ソードアート・ストラトス (剣舞士)
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プロローグ

ISとSAOのクロスものがいっぱいあるのでかぶらない様に頑張って書きますので応援よろしくお願いします!!!





「キリトさん!!!」

 

「ダメェ!!! キリトォォォォ!!!」

 

「キリト君ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

アインクラッド第75層で繰り広げられたボス攻略戦。

クォーターポイントである第75層のボス〈ザ・スカルリーパー〉との戦闘は、一言で言えば悲惨なものであった。

これまでボス戦を戦いぬき、熾烈な最前線を戦ってきた攻略組のメンバー、14名の尊い犠牲の元、俺たちは何とか生き残る事が出来た。

ユニークスキル《二刀流》を携えた黒の剣士 キリト。その恋人でアインクラッド最強ギルド 血盟騎士団の副団長にして《閃光のアスナ》の二つ名をもつアスナ。

俺の恋人で、ユニークスキル《ニ槍流》を携え、水色の髪に紅い瞳が特徴的な少女 カタナ。

そして、第1層 始まりの街でからキリトと共に歩み、同じユニークスキル《抜刀術》を携えた白の抜刀斎 チナツ。

 

 

俺たちは何とかスカルリーパーを倒し、安堵と失望に苛まれていた。するとキリトさんが立ち上がり、あろう事か攻略組を率いていた血盟騎士団団長のヒースクリフに対し、ソードスキルを発動させた。誰もが彼の驚愕の行動に驚いたが、その後に起きた事象がその場にいた全員を震撼させた。

 

 

 

「なッ!? …………システム的不死?!」

 

「どうなっているんだ!?」

 

「団長…あなたは一体…ッ!?」

 

 

突如ヒースクリフのアバターの頭上に現れた文字に誰もが驚いた。それはアスナさんに俺にカタナも全員がそうだ。

 

 

 

「まさかとは思っていたが…やっぱりな。ずっと俺たちのそばにいて、監視していたんだろ? ヒースクリフ……いや、『茅場 晶彦』ッ!!!」

 

 

 

そう、誰もが最強だと思い、このゲームを終わらせるにあたり最も重要な人物だと思っていたヒースクリフの正体が…この世界を作り、一万人のプレイヤーを閉じ込め、デスゲームへと変えた張本人。茅場 晶彦本人だったのだ。

 

 

その後、キリトさん以外の全攻略組メンバーがシステムによって強制麻痺状態となり、ヒースクリフはキリトさんに一対一のデュエルを申し込んだ。しかし、それはただのデュエルではない。本当の命がかかったただの殺し合いを意味していた。

 

 

「やめろぉぉぉ!!! キリトォォ!!!」

 

「キリト!!!」

 

 

同じく攻略組で俺たちの兄貴分であった風林火山のリーダー クラインさんと自ら保護者と言っていた商いの斧戦士 エギルさんがやめさせる様に叫ぶ。

 

 

「クライン…第1層でお前を見捨てた事、ずっと謝りたかった…すまなかった…」

 

「ばっかやろおぉぉ!!! 謝ってんじゃねぇぞ!! リアルでなんか奢って貰わなきゃ承知しねぇからな!!!」

 

 

 

涙を流し、絶対に生き残れと言う思いをキリトさんに対して叫ぶクラインさん。

 

 

「エギル…お前が店で稼いだ金で中層エリアのプレイヤー達のレベル上げなんかに貢献してたのは知っているぜ」

 

「…ッ!?」

 

「お前がいてくれたから、中層プレイヤー達は生き残れた…。ありがとな…」

 

「…ッ!!! クソォッ!!!」

 

 

 

なにも出来ないとわかっているエギルさんは自分に対して怒りをあらわにしていた。

 

 

「カタナ…いつもお前のイタズラに引っ掻き回されて、正直大変だったけど、お前のその性格が、俺たちを絶望から這い上がらせてくれたんだ……ホントにありがとう…チナツと、これからも幸せにな…」

 

「キリト…約束しなさいッ! 絶対に………絶対に、勝ちなさい!!!」

 

 

 

もはや、それすらも怪しい。なんせ、このヒースクリフはこの世界で唯一キリトさんを倒した男なのだから。それでもカタナは叫ぶ。勝って来いと…。

 

 

 

「チナツ…」

 

「キリトさん…」

 

「ビーターって言われてた俺なんかをずっと慕ってくれて、ありがとう。お前がいたから俺は一人じゃないと思えたんだ…絶対にカタナを守れよ? 約束だからな…」

 

「キリトさん……なら俺からも約束です! 絶対に勝って、みんなで現実世界に帰りましょう!!! そして…そして……またみんなで集まって、遊んだり、話したり、いろんな事をしましょう!!! 約束ですよ!!!」

 

「あぁ、約束だ…」

 

 

 

俺の言葉を受け、最後に恋人であるアスナさんに視線を向けるキリトさん。しかし、言葉はかけず、まっすぐヒースクリフを見つめる。

 

 

「ひとつ約束してくれ…」

 

「何かな?」

 

「俺もそう簡単に負ける気はないが、もし、俺が死んだ時は…しばらくでいい。アスナが自殺しない様に取り計らってくれ……ッ!」

 

「ッ!!!?」

 

 

 

その言葉にアスナさんは驚いた。しかし、ヒースクリフはそれを了承し、向き合う。

 

 

「キリト…君…そんなの…そんなのないよぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

アスナさんの叫びがボス部屋内に木霊する。しかし、その叫びは届かず、二人の最強による、本物の命をかけたデュエルが始まってしまった。

 

 

 

「てぇええやあぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

キリトさんの怒号と共に、繰り出される二刀流の剣閃。しかし、その全ての剣がヒースクリフの盾によって弾かれる。俺たちと同じくユニークスキル《神聖剣》をもつヒースクリフ。攻守一体のスキル、そして、なんと言っても最硬と言われたリベレイターの盾による圧倒的な防御力の高さ。中々通らない攻撃に徐々にフラストレーションが溜まっていく。そして、痺れを切らしたのか、二刀流において最上級スキルにあたり、最強にして、最多連撃のソードスキル。ジ・イクリプスを発動させる。…が、それすらも盾で受けきり、同時にスキルを使った後に起きる長い硬直がキリトさんを縛る。

 

 

 

「さらばだ…キリト君!!!」

 

 

 

その言葉と共に、上段に掲げたヒースクリフの剣が深紅に染まり、キリトさんめがけて振り降ろされた。

 

 

 

「キリトさんッ!!!」

「キリトッ!!!」

 

 

 

思わず、俺とカタナは叫んだ。しかし、その剣がキリトさんに当たる事はなかった。その代わりに誰もが動けないでいる中、唯一一人だけ動き、剣を受けたものがいた。……そう、キリトさんの恋人であるアスナさんだった。

 

 

 

「ッ!!! そんな…アスナ…嘘だ…こんな…こんなの…ッ」

 

「………………ごめんね」

 

 

 

最後の言葉を残し、粒子となって消えたアスナさん。それを拾い集めるかのように光の粒子を追うキリトさん。その場に残されたアスナさんの愛剣〈ランベントライト〉だけが、光り輝いていた。

 

 

そして、無情にもキリトさんの体を突き刺すヒースクリフ。キリトさんのその目は、もう死んでいた。誰もが終わったと思った…その時だった…。

 

 

 

「……うっ…くっ…まだだ…ッ!」

 

「んッ?!」

 

「くっ……まだだッ!!!」

 

「な…ッはぁッ!!?」

 

 

 

 

体は透明になり、今にも消えそうになっているキリトさん。しかしその足は一歩ずつヒースクリフに近づき、やがて左手に持ったランベントライトがヒースクリフの体を突き刺した。

 

 

 

「これで……いいかい…?」

 

 

 

そう言って、キリトさんとヒースクリフは共に光の粒子となって消えた。

突如、真っ白な空間に引き込まれ、そこで俺は、最愛の人、カタナと向き合う。

 

 

「これは…」

 

「私たちの意識が現実世界に戻り始めているのね…」

 

「そっか…もう終わったんだな…」

 

「そうね……。ねぇ、チナツ…」

 

「なんだ?」

 

 

改まって俺を見るカタナ。ずっと思い、愛している彼女。今更ながら、よく自分が付き合い、結婚まで出来たと思う。

 

 

「名前…教えて。本当の、現実世界の名前」

 

「一夏。織斑 一夏……これが俺の名前。たぶんリアルじゃ十五歳だと思う」

 

「一夏…そう、これがあなたの名前ね…私はね、更識 刀奈。十六歳です…」

 

「更識……刀奈…」

 

 

 

俺たちは互いにリアルでの情報を交換し合い、そして抱きしめ合い、キスをした。

 

 

 

「待っててくれ刀奈。絶対に君のところへ行くから」

 

「うんッ! 待ってる。早く来ないと、私から会いに行っちゃうからね♪」

 

 

 

最後の言葉を交わし、そしてもう一度キスをする。やがて彼女温もりが消え、俺の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こは…」

 

 

 

見知らぬ天井。そして、全体が白を占めている部屋のベッドの上で俺は目覚めた。

 

 

(どこだここ? 家? いや、違う。くそ、体が…)

 

 

 

二年もの間、全く動かす事がなかった体は目に見えて痩せ細っており、起き上がるだけでも一苦労だった。そして、頭につけられたナーヴギアを取り外す。その中からは二年間、伸びに伸びた長い黒髪が垂れ落ちる。

 

 

 

(俺は……帰ってきたのか…現実に……刀奈…ッ!)

 

 

 

約束した。必ず会いに行くと。

 

 

 

ガシャアァン!!!

 

 

「ん?」

 

 

突如、部屋に響いた何かが割れる音。耳がよく聞こえない状態ではあったが、なんとかその音がした方を見た。そこに立っていたのは…。

 

 

 

「一…夏…?」

 

「あぁ…ッ。千、冬…姉…」

 

 

 

挙げるのも一苦労な左手を伸ばし、その名を呼ぶ。俺の唯一の家族にして、姉の織斑 千冬がそこに立っており、その足元には落として割れた花瓶と花が散らばっていた。

 

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!!! 一夏ッ!!!」

 

 

 

すかさず俺に抱きつき、俺が今まで見た事がないくらい号泣する千冬姉。とても心配させてしまっていたのだと、そして、こうやって抱きしめてくれる姉の愛情に心打たれる。

 

 

「い、たいよ…千冬…姉。……でも…ありがと…」

 

 

 

言葉を出すうちに自然と涙を流す自分がいた。

 

 

 

「ただいま…千冬姉…」

 

 

 

この日、俺、織斑 一夏は二年間のデスゲームを生き抜き、現実世界に帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、IS起動事件に行きたいと思います。


感想などありましたらよろしくお願いします(^.^)


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第一章 入学編
第1話 ISの世界


長らくお待たせしました!
第1話です。どうぞ!


あの事件から数ヶ月が経とうとしていた。

SAO事件が終結し、俺たちに待っていたのはリハビリの日々だった。二年間も体が寝たきりの状態になっていたため、各地の病院施設では生還した約6000人のSAO生還者のリハビリと総務省などでは、メディカルチェックに社会復帰のための手続きなどで大忙しだ。

 

そんな最中、俺たちはまた新たな事件に巻き込まれた。帰還した筈のSAO生還者のうち、300人が現実世界へ意識が戻ってこないと言う事件であった。その中には、キリトさんの恋人であるアスナさんも含まれていた。不審に思い、何らかの手がかりを探すため、俺はカタナの実家、つまり更識家の情報網を使い、それらの情報がないか調べていた。それと同時にキリトさんはアスナさんの病室で、最も怪しく、外道の極みとも言える男に会っていた。その名は……『須郷 伸之』。アスナさんの父親、結城 彰三氏がCEOを務める総合電子機器メーカー『レクト』のフルダイブ技術部門に在籍していて、それを利用してアスナさんを無理矢理にでも自分の物にしようとした。

 

そして、キリトさんから見せられた一枚の写真。

どこかの巨大な鳥籠の中に佇むアスナさんによく似た人物の写真だ。

これにより、俺とカタナ、キリトさんでこの写真が撮られたゲーム、アルヴヘイム・オンライン…通称ALOへと潜入した。

シルフ族のリーファの案内の元、世界樹の頂上へ向かう旅に出た。

旅の途中、強敵との戦いやグランドクエストなど厳しい戦いがあったが、シルフ部隊やケットシーとドラグーン隊の協力を受け、グランドクエストをクリア。キリトさんを世界樹内部へと進行させる事に成功した。

その後、キリトさんの手によって、主謀者である須郷は逮捕され、アスナさんの現実世界への復帰がかなった。

 

 

 

そのALO事件からさらに一ヶ月後の今日。

俺たちは久しぶりに四人、リアルでの再会を果たすべく、とあるイベント会場にきていた。

 

 

 

「あっ! チナツゥ〜〜ッ! こっちこっち!」

 

 

 

広いイベント会場の入口を潜って待ち合わせの相手を探す。すると、こちらに手を振って俺の名前…正確にはキャラネームを呼ぶ女性。赤いラインが入った黒のミニスカートにコートを羽織っている俺の恋人である更識 刀奈がそこにいた。

 

 

 

「ごめんカタナ。待ったか?」

 

「ううん、大丈夫よ。どっちかと言うと遠くから足を運んでくれたチナツに悪いわ…」

 

「それは気にしてないよ。カタナに会いたかったからな…」

 

「も、もうっ! そんな恥ずかしい事、こんなところで言わないでよ…」

 

 

 

 

途端に顔を赤らめ指をもじもじさせるカタナ。実を言うと、リアルでは久しぶりに会うのだ。カタナはALO事件後、実家の当主更識家17代目『楯無』を襲名したそうだ。そして、ロシアの国家代表にまで選出され、今年の四月には、IS学園への入学が約束されている。武芸に関しては元々スペックが高かったのと、SAO、ALO共に名を馳せたほどの槍捌き。リハビリなど多くの苦難があったみたいだが、それをやりこなすところがカタナのすごい所なのだろう…。

あまり無理をしてほしくないと言うのが俺の一つの願いたいではあるのだが…

 

 

 

「でも、良かったのか? 最近忙しそうだったのに…SAOから帰ってきて、いろんな事があって疲れてるんじゃ…」

 

「ありがとう…心配してくれて。でも、私は大丈夫よ。これでも更識家当主ですから!」

 

 

腰に左手を当て、胸を張って言い切るカタナ。彼女らしいと言えば彼女らしいが…

 

 

「でも、無理は禁物だぞ? 俺も何かできる事があれば、全然するんだし、それに…何より、俺はカタナの恋人なんだからさ…」

 

「うん……ありがとう、チナツ。じゃあ今は楽しいデートにしよ♪」

 

 

 

頬を赤く染め、微笑むカタナ。いつもの歳上のお姉さんの様な笑みも好きだが、こうやって可愛らしく、微笑むカタナはもっと好きだ。

俺の左腕に自身の腕を絡め、頭は俺の肩にポンとのせる。SAOから変わらない光景だ。こうやっていると近くにいるのが、直に感じられる。現実世界に戻ってきてからはそれがより感じられる様になった。その都度思う…例えどんな事があろうと、絶対にカタナは護ると…。

 

 

「キリトさんとアスナさんはもう中かな?」

 

「うん! さっき『中央広場で待ってる』ってアスナちゃんからメールが入ってたから間違いないわ…さっ、いきましょう」

 

「あぁ、そうだな。キリトさん達も久しぶりだよなぁ…元気にしてたかな…?」

 

「キリトは全然よ? アスナちゃんも走るのはまだ無理だけど、歩くくらいは大丈夫なまでに回復したって…!」

 

「そっか! なら、良かった」

 

 

 

 

これから会うキリトさん達の事を思い出す…。ALO終了と同時に現実世界に戻ってきたアスナさんはリハビリの毎日だったそうだ。学校の勉強の方は、元々高校卒業レベルまでの知識を持っていたため問題なく、進路は俺たちと同じSAO生還者たちが通う学校に行く事になっている。

 

 

 

「はぁ〜あぁ…。私だけ別の学校かぁ…寂しいなぁ…」

 

「まぁ、こればっかりは仕方ないって。俺もカタナと一緒の学校に行きたかったけど…IS学園は、流石に無理だし…」

 

 

 

 

IS………宇宙空間の活動を想定して、開発されたマルチフォームパワードスーツ。正式名称は『インフィニット・ストラトス』。六年前に幼馴染みであり、天才発明家だった篠ノ之 束さんによって発表されて以降、世界は女尊男卑の風潮が強まった。その理由としては、ISが女性にしか反応せず、動かす事が出来ないからだ。

 

 

 

「でも、外泊届とか出せば会えるんだろ? それなら、まだいいんじゃないか?」

 

「い・や・よ‼ 私はずっとチナツと一緒にいるって決めてたんだからッ! こうなったら…生徒会長権限で…」

 

「おいおい、それは職権乱用だぞ…」

 

 

 

 

しかし、カタナなら仕出かしかねない。こう言う事に関しての行動力は群を抜いている。

 

 

 

「あっ! チナツ君! カタナちゃん!」

 

「よぉ、遅かったな」

 

 

 

そうこうしている内に、待ち合わせの相手を見つける。黒のジーンズに黒のジャケット姿の黒の剣士 キリトこと桐ヶ谷 和人さんと赤いチェックのミニスカートに白のコートを羽織った閃光のアスナこと結城 明日奈さん。二人の姿に、SAO時代を思い出す。

 

 

「すみません、結構人がいたんで中々通れなくて」

 

「まぁ、それは仕方ないわ。今日のイベントは盛況間違いなしのものなんだから…」

 

 

 

カタナが言ったイベントの内容…それは、ISの展示会だ。男女問わず、自由にISを見て触れてができる展示会で、ISに興味のある女性や家族連れなどが多く、待ち合わせの場所に行くまでが大変だった。

 

 

 

「でも、アスナちゃん達は良かったの? ISの展示会なんかで…」

 

「うん。私もキリト君もISには少し興味があったし、みんなで会う事に意味があるんだし…」

 

「まぁ、そう言ってもらえると助かるわ…それじゃあゆっくり見て回りましょうか」

 

 

 

そう言って俺たち四人は広いイベント会場に置かれたISを見て回る。俺やカタナはもとより、初めて生で見るISに、キリトさんもアスナさんも感心を持ってくれている様だ。

 

 

 

「こうして見ると、ISって結構スマートなんだな」

 

「うん…それに、装甲って言う装甲はそんなにないんだねぇ…」

 

「えぇ、まぁ元々が宇宙空間での活動を想定した機体ですからねぇ…でも、絶対防御の存在や量子変換技術はとんでもないものですけど…」

 

 

 

初めて見るキリトとアスナにチナツが付け加える。

そして、次の場所では、IS適性検査が無料で行われている会場だった。当然、そこにいるのは女性が大半なわけで…

 

 

 

「うわぁ〜ッ! すごい人だねぇ〜」

 

「しかし、いいよなぁ…。こいつさえあれば、現実世界でも空が飛べるんだろ?」

 

「はい。飛ぶイメージをして、加速や停止もイメージでできるみたいですよ…」

 

「なんで女にしか反応しないんだろうな…これ…」

 

「ですねぇ〜……。でも、動かしたら動かしたでまた面倒な事になるのは間違いないですし……」

 

「だよなぁ…」

 

 

 

 

俺もキリトさんもいろんな事件に巻き込まれてきた身。もうこれ以上は勘弁願いたいと思っていた。

 

 

 

「ねぇ、アスナちゃん。適性検査受けてみたら?」

 

「えっ!? わたしが?!」

 

「うん! 別に適性が高いからって強制入学させられるわけじゃないし、せっかく無料なんだし、受けても損はないわよ?」

 

「えぇ〜……でもぉ……」

 

 

 

迷っているアスナさんにキリトさんも「受けるだけ受けてみたら?」と進言し、渋々受ける事にした。

 

 

 

「では、こちらに手を触れてください」

 

「はい」

 

 

 

係員の指示に従い、簡易型のデバイスに手を触れるアスナさん。すると、瞬く間にデバイスが情報を読み取り、検査結果が出る。

 

 

 

「はい、結城 明日奈さんの適性率は『Aランク』ですね…」

 

「おぉぉッ‼ すごいじゃないですかアスナさん!」

 

「えっ? そうかなぁ〜…えへへ♪」

 

 

 

ISの適性率がAランクと言うことは、国家代表候補生達と同じランクである。ちなみにカタナもAランクである。

 

 

 

「すごいじゃないかアスナ! IS動かせるんだぜ!」

 

「でも、私に操縦は無理だよぉ」

 

「そんな事はないわ。ISの操縦は時間をかけて磨かれるものだから、やって行けば行くほど技術が付いていくものだし…」

 

 

 

これにはカタナも太鼓判を押す。それに、なんだかアスナさんはとんでもない操縦士になりそうな予感がする。

 

 

 

「俺も少し触ってみたいな…これ」

 

「向こうにはふれあい体験やってますから行きますか? 実は俺もこんな近くで見たのは初めてなんで、ちょっと触れてみたいんですよね…」

「よし! そうと決まれば…行くぞ! チナツ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

目を輝かせて体験コーナーのブースに行く夫たちを、後ろから微笑ましいと思いながら、後を付いて行く妻たち。

これもSAO時代からよくある光景だ。

 

 

 

「これって確かに…『打鉄』だっけ?」

 

「はい、純日本製の第二世代ISですね…。それで、こっちの緑色のが、フランスの第二世代機『ラファール・リヴァイヴ』ですね」

 

「すごいよなぁ〜。これが空を飛んで戦うんだろ? 何だか想像出来ないけどなぁ……」

 

「ですよね。こうして見るとただの鉄の鎧なのに…」

 

 

 

日本の鎧武者の様な姿の打鉄を見ながら、そう思い俺は打鉄を、キリトさんはリヴァイヴを触れた。触った感覚は、とても冷たく、重量感のある鋼の様なものだった。キリトさんも指先でなぞったりしている。そして、そろそろ次の人に変わろうとしたその時だった。

 

 

 

キイィィィーーーーーン!!!!!

 

 

 

「なっ!?」

「うおっ!?」

 

 

 

突如、大量の光を発し、それと同時に頭の中に様々な情報が入り込んでくる。そして、光が収まり、目を開けて見ると周りにいた観客が驚愕の目線をこちらに向けていた。そして、事態に気づいたカタナとアスナさんが観客の間を掻い潜って俺たちの元へとやってくる。

 

 

 

「チナツッ!?」

「キリト君!!」

 

「う、う〜ん……何だったんだ…今のは……」

 

「わかりません……いきなり、いろんなものが頭の中に入ってきて…」

 

 

 

混乱の最中、俺とキリトさんは自身の体に纏われたISに視線を向ける。自分自身でも驚いているが、紛れもなく俺とキリトさんはISを『動かしたのだ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからと言うものの…いきなり現れた日本政府の人達に、「君たちの身柄安全の為、我々と共に来てもらう」と言われ、今現在、総務省の建物内にある会議室にて、俺たち四人は、担当者が来るのを待っていた。

 

 

 

「はぁー……なんでこうなったんだ…?」

 

「俺も聞きたいぐらいですよ…」

 

「まさか、二人とも動かすなんて……ねぇカタナちゃん、キリト君達はこれからどうなるの?」

 

 

 

キリトさんも俺も未だに混乱している為、どうしたものか思案中。アスナさんは俺やキリトさんの今後に付いて不安を感じたのか、カタナに質問する。

 

 

 

「うーん…多分だけど、政府としてはIS学園に入学させるでしょうね…」

 

「ええぇぇぇ!!!! キリト君もチナツ君も男の子なんだよ?! なのに女子高に入学させるつもりなの?」

 

「確かにそうだけど…今はそれが一番安全よ」

 

「どう言う事だ?」

 

 

キリトさんの質問に再びカタナが答える。

 

 

「IS学園って言うのは、各国の干渉を受けない治外法権の様なものになってるの…故に、世界各国だけじゃなく、日本政府や企業ですら私たち生徒に手を出す事は出来ないわ……だから、日本政府としてはふたりの身の安全の為に、強制的にIS学園への入学をさせるでしょうね…」

 

「なるほど、俺たちは日本…いや、世界でも希少な存在だからな…実験の材料にしたがるんだろう…」

 

「そんなぁッ! 人体実験なんて……そんなの絶対ダメェ!!」

 

 

 

ALO内で起きていた人の脳を操作する人体実験の現状をこの目でみたアスナにとって大切な恋人であるキリト、そして、ふたりの弟分であるチナツをそんな非人道的なものの材料にさせたくないし、させるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「私も同感だわ!! チナツは絶対に渡さない…国際問題を起こそうと絶対にさせないわ…ッ!」

 

 

そして、それはカタナも同じだ。恋人であるチナツを実験なんかに使わせたくない。

 

 

「そうならない為にも、君たちにはIS学園に入ってもらわないと…」

 

「「「「 ッ?!」」」」

 

 

 

その場に全く別の者の声がかけられる。その声の主は。

 

 

 

「菊岡さんッ?!」

 

「遅かったじゃないか…」

 

 

 

チナツとキリトがよく知る人物。総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室 通称仮想課のエリート官僚。菊岡 誠二郎がそこに立っていた。そして、その後ろから…

 

 

「明日奈!」

「刀奈!」

 

「「お父さんッ!?」」

 

 

 

二人の父親、結城 彰三と更識 刃鉄(はがね)が共に入って来た。

 

 

 

「お父さん…チナツ達はやっぱりIS学園に入学させるのね?」

 

「あぁ、今一夏君と和人君が通うはずだったSAO帰還者の学校の入学をキャンセルし、IS学園への入学手続きをしている…」

 

「そう、良かった…」

 

 

父、刃鉄の言葉に安堵する刀奈。

 

 

 

「桐ヶ谷君…」

 

「は、はい! 何でしょうか…」

 

 

一方、和人は明日奈の父、彰三と話をしていた。

 

 

「娘の事なんだが、これを期に娘もIS学園への入学をさせようと思っているのだが…」

 

「えっ!? 明日奈も入学って…出来るんですか?」

 

「あぁ、当面はリハビリ目的での入学になるが、適性検査では明日奈はAランクだったと聞く。つまり、入学の条件は既に解決済みと言うわけだ…もちろん本人がどうするかによって答えは決まるが…明日奈、どうする?」

 

「お父さん……そんなの決まってる…ッ! 私もキリト君と一緒に行く! 二度と離れないって約束したもの!」

 

「そうか…だそうだが、桐ヶ谷君…娘の事を頼んでもいいだろうか…?」

 

「そ、それはもちろん! 任せて下さい!」

 

「そうか…それが聞けて安心したよ…」

 

 

 

二人の肩に手を置き、優しい眼差しを向ける彰三さん。

その後、入学に当たっての注意事項が書いてあるパンフに参考書、そして、俺たちの専用機についての話をした。

 

 

 

「専用機って、俺やキリトさん、カタナはわかるけどアスナさんにも専用機が渡されるんですか?」

 

「あぁ、一応、レクトと更識…両方の技術を掛け合わせた機体で、明日奈君はレクト社所属のテストパイロットとして専用機が渡される。チナツ君やキリト君もレクト所属のテストパイロットとして登録してあるから、問題はないよ…」

 

 

 

付け加えて解説をする菊岡さんに納得する。その後俺たちは解散し、俺は自宅へと帰還した。

テレビでは、今もなお、俺とキリトさんの事を大々的に発表し、IS学園入学の事を放送していた。

 

 

 

 

「はぁー…どうしたものか…」

 

 

 

一人で感傷にひたっていると、不意に頭の上からビニール包装に包まれた服が落とされる。

 

 

「何を悩んでいる…そんな暇があるなら、参考書でも読んでたらどうだ?」

 

「千冬姉! 帰ってたのか……。って言うかこれなに?」

 

「IS学園の制服だ。今頃、桐ヶ谷や結城のところにも届いているだろう」

 

 

 

俺の姉、織斑 千冬。第一回モンド・グロッソの優勝者で世界最強『ブリュンヒルデ』の称号を持つ。今は現役を引退し、何やら公務員として働いているが、実際は何をしているのかわからない。本人に聞いてもはぐらかすだけなので、深くは追求しないが…。

 

 

「俺がIS学園にねぇ…」

 

「ふっ、なに、あそこも普通の学校とあまり変わらん。心配する事はない」

 

「流石、千冬姉。よく知ってるな」

 

「まぁな…」

 

 

 

そう言って、缶ビールを片手に書類を見通す千冬姉。

俺は参考書を読みあさり、入学までの少ない時間を勉強につぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は入学、決闘宣言まで行こうかと思います。


感想待ってます^_^


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第2話 衝突


今回は、決闘宣言までいきます


四月某日…IS学園の入学式。新年度を迎え、また新たな新入生が入り、学園は盛り上がりを迎えていた。

そして、何より今年はまた一味違う異例の一年。たった数ヶ月で国家代表にまで上り詰めた更識の当主に、大手会社の令嬢にして、企業代表のテストパイロット。そして、異例中の異例、二人の男性IS操縦者が今年になって入学して来たのだ。学園が盛り上がらないわけがない。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

ここは一年一組の教室。まだ担任の先生が来ていない。そして、教室内の生徒達の視線は自然と最前列の二人の生徒に向けられる。

 

 

 

「なぁ、チナツ…」

 

「何ですか? キリトさん…」

 

「これ…想像以上にキツイんだけど…」

 

「大丈夫です…俺もですから…」

 

 

 

 

しかも、席の場所が悪い。何故一番前の真ん中付近に俺たちを持って来たのか…。何か悪意を感じる。アスナさんとカタナも同じクラスなのだが、俺たちの後ろの席なので助けをこうにも出来ない。

すると、教室の扉が開き、一人の女性が入ってくる。緑色の髪を肩の辺りまで伸ばし、胸以外は迷い込んだ中学生の様な容姿をした女性。そのまま教壇に立った。

 

 

 

「皆さん、入学おめでとう! 私はこのクラスの副担任の山田 真耶です! これから一年間よろしくお願いしますね」

 

「「……………………」」

 

「あ、あれ?」

 

 

 

 

もっともスタンダードな自己紹介。しかし、誰も反応しない。俺だけでも反応してやろうかと思ったが、今この状況でそれは無理だ。とりあえず、副担任が山田 真耶と言う事が分かった。回文にしても『やまだまや』と呼べる。実に覚えやすい名前だ。

しかし、当の本人は涙目になりながら自己紹介をする様に指示する。

生徒達が自己紹介をする中、一人だけ俺に視線を送る女生徒が…

 

 

(ん?……あれは…箒か?)

 

「……斑君! 織斑君!」

 

「は、はい!?」

 

「あ、あのぉ〜今自己紹介が『あ』の人から始まって今『お』なんだよねぇ〜自己紹介してくれるかな? ダメかな?」

 

「いや、そんなに畏まらなくても…ッ! 自己紹介しますから…」

 

 

 

突然俺の目の前に現れた山田先生に驚き、思わず声が裏返ってしまう。その事に周りのみんなからはクスクスと微笑が漏れ、山田先生はおどおどして俺を見る。

これでは一行に進まないので、とりあえず全生徒に見える様に振り返る。

 

 

「うっ…」

 

 

突き刺さる様な視線を受けて逃げ出したくなったが、後ろの席にいたアスナさんとカタナからの「頑張れ!」の一言で何とか持ちこたえ、自己紹介をする。

 

 

 

「えぇ〜と、織斑 一夏です。 趣味はALOで、家事全般が得意です。一年間よろしくお願いします!」

 

 

自己紹介が終わり、一夏に拍手が贈られる。元々イケメンな一夏。そんな一夏にうっとりする者もいる。だが、中には…

 

 

「えっ? ALOって今話題のオンラインゲームの事だよね?」

 

「まさか…織斑君って…オタクなの?」

 

「えぇ〜、イケメンがオタクって…何だか残念…」

 

 

 

ALOをやってるからオタクだと思われるのは侵害だが、こんな事で怒る程子供のままではない為、スルーした。そんな時、再び教室の扉が開き、またまた女性が入ってくる。その女性は…。

 

 

「お前にしたら、中々良くで来た自己紹介だったな」

 

「なっ!? 千冬姉! 何で…あたっ‼‼」

 

「織斑先生だ! 馬鹿者!」

 

 

そう、俺の姉。織斑 千冬だった。今の仕事は公務員だと言っていたが、ここの先生をしているとは聞いていなかった為、驚きを隠せない。チラッとカタナの方を見ると、ニヤニヤしている事から、この事を知っていたのだろう。彼氏なんだから教えてくれてもいいのに…。おかげで俺は出席簿の角で、脳天を叩かれる始末だ。ホント痛てぇ!

 

 

 

「諸君! 私がこのクラスの担任の織斑 千冬だ! 君たち生徒を一人前にするのが仕事だ」

 

 

黒のカジュアルスーツに身を包んだ千冬姉の挨拶に、クラス中のボルテージは上がりまくりだった。

 

 

「「「「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」」」」

 

「千冬様! 本物の千冬様よ!」

 

「私、ずっとお姉様に憧れてました!!」

 

「お姉様の為なら死ねます!」

 

「私、お姉様に会う為に来ました! 北九州から!」

 

 

これには流石の俺たちも引き気味になってしまった。対して千冬姉は頭を抑えている。

 

 

「はぁー…何だ? 今年も馬鹿ばかりが来たのか? それとも私の所だけに集中させているのか?」

 

 

なんて言う始末。だか、女生徒達は…

 

 

「お姉様ぁぁ〜〜ッ! もっと叱って罵ってぇぇ!!!」

 

「そして、付け上がらない様に躾してぇぇ!!!」

 

「でも、時には優しくしてぇぇ!」

 

「「「「……………………」」」」

 

 

何と言うか…みんな個性的な人達が多いんだな…このクラスは…。そう言う事にしておこう。

そして、続いてあいうえお順でキリトさんの番だ。

 

 

 

「えぇ…桐ヶ谷 和人です……趣味はチナツ…じゃない! 一夏と同じでALOが趣味です。機械いじりが好きで、ジャンクパーツから自作のPCを作るのが得意です。……その…よろしくお願いします」

 

 

 

一夏とまた違い、女性顔でイケメンな和人に黄色い声をあげようかと思ったが、再び出た『ALO』の言葉に一気に沈黙するクラス。続いてカタナの番だ。

 

 

 

「更識 楯無よ! 趣味ALO。最近は料理も趣味かしら? 一応先に言っておこうと思うとだけれど、この学園の生徒会長もやってるから何か困ったことがあれば、どんどん相談してね? 以上!」

 

 

生徒会長と言う言葉に驚くみんなをよそに、席に座る刀奈。そういえば、ここでは楯無で通ってるんだっけ…

そして、またまた出ましたALO。人を引き寄せるオーラが出ている刀奈に目を奪われた子達もいたが、やはり、また沈黙してしまった。

続いてアスナさんの番。

 

 

「結城 明日奈です! 趣味はALOで、オリジナル料理レシピを考えて、作るのが得意です! ちょっと事情があって走る事が出来ませんが、次第に走れる様になるので、気にしないで下さい。よろしくお願いします!」

 

 

やはり出ましたALO。四人のALO趣味にクラスの女子達はお腹いっぱいだった。上品な笑顔と気品溢れる立ち姿に羨望していた子達も自然と落胆する様子が見てとれる。

 

 

その後も自己紹介は進み、丁度最後の人が終わった頃にチャイムがなり、千冬姉達は授業の準備の為、一旦退する。休み時間となり、みんな思い思いに過ごす。

俺たち四人も席が近かった上に、俺とキリトさんの視線地獄からの解放後のケアをする為に集まる。

 

 

 

「あぁー、しんどかった…」

「もうキリト君、何だかおじさんっぽいよ?」

 

「まぁ、今ので五年分の体力は使ったかな…。でも、チナツのお姉さんが先生なのはびっくりしたぞ」

 

「俺もですよ…。カタナは知ってたんだろ? なんで教えてくれなかったんだよ」

 

「ごめんね。サプライズがあった方が面白いと思って…てヘペロ♪」

 

「全く…勘弁してくれ…」

 

 

SAOの世界では、カタナのイタズラは日常茶飯事だった。主な被害を受けていたのは、俺にキリトさん、クラインさんに、リズさんだ。理由としては、「この四人は比較的に反応が面白いから♪」……だそうだ。最近では、ALOで出会ったリーファ…キリトさんの妹の桐ヶ谷 直葉とSAOクリア後、共にALOを始めたケットシーのシリカもカタナの標的になっている。

 

 

 

「ちょっといいか…」

 

「えっ?」

 

 

 

その場に第三者の声が聞こえた。その声の主は…。

 

 

「箒?」

 

「すまないが、一夏を借りてもいいだろうか…」

 

「えっと…」

 

「行ってきなさいチナツ…」

 

「カタナ…いいのか?」

 

「えぇ、行ってきなさい」

 

「分かった。箒、屋上でいいか?」

 

「あ、あぁ。構わん」

 

 

 

そう言って、俺は箒と共に教室を出る。唯一気になったのが俺がカタナと話している時に箒から殺気混じりの威圧感が出ていた事だが…別に何事もなかったので気にはしていなかったが……

 

 

 

「あの子、誰なの?」

 

「ん? チナツの幼馴染で、ISの産みの親、篠ノ之 束の妹 篠ノ之 箒ちゃんよ…」

 

「マジでッ!?」

 

「あれ? キリト君も知ってたの?」

 

「あぁ、チナツ達ってスグと同じ学年だろ? 剣道の全国大会でスグが負けた相手が篠ノ之って名字だったからさ…」

 

「そっかぁ…。でも、あの子何だかカタナちゃんの事、すごく睨んでたけど…大丈夫なの…?」

 

「えぇ、気づいていたけど、今すぐどうこうしようってわけでも無いみたいだから大丈夫よ…。はぁー、全くチナツのあの体質も直して欲しいんだけどねぇ〜」

 

「アッハハハ………」

 

 

 

カタナの溜息にアスナが苦笑を漏らす。キリトはもちろんチナツもまた女の子のフラグを作る事に長けているので、それの対処に双方の妻達は、苦労させられているのだ。

 

 

一方、屋上では……。

 

 

 

 

「よぉ、久しぶりだな…」

 

「うむ…その…久しぶりだな一夏…」

 

「そう言えば…ッ!」

 

「な、何だ!?」

 

「剣道の全国大会で優勝したらしいな…ッ! おめでとう!」

 

「な、なんでそんな事知っているだ!」

 

「へっ? いや、新聞にも載ってたしネットニュースにもなってたからな…」

 

「そ、そうか………」

 

 

ざっと六年ぶり…箒と最後に会ったのは小学四年生の時だったか…随分の雰囲気が変わり、綺麗になったと言うのが第一印象だった。

 

 

「そう言えば一夏、お前と話していたあの女は何なんだ?」

 

「えっ? あぁ、カタナの事か? 何なんだって言うなら、カタナは俺の彼女だ」

 

「なっ、なにぃッ‼ か、かか彼女ぉぉッ!!!?」

 

「あ、あぁ、大体半年前ぐらいから付き合ってる」

 

「あ、あぁ……そ、そうか……ううぅ……」

 

 

 

俺とカタナの事を話すと箒は途端に黙り込み、しまいには涙を流してしまった。

 

 

「お、おいッ! 大丈夫か? 箒…」

 

「だ、大丈夫だ! 何でも無いッ!!!」

 

「何でも無いことはないだろ……」

 

「大丈夫だ!! 気にするな!!!」

 

「あっ! おい、箒ぃ!!!」

 

 

 

俺の声を無視し、箒は校舎の中に戻っていった。俺はその背中を追うことが出来ず、箒が消えてった入口を見つめる事しか出来なかった。

すると、その入口からキリトさんが現れた。

 

 

「あれ? キリトさんどうしたんですか?」

 

「ん? いや、もうすぐ授業が始まるから呼びに来たんだよ……篠ノ之さんと何かあったのか?」

 

 

 

恐らく、階段で鉢合わせたのだろう。しかし、これは俺と箒の問題だ…。こればかりは俺たちで解決しないといけない。

 

 

 

「いえ、その…カタナとの関係を話したら……」

 

「そうか…。なるほどねぇ〜カタナとアスナが言っていた通りになったって訳か……」

 

「えっ? 何ですか?」

 

「いや、何でもねぇ〜よ…。それより、早く行こうぜ…あの教室で男一人はキツすぎるぞ……」

 

「えっと…すみません……」

 

 

 

その後、一時間目の授業が開始された。教科書を開き、正直絶句した。ほぼ文字…挿絵なんかも所々あるが、文字列の方が圧倒的に多い。内容は事前に参考書を読み、カタナのスパルタ教育のおかげで何とかなっているが、それでも気が滅入る。隣のキリトさんを見ると機械やPCなどに出てくる用語のオンパレードに興味深々と言ったところだろうか……。アスナさんはこう言うのは苦手かと思っていたのだが、思いの外、飲み込みが早かった。元々統一模試の学区内で一位、高校入試なんて朝飯前と言うほどの学力だからなのか、凄すぎる。

 

 

 

「ここまでで分からない人はいませんか? 織斑君と桐ヶ谷君は大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「俺もです」

 

「そうですか…ッ! なら、良かったです!」

 

 

 

そう言って気分上々に授業を進める山田先生。次はISそのものについての内容だ。つまり、コアについてだ。

 

 

 

「ISのコアには、意識に似たようなものがあり、操縦者の操縦時間に比例して、操縦者の特性を理解していきます。ですので、ISは機械と言うより、パートナーとして扱って下さいね?」

 

「しつもーん!!! パートナーって彼氏彼女みたいな感じですか?」

 

「うえぇっ!!!? そ、それはそうですねぇ〜私はそう言う経験が無いので分かりませんが……あぁ、でもそれはそれで……」

 

 

 

生徒……確か、『谷本 癒子』さん…だったかな? の質問に山田先生は赤くなり、体をくねくねさせている。そんな姿を見て、生徒達も「先生赤くなってるぅ〜♪」とか、「先生可愛いぃ!」とか……これがいわゆる女子高のノリと言う奴なのだろうか…。

でも、パートナーが彼氏彼女のような関係って言うのは、理解出来なくも無い。あの世界でカタナと出会い、絆を育んで、愛し合い、結婚した。仮想世界のデータだったのに、またこうして現実世界で出会い、同じように愛している。ISともそんな絆を結べたらいいなと、俺は思う。隣を見ると、目を閉じ、思い思いにふけっているキリトさん。どうやら、俺と同じ事を考えているみたいだ。

 

 

 

そこで授業が終わり、再び山田先生は教室をあとにする。俺たちも四人で集まり、談笑を始めた。

 

 

 

「いや〜、ISってほんと興味深いなぁ…ッ!」

 

「そうだね。自分のパートナーに真摯に向き合って分かり合う……とても素敵な事だと思う…」

 

 

元々、機械いじりが好きなキリトさんはISに対して興味深々と言ったところで、アスナはISのコアについて感心しているようだ。

 

 

「ねぇ、チナツ。さっきの休み時間、篠ノ之さんが涙目で帰って来たけど……」

 

「うぅッ! え、ええっと…そのぉ…」

 

 

カタナの問い詰めるような視線に押され、屋上での出来事を話す。

 

 

 

「そう、やっぱりそうなったのね……。これは、私にも関係している事だから、私の方でも何か対応しておくわ」

 

「いや、でもーー」

 

「『でも』じゃない! 私も関係者なんだから…私にもやらせて…チナツは、私と簪ちゃんの事を気にかけてくれて、その事を解決してくれたんだから……今度は私がするわ…ッ!」

 

「カタナ……ありがとう…なら、一緒に行ってくれるか?」

 

「えぇ、もちろん♪」

 

 

 

カタナの協力も得たので、この話は後日また話し合う事した。そして、次はALO内のクエストへと移る。

 

 

 

「今日はどうします? めぼしいクエストはなかったと思いますけど…」

 

「う〜ん…俺は、エギルに頼まれて店の手伝いをしようかと思ってるけど…アスナは?」

 

「私はユイちゃんとお出かけ。この間、可愛い洋服屋さんがあったから一緒に行こうって約束してたの♪」

 

「私はリズちゃんと一緒に鉱物採取のクエストに付き合ってほしいって言われてる…」

 

「う〜ん…じゃあ俺はどうしようかな…」

 

「あれ? そう言えば、チナツ君はリーファちゃんと討伐クエストの約束があったんじゃ……」

 

「あぁっ!!! そうだった! あぶねぇ!」

 

「はぁー、ダメよチナツ。女の子の約束を忘れるなんて…」

 

「アッハハハ……もう、いろんな事があり過ぎてすっかり忘れていたよ……面目ない…」

 

 

 

 

そうやって談笑にひたっていると……

 

 

 

「ちょっとよろしくて…?」

 

「「ん?」」

 

 

振り返ると、そこには金髪の少女が立っていた。

 

 

「まぁッ! 何ですのそのお返事! このわたくしに声をかけられたのですから、それ相応の対応があるのではなくて?」

 

「……キリト君」

 

「チナツ……」

 

 

 

 

いきなり呼ばれて、自分の最愛の夫に対するこの態度だ。アスナとカタナは、抑えてはいたが、内心では怒りの炎を燃やしていた。

 

 

 

「待て、アスナ…」

 

「カタナも…落ち着けって」

 

「それで? 入試主席のセシリア・オルコットさんが俺たちに何の用なんだ?」

 

 

 

ここは代弁者として、キリトが話す。すると、セシリアは…

 

 

「ふんっ! 別に、世界で始めてISを動かした男性方と聞いておりましたけど…とんだ期待はずれですわね…」

 

「俺たちに一体何を期待してたんだよ…」

 

「それに、オタクなどと言う下賤な存在だったとは……全くもって話になりませんわ…ッ!」

 

「「ッ!!!」」

 

 

 

この言葉には、流石にアスナもカタナも我慢出来なかったのか、立ち上がって睨みつけていたが、直ぐにキリトとチナツに止められた。

だが、それでもセシリアの口は止まらない。

 

 

 

 

「まぁ、私はエリートですから? あなた方のような方達にも優しくして差し上げますわ。そうですわねぇ…泣いて頼むのであれば、ISの事について教えて差し上げなくもなくてよ…? 何せわたくし、入試でそこの生徒会長さんと同じように教官を倒したエリート中のエリートですから!!!」

 

 

大きく胸を張って自慢げに話すセシリア。ちなみに、彼女が言った通り、カタナも入試の時には、試験官の先生を倒している。何でも秒殺だったそうだ。

っと、話を戻して…。

 

 

 

「あれ? 俺も倒したぞ? 教官…」

 

「はぁ?」

 

「あぁ、俺も倒したが?」

 

「な、なな何ですって!?」

 

 

チナツとキリトの言葉にセシリアは驚愕した。なんせ教官を倒したのは、カタナと自分だけだと聞いていたからだろう。

 

 

「あなた方も教官を倒したって言うのッ!?」

 

「「うん…」」

 

 

 

声を揃えて頷く二人にセシリアの体はプルプル震えていた。そして、何かを言おうとしてチャイムがなり、「また来ますわ!!!」っと言って自分の席に戻って行った。

そして、授業が始まった。次の授業は織斑先生が教壇にたった。どうやら重要な授業らしく、山田先生までノートを開いている。

 

 

 

「えぇ〜、この時間はISの近接格闘における諸動作と各武装についてだ…! っとその前に、今度行われるクラス代表戦のクラス代表を決めないとな…。クラス代表とは、クラスを仕切るリーダー…まぁ〜その名の通りクラス長と考えていい、委員会の出席などもクラス代表が行なう。自薦他薦は問わない…誰かいないか?」

 

 

 

要するに学級委員長と言う事だ。正直、俺もキリトさんもSAOではソロとして動いていたので、あまりこう言うのは向かない。だから、やらないでおこうと思ったのだが……。

 

 

 

「はい! 織斑君がいいと思います!」

 

「えっ!?」

 

「私も賛成です!」

 

「じゃあ、私は桐ヶ谷君で!」

 

「えぇッ!?」

 

「私も私も!!」

 

 

 

当然の如く、俺とキリトさんを指名するみんな。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺たちはそんなの無理だって!!」

 

「推薦された者に拒否権があると思っているのか?」

 

「「ええぇぇ……」」

 

「他にはいないのか? いないなら、織斑と桐ヶ谷で投票する事になるぞ?」

 

「納得いきませんわ!!」

 

「「ッ?!」」

 

 

 

突然、後ろの席に座っていたセシリアが立ち上がり、怒りを露わにしていた。

 

 

 

「その様な選出は認められません! 男だからと言ってクラス代表だなんていい恥さらしですわッ!! 代表ならこのわたくし、セシリア・オルコットが一番の適任者でしてよ!」

 

「あら、じゃあそう思う理由を聞いていいかしら?」

 

 

 

セシリアの言葉に刀奈が反応し、セシリアに問いかける。

 

 

「ふんっ! そんなの当然ですわ……わたくしはイギリスの代表候補生セシリア・オルコット。こんな文化的にも後進的でイギリスよりも劣っている様な極東の猿よりもずっと適任でしてよ?」

 

「それは聞き捨てならないな……。大体、ISもVR技術も世界で初めて作ったのは日本人なんだぜ? それなのに、たかが代表候補生のあんたが侮辱するのはおかしいんじゃないのか?」

 

「それに、イギリスだって大してお国自慢なんかないだろ…世界一マズイ料理で何年覇者だよ…」

 

 

 

遂には和人も一夏も我慢が出来なくなり、セシリアとの言い合いに。そして、一夏の言葉にセシリアがキレた。

 

 

 

「なっ‼ イギリスにだって美味しい料理はいっぱいありますわ! あなた方、わたくしの祖国を侮辱いたしますの!」

 

「セシリアさん……気づいてない様だから言っておくけど、セシリアさんは今、日本とそこに住む人たち、そして、私たちの事を侮辱した事になっているんだよ…」

 

「ッ!?」

 

 

明日奈に言われ、我に返るセシリア。そう、ここは日本。そして、ここにいるのは自分以外全員が日本人だ…そして、彼女はイギリスの “代表候補生” …つまり、日本に対するイギリスの侮辱でもあるのだ。

 

 

 

「なっ!? くうぅ……よくもわたくしに恥をかかせてくださいましたわね!!!」

 

 

 

独りよがりの怒りを露わにし、一夏と和人を指差す。

 

 

 

 

「決闘ですわ!!!」

 

「…………キリトさん、どうします?」

 

「ん? いいじゃないか? 俺もIS戦闘をやってみたいと思ってたし…」

 

「はぁー、キリト君の悪いクセが出ちゃったなぁ〜」

 

「ウフフっ♪ いいじゃないアスナちゃん…それでこそキリトなんだし」

 

「それで? 俺たちはどれだけハンデをつければいい?」

 

「はぁ? 早速お願いかしら?」

 

「いや、俺たちがどれ位ハンデをつけたらいいかって聞いているんだよ」

 

 

 

 

俺の言葉に、千冬姉、アスナさん、カタナ以外の全員が笑っていた。だが、俺もキリトさんも動じない。

 

 

 

「織斑君、それほんとに言ってるの?」

 

「男が女より強かったのって、ISが出来る前の話だよ…」

 

「もし、世界が男と女で戦争したら、男は三日も保たないらしいよ」

 

「今からでも遅くないよ二人とも! 謝ってハンデつけてもらえば?」

 

「「断る!!!」」

 

 

 

女子達の提案を二人して断る。それを見てセシリアが再び口を開く。

 

 

 

「あら? 良かったんですの? わたくしの方がハンデをつけようと思っていましたのに……日本の殿方はジョークセンスをお持ちみたいですわね」

 

「心配する事はないさ…同じくISを動かせる身、これだけ対等なら、あとは実戦経験のある俺とチナツの方に分がある…」

 

「えぇー、だって実戦って言っても、桐ヶ谷君たちのはゲームの中での話でしょう? ISでの実戦とはまた別の話だよ…」

 

 

 

キリトさんの言葉に反応した女子の言葉を聞いて、俺はもう、打ち明ける事にした。俺たちの共通する秘密、俺たちと言う存在を。

 

 

 

「言おうかどうか迷っていたけど、この際だ。はっきり言っておくよ……。俺とキリトさん、アスナさんとカタナはSAO生還者なんだ……だから、命がけの実戦なら二年間経験している……。これでもダメか?」

 

 

一瞬で、教室内が凍りつく。SAO…………フルダイブ型のMMORPGで世界で初めて出されたゲーム。正式名称を『ソードアート・オンライン』もちろん世界ではこの快挙をニュースで発表し、一躍有名になった。が、その翌日には、ゲームオーバーが現実の『死』を意味すると言うあり得ない事件が起きた。それは、日本だけでなく世界も震撼させた大事件だった。当然、ここにいる皆が知らないわけがない。

 

 

 

「ふんっ! それがなんだと言うのですか? そんなものは所詮ゲーム。そんなくだらないものに二年間を費やして、人生を無駄にしたあなた方にわたくしが負ける道理はありませんわ!!!」

 

「「「「ッ!!!!」」」」

 

 

 

この言葉には、流石にキレた。自分で抑えていた殺気がジワジワと体から出ているのを感じる。俺たちの殺気に気づいたのか、セシリアはもとより周りにいるみんなまでもが怯え、体を震わせている。

 

 

 

「お前…今、何て言った…」

 

「は、はぁっ? な、なんですの…」

 

「所詮ゲーム? くだらない? ふざけた事言ってんじゃねぇぞ!!!」

 

「ッ!!!」

 

 

 

俺の怒号に、セシリアがピクリと体を震わせる。

 

 

 

パチィィン!!!

 

 

 

扇子を閉じる音がし、その方向をみるとカタナが妖艶な笑みを浮かべていた。しかし、その目は全然笑っておらず、さらに増した殺気に隣に座っていた生徒が気絶した。

 

 

 

「セシリアちゃん……私ね、結構気は短くない方なんだけど……流石に、今のを聞いたらねぇ……たかが “代表候補生” の分際で、よくもここまで喋れたわね…。少しは身の程ってやつを覚えた方がいいんじゃないかしら?」

 

 

ずっとセシリアに背を向けていたカタナが初めてセシリアの方を向いた。その目はまさに、SAO ユニークスキル持ちの〈ニ槍流のカタナ〉の戦闘時の睨みそのものだった。

 

 

「オルコット…」

 

「ッ!?」

 

 

俺に呼ばれ、こちら見るセシリア。その目は若干涙目になっていた。だかしかし、それでも俺は、姉譲りの睨みをやめない。

 

 

「な、何ですの…」

 

「お前が俺の事をどう言おうと勝手だが、死んでいった人たちやあの世界を一生懸命生きた人達、キリトさんやアスナさん、カタナの事を愚弄する事は絶対許さねぇ!! ……いいぜ、剣で語れと言うのなら望むところだ…デュエルで決着をつけてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして決定したクラス代表決定戦。俺たちの専用機が届くのと同時期になる。決して引けは取らない。そして、再び復活する黒の剣士と白の抜刀斎の実力。決戦は一週間後の放課後。それを聞いたのち、俺たち全員は席に座り、授業を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうでしたか?

次回は専用機の説明と箒との剣道対決に行こうかと思います。



感想待ってまーす^o^


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第3話 部屋割り


剣道対決までいけませんでした( ̄Д ̄)ノ

申し訳ない…


殺伐とした授業時間が終わり、今は昼休み。俺たちは全員食堂に足を運び、昼食をとっている。

 

 

 

「はぁー…全く、最近の代表候補生はみんな “あんなの” ばっかりなのかしら? 久しぶりにキレたわ…」

 

「ほんとだよ‼……何もあそこまで言わなくてもいいのに……っ!」

 

「なんなら、キリトやチナツの代わりに私が相手してやろうかしら……あの手の子は口で言ってもわからないわよ絶対ッ!」

 

 

 

 

自分たちの夫たるキリトとチナツの悪口を言われた為、相当怒っているカタナとアスナ。カタナなんてIS戦でボコボコにするとまで言い出した。

 

 

 

 

「やめとけよカタナ……そんな事したら、それでこそ国際問題だぞ?」

 

「そうだよ…別に俺もキリトさんもそこまで気にしてないし、別段あいつに負ける気がしないしな…。それに、生徒会長がそれじゃあ格好つかないぞ?」

 

「う〜ん。まぁ、キリトとチナツがそう言うならいいけど……」

 

「そう言えば、ずっと気になっていたんだけど、カタナちゃんっていつ生徒会長になったの?」

 

「あぁ、それは俺も思ってた…。どうやってなったんだよ?」

 

「入学と同時に選挙があった訳でもないんだろう?」

 

「あぁ、それねぇ……」

 

 

 

アスナさんに始まり、キリトさんも俺も気になっていた事をカタナに聞く。そう、いつ、どうやって生徒会長になったのか…。

 

 

 

「別に何もしてないわよ? 強いて言うなら、入試の時にあったIS戦で教官を倒した後、その時の生徒会長さんに勝負を申し込んで、私が勝ったから晴れて生徒会長になっただけ……」

 

「「「………………えっ???」」」

 

 

 

 

何やら突拍子もない事を普通に話しているカタナ。普通に聞いていればなんら不思議に思わないと思える程、普通に話すので、一瞬、時が止まってしまった。

 

 

 

「えっと、生徒会長に勝ったから生徒会長になれるの?」

 

「うん…そうよ?」

 

「えっ、選挙とかしないの?」

 

「選挙とかは……まぁ、するにはするわよ? でも、そんな事しなくたってここは簡単に生徒会長になれるのよ…」

 

「それが生徒会長を倒すって事になるのか?」

 

「えぇ…」

 

 

アスナさん、俺、キリトさんの順番でカタナに質問を繰り返す。それをカタナは平然と答える。

 

 

 

「ここIS学園の生徒会長と言う肩書きは、ある一つの事実を示しているのよ……」

 

「「「それは?」」」

 

「生徒会長……つまり、すべての生徒の長たる存在はーーーー」

 

「「「………存在は…」」」

 

「ーーー『最強であれ』ってね♪」

 

 

最後の決め台詞と共に、開かれた扇子。そこには達筆な字で、『学園最強』の文字が書かれていた。

 

 

 

「「「……………へ、ヘェ〜…」」」

 

「な、なによぉ〜ッ! なんかリアクション薄くないッ!?」

 

「いや、なんて言うか…そのぉ〜」

 

「カタナちゃんってチナツ君と一緒で、いきなり突拍子もない事をするよねぇ……」

 

「まぁ、いいんじゃないか? 似たもの夫婦って事で…」

 

 

 

俺は反応に困り、アスナさんは少し呆れ、キリトさんは勝手に結論付けた。

 

 

 

「さてと、そろそろ本題に入るか…」

 

「そうね、みんなの専用機のスペックデータがここに入ってるから確認してちょうだい」

 

 

 

和人の一言で刀奈が反応し、刀奈から三つのタブレット端末を俺たちは一つずつ受け取る。

 

 

 

「また、詳しい事は明日運搬にくる更識家の者が説明すると思うけど、とりあえず事前説明って事で……。まずはキリトのね」

 

 

 

そう言って、和人の手元にあるタブレットを操作し、スペックデータを映す。

 

 

「キリトの機体は、第三世代型IS 機体名『月光(げっこう)』 元々の機体はキリトが動かしたリヴァイヴを改良したもので、それにキリトの持っていたナーヴギアを搭載した機体なの…」

 

「ナーヴギアを搭載!? って事は……」

 

「えぇ、〈ソードスキル〉が使えるわ…ッ!」

 

 

 

ソードスキル……俺たちが二年間戦い続けた世界…SAO、アインクラッドで使っていた技術だ。それぞれの武器に応じたスキルがあり、キリトさんは片手剣スキルと二刀流スキル。アスナさんはレイピアスキル。カタナは槍スキルと二槍流スキル。そして、俺は、片手剣スキルと抜刀術スキルだ。俺の武器は刀なので、刀スキルなのではないのかと初めは思っていたが、どうやら俺の武器…『雪華楼(せっかろう)』は、クラインさんの使っていた太刀程の長さがなかった為か、刀スキルではなく、片手剣スキルが適用されたのだ。まぁ、それならそれで、俺の戦い方が出来て嬉しい誤算ではあったのだが……。

 

 

 

「って事は、私たちのにも?」

 

「ええ、もちろん! アスナちゃんとチナツの機体も、ソードスキルが使えるわ。もちろん、私の機体、『ミステリアス・レイディ』もね♪ これがアスナちゃんの機体ね…」

 

 

 

今度は明日奈のタブレットを操作し、画面にデータを映す。

 

 

「アスナちゃんのも、第三世代型IS 機体名『閃華(せんか)』 これは、機体自体が第三世代型で、最速を誇るイタリアのテンペスタⅡの機体を使っているから速度に申し分はないわ」

 

 

 

SAO時代…『閃光』の異名を持っていたアスナさんにとってこの機体は大いにその性能を発揮するだろう。故に『閃華』。

そして、最後に俺のタブレットを操作し、データが画面に表示される。

 

 

 

「チナツのも、第三世代型IS 機体名『白式』 元々倉持技研…簪ちゃんの専用機を作った所が廃棄する筈だった機体を回収して、作った機体だそうよ…。しかも、回収したのが、あの篠ノ之博士」

 

「えっ!? マジで!?」

 

 

 

予想外の名前に驚く俺。そして、キリトさんとアスナさんも同じなのだろう身を乗り出してカタナの話を聞いている。

 

 

「うん…どうやらそうみたいなのよねぇ…。基本的なデータだけをいじって、後はチナツが動かした打鉄の起動ログからチナツのデータをインストールしたみたいだけど……」

 

(束さん……四年前から会ってないし、SAOに囚われていたからどうしているのかわからなかったけど……。まぁ、あの人の事だから無事っちゃ無事なんだろうけど…)

 

 

 

篠ノ之 束さん……箒のお姉さんで、俺と千冬姉の幼馴染。そして、ISの産みの親である。昔からの付き合いで、よく千冬姉とは連んでいた。箒の事を溺愛している。そして、俺もその対象らしく、昔は篠ノ之道場に足を運ぶ度に抱きつかれ、千冬姉のいない所では『束姉』と呼ぶように言われていた……。今頃何をしているのやら…。

 

 

 

そして、午後の授業も終わり、今は放課後。クラスのみんなも思い思いに過ごす。部活の見学や残って勉強する者、寮へ帰る者。俺たちは山田先生から残るように言われていた為、未だ教室にいる。

 

 

 

「ふぅー。やっと一日が終わったなぁ〜!!!」

 

「えぇ、今日は一段と疲れましたよ…」

 

「だらしがないわねぇ二人とも。これからこんなのが続くんだから、死なない様にしてねー」

 

「「うぃー…」」

 

「ほんとにわかってるのかしら?」

 

「ウフフ…」

 

 

 

うなだれるキリトさんの俺。そして、叱咤激励を送るカタナ。それを見て微笑むアスナさん。

そんな事をしていると、山田先生と千冬姉が入ってきた。

 

 

 

「ああ、良かった! みなさんまだ残っていてくれたんですね…!?」

 

「えぇ、それで話って言うのは……」

 

「あっ、はい。実はですね、織斑君と桐ヶ谷君の寮の部屋が決まったので、お伝えしようと思っていたんですよ」

 

「えっ?」

 

「り、寮の部屋ですか?」

 

「はい、そうですが…?」

 

 

 

驚く俺とキリトさんに?マークを出す山田先生。

 

 

 

 

「えぇっと、一週間はキリトは近くのホテルから、チナツは自宅からの通学だったんじゃ…」

 

 

 

俺たちの代わりに、カタナが聞いてくれた。

 

 

 

「あぁッ! すみません…ちゃんと伝えてませんでしたね。政府からの通達でお二人とも今日から寮へと入ってもらう事になったんですよ…これが鍵です」

 

 

そう言って俺とキリトさんに部屋の鍵を渡す山田先生。

 

 

 

「俺は、1101室か…」

 

「えっ!? 俺は1025室……キリトさんとは別々の部屋なんですか?」

 

「あっはい…それがですねぇ…」

 

 

 

部屋割りはキリトさんと同じだと思っていたのだが、結構離れた離れになっていたので驚いていた。すると、今度は千冬姉が……。

 

 

 

「仕方ないだろう…急遽決まった事だ。桐ヶ谷は結城と同じ部屋に出来たが……織斑、お前は…」

 

「カタナと同じ部屋ですか?」

 

「いや、私は1015室よ? ……って事は…」

 

「あぁ、お前は別の部屋と言う事になるな」

 

 

 

千冬姉のその言葉に、俺とカタナは呆然としてしまった。

 

 

 

「えぇっと、その、千冬姉? カタナと一緒じゃなきゃ、俺は一体誰と?」

 

「学校では、織斑先生だ!!!」

 

 

ズゴォォン!!!

