ヒカリが太一を落とすまで (斧我為)
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プロローグ 始まり

 これは初代選ばれし子供たちの一人でありリーダーとして皆を導いた少年・八神太一に恋い焦がれるその妹・八神ヒカリの恋物語である。

 

 

 

〜〜〜〜

 

「あら、やだ! どうしよう〜〜」

 

 朝、日も上りきった頃に八神家母・裕子の困った声が家に響いた。

 

「お母さん、どうしたの?」

 

 その声に唯一家にいた八神ヒカリが問いかけた。

 

「あらヒカリ。おはよう」

 

「おはようお母さん。それで、どうかしたの?」

 

「あ〜それがねえ……」

 

 そうして裕子が差し出したのは小さな包みだった。

「太一、お弁当忘れてっちゃったのよ」

 

「え? そうなの?」

 

 そう言われてその包みをよくよく見てみれば、確かにそれはヒカリの兄である八神太一のお弁当だった。

 

「えっ、じゃあお兄ちゃんお昼抜き?」

 

「だから困ってるのよ〜。私もそろそろ出なきゃいけないし」

 

 そこまで話を聞いてヒカリも裕子と一緒にう〜んと頭を捻らせる。

 

 何故なら、

 

(確かにお母さんはそろそろ出なきゃいけないよね……)

 

 と言うことが分かっていたから。かといって、

 

(部活でお腹を空かせるだろうお兄ちゃんを、ほおっておくわけにもいかないし……)

 と、そこまで考えたところでふと気がついた。

 

「なら、私が届けてこようか?」

 

 もともと今日のヒカリの予定と言えるような事は宿題を済ませていく位しかないので、太一の学校まで行ってお弁当を届けるくらいのことはどうってことはない。

 

 そうヒカリは思って裕子に提案すると驚いたように問い返された。

 

「えっ、ヒカリ頼んでも大丈夫なの?」

 

「うん、それくらいなら大丈夫だよ。だからお母さんは安心して仕事に行っていいよ?」

 

「う〜ん。ならお願いするわね。……てっ、不味い! 本当に時間が無い! ならヒカリ! お弁当、よろしくお願いね!」

 

 そう叫んで裕子は急いで仕事に向かった。

 

 残されたヒカリはとりあえず、この後の予定を立てることにした。

 

(とりあえず、まずは朝御飯を食べよう。その後に着替えてお兄ちゃんにお弁当を届けに行けば−−)

 

 と、そこまで考えたところでふと思いつく。

 

(待って。ならお昼時に持っていって、お兄ちゃんと一緒にお昼にしたら良いんじゃない? そうね、それがいいよね! そうしよう!)

 

 予定を決めるとまずはウキウキとしながら太一へとメールを打つヒカリ。

 

『お兄ちゃん。お昼時にヒカリがお弁当を届けに行きます。だから一緒にご飯を食べましょう。』

 

「これでよしと。さ〜て、まずは朝御飯を食〜べよっと」

 

 お昼に思わぬ嬉しいイベントが起きることになって、とても嬉しそうな雰囲気を醸し出すヒカリ。

 

 まあそれも仕方ない事ではある。

 

 最近は部活が大変らしく、夏休みに入っているのに逆に太一との関わりが減っている位なのだから。

 

 

 

 ……だからこの時のヒカリの行動は何一つとしておかしくはなかった。

 

 ヒカリの事をよく知る者ならば「ヒカリちゃんらしいな」と言って苦笑いするくらい、妥当な行動だったろう。

 

 だからこそ、この時のヒカリには想像も出来なかった。

 

 まさか、こんな何気ない事が切っ掛けで自分の人生が大きく変わっていくなんて……思いもしなかった。

 



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第1話 現実を思い知り

ネタが混じっております。ご注意ください。


 あの後、朝御飯を食べた後に切りのいいところまで宿題を終わらせていったヒカリは、11時に近づいた辺りで勉強を止め自分用のお弁当を作り始めた。

 

 そして11時23分、

 

「よしっと。鍵も閉めたし、それじゃ行ってきま〜す」

 

 ヒカリは兄の学校へと歩き出した。……そこで何を見るのか知らぬままに。

 

 

〜〜太一の通う中学校〜〜

 

「ふ〜。到着っと」

 

 問題なく中学校までたどり着いたヒカリはとりあえず現在時刻を確認する。

 

「ん〜と、今が……11時42分ね。うん、予定どうり♪」

 

 予定どうりの時間に到着出来た事に満足そうに笑うヒカリ。

 昼には少し早い時間なのに何故この時間に着くように動いたのか?

 

 それは簡単な話で、

 

「あ、やってるやってる♪」

 

 ボールを追いかけグラウンドを駆け回る太一の姿を見たかったからだった。

 

 今はどうやら練習試合をしているようで一つのボールを奪い合っていた。

 

「お兄ちゃん、やっぱりカッコイイ!」

 

 近くに腰かけて太一の活躍を眺めるヒカリはそう歓声をあげた。

 

 確かに太一の活躍は素晴らしくまさしく“八面六臂の大活躍”といったところだった。

 

 ただし活躍しているのは太一だけではなく他にも素晴らしい活躍をしている者もいるのだが、ヒカリの目に映るのは太一だけだった。

〜〜12時ごろ〜〜

 

 ピーーーーー!!

 

「試合、終了ーーー!! 全員集まれーーー!!」

 

 12時を少し過ぎた辺りで笛の音とサッカー部顧問の声がグラウンドに響き渡った。

 

「今回は2−1でAチームの勝ちだ」

 

 その結果にAチーム側の人は喜びBチーム側の人は悔しがった。

 

 ちなみに太一はAチーム側のメンバーで同じチームの人と喜びあい、そのあとBチーム側の人に気がついた点をアドバイスしていた。

 

 そして、

 

「よし、これから飯にする。1時から再開だ。それじゃ解散!」

 

 うい〜す、と言ってそれぞれご飯を食べるために別れていくサッカー部員の中で太一だけはその場に留まっていた。

 何故なら、

 

「お兄ーちゃーん!!」

 

 そう自分の名を呼びながら駆け寄って来ている妹に気がついていたから。

 

「ヒカリー!」

 

 満面の笑みを浮かべながら駆け寄って来るヒカリに、これまた満面の笑みを浮かべながら太一もヒカリの方に歩いていった。

 

「お兄ちゃん、凄かったね!」

 

「おぉ、なんだ見てたのか。どうだ? 兄ちゃんかっこよかったろ♪」

 

「うん! とってもかっこよかったよ♪ そうだ、これお兄ちゃんのお弁当だよ」

 

「おぉ、ありがとなヒカリ。お前も弁当持ってきたんだろ?」

 

「うん! 作ってきたよ♪」

 

「よし、なら食堂で一緒に飯にするか♪」

 

「うん!」

 

 そうして八神兄妹は仲良く話しながら食堂へと去っていった。

 

 ちなみにその周囲では、

 

「なあ……あれ、なんだ?」

 

 余りにも仲の良い二人を恨めしそうに見つめる一人の部員Aがいた。

 

 その部員Aの近くにいた部員Bは驚愕の一言を、

 

「ああお前、八神夫妻初めて見たのか?」

 

 言った。

 

「夫妻!? 結婚……はまだ無理だから……。え、なに八神先輩って婚約者いるの!?」

 

 余りにも予想外な一言に声をあらげる部員A。そんな部員Aに対し至極当然のように部員Bは語る。

 

「いや? 兄妹だよ、あの二人。つーか妹ちゃんがお兄ちゃんって言ってただろ」

 

「は!? じゃあ何で夫妻!?」

 

 夫妻と呼ばれているのに兄妹。余りにも意味の分からない事に混乱する部員A。

 

「まあ、落・ち・着・け」

 

 そんな部員Aを何やら凄まじい眼力で部員Bが黙らせる。

 

「お、おう」

 

「まずは深呼吸だ」

 

「は? なん−−」

 

 何の脈絡もなく言われた為に異議を申し立てようと部員Aは声を挙げようとするも、

 

「まずは深・呼・吸・だ」

 

 再び自らに向けられた眼力の前に脆くも消え去った。

「お、おう。えっと……深呼吸、だな?」

 

「そうだ。さあ、息を吸って……」

 

 息を吸う部員A。

 

「息を吐いて……」

 

 息を吐く部員A。

 

