ではないイッセーの『赤龍帝』の力で乗り切ったはずだ。ここの赤龍帝である一樹がギフトに目覚めていることが前提でなければならない

 その切っ掛けの一つを潰してしまったのは自分だが、どちらにしろ一誠が手を出さなければ、一樹は教会でレイナーレに殺されていた可能性もある。

 

 それに、あまり認めたくはないが、目の前の狂人はそれなりの腕を持っている。聖剣を持っていた時とはいえ木場とも渡り合えるほどの実力を持っている人間なのだ。

 こいつをここで始末するか手懐けさえすれば、コカビエルの時に色々楽になるのではないか。

 

「………おい、フリード」

「んお?何故に俺様の名前を―――」

「報酬は何が欲しい?」

 

 一瞬、きょとんとしたフリードだが、次第に一誠の言葉を反芻すると、口角を三日月のように歪め、手を大仰に広げながら言い放つ。

 

「愉快で面白くてデンジャラスな日常!」

「………愉快かどうかは分からないけど、デンジャラスな日常は遅れそうだな………嫌が応にも」

 

 こいつ相手なら変な情も沸かないだろうし、裏切ろうとすれば、始末すればいい。

 深いため息を吐きながら、カイザフォンをポケットにしまった一誠は、フリードを通り過ぎる形で歩き出す。しばらくはベルトは付けたままにしよう、復讐半ばにして狂人に殺されるとか正直言って笑えないし。

 

「待ってくださいよ~、てかまず名前を教えてくださいッス」

「イッセー、ただのイッセーだ」

「ふむふむ、イッセー………フレンドリーさと敬意を払ってイッセーの兄貴と呼ばせて貰いましょうか。うっひょッ俺って舎弟根性パネェ!!」

「うるさい、近所迷惑だ」

 

 仲間にしたのはちょっと迂闊だったかな、と今更ながらに後悔する一誠だった。

 

 

 

 

「兄貴ィ、アンタ何処住んでんだ?オレ、ぶっちゃけ家なき子なんよ」

「野宿だよ野宿。明日は平日だから公園で野宿だな……」

「………え?マジでか」

 




 これで今回の外伝は終わりです。
 フリードが仲間になりましたが、これには一応の理由があります。

元高校生じゃ根なし草で生活するのも色々苦しい。
 ↓
仲間がいる?
 ↓
原作一誠とそれほど親しくなく、意外と接触しやすい人?
 ↓
あの男しかいない……ッ。

 と、いった形でフリードと行動を共にさせることにしました。
 後、兄貴って呼ばせてみたかった(ボソッ)





 本日の更新はこれで終わりです。




【小ネタ】
「ああ―――こいつは違うけどな」

 そうポツリと呟くと同時に凄まじい速さで一樹の首を片手で掴み上げた。

(首の折れる音)


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外伝 兵藤物語【悪】 5





お待たせいたしました。

兵藤物語【悪】5話と6話を更新致します。




 

 

「……無くなったモノは戻らない」

 

 

 兵藤一誠は仮面越しに、泣きそうな、それでもってどことない虚しさを感じさせる口調でそう呟く。一誠が無くしたモノ、否、消されたモノはこれから送るであろう幸せな未来。両親が居て、愛する人が居て、仲間が居て、憎たらしくも頼もしいライバルもいて、頼りになる先生もいて、大切な人たちに囲まれているそんな未来。

 

「ッ……何者だッお前はァッ………」

「………恨んでくれても構わねぇよ」

 

 彼の眼前には地に伏した金髪の男。高価なスーツを着崩し、いかにもそういう感じの青年。その男を見下ろしながら静かに息を吐き出した一誠は、その手に持った【槍】を静かに下ろす。

 

「ライザー、お前はあの人(・・・)にとって……今は邪魔だ」

「あの人……だとッ何処のどいつだそれはッ!!何故、この俺を狙う!?」

 

 倒れ伏せるその男の名はライザー・フェニックス。そして今、ライザーと一誠が居る場所は、ライザーが住む、冥界のフェニックス領の一画。

 彼の豪華絢爛に見える私室は、彼の炎と一誠が変身したライダーの能力によって滅茶苦茶に荒らされている。壁が焦げたように禿げ、至る場所が凍り付いている。そしてライザーの体には、フェニックスの業火でも焼ききれない正体不明の光る鎖が巻き付けられていた。

 

「お前に言ってもどうせ分からない。いや、誰に言っても理解されないだろうな」

「クッ……貴様ッ、ただで済むと思うなよ!フェニックス家を敵に回すとどうなるか、理解しているんだろうなぁ!!」

「今のお前……いや……貴方にそんな事を言われても、怖くない」

 

 フェニックスは不死の一族、どんな攻撃を食らわせようとも途端に回復し高熱の炎で敵を滅する。

 ―――しかし、『今の一誠』にはそんな事は関係無かった。

 

 彼は左手の槍を右手に持ち替え、何処からともなく指輪を取り出しその手に嵌める。そして右手でバックルの側方を動かし、バックルの模様―――手の形に当たる部分に重ねる様に手をかざす。

 

「今の貴方はあの時の俺が勝てたんだ、今の俺が負ける道理はねぇ」

 

【EXPLOSION―――NOW】

 

 一誠からとてつもない魔力が溢れ出たと思いきや、次の瞬間にはライザーの体は吹き飛んでいた。痛覚という容量を超えた彼が、意識を失うその瞬間―――彼は強く、目の前の怨敵を記憶に刻み込めるように睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったんですかい?」

「……ああ」

 

 ライザーを戦闘不能に陥らせた直後に、白髪の少年、フリード・セルゼンが軽薄な笑みと共に現れる。その姿が返り血に彩られている事に怪訝な声を出した一誠は、若干顔を顰めながらフリードを睨みつける。

 

「殺してないだろうな……」

「もちのロンっすよ!いやまじで、オレ悪魔目の前にして不殺決め込んだのはマジ初めてっすよ!いやぁ、でもイッセーの兄貴が冥界に連れて行ってくれたからぁ、こーんなフェニックスなんて個人的名のある悪魔ぶっ殺ブラックリストに載っている大物んとこに襲撃できたんだから、ガマンできるもん!」

「うるさいなぁ……お前」

 

 マシンガントークの如く言葉を吐き出してくるフリードに辟易としながら、ライザーを見やる。正直、ここまでは計画通り、今変身しているライダーは、指輪の魔法使い、というものらしく様々な魔法が内包されている指輪を使う事で色々な事ができる。

 その中の瞬間移動の指輪を使い、ライザーの住む館に転移した。普通なら無理だろう、正確な場所とそのイメージが無ければ―――だが、一誠には【記憶】がある。ドラゴン恐怖症になってしまったライザーを立ち直らせる為に奮闘するという記憶が―――。

 最初の頃は凄く嫌な奴だったが、『イッセー』と関わって成長して―――

 

「………っ……、帰るぞ」

 

 そこで彼は口を噤んだ。

 深く考えると、立ち直れない程の罪悪感と喪失感に襲われそうだったから。

 

「え、マジすか!もう帰るんすか!?こいつら磔―――あ、すんません、マジ調子乗りました!今日の目的は焼き鳥悪魔とその金魚の糞共を戦闘不能にすればいいだけですもんね!」

「………いい加減静かにしてくれ……疲れてんだ……」

「そりゃあ、あんたあんな工場なんかで寝泊まりしてりゃあ疲れますって!ほら、たまには贅沢しましょうや!!フェニックスぶっ殺し記念パーティーしようぜ!てか今度から毎日フェニックス家襲撃しようぜ兄貴ィ!!」

「………はあ……」

 

 彼の言葉に溜め息を吐きながら一誠は先程とは別の指輪を指に取りつけ、バックルを動かし手を添える。一誠のやろうとしていることを此処に来る際に一度見たフリードは慌てて「おいていかねぇでくれよー」と喚き、一誠の隣に移動する。

 

【TELEPORT―――NOW】

 

「悪い、ライザー」

 

 ボロボロの体で気絶したライザーに誰にも聞こえない位の声音でそう呟いた彼は、指輪の力によって白い光に包まれる。

 光が収まると、その場には誰もいなくなっていた。

 まるで最初から誰もいなくなったように―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数分後、ライザー・フェニックスの住む館の異変に気付いた縁者が彼の元に駆け付けた時には、全てが終わっていた。別宅で暮らしていたレイヴェル・フェニックス以外の眷属達が重傷を負い倒れ伏していたのだ。しかし、最もその場に訪れた者を驚愕させたのは、不死の一族であるはずのライザー・フェニックスが何者かに瀕死の状態にまで追い込まれ、気絶していたことだ。

 若手悪魔として、フェニックス家の者として有望視されていたライザーが正体不明の何者かによって戦闘不能に陥られた。その決して無視できない知らせは直ぐに冥界全土へと知れ渡った。

 

 そしてその知らせは勿論、彼の婚約者であったリアスにも―――。

 

 この事件後、目を覚ましたライザーが口にした犯人像は、その場に居た誰もが驚く程のものだった。

 

 曰く、彼は襲撃者を―――

 

 

 ―――白の魔法使い、と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライザー・フェニックス襲撃事件から約一か月後、リアス・グレモリーが管理する地に新たな災いが訪れようとしていた。

 コカビエル―――古の戦いを生き残った堕天使の幹部。彼が各地から聖剣を盗み、魔王の妹である彼女が管理する土地にやってきた。そして、コカビエル以外にもう一つ、悪魔でも堕天使でもないもう一つの勢力も―――。

 

「お久しぶりでーすっ」

「あらあら、お久しぶりだねぇイリナちゃん」

 

 彼女の名は紫藤イリナ、教会に所属する聖剣使い。相方の聖剣使い、ゼノヴィアと共にリアス・グレモリーが管理するその土地にやってきた彼女は、まず最初に兵藤家に訪れていた。

 

 何故なら紫藤イリナと兵藤一樹(イッセー)は小さい頃の親友だからである。小さい頃に友達になって、親友になって、一緒に遊んだ。だからこの地に訪れたら必ず会おうと決めていたのだ。

 訪れた時は家には彼の母親しかいなかったので、上がらせて貰い、彼の話を聞いていた。

 

「でね、これが一樹が運動会に出た時の写真なのよー」

「へぇ……そうなんですか」

「あらっ、興味なさそうね」

「いえ、そうではないんですけど……」

 

 小さい頃の一樹の写真を見せられ、困惑するように苦笑いするイリナ。自分の知らない時の友達の写真を見るのが無意識に気に入らないのだろうか、と漠然とした違和感を感じとりながら、イリナはフォトブックを見つめながら首を傾げる。

 

「……すまないが、この写真は?」

「ん?どうしたのゼノヴィア?」

 

 一樹が映っている写真と、自分が見ている写真を見比べながら隣に居るゼノヴィアは疑問に思う様に手に持った写真を一樹の母親へ見せる。

 

「え、これ……あら……何も映ってないわ(・・・・・・・・)……おかしいわね……」

「これも……何でこんなに沢山……」

 

 ゼノヴィアの写真を皮切りに一枚、二枚と背景以外何も映っていない写真、背景の子供以外誰も映っていない写真が見つかる。

 その中には自分の見覚えがある写真があった。

 

「あ、これ……」

 

 それは自分が引っ越す前に住んでいた時の写真だった。親友である一樹(イッセー)と撮った大事な写真。今でも覚えている。おっちょこちょいで、おバカで、友達思いで、優しくて、でも―――。

 

「あれ……」

 

 その写真は自分しか映っていない。

 おかしい、この写真には一樹(イッセー)くんが映っているはずなのに。自分が置いてきてしまった大切な友達が映っているはずなのに……。自分の周りには誰もいない、自分が会おうとしている彼が、一番会いたかった彼が影も形も見当たらない。

 

「とても大切なものが映っていた気がするのに、もう年かしら……思い出せないわ」

 

 そうとても大切なものが映っていた。

 一樹じゃない、アイツであってたまるか、あんな奴、友達ですらない。でも一樹は友達だ、小さい頃遊んだ記憶もある。一緒にサッカーもしたし、一緒に野球もした。

 

「違う」

 

 眩しい笑みを浮かべる【彼】が大好きだった。

 仲良くしてくれる彼が大好きだった。

 だが、アイツは壊した。

 アイツがいなければ、私達はずっと友達でいられたのに。

 アイツ?アイツって誰だ?

 ―――お前は誰だ。

 

「イリナ、大丈夫か……?」

 

 ゼノヴィアの声にふと我に返る。気付けば何時の間にか手に持っていた一樹の写真を握りつぶしていた。友達だと思った彼の写真を握りつぶしてしまったが、なんの罪悪感も沸かない。反面、自分しか映っていない写真の方が彼女には尊く見えた。

 

「すいません、写真……」

「いいのいいの、いくらでもあるから一枚ぐらい構わないわ。その写真もイリナちゃんにあげるわ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 一樹の母の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべたイリナは、写真を大切そうに仕舞い立ち上がろうとすると、近くに悪魔が近づいてきているのを感じ取る。

 ゼノヴィアに目配せしながら、聖剣に手を掛けながらこちらに近づいてくる悪魔に警戒していると―――。

 

 

「―――ただいま」

 

 

 声が、聞こえた。

 その声を聴いたその瞬間、彼女は怖気が立った。

 気配の近さから見て声の主が悪魔。だからだろうか、理由も分からずにイリナは―――。

 

「イリナ、落ち着け」

「どうしたの、いきなり―――私はこれ以上なく落ち着いているよ」

 

 今にも聖剣を取り出し、斬りかかりそうな程の殺気を放ち、笑っていた。今まで見た事の無い相棒の姿に微かに動揺しながら、殺気を収める様に促す。この場であの程度の下級悪魔なぞ、三つ数える間に殺せるがこの場には一般人が居る。

 ゼノヴィアは無理やりイリナの聖剣を握る方の腕を抑え、立ち上がると同時に彼女を玄関までに連れて行く。その最中、一人の下級悪魔―――否、悪魔に転生した人間がイリナを見て、驚いたような表情を浮かべ、片手を上げる、一言言い放った。

 

―――久しぶりだね、イリナ。

 

 この時、自分が手の力を緩めたのを心底悔いた。

 イリナは自分の腕を抜け出し、目の前の下級悪魔の顔をグーで殴ったのだ。人間である彼女のそれほど強くもない拳を鼻に受けた彼は、そのまま玄関に倒れ気を失った。

 悪魔とも思えない貧弱さにドン引きしながら、ゼノヴィアは奥の方にいるであろう彼の母親を気にしながらイリナに声を掛ける。

 

「……悪魔といえど、友達じゃなかったのか?」

「違うよ、コイツは違うよ。私もよくは分からないけど、違う」

「違う、とは?」

「私も分からないわよ。でもね……彼はここには居ないの」

「彼……?」

 

 妙な確信があるイリナの言葉。

 その声音に何処か執着のようなものを感じさせられた事に、冷や汗を流しながらもゼノヴィアは、先を往くイリナの後を無言でついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コカビエルゥ?」

 

 閑散とした廃工場、その屋内に一誠とフリードは居た。フリードは自身の武器の手入れをしながら、興味深々といったように、人が寝れる程度に整えられた寝床で横になって休憩している一誠に疑問を投げかけた。

 

「ああ、コカビエルがこの町に来る」

「何で知ってんの?……と聞いても教えてくれーのは分かってんので聴かねぇっすけど、だからどうするんでぃ?ぶちゃけオレ堕天使幹部なんてムリゲーっすよ」

「分かってる……だから俺が殺るんだろうが……日時は分かってる」

 

 ライザーと戦わなかったせいでグレモリー眷属が合宿を行っておらず強くなっていない。一樹の成長を阻害できたことは嬉しい事だが、そのせいで彼らが強くなれないのは駄目だ。ここは一つ手を打っておかなければ。

 

「その間、必要があればグレモリー眷属を足止めしろ」

「勿論、殺すなっしょ?」

 

 ぶーぶーっとむくれながら光の剣の柄を懐へ戻すフリード。生来彼は残虐な性格、ここまで従えてはきたが、下手な事して暴走させるわけにはいかない。

 

「ああ、だけど……兵藤一樹は痛めつけても構わない」

「ヒュー、マジかよ。アンタどんだけ一樹くん嫌いなんすか!!もう、ブレなさすぎてフリード君尊敬しちゃう!!」

 

 この時、一誠は特に意識していなかったが、フリードから見れば彼の表情は憎悪に染まっていた。「絶対に殺す」という思いがフリードにビシビシと伝わる。その憎悪を間近で受け、フリードは一誠についてきて正解だったと再認識する。

 一誠にはカリスマがある。それもフリードが大っ嫌いな誰からでも好かれるようなカリスマ性が……だがそのカリスマ性はどういう訳か逆方向へ向いている。どういう理由かは分からないが、裏返った。

 

 純粋な復讐に燃える彼は、フリードからすれば最高の見世物だ。どういう末路を辿るか、どういう復讐を遂げるか。それが楽しみで楽しみでたまらない。

 

「……飯でも食いに行くか……」

「オレ、ジャパニーズスシ食べたいでーす!」

「……顔は隠せよ」

「あいあいさー」

 

 後は、一緒に行動していて暇じゃない事が大きな理由、と言えるかもしれない。無意識ににやぁと歪な笑みを浮かべた彼はバサリとフードを目深に被りながら、立ち上がるのだった。

 

 

 




おや……イリナのようすが……?

今回は二巻が始まる前にライザー叩きのめして、レーティんゲームをすることを阻止しました。なので、今回の話は三巻になります。

白い魔法使いの絶望感って半端無いですよね。
というより、基本的に白い悪ライダーって皆、強いイメージがあります。

斬月・真(ミッチ)とかエターナルとか……。


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外伝 兵藤物語【悪】 6

二話目の更新です。


 駒王学園屋上、その屋上にフリードと一誠は居た。

 眼下にはコカビエルと統合された聖剣を使う一人の神父。フリードが居ない代わりに別の適性があるものを聖剣使いとして仕立て上げたようだが、完全に聖剣の力に吞まれている。

 

 あれでは、今さっき禁手に至った木場でも苦も無く倒せるだろう。というより、一誠は木場が禁手になって安心した。元々木場は一樹とは比べものにならない程に技量がある騎士だ。修業のある無しに禁手に覚醒している所を見ると流石としてか言い様がないが―――。

 だが順調に進んでいる反面、僅かだが違う事が起きている。

 

「何で、お前がいるんだ……」

 

 統合された聖剣の数は合っている。

 だが、統合された聖剣の持ち主が無傷の状態で此処に居る。橙色の髪をツインテールにして揺らしている、かつて友達だった彼女。

 

「イリナ……」

 

 紫藤イリナが其処にいた。あちらのイッセーとは違う形で仲良くなり、最悪の形で離ればなれにしまった親友が、ゼノヴィアと共に其処に居た。彼女も自分を忘れている、松田と元浜と同じように。自然と歯を噛み締めながら、眼下の一樹を見下ろし、笑みを浮かべる。

 

 

 

『神器!答えろ!!答えてくれぇ!!何でッ、答えないんだよ!!』

 

 

 

 

「んー、ありゃあ何だ?何しようとしてんすか?」

「思い通りにならないから、ドライグに文句を言っているんだな、あれは」

「へー、てっきり目覚めろ俺の左腕目覚めろー的な厨二的な展開を自ら呼び起こそうとしているかとーあ、俺別にそういう腕が目覚めるとかそういうのないっすからね!これ大事!フリード=サンはノーマルでピュアな真人間でっす!!」

「お前が真人間であってたまるかバカ野郎」

 

 ようやく赤龍帝の籠手になったソレを右手で掴み、声を上げている。滑稽だ、ライザーと戦わなかったから碌な修業もしていない、状態じゃ並の中級堕天使すら相手にならない。

 

「ん?ドライグって誰?ドライバーかなんかすか?」

「いや、あいつの神器の事だ」

 

 しかし、今の状況を見る限りコカビエルは完全にリアス・グレモリーを相手に遊んでいる。本来は、赤龍帝のイッセーが倍加の譲渡によって食いつく筈なのだが、当の赤龍帝が役立たずなので朱乃もリアスも消耗するばかり。小猫も木場もゼノヴィアも現状、コカビエル相手では手も足も出ないだろう。

 ―――木場が目覚めた聖魔剣で統合されたエクスカリバーを持った神父を切り払った……状況的に頃合いか。

 

「そろそろ行くぞ」

「おっし来ましたァ!!」

 

 手をパンパンと叩いたフリードが校舎の中へ走っていく。流石にこの高さから降りるような化け物染みた戦闘能力はないフリードは、下から向かわせる手筈で、屋上に残った一誠は―――。

 

「―――すいません、リアス……皆……」

 

 悲しげに呟きながら腰に出現した手の形をしたバックルにあらかじめ嵌めていた指輪を添える。

 

【CHANGE―――NOW】

 

 一誠の体にとてつもない異物感と魔力が満ち溢れると同時に、彼の真横から現れたクリーム色の魔法陣が体を包み込むようにスライドし彼の体を白い仮面ライダーの姿へと変える。

 

「今、助けます」

 

 変身を終えた一誠はふわりと屋上から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望的な状況の中、ソイツは現れた。

 リアスも朱乃も、一樹も木場も小猫もアーシアもゼノヴィア―――そしてイリナも、目を見開きながら空から舞い降りた白いローブを纏った仮面の戦士を見た。

 

「………」

【CONNECT】

 

 白い仮面の戦士が、右手に嵌められた指輪をバックルの手形に添える。すると彼の真横に魔法陣が発生、柄のようなものが飛び出し、それを引き抜きくるりと回す。

 

「魔法……!?……まさかライザーを襲撃した白い魔法使い!?」

 

 白いローブ、琥珀色の仮面、ライザーを襲った犯人像とそっくりな外見にリアスは無意識にそう呟く。

 その声が聞こえたのか、僅かに後ろを振り向いた白い仮面の戦士、一誠は魔方陣から取り出した槍【ハーメルケイン】を構え、無言で上から見下ろすコカビエルを見据える。

 

「何者だ」

「………」

「だんまりか、まあ貴様程度の実力者が増えた程度で、この俺がどうにかなると思っているのなら……それは大きな間違いだぞ?」

 

 依然として無言の一誠、その態度が気に入らなかったのかフンッと鼻を鳴らしたコカビエルはその手に光の槍を生成し、投擲するべく構える。対して一誠は、そんなコカビエルに対して、冷静に取り出した指輪を左手に嵌めながらバックルの手形に手を添える。

 

【GRAVITY―――UNDERSTAND?】

 

「な…ッがぁ……」

 

 バックルからそんな音声が鳴ると同時に、一誠がコカビエルの頭上に手をかざす。すると彼の頭上に現れた黄色い魔法陣が彼を押し潰すように下方へ落下し、コカビエルを地面に叩き付けた。

 

 コカビエルが重力魔法により地面に押し付けられている間に、ハーメルケインを引く様に構えた一誠が流れるような速さで接近し、重力に逆らい立ち上がろうとするコカビエルの腹部にハーメルケインを突き刺した。回避すら許さない動きでコカビエルを容易く傷つけた彼に絶句する後ろの面々。

 

「グッアッ……ッ」

「………」

 

 引き抜くと同時にくるりと横に一回転しながら胴を横に一閃し、追撃を浴びせる。その攻撃に速さ等は感じられない、言うなれば精巧すぎて反応できない攻撃―――。一誠の経験と白い魔法使いの元来のポテンシャルが合わさった、強力無比な連続攻撃がコカビエルを切り裂いていく。

 

「何者だ……ッ!貴様!!悪魔……いや化生の類ではないな!!」

「……」

 

 生成された光の剣を手刀で叩き落としながら、機械のようにコカビエルを嬲る。その様相に呆気にとられる面々だが、その次の瞬間、激昂したコカビエルが血だらけのまま、一誠を光力で吹き飛ばし、その隙を突きその手に巨大な槍を出現させる。

 

「―――危険だ……ッ、貴様は!!」

「……随分と良く喋るんだな……お前はもっと怖い奴かと思った」

「なんだと……ッ」

 

 ハーメルケインを盾にして防いでいた彼は、バサリとローブを翻しながらここで初めて声を出した。

 

「あの時、滅茶苦茶デケェ存在だったお前が今はこんなにも弱く見える」

「ッ少し腕が立つくらいで調子に乗るなよ!人間がぁ!!」

 

 彼の言葉が癪に障ったのか、憤怒の形相のままその手の槍を一誠とその背後のリアス達目掛けて投げつけた。一撃体育館を崩壊させた光の槍以上の攻撃が迫り、絶望のあまり動けなくなる面々だが、その場から動こうとしない一誠は逆手に持ったハーメルケインを両手で持ち、仮面の口に当たる部分にあてがう。

 

「―――」

 

 幻想的な音色がハーメルケインから発せられると共に、琥珀色の波動のようなものが迫り来る光の槍を空中で停止させる。ハーメルケインによる【演奏】を奏でた彼は、さらに強い音色を発し停止した光の槍を一瞬のうちに粉々にさせた。

 

「―――バカな……何だ……何だソレは!」

「魔法だよ」

 

【CHAIN―――NOW】

 

 コカビエルが動揺している間に右手の指輪を付け替え、コカビエルの体を光の鎖で縛り付ける魔法を発動させた。宙から現れた光の鎖がコカビエルの動きを封じると同時に、彼は助走をつけて飛びあがり強烈な飛び蹴りを叩きこむ。

 

「ぐ、がああああああ……ッ」

「茶番は終わりにしよう。お前にとっても、俺にとってもそれが一番良い」

 

 着地と同時に指輪を付け替え、拘束されたままのコカビエルを視界に収める。

 使う魔法はライザーを倒したものと同じ魔法だが、今回は手加減はしない。こいつはイッセーの記憶の中でも害悪な存在だから―――。

 

「消えろよ、害悪」

【Explosion―――NOW】

 

 全力の魔力を投じて放たれた魔法、【Explosion】は魔力を亜空間にて圧縮し、それを空間に解き放つことで強力な爆発を発生させる超魔法、それがコカビエルの目と鼻の先に発生し、その空間、否、コカビエルの居る場所のみを焼き払うかのように焦がした。

 

 断末魔は無かった。悲鳴の声を上げる事もないまま、コカビエルはこの世から消え去った。圧倒的、その表現が正しい程にコカビエルを蹂躙した彼は、次に背後のグレモリー眷属に体を向ける。敵か味方か分からない、相手に警戒するリアス達。だがコカビエルを圧倒する化け物相手に勝てるはずがないのは分かっている。

 

「久しぶりだな、リアス………グレモリー。前に会った時は教会だったか……」

「……前……?……貴方まさか!」

 

 幾分か回復したリアスが、一誠の発した言葉に反応するように目を見開く。グレモリー眷属には忘れる事が出来ないであろう、数か月前の事件、堕天使が潜伏する廃教会に現れた龍を使役する漆黒の戦士。

 

「……堕天使を殺して……ライザーを襲撃して……今度はコカビエル?」

「俺は俺の目的の為に動いているだけだ。その為には手段を選んでいる場合じゃない」

「その目的は何……?」

「俺がするべきことを成す」

 

 あの時とは打って変わり白いローブを纏った魔法使いの姿へと変わった彼は、緊張したリアスが投げかけた質問に正直に答える。彼女からしてみれば、目の前の白い魔法使いは何時敵になるか分からない危険人物。

 

 ―――だが、白い魔法使い……一誠がリアス・グレモリー及び、一樹を除いた眷属達に危害を与える事は絶対に無い。彼にとって彼女らは、こことは違う【イッセー】にとってかけがえのないほどに大切な存在だからである。楽しいときも悲しいときも一緒に分かち合った仲間達、もう二度と自分が手に入れる事が出来ない【幸せ】。

 

「するべきこと……まさか、まだ一樹を殺すつもりなの?」

「そうだ」

 

「!」

 

 だからこそ、その幸せを奪い取った異分子は殺す。仲間達と彼らの未来に悪影響しか与えない不要な存在は消す。兵藤一樹は醜悪な人間、いや人間という事すらおこがましい外道、そんな奴は野放しにしておけるはずがない。

 

「何故なの!?彼が何をしたというの!?」

 

 言えるわけがない。言葉にしたらきっと次の瞬間にはハーメルケインで兵藤一樹の首を撥ねてしまっていただろう。まだ早い―――殺意を必死に押しとどめ平静を装いながら、彼は校舎に取りつけられている時計を見据え数秒ほどしてから思考彼女の質問に答える。

 

「許されないこと、だ。―――時間も押してきている、次の目的に移らせて貰う」

「何を―――」

「フリード、やれ」

 

 

「フリードくん!いっきまぁ―――すっ!」

 

 一誠がその言葉を発したその瞬間、光の剣を携えたフリードが窓を突き破り現れた。突然の乱入者に反応できない面々をぐるりと見回し、醜悪ともとれる笑みを浮かべたフリードは懐から銃を取り出し、神器を展開したまま座り込んでいる少年、兵藤一樹へと照準を向ける。

 

「おっ久しぶりー皆さーん!特にアーシアちゃんと一樹くーん!!こんにちは死ね!!」

「フリード・セルゼン!?何故ここに!?―――一樹くん!!」

「え、な、なんでお前が―――」

 

 照準を向けられているというのに動こうとしない一樹に、焦燥した木場は聖魔剣を構えフリードへ斬りかかろうとするが、その前に一誠が放った光る鎖により拘束され身動きが取れない状態になる。

 

「祐斗!?いきなり何を―――」

「お前達は弱すぎる。さっきの体たらくは何だ?……コカビエルに手傷すら負わせられないなんて……今の状況もそう、決して対処できない事態じゃなかった、それなのに呆気なく兵藤一樹を人質に取られてしまうなんて……それでレーティングゲームで勝ち進めると思っているのか?」

 

 其処まで言い切った彼の心情は自己嫌悪の気持ちで一杯だった。そもそも、一樹のみならずグレモリー眷属の成長の機会を潰してしまったのは、他ならない一誠だ。それなのに自分はソレを責めている。

 

 でも、これは必要な事だ。記憶の中のグレモリー眷属はライザーという強大な敵を相手を打ち倒すために修業し、強くなった。一誠が忘れ去られてしまった世界のライザーは彼によって、戦闘不能に陥りグレモリー眷属とレーティングゲームをする機会が無くなってしまった。この齟齬を解決させるのは簡単だ―――。

 

「お前達は弱い、コカビエル程度にすら勝てないようじゃこの先の戦いは生き残れない」

「……ッ」

 

 彼自身が強大な敵として彼女らの前に立ちふさがればいい。目の前で遙か格上、コカビエルを圧倒し殺すというお膳立てはもう済んだ。後は適度に一樹を痛めつけるようフリードに命令して、テレポートで帰ればいいだけ―――。

 

『―――随分と、愉快な事になっているようだな』

 

 フリードに指示を出そうとしたその瞬間、遙か頭上から声が聞こえた。その声が聞こえた方向に目を向けると、光翼を輝かせながら、銀色の鎧の男が近づいてきていた。

 

「……来ちまったか」

 

 その姿を視界に収めた一誠は、小さくそう呟きながら大きなため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【白龍皇】、一樹の【赤龍帝】と対を成す存在の登場にどよめく面々を余所に、イリナはボーッと白い魔法使いを見ていた。

 兵藤家で写真を見てから、イリナはおかしな感覚に囚われている。頭の中で大事な何かが欠落してしまったような喪失感―――何を失った、何を無くしてしまった。その事で今までずっと悩んでいた。

 

 聖剣を奪還するという重要な任務にも手が付けられない程に思い悩んだ彼女は『擬態の聖剣』を奪われてしまうという失態を犯してしまった。幸い、五体満足で生き延びる事が出来たが―――結果的にグレモリー眷属の剣士から剣を借りなければ戦えなくなってしまった。

 

 戦いに役に立たない自分に不甲斐ない思いを抱くと共に、強大な力を振るいグレモリー眷属とゼノヴィアを圧倒するコカビエルに、恐怖を抱いた。

 このままでは殺される。

 

―――イッ――く――……。

 

 彼女は無意識に誰かの名前を呼んだ。覚えのない名前だったが、その名前を呟いたその瞬間に彼は現れた。

 白いローブを纏った大きな指輪の魔法使い。

 

 彼により瞬く間にコカビエルを滅した。

 それがどれほど異常な事かは理解が及ばなかったが、彼が声を発したその時、彼女は胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 聞いたことのない声なのに、何年も前の幼かった【彼】の声に重なる。

 

「アザゼルに頼まれて来てみれば……これは……興味深いな」

 

 白い魔法使いがフリード・セルゼンに指示を出し一樹を人質に取った後に現れた銀色の鎧の男。その鎧の男はゆっくりと白い魔法使いの前に降り立ち、興味深げに全身を眺める。

 

「フフフ………魔法にも精通しているつもりだが……お前のような魔法を使う奴は知らないな」

「やっぱり見ていたか……白龍皇」

「知っていたのか、何だつまらないな」

 

 残念そうに肩を竦める白龍皇とは対照的に、白い魔法使いはその手の槍を突然振り上げ白龍皇へ叩き付けた。白龍皇が手甲で槍を受け止めると、ガキィィンと甲高い音が周囲に響く。

 

「―――どういうつもりかな?」

 

 槍を叩きつけた白い魔法使いに殺気を放つ白龍皇。濃厚な殺気にイリナは全身の血が凍るような感覚に陥りながらも目を離さずにいると、槍を持つ手に力をいれた白い魔法使いが白龍皇の甲冑に顔を近づけ―――。

 

「――――――」

「ッ!?」

 

 何かを囁いた。聞き取れなかったが、白龍皇は明らかに動揺したような声を上げ、槍を受け止める力を弱めた。構わず彼は一言二言呟いてからサッとその場を離れる。

 

「伝えたぞ」

「ああ、確かに聴いた」

「なら今は退け、ここにはお前が求める赤龍帝は居ない」

「………どうやらそのようだな」

 

 一樹を一瞥し、落胆したように肩を落とした白龍皇は白い魔法使いの指示に従う様に光翼を展開しふわりと浮き上がる。

 

「ま、今回は赤龍帝よりも面白い奴を見つけられたから良しとしよう……また会おう、白い魔法使い」

「……ああ、白龍皇……ヴァーリ」

 

 満足そうに頷いた白龍皇はそのまま空高く飛び上がっていき、姿が見えなくなってしまった。その姿を見送った彼は脱力するように手に持った槍を下げ、グレモリー眷属達の方を向く。

 

「……ッ!白龍皇とコンタクトを取るのが目的だったの……?」

「違う、その後ろに居る奴等に用がある……」

「まさか、堕天使勢力に……!?」

 

 アザゼルという名前を出した白龍皇から考えれば、堕天使勢力の事を言っていると考えられるが、彼はリアスのそんな疑問を無視するかのように、彼女からフリードの方へと視線を移す。、

 

「もう此処に居る意味はなくなった………フリード、帰るぞ」

「まだオレ一樹きゅん血祭にあげてなーい!!」

「予定が狂ったんだよ……早くこっちに来い。置いてくぞ」

 

 頭を抑え疲れ切ったような声を出す白い魔法使いに「待って~、流石に走って帰るのは嫌なり~」と驚くほどの切り替えの速さで、銃と剣を懐を仕舞い駆け寄るフリード・セルゼン。

 彼は別の指輪を右手に付け替えるとそれをコカビエルを倒した時と同じように、バックルの手形に添える。

 

「また、会おうリアス・グレモリー……」

「ばいばいきーん、クズ悪魔のみなさーん」

 

 白い魔法使いの横に光の渦のようなもの生成される。そこに白い魔法使い、手をひらひらと振ったフリードが笑顔で入っていくと光の渦は力を失う様に消滅した。

 

「………あの人……」

 

 白い魔法使いが光の渦に入り込む瞬間、イリナは見た。彼がほんの一瞬だけ自分の顔を見て、僅かに肩を震わせた……気のせいかもしれないが、彼女にはそれがつらいことを必死に我慢している、あの時の【彼】の姿と重なるのだった。

 

 【彼】という人物は未だに思い出せない。でも、自分が創りだした妄想上の存在ではない事が分かる。【彼】は確かにそこに居て、それでもって自分にとってとても大切な人だった。

 

「―――ッ」

 

 ―――絶対に思い出して見せる―――

 

 頭に微かな痛みを感じながら、イリナは人知れずそう心に誓うのだった。

 

 




皆さん、なんとなく想像できているようですが―――
本編でも要望されていた『ヴァーリチーム』ルートです。


イリナの事もあるので、今話これからの物語が大きな影響がある話となります。




後は、本編と外伝を分けたいと思うので、取り敢えず【悪】1話から4話を外伝として分けて、一週間ほどしたら5話と6話を外伝の方に移動させたいと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


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外伝 兵藤物語【悪】 7


少し中途半端に感じたので【悪】方を一話だけ追加更新。



 コカビエル。

 白い魔法使い。

 フリード・セルゼン。

 白龍皇。

 

 数々の襲撃に晒された駒王学園。

 その危機、白い魔法使いが去ったその後、リアス・グレモリーは事後処理の為に校庭にやってきたソーナ・シトリーとその眷属達に、先程起こった事を説明に追われていた。

 

「―――それで、コカビエルはその白い魔法使いに?」

「……ええ、実力の違いを思い知らされた気分だわ」

 

 事実、白い魔法使いと自分たちの間にはあまりにも大きすぎる差があった。堕天使幹部という伝説上の存在を容易に滅する魔法と技能。

 

「……妙ですね」

「何が?」

 

 一通り離し終わったところで、ソーナは考え込むように腕を組み首を傾げる。

 

「その白い魔法使いの行動が……です」

 

 行動、リアスから見れば、二度目の邂逅だがどちらも強烈な印象を残したまま消えた。どの勢力に属しているか分からない存在、それが白い魔法使い。

 その行動原理も何を成そうとしているのか―――。

 

「何故兵藤一樹くんにそこまで怨嗟の念を抱き、貴方の婚約者であるライザーを痛めつけ、コカビエルという貴方達の【敵】を排除したのでしょうか……彼の行動はあまりにも貴方と関係があり過ぎている」

「分からないわ、でも彼は初めて会った時……私達……私の敵じゃない、と言った」

「敵じゃない……?」

 

 さらに分からないとばかりに目を瞬かせるソーナ。

 言っている事が滅茶苦茶だ、敵でないなら、悪魔に被害を出しているのは何故だ。ライザー・フェニックスを害する理由は何処にある?

 

「もしかして……貴方に惚れてたり?」

「……貴方も冗談を言うのね」

 

 割と本気……とは言えなかったが、逆に鵜呑みにされたら困るものがある。こういってはなんだが、白い魔法使い、彼には謎が多すぎる。今思い立ったありえない・・・・・結論もある意味で有力な説なだけであり最優なものではない。

 

「まずは分かる所から調べるのが得策でしょうね」

「というと……」

 

 異常な恨みを向けられている自身の眷属。

 その身に赤龍帝の力を宿す元人間。

 

「兵藤一樹、貴方の眷属について調べさせてもらいます」

「……」

「気に入らないのは分かりますが、我慢してもらいます。事態はもう貴方の手に負えるものではない。フェニックス家、強いては冥界すらも彼の存在を警戒しています」

「分かって、いるわ」

 

 自らの眷属の事を調べるなんて彼女にはできないだろう。眷属に優しいということはこれ以上ない美点だが、こういう場合には重荷にしかならない。

 正直、ソーナ・シトリーが見る兵藤一樹は自らの抱える力に見合わない実力を持つちぐはぐな少年。学園での『噂』も良い物、悪い物が明確に分かれており、そのどちらも大きな矛盾がある。

 

 片や品行方正で分け隔てなく優しい、兵藤。

 悪い方は、覗き、下劣な品性を持っていると言われている兵藤。

 

 明かに違う。

 少なくとも兵藤一樹は下劣には当てはまらない。……彼女の主観的に言わせてみれば、おおよそそれに近い物かもしれないが、少なくとも外面は違うだろう。だが噂というものは根も葉もない場所から出ない物である。何かしら生まれる原因があって、その当事者がいる。

 

 だからこそおかしいのだ。

 そう、明らかに正反対の噂がどちらも同じ程の認知度で流れる物だろうか?人間とは流されやすい生き物だ。見ず知らずの人の人物像なんてものは簡単に決まってしまう。悪い噂なら悪いイメージに、良い噂ならば良いイメージに……一度固まったイメージは簡単に払拭されることはない。

 それなのに、相反する噂が学園で飛び交うのはどう考えてもおかしいのではないか。

 ギャップとかでもマッチポンプでもない。一人の人間に対する噂としてあまりにも矛盾を抱え過ぎているし、なによりも共通点があまりにもない。

 

 

 

『兵藤って知ってる?あのエロ猿三人組の一人、あいつってかあいつら?更衣室覗いたり学園にいかがわしいもんとか持ってきてたりするじゃん?ありえねぇーよな。ああいう奴にはなりたくねーよ』

 

『噂によれば授業だってまともに出てねえらしいじゃん?……いや本当かどうか分からねぇよ?どちらにしろ、アイツには近づかない方が良いらしい……え?だって危なそうじゃんか』

 

『兵藤?ああ無理無理!もう名前を聞いただけで無理!え?何もされてないけど……だって品性下劣で近づいたらセクハラされるんでしょ?』

 

『早く何かしら対処して欲しいよな。最近なんて……ん?……そもそも兵藤の下の名前って一樹だっけ?』

 

『エロ猿三人の中で兵藤は一番ヤバイらしいよね。ホント、何で学校にいるんだか』

 

『どんな奴かは見なくても分かるでしょ……こんだけ噂になってるなら』

 

 

 

 悪い噂に至っては、まるで別の人間に対する酷評だ。

 ひたすらにこきおろし、面白おかしくかきたて、それがさも最低最悪な行為と言わしめんばかりに正論というこじつけを並べ、性格、人間性すらも否定し侮蔑するような―――そんな吐き気を催すほどの悪意が込められたもの。

 

 

「まるで元から兵藤くん以外の『誰か』が居た……としか思えない」

 

 

 ありえない、が可能性が無いという訳ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の身に起こった事は、あまりにも不幸で、理不尽で、不条理な悲劇。

 その真実を知るのはごく一部――――被害者と加害者のみ。

 

 加害者は蹴落とした当事者を嘲笑い、偽物の物語に縋り―――。

 

 蹴落とされたものは偽物に縋る愚か者を殺し、愛していた者達を守るために前に進みだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話を聞かせて貰おうか」

 

 白龍皇、ヴァーリ・ルシファーは目の前の存在、白い魔法使いに若干の警戒と共に興味を抱いていた。

 眼前の白いローブに包まれた仮面の魔法使いの扱う特異な魔法、伝説の名剣にも勝るとも劣らない槍。全てが謎に包まれてはいたが、一目見て分かった。

 この男は強い、と。

 

「うっほ、マジ銀色じゃん兄貴兄貴、やべーっしょ、白龍皇っつったら神ぶっ殺せるレベルの神器の一角だぜ!」

「んなこと知ってる。お前ちょっと黙ってろ」

 

 駒王学園を後にしたヴァーリは、一誠に指示された【町外れの廃工場】で彼等と落ち合った。どういう訳か高速で到着したヴァーリよりも早く到着していた一誠とフリードを疑問に思ってはいたが……。

 

「何処から話す?」

「何故俺が禍の団と繋がっている事を知っている?」

「知っているからだ」

「……」

 

 答えになっていない、白い魔法使いは勝手知ったるが如く近くの廃材へ腰を下ろしているが、一方のヴァーリは甲冑から覗かせた素顔を訝しげに歪め警戒している。

 

「まあ、それは話す。信じるかどうかは別だがな」

「え、え―――!!兄貴俺には教えてくれなかったのに!こいつに教えちゃうのォ―――!嫉妬しちゃ――――ってあれ?ちょ、ちょっと兄貴、何で今そのテレポーテーションする指輪をって、ちょ!?」

 

 横で喚くフリードを煩わしく思った、一誠はその場でテレポートの魔法を発動し、生じた光の渦にフリードを蹴り飛ばし何処かに転移させた。

 

「……いいのか?」

「ああ、後で回収してやればいい」

 

 こちらを一身に見つめるヴァーリを見る。今のヴァーリならば勝てる、覇龍を使われればリュウガを使わざる得ないだろうが……。ここで排除するのはそう難しくはない。

 

 だが、それはできない。

 

 ヴァーリはこの先の戦いで必要になる戦力だからだ。

 いくらライダーの力が強力でも、扱うのは自分一人だ。フリードは正直土壇場で裏切るかもしれないから、信頼できる仲間とは言い難い。記憶が正しいのならば、ヴァーリは意外と義理堅く、悪意がそれほどない男だ。

 まあ、それを打ち消すほどのバトルマニアだが……それは今は目を瞑ろう。

 

「白龍皇……いや、ヴァーリ・ルシファー、俺が今からするのは頼みだ」

「………」

 

 敢えてフルネームで語り掛ける。

 警戒されても上等。断られ攻撃されたならば、最悪排除すればいい。

 地を這いずり、泥をすすってでも一樹は殺し、兵藤イッセーが愛した人々を守る。

 

 

 

 

「俺を禍の団へ……お前の居るチームに入れろ」

 

 

 

 その為ならばテロリストでも何でもなってやる。

 

 その言葉を受け取ったヴァーリは、少しだけ呆気にとられたような表情になったが、次の瞬間には彼らしくない大きな声で笑い始めた。

 

「ははははは!!」

「何で笑うんだよ……」

「いや……お前ほどの実力者がわざわざ俺の傘下に入ろうとするとはな。理由を聞かせて貰ってもいいかな?」

 

 怪しい奴を入れる事はできない。

 言外にそう言われていると判断した彼は、ゆっくりと深呼吸しながらあらかじめ考えていた言葉を吐き出す。

 

 

 

「兵藤一樹を殺す為」

 

 

 

 そう、全てはこの恨みから始まった。

 友人、家族、存在、記憶、何物にも代えがたい幸せな日常、あるべき未来を奪った侵略者を殺す。絶望して絶望して絶望して絶望してから、この世に細胞のひとつ残らず消し炭にする。

 

「―――ほう、そこそ理由が聴きたい。アレは居ても居なくてもさして問題のない雑魚だ。禁手に目覚めても良くて上級悪魔に片足を突っ込んだ程の力、お前なら指一本でも惨殺することも可能なんじゃないか?」

 

「弱いのは当然だろ」

 

「……何が当然なんだ?」

 

 ヴァーリの言い分は最もだろう。

 兵藤一樹は雑魚だ。成長が早いと言われている赤龍帝の籠手を持っていたとしてもアレでは、宝の持ち腐れ。

 

「アイツはレイナーレも、ライザー・フェニックスも、コカビエルとも戦わなかったからな。譲渡の力も、基礎的な力も変わっていない。当然だ、全部潰してやったんだからな」

 

 レイナーレの一見はアザゼルから聞いている。ライザー・フェニックスもそれなりの事件になったから知っている。兵藤一樹への復讐を目的としているならば、白い魔法使いが関係していてもおかしくはない……のだが、どうにも言い方が不自然だ。

 

「未だに筋書き通りに行くと思っている……。もうあるべき方向から完全に違ってしまったっていうのに……」

 

 白い仮面から発せられるくぐもった声には若干の怒気とやり場のない悲壮感が感じられる。

 流石のヴァーリでも意味が分からなかった。だが彼が次に吐き出したその言葉に、ヴァーリは今度こそ目を見開くほどに驚愕する。

 

「ヴァーリ・ルシファー。俺は別の世界の赤龍帝だ」

「……何だと?」

「お前もいたし、アザゼルも居た。黒歌に美候にアーサーにルフェイも……俺の仲間も、友達も、父さんも母さんも……」

 

 衝撃的だった。

 アザゼルとの関連を指摘された事ではない。まだ誰も知るはずがない、仲間の存在を目の前の男が知っている事にだ。禍の団に組みしている、という所までは少し驚くだけのことだろう。

 

「待て、容量が得ない……。何故、俺の仲間の名を知っている事はともかく平行世界の赤龍帝だと?そんな妄言を信じると思うか?」

 

「……正確には別の世界じゃない。この世界の正しい赤龍帝の保持者が俺だ」

 

「それこそ信じられないな。お前の言っている事が嘘じゃない証拠がどこにある?」

 

 そう冷たく言い放つヴァーリだが内心かなり混乱していた。あまりにも突拍子も無い話、だがこの男の言葉には嘘だとは思えない何かがあった。

 

「証拠なんてない。いや、正確にはあったか……もう皆忘れちまったからな」

 

「忘れた?」

 

「言葉の通りだよ。皆忘れちまった。親友も両親も俺のこと知ってる皆が俺のことを忘れた……一人を除いてな」

 

「―――それが兵藤一樹とでも言うのか?バカバカしい」

 

 辛辣なヴァーリの言葉を受け、ゆらりと立ち上がった彼は同じ目線でヴァーリを見据え少しだけ笑みを漏らしバックルに手を添え、そのまま消し去った。

 体に纏われたスーツが光と共に消滅する。

 

 光が収まると共に現れたのはヴァーリにとって見覚えのある顔だった。

 瓜二つ、髪型こそ違えど体系も顔も身長もほとんどが似通っている。兵藤一樹と同じ顔、同じ声で目の前の青年が卑屈な笑みと共に口を開いた。

 

「これが俺だ」

 

「……」

 

 悲しみと絶望が混ぜられたような、言葉で言い表せないような瞳をしている。一体どんな仕打ちを受けたらこういう目になるのだろうか……。

 もしかするならば兵藤一樹という一人の存在を恨み続けることが今のこの男を支える要素に成りえているのかもしれない。もし、目の前の男の言っている事が真実だとするならば、歯痒い思いにかられた……戦って見たかった。あのような歯牙にもかけない者ではなく、赤龍帝という力に見合った者と―――。

 

「……お前の知っている赤龍帝は……強かったか?」

 

 気付けばそんな言葉を吐き出していた。

 完全に信じた訳じゃない、がどうしても聴きたかった。あの出来損ないではなく、目の前の男が赤龍帝だったのなら、一体どうなっていたのか。

 

 互角とまではいかなくとも、戦えたのではないのか?

 それともこれまでの赤龍帝保持者とは違う成長で自分と渡り合ったのか。

 

 ヴァーリの言葉を目を瞑り反芻した一誠は、儚げな笑みを浮かべる。その顔は怒りや憎しみに支配されたようなものではなく、昔を思い出すかのように、それでもって何処か優しげなそれを思わせるものだった。

 

「お前みたいな才能は無かったけど……皆の力とか、色々なものの力を借りて……お前を目標に強くなっていたよ」

 

「そう、か……」

 

 信じられるものではない。

 だがそれが嘘とも思えないのも事実。可能性の話で圧倒的な力と才能を持つ自分を目標に強くなろうとする者が居た、等と言われれば……。

 

「お前の名は?」

 

「ん?」

 

「名前は、と聞いている」

 

 一誠の言葉を聴いたヴァーリは途切れ途切れながらも彼にそう問うた。一誠は少し悩むようにした後、若干の苦笑と共に自身の名を言葉にする。

 

「兵藤……兵藤一誠だ」

 

「兵藤一誠、か……いいだろう、お前を仲間にしてやる。だがそれはお前に同情した訳じゃない。お前が復讐を成し遂げたその時―――」

 

 

 ―――俺と全力で戦ってもらおう。

 その言葉に彼は一瞬だけ呆けたような表情を浮かべたが、次の瞬間に何がおかしいのか笑い出す。

 

「やっぱりお前はお前だな。当然か、俺がいなくてもお前は、そう……ヴァーリだったんだからな……いいぜ、全力で戦ってやるよ。それが俺を禍の団にいれる条件か?」

 

「ああ、メンバーとの顔合わせは先だが……」

 

「俺の事は教えて構わない。アレには顔を見せればバレることだし……それに、俺の事を覚えている奴はこの世界の何処にもいないからな」

 

 交渉が巧く言って安心したのか、安堵の息を吐きながら廃材に座った一誠。そんな彼を見て、ヴァーリはこれからするべきことを考える。

 

「―――分かっていると思うが、不用意な行動はするなよ?」

 

「分かってるよ、俺だって必要じゃなければあまり動きたくないんだ……今日だって、本当はお前との接触が目的だったんだからな……」

 

 コカビエルはあくまで、自分を呼び込むための釣り針だったという訳か。しかし、何か違和感を感じる。もっといい方法があったのではないか、という物もあるが―――。

 

「じゃ、俺はあのお調子者を連れ戻さなくちゃいけないから、今は解散としようぜ」

「……ああ、そうだな。詳細は追って連絡する」

「そうしてくれ」

 

 疑問を抱くヴァーリを余所に、再び白い魔法使いへの変身を遂げた一誠は、テレポートの魔法を発動させ光の渦の中へ消えて行ってしまう。残されたヴァーリは、取り敢えずグリゴリ本部へと戻るため、光翼の展開と共に空へ飛翔する。

 

 

 

 

 

 

 

『ヴァーリ』

「……どうした、アルビオン」

『あの男、信用できるのか?』

「嘘はついているだろうな……間違いなく兵藤一樹だけの復讐が目的じゃあない」

 

 復讐に理解があるヴァーリはなんとなくだが一誠の行動を理解していた。

 これ以上ない絶望を、これ以上ない痛みを、生きている事を後悔させる仕打ちを与えたい。復讐を抱くものならば当然の思考だ。それは生半可な仕返し等とは一線を画し、どうあっても話し合いで解決できるものではない。

 

「だが兵藤一樹への復讐心は本物だろう。それだけの憎悪が感じられた」

 

 復讐を諦める者、許す者、妥協する者は総じて復讐者ではない。

 そんなものは結局自分の幸せしか考えていない奴だ。諭されたくらいで、同情されたくらいで、止められたくらいで収まるような、何処かであったような陳腐な復讐劇は見るに堪えない。

 

「兵藤一誠はわざわざコカビエルを殺した。兵藤一樹により絶望を与えるならばグレモリー眷属を皆殺しにさせる光景を見せる事だってできた筈なのに……」

 

 その場合、ヴァーリが止めに入るだろうが―――可笑しい事には変わりがない。ヴァーリに取り入る為にそんなことはしなかった?いや、兵藤一樹への復讐を狙うのならば、グリゴリでも良かった筈。

 

 自分ではなく、アザゼルに取り入りたいなら、独断で行動したコカビエルを戦闘不能にさせ土産として持って行けばそれで事足りる。あれほどの実力を持っているならば、コカビエル程度を完封するのも簡単だろう。

 

 平行世界の赤龍帝というならばコカビエルの行動は知っている筈。兵藤一樹を殺させない為?いいや、そんなわざわざ助けるような中途半端な事をするような男ではない。

 

「別の世界……本来の赤龍帝……まさか」

 

 兵藤一樹が悪魔に転生したときと同じように、兵藤一誠の言う赤龍帝も悪魔に転生していたのではないのか?それを仮定するというのならば、兵藤一誠の話を信じてしまう事になるが―――そう考えると驚くほどに、話しが噛み合ってしまう。

 

 

 

 

 【聖母の微笑】を抜き取ろうとしたレイナーレ達を始末―――

 

 リアス・グレモリーと婚約していたライザー・フェニックスへの襲撃―――

 

 駒王学園を襲撃したコカビエルを撃退―――

 

 

 

 

 ヴァーリ・ルシファーは兵藤一誠を知らない、が、彼の推測が真実だったならば、間違いなくそれは悲劇と言っても変わりのないものだろう。

 兵藤一誠という存在の暗躍を知らない兵藤一樹にとっては喜劇だろうが―――仲間であったはずの(・・・・・・・・・)者達から敵視され、攻撃される、そんな道を歩もうとしている一誠にヴァーリは執念にも似た意思を垣間見た。

 

「……調べる必要があるな……」

 

 鎧の中で僅かに口角を歪ませたヴァーリは事の真相を見極める為、さらに速度を上げ暗闇を切り裂くように光翼を広げ空を突き進む―――。

 




復讐といえば、ガン×ソードというロボアニメの主人公が印象的でした。
ああいう笑顔が素晴らしい感じの主人公は好きです。


今回は禍の団に入る流れ、みたいなものと、ソーナの考察のようなものを入れてみました。
 一応補足しておきます。
 外伝は一誠が諭されて復讐をやめるみたいな流れはありません。本編ではカズキを許す一誠ですが、【悪】は絶対に一樹を許しません、どんなことがあっても絶対に復讐します。一樹絶対許さねぇマンです。


今回の更新はこれでお終いです。



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本編
禁断の芽吹き 1


鎧武が書きたいと思い書いた試作品です。
夏休みに書いたのですが、腐らせるのも勿体ないと思い、試しに投稿。
既に第一章は完成していますが、第二章をやるかどうかは未定です。

何回か分けて更新します。



 願いを叶えてやる、お前の願いは何だ?

 そう男は少年に問う。

 少年の答えは至極単純だった。

 

「ボクは主人公になりたい」

 

 簡潔でありふれた願い。

 しかし、男はその願いに顔を鎮める。

 

「……はぁ?そりゃあ無理だ。一つの世界には主人公は固定されている。だから主人公のメインヒロインを惚れさすこともできねえし、主人公の役目を奪う事も出来ねえ。まあ、登場人物にはなることくれぇはできるけどな」

 

 主人公とはいわば世界の中心。二つとない掛け替えのない中核を担う存在。W主人公を基調とした世界ならば可能なのだが、男が指定した世界は主人公が一人だけ。

 そんな世界で主人公が二人もいたら、世界は均衡を保てず世界は無茶苦茶になってしまう。それは神と呼ばれた男が見過ごしていい願いではなかった。

 

「……なら、ボクと主人公を入れ替えろ。それ以外の特典なんかいらない」

 

「無茶を言う奴だな。頭の悪いお前に分かりやすく言ってやろうか?お前じゃ無理だ」

 

「うるさい」

 

 『物語の中心』になりたいという願い。

 一人の人間の存在を入れ替える事なんて不可能な話に決まっている。相棒が主人公になる展開がないとは限らないが、少年が願う『主人公と自分を入れ替える』という荒唐無稽な願いは物語の根幹を担う最も重要な要素を挿げ替えるという事なのだ。構成上面倒くさいし、キャラが色々面倒くさいことになってしまう。

 できたとしてもせいぜい役割を挿げ替えるだけ。

 

「………主人公というの名のキャラクターは残るが、それでもいいのか?」

 

「それってモブって事でいいの?」

 

「……お前がそう思うならそいつはモブって奴だろうな」

 

 最初こそ丁寧な口調だったが、だんだんと乱暴になったら彼は、だんだんと自分の思い通りになってこなかったからか男に転生を急かす。

 呆れた様にため息を吐く男に心配いらないとばかりに少年は声を投げかける。

 

「ボクなら、あの主人公よりうまくやれる」

 

 そういう問題じゃない。と、あまりにも少年の言葉が馬鹿らしくて口には出せなかった。こういう輩は言っても聞かないだろう。

 何度も何度もコイツみたいなタイプとは接してきた。

 

「あー、はいはい。分かった分かった。じゃあ、もう言う事はねえよな――――」

「あ、待って!」

「何だ?」

 

 喜色の声を上げながら、少年は男にぶしつけに声を掛ける。

 

「『――――』に――――になる資格を与えないで欲しいんだ」

「……分かった」

「じゃあ―――――――」

「一つ忠告しておくが……お前『――――』と同じことをしようと思うなよ?」

 

 男の忠告は少年にとって訳の分からないものだった。

 

「分かった、速――――」

「じゃ、行け」

 

 右手を振り、少年を消し去り世界を弄ぶ。

 つまらない奴だった。あれは主人公という外面を演じることができるがそれ以上の事は出来ないだろう。折角の忠告も聞き入れないだろうし、先が知れてる。

 

「まったく、中間管理職も大変だぜ」

 

 所詮は先を知っているだけの男、それだけでは『―――――』の代わりにはなり得ない。

 あれは、努力家で優しく、どんな時でも諦める事が無い鋼の精神を持ち合わせている。

 

「『――――』の弟で神器は奴の所持物とする………ん?そういえば、奴にやるはずの特典が残ってんな……」

 

 掌にピンポン玉大の球体を作り出す。

 男は、ニヤリと笑うと手に力を籠め球体を黄金色に染め形を果実のような形状に変える。

 

「主人公の場所は約束通りくれてやる。……だが上げるのは主人公の居た場所だけで、お前が物語の中心になれるとは限らねーからな。一応はお前が『主人公』になれる可能性を残してはやるが……もし無理だったのなら――――壊されたものは新しい力を持った『――――』で作り直さなくちゃな」

 

 右手を前に突き出し、くるりと掌を回し30センチほどの穴を空間に押し広げ物体をそこに投げ込む。

 

「さあ。面白くなってきました」

 

 既に壊れた原作がどのように作られていくのか。

 どのように主人公だった人間が物語を作り直してくれるのか。

 

「あぁ、楽しみだ」

 




 『兵藤物語』の主人公は今話の少年ではありません。

 加えて、この作品でのコンセプトは、主人公になり替わった人物が主人公と『形だけ』同じことをしようとしたらどうなるか、ですね。

 次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 2

二話目です。


 季節は春の終わりにさしかかり、夏の暖かさを微かに感じ始めた頃。近年、共学となった学園、駒王学園にて、竹刀を振り回す女子の集団から逃げ回っている男子が三人が居た。

 

「やばい!!捕まったら終わりだ」

「松田!お前のせいだぞ!!」

「なっ、俺だけのせいにするなイッセー!連帯責任だろ!!だからみんな悪い!!」

「ふざけんな!!」

 

 

「こらぁぁぁ!!このエロ猿共ぉぉぉぉぉ!!」

「またあの三人ね!!今度と言う今度はただじゃおかないわ!!」

 

 

「やべえ、女子メッチャ怒ってるぞ元浜」

「んな事、分かってるよ!―――――おいコラ女子どもコラァ!!俺はお前らのような貧乳には興味ないんじゃコラァ!!」

「火に油そそぐなドアホ!!」

 

 一人は、眼鏡を掛けた知的に見える少年、元浜。

 もう一人は、坊主が印象的な少年、松田。

 

 最後に、ややトゲトゲの髪型の少年、兵藤一誠。

 

 彼らが女子の集団から逃げている理由。それは女子剣道部の女子たちが着替えを行っている際に、故意に覗きをおこなったからである。

 「あの時、松田がくしゃみなんてしなければッもっと見れたのに……」と、溢れんばかりの煩悩に忠実な一誠は歯噛みしつつ、女子の集団を引きはがすために足を速める。

 

「お、おい!イッセーおまっ、速くねえか!?」

 

 唐突に背後から松田の声が聞こえる。一誠としては引き離すつもりはなかったのだが、一気に二人を追い抜き、引きはがしてしまたようだ。

 普段の彼は登下校や、体育の時間以外ではあまり運動はしないのだが、何故か本人の意図しない力を体が勝手に発揮してしまうのだ。

 

「げほっ、ひ、ひ~~~~~」

「お、おい元浜っ大丈夫かよ!?」

 

 体育会系の松田はともかく、見た目相応に非力な元浜は、一誠の脚の速さについて行けずにグロッキーになる。

 このままでは、元浜があの女子達にボコボコにされてしまう。

 

「イッセー、俺達は一連托生。死ぬ時も一緒だ」

 

「…………いくぞ!松田!」

「おう!!」

 

 元浜、お前は中々いい奴だった。心の中にそう思いながら、迫ってくる女子の集団に背を向け走り出す一誠と松田。元浜の顔が絶望の色に染まる。

 

「む!?ま、待ってくれ!!貴様ら、親友を見捨てるというのか!?――――あ、うわあああああああああ!!」

 

「安らかに眠れ、親友」

「覗きは命がけだ元浜」

 

 

 

 

 

 五時限目の授業が始まる直前、ボロボロに変り果てた元浜が涙目で教室に入って来るのを見てほんの少しだけ罪悪感に苛まれる一誠であった……。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁーイッセー、お前、なんかスポーツとかやってたのか?」

「はぁ?うーん、スポーツ何てやったことないぞ?」

「だよなぁ、でもお前スゲェ運動神経いいじゃん」

 

 一日の授業と帰りのHRが終わり、下校時間に差し掛かったころ。カバンに教科書を詰めるイッセーに唐突に松田が話しかけてくる。

 

「特に、体育とかお前滅茶苦茶先生に褒められてたじゃないか、『兵藤、お前ドーピングしたのか』とか言われて、すげぇ困ってたじゃん」

「いやいや、次の日すげー筋肉痛に襲われるから。つか、クスリなんかやってないし」

 

 あの時は一誠にもよく分からない感覚が彼の体を動かしたのだ。納得がいかないとばかりに首を傾げる元浜に苦笑しながら、一緒に帰るように促すと、ふと視界の隅に見知った顔が映る。

 

 

『カズキくーん、一緒にかえろー?』

『ああ、ごめん。先約があるんだ』

『あー、彼女できたんだってね……』

 

 

「なあ、一誠。お前の弟って法律で保護するほどの存在か?」

 

「イッセー、ちょっとだけ、先っちょだけだから。あのクソったれハーレムヤロウに俺のシャープペンシルを突き刺すだけだから」

 

「お前ら落ち着けよ!?つか、元浜は何時の間に復活しやがった!?」

 

 額に青筋を浮かべ、拳を鳴らし始めた松田と、いつの間にか復活していた元浜を止める。正直一誠も教室の中心でちやほやされている『弟』の顔面に拳を捩じり込みたいが、兄としての立場があるためそんな事はできない。

 

「つーか、イッセー。お前、一樹に嫌われてるくせに庇うとかどんだけだよー」

「弟思い、という言葉は美しいものだが、俺達の心情はリア充許すまじ、だ。彼女もちの癖にクラスの女子モテモテなのは許せん」

「ほぼ私怨じゃねえか……」

 

 兵藤一誠の弟、『兵藤一樹』。彼は一誠と兄弟という関係ながら全く性格も何もかもが違う。勉強ができて、周りに優しい事に加え、最近、天野夕麻という彼女ができたらしいの事。

 そんな八方美人且つ、クラスの人気者である一樹だが、実に兄の一誠に対しては距離を取っている。同じ家に住んでいるにも関わらず、同じクラスにも関わらず、一誠に対してのみ壁のような物を作り出しているようにも感じれるのだ。

 それが一誠にとってたまらなく寂しく思う。彼とて家族とは仲良くしたいとは思っているし、両親だってそう思っている。

 

「……一樹の事はいいから帰ろうぜ?」

「しょうがねえなぁ、帰ろう帰ろう」

 

 苦笑いを浮かべた一誠に何かを察したのか、二人はニッと笑いカバンを背負い教室の扉へと歩いていく。続いて一誠も出て行こうとすると、不意に教室に残っている一樹と目が合う。

 一応、軽く手を振る一誠を興味なさげに見た一樹は、すぐに女子との会話に戻る。このやり取りに慣れてしまった自分を情けなく思いながら、一誠は肩を落として松田と元浜の後を追う。

 

「待たせた!」

「おせーぞイッセー」

「ははは、悪い悪い」

「そういえば、イッセー。今度の休日に遊びに行こうと計画したのだが一緒に行くか?」

「お!いいね!」

 

 自分は恵まれている、そう思いながら一誠は友人達と共に帰路につく。

 エロ談義という名の、青少年らしい話題に華を咲かせ橙色に染まった道を歩いていくと、不意に一誠の頭に鈍痛が走る。

 

「―――ッ」

「ん?どうしたイッセー?」

「『何時もの』か?」

 

 

―――鋭い爪を持つ異形の怪物に襲われる青年。

―――小刀のついたバックルを腰に当てる青年。

―――ゴテゴテとした果物に頭を食われる青年。

―――橙色の戦鎧と鎧と同色の刀を纏った青年。

 

 鈍痛と共に浮かび上がる、身に覚えのない体験。感覚が鋭敏になり、頭部の脈を流れる血の躍動すら感じながら、充血した瞳を心配する二人に向けながら、一誠は気丈に笑う。

 

「だ、大丈夫だって、さっ、帰ろうぜ」

「……そういうのはホント後々面倒になって来るから病院行けよな」

「お前が居なくなったら、バカ出来なくなるからな?」

「分かってるって。ヤバいと思ったら行くって」

 

 一誠は自分の体に起こっている変化と白昼夢のようにフラッシュバックする見覚えのない光景に悩んでいた。唐突に起こる不可思議なビジョンに一誠は様々な可能性を考えたが、そのどれもが当てはまらない。

 

 前世の記憶にしては青年の背後の空間が近代的すぎる。

 妄想にしては、あまりにもリアルすぎる。

 

 そもそも頭痛が起こり始めたのは二年生になってから、一週間周期で思い出される青年の記憶。断片的なもの過ぎてあまり良くは理解できていないが、ダンス、就職、バイトとか訳の分からない記憶ばかりが頭の中で再生されていた。

 

 このまま記憶のようなものが思い出され続けたら自分はどうなってしまうのだろうか?

 自分が自分でなくなってしまうのだろうか?

 自然に指が震える、このまま自分がなくなりそうな事が起こりそうで、怖くなる。

 

「帰りどっか寄っていこうぜ」

 

 

 

 

 

 兵藤一誠は、あるべきものがない。

 神器も悪魔になる資格も失っている。

 

 

 

 

 

 彼に残されたものは、平和な日常を生きる権利と―――――

 

 

 

 

 

 眩く輝く禁断の果実の種と、『     』という別世界の主人公の歩いてきた『記憶』という『神』から与えられた異例な力だけであった。

 




次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 3

第三話です。


 休日、松田、元浜と共に近くのボウリング等に行くなどして休日の時間を過ごした一誠は、太陽が暮れ始めた夕暮れの帰路を歩いていた。

 我ながらなんとも、女っ気のない学生生活を送っているなぁ、としみじみと思いながらも、やや上機嫌に夕暮れに照らされ、黒い影が伸びる道路をゆっくりとした歩調で進んでいく。

 

「……一樹は、デートらしい……な」

 

 小耳にはさんだ話だが、今日が弟とその恋人、天野夕麻がデートをするという日らしい。天野夕麻という女子はかなりの美少女と聞いていたので、一誠としてなんとも羨ましい話しである。

 

「あ”~~~~~彼女欲しいなぁ!」

 

 反射的に声を出してしまったせいか、声を出してからハッと自分が何を言っているのかを自覚し、急いで周りに人がいるか見る。

 

 誰もいない。

 

 なら安心とばかりに胸をなでおろす一誠だが、ある違和感に一誠は気付く。

 

「いや待てよ?……何でこんな時間にこんな人気がないんだ?」

 

 この時間帯ならば、仕事が終わった人や、子供連れの家族、多少なりとも人の姿があるはずなのだが、現在一誠の周りにはその影がない。

 

「……ま、いっか」

 

 人がいない事もあるだろう。

 そう思いながら、一誠は止めた足を進め歩き始める。なんだか不気味だ、そう感じた一誠は、人通りのある道にでたいと思い、やや遠回りの道を行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここが全ての分岐点。

 

 二つに一つの重要な選択肢。

 

 このまま普通に行けば――――遠回りしなければ、彼は平穏な日常を過ごすことができ――――物語は瓦解するという運命を避けられなかった。

 

 遠回りという選択を選んだ彼は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着実に自宅へと向かっていく一誠だが、帰路の最中、通りかかった公園にて彼は衝撃的な光景を目撃する。

 それはあまりにも現実離れして―――

 あまりにも凄惨で―――

 あまりにも一誠にとって残酷な光景だった。

 

「か、ずき?」

 

 弟が、光でできた何かに貫かれている光景だった。一誠はその場で口を抑え唐突な吐き気に襲われながら、今自分が見た光景が間違いではない事を証明するために顔を上げ、再度――――

 

「―――――ぁ……」

 

 倒れ伏す弟。

 血の海に沈んでいく弟を見下す黒い翼の生えた黒髪の少女。

 夕暮れが、一樹の姿を照らす、鮮明に浮かぶ凄惨な現場に一誠は、声を張り上げていた。

 

 

「か、……カズキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

「!?」

 

 公園の入り口から中に入り、倒れ伏す一樹の傍に寄る。一誠の行動に黒髪の少女はギョッと驚いたように目を丸くしていたが、相手が何の変哲のない一般人だと分かると、嘲るような笑みを浮かべる。

 

「クソ……血が止まらねえ!!待ってろ今、救急車を――――」

「あらあら、君は一樹君のお兄さんね?」

「――――っ!君も見てないで―――」

 

 瞬間、一誠は背筋が凍るような何かを感じとる。それが何なのかは定かではないが、一誠の意思に関わらず彼の体は反射的に、その何かから避けるように動き出す。

 其の場から飛び去るように横に転がる―――――と、一誠の居た場所に白く光る槍のような物が深く地面に突き刺さっていた。

 

「――――なっ」

「……避けられた?手加減した覚えはなかったんだけど……まあ、偶然ね」

 

 槍が飛んで来た方向を見ると、先ほどの黒髪の少女が端正な顔を歪め笑っていた。一誠は自分が死の危険に晒された事に気付き、声を震わせながら目の前の少女に声を上げる。

 

「お前が、一樹をこんな目に?」

「そうよ」

 

 あっさりと一樹を殺したという事実を認める少女。そして彼女は理解が及ばない一誠が質問する前に、勝手に自らの事と一樹を殺した理由を話し出した。

 

 少女は一樹の彼女の『天野夕麻』だったこと。

 天野夕麻が堕天使と言う奇天烈な存在だという事。

 一樹は神器と言う危険なものを持っていた人間だったこと。

 デートを装って、一樹を殺した事。

 

「ふふっ、滑稽だったわね。本気で私がこんな人間に惚れると思っていたのかしら?まあ、この子が勝手に浮き足立っていたおかげで、簡単に殺せたんだけどね……あーあ、そこの君みたいな可愛げがある人間の方がよかったわ」

「そんな、理由で……弟を……」

「不幸を呪うなら、神器というシステムを作り出した神を呪うのね。どうせ貴方には理解できないでしょうけど」

 

 確かに話は理解できなかった。

一誠には全て非現実的な話だった。

だが……一つ理解できるのは、弟がこんな目に合わされて腹が煮えくりそうなほど怒り狂っている自分がいる事だった。

 

「―――お前は――――」

「ここまで話したからには、もうあなたは生きて返すことはできないわ。まあ、元から生かす気もなかったけど……でも―――弟と一緒に死ねるなんて本望でしょう?」

 

 堕天使、レイナーレは気付けなかった。否、一誠自信も気付いてはいなかった。兵藤一誠という人間がどのような人間だという事か。レイナーレが殺す気で投げた視界外からの光の槍を人間にも関わらず、無傷で躱したという事実を――――

 

「お前は一体何者なんだ!!」

 

 一誠は怒りに震える。理不尽な理由で死に向かっている弟がまさか、神器などと言う訳の分からないモノの為にこんな目に会うという事に。

 今の一誠には、ぐだぐだ御高説を述べるレイナーレが一樹を殺そうとしている行為を正当化しているようにしか思えなかった。

 

「もうあなたと話す気はないの、大人しく死んでちょうだい。じゃあね」

 

 掌に光の槍を作り出したレイナーレが、一誠を切り刻ん為に接近する。光で構成された槍は容易く人間を両断することができる。生半可な防具では容易く突破する切れ味と威力を発揮するだろう。

 加えて、人間の粋を大きく超えた種族である堕天使の身体能力に、ただの人間が敵う道理はない。

 

 

 しかし、一誠は体を逸らし振るわれる槍を避ける。流石に避けるきれずに頬がパックリと切り裂かれ血が噴き出す。

 

 

「―――痛っ」

 

 避ける一誠の顔も苦しそうだが、攻撃を仕掛けていたレイナーレは内心驚愕していた。

決して常人には避けられるはずがないレベルの攻撃を繰り出したはずなのだ。だが、避けられた。

 戸惑いと共に、レイナーレは間断なく槍を振るう。

 

「!?」

 

 いくら早く振るおうとも一誠は空中に舞う羽のようにヒラリと避けてしまう。

 相手は本当に人間なのか?いや、人間には違いないが、明かに常軌を逸したセンスを持っている。特別な訓練を受けた?いや、そんな動きは完全な素人だ。

 

「なんなのこの人間……」

 

 苛立つように得物を突き出したレイナーレに対し、一誠は大きく後方に飛びくるりとバク転し刺突を躱す。

 

「――――うらああああああああああああああ!!」

 

 バク転から即座に、レイナーレ目掛けて走り出し、得物を持つレイナーレの手首を掴む。

 

「何のためにッ……何のために一樹が殺されるような眼に会わなきゃいけねえんだ!!」

「ふん、余程のおバカさんのようね!さっき言った通りよ!!」

「――――ッお前ッ」

 

 嘲るようにそう言い放った彼女に、沸騰せんばかりの怒りを抱いた一誠は拳を力強く握りしめ、腕を上げる。相手は女子、という思考は既に彼にはなかった。

 

 だが、上げられた拳は振るわれることはなかった。

 唐突に血だまりの中で倒れ伏す一樹の身体が紅く光り出したのだ。

 

「―――何だ!?」

 

「あれは、グレモリーの!?チッ何時まで掴んでいるのよ!人間風情が!!」

「ぐぁ!?」

 

 レイナーレに腹部を蹴られ大きく後方に跳ぶ。痛みに悶えながらもレイナーレの居た方向を見ると、既に彼女の姿は消え、黒い翼だけがその場に残されていた。

 

 数秒ほど、呆然としていた一誠だが、数瞬程してハッと我に返り重傷を負っている一樹の方に視線を向ける。かなり時間を食ってしまった、急いで病院に連れて行かないと――――そう考えていた一誠だが、一樹の側らに何時の間にかいる紅の髪を持つ少女を視界に収めた事で、その考えは消え失せる。

 

「今度は誰だ!!」

 

 警戒心を露わにして叫ぶ一誠。

 そんな彼に対し、一樹の胸部になにやら光る8つの物体を押し込んだ少女は、こちらを振り向き笑みを浮かべる。

 よく見ると、見覚えのある顔だった。リアス・グレモリー、駒王学園の『二大お姉さま』と呼ばれる二人のうちの一人で、学園の人気者の少女。

 そんな彼女が何故、ここにいるのか?

 そもそも、何時の間に現れたのか?

 

「心配しなくていいわ。私は敵じゃない、この子も……もう大丈夫」

「そんな証拠が―――――」

 

 信じられないとばかりに、頑なに警戒を解かなかった一誠だが、リアスがその場から半歩移動し、一樹の姿を見せた瞬間に、一誠はすっ頓狂な声を上げる。

 

「なっ!?」

 

 傷がなくなっている。

 腹部に大きな穴を開け、致命傷と言えるほどの大きな傷がきれいさっぱり消え失せているのだ。

 

「でも完全に助かった訳じゃないわ。表面上の傷は治せても、完全には治っていない。完全に治すには手間が居るわ」

「ほ、本当ですか!?な、何か俺にできる事は?」

「気持ちは嬉しいけど、貴方にできる事はないわ……強いて言うなら」

 

 一樹の傍から離れ、こちらに近づいてくるリアス。何か悪寒のような物を感じとり、距離を取ろうとするがグラリト視界が歪み、脚に力が入らなくなる。

 

「ぐっ、なにを……し―――」

「ごめんなさい、できるだけ一般人を巻き込みたくなかったの……貴方にはここで見た記憶を忘れて貰うわ」

「勝手に――――」

 

 リアスの掌が一誠の額に添えられる。

 すると、一誠の視界が霞が掛かったように曇っていく。霞は自然に視界を覆い尽くし、真っ白になり、終いにはブツンと真っ暗になった―――――




イッセーは素でもある程度は戦えます。
次の日は確実に全身筋肉痛になりますけど(笑)



次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 4

第四話です。


 翌日、一誠は全身筋肉痛で学校を休んだ。

 早朝からなにやら家が騒がしかったが、そんな事が気にならない位に全身が痛かった。

 

 おかしい、昨日はそんなに『体を動かすようなことはしていないはずなのに……』、首を傾げながら一誠は母親に学校を休むと痛みに悶えながら訴え、説得の末に学校を休ませて貰う事が出来た。

 動かない体、全身の筋肉が軋むように痛んでいる。このレベルの筋肉痛はそうそうない、筋肉痛と疑うほどに痛すぎる、ぶっちゃけ泣きそうになった。

 

 日が暮れてきた窓の外の光景を目に映しながら、一誠は思案にふける。

 

「記憶喪失……とか?」

 

 身に覚えのない痛み程、可笑しいものはない。

 『頬を搔きながら』一誠は昨日の事を思い出す、昨日は休日を松田と元浜と一緒に遊び潰したはず。ボウリング行ったり、ファミレスで時間潰してエロ本を漁ったりもした。

 その帰りは―――帰りは――――。

 

「思い出せないなぁ……」

 

 日が暗くなった時点から記憶がないのだ。遊んでから家に帰った直後に浸かれて眠ってしまったのか?それとも三日目の夕飯が思い出せないように、特別思い出すような記憶でもなかったのか?それとも記憶喪失か……。

 

「どうでもいいか、特に変わった事なんてないからなぁ」

 

 自分の体に筋肉痛以外おかしなこともない事だし、両親も相変わらず元気だったし、弟が家が学校へ行く声も聞こえた事もあるから、別に日常に変わった事もない。

 

 そう思うと、安心感を感じベッドに背を預け薄白い天井を見上げる一誠。

 そのまま十分ほどボーッとしていると、視界が一瞬歪み、今までとは比べ物にならないほどの頭痛が一誠を襲う。

 

「――――ぐっあああああああああああああああ!!」

 

 

――――俺、変身できた……できた。

――――子供が大人のやることに口を出すんじゃない。

――――黙れクズ。

――――男子三日合わざれば括目して見よってね!

――――そんなバナナァ!?