 

 

強烈な音と共に、俺の頭から煙が出る。またまた出席簿アタックが炸裂したのだ。

 

 

「はい、すみません……でも、俺は別の誰かと一緒って事ですよね?」

 

「えぇ〜ッ!? うそぉ〜〜ッ!!!」

 

「それも仕方ないことだ……。元々更識は入学が決まってたんだ…当然部屋割りもその時に出来ている。だから、織斑は部屋の調整がつくまで今渡された鍵に書かれた部屋で過ごす事。いいな?」

 

「は、はい…」

 

 

 

一応返事はしておかないと、また出席簿アタックが飛んでくるのでしておく。俺の隣では、目に見えて落ち込んでいるカタナの姿が…。

 

 

 

「あの、織斑先生。その部屋の調整ってどれくらいで出来るんですか?」

 

「ん? まぁ、こちらでも早めにしておくが、それでも時間はかかるだろうな…。まぁ、夏休み前までには大丈夫なんじゃないか?」

 

「だってさ、カタナ」

 

「『だってさ』じゃないわよぉ〜! せっかくチナツと一緒だと思ったのに……こうなったら生徒会長権限で……あたッ!?」

 

 

 

千冬姉による出席簿アタックがカタナに炸裂した。

 

 

「教師の前で堂々と職権乱用とは、いい度胸じゃないか…更識…」

 

「うぅ…ですけど…」

 

「はぁー。なるべくそうなる様にはしてやるから、あまり面倒な事を起こしてくれるなよ?」

 

「えっ!? 織斑先生いいんですか?」

 

 

 

千冬姉の言葉に山田先生が顔を赤くして聞き返す。

 

 

 

「えぇ、まぁ問題を起こす様なら変えますが、大丈夫でしょう……ただし、お前達に言っておく事がある…」

 

「は、はい!」

 

「何でしょうか?」

 

 

 

改まる千冬姉にキリトさんもアスナさんも真剣に耳を傾ける。

 

 

 

「うっうん! ……その…なんだ……いくらお前達が付き合っているからと言って、ここは学校だからな? あまりふしだらな行為をするなよ? 学校内での淫行は禁止されているわけではないが、限度と言うものがある……。その事は肝に銘じておけ…織斑達もだぞ! いいな!」

 

「ふぇえッ!? そ、それは…その…」

 

「ッ!!! えっと……その…」

 

 

 

千冬姉の言葉に顔を赤くして俯くアスナさんとカタナ。俺とキリトさんも気まずくなり、明後日の方向へ顔を向ける。

それを見て、「はぁー」っとため息をつく千冬姉と「あわわっ」っと慌てふためいている山田先生。

釘は刺されたが………どうなる事やら俺たちにも分からない。

 

 

とりあえずこの件については終わり、それぞれ渡された鍵に記された部屋へと行く。キリトさんとアスナさんは1101室に、俺は1025室に、カタナは1015室に…。

 

 

 

「うぅ〜〜……」

 

「泣くなよカタナ…。別に会えないわけじゃないんだからさ」

 

「なによぉ〜! チナツはいいの?! 私と一緒じゃなくて!!」

 

「そりゃあ、俺もカタナと一緒がいいけど……でも、仕方ないよ………大丈夫! すぐに一緒になれるって!」

 

「うん……だといいけど……はぁー…いいなぁ〜アスナちゃん…」

 

 

 

 

先程からこの調子のカタナをチナツが慰めている。それを後ろから微笑ましい目で眺めるキリト、アスナの両名。

 

 

 

「おっとッ! 俺たちはここみたいだ。じゃあまたなチナツ! カタナ!」

 

「はい! また後で!」

 

 

 

キリトさん達は自分たちの部屋である1101室に入って行く。その様子を二人で眺め、やっぱり一緒がいいなと思ってしまう。続いては1015室。カタナの部屋だ。

 

 

 

「チナツ……」

 

「ん? どうした?」

 

「…………抱きしめて…」

 

「は、はい?」

 

「『抱きしめて』って言ったの!!! 会えなくはないとはいえ、部屋は別々だし! チナツは天然フラグ製造マシーンだし! しかも同室の女の子いるし! ラッキースケベだし!」

 

「おいおい……なんか後半すげぇ傷つくんだけど……」

 

「だって、事実だし……」

 

 

 

少し涙目になって俯くカタナの姿はとても可愛らしく、年上のお姉さんの感じはまるでない。

そんなカタナを俺は背中から抱きしめる。

 

 

 

「ひゃあッ! い、いきなり、ず、ずるいわよ……」

 

「ごめん……なんかカタナが可愛かったから、ついな♪」

 

「もう……バカ…」

 

 

 

 

やはりこうしてた方が落ち着く。俺も千冬姉に進言してみようと思った。

 

 

「さてと、もうそろそろ離れてないと誰かに見られちまうな…」

 

「別にいいわよ! チナツは私の彼氏なんだし……」

 

「あぁ、そうだよ。俺の彼女はカタナだけだ…」

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!! わ、わかってるならいいのよ……でも! 浮気したら赦さないからね!」

 

「し、しないってそんな事!」

 

 

 

それからもあーだこーだと話をして行くうちに、時間が経ってしまった。

 

 

 

「そんじゃ、また後でな」

 

「うん。向こうで待ってるから…」

 

「OK!」

 

 

 

『向こう』とは、当然ALOの事である。今日は別々に行動をするものの時間になるまではずっと一緒にいられる。

 

 

 

「えぇっと、1025……1025……あっ! あった!」

 

 

 

やっとお目当ての部屋へと到着し、一呼吸置く。手に持った自分の荷物。千冬姉が用意してくれたものだ。着替えに教材、携帯の充電器、そして、アミュスフィア。SAOから帰ってきて、千冬姉とはVRMMOの事で散々口論になった。当然と言えば当然だ。唯一の家族がデスゲームに囚われたのだから心配にはなる。しかし、時間を見つけては、じっくりと話し合い、和解に至った。だからこそ、今この手にアミュスフィアを持っている。千冬姉には感謝してばっかりだ。

 

 

 

コンコン!

 

 

 

そう思いながら、部屋の扉をノックする。以前ならノックをせずに入っていただろうが、カタナの教育を受け、そういう所はちゃんと出来る様になった。

 

 

 

「はい? どちら様ですか? ……あぁ、同室になった者か。鍵は開いているぞ」

 

(ん? 今の声は……)

 

 

 

聞き覚えのある声が部屋の中から聞こえる。まさかと思い、部屋の扉を開ける。

 

 

「箒?」

 

「なッ! い、一夏!?」

 

 

 

どうやら、部屋の同居人は箒だったみたいだ。向こうも俺だとわかると少し慌てている。どうやら風呂から上がったらしく、髪の毛がまだ若干濡れていた。そこから香るシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 

 

「な、何故お前がここにいる!」

 

「いや、お前も言ってたじゃないか…。今日から同室になった者です」

 

「なッ! じゃ、じゃあお前が私と同室になったのか!?」

 

「あぁ、らしいぜ? ほらっ」

 

 

 

そう言って、俺は部屋の鍵を見せる。そこにはちゃんとここと同じ番号が刻まれていた。

 

 

 

「な、何を考えている! 『男女七三にして同衾せず』! 常識だ!」

 

「いつの時代の常識だよそれ……でもまぁ、仕方ないだろ? この部屋を用意したのは千冬姉だし…」

 

「な、なに? 千冬さんが?」

 

「あぁ、千冬姉はここの寮長らしいからな…まぁ、後々はちゃんとした部屋割りが行われるけど…」

 

 

 

そういいながら、部屋に私物を置いて、整理していく。箒は窓側のベットらしいので、俺は廊下側のベットに携帯とアミュスフィアを設置する。

 

 

 

「よし! これで完了!」

 

「一夏、それは確か…アミュスフィアだったか?」

 

「ん? あぁ、そうだ。ナーヴギアに代わる最新型。そんで、これにインストールしてるのが、ALO。アルヴヘイム・オンラインって言うゲームだ」

 

 

 

箒もアミュスフィアには興味があったみたいなので、色々と説明してあげた。箒はこういったゲームは全くと言っていいほどしないので、出来れば箒にもALOの楽しさを理解してもらいたい。

 

 

 

「ほう、では自分が妖精になって、その世界で色々と動き回る……と言う事か……だが、ゲームばかりは関心できないぞ?」

 

「ああ、それは千冬姉との約束で、勉強も両立させるって決めたから大丈夫だ。それに、どうしてもやめられねぇよ…あの世界にはまっちまったら…」

 

「ふーん…。そう言うものか…」

 

 

 

そう言って、顔をしかめる箒。俺はそんなのお構いなしにアミュスフィアを被る。

 

 

「さてと、そんじゃあ俺は潜るとしますかねぇ……リンクスタート!!!」

 

 

そのまま、意識をALOへと繋いだ一夏を隣で、眺める箒。その顔はどこか切なさを醸し出していた。

 

 

 

(ゲームなんて物はあまり好きではないし、してこなかった。一夏がそう言う物をしていたのも知らなかったし、見なかった…………。一夏がはまった世界……一体、どんな世界なんだろうな…)

 

 

 

 

少しだけ、一夏の見る世界が気になった箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回は剣道対決まで入れると思います(*_*)


感想待ってます\(^o^)/


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第4話 専用機と生身の剣技

今回は専用機説明と剣道対決に行きます。


チュンチュン……

 

 

 

外では小鳥が鳴き、窓からは微かに朝陽の陽射しが差し込む。入学して、初日が経ち二日目の朝。廊下側のベッドで寝ていた俺はゆっくりと体を起こした。隣では、俺の幼馴染である、箒が眠っている。

時間は午前5時。まだ時間までは猶予がある。

 

 

 

(早く起き過ぎたなぁ………。もう、一時間寝ようかな…)

 

 

 

特にする事もないし、以前の習慣…SAO時代の朝の稽古兼狩りの時間が、大体この時間だったのだ…だがしかし、今はそんな事する必要がない。よって残っている選択肢は寝ることだけだ。

そう結論付けて、俺はまた体をベッドに預ける。いつもならば、すぐ隣にカタナがいるのが数ヶ月前までは当たり前だったので、隣に誰もいないこの感覚は何とも言い難い。

 

 

 

 

(カタナは大丈夫かなぁ……同居人に迷惑かけてなきゃいいけど……。あぁ…ダメだ、眠い……)

 

 

 

 

 

一方カタナは……

 

 

 

 

 

「うぅ……お、お嬢様、ちょっ!?……」

 

「うぅーん。チナツ……もっとぉ〜♪……ムニャムニャ…」

 

 

 

 

同居人で、昔からの馴染みである虚に頼みこみ、一緒に寝かしてもらっていたのだが、どうやら虚をチナツと勘違いし、完全拘束している様だ。虚もなんとか振り解こうとするが、すればするほど抱きしめる力が強くなり、中々剥がれない。

 

 

 

「うぅ……一夏君……早くお嬢様と同室になってください……」

 

「えへへ……チナツ〜……♪」

 

 

 

朝から疲れが溜まる虚であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前6時、寮にいる生徒達が目を覚まし、身支度を整え、食堂に向かう。一夏は刀奈を迎えに行くため、一足早く部屋を出る。その姿を後ろから眺める箒…。その顔は、どこか険しかった。

刀奈を迎えに行ったあと、廊下で和人と明日奈にバッタリ会ったので、四人で食堂へと向かう。

そして、食堂に到着し食券を買うのだが、流石は国立高…国際色豊かであるためか、メニューの幅が広い。

 

 

 

 

「うーん、俺はこの『焼きジャケ定食』にしようかな…」

 

「あっ! じゃあわたしもー♪」

 

「キリト君は、朝はパン派だから……この『洋風朝食セット』でいいよね?」

 

「そうだな。アスナは?」

 

「わたしもキリト君と同じのでいいよ♪」

 

 

 

 

夫婦円満なこの光景。アインクラッドの頃から一切変わらない。なので、本人達はどうもしないのだが……他の生徒達は……。

 

 

 

 

「ごめ〜ん!! そこのお塩とって‼」

 

「おばちゃ〜ん!! 七味ある? 大量に欲しいんだけど!」

 

「きょ、今日はブラックコーヒーにしようかなぁ〜……」

 

「あぁ……。ならわたしも……」

 

 

 

と言った具合に、光り輝いている四人を直視出来ないでいた。

 

 

 

 

「わぁ〜! おりむーにたっちゃんさ〜ん!」

 

「お、おはよう、みんな」

 

「となりいい?」

 

 

 

 

席に座り、食事にしているとそこに三人組の女生徒達がやって来た。一人は一夏ももう顔見知りで、虚の妹である布仏 本音……一夏はのほほんさんと呼んでいる。相変わらずだぼだぼでキツネの着ぐるみのようなパジャマ姿での登場だ。

 

 

「おぉ、みんな…おはよう!」

 

「いいわよ! みんなで食べた方が美味しいし♪」

 

「そうだね! みんなで食べよう♪」

 

「俺もそれで構わないぞ」

 

 

 

カタナとアスナさんは快くみんなを招き入れる。それに俺とキリトさんも断る理由もないし、みんなの方が楽しいので、了承する。そうして、みんなで食事をしていると、ふと、少し離れた所に一人で朝食をとっている箒の姿を発見する。

 

 

 

(あいつ…あんな所で一人で食べてるのかよ……。はあ、人付き合いが苦手なのは相変わらずか……)

 

 

 

俺は箸を止め、席を立って箒の所へと向かう。

 

 

 

「よぉ、箒。おはよう」

 

「あぁ、おはよう一夏……」

 

 

この間の一件から少し暗い箒。今の内から行動しておかないとな…。

 

 

「なぁ、箒…こっちに来て一緒に食べないか? みんなで食べた方がうまいし」

 

「……別に、いい。わたしはここで……」

 

「はあ、全く……。ほら、いくぞ!」

 

 

 

少し強引ではあったが、箒が食べていた朝食を奪い取る。そして、それを追いかける箒をうまい具合に俺たちがいた場所に誘導する。

 

 

 

「おい! いい加減に返せ!」

 

「はい、到着!」

 

「おはよう箒ちゃん。あなたもどう?」

 

「篠ノ之さんもここに来なよ〜! みんなで食べたら美味しいよ〜♪」

 

「おぉ〜! しののんも参戦!」

 

「いや、戦ってるわけではないぞ?」

 

 

 

思った通り、カタナもアスナさんものほほんさんもキリトさんも、みんなが箒を迎え入れてくれた。

 

 

 

「ん……で、では、お言葉に甘えて……失礼します」

 

 

 

その後、共に雑談を交えながら食事をとっていき、授業に入る。

そして、また昼休みになって集まって、あーでもないこーでもないと話をしながら時間を潰していった。

そして、時間が過ぎて放課後、俺とキリトさん、カタナとアスナさんはアリーナ近くにある格納庫へと脚を運び、今日届いた俺たちの専用機の受け渡しと、フォーマットとフィッティングを行う事になった。

 

 

 

 

「確か、ここで受け渡しするんだっけ?」

 

「えぇ、もうすぐで来ると思うわ」

 

「俺専用の機体かぁ〜。どんな感じになってんだろうな……」

 

「わたしも。ちょっと待ち遠しいね」

 

 

 

その場にはすでに全員が待機している。そして、その他にも担任である千冬姉と副担任の山田先生の姿もある。

そして、やっと格納庫のハッチが開き、そこから二台のトラックが入ってくる。そして、トラックは止まり、荷台は開く。その中から三機のISが姿を現した。

 

 

 

「お姉ちゃん」

 

「あぁ! 簪ちゃん! 運搬ありがとね♪」

 

「ううん…。これくらい、平気」

 

 

 

 

一番最初に入ってきたトラックの助手席から、カタナの妹である簪が降りてきて、それに気づいたカタナはすかさず簪に抱きつく。とても仲睦まじい光景だが、数ヶ月前までは、二人の関係は険悪だったらしい。

 

天才な姉と秀才の妹。そして、更識という家柄。その二つが原因で、簪はいつも姉と比べられていたみたいだ。それからと言うものの、カタナは簪を守りたいが故に『何もしなくていい』とか、『わたしが全部やってあげる』と簪に言ってしまったとか。その後からはその言葉を簪に言ってしまった事に後悔し、何度も仲直りをしたいと思っていたのだが、それも叶わずじまいでいた。そして、ある日、簪の鞄の中からあるものを見てしまった。それがSAOの正規版ソフトだった。初回ロット限定一万本しか出されなかったものの一つ。それを簪が持っていたのだ。そして、それを遊ぶ為にナーヴギアまで購入していた。そして、事件当日……簪は学校の雑用があると言って帰りが遅くなることを両親に伝えた。当然、ゲームをする時間がなく、簪の部屋にナーヴギアとSAOのソフトが置かれたままだった。あの時、ほんの出来心だったのだ。妹の趣味や好みを知る為に、妹が見ている世界を見てみたいと当時の刀奈は思った…そして、ナーヴギアを被り、SAOへとダイブしたのだ。

その後は、テレビで事件の事が報道され、両親は簪の部屋に入り、急いで回収しようとしたが、そこにはナーヴギアを被り、簪の部屋のベッドで横たわる刀奈の姿があった。簪も両親から刀奈が囚われの身になったと聞き、急いで家に戻った。そして、何も反応しない姉の姿を見て、嘆き苦しんだ。自分の所為だと……。

それから二年後、やっと事件から解放された刀奈を、号泣しながら簪は迎え入れた。その時、二年もの時間がかかったが、姉妹の溝はなくなったそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お姉ちゃんッ! せ、説明出来ないから〜ッ!」

 

「あぁ、ごめんなさい♪ それじゃあ説明お願いしてもいい?」

 

「うん! それじゃあまずは和人さんの……」

 

 

 

 

そう言って、簪はキリトさんの専用機である月光の元へ。そのISの出で立ちと言えば、正に『黒の剣士』を再現したかの様な姿。全体のカラーリングが黒で統一されている。

 

 

 

「和人さんの機体…月光はナーヴギア…と言うより、ナーヴギアの内部にあったローカルメモリーを内蔵していて、SAO時代のソードスキルを完全再現した『ソードスキル・システム』を実装した第三世代型のISです……」

 

 

 

元々、リヴァイヴは第二世代型だが、ソードスキル・システムを実装した最新のカスタム型なので、第二世代の性能を凌駕していると言っていい。

 

 

 

「そして、これが明日奈さんの機体……閃華……和人さんと同じく、ソードスキル・システムを組み込む事で、明日奈さんのレイピアスキルが使えます…。あと、この機体はイタリアの第三世代…テンペスタⅡを基本骨子にカスタムした機体です……。機動に特化した機体で、スピードなら、この中では随一だと思います…」

 

 

 

最速を誇るイタリアのテンペスタシリーズの最新型。それを近接格闘型にカスタマイズした閃華。フォルムは全体的にスマートで、カラーリングはSAOと同じく全体のぼぼ九割は白。そして、所々、赤のラインや血盟騎士団の制服にも刻まれていた十字架模様。正しく『閃光のアスナ』を彷彿とさせる機体だった。

 

 

 

 

「そして、最後に一夏の機体……。名前は白式。わたしの専用機……打鉄弐式を開発してくれてる倉持技研が廃棄するはずだった機体を家と明日奈さんの実家のレクト社が一から作り直した機体で……その後は……」

 

「束さんが持って帰ってカスタムしたんだろ?」

 

「うん、そう…。ナーヴギアのローカルメモリーは、既に搭載してたみたいだし、後は出力を調整して、より一夏専用にカスタマイズしたみたい……」

 

 

 

 

もちろんキリトさんやアスナさんの機体だって、より二人のクセや戦い方にあわせて調整はしているだろうが、束さんの手はかかっておらず、更識とレクトの技術者によって調整されたもの……。俺の様に束さんの完全監修の元、作られた訳ではない…。

 

 

 

 

「説明は、大体これくらい…かな?」

 

「ありがと、簪ちゃん♪ ……それじゃあ三人共、それぞれの機体に乗って! フォーマットとフィッティングを始めるわよ!」

 

 

 

カタナの指示により、俺たちはそれぞれの機体に乗り込む。するとISが体にフィットし、システムをスタート。そして、俺たちのデータを読み取って最適化していく。それと同時に俺たちの頭にもそれぞれの機体のデータが入り込んでくる。初めてISを触った時とは違い、これが何なのか、何の為にあるのか、何だかわかってくる。

 

 

そして、フォーマットとフィッティングが終え、機体が変化する。キリトさんの月光はアンロック・ユニットである黒い羽根の様なものがニ枚一対で浮いている。恐らく、ALOのアバター、スプリガンの羽根なのだろうか…

そして、アスナさんの閃華。純白の装甲に紅い装飾が所々見られるアンロック・ユニットは打鉄のものよりも薄い盾の様なものだ…。だが、恐らくはその盾を使う事もあまりないだろう。何故なら受ける必要がないほどスピードに特化した機体だ…受ける前に避けれる。

そして、俺の白式。先程よりも、装甲が少し増えたのと、アンロック・ユニットが翼の様に開き、大型スラスターに変形していた。

その様子を見ていた千冬姉は腕を組みながら微笑み、山田先生は「わあー」っと言いながら興奮しているようだった。

 

 

 

「それじゃあ、今度は武装を展開してみて! 武装に関しては特注で作ってもらったから!」

 

 

 

再びカタナの指示で俺たち三人は武装を展開する。その武器は……。

 

 

 

「これは……『エリュシデータ』に『ダークリパルサー』か…ッ!?」

 

「えぇ、そうよ! 私たちがそれぞれSAOで使ってた武器を完全再現してもらったのよ!」

 

「すごい…ッ! 私の『ランベントライト』も細かい所まで作られてる…」

 

 

 

キリトさんは片手剣二振りとアスナさんはレイピア…そして、俺は、

 

 

 

「確かにすげぇな……『雪華楼』も完璧に再現されてる…ッ!」

 

 

 

右手に刀、左手に鞘。刀身から鍔、柄の細部に至るまで、純白に染まった一振り…。俺の愛刀、雪華楼…。そして、鞘も白く、所々に雪の結晶…アスタリスクの模様があしらわれており、あの時の光景を思い出す。この四人で戦場を駆け抜け、共に過ごしたあの世界での出来事を…

 

 

 

「確か、ソードスキルが使えるんだよな?」

 

「えぇ、キリトの二刀流も、チナツの抜刀術も、そして、私の二槍流もね♪」

 

「三人ともいいよね〜…ユニークスキル持ち同士だからぁ〜……はあ、私は持ってないし…何だか仲間外れみたい……」

 

 

 

この中でユニークスキルを持っていない明日奈が、少しふてくされる。しかし、ユニークスキル自体、どうやって手に出来るのかがわからないので、何とも出来ないのだが……

 

 

 

「いやいや、アスナさんのAGI型全開の機体だし、『剣速の速さ』と『狙いの正確さ』だけでも、充分ユニークスキル並ですってッ!」

 

「そ、そうよねぇ〜ッ! アスナちゃんのスピードにはここにいる誰もが付いて行けないって!!」

 

「そうそう! アスナはもう充分バーサーク状態だから!」

 

「それ、褒められてる気がしないよッ!」

 

 

 

 

そうして、少し談笑を挟み、各々スキルのチェックをする。

 

 

「じゃあ、俺からいくぜ…………はあぁッ!」

 

 

両手の剣が黄色いライトエフェクトを纏い、二段突きを行う。二刀流の突進型スキル『ダブル・サーキュラー』左手の剣で突き、二撃目は右手の剣で流れる様に相手を突く。

 

 

 

「今度は私ね! ………やあぁぁぁッ!!!」

 

 

キリトさんのスキルを見た後、アスナさんがスキルを発動させる。白いレイピア…ランベントライトが緑色に光り、突く。レイピアの初期スキルである『リニアー』だが、これを『閃光』の異名を持つアスナさんがすると、恐らくどのレイピア使いよりも速く、確実に狙い突くことだろう…。

 

 

 

「最後は俺ですね。…………はあッ!!!!」

 

 

 

雪華楼を鞘に戻し、構える。そして、放たれた蒼いライトエフェクトを纏った刀身が三度、素早く空を斬る。抜刀術スキルの中で、高速抜刀術の部類に入るスキル『飛燕』。

 

 

 

「うんうん! いい感じね。これで一通りの説明と点検は終わったかしら?」

 

「ん? ………あれ? 俺の武装、もう一本、刀が装備されてる…」

 

「もう一本? 雪華楼以外にも刀があったの?」

 

 

 

ウインドウにもう一本の刀が搭載されているのを確認し、量子変換して装備を出す。

 

 

 

「こ、これって……『雪片』!?」

 

 

 

そう、それは紛れもなく千冬が現役時代に使っていた専用機、暮桜の唯一の武器。雪片だった。雪華楼よりも刀身が長く刀と言うより太刀に近い。

 

 

 

「おかしいわねぇ……暮桜の武装である雪片が何でチナツの白式に? 織斑先生は何かご存知ですか?」

 

「いや、あのバカからは何も聞いていない……。むしろ今すぐにでも問いただしたいぐらいだ…」

 

 

 

一番身近で親友同士でもある千冬がわからないなら、後は製作者たる束に聞くしかないが、生憎本人はどこにいるのかわからない。世界中の政府やら技術者やらが探し回っているみたいだが、発見には至ってない。

 

 

 

 

「う〜ん……雪片じゃソードスキルは使えないんだな……。でもこれはこれで……」

 

 

 

雪片を握り、構えると物理刀が前後に裂け、間からレーザーブレイドが展開される。

 

 

 

「「「「おお〜〜〜!!!」」」」

 

 

 

俺と千冬姉以外の全員が口を揃える。そして、その雪片にも鞘が装備されていたのでレーザーブレイドを一度解いてから、剣の柄を鞘に納める。

 

 

 

「はあぁぁ……」

 

 

 

再び抜刀術の構えをとり、意識を集中させる。そして、

 

 

 

「紫電…一閃!!!」

 

 

 

抜刀と同時に雪片の刀身が形成され、横薙ぎの一閃が振るわれる。抜刀術スキルの一つ『紫電一閃』。先程使った『飛燕』の様に連続しての剣技ではないが、その分与えるダメージ量が多い。手数ではなく、威力を高めた一撃だ。

 

 

 

 

「うん…抜刀術は使えなくないし、雪片はここぞって時には一番有利に働くかもな…」

 

「ふう……各自チェックの方は終わったな? では、今日はこれで解散。後は各々、暇があればISを装備しての訓練を忘れない様に……いいな?」

 

「「「はい!!!!」」」

 

「それでは、私からはこれを皆さんにお渡ししておきますね」

 

 

 

千冬姉の言葉で閉め、終わったかと思ったら、山田先生が登場。そして手には広辞苑並みの分厚さを持った本が三冊。それが俺たちの手に渡された。よく見れば、『IS規則』とデカデカの書名が書いてあった。

 

 

 

「う〜ん……これは……」

 

「結構骨が折れそうだね……アハハハ……」

 

 

 

これには流石のキリトさんとアスナさんもこたえるようだ。

 

 

その後、格納庫から出て、俺たちは学校内を散策していた。ここへ来てまだ二日。一通りの建物の場所は覚えたが、実際に見てみるのとそうでないのとでは勝手が違ってくる。カタナと簪にお願いし、俺たちは再び学校案内をしてもらっていた。

 

 

 

「こうして見ると、IS学園って本当に広いよねぇ〜。SAOの圏内エリアぐらいはあるんじゃない?」

 

「そうね…《始まりの街》程はないとは思うけど、それでも広い方よね」

 

「アリーナも多くあるし、プールに体育館、道場にテニスコート。運動場も広かったし、相当金がかかってるんだろうなぁ…」

 

「ですね。寮の部屋も一つ一つがビジネスホテル並みか、それ以上の内装でしたし…」

 

 

 

一通りみて回って、自然と脚は今もなお竹刀がぶつかり合う音のなる剣道場へ。

 

 

 

「おお、やってるやってる…」

 

「近くで聞くと迫力あるよねぇ〜竹刀って」

 

「まぁ、私は小さい頃から聞いてるからあまり気にしないけど」

 

「俺も小学生の頃は剣道やってましたから」

 

 

 

SAOで剣を振るってきた四人にとって竹刀を振るう剣道部員たちを見るとやはり懐かしんでしまうみたいだ。

 

 

 

「あっ! 織斑君と桐ヶ谷君だ!」

 

「結城さんに会長もいる!」

 

 

 

俺たちに気づき、部員達が近寄ってくる。その中に一人、黙々と竹刀を振り続ける生徒が…。

 

 

 

「箒! やっぱり剣道部に入ってたんだな!」

 

「あぁ、ずっと続けてきたからな…ところで何でここにいるのだ?」

 

「ん? あぁ、何だか懐かしく思えてな。ちょっとよってみたんだよ」

 

「そうなのか…」

 

 

 

まるで昔に戻ったみたいで、箒も喜ばしかったのだろうか、顔が少し明るくなった気がする。

 

 

 

「久しぶりにやってみたいなぁ…剣道…」

 

「な、なにッ!?」

 

「いや、なんかさ見てたらやってみたくなってな…。でも、道着が無いしな…」

 

「そ、それなら予備でおいてあるやつがあるぞ! せっかくだ、やって行けばいいだろう!」

 

「おぉ! 篠ノ之さんがいつになく積極的だあぁぁ!!!」

 

「ああ、でも織斑君が竹刀を振るう姿も見てみたいし…」

 

「織斑く〜ん‼ はい、道着! これ着てみてよ! たぶんサイズは合ってると思うよ〜ッ!」

 

 

 

 

箒の一言に周りが便乗し、ますますやらなきゃいけない空気になる。仕方なしに道着を受け取り、着替えに行った。

そして、数分後、防具と竹刀を借りて、俺は箒と対峙し、箒は剣道の基本の構え、正眼の構えをとる。それに対して俺は…。

 

 

 

「一夏! なんだその構えはッ!」

 

「いいんだよ。俺流剣術ってやつさ…」

 

 

 

左脚を後ろに引き半身に、左手は腰元に。そして、竹刀は、右腕を軽く伸ばし、地面に向かって平行…そこから切先が少しだけ上に上がった状態…。抜刀術スキルを使っていた頃の名残……クセで今でもやってしまう。

 

 

 

 

「まぁいい。では、始めるぞ」

 

「いつでも……」

 

 

 

周りが静寂に包まれる。お互い慎重に相手の出方を見る。

 

 

 

(なんなのだ! あの構えは! あれでは胴を防げたとしても、面と小手を容易く取られるではないか……ッ!)

 

 

 

箒はそう思い、先制して面か小手を取りに行こうと、すり足で間合いを測っていく。

 

 

 

(ん? なんだ? やっている事は剣道としてはめちゃくちゃなのに、意外と様になってるような……。それに、よくよく見るとスキがあまりない……)

 

 

 

どれほど対峙したのか、数十分か、はたまた数秒か…。そして、二人同時に動きだした。

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「…………ッ!」

 

 

 

上段に大きく振りかぶった竹刀を、箒は一気に振り下ろす。流石、全国一位の実力を持つ者の迷いのない踏み込み、そして、無駄のない軌道と速度で振り下ろされる竹刀。だが、チナツにとってそれは軽く避けれるものだ。

 

 

 

「ふうッ!」

 

「なッ!?」

 

 

 

箒は確信していた。自分の振り下ろしたこの一撃で終わるか、終わらないにしても、反撃をする暇も与えずに一方的に試合を進められると……。だが、現実は振り下ろされた竹刀の先に一夏の姿が無く、あろうことか竹刀を躱してすぐ、箒から見て、右側面に回り込み、左足を軸に体の回転を入れた勢いのある胴を打ちにいく。

 

 

 

「くッ! なんのォォ!!!」

 

 

 

だが、箒とて負けてはいない。すぐに体勢を立て直して、一夏の一撃を受け、すぐさま反撃するが、体を捻ったり、バックステップなど素早い動きで一夏は躱し続ける。

 

 

 

「流石はチナツ君だね。篠ノ之さんの攻撃をあれだけ躱すなんて…」

 

「あいつの “先読み” の速さは俺以上だからな」

 

「だからこそ、抜刀術スキルを託されたのかもしれないわね…」

 

 

 

 

SAOメンバーからしてみれば、いつものチナツの戦いぶりを見ているに過ぎないのだが、周りの生徒や箒からしてみれば、驚きを隠せないだろう。

 

 

 

その後も打ち合いは続き、先に一夏の体力が尽きかけてきた。

 

 

 

「はあ……はあ……」

 

「めえぇぇぇんッ!!」

 

「ぐあッ!」

 

 

 

最後の面が見事にヒットし、この勝負は箒の勝ちに終わった。

 

 

「いててて……」

 

「あッ! す、すまない一夏! ついッ!」

 

「いや、大丈夫だよ…。しかし、ホント強いな箒は…結構頑張ったんだけどなぁ〜」

 

「それは普段から鍛えているからだ。お前も、もう少し鍛えた方がいいぞ?」

 

「そうだな…リハビリ、もう少し頑張らないとな…」

 

 

そう言って、一夏は竹刀を上から下へと一度振り下ろし、腰元に添える様に置いていた左手親指に竹刀の刀身部分を滑らせ、左手で作った輪っかの中に竹刀を納める。

 

 

その光景にキリト、アスナ、カタナは苦笑し、他のみんなは「ん?」っと頭に?マークを出し、一夏を見ていた。

 

 

 

「ん?……あ…」

 

 

 

一夏もみんなの反応に気づき、一度どうしたのかと頭を捻るが、自分のやった事に気づき急に気まずくなった。

 

 

 

「アハハハ……」

 

「だ、大丈夫か? やっぱり頭を強く打ったから…」

 

「ああッいや、違うんだ! そ、そのぉ〜長年の習慣がな…アハハハ…」

 

「なんか…すげぇデジャヴってるんだが……」

 

 

 

一夏と箒のやり取りをみていて、何かを思い出したキリトだった。

 

 

 

「キリトさん! 一戦、どうですか?」

 

「ん? そうだなぁ…。道着がまだあるならやってみようかな」

 

 

 

チナツの提案にキリトが乗る。それを聞いた女生徒達はすかさず新しい予備の道着を持ってくる。それはチナツが着ている白い物ではなく、黒の道着だ。

 

 

 

「やっぱキリトさんは黒ですよね…」

 

「あぁ、俺もこっちの方が落ち着くし…」

 

 

 

そして、一夏が和人に二本の竹刀を渡す。和人もそれを快く受け取り、指定の位置に付く。

 

 

 

「ん? 桐ヶ谷は二刀流なのか?」

 

「うん。あれがキリト君のスタイルだよ…」

 

「さてさて、見ものねぇ…二刀流 対 抜刀術…今回はどっちが勝つのかしら?」

 

 

 

 

刀奈の言葉で全員が息を呑む。先程の試合で、負けはしたが、一夏の動きは、まだ体が元の状態まで回復していないとは言え、明らかに別次元の動きだった。そして、今度は二刀流なんて物で勝負する和人。同じSAO生還者である者同士…剣道部員の全員が注目を二人に集める。

 

 

 

 

「今までの戦績はほとんど引き分けで終わってだからなぁ…」

 

「そうですね。生身なのがちょっといただけないですけど…」

 

 

 

 

 

二人とも構えを取る…。キリトは右脚を少し引き、二刀は体の前に自然体で構える。一方、チナツは先程と違い、竹刀を納刀した状態…いわゆる抜刀術の構えだ。

 

 

 

二人の構えを見ていた道場内の全員が緊張に包まれる。ジッと動かず、ただひたすらお互いを見つめる二人。

そして、しばらく硬直していた二人が一気に駆け出し、竹刀を打ち合わせた。

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

パアァン!!!

 

 

 

チナツの抜刀術によって放たれた竹刀とキリトが振り下ろした右の竹刀が交錯し、大きな音が鳴り響いた。

その後も、キリトが左の竹刀で打ちつけようとするが、すぐさま返す竹刀で受け流すチナツ。そして、体をかがめ、下段から切先部分に左手をあてて竹刀を打ち上げる。

 

 

 

「龍翔閃!!!」

 

「おっと‼」

 

 

 

顎付近に打ち込まれた打撃を躱し、バックステップで距離を取る。

 

 

 

 

「な、なんだ今のは!?」

 

一夏の使った技に箒が反応する。篠ノ之流のものではない。しかし、筋力が衰えてるとは言え、鋭い攻撃に箒は驚いたのだ。

 

 

 

「あぁ、あれはチナツがSAO時代に使っていた剣技。抜刀術スキルについてたサブスキル《ドラグーン・アーツ》よ」

 

「ド、ドラグーン・アーツ?」

 

 

 

箒の言葉に刀奈が反応し、チナツが今使った技の説明をする。

 

 

 

「抜刀術スキルだからと言って、なにも抜刀術だけの技しかない訳じゃないのよ…。あれは刀を抜いた状態で使える一種のソードスキル…チナツ専用の技って所かしら?」

 

「は、はぁ…。しかし、ドラグーン・アーツという名前は……」

 

「それはさっきチナツがキリトに使った技名を聞けば分かるけど、さっきチナツは『龍翔閃』って技を使ったわよね?」

 

「は、はい…」

 

「そして、さっき箒ちゃんとの試合で、箒ちゃんの初撃を躱して打ち込んだ回転を入れた攻撃……あれは確か、『龍巻閃』って技だったかしら?」

 

「……つまり、『龍』の名が付く技である事から『ドラグーン・アーツ』……『龍剣技』と言われているわけですか…。何だか安直過ぎませんか?」

 

「ま、まぁ、それはチナツが付けた名前じゃないし…仕方ないわよ…。あッ! そろそろ決着がつくわね」

 

 

 

再び視線を向けると、二人ともかなり打ち込んでいた様で、肩で息をしている状態だ。

 

 

 

「はあ…はあ…はあ…」

 

「はあ…はあ…そろそろ決着をつけようぜ…」

 

「えぇ、望むところです!」

 

 

 

和人の言葉に一夏が反応し、再び構えを取る…。

 

 

開始した時と同じ構えだ。

 

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

数分の静寂の後、和人が駆け出した。

 

 

 

「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

右の竹刀を振り上げ、上段から振り下ろそうとしているのだろう…。だが、近づけば近づく程に、それはチナツのキリングレンジに足を踏み入れているのと同義だ。

 

 

 

(……ここだッ!)

 

 

 

間合いに踏み込んだキリトの胴を打つため、今まで動かなかったチナツが動く。しかし、それを待っていたかの様に、キリトの左の竹刀が刺突攻撃を仕掛けてくる。

 

 

(もらった!!!)

 

(くッ! だが、それでもここは…俺の距離だ!!!)

 

 

刺突に合わせる様に、チナツも抜刀する。そして、そのまま柄頭でキリトの放った左の竹刀の腹部分を打ち、軌道をずらす事で、攻撃を免れ、抜刀した竹刀はそのままキリトの胴に向かっていく。

 

 

 

 

パアァン!!!!!!

 

 

 

 

 

竹刀が防具を打つ強い音が鳴り響いた。勝負は一夏の勝ちだと思われたのだが……。

 

 

 

 

「くッ……相討ちですか…」

 

「あぁ、今のは流石に危なかったぜ……」

 

 

 

よく見ると、一夏の竹刀が和人の胴を打ち、和人の竹刀が一夏の面を打っていた。そう、あの瞬間、和人は反応し、右の竹刀で一夏の面を打ったのだ。

つまり、勝負は引き分けに終わったのだ。

 

 

 

 

「試合終了‼ 両者一本のため、引き分け!」

 

「「「「おおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

刀奈が判定を下し、道場内は拍手で包まれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想待ってマース^o^


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第5話 黒の剣舞

久しぶりの更新です!


今回はキリトの戦闘! まぁ、勝つのは分かってるんっているとは思いますが、楽しんでいただければ嬉しいで^_^


では、どうぞ!


あれから二週間後、とうとうセシリアとの決闘の日を迎えた。ファースト・シフトを終え、アリーナで刀奈の指導の元、操縦はかなり上達したと思う。

元々、ALOでの飛行戦闘の経験があるからなのか、それほど苦労はしなかったのだが、細かい操作やイメージの仕方が少しばかり違ったので、そこを何とか修正してきた。

今のチナツとキリトはALOと同じくらいの飛行戦闘が可能になったのだ。

 

 

「さてと、今日はいよいよ決闘の日だな!」

 

「何だかワクワクしてない? キリトくん……」

 

「そりゃあまぁな!」

 

「はあ〜。またキリトくんの悪い癖が……」

 

 

 

場所は第ニアリーナのカタパルトデッキ。そこには既に和人と明日奈、一夏と刀奈がスタンバイしている。

相変わらずのバトルジャンキーな和人に、明日奈が頭を抱える。それを一夏と刀奈は笑って見ていた。

 

 

 

「にしても、箒はなんでここに?」

 

「ん……私がここにいては不満なのか?」

 

「いや、別に不満じゃないけどみんなと一緒に見なくていいのかと……」

 

「別に……どうでもいいだろう。私はただ、その、お前の応援にきてやったのだ! それではダメなのか?」

 

 

 

顔を赤くし、そっぽを向く箒。

俺とキリトさんは、「どうしたんだろう?」と頭を捻るが、アスナさんとカタナは二人して微妙な笑みを浮かべていた。

相変わらずこういうところは鈍感で朴念仁な二人だ。

 

 

 

「さて、お前たち! 準備はできているのか?」

 

 

 

管制室から千冬姉の声が響く。

セシリアはとっくにアリーナの中央上空にて待機しており、あとは俺とキリトさんのどっちが先に相手するかだが……。

 

 

 

「どうしますキリトさん? 先に行きますか?」

 

「うーんそうだなぁ……。じゃあ俺が先に行こうかな」

 

「了解です。ちなみに、一刀で行くんでしょ?」

 

「あぁ、手札は隠しておきたいからな。…そんじゃ、いっちょ派手に行くか!!」

 

 

 

気合を入れ直して、和人は右手につけられた月光の待機状態のブレスレットに意識を持っていく。

 

 

 

「行くぞ! 月光!」

 

 

 

全身を光が覆い、黒い鎧を纏った和人が姿を現す。ここにまた黒の剣士 キリトが降臨した。

 

 

 

「それじゃあ行ってくる!」

 

「気を付けてね、キリトくん…」

 

「あぁ、大丈夫だよ。いつもみたいにひと暴れして帰ってくるさ」

 

 

 

勢いよく射出される月光。今大空に黒い羽を生やした黒い剣士が飛びたった。

 

 

 

「まずはあなたですか……。まぁこの勝負は初めから見えていますわ。

貴方は何もできずにわたくしに完膚なきまでに敗北する……ただそれだけですわ」

 

「そうか? 勝負ってのは、やってみなきゃわからないもんだぜ?

それに、いつ俺が何もできない、弱いって言ったよ。悪いが、俺は手加減なんてできないぜ」

 

「ッ! 望むところですわ!!」

 

 

 

カウントが始まり、互いに自分の得物を抜く。

セシリアはスターライトを構え、和人は黒い剣 エリュシデータを抜剣する。

 

 

 

「ふんっ、遠距離射撃型のわたくしに近距離格闘型で挑もうなんて滑稽ですわね」

 

「ならその滑稽の技……その身に味あわせてやるよ!」

 

 

 

3……2……1……Battel Start!!

 

 

 

「お別れですわね!!」

 

 

開始直後からの先制攻撃。スターライトから放たれたレーザーはまっすぐ和人へと吸い込まれて行くかに思われたが…

 

 

「よっ!」

 

「なっ!?」

 

「危ねぇ〜。やっぱりレーザーは速いな」

 

 

 

まるで、初めから先制攻撃を仕掛けて来るのをわかっているような動きで、放ったレーザーを躱した和人にセシリアは驚愕の色を浮かべる。

 

 

 

「ま、まま、マグレですわ!! もうそんな奇跡は起きませんことよ!!」

 

 

そうだ。マグレに決まっている。

セシリアの考えでは、そう思うしかできなかった。熟練のIS操縦者でさえ、速すぎるレーザーを見て躱すのは困難だ。それを目の前の少年は避けた。そんな事はあり得ない。セシリアは自分に言い聞かせるように頭の中でつぶやく。

が、同時にもし彼が今のを見て避けていたなら……という考えが頭をよぎる。

 

 

 

「どうした? さっきから動きが鈍ってるぜ!!」

 

「はッ!?」

 

 

 

すぐ近くで和人の声が聞こえる。

今まで自分の世界で考え込んでいたセシリアは、ふと視線を目の前に向ける。そこには右手に持った黒い剣を振り上げ、こちらを見下ろしている和人の姿があった。

 

 

「なッ! いつの間に!?」

 

「せぇぇやあぁぁぁ!!!!」

 

 

突如、黒い剣が黄色い光を纏って振り下ろされる。

無駄のない動き、容赦の無い剣閃がセシリアを斬り裂く。

垂直四連撃片手剣スキル〈バーチカル・スクエア〉。黄色いライトエフェクトが煌き、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削る。

 

 

「きゃあぁぁぁぁッ!!!!!」

 

「まだまだ!!」

 

「くっ!!」

 

 

 

斬り落とされるセシリア。それを追う和人。和人は再びソードスキルの発動モーションに入ろうと来ていたが……。

 

 

 

「もう一切の躊躇も油断もしませんわ! 全力を以て、貴方を落とします!!」

 

 

 

セシリアの宣言と同時に、ブルー・ティアーズから四つの小さいパーツがパージされ、それぞれがまるで意思があるかの様に動き回る。

 

 

 

「んッ!?」

 

「お行きなさい! ビット!!」

 

 

四方に散った四つのパーツから、スターライトと同じ蒼いレーザーが放たれる。今度は一直線だけではなく、多方向からの集中攻撃だ。

それに伴い、徐々に被弾の数が増えていく。

 

 

 

「くっ!! こいつは厄介だな……」

 

 

 

流石の和人も死角などからの全方位攻撃には、対応が狭められてくる。ましてや和人が持っている武器はエリュシデータ一本のみ。

 

 

 

「さあ、踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でるワルツで!!!!」

 

 

 

先ほどよりもビットの動きが早くなり、徹底的に和人を狙う。だか、和人はというと、慌てるどころかさらに冷静になり、ジッとビットを観察している。

 

 

 

「…………やってみる価値はあるか…」

 

 

 

 

ジッとビットの軌道、レーザーの射出タイミング、そして、セシリアの動き……。それらを観察した上で、和人ある結論に達した。

そして、セシリアは決めるべきチャンスと思ったのか、ビットを戻し、スターライトの銃口を和人に向ける。

 

 

 

「左脚、いただきますわ!!!!」

 

 

 

スターライトのトリガーを引き、放たれたレーザーの弾丸は、和人の左脚めがけて真っ直ぐ伸びる。確実なクリティカルヒットを与えたと思えたが……。

 

 

 

「はああッ!」

 

 

 

セシリアの放ったレーザーが、和人の前で四散してしまった。そうさせた正体は和人の持っているエリュシデータ。

黄色いライトエフェクトが、まだ剣を覆っていることから

、導き出される答えは一つ……。和人がレーザーを斬ったのだ。

 

「へぇッ!?」

 

「う〜ん…うまくいったな」

 

「れ、レーザーを……き、斬ったぁッ!?」

 

「ふぅー、やってみるもんだな。まさか、本当に成功するとは思わなかったけど…」

 

 

 

セシリアの顔は驚きで満ち溢れていた。それもそのはずだ。本来レーザーは目では捉えきれない光。それをハイパーセンサーなどが補足し、初めて目に見えるものだ。

それを躱すならともかく、斬ったのだ。たった一本の剣で。

 

 

 

「あ、ああ、貴方! 本当に人間ですの!? ありえませんわ!」

 

「失礼だな……。こんなの誰でもできるだろう?」

 

「できませんわよ!!」

 

 

 

いちいち反応するのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。

この少年は普通ではない。セシリアはすぐさまそう結論づけた。それもそうだ、今までレーザーを斬った人間を見たことが無いからだ。

ISの世界大会 モンド・グロッソでも飛んでくるレーザーを躱した者ならいそうだが、斬った者はいない。と言うより聞いた事がない。もし出来るとしても、ブリュンヒルデの称号を持つ千冬ぐらいだろう。

 

 

 

 

〜カタパルトデッキ〜

 

 

 

「な、なな……」

 

 

 

和人のやってのけた芸当に箒は驚きを隠せない。

口を大きく開けたまま絶句し、体を震わせていた。

 

 

 

「一体、何者なんだあいつは!!?」

 

「「「うーん……何者と言われると……普通の男子高校生???」」」

 

「あんなことをする奴が普通なわけあるかッ!!!」

 

「「「ですよね〜〜〜」」」

 

 

 

まぁ、当然と言うかなんと言うか……。

しかし、明日奈達からすれば何度となく見ている光景なので、今更驚かないのだが……。

 

 

 

「今のは何だったんだ……」

 

「え? あぁ、あれは片手剣スキルの技で、『スラント』って名前なんだけどな」

 

「そうじゃない! 一体何をすればあんなことできるんだと聞いているんだ!!」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 

 

箒の質問に素直に答えたつもりだった一夏だが、少しズレていたようだ。

 

 

 

「まぁ、原理としては、飛んでくるレーザーの軌道を読んで、それに合わせてソードスキルを発動させた……ってところじゃないか?」

 

「な、なんて奴だ……あんな速いものに反応したというのか!?」

 

「まぁ、キリトさんって武器破壊もやってのけてたしなぁ〜。システム外スキルって言って…」

 

 

 

もはや聞いてておかしくなりそうだった。

今までの常識を覆す和人も、それを平然と話す一夏達も。

SAO生還者の中でも、この四人はあまりにもズバ抜けている。あの世界がどんなものだったのか、箒にはわからないが、同じ剣の道を志す者として感じ取ってしまう。

 

 

 

 

 

〜アリーナ上空〜

 

 

 

 

「くうッ! この、落ちなさい!!」

 

「その攻撃は見切った!」

 

 

 

ビットを自身の周りに集めさせ、一点集中で和人を攻撃するセシリア。しかし、それすらも持ち前の反応速度の速さを活かした和人の動きで全部躱される。

 

 

 

「ここだァッ!」

 

「なッ!?」

 

 

 

レーザーの雨を躱しながら、和人がスキルの発動モーションに入る。

エリュシデータが真紅に染まり、ロケットブースターの如くセシリアに向かって一直線に突撃する。

片手剣スキル〈ヴォーパル・ストライク〉

 

 

 

「てぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「イ、インターセプーーー」

 

 

 

セシリアはとっさにブルー・ティアーズの副武装のナイフ型装備、インターセプターを呼び出そうとしたが、時既に遅し。

真紅に染まったエリュシデータがセシリアの懐を深く穿ち、絶対防御を発動させる。

 

 

 

「ううッ……ぅぅあッあああッ!」

 

「くぅッ! はああぁぁぁぁッ!」

 

 

 

 

突き刺さる剣の衝撃に苦悶の表情を浮かべるセシリア。そして、トドメを決めるべくさらにセシリアへ剣を穿つ和人。そして……。

ガシャアァァァン!!!!っとガラスが割れた様な音が鳴り響き、ブルー・ティアーズのシールドエネルギー残量がゼロになった。

 

 

 

 

【試合終了 勝者 桐ヶ谷 和人】

 

 

 

 

場内アナウンスがこの試合の勝者を宣言する。

たちまち会場は大歓声と拍手の渦に巻き込まれる。

 

 

 

「すごい!! あのセシリアさんに勝っちゃった!」

 

「桐ヶ谷くんかっこいい!!」

 

「あの光る剣、凄かったぁ!!!!」

 

 

 

見事な剣技を見せた和人に一組の生徒達は熱狂した。

そして、それを見ていた一夏達も……。

 

 

 

 

「やっぱりキリトさんが勝ったか…」

 

「まぁ、それくらいはやってのけるのがあいつよね」

 

「うん、キリトくんなら大丈夫だって信じてた」

 

「………ゲームの技とはいえ、それでも国家の代表候補生を倒したのは、認めるべきですよね……」

 

 

 

ゲームの技とはいえ、その剣技の一つ一つは洗練されたものだった。同じ剣を振るう者として、そして武を志す者として箒は和人を見ていた。

 

 

 

「さて、次は俺か」

 

「チナツ、抜刀術は使うの?」

 

「ん? あぁ、片手剣スキルよりも抜刀術の方がもう慣れたからな。それに、あいつももう油断はしてこないだろう……なら、全力で相手しなきゃ、失礼だしな」

 

「そうね…。まぁ、チナツなら大丈夫でしょ」

 

 

 

 

 

〜アリーナ上空〜

 

 

 

 

「そ、そんな……わたくしが……負けた……?」

 

 

アリーナの場内アナウンスが勝者を告げたその瞬間、セシリアは呆然とその場に漂っている事しかできなかった…。

たった数日前にISに触れ、急ごしらえの専用機を与えられ、最新システムを導入したカスタム機とは言え、負ける事は無いと思っていた。

だが、実際は自分の完敗。相手の少年はレーザーを斬るといった離れ技を使ってくるし、幾つものレーザーの雨を反応力だけで躱す始末だ……。

セシリアの中で、何かが崩れ始めていた。それがなんなのかはわからない。でも、自分の知らない何かがある……ただ、それだけが頭の片隅にあった。

 

 

 

 

「よっ、お疲れ! いい勝負だったな」

 

「へっ? え、えぇ……」

 

「俺はこれで戻るけど、大丈夫か? さっきからラグってたけど…」

 

「だ、大丈夫ですわ! で、ではお先に失礼致しますッ!」

 

 

 

 

そう言って、セシリアは自分のピットに戻っていき、それを見届けた和人も一夏達が待つピットへと戻った。

 

 

 

 

「お疲れ様です。キリトさん」

 

「おう。いやぁ〜楽しかった♪」

 

「もう、見てるこっちはヒヤヒヤしてたんだから…ッ!」

 

「あはは……ごめん」

 

「でも、流石は黒の剣士。腕は鈍ってないみたいね」

 

 

 

 

ピット内へと入り、月光を解除し地面に降りたつ。そこへ一夏に刀奈、明日奈が集まってくる。和人を賞賛する刀奈と一夏、心配していた事を話し、和人に軽いお説教をする明日奈。なんだかんだで平和で幸せな時間だ。

 

 

 

 

「次はチナツか。絶対勝って来いよ」

 

「えぇ、もちろん。……それに、あいつに証明してやりたいですし」

 

「証明?」

 

 

 

 

一夏の言葉に反応し、刀奈が一夏に尋ねる。

 

 

 

 

「確かに、たかがゲームの技だけどさ、俺たちの意志や誇りは本物なんだ……分かってくれとは言わないけど、それでもさ……」

 

「「…あ……」」

 

「やっぱ、そう言うのは俺よりもお前の方が適任みたいだな……頼んだぞ、チナツ!」

 

「えぇ、もちろん!」

 

 

 

 

想いを伝えたい。一夏の意志に明日奈と刀奈がホッとする。昔から一夏はこういう所に敏感と言うか、ほっとけない所があった。故に、チナツの戦い方はキリトやアスナ、そしてカタナも好意を持てる。

ただ力や技術だけで圧倒するのではなく、その人物の本音や本質に優しく触れる様な……そんな戦い方が。

そして、それを聞いていた千冬も笑みを浮かべ一夏を見下ろす。

 

 

「ふっ……」

 

「良かったですね織斑先生。一夏くんはとってもいい子です!」

 

「んっ。なんでそこで笑ってるんですか? 山田先生」

 

「いえ、なんでも♪ ウフフっ♪」

 

「はぁー。まぁいいです。織斑、オルコットはまだ整備と補給が終わっていない。後数分は待っていろ」

 

「了解です!」

 

 

 

 

 

 

 

〜Cecilia Side〜

 

 

 

 

(負けた……わたくしが……)

 

 

 

ブルー・ティアーズのエネルギー補給が終わるまでの間、先の試合でかいた汗を流すため、セシリアはシャワー室に入っていた。

そして、再び振り返る。自信満々で挑んだ先の決闘。しかし、勝ったのは相手の男。自分が負ける可能性なんて夢にも思わなかった。イギリスで、それほどの腕を磨き、勝ち続け、代表候補生という地位にまで登った。なのに……。

 

 

 

(わたくしが……嘘ですわ…ッ! こんなの……)

 

 

 

流れるシャワーと共に、セシリアの瞳から涙が溢れた。悔しくて、自分が情けなくて……。

とても人には見せられない姿だ。両親が死んで、会社を自分で立て直し、死に物狂いで頑張って来た。

最後に泣いたのは……いつだっただろうか……。

 

 

 

(次こそは勝ちませんと……。何も誇れない……お母様になんて言えばよいのか……)

 

 

 

自慢であり、目標だった母親に情けない姿は見せたくない。それがセシリアの誇りであり、信念。

 

 

 

「次こそは……絶対に勝ちますわ…ッ!!!」

 

 

 

静かな闘志の炎を燃やし、戦いに挑むセシリアであった。

 

 

 

 




そう言えば、ISのワールドパージ編見ました!

みんなエロエロでしたね^o^
早くISの10巻が出ないかなぁと思う今日この頃……。


次回は知っての通り、一夏の戦闘です。
頑張って更新しますね^o^



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第6話 白の絶刀技


久しぶりの更新。

文章とかが変になってないか、心配です。


第二試合。一夏 VS セシリアの試合が始まろうとしていた。

先ほどのキリトの人外スキル。飛んでくるレーザーを斬ると言う驚愕の光景を目にしたセシリア。すでにシールドエネルギーの充填は終わり、アリーナの上空で待機している。

さっきと違い、その目に油断や情けと言ったものは感じられない。

そして、それを迎える一夏は、SAO時代の愛刀、雪華楼を腰にさし、ゆっくりアリーナ上空へと向かう。

 

 

 

「よお、機体は大丈夫なのか?」

 

「あなたに心配されなくても、準備は整っていましてよ。ですから、この試合は……わたくしがなんとしても勝たせていただきますわ!!!!」

 

 

 

一夏に向けて、ただならぬ敵意を剥き出しにするセシリア。

一夏は和人と同じゲームで二年間の時間を費やしてしまった人物。しかし、そのゲーマーである和人にセシリアは敗れた。

なので油断は出来ない。代表候補としての、IS乗りとしての勘がそう告げていた。

 

 

 

(この男も近接格闘型の機体ですか……。さっきの試合は油断していましたが、今度は最初から本気ですわ。開始直後に先制、そして、ビットでの包囲、集中砲火……完璧ですわ!)

 

 

 

この試合のビションを既に描き、自分の勝利のイメージが完成しているセシリア。揺るぎない自信と確信が、カタパルトデッキで観戦していた刀奈たちにも伝わってきた。

 

 

 

 

「一夏は、大丈夫でしょうか?」

 

「うーん、心配ないんじゃない?」

 

 

 

心配そうに空中ディスプレイを眺める箒の言葉に、刀奈は軽く答える。刀奈だけでなく、和人も明日奈も、特に心配している様子はなかった。

 

 

 

「しかし、桐ヶ谷がすごいのもわかったし、一夏がそれと同等の力を振るえる事もわかりましたが、向こうだって何か対策を練っているでしょう……。

確かに、一夏や桐ヶ谷が使うソードスキル・システムは驚異的ではありますが……」

 

「スキルの使用後、一定時間の硬直がある事?」

 

「えっ?」

 

 

 

刀奈の言葉に箒が驚く。自分の答えを見透かされていた様だ。

そう、箒も気づいたように、一夏たちの機体はナーヴギアに内蔵されていたローカルメモリーを搭載した事によって、SAO時代のステータスやスキル熟練度などが事細かに再現されている。

それ故に、片手剣スキルやレイピアスキル、槍スキルも忠実に再現できているのだが、それは同時にSAOの時と同様、スキル硬直がある。

どんなソードスキルにでも、この硬直はついており、それはアスナのレイピアスキルはもちろん、キリトの二刀流スキル、チナツの抜刀術スキルも、カタナの二槍流スキルも例外なく存在する。

この場にいた箒もなんとなくだが、ソードスキルを使ったあとの和人の動きが少し止まった様に見えたので、もしかしたらと思ったのだが、それをあの試合中に真近で見ていたセシリアが見逃すはずが無い。

 

 

 

「わかっているなら、なおさら一夏の不利では?」

 

「大丈夫よ。まぁ、試合を見ているとわかると思うけど、動けなくなった所を狙われる心配はないわ……」

 

「そ、それはどういうーーー」

 

「あっ! カタナちゃん、箒ちゃん! 始まるよ」

 

 

 

すっかり話し込んでいた箒と刀奈だったが、明日奈の声に反応し、再び空中ディスプレイに映し出された一夏とセシリアを見る。

両者共に構えを取り、臨戦態勢に入っていた。

 

 

 

 

 

〜アリーナ上空〜

 

 

 

(勝ちますわ。絶対に、完膚無きまでに! そうでないと、わたくしは……ッ)

 

「………………」

 

 

 

カウントダウンが始まり、互いの集中力が高まる。スターライトの銃口を真っ直ぐ一夏に向けるセシリア。純白の鞘を左手で握り、鯉口を切る一夏。

スナイパーとサムライの勝負が今始まろうとしていた。

 

 

 

5……4……3……

 

 

 

スターライトの安全装置を解除し、狙いを定め、一方は右手を純白の柄のところへと持っていき、静かに狙いを定める。

 

 

 

2……1……Battel Start!!!!

 

 

 

「もらいましてよ!!」

 

 

 

開始直後の先制。完全に意表を突いた形だった……が、セシリアの視線の先に一夏の姿はなかった。

 

 

 

「へっ?」

 

「銃口を初めから向けてたら、どこを狙うのかバレバレだぜッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

姿の消えた一夏を探すべく、あたりを見回していたら、突然自分の目の前に姿を現した白い機体。低い姿勢から、こちらを射貫くような視線が、しっかりとセシリアを捉えていた。

 

 

 

「い、いつの間にーーー」

 

「はああッ!!!」

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

抜刀一閃。鞘から放たれた剣閃は、横一文字にセシリアの胴を斬った。完全に意表を突かれたのは、セシリア自身であった。

 

 

 

「くうッ!」

 

「まだまだッ!」

 

 

後退する為に、地上へと降下していくセシリアを追う一夏。その刀、雪華楼が真紅のライトエフェクトを纏い、追撃する。

 

 

「龍槌ーー」

 

「インターセプター!!!!」

 

 

 

先ほどの和人との試合で、もうソードスキルを見ているセシリア。今度は最初からインターセプターを展開し、一夏を迎え撃つが、元々近接格闘が苦手なセシリアだ。インターセプターで一夏の攻撃を防ごうとするも、多少のダメージを受けてしまう。

 

 

(くっ!! なんて重い攻撃ですの!? ………ですが、これは好機ですわ!)

 

 

スキルの使用後、その使用者は一定時間の硬直が起こる…これがソードスキルの弱点だ。それは先ほどの試合をしていたセシリア自身も理解している。だからこそ、この瞬間は、絶好のカウンターチャンスなのだ。

それに合わせるかのように、雪華楼から紅いライトエフェクトが消え、元の純白の刀身に戻る。

 

 

「ふふっ、かかりましたわね……終わりですわ!!!!」

 

 

 

隙が出来た一夏にセシリアの銃口が向く。絶対絶命の光景に誰もが焦ったが、その例に入らない生徒が三人。カタパルトデッキで試合の様子を見ていた和人と明日奈と刀奈だった。

そして、それを裏付けるかのように、純白の刀身に再び緑色のライトエフェクトが灯された。

 

 

 

「へっ?」

 

「ーー翔閃!!!!」

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

下段からの切り上げ。切り上げと同時に、切先に当てられた拳の打撃も加わり、更にダメージを与える。

 

 

 

 

〜カタパルトデッキ〜

 

 

 

「いまの……硬直がありました……?」

 

 

箒は唖然としていた。それもそうだ、完全に隙を作ったと思ったからだ。だが、一夏の剣戟は留まらず、セシリアを下段から切り上げた。

そんな箒に刀奈が答える。

 

 

「ええ、確かに硬直は存在するわよ? でも、その時間が “極端に短い”のよ……チナツの抜刀術は……」

 

「 “極端に短い” ですか……?」

 

「そう、SAOではどんなソードスキルも硬直は存在するって言ったでしょう? それはチナツの抜刀術スキルも例外なくとも言った……でも、抜刀術……と言うより、あのドラグーンアーツだけは、硬直の時間がほとんどないも等しいのよ」

 

「そ、そんな事があっていいんですか?! それではフェアではないでしょう?」

 

 

 

箒の言うとおり、確かにそれではフェアとは言えない。あのゲームを作った茅場 晶彦がどういう人物だったのか、箒は知らないが、それでも、以前少しだけ一夏たちの話を聞いていた限りでは、そんなハンデをつける様なやり方をする様な人には思えなかった。

では、何故その様なスキル、その様な剣技を作ったのか……。

 

 

「まぁ、確かにあの剣技は驚異的なものよね……ほとんど硬直がないし、それによる反撃も受けないでしょうけど、それでも短所はあるのよ?」

 

「短所?」

 

「うん。確かに続けざまに剣技を放つ事は出来ても、それをいかに効率よく、相手の隙を突いて放てなければ意味がないし、そもそもドラグーンアーツの与えるダメージ量は通常のスキルのダメージ量よりも少ないの」

 

「ダメージ量が少ない?」

 

 

 

そう、ドラグーンアーツの特徴は、タイムラグがほとんどない事に対し、ダメージ量が通常のスキルよりも多少少ないのだ。一撃で沈めれる敵を二撃、三撃で倒さなくてはならないのだ。そして、どんなに攻撃を続けられてもモンスターや相手プレイヤーの反撃を喰らっては、剣撃を繋げる事は出来ない。故に相手を倒せない事に繋がってしまう。

 

 

 

「では、一夏は……」

 

「そう、元々チナツの戦い方は、キリトのような一撃一撃が重い重攻撃型じゃなく、敏捷力を活かした高速剣撃型なの……。そして、あのアーツを使いこなすには、判断力の速さや敵の動きを読む速さ、身のこなし、敏捷力……それらがうまい具合に噛み合わないと出来ないと思うわ……」

 

「……ぁ……」

 

 

 

刀奈の説明に自然と惚けてしまう箒。自分の知らないところで、一夏の剣術はそこまで進化していたのだ……。どこと無く置いてけぼりを食らった気分だ。たかがゲーム。だが、その剣技は一言で言うなら、純粋に美しいと思えた。

 

 

 

 

 

〜アリーナ〜

 

 

 

(そんなッ! 隙がない上にこの攻撃の速さをどう凌げばいいと言うんですの!?)