 それを3回繰り返した後に部員Bが問うた。

 

「落ち着いたな?」

 

「ああ、落ち着いた」

 

 ……十中八九の人が「落ち着いた」ではなく「呆然」としている、と見るだろう。

 

「なら、後ろを見るんだ」

 

「後ろを……」

 

 そこには実に仲良く話しながら食堂へと向かっている八神兄妹がいた。

 

「あれ、何に見える?」

 

「何に……」

 

 呆然としたまま考える部員A。

 

 その頭には「兄妹」や「恋人」等の単語が浮かぶがどうにもしっくりこない様子。

 

 そんな部員Aに部員Bが囁く。

 

「夫婦に、見えないか?」

 

「……ああ、成る程! ピッタリだ!」

 

 実に納得がいった様子の部員A。

 

 ……それはどうなんだ? という突っ込みは、してはいけない。

 

 何度か太一とヒカリが一緒にいる姿を見た人はその距離感に思わずそう思ってしまっただけなのだから。

 

 何しろあの兄妹“共に在るのが当たり前”とでも言えばいいのか、距離感がごくごく自然なのだ。

 ごくごく自然なまま、あまりにも仲が良すぎるため、気がついたらそう呼んでいたらしい。

 

 ちなみに太一もヒカリもその事は知らない。

 

「いや〜、実に納得したよ。ありがとう!」

 

「そうか! 分かってくれたか!」

 

 納得のいった部員Aの様子に、実に安心した様子の部員B。

 

 実際に、説明の仕様が無いので内心不安だったのだ。

 

 そんなときに、

 

「でさ、一つ聞いてもいいか?」

 

「何だ?」

 

 不思議そうに問う部員Aにこれまた不思議そうに聞く部員B。

 

「あの二人って兄妹、なんだよな?」

「間違いないと思うけど、それが?」

 

「……あの二人、どうなるんだろうな……」

 

「………………」

 

 部員Aの疑問に何も答えられない部員B。

 

 何故ならそれは彼らを知っている人全てが思っていることなのだから。

 

「……飯にするか」

 

「ああ、そうしよう」

 

 ……とりあえず、考えるのは止めたらしい。

 

〜〜八神兄妹、食事終了〜〜

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

 自分たちが八神夫妻等と呼ばれているなんて露知らず、八神兄妹は仲良く食事を終えた。

 

「あ〜、しっかしほんとありがとな、ヒカリ。さすがに昼抜きは厳しいからな」

 ご飯も食べ終わって、改めて太一はヒカリにお礼を言った。

 

「ううん。今日特に予定があった訳じゃないから。それに……」

 

「それに?」

 

「最近、あんまりお兄ちゃんと一緒にご飯食べれて無かったから嬉しかったし♪」

 

「……そうか。……なあ、ヒカリ?」

 

「何?」

 

「ごめんな。最近あんまり一緒にいてやれなくて」

 

 ヒカリに寂しい思いをさせていることに気づき、太一はヒカリの頭を撫でながら申し訳なさそうに謝った。

 

「ううん。お兄ちゃんが頑張りやさんなのは私が一番知ってるもん。構わないよ♪」

 

「そっか。……ありがとな」

 

 その後、しばらく話を続けた後に、この後どうするのか話をした。

 

「んじゃヒカリはこの後どうする? 兄ちゃんのカッコイイとこ、もうちょっと見ていくか?」

 

「ん〜、いや今日はもう帰るよ。また機会があったら来るから、その時にはもっとカッコイイとこ見せてね♪」

 

 そんなヒカリの言葉に太一は、

 

「おう! その時は最高にカッコイイとこ見せてやるよ♪」

 

 シスコン全開で約束した。

 

 その後ヒカリは帰路についた。

 

〜〜ヒカリ、帰り道にて〜〜

 

「はあ〜、今日はお兄ちゃんと一緒にご飯を食べれて、いい日だね♪」

 

 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら家へと帰っているヒカリ。

 

 そんなとき、ふと自分のポケットを探ると、

 

「あれ? 嘘! 財布がない!?」

 

 自分のポケットに財布がない事に気づき慌てるヒカリ。

 

 しばし考えてから食事の時に一度出したままなのだと気づき、

 

「大変! 早く取りにいかないと!」

 

 焦りながらも食堂へと走り出すヒカリ。

 

 おそらく、太一が回収してくれているとは思ってはいるが、万が一がないとも限らないからこそ走っているのだが、結果としてヒカリは何よりも見たくなかったものを見てしまう。

 

「あ、お兄……」

 

 食堂へと到着したヒカリは太一が黒髪・長髪の美人と何やら親しげに話している様子を、そして、

 

「−−−−!!!!」

 

 その美人が太一に色っぽく抱きついている様子を見てしまった。

 

 それを見てしまった瞬間ヒカリは、

 

「−−−っ!」

 

 財布の事も何もかも忘れてその場から逃げ出した。

 

〜〜10数分後〜〜

 

 ヒカリは走った。

 

 今どこにいるのかも分からなくなる位まで。

 

 そして、

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

 

 さすがに息切れであまり人通りのない住宅街で立ち止まった。

 

「−−っ。うぅぅぅぅ………」

 

 ヒカリはその場にうずくまって涙を堪えていた。

 

 何故ならば先程の光景で気づいてしまったから。二つの事に、気づかされてしまったから。

 

 そう、それは、

 

(お兄ちゃんの一番はいつまでも私、じゃない)

 

 事と、

 

(お兄ちゃんと私が結ばれる事は、無い)

 

 事に。

 

 そこまで考えてしまった時にヒカリの瞳からは涙が溢れかかった。

 

(だめっ! 泣いちゃ、だめ)

 

 そう自らを叱咤するもヒカリの瞳からは涙がポロポロと流れて止まらなかった。

(分かってたことでしょう! 私がお兄ちゃんと結ばれる事が無いなんて事も! この気持ちが間違っていることも! 認められることが無いことも! お兄ちゃんの為にも諦めなくちゃいけないことも! ……全部、全部! 分かってた、ことでしょう……。そうよ、それに−−)

 

 そう涙ながらに自分に言い聞かせながらヒカリは意図的に明るい声で語る。

 

「あんなに、綺麗な人、なんだもの。それに、お兄ちゃんと、あんなに、仲良さそうに、話してたんだし、きっと、いい人に、決まってるよ! だから、だから、喜んで、あげな−−」

 

 そこまでが限界だった。

 

「あ、あぁぁぁ……うぁぁぁ……」

 涙を堪える事なんてもう、できなかった。

 

「お兄、ちゃん、お兄、ちゃん……いや、嫌だよ! 離れたくなんか、ないよ! ずっと、ずっと! 一緒に、いたいよ……!」

 

 後はもう、言葉にもならなかった。

 

 後から後から涙が溢れるままに泣きじゃくることしか、出来なかった……。

 

 

 

 ……だからこそ、その後ろからせまってくる人に気づけなかった。

 



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第2話 実際にあったこと

 オリキャラ登場!

 そのせいで太一がキャラ崩壊しているかも知れません。

 ご注意を。


〜〜ヒカリと別れた後の太一〜〜

 

「まだ時間はある、か。ならちょっとジュースでも−−」

 

 買いに行こう。そう思って席を立とうとした太一は、

 

「ハッロ〜、太一君。ご機嫌いかが?」

 

 直後、聞こえてきた声に瞬間的に意識を切り替えた。

 

「何の用だ?」

 

 おおよそ、太一を知る者からしたら信じられないくらいには冷たい声。

 

 その声にショックを受けたように少女は泣き崩れる、振りをした。

 

「ひ、酷いわ、太一君。私が何をしたっていうの? 私はあなたの肉奴−−」

 

 そこまで語ったところで少女はその場から飛び退いた。

 

 その一瞬後、空手家も真っ青な蹴りが少女のいた場所を切り裂いた。

 

「てめえは! いちいち下ネタを交えなきゃ話一つできんのか!」

 

 怒りに満ちた、殺意すら交えて放たれた太一の咆哮。

 

 それを正面から受けてなお少女は平然としていた。

 

「ごめん、ごめん。“気にいった人はとことんからかえ”ってのがわが家の家訓でね」

 

「そんな家訓、家ごと滅べ」

 

「まあまあ、そんなに怒らないでよ。そんな目で見られたら思わず濡れ−−うん、ごめん。もうしないからその殺気をしまって? さすがに怖いから。もう用件に入るから、ね?」