――――そんな世界ぶっ壊しちまえ。

 

 

 

 知らない、知らない誰かたちが一誠の頭の中に入って来る。あまりの痛みでベッドから転げ落ち、部屋のタンスや本棚に体を強くぶつけるが、そんな痛みを痛みと感じないほど一誠は苦しんでいた。

 永遠と見間違うほどの地獄の中、一誠はある声を耳にする。

 

 

 

 

――――その時お前は、全ての世界を制するんだ

 

 

 

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 声にならない絶叫。

 それを聞きつけ、血相を変えた母親の姿を視界に収めた瞬間、一誠の意識は、深く深く底に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に起きた時、一誠はまたベッドに戻っていた。

 しかし、今度は自分のベッドではなく、病院のベッドと言う割と大事になっているという事が分かるベッドにいた。近くには心配そうに顔を覗きこむ母の姿、恐らく母が救急車で病院に運んでくれたのだろう

 体を動かすと何時の間にか筋肉痛は治っていた。全身が軽く、まるで元の状態より調子がいいくらいだった。のそりとベッドから起き上がった一誠に気付いた母親は、安心した様に息を吐き、一誠の頭を軽く小突く。

 

「全く、心配かけさせるんじゃない」

「……ごめん。俺、入院するの?」

「少しだけね。一応検査とかしてもらったけど、特に異常もなかったし、精神的な検査とか受けるかもしれないけど、アンタの事だから、二、三日したら退院できるでしょ」

「そっか」

 

 一誠は両親に頭痛の話はしていない。

 心配かけたくもなかったこともあるけど、この頭の痛みが医者に見せて治せるような物だとは思えなかったからだ。

 一誠が大丈夫だと確認すると、母さんは後で父さんが来ると一言言って家に戻っていってしまった。あまりにもぞんざいと言われてしまうかもしれないが、一誠は素直に感謝した。

 母さんは、明日学校がある一樹の方の面倒を見なくてはいけないからだ。

 

 遅れて見舞いに来た父親と、久しぶりにゆっくりと軽く話して、父が帰った後、一誠はまた、身体に馴染まないベッドに身を預ける。

 

 消灯時間も近づき、徐々に人気のなくなっていく病院。一誠は病室の中、一人考えに耽る。

 

「――――全ての世界を制する……か」

 

 頭痛の最中、中年男性の声で、聞こえた言葉が一誠の頭から一向に離れない。これまで頭痛と共に呼び起された記憶の中で、もっとも存在感があり、もっとも力強く。―――――もっとも魅了される言葉だった。

 

 何気なしに一誠は、手の平を蛍光灯の光にかざす。

 光は掴めない事は分かっているだろうが、なんだか今の一誠には『もっと別なものを掴めそうな気がしていた』――――掲げた手を握りしめるとともに、先ほどの言葉を反芻するように呟く。

 

「全ての世界を……制する」

 

 瞬間、一誠の右手の中に何かが握られていた。

 それは手のひら大の、片方が丸みを帯びた長方形の色取り取りの物体だった。表面には、オレンジやメロンやバナナといったフルーツの絵が刻まれ、中心に『LS-∞』と書かれている錠前に似た物体。

 

「な、なんだこれ……」

 

 手に握られてたそれを呆然と眺めていた一誠だが、その物体をベタベタと触っていると、側方にボタンのような物がある事に気付き、恐る恐る押してみる。

 

 するとガチャンという機械音と共に、丸みを帯びた方とは反対の部分から凹みのある棒のようなものがせせり出てくる。

 

「なんだ、これ……鍵?どこの―――――!?」

 

 瞬間、『鍵』に見えたそれが掌の中で突然暴れ出し、一誠の掌から飛び出す。

 

「は、はぁ!?」

 

 飛び出した『鍵』は部屋の中心で浮遊し、一誠の方を向くと(?)勢いよく一誠の胸元目掛け突っ込んで来る。訳の分からない事態に加え、自分を貫かんばかりに突っ込んで来る『鍵』に一誠は動くことができなかった。

 

 硬直してしまった一誠の心臓付近に、鍵を差し込むように『ソレ』は突き刺さり、強烈な光と共に一誠の体の中に消えてしまった。

 

「――――」

 

 絶句、自分が見た妄想なのか、それとも現実なのか――――一誠はしばらくの間放心していた。

 

 

 

 

 しかし、事態は一誠に考える時間を与える事はなかった。

 放心する一誠のいる病室のドアが、突然開けられたからだ。

 

「ノックに反応しなかったから、勝手に失礼させてもらうわ」

「!」

 

 入って来たのは、見覚えのある紅髪の少女。

 リアス・グレモリーだった。ここで一誠の頭の中は余計に混乱することになった。何故、自分に学園の二代お姉さまの一人にお見舞いされているのか。

 接点何てないはずだ。

 

「何で、グレモリー先輩がここにいるんですか?」

「………やっぱり、覚えてないわよね……」

「え?」

「――――貴方の弟のカズキが私の部に入ったから、お見舞いに来てみたの」

 

 来る理由としては、あまりにも違和感の多すぎる理由。美少女が来てくれるのは素直に嬉しい、だがそれが一樹関係ともなれば、それは様々な意味合いを持つ。

 ラブレターを代わりに渡してくれとか。

 一樹の話を聞かせてとか。

 時には、「何でアンタが兄なの?」とか罵倒されることもあった。

 

 勿論、最後に挙げたのは一誠の悪い部分しか知らない女子の偏見に満ちた嫉妬というものなので、クラスメートや彼を良く知るもはそんな事は言わない。

 

「……えと、ありがとうございます」

「いいのよ?でもカズキは来なかったのかしら?」

「来ませんよ、俺は嫌われてますから」

 

 苦笑いを浮かべながら、そう言った一誠の言葉にリアスは少なからず息を呑んだ。彼女自身、兄妹仲は良い方なので、一誠と一樹のような険悪な兄弟仲というのは、珍しかったのだ。

 

「貴方は……カズキが嫌いなの?」

「ははは、俺としては仲良くしようとしているんですけどね……昔っからなーんか、俺が兄貴なのが気に入らないみたいで……まぁ、普段の行いのせいでしょうけどね」

 

 リアスが『8つの兵士』を用いて眷属にした兵藤一樹は、彼女にとってはおかしな部員だった。悪魔の話をしても、別段驚きもしなく、神器も易々と展開させ、魔力も常人並にあった。それだけ見れば、良い眷属を手に入れたと見れるだろう。

 だが、彼はどこかズレていた。浮き足立っていると言ってもいいのか?眷属の小猫や朱乃に進んで話しかけて親睦を深めようとするのはいいが、その所作に作為めいたものを感じる。

 なにより、今日の放課後、悪魔として活動しているカズキの母親らしき人物から掛かって来た電話に答えた時の彼は『面倒臭い』と一蹴し、一方的に電話を切ったのだ。

 理由聞いてみると、カズキは――――

 

『え?ああ、兄さんですよ。兄さん、昨日筋肉痛で学校休んでたんですけど、突然騒ぎ出して病院に運ばれたんですよ……』

『大変じゃない、家族の事なんだから見舞いに行ってきなさい』

『いいですよ、あんなやつ。どうせ物事を下半身でしか考えられない、バカですよ。あんなの見舞いに行く価値すらありません』

 

 リアスは何も言えなかった。

 それと同時に、昨日の記憶が思い起こされた。

 

 リアスがカズキの契約用に転移魔方陣で呼び出された時、彼女が最初に見た光景は、血の海に沈む一樹ではなく、煮えたぎるような怒りを感じさせる目で、堕天使が去って行っていったであろう空を見る一誠の姿だった。

 頬から止め留めのないほどの血を流し、体は煤汚れ、腹部を抑えていた。

 

 一樹を眷属にし、彼の一命を取り留めた時の彼の反応は、あまりにも一樹の言う『物事を下半身でしか考えられない』という印象とはかなりかけ離れていた。

 一樹の身を案じ、助けようとするその心意気は、眷属愛を重んじるリアスと通ずるものがあった。頬から尋常じゃない血を流していたことに気を止めず、加えて腹部を抑え、よろよろとこちらに歩いてくるその姿は痛々しさすら感じられた。このままじゃいけない、そう判断したリアスは、一誠のこの場での記憶を魔力で操作し傷の手当てをし、カズキと共に家に帰した。

 

『部長、ボクの兄はどうしようもない男です。だから部長も皆もできるだけ、近づかないでください。あまり見て貰いたいものではないので』

 

 家族を貶める、一樹の言葉にリアスと部員全員はあまりいい顔はしなかった。

 兵藤一誠と友人たちの悪評は駒王学園では有名な話だ。だが、その程度の悪評で印象を決めるような眷属達ではない事はリアスが一番分かっている。

 そもそも、まだ碌に人柄も知らないのにそこまで人格否定されていると、昨日の事を知っているリアスとしてはどうにも実際に会ってみないと気が済まなかった。

 

 だから一樹には秘密にし、面会時間外に一誠に会いに来たのだ。

 実際に、面と向かって会ってみると、やはり一樹の言っている事は違うと確信した。病室の中で放心したように中空を見つめていた一誠に、どこか胸の締め付けられるような思いを感じたが、リアスに気付いた彼と話して見た所、やはり昨日の記憶は覚えていなかった。

 

 リアス自身、心配していたのだ。

 記憶操作に使った魔力が彼自身の体に悪影響を及ぼしているかどうかか……。さりげに彼の体を見ても何の異常も見られない事から、特に大事ないと分かった。

 

「グレモリー先輩?」

 

 不思議そうな顔で、リアスの顔を覗う彼に気付き、愛想笑いを浮かべるリアス。

 

「なんでもないわ。兵藤君……いえ、イッセーと呼んでもいいかしら?」

「あ、えええ!?先輩が俺の事を!?」

 

 あわあわと慌てふためくその姿に、くすりとリアスが微笑む。しかし、唐突に昨日の記憶の中での違和感に彼女は気付いた。

 

 おかしい。

 

 一樹は堕天使に殺された。

 なら、何故一誠はそこに居た?普通ならば、一樹諸共堕天使に殺されているはずだ。

 契約用の魔方陣が発動され、其の場に到着した時、彼は頬に深い傷、それに腹部の打撲を負っていた。

 状況から考えると、彼はリアスが来るまで堕天使に少なからず戦闘行為を行っていた事になる。

 

「――――っ」

 

 其の場で勢いよく立ち上がり、一誠を凝視する。

 もし、そうならばリアスは記憶を操作するべくではなかった、彼から話を聞くべきだった。にわかには信じられないが、こうまでも可能性があると気になってしまう。

 今更ながら後悔するように再度椅子に座り、頭を抑える。

 

 そんな彼女に一誠は―――

 

「あの、弟は……グレモリー先輩のいる部活に入っているんすよね?」

「ええ……」

「なら、頼みます。弟の事」

「え?」

「俺、バカですから。何で俺の事、嫌ってるのか分からないんすけど……弟なんです」

 

 嫌われているのを理解しているのに、散々な目に有っているはずなのに、顔を上げたリアスを見る一誠の目はどこまでも、どこまでも真っ直ぐだった。

 だが、それと同時に自分はもう弟とは仲良くできないという『諦め』があるという念がある事にリアスは気付く。

 どれだけ、仲良くしようとも肝心の相手が一方的にそうしようとはしない。それが家族ならばなおさらツライ、それは優しい兄を持つリアスには痛いほど理解できた。

 

「安心しなさい」

「はい?」

 

 リアスは、一誠を抱きしめていた。

 特にこれと言った理由はない、強いて挙げるならば、今の兵藤一誠はどこか儚げな雰囲気だったからである。

 

 対照的に一誠は、内心、美少女にいきなり抱きしめられ狂喜乱舞だった。

 実際問題、彼女の『か』の字も見当たらない青少年には、いきなりの抱擁と言うものは刺激が強すぎた。一誠はあまりの高揚感に鼻血を吹き出し、ベッドに寝転ぶように倒れてしまった。

 

「あら……」

 

 リアスは困ったように苦笑しながら、騒ぎにならないよう一誠の顔の鼻血を拭った後、一応ナースコールを押してから、人が来る前に病院から抜け出した。

 

 一誠に会って分かったのは、彼が一樹の言うような人物ではなかったことと、一樹は一誠の性格や普段の態度とは関係なしに、リアスと眷属達を一誠に会わせたくないと思っている事が分かった。

 

「イッセー……ね」

 

 また別な形で会いそうな気がする。

 そう自分らしからぬことを思うリアスであった。

 




次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 5

第5話です。


「うぅ~~なんだこれ……」

 

 数日間という入院から無事退院し、家に帰った彼を待っていたのは数日分の溜まりに溜まった宿題や授業ノートだった。机に積まれたそれらを頭を抱えながら眺めた一誠は、もうちょっと入院しておいた方がよかった、などと今更ながら後悔しながら机に向かって行った――――

 

 

 

 

 

 ――――が。

 

 

 

 

 

 

 夜、一誠は気分転換がてらに散歩に出ていた。

 理由は単純、休んだ日にち分の課題に対しての現実逃避である。勉強はできない事はないが、数日分の溜まりに溜まった課題をこなすのは何かと骨が折れる。

 授業を休むとここまでの弊害が出るなんて思いもしなかった。高校恐るべし。

 

「あー、部活ってのはこうも遅くまでやってんのかなぁー」

 

 先日、病室に訪れてきたリアス・グレモリーの事を思い出しながら一誠は考え込むようにその場に佇む。

 

―――どこの部活に入ったんだ?一樹の奴。聞いても教えてくれるはずがないし。アイツの事だから多分文科系だろ?……でもそしたら、こんな運動部みたいに遅いのはなんだかおかしいな……。

 

 部活勧誘の時期はとっくに終わっているので、入るとしても運動部はきついだろうから、必然的にいつでも入れるイメージのある文化部にいるだろうと、一誠はあたりをつける。

 

 リアス・グレモリーがいるなら、尚更文化部と言うイメージが強くなる。

 ……リアス。グレモリーか……。

 

「ぐへへ、柔らかかったなぁ」

 

 病室で何故か抱きしめられた時の事を思い出し、にやけ面になる一誠。青少年としては正しい反応だが、夜道の中でそのような顔をしていると変態にしか見えない。

 

 頭の中を煩悩一杯に満たしながら、考えも無しに歩いていくと、何時の間にか街灯の少ない真っ暗な道に出てしまった。

 

「おわっ、暗っ」

 

 周りは薄暗い工場跡地に加え、人気が全くない。

 ここらへん周辺は、幽霊的な意味で怖すぎるので、一誠は踵を返し来た道を戻るように歩き出そうとする。歩けばすぐに民家なので、それほど焦ってはいなかったが―――――

 

「――――ん?……」

 

 どこからか、鼻につーんとする匂いがどこからか来ている。

 決していい匂いではない、むしろ嫌な匂い――――少しその匂いが気になった一誠は、その匂いのする方へ試しに行ってみる事にした。周囲は真っ暗だが、月明かりのおかげである程度道が見える。

 匂いが近づくにつれ生臭い匂いに変わって来る。「誰かがサンマでも焼いているのか?」と、独り言を呟きながら、たどり着いたのは、寂れた廃工場。

 

―――やっぱ、帰ろう。

 

 流石に廃工場は色々まずいし怖い。

 怨霊的な意味でも、たむろっている不良的な意味でも。不良は逃げるなりなんなりで対処できるが、怨霊や幽霊とか地縛霊とかゴーストとかの類は腕っぷしでなんとかできるようなもんじゃない。

 障らぬ神に祟りなし、その言葉を思い浮かべながらゆっくりその場を離れようと、背後を振り向くと――――

 

『クケッ』

 

 ――――上半身が女性、下半身が人間じゃない化け物が、尖った槍の様なモノをを振り突き刺さんばかりに振り下ろそうとしている光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うわあああああああああああ!?」

 

 避けられたのは奇跡だった。

 鋭利な槍が迫ってくる前に、地面に倒れ込むように転がることができた一誠は自身の居た場所に突き刺さっている鋭利な槍を見て嫌な汗を流す。

 後数瞬遅れていたら、骨折や怪我どころじゃ済まなかった。串刺しにされ、絶命していただろう。改めて自分の反射神経に感謝しながら、槍の持ち主を見る。

 

『ケタケタケケタケタ!!!』

 

 地面に突き刺さっている槍を引き抜いたのは、上半身が両手に槍を持った裸の女、下半身が下半身は巨大な四足獣で尾に蛇がついている化け物だった。

 一誠は、いきなり現れた化け物に空いた口がふさがらないとばかりに呆け、目の前の化け物が幻覚でも妄想でもない事に恐怖する。

 

「な、何だ……お前……」

『今から食らう人間に言う必要があると思うかぁ?』

 

 話が通じるとは思ってはいなかったのか、驚愕の表情を浮かべる一誠だが、返された言葉の意味が一瞬分からず頭の中が真っ白になる。

 

 食う?今から?誰を?化け物、が喰う、俺を……――――

 

 一誠はその場から駆け出した。喰われるのだけは御免だ、まだやり残した事も沢山あるし、死ぬなら美人の腕の仲が良い。やや願望を垂れ流しながら、死に物狂いで走る。

 常人を超える速さで、其の場から離れていく一誠。

 走ればすぐに人気のある明るい場所に出られる。そこまで行けば、この化け物も追ってはこれないだろう。

 

『ケタケタケタケタケタケタ!!』

 

「っ!?」

 

 だが、一誠の速さは所詮は人間が出せる範囲での『速さ』。人の枠を超える化物に加え、四足獣特有の速さには敵わない。すぐに化け物は一誠に追いつき、一誠諸共ひき殺そうするが、危険を感じとった一誠が横に跳んだ事から、化物の突進が彼を轢かず、一誠を吹き飛ばすだけと言う結果となった。

 地面を何度か跳ね、廃屋の中に突っ込んだ。

 

「ぐぅっ!!ぐあっ――――」

 

 驚異的な反射神経で、咄嗟に横に跳んだのはいいが衝撃を逃がしきれず、体を強く打ち付けてしまった。所詮は人間の耐久力、人間より遙かに優れた身体能力・特異性を持つ種族には人間の体なんて紙と大差ない。

 

「逃げられないっ……のかっ」

 

 痛む体に歯を食いしばりながら絶えて前を見ると、そこには端正な顔を醜悪な笑みに変えた化け物がゆっくりと近付いてくるのが見える。

 そして化け物が近づいてくるにつれ気づく、一誠を引き込んだ気持ちの悪い匂いの正体が。

 あれは死臭だ。生臭い匂いを感じるのも当然だろう、肉の腐った匂い、血の匂い、人が忌避する匂い。悍ましい匂いが化物から放たれていたのだ。目の前で刻一刻と近づいてくる化け物は人を食らうのだから、その匂いも当然の事だろう。

 

 このままでは自分も、化け物に食われてしまう。

 体は動かないし、動かせても逃げきれない。助けを呼んでも意味がない。

 

 絶望的な状況の中、一誠の脳裏には今までの人生で関わって来た人の姿が思い浮かぶ。走馬灯と言う奴だろうか、死に瀕するとこれまでの人生が振り返ると映画とかで聞いたことが有るが――――

 

 しかし、家族や友人よりもより鮮明に思い浮かべた人物は、一誠にとっても意外な人物だった。

 

 その人物は血のような紅色の長髪を持つ少女だった。

 初めて会った自分を抱きしめた少女だった。

 

 どうせ死ぬならあの人の腕の中で死にたい。

 こんな時くらいエロイ妄想して俺らしく死にたい――――が、何故かこういう時にだけ、全くそういうことが思い浮かべられない。

 思い浮かぶのは、家族や友人達。

 

 母さん、父さん。親孝行できずに死んでごめん。

 松田、俺のエロ本は母さんに発見されないように回収しておいてくれ。

 元浜、俺の墓には駒王学園スリーサイズコンプリート図鑑を供えておいてくれ。

 

 

 視界がボヤけてきた。

 勉強しないで、バカやって、普通に暮らして、いきなり化け物に殺される。

 

「はっ……」

 

 散々な最後だ。

 生まれ変わったら、もっと賢い生き方をしよう。

 友達もたくさん作って。

 弟に慕われる兄になって。

 バカもやったり。

 彼女も作ったり。

 

 生まれ変われるなら、もっと生きたい。

 

 ―――――――生まれ変われるなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死にたく……ッないなぁッ………ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクンッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 呟いた瞬間、視界が黄金色の光に塗りつぶされる。

 

 光が収まると一誠の手には小刀のような物が付随した黒色のバックルが握られていた。

 

 次第に霞が掛かってゆく思考の中、バックルを握りしめ立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クケッ……クケッ』

 

 はぐれ悪魔、バイザーは先ほど痛めつけた人間を食らう為、男を吹き飛ばした廃屋に近付いていた。

 人間にしては速かったなと、そんな事を思いながらも、人を食べられるという至福の時を迎えられることに舌なめずりをする。

 

『あぁ?』

 

 廃屋から、先ほど吹き飛ばした少年が出てきた。

 『自分から喰われにやって来たのか?』嘲るように言葉を投げかけても無反応。しかしバイザーを見るその目には何も映ってはいなかった。

 

 バイサ―の声を無視した一誠は、右手に持ったバックルを腰に押し当てる。どういう原理か分からないが、バックルからベルトが伸び彼の腰回りを覆い装着される。

 

 バックルが装着された瞬間、少年の目が変わる。恐怖が刻み付けられた弱弱しい目ではなく、無機質で空虚な、潜在的な恐怖を感じさせる目に――――

 

 刹那、一誠が雄叫びを上げる。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びを上げた一誠の体から、二つの物体が体から排出される。

 角ばった橙色の錠前と、カラフルな装飾が施された金色の『鍵』。

 病室内にて一誠の体内に入り込んだ『鍵』。それが一誠の周りを高速で旋回し、ベルトに付けられたバックルの前で急停止し、ふわふわと浮遊する。

 

「――――」

 

 気付けば、彼の雄たけびは止まっていた。代わりに無言で、浮遊するソレらを掴み取り、錠前を開き、片方をバックルに押し込み、流れるような動作でバックルに付随している小刀で、錠前を切るように傾ける。

 

【カチドキ!!】

 

『なにをするつもりだ……』

 

 一誠の頭上からオレンジ色の球体が生成される。その球体は一誠の頭を飲み込むと同時に、彼の体を紺色のライダースーツに変える。

 

『なっ!?』

 

 そして、一誠の頭を飲み込んでいた球体が花開く様に展開され、肩から胸、そして下半身へと鎧のように展開された。橙色の鎧を纏うその姿は、武士を思わせる造形だが、相手のバイザーは、武士などと言う存在を知らないためか、目の前の鎧武者が異形な存在にしか見えなかった。

 

 橙色に染められた重厚な鎧、自らの存在を主張するような兜、これから出陣と言わんばかりに背に取り付けられた戦旗。

 重厚な鎧を纏った武者に変身した目の前の男を見て、直感的に危険と感じる。

 

 こいつは、危険だ。排除しなければ。

 

 漠然とした危機感を感じ、バイザーは変身を終えた目の前の男に、右の手の槍を突き出す。

 

【フルーツバスケットッッッ!!!】

 

『グァッ!?ガァッ!?』

 

 瞬間、バイザーは四方から鋭い打撃を受け、後方へ吹き飛ばされていた。

 何に攻撃された?ここには目の前の男以外に敵は―――――混乱の中にあった彼女だが、さっきまで自らが居た場所を見て、絶句した。

 

 一誠の周囲に総勢17つの物体が出現し、彼を中心に回るように展開されていたのだ。

 その物体は、バイザーには見覚えのある形状をしていた。オレンジ、イチゴ、パイン、メロン、ブドウ、バナナ、といったフルーツの形を模していたのだ。

 神器?種族特有の能力?そのどれにも当てはまらない何かにはぐれ悪魔は得体のしれない恐怖を感じた。

 

  17つの異形の果実を従えた一誠の手の中には、黄金色に輝く『鍵』が握られていた。彼は左手に持った『鍵』をバックルに持っていき、橙色の錠前の横にいつの間にか生成されていた鍵穴部分に勢いよく『鍵』を差し入れ回す。

 

【ロック・オープン!!極・アームズッ!】

 

 バックルから発せられるけたたましい音声と共に、周囲の異形の果実が呼応するように動きだし、彼に引き寄せられるように集約され破裂すると同時に、重厚な鎧が弾き飛ばされる。

 現れたのは、異質な気配を放つ鎧武者。

 

 

 

 

【大・大・大・大・大将軍ッ!!】

 

 

 

 

 白銀に煌めき、見る者を畏怖させる南蛮胴を纏った戦士が其処に存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――禁断の果実の種が今、芽吹き始めた……。

 

 




最初から極アームズに変身させちゃいました。

まあ、これに変身するのは、最初だけですけど……。

次話も更新致します。


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禁断の芽吹き 6

第6話目です。


【大・大・大・大・大将軍ッ!!!!】

 

 

 

 その『種』の芽吹きはある二対の存在を震わせた。

 あまりにも小さく、強大すぎる目覚め。

 

 

 次元の狭間を遊泳する赤色の龍帝は、その飛行を一時停止し、遙か虚空を見据えた。

 

 無限を司る龍神は、存在するはずのない、力に対して戸惑いを抱く。

 

「……目覚めた?」

 

「うん?何が目覚めたんだい?オーフィス」

 

 偶然、彼女の近くに居た漢服を着た青年は、ある方向を見た彼女に突然の行動の意味を問う。

 

「………………禁断の果実」

 

「ははは、君でも冗談を言うんだな」

 

 乾いた声で笑う青年を無視し、『無限の龍神』ことオーフィスは無機質な瞳で日本がある方向を見据え、ボソリと一言呟く。

 

 

 

「……欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の鎧を纏った戦士。マントをはためかせ、ジッとその場から動かない相手に対しバイザーは、目前の正体不明の敵に対して、不思議と何も感じなかった。

 これならば先ほどの重厚な鎧を纏った方がマシとさえ思えるほどだった。

 

『ケタケタケタケタケタケタ!!なんだ人間、その珍妙な格好は!!』

「………」

『そんな姿でこの私と張り合おうとでもいうのか!!』

 

 無言、一言も何も話さない相手に、お世辞にも沸点が高くない彼女は、うねり声を上げ前足を半歩踏み出すように音を立て威嚇する。

 

―――殺して、ばらして、食らってやる。

 

 下半身の四足で強く地面を蹴り、一誠目掛けて鋭い突進を仕掛け、目と鼻の先まで接近すると、前脚を一誠を踏みつぶすように振り降ろす。

 

『死ね!!』

 

 バゴンッと振り降ろされた足は地面に陥没、大きな亀裂を刻む。

 しかし踏みつぶした手応えがない。

 陥没した地面を見下ろし手応えがないと認識した刹那、彼女の下半身に当たる胴体部分に、強烈な打撃が直撃する。

 

『―――――グ、ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!』

 

 一瞬にしてバラバラになると見間違うほどの衝撃に巨体を暴れさせ、もだえ苦しむ。

 激痛の最中。訳が分からないまま視界を広げると、そこには『黄色いメイス』のような物を振り切った踏みつぶそうとした少年の姿。

 アレで殴られた、頭で理解することができたが体が動かすことができず、痛みに悶えるバイサー。そんな彼女など知った事かと言うように、一誠は右手に持った『黄色いメイス』も持ち上げゆっくりとバイザーの元に歩み寄る。

 

『ガぁ、ク……』

 

 認識が甘かった。そう理解した彼女は、美少女と言っても良い上半身を下半身と同じような醜悪な姿に変化させ、戦闘形態に移行し、敵が攻撃する前に一誠を仕留めにかかる。

 重い武器ならば挙動に隙が生じやすい、それならばそこを狙う重い武装に対しての対抗策を以て攻撃を両の手の槍による突撃を仕掛ける。

 

 対する一誠は、歩みを止め腕をだらんと力なく下げ、バイザーの突撃に対してあまりにも無防備な状態を構える。

 バイザーは無防備な構えを取る一誠に対し、醜悪な顔をさらに歪ませ、雄叫びを上げて一誠目掛けて槍を乱雑に振るいながら襲い掛かる。

 

『人間風情がァァァァァァァァ!!!』

「……」

 

 一誠とバイザーが接触した瞬間、両手の槍が柄から先が消える。

 手元から消えた自らの武器を呆然と見つめるバイサーの眼前には『橙色の刀』を振り切った少年の姿。

 

 何時の間に武器を変えた?否、何時の間に両の手の槍を切り裂いた?

 硬直しかけた思考が答えを出す前に、バイザーは我に返る。

 

『―――――ッッ!?』

「………」

 

 その疑問に一誠は答えるはずもなく。ただジッとバイザーを眺めている。

 

『舐めるなッ』

 

 彼の行動が舐めていると勘ぐった彼女は、尾の蛇を伸ばし、身動きもせずにバイザーを眺めているイッセーの死角から這い寄らせ襲わせる。

 

「………」

 

 死角からの攻撃に対して、一誠は事前に予期していたかのように、右手の橙色の刀を背後を振り向くと同時に振るい、牙を剥き襲い掛かってくる蛇の頭を切り落とす。

 死角を突いたはずにもかかわらず、防がれてしまったことに歯噛みするバイザーだが、一誠がこちらを振り向いた瞬間、一誠の手に持っている武装が変わっていることに気づく。

 

『―――――なァ!?』

 

 一誠は刀ではなく、弓と矢が一体化した機械的な形状の弓矢を手に持っていた。戦闘手段のすべてを破壊されたバイザーに対し、一誠は弓を左手に持ち替え、右手で弦を引くような動作で狙いを定め、淡い光を放つ光の矢を撃ち出した。

 弓矢から放たれた淡い色を纏った光の矢は、バイザーの片足に直撃し爆発する。

 

「ガッ……ア……ァ」

 

 光の攻撃とは一線を画した激痛にバイザーは声にならない悲鳴を上げる。

 

 それだけでは一誠の攻撃は終わらない。一誠の手にある弓が一瞬光り、『ランス』に変化する。瞬時にランスを逆手に持った一誠は、ランスを地面に突き刺す。

 

 瞬間、バイザーの足元から多数のバナナ状のエネルギーが彼女の体を突き刺すように出現し、彼女を縫い付け、固定させる。

 

「ナ……ッ!?」

 

 彼我の実力差は既に、天と地ほどの差がある事は明白だった。

 相手がどんな攻撃をしてくることさえ予想不可能。加えて、技量においては圧倒的に一誠が上回っていた。

 

「…………」

 

 拘束され身動きのできないバイザーを、無言で見上げる一誠。七色の仮面越しからでは彼の表情は覗えない。

 

「……ォ……ァ……ァ」

 

 ―――動くことを阻まれ、全身を貫かれる痛みの中で彼女は気付く。

 自分は目覚めさせてはいけない『何か』を目覚めさせてしまったという事を。

 

『ガッ……ァ……ァ……ァァ』

 

 死ぬのは怖くないと思っていた。今でもそう思っていると自信を持って彼女は言える。だがこれは違う。殺す気が感じられない相手に殺されるという事が、どれほどの恐怖だという事を……今、彼女は死の淵に立たされることで理解した。

 

 バイザーの悲痛な呻き声に一誠は、なんの反応を示さずに『橙色に彩られた大振りの銃』を掲げその銃にオレンジの模様が施された錠前を装填する。

 

【ロックッ・オォンッ!!】

 

 重みのある音声が発せられるとともに、大振りの銃を拘束されたバイザーに向ける。

 バイザーのようなレベルの悪魔に使うには異常なほどの虹色のエネルギーが銃口に集約されていく。

 銃口に集約される粒子は一つ一つが果物の形状をしており、圧倒的なエネルギー量が内包されている事は明らかだった。

 そんな魔力とも、天使や堕天使の使う光とも、一線を画す異様さが目立つ虹色のエネルギーは、一誠がトリガーを引くと同時に放たれる。

 

【オレンジチャージ!!】

 

 集約されたエネルギーは球状を保ち、虹色の軌跡を射線上に残しながらバイサーを飲み込み、紫電と果物のエフェクトを撒き散らし、周囲を明るく照らす。

 身を焼かれるような激痛と、身動きの取れない地獄がバイザーを包みこんだ。

 

『ガァァ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 遂にはバイザーごと爆発した。

 後には何も残ってはいない。一誠の放った一撃は塵の一つもなく完全に彼女を消滅させたのだ。

 

 バイザーが消滅したと同時に、一誠のバックルから【鍵】と【橙色の四角い錠前】が勝手にはずれる。

 すると変身が解かれ、私服を着た一誠が現れる。

 

「ハァ―――ッハァ――――ッ!!」

 

 息を荒げながら膝をついた彼は混乱していた。

 全く訳が分からなかったからだ、自分が何故あのように戦えるのか、そもそもあの姿はなんなのか。疑問が次々と湧いて、頭の整理ができない。

 

「なん、だよ……これ……」

 

 バックルを腰に巻いた瞬間、体が乗っ取られたように勝手に動き化け物を倒したのだ。化物を倒した記憶はある、だが一誠自身は何もしていない。

 

「……!?」

 

 息を整え顔を上げると、そこには自分を橙色の武将と、白銀の将軍に変身させた物体がふわふわと浮遊していた。

 とりあえず手に取ろうとすると、その二つは一誠の手の中をすり抜け、彼の体の中に入っていってしまった。

 

「………やっぱり、夢じゃなかったのかよ……―――――――うッ」

 

 目の前が一瞬真っ暗になる。

 瞬間、一誠は『思い出す』。何時ものおかしな記憶とは違う、封印された自分の数日前の記憶を―――

 

 天野夕麻の事、一樹の怪我の事、堕天使の事、神器の事、自分の記憶を操作したリアス・グレモリーの事を―――

 

「訳、分かんねえ……」

 

 混濁した思考を回転させ、記憶の整理をする。

 自分の記憶がリアスによって操作されていたのは分かった。一樹が生きている事から、彼女がちゃんと彼を救ってもらった事が分かる。入院している間、見舞いに来たのは自分の記憶が消えているかと言う事を確認してきたと考えられる。

 よって、リアス・グレモリーは、あの天野夕麻やさっきの化物みたいに敵じゃないと考えられる。

 

「……一樹には……無理だよなぁ」

 

 多分教えてくれないだろうなぁ、と心の中で自答しながら一誠は自分の体を見る。

 体に異常がないか確認しようとすると――――

 

「……?」

 

 バックルに先ほど四角い錠前があった場所に丸っこいオレンジ色の錠前は嵌められていた。

 恐る恐る、バックルを腰からはずし、オレンジ色の錠前を抜き取って見る。

 

「……これって……やっぱり、そう……だよな?このバックルも……」

 

 【鍵】と同じように横の部分を押したら錠の部分が開き、【オレンジ!】と音が鳴る。この錠前には一誠は見覚えがあった。一誠自身は見た事も触った事もない。だが、彼は頭痛により見る夢の中で『それ』を見た事があった。

 夢では、鋭い爪を持つ化け物と闘っていた青年が、この錠前、『ロックシード』とバックル、『戦極ドライバー』を用いて、鎧を被った戦士に変身していた。

 

「………オレンジ、ロックシード……」

 

 これを使えば、夢の中みたいに変身できるという事なのか?

 さっきの尋常じゃない力を持った姿に?

 

「これが、俺の力に……?」

 

 記憶の通りの手順で震える手で手に持った戦極ドライバーを腰に装着する。今度は操られる事なく、バックルからベルトが伸び、腰に巻かれる。

 

【オレンジッ!】

 

 音声が聞こえたと同時に一誠の頭上にオレンジ色の球が出現する。

 頭上に現れた球体にビビった一誠だが、そしてベルトの窪みにオレンジロックシードを嵌め、小刀で切る。

 すると、一誠の頭上から―――――――――――

 

「うおおおおおおお!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オレンジアームズッ!花道オンステージ!!】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまっ!!」

 

「『ただいま!!』じゃないの!!こんな遅くまで何処ほっつき歩いたの!!もう夕飯さめちゃったからね!!」

 

「母さん……俺、変身できた………できた……やれた……」

 

「はぁ?バカ言ってないで風呂入ってきなさい!!」

 

 

 




しばらくは極とカチドキは使えません。
ぶっちゃけ強すぎるので……。

これで第一章は半分です。
残りの半分はできたら明日更新します。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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禁断の芽吹き 7

第7話です。


 化け物に襲われてから数日が過ぎた。

 一誠は、鎧の姿の自分になる時を『変身』という行為に当てはめていた。

 

 紺色のライダースーツに上半身を覆う橙色の甲冑、柑橘系の断面図を思わせるバイザーと、オレンジの茎部分が突き出した兜。

 そして橙色の刀と、腰に装備されていた銃と刀が合体したような武器。

 

 変身という、子供のころの憧れの行為を自分で為せた一誠の心境は昂揚感で満ちていた。童心に帰るというものなのか、一誠は課題そっちのけでこの仮面の戦士の事に熱中した。

 

 頭痛と共に思い起こされる記憶の中で使い方は熟知している。

 だが、気を付けなくてはならないのは、この鎧は使い方次第では人を傷つける道具になりかねないというものである。

 記憶の中ではこの鎧は、白色のまるっこい化け物と戦っている場面がほとんどだった。この力を持っていた人は、人を助けるためにこの力を使っていたと考えることができる。それならば、一誠のすることは決まっている。

 

 この力は誰かを守るために使うものだ。

 

 

 

 

 

 

「と言ってもなあ」

 

 現在、学校が終わり岐路につく途中。

 オレンジロックシードを手で弄びながら、一誠は困ったようにそれを眺める。

 

 今、一誠が生きている現代社会は、普段は化け物なんていない平和な世界。

 よって、前のように都合よく化け物が出るとは限らない。

 

「……課題も終わんないし、色々疲れる……」

 

 休みから復帰した一誠を待っていたのは意外にもクラスメートからの心配の声だった。

 距離を置かれていると思っていたはずが、クラスメートの意外な反応で一誠は暫しフリーズした。

 

 後から唯一といってもいい女友達である桐生藍華に事情を聴いてみると、彼女はたった一言―――

 

『意外と兵藤ってクラスになくちゃならないのよねー、ほら?お寿司の特上握りにかっぱ巻きがないと寂しくなるって感じ』

 

 俺はそんなにさりげない存在なのか!?と思わず突っ込んでしまったが、桐生はくすくすと笑っていた。

 相変わらず分からない奴だ、と思いながら背後で笑っているバカ二人に軽くラリアットした。

 

「………なくちゃならない……かぁ」

 

 

 

 

 

「はわぅ!」

 

 

 

 

 

「はわ?」

 

 背後からボスンと音がする。

 背後を振り向くと、そこにはシスターが転んでいた。顔面から路面に突っ伏している。

 間抜けな転び方だなー、と思いつつ、さすがにこのままではいけないと察し、とりあえずシスターの少女に手を差し出す。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「はい、だ、大丈夫です……」

 

 いきなり英語で話し出した少女にしどろもどろになる一誠だが、目の少女が顔を上げにこりと笑みを向けてきた瞬間、心を奪われる。

 

 風になびく金髪の髪。

 目の前に金髪の美少女がいる。グリーン色の双眸と一誠の瞳が合う。

 一誠はぼーっと呆けたように少女を見つめる。

 

「あ、あの……?」

「………」

「あのぉ………」

「………え!?あ、ああ大丈夫大丈夫、ちゃんと聞こえているよ!」

 

 言えない、見惚れていて何を言葉にしていいかなんて言えない。

 好みドストライクだから、もう『出会い』とかバカなことを思い浮かべるが、あまり沈黙になるとバカなことを言いそうなので、とりあえず目にしたものについて質問してみる。

 

「えーっと。旅行?」

「いえ、実はこの町に教会に赴任することになりましたので……あなたもこの町の方なのですね?これからよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる少女。

 礼儀正しい子だなぁ、と思いながら一誠は町はずれにある教会の事を思い出す。

 

「この町に来てから困っていたんです。……その、私って日本語うまくしゃべれないので……道に迷ったんですけど、道行く人に言葉が通じなくて――――」

 

「……は?」

 

 今、『普通に言葉が通じている』。

 目の前の少女は日本語を喋ってはいないのか?

 

「え、っと……オレ今、英語話してる?」

「そうですけど……何かおかしいことでも?」

「――――!」

 

 記憶とは関係ない。

 この少女が嘘を吐いているのか?いや、そういう風な事をする子には見えない。

 それならば――――

 

 一誠の脳裏に映るのは白銀の戦士。

 

 あの変身を期して自分の中の何かが変わった。

 

「副、作用なの、か?」

「はい?」

「え!?ああ、なんでもない……教会の場所なら知ってる……かも」

 

 町はずれに古びた教会があったはず。

 そこ意外に教会なんて見たことないから多分、そこだ。

 一誠の親切にパァっと表情を明るくさせるシスター。

 

「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございますぅ!これも主のお導きですね!」

 

 涙を浮かべる彼女を大げさだなぁと苦笑しつつ、一誠は件の教会のある場所にまで案内する。

 英語が日本語に聞こえるのも前向きに考えれば、メリット。これで英語のリスニングは楽勝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁん」

 

  教会へ向かう途中、公園の前を通った時、男の子の泣き声が聞こえてきた。

 声を聴くとシスターは公園に入り、泣いている男の子の傍に歩み寄る。どうやら膝をすりむいて怪我をしてしまったらしい。

 シスターは泣いている男の子に優しげな言葉を掛け頭をなでると、おもむろに男の子の怪我をした膝に手をかざす。すると、パァっと緑色の光がシスターの手から発せられる。

 

「え?」

 

 見れば子供の怪我が見る見るうちに消えていく。

 シスターの行っている現象は何かは理解できないが、一樹の怪我が治ったことや、化け物の事とか色々あった事を考えれば、それほどは驚いてはいなかった。

 だが疑問は生じる。

 

「はい、怪我は治りましたよ」

 

 男の子の頭を一撫でした後、申し訳なさそうに一誠の方を見る。

 男の子が母親と帰っていく光景を眺めながら、シスターは不意に一誠に話しかけてきた。

 

「治癒の……力です。神様からいただいた素敵なモノなんですよ?」

「……」

 

 何故だろうか、一瞬シスターが悲しそうな表情をした気がする。

 一誠は、お世辞にも頭が良くはないから、この少女がどんな人生を生きてきたかは理解できない。

 

 だが、世の中には平等という言葉がある。

 シスターが秘密(?)を明かしてくれたのだ。

 自分もそれなりの秘密を明かさなければならない。っといっても、別段隠すものとは思えないが―――

 

「ふっ……。俺も実は変な力持っているんだ」

「え?」

 

 シスターにオレンジロックードを見せる。

 彼女は、不思議そうにロックシードを見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺って、実は………………果物……仮面なんだ」

「果物仮面?……おいしそうな名前ですね!」

 

 ちゃんとした名前決めてなかった。

 ロックシードを見せてカッコつけたはいいものの肝心の所でドジをしてしまった。これではフルーツの申し子の様だ。

 

 しかし、この暗い雰囲気をなんとかできたようなのでとりあえずはよしとする。

 

 そこで会話は一旦中止し、二人は再び教会の方へ向かっていく。

 公園から少し歩いたところで古びた教会に到着する。

 

 見れば見るほど不気味な感じがする。教会に対して不気味という表現は間違っている気がするが、異様な空気というものが肌を震わせる。

 

「あ、ここです!よかったぁ」

 

 教会を見て喜びの表情を浮かべるシスター。その笑顔を見れただけでも来た甲斐があった……等というらしくもないことを思いながら一誠はシスターに別れを告げその場から立ち去ろうとする。

 もうちょっと美少女と話したい気持ちがあるが、前の化け物の事もある。嫌な予感がすることにはできるだけ避けた方がいいだろう。

 

「じゃあ、俺はこれで」

「待ってください!……あの、お礼がしたいので……」

「ごめん、ちょっと急いでるから……」

 

 嘘をつくのは色々苦しいが、教会に入るという行為に直感的な危機感を感じ取ったことから彼女の申し出を断る。

 恩(?)を返せなくて困るシスター。

 困らせるつもりじゃなかった一誠は、内心焦る。

 

「お、俺は兵藤一誠。周りからイッセーって呼ばれてる。君の名前は?」

「え?」

 

 突然の自己紹介にポカンとした表情を浮かべた彼女だが、すぐに笑顔で応える。

 

「私はアーシア・アルジェントと言います!アーシアと呼んでください!!」

「じゃあ、アーシア。また会えたらいいね」

「はい!必ずお会いしましょう!」

 

 ぺこりとお辞儀するアーシアに手を振って別れを告げる。後ろを振り向くとこちらに向かって手を振るアーシアの姿。

 

「いい子だったなぁ」

 

 ゆっくりとした足取りで家に帰る道を歩く。

 アーシアは不思議な力を持っていた。もしかしたらアレがレイナーレの言っていた神器というやつなのか。彼女の治癒の力は一誠から見てもすごい力だった。

 一般的に超能力とでもいうのか?

 

「これで変身するとは違うのかな……?」

 

 手に持っているオレンジロックシードを眺め呟く。

 もしかしたらこの錠前もバックルも神器というやつなのか?レイナーレに狙われた一樹も同じような力を持っているのか?

 いっそ、リアス・グレモリーにすべてを話して相談に乗ってもらおうか。

 

「……うーん」

 

 悩む様に唸りながら歩いていると、曲がり角からいきなり男が飛び出してきて一誠とぶつかる。ボーッとしていたせいかぶつかった拍子に相手を突き飛ばしてしまった。

 

「うわ!?」

「……痛っ」

「大丈夫か―――――って一樹じゃないか」

 

 いきなり飛び出してきたのは一誠の弟である一樹。

 地面にしりもちを付きながら、ぶつかった相手が一誠だと分かると、一誠が差し出した手を払いのけ、自分で立ち上がる。

 

「何やってんだよ、兄さん」

「何って今、帰ってるんだけど」

「……ならさっさと帰れよ」

 

 そう苛立たしげに一誠に言うと、一樹はこちらに視線を移さずに一誠が来た方向に行ってしまう。何を苛立っているのだろうか、それが全く分からない一誠。

 

「あ、そうだ!一樹、お前オカルト部に入ったんだってな」

「………だったらなんだよ。兄さんには関係ないだろ」

「いやー、休み明けで学校に来たらスゲー噂になってるしな。どんな部活か聞いてみようかなって」

 

 実際、一誠が休んでいる間は、かなり話題になったらしい。

 休み時間にイケメンで有名な木場裕斗が教室に訪れて来たとか――――

 

「うるさい。アンタみたいな恥知らずのバカはボクに関わらないでくれないかな?ボクの領域に近づかないでくれ」

「…………ははは、悪い。ちょっと出しゃばっちまったかな」

「チッ……ボクはやることがあるんだ。兄さんに構っている暇はないんだよ」

 

 吐き捨てるようにそう言い放ち、一誠から離れていく一樹。

 一誠は軽くため息を吐きながら、家のある方向に足を進める。

 

 また、こうなった。 

 

 一樹とのこのやり取りはもう何年も続いている。

 一樹は一誠の何が気に入らないのだろうか?

 兄として接しようとしているせいか?

 ――――何故、こうにも邪険にされなくてはならないのか?

 

 黒い感情を必死で抑え込むように頬を両手で叩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長年、蓄積されてきた苛立ち、鬱憤は早々解消できるものじゃない。

 何時しか溜まりに溜まった感情は、ダムが決壊し吐き出される激流のように一誠の感情を赤色に塗りつぶす。

 

 兵藤一樹―――否、転生者、『カズキ』は理解してはいなかった。

 

「クソッ……何でいない?何で出会わない?ボクが出会うはずなのに………」

 

 自身の部屋の中で呟く声は、隣室の一誠の耳には決して届かない。

 考えもしないのだろう―――彼が『自分が探し回っていた少女』と偶然にあっていたなんて―――

 

 

 

 

 

 

 『カズキ』は転生の際、自分を送り出した男の言葉を理解してはいなかった。

 

 男はこう言った『『兵藤一誠』と同じような事をしようと思うな』、と。

 

 『主人公』の行った事、言動、行為、そのすべては別人には成しえないという事、特に『兵藤一誠』という人物の歩むであろう物語は、誰にも真似ることができない、彼だけにしか紡ぐことができない奇跡に満ちた『物語』。

 

 『一樹』は理解しようともしなかった。

 誰かの行いを自分が代わりに行うという愚かさを――――

 




次話も更新致します。


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禁断の芽吹き 8

本日二話目の更新です。

そして小ネタ。

『変~~身ッ!』

【オレンジアームズ!!花道オンステージ!!】

「うるさいわよ一誠!!今、何時だ………と」

「お、母さん。どうよこれ!」ヨォッ!

「…………バカなコスプレしてないでさっさと寝なさい!!」

「…………母さん、流石にそれはひどくない?」



 本編始まります。


 一樹が学校を休んだ。

 朝食を摂っている時は、そのことを母から告げられたその言葉に一誠は驚いた。

 何やら、両足が焼けるように熱いと呻いているらしい。病院に行く必要はないと本人は言っているのだが母としては心配なのだろう。

 一誠としては一樹が学校を休むことは珍しいことだなぁ、としか思っていなかった。

 

「………アーシア元気かなぁ」

 

 アーシアを教会に送ってから、普通に日が過ぎていった。

 相変わらず一樹の帰ってくる時間が遅いことは変わらないが、それ以外は変わった事なんかあまりない。

 ……変わったことがあるとすれば、稀に頭痛と共に頭の中に浮かぶ誰かの記憶。それが頭痛を感じずにパッと白昼夢のように定期的に浮かんでくるようになったことだけだ。

 

 学校も普通に過ごしている内に気付けば放課後。

 一樹が休んでいるうちにオカルト部に行ってみる、という考えは思いついたのだが流石にそれは無粋と思い大人しく帰ることにした。

 

「ん?」

 

 夕暮れに照らされる道の先に一組の男女の姿が見える。

 一人はシスターの服を着て、もう一人は私服だった。遠目だが見知った顔だと思い近づいてみると予想通り、その二人は一誠が知っている顔だった。

 シスター服を着た少女は近づいてくる一誠の姿に気づくとパァっと表情を明るくさせ、一誠の方に小走りで走り寄ってくる。

 

「あ!イッセーさん!!」

「アーシアじゃないか」

 

 一誠が教会へ送って行った少女、アーシア・アルジェント。

 再会を約束してから数日あまりでまた会うことができた彼女は、一誠との再会を喜んだ。

 しかし、一誠の表情は優れないものだった。その理由はアーシアの背後で、一誠を睨み付ける少年の視線に気づいたからである。

 

「………兄さん」

「一樹……」

「?二人はお知り合いなのですか?」

「ああ、弟なんだ。アーシアは何で一樹と一緒に?」

 

 一樹は足が痛くて学校を休んでいるはずなのに、何故ここにいるのだろうか?

 そもそも何故、アーシアとここにいるのだろうか?

 

「弟さんでしたか。さっきお会いしたんです」

「な、成程」

 

 こいつ学校休んでなにナンパ紛いのことしているんだ?

 連続で学校休んだ自分が言うのもなんだけど―――

 

「あ、そうですイッセーさん。この前のお礼を………」

「この前の……お礼?」

「あ、ああ。一樹は知らなかったよな?この前、道に迷ってたアーシアを教会に送り届けたんだ」

「………ッ」

 

 一樹からの視線が若干強くなった気がする。

 そんな事を知りようもないアーシアは無邪気な笑顔を一誠に向ける。一誠は若干戦きながら遠慮気味に手を横に振る。

 

「俺、別にそんな大したことしてないからさ。気にしなくいいよ」

「そ、そんなこと……」

「いいって、いいって」

「でも……」

 

 意外と頑固な子……そしてやさしい子だ。

 素直にお礼を受け取れればいいのだが、弟の手前それをすると後でどんな嫌味やら、変な噂が立つか分かったものじゃない。特に噂に関してはアーシアにも迷惑がかかってしまう。それだけは嫌だ。

 一誠自身、アーシアという少女の事はよくは分からないが、誰よりもやさしい心を持っているという事だけは分かる。

 

「ならさ、俺と友だちになってくれないかな?」

「え?」

「友達なら、そういう貸し借りとかお礼とか対価的なモノは無しだろ?」

 

 よく考えれば、ほぼ強制的に友達申請をしているものだが、一誠自身にはそういう下心はない。それ以外では、ただ純粋に引け目をいちいち感じることのない友達になりたかっただけだ。何より、この子にはどこかほっとけない感じがする。

 アーシアは、一誠の方を見て困惑するように瞳を震わせる。

 

「でも………私世間知らずですし、日本語もうまく話せないです……それに日本の文化も分からないから一杯迷惑かけちゃうかも………」

「まだ日本に慣れてないからだから、大丈夫。俺ってさ、この町の事いろいろ知っているからさ!休みの日とか遊ぼうぜ!わかんないことも俺が教える!」

「でも……」

 

 

「嫌なら、はっきり嫌って言えばいいんじゃないか?」 

 

 

 

 声を震わせる彼女の言葉を遮るように、飛ばされた言葉。その声の主は今まで傍観していた一樹から発せられていた。

 瞳を涙で濡らしたアーシアは一瞬、呆けたように声を出すとすぐに一樹の方を向く。

 一誠とアーシアの視線を受けた一樹はニコリとアーシアに笑顔を向ける。

 

「さっき、言っていた人が兄さんだよ。君は、そんな人でも友達になりたいの?」

「……お前、会う人に俺の事言ってんのか……」

「そうだよ、悪い?」

 

 薄々気づいていたが、ほぼ初対面かもしれない人に言っているとは思わなかった。

 自分の学園でのお茶目をやや超えた問題行為をアーシアに暴露され、恥ずかしくなる一誠。

 一誠のやっていること自体は、女性からは忌避の目で見られるには十分な最低な行為だ。もちろん一誠だって分かってやっているわけだが――――それを見ず知らずの、全く関係のないかもしれない人に話されるのは流石の一誠だって怒りたくもなる。

 ましてや、友達になろうという気持ちを下心目的と思うように仕向けるのは――――物凄く癪に障る。

 

「お前……」

「何?何か文句あるの?」

 

 一誠の手の中に若干の黒い光が漏れだす。

 溢れ出す黒い感情に相乗するように黒い光は、色濃くなってゆく―――

 

 

 なに笑っていやがるんだ。

 そんなに俺が嫌いか?

 あまり苛立たせるんじゃねえよ。

 怒られないとでも思っているのか?

 殴られないとでも思っているのか?

 蹴られないとでも思ってんののか?

 ふざけるなよ。

 ふざけんなよ。

 お前が弟じゃなかったら。

 家族じゃなかったら。

 今頃お前を―――――

 

 

 この場にいる誰も……一誠自身も気付かなかった。

 何かに耐えるように拳を握りしめた一誠の手の中に――――黒い【オレンジロックシード】が握られていることを―――

 

「………私、イッセーさんと友だちになりたいです」

 

 黒い思考に塗りつぶされていた一誠の耳にアーシアの声が聞こえる。

 その言葉の意味を心の中で反芻するうちに、一誠の手の中にあるオレンジロックシードが元の色に戻る。

 

「一樹さんが話していたことが本当だとしても、イッセーさんは私を助けてくれました。それに、イッセーさんは貴方が言っているような人じゃないです……だから……その……イッセーさんを悪く言わないでください……」

「アーシア……」

 

 感動した。

 先程の黒い感情はどこに消えたのか、目頭を押さえ上を向く。

 

「ありがとうアーシア。俺とアーシアは友達だ!!」

「はいっ、イッセーさん」

「なっ、兄さん!?アーシアも!!?」

 

 一樹の慌てる声が聞こえるが、今は無視する。

 こいつが自分の何が気に入らないのかはこの際どうでもいい。何を企み、貶めようとしているかは小さな問題だ。

 一誠を見たアーシアは、目じりに涙を浮かべ――――

 

「イッセーさ――――」

 

 

 

 

 

 

 

「無理よ」

 

 

 

 

 

 

 

 アーシアの感謝の言葉は発せられることはなかった。

 その場に現れた第三者、レイナーレの登場によって、歪んだ物語は加速する。

 




こんな弟実際にいたら、絶対にキレてる自信があります(断言)


次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 9


今日三度目の更新です。


 三人の前に現れた天野夕麻、又の名をレイナーレ。

 一樹にとっては自分を悪魔になる理由を作った張本人。

 アーシアにとっては自分を拾ってくれた堕天使。

 

 イッセーにとっては―――

 

「手前……ッどの面下げて出てきやがった!!」

「はぁい、イッセー君……だったかしらね。今度こそあなたを殺してあげたいけど、今は貴方に構ってる暇はないの」

「なんだと!!」

 

「おい!!兄さん!!」

 

 一樹に肩を掴まれる。

 こんな時に何だ!!そういわんばかりに一樹を睨み付けると、そこには苛立つように肩を震わせ、一誠を恨みの籠った目で見る一樹の姿。

 

「何時、彼女と知り合った!!」

「ッ!!離せ!!今、そんな事話してる場合じゃねえだろ!!お前、こいつに殺されかけたんだぞ!!お前はそのことはどうでもいいのかよ!!」

「兄さんには関係ないだろ!!」

 

 こいつッ。

 薄ら笑いを浮かべているレイナーレを指さしそう言うと、一樹に気づいたレイナーレは薄ら笑いを冷笑に変え、路傍を見る石ころのように一樹を見る。

 

「へぇ、生きてたの。しかも悪魔?嘘最悪じゃない」

 

 悪魔ってあの悪魔?ファンタジーとかに出る?

 驚いたように一樹を見た一誠を見た、レイナーレが面白いものを見たとばかりにくすくすと嗤う。

 

「イッセー君は人間だったわねぇ。教えてあげるわ、そこで怯えてる哀れな子羊はもう人間じゃないの。悪魔という一種族に転生したのよ」

「何……転生?」

「あぁ、悲しいわねぇ。弟が汚らしい低級悪魔になっているなんてねえ」

 

 何故、一樹が悪魔に――――思いつく理由とすれば、リアス・グレモリーが一樹の傷を治した時を考えれば―――

 

「……グレモリー、先輩か?」

「正解!」

「だからッッ!!兄さんは、何で知っているんだ!?」

 

 喚く一樹は無視する。

 操作された記憶は既に戻っているのだ。そのことを一々説明する気もないし、そんな場合じゃない。

 一誠の言葉にこれ以上の説明は不要と判断したレイナーレは、一瞬だけ一誠を一瞥した後、一誠の後ろにいるアーシアの方を見る。

 

「……レイナーレ、さま」

 

 アーシアがレイナーレの名を呼んだ事に驚愕する一誠。

 堕天使だというから、清いイメージの教会とは関係なんてないと思っていたのに―――

 

「アーシアになんか用か?堕天使がよ」

「粋がらないでほしいわねぇ……と言いたいところだけど、特別に教えてあげるわ。その子はね、私たちの所有物なの。返してもらえるかしら?」

 

 『所有物』、その言葉に対して嫌悪感を覚える。

 アーシアはモノじゃない。そう言い返そうとするが、それよりも早くレイナーレがアーシアの方に話しかけていた。

 

「逃げても無駄なのよ」

「……嫌、です。私、あの教会に戻りたくありません。人を殺すところになんか……戻りたくない、です」

「そんなこと言わないでちょうだい、アーシア。貴方の神器は私たちの計画に必要なのよ。ね、私と一緒に帰りましょう?これでもかなり探したのよ?あまり迷惑を掛けないでちょうだい」

 

 人殺しをする教会。アーシアは確かにそういった。

 レイナーレの言っていた神器を持つ者を殺す行為を一樹以外にもやってるというのか。

 

「お前、一樹にしたみてえに、神器持った奴を殺しまわってんのか!!」

「そうよ、だって危険なんですもの。まあ、そんな事はどうでもいいわ。私は一刻も早くアーシアを連れて行かなくちゃならないの」

 

 しれっとそう言い放つレイナーレに、怒り心頭とばかりに拳を固め睨み付ける一誠。

 

「嫌がっているじゃないか!!それに彼女を連れてどうするつもりだ!!答えろレイナーレ!!」

 

 さっきから無言だった一樹が叫ぶ。

 すると、さっきまでの表情が一変し、不快だと言わんばかりに不機嫌になる。

 

「下級悪魔、私の名を呼ぶな。私の名が穢れる。関係のないお前があまり出しゃばると、殺すぞ」

 

 手に光を集めだしたレイナーレ。

 流石にこれ以上の挑発はまずいと判断し、一樹に警告を投げかけようとした瞬間―――

 

「セイクリッド・ギア!!」

 

 何かを叫んだ一樹の左腕に光が覆い、赤い籠手へと変貌していく。

 一瞬、何が起こったか理解できなかったが、これがレイナーレの言っていた神器というものだと数舜した後に気づく。

 

「兄さん、下がってろ。足手まといだ」

 

 心なしか自信満々にそう言い放つ一樹が前に出る。一樹の左手の籠手はそれほどの力があるのか……だがあまり力は感じない。

 一方、一樹の神器を見たレイナーレはというと―――

 

「無知は悲しいわね。貴方程度のありふれた神器じゃ私に指一本触れることすら不可能よ」

「煩い、お前なんてボクだけで十分だ。ここで終わらせてやる。動け神器!僕に力を貸せ!!」

 

≪BOOST!≫

 

 左手から野太い音声が流れたと共に、一樹は走り出す。

 この自信、何か策があるのか?もしかしてレイナーレを打倒できるほどの奥の手があるというのか?

 だが、一誠の期待を裏切るかのように、レイナーレが投擲した槍は走り出した一樹の腹部を勢いよく貫く。目の前に鮮血が舞い、腹部に穴をあけた一樹が飛んでくる。

 

「雑魚ね……力が倍になっても、こんなに弱めた槍すら打ち返せない。常人並みの魔力と常人以下の身体能力が倍になっても、所詮は下級悪魔。私との差は決して埋まらないわ。ねえ、イッセー君、初めて会った時と同じ展開になったわね」

「お、お前ぇぇぇぇ!!」

「イッセーさん、やめてください!!」

「アーシアッ!?」

 

 バックルとロックシードを取り出した一誠をアーシアが止める。

 彼女は腹部から止めどめもなく血を流し気を失った一樹に近づくと、一樹の腹部に手を当て、淡い緑色の光を放出させる。

 

「お願いです……私のために……イッセーさんまで……傷つかないでください……」

「――――ッ!!」

 

 泣きながらに一樹を治すアーシアに一誠は絶句する。

 アーシアの言葉にしめたとばかりに笑みを強めたレイナーレは追い打ちとばかりに、言葉を投げかける。

 

「アーシア、イッセー君を殺されたくはなかったら、私と共に戻りなさい。儀式には貴方の神器が必要不可欠なのよ。それにイッセー君、君もよ。君が大人しくしてれば、そこの下級悪魔の事も見逃してあげるわ。貴方が、そこの下級悪魔より相当面倒なんですもの……もし敵対の意思があれば、まず最初にそれを狙うわ」

「くっ……弟を狙うのか!!」

 

「分かりました」

 

 一誠の言葉を遮って、アーシアはレイナーレの提案を受ける。

 

「アーシア!?」

「イッセーさん、こんな私と友だちになってくれてありがとうございました」

「いい子ね、アーシア。それでいいのよ」

 

 一樹の治療を終わらせたのか、ゆっくりと立ち上がったアーシアはレイナーレの元に歩いていく。

 下手に動けない俺は、変身もできず。呆然と立ちすくむしかなかった。

 

「待て、アーシア!!」

「本当に、本当に……ありがとうございました……さよう……ならっ」

「ふざけんじゃねえ!!友達をみすみす見捨てるなんて――――」

 

 瞬間、倒れ伏す一樹のすぐ横に光の槍が突き刺さる。

 駄目だ、これ以上動くと一樹が殺される。なんでオレはこんなにも何もできないんだ。

 

「イッセー君、不出来な弟を持つと苦労するわね」

「レイナーレッ」

 

 嘲笑う堕天使はアーシアを抱えたまま空高く飛び上がる。

 憤る気持ちはもう届かない。

 何故、こうにも届かない。

 遠くに行ってしまう彼女を、呼び止めることすらできなかった。

 

「俺にッ……覚悟がなかったからだッ」

 

 奴を―――レイナーレという人の形をした堕天使に、立ち向かう覚悟がなかったからだ。

 自分のせいだ。自分が弱いせいでアーシアが連れていかれた。

 

「俺が、助けなくちゃ……」

 

 過ちは繰り返さない。今日友達になった彼女を、どこまでも優しい少女を命に代えても助け出す。例え、相手がどんなに大勢でも、人の形をした怪物でも。

 

「……助、けるんだ」

 

 一樹を肩で担ぎ上げ、走り出す。

 その行く先は―――駒王学園。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駒王学園の旧校舎の入り口で気絶した一樹を転がしておく。今は、一樹に一々気を使っている場合じゃないし、リアス・グレモリーにも事情を説明している暇はない。起きた一樹から事情を聴いてもらえればそれでいい。

 儀式というものは既に始まっているかもしれないんだ。儀式という言葉にどれだけ深い意味が込められているかは理解できないが、あの堕天使のやることだ。絶対碌なモノじゃないはずだ。

 手遅れになる前に、たった一人でもアーシアを助けに行く。

 

 一樹を旧校舎に放置し、走り出した一誠。目的とする場所は町はずれの古びた教会。

 

「待っていてくれアーシア」

 

 太陽が沈み街頭に照らされる道を全速力で走る一誠。

 不思議と息が切れないのは、一誠の体になにかしらの変化が起こっているからだろう。

 

「!」

 

 教会のすぐ近くまでに近づくと、突然『三本』の光の槍が上方から道を走る一誠に向かって飛んでくる。風切り音を感じ、咄嗟に避けた一誠が上を向くと、そこには黒い翼を生やした三人の堕天使が嘲笑の笑みを浮かべ、浮かんでいた。

 

「あれれー、避けられちゃったよ」

「レイナーレ様の言う事はあながちウソじゃなかったようだな。ドーナシーク」

「うむ、面白い存在もいたものだな」

 

 三人の堕天使に対し、一誠は無言でバックルを腰に取りつけベルトを装着する。

 その様子に、疑問に思いながらも堕天使の一人、ドーナシークは自身の絶対の有利も疑わずに、意気揚々と一誠に嘲笑の言葉を投げかける。

 

「人間、お前にはここで死んでもらう。お前は神器を持ってはいないが危険人物だからな」

「きゃははっ、ビビり過ぎだってドーナシーク!どうみてもただの人間じゃん!」

「油断するな。レイナーレ様が要注意と言ったんだ。甘く見ると痛い目を見るぞ……」

 

 堕天使三人。

 この数相手では圧倒的に生身の一誠が不利だろう。だが、今の一誠にはそんな事は関係ない。右手で握りしめたロックシードをさらに強く握り、小さく……そして力強く呟く。

 

「―――もう迷わない」

 

 どんな奴が相手だって、もう迷わない。

 覚悟を決めた……彼女の為に戦う覚悟を――――

 

 

 

「変ッ身……ッ!」

 

 

 

 彼女を絶対に助ける。

 




次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 10

 少し手こずってしまった。

 

 だがもう自分の道を阻むものはいない。

 

 だから待っていてくれ。

 

 俺が、俺が絶対助ける。

 

 自分ためじゃなく。

 

 俺は友達を守るためにこの力を使うよ。

 

 アーシア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレモリー眷属の『騎士』木場裕斗はアーシア・アルジェントを助けるという目的の為に堕天使及びエクソシストが集う古びた教会にて、『戦車』塔上小猫と共に戦っていた。

 

「一樹君は大丈夫なのか……」

 

 旧校舎の玄関に転がされていた一樹。腹部に堕天使の槍で貫かれた形跡があったことから、彼がどんな目に会ったかは容易に判断できる。

 しかし、眷属に中には一つの疑問が残る。

 

 

 だれが一樹をここまで連れて来たのか?

 

 

 一樹が自力で来たという可能性も捨てきれないが、一樹と共にもう一人の気配が玄関で感じられたことからその可能性はかなり少ない。

 一樹を目覚めさした方が早いと思い、朱乃が「うふふ、ごめんなさい一樹君」と謝りながら、彼の顔面に水玉をぶつけている最中――――木場の背後に居たリアスが不意に一言呟いた。

 

「………まさか……イッセー?」

「部長?」

 

 『イッセー』とは一樹君の兄の兵藤一誠の事だろうか?

 彼の事なら一応同学年なのである程度知ってはいるが、何故今、彼の名がリアスから飛び出すのだろうかと木場は疑問に思った。

 リアスのつぶやきは眷属全員が聞いていたので、木場を含めた全員はリアスにその事を聞く。

 

「あくまで可能性の話よ」

 

 リアスは意外とあっさりと教えてくれた。しかし、リアスの口からは発せられたその言葉に木場は驚きを隠せなかった。

 特別な訓練を受けていない生身の人間が単体で堕天使の攻撃から生き延びた可能性があるなんて――――。人間にも堕天使や悪魔とやりあえる人間は多くいる。

 教会のエクソシストや、伝説となった偉人や英雄がそのいい例である。

 だが、それらは種族差という壁を補える『何か』を鍛えた結果や、神器等の特別な力を持った人間がその多くである。

 種族の壁というものはそうやすやすと超えられるものではない。

 

「……部長は、その兵藤君が一樹君を連れて来たというのですか?」

「分からないわ。一樹の話を聞かない限りは―――でも彼は私が記憶を消したはずなんだけど……」

 

「う、うぅ………」

 

「起きました部長!」

 

 顔をずぶ濡れにさせながら起きた一樹。

 彼は自分が何故部室にいるか理解していなかったが、ふと何かを思い出すと彼はこれまでの経緯を話しだし『アーシア・アルジェント』という昨日、一樹を呼び出した依頼人を殺したエクソシストと一緒にいた少女を助けたいと言い出した。後半の話は一度彼が言い出して、リアスに止められたことだった。

 

 リアスと一樹の対話は平行線の一途をたどった。

 眷属を大事にしているリアスにとって、あまり実力の備わっていない一樹に教会に行かせることは反対だったからだ。

 リアスは木場と小猫を一瞥してから部室から出ていこうとする。木場と小猫はリアスの視線が何を言わんとしているのか分かっていた。

 

「部長、兄さんと会いましたか?」

 

 部室からリアスが出ていく時、一樹がやや沈んだ声でリアスに質問する。一樹の質問に表情を変えずにリアスは肯定する。

 

「……何で、兄さんは堕天使の事とか……ボクが堕天使にやられたことを知っているんですか?」

「なんですって?」

 

 リアスによって操作された記憶が戻っている。

 それはリアスが兵藤一誠に興味を抱かすのに十分すぎる事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、古びた教会。

 

 エクソシスト、フリード・セルゼンを撃退した木場、小猫、一樹は、木場と小猫が大勢いるエクソシストを食い止め、先に行ってしまった一樹がアーシア・アルジェントを救出する二手に分かれて行動していた。

 

 光の力が込められた武器で斬りかかってくる神父を、『光喰剣』で無力化し切り裂きつつ、木場は地下に下りて行った一樹の安否を心配する。

 

 磔にされていたアーシア・アルジェントから神器は抜き取られてしまった。

 彼女を助けるには、彼女の神器を持っている堕天使レイナーレを倒さなくてはならない。

 

 それが一樹の実力でできるか?と聞かれれば難しいといってもいいだろう。

 

 独断専行で先に行ってしまった一樹に追い付かないと、手遅れになって彼が滅せられてしまう。新しい仲間をみすみす殺させるわけにはいかない。

  焦燥に駆られた木場はさらに速度を上げて神父を切り倒していく。

 

「……………裕斗先輩!上から誰か来ます」

「……なんだって?」

 

 何かを感じ取った小猫は、地下から上に上がる階段の方に目を向ける。目の前の神父を蹴り飛ばした木場も小猫と同様に階段を見ると―――

 

「グぁ!?」

 

 階段から神父が転がり落ちてくる。

 咄嗟に身構える木場だが、転がり落ちた神父の後に階段を降りてきた少年の姿に木場は目を剥く。

 

 駒王学園の制服。

 独特のツンツン頭。

 一樹と瓜二つの顔。

 

「おい、なんだこれ!?ここってこんな人いたのかよ!?」

 

 木場にとっての同級生、兵藤一誠の姿がそこにあった。

 特徴的なベルトを腰に装着した一誠は、地下を見渡すと驚く様に声を出す。

 

「兵藤君!?何で君がここに!?」

「そっちこそ……何で、木場がここにいるんだ?……っと、そういえばお前もオカルト部だったな。というとお前も悪魔って口か?……ということはかなり時間を食っちまったって事か……」

 

 双方驚く。

 しかし状況を理解した一誠は、納得したようにうんうんと頷くくと、深刻な表情を浮かべる。

 対する木場は、自身が悪魔と見抜かれた驚きと共に、妙な安心感を自分が感じていることに得体のしれぬ戸惑いを感じていた。。

 

「一樹君とアーシア・アルジェントがこの先にいる……」

「え、ええ!?」

「急げば間に合うかもしれない!!」

「……裕斗先輩、何を―――」

 

 自分が何を言っているかは先刻承知。

 もしかしたら、自分は一誠を死地に送り込んでいるかもしれない。

 

 今の一誠にはどんなことでも成し遂げてしまうのではないのかという、彼への信頼のようなものを感じてしまった。

 その感覚がどんなものかは分からない。だが、自分が身動きのできない状況で木場が選べる選択肢はこれしかないとしか思えなかった。

 

「あ、ああ!何かよくわからねえけどありがとな!!」

 

 木場の言葉を受けて走り出す一誠。地下に向かおうとする彼を通さんとばかりに神父たちが襲い掛かるが、彼は壁を蹴りクルンと一回転する挙動で、迫る攻撃を避けると、勢いに任せそのまま地下に下りて行ってしまう。

 

 曲芸紛いの動きをした一誠にぽかんと口を開けて驚く小猫に、木場は苦笑い浮かべ再度、剣を構える。

 

「行くよ小猫ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木場に示され地下を降りる一誠。

 この下にアーシアがいる。そしてあのレイナーレも……。バックルに手を添え、一誠はゆっくり息を整える。

 

 暗い階段の先に光が見える。

 一誠は右手に持つロックシードを握りしめ光の先へ飛び出した。

 

「アーシアァァァァァァァ!!!!!」

 

 光の先で一誠が見た光景、それは―――

 

 

 力なく倒れ伏すアーシア。

 さっきとは違う形状の左手になった一樹が、両足に光の槍で地面に縫い付けられもがき苦しんでいる光景。

 淡い緑色の光を手のひらから見せびらかすように放出しているレイナーレの姿だった。

 

「あら、ドーナシーク達はしくじったようね。ほんっと役に立たない奴ら」

「お前……その手の……」

「これ?綺麗な光でしょう?さっきアーシアから貰ったのよ」

 

 悦に浸るようにアーシアの神器の光を一誠に見せる。

 アーシアの方に目を向けると、そこには瞑られた瞳から涙を流しぐったりと動かないアーシア。彼女の力が抜き取られたから、死んでしまった?

 間に合わなかった?一誠の絶望の色に染められる。

 

「クソ、クソッ。神器は目覚めたはずなんだ!!『赤龍帝の籠手』になったはずなんだぞッ……それなのに、何で……何で!勝てない!なんだよこれ!!痛い、痛い痛い痛い痛い!!」

「さっき言ったでしょう?神器は感情で強くなる。貴方が『赤龍帝の籠手』の保持者だったのは驚いたわ。でもそれだけだわ」

 

 狂ったように何かをブツブツと呟き始めた一樹を蹴り飛ばしたレイナーレが、こちらを見る。

 

「神器は感情で強くなる……ということは思いがなくちゃそれはナイフにも劣る玩具ということになるわ。そこの下級悪魔は、思いが足らなかっただけ……」

「お前には、思いがあるのかっていうのかよッ。アーシアの大切なモンを奪うようなお前に!!」

「あるわ。私をバカにし、見下してきた奴らを見返してやる……そんな思いでここまで来たのよ」

 

 様子が一変し、殺気を洩らしながら一誠を睨む。

 その視線を受けた一誠は、自分の中にある何かが冷たくなっていく感覚に陥っていく。

 

「―――それはアーシアの物だ。……彼女の力で、思い……そして命だ。だから返してもらう」

「ふぅん、できるかしら?」

 

 確かにアーシアの力を手に入れた彼女に今の一誠は太刀打ちできるはずがない。

 最初、戦った時のように避けてばかりじゃいつか一誠の体力が尽きてしまうだろう。

 

「できるさ、なんせ俺は――――」

 

【オレンジ!】

 

 一誠の頭上に橙色の球体が生成される。

 機械的な球体を思わせるそれは、ふわふわと一誠の頭上に浮遊する。

 

「友達、だからな。なあ、そうだろうアーシア」

「ッ!何……」

「だから、俺は闘うよ」

 

【ロック・オン】

 

 錠前をバックルの窪みにはめ込む。瞬間、バックルからほら貝に似た音が響く。

 その光景を見ていたレイナーレは、神器とは異質な力に戸惑いを感じ―――

 蹴り飛ばされ壁に激突した一樹は、一誠が持っているはずがない力に驚愕する。

 

 はめ込まれた、オレンジロックシードをバックルの小刀を傾け切ると、頭上の橙色の球体が一誠の頭を飲み込む様に落下する。するとバックルから流れるように放たれたエネルギーが一誠の体を紺色のライダースーツに変える。

 一誠の体がライダースーツに変わったと同時に頭部を飲み込んだ、球体が開き一誠の上半身を守る鎧のように展開する。

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

 

 音声が教会に鳴り響くと同時に一誠の右手に橙色の刀【大橙丸】が握られたことで変身が完了する。

 

 その仮面の戦士の名は【鎧武】。

 兵藤一誠が、『赤龍帝の籠手』を失った代わりに与えられたチカラ。

 

 仮面の戦士に変身した彼は、大橙丸を左手に持ち替え、左腰に装備された刀、無双セイバーを引き抜き、切っ先をレイナーレに向け叫ぶ。

 

「レイナーレ!!俺はお前を絶対許さねえ!!」

 

 

 

 『鎧武』の戦い<ステージ>の幕が開ける。

 

 




堕天使三人との戦闘シーンはカット。
お披露目はレイナーレ戦です。


次話もすぐさま更新致します。


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禁断の芽吹き 11

「リアス、これは一体どういう―――」

 

「分からないわ……でも、ここで何かしらの戦闘が行われたのは間違いないわ……」

 

「色違いの黒い羽が3枚……堕天使3体を跡形も残らず消滅させる……一体誰なのでしょうか」

 

「……」

 

「リアス?」

 

「え?ああ、なんでもないわ……ここにはもう用はないわ。裕斗達のいる教会へ急ぎましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイナーレの眼前には鎧の戦士が佇んでいた。

 眩い位の橙色の鎧を纏った、イッセーはレイナーレを視界に収め、敵意を向ける。

 

「来いよ、レイナーレ」

「そんな恰好になって、私の相手が務めるとでもッ!!」

 

 二刀を構える一誠に、光で生成された槍を投擲する。一樹を貫いた槍よりも強い光力を宿した槍は一直線に一誠に向かって突き進んでいくが、一誠はその槍に対して左手の大橙丸を縦に振るい切り落とす。

 

「ッ!?私の槍を叩き落とすか!」

 

 続いて向かってくる槍を、両手の刀を交互に振るうことで破壊していく。

 戦闘経験が全くの皆無のはずが、歴戦の手練れのように戦える理由。それは彼の頭の中に存在する戦いの記憶の恩恵にあやかっているからである。

 

 誰だが知らない人物の記憶。

 得体のしれないものだが、今のイッセーにとっては身に纏う鎧以上の『武器』となりつつあった。

 

「ハァッ!!」

 

 銃と刀が合わさったような武器である、無双セイバーの鍔部分にある後部スイッチを左手で引き、銃機構を作動させ照準をレイナーレに合わせ、撃ち出す。

 

「グッ……」

 

 銃口から放たれた弾丸はレイナーレの腹部を打ち抜く。しかし腹部を撃たれたにも関わらずレイナーレは笑みを浮かべながら、緑色の光が灯された手を腹部に添える。

 

「ふふふ、私にはこれがある!神の加護を失った私達堕天使にとって、あの子の神器は素晴らしい贈り物だったわ」

「贈り物……だと!?お前のじゃねえだろ!!」

 

 レイナーレの発言でさらに激高した一誠は、両の手の剣の柄を接続し薙刀状にしレイナーレへと走り出す。レイナーレ自身も光の剣を生成し迎え撃つ。

 

「オラァ!」

 

 一誠が薙刀で斬りかかるとガキィンと光の剣が砕ける。

 しかし、レイナーレは即座に光の剣を作り出し一誠に刺突を放つ。

 

「無駄よ!今の私は神器が使える限り無尽蔵に回復できるのよ!!貴方に勝機なんて万に一つもないわ!!」

「アーシアの神器使っといて偉そうなこと言ってんじゃねえ!!」

 

 刺突を捌き、レイナーレを袈裟切りに切り裂き、腹部を蹴り飛ばす。

 壁際まで蹴り飛ばされるレイナーレだが、手を傷口に当てるとすぐに回復してしまう。

 ――――これではジリ貧だ。

 

「だから無駄って言っているじゃない」

 

 実力的には今の一誠には及ばないだろうが、相手は無尽蔵に等しい回復力がある。

 不死身と言ってもいいだろう。

 

「だから、どうした!」

 

 一誠は斬りかかってきたレイナーレを右拳で殴り飛ばしながらそう叫ぶ。

 再度際まで退くレイナーレ。

 呻きながら顔を上げた彼女を待っていたのは、今にも顔面に接近しつつある一誠の右拳。それが彼女の顔面に直撃する。

 

「グハッ……ッ」

「無駄だから、やめるとでも思ってんのか!?お前はアーシアの大事なモンを奪った!!それを取り返すまで俺は諦めるなんて言う選択肢はねえんだよ!!クソ堕天使!!」

 

 骨が砕ける音と共に今度こそ壁に激突したレイナーレは、口から血を流しながら怒るように声を上げる。

 

「――――ッ!アーシアは死んだわ!だから取り返しても助けるなんて無理!アハハハハハハ!!死んでるのよ!!もう助けるとそういうのじゃないのよ!!貴方は守れなかったの、そこで転がっている下級悪魔と同じで!!夕刻の時と同じようにあなた一人じゃ、ソレを助けられなかったように!!」

「それは手前が決めることじゃねえ!!それにまだアーシアは死んでねえ!!」

 

 薙刀を振るい、レイナーレと剣劇を交わす。

 アーシアの神器の効果でいくらでも光の剣を作り出せるレイナーレを圧倒してゆく。

 

「アーシアが死んだってことが、俺にとっての終わりなら……俺があの子の死を諦めない限り、終わりじゃない!!」

「諦めの悪い人間!!」

 

 薙刀で切り払うようにして、両手で光の剣を持つ彼女の武器を腕ごと上に弾き、蹴りを繰り出し距離を取る。

 一向に攻撃が通らない一誠にレイナーレは薄ら寒いものを感じ始める。

 

「このッ!!」

 

 光の槍を一誠の喉元に放るが、それも容易く対応され、逆に自分が薙刀によって光の剣ごと切り裂かれてしまう。

 どんどん攻撃が鋭く、スマートなものに変わっていく。さっきまでは若干力に振り回されているように思われていた斬撃が今や、回避体制を取らなければ一瞬で命を刈られる程に危険なもの変貌してきている。

 

 少しでも油断すれば―――

 

「セイ!!」

「あうッ!?」

 

 一気に攻勢に持ってかれる。

 このままでは負けはしないが勝てない。

 

 瞬間、レイナーレの視界の中に、苦しむ様に倒れ伏す一樹の姿が目に入る。レイナーレに悪魔の発想が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 レイナーレの口角が吊り上がるのを見て一誠は、相手が何か仕掛けてくることを予想する。

 薙刀で攻撃を砕き逸らし、彼女の攻撃に備えると、不意にレイナーレが距離を取り、その手に先程より濃密な光を集約させ槍を作り出す。

 一誠はバックルの小刀に手を掛け、迎撃の体制に移る。

 

「それで俺を倒せると思ってんのかよ!!」

「そんなわけないじゃない―――私の狙いは――――」

 

 レイナーレの視線が一誠の後方にいる一樹に向けられる。瞬間、一誠はしまったとばかりに表情を歪め後方へ下がろうとする。

 だがレイナーレの方が一手速く、光の濃度が高い槍が彼女の手から放たれる。どう見たって弱っている一樹が直撃すればただじゃすまない威力が内包されている。

 

「さッッせるかよ!!」

 

【オレンジオーレ!!】

 

 バックルの小刀を二回傾け、ロックシードから薙刀へエネルギーを送り回転させると同時に勢いよく放たれた光の槍の射線上に放り投げる。

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

 

 刀身からオレンジの断面に似たエネルギーを放出したそれは、一樹に迫る光の槍を容易く破壊する。

 苦肉の策が失敗に終わったことに、うろたえるレイナーレだが一誠の手に獲物がなくなったことに目が行くと途端に挑発的な笑みを浮かべる。

 

「防がれたけど、今の貴方は武器を失っ―――」

「弟を狙いやがったなクソ堕天使!!」

 

 レイナーレの策は一誠の怒りに油を注ぐだけだった。

 

【オレンジッスカァッシュ!!】

 

 再度バックルの小刀を一回傾け、その場から飛び上がる。天井スレスレにまで飛び上がった一誠は、蹴りの体制となる。ロックシードの膨大なエネルギーが一誠の右足に集約され、果汁のようにエネルギーを放出すると同時にレイナーレ目掛けて突き進んでいく。

 

「ひ、ひぃぃッ!」

 

 苦し紛れの光の槍を放つが、一誠が放つ蹴りは槍を意に介さずに突き進む。

 

「オラァァァァァァァァァァァ!!」

 

 【無頼キック】―――一誠の必殺の一撃がレイナーレの体を意識諸共蹴り飛ばした―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神父を掃討し終え、一誠達がいる地下に下りた木場と小猫。

 二人がそこで見た光景、それは―――

 

 橙色の鎧武者が壁をぶち抜くほどの飛び蹴りをレイナーレに食らわせている光景だった――――

 

「……裕斗先輩、一樹先輩が」

「―――――はっ!?一樹君!」

 

 小猫が壁際で倒れている一樹に気づく。木場が急いで一樹に近づき、傷の容体を見るが、幸い命に関わるような傷じゃないと知ると、木場の次の懸念は、壁をぶち抜いたレイナーレを佇んだまま見つめる正体不明の鎧武者に向けられる。

 

「君は……何者だい?」

「………おお、木場か……」

「兵藤君なのかッ!?」

 

 バックルの開いたロックシードを畳み変身を解く。

 体を覆うスーツが空中に霧散すると、そこには儚げに笑う一誠の姿。

 

「……君は―――」

「アーシアは?」

 

 一誠の視線は地面に横たわるアーシアに向けられる。

 彼女の体からは生気というものが感じられず、傍目で死んでいるのが分かる。

 

 木場はなんといっていいか分からず口ごもるが―――

 

「彼女ならまだ、助かる可能性があるわ」

「!!」

 

 口淀んだ木場のの代わりに第三者が応える。

 声があった方に視線を向けると、そこにはリアス・グレモリーと姫島朱乃の姿があった。

 

 朱乃は倒れている一樹の傍により手当を始める。

 その様子を横目で見た後、リアスは一誠の方を向く。

 

「グレモリー先輩……」

「貴方、やっぱり……記憶が戻っているのね」

「病室の時は思い出していませんでしたけどね……それより、アーシアが助かるって―――」

「その前にやることがあるわ、小猫」

「……はい、部長」

 

 リアスの指示に従い、小猫が一誠の蹴りで壊れた壁に駆け寄り、そこからレイナーレの足を掴み運んでくる。一誠の必殺技を食らった彼女は全身ボロボロだった。幾分か神器で回復させてはいるが、普通の中級悪魔じゃ、即死してもおかしくない。

 リアスは、一樹の手当てを終えた朱乃を呼び出しレイナーレを、魔力で生成した水球で無理やり気絶から目覚めさせる。

 

「ゲホッゲホッ!!」

「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」

 

 それからのリアスとレイナーレの会話は、ほぼ一般人である一誠には理解できなかった。

 一樹の神器が実はとても希少で凄いものだったとか。

 堕天使の援軍はもう来ないとか。

 リアス・グレモリーが消滅の力を扱う物騒な人だったとか。

 自分が正真正銘の一般人だとか。

 途中に見覚えのない神父が登場し、その神父に敵認定されたりとか。

 その神父にレイナーレが見捨てられたり。

 

 全部、分からない……だからどうでもいい。

 ―――――ふと視線を戻すと、レイナーレがリアスに止めを刺されようとしている。

 

 こいつは嫌な奴だった。

 弟を殺そうとしたし、自分も殺そうとした。

 自分の知らない人たちも殺している。

 アーシアをひどい目に会わせている。

 情状酌量の余地すらなく、こいつは悪だ。

 ――――だが、彼女に一言だけ言いたいことがあった。

 