 

 

 

セシリアの頭はパニック状態だった。それもそうだ、唯一自分の勝機だと思っていたものを覆されたのだ、パニックになるのも当然だろう。だがそれでも、態勢を立て直し、反撃に移る。ライフルの単発攻撃がダメなら、ビットの多方向攻撃で包囲し、進路と退路を塞いでしまえばいい。

 

 

 

「これで……落ちなさいッ!!!」

 

 

 

四基のビットが射出され、一夏を包囲していく。一夏もそれをなんとか躱すが、それでも苦戦を強いられている。

 

 

 

「チィッ、キリトさんはこれを凌いだのかよ!? 厄介だな……。ならばッ!」

 

 

 

一夏は何を思ったのか、雪華楼を鞘に納めると、低い姿勢で構える。そして……

 

 

 

「せいやァッ!!!」

 

 

 

鞘から放たれた雪華楼……の斬撃が、一夏の目の前を飛んでいた二基のビットを斬り裂き、爆散させた。

 

 

 

「はあぁッ!!?」

 

 

 

あまりの出来事に、セシリアも素っ頓狂な声をあげてしまった。雪華楼で直接斬るならわかる。普通出来ないが、斬るならわかる……だが、今のは少し離れたところから、抜刀した……つまり斬撃を飛ばしてビットを落としたのだ。

 

 

 

「ふぅー。なんとかうまくいったな……。まさか、ISでもこいつが出来るとは思わなかったよ」

 

「な、なな…なんなんですの!? 貴方方は!!」

 

「何がだよ? なんでそんなに驚いてんだ?」

 

「はあぁッ!? なんで驚いてるか? そんなの、ソニックウェーブを起こした事に決まってるでしょうッ!? 貴方方は本当に人間ですの?! あり得ませんわッ!!」

 

「失礼だな……あんなの誰でも出来るだろ?」

 

「出来ませんわよ!!」

 

「出来るって! 気合いでなんとか!」

 

 

 

最早声も出なかった。そんな事を言う人間が本当に居たとは……。もう何も言いたくないと本気で思ったセシリアであった。

 

 

 

 

〜カタパルトデッキ〜

 

 

 

「……なんだ…この光景……さっきと全く同じなんだが……?」

 

「「……うん……そうだね……」」

 

 

箒も半ば唖然としていた。桐ヶ谷もそうだが、まさか一夏まであんな人外スキルを持っていようとは……露ほどにも思っていなかったからだ。

それを再び苦笑いで答える明日奈と刀奈。和人は横で「ん?」っと首を捻っている。

 

 

「大体、あんなのを本当にゲームの中でもやっていたんですか?」

 

「あぁ、それは俺が保障するぜ」

 

 

そう言って、近づいてくる和人。まず保障されても困るのだが……。

 

 

「前に一度、植物型モンスターが出現するトラップに引っかかっちまってな……。見た目は樹木の化け物だったんだが、そいつが厄介でな……」

 

 

淡々と話す和人。それは今から一年と少し前、まだSAOがデスゲームとして公式サービスを始めて間もない頃、二人でパーティーを組んでいたチナツとキリトはキリトの案内や知識を活かし、どんどんレベルを上げて行った。

そんな中、運悪くトラップに引っかかってしまったのだ。

 

 

「それからどうしたの?」

 

「あんたたちが厄介って言うぐらいだし……」

 

 

実際に、今ここにいるのだから二人は無事、そのトラップを掻い潜ったのだろうが、それでも心配になった明日奈と刀奈が聞いてくる。

 

 

「あぁ、そいつがな、自分の分裂体を作り出すやつでな……本体を倒さないと子分たちがわらわら出てくるって感じで……俺とチナツもそれに苦戦してたんだ…」

 

「うわぁ〜……確かに厳しいね」

 

「じゃあ、もしかして……それを打破したのって……」

 

「あぁ、チナツだ。あいつがいきなり「ちょっとやってみます!」って言ってな、鞘に納めた刀を抜いて、斬撃を飛ばしたんだよ。そのままその斬撃が、奥の本体を斬り倒して、それからは二人で分裂体を倒していったんだ……いや〜あれは俺にも出来ないわ」

 

「「「……………………」」」

 

 

和人の話を聞いても納得いかない。三人はしばらく黙ったままだった。

そして、その話題は管制室で見ていた千冬と山田先生も……。

 

 

 

「お、織斑君……本当に人間ですか?」

 

「私の弟ですよ? あれくらいは出来るでしょう?」

 

「いや、あの……普通は出来ないんですよ? 織斑先生……」

 

「しかし、あいつもこの技を使えていたとはな……。一度、そのSAOの時のあいつと一戦交えてみたいものだな……ッ!」

 

「えっ?! お、織斑先生も…アレ、出来るんですか?」

 

「ん? 第一回モンド・グロッソの時の決勝で戦った相手にな……あいつは結城と同じイタリアのテンペスタに乗っていてなぁ……すばしっこかったから面倒になってな。ついやってしまった」

 

「はあー……。もういいです……。本当、織斑先生って織斑君にそっくりですね……」

 

弟が弟なら、姉も姉か……。そう言いたそうに溜息をつく山田先生だった。

 

 

 

 

 

(くっ‼ このままでは……)

 

 

 

近接格闘武装しかない白式にあれほどの裏技があって、セシリアも内心穏やかではない。

一人はレーザーを斬り、一人はソニックウェーブを起こし、ビットを斬った……とても “普通の男性” と呼ぶには相応しくない。これが、ゲームで得た技量……ゲームで得た戦い方なのだ……。

だが、そんなの認めたくない……認められない。自分と違い、二年も費やし人生を無駄にしたこの二人……いや、四人には、絶対に負けたくない……セシリアの心にあったのは絶対に譲れないプライドだった。

 

 

 

「認めませんわッ! 絶対に! ゲームの技などでッ!」

 

「………オルコット。お前は一体何を焦っているんだ?」

 

「えっ?」

 

 

 

突然の問いかけに、セシリアは拍子抜けた。しかも、自分が焦っていると……。

 

 

 

「な、なにをーー」

 

「さっきの試合でも思っていた……最初は的確に、正確に相手を射るほどの精密射撃が出来るのに、何故今はそれが出来ない? 俺は射撃なんて出来ないし、分からないが、これだけなら分かるぜ……お前は、一体何に焦っているんだ?」

 

 

焦る? 一体何を言っているのか……セシリアには分からなかった。確かに、自分の予想に反し、この男と先ほどの黒ずくめの男は中々に善戦し、自分を苦しめている。とても数日前に機体を動かしたばかりの人物の動きではない……だかそれでも、技術や知識、経験の差では、自分の方が断然上だ。だから焦る必要もない。このくらいで動じていては、代表候補生は務まらないからだ。だが……。

 

 

(なんなんですの……この男。私は一体何を……)

 

「お前が俺たちの事をどう言おうが構わない……。認めたくないのも分かった……けどな、それ以上に、あの世界で一生懸命頑張って生きてきた人達をバカにするのは許せないんだ!! お前に譲れないプライドがある様に、俺たちにも誇りがあるんだ!」

 

「ッ!?」

 

 

まっすぐ自分を見る一夏の目は、とても強く、雄雄しくかっこよかった。自分の知らない男の人の目。そして、その戦い方から分かる修羅場を潜り抜けてきた者の纏う気迫。

 

 

 

「そ、それでも……わたくしは……ッ!」

 

 

残り二基のビットを操り、なんとしても一夏に当てようとするセシリア。しかし、先ほどと違い精密度が落ちた攻撃だ。一夏はそれを難なく躱す。

 

 

「飛燕ッ!!!」

 

 

抜刀し、素早い三連撃が閃く。残り二基のビットも今の攻撃で細切れにされ、爆散した。

 

 

「あ、ああ………」

 

 

自分の得意分野で敵が倒せなかったから、だけじゃなかった。自分の技量では、到底倒せない領域にいるこの人物との違いに呆然としてしまう。

脳内でどれほどシミュレーションをしても、この男に勝てるビジョンが浮かんでこない。

 

 

 

「さて、そろそろ決着をつけようか……」

 

「くっ!」

 

 

 

一夏が刀を納め、構える。得意の抜刀術だ。対してセシリアは、右手にスターライト、左手にインターセプターを持ち構える。

だが、この局面はセシリアの不利だ。スナイパーライフルは超遠距離からの狙撃が真骨頂な武器だ。対して、今の局面は数十メートル離れているとは言え、一夏に分がある。ましてや先ほどの斬撃を飛ばすという離れ技もある。

 

 

 

「どんなに無様な勝利でも、勝てば同じ……ッ! この一撃に全てを賭けますわ」

 

「分かった……。なら俺も、全力を以て答える……」

 

 

 

静寂の中、一歩も動かない二人。それが数分なのか、数秒なのか、あるいは一瞬なのか、どの言葉が合うのかわからない時間を二人は感じていた。

そして、その時間を破ったのは……セシリアだった。

 

 

 

「はあぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

片手でスターライトを操り、一夏を射る。だが、その射撃にもう正確も精密も無かった。言ってしまえば、乱れ撃ちだ。特に狙ってる訳でもなく、当てようとはしているみたいだが、そんな攻撃が一夏に届く筈もなく、一夏は抜刀術の構えのまま、まっすぐに突っ込んでくる。

 

 

「おおぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 

やがて、一夏の間合いにセシリアを捉える。あと一撃を入れれば、一夏の勝ち。

 

 

「させませんわッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 

間合いに入った瞬間、セシリアは射撃をやめ、左手に持っていたインターセプターで一夏を突いてきた。しかも、即、右手のスターライトはエネルギー充填に入っており、おそらくインターセプターで一夏のバランスを崩したあと、高エネルギーのスターライトによるゼロ距離射撃でとどめを刺そうとしているのだ。

 

 

 

(もらいましたわ!! これでわたくしの勝ちーー)

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

突然の怒号。見ると、一夏の雪華楼が鞘の中で激しく光り輝き、溢れんばかりの黄色いライトエフェクトがほとばしる。

 

 

 

「抜刀術スキル、三の型! 〈閃光斬〉!!」

 

 

 

 

 

剣閃が閃き、パリィッ!! っと言う金属が砕ける音が鳴り、左手を見る。そこには、柄の部分しか残されていないインターセプターがあった。

 

 

「……えっ?!」

 

 

宙に舞うインターセプターの破片が日の光に当たり、光を反射していた。そして、さらに上段から降りてくる黄色い剣閃。〈閃光斬〉の二撃目。その刃が今度はセシリアの体とスターライトを両断し、シールドエネルギーが一気に消耗してしまった。

 

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

地面に落ち、仰向けに倒れたセシリア。そして、再び空を……自分を負かした相手を見る。純白の刀を振り、鞘に納めるその姿は……正にサムライだった。

 

 

 

 

【試合終了 勝者 織斑 一夏】

 

 

 

 

アナウンスが、この試合の勝者を言い渡し、第二試合もまたセシリアの負け、一夏の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 






感想待ってまーす( ̄O ̄;)


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第7話 和解


久しぶりの更新!

仕事が忙しくて中々更新出来ませんでした…( ̄O ̄;)

今回はバトルはありません。


【試合終了 勝者 織斑 一夏】

 

 

 

 

決闘が終わり、地面に仰向けで倒れていたセシリア。彼女の眼は、ジッと一夏を眺めていた。

何を言うわけでもなく、ただジッと空を飛ぶ白いサムライを目で追っている。体を起こそうにも力が入らず、何も考えてられないでいた。

この二試合、一人目の男子。桐ヶ谷 和人はとても力強く、それでいて巧みな剣技を持ち合わせた人物であった。

そして、最後に今自分を敗った男子。織斑 一夏。彼の剣は、和人の剣技とは打って変わって、素早く、その剣技の中には、洗練された何かがあった。

二人とも相当な実力者だった。自分を、国家代表候補生を敗ったのだから……。その実力は代表候補生クラス、いや国家代表クラスに匹敵してもいいと思う位であった。

 

 

 

「負けた……わたくしが…………うぅッ」

 

 

 

油断も手加減を一切無しでぶつかった。だが、負けてしまった。代表候補生の自分が、数日前にISを動かしたばかりの人達に、そして、ゲームに囚われ、二年間の時間を犠牲にするほかなかった人達に。完膚無きまでに。

その眼からは悔し涙が溢れて止まなかった。負けた事が悔しくて、自分の驕りが許せなくて……。

涙で滲んだ目の前に映る光景。上空から自分を倒した男子が地上に降り立った。

 

 

 

「…………大丈夫か? オルコット」

 

 

 

顔を覗き込む一夏の顔は、心配そうな顔だった。先ほどまでの強い意志や覚悟、はたまた信念が宿っているかの様な真っ直ぐな眼ではなかった……が、それでも何故か目を離す事ができなかった。

 

 

 

「大丈夫ですわ……これ位。……わたくしの負けですわね……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

 

差し伸べられた一夏の手を握り、体を起こすセシリア。そして、ハッキリと自分の負けを認める。その瞬間、さらに涙は溢れ、彼女の頬を伝って、地面に流れる。

 

 

 

「……グスッ……ぁぁ、申し訳ありません……みっともないところを……」

 

「いや、気にしていないさ……それだけ、お前も本気でぶつかって来てくれたんだろ? なら、その涙はみっともなくはないと思うぞ」

 

「そんな事ありませんわ……。わたくしは、あなた方を罵倒した上に、この様な醜態を晒してしまいました……結城さんが言われた通り、わたくしは国家の代表でもある立場。そんなわたくしが、日本の国民を、あなた方SAOサバイバーの皆さんを否定し蔑んだ事、そして、無様に負けってしまった事……これをイギリス政府は黙ってはいませんわ……」

 

 

 

 

確かに、イギリスの代表候補生であるセシリアは、いわばイギリスの顔でもある。そんなセシリアが日本を侮辱し、さらにSAO事件の被害者たちの事も否定した。その上、一夏との勝負にも負けてしまった。この落とし前をイギリス政府は取らざるを得ないだろう。

 

 

 

「正式にイギリス政府に訴え出て頂いて構いませんわ……。わたくしは、それだけの事をあなたに、いいえあなた方にしてしまったのですから……」

 

 

そう言って、セシリアは一夏に改まって向き直ると、涙を拭き、深々と頭を下げた。

 

 

「数々の非礼、誠に申し訳ありませんでしたわ。貴族に、イギリス代表にあるまじき行為。許して下さいとは言いません。ですが、謝らせて下さい……本当に申し訳ありませんでした!!」

 

 

セシリアが深々と頭を下げるその光景をアリーナで見ていた全員が静かに見守っていた。

だが、対して一夏は……

 

 

 

「頭を上げてくれ、オルコット。別に俺はイギリスに問いただす気はない。ただ、少しは分かって欲しかった……それだけだ」

 

「…………えっ?」

 

 

 

一夏の言葉に顔を上げるセシリア。それもその筈、自分を訴える事を拒否したのだから。

 

 

 

「な、何を言ってますの? わたくしは、あなた方にーー」

 

「あぁ、確かにお前の言った言葉は許せない。あの世界での二年間を “無駄な時間” と揶揄した事は、SAOサバイバーである約六千人のプレイヤー達への冒涜だ……。たが、俺がお前のIS操縦者としての誇りや譲れない物を知らないのと同じ様に、お前もまた、あの世界の事を知らない……違うか?」

 

 

 

確かにそうだ。SAO事件発生当時、セシリアはそんな海の向こうで起きた事件の事など聞いてられない程、切羽詰まっていたのだ。

両親が早くに他界し、今までに築き上げてきたオルコット家の資産を守るため、誰にも奪わせない為に、ただひたすら勉強し、母の意志を継ぐために走り続けて来た。

ISの適性が高い事が分かり、より力をつける為に国家代表候補生になる為、様々な試験に検査を行い、操縦技術を磨いて来た。

巷では、当然未だに解放されないSAO被害者とその死亡が確認されたと言う話題が、ニュースで取り上げられていたが、セシリアにそんな事を気にする暇はなかったのだ。

 

 

 

「お前が、イギリス代表候補生としてどれほどの誇りを持っているか、そして、どれだけの覚悟を持っているのか、それを俺も知らないであそこまで感情的になってしまった。だから、俺の方こそ謝らせてくれ。……悪かったなオルコット。本当にすまない……」

 

 

 

セシリアの隣で片膝をつく様に座り、頭を下げた一夏。そんな一夏をセシリアは黙って見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

「…………ふふっ。あなたは面白い方ですわね。憎むべき相手に頭を下げるなんて……」

 

「さっきも言ったろ? 俺はお前の事を知らないのに、お前を否定しようとしたんだ……その事は謝らなければいけないと思ってな。

俺も昔は自分の価値観だけで、剣を振るってた時があったからな……。そんな間違った剣の振るい方を叱ってくれて、正してくれた人が俺にはいたからさ……。

俺はただ単に、お前にとってそう言う仲間のように接していきたいと思っている。今こんな事を言うのはどうかと思うけどさ、俺と友達にならないか?」

 

「……ぁ……」

 

 

 

差し出された右手は、真っ直ぐセシリアに向かっていた。そして、一夏の真剣な眼差しから、本気で仲間と思いたい、繋がりたいと思う気持ちが現れ出ていた様な気がした。

だから、何も言わず、ただ黙って手を握り返した。

 

 

 

「こんなわたくしですが、どうか仲良くして下さいまし!」

 

「あぁ、よろしくな。俺の事は一夏でいいぞ!」

 

「では、わたくしの事もセシリアとお呼び下さい。これからよろしくお願いしますわ!」

 

 

 

固い握手を結ぶ二人の姿を安堵の表情で見守る和人達。

こういうところは、やはり一夏に任せて良かったと思う。

 

 

 

その後、セシリアは和人達の元へ赴き、謝罪をした。和人達もそれ程気にしておらず、快く謝罪を受け入れた。

 

 

 

 

「あっ! そう言えば、クラス代表って俺とキリトさん、どっちがなるんですか?」

 

「「「あ……」」」

 

 

 

一夏の一言に我に帰る一同。

一夏も和人もセシリアに勝っている為、当然クラス代表足り得ているのだが、問題はどっちがなるか……。

 

 

 

「キリトさん、やります? クラス代表…」

 

「いや、俺はいいや。俺、ソロだったし、こう言うのには向いて無いっていうか……」

 

「それを言ったら俺もソロですけど……」

 

 

お互い二年間の大半をソロで活動してきた身。刀奈と明日奈の様に、初めからSAO最強ギルド 血盟騎士団に所属し、二人とも副団長と言う立場にあったわけではない。

なので、二人して人の上に立って指揮すると言う経験は皆無に等しい。

 

 

 

「ここは年上のキリトさんが……」

 

「年は関係ないだろッ!? 俺も同じ一年生なんだから……」

 

「いや〜俺は無理ですよ。クラスの代表は向いてませんて……」

 

「それは俺だってずっとソロだったし……。そうだ! カタナかアスナがやればいいんじゃないか?」

 

 

 

やはりここは、副団長の経験がある二人に頼むしかなかった。だが、

 

 

 

「私は副団長って言っても、『隠密機動』の担当だったから、それと言う程の仕事はした事ないわよ? それに私は生徒会長だし……」

 

 

っとカタナが、

 

 

 

「ごめんねー。私、まだリハビリ中だから、多分クラス代表をやってる暇はないと思う……」

 

 

っとアスナが、

 

 

 

これで詰んだ。頼みの綱であった二人に断られ、再び考える一夏と和人。

 

 

 

「じゃあ、やっぱりここは……」

 

「…………剣で決着をつけるか?」

 

 

 

互いに待機状態のISへと意識を集中する。一夏は白いガントレットに、和人は黒いブレスレットに。

後は、それぞれの専用機の名前を叫ぶだけ……のはずだったが……。

 

 

 

「やめんか! 馬鹿どもがッ!!!」

 

「だあッ!」

 

「いッ!!」

 

 

バシィィィン!!!! っという強烈な音と痛みと共に、二人の頭から煙が出ていた。あまりの痛みに、その場にうずくまってしまった一夏と和人。それを見て心配そうに駆け寄ってくる明日奈と刀奈。

 

 

 

「キリトくん! 大丈夫?」

 

「あたたた……。今のは、強烈だったぜ……」

 

「全く、こうなる事ぐらいチナツならわかっていたでしょう?」

 

「いや、ここまで凄いのをもらうとは……」

 

 

そんな四人を眺めながら、千冬は先ほど二人を叩いた物……出席簿の表面を手ではたく。

 

 

 

「ここIS学園は、IS操縦者育成の為に、ISの展開や操縦が認められている。だが、不要な時と場所での展開は、例え国家代表候補生でも問題行動とみなされるぞ? それをわかった上で、堂々と私の目の前でISを展開させようとは……よほど私の特別授業が受けたいと見える……」

 

「「い、いえ……遠慮しておきますッ!!!」」

 

「そう言うな。何、お前達も大好きな “近接格闘” の特別授業だ……嬉しいだろ?」

 

 

 

ニヤリと笑う千冬に少し怯える一夏達。SAO時代のステータスの状態ならいざ知らず、今の生身で千冬とやりあうのは正直厳しすぎるので、辞退させてもらった。

その後、クラス代表については後日決める事にし、一行は明日奈のリハビリの為に、特別棟にあるトレーニングルームへと赴く。

 

 

 

「うわぁ〜〜ッ。凄いところだねぇー!」

 

「あぁ、大型のトレーニングジム並みの設備だぞ…これ……」

 

「ええ、俺が通ってたところよりも器具が多いですよ……」

 

 

三人が驚いていると、刀奈が白衣を着た女性と一緒にやってきた。

 

 

 

「どうも初めまして。結城 明日奈さんですね? 私はここでインストラクターをしている立花 千華(たちばな ちか)と言います。よろしくお願いします」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

そう言って、お互いに挨拶が済んだところで、早速二人はリハビリを開始した。

和人は明日奈に付き合うと言って、その場に残り、一夏と刀奈は簪が熱心に組んでいるという簪の専用機を組み立てる手伝いに向かう。

機体全体は出来ているとの事だったので、後は武装と稼働データの照合などなど……。

 

 

 

「じゃあ、また食堂でね!」

 

「えぇ、リハビリ頑張ってねぇ〜!」

 

 

 

明日奈と刀奈が手を振って、互いに別れた。

すると、突然一夏のスマートフォンにメッセージが入る。

差出人はクラインだった。

 

 

 

『よおッ! 入学してから一切の電話やメールがねぇーのはどういう事だッ!?

ちくしょう! 俺もそっち側に行きてぇぜ!!

あぁ、そう言えば、今度エギルの店でオフ会やるからよ! 日時は後日メールすっから、楽しみにしてろよ!!』

 

 

 

 

以上の文面であった。

 

 

 

「相変わらずなのね、クライン……」

 

「ま、まぁ、あの人らしいメールだけどな……っていうか、オフ会の事がついでみたいな文面だな。ホント、こういうところは弾と変わんないな……」

 

 

 

クライン……本名を壷井 遼太郎。SAO時代での俺とキリトさんの兄貴分だった人だ。彼も攻略組の一員で、ギルド『風林火山』のリーダーで、攻略組の中では、“絶対生還ギルド” と言われていた。それ程までに連携、チームワークが良く、メンバー同士仲がいい。

だが、女運はほぼ皆無で、可愛い女の子、綺麗なお姉さんを見つけては、プレイヤーだろうがNPCだろうが声をかけまくる程。

何というか…非常に残念な人だ。だが、本当に人としては出来た人で、俺もキリトも信頼を寄せている人物だ。

 

 

 

一方、このメールは和人にも届き……。

 

 

 

 

「パパ、クラインさんからメッセージが届いてます」

 

「ん、開いてくれるか? ユイ」

 

「はい! パパ!」

 

 

和人の持つスマートフォンから、可愛らしい声が聞こえ、和人の事をパパと呼ぶ。

言わずと知れたアスナとキリトの最愛の娘、ユイだ。

SAO時代、メンタルヘルスカウンセリングプログラム……その試作一号として存在していたユイは、公式サービス開始後、SAOの基本プログラムであるカーディナルによって行動を制限され、プレイヤー達が抱える負の感情を一人で受け持った為に、エラーを重ねていたが、22層のログハウスで生活を始めたキリトとアスナに惹かれ、彷徨い、二人はユイを保護した。

それからというものの、ユイの正体を知った後も、二人はユイを娘だといい、消滅しかけてたユイをキリトがシステムコンソールを使って、システムから切り離すという荒技でオブジェクト化し、SAO消滅後、ALOで再び巡り合った。

そんな最愛の娘が、スマートフォンのメッセージフォルダからたった今一夏も読んだメッセージを開く。

 

 

 

「キリトくん、ユイちゃん、どうしたの?」

 

「あぁいや、クラインからメールが届いててな…そのメール内容に呆れてたんだ…」

 

「へぇー。なんて書いてあるの?」

 

 

インストラクターから説明を受け、準備をするまで少し時間が空いたので、キリトとユイの元へと来たアスナ。そして、クラインからのメールを読む。

 

 

 

「あはは! クラインさん、相変わらずだね!」

 

「まぁ、あいつモテないからなぁ〜。さしずめ、女子高に入った俺とチナツが羨ましいんだろ?」

 

「もう、失礼だよ。キリトくん」

 

「でも、事実だぜ?」

 

 

 

和人の言葉も嘘ではないので、どう答えるか迷う明日奈であった。

その後は、準備を整え、明日奈はリハビリを始め、和人もユイからサポートする様に言われて、付き添った。

 

 

 

 

一方、一夏達は…

 

 

 

 

「簪、これはどこに運べばいいんだ?」

 

「あ、うん、それはコッチで、あっちのケーブルは打鉄弐式の後方…ブースターに接続するから……そこに…」

 

「はいよ」

 

「簪ちゃん、機体の稼働データはこの端末にアップロードすればいいかしら?」

 

「うん! お願い、お姉ちゃん」

 

 

ただいま絶賛、簪の専用機こと、打鉄弐式の製作に取り掛かっていた。

基本フレームと装甲は、開発元である倉持技研によって完成していたが、問題は武装と稼働データがないこと。

武装は、候補が既に決まっていた為、現在はその武装の取り付けとコアにインストールしている。後は、刀奈の持つ専用機、ミステリアス・レイディの稼働データを参照し、出力や機動などの必要はデータを打鉄弐式に呑み込ませなければいけない。

 

 

「これが完成したら、みんなで空を飛んでみたいものだな……」

 

「そうね……でも、ALOの方が、気分的には開放感があっていいわ」

 

「そうだね……でも、私も飛んでみたいな……一夏とお姉ちゃんが手伝ってくれたこの子とみんなで……」

 

「簪ちゃん……」

 

 

 

嬉しそうな表情で、簪を見る刀奈。共に空を飛ぶ。仮想世界ではなく、現実世界で、肩を並べて、一緒に……。

そう思うと、一夏も共に嬉しくなった。

 

 

 

「じゃあ、とりあえず第一目標として、稼働データを取って、みんなで空を飛ぶ。それからだな」

 

「そうね。まずはそこからね……どう? 簪ちゃん」

 

「うん! 私も賛成!」

 

「よし、決まりね!」

 

 

 

共に空を飛びたいという簪の夢、それを叶える為に、俺たちは作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 





次回は鈴ちゃん登場くらいまでかな?

感想待ってまーす(^○^)


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第8話 再会


いや〜……長かった。

流石に一万文字超えるのは大変でした!




クラス代表決定戦から翌日、朝のHRの時間。

 

 

 

「と言うわけで、一組の代表は、織斑 一夏くんに決まりました! あっ! 一つながりでいいですね♪」

 

 

このクラスの副担任である山田先生の宣言通り、この一組のクラス代表は、一夏に決まった。それもジャンケンで……。

 

 

「くそ……あんときチョキを出してたら……」

 

「もう諦めなさい、チナツ」

 

「そう言ってもなぁ……」

 

「何事もやる気と挑戦だよ? チナツくん!」

 

「アスナさん……そうですよね」

 

「まぁ、お前なら出来るって。俺は信じてるぞ……」

 

「言っときますけど、キリトさんは副代表ですからね?」

 

「なッ!? なんでそんなことになってんだよッ!」

 

 

 

っと朝からこんな調子である。クラス代表は一夏に決まり、副代表として和人が任命されたのだ。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て、大体セシリアは?! セシリアだっていただろう?!」

 

 

 

和人の言葉に、全員が振り向く。だが、セシリアは……。

 

 

 

「いえ、わたくしは辞退させて頂きますわ」

 

「えぇー、なんでぇ……」

 

「あなた方の実力は、代表候補生クラス、いえ、それ以上と言っても過言ではありませんわ。クラス代表は実力を兼ね備えている方がなるものだと思っておりました……ですからわたくしは自薦しました。

ですが、あなた方はわたくしに勝ちましたわ…ですから、クラス代表になる条件をもう満たしていると判断したのですわ」

 

 

 

もっともな意見に、誰も反論することはなく、みんな納得した様に頷く。

 

 

「そうだよねぇ〜! せっかくの男子がいるんだし、持ち上げないと!」

 

「いやぁ〜分かってるねぇ〜セシリア!」

 

「そうそう、それに織斑くんと桐ヶ谷くん超強いし!」

 

 

さっきからこの調子だ。

 

 

 

「キリト、チナツ……抵抗しても無駄よ?」

 

「頑張れ、二人とも♪」

 

 

 

刀奈と明日奈も促すので、もう諦めざるをえなかった。

 

 

「えぇ〜と……クラス代表として、恥ずかしくない様な試合をしたいと思いますので、よろしくお願いします!」

 

「ええっと、チナツ…じゃない、一夏をしっかりサポートしていきたいと思います……その、よ、よろしくお願いします……」

 

 

改めて、自己紹介をする二人に、クラスメイトからの暖かな拍手が迎え入れてくれた。

 

 

 

「まぁ、クラス代表は一年間変わることはない。しっかりと全うすることだな。では、これにてSHRを終了する。午前中はグランドで、ISの実習だ。すぐに着替えて、グランドに集合すること。いいな? では、解散!」

 

 

担任である千冬姉の合図と共に、チャイムがなり、SHRが終了した。そして、先ほども言った通り、今日の午前中は外でISの実習訓練があるので、急いで着替えないといけない。もしこれで一分でも遅れ様ものなら、千冬姉からの鉄拳か出席簿アタックが炸裂するので、急がなければならない。

 

 

「よし、チナツ! 早く行くぞ!」

 

「オッケーです。行きましょう!」

 

「「また後でねぇ〜!」」

 

「「おうっ!」」

 

 

 

最愛の二人にそれぞれ返事を返し、急いで更衣室へと向かう。

 

 

「早くいかないと、また千冬姉からの鉄拳制裁が……」

 

「それだけは避けたいな……ユイ! 悪いが、ナビ、頼めるか?」

 

『はい、パパ! 次を左に曲がったら、真っ直ぐ突っ切って下さい!』

 

 

 

スマートフォンから可愛らしい声が聞こえる。

 

 

 

「あぁ、そう言えば、ユイちゃんってスマートフォン越しからの会話が可能でしたね」

 

「あぁ、基本的に俺か、アスナのところを行き来してるけど、今は俺の専用機とアスナの専用機にも移動できるようになったがな」

 

『はい! これでいつでもお話し出来ます! っと、そこを今度は右です、パパ!』

 

「よし、オッケー。ありがとう、もう大丈夫だ」

 

 

 

 

和人達の娘、ユイのナビゲートのおかげで、難なく更衣室へとたどり着き、急ぎ着替えてグランドへと向かう。

 

 

 

「ふぅ、なんとか間に合ったな…」

 

「ですねぇ…よかった」

 

 

そう言って、二人して女の子達の中に入り、整列する。

こういう時、お互いソロで活動してきたツケが出てくる。なんだか慣れないのだ。

それに、自分たちも含め、周りのみんなの格好もいけない。

ISスーツ……ISを操縦する上で、効率よく運用する為に開発されたスーツだ。

一夏と和人のは、特注で作ってもらった臍上丈の半袖シャツとスパッツ型の物なのだが、女子達のは、スクール水着の様なレオタードと膝上サポートを基本とした物なので女の子独特の胸囲や腰のくびれなどが強調されているので、嫌でも目に入ってしまう。

 

 

「チナツ…」

 

「なんですか、キリトさん」

 

「お前がいてくれて、ホント助かった」

 

「俺もですよ…俺一人じゃあやばかったと思います…」

 

 

女子高に男が二人。互いの存在が支えになっているのだ。

 

 

「キリトくん、チナツくん」

 

「お待たせ…って、どうしたの?」

 

 

そう言ってる間に、ISスーツに着替えてきた明日奈と刀奈も合流する。そして、なんだかより一層親密になった二人に疑問を抱く刀奈。

 

 

「い、いや、なんでもないぞ?」

 

「なんで疑問系?」

 

「いや〜、まぁ〜なぁ?」

 

「ん?」

 

 

 

刀奈の問い詰めに、一夏も和人も言葉を濁す。不思議そうに見ていた明日奈が首を傾げたが、そこに最愛の娘からの声が入る。

 

 

『パパ、チナツさん、浮気はダメですよ?』

 

「えっ?!」

 

「う、浮気っ!?」

 

 

ユイの言葉に、明日奈と刀奈が驚く。

それは一夏達も同じで、慌てて弁解をする。

 

 

「いやいや、違うってユイ! 別に俺たちは…」

 

「そうだって…。別にそんなやましい事は何も……」

 

「「ふぅ〜〜〜ん………」」

 

「「ひっ!!!」」

 

 

 

こういう時、男とはつらいものだ……。

明日奈と刀奈の鋭い視線が、和人と一夏を貫く。

 

 

 

「ヘェ〜、キリトく〜ん? 一体何をしてたのかなぁ〜?」

 

「いや、待て待てッ! だから、何もしてないって!!!」

 

「ふんっ! どうだか……」

 

「頼むよアスナ! 信じてくれって!」

 

『パパ、ママを困らせたらダメですよ!』

 

「ちょッ、ユイまで……違うんだって!」

 

 

 

完全に拗ねた明日奈と娘のユイに誤解を解こうと必死な和人。そして、もう一方は……。

 

 

「ねぇ、チナツ。あの子達のどこを見て何をしていたのかしらぁ?」

 

「いや、違う! 違うって! 完全に誤解だって!」

 

「ふぅーん……本当かしらねぇ〜」

 

「いや、だから本当なんだってばッ!」

 

 

 

こちらもまた難航していた。そんな風景をみんな見て見ぬフリをしているのか、誰も突っ込まないし、止めようとしない。

ケンカしていても、なんだかんだで仲良くなるんだろうと誰もが分かりきっているからだろうか……。

そうこうしているうちに、ジャージ姿になった千冬と山田先生が登場し、みんな整列する。

やはりみんなとて千冬の鉄拳を喰らいたくないのだ。

 

 

 

「全員揃ってるな? それでは、まずはISの基本的な操縦を実演してもらう。専用機持ちは前に出ろ!」

 

 

 

千冬の声に従い、専用機を持つ一夏、和人、刀奈、明日奈、そして、セシリアが前に出る。

 

 

 

「まずは全員、ISを展開しろ。出来るだけ早くだ! その後、上昇し、飛翔したのち、急降下と完全停止をやってみろ……それでは、はじめ!」

 

 

千冬の合図と共に、五人が瞬時にISを展開する。白式、月光、ミステリアス・レイディ、閃華、ブルー・ティアーズ。もうこの時点で、ISが五機。一国の軍事力と張る。

 

 

「うむ、まぁ展開速度は中々と言ったところか……よし、では飛べ!!!」

 

 

 

再び千冬の号令で、全員飛翔する。

やはり国家代表である刀奈と代表候補生であるセシリアが前にでる。それを追う形で、一夏、和人、明日奈が続く形だ。

 

 

「織斑! 遅いぞ! スペック上の出力では、白式はブルー・ティアーズより上なんだぞ」

 

なぜか俺にだけ檄が飛ぶ。

 

 

「っと言われてもなぁ〜。ALOとは、飛ぶ感覚が全然違うんだよなぁ〜」

 

「イメージの仕方も全然違うしな。 “自分の前方に角錐を展開させるイメージ” だったっけ?」

 

「うーん……ALOは自分の背中の筋肉を動かすイメージだから、私も難しいかな」

 

 

一夏も和人も、そして明日奈もまだ慣れない飛行イメージだが、なんとか刀奈とセシリアの後を追う。

すると、前を飛んでいた二人が並ぶように速度を落として並列飛行をする。

 

 

「イメージは所詮イメージ。自分のやりやすい形で模索した方が建設的でしてよ」

 

「そうね。あくまでそのイメージは、目安みたいなものだから、自分のやりやすい様にするのが一番よ」

 

 

 

二人からのアドバイスで、なんとか自分に合ったイメージを固定する事は出来たが、彼女達に比べればまだまだのようだ。

そうやって、ある程度飛行をしていると、地上にいる千冬から指示が送られて来た。

 

 

『よし、それでは最後に急降下からの完全停止をやってみろ、まずはオルコット! 手本を見せてやれ、目標は地面から十センチ!』

 

「了解です! では、お先に!」

 

 

 

そう言って、どんどんスピードをあげて落ちて行くセシリア。あわや地面にぶつかるのではないかと思ったが、直前に脚部ブースターを噴かせ、見事目標から十センチの位置で完全停止を決めた。

 

 

「おお〜〜!」

 

「すごいねぇ〜セシリアちゃん!」

 

見事な飛行技術に、和人と明日奈も賞賛の声を上げた。

 

 

「さてと、それじゃあアスナちゃんは、私と一緒に行くわよ!」

 

「うん! よろしくねカタナちゃん!」

 

 

次は明日奈と刀奈が共に急降下して行く。明日奈は刀奈の指示の元、同じ動作で降りていき、十センチではなかったものの、見事着地した。

そして、最後に一夏と和人の二人。

 

 

 

「よし、俺たちも行くか!」

 

「ええ、いきなり十センチは無理でも、着地ぐらいは……!」

 

 

 

二人ともどんどん加速していく。が、一番重要な事を忘れていた…。

 

 

 

「えっと、チナツ。どのあたりでブースター噴かせばいいんだ?」

 

「…………わかりません…っ!」

 

「やっべぇッ!」

 

「ちょ、う、うわぁ!」

 

 

二人して加速し過ぎ、急いで脚部ブースターを噴かせたが間に合わず、二人して地面に衝突してしまった。

派手な轟音と共に、二人が墜落した地点からは、もくもくと土埃がたちこめる。

 

 

 

「ちょッ! チナツ!? キリト!?」

 

「キ、キリトくん!! チナツくん! 大丈夫!?」

 

 

 

これには流石に刀奈と明日奈も飛んできた。

一夏と和人が作ったクレーターの中心部。そこに二人は居た。

一夏はうつ伏せで地面に顔がめり込み、、和人は仰向けに大の字で倒れている。

そして、二人のISが解除され、生身の体が地面に触れる。

 

 

 

「んんっ! ぷぅはあぁぁ!!!! はぁ……はぁ……」

 

「痛ってぇぇぇ……っ! マジで死ぬかと思ったぜ……」

 

「俺もですよ……顔がめり込んでたし……」

 

 

意外と元気そうな二人に胸を撫で下ろす明日奈と刀奈。そして、クラスメイトのみんなと、千冬と山田先生も集まってくる。

 

 

「馬鹿者!……誰が地面に激突しろと言った……ッ! 全く、後でお前達二人で直しておけよ?」

 

「「は、はい……すみません……」」

 

 

 

千冬の説教に頭を垂れる二人。

二機で激突した割には穴は小さかったが、それでも直すのは一苦労だろう。

落胆する二人に、明日奈と刀奈は優しい微笑み、「手伝うよ?」っと言って二人の肩に手をおいた。

その後は、なんのトラブルも無く授業は進み、昼休みの時間を利用して、四人でグランドの整備を行い、昼食を取った。

 

 

 

「はぁ〜〜……疲れた…」

 

「そうですね……カタナもアスナさんもすみません……俺たちに付き合わせちゃって……」

 

「ううん、別に気にしてないよ。でも、今度はうまく出来るといいね」

 

「そうね……という事で、今日の放課後は私がみっちり指導してあげるわ!」

 

 

 

満面の笑みを浮かべ、提案してくる刀奈に一夏も和人も苦笑いしか出来なかった。

 

 

「「お、お手柔らかにお願いします……」」

 

「さぁ〜、それはあなた達の努力次第だと思うわよ?」

 

「うへぇ〜〜」

 

「マジかよ……」

 

 

刀奈のスパルタ指導は、クラス代表決定戦に向けての特訓をした時に明らかになっている。なので、二人としては、あまり快く了承し辛いところなのだ。

 

 

「じゃあ、今日の放課後。授業が終わったら第二アリーナに集合ね。アスナちゃんも感覚を固定する為に、一緒にやりましょう?」

 

「うん、わかった! よろしくお願いします」

 

「二人とも返事は?」

 

「「はぁ〜〜い……」」

 

 

 

その後、放課後の第二アリーナでは、刀奈によるスパルタ指導が火を吹き、一夏と和人がヘトヘトになったのは、言うまでも無かった。

そして、四人が放課後の特訓をしているさなか、IS学園校門前では………。

 

 

 

 

「ここがIS学園……フフッ、やっと会えるわね一夏。電話の一つも無しだったことは許してあげるわ……だけど、もう逃がさないわよ!」

 

 

 

茶髪をツインテールでくくっている少女。ボストンバッグを右肩に掛け、不敵な笑みを浮かべる。

そして、その少女は校門前で迎えてくれた職員のもとへと向かう。

 

 

「ようこそIS学園へ、凰 鈴音さん。歓迎するわ!」

 

「どうも。あの、一つ質問いいですか?」

 

「ん? 何かしら?」

 

「織斑 一夏ってこの学園でどうしてます?」

 

「あぁ、織斑くん? あの子凄いわね、いきなり代表候補生と戦って勝っちゃうし、クラス代表にもなって、今度のクラス代表対抗戦にも出場するからね」

 

「へぇー……ッ! 凄いですね。……そっか、頑張ってるわね…あいつ」

 

「ん? 何か言った?」

 

「いえ、なんでもありません……。あっ! そう言えば、私が入る二組のクラス代表って誰かわかりますか?」

 

「へ? わかるけど、それを聞いてどうするの?」

 

 

鈴音の質問の意図が分からず、職員は聞き返す。

 

 

「代わってもらおうと思って……クラス代表♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「織斑くん‼ クラス代表就任、おめでとおぉぉぉう!!!!」」」

 

 

 

一組のみんなの声が、食堂に響く。

放課後の部活動や自主練が終わり、みんなに食堂に来るように言われたので、特訓終了後、シャワーを浴び、みんなで食堂に行ってみると、一組のみんなが迎え入れてくれた。

 

 

 

「これは……凄いな…っ!」

 

「みんながお前の為に用意したのだ……感謝するんだな」

 

 

驚愕に見舞われる一夏の元に箒がやって来てそんな事を言う。

 

 

「箒も一緒にやってくれたのか?」

 

「ん、ま、まぁ…な…その、なんだ…お前の為だからな」

 

「ありがとな、箒……。みんなも、ありがとう!」

 

 

 

素直に嬉しくて、お礼を述べるとみんな笑って歓迎してくれた。

 

 

「さあさあ! 主役はコッチコッチ!」

 

「みんなぁ〜! コップ持ったぁ〜?! それじゃあっ!」

 

「「「かんぱあぁぁぁいっ!!!」」」

 

 

 

元気いっぱいな声が響く。

なんだか、オフ会してるみたいで、楽しかった。

 

 

「それにしても凄いな……」

 

「女子はみんなこんなにハイテンションなものなんですかねぇ〜」

 

 

男二人。SAOでも余り人との関わりが無く、しかも和人に至ってはコミュ障な為、いまだに女子との会話は緊張してしまうらしい。

 

 

「キリトくん大丈夫?」

 

「あなたも相変わらずのコミュ障なのね…」

 

「し、仕方ないだろう……俺は大半をソロで過ごしたんだから……」

 

「そう言う俺も一人が多かったからなぁ〜……。みんなと話す時は、やっぱり緊張するぜ?」

 

 

 

一夏はコミュ障ではないのだが、SAOでは限られた人としか会話や交流が無かった為に、全く知らない、しかもみんな年頃の女の子と来れば、話しづらくなるようだ。

 

 

 

「あの、一夏さん…」

 

「ん? おお、セシリア! どうしたんだ?」

 

「えっと、その、実は、ですね……」

 

何やらモジモジとし、何かを言おうとしているセシリア。

 

 

「わ、わたくしも、そのアミュスフィアとALOのソフトを買いまして……」

 

「えっ!? マジで?!」

 

「はい! 注文してたのがやっと届きまして……それで、よろしければいろいろとレクチャーしていただけると…」

 

「ああ、もちろん!! なぁ、カタナ?」

 

「えぇ、いいわよ」

 

「分からない事があれば、私たちがいっぱい教えてあげるから! ねぇ、キリトくん!」

 

「あぁ、まずは俺たちと一緒にスキルをあげていかなきゃな」

 

 

 

セシリアがVRMMOに興味を持ってくれた事が、みんな嬉しく、その後はセシリアに対してALOの世界について教えあった。

 

 

「スキル…ですの?」

 

「あぁ、ALOはSAOと違って、レベルの概念が無いんだ……だから、武器のスキルはもちろん、その他のスキルもあげていかなきゃいけないんだ」

 

「ちなみに、チナツとアスナちゃんは〈料理スキル〉をあげてるわ」

 

「お料理にもスキルがあるんですの?!」

 

「あぁ、まずは簡単なものから作っていって、スキル熟練度をあげていくんだ。そう言えば、キリトさんって〈釣りスキル〉あげてましたっけ?」

 

「ん? あぁ、SAOの時は、全然だったからなぁ……」

 

 

明日奈と一夏は、SAOの世界では知る人ぞ知る〈料理スキル〉をマスターしたS級料理人だったのだ。S級食材も取り扱い、普段の料理もプロのシェフ並みの腕を見せていた。

これを毎日食していた和人と刀奈は、幸せ者だ。

 

 

 

「そうなんですのねぇ……。えっとこれは始めるにはどうしたらいいんですの?」

 

「ええっと、まずアミュスフィアを頭に被って、ログインするだろ? そして、ALOでは九つの種族の妖精から自分のアバターを一つ選ぶんだ」

 

「妖精…ですの?」

 

「あぁ、火妖精族のサラマンダー、風妖精族のシルフ、水妖精族のウンディーネ、土妖精族のノーム、影妖精族のスプリガン、闇妖精族のインプ、猫妖精族のケットシー、工匠妖精族のレプラコーン、音楽妖精族のプーカ……この九つだ…」

 

「まぁっ…おとぎ話に出てくる妖精さんたちばっかりですわね」

 

「ちなみに、私とアスナちゃんはウンディーネで、チナツがシルフ、キリトがスプリガンね」

 

 

補足とばかりに刀奈が俺たちのアバターを教える。

さらに、それぞれの妖精たちにも、それぞれ得意不得意な能力がある事を教える。

流石にすぐには決められないのか、セシリアは手を頬に当てて、悩んでいる。

 

 

「うーん…悩みますわね…」

 

「じゃあ早速、ログインして俺たちといろいろやってみよう。 飛び方や魔法の使い方もいろいろレクチャーするぞ」

 

「はい! では、今日にでも教えて下さいな!」

 

「わかった。向こうでも紹介したい人達がいるし、これが終ったらみんなでログインしよう!」

 

 

 

話を進めていくにつれ、ALOの魅力を感じてくれているのか、今まで以上にワクワクした表情のセシリア。

いや、セシリア以外の全員が目を輝かせていた。

 

 

 

「いいなぁ〜セシリア。織斑くん達と一緒に遊べてぇ……」

 

「私もALO買おうかなぁ〜!」

 

「でも、アミュスフィアって結構高くなかったけ?」

 

「でも、織斑くん達と一緒にいろんな冒険が出来るんだよ? だったら私は買うね!」

 

 

 

はじめはVRMMOをやっている人間をオタクだと決めつけていたみんなも、今ではその話題で持ちきりだ。

こうやってVRMMOに興味を持って、やってくれる人達が増えてくれるととても嬉しく思う。

そうしていると、いきなりシャッターが焚かれた。そのシャッターがなった方向を見ると、一人の女生徒がこちらにカメラを向けていた。

 

 

 

「はいはぁ〜い! 新聞部でぇ〜〜す!!!! 今話題の織斑くんと桐ヶ谷くんの取材に来ましたぁ〜〜!!」

 

 

そう言って、俺とキリトさんに名刺を渡してくる女生徒。

どうやらちゃんとした名刺で、『新聞部部長 黛 薫子』と言う名前らしい……。

リボンが黄色い事から、俺たちよりも年上、二年生だと言うのがわかる。

 

 

「あら、薫子ちゃん!」

 

「ああ! たっちゃん!! 愛しの織斑くんを借りてもいいでしょうか?」

 

「そこは私に聞かないで、チナツに聞きなさい…」

 

「だってさ! どう? 織斑くん! 取材に協力してくれない?」

 

「ええっと……キリトさん、どうします?」

 

「うーん……」

 

「いいんじゃない? せっかくだから新聞に載せてもらおうよ!」

 

 

薫子のちょっかいに刀奈は頬を染め、明日奈は取材を受けるように促してくるので、二人して了承した。

 

 

「よしじゃあ、まずは……クラス代表に就任した意気込みをどうぞ!」

 

「え、えっと……が、頑張ります!」

 

「えぇー! もっといいコメントないのぉー? 例えば、「俺の剣に酔いしれなっ!」的なやつとか…」

 

「いや、すみません……そう言うのは……」

 

「じゃあじゃあ、ALOもやってるんだよね? モンスターとか、他のプレイヤーと戦ってる時って、どんな事を思いながら戦ってるの?」

 

「えっと……それは……」

 

 

いきなりの質問に戸惑う一夏。

周りのみんなもすごく期待の目で見ており、刀奈達も何を言うのか楽しみにしているかのようで、何かと気まずい。

 

 

「それは、守るため…ですかね…」

 

「ほほう…一体何から守るために?」

 

「いろんなものからですよ…。俺は、俺に関わるすべての人を守りたい。だからこそ、この剣を振っている……だと思います……」

 

「「「………………」」」

 

 

 

自分らしくないキザっぽい言葉を言ってしまったと、少し後悔したが、思いのほかみんなも間に受けてくれてるのか、顔を赤らめている子が目立つ。

 

 

「うんうん! まさに “現代に生まれし侍” って感じかな? ありがとう!」

 

「いえ、とんでもないです」

 

「よし! それじゃあ、次! 桐ヶ谷くんいってみよう!!」

 

「あ、あぁ、よろしく頼む…」

 

 

薫子のハイテンションに、ちょっと呑まれる和人だったが、すぐに立ち直り、改めて取材を受ける。

 

 

「桐ヶ谷くんはどうしてクラス代表にならなかったの? 実力は織斑くんと同じなんでしょう?」

 

「ええっと、俺自体が少しコミュ障なところがあって、それで辞退させてもらって、チナツに頼む事にしたんだ」

 

「ええっと、“チナツ” って言うのは織斑くんの事でいいんだよね?」

 

「ああ、俺たちは昔、同じゲームで出会って、共に過ごしたんだ……この名前は、その時のキャラネームで今もそう呼んでしまうんだ…」

 

「へぇーそうだったんだぁ……ああ、後、桐ヶ谷くんと結城さんは年上であり、恋人同士って言うのは本当なのかな?! 後、たっちゃん達も!」

 

 

 

みんな一度は聞きたかったことだったようで、さらにみんなの視線が集まる。

 

 

「ああ、その通りだ。俺はみんなより一個年上で、アスナは二個上。そして、俺はアスナと付き合ってるし、チナツとカタナも……」

 

「あ、はい。俺とカタナも付き合ってます! ええっと、半年ぐらい前から」

 

 

 

二人のカミングアウトに食堂は黄色い声で埋め尽くされ、同時に和人と明日奈が年上である事が驚きだったようだ。

 

 

「えっ⁉ 結城さんってじゃあ今、18?」

 

「 “桐ヶ谷くん” なんて読んでたけど、本当はさん付けの方が良かったかなぁ〜?」

 

「あぁ、いや! そこのところは気にしないでくれ。同じ学年で学ぶんだ、俺の事は好きに呼んでくれて構わないよ」

 

「私もだよ。“結城 ”さんじゃなくて、できれば “明日奈” って呼んで欲しいかなぁ〜」

 

 

驚くクラスメイトに気にしなくていいとなだめる二人。その行動や言動が、やはり似たもの夫婦なのだと改めて実感してしまう。

 

 

「あっ! そう言えば、ALOの楽しみを教えてもらおうと思ってたんだ! 何か情報ない?」

 

 

何かと情報を探る黛先輩。なんだかSAO時代の情報屋だったアルゴさんを思い出してしまう。

 

 

「そうですね……やっぱり空を飛べるのが一番ですかね…。後は、いろんなクエストや仲間との交流も出来るのがいいですね」

 

「そうね。それに何といってもゲームだからみんなで楽しく出来るところがいいわよね!」

 

「私もそれは思うなぁ〜! SAOの時の友達とかも一緒だし」

 

「そして、迫力あるモンスターとの対決や魔法とかも凄いし、プレイヤー同士のデュエルも中々熱いと思うぜ?」

 

 

一夏に続いて刀奈、明日奈、最後に和人という順で、それぞれが思うALOの魅力を話した。

周りも自分たちの想像できない物語や冒険の話を聞いて、ワクワク感が止まらないと言った感じだ。

 

 

 

「うんうん! こんだけ魅力を語ってくれたらもう大丈夫だね! ありがとう! 最後に記念写真とっていいかな? 専用機持ちみんなで集まって!」

 

 

 

この場に専用機持ちは五人。みんな一夏を中央に囲む形で左側に刀奈とセシリア、右側に和人と明日奈が立つ。

 

 

 

「それじゃあいくよー‼ はい、チーズ!」

 

 

パシャ‼ とフラッシュが焚かれた。記念すべき一枚の写真には、なぜか “全員” が写った。

 

 

「何でみんな入ってますのっ?!」

 

「いやいや、セシリアだけ抜け駆けは良くないでしょう?」

 

「そうそう、こういうのはみんな平等に、だよ!」

 

「あーまあいっか! 取材受けてくれてありがとう! クラス代表戦の時も優勝したら、取材お願いねぇー!」

 

 

 

そう言って、食堂を離れる黛先輩。

その後も、楽しいパーティーは続き、時間になる前に解散となった。

部屋に戻ってからは、約束通りセシリアのALOデビューをサポートし、装備や武器に、スキルなどのいろはを教えて、実際に低レベルモンスターの討伐をするなど、楽しくプレイした。

セシリアもなんだかんだで楽しそうで、魔法の呪文を覚えるのも早く、後方支援を専門とするウンディーネの “ティア” として、鮮烈なALOデビューを飾った。武器はメインで杖、サブでダガーを装備したが、もっぱら魔法メインのスタイルでいくようだ。

まぁ、ただでさえ一夏達のパーティーメンバーはメイジがおらず、明日奈と刀奈が回復魔法を駆使して何とかなっている状態なので、メイジ型のセシリア……もとい、ティアの存在は、重要性が増している。

今後も可能であれば、パーティーに入ってもらい、討伐クエストなどもはかどってくれる助かると思う一夏であった。

 

 

 

 

 

 

 

〜翌朝 一組教室〜

 

 

 

 

「ねぇねぇ、聞いた? 隣のクラスに転校生が来たんだって!」

 

「聞いた聞いた! 中国からの転校生なんだよね?」

 

 

 

何やら朝から騒がしく、どうしたのか訪ねてみたところ、隣のクラスに転校生がやって来た……ということらしい。

 

 

 

「転校生? この時期に?」

 

「いくらなんでも急過ぎじゃないか?」

 

 

その情報に一夏と和人が疑問を抱く。

転校生なのはいいが、時期的にも急過ぎるのだ。まだ入学して間もないのに、転校と言うのは、何かあるのではないかとSAO時代の勘がそう告げていた。

 

 

 

「今更ながら、わたくしの事を恐れての転校でしょうか?」

 

「うーん…どうなんだろう…。カタナちゃん、どう思う?」

 

「そうね…」

 

 

シャッ! と背筋を伸ばし、胸に手を当てて誇らしげに言うセシリアをスルーして、明日奈は刀奈に聞く。

 

 

「こういう権力的な物を行使出来るのは、国家代表生か、その代表候補生……だと思う。

でも、中国に私たちと同い年の国家代表生がいるなんて情報はなかったし…もしかしたら代表候補生かもしれないわね」

 

 

流石はその国家代表生にして生徒会長の楯無だと思う一同。

 

 

「でもでも、クラス対抗戦はうちがもらったも同然よね!」

 

「そうそう! なんてたって織斑くん強いし!」

 

「織斑くん! デザートフリーパス券……みんなの思いが織斑くんの剣にかかってるからね! 頑張って!」

 

「お、おう…が、頑張るよ」

 

 

今回のクラス対抗戦には、優勝したクラスにデザートフリーパス券が与えられ、食堂やカフェテリアで販売しているデザートが食べ放題と言う魅力的な賞品が付与されているので、俄然みんなの期待を背負うと同時に、他のクラスのクラス代表もやる気に満ちているのだ。

 

 

 

「そう言うことだ。だからお前には、休んでいる暇はないのだぞ! もっと特訓をして、勝たなければならないのだからな!」

 

「箒さんの言うとおりですわね。と言う事で一夏さん? 放課後はわたくしが特訓にお付き合いいたしますわ♪」

 

「待て! なんだその話は‼ ならば私も参加する!」

 

「あらぁ? 箒さんはどうやって参加いたしますの?」

 

「訓練機の使用許可を取れば問題ない! そう言う訳だ一夏、放課後は訓練するぞ!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

鬼気迫る勢いの箒とセシリアに対して、断る事も出来ず、仕方なく頷いてしまった。

それを見て和人と明日奈はアハハ…っと苦笑いをし、刀奈に至ってはジィー…っと半目で一夏の事を睨みつけていた。

 

 

 

「まあまあ、大丈夫だよ! 今のところ専用機持ってるのって一組と四組だけだから、優勝は間違いなしだって!」

 

「その情報古いよ!」

 

「「「「んっ?」」」」

 

 

 

クラスメイトの言葉に反応する形で、第三者の声が一組内に響く。

その方向を見てみると、一人の女生徒が左手を腰に当て、仁王立ちのように立っていた。

 

 

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの、そう簡単には、優勝させてあげないんだから!」

 

 

いきなりの宣戦布告に一組の教室がどよめく。そして、それを聞いていたセシリアが口を開く。

 

 

「初対面でいい度胸ですわね。しかし、その前に一つ……。あなたは…誰ですの?」

 

「ふっ……」

 

 

 

セシリアの質問に、不敵な笑みを浮かべ、答える少女。

 

 

 

「中国の代表候補生 凰 鈴音! 今日は宣戦布告に来たってわけッ!!!」

 

 

ビシッと指された右手の人差し指。

そして、その彼女を見ていた一夏が、立ち上がり、前にでる。

 

 

 

「鈴……お前、鈴かッ?!」

 

「……ぁ……」

 

 

そして、鈴もまたその少年を見つけて、目を丸くする。

何と言っても、自分が中国に帰る前から、ずっと寝たきりで、いつ死ぬかわからない状態に伏せられた少年だったからだ。

 

 

「一……夏……」

 

 

ゆっくりとした足取りで、一夏に近づく鈴。

そして、何故か一夏の体をペタペタと触る。

 

 

「お、おい、鈴?」

 

「一夏が……動いてる……生きてる…ッ! ううっ……!」

 

 

途端に目から涙がこぼれ、頬を伝って下へと流れ落ちる。

 

 

「一夏あああああッ!!!! ううっ、うわあぁぁぁぁ〜〜〜んッ!!!!」

 

 

勢いよく一夏の体に抱きつき、抱きしめる鈴。

驚き、その場でポカンッとする一夏。

そして、周りの一同は、何ごと!? っと言った感じで、目を点にしてその光景を見る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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第9話 逆鱗

今回は鈴ちゃんと一悶着あります!




一組のクラス内は、異様な空気に包まれていた。

棒立ちになっているその元凶を作り出している少年。織斑 一夏と、その一夏に抱きつき、泣きじゃくる転校生。凰 鈴音。

そして、それを見るクラスのみんな。

特に和人と明日奈は目を見開き、呆然としていて、箒とセシリアは驚愕の目で一夏を見て、刀奈は笑顔のまま固まってしまった。

 

 

 

「お、おい! 鈴! そ、そろそろ離れてくれッ!」

 

「うるさいッ! 人にこんだけ心配させといて、言うことがそれかッ!」

 

「あぁ…えっと、その……悪かったな……心配かけて……その、弾から聞いた。毎日俺の病室に来てくれてたって…」

 

「そうよッ! 毎日あんたが死んじゃうんじゃないかって……ぐすっ、うぅ……」

 

 

 

また感極まって涙目になる鈴に、慌てながらもなだめる一夏。

 

 

 

「悪かったな鈴……心配かけて…。でも、この通り俺は、もう大丈夫だから、もう泣くなって…」

 

「うん……」

 

 

 

そう言って鈴は一夏から離れると、涙をぬぐい、まじまじと一夏の顔を見る。

 

 

 

「本当に帰ってきたのね……よかったぁ〜」

 

「鈴……」

 

 

安堵の表情を浮かべる鈴。そして、あの事件以降謝罪も感謝の言葉も言えずに、中国に帰ってしまった幼馴染を見て安心する一夏。

凄く甘い雰囲気を醸し出していたが、それも長くは続かない。

 

 

 

スパァーーン!!!

 

 

 

「いッ!!?」

 

「ほほう〜、教師の前で淫行及び浮気とは、どこまでも見下げた行為だな……なぁ、織斑?」

 

 

 

いきなり一夏の頭から煙が噴いていると思っていると、鈴の後方から、見知った声が聞こえてくる。

一夏の唯一の家族にして世界最強の女。織斑 千冬…

 

 

 

「ち、千冬さん……!」

 

「織斑先生と呼べ。早く自分の教室に戻れ、もうすぐSHRの時間だ…」

 

「いや、でも……」

 

「……早くしろ……ッ」

 

「ヒィッ!? は、はいッ! すみませんでしたぁぁぁッ!!!!」

 

 

千冬の鋭い眼光で睨まれた鈴は、急いでその場を退散する。そして、千冬はその場で今もなおうずくまり頭を抑えている一夏の襟首を掴み、刀奈に投げ渡す。

 

 

「更識、後はお前に任せる……」

 

「仰せのままに……じゃあ、チナツ? 少しお話ししていこうか?」

 

「へっ?! い、いやッ、もうすぐSHRだし、席に着かないと……」

 

「あら? さっき織斑先生が言ったじゃない。 “後はお前に任せる” って……ね? うーん、ここじゃあ話せないわね……一旦教室を出ましょうか…ッ!」

 

「いや、ちょっと待ってくれ! なぁ、カタナ!? カタナさん!?」

 

 

 

 

ズルズルと引きずられて、廊下に出て行った二人を見送る一同。

そして、二人が完全に姿を見せなくなった時……。

 

 

 

「この、浮気者ォォォォッ!!!!」

 

「いや、待って!! 違うって‼ 話せばわかる!」

 

「問答無用ッ!! 龍牙(りゅうが)ッ!」

 

「ちょッ!、槍はダメだろッ! う、うわあぁぁぁぁッ!」

 

「この、逃げるなッ!!!」

 

「逃げなきゃ死ぬだろうがッ!?」

 

「だから一度死ねって言ってるのよッ!」

 

「ちょ、待っ‼ 危ないってカタナッ!?」

 

 

 

 

(((( “話し合い” をしてるんだよね………???))))

 

 

 

 

クラスの一同は誰もがそう思った。

その中で明日奈は苦笑いを浮かべ、和人は顔の前で手を合わせ、合掌。誰に対して念仏を唱えているのやら……。

まぁ、実際 “槍” だの “死ね” だの言ってる時点でもう話し合いにはなっていないであろうが……。

 

 

 

「はあ〜……あのバカどもは……。誰か後で話の内容を聞かせてやれ。

それでは、SHRを始めるぞ、席に着け!」

 

 

 

 

 

「待ってカタナ‼ その関節はそっちには曲がらなーー!」

 

「死・に・な・さいッ!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 

 

今日のIS学園もまた、賑やかな一日を始めるようだ…。

 

 

 

 

 

 

 

午前中の授業。今日は千冬が教壇に立っており、みんな集中している。

相当重要なのか、山田先生までタブレット端末を起動させ、キーボードで打ち込んでいく。

その中で、刀奈は先ほどの説教を終えてスッキリした様な表情で授業に入り、逆に一夏はぐったりとしているのは言うまでもない……。

その事を除けば、授業は順調に進んでいるかに思えた……が……。

 

 

 

(あの女は一体、一夏の何なのだッ!?)