 

「誰・の・せ・い・だ・と……! ……はあ。もういいよ。で? 用件ってなんだよ?」

 

 怒っていても仕方ないと思ったのか、ただ単に諦めただけなのか先を促す太一。

 

「そうそう♪ さっすが太一君。男前〜♪」

 

(ギロリ)

 

「睨まなくたって良いじゃない……。え〜と、まあ簡単に言えば中間報告よ」

 

 その言葉を聞いたとき太一の纏っている雰囲気が変わった。

 

「……何か分かったのか?」

 

 そう問いかける太一は真剣その物で、何かに怯えている様にすら見えた。

 

「ん〜、何かが分かった、と言うよりも何かが分かりそう、てとこね。ま、8月までには答えは出るわ」

 

「そうか……」

 

 その返答にどこか安心様に太一は息を吐いた。

 

「と・こ・ろ・で♪」

 

 少女のとても愉しそうな声に思わず引く太一。

 

「な、何だよ?」

 

「あの子がヒカリちゃん? 実物は初めて見たけど、とっても可愛いわね〜♪」

 

 と、言ったところで、

 

「おい……」

 

 先程までとは比べ物にならない殺気がその場を満たした。

 

「なぁに?」

 

 少女は平然と答えるが、その回りにいてしまった他の生徒の一部はあまりの恐怖に腰を抜かしてしまった。

 

 ……何故一部なのか?

 それは簡単な話だ。

 

 その一部の生徒は今までこの場に遭遇した無かった生徒で、他の生徒は何度も遭遇していたから。単に慣れているのだ。

 

 ちなみに慣れている生徒の中で“中級者”と呼べるものは平然と飯を食べ、または談笑している。

 

 そして“上級者”と呼べるものに至っては、

 

「おおっとぉ! 八神先輩はここで殺戮領域(キリングフィールド)を展開したぁ! この先どうなってしまうのかぁ!?」

 

 などと小声でふざけあう程の余裕があった。

 

 まあそれは置いといて。

 

 明らかに太一が何を言いたいのかを理解していながら、からかう口調で問い返してくる少女に苛立ちながらも太一は冷静に言葉を紡ぐ。

「俺をからかうのはまだいい。だがな……」

 

 そう言う太一の後ろにはオレンジ色の装甲に身を包んだ竜人が見える気がした。

 

「もしも。悪意でヒカリを傷つけたなら、その時は……覚悟しておけ」

 

 本気の殺気を、否、殺意をぶつけられながらも少女は平然と返す。

 

「ご安心ください。“可愛い子には真の幸福を”が私の信条ですから♪」

 

 その言葉に太一はため息を一つ吐き椅子に座った。

 

 ところで、

 

「ああ、太一君。ちょっといいかな?」

 

「ん? なに−−」

 

 と、問い返そうとした太一はしなだれかかってきた少女に驚き口を止めた。

 

 が、

 

「……何のつもりだ?」

 

 動揺の一つも無く太一は平然と聞く。

 

「あらあら、こんな美人さんに抱きつかれて、その言葉は酷くない?」

 

 少女は特に傷ついた様子も無くあっさり離れた。

 

「別に、ただ何となくよ。んじゃ、そろそろ帰るわね」

 

「ああ、そうかい。……て、ちょっと待て。さっきの話、もう光子郎には話したのか?」

 

「いいえ、この後よ。どうかした?」

 

「……光子郎には話さないでくれるか?」

 

 少女は太一の瞳の奥にある不安を見抜きあっさり返した。

 

「……まあ、構わないわよ? それぐらい。気持ちは分かるしね」

「そうか。……ありがとう」

 

「いいわよ、お礼なんて。いつか性的に−−」

 

「止めろ! このど変態!」

 

「きゃあ〜、怖い怖い♪ それじゃ、待ったね〜♪」

 

 太一の怒鳴り声に笑いながら少女は走り去っていった。

 

「はあ……全く。あいつが絡むと殆どろくなことにならねえな……」

 

 1時まであと数分後という時計を見て太一はため息を吐いた。

 

「うっし! じゃあまた頑張るか!」

 

 そう言って、太一は荷物を手早く片付けてグラウンドへと戻った。

 

〜〜10数分後、泣きじゃくるヒカリ〜〜

 

「ひっく、ひっく、うぁぁぁぁぁぁん……お兄、ちゃん、お兄ちゃん……」

 

 泣きじゃくるヒカリのもとに人影が近づきそして、

 

 ポン、と肩をたたかれた。

 

「っ!?」

 

 先程まで泣きじゃくっていたヒカリは驚き、思わず振り返る。

 

 そこには、

 

「ハッロ〜、泣いてちゃ駄目よプリティガール。可愛い女の子は笑ってなくちゃ♪」

 

 先程太一と仲良さげに話していた少女がいた。

 

「あなたは……」

 

「私? 私の名前は暁 折紙(あかつき おりがみ)。そんなことよりも、ねえヒカリちゃん?」

 

 少女はにんまりと愉しそうに笑って、

 

「ちょっと私と、お話しない?」

 

 その少女の言葉にヒカリは思わず、こくんと首を縦に振っていた。

 



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第3話 真実のカケラ

〜〜とある喫茶店〜〜

 

「いや〜、私大事な話をするときにはいっつもここに来るのよ。ヒカリちゃんも、大事な話をするときにはここに来たらいいわよ? 私がマスターに話しといてあげるし♪」

 

「はぁ……」

 

 あまりの状況変化にヒカリは呆然としたままだった。

 

 無理もない。

 

 太一を想い泣いていたら、太一のおそらくは恋人(と、ヒカリは思っている)が話をしようとヒカリを引き摺ってこの喫茶店までやって来たのだから。

 

「マスター、特別ルームの鍵貸して♪」

 

「まーたお前さんか。一体今日は何の−−ああ、そういう用事か……」

 

 マスターは折紙の後ろにいる呆然としたヒカリを見て全てを悟ったような顔をして棚に掛けてあった鍵を取って折紙へと渡した。

 

「ほらよ、鍵だ。後でちゃんと返せよ」

 

「アリガト、マスター♪ それじゃ行きましょ、ヒカリちゃん♪」

 

「は、はい……」

 

 未だに呆然としたままのヒカリの手を引いて折紙は店の奥に消えていった。

 

 二人が店の奥に消えた後でマスターは紅茶を入れながらポツリと呟いた。

 

「御愁傷様って言った所か、嬢ちゃん。まあ、頑張れや」

 

 そうして入れ終わった紅茶を客の元まで運んでいった。

 

〜〜特別ルームにて〜〜

 

「は〜い、じゃあヒカリちゃんはそっちに座ってね」

 

「は、はい……」

 

 呆然としたヒカリを引き摺って特別ルームに入った折紙は、ヒカリを席につかせて自分はその対面に座った。

 

「えっと……」

 

「ああ、まだ喋らなくてもいいわよ? 混乱してるでしょ? まずはゆっくりと落ち着きなさい」

 

「あ……はい」

 

 そう言われてヒカリは深呼吸しながらゆっくりと考え始めた。

 

(えっと、この人は暁折紙さん。お兄ちゃんと仲がよくて、多分……お兄ちゃんの、恋人さん)

 

 そこまで考えた処で、ヒカリは涙がこぼれ落ちそうになりながらも必死に耐えた。

(駄目、泣いちゃ駄目……! 私は、我慢しなくちゃいけないんだから……。ちゃんと、祝福してあげなくちゃ、いけないんだから……!)