「なあ、レイナーレ」

「イッセー君!私を助けて!!」

「いや、それはできない。でもお前の言ったことに言いたいことがあったんだ」

 

 レイナーレの命乞いの言葉をバッサリと切り捨て、勝手に話し出す一誠。

 

「お前はバカにした奴らを見返してやるって言ってたよな」

「………」

「気持ち、分からなくもなかったぜ」

「え?」

 

 自分も日々、バカにされているから。

 自分が何時まで弟の罵倒に耐えられるかは分からない。もしかしたらレイナーレのように手段を択ばない外道になるかもしれないし、タガが外れて一樹をボコボコにしてしまうかもしれない。

 たまに、そういう衝動に駆られそうになっているから分かる。

 

「お前はやり方を間違えた……それだけだったんだ」

「………人間なんかに、私の気持ちが分かるはず……ないわ」

 

 一瞬だけ穏やかな表情を浮かべ目を瞑る彼女を見て、一誠はリアスを一瞥し背後を向く。

 

「お願いします」

「………消し飛べ」

 

 紅い光が一誠の影を色濃く照らすと同時に堕天使レイナーレはこの世から塵一つ残らず消え去った。

 その後、レイナーレの居た場所に目を向けずアーシアの所に移動する。

 

「ごめんな、アーシア……守れなくて」

「イッセー」

 

 一誠の背後からリアスが声を掛ける。背後を振り向くと、彼女の手には緑色の球体と、チェスの駒の様な物が浮遊していた。

 

「それは……」

「これは『悪魔の駒』といって、生物を悪魔に転生させる機能を持つ駒よ。そしてこれがアーシア・アルジェントの神器」

「それがあれば……」

「ええ、彼女は生き返る……というより、生まれ変わることが可能よ」

 

 悪魔として生きることはアーシアにとって厳しい道になるだろう。

 だが、だとしても……一誠はアーシアに生きてほしい。リアスを真正面から見、深く頷くと彼女も一誠の意を理解し、アーシアの傍らに歩み寄る。

 

「我、リアス・グレモリーの名において命ず。汝、アーシア・アルジェントよ、いま再び、我の下僕となるため、この地へ魂を帰還させ、悪魔と成れ。汝、我が『僧侶』として新たな生に歓喜せよ!!」

 

 駒が紅い光を発しアーシアの体に沈んでいく。それと同時にアーシアの神器も彼女の体の中に帰っていく

 リアスが、軽く息を吐き、アーシアから手を離すと―――

 

「う、う~ん」

 

 もう聞こえるはずのない声。

 リアスが、一誠の方を向きにっこりとほほ笑む。

 

「さあ、今度は貴方の事を聞かせて。イッセー」

「はは……すい、ません。ちょっと……今、ちょっと、無理っす」

 

 新しい命を得たアーシアが体を起こす。

 彼女はイッセーの顔を見て、首を傾げる。

 

「あれ?イッセーさん。どうして、泣いているんですか?」

 

 

 

 




数少なっゲフンゲフン……ライダーキック、炸裂ですね。

次話で第一章は終わりです。



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禁断の芽吹き 12

第一章はこれで終わりですね。


 一誠達は、教会を後にし、旧校舎のオカルト部室に移動することになった。

 始めて入る、オカルト部の中は一誠の予想していたよりかなり豪華絢爛な場所だった。イメージとしてはもっと空気の重いどんよりとしたものだと思っていた彼としては、中々肩身の狭いものだった。それに加え、一誠の目の前にはリアスと朱乃が座り、その背後には木場と小猫と―――未だに気絶している一樹。隣にアーシアが座っているという事が唯一の癒しだった。

 

「なるほどね……さっきの姿は、怪物に襲われたことから使えるようになって、その時に操作された記憶が戻ったって事ね」

 

 一誠はリアス達に、自身がアーマードライダーの姿に変身できる理由と、誰ともわからない記憶の事を包み隠さずに話した。

 

「部長、その怪物ってまさか大公から依頼された―――」

「イッセーから聞いた特徴を照らし合わせると……はぐれ悪魔バイザーで間違いないでしょうね……」

「はぐれ悪魔?……は?グレモリー先輩たちも悪魔なんですよね?あの怪物も悪魔なんですか?」

 

 一誠がそう疑問を口にすると、朱乃が補足するように『眷属』というシステムについて説明してくれる。少し難しい部分もあったが、大体は理解した一誠は額を抑えながら、彼女たちの方を見る。

 

「じゃあ、はぐれ悪魔っていうのは、グレモリー先輩みたいな『王』の駒を持つ主の支配から抜け出す事や、主を殺すっていう行為をした悪魔の事を言うんですよね」

「ええ、概ね間違いないわ」

「……じゃあ、はぐれ悪魔との戦いで出せるようになったコレが何なのかは分かりますか?」

 

 バックルとロックシードを出現させる。

 出現させたそれらをリアスに手渡し、診てもらう。

 

「――――これは、神器……ではないでしょうね……朱乃はどう思う?」

「見たところ神器とは違った現代的な機構をしているように見えますが……判断に困りますわね……」

「裕斗と小猫は、イッセーが戦っているところを見たのでしょう?」

「一部だけですが……力としては中級悪魔の上位ほどの力がありました。それに兵藤君自身の身体能力が高いから本来以上の力が出てると予想できます」

「………え?そんな身体能力とか大げさな……」

 

 謙遜するように手を横に振る。一誠自身、武道の経験のない高校生なのだ。

 レイナーレとの戦いに勝利を収めることができたのは、『戦いの記憶』のおかげというだけだ。

 

「それだけではないのは確かでしょう………それにしてもこのロックシードと……言ったかしらね?貴方はこれを用いて変身するのよね?」

「ええ、まあそうです」

「今、ここで変身できないかしら?」

「えと、分かりました」

 

 ロックシードとベルトを返してもらい、変身する。

 頭上から橙色の球体が頭を飲み込む様に落ち、一誠の全身にスーツが展開されると、球体が鎧の形に展開される。

 一誠が変身する様子を一部始終観察していたリアス達の反応は様々だった。

 

「……侍っ、侍だわ!」

「ミカンが落ちてきたようでとっても面白いですわ」

「手に持った刀と、腰にある刀……二刀流なのかい?」

「……美味しそう」

「す、すごいです!!」

 

「い、いやあ、そんな見られると照れますよぉ」

 

 一誠の表情は仮面に隠されて分からないが、しきりにそわそわして照れるように頭を搔いている事から、彼が照れているているのわ丸わかりである。

 コスプレチックなスーツを着た少年が、しきりに照れているという光景はかなりシュールと言ってもいい光景だろう。

 次第に和やかになる空気―――しかし、その空気にそぐわない声が部室に響く。

 

 

 

「何で兄さんがここに……」

 

 

 

 レイナーレとの戦闘で気を失い、今しがた目が覚めた一樹であった。

 ソファーから起き上がった一樹は鋭い目で一誠を睨み付けながら起き上がる。

 

「起きたか!傷は大丈夫なのか?」

「アーシアの手を借りて治したからもう大丈夫だと思うけど……どこか具合の悪いところはないかしら?」

「大丈夫です……」

「教会の中で起きたことは覚えているかしら?」

「はい、アーシアを助けに地下に下りて……僕の神器が変わったけどレイナーレには敵わなくて……それで僕が気を失う前に兄さんが現れて、その姿になったことまで覚えています」

「そこまで覚えているなら大丈夫ね」

 

 リアスに対してにこやかに応対する一樹に、傷の具合を心配していた一誠は安心する。

 暫しの状況確認が終わったところで一樹がリアスに対してある質問を問いかける。

 

「兄さんの処遇はどうするんですか?」

「俺の?」

「兄さんは人間で、特異な力を持っています。危険ではないんですか?」

「………」

 

 確かに堕天使を打倒しうる力を持つ一誠は、堕天使勢力や教会勢力に渡れば危険だ。

 本来なら記憶を消し去るか、排除するという選択肢を選ばなくてはならない。それ自体はリアス自身も眷属達も分かっていた。

 だがそれを指摘したのが、話の本筋にいる一誠の弟である一樹であることが問題だった。

 一樹の指摘は、解釈によれば『イッセーにこの場から消えてほしい』と存外に指摘しているようなものと考えられるからである。

 

「ねえ、イッセー。私の眷属にならない?」

「はい?」

「!!」

 

 突然の申し出に仰天する一誠。眷属達は「やはりか……」と言わんばかりに表情をしながら一様にため息を吐き状況を見守っていたが、一樹は表情を崩さず依然として無表情を装っていたが――――

 

「くひっ……」

 

 僅かに口角を歪ませていた。

 

 

 

 

 

 

 リアスから、悪魔になることのメリットを聞く一誠。

 その様子を見ていた一樹は、内心邪悪な思考を浮かべ、ほくそ笑んでいた。

 

 自分のせいで若干の性格の差異があろうとも所詮はイッセー。

 欲望には逆らえない、どうしようもない変態。

 だから、お前はうけるだろう。

 リアス・グレモリーの申し出を―――

 

 一樹の視線の先で、アーシアを横目で見た一誠が勢いよく立ち上がる。

 依然として変身しているせいか、かなりシュールな光景だが一誠は真面目にリアスと向き合い告げる。

 

「俺!悪魔になります!!」

 

 一樹は小さく、小さく――――内から吹き出すような邪悪な意思を笑みに変え表に出した。

 

 

 

「くひっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしいわね」

 

「どうしたんですか?」

 

「『悪魔の駒』が反応しない……駒が足りないわけでもない。何で……」

 

「………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは願い。

 愚かな、それはそれは愚かな願い。

 

 

 

 

『ボクなら、あの主人公よりうまくやれる』

 

『あー、はいはい。分かった分かった。じゃあ、もう言う事はねえよな――――』

 

『あ、待って!』

 

『何だ?』

 

 

 

 

 

『『兵藤一誠』に眷属悪魔になる資格を与えないで欲しいんだ』

 

 

 

 

 転生者が壊したもの、それは世界。

 

 

 もうこの世界は――――正しくは回ることはない。

 

 

 

 

 

 

~第一章【終】~ 




イッセーが眷属になれない理由がこれです。
これで正式なレーティングゲームには参加できなくなりました。ライザー戦などは正式とはいい難いので参加はできますが、シトリー戦は参加できません。

でも悪魔じゃないから三巻にて、違和感なくイリナとゼノヴィアに協力を申し込めますね。


後、『F』STORYの外道が「くひっ」と笑えば、不思議と違和感がないことに見直しながら気付きました(笑)



これで第一章は終わりですね。
予想外にすごい反響があったので、多分近いうちに第二章を更新できると……いいなぁと思っています。


仮面ライダーのクロスとあって、少々不安がありましたが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。


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悪魔と人間 1

第二章が半分までできたので更新致します。

感想返信できず申し訳ありません。
流石に量が多いので、感想蘭に出た質問などは後書きにて回答したいと思います。




 太陽の光が差さない深い―――深い森の中。

 不思議な形状の果実が蔓とともに木を覆い隠し、果てには地面に広がり他の木を侵食し、実を宿す。

 慣れ親しんだ光景にも、初めて見る光景にも感じられる。不思議と今、いる場所には安らぎが感じられた――――

 濃い霧が、視界を遮る。

 

 ここはどこなのだろう。

 

 俺は何でここにいるのだろう。

 

 不思議な実――――それを木からいくつかもぎ取る。

 

 見た事もない実だ。

 

 でも、なんだろうか。

 

 

 すごくうまそうなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。

 汗でべたつく、シャツの嫌な感触に顔を顰めつつも、額を抑える。

 

「何だ、今の夢」

 

 変な森もそうだし、見た事もない実もそう、全てがリアルで幻想的な夢。

 不思議な実を手に取り、口に運ぼうとしたらそこでぶつりと目の前が真っ暗になって目が覚めた。夢にしては余りにも性質が悪すぎる。

 

「………てか、今でも実の感触が残って……ん?」

 

 まだ手に何か持っている。

 え?さっきの夢じゃないの?と思い、恐る恐る自分の手を見ると、そこには『4つ』の色とりどりの錠前。

 

「………は?」

 

 バナナとイチゴとパイナップル、そしてレモン。

 手に収まり切れないソレが一誠の掌の上に乗っていた。

 

「は、はあああああああああああああ!?」

 

 日が上がりかけた時間帯に、一人の少年の叫び声が家中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、一誠は悪魔になることはできなかった。

 体質かどうかはリアスでも分からなかったが、悪魔になれなくても一誠の持っている力は危険には違いないので、一誠はリアスの預かりとしてオカルト研究部の部員となった。

 住む場所がないアーシアは、兵藤家にホームステイするという名目で住むことになったのだが……一誠の両親は、息子二人の心配な方を慕っている、アーシアの存在を大いに喜んだ。

 

 その時を思い出し、イッセーは思う。

 どれだけ自分は将来を心配されていたんだ!と。いや別にそう思うのは普通なんだけどね。

 煩悩の塊といっても間違いじゃないですからね。

 

 

 そんなこんなで始まった新生活。

 といっても一誠自身の日常に関わると言う訳でもなく――――

 

「一樹は相変わらず先に行っちまったみたいだな……アーシアも一樹と一緒に行けば早く行けたんじゃないのか?」

「私はイッセーさんと一緒がいいですから」

「お、おお」

 

 否、アーシアという癒しが日常に麗しを与えてくれていた。

 彼女と一樹の中は良くもないし、悪くもない。一樹もアーシアの手前、一誠に対する暴言や小言を言わなくなったという、些細な変化が起こった。

 まあ、彼女がいない時では態度が激変するのは変わっていないのだが……。

 

「……じゃあ学校行こうぜ」

「はい!」

 

 うらやかな日差しをまぶしく思いながら彼は、アーシアと共に駒王学園に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーシアちゃん……とついでに兵藤もおはよー」

 

「おはようございます!桐生さん!」

 

「俺はオマケかよ」

 

 教室に入ると同時に挨拶してくる桐生と女子達。

 なんだか扱いがぞんざいな気がするが、これも親しき仲にもなんとやらというものなのだろう。今更気にする事でもない。

 相変わらず、一樹はギロリとこちらを睨みつけた後に、クラスの女子との会話に花を咲かせていた。もうこれは慣れた。

 

 それよりもだ。

 

「あっはよーうアーシアちゃーん」

「おはよう、アーシアさん。今日もブロンドが輝いているね!」

 

「あ、おはようございます。松田さん!元浜さん!」

 

 この二人だ。

 無駄にキリッとさせながら挨拶してくる、松田と元浜に律儀に挨拶を返すアーシア。その度に涙を浮かべ幸せを感じている二人を見て、微妙な気持ちになる。

 もし立場が違っていたなら、自分もああなっていた自信があったからだ。

 

「………そういえば、イッセー。お前部活入ったのか?」

 

 元浜が眼鏡をクイッと直しながら質問してくる。

 イッセーとしては別段隠す事ではないので、普通に答える。

 

「え?ああ、そうだけど?」

 

「アーシアちゃんと同じ?」

 

「アーシアと同じ」

 

「…………フンッ!!」

 

「ぐふっっ!」

 

 バコッとボディブローを食らう。

 

「な、なにしやがるこの眼鏡!!」

 

 痛くはない、痛みはないけど、突然殴られてすごくびっくりした。顔を上げると眼鏡はふふんと鼻をならし、こちらに指を突きつける。良く見ると松田もイッセーの方に指を突き付けている。

 

「羨ましい!!」

 

「そうだ羨ましいぞ!!」

 

「………こ、この嫉妬にかられて親友までも殴るかこいつら……いいだろう。お前らに絶望をくれてやるぜ!!」

 

「「な、なにぃ!?」」

 

「いいか、松田、元浜。俺はお前らが決して越えられない壁で隔たれてしまった………」

 

 慄く二人を前に立ち上がる。

 何やら桐生が『アーシアちゃん見ちゃ駄目だよ、男の醜い争いだから』だとか、余計な事を言っている気がするが、今は無視しよう。

 まずはこいつらに止めを刺そう。

 

「俺、アーシアと暮らしているんだ。一つ屋根の下でな。なあ、アーシア?」

 

「はい、イッセーさんの家で御厄介になっています」

 

「「!!?」」

 

 絶句し、絶望するように膝をつく二人。

 何かすごい罪悪感だが、何か勝った。

 

「嘘だ!ありえない!!」

 

「ば、バカな……。イッセーが、金髪美少女と一つ屋根の下で……?ありえない……世界の法則が崩れるぞ……?」

 

「お前らちょっと表に出ろ!!」

 

 非日常に足を突っ込んだ今でも、俺の親友達は平常運転のようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、一誠はオカルト部室にいた。

 彼は人間なので悪魔の仕事というものは出来ないが、一応の監視という名目でオカルト部室へ赴いているのだ。

 

「これが朝、貴方の手の中に?」

「そうっス」

 

 部室にいるのは朱乃とリアスと一誠。他の面々は、それぞれの契約者の所へ向かっている。結構、この場では手持無沙汰な一誠だが、今回ばかりは早朝、彼の元に現れたロックシードらしき物体を出してみた。―――これらのロックシードはオレンジロックシードやバックルと同じで、自由に出したり消したりできるようで、持ち運びという点では便利だった。

 

「確かに……貴方のオレンジと似てるわね」

「玩具、みたいですわ」

 

 興味深そうにロックシードを触る、リアスと朱乃。

 イッセーに教えられたとおりに、錠前を開くボタンを押してみても無反応。……壊れているのか。それとも―――

 

「イッセー、開いてみて」

「分かりました」

 

 リアスの持っていたクリアな素材で作られている『レモン』のロックシードを受け取り、ボタンを押す。

 

「……ん?反応しませんよ?俺の集中力の問題ですか?」

「多分それは関係ないと思うわ。でもおかしいわね……他のロックシードを試してもらってもいいかしら?」

「え、ええ。分かりました」

 

 反応しないレモンをテーブルに置き、代わりに『バナナ』ロックシードを拾い、ボタンを押す。

 

【バナァーナ!】

 

「鳴った!?」

「貴方しか使えないようね。多分、ここにある全部がそう……あなた専用って訳ね。試しに変身してみたらどう?」

「やってみます!」

 

 ベルトを出現させ、バナナロックシードを嵌める。

 

「変身!」

 

【ロックオン!】

 

 オレンジの時と同じようにイッセーの頭上にバナナを模した塊が出現する。頭上に出現したバナナに『おー!』と喜色の声を上げながら、バックルの小刀『カッティングブレード』を倒す。

 

【バナナアームズ! Knight of Spear!】

 

 一誠の頭をバナナが飲み込み、鎧が展開される。

 目立つのは両肩のアーマーと、両頭部から生える黄色の角。そして、一誠の手に持たれた黄色い装飾が施された突撃槍【バナスピアー】。

 自身の新しい姿にイッセーは感極まるように―――

 

「うぉ―――!バナナァ―――!」

 

「腰の武器はそのままで、手持ちの武器が変わっているわね」

「恐らく、ロックシードによって戦闘手段が違うのではないでしょうか?」

「そうね。それにしてもKnightofSpear―……ね。ますます眷属にできない事が悔やまれるわ……」

 

 今の姿はまさしく、騎士。

 余りにも型に嵌った姿だが、リアスはその姿の一誠に物憂げなため息を吐くのだった。

 

「部長、他のも試してみてもいいですか!」

「ええ、構わないわよ。でも、周りの物を壊さないようにね?」

「分かりました!」

 

 元気に返事する一誠に、微笑ましいものを感じたのか微笑を浮かべる朱乃は、未だに残念そうにしているリアスに言葉を投げかける。

 

「うふふ、イッセーくんまるで子供みたい」

「無邪気、ね………」

「部長?」

 

 微笑ましいように一誠を見る朱乃とは違い、リアスは表情を鎮める。

 

「朱乃。あの子の力は、いずれは誰もが欲しがるわ。今は中級悪魔程の力でもね、あの話を受けたら、ライザーはきっと一誠を―――」

「私は貴方の『女王』。『王』の命令に従うのみ、ですわ」

「助かるわ、朱乃」

 

 そう、一誠の力は未知であり強力。

 尚且つ一誠自身の身体能力も常軌を逸しているというオマケ付きなのだ。彼と手合せした祐斗がそう言うのだ間違いと言う事はないだろう。

 ……本人はまぐれだと否定していたが……。

 

「イッセー君は、もっと自信をもっていいのに。謙虚というにも違う気がするし……」

「あそこまでくると、卑屈……と言った方が正しいかしらね」

 

 自分を過小評価し過ぎている。

 その原因は、恐らく彼の弟の一樹。もし彼の一連の行為が幼いころから続いているとしたら―――もうそれは呪いにも等しい枷になるに違いない。

 

 そして、その枷は一誠の心の闇にも成り得る。

 自分の感情を抑えられる生物など、この世にはいるはずがないのだ。どんなに優しくても、どんなに寛容でも、聖者のような心をもっていてもそれは変わらない。

 

 積もり積もった苛立ちや怒りといった『激情』は、決壊したダムのように心を飲み込み、その原因となった者に向けられるだろう。

 

 リアスには一樹がどんな理由で一誠を嫌悪しているかは分からない。「これは僕達兄弟の問題です」と言われればそれまでだろう。

 だが、見逃していい問題ではない。

 一誠は、もうリアス達にとって無関係の人間ではないからだ。

 

「なんとか、したいものね……」

 




最初に出たのはあの森です。
そして『レモン』はまだ使えません。



それと、このイッセー君を放置すると、闇落ちします。





では、感想蘭での質問を回答いたします。
あまり核心的な事はいえませんが、できるだけ答えたいと思います。


・ドライグはロックシード化するか?

 オリジナルロックシードは作らない予定なので、出しませんね。
 それにドライグと一樹には、ちゃんとした役割もあるので、難しいです。
 外伝としてなら、出せるかもしれません。

・他のアーマードライダーは出るか?

 特典を与えられているのは一誠だけなので出ませんね。
 出したら出したで、滅茶苦茶になりそうですし……。

 でも、これも外伝なら出せます。


・ヤンデレはいるか?

 い、いません(震え声)


・弟はどうなるか?サーラン(地球外追放)するのか?

 詳しくは言えませんが、サーランはしません。
 コンセプトでも言ったとおりにこの物語は、主人公と『形』だけ同じことをしようとするどうなるか、というものです。
 踏み台転生者のようには無駄死にはしませんね。
 それにイッセーは一樹を絶対見捨てたりはしません。


・眷属悪魔が駄目なら、天使になればいいじゃないか?
・一誠が眷属悪魔になれないのは、禁断の果実のせいじゃないか?

 合わせて答えます。
 別段、隠す事じゃないので回答します。

 一樹は、イッセーの悪魔化を阻止したかったので、神にそれを祈った。―――のですが、神はイッセーに『禁断の果実』を与える事により、転生機能を受け付けない体にした、と言う事です。

「お前、特に方法指定してないだろ?」という感じです。


・オリ主アンチになってる?

 一樹を嫌な奴に描写しすぎましたね。
 でも、彼もこの後の物語には必要不可欠なキャラなので、活躍……とはいきませんが、まだまだ出していきたいと思います。
 そして最後には――――

・オカ研のメンバーは一樹の事をおかしいとは思わないのか?

 イッセーに対する態度については訝しくは思っていますが、オカ研のメンバー―――特に小猫や朱乃は家族に関係する話は口出ししにくいので、迂闊に手が出せないという感じですね。
 オカ研のメンバーの過去は重いものがありますから。

・イッセーはオーバーロードになるのか?

 一応なる予定です。

・赤龍帝の籠手が一樹に宿っただけで赤ドライグはイッセーに宿っているのか?

 ドライグも一樹に宿っていますね。
 歴代赤龍帝と変わりのない一樹に対してかなりドライです。……ドライグだけに(ボソッ

・『F』の千奈はイッセーの事をどう思っているか?

 普通に変態な兄として見ていますね。
 悪感情はないです。

・変身時のアーマーはクランクから出ないのか?

 一誠の変身の時は、空間に生成されるように出現します。
 ヘルヘイムの中で変身した時と同じようなモノですね。

 その理由は後々明かします。


 とりあえずは、これで大体……です?


 一樹の人気(悪い意味で)がすごいですね。
 でも、鎧武の光実然り、一樹も意味があるキャラクターです。


 次話もすぐさま更新致します。


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悪魔と人間 2

二話目です。


 悪魔という存在にだいぶ慣れた頃。

 何時も通りにオカルト部にアーシアと一樹、それと偶然居合わせた木場と一緒に移動すると、一誠はオカルト部室から漂うおかしな気配を察知した。

 

「……なあ木場、部長以外の誰かが来てるのか?」

「え?そんな事は―――」

 

 木場の言葉を聞き、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、一誠よりやや遅れて何かを感じたのか、目を細め、顔を強張らせる。

 

「僕がここまで来て初めて気配に気づくなんて……」

「早く開けてよ兄さん、後がつかえてる……」

 

 木場の様子に疑問に思いながら、一樹に急かされ扉を開く。

 部室には、何時もと違う面子がいた。リアスに朱乃に小猫。それに見知らぬ銀髪のメイド。

 

「部長、このメイドさんは誰ですか?」

「………?お嬢さま、彼は……?」

 

 銀髪のメイドが一誠を見て、怪訝な表情を浮かべる。

 

「グレイフィア、彼はこの件には関係ないわ。少し特別な力があるから保護しているの。イッセー、彼女はグレイフィア、グレモリー家の……メイドね」

「は、はあ」

 

 どこかしら機嫌の悪いリアスに少しばかりビビりながらも、木場を見る。木場は「まいったね」と言わんばかりに額を抑えている。

 何が起こっているのだろうか……一樹は何かを察している(?)のか、何かを待つように腕を組んでいる。

 

「全員揃ったわね。では部活を始める前に話があるの」

「お嬢さま、私がお話しましょうか?」

 

 リアスはグレイフィアの申し出をいらないとばかりに手を振る。

 

「実はね―――」

 

 彼女が言葉を発しようとした瞬間、部室に描かれた魔方陣が突然光り出す。

 人間である一誠は使ってはいないが、アレはグレモリー眷属が悪魔家業の時に用いる転移魔方陣だったはずだ。それが何故今、光る?

 

「?」

 

 そう疑問に思う一誠だが、周りのアーシア以外の部員たちは顔を顰めて魔方陣を見ている。……良く見ると、魔方陣の文様が変わっている。

 

「―――フェニックス」

「え?フェニ?なんだって?」

 

 何が起こっているか理解していない一誠は、戸惑いながらも木場に質問するが、彼は聞こえていないのか、視線を魔方陣から外さない。

 ボウっと魔方陣から炎が上がる。突如吹き荒れる熱風と衝撃に一誠は「な、なんだぁ!?」と驚きつつも咄嗟にアーシアの前に出る。魔方陣の上には炎を纏った赤いスーツの男がいた。

 男は自身の体を覆う、火の粉をを腕を振るい掻き消すと、嘆息したように息を吐いた。

 

「ふぅ……人間界は久しぶりだ」

 

 何処かワイルドさを思わせる二十代前半の男。どこかホストっぽい様相に、こいつイケメンなのかッと若干の妬みを抱く一誠。

 だが、彼のその妬みは男が発した次の言葉で驚きに変わる。

 

「愛しのリアス。会いに来たぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やって来た男は、ライザー・フェニックスという純潔の上級悪魔だった。そして彼はリアスの婚約者という驚きの事実。一誠は思わずリアスを見てしまうが、彼女は乗り気じゃないのか表情を渋らしていた。

 だが、どうにもリアスとの婚約を推し進めたいライザー。

 自分の婿は自分で見つけたいと、自分の意見を曲げないリアス。

 

 二人の意見は平行線に思われた。

 

「……俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負った悪魔なんだよ。この名に泥を掛ける訳にはいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界の建物になんて来たくもなかったしな。この世界の風と炎は汚い。炎と風の悪魔にとって耐えがたいんだよ!」

 

 突然、ボウッと周囲に炎を展開させるライザー。子供の癇癪のようにいきなり炎を出した彼に、ジリジリと肌を熱風が襲う。

 

「俺は君の下僕を燃やし尽くしてでも、君を冥界に連れて行くぞ」

 

 殺意と敵意が部屋中に広がる。自身の眷属を殺すと脅されたリアスは、怒る様に魔力を居身に纏い、アーシアは一誠の後ろで怯えるように隠れてしまった。木場と小猫は怯えこそしないが臨戦態勢に入っていた。

 一樹は、一誠の方を鋭く睨み、何かを訴えかけている。

 一誠自身、少しばかりライザーの身勝手な言葉に苛立ちを感じていた。

 

「危ないじゃないか!!」

「あ?何だお前」

 

 ギロリと一誠に視線を向けるライザー。気圧されそうになりつつも、負けじに睨みつける。

 一誠が悪魔でない事に気付いたのか、ライザーは若干怪訝な顔をしてリアスの方を向く。

 

「………リアス、何故人間がここにいる?」

「貴方には関係ないわ」

「ふぅん」

 

 ただの人間に見える一誠に興味を失ったのか、展開していた炎を翼に変え、再度リアスを見る。彼女も負けじに魔力を展開させているからか、部室の空気が熱く―――そして重いものに変わっていく。

 

「お嬢様、ライザー様。落ち着いてください。これ以上やるのでしたら私も黙ってみる訳にもいかなくなります。私はサーゼクス様の名誉の為には遠慮はしないつもりです」

 

 仲介に入ったのは以外にも、リアスがメイドのと行ったグレイフィアだった。静かで圧のある彼女の言葉に、表情を強張らせたライザーとリアスは、落ち着く様に魔力の放出を止めた。

 

「こうなることは、旦那様もサーゼクス様もフェニックス家の方々も重々承知でした。正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着がつかない場合の事を皆さまは予測し、最終手段を取り入れる事にしました」

「最終手段?どういうこと?グレイフィア」

「お嬢様、ご自分の意見を押し通すのでしたら、ライザー様と『レーティングゲーム』にて決着をつけるのはいかがでしょう?」

 

 グレイフィアの提案に息を吞むように驚くリアス。

 イッセーは『レーティングゲーム』という聞き覚えのない言語に疑問を覚えていた。ゲームと言うからには何かしら勝敗が決まる試合―――という事なのだろう。

 スポーツの様なものなのか?

 

「レーティングゲームは、爵位持ちの悪魔が行う、下僕同士を戦わせて競いあうゲームだよ」

 

 分からない一誠に木場がそう補足してくれる。

 下僕同士―――というからには、リアスの眷属悪魔ではない一誠ではレーティングゲームというものに参加できないという事になる。

 リアスの眷属は朱乃、小猫、木場、アーシア、一樹。

 確か、下僕は女王1、僧侶2、戦車2、騎士2、兵8士の15人分だとすると―――かなり人数としては少ない。これでもしライザーの眷属が15人とか、そこらだったら、リアスが圧倒的に不利だろう。

 

 だがリアスは以外にもレーティングゲームに乗り気だった。

 ……いや―――それしか選択肢がないのだろう。親を納得させるには、自信の力を見せなければいけない。

 

 リアスの挑戦を受けたライザー。

 彼は、リアスの眷属達をぐるりと見渡し、薄ら笑いを浮かべる。

 

「なあ、リアス。ここにいるメンツが君の下僕なのか?」

 

「……だとしたら、どうなるの?」

 

「これじゃ話にならないんじゃないか?君の『女王』の『雷の巫女』ぐらいしか、俺の可愛い下僕に対抗できそうにないな」

 

 フッと嘲るように笑うライザー。

 戦ってもいないのに、相手を貶めるような発言をするライザーに、一誠は言葉に言い表せない激情に駆られた。

 思わず否定の声を上げようとすると、一誠を諌めるように木場が肩に手を置く。

 

「……ッ!」

「落ち着いてイッセーくん」

「木場……でも」

「僕達の為に怒ってくれるのは嬉しいよ。でも、今は抑えるんだ」

 

 肩に置かれた手が震えている。木場も悔しいのだ。

 当事者である、彼が耐えているのだ……悪魔じゃない自分があんな安い挑発に乗っていい訳がない。ゆっくりと呼吸を整えてからライザーの方に顔を上げると、何時の間にかライザーのいる場所には十数人の女性が佇んでいた。

 

「……と、まあこれが俺の可愛い下僕たちだ」

 

「な……っ!?」

 

 15人の眷属、全員女の子。

 つまりハーレム。瞬間、一誠の中で平行を保っていた妬みと平静の天秤が一瞬で、傾いた。

 傾いたのは勿論、妬みのほうである。

 

「すまねえ、木場。オレ限界寸前だわ……」

「決意が脆いよイッセーくん……」

 

 『そりゃないよ』とばかりに額を抑える木場。

 しかし、一誠とて耐えられないとは言ったが、ヘタな事を口に出さないように我慢している。だが、視線だけはどうしても偽る事ができないので、案の定、ライザー眷属の一人に指摘されてしまう。

 

「ライザーさまーこの人間、変な目してるー」

「ん?何だ人間。まさか羨ましいのか?」

「………」

 

 口に出すな。今口を開けると、焼き鳥野郎とか、種まき鳥頭とか、色々問題発言をしてしまう。自分は関係ない部外者なんだ。軽はずみな発言でリアスに迷惑を掛けてはいけない。

 

「……何だ、つまらない……そうだ」

 

 必死の形相で無言を貫く一誠をつまらなそうに見たライザーだが、ふと思いついたように笑みを浮かべ、リアスの方に顔を向ける。

 

「リアス、君と俺達の下僕じゃ数が違うだろ?数合わせとしてその人間を入れてみたらどうだ?盾代わりにでも使えるだろう?」

 

 ライザーの提案にクスクスと笑うライザー眷属達。ライザーも隠すことなく笑っていた。

 一誠は、動かない。バカにされたのははらわたむせ返るほど、イラッときた。だがそれとは別に―――

 

「部長、オレ出ます。そのレーティングゲーム」

「イッセー!?」

 

 自分が居るせいで、部の仲間達が馬鹿にされたのはどうしても我慢できなかった。ごく短い期間しか一緒にいなかったけど、リアスも朱乃も木場も小猫も、一誠を仲間として見てくれた。悪魔になれない自分をだ。

 役に立ちたい。

 このいけ好かない鳥野郎の出した提案だろうが、乗ってやる。

 

 一誠の参加表明に、驚愕するリアス達。ただ一樹だけが、ギシリッと歯軋りするように背後から一誠を睨みつけ、一誠の腕を乱暴に掴む。

 

「兄さん!何考えてんだよ!」

「離せ、一樹」

「レーティング・ゲームには悪魔しか参加できないんだよ?兄さんみたいな只の人間が出たらただじゃ―――」

「そんなこと分かってんだよ!!」

「ッ!?」

 

 一誠の怒鳴り声にビクッと体を震わせる一樹。力の弱まった一樹の腕を乱暴に振り払い、ライザーを睨みつける。

 

「―――ズの、癖に」

 

 背後で一樹が何かを呟く声が聞こえた気がしたが、今は関係ないだろう。それよりもこの場で決定権を持つグレイフィアの言葉の方が重要だ。

 ライザーが薄ら笑いを浮かべ、グレイフィアの方に振り向く。

 

「決まりだな。構わないでしょう?」

「……お嬢様、彼はレーティングゲームに参加できるほどの実力をお持ちで?」

「彼は―――」

「待てリアス。こっちの方が速いだろう?ミラ、やれ」

 

 瞬間、ライザー眷属の中から棍を持った少女が飛び出してくる。ミラと呼ばれた少女の視線の先にいるのは一誠。

 

「ライザー!いきなり何を!?」

「テストだよ、テスト。オレから提案したんだ。別に構わないだろ?」

 

 ライザーの滅茶苦茶な言動にリアスは歯噛みする。ライザーは始めから一誠を参加させるつもりなどなかったのだ。『ただの遊び』――――爵位を持つ悪魔にあるまじき、相手を軽んじる行為。

 慌てて木場に命令を送ろうとするが、突然の事からか、間に合わない。

 

「イッセー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前にはミラと呼ばれる少女。手に持った獲物は棍。

 常人を超えた反射神経を備えている一誠にとって、たかが『兵士』ごときの攻撃を避ける事は容易だった。だが今は―――

 

 後ろにアーシアと一樹がいる。

 避けたら、間違いなく二人のどちらかに当たってしまうだろう。アーシアは避けられないにしても、一樹は反応くらいはできて居る筈なのだが、何故か背後の彼は身動き一つしない。

 ―――選択肢はない。

 

「ハッ!!」

 

 一誠はゆっくりと横にずれる。打突の矛先を背後のアーシアと一樹から逸らすためである。

 だがゆっくり動いたからには、相応に棍は一誠の元に辿り着くので、棍を掴む暇もなく、一気に棍が腹部目掛けて突き進んでいく。

 

「ぐぁっ……ッ」

 

 一誠の腹部に勢いよく打突が鳩尾に突き刺さる。いかに人間外れでも耐久力は人間。防御力は悪魔には遠く及ばない彼が、『兵士』とはいえ悪魔の攻撃を食らえば、相当のダメージを負う。

 

「フッ」

 

 手ごたえを感じ、笑みを浮かべるミラ。

 目の前の男の意識を完全に断ったと判断し、棍を引き抜こうとすると―――

 

「こんな、もんかよ」

「へ?」

 

 棍ががっしりと右手で掴まれ動かない。

 驚愕のあまり棍を離し、後ずさりしたミラを苦しみながらも一瞥した一誠はライザーに良く見えるように棍を床に叩き付けるように投げ捨てる。

 

「これで、いいだろ」

「な……っ!?」

 

 予想していなかった結果にライザーも驚愕の表情を浮かべる。グレイフィアも僅かながらに顔を顰め驚いているようにも見える。

 

「チッ……分かった。認めてやるよ。せいぜい頑張るんだな、人間くん」

「……偉そうにしてるんじゃねえよ。自分から提案して来た癖に」

 

 ここまでされて、黙る事をやめたのか遠慮なくライザーに対して暴言を吐きつける一誠。

 

「なんだと!?手前ェ人間の分際で―――」

「ライザー様、先ほどの行為は少し度が過ぎているかと思いますが?」

「ぐ……」

 

 一誠の言葉に、怒りの声を上げそうになるライザーだが、すぐさまグレイフィアが戒める。彼女から見ても先程の凶行は眼に余るものだったらしい。

 ライザーも偶の根も言わず黙りこんだ。

 

 ざまぁみろ、と小さく呟きながら、一誠は壁際に背を預ける。本当はその場で転がりまわりたいほどの痛みが腹部から押し寄せてきている。レイナーレの時とは違って、接触面積の少ない棍であろうことか鳩尾を突かれたのだ……下手すれば内臓が破裂していてもおかしくない。

 だが、今は弱り切った姿を見せてはいけない。まだ、せめてライザーが帰るまで平静を装うように努める。

 

「イッセーさん!大丈夫ですか!?」

「大丈夫大丈夫。オレ結構丈夫だから」

 

 『最近は打たれ強くなっている気がするし』と、ぎこちない笑みをアーシアに向けそう言うと、彼女は一誠の腹部に手を当て神器『聖母の微笑』を発動する。

 

「アーシア?」

「我慢しなくていいんです。痛いときは痛いと言ってください、私がいるんですから……」

 

 優しい彼女の気遣いに、思わず目頭が熱くなってくるのを感じる。

 一誠が感動に打ち震えていると、対談が終わったのか、ライザーが眷属達と一緒に魔方陣で元の場所に帰っていく。

 静まり返った部室―――そこでようやく緊張の糸が切れたのか、アーシアに治療されながらも一誠はずりずりと床に座り込む。

 安心した様に息を吐いた一誠にリアスが近づく。

 

「イッセーあまり無茶しないでちょうだい……肝が冷えたわ」

「すいません」

 

 アーシアに治療され、顔色が良くなっていく彼に安堵の表情を浮かべるリアス。

 だが、表情を一転させ、深刻な表情で一誠に警告するように話しかける。

 

「……今からでも遅くないわ。レーティングゲームに出るのはやめなさい。ライザーは手加減なんてしないわ」

 

 一誠の実力は分かっているつもりだ。あの姿になれば、ライザーの眷属くらい難なく倒せるだろう。だが一誠は人間だ。変身していない状態、つまり生身でフェニックスの炎を受ければ只では済まない。悪魔ですら致命傷に至る炎だ。人間なんて消し炭だ。

 できることなら、やめさせたい。

 しかし、一誠はリアスの気持ちとは裏腹に、ゆっくりと首を横に振る。

 

「前にも言ったんすけど……オレッて馬鹿なんです」

「……?」

「オレがバカにされるのはどうでもいいんですよ、俺は慣れてますからね。でも部長と皆があんな奴にバカにさるのはどうしても我慢できません。だから、部長がやめろって言っても戦います。足手纏いなんかにはなりません」

 

 一誠の真っ直ぐな目にリアスは眼を見開き、そしてしょうがなさそうに笑みを浮かべた。

 

「困った子ね……貴方がそこまで言うなら、私は何も言わないわ。そのかわり明日から十日後のレーティングゲームまで私の別荘でトレーニングよ!」

 

「はい!!」

 

 リアスの言葉に、同意するように返事を返す部員達。その声色にはこれから先の戦いに怖じ気づくものなど一人もいない。

 

 

 

 

 だが、ただ一人だけが別の事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………アーシアはもういい。チャンスはまだある」

 

 

 

 

 

 

 不協和音が彼らの『和』を乱す。

 

 




夜這いイベントは起こりませんでした。

ライザーが予想以上に下種になってしまった……まあ、別にいいですよね。
上を行くゲスがいますし。

次話もすぐさま更新致します。



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悪魔と人間 3


三話目です




「うおおおおおおおおお!!」

 

 リアスにより企画された眷属強化の為のトレーニング合宿。その道のりの最中、一誠は雄叫びを上げながら―――

 

「おおおおおおおお!!」

 

 山を登っていた。

 背中には、大量の荷物。照り付ける太陽の下で汗を流しながら、懸命に一歩ずつ足を進めていた。

 

「兄さん、うる……さい。ホンットッ黙、れ」

 

 一樹は一誠こそ少ない量だが、荷物を背負い息も絶え絶えで昇っている。相変わらずの一誠に対して毒こそ吐いてはいるが、どこか覇気がない。

 対照的に一誠は、尋常じゃない汗を流しながらも、勢いを衰えさせずにいた。

 全ては十日後のレーティングゲームの為――――一誠自身、自分の想定していない動きで体を動かすと、全身筋肉痛に襲われるという事は理解している。

 だから、一誠は筋肉痛が起こらない程に体を鍛える事に決めた。酷い筋肉痛に襲われるという事は、自分の動きに体がついてこれてはいないということだ。

 それならば、できるだけ体を鍛えておくことが重要になってくる。

 それに悪魔じゃない一誠は魔力を使う事が出来ない事から、変身していない彼の武器は己の肉体のみとなる。

 かなりの脳筋思考だが、あながち間違ったことではない。

 

「……イッセー先輩。無理のしすぎじゃないでしょうか?」

「小猫ちゃんはッ……オレよりたくさん持っているじゃないか……」

「……私は別です」

 

 一誠のやる気に軽く引いている小猫。

 だがそんな彼女も、一誠より多くの荷物を持ち、尚且つ夕食の山菜を摘むほどの余裕があった。『悪魔の駒』の特性もあっての事だろうが、そんな話今の一誠には関係ない。

 

「うおりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 雄叫びを上げさらに進む。

 そんなことを何度か繰り返して、へとへとになりながらも別荘に辿り着く一誠であった。

 

 

 

 

 

 

 普段は魔力で隠れているグレモリー家の別荘。

 荷物をリビングに置き、水分を取り、少し休憩した後にすぐに修業が開始された。

 

 修業は各自に別れて行われる。

 アーシア、一樹は悪魔としての戦い方を学ぶために、木場、朱乃、小猫とトレーニング。

 一誠は――――

 

「邪念を感じるわ。腕立て追加で50回ね。終わったら、スクワット300回に腹筋200回」

「は、はいぃぃぃぃぃ!」

 

 ひたすらに筋トレをしていた。オマケに腕立てする彼の背中にリアスが座るという形である。

 基礎体力と筋力の向上。それが今、一誠にできる唯一のトレーニング方法だということはリアスも分かっているのだ。

 悪魔であり、赤龍帝の籠手をもっている一樹にも同じことが言えるのだが、彼は現在、朱乃が見ているのでまずはこっちだ。

 幸い一誠は身体能力だけは群を抜いて優秀なので、多少無茶な訓練メニューもこなしてしまのでそれほど手間が掛からない。

 

「197、198……1……99!!200!!」

「終ったようね」

 

 腹筋が終わり立ち上がる一誠。

 かなり息が上がっているが、まだまだやる気はあるようだ。

 しかしリアスは、一誠にタオルを渡すと―――

 

「本格的なトレーニングは明日からにするわ」

「え!?まだオレいけます!」

「貴方は人間なの。私達悪魔と違って、身体が丈夫じゃないから、無理なトレーニングで体を壊すわけにはいかないわ」

「……はい」

「もう、そんな顔しないの。オーバーワークは体に毒よ。今日はゆっくり体を休めて明日に備えるようにね」

 

 悪魔になることができない自分を歯がゆく思うように悲痛な表情を浮かべる一誠に、リアスは苦笑してしまう。

 今の一誠は少し張り切り過ぎている気がある。あまりやる気が空回りするといい結果に結びつくことはない。ここまでくる道のりのハイテンションさがその証拠だ。

 リアス自身、自分の為に頑張ってくれるという事は、とても嬉しく思う。

 

「体調管理もトレーニングの一つよ。そのかわり明日はビシバシ行くわよ!」

「はい!」

 

 元気に返事をし、別荘に戻っていく彼に微笑ましいものを感じながら、リアスは一つの懸念を思い浮かべる。

 

「………一樹、ね」

 

 今は、朱乃が見ていてくれている頃だろうか。

 

 正直に言うと、リアスは一樹の事が良くは分からない。彼の『王』としては失格かもしれないが、分からないものは仕方がない。

 

 一誠に対する態度の時の一樹。

 リアスたちに接する時の一樹。

 

 あまりにも態度に差異がありすぎる彼の二面性は、リアスを戸惑わせる。どちらが彼の本当の顔なのか定かではない。

 眷属達。特に小猫や朱乃は、『家族』という問題に関しては、かなり複雑な事情があるから口出しはできない。……というより、あの二人は自分に口出しする資格なんてないと思っている。

 

 そしてなにより、当事者の一誠があまり気にしてはいないので、口出ししようにも出せない。

 これも、もしかしたら、一樹の――――

 

「……こんなこと考えているようじゃ駄目ね」

 

 眷属の問題は自分の問題。

 『自らの下僕を疑ってしまうようでは『王』失格だわ』と呟きながら、リアスはアーシアと一樹が訓練を行っている場所へ赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部長、すいません」

 

 一日の修業が終わった。

 だが一誠は夜中にも関わらず、別荘の外に出ていた。

 

 空いた時間でしっかりと体を休めた一誠は、帰って来たリアス達と、夕食を摂り温泉に入った後、皆の目を盗んで屋外で自主練習に励んでいた。

 ベルトを腰に巻いた彼の足元には5つのロックシードが置かれている。

 一誠は満足気に頷きながら、周囲を見渡す。

 

「……うっし、ここまでくれば大丈夫だな」

 

 お世辞にもこのベルトは静かとは言い難い。大体、変身する時に流れる音声は誰の声なのだろうか。……一誠としては個人的に気に入っているので、あまり気にする事ではないが……。

 一誠は、ロックシードを覗き込むように屈み、レモンを模したロックシードを拾い上げる。

 

「なんだろうな、コレ。他のロックシードとは違うんだよなぁ」

 

 透明感のあるクリアブルーの外面に、レモンを思わせる黄色い装飾。そして若干大きい感じがする。他のロックシードは少しコンパクトな感じがするが、これはなんというか……少しゴテゴテしている感じがある。

 

「もういっちょ試してみるか」

 

 ロックシードを上方に掲げ、勢いよくバックルに嵌め、錠前の部分を押し込みロックする。

 この次にカッティングブレードで切れば、変身できるのだが、ロックシードは一誠を拒むように反応を示さない。

 

「やっぱ、おかしいな。……うーん……俺の集中力の問題か?なあ?」

 

 物言わぬロックシードに話しかける一誠。傍から見ればものすごくシュールである。

 だが本人はいたって真剣。ゆっくりと深呼吸する。

 

「よしっ!兵藤一誠、集中しよう!うん!」

 

 もう一度変身を試みる。

 他のロックシードで変身できたのだ、きっとこれでも変身できるはずだ。

 

 しかし何度試しても結果は同じ。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 やけになって押しまくっても、錠前が勝手にはずれてしまうだけである。ツンデレ?ツンデレなのか!?と徐々に訳分からない事を口に出てきているが、一誠自身自分の発言には気付いて居はいない。

 よく分からない、事で無駄に体力を使ってしまった一誠は、地面に落ちたレモンのロックシードを拾い、消沈したように顔を鎮める。

 

「……別の方法でやんなきゃダメなのかな……でも、どうやったらいいんだよー……いやいや!!ここで諦めたら駄目だ!できなくてもやってやる!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおお、と変身を試みようと四苦八苦する一誠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、聞かない子なんだから……」

 

 そんな彼を木の陰から見つめる、紅髪の少女、リアス。一誠は隠れて出てきたつもりが、彼女にはモロバレだったらしい。

 

「ふふ、でも一誠君らしいですわ」

「朱乃……」

 

 彼女の背後から声を掛けたのは、朱乃。彼女もリアスと同じく、夜中に別荘を出て行ってしまった一誠を折って来たのか、それとも―――

 

「リアスが出て行くのが見えたから」

「そう……」

 

 特に何も語らず、一誠の方を見る。

 当の彼は、うが―――ッ!と叫びながら変身しようとしている。夜中に抜け出すことには、少し注意しようとは思っていたが、こんな所を見せられては怒る気にもなれない。

 

 ………あの変身に関しては、自分たちには何もできる事が無い。―――一応は神器関連の書物については調べはしたが、一誠のようなベルト型の神器はあれど、姿を変える神器は見つからなかった。

 

「お兄様に報告するべきかしら」

「今はいいでしょう。というより時期ではないわリアス。今はライザー・フェニックスとのレーティングゲームに集中するべきよ。報告はそれからでも遅くはないでしょう?」

「……そうね」

 

 ライザー・フェニックス。不死身の悪魔。

 彼を打倒するには、神クラスの一撃と弱点をついた攻撃しかない。正直、勝利を収める確率はかなり低いだろう。

 

「リアス?」

「……なんでもないわ」

 

 闘う前から、怖気づいてどうする。

 フェニックスにだって弱点はあるはず、それに自分には頼もしい眷属達と、一誠という自分を慕ってくれる仲間がいる。

 

『変身!海老反り!!』

 

「………あの子、なんだかおかしな方向に行ってないかしら?」

 

 どこか迷走しつつある一誠に、少し心配になってしまったリアスなのであった。

 

 






次話もすぐさま更新致します。


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悪魔と人間 4


4話目の更新です。


 修業開始から一週間が経った。

 相変わらずレモンのロックシードで変身できないが、筋トレなどは順調に進み短期間であれど大分鍛えられた。―――翌日の朝に襲われる筋肉痛はアーシアに直してもらったのはリアス達には内緒の話であるが―――。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 一誠の眼前には、くりぬかれたように消滅した山。

 一樹の繰り出した、魔力砲撃によって作られた光景だった。当の一樹は、地面に倒れ伏し息も絶え絶えに疲労している。

 

「……やっぱり倍加って、すごいんですね」

「……一樹の場合、倍加の力に身体が追い付いてないの。だから、最大までの強化であんなにも疲労してしまう。それに『赤龍帝の籠手』は十秒毎に使用者の力を二倍にする強力な神器。でも言い換えれば、十秒またなくちゃ二倍にならないということ」

「えと、つまり。一体一の戦いには向いていないってことですか?」

「そうね、敵が強くなるのを待ってくれる相手はいないもの。一樹はある意味で一番狙われやすい立場にいると思ってもいいわ」

 

 確かにそうだ。

 十秒毎に力が二倍になるなんて反則的だ。一が二になれば大した変化ではないが、それがどんどん二倍されていけば、最初は一だった数は、十回目の倍加の頃には侮れない数にまでになる。

 ヘタすれば、状況がひっくり返る。

 

「それは貴方も一緒よ」

「ははは、やっぱりすか?」

 

 真っ先に弱い奴から狙われる。

 それはどんなゲームにも共通する事。人間である一誠は、悪魔からみたら非力に見えるだろう。事実ライザーは、今の所一誠を偶然部室に居合わせた人間だと思っている。

 

「でも、そこがライザーの隙になるわ」

「え?」

「一誠、祐斗と模擬戦をしてくれないかしら?」

 

 突然の提案に驚く一誠だが、リアスの真剣な表情をリアスを見て、怪訝に思いながら頷く。木場とは何度も模擬戦まがいのモノはしていたので、何事かと思ったが―――

 

「祐斗、聞いたわね?」

「分かりました」

「アーシア、一樹の治療をしてあげて」

「分かりました!」

 

 一樹と模擬戦をした後だが、まだまだ万全な木場は木刀を振り直し一誠の方に向き直る。一誠も木刀を二本持ち木場の前に移動する。

 二本持つのは、オレンジアームズの戦闘スタイルを再現してのことだ。

 

「木刀はいらないわ。一誠は変身して、祐斗は神器を使いなさい」

「えぇ!?でも、危ないんじゃ……」

「……分かりました。イッセー君!行くよ!!」

 

 リアスがどんな思惑で一誠と木場とで模擬戦を組ませた理由を理解したのか、木場は『光喰剣』をその手に出現させ、正眼に構える。

 

「お、おい木場……」

「大丈夫だよ、イッセー君」

「……ああああああ!!!もう分かったよ!!怪我しても知らねえぞ!!」

 

【オレンジ!】

 

「変身!!」

 

 オレンジロックシードで変身した一誠は、大橙丸を右肩に担ぐように両手で持ち低く構える。この姿で本格的に闘うのはレイナーレ以来だ。

 対人相手にはあまりにも危険すぎるから、木場が相手の時には使わないと心に決めていたが、リアスが要求するのなら仕方がない。

 

「来い!」

「なら、こちらから行かせて貰うよ!!」

 

 『騎士』の特性―――目にも止まらぬ速さで、一誠に肉薄してくる木場。何時もの模擬戦の時とは違う、本気で攻撃しにかかっている。

 対する一誠は、目にも止まらぬ速さで動く木場を目で追い、動きを予測して刀を振るう。一誠から攻撃するのは初めて。丁度、自身目掛けて振るわれる刀に木場は、若干の笑みを浮かべながらにさらに速度を上げる。

 

「な……っ!?」

 

 急加速した木場に大きく動揺した一誠。

 一瞬、木場の姿を見失い彼の姿を見つけようとすると、ガィンと背中に衝撃が響く。

 

「いてぇ!?」

「あ、ごめんイッセーくん……つい」

「ついってお前……痛ぅ~~~~~!」

 

 反射で一誠に攻撃してしまった木場だが、内心驚愕していた。一誠の纏うスーツ、見た目こそ軽装甲に見えるが、実の所、木場の剣すら物ともしない堅牢な防御力を有している。

 一誠も痛がってはいるが、そんなにダメージがあるとは思えない。

 

「お返しだ!」

 

 刀を木場目掛けて振るってくる一誠。剣士としての性分か、一誠の刀を剣で合わせるべく振るう。激突する刀と剣―――しかし、この時、木場の予想を裏切る光景が彼の目に映る。

 鍔迫り合いもする事もなく、『光喰剣』が一誠の刀『大橙丸』により容易く両断されてしまったのだ。

 

「!?」

 

 尋常じゃない切れ味に、驚愕する木場。

 即興で作った剣であれど、あんなにも容易く両断する等、普通の刀ではないだろう。

 

「僕も、気を引き締めて行かなくちゃ……」

 

 今度は両手に一本ずつ剣を作り出す。『光喰剣』ではなく、普通の剣。

 新たに剣を作り出した木場を見て、一誠は嫌そうな声を上げる。

 

「ゲッ!?何本も作れるの!?」

「ははは、まだまだ終わらせないよ」

 

 再度、一誠目掛けて走り出す。今度はフェイントを織り交ぜて接近し、斬りかかる。レイナーレとは一線を画す技量と速度に一誠は翻弄されながらも、高速で移動する木場から目を離さない。

 

「そこだ!!」

 

 木場の瞬間的な隙を突き、一気に跳び出し蹴りを繰り出す。空気を切り裂く様に繰り出された蹴りに、戦慄しながらも、くるりと回転するように回避し、一誠の右手の大橙丸の峰に、両の手の剣を同時に打ち付け、一誠の手から引き離す。

 地面に落ちた大橙丸を一瞥し、苦悶の声を上げる一誠は追撃を回避するために、左手で逆手に持った無双セイバーを腰から引き抜き、木場目掛けて振るう。

 

「……くッ」

 

 咄嗟に剣で防御したのは良いものの、後方に大きく後退させられてしまう。素の一誠ではここまでは飛ばされなかっただろう。あのスーツは腕力まで強化させることができるのか、と、すぐさま理解する。

 

「武器を壊す!!」

 

 戦いが長引けば長引くほど、戦い慣れしていない自分は不利なる。おのずとそう感じた一誠は、勝負をつけるべく、バックルから、開かれたままのロックシードを外し、無双セイバーの窪みにはめ込む。

 

【ロックオン!】

 

「なッ!?」

 

「行くぜぇ!木場ァ!!」

 

【イチ!ジュウ!ヒャク!!】

 

 後方に下がった木場目掛けて走る。

 その手には、オレンジ色のエネルギーを纏わせた無双セイバー。見て分かるほどに危険なオーラに木場は、思わず剣をクロスさせ防御態勢をとってしまった。

 ――――一誠の目論み通りに。

 

【オレンジチャージ!!】

 

 その音声が聞こえると同時に橙色の剣閃が走り、木場の剣は粉々に砕け散った。柄だけになった剣を呆然と見た木場だが、次第に困ったような笑みを浮かべる。

 

「ははは、負けちゃいました。部長」

 

 木場の言葉にリアスは、満足したように頷く。

 

「一誠、貴方は強いわ」

「え、えぇ?でも木場は本気じゃ―――」

「神器の力はそれほど使っていなかったけど、僕は手加減なんてしてないよ」

 

 木場の言葉に同意するように頷いたリアスは、一誠の頬に手を当てた。

 無機質な仮面に添えられたその手は、仮面越しでも一誠には何故か暖かく感じられた。

 

「祐斗の言う通りよ。自信を持ちなさいイッセー。それに、ライザーは貴方を侮っている。言い換えればライザーは貴方の強さを知らないという事になるの。そう言う意味では貴方はレーティングゲームの切り札に成り得るわ」

 

 一誠の瞳が大きく揺れる。

 何かを言葉にしようと迷っているようだ。リアスは彼の言葉を待たず、言葉を紡いでいく。

 

「貴方は強い。………だからあまり自分を卑下しないでちょうだい。私達は貴方を貶めたりはしないわ」

「でも―――」

「イッセー」

 

 今見せようとした卑屈な姿。謙虚と言えば聞こえがいいだろう。でも一誠のは謙虚ではなく卑屈。必要以上に自分を卑しめる事。

 それが、一誠に自信をつけさせるという感情を阻害していた。

 その根本にあるのは、長年にわたり蓄積された記憶。

 幼少時の記憶、一誠が松田や元浜と出会う前―――彼が馬鹿をやる前からつもりに積もった『劣等感』。

 

 

 訳も分からず友達から距離を取られ、知らぬ子供には訳の分からない言いがかりをされる。

 無邪気だからこそ深く刻みつけてくる言葉の刃、それが何年も何年も続く。

 

 

 唯一の友人が海外に引っ越してしまった後は――――一人だった。友達はどんどん離れていく、どうすればいいどうすればいいと悩んだ末に、一誠は無意識に自分を守るようになった。

 卑屈になって、バカにされても笑って、自分を守ってきた。

 高校でできた親友とは精一杯バカやって、ひたすらに友人との繋がりを大事にした。

 俺は頭が悪いから―――

 弟とは違うから―――

 

 そうまでしないと、一人になってしまうから。

 

 

「貴方は、私達の仲間よイッセー。胸を張りなさい」 

 

 その卑屈な心は今、リアス・グレモリーによって、大きく揺さぶられた。

 彼の『諦め』をぶち壊した。

 

 一誠は頭を上げ、リアスの目を仮面越しから見る。

 今、自分はどんな顔をしているだろうか、仮面をつけているから誰にも分からない。

 

「部長、俺って今、どんな顔をしていますか?」

 

 答えられているはずがない、なにせ自分の顔はこの仮面で隠されているのだから。

 

 一誠の質問に一瞬、きょとんとした表情を浮かべるリアス。

 だが、困ったような笑みを浮かべると、彼女は一誠の頬に置いた手を離し―――

 

「…………泣いている、ように見えるわ」

 

 静かに肩を震わせる一誠にそう言うのだった。

 

 




一樹(7歳)「これも全部、兵藤一誠って奴の仕業なんだ」(草加スマイル)

子供「なんだって?それは本当かい?」






 仮面ライダーの目の下に、泣いているような黒いディティールが施されているという『泣き顔』設定を反映させてみました。

 そう!俺は悲しみの王子!!ロボライ(ry


 これで更新は終わりです。
 次回から、レーティングゲームに移ります。


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悪魔と人間 5


とりあえず、質問だけ返しました。
結構、長くなってしまったので、やや中途半端ですが3話ほど更新したいと思います。


決戦当日。

 

 日がとっくに沈み、夜も遅くなった頃、一誠達は旧校舎のオカルト研究部の部室に集まっていた。

 各々で気持ちを落ち着けている中、一誠は滅茶苦茶緊張していた。

 しきりにロックシードを弄りながら、ソワソワと落ち着きなく歩き回っていた。

 

 ―――ライザーと戦う上で、リアスは眷属達を三つのグループで分けた。

 

 朱乃、一樹と小猫、そして木場と一誠である。

 

 『女王』である朱乃は単体で行動し、残りは二人一組のツーマンセルで行動しリアスから下された作戦通りに行動するという編成。

 このツーマンセルの利点は戦闘経験の浅い一誠と一樹を小猫と木場でフォローできる事。特に一樹はサポートなしでの、戦闘継続は極めて困難と判断したリアスは、万が一小猫がリタイヤした場合には、一人で先行せずに木場と一誠に合流しスリーマンセルで行動するようにと言い渡した。

 

 あくまで可能性の話だが、想定しておくことには損はない。

 勿論一誠にも同様の話を聞かされている。

 

「皆さん、準備はお済みになりましたか?開始十分前です」

 

 開始十分前に魔方陣からグレイフィアが現れ、そう告げる。

 部員全員が立ち上がり、グレイフィアのいる魔方陣付近に寄り、彼女の説明に耳を傾ける。

 

「開始時間になりましたら、ここの魔方陣から戦闘フィールドへ転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界。そこではどんなに派手なことをしてもかまいません。使い捨ての空間なので思う存分にどうぞ」

 

 

「作られた空間って、なんでもありだな……」

 

 事も無げに説明された、フィールドの構造にカルチャーショックを感じる。

 

「…………」

「ん?どうした一樹、大丈夫か?」

 

 リアス達よりやや後ろで、所在無さげに立っている一樹に声をかける。何時も、進んで人の和に入ろうとする彼が、こんなにも静かなのは珍しい。

 

「………どうして、アンタがいるんだ」

「はい?」

「アンタさえいなければ、うまくいったのに……ごめん、訳分からないよな」

 

 最後に珍しく謝罪し、一樹は彼から離れる。

 当の一誠は、一樹の訳の分からない言葉を必死に理解しようと、腕を組み必死に考える。

 

「………とうとう、『兄さん』とも言わなくなったな」

 

 乾いた笑いを浮かべる一誠。

 一樹の突拍子のない言葉は、未だに意味が理解できないが―――

 

「変わらねえよ」

 

 どんなに拒絶されても、血の繋がった兄弟には変わらない。

 気遣う理由は、それだけで十分だ。

 

「兄貴は弟を守るもの、昔っからそう決まってんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そろそろ時間です。皆様魔方陣の方へ移動してください』

 

 グレイフィアの声が部屋の中に響く。

 一誠は、部員全員に視線を向けた後に、意を決し、人間用に調整された魔方陣に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠が、目を開けるとそこは先程と変わらないオカルト研究部の部室の中。

 

「あれ?さっきと変わらないんですけど」

「そ、そうですね……えと」

 

 一誠とアーシア以外は落ち着いているようだが、状況が呑み込めない一誠の耳に一緒に転移してきたはずのグレイフィアの声が、どこからともなく聞こえる。

 つまり、ちゃんと転移されているという事になる。というと今いる場所がレーティングゲームの為に作られた空間……あまりに精巧に再現されてて、転移してないかと勘違いしてしまった。

 

 とりあえずは、ミーティング。

 あらかじめリアスから支持された命令を確認し直す。

 

 最初の目標は、ライザーの『兵士』。一気に陣地まで侵入され、『プロモーション』という『兵士』特有の能力を使われ、強化されると厄介だからだ。

 

 そして、ミーティングが終わり旧校舎内の入り口付近。

 眷属全員が一列に並び、彼らの前に立つリアスの言葉を待っていた。

 

「さて、私の可愛い下僕たち、それにイッセー。準備はいいかしら?もう引き返せないわ。敵は不死身のフェニックス家の中でも有望視されている才児、ライザー・フェニックスよ!さあ、消し飛ばしてあげましょう!!」

 

『はい!』

 

 ライザー・フェニックスとの戦いの火蓋が今、落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リアスの合図にて、走り出す一誠達。

 アーシアの声援を背に受けながら、作戦通りに、二手に別れ走り出す。

 今の一誠の相棒は木場、何気に部員の中で一番仲が良いヤツだ。

 

「何かさ、なんだかんだで結構お前と行動するよな」

「確かにそうだね」

 

 木場と共に、旧校舎裏の森を探索する。リアスの見立てだと、この場にライザーの『兵士』が来ると予想していた。一誠は何時でも変身できるようにバックルを腰に巻き、周囲を警戒しながら木場と共に歩いていた。

 

「変身、しないのかい?」

「……ん?ああ、こっちの方が視界が確保できるからな。生身は危ないけど、お前がいるから大丈夫だろ?」

「ははは、頼りにされるのは嬉しいけどね……」

 

 苦笑いを浮かべる木場。

 一誠に頼られるのは嬉しいが、あまり無茶な事はしてほしくないのだ。

 

「……そろそろ、小猫ちゃんと一樹が体育館に到着する頃だな……小猫ちゃんはともかく、一樹のヤツ大丈夫かなぁ」

「イッセーくん、君は、本当に―――」

「ん?」

「いや……家族思いだなって思ってね」

 

 木場が何かを言いかけて、口どもるように黙り切った後に、言い直す。

 若干、怪訝な顔をする一誠だが、木場の言葉に困ったように笑いながら頬を搔く。

 

「いや、たまにキレたくなる時もあるんだけどな」

「………」

「どうした木場?」

「え!?ああ、ごめん」

 

 一瞬、能面のように無表情になった木場。

 何か気に障る事でも言ってしまったのだろうか。

 

 思いつめた表情を浮かべる木場に声を掛けようとすると、体育館のある方向で巨大な落雷のようなものが迸る。

 

『ライザー・フェニックスの『戦車』一名『兵士』一名リタイヤ』

 

「朱乃さんが、やってくれたと言う事は―――」

「成功……って事だね」

 

 響き渡るライザー眷属のリタイヤを促すアナウンス音。小猫と一樹がうまく体育館で足止めすることができたようだ―――これで厄介な『戦車』が減り『兵士』も残り7人。

 手始めとしては順調―――――

 

 

 

『リアス・グレモリーの『戦車』一名、リタイヤ』

 

 

 

 ―――かに思えた。

 予想外のアナウンスに驚愕する一誠。

 作戦は成功したかに思われたが、一体何があった。

 

「小猫ちゃんが……ッ!?」

『イッセー!祐斗!聞こえる!?』

 

 事前に配られたインカムからリアスの声が聞こえる。

 

「部長!状況を説明してください!」

『やられたわ……ライザーの女王は眷属を『犠牲(サクリファイス)』……囮にして、小猫を攻撃したわ。今、朱乃が相手をしているけど、一樹は一人になってしまったわ。作戦変更よ貴方達は遊撃しつつ運動場へ移動して、そこで一樹と合流してちょうだい』

「分かりました!」

 

 『犠牲(サクリファイス)』、意味を聞かなくても大体分かる。

 つまり、仲間を捨て駒にして相手の隙をついて倒す事。合理的だが、一誠にとってはその作戦は最も忌むべき策に違いなかった。、

 

「……ッ」

「イッセー君」

「分かってる、今重要なのは一樹の安否じゃない……『王』である部長を優先させること……だよな」

 

 分かっている。頭の中で分かっているのだが、納得はいっていない。

 一樹の事もそうだが、何より納得いかないのはライザーのやり口。

 

「『犠牲(サクリファイス)』って何なんだよ……ッ。アイツにとって下僕は……捨て駒なのかよッ」

「……間違った戦術じゃないのが悲しい所だよね」

「納得しろって言うのか!?勝つ為に犠牲になってくれって?最終的に不死身の俺様が残れば勝てるから、精一杯戦って囮になって敵削ってからリタイヤしてくれってか!?そんなの、納得できるはずないじゃねえか……ッ」

 

 ガンッと近くの木を殴りつける。

 木場とて一誠の怒りは分かっているつもりだ、現に平静を装っているもの剣を握る手に力が籠っている。

 

 だが、状況は二人に暇を与える事はなかった。

 一誠の背後から、突如何らかの物体が高速で飛来してくる。

 

「ッ!?」

 

 木場も気付いたのか、其の場から同時に飛び退くと、一誠の背中がある場所を鎖鎌のようなものが通り、木に突き刺さる。

 

『あーん、外しちゃったー』

『下手くそ、ちゃんと狙え』

『あ、一人はあの人間だ。こりゃ楽勝かなぁ?』

 

 現れたのは、ライザーの『兵士』三人。

 此処から先に通すわけにはいかない、ここで三人とも片づける。

 

「イッセーくん!やるよ!!」

「ああ!!やるぞ木場!!」

 

 ロックシードをホルダーから外し、上に掲げる。

 一誠を甘く見ているのか、追い詰めるように武器を揺らしているライザー眷属は彼の行動に、訝しげな表情を浮かべる。

 一誠は変身する。

 橙色の鎧を纏う、鎧武者に―――

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!!】

 

「こっから先は通さねえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……何で、小猫が……」

 

 一誠と木場が、交戦している時、一樹はリアスに指示された通りに運動場へ足を進めていた。

 だがその足取りはお世辞にも速いとは言えない。別に怪我をしているという訳ではない、むしろ無傷に等しいだろう。

 

「……何で、あんな、強いんだ」

 

 一樹が【原作通りに】相手取った『兵士』三人は彼の予想を上回る手練れだった。そもそも、チェーンソーを振り回してくる二人と棍を用いて戦ってくる一人相手に、ほぼ素手の状態では戦えるはずがない。

 戦闘経験の浅い一樹がうまく立ち回れる方がおかしいのだ。

 下手に応戦しようとしても、勝手に倍加が解除されてまたやり直し。

 溜めても溜めても溜めてもやり直し。

 

 三度目の倍加を試みる頃には完全に対応されていた。

 

「僕が、悪いのか……」

 

 【洋服破壊】という原作のイッセーの必殺技がある。

 女性限定だが、相手の衣服を破壊する変態を極めたような下品極まりない技だ。勿論一樹はこれを習得していないし、するつもりもない。

 自分はあのイッセーとは違う。

 

 確かに【洋服破壊】はお世辞にも褒められない技だろう。

 だがこの技の利点は、相手の裸体を見れるだけではない。―――重要なのは相手の動きをほぼ百パーセント止められること。

 羞恥心があるからには、かならず掛かってしまう。

 女性限定の話だが、眷属悪魔の多くを女性で占める悪魔が多い中で、彼の技は驚異的なモノだろう。

 

「……何で、うまくいかないんだ。僕は、主人公になったはずじゃ……くっ、うぅっ……うぅぅ……」

 

 結局、チェーンソーを持っている双子の片方しか倒せなかった。

 いや、倒せたという表現は間違っている。―――朱乃の雷に逃げ遅れただけ。

 何故、こうにもうまくいかない。ナニが足りない、何をすれば、自分は『主人公』になれる?赤龍帝になれる?本物になることができるのか。

 ここには原作のイッセーがいない。いるのはその紛い物だけ。

 だから、自分がやらなくちゃいけない。自分を見せるしかない。―――自尊心を奮い立たせ、一樹は歩を進める。

 

 赤龍帝の自分は戦えるんだって、あのイッセーよりも戦えるんだって、証明しなくてはならない。

 

「まだだ、そう、まだ僕は終わってない……僕は…………」

 

 雑に目元を拭った一樹は、歩き出す。

 自分が逃した兵士二人がこの後のレーティングゲームでどのような影響を与えるか知らずに―――

 

 




 兵士二人を取り逃しました。
 実質、原作のイッセーは『洋服破壊』があるからこそ、対ライザー眷属戦を乗り切れたと思ったので。
 まあ、決してそれだけはなく、他の要因もあるでしょうが……。



 次話もすぐさま更新致します。


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悪魔と人間 6



本日二話目の更新です。


『ライザー・フェニックス様の『兵士』三人、リタイヤ』

 

 

「よし!急いで運動場に向かうぞ!」

「そうだね!」

 

 ライザーの『兵士』三人を難なく撃破した一誠と木場は、一樹と合流するべく集合場所の運動場へと足を進める。

 一誠は変身を解かずに、木場と並走するように音をたてないように走る。

 旧校舎裏の森を抜け、校舎の合間合間を警戒しながら移動していると、木場が何かを見つけたのか、一誠に声をかける。

 

「イッセー君」

「どうした?」

「……敵だ」

「!」

 

 素早く身を隠して、運動場のある方向を見ると、そこには三人のライザー眷属。

 

「……『騎士』と『戦車』と『僧侶』の三人だね」

「警戒している、のか?」

「ただでさえ体育館を吹っ飛ばされたんだ。警戒はするだろうね……」

 

 今、襲撃するのは得策じゃない。

 現状最優先する事は、一刻も早く一樹と合流し、戦力を増やす事。敵に気付かれぬよう、其の場から離れ、建物伝いに移動しカ一樹を探す。

 

「見つけたよ、イッセーくん」

「本当か!?」

 

 思いのほか一樹は簡単に見つかった。ライザーの眷属達よりも早く見つけられてよかった、安心しながらも、視線の先で、警戒するように壁伝いに移動する一に近づき肩に手を置く。

 

「!?」

「一樹君、僕だ」

「木場……と、兄さんか」

 

 木場が居る前なのか、試合前のような呼び方をしない一樹に、苦笑いを浮かべながら近付く一誠。ともかくこれで三人で合流することができた。

 

「よし、これで戦力は固まったな」

「そうだね。まだまだ戦力的に僕達が圧倒的に不利だけど、まだ勝機はある。ここから逆転しよう」

「一樹もまだまだ大丈夫だよな?」

 

 一誠の問いに対しての一樹の返しは無言。一応確認はとったが、怪我とかしてないようなので大丈夫かと思うことにした。

 

「で、どうする?奇襲でも掛けるか?それともある程度耐久力がある俺が行くか?」

「……いや、相手には戦車もいる。君でも迂闊には出るべきじゃない」

 

「僕が『戦車』を相手する」

 

「……やってくれるのか?」

「僕が倍加して一気にケリをつけるから、兄さんと木場はその間に騎士を」

「……大丈夫なのかい?」

 

 修業期間の中で、一樹の身体能力はそれほど高くないと木場は分かっていた。『戦車』は武闘派、つまり格闘に通づる者がなる事が多い。

 あるていどの攻撃が回避することができる一誠ならともかく、倍加した魔力での一撃重視のパワーファイターの一樹では、少しばかり荷が重いのではないか?

 

「うっし!じゃあ任せた!」

「イッセー君!?」

「もしもの時は俺か木場が加勢すればいいじゃねえか」

 

 それはそうだけど、と一樹の背を叩く一誠を見て何も言えなくなる。

 

 

 

 ―――君は何で自分を嫌っている人にそこまで優しくできるんだ?

 

 

 小猫がリタイヤする少し前、一誠に対して木場が決して口に出せなかった言葉である。正直に言うと、木場は一樹を性格の良い人間だとは思ってはいない。

 幼少時、ある事情で様々な悪意に晒されてきた木場は、なんとなくだが一樹の人間性を理解しており、一誠の心の奥に潜む闇―――その根本たる原因が一樹だと睨んでいた。

 

 だからこそ、一樹に対しての一誠の態度が分からない。

 彼とて、自分の悪口を弟が吹聴している事を知っているだろう。

 

 

 

『私は、ライザー様に仕える『騎士』カーラマイン!こそこそと腹の探り合いをするのも飽きた!リアス・グレモリーの『騎士』よ!いざ、尋常に剣を交えようじゃないか!』

 

 

「ッ!」

 

 突然鼓膜を震わせた女性の声に、我に返る。

 視線を運動場に向けると、ライザーの『騎士』が豪胆に剣を地面に突き刺し堂々と立っていた。

 

 木場はふっと肩の力を抜くと―――

 

「名乗られたからには『騎士』として『剣士』として出ない訳にはいかないね」

「僕も行くよ」

 

「え?」

 

 どうすればいいか迷っているように見える一誠を尻目に、運動場に出て行ってしまう木場と一樹。「ああ、もうしょうがねえなぁ」と慌てながら運動場に出る一誠。

 

「僕はリアス・グレモリー眷属の『騎士』木場裕斗」

「………同じく『兵士』の兵藤一樹」

 

 名乗る肩書のない自分はどうすればいいのか、と仮面に包まれた頬を搔く。だが自己紹介をしなければ、自分を部室にいた人間だとは分からない。……事実、ライザー眷属は、木場や一樹よりも、全身を覆うスーツを身に纏った一誠に注目している。

 この場合は、リアスの協力者の人間として自己紹介すればいいのだろうか。

 

「きょ、協力者!兵藤一誠だ!!」

「ほぉ、あの時ミラの攻撃を真正面から受けた……只の人間という訳ではなかったようだな。……それにしても、正気の沙汰ではないな」

 

 ライザーの『騎士』カーラマインは口の端を釣り上げる。

 木場も、戦意が高揚しているのか、剣をその手に作り出し前に出る。

 

「『騎士』同士の戦い……待ち望んでいたよ。個人的には尋常じゃない斬り合いを繰り広げたいね」

「くくく、お互いバカだな……よく言った!リアス・グレモリーの剣士よ!!」

「イッセー君、ここは僕に任せてくれ!!」

 

 そう言い放った直後、木場の姿が一瞬ブレ、カーラマインと剣戟を交わしていた。踊る様に剣を振るうカーラマインとは対照的に、木場は鋭く無駄のない動きで斬撃を繰り出す。

 木場が負けるとは思えないが、初めて見る『騎士』同士の高速戦闘に一誠は下を巻く。

 

「暇そうだな」

 

「!?」

 

 声のした方向に振り向けば、そこには顔の半分を仮面のようなもので覆った女性。恐らくこの女性が木場の言っていた『戦車』だろう。一樹も相手が自分が戦うと言った相手だと理解しているのか、即座に『赤龍帝の籠手』を展開する。

 

「お前は僕が相手する!!」

「威勢がいいな、その威勢に見合うほどの実力が備わっているかどうか……試してやろう!!」

 

 突如、『戦車』がボクシングに見られるような、リズミカルなステップを踏み一樹と一誠へと向かっていく。既にカウントを始めていたのか、一樹の神器から『Boost』という音声が鳴る。

 

「一撃で終わってくれるなよ、下級悪魔に、人間」

 

 『戦車』の狙いは一樹、咄嗟に一樹の盾になろうと身を乗り出そうとすると―――

 

「手を出すな!!こいつは僕がやる!!」

「勇ましいが、勇気と蛮勇は別物だぞ」

 

 バックステップで距離を取った一樹に助勢を拒否される。これで敵が『戦車』一人だけだったのならば、一誠が『戦車』を抑え、一樹が倍加で強化した一撃で止めを刺すという事ができるのだが、運悪くその場には主にサポートを用いる『僧侶』がいる。

 

 大橙丸を握りしめ、『僧侶』の方に向き直る。

 こいつを倒したら、すぐに一樹の援護に向かう。戦意を高める一誠を見て、ため息を吐いた『僧侶』は暇そうに金髪を弄る。

 

「私、貴方のお相手はしませんわよ」

「………は?」

「イザベラが二人同時に相手すればいいのに……カーラマインの剣バカもいい加減にしてほしいですわ」

 

 何を言っているのか、この『僧侶』は。

 まるで戦意がない。

 

「私は、このレーティングゲームには興味はないの、お兄様の戯れに付き合わされているだけ」

「お兄様……?もしかして、ライザーの事か?そしたら……お前、あいつの妹!?」

「そうですわ」

 

 まさかライザー自身の妹までもが下僕になっているとは思わなかった。だが、そうだとすると、戦闘に参加しないというライザーの妹の戦闘能力はお世辞にも高くないと考えられる。何故、わざわざ自分の妹を眷属にする必要がある?