(あの人は一体、一夏さんの何なのでしょう……?)

 

 

 

ここにまだ割り切れてない者たちが二人……。

言うまでもなく、箒とセシリアだ。

 

 

 

(一夏とだいぶ親しそうではあったが……)

(一夏さんとは、どういうご関係なのでしょうか…)

 

(しかも、あんなに抱きついて……ッ! 一夏も一夏で嫌そうではなかった…ッ!)

(いきなり抱きついていましたし、一夏さんも…確か “鈴” と呼んでましたわね……ニックネームで呼び合えるほどの仲なのでしょうか?)

 

 

 

などと長い思案の海を漂っていた。

……そこに鬼が現れてるとも知らずに……。

 

 

 

「篠ノ之、オルコット……私の授業はそれ程までにつまらないか……?」

 

「「はっ!?」」

 

 

スパァン‼ スパァン‼

 

 

 

今日も千冬の出席簿アタックが炸裂したのであった。

 

 

その後は、出席簿アタックが炸裂する事なく、無事午前中の授業を終え、今は昼休み。これから食堂に向かう生徒達でごった返す時間だ。

 

 

 

「お前の所為だぞ一夏ッ!!」

「一夏さん、あなたの所為ですわッ!!」

 

「いや、何が??」

 

 

 

とんだ濡れ衣だった。

 

 

「二人とも、授業はちゃんと集中して受けなきゃダメだよ?」

 

「って言うか、織斑先生のアレは何で頭から煙が出るんだ

?」

 

「キリトさん……それは俺が聞きたいですよ……」

 

 

自分の姉のスーパーアタックに疑問を抱く和人と一夏。

一体どうすればあんな芸当が出来るのか……。

 

 

 

「まぁ、その事は気にしない気にしない! ほら、早く食堂にいきましょう?」

 

「うん、そうだね。ほら、キリトくん、チナツくん、行こう! 箒ちゃんとセシリアちゃんも!」

 

「えぇ、そうですね……。おい、一夏! あの女の事はしっかりと聞かせてもらうからなッ!」

 

「そうですわね。時間もたっぷりある事ですし…」

 

「そうね。チナツ? 洗いざらい吐いてもらうから、覚悟しておいてね?」

 

「………ぁぁ……了解…しました……」

 

 

 

みんな揃って一夏を食堂に連行…もとい、誘う。

食堂に向かう道中、箒とセシリアはずっと不貞腐れて、刀奈は意外にニコニコ顏だった。

“あんな事” があったのに、もう仲直りしたのか? っという感じだ。

和人と明日奈に至っては、言うまでもなく手を握り、ラブラブモード全開で歩く。

 

そして、やっと食堂に着き、食券を買おうと思ったその時。

 

 

 

「遅いッ!」

 

「ん?」

 

「いつまでも待たせんじゃないわよ! ラーメン伸びちゃうじゃない!」

 

 

そこには、ラーメンが乗せられたお盆を手に、仁王立ちして入り口に佇んでいるツインテール少女が……。

 

 

 

「いや、待ち合わせとかしてなかったろ? とりあえず俺たちも食券買うから、そこを退いてくれ…」

 

「う、うっさいわねッ! ほら、席は取っとくから、早く来なさいよ?!」

 

「はいはい」

 

 

 

そう言って鈴は一番奥の広いスペースを確保に行き、一夏達は食券を買う。

その間も一夏は箒とセシリア、そして刀奈に睨まれた続けていたが……。

 

 

 

「ほら、一夏ッ! こっちこっち!」

 

 

食券を買い、鈴を探す。そして、一番奥のいい席を取っていた鈴が手を振っていた。

そこに全員が座り、一夏と鈴を囲む形で座る。

 

 

「それにしても、お前いつ代表候補生になったんだよ? 弾から聞いたら中二の時に中国に帰ったって……」

 

「あんたこそ、帰って来たと思ったら何でいきなりISなんか動かしてんのよ?」

 

「何でって言われると……」

 

 

一夏は鈴にあの日の詳細を教えた。

SAOから帰って来て、リハビリの毎日を送っていた時の事。そして、件のIS起動事件の事を。

 

 

 

「ふぅーん…、とんだ災難ね。SAO事件にIS起動って、あんたどんだけ厄介ごとに巻き込まれてんのよ……」

 

「あはは……何とも言い難いな……」

 

 

 

二人はまるで昔に帰ったかの様に話し込んだ。

出会ったばかりの時は、お互い気にも留めず、一夏は一度鈴に殴られた事もある。……経緯は忘れたが……。

そんな二人に、痺れを切らせた二つの影が動く。

 

 

 

「あーう、うん! 一夏、そろそろ説明して欲しいのだが?」

 

「そうですわ。せめて自己紹介だけでも……」

 

 

言うまでもなく箒とセシリアだ。

そんな二人の勢いに負け、一夏は会話を中断する。

 

 

「あ、あぁ、そうだったな。鈴、改めて紹介するよ。俺の幼馴染の篠ノ之 箒。前に話したろ? 俺が通ってた道場の娘の……」

 

「あぁ、そういえば言ってたわね。

凰 鈴音よ。鈴でいいわ、よろしくね」

 

「篠ノ之 箒だ。私の事も箒でいいぞ」

 

 

同じ幼馴染と言うポジションにいる者同士。

通ずるものがあったのか、やけに行進的な挨拶を交わす。

 

 

「次は、セシリアだな。彼女はイギリスの代表候補生で……」

 

「セシリア・オルコットですわ! わたくしの事はセシリアとお呼び下さいな、鈴さん」

 

「よろしくねセシリア。代表候補生同士、仲良くしましょう?」

 

 

こちらもこちらで、同じ代表候補生同士。固い握手を交わす。

 

 

 

「チナツくん、私たちの事も紹介してよ」

 

「はい、もちろんですよ」

 

「チナツ?」

 

 

明日奈の呼びかけに反応した一夏に対して、疑問に思う鈴。その反応に一夏が「あぁ」と言って説明する。

 

 

「チナツって言うのは、俺がSAO時代に名乗ってた名前……って言うかキャラネームだな。

それで鈴。この人たちは、俺と同じSAO生還者で、向こうではいろいろと世話になった人達なんだ」

 

「へぇー、そうなんだ……。あっ! そう言えばもう一人男がいるって……」

 

「あぁ、それは俺だ」

 

 

 

鈴の発言に答える形で、和人が手を小さくあげる。

 

 

 

「俺は桐ヶ谷 和人。チナツとは、SAOが始まった時からの付き合いで、こいつと一緒にISを動かしちゃったんで、この学園に入学した。俺の事は好きに呼んでくれ……和人でも、桐ヶ谷でも、何でも」

 

「そっか……じゃあ和人で! それと、一夏の事、ありがとう。いろいろとお世話になったみたいで…」

 

「いやいや! むしろ俺の方こそこいつには助けてもらったし、お互い様って言うか、そんな大それた事は何も……」

 

 

頭を下げる鈴に慌てる和人。

SAOでソロとして活動していた二人。互いに情報を交換しあったり、ボス攻略でもパーティーを組んだりと、お互いを助け合っていった仲だ。

 

 

 

「それで、キリトさんの隣にいるのが……」

 

「結城 明日奈です! えっと、さっき言った通りチナツくんとはSAO時代からの知り合いで、いろいろと助けてもらったりしました。

鈴ちゃんって呼ばせてね? 私の事も明日奈でいいよ?」

 

「あっ、はい! 一夏がどうもお世話になりました! ええっと、その前に聞いていいですか?」

 

「ん? 何?」

 

「二人はおいくつ何ですか?」

 

 

明日奈の圧倒的なオーラに、鈴は思わず一時怯んでしまった。

そして、何だか歳上の姉さん気質な雰囲気に当てられ、思わず年齢を聞いた。そしたら……。

 

 

 

「私は、今年で18になるよ? キリトくんは17歳。鈴ちゃんよりも歳上だけど気にしないで?」

 

「あっ、はい。でも、そのぉ、何だか呼び捨てにはちょっとできないので、明日奈さんと和人さんって呼んでもいいですか?」

 

「うん! いいよ。好きに呼んで!」

 

「別に俺は和人でもいいぞ? まぁ、無理強いはしないけど……」

 

「そ、そうですか? なら、もう少し気楽に行きますね?

二人とも、よろしく」

 

 

 

無事に紹介を終えていくが、残る最後の一人の紹介で、小規模の勃発が起きてしまった。

 

 

 

「えっと、鈴。それで、最後なんだけど、彼女は俺の……」

 

「チナツ、私に言わせて」

 

「カタナ…」

 

「ん?」

 

「初めまして、鈴ちゃん。私の名前は更識 楯無。ここの生徒会長をしているわ」

 

「生徒会長ッ!? 一年で?!」

 

「えぇ、元々私もキリト達と同い年。つまり、チナツの一個上なの」

 

「あっ、そうなんだ……それで、SAO生還者なのよね?」

 

「えぇ、チナツには、私もいろんな時に助けてもらったわ……そしてーー」

 

 

 

刀奈は一度深呼吸をし、改めて鈴の目を見て発言する。

 

 

「彼、チナツと……織斑 一夏くんと、正式にお付き合いをさせていただいてるわ」

 

「…………………えっ?」

 

 

 

時が止まった様だった。

冗談無しに、鈴は固まり、さっきまでの雰囲気は何処へやら……。

 

 

 

「えっと、えっ? お付き合いって……それって…」

 

「あぁ、俺とカタナは恋人同士……なんだ…」

 

「ッ!」

 

 

 

改めて一夏の口から発せられた恋人宣言。

鈴は驚き、徐々にその体は震え始め、そして…

 

 

 

「い、一夏ッ、どういう事よッ!?」

 

「いや、どういう事って……だから、俺とカタナはSAO内で知り合って、それから交際し始めたんだ」

 

「………ッ……何よ、それ…」

 

「り、鈴?」

 

「何よそれッ! つ、つつ付き合ってるって、何言ってんのよあんたはッ!」

 

 

 

突然立ち上がり、激昂する鈴。

いきなりの事に一夏達も驚き、周りの生徒たちも同様、何事なのかと視線をこちらに向ける。

 

 

 

「鈴、落ち着けって!」

 

「これが落ち着いていられるわけないでしょうッ!! いきなり帰って来て、久しぶりに会ったと思ったら、彼女がいるって……。

しかも、よりにもよってあの世界で出会った奴とーーッ! 何でよ……ちゃんと答えなさいよ‼」

 

「…………分かった。話すから一旦ここを出よう。周りのみんなに迷惑をかけたくない…」

 

「…………いいわ……なら、屋上でいい?」

 

「あぁ、それで」

 

 

 

 

その言葉を最後に、鈴と一夏は席を立ち、食堂から出て行った。

そして、残されたメンバーは……。

 

 

 

「鈴ちゃん…凄く怒ってたね……」

 

「あぁ、鬼気迫る感じだったな……」

 

「はぁ……分かってはいたけど……それでも…」

 

「楯無さんが悔やんでも仕方ありませんわ。これは一夏さんと鈴さんが片付けなくてはならない問題ですもの……」

 

「そう、だけど……」

 

「………………」

 

 

 

鈴と一夏の事を心配する明日奈と和人。そして、その不安が的中し、落ち込む刀奈。

セシリアはそんな刀奈をフォローするも、そう簡単には行かず、箒に至ってはずっと黙ったままだった。

 

 

 

一方、屋上に出た一夏と鈴は……。

 

 

 

「さぁ、どういう事なのか…洗いざらいしゃべってもらうわよ!」

 

「あぁ、分かっている……。俺とカタナが出会ったのはーー」

 

 

 

それから、一夏はSAOでの事を話してくれた。

そこまで詳しくではないが、刀奈との出会いやあの世界の中で起きていた事件や、自分の事を。

鈴はそれを黙って聞いていたが、それと同時に激しい怒りがこみ上げている様な感じに思えた。

 

 

 

 

 

「そう、あんたは……あの楯無さんの事が……」

 

「あぁ、好きだ。愛してると言ってもいい……」

 

「くッ……!」

 

 

 

一夏の言葉に奥歯を噛み、怒りを抑える鈴。

 

 

 

「それに俺には、俺たちにとってはあの世界の出会いも大切な思い出であり、現実なんだ……。

だから、その思いを断ち切る事は出来ないよ……」

 

「何でよ…! あんたはあの世界のせいで二年間を浪費してしまったのよ?! なのに、何でそんな事言えんのよ‼」

 

「……あの世界で過ごした時間は、確かに俺たちの人生に狂わせたかもしれない……それでも、この二年間の事を、無かった事には出来ないし、したくないんだ」

 

 

 

一夏の確固たる決意に、鈴は何も言えなかった。

 

 

 

「それに、俺はVRMMOだってやめるつもりはないぜ? たぶん、キリトさんもアスナさんもカタナも……」

 

「えっ?!」

 

 

 

だが、再び一夏の口にした言葉に鈴は驚愕した。

 

 

 

「はぁッ? あんた、何言ってんの? ゲームを続けるって……」

 

「あぁ、VRMMOを続けていく。今更やめる理由がないしな…」

 

 

空を見上げながら眈々と話す一夏。

その顔は本気だった。

 

 

 

(それに、アレが今度アップデートされる……あの世界が…)

 

 

 

そんな事を思っていると、鈴がいきなり胸ぐらを掴み、無理やり自分の方へと体を向かせた。

 

 

 

「あんた、バカじゃないの……ッ」

 

「は、はぁッ?」

 

「ふざけんじゃないわよッ‼」

 

「ぐほッ!?」

 

 

 

いきなり右ストレートを顔面に食らい、尻餅を付く。

 

 

 

「いってぇ〜〜〜! 何すんだよッ?!」

 

「言わなきゃわかんないわけ? あんたって本っ当おぉぉぉにッ! 唐変木よねッ‼

そのゲームに殺されそうになったっていくのに……何で、何でそれを続けようとするのか、私にはわかんないわよ……」

 

「待て、鈴。アミュスフィアは、ナーヴギアとは違うッ‼ アミュスフィアは、ナーヴギアの様な殺しが出来る様なものじゃないッ‼

それにALOだって、ちゃんとした運営会社が維持してるし、今でも何万人ものプレイヤーがプレイしているんだ……SAO事件のような事は、もう絶対に起きないッ!」

 

 

 

明らかに泣いていた。鈴は俯き、拳を握って怒りを露わにしていた。

だが、その目からは涙が見えていた。

一夏も心配させまいと、アミュスフィアとALOの事を説明するも、鈴はそれすらも拒む。

 

 

 

「もういいわよ……あんたなんか…あんたなんかッ! 戻って来なくたって良かったのよッ‼」

 

「お、おい! 鈴ッ‼」

 

 

 

その言葉を最後に、鈴は走り去ってしまった。

後に残ったのは、虚しさと顔に残る痛みだけだった……。

 

 

 

その後、食堂に戻ってきた一夏の顔を見て、全員が驚き、「大丈夫か?」と心配していたが、一夏は「えぇ…」と返すだけ。

午後の授業は問題なく終わり、放課後。

和人達はISの訓練をすると言って、アリーナの使用許可を取りに行き、一夏は刀奈のいる生徒会室で話し合っていた。

生徒会室には今は誰もおらず、一夏と刀奈の二人だけ。

二人で生徒会室のソファーに横に並んで座っている。

 

 

 

「そう、鈴ちゃんがそんな事を……」

 

「あぁ、あいつの気持ちが分からないでもないけどさ……俺とカタナが出会ったあの世界の事を忘れるなんて出来ない。

だから、無かった事にするつもりは無いって言って、これからも仮想世界での活動を続けていくって言ったら、ぶん殴られたよ」

 

「なるほど。それでそんな顔になっちゃったのね…」

 

 

 

俯く一夏の左頬に、刀奈の右手が当てられる。

さっき鈴に殴られた頬は少し腫れて、今は湿布をしている。

それでも刀奈の手の暖かさや心配な気持ちが直に伝わってくる。

 

 

 

「それで? どうするの? 鈴ちゃんは二組のクラス代表だって言ってたし……。

まず間違いなく、チナツとは対戦するわ」

 

「あぁ、分かっている……。

だったら、今度こそちゃんと向き合わなきゃいけない。口で言ってもダメなら、剣で語るのみだ……ッ‼」

 

「ふふっ♪ チナツならそう言うと思ってたわ……。でも、無茶だけはダメだからね?」

 

「分かってる。もう心配はかけたくないからな……」

 

「なら、良し‼ じゃあ少しお茶しましょう?」

 

「あぁ、そうだな。俺が淹れるから、カタナは座っててくれ」

 

「ありがとー♪」

 

 

 

 

その後、二人は甘々の放課後ティータイムを過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一夏のバカ……何で分かってくれないのよ……)

 

 

 

 

鈴は一人、部屋のベットに身を投げ出し、うつ伏せのまま動かない。

やっと会えた愛しの一夏には彼女が存在し、そしてVRMMOを続けていくと宣言された……。

中国に帰ってからも、友人である弾とメールのやり取りをし、一夏の安否を気にかけていた。

テレビのニュースで、SAOによる被害者の報道が流れる度に、一夏の事なのではないかと心配し、不安に駆られていた。

そして、ようやく事件が解決した後、ISを動かした男性操縦者として、全世界から注目される存在になってからは、上層部の人間を脅す形で、一度断ったIS学園行きを決めた。一夏と再会し、出来る事ならば、またあの頃のようにか過ごせたら……。そんな事を思っていた。

 

だが、現実は……。

 

 

 

(美人で歳上の彼女が出来てたって……ッ‼ 何よそれ! 意味わかんないじゃないッ‼)

 

 

しかも、VRMMOを続けると宣言してしまう始末だ。

 

 

 

(はぁ〜……。もういいわよ……昔っからあんたは口で言ってもダメな奴だったわね。なら、今度の試合で決着を付けてやるわよーーーッ‼)

 

 

 

涙を流した目からは、強い意志と覚悟が感じられていた。

その姿はまるで、獲物を狙う猛獣の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、月日は流れてクラス代表対抗戦当日。

対戦相手の発表が行われており、なんと言うか、これは神の悪戯とも言うべきなのか、一夏の最初の対戦相手はーーーー。

 

 

 

 

「初戦から鈴かよ……」

 

「うーん……これは何とも言えないねぇ〜」

 

「チナツ、大丈夫なのか?」

 

 

 

対戦表はランダム生成されるから、まぁ、偶然って可能性も無くは無い。しかし、ここまで来ると誰かの悪意を感じる。

明日奈も和人もいきなりの鈴との戦いになるとは思っておらず、弟分の心配でいっぱいの様だ。

 

 

「大丈夫です……。ここまで来て、逃げる事はしませんよ。

それに、あいつだからこそ、おれが行かなきゃいけない……そんな気がするんです」

 

 

 

確固たる決意を胸に、一夏はカタパルトデッキに向かう。

正直、鈴の気持ちが分からないわけではない。

しかし、自分が見てきた世界。そして、そこで得たものや失ったものを否定する気は無いし、してはならないと思っている。

迷いはあるが、それでも答えを出すために戦う。

鈴と分かり合えるその日を取り戻すために……。

 

 

 

 

 

「行くぞ…。白式ッ‼」

 

 

 

キィーーンッ! と甲高い音と光を放ち、一夏の体に白い装甲が現れる。

 

 

 

「雪華楼……」

 

 

 

そして、左の腰に納められた愛刀を握る。

 

 

 

「白式 織斑 一夏 参るッ‼」

 

 

 

 

 

アリーナ内に勢いよく射出された白式。

そして、それを待ち構える鈴と、その専用機 甲龍。

 

 

 

 

「あら、逃げずに来たのね」

 

「逃げる理由が無いからな……」

 

「どうする? 今謝るなら手加減してやってもいいわよ?」

 

「雀の涙程度だろ? いらねぇよ、そんなの……。全力でこいッ‼」

 

「へぇー、言うじゃない。言っとくけど、絶対防御だって完全じゃないないのよ? それ以上の攻撃を与えれば、死なない程度に痛めつけるのは簡単なの…」

 

「そうかよ。だが、俺がそう簡単に食らうとでも?」

 

 

 

 

一夏の不敵な笑みに、鈴が激昂する。

 

 

 

「いいわ、あんたが二年間寝込んで間に、私がどんだけ強くなったか、思い知らせてやるわよッ‼」

 

「アインクラッド攻略組。白の抜刀斎 チナツの剣技、その身に味合わせてやるよ……ッ‼」

 

 

 

 

 

 

カウントダウンが始まり、臨戦態勢に入る。

巨大な青龍刀《双天牙月》と純白の日本刀《雪華楼》を互いに抜く。

 

そして、やがてカウントはゼロになり……。

 

 

 

 

「行くわよッ‼ 一夏ッ‼‼」

 

「来いッ! 鈴ッ‼」

 

 

 

 

 

イグニッション・ブーストで一気に肉薄する。

そして、互いの刀がぶつかり合い、激しい火花が空にちった。

 

 

 

「はああああああぁぁぁッ‼」

 

「うおおおおおおぉぉぉッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はバトルです!


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第10話 白い侍と赤き龍



久しぶりの更新っ‼








「はあぁぁぁぁッ‼」

 

「うおぉぉぉぉッ‼」

 

 

 

二つの刃がぶつかり合い、激しい火花が空に散っていた。

 

 

今現在。クラス代表対抗戦の第一回戦。

対戦表の発表から大波乱が予想されたこの組み合わせカード。専用機同士による激しいバトルが繰り広げられていた。

片や大型の青龍刀〈双天牙月〉を振るう、中国代表候補生の凰 鈴音。

片や純白の日本刀〈雪華楼〉を振るう、世界初の男性操縦者の織斑 一夏。

白い侍と赤い龍との戦いが行われていた。

 

 

 

 

「うりゃうりゃうりゃッ‼」

 

「ふっ、くうっ! おっと!?」

 

「チィッ、ちょこまかと逃げんじゃないわよッ‼」

 

「そいつは無理な相談だ…なッ‼」

 

 

 

パワーと燃費の良さで押し切る鈴に対し、冷静に攻撃を見極めて躱し、反撃に移る一夏、

スピードでは一夏の方に分があるが、鈴も懐に入らせまいと常に警戒している。

 

 

 

「あーんもうッ‼ 避けるなッ! 当たれぇぇぇぇッ‼」

 

 

 

大振りに双天牙月を振りまくる鈴。

だが、そんな事で一夏に剣戟が当たる事はない。

一夏はただジッと鈴を、鈴の全体の動きを見ている。

そして、一時鍔迫り合いになり、また離れて間合いを図る。

 

 

「凄いな……たったの一年で代表候補生になって、専用機をもらって、ここまでの腕とは……」

 

「何よッ!? 嫌味?! あんたの方が凄すぎてあり得ないわよッ‼」

 

「何がだ?」

 

「あんた、本当にIS動かすの最近の話なんでしょうね? その割りには、動きがあり得なさ過ぎなのよッ‼」

 

「まぁ、ALOでも空中戦闘はあるからなぁ……。もっと言えば、地上戦の方が得意だけど。

あと、強いて言うならSAOでの経験と、その時の動きが出来るのが、一番だけどな」

 

「SAOの動き?」

 

 

 

鈴は頭を捻る。このIS戦闘にSAOの動きが関係しているのか、疑問に思ったからだ。

その疑問に答えたのは、言うまでもない。一夏だ。

 

 

 

「俺の専用機、白式はナーヴギア内部に搭載されていたローカルメモリーを組み込んだ事によって、SAO時代のステータス、それからスキルを完全に再現されているんだ……。

だから、この姿はSAO時代の俺……白の抜刀斎 チナツだと思ってくれてもいい……」

 

「なっ!?」

 

 

一夏の解説に、鈴は驚いた。

ゲーム世界の事がISで実現可能にしている事もそうだが、それを今だに使用している一夏に対しても驚きを隠せていなかった。

 

 

 

「あんた……自分が死ぬ思いをしたって言うのに、何でそんなもんまで使えるのよッ‼

あんたは一体、何を考えてるのよッ!?」

 

 

 

鈴の叫びを、一夏はただ黙って聞いていた。

そして、その問に答える様に、ゆっくりと口を開く。

 

 

「確かに、あの世界ではいろんな事があったよ……。あの世界で失った物、逆に得た物。それに、色々な人達とであって、知って、気づかされた……俺自身の事を…」

 

「…………」

 

「鈴、俺はな、あの世界での事を忘れられないんだ……。たぶん、一生。

なら、それすらも力に変えて、俺の剣を、信念を、ただ貫き通すだけだ……。

それが、俺があの世界で得た物。その思いを……俺は無くす事はしない‼」

 

 

 

語りながら、剣を鞘に納めていく一夏の姿は、妙に様になっていた。そして、中腰に構えるその姿は、一人の剣客。戦場を生き抜いた猛者の姿へと変化した。

 

 

「鈴…」

 

「ッ!? な、何よ?」

 

「本気で行くぞ……ッ」

 

「ッ‼ ……ふんッ! 上等じゃないッ‼ なら私も遠慮はしないわよッ‼」

 

 

 

鈴は双天牙月をもう一本展開し、柄頭を連結させて、ダブルセイバーの様にするとそれをバトンの様に回しながら、振って見せる。

 

 

 

「あんたの剣がいかに速くたって、この中を掻い潜ってこれるかしら?」

 

「いいぜ。…だが俺の剣は、その程度じゃ折れねぇぞ?」

 

 

 

 

その言葉の瞬間、一夏の姿が見えなくなり、気づいた時には、既に鈴の懐に入って抜刀していたのだ。

 

 

「なっ!? くっ、うわあぁぁぁッ‼」

 

 

咄嗟に反応し、青龍刀を盾にして斬撃を防いだが、攻撃には移れなかった。

何故なら、当の一夏は目にも止まらぬ速さで動いている。狙いのつけようがない。

 

 

「くそっ!」

 

「龍翔閃ッ‼」

 

「くっ! はあッ‼」

 

「龍巻閃ッ‼」

 

「ぐあッ!? こんのぉぉぉッ‼」

 

 

 

真下からの斬り上げ、反撃に移った時は体の回転を使ってのカウンター技。徹底的に一撃をいれてくる。

ダメージ自体は本来、そこまでデカくはないのだが、急所打たれる事によって絶対防御が発動するために、どうしても受けるダメージが多くなってしまう。

 

 

 

「あんまり……調子に乗るんじゃないわよッ‼」

 

 

 

一夏を振り切り、距離を取ったのと同時に甲龍のアンロック・ユニットが作動しはじめる。

妙に思った一夏は、一応警戒して構えるが……。

 

 

 

「食らえッ‼ 龍砲ッ‼」

 

「ッ!?」

 

 

 

鈴が叫んだ言葉。龍砲……。

その言葉のあと、一夏のとなりを何かが通り過ぎ、機体が煽られた。

だが、何が撃たれたのか皆目検討もつかず、唖然としているところに、鈴がニヤリと笑ってこちらを見る。

 

 

 

(なんだ……今のは……っ! 何かが通ったぞ?!)

 

「フフッ……今のはジャブだからね?」

 

「何!?」

 

 

 

そう言って、甲龍のユニットが再び作動し、今度こそ一夏は本当の龍砲をその身に食らうのだった。

 

 

 

「ぐおッ!?」

 

 

 

大出力の龍砲が白式を直撃し、白式は地面に向かって落ちて行くが、激突する寸前にスラスターを噴かせてなんとか体勢を立て直す。

 

 

その光景を、管制室でこの試合を眺めていた面々も驚いていた。

 

 

 

「何だ、今のはッ!?」

 

「衝撃砲……ですわね…」

 

「「衝撃砲??」」

 

 

箒が驚き、セシリアは鈴が使った武器を言い当て、それを聞いた和人と明日奈が同時に聞き返す。

 

 

「中国の専用機開発で作られた兵器でね、空間を圧縮して、見えない砲弾を打ち込む兵器らしわ……」

 

「わたくしのブルー・ティアーズと同じ第三世代兵器ですわね……」

 

「でもそれって砲弾だけじゃなくて、発射する砲身も見えないって事じゃない?」

 

「そいつは厄介だな……。俺がセシリアのレーザーを避けたり斬ったり出来たのも、銃身や銃口が見えて、なおかつ撃つ瞬間が見れたからだけど……あの武器じゃ、どこに飛んでくるかわからないな…」

 

 

刀奈とセシリアが解説を入れ、明日奈と和人がさらに指摘する。

 

 

「一夏……」

 

 

箒の心配そうな呟きに、全員が沈黙する。

 

 

「しかもあの兵器は、射角に死角が全くない、360度撃てるみたいですね…」

 

 

さらに山田先生の指摘が、その場の空気を重くする。

 

 

 

 

そして、当の一夏は鈴が乱れ撃ちしてくる鈴の攻撃から逃れていた。

 

 

「くそっ!」

 

「へぇー、よく避けるじゃない……。龍砲は砲身も砲弾も見えないのが売りなのに……」

 

 

 

 

動き続けてもうどれくらいになるか、上空、地上、三次元に動きまくってなんとか躱し続けていく。

 

 

 

(くそっ……厄介な兵器だ……。だが、)

 

 

 

一夏はふと、動きを止めて鈴と相対する。一瞬の事に鈴も驚くが、直ぐに気を取り直して再び龍砲を構える。

 

 

 

(何……? 逃げるのを諦めた? ……まぁ、どっちにしろ斃すんだから一緒よねッ‼)

 

 

 

ただダラリと剣を下げ、正面を向いて鈴を見る一夏に対して、鈴はもう一度龍砲を放った。

 

 

 

「いっけぇぇぇぇッ‼」

 

「………ここか……ッ‼」

 

「えっ?」

 

 

 

大出力の龍砲を放った鈴は、一夏の行動が理解できなかった。

何故なら、ただジッとしていただけなのに放った龍砲を見切り、体を横に捻って完璧に躱したのだから……。

 

 

 

「なっ!? か、かか、躱した……? 嘘でしょッ?!」

 

「やっぱりな……その龍砲の弾道はもう見切った……ッ‼」

 

 

 

確信に満ちた一夏の顔。

鈴はただ驚嘆するばかりだった。

目に見えない空気の砲弾を、完全に見切ったと言ったのだ……目の前の男は……。

 

 

 

「そ、そんなはずないわッ‼ 龍砲は目に見えないのが特徴なのよッ!? それなのに、それが見えるわけないじゃないッ!」

 

「確かにな。どんな奴でも見えない物を見ようとする事は出来ない。そんな事が出来るんだったら、そいつはもう人間を超えている……。

だが、龍砲は見えなくても、“それを撃つ瞬間のお前の表情からどこに撃つのか” ……それくらいは感じ取れるさ」

 

「なッ!?」

 

 

 

龍砲の軌道自体ではなく、それを撃つ操縦者の顔の表情でそれを察知すると言う、離れ技を成し遂げた一夏に、鈴は驚いてばかりだった。

 

 

 

「あ、あああり得ないわよッ‼ たかが顔の表情だけで弾道を予測するなんて事ーーッ!」

 

「鈴、俺とお前は、俺がSAOに囚われるまでに少なくとも三年は一緒にいたんだぜ? だったら、幼馴染の事くらい多少の事は分かるんだよ……。

それに、何をする時もそうだったけど、お前が決めに来る時の顔は、いつも見てたんだ……。だから、撃つ瞬間にその顔と、目線の先が砲弾の射線軸上だってことだ……ッ!」

 

「ーーッ!」

 

 

 

一夏の懇切丁寧な解説で、鈴はもう反論する気にもなれなかった。

今目の前に立っているのは、間違いなく自分よりも強い相手。今まで侮っていたのが、バカらしく思えてくる。

 

 

 

「あんた……本当に変わったわね」

 

「そりゃあ、二年も戦場に立っていたのなら、少しくらいは変わるさ……」

 

「そうよね……たかがゲームでも、命を賭けたんだったら……それはもうゲームじゃない。ただの殺し合いよ……そんな中で生きてきたあんたが、普通なわけ無いか……」

 

「おいおい…俺は人間やめたつもりは無いぞ? これでも立派な人間だと思ってるだから……」

 

「どこがよ? あんたも、あの和人さんだってそうじゃない。セシリアとの試合見せてもらったけど、あんたらが同じ十代だとは思えないわ……ッ」

 

 

 

 

呆れる鈴の表情は管制室で見ていた一同にも見え、それに同意した箒とセシリアが、二人して頷くという奇妙な光景がそこにはあった。

 

 

 

「俺とチナツはそこまで大した事はしてないと思うんだが……?」

 

「いいえ、和人さんも一夏さんも……正直、ギネス記録に載るくらいの称号を与えられるべきですわよ……」

 

「全くだ。レーザーは斬るし、ソニックウェーブは起こすし、見えない砲弾を避けるし……SAOでは一体何をしていたんですか?」

 

「いや、何をって言われてもなぁ……」

 

 

 

返答に困る和人を尻目に、明日奈と刀奈は試合を見る。

もう完全に見切った龍砲では、一夏にダメージを与える事が出来ない。本気になった一夏を止めるのは、生半可なことでは成し得ない。

 

 

「このッ、いい加減落ちなさいよッ!」

 

「断るッ!」

 

「龍砲ッ‼」

 

「土龍閃ッ‼」

 

 

龍砲に合わせる形で、地面に思いっきり剣を叩きつける。

黄色いライトエフェクトを纏った雪華楼は、地面を砕き、それによって弾き出された石つぶては、龍砲に直撃して土煙をあげる。

 

 

「もらったッ‼」

 

 

だが、鈴はその土煙を一気に突破し、一夏の間合いに詰める。そして振り上げた渾身の一撃を、一夏に向けて放った。

が……。

 

 

「遅いッ‼ 龍巣閃ッ‼」

 

「きゃあぁぁぁッ!」

 

 

 

一撃重視の鈴に対して、連撃型の一夏の攻撃。

紅いライトエフェクトの剣閃が、神速の速さで8連撃。

鈴の甲龍のシールドエネルギーが半分を切った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「鈴……」

 

 

 

双天牙月の切っ先を突きたて、杖のつくようにして立っている鈴。

それを見て一夏は刀を下げて、鈴に近づく。

 

 

 

「何よ、情けのつもり?」

 

「鈴、もう終わりだ。降参してくれ……」

 

「はぁ? 何言ってんのよ? 降参? するわけないじゃない……ッ! これでも私は代表候補生よ!? 舐めんじゃないわよッ‼」

 

 

 

ここまで来れば、もう自分の我儘だ。

今の一夏を認めたくないが故に敵対し、剣を交えている。

ISでの戦闘や稼働時間は、鈴の方が絶対的に上回っている……だから、勝負の行方は圧倒的な力を見せつけての自分の勝利を描いていた。

が、蓋を開けてみたらどうだろう……。今は自分が崩れ落ちそうになり、眼前には悠々と立っている一夏が。

自身の努力は、一体何だったのか? っと疑いたくなる。

 

 

 

「くっ…! ううっ……」

 

 

 

力を振り絞り、二つの双天牙月を連結させ、大きく振りかぶる。

 

 

 

「さぁ、構えなさいよ……ッ‼ まだ勝負は終わってないわッ‼」

 

「鈴。…………わかった。ならば、俺も全力で迎え討つッ‼」

 

「当たり前よッ‼ うりゃうりゃうりゃあぁぁぁぁッ‼」

 

 

 

 

双天牙月を振り回し、一気に肉薄する。

そして、渾身の一撃を横薙ぎに一閃。当たれば一溜まりもない一撃だ。

振り抜いた攻撃の剣圧によって風圧が起こり、塵が舞う。

だが、目の前に一夏の姿はない。

 

 

 

「ッ!? どこに……」

 

「大型の武器は、その巨大さ故に攻撃力は凄まじい物を持つーー」

 

「ッ!?」

 

 

声の聞こえた方角……上へと視線を向ける鈴。

 

 

 

「だが、その巨大さ故に小回りが効かず、攻撃の手段は “振り下ろす” か “薙ぎ払う” かの二つに一つ……。

至極読みやすいーーッ‼」

 

 

 

そう言いながら、左腕を前に突き出し、刀はその左腕の上から左肩当たりに並行に伸び、いつでも振り抜ける状態のまま、鈴に向かって落ちていく一夏。

 

 

 

「おおぉぉぉぉッ‼」

 

「くッ‼」

 

「龍槌閃ッ‼」

 

 

 

ブースターの出力と地球の重力。

思いっきりスピードに乗った一夏の一振りが下ろされ、剣閃一閃。

咄嗟に防御に回った片方の双天牙月の刃の部分を、真っ二つに両断して見せた。

 

 

 

「くっーー‼」

 

「………」

 

 

 

斬られた衝撃により、後ろに倒れ、尻餅を着く鈴。そして、ゆっくりと立ち上がり、鈴を見下ろす一夏。

もはや、勝敗は決したかに思えた。

 

 

 

 

 

 

が、その時……。

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオォォォォォンッ‼‼

 

 

 

 

 

 

「へっ?」

 

「ッ!? 鈴ッ‼」

 

 

 

 

突如、鈴と一夏のいる場所から遥か上空。

そこから、大出力で放たれたビーム攻撃が、二人を狙って撃たれた。

撃たれたビームは、アリーナのシールドを貫通し、アリーナのグラウンドを直撃。

大きな黒煙と轟音をたてる。

 

 

 

 

 

「システムに異常発生ッ‼ 何者かがアリーナの遮断シールドを越えて、侵入しました‼」

 

「試合中止ッ‼ 織斑! 凰! すぐに退避しろッ‼」

 

 

 

 

山田先生、千冬の声により、アリーナ内は騒然としていた。すぐに観客席の防衛機能が発動し、外壁が閉じる。

鳴り響くアラーム音と赤い蛍光ライトが、非常事態である事をより一層際立たせる。

 

 

 

 

「な、何ですのッ!?」

 

「一夏!?」

 

「生徒の避難を最優先ッ‼ 先生方も、誘導員として配置にッ‼」

 

「キリトくん!」

 

「あぁ、俺たちもどうにかしてチナツの援護に行かなきゃな……」

 

 

 

 

セシリアと箒は混乱し、刀奈はすぐに通信機を使って、各地に連絡。生徒と来賓の避難を指示。和人と明日奈は一夏の加勢に行くために、最短通路の割り出しをしていた。

 

 

一方、アリーナ内では……。

 

 

 

 

 

 

「鈴、大丈夫か?」

 

「う、うん……なんとかーーてっ!?」

 

 

 

突然襲ってきたビームを躱した二人は、ビームの着弾地点から少し離れた所で様子を見ていた。

一夏の問いに答える鈴。だが、今自分のおかれている状況を、改めて確認して驚愕した。

何故なら、自分が一夏にお姫様抱っこされている状態だったからだ。

 

 

 

 

「なっ、何してるのよこのバカッ‼」

 

「痛ってぇッ‼ 何すんだッ!」

 

「うるさい‼ うるさい‼ うるさぁーーいッ‼」

 

「バカッ‼ 殴るなッ‼」

 

 

 

緊急事態につき仕方ないのだが、それとこれとは別問題なのが乙女心というやつなのか……。

だが、悠長な事を言ってる場合でもないのも事実である。

黒煙をあげる地点から、煙を掻き分けてくるかの如く歩いて、姿を見せる侵入者。極太の腕をぶら下げ、ズシン、ズシンと一歩一歩が重量感のある歩き方をしている。

 

 

 

 

「何なんだ……あいつ……」

 

「あれでもISなのかしら……?」

 

「わからない…」

 

 

 

侵入者はただただその場に立ち尽くし、こちらの様子を伺っている。

 

 

 

「お前、何者だ!?」

 

「………………」

 

「聞いているのか? お前は何者だ、何が目的だッ!?」

 

「………………」

 

 

 

 

怒鳴りつけるような一夏の問いにも侵入者は何の反応も見せず、ただ見ているだけだ。

さて、どうしたものか……。そう思っていた時、丁度良いタイミングで通信が入る。

 

 

 

「織斑くん?! 凰さん?! 無事ですか?!」

 

「山田先生…ッ! こちらは大丈夫です! それより、これはどういう事なんですか? 観客席の生徒達は?」

 

「今こちらでもその対処をしている所です! すぐに教師部隊が突入しますので、お二人はすぐに退避をッ!」

 

「っと言われましてもね……」

 

 

 

退避しろと言われても、相手の出方がわからない以上、下手に動けば、今まさに避難している生徒達に危害が及ぶ可能性がある。

 

 

 

(くそっ……どうする……。俺一人でも相手になるかどうか……。

おそらくはパワータイプの機体。それにビーム兵器。近づき難いな……)

 

 

 

そう思案していると、先ほどの通信から全く別の声が聞こえてきた。

 

 

 

『チナツさん! 聞こえますか?』

 

「えっ? ……この声……まさかユイちゃんか?!」

 

『はい! そうです!』

 

 

 

白式のプライベートチャネルに、可愛らしい銀糸を弾いたような声が聞こえる。

何を隠そう和人と明日奈……キリトとアスナの愛娘であるユイの声だ。

 

 

 

 

「そうか……ッ! キリトさんの月光からプライベートチャネルに……」

 

『はい、侵入者さんのハッキングで中々割り込む事が出来ませんでした……』

 

 

 

だが、それを見事に看破し、システムに割り込んだのだから凄いという他ない。

こういう所は、父親譲りなのだろうか……?

 

 

 

 

「ユイちゃん。他のみんなの様子は?」

 

『それが、あまり良く有りません……』

 

「どう言うことだ? もう避難は始めてるんだろ?」

 

『いえ、それが……その侵入者さんのハッキングの所為で、すべての通路のシャッターが閉鎖。解除に時間が掛かっているために、教師部隊の突入が大幅に遅れていますッ!』

 

「何だってッ!?」

 

 

 

つまり、侵入者のハッキングを解除するか、その侵入者を倒すしかないわけだ。

 

 

 

「………ユイちゃん。パパと通信は繋げられる?」

 

『はい! 大丈夫です!』

 

 

 

そう言って一夏のプライベートチャネルから離れていく。

そして、数秒後。今度は和人と共に通信が入る。

 

 

 

『チナツ! ユイから話は聞いた。システムクラックの方は、IS学園三年の精鋭の先輩方がやってくれてはいるが、時間が掛かるらしい。俺たちも突入して、加勢したい所だが……』

 

「それも無理でしょうね……。

キリトさん、ユイちゃんと一緒にシステムクラックの作業に入って下さい。少しでも早く生徒の避難を急がないとッ!」

 

『お前はどうするんだ?』

 

「この場であいつの相手が出来るのは、俺か鈴だけです。

だから、時間稼ぎは俺たちでやります!」

 

『まぁ、お前ならそう言うよな……。

わかった。俺も出来るだけの事はやってみるが、無茶だけはすんなよ? あとで怒られるのはお前だからな』

 

「わかってますよ。それじゃあシステムクラックの方、よろしくお願いします」

 

『おう!』

 

 

 

 

 

通信を切り、再び侵入者を見る一夏。

 

 

 

 

「話は終わった?」

 

「あぁ。今のところ、避難が遅れているらしい……。どうやら、あいつがハッキングしている所為で、システムに異常が起きているみたいだ…」

 

「そう……なら、私達でぶっ潰した方が速いってわけね?」

 

「まぁ、概ねそうなのだが……」

 

「つーかッ! 早く離しなさいよっ‼ 動けないじゃないッ!」

 

「あぁ、そうか! すまない。……っ‼」

 

 

 

 

 

鈴の指摘に慌ててお姫様抱っこを解除したその時、侵入者からの高出力のビーム砲撃が行われ、鈴と一夏のいた場所を通り過ぎる。

 

 

 

「ッ! 危ないわね……! どうやら、向こうもやる気見たいよ?」

 

「みたいだな……」

 

「一夏、あんたが突っ込みなさい。武器 “ソレ” しかないんでしょう?」

 

 

 

 

そう言って、鈴は一夏の右手に握られている刀を見る。

自分をここまで追い詰めた、一夏にとっての “最強の武器” を……。

 

 

 

 

「あぁ。まぁ、 “もう一本” あるんだが、それはいざと言う時に使うさ……。

そんじゃあ、行くとするか……。バックアップ頼んだぜ……鈴!」

 

 

 

 

鈴を一目見て、はにかむ一夏の顔は、とてもかっこよく思えた……。

二年前、一夏を奪われ、何も言えないまま中国に帰り、そして、再び再会した。

恋人がいて、いまだゲームの世界に身をおいている一夏に嫉妬し、怒り、刃を向けた。

だが、何故だろう。

今の一夏を見ていると、とても安心する。

何故かわからないが、負ける気が全くしない。一夏の強さを知っているから? 絶対勝つと信じているから?

それは鈴自身もわからない。

でも、一緒に戦える事が、今は嬉しい。

この戦いが終わったら、自身の気持ちを打ち明けよう……。そのためにも、今は戦って勝つ‼

それだけだ。

 

 

 

「任せなさいっ‼」

 

 

 

 

意気や良し。白い侍と赤き龍は、強大な敵に向かって戦いを挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 






次回は、決着ですね……。


感想よろしくお願いします^_^



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第11話 決着


えぇ、今回はバトルらしいバトルはあまりしないかな?

とりあえず、鈴ちゃんとの和解シーンです!


では、どうぞ!




 

「鈴、左だッ!!」

 

「わかってるッ!」

 

 

 

侵入者との戦闘から数十分が経過したか……。

一夏が雪華楼で近接戦を挑み、鈴が龍砲で中距離からの援護を行っているのだが、相手の機体性能がいいのか、中々決定打を打つ事ができず、いまだに決着がつけられずにいた。

 

 

「チッ、速い……っ!」

 

「もう! 何やってんのよッ! さっきから掠ってばっかりじゃないっ! ……私にやったみたいに滅多斬りにしてやりなさいよっ‼」

 

「わかってるッ!」

 

 

 

攻め込む一夏と鈴。

だが、それでも敵のISは回避、防御、反撃といった形で攻撃を防ぐ。

そして、逆に今度は両肩に搭載されたビームマシンガンで圧力攻撃を仕掛け、両腕の巨大なビーム砲で二人を狙い撃ちにする。

 

 

 

「どうすんのよッ!? このままじゃ、こっちがやられちゃうわよっ‼」

 

「逃げたきゃ逃げていいぜ?」

 

「はあっ?! ふざけないでッ! これでも私は代表候補生よ!」

 

「そうかよ……。なら、お前の背中くらいは、守ってやるよ」

 

「〜〜〜〜っ‼」

 

 

 

何気ない一夏の一言。そして、その一夏の表情を見ていると、顔が熱くなってくる。

やはりまだ、鈴にとって一夏という人物は、絶対的な存在なのだ。

 

 

「その……ありがと…」

 

「あぶねぇッ! 躱せ、鈴っ‼」

 

「うわあっ!?」

 

 

一夏の一言でヘブン状態になっていたところを敵が襲撃。

キャノン砲で砲撃してきた。

寸前で一夏の言葉が入り、なんとか躱す鈴。

 

 

「集中しろ!」

「わかってるわよっ‼ ……一体、誰の所為だと思ってんのよ……!」

 

 

そんなこともいざ知らず、一夏は敵を追い詰めていくが、いまだ立ち込める黒煙の中に逃げ込み、追撃を逃れる。

 

 

「くっ……! 逃げられたわねっ」

 

「あぁ……」

 

 

 

黒煙に逃げ込んだ敵の出方を待つ二人は、一度距離をとって様子を見る。

 

 

 

 

「………なぁ、鈴」

 

「ん? 何よ」

 

「さっきから気になっていたんだけどさ……あいつの動きって、なんだか機械じみてないか?」

 

「はぁ? 何言ってんのよ、ISは機械じゃない」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……。

あの機体って、本当に人が乗ってるのか……?」

 

「は、はぁッ!?」

 

 

 

一夏の言葉に驚き、思わず声を上げる鈴。

それもそのはずだ。何故なら、一夏の言っている事は人が乗らないでも動くIS。つまりは……

 

 

 

「ま、まさか、あの機体が ‘無人機’ だって言いたいの?!」

 

「そのまさかだよ。さっきからあいつの動きには、不自然な事が多すぎるんだ……それに、俺もあいつの動きを先読み出来ない……」

 

「はぁ? 不自然な動き? 先読みが出来ない?」

 

「あぁ。まず第一に、あいつは俺たちがこうやって話しているときには、攻撃を仕掛けてこないだろ?」

 

「…………あぁ、確かに! 言われてみればそうね。

最初の時も、私たちから仕掛けに行ったし……」

 

「そして第二に、あいつは俺たちの攻撃を同じ要領で防いでいる。防御または回避。それからの反撃。

俺と鈴がどっちから仕掛けたとしても同じ反応だ。どちらか先に潰しに来るのではなく、仕掛けたからやり返すみたいな感じでだ……。しかもそれを何度もな…」

 

 

 

一夏の説明で更に疑念が湧いてきた敵の無人機疑惑。

 

 

 

「そう言えば、あんたさっき先読みがどうとか言ってたわよね? あれはどういう事よ……?」

 

「これは俺の直感なんだけどな…俺はSAO時代の戦い方で、相手の動きを先読みして、攻撃に移る戦い方をしていたんだ。

そして、それを可能にするのが、人間の ‘感情’ だ」

 

「感情?」

 

「あぁ、人間には感情がある。嬉しかったり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、要するに喜怒哀楽ってやつさ。

怒ったりするれば、相手を挑発にのせやすいし、攻撃を誘導させて隙をつく事も出来るし、泣く事……哀の感情があるからこそ、とどめを刺すのを躊躇ったりするわけだ……」

 

「へ、へぇ〜〜」

 

 

いつの間にか、個人授業を受けている鈴。

SAOでの生活事情が疑われる一夏の説明に若干引き気味であった。

 

 

「だが、あいつからはその感情が一切感じられないんだ……。あそこまで感情が欠落している人間はそういないだろう」

 

「まぁ、ストレスなんかの耐久テストを受けた人間でも、少しくらいは感情があるものよね……。

つーか、あんた先読みが出来ないんじゃ意味ないじゃないっ‼」

 

「あぁ、そうだな……。あいつは俺の天敵みたいなもんだ」

 

 

 

清々しいほど素直に宣言する一夏に呆れる鈴。

だが、これこそ一夏なのだなと思ってしまう。

 

 

 

「さてと、もうそろそろ決めないとな……。エネルギーは……あと三百ってところか……鈴、エネルギーはあとどのくらいだ?」

 

「さっき撃ったので大分なくなったわね……。多く見積もってもあと一発分しかないわ」

 

「そうか……。わかった、次の攻撃で終わらせるぞ!」

 

「まぁ、別にいいけど、ちゃんと当たんでしょうね?」

 

「あぁ、問題ない。次は当てるさ!」

 

 

 

一夏は一度、雪華楼を収納し、右手にもう一本の刀を呼び出す。

それはもちろん、嘗て自分の姉が使い、世界最強の頂にまで導いた刀。

『雪片弐型』だ。

 

 

「さてと、クライマックスと行こうかっ‼」

 

 

 

 

 

 

 

〜管制室内部〜

 

 

 

「キリト、システムの解除まであとどれくらい?」

 

「正確な時間は言えないけど、残り数カ所をパージ出来れば、完全に解除出来る……っ‼ そう時間はかからないと思う……」

 

 

 

ただいま絶賛システムクラック中だ。

和人がユイと共にシステムに干渉し、三年の精鋭達と共にシステムクラックを行ってから、大体数十分くらい経っていた。

刀奈は生徒の避難路の確保と確認を行っており、明日奈はその誘導といった感じで対応をしていた。

二人とも元は騎士団の副団長。

こう言った全体を指揮するのには慣れているのか、どこか自然体で事態に対処しているかに思えてくる。

 

 

 

 

「はぁ……。これでは、私たち教師の立つ瀬がありませんね」

「なに、生徒たちが自主性を持つのは、いいことだと思うぞ? 取り敢えず落ち着け。コーヒーでも飲んで落ち着くとしよう」

 

 

 

一夏と鈴は警告を無視して戦闘に入り、周りの生徒たちも和人、明日奈、刀奈の指示で動いているため、特にやることが無く、ただ見ていることしか出来ないでいる真耶。

そんな真耶に、コーヒーを勧めてくる千冬。自身も飲む為にカップにコーヒーを入れる。

この緊急時にここまで落ち着いている千冬は、流石はブリュンヒルデだと思ってしまう。

 

 

 

コーヒーに砂糖ではなく、塩を入れていることを除けばだが……。

 

 

 

「あのぉ〜、織斑先生? それ、塩ですけどぉ〜?」

 

「む……。なんでここに塩があるんだ?」

 

「何で…と言われましても……あぁっ! 分かりました! なんだかんだ言って、織斑先生も一夏くんの事が心配なんですねぇ〜♪」

 

 

 

ガシッ‼︎

 

 

 

ちょっとした悪戯心でやってしまった千冬いじり。

本当にちょっとした気持ちだったのだが、今の現状、真耶の頭には千冬の手が置かれ、ギチギチというどうやって鳴っているのか分からないような音が聞こえる。

 

 

 

「痛いっ‼ イタタタタっ‼ お、織斑先生っ‼ 割れます! 割れちゃいますってっ‼」

 

「山田先生……私は身内ネタでからかわれるのはキライだ……。

あぁそれから、これをどーぞ。冷めない内に…。さぁ……」

 

 

 

そう言って差し出したのは、今まさに千冬が砂糖と塩を間違えて入れてしまったコーヒーだ。

 

 

「ほらっ‼ お前たちもさっさと作業を続けろ! 事は一刻を争うぞっ‼」

 

「「「は、はい…………」」」

 

 

 

真耶と千冬のコント劇を見ていた者たちに一喝。

なんとも理不尽な先生だ。

だが、千冬も千冬で、弟の事が心配で仕方ないのだろう…。

教師である前に彼女も姉弟だ。今のところ一夏たちは無事みたいだが、何が起こるか分からない。和人達も急いで救援活動に戻る。

っと、そうしていると……。

 

 

 

 

「先生! 私に出撃命令を! 専用機を持っているわたくしなら、戦闘でお役に立てますわ!」

 

 

ここまで千冬たち同様何も出来ないでいたセシリアが、出撃する事を提案してきた。

 

 

「無駄だ。システムクラックが終わらない以上、我々も出る事が出来ん……。それに、どっちにしろお前は出撃出来ないから安心しろ」

 

「な、なんですってっ!?」

 

「お前のブルー・ティアーズは一対多数の戦闘に向いている機体だ……。

だがそれは、お前が一で、相手が多数である場合だがな……。逆にお前が多数の側に入ると、むしろ邪魔になる」

 

「そ、そんなことありませんわっ‼ わたくしだって代表候補生ですのよ!? それくらいの立ち回りはーーー」

 

「では、連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? 相手はどのくらいのレベルを想定している? 連続稼働時間はどれくらいーーー」

 

「わ、分かりましたわ……! もう結構です……うぅ…」

 

「ふん、分かればいい」

 

 

 

 

千冬の言葉攻めに為す術なく引き下がるセシリア。

だが、どれも真に的を射た言葉ばかりだ。セシリアは千冬の言ったどの訓練もやっていない。

多方向からのビット攻撃での味方の支援をどうやるかなんて、考えてもいなかった。

だからこそ、今のところ一夏たちの役に立ちそうな所は見当たらない。

そう思ってシュンとしているセシリアに対し、自分は何とか力になろうと動いた人物がいた。言わずとも分かると思うが、箒だった。

 

 

 

 

 

「箒ちゃん? どこに行く気なのかしら?」

 

「っ!? 楯無さん……」

「まさかとは思うけど、チナツ達の戦闘に介入しようだなんて、思って無いわよね?」

 

「そのまさかです! 私も訓練機を使えば、戦闘に参加出来ますっ‼ 打鉄ならばセシリアのブルー・ティアーズとは違って、完全な近接格闘型です! 援護は出来ても、邪魔にはなりませんっ‼」

 

 

 

確かに、箒の言い分にも理にかなっている所はある。

同じ近接格闘型の機体であるのならば、ブルー・ティアーズよりは一夏たちに合わせて連携は取れるだろう……。

だが、

 

 

 

「箒ちゃん、それ、本気で言っているのかしら?」

 

「えっ?」

 

「確かに、打鉄ならばセシリアちゃんとは違った連係は取れるでしょうね……。

でもね、これは ‘訓練’ じゃないのよ? もしかすると死ぬかもしれない ‘実戦’ なのよ……!」

 

「っ‼ そ、それはわかっていますっ‼ だからこそ救援にーーー!」

 

「行ったところでどうするの? 向こうの情報は未だ不鮮明、専用機二機がかりで応戦しても未だに苦戦している。

そんなところに、競技用にカスタマイズされた量産型の訓練機で、どうやり合うの?」

 

「そ、それは……」

 

「ましてや、箒ちゃんのIS稼働時間だって、他の一般生徒と変わらない……。

チナツ達とやった連携訓練もたったの数回……。それで勝てるほど、実戦は甘くないわよ……っ‼」

 

「……っ…………」

 

 

 

刀奈の言葉の一つ一つが、箒の胸に突き刺さる。

とても辛く、痛みで顔が苦悶に満ちる。

 

 

 

「それでも……それでもっ‼」

 

「……わかっているわ…………」

 

「っ!?」

 

 

それでも食い下がろうとした時、刀奈も自分と同じような顔をしていたのを見た。

 

 

 

 

「私だって、今すぐにでもそこの隔壁をぶち破って、助けに行きたいぐらいだもの……。箒ちゃんの気持ちが分からないでもないわ……。

でも、私はここの生徒会長でもあるの……っ! みんなの安全を守らなきゃいけないの……だから箒ちゃん、あなたを危険なところに行かせるわけにはいかないわ……っ‼」

 

「楯無さん……」

 

 

 

刀奈の立場から考えれば、箒もこの学園の生徒なのだ……当然守らなければならない存在だ。

そして、最愛の人、一夏もまたその生徒たちを守るために戦っているのだ……。ならば、生徒達の長たる自分が、役目を放棄する訳にはいかないのだ。

 

 

 

「だから、ここで大人しくしてもらうわよ……箒ちゃん…」

 

「………わかり、ました……」

 

 

 

自分の無力さに怒りを覚え、拳を強く握りしめる箒。

何も出来ないでいる自分が悔しくてたまらないのか、苦虫を噛んだ様な表情をする刀奈。

今二人に出来ることは、より早くシステムクラックを完了させる事と、一夏の無事を祈ることだ。

 

 

 

 

(チナツ……お願い、無事でいて……っ‼)

 

 

 

 

 

 

 

〜アリーナ内部〜

 

 

 

 

 

「それで? その刀でどうするのよ?」

 

「相手が無人機ならば、遠慮はいらない……全力で斬りに行くだけさ…」

 

「まぁ、あんたの武装はそれしか無いから仕方ないけど、その攻撃が当たらないんじゃない……」

 

「大丈夫だ、次は当てる」

 

「ほう、言い切ったわね。それで、その武器の威力は宛てにしていいの?」

 

「あぁ、これは千冬姉が使ってたやつの後継機だ……。そして、その能力も継承されてるみたいでな。

この攻撃で、今度こそ終わらせる……っ‼」

 

「了解、そんじゃあ私はバックアップに回るわ」

 

「あぁ、龍砲で牽制してくれ。そして、おそらくその反撃でお前に向かって攻撃が行くと思うが……」

 

「心配要らないわよ。あいつの攻撃くらい耐えてみせるから…」

 

「いや、そんな心配すらいらねぇよ。お前には絶対に当てさせない! その前に俺が片ずけてやるさ……!」

 

「〜〜〜〜っ‼」

 

 

 

 

確固たる決意に満ちた一夏の顔に、ドキドキする鈴。

 

 

 

 

「わかった……お願いね、一夏…」

 

「あぁ、行くぞ……鈴!」

 

「了解っ‼」

 

 

 

 

丁度黒煙から現れた敵は、二人の姿を捉える。

そして、一夏が動き、それに続いて鈴が動く。

鈴が龍砲の射程に移動し、一夏は敵機と同じ土俵。地上に降り立ち、雪片の切先を相手に向け、八相の構えをとる。

 

 

 

 

(一夏……信じるからね……っ‼)

 

 

 

決意を固め、残りのエネルギーの全てを龍砲に込める。

二つあるアンロック・ユニットが駆動し、最大出力の衝撃砲が、敵機を襲う。

 

 

 

「いっけええぇぇぇぇぇっ‼」

 

 

放たれた龍砲は、敵機に直撃はしなかったが、その着弾地点からの爆発によって発生した衝撃が敵機を襲う。

だが、それで終わるほど甘くはない。

衝撃に耐え切った敵機は、そのまま鈴に向かって加速していく。

 

 

 

 

「っ‼ 一夏ッ!!」

 

「頼むっ‼ 力を貸してくれ、白式ーー‼」

 

 

 

 

突如、一夏の全身が黄金に輝き、手に持つ雪片の刀身が割れ、レーザーブレードが出現する。

 

 

 

【単一仕様能力 零落白夜 発動】

 

 

白式から出された空中ディスプレーに表示された情報。

それは白式を白式たらしめる唯一無二の能力。

全てのシールドエネルギーを消滅させる最強の技。

だが、敵機はそんなことも気に留めず、真っ先にエネルギーを失った鈴に向けて、その巨大な右腕を振りかぶる。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

敵の攻撃が、目の前に迫る。

鈴は目をつむり、両腕を顔の前でクロスさせて身構える。

 

 

 

(鈴ッ!! させるかあぁぁぁぁっ!!!)

 

 

 

全ての意識を敵を斬ることに向ける。

 

 

 

ーーーー絶対に守るっ‼ 俺が、鈴を! みんなを! こんな奴に、やらせてたまるかっ!!!!!!ーーーー

 

 

 

まるで、一夏の思いに応えるかの如く、更に輝きが増していく白式。

 

 

「くっ‼︎ うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 

 

 

極限までに加速した白式は、一気に敵に肉薄する。

そして、光輝くその刀身が、鈴に振るわれる敵の拳よりも速く横薙ぎに一閃。敵機の胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

「せいやあぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

ズシャアァァァァァンッ!!!