 

 そう自分に言い聞かせて、ヒカリはひきつってはいるものの小さく笑って先を促した。

 

「もう、大丈夫です。お話を、どうぞ」

 

 ちなみに、折紙が太一の恋人などというヒカリの想像を太一が聞いた場合、真剣な目付きでヒカリの肩を掴み、

 

「ヒカリ、それだけは絶対にあり得ないから! そんな恐ろしい想像なんてしないでくれ!」

 

 と、本気の懇願をすることになったりする。

 

 のだが、ヒカリに現在それを知るすべは無いのだし、とりあえず置いておく。

 

 

「ふ〜ん。じゃあ話をさせてもらうわね。と、その前に。あんまり今は関係無いんだけど、一つ聞いてもいい?」

 

「? どうぞ?」

 

 ヒカリからしてみたら既に覚悟を決めていたため、特にためらうこと無く質問を許可したのだが。結果として良かったのか悪かったのやら。

 

 とりあえず、ヒカリは度肝を抜かれることになる。

 

「ヒカリちゃん、太一君の事好きでしょ。異性として」

 

「っっっっっ!?!?!?」

 

 余りにも予想外過ぎる上に自分の本心をピンポイントに突いてきた質問、否確認の一言にヒカリは完全に混乱の極みへと至った。

 

 具体的に言うのなら、顔はこれ以上無いくらいに真っ赤に染まり、頭は右を向いては左を向いてを繰り返し、口を開いても意味のある言葉は無く唸り声しか出てこなかった。

 

 と、いった具合である。

 

「うわ何この子、可愛い〜♪ 太一君い〜な〜♪ こんな可愛い妹いるなんてさ〜」

 

 そんなヒカリを折紙はニヤニヤ笑いながら眺めていた。

 

〜〜10分後〜〜

 

 先程までよりは顔の赤みも薄れ、少しは落ち着いた様子のヒカリは何とか言葉を捻り出す。

 

「な、何の、事で、すか?」

 

 ……突っ込みはやめてあげてください。

 

 こんなのでも、ヒカリは想いを隠しているつもりなのです。

 

「そっかー。ちがったかー。ごめんねー。変なこといっちゃってー」

 

 ニヤニヤとしながらあからさま過ぎる棒読みで話す折紙に、ヒカリはまたプスプスと湯気が見えそうな位に顔を赤く染めていく。

 

「ま、もういいや。じゃあ本題に入るね」

 

「は、はい! 話を、どうぞ!」

 

 ヒカリは早く話を変えようと急かすが……半分以上からかわれた事には気が付いて無いようだ。

 

「先に言っておくけど、私と太一君は付き合ってはいないわよ?」

 

「……え? そうなんですか?」

 

 てっきりそうなのだと思い込んでいたヒカリは驚く。

 

「ええ、むしろそんなこと言ったら太一君に怒られちゃうわよ?」

 

「はぁ……」

 

 こんなに綺麗な人なのに……と、意外に思っているヒカリを気にせず話を続ける折紙。

 

「今日話したいのは普段太一君達と話していることについて、ヒカリちゃんにも協力してほしいなーって思ってね♪」

 

「協力、ですか?」

 

「うん♪ そうそう。実はね……」

 

 そうまま続けられた折紙の言葉に、ヒカリは先程までの感情全てを押し流される程の衝撃を受けた。

 

「私はあなた達が深く関わって旅をした、デジタルな世界について色々調べてるのよ♪」

 

「!?」

 

 ヒカリは今一体何を言われたのか一瞬理解出来なかったが、理解が追い付く程に折紙への警戒心を顕にした。

 

「……何が目的ですか」

 

 ヒカリは未だかつて無い程に警戒していた。

 

 何しろ折紙は、今までヒカリが会ったことの無い“デジモンワールドに関わろうとする人間”なのだから。

 

 現実世界で、間違いなく意図的に“選ばれし子供”であるヒカリにデジモンワールドの話をしようとしてきた人間である折紙が何を考えているのか、ヒカリには想像出来なかったからこそ警戒するしか無かったのである。

 

「そんなに警戒しなくたっていいじゃない。……まあ、無理な話よねぇ。仕方ない、ちょっと待っててね♪」

 そう言って折紙は自分の鞄からノートパソコンを取り出しカチャカチャと何かをしていた。

 

 その間、ヒカリは、

 

(……どうしよう)

 

 困っていた。

 

 何しろ今まで全く会ったことの無い類いの相手なせいで、対応策が全く思い付かないのである。

 

 その上、デジモンワールドの情報はホメオタシスのエージェントであるゲンナイさん達によって隠蔽されている筈なのでヒカリの混乱も此処に極まれり、といったところなのだ。

 

 と、ヒカリが悩んでいる間に折紙は作業を終えたようで手が止まっていた。

 

「よし、OK♪ サモン! ゲンナイ!」

 

「…………は?」

 

 ヒカリは今自分が聞いた言葉が理解出来なかった。

 

 ただ、そんなヒカリを置いてけぼりにして話は進んでいく。

 

「……また、君か。今度は一体何の用だ」

 

「あら、こんな美人さんを前にしてその反応は男としてどうなのかしら?」

 

「残念ながら、君に女を感じる程の余裕がなくてね。それよりも、今度は何で呼んだ?」

 

「簡単に言えば身分証明書代わりね♪」

 

「身分証明書!? 君な、人の事を一体なんだと−−」

 

「あら、ゲンナイさん優しいのね♪ 私にボタンを押すことをゆ−−」

 

「さて、誰に君の事を保証すればいいのかね?」

 

「そう言う話の早いとこは大好きよ♪」

 

「…………はぁ」

 

 ヒカリは今自分の目の前で行われているやり取りを信じられない思いで見ていたが、パソコンが自分の方へと向けられて現実と向き合う事となった。

 

「ゲンナイ……さん?」

 

「ヒカリちゃん……か」

 

 何しろ画面に映っていたのは間違いなくホメオタシスのエージェントであるゲンナイさんその人だったのだから。

 

「えっと……何でそんなところに?」

 

「様々な事情が重なってね……。それよりもヒカリちゃんは何処まで話を聞いたんだ?」

 

「えっと、折紙さんがデジモンワールドについて調べているという所までです」

 

「なるほど……残念ながら安心してくれ。折紙は我々の協力者だ。太一達もその事は知っている。一先ずデジモンワールドに害することはないと思ってくれていい」

 

「……残念なんですか?」

 

 ふと疑問を覚えたヒカリが聞くとゲンナイさんは本当に残念そうに言葉を返した。

 

「ああ……いっそ敵であってくれたなら……」

 

 何処か遠い目をしてゲンナイさんは呟いた。

 

「はいはーい。とりあえず、これで少しは信用して貰えたかな♪」

 

「あ、はい」

 ゲンナイさんがここまで言うなら信用してもいいのだろうと思い、とりあえずヒカリは折紙を信用することにした。

 

「うん、ゲンナイさんありがとね〜。もう帰っても良いわよ〜♪」

 

「本当にこれだけなんだな。……一応言っておくがヒカリちゃんに何かしたら太一が黙ってはいないと思うぞ」

 

「分かってますって♪ それじゃ、待ったね〜♪」

 

 そうしてゲンナイさんは帰っていった。

 

「さて、少しは信用して貰えただろうし、協力して貰えるかな♪」

 

「えっと、何にですか?」

 

「ああ、そう言えばまだそこは話して無かったね。実は−−」

 

 そうして語られた言葉によってヒカリは今日何度目かの驚愕に包まれることになる。

 

「私、あなた達に興味があるのよ。ヒカリちゃん」

 

「私、に?」

 

「ええ、だってあなた達の中でもあなたはイレギュラーでしょ? 何しろ、いきなり光り出したかと思えばデジモン達が元気になったり?」

 

「何で知ってるんですか?」

 

「ゲンナイさんに手伝ってもらって色々あなた達の冒険について調べさせてもらったのよ。

 で、あなたがおこした不思議現象が何で起きたのか。調べていくうちにあなた達に興味がわいてね? 折角興味対象と会えたんだし協力して貰えたらな〜って思ったのよ。

 で、どう? 協力してくれる?」

 

「えっと……協力って何をすれば?」

 

「そんな大した事は無いわよ? 単に髪の毛1本貰えればいいし。欲を言うなら血を少しと、レントゲン撮らせてくれると嬉しいなーなんて」

 

 そこまで聞いた所でヒカリはふと思った。

 

 これは自分の奥底に眠る疑問を解消する好機なのでは、と。

 

 明らかに他の人とは違う自分の不思議さ、否異常さに何らかの答えが出るのでは? と。

 

「……一つだけ、聞いてもいいですか?」

 

「いいわよ? なに?」

 

「折紙さんは何故、あんなことが起きたと思っていますか?」

 

「多分で言っていいのなら……まともな人間では無かったから、だと思っているわ」

 

「……そうですか。……分かりました、協力します」

 

「本当に! ありがとう〜」

 

 その後ヒカリと折紙はとある病院へと行き、機材を借りてレントゲンを撮り採血をしたりした。

 

〜〜夕方、帰り道〜〜

 

「ヒカリちゃんありがとね〜。おかげで研究も捗るわ♪」

 

「いえ……あの、答えが出たら私にも教えて貰えますか?」

 

「勿論いいわよ〜? と、ヒカリちゃんはこの先よね」

 

「あ、はい。どうもありがとうございます」

 

「いいっていいって♪ 後……はいこれ忘れ物」

 

「これって、私の財布? ありがとうございます」

 

「うん♪ んじゃ、まったね〜♪」

 

「はい。さようなら」

 

 そうして二人は別れた。

 

 しばらくして、

 

「ねえ、ヒカリちゃん? 私ね基本的に嘘は吐かない主義なの。でもね……」

 

 クスクス愉しそうに笑いながら、折紙は一人語る。

 

「あなたがちゃんと理解出来るように喋ったなんて、私一言も言ってないのよ?」

 

 

 



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第4話 一つの真実

 前回の種明かし。

 オリ設定も少し出ます。が、一応原作見てて思い付いたのでそこまで矛盾は無い、はず?