 

「……そんな事はどうでもいい!お前が戦う意思がないなら―――」

 

 イザベラと呼ばれた『戦車』と交戦している『一樹』の援護に向かおうと踵を返そうとする一誠。

 

「まあ、助けに行くのは構いませんが……仲間の事より自分の事を心配した方がよろしいんじゃないかしら?」

 

 『僧侶』からの警告染みた言葉に、首を傾げると校舎から二つの影が一誠に急接近してくる。

 一人が棍を持ち、もう一人がチェーンソウから火花を散らし、一誠へと攻撃を繰り出す。咄嗟に大橙丸でチェーンソウを逸らし、棍を腕で防御しながら後退する。

 

「なっ!?」

「……中々やりますね」

「バラバラでーす」

 

 現れたのは、部室で一誠に攻撃を仕掛けたミラという少女と、体育館で一樹が相手をしたチェーンソー使いの少女、イル。

 こいつらは、恐らく『兵士』。だが、何だこの力は。

 まさか―――

 

「プロモーションしてんのか?」

「……眷属が少ないという事は、守りが薄くなる場所ができる事は必然です」

「でも私達が『女王』になっても、リアス・グレモリーには敵わない事は分かり切っているからね!レイヴェル様の援護に来たわけ!!」

 

 そう言うや否や、武器を構え突撃してくるミラとイル。流石に『女王』を二人相手することに骨が折れると察した一誠は、無双セイバーを引き抜き、銃弾を装填して放つ。

 

 放たれる銃弾を、二手に分かれる事で避けた二人は、一誠を挟み撃ちする容量で襲い掛かる。左右から襲ってくる攻撃に対して一誠は残り二発の銃弾をイルの方に放ち牽制し、接近してくるミラの方に体を向ける。

 

「貴方には借りがありますね!!」

「それはこっちの台詞だ!!」

 

 突き出され棍を体を捻り避け掴み、大橙丸で真っ二つに切り裂く。

 自身の武器を両断されたにも関わらず、特に驚く顔を見せないミラは、宙を舞う棍を掴みとるとそのまま一誠の右手首へと勢いよく振り下ろす。

 

「甘い!!」

「なっ!?」

 

 手から叩き落とされる大橙丸。真っ二つにされた棍を二刀流のように振るい、連続攻撃を仕掛けてくるミラに歯噛みしながら、一時後退しようとすると―――

 

「隙有り!!」

 

 背の鎧から大きな火花が散る。

 背後から迫っていたイルがそのチェーンソーで一誠の背を切りつけたのだ。生身なら、背中がズタズタになっていただろう。自分の鎧の耐久力に感謝しながらも、さほどダメージが入っておらず驚くイルに拳を振るう。

 

「きゃぁ!」

「イル!?」

 

 仲間を気遣う様子を見せるミラに再度銃弾を装填した無双セイバーを向け全弾放つ。

 お世辞にも射的は得意ではないので、ほぼ外れてしまったが、相手を交代させるには十分だったようだ。

 

「………『女王』にプロモーションした私達を……」

「ただの人間じゃないね……」

 

 驚愕の表情を浮かべるミラとイルだが、どちらかというと一誠の方が焦燥していた。『女王』の力を持ったらここまで厄介だとは思わなかった。『騎士』のスピード『戦車』のパワーと耐久力『僧侶』の魔力向上。特に『戦車』の耐久力が厄介だ。スピードは見切れても、生半可な一撃じゃビクともしない。

 事実、スーツを纏った一誠の蹴りに耐えている。

 

「冗談じゃねえ、こっちが保たないぞ……」

 

 あまり、時間は掛けられない。

 戦車の防御力を突破するには、攻撃に特化した攻撃でなくてはならない。

 オレンジロックシードのようなバランス型じゃ、ジリ貧だ。身体能力で劣る一誠が不利になってしまう。

 

「なら」

 

 ホルダーから、パインロックシードを取り出す。

 バックルのロックシードを外した一誠を不審に思ったのか、ミラがイルが警戒心を露わにする。

 

「何かするようですね」

「させないよ!!」

 

 変身させる暇を与えずに、仕掛けてくるようだ。

 しかし、一誠は―――

 

「オルァ!!」

【パイン!!】

 

 頭上にパイナップルを模した物体が出現すると同時に、自身の体を覆っていたオレンジアームズを元の果実の形態に戻し、勢いよく上半身を振りそのまま前方に飛ばす。

 

「「なぁ!?」」

 

 いきなり砲弾のように飛んで来たオレンジのような物体が直撃し後方に大きく飛ばされる二人。その隙をつき、スーツのみとなった一誠はパインロックシードをバックルに嵌め、カッティングブレードで切る。

 

【パインアームズ!粉砕デストロイ!!】

 

 頭頂部のパイナップルの刺々しいへたを思わせる兜に、オレンジアームズとは違う上半身を覆う強固な黄色のアーマー。

 そして大橙丸の代わりにその手に持たれた、鎖に繋がれたパイナップルを模した鉄球【パインアイアン】。無双セイバーを腰に戻した一誠は、パインアイアンを振り回しながらミラとイルに叫ぶ。

 

「今度はこいつで相手だ!!」

 

 





 パインパインにしてや(ry



『兵士』が『女王』にプロモーションしてイッセーの前に立ちはだかりました。これも正史から外れる予兆ですね。

 次回も戦闘回です。
 すぐさま更新致します。


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悪魔と人間 7

本日三話目の更新です。


 パワー主体のフォーム『パインアームズ』にフォームチェンジした一誠。

 『女王』としてプロモーションしたミラとイラを眼前に捉え、パインアイアンを上から叩き付けるように振り回す。

 先程とは全く違う、力強い戦闘方法だが、武器が変わっただけだ臆する必要はない。ミラとイルは恐れず前へ飛び込んだ。

 

「姿が変わったって!」

 

 接近すれば、中距離武器の優位は逆転する。

 接近してくる敵に対して、一誠は其の場で右に一回転。投げ出されたパインアイアンが円を描く様に一誠の周りを旋回し、彼に近づきつつあったミラに振るわれる。

 

「くっ……」

 

 避けられない、直撃に備えようと棍を構えるが、ミラの前に飛び出したイルが掲げるチェーンソーによりパインアイアンによる一撃が防がれる。だが、鉄球での一撃はイルの得物を粉々に砕き、防御の上からイルとミラを横に吹っ飛ばす。

 

 防御の上からこれほどの衝撃。直撃したら一撃で相当のダメージを負ってしまうだろう。『兵士』だったなら、一撃でリタイヤ必須だ。

 イルを抱え、体勢を立て直しながら思考を巡らせていると、一誠が自身にパインアイアンを引き寄せているのが見える。

 

「そらぁ!!」

 

 あろうことか、一誠は引き寄せたパインアイアンを振り回さずに、ミラ目掛けて蹴り飛ばした。

 

「出鱈目な……」

 

 防御する手段のないイルでは、保たない。狙うは先ほどのように手首を狙い武器を落とす。

 そのためにはまず接近戦に持ち込まなくてはならない。その為には―――

 

「弾くしかない」

 

 あの鉄球をなんとかして、体勢を崩すしかない。

 イルを自身の背後に押しやり、二つに分かれた棍で防御態勢を取る。目前に迫ったパインアイアンを右手の棍で歯を食いしばりながら受け止める。メキメキと棍から音が聞こえるが、そのまま左手の棍で下から切り上げるようにパインアイアンを打ち、宙に上げる。

 同時に両の手の棍が砕け散ってしまったが、チャンスは作った。

 

「ミラ!?」

「大丈夫!この隙に―――」

 

 奴を―――と、前に向き直った彼女の眼前には一誠はいなかった。何処だ、と焦りつつも彼の姿を探すも、何処にもいない。するとイルが上方を見ながら声を上げる。

 

「上だよ!!」

「ッ!まさか!?」

「もう遅ぇ!!」

 

【パインスカァッシュ!】

 

 一誠はパインアイアンが宙へ打ち上げられたと同時に、即座に飛び上がっていたのだ。バックルから右足に黄色のエネルギーが集約され、宙に投げ出されたパインアイアンを力の限りミラとイラ目掛けて蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたパインアイアンが空中で、膨張しエネルギー体となり、ミラとイルを飲み込んだ。

 

「え!?なにこれ!?」

「う、動けない……」

 

 二人を閉じ込めるように展開されたエネルギー体は、二人の動きを拘束し動きを止める。一誠はレイナーレの時と同じように蹴りの体制に移り、雄叫びと共に右足からエネルギーを撒き散らしながら【無頼キック】を繰り出す。

 

「食らえええええぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「「きゃああああああああああ!?」」

 

 蹴りの直撃を受けた二人は、大きく吹き飛び光の粒子となって消えて行った。

 同時に鳴り響くグレイフィアのアナウンス。

 

『ライザー・フェニックス様の『兵士』二人、リタイヤ』

 

 強かった。一人だけなら、こんなには苦戦しなかったが。

 

「……何者なの貴方、『女王』にプロモーションしたミラとイルだって弱い訳じゃないのに……」

「人間だよ」

 

 驚く、『僧侶』レイヴェルにそう返しながら、木場と一樹の方に視線を向ける。木場は先ほどとは違う剣で、依然として剣戟を交わしている。

 一樹は、イザベラに劣勢を強いられていた。

 

 拳闘を用いて戦うのか、イザベラは拳を一樹の腹部に打ち付け、頬を殴った後に、フリッカーを抉るように放ち一樹を圧倒していた。

 

「マズい……ッ!!」

 

 パインアイアンと無双セイバーを連結させ、助けに入ろうとすると、劣勢を強いられていた一樹の左手の『赤龍帝の籠手』から『Explosion!!』という力強い音声が鳴る。

 

「……なめ”るなぁ!!」

「まだ動くか!!」

 

 強化された肉体でタックルを食らわし、イザベラと距離を取った一樹は、その手にソフトボール大の魔力の弾を生成し、放つ。

 

「その程度!!」

「僕が、僕は赤龍帝だ!!お前なんがに、お前な”んがにやら”れるか!!」

 

 放たれた魔力弾は、一樹の手を離れると同時に膨れ上がる。突如巨大化した魔力弾に面を食らったイザベラは即座に横にステップし回避しようとするが、彼女の足元に一誠が無双セイバーから放った銃弾が撃ち込まれる。

 

「いけ!一樹!!」

「おのれッグレモリィィ!!」

 

 魔力弾に飲み込まれ、後方に飛んで行くイザベラ。彼女を飲み込んだ魔力弾は、はるか後方で大きな爆発を起こし、校舎の一角を消滅させた。

 

『ライザー・フェニックス様の『戦車』一名、リタイヤ』

 

 

 

 

「なっ、イザベラ……ッ!?」

「余所見をしている場合かい!!『魔剣創造』!!」

 

 仲間がたて続きにやられた事で動揺したカーラマインの隙をつき、神器を発動した木場は、風と氷の魔剣を合わせ、大きな竜巻を作り上げる。

 カーラマインも負けじに炎の竜巻をつくり対抗する。二つの竜巻が激突し、運動場に風が吹き荒れる。

 ――――彼らの戦いはまだまだ終わりを見せなかった。

 

 

 

「木場はまだ……」

「……加勢に……」

「少し休んでろ。顔。血だらけじゃねえか」

 

 一樹を下がらせ、オレンジアームズに変身しようとロックシードを取り出そうとすると、新たな気配が校庭に現れる。

 

「ここね」

「あれ?イザベラ姉さんは?」

「まさかやられちゃったの?」

 

 新たに表れる4人のライザー眷属。

 残りの構成から考えると、『兵士』二人に『僧侶』一人、『騎士』一人。『戦車』と闘い疲弊した一樹では、戦えるか微妙だ。

 

「ねー、そこのコスプレしてる人と、兵士くーん」

 

 ライザーの僧侶らしき少女が、一誠と一樹に話しかけてくる。

 何だ?と思いながら、耳を傾けると。少女は間延びした声で―――

 

「ライザー様がね、貴方の所のお姫様とね、一騎打ちするんですって。ほら」

「は!?」

 

 『僧侶』が指を指した方向を見ると、新校舎の屋上に炎の翼を広げる男と、黒い翼を広げている紅色の髪の女性。――ライザーとリアスだ。

 

「部長、何で……!?」

『イッセーさん!聞こえますか!?イッセーさん!』

「アーシア!なんで部長が一騎打ちなんか―――」

『相手のライザーさんが、部長さんに一騎打ちを申し出て、おかげで何事もなく校舎にはいれたんですけど……』

 

 何故、この状況でライザーは一騎打ちなんて仕掛けてくる?奴は、そんなことしなくても勝てる確立の方が高いのだ。自分たちの眷属が減り、焦っての行動では決してないだろう。

 

 ライザーの不可思議な行動に疑問が尽きない一誠。

 そんな一誠を見て、クスリと笑みを浮かべたレイヴェルが、彼の疑問に答える。

 

「お兄様ったら、リアス様が思いのほか善戦するものだから高揚したのかしらね。普通に闘えば私達の勝利ですもの、情けを与えたのでしょう」

「情け、だと」

「あら?何かおかしい事でも?」

 

 それじゃあ、あれか?自分たちでは自分の元にはたどり着けないから、自分から出てきていやったと?普通に戦えば、リアスや木場達にも簡単に勝てるから?

 

「ふざけやがって、あの焼き鳥野郎……。どれだけ皆をバカにすれば気が済むんだ……ッ」

「バカにしていませんわ。私が行っているのは事実……それともあなたには不死であるフェニックスに勝てる手段がありまして?『人間』である貴方が」

 

 人間、先程レイヴェルにいい放った一言をそのまま返された一誠。フェニックスを倒す術がないという事が事実だとしても、そんな理由を逃げ道にして逃げる事は有り得ない。

 頭に血が上りかけていたが、深呼吸しながら冷静なる一誠。

 

「言いたいことはそれだけか?」

「……なんですって?」

「一樹」

 

 顔を顰めるレイヴェルを無視し、背後の一樹に声をかける。

 

「……何?」

「ここは俺と木場に任せろ。お前は部長の所行って来い。そしてアーシアに傷を治してもらって、部長の助けになってきてくれ」

「え……?」

 

 一誠の言葉に信じられないとばかりに素っ頓狂な声を出す一樹。彼の言葉におどろいたのは一樹だけではなく、親切心で忠告していたレイヴェルすらも驚愕の表情を浮かべていた。

 

「ちょっと、貴方、話聞いていたの!不死身ってのはそれだけで絶望的なのですわよ!?」

「んなこと知ったことじゃねえよ!!」

 

 一誠の怒号が運動場に響く。

 ここでやめたら、自分たちがやって来た全てが無駄になる。この10日間のトレーニング、そして何より、自分が皆の仲間として絶対に顔向けできなくなる。

 

「ここで辞めたら、小猫ちゃんはなんのために戦ったんだ!?何の為に戦って、傷ついてッ、倒れたと思っているんだ!?それを……ッそれを敵のお前に『無理』だって言われただけで俺達が諦めると思ってんのか!?俺達を舐めるのもいい加減にしろ!!」

 

「……ッ!貴方はとんだ愚か者ですね……いいでしょう。そんなに戦いたいのなら―――私達、皆で貴方を倒しますわ」

「一樹!!早く行け!!」

「……分かったッ!!」

 

 一誠の周りを取り囲もうとする、3人のライザー眷属を視界に捉え、一樹に早くリアスの元に行くように叫び促す。

 

 一誠の方を、呆然と見ていた一樹だが、彼の叫びに応じるように新校舎のある方向に走り出した。

 

「させると思うかにゃ!!」

 

 ライザーの『兵士』も黙って見過ごすわけにいかないのか、包囲の穴をついて跳び出そうとする一樹に襲い掛かろうとするが、途端、一樹と『兵士』の間にパインアイアンが勢いよく叩きつけられ道を阻む。

 

「ニィ!リィ!その人間は訳の分からない力を持っていますわ!!『女王』にプロモーションしたミラとイルを倒した事から考えて、貴方達が下手に近づいたら一瞬で終わると思っておきなさい!!シーリス主体のコンビネーションで仕掛けなさい!!」

「「はい!!」」

 

 シーリスと呼ばれた『騎士』が背から大きな大剣を引き抜く。

 一撃一撃に力がありすぎる『パインアームズ』では分が悪い、それにレイヴェルは『パインアームズ』と『オレンジアームズ』の戦闘は見ているから、余計なアドバイスを出されると面倒だ。

 手に持っていたオレンジロックシードをホルダーに戻し、新たにバナナロックシードをホルダーから取り外す。

 

「く……っ」

『バナァーナ!』

 

 頭上にバナナのアーマーが出現する。何かの攻撃かと勘違いしたライザーの眷属達は、獲物を構える。一誠の挙動の意味を知っているレイヴェルだけが「攻撃しなさい!」とだけ、叫んでいるが、時すでに遅く、一誠は既にバナナロックシードをバックルにはめ込みカッティングブレードを傾けた。

 

【バナナアームズ!Knight of Spear!!】

 

 上半身をバナナを象ったアーマーが展開されると同時に、右手に現れた【バナスピアー】を鋭利な先端に手を添えるように構える。

 

「来い!!」

「面白い……ッ!!」

 

 大剣を横薙ぎに振るうシーリス。パワータイプが、速度重視の『騎士』になった感じか―――自身の特技を伸ばせないというデメリットがある分、力と速さを両立させられるという利点がある。

 冷静に身を屈め、頭上を通り過ぎる大剣を見ながら、大剣を振り切り、隙が生じているシーリスにバナスピアーを突き出す。

 

「させないにゃ!」

 

 同時、シーリスの左右から獣人を思わせる耳が生えている二人の【兵士】、ニィとミィが凄まじいスピードで拳を放ってくる。

 

「にゃ!」

「にゃにゃにゃ!!」

 

「ぐ……ッ」

 

 シーリスへの攻撃を中止し、バナスピアーを盾にし間髪入れずに放たれる拳やキックを防御する。二人で繰り出される連携も厄介だが、単純に一人増えたら更に厄介。

 元々多対一の戦いには慣れていない、一誠では『兵士』複数との戦いでも攻勢に回れなくなるのは、当然んの事だった。

 

「私がいるのを忘れて貰っては困るな」

 

 不意に、二ィとミィが道を開けるように横に飛び退くと、前の前には凄まじい勢いで刺突を仕掛けるシーリスの姿―――。

 目の前の二人にだけ気を取られ、シーリスの存在に気が回らなかった彼は、大剣の一撃を躱せず、胸の装甲から大きな火花を散らし吹き飛ばされてしまう。

 

 

『イッセー君!?クソ!!』

 

「カーラマイン、貴方がその『騎士』に勝てないのは分かります。だから後、十秒待ちなさい。その間にこの人間を葬れそうなの!その騎士を止めてちょうだいな!!」

 

「ははは、十秒って、オレも甘く見られたもんだ……」

 

 連戦の影響で体力的には余裕があっても、精神的には中々にキツイ。

 だが、ここで自分が立ち上がらない訳にはいかない。

 バナスピアーを杖代わりにして立ち上がった、一誠の耳に大きな爆発音と赤と紅のオーラが見える。

 

「……まだ、皆、戦ってる」

 

 リアスも、一樹も、アーシアも、木場も、朱乃も、皆戦っている。

 勝つ為、部長の為に死力を尽くして戦っているんだ。

 

「真っ先にへばってる場合じゃねえよなぁ!!なあ木場ァ!!」

 

 バックルに手を掛け、叫ぶ。一緒に修業してきた木場なら一誠の意図に気付くはずだ。その証拠、木場は一瞬だけこちらに視線を向けると、僅かに頷き微笑を漏らした。

 一誠も吊られるように、笑いながらバナスピアーを持ち上げると、こちらに近づいてくる二ィとミィ目掛けて走り出す。

 

「まだ動けるのかにゃ!?」

「にゃにゃ!?」

 

 攻撃の隙を与えず一気に接近し、バナスピアーを横から殴りつけるようにミィに当て、分断する。

 

「ミィ!?よくも―――」

 

 『兵士』一人相手なら、十分対処できる。

 続いてバナスピアーで殴りつけようとすると、風を切る音が聞こえ咄嗟に屈む。背後から一誠の首を切り飛ばそうとする大剣の刃が通り過ぎる。

 

「あぶな……ッ」

 

 本気に殺しにかかっている事にビビりながらも、二ィの襟を思い切り掴みながら其の場でくるり横に回転し、追撃を仕掛けようとしている、シーリスのわき腹にバナスピアーを直撃させる。

 

「ぐあァ!?」

 

 シーリスがミィの居る場所に飛んで行ったことを横目に見ながら、襟を掴んだままもがいている二ィも二人の居る場所にぶん投げる。

 

「にゃ~~~~!?」

 

「三人を一カ所に集めている?……貴方達、そこから早く離れなさい!!」

 

 レイヴェルが何かに気付いたようだ。

 彼女達も、一カ所に集まるのは流石にマズイと思ったのか、すぐさま散らばるべく立ち上がろうとする。―――しかし、立ち上がろうとした彼女達に、尋常じゃない勢いの突風が吹くと同時に、人間大の何かが三人を巻き込むように直撃する。

 

「いたた~」

「にゃ、にゃに」

「ぐ……カーラマイン!!」

「す、すまない、奴が突然―――」

 

 飛んで来た人間大の物体はカーラマインだった。

 女性にしては身長が高い彼女が上にのしかかるように倒れているせいか、うまく立ち上がれないライザー眷属達。

 

「作戦通りだね」

「作戦っていうほど、高尚じゃないけどな」

「成功すれば、作戦さ」

「ははは、……じゃあ、行くぜ」

 

 敵を一カ所に集めて止めを刺す。

 バックルに手を当て、木場に叫んだのは『必殺技を使うから敵を一カ所に集めてくれ』という合図。その意図を理解した木場は、タイミングを見て風の魔剣【風凪剣】でカーラマインで吹き飛ばした。

 

 後は、簡単。

 一誠がカッティングブレードを三回連続で傾け、必殺技を繰り出すだけ。

 

【バナナスパーキング!!】

 

「お前らがどう言おうが俺達は諦めねえ!!くらえ!!」

 

 くるりとバナスピアーを逆手に持ち、地面に力の限り突き刺す。

 バックルから槍、そして地面へと膨大なエネルギーが流れ出たエネルギーが地中で形を成し、バナナ状のエネルギーを型作りで地面から剣山のように出現する。

 【スピアビクトリー】―――それがバナナアームズの必殺技である。

 

「な、なにその技!?」

「バナナ!?」

「きゃ―――!?」

 

 ライザー眷属は、地面から出現するスピアビクトリーにより、貫かれ(?)粒子となって消える。グレイフィアのアナウンスを聞きながら、地面に突き刺したバナスピアーを肩に担ぎ、安堵の息をもらした一誠は、横で同じように息を整えている木場の背を叩く。

 

「いたっ」

「さあ、部長の所に行こうぜ!!」

 

 背中をさすりながら苦笑いを浮かべる木場だが、すぐにその表情を真剣なものに変え頷く。

 その場に残っている【僧侶】二人はどうしようかと、悩むが、あまり強そうに見えないので捨て置いておくことにする。

 

「じゃあ、急いで――――」

 

 

 

 

 

 

 

『リアス・グレモリー様の『女王』一名、リタイヤ』

 

 

 

 

 

 

 一瞬、聞き間違えと思うほどの信じられない放送。

 咄嗟に、木場の方を向こうとした一誠―――

 

 だが、次の瞬間――――

 

 

『撃破』

 

 

 

 ―――――一誠と木場を赤く燃え上がるような爆発が襲い掛かった。

 

 

『リアス・グレモリー様の『騎士』一名、リタイヤ』

 

 

 無慈悲な宣告が学園中に響き渡った。




次回あたりで、レーティングゲームは終わりですね。

更新はこれで終わりです。


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悪魔と人間 8

今章は今話で終わりですね。


 レーティングゲームが行われている場所とは、別の場所。そこにグレイフィアと魔王ルシファーことサーゼクスが見定めるような眼で、画面の先の男を見つめていた。

 

「……サーゼクス様、彼は―――」

「私にも分からない。少なくとも私が知り得る神器の力や異能の力とは少し違うみたいだね」

 

 爆炎に身を焼かれ、吹き飛ばされた一誠と木場。

 木場のリタイヤを宣言したのは、いいが、どうにも一誠のリタイヤ判定を出せずにいた。理由としては、彼は痛みに呻きながらも必死に動いているという点。

 恐らく、あの身に纏われたスーツが彼を守ったのだろう。ライザーの『女王』の爆発ですら、耐え抜くその耐久性には驚くべきものがあるが、それだけではないだろう。

 

「このまま、続けさせるべきでしょうか?」

「………」

 

 望まぬ結婚はできるだけさせたくはないが、リアスには悲しい思いはさせたくない。メイドではなくリアスの義姉としての彼女の言葉にサーゼクスは無言を貫く。

 特例とはいえ、種族の壁を越えられない人間をレーティングゲームと言う熾烈な争いに参加させているのだ。むしろ単体で『兵士』4人『騎士』1人―――木場と合わせたならば『兵士』7人と『騎士』2人という半数近い人数を打倒できたという事実は評価されてもいい。きっとこのゲームが終わり、彼の武勇を聞くものならば彼を転生悪魔にさせるという要望が集まって来るに違いない。

 

 だが、このゲームが終わった―――つまり、勝敗が決してからの話だ。

 この状況ではリアスは、不死身のライザーに能力と自力で敗北し、彼と婚約を結ばなくてはいけないだろう。

 

「グレイフィア、人間は弱いと思うかい?」

「……いえ」

「なら見守ろうじゃないか。リアスが認めた彼を」

 

 それに、サーゼクスは彼が普通の人間とは思えなかった。

 サーゼクスだけが、捉える事ができた光景。

 『超越者』だからこそ知覚できた前兆。

 

 爆発に吹き飛ばされ、変身が解除された一誠の瞳が、ほんの一瞬だけ―――

 

 赤く輝いたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発に巻き込まれ次に目を開けた時には、一誠の視界は緑で一杯だった。霧が深く、先が見えない深い森、その場所で立っていた。

 

「ここは―――」

 

 自分はレーティングゲームをしていたはずだ。

 爆発で旧校舎の裏まで飛ばされた訳じゃあるまいし、なにより自分が知っている森より遙かに木々が生い茂っている。

 

「………あれ?ここって」

 

 夢で見た時があるようなないような。

 周りを見渡すと、木の周りを上る様に生えている蔦から見覚えのある果実が生っている。間違いない、ここは―――

 

『そう、ここはお前の夢の中』

「ッ!」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返るとそこには、自分と同じ背丈の民族衣装のようなコスプレをした少年が立っていた。

 身長で同じ背丈だということは分かるが、その顔は頭に巻かれた布と首元を覆うよう民族衣装に包まれ判別ができなかったが、この状況では怪しい事には変わりない。

 

『ここはヘルヘイム、お前がいる現実の世界とは違う世界。そして、生物が存在しない世界』

「な、何言ってんだよ!お前、ここは夢の中だって―――」

『ああ、夢の中だ。だから俺はここに存在できるし、お前もここにいる。だがそれは些細な問題さ、重要なのは、お前がここで何を求め、何を手に入れるかってことだ』

 

 一誠の言葉を半ば無視するように矢継ぎばやに訳の分からない事を語り掛けてくる。

 その声は、どこかなじみ深いもので、どこか響きのある音として一誠の頭の中に入って来る。

 

「求、める?」

『兵藤一誠。お前は、この先何をどうしたい?今、目を覚まして『女王』と闘って勇ましく敗れるか?それとも力に溺れてライザーを滅する力を手に入れるか?』

「………」

『ここは、お前の世界だ。お前が望むのならば、どんな力も手に入る――――世界を制する事すら容易だ』

 

 

 ―――――お前は全ての世界を制するんだ。

 

 不意にその言葉が、頭の中で思い浮かべられる。思えば、あの言葉から今の自分が始まったのではないのだろうかと思う。

 アーシアと友達になって、仲間ができて、今ライザーの眷属達と闘った。

 そして今、リアス達は窮地に立たされている。負ければリアスが望まない結婚をしてしまう。それは嫌だ、自分を仲間といってくれた彼女には、そんな思いはして欲しくない。

 力が要る。不死身のフェニックスすらも屠れる圧倒的な力が。

 

『お前の記憶はお前のモノじゃない。だからお前の力もその行動原理も、お前が自分で手に入れたものじゃない』

 

 こいつが誰だかは分からない。

 怪しさバリバリの不審者だが、自分が力を望めば要望通りの力をくれるのだろう。―――あの廃工場での銀色の姿の力を手に入れる事さえ。

 

『だが、それは紛いないお前自身だ。迷いも、怒りも、喜びも全てお前が手繰り寄せたお前だけのものだ。だからお前はにはこれからもいくつもの選択が課せられる。そして今、オレが出す選択肢も、ここからの『物語』を左右する重大なものの一つだ。さあ、選べ兵藤一誠。お前は壊すための力を望むか?』

 

 ―――決まっている。

 アーシアの時に誓ったんだ。この力は、彼女の為に、守るために使うんだって。

 

「破壊だけが力じゃない、守るためにオレの―――バックルの力を使う!!」

『………それがお前の選択なら、俺は文句は言わない』

 

 すると、黒色の塊が一誠の懐に投げ込まれる。

 瞬間、一誠の頭の中に、その塊が使われた光景が流れ込む。

 それは陣羽織のような装甲を身に纏った自分と同じような仮面の戦士が、異形の怪人や自分と似た姿の敵と戦っている光景。

 咄嗟にレモンのロックシードを取り出した一誠は、少年を見る。

 

『見せてみろ。お前の選択がこの先どんな物語を紡ぐのかをな』

「あ、おい待て!お前名前は―――」

『最初に言っただろう。オレはお前の夢の中の存在、そこから考えてみな。……ついでに忠告しておく、ライザーは手強いぜ?』

 

 用は済んだとばかりに、森の方に歩き出す少年。一誠の声に無言で人差し指を振り消えていく少年。思わず追いかけようとする一誠だが、不意に目の前の景色が霞んでいくことに気付く。

 

 

 

 

 

「………う……」

 

 視界が鮮明になる頃には、元の場所―――運動場に戻っていた。右手にレモンのロックシードと黒い錠前を嵌める部分がついた塊。

 

「あら、生きていましたの」

 

 立ち上がった一誠を覗き込んでいたレイヴェルや【僧侶】の一人は驚いたように、声色を高くする。ぐわんぐわんと覚束ない思考を回転させ、状況を把握しようと周囲を見渡すと、校舎の方へ向かっていく女性の姿が一誠の視界の端に映る。

 

「木場、朱乃さん……」

 

 リタイヤしてしまった仲間の事を悔やむように拳を握りしめる。しかし悲しんでばかりはいられない。まだゲームは終わっていないのだ。

 変身が解除されてしまったが、まだ変身し直せばいい。まだ、自分は戦える。

 

「まだ戦いますの?」

「終わってないだろ。数は同じだ、後はライザーを倒して終わりだ」

「だからもう、終わりです。分からないのですか?戦力を欠いた貴方達ではもうお兄様には勝てませんわ」

「フェニックスが不死身だからか?」

 

 一誠の言葉にふふんと頷くレイヴェル。

 そんな反応をするレイヴェルに、一誠は呆れた様に額を抑える。

 

「だからさ、お前は分かってないんだよ」

「何をですか?」

「オレッてさ、バカなんだよ。バカだから、どんな事でもやってみなくちゃ、気が済まないし、痛い目をみないと学ばないんだ」

 

 レイヴェルが絶句するのが分かる。当然だろう、どんなに理論づけて警告しても全く聞きやしないのだから。彼女は一誠の事が、ちゃんちゃらおかしい生き物にしか見えているに違いない。

 

 必要はないとばかりに、レイヴェルから視線を逸らし、前を向く。もう振り向く必要はない、一誠は全速力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアス、リザインするんだ。これ以上は他の場所で見ている君のお父上にもサーゼクス様にも恰好がつかないだろう。君はもう詰んでいる、君も分かっているだろう?頼みの赤龍帝も、『聖母の微笑』を封じただけで回復不能に陥ってしまった。彼が火傷でリタイヤするのは時間の問題だ」

 

「……くっ」

 

「まあ、そこの下級悪魔くんはよく頑張ったと思うぜ?なんせ、ゾンビのように執念深く蘇ってきたからな」

 

 リアスにはもう退路がなかった。

 アーシアは、先ほどやってきたライザーの女王に能力を封印され、援護に来てくれた一樹もフェニックスの炎を受けて酷い火傷を負ってしまった。

 

「君の眷属はほぼ全滅、そして残っているのは人間ただ一人」

「ライザー様、その人間ならば騎士と共に私が片づけておいたので、じきにリタイヤしますわ」

 

「なっ……イッセー、が?」

 

 まだリタイヤしていない事から、まだ無事だと思っていた一誠が既に敵の女王により攻撃を受けていたなんて……。

 最早、奇跡すらも縋る事が出来ないのか。

 リアスは徐々に自分の足元が崩れていく感覚に陥る。

 

「君にはあまり攻撃したくはないんだがな……しょうがない、変わりに君の眷属を狙うとするか」

 

 再び背に炎の翼を展開したライザーは、その炎を倒れ伏す一樹に向けて放とうとする。これ以上、下僕たちの苦しむ姿を見たくはない。

 荒れ狂うように吹き荒れる火の粉に顔を顰めながらリアスは―――

 

「分かっ、たわライザー……」

 

 力なくその言葉を発した。

 ライザーもその言葉を聞くと上機嫌に翼を仕舞い、リアスを見る。

 

 心を占めるのは、こんな男と結婚させられる嫌悪感でもなく、結婚を強要してきた親でもなく、自分の為に戦ってくれた眷属達に対する、感謝と謝罪の念。

 自分が不甲斐ない『王』なばかりに、こんな結果になってしまって―――

 

「ライザー、私の負―――――――」

 

 

 

 

 

『部長ォォォォォォォォ!!』

 

 

 

 

 屋上の扉が勢いよく開かれ、黒髪の少年が飛び出してくる。

 ライザーの『女王』は眼を見開き驚き、アーシアは彼の名を呼び、一樹は顔を顰めながら、無意識ながらも微かな安堵の表情を浮かべる。

 

「兵藤一誠ただいま到着しました!!」

「イッ、セー……」

 

 体は煤だらけだが、その五体には目立ったような怪我はない。

 リアスは僅かに希望を抱くが、すぐにその表情を悲哀なモノに変え、こちらに駆け寄って来た一誠に話しかける。

 

「イッセー、もういいの。このゲームは私達の―――」

「部長、まだ終わってません」

「ライザーは、不死身なの……っ」

「………うーん」

 

 リアスの言葉に困ったように頬を搔く一誠。

 しかし、すぐに何時ものような卑屈な笑みではない、朗らかな笑みを浮かべライザーの方に体を向けると彼はリアスから視線を外し―――

 

「じゃあ、見ててください。俺が今からあの焼鳥野郎を倒します」

「……え?」

「だから、諦めないでください。俺達は部長の為に戦ったんですから」

 

【オレンジ!】

 

 バックルを腰に巻き、オレンジロックシードを頭の上に掲げ、錠前にはめ込む。一誠の頭上に生成されたアーマーは、バックルのカッティングブレードを倒すと同時に彼を頭を飲み込み鎧へと変わる。

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】

 

 もはや見慣れた、鎧武者の姿になった彼はそのままライザー目掛けて走り出す。見慣れない能力に顔を顰めるライザーだが、自ら飛び込んできた一誠に嘲笑を浮かべながら、炎の翼を前方に放つ。

 

「そんなもんでッ……俺が止められるはずがねえだろぉ!!」

 

 無双セイバーと大橙丸を連結した薙刀で、炎を切り裂く。

 そして驚愕するライザーの顔面を左拳で力の限りぶん殴る。

 

「ッ……貴様、俺に攻撃は―――」

「んなモン知るか!!」

 

 再度、渾身の拳を顔面にぶつける一誠。

 鼻が折れ、口から血を流すライザーだが、炎に包まれるとすぐに回復してしまう。後退したライザーを視界に収めながら、怒りで拳で震わせながらそのままライザーに指を突きつける。

 

「俺はお前をぶっ潰す!!」

「人間ごときがッこの俺をぶっ潰すだと!?寝言言うなァ人間がァ!!」

 

 人間だからと侮っていた一誠に、傷をつけられ怒りを露わにするライザーは、全身から炎を噴き出させながら鋭く一誠を睨みつける。

 

「あぁ、人間だ!弱くて脆い……ッ少しだけ人とは違う力を持っただけの人間だ!でもなぁ、この力でも俺は戦えるッ、皆と肩を並べて戦える……この力にどんな意味があるかは分からねえ……でも俺は―――」

 

 一誠はバックルの左側に嵌められているフェイスプレートを外し、錠前を嵌める部分が付随している黒い塊【ゲネシスコア】を代わりに嵌め込み、レモンのロックシードを取り出す。

 

「あれは―――」

 

 一誠がどうやっても変身できなかった、レモンのロックシード。一体何故今になってアレを使おうと―――

 

 

「後悔なんてしない!!」

 

【レモンエナジー!!】

 

 レモンエナジーロックシードが開錠され、一誠の頭上にレモンを模した楕円の球体が生成される。彼はオレンジロックシードは外さず、そのままレモンエナジーロックシードを増設したゲネシスコアに嵌め込み、カッティングブレードを切る。

 

【ミックス!!】

 

 今までの変身とは違う音声と共に、オレンジアームズが球体へと戻り、頭上のレモンアームズと融合し、その姿を今までの果物然とした形ではなく、黒色の角ばった形に変える。

 そして、融合したソレは一誠の頭を飲み込み、鎧へと変形する。

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!―――ジンバーレモン!ハハーッ!】

 

 その姿は、武将が纏う陣羽織のような装甲に、レモンの断面を模した装甲の模様。

 黒色に彩られた頭部の意匠―――そして、彼の右手に握られた弓と矢が一体化した武装、創世弓【ソニックアロー】。

 他の形態とは一線を画すその形態に、戸惑いを隠せないリアス。しかし、一誠の力を知らないライザーとその『女王』は嘲笑を浮かべる。

 

「っで?何だ?そんな姿になった程度で俺に勝てると思ったのか?甘ぇんだよ人間が!」

 

 身に纏う炎を一誠目掛けて放つ。尋常じゃない熱量を誇るフェニックスの炎を目前にした一誠は、ソニックアローを左手に持ち替え、弓を引き黄色に輝く光の矢を打ち出す。

 

「ハァッ!!」

 

 放たれた矢は、迫りくる炎を容易く突破しライザーの顔の横を掠めるように通り過ぎる。

 

「このッ……」

 

 乱暴に頬を拭うと、翼をはためかせ一誠目掛けて加速するライザー。人間に三度も手傷を負わされた事は、彼のプライドを大きく傷つけた。

 こいつは焼き尽くす、例えゲームだろうが殺す。危険な思考に陥っているライザーに対して一誠は、ソニックアローを左手で構え、ライザーに合わせるように瞬間的に走り出し、すれ違いざまに彼の胴体をソニックアローで一閃する。

 呻き声が背後から聞こえると同時に、振り返り続いて斬撃を加える。

 

 圧倒、その言葉が正しい。

 オレンジアームズとは段違いの強さでライザーを、弓のような武器で切り刻む一誠。自身の不死力に頼り切りなライザーは、技量と腕力で圧倒する一誠の攻撃にただただ苦悶の声を上げる事しかできない。

 

 一誠は、ソニックアローにレモンエナジーロックシードのエネルギーを籠め、扇状の斬撃に変え打ち出す。柑橘類の断面が空中に浮きだし、ライザーを真っ二つに切り裂き後退させる。

 

「くっ、はは!だが無意味だ!お前ではオレを倒しきることなど不可能だ!!」

 

 確かに不死身のフェニックス相手には、僅かに及ばないだろう。

 だが―――

 

「ゴフッ」

「ライザー様!?」

 

 ビチャリとライザーが吐血する。不死身のフェニックスである彼が吐血したことに、信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべるライザーの『女王』。

 一誠の一撃か、はたまた一樹やリアスが蓄積させてきたダメージなのか―――定かではないが、今の一誠には言える事がある。

 

「無意味じゃない……ッ!!」

 

【ロック・オン】

 

 バックルのレモンエナジーをソニックアローに装填し、カッティングブレードを一度傾け、弓を構える。

 

【オレンジスカァッシュ!!】

 

 同時、ソニックアローの射線上に柑橘類を思わせる断面が幾重にも重なるように出現し、ライザーに向けられる。

 

「貴様なんぞに!!フェニックスである俺が……ッ俺が負けてたまるかよぉォォォ!!」

 

 口から止め留めなく血を流しながら、翼を広げ宙に上がる。

 腐っても上級悪魔、まだまだ途轍もない魔力を内包した炎を撒き散らし、大きな炎の塊を作り出す。

 

 ライザーの上昇に合わせ、ソニックアローを上方に向けた一誠は、狙いを定め、凄まじいエネルギーが集約された矢を撃ち出す。

 

「俺達は一度だって無意味な事なんてしてない!!食らえライザー!!」

【レモンエナジー!!】

 

 放たれた矢は、空中に展開された断面のエフェクトを通り威力を増しながら、ライザーへと迫る。大きな炎を生成しすぎたライザーは、炎を防御に回す事ができず、その身に迫る光の矢に恐怖する。

 

「ま、待て、お、お前分かっているのか?この婚約は悪魔の未来の為に―――」

「俺は人間だ!!そんなこと俺には関係ない!!」

 

 ―――そう一誠が叫ぶと、絶望の表情を浮かべたライザーは光の矢に貫かれ、身に纏った炎を花火のように霧散させ、力なく屋上から地面に向けて落下し、地面に落ちる頃には、粒子となって消えて行った。

 

 彼が何故、吐血したかは一誠は理解していない。

 エナジーロックシードの凄まじいエネルギーが彼のフェニックスの再生能力自体を妨害していたかもしれないし、圧倒的な火力でねじ伏せる彼は、長期戦には向いていなかったからかもしれない。

 だが、結果的には―――

 

『『王』であるライザーフェニックス様が戦闘不能に陥った事で、この試合リアス・グレモリー様の勝利です』

 

 その言葉を聞き、一誠は変身を解く。

 屋上を見渡すと、呆然自失と膝をつき放心しているライザーの『女王』と、何時の間にか屋上まで飛んで来たレイヴェル。

 そして、ほっとした表情を浮かべながら、封印から解放されたアーシアに治療されている一樹。

 

 そして――――背後を振り向き、紅の髪を靡かせた彼女を見る。

 

 貴方の言葉でここまで頑張れました―――

 仲間と貴方が認めてくれたから―――

 オレを勇気づけてくれたから―――

 

 だから、あの時言えなかった言葉を今、言おう。

 仮面を被らず、偽りのない言葉で。

 

「部長、俺を仲間と言ってくれてありがとうございます」

 

「イッセー……ッ貴方って子は……本当に……ッ」

 

 今、自分はどんな顔をしているのだろうか、と考えながら自分の懐に飛び込んできたリアスに真赤になりながらも、戦闘の疲労の影響で気絶してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ライザー・フェニックスとのレーティングゲームは、リアス・グレモリー率いるグレモリー眷属と一人の人間の勝利で幕を閉じた。

 レーティングゲーム後、魔王サーゼクスは、リアスから驚くべきことを報告された。

 

『兵藤一誠には『悪魔の駒』が反応を示さない』

 

 駒が足りなくて拒否するのではなく、反応を示さない。、

 彼は、即座に四大魔王の一人アジュカ・べルゼブブ―――転生悪魔というシステムを構築した男に連絡を送る。多忙な彼は、煩わしそうに応答していたがサーゼクスの言葉を聞くと興味深そうにふむふむと頷く。

 

『可能性としては、既に人間から別の生物に転生しているか、だね』

 

 それはないだろう。

 リアスから聞いた彼の出生は、ごく普通の家庭だ。弟が赤龍帝だという特異な点を除けば、どこにでもいる少年だろう。

 続いてアジュカが出した仮定に、僅かにサーゼクスは表情を渋らせる。

 

『彼が悪魔の駒をも受け付けないほどの、神格を有しているかのどちらかだね。まあ可能性としては考えられるけど……それは限りなく少ない確率とみてもいいよ』

 

「………まさか、いやそれは」

 

 ありえない―――のだろうか?ゲームの最中、一瞬だけ見えたあの『赤い眼』は何だったのか?微かに感じ取った形容できない力は結局、レーティングゲームが終了しても分かる事はなかった。

 

『しかし、サーゼクス。データで送られた彼の姿、実に興味深い』

「むむ?やはりそう思うかい?」

 

 先程までややシリアスな話をしていた魔王二人は、仕事そっちのけで一誠の変身した姿について会話に花を咲かせた末に、様子を見に来たグレイフィアに大目玉を食らうのだった。

 




森で出てきたのはオリキャラではありません。
……解釈によっては、オリキャラに近い?……かもしれません。


外伝を更新しようと思うのですが。
イッセーの悪堕ちパターンです。

というか、この作品のプロトタイプのようなものです。


一応、注意事項をここで載せたいと思います。

・イッセーがブチギレて悪堕ち。
・一樹が本編より、ゲス……というか、形容できない程終わってる。
・本編がかわいく見える程の仕打ち。
・戦闘描写は無し。堕ちる過程のみ。
・イッセーに与えられる特典は鎧武ではなく『悪ライダー』

 あくまでプロローグに近い外伝の様なものなので、注意事項を呼んで無理だと思ったならば読むことはお勧めしません。


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聖剣と愚者 1

4話ほど更新したいと思います。


 ライザー・フェニックスとのレーティングゲームに勝利を収めたグレモリー眷属。

 初のレーティングゲームにも関わらず、フェニックス家の才児、ライザーを下したのは、冥界内でも話題となった。

 ライザーを下したのが人間である、という事も微かには話題には上がっているが、それは一部の思慮の深いものだけであり、その多くの話題は赤龍帝と、それを眷属に迎えたリアスだけに向けられた。

 

 それは一誠にとっては幸いな事だった。

 本人は自覚はしていないが、悪魔には強引な手を使い眷属に引き込もうとする輩も決して少なくはないのだ。

 ―――どちらにしろ彼は悪魔に転生することはできないのだろうが……。

 

 

 

 

 

 レーティングゲーム後、何故かリアスも一誠と一樹の家に居候する事となった。なにやら魔王様から強い推しがあったらしく、一誠も嬉しい反面複雑な思いで受け入れたのだが―――日常的には問題ないのだが、色々と青少年にはキツイものがあった。

 必死に『勘違いしてはいけない、勘違いしてはいけない』と、念じながらテンションを下げる日々が続いていた。

 

 

 

 

 

 現在、一誠の家で行うはずだったオカルト研究部での会議は、一誠の母親が何気に取り出したアルバム鑑賞会になってしまった。

 一誠と一樹のアルバムと聞いて盛り上がる部員達を尻目に、若干テンションが下がったイッセーの何気ない発言でその場の雰囲気が一気に下降する。

 

「ははは、俺って友達片手で数えるほどしかいませんでしたからね、多分ほとんど家族か一人だけの写真ですよ」

 

「「「………」」」

 

 気まずい沈黙が流れた。

 アーシアとリアスに至っては、一誠のトラウマのようなものを引き出したと思い、あわあわとアルバムをめくり楽しそうな思い出を探す。

 ―――だが、ほとんどが無表情。笑ってもそれは家族と一緒の写真だけ、幼いころはそうでもなかったようだが、小学校高学年になるころには―――笑顔が完全に消えて行った。

 

「イッセー君、この写真は」

 

 近くでリアスと同じようにアルバムをめくっていた木場が声色を低くして一誠に問う。

 横から覗き込むと、ページの中にたった一枚だけ、彼が笑顔でしかも友達らしき子と移っている写真があった。

 ―――だが、その写真は。

 

「ああ。これか、友達だよ。仲良かったんだけどね、でも海外に行っちまったんだ。……元気かなぁ、アイツ」

 

 一誠は嬉しそうに、写真に写っていたオレンジ色の髪の少年にも少女にも見違えるような子供を見る。だが、リアスと木場の目はそこには向かってはいなかった。

 

「この後ろにある、剣は……」

「え?その友達の親父さんが持っていた剣だけど?作り物らしいけど……」

「イッセーくん、違うよ、これは作りものなんかじゃない。……これは――――」

 

 木場は、その写真を手に取ったまま、親の敵のようにそれを見る。

 

「聖剣、だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節は夏も間近に迫り、球技大会も近くなった午後の昼休み。

 一誠は、同級生の松田、元浜、アーシア、桐生と共に、昼食を取っていた。

 

 一誠自身、球技大会も近くなりその練習に参加しているが、周囲からの嫉妬の視線がものすごく、肩身が狭い思いをしている―――のだが。

 

「イッセー、俺はお前の幸福が恨めしい」

「イッセー、爆発しろ」

「お前ら全く遠慮ってものを知らないよね」

 

 パンを噛み千切りながら、そう言い放ってくる親友に思わずため息を吐く。だがそれも本意ではないはず……だろうから、気にすることではないので苦笑いを浮かべる。

 

「でもってさぁ。兵藤、大丈夫なの?球技大会、あんたほぼ全校生徒から妬みの対象として見られてるから集中攻撃を受ける可能性が―――」

「大丈夫大丈夫、体育の時のイッセーを見ろよ」

「あー、ドッジボールね………」

 

 球技大会前か、ドッジボールを行った時に事件は起きた。

 良くも悪くも好戦的なクラスメートの遠慮なしのドッジボールに一誠はあろうことか反射でバック転を披露してしまい、其の場に気まずい沈黙が流れる。

 当の一誠は自分の行ったことに気付いていないのか『よっしゃ!こい!』とのたまってはいたが、クラスメートの様子に気付くと途端にやっちまったとばかりの表情を浮かべ『…………偶然ってすげぇよな』と今更感漂う発言で松田とツッコミという名のボールを食らいあえなくアウトとなった。

 

「お前何もん?」

「ははは、あんなの鍛えりゃ誰でもできるって」

「でも、お前前にスポーツやった事ないって―――」

「ぐっ……」

 

 ここであの発言が来るなんて思いもしなかった一誠は、目をキョロキョロと動かしながら言い訳を考えようとする。ここで、『オレの俺じゃない奴のきおくが動かすんだ!』とか言ったら最悪、ドン引きされるかもしれない。

 

「い、イッセーさんは、球技大会の為に鍛えているんですよねっ!」

「え?そうなのかイッセー」

「意外ねえ、兵藤が隠れてトレーニングとか」

 

 アーシアからの助けに内心感謝しつつ、話を合わせる。

 ふと、時計を見ると、そろそろ部室に行く時間だ。今日は球技大会の最後のミーティングを行うらしいので、少し速い時間に席を立つ。

 

「じゃ、俺達部活で集まりがあるから、ここで抜けるわ。アーシアー」

「はい!」

「おーおー、精が出るねぇ」

「羨ましいくっそ羨ましいが……まあ、頑張れよ」

「アーシア、しっかりやるのよー」

 

 松田達に一声かけ、席を移動し教室にいる一樹に声をかける。

 

「一樹、一緒に行くかー」

「…………あぁ、分かったよ兄さん」

 

 仏頂面で一誠にそう返す一樹に、何時ものように苦笑いを浮かべながら、一緒に部室へと向かう。

 

 レーティングゲームの日か一樹は何処か元気がない。

 その理由は、恐らくライザー相手に一矢報えなかったから――――と一誠は思っている。

 

 自分がライザーに勝ってしまったことは後悔してはいないが、何時までも元気がない家族を見るのはどうにももどかしい。他の人に対する時にさえ、元気になってくれればいいのだが―――

 

 

 

 

 そう考えている内に部室前、戸に手を掛け中に入ると、中に部員以外の見知らぬメンバーがいた。ソファーに座っているリアスの前にいる女性に一誠は驚く。

 

「え、生徒会長?」

 

 生徒会長の支取蒼那、学園でもリアスと朱乃に並んで有名な女生徒である。

 そして彼女に付き添っている、一人の男子生徒。腕章からみて書記だろうか?男子生徒はこちらを見ると、驚いたような表情を浮かべる。

 

「あれ?弟の方はともかく、何でここに兵藤一誠がいるんですか?こいつは人間のはずじゃ……関係者だとしても俺達が悪魔だって知らないなんて……」

「匙、基本的に私達は『表』の生活以外では干渉しないことになっているの、それに彼はいいの。彼はいわばこの場においては特別よ」

 

 蒼那は一誠の事情を把握しているようだ。

 匙と呼ばれた男子生徒は納得がいかないのか、一誠の方をジッと見ているが。

 

 しかし、なんというかリアス達以外に悪魔がいたのは以外かもしれない。

 生徒会長が上級悪魔だったなら、自分は悪魔に転生することができるのだろうか、と考えていると、朱乃が一誠達に蒼那の紹介をする。

 

「この学園の生徒会長、支取蒼那様の真実のお名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主さまですわ」

 

 シトリー家、リアスと同じ上級悪魔の家系で72柱の一つ。

 生徒会と言う事は、学園の表を取り仕切っているのはソーナ・シトリー率いる彼女の下僕たちと見て良いのだろうか。

 

「会長と俺たちシトリー眷属の悪魔が日中動き回っているからこそ、平和な学園生活を送れているんだ。それだけは覚えておいてもバチは当たらないぜ、ちなみに俺の名前は匙元士郎。二年生で会長の『兵士』だ」

「『兵士』なのか!じゃあ、一樹と同じだな!なっ」

「……そうだね」

 

 元気がない一樹の背を軽く叩き、前に押し出す一誠。

 

「兵藤一樹……よろしくなァ、一樹くゥん」

 

 一樹に手を差し出す匙、心なしか手が震えている。なんだろうか、彼は自分と同じ感じがすると思ってしまった。

 一樹は無言で握手を交わすと興味なさそうに、後ろに退がる。

 

「愛想無い奴だな」

「ま、まあ一樹も元気がないんだ。そんな気にすんなよ」

「てか、お前がここにいる特別な理由って何なんだ?あまり強そうには見えねえし……」

 

 探る様に一誠を見る匙。

 そんな匙に補足するように、ソーナが一誠の事について説明する。

 

「よしなさい匙。今日ここに来たのはこの学園を根城にする者同士、新しい眷属悪魔を紹介する為です。つまり、貴方とリアスの所の一樹くんとアーシアさんを会わせるための会合です。一誠君はここでは関係ありません。それに―――」

 

 彼女は一瞬こちらを見た後、匙を戒めるように言い放つ。

 

「彼を甘く見てはいけません。彼は人間の身にも関わらず、約半数のライザー・フェニックスの眷属達とライザー・フェニックスを下した特異な能力を持つ人間です。今の貴方では勝てません」

「えええ!?こいつがライザーを!?てっきり木場か姫島先輩がリアス先輩を助けたのだと……」

 

 ソーナの視線には人間の一誠に対する興味があった。

 もしかしたらライザーとのレーティングゲームを見ていたかもしれない。

 

「俺一人じゃ、絶対に勝てませんでした。部長や皆がいたからこその勝利だと俺は思っています」

「そう……」

 

 その後、一樹とアーシアで軽い紹介と簡単な交流をした後、彼女たちは部室を後にした。

 部室に残った何時ものメンバーで球技大会のミーティングをしている最中、部室の隅で虚空を見つめてボーっとしている木場が話に参加しないことに気付く。

 

「おーい、木場。お前も話しに参加しようぜ」

「………」

「木場?」

「……え?な、何だい?」

「いや、今ミーティングだろ……」

「あ、あーごめん。僕も参加するよ」

 

 一体どうしたんだ?まるで心ここに有らずだ。

 一樹に続いて木場もだなんて……。

 

「具合でも悪いのか?あまり無理するなよ……」

「いや、そうじゃないんだ……ちょっとね……」

「ちょっと?」

 

 気にするなと言わんばかりに笑った木場は、部室の和の中に戻っていく。その木場の背を思案気に見た一誠は、先程見た木場の表情に微かな違和感を感じた。

 まるで精巧に作られた本物と見間違うほどの笑顔、本物とは全く異なる紛い物の笑顔は一誠の不安を助長するように、彼の記憶に刻み付けられた。

 

「……どうしちまったんだよ、木場」

 

 何かなければいいのだが。

 

 

 

 

 数日後、一誠の願いを裏切る様な事態が、球技大会の後に起こる。

 それは同時に、兵藤一誠の壮絶な幼少期を知る少女の来日の狼煙であり、グレモリー眷属にとって伝説の存在との相対を意味していた―――

 




一樹の元気がないのは、ドライグと未だにコミュニケーションを取れないからですね。

次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 2

二話目の更新です。


 球技大会も終わり、現在、一誠達はオカルト研究部の部室にいた。

 その場の空気は球技大会で見事勝利を収めた感傷に浸るような空気ではなく、ピンと張りつめたような重苦しいものとなっていた。

 

「どう?少しは眼が覚めたかしら?」

 

 結果だけ言うと、一誠の懸念は現実のものになった。球技大会中、どこかボーっとしていた彼は、リアスや部員たちからの注意に、誤りはすれどどこか非協力的だった。

 一樹ですら、黙々とチームに貢献していたのに、木場は終始変わらずポケっとしていたのだ。

 

「……あ、あの部長、木場にも何か事情が―――」

「もういいですか?球技大会も終りました。球技の練習もしなくていいし、夜の時間まで休ませて貰ってもいいですよね?少し疲れたので普段の部活も休ませてください。昼間は申し訳ありませんでした。少し調子が悪かったんです」

「あ、おい!木場、どうしちまったんだよ。おかしいぞ!」

 

 スタスタと扉へと歩いて行こうとする木場の腕を掴む。

 疲れた、だけじゃ理由としては説明しきれていない、ちゃんと説明して欲しい。

 

「君には関係ないよ」

「関係ないって……オレはともかく、此処にいる皆はお前の仲間だろ?相談くらいすれば―――」

「できないよ、できるはずがない。これは僕のやることで、僕が成しえなくちゃいけない事だ」

 

 容量が得ない。

 何かを思い出しながら、徐々に目に殺気が籠もる。

 

「僕は復讐の為に生きている。聖剣エクスカリバー―――それを破壊するのが僕の戦う意味だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖剣計画……か」

 

 ベッドに寝転がり、天井を見上げながら一誠は先ほど部室でリアスから聞いた話を思い出していた。

 

「……」

 

 木場が部室から出て行ってしまった後、リアスから木場の過去について聞かされた。彼は幼いころ聖剣計画に参加させられていたらしく、その計画が木場が聖剣エクスカリバーを恨む理由になっているという。

 聖剣を扱うには因子がいる、聖剣計画はエクスカリバーを扱える人間を人為的に作る機関―――木場や、一緒に実験されていた子供たちは聖剣を扱うために必要な因子がなく、適応できなかったら―――

 

「処分……」

 

 『不良品』と決めつけ、用がなくなったら捨てる。

 そんな目に合ったら、自分だって我慢できないだろう。きっと復讐に走ってしまうだろうし、怒りで我を忘れてしまうだろう。

 だが―――

 

「何時までも、抱えていいものじゃない……」

 

 木場からしたら、いい迷惑だろう。

 実際、彼は『関係ない』と一誠にピシャリと言い放った。

 

「……」

 

 ゆっくりと考え込むように目瞑る。悩む事が多すぎる、ただでさえあまりよろしくない頭なのに、これ以上酷使したらオーバーヒートしてしまう。

 とりあえず休もう。今日はとても疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――また会ったな』

「………ああ」

 

 自室で目を閉じて、次に目を開けたら目の前に見覚えのある民族衣装を着た男がいた。やや久しぶりな気がするが、一体何の用なのだろうか。

 身体を起こしながら、こちらに近づいてくる彼を見る。

 

「なんなんだよ……また俺に『選択』ってもんを迫るつもりか?」

『いや……今回は必要ない。俺はあくまでお前の成長を促し、見届ける存在だからな。……それに重要な選択肢というのはただ与えられるものではなく、何時だって自分の中で課されるモノだ』

 

 ………どういうことだ?

 首を捻る一誠に。若干に苦笑した男は、人差し指を軽く振りながら、一誠に対して分かりやすく説明し始める。

 

『まあ、ようするに、あまり他人に命令されるままに行動していちゃぁ駄目だって事だ。お前は人間だろう?悪魔のように主の命令を絶対とする下僕じゃない』

「………」

『何時だって選ぶ権利はお前にある。なんせ、お前を縛る存在はこの世界にはいないんだからな』

 

 最初の意味は理解できたが、後半の意味はよく分からなかった。

 思えば、自分の力には多くの疑問がある。ロックシードの力に、バックルの力、それに誰かの記憶。―――素直に答えてくれるようには思えないが、とりあえずは―――

 

「なあ、俺の力はなんなんだ?」

『………それはお前が一番良く知っているんだがな。まあ、無理に思い出させるわけにはいかないか……』

 

 一誠の質問に暫し考え込んだ男は、近くの木に近寄り其処に成っている特異な形をした実を二つもぎ取る。

 

『これが、お前のいうロックシード―――ヘルヘイムの森の果実だ』

「………は?でもそれは―――」

『まあ、見てろ』

 

 じっと見つめると、男の手の中で実が光りだし、ロックシードへと変化する。ひまわりの種に似た模様のロックシード。

 

「……え?ちょ、ちょっと待ってくれ。その実がロックシードならここにある実は全部―――」

『そうだ、なにかおかしい事でもあるのか?言っただろう、ここにあるのは全てお前のものだ。そして―――』

 

 一誠に見せつけるようにロックシードを掲げ思い切り握りしめる。

 すると、二つのロックシードは再び眩く輝き、レモンエナジーロックシードに似た別の二つのエナジーロックシードにへと変わる。

 

『バックルはこの森の力を引き出す、一個人には過ぎた力。だがお前なら正しく扱えるだろう。お前の記憶の中に存在する『男』と同じ思いを持つお前ならな』

 

 そう言うと、男は手に持ったエナジーロックシードを一誠に投げ渡す。

 エナジーロックシードを受け取った一誠は、手の中でそれを眺めながら、最後に質問を投げかける。

 

「この力の名前は……?」

『ふっ、全く、お前は一番手間がかかる……』

 

 何処か懐かしそうに小さく呟いた彼は、楽しそうにくつくつと笑いながら一誠に言い放つ。

 人の自由を守るために戦った、一人の戦士の名を―――

 

『鎧武―――心に刻め、こことは違う世界を救った男のもう一つの名だ』

 

 『ガイム』、心の中で反芻しながら、渡されたロックシードを見つめる。

 ようやく知る事が出来た名は、一誠の中で驚くほど馴染むように定着するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、部活を終えた一誠とアーシアは家までの帰路を歩いていた。

 何時も一緒に帰っているリアスは私用で、一緒には帰っていない。一樹は何時も通り一誠と一緒に帰りたくないのか、部室に少し残ってから帰るそうだ。

 

「………ん?」

 

 自分の家の近くまで近づくと、言い知れない違和感を感じとる。

 何だ?と、疑問に思いながら、アーシアの方に顔を向けると、そこには震えるように一誠の手を掴む彼女の姿。

 

「イッセー、さん」

 

 悪魔である彼女が怯えているとすれば、可能性は一つ。聖なる力に関係する存在が家の中にいるということだ。

 家の中には母さんがいる。

 もし、フリード・セルゼンというリアスから聞かされた残虐非道な神父が、アーシアや一樹を殺すために家に訪れているならば―――

 

「ッ!」

「イッセーさん!?」

 

 一誠はバックルとロックシードを取り出しながら、音もなく扉を開け家の中に転がり込む。母さんは何時もいる台所にはおらず、リビングにいるようだ。

 廊下の壁に身を寄せ、リビングから感じる三つの気配に冷や汗を流しつつ、ゆっくりと中を覗う。そこには居知らぬ少女2人と母さんの三人。

 

『久しぶりねぇ、もうこんなに大きくなっちゃって……イッセー喜ぶわよー』

 

 

 

「……あれ?」

 

 別に人質にされているとか、そう言う感じではなかった。むしろ昔懐かしい友人に語り掛けるような口調だ。

 

「か、母さん?」

「あら、イッセーお帰りなさい。どうしたの?血相変えて」

「はうぅぅぅぅ、良かったです」

 

 やや遅れてアーシアがついて来た時、ふと、彼女の気配を感じとったのか青髪の少女が横目で鋭い視線を向けてくる。

 よく見ると、彼女たちの服装は白いローブのようなものを着ており、明らかに日本に住む人の物じゃない。そして彼女たちの側らには異様なオーラを放つ布に包まれた棒状の何かが置いてあった。

 

「ん?」

 

 青髪の少女ともう一人の栗毛の少女に見覚えがある。だけど何故か思い出せない……親しかった人ならば忘れる事はないはずなのだが、何故か出てこない。

 

「久しぶりイッセーくん」

「………んんん?」

「あれ?まさか覚えてない?私だよ?」

 

 ややショックを受けた様に自分を指さす栗毛の少女。

 一誠は慌てて、自分の頭の中の少ない友達履歴を漁り、少女と該当する友達を探す。―――すると、栗毛の髪という点で一人だけ当てはまる子がいた。

 

「いや……でも、イリナは男のはずだ」

「え?」

「え?」

「え?イッセーアンタ何言ってんの?」

 

 ぺしっと一誠の頭を小突いた母さんは、彼女達に見せていたであろうアルバムから一枚の写真を引っ張り出し一誠に見せる。

 そこには、オカルト研究部の皆に見せた笑っている一誠と、栗毛の子供が映っている一枚の写真。母さんは栗毛の子供の写真を指さし―――

 

「イリナちゃんは女の子よ?昔は男の子ぽかったけど……アンタまさか気付いてなかったの?」

「私、男の子だと思われたんだ……」

 

 たらり、と額から汗が伝う。一誠の眼前には困ったように頬を搔き苦笑する栗毛の少女―――紫藤イリナ。彼女は背後で口を押えて笑いを堪えている青髪の少女をジト目で睨みつけた後、一誠の方に向き直りニコリと笑う。

 

「久しぶりイッセーくん、ここに来て会うのが貴方で良かったわ。………それで、後ろにいる子は誰なのかな?」

 

 ジロリと目を細めた彼女から放たれた言葉に何処か寒気を感じつつも、子供の頃の親友との再会を心の中でどう喜んだらいいのか複雑な心境になるのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、イリナと青髪の少女は口共る一誠の返答を待たずに帰っていった。―――いや、あれはイリナが早く帰りたかっているように見えた。

 彼女の目的は昔懐かしだ町と、友人である一誠に会いに来たらしい。

 イギリスに行ってしまった彼女と、まさか再開するとは思えなかった一誠だが、怯えるように背に隠れるアーシアの事を考えると素直に喜べないでいた。

 

 彼女らが帰った後、リアスが帰って来たのだが―――

 

「よく無事だったわね」

 

 事情を話した一誠とアーシアは、彼女に抱きよせられていた。

 悪魔であるアーシアはともかく、人間である一誠には実質危害は及ばないのだが、

リアスには関係ないらしい。

 

「……兄さん、イリナと会ったの?」

「え?ああ、あれ?一樹とイリナって知り合いだったっけ?」

「………」

 

 ギロリと異常な眼力で一誠を睨みつけてくる一樹。彼が怒るような何かに障ってしまったのだろうか?やや慄きながら、リアスの方に視線を逸らす。

 

「……昼間、イッセーが言った彼女達とソーナが接触した話では、彼女たちは、私―――この町を縄張りにしている悪魔、リアス・グレモリーと交渉したいそうなのよ」

「イリナが部長に……?」

 

 教会関係者が悪魔と接触を求めるのは、すごく珍しい事なんじゃないのか?

 

「もしかして、何か取引を持ちかけたり?」

「分からないわ。明日の放課後に旧校舎の部室に訪問してくる予定よ。……こちらに対して危害は加えないと神に誓ったらしいけど……」

「………」

 

 大丈夫なのだろうか?

 子供の頃友達だったイリナを疑うのは、非常に心苦しいものがあるが、彼女らは教会関係者でリアス達は悪魔。敵対関係にあるのだ。

 もしかしたら、戦いになるかもしれない。その時は自分は『友達』か『仲間』、どちらの味方につけば―――

 

「ああ!もうこんな考えやめだやめ!!」

 

 パシンと頬を叩き先ほどの考えを取り消す。

 自分はバカだ。そういう味方とか敵とか考えられるほど、高度な頭はしていない。なら、その場で自分の思ったことに従がって行動すればいい。それがどんなに愚かだと言われても。

 

「イッセー?どうしたの?」

「なんでもないっす!!」

 

 ジリジリと晴れるように赤く腫れた頬を見て、心配そうに見るリアスにとりあえずなんでもないと言いながら、一誠は明日の放課後、部室に訪れてくるイリナともう一人の少女についての思いを巡らせるのだった。

 




ようやく、鎧武の名前が明かされました。

それにしても―――貰った二つのエナジーロックシードはなんなんだ……(棒読み)



次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 3


本日3話目の更新です。


 翌日の放課後。

 一誠と、グレモリー眷属達は部室に集められていた。イリナたちは既に到着しており、リアスと朱乃と相対する形でソファーに座っていた。

 彼女ら以外は部室の端で見守っているが、やはりあの聖剣と言われた布に巻かれた物体を危険とは感じれない。むしろ一誠にとって安全なものと感じれる。―――それは一誠が人間だからだろうが、悪魔にとっては危険極まりないものだろう。

 

「………木場」

「………」

 

 この場での一番の問題は木場だ。

 怨恨のある教会関係者であることに加え、聖剣を持っているという木場にとっての恰好の復讐相手だ。本人は無言で頷くが、大丈夫には見えない。

 

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

「エクスカリバー?……いや、それよりも、そんな沢山あるものなの?」

 

 思わず口にだしてしまった。

 だが、ゲームなどでよく耳にする剣の名を聞けば疑問に思ってしまうのはしょうがないだろう。

 

「エクスカリバーは、大昔の大戦で折れたの」

 

 イリナがこちらに顔を向け説明してくれる。

 

「それが今やこんな姿さ」

 

 青髪の少女はドンと布が巻かれた聖剣を解き放つ。

 現われたのは神々しいオーラを放つ大きな剣―――

 

「これが聖剣エクスカリバーさ。折れた破片を拾い集め、錬金術によってあらたな姿となったのさ。その時7本作られた内の一つがこれ『破壊の聖剣』」

 

 そう言うと、エクスカリバーを再び布の中にしまう、よく見れば布に幾何学的な模様が書かれていることから、オーラが漏れないように封印しているようにも見える。

 イリナも懐から紐のような何かを懐から取り出す。するとその紐は意思を持ったようにウネウネと動き出し、その形を一本の刀へと変形した。

 

「私の方は『擬態の聖剣』こんな風に形を自由自在に変えられるから持ち運びもすっごい楽なの。このようにエクスカリバーはそれぞれ特殊な能力を宿しているの」

 

「おい、イリナ。わざわざ能力まで教える必要はないだろ」

 

「あら、ゼノヴィア。いくら悪魔だからって信頼関係を築かなければ、この場ではしょうがないでしょう?それに私は能力を知られたからって、ここの悪魔の皆達に後れをとるなんてないわ……まして―――」

 

 イリナはジロリと一誠からやや離れた場所にいる一樹に向けられる。一樹はやや慄く様に

 一誠も知らない因縁―――一体、この二人に何があったのだろうか。

 

 そして木場も形容できない形相で、エクスカリバーとイリナ達を睨んでいた。

 

 困ったように額を抑える一誠だが、自分が嘆息しても事態が解決しないのは分かっているので、とりあえず木場だけを諌めようとすると―――

 

「―――それで、奪われたエクスカリバーがどうしてこんな極東の国にある地方都市に関係あるのかしら?」

 

 流石は部長、と微動だにせずに話を進めようとする彼女を内心称賛する一誠。

 イリナも一樹を睨むのをやめ、リアスの方に向き直る。

 イリナの様子に嘆息したゼノヴィアと呼ばれた少女は、リアスに視線を向ける。

 

「カトリック教会本部に残っていたのは私のを含めて二本だった。プロテスタントもともに二本。正教会にも二本、そして最後の一本は悪魔、堕天使、天使の三つ巴の戦争で行方不明になってしまった。奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち込んだって訳さ」

「私の縄張りは出来事が豊富ね。それでエクスカリバーを奪ったのは?」

 

 リアスの問いにゼノヴィアが答える。

 

「奪ったのは『神を見張る者』だよ」

「堕天使に聖剣を奪われたの?失態どころではないわね、でも確かに奪うとしたら堕天使くらいね。私達悪魔は敵意は向けれど興味何て沸きもしないから」

「奪った連中も把握している。堕天使幹部のコカビエルだ」

 

 コカビエルって……確か堕天使幹部の一人じゃないか!?

 そんな奴が聖剣なんて盗んで一体何をするつもりなんだ?

 

「まさか、古の大戦から生き残っている存在とは……頭が痛いわね……それで、本題に入りましょう。貴方達からの要求は何?」

「要求ではなく、注文だな。私達と堕天使達のエクスカリバー争奪の戦いにこの町に巣食う悪魔が一切介入してこない事。―――つまり、そちらに今回の事件に関わるなと言いに来た」

 

 

 

 

 

 

 

 挑発とも取れるゼノヴィアの要求に、一時は激昂しそうになったリアスだが、三すくみの影響を与えぬようにする配慮と聞くと、やや怒気を収める。

 一誠は、何故協力し合えないのかと考えていたが、悪魔・教会勢力らの間の溝は相当深いとイリナやゼノヴィアの悪魔に対する見識を聞いて嫌というほど痛感していた。

 

 だが一誠としては気になる事があった。

 

「此処に来たのは二人だけなのか?」

「ええ、そうよイッセーくん」

 

 仮にも伝説の存在から聖剣を奪取するのだ。

 聖剣を持っているとはいえ二人だけなんて少なすぎるのではないだろうか。

 

「正教会からの派遣はないの?」

「奴らは今回、この話は保留した。仮に私とイリナが失敗した場合を想定して、最後に残った一本を死守するつもりなんだろう」

 

 …………は?

 

「それじゃあ、たった二人だけで……?無謀すぎじゃないか?」

「イッセーの言う通り、二人だけで堕天使幹部から聖剣を奪還しようって言うの?死ぬつもり?」

「そうよ」

「私もイリナと、同意見だが……できるだけ死にたくはないな」

 

 イリナとゼノヴィアの言葉にリアスが飽きれる一方、一誠は険しい表情で歯を噛み締めていた。

 イリナは、自らの自己犠牲を信仰と言ってはいるが、一誠にはそれが理解できない。命を捨てるような覚悟を持って敬わなくてはいけないものかも分からない。

 

「教会は、エクスカリバーが全て堕天使に渡るくらいなら全て消滅してもいいと決定した。私達の役目は最低でもエクスカリバーを堕天使の手からなくすことだ。その為なら、私達は死んでもいいのさ。エクスカリバーに対抗できるのはエクスカリバーだけだよ」

 

 全く理解できない。

 でも、確実に楽ではない戦いに赴くことは分かっている。加えて、そこに行くのは子供の頃の親友じゃないか。―――そんなの、そんなところにむざむざ送れる訳ないじゃない。

 

「部長―――」

「駄目よ」

「!?」

 

 まるで一誠が何を言いたいか分かっているかのように、即座に却下するリアス。

 不思議そうにイッセーを見るイリナとゼノヴィアの視線を受けながら、一誠は怯まず食い下がる。

 

「俺、見逃せないです」

「分かっているわ。それでも貴方だけを危険な目には合わせられないわ」

 

 リアスの言いたい事は分かっている。

 だが分かっているからこそ、ここで退くわけにはいかない。彼女に黙って協力することはできるだろう。――だが、それはリアスの信頼を裏切る事を意味する。その手段だけはあまり用いたくはない。

 

「闘えます」

「そう言う問題じゃないのイッセー。これは、ライザーの時みたいな簡単な問題じゃないのよ?」

「でも、俺は人間だから……動けない皆の代わりに……」

 

 そうだ、教会側が悪魔の干渉を拒んでいるならば、悪魔ではない自分ならば、その制限に縛られず。問題なく彼女たちについていける。

 

「お願いします部長ッ。ここでやらなきゃ俺、一生後悔します」

「……イッセー……」

 

 彼女はこの時、この場所でライザー眷属に対して、レーティングゲームへの参加の意思を示した時の彼を思い出す。―――絶対に譲らないという頑固で真っ直ぐな瞳。

 彼は、強い―――この場の誰よりも。

 だが精神的な部分で弱い所もある。しかしそれは彼が持つ優しさと臆病さによるものだろう。

 でも彼の強さも弱さも全部合わせてこそ、兵藤一誠という不死鳥すらも撃ち砕いた一人の人間を形成する―――

 

「………はぁ、駄目って言っても後から自分に隠れて協力を申し出そうね」

「リアス・グレモリー?」

 

 苦笑した彼女は一誠からイリナとゼノヴィアの方へ向き直る。

 怪訝な表情を浮かべる二人に、リアスは

 

「条件があるわ」

「……条件とは?」

「エクスカリバーの奪取にこの子を連れて行きなさい。それが条件よ」

「なっ………!?」

 

 イリナとゼノヴィアの瞳が大きく開かれる。

 当然だろう、まさか腕の立ちそうな木場や小猫、朱乃ではなくよりによって、ただの人間にしか見えない一誠を連れて行くように条件づけるとは思わなかった。

 一樹が悪魔になっていたことから兄弟の縁か何かでこの場に居合わせていると思った一誠がまさか同行してくるとは思わなかったイリナの動揺は計り知れないものだろう。

 

「足手纏いはいらないぞ?」

「この子をあまり舐めないでちょうだい。上級悪魔を相手取れる程度の実力は備わっているわ」

「……ほお」

 

 興味深そうに一誠の顔を覗うゼノヴィア。

 どうやら、一応は吞んでくれそうだが―――。イリナの方は複雑そうにジッと一誠の顔を覗っている。表情から察するに、友人だった一誠を危険な目に合わせたくはないように思える。

 

「兵藤、一誠だったな」

「あ、ああ」

「ついて来い。………連れて行っても構わないだろう?」

「ええ、その前に少し話をさせてちょうだい」

 

 こくりと頷き、イリナと共に部室の外へと出ていくゼノヴィア。2人の姿が部室から消えた瞬間、緊張の意図が切れた様に深いため息を吐く一誠。

 色々、綱渡りをした気がする。

 

 木場の様子に気を使わなきゃいけないし、元気がない一樹と因縁があるイリナが何時、子供の頃のようにやんちゃしてしまうかハラハラだった。

 

「………聖剣、か」

 

 木場には悪いが、自分も幼馴染の事は放っては置けない。

 目を瞑り何かに耐えるように俯いている木場を横目に見ながら心の中で謝罪する。

 

 そうえいば、リアスは自分に話があると言った気が――

 

「……イッセー、言いたいことが山ほどあるけど、まず、これだけは言わせてちょうだい。……貴方はもう少し自分を大事にしなさい」

「あ、あははは……」

 

 ニコリとどこか迫力にある笑みを向けてくる彼女に、一誠は「やらかしてしまった……」と小さく呟きながら、心なしか紅色の髪をゆらゆらと揺らしている彼女に肩を落とすのだった。




イリナはイッセーとの過去のせいで、彼の前では人の悪口を言えません。
よって、アーシアを魔女と呼ぶイベントは回避され、それに合わせて行われる木場・イッセーとゼノヴィア・イリナとの戦闘はなくなりました。

 そして、イッセーが正式にイリナとゼノヴィアに協力する形となりました。

次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 4

4話目の更新です。


「思わぬ、戦力だな」

「………まさかイッセー君が……」

「私達と同じ人間にも関わらず、悪魔と一緒にいたから不思議に思っていたんだが……まさか、私達に手を貸してくれるとは思わなかったぞ」

 

 駒王学園の入り口付近。

 そこでイリナとゼノヴィアは、協力を願い出た男、一誠を待っていた。

 

「お前は幼馴染という奴だろう?見識ついでに彼の話を聞かせてくれ……ついでに、兵藤一誠に似た男に敵意を持っていた理由もな」

「……彼は、イッセー君の弟よ」

「というと、あの悪魔は彼の弟ということか?随分と奇妙な家族関係な事だ」

「家族……ね」

「?何かおかしい事でも言ったか?」

 

 ゼノヴィアの言葉にどこか悪態をつくように口の端を歪めるイリナ。

 イリナは知っている。理由のない悪意を、いや、理由があったとしても決して正当化されることが決してない。

 

「あの子が、イッセーくんの事、家族だと思っているような人格者だったなら、悪魔になってもあんなには敵意は向けないわよ」

「……というと?」

「当時の私は、ただ漠然として違和感だけしか感じとれなかったけど、今思うとかなり違ってくる……あの子は……兵藤一樹は……人を人と見ていなかった。ましてや、彼はイッセー君の事を―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いは、ただ単純だった。

 幼稚園の頃だろうか、日に日に色あせていく記憶の中でも『あの思いで』だけは決して忘れる事は出来ない。

 皆で遊ぶ時間、何時ものように外へ遊びに行こうとした私に、サッカーボールを持った男の子が声をかけてきた時から全てが始まった。

 

「一緒に遊ぼう!」

 

 同じ幼稚園の子だ、彼とは別々の教室だった気がする。

 始めはそう思った。一人で遊ぶよりみんなで遊んだ方がいい、小さい事から結構単純な思考をしていた自分は即決で彼のサッカーボールを受け取り、一緒に外へ飛び出し遊んだ。

 

 彼とはすぐに仲良くなった。おままごととか積み木はあまり好きではなかったので、他の男の子たちと一緒に楽しく外で遊べる彼との時間はとても楽しいものだった。

 特にイッセーくんとは気が合ったのだろう。偶然、家が近く同士だったので暗くなるまで遊んで怒られたりもした。

 

 そして彼には弟がいると聞いた。

 自慢げに自らの弟について語る彼に兄や弟はいない私はどこか羨ましい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「イッセーと遊んで楽しい?」教室にいた時に、見知らぬ男の子から言われた言葉だった。質問の意図が分からなかったが、とりあえず当時の自分が「うん!!」と自信満々に答えていた覚えがある。

 私の言葉に、男の子は「ふぅん」と言って、何処かへ行ってしまった。

 顔を見たら一瞬、イッセー君と見間違えてしまったが、よく見ると別人だった。

 

「遊ぼーぜー!」

 

 イッセー君に呼ばれたからか、私は先程の男の事を完全に記憶の外に追いやってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 最近は二人で遊ぶことが多くなった。

 何時もはイッセー君が男の子を誘って、みんなで遊んでいるのに最近は誰も一緒に遊ぼうとしない。

 

「なんでだろう」と笑いながら首を傾げているイッセー君。

 私は胸焼けにも似たもやもやとした感覚に苛まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!」

 

 ドンッと、幼稚園の運動場の角で誰かが、数人の子供に突き飛ばされていた。

 イッセー君を探していた私は、気になって見に行ってみると、そこには服に泥で汚し困惑したように男の子たちを見るイッセーくん。

 

「おれ、知ってんだぞ!」

「な、なにを……?」

「おまえ、おれ達の悪口言ってただろ!!」

「え?そんなこといってねえ……」

 

 男の子たちが言うには、イッセー君が悪口を言っていた誰からか聞かされたという。幸い、先生が仲裁に入ってくれて喧嘩には発展しなかったが、男の子たちにイッセーが悪口を言ったと伝えた子は先生しか知る事がなかった。

 イッセー君は、男の子に謝りながらも落ち込んでいたが、心配するように見ていた私の方を見るとボールを拾いニッと笑った。

 

 思えば、これが始まりだったのだ。

 ここからダムが決壊するように、イッセー君の日常は壊れていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

『イッセー?嫌だよー』

 

『え?別に何もされてないよー?でも、嫌な子なんでしょ?』

 

『あの子と遊ぶのはやめた方がいいって』

 

『イリナちゃんもよしたほうがいいよ』

 

『アイツ、嫌な奴だよな。人のわるぐち言うらしーし』『イッセーと一緒にいたらバカになっちゃうよ』

 

『あははー!、お前らふーふかよー!』『いつも一人だよねー』『あいつキモイ』

 

『あんなやつだとは思わなかった』『イッセーって暗いよね』『何時もへらへらしててぶきみ』

 

『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』『ねえ』

 

 

 

 ――――ねえ、知ってる?僕の兄さんは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、それに気づいたのは小学校に上がる2か月前だった。

 もっと早く気付けたはずなのに……彼が何時も友達と一緒にいたはずの彼が、何時の間にか一人だったことに気付けたはずなのに、気付けなかった。

 

 私の事なんか気にしなくていいのに、気遣わなくていいのに―――

 

 彼は、私の前では笑っていた。

 

 

 

 

 そして、アイツが私の前に現れた。

 私に訳の分からない、質問をしてきた見知らぬ男の子が何人もの子供達と一緒に、イッセーくんと遊んでいる私の所へやってきた。

 イッセー君の背後からやってくる彼らに、目を取られてしまったせいか、サッカーボールが私の後ろへ飛んで行く。

 イッセー君が苦笑しながら、私の隣を横切り遠くに行ってしまったボールを取りに行く。ボールを取りに行ったイッセー君をくすくすと笑う子供達。先頭にいた男の子は、子供らしくない微笑を浮かべ私の方に歩み寄り―――

 

『ボク、一樹って言うんだ、一緒に遊ばない?』

 

 途端に恐ろしくなった。

 何がではなく、ただ純粋に訳の分からない悪寒が先走り、目の前のカズキと呼ばれた男の子を思い切り突き飛ばし、すぐさまイッセー君のいる方向に走り出した。

 

 尋常じゃない。これほど怖いと思ったことはない。何が?と聞かれればまず最初に出るのが『目』。今まで見た事もないような目だった。怒ってるとも喜んでいるとも違う、強いて言うならば焦点が合っていない。

 見ているようで、見ていない。まるでカメラやガラス越しから、動物園の動物を眺めるような眼。

 それがたまらなく、怖かった。

 

 

 ―――名前は一樹と言った。

 イッセー君の自慢の弟。

 その名前を聞かなかったわけではない、幼稚園での人気者。

 ただそれだけだと思っていた。

 

 でも、今ので分かった。

 イッセー君の周りが、ああなったのも、イッセー君に得も言われぬ罪を着せたのも、全部、アイツの仕業だったんだ。

 何故、そんな事をする理由が分からない。―――いや、人を貶める理由を分かりたいとは思わない。

 

 私は、ボールを取って来たであろうイッセー君の手を取り、そのまま私の家へ駆け込んだ。お父さんが、私の事を心配したように見るが、その時の私は混乱していたのだろう。

 暫くは喋る事すらできなかった。

 

「イリナ?大丈夫か?」

 

 その時、ようやく私はイッセー君の手を未だに掴んでいる事に気付いた。離そうと手を開こうとすると、何故か離そうとしない。

 先程の出来事のせいか、意思と反して体が反応しないのだ。

 途端に情けなくなった―――本当は、イッセー君がこうするべきなのに、なのに自分が頼ってしまっている。

 

「……ごめん、イッセーくん」

「え、何で謝るんだ?」

「ごめん……ごめん……なさい……っ」

 

 困惑する彼を余所に、私は他に彼に言うべき言葉が見つからず、ずっと同じ謝罪の言葉を嗚咽を洩らしながら呟き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、海外に引っ越さなければいけない衝撃の事実をお父さんから聞いた。

 

 

 

 

 

 




(゚∀゚)キェェェェェェェイ!!!!(鬱憤を晴らすかのようにサイバー流で機皇帝を吸収するクロカタ)
(゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャ!!!!(活路エグゾで鬱憤を晴らすクロカタ)
(゚∀゚)ウヒャヒャヒャヒャ!!!!(時戒神バーンで、サンダイオンをマジックシリンダーされ発狂するクロカタ)


 ……ふぅ、失礼。少し取り乱しました。TF6って面白いですよね(白目)
 3年ぶりに新しいの出るらしいですが…・・。


 いじめはやっぱり良くない。(『F』のイジメるのは別)



 これが、一誠の起点であり、彼が心に抱える闇の原因ですね。
 一樹も最初は、一誠には極力干渉してはいませんでしたが、イリナとの接触から、強行手段に移りました。


 これで今日の更新は終わりです。




 ―――外伝が思いのほか反響があったので、合間合間に更新していきたいと思います。


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聖剣と愚者 5

お待たせいたしました。


たくさんの感想ありがとうございました。

感想は質問のみ返信致しました。
量が量なので全部は返しきれないと感じたので……返信できなくて申し訳ありませんでした。




 リアスに小一時間説教をされ、若干落ち込んだ一誠。

 頬を叩き、気を取り直して旧校舎から出た彼は、先に外へ出てしまったイリナとゼノヴィアを探そうと周りを見渡すと―――

 

「イッセーくん!こっちだよ!」

 

 自分の名を呼ぶイリナの声が一誠の耳に入り込む。

 イリナの元気な声で2人の場所に気付いた一誠は、遠慮気味に手を挙げながら、駒王学園の校門付近を背に待っていた二人の場所に移動する。

 

 未だに一誠が戦いに参加する事には納得がいっていないイリナだが、それとは別に一誠と居るのは嫌ではないので喜色の表情で彼に手を振り返しながら笑みを浮かべた。

 

「えと、遅れてごめん」

「気にするな、こちらとしても君を協力させる形になってしまって申しわけないとは思っているんだ。後、イリナと同い年と言う事は私とそう変わらないだろう。そう畏まる必要はない」

「あ、ああ」

 

 よく分からないが、思ったより接しやすい人だなぁ、と思いつつ駒王学園から移動する三人。

 暗くなってきた道を無言で歩いていると、隣を歩いていたゼノヴィアが横目でこちらを覗いながら口を開く。

 

「リアス・グレモリーが言うには、君は上級悪魔に匹敵する力を持っていると聞いた。それが本当ならば、君は神器のような特異な力を持っていると判断していいのか?」

「教会のエクソシストだって、そうそう多くないよ?上級悪魔を相手取れる人間なんて……」

 

 当然の質問だろう。イリナやゼノヴィアのように聖剣という武器を持っているならまだしも、今の一誠にはそんな気配は感じない。ただ身体能力が高いだけじゃ種族の差は越える事は難しい。

 まだしも上級悪魔ともなれば、それだけで自力が違ってくるだろう。

 

 一誠は、隠す事もなく両手にオレンジロックシードとバックルを出現させ二人に見せる。別にこれといって隠すような事でもないし、この二人ならば信用できると判断したことからだ。

 

「これは……?」

「なんというか、子供の頃やってた戦隊ヒーローがつけるベルトね」

「俺もよく分からないんだけど、これで変身するんだ。イリナが言っていた戦隊ヒーローみたいにな」

 

 夢の中で見るヘルヘイムの森やあの男の事は話さない。リアスにも話していないこともあるが、一誠自身あの森の事をあまり理解していないからだ。

 

 ゼノヴィアは一誠の掌の上にあるロックシードを興味深げに見つめながら、首を傾げた。

 

「……興味深いな。神器なのか?」

「いや、部長曰く何か違うらしい」

「………イッセーくん、これを使った姿を見せてほしいの。やっぱりイッセーくんの能力は知っておいた方がいいと思うし」

 

 彼女の言葉に一誠は頷きながら、2人を先導し人目につかない場所に移動する。流石に夜遅くなった時間帯に変身したら変質者に間違われ警察の御用になってしまうだろう。

 

「分かった、じゃあついてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園―――一誠にとって日常が非日常へ変わ起点とも言ってもいい場所。暗くなった時間帯ならば子供の姿もないだろうし、人通りの少ないので丁度いい。

 

「それじゃあ、見せてくれ」

「ああ」

 

【オレンジ!】

 

 バックルを腰に当て、ベルトが展開される。それだけでイリナが驚く様に小さく声を上げるが、一誠は構わずオレンジロックシードを開錠させバックルに押し込み、流れるような動作でカッティングブレードを切る。

 聞きなれた音声と共に頭上で生成されたアーマーが頭を包み込むように落下し、球体状の鎧が花開く様に一誠の身体を覆う。

 

【オレンジアームズ!花道オンステージ!!】

 

「しっ!これでいいか?」

 

 鎧を展開させた一誠は、大橙丸を肩に担ぎながら意気揚々とゼノヴィアとイリナの方を向くと―――

 

「………驚いたな」

「ほ、本当に変身した……」

 

 案の定、ポカンと口を開け驚いたように立ちすくんでいた。

 一誠は若干照れるように頭を搔きながら、変身したまま近くの遊具に座りやや放心している彼女らの返答を待つ。

 

「いや……まだ、君の実力が分からない。姿だけでは判断できないからな、少し手合せさせて貰っても構わないか?」

「………え?」

「ちょ、ちょっと、ゼノヴィア!?」

「心配するな。君の幼馴染は傷つけないよ」

「そんな戦意滾らせて何言ってるの!?イッセーくんも何か―――」

 

 イリナが一誠の方に助けを求めるように向き直ると、彼は肩に担いだ大橙丸を地面に突き刺し、両拳を前に構えていた。

 

「……いいぜ。俺が協力を願い出たんだ!まず信用される事から始めてやる!!来い!ゼノヴィア!!」

「……行くぞ!!兵藤一誠!!」

 

『どうしたらいいのも―――!!』というイリナの声を聴きながら、こちらに接近してくるゼノヴィアをバイザー越しに鋭くにらみつける。悪魔や堕天使を相手取ってきたとはいえ、相手が人間とは侮らない―――自分も人間だから………むしろそれ以上に警戒しなければならない。

 種族差で劣っているという事はそれ以外の要素で上回らなければならないという事だ。

 自分が【鎧武】という姿に変わっている事と同じように、ゼノヴィアも超常の生物を打倒できる術と力を持っている―――だからこそ、エクスカリバーと言う伝説の剣の欠片を任せられている。

 

 木場には劣るものの、素早い身のこなしで接近してきたゼノヴィアに一歩踏み出し、右拳を放つ。素人と分かる荒削りさがあるが、侮れないものがある。恐らく見た目以上の威力を内包しているだろうと、考えたゼノヴィアはそのままエクスカリバーで斜めに受け流す。

 

 ズンッと衝撃が両腕に伝わることから、感じた通りに尋常じゃない威力がある。予想外の強さに高揚したゼノヴィアは、実を低くし聖剣の柄を一誠の腹部目掛けて突き出す。

 

「ハァ!!」

 

 超至近距離でのゼノヴィアの柄での突きに対して一誠は、彼女のローブを掴み無理やり体制を崩すことで回避する。だが、すぐに掴んだローブが軽くなり、一瞬の内にゼノヴィアの姿が視界から消える。

 

「そこか!?」

 

 ローブで隠れた自分の身体が隠れた瞬間に一誠の視界の外―――彼の斜め後ろに移動した彼女は【破壊の聖剣】を振り上げ、攻撃の態勢に映っていた。

 

 聖なるオーラというのか、オレンジアームズで受けるには見るからに危険なオーラを察知し、咄嗟に腰の無双セイバーを引き抜き、バックルから外したロックシードを取りつけゼノヴィアから距離を取る様にバックステップを踏む。

 

【イチ!ジュウ!ヒャク!】

 

 ロックシードからエネルギーが無双セイバーの刃全体に行き渡り、エクスカリバーにも劣らないオーラを迸らせる。

 ―――これなら打ち合える。

 そう確信し、エクスカリバー目掛け刀を薙ごうとすると――――

 

 

 

 

『ストッォ――――――プ!!!!!』

 

 

 

「!?」

「!?」

 

 どこか顔を青くしたイリナの声が公園中に響き渡る。

 その声に驚いたのか、振るおうとした剣と刀を止めた二人は、ハッと自分たちが今何をしようとしているのか気付き手を降ろす。

 

「もう!ゼノヴィア!イッセーくん!やり過ぎだよ!!」

「す、すまない」

「ごめん、熱くなっちまった」

 

 ゼノヴィアはエクスカリバーを封印しながら、一誠は変身を解除し申し訳なさそうに謝る。

 

「しかし予想以上だ。長期戦になれば負けていたかもしれない」

「いや、エクスカリバーも相当ヤバイ感じがした……」

「私の聖剣は最も破壊力のある『破壊の聖剣』だ。むしろそれに追随するオーラを宿した剣を見せられるとは思わなかった」

 

 戦闘中、一誠の繰り出そうとした攻撃はゼノヴィアの肝を冷やした。奥の手を使えば威力では上回れるが―――恐らく一誠も奥の手を隠しているだろう。

 

「……それは私も同じか……」

 

 だがこれで証明された。実力的には十分以上、むしろ予想の範疇を大きく超えていた。同時に分からない点が多く見つかった。

 まず一つ、単純に一誠の力に対する疑問。

 二つ、光とも魔とも見分けがつかないエネルギー。

 

 神器ではないと言っていたことから、別の力と考えてもいいだろう。だが普通の人間が自然にそんな力を得るという事が有り得るのだろうか?後天的―――という可能性も捨てきれないが、それは一誠と話をしてみないと分からない。

 しかし、そのような不明瞭な点を除いても―――

 

「引き込めないものか……」

 

 放っておくには惜しい人材。

 ―――悪魔なら眷属に、教会なら有能な人間として、堕天使なら危険な人物として―――良くも悪くも注目される可能性を秘めている。

 

「リアス・グレモリーは君を眷属にはしなかったのか?」

「……いやぁ、俺は眷属悪魔になれない体質だったから無理だったんだ」

「眷属にできない……」

 

 イリナが若干安堵するように、胸を撫で下ろすが、ゼノヴィアにとってはまたよく分からない疑問が増えてしまった。

 腕を組み悩みだす彼女を見て、困ったように頭を搔いた一誠はふと頭に浮かんだ疑問を彼女に訊いてみる事に下。

 

「そういえば、これからどうするんだ?エクスカリバーを探すなら、虱潰しにこの町を探索するのか?」

「それしかないだろうな……先に潜らせた教会の関係者は何者かに殺されてしまったから、私達でなんとかするしかない」

「殺されたって……ッ!」

 

 もしかしたら関係ない他の人にまで被害が及ぶかもしれないじゃないか。父さんや母さん、松田や元浜、クラスの皆が危険な目に―――?