 

 

 

鋼鉄を斬り裂く音。少しずつ削っていたエネルギーが一気に消滅し、胴体が切れた敵機の上半身は、宙に舞い上がり、下半身は慣性に従って鈴の隣を通り過ぎ、激しい轟音をたて、アリーナの防壁に激突する。

 

 

 

「ん、んん……」

 

「鈴…」

 

「っ…一、夏?」

 

「終わったぜ……」

 

 

 

迫り来る攻撃に目をつむっていた鈴。

次に目を開けた時は、優しい微笑む一夏の顔だった。

 

 

 

「えっ? 終わっ……たの?」

 

「あぁ、ギリギリだっがな……。大丈夫か?」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

衝撃砲を撃ち終わった直後、迫り来る敵の攻撃に身を竦め、尻餅をついて倒れていた鈴。差し出された一夏の手を強く握りしめ、立ち上がる。

そして、やっとシステムクラックが終わったのか、緑色のリヴァイヴを纏った教師部隊が接近してきた。

 

 

 

「突入が遅れてごめんなさい! 二人ともケガはない?」

 

「俺は大丈夫です。鈴、どうだ?」

 

「私も大丈夫よ」

 

「そうですか……よかった。もうすぐ回収班も来ます。二人はこのままこの場で待機を」

 

「「了解しました」」

 

 

 

二人に簡単な安否確認をして、今度は一夏に破壊された敵機の回収をする為に他の教師達と共に集まる。

 

 

「ふぅー…なんとか終わったな…」

 

「そうね……」

 

 

 

二人はISを解除し、その場に降り立つ。

甲龍はエネルギー切れによってしばらくは動かせず、白式も最後の一撃にほぼ全てのエネルギーを注ぎ込んだ為か、エネルギーが完全に切れていた。

 

 

 

「にしても、最後のは危なかったわよ! もう少しで攻撃を受けるところだったんだから!」

 

「悪るかったな……。でも、ちゃんと約束は守ったぞ」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべる一夏に、鈴は「ふんっ…」と少し拗ねたように反応する。

だが、その頬はどこか赤く染まっていた。

 

 

 

「まぁ、ありがとう。一夏がいなかったら、正直やばかったと思う……」

 

「いや、そんなことないと思うぞ? それに、お前がいたからこそ、俺もなんとかあいつを倒せたんだし……。

ありがとな、鈴!」

 

「っ‼ べ、別に、お礼なんか要らないわよっ!……その、助けてくれて……ありがとう……」

 

 

 

俯きならがらも、一夏にお礼を言う鈴。

それを一夏は、微笑みながら「あぁ、どう致しまして」と受け取った。

 

 

 

「チナツゥゥゥっ‼」

 

「チナツく〜んッ!」

 

「チナツ! 大丈夫かッ!?」

 

 

 

 

と、そこへ刀奈と明日奈、和人が駆けつけ、合流する。

 

 

 

「チナツ! 大丈夫?! ケガはない? どこか痛めたとかは?!」

 

「だ、大丈夫だってカタナ……」

 

「鈴ちゃんは大丈夫? 最後のはちょっと危なかったけど……」

 

「あ、はい! なんとか……」

 

「一応、念のために検査くらいはしておいた方が良さそうだな……。とりあえず二人は、織斑先生の所へ行ってこい。

チナツ、後でちゃんと謝っとけよ。織斑先生も相当心配してたみたいだからな…」

 

「「プッ! ふっふふふっ♪」」

 

「「ん??」」

 

 

和人の一言で、何故か吹き出す面々。

そして、それを見て首を傾げる一夏と鈴。

 

 

その後、一夏と鈴は和人の言う通りに、千冬の元へと向かい、一応命令無視の罰として、今日一日絶対安静にしている事。という命令を受け、メディカルチェックを受けた。

チェックでは異常は見られず、二人ともすぐに解放され、学生寮へと帰っていった。

命令無視の罰にしては軽いが、一番は生徒たちの安全を考えての行動だったという事、そして、二人で侵入者を見事撃破した事が軽くなった要因なのだろうか……。

はたまた、単なる千冬の心情からくるものなのか……。

 

 

と、真実を知るのは千冬だけなのだが……。一方、一夏たちは……。

 

 

 

 

「ねぇ、一夏」

 

「なんだ?」

 

「ちょっといい?」

 

 

 

クイッと親指を立て合図をする鈴。

どうやら「話がある」という意味らしい。

 

 

「わかった。なら、屋上に行こうぜ。そこなら誰もいないだろうし……」

 

「うん、じゃあ行きましょう」

 

 

 

 

鈴の後を追う感じで屋上へと足を運ぶ。

以前ここでは、鈴とケンカをし、殴られた記憶がある。

随分と心配させてしまい、挙げ句の果て今もVRMMOをやっていると告げ、ほぼ険悪なムードになった印象しかない。

 

 

 

「その、ごめんね……。ここで、あんたのこと殴っちゃったからさ……」

 

「いや、それは俺も悪かったって言うか、お前の気持ちも考えないで……。その悪かったな、鈴」

 

「ううん。もういいわ……。私がこれだけ言っても、あんたはどうせ聞かないしね」

 

「うぐっ、だから悪かったって……。でもまぁ、確かに、今更やめるつもりはないからな……。

何を言われようと、これからもあの世界と向き合っていくさ」

 

「はぁー……。やっぱりそう言うと思った。でも、なんだか羨ましくも思ったのよ……」

 

「え?」

 

 

 

そう言う鈴の顔は俯き、よくは見えなかったが、どこか儚げな感じがした。

 

 

 

 

「あんたが戦ってる姿がさ、なんか、かっこよくて、和人さんや明日奈さん……それに、楯無さんともあんな感じで……なんだか、あんたがまだ遠くにいるように思えてさ…。

でも、なんだかあんたが楽しそうで、笑ってるとさ、なんだか本当にやめたくないんだなぁ〜て思っちゃだからさ……」

 

「鈴……」

 

「ごめんね、湿っぽくなっちゃって……。それから言い過ぎし、やり過ぎた。あんたにとっては、大事な2年間を過ごしたのよね……。

それをあんな風に言っちゃって、ごめん!」

 

「………………」

 

 

ほとんど無意識だったのか、一夏は謝ってある鈴の頭に手を置き、頭を撫でる。

 

 

「ふぁっ!? な、なによっ‼ いきなり!」

 

「あ、あぁ! いや、ちょうどいいところに頭があったからさ……。

それと、そのことは気にしなくていいぞ? そりゃあ少しは驚いたし、怒ったりもしたけど、俺がお前にそんなこと言えた義理じゃないからな……」

 

「一夏……」

 

 

 

そう言って、手を退かし、今までよりもまっすぐに鈴を見る一夏。

 

 

 

「…ねぇ一夏、私が好きって言ったら、どう、する?」

 

「えっ?」

 

「だから! その、私が、あんたのこと好きだって言ったら、どうするのよ!!!」

 

「…………ええっと……」

 

 

 

いきなりの告白&鈴の勢いに押され、少したじろいでしまったが、一呼吸置いて、もう一度まっすぐ鈴を見る。

 

 

 

「ありがとう鈴、すっげぇ〜嬉しい…っ‼ でも、俺には、もう好きな人がいる」

 

「……んっ」

 

「その人を守ると誓った。そして、俺に関わる人全てを、俺は守りたいと誓ったんだ……。

だからさ、鈴……」

 

 

そう言って、もう一度鈴の頭に手を置く。

 

 

 

「これは俺の我儘だけどさ、俺はお前と今までみたいにずっと親友でいたい! そして、もしお前に何かあったら、そん時はいつでも助けに行ってやる!

この繋がりを、俺は断ちたくはない……ッ!」

 

「………」

 

 

 

そう、これは一夏の我儘だ。一番身近にいて、自分の容態を心配してくれてた女の子。そして、そんな自分のことが好きだと言ってくれた女の子をフッた挙げ句、親友でいたいと言った……。

当然、殴られることを覚悟した。鈴には、それくらいのことをする権利がある。そう思って目をつむり、殴られる覚悟をしていたのだが……。

 

 

 

「はぁ〜あ、フられちゃった……。そして親友でいたいと来たかぁ〜。どこまで我儘なのよあんたわ……」

 

「………っ…」

 

「でもまぁ、いいかな。そんな関係でも…」

 

「ッ!」

 

「別にもう会わないとかじゃないんでしょう? なら別に怒ったりなんかしないわよ……。

やっと会えたって言うのに、もう会わないなんて言ったら、それでこそぶん殴ってたわ」

 

「鈴……」

 

「あぁ! そうだ。ねぇ一夏、アミュスフィアの使い方、教えてくんない?」

 

「え?」

 

「何よ? 教えてくんないの? 私もやってみたいなぁ〜って思ってさ……ALO」

 

「ッ!」

 

 

 

鈴の発言に驚く一夏。

それもそのはずだ。VRMMOをあんなに毛嫌いしていた鈴が、自分から進んでやりたいと言ったのだから。

 

 

 

「あ、あぁ! いいぜ! 鈴も一緒にやろう! お前に紹介したい人とか、見せたいものとかがいっぱいあるんだ!」

 

「そうなんだ……。じゃあ、やってもいいわよ? で? どうやってするの?」

 

 

 

 

 

それから一夏によるALOの講義が始まった。キャラネームから始まり、種族、武器、装備の話があり、のちに魔法や各種スキルの事などを話していった。

そして、その様子をどこか安心した表情で見守る二つの影。

 

 

 

 

「まぁ、何はともあれ一件落着と言ったところか……」

 

「そうですね……。良かったわね、チナツ……」

 

「ふっ。そうしていると、本当の夫婦のようだな」

 

「 ‘夫婦のようだ’ じゃなくて、本当に夫婦だったんです! ……織斑先生は、いいんですか?」

 

「何がだ?」

 

「その、チナツが…一夏が、まだVRMMOをやっていること、とか。私が彼の恋人だ、とか……」

 

「あぁ、そんなことか……。別に、もう気にしていないさ。それに、さっき凰も言ったがあいつはもう、私の言うことなんて聞かんさ……」

 

「そうですか……」

 

「お前も、面倒な奴のことを好きになったな」

 

「はい。でも、なんだか憎めないし、嫌いになれないんですよ……。

何となくこう、そのまま心を触れられたみたいな、そんな感じがして……」

 

「ふん、妬けるな。まぁ、色恋沙汰もいいが、学園ではほどほどにしておけよ?」

 

「わかっています」

 

「まぁ、その、なんだ……これからもあのバカのことをよろしく頼む……」

 

「………ふふっ……はい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第12話 新たな一歩



今回は色々と詰め込みました……。

長かった……疲れました……。

それでは、最新話どうぞッ!!!




あの謎の襲撃事件の翌日。

今朝から全校集会が行われ、あの事件は訓練中のISが謎の暴走を起こした為、と全生徒に伝えられた。

もちろん、当事者であった俺たちには、本当の事が教えられた。

学園の地下にあるシェルターに運び出し、解析したところ、やはり無人機だったそうだ。

詳しいところまでは教えてはもらえなかったが、どこかの組織、あるいは軍関係の仕業なのではないかと、俺たちは推測している。

まぁ、終わったことを蒸し返してもいいことはないので、この話はここで終わりにしよう。

 

 

話は変わって、あれから鈴とは仲直りをし、共に訓練に勤しみ、そして鈴のALOデビュー。

キャラネームは『鈴』という呼び名を、リンから ‘スズ’ と呼び変えただけと言うなんとも安直な付け方だったが、それを言った途端、「あんただって変わんないじゃないのよッ!」とキレられた。

そして、種族はケットシー。

リアルと同じ茶髪の髪に、シリカ達と同じようなネコミミ&シッポ。そして、鈴の特徴でもある長い髪のツインテール。元々ネコっぽい印象があった為か、よく似合っている。

ステータスはSTRーVIT型。パワーと安定性で構成しようとしているみたいで、甲龍の持ち味そのものだ。そして、甲龍で使っていた武器。青龍刀をリズさんに依頼し、作製してもらった。

クエストを共にこなし、スキルを上げていっている。飛行も、先にALOデビューをしたティアことセシリアにレクチャーしてもらっている。元々そういうものに対しては、天才肌なのか、すぐに随意飛行が出来るようになり、空中戦闘なんてお手の物だった……。

今でもシリカの落ち込む様子を思い出してしまう。

 

 

そして、その日の授業は問題なく終了し、明日は土曜日。

カタナは生徒会。キリトさんはアスナさんとお出かけ。

そして、俺はーー。

 

 

 

 

「それで?」

 

「何だよ?」

 

「何か話聞かせろよぉ〜! お前と和人さん以外はみんな女の子なんだろう? いい思いしてんだろうなぁ〜‼︎」

 

「んなわけねぇーだろ、バカ。だいたい、俺もキリトさんも彼女いんだぞ?」

 

 

 

一夏in五反田家。

定食屋を営んでいる親友の家の二階。その親友、五反田 弾の部屋にて、対戦型ゲームで絶賛バトル中だ。

ゲームの名前は、インフィニット・ストラトス スカイバーストだ。フルダイブ型のゲームではなく、一般的なコントローラー式のテレビゲーム。ISが世に出てから、フルダイブゲームが発売されるまでの間に、爆発的に売れたゲームで、過去の選手データを元に、各国代表の機体や選手を自分の手で操作し戦うのだ。だが、機体の能力値などをゲームのシステムで拘束している為、上手く操作出来ずにボロ負けしてしまう事があり、各国の軍事関係者からは、「うちの代表はここまで弱くないッ!」と反発があったようだが、なんとかシステム上の不利を極限まで無くしたのが、今一夏達がプレイしているゲームだ。

SAO事件に続き、ALOでも人体実験が行われていた事が報道で流され、今のVRMMO事情はあまり良くない。

どうやら五反田家でも、俺が囚われた事がきっかけで、家族がVRMMOをする事をよしとしていないみたいだ……。

だが、弾は「いつか必ずアミュスフィアを買って、ALOをやる!」と豪語している。

弾の祖父。五反田 厳さんに殴られなければいいけど……。

 

 

 

 

「かあーー! いいよなぁー! お前も和人さんも! あんなに美人でスタイル良くて、おまけにもう結婚の約束までしてるって言うんだからさぁーー! くう〜! 羨ましいぜ!」

 

「いや、結婚の約束までしてないから……。でも、いつかはしたいと思ってるぜ? 今の俺の年齢じゃ無理だけどな」

 

「はいはい……。リア充はこれだから……。そういえば、鈴が学園に来たんだって? メールが来てたからさ。あいつ、元気にしてたか?」

 

「あぁ、元気過ぎて俺一度殴られてるから……」

 

「まぁそうなるわな……。ちゃんと謝ったのか?」

 

「もちろんだよ。それに、あいつもALOやるっていって、この間から一緒にクエとかやってんだ」

 

「マジか!? そっか……あいつもやってんのか〜ALO……」

 

「それはそうと。お前、隙が多すぎだぜ? えいっ」

 

「なっ!? ちょっと待ーー!」

 

 

 

テレビ画面上の俺のキャラが、弾のキャラを追い詰めていき、最終的にはブレードで斬り裂き、決着となった。

 

 

「ちくしょう〜〜〜〜!!! って言うかお前! 前までめっちゃ弱かっただろうこのゲーム! なんでいきなりこんな強くーー」

 

「いや、お前の動き単調過ぎるから、読みやすい……」

 

 

 

どうやら、SAO事件で変わったのは、本人たちも同じだったそうだ……。

弾がそんな事を考えていると、不意にドアが蹴破られた。

 

 

 

「お兄ィッ! ご飯できたって言ってるじゃない! 早く降りて来なよ!」

 

 

 

蹴破られたドアの先にいたのは、弾と同じ赤みがかった髪に、弾とは色違いのバンダナを巻いて髪を結んでいる女の子。その格好は自宅であるからか、なんともラフであり、ピンクのキャミソールに、青い短パン。しかもへそ下のボタンとチャックが開いているため、ほんのすこしだが、縞パンが見えてしまった。

 

 

「よう、蘭! 久しぶりだな」

 

「へっ?! い、一夏さん!? うわあぁぁぁ!!?」

 

 

俺の存在に気付き、慌てて壁の向こうに隠れる女の子。

この子の名前は、五反田 蘭。弾の妹である。

 

 

「き、来てたんですね…。すみません、はしたないところを……」

 

「あぁ、今日は家の様子を見にな。そのついでで寄ってみたんだ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「おい、蘭。ノックくらいしろよ。はしたない女だと思われるぞ?」

 

「くっ‼︎」

 

「うっ…」

 

 

 

蘭の一睨みで縮こまる兄の弾。

そんな事でいいのか? って思いつつ、自身も姉には敵わないので、人の事言えない。

 

 

「なんで言わないのよッ! 一言くらい言っておいてくれればいいじゃないッ!」

 

「あ、あれ? 言ってなかったけ? そりゃ〜悪かった………あは、あはははは…」

 

 

 

これが五反田家での日常だ。

兄なのだが、この家では祖父の厳さんどころか妹の蘭にも頭が上がらない。

懐かしい様子に、ホッと胸を撫で下してしまう。

そうこうしていると、今度はその厳さんからの呼び出し。

急いで一階の食堂へと降りて、昼食をご馳走になった。

 

 

 

 

「おう、一夏! 久しぶりだなぁ〜おい! 体はもういいのか?」

 

「厳さん! お久しぶりです! えぇ、体の方はもう全然大丈夫ですよ。それと、お見舞いとか心配かけてしまって、本当にすみませんでした! ありがとうございました!」

 

「良いってことよ! おめぇさんが元気になったのなら、それでいい! ほら、とっとと食っちまいな! これは快気祝いだ、俺からのサービスだ!」

 

「いや! そんな、悪いですよ!」

 

「良いってことよ! いいから食ってけ!」

 

 

 

半ば強引に席に座らせられ、卓上に料理が並べられる。

 

 

「はい! お兄ぃはカボチャの甘煮定食でしょ? それと、一夏さんは業火野菜炒め定食ですよね?」

 

「あぁ、ありがとう。じゃあいただきまーす!」

 

 

 

割り箸を割って、早速食べる。

久しぶりに味わう厳さんの業火野菜炒め。程よい野菜のシャキシャキ感に、シンプルな塩コショウの味と醤油がほんのり香る風味が、なんともたまらない。

 

 

 

「あら、一夏くん! もう大丈夫なのかい?」

 

「あぁ、蓮さん! お邪魔してます。体ならもう大丈夫ですよ」

 

 

白い割烹着に三角巾を頭に巻いた女性が近づいて来て、先ほどの厳と同じ事を確認しに来る。

この人は、弾と蘭のお母さん。五反田 蓮さんだ。

両親が幼い時からいなかった織斑姉弟を心配し、まるで本当の母親のように見てくれた人で、篠ノ之一家と並んで、昔からお世話になった人だ。

 

 

 

「そうかい? でも、もっと食べてお肉つけないと! まだこんなに痩せ細ってるじゃないかい!」

 

「あはは……。結構食べてるんですけどね、まだまだみたいです」

 

「そうかい……。まぁ、ゆっくりしていってね? ほら蘭! これ、4番卓さんに!」

 

「はーい!」

 

 

今の時間帯はちょうどお昼時なので、結構人が入りだしてきた。蘭も先ほどから、あっちこっちに注文を取りに行ったり来たりしている。

 

 

「あぁ! そうだ! 一夏くん、彼女さんが出来たって本当?!」

 

「えっ?」

 

 

いきなりの質問に唖然としてしまう。

だがまぁ、隠すことでもないし、今更なので……。

 

 

「えぇ、まぁ、弾から聞いたんですか?」

 

「そうなのよぉ〜! よかったわぁ〜一夏が一生共に生きていきたいって、そう思える人が出来て!

お母さん、嬉しいわ……ッ!」

 

 

 

 

そう言って、目から涙を流す蓮さん。

いや、そりゃあ今までいなかったけれども、それで心配されていたとは……。

ちなみに、この事を蘭に話した時は、思いっきり泣かれた。

その場に厳さんがいなかったから良かったものの、もしいたとしたら、俺は間違いなく血祭りにあげさせられてただろう。

 

 

 

「今度、家に呼びなさい! 私にも紹介しおくれよ!」

 

「あぁ、その時は私もお願いしますね! 楯無さん……でしたっけ? 会って色々話してみたいですし!」

 

 

 

そう言ってもらえると何ていうか、ありがたい。

鈴の時もそうだったし、蘭の時も納得してもらうのにすごく大変だった。

でも、改めて自分がこんなに愛されているのが、分かったような気がする……なんとなくだけど。

そうして、お腹いっぱいご飯をご馳走になり、その日は家の掃除の為、そのまま帰宅した。

 

そして、次の日曜日。

今日は朝から訓練だ。

俺はセシリアと一緒に、キリトさんは鈴が相手をして、カタナの指導の元、シューターフローとサークルロンドと言うのを教えられている。

元々が射撃戦闘型のバトルスタンスなのだが、カタナ曰く、「このご時世、火器が主力になっているのに刀一本で立ち向かうには、あまりに無謀でしょう?」とのことだった。

確かに、いくら白式が速いとはいえ、持っているのは、雪片弐型に、雪華楼のみ。そして、同じくキリトさんもエリュシデータにダークリパルサーの二振りのみ。

ならばせめて、射撃武器の特性を理解しておかなければならない。

だが、それはいいとしてだ……。朝からこのスパルタは厳し過ぎないだろうか?

 

 

 

 

「チナツ! そこからもう少しスピードアップッ! そして、それを維持し続けて!」

 

「りょ、了解ッ!」

 

「キリトも! 速度が落ちてるわよ! もう少し速く!」

 

「お、おう! って、スパルタ過ぎんだろ……っ!」

 

 

 

 

カタナの指導は、とてもわかりやすく効率的だ。俺たちの苦手分野を即座に割り出しては、それを補う訓練メニューを考えつく。

まぁ、鈴やセシリアも一応代表候補生ではあるのだが、

 

 

 

 

『はぁ? そんなもの感覚よ! 感覚! わかるでしょ?』

 

 

と鈴。いや、分からないから聞いているんだが……。

 

 

 

『回避の時は、体を左斜め45度! 防御の時は、右斜め25度が最適ですわ!』

 

 

 

とセシリア。ごめんなさい、余計分からないから……。

 

とこんな感じだ。ちなみに箒にも教えてもらったことがあったが、その時は……。

 

 

『グイッと言う感じだ! ズガァーンって言う具合だ!』

 

 

らしいです。

 

 

まぁ、感覚的な問題なので、分からなくはないのだが、個性的過ぎて分かりずらくなる事もある。

その分、カタナのは覚えやすいし、スゥーっと頭の中に入ってくるのだが、その分スパルタ過ぎる。

今日もこのシューターフローとサークルロンドだけしかしていないのに、結構な疲労感が襲う。

流石に勝手が違うため、この日だけではこの2つの習得には至らなかった。

 

 

 

その後は昼食を学生寮の食堂で取り、午後からは自由に過ごした。夕方からはみんなで予定があるので、少ない時間だが、簪の専用機の作製なんかも手伝ったりして……そして、約束の時間だ。

 

 

 

 

「チナツくん、カタナちゃん! もうそろそろ行かないとッ!」

 

「はーい! 今行くわねぇ〜!」

 

 

整備室の入口から、明日奈が呼ぶ。その後ろには、和人とセシリア、鈴が待っていた。

 

 

「簪、今日はこれくらいにしよう。そろそろ時間だし…」

 

「うん! ありがとう、一夏、お姉ちゃん」

 

「どう致しまして♪ ほら、簪ちゃんも早く早く!」

 

「あわわ…ま、待ってよ、お姉ちゃんッ!」

 

 

 

そう言いながら、簪の手を取って整備室を後にする刀奈。

そして、その後を追う一夏。

今日はこれから大事なイベントがあるのだ。

それはーー

 

 

 

 

 

「でもいいんですの? わたくしたちもそのぉ……『オフ会』と言うものに参加しても……」

 

 

 

おずおずと尋ねるセシリア。

そう、今日はSAOをクリアしたキリトさんを祝うためのオフ会を、エギルさんの店で行うのだ。

SAOクリア後、皆現実世界での生活を着々と進めていき、俺たち学生はSAO帰還者専用の学校へ入学。成人の人たちは政府からの援助によって仕事への復帰も叶った。

まぁ、俺たちはISを動かしてしまった為に今こうなっているのだが……。

ここ最近は忙しく、ALOでしか会えなかったのだが、今日は久しぶりにリアルでの顔合わせになる。

 

 

 

 

「もちろんよ! セシリアちゃんに鈴ちゃんもみんなとは向こうであっているんでしょう?」

 

「えぇ、まぁ、何度か一緒にクエストをやりましたわね……」

 

「簪もこの間、リーファと一緒にクエに行かなかったっけ?」

 

「うん。リー…直葉がほしいアイテムがあったらしくて……」

 

「なら、みんなとは向こうで顔は合わせてるんだろ? だったら問題ないと思うぞ?」

 

「まぁ、あんた達が良いって言うなら別にいいけど……」

 

 

 

刀奈に続き、一夏、和人が促し、三人を連れて行く。

一行は、モノレールに乗って学園を離れ、東京の下町にあるエギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズが営んでいるダイシーカフェへと向かう。

 

 

 

 

「おーい! お兄ぃ〜ちゃ〜ん!!!」

 

「お! スグ! 悪い、待たせたか?」

 

 

都市部に入ったところで、一人の女の子がこちらに手を振って呼んでいる。

名前は、桐ヶ谷直葉。和人の妹…正確には従兄妹。

ALOをやっているゲーマーでもあり、SAO事件終了後に、ALOで囚われの身になった明日奈を救出すべく、ログインした和人、一夏、刀奈を世界樹《ユグドラシル》まで導いた人物だ。

ALOではシルフ族の長刀使い、リーファとして活動しており、同じシルフ族の刀使いである一夏ともよくクエストをやっている。

 

 

 

「ううん、私も今来たとこ!」

 

「よお、直葉! 久しぶりだな」

「うん! 一夏くん久しぶり! それに、楯無さんに明日奈さんも!」

 

「久しぶりぃ〜直葉ちゃん!」

 

「今日は来てくれてありがとうね、直葉ちゃん」

 

 

 

一夏と刀奈、明日奈ともリアルでは何回か顔を合わせているが、入学してからは、中々会えなかったのだ。

久しぶりの再会に、お互い話が進む。と、そこで直葉が後ろからついて来ていた三人の存在に気付く。

 

 

 

「えぇっと、お兄ちゃんこの人たちは?」

 

「こちらでは、‘初めまして’ ですわね直葉さん。わたくしはセシリア・オルコット。ティアと言えばお分かりいただけまして?」

 

「えっ!? ティアさん?!」

 

「じゃあ私もね。中国出身の凰 鈴音よ。向こうじゃスズだけど」

 

「ええぇぇッ!! スズさんも?!」

 

「直葉、私は、わかる? 更識 簪です」

 

「あー!! カンザシちゃんも!」

 

 

ALOでしか会ったことがない三人に会えるとは思ってもいなかったためか、驚きを隠せない直葉。

 

 

 

「へぇー! 本当にみんなIS学園の生徒さんなんだねぇ〜! いつもお兄ちゃんがお世話になってます!」

 

「いえいえ、そんな……。むしろわたくしたちの方こそ、ALOの事や剣技の事で、色々と教えていただいてますし……」

 

「まぁ、そうよねぇ〜。それに、直葉には一夏がお世話になったし……」

 

「私も、お姉ちゃんがお世話になってます」

 

 

 

三人ともリアルで初めて会う直葉と挨拶を交わし、エギルの店へと向かう。

 

 

 

「そう言えば、みんなはエギルと会ったことあったけ?」

 

「うん! 向こうで何回か狩りしに行ったよ。おっきい人だよねぇ〜」

 

「アメリカの方だと聞きましたが、随分と日本語がお上手でしたわね……」

 

「日本の生活が長いのかしらね?」

 

「なんか、生粋の江戸っ子みたいな感じ……」

 

「リアルも向こうと同じだからなぁ…絶対びっくりするぞ」

 

 

 

そんな話で盛り上がり、すばらくすると目的の店が見えた。

ダイシーカフェと表された看板の下には、『本日貸切』の掛札が掛けられていた。

和人が先頭に立ち、入り口のドアを開ける。と、中には参加メンバー勢揃いでの出迎えが待っていた。

 

 

 

「おいおい……俺たち、遅刻はしてないぞ?」

 

「ふっふーん♪ 主役は最後に登場するものですからねぇ〜。チナツに頼んで、あんた達にはちょっと遅い時間を伝えていたのよ」

 

「チナツ、お前……」

 

「あはは……リズさんには逆らえないので……」

 

「ほら、みんな入って! それから、あんたはこっち!」

 

「とッ!? お、おい!」

 

 

 

リズベットこと篠崎 里香に連れられ、和人は壇上に上がり、他のみんなは参加していたクラインこと壷井 遼太郎からドリンクを受け取り、配置に着く。

そして……

 

 

 

「えー、それではみなさん! ご唱和ください! せーのっ‼︎」

 

『『『キリト! SAOクリア! おめでとうッ!!!!』』』

 

 

 

里香の合図で、和人を祝福する声と大量のクラッカーの音が、店内に鳴り響く。

そして、和人の後方にある壁から垂幕が下がり、手書きで書かれたCongratulations!の文字。

 

「あ……あぁ……」

 

「はい! これ持ってぇぇ〜〜かんぱぁ〜〜いッ!!!」

 

『『『かんぱぁ〜〜いッ!!!!』』』

 

 

 

こうして始まったSAOクリアを祝するオフ会。

女子は女子で、新たに仲間となったセシリアたちを中心に話が進み、男は男でリアルの仕事事情や生活っぷりの雑談など、みんな、思い思いに楽しんでいた。

そして、俺たちはーー

 

 

 

「マスター。バーボン、ロック」

 

「じゃあ、俺も同じので」

 

 

カウンターに座り、マスターであるエギルに注文する。

すると、二人の目の前にロックグラスに入った茶色の液体が配られる。

差し出した本人を見てみると、「ふんっ…」と鼻で笑って見ている。

まさか、本当にバーボンなのか? と思い、少しだけ飲んでみる。そしたらそれは……

 

 

「なんだウーロン茶か……」

 

「まぁ、当たり前ですけどね。俺たち未成年ですし」

 

「エギル! 俺には本物くれ!」

 

 

そして、一夏のとなりに遼太郎が座ってきて、本物のバーボンを頼む。

 

 

「クラインさんいいんですか? この後会社戻るんじゃないんですか?」

 

「プッハァ〜〜! 残業なんて飲まずにやってられるかってぇーの! それに……ウフフ……♪」

 

 

 

下心満載の目で女子メンバーを見るその姿は、まるで不審者のようだった。まぁ、これは本人には言わないでおこう。

 

 

「やぁ、久しぶり」

 

「ああ! シンカーさん!」

 

 

 

今度は和人のとなりに、かつてアインクラッド解放軍のギルドリーダーであったシンカーが座る。

クラインがワイシャツの袖をまくり、頭にはトレードマークのバンダナを巻いている異様な格好なのに対し、シンカーはきちんとした格好のいかにもサラリーマンというような感じだ。

 

 

 

「そう言えば、ユリエールさんと入籍されたそうですね。遅くなりましたが、おめでとう!」

 

「いや〜まだまだ現実に慣れるのも精一杯といった感じなんですけどねぇ…」

 

「いやー、実にめでたい! そう言えば見てるっすよ、新生MMOトゥデイ!」

 

「いやぁ〜お恥ずかしい。まだまだコンテンツなんかも少なくて、今のMMO事情だと、攻略データやニュースなんかも無意味になりつつありますしね……」

 

「正に ‘宇宙誕生の混沌’ って言う感じですね…。それでエギル。どうだ? その後、種の調子は?」

 

 

そう言って、全員がエギルの方を向く。

するとエギルは、カウンターの傍に置いてあったパソコンの画面をこちらに向ける。

 

 

「すげぇ〜もんさ。およそミラーサーバーが50、ダウンロード数が10万、実際に稼働している大型サーバーが300ってところだな」

 

 

 

ALO事件の終盤、和人が妖精王オベイロンを自称していた須郷を倒し、ネット世界に意識だけをスキャンさせ、存在していたヒースクリフこと、茅場 晶彦と対峙し、彼が言う世界の種子《ザ・シード》を受け取った。

そしてそれをエギルの店に持って行き、解析した結果、フルダイブ環境を動かすプログラムパッケージだという事が分かった。

これにより、誰もが簡単に異世界を作れるようになり、今では様々なタイトルのVRMMOが誕生し、それまで死に絶える筈だったVRMMOは息を吹き返した。

ALOも違う運営会社に、システムの全てが移り、ALOも無事再開された。

そして、ザ・シードがもたらしたのはプログラムの基本骨子だけではなく、そこから他の世界のゲームに、自身のアバターをコンバート出来るようにもなったのだ。

茅場 晶彦がどう言った理由でザ・シードを和人に託したのかは和人自身しか、もしくはその和人ですらわからないかもしれないが、彼の残した技術が、今後もVRMMOを支えていくことには間違いはないだろう。

 

 

 

「おい、二次会の予定に変更はないんだよな?」

 

「あぁ、今夜11時。イグドラシルシティ集合だ」

 

 

 

盛り上がる店内。男達はカウンターで話し込み、女性陣は復帰後の話をしながら、再会した喜びに浸っていた。

そして、その様子を、眺める四人の姿。

 

 

 

「皆さん…とても楽しそうですわね……」

 

「ほんとねぇ〜。あんな一夏も初めて見たし…」

 

「私も、お姉ちゃんがあんなに笑ってるとこ、初めて見たかも……」

 

「なんだか……みんなのいるところが、遠く感じちゃうなぁ……」

 

 

 

初めて参加したオフ会。

そして、同じ世界を生き延びたSAO生還者達が集うこの場において、セシリア、鈴、簪、直葉の四人は、なんだか気まずさと言うものいだいていた。

 

 

そうなことを知らず、周りは大いにはしゃぎまくっている。

その時一夏は、シンカーと何やら話し込んでいた。

 

 

「やぁ、チナツくん……隣、良いかい?」

 

「シンカーさん? えぇ、どうぞ」

 

 

そう言って、一夏の隣に座り、共にドリンクを飲み始める。

 

 

「久しぶりだね。こうして飲むのはいつ頃以来になるかな……」

 

「そうですね……俺が軍を抜ける前なので、大体一年半ぐらいじゃないですか?」

 

「そうか……。もうそんなに経つんだねぇ……」

 

 

 

昔、SAOにおいて、一夏とシンカーは同じギルドに所属していた事があったのだ……。

言わずも知れたアインクラッド解放軍である。

シンカーがそれをまとめるギルドリーダーであり、一夏はその陰で、単独での治安維持活動をしていた頃があった。

会うのは一夏が軍を抜けて以来。その頃は特にいろいろあったのだ。

 

 

 

「チナツくん……私は君に…」

 

「もう終わったことですよ」

 

「しかし!」

 

「シンカーさん。俺は確かにあの時、いろんなものに絶望しましたよ……大切なものを失くして、生への執着なんてものもなかった……でも…」

 

 

 

そう言って、一夏はふと刀奈の方を向き、愛おしそうに眺める。その顔を見たシンカーは、何も言えなかった。

 

 

 

「俺にはもう、大切な人がいますから……何があっても、どんな事をされても、守り抜くと誓った人がいます……。

俺は……もうあの時とは違いますよ?」

 

 

 

光に満ちたその瞳を見たシンカーは、もう何も言わず、ただただ微笑んでいた。

 

 

「分かった……。もう何も言わないよ。君には、絶対幸せになって欲しい」

 

「えぇ、いつかはわからないですけど、俺もカタナと結婚を前提に進めていきますよ。

あぁ、それと、入籍おめでとうございます! シンカーさん。ユリエールさんと幸せになって下さいね」

 

「あぁ、ありがとう。お互いこれから大変になるね」

 

「あはは!」

 

 

 

最後には笑って終わる。後腐れなく、これから訪れる未来のために今は全力で生きると、二人は誓ったのだった。

 

 

そして、その日の夜。

時間はPM11時前……。

一匹の妖精が世界樹《ユグドラシル》の近くの空を思いっきり早く、高く飛んでいた。

なびく金髪をポニーテールで結い、緑色の羽根がなんとも綺麗だ。

その正体は、言わずと知れた和人の妹の直葉……もとい、リーファだ。

リーファはさらに加速すると、今度は月に向かって上へ上へと上昇していく。

雲を突き抜け、どんどん近づいて行っていたが、途中で飛行が中断された。

目の前には『飛行限界高度』と赤い注意表示が出でおり、リーファはそのまま地上に向かって落下していく。

 

 

 

「っ……‼︎」

 

 

 

落下していく最中、今日行われたオフ会のことを思い出す。自分やセシリア達以外は、デスゲームを生き抜き、絆を深めたメンバー達だった。そんな中に自分達の入る余地はないのではないかと思うと、すごく怖かった。

自然と両手が、自身を守るように体を抱きしめる。

そんなことをしていると、雲の中へと入りそうだった。

だが……入った瞬間、誰かに捕まえられた。

その正体は……

 

 

 

「どこまで登っていくのか心配したぞ? 時間だから迎えに来たよ」

 

 

リーファの兄であり、自身が少しの間好意を寄せていたキリトこと和人だ。

以前共に旅に出たときと同じ装備の姿だったので、すぐに分かった。

リーファは「ありがとう……」と言うと、キリトの腕から離れ、ホバリングしてその場で停滞する。

 

 

 

「ねぇお兄……キリトくん。ALOの運営会社が変わって、前のアバターが使えるようになったのに、何で、前のアバターに戻さなかったの?」

 

「うーん……」

 

 

リーファの質問に、キリトは少しばかり考え込んで、こう答えた。

 

 

「あの世界でのキリトの役目は……もう、終わったんだよ……」

 

「……そっか。じゃあスプリガンのキリトくんと初めて会って、初めて旅をしたのは、私なんだ……」

 

 

 

そんなことを言うリーファの顔は、どこか安心した様な、それでいて、とても嬉しそうな顔だった。

 

 

 

「ねぇキリトくん! 踊ろう?」

 

「え?」

 

「最近開発された高等テクなの。羽根をゆっくり動かして、ホバリングしながらゆっくり動くんだよ」

 

「へぇ〜……ん、よっ……」

 

「そうそう! うまいうまい!」

 

 

 

 

そう言って、今度はアイテムを取り出し、右手に持った小瓶の蓋をあける。

すると、中からはまるでオーロラの様な幻想的な煙が漂い、キリトとリーファを周りを色鮮やかに彩る。

 

 

 

 

 

一方、チナツ達は……。

 

 

 

 

 

「ねぇ、そろそろ何を見せたいのか教えなさいよ」

 

「ダメだ。着いてからのお楽しみなんだよ」

 

「ですが、アルンへは私も何度か行きましたし、そう驚くような物は、多分無いと思うのですけれど……」

 

「あぁ、それなら大丈夫よ? これから行くのは、アルンじゃ無いし」

 

「じゃあ、何処に行くの?」

 

「それはカンザシちゃんにも秘密ぅ〜♪」

 

 

 

チナツとカタナは、この日オフ会に参加した三人。セシリアことティア、鈴ことスズ、簪ことそのままカンザシを連れて、キリトと同様、アルンへと向かって飛んでいた。

三人はALOで二次会をする……という事を聞いてはいたが、どこで何をするのかは聞いていない。それを聞くと、チナツとカタナは執拗に「着いてからのお楽しみ♪」と話してくれないのだ。

リアルと同じ髪型で金髪の髪に、エメラルドの瞳。白と黒基調とした燕尾服の様な外套。袖は捲られて、七分袖になっており、リズ作の刀《クサナギ》を腰に差したシルフの少年、チナツ。それとと同じく、リアルと同じショートカットの髪で癖っ毛が外側に跳ねていて、リアルよりも濃く混じり気の全くないコバルトブルーの髪に、同じくコバルトブルーの瞳。まるでくノ一装束の様な和服に、下は黒いスカートに黒いニーソ。SAO時代と違うのは、上の服の色が赤から水色に変わったぐらいか……。

そして、その背中にはその存在感を示している蒼い長槍。これまたリズ作《蜻蛉切》を背負っている少女、チナツの恋人であるカタナだ。

そして、それに続く形で後ろから追付いする三人。

サファイアブルーの髪と瞳。ゆったり目のドレスの様な服が、幻想的な雰囲気を漂わせている少女、ティア。

手に持った杖《ザード》は青色を帯びており、月光と合わさると程よい光を放つ。

それと、茶髪の髪に紅い瞳。特徴的なのは、大きなネコ耳とツインテールそして、腰から生やした尻尾。ティアとは違い、短パンにブーツ、体にぴったりとフィットした黒いインナーに赤い半袖のジャケットを羽織った、いかにもすばしっこそうな雰囲気がある少女、スズ。

得物の青龍刀《宝剣・光姫》を背中に差している姿は、物語なんかに出てくる精霊のようだ。

そして最後にカタナと一緒に飛んでいるもう一人のウンディーネ。カタナと同じショートカットだが、その癖っ毛は内側に向いており、リアルと遜色ない水色だが、瞳は紫色で、どこか魅惑的だ。

服装は、大人し目な感じで、黒いインナーに上は白と水色を基調したジャケット。白いスカートでブーツというシンプルな感じだ。背中には薙刀《鬼灯》がある少女、カンザシ。名前は姉と同じようにリアルと同じ名前にしたそうだ。

 

 

「それで、カンザシとティアは飛ぶのにまだ慣れないか?」

 

「はい……。コントローラー無しで飛べるようにはなりましたが……」

 

「まだ、少しぎこちない……」

 

「まぁ、それは慣れよね……。そう言えば、スズちゃんは難なく飛んでいるわよね?」

 

「まぁ、そんなに飛び方にこだわりを持ってるわけじゃ無いし……感覚の問題じゃない?」

 

「うわぁ〜……前に同じことをカタナの口から聞いたなぁ〜それ……」

 

 

 

ALO事件当初の事を思い出し、少しデジャブっているチナツ。自身も飛ぶのには早い内から慣れてはいたが、カタナやスズほど早くはなかった為、何とも言えない感に包まれている。

 

 

「っと、チナツ、もうそろそろ時間じゃない?」

 

「ん? うわ、ほんとだ! 急がねぇと……二人とも少し急ぐぞ!」

 

「へ?」

「ふぁ?」

 

「カンザシちゃんはお姉ちゃんと一緒にね♪」

 

「え?」

 

 

 

チナツらスズとティアの手を、カタナはカンザシと手を取ると、一気にトップスピードで加速する。

いきなりのことに三人とも驚いていたが、徐々に接近する世界樹《ユグドラシル》の存在に気付き、視線を奪われる。

 

 

 

 

 

そして、その頃、キリトとリーファは……

 

 

 

 

「私、今日は、ここで帰るね……」

 

「えっ? なんで?」

 

 

 

一通り踊った後、急に手を離しては、そのような事を言うリーファに驚き、聞き返すキリト。

 

 

 

「だって……遠いよ。お兄ちゃん達のいる所……私じゃ、そこまで行けないよ……っ‼︎」

 

「スグ……。そんなことない! 行こうと思えば、何処へでだって行けるんだ‼︎」

 

 

 

するとキリトは、リーファの手を再び握り、一気に加速して、ユグドラシルに向かう。

その途中、11時を報せる鐘の音が鳴り響く。

その鐘の音を聞いた途端、キリトが急停止し、その場にとどまる。勢い余ってキリトの胸元にダイブする形で停止したリーファをキリトは優しく抱きしめて止める。

 

 

 

「リーファ、あそこ!」

 

「え?」

 

 

指差された方向には、今なおALOの空を美しく彩っている大きな満月があるだけだ。

 

 

 

「月が、どうかしたの?」

 

 

当然の疑問だ。だが、そのリーファの疑問は月のその奥からやってくる大きな影にによって振り払われた。

 

 

「なっ……あれは……」

 

 

 

やがて、その大きな影が月の前で止まり、全体の灯りが灯った。その輝かしい光はその影を払拭し、影の正体を暴く。そこにあったものは、積円型の大きな構造物だった。

下から上へと上がっていくごとに、その幅が大きくなり、やがては収束して途切れている。

そう、その建物こそが……

 

 

 

「あれは…もしかして……」

 

「そうだ……あれが、浮遊城《アインクラッド》だ」

 

「なっ!? なんで、そんなものが?!」

 

 

 

かつては兄を…キリトを奪い、閉じ込め、最後には消えて無くなった城が今ここにある。

その光景をリーファは信じられなかった。

そして、チナツ達の方も……。

 

 

 

 

「な、何よ、あれ‼︎」

 

「大きい……城?」

 

「一体、あれはなんですの……?!」

 

 

 

突然現れた巨大な城の迫力におされ、目を見開いていた。

 

 

 

「あれは…私たちが二年間戦い続けた場所…」

 

「全100層からなる浮遊城《アインクラッド》だ!」

 

「「「ッ!!!」」」

 

 

 

カタナとチナツの答えにさらなる驚きを隠せない三人。

 

 

 

「でも、なんであんなもんがあるのよ? SAOは…もう無くなったんでしょう?」

 

「いや、まだだ……!」

 

「えぇ、まだ……終わりじゃないわ!」

 

「どういうことですの?」

 

「……今度こそ、あの城を100層全部攻略して、あの城を征服するーーッ!!!」

 

「そして、私たちの二年間に、終止符をうつッ!!!」

 

「じゃあ……これが、お姉ちゃんたちの見せたかったもの……?」

 

「ああ!」

「ええ!」

 

 

 

 

満面の笑みで、カンザシの問いに答える二人。

その目は、とてもキラキラしていて、まるで新しいおもちゃをもらった子供のようだった。

 

 

 

「なぁ、ティア、スズ、カンザシ……」

 

「「「???」」」

 

「今度のアインクラッドは、以前と比べてかなりモンスターが強力なってるみたいでな……だから、手伝ってくれないか? あの城の攻略をさ…」

 

「「「ッ!!!」」」

 

「みんながいてくれたら、お姉さんも嬉しい〜なぁ〜♪ だから、みんなの力を貸して……っ! 今度は、みんなであの城を落とすわよ‼︎」

 

 

 

 

そう言って、手を差しのばす二人。

二人の言葉に、カンザシとスズは涙を流しながら手を握り、それを見たティアもまた、チナツに手を伸ばし、握る。

 

 

 

「うん! 今度は、一緒に‼︎」

 

「私が力を貸してやるんだから、攻略なんて楽勝よ!」

 

「わたくしの華麗な魔法で、頂上まで導いてさしあげますわッ!!」

 

 

 

 

覚悟は決まった。各々は、新たな決意を胸に、その羽根を羽ばたかせる。

 

 

 

そして、キリトとリーファも……

 

 

 

 

「決着をつけるんだ……‼︎ 今度こそ、100層全部攻略して、あの城を征服するーーッ‼︎

リーファ、俺、ステータスをリセットして弱っちくなっちまったからさ……手伝ってくれよなーー!!!」

 

「っ!」

 

 

キリトの言葉は、今まで凍りついていたリーファの心をそっと溶かしていった。

そして、その瞳からは、自然と涙が流れた。

 

 

「うん! 行くよ! お兄ちゃん達と、どこまでも、一緒に!!!」

 

 

そっと抱き合い、二年越しに届いた想い。

今度は一緒に行ける。

そう思うと、胸がドキドキし、熱くなった。

 

 

 

「おーい! キリトォォッ!!!」

 

 

声のする方向を見ると、そこには、新たな姿で空を飛ぶ仲間たち。

サラマンダーのクライン。ノームのエギル。レプラコーンのリズベット。ケットシーのシリカと相棒のフェザーリドラのピナ。

そして……

 

 

「キリトさ〜ん!!!」

 

「キリト〜〜!!!」

 

 

新たに三人の仲間を引き連れ、キリト達の元へとたどり着いた妖精達。

シルフのチナツ。ウンディーネのカタナ。ウンディーネのティア。ケットシーのスズ。ウンディーネのカンザシ。

 

 

 

「先に行くぞぉぉ!!!」

 

「お先ッ!」

 

「ほら!」

 

「早く‼︎」

 

 

 

みんながキリト達を追い抜いていく。

そして、その後を一羽の妖精が辿り着く。

 

 

 

「さぁ、行こう。キリトくん! リーファちゃん!」

 

「ほら、パパ早く!」

 

 

最愛の恋人のアスナと愛娘のユイ。新たにウンディーネとしてログインした彼女は、水色の髪に白いワンピースのような服と、彼女の象徴とも言えるレイピアを腰に差し、ユイはユイで、ナビゲーションピクシースタイルで、キリトの肩に乗っかる。

みんなが集まり、視線を一点に集める。

今ここに出現した浮遊城に向かって、希望にあふれた眼を向けて……。

 

 

 

「よし! 行こうッ!!!」

 

 

 

 

キリトの言葉とほぼ同時。

新たなゲームの幕開けに、プレイヤー達のボルテージは最高潮。

過去の因縁に決着をつける為に……。あの時出来なかった、共に頂上へと登る為に……。

各々が各々の目標を胸に、今、飛び立った……。

 

 

 

 

 

 

 






次回はとうとうあの二人と登場ですね……。

頑張らないとッ!!!

感想待ってまーす^o^



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第二章 疾風黒雨
第13話 金銀の転校生


えぇ〜今回から、あの二人の登場です。

それではどうぞ!




夏休みに入る前、6月の初頭。

謎の侵入者事件があったり、アインクラッド復活があったりと、色々とびっくりさせられるような事がありましたが

、もう今ではすっかり平和になりました。

この時までは……。

 

 

 

 

「お引越しです♪」

 

「「はい?」」

 

 

一組の副担任である真耶の一言が、あまりにも唐突過ぎたので二人して聞き返す。

現在。俺、織斑 一夏は同居人であり、幼馴染みの篠ノ之 箒と一緒に自室でくつろいでいた。

俺は部屋のパソコンを使って、ネットニュースを見ていて、箒は自身で買った雑誌をベットに座った状態で見ていた。

そんな時にいきなり「お引越しです♪」なんて言われても……ねぇ?

 

 

そんな事いざ知らず、そのまま話す真耶。

 

 

 

「部屋の調整が済んだので、篠ノ之さんには別の部屋を使っていただきます。流石に、年頃の男女がいつまでも同じ部屋と言うのは、篠ノ之さんもくつろげないと思いますので……」

 

 

との事だ。まぁ、確かに理にかなっている理由である。

まぁ、一夏にとってはそんな事は別に関係ないのだが……。

昔は恋人である刀奈と同じ部屋で過ごし、同じベットで寝たりなんて当たり前だったからだ。すでにそこまで気を許していると言ってもいいだろう。

だが、箒とは違う。箒は幼馴染みであって恋人ではない。

一夏がいいと言っても、箒自身が嫌ならば交代しないわけにはいかない。

 

 

 

「待って下さい! それは今でないといけませんか?」

 

 

と、そんな事を思っていると、意外にも箒は待ったをかけた。そして、何故か俺の顔を見る。

 

 

「まぁ、箒。その、会えなくなるってわけじゃないんだし、ここは先生の計らいに従った方がいいと思うぞ?」

 

「なっ!? お前は、私に出て行って欲しいと……そう言っているのかッ!!?」

 

「いや! 違う違う‼︎ そうじゃなくてだな……」

 

「ではなんだ!?」

 

「多分だが、この部屋の移動を言ったのは千冬姉だと思うぞ?」

 

「うぅ…」

 

 

千冬の名前を出した途端、箒はあっさりと引いた。

そして、真耶は「凄いですねぇ! 流石はご姉弟! よくわかりましたね♪」などと言う。

まぁ、一年寮の寮長の名前を見たので……。

SAOから帰ってきた時、千冬姉は家にほとんど居なかった。今の仕事は何をしているのかと聞いたら「公務員だ」としか答えなかった。しかし、俺たちがISを動かしてしまい、強制的に入学してしまった為、当然クラス担任だったのにも驚いたし、その後で見た名簿に「一年生寮長 織斑 千冬」の名前を見つけた時も驚いた。

なるほど、通りで帰ってこないわけだ。

 

 

 

「わかりました……。では、準備をしますので少し待ってもらってもよろしいですか?」

 

「はい! わかりました! 何かあったら言ってくださいね? 荷物持ちくらいならやりますよ?」

 

「い、いえ! そこまでは……。それに、そこまで荷物も無いので……」

 

 

 

そう言って、そそくさと荷造りを始める箒。俺も手伝おうとしたが、断られた。

確かに荷物は少なく、道着や竹刀、それから着替えやその他諸々……。

女子にしては荷物は少ない方だ。

 

 

 

「で、では一夏。またな」

 

「おう、また明日な」

 

 

 

最後には箒の方から挨拶を交わし他のだが、その顔はどこか切な気で、悲しそうだった。

この日、俺は一人部屋になってしまった。

まぁ、後々刀奈が来るんだろうと思っていた。いつかは生徒会長権限を行使するとではないかと少なからず思ってたり……。

翌朝のサプライズが無ければ……。

 

 

 

 

「席に着け、SHRを始める」

 

 

朝、千冬の一言で始まる。

席に着き、いつも通り真耶によるSHRが執り行われたのだが…。

 

 

「はーいみなさん! 今日はなんと! 転校生を紹介します! それも二人です! では、二人共入って来て下さい!」

 

 

そう言って、真耶が教室の入口を見る。それにつられて、みんなが視線を集める中、ドアが開き、そこから二人の生徒が入ってきた。

その二人に、後々俺たちは驚く事になる。

何故なら……1人目。長い金髪を後ろで一つ結びにし、どこか中性的な顔立ちをしている。身長もほとんど和人と変わらないのではないかと思う。そして、一番気になったのが、俺たちと同じ男子の制服を着ていたからだ。

 

 

 

「どうも初めまして。シャルル・デュノアです」

 

「え? 男……?」

 

「はい。こちらには僕と同じ境遇の方が二人いると聞いていたので、フランス本国から転入をーー」

 

「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」」」

 

「ふぇ?!」

 

 

 

まさかの三人目の男子の登場で、教室内のボルテージはMAX。女子達によるハイパーソニックボイスが一夏と和人の体を震撼させる。

 

 

「ぐおっ!?」

「す、すごいな……これは…!」

 

 

恋する年頃の女子には、そんな事関係ない。

先ほどから一夏と和人、シャルルを見比べては歓声を上げている。

 

 

 

「来た! 三人目の男子!」

 

「美形! しかも守ってあげたくなる系の!」

 

「やったぁぁぁ!!! 一組最高ぅぅぅッ!!!」

 

 

 

と、まぁこんな感じで…。

この勢いを止める事が出来るのは、多分ここに一人だけだろう……。

 

 

 

「静かにしろ!」

 

「「………………」」

 

 

 

流石は千冬姉。たった一言でこの騒ぎを収めた。

 

 

 

「そうですよ、皆さん! まだ、もう一人の自己紹介が終わってませんよ?」

 

 

そう言って、真耶がもう一人の転校生に視線を向ける。

もう一人の転校生の印象は、まぁ、簡単に言えば、とごか冷たい様な感じだ。すらぁ〜と伸びたストレートの銀髪は、とても妖艶で、物語に出てくる妖精を彷彿とさせる。ましてや、小柄な体格とも相まって、可愛らしいのではあるが、一番目を引く左目の眼帯。そして、まるで周りを見下すかの様な視線が印象的であった。

真耶の紹介にも応じず、ただじっと立っているだけだ。

 

 

「ほら、自己紹介をしろ…。ボーデヴィッヒ」

 

「はっ! 教官!」

 

「ここではもう ‘教官’ ではない。私のことは、 ‘織斑先生’ と呼べ」

 

「了解しました、織斑先生!」

 

 

 

一通りの挨拶を交わすと、ディスプレイに名前が表示された。名前はラウラ・ボーデヴィッヒというらしい。

それに、千冬の事を教官と呼んでいた……。つまり、千冬の知己であるという事だ。

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ!」

 

「「………………」」

 

「………」

 

「あのぉ〜……以上ですか?」

 

「以上だ。ッ!、お前か……!」

 

「ん?」

 

 

 

初めの一夏たちの自己紹介よりも短く、名前だけ述べたラウラ。そして、一夏の姿を確認した途端、顔色が強張り、静かに近づいたかと思うと、いきなり平手打ちをかまそうとした。

 

 

 

「おっと!」

 

「ちッ!」

 

「初めて会った人間に対して、いきなり平手打ちとは……ドイツの習慣は少し過激だな?」

 

 

 

だが、やすやすと食らう一夏でもなかった。

持ち前の先読みで、迫り来る平手打ちを寸でのところで受け止める。

 

 

 

「ふんっ……動きはまあまあか……。だが、私の敵ではないな……」

 

「何かを試していたのか? にしても、あまりにもいきなり過ぎじゃないか? 俺はお前と会うのは初めてのはずだが?」

 

「黙れ。貴様の様な輩が居なければ、教官は二連覇と言う偉業を成し遂げ、名実ともに最強になるはずだった……っ! それを貴様はーー!!!」

 

 

 

再び手が振るわれるかと思ったその時、後ろからラウラの手を掴む者がいた。それは当然、担任である千冬だった。

 

 

 

「いい加減にしろ! 転入早々問題を起こしてくれるな」

 

「……くっ!……申し訳ありません」

 

 

 

千冬の一喝が効いたのか、ラウラはすぐに手を引っ込めて自分の席へと向かう。ちなみにラウラは一番後ろの廊下側で、シャルルが一夏の隣になった。

 

 

 

「では、一時間目は二組と合同でのIS実習を行う。直ぐに着替えて、グラウンドに集合すること。では、解散!」

 

 

 

千冬の号令と共に動き出すクラスメイト達。

一夏達も急いでアリーナの更衣室へ向かう。

 

 

 

「織斑、桐ヶ谷」

 

「はい」

「何でしょうか」

 

「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ」

 

「わかりました」

「了解です」

 

 

 

そう言うと、そのシャルルの方から近づいてくる。

 

 

 

「君たちが織斑くんと桐ヶ谷くん? 初めまして、僕はーー」

 

「ああ〜そう言うのは後でいいから!」

 

「急いでアリーナの更衣室に行くぞ!」

 

「ふえっ!?」

 

 

 

紳士にも二人に挨拶をしようとした時、いきなりそれを二人から遮られ、一夏に手を握られて、引っ張られるシャルル。いきなりのことだったのか、あまりにも可愛らしい声を上げるので、少し驚く。

 

 

 

「ちょ、いきなりどうしたの?」

 

「急がないと、千冬姉に鉄拳を食らうことになるからな!」

 

「俺たちは、いつもアリーナの更衣室で着替えているんだよ。授業の度にこの移動だから、早めに慣れてくれ」

 

「あ、う、うん。でも、まだ時間はあるよ? そんなに急がなくても……」

 

 

確かに、休憩時間はおよそ10分ぐらいだ。教室からアリーナまでの距離はそれなりにあるが、だからと言ってそう急ぐ必要はないと思う。シャルルはその事について疑問になったのだが……。

 

 

 

「それは、今から分かるさ……」

 

「え?」

 

 

 

一夏の言葉に反応したのとほぼ同時だった。

 

 

ドドドドドドドドーーーッ!!!