 太一が怒り狂います。


〜〜7月30日八神家〜〜

 

「なあ、ヒカリ?」

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「お前、何か隠し事してないか?」

 

 7月も後わずか、といったとある日の朝は八神兄妹のそんなやり取りから始まった。

 

「隠し事なんて、無いよ?」

 

「本当に? だとするなら……何で最近、お前苦しそうなんだよ?」

 

「!!」

 

 隠していたはずの苦しみを見抜かれて驚愕するヒカリ。

 

「ここんとこ、お前どんなときでもどっか陰が在るんだよ。話をしているときも、飯を食ってるときも、笑っているときですら!」

 

「そ、そんなこと、ないよ……」

 

「じゃあ、何でもっとちゃんと言い返せないんだよ! そんなに苦しそうに! 今にも泣きそうな顔して!! そんなお前の何処がそんなこと無いんだよ!!!」

 

 余りにも苦しそうな顔をしながらも、安心させようと笑いかけてくるヒカリに苛立ち声を荒げる太一。

 

 そんな太一の怒りと、そこに込められた想いを感じ取りながらもヒカリは何も語る事は出来なかった。

 

 何故なら、

 

(言えない、言えないよ……! だって、私が人間では無いかも知れないなんて、もしもお兄ちゃんに知られて嫌われでもしたら、耐えられない……!)

 

 ヒカリはただ、怖かったのだ。

 

 自分が人間では無いかも知れないことが、それを知られて太一に嫌われるかもしれないことが、ただ怖かったのだ。

 

 そんなヒカリを辛そうに見ながら太一はすがるようにヒカリに聞いた。

 

「俺じゃヒカリに何もしてやれないのか? 俺じゃヒカリを助けてやる事は出来ないのか?」

 

「ち、違う! そんなことは無いよ!」

 

 そんな太一の様子に違和感を感じながらもヒカリは太一の言葉を必死に否定する。

 

「じゃあ、何で−−」

 

 そう太一が叫ぼうとしたとき、

 

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン

 

 呼び鈴が連続して鳴らされ、

 

「太一君、居るのは分かってるのよ! 出てきなさい!」

 

 明らかにふざけて叫ぶ折紙の声が八神家に響いた。

 

「「………………」」

 

「……ヒカリ、ちょっと待っててくれ」

 

「……うん」

 

 勢いを削がれ酷く微妙な気持ちになり、一先ず話は後回しにして玄関に向かう太一。

 

「突撃! 隣の八神さん! って、どうしたの? 何か、凄い微妙な顔してるわよ?」

 

 怒られたり苦情を言われたりは想像していたが、酷く微妙な顔をしている太一に驚く折紙。

 

「……折紙」

 

「なに?」

 

「今回、お前が悪くないことは分かってる」

 

「はい?」

 

「いくらお前でもこのタイミングを狙ってこれる訳がないんだから、お前に悪気が無いことも分かってる」

 

「あの〜、太一君?」

 

「分かってはいるが、一つ言わせてくれ」

 

「どうぞ?」

 

「ありがとう。なら……」

 

 許可を取り太一は全力で息を吸いそして、

 

「少しぐらいは空気を読めーーーー!!!!」

 

 抑えきれない思いを、全力で吐き出した。

 

〜〜10分後、八神家リビング〜〜

 

「アハハハハハ! 私、何か凄いタイミングで来たんだ!? スッゴーい!」

 

 自分が実に変なタイミングで来たことを知り大爆笑している折紙。

 

「あー、まあな。つーか、いい加減笑うのは止めろ」

 

「ゲラゲラゲラゲラ」

 

「馬鹿にしてんのか!」

 

「失礼な! からかってるのよ!」

 

「て・め・え・は!」

 

 ひたすら自分をからかってくる折紙に、太一は自分の堪忍袋の緒がブチブチ切れていく音を聞いた気がした。

 

「アハハハハ! まあ、冗談はこのくらいにして本題に入りましょうか」

 

「本題だぁ?」

「ええ。簡単には言えば結果発表で答え合わせ、っていった所ね」

 

 その言葉にヒカリはビクッと震えた。

 

「おいっ、ヒカリがいるんだぞ!?」

 

「ああ、ヒカリちゃんにも少し話したから♪」

 

「はぁ!? てめ−−」

 

「良いじゃない、無関係でも無いんだし。それとも別々に話そうか?」

 

 あっさり返してくる折紙に太一は苦虫を噛み潰した様な顔をした。

 

 その後、ヒカリの方へ数秒間視線を移し、なにかを葛藤した後に、

 

「……わかった、一緒でいい。ヒカリも、それでいいか?」

 

 覚悟を決めたかのように了承した。

 そんな太一の様子を見てヒカリも覚悟を決めた。

 

「うん、私も、いいよ」

 

 例え、太一に嫌われることになろうと真実から逃げない覚悟を。

 

「じゃ結果発表〜♪ ジャジャン!」

 

 そんな二人の覚悟を感じ、折紙は自らがたどり着いた真実を語った。

 

「大〜正〜解〜っていった所ね。思った通りだったわ」

 

「……つまり……」

 

「やっぱり、まともな人間では無いみたいね」

 

 そして、その言葉を聞いた瞬間ヒカリの意識は一瞬途切れかけた。

 

「……それは確かなのか?」

 

「間違いないわよ〜? 詳細は面倒だから2日後に纏めて話すけど、大体7割位は純正の人間だけど3割位普通じゃ無かったから」

 

「…………そうか」

 

 もはやヒカリの耳には二人の会話は殆ど聞こえてはいなかったけど、最後の太一の呟きだけは聞こえた。

 

 諦めを含んだ、暗い溜め息混じりの呟きだけは……。

 

(やっぱり、私は、人間じゃ……ないのね。私は、やっぱり、お兄ちゃんの、側には、いれないよね。……私は、兄妹としてすら−−)

 

「あ、ヒカリちゃん? ちょっといい?」

 

「……何、ですか……?」

 

 絶望に呑み込まれそうになっていたヒカリに掛けられた折紙の言葉。

 

 それはヒカリの考えを根本的に打ち砕いた。

 

「勘違いしている気がするから言っとくけど。さっきの話、太一君の事よ?」

「………………え?」

 

「だーかーらー。まともな人間じゃ無いのは太一君の事よ、って言ったの♪」

 

「……………………え?」

 

 ヒカリは今、何と言われたのか、理解できなかった。

 

(まともな、人間じゃ、無いのは、お兄、ちゃん? え? どういう、こと?)