 

「……ッ」

「…………探索は明日から行う。君は学校があるだろう?終わり次第私達と合流しよう」

「……分かった」

 

 拳を握りしめ怒りに震える一誠に何かを察したのか、話を切り上げるゼノヴィア。

 

「あ、イッセーくん、リアス・グレモリーには必要以上の事は話さないようにね。探索の状況を報告するのは構わないけど、ゼノヴィアの聖剣とかを話すのはNGだよ」

「………やっぱり部長の事―――というか悪魔の事は信用できないのか?」

 

 敵対勢力に対して必要以上の戦力を知られたくない気持ちは分かるが、一誠の知る限りライザーのような乱暴な悪魔ではない事は明白だ。彼女達もリアスが他の悪魔とは違い温厚だと、聞いているからこそ交渉を願い出たと思うのだが―――。

 

「イッセーくん、信用するとかそう言う問題じゃないの。もう何百年も前から悪魔と私たちの間には大きな隔たりができているの」

「隔、たり?」

「悪魔は契約という方法で人間を惑わし、堕天使は危険な神器保持者を殺す―――私達教会が滅する。ただ契約を結ぶだけでは害はないだろう。だが、はぐれ悪魔は野に放たれた獣と同じだ。人間を食らい、力を蓄え悪逆の限りを尽くす。一誠、君は三大勢力という三竦みについてあまり理解していないのだろう……だから今、理解しろ。私達は切っ掛けがないかぎり歩み寄る事はない……絶対にな」

 

 イリナに代わり、ゼノヴィアが説明したその言葉に、一誠は形容できない気持ちになる。

 

「俺には分からない……そんな、殺し殺し合う関係なんか……首突っ込んじまったオレだけどさ、闘うだけってのは……何か嫌だな」

「………君とは、まだ短い間しか一緒にはいないが……なんとなく甘い男だとは分かった。戦士としては向いていないが神父には意外と向いているかもしれないな……」

「意外……何時ものゼノヴィアなら軟弱者!とかそんな心構えで―――ッ!とか言いそうなのに……」

 

 ゼノヴィアの口調を真似ながら、イリナが両手の人差し指を立てた手を頭に置きながらガオーッと鬼のようなポーズを取る。

 そんな彼女に若干、しかめっ面になった彼女は呆れた様にため息を吐きながらぺしりっとイリナの頭を小突く。

 

「いたっ!もう、なにするの!!」

「……私を何だと思っているんだお前は……私がそのような態度をとるのは、身の丈以上の虚言を放つ弱者だけだ。彼は私に力を示した。即ち強者だ―――それならイッセーの言う言葉は虚言ではない。それに―――」

 

 横目で一誠を見るゼノヴィア。

 鋭い視線で見られ、若干委縮してしまう一誠に彼女は若干の苦笑と共に、彼の肩に手を置く。

 

「これから一緒に戦うんだ。険悪な関係は、お前も望むものじゃないだろう?イリナ」

「……まあ、確かに!悪魔とは仲良くなれないけど、イッセー君とは仲良くやっていこう!」

「……変わらないなぁ。お前は」

 

 女の子っぽくなっても変わらず、あの時のままの天真爛漫で元気なイリナのままだ。それを約十年越しでまた見れて、嬉しくなる。

 

 だからこそ、死を覚悟するほどの戦いさせる訳にはいかない。

 

「友達、だからな」

 

 




ゼノヴィア式強者論(ボソッ)……いえ、なんでもないです。


感想蘭で一樹に対しての感想がすごいことになっていますが……。

私もそう思います(真顔)
私もあんな弟がいたらぶん殴ってます。修正してやります。

でも先を考えるなら一樹は……『可哀想な奴』、と思っていただければ幸いです。

次話もすぐさま更新致します。




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聖剣と愚者 6

本日2話目の更新です。


 イリナ、ゼノヴィアと共に聖剣を捜索してから数日の日が過ぎた。

 一誠は学校があることから、早朝と学校が終わってから夜遅くまでの短い時間でしか行動できなかった。

 

 一誠自身は学校を休んで捜索に出ようとしていたが、リアス曰く――昼間のような人が多い時間帯は流石の堕天使達も手を出すことはできない―――ということで、昼間だけは捜索には参加せず、普通に学校に通っていた。

 しかし、学校にいても街中に堕天使のような危険な存在がいると思うと、一誠は気が気でなかった。加えて、木場が学校に来ていないことが今の彼の不安の一つでもあった。

 

 

 

 

 休日、ほぼ習慣と化しているランニングを終え、シャワーを浴びた後に自室に戻った一誠は夢の中で貰ったエナジーロックシードを用いての変身を試みていた。

 

「音は……大丈夫、だよな?一回くらいなら」

 

 一回、母さんに見られて怒られたけどそれは何回も変身したからだ……一回だけならセーフだろう。しかも今は休日の7時、別にうるさくしても問題ない時間帯だ。

 アーシアとリアスは別の部屋で寝ている、一樹も同じだからその辺も大丈夫。

 

「変身……」

 

【オレンジ!】【ピーチエナジー!】

 

 何時もより気持ち少なめの声で、オレンジロックシードと桃の形のロックシード―――『ピーチエナジーロックシード』をバックルに嵌め込む。

 ピーチエナジーからレモンエナジーの時より断然テンションが高い声が発せられ、一瞬ビクリと驚きながらも頭上に生成されたオレンジのアーマーとピーチのアーマーに目を向ける。

 

「うおっ……やっぱり桃なんだな。こいつと何か違うのか?」

 

 ベッドの上に転がっているレモンエナジーロックシードに目を向けながら、カッティングブレードを傾ける。

 

【ミックス!オレンジアームズ!花道オンステージ!!――――ジンバーピーチ!ハハー!】

 

 頭上で融合されたアーマーが一誠の身体を覆い展開される。

 ―――だが、ジンバーレモンとあまり変わりはない。代わっている所といえば、レモンの断面のような文様が桃の文様に変わっている所だけだ。

 後はソニックアローもアーマーも全然変わってない。

 

「………うん?」

 

 むしろ力が落ちている感覚すらある。

 「不良品つかまされた……?」と考えながら、自分の体を見ていると―――

 

『あの音……イッセー、またあんなコスプレしているのかしら?』

『コスプレ……?イッセーがどうしたのか?』

『前ね―――』

 

「……うん?母さんと父さんの声だ」

 

 何故か聞こえるその声に、思わず周りを見渡しても誰もいない。だが確かに声は聞こえてくる。

 さらに耳を澄ますと―――

 

『……イッセー……?どうしたのかしら、こんな朝から……』

 

「今度は部長の声……?……うーん、まさかこのロックシードは……」

 

 聴覚を強化するフォーム―――という事なのか?戦いにはあまり使えない、というか戦闘力ならオレンジアームズよりは強いかもしれないが、能力は役に立たないだろう。

 そもそもオレンジ、イチゴ、バナナ、パインの違いは、武器や身体能力の微妙な差異くらいしかない。それを思えば、この聴力強化はジンバーピーチだけの固有能力と分類できるのではないのか。

 戦闘には役には立たないだろうが―――

 

「これを使えば、もっと聖剣を探す効率があがるかも……よし!!今度はこっちのさくらんぼっぽい奴を試して―――」

 

『クソッ……クソッ……』

 

「ん?」

 

 隣の部屋―――一樹のいる部屋からすすり泣くような声と共に何かを罵倒する声が聞こえる。外そうとしたピーチエナジーロックシードから手を離し、耳を傾ける。

 

『これじゃ……んな……しぬ……なんで応えない……ドライグ……』

 

「ドライグ……誰だ?」

 

 くぐもった声のせいかうまく聞き取れない。

 盗聴しているような気がして気分が悪くはなるが、一樹の様子がおかしい理由が分かるかもしれないので壁に近づき隣の部屋に意識を集中しようとすると……。

 

「こらァ!イッセーあんた朝っぱらから何やってんの!?」

 

 隣の部屋に意識を集中させたせいか母さんの接近に気付けなかった。

 ドンッと部屋を開け放った母さんは、壁に顔を押し付け見るからに怪しげな行動をとっている一誠に額を抑える。

 

「げぇっ!?母さん!!」

「あんたまたそんな格好して恥ずかしくないの?!今のあんたどこから見ても不審者だからね!?休日だからってはめ外しているんじゃないよ!」

 

 そのままバダンとドアを閉めてしまう母さん。

 その光景を、壁の前で固まったまま見ていた一誠は、疲れた様にため息を吐きながら変身を解く。

 

「……朝飯食べよう……」

 

 何気に言われた不審者という言葉に、ちょっとだけ傷ついた一誠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、行くか」

 

 朝食を摂り私服に着替えた後に、イリナとゼノヴィアとの待ち合わせ場所に移動すべく玄関で靴を履く一誠。

 

「イッセー」

 

 靴を履き立ち上がった一誠の背後から、心配そうな表情のリアスが声を掛ける。

 ゼノヴィア達と交わした約束のせいで助けになれない自分がもどかしく思っているのだろうか。一誠としては元気づける気の利いたセリフを言いたいところだが、生憎プレイボーイじゃない彼にはそんな台詞は思い浮かばない。

 

「いってきます!」

「……ええ、頑張って」

 

 とりあえず自分が出せる限りの笑顔で応えて外に飛び出していく。

 下手な言葉より、こっちの方が自分らしい。やや人通りの多い道を小走りで走っていく。朝だからか、スーツ姿の人や主婦らしき人がちらほらと自分の横を通り過ぎる中―――

 

「……あれ?小猫ちゃん?」

 

 小猫が前方から歩いてくるのが見え思わず脚を止めて凝視してしまう一誠。彼女も前方から走って来た一誠の気付いたのか、何かを言いたげな表情でこちらに走り寄って来る。

 方向からして、家に来ようとしていたのか?とりあえず手を挙げながら挨拶すると一誠の近くまで近づいてきた小猫はやや声をうわつらせながら一誠の話しかける。

 

「イッセー先輩……お願いがあります……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠を見送ったリアスは、玄関付近の壁に背を預け目元を隠すように額に手を置いていた。

 

「イッセー、は大丈夫……」

 

 人間という立場は今の彼にとってはある意味都合の良いものだった。ある意味、悪魔と教会という二つの勢力にも当てはまらない彼は、下手すればどちらにでも傾いてしまう天秤のような存在―――

 

 リアスは心のどこかで一誠が自分の手を離れてしまうのではないのだろうか、という危機感に苛まれていた。彼は自分の眷属でもないし、恋人でも婚約者でもないのに……。

 どうしてもライザーに立ち向かう彼の後姿が忘れられない……。

 

「駄目ね……こんなんじゃ……」

 

 一誠は一言もなしに自分から離れるような人じゃない。

 だから今のもどかしい思いは、手を貸すことができない自分への苛立ちのようなものだ。

 

 だから一誠が頑張っている今、自分がこんなところでくよくよしているわけにはいかない。祐斗の事や―――一樹の問題がある。

 

 リアスが兵藤宅に住むに至った理由は、単純に一誠の傍に居てみたいという理由の他にいくつかある。それは一誠と一樹、二人の関係の改善の為―――を理由にした、一樹という自らの眷属を知るためにだ。

 

「………」

 

 結論だけ言うと、彼は幼くも何処か達観したような言動を取る『子供』。

 一誠の両親の話を聞くには、一樹は手の掛からない物静かな子だったらしく、年相応に泣き笑う一誠と違い、笑いはすれど泣くことはあまりなかった大人しい子だったらしい。

 懐かしむように、アルバムを捲りながらその事を語った一誠の母親の顔を見て、冥界にいる両親のことを思いだし少しホームシックになってしまった。

 

「何で、イッセーにだけ……」

 

 彼にだけは心を許さない。むしろ執拗にまで敵視している。

 彼が一体何をしたのか?

 何が気に食わないのか?

 それが分からない。あらゆる可能性を考えても、まったく思い当たるものがない。一誠を贔屓目に見ているわけではないが……。

 一般的に見るならば、一誠がしていた覗き等の行為は忌避されて当然の行為だろう。

 しかし、その事を蔑むにも、あまりにも度が過ぎているのが問題なのだ。

 一樹の事を全て理解しているという訳ではないが、推測を述べるとするなら……一誠の行為云々に対する罵倒等は、本当の理由を隠すためのカモフラージュで、本当の理由は隠している―――というものだ。

 

「………踏み込むべき、かしら」

 

 一誠のこと、一樹のこと、彼らの過去の事を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、小猫ちゃん。お願いって?」

 

 近くの自販機で買ってきたジュースを小猫に手渡しながら、一誠は先ほど小猫の言葉について問いかける。

 一誠から貰ったジュースを両手で握りしめながら、小猫はやや俯きながら声を絞り出す。

 

「祐斗先輩を……助けてくれませんか」

「助ける……でも木場は今―――」

「学校には来ていない……」

 

 聖剣を憎む気持ちは、きっと想像できない程凄まじいものだろう。

 だが、それでも小猫は復讐に囚われて、身を削る木場の姿は見たくはない。行き場の失い、拾われた暖かい場所で見つけた仲間だから。

 

「でも私は先輩が……仲間が、いなくなるは……嫌です。イッセー先輩も……」

 

 本当は一誠に協力したい。

 でも、それじゃあ、彼の立場を悪くしてしまうし、迷惑になってしまう。一誠は笑って許してくれるだろうが、きっと小猫は自分を許せないだろう。

 そんな彼女の気持ちをなんとなくだが理解したうえで、一誠は買ったジュースを一気に飲み干した後に空を見上げながら、小猫に話しかける。

 

「全く、木場も幸せ者だな……小猫ちゃんにこんな心配されるなんてな」

「イッセー先輩?」

 

 快活に笑い、手に持ったジュースを一気に飲み干した彼はぐしゃりと潰した缶をゴミ箱に放り小猫に向き直る。

 

「俺に任せろ!ぶん殴ってでも木場を助ける!なんというか……約束する!」

「イッセー先輩……」

 

 顔を上げる小猫を真っ直ぐに見て、拳を握りしめる。 

 自分のやる事は始めから決まっている。友達を―――皆を守る。

 

「俺だって木場の事を聞いた。あいつがどんだけ苦しんで、悔しい事も全部とまではいわないけど、分かる。だからといってアイツに復讐をやめろなんて綺麗言は言わないけどさ……でも、うまく言えないけど、放っておけないよな」

「………はいっ」

「それに後輩からの頼みなんだ。断るとカッコ悪いからな!」

 

 へへっと子供のように笑う一誠に、小猫もようやく微笑を浮かべる。

 

「じゃ、俺そろそろ行くから!」

「頑張ってください……それと、イッセー先輩にも……怪我はしてほしくない……です」

「おう!」

 

 手を振りながら、走っていく一誠の後姿を見て、小さく腕を振る小猫。

 駆け出した一誠は、気合いを入れるように頬を強く叩きながらイリナとゼノヴィアのいる場所まで真っ直ぐ走り出す。

 

 朝、連絡された待ち合わせ場所は待ち合わせ場所は、何故かファミレス近く。敢えて人通りの多い場所を選んだのかと、勝手には納得はしていたが、何時もの場所とは違うので怪訝に思う。

 

「……やべぇ、ちょっと遅れてる」

 

 携帯をポケットにしまいながら曲がり角の先にあるファミレスへと足を進める。

 すると、目の前に奇妙な光景が映る。

 

 

 

 

『迷える子羊にお恵みを~』

『どうか、天に代わって憐れな私達にご慈悲をぉぉぉぉぉ!!』

 

 

 

 

 ズッコケた。思い切り、力の限り。

 この娘達は何をやっているのだろうか、待ち合わせ場所で。これはアレなのか?遅れてしまった自分が悪いのか?

 でもまさか路頭でお祈りを捧げるような奇行に出るとは思っていなかった。

 

「なんてことだ。超先進国であり経済大国日本の現実か。これだから信仰の匂いのしない国は嫌なんだ……くっ……イッセーは何故来てくれないッ」

「毒づかないでゼノヴィア。路銀の尽きた私達はこうやって、異教徒どもの慈悲無しでは食事もとれないのよ」

 

「なにやってんのぉぉぉぉ!!」

 

「あ!イッセーくん!」

「イッセー助かった!」

 

 まるで救世主を見つけたような表情―――こんな時に見たくはなかったよ……。

 

「どういうことだよ!?お金がないって!?」

「元はと言えばこいつのせいだ!イリナが詐欺まがいの絵を購入するから―――」

「何を言うの!?この絵には聖なるお方が書かれているのよ!展示会の関係者もそんなこと言っていたわ!」

 

 デデーンとどこからともなく額縁に入れられた絵を取り出すイリナ。まじまじと見てみるが、どう見ても頭に輪っかのついたオッサンの姿しか見えない。

 

「………多分、騙されたぞ。イリナ」

「え!?嘘……」

「ほら見た事か」

「なにをー!ゼノヴィアだって興味津々だったじゃん!」

「それは最初だけだ!」

「後から、ぐちぐちと~子姑か貴方は!!」

「こしゅうとめ?……なんだか分からんがすごくバカにされた気がするぞ!!ああどうしてこんなちんちくりんがパートナーなんだ……主よ……これも試練ですか……」

「頭抱える事ないじゃない!」

「うるさい!これだからプロテスタントは異教徒だというんだ!我々カトリックと価値観が違う!もっと敬え!!」

「新しいものを取り込むことの何処が間違っているのよ!そっちこそ古臭いしきたりに縛られているくせに!!」

「なんだと異教徒め!」

「そっちこそ異教徒!」

 

「………」

 

 終いには額をぶつけて取っ組み合いを始めた聖剣使いのポンコツ2人。

 ファミレス前なので、周囲の注目も相まってだんだん恥ずかしくなった一誠は、問答を繰り返している二人の頭に軽く握った拳を振り降ろす。

 

「落ち着けって!」

「あてっ」

「痛っ、何をするイッセー痛いじゃないか」

「喧嘩はやめなさい!お腹空いているんだろ!?奢ってやるから中に入るぞ!」

「む、すまないな。イリナ反省しろ」

「何で貴方に言われて反省しなきゃいけないのよー!」

 

 声を潜ませながらまた口喧嘩をしている二人にこの日何度目かのため息を吐きながらファミレスに入る。……お金足りたかな……不安だ。

 





この時点で仲良くなっていたら、こんな感じかなと思いながら書きました。
それと……リアスが一樹のいる家に住んだ理由も少しだけ描写しました。


次話もすぐさま更新致します。



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聖剣と愚者 7

本日三話目の更新です。


「なあ、聖剣計画って何だ?」

 

 聖剣を捜索してから数日の日が過ぎ、一向に事態が好転しない状況の中、『ジンバーピーチアームズ』の姿となり索敵を行っている一誠がイリナとゼノヴィアに聞いた言葉だった。

 この時点で普通に変身して大丈夫なのか?という疑問がある浮かぶだろうが、今の時間帯が夕暮れ近くに加えて周囲に人の気配はないせいか、細心の注意を払えば、今の一誠の奇抜な格好もなんとか大丈夫なのだ。

 

「何でイッセーくんがそのことを知っているの?」

 

 一誠からその言葉が聞けるとは思ってはいなかったイリナとゼノヴィアは驚いたように目を見開き、彼にどうしてそのことを知っているかを質問する。

 

「……俺の仲間が、その計画の生き残り……らしいんだ」

「成程……どうりで……あの時殺気を向けてきたのか……無理もないな。聖剣計画……あの事件は私たち協会側にとっても最大級に嫌悪すべき事だ」

 

 嫌悪されているということは、聖剣計画によってもたらされた犠牲は教会側では望まぬものだったということでいいのだろうか?

 

「一応、説明しておこうか。もしかしたらこの騒動に関係があるかもしれないからな」

「関係あるかもって……?」

「聖剣計画の被験者……という表現は好まないが……彼らに処分を下した人物は聖剣に異常な執着を持っていた。その者は信仰に問題があり異端の烙印を押された。まあ、当然だろうな、奴が信仰したのは主ではなく聖剣だったのだから……」

「………そいつは、今―――」

「堕天使の仲間入りさ、奴は教会にいても『神を見張る者』にいても変わりはなかったのさ」

 

 そこで、一旦ゼノヴィアは言葉を区切りイリナの方を見る。名を出していいのか迷っているようだったが、イリナが無言で頷くと、ゼノヴィアは再度一誠の方に顔を向け口を開く。

 

「その者の名はバルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』と呼ばれた男だ」

「バルパー・ガリレイ……」

「一応、覚えておくといい。もしかしたらの可能性だが……奴もこの件に噛んでいるかもしれないからな」

 

 バルパー・ガリレイ。

 ゼノヴィアの話が本当だったなら、そいつは相当やばい奴に違いない。

 ……しかし、聴覚強化のこのフォームでも大した情報は得られない。そもそもある程度近くじゃなくちゃ具体的な場所はわからないし、あまりにも遠すぎると方向し分からない。

 

「まあ、その話は置いといて……見れば見るほどおかしな姿だな、前とは違うし」

「そうよねー。なんだっけ?ジンバーピーチ!だっけ?」

「ん?ああ」

 

 ジンバーピーチを見せたときは、二人は『姿が違う!』と言葉に出していたが、少し時間が経てば慣れたようで、普通に接してくる。

 

「それで何か収穫はあったか?」

「いや……それがまだ―――」

 

 

 

 

 

 キィン!ガキィィン!!

 

 

 

 

「ちょっと待て……」

「どうしたの?イッセーくん」

 

 そう遠くない場所から、金属と金属をぶつけたような甲高い音が聞こえる。音が聞こえた方向に意識を向け集中すると、数人の人の声が聞こえる。

 

『ウゼェっす!!てかテメェ『魔剣創造』かよぉ!レアな神器ですかクソ野郎がァ!!でーも俺さまの持っているエクスカリバーはそんじょそこらの魔剣くんでは手も足もでないのよ~ん!!』

『君の下劣な口調も聞き飽きた!!』

 

「木場……っ!アイツ、戦ってんのか!?」

「一体、どうしたんだ?」

 

 木場が誰を相手しているかは知らないが、恐らく聖剣使い―――木場は強いがもしもの可能性もある。

 小猫との約束もある。急いで向かわなくては。

 

「俺の仲間が聖剣使いと戦ってる!いますぐ向かおう!!」

「ええ!?」

「……どうやら、先を越されたみたいだな……行くぞ!案内してくれイッセー!」

「ああ!」

 

 部長も、小猫ちゃんも……朱乃さんだって、アーシアだって、たぶん一樹も……皆が心配しているんだ。

 だから……お前に無茶させるわけにはいかねぇ!

 変身したままだから、変身前とは比べものにならないスピードで、イリナとゼノヴィアをやや引き剥がしながら音が聞こえる場所に到着する。

 そこには、木場と見覚えのある白髪の神父―――確か、フリード・セルゼンと言ったそいつが、木場と凄まじい剣劇を交わしていた。

 

「木場!!」

 

「イッセーくん!?」

 

「よそ見するなんて、おめでてぇ頭してんなぁ!!隙突いてブッコロ!!それぇ!!」

 

 バキィンと木場の持っていた剣が、フリードの持っていた特徴的な形状の剣により砕かれる。苦悶の表情を上げながら後方に退がる木場に、狂喜の笑みを浮かべるフリード。

 イッセーは無双セイバーを右手に持ち、木場を守る様に前に飛び出して、フリードが振り降ろした聖なる力を纏った剣の一撃を受け止める。

 

「木場!お前……部長たちが心配しているのに、何やってんだ!!」

「……ッ僕は聖剣に………」

 

「あ~らら、仲間割れっすか~てか、君、レイナーレさまをぶっ殺した人間じゃ~ん!」

 

 見ていたのか!?思わず木場に向けた視線を鍔迫り合いをしているフリードへと向ける。

 

「見てた!見てた!クソダセェ姿のコスプレ野郎をなァ―――!!きひゃひゃ!!」

 

 

 

『イッセーくん!』

『先に行くな!……ッ!貴様はフリード・セルゼン!?』

 

 イッセーよりやや遅れて到着したイリナとゼノヴィアが、フリードの姿を見て聖剣を解放し警戒心を露わにさせる。

 

 

「ありゃりゃー、カモがネギしょってきやがったゼ!ここでお前等皆殺しにして、そこの聖剣奪っちゃう!そんじゃ大人しく死にやがれ!」

「ざけんな!!」

 

 無双セイバーを思い切り押し出し、フリードの体勢を崩す。予想外の力に軽く舌打ちしたフリードは、後ろへ押し出された勢いを利用し、そのまま後ろへ飛びあがりながら、着地する。

 

「けへへへ!!やるじゃないのやるじゃないの!ええ!?だが、オレだって一人じゃないんだよ~ん!打ち合わせではこんな丁度いいタイミングでそろそろ来る頃何だけどねぇ!」

 

 へらへらと下品な笑みを浮かべたフリードは、懐から取り出した拳銃のような何かを空に向けて撃ち出した。撃ち出されたソレは、白い煙を残しながら、空高く上がるとカッと強烈な光を発生させる。

 すると、数秒とかからずに十数人のフリードと同じような神父姿の男達が現れる。

 

「俺的にィ!悪魔と教会のクソ野郎どもに殺されるのだけはマジ勘弁だからさァ!!雑魚共ーたすけてー!」

「仲間を呼ばれたか!?」

 

 襲い掛かって来る、援軍。

 イリナとゼノヴィアが、応戦するために聖剣を構える。二人を横目で視界に収めながら一誠は目の前にいるフリードに無双セイバーを向ける。

 イリナとゼノヴィアは大丈夫―――自分はフリードと相手取る。

 

「はああああああああああ!!」

「ッ!木場!」

 

 一誠が攻撃を仕掛ける前に怒声を上げながらフリードへ特攻していく木場。フリードに斬りかかる木場を呆然と見た一誠は、思わず頭を抱える。

 

「ああっ!もうクソッ!勝手に援護すっからな!!」

 

 無双セイバーに弾を装填しながら、木場を援護するようにフリードへと切りかかる。

 

「うっひょ!二対一とか卑怯じゃないっすか!でもねでもねェ俺にはこのかっちょいい聖剣様がついているんすよ!!『天閃の聖剣』!!」

 

 フリードの聖剣の切っ先がブレだし、剣の速度が木場と剣戟を交わしていた時と比べものにならない速度となる。一瞬で木場の持っている剣が砕かれ、一誠の無双セイバーまでもが簡単に弾かれる。

 

「速度だけなら誰にも負けないのん!」

「くっ、これでも駄目か……ッ!」

「速ぇ……ッ!でもまだァ!!」

 

 トリガーを引き、無双セイバーから4発の弾を撃ち出す。

 人間ならただじゃ済まない威力を内包する銃弾だが、フリードは容易く弾丸を見切り、全て切り落とす。

 

「見える、俺にも敵が見えちゃうよ!エ~クスカリバァ~のお・か・げ!」

「くっ……」

「相手になりませんぜぇ剣士君ッよォ!」

 

 今の状態じゃフリードを捉える事は無理だ。

 遠近バランス良く尚且つ高威力のソニックアロー……いや、それよりもっと確実な攻撃方法が俺にはあるッ!

 

「木場!一旦退がれ!!」

「ッ!?でもイッセーくん!!」

「俺が仕掛ける!!」

 

【イチゴッ!!】

 

 ホルダーからイチゴロックシードを取り出し、錠を解放する。

 フォームはジンバーピーチからは変えない。こいつを嵌め込むのは手持ちの刀、無双セイバーだ。木場が渋い表情をで退がるのを確認しながら、刀を両手で力強く握りしめ腰溜めに構える。

 

【ロック・オン!!イチ!ジュウ!ヒャク!!】

 

「一気に畳み掛けるッ!」

「おろろ~、いーったい何をしてくるんでしょうねー。でもさせないっすブッコロしまっす!」

「遅ぇ!!」

 

【イチゴチャージ!】

 

 前方のフリード目掛け、イチゴロックシードにより赤いエネルギーが纏った無双セイバーを下から上へ切り上げる。

 瞬間、刀身からイチゴに似たエネルギー体が放たれる。

 

「マジっすか!」

 

 その場で立ち止まり、すぐさま両断する体制に移るフリード。

 だが、一誠の放ったエネルギー体はそんなフリードの思予想を裏切る様に、彼の間近で分裂し数十にも及ぶクナイへと分裂し勢いよく飛んで行く。

 

「うぇ!?くっそ!分裂とか卑怯じゃないのぉぉぉぉ?」

 

 慌てて、高速で剣を振るい撃ち落とそうとするが―――その挙動こそが一誠の狙い目。

 分裂したクナイ状のエネルギー体【イチゴクナイ】は、物体と激突すると同時に爆発する能力を備えている。

 

 よってフリードが切り落とそうとしたクナイの一本と聖剣が接触した瞬間、彼に強烈な破裂音が襲い掛かり、怯んだ所に後続のイチゴクナイが大量に殺到する。

 

「二対一はやっぱり無理っしょぉぉぉ――――――!!」

 

 そんな今更感の漂うセリフを叫びながら、爆発により発生した煙に包まれたフリードを視界に移しながら、目を丸くしている木場に叫ぶ。

 

「木場!今だ!!」

「くっ、少し不本意だけど―――今は!!」

 

 やや苦渋の表情で目を瞑りながらも、魔剣を握りしめた木場は、未だにフリードが生きているであろう噴煙目掛けて走り出すべく身を低くする―――

 

 

 

 

「―――ほお、『魔剣創造』か?使い手の技量次第では無類の力を発揮する神器だ」

 

 

 

 上空から聞こえてくる第三者の声に思わず足を止め、見上げる木場と一誠。視線の先には神父服を着た初老の男性が立っていた。

 

「フリード、何時まで油を売っている」

「ケホッ……バルパーの爺さんか」

 

 煙の中からフリードが出てくる。一誠の攻撃を受けて無事ではいられなかったのか、神父服はボロボロになり、至る所から血が滲んでいる。

 そんなフリードを見て、嘆息しながらバルパーは一誠と木場、そして援軍の神父達を掃討し終えたイリナとゼノヴィアの方に視線を向ける。

 

「ククク、エクスカリバー使いが二人もノコノコ来てくれるとは、教会も気が利くようだ」

「バルパー・ガリレイ、反逆の徒め、神の名の元貴様を断罪してくれる!!」

 

 一誠の隣に着地したゼノヴィアがエクスカリバーを構え、バルパーとフリードに威嚇する。イリナも一瞬一誠の

方に視線を向けながらも、ゼノヴィアと同じように目の前の二人の神父を睨む。

 

「……何者なんだい?」

 

 しかし、木場だけがバルパーについて何も知らない。一誠は木場にバルパーの事を言うべきか悩んだ。バルパーが聖剣計画―――木場達の仲間に『処分』という命令を下した本人だという事を木場に伝えたら、きっと木場はバルパーを殺そうとするに違いない。

 

「バルパー・ガリレイ、聖剣計画に携わっていた者の一人だよ。君にとっても一番因縁深い相手でもある」

「……へぇ」

「ゼノヴィア!」

「いずれは知る事だ。それに……ここで不用意に隠して、悪魔と事を構えたくはない」

 

 確かにそうだが―――。明らかに木場の目の色が変わった。

 ゼノヴィアの言葉から察したのだ、バルパーが木場にどのような仕打ちをしたのかを―――

 

「一旦、退くぞ。因子をまだ扱いきれていないお前に今死なれると困る」

「はいはーい。じゃあ悪魔くん、それにコスプレ君、逃げさせてもらうぜ!次会った時はお前等殺すから!そりゃもう切って切ってき切りまくるからヨ!」

 

「待て!」

 

「あばよ!クソ共!!」

 

 フリードが球体を路面に投げ打つと、カッと強烈な閃光が辺りを包み込み一誠達の視力を奪う。

 視力が戻った時には、既にフリードとバルパーの姿はなく、残っていたのはイリナとゼノヴィアが倒した神父達だけだった。

 

「追うぞ、イリナ、イッセー」

「うん」

「僕も追わせて貰おう!!」

「木場!お前は待てって!!―――ああ、もう!!」

 

 一誠の制止の声を聞かずにそのまま気配のある方向に走り出してしまうイリナとゼノヴィア。木場も二人の後を追って走り出す。

 今の木場には目の前の復讐しか見えていない。それが一誠にはどうしようもなく危なく感じられた。何時もの木場はどんな状況でも冷静で、頼れる奴だったはずなのに―――。

 

『イッセー!』

 

 ゼノヴィアとイリナ、それに木場が二人を追った後に、背後から人の気配を感じとり後ろを向く。振り返った先にはリアスと生徒会長―――ソーナ・シトリーがいた。

 変身を解きながら、二人の方に駆け寄る。

 

「部長!?それに会長も!?どうしてここに!?」

「力の流れが不規則になったから、心配して見に来たの」

「兵藤君、ここで一体何が……」

 

 どう説明すればいいのか、迷ったがとりあえずはフリード・セルゼンとバルパー・ガリレイについて軽く説明することにした。

 一誠の話に、表情を鎮めるリアス。

 

「そう、祐斗はゼノヴィア達とバルパーを追って……」

「……リアス。バルパー・ガリレイととコカビエルが関わっているという時点で彼女らの手に負えるとは思えません」

「ええ、私達もいざという時の準備はしておかないといけないわ」

 

 『皆殺しの大司教』と言われた狂神父と大戦を生き抜いた堕天使―――そしてエクスカリバー。どんなに悪い可能性を考えても足りない位に最悪の組み合わせ。

 状況を重く見たリアスは、とりあえずの用心をしておく為にソーナと話し合っているが―――。

 

「部長、俺、木場達を追います」

 

 今なら間に合う、ジンバーピーチの索敵範囲と脚力ならばすぐに彼らにも追いつくだろう。

 一誠の言葉にリアスは、暫し一誠の表情を見て、止めても無駄だと悟ると、一誠の両肩に手を置き言葉を投げかける。

 

「絶対に無理しないで。貴方も私の大切な…………仲間なの」

「はい!」

 

 力強く頷きながら、ゼノヴィア達が走り去っていった方向へ足を進めながら両手に持ったオレンジロックソードとピーチエナジーロックシードを開錠させ、【鎧武ジンバーピーチアームズ】に変身し、そのまま走り出す。

 

 一誠が走り去っていった方向を、無言で見送ったリアス。

 そんな彼女にソーナは―――

 

「いいのですか?」

「いいのよ、彼は……イッセーは真っ直ぐなの。自分でもおかしいとは思ってるけど、あの子なら、なんとかしてしまいそう…………そう思えるの」

 

 今の自分にできる事をしよう、そう心に決めたリアスは一誠が走り去った方向から視線を外し、ソーナの方に向き直るのだった。

 

 

 





ピーチ「ほら出番だぞ、喜べよ」
イチゴ「ギリッ……ッ」


今日の更新はこれで終わりです。

いけない……フリードの台詞を書くと言動が狂ってしまう。これも皆『F』のせいですね。
……いやぁ、それにしてもイチゴ大活躍でしたね。


………本当はフリード戦でイチゴアームズだったんですけどね、無双セイバーが便利すぎたのがいけないんです(メソラシー)



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聖剣と愚者 8



お待たせいたしました。



 太陽が完全に沈み、周囲が暗くなり始めた町はずれの住宅街。

 その中を移動していた一誠は、ジンバーピーチアームズの聴覚強化によりゼノヴィア達の声がする方向に足を進めていた。

 

「もうすぐだ!」

 

 ゼノヴィア達の声が近くなっていく、同時にフリードや複数の聞き覚えのない声も。もしかしたら既に戦闘が始まっているのかもしれない。

 

 ジンバーピーチの聴覚強化は、回りの環境に左右されやすいので、遠く離れた場所の音全てを拾う事はできない。だからこそ、できるだけ早く彼女らに加勢しに行かなければならない。

 バルパーやフリードが逃げた先は恐らく奴らのアジト、そこには聖剣を盗んだ輩のボスであるコカビエルと言う堕天使幹部がいるかもしれないのだ。

 ライザー以上の強敵、いくらゼノヴィアやイリナ、木場が力を合わせたとしても太刀打ちすらできないかもしれない。

 勿論、一誠でも。

 

「いざとなったら―――」

 

 もしもの時の算段を頭の片隅に置きながら、一誠はゼノヴィア達の声がする場所に辿り着く。

 

「ここは……?」

 

 一誠の目前には古びた廃ビルがあった。

 所々に罅が入り、どんよりと気味の悪い雰囲気を感じさせる、ホラーチックな建物に一誠は、若干の恐怖を抱いた。

 

「隠れ家にはぴったりだな……」

 

 立ち止まってはいられない。

 目の前で硬く閉ざされている扉を力の限り蹴破ると同時に一誠は、悪意に満ちた堕天使の根城に飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 建物内は、思ったよりも広く拡張されていた。

 どういう方法で広くしたのかは、分からないが、かなりの大人数は入れるような広さだ。

 

 ソニックアローを左手に装備しながら、建物内に飛び込んだ一誠の視線の先にはテレビでよく見かけるような豪華な扉があった。豪華絢爛という言葉がしっくりくるような外観だが、この建物内の暗い雰囲気に寄り悪趣味としか言えない場違いさを感じられた。

 

「あの先か!」

 

 扉の先から、戦闘音が聞こえる。

 一誠は走り出しながら、レモンエナジーロックシードを取り出し開錠する。

 

【レモンエナジー!!】

 

 ピーチエナジーロックシードをバックルから外しジンバーピーチを解除すると同時に、レモンエナジーを代わりに嵌めこみ、ジンバーレモンアームズへとフォームチェンジする。

 

【ジンバーレモン!ハハ―!!】

 

「これで!!」

 

 変身完了と同時に、左手のソニックアローを構え、矢を打ち出し扉目掛けて放つ。

 放たれた矢は黄色の粒子を残しながら扉に直撃し、破裂するように閃光を撒き散らした。目前の障害物を排除した一誠は、そのまま全力で走りながら、戦闘が行われているだろう場所に入り込んだ。

 

「皆!!無事か!?」

 

「イッセー!来てくれたか!?」

「イッセーくん!」

 

 入り込んだ先にはゼノヴィアにイリナ、そして木場が神父らしき集団と交戦している光景が広がっていた。

 床に無造作に転がっている神父たちから察するに、まだ戦闘開始からそう時間がたっていないとみてもいいが、奥からぞくぞくとやってくる武装した神父の集団を視界に収めた一誠は気を引き締めながら武器を構える。

 

「オラァ!」

 

 光の剣で切りかかってくる神父をソニックアローで弾き返し、空いた腹部に拳を打ちつけ意識を奪う。

 軽く息を整えながら、次々と襲ってくる神父達に視線を移しソニックアローにエネルギーを込め、一気に解放、斬撃として前方に放つ。

 

「なに!?」

 

 放たれた斬撃の余波により、吹き飛ばされた神父たちは壁に勢いよく激突し崩れ落ちるように気を失った神父達を確認しながら、複数の敵に囲まれているイリナの方に向かう。

 

「イリナ、伏せろ!!」

 

 ソニックアローを強く引き絞り、矢を神父達の足元めがけ放つ。放たれた弓は神父達の足元に到達すると同時に破裂し、神父達の視界を光で埋め尽くすように拡散させる。

 その隙を突き、イリナが動きの鈍った神父を聖剣で一気に切り伏せ、囲まれた場から抜け出し一誠のそばにまで走り寄る。

 

「大丈夫か!?」

「ありがと、イッセーくん!」

 

 イリナの身を案じながらも一誠は、この神父の集団に不自然さを感じた。

 敵があまり強くないのだ。

 

 強化形態であるジンバーであるのだから当然とも思えるが、いかんせん手ごたえがなさすぎる。普段の自分なら感じることのないような些細な不自然さだったが、今の一誠は、敵に囲まれた状況の中での緊張感で警戒心がやや敏感になっているのだ。

 

「イリナ、何かおかしくないか?」

「……え?何が?」

 

 イリナは気にしていないようだが……。

 ソニックアローを襲いかかってくる敵に放ちながら一誠は、訳の分からない感覚にいら立つように頭を掻く。

 

「……!そうだ!フリードとバルパーは!?」

「バルパーとフリードはここに入ったと同時に見失っちゃったの。多分、この建物内にいるとは思うけど……」

 

 フリードのあの気性ならば多人数で一気に押してくるとは思ったが……それほど自分の攻撃が効いていたのか?

 

「何を話しているんだイリナ、イッセー……」

 

 神父を切り裂きながら、ゼノヴィアがこちらへ合流してきた。

 それじゃあ木場は?と思い、室内を見回すと、高速で複数の神父を切り裂き無効化している木場の姿が目に入る。

 少し危うい気がするが、今のところは大丈夫だろうと思いながらも一誠は、ゼノヴィアにもこの状況についての疑問を投げかける。

 すると、ゼノヴィアも思い当たる節があったのか表情を渋める。

 

「……それは私も思っていた。まるで捨て駒のように私たちと戦わされているこいつらにな……」

「……そう?私たちが4人しかいないから、見くびっていると思っていたんだけど」

「そうとも捉えられるが―――っ!!」

 

 近づいてきた神父を切り裂りさいたゼノヴィアは、再び正眼に聖剣を構え前方を見据えながら再び口を開く。

 

「私にはどうにも、時間稼ぎをしているようにしか見えなくてな」

「時間稼ぎか……フリードの治療でもしているのか?」

「それは分からないが……もしかしたら私達は―――」

 

 そこで一旦言葉を区切り、剣を下げるゼノヴィア。

 気づけば神父の集団は全員、床に沈んでいた。周りを見渡した敵がいないことを確認した一誠もゆっくりと息を吐き武器を下げる。

 

「案外呆気なかったね」

「木場……」

 

 木場がこちらへと駆け寄ってそう一誠に言い放つ。

 色々と言ってやりたいこともあるが、とりあえずまずは―――

 

「……お前のことすごく心配してたぞ、部長も皆も」

「ごめん、でも僕は……」

「分かってるって……仇なんだろ?」

「……うん」

 

 イリナもゼノヴィアが何も言わないところを見ると、色々察してくれたらしい。

 とりあえずは、木場と戦闘……なんてことは避けられただけでも幸いなことなのだが、今この場所は敵のアジトのど真ん中、気を抜いていられる状況じゃない。

 

「おそらくここに盗まれた聖剣があるはずだ。まずはそれを見つけ出さなくては……」

「手分けして探すのは危険よ」

「分かっている。グレモリーの『騎士』、だったか?こちらも不本意だが勝手に動き回られては困るので―――」

 

 

 

 

 

『ほぉ、下級悪魔に人間か……面白い組み合わせだ』

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 低く冷たくそれでいて重い声。

 上方から降ってきたその声の方に即座に視線を向けると、そこには天井の一角を覆うように広げられた6枚の黒翼が視界に移りこんだ。

 同時に感じたこともないほどの圧倒的なプレッシャーがビリビリと一誠の全身に響いた。

 

「堕天使、コカビエル……っ」

「こいつが!?」

 

 大戦を生き抜いた堕天使幹部―――レイナーレとは比べ物にならないほどの力と威圧感を感じる。

 コカビエルは、自信を見据える4人を見て、見下すように嘲りながら天井付近からゆっくりと床に降り立つ。

 

「面白い余興だ、バルパーには褒美をやらんとな」

 

 ギロリとイリナとゼノヴィアの手にある聖剣に目を向けたコカビエルは、不気味な笑みを浮かべる。

 

「まさか、協会もここまで阿呆だとは思わなかったぞ?この俺を相手にこの程度の輩を送り込んでくるとは……とうとう焼きが回ったらしいな。これでは聖剣をもらってくださいと言っているようなものだ」

 

「何……ッ」

「落ち着いてゼノヴィア!」

 

 挑発的なセリフだが、どうみてもこちらを見下しているが分かる。だがライザーのような見下し方とは違う、それ相応の実力が伴っている。

 自然にソニックアローを握る手に力が籠りながら、一誠は頭上を見上げたまま構える。

 

「ほお、やる気か?面白いぞ、俺を堕天使幹部と知って、立ち向かうか人間」

「やらなきゃ殺すんだろ……ッ」

 

 一誠が戦闘態勢に入ったのを見て、イリナとゼノヴィア、木場も剣を構える。

 4人の様子にコカビエルは、頬が裂けるように見える程に口角を歪め、腕を広げる。

 

「ククク、暇つぶし程度には丁度良い。少しこの俺が遊んでやろうッ!」

「足手纏いにはなるなよグレモリーの!!」

「それはこっちの台詞だよ!」

「もうっ、こんな時に喧嘩しているんじゃないわよ!!」

 

 最大の敵が一誠の前に立ちはだかる。

 





 堕天使アジトでのコカビエル戦は省略しようと思います。


 次は、一誠達がアジトに襲撃してから数時間後の、リアスの視点に移動します。


 次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 9



本日二話目の更新です。


 兵藤家―――。

 一誠の両親が寝静まった頃、リアスは一誠の部屋に入り込み密かに彼のアルバムを呼んでいた。

 

「………よく今まで曲がらずに育った……という訳ではないわね」

 

 一誠は、まともに見えるだろうが、心の中には大きな闇を抱えている。

 それは憎悪とも呼べるし、強迫観念とも呼べるようなあやふやなもの。彼は執着しているのかもしれない、仲間、友達、彼を取り囲む全てのものに―――。

 幼少期からの影響か定かではないが、失う事を極端に恐れている。

 

 だが、それは薄々だが分かっていた事だ。

 リアスは深いため息をつきながらもアルバムを元の場所に戻し一誠の部屋を後にし、自室へと戻ろうとする。

 

『―――』

「?」

 

 一誠の隣の一樹の部屋から、声が聞こえる。

 何事かと思い、足を止めて耳を澄ませてみると、やはり一樹の声が静かな廊下に響く。

 ここ最近の一樹の様子を思い出し少し心配になったリアスは、一樹の部屋の扉をコンコンと鳴らす。

 

「カズキ?」

「…………」

 

 返答はナシ。

 つまり自分にも会いたくはないという事なのか。

 ……一樹の主としては、あまり放っておけない事だけど……ある意味、一誠がいない今なら普段、遠慮して聞けない事も聞けるかもしれない。

 幸い鍵がかかっていないので、『入るわよ』と一応の声を掛けながらゆっくりと扉を開ける。部屋の中にはベッドに頭を抱えるように座り込み、信じられないとばかりに目を見張っている。

 

「部長、何で……」

「下僕の悩みは私の悩みよ」

 

 扉を背に預け、一樹に向き直る。

 リアスの姿を確認しても尚、一樹は何も言わない。

 

「話せない悩みなの?」

「………部長には関係のない事ですよ」

「そう、じゃあイッセーとは関係のある事?」

 

 少し意地悪な質問を投げかけてみた。

 

「………ッ」

 

 見て分かるほどに表情が歪む一樹。

 その表情から読み取れるのは、憎悪……そして嫉妬。

 

 確かにライザー・フェニックスとのレーティングゲームで一誠は活躍した。だが、それだけでも一樹は『兵士』ながらに単独で『戦車』を打倒するという快挙を成し遂げたのだ。悪魔になって間もなく、実戦経験の乏しい中でのそれは褒められても良いものなのだ。

 

 やはり、見下していた一誠が活躍したことが気に食わないのか。

 それならばリアスは心を鬼にしなくてはならない。

 

「貴方は、一体何を敵視しているの?」

「……え?」

「イッセー?それとも別の何かかしら?」

 

 声音をやや低くし語るリアスは、今までの下僕に優しい少女とは一風変わったものに見えた。冷血さすらも感じとれる態度に、一樹は自然と自らの身体が震えるのを感じた。

 

「貴方はライザー・フェニックスとのレーティングゲームで私の為に戦ってくれた。だからこそ私がリザインを宣言する前にイッセーが駆けつけ、その末に勝利することができたわ」

「………違うんですよ……部長、僕は……赤龍帝じゃなくちゃいけないんだ」

「貴方は赤龍帝でしょう?」

「違う!!!」

 

 突然、取り乱したように大きな声でリアスの言葉を否定した一樹。

 その声に驚きながらも目を細めるリアス。

 

 一方の一樹も、項垂れながら吐き出すように言葉を発しだす。

 

「僕はッ、ライザーも戦車も騎士も兵士も、倒す、はずだったんだ……赤龍帝なら……イッセーにできたことなら、僕ができなくちゃ、駄目なんだ……僕にとっての赤龍帝は、アイツなんだ……アイツがした通りにやらなくちゃ僕は……僕は……」

「貴方は……誰と自分を比べているの……」

「それなのに、ギフトにすら目覚めていない……僕は、間違っていたんですか……」

 

 錯乱しているのか?

 言っている事が滅茶苦茶だ。イッセーが赤龍帝だったなんて事実もない。とりあえず訳の分からない言葉を言い始めた一樹を落ち着かせようと近づいたリアスだが―――

 

「全部、アイツが、イッセーが悪いんだ……アイツが邪魔しなければ――――!!」

 

 瞬間、一樹の頬に衝撃が走った。

 リアスが、彼の頬を張ったのだ。思わず手が出てしまったリアスは、一樹の頬を張った手を見た後、呆然としている彼に視線を移す。………まさか、手を出されるとは思っていなかったのか、一樹は絶句していた。

 

 リアスには一樹の考えている事が余計分からなくなってしまった。もしかしたら気付けていないだけかもしれないが、そうだとしてもひどく自分が情けなく思えてくる。

 

 だが一樹が一誠を通して何かになろうとしている事だけはなんとなくだが理解できた。だからこそ、これだけは言いたい。

 

「貴方は貴方よ。イッセーにも誰にもなれないわ。今のアナタに言える事はそれだけ」

 

 それだけ言い放ち、部屋から立ち去ろうとする。背後では、一樹が床に座り込む音が聞こえるが、しばらくはそっとしておこう。リアス自身、感情で下僕を殴ってしまった自分を叱りつけたい心境なのだ。

 

 小さなため息を吐きながらも扉を開けようとしたその時―――

 

「!」

 

 家の前に聖なる気配と凄まじいプレッシャーを感じ、咄嗟に窓の方に振り向く。

 

「………ッ」

 

 リアスはすぐさま魔力を用いて着替えを済ませ、一樹の部屋の扉を開け放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、あれれ~?おっかしぃ~な~ここにクソ悪魔の気配が三つくらいあったのに、一人しか出てこないぴょ~ン」

「なんのようかしら?」

 

 兵藤家の前に、嫌なオーラを宿している二つの剣を装備している神父、フリード・セルゼンが、玄関から出てきたリアスを見据え、挑発的な笑みを向けてくる。

 

 この男がここに要るという事は、彼を追った一誠や祐斗の身は……。二人の身を案じながらも平静を保ちながらも、先程から感じるこの異様な威圧感の出所を探る。

 

「!」

 

 上空から何かが降りてくる。

 視線を上に向けると、そこには月をバックに大きな十枚の黒翼を広げたローブ姿の男の堕天使。堕天使はリアスの姿を捉えると苦笑する。

 

「はじめましてかな?グレモリー家の娘。紅髪が麗しいものだ。忌々しい兄君を思い出して反吐が出そうだよ」

「ごきげんよう、堕ちた天使の幹部―――コカビエル。それと私の名まえはリアス・グレモリーよ。お見知りおきを。もう一つ付け加えさせてもらうなら、グレモリー家と我らが魔王は最も近く遠い存在。この場で政治的なやりとりに私との接触を求めるのは無駄だわ」

「ククク、そんなことは分かっている」

 

 不気味な笑みを浮かべるコカビエルに、深いとばかりに表情を顰めるリアス。

 そんな彼女を見て、コカビエルはあることを思い出すと一層の笑みを強め、リアスを見下ろす。

 

「いやはや、リアス・グレモリー。面白い余興に感謝させて貰うぞ」

「余興……?」

「貴様の子飼いの人間の事だ」

「……ッ」

 

 子飼いの人間……ッ。その言葉があてはまる対象は一つしか思い浮かばない………一誠の事だ。思わず、感情的に足を踏み出してしまうリアスだが、コカビエルは彼女の反応を楽しむように、ゆっくりと言葉を放つ。

 

「まさか、イッセーを……ッ」

「ククク、残念ながら逃げられてしまった。久方ぶりだぞ、あそこまで俺を楽しませた人間は……。仲間を逃がし、負傷した聖剣使いまでもを連れて行かれるとは思わなかった。折角、貴様への手土産にしようと思ったのだがな」

 

 コカビエルの話からすると、祐斗もゼノヴィア達も生きているという事になる。安堵の息を吐くリアスだが、すぐに気持ちを切り替えてコカビエルを睨みつける。

 

「政治的な接触が目的でないなら、何故、私に接触してきたのかしら?」

「お前の根城である駒王学園を中心にしてこの町で暴れさせてもらうぞ。そうすればサーゼクスが出てくるだろう?」

 

 最悪の展開―――コカビエルが下種な笑みを浮かべるのを視界に捉えながら、リアスは内心舌打ちをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルとリアスが対面している一方、コカビエルから逃れた一誠はイリナとゼノヴィアが寝泊まりしていた教会で、身体を休めていた。

 

「………グッ……木場とゼノヴィアは大丈夫かな……携帯さえ壊れなければ……」

 

 彼の近くには気を失ってしまったイリナが長椅子に寝かせられていた。コカビエルの攻撃の余波に当てられる形で気絶してしまったから、怪我はしていないはずなのだが……どちらにせよ、彼女はこれからの戦いには参加することはできないだろう。

 

 一誠自身、それほど重傷ではないが全身の至る所に青痣ができてしまっている。変身状態じゃなければもっとひどい有様になっていただろう。

 本来ならアーシアの元に行って手早く治してもらうのが最善なのだが、文字通り限界まで体力をすり減らした戦闘だったので、ここまで来るのでさえ精一杯だったのだ。

 

「聖剣、奪われちまったな」

 

 体を休めながらも先程の戦闘を思い出す。

 

 コカビエルは強かった。流石は堕天使幹部と言われているだけある。

 あのジンバーレモンアームズでさえ、防御に回さなければ確実に殺られていた。

 

「しかも、アイツ……学園に……」

 

 コカビエルが口を滑らした際に出てきた言葉に、とてつもない危機感を抱く。

 駒王学園を、この町を……ぶっ壊すというバカげた計画。―――許せない、否、許せるわけがない。

 

「させねぇ……ッ」

 

 ロックシードを握りしめ、痛みの残る体が気にならない程怒りに震える。コカビエルは強い、今の自分でも勝てるか分からない程に、だが奴等は一誠にとって最も大切な物をぶち壊そうとしている。

 学園の皆、家族、オカルト研究部の皆。

 今のままでは全て失ってしまう。自分を仲間と認めてくれた皆も、友達と言ってくれたアイツらも、全部全部、あの堕天使の自分本位の振る舞いで全て―――。苛立つ……コカビエルにもフリードにもバルパーにも、力の足りない自分にも。何が守るだ。守れていないじゃないか。所詮、自分は口だけのガキに過ぎなかった。

 守るための力じゃ皆を守れない。

 力が欲しい。

 俺を害する害物を蹂躙できるチカラが。

 

「奴をぶっ潰す為の力」

 

 一誠の闘争心に呼応するようにロックシードが黒く染まっていき、一誠の雰囲気が邪悪なモノに変わっていく。その力は彼がアーシアに誓った守るべきの力ではなく、壊し奪うための力。

 

 ここには彼を引き留める存在はいなかった。

 アーシアも、リアスも――――だから彼は引き込まれてしまった。

 

「……行けるな」

 

 気付けば体から痛みも疲労もなくなっていた。

 理由は定かではないが、今はどうでもいい。コカビエルをぶっ殺せる―――そう思える程の力が体から湧き上がっていた。

 

「……生まれかわった、気分だな……」

 

 最早、彼には元の面影はどこにもなかった。行動原理は仲間を守る事から、敵の蹂躙に変わり、彼の優しげな表情は、今や獰猛な獣を思わせるソレに変わってしまっていた。

 

「……」

 

 その力は一誠に莫大な力を与えるだろう。

 だが、それと同時にその力は、彼から『優しさ』を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセー、くん?」

 

 教会から出て行った彼の後姿を見て、今しがた気絶から目が覚めたイリナはぼそりと彼の名を呼んだ。霞が掛かった視界の中で彼女は戸惑いを感じていた。

 

 一瞬、誰だか分からなかった。

 イリナには、今しがた出て行った彼が一誠以外の別人に見えてしまったのだ。

 子供の頃、何時も優しかった一誠。

 それは久しぶりに会った時も変わらなかった。だが先程の彼は、イリナの知らない『イッセー』だった。

 

「誰、なの……」

 

 疲労で動かない体に歯がゆい思いをしながらも、呆然とした彼女のつぶやきは閑散とした教会内に虚しく響くのだった……。

 





 悪堕ちイッセー(弱)です。
 強さだけを求めた、彼の姿ですね……。



 次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 10


三話目の更新です。



 一誠の体にある異変が起こった一方、リアス・グレモリーが現在いる駒王学園ではコカビエル達との熾烈な争いが繰り広げられていた。

 

 バルパーによって統合されてしまったエクスカリバーを持ったフリードと聖魔剣に目覚めた木場と隠し玉であるデュランダルを出したゼノヴィアとの剣戟音が校庭に響き渡る。

 

 リアスや朱乃、一樹は魔力弾でコカビエルに攻撃を仕掛けるも、コカビエルは最初こそ興味を示してはいたが、今や歯牙にもかけてはいない。

 

 木場とゼノヴィアは時期にフリードを倒すことができるだろう。

 だがコカビエルに対する対抗手段がない。―――今の一樹には原作の一誠のようなギフトも意外性もない。現に、赤龍帝にも関わらず路傍の石ころのように無視され興味すら示されていない。

 

「クソォ!!」

 

 何故、何故、ここまで差がある。

 何が足りない!?そう一樹は必死の形相でコカビエルを睨み倍加のカウントの遅さに苛立ちながら、焦燥する。

 

 このままじゃ、ヴァーリがコカビエルを回収する前に殺されてしまう。

 今、コカビエルが何の手出しをしてこないのが不思議なくらいなのだ。

 

「貴方!私達を嘗めているの!?」

 

 コカビエルを見据え叫ぶリアス。

 その声にハッと気づいたのか、コカビエルが今までリアス達の攻撃を無言で捌くだけだったコカビエルがリアス達に視線を向け、苦笑する。

 

「いや、そんなつもりはなかったのだがな、まあ若手の悪魔にしてはやるようだが俺を相手取るには些か経験が足りない」

「……くッ!なら何で―――」

「攻撃してこない、か?」

 

 リアスの言葉に被せるように言葉を挟むコカビエル。

 

「あの人間を待っているんだよ、アレは貴様の所有物だろう?」

「イッセーは物じゃないわ……ッ」

「そんなことはどうでもいい。俺はアレとの闘争を望んでいる、お前達とアレが組めば貴様らももう少しマシにはなるだろう?」

 

 アレ、とは一誠のことだろう。

 まだこの場に来ていない、特異な力を持つ人間。―――そして一樹にとっては主人公だった少年。

 

「だが、ここには来ないという事は俺と闘う事に臆した、と思っても良いな。くくく、ある意味で正しい判断だな、生あってこその闘争だ」

 

 一誠が逃げた。

 そんな事があるはずがない、と思わず感情的に叫びそうになるリアス。彼女の知っている一誠は、諦めが悪く、おバカで、正直で、どこまでも優しく、仲間思いな人間なのだ。

 だからきっと一誠は来る。

 信じているからこそ、リアス達は今、諦めずに戦えているのだ。

 

「イッセー君は逃げたりするような人じゃない!!」

「ぐえぇっ!?」

 

 コカビエルの前に、柄だけになったエクスカリバーを持ったフリードが飛んでくる。肩から腹まで切り裂かれている所を見ると、既に戦闘不能と見てもいいだろう。

 砕かれたエクスリバーを見て、取り乱し始めるバルパーを横目で見た後に、フリードを切り裂いた木場に視線を向ける。

 

 ゼノヴィアと並ぶように剣を構えている木場、彼の手の中にある聖魔剣は彼の怒りを表すかのように聖と魔のオーラを放出させていた。

 

「彼はどこまでも真っ直ぐなんだ……どんな時でも諦めない。そんな彼が臆病風に吹かれて逃げるなんてありえない!」

「そうだな、アイツはバカだ。バカ正直な奴だ、だからこそ信じてしまうんだろうな。こんな状況でもな」

 

 ゼノヴィアも木場に同意するように笑みを漏らしながらデュランダルを構える。

 フリード・セルゼンが敗れた今、残るはコカビエルとバルパーのみ、数では圧倒的に勝ってはいるが、相手は堕天使幹部。

 そう簡単には倒れてはくれないだろう。

 とりあえずはリアス達の方に移動し、作戦を練ろうと考えていた木場だが、バルパーが突然の声を上げた事からその思考を中断させられる。

 

「―――ありえんッ、反発し合うふたつの属性が合わさるなぞ……そんなことはそのバランスを司るもが……そうか!分かったぞ!!それならば説明がつく!!つまり魔王だけではなく―――」

 

 どこか混乱したように言葉を吐きだし始めるバルパー、その様相にこの場にいる面々が困惑した表情を浮かべた直後―――バルパーの腹部にコカビエルが生成した光の槍が突き刺さっていた。

 ゴボリと口から大量の血を吐きだしたバルパーは信じられないとばかりの表情で、自身の腹部を刺したコカビエルを見るが―――

 

「バルパー、お前は優秀だったよ。そこに思考が至ったのもその優秀さが故だろうが……俺はお前がいなくても別にいいんだ。最初から一人でやれる」

 

 そのまま槍を引き抜かれ、地面に叩き付けられるバルパー。咄嗟に木場が駆け寄るが、堕天使幹部が生成した強力な光力を宿す槍を食らったせいか、既に絶命している。

 亡骸となったバルパーを見下ろした後、周囲を見て軽いため息を吐いたコカビエルはその手に巨大な光の槍を生成した。

 

「………終わりにするか。ここにいる全員を殺せばサーゼクスも出張って来るだろう」

 

 瞬間、押し潰されそうな重圧がリアス達を襲う。

 本気の殺気―――その途方もない重圧に一樹は、混乱した。

 

 ―――展開が違う。

 ここは赤龍帝の一誠にギフトを促してくるはずなのに……。

 

「あ、ああああああああ……」

 

 自分が成長してないから、皆が死んで、自分も死ぬ。足がガクガクと震え、歯がカチカチと鳴り、心臓が飛び出しそうなほど鼓動する。

 死にたくない、怖い。

 

「祐斗、イッセーは諦めなかったのね?」

「ええ、諦めませんでした」

「……なら、私達も諦めたら駄目でしょうね」

 

「ぁ……」

 

 そんな声が聞こえ、思わずリアス達の方に顔を向けてしまう。

 一樹の視界に映ったリアス達は……諦めてはいなかった。依然として瞳に闘志を燃やし、しっかりと二本の脚で立ちコカビエルを睨みつけている。

 

「ええ、部長。諦めるにはまだ早いですわ」

「……頑張ります」

「わ、私も!」

 

 

 

 

「……何で―――」

 

 こんな絶望的な状況なのに、何で誰も諦めていないんだ。普通なら死を覚悟してもおかしくはないだろう?なのに何で―――。

 未だ立ち向かおうとするリアス達を理解出来ないように見ていた一樹だが、そこで彼は彼女たちの心の支えとなっている男の存在に気付いた。『イッセー』、原作でも何時でもリアス達の心の支えとなって一緒に戦ってきた。彼がいたからどんな障害でも乗り越えてこれた。

 

 僕は、必要、ないのか?

 

『貴方は貴方よ。イッセーにも誰にもなれないわ。今のアナタに言える事はそれだけ』

 

 リアスに言われた言葉が、頭の中で何度も何度も何度も何度もリピートされる。一樹にとってあの時の彼女の言葉は今の自分を否定されているように聞こえたのだ。

 

『BOOST!』

 

 無意味にカウントを刻んでいる左腕の神器を抱えるように抱きながら、その場で蹲る。

 情けなくて涙が出てくる。

 こんな所で終わってしまい、リアス達のなんの役にもたてなかった自分に……。

 

 これでは、なんにも変わらない。

 これじゃあ、自分がいる意味がないじゃないか……。

 兵藤一樹という一人の道化が増えただけ……これまでやってきたことも全て原作を改悪してきただけ、どっちにしろ主人公なんて、なれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然と地面に座り込んでしまった一樹。完全に戦意喪失してしまった彼を一瞥したリアスだが、攻めはしない。これほどの存在に立ち向かえというのも無理な話なのだ。

 心が折れたってしょうがない……。歯噛みしながらもコカビエルに意識を向け魔力を集めると、コカビエルも意外そうな表情を浮かべた。

 

「ほう、これほどの差を見せられてまだ向かってくるか。少し貴様らを侮っていたかもしれないな」

 

 そう言い、光の槍を掲げるコカビエル。

 身構えるリアス達、投擲されようとする巨大な光の槍―――だが―――

 

「……!……来たか」

「え?」

 

 投擲されようとしていた槍は寸でのところで止まった。身構えていたリアス達は戸惑いの表情を浮かべたが、コカビエルはそんなリアス達を無視し、狂喜の笑みを浮かべ校門の方に振り返る。

 そこには―――

 

 

 

 

 

「よお」

 

 

 

 

 凶暴な笑みを浮かべた一誠の姿がそこにあった。

 イッセーが来た!―――彼の姿を捉えた彼女らはそう思っただろう。だが彼の表情と纏う雰囲気を見て、表情を曇らせる。短い間だが一緒にいたゼノヴィアですら感じとった異変。

 彼はこんな禍々しい雰囲気じゃなかったはずだ。小猫の後ろにいるアーシアは、見た事のない一誠の殺意に満ちた目に怯えるように肩をすくませる。

 

「決着をつけようぜ、コカビエル」

 

 リアス達を無視し、バックルを出現させる一誠。彼の手に持たれていたのは、黒いオレンジロックシードと黒いレモンエナジーロックシード。

 

「くくくはははははは!どうやったかは知らんが!随分と様変わりしたじゃないか人間!!いいだろういいだろう!面白くなってきたぞ!!」

「殺す」

【オレンジ!】【レモンエナジー!!】

 

 両手に持ったロックシードの錠前を同時に外し、バックルに嵌め込む。その瞬間、ロックシードから黒い波動が放射状に広がると同時に、彼の頭上から黒いオレンジと黒いレモンのアーマーが出現する。

 

「変身」

【オレンジアームズ!花道オンステージ!】【ジンバーレモン!ハハ―!】

 

 カッティングブレードを傾け、頭上で漂っている二つのアーマーが融合し、禍々しいオーラを放つ黒色のアーマーが一誠の体に展開される。

 【ジンバーレモンアームズ】ではなく【ブラックジンバーレモンアームズ】に変身を果たした一誠は、何時ものように構えを取らず、肩に無双セイバーを担ぎコカビエルを見据えた。

 

「黒い、鎧武……?」

「イッセーくん……」

 

 リアスには訳が分からなかった。

 ただ言えるのは、一誠に何かがあった事、そしてこのまま彼にコカビエルと戦わせるのはマズイと感じた事。

 

「イッセー君!僕達も―――」

「いらねぇ、足手纏いだ」

「……っ」

 

 ピシャリと彼らしくない冷たい言葉でそう返されて思わず息を吞むリアス。他の面々も同様に今まで見た事のない一誠の姿にどう反応していいか分からない程に言葉を失っていた。

 ゆっくりとコカビエルへと歩き出した一誠、その最中彼の脚に先ほど木場とゼノヴィアが倒したフリード・セルゼンが当たる。

 

「あぁ?……チッ」

 

 苛立つように舌打ちをした彼は、そのまま足を振り上げ、気絶しているフリードを蹴り飛ばした。これには流石の木場も声を上げた。フリードは畜生だ、だがそれを抜きにしても戦えない相手を足蹴にするなんて―――。

 

「イッセーくん何を!?」

「邪魔なものどかして何が悪いんだ?こいつは敵だろ?お前が憎い神父だろ?なら構わねぇだろ」

「なっ!!?」

 

 首を後ろへ傾けるように背後を向いた一誠に木場は、正体不明の悪寒を感じる。

 なんだ……これではまるで別人じゃないか。一体、一誠に何が―――。そんな事を考えていると、コカビエルが翼を大きく広げ、刀を肩に担ぐ一誠目掛け、高速で落下し始めた。

 

「イッセー!」

 

 声を上げるリアス。だが一誠は、その場から動かずに、乱暴に無双セイバーを両手で握り、コカビエルが落下と同時に振るった光の槍と合わせるように薙ぐ。

 

「ハァァァ!!」

 

 ガキィィィィン、と強烈な光と炸裂音が校庭中に響きわたり、木場の視界を奪う。

 視界が回復すると、彼の視界にはコカビエルとつばぜり合い一誠の姿。

 

「何度も何度も……同じ技が通じると思ってんじゃねぇよ」

「そうだ、これだ!これが俺の求めた戦いだ!!」

 

 一誠に無双セイバーを押し込まれながらも、笑みを絶やさないコカビエル。そんな彼が不快と思ったのか、一誠はさらに無双セイバーを押し込み、コカビエルの肩に食い込ませる。

 

「笑うな」

「こいつ……!?」

 

 異常に力が上がっている。少なくとも堕天使幹部である自分が圧倒されるくらいには……ッ。

 無双セイバーを押し込まれた肩から血が流れ刃が赤く染まる、苦痛に表情を歪ませるコカビエル、その表情を見た一誠はさらに力を籠め、そのままコカビエルの肩から右脇腹までを浅く押し斬った。

 

「ぐっ……」

「どうしたよ。防戦一方かよ……もっと来いよ……ぶっ殺してやる」

「はははは!!これほどとはなぁ!!」

 

 傷口を抑えながら右手に光の剣を出現させ斬りかかる。

 ―――予想外には強くはなっているが、負ける要素はない、パワーでは勝っていたとしても他の要素、経験では圧倒的に勝っているのだ。

 鋭角な刃へと変化させた翼を同時に操り、一誠へと襲い掛からせる。

 

 しかし、一誠はコカビエルの振るった光の剣を無視しそのまま喉への強烈な刺突を繰り出していた。

 

「!」

 

 殺意に満ちた遠慮のない攻撃―――ソレを翼で防御するコカビエルだが、次に待っていたのは彼が繰り出した拳だった。首をガードした黒翼が視界を遮った瞬間を狙って繰り出された拳はコカビエルの顔を抉るように打ち抜いた。

 

「ガッ……」

「俺を、笑ってんじゃねぇ」

 

 怯んだ拍子に光の剣を取り落してしまった彼の長髪を掴み、そのまま顔面に遠慮のない膝蹴りを何度も叩き込む一誠。黒い鎧に堕天使の返り血が飛び散っても尚彼はコカビエルへの攻撃をやめない。

 圧倒的……いや、これは蹂躙と言ってもいいほどの一誠の猛攻の残虐さに、アーシアは思わず眼を背けた。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 顔中血だらけにしながら咆哮したコカビエルは、一誠の手を振り払いながら一旦体制を整えるべく空高く飛び上がる。

 肩で息をしながら、一誠を見たコカビエルの目は血が滲み赤色へと染まっていた。

 

「はははは!!何だ、何だ貴様はァ!」

 

 コカビエルの喜びと恐怖の織り交ざった声を無視し、一誠は無双セイバーから銃弾を放つ。銃弾を空中で躱したコカビエルは、空中にいる限り一誠は昇ってこれないと考え、手を掲げ、巨大な光の槍を展開した。

 

 そのあまりの多さにリアス達は絶句する。

 あれほどの大きさの槍が放たれたら、自分達もろとも駒王学園が崩壊しかねない。

 

「流血とは何百年ぶりか!!いいぞ!もっと闘争を楽しもうじゃないか!!」

 

 このまま放たれれば一誠だけではなく、ここにいる全員が死ぬ。

 思わず、一誠に視線を向けてしまうが、当の彼は迎撃するつもりだ。彼にはリアス達の姿は眼に入ってはいない。

 

「どうしてしまったの……イッセー」

 

 普段の彼ならば、アーシアや皆を守ろうとするのに―――今の彼は―――

 

 

 

 憎しみだけで戦っている人形のように見えた。 

 





若干、劇場版とは差異がありますが、『ブラックジンバーレモン』です。



次話もすぐさま更新致します。


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聖剣と愚者 11

4話目の更新です。


 強大な槍が運動場の上空に生成されている光景をバイザーに移しながら一誠は思考する。

 

 自分は何故、戦っているのだろうか。

 ああ、そうだ。こいつを倒すんだ。

 

 何のために?

 ぶっ殺すためだ、目の前でクソみてぇな笑顔でへらへら笑ってる堕天使をぶっ殺すためだ。それにナニがおかしい?何度も何度も見てみぬふりしてきたその憎らしい歪ませてやる。

 

 笑うな……笑うな。笑顔を向けてくるな、吐き気がするし怖気が走る。ああ苛々する、この苛立ちもこいつを消し去れば消えてくれるだろうか。

 

「イッセーさん!!」

 

 アーシアの声だ。

 そういえば、皆は後ろにいたな。戦いに夢中で気づかなかった。このままじゃコカビエルの光の槍の影響を受けて皆に危険が及ぶかもしれないな。

 

「構うもんか」

 

 コカビエルを殺せすことが最優先だ。

 こいつさえ倒せばすべてが丸く収まるんだ。

 

 バックルから黒く染まり切ったオレンジロックシードを外し、無双セイバーに嵌めエネルギーを刀身に行き渡らせる。禍々しいオーラが刀身に宿り、刀の先から宙に漂うように溢れ出す。

 

「ハハハハハハ!!!!」

 

 コカビエルがこちら目掛けて巨大な槍を投げる。

 このまま奴の槍を無視して飛び上がり、そのままエネルギーを纏わせた無双セイバーで両断するだけ……。力を籠め過ぎた自分の攻撃で視界を潰した奴の隙をつく単純な攻撃だ。

 無双セイバーを腰溜めに構え、意識を研ぎ澄ませ集中する。

 

「………」

 

 極限下で集中しているせいか近づいてくる槍がスローモーションのように見える。タイミングを合わせ、足に力を籠めたその瞬間―――一誠の脳裏に、『仲間』達の姿が唐突に思い浮かんだ。

 

 皆笑っている。

 俺の事を?アイツらのように陰でこそこそと?

 ―――違う。

 

 コカビエルを倒す。

 それが自分の目的?

 ―――違う。

 

 自分の力は何のための力だ。

 コカビエルをぶっ殺すための力?

 ―――違う。

 

 

『イッセー!』

 

 

 違うだろ、俺。

 約束しただろうが、アーシアを守るって。

 部長の為に、仲間の為に戦うって。

 

 

『さあ、選べ兵藤一誠。お前は壊すための力を望むか?』

 

 

 あの時、俺は選んだだろうが、誓っただろうが。諦めないって、守るって、破壊だけの力じゃないって。

 何が『構うもんか』だ。大切な物を失った勝利になんの意味があるんだ。

 約束を見失ってんじゃねえよ、訳の分からないモンに飲み込まれているんじゃねえよ。護らなくちゃ……守らなくちゃ駄目だろうが!!

 

「ッ!―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 俺の踏み込んだ脚は、コカビエルから仲間の方に向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早終わりかと思っていた。

 絶望がリアス達の心を支配していた。心の支えであった一誠の変り果ててしまったその姿を見て、彼女達の心は今にも折れかけていた。そして、そんな彼女達に追い打ちをかけるようにコカビエルが尋常じゃない光力を宿した巨大な槍を投擲した。

 

 体育館を半壊させた槍の数倍以上の大きさの槍、運動場くらい滅することなど訳ないだろう。

 

「………ッッ」

 

 思わず目を瞑ってしまうリアス。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 前方から雄叫びが聞こえる。そして何かが拮抗し合うような耳障りな反響音が響き、突風が吹き寄せてくる。目を開けると其処には、こちらへ飛んで来た槍を刀で受け止めている一誠の姿。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「イッセー……?」

 

 黒い鎧は変わっていないが、彼は自分たちを守る様に槍を受け止めている。苦しげな声を上げ、息を乱しながらも必死に槍を押し返そうとしている一誠の姿を呆然と視界に収めたリアスは、咄嗟に一誠に加勢するように消滅の魔力を光の槍に放つ。

 

「イッセー君!!」

「イッセーさん!!」

 

 木場と小猫が片膝をついた一誠の背中を支える。

 ゼノヴィアも彼の横に移動し、デュランダルのオーラをを放ち槍を削る。朱乃もリアスと同じように雷を放ち一誠を援護している。

 

「正気に戻ったようだな。全くしょうがない奴だ」

「部長ッ……皆……ッ」

 

 仲間の助けを借りながら、立ち上がった一誠は歯を食いしばり、両手の力を籠める。こんなにも助けてくれる仲間がいる。今の自分にとってこれほど頼もしい事はない。

 

「そうだ!俺が戦っているのは!!皆を、仲間を!部長達を!!」

 

 一誠の身体から黒いオーラが抜けていき、ジンバーレモンが元の色を取り戻していく。同時に一誠が抑えていた光の槍に亀裂が生まれ、一誠が一歩踏み出していくごとに亀裂がどんどん広がっていく。

 

 憎しみだけの力で無理やり事を収めてもなんの解決にはならない。大事なのはそれに至るまでの過程と、仲間を守れたかどうかだ。

 ただ体を傷つけながらコカビエルを殺すだけの人形じゃ守れない―――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は気が狂ったのかと思った。

 突然、現れてまたコカビエルをあっさり倒して、また全てをかっさらっていくのかと……だが今回の奴は決定的に違う部分があった。冷たい目、態度、残虐且つ荒々しい戦闘。まるで彼の中の全てが逆転してしまった一誠の様相に、震えてしまった。

 震えるに決まっている……僕にとって兵藤一誠とは、自分には『絶対に怒らない男』と思っていたから。

 

 コカビエルに善戦している一誠。このまま奴が勝てば自分が助かるはずなのに、この先があることに安堵するはずなのに……心臓を締め付けるように走る痛みが止まらなかった。

 

 このままこの戦いが終われば、この変り果ててしまったこの一誠は自分を殺しに来るのではないか?