 

 

 

「ヤバっ! 急げ、来たぞ!」

 

「えっ?! な、なに?!」

 

 

 

いきなり鳴り響く地響き。

そして、和人の言葉で少し不安になるシャルル。

その地響きはどんどん大きくなり、やがてその正体を現した。

 

 

「ああーー!!! 織斑くん達発見ッ!!!」

 

「桐ヶ谷くんとシャルルくんも一緒よ‼︎」

 

「者共であえであえッ!!」

 

 

一瞬にして囲まれてしまった。

 

 

「見てみて! 織斑くんとデュノアくん、手繋いでるっ‼︎」

 

「やだ、可愛いいッ!!!」

 

「桐ヶ谷くん達の黒髪もいいけど、デュノアくんの金髪もいいわねぇ〜♪」

 

「うわ〜……やっぱりこうなったかぁ〜……」

 

「でも、これを突破しなきゃならないんだし……行くしかねぇーー‼︎」

 

「シャルル! 手、離すなよっ‼︎」

 

「ふえっ!」

 

 

 

 

シャルルの手を握り、走り出す一夏と和人。

前に立ち塞がっている女生徒たちの合間を縫ってすり抜ける。

 

 

「ああーー‼︎ 逃げた!」

 

「待ってぇーー!!! せめて写真でもッ!!!」

 

 

最後には黛先輩までもが来たが、何も出来ずに終わってしまった。

 

 

 

〜一組教室内〜

 

 

「それにしても、チナツくんとボーデヴィッヒさん…何かあったのかな?」

 

「さぁ? チナツは知らないみたいだけど……。ラウラ・ボーデヴィッヒねぇ〜……ドイツの代表候補生だって言うのは知っているけど……」

 

「ドイツの子なのかぁ〜。綺麗な銀髪だったしね〜」

 

 

 

先ほどの出来事を思い出しながら、話し合う明日奈と刀奈。いきなりの平手打ちと敵意。強烈なファーストコンタクトだった。

 

 

「それに、さっき二連覇を逃したって……」

 

「うん……多分だけど、それは二年と少し前の話ね……ここからは、チナツ本人に聞いてみる他ないわね……」

 

「そうだね……。ああ、それとデュノアくんだっけ? びっくりしたよー! キリトくんとチナツくんの時にもびっくりしたけど……もう一人居たなんて」

 

「うーん……それなんだけどね? なんかひっかかるのよねぇ〜」

 

「えっ?」

 

「時期もそうだけど、『デュノア』ねぇ〜」

 

「うーん……感じ的にはキリトくんと似た感じの雰囲気だったねぇ〜。なんかこう、中性的って言うか…」

 

「まぁ、そうね。何事も無ければいいけど……さて、私たちもそろそろ行きましょう? 遅刻は死を意味するわ」

 

「う、うん! そうだねぇ……」

 

 

 

先ほどの千冬の一喝を思い出し、苦笑いしながら先を急ぐ二人であった。

 

 

 

〜アリーナ更衣室〜

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「何とか、辿り着けたな……」

 

「凄かったね……さっきの……」

 

 

先ほどの女生徒の大群を抜けて、やっとかっとアリーナの更衣室にたどり着けた三人。

お互いに息を整える。

 

 

 

「それにしても、なんでみんなあんなに騒いでるんだろう……?」

 

「いや、何でって……俺たちが男だからだろう?」

 

「えっ?」

 

「俺たちは、世界で三人しかいない男性IS操縦者なんだぜ? それを見ようと群がってくるのは必然だろ?」

 

 

何を当然の事を聞いているのか。一夏と和人は疑問に思って尋ねてみると、シャルルは「ああ! そうだね」とこれまた変な返しをする。

 

 

「まぁ何はともあれ、俺は織斑 一夏。俺の事は一夏って呼んでくれ」

 

「じゃあ俺も。桐ヶ谷 和人だ。俺の事も好きに呼んでくれ」

 

「うん! じゃあ一夏に和人! これからよろしくね。僕はシャルル・デュノア。僕の事もシャルルでいいよ」

 

 

ここへ来てやっとまともな自己紹介が出来た。

しかし、安堵ばかりしていられない。更衣室にあった時計を見てみると、集合時間まで残り時間が約8分。

 

 

「うわ! ヤバい、早く着替えないと!」

 

「うお!? もうこんな時間かよ……急がないと!」

 

「う、うわあ!」

 

 

時間が迫っている為、急いで制服を脱ぎ、裸になると、いきなり驚いては後ろを向いて、両手で顔を覆うシャルル。

何事かと思い、一夏も和人もシャルルの方を見る。

 

 

 

「おい、シャルル。早くしないと間に合わないぞ?」

 

「う、うん……分かってる。着替えるから、その、向こうを向いたままで……ね?」

 

「いやまぁ、別に裸をジロジロと見るつもりはないけど……」

 

 

 

そう言って、再び着替え始める三人。

だが、驚く事に一番最後に着替えに取り掛かったシャルルが、一番早く着替え終わったのだ。

一夏と和人は、一度不審に思ったが、ISスーツを着るのには、慣れが重要なものなのだろうと思い、その場を後にした。

グラウンドへは問題なく辿り着き、一組と二組の生徒達が整列しているところに混ざる。

 

 

 

「随分と遅かったね、キリトくん」

 

「あぁ、着替えに行く途中で、女の子達に行く手を阻まれてな…」

 

「ふぅーん……」

 

「いや、別に変な事はしてないぞ?! ちょっと今日は人数が多かっただけだって……」

 

「そう。まぁ、それなら仕方ないね」

 

「はぁ〜」

 

 

無事に明日奈に納得してもらい、安堵する和人。

そして、もう一人はと言うと……。

 

 

「遅かったわね」

 

「ん。別のクラスの子達に追われてたんだよ。キリトさんと一緒にいた時よりも、数が多くて大変だったぜ」

 

「あらあら、人気者だこと」

 

「いや、そんなんじゃないと思うぞ?」

 

「どうかしらねぇ〜」

 

「本当だってば……!」

 

「はいはい、わかってるわよ。それよりも、あのラウラちゃんとは、どう言う関係なの?」

 

「あぁ…」

 

 

そう言って、少し言葉を濁した後、思い切って自白する。

 

 

「あいつ、千冬姉の事を『教官』って呼んでただろ? なら多分、あいつは千冬姉が一年間ドイツの教官をしていた時の教え子って事だ」

 

「そっか。織斑先生って確か、現役を引退してからすぐにドイツで教官やってたんだっけ」

 

「流石だな。もう仕入れていたのか……」

 

「まぁ、それは私の専売特許みたいなものだからね……。それで、あの子のあの態度を見るからに、チナツを恨んでいる目的って言ったら……」

 

「あぁ、そう言う事になるな……」

 

 

 

顔を落とし、目をつむって苦辛する一夏。

それを見て、刀奈も「ごめんなさい…」と謝る。

 

 

「いや、別にいいんだ。ただ、いずれあいつとは戦う事になるからさ、そん時は俺が決着をつけなきゃいけないからさ…」

 

「そうね……。けど、無茶だけは無しね」

 

「分かってる」

 

「そう? ならいいわ」

 

 

そうしている内に千冬が登場し、みんなが整列する。

 

 

 

「さてと、本日の実習だが、まずはIS戦闘における基本的な操縦を見せてもらう。凰! オルコット!」

 

「「はい‼︎」」

 

「専用機持ちならば直ぐに始められるな? 前に出ろ!」

 

「はぁー、面倒くさいなぁ〜」

 

「こういうのは、見せ物みたいであんまり気が進みませんわね……」

 

 

 

そう言いながらも、しぶしぶ前に出る。

 

 

「それで? お相手は誰ですの? 鈴さんとですの?」

 

「ふん、上等じゃない。返り討ちよ!」

 

「慌てるな馬鹿者。相手なら……」

 

 

 

そう言って、空を見上げる千冬。

特になんのことない澄み切った青空が広がっているだけなのだが……

 

 

「わあああああああ〜〜〜〜!!! 退いて下さ〜〜〜い!!!」

 

 

その青空から落ちてくる緑色の機影。

緑色のラファール・リヴァイヴに乗った真耶が飛んできた。

…………一夏と和人を目掛けて。

 

 

 

「ヤバい! こっち来るよ!」

 

「みんな! 逃げなさい!」

 

「「うわあああああ〜〜〜!!!」」

 

 

 

早急に動いた明日奈と刀奈の指示のもと、みんな四散して行くのだが、整列していた場所がほぼど真ん中だった一夏と和人は、逃げ出すのが遅れてしまった。

 

 

 

「キリトくん!」

「チナツ!」

 

「やばっ! 月光!」

「来い! 白式!」

 

 

 

避けきれないと判断した一夏と和人は、すぐにISを展開し、上昇し、動き出しが早がった一夏が真耶の腕を掴んで、勢いを殺し、待っていた和人がそれを受け止めた。

だが、完全には勢いを殺し切れなかったのか、三機ともまとめて地面に倒れる。

衝撃はそこまで無かったものの、ある程度の勢いがあった為に、軽く土煙が上がる。

 

 

 

「キ、キリトくん!?」

 

「チナツ‼︎」

 

 

二人が心配になって、近づく明日奈と刀奈。

やがて、その土煙が晴れてきて、中から白い機体と黒い機体、そして真耶の緑色の機体。

 

 

「「あっ‼︎」」

 

 

なんとか無事な姿を見つけ、安堵するのだが、その後。

二人が硬直した。

 

 

「「へっ……⁇」」

 

「痛ってぇ〜〜! 大丈夫か、チナツ?!」

 

「問題ないです。山田先生は大丈夫ですか?」

 

「あ、はい、大丈夫なんですけど……その…」

 

 

 

お互いに無事を確認しあったまでは良かった。

その状態が明るみにならなければ……。

 

 

「あ、あのぉ〜二人とも? そろそろ離れてくれると嬉しいのですが……」

 

「「えっ??」」

 

 

 

視線を山田先生に、いや、それよりも下。胸元あたりを見た時、戦慄した。

二人とも左右一つずつ真耶の胸を掴み、揉んでいたのだから。

 

 

 

「「のわあぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

 

 

 

状況を把握した二人。

急いでその手を退かし、離れようとしたのだが、視線を上げた途端、目の前には鋭く光り輝く刃の切っ先が見えた。

 

 

 

「ねぇ、キリトくんってば、もしかして死にたい人なのかな? それとも殺されて欲しい人なのかな?」

 

「ひっ!!? ちょ、ちょっと待てってアスナ!! 今のは不可効力だ!!!」

 

「ふーん……不可効力で人の『胸』を揉んだりしちゃうんだ……」

 

「いや! だ、だから!」

 

 

 

素早く展開した閃華のメインアーム、ランベントライトの切っ先が和人の眉間を今にも突き刺しそうな位置で止まっていた。

それをした明日奈の表情は、笑顔ではあるが陰りがあり、見ていて恐怖を覚える。

そして、一方では…

 

 

 

「ねぇ、チナツ?」

 

「は、はい……なんでしょう……カタナさん?」

 

「チナツって、ほんとわざとやってるんじゃないかと思う時があるのよねぇ……。

なんでいつもこんな事になるのか、説明してもらえるかしら?」

 

「いや、そんなこと言われても……」

 

 

 

一夏は一夏で、刀奈が展開した紅い長槍《龍牙》が喉元に突きつけられる。

後数センチ動けば喉元を突き刺す位置にある為、下手に動けない。

 

 

「いや、あの……カタナ……」

 

「動かないで」

 

「うぅ……」

 

「あぁ、間違えたわ。‘別に動いてもいいけど、その時はとても危険よ?’ って言った方がいいかしら?」

 

「どっちでも一緒だよ‼︎ そんなもん‼︎」

 

 

 

戦慄の現場。

刃物を持った女子2人が、男子二人を今にも刺しそうと言う世にも恐ろしい光景がそこにはあった。

女子二人の顔は、笑顔ではあるがその目は笑ってない。ましてや、ドス黒いオーラまで感じられる。

対して男子二人。

共に硬直したままで、顔は怯えが見える。さらには、血色が悪く、顔は青ざめている。

 

 

 

「お前たち、いい加減にしておけ。今は授業中だぞ」

 

 

はぁー、とため息を漏らしながら、四人に近づいていく千冬。それを聞いた明日奈と刀奈は剣と槍を納め、その場から離れる。

一夏と和人もそれを見て、ホッとする。

 

 

「さて小娘共、準備はいいか?」

 

「えっ? もしかして…」

 

「わたくしたち、二人で相手しますの?」

 

 

 

仕切り直して、千冬が改めて鈴とセシリアの方へと向く。

未だに後ろでは一夏と和人が、刀奈と明日奈にジト目で睨まれているが、それは放っておくみたいだ。

 

 

「それは、あまりにも……」

 

「そうよね〜。いくら何でも……」

 

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

「「む‼︎」」

 

 

 

千冬の一言に、カチンと来た二人は一足早く上昇し、真耶の到着を待つ。

そして、やっとかっと立ち直った真耶も上昇していき、やがて相互が対峙した。

 

 

 

「こうなったら、手加減は致しませんわよ?」

 

「私たちだって専用機持ちなんだから! 格の違いってやつを見せてあげる‼︎」

 

「い、行きますーー‼︎」

 

 

 

お互いの集中力が増していき、鈴は双天牙月を構え、セシリアはスターライトを、真耶はアサルトライフルの安全装置を解除し、トリガーに指をかける。

 

 

 

「それでは……始めっ!!!」

 

 

 

千冬の合図と共に、相互が一旦距離を取る。

セシリアはビットを展開し、多方向からの波状攻撃を仕掛ける。鈴は龍咆を駆動させ、的確に真耶を狙い撃つ。

そして真耶は、その攻撃を上手いこと躱したり、シールドで受け止めるなど、ことごとく防ぐ。

 

 

 

「ちょうどいい機会だ。デュノア、山田先生が乗っている機体について説明してみろ」

 

「は、はい‼︎」

 

 

いきなりの振りに少し慌てたが、シャルルはリヴァイヴの解説をする。

 

 

「山田先生が乗っている機体は、デュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』第二世代最後期の機体でありながら、その汎用性の高さから、第二世代でも第三世代に劣らないスペックを持っています。

現在配備されてる量産型ISの中でも世界第三位で、使い手を選ばす、各種戦闘スタイルに合わせて装備の換装が可能です」

 

「よし、そこまででいいだろう……。ちょうど決着がつく頃合いだろう」

 

 

 

よく見ると、上空ではセシリアと鈴が誘導されたのか、二人とも衝突し、身動きが出来ないでいるところに真耶がグレネードランチャーを撃ち込んでいた。

派手な爆発音と爆煙が立ち込め、その爆煙の中から二人の悲鳴が聞こえる。

やがて二機が爆煙から姿を現したのだが、二人とも揃って地上へと一直線に落ち、これまた派手な音をたてて地面と衝突した。

 

 

「あんたねぇ〜っ‼︎ 何面白い様に回避先読まれてんのよっ!!!」

 

「鈴さんこそ! 無駄にバカスカ撃つからいけないんですわっ!!!」

 

「なによっ!!!」

 

「なんですのっ!!!」

 

 

 

互いが互いを責め合う。

その場にいた生徒全員が、「代表候補生って……」と、ちょっと呆れている。

 

 

「山田先生はこう見えても『元代表候補生』だ。今くらいの戦闘なんて造作もない」

 

「昔の話ですよ〜。それに、代表候補止まりですし…」

 

「これで諸君も、教職員の実力を理解してもらったと思う。今後は、皆敬意をもって接するように。いいな?」

 

「「「はいっ!!!」」」

 

 

 

千冬が締めくくり、授業に入る。

今日はISの装着と歩行の訓練だ。複数のグループに分かれ、各グループを専用機持ち達がリードすると言う具合に進める予定だった……のだが、

 

 

 

「織斑くん! お願いしますっ!!!」

 

「ああ! ずるいよっ!」

 

「じゃあ、桐ヶ谷くん! 私たちに教えて!」

 

「手取り足取りお願いしま〜す♪」

 

「デュノアくんの操縦技術が見たいなぁ〜‼︎」

 

「デュノアくん! よろしくお願いしますっ!!!」

 

 

 

専用機持ちは男子三人を含めても8人いるのだが、皆ここぞとばかりに一夏、和人、シャルルの三人のところに集まる。

その三人と言えば、一様に戸惑いを見せている。

更に、一夏は刀奈の、和人は明日奈のどキツイ攻撃的な視線と殺気が、自身の体を貫く。

 

 

 

「このバカ共がっ‼︎ 出席番号順に並べ! グラウンド100周させるぞっ!!!」

 

 

 

またまた千冬の一喝でクラスがばらける。

綺麗に無駄のない動きで。

やはり流石だ。織斑先生。

 

 

その後は、一様に専用機持ち達によるISの起動から歩行を行い、次の人にバトンタッチ……と言う具合に、授業を進めた。

その中で一夏と和人の班では、ISを立ったまま降りてしまった子がいた為に、一夏と和人がISを起動させて、お姫様抱っこして載せるという年頃の女の子としては最高に羨ましい光景があったが、当然二人は後ほど山田先生の胸を触った事も含め、明日奈と刀奈からの説教を受けたのだ…。

その後は午前の授業が終わり、昼食を取った。

まだ先ほどの出来事について許しを得てない一夏と和人は、刀奈と明日奈の二人に必死で謝って、やっとの事で許してもらった。

午後の授業は、一般教科の座学であった。

これも問題なくクリアし、放課後。

 

 

 

「じゃあ、私は生徒会の仕事があるから〜!」

 

「そっか、じゃあ俺はどうしようかなぁ……」

 

「だったら、簪ちゃんの手伝いをお願いしていい? 多分今日も整備室にいると思うから」

 

「ああ、そうだな……。オッケー、終わったら連絡するよ」

 

「うん♪」

 

「キリトくん、この後予定とかある?」

 

「ん? いや、特に何もないからALOにログインしようかとも思ってたんだが……」

 

「じゃあ、私のリハビリに付き合ってくれない? 後もう少しでリハビリ終わるんだ」

 

「あぁ、そっか。わかった、付き合うよ」

 

 

 

刀奈と一夏は生徒会室と整備室がある棟に移動し、明日奈と和人はリハビリをする為にトレーニングルームへと移動していった。

 

 

 

「そう言えばチナツ、あなたの次の同居人って確か…シャルルくんよね?」

 

「ん? あぁ、そうだけど? それがどうかしたのか?」

 

「……ちょっと気になることがあってね。気をつけなさい。あの子、何か隠しているわよ?」

 

「うーん……まぁ、確かに男にしては背は低いし、体も細いし……何より…」

 

「何より?」

 

「あいつ、一年の女子の大群に遭遇して逃げた時、普通に「なんで追いかけてくるんだろう?」って言ったんだ……。まぁ、最初は初めて見たことだから驚いたのかもしれないと思ったんだけど……どうにもな」

 

「確かに、それは少し怪しいところよね……。まぁ、その事については、こっちでも調べてるから、くれぐれも気をつけなさいよ?」

 

「あぁ、了解だ。っと、ここで分かれないと…」

 

「えぇ、そうね。じゃあまたね」

 

 

そう言って二人は別々の方向へと歩き出す。

一方、和人達は……。

 

 

「なぁアスナ、あのシャルルのことどう思う?」

 

「え? シャルルくんのこと? うーんそうだなぁ〜」

 

 

共にトレーニングルームに向かう中、和人がふとそんな事聞く。明日奈は首を捻って考え込む。

 

 

「まぁ、とてもいい子だと思うけど? あぁ、でも……」

 

「ん?」

 

「あの子、何かこうどこかぎこちないと言うか、男の子っぽくないなぁ〜と思ったりすることあるかなぁ?

この間、クラスのみんなと美味しいスイーツの話してたんだけどね、シャルルくん、やたらとそう言うのに詳しかったし、女の子の服なんかにも詳しかったかな?

後は……顔? 何だかキリトくん以上に女の子っぽいかな?」

 

「俺が女の子っぽいって言うこと前提なのな……」

 

「うわあぁ‼︎ ごめんごめん! そう言う事じゃなくて!」

 

「ん……まぁ何にせよ、シャルルはちょっと怪しいな…」

 

「うん……カタナちゃんも同じこと言ってたし……チナツくんが今度同じ部屋になるって言ってたよ?」

 

「まぁ、あいつの事だから心配は要らないと思うぜ? あいつ、そういうの鋭いからな…」

 

「うん、まぁそうだね……。さてと! 今日も頑張ろうっ! あと少しリハビリ課程終わりだし!」

 

「そうだな……俺も少しトレーニングしていこうかな?」

 

「うん! 一緒にやろうよ!」

 

 

 

二人一緒にトレーニングウェアに着替え、明日奈はリハビリ。和人も筋力アップのトレーニングを開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと切れが悪かったかな?

次話も出来るだけ早く更新しようと思いますので……


感想よろしくお願いします^o^


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第14話 一触即発

やっと更新できた!


それではどうぞ!


シャルルとラウラが編入してから数日。

シャルルは予定通り一夏と同室となった。ラウラの方は部屋は決まったみたいだが、同居人の方はいないらしい。

まぁ、初日からずっと厳しく、冷たい視線を送る彼女と同室になりたいと思う者はまずいないだろう。

それからというものの、一夏たちは男三人で過ごすことが多くなり、とりわけ放課後や実習の授業でも模擬戦をしたり、一緒に訓練をしたりしている。

 

 

 

〜第二アリーナ〜

 

 

 

 

「あっ! 一夏、和人!」

 

「ん? おお、シャルル」

 

「どうかしたのか?」

 

「ちょうどよかった。二人共、今から模擬戦しない? 僕も一夏や和人とやってみたいと思ってて」

 

「どうします? キリトさん」

 

「あぁ、良いんじゃないか? ちょうど俺も模擬戦やりたかったから、望むところだぜ」

 

「あはは! キリトさんなら、そう言うと思いましたよ。OK! じゃあ俺もやるよ!」

 

「じゃあどっちからやる?」

 

「うーんそうだなぁ〜。じゃあ俺とやらないか?」

 

 

 

 

そう言って出たのは和人だ。それをシャルルは了承し、一夏はアリーナのカタパルトデッキに移動し試合を観覧する。

 

 

 

「じゃあ行くぜ。シャルル!」

 

「いつでもいいよ!」

 

 

 

第二アリーナの中央に、オレンジと黒のリヴァイヴが鎮座し、構えを取る。

オレンジのリヴァイヴは右手にサブマシンガン、左手にアサルトライフルを構え、黒のリヴァイヴは右手に黒の片手用直剣を構えている。

 

 

 

「いくよ! リヴァイヴ!」

 

「行くぜ!」

 

 

 

シャルルは一旦距離を取り、サブマシンガンとアサルトライフルを乱射し、和人を追い詰めようとするが、和人は後方に下がったり、左右へと高速移動するとこで弾幕を抜ける。

 

 

「ちっ! 銃相手に戦闘は難しいな……っ!」

 

「逃がさないよ!」

 

「おっと! 危なかった……! 悪いが、これ以上は好きにはさせないぜ!」

 

 

 

和人は刀奈直伝の対銃火器戦闘用のスタイルであるシューター・フローとサークル・ロンドを駆使し、弾幕を抜けて、イグニッション・ブーストで一気に肉薄する。

 

 

「うわっ!?」

 

「せいやあぁぁぁ!!!」

 

 

蒼いライトエフェクトがエリュシデータを染め、水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》がシャルルを斬りつける。

 

 

「くっ!」

 

「まだまだ!」

 

「おっと! そうはさせないよ!」

 

 

再びシャルルに対して斬りこもうと思っていたが、目の前には、右手にサブマシンガンではなく、ショットガンと左手に小型ブレードを持ったシャルルが……。

 

 

「なっ!? いつの間に!」

 

「ふふっ……これが僕のスタイルだよ!」

 

 

 

和人の斬撃を左手の小型ブレードで受け流し、右手のショットガンをほぼゼロ距離の位置から撃つ。

 

 

「くそ!」

 

「当てる!」

 

「ぐっ!」

 

 

咄嗟に急所となる部分をエリュシデータで庇う。

が、それでも飛び散る散弾の全てを防ぐことが出来ず、ダメージを受けてしまう。

 

 

 

「ちぃっ! って言うか、さっきの武器はどうしたんだよ?!」

 

「《高速切替》(ラピッド・スイッチ)って聞いたことないかな? 僕はそれを得意としているだ」

 

「ラピッド・スイッチ……クイック・チェンジみたいなもんか……」

 

「ク、クイック?」

 

「いや、なんでもない! よし、今度は食らわないぜ! 行くぞ、シャルル!」

 

 

 

 

その後は終始二人共善戦し、約20分くらい戦闘を続けた。

 

 

 

「二人共お疲れ様です」

 

 

そう言って、二人にスポーツドリンクを手渡す一夏。

二人はそのドリンクを受け取り、シャルルは一口飲み、和人は大体半分くらいを一気に飲み干す。

 

 

 

「ふぅー。にしても、和人は凄いね! 剣一本であの弾幕を抜けたり、防いだりするんだから……」

 

「そうは言うが、ほとんど被弾してたんだぜ? カタナからシューター・フロー教えてもらえなかったら正直やばかったぜ」

 

「カタナ? 誰それ?」

 

「ああ、チナツの彼女だよ。っと、噂をすればなんとやらだな」

 

 

 

和人の指摘で、一夏とシャルルは後ろを振り向く。

そこには、ISスーツ姿でこちらに移動してくる刀奈と明日奈がいた。

 

 

 

「やっぱりここにいたのね」

 

「キリトくんもチナツくんも、シャルルくんが来てから戦ってみたいってずっと言ってたもんねぇ〜」

 

 

 

刀奈も明日奈も、恐らくは確信していたのだろう。自分たちの夫たちは、すぐにでもシャルルとともに模擬戦をするであろうと……。

そして、改めて刀奈はシャルルと自己紹介を交わした。明日奈は以前したことがあり、今ではシャルルの手助けも買って出てるようだ。

 

 

 

「それで? もう模擬戦は終わったの?」

 

 

 

刀奈の指摘に頷く和人。

すると、刀奈は扇子を出して、パアッと開く。

そこには『選手交代』と達筆な字で書かれていた。

 

 

 

「アスナちゃん、私と模擬戦しない?」

 

「え? わ、私と!? うーん……」

 

 

 

刀奈の提案に少し戸惑ったが、了解すると、刀奈と明日奈は自分たちの機体を展開させて、アリーナの方へと飛んで行った。

 

 

 

「あ〜あ……。行ってしまったな…」

 

「そうですね……。よくよく考えてみたら、アスナさんとカタナがデュエルするのってSAO以来ですよね?」

 

「あぁ、そう言えばそうなるのか……」

 

 

 

昔懐かしい話をしているとそこにシャルルが……。

 

 

 

「ねぇ、二人って……って言うか明日奈さんと楯無さんの四人はどう言う知り合いなの?」

 

「え? あぁ、あまり公にはされてないけど、俺たち四人はSAO生還者なんだ」

 

「え?! あ、あのSAO事件の?!」

 

 

 

一夏の返答に驚くシャルル。

シャルルとて、フランスにいた頃に耳にはしていたはずだ。

一万人ものプレイヤーを閉じ込め、突如始まったデスゲーム……ソードアート・オンライン。

そして、そのゲームで約四千人ものプレイヤーが死んだ事は、ニュースなどで聞いているだろう。

その生き残りが、今自分の目の前に四人はいるのだ。

 

 

 

「あぁ、そうだよ。ネット用語で言えば、俺たちは『SAOサバイバー』って事になるな」

 

「あれは僕も驚いたよ……。ゲームなのに死人が出たってニュースでやってたから……。なるほどねぇ、それでみんなは違う呼び方をしてたんだね」

 

 

 

違う呼び方。おそらくまぁ、一夏達の呼び方のことだろう。

 

 

「あぁ、これはつい癖でな。今でも昔のキャラネームで呼んでしまうんだ……本当はマナー違反なんだけどさ、慣れないからついな……」

 

「俺も『和人』って呼べって言ってるんだけどな。まぁ、俺も俺でチナツにカタナって呼んでるから、おあいこだけどな」

 

 

 

そう話をしていると、明日奈と刀奈の準備が整い、構えを取っていた。

明日奈は愛剣《ランベントライト》を胸のあたりまで上げ、そこから切っ先を刀奈に向ける。フェンシングなどで見られる型だ。

一方、刀奈の方は愛槍である紅い長槍《龍牙》を展開し、矛先は低く、左手を添えるように構え、右手は柄をしっかり握り、顔の位置まで上げている。

 

 

 

「楯無さんはあの若さでロシアの国家代表生として活躍してるのは聞いていたけど、明日奈さんは……なんだか意外だよね」

 

「意外というと?」

 

 

 

シャルルの疑問に和人が聞き返す。

 

 

 

「あ、いや、別に変な意味じゃなくてさ! あのぉ、明日奈さんが戦っている姿は、なんだかギャップがある感じがしてさ」

 

「あぁ…」

 

 

 

シャルルの疑問がわかった。

お嬢様気質の明日奈が、武器を手に戦う姿を想像できなかったのだろう。

まぁ、確かに、明日奈は剣術よりも学術などのイメージの方が強い。

 

 

 

「でも、アスナさんはSAO時代、『攻略の鬼』って呼び名があったからなぁ……。

ほとんどの攻略戦も、アスナさん指示のもと今まで戦ってきたからな」

 

「あぁ、そうだな。俺も、アスナがいたからこそ、攻略組の面々が、あそこまで上達したと思っているよ。

アスナがいてくれなかったら、攻略はもっと遅くなってたし、犠牲になっていたプレイヤー達も多かったはずだ」

 

「人は見かけによらないとは言うけどねぇ……あ! 始まるよ!」

 

 

 

シャルルの声に、二人は視線をアリーナ中央に向ける。

 

 

 

 

「やああああぁぁぁ!!!」

「はああああぁぁぁ!!!」

 

 

 

互いにイグニッション・ブーストで近づく。

ランベントライトの剣先と龍牙の矛先が寸分違わぬ位置でぶつかり合う。

それと同時に鋼独特の甲高い音と火花が散る。

 

 

 

「やあ! たあ!」

 

「ふっ! てやっ!」

 

 

 

そこからさらに、明日奈はレイピアの戦法たる連続突きを放つが、刀奈は巧みに槍を操ってはその攻撃を捌く。

そして、今度はお返しとばかりに、槍で薙ぎ払い、突き、明日奈に仕掛ける。

 

 

「くっ! やっぱりカタナちゃんは強いね!」

 

「何言ってるの? アスナちゃんだって、さっきから私の攻撃を躱してる時点で強すぎるわよ」

 

 

 

二人がデュエルをしたのは、SAO時代では数えるほど。言っても十回も行かないくらいだろう。

そして、その数回のデュエルで、互いに本気でやりあったことは一度もない。

SAOでのデュエルは、ほとんどが『初撃決着モード』か『時間制限モード』でのものだった。別に他のでも出来なくはなかったが、『全損決着モード』……HPが全損する事だけは、あの世界では禁じられていた為、プレイヤーたちの中でどこか本気で挑めない者たちがいた。

かく言う一夏と和人も、デュエルをしたが、あまり本気ではなく、互いに稽古代わりとしてやっていただろう。

 

 

 

 

「二槍流は使わないの?」

 

「無理言わないでよ。アスナちゃん相手に二槍流は、逆に自分を追い詰めるだけ……今でも懐に入られないようにするのが精一杯だわ!」

 

「そう? カタナちゃんなら、私の攻撃を軽々捌くと思ったけど……!」

 

「アスナちゃん……あまり自分を過小評価しすぎよ? アスナちゃんの本気の突き、キリトだって躱せなかったんでしょう? なら、私じゃ躱せないわよ」

 

 

刀奈の言葉に、観客席で見ていたシャルルが驚く。

いや、その他にも……。

 

 

 

「お、おい、一夏…」

 

「ん? おお、箒。 それにセシリアに鈴も…」

 

 

 

後ろから、ISスーツ姿の箒と、その後ろからやってくるセシリアと鈴。

 

 

 

「さっき楯無さんが言ったことは、本当なのか? 明日奈さんの本気の突きを、和人さんは躱せなかったと言うのは……」

 

「あぁ本当だぞ。って言うか、俺も単発ならまだしも、ああやって連続突きをされたら、躱せないなぁ……先読みをして、なんとかなっているけど」

 

「い、一夏さんでも難しいんですの?!」

 

「あぁ、チナツもアスナとデュエルした時は、何発か食らってたもんな」

 

 

 

セシリアの問いに和人が答えるように言う。

一夏が血盟騎士団に入団したあと、明日奈は自らデュエルを申し出た。これまでは、自分と対等に剣を震えるプレイヤーが限られていたのと、刀奈は別部署での仕事があり、和人もまた、ソロとして自由気ままに活躍していたために中々デュエルする機会もなかったので、入って来たばかりの一夏と剣を交わした。

 

 

「それで、その時はどっちが勝ったの?」

 

「うーん……あの時は『時間制限モード』でデュエルしてたからなぁ……大体互いのHPが半分くらいになったあたりで決着したから、どっちが勝ったとかはわからない……」

 

 

 

鈴の質問に和人は答え、そのまま視線を一夏に向ける。

どうやら、後のことは本人に確かめる……と言う事らしい。

 

 

 

「うーん…あの時は、正直危なかったですね。最後にアスナさんの剣を見たのは、第25層のボス攻略あたりでしたから、それから更に研きがかかったアスナさんの剣は、全て躱すのは無理だったなぁ……」

 

「じゃあ、なんで楯無さんは、ああも対処出来ているんだ? 特に槍なら、明日奈さんのレイピアとはあまり相性が良くないだろう?」

 

「あれはもう、経験の差……だろうな」

 

「経験の差?」

 

 

箒の問いには、一夏が答えた。

 

 

「あぁ。カタナはアインクラッド……血盟騎士団の団員の中では、多分一番多く任務やクエストをこなしたんじゃないかな……。隠密部隊の隊長にして、副団長。隠密部隊の任務でも、ボス攻略のための情報収集に携わっていたからなぁ〜。

多分その次に、俺かキリトさんが来て、アスナさんが来る感じだろう。モンスターとの戦闘や隠密部隊ならではの裏組織との対人戦。場数を踏んでいるのは、圧倒的にカタナだよ」

 

 

 

隠密部隊筆頭でありながら、隠密行動にはあまり向かない槍で生き延びた刀奈は、ある意味『猛者』と呼ばれるに相応しいプレイヤーだったのかもしれない。

 

 

 

「まぁ、そんな感じで、あの二人はそこまでヤワなお嬢様方じゃないってことだな……。っと、そろそろ決めにくる頃合いだな」

 

 

 

和人の言葉で全員がアリーナ中央を向く。

戦闘は、空中、地上、高速移動中と様々な戦闘内容となっていった。

そして、互いに決めに来るとすれば、やる事は一つだ。

 

 

「い、やあああああぁぁぁっ!!!」

 

「はあああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

明日奈のランベントライトの刀身が真紅に染まり、刀奈の龍牙も翡翠色に染まって、互い決めに来た。

閃華から放たれたのは、《フラッシング・ペネトレイター》。閃光のアスナと呼ばれた明日奈の出せる最速の技。

一方、ミステリアス・レイディからは一度腰だめしてからの、体のひねりを加えた槍スキルの突進型刺突スキル、《ソニック・チャージ》。威力もさることながら、刀奈の独特の構えから繰り出されるそのスキルは、スピードでも負けず劣らない。

真紅と翡翠。二つの光がぶつかり合い、二人が交錯しあったところを中心に、大きな爆発と爆煙、爆風が吹き荒れ、会場が唸り、観客席で見ていたギャラリーもまた驚きの声を上げる。

 

 

 

「おいおい! あれ、大丈夫なのかよ!?」

 

「ISを装備してるから大丈夫だとは思いますけど……。とりあえず行きましょうか」

 

 

 

和人と一夏、箒たちも急いでアリーナの中に入っていく。

ISを展開し、未だに爆煙立ち込めるアリーナ中央に行くと、そこにはISを解除し、尻餅をついて座り込んでいたふたりの姿があった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……さ、流石ね……アスナちゃん……!」

 

「カ、カタナちゃん……こそ! 最後のは、キツかったよー……」

 

 

思ったよりも無事であった。

しかし、やはりダメージはお互いに通っていたのか、呼吸がやや荒い。

そんな二人を見て、ほっとした一夏と和人。ISを解除して、二人のところへと向かう。

 

 

 

「全く、まだリハビリを終えたばかりなんだから、無理はするなよなぁ……」

 

「ううっ……ごめんなさい……」

 

「カタナも。大丈夫だとは思ったけど、あまり心配させないでくれよ」

 

「あはは……ごめんなさい……」

 

 

いつもは逆に和人と一夏が、明日奈と刀奈に叱られるのだが、今回ばかりは逆の立場になっている。

そう言いながらも、二人の手を掴み起き上がらせる。

 

 

 

「今日はここまでにしないか? 俺もさっきシャルルとやり合ったばかりだから、疲れたし……」

 

「シャルルも流石に今から俺とやるのは、キツいだろう? 模擬戦はまた明日やろうぜ」

 

「うん、そうだね。じゃあ一夏とは、また明日ね。それに、明日奈さんと楯無さんの試合を見た後だと、どうにもレベルの差を思い知らされちゃうよ……」

 

「全くだな。近接戦闘だけであれ程の試合を見せられてはな…………他のものも、どうやらそうするみたいだぞ」

 

 

 

箒の言葉で周りを見てみると、模擬戦をしていた他の生徒たちも、なにやら撤収作業に入っている。

 

 

 

「じゃあ俺たちも撤収しますか……ん? あれは……」

 

 

 

一夏が最後を締めくくろうとし、皆ISを再び展開した時、不意に殺気混じりの視線を、一夏は感じ取った。

その視線の出処は、アリーナのカタパルトデッキ付近。

そこには、一夏との因縁のある人物が立っていた。

 

 

 

「ねぇ! アレって、ドイツの第三世代じゃない!?」

 

「最近本国からのロールアウトをしたばかりって聞いていたけど…」

 

 

 

そう、ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。そして、彼女の専用機、シュバルツァー・レーゲンがよりその存在感を醸し出していた。

その堂々たる姿に、他の一般生徒たちも驚く。

 

 

 

 

「織斑 一夏…」

 

「よう。なんだ?」

 

「貴様も専用機持ちだったな……ならば丁度いい。私と戦え」

 

「「「ッ!!!!!!」」」

 

 

 

ラウラのいきなりの言葉に、一夏以外のメンバーが驚く。

 

 

 

「なによあんた! いきなり出てきて言うことがそれ?!」

 

「そうですわね! 今朝の事も、まずは一夏さんに謝るのが筋ではなくて?!」

 

 

 

鈴とセシリアが今朝の事……一夏に殴りかかろうとした事に対しての追求をするが、ラウラはそれを無視する。

 

 

 

「ふん! そんな事どうでもいい……。もう一度言う……私と戦え、織斑 一夏……ッ!」

 

「…………」

 

 

 

先ほどよりも、より殺気のこもった視線と言葉で、一夏に尋ねる。

だが、一夏は……。

 

 

 

 

「断る」

 

「何?」

 

「聞こえただろ。『断る』と言ったんだ。俺にはお前と戦う理由がない。それに、今日はもうおしまいだ」

 

「ふざけるな‼︎ 貴様には無くても、私にはあるのだ!」

 

「だったら、明日か今度のタッグマッチトーナメントでやればいいだろ。どの道、お前とはやり合うことに変わりはないはずだ……」

 

 

 

 

徹底してラウラとの交戦を避けようとする一夏。

だが、それを聞いて、大人しく退くラウラでもない。

 

 

 

「そうか、なるほど……。では、戦うように仕向ければいいわけだっ‼︎」

 

「っ!」

 

 

 

そう言うと、ラウラはシュバルツェア・レーゲンの主武装であるリボルバーカノンの砲身を一夏たちに向け、照準を合わせる。

咄嗟にシャルルが一夏を庇おうと前に出て、シールドを展開したのだが……。

 

 

「っ!」

 

「へ? い、一夏っ!?」

 

「ふん、自ら当たりに来たか……ならば、吹き飛べっ‼︎」

 

 

 

シャルルの防御行動を無視し、シャルルの前に出る一夏。

それを見て、ラウラも躊躇することなく、リボルバーカノンを発射した。

ドンッ! と言う低く響くような音と共に、放たれた砲弾は、まっすぐ一夏の元へと飛んでいき、一夏に当たると思われた……。が、次の瞬間……

 

 

 

 

「はあああッ!!!」

 

 

ズシャアァァァァァンーーーッ!!!!

 

 

 

「な、何っ?!」

 

 

 

驚愕の表情に見舞われるラウラ。いや、ラウラだけではない。和人たちもまた、目の前で起こっていることに、目を点にして見ている。

放たれた砲弾は、一夏に着弾する直前で、一本の剣閃が砲弾に真っ直ぐ縦に入り、砲弾を真っ二つにしたのだから……。

 

 

 

「なっ……き、貴様……っ!」

 

 

 

斬られた砲弾はそのまま慣性に従い、一夏と後ろにいた和人たちを通り越して、後ろに着弾した。

抜刀一閃……その言葉が正しく相応しい。前に出た瞬間、一気に抜刀し、上段からの唐竹割りで、見事に斬って見せた。

 

 

「こんなに一般生徒たちがいる中で、いきなり大砲をぶっ放すなんて……お前、本当に専用機持ちの代表候補生なのか?」

 

 

今しがた、砲弾を斬り捨てた一夏は、刀を鞘に納めると、今までにないくらいの殺気をラウラに対して放った。

その殺気は、生半可な物ではなく、本気で人を殺そうとしている者の殺気と思う程、濃密なものだった。

 

 

 

「ちっ! まさかその様な芸当が出来るとは……貴様の評価を少しばかりは改めないといけないという事か……」

 

「別にそんな事どうでもいい……。お前が俺のことをどう思おうと構わないさ。が、周りにいる関係のない人まで巻き込むつもりなら、こちらも容赦はしない。全力でお前を斬る……っ‼︎」

 

「ふっ、ははは! 面白い。たかがゲームで二年も寝たきりになっていた貴様と、現役軍人の私と、どちらが上かハッキリさせようではないか!」

 

 

 

ラウラがキャノンを戻し、両腕からレーザーブレードを展開し、それを見て一夏も、雪華楼の鞘に左手を持って行き、鯉口を切る。

 

 

 

「「…………」」

 

『そこの生徒っ‼︎ 何をしているっ!』

 

 

 

突如、アリーナ内に声が響く。

どうやら、騒ぎを聞きつけた教員が、アリーナの放送室から怒鳴っているようだ。

 

 

 

「ふん、卿が削がれた。いずれ貴様とは必ず決着をつけてやる……‼︎」

 

 

 

その言葉だけを残し、ラウラはISを解除して、アリーナの出口へと向かって行った。

その背中を、苦虫を噛んだような表情で見る一夏。

 

 

 

 

「チナツ! 大丈夫か?!」

 

「キリトさん……はい、俺の方は大丈夫です。みんな大丈夫か?」

 

「何を言っている。攻撃されたのはお前なのだぞ?」

 

「そうですわね。ですが、もしも一夏さんがあれを斬っていなかったら……」

 

「私たちもまとめてドンッ! だったわね」

 

「僕が盾になろうと思ってたんだけど、余計だったかな?」

 

「いや、そんな事ないぞ。ありがとうシャルル」

 

「別に僕は何もやってないよ。しかし凄いね一夏! 大砲よ弾丸を斬るって……やっぱり一夏も和人も普通じゃないよ」

 

箒、セシリア、鈴とシャルル。四人が共通で思っていることを、シャルルが代弁した。

SAOプレイヤーとしての二年間が、一夏たち四人の戦闘技能を凄い速度で向上させて行ったのだ。

他のIS操縦者たちでは絶対に見られない絶技に、ただただ舌を巻く事しかできない箒達であった。

 

 

 

「さてと、厄も去った事だし、帰るとするか……」

 

「そうだな……アスナ、立てるか?」

 

「うん、ありがとうキリトくん」

 

「カタナも大丈夫か? ほら、掴まれ」

 

「ありがとう、チナツ」

 

 

 

 

一夏と和人は、刀奈と明日奈を立たせ、一夏達はシャルルと共に男子更衣室へと向かい、刀奈たちは箒たちと共にアリーナの更衣室へと向かって行った。

 

 

 

 

「ふぅー……」

 

「いきなりだったな……あいつ」

 

「キリトさん……」

 

 

 

男子更衣室の中で、先に制服に着替え終わっていた一夏。

ベンチに座って、先ほどの事を考えていた。

そこへ、着替え終わった和人が、後ろから声をかけてくる。

 

 

 

「そうですね。あいつのは……なんか、昔の俺に似ているんですよね……千冬姉の存在が、とても大きくて、眩しくて、だからこそ意識してしまうんでしょうけど……」

 

「まぁ、俺も茅場の作り出した世界に、いち早く惹かれて、SAOにログインした身だからな……その気持ちは分からなくもない」

 

 

 

 

SAOでの経験……それも、暗い過去の事を思い出してしまう。和人も一夏も〈黒の剣士〉〈白の抜刀斎〉……そう呼ばれる代わりに多くのものを失った。

何かを信じ、求めた結果、最悪な事態を生み出し、失い、孤独に苛まれた経験があった……。

ラウラは、そういった自分たちとどこかが似ている。

これは、先ほどの騒動の時に気付いたことであった。

 

 

 

「はぁ……まぁ、それもこれも俺が決着をつけるべき何ですけどね」

 

「そうだな……だが、あまり無茶はするなよ? どんなことが出来るかはわからないけど、俺もアスナも、お前がピンチなら、助けに行くんだからよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「そんじゃあ、俺は一足先に行くわ」

 

「え? どこにですか?」

 

「整備室……機体のチェックしてから帰ろうと思って……」

 

「あぁ、なるほど……。シャルルはどうするんだ?」

 

「うん、僕もこのまままっすぐ寮に帰るよ。一夏はどうする?」

 

「俺はもう少しここにいるよ。色々の考えたい事があるから……」

「わかった。じゃあ先に帰ってるね」

 

 

そう言って、和人とシャルルは更衣室を後にし、残った一夏は、更衣室内にあるベンチに座る。

 

 

 

「『いずれ決着をつけてやる』……か。そうだな、俺がつけるべき決着だな……」

 

 

 

一度は揺らぎそうになったが、再び決心する。

自身と同じものを見ている女の子。ならば、その同じものを見ていたものにしかわからないものがある。

だからーー

 

 

「次に戦うときは、本気で行くか……!」

 

 

 

一夏は、昔と同じ抜刀斎の眼で、そう宣言した。

 

 

 

 

 

「…………チナツくん、大丈夫かな?」

 

「ん……そうね。あの人も、色々と背負ってるものがあるから……ちょっと心配」

 

「はぁー……どうしてこうキリトくんもチナツくんも、厄介事に巻き込まれるのかなぁ〜」

 

「そうなのよねぇ〜。でも、そんな人達を好きになっちゃった時点で私たちの負けよ」

 

「あはは♪ まぁ、そうなんだけどね……」

 

 

 

女子更衣室で明日奈と刀奈、箒に鈴にセシリアと、着替えを済ませていっている。

 

 

「それにしても、あのドイツ人は何なのよ? どんだけ一夏を目の敵にしてるわけ?」

 

「それは私にもわからん……。一夏も初めて会ったと言っていたし……」

 

「ですが、いきなり平手打ちをしようとするくらいですもの……一夏が彼女の勘に障るような事をしたとしか……」

 

 

 

同じクラスである箒とセシリアは、初めの自己紹介の時点でラウラの一夏に対する接し方に疑問を抱いていたが、流石に今回のような騒動を起こすとなると、どうにも……

 

 

 

「腑に落ちんな……」

 

「そうですわね……一体、一夏さんとラウラさんの間に、何があったんでしょうか?」

 

 

 

その答えを知るのは、ラウラと恐らくは一夏だけだろう。

いくら考えても答えが出ないまま、一行は着替え終わった。

 

 

 

「ああ、そうだ鈴ちゃん、セシリアちゃん」

 

「はい?」

「何ですの?」

 

 

 

更衣室を出たところで、二人は明日奈に呼び止められた。

 

 

 

「えっと、二人は今日、時間ある? 出来れば、ALOで一緒に参加してほしいクエストがあるんだけど……」

 

「そうなんですか……。私は大丈夫です」

 

「わたくしもですわ。では、夕食を頂いてからでよろしいですか?」

 

「うん! それでいいよ。助かるよぉ〜! カタナちゃんも一緒にどう?」

 

「あぁ、ごめん。私ちょっと調べ物があって、また今度ね」

 

「あぁそっかぁ〜……わかった。じゃあまた今度ね」

 

 

 

 

そう言って、明日奈達と刀奈は別れて帰る。明日奈達は食堂に、そして刀奈はーー

 

 

 

 

「さてと、そろそろ暴かなきゃねぇ〜……シャルル・デュノアくんの正体を……」

 

 

 

 

 

 

一方、ようやく考えがまとまった一夏は、アリーナの更衣室を出て、帰路についていた。

 

 

 

「はぁー……疲れたぁ〜。腹も減った……」

 

「何故この様なところで教師などやっているのですか教官!」

 

「ん? 今の声は……」

 

 

 

一年寮の手前で、聞き覚えのある声がする。

その声のする方へと歩いて行くと、そこには千冬と先ほどの声の主、ラウラの姿があった。

 

 

 

「ラウラと千冬姉? 何を話してるんだ?」

 

 

 

一夏はコソッと近づき、近くにあった木の陰に隠れて、話を聞く。

 

 

 

「何度も言わせるな。必要な事だからやっている……それだけだ」

 

「この学園で教官が教師をする事に、どんな意味があると言うのですか!? ここではあなたの実力の半分も生かされませんっ‼︎」

 

「ほう?」

 

 

 

ラウラの言葉に、千冬はまっすぐな視線をラウラに向ける。これから語られる彼女の気持ちをまっすぐに受け止めようしているのか。

 

 

 

「大体、この学園の者たちは、少しばかりおかしいです! 危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている!」

 

「ふむ…………」

 

「お願いします教官! もう一度我がドイツで、ご指導を!」

 

(なるほど、そう言う事だったのか……)

 

 

 

今の言葉でようやく理解できた。

彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒにとって、千冬は絶対的存在なのだ。彼女に何があったかは知らないが、形は違えど、彼女と一夏は似ている。憧れであり、目標だった人が同じで、力を求めている……。

だからこそ、千冬の栄光を汚した一夏の事を、ラウラは許せないのだ。

 

 

 

 

「はぁ……いい加減にしろよ小娘」

 

「っ!」

 

「十五歳で、もう選ばれた人間気取りか? 片腹痛い……」

 

「で、ですがーー!」

 

「今日はここまでだ。私も色々と仕事が立て込んでてな、忙しいんだ」

 

「〜〜〜ッ‼︎ くっ!」

 

 

 

 

千冬にバッサリと切られたラウラは、遣る瀬無い気持ちを抱えたまま、寮へと戻って行った。

そして、その場に残った千冬は、ふとこちらを向いて……

 

 

 

 

「盗み聞きとは感心しないな……そんな異常性癖をもたせた覚えはないのだがな」

 

「っ!? と、流石に気付いていたか」

 

「当然だ。それで? こんなところで油を売ってていいのか? もうすぐタッグマッチ戦なんだぞ?」

 

「問題ねぇよ、順調だ」

 

「そうか。ならば、タッグを組む相手もちゃんと考えているんだろうな」

 

「もちろん。カタナとタッグを組む事にしてるよ。俺の動きに一番合わせられるのは、カタナだからな」

 

「ふん、お熱いことだな」

 

「からかうなよ……」

 

「まぁその調子ならば大丈夫なのだろう。ではな」

 

「あ、ちょっと待ってくれ千冬姉」

 

 

立ち去ろうとする千冬を止める一夏。

すると、千冬は立ち止まりはしたが、振り向いた瞬間、その手にはどこから出したのか、出席簿がーー

 

 

バシィィン!!!

 

 

 

「いってぇッ!!!」

 

「学校では『織斑先生』だ」

 

「えぇ〜……今更?」

 

 

 

バシィィンッ!!!

 

 

二発目を食らってしまった。なので、素直に謝る。

 

 

 

「それで? なんだ?」

 

「あいつ……ラウラの事なんだけど……」

 

「…………まぁ、そうなるな」

 

 

 

ある程度予測していたのか、千冬は待ってましたとばかりに口を開く。

 

 

 

「あいつが俺を憎んでいるのって、やっぱり三年前の……」

 

「終わった事だ。お前が気にすることではない」

 

「そういうわけに行くかよ……現に今、それのせいでこんな問題を起こしてるんだからよ」

 

「だが、だからと言ってもうどうしようもないだろう……私は現役を引退し、専用機も持ち合わせていない」

 

「……あいつは、千冬姉に現役に戻って欲しいんじゃなくて、もっと修行したいって言ってるんだろ?

って事は、あいつはもっと強くなりたくて、力が欲しいと思っているわけだ……」

 

「…………そうだろうな。あいつもまた、色んな過去を持った奴だ。それをわかっていたのに、どうにも上手くいかんな……人に教えるというのは……」

 

 

 

千冬はどこか儚げな表情で空を見上げる。

そして、その表情を見た一夏は、プフッと笑ってみせる。

 

 

 

「何を笑っている?」

 

「い、いやぁ〜、千冬姉がそんな顔をするのは初めて見たからさ……。

心配いらねぇよ。あいつとの決着は、必ず俺がつける。千冬姉は、試合が終わった後に、あいつとの和解のネタでも考えとけばいいさ」

 

「小生意気な事を言いおって……。まぁ、そうだな。お前を信じよう……。さて、もうそろそろ部屋へ戻れ。門限が近い」

 

「あぁ、わかった」

 

 

 

そう言って、一年寮へと戻って行く一夏。

その背中を見て、複雑な表情で見送る千冬。

あの二年間で、一体何があったかはまだ聞いていないが、それでも目に見えて精神的に成長した弟に対して、喜んでいいのか、寂しい気持ちになればいいのか、よくわからない。

だが、今の一夏になら、自分の教え子の事を任せられる……そう思ったのだ。

 

 

 

「任せたぞ……一夏」

 

 

ただ一言そう言って、千冬も寮へと戻って行ったのだった。

 

 

 

 

 

〜生徒会室〜

 

 

 

 

「虚ちゃん。それで、どうたった?」

 

「はい、お嬢様の睨んだ通りでした。こちらが、その詳細データになります」

 

 

 

刀奈が会長椅子に座り、机を挟んで会計の虚が机の上に資料を置く。

そこに書いてあった『デュノア社に関する報告書』という文字に眉を釣り上げる刀奈。

その資料を手に取り、読み上げる。

そして、全てを知った刀奈は、「ふぅー」と溜息をつき、資料を机に戻す。

 

 

 

「やっぱりそう言う事だったのね……。デュノア社の社長夫婦に、『シャルル・デュノア』なんて息子は存在しない……」

 

「はい。と言うより、彼……いえ、彼女は社長夫婦の子供ではありません」

 

「ええ、そうみたいね。とにかく、ありがとう虚ちゃん。後は私の方で何とかするわ」

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 

 

虚の返事を聞いてすぐ、刀奈は部屋を出る。

もちろん行き先は、夫の元だ。

 

 

(狙いはチナツの白式……そうはさせないわっ‼︎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、シャルの正体を暴くところから始まります。


感想よろしくお願いします^o^




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第15話 自由を手に……

今回は、最初に虚さんルートに入ってから、シャルルートに行こうと思います!


それではどうぞ!


「ありがとう虚ちゃん。後は私の方で何とかするわ」

 

「かしこまりました。お嬢様」

 

 

 

生徒会室の扉を開け、走り去る主人の背中を見て、深く溜息をつく虚。

学校の……というより、どこでもそうだが、廊下を走ってはいけないというのは、基本であり、普通であり、マナーだ。

だが、生徒の長たる刀奈自身がそのマナーを破っているのだから、他の生徒に示しがつかない……後でお説教だな。

そんな事を考えながら、虚は生徒会室の端っこの方に置いてあるティーセットへと手を伸ばす。

余談であるが、自身では思ってもいないのだが、虚の作る紅茶は、主人である刀奈と、この学園で用務員として働いている事実上の運営者たる男性……轡木 十蔵は虚の紅茶を『世界一』と評価している。

そして、虚がティーカップに紅茶を注いでいると、ふと横目で見てしまった。だるだるの制服を重そうに引きずりながら机から顔を上げる少女を。

 

 

 

「ウイィ〜……良い匂いぃ〜」

 

「はぁー……本音、もう少しシャキッとしなさい。あなたもこの生徒会の一員なら、もう少しみんなの模範になるような生活を心がけなさい」

 

「うう〜〜ん……眠いんだもん……」

 

「ダメです。今日の分の仕事、早く終わらせなさい。でないと、お菓子はあげません」

 

「うわぁ! それはないよぉ〜お姉ちゃん!」

 

 

 

動くトリガーが『お菓子』という点は、もう見飽きた。

姉である虚にとって、妹である本音の行動パターンは手に取るようにわかってしまう。

 

 

 

「それにしてもたっちゃんさん、気合入ってたねぇ〜」

 

「えぇ、そうですね。それほど織斑くんのことが大事なんです」

 

「ふっふぅ〜。おりむーも果報者だねぇ〜」

 

「そうですね。……いえ、果報者はお嬢様の方ですね」

 

「えぇ? たっちゃんさん?」

 

 

 

紅茶を一口啜り、一息ついてから、自身の席に座って作業を続ける虚。

 

 

「えぇ、あなたも覚えているでしょう? SAOから開放されたお嬢様を……」

 

「うん。かんちゃんが凄く喜んでたから、よく覚えてる」

 

 

 

 

 

姉妹は共にあの日のことを……いや、もっと前、二年前の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

〜二年前〜

 

 

 

『あなたは何もしなくていい……。私が全部やってあげる。だから、あなたは ”無能” なままでいなさいな……』

 

 

 

 

 

刀奈が発した、妹・簪に対する言葉。

その言葉をきっかけに、二人の仲に深い溝ができてしまった。

更識家は、昔から裏工作などの実行を承っている対暗部用暗部の家系だ。

とても由緒ある家系で、その当主は代々『楯無』の名を継いで来た。

そして、その名の襲名もまた、二人を引き裂く要因たり得た。周りの人間も、刀奈を当主にと煽り立て、簪の事をその補欠とばかりに考えるものも少なく無かった。

 

 

 

 

 

「お嬢様。幾ら何でも簪様にあの様な……」

 

「…………うん。わかってるのよ、私だって……」

 

 

 

覆水盆に返らずとは言ったものだ。やってしまったものは取り返しがつかない。

もちろん、刀奈が何を考えてその様な発言をしたのか、虚だってわかっている。妹の簪を守る為に、言った事だというのは刀奈の側にいた虚が一番よくわかっている。

 

 

 

「でしたら、なおのこと簪様には直接そう言わないと……簪様は、あれからより塞ぎ込んでいますし……」

 

「わかってるッ!! …………わかってるから……」

 

 

 

次期当主候補といっても、まだ十四歳の女の子なのだ。

そんな子にこれほどまでの重圧をかけている自分達の愚かさが嫌になってきていた。

それでも刀奈は次期当主の資格たり得るようにふるまっていた。

どんな事も一人でこなし、なんでも出来ていた。だが、それでも、簪との間に生じた溝は、埋まるどころか、深くなっていくばかりだけだった。

 

そして、時は過ぎて、刀奈が中二、簪と本音が中一、虚は中三となった。虚は受験生として勉強に精を出す。受験先はもちろんIS学園だ。

刀奈、簪、本音もともにIS学園への入学を希望しており、虚は一足早く入学し、他の三人を待つ準備をしていた。

そんな時だった……学校から帰ったその日の夕方前。

 

 

 

「ねぇ虚ちゃん……」

 

「どうかしましたか? お嬢様」

 

「これが、簪ちゃんの部屋にあったんだけど……何なのかわかる?」

 

 

 

そう言って、あるパンフレットを見せてくる。そこに書いてあったのは……。

 

 

 

「あぁ、Sword Art Onlineですね。今話題のフルダイブ型のMMORPGです」

 

「Sword Art Online………ああ、テレビやってたわね……簪ちゃん、こんなのに興味があったのね……」

 

「そうですね……IS同様、世界初の快挙でしたからね。私も一般的な知識しか知らないのですが、仮想世界なのに現実とほぼ遜色ないものらしいですね」

 

「ふーん……まぁ、ISにも電脳ダイブとかがあるし、そういう感じなのかなぁ〜とは思っていたけど……」

 

「しかし、お嬢様はこう言うのにはいち早く興味を持つと思ったのですが……」

 

「いやぁ〜流石に専用機組んでるときに遊んでられないわよ…」

 

 

 

そう、刀奈は政府の働きで、IS適性の検査を受け、その結果判定はAの出て、更識の特権である自由国籍権を行使し、専用機をもらえる手筈になっていた。

まだ当主の座には付いていなかった為に、まだ予定の段階だったのだが、それでも本人の希望で、ある程度は設計を立てて、着工していたようだ。

なので、本人曰く、遊んでいる余裕がないらしい。

 

 

 

「まぁ、確かにそれはそうですが……ん?」

 

「ん? どうかしたの?」

 

「いえ、着信が入ったみたいで……本音?」

 

 

 

虚の携帯がなり、表示画面には妹の名前が出ていた。

本音からの連絡は、簪と二人、学校の居残りがあるために、今夜は帰りが遅くなるとの事だった。

 

 

 

 

「そう、簪ちゃん達、遅くなるの……」

 

「えぇ、そうみたいですね……。残念でしたね、このゲームの話題で、簪様に近づく作戦が出来なくて」

 

 

「なっ!? 何のことかしらぁ? おほっおほほほほ〜〜」

 

「わざとらしいですよお嬢様」

 

「う、うるさいわねっ!」

 

「直に触れて、やってみてはいかがですか?」

 

「へ? 何を?」

 

「 ”それを” です」

 

「えっ? もしかして ”これ” ?!」

 

 

 

虚が示すもの、それは一つしかない。今刀奈が持っているSAOのパンフ。つまりは、自ら簪の見ている世界を見て来いって事だと、刀奈は察した。

 

 

 

「いや、でもこれって簪ちゃんがやりたいから買ったのであって……私まで……」

 

「いいんじゃないですか? しかも都合がいいことに、このゲームの公式サービスが開始されたのは、今日らしいですし……別に何時間も遊べとは言っていませんから……少しでも、簪様の世界を見てくるのもいいかもしれませんよ?」

 

「ん……そう、なのかもしれないわね……ありがとね、虚ちゃん」

 

「いえいえ…」

 

 

優しく諭す虚に、穏やかな笑みを浮かべて礼を言う刀奈。刀奈はそのまま簪の部屋へと赴き、部屋に入り、ドアを閉めた。

そして、それが現実世界での最後の会話となった。

 

夕方の五時半。いつもみたく勉強をし、ちょうど今日の課題を終えたところで、自室のパソコンから、ネットニュースを閲覧していた……。刀奈がゲームを開始して約二時間が経つのではないかと思われたその時だった。

 

 

 

「え? な、何、これ……?!」

 

 

 

パソコンの画面上。そこにデカデカと書かれた記事に、虚は頭が真っ白になった。

 

 

 

 

ーーー公式サービス開始の世界初のゲームにて、死亡者多数続出‼︎ 魔のゲームとかしたSword Art Online!!!ーーー

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って! これって今お嬢様が!?」

 

「虚くん!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

 

いきなり部屋のドアが勢いよく開かれ、そこには、刀奈と簪の父である先代の楯無が立っていた。勢いよく走ってきたのか、その息はとても荒れていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……虚くん! 刀奈はどこだ?! 今ニュースでも報じられている、SAO! あれは私が簪に買ってやったものだ。だが、今日は簪は帰りが遅くなると給仕の者に聞いたぞ? だから問題ないと思ったが、刀奈の姿が見当たらん! どこに行ったか知らんかね!」

 

「ぁ……あの、お、お嬢様は……」

 

 

目尻から涙がこぼれ落ちる。

何かの間違いであってほしいと願う自分がいる。

 

 

 

「刀奈はどこだ……?!」

 

「か、簪様のお部屋に……」

 

「ッ!? い、いかん! 刀奈ぁぁぁぁっ‼︎」

 

 

 

全速力で走る。やっと簪の部屋の前に到着し、二人して簪の部屋に入る。

そして、見てしまった。簪の部屋のベッドに横たわり、頭には、SAOをするためのゲーム端末であるナーヴギアが装着された刀奈の姿が。

 

 

 

「くっ……! なんと言うことだ……」

 

「お、お嬢様……?」

 

 

 

父・楯無はその場に崩れ、両手を付いて悔しさをあらわにしている。

そして虚は、一歩一歩ゆっくりとした足取りで、刀奈に近づく。

 

 

「お嬢様……?! お嬢様! 目を開け下さいっ‼︎ お嬢様ッ!」

 

 

 

 

体を揺するが、一向に起きない。そして、絶望した。

 

 

 

「わ、私の……私の所為で……! お、お嬢様……」

 

 

両手で顔を覆う。しかし、溢れた涙はその両手では堪えきれる筈もなく、頬を伝い、床に流れ落ちる。

 

 

 

「も、申し訳ありませんっ‼︎ 私が……私があんな事をいわなければ……!」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

「ッ!? か、簪様……」

 

 

 

おそらくは給仕の者から連絡が入ったのだろう……。

簪は、汗だくなのも気に留めず、すかさず刀奈の側に来て、手を取る。

 

 

 

「なんで? なんで、お姉ちゃんがナーヴギアを被ってるの?! 本当なら、私が……!」

 

 

 

そう言いながらも、何もできない一同。

テレビでも、ナーヴギアの強制切除を行ったことにより、死亡者が出ているニュースが流れていた。

なので、今ここで外せば、それは……刀奈の死を意味していた。

 

 

「どうして?! なんで! なんでお姉ちゃんがっ‼︎」

 

 

 

本来ならば、これを被っていたのは簪だった。

だが、運良く被る事を免れた。本当に運が良かったのかもしれない。

だがそれで、刀奈が犠牲になった。

そして、それはまるで刀奈が簪を守るためにやったようにも思えて仕方なかった。

だからなのか、簪がこんなにも泣いているのは……。だからなのか、こんなにも虚たちが無力を感じているのは……。結局、すべてを刀奈に委ねてしまったのだ。自分たちが何も出来なかったが故に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜生徒会室〜

 

 

 

 

「結局、我々がやった事と言えば、お嬢様の体を病院へ移した事くらいですかね……」

 

「う〜ん……ナーヴギアを傷つけないように、しんちょーにしんちょーに運んだもんねぇ〜……」

 

「えぇ、そして……結局、二年もかかってしまいましたが……それで、お嬢様も何だか変わりましたしね……」

 

「うんうん! 何だが、憑き物が落ちたみたいな感じ♪ 何だか、『女の余裕』って感じだったぁ〜」

 

「えぇ。まさしく女の幸せを手に入れて、その余裕がにじみ出てましたね……」

 

 

 

 

そして再び、二人は過去を遡る。

 

 

 

 

〜SAO開始から約二年後の十一月〜

 

 

 

突如、約六千人ものSAOプレイヤーが一気に目を覚ましたのだ。

SAOの中で、一体何が起こったのか……。それはわからなかったが、そんな事どうでもよかった。

その約六千人の中には、刀奈も含まれていたのだから。

 

 

 

「お嬢様っ‼︎」

 

「っ! ……ああ! 虚ちゃん……っ!」

 

「〜〜〜っ‼︎ お嬢様ァァァっ!!!」

 

 

 

今思い出しただけでも恥ずかしい。

涙を流し、大声で泣きながら刀奈に抱きつく自分が。

しかし、その当時はそんな事考えていなかった。そんな小さな事よりも、今は主人である刀奈が帰ってきたことが何より嬉しかったからだ。

 

 

 

 

「お嬢様……良かった! 本当に良かったです……っ‼︎」

 

「心配掛けてごめんね……。でも、ちゃんと帰ってきたよ?」

 

「はい……! ううっ……」

 

「ほら、もう泣かないの」

 

 

 

 

帰ってきた刀奈は、何だが大人の雰囲気に包まれていた。自分の方が歳上で、いつも従者であり、姉のように接してきたつもりでいたが、今は正にその逆。刀奈によって慰められている虚……といった状況が成り立っていた。

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 

続いて、病室のドアから二人の少女が入ってくる。

妹の本音と刀奈の妹の簪だ。簪は既に涙目になっており、

目が赤くなっていた。

 

 

 

「おねぇ〜ちゃ〜〜んっ!!!」

 

「うわっ!? か、簪……ちゃん?!」

 

「良かったよぉ〜……本当に……! もう会えないかと思った……ずっと、謝りたかったのに……‼︎ それも、出来なくて……」

 

「簪ちゃん…………ううん、やっぱり謝るのは私の方よ。……ごめんね、簪ちゃん。私、あなたを大切にしてるから、大切に思っているから、あなたを傷つけさせたくなかったから……でも、あんな言い方しちゃった……ごめんね、簪ちゃん」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

涙ぐむ簪の顔をそっと両手で包み込み、顔を上げさせる。そして、あげた顔を間近で覗き込む。そして、優しい表情で再び語りかけた。

 

 

「簪ちゃん……あなたは、私の自慢の妹。私はあなたを誇りに思う。そして、とても大切に思っています……今までごめんね……」

 

 

そう言って、刀奈は優しく抱きしめる。

その抱きしめた本人もうっすらと涙を浮かべていた。

 

 

 

「お姉ちゃん……! うわあぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!」

 

 

 

号泣だった。引き裂かれた姉妹の関係を、こういった形で取り繕うことになったのは、あまり腑に落ちなかったが、それでも今この瞬間を目にしている者たちにとって、そんな事はもうどうでもいいと思った。

なんせ、今まで切り裂かれていた二人の関係が、ここまで修復したのだから……。

 

 

 

 

「あ! 虚ちゃんに頼みたいことがあったんだ!」

 

「はい。なんなりと」

 

「人を探して欲しいの。その人も私と同じSAO生還者よ」

 

「は、はぁ……それで名前は何と? それに、どうしてもお急ぎなのですか? まだ、お嬢様はリハビリなどもあるのに……」

 

「うん。どうしても今すぐに逢いたいの……だからお願い!」

 

 

 

 

今までの刀奈がしてこなかった頼み事。

その相手は一体誰なのか、そして、刀奈と同じSAO生還者であることから察すると、向こうで知り合った ”友人” と言う線か……?

 

 

 

「か、かしこまりました……それで、お名前は?」

 

 

刀奈の気迫に押され、了承する虚。

同じSAO生還者ならば、絶対にどこかの病院に搬送されている。ならば、病院の入院患者の情報をちょっと悪いが覗かせてもらえば、すぐに逢うことなんて朝飯前だ。

そう言うことで、虚が名前を聞くと、刀奈はほんのり頬を赤く染め、微笑んだ。

 

 

 

(ん? お、お嬢様がこんな表情をされるなんて……今までなかった……!)

 

(お姉ちゃんが逢いたい人って……向こうで知り合った友達かな?)

 

 

 

虚と簪はともに驚愕し、勝手に ”友人” だと決めつけた。

が……

 

 

 

 

「名前は……『織斑 一夏』。向こうで知り合った、私の自慢の ”旦那様” よ♪」

 

 

 

 

 

満面の笑みで答える刀奈。

その答えに、一同は驚愕の悲鳴を上げ、病院内にその悲鳴が伝わったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

〜再び生徒会室〜

 

 

 

 

「しかし、旦那様ときましたか……」

 

「うんうん! しかも、同じ病院にいたのは凄いよねぇ〜」

 

「まぁ、織斑くんもまた、あの織斑先生の弟さんですから、お嬢様と同じ、有名大学病院に搬送されているのも当然です……しかしまぁ、あのお二方がまさか恋人を通り越して夫婦になっていたのには、流石に驚かされました」

 

「でもでも〜なんか良い雰囲気だったよね〜」

 

「えぇ、そうですね」

 

 

 

 

 

学校だろうが病院だろうが何だろうがイチャつく二人の光景に何度胸やけしそうになったことか……。

考えるのも馬鹿らしくなってくる。

 

 

 

 

「おりむー大丈夫かなぁ〜? でゅっちぃーに狙われてるんでしょ〜?」

 

「大丈夫でしょう……お嬢様があんなに本気になっていて、失敗したことなんてありません」

 

「そうだね〜。さぁ、お菓子お菓子〜♪」

 

 

 

本音が机のお菓子に手を出した瞬間、忽然とお菓子が姿を消した。

いきなりのことに驚いていると、真上から低く、怒気のこもった声が聞こえてくる。

 

 

「本音? あなた仕事は?」

 

「ふぇ〜! ご、ごめんなさい! やります、やりますからぁ〜!!!」

 

「ダメです‼︎ そこに正座なさい!」

 

「うえぇぇぇ〜〜〜〜ん…………」

 

 

 

 

 

その後、本音は簪が迎えに来るまで延々と叱られ続けたとか……。

 

 

 

 

 

〜一年寮とある一室〜

 

 

 

 

(確か……ここにデータが……)

 

 

自室である筈なのに何やら緊張した面持ちで、パソコンを操作する少年が一人。

 

 

「ごめんね一夏。でも、仕方ないんだよ……こうしないと、僕は……」

 

 

 

一夏の使用しているPCにメモリーディスクを差し込む少年……シャルル・デュノア。

そして、PCを立ち上げ、キーボードをタップしていき、ある情報を見つけ出した。

 

 

 

「あった……白式の稼働データ……」

 

 

 

そう、一夏の今までの戦術データが入ったファイルだ。

パスコードは既に入手できていたので、問題はなかった。

後はタイミングだ。一夏達と離れ、一人で作業出来る瞬間を待っていた。

一夏と和人を……みんなを騙していることに、負い目は感じていた……どうしようもないくらいに。

しかし、それでもやらなければいけない。

 

 

 

「後はこれを、メモリーに移せばーー」

 

「移して……どうするのかしら?」

 

「ッ!?」

 

 

 

突如背後から声が掛けられる。

全く気配を感じず、部屋の中も外も警戒していた筈だった。安全を確立させたからこそ、作業に移った筈だった。

なのに……。

 

 

 

「ど、どうして……! どうして、楯無さんがここに‼︎」

 

「あら? 私が夫の部屋に入ることに、何か不都合でもあるかしら?」

 

「…………ッ」

 

「やっぱり、あなたの目的はチナツの専用機『白式』のデータね?」

 

 

 

鋭い視線が、シャルルに突き刺さる。

相手は国家を代表するIS操縦者。代表 ”候補生” の自分とは違い、間違いなく選ばれた存在。

ましてや、この学園が誇る『学園最強』の称号を持ってる。

たとえIS戦だろうが肉弾戦だろうが敵う相手ではない。

 

 

 

「だったら……どうだって言うんですか……」

 

「何故あなたがそんな事をするのか、その理由はわかっているわ。今その罪を認め、その行為をやめるのなら、交渉の余地を与えるわ」

 

 

 

夫、一夏に対する行為を許さないとばかりに圧力を掛けてくる刀奈に、シャルルはたじろぐ。

 

 

 

(どうしよう……データは取れずじまい、目の前には楯無さん、逃げようにも逃げられない……!)