 

 理解の範疇を越え、完全に混乱の極みへと到った。

 

 そんなヒカリを置いて、折紙は急いで帰ろうとしていた。

 

「まあ、詳細は8月1日にね♪ んじゃ、待った−−」

 

「まあ、ちょっと待てよ折紙♪」

 

 そんな折紙を引き止めたのは凄まじい笑顔を顔に張り付けた太一だった。

「な、何かしら? 太一、君?」

 

「一つ、疑問が在るんだ。ちょっと答えてくれ」

 

「し、詳細は8月1日に纏めて−−」

 

「何でお前はヒカリが“勘違いしている”なんて思ったんだ?」

 

「そ、それは−−」

 

「まさかとは思うが、ヒカリにちゃんと説明せずに“意図的に”情報を小出しにした、なんて事は無いよなぁ?」

 

「あ、あははははぁ……」

 

「なあ、折紙? 俺は前に言ったよな? 悪意でヒカリを傷つけたりしたら、その時は覚悟しとけって」

 

「い、言ってたねぇ……」

 

「そうか、なら覚悟は出来てるよな?」

 

「え、え〜と……」

 

 言葉を交わすたびにどんどん増していく太一の殺気に、さすがに怯えてジリジリと後ろに下がる折紙。

 

 そして、

 

「往生しやがれ!!! この、糞外道がぁーーーーー!!!!!」

 

 太一の怒りが爆発した。

 

「てぇ! ちょ! 危なぁ!」

 

「避けんなぁ!!! 蹴り飛ばされろ!!!」

 

「そんなの食らったら大変な事になるって!」

 

「ヒカリを苦しめた奴には当然の報いだ!!! てめえのせいで、ここ最近のヒカリがどれだけ苦しそうな顔してたと思ってんだ!!!」

 

「私にも私の考えが合ったんだって! 一応、悪意とかは無かったから!」

「関係、あるかぁーーー!!! つーか、悪意も無しによくもこんな最低な事ができたなぁ!!!」

 

 嵐のような、まさしくそんな言葉がぴったりな凄まじい太一の蹴りを、拳を、これまた凄まじい身のこなしで紙一重で避けていく折紙。

 

 そのまま暫くの間、二人の攻防は続いた。

 

〜〜1時間後〜〜

 

「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」」

 

 約1時間の間、殆ど休む事なく繰り広げられた太一と折紙の攻防は二人の体力が尽きた事によってようやく止まった。

 

「ご、ごめんなさい。でも、本当に、悪意とかは、無いから……。それなりに、考えが、あったのよ……」

 

「はぁ、はぁ……。……本当、だな?」

 

「ええ、本当、よ」

 

「……………………わかった。今回は、見逃して、やる」

 

「本当? あ、ありがとう……」

 

 そこまで話したのが限界だったようで、折紙は床にベシャッと音を立てて倒れた。

 

 同時に、太一も後ろに倒れた。

 

 ちなみに、ここまでの二人の攻防で発生した周囲への被害は、ほぼ“零”という驚異的な結果だった。

 

 ……二人とも、空手部にでも入部すればいい。

 

〜〜更に1時間後〜〜

 

「ああ〜、ほんっとに疲れた〜」

 

「それはこっちの台詞だ。お前のせいで無駄に疲れたわ」

「あはははは……。本当に、ごめんなさい」

 

「もういいよ。一応は考えがあっての事なんだろ?」

 

「ま〜ね〜」

 

 ようやく体力も戻ってきた二人はとりあえず椅子に座っていた。

 

 ちなみに、ヒカリはここまでの間に倒れた二人の顔に冷たいタオルを乗せてあげたりと動き回っていた。

 

「で? これからどうすんの?」

 

「あ〜まぁ、とりあえず今日は帰るよ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 そして折紙は帰り支度を整えて帰ろうとした。

 

〜〜八神家玄関〜〜

 

「じゃあね〜。ヒカリちゃん」

 

「はい、あの……。気を付けて、くださいね?」

 

 さすがに意味がわからなすぎてどんな反応をしていいのか分からず、とりあえず無難な対応をするヒカリ。

 

「あ、そうそう。ヒカリちゃん、ちょっといい?」

 

「はい? 何ですか?」

 

 玄関で靴を履き今まさに帰ろうとした折紙は思い出したようにヒカリに聞いた。

 

「私がヒカリちゃんに最初にした質問って覚えてる?」

 

「えっと……」

 

「んじゃ〜ね〜。ばいば〜い」

 

「はい!? えっと、折紙さん!?」

 

 質問に答えようとしたら唐突に帰っていく折紙。

 本当に意味が分からずにヒカリはポツリと呟いた。

 

「何だったの……?」

 

〜〜八神家リビング〜〜

 

「お兄ちゃん、折紙さん帰ったよ」

 

「あぁ、そうか」

 

 机に突っ伏したまま太一はヒカリに返事をした。

 

 そしてそのまま太一はヒカリに一つ聞いた。

 

 ……どうしても聞かなければならないことを。

 

「……なあ、ヒカリ?」

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 

「やっぱり、嫌か?」

 

「? 何が?」

 

「血も繋がってない、人間ですらない奴が“お兄ちゃん”だなんて、やっぱり嫌か?」

「……え?」

 

 そこまで聞いて、ヒカリはようやく気がついた。

 

 太一が、まさしく自分が今日まで苦しんでいたことで、今まさに苦しんでいることに。

 

(何で……! 私は……!)

 

 ヒカリは自分の愚かさにぶん殴ってやりたい気持ちになった。

 

(お兄ちゃんが苦しんでなかったわけないのに……! 何で気づいてあげられないの!?)

 

 そもそも今初めて苦しんでいる、なんて訳がないのだから。

 

 なにしろ、

 

(折紙さんが調べていたのがお兄ちゃんの事なら、私が折紙さんと初めて話したときにはもうずっと苦しんでた筈なのに……!)

 

 それなのにヒカリは気がつかなった。

 

 と、そこまで考えた所でヒカリは気が付いた。

 

(違う! お兄ちゃんは多分本当に、そこまでは苦しんではなかったんだ!)

 太一がヒカリの事をよく見ているように、ヒカリも太一の事をよく見ている。

 

 太一がずっと前から苦しんでいたなら、ヒカリは絶対に気づく。

 

 ならば今太一が苦しんでいるのは、

 

(私の、せいだ……! 私が自分の事しか考えなかったから……!)

 

 悔やむヒカリの頭には、今日太一に感じた違和感が蘇っていた。

 

 朝、苦しむヒカリにすがるように助けてやれないのか、と聞いてきた太一の姿が。

 折紙が話をしようとしたときにみせた、太一の葛藤が。

 

(何で……! 私は……! お兄ちゃんを苦しめる事しか、出来ないの!?)

 ヒカリは悲しかった。

 

 未だに太一を苦しめてばかりな事実が。

 

「……ヒカリ?」

 

 何の反応も返ってこない事を不審に思い太一は顔をあげた。

 

 そこには、

 

「ごめん、なさい……、ごめん、なさい……! お兄、ちゃん……!」

 

 大粒の涙をぼろぼろと流しながら謝っているヒカリがいた。

 

「どうしたヒカリ!? 何を謝っているんだ!?」

 

 先程までの葛藤なんか一瞬で吹き飛び、太一はヒカリの側まで駆け寄った。

「どうしたんだヒカリ? 何をそんなに泣いてるんだ?」

 

「ごめ、なさい……、ごめん、なさ……い!」

 

「……やっぱり、俺が“お兄ちゃん”なんて嫌−−」

 

「違う!!! 違うの!!! そうじゃないの!!!」

 

 それだけは絶対に違うと、ヒカリは声を張り上げた。

 

「じゃあ、何でヒカリは泣いてるんだ……?」

 

 僅かに躊躇った後、ヒカリは静かに語りだした。

 

「だって、ヒカリのせいでしょ?」

 

「え?」

 

「ヒカリのせいで、今お兄ちゃんはそんなに苦しんでるんでしょ!?」

 

「ヒカリ……?」

 

「ヒカリの考えが足りなかったから、お兄ちゃんをそんなに苦しめてるんだよ!? もっと考えられたら! もっとお兄ちゃんを頼っていたら! お兄ちゃんを苦しめずに済んだかも知れないのに!」

 

「ヒカリ……」

 

「なのに……! ……っ! ごめんなさい、お兄ちゃん! ごめんなさい……!」

 

 再び泣きじゃくるヒカリ。

 

 太一はそんなヒカリを少ししてからそっと抱きしめた。

 

「お兄、ちゃん……?」

 

「なあ、ヒカリ? 俺はヒカリの“お兄ちゃん”でいてもいいのかな?」

 

「……! そんなの、当たり前だよ! だって、お兄ちゃんは、ヒカリの一番大好きな“お兄ちゃん”なんだもん! 他の誰よりも大切な“お兄ちゃん”なんだもん! ヒカリの一番、一番、一番! 大、好きな−−」

 

「もう、いいよ、ヒカリ……」

 

 涙を堪えながら、必死に言葉を重ねるヒカリを太一は思いっきり抱き締めた。

 

「ん、お兄ちゃん。ちょっと、苦しい……」

 

「ごめん。ごめんな、ヒカリ。ちょっとだけ、こうさせてくれ」

 

「……うん。いいよ、お兄ちゃん」

 

「あり、がとう、ヒカリ。本当に……! ありが、とう……! ヒカリ……!」

 

 先程までの立場を交換したように、今度は太一がヒカリを抱き締めながらぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 

 ありがとう、ありがとう。と子供の様に泣きながら……。

 

(お兄ちゃん、大好き……)

 そんな太一に抱き締められながら、ヒカリは心の中で自分の思いを呟いた。例えそれが誰にも認められないとしても……。

 

『私がヒカリちゃんに最初にした質問って覚えてる?』

 

 ふとヒカリの頭に先程された質問が響いた。

 

(最初にされた質問……?)