 積年の恨みを晴らしに来るのではないか?

 噂を広めて追い詰めようとしていた事を根に持って殺しに来るのではないか?

 

 一誠が来る前までとは別の恐怖が心の中を占めていた。一誠に殺されるどころか、暴力を与えられる展開すらも今まで予想なんてしなかった。

 どんなことをしても手を出してこない都合の良いモブキャラ。

 主人公じゃないただのエロガキ。

 物語から除外させられた弱者。

 

 ずっと見下していた存在だった一誠は、何時の間にか自分を上回る人間になっていた。悪魔にも何物にもなれないはずなのに……訳の分からない力を使って、活躍して……自分の役目を奪って―――。

 

 

『貴方は貴方よ。イッセーにも他の何物にもなれないわ』

 

 

 リアスの言葉が再び頭の中によぎる。

 

 イッセーじゃない。

 イッセーのやったとおりにしても進めようとしても無理―――だって自分は『イッセー』ではないから。

 

 確かに、そうかもしれない。本物の一誠がいるんだ。『イッセー』の真似事をしている自分なんて必要ない。何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。

 神器があってもなくても兵藤一誠は、持つ力の変わった兵藤一誠だったというだけ。

 

 

「遅いよ……遅すぎるよ……僕は、何で……」

 

 気付くのが、遅すぎた。

 もう何もかも手遅れなんだ。一誠が正気に戻っても、木場が禁手に至っても、ゼノヴィアがデュランダルを使っても―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『遅いか……ふん、まあ合格としておこう』

 

「え?」

 

【DragonBooster!!】

 

 瞬間、一樹の左手が眩い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【DragonBooster SecondLiberation!!】

 

 その時、一誠の背後から機械的な音声が響いた。

 

「!」

「これは…ッえ?勝手に……ッ!?」

 

【Transfer!!】

 

 続いて音声が聞こえると同時に、一誠の体にとてつもない力が沸きだすように溢れた。さっきまで限界寸前で鉛のように重かった体は、今は羽のように軽くなっていた。

 

「一樹……!」

 

 背後を振り向かなくとも分かる。この体に満ちる赤色のオーラは、一樹の神器のもの。黒い感情に支配されていた時とは違う、純粋な力―――仲間達の力。

 仮面の中で照れくさそうな笑みを零しながら、彼は無双セイバーに力を籠め叫ぶ。

 

「俺はもう後ろは見ない!俺が生きているのは今だ!!部長が!朱乃さんが!木場が!小猫ちゃんが!一樹が!ゼノヴィアが!イリナが!俺と関わった全ての人がいる今だ!!絶望なんてさせねぇ!!だから―――」

 

 膝ついた足に力を籠め立ち上がる。

 赤龍帝の力に寄り何倍にも底上げされた一誠の力、その圧倒的なオーラは刀に伝達する。亀裂が走っていた光の槍をどんどん押し出し―――

 

「もう忘れない!!俺が……ッ俺が皆を守るんだァァァァァァ!!!」

 

 ―――ついにはバキィィィィンと槍が粉々になって砕け散った。

 粒子となって消えていく光の槍。コカビエルは光の槍が壊された事よりも一誠の身体を覆う赤いオーラに驚愕していた。

 

「赤龍帝の力を他者に譲渡しただと……ッ!」

「コカビエルゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 間髪入れずに無双セイバーからソニックアローへと持ち替え、光の矢を放ち跳躍する。この体から溢れる力は長くは保たない、そう直感したことからの行動だ。

 

「小癪なぁ!!」

 

 光の剣で矢を相殺しながら、接近と同時に斬りかかって来た一誠に再度剣を振るう。赤いオーラを纏ったソニックアローと光の剣が激突する。

 純粋なパワーとパワーの勝負、空中で強烈な衝撃波を発生させた二人の力は拮抗しているように見えたが―――

 

「な、何故……!?」

 

 ―――コカビエルが押されていた。どんなに力を底上げしようとも、一誠は止まらない。

 

「これが、人間の力なのか……ッ!!」

 

 光の剣を破壊し、どのまま上方から一気にコカビエルの身体を肩から縦に斬りつける。先ほど与えた傷と十字を描く様に刻まれたソレは、コカビエルに決して浅くはないダメージを与えた。

 苦渋の表情で地面に落下していくコカビエル―――彼より先に地面に到達した一誠は、ホルダーからバナナロックシードを取り出す。

 

「違う!!この力はッ俺達の力だァァァァァァ!!」

 

【バナァ―ナ!!】

 

 逆手に持ち替えたソニックアローにバナナロックシードを嵌め込み、コカビエルが地面に着地すると同時に勢いよくソニックアローを地面に突き刺す。瞬間、バナナロックシードからエナジーが地面と接している部分に注ぎ込まれ、バナナ状のエネルギーが形成され、前方へ地面を滑るように放たれた。

 

【バナナチャージ!!】

 

「この程度ォ!!」

 

 すぐさま生成した剣で迎撃しようとしたコカビエルだが、彼に直撃しようとしたバナナ状のエネルギー体は彼に接触すると同時に、分裂し、彼の周囲を覆う檻のような形状に変化する。

 

 驚愕したコカビエルを視界に収めた一誠は、地面に突き刺したソニックアローから手を離し、バックルに手を掛ける。

 

「木場!ゼノヴィア!今だ!!」

 

「行くよ!!」

「お前だけには良い恰好はさせられないなッ!!」

 

 一誠の背後から木場、ゼノヴィアの二人の剣士が飛び出す。一誠の両側から出てきた二人は、聖魔剣とデュランダルに魔力を籠め、身動きできないコカビエルがもがこうと広げた翼を同時に両断した。

 

「ガッ……貴様らァ……ッ俺の翼を……ッ!!」

 

 翼をもがれたコカビエルはもう空へは逃れる事は出来ない。一誠は跳躍の体勢に入りながらカッティングブレードを傾け、必殺技の体勢に入る。

 

「行くぞ……ッコカビエル!」

【オレンジスカァッシュ!】

 

 ――跳躍と同時に、彼の身体から赤色、黄色、橙色の三色のオーラが混じり合うように放出され、それらが一誠のコカビエルの間に集まり、柑橘類の断面に酷似したエネルギー体が幾重にも重なるように出現する。

 最高地点にまで跳躍した一誠は、蹴りの体勢に移り、柑橘類の断面を思わせるエネルギー体を通る軌道でコカビエル目掛けて跳び蹴りを仕掛けた。

 

「オラァァァァァァァァァァ!!」

【ジンバーレモンスカァッシュ!!】

 

 エネルギー体を通り過ぎるごとに強化されていった一誠のキックは、コカビエルを拘束している檻ごと破壊し、彼の無防備な腹部に突き刺さり爆発した。

 

「ぐっ、があああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 膨大なエネルギーを内包した一誠の必殺技は、コカビエルの体に甚大なダメージを与え彼を十数メートルをも蹴り飛ばした。

 

 着地と同時に、膝をついた一誠。もはや一樹の神器の強化も消え失せてしまった彼の身体は、倍加の反動と疲労に寄り、限界に達していた。

 せめて、コカビエルを倒した事だけを確認せねば―――荒い息を吐きながらも、そう思った彼は、顔を上げコカビエルが蹴り飛ばされた場所に目を向けようとすると―――

 

「こ、こんな事が……俺が、人間に……ましてや下級悪魔なぞに……」

「……終わりだ。コカビエル」

 

 ボロボロの身体で地面を這っているコカビエルと、デュランダルを地面に突き刺し、コカビエルを見下ろしているゼノヴィアの姿が視界に映りこんだ。

 

「イッセー君!大丈夫かい!?」

「イッセー!」

「部長、あはは。なんとか倒しました……」

「貴方って子は……アーシア!」

「はい!」

 

 木場と、リアス達が一誠の元へ駆け寄って来る。

 とりあえずコカビエルが起き上がる心配もなくなったので、変身を解き、アーシアに治療されながらもコカビエルの方に近づいて行った、リアス達を見る。

 

「こいつの処遇はお前達に任せる。私は奪われた聖剣の欠片を回収できればそれでいいからな」

「そうさせて貰うわ……でも意外ね、教会関係者のアナタなら、コカビエルの処遇は貴方達側で決めると言うと思っていたわ」

「今回はイッセーにも助けられた。もし彼がいなかったら、イリナも私もただじゃ済まなかっただろう。……彼には恩がある。恩を仇で返すのは主の教えに背くことになってしまうのでな」

 

 一誠に感化されてしまったな、と内心自嘲気味に思いながら、聖剣の欠片を回収しようとゼノヴィアが背後を振り向こうとすると―――

 

「く、くくく……主、か」

 

 絶え絶えながらも不快な声が聞こえてくる。

 コカビエルは、朱乃とリアスに拘束されながらも、不気味な笑みを浮かべ、ゼノヴィアの発した言葉に対して嘲笑を漏らしていた。

 

「……何がおかしい」

「いやおかしくてな、仕えるべき主が死んでも尚、誇大的に敬い親しむ貴様ら教会の馬鹿さ加減にな」

「な……っどういうことだ!!」

「言葉通りだ。神は……もう死んでいる。先代魔王と一緒……にな。バルパーは……そこの『騎士』の聖魔剣からその結論に……達したようだが」

 

 何故……このタイミングで……?―――ゼノヴィアの狼狽え具合を見た、リアスは咄嗟に一誠の治療をしているアーシアに視線を向ける。

 案の定、アーシアは呆然自失とばかりに一誠の治療を中断させ、その場に崩れ落ちていた。

 

「おい、アーシア大丈夫かっ!!」

「主は、もういないんですか……?」

 

「………ッ、コカビエル!!」

「くくく、このまま……貴様らに……捕まるのが癪なんでな」

 

 なんて性根の腐った奴……ッ!リアスは拳を握りしめながらコカビエルを睨みつけるも、当のコカビエルは血反吐を吐きながらも歯牙にもかけていない。

 

「クッ……」

 

 手出しはできない。不用意に殺してしまっては、それこそ【神々を見張る者】との戦争になりかねないこともあるからだ。

 だが、もうこの騒ぎは終わった。

 傷ついてしまった学園を修理させるのは骨が折れるが、街自体が崩壊するよりはずっといいだろう。コカビエルが弱った事で、街を破壊する陣が維持することが困難になり、自壊したことだし、とりあえずは学園の外で結界を張ってくれているソーナ達に、連絡を寄越そうと、連絡用の魔方陣を取り出そうとすると―――

 

 

 カッッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 閃光と共に運動場が明るく照らされると同時に、銀色のナニかが結界を超えて、リアス達の前に飛来する。

 飛来してきた銀色のナニかは、銀色の翼を大きく広げ、リアス達を見下ろし―――。

 

「ふふふ、面白い事になっているな」

 

 楽しそうに言葉を発した。

 

 




今回は、浅めの悪堕ちだったので、自力で正気に戻りました。

次回で今章は最後ですね。
すぐさま次話も更新致します。


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聖剣と愚者 12


本日5話目の更新です。


 飛来してきたのは、銀色の鎧を纏った男だった……。翼からはキラキラとした粒子が霰のように放出され、鎧の男の周囲を白く照らし、幻想的な光景を作り出していた。―――だが、今のリアス達にはやってきた鎧の男は、脅威以外の何物でもなかった。コカビエルを上回るほどの圧力に、緊張感―――。

 その場にいる全員が硬直してしまった、その時、コカビエルが焦燥したように鎧の男を見て叫ぶ。

 

「『白い龍』……ッ!?何故ここに!!」

「黙れ」

「ガァッ!?」

 

 白い鎧の男の姿が一瞬の内に消え失せると同時にコカビエルが悲鳴を上げた。あまりの出来事に思わず、コカビエルのいた場所に視線を移すと―――そこには、コカビエルの代わりに、拳を突き出した鎧姿の男がいた。鎧の男の拳がコカビエルの腹部に突き刺さっていたのだ。

 

 あまりの速度に絶句する面々を余所に鎧の男はそのまま拳を掲げながら、呆れた様にコカビエルを見た。

 

「……あんたは少しばかり勝手が過ぎた。だから無理やりにでも連れて行く……というのがアザゼルからの命令だったんだがな、その必要がないほど弱り切っているとは……」

「グッ……貴様ァ……ッ」

「……フッ……」

 

 銀色の鎧に嵌め込まれている宝玉から『Divide!』という音声が鳴ると、コカビエルは身体から力が抜けたように、力なく沈黙した。

 男は乱暴にコカビエルを片手で持ち、ついでに近くで転がっているフリードの襟を掴み上げる。そしてそのまま翼を広げ浮かび上がり、警戒しているリアス達を見回す。

 

「我が名はアルビオン」

「………白い龍ッ!一樹の『赤龍帝の籠手』と同じ神滅具『白龍皇の翼』……ッ!」

「そうだ」

 

 翼を広げ、こちらに話しかける『白い龍』の声音はどこか楽しげだった。

 

「正直意外だった。まさかコカビエルを倒すとはな。ふふ……ある意味でコカビエルには感謝しなければならないな、面白い力を見れた事をな」

 

 鎧の男の視線を、アーシアの背を支える一誠へと向けられていた。周囲の助けを得たとしても、普通は生半可な実力じゃコカビエルは倒す事すら不可能なのだ。

 それを、悪魔ではなく、ましてや聖剣使いではなく、神器も持っていない人間が倒したのだ、『白い龍』が興味を抱くのも当然の事だろう。

 

「ふふふ、近いうちにまた会うことになるだろう」

 

 それだけ一誠に向かって言い放ち、光の翼を展開しそのまま空高く飛び上がろうとした―――が。

 

『無視か白いの』

 

 この場で誰のものにも当てはまらない声。

 声の発生源は、一樹からだった。―――否、正確に言うならば、一樹の左腕の神器からその声が発せられていた。

 

『起きていたのか、赤いの』

『ああ、つい最近目覚めてな』

 

「な……ッ!?」

 

 白い龍の鎧の宝玉からも声が発せられるが、当の一樹は、自身の左手から聞こえるその声の主が、既に目覚めていた事だった。思わず、左手を右手で押さえつけようとする一樹だが―――。

 

『少し、静かにしていろ。お前との話は後だ』

「………ぅッ」

 

 ピシャリと冷たくそう言われ、思わずたじろいでしまう。そんな一樹を無視した、一樹の神器の中の存在『赤い龍』は、若干の敵意を含みながら『白い龍』へ意識を向ける。

 

『随分と仲が悪いようだな』

『ああ、さっき初めて喋ったからな。しかし白いの……お前から敵意が伝わってこないが?』

『お前もそうじゃないか、赤いの』

『今代の保持者が興味深い事を知っていてな、それをこの後聞きだしてみようと思ってな』

『ふっ……こちらも別に興味対象があるからな』

『お互い、戦い以外の対象があるという事か』

『そういうことだ、こちらもしばらく独自でやらせてもらうことにするよ。たまには悪くないだろう?また会おう、ドライグ』

『ああ、アルビオン』

 

 『赤龍帝』と『白龍皇』の会話、その会話の中に何処かで聞いた名前があったな、と一誠は首を傾げる。『白い龍』は数秒ほど一樹を見た後、若干の落胆のため息を吐きながら、徐々に高度を上げていく。

 

「まだ成長途中―――とでも願っておくか」

 

 そう言い放った瞬間、『白い龍』は白い閃光と化して上空へと昇り、夜空へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルの襲撃は終わった。――――――だがコカビエルが最後に残した言葉は、アーシアやゼノヴィア……そして聖剣計画の被害にあった木場の心に大きな傷を与えた。加えて、破壊された校舎や体育館も無事とは言えず、少しの間は学園を休校にせざる終えなかった。

 

 ―――コカビエルとの戦いで一誠は、無理やり肉体を限界以上にまで酷使し疲労が蓄積していた。そのせいか『白い龍』が去ると同時に気絶し、そのまま丸一日寝たきりだった。

 二日目に目を覚ましたのは良いものの、動くのが困難な程の筋肉痛に襲われ結局二日目もベッドの上から動くことすらできなかった。まあ、一誠としてアーシアやリアスに看病されて役得だったという思いもあった訳なのだが………。

 

 そして三日目、早くも学園が再開し、体も自由に動かせるようになった一誠が学園へ行く準備をしようとするも―――

 

「貴方はもう少し休みなさい!どれだけ体がボロボロになっていたかを自覚しなさい!」

 

 と、リアスにもう一日休むように念を押されるように言われ、家で暇持て余しながら体を休めていた。

 しかし―――

 

 ピンポーン

 

「ん?誰だ?こんな時間に……」

 

 インターフォンが、家の中に響いた。

 平日の昼間にも関わらず、来客が来た事に若干の戸惑いを抱きながらも、扉を開けると―――。

 

「こんにちは、イッセー君」

 

 幼少期の一誠の唯一の親友であり、幼馴染の紫藤イリナがそこに居た。コカビエルの事件以来、彼女の身の安否を心配していた一誠は安堵の息を漏らしたが、一方の彼女は、一誠の背後で覗き見している彼の両親を見て、何とも言えない微妙な表情を浮かべ苦笑いすると、一誠の方に向き直り、外を指さす。

 

「外で話さない?」

「え?別に構わないけど?」

 

 彼女に促された通りに、靴を履き外に出る。

 外は快晴、平日だけども人の通りは多い―――たまには散歩もいいかなぁ、と思いながらもイリナと共に道を歩いていると、ある事に気付く。

 良く見れば、イリナは私服姿だった。加えてやや大きめの旅行鞄を引いている。

 

「帰るのか?」

「あ、うん。聖剣の欠片を本部に届けなくちゃいけないからね。だからその前にイッセーくんに会っておこうかなって」

 

 そう言ったイリナの表情は何処か苦しげなものだった。

 

「ごめんね」

「うん?」

「前、何も言わずに引っ越しちゃって……」

 

 イリナは引っ越す際、一誠になんて言ったらいいか分からなかった。

 再開した時は、元気な姿が見えて嬉しくはなったが、彼のこれまでの事を思うと、自分が一誠を見捨ててしまったのだと否応なく考えされる。

 心の片隅でずっと後悔していたのだ。あんな環境に何も言わずに一人にしてしまったことを―――。

 

「ははは、俺は気にしてないよ」

「嘘でしょ!だって―――」

「だって、今度はちゃんと話してくれただろ?それで十分だよ」

「っ……」

 

 ニカッと笑う一誠の笑顔を見て、イリナは少しびっくりしたように目を見開いたが、程なくしてから朗らかな笑みを浮かべた。

 今になっても変わらない、元気な笑顔―――。

 

「やっぱりイッセー君は変わってないよ」

「少しくらい大人にはなったぞ」

「ううん、イッセー君は、昔と変わらないイッセー君!」

「訳が分からねぇ!?」

 

 懐かしさのあまり、浮かべてしまった涙を気付かれないように拭いながらも一誠との会話に花を咲かせる。

 そして―――。

 

「ここまで、だね」

 

 やや古びたバス停に到着したイリナは、数十メートル先から目的のバスが近づいてくるのを見ながら残念そうに呟く。

 

「何時でも遊びに来いよ。……といっても、悪魔のいる所には来にくいよな……」

「ううん、また会いに行くよ」

 

 休暇ぐらいは別にいいよね……?と内心教会に対する言い訳を考えながらも、到着したバスに足を運ぶ。

 ふと、後ろを見ると一誠がそこにいる。引っ越しの際、見送りの人なんていなかった自分にとっては不思議な気分だった。

 

「じゃあ、イッセーくん。元気でね」

「またな、イリナ!」

 

 手を振った一誠に見送られながらバスに乗り込む。その際にバスの運転手さんが『青春だな~』と小さく呟いていたのが聞こえて、少しばかり顔を赤くさせながら、後方の席の窓側に座る。 

 

「またな……ね……」

 

 絶対もう一度会いに行こう。

 何も言わずに引っ越してしまったあの時とは違う、今度はちゃんともう一度会う約束をしたのだ。それだけで嬉しくなってくる。

 

「………うん……」

 

 ――――ゼノヴィアとも喧嘩別れしてしまったが、次会った時はちゃんと謝って仲直りしよう。

 発進したバスに揺られながらも、心の中でそう決心したイリナだった。

 

 

 

 

 

 

~第三章【終】~





第三章が終わりました。
 カチドキアームズが出ると予想した方もいるかもしれませんが、今回はジンバーだけで戦わせました。

 チェリー?つ、使います……多分(震え声)

 一樹もようやくドライグとのコンタクトに成功しましたが、ドライグはライザー戦後からは既に喋れるようにはなっていたので、今まで一樹の声に答えなかったのは、怪しげな言動をしていた一樹を観察していたからです。

 次話は外伝を更新したいと思います。
 もしかしたら、二つほど更新するかもしれません。

 今日の更新はこれで終わりです。
 ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。


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揺るがぬ心 1

お待たせいたしました。
取り敢えず二話ほど更新致します。

今回は『揺るがぬ心 1』は、一樹とやさぐれドライグの話です。


 

 何時かの保持者は力を求め。

 何時かの保持者は金を求め。

 何時かの保持者は権力を求め。

 何時かの保持者は闘争を求め。

 

 

 だが、その繰り返しの中では常に、俺という力だけが求められていた。まあ、当然だろう俺の力は神滅具と称される唯一無二の絶対的な力を発揮する力なのだから……。

 

 神は何のために俺を神器に閉じ込めたのだろうか。

 何のために人間に使われる存在に閉じ込めたのだろうか。

 

 分からない、何か思惑があったのかは知らないが、その思惑は決して叶う事はないだろう。力ほど人間を惑わすものはない。何時だって、力を持った非力な存在は大きすぎる力に吞み込まれて来た。

 

 全てが飲み込まれた訳ではないが……それもごく少数だ。

 

 そして次の人間が俺の保持者となった。

 今度の主は他の保持者とは何処か違った。目に見える価値よりももっと優先していたものがあった。

 

 

 今度の保持者は自身の存在の在り方を求めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドライグが目覚めた。

 赤龍帝の籠手の保持者である一樹にとっては喜ばしい事には違いないが、目覚めたドライグは一樹の思っていたようなドライグではなかった。

 

 コカビエル襲撃事件からそう日が経っていない夜、一樹はリアスにも内緒でドライグとの対話を試みていた。彼はどうしてもドライグに問い詰めてみたいことがあったのだ。

 

「お前は……何時から目覚めていたんだ?」

 

 自身の命が危機に瀕しているにもかかわらず、ドライグは頑なに力を貸してくれなかった。その理由が聞きたい。

 

『合宿の時からだ』

「……っ。何でもっと早く出てこなかった?」

 

 フレンドリーさのかけらも感じさせない口調、そして言葉の端端から感じとれる得も知れぬ違和感。それが一樹をどうしようもなく不安にさせる。

 『イッセー』の時のドライグもこんな感じだったのか?……いや、コイツはもっとフランクな性格だった気がする

 

 

『必要があったからだ』

「必要……?」

『オレの名前を知っている、赤龍帝の能力を知っている、それだけでお前はこれまでの保持者とは違う異様な存在だった。だからオレはお前を見定めていた……いや、ここは観察していたと言った方が正しいな』

「観察………僕が死にそうになった時も、お前は黙ってみていたのか!?」

『そうだ』

「もし皆が死んだら―――ッ」

『お前は自分のことしか考えていないだろう』

 

 あまりにも冷たい声音で想定外な事を言われ動揺する一樹にドライグはやや確信めいたように唸る。

 

「な、何で……」

『お前の行動はあまりにも自己中心的だ。そしてその行動原理の根幹にあるのは、自分ではない赤龍帝への対抗意識』

 

 ドライグの名を全て知っている事。

 コカビエルが来るのを予知していたような言動をしきりに繰り返していた事。

 そしてイッセー……。

 

『輪廻転生か未来予知か……未来予知ならば、コカビエルの時にあのような醜態は晒さなかっただろうから除外……有力なのは輪廻転生ってところだが……それでは俺の事を知っている理由にはならない。少なくとも俺はお前を知らないからな……だからこれも微妙に違う……生まれ変わりと言うならば、お前はあまりにも成長しない……』

「………っ」

『残る可能性は……。……………兵藤一誠の存在だ』

「あ、アイツがどうしたんだ……」

 

 突然一誠の事を引き合いに出され思わずムキになってしまう一樹。一方のドライグは一切動揺せずに考えを巡らせながら、一つの推測を一樹に投げかける。

 

『お前は迂闊すぎる。俺が言うのもなんだが、アレでは兵藤一誠が俺と何かしらの関係があると言っているようなものだ……』

「ッ!!?ち、ちが――――」

『お前がリアス・グレモリーに問い詰められた時、なんと言った?アレが兵藤一誠が本来の赤龍帝の籠手の保持者という疑問を俺に抱かせた。なによりお前の動揺が神器を通じて流れ込んで来るお前の感情がそれを物語っている。……兵藤一樹……お前は何処から来た?何の為に俺を手に入れた?』

「どっ―――!?」

 

 

 

【………違うんですよ……部長、僕は……赤龍帝じゃなくちゃいけないんだ】【違う!!!】【僕はッ、ライザーも戦車も騎士も兵士も、倒す、はずだったんだ……】【赤龍帝なら……イッセーにできたことなら、僕ができなくちゃ、駄目なんだ……】【僕にとっての赤龍帝は、アイツなんだ……アイツがした通りにやらなくちゃ僕は……僕は……】

 

 あまりにも不用意すぎる言動。

 それにいまさらながらに気付いた一樹は、自身の左手の籠手の宝玉を睨み付けながら子供のように叫ぶ。

 

「何処も何も僕は兵藤ッ一樹だ!僕はリアス・グレモリーの悪魔でッ、赤龍帝で……」

『なら兵藤一誠は何だ……?』

「ッ……僕が知るか!?」

 

 一誠の持っている力は一樹も知らない。ただ強く、そして原作の【イッセー】の役割を補うように物語に介入してくるイレギュラー。今の一樹にとってはそれだけの存在に過ぎない。

 

『……兵藤一誠の力はまさしく不気味の一言に尽きる。空間に現れる果実、鎧、変身、フェニックスにすらダメージを与える光力や魔力とも違う謎のエネルギー。俺から見ると……兵藤一誠自身の伸びしろが尋常じゃないほど高い。悪く言うなら、人間離れしているというべきか……長い時を生きてはいるが、あんな人間は見たことはない』

「結局、何が言いたいんだ……」

『………もし兵藤一誠が俺と何かしらの関係があるならば……兵藤一誠は元々あの力を持っていなかったんじゃないか?……そもそも、お前が俺を手に入れた時点で既に起こっていたんだろうな……イレギュラーというものがな』

「そんなこと―――」

『お前が抱いている兵藤一誠に対する敵対意識。リアス・グレモリーは分からなかったようだが……』

 

 ドライグはやや確信めいたように低い声で次の言葉を発した。

 

『……お前の居る場所には兵藤一誠がいた。そしてどうやったのかは知らないが、お前が兵藤一誠の役割を奪い取り、赤龍帝である俺までを手中に収めた……だが、蹴落としたと思った兵藤一誠はまだいる―――お前が選んだ手段が、自身に兄である一誠に対して異常なほどの敵意を持ち、追い詰める事だった……人間だよ、お前は……どうしようもなく俺が見てきた人間そのものだ……』

「ち、違う!僕は奪ってなんか―――」

『動揺が神器を通して伝わって来るぞ』

 

 確かに原作の一誠はあんな訳の分からない力は使ってはいなかった。赤龍帝の……ドライグの力で戦っていた。だがそれがどうした、今、赤龍帝を持っているのは自分だ。

 

『別にお前を責めたりはしない。だが―――』

「一誠の事はどうでもいい!お前の主は僕だ!!今の主は僕なんだから僕の言う通りにしていればいいんだ!!黙って僕に力を貸せ!!僕の神器なんだろ!?」

『…………………………分かった』

 

 静かになった神器を解除し、額の汗を拭った一樹は、重いため息を吐きながらベッドに横になる。異常な程に汗をかいてはいるが、今はどうでもいいことだ。

 なにせドライグガ目覚めたんだ。禁手は修行次第でどうにでもなるし、ドライグの『推測』も他の奴に話しても信じてもらえるはずがない。

 

「赤龍帝は……僕だ……僕のものだ……うるさい、黙れ……口答えするな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力だけを求めるか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 所詮は主と変わらない。意外性も何もない、今代の保持者の末路は力に溺れて死ぬか、それとものたれ死ぬか……。

 

 まあ、そんなことはどちらでもいい、どうせ俺は身動きのできない器に閉じ込められているのだ。今回も何時もと変わらず傍観するとしよう、どちらにしろ今回の担い手は早死にしそうだ。力の使い方は分かっているようだが、他の部分があまりにも貧弱。

 

 今代の白いのの担い手と比べると、天と地ほどの差がある。アレは歴代でもトップクラスの潜在能力を持っていると見ても良い……コカビエル相手に立ち向かう気概のないような様じゃたかが知れている。

 悪魔にはなっているようだが、基礎力はそこらの下級悪魔となんら変わりはないレベルじゃ話にならない。

 

 それに……機転も行動も全て、身の丈以上の事を為そうとする。

 何者かの背を追うように、決まった答えを辿る様に、不自然な行動で周りを惑わす。

 

 ライザーの眷属の時が最も分かりやすく、『戦車』相手に『兵士』がわざわざ不利な近距離戦を仕掛ける愚行。魔力での中遠距離攻撃で距離を取りながら戦うという手もあったろうに……。

 

 まるでアレでは、自分の力量を理解していないバカの戦い方だ。

 

 コカビエルの時に至っては、コイツはただただ怯えていた。コカビエルという強大な敵に対して恐怖し、戦いに挑もうとする仲間たちの後ろでただただ子供のように恐怖していた。

 

 

 

 ………そんな奴でも今代の担い手だ、死なない程度に力は貸すさ……だが、力に吞み込まれれば――――それまでだ。

 

 

 

 だが、もし……もしだ。

 俺が真に相棒と呼べる存在が、いたのなら……どういう風になっていたのだろうか。

 

 聖書の神の思惑通りになったのだろうか、それとも今までと変わらずに使われるだけの神器だったのだろうか。

 

 

 兵藤一誠が俺の相棒だったのなら……。

 

 ………。

 

 どちらにせよ、俺には叶わない空想上の推論に過ぎないがな。

 




これまでのツケが回ってきた結果ですね。

兵藤一誠という可能性を、一樹に取られて若干やさぐれているドライグです。少し毒があるのもそのせいです。

後もう一話だけ更新致します。



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揺るがぬ心 2

二話目の更新です。


 コカビエルの事件から数週間が過ぎた。

 変わった事と言えば、リアスにとっての新しい下僕であり一誠にとっての新しい仲間ができたことだ。デュランダル使いのゼノヴィア、彼女が悪魔として転生していたのだ。

 彼女と少なからず仲の良かった一誠は、彼女が突然リアスの『騎士』として悪魔に転生している事に驚いた。驚いている一誠に困ったように肩をすくめた彼女だが、一誠は彼女には何も言える事はなかった。

 

 神の不在、彼女と短いとはいえ行動していた身としては、彼女がどれだけ主……聖書の神を崇拝していたかは痛い程分かっているのだ。

 だから何も言わずに、彼女を仲間に迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 そんな彼は現在、日課となりつつあった朝一のランニングへと繰り出していた。

 鎧武の力があるといえども変身前は生身、基礎的な身体能力は重要になってくるだろう。本当は戦いをしないのが一番なのだが、コカビエルやレイナーレの時の事を考えるとそうはいかない。そう考え、毎朝、早く起きて走っているのだ。

 一時間ほど、自分のペースで走った後、呼吸を整えながら歩いていると―――

 

「………ん?」

 

 町外れの川沿い付近に釣竿を持った黒髪の男が川岸に佇んでいるのが目に入る。着物?甚平?和風な服装を着た外人とも思われるその男は、釣竿と川を交互に見て困ったように頭を搔いている。

 何時もは見ない人だなぁと思いつつ道を歩いていくと、男は一誠に気付き手を振って来る。

 

「おーい、ちょっといいか?」

「え?オレ?」

「そうそう、そこの青少年クン。ちょっと聞きたいことがあるんだが、構わないか?」

 

 聞きたい事とはなんだろうか、とりあえず困っているようなので川岸にまで降りていく。

 

「どうしたんですか?」

「ちょっとなあ、釣りっていうのを一回やってみようと思ったんだが……これが全く釣れねぇ」

 

 川を指さし、表情を渋らせる男。

 一誠も川を覗き込んではみるが、水は綺麗だが魚のいるような感じの川ではない。それに毎朝この川を走っている一誠だがここで釣りをしている人なんて一度も見た事もない……もしかしたら魚がとれにくい場所なのかもしれない。

 

「ここはもしかしたら釣れる場所じゃないんじゃ?」

「それもそうか?そうだったら、悪いな。呼び止めてしまってな」

「いやぁ、俺も丁度休もうと思っていた所ですし」

 

 ため息を吐きながら釣竿をしまった男は、やや後ろに生えている草原に座り込む。年齢は30半ばくらいだろうか?見るからに大人って感じがする。

 

「少年、少しおじさんの話し相手になってくれねぇか?」

「別に構わないっすよ」

 

 まあ、まだ帰るには早すぎる時間帯だし少しくらいならいいかな、と思いながら男と同じく座りボーっと川を見ていると―――。

 

「お前さん、不思議な力を使うそうだな」

「ッ!?」

 

 見知らぬ中年男性から放たれた核心を突く言葉―――。

 一誠は、男から距離を取る様に転がり、立ち上がり様にバックルを取り出す。その様子を見た男はその場から動かずに、顔だけを一誠に向ける。

 

「おいおい大袈裟だな………、それがコカビエルを倒した力か……成程、本当に神器の感じはしねぇ……全く以て非なる力だ」

「何が目的だ……!」

「そう構えんなよ。敵対するつもりはない、どちらかというと……兵藤一誠、お前を見に来た」

「見に来た?」

 

 不敵な笑みを浮かべ男は立ち上がる。

 只者じゃないたたずまいに、薄らを額に汗を滲ませながら一誠は男に問いかける。

 

「あんた……何者だ」

 

 瞬間―――男の背に12枚の黒い翼が展開した。

 黒翼の中心で不敵な笑みを浮かべるその男は敵意を感じさせない口調で言い放った。

 

「アザゼル。堕天使共の頭をやっている。―――よろしくな、兵藤一誠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局は何もされずに帰ってこれた。堕天使総督と聞いたから最悪戦闘も覚悟していたのだが、妙な肩すかしを食らった気分だった。

 現在は、学校が終わり放課後。朝のうちにリアスにはアザゼルの事を話しておいたのだが、そう言う話は皆が集まっている時にした方がいいとの事で、放課後の部活動で行うことになったのだ。

 

「冗談じゃないわ」

 

 あまり危機感を持っていない一誠とは違いリアスは今にも紅髪が逆立つ程に怒髪天を突きそうなくらいに怒った。部室のソファーに座っていた一誠は彼女の怒る姿を見てソファーから落ちそうになったほどだ。

 

「こんなにも早くイッセーに接触……それも堕天使総督が……」

 

 一誠はそれほど気にしてはいないようだが、堕天使総督自らが一誠に接触していた事がどれだけ危険な事かをリアスは理解しているのだ。一誠の異質な力、それがもし悪用されてしまったら、悪魔側は最悪一誠を抹殺するという決断を下すかもしれない。

 眷属達にとって、リアス自身にとっても一誠は大切な存在となっている。

 

「でも、コカビエルみたいに凶暴な奴ではなかったんですよね……」

「見た目に騙されてはいけないわ。どんな見た目でも、堕天使を統括する堕天使の総督よ。甘く見てはいけないわ」

 

 アザゼルが一誠の力に興味を持ったこと自体おかしい事なのに、当の本人は快活に笑っている姿を見て、リアスは軽いため息を漏らし一誠の両肩に手を乗せ彼の目を見る。

 

「ぶ、部長……?」

「いい?私達は貴方を心配しているの……だから、あまり無茶はしないでちょうだい」

「えと……はい………」

「……分かったならいいわ」

 

 そう言いゆっくりと一誠の肩から手を離す。

 数秒ほどの沈黙が続いた後、気まずそうな表情を浮かべた一誠が不意に何かを思い出したように顔を上げる。

 

「あ、ああ!そういえば今度授業参観がありますよね!部長のお父さんとか来たりするんですか!?」

「え?……多分、来れないでしょうね。お父様とお母様は冥界に住んでいるから……」

「……すいません」

「ふふ、別に謝ることはないわ。……去年の事もあって、少し親には来てほしくないのよ……」

 

 去年の事?リアスは両親と仲が悪いのだろうか……そんな勘繰りをして少し申し訳ない気持ちになってしまった一誠。

 

「リアス、授業参観の事なら安心すると良い」

 

 突然、この場の誰でもない声が聞こえる。部員全員が声の下方向に目を向けると、そこにはリアスと同じ紅色の髪の男性がにこやかにほほ笑んでいた。

 

「お、お兄様!?な、何故ここに!?」

 

 リアスの兄……ということはこの人がアーシア達、悪魔の王、魔王、サーゼクス・ルシファー。実際に顔合わせするのは初めてだが、朱乃や木場達がすぐに跪いているので、一誠達も彼らを倣って跪く。

 

「アザゼルの事なら心配いらないよ、彼はコカビエルのようなことはしない。最も、今回みたいな悪戯はするだろうけどね」

「いえ!そういうことではなくて!」

「今日はプライベートで来ているんだ。ああ、君達もくつろいでいてくれたまえ」

 

 サーゼクスの言葉に、部員たちはそれに従い立ち上がる。

 

「やあ、我が妹よ。授業参観が誓いのだろう?私も参加しようと思ってね。おっと、勿論父上もお越しになられる」

「ぐ、グレイフィア……貴方ねぇっ」

 

 若干の恨みがましい目で銀髪の女性、グレイフィアを睨むリアスの問いに彼女は頷く。話によれば、グレモリー眷属の学校でのスケジュールは全て彼女に任されているらしく、勿論授業参観の連絡も来ることから、彼女からサーゼクスにそれが知られた、というものだった。

 

「どんなに厳しい職務だろうが、私は妹の参観日の為なら休暇を取るよ。勿論父上もだ」

「そうではありません!貴方は魔王なのですよ!?仕事ほっぽり出すなんてっ、魔王が一悪魔を特別視はしていけないわ!!」

 

 確かに魔王が気軽に来て良いのかは疑問に思う。一誠自身、まだ悪魔の事については深くは知らないが、種族のトップに立つ人物がそうやすやすとここに来ることはおかしい事だというのは一誠でもわかる。

 

「いやいや、これも仕事ではあるんだよ。リアス、実は三竦みの会談をここ駒王学園で執り行おうと思っていてね。その為の下見に来たわけだよ」

「――!ここで!?本当に!?」

 

 三竦みの会談と聞いて驚くリアスだが、少し離れた所で聞いていた一誠にはいまいちピンと来ない。木場や小猫、朱乃は驚いたような表情を浮かべてはいるが……。

 とりあえず、いまいち反応の薄いゼノヴィアに小声でどういうことか聞いてみる事にした。

 

「……ゼノヴィア、三竦みって天使と堕天使と悪魔の事だよな?」

「ああ、そうだ。……でも、どういう事だろうか……まさか三竦みの会談とは……」

「それって大変な事なのか?」

「ああ、すごく大変だ。前に言っただろう?切っ掛けがない限り歩み寄らない、と」

「……それって、その三竦みの会談をする切っ掛けが有ったって言う事?」

「恐らくは……」

 

 コカビエルの事件……じゃあないな。それじゃあ堕天使と悪魔との問題だし。そもそも会談なんて何処の勢力から提案したんだろう。

 

「会うのは初めてかな?兵藤一誠君」

「え、は、はい!!」

 

 突然、サーゼクスに声を掛けられてビックリしながらも返事をする。少し考えに耽っていたからか、話しの前後も掴めぬまま、サーゼクスの方に顔を向ける。

 

「ライザー・フェニックスとの試合、私も見ていた。人間である君に私達の悪魔のゲームに参加してしまったことについては本当に申し訳ないと思っている」

「い、いえそんな……」

「しかし、それとは別に君には感謝している。魔王ではなく、一人の兄としてね」

 

 リアスとライザー・フェニックスとの婚姻は、魔王として納得はできても、家族としては納得できない。魔王と言う立場であるが故に口を出せなかったのだろう。

 だからこそ分かる。この人は本当に妹である部長を大事にしているんだって……。

 

「……ライザーの時、俺……人間とか、悪魔とか関係なくて……っ。うまく言えないんですけど……えと、部長や皆の助けになりたくて……必死でした!!」

 

 何を言っているんだろう俺、と言った後から一誠は自己嫌悪に陥りながら肩を落とす。すると、前の方からクスクスと笑う声が聞こえる。顔を上げると、サーゼクスが朗らかに笑っていた。

 

「ハハハ、妹の周りは本当に良い者達に囲まれている。兵藤一誠君、良かったらこれからもリアスの事を支えてほしい。悪魔でも人間も関係ない、自分の心を素直に言葉にできる君なら、私も安心して任せられる」

「はい!!」

「お兄様……」

 

 種族は違えど、種族の王からの頼みに一誠は内心誇らしく思い返事を返す。その返事に満足そうに頷いたサーゼクスは、リアスの方に話を戻そうとするも、不意に何かを思い出したのか、すぐにこちらに向き直り、先程とは違った子供のような笑顔を浮かべる。

 

「息子に君の変身した姿を見せたいんだ。一緒に写真を取ってもらってもいいかな?できれば変身も見せてくれれば―――」

「お兄様!!」

 

 グレイフィアにハリセンのようなもので張り倒されたサーゼクスを苦笑いしながら見た一誠は、目の前の光景を見てふと思う。

 

 ほんの少し前では考えられなかった非日常の世界。

 それに加え、こんなに人に囲まれた生活を送って自分はいいのだろうかと思えるほどの充実感。

 

 そんな遠くに見えた日常の中に、不安な事もできた。

 

 堕天使総督アザゼルとの接触。

 敵意はなかった……。むしろあったのは自分の力に対しての興味。個人的な思いとしては堕天使幹部であるコカビエルより強いアザゼルと戦うような事態は避けたい。

 

 まあ、それは今の状況ではどうしようもない。

 

 一樹の神器の中の存在、赤龍帝ドライグの事とか、コカビエル戦の時に見せた『黒い鎧武』の事。

 

 『黒い鎧武』にいたっては一誠自身もよく分かってはいない。

 その時の一誠は、ただただコカビエルを『倒す』とばかり考えていただけ……それ以外の感情は一切無く、またそれが疑問に思わないほど、自然に、異様に、元からそう思っていたように一誠に頭に存在していた。

 あの時は仲間たちのおかげで自分を取り戻すことができたが、自分が元に戻らなかった時を考えると震えが止まらなくなる。

 

 リアスはあの時の一誠を『イッセーじゃない』と評しているが、一誠の考えは違う。

 あの時の自分のしたことは全て覚えている。

 コカビエルを一方的に嬲っていたことも、一時とはいえ仲間を見捨てかけたことも―――それを覚えているからこそ言えることがある。

 

 あれは……自分自身だ。

 

 自分の中で燻っている凶暴な『闇』。

 自制すらできない程の狂気。―――だが、それは突発的に誕生したものではなく、自分が創りだしてしまった感情。

 

「どうしたのイッセー?」

「あ、いや、なんでもないです!」

「?」

 

 自分の知らない自らの一面。

 それが今の一誠をどうしようもなく不安にさせる。

 

 




サーゼクス様は特撮が大好き。


一誠は、自分の心の闇を自覚しました。
後は……アザゼルに有った事くらいですね。


今回の更新はこれで終わりです。


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揺るがぬ心 3


お待たせいたしました。





 サーゼクスとグレイフィアの来訪から数日が経った。

 どんどん気温が上がり、いよいよ夏らしくなってき頃に兵藤一誠はこれまで体験したことのないイベントを迎えていた。

 生徒会からの命令で行われるオカルト研究部全員で行うプール掃除。掃除というからには色々面倒くさいものがあるだろうが、オカルト研究部員達の目的はその後、掃除した後のプールを使用していいとの条件にある。

 

「ほら、イッセー。私の水着、どうかしら?」

「い、いいと思いますよ」

「貴方こっちを見てないから分からないじゃない」

 

 全員が水着姿、特にリアスや朱乃は中々にデンジャラスな水着を着ているからか、一誠は照れて注視ができない。いくら松田や元浜と一緒にエロ関係の雑誌やビデオを見ていたとしても、実際に本物を見た事はない一誠は、見てもいいか、見ちゃ駄目だという感情で板挟みになっていた。

 

「イッセーさん、私も着替えました!」

 

 スクール水着を着たアーシアや小猫が更衣室から出てくる。健全な青少年なら此処で何か思うようだが、リアスや朱乃にからかわれるように質問責めを受けていた彼にしては、今の二人の姿は何処か安全に見えていた。

 

「……何かものすごく失礼な事を考えていませんか?」

「考えてないって、あ、あははは」

「……卑猥な目つきで見ないんですね……意外です」

 

 本とか映像とかなら違ったんだけどね、と内心思いながら準備体操を始める。木場も着替え終わって出てきたようだが、一樹とさっき見かけたゼノヴィアの姿が見当たらない。彼らの姿を探しながら準備体操を続けていると、彼に近づいてきたリアスが一誠にあるお願いをしてきた。

 

「イッセー、お願いがあるんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話って何だ」

 

 海パンの上にパーカーを着た一樹は、プールのある屋内に設置されている倉庫の中でゼノヴィアに呼び出されていた。

 一樹から見た、ゼノヴィアは原作と変わらない天然が入った聖剣使いの少女。イリナと一緒に居たというところから彼女から何かを聞かされているかもしれないと身構えていたが、一樹が呼び出したゼノヴィアの様子は少し違っていた。

 

「イリナから、イッセーとお前の過去の話を聞いた」

「……君に関係ないだろ」

「ああ、そうだな」

 

 内心心臓の鼓動が早くなったが、それだけの用なら関係ない、の一言で済ませばいい。

 問題はゼノヴィアがリアスやアーシア、部員の皆……学校全体にその噂を吹聴しないかというものだ。

 

「お前は随分と外面だけは言い様だが、私から言わせて貰うとそれだけの男に過ぎない」

「……君に何が分かる」

「分からないさ、兄を貶めなければ自分の存在を大きくできない卑怯者の考え方はな」

「卑怯者……っ?僕がか!」

 

 一番言われたくない言葉―――これまでの行いに罪悪感の欠片も抱いていない一樹からすればゼノヴィアの言葉は憤りに値する言葉だった。

 原作キャラの癖に―――。

 サブヒロインの癖に―――。

 力任せのパワーキャラの癖に―――。

 文面の中でしか知らない彼女にそのような事を言われたくない。

 

「僕は卑怯者じゃない!」

「……」

 

 声を震わせる一樹を何処か憐れみを帯びた目で見据えながらゆっくりを腕を組んだ彼女が、淡々と彼を『卑怯者』と評する理由を述べた。

 

「イリナは恐怖していた。お前が今、私を見るその目にな」

 

 ゼノヴィアから見た一樹の目は、まさしくカメラ越しから見るような視線。悪く言えば自分を見ているようで見ていない目。その視線からゼノヴィアは、一樹が何を見ているのかを判断しようとはしていたが、それも諦めた。

 どうしようもないからだ。

 

「ようやく分かったよ。本当に自分の事しか考えてないんだな……お前は。だからそんな風に人を見れる……いや、そもそも人として認識していないんじゃないのか……」

「そんなことない!」

「なら何故イリナは泣いた……ッ?」

 

 大きく一歩踏み出したゼノヴィアが一樹のパーカーの襟を掴みとる。それも凄まじい力で、押さえつけているせいか一樹は怯えた様に声を震わせる。だがゼノヴィアはそれでもその手を緩めない。

 忘れられないからだ、一樹と一誠の過去を話していた時のイリナのあの表情を……本当に怖がっていた。ああ、そうだろう、大切な友達との思い出を訳の分からない事で無茶苦茶にされたらそうもなる。

 

「―――イッセーが何かしたのか?できないだろうな、まだ文字も覚えていないだろう年の頃だ。何かしたとしても、お前が行ったことは仕返しの域を超えている。はっきりと言えないリアス・グレモリーやイッセーの代わりに私が言ってやろう。お前がした事はただの迫害だ」

「子供のした事だろ!!それを今になって引き合いに出さないでくれ!!」

「……いいや、子供だとかそういう域は越えている。なにせつい最近まで行われている事だ。聞いたぞ学園内でお前が吹聴したであろう噂をな」

 

 一部は一誠の身から出た錆のようなものだろう。本人だって覗き等の行為を認めている。だが他が酷いものだった……。

 

「……絶句したよ、存在すらも否定するようなものばかり……しかもどうだ?比較対象が存在するのはどう考えてもおかしい」

 

 噂、というものは恐ろしい程の影響力を持っている。誰かとも知らない他人に関しての噂ならば、その内容によってその渦中の人物の印象が決定されてしまう。

 もし、ゼノヴィアがイッセーの事を知らなかったならば、その噂を耳にしたその瞬間に兵藤一誠という人物に対してのイメージを固定されてしまっていただろう。そう思うと身が凍るような悪寒に襲われる。

 

 一誠がリアスに保護されることになってからその手の噂はなりを潜めたが、長年根付かせてきた悪意はそう簡単になくなるものじゃない。どんなに焼き払おうとも根っこの部分は残る。そして残った部分から深く広がっていく。

 絶対に消えはしない呪いのようにイッセーの周りへ侵食していく。

 

「それは周りが勝手に比較しているだけだ。僕は関係ないッ。そう言う噂をされるのはそう言う事をしている兄さんが悪いんじゃないのか!」

「確かに一誠にも非はあるだろうが、それをわざわざ吹聴する必要はないんじゃないのか?」

「ッ……だから!!僕は!」

「私を駒王学園に入学したばかりで何も知らないと小娘と勘違いしているんじゃないか?生憎、貴様と違って友人を得る際に他者を貶める必要がなくてな、学園の事ならクラスの友人から聞いたからちゃんと理解している」

 

 桐生藍華、という少女がいる。アーシアの友達でゼノヴィアの学園での初めての友人。そんな彼女が私に学園の事について教えてくれている時にふと漏らした言葉が―――。

 

『一樹くんの言葉は真に受けないように』

 

 ―――何処か微妙な表情でそう言った彼女を不審に思った彼女は、この数日間、何気なく他のクラスに聞き込みに行ってみた。……結果はある意味で予想を裏切る結果。

 

「いっそリアス・グレモリーに報告して何かしら罰を受けさせようとしたよ……まあ、罰を受けたとしても何が悪いと認識してないお前には焼け石に水というものだろうがな」

 

 リアス・グレモリーも眷属達も薄々は分かっているのだろう。だが、分かっているからこそ手を出せないでいる……兵藤一樹がきっと改心し、兵藤一誠と兄弟として協力できる関係となる可能性を否定できないから。

 

 しかしゼノヴィアから言わせてみれば、目の前の男とイッセーは決して相容れない関係だと思っている。恐らく、彼の両親以外で彼を疑心も悪意無く接しようと手を差し伸べるイッセーに対して、拒絶を繰り返し迫害する男が自ら歩み寄ろうとすることはありえないだろう。

 

「……どんな理由かはこの際どうでもいい。お前と私は関係ないからな。だが、親友であるイリナを悲しませたお前を私は許さない」

「は、はなせッ」

 

 さらに力を強めたゼノヴィアに恐怖しながらももがく一樹だが、ゼノヴィアの力が強すぎて手を解けない。

 

「悪意に晒された人間が、どのようになるか知っているか?」

「……ッ?」

 

 そして一誠もだ。アイツはとてつもないお人好しだ。お節介で仲間思いで、それでいて強い。だがそんな一誠でもコカビエルの時のような邪悪極まりない一面を持っている。

 

「私は何度も見てきた。はぐれ悪魔に囚われてきた人間、親の愛を受けられないまま育ってきた子供、教会に次々と訪れてくる行く当てのない人々」

「それと兄さんは関係ないだ―――」

「同じだよ。お前が今までした事と同じだ。皆、この世界に絶望しきっていた……」

 

 教会という枠から飛び出した今、ようやく理解できた。救いを受けられなかたった人々の瞳には何も映されていない。

 あるのは、空虚だけ。

 

「コカビエルと戦っていた時、イッセーがあんな姿になったのはお前のせいでもある」

「……っ!言いがかりだ!!」

「人は誰だって悪意というものがある。だがな、イッセーにはそれがない。光があると事には影が生まれる。だが光だけの人間なんて歪でしかない。不気味なだけだ」

 

 イリナの言っていた事が本当なら、イッセーは少なくとも10数年は同じ事が続いていたはずだ。本来なら、コカビエルの時の姿こそが正しい一誠の姿だったかもしれない。

 いや、確信を持って言える。

 あの姿こそがイッセーが本来の姿であり人格、彼の中に秘められた恐ろしい一面。

 

「だから……イッセーはお前でも許してしまう……」

「た、ただのお人好しだろ……」

「何をしても許して貰えただろう?どんなことをしても何もされなかっただろう?……勘違いするなよ、完全な善人なんて存在しない。イッセーは、溜めこんでいるだけだ」

「溜めこんで、いる?」

「それがコカビエルを一方的に嬲っていたあのイッセーが、無意識に溜めこんだ感情が溢れ出たものだと私は思っている」

 

 憎悪と怒りだけをコカビエルに向け戦っていた黒い鎧を纏ったイッセー。

 あの時、ゼノヴィアは微かな違和感を感じながらイッセーの戦いを見ていた。怒り、憎しみ、周囲への苛立ち、濁流のように漏れ出した感情のままに戦うイッセーの姿は、ゼノヴィアには泣いているように幻視させた。

 

「イッセーはずっと笑っていた、とイリナから聞いた。おかしいとは思わなかったのか?……ああ、すまない。お前に人の感情を理解しろというのが無理な話だったな」

 

 自嘲気味に笑いながら謝罪したゼノヴィアは、そのまま額を抑えながらも口を開いた。

 

「そう言う風になったからだ。……いや、そう言う風になってしまったというのが正しいか。一見、尊い精神を持っているようにも見えるだろうが、笑ってなきゃイリナや家族が悲しむと思っていたんだろな……なんてバカで友達思いな奴だよ。本当に神父に向いている……」

「バカ、げてる」

「お前が言うな、お前だけはそれを言う資格はない」

 

 額を抑えた指の隙間からギロリと一樹を睨み付ける。 

 

「イッセーは自分という存在を肯定され続けなかったから、その分自分以外の他人を肯定しようとしているんだ。其処に自分の存在理由があるからな」

 

 其処でゼノヴィアは一樹のパーカーの襟を突き放すように離し、後ろを向く。

 

「お前が最初に、イッセーを否定した。それだけで済ませばよかった筈なのに、お前は周囲を巻き込んだ。誰もがイッセーを否定し、イッセーまでもが自分を否定してしまった……」

 

 この状況も一誠のせいではなく、全て一樹に返ってきた罪、そうゼノヴィアは言っているのだ。無言のまま頷き肩を震わせた一樹を一瞥もしないまま、倉庫の出口へと歩いていく。

 もう話すことはない。

 あるとしてもその価値はない。少なくとも今の兵藤一樹には……。

 

「私はお前に何もしないし、この事を誰にも話さない」

「……ぅ」

「ずっと其処で燻っていろ。卑怯者」

 

 ゼノヴィアが出て行った後の倉庫には、外から聞こえるオカルト研究部達のたのしそうな声しか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 少し熱くなってしまった。一樹のいる倉庫からプールのある場所へと足を進めたゼノヴィアは、熱くなった頭を冷やそうと、少し泳ごうと思っていた。

 

 プールでは木場が泳いでおり、縁沿いではアーシアと小猫にイッセーが泳ぎ方を教えているのが見えた。……リアスと朱乃はビーチよろしく横になっている。

 

「あっ、ゼノヴィアさん」

「ゼノヴィアか」

「……やあ」

 

 さっき一樹に行った手前少し気まずいながらも、イッセー達のいるプールの縁沿いに座り脚だけをプールに入れる。水を弾く感覚にこそばゆいものを感じながら、アーシアに手を引かれてバタ足をしている小猫にクスリと笑みを零す。

 

「泳げるようになったか?」

「……少しは」

「それはよかった」

 

 前の自分なら悪魔が泳げないと聞けば信じられないと信じられないと思っていただろうが今は違う。自分も悪魔になったし、色々周りを取り巻く環境も違ってきた。

 悪魔として……いや、普通の女子高生としての自分はこれから何を目標にして生きて行けばいいか。それがこれから先重要になるだろう。

 

「なあ、イッセー」

「ん?何だ」

 

 アーシアに手を引かれ泳いでいる小猫を見守っているイッセーに話しかけてみる。リアス・グレモリーには悪魔としての生き方をある程度教えては貰ったが、それ以外の事には聞いていなかった。

 

「私は悪魔になった」

「……そう、だな。俺は何も言うつもりはないぞ?というより言われても困るからな」

「分かっている。ただ……もう私はエクソシストでもシスターでもない事をやっと自覚してな。今まで日常に浸透してきたことを全て一変し、新しい事をしなければならない」

「あー、そうだよな。俺はよく分からないけど、悪魔って聖書とか読むと頭痛がするんだよな。教会に居たゼノヴィアとアーシアにはつらいよな……」

 

 確かに聖書の文面を言葉に出すとかなりの頭痛がする。

 その事は自分にとって中々に大事な事なのだが、とりあえず今は置いておこう。

 

「だから考えたんだ。イッセー、普通の人間として暮らしてみたい、とな」

「……?悪魔になったんだから、悪魔の生き方を学んだ方がいいんじゃないか?」

「まだ私は君と同じ年だ。そう言う難しい事はもうちょっと年を取ったら考えるよ。……教えてくれないか?普通の学生は普段どんなところで遊ぶか、どんなことを勉強しているかを」

 

 ずっと血生臭い事ばかりやって来た身だ。知らない事をやってみたいと思っていた所だ。これを機に楽しんでみるのもいいかもしれない。

 まだ実感はないが、悪魔の寿命はとてつもなく長い。

 その長い期間の中で自分が高校生であるのはごく短い今だけ……それなら今のうちにできることはやっておきたい。

 

「……え、ええ……普通の学生……ファミレス行ったり……映画……お店とか……いやそれじゃ、おかしいだろ……彼氏彼女じゃないんだし……えーと。あ!じゃあ皆で行こうぜ!!」

「皆?」

「アーシアや桐生、松田と元浜とで遊びに行こう!部長や皆とだっても良い!そうすればアーシアも皆も遊べるし、ゼノヴィアの言う普通の学生ってやつも分かるだろ!」

「……ああ、それは良い考えだ」

「だろ!」

 

 にっ、と眩しくなるほどの笑顔を浮かべたイッセーは喜ばしげにアーシアの方にその事を伝えに行く。その後姿を見ながら、イリナが一誠の事を慕う理由が分かった気がした。

 





ゼノヴィアに罵倒されるってすごくご褒bッ心が痛くなりますね……。

ドライグは転生に関する罪を突きつけたとしたら、ゼノヴィアは転生後の行いに対する罪を突きつけました。



次話もすぐさま更新致します。


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揺るがぬ心 4


二話目の更新です。


 プール開きが終わった後、一誠は校庭で部員達を待っていた。

 楽しかった……と思う反面に、一樹が片付けの時にまで姿を現さなかったのが気になった。何がどうしたのか、それはイッセーにも分からない。

 

「……お節介って奴か……」

 

 一誠自身も分かっている。何が原因かは分からないが、一樹は自分を嫌っている事を。それでも一誠は双子の兄として接したいと思っている。……だからこそ、今は自分が出しゃばるときではない。時には距離を置くことも大切だと、部員の皆と一緒に居るようになって理解した。

 しかしどうにも落ち着かない面持ちで校門近くをうろうろしていると―――。

 

「やあ」

「……?」

「良い、学校だね」

 

 考えに耽っていたせいか、近くに人が来ている事に気付かなかった。声のする方に目を向けると、そこには人間離れした美貌を持つ少年がそこに居た。銀髪の頭髪、いかにも高い身長。普通ならば、ひがみこそしそうなものだが、一誠はその少年の姿を視界に捉えた瞬間に、思い切り後ろへ飛んだ。

 一誠の中に宿る力が、目の前の存在に対し凄まじい警鐘を鳴らしたのだ。

 

「誰だ!」

 

 明かに過剰とも思える程の警戒を見せる一誠に銀髪の少年は嬉しそうな笑みを見せる。好戦的とも思えるその笑みにいよいよマズいと感じた一誠は、人目もはばからずバックルをその手に出現させる。

 

「いい反応だ。俺の存在を感じとったか」

「誰だって聞いているんだよ!!」

「君と会うのは二度目さ、一度目は顔を見せていなかったか……」

 

 銀髪をかきあげた少年は、面白いとばかりに笑みを強めた。

 会うのは二度目、少なくとも顔を見るのは初めてだ。銀髪の髪なんて今までフリード・セルゼンくらいしか見ていない。

 ……いや、まだ一人いる。顔こそ見ていないが、コカビエルを倒したその後、光と共にやって来た圧倒的な強さでコカビエルを捻じ伏せた白銀の鎧を纏う存在が。

 

「は、白龍皇か……!?」

「正解だ、兵藤一誠。俺はヴァーリ、白龍皇のヴァーリだ。素顔で会うのは初めてだな」

「……ッ」

 

 どうする、こいつは恐らくコカビエルより強い。今の俺じゃ勝てる見込みは限りなく低い。かといって仲間達を呼んでも危険に晒すだけ……。

 

「やはり、残念だ」

「……?」

「お前を見る度にそう思ってしまう」

 

 何を言っているんだ。何を嘆いている。訳の分からない事をブツブツと呟いている白龍皇、ヴァーリに対し変身を試みようとしたその時、突然ヴァーリの瞳が鋭く俺の背後の空間を睨み付ける。さりげなく後ろを一瞥するが、そこには誰もいない。

 

「調べる気になったよ、あの日、お前達兄弟の姿を見て」

「何を……」

「兵藤一誠、お前はすごい。神器も何もない人間が一時とはいえ、コカビエルを圧倒したんだ」

「な、なんだよいきなり……」

 

 いきなり見ず知らずのイケメンに褒められ少し気持ち悪くなる一誠だが、当のヴァーリは本気で一誠を称賛しているようだ。褒められる分には嬉しくない訳ではないが、先程の殺気を考えると何処かうすら寒いものを感じざるを得ない。

 

「それに対して……絶望したよ。俺のライバルに成る筈の男の姿に……」

「ライ、バル……お前のライバルは赤龍帝ってことだろ、それじゃあ一樹が……」

「……兵藤一樹の話はどうでもいい。今日はお前に会いに来たんだ」

 

 ……アザゼルといい、余程自分に接触する輩は自分の力に興味が絶えないようだ。誰にも分からない力を誰が欲しがるだろうか、それとも調べたいだけかもしれないが、解剖されるのだけは御免だ。

 

「単刀直入に言おう。兵藤一誠、俺と一緒に来る気はあるか?」

「は、はぁ!?」

 

 唐突過ぎる勧誘、しかもなんの組織かも教えられていないという訳の分からない勧誘。……いや、もしかしてコカビエルと知り合いだったから堕天使陣営への勧誘かもしれない。

 これを受けたらリアスへの裏切りになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。断りの言葉を放つ為口を開こうとしたその瞬間、ヴァーリがこちらの言葉を遮る様に口を開いた。

 

「直ぐに答えは返す必要はない。というよりまだ話す段階に至っていない……だが、しかるべき時にもう一度問う」

「……どちらにしろ断ると思うぞ」

「フッ……その時は―――」

 

 ヴァーリの目が細められ、身を刺すような殺気が一誠の身体に叩き付けられる。歯を食い縛りながら耐えていると、一誠の両側から二つの影が飛び出してきた。どちらも剣を持っている事から誰が飛び出したかを察した一誠は、慌てて両腕を伸ばしヴァーリ目掛けて突撃しようとしていたゼノヴィアと木場を抑える。

 

「イッセー君何を!?」

「服が伸びるっ、おろしたてなのに……ッ」

「落ち着けって!こんな所でドンパチするわけにはいかねえだろ!」

 

 ここが昼間の学校だって事もあるし、相手があの白龍皇だということもある。

 幸い、ヴァーリは訳の分からない事を言う奴だが、話して分かってもらえない奴じゃない。

 

「………その判断は懸命だ、兵藤一誠。そこの剣士達は確かに実力者だが、コカビエルごときに勝てなかったようでは俺には勝てない」

「……くっ」

 

 凄まじい殺気を放っていたと思えないほどの朗らかな笑顔でそう言い放つヴァーリに苦々しい表情を浮かべる木場とゼノヴィア。一誠自身も分かっている、今の実力じゃヴァーリとは戦えないと。……歯噛みしながらも二人を抑えた手を離しヴァーリの方を睨み付けるも、当のヴァーリは何処吹く風の如く薄らと笑みを浮かべているだけ。

 

「あまり好き勝手にしないで欲しいわね。白龍皇」

 

 一誠の背後からの声。振り返ると其処にはリアスと、朱乃とアーシアに小猫と……一樹が居た。リアスの表情は不機嫌だ、当然だろう。自分の領域に勝手に足を踏み入れた上に彼女が大事にしている一誠に接触していたのだから。

 

「此処にはアザゼルの付き添いで来日しただけだよ。後、兵藤一誠に興味があって此処に来た……リアス・グレモリー、貴方なら分かるはずだ。兵藤一誠がどれだけ稀有な存在かをね」

「……ッ!」

「悪魔の連中はそれほど重要視していないだろうが、いずれ喉から手が出る程に欲しい存在に成り得る」

「貴方に言われなくても分かっているわ」

「………二天龍と称されたドラゴン『赤い龍』と『白い龍』に関わった者は碌な生き方をしない。……出来損ないの赤龍帝に構っている暇はないと思え」

「ッ!貴方ッ!!」

「忠告したぞ」

 

 最後の言葉はリアスではなく一樹に向けて言い放ち、ヴァーリは踵を返してその場を去っていく。ヴァーリの視線を向けられた一樹は表情を青褪め、リアスは深刻そうに額を抑えていた。

 

「イッセーさん……」

「俺は大丈夫だよアーシア……」

 

 こちらへ寄り添ってきたアーシアが不安気に一誠の手を握って来る。

 微かな温もりを感じながらも、先程のヴァーリの言葉が妙に気になって仕方がなかった一誠であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どういうことだ、ヴァーリ』

「……兵藤一誠はこっち側の人間だ」

『だからと言って、このタイミングはないだろう』

 

 駒王学園からの帰り道、ゆっくりとその歩を進めながら、ヴァーリが兵藤一誠に対して放った言葉について思考を巡らせていた。

 

『確かにあの力は魅力的に思えるが、今がその時じゃない』

「……俺が赤龍帝を見た時、何て思ったか分かるか?」

『どうした藪から棒に?』

 

 赤龍帝と白龍皇の神器が共鳴したのか、その使用者であるヴァーリの戦意が高揚したのだ。定められた闘争、それを感受したヴァーリは、狂喜しながら自身のライバルに成るであろう相手を見定めた瞬間―――。

 

 まるで冷水を掛けられたように、高揚が冷めてしまった。

 兵藤一樹、あれはただの悪魔になった一般人だ。才能もない、大して強くもない。神器のみに頼ってもがいているだけの愚鈍な存在。

 

「ガッカリしたよ、こんな奴が俺のライバルなんてね」

『……言っては悪いが、普通の人間が神器を持つと大抵ああなるぞ』

「だとしても、俺は高望みし過ぎた。いや……し過ぎていた、と言うのが正しいな」

 

 アザゼルが調べた兵藤一誠と兵藤一樹の過去、それはヴァーリにとっては忌避すべきものだった。懐からアザゼルが隠していた資料を取り出して、それをもう一度目に通したヴァーリは、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 しかしアルビオンから見れば、それは笑っているようで笑ってはいなかった。瞳には殺意すら感じられる程の冷たいものが宿っていたからだ。

 アルビオン自身も分かっている、ずっと一緒だったから。どれだけ兵藤一樹の行いがヴァーリにとってそれだけ苛立たしいものだったかを。

 

「アザゼルが見せたがらない訳だ」

 

 アザゼルは気を使ったようだが、読んでしまった手前こう思わざる得ない。兵藤一樹の行いは、傍から見れば『酷い』と言えるものだろう。だが他人から見ればそれだけだ、それに関係した者、その当事者以外は全て第三者の感想でしかない。

 それは真の共感とは言えず、ただの同情にすぎない。だが同じ目にあった者ならばそれが痛い程分かる。過去、ヴァーリが肉親から受けた虐待にも等しい行いを受けたヴァーリなら―――。

 

 そしてアザゼルと言い【親】に拾われたヴァーリとは違い兵藤一誠は……。

 

「虫唾が走るよ」

 

 資料に張られている兵藤一樹の顔が父に凶行に走らせるように諭した祖父の顔に重なる。徐々に資料を握るその手に力が籠められ、魔力が漏れ出している事に気付かぬままヴァーリにアルビオンが焦りのこもった声で声を投げかけたおかげでようやく我に返る。

 

「……すまない」

『あまり熱くなるな』

 

 兵藤一樹への興味は完全に消え失せた。向上心のない輩より、自分と対等に成り得る可能性を秘めた男の方がライバルとして相応しいと思えたからだ。

 

『……そう嘆くな、俺達は所有者を選べない。赤いのは気の毒だが、な……』

「お前には感謝している」

 

 くしゃくしゃになった紙束を投げ捨て塵に変えたヴァーリは小さなため息を吐きながらも、橙の光に照らされていく道をゆっくりと歩いて行くのだった……。




ヴァーリが一樹と一誠に会った時の反応を顔文字で表すなら……。

(´・ω・`)ショボーン<俺のライバル……。
(*´▽`)パァァ<兵藤一誠、強いなッ。

こうなります。


 そりゃ父親と同じような事を自分のライバルが兄相手にやっていたらそりゃヴァーリだって苛々します。


次話もすぐさま更新致します。




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揺るがぬ心 5



三回目の更新です。


 血のように毒々しい色をした仮面の戦士と白銀の鎧を纏った戦士が戦っている。暗い廃工場で壮絶な戦いを繰り広げている彼らの姿は、自分の記憶の中で何度も浮かんできた人々の姿に酷似していた。

 

 一人は死力を振り絞るように……。

 

 もう一人は、戦いを止めようと……。

 

 怒りと悲しみに満ちた戦い。

 無意味とさえ思えたその戦いは、血のように赤い仮面の戦士がその手に持ったハルバードで白銀の戦士の腹部を貫いたところで終わりを迎えた。

 

 凶刃によって腹部を貫かれた白銀の戦士の姿がと解け、人間の姿に戻る。だが、顔がぼやけて見えない。まるで霞が掛かった鏡のように……。

 

 

 

「ッ!!」

 

 其処で一誠の意識が浮上した。今自分は何をしていたのだろうか、何時寝てしまったのだろうか、そもそも寝る前は何をしてのだろうか。横になった体制から額を抑えながら起き上がろうとすると、手が冷たい地面を触っていることに気付く。

 

「……また、か」

 

 ヘルヘイム、確かそう言ったか。ここにいるという事は自分はまだ夢から覚めていないという事になる。何時か自分でここに来てみようと念じた事はあったが、それは失敗したので半ば自力で来ることは諦めていたが……。

 

「此処は、綺麗な所だなぁ……」

 

 幻想的とさえ感じる木々、不思議な形状の実と草花。そしてそれらを引き立たせるように薄らと霧が出ている。まるでこの世のものではない美しさに一誠は暫し目を奪われていたが、視線の先の木々の間から奇妙な服装を着た男がゆっくりとこちらへ歩いてくるのを見ると表情を真剣なモノに変えた。

 

『力には慣れてきたか?』

「……振り回されっぱなしだよ」

『それも力を持った運命って奴だ』

 

 一誠の目の前で立ち止まった謎の男。ヴァーリという新たな問題が出てきた後に、この男が出るとは、いよいよ気が滅入りそうだ。

 

『悪魔と人の違いとは何だと思う?兵藤一誠』

「久しぶりに出てきたと思ったら、また訳の分からない事を言うなよ……」

 

 脈絡もなく突然何を訊いてくるかと思えば……もっと分かりやすい質問をしてほしいと内心愚痴りながら不満げに口を尖らせる。

 

『いいや、お前の仲間の聖剣使いが普通の人間としての生活を欲した時、その疑問を抱いたはずだ』

「……まあ、そうだけどさ」

 

 プールでゼノヴィアが人間らしい生活を送りたい、そう言った時一誠はほんの少しだが混乱した。悪魔に転生したのならば悪魔としての生活を送る事を考えればいいのではないか、と。

 

「でもそういうのはよく考えたら、ゼノヴィアは前まで悪魔じゃなかったから、そう思うのは当然じゃないのか?」

『そうだろうな、だが間違えちゃあ駄目だ。根っこの部分では人間も悪魔もそうは変わらない。』

「そうかも、な」

 

 寿命、身体能力、色々な部分が人間とは違うけど、もっと深い所は悪魔も人間も同じかもしれない。現に自分がグレモリー眷属という悪魔達の中に溶け込むことができているという時点である意味の証明がされている。

 

『こんなもんは感覚的に分かっていればいいのさ。どんな種族でも根幹の部分はどれも同じさ、始まりがあって終わりがある』

「……何でこんな話をいきなり?」

『そろそろ悪魔に転生できない自分に嫌気が指してきただろう?自分はリアス・グレモリー達の仲間にはなれても、種族的にはまだ人間であるお前がその立場に納得を感じない、そんな自分に疑問を抱いている……って所だろ?』

「……」

『ま、悪魔と人間の違いについて聞いたのも理由がある……本題に入ろう、今日お前を呼び出したのは、お前に重大な選択が迫っている。その選択次第でお前は、多くの存在を危険に晒す破壊者に成り得るし、多くの存在を救う救世主にもなれる』

「……っ破壊者に救世主だって……?冗談じゃない!俺は、そんな……」

 

 戸惑う一誠だが、そんなこともお構いなしに男は自身の手のひらを一誠の方に向ける。すると一誠の体の中心がドクンッ衝撃のようなものが走ると同時に彼の心臓のある場所から黄金色の光が飛び出してきた。

 

 飛び出した光に思わず息を呑むが、その光はゆっくりと男の手に収まり丸みを帯びた四角い鍵に姿を変える。

 一誠がバイザーを殺したときに出現した『鍵』、ロックシードとは一線を画す性能を誇る正体不明の圧倒的な力。

 

『お前が望まなくとも、コイツの目覚めは刻一刻と近づいている』

「め……目覚め?」

『その目覚めがこの世界にどのような影響を与えるかは……兵藤一誠、お前の手に委ねられる』

「なんだよ、その力って……何で俺にそんな力があるんだよ!!それでどうしろっていうんだよ!!」

『力はただの力でしかない。それを手に入れ、どのように使い、どのように支配し、どのように救うかでその本質が試される』

 

 鍵を手の中で弄びながら話しかけてくる男の言葉に、動揺する一誠。確かにあの黄金の鍵の力は絶大な威力を誇った。だが、強い力にはリスクが伴う……そう、コカビエルの時のような黒い鎧武の姿のように……。

 

「俺は、部長達を……傷つけたくない……大事な人たちを……失いたくない……」

『だが、どちらを選んでもお前は大事な何かを失う』

 

 失、う。

 自分にとっての大事なものが失う。やっと受け入れる事が出来た大切な場所を自分で壊してしまう……そんなことがあってはならない。

 赦していいはずがない。ましてやそれが仲間達を守ると誓った力でなんてあまりにも許容できるものじゃない。

 

「―――俺が、俺だけが失えばいい。それがどんな苦しいものだって、どんなに痛い事でも、それは俺が受けなくちゃいけない罰だ」

『その果てに人間を超越する事になってもか?』

「構わない、それが背負うべきものなら……全部背負ってやる!」

『……やっぱりお前は同じだよ』

 

 若干嬉しそうに笑みを浮かべた男は手の中の鍵をこちらへ放り投げるように体に戻し、懐から三つの物体を取り出しそれをこちらへ投げつける。

 

「うわっと!?」

 

 慌てて三つの物体をキャッチし見ると、それはサクラとタンポポのような文様がそれぞれついたついた二つのロックシードと、スイカを思わせる黒と緑の柄のロックシードだった。

 

『今回はやるつもりは無かったんだが、気が変わったからやるよ』

「は、はぁ?」

『気を付けろよ、ソレはお前の使っているロックシードとは少し毛色が違う。間違っても屋内で使うんじゃないぞ?』

「それっとどういう―――」

『じゃ、次会う時お前がどんな選択を選んでいるか……楽しみだ』

 

 一誠が質問する前に、話しを切り上げた男が手を挙げた瞬間、一誠の視界がボヤける。足元がどんどんおぼつかなってくる中、目の前の男とはまた別の声が頭の中に響く。

 

 ―――ひょ……う……ん―――

 

 兵――うさ―――

 

 誰かが何かを叫んでいる、なんだろうかと微睡みの中で耳を傾けながら閉じていた目を開くと、すぐ前には粘土を握りしめた自分の手……。

 

「兵藤さん!!」

「はいっ!!」

「授業中……しかも授業参観中です」

「……あ」

 

 そういえば今日は授業参観の日で、英語の授業で粘土を弄んでいる所だった。何故英語で粘土かは意味が分からないが、そんな事はこの際考えたくない。周りからクスクスと笑い声が聞こえるのが何より恥ずかしい。

 しかも後ろに目を移すと、頭を抱えている両親の姿。近くの席に居るアーシアは苦笑いしている。

 

「……すんませんでした!!」

「次からは居眠りしないように……おや?」

 

 英語の先生が一誠の手元に何かを見つけたのか、一誠に手に持っている粘土を見せるように促してくる。疑問に思いながら先生に促された通りに手を開いたら―――。

 

 呼吸が止まった。

 

「え、エクセレントです!素晴らしい、見た事の無い形ですが細部が精細に作られている!」

 

 粘土でできた『鍵』。

 それが一誠の手から零れ落ちるように机に落ちた。夢で見た時のように、自分の体に入って来た時に見た時のように、全く同じ形の物体が、其処に有った。

 

 

 

 

 

 

「これがイッセーの言っていた『鍵』……?驚くほど良くできているわね」

 

 授業参観が終わったその後、事の重大さに気付いた一誠は一旦アーシアとゼノヴィアと別れ、英語の授業の一環で作ってしまった鍵と、何時の間にかポケットの中にぎゅうぎゅう詰めにされていた三つのロックシードを部室で待ち合わせていたリアスと朱乃に見せた。

 

 二人は『鍵』の出来栄えに驚いているようだが、渡した一誠の心境は気が気でない。無意識に作り出したものが今まで自分に不思議な力を齎してきたその根源に近い形状をしているからだ。

 

「この形と類似する物があるか調べてみるわ」

「お願いします……」

「不安だろうけど今は我慢してちょうだい……後は、こっちの新しいロックシードね。うーん、どう見る、朱乃?」

「少し形が違うようにも見えますが……相変わらず玩具みたいですわ」

 

 サクラの文様が描かれたロックシードを拾い上げ眺めるリアス、朱乃はタンポポの方を触ってはいるが、二つともボタンを押してもやっぱり作動しない。やはり一誠ではないと動かせないようだ。

 

「……やっぱり動かないわね」

「試しに使ってみます」

「ええ、お願い」

 

 サクラのロックシードを受け取り、側面のボタンを押す。何時ものロックシードなら此処で音声が鳴るはずだが、今度は何故か何も鳴らない。

 レモンエナジーロックシードの時のように特別な条件でしか使えないのか?一瞬勘繰ってしまったその時、一誠の掌に載せられているロックシードが、その手から勢いよく飛び出した。

 

「うわっ!?」

「っ!イッセー退がって!!」

 

 飛び出したロックシードは空中で制止すると、なんと巨大化しながら変形を始めたのだ。あまりの奇天烈な光景に驚く三人。

 空中で変形を終えたロックシードはガシャーンと部室の床に着地する。変形したその姿に、あんぐりと口を開けた一誠だが、次第に状況を飲み込むと……。

 

「バイク……?」

 

 そう呟いた。

 白と薄い桃色が混ざったバイクに変形した。唐突にヘルヘイムにいる男の言葉が脳裏をよぎる。

 

『屋内で使うんじゃないぞ?』

 

 ………。

 

「確かに屋内じゃ……使えないよな」

「はぁ……果物の次はバイクと来たわ。イッセー、この際だから試しに乗ってみなさい」

「え?でもここは部室じゃ……」

「走ったらだめよ、乗るだけ。これが貴方の元にあるという事はなにかしらの意味があるかもしれないじゃない。貴方の事を知る可能性があるなら試してみるべきよ」

 

 確かにそうだ。リアスの言葉に納得しながらバイクに跨る。今まで自転車位しか乗った事は無かったが、なんとなくだが使い方が分かる。なぜなら、バイクの跨った瞬間、頭の中にこのバイクに乗って戦っている自分と同じ仮面の戦士の姿が途切れ途切れに浮かんだからだ。

 

「サクラハリケーン……こいつは、サクラハリケーンですよ」

 

 ロックシードとは違う、移動の為に用いるロックシード、その名はロックビークル。サクラハリケーンの他にダンデライナーの使い方も分かった、こっちは空も飛べるので、かなり便利だ。

 

「これがあれば移動も楽ですね!」

「免許は持っているの?」

「あ、持ってません……」

「変身している状態なら乗ってもいいけど、生身じゃ乗っては駄目よ。緊急時ならいざ知らずそれで捕まったら元も子もないわ」

「はい……」

「落ち込むことないじゃない……」

「イッセー君は男の子ですから、しょうがないですわ」

 

 確かに免許無しでは捕まってしまう。使うのは緊急時だけにしておこう。それかリアスに許可を貰えばいい。スイカらしきロックシードの能力は生憎分からなかったが、これはオレンジロックシードと同じようなものなのだろう。……多分。

 

 その後、サクラハリケーンを色んな角度から眺めていると、部室に立ち寄ったであろう木場がなにやら興味深い事をリアスに話しているのを聞いた。

 

 何やら学園でコスプレ少女が写真撮影をしているという物だ。今日が今日なので色々な人たちが集まって来るとは聞いていたが……随分と珍妙な事が学園で起こっているようだ。一誠自身、コスプレ少女という言葉に心が惹かれはしたが、一誠だって男の子。目の前で鎮座しているカッコいいバイクを前にしてはその場を動く理由にはなり得ない。

 

 リアス達に此処に「まだ此処に残る」と伝え、部室に残った一誠はもう一つのロックビークルを手に弄びながらサクラハリケーンのアクセルに当たる部分を軽く握る。

 

「……もう動かした気になってるな」

 

 記憶の中では動かしている。

 街を駆け。

 薔薇の文様が描かれたバイクを駆る赤いライダーと競い合い。

 風を感じ、戦い、そして次第にサクラハリケーンは光に包まれると同時に回転し―――。

 

 

 

 

 あの森、ヘルヘイムへと入り込んだ。

 

 

 

「…………おかしくないか……?」

 

 

 自分の記憶の中のヘルヘイムと自分の知っているヘルヘイムが明らかに違う。いや、ヘルヘイム自体は同じだろう、違うのはその在り方。

 何で記憶の中の森が、俺の中にある?