 

 

 

どうにかしてこの場を切り抜けようと模索していると、突如ドアが開かれた。

 

 

 

「ただいま……ってあれ? カタナ? どうしたんだ……それに、シャルルは……なんで身構えてんだ?」

 

「一夏!?」

「チナツ!?」

 

 

 

 

丁度その場に一夏が登場し、ドアが開いたままになっていた。

それを見て、好機と思ったのか、シャルルは動いた。

思いっきり走り出し、一夏を突き飛ばしてもおかしくない勢いのスピードに乗る。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

「ごめんね一夏っ‼︎」

 

「チナツ‼︎」

 

 

 

シャルルは一夏を人質にして、この場を切り抜けようと思ったのか、一夏の襟首めがけて、右手を伸ばそうとする。

そこから背後を取って身動きを封じ、刀奈の動きを少しでも止められれば、逃げ切れるかとしれない……。

そう思ったが……

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

襟首を掴もうとした瞬間、目の前にいた筈の一夏の姿が、なかった。

そして、不意に伸ばした右手を、右側から別の手がつかむ。

 

 

 

「はあっ!」

 

「うわあぁぁっ!?」

 

 

 

バタンッ!!!!

 

 

 

一年寮の廊下で、激しく打ち付けられる。一瞬のことでシャルル自身もわからなかったが、次第に思い出す。

右手を掴まれた直後、自分の勢いを利用し、一夏は廊下へと投げたのだ。

勢いに乗ったシャルルの体は、宙で一回転し、そのまま背中を叩きつけられたという事だった。

 

 

 

 

「ううっ……! くうっ!」

 

「あ、わ、悪りぃ‼︎ 反射的に……」

 

 

 

痛そうにしているシャルルの元へと駆けつけ、声をかけるが、それと同時くらいだっただろうか、一夏の隣から、龍牙の矛先がシャルルに向けられた。

 

 

 

 

「お、おい、カタナ」

 

「チナツは黙ってて。さて、詳しい話をしてもらいましょうか…… ”シャルロット・デュノア” さん?」

 

「…………っ」

 

 

 

刀奈が言った名前を聞いた途端、シャルルは全く抵抗しなくなり、刀奈の提案で、そのまま一夏の部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

「さてと、どこから話してもらいましょうか? まず、あなたの目的からかしらね?」

 

「……っ!」

 

 

 

ベッドに座り、俯くシャルルとその前に仁王立ちし、睨みつける刀奈。

そして………

 

 

 

 

「まあまあカタナ……。ほらシャルル、お茶……熱いうちにどうぞ?」

 

「へっ? え、あ、うん……」

 

 

 

おもてなしをする一夏という絵面だ。

 

 

 

「ちょっと、チナツ‼︎ 何普通におもてなしてるのよ!」

 

「いやまぁ、とりあえず落ち着いてからの方がいいと思ってな。ほら、カタナのも淹れたから、ちょっと落ち着こうぜ?」

 

 

 

そう言ってカタナにも湯のみに入った緑茶を渡す。

刀奈も、せっかく淹れてもらったものなので、もらって飲む。心が落ち着くような美味しい緑茶にホッコリしてしまう。

 

 

 

「あとそれから、キリトさん達も呼んだから、それからで良いんじゃないか?」

 

「うん……そうだね……和人にも、迷惑…かけちゃったし、和人にも謝らないといけないから……」

 

 

 

一夏の提案に、力なく頷くシャルル。

それからは、みんなしてお茶を飲みながら、和人を待っていた。

だいたい十分くらい経った時に、和人がやって来て、その後ろから付いてくる感じで明日奈も登場した。

 

 

 

 

「どうしたんだ、急に呼び出したりして?」

 

「何かあったの?」

 

「ええ、シャルルのことについて……」

 

「シャルルくんの?」

「はい。シャルル……話してくれないか? お前の事を。包み隠さず……とまでは言わない。話したくない事は話さなくてもいい」

 

 

 

シャルルに優しく諭すようにいう一夏。

 

 

 

「ううん。こうなったら、全てを話すよ一夏。それにみんなも。僕の立場、僕の役目、そして……僕の事全てを……」

 

 

 

シャルルは俯きながら、まずは自分の生い立ちを話し始めた。

 

 

 

「楯無さんはわかっていると思うけど、その……僕はね、愛人の子なんだ……」

 

「「「ッ……!」」」

「…………」

 

 

 

刀奈以外の三人は驚き、刀奈はじっと黙って耳を傾ける。

 

 

 

「父と僕のお母さんは、愛人関係になって、僕を産んでからは、お母さんとフランスでも田舎の方で二人で暮らしてたんだ……。

だけど、お母さんが数年前に他界して、僕は一人になった……それからだよ、父の使いの人たちが、「保護する」って言ってきて、父の会社に連れて行かれたんだ」

 

「それから、シャルルくんは……どうしたの?」

 

 

 

シャルルの事情に悲痛な表情で聞いていた明日奈が、シャルルに問いかける。

 

 

 

「それからは、父と会って、本妻の人にも会ったんだ……。そしたらいきなり叩かれたよ、「泥棒猫の娘が‼︎」ってね……。ほんと、びっくりしたよ……お母さんも少しくらい言ってくれたらよかったんだけど……」

 

「じゃあ、シャルルが代表候補生になったって言うのは……」

 

「うん、色々検査していく中で、僕のIS適性が高いことがわかって、それでデュノア社のテストパイロット兼代表候補生になったんだ…」

 

「なるほどな……父親としては、自分の目の前に宝石が転がってきたようなもんだったんだろうけどな……それで? その親父さんとは話をしたのか?」

 

 

和人の問いに、シャルルは横に首を振った。

 

 

 

「話らしい話なんてしたことがないよ。してたとしても、今までの時間を通算しても三十分満たないと思う……」

 

「そんな……っ! そんな親父さんの言うことなんか、聞かなくたって良かったんじゃないのか?!」

 

「それは無理だよ和人……。お母さんが死んだとき既に、親権は父が握っていたんだから……」

 

「…………」

 

「それで、なんでシャルルくんはこの学園に? こう言ったらなんだけど、社長の娘が愛人の子って事が暴露たら、会社としては不味いんじゃ……」

 

 

 

明日奈の疑問は最もだった。

同じ大企業の社長令嬢である明日奈ならわかるが、規模の大きな会社であるならあるほど、そう言った小さなことでもスキャンダルになり、大きな損害を及ぼす。

 

 

 

「それにもちゃんと理由があるのよ」

 

「カタナちゃん?」

 

「シャルロットちゃん……話していいかしら?」

 

「…………はい、大丈夫です」

 

 

 

シャルルの許可をもらい、刀奈が話しだした。

 

 

 

「シャルロットちゃんのお父さんが経営してる会社……デュノア社は、世界でも有数のIS開発企業……これはみんな知ってるわよね」

 

「ああ。確か、量産機の世界シェアは第三位だったよな?」

 

「そう、チナツの言う通り。日本の打鉄、アメリカのアラクネに、イギリスのメイルシュトローム……そして、フランスのリヴァイヴ……だいたいの量産機はこの四機で、そのほとんどは、打鉄とリヴァイヴで締めているわ……でも……」

 

「デュノア社は……今、倒産の危機にあるんだ」

 

 

そう答えたのは、シャルルだった。

 

 

 

「と、倒産!? でも、デュノア社は……」

 

「所詮リヴァイヴは ”第二世代型” なんだよ……。オルコットさんやボーデヴィッヒさんが、この学園に来たのは、新型機、”第三世代型” の稼働データを取るためなんだ……。

欧州では今、最新型のIS開発……『イグニッション・プラン』を各国で進めているんだ……けど、開発に成功したのは、イギリスのBT兵器を搭載したティアーズ型、ドイツのAICを開発したレーゲン型、イタリアの最高速機のテンペスタⅡ型……でも、デュノア社は開発出来なかった……」

 

「そう、だったのか……」

 

「ISの開発には、とてつもなくお金がかかる。そして、その稼働データもとって行かなきゃいけない……たった一機作るだけに、相当な時間を掛けるの。

ましてや、新型機になると余計にね……」

 

 

刀奈の付け足しに、その場の雰囲気がより重くなる。

 

 

「でも、それでなんでシャルルくんが男装して入学してくるの?」

 

「それは……」

 

「広告塔……そして、俺たちの専用機のデータを奪取する為……だろ?」

 

 

 

明日奈の質問に、刀奈が答えようとすると、隣に座っていた一夏が答えた。

一夏はただじっと話しを聞いて、シャルルの役割を考え、導き出したのだ。

 

 

 

「うん…一夏の言う通りだよ……。男の操縦者が、デュノア社で現れたとなれば、否応なしに実験やデータ収集の為に、会社に開発資金が入る。そして、よりデュノア社のIS開発が進みやすくなるんだよ……。

でも、それだけでISは作れない……。だからこそ、僕はあの人に言われたんだ……「日本に現れたイレギュラー二人、織斑 一夏と桐ヶ谷 和人のデータを取ってこい」って……そして、とりわけ一夏のデータを優先しろとまで言われたんだ……」

 

「チナツの? 俺のデータでも、今までにないデータが得られるだろう……チナツ一人のデータを採取するだけなら、確かに難易度は下がるけど……。どうしてそこまで……?」

 

 

 

和人とて男性操縦者なのだから、データを採取しても無駄にはならない。同じリヴァイヴをカスタムした和人の専用機、『月光』ならば、デュノア社の開発したリヴァイヴにデータをインストールしやすいと思ったのだが……。

 

 

 

「それはだって、一夏はあの織斑先生の弟さんだからだよ…」

 

「……っ! なるほどな。それなら納得いくな」

 

「どう言う事? キリトくん」

 

「チナツのお姉さん……織斑先生は、世界最強の称号『ブリュンヒルデ』を持った人だ。なら、世界の価値観では俺なんかよりも、同じ血を受け継いでいるチナツの方を欲しがっている連中の方が多いって事さ……」

 

「っ! そっか、そう言えばそうよね……!」

 

 

 

和人の説明で、ようやく納得がいった。

日本において、和人と一夏の存在はIS関係はもちろんの事だが、それよりもVR関係の方で各界で有名になっていた。

それはもちろんSAO事件に際して、和人は黒の剣士キリトとして、デスゲームと化したSAOを攻略し、約六千人のプレイヤーを救った英雄として。一夏は和人とはまた違い、SAOにおけるアインクラッド内の裏世界、決して表沙汰にはならない闇の部分を見てきた事や、白の抜刀斎チナツとして、大小様々な問題を解決していった流浪人として……だ。

だが、世界では違う。

日本にて起こったSAO事件の事は、世界ではあまり詳細な事は分かっていない。ただ単にゲームで人が死ぬというありえない話が飛び込んできた事に驚きはしたが、それだけだ。だからと言って、それで感心したわけでもないし、世界がこれに対処したわけでもない。

今の世の中は、ISによって大きく変わったのだ。最新鋭の兵器と、それを開発する事に執着している。

そして、モンド・グロッソにおける一夏の姉・千冬の存在。

世界中の誰もが認めるブリュンヒルデ。IS中心に動いているこの世界で、それ以外に大きなものはない。

 

 

 

「だから、父も一夏のを優先するように言ったんだと思う」

 

「そうか……これで、全部なのか?」

 

「うん。そうだよ……これでおしまい……はぁー……なんだか話したら少し重荷が取れた気がするよ……。

今までごめんね、みんな……仕方なかったとは言え、みんなを騙してて……」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

シャルルに悪意があった訳ではないが、これは立派な条約違反だ。当然学園側もこれに対処するだろう……。

そうなれば、シャルルの身は、デュノア社が持とうとする。

 

 

 

「シャルルは……それでいいのか?」

 

「仕方がないよ……僕には、どうしようもないんだ」

 

 

 

 

一夏の問いにシャルルは力なく答えた。

もはやシャルルに反抗の意思はないようだ。

 

 

「でも! それならシャルルくんはどうなるの? 学校をやめて、それからは……?」

 

「多分、デュノア社が僕を回収しにくると思います……。女だって事が暴露たから、任務は失敗……よくて牢屋行きかな……」

 

「そんな……!」

 

「そんなの、あっていいわけないだろッ!!」

 

 

 

突如、一夏が叫んだ。

今まで静かにしていた一夏が、豹変したように叫ぶ姿に、一同が驚く。

 

 

「チナツ…」

 

「チナツ……落ち着いて……」

 

「っ! ……わ、悪りぃ……ちょっとカッとなって……」

 

「ど、どうしたの一夏?」

 

 

シャルルは一夏の豹変に一番驚き、俯いた一夏の顔を覗き込む。

 

 

「確かに……親がいなければ、子供は生まれない……。だがな、親が子供の未来を好き勝手にしていい理由にはならねぇんだよ!」

 

「一夏……」

 

「俺は……俺と千冬姉は、幼い頃に両親に捨てられた」

 

「「「ッ!!!」」」

 

 

 

今度は一夏のカミングアウトにみんなが驚く。

だが、一夏は続ける。

 

 

 

「幼い頃……物心つく前だ。そんな頃から俺は千冬姉に育てられた。親の顔なんて知らないし、今更興味もない。俺と千冬姉は、そうやって生きてきた。親なんていなくたって、自分たちの意思で生きている。

千冬姉が外で働いて頑張っているなら、俺は少しでも千冬姉の為に、美味しい物を作ったり、千冬姉の物、家の事は全部管理してきた……そうやって生きてきたんだ……‼︎

だからシャルル、お前だって、お前の事をただ道具のようにしか扱わない親の言うことなんかに従う義務も権利もないんだ! お前の生き方は、お前が決めていいんだ!」

 

「そ、それは……そうだけど…………!」

 

 

 

一夏の話を聞いているうちに、シャルルは顔を暗くさせていた……。

そして、目元からは涙が見えていた。

 

 

 

「僕だって……! 僕だってそうやって生きていきたいよッ!!!」

 

「ッ!?」

 

「でも無理なんだよ! 無駄なんだよ! たとえ僕がそう望んでも、僕には鎖がついている……絶対に切れない鎖が、あの人からかけられてるんだ!」

 

 

 

あの人……シャルルの父のことだろう。

父親のことですらあの人呼ばわりなのだから、もはや親娘ですらない……。

しかし、シャルルの言ったように、シャルル自身にも、父親の鎖が繋がれているのは事実だ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……僕だって……僕だって、みんなと一緒にいたいよ……!

みんなと一緒に勉強して、遊んで、仲良くなって…………いろんな事がしたいよ……っ!でも、無理なんだよ……僕にはもう、何もできないんだよ……」

 

 

 

自身の思いをぶち撒けるように言うシャルル。

涙は絶え間なく流れ落ち、目は赤くなり、腫れている。

 

 

「ぐすっ……うう……」

 

「……シャルルは、今もそう願ってるじゃないか……なら、その願いすら叶わないのは嘘だ」

 

「そうだよシャルルくん! シャルルくんの思いは、決して無駄なんかじゃないんだよ?」

 

「そうだ。シャルルがしたい事、願っている事は……決して間違いなんかじゃない……そうだよな、カタナ」

 

「ええ、そうね。それからシャルロットちゃん? あなた、何か勘違いしてるけど、何もできないのは、むしろあなたのお父さんの方よ?」

 

「ぇ……? どういう……事ですか?」

 

 

 

そう言うと、刀奈は一夏に目配せをし、一夏は自身の机の上に置いてあった生徒手帳を開く。

 

 

「シャルル、安心しろ。お前の身柄は、今この学園が所持していると思っていい」

 

「なるほど……! その手があったな」

 

 

 

一夏の言葉に納得した和人が、一夏たちの考えを悟った。

 

 

「IS学園特記事項……本学園の生徒は、その在学中、あらゆる国家、組織、企業に属さない……」

 

「じゃあ、シャルルくんは、この学園にいる間……つまり三年間は、その身を保護できるって事だよね!」

 

「その通りだ。シャルルはこの学園にいる間は、お前の親父さんにも、フランス国家にも手出しできない……」

 

 

 

明日奈の補足と和人の決定論で、チェックメイトだ。

この学園における特記事項は全部で五十五個。そのすべては、この学園と、そこに通う生徒・職員を護る事。そして、ISを正しく使う事のためにある。

これで、シャルルの身柄の安全は、確立されたと思ってもいい。

 

 

 

「それじゃ……僕は……」

 

「ああ、また俺たちと一緒に、いろんな事が出来るんだ。勉強して、遊んで、いろんな事が出来るんだ……シャルル!」

 

「ぁ……一夏……僕、僕は……」

 

 

 

今まで我慢していた辛い思いが、涙とともに流れ出ているようだった。

その日、シャルル・デュノア……もとい、シャルロット・デュノアは、真の自由を手に入れたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏……みんな……ありがとう……‼︎」

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?


感想待ってまーす^o^



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第16話 女の意地

やっと更新できたぁ〜……!





シャルル……いや、今はシャルロットと呼んだ方がいいだろうか。

彼女が正体を明かし、デュノア社との関係やそのデュノア社の企みなどがわかった今、対応策を講じなければならなくなった。

 

 

まずシャルロットについてだが、とりあえず、クラス担任である千冬に相談し、今後のことを考えて貰った。

そこで、当面は今まで通り男子として学園に通い、今度のタッグマッチトーナメント戦終了と同時に、学園全体に公表することにした。

何分部屋割りが決まった瞬間にこれだ。

また調整をしなければならなくなると、色々とまた問題が起きてくる。なによりタッグマッチというイベントを控えていることもあり、事が終えて、準備を終えてからの方が一番いいだろうと考えたのだろう。

 

そして、第二にシャルロットをけしかけた黒幕のデュノア社に対する対応。

専用機のデータの奪取は、アラスカ条約違反だ。故にシャルロットの証言をもとに問いただしても良いのだが、それではシャルロットの身も、国際IS委員会に引き渡さなければならない。そんなことをすればシャルロットは投獄の身になるだろう。

本人も、もちろん一夏達もそれを望んでいないため、あまり公にはせず、裏から手回しして、取引材料に使うことにした。

 

 

 

 

 

 

〜一夏の部屋〜

 

 

その後、一夏の部屋にやってきた千冬は、シャルロットに対する対応を一夏達に告げ、そこにいた一夏とシャルロットも含め、和人、明日奈、刀奈も一様にそれで容認した。

 

 

 

「んで? そうとわかっていて、お前はデュノアと相部屋になると?」

 

「あぁ、事が治るまではシャルロットは男として生活するんだろ? だったらいきなり部屋割りしないほうがいいんじゃないか?

タッグマッチが終わった後にでも、部屋を考えればいいし……」

 

「一夏……」

 

 

 

千冬の問いに一夏は答える。

なにより、自由になりたいと願うシャルロットを一人にしておけなかったからだ。

事が治るまでは、シャルロットをサポートする義務があると思ってる。

自身の事を気にかけてくれる一夏に、シャルロットの心はときめいていた。

和人と明日奈の二人は、いつもの一夏っぷりに微笑んでいた……が、刀奈は……

 

 

 

「まぁ、それはお前達で決めればいいさ……だが、それは後ろにいる奴を説得してからにしろよ?」

 

「後ろ?」

 

 

 

 

千冬の指摘に首を傾げながら、後ろを向く。

が、正直見なければ良かったと思った……。

 

 

 

「…………」

 

「……え、えっと……カ、カタナ……さん?」

 

 

物凄く冷徹な瞳で、一夏を見下ろす刀奈の姿があったのだから……

 

 

 

「何かしら、織斑くん……」

 

「苗字!? しかも君付け!!?」

 

 

 

とても怒っていた。尋常じゃないくらい怒っていた。でも、仕方ないだろう? 流石にここでシャルロットを放置するのは、どうなのだと自分の心が言っているのだ。

 

 

 

「あら、彼女の前で平気で他の女の子と同棲するとかほざいている人に対して、親しげに接するのはおかしいと思うのだけれど……」

 

「いやいや! それは誤解ーーー」

 

「黙らっしゃい! 誤解もお懐古様ないわ……。チナツ、私は別に他の女の子との関係をとやかく言うつもりはないのだけど、流石に行き過ぎと言うのは見過ごせないわね。

はぁー……。全く、こんな人の彼女になったのは私の人生の中で最大の汚点かしら……」

 

「お前……俺じゃなかったら自殺する様な事を平気で言うよな……」

 

「はっ、虫が……!」

 

「ぐはっ!」

 

「カ、カタナちゃん……」

 

「虫は言い過ぎだろ……大丈夫か、チナツ?」

 

 

刀奈は一度怒ると中々許してくれない。

特に、一夏が他の女の子と話したりしているのは許せるらしいが、それから進展したりすれば、許さないと一応前もって一夏には言っているのだ。

 

 

 

「べ、別に俺はそう言う目的があって言ってるわけじゃなくてだな、このままのシャルロットを放っておけないって言うか、そうするべきではないような気がしたからだなーーー」

 

「ふぅーん、そうなの。まぁ、それはいつもの事だし? 別に今更何か言うつもりはないわ。ま、それはそれであなたの良いところであり、私があなたを好きになった瞬間でもあるんだけど……」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

 

 

時折見せてくるこの本音がドキッとさせる。

昔はそうまで言ってくれた事はなかったのだが、恋人になってからは時々熱烈なアプローチが偶に飛んでくる。

これには一同苦笑い。

まぁ、一夏と刀奈との間にある関係だからこそ起こりうることなのだろうが……。

 

 

「はぁー、でもこのままじゃあチナツが調子に乗ってしまうかもしれないし……」

 

「そんな事ないから! これは絶対だから!」

 

「本当かしらねぇ……チナツは誰からも愛されまくりのモテまくりだもの……」

 

 

 

 

そう言うと、刀奈はふと一夏を凝視すると、ゆっくりと近づいていく。

何事か思案していると……

 

 

ガシィっ‼︎

 

 

 

「いいっ!?」

 

 

いきなり左手で頭を押さえつけられる。

そして、そのまま上を向かされ、一夏の顔をまじまじと至近距離で見つめる刀奈……と言う絵面になっている。

 

 

 

「いいチナツ、もう一度言っておくけど……私は別に浮気に関しては寛容なところがあるのだけれど……」

 

「いや、浮気はしていませんが? それにこれから先もする予定ないし」

 

「だから、何度何度も言うようだけど、別にチナツが他の女の子のイチャコラしていても別に許してあげる……。

でも、もしもその “浮気” が、少しでも “本気” になったのならば……」

 

 

 

刀奈は静かに言った。

 

 

 

「ーーー殺すわよ……!」

 

「ヒィッ‼︎」

 

 

一夏の短い悲鳴と、周りに流れる不穏な空気。

一応助けを求めて、涙目ながらに和人たちの方を見るも、二人とも顔をそらしてしまった。

 

 

 

「大丈夫、安心しなさい。別にチナツ一人を死なせたりはしないわ……。

すぐに相手の女も送ってあげるから」

 

「お前が死んでくれるんじゃねーのかよ‼︎」

 

「そして、寂しくならないように鈴ちゃんを派遣してあげるから」

 

「お前は鈴をなんだと思ってるんだ?!」

 

「都合のいい後輩」

 

「迷いなく残酷な事言いやがったッ‼︎」

 

 

 

繰り広げられる夫婦漫才。その内容が重々しくなかったのなら、素直に笑えるのだが……。

 

 

 

「冗談よ。鈴ちゃんは可愛い後輩だし、そんな事しちゃったら、私ただの虐殺者だし……」

 

「俺を平気で殺すって言っておいてそれかよ……」

 

「チナツもわかっていた事でしょう? 私と付き合うと言う事は、それだけの覚悟を決めておかないといけないという事だと……」

 

「……わかってるよ。それも含めて、俺はカタナと付き合うと決めたんだから……」

 

「そう、なら良いわ。私もあなたの女である事を覚悟して、努力しているつもりよ? だから、あなたも私の男としての自覚をしっかり持って、努力して欲しいの」

 

「努力ね……。わかってるさ、自分が誰の男かなんて……そして、浮気はしないよ。これから先もずっとな」

 

「そう……」

 

 

 

最後はなんとか治り、刀奈を説得した? 一夏だった。

その後、詳しい事はトーナメント戦終了後に改めてシャルロットに話すとのことだった。

これにて一件落着。千冬も和人と明日奈も、自分の部屋に戻るべく、一夏の出した湯のみを片付ける。

 

 

 

「それじゃあ、俺たちは自分の部屋に戻るからよ」

 

「チナツくん、シャルロットちゃん、また何かあったら言ってね? 協力するから」

 

「はい、そうさせていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

そして、最後は刀奈。

 

 

「チナツ、とりあえずは今まで通り、シャルロットちゃんの事は頼むわ。キリトにも一応、サポートを頼むけど、一番近くにいるのはあなたなんだし……」

 

「あぁ、わかってるよ。任せろ、」

 

「あぁ、それと最後に、私の思いを伝えておくわね」

 

「え?」

 

 

 

そう言って、刀奈は一夏の両肩を掴むと、自分の体に引き寄せ、抱き寄せ、密着し、耳元で確かに言った。

 

 

 

「まぁ、なんだかんだ言って本音を言うと、自分の彼氏が他の女の子にモテモテなのは、彼女としては最高の気分なのよ?」

 

「本音過ぎるわぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

最後の最後まで、刀奈ワールドは展開されたのであった。

 

 

 

 

「ふぅー……。なんか、どっと疲れたな……」

 

 

 

一同が帰った後、一夏は自分のベッドへと倒れこむ。

シャルロットの事もそうだが、その後の刀奈による尋問(脅迫)だけで9割方疲労が溜まった。

 

 

 

「ご、ごめんね一夏……その、僕の所為で……」

 

「なんでお前が謝るんだよ? これは俺とカタナの間での事なんだ……。シャルロットが謝る必要はないよ」

 

「う、うん……。そのさ、一夏。一夏は楯無さんのどこが好きなの?」

 

「へ?」

 

「ああ、いや! その、気になってさ……あはは……」

 

 

 

まぁ、今のやり取りを見ていては、好きになった理由を知りたくなるのも同然か……。

 

 

 

「んー……。嫌いなところがないな。全部好きだ」

 

「……へぇー…」

 

 

予想外な答えに、シャルロットも苦笑していた。

 

 

 

「なんだよ?」

 

「いや、一夏って結構楯無さんにベッタリなの?」

 

「うーんどうかなぁ……俺もカタナ、どっちもどっちって感じだと思うけど……まぁ、愛してるのは確かだな」

 

 

 

愛してる。その言葉を平気で使える一夏と刀奈は凄いと思った。

 

 

 

「そうなのか……。でも、どうやって楯無さんと知り合ったの? 楯無さんもSAO生還者だって聞いたけど……」

 

「そのSAOの中でだよ。俺とカタナが出会ったのは……」

 

「へぇー……ねぇ、一夏」

 

「ん?」

 

「SAOで、辛い事とか無かったの? 僕はSAOの事をそんなに知らないけどさ、中に閉じ込められた人達が、どれだけ苦労したのか、それは……なんとなくわかる気がするんだ……僕も、似たようなもんだったし……」

 

「……そうだなぁ……」

 

 

 

一夏はしばしの沈黙の後、深呼吸を一回吐いて、その口を開けた。

 

 

 

「悲しい事、辛い事なんて、たくさんあったよ。シャルロット、俺はな、目の前で困ってる人たちを助けたいって……ずっと思ってたんだ……」

 

「目の前で困ってる人を……」

 

「ああ……。だけど、それがなかなか思い通りに行かなくて……結局は、俺の理想を他人に押し付けただけになって、いろんな人を傷つけた……」

 

「…………」

 

「俺も、千冬姉のように、誰かを守れるくらい強くなりたいって思ってた……。もう誰も傷つかないように、守れるようになりたいって……。

でも結局は、守れたものなんてのは、限られたもので、俺は失ったもの、斬り捨てたものの方が多かったんだけどな……」

 

「ごめん……」

 

 

 

一夏の表情は、軽く自傷の様なものを感じた。

だからこそシャルロットは謝った。先ほどの自分と似たようなものだという言葉に、どれほどの重みがあったのか……。自分のよりも、一夏の背負ってきたもの、一夏が経験してきたものの方が、断然重い……。

そんな一夏の事をわかった様な事を言ってしまった自分が申し訳ないと思ったからだ。

 

 

 

「謝らなくていいって……。これは俺が経験してきた一部だ。シャルロットに責任はないし、当事者じゃないシャルロットが謝る必要はないだろう?」

 

「そ、そうだけどさ……」

 

「…………なぁ、シャルロット」

 

「な、なに?」

 

「俺たちが見ている世界、見てみないか?」

 

「え?」

 

「だから、俺たちの見ている世界を、一緒に見てみないかって言ったんだ。

無理にとは言わないけどさ、シャルロットにも見せたいなって思ったんだ。俺たちの歩んできた道を……。そこで、俺たちが見た事、知った事、感じた事……それで、シャルロットが気に入ってくれたなら、それはそれで嬉しいからよ」

 

「あ…………」

 

 

 

そう、気になっていた。正直、SAO事件に際し、世間からもあまり良い印象を持たないVRMMORPG。

それでも、一夏たちは進んでその道をもう一度歩もうとしている。

二年間を犠牲にして来て、得たものは何なのか、そして、その世界では何が見られるのか……。

 

 

 

「僕は……」

 

「まぁ、とりあえずは考えてみてくれ。もしも、それで知りたくなったら、俺たちがいろんな事を教えてやるよ! いろんな事をして、楽しく遊んで、冒険して、シャルロットが願ったものを叶えられるかはわからないけど……。

それでも、楽しいのは、間違い無いからよ!」

 

「ーーーーッ!」

 

 

 

 

一夏の曇りのない笑みに、ドキッとした。

自分の知らない世界が、その中にあると思うと、ワクワクした。自分の求めているものがそこにあると思うと、なんだか嬉しくなった……。

 

 

 

「うん……考えてみるよ……! その機械……アミュスフィアだっけ? 他に何か必要なのかな?」

 

「んーと、アミュスフィアを買えば……あとはソフトかな、インストールするソフトを買えば、あとは無線LANでゲームが出来るし……あとはインターネットに接続するための契約だな。でも、手続きも簡単だし、問題ないと思うぞ?」

 

「そうなんだぁ……。うん、ありがとう」

 

「いやいや、買ったらまた教えてくれよ。色々とレクチャーしてやるからさ」

 

「うん!」

 

 

 

 

とりあえず話は終わり、夕食を取っていない事に今気付いた。

なので、刀奈に連絡を取り、一緒に夕食をしようと誘う。

 

 

 

『わかったわ……じゃあ外に出てるから』

 

「おう。じゃあまた後でな」

 

 

 

 

携帯を切り、準備する。

 

 

 

「よし、じゃあ行こうぜシャルロット」

 

「うん!」

 

 

 

その後、刀奈と合流して食堂に向かう。

ちなみに和人と明日奈は自室で夕食だそうだ。

それを聞くと、自室で刀奈と夕食してもいいなぁと思う。

そして、食堂に入ってからはいつも通りシャルロットはシャルルとなり、みんなと食事を取る。

 

 

 

「そう言えば、みんなはタッグマッチは誰と組むの?」

 

 

 

シャルロットの素朴な疑問にその場にいた全員がハッとなった。

 

 

 

「「「お、織斑くん!!!」」」

 

「は、はい?!」

 

「「「私と組んで下さい!!!」」」

 

「あはは……いや、その……」

 

 

 

 

まぁ、当然こうなるわけで。

 

 

 

「ちょっと一夏! それなら私と組みなさいよ! 幼馴染なんだから!」

 

「お待ちになって! それでしたら同じクラスであるわたくしと組む方がよろしいに決まってますわ‼︎」

 

「み、みんな落ち着けって……」

 

 

 

この場に和人がいたのなら、この場にいた内の半分くらいは和人の方に行っただろうが、あいにく和人は自室であり、既にタッグは明日奈とのペアを組んで、申請書を提出している為、実質的に不可能だ。

ならば、残っている一夏に希望を持って賭けてみたのだ。

そして、そこに偶々居合わせた鈴とセシリアも立候補する。

 

 

「それと悪い……俺はもうカタナと組むことにしてるんだ……」

 

「「「えぇぇぇぇぇ!!!」」」

 

「なんでよ!? 私じゃダメなわけ?!」

 

「そうですわ! わたくしだって、一夏さんの苦手な遠距離戦の援護も出来ましてよ?!」

 

「ふっふ〜ん♪」

 

 

 

ブーイングの嵐が鳴り、鈴とセシリアが抗議する。

対照的に、余裕の笑みを浮かべるのは刀奈だった。

 

 

「残念だけど、もう既に申請書は書いて今朝提出させて貰ったわ……♪

それに、鈴ちゃんとセシリアちゃんの言葉を借りるなら、私はチナツと同じクラスであると同時に、チナツの恋人でもあるのだから、私が組んでもいいでしょう?」

 

「ぐっ…」

 

「そ、それは……」

 

 

 

自分達の発言を利用されては、言い返すことが出来ない。諦めきれないが、諦めるしか無かった。

 

 

 

「ちぇ、何よ。一夏のバーカ」

 

「楯無さんだけずるいですわ……」

 

 

 

一夏を諦め、曇った表情になる一同。

そこで、ある事に気付く。

 

 

 

「あ! デュノアくんは?! もう組む人決まってるの?」

 

「「「ッ!!!!」」」

 

 

 

みんな、それだ! っと言わんばかりに一斉にシャルロットに視線を向ける。

 

 

「え、えーと……僕は……」

 

いきなり振られて戸惑いを見せるシャルロット。

それもそうだ。タッグを組むとなると、シャルロットが女性だということが暴露る可能性がある為だ。

仮に暴露たとして、その事が公な事になれば、国際IS委員会が黙ってないだろう。

そして、この事を知っているのは、一夏達だけだ。

どうするか迷っていた時、そこに希望が舞い降りた。

 

 

 

 

「んん〜‼︎ 疲れた……」

 

「やっと終わったよぉ〜……疲れたねぇ〜かんちゃん……」

 

「うん…ありがとね本音。なんとか完成間近にまで来ることが出来た」

 

 

 

食堂に入ってくる二人の生徒。

刀奈の妹である簪と、その付き人である本音だ。

 

「あら、簪ちゃん……本音ちゃんも、遅かったわね」

 

「お姉ちゃん。うん、打鉄弐式の基本フレームに、システムの構築が出来たの。あとは、データが欲しいから、実際に飛んでみなきゃわからないけど……」

 

「そうなの? じゃあ、タッグマッチには……」

 

「うん! 間に合うかも!」

 

「ホント!? やったわね簪ちゃ〜〜ん♪♪ 凄いわぁ〜!」

 

「お、お姉ちゃん! 恥ずかしいよぉ……」

 

 

 

感極まって簪を抱きしめ、喜びをあらわにする刀奈。

その笑顔は、まるで自分のことのように喜んでいるようだった。

 

 

 

「ん? 間に合うのはわかったけど、簪はパートナーはいるのか?」

 

「「あ……」」

 

 

刀奈と簪。一夏の疑問に姉妹揃ってあっけらかんとした返事をする。

 

 

 

「そ、そうだった……私、パートナーいなかった」

 

「申請は明日までだから、それまでに見つかればいいんだけど……」

 

 

 

明日の放課後が申請の最終期日。

それまでに見つけなければならないのだが、しかし、最終期日前ともなると、流石にある程度の生徒たちはパートナーを決めているものだ。

まぁ、一部の例外(一夏や和人、シャルロットと組みたいと思う生徒たち)を除けば、もう既に申請書は提出し、タッグマッチの訓練に入っているだろう。

 

 

 

「えっと……じゃあ、僕じゃダメかな?」

 

「え?」

 

 

 

だが、そこに希望があった。

そう、シャルロットはまだ決まっていない。

故に皆申し込みに来たのだから。

 

 

「おお! そうだよ! シャルルはまだパートナーいないからオッケーだよな!」

 

「そうね! 簪ちゃん、シャルルとのペアでどう?」

 

「え、えっ?! わ、私と、シャルルくんが?!」

 

 

 

これまたいきなり振られて戸惑う簪。

そこで思い出した。簪はまだシャルルが女の子……シャルロットってある事を。

そして、同時に思った。簪以外の人に組ませると、シャルロットの事が公になると。

 

 

 

「えぇぇぇ‼︎ シャルルくんもダメなの?!」

 

「そんなぁ〜……」

 

「専用機持ちずるい〜…」

 

 

 

これまたブーイングが起きる。

だが、シャルロット自身の身の安全がかかっていること故に、ここは大人しく引いてもらうほかないのだ。

 

 

 

「ごめんねみんな……。みんなの気持ちは凄く嬉しい……けど、僕もこのトーナメントで、どれだけ自分の実力が通じるか、試してみたいんだ……。

だから、今回は、更識さんと組みたいんだ……。ごめんね」

 

 

 

優しく微笑んだ様な笑顔、誰もが聞き入るような声音で、説得するシャルロット。

それが功を奏したのか、さっきまでのブーイングの嵐はぱったりと止み、中にはそんなシャルロットを応援する声も上がる。

 

 

 

「なんともまぁ、あっさり終わったな」

 

「女の子なんて、結構単純なものよ? 特に十代の乙女はね」

 

「あはは……ここまで言ってくれるみんなにも……なんか、申し訳ないなぁ……」

 

「そうね。だからこそ、トーナメントでは、全力を出さないと、失礼よ?」

 

「はい。もちろんそのつもりです……。ね、更識さん」

 

「え? あ、あぁ、うん!」

 

 

 

明らかに動揺している簪。

それを見て微笑んでいる刀奈。まぁ、元来刀奈はシスコン故に、簪の事を可愛がって見ているのだろうが……。

 

 

 

「おい、カタナ……簪には、教えとかないと不味いんじゃないか?」

 

「ええ、もちろんそのつもりよ。簪ちゃん、ご飯食べ終わったら、一緒にチナツの部屋に来てもらっていい? ちょっと相談したいことがあるの」

 

「相談? ここじゃあダメなの?」

 

「うん、今後のことで、ちょっと……。僕からもお願い出来ないかな?」

 

「え? う、うん……わかった」

 

 

 

何事かわからない簪は、頭を傾げるだけだった。

その後、みんなで楽しく食事をし、約束通り一夏の部屋へ行き……

 

 

 

 

「ええぇぇぇぇっ!!!!」

 

「簪ちゃん! しーっ! しーっ!」

 

「あ、あうぅ……ご、ごめんなさい……」

 

「簪、気持ちはわかるが、シャルロットの話を聞いてやってくれないか?」

 

「ごめんね更識さん……その、ちゃんと説明するから……」

 

「う、うん……。あの、簪で、いいよ。お姉ちゃんも、『更識』だから……」

 

「え? あ、う、うんわかった。じゃあ簪…さん」

 

「あ、さんは付けなくていいよ……同じ学年だし…」

 

「そう? じゃあ、簪。その、僕の事について……いいかな?」

 

「う、うん……!」

 

 

 

 

そこからは、ずっと真剣な雰囲気に包まれていた。

シャルロットは、一夏たちに話した事を簪に話す。そして、簪もまたそれをただ黙って聞いていた。

 

 

 

「こんなところかな……。ごめんね、なんか騙した様な形になって…」

 

「ううん……。シャルロットの、事情はわかった。お姉ちゃんと一夏は、シャルロットの保護を優先するんでしょう?」

 

「ええ、そのつもりよ。シャルロットちゃん自身が望んでいることだし、ここの長たる私の使命でもあるからね」

 

「俺たちだけじゃない。キリトさんとアスナさんもだ。巻き込む形で悪いんだが、簪もトーナメントが終わるまでの間、シャルロットの事は他言無用にしてもらえないか?」

 

「うん、もちろん。協力する」

 

「ありがとう、簪」

 

「ううん……困った時には、お互い様……」

 

「それでも、ありがとう……」

 

 

 

交渉が成立したところで、具体的な訓練は明日考える事にし、今日は解散となった。

 

 

 

「それじゃあ、私と簪ちゃんは戻るわね。また明日、お休み〜」

 

「お休みなさい」

 

「ああ、お休み。ありがとうな簪……カタナも」

 

「うん、お休み。明日からよろしくね」

 

 

 

 

手を振って、部屋を出て行く二人を見送り、一夏達も明日に備えて休む。

 

 

 

「良かったな、シャルロット」

 

「うん。トーナメントまでは、一夏達にも迷惑が掛かると思うけど……それまでは、よろしくね」

 

「ああ、わかってるよ。はぁー、なんだかんだで今日も疲れたなぁ……」

 

「そうだね……」

 

「お茶飲むか? 緑茶で良ければ淹れるぞ?」

 

「うん。お願いします」

 

 

 

そう言って、一夏は台所に向かい、慣れた手つきで緑茶を入れていく。そして、シャルロットはそれをうっとりとしながら一夏の後姿を見ていた。

 

 

 

 

 

〜一年寮・廊下〜

 

 

 

「お姉ちゃん、機体データありがとう」

 

「どう致しまして♪ それにしても良かったわ……簪ちゃんの機体が完成して」

 

「うん…でも、まだ形だけなの。マルチロックオン・システムは、まだ……とりあえず、武装と機体の基本プログラムはなんとか……」

 

「それでも凄いわ。さすがは私の簪ちゃんね♪」

 

「うん……ありがとう……♪」

 

 

 

 

そこには、今までのが嘘みたいに仲良くじゃれ合う仲良しの姉妹がいた。

二人の笑顔は、どんなものよりも輝いて見えた。

 

 

 

「でも、本戦で当たったなら、手加減はしないわよ?」

 

「もちろん……私も、お姉ちゃんには負けない……!」

 

「ふふっ……! それでこそ、私の妹だわ」

 

 

 

仲良し姉妹でも有るが、それでも次のトーナメントでは、敵同士だ。狙うは優勝という二文字のみ。

っと、そんな時。前方から、こちらにやって来る人物が……。

 

 

「あら、箒ちゃん」

 

「あ……こんばんは、楯無さん。それと……」

 

「あ、こんばんは。妹の更識 簪と言います」

 

「ああ、これはご丁寧に……。私は、篠ノ之 箒だ」

 

 

 

今しがた夕食を終えたのか、箒とばったり出会ってしまった。

初めて顔をあわせる簪と箒は、互いに挨拶を交わし、名前で呼び合うようにした。

 

 

 

「箒ちゃんは、今帰り?」

 

「ええ、先ほど食事を終わらせましたので……」

 

「ええっと……それは?」

 

「ん?」

 

 

 

 

簪が指差す方を見ると、箒の手には、何やら細長い物を持っていた。そして、よく見るととても綺麗な包みで、よく剣道部員たちが使う竹刀などを入れる包みにも見えた。

箒は、「ああ」というと、その包みの紐を解き、中の物を見せてくれた。

 

 

 

「私の刀だ。食事の前に、少し稽古をしてきたんだ」

 

「それって……真剣?」

 

「? ああ、もちろんだが?」

 

 

 

 

何で当然の事を聞いて来るのだろうかと箒は思ってしまったが、女の子が真剣片手に廊下を歩いている絵面など、あまりに奇怪……と言うかほとんど無いので、仕方がない。

 

 

 

 

「ヘェ〜。箒ちゃんって真剣での稽古もするだぁ……」

 

「ええ、まぁ。うちは実家が神社であり、道場ですし、篠ノ之流剣術という剣を持ってますから……今は、あまり門下生もいないですけどね……」

 

「ふ〜ん。でも、なんだか顔が浮かないわねぇ……」

 

「えっ?」

 

「真剣での稽古ってね、如実にその人の心理を写すものなの……なんだか箒ちゃん、あまり元気が無いみたいだし……」

 

「そ、そんな事は……」

 

 

 

無いとは言えなかった。ここのところ、いろいろな事があり過ぎて、自分がどうすればいいのかわからない事だらけだったのだ。

一夏と6年ぶりに再会し、また同じ時間を過ごせるかと思いきや、目の前にいる刀奈とは『恋人』。そして、他にもいた幼馴染の鈴の存在。その他にも、セシリアやシャルルと言った専用機を持つ国家代表候補生と親しくなっていく一夏。

そして、未だに続けているVRMMO。

その繋がりで知り合った和人と明日奈の二人。聞く話によると、その他にも色々と知り合いが多いみたいだ……。

そんな一夏を見ていると、自分だけが取り残されていく感じがして、堪らなかった。

いや、恐怖しているのかもしれない……。

 

 

 

 

「……ここのところは、自分でもどうしたいのか、分かりません……。

ただ、今の自分は、何がしたいのか……それを見つけ出したいだけです……」

 

「……そう。そうよね、あなたからすれば、私はチナツを奪った人間だもの……。許せないのは当然だわ」

 

「それは……」

 

「否定は出来ない……でしょ?」

 

「…………」

 

「まぁ、それも含めてトーナメントでは、戦えるといいわね」

 

「え?」

 

「私はチナツとタッグを組んだ。だからいずれ、どこかでは戦うことになると思うわ」

 

「っ‼︎」

 

「その時は、全力で相手してあげる……。あなたに譲りたくないものがある様に、私にだってプライドがあるわ……。あの人の隣で生き、支えると誓った……。その想いに嘘はない…だから、あなたも本気で来なさい……箒ちゃん」

 

「……分かりました……。私の剣が、どこまであなたに通用するか……試させていただきます」

 

 

 

互いに一夏を想う心は変わらない。

女同士にしかわからない意地やプライド。それらを賭けた戦いが、もう数日後には始まるのだった。

刀奈と箒……二人の視線からは、激しい火花が散っていた。

 

 

 

 

 




次回は多分、セシリア&鈴 VS ラウラからの、トーナメント開催当日までは行こうかと思っています。


感想よろしくお願いします^o^




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第17話 黒雨

久しぶりの更新。

今回は、セシリアと鈴が頑張ります!




翌日。

 

この日も何も変わらず一日が始まっている。ただ、その場の雰囲気は今までとは明らかに違い、緊張感が走っている様にピリピリとしていた。

学年別タッグマッチトーナメントまであと二日に迫った……皆それぞれのタッグを組み、訓練に明け暮れている。

特に三年生には各企業や組織、軍へのスカウト。二年生には一年間の成長を示す場。一年生は今現段階での技術の度合いを測ることが目的だ。それ故に皆ピリピリしているのだ。

特に今年は一年生における国家代表候補生の数と専用機の数が圧倒的に多い……それぞれの祖国の威信と誇りを無下にはできない故、例え学生間の対戦であろうと手を抜くことはできない。

 

 

 

「さてと……チナツ、そろそろアリーナに行きましょう。連繋訓練を再度確認するわよ」

 

「ああ、分かった。今行くよ」

 

「アスナ、俺たちも行こうか」

 

「うん! そうだね」

 

「では、私たちも行きましょう」

 

「そうだね。僕も簪を迎えに行かないと」

 

 

刀奈の言葉で一斉に動く。

一夏も和人も明日奈もセシリアにシャルロットも……。

それぞれが教室から出て行ったのを確認し、箒とラウラも動き出す。

それを見送った一年一組の生徒たちは、一斉に脱力感を味わった。

 

 

 

「ふぅー……やっと殺伐とした雰囲気が無くなった……」

 

「なんか……めちゃくちゃ息が詰まりそうだったよぉ〜」

 

「あの連中には、何を言っても無駄でしょ……」

 

「これが当日になるとどうなるのかと思うと……ゾッとするねぇ……」

 

「「「うん、うん……!」」」

 

 

 

このクラスにでさえ、すでに専用機持ちが七人はいる。

そして、その中に国家代表が一人、代表候補生が三人、企業代表が三人……それぞれの国と企業の代表として、負けるわけにはいかないのだ。そして、因縁のある一夏とラウラ、刀奈と箒の存在。深い因縁のことを皆が知っているわけではなくとも、雰囲気から察せる。

今回のトーナメントは……波乱の予感がしていた。

 

 

 

 

〜一夏・刀奈ペア〜

 

 

「チナツ、あなたはまだ射撃武器へと対処法を完全習得してないから、まずはそこをおさえるわよ」

 

「ああ、分かった。でも、連繋はしなくていいのか? VR世界とは違うし、そこも含めていった方がいいんじゃ……?」

 

「何言ってるの。私とチナツでしょう? すでにお互いの動きなんて把握してるじゃない。訓練するまでもないわ……あなたと私なら、誰にだって負ける気はしないわ…‼︎」

 

「…………それもそうだな。だが、油断せずに行こうぜ。必ず、キリトさんたちも倒してやる!」

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 

 

〜和人・明日奈ペア〜

 

 

「チナツとカタナのペアは……まぁ、最後まで上がってくるだろうけど……あと注意すべきは……」

 

「シャルロットちゃんと簪ちゃんのペア……それと、あのラウラちゃんも相当強いって噂になってるよ」

 

「セシリアの専用機の情報はもうある程度入ってるし、鈴の機体もチナツとの対抗戦の時に大体は分かった……。

やっぱりあとは戦術だな……こっちはスイッチでどんどん攻めていくしかないだろうな」

 

「そうだね。私たち、遠距離射撃型の武器を一切持ってないし……」

 

「まぁ、その分は俺たち自身の剣技で補うしかないさ……頼りにしてるぜ “副団長殿” ♪」

 

「もう……。でもそうね。なら、私も頼っちゃうからね? “黒の英雄様” ♪」

 

「おいおい……。その呼び名は恥ずかしいからやめてくれよ、アスナ」

 

「良いじゃない♪ 私にとっては、キリトくんは英雄なんだよ?

ほら、早く行こう!」

 

「お、おい! 待ってくれよ!」

 

 

 

〜セシリア・鈴ペア〜

 

 

「いい、セシリア。今回は何としても勝つわよ……!」

 

「もちろんですわ……。やられたら倍にして返すのがオルコット家の教え……一夏さんと和人さんにはしてやられましたもの。今度こそ撃ち抜いてみせますわ!」

 

「そうね。私も一夏には散々斬られまくったし……今度はこっちがボコボコにしてやるわ……!」

 

「あら? 珍しく意見が合いましたわね」

 

「そうね。ホントに珍しいわね。それじゃあさっさと行くわよ! せっかくの特訓が、他の奴のせいで出来なくなったら意味ないしね!」

 

「そうですわね。では、参りましょうか」

 

 

 

〜シャルロット・簪ペア〜

 

 

「ごめんお待たせぇ〜!」

 

「ううん、大丈夫だよ。じゃあ行こう?」

 

「うん。そう言えば、簪の機体って完全に完成してるの?」

 

「基本のプログラムは、出来てるけど、メインシステムは、まだ。

近接格闘の武装に、荷電粒子砲……弾道ミサイルは、使える」

 

「なるほど……一応、全距離に対応した機体なんだね。じゃあ僕のリヴァイヴとは相性がいいかもね」

 

「うん。でも、細かい動作のチェックをしないと、いけない」

 

「そうだね。じゃあ一旦役割分担をしよっか! それからグラウンドで作戦を練りながら、特訓していこう!」

 

「分かった。よろしく、シャルロ……シャルルくん」

 

「あはは……なんかごめんね……」

 

 

 

 

 

各々ペアとなる人物達と合流し、動き出す。今回のトーナメントでは、皆が本気だ。

別にスカウトされるためではない。互いに全力で挑める相手がいる事に歓喜しているのだ。

一夏と刀奈は、和人と明日奈の二人との勝負を……。

和人と明日奈も、一夏と刀奈の二人に勝負し、勝つことが目標だ。

セシリアと鈴は、互いに一夏に負けている。それぞれ因縁を持つ相手と、もう一度対戦し、リベンジを果たす為に。

シャルロットと簪。シャルロットは今まで出せなかった自分を、ここで全て出すつもりだ。簪も、姉である刀奈に対して、今の自分の全てをぶつける為に。

そして、その他にも……

 

 

 

(このトーナメントで、私はどこまで今の自分を出せるか……何を見出せるか……。

全てはこの勝負にある……! 武士たる者、剣で己を知るのみ……!)

 

 

道場に向かい、真剣を手に闘志を燃やす箒と……。

 

 

(今度こそ、完膚なきまでに奴を潰す……!

織斑 一夏……貴様は私が叩き潰してくれる……必ずだ!)

 

 

 

一夏に対して憎悪の様な思念を向けるラウラ。

トーナメントという名の戦争が起こるのも、時間の問題となった。

 

 

 

 

〜第三アリーナ〜

 

 

 

「鈴さん、試合当日の作戦はどうしますの? こう言ってはなんですが、一夏さん達を相手に生半可な作戦では、通用しませんわよ?」

 

「そうなのよねぇ……。普通なら、前衛が私で後衛があんた。そうやって分けながらカバーし合えばいいんだけど……」

 

「あの戦闘慣れしている四人相手に、正攻法は効かないでしょうね」

 

 

 

セシリアと鈴の言う四人とは、もちろん一夏達のことだ。

刀奈以外の三人は、ISに触れてまだ数ヶ月だと言うのに、すでに国家代表候補生と渡り合うレベルに達しているのだ……。

その原動力と思える戦闘能力……強いて言うなら、剣術の腕。これが彼らの力だ。

二人ともALOをプレイしてみてわかったことだが、この四人のレベルは『最強クラス』と言っていいだろう。

現にこの四人が、新ALO及び、新アインクラッドでの戦闘で負けたという話を聞いたことがなく、ましてや、その他のプレイヤーと比較しても、頭一つ……いや、二つ分くらいは飛び抜けていると思ってもいいくらいだ。

刀奈は言わずも知れた学園最強。恐らく、千冬以外の教職員でも、刀奈を倒すまでにはいかないだろう。

槍捌きに至っては、達人クラスと言っていい。明日奈とのデュエルにて、その証明は果たしているゆえ、今更ではあるが……。

一夏は一夏で、見えない砲弾……甲龍の龍咆を見切って躱し、捉え所のない神速の動きで圧倒するバトルスタンス。そして、剣術の究極体である抜刀術を得意としている。少しでも一夏の間合いに入ろうものなら、一瞬にして斬り捨て御免だ。

和人は、なんと言っても常識外れな反応速度の速さと優れた洞察眼だ。

レーザーを斬ると言う神業をやってのけたところから、すでに常識からは外れる。そして、周りには隠しているようだが、それを二刀流と言うさらに奥の手を持ってやってくるのだから、末恐ろしいにもほどがある。

最後に明日奈。一夏と和人、刀奈の三人が畏怖するほどの剣速。正直、刀奈とのデュエルの時にも感じたが、明日奈の剣を目で捉えることが出来なかった。

また、ALOでの異名〈バーサクヒーラー〉の名を知り、二人は合点したくらいだ。

 

 

 

「よりにもよって、あの四人はそれぞれタッグ組んだし……こうなったら、私たちは遠近両方を鍛えないと勝てないわよ?」

 

「そうですわね……わたくしは射撃しかしたことがありませんし……近接格闘となると、瞬殺されますわね……」

 

「だ・か・ら、あんたは近接格闘の訓練を! 私は龍咆と剣技の複合を取り入れなきゃいけないって話‼︎

あんただって、ALOじゃ短剣スキルを上げてんでしょ?」

 

「それはそうですが……。わたくしの主な役目は後方支援ですのよ? 一応、同じ短剣使いのシリカさんと一緒に練習はしましたけど……」

 

「そうね……私も刀スキルを上げてる途中だしねぇ……でもまぁ、あいつらだって同じなのよ? 元は同じソードスキルなんだから。

こっちだってやれないことはないはずよ……!」

 

「そうですわね……。では、今日はお互いに、遠近両方の特訓をしていきますわよ。

わたくしもインターセプターでなんとか応戦しますわ。ですから鈴さんも……」

 

「わかってるわよ。龍咆と双天牙月……見様見真似の刀スキルで応戦してあげようじゃないの!」

 

 

 

 

やるべきことが決まり、互いにISを起動させる。

巨大な青龍刀を携え、構える鈴とスナイパーライフルと短剣と言う型破りなスタイルで構えるセシリア。

目標は、四人に追いつき、勝ち抜く事。その為の訓練だ。

 

 

「いきますわ‼︎」

「行くわよ‼︎」

 

 

 

二人の声はほぼ同時に発せられ、アリーナに激しい爆音が鳴り響く事になった。

 

 

 

 

 

 

〜IS学園グラウンド〜

 

 

 

ここにもまた、二つの影があった。

一人はメガネをかけた水色髪の少女。自身の専用機であるIS『打鉄弐式』を展開し、空間ウィンドウを出して、最後の調整を行っている。空中に投写されたキーボードを素早く打ち込んでいき、武装及び機体のチェックを怠らない。

そしてもう一人の人物。いま学園中の話題の的である三人目の男子と言われている男装少女。

シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノア。ISスーツは未だに男子のものを使ってはいるが、その正体はちゃんとした女の子。そして、フランスの代表候補生。

彼女もまた、今回のトーナメントにおいて、勝ちたいと言う想いを秘めている。

 

 

 

「僕たちができる事は、とにかく一夏達の苦手なところを攻めていく事だね」

 

「うん……。正直、あの四人は……別格。ALOでも、ISでも、戦闘を見てきたけど、軽く私たち代表候補生とやり合えるだけの技量をもってる……」

 

「そうなんだよねぇ〜……一夏と和人の戦闘を録画した物を見たけど……正直あれはチート過ぎるよ……」

 

「弾丸を斬って、見えない砲弾を躱して、放った剣を目で捉える事が出来なくて、一撃必殺級の技も持っている……どれを取っても達人クラスだと、思う」

 

 

 

代表候補生の二人……いや、他の代表候補生だって、何もせずしていまの地位にいるのではない。

数多くの人選の中から選ばれ、専用機を持つに相応しいレベルの訓練を行い、血の滲むような努力を行ってきたからこそ、今の自分たちがあるのだ。

だが言い換えれば、あの四人は既に、その血の滲むような努力を通り越し、命を賭けた戦いを二年間やり抜いて来ているのだ。SAOの中の出来事はまだ公にされてはおらず、未だに何があったのか、不明な点が数多くあるが、それでも言える事は、あの四人は常に最前線に立ち、モンスターと戦い、クリアへと導いた猛者達である事は理解できる。

 

 

「一番対策を練らなきゃいけないのは、お姉ちゃん。現役の国家代表であり、ニ槍流がある……。銃器の対応なんかも当然できるし……」

 

「槍を両方の手で使いこなすと言うのは……多分いまこの世で楯無さんしか出来ない事だよね……」

 

「そして次に、和人さん……。あの人の戦闘勘の鋭さは、ある意味脅威でしかない」

 

「僕も前に模擬戦したけど、反応速度があの四人の中じゃ一番速かった……。一夏とはまだやった事ないけど、それでも、あのボーデヴィッヒさんのレールキャノンの砲弾を一刀両断したくらいだし……」

 

「一夏のは、勘がいいって、お姉ちゃんが言ってた。一夏は反応や目がいいんじゃなくて、全体を見渡して相手の動きを先読みする速さがあるんだって……」

 

「先読みかぁ……一体、一夏たちはSAOでどんな経験を積んできたのかな……明日奈さんだって凄いんでしょう?」

 

「うん……。正直、あの人はギャップがあり過ぎる……! あんな人がいると思うと……」

 

「な、なんだか凄そうだね……」

 

 

 

簪の表情からは少しばかり落ち込んでいるように思えた。

刀奈とのデュエルを見ているシャルロットでもそれは感じていた。みんな、相当レベルが高い。そして、確実に仕留めに来る戦略と戦術を加えてくるのだから尚更だ。

 

 

「まぁ、とりあえず考え込んでても仕方ないよ……こっちはこっちで向こうが持ってない火器がある。どこまで通用するかはわからないけど、それでもやってやれない事はないと思うよ?」

 

「シャルロット……うん、そうだね。私だって、お姉ちゃんがいない間に、しっかりと鍛えて来たんだし……!」

 

「よし、じゃあ今から少し肩慣らしに模擬戦しない? 一度簪ともやってみたかったからさ」

 

「うん! いいよ……やろう!」

 

 

 

グラウンドの中央に佇む二人が、指輪とペンダントに意識を持っていく。

 

 

 

「行くよ! リヴァイヴ!」

「おいで、打鉄弐式‼︎」

 

 

 

二つの機体が、上空へと飛び上がる。

銃のマズルフラッシュ、ミサイルの爆炎、荷電粒子砲の可視光線、近接武装同士がぶつかり合うと発する火花。

激しくぶつかり合う橙と鉄の影が、そこにあった……。

 

 

 

 

〜第三アリーナ〜

 

 

「はあぁぁぁっ‼︎」

 

「させませんわ!」

 

 

 

遥か上空、青龍刀〈双天牙月〉を振り回しながら、対戦相手を追い詰めていく鈴と、そうはさせまいとスターライトとビットを駆使して、間合いの内へと入り込ませないようにと狙撃する。

 

 

 

「そんな弾幕じゃ、私は止まらないわよっ‼︎」

 

 

 

放たれるレーザーの弾幕を切り抜け、双天牙月を右手に下げた状態で、セシリアに急接近する。

そこから、双天牙月を右斬り上げ。ALO……元はSAOのメインスキルであった『ソードスキル』その中の刀スキルの一つ〈浮舟〉。

見様見真似ではあるが、それでも元々軍での訓練もあり、鈴も剣術の腕は多少ある。迷いのない剣閃が、セシリアを捉えるかと思われたが……。

 

 

 

「インターセプターっ‼︎」

 

 

 

左手に持ったナイフ型武装〈インターセプター〉。

それを逆手に持って、鈴の斬撃をかろうじて凌ぐ。

 

 

「くっ!」

 

「ほらほら! まだまだ行くわよ!」

 

 

斬撃を防がれた鈴は、立て続けに斬りつけに行くが、セシリアはそうは行くまいと距離をとりつつビットを射出し、鈴を取り囲むと同時に一斉砲撃。

あくまで自分の間合いでの戦闘へと持ち込む。

 

 

 

「くっ! させるかぁぁっ!」

 

 

 

だが、鈴とてやられるだけではない。すぐにユニットを駆動させると、衝撃砲〈龍咆〉を放ち、セシリアと射撃戦闘態勢をとる。

 

 

 

「っ……! 砲弾が見えないというのは、ここまでやりにくいものですのねっ……!」

 

「けど、一夏はコレを避けたけど、ねっ‼︎」

 

「そうでしたわね……和人さんは私のレーザーを斬りました、しっ‼︎ ほんと、ありえません、わっ‼︎」

 

「同感ね‼︎」

 

 

互いに愚痴をこぼしながら、撃ちあっていると、鈴は一気シューター・フローの円軌道からイグニッション・ブーストでセシリアに急接近し、双天牙月を振り抜き、セシリアはそれをインターセプターで防ぎ、競り合う。

 

 

 

「くうぅぅぅぅっ!!!!」

「ぬうぅぅぅぅっ!!!!」

 

 

 

白熱していたその状況に水を差すように、鈴とセシリアの間を狙うように、一発の砲弾が放たれた。

 

 

 

「ちょっ!」

「なっ!?」

 

 

 

寸前でそれに気づき、二人は勢いよく後退すると、放たれた砲弾の射線を辿ってみる。

そこには、黒いISを纏い、威風堂々と仁王立ちしているラウラの姿があった。

 

 

 

「なっ! あいつ……‼︎」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」

 

「ふっ……」

 

 

 

鈴とセシリアは、ラウラに対して睨みをきかせる。

だが、当のラウラはそれを軽く受け止め、ましてや鼻で笑ってみせる。

 

 

 

「いきなりぶっ放すなんて、ドイツ人は随分好戦的ね……」

 

「私たちに何かようですの?」

 

「いや? ただ単に熱心に訓練をしていたのを見かけたのでな……私も血が騒いだ……。だから混ぜてもらおうと思ってな……っ‼︎」

 

 

 

あくまで謝る気は無く、まして更に挑発的な発言を発する。

 

 

「何? わざわざドイツくんだりから来たっていうのに、ボコられに来たわけ? あんたも物好きね」

 

「鈴、相手の方は我々の言葉を理解できない様子ですわ……。流石にそれでは可愛そうですわよ……せめて彼女にわかるように話してあげませんと……」

 

 

 

皮肉に皮肉で答える。

だが、それすらも軽くあしらい、アリーナ内に入ってくるラウラ。

 

 

 

「……イギリスのブルー・ティアーズに中国の甲龍か……はぁー、期待はずれだったな。データで見ていた方がよっぽど強く感じたんだがな……」

 

「へぇー……言ってくれるじゃない」

 

「あら? 自分で言うのもなんですが、わたくしもそれなりに出来るつもりなのですが?」

 

「はっ、それなり? 素人同然の奴ら二人にぼろ負けしておいてそれなりか? 面白い事を言うな、お前は」

 

「なんですって!!」

 

「んで? 結局あんた何しに来たのよ」

 

「先ほどから言っているだろう……貴様らの訓練に混ぜてほしいとな……それに、織斑 一夏に敗北した無様な貴様らの実力と言うのも気になる」

 

「「っ!!」」

 

 

今更ながらに思い出したが、ラウラは一夏に対して浅からぬ因縁がある。

教室での事や、以前アリーナの実習中にけしかけてきた事。それが何なのかはわからないが、好印象でない事は確かだ。

 

 

「確かに、私は一夏に負けたわよ。でも、それはあいつが強かったってだけよ……そして、私が弱かったってだけ……」

 

「そうですわね。わたくしも、あんな方々がおられた事にビックリしていますわ……。ゆえに今度のトーナメントでは雪辱を果たすべく、こうやって訓練をしていましてよ?