 

 何故かそれが気になってヒカリは思い出した。

 

『ヒカリちゃん、太一君の事好きでしょ。異性として』

 

(そう、私は、お兄ちゃんが……好き。でも……)

 

 それは叶わない願い、と思ったときさっき聞いた太一の言葉がヒカリの頭に響く。

 

『血も繋がってない、人間ですらない奴が“お兄ちゃん”だなんて、やっぱり嫌か?』

(……え?)

 

 ヒカリの頭にもう一度同じ部分が響く。

 

『血も繋がってない……』

 

(え? 待って、もしかして……)

 

 ヒカリの頭に次は折紙の言葉が響く。

 

『だーかーらー。まともな人間じゃ無いのは太一君の事よ、って言ったの♪』

 

 折紙はヒカリの事に何も触れなかった。

 

 ヒカリの事も何かあったなら報告するはず。

 

 なにしろ、何か分かったら教えてくれると言っていたのだから。

 

 つまりヒカリに関しては特に触れるほどの事は無かったと言うことで、それはつまり、

 

(まさか……まさか……!)

 

 それに気が付いたとき、ヒカリの太一を抱き締めている力は少し強くなった。




 次は太一の出生の秘密話。オリ設定です。

 


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第5話 八神兄妹の秘密

 展開の強引さが目立ちますが、お許しくださると嬉しいです。

 どうしてもという場合は言ってください。

 書き直しますので。
 


〜〜7月30日、夜〜〜

 

「ただいま〜」

 

「お帰り、母さん」

 

「お帰りなさい、お母さん」

 

 仕事を終えて家に帰宅した八神裕子はぎょっとした。

 

 何しろリビングには物凄い真剣な顔をした太一とヒカリがいたのだから。

 

 普通はびびる。

 

「ちょっと、どうしたの? 太一? ヒカリ? 二人とも、何か怖い顔してるわよ?」

 

「ちょっと聞きたい事があるんだ。座ってくれ」

 

「えーと、少し待っててくれる? まずはご飯の準備を−−」

 

「飯の用意はもうできてる。話もそんなに長くなるような事じゃないから」

「あら、そうなの? それなら……先にお話しましょうか」

 

 お腹は空いてはいるが目の前の真剣な顔をした二人はほおっては置けないと思い、裕子は先に話をすることにした。

 

「それで、話ってなぁに?」

 

「あぁ…………母さん、俺はこの家の子供じゃ無いのか?」

 

「……太一、あなたなに言ってるの? あなたは私の可愛い息子よ?」

 

「そうじゃなくて、俺は母さんとは血の繋がりなんか無いのかって話だ」

 

「…………あぁ、そういうこと。て、それ誰に聞いたの? 進さん?」

 

 誰かに話したことなんてないはずなんだけど、と不思議そうに聞く裕子。

「…やっぱり…」

 

「うん。そういう意味なら、太一と私の血は繋がって無いわよ?」

 

「……何で教えてくれ無かったんだ?」

 

「え? 言う必要ってあったの?」

 

 苦しそうな太一とは対称的に、裕子はあっさりと不思議そうに返す。

 

「必要性の問題か!?」

 

「必要性の問題よ。太一は私の可愛い息子だし、ヒカリとも仲はいい。それなのに何で言わなきゃならないの?」

 

 本心から不思議そうに聞かれて、太一は何も言えずに呆然とした。

 

「それに、何で知ったのかは知らないけど、太一今苦しんでるでしょ? そうなることが分かってるのに、わざわざ教えて苦しめるなんて嫌だったのよ」

「……俺はこの家の子供でいいんだよな?」

 

「そんなこと、あったり前じゃない」

 

 言葉の通りに当たり前のように言われて太一は本当に安心した。

 

「うっし! それじゃ飯にするか! なあ、ヒカ……て、ヒカリ!? ちょっ、どうしたんだ!?」

 

 そして驚愕した。

 

 何しろ隣でほとんど話すことなく静かにしていたヒカリがぽろぽろ涙を流していたのだから。

 

「え!? ヒカリ!? お前何で泣いてんだ!?」

 

「……ヒカリ、あなたまさか……」

 

 そんなヒカリの様子に裕子は気が付いた。

 

「太一、悪いんだけどあなたは部屋に戻っていてくれる?」

 

「え? 何で−−」

 

「いいから! これは太一(男の子)じゃだめなの。私(女)じゃ無きゃいけない話なの」

 

「母さんはヒカリの泣いている理由が分かるのか?」

 

「想像はつくわ」

 

「………………分かった。母さん、ヒカリをお願い」

 

「ええ、任せなさい」

 

 そうして太一は自分の部屋へと戻った。

 

「さてと……ヒカリ、一つだけ聞かせて?」

 

「……なに? お母さん」

 

「あなた、もしかして太一の事が好きなの?」

 

 その裕子の質問にヒカリはビクッと震えた。

 

「喋らなくてもいいわ。合ってるなら頭を縦に振って、間違ってるなら横に振って」

 

 裕子の言葉にヒカリはしばらく躊躇いその後、

 

 コクン、と静かに頭を縦に振った。

 

「そっか……」

 

 そう言って裕子はヒカリを静かに抱き締めた。

 

「ごめんなさい、ヒカリ……」

 

「お母、さん?」

 

「苦しかったでしょう? 間違ってるって思って、いけないことだって思って、そうして自分の想いを心の奥底に沈めるのは、本当に辛かったでしょう? 最も早くに気づいてあげられなくて、本当にごめんなさい……」

 

「お、母、さん?」

 

「いいのよ、ヒカリ。あなたは太一を好きでいいの。あなたの想いは間違ってなんかないの。あなたの想いは決していけないものなんかじゃないの。あなたは太一が好きだって言ってもいいの」

 

「本当、に? 本当に私、お兄ちゃんを好きでいいの? 間違ってないの? お兄ちゃんを好きだって言っても許されるの? 私、お兄ちゃんとずっと一緒にいてもいいの?」

 

「ええ、もちろんよ! あなたは太一とずっと一緒にいてもいいの! 太一と結婚して子供を産んで幸せな家庭を築いたっていいの!」

 

「本当の、本当の、本当に?」

 

「本当の本当の本当よ!」

 

「私、いいん、だ。お兄ちゃん、を、好きでも。ずっと、ずっと、一緒にいたい、って、思っても、いい、んだ……!」

 

「ええ、もちろんよ! 私もあなたに力を貸すから。あなたは太一を思いっきり魅了してメロメロにしてやりなさい! お母さんが許す!」

 

「お母、さん。お母さん……! う、うぁぁぁぁぁぁぁぁ……! 本当に! いいんだよね!? ひっく。私、私お兄ちゃんを本気で好きになっちゃうからね!? もう、絶対に、諦めてなんか、やらないからね!?」

 

「ええ。頑張りなさい、ヒカリ……」

 

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 そしてヒカリは泣き続けた。

 

 今まで溜め続けた分の苦しみを、涙を、全て吐き出す様に。

 

 裕子に抱き締められながら、涙が止まるまで泣き続けた。

〜〜同時刻、太一の部屋〜〜

 

「もう、大丈夫そうだな」

 

 自分の部屋まで届いてくるヒカリの泣き声を聞いて太一はそう思った。

 

「はあ、しっかし……俺があいつにしてやれる事なんか、あんま無いのかもなぁ……」

 

 変わっていく自分達の関係を思い、太一は寂しさを覚えた。

 

 ……実際にされている話を聞いたなら一体どんな反応をするのやら。

 

〜〜しばらく後の夕食中〜〜

 

「そういえば、母さん。俺の本当の両親って、どんな人だったか知ってるの?」

 

「え?」

 