 あれは俺の心の中の存在の筈じゃ……。あの男だって俺がいる現実の世界とは違う世界。そして、生物が存在しない世界と言っていたじゃないか。

 

 だが頭の中の『記憶』がその言葉を否定する。妄想でもなんでもない記憶がヘルヘイムの実在を示しているのだ。中華服を身に纏ったライダー、騎士を思わせる赤いライダー、トンカチを持ったライダー、黒槍を携えたライダー、盾と刀のライダー――――。

 

 一誠は無意識に自身の心臓がある場所を抑える。

 息ができなくなるほどに恐ろしい憶測が頭の中に浮かんでは消えていく。

 

「俺の中にヘルヘイムが?……でもあの森には……」

 

 あの緑色の生き物がいない。

 森の果実を食み成長する怪物……いやそれはどうでもいい。問題なのはロックシードが生成される場所はヘルヘイムという事だ。

 それが自分の手の中から出てくる。

 記憶の中の『彼等』はロックシードを取り出して変身していた。自分のように出現させている訳ではないのだ。形だけ同じ……『彼等』と自分の違いが突きつけられる。

 

 今までは自分は『彼等』の力を持っていると思っていた。摩訶不思議な力だけど、記憶の中の輝かしい活躍をしている彼等と自分は全く違う。

 

「は、はははは……俺って一体なんなんだよ……」

 

 黄金の鍵、ヘルヘイム、謎の男、ロックシード、それらが一誠の心を蝕むように侵していく。

 

「……あ――――ッ分からねぇ!!」

 

 頭を抱えながら部室のソファーに座り、そう嘆息する。自分の事も、力の事も分からないことだらけだ。

 でもそれだけでは一誠は力を使う事を迷いはしない。自分に宿る力にどんな意味があるかなんてどうでもいい、一誠にとって……リアスや仲間達、自分を取り巻く全ての大事なものを守るための力があればそれでいい。

 

 なにせ自分はバカだから、難しい事をいつまでも考えてられるほど賢くないから。それに、もう迷わないと仲間達の前で誓ったから。

 

「……あ、やばっ授業始まっちまう!」

 

 サクラハリケーンを元の錠前に戻し、部室から出て行った彼の胸中には自身の力に対する恐怖はなかった……。

 

 




人外フラグが立ちましたが、そうなるのはもうちょっと先です。

バイクを手に入れました。でも免許持ってないから日常では使えないです。冥界なら……許可を貰えば普通に使えます。

スイカは近いうちに使う予定です。
……スイカで皆のド肝を抜くのが楽しみです。

今日の更新はこれで終了です。


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揺るがぬ心 6

お待たせいたしました。
丁度、一か月ぶりの更新です。

今回は三話ほど更新したいと思います。


 授業参観後、驚くことにリアスの父親と魔王であるサーゼクス・ルシファーが一誠の家に泊まりに来た。もう色々な段階を飛ばしてきた、リアスの家族の行動力に一誠は驚きっぱなしだった。

 

 特にサーゼクス・ルシファーから変身のお願いを聞いた時は「魔王たってのお願いなら聞かなくては……」とばかりに異様なやる気を見せ、ジンバーアームズまで変身をサーゼクス達に見せた。反応は予想以上のもので、すごく喜んでくれた。

 

 ―――とまあ、授業参観の話とか色々な話で盛り上がりつつも、波乱万丈な夜が過ぎて行ったのだが―――

 

 

 

 ―――一つ気になる事を聞いた。

 アーシア以外のもう一人の僧侶についての事、話によればその能力が危険視され、リアスでは扱いきれないと判断されたため今の今まで封印されていたらしい。

 

「これが、もう一人の『僧侶』が封印されているという……?」

「ええ、一日中ここに住んでいるの。一応深夜には封印も解けて旧校舎内だけなら行動もできるんだけど……中に居るこの子自身が拒否しているんです」

「拒否、ですか?」

 

 ……相当、心に傷を負っていると見える。

 そうだとしたら、自分達が助けてやらなければならない。

 

 現在はその『僧侶』が封印されているという扉の前にグレモリー眷属達と共にいた。呪術的な刻印とか色々な札とか張られていかにも、『封印』という感じがする扉を前にして一誠は、密かにこの中に居る『僧侶』に対しての心構えを決めていた。

 

「―――さて、扉を開けるわ」

 

 扉の前に立ったリアスが呪術的な刻印を消し去り、扉を開け放つ。

 

 

『イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

「な、なんだ!?」

 

 とんでもない絶叫に驚く一誠だが、彼の一歩前にいたリアスは、その声に大きなため息をつくと遠慮なしに部屋の中へ入っていく。続いて苦笑した朱乃も入っていく。

 一体、どういうことだろうか……。

 

「……心に傷を負って……?」

「イッセー、君がそれを言うと……」

 

 ゼノヴィアが苦笑して一誠に何かを言いかけるが、失言とばかりに口を噤み、そのまま部屋の中にも入っていく。……取り敢えず、後ろから小猫に急かされたので中に入ってみよう。

 

『やですぅぅぅぅぅぅ!ここがいいですぅぅぅぅぅぅぅ!外に行きたくない!人に会いたくないですぅぅぅぅ!』

 

「!?」

 

 アーシアとゼノヴィア、一誠は首を傾げ中に入っていくと、予想を裏切るようなファンシーな部屋の一角に棺桶の様なものが見えた。まるで吸血鬼の映画に出てくるような棺桶に疑問に思いつつ部屋の中を見渡すと、金髪の少女の姿が視界に映る。

 リアスと朱乃の前で震えている小猫と同じ位の身長の女の子。駒王学園の制服に身を包んでいる所を見る限りこの子が『僧侶』なのだろうか?

 

「女の、子」

「いいえ、見た目は女の子に見えるけど、紛れもない男の子よ」

「………男……?」

 

 一瞬、耳を疑ったが、確かにリアスは目の前で子犬のように怯え震えている少女が男だと言った。

 

「まさか、心に深い傷を負って……そのせいで女の子の恰好を……?」

「イッセー君、違いますよ」

 

 何処か鬼気迫ったような表情をしている彼に気付いた朱乃が微笑ましそうに笑みを浮かべている。そんな事も露知らず一誠は目頭を抑えながら震える少女、ではなく少年に近づいていく。

 

「女の子の恰好をしてまで……つらかったんだな……」

「ひぇ!?」

 

 勝手に自己解釈したまま、少年の肩に優しく手を置いた一誠は若干涙交じりに語り掛けた。当の少年は訳も分からず驚いた声を出しながらアワアワと困ったように目を白黒とさせている。

 

 それを見かねたリアスは、苦笑いしながら声を掛ける。

 

「イッセー、この子は好きでその恰好をしているのよ?」

「……え?」

 

「ははは、イッセー君らしいね」

「……ただの勘違い」

「………」

 

 素っ頓狂な声を上げて後ろを振り向くと、リアスと同じく苦笑いしている木場とアーシア、朱乃。そして呆れたようなため息を吐いている小猫、部屋の外で無言で一誠を見ている一樹……。

 

「好きで、女の子の恰好してるの?」

「お、女の子の恰好の方が、かわいいから……ってそうじゃないですよぉ!こ、ここここの方はだれですかぁ!?」

 

 まさかただの勘違いとは……いやここは勘違いで良かったと思うべきだ。周りの反応からしてこの少年は、皆から大事にされている。この子自身もそういう悪感情には晒されていない。

 

「彼は兵藤一誠、私が保護している人間よ。イッセー、この子はギャスパー、ギャスパー・ヴラディよ」

 

 続いて新しく眷属になったゼノヴィア、アーシア、一樹について紹介する。

 その最中、ギャスパーと紹介された少年がチラチラとこちらに視線を向けて来る。

 

「ごめんな。変な勘違いしちゃって……」

「は、はぃ……」

 

 尻すぼみするように語尾が小さくなるギャスパー。気の弱い彼を驚かせてしまった申し訳なさから形容できないような表情を浮かべながら頬を搔いたイッセーは助けを求めるようにリアスの方へ視線を向ける。

 

「ギャスパー、ここから出ましょう?ね?もう貴方は封印なんてされなくていいのよ?」

「っ!嫌ですぅ!ぼ、ぼくは外の世界なんて無理なんです!怖い、外が怖い!僕が出てもどうせ迷惑かけるだけなんですぅぅ!」

 

「……な……」

 

 何だこの子は、異常な程に外と接することを拒否している。それをリアスが懸命に説得しようとはしているがあまり意味がないように見える。

 その様子に困惑するように顔を顰めた一誠に近くにまで歩み寄った朱乃が説明してくれる。

 

「彼は特別なんです」

「特……別、ですか?」

 

 朱乃の特別という意味を少し考えながら、一誠は再びギャスパーの方へ視線を向ける。

 拒否するがの如く体を震わせている彼と偶然目が合う。

 

 ―――その瞳は血のように真赤だった……。

 

 

 

 

 

 

「『停止世界の邪眼』……?」

 

 ようやく封印されていた部屋から部室へとギャスパーを移動させた一誠達。人目に晒されないようにダンボールを被ったギャスパーが居る点を除いては何時もの部室の中で、一誠達はリアスからギャスパーの『能力』についての説明をされていた。

 

「それって、なんですか?」

「そうね……簡単に言うと見た者の時間を止める『神器』よ。とても強力なの」

「……すごいですね」

「問題はそれを扱えないところ。それを理由にギャスパーは今まで封じられてきたの」

 

 力を扱えないからこその封印。

 

「あれ?でもそんな強力な神器を持って、しかも吸血鬼なギャスパーをどうやって下僕にしたんですか?たしか『悪魔の駒』ってそれぞれ、容量とか限度?みたいのがあるんじゃ……?」

「それは『変異の駒』という通常の駒と違う特殊な駒を使ったからよ」

 

 リアス曰く、多くの駒をつかわなくちゃ下僕に出来ない転生体を一つの駒で済ませてしまえる便利な駒らしい。でもそれは上位悪魔一人につき一体くらいしか持っていないから、もうリアスは持っていないとの事。

 

「でも問題なのはギャスパーの方なの。彼自身類まれない才能の持ち主で、彼の意思に関係なく『神器』の力が高まっていくみたいなの。将来、『禁手』にも至るとまで言われるほどに」

「禁手って……木場みたいに神器が一段階強くなるアレですか?」

「そうよ」

 

 木場の聖魔剣と同じように時間停止の神器が禁手になったら……少し怖い。下手すれば見る必要もなく全てを『停止』してしまう可能性だってある。

 

「貴方が今思っている事態も起こり得る可能性があったからこそギャスパーは封じられていたわ。でも私の評価が認められたため、今ならギャスパーを制御できるかもしれないと判断されたのよ。貴方と言う存在の保護と祐斗を禁手に目覚めさせたことが評価されたみたい」

 

 それでギャスパーを出す理由になったという事か。だが肝心のギャスパ―が外へ出ていくことを拒絶している。

 

「ぼ、ぼくの話なんてしてほしくないのに……」

 

 一誠の少し横でダンボールに閉じこもっているギャスパーは涙混じりの声でそう呟く。一誠は悩ましげな声を出しながらダンボール箱を見つめては首を捻る。

 

「……能力的には朱乃に続いて二番目、吸血鬼のハーフで神器も吸血鬼としての力も有しているし、人間の扱える真珠にも秀でているわ。でも……精神面がちょっとね……」

「……」

「イッセー?」

 

 どうにかして自信というのを持たせてあげられないだろうか。ギャスパーは決して部員たちに嫌われている訳でも疎まれている訳ではない、むしろ歓迎されてもらっている。それなのに彼がここまで外の世界と接触を断とうとするその理由は……それ以外の理由?

 

 なんだか自分にとって他人とは思えない一誠は、リアスの言葉が聞こえない程に考え込んでいた。その様子に少し驚いた表情を浮かべたリアスは、一誠を見て何かを思いついたのかポンと手を鳴らす。

 

「そうだわ。イッセー、ギャスパーの事、頼めるかしら?」

「えぇ!?」

「勿論、貴方だけに任せるつもりは無いわ、アーシア、ゼノヴィア、一樹、小猫にも任せるつもりよ。私と朱乃は三竦みのトップ会談の会場を打ち合わせをしてくるから、今は無理だけど……。それと祐斗、お兄様が貴方の禁じ手についての詳しく知りたいらしいから、ついてきてちょうだい」

「分かりました、部長」

 

 リアスから任されたギャスパーの世話(?)

 その意図は全く分からないが、一誠自身もギャスパーの事を気に掛けていたのだ。

 

「……いえ、任せてください!よろしくなっ、ギャスパー!」

「ヒィィィィィィ!?」

 

 情けない声を上げるギャスパーの居るダンボールを平手で軽く叩いた一誠は、ニッと明るい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 アーシアもゼノヴィアも小猫も木場も朱乃もリアスも……全員が明るい感情を一誠とギャスパーに向ける中、ただ一人、一樹だけが無機質にその光景を見ていた。

 

 また、イッセーか。

 自分がいるのに、変わっていない。

 この空間のなかじゃ、自分はただの置物。

 何故。

 何故。

 

 お前は何処から来た。

 卑怯者。

 出来損ないの赤龍帝。 

 

「―――――――」

「……?一樹くん、今何か?」

「なんでもない」

「……何かあったら部長に相談するんだよ?」

 

 木場の言葉が耳に入らない。

 どうせ、どうせ、と自分に都合の良い訳をしてきた彼が向き合わなくてはいけない現実に押しつぶされかけていた。

 ドライグ、ゼノヴィア、ヴァーリに突き付けられた『現実』に一樹自身、少なからず納得してしまっているから。必死に否定しても、心のどこかではそれは只の良い訳だということも、言い逃れでしかないのは分かっているから……。

 

「――――なぁ」

 

 一誠への怨念は、諦めへと変わり、その諦めは―――。

 

 

―――うるさいなぁ―――

 

 

 最悪の方向へ向かいつつあった。

 





 次話もすぐさま更新致しました。


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揺るがぬ心 7



二話目の更新です。


 ギャスパー・ヴラディは兵藤一誠に対し、僅かばかりの警戒心を抱いていた。自身の知らない間に眷属が増えるのは分かる。でも、人間がいるとは思わなかったからだ。

 しかも眷属達からも信頼されているようにも見えるし、自分と話した時も邪な視線とか悪意とかはこれっぽっちも感じなかった。言うなれば、善の塊のような温かさを感じた。

 

 でもそれが怖い。

 ギャスパーの体に流れる血は暗闇を好む吸血鬼のもの。そんな彼からみれば一誠は明るすぎた。

 

 イッセーの過剰な善意は彼にとってはある意味で恐怖の対象であり―――彼が最も欲しているものであるから……。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ギャスパー、お前の事を聞かせてくれよ」

 

 ギャスパーを外に出してから、数時間が過ぎた。その間に色々とギャスパーと仲良くなろうと必死に話しかけて入るものの総じて空回りしてしまう。何度か時を止められ逃げられてしまったが、一誠は諦めが悪い男なので、めげずにそのまま話しかけ続ける。

 

「は、はぃ……」

 

 ようやく折れたギャスパーがようやく自分で自己紹介したころには、結構な時間が経ってしまった。ゼノヴィアと一誠はようやくコミュニケーションを取れるまで仲良くなったギャスパーに、取りあえず聞きたかった質問をぶつけてみる事にした。

 

「お前太陽とか大丈夫なのか?吸血鬼だから危ないんじゃ?」

「僕は吸血鬼と人間のハーフだから……大丈夫、です」

「成程、吸血鬼のハーフ、デイウォーカーだから日に晒されても大丈夫な訳だな。だが軟弱な姿勢がよろしくないな。よし、私に任せとけイッセー、一時間あれば十分だ」

「デュランダル取り出して何言ってんだ……」

 

 自信満々にデュランダルを取り出したゼノヴィアにチョップを入れながら、一誠は嘆息する。ゼノヴィアもゼノヴィアで悪気がある訳ではないのだが、いまいちそれが空回りしている節がある。

 

「む、痛いじゃないか」

「余計怖がらせることになっちゃうでしょ」

 

 不満そうに頭を抑えるゼノヴィアに注意していると、ギャスパーが不思議なものを見る様に自分を見ている事に気付く。

 

「……い、イッセーさんは人間なんですよね……?」

「え?そうだけど」

「で、でも悪魔のゼノヴィアさんを叩くなんて……」

「ギャスパー、イッセーは人間だが私達悪魔とは違う力を持っているんだ。それに彼は並の悪魔よりも強いぞ?」

「え、ええええ!?」

 

 驚愕、というか怯えた様に木の影へ隠れてしまったギャスパーを見て、しまったとばかりに口を押えたゼノヴィアだが、時既に遅し、ギャスパーと仲良くなるために掛けたこれまでの苦労が水泡に消えてしまった。

 

「まあ、何時か分かる事になるし……なあ、ギャスパー」

「は、はい?」

 

 また怯えられてしまった一誠は、ギャスパーが隠れる木の前に近づくとその場にあぐらをかくように地面に座り込み。隠れるギャスパーと視線を合わせる。

 

「俺は人間だ、でも何故か悪魔にはなれないっていう変な体質もっちまった……俺もよく分からないんだけど、俺には神器でもなんでもない不思議な力が宿っているんだ」

「不思議な、力?」

「部長も朱乃さんも、誰も知らない力なんだ」

 

 一誠の両の掌が光るとその手の中にオレンジ色の錠前と長方形型のバックルが出現する。それを見て神器とは違う代物だと理解したギャスパーは混乱する。ギャスパー自身、自らの持つ神器で苦しんだ。何で自分にこんな力が、こんな力いらなかったと思う時も少なからずあった。

 

 でも、この兵藤一誠、彼には自分の力に一切の恐怖を抱いていない。

 

「怖く、ないんですか?もしかしたら、危ない力かもしれないじゃないですか」

「……実はさ、俺の中にその力の意識?みたいな存在がいるんだ。そいつが言っていたんだけど……俺って何時か人間じゃなくなるらしい」

「え?」

「ッ!?どういうことだイッセー!?」

 

 その言葉はゼノヴィアですら知らなかったのか、彼女は声を荒げて一誠の肩を掴む。当の一誠は他人事のようにカラカラと笑ってはいるが、ギャスパーからしてみればかなり不気味に見えてしまう。

 悪魔への転生とは別の手段で人外になるのは、余程の外法でなければ難しい。しかもそれで生まれる存在は碌なものではない……それを一誠は受け入れている節さえもある。

 

「まあ、本当かどうか分からないんだけどな!でもな、俺は例えそうなったとしても部長と皆を守りたいと思ってる」

「……でも、も、もしかしたら、その力が本当に危なくて……そのせいで大切な何かを失うかもしれないんですよ……それなのに、どうしてそんな真っ直ぐでいられるんですか……」

 

 ギャスパーの問いに一誠は少し考え込む。

 

「俺はバカだから難しい事は分からない。でもさギャスパー、俺は背負うって決めたんだ……例えこの力がどんな意味を持つものでも仲間を、俺を受け入れてくれた全ての人達を守るために使う。その代償として人を止めるくらいにならよろこんで差し出してやるよ」

「………先輩は、僕みたいに悪魔で吸血鬼じゃないのに、すごいです」

 

 不思議な力を持っていても人間には変わらない。事実一誠にはギャスパーのように吸血鬼の能力は使えないし、魔力もない。だがギャスパーは人間としての特別な能力を持っていない一誠に、ある種の尊敬の念を抱いていた。

 

 しかし一誠は、種族の違いに関わらず姿勢で居る事に驚くギャスパーの言葉を否定するように、首を横に振り、笑みと共に言葉を返した。

 

「関係ない、というよりそんな難しい事俺は考えてないぞ?人間とか悪魔とか深く考えすぎるのがいけないんだよ、現にお前と俺がこうやって話している事に違和感があるか?」

「……ないです」

 

 『そうだろう!』嬉しげに何度も頷いた一誠に呆けてしまったギャスパーを見て、先程まで取り乱しかけていたゼノヴィアは毒気を抜かれた様に大きなため息を吐きだす。

 

「ないならさ、話そうぜ」

「でも、僕……人と話したりするのが苦手で……」

「お前が言葉に詰まった時は何時までも待つ!」

「もしかしたら先輩の事、僕の神器で止めてしまうかも……」

「俺は気にしない、というより止められた事に気付かないッ!!だから大丈夫だ!」

 

「イッセー、それは自信満々に言う事じゃないよ……」

 

 一誠の後ろにいるゼノヴィアが苦笑しているが、一方のギャスパーは一誠という人物に少しづつではあるものの心を許しかけていた。バカ丸出しの彼の姿勢から放たれる言葉は、。

 

「……そうだ!今から俺の変身見るかっ?」

 

 不意に立ち上がった一誠がそんな事を言ってきた。変身とはなんだろうか、まさか戦隊ヒーローのように変身アイテムで姿を変えるような感じなのか?疑問に思いながら考えを巡らしたギャスパーは、ややどもりながらも取り敢えずの疑問の言葉を吐きだした。

 

「へっ、変身?」

「そうだ、凄いぞ変身ヒーローみたいに変わるんだぜ!」

「そ、そうなんですか!?」

 

 若干眼を輝かせて見つめたギャスパーに気分を良くしたのか、出せるだけのロックシードを手から出現させボトボトと地面に落とす。

 オレンジ、パイン、イチゴ、バナナ、レモン、チェリー、ピーチ。スイカが入っていないのは、何故かスイカに並々ならぬ嫌な予感を感じたからである。

 取りあえずはこれらで変身を試みるためにバックルを腰に取りつける。

 

「変身!」

『オレンジ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジンバーレモン……ハハ―――ッ!』

 

 一誠の足元に置かれているロックシードの変身を見終えたその時、既に日が沈みかけ夕暮れ時になっていた。それでも未だにテンションが衰えていない一誠は得意げに変身した時の話をギャスパーに語り掛けている。ギャスパーの方も目をキラキラとさせて一誠の武勇伝を訊いているが、ゼノヴィアからすれば、もういい加減にしろお前ら状態であった。

 

「仲良くなれたようですねっ」

「……意外です」

「む、小猫にアーシアか」

 

 ギャスパーと一誠の事を心配してか部室の方に居た小猫とアーシアが見に来ていた。彼女らの目の前では鎧武への変身を遂げた一誠が、その手の弓を構え格好つけながらそれをギャスパーに披露している光景があった。

 

 子供のように楽しんでいる一誠とギャスパー。

 その光景に、小猫は密かに安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

「おい!学校の敷地内でのコスプレは校則違反だぞ!!」

 

 

 

 和やかとも思える雰囲気の中、突然第三者の声が響く。一誠に注意するように大きな声を上げた少年、匙元士郎は鎧武姿の一誠に近寄ると、ビシィという擬音が着きそうな勢いで一誠の鎧を指差す。

 

「全く、休日だからって此処は学校なんだぞ!どっから来たんだ?不審者か?いやアーシアさんとかいるからオカルト部の活動かなんかか?どちらにしても校則違反だから、やめてくれないか」

「わ、悪い、ちょっとテンション上がっちゃってさ」

「……その声、お前兵藤か?何でそんな恰好しているんだ」

 

 照れるように頭を搔く一誠に毒気を抜かれたのか、怒りを鎮めた匙。一誠も流石に色々自覚したのかロックシードを外し、変身を解く。

 空気に霧散するように一誠の体を覆っていた鎧とスーツが消えていくのを見た匙が目を丸くしながら興味深げに一誠を見る。

 

「それコスプレじゃなかったのか」

「ああ、これは言うなれば……変身アイテム?」

「………それがお前が持っているッつー不思議な力って訳か?」

「そう、これで変身して凄い力が手に入るって訳だ」

「へぇ、カッコいいじゃん」

「だろ?」

 

 匙の言葉を皮切りに会話に花が咲き始める。女性比率が多い部の中でこういう話をすることができなかった一誠としては、匙のような男ならではの話ができるのは、何気に嬉しい事だった。

 

 これで会うのは二回目だが、何故かウマが合った一誠と匙。彼はどうやら、会長から指示された花壇の手入れを行うために此処に来たらしいが、その際にコスプレをしている不審者、つまり一誠を見つけたとのこと。

 

「お、この子が引き籠っていた『僧侶』か?金髪少女じゃないか!」

「残念、こいつは女装しているだけだ」

「ま、マジか、そ、そりゃあないぜ……女装って見せびらかすものじゃないか……それで引きこもりなんて矛盾してるぞ、難易度高いなぁ」

 

 見るからに落ち込んだ匙に苦笑していると、新たな人影が校舎の影から出てくるのが見えた。木場かリアスかな?と思いながら視線を凝らすと……あまりにも予想だにしない人物が出てきた。

 

「よっ、魔王眷属の悪魔さんと人間くん」

 

 浴衣を着た悪そうな雰囲気の男性。

 一誠には見覚えがあった。朝のジョギングの時に河原で会った―――

 

「アザゼル!?」

「よー、イッセーくん」

 

 やけにフレンドリーに一誠に挨拶するアザゼル。アザゼルと聞いた面々はそれどころではなく、一誠はアーシアとギャスパーを背後に映しバックルに手を添え、匙と小猫は戸惑いながらも臨戦態勢に移り、ゼノヴィアはデュランダルを構えた。

 

「ひょ、兵藤、アザゼルって……」

「本物だ。理由は分からねぇが……俺は興味持たれているらしい」

 

「やる気はねぇよ。ほら、構えを解きな下級悪魔くんたち、ここに居る連中じゃ俺には勝てないぜ?まあ……そこの兵藤一誠がおかしな覚醒とかすれば別だが……まあ、それはねえだろ。今日ここにいるのはただの散歩だ。聖魔剣使いと其処にいるイッセーを見に来ただけだ」

 

 アザゼルの言葉を訊いても誰も構えを解くものは居なかった。

 ただ一誠だけは困惑したような表情でアザゼルを見ていた。

 

「木場も狙っているのか?」

「『も』ってなんだよ『も』って。ただ興味があるだけだ。というより聖魔剣使いはいねぇのかよ……まあ、さっきは面白いもんを見させてもらったから良しとするか」

 

 ニヤリとニヒルに笑みを浮かべ一誠に視線を合わせるアザゼル。恐らく彼は随分と前から何処かしらで自分の変身を覗き込んでいた。その考えに至り冷や汗をながす。いくらギャスパーに変身を見せたかったとはいえ迂闊すぎたか。

 

「面白いもんを盗み見しちまった礼位はしてやるか……俺は自分で言っちゃあなんだが、神器には目が無くてな……其処で隠れてるヴァンパイア」

「はひぃ!?」

 

 一誠の背に隠れているギャスパー指さす。びくりと怯える様に一誠の制服を掴んだギャスパーにアザゼルはあっけらかんとした笑みを浮かべ、『停止世界の邪眼』に関しての知識と考察を述べた……続いて匙の神器にも―――匙の神器は『黒い龍脈』と言うらしいが……アザゼルの言葉に反応している匙の言葉からして、彼自身でさえ知らない神器の使い方を知っているらしい。

 

 ……神器に関しての知識は恐らくリアスや朱乃よりも上……いや、もしかしたら並の神器についての理解がある者よりも詳しいかもしれない。

 そう感じた一誠は、危険を承知でアザゼルに質問を投げかけた。

 

「アンタは……俺の力が何か分かったのか……」

「神器じゃねぇことは確かだな。しかも、外見からじゃただのコスプレにしか見えないが、感じる力も異質。こりゃあ、別の神話の力かもしれねぇな」

 

 アザゼルにこれ以上の事を訊いたらマズいかもしれない。しかし、不用意にもその危険性をあまり理解していなかった一誠は、目の前の堕天使が現状自分に危害を与える存在ではないと認識し―――。

 

「じゃあ、ヘルヘイムって知ってるか?」

 

 リアスにも秘密にしていたその言葉を口にしてしまった……。

 

「はぁ?ヘルが収める死の国の名だろ?」

「死の国?」

「ユグドラシルの地下にあると言われている死者の国、一説ではニブルヘイムと同一の存在であると言われているが……まあ、そこら辺はどうでもいいか……問題は、何故お前がそれを問いかけたっつーことだ」

「……」

 

 アザゼルの言葉に一誠は閉口する。実際は一誠は自分の力について何も分かっていないので、ヘルヘイムやらなんやらのぶったぎった説明をされてもあまり理解できないのだ。

 

「フッ、成程これ以上はだんまりってか……いいぜ、俺は俺で勝手に調べさせてもらう。じゃあな……そういえば……うちの白龍皇がお邪魔して悪かったな。お前の弟に苛立っていただろ?悪い、ありゃ俺のせいだわ」

「……は?それどういう―――」

 

 しかし閉口した一誠を見たアザゼルはそう思っておらず、僅かに好戦的な微笑を零し踵を返し学園の校門のある方向へ歩いていく。

 その際に、聞き逃せない事を訊いたので問い詰めようと追いかけようとするも、背後で怯える様に一誠の制服を掴んでいるアーシアとギャスパーに止められ何も言えなくなる。

 

「………お前、凄い奴に目をつけられてんな……」

「全然嬉しくねぇよ……」

 

 神器を消しながら気の毒な表情でこちらを見る匙に、げんなりしつつ一誠は未だに怯えているギャスパーを安心させるように撫でつけるのだった……。

 

 






次話もすぐさま更新致します。


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揺るがぬ心 8



三話目の更新です。


 アザゼルが一誠に接触してから二日後の休日、兵藤一樹はある場所に向かっていた。朱乃に呼び出されたからだ。理由は恐らくアスカロンに関してだろうが、自分に渡す理由は思い浮かばない。

 アスカロンはわざわざ悪魔用に調整しなくても扱える一誠に渡すべきだ。そうじゃなくても剣の扱いに長ける木場もいる……なのにわざわざ自分に渡そうとするのだろうか。

 

 現在、呑気にギャスパーの神器の訓練なんていう無意味に等しい事をしているアイツに渡してやればきっと子供のようにはしゃぎまわるんじゃないのか?

 

 ……後から来るリアスに問い詰めようとは思うも、釈然としない気持ちのまま神社に続く石段を昇り、大きな鳥居を見つける。

 

「……」

 

 特別な術式が施されているからか、聖なる力の宿る神社にいようも嫌な感じがしない。無表情のまま鳥居から神社の方に顔を戻し歩いていくと、巫女服を纏った朱乃の姿が見える。

 

「いらっしゃいカズキくん」

「こんにちは、朱乃さん」

 

 ――――にこやかな笑顔を向けて来る朱乃に何処か冷めた気持ちになりながら一樹は、神社の敷地へと脚を踏み入れた。

 

「ごめんなさい、急に呼んでしまって」

「いいえ、僕も暇でしたから。それで……何のようでしょうか?」

 

 自分でも白々しいとは思うが、一応用件位は聞いておくべきだ。

 あくまで自分はなにも知らない下級悪魔なのだから……。

 

「今日は貴方に会わせたいお方がいて、それで呼ばしてもらいました」

「会わせたい人?」

 

 取り敢えずの疑問を投げかけると、頭上から明るい光が降ってきている事に気付く。見上げると、12枚の黄金色翼から羽を舞わせながら神社の前の降り立つ金髪の青年が現れる。

 

「彼が赤龍帝ですか?はじめまして赤龍帝、兵藤一樹君」

「あ……え……」

 

 あまりの神々しさに呂律が回らない一樹に苦笑した男は、苦笑しつつも自らの胸に手を添えながら一礼する。

 

「私はミカエル。天使の長をしています」

 

 

 

 

 

 

 

 行われることは原作の一誠と変わらず、『龍殺し』の聖剣アスカロンを一樹の神器に組み込むというものだった。天使からの友好の証として一樹に与えられたアスカロン、勿論悪魔側からも木場の聖魔剣が渡されているが……それに関係なしに一樹は、惨めに思いになってしまった。

 

 望んだはずの力なのに、まるでイッセーのおこぼれに預かったみたいで屈辱的だった。そうでなけれななんの成果も出していない自分に聖剣なんてくれるはずがないのだ。

 

 一樹が僅かに顔を鎮めているのを見抜いたミカエルは、微笑を浮かべアスカロンの収納を終えた彼に語り掛ける。

 

「貴方はまだ自らの指し示す道が見えていないだけ……己の過ちに気付いたその時……貴方はようやく自分という存在と向き合う事ができるでしょう」

「………え?」

「会談の席にまた会いましょう。人は迷ってこそ人です。それは転生悪魔とて変わりはありません」

 

 そう言うとミカエルは、呆然とする一樹に背を向け翼を開き、黄金色の光に包みまれ一瞬でその場から消えてしまった。訳が分からないまま、暫し神器を展開したまま呆けていた一樹だが、ミカエルから言われた言葉を今一度思い出しながら釈然としない思いを抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミカエルが帰った後、一樹は朱乃が生活しているという境内の家にお邪魔していた。直ぐに帰ろうとは思ってはいたが、お茶を出されては直ぐに帰ってはいけないと失礼だと判断し、留まってはいたが……。

 

「……」

「……」

 

 不自然な程に会話が無かった。

 何処か気まずそうにお茶を飲んでいる朱乃を横目で見て一樹は若干の恐怖を抱いていた。

 

 ―――朱乃もゼノヴィアのように自分を責めて来るのではないのか……。

 

 ゼノヴィアは一誠と自分の過去の事を他人には話さないと入っていたが信じれるはずがない。もしかしたら、次の瞬間には温厚な朱乃から、一樹を責める言葉の数々が飛び出すかもしれない。

 

「……貴方は……イッセーくんの事は嫌いでしょうか?」

「っ」

 

 飛び出したのは責める言葉ではなく、一誠に対しての質問。

 それに幾分か安堵しながら、自分の印象を悪くしない程度の答えを考え言葉にする。

 

「嫌いという訳ではありません、でも……好きでもありません」

「嘘、でしょう?」

 

 やけに歯切りの悪い返しに、怪訝に思いながらも一樹は場を紛らわすような笑みを浮かべる。

 

「嘘じゃありませんよ」

「イッセー君の事がこれ以上ない程に嫌いなのでは?」

 

 一方の朱乃は―――一樹が嘘をついていることをちゃんと理解していた。

 朱乃の母は、堕天使幹部である自身の父のせいで殺された。言い換えれば堕天使の子であり、堕天使の血を持っているから母が殺され、自分も殺されそうになった。

 だからこそ、父であるバラキエルをこれ以上ない程に憎んでいる。

 

 だからこそ、一樹の嘘を見破る事は出来た。今の今まで触れる事はできなかったが、一樹が一誠に対して抱いているその思いは、朱乃や小猫とも似ている。

 

 肉親を恨むその気持ち。

 しかし、何故か小猫や自分が抱く『恨み』とは毛色が違う様にも見える。

 

 それが分からない。

 

「………ええ、そうですよ。嫌いです。」

「そう、ですか」

 

 理由を訊いても本当の答えは返ってこないというのは分かっている。朱乃は消沈したように口を閉ざし湯呑を見つめる。

 

「この世の誰よりも嫌いです。生まれる前から嫌いです。どうしてアイツが強くて僕はこうなんだ、と。僕は間違ったことはしていない筈なのに、条件は僕の方が簡単な筈なのに、なのに……僕はあいつとは決定的に違ってしまっている……」

「……」

「アスカロンは僕なんかより、兄さんや木場が持てば良かったんですよ。こんな役立たずの僕が持つよりもずっと有効に扱える。そうでしょう?悪魔の僕よりも、人間の兄さんの方が優秀ですもんね」

 

 矢継ぎ早に放たれる一誠への怨嗟にも似た一樹の言葉に、朱乃は慄きながらも顔を上げた。

 

「それは、イッセー君が貴方に何かしたの?」

「……は?」

「イッセー君は貴方を大事に思っています。一樹君は……どうしてそこまでイッセー君を憎むの?家族ではないんですか?」

 

 朱乃は言葉を吐きだしながら、自己嫌悪に陥る。肉親を恨んでいる自分にはこんなこと言う資格はないはずなのに、なんて醜い女なのだろうか。

 

「貴方こそ、人の事言える立場じゃないだろ……ッ」

「……ッ!?」

 

 自己嫌悪していた事をその場で立ち上がった一樹がそのまま言葉にされ息が詰まる。若干取り乱すように湯呑を地面に落ちた朱乃は一樹の方を見ると、既に彼はこの場からいなくなってしまっていた。

 

 

「……醜い女ね、私……」

 

 

 忌み子と呼ばれ殺されそうになった時の光景は今でも容易に思い出せる。地面に落ちた湯呑の欠片を掌に乗せながらも、自分の無力感に襲われていた最中、神社の方から見知った気配が近づいてくるのを感じる。

 

「あら、一樹は………何があったの朱乃?」

「ごめんなさいリアス」

 

 自分を悪魔に変えた主であり、親友、リアス・グレモリーがゆっくりとした足取りでやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成程ね」

「私の責任だわ……」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべる朱乃を見て、彼女に淹れられたお茶を口に含みながらリアスは「やはりこうなったか……」とある意味予想通りの結果に内心苦笑していた。

 

「違うわよ。一樹がどうやって朱乃の事を知っていたかは分からないけど……貴方は間違ったことは言ってはいない」

「でも、私は一樹くんを傷つけてしまいました……」

「彼は私でもお手上げな子なの。それなのに下僕である貴方に簡単に問題が解決させられたら、私の立つ瀬がないじゃない」

 

 兵藤家にお邪魔しても一向に問題は改善されなかった。一樹が一誠に向ける私怨は不気味とさえ思える程のものであり、その怨恨はそう簡単に払拭できるものじゃ無かった。

 

「彼はイッセーすら知らない何かを抱え込んでいる……そしてそれは人に話せなくて、話しても決して理解されないもの……イッセーにとっては理不尽意外の何物でもないでしょう。でも、一樹は私の掛け替えのない下僕なの」

 

 何時しか、彼は支離滅裂な言動でイッセーについての話をしていた。

 まるで己がやってること以上の事をイッセーがしていた事と決定づけて、それを成し遂げようとしていた。彼には何が見えているのか、また彼は何を考えて行動しているのか。

 

 でも、このままこの状況が続くとしたら確実に一樹は自分の元から離れていく。

 

「朱乃、私は欲深い悪魔なの。だから絶対に私の下僕がいなくなるようなことがあってはならないの。だから貴方も協力して頂戴。一樹を……イッセーを助けるのよ」

「………全く、貴方は相変わらず滅茶苦茶だわ……」

 

 何時もの砕けた口調で沈んだ表情からにこやかな笑みを浮かべた朱乃の顔を見て、リアスは安心するように空を見た。

 

 ――――これから先、三大勢力の間、周りは確実に荒れる。

 その中で自分とグレモリー眷属は少なからず、それに巻き込まれる。

 

 

「一樹、間違えないで……私は形だけでアスカロンを授けた訳じゃないわ……」

 

 

 一樹は弱い、それは先程、朱乃から聞いていた通りにイッセーや祐斗に授けた方が戦力強化にはうってつけかもしれない。でも、だから一樹にアスカロンを授けた。

 白龍皇が現れ、一樹を「出来損ないの赤龍帝」と言われ、力不足を痛感しているであろう彼にそれを補えるであろう力を渡そうと思ったからだ。

 

 

 

 

「貴方は弱い、でもそれを理由に私は貴方を見捨てたりはしない……」

 

 

 

 朱乃にも聞こえない位に呟かれた彼女の声は、風に吹き消されるように空気へ溶けてしまった……。

 

 

 





アスカロンは一樹の手に渡りました。
まあ、今の一樹では色々厳しいから、という理由もありますが……他にも理由があります。それが分かるのは結構先ですが……。


次回の更新で会談に入ると共に、できれば新フォームに入れたらいいなぁ、と考えています。


今回の更新はこれで終わりです。


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揺るがぬ心 9


感想返信しようと思いましたが、思いのほか時間が取れなくて……全部は返せませんでした。

感想を返信できず、申し訳ないです。
取り敢えず、質問だけ返しておきたいと思います。


今回は4話ほど更新したいと思います。


 堕天使、悪魔、天使が駒王学園にて会談を行うその日。

 会談の参加を義務付けられたリアス、グレモリー眷属達は会談が行われる校舎の会議室へ行ってしまった。しかし、眷属の中でギャスパーだけは旧校舎に待機が命じられていた。

 

 人見知りの気があり、神器の扱いが不慣れなギャスパ―では会談で粗相をするかもしれないというリアスの判断からきたものなのだが、他ならぬギャスパーも残る事を快諾していたからのことである。

 

 しかし、待機を命じられた者がもう一人居た。

 

「今頃、部長達。会談の真っ最中なんだろうなぁ」

 

 携帯ゲームをして不安を紛らわせているギャスパーの隣で座っているツンツン頭の少年、兵藤一誠である。彼らの周りには人の気はなく静けさの中、ぼんやりと窓から見える校舎をジッと見つめていた一誠はふと、何気なしに呟く。

 

「そういえば、イリナも来たんだよな……」

 

 昨日、学校から帰って来た一誠に彼の母が「イリナちゃんから電話があったわよー」というある意味で衝撃的な事を伝えてきた。伝えられた電話番号を携帯で掛けると、やや気まずそうな声音のイリナが電話に出る。

 

 ―――どうやら、彼女自身あんな別れからこんなに早く会うことになるとは思っていなかったので、色々気まずいらしいのだ。

 一誠としては、気まずいにしても喜ばしい事には変わりないので、会話に花を咲かせていると―――イリナがミカエルの付き添いで駒王学園のある街に来ているという事を聞かされた。成程と思う反面、彼女もミカエルの付き添いと言う重要な立場に置かれた大変だろう、と感心していたのだが……。

 

「イッセー先輩、どうしましたか?」

「………ん?何でもないぜ」

 

 無言で校舎を見つめていた一誠を心配気に見上げたギャスパーに、安心させる様に笑いながら再び校舎へと視線を向ける。

 

「どんなこと話してんのかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧校舎に居る一誠が会談の内容に注目している一方で、三勢力による会談は順調に進んでいた。

 

 三勢力のトップによる話し合い、コカビエルが起こした事件の顛末―――そして、アザゼルからの和平を結ばないかという提案。和平に関してはミカエルもサーゼクスも反対どころか賛成の意を示し、長らく続いていた三竦みにようやく友和への道が開けた。

 

「―――と、こんな所だろうか」

 

 今後の戦力、陣営への対応についての話が一段落ついた頃、サーゼクスのがその一言を吐いたことを皮切りにその場にいた全員が緊張を解くように大きく息を吐いた。

 

「いや、まだだ」

 

 だが、アザゼルだけは肩の力を抜かずにジッとサーゼクスとミカエルに視線を向ける。何だと言わんばかりにその場の全員が訝しげな眼でアザゼルを見ると、その視線に非難を感じたのかおちゃらけるように手をサッと上に挙げ、不敵な笑みを浮かべつつアザゼルは口を開く。

 

「兵藤一誠についてだ」

「……彼、か」

 

「!」

 

 リアスは心臓の一瞬鼓動が跳ね上がるのを感じた。話題に上がらないよう一誠を旧校舎へ待機させたはずなのにまさか会談が一段落したときに出て来るとは露にも思わなかったのだ。

 

 天使側にいるイリナも眷属達も、ソーナも皆一様に驚いた表情を浮かべる。

 

「分かってるとは思うが……和平を結ぶに当たって、兵藤一誠は他勢力に渡さねぇように配慮するべきだ」

 

 突然の申し出にサーゼクスとミカエルは疑問符を浮かべるが、当のアザゼルは真剣な表情だ。人を小馬鹿にしたような男である彼を知っている身とすれば意外な光景だが、逆に考えればそれほど重要な要求だという事と考えられる。

 

「それは勿論ですが、何故?彼の事は聞いています。先程、リアス・グレモリーが説明してくださった通りにコカビエルを打倒した人間だと……」

「コカビエルはどうしようもねえ奴だが、簡単にやられるような奴じゃねぇんだよ。言っちゃあ悪いが、一人の人間と、悪魔として若いリアス・グレモリー率いる眷属達じゃあ、万に一つも勝ち目はない」

「……彼の力について何か知っているのかい?」

 

 理由を聞きたいサーゼクスが問いかけると、アザゼルは面倒くさそうに頭を搔く。

 

「……初めてだぜ。神器であれなんであれ、ルーツってもんがあるのによ、イッセーのそれにはなにもありゃしなかった。……しかもアイツ、自分の中になんらかの意思がいる、とか言っているから何かしらの意思が封じ込められた神器と何か関係あるのか?と考えて調べてもなんも出やしない。……サーゼクス、お前はちゃんと分かっているようだが一応言っておく、イッセーはただの人間じゃねぇ。いや、人間すらも超越した何かになる可能性にだってなり得る。悪く言うなら危険な存在だ」

「アザゼル、君は……」

「うちの白龍皇様が嬉々としてイッセーの事を語ってんだぜ?んでもってコカビエルを一時とはいえほぼ封殺ってのがこれまた興味深い。聞いたところによれば眷属にできねぇって話じゃねぇか。アジュカ・べルゼブブの転生悪魔のシステムを拒否する兵藤一誠の特性、堕天使側の俺から見てもかなり異常だぜ?」

 

 サーゼクスの親友、アジュカ・べルゼブブが作ったとされる悪魔転生システム『悪魔の駒』。大抵の種族は転生悪魔に変えられることができるが……何故か兵藤一誠は転生することができない。普通ならあり得ない事だ。駒の数が足りない……という考えもあるが、それでも転生する生物の力量を測る為、反応はするのだ。

 だが駒は一誠に反応すらしなかった。つまり駒の効果を受け付けない体、もしくは特性を持っていると見ても良い。

 

「……イッセー君が『神』に類似する種族、だと?」

「その眷属、または俺達が知らない新しい存在になりつつある……ま、今の段階で一番有力なのは、兵藤一誠が既に別の種族にへと転生しているっつーものだが……その可能性も考え得る中で高いだけだ」

「………ふむ」

 

 やけに頷きながら興味津々とばかりに語っているアザゼルに、サーゼクスは苦笑いしながらもアザゼルの提案を吞むつもりでいた。

 兵藤一誠、妹であるリアスが保護している人間。

 ただ一人でライザー・フェニックスを倒し、コカビエルを打倒した実力者。力を持ってしまった人間は危険な思考に陥る、サーゼクスは先日兵藤家に止まる際、若干だがその事に不安を抱いていた。しかし、一誠は驚くほど邪気がない人間だった……。悪意の無い真っ直ぐな少年――――良い少年だ、と思う反面、危ういとも思えた。

 

「俺が二度目にイッセーに会った時、アイツは俺に面白い事を聞いた。『ヘルヘイムって何だ』だと。これだけじゃあ判断材料は足りねぇが。北欧が絡むと厄介な事になりかねない、全く北欧が関わっている可能性があちゃあ、……この和平を機に動き出す奴らも合わせて面倒臭いことになりそうだぜ」

 

 ヘルヘイム、その言葉を聞き僅かに表情を鎮めた一部の面々だが、リアスは別の意味で衝撃を受けた。一誠がリアスにではなくアザゼルに自分の力について聞いたことにだ。確かに、アザゼルは神器に詳しいとは聞いたことはあるが―――だとしても、一誠に頼りにされなかったことは少しショックだった。

 反面、【北欧】という言葉が出て来て驚く面々は、まさか一誠が北欧神話と関わりのある力を持っているのか?と様々な推測を立てその力を見極めようとしていた。

 ざわざわと騒がしくなる会議室の中でサーゼクスは冷静に言葉を放つ。

 

「………分かった、イッセーくんには何者かの干渉が及ばないように警戒するとしよう。……しかし、アザゼル、和平を機に動き出す者とは一体?」

「あっ…………段階を見て話そうと思っていたんだが……まあいいか、そ――――」

 

 しまった、と言わんばかりの表情でため息を吐くも、自身の言葉はこの場にいる全員の耳に入ってしまっているので出し惜しみはできないと理解した彼は観念したように肩を落とし言葉を紡ごうとしたその瞬間―――。

 

 

 

 時が止まった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 掛かり慣れた感覚、そうこれは、ギャスパーの時間停止を喰らった時の感覚。

 

 体が止まったのは一瞬だけで、直ぐさま動けるようになったリアスが周りを見ると、各国のトップ、それに白龍皇、グレイフィア、ゼノヴィアに木場、一樹だけが時間停止を免れていた。

 

 ギャスパーは用心の為に旧校舎に居て貰ったはずだ。それがどうして―――

 

「っ!」

 

 最悪の可能性に思い至ってしまったリアスは、すぐさま会議室の窓に張り付き外の様子を見る。暗い雰囲気を放つ旧校舎と駒王学園の敷地内で魔法のようなものを発動させようとしている謎の集団が見える。

 

「アザゼル!これは―――」

「攻撃を受けているのさ」

 

 やけに落ち着いているアザゼルは、若干の興奮状態にあるリアスを諌める様に順々に説明をし始める。

 簡単にまとめると、今三大勢力の会談はテロ集団に襲われているらしく、周りの面々が時間停止にかかったように止まっているのは、旧校舎にいるであろうギャスパーが何者かにより強制的に禁手状態にされ、その影響で止まってしまったということだ。

 

「ギャスパーが旧校舎でテロリストの武器にされている……ッ?それに、イッセーも……ッ」

 

 ゆらゆらと紅い魔力が漏れ出ているリアス。

 一誠なら、そう簡単にやられはしないだろうが、もしものことを考えると心配だ。彼だってベルトの力がなければ常人よりも凄まじい身体能力を持つ人間。魔法使いの攻撃をまともに受ければひとたまりもない。

 

「ククク……」

 

 リアスが静かに怒りを燃やしている一方で、旧校舎の方をジッと見つめていたヴァーリが静かに笑みを漏らす。その瞳に何処とない無邪気さを感じたアザゼルは、やや呆れ気味にヴァーリを見、声を掛ける。

 

「おいおい、どうしたよヴァーリ」

「いや、な。やっぱり兵藤一誠は面白いなぁって」

「はぁ?……は?」

 

 旧校舎の窓から見える僅かな中の様子を見てアザゼルは呆ける様に口を開ける。アザゼルの様子を見てか停止を免れた面々が一様にして旧校舎を見やった瞬間―――。

 

 

 

 

『うひゃあああああああああああああああああああああああ!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

 

 

 まるで映画のように、鎧武へと変身を果たした一誠がギャスパーを抱えたままバイクで壁をぶっ壊して二階から飛び出してきた。

 

 ギャスパ―は叫び声を、バイクを運転している一誠は巧みにバイクを乗りながら攻撃を仕掛けて来る魔法使い共を刀から放出したエネルギーで薙ぎ払っている。

 

 その光景の何がおかしいのか、肩を震わせながら見ていたヴァーリは居てもたってもいられなくなったのか、白銀の鎧を纏い会議室の窓を開く。

 

「外の奴らを片づけて来る」

「ああ……行って来い」

 

 一瞬だけ無言で佇んでいる一樹の方に視線を向けるも、興味を失ったように直ぐに外を向き光翼を広げ飛び上がる。

 外へ飛び出したヴァーリの姿が一瞬の内に掻き消えると外から攻撃を加えていた魔法使いたちが消えていく。その光景を一瞥したアザゼルは、ヴァーリに視線を向けられビビっている一樹を見て大きなため息を吐き、懐から腕輪のようなものを取り出し一樹に放り投げる。

 

「ほらよ」

「え?」

「そいつは神器の力をある程度抑えるもんだ。そいつを嵌めれば短時間だが対価を支払わなくても『禁手』になれる。……お前の力じゃ外の奴らは倒せても中級以上のの魔法使いには敵わねぇだろ。持っておけ」

 

 戸惑いながら受け取った腕輪を見ながら一樹は目を丸くする。渡されるとは思わなかったからだ。そもそもギャスパーの傍に小猫ではなく一誠が居るという時点で、原作の流れとは違うということを悟っていた。

 

 だから自分はこのまま戦わなくちゃいけないのかと思っていた。アスカロンもあるから大丈夫だと思っていた彼だが、先程アザゼルから渡された腕輪を見て、僅かに唇が震わせる。

 

「………ま、折角の禁手の機会を活かすか殺すかはお前次第だけどな」

 

 その反応に気付いているのか、分かっていたとばかりに頭を搔いたアザゼルはカズキからサーゼクスの方を向きひらひらと手を振る。

 

「全く、お前の妹は厄介な奴等を抱え込んじまったなぁ……」

「君の方が厄介さ、今の所はね」

「はぁ……」

 

 にっこりと笑い何気に毒を吐いてくるサーゼクスにやれやれとばかりにため息を吐き出すのであった。

 





ギャスパ―には小猫ではなく、イッセーが着くことになりました。


すぐさま次話も更新致します。


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揺るがぬ心 10



二話目の更新です。


「?……何だ……」

 

 切っ掛けは僅かに感じ取れた違和感だった。

 ギャスパーと共に旧校舎へ残っていた一誠は、空気が僅かに張りつめたことに気付き何気なしに立ち上がる。怪訝そうに首を傾げたギャスパーの視線を受けながら一誠は視線を鋭いものにしバックルを出現させた。

 

「イッセー先輩?」

「……」

 

 気のせいかもしれない。

 もしかしたらリアス達の誰かが心配して戻ってきたのかもしれない。

 

 だが、肌のざわつくような感覚が一誠にそうは思わせない。何かが違う―――一心に廊下へ続く扉を睨み付けていると、突然の爆発が起こり砂塵が一誠とギャスパーを包み込んだ。

 

「ひぇ!?」

「ギャスパー!」

 

 ギャスパーを小脇に抱え壁際へ下がる。突然の襲撃に悲鳴を上げるギャスパーに気をつかいながら破壊された扉を見やると、そこには黒いローブを纏った数人の女性が薄ら笑いを浮かべながら一誠を見据えていた。

 

「お前等誰だ!!」

 

 少なくとも味方には見えない。敵であることは攻撃してきたことから間違いないだろうが解せない。何故、自分達を狙う?敢えて守りの薄い此処を狙ってきたのか?

 

 そうこうしている内に、黒いローズの集団が、その手に悪魔が使うような魔力弾を生成しこちらへ打ち出してくる。変身……したいが、ギャスパーが居る今下手な隙は危険すぎる。

 

「なんなんだ一体!!」

 

 ギャスパーを抱えながら、そのまま壁際を走り魔力弾の雨を潜り抜ける。一誠の身体能力ならば常人以上の動きが可能、このまま魔力弾を掻い潜る事が可能だが―――

 

「――――ぐ!?何だ!?」

 

 些か相手を知らなすぎた。

 破れた扉から飛び出そうとした一誠の脚に魔方陣のようなものが現れ彼の動きを阻害している。ハッとした目で目の前の黒ローブの女を見ると、見下すような薄ら笑いを浮かべ一誠目掛け魔力弾を放とうとしていた。

 

「く……っ」

「い、イッセー先輩っ。だ、大丈―――」

 

 苦悶の表情を漏らした一誠にギャスパーが目を潤わせながら声を掛けようとするが、突然の浮遊感が彼を襲い部室の床に投げつけられる。

 

 魔力弾が直撃する前に一誠がギャスパーを咄嗟に横に放り投げたのだ。「あ……」と呆けたような声が出たのも束の間、次の瞬間一誠は黒ローブの放った魔力弾の直撃を受け、壁に罅が入るほどの勢いで壁に叩き付けられてしまった。

 

「あ、ああああ……」

 

 血反吐を吐き、地面に叩き付けられるように落下した一誠を呆然と見て激しい喪失感と無力感に襲われるギャスパー。

 悲観に暮れる彼に一誠を吹き飛ばした張本人である黒ローブの女は、ギャスパーの腕を無理やり掴み一誠とは反対側の壁に押しやり魔方陣のようなものでギャスパーを磔にし、何かを発動させた。

 

「フフ……こんな簡単に事が運ぶとは思っていなかった……」

「お前が……イッセー先輩……をぉ……」

「ただの人間が魔を高めた私達に勝てる通りはない」

 

 四肢を拘束され磔にされたギャスパーは涙を浮かべながらも必死に目の前の黒ローブを睨み付ける。

 

「やめてくだ、さい!何をするつもりですか!!」

「貴方の神器を利用させて貰うのよ」

「っ!」

 

 怖気が立った。

 今まで散々仲間達に迷惑をかけてきた自らの神器が、今度は取り返しのつかない事に利用されることに。その事実に恐怖し、必死に四肢を動かし抵抗の意思を見せても拘束は微塵も揺るがない。

 

「無駄よ。貴方程度の力で破れるものではないわ――――さあ、やりなさい」

 

 周りの黒ローブたちが不意に手を掲げるとギャスパーの体を拘束する魔方陣が光を放った。光が放たれると同時に彼の体の何かが強制的に開かれるような錯覚に陥る―――否、これは無理やり神器が発動されようとしている。

 そして最悪な事に自分が意図していない筈なのにこれまでにない程に目の力が高まっているのをギャスパー自身が理解できた。

 

「い、いやだ…………いやだあああああああああああああああああああ!!!」

 

 自身が忌み嫌う目の力が発動されてしまった――――。

 

 停止の力が仲間に襲い掛かる。

 自分を利用した奴らにではなく、自分を大切にしてくれる仲間達に―――そして自分と向き合って一緒に頑張ってくれた尊敬する先輩にも。

 

 神器の解放と共に一瞬だけ世界が灰色になる。

 止め留めなく涙が流れる瞳には未だに倒れ伏したイッセーの姿が映りこむ。

 

 だが、おかしい。

 この灰色の世界の中でイッセー先輩だけが色が―――――。

 

 

 

「ッ……ギャスパァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

「「「「!!?」」」」

「イッセー、先輩……」

 

 強制的に発動された神器の効果が過ぎ去ったその瞬間、ギャスパーの眼前、黒ローブの女達の背後で血反吐を吐きながら立ち上がった一誠が、バックルとロックシードをその手に力の限り握りしめていた。

 

 攻撃を放った黒ローブの女は驚愕の表情を浮かべている。

 

「そんな……中級悪魔を屠れるくらいの威力を籠めた筈なのに……」

「ハァハァハァ……悪いなぁ……俺は生憎、そんなヤワじゃねぇ……」

 

【イチゴ!】

 

 袖で血を拭った一誠は慄いている黒ローブ達に不敵な笑みを見せ、その手に持ったバックルを腰に取りつけ、手元のイチゴを模したロックシードの錠前を開く。

 その挙動に焦りを抱いた黒ローブ達は一斉に魔法を放つも、放たれたそれは一誠が出現させた赤色の物体により阻まれる。

 

「なっ!?」

「返してもらうぜッ。大事な後輩をなぁ!!」

 

 ライダースーツに覆われた一誠の頭部を巨大なイチゴが飲み込み、果汁のようにエネルギーを放出させながら花開くように鎧へと展開される。

 

『イチゴアームズ!シュシュッと・スパーク!!』

 

 【イチゴアームズ】の展開と同時に両の手に現れるのは、忍者が使うような手裏剣『イチゴクナイ』。それを手の中で回した一誠は未だに驚愕で硬直しているギャスパーを拘束している黒ローブにイチゴクナイを投げつける。

 

「しゅしゅっとッな!」

 

 投擲されたイチゴクナイはギャスパーを拘束していると思われる黒ローブの女に直撃と同時に小規模の爆発を起こし周囲の黒ローブごと吹き飛ばした。

 

「今だ!」

 

 隙が生じると同時に駆け出し、拘束が解かれたギャスパーを抱き寄せホルダーから取り出したロックビークルの錠前を開き、こちらへ攻撃を加えようとしている黒ローブへと投げつける。

 

「え……バイ――――ぐへぇ?!」

 

 空中でバイクの形態へ変形したサクラハリケーンに下敷きにされた黒ローブの一人にやり過ぎたとばかりに内心謝罪しながらも、サクラハリケーンを起こしアクセルを噴かせ、そのまま円を描くように後輪を回転させ周りを牽制し――――。

 

「捕まってろギャスパァァァァ!!」

「え?あ、はぁい!!?って――――」

 

 そのまま窓へとハンドルを向け思い切りアクセルを回し、遠慮なく壁をぶち破り旧校舎から飛び出した。

 

 

 

 

「うひゃああああああああああああああああああああ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 ハンドルを握り直し、二階からの着地を成功させバイクを止め校舎の空と周りを見ると、黒ローブの女達と同じような集団が出現しているのが見える。

 

「は、はぁ?どうなっているんだ……」

「ま、魔法使いです……」

「魔法使い……な、何だか分からないけど、攻撃しているって事は敵なんだな!ギャスパー!捕まってろ!!」

 

 首に強くしがみついているギャスパーに気を付けながら、バックルから外したイチゴロックシードを無双セイバーの窪みに嵌め込む。

 

『イチ・ジュウ・ヒャク――――』

「よし!行くぞ!!」

 

『イチゴチャージッ!!』

 

 サクラハリケーンを走らせ、無双セイバーを振るうと巨大なイチゴ上のエネルギーが上空へ放たれ、散弾のように大量のクナイに分裂し、外から校舎に攻撃を加えていた魔法使いたちに襲い掛かる。

 

 イチゴは沢山の相手に立ち回るのにおあつらえ向きなフォーム。

 確かな手応えを感じた一誠はそのまま無双セイバーを振るいイチゴバーストを魔法使いたちに放っていく。校庭に突如現れた仮面の戦士に魔法使い達は成す術もなく撃ち落とされていくその光景を一誠にしがみついて見ているだけのギャスパーは悔しげな表情を浮かべ、口を噤む。

 

「すいません……僕、足手纏い……ですよね」

「ん!?そんな訳あるか!!」

「でも……僕は悪魔なのに、部長の僧侶なのに……僕なんて……『変異の駒』を使ってまで悪魔になるんじゃなかった……僕なんかより―――」

 

 ――――イッセー先輩が眷属になれれば良かったのに――――。

 その言葉は吐き出されることはなかった。突然、一誠がサクラハリケーンを止めたのだ。無言のままバイクを降り、ギャスパーを下ろした一誠は、鎧に包まれたままの手でギャスパーの頭に軽く小突いた。

 

「いたっ」

「全く……足手纏いも何もねぇよ」

 

 額を抑えるギャスパーに軽く笑った一誠は、無双セイバーからイチゴロックシードを外しバックルに戻し、周りを見据えながらホルダーから新たなロックシードを取り出して、再びギャスパーを見やる。

 

「バカ野郎、俺がお前の代わりになれる筈ないだろっての。お前は部長の僧侶で、大切な仲間だ」

「でも……僕は役に立てないし……」

 

 再び額を小突かれるギャスパー。

 今度は軽かったのか、僅かに涙が出るくらいだったが――――一誠はそのまま魔法使いたちが集中している場所を振り向き睨み付ける。

 

「今は力になれないなら、俺が守ってやる。それでお前が今よりももっと強くなって、んでもって俺がピンチになったら――――俺を助けてくれ。それでお相子だ」

 

 襲ってくる魔法使い達をクナイで牽制しながらもそう言い放った彼の言葉。その言葉は今までかけられたどんな言葉よりも深くギャスパーの心に刻み付けられた。

 ―――役に立つのではなく、助ける。どこまでも臆病な自分を一誠はそう言ってくれているのだ。

 

「――――はいっ、僕……やりますから……っ強くなりますから……」

 

 ギャスパーの決心したような声を聴き、満足気に頷いた一誠は背後にいる彼にサムズアップする。

 

「イッセー!ギャスパー!!」

 

 校舎から一誠とギャスパーの姿を見つけたリアスが襲い掛かる魔法使いたちを滅しながらギャスパーと一誠の近くに降り立つと同時にギャスパーを抱きしめた。

 

「良かった……」

「部長……さん」

「言っただろ、大切な仲間だって―――部長。ギャスパーを頼みます」

 

 リアスの方へ振り向かないまま左腕でバックルの開いたままのイチゴロックシードを取り出し、右手の緑色の黒色の縞が特徴的なロックシードの錠前を開き掲げる。

 

【スイカ!!】

 

「俺、戦います」

「っ!!今、アザゼルが今回のテロの首謀者と戦っているわ!巻き込まれないように気を付けて!!一樹と祐斗とゼノヴィアが戦ってくれているわ……貴方も……ッ気を付けて…………」

 

 いまこそこのロックシードを使う時、【記憶】の中ではこれは連続で使えないはず。使う時は選ばなければいけないが、今この敵が密集しているこの時こそ――――。

 

「任せてください!!この新アームズで――――」

 

 頭上に現れる巨大な球状の物体。

 デフォルメされたスイカ――――されどこれまでのロックシードに寄り生成されたものより遙かに巨大なものがゆっくりと一誠に向かって落下していく。

 

 言葉を失った一誠は不安げにリアスへと振り向いた。

 

「で、デカいッス。ちょ、ちょっとこれは……」

「……ひぇ……」

「…………」

 

 暫しの沈黙、表情を引き攣らせたリアスを見た後、再び前を向き一度仮面の中で目を閉じ、深呼吸する。あそこまで啖呵切ったのだからここで引くという手段はない。

 何時もの通りにカッティングブレードを傾ければちゃんと変形してくれるはず。そう信じて一誠は―――。

 

「うっし!男は度胸!!」

 

【スイカアームズ!大玉ビックバン!!】

 

 自身を鼓舞するようにそう言葉にしカッティングブレードを思い切り傾け、落下してきたスイカに飲み込まれた――――。

 

 





イチゴ「……」(無言の号泣)

チェリー「……」(虚ろ目)


次話もすぐさま更新致します。


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揺るがぬ心 11



三話目の更新です。


「なんだありゃあ……」

「よそ見しているとは随分と余裕ね!!」

 

 校舎の上空で今回、テロを仕掛けてきた組織【禍の団】の幹部、カテレア・レヴィアタンとの戦闘を繰り広げていたアザゼルは、視界の端で異様な物体が現れたのを目にする。

 

 空中に現れた巨大なスイカが、一誠を飲み込んだのだ。

 

「はあああ!」

「うるせぇ!!今、面白い所だから黙ってろ!!」

「ぐあぁ!?」

 

 しつこく襲い掛かって来るカテレアを光で生成された剣で瓦礫の山に殴り飛ばし、一誠の方を注視する。―――よく見ればセラフォルーもサーゼクス、ミカエルさえもその場面を目の当たりにしている。

 あいつらが目を丸くする所なんて滅多に見れねぇぞ……。

 

「おいおい、何だアレ。面白すぎんだろ……」

 

 地上から攻撃していた魔法使い達がスイカに飲み込まれた一誠に気付いたのか、大量の魔力弾を放つ。だが、凄まじい程の強度で魔法を弾くと、そのままゴロゴロと地上を往く魔法使い達目掛けて転がり始める。

 次々と魔法使い共を轢き、消し去りながら転がっていくスイカ。

 

 あらかた地上の敵を消し去り、動きを止めたスイカから一誠らしき仮面がヘタ(?)に当たる部分から出てきた。

 

『な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!』

 

【ジャイロモード!】

 

『へ?何!?勝手に―――ってうおおい!?』

 

 スイカが鎧のように開き、中にいる一誠の姿が露わになる。しかし変化はそれだけではない、浮き上がったのだ。

 

『な、何だか分からないけど……これでやればいいんだな!!そうだよなぁ!!』

 

 ジャキンッと腕らしき部分が前方にせせりだし、機関銃のようにエネルギー弾が連続で放たれる。前校舎で見たようなものではない、まるでそう―――あれは―――ロボット。

 

「か、はははははははははははははははは!!何だアレ!!おいサーゼクス!マジでとんでもねぇもん抱え込んだな!!」

 

「面白いだろう?うちのイッセーくんは」

 

 見て飽きないとはこの事だ。

 今まさに中級悪魔レベルの魔法使いたちを羽虫のように落としているアイツは何だ。

 

「何だあの奇天烈な兵器は……ッ!!」

 

 爆笑しているアザゼルに、殴り飛ばされたカテレアが怒りの形相でアザゼルを睨むが、眼下で行われている蹂躙激に目を移し驚愕の表情を浮かべた。

 それに対してアザゼルは嘲るようにカテレアに煽りの言葉を放つ。

 

「お前らが愚かにも支配しようとしている人間だよ」

「何ですって……ッ!!」

「人間の凄い所は俺らみてぇに長い時間を生きていなくてもな、俺達を凌駕するモノを持っている所なんだよ。それを何だお前等?新しき世界?統治する?バカみてぇに新しい世界新しい世界言いやがってよぉ、そんなもんテメェらろくでなし以外誰も望んでねぇんだよ」

「……ッ!!認められるか!!」

 

 アザゼルの物言いに激昂したカテレアはヒステリックな叫びを上げ、懐から取り出した黒い蛇のようなものが入った試験管の中身を飲み込んだ。

 

「チッ……オーフィスの蛇かよ……」

「地を這う事しかできない脆弱な存在がッ、私と同じ場所に立っているんじゃない!!」

「てめっ―――」

 

 黒色のオーラを纏い力を増したカテレアが空を飛び魔法使い達を撃墜している一誠に特大の魔力弾を放つ。見るからに凄まじい威力に思わず声が出てしまうアザゼルだが、いち早く先程のスイカのような形態になった一誠に目が行ってしまう。

 

『う、うおぉ?!』

 

 堅牢な球体がカテレアの魔力弾の直撃を物ともせずに落下するが、地面に激突する前に先程の様な浮遊形態に変形し、魔力弾を放ったカテレアの方に突っ込んでいく。

 

「お前かッ!!」

「防いだだと!?人間ごときが私の攻撃を!?」

 

 放たれる機関銃を魔方陣で防ぐカテレアだがその表情は鬼気迫っている。現代兵器に見えるあの機関銃はカテレアの予想を超える威力を宿しているのか。

 

「コイツの使い方も分かってきた!!いくぜぇ!!」

『ヨロイモード!!』

 

 一誠の姿を露わにした浮遊形態から彼の体を鎧のように覆う形態となり、右手には双刃の薙刀が握られる。ぐるぐると薙刀を振り回しながらカテレアへと斬りかかる。

 

「今度は人型かっ、どんだけだよ!!」

 

 アザゼルとしてはこれ以上なく興味深いが、カテレアとしては訳が分からな過ぎて頭の中が滅茶苦茶になっていることだろう。

 

「せいやあああああああああ!!」

「ぐっ、あああッ!!」

 

 カテレアの防御魔方陣を容易に切り裂き、斬撃の余波で吹き飛ばす光景を見据えながらアザゼルは笑みを手で隠しながら、兵藤一誠と接触したことを喜んだ。

 

 あの形態は魔王並の実力へと跳ね上がったカテレアを容易く圧倒できる力を秘めている。それだけでも興味深いのに、凄いのは兵藤一誠という人物の力の出所が微塵も解明できていない事だ。

 

「そんなデカブツ!滅してやるわ!!」

「やらせねぇ!!」

 

【大玉モード!】

 

 一瞬の合間に、人型から球体へ鎧を変形させた一誠はカテレアの放つの魔力弾を縦に回転させることで全て防ぎ、球体のまま飛び上がりカテレア目掛けての体当たりを仕掛けようとする。

 

「そんなバカの一つ覚えで!!」

 

【ヨロイモード!!】

 

「なっ!?ぐぁ!?」

 

 翼を大きく広げ飛んで回避しようとするカテレアの眼前で球体から人型へ変形と同時に展開し、大きく引き絞った左腕をカテレアの胴体に繰り出す。―――強烈、まさにそれが当てはまる一撃がカテレアの腹部に叩き込まれくの字に体になりながら凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。

 

「―――っ!な、ば……があ……」

 

 ほぼ一撃でカテレアがグロッキーになったのを見てアザゼルは若干引きながら、とどめの一撃を加えようとしている一誠を見やる。

 

「アンタが誰だか分からねぇがッ、ギャスパーを皆を巻き込んだ奴ってんなら―――」

【スイカスカァッシュ!!】

 

 カッティングブレードを傾け、スイカアームズ最強の必殺技を発動させる。

 薙刀を持つその手首を回転させ、円状のエネルギーを前面に放出し横薙ぎと共に、カテレア目掛けてエネルギーを放ち動きを拘束する。

 

「俺はお前達を絶対ッ許すわけにはいかねぇ!!」

「こんな所で……ッ終わる、訳には……!私は……真なる、魔王に―――」

「はああああああああああああ!!」

 

 刃をエネルギーで満たした一撃は、すれ違いざまにカテレアを覆う拘束ごと切り裂いた。斬撃に寄り溢れ出したエネルギーは爆発を伴って果汁のエフェクトを以て周囲を飛び散る様に明るく照らした―――。

 

 断末魔は無く、その場には何も残らなかった。

 カテレア・レヴィアタンは文字通りにこの世から消滅してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カテレア・レヴィアタンは見下していた人間に完膚なきまでに敗れ去った。周囲の魔法使い達も一誠とグレモリー眷属達の奮闘によりほぼ全滅させることができた。

 

「まさか仮にも魔王を倒すたとは、やるじゃ―――」

 

 アザゼルは変身を解き地面に降り立った一誠に近づき、肩に手を置く。悪意はない、面白いものを見せて貰った礼でもしてやろうかと思ってからの行動だ。

 だが、肩に手を置いたその瞬間、一誠の体がぐらりとふらついたのを見て血相を変え慌てて体を支える。

 

「お前、こんな状態で動き回ってたのか!?」

「がはっ……はぁ……はぁ……」

 

 かなりの量の血を吐血している一誠に、冷や汗を流しながらアザゼルは傷口を確認するべく制服をめくる。―――酷い内出血、恐らく旧校舎で鎧を纏わず魔法使いの攻撃の直撃を受けたのだろう。

 

 どういう訳か現状は命には別状はないが、放っておくと死に至る怪我だ。普通ならとっくに動けなくなって息絶えてもおかしくない筈なのに、こいつは今の今まで戦い続けた。

 

「大した奴だぜ、お前は……」

 

 そしてバカ野郎だ。自分の身を顧みず力の限り戦うなんてバカのする事だ。

 だが、何時だってそんなバカが誰もが思い至らねぇようなスゲェ事をやらかすもんだ。そんな奴らを何度も長い長い歴史の中でそんなバカ野郎共を見てきた。

 

「―――さーて、そろそろ時間停止された奴らも元に戻る、グレモリーの所の元シスターに任せておく――――」

 

 一誠を肩に担ぎ歩き出そうとしたその瞬間、後者の壁を突き破って何者かが飛んで来た。事前に察知し後方に跳んでいたアザゼルが地面をごろごろと削り飛んで来た何者かを見やると、驚いたとばかりに表情を強張らせる。

 

 

「お前さん、一体どうしたんだ?」

 

『が、ぐ……くそ、何で、僕を……』

 

 アザゼル自身が与えたリングにより強制的に一時的な『禁手』に至り、赤い鎧を纏った男、兵藤一樹。何故かその男が鎧を半壊状態にされ、至る所から血を流していた。

 一樹は怯えていた。

 誰が?

 ―――そんな思考に至ったその瞬間に、アザゼルは犯人が分かった―――否、分かってしまった。

 

 

 

 

『――――雑魚だな。急造の『禁手』を考慮しても、なんの工夫も感じられない。赤龍帝の名が泣くぞ?』

 

 

 

 

 一樹が吹っ飛んで来た場所から光と共に現れたのは、白銀の鎧を纏った男、白龍皇ヴァーリ。ボロボロの一樹とは対照的に、傷一つないその姿に何処か神々しさを感じさせた彼は、頭部の鎧を開き、アザゼルと彼に担がれている一誠とその周りを見て、思案気な表情を浮かべる。

 

「………カテレアはやられてしまったか、やったのは誰だ?アザゼルか?」

「……コイツだよ」

「―――はははッ」

 

 アザゼルの答えを聞いたヴァーリは、息も絶え絶えな一樹を無視しこれ以上なく楽しげに笑う。反面アザゼルは表情を深刻なものに変えていた。

 

「コカビエルならまだしも、オーフィスの蛇を吞んだカテレアを殺すか!!流石だ……ッ流石過ぎるぞ!!」

 

 信じたくはないが―――この状況でどれだけ憎んでいても兵藤一樹を攻撃するという手段は、何時ものヴァーリなら取らない。だがそれは堕天使陣営の白龍皇ヴァーリの話で―――今のヴァーリは……。

 

「この状況下で反旗か……ッヴァーリ」

「……そうだよ、アザゼル」

 

「一樹君!!」

 

 恐らく、一樹と共に魔法使い達と戦っていたであろう木場がとゼノヴィアがヴァーリが来た方向から姿を現す。

 

 背後から来た二人を一瞥したヴァーリは光翼をはためかせ、ゆっくりとその場へ降り立った。

 それと同時に、異変を感じとった残りの面々がこの場に集まって来る。リアスとギャスパー、会議室に居た面々。

 

 アザゼルに担がれた一誠と死に体の一樹を見て、血相を変えたリアスは、最も疑わしい男に凄まじい剣幕と共に疑問を投げかける。

 

「い、イッセー先輩!」

「イッセー……一樹……ッ、これはどういうことなのアザゼルッ!!」

「俺のせいじゃねぇよ。特にイッセーに至っては無理し過ぎただけだ……だがそっちはそんな簡単な問題じゃないけどな」

 

 アザゼルの視線はヴァーリへと向けられる。

 

「禍の団へ下ったのか、ヴァーリ」

「いや、あくまで協力するだけだ。魅力的なオファーもされたよ。『アースガルズと戦ってみないか?』―――こんなことを言われたら、自分の力を試してみたい俺では断れない。それに……」

 

 最初に一樹、一誠を見る。

 

「今回コイツに攻撃を加えたのは、見極めたかったからだ」

「見極める、ですって?そんな理由でカズキを……?」

「そうだ、リアス・グレモリー。そんな理由で俺はこいつを痛めつけた……いや、痛めつけるのうちに入らないな……そう、遊んでやった」

 

 一樹を見下すように見るヴァーリの瞳には怒りが渦巻いている。なまじ意識が残っている一樹は恐怖のあまり声が出せずただただ震える事しかできない。

 歯噛みするリアスを横目にして、アザゼルは冷や汗をかく。

 他の面々には分からないが、『兵藤一樹』について調べていたアザゼルならヴァーリの行動の意味が良く理解できていた。

 

 つまり、ヴァーリは一樹に意趣返しをしているのだ。

 謂れのない罪で侮蔑・迫害された兵藤一誠の苦しみを、別の形として身を持って体験させている。

 

「く、クソがあああああああああ!!」

 

 だがそう言う意図を理解していない一樹からすればあまりにも理不尽な仕打ちに彼は激昂する。動かない体を無理やり動かし、ヴァーリへ右拳を向け突き出すと同時にアスカロンを突き出した。

 

 不意を衝こうとしたならばこれ以上ない一撃だろう。

 相手がヴァーリでなければ。

 

「そんな玩具で何ができる?」

 

 突き出されたアスカロンは容易く弾かれ、一樹の腹部に弱めに打たれた魔力弾が炸裂する。数メートルほど吹っ飛んだ彼は、咳き込み蹲りひたすら痛みにもがき苦しむ。

 

「期待外れだ。龍殺しの剣、恐らく業物だろうがこれじゃあ棒切れにも劣るぞ……お前が赤龍帝に目覚めてからどれくらい経った?一か月か?二か月か?―――肉体的に人間よりも強い悪魔に転生したのにこの体たらくとはどういうことだ。コカビエルの時とまるで変わっていないじゃないか」

 

 ヴァーリとて自分と対等と戦えるとは思ってはいない。

 ただ、あまりにも非力すぎるのだ。それでも何かしら光るものを見出せたら、もう少し様子を見ようとは思っていた。格上である自分に格下である一樹がどう立ち回るか、少しだけ興味があったのだ。

 

 ―――赤龍帝と白龍皇の戦い―――

 

 だがそれはあまりにも叶わない夢だと理解した。

 

 だからこそ、ヴァーリはこの言葉を送ろうと思った。

 何時か、誰かが必ず言うであろうこの言葉を。

 

 

 

 

 

「兵藤一誠が赤龍帝だったなら良かった」

 

「―――ッ!!……っく……ぅ……ぁ……」

 

 

 

 

 宿敵だったなら良かった。

 

 

 

 強敵だったなら良かった。

 

 

 

 ライバルだったなら良かった。

 

 

 

 なのに―――何故、こんなクズが赤龍帝になっている?

 

 

 

 あの人間が宿敵と運命づけられていたならどんなに良かったか。例え一樹ほどの才能しか有していなくても、兵藤一誠は、どんな傷を負っても、どんなに絶望的でも、どんな逆境に立たされていても立ち上がる。

 

 だがこの男は違う。この程度の傷で涙を流すほど痛がっている。

 容易く肉親を貶め、そして己の身を弁えずに強者である兄に未だに自身が優位であると錯覚している。それだけで、我慢ならない。

 

「もう、お前が此処に居る意味はない。醜態を晒すなら此処で朽ちろ」

 

 掌に魔力を集めそれを一樹に向ける。

 半減の力すら使う事なく、容易く倒せてしまうような赤龍帝に何の意味がある。これなら次世代の保持者に期待した方が良い。

 

 その場に居るほとんどが、ヴァーリの殺気に動けずにいた。サーゼクスもまさかヴァーリが一樹を突然殺そうとするなんて露にも思っていなかったのだ。誰もが一樹の死を予感した。

 

 

 しかし―――

 

 

 

 

「待……て」

 

 

 

 

 ―――その声で魔力を撃ち出そうとしていたヴァーリの手は止まる。

 無表情で声の聞こえた方に目を向けると、驚いた表情を浮かべ肩にいる一誠を見ているアザゼルがそこに居た。

 

 

 一誠が目を覚ましたのだ。

 






次話もすぐさま更新致します。


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揺るがぬ心 12

4話目の更新です。



「ここは……」

 

 変な魔力を纏った女を倒した後、何か目の前が真っ暗になって―――見慣れた森の中へ立っていた。相変わらず霧が立ち込めどんよりとした雰囲気が漂うその森で、首を傾げる。

 

 ―――体を襲っていた痛みが無い。

 戦いの最中じわじわと自分を蝕んでいた傷の痛みが嘘のように消え失せている事に驚きつつ、毎度毎度出て来るあの男を探そうと周りを見渡すと…………意外に簡単に見つかった。

 ある意味いつも通りに森の奥からやってきた民族衣装のようなものを着た男が一誠に片手を上げ、気軽に挨拶してきた。

 

『よう』

「お前が呼び出したのか?」

『いいや、今回はお前が現実の世界で気絶したから、ここに来た』

 

 ということは、魔法使いに食らったあの一撃で自分は気を失ってしまったのだろうか。まだ事態も収束していないのに気絶なんて、なんとも不甲斐ないと思いながら頭を搔く。

 

『―――今が頃合いか』

「ん?」

 

 ぼそりと男が何かを呟く。

 

『兵藤一誠、お前は自分の”これまで”について理解しているか?』

「これまでって?」

『ま、ようするに今まで生きて来てどうだったって聞いてんだよ。何かあるだろ?』

「そうだな……」

 

 本来こんな問答をしている場合じゃないが、この男の話を済まさない限りは出られないらしいので大人しく質問に対する答えを考える。

 

「―――分からない、かなぁ。前は苦しかったって言ったかもしれないけど、高校に入ってから……今まではこれ以上ないってくらいに楽しい」

『分からないか……なんともお前らしい答えだ。じゃあお前の生きた人生が何者かに滅茶苦茶にされているとしたらどう思う?』

 

 質問の意図が分からない。

 一誠は僅かに顔を渋くさせ腕を組むと、十秒程考え込んだ末に言葉を絞り出す。

 

「一樹か?」

『!』

 

 男としては予想外過ぎる言葉が返ってきた。予想していた答えは『俺は前を見ている』とか『許す』とか出るようなものだと思っていたが――――まさかまさかの自分の予想を上回る答えを言い放った一誠に、男は口角を僅かに歪めた。

 

『ということは、気付いてんのか。兵藤一樹の行った仕打ち』

「気付いていた、というより……俺の生きてきた人生で一番関わってきたのって両親と弟の一樹だけだし。そんな風に言われれば嫌でも心当たりがある一樹の名前が出て来ちまうよ」

 

 ―――朧げながらも一誠は気付いていたのだ、一樹の行っていたことを―――。一樹がアーシアに自分の事を吹聴していた事、子供の頃からの親友のイリナの一樹に対する態度――――一樹が自分に対する視線と言動で……。

 

『成程、じゃあそれを理解した上で聞くぞ、お前はどうする?兵藤一樹を自らの弟を』

 

 殺すのか。

 はたまた地獄の苦しみを与えるのか。

 ボロ雑巾のように痛めつけるのか。

 

 ―――そう思考が思い至った自分の考えを即座に否定しながら男は自嘲気味な笑みを浮かべる。

 なんてバカな事を考えているんだ?兵藤一誠という存在の中でずっと見守っていた自分ならとうの昔に返ってくる答えは決まっていたじゃないか。

 

 どこまでもお人好しで。

 どこまでも大馬鹿で。

 そして世界すらも救っちまったあの男にどことなく似ている。

 

 案の定目の前の男は、真っ直ぐな目で男の目を見て、はっきりと言い放つ。

 

 

「言っただろ。俺はもう後ろは見ねぇって。だから俺は前を向くよ、過去の事は考えない。前を見据えて――――一樹を許す。そしてあいつが苦しんでいる時は……守ってやる。それが兄貴の俺の役目だからな……」

 

 

『……ああ、とんだ大馬鹿野郎だなお前は』

「あ、あはは……自覚してる」

『だが……そんな奴にこそ相応しい』

「……え?」

 

 一誠に近づいた男は、彼に手を掲げる。

 すると、前回来た時のように一誠の心臓のある場所から光る物体が飛び出し、男の手に収まる。

 

「またか!?」

『いや―――だが大きな力だ。それに見合う答えをお前は俺に見せてくれた』

 

 男の手に収まっていたのは、オレンジロックシードとは違う橙色の錠前。サイズが大きく、他のロックシードとは違うのは分かる。―――確かこれははぐれ悪魔に襲われた時に黄金色の鍵と一緒に出てきたものじゃないか。

 

 男はソレを見て、にこりと笑みを浮かべると一誠にその錠前を放り投げる。

 

「こいつは―――」

『お前は見ていて楽しいよ―――さあ、頑張ってこい』

 

 受け取ったロックシードを見ながらそう問いかけようとしたその時、目の前の景色が霞みがかり―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待……て」

 

 目の前で一樹がヴァーリに殺されそうになっている場面で意識が浮上した。

 何故かアザゼルに担がれていた一誠だが、直ぐに下ろしてもらい、ふらつく体で笑みを浮かべこちらへ向き直ったヴァーリを見やる。

 

 魔法使いの攻撃を喰らった所から激しい痛みが全身に広がるが、お構いなしに二本の脚で体を支える。

 

「気が付いたのか、兵藤一誠」

「今、何をしようとしたんだ……ヴァーリ」

「殺そうとしただけさ、お前も理解はしているだろう?この男はお前にとって害にしかならない。例え高尚な精神でこいつを生かしてやっても―――恩を仇で返してもおかしくはない」

「は?何を言ってんだ、お前……」

 

 ヴァーリの言葉を足りない頭で要約すると、まるで自分の為に一樹を殺そうとしているように聞こえる。

 

「お前は知らないだろうが、こういう奴は反省という言葉とは無縁な存在だ。己の行為を肯定し他の行為を否定する、どこまでもどこまでも自分勝手で―――どうしようもなく終わっている。この中で気づいている者もいるだろう。いや、気付いていてもおかしくはない」

「……」

 

 木場の隣でデュランダルを構えていたゼノヴィアの瞳が細められる。

 彼女も一度一樹を叫弾したその一人だが、まさかこんなタイミングで、しかも敵になった男に一樹の事を暴露されるとは思ってはいなかった。

 

「―――だから殺そうと思った、ってか」

「そうだ」

 

 最早憎悪と言っても差し支えない瞳で一樹を見下ろすヴァーリに、一誠は怒りよりももっと別の感情が沸いてくるのを感じた……。それは決して親愛でもないし、憎悪でもない。

 レイナーレの時のように一樹が殺されそうになっているというのに、これほどまでに怒りが沸かないのは、恐らくヴァーリは良かれと思って一樹を手に掛けようとしているからだ。

 

「そっか、なら。俺はそれを止めなくちゃならない」

「………そう来たか」

 

 ゆっくりと息を吐き出した後にそう言い放った一誠の言葉にヴァーリは驚愕の表情を浮かべた後に、子供の様な笑顔を浮かべる。

 待ちかねたと言わんばかりの表情だ。

 

「イッセー……駄目よ」

「大丈夫です。俺……家族を守らなきゃならないんです」

 

 リアスが心配するように一誠に声を掛けるも、彼はヴァーリに視線を固定したまま動かない。

 ヴァーリも一誠を見ている。

 

 ―――この時、リアスは一誠が何処かへ行ってしまうような奇妙な感覚に陥ってしまった。このまま自分の手を離れて何処かへ行ってしまうのではないか?そういう可能性に思い至ると、彼女の手はおもむろに一誠の手を握りしめていた。

 

 行かせたくないとばかりに強く握りしめた手に苦笑いを浮かべる一誠。

 それでも頑なに手を離そうとしないリアスの肩にサーゼクスが諌める様に手を置く。

 

「リアス、イッセー君を信じよう」

「お兄様……ッ」

 

 本来はサーゼクスやセラフォルー、ミカエルが出るべきなのだが、未だ時間停止により動けない者達が校舎に居る。そんな場所で魔王であるサーゼクスが戦ったならば、身動きできない者達が危険に晒されてしまう。

 アザゼルが戦っている時は自分たちがその者達を守っていたのだが、今はテロの鎮圧と共にその場を離れてしまった。

 ましてや相手はあの白龍皇、手加減して相手できる存在じゃない。

 だから、今は動けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バックルを腰に付けた一誠がヴァーリの前に立つ。コカビエルを楽々倒せる相手に恐怖が沸くと思えば、いざ前に立つと不思議と恐怖は抱かなかった。

 

「その傷で戦えるのか?」

「戦える」

「………ふ、やっぱりお前が赤龍帝だったらよかった、本当にそう思う」

「赤龍帝は一樹さ。俺はただの人間だ……ちょっとだけ変な力を持っちまった人間だけどな」

 

 ヴァーリは一誠のその言葉を否定しようとし、喉元にまで出かかった言葉を飲み込んだ。人間だからこそ、悪魔にも堕天使とも戦えるし、凄い成長を見せてくれるのではないか?と思い至ったからだ。

 

 神が神器という存在を人間にしか宿せないようにしたのも、人間の可能性を信じていたからこそかもしれない。そう考えてから一誠という一人の人間を見ると、悪魔と人間のハーフでもある自分はもっと強くなれるのではないのか?と思ってしまう。

 

「前、お前から仲間にならないか?って勧誘しただろ?」

「ああ、今でこそ言えるが『禍の団』への勧誘だ」

 

 素顔を晒して一誠と会った時、ほぼ衝動的に誘ってしまった話か。何故こんなタイミングでそれを言ってくるかはヴァーリには理解できないが、バックルを装着し自身の心臓のある位置に右手を置いている一誠を見て、正直に答える。

 

「―――今の内に言っておく。俺はお前の仲間になるつもりは無い」

 

 それはヴァーリにだって分かっている。今この状況で仲間になりたいとでも言われたら興冷めだ。

 しかし一誠はまだ何かを話そうとしてるので、疑問に思いながら耳を傾ける。

 

「もし……少し前の俺ならお前に着いて行っていたかもしれない。でもさ……俺には沢山の仲間がいる。護りたい人達がいる―――」

 

 一誠の言葉と共に彼の右手から橙色の光が漏れ出す。―――対面に居るヴァーリと弱っている一樹にしかその光は確認できないが、確実にその輝きを増していっている。

 

「どんな思惑かは分からねぇが……ありがとう。俺を勧誘してくれて……ったく、何で礼なんて言ってんだろうな、今から戦おうとしているのに」

 

 ガジガジと恥ずかしそうに頭を搔いている一誠だが、彼の覚悟に呼応するように強く輝きを増した光に背後の面々がようやく気付く。

 だが、ヴァーリには一誠から放たれる光よりも、彼の口から放たれた言葉に衝撃を受けていた。目の前の男は「ありがとう」と言ったのだ。彼の弟である一樹を殺そうとした自分に―――。

 

「はははは……全く、可笑しくて、律儀な奴だ……お前もそう思うだろ。アルビオン」

『ああ、こんなバカ正直な人間は数えるほどしか見た事はない』

「だろうな……」

 

 笑みの混じったアルビオンの声に自身も微笑を浮かべながら、頭部を鎧で覆い魔力で体を満たす。

 手負いだろうが関係ない、これまでの覚悟を見せて貰った相手に手加減等できるはずがない。―――確信してしまったのだ、この男が自身の生涯のライバルになる存在だという事を―――。

 

「―――勝負だ、ヴァーリ」

「ああ、勝負だ、イッセー」

 

 互いに鼓舞するように名を呼び構える。ヴァーリはゆっくりと浮き上がり、魔力を鎧から迸らる。一方の一誠は右手に【角ばった橙色の錠前】を握りしめ、それをゆっくりと顔の横に掲げ黙祷するように閉じていた瞳を見開く。

 

「変……ッ身」

 

 

 

 

 

【カチドキッ!!】

 

 

 

 

 

 一誠の頭上に圧倒的な存在感を放つ球体が現れた。

 

 

 

 




これで今日の更新は終わりです。

次回は一樹の視点と、カチドキ鎧武VSヴァーリですね。


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揺るがぬ心 13

お待たせいたしました。

二話ほど更新致します。


『見極める、お前が俺と戦える資格を持つかどうか、な』

 

 理不尽だと思った。

 

『――――雑魚だな。急造の『禁手』を考慮しても、なんの工夫も感じられない。赤龍帝の名が泣くぞ?』

 

 何で僕がこんな目に遭わなければいけない。

 

『そんな理由で俺はこいつを痛めつけた……いや、痛めつけるのうちに入らないな……そう、遊んでやった』

 

 遊びで?そんな理由で僕を痛めつけたのか?

 

『期待外れだ。龍殺しの剣、恐らく業物だろうがこれじゃあ棒切れにも劣るぞ……お前が赤龍帝に目覚めてからどれくらい経った?一か月か?二か月か?―――肉体的に人間よりも強い悪魔に転生したのにこの体たらくとはどういうことだ。コカビエルの時とまるで変わっていないじゃないか』

 

 ―――死にたくない。

 死にたくない。

 何で本当は違うのに、こんなはずじゃなかったのに。

 

『卑怯者』

 

『出来損ないの赤龍帝』

 

『お前は何処から来た』

 

『お前のせいだ』

 

『ずっと其処で燻っていろ。卑怯者』

 

 

 そんな言葉がどんどん頭の中で思い浮かぶ。

 体が痛い。

 ―――自分で選んだ筈だ。

 息ができない。

 ―――分かっていた筈だ。

 苦しい。

 ―――主人公は傷つくものだって。

 誰も、助けてくれない。

 

 

『兵藤一誠が赤龍帝だったなら良かった』

 

 

 その言葉で、僕を支える何かが崩れて―――すごく、どうしようもなく泣きたくなった。

 

 でも、僕は殺されずに生かされた。

 この世で最も嫌っている男に、主人公だった男に―――アイツは僕がひたすらに求めていたものを持っていた。それは―――力だった筈だ。

 

 能力。

 恰好。

 皆から好かれる居場所。

 

 何もなくなった筈のアイツは、変わらず僕の欲しかったものをかっさらっていった。

 

『そっか、なら。俺はそれを止めなくちゃならない』

 

 でも、かっさらっていったどうしようもなく嫌いなアイツは僕を助けようとした。バカな奴だと思った、滑稽だとも思った。自分が悪魔になれない癖に未だにその場所に居るコイツが、バカでバカでしょうがない、鼻で笑ってやろうと思ったけど―――涙が止まらなくてできなかった。

 

『イッセー君は貴方を大事に思っています。一樹君は……どうしてそこまでイッセー君を憎むの?家族ではないんですか?』

 

 笑ってやろうと思ったのに―――不意に、姫島朱乃の言葉が何故か頭を過った―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異質―――その言葉がぴったり当てはまるほどに、その【鎧】は他を圧倒する存在感を放っていた。空中に生成されたオレンジアームズよりも一回り以上に巨大な果実は、一誠の頭のみならず上半身を飲み込み、その鎧を展開させた。

 

 彼の鎧を知る者ならその異質さに気付くだろう。

 あのスイカを除いて、他のアームズは上半身のみに鎧が展開されるのに対して、今回一誠が使用したアームズは下半身までを覆う重装甲且つ、頑丈さに主眼を置いたような作りだったからだ。

 バックルから雄叫びのような叫び声が周囲に鳴り響き、変身が完了すると同時にまるでその存在を晒すように音声が鳴る。

 

【カチドキアームズ!いざッ出陣!!エイエイオーッ!!】

 

 

「カチドキ……アームズ?」

「―――なんだあれは……」

 

 そのアームズを一言で言い表すなら【武将】。

 頭部の偏った三日月のシンボルは、飾り付けられたように力強いものに変わり、胴回りの鎧は見る物を畏怖させるような文様と装甲に覆われている。

 背には、風に靡く戦旗。

 

「―――行くぞ」

 

 変身を終えた一誠に挨拶代わりとばかりにヴァーリがその手から多数の魔力弾を放つ。一撃一撃が内包するその威力は桁外れのもので、誰から見てもヴァーリが本気だということが分かる程の攻撃。

 

 雨のように一誠へと殺到する魔力弾だが、一誠は何か確信があるように己の掌を一瞥し、向かってくるであろう魔力弾を見上げた倒れ伏す一樹の前に一歩移動し、魔力弾を受ける。

 

 ズガガガガンと地に小規模のクレーターを与えるほどの一撃が一誠へと殺到する。砂煙と魔力の本流でその場の空気は嵐のように荒れ狂うが、その中心にいる一誠は―――

 

「―――ははッ、これがノーダメージか!!面白い!!」

 

 全くの無傷。

 誰もが驚愕の表情を浮かべ一誠を見るも、当の彼はさほど驚かず無言で拳を構える。

 ―――インファイトへの誘い―――あまりにも愚直な挑発にヴァーリは兜の中で苦笑する。

 

「これは俺が乗らなくてはならないな……ッ」

 

 光翼をはためかせ、一度上昇させたヴァーリは勢いをつけて拳を構える一誠に急降下すると同時に右腕を勢いよく引き絞る。

 籠手に包まれた一誠の右腕を引き絞られ、上空から落下してくるヴァーリへ繰り出される。

 

「……ハァッ!!」

「――オッラァ!!」

 

 激突する拳が空間を震わし破裂させる。

 地に大きな亀裂を刻みながらも一誠は動かず、空で停止したヴァーリは急停止の衝撃で周囲の大気を破裂させながら、拳を震わせ喜色の声を上げた。

 

 【橙色の武将】と【白龍皇】の対決は苛烈さを増していく―――。

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ……ヴァーリの全力を受け止めるのか」

 

 ―――ヴァーリの本気の拳を真っ向から受けた現実に、アザゼルは今日何度目か分からない驚愕の表情を浮かべる。

 ヴァーリは歴代―――いやこれから先最も強い白龍皇だろう。パワー、スピード、テクニックと共に並の上級の存在など歯牙に掛けない無敵に近い強さを持っている。―――ヴァーリとまともに戦える相手なんてそれこそ『魔王』クラスくらいだとしか思ってはいなかった。

 

 だがどうだ?この目の前で繰り広げられている、手に汗握る勝負は……ッ。まだ始まって間もない筈なのに、こんなにも目が離せない。

 

『―――お前はやはり俺の思った通りの奴だった!』

『うん!?』

 

 制止した状態から再び動き出したヴァーリは、再び空に浮き上がり一誠を見下ろし再び笑う。久しぶりだ、あんなにヴァーリが本当の意味で楽しそうに笑っているのを見たのは。

 アザゼルが親に捨てられた彼を拾った時は、周り全てのモノに憎悪を抱いていた【鬼】だった―――強さを求め、戦いを求め―――宿敵を求めていた。強者に飢えていた、と言った方が正しいかもしれないが、ヴァーリにとってはどちらでも同じなのだろう。

 

 

 

 ヴァーリが周りに大量の魔力弾を浮遊させ、徐々に魔力を籠めていく。先程よりも多く、密度の濃い魔力―――恐らく鎧では防御しきれないと判断した一誠は、どこからともなく大砲と見間違うような『橙色の銃』を掲げる様に持ち上げる。

 

 その銃はまるで現代兵器とファンタジーの兵器を混ぜ合わせたような形状をしていた。火縄銃に似た形状をしているが、トリガーの隣にはひねりのようなものと、柑橘類の断面に似た円形の機構が取り付けられている。

 一誠は掲げたその銃の側面の円形の機構に持つ手とは逆の左手を添え、摩る様に回転させた。

 同時に銃から鳴り響く、ほら貝に似たラップ調の音声。

 

「は?今度は何だ?」

 

 お世辞にも小さくはない音に驚きつつも注視していると、一誠はヴァーリの方に銃身を向けトリガーを引いた。

 撃ち出されたのは、強烈な熱量の火球―――数発が魔力弾を放とうとしていたヴァーリへと向かっていく。

 

『興味深い武器だ……ッしかし!』

 

 周囲に浮いた魔力弾のいくつかを向かわせ、火球を爆発させる形で迎撃する。普通の弾では効果が薄いと判断した一誠は、さらにほら貝の音声を鳴らし、トリガーの横にあるひねりを回す。するとほら貝の音声の音程が速くなる。

 さらによく分からなくなるが、次に一誠がトリガーを放った瞬間、その意味が理解できた。

 

『ソラソラソラァ!!』

『―――連射かッ!!』

 

 先程は拳大ほどの火球だったが、今度は機関銃の如く雨の様に連続で放たれるタイプの砲撃。スピード、威力共に十分な程の攻撃が今度こそヴァーリに向けられる。

 ヴァーリも直撃は危険を判断したのか、周囲に生成した魔力弾を全て総動員させ迎撃に当たらせる。

 

 魔力弾と機関銃の如く放たれる火の弾がぶつかり合い、凄まじい風を生んでいる最中で、アザゼルの耳に再びほら貝の音が入る。――――今度は先程よりも、スローテンポだ。

 

「普通の速さなら普通……速ければ早くなる。つまり遅くなるって事は―――」

 

 瞬間、舞い上がった噴煙を弾け飛ばすように巨大な火弾がヴァーリへと放たれた。

 流石のヴァーリもこれは予想外だったのか、慌てて火球に手を向け、神器の力を発動させた。

 

【HalfDimension!!】

 

 強大な威力を内包した砲撃は、ヴァーリの手から放たれた半減のオーラによりその力を幾分か消失させ、ヴァーリによって薙ぎ払われた。

 

『当たらなかったかぁ』

 

 銃を両腕で構えヴァーリに向けていた一誠は、防がれた事に気付くと構えを解き銃を担ぎ、ヴァーリを見上げそう口にする。

 

『当たれば俺も只じゃ済まないだろうからな。防御させて貰った。だがお前との戦いで最も有効なのは近接戦闘しかないことがなんとなくだが理解できた』

『………やんのか……』

『ああ』

 

 ゆっくりと地上スレスレにまで降りたヴァーリに一誠は警戒するように肩に担いだ銃を消し去り、両腕を後ろに回す。

 彼は背にある二つの戦旗を手に取る。くるりと回されながら一誠の手に収まったソレは、その挙動に合わせ揺らめき歌舞伎の様な琉麗さを感じさせながらヴァーリへと向けられた。

 

『来い!』

『遠慮なくいかせて貰おうか!!』

 

 魔力弾を放ちながら一誠へ迫るヴァーリ、一誠はまず旗を巧みに振るい先に迫る魔力弾を火花を散らせながら消滅させ、ヴァーリが繰り出した手刀を右の旗で防ぐ。

 続いて繰り出される下段からの蹴りを残りの旗の先の部分でヴァーリの腹を突き無理やり距離を取らせ不利な体勢を脱出し―――

 

『はぁぁ!!』

 

 ―――火の粉を舞う様に散らし戦旗を振るう。

 流石のヴァーリも直撃は喰らえないと思ったのか、魔力を纏わせた四肢で旗を弾く。だが一誠は旗が弾かれると同時にその場でくるりと一回転し、旗に炎を纏わせる。

 すると不思議な事に一誠の周囲が無重力にでもなったかのように宙へ浮き上がった。どういう現象かは理解できないが、周囲の葉、瓦礫、石ころまでもが浮き上がっていた。

 

『なっ!?』

 

 それによってヴァーリすらも無防備な体勢で浮かび上がり、繰り出そうとしていた手刀が見当違いの方向に突き出されてしまった。無防備な状態のヴァーリに、右の手の戦旗を大きく上段に掲げた彼は、纏う炎と共に叩き斬る様にヴァーリへと振り下ろした。

 

『ぬ、おおおおおおおおおおおおおお!?』

 

 空に刻み込まれるように橙色の炎の軌跡がヴァーリの鎧へ叩き付けられ、爆発、破砕音と共に吹き飛ばされる。旧校舎の周りに生い茂る木々をなぎ倒すことでようやく勢いが収まり制止したヴァーリは、ふらりとグラつきながら立ち上がると、喜びに震えるように体を震わせた。

 

『なんて奴だ―――前言を撤回するぞ、お前は赤龍帝じゃなくても十分に強い。いや、最高だ』

『そんな褒められるのは、慣れてないからなぁ……』

 

 困ったように仮面に覆われた頭を搔いた一誠に、ヴァーリは再び魔力を滾らせる。

 一誠も戦旗を構える。

 

 ―――この勝負、どうなるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああああ!!」

 

 振るわれる戦旗を魔力を纏わせた手で弾きながら観察する。

 兵藤一誠の今の強さを―――『カチドキアームズ』といったか?ジンバーレモンアームズはバランスの良いフォームと考えるならば、これは火力と防御力に主眼を置いた、決戦用の姿。加えて、光速で動いている自分の姿に反応、視認して動いているから全体的な性能も向上している。

 

 ―――最高だ。

 

【Divide!】

「?……オラァ!!」

「……ッ……半減の力すらも効果は薄いか!!」

 

 一番おかしいのは一誠自身に半減の力があまり効果を成していない事だ。こんな経験これまで生きてきた数度ほどしかない、しかもその数度は【神】クラスの相手と戦っていた時のものだ。

 

 アザゼル―――兵藤一誠が神に類似する存在だという仮説はどうやら間違いではないのかもしれないぞ―――収まらない笑みを浮かべたまま、口を開けて見ているアザゼルの方を一瞥し、そう思う。

 

「まあ……」

 

 今は兵藤一誠の力がどういうものなんてものは最早どうでもいい。この男は自分と互角に戦える、やるかやられるかのギリギリの勝負、それだけで自分の心は満たされる。

 

「防戦一方ではなぁ!!」

「ぐぅ」

 

 振り下ろす形で繰り出した手刀で旗を掴み、振り回すように手放させ、後方へ放り投げる。防御とパワーに関してはあちらの方が強いが、スピードと魔力でならこちらが有利―――。

 

「まだッやられるかよぉ!!」

「!!」

 

 何時の間にか左手に出現していた銃と刀が一体化した武装が、下から切り上げる様にヴァーリの鎧に一筋の傷を刻み付けた。

 完全に虚をつかれ動揺したヴァーリの隙を突き、一誠は左手に持った刀、無双セイバーをヴァーリの肩に突き出した。

 

「ぐぁ……ッ!?か、はは!やるなぁ!!イッセー!!」

「これで終わりじゃないぞ!!ヴァーリ!!」

 

 肩に突き刺さった無双セイバーを引き抜きながら空へ逃れたヴァーリに、橙色の銃、【火縄大橙DJ銃】を掲げた一誠は、バックルからカチドキロックシードを取り外し、DJ銃のくぼみに嵌め込んだ。

 

【ロックッ・オォン!!】

 

 重々しくも重厚な音声と雄叫びが嫌に静かになった周囲に響く。

 無双セイバーが突き立てられた鎧の傷からは血が止め留めなく流れているが、それを無視しながらヴァーリは一誠を注視した。

 

「ははっ!」

 

 ―――今から繰り出される一撃は一誠の必殺の一撃だ、ということを感じとりやや遅れながらも両腕を前に突き出し、巨大な魔方陣を展開させる。

 巨大な魔方陣には眩いほどの魔力が溢れ出る様に漏れ出し、眼前にいる一誠を照らす。

 一方の一誠も、掲げた銃の銃口から燃え滾るような橙色と赤色のオーラを迸らせている。

 それだけで二人を中心に荒れ狂う様に風が吹き荒れる。

 

 双方が今まさに繰り出そうとしている一撃を見たアザゼル、サーゼクス、セラフォルー、グレイフィア、ミカエルは表情を険しいものに変え、周りにいる面々に今すぐ退がり、停止した者達を守る様にと指示を下す。各国の実力者が危惧するほどの一撃、自ずとそれを理解したリアス達はすぐさま前方に防御用の魔方陣を展開し衝撃に備えた。

 

「全身全霊の一撃ッその身を持って知れ!!」

「はぁぁぁ………ッ!!」」

 

【カチドキチャージ!!】

 

 魔方陣からは白銀の魔力の一撃が放たれると同時に、銃口に強大なエネルギーを収縮した一誠はそのトリガーを引く。放たれたのは光線と見間違うほどの灼熱の本流。

 

 白銀色と橙色の一撃が激突し、拮抗するように魔力とエネルギーが拡散する。はじけ飛ぶように拡散されたエネルギーの余波は校舎を破壊、蹂躙し、嵐の如くリアス達にも衝撃を伝えさせる。

 

「押されている、だと!?」

 

 ヴァーリの魔方陣を展開している手が震える。

 ―――一誠の放った砲撃に押し負けている、魔力において比肩しうるものが居なかった自分が押されている。

 

 なんという人間だ。

 なんて素晴らしい人間だ。

 ただ一方的に蹂躙するのではなく、対等に、互角に、自分を圧倒する最高の好敵手、これが―――兵藤一誠。

 

 自身の魔力を今にも突破しようとしている砲撃を見据え、鎧の中で口を震わせる。

 もう兵藤一樹の事も禍の団の勧誘の事なぞどうでもいい。

 仲間になんてならなくていい。

 

「俺も今この時を感謝しよう……ッ」

 

 橙色の砲撃が圧倒的な威力を以て自身の魔力の一撃を突破する。純粋なパワーでの勝負に敗北に、不思議な事に悔しさはない。むしろ嬉しさの方が大きい―――。

 

 ―――兜の中で満足そうな表情を浮かべたままヴァーリは一誠の放った砲撃に飲み込まれた……。

 




カチドキ鎧武VS白龍皇

圧倒とはいかないまでもかなり互角にまで持ち込めました。



前半の一樹について―――。

これで一樹は改心したかどうかと言われれば、まだしていません。
というより、手放しで改心して許される、というのは何だかなぁと思うので、なぁなぁな感じにはしない予定ですね。


次話もすぐさま更新致します。



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揺るがぬ心 14

本日二回目の更新です。

そして今章はこれで終わりです。


 長いようで短い二人の真剣勝負。

 お互いが全力の力を以て繰り出した一撃。

 

 ―――打ち勝ったのは一誠だった。

 

 彼の放った尋常ならざる砲撃がヴァーリの放つ魔力砲を消し去り、彼を飲み込んだ。

 

 リアスはその筆舌しがたいその光景に、暫し呆然と立ち竦んでいたが、直ぐに我に返ると砲撃に飲み込まれたヴァーリから、一誠の方へ視線を変える。

 一誠の姿を視界に収めたその瞬間、彼はその手から【火縄大橙DJ銃】を落とし、変身が解除されると同時に膝から崩れ落ちていた。ドサリと顔から地面に落ちた彼にリアスは悲痛な叫び声を上げた。

 

「っ!イッセー!!」

 

 戦闘が未だ終わっているかどうか分からないにも関わらず、リアスは一誠にへと駆け寄った。彼女の後から木場、ゼノヴィア、ギャスパーも遅れて着いて、リアスに支えられる一誠を心配そうに見つめた。

 

「……部長、ヴァーリは……」

「お願いだから動かないでちょうだい……ッ」

 

 ヴァーリが居た場所を見る一誠の目は虚ろだった。恐らく、ほぼ何も見えていない……それなのに変身が解けても尚一誠は戦おうとしている―――その事実にリアスは身が引き裂かれそうな悲壮感に駆られる。

 一誠を抱き起した手を見ると、べっとりと血がついている。

 

「い、一誠さぁん!」

「ギャスパー、か……」

 

 血が苦手なはずのギャスパーが流れ出す血を恐れずに、一誠に懸命に声を掛ける。彼の言葉に意識が朦朧としているであろう一誠は、ギャスパーの声が聞こえるその方向に顔を向けた。

 

「……良か……た」

 

 そう一言だけギャスパーとリアスに向けて言い放ち、一誠は脱力するように目を閉じた。四肢の力が抜けてしまった一誠に、顔を青くさせたリアスはすぐさま彼の胸に耳を寄せ心音を確かめる。

 ―――生きている。心臓が確かな鼓動を刻んでいることに、安堵の表情を浮かべる。

 

 

 

 

『―――限界だったか』

 

 

 

 

 しかし、リアスが浮かべた安堵の表情は次の瞬間には、絶望へと変わった。やや上方から聞こえるその声、機械仕掛けの人形のような挙動でそちらに視線を向けると……一誠の攻撃に飲み込まれたはずのヴァーリが其処に居た。

 

 鎧は所々砕け散り、至る場所から流血が見られる。

 兜のほとんどが砕け覗く端正な顔には、血反吐を吐きながらも満足そうな笑顔を浮かべている。

 一樹の方を見ていた木場とゼノヴィアは、すぐさま一誠を抱きかかえるリアスの前へ出る。サーゼクス達もこれ以上の勝負は危険と判断したのか、目を細めながら静かに力を放出させながらヴァーリを見る。

 

「先程の一撃、これまでにない最高の一撃だった……俺もここまでダメージを受けるのは久しぶりだ」

 

 自身の姿を見ながらそう呟いたヴァーリは、リアスに抱きかかえられている一誠を見る。

 ―――自分と戦う前から既に限界近くだったはずだ。

 あまり医学に精通していないヴァーリでさえ一目で分かるほどの状態だった一誠は、自分と互角に戦い、あまつさえここまでのダメージを与えた。

 

 もし万全の状態の一誠と戦ったなら……?

 

 そう考えると震えが止まらない。怯えなんていうものではない、歓喜からくるものだ。まだ自分には覇龍という奥の手があるが、それを抜きにしても今の一誠の成長速度を考えるともしかしたら、という可能性が出て来てしまう。

 

「引き分けだ」

 

 場を見れば勝者はヴァーリだが、それを彼は良しとはしなかった。

 一誠は万全でじゃなかった。

 自分の我儘で無理に戦わせてしまった。

 自分と対等に戦ってくれた。

 それだけでこの勝負を引き分けとする理由としては十分だった。

 

「今回の勝負は引き分けだ。イッセーに伝えておいてくれないか。リアス・グレモリー」

「……ええ」

 

 ヴァーリの突然の言葉に目を瞬かせたリアスは、その言葉の意味を反芻するとゆっくりと深く頷いた。

 リアスが頷いた事を確認したヴァーリは、次にアザゼルの方に視線を向け口を開こうとするが―――その瞬間、上空高くから神速でヴァーリとアザゼル達の間に何者かが入り込んだ。

 

 

「ヴァーリ、迎えに来たんだぜ……っておいおい、ボロボロじゃねーか!どうしたんだぜぃ!」

「美候か…お前が来たという事は………そろそろ時間か……」

 

 空から舞い降りたのは中国の武将のような鎧を身に纏った男だった。

 一見、一誠のカチドキアームズとは対照的に見えるその姿に、その場に居る面々は丸くする。

 

「まさか孫悟空の末裔までもが『禍の団』入りとはなぁ……世も末だな。だが白い龍に孫悟空か、西遊記的にはある意味でお似合いかもしれねぇな」

「オレッちは仏になった初代とは違うんだぜぃ。自由気ままに生きる、その過程でヴァーリと仲間になった、それだけだぜぃ」

 

 血濡れのヴァーリに手を掲げ仙術での治療を施しながら、青年、美候はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。その笑みにお手上げだと言わんばかりに両手を挙げたアザゼルは、美候からヴァーリに視線を変える。

 

「お前は行くのか。ヴァーリ」

「ああ、もう此処に居る理由はない。それに俺も今日この時を機に忙しくなる。立場的に面倒くさいんだが……後悔はしていない。こうやって念願の宿敵に会えたからな」

 

 念願の宿敵。

 アザゼルは一誠を一瞥し、その言葉にどれほどの意味が込められているのかを吟味する。

 恐らく、ヴァーリは一誠の潜在能力の底知れ無さを戦いを通して感じとった。あのヴァーリが宿敵と認めるのは相当な事だ。赤龍帝と白龍皇との因縁とは関係ない、『縁』。

 

「兵藤一誠はもっと強くなる。目を離すなよ、アザゼル」

「……んなこと言われなくても分かってるよ。何年お前の相手をしていたと思ってんだ」

「……ははは、それもそうだな」

 

 アザゼルの皮肉に、快活に笑いながら美候と共に地へ降り立ったヴァーリは、美候に何かを指示する。ヴァーリの治療を行っていた美候は、治療の手を止めると棍をその手に出現させ、くるくると回しながらソレを地面に突き立てる。

 すると、地面に黒い沼のようなものが現れ、ヴァーリと美候を飲み込んでいく。

 

 独特な転移方法―――すぐさまその認識に至ったアザゼルはゆっくりと目を閉じる。

 目を閉じたアザゼルに、何かを思ったのか僅かに表情を渋めながら、一誠に対する最後の言伝とばかりに口を開く。

 

「兵藤一誠に伝えておけ、次に本気で戦う時はもっと強くなってからだ、とな」

 

 ―――そう言い放ったヴァーリと美候は地の黒い沼に沈み消えて行ってしまった。

 ヴァーリから一誠に対する言伝を聞いたリアスは今、腕の中で傷つき目を覚まさない一誠がまた今回以上の戦いを、運命づけられていると感じ、悲しげな表情でより強く彼を抱きすくめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 禍の団によって三勢力会談は襲撃された。

 だが、各勢力の奮闘により見事、禍の団を撃退することに成功した。

 

 ―――天界代表天使長ミカエル、堕天使中枢組織『神を見張る者』総督アザゼル、冥界代表魔王サーゼクス・ルシファー、三大勢力各代表のもと、和平協定が調印された。

 この和平は、会談が行われた舞台、駒王学園の名から取って『駒王協定』と称されるようになった。

 

 三勢力会談から数日後、アーシアのおかげで全快の状態にまで回復した一誠。だが数日中はリアスの言いつけで学校を休んではいたが、それも終りようやく学校へと通うまでになった。

 「俺、何時も気絶してるなぁ」と思いながら休んでいたものの、見舞いに来てくれたイリナに嬉しく思いながらも、彼は休んでいる間も色々な事を考えていた。

 

 

 新たに目覚めた力、【カチドキアームズ】。

 白銀の戦士へ至るであろうその力。

 その力を使っている最中、全身を襲う激痛に襲われながらも彼の頭にはなだれ込むように【記憶】が入り込んだ。

 全く理解できなかった。ユグドラシルとか此処とは違う世界の危機とか、一誠の理解の範疇を超えている事態が起こっていたからだ。だがその断片の中で、自分が夢見る森の中に住んでいる男の姿が映りこんだ。

 森の中では民族衣装の様なものを纏っているあの男は、記憶の中ではカラフルなDJを思わせる衣服に身を包んでいた。―――いよいよあの存在がなんなのか分からなくなってしまった。

 あの男については次に森へやって来た時、おいおい訊いてみようかと思う。

 

 

 後は一樹の事だ。

 一誠は正直心配だった。

 ヴァーリに痛めつけられ精神的に辛い事を言われ、沈んでいないか。もし、自暴自棄になってはぐれ悪魔になってしまうような事態になったら―――そう考えたら身の毛もよだつ思いに駆られた。

 

 だが一樹は思いのほか変化は無かった。

 あるとすれば、時々一誠を見て、思いつめるような表情を浮かべるような所作が増えただけだった。何か言いたげにしているようにも見えるし、避けているようにも思える。少なくとも日々の悪態や嫌味は完全になくなった。

 

 体調が整った後に、リアスに一度相談したら「思いつめているんじゃないかしら?」と悩ましげにそう言われた。一誠自身、一樹が何を思い、何を考えているかは分からない。

 だけど、三大勢力会談から何かしらの心境の変化が起きたという事はなんとなくは分かった。

 

 それがどういう変化かは今の状況じゃ理解できるはずがないが、できることならそれが良い方向に変わってくれればいいと一誠は思っていた。

 

 

 

 ―――そんなこんなで中々の波乱が起きた三勢力会談も終り、数日が過ぎた頃。

 一誠がようやく学校へ登校することができたその放課後。オカルト部に驚くべき来客がやってきていた。

 

「てなわけで、今日からオカルト研究部の顧問になることになった。アザゼル先生と呼べ。もしくは総督で良いぜ」

 

 堕天使総督、アザゼル。

 着崩したスーツに身を包んだチョイ悪な風貌の男が軽い口調で、そう言い放った。

 リアス含め部員全員が驚きの表情を浮かべる。

 

「……なんでここに?」

「はっ、セラフォルーの妹の嬢ちゃんに頼んだらこの役職だ。まあ、俺は知的でチョーイケメンだからな」

「……ソーナ、事前に連絡位くらい越しなさいよ……」

 

 学園の親友に苦言を呈しながら、リアスはジト目でアザゼルを睨み付ける。その視線を受けても尚飄々としているアザゼルはオカルト研究部を興味深げに見回しながら、自身が此処に来た理由を述べた。

 

「俺がこの学園に滞在できる条件はグレモリー眷属の未成熟な神器を正しく成長させること……まあ、神器マニアの俺の知識を役立てろって事さ。後はイッセーの力の解明と……『禍の団』の抑止力として育成しろっていう所だな」

「抑止力、ね」

「最近、どんどん実力を伸ばしているグレモリー眷属にじきじきの推薦があったらしいからな」

 

 禍の団に対しての抑止力、つまりヴァーリ以外のテロリストと戦わなければならないのだろうか。でも今の状態じゃ厳しいから、その為にアザゼルが来た……そういう認識で良いのだろうか?

 首を傾げながら一誠が考えていると、アザゼルが悩ましげな表情の一誠に気付き、苦笑しながら声を掛ける。

 

「おいおい、難しく考えるなよ。どうせ脳が足りねぇんだから、余計なこと考えてもらちが明かんぞ。お前が最終的に戦うのはヴァーリだ、お前はそれだけ理解していれば十分だ」

「は、はあ」

 

 相槌をしながら話を聞く。

 取り敢えず、悪い人ではなさそうだ。

 

 この人の知識はリアスや皆にとって良い影響を与えてくれるかもしれない。そして―――自分の力の正体も、もしかしたら解明してくれるかもしれない。

 

 若干の淡い期待を抱きながら、一誠は無意識的に心臓の位置する部分に手を置き制服を握りしめ、思う。仮に、自分の力が解明されたとしてどうなる。危険な力だったのなら使うのを止めるか、それも一つの手だろう。

 『皆』にとっての最善を選んで来た自分が、周りに危険を及ぼす選択を選ぶことはあり得ない。

 

 あまりにも大きすぎる力だったなら?

 『人』という容量に収まらず。

 その容量に見合う身体に作り替えてしまうほどの大きな力だったのなら。

 自分はそれでも力を使い続けなければならないのだろうか……。

 

「―――答えは……」

 

 胸に置いた手を離し、手を開く。

 橙色の大きな錠―――自由に生成できるようになったソレを、見て一誠は誰にも聞き取られないような声で―――

 

「……決まってるか」

 

 そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章~【終】~

 

 




これで今章は終わりです。

次章は一樹にとって、かなり重要な章になるかもしれません。






感想返信できなくてすいません。


一応、多い質問についていくつか答えさせて貰います。



1、レジェンドアームズは出るか?

 本編では出せません。
 外伝なら可能です。

2、オリジナルアームズは出るか?

 設定的に滅茶苦茶になってしまうので出せません。

3、鎧武が劇中変身していないアームズに変身できるか?

 ロックシード自体は手に入れる事は可能ですが、変身は……無理です。
 あまり多く変身形態を増やすと、可愛そうな―――

   チェリー「………」

 ……可哀想なロックシードが出てきてしまうので……。

4、イッセーはオーバーロードになるか?

 予定としてはなります。


5、待機音とか他音声の部分とかは描写しないのか?

 一部のみ描写しています。
 変身の際の『ソイヤッ』とか大橙銃『フルーツバスケット』等の音声の描写は敢えて書きませんでした。
 あまり描写するとしつこいかな、と思ったので小説版仮面ライダーとまではいかないまでも、ある程度簡略化させて貰っています。




 取り敢えず、感想蘭での質問が多いものはここで返信させて貰いました。

 次話は、『悪』か『D』を更新したいと思います。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。


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不変の想い 1



お待たせしました。
新章、【不変の想い】更新致します。

二話ほど更新致します。


 三大勢力会談『駒王協定』からある程度の日にちが過ぎた。

 ヴァーリとの戦いとの傷が完全に癒えた一誠。ようやくいつも通りの日常に戻れると思いきや、そうはさせるかというように彼に様々な事が起こった。

 

 アザゼルがオカルト部の顧問になったこと。

 自分の家が豪邸ばりに改築されてしまったこと。

 

 正直アザゼルに関してはそれほど問題視はしていない。なんとなくだが、一誠にはアザゼルがコカビエルの様に悪い人には見えないのだ。むしろ自分の趣味に生きる人みたいなところもあるので警戒する方が馬鹿らしくなってくる節さえある。

 

 家は……寝て起きたら改築されていた。

 理由は、大人数で暮らすには少し狭い、という理由とオカルト研究部の集まる場所として使おうと思っての事だという。そう何気なく言い放つリアスに「流石お金持ち、流石お金持ち……」と思わず二回呟いてしまった。

 

 でも住めば都という言葉がある通り、数日過ごせば新しい家にもすぐに慣れる。むしろ広い室内にテンションとか上がったりしていた。

 

 浮足立ったまま日々を過ごしていると何時の間にか一学期が終わる間近―――

 夏休みを目前にした一誠はアザゼルに自身の力、『鎧武』の力について調べて貰っていた。

 

 

 

「駄目だ分からん」

「ええ!?結局分からなかったんですか!?」

 

 ロックシードとバックルを解析して貰ったのだが、アザゼルが出した結論は相も変わらず『分からない』というものだった。

 

「強いて言うなれば、このロックシードとかいう物体とバックルの中身は完全なブラックボックスと言う事が分かった。神器を研究する身としてこれほど興味深いものはねぇな」

 

「ブラックボックス……」

 

「俺なりの考察を述べるなら……力の大本はお前の身体の中にある。このバックルとロックシードはあくまでお前の力を引き出す媒体でしかない。だから俺やリアスが使おうとしても使えなかった」

 

 一誠の身体の中に燻る大きすぎる力。

 それはアザゼルの想定したものよりもずっと不可解で、興味深いものだった。神器とは似て非なる道具を生成し尚且つ、魔力や光力とは違うエネルギーを操る。まるで、この世界とはズレた力。

 そしてアザゼルはもう一つ一誠に対して興味を抱いている事があった。

 

「お前の中に居る意思はなんて言っていた?」

 

「………」

 

 一誠の中に宿るなんらかの意思。

 なんとか一誠から聞きだした内容から考察するに、その意思は霧の深い森の中に居る、民族衣装のような衣服を纏った男。一誠にロックシードなる力を与えた……。

 だがそれだけしか聴き出せない。何故か、一誠は必要以上にその男について語ろうとしないのだ。

 

「リアス・グレモリーには話さねぇよ……余計な心配をかけたくないんだろ?」

 

「いや……はい……あの……俺も良くは分かってないんですけど……俺の中にいるアイツは言ったんです」

 

「言った?……何をだ?」

 

「大袈裟なんですけど……『その時お前は、全ての世界を制するんだ』って。バカみたいな事だと思うんすけど……」

 

「……は?全ての世界?おいおい話がいきなりぶっ飛んだな」

 

 確かに一誠の持つ力は一人間が持つには規格外だが、あくまでそれは魔王クラスに片足を突っ込んだ程だ。最強の名を冠するグレートレッドやオーフィスには遠く及ばないだろう。なのに全ての世界を制する?……普通なら笑う所だが、もし一誠の力が際限なく進化し続ければあるいは……。

 

「その意思はお前に『神』にでもなってほしいのかねぇ……それは割りとシャレにならねぇが」

 

「は、はは……」

 

「笑い事じゃねぇぞ。あまり過信しすぎるなよ?力を不用意に使いすぎれば下手すりゃお前も晴れて人外の仲間入りだ。まだ人間でいたいのなら、無理な力の使い方はするな」

 

 正直、アザゼルは一誠が別の種族になることを前提で考えている。可能性は低い、と言われているがアザゼルはそう思わない。

 一誠がヴァーリと戦っている時、一誠には白龍皇の半減の力がほとんど効果を成していなかった。これは神性の高い者には半減の力の効きは薄い、という現象と酷似している。堕天使幹部にさえ効果のある半減をまともに受けて力の衰えを見せない一誠はそれだけで異常だ。

 一誠の中に内包するものがそれだけ規格外ならば、悪魔の駒が反応しない理屈が通る。だがそれは一誠が人間ではないナニかになってしまうという結論に至ってしまう。……勿論これはリアスには伏せているが何時か言わなくてはいけない事だろう。

 

「ま、現状お前の力はよく分からん。グリゴリで調べさせれば色々分かるかもしれんが、現状リアスがそれを許してはくれねぇだろ。……今はゆっくりと考察を考えているさ」

 

「はい……」

 

「気落ちすんな……そういえばお前は俺らと一緒に冥界に行かねぇのか?」

 

 早朝、小耳に挟んだが一誠はリアス達と共に冥界には行かないとか。

 

「あー、ちょっと友達と海行って来る約束したので、とりあえず遊びに行ってから冥界に行くという感じっす。幸い、部長が迎えの人を呼んでくれって言っているので」

 

「成程、まあ人間のお前には悪魔の行事とかは暇だからな。いいんじゃねぇか?」

 

 一誠にとって、人間としての交流が大事と判断したリアスは一時一誠が離れることを許したって訳か。悪魔にとっては長い時の中での一瞬の出会いでも、人にとっては長く保たれる縁、一誠の言葉に納得したアザゼルは椅子に座り脚を投げだした。

 

「検査はこれで終わりだ。まー、リアスには分からなかったとだけ伝えておいてくれ」

 

「はいっ!ありがとうございました!」

 

 元気よく礼を良い一誠はアザゼルの居る部屋を後にする。

 一人残されたアザゼル、彼は先程までの検査の結果を含めた資料を並べながら大きなため息を吐いた。

 

「全ての世界を制する、か。本当にそんなことになっちまったら……あのジジィ共と骸骨野郎が黙ってねぇな……帝釈天あたりにも注意しておいた方がいいかもしれねぇな……」

 

 一誠が口にした言葉は到底信じられるようなものではなかったが、どうにもアザゼルにはそれが虚言とは思えなかった。

 

 面妖な果実

 

 ヘルヘイム

 

 仮面の戦士

 

 霧の深い森

 

 兵藤一誠という存在。

 

「新しい『神』の誕生、それは混沌を呼ぶぞ」

 

 この懸念が杞憂で会って欲しい、アザゼルは心の底からそう願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、先に冥界に行くわイッセー」

 

 リアス達が冥界に行く日、一誠は街の駅の前で彼らの見送りをしていた。

 冥界への入り口がある場所が駅の中にあるとは思わなかった一誠は最初は驚いてはいたものの、悪魔の常識というものは人より若干ずれているということが分かっていたので、その驚きも直ぐに収まった。

 

「俺も松田達と海に行ったら直ぐに行きます」

 

「ええ、楽しんでらっしゃい」

 

 本来は人間である一誠を冥界に連れて行く意味はないのだが、特異な力を持つ人間であるということとリアスにとって恩人とも言える人物であることから、サーゼクスが一誠を冥界に連れて行っていいように許可を出したのだ。

 しかし一誠にも人間としての生活があるので、それを配慮してリアス達よりも少し遅れて冥界に行くことになった。

 

「松田さんと元浜さんによろしくお願いしますっ」

 

「イッセー、待ってるぞ」

 

「皆も気を付けてな」

 

 部員それぞれに別れを告げていきながらも、最後に一樹の方を見やる。

 ―――ヴァーリにやられてから、ずっと心此処にあらずと言った感じだ。一応、受け答えはしてくれるが前の様な感じではなく、なんというか無気力な感じに思える。

 

「一樹も……部長を頼んだぞ!」

 

「………できたらね」

 

 一誠の気合いの籠った激励も流すように応対した一樹は、ぼんやりとしたまま一誠に背を向ける。

 その様子に溜め息を吐いたリアスは他の眷属達にも出発するように言い渡してから、一誠へ向き直り優しげな笑みを浮かべた。

 

「イッセー……貴方の事だから心配はないでしょうが……禍の団の事もあるから気を付けて」

 

「はいっ、もし戦うような状況になっても出来る限りは無理はしないつもりです」

 

 一誠のその言葉に安心するように笑顔を浮かべたリアスは、背後を振り向き駅の方へ歩いていく。眷属達も一誠に手を振り、着いて行く……が、その中でギャスパーが名残惜しそうに一誠の方を見ている。

 不安そうに一誠を見る彼の心情を察した一誠は、彼由来の明るい声音でギャスパーの肩に手を置き目線を合わせる。

 

「そんな気負わなくても、俺もすぐに行くって。だから……俺が居ないからって寂しがるなよ、ギャスパー」

 

「……はい、いってきます!イッセーさん!」

 

「ああ、行って来い」

 

 大袈裟だなぁ、と思いつつも走っていくギャスパーと部員たちを見送った彼は、その場で踵を返し家のある方へ歩いていく。松田と元浜と予定した海への旅行も三日後。

 去年も松田と元浜とは海に遊びに行ったが今年はその後に冥界に行かなくてはならないということが去年とは違う所だろう。

 

「今年の夏休みは忙しくなりそうだ」

 

 照りつく太陽の光を手で遮り雲一つない空を見上げた一誠は、親友二人との旅行に心躍らせるのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹操、『彼女』は?」

 

「出掛けているよ。そう珍しいことじゃない、彼女は今の俺達じゃ縛れない次元の存在だ。偽りのボスだとしてもね」

 

 曹操、と呼ばれた少年がその手に持った槍を肩にかけやれやれと言った風にため息を吐く。自分たちのボスの自由奔放さに何度こうやってため息を吐いたか分からない程だが、彼女の存在はそれだけで意味を成す。

 何せ無限の力を持つと言われている存在なのだから。

 六つの剣を持つ少年はそんな彼の表情を見て苦笑した。

 

「自由奔放すぎるのも困ったものだね。何処に居るかは聞いている?」

 

「……分からない。彼女らしい曖昧過ぎる言葉を残して去っていってしまったよ」

 

「へえ、どんな?」

 

 曹操の言葉に興味を持った少年は、興味深げにそう問いかけた。その問いかけに曹操は理解できないとばかりに額を抑え、苦々しい表情を浮かべた。

 

「会いに行く、と」

 

 





一誠がリアス達と合流するのは修業が始まって数日くらいしたあたりです。

次話もすぐさま更新致します。


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不変の想い 2

二話目の更新です


 降り注ぐ日差し。

 波打つ砂浜。

 視界一杯に広がる青い海。

 屋台からかおる香ばしい香り。

 

 

「「「海だぁぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 

 一誠、元浜、松田の三人組は海にやってきていた。夏休みという長期休暇を利用しての海水浴、夏休み前から計画していたとあって、滞りなく海に到着した彼らはさらにテンションを上げ、海へ繰り出した。

 

 皆で楽しくわいわい泳いで遊ぼうという名目の下、海へ走っていく彼等であったが―――。

 

「お前らー!ナンパすっぞ!!しくじんなよ!!」

 

「目立つなバカ者ッ、ここで目立ったらギャルが寄ってこんぞ!!」

 

「そういうことだと思ったよ!!」

 

 その真の目的はナンパ。

 海と言えば海水浴、海水浴と言えば水着、水着といえばギャル、ギャルと言えばお姉さん、お姉さんはエロい、そんな単純すぎる思考の下欲望まみれの高校生男子は意気揚々と砂浜に脚を踏みしめた。

 

「熱ッ!砂浜すげぇ熱いぞ!!」

 

 日の光によって熱せられた砂浜が足の裏を焼く。そのあまりの熱に思わずそう叫びながら松田と元浜へ振り返ると―――

 

「お姉さん!お姉さんは何処だ!!」

 

「いたぞ!あそこだ!!」

 

「お前らまず海を楽しめよ!?」

 

 エロガッパ三人組らしいといえばそうだが、あまりにも性欲に忠実過ぎて女性は愚か誰もが彼等から距離を取る様に避けているのが、なんとも言えない。

 いつも通りな親友二人にある意味でどこか安心する一誠。

 

「イッセー、俺は大変な事に気付いてしまった」

 

「ん?どうした」

 

「俺の私的見解によると、俺がお前らと一緒に居たら高確率で変態に見えるということにだ」

 

 この時一誠はこう思った。

 このエロメガネは何をとち狂った言っているのだろう、と。

 

「いや、俺とて普通にしてみればメガネをかけた好青年だろ?」

 

「……おいおい元浜、それは間違ってる見解だ。むしろお前らといると俺も変態と見られるんだ。全く、なあイッセー、お前もそう思うだろう?」

 

「ああ、全くだ。俺一人だったらもうナンパとかし放題だから」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 互いに笑みを浮かべたままの無言。

 彼らは親友だ、親友ではあるが彼女ができることを手放しで喜んだりはしない。クラスの同級生に彼女が出来たのなら怨嗟の視線で睨み続けるし、苦渋の表情で泣き合ったりしている。

 夏休みを機に折り返しとなった高校生活―――今年こそは、今年こそはと思い繰り出した海。

 

 ―――三人組で行動してしまったのなら、必ずボロが出る奴が現れる。そうなればナンパ相手には逃げられてしまうし、責任のなすりつけ合いが始まる―――

 

 奇しくも三人とも同じことを思っていた。

 

「………元浜、イッセー、それじゃあ誰が先に女の子を連れてこれるか勝負をしようじゃないか」

 

「上等だぜぇ……」

 

「乗った」

 

 売り言葉に買い言葉。

 あれよあれよと不毛すぎる対決が始まり、砂浜で睨みあっていた三人は背後を振り向き各々が狙い定めたポイントへ歩き始める。

 

「………」

 

 ふと一誠は考える。

 ナンパをしに海に行ったことがリアスやアーシアに知られたら……。

 

「―――男には……ッ引けない時があるッ」

 

 いわばこれは男と男の勝負、例え見損なわれようと、蔑まされようとそれは歩みを止める理由にはならないッ。一人の男として、一誠は砂浜を踏みしめ日の光が降り注ぐ浜を進む―――。

 

「兵藤一誠行きます……ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 惨敗だった。

 無理な話だと気付くのが遅すぎた。リアス達と出会う前は覗きはすれど女子と真っ向から話すことなどほとんどなかった。例外で桐生藍華という女子がいるが、あれは普通の女子とカテゴリーしていいかどうか分からないのでカウントしない。

 

「フ、フフ……迂闊だったぜ」

 

 砂浜と隣り合う岩場に座り込み、落ち込む一誠。

 まさか初対面の女子とまともに会話することがこんなにも難しいとは露とは思わなかった。学校という一定のコミュニケーションが取れる環境から出たくらいでこの体たらくとは……。ナンパを平気でできる人って実は凄い人だったんだと痛感しながらも、未だにナンパを続けている親友たちの方へ意識を向ける。

 

『―――ってえ、ああ……そう……連れの人が……あ、はい……すいませんでした』

 

「………松田ぁ……」

 

 へこへこしながらその場を離れる親友を見てなんだか悲しくなってしまった。

 元浜はその近くで虚ろな表情で海が波打つのをボーっと見ている。彼の成果も言うまでもないだろう。

 

 こんなにも現実は非情、そう思い知った一誠は熱くなった目頭を抑えながらもせめてもの慰めとして彼らに飲み物を差し入れようと、近くにある海の家へと行こうと考える。

 いくら頑丈な彼等とて熱中症にならないとは限らない。

 

「……ついでに何か適当に食い物でも買っていくか」

 

 財布を取り出した彼は、砂浜を上がり海の家がある方向に向かう。幸いまだ昼時じゃないからかそんなにはまだ人が混んでないように見える。

 

 手早く飲み物と焼きそばを買って、それを持って店の外へ出る。

 

「…………ん?」

 

 外へ出た瞬間、先程まで見当たらなかった少女、降り立つように目の前に現れたことに気付く。

 普通の女の子だったならば気にも留めなかっただろう。一誠が興味を引いたのはその少女の服装―――それは圧倒的に夏にそぐわないゴスロリ染みた真っ黒な衣装を纏っていた。

 何処か異様な雰囲気を纏う少女の黒髪から覗き見れるその真っ黒な瞳は一誠を捉えて動かない。

 

「見つけた」

 

「え?」

 

 少女が一誠にそう言うと、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。どうみても普通じゃない少女がこちらへ近づいてきている事に何かしらの危機感を抱いた一誠は、海パンのポケットに手を入れバックルを出現させようとする。

 

「……。……っ!……がっ……」

 

 少女が目前にまで近づいて来たその瞬間、心臓が締め付けられるような感覚が一誠を襲う。

 痛みはない……痛みはないが、息が出来ない程に心臓が熱されるように熱を持ち、鼓動を速める。

 まるで何かに反応しているように、警告するように―――今にも胸から飛び出しそうな程に力強く躍動する。

 

「あ……がッ……」

 

 今までにない感覚―――。

 レイナーレやライザーやコカビエルや――――ヴァーリの時とは全く違う反応。怯え、怒り、苦しみ、喜び、そのどれでもない感情が沸き上がり一誠の体の自由を奪う。

 手に持った袋を落とし、胸に手を抑え膝をつく一誠。

 

「ハァ―――ッ……ハァ―――ッ……何だ、勝手に……」

 

 何時の間にかバックルが腰に出現し、心臓付近に抑えた手にカチドキロックシードが握られている。しかし握られたカチドキロックシードは一誠の意思とは別に勝手に変身を試みようと彼の手の中で暴れまわる。

 こんな所で変身する訳にはいかない。

 もしかすればバイザーの時の様に白銀の戦士の姿になって、勝手に戦いだしてしまうかもしれない。そうなれば無関係な人に被害が及んでしまう。それだけはあってはならない。

 

「我の知ってる力とは違う……でもそれは紛れもなく、命を支配する力」

 

 気付けば周囲に人気が消え失せその代わりに黒髪の少女だげが眼前に居た。

 無機質ながらもその奥に僅かばかりの好奇心を見せる瞳と一誠の【赤く光り輝く人ならざる瞳】が交差する。

 

「まだ時期じゃない……でも遠くでもない、その目覚めの時はすぐ」

 

「……君は……」

 

 一誠自身、自分の目の変化に気付いてはいないがこの状況がマズいものだという事が嫌でも理解できてしまった。そして目の前の少女がコカビエルやヴァーリよりも遙か格上に位置する存在だという事に。

 

「もっと強くなる」

 

 一誠の頬に右手を添えた黒髪の少女は、自らの力を抑えることで精一杯な一誠を自分の方へ向かせる。目と鼻の先に近づいた少女に動揺する一誠だが、異様に強い少女の腕力に抗えず成すがままにされる。

 

「今日は試しにきた。お前がグレートレッドに届き得る存在に成り得るかを」

 

「がっ……ハァ……ハァ……」

 

 急に体を襲っていた鼓動が収まり、勝手に変身を行おうとしていたカチドキロックシードが動きを止め霧散する。緊張状態から解き放たれ大きく息を吸う一誠をジッと見たままの少女は一誠の頬から手を離さずにさらに距離を近づけた。

 ようやく体を自由に動かせるようになった一誠は、何者かも分からない少女の腕を掴み無理やり自分から引き剥がした。

 

「何者だ……お前……ッ」

 

「今は弱い」

 

「答えになって―――ッ」

 

 掴んでいる腕が、少女とは思えない怪力によって引かれ再び頬に添えられる。

 

「……それはまだほんの少しの力しか引き出されていない」

 

 目が離せない―――抗おうとすれば抗えるはずなのに、赤い瞳から見える真っ黒な瞳は何処までも暗く、彼を引き込み離さない強制力を持っていた。

 

「力が欲しければ、蛇を受け入れろ……」

 

 頬に添えられている手とは逆の手が一誠の前へ差し出された。その掌には”蛇”のように蠢く物体が乗せられており、不気味に蠢く物体に一誠はただならぬ不快感を抱いた。

 

 この突発的な状況が分からない。

 黒髪のゴスロリ少女が何故こんな事をしてくるのかも理解できないし。

 突然、力が欲しいかと言われてもバカな自分じゃどうしていいか分からない。

 

 でもこれが受け入れて行けない事だということだけは分かる。

 胸の中にある鍵が訴えているのもそうだし、一誠自身、様々な人の信頼を経て今がある。

 

「ふざけんじゃねぇ……今俺は親友と海に来てんだ……それをこんな訳の分からない子に、それに部長達を裏切るような事できる筈がない!!」

 

 少女の手を今度こそ振り払い立ち上がり、今度は自分の意思でバックルを装着し、ロックシードを構える。少女は暫し呆然と自分の手を見た後、残念そうに首を傾げ変身しようと構える一誠を見る。

 

「………我を拒むか……禁断の果実」

 

「俺の名前は兵藤一誠だ!!禁断のなんとかじゃない!!」

 

「我を受け入れれば強くなる」

 

「お前が何者か分からない内は無理だ……ッ」

 

「………」

 

 これ以上は無理と誘ったのか、少女は一誠から離れた。

 どことなく悲しそうな顔をしたのが一誠の心に言い様のない罪悪感を抱かせたが、彼女が悲しそうな表情を浮かべたのも一瞬だけすぐさま無表情に戻ると背に大きな黒い翼を出現させ、ふわりと浮き上がった。

 

「ドラゴン!?」

 

「………何れまた会いに行く。その時お前の力を試す」

 

「お、おい!結局お前は誰なんだよ!?」

 

 その言葉に少女は一誠を見下ろし数瞬の間をおいて口を開く。

 

 

 

「オーフィス」

 

 

 

「……は?」

 

 たった一言だけ呟かれたその言葉は一誠にとって衝撃的なものだった。

 少女が”オーフィス”だとすれば禍の団の首領にして、最強のドラゴンの一人という事になる。

 

 驚きのあまり言葉が出ない一誠を一瞥した少女―――オーフィスはそのまま勢いよく翼を羽ばたかせ高速で空へと消えて行った。

 

「え……俺、敵の親玉に勧誘されて、た?」

 

 今さらながらその事実に気付いた一誠はへたりと尻餅をつき、オーフィスが消えて行った空を呆然と眺めた。人気は元に戻り、周りからの奇異の視線を向けられても一誠は動けなかった。

 

 何時しかヴァーリにも勧誘されたことがあるが、これはレベルが違う。

 バカな自分でも分かる、禍の団のリーダー、無限の龍神ことオーフィスが―――

 

「いや、これ以上考えるな……どうせ分からない……それよりあの子は何て言った?禁断の……クソッ、肝心な所が覚えてないって……俺って本当にバカ……っ」

 

 大きなため息を吐き立ち上がった頭を抑える。

 なんて言っていたか、凄く重要な事を言っていた筈だ。自分の力の正体を知るための足掛かりとなる一言が思い出せない。

 頭を抑えながらよろよろと歩き出そうとする一誠だが、先程の衝撃が抜けきれないのか足元がおぼつかなく転びそうになる―――が、コンクリートの地面に転びそうになる寸前に、何時の間にか近くに来ていた少年が一誠の腕を掴んだ。

 

「大丈夫かイッセー!!」

 

 顔を上げると、坊主頭の少年、松田が一誠の腕を掴んでいた。

 彼は一誠の顔色が悪い事に気付くと、日陰のある場所へ一誠を連れていき座らせた。腰を下ろした一誠は、大きく深呼吸をし息を整え、気分を切り替えるようにぎこちない笑顔でこちらを見る松田へ口を開く。

 

「……ちょっとふらついちゃったみたいだ」

 

「ふらついたって、そりゃ熱中症だ」

 

「あ、あはは、一年ぶりの海だから張り切り過ぎたわ」

 

「気を付けろよな。お前がダウンしたら、俺と元浜の野郎二人だけになっちまうんだからな」

 

「……それは想像するだけで気持ち悪くなりそうだ」

 

 腐ったものが大好きな女子が大興奮しそうなシチュエーションである。

 想像するだけで胃がもたれそうな光景だ。苦笑いしながらそんなことを考えていると、大分気分が良くなり、眩暈も眩みもほとんどなくなっていたので、そのまま立ち上がり背伸びをする。

 

「ん――………もう大丈夫だ」

 

「もう少し休んでろって」

 

「立ちくらんだだけだからもう平気だって……それより折角の海なんだしナンパもこれぐらいにしようぜ」

 

「………まあ、お前がそういうなら、俺もナンパを中断してあげなくてもいいぜ」

 

「一回も成功してねぇくせになっ」

 

「うるさいわい、次に本気を出すつもりだったんだよ」

 

 頑なにナンパが成功していないことを認めない松田をからかいつつも、未だに砂浜でナンパを試みている元浜を呼び出す。……彼が半泣きで自分たちの元へやってきたことについては障らずに、先程買った飲み物を二人にあげ海を見据える。

 

 オーフィスが求める力、それが自分の中にある。

 凄い強いといわれる存在からそんなことを言われてもいまいち現実感はないが、これはリアス―――いや、アザゼルやサーゼクスにも話さなければならないことだろう。

 

 後、もう一つ確信した事がある。

 最強の存在との邂逅を経て、一誠は自分の中にある力の存在が表へ溢れ出しかけた事を感じとった。途方もない程の大きな力、正直体が破裂しそうなほどのものだったが―――次第にそれに”慣れていくいってしまった”ことを否が応でも理解させられてしまった。

 

「やっぱり、俺……」

 

 そう小さく呟き、言葉を切った彼は開いた手を握りしめながら、隣にいる二人の親友へと顔を向ける。

 

「ん?どうしたイッセー」

 

「色っぽいねーちゃんでも見つけたか」

 

「……ははは、なんでもない。それより泳ごうぜ!折角の海なんだしな!」

 

「さっきまでバテてたくせに急に元気になったな!上等だ!!」

 

「よかろう!華麗な潜水を見せてくれるわ!」

 

 一誠の言葉に元気よく立ち上がった二人は空になった缶をゴミ箱へ投げすてると、そのまま勢いよく海へ走っていく。一誠も笑みを漏らし、走っていく彼らの背中を見据えながら走り出す。

 

「……ありがとうな、二人とも……」

 

 ―――もう今年が”人として”海に行ける最後の年かもしれない―――

 

 そう悟りながらも彼は己の脚を止めることは無かった。





次話から冥界へ行きます。
因みにこの物語の曹操は結構ゲスいキャラにする予定です。



感想を返せない代わりに、前回と同様に質問返しします。

・鎧武外伝のロックシードは出ますか?

 フレッシュオレンジとかは難しいかもしれないです。
 ウォーターメロンやリンゴなどは、武器だけなら可能かもしれません。


・劇場版で登場したドリアンやドングリは使えないのか。

 今の所、劇中のみと限定しているので出せません。
 あまり多くするとややこしくなっちゃいますから。


・【悪】の方ですが変身のストック足りなく無いですか?

 最初の時点で三つの形態に変身できるだけなので、徐々に増えて行く予定です。



 今回の更新はこれで終わりです。


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不変の想い 3

お待たせしました。

少し間をあけてしまったのでとりあえず一話だけ更新したいと思います。


 親友との旅行はとても楽しい思い出となった。

 例え、オーフィスによる勧誘という要素があったとしてもそれは変わる事はない。一緒に笑って、バカやって、これ以上ない位に楽しんだのだから―――。

 

「……確か……駅前で迎えの人を呼んだって言ってたよな」

 

 旅行から帰った数日後、彼はやや大きめのリュックを背負いリアス達を見送った駅前に立っていた。冥界の生き方なんて一誠自身知らない事に加え、人間であるのでリアスが迎えの者を寄越してくれるのだそうだ。

 恐らくリアスの信頼する人か、彼女の使い魔が来てくれると考えてはいるが実際はどうだか分からない。

 

「予定より早く来ちゃったな……」

 

 まあ遅れるよりはいいだろう、と思いつつ周りを見る。

 夏だからか、数日前の自分と同じように旅行へ行こうとする人がちらほらと居る。

 

 数日前の旅行と考えてあの自分を勧誘してきた黒髪の少女、オーフィスを思い出してしまった。禍の団の首領というからには凄く悪い奴を想像していたのに実際に会ったのは悪い感情を感じさせない無垢とも取れる少女。

 嫌な感覚はした、が、それは彼女の圧倒的な力と存在感に過剰に自分の中にある力が反応してしまったせいだろう。

 

「………部長に、話さなくちゃな」

 

 それにサーゼクスにアザゼルにも。これは隠していい問題ではないのはバカな自分でも分かる。

 きっと心配されるだろうが、最強の存在と言われるような奴が自分の力を求めるなんて只事ではないはずだ。

 

「よしっ、まずは報告だ!……でも冥界ってどんな場所なのかな。やっぱり普通とは違うんだろうなぁ」

 

 オーフィスの事について報告するのは決定事項だとして、何気に冥界がどんな所なのか露ほども理解していないのは怖い。

 まさか魑魅魍魎の怪物立ちが跋扈しているような所なのか。冥界と言うからには角や尻尾の生えた悪魔達が燃え盛る獄炎の中を飛び交っている地獄のような場所なのか……。

 そんなことを考えていくうちに人間の自分が本当に行っていいか不安になる一誠。

 

 

「此処と冥界は神秘が秘匿されているかされていないか、後は……空の色くらいしか違いはありません」

 

「は………?」

 

 

 背後から投げかけられた聞き覚えのある声。その声のする方へ振り返ると、艶やかな銀髪が視界に入り込んだ。

 思わず素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方の無いことだろう。何せ一番思いもつかなかった人が待ち合わせ場所にやってきていたからだ。

 

「グレイ、フィアさん?」

 

「お待たせしました。兵藤一誠様」

 

 未だに衝撃抜けきらない一誠にメイド服を着た女性、グレイフィア・ルキフグスは彼に向かって恭しいお辞儀をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「冥界って、電車で行くんですね……」

 

「人間界と冥界は次元で区切られているのでこのように列車で冥界で向かう事になっているのですよ」

 

 驚くことに駅の地下にはグレモリー眷属専用の列車が存在していた。その場所まで迎えに来てくれたグレモリー家専属のメイド、グレイフィアに着いて行き、無事に列車の乗り込むことができた一誠はキョロキョロと周りを見ながら高級そうな椅子に座った。

 彼が座ると、何時の間にか淹れた紅茶を差し出したグレイフィアは座らずに彼の斜め前に佇む。

 

「他に何かご要望がありましたら、私にお申し付けください」

 

「え、あ……はい」

 

 一誠自身、本物のメイドとはもてなされた事も喋った事もなかったので、グレイフィアにどう接していいか分からなかった。

 無言で目の前に立たれると慣れてない自分は何か粗相してしまいそうで不安になったので、とりあえず話しかけてみる事にした。

 

「あの……意外でした。まさかグレイフィアさんが迎えの人だったなんて……」

 

「お嬢さまはそのつもりでは無かったようなのですが、サーゼクス様の指示で私が迎えに赴くことになりました」

 

「魔王様が……」

 

「過保護、と思うでしょうが貴方はそれだけ歓迎されるべきお方とサーゼクス様は考えていらしています」

 

 ―――だとしても凄い人を寄越してくれた。リアスの話によると最強の女王という異名で呼ばれるほどの実力者らしい。そんな凄い人が迎えに来てくれるなんて道中はもう安全すぎると言っても良い。

 冥界行きの電車が発進したその後、グレイフィアから自分が居ない間リアス達に起こった事を聞いた。

 なにやら、新人の上級悪魔達の会合でひと悶着あったらしく、その話の末にリアスと駒王学園の生徒会長であるソーナ・シトリーがレーティング・ゲームをするという話になっているという。

 

「それで皆はソーナ会長とその眷属達のレーティングゲームの為の訓練をしているということですか?」

 

「そういうことになりますね」

 

「レーティングゲームか……」

 

 人間である自分が出れないのは分かっている。

 本来なら、ライザーとのレーティングゲームだって出る事すら無理だったのだ。ここで無理を言って参加させて貰おうとしようとは流石の一誠でも思わない。

 ……やはり、レーティングゲーム前の大事な時期にオーフィスと接触したなんて報告するべきではないのかもしれない。

 いまいち問題の大きさが理解しきれない一誠だが、漠然とこれは簡単に扱ってはいけない問題だということは分かっていた。

 

「―――あ」

 

「?どうなさいました?」

 

 ふと、目の前で佇んでいるグレイフィアを見て思いついた。

 この人に言伝を頼めばいいのではないか?と、一人間の自分の言葉を多忙であろう魔王様に話を通してくれるとは限らないし、まず一番に伝えなくてはいけないのは悪魔達のリーダーである魔王様だろう。

 自分を庇護下に入れてくれているリアスの兄であり自分の身の安全を保障してくれる人だ。いの一番に報告すべき―――そう決断した一誠はやや緊張しながらグレイフィアを見る。

 

「あの……魔王様に伝えて貰いたいことがあり……あるのですけど……」

 

「?……はい、なんなりと」

 

 複雑な話だが、自分ではうまく伝えられないのはよく分かっているので簡潔に伝える。

 緊張のせいか声を上擦らせながらも一誠は怪訝にこちらを見るグレイフィアに口を開く。

 

「オーフィスに、会いました」

 

「………すいませんもう一度」

 

「オ、オーフィスに勧誘されてしまいました……」

 

「………」

 

 震えた一誠の声に、数秒ほど硬直した後にグレイフィアは額を抑えた。

 冷静と思えた彼女でさえこうなるのは予想できなかった一誠はどれほどやばい自体に自分が置かれていたのかを再度自覚し体を震わせる。

 彼女が鉄面皮を崩してから十数秒後、考えが纏まったのか厳しい表情で顔を上げた彼女は、面と向かって会話するためだろうか?一誠の目の前の席に座り、彼を見つめた。

 

「―――それはリアスに?」

 

「え、いやまだです……」

 

 なんだろうか、一瞬口調が崩れた気が―――。

 

「このことは彼女には言うべきではないでしょう。……彼は他に何を?」

 

「彼?……いや、蛇を飲めとか受け入れよとか……」

 

「部下ではなく、彼自身が出張ってきたと?明らかに普通じゃない……目的は一体何?」

 

 冷静沈着の完璧メイドというイメージがあったグレイフィアだが、今はそれとは別の、研ぎ澄まされた刃物のような雰囲気を纏っている。

 正直怖い。

 

「後は、俺の事を禁断のなんとかって……」

 

「禁断……?……いや、まさか……」

 

 鉄面皮のように冷静を保っていた表情が驚愕へと移り変わる。

 驚愕に目を丸くさせた彼女は目の前できょとんした顔で自分を見る一誠を注視する。一誠自身はよく分かっていない―――だが知識がある者ならば、誰でも合点がいく程の神聖な存在。

 

 それは欲。

 それは命。

 それは罪。

 そして始まり―――。

 人に恥を与え、人が人たる営みをする切っ掛けを与えたとされる、強大な力を宿していたと言われた失われた力。

 

 人間には決して宿るはずがない力。

 だがこれまでの彼の力、そしてサーゼクスが自分を寄越させるまでに執心する理由を合点がいく。生物という種族を超越していると言える彼、オーフィスは兵藤一誠という存在の中にある強大な力を無意識ながらに知覚した。

 

 これがリアス達や外部に漏れなくて良かった。

 あまりにも危険だからだ。

 これは三大勢力ならず他勢力を巻き込む渦の中心となり得る。

 冥界の隠れた野心家達は彼を取り込もうとするかもしれない。

 天界の狂信者達は彼を新たな神として祀り上げるかもしれない。

 北欧は一誠の引き渡しを要求してくるかもしれない。

 

 それを彼が―――こんな子供が耐えられるはずがない。

 

「いいですか、この事は誰にも言ってはなりません」

 

「誰にも……部長にもですか……?」

 

「お嬢様にもです」

 

 誰もが疑問に思っていた。

 そしてグレイフィア自身も……赤龍帝である弟はともかく、神器でもなく魔法でもない誰もが理解できない力を振るう一人の少年が何故ここまで強いのかを―――。

 

 眷属になれなくて当然だ。

 悪魔の駒は、神又は神に類似する種族には効果は示さない。彼の内にあるのは命を総べ得る力、彼が神に匹敵―――否、もしかすればそれ以上の力を宿す事もありえるだろう。

 異常だ、何がどうやって一誠に宿ったのかは知らないが、偶然にしても性質が悪い。

 

 人としての営みを示した存在が、たった一人の少年に宿り異形の存在へ変えようとするなんてあまりにも残酷すぎる。恐らく当の本人は感覚的には分かっているようだが、人という枠を超え【至ってしまった】その時、自分がどうなってしまうかだなんて想像もしていないだろう。

 グレイフィアは、再度一誠を見る。

 

 ―――普通の少年だ。

 普通の人間で、普通の子供だ。

 彼の家族関係は事前に理解しているつもりだし、今この時が一番彼にとって幸せな時期だろう。だからこそ、これから必ず彼の身に強いられる『試練』と『決断』を思うと、今目の前にいる彼がそれに押しつぶされないかとても心配になってしまう。

 

 

 彼は強い人間ではない。

 

 

 リアスも彼女の仲間達も彼を信頼しているだろう。

 兵藤一誠は強い力を持っていて、どんな敵にも屈しない意思を持っている。ライザー・フェニックスにもコカビエルにも、相手が格上の相手だろうとも立ち向かった。

 

 それも皆、リアス達仲間の為だった。

 失いたくない、幸せを感じてしまった居場所を失いたくないという強迫観念。今の彼にとってリアス達は心の拠り所のようなものに変わってしまっているのだ。

 心が今にも壊れそうな程に脆いからこそ自らを支え、励まし、信じてくれた仲間達を守ろうとする。

 

「……え、えーと、ちゃんと断りましたよ、俺!」

 

 彼もきっと自身が人とは違う別の存在に変わる事を漠然とだが理解はしているのだろう。

 だが……理解しているが、彼はあえてそれを受け入れている。人の身を捨てようと、どれだけ傷つこうがそれだけの事をしても―――彼にとって仲間という存在はそれだけ価値のあるものだった。

 彼を自己犠牲と讃える者もいるかもしれないが、それは違う、彼は犠牲になるとなんて思っておらずただ、怖がっているだけだ。

 

 人を捨てるよりも、化け物になるよりも、軽蔑されるよりも、ずっと怖いものがあったからだ。

 

 なんて弱く、そして儚い子なのだろうか。

 一誠の事はリアスからの話と言伝、それと資料でしか知らないが―――面と向かって話すことで否応なく分からされてしまった。

 

「貴方は、あまりにも健気すぎる」

 

「……え?」

 

「……イッセー様、貴方が傷ついて悲しむ人もいるのです」

 

 今の自分に言える事はこれだけだろう。

 これから彼にどのような事が起きるかは予測することは不可能――彼が人の身を捨てるという事を受け入れているのならば、できることならば辞めさせてあげたいと切に思う。

 しかし―――それが無理ならば、せめて彼に送ったこの言葉の意味を理解してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお……!」

 

 冥界に到着した一誠を出迎えたのは、アザゼルとギャスパーの二人だった。

 話に聞いた通り、リアス達はレーティングゲームに向けたそれぞれの訓練に忙しいようで一誠を迎えに来ることができなかったらしい。その辺の事情は既にグレイフィアから聞いているので気落ちすることもなかった一誠は、電車から降り、外―――冥界の空を見上げる。

 

「すげぇ……」

 

 何時もとは違う不気味な色の空。

 どことないファンタジーさを感じさせる雰囲気に空を見上げたまま呆けている一誠の後ろからギャスパーがついてくる。

 

「お久しぶりです、イッセー先輩っ」

 

「おう、久しぶりだなギャスパー。修業頑張ってるか?」

 

「はいっ!」

 

 ほんの一か月前はあんなに弱々しかったギャスパ―がこんなにもやる気に満ち溢れている。そのことが自分のことのように嬉しくなった彼は「そうか!」と笑顔を返す。

 ギャスパーだけじゃない、此処に居ない皆も頑張っている。

 ソーナ・シトリーとのレーティングゲームの為に……今回は人間であり、悪魔達にとって部外者な自分はライザーの時のようにレーティングゲームには参加できないが皆の力になれない分、精一杯応援しようと心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アザゼル様、至急お伝えしなければいけない事があります」

 

「んん?どうした」

 

 一誠とギャスパーが目の前で談笑している一方で、二人の後ろから少し離れた場所でアザゼルは魔王サーゼクスのメイド―――グレイフィアに話しかけられていた。

 メイドとして勤めるグレイフィアがサーゼクスの妻だということを知っているアザゼルとしてはそんな彼女が言う『至急』という言葉に若干訝しみながらそちらに顔を向ける。

 

「詳しい話しはサーゼクス様を交えて話さなければなりませんが……簡潔に言います。オーフィスが彼、兵藤様に接触いたしました」

 

「は…………はぁ!?」

 

 無表情でそう言い放った彼女の言葉に驚愕するアザゼル。

 『無限の龍神』オーフィスは無限の力を持つと言われる最強のドラゴンの一人。そんなやつが一誠に?誰かしらの勧誘あるとは考えていたが、これは明らかに早すぎる。

 アザゼルも何度か会った事はあるが、基本的にああいう存在は一存在になんの興味を抱かないはずだったのに―――。

 

「それは確かか……?」

 

「……他ならぬ、兵藤様がそう仰っていました」

 

「……イッセーが嘘をつくとは思えん……だが、かといってそう名乗った奴が本物のオーフィスとは限らねぇ……」

 

 一誠が嘘をつくという考えはない、というより嘘をつける程悪巧みができるような気様な奴とは思えないし、こんな性質の悪い冗談を思いつくような奴でもない。

 だからこそ偽物という可能性も考えた。

 はたまたオーフィスの名を語った何者かが一誠を陥れようとしている可能性だってある。

 しかし一方で、アザゼルの仮説と一誠の言葉を考えれば、一誠はとてつもない力を身に宿した人間という結論付けることができる。

 

「イッセーは……他に、何か言ってなかったか?」

 

「………」

 

「どうした?」

 

 言い淀むグレイフィア。

 鉄面皮な彼女が少しだけ表情を崩すのを見たアザゼルは、事の深刻さをおのずと理解した。

 

「一誠から何を訊いた?『銀髪の殲滅女王』っつー物騒な異名を持つお前がそんな反応をするのは尋常じゃない……」

 

「―――禁断の果実」

 

「!!」

 

 たった一言、その一言でアザゼルは一誠の力の根源を理解してしまった。

 即座に目の前に歩く一誠の方へ顔を向ける。

 呑気な顔で冥界の景色を見ている少年、にしか見えない。

 

「そうか、ハハハ……マジかよ。ありえねぇ……なんだそりゃ、分からねぇ筈だ、そりゃ、神にだってなれる……クソ、そりゃねぇよ……」

 

 手の平で目元を覆い、眩暈を起こしながらも自嘲気味な笑みを漏らすアザゼル。

 疑いたい気持ちもあるが疑いようも無くピッタリと彼の中にピースが嵌り込んでしまった―――

 

 神に至る力。

 果実を模した装備。

 半減の力を無効化する身体。

 悪魔の駒を受け付けない特性。

 新たな存在への転生。

 

 つまり、つまりはだ。

 誇張も何もないただその通りに一誠の力は命を総べることができる超常の力だった。

 

「急いでサーゼクスにこのことを伝えろ。絶対にこの事を漏らすなよ……!下手すりゃ、隠れている馬鹿共、いや、北欧から地獄までのほぼすべての勢力が一誠を狙う。禍の団なんて目じゃねぇ……下手したら最低最悪の悪魔―――リゼヴィム……ッリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが出張ってくる可能性だってある……!それこそ和平結んで日が浅い俺達じゃ容易く崩される!」

 

 新しい神の誕生―――。

 それも命すらも創造することのできる圧倒的な程の神聖を持つ、神。

 欲しいと思わない奴はいない。特に、関係性の深い北欧は喉から手が出る程欲しがるだろう。既にオーフィスが手を伸ばしている、危険だ……危険すぎる。

 

「既にサーゼクス様へ連絡は取りました。この後直ぐに伝えに参りますが―――」

 

 なら直ぐに―――と言いたいところだが、このまま一誠を野放しにするのは些か不安過ぎる。それにギャスパーの訓練を任されている身からして放り出すことはできない。

 まず、自分はやるべきことをしなくてはならない。

 それに、一誠にはやってもらわなくてはいけないことがあるのだ。

 

「俺はまだ手が離せん。……セラフォルーとアジュカ……ファルビウムは面倒くさがって来ねぇだろうから、信用できるそいつらに話すべきだ」

 

 冥界に居る間、仲間達の目の届く場所にいれば大丈夫なはずだ。

 事態はまだそれほど緊迫していないが救いだ。オーフィスが禍の団の連中に一誠の力の正体を教えている、という可能性も考えられるが、オーフィス単体で出張ってきたという事は少なくとも周りのテロリスト共は手を出してくる可能性は低いということだ。

 なら、今必要なのは一誠が襲撃された時の備え。

 慎重に事を進めなければならない。一誠の話は冥界でも出回っているだろう。そんな彼を突然に保護したらそれこそ、【一誠にはヤバイ力が備わっていますよ】と誇示しているようなものだ。

 事は慎重に、そしてゆっくりと確実に進行しなければならない。まずは一誠の預かり元である悪魔の主であるサーゼクス達にこのことを知らせる事だ。特にアジュカ・べルゼブブの判断を仰ぎたい。

 

「そう、ですね、それが最善でしょう」

 

 今一悪魔の重鎮共は信用できない。

 あいつらは旧魔王派と似通った考えを持っている奴等が多い。もしかしたらスパイがいる可能性もある。あいつらが人間である一誠を軽視するのは分かり切っている。必要とあれば傀儡にしようとさえするだろう。

 

「ハァ……全く、前途多難だぜ……」

 

 今、眷属達に起こっている精神的な『問題』

 そして、一誠自身の肉体的な『問題』

 その二つの課題に板挟みにされたアザゼルは虚しげなため息を漏らすのだった。

 

 

 




 今回はこの一話だけです。

 しばらくの間、他作品もあまり更新できなくて本当に申し訳ありません。

 ※更新が遅れてしまったことについての理由については、これからの更新に関しての重要な内容も加えて活動報告を書いたので、そちらを読んでみてください。



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