 夕食中、ふと気になって、何となく裕子に聞く太一。

「いや、俺がどういった経緯で引き取られたのか何となく気になってさ。知ってるなら教えてほしいなって」

 

「あっ、それ私も気になる」

 

 太一とヒカリにそう聞かれて裕子は、

 

「あーーー……」

 

 困っていた。

 

「母さん? 言いづらい話なら、別に無理して言わなくても−−」

 

「いや、そういう事じゃ無いというか、そういう事だというか……」

 

「はあ?」

 

 裕子がなにを言いたいのか、太一は理解出来なかった。

 

「あーー……太一? ヒカリ? お母さん、嘘は言わないからね?」

 

「何なんだよ?」

「一言でいうなら……通りすがりの女性に貰ったの」

 

「……はい?」

 

「……お母さん、ふざけてるの?」

 

 太一とヒカリの冷たい目線に晒されて裕子は慌てて話を続ける。

 

「いや、ふざけてるわけじゃ無いのよ。……正直な話、お母さんもよくわからない事だらけなのよ。とりあえず、初めの方から話すから取り合えず聞いてくれない?」

 

 そういう裕子の言葉に太一もヒカリも、とりあえず話を聞くことにした。

 

「ありがとう。なら、まずは……」

 

 そうして裕子は語り出す。

 

 太一が八神家の家族となった日の事を。

〜〜15年前〜〜

 

「うん。そろそろ帰りましょうか。……あら? あんな人この辺りにいたかしら……?」

 

 久々に辺りを少し散歩しようと思い立ち、しばらく気の向くままにふらふらと彷徨いてさて帰ろうか、と思った時に裕子は余りこの辺りで見掛けない女性を見た。

 

「………………」

 

 かなりの美人だがどこか影がある、全体的に色素が薄い点も合わせて“薄幸の美女”と言った言葉が似合いそうな女性だった。

 

〜〜〜〜

 

「全体的に色素が薄い?」

 

「まあ、そんな感じの人だったのよ」

 

「「ふ〜ん」」

 

 余り興味も無さそうに生返事する八神兄妹。

 ちなみに今の裕子と八神兄妹との間には認識の違いがあった。

 

 八神兄妹の頭の中には色白の女性がいたが、

 

 実際に裕子が会ったのは、そのままの意味で所々“透けている”女性だったのだから。

 

「話を続けるわよ」

 

 そして裕子は話を続ける。

 

〜〜〜〜

 

「こんにちは。あの、大丈夫ですか?」

 

 その女性を見ていると何やら不安な気持ちが押し寄せてきて、心配になった裕子はとりあえず声を掛けてみた。

 

「……はい……?」

 

「いえ、あなた何だかお元気無いようですけど、具合でも悪いんですか? なんだったら肩ぐらいは貸しますけど」

 

「心配してくれているのですか……?」

 

「ええ、はい」

 

「どうもありがとうございます……」

 

 どうにものんびりとした口調だがとりあえず、今すぐにどうこうといった事は無さそうで裕子は一安心した。

 

「あの、一つだけ聞いてもいいかしら?」

 

「はい……?」

 

「あなたはこんな所で何をしてるんですか? そんな小さなお子さんと一緒に?」

 

 お節介だとは分かってはいても、裕子には聞かずにはおれなかった。

 

 今は静かに眠っている小さな赤ん坊を抱いていながら、女性には生気を余り感じなかったのだから。

「……ああ……私は、この子を育ててくれる人を、探しているんです……」

 

 裕子は聞こえた言葉が信じられ無かった。

 

「あなた……! 自分の子を捨てる気何ですか!? あなたが産んだ子でしょう!?」

 

「誰が……! 手放したくて手放すものですか!!!」

 

 女性の言葉が余りにも信じられずに思わず声をあげた裕子に対して、今までの印象を吹き飛ばす勢いで女性は叫んだ。

 

「私だって嫌ですよ! この子は私の子です! 私が幸せにしてあげたい! いろんな物を見せて、いろんな事を教えて、この子の人生を素晴らしい物にしてあげたい! ……でも……」

 

 そこまで叫んだ所で女性の声は急に小さく萎んでいった。

 

「……私では、無理なんですよ……もう私では、この子を幸せにしてあげられないんですよ……」

 

「それは、何故……ですか?」

 

 裕子は信じられ無かった。

 

 女性の子供に対する愛情は痛いほど伝わって来た。

 

 なのに何故、幸せにしてあげられないのか理解出来なかった。

 

「簡単な話ですよ……。私、もうすぐ死ぬんです……」

 

「……え?」

 

「今まで誤魔化し続けられたんですけど、もうすぐ限界なんです。多分、無理しても1年が限度でしょう……」

 

「じゃあ、何でこんな所にいるんですか! 早くご家族の元に−−」

 

「いませんよ、誰も」

 

「え?」

 

「私の残った家族はこの子だけです。他は皆死んだり、いなくなったりです」

 

 そう言って女性は静かに子供を抱き締めた。

 

「だからこそ、せめてこの子を幸せにしてあげられる人を探しているんです……」

 

 そう言って女性はふと気が付いた様に裕子の方に顔を向けた。

 

「……そういえば、あなたお名前は何とおっしゃるんですか……?」

 

「え? ……裕子です。八神、裕子」

 

「では裕子さん、お願いがあります。……この子を、引き取ってはもらえませんか?」

「私、が?」

 

「はい。無関係な筈の私にここまで真剣に関わってくれるあなたなら、きっとこの子を幸せにしてくれると思います。それに……」

 

「それに?」

 

「……いえ、何でもありません。それで、どうでしょう。無理強いはしませんが出来るなら、私はあなたにこの子を預けたい」

 

 そう言って女性は静かに裕子を見つめた。

 

 裕子はいきなりの頼み事に迷っていた。

 

 当然である。

 

 命を預かるというのは簡単な事では無い。

 

 一生に関わる事なのだから、迷わない方がおかしい。

 

「一つ、いいですか?」

「何でしょうか?」

 

「その子を一度、抱かせては貰えませんか?」

 

「……はい、どうぞ」

 

 女性はほんの少し躊躇った後に赤ん坊を裕子へと手渡した。

 

 その時の女性の苦しそうな顔を見て、赤ん坊の暖かさを感じて、裕子はしばらく悩んだ後に、答えを出した。

 

「この子の名前を、教えてもらえますか? 名前も知らずには育てられません」

 

「! 太一です。太陽の太に一つの一と書いて太一です。どうか、どうか! 太一を、よろしくお願いします……!」

 

「ええ、私に出来る限りこの子を、太一を幸せにして見せます」

 

 裕子は太一を幸せにしてあげようと決意した。

 そしてふと思った。

 

 せめてその人生が終えるまでは女性を太一の側にいさせてあげたいと。

 

「すいません、あなた−−!?」

 

 そう思い裕子は女性に声を掛けようとして、驚愕した。

 

 何故なら女性が既に何処にもいなくなっていたのだから。

 

「いったい、なにが……?」

 

 呆然と呟く裕子だが思いは変わらなかった。

 

 名すら聞きそびれた女性の子供である、今日から自らの子供になった太一を幸せにしようという思いは。

 

〜〜〜〜 

 

「それで太一はうちの子供になったのよ」

 

 裕子が話終えてからも八神兄妹はしばし、一言も喋らなかった。

 しばらくして、太一は小さく問い掛けた。

 

「今の話、何処まで本当なんだ?」

 

「最初に言った通りよ。全部本当の事」

 

 そう言われても太一は信じられ無かったが、

 

「だから言いたく無かったんだな」

 

 半分納得もしていた。

 

「ええ、自分自身でさえちょっと信じられないのに信じてもらえる訳ないからね」

 

 そう言って裕子は可笑しそうに笑った。

 

〜〜更にその後〜〜

 

「光子朗か……………ああ……………ああ…………ごめん、ごめん。やっぱ、ちょっと不安でさ…………うん、悪かった。もうしねーよ…………うん、じゃまたな。8月1日に」

 

 太一は光子朗に連絡した後にゆっくりと眠った。




 太一の話を入れた理由は、前の後書きで書いちゃったのと他で出すタイミングが無かったからです。

 この設定で別の話を書く予定なのですが、今以外書けそうに無かったので。

 この話は大丈夫だったでしょうか?

 何らかのご意見があった場合教えて頂けるとありがたいです。


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