ただおふざけで場を乱すつもりならば……どうかお帰り願えませんこと?」

 

「…………」

 

 

予想に反して割と落ち着いた対応をする鈴とセシリアに、少しばかり間が抜けたが、それでも二人は怒っていた。

二人にだってプライドがあるのだ……。それを貶されていい気分にはならない。だが、ラウラはそれでもやめない。

 

 

 

「そうだな、貴様らは弱い。織斑 一夏がどれほどのものかは知らんが、“たかがゲームで二年を無駄にした挙句、今もなおそのゲームに興じ、現を抜かしているような種馬” とじゃれあっている内は、貴様らは絶対に勝てんだろうな」

 

「っ‼︎」

「……!」

 

 

 

ラウラの言葉が引き金となり、鈴とセシリアを怒りに染めた。

 

 

 

「あんた……今なんて言った? 私には “どうぞ、好きなだけ殴って下さい” って聞こえたんだけど!」

 

「この場にいない人の侮辱を言うなんて、淑女として失格もいいところですわね……!」

 

「ふんっ、喚いていろ負け犬共……!」

 

「っ‼︎ こいつ、スクラップがお望みらしいわよっ!」

 

「言っておきますが、わたくし、手加減が出来ませんので……ご容赦を……っ!」

 

「ふんっ、御託はいい……。どうせなら、二人まとめて来ればいい。どうした? 早くかかってこい……!」

 

「上等‼︎」

「上等ですわ‼︎」

 

 

 

ラウラの挑発にのる形で始まった二対一の代表候補生バトル。下手をすれば国家問題になりうる事なのだが、この三人の頭には、そんなことどうでも良かった。

鈴とセシリアは一夏を……いや、一夏だけでは無い。和人も明日奈も刀奈すらも馬鹿にし、罵ったラウラの事が許せず、ラウラはラウラで、自分の罵った相手にここまで付いていくこの二人が煩わしいと思ったが故に……。

互いに引き下がれ無いこの勝負は、訓練というよりも、ただのケンカと言っていいほどのものだ……世界最強の兵器を持っていなければの話だが……。

 

 

 

 

 

〜第一アリーナ〜

 

 

鈴たちがバトルを始め出したまさにその頃、一夏と刀奈は対射撃戦闘用のバトルスタンスを復習中であった。

刀奈は言わずと知れたロシアの国家代表生。射撃、格闘なんでもござれだ。

そこで心配なのは、一夏。一夏は近接格闘戦においては、おそらく無類の強さを持っているだろう。やはり血は争えないのか、千冬同様に剣術の腕だけでここまでISを扱って来ただけの事はある。

だが、それでも射撃戦闘となると、話は別になる。

SAOでは経験が全く無く、ALOにおいても、魔法、もしくは弓などの射撃武器はあるにしろ、その二つと銃弾の速さ、面制圧力、戦略は、大いに違いが出てくる。

 

 

 

 

「いい、チナツ。あなたは織斑先生のように、刀一本だけでも脅威に感じる相手……。でもね、あなたと織斑先生の違いは、射撃武器に対する知識があるか無いかよ」

 

「射撃武器の知識か……」

 

「ええ。織斑先生も射撃くらいはできるけど、山田先生に比べたら、そこそこもいいところ……剣技は人並みを外れてるけどね」

 

「まぁ、確かに。前に言われたけど、俺も千冬姉も、“一つの事を極める方が向いている” って言ってたなぁ……」

 

「ふふっ……やっぱり姉弟ね」

 

「まぁな。それでも、千冬姉は射撃の知識は豊富にありそうだったな……」

 

 

 

以前、千冬が真耶の射撃の技術を高く評価していた時、真耶から少し聞いた事があったのだ。

なんでも千冬は、刀一本と言うハンデを背負っているが故に、射撃武器に対する耐性として、射撃の戦闘技術を学んでいた……と。

 

 

「苦手なものだからこそ、織斑先生はそれを克服する事にして、相手の動きを見切った……。そして、雪片……延いては、零落白夜の特性も自分の中で戦術を構築していったみたいね……」

 

「なるほど……。はぁーあ……全く、千冬姉の背中は、まだ遠いな」

 

「そうね……だって世界最強だもの」

 

「だよな……。俺も、何か最強の称号くらい取っておくか?」

 

「ん? なんで?」

 

「だって、千冬姉は『世界最強』、カタナは『学園最強』だろ? 俺だって、二人に追いつきたいなぁ〜と思ってるんだぜ?」

 

「…………ぷふっ! アッハハハっ‼︎」

 

 

 

自分の言葉のどこが面白かったのかと疑問に思う一夏。

刀奈はそんな一夏の顔をマジマジと眺めては、細く微笑んだ。

 

 

 

「ん〜? なに? ちょっと嫉妬しちゃってるの?」

 

「いや、嫉妬とは……違うな。ただ、俺も、二人のようになりたいって思っちゃたんだよ……」

 

 

 

 

少し恥ずかしくなったのか、頬を赤くし、視線を逸らす一夏。そんな一夏の顔を、両手で触れて、刀奈は強制的に自分の方へと向かせる。

大人の雰囲気を纏う刀奈の顔が近くにあり、しかも少々上目遣い気味にこちらを見てくるあたり、正直心臓がドギマギしてきているのが自分でも分かる。

 

 

「そんな事思ってたんだぁ……頑張る男の子は、お姉さん大好きだぞ♪」

 

「ん……そんなんじゃないって……」

 

「ううん……。そんなあなたは素敵よ……私が言うんだもん。間違いないわ」

 

「そうかな……」

 

「絶対そうよ! ほら、早く始めましょ? 勝つ為に、最善を尽くす……今も昔も変わらないでしょ?」

 

「あぁ、そうだな。それじゃーー」

 

 

 

 

ドオォォォォーーーーン

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「なに?」

 

 

 

 

上空へと飛翔し、刀奈が蒼流旋を構え、一夏の射撃対応訓練をしようとした矢先、一夏の後方に位置するアリーナの内部から、大きな爆発音と立ち込める黒煙を見る。

 

 

 

「なぁ、あっちって鈴とセシリアがいたところじゃないか?」

 

「ええ……何してるのかしら? より実戦感覚でやるのは別に構わないけど……でもねぇ〜」

 

「なんだか、ただ訓練してるにしては、爆発が大きくないか?」

 

「そうね……様子、見に行く?」

 

「あぁ……。なんか、嫌な予感がする……」

 

 

 

鋭い目付きになった一夏を見て、ただ事ではないと感じた刀奈は、一夏とともにカタパルトデッキへと戻り、ISを解除して爆発音のした第三アリーナへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

〜第二アリーナ〜

 

 

 

第三アリーナからの爆発音が聞こえる数十分前。

そこには、黒い機体と白い機体が激しく斬り合っていた。

 

 

 

「やあぁぁぁぁっ‼︎」

「てぇぇぇぇぇっ‼︎」

 

 

 

スピードの乗った鋭い刺突と、重さのある攻撃的な唐竹……。

二つの剣にはそれぞれ翡翠と黄色の光が纏われており、衝突するたびに派手な音と光が霧散し、空を彩る。

明日奈が放つ《カドラプル・ペイン》と和人の放つ《バーチカル・スクエア》二人の放つソードスキルが、互いの機体にも命中する。

 

 

「きゃっ!」

 

「くっ! まだまだ!」

 

 

 

互いの技が衝突し、その衝撃によって一旦二人は距離を置く。

だが、和人が纏うIS『月光』は、右手に持った黒い片手剣〈エリュシデータ〉を構え、スキル発動のモーションへと入る。

対して明日奈の纏うIS『閃華』はそれを確認すると、同じようにレイピア〈ランベントライト〉を構え、スキル発動のモーションを取る。一度、和人の放つソードスキルを躱し、一気に加速して、技を放つ。

 

 

 

「これでっ!」

 

「しまっーー」

 

「やあぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

閃華から放たれる連続8連撃技《スター・スプラッシュ》。ハイレベルなその剣技は、明日奈の得意技でもある。それにより、だいぶ和人にダメージを与えることが出来だが……。

 

 

 

「くっ! やったなぁ! ならば、今度はこっちの番だ!」

 

 

 

ダメージを受けてもなお、向かってくる和人。

そして、スキル使用後に出る硬直により、明日奈は少しの間動けない。

 

 

 

「てぇぇやあぁぁぁっ‼︎」

 

「くうっ!」

 

 

 

今度は和人の放つ《シャープ・ネイル》が、明日奈を捉える。ソードスキル独特のライトエフェクトが、まるで獣の爪痕のように見えるスキルだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……やっぱり強いなー、キリトくん」

「いやいや、アスナだって相当腕上げただろ……前にやった時よりも更に剣速が速くなってるぜ?」

 

「そ、そんな事ないよー。私なんてまだまだよ」

 

「そう謙遜すんなって……確実に腕は上がってる。 それだけは確かだぜ?」

 

「ふふっ……ありがと♪ でも、ちょっと疲れちゃったねー」

 

「あぁ、少し休憩にしよう。それからまたやればいいし……」

 

「そうだね。今度は射撃戦を想定した動きを入れようか……」

 

「そうだな。じゃあひとまず降りよーーー」

 

 

 

 

ズゥゥゥゥン!!!

 

 

 

 

「っ……!」

 

「なんだろ……いまの……」

 

「分からない……。でも、確実に爆発音だよな?」

 

「うん……。向こうは……第三アリーナだよね? チナツくんとカタナちゃんは第一で、シャルロットちゃんと簪ちゃんはグラウンドに行ったから……鈴ちゃんとセシリアちゃんかな?」

 

「相当激しい訓練してるなぁ……大丈夫なのかな?」

 

「…………ちょうど休憩する所だし、見に行ってみる?」

 

「ん〜〜……あんまり他人の特訓を覗き見するのは感心しないが……気にならないと言うのも嘘になるしなぁ……」

 

「だったら行くしかないでしょう。ほら、早く行くよキリトくん!」

 

「ちょ、待ってくれよアスナ……」

 

 

 

明日奈の後を和人が追う形で、二人はアリーナを出る。

そこでグラウンドから歩いてきていたシャルロットと簪に合流し、お互いに爆発音が気になって見に行く事を知り、四人で第三アリーナの方へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

〜第三アリーナ〜

 

 

 

その頃、一足早く到着していた一夏と刀奈は、アリーナの中へと入り、そこの観客席で見ていた一年生の生徒に事情を話してもらっていた。

 

 

 

「ごめん、一体何があったのか教えてもらっていいか?」

 

「あっ、織斑くん、会長!」

 

「ごめんね、あそこで何が起こってるの?」

 

 

 

刀奈はまっすぐアリーナの中央へと指差す。

 

 

 

「えっと……二組の凰さんと一組のオルコットさんが訓練してる時に、その……一組のボーデヴィッヒさんが乱入してきて、それで……」

 

「ボーデヴィッヒ?! ラウラの奴が?」

 

「うん……いきなり攻撃して、それから、二人がボーデヴィッヒさんと言い争って……」

 

 

 

 

そこまで説明されて、ようやく納得がいった。

つまりはラウラが二人を挑発し、二人がそれに乗ったのだと……。

そして、その二人とラウラが、バトルを繰り広げていた。

 

 

 

「こんのぉぉっ! とっとと墜ちなさいよっ!」

 

「逃がしませんわっ‼︎」

 

「ふんっ、誰が逃げるか。この程度 “片手” で充分だっ‼︎」

 

 

 

二人の攻撃がラウラに対して命中するかと思ったその時、ラウラは右手を上げ、放たれた龍咆とビームに向けて手を開く。

すると、その二つの攻撃は着弾する瞬間に、まるで見えない壁か何かに阻まれる様にして、ラウラへの攻撃が通らなかった。

 

 

 

 

「っ!? なんだあれ? 何かが防いだ?」

 

「なるほど……AICか…」

 

「AIC?」

 

 

 

刀奈の言った単語が気になり、一夏が刀奈に問う。そして、それとほぼ同時くらいだったか……和人たちもアリーナの観客席に到着し、事態に驚いていた。

 

 

 

「おいおい……これは、どうなっているんだ?」

 

「鈴ちゃん、セシリアちゃん……」

 

「戦っているのは……ボーデヴィッヒさん?」

 

「二対一で……」

 

 

 

和人の後に続く形で、明日奈、シャルロット、簪が入ってくる。

訓練にしては殺伐とした一戦に、見ていた生徒たちは心配そうな表情で見守る。

 

 

 

「チナツ、これはどういう事だ?」

 

「それは……」

 

「あの二人が、ボーデヴィッヒの挑発に乗ったみたいです」

 

 

 

そこに、第三の声が聞こえ、その方向へと顔を向けると、この事態を聞いてきたのか、箒も来ていた様だ。

 

 

 

「挑発に乗ったって言うのは?」

 

「私も初めから見ていたわけではないので、詳しくは分かりませんが……あの三人が戦い始めておよそ十分くらいでしょうか……未だにボーデヴィッヒの優勢に試合が動いています」

 

「二対一で、ボーデヴィッヒさんが勝ってるの?!」

 

 

箒の発言に明日奈が驚く。二人はラウラと同じ代表候補生だ。にもかかわらず、それをもろともしないラウラの技量は、本物なのだと感じた。

 

 

 

「明らかに機体の性能が違うわ。あのIS……『シュヴァルツェア・レーゲン』は、ドイツが完成させた新型機。AICを搭載した全距離対応型の機体よ……」

 

 

 

そこに刀奈の補足も付け加えられる。

 

 

 

「そうだ、そのAICって言うのはなんだ?」

 

「AIC……アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略。日本語訳だと、『慣性停止結界』と呼ばれるものよ」

 

「確かそれって、PICの発展型で、物体の動きを止めるとか言うあの?」

 

「ええ、アスナちゃんの言う通り。一対一での対決じゃあ反則的な能力ね……。それに、鈴ちゃんたちとの相性も最悪ね」

 

「鈴……セシリア……」

 

 

一夏が気になっていた事を和人が問い、刀奈が答え、明日奈が解説する。そして、二人とラウラの相性が悪いと言う刀奈の発言に、一夏が心配そうに中央に目を向ける。

 

 

 

 

「ちぃっ! まさかここまで相性が悪いなんて……!」

 

「ふははっ! この程度で代表候補とは、笑わせてくれる!」

 

 

 

ラウラの機体から何かが射出される。その物体の数は二個。まっすぐ鈴に向かって飛んでくる。

当然鈴は躱そうとするが、躱そうとするたびに、その物体は鈴を追いかけていく。そして、間近で見てはっきりわかった。追いかけてくる二本の物体。それはワイヤーブレードだ。

 

 

 

「くっ!」

 

「逃がさん!」

 

 

 

ワイヤーブレードの一本が、甲龍の左脚に巻きついて離れない。鈴は捕らわれて、上手く身動きが取れない状態になってしまった。

が、その後ろでは、ラウラに向かって飛翔する四つの物体。ラウラが確認し、左手をかざして物体を止める。そこにあったのは、蒼いフィン状の物……ブルー・ティアーズのビットだ。

 

 

 

「これで身動き出来ませんわっ!」

 

 

 

今度はラウラの死角を突いて、セシリアがスターライトで狙い撃つ。

が……。

 

 

 

「それは貴様も同じ事だ」

 

 

 

巨大なレールカノンがセシリアを捉え、レーザーを相殺する形で砲弾が発射される。

二つの弾丸は寸分違わぬ狙いで、着弾と同時に大爆破が起きる。

だが、その爆炎の中からセシリアに向かって飛来してくる物が一つ。

 

 

 

「きゃああぁぁぁっ!!!!」

 

「なっ!? きゃっ‼︎」

 

 

 

その物体は声をあげ、勢いよくセシリアとぶつかる。その正体は、ワイヤーブレードに捕まっていた鈴だった。

ラウラはワイヤーを操り、鈴をセシリアにぶつけたのだ。

そのまま二人は地上へと落ちていき、やがて地面に衝突する……土埃が舞う中で、二人は何とか無事を確認すると、空を見上げる。

そこには、堂々と見下す視線をこちらに向ける。冷氷の姿があった。

 

 

 

「こんなものか? だとしたら、期待外れもいいところだな」

 

「こんのぉぉ……っ!」

 

 

 

鈴は龍咆を起動させ、空気を圧縮していく。だか、それが発射される事はなく、その前に放たれたラウラのレールカノンの砲弾によって、右のユニットを破壊されてしまった。

 

 

 

「きゃっ‼︎」

 

「遅い……っ‼︎」

 

「ではこれならどうですの!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

視線をセシリアに向けた瞬間、ブルー・ティアーズの腰部から二本の白い筒のような物が飛び出す。ブルー・ティアーズのもう一つのビット兵器のミサイルビットだ。

しかもかなり近くにいたラウラ。このミサイルが外れる余地はない。

 

 

 

「貰いましたわっ‼︎」

 

「くっ‼︎」

 

 

 

 

ミサイル二発が発射され、その両方が命中。

着弾地点からは爆煙が立ち込める。その場をなんとか凌いだセシリアと鈴は、その場を離れ、一旦距離を置く。

 

 

 

「あんたも中々無茶するわねぇ……」

 

「お説教は後……これで、多少のダメージはーーー」

 

「なるほど……今のは惜しかったな」

 

「「っ‼︎」」

 

 

 

 

 

セシリアの言葉を遮るかの様に、爆煙が晴れていく。そこには、“傷一つない” ラウラの姿があった。

 

 

 

「そ、そんなっ! どうして……!?」

 

「チッ、またAIC……ッ!」

 

「その通りだ。しかし、最後のあがきにしてはよくやったものだ……。

だが、これで理解した筈だ。貴様らと私とでは決定的な差があると……。機体の性能、パイロットの腕、経験の差……それら全てが私と貴様らでは、全く違うッ!」

 

 

 

ラウラはワイヤーを二本射出し、それぞれを鈴とセシリアの首に巻きつける。

 

 

 

「くっ!」

 

「ううっ!」

 

「これで貴様らのターンは終わりか……。ならば、今度はこちらから行くぞ!」

 

 

 

 

ラウラはワイヤーを自分に引き寄せ始める。

鈴とセシリアは、なんとかそれを振り解こうとするが、完全に巻きついている為、外すことが出来ず、セシリアはその場に倒れたまま引きずられ、鈴は両手でなおも引き剥がそうとするが、どんどんラウラに引き寄せされる。

そして、自分に引き寄せた瞬間、鈴の顔面を殴りつけ、セシリアを蹴り上げる。

二人とも腕の装甲で防御するも、元々エネルギーが枯渇してきている上に直接的なダメージを負っている為、絶対防御が発動する……。そうなれば、さらにエネルギーの消費は大きくなるだけだ。

 

 

 

「ひどい……! あれじゃ機体が保たないよ‼︎」

 

「このままじゃ、二人が危険‼︎」

 

 

 

シャルロットと簪が叫ぶ。それほどまでに最悪な事態に陥っているのだ。

すかさず一夏と和人がラウラに対して叫んだ。

 

 

 

「おいラウラ‼︎ やめろッ‼︎」

 

「もうよせっ! 鈴もセシリアも、戦える状態じゃないっ‼︎」

 

 

 

本当に命の危機を感じ、ラウラに呼びかけるが、それでもラウラはやめない。むしろその声を聞き、こちらに振り返ったかと思うと、こちらにニヤッと笑って見せた。

 

 

 

 

「あいつ……っ、わざと……!」

 

「アスナさん! 誰でもいいんで先生を呼んで来てください! シャルルと簪は救護班を!」

 

「う、うん! わかった」

 

「了解!」

「うん!」

 

 

 

ラウラの行為に和人は歯軋り、一夏はすかさず指示を出した。その手にはギュッと硬く握り締められており、血が出るのではないかと思うほどだった。

 

 

 

「チナツ、どうするの?」

 

「あいつの相手は俺がする……。元々俺が決着をつけなきゃいけない相手だ。カタナとキリトさんは鈴とセシリアの救助を」

 

「オッケー! 早く行ってやらないとな……!」

 

「はい! カタナ、そこを退いてくれ」

 

 

 

そう言うと、刀奈は後ろに下がり、代わりに一夏が前に出る。そして、ガントレットを突き出し、その名を呼んだ。

 

 

 

「来い! 白式!」

 

 

 

 

 

 

一方、そんな事も気に留めず、二人を殴打し続けているラウラ。

流石に、これ以上の抵抗がないと思い、その手を緩める。

 

 

 

「さて、そろそろ負けを認めたらどうだろ? これ以上やったところで、無意味な事ぐらいわかるだろう」

 

「っ!」

 

「ううっ!」

 

 

 

倒れる二人に対してなおも辛辣な言葉をかける。

その言葉も二人に届いているであろう……だが、それでも二人は認めなかった。震えている体に喝を入れ、なんとか立ち上がる。

 

 

 

 

「ほう? まだやる気か? 戦力差は歴然だと、骨の髄まで叩き込んだ筈だが?」

 

「……なに、言ってんの? まだ、私は……戦える……!」

 

「あまり……わたくしを舐めないで、もらえまして? これでも一国を代表する者ですの……あなたなんかに、負けたりなど……しませんわ!」

 

 

 

互いの機体はボロボロ。武装も潰され、装甲だって罅がはいっている。そしてなおかつ操縦者の二人の意識も朦朧となっていて、かなり危険な状態だった。

だが、鈴は双天牙月を握り締め、セシリアはインターセプターを突きつける。

 

 

 

「最後まで戦おうとするその姿は褒めてやろう……。だが、雑魚の分際で……調子にのるなぁッ‼︎」

 

 

右のプラズマ手刀を展開し、二人に斬りかかる。

そして、振り上げられたその手刀が鈴に直撃しそうになった時、セシリアが動く。

元々は近接戦は苦手だ……だが、体が動いた。両手でインターセプターを握り締め、ラウラの攻撃を防ぐ。

ラウラも一瞬判断が遅れてしまい、セシリアに間合いの侵入を許してしまう。

 

 

 

「この距離なら……わたくしにだってっ!」

 

「なっ!?」

 

 

ブルー・ティアーズのブースターを吹かし、インターセプターの切っ先をまっすぐラウラに向ける。

〈ラピッド・バイト〉短剣スキルの中級突撃技。元々SAOにおけるスキルの一つで硬直時間が短いため、技をつなげやすいスキルだ。

セシリアはALOにおいて、魔法での支援を受け持つメイジ型だが、もしもの場合を考え、短剣スキルを習得していた……。同じ短剣使いのシリカに短剣を習っては、ともにレベル上げを行ってきた……。

行ってきた努力が、今身を結び、ラウラに初めてダメージを与えた。

 

 

 

「くっ!」

 

「ふふっ……一矢報いましたわよ……」

 

 

 

懐に突き刺さったインターセプター。

そのため絶対防御が発動し、ラウラに大ダメージを与える事が出来た。

が、セシリアはそのまま仰向けに倒れ込み、ISが解除される。

 

 

 

「く、くそがぁっ‼︎」

 

「あんたの相手は、まだいんのよっ!」

 

「っ!?」

 

 

 

倒れたセシリアに気を取られ、判断が遅れる。

声のする方を見てみると、双天牙月を振り上げた鈴が、すぐ目の前に迫っていた。

 

 

 

「私の分まで貰っときなさいっ!!!」

 

「このっ!」

 

 

振り下ろされた一撃。刀スキル〈辻風〉。

ラウラは咄嗟に腕をクロスさせて防御するが、元々が重量のある青龍刀の一撃。そして、見様見真似とは言え、敵を屠る事に主眼を置いたスキルの使用により、さらにダメージを負う。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「くっ! こんな雑魚どもに……っ!」

 

 

 

鈴もまた、セシリア同様に両膝をついた瞬間、ISが解除されてしまった。

意識は朦朧とし、そのまま倒れ込んでもよかった……。が、どうしても言っておきたかったことがあったのだ……それはーーー

 

 

 

 

「ーーー後は任せたわよ……一夏……っ!」

 

「…………ああ、任せとけっ‼︎」

 

「っ!」

 

 

 

 

ラウラのすぐ後ろで、第三者の声が聞こえた。

それはラウラにとって因縁のある相手の声だ……聞き間違えるはずが無い。

そして、咄嗟にプラズマ手刀を展開し、後ろを振り向く。そこには、修羅の如き形相で睨みつけ、純白の刀を振り下ろす一夏の姿があった。

 

 

「チィッ!」

 

「おおおぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

渾身の龍槌閃を放つ一夏。そしてそれを両手に展開したプラズマ手刀で受けるラウラ。

凄まじい衝撃が、アリーナの中央で弾ける。

 

 

 

「くっ! なるほど。貴様、今まで力を隠していたのか……」

 

「別に……。ただ俺は、あまり力を行使する事を良しとしないんだよ……。だが、お前はやり過ぎた……」

 

 

 

ただ静かに、一夏は雪華楼の切っ先を向ける。

その刀身に乗せた殺気と剣気とともに。

 

 

 

「そんなに俺と戦いたいなら、喜んで相手をしてやる。だが覚悟しておけよ? これからは一切の容赦はしねぇ……!」

 

「っ! ほう? そうか……それならば話は早い。元々私もそのつもりだったのだ……ここで貴様を討つのもいいだろう……!」

 

「やれるもんならやってみな。お前が馬鹿にした剣技……その身をもってしかと思い知るといいさ……」

 

 

 

ゆっくり正眼の構えを取る一夏。そして、プラズマ手刀二刀流で、徒手格闘気味の構えを取るラウラ。

互いのその動きに一切の無駄がない。

そして、互いに睨み合う。

 

 

 

 

「「行くぞっ‼︎」」

 

 

 

ほぼ同時。同じ言葉を発した事によって、一夏とラウラの斬り合いが始まったのであった。

 

 

 

 

 




次回は……どこまで行くかな?

とりあえずラウラの暴走ぐらいまでをめどに頑張ります!

感想よろしくお願いします(≧∇≦)


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第18話 姉語り


今回は一夏が見せます!

飛天御剣流抜刀術!!!





「はっ‼︎」

 

「ふっ!」

 

 

 

アリーナ内に猛々しい闘気と剣戟の音が響く。

白銀の刀身と光学の刃。その二つがぶつかり合うたびに鋼の甲高い音と、火花が散る。

 

 

 

「これならどうだっ!」

 

 

 

ラウラが突っ込み、右の手刀で斬り込む。一夏はそれを体を屈めて躱す。だが、それでラウラは終わらず、今度は左の手刀を下から上へと斬り上げる。が、それを一夏は利用し、迫り来る手刀に自身の刀を合わせ、ラウラが振り上げた力を利用して自身も上へと飛ぶ。

 

 

 

「なっ!?」

 

「龍槌閃!!!」

 

「くっ!」

 

 

最初に食らった技。今まである程度の剣技や格闘技を見てきたラウラでさえ、躱すことが出来ず、また受け身態勢に入る。

一夏の剣の速さ、身のこなし……それら全てが、今まで見たことのない物だったからだ……。

いや、見たことはある……。形は違えど、同じ速さの剣をラウラは知っている。

 

 

 

(くっ! この速さ、威力……教官と戦っているようだ……!)

 

 

 

昔、ドイツにいた頃に一度だけ手合わせをした。到底勝てるとは思ってもいなかったが、それでもと願い出て、一本勝負をしてもらった。

その試合で見たのは、流れるような身のこなしに、素早い剣戟、一手一手が力強い剣術の技……。受け身でいるのに精一杯だった。だからこそ思った……この人には勝てない……世界最強の名は伊達ではないと……。

だが、今目の前にいる人物に、自分は押されていることを思い出す。

自身の目標、憧れの人の姉弟。二年間も寝たきりになっていた弟。戦力差なんて問題にならないと思っていた……。

 

 

 

「どうした? 受け身のままじゃ、殺られるだけだぜっ!」

 

「くっ! 舐めるなぁッ!」

 

 

 

必死に抵抗するラウラだが、相手の技量は予想以上にあった……。輝く刀身、そこから繰り出される光を纏った剣技。全てが洗練された動きと技の融合……。

とても戦い慣れていると感じた。やっていた物はゲーム……遊びだ。なのに現役軍人で、IS部隊の隊長であった自分をここまで追い込むほどの武芸者。

とても寝たきりだった人間とは思えない。

 

 

 

「このっ!」

 

「龍巻閃っ!」

 

「チィ!」

 

 

 

斬り込むがカウンター技を使われ、逆に危うくなり、今度は距離をとって相手の出方を待つ。

 

 

 

「まさか、これほどまでとはな……」

 

「どうした、怖気づいたか?」

 

「ふっ……そんなわけないだろう……。ここで私が引くと、本当に思っているのか?」

 

「…………」

 

 

 

 

ラウラと言葉を交わしながら、視線を後ろに向ける。

どうやら、鈴とセシリアは無事救出されたようだった。鈴を刀奈が抱え、セシリアは和人が抱えて避難する。

二人は重症……とまではいかなくても、かなりの怪我をしている。そして専用機もまた相当なダメージを負ったようだし、トーナメントは無理だろう。

 

 

 

「何故、あんな事をした」

 

「なに?」

 

「何故、鈴とセシリアにあんな事をしたのかって聞いてんだよ……」

 

「なんだ? 正義感でも芽生えたのか? くだらない……貴様は分かっているかは知らんが、ISは兵器だ。それ以上でもそれ以下でもない。十年前に出現して、あっと言う間に軍事バランスは崩壊させられた……。これを扱える我々は、選ばれし人間なのだと思うのが普通だろ。

だが、何だあいつらは? いや、ここの学園にいる奴らも同じだ。危機管理に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしているのか? そして、貴様らもだ。ゲームの技? ふざけるなっ‼︎ 教官の栄光を汚したことに飽き足らず、二年もベッドで寝込み、教官をあそこまで追い込んでおいてよくも抜け抜けと……っ‼︎ だからこそ貴様を斬る! お前など、教官の足手まといでしかないのだからなっ‼︎」

 

「…………」

 

 

 

ラウラの言った言葉は、確かに正しい。

ISはその存在そのものが脅威だ。かつての最先端技術、主力となる兵器を軽々と凌駕し、兵器の頂点に君臨した。

それを恐れた世界はアラスカ条約を設け、兵器の転用を禁じ、あくまでスポーツと言うことで事なきを得ようと思っているのだ……だが、それでも世界がそれに従う事はない。軍での主力として取り入れ、世界ではテロリストなどの主力としてもなっている。

確かに、ここにいるみんな、他の代表候補生のみんなの意識がラウラよりも低いのかもしれない。だが……。

 

 

 

 

「それでも、ここまでやる必要はなかったはずだ……。それに、俺もお前に言っておきたいことがある」

 

「ん?」

 

「千冬姉の事は、俺が一番悔やんでるんだよ……! お前に言われなくてもな。あの時、俺に力があったら……どんなに良かったか……。千冬姉は、二連覇出来たかもしれない……千冬姉は、引退しなくて良かったかかもしれない……。

力が欲しかった……。そして、SAOに囚われて、俺も千冬姉のようになりたいと願い、なろうとした……。その結果で得られたものなんて、何も無かったけどな……」

 

「貴様……なにが言いたい」

 

「別に……お前には分からないだろうよ……。だからお前の言う事も正しいんじゃないかと思う。だがな、だからと言って、鈴とセシリアをあそこまで傷つけた挙句、SAO生還者である俺たちを馬鹿にしていい道理にはならないぜ?」

 

「はっ、たかがゲームで大袈裟な事を言う……。これだから素人は腹ただしい……っ‼︎ そんなに認められないならば、私に認めさせたらどうだ? 達者なのは口だけか?」

 

 

 

ラウラは余裕の笑みを浮かべては、一夏を挑発する。一夏はそれを聞き、「はぁー」と一度ため息をつくと、雪華楼を鞘に納める。

パチィン! という鞘の鯉口と鍔が合わさる独特の音がある。それは小さく、だが体の芯を突き抜けるような、確かな音を聞いた。

 

 

 

「…………そうか、なら見せてやるよ。だったら気を抜くなよ? ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「何?」

 

「俺も手加減はする……だが、気を抜けばーーー」

 

 

一夏は静かに言った。

 

 

 

「ーーーお前、死ぬぜ?」

 

「ッ‼︎」

 

 

 

放たれる殺気。今までとは全く違う一夏の姿……顔つき、目つき、その姿全てから、とてつもない剣気を放っていた。

そして、気づいた時には、一夏の姿を見逃してしまっていた。

 

 

 

「なっ‼︎ 何処にーーー」

 

「ここだよ……っ‼︎」

 

「っ!?」

 

 

聞こえてきたのは背後。右に振り返り、その姿を見る。

その鋭い目つきは獲物を狩る獰猛な猛獣のようで、無駄の無い動きで繰り出される白銀の刀身は、確実にラウラの機体を捉えた。

 

 

「ぐぅっ!」

 

「はあっ!!!」

 

 

 

振り抜く一閃。背後からの一撃に、吹っ飛ばされるラウラ。そして、完璧に入った一撃によって絶対防御が発動し、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが大幅に消費する。

 

 

 

「ば、馬鹿な!? 貴様、本当に素人か? 今の速さはーーー」

 

 

ラウラは見た。今の一夏の動き、それはかつて千冬が使っていた技だった。

 

 

(二重瞬間加速(ダブルイグニッション・ブースト)ーーー!!! 間違いない……あれは、教官も使っていた技だ……ッ‼︎)

 

 

 

千冬が現役時代に使っていた技。エネルギーを溜め、それを爆発的に弾けさせ、瞬間的に加速する技術……それがイグニッション・ブーストだ。だがこの技術は、イグニッション・ブースト中にもう一度イグニッション・ブーストを行うというその昔は、千冬しか使う事が出来なかった技術。今でもこれを扱える操縦者は、世界でもそう居ないだろう……。事態に驚くラウラ。だが、一夏はそれでも止まらない。

すぐにラウラに肉薄し、刀を振るう。

翡翠のライトエフェクトを纏った雪華楼の刀身は、確実にラウラを斬り刻む。

 

 

 

「龍巣閃・(がらみ)っ!!!」

 

 

 

連続8回攻撃のドラグーンアーツ。鈴との対戦の時にも使った技だが、これはその派生版。一点集中による連撃がラウラを襲うが、ラウラは咄嗟に反応し、両手に展開したプラズマ手刀をクロスさせて、受け止める。が、その鋭い剣戟と威力に、ラウラは苦悶の表情浮かべ、なんとか耐え抜くが、勢いを殺しきれず、踏ん張りを効かせる。

 

 

 

「くうぅぅぅ!! 馬鹿な、何故貴様がその技術を!」

 

「俺の教官は、とってもスパルタなんだよ……。弱点や苦手な事を平気で突いては、教えは手を抜かない。容赦無いんだよ……本当に。

この技術は、俺が身につけるべき技術だって言われてな……まぁ、その成果が出て良かったぜ」

 

「馬鹿な……この私でも出来ない事を……!!!」

 

「そうかよ……でもまぁ、その代わり俺は銃器が苦手なんでな……俺に出来るのは “コレ” だけだ……」

 

 

 

そう言って、一夏はラウラに見えるように雪華楼を掲げる。

 

 

「でも、俺は “コイツ” に絶対の自信を持ってる……だからこそ、お前に遅れは取らないぜ?」

 

「こいつ……!」

 

 

苦虫を噛み潰した様な表情で睨むラウラ。

そして、一度だけため息をつくと、左手を顔に持っていく。

 

 

「そうか……ならば、本当に貴様の評価を改めねばな……」

 

「そりゃあ、ありがたいな……」

 

「さて、では私も出し惜しみは無しに行くとしよう……」

 

 

そして、左眼に付けられた眼帯を取って見せた。

 

 

「っ!? お前、その目は……!」

 

「ふっ……。まぁ、驚くだろうな……この様な眼を見て奴はみんなその表情をする……。

我が部隊、『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊員達は皆持っている眼だ……こんなに変色してしまっているのは私だけだがな。それでは、行こうか……ッ‼︎」

 

 

 

改めて構え直す。

今までと違うのは、ラウラの眼帯だけではない……ラウラから、一切の油断、隙が無くなった。

 

 

 

「…………っ!」

 

 

 

一夏はもう一度ダブルイグニッション・ブーストでラウラの背後を取ると、振り向きざまに雪華楼を振り抜くが、そこで見たのは、完全に一夏の姿を捉えていたラウラの両眼だ。

 

 

「なっ……‼︎」

 

「もうその技は通じないっ‼︎」

 

 

 

一夏の刀を左の手刀で受け、今度はお返しとばかりに刀を弾いては、二刀による連続攻撃を仕掛ける。

一夏はなんとか先読みで躱していくが、先ほどまでと違い、ラウラの攻撃は確実に一夏を追い詰めていく様に繰り出される。

 

 

 

「っ‼︎ たった一度見ただけで、ここまで対応できるものなのか?!」

 

「普通ならば無理だな。だが、私の眼は別ものだっ!」

 

 

 

一夏の攻撃がさらに当たらなくなってきた。

ラウラも必死で攻撃するも、そのことごとくを打ち払われ、躱される。

長い間剣戟が続き、一旦両者ともに距離を取って構える。

 

 

 

「……その眼は、一体なんなんだ……」

 

「こいつは私にとって、呪いでしかないかった……。ISが出来た事によって、私は適性値向上のためにナノマシンを入れられたんだよ。

だが、それもうまく行かず、左眼は変色してしまい、ISの適性値は上がらぬまま、私は無能の烙印を押された。あの人が来るまでは……」

 

 

 

あの人とは、もちろん千冬の事だろう。

そして、今の話から察するに、ラウラにとっての千冬の存在は、世界中の誰よりも大きく、その心に焼きついているのだ。

 

 

「無能の私が、再び最強の称号を勝ち取って、ここまで来れた……。これもそれも教官あっての事だ。

だからこそ私はお前を認めない! あの人の弟である事も、貴様の所為で教官が二連覇という偉業を成し遂げられなかった事も、こんな島国で素人共に教鞭をする事も、全部無かった筈だ!

この眼と、教官から授かりし技術。私の全てを使って、貴様を倒す……!」

 

 

覚悟のある眼をしていた。

以前道半ばで立ち聞きした内容を思い出す。もう一度ドイツに戻り、自分の教官になって欲しいと。

その答えはNOだったが、それでも諦めきれていなかったのだろう。自身はまだまだ強くなりたい。確かに綺麗な願いであり、望みだ。

だが、それを聞いて「はい、そうですか」とは言えない。

一夏の中にも罪悪感はあるし、その分千冬に対してもっとしてやりたい事もある。

心配かけた事を謝りたい。仕事で疲れている時には、何かしてやりたい。

だからこそ、一夏も覚悟を決める。

 

 

 

「…………そうか。だが俺も引くわけにはいかない。ここでお前に負けたら、俺の信念を、俺の意思を曲げる事になる。そんな事は出来ない。

互いに譲れないものがあるなら、どっちかを叩っ斬るしかないだろ……ッ‼︎」

 

 

 

もう一度、雪華楼を鞘に納める。

だが今度は鞘をあらかじめ左手に持ったままに……。

 

 

 

「無駄だ。この眼『オーダン・ヴォージェ』の前では貴様の剣は見えている。

こいつは言うなれば『擬似ハイパーセンサー』だ。どんなに速い攻撃でも、こいつがある限り貴様の剣は私には届かない……それに、貴様のダブルイグニッション・ブーストはまだ不完全な物だ……完成していたのならば、話は別だが、もうそれは私には通じないぞ!」

 

「……そうか。まぁ、どっちでもいい。そんなものがあろうと無かろうと、俺はお前を斬るだけだ……。

それからもう一つ、お前に言っておかなきゃな……」

 

「ん?」

 

 

 

腰だめに構えたその構えは、抜刀術の構え。一夏が絶対の信頼を置いているその技術。

今までにない気迫が迫っていた。

だが、先ほどもラウラが言った通り、もうダブルイグニッション・ブーストは使えない。出来るには出来るが、まだ一夏は千冬ほどの技量にはいたっていないのか、まだまだ詰めが甘いところがある……。故に、オーダン・ヴォージェを展開しているラウラに対しては、もう使えない技だ。

 

 

「俺が斬ると言った以上、“お前の敗北は絶対だ”」

 

「っ!」

 

「見せてやるよ。お前が馬鹿にした俺の剣技を……。そして、何故俺が “抜刀斎” と呼ばれていたのかを……その名の由来、とくと味あわせてやる……っ‼︎」

 

 

 

また放たれる殺気。ラウラはいつも感じていた……この男から発せられるこの殺気は、どうしてこうも息が詰まるような濃密な殺気なのか……と。

 

 

 

(大体こいつは一般人だぞ……? 軍に所属していた記録もない。剣道をしていただけの人間が、ここまでの殺気……いや、“まるで何十人と人を殺めてきたかのような” 鬼のような殺気を纏えるものなのか……?)

 

 

 

軍人でもそういない、ただ放つだけで、身も毛もよだつような殺気を出せる人間。

千冬にも似たような殺気を放てるが、それでも千冬の場合は、相手を萎縮させる様な殺気だ……。決して相手を殺せるほどの殺気ではない。

だが、ラウラは頭を振り、邪念を振り払う。

 

 

 

(いや、いかに奴の抜刀術が速かろうと、私の左眼に敵うはずがない。ましてや抜刀術ならば、一撃目を躱してしまえばこちらのものだ……!)

 

 

そう、剣術の究極を極めた技の一つ『抜刀術』またの名を『居合斬り』だが、弱点は存在する。

その構えゆえに、一撃必殺の剣ではあるが、その一撃を躱されたときには、大きな隙を生んでしまうのだ。

故にこの技は一対一での勝負に使うのが常識だ。

ラウラは確信し、絶対の勝利を誓う。そして、先制をかけた。

 

 

 

「行くぞっ‼︎」

 

「っ!」

 

 

 

ラウラが駆け出し、一夏に肉薄する。

振り上げた右のプラズマ手刀。まだ一夏は刀を抜いていない。勝ったと思ったその時……。

 

 

 

「っ!!」

 

「んっ!?」

 

 

 

カッ、と見開かれた眼光。そして、その鞘内から放たれる紅の光。紅いライトエフェクトを纏った刀身の狙いは、ラウラの首元だった。しかも、先制したラウラよりも速く、ラウラの攻撃よりずっと速い。

 

 

 

(は、速いっ! これが最速の剣技か‼︎ だが、それでもーーっ!!!)

 

 

 

咄嗟に左手にも展開していた手刀で、一夏の一撃を裁く。

当然、振り抜いた後の一夏には、大きな隙が出来た。

 

 

(ココだ!!!!)

 

 

ラウラは笑みを浮かべ、その右のプラズマ手刀を振り下ろす。

 

 

 

「終わりだっ‼︎ 織斑 一夏ァァァァァっ!!!」

 

 

 

一夏の脳天に、その刃が降ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあダメよ、ラウラちゃん……」

 

 

鈴とセシリアを救出した刀奈が、静かに言った。

 

 

 

「その程度の罠じゃ、チナツの抜刀術を破る事は出来ないわよ……!」

 

 

 

 

 

 

ドフゥッ!!!

 

 

 

 

 

「かっはぁっ!!!?」

 

 

突如、腹部に大きな衝撃が走る。

目を向けると、そこには、刀身同じ “紅いライトエフェクトを纏った鞘” がラウラの腹部を抉るように入っていた。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

「があっ!」

 

 

振り抜いた鞘によって、ラウラは後方に吹っ飛ばされる。

吹っ飛ばされたラウラは、そのまま転んで、うつ伏せに倒れる。腹部に手を当て、とても苦しんでいる様だった。

 

 

 

「さ、鞘……だと……っ!?」

 

「ドラグーンアーツ “抜刀術” 〈双龍閃〉ーー!!!」

 

 

 

一夏は静かに、だがその身に重くのしかかる様な、そんな声音でラウラに言う。

 

 

「確かに、抜刀術は一撃必殺の剣だ。それは相手にとっても、技を使うその使い手も同じだ……。お前のとった行動は間違いじゃないぜ…………。

だが、相手が悪かったな……‼︎ 俺の抜刀術は全てが隙のない “二段構え” なんだよ……。

そして、“抜刀術のなんたるかを知り尽くし、極めた男” ……それが『抜刀斎』という名の由来だ……!」

 

「ぐっ! くうぅぅああああ!!!」

 

 

 

力を振り絞り、立ち上がるラウラ。

 

 

 

「やめとけ。ISの絶対防御があるとはいえ、今のは確実に入ってるんだ……無理をすれば体に悪いぞ?」

 

「黙れっ! これしきの事で……‼︎ この私が、倒れると思うなっ‼︎」

 

 

 

ふらふらになりながらも、なんとかバランスを保ち、立っているラウラ。そして、展開したままだったプラズマ手刀を一夏に向ける。

 

 

 

「この程度、教官の訓練に比べればなんともない‼︎ 次は外さない……! 貴様は、私が斬るっ!!!!」

 

 

 

再び斬りかかるラウラ。そして、もう一度雪華楼を鞘に戻して構える一夏。

 

 

 

「おおおぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 

気迫のこもったラウラの一撃。一夏はそれを迎え撃とうとしたが、目の前に現れた人物に驚き、その腕を止めた。

 

 

 

ガキィィィィーーー!!!

 

 

 

「なっ!?」

 

「やれやれ、これだからガキの相手は面倒なんだ……」

 

「きょ、教官!!」

 

「織斑先生だ、馬鹿者ども!」

 

 

 

そう、一夏の姉にして、ラウラの憧れの存在である千冬本人だった。

いつものスーツ姿は変わりないが、その手には、打鉄の装備である日本刀型ブレード『葵』が握られている。

 

 

「って、千冬姉! ISブレード振れんのかよ!!!?」

 

「織斑先生だ! この馬鹿者がッ!」

 

「痛ってぇっ‼︎」

 

 

突如振り向きざまに脳天を叩かれる。しかもISブレードでだ……もちろん峰打ちではある。

 

 

「痛てぇなっ‼︎ それで殴るなよ! 死ぬだろ‼︎」

 

「いっそのこと死ね! この愚弟‼︎ 決闘するのは構わんが、アリーナのシールドを破壊するのは見逃せんからな‼︎」

 

 

 

そう言って、ブレードの切っ先を向ける。その先には、大きな穴の空いたアリーナと観客席を隔てているシールドエネルギーで編んでいる隔壁があった。

一夏が急いでセシリアと鈴を助ける為に、止むを得ず雪片弐型を展開して、破壊してしまったのだ。

 

 

 

「いや、だってよ……」

 

「言い訳するな、馬鹿が! 後で報告書と反省文を書かせる……拒否は許さんぞ」

 

「ぐうっ…………はい……」

 

 

 

力なく頷く一夏。その隣に刀奈と和人がやってきて、一夏の両肩にそれぞれ手を置いて慰める。

 

 

「さて、この様な事態が起こってしまった以上、もう決闘沙汰は勘弁願いたいところだな……。よって、トーナメント終了までの期間、今後一切の決闘を禁ずる! いいなっ!」

 

 

 

千冬のはっきりとした声に決闘を見ていたその場の生徒全員が返事をする。

 

 

「織斑、ボーデヴィッヒ。貴様らもいいな?」

 

「教官が、そう仰るなら……」

 

「織斑先生だ」

 

「は、はい! 織斑先生」

 

「いいな? 織斑」

 

「了解です、織斑先生」

 

「ふむ。ならばいい……もうアリーナの使用時間は過ぎている……今日はもう帰れ」

 

「はい」

 

 

 

そう言って、刀奈達と一緒にアリーナを出ようと思った時、千冬から再び呼ばれる。

 

 

 

「おい、一夏」

 

「ん? どうしたんだ? いきなり名前でなんて……」

 

「着替えが終わったら私のところへ来い。話がある」

 

「は、はい……」

 

 

それだけ言うと、千冬はその場を後にする。

頭を捻り、なんだろうと考えていると、アリーナの観客席の方で、箒とシャルロットと簪が心配そうにこちらを見ていた。

 

 

 

「おい、一夏。大丈夫だったのか?」

 

「箒……あぁ、見ての通りだよ。どこも怪我してないぜ?」

 

「はぁ…それならばいい」

 

「でも一夏、よくボーデヴィッヒさんとやりあえたね! 鈴とセシリアでも太刀打ちできなかったのに……」

 

「シャルル……。まぁ、正直に言うと、五分五分だったよ。あいつがAICを使っていたら、まずかったし、初見のダブルイグニッションが割と決まってたからだしな……」

 

「でも、あれを代表候補生でもない人が、使ってのを見たことが、ない。それだけでも、充分に代表候補生に足り得てる、と思う」

 

「それは大袈裟じゃないか? 簪」

 

 

苦笑しながら言う一夏に、簪とシャルロットが割と真面目な顔で首を振っていたのは言うまでもないが……。

その後、セシリアと鈴は救護班に引き渡され、学園の医療室へと移された。思うほど傷は浅く、本人達に命に別状は無いらしが、やはり機体のダメージレベルは深刻で、今回のトーナメント戦は出場休止が出された。

試合会場にもなるアリーナのシールドは、先生方の働きによって、なんとか修復が間に合った様だ。

作業をする先生方に頭を下げていた一夏の姿を見て、千冬を一緒になって頭を下げていたのは記憶に新しい。

そして、一夏は一度制服に着替えると、職員室へと赴く。そこには先ほどのスーツ姿の千冬が待っており、一夏の事を確認すると、茶色の大きな封筒を渡してくる。

 

 

「報告書と反省文十枚だ。明後日までに書き上げとけよ」

 

「うぅ……」

 

「い・い・な?」

 

「…………はい」

 

「さて、場所を移すぞ」

 

「えっ? ち、ちょっと……」

 

 

 

そう言うと、千冬は一夏襟首を掴み、引きずりながら職員室を出る。その光景を呆然と眺める教師陣。その中で真耶だけがニコニコと二人を見送っていた。

さて、一方の織斑姉弟は、廊下に出ると千冬が一夏を離し、向かい合う。

 

 

「えっと、織斑先生?」

 

「ちょっとばかし付き合え。場所は道場だ」

 

「道場?」

 

「先に行って待っていろ」

 

「あ、ああ……」

 

 

 

千冬はそのまま道場とは反対の職員用の更衣室へと向かい、一夏は言われた通りに道場へと向かう。

入学してから数日後に一度訪れた道場……。あの時は和人との生身での勝負をした。互いにまだまだ筋力が戻っていなかった為に、それほど長い時間は出来なかったが、あの頃のように互いの実力を称賛する様に剣を交わしあった。

あれから大体二ヶ月が経っただろうか……。一夏も少しずつは筋トレをするようになり、また、刀奈からのスパルタ指導に耐えられるようにたくさん飯を食ったりして、体を鍛えてきた。

 

 

 

「しかし、なんで道場?」

 

「アホかお前。道場でやる事は、稽古以外何でも無いだろう」

 

「ん?」

 

 

 

後ろを振り向く。そこには、胴着に身を包んだ千冬の姿があった。

 

 

「どうしたんだ? いきなりそんなもの着て」

 

「ほら、お前の胴着だ。早く着替えろ」

 

「お、おう……」

 

 

 

もらった胴着を道場の更衣室で着替え、道場内へと入る。

そこには、竹刀を二本持った千冬。その内の一本を一夏に対して投げる。

一夏はそれを受け取ると、そう言う事かと納得し、千冬に近づく。

 

 

 

「どうしたんだよ急に……。千冬姉が胴着着て稽古なんて珍しいじゃんか」

 

「私とて鍛練を怠ったりはしない……。久しぶりだ……稽古をつけてやる」

 

「……そうかい、ありがとよ」

 

 

 

 

防具は要らない。千冬はまず一夏の攻撃受けないだろう。また、一夏は、防具などに頼らない生きた剣術の型にはまっているが故に、防具は邪魔でしか無いのだ。

そして、一夏と千冬は向かい合い、構える。

 

 

「一夏、今のお前に出せる本気を出せ」

 

「ん?」

 

「剣道なんて生温いものでは無い。お前があの世界で培ったという技術を私に見せろと言っている」

 

「そう言われてもな……SAOの俺に比べたら、現実の俺はーーー」

 

「そんな事はどうでもいい。今のお前に出せる本気を出せ」

 

 

語るならば剣で。それが剣士の生き様だと言うように、千冬は語りかけてるのかもしれない。

その意図を、なんとなくだが、一夏と理解は出来た。だからこそその構えをとる。

一度持った竹刀を鞘に納めるよう左手に納める。

左足を引き、半身の姿勢。腰だめの姿勢に移り、鋭い眼光で千冬を捉える。

 

 

 

「行くぞ、千冬姉……!」

 

「ああ、来い……!」

 

 

 

駆け出す両者。

そして、勢いよくぶつかる竹刀。それによって発せられるパシィン‼︎ と言う竹独特の音。

それから大体どれくらいだろうか……三十分……いや、それより長いかもしれない。

たった二人しかいない道場内。時間が長いようで短く感じる。

それくらいの時間を、二人はずっと打ち合っていた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ちょっと、タンマ……」

 

「情けない……まだ一時間も打ち合ってないぞ……」

 

「いや、やりたいのは山々なんだけど……体がついていかねぇって……」

 

「はぁ……仕方ない。今日はここまでにしよう」

 

「おう……」

 

 

 

 

力なくその場に大の字になって寝転がる一夏。

結局と言ってはなんだが、千冬からは一本も取れなかった。当然と言っては当然だ。そして、逆に一夏は何本も良い一撃をもらっている。そこまで大きな痣などは見当たらないが、所々は赤く腫れているところがあった……だが、それが痛む事は無かった。むしろ久しぶりに千冬と打ち合って、清々しい気持ちになったくらいだ。

 

 

 

「ふぅ……やっぱり強いなぁ〜千冬姉は」

 

「当たり前だ。まだまだお前のような半端者に負けるほど、私は弱くないぞ」

 

「あはは……返す言葉もないな……。それにしても久しぶりだな、千冬姉とこんな事したのって……。俺がまだ小学生の頃以来じゃないか?」

 

「そうだな……。まぁ、あの頃よりは少しはましになったんじゃないか?」

 

「そりゃそうだろうよ。伊達に二年も剣で戦っては来てねえっての」

 

「その話なんだがな、一夏」

 

「ん?」

 

 

 

不意に千冬が正座をし、一夏の隣に座る。

それにつられて、一夏も胡座をかいて座る。

 

 

 

「ボーデヴィッヒとの決闘の際、お前、相当強い殺気を出していたな?」

 

「……あぁ、あれな」

 

「お前がSAOでどんな事をしてきたのか、大まかな話は、お前が帰って来た時話してもらったが、肝心なところを聞いてなかった……」

 

「なんだ?」

 

 

 

一旦深呼吸をし、千冬は一夏に尋ねる。

 

 

 

「前に聞いた話、そして、お前の剣技や殺気を見るにだ……お前は、人を殺した事があるのか……?」

 

「…………」

 

 

 

 

やはり気づいていたかと思った一夏。あれだけわかりやすい殺気の出し方をしていたのだ。同じ剣士であり、姉である千冬には、いつかは気づかれると思っていた。

 

 

 

「それ以外でもだ。オルコットの試合や凰との試合、そして、さっきの決闘でのお前の剣技。特にさっきのお前が使った二段抜刀術……あんな技、このご時世に未だ存在している剣術の流派にはほとんどない、“生きた殺人剣” の流派だ」

 

 

 

そう、今は失われた剣術の流派。生き残ったとしても、それはスポーツや演武用に衰退していった技だ。

たが、一夏達の技は、確実に相手を殺せる剣術の技。

それがSAO時代は、モンスター相手だっただけで、それを人に使うとなれば、間違いなく人を殺せる。

そして、ずっと思っていた事、それは、一夏の戦い方だ。

一夏の身のこなし、それから繰り出される斬撃は、一撃で相手を倒せる剣技。普通の流派では、まず教えられない剣技だ。

 

 

「まぁ、千冬姉なら気づくと思ってたよ……。まぁ、そうだな……確かに、俺は、あの世界の中で人を殺した事がある」

 

「…………」

 

 

一夏の告白に、千冬はただ黙って聞く。

 

 

「俺さ、以前千冬姉が、モンド・グロッソの決勝戦を投げ捨てて、俺を助けに来てくれただろ? あの時、凄くカッコよく思ったんだ……。

だけどさ、同時に自分が弱かった事が悔しく思った……だってそうだろ? 俺があそこで捕まっていなければ、千冬姉は二連覇を成し遂げてたかもしれない……ラウラの言う事にも、一理ある」

 

「だが、それはもう終わった事だぞ……」

 

「分かってるよ。だけど、気持ちの問題でさ、俺はそうは行かなかったんだ……。

俺、SAOに囚われて、キリトさんに戦い方を教えてもらって、それからは一人で行動してたんだよ……その時に思ったんだ。この世界にも、理不尽な事がいっぱいある。だったら、それで苦しんでいる人を、俺が助けられたらなぁって……。

俺が、千冬姉にしてもらったみたいにさ」

 

「私たちは姉弟だったからだぞ? そこまでする必要があったのか? ましてや、どこの誰かもわからん人間相手に……」

 

「言いたい事は分かるよ。俺も今になって思い返せば、ただの偽善に満ちた事をやっていたんじゃないかってさ……。それでも、俺はそうしたかった……そうしたかったんだけどさ……」

 

 

 

一夏の顔が暗くなり、俯いた。

その手は、少し力が入り、拳を握っている。

 

 

「俺は、俺の勝手な都合、勝手な理想の為に、人を斬ったんだ……。相手はレッドプレイヤー……その世界で、殺人や犯罪を平気でやる集団だったけど……それでも、俺は、斬ってしまった。

でも、認められなかったんだ……俺がやっている事が、間違いなんかじゃないって信じていたかったから……」

 

 

 

ーーーいや、認めたくなかったんだ……。

 

 

言葉を振り絞るようにして発する。

千冬は何も言わず、ただじっと黙って、弟の話を聞くだけだ。

 

 

 

「それからは、戦いに明け暮れていたかな。ずっと戦って来た……それで、俺は気がついたんだよ……俺が守ってきた物は、何一つ無かったて事を……」

 

「…………」

 

「勝手な理想……それを夢見て、戦って、そして得られた物よりも、失った物の方が多かった……残ったのは、ただの後悔だけだった……」

 

 

 

そう言って、一度深呼吸をすると、もう一度口を開く。

 

 

「でも、流浪人として、各地を転々としていた頃からは、今のようになったけどさ……カタナと出会ってからは、もっと大事な物が分かった気がする……。

力の意味も、それを使う人の事も……!!!」

 

「……そうか……。一夏、一つ言っておく」

 

「なんだ?」

 

「お前は、自分の勝手な都合を押し付けたと言ったな? そして、守った物など無かったと……」

 

「ああ……」

 

「本当にそう思うのか?」

 

「え?」

 

 

 

千冬の言葉に思わず聞き返す。

 

 

 

「確かに、お前の理想や都合を押し付けたのはよくない……だが、お前のその考え方は、間違ってはいないさ……ただ、そのためにやるべき事を間違っただけだ。

そして、守った物など無かった……それも嘘だ。お前は、いろいろな土地を転々としたそうだな。そこで助けた人たちは、みんな助からなかったのか? 少なくとも、お前の助けで救われた人たちはいるはずだ……」

 

「あ……」

 

「一夏。お前の背負うべき業……それを私が負担する事は出来んし、お前はしないだろう……だがな、何もかも一人で解決しようとはするな。

お前の事を大事に思っている人間、お前の事が心配な人間、周りを見渡せば、いくらでもいるものだ……お前は一人ではないんだ……もっと周りに頼れ……いいな?」

 

「…………」

 

 

 

返事はすぐには出来なかった。姉弟であったとしても、そこまで迷惑はかけられない……ましてや、それが赤の他人になるとなおさらだ。

でも、仲間と言う存在。それらがなせる暖かさを、一夏はすでに知っている。

千冬、箒、鈴、セシリア、シャルロット、簪……IS学園で再開し、出会った仲間。

和人、明日奈、そして、SAOで出会った人たち……リズ、シリカ、クライン、エギル、ユイちゃん、リーファ。

そして、最愛の人……刀奈。

よく見渡せば……こんなにいるのだ。

 

 

 

「そう、か……そう、なんだよな……」

 

 

緊張の糸がほつれた様に、自然と微笑む一夏。

それを見て、「ふっ…」と鼻で笑う千冬。

 

 

「なんだよ、千冬姉」

 

「いや、やっとお前らしくなったと思ってな……」

 

「ん……」

 

「これから先も、いろんな壁にぶつかるだろう……だが、急ぐ事は何もない。

せいぜい足掻くんだな……ガキ…」

 

 

 

 

一夏の頭にぽんっと手を乗せて、道場を後にする千冬。

その姿を一夏は眺めてこう思った……。

 

 

 

ーーーやっぱり、かっこ良すぎだよ……千冬姉。

 

 

 

ラウラの一件で少しばかり気が張っていた様だったが、それもなんだかどうでもいいくらいに清々しい。

もしかすると、それを察してくれたのだろうか?

それを知るのは、千冬本人だけだろう……。

だが、感謝している。これで、心置きなく戦えるのだから……っ‼︎

 

 

 

「ありがとう……千冬姉」

 

 

聞こえるか聞こえないかぐらいの声で俺を言う。やはりいつまでも自分が追いかけ、追い越したいと思う存在だ。

その後、胴着のまま自分の部屋へと帰る。流石に胴着のそのままにして帰るのはマナー違反だし、もとより着替えるのが面倒だった。

途中で和人や明日奈たちと会って、「どうしたの?」と尋ねられた。

「ちょっとした人生相談に乗ってもらってました♪」と答えると、「ん?」と頭を捻っていた。

それから少しだけ談笑し、そのまま別れて部屋へと向かう。

部屋に帰るとシャルロットと簪が作戦会議を行っていた。許可をもらって、着替えをとってシャワー室へ直行。汗を流し、もう一度心を落ち着かせる。

 

 

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ……俺の剣がどこまで届くか……)

 

 

 

二年間で培った剣技。そして、その間に改めて考えさせられた人との関わり方、あり方。

力や暴力だけではない……第三の方法。それで、ラウラにもとどいたのなら……。

 

 

 

(負けられない理由が増えたな……)

 

 

 

苦笑しながら、シャワーを止め、体を拭いて部屋着を着る。

 

 

もう間近に迫ったトーナメント戦に備え、ゆっくり休む一夏であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 





どうでしたか?

のらりくらりと書いていたのでなんだかキャラがおかしくなっていないか心配です……(ーー;)

感想、よろしくお願いします。^_^



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第19話 絶技『九頭龍閃』


ええータイトルの通り、あの技が出ます!


それではどうぞ!!!




ラウラとの一件以来、訓練自体は中止になったりはしなかったが、対戦形式での訓練は禁止となった。

周りの空気もよりピリピリとしだして……特に一組。事の張本人であるラウラを始め、その被害者側であるセシリア、最後に最も因縁のある一夏。

昨日の最後の一戦は、一夏の絶技によって勝敗が決した……いや、厳密には千冬の介入によって中断させられたのだが、あの状況では一夏のほうに分があったであろう事ははっきりしている。

そんな状況下の中で、朝のSHRが執り行われる。千冬が教壇に立ち、本日から始まる『学年別タッグマッチトーナメント戦』の説明を行っていた。

そこから少し離れて、入り口付近に副担任である真耶が立っている。生徒たちにとって、今学期一番のイベント。一年には臨海学校があるのだが、他の学年、二年と三年の生徒たちにとっては、遺憾無く実力を発揮できる場なのだ。

特に三年には将来の進路先の事も考えなければならないイベントの一つ。二年から別れる事ができる『整備科』の生徒たちも、いずれは整備士としての進路もあるだろう。

戦う事が全てではないと言う事なのだ。

だが、一夏たちにとっては、戦う事は避けられはい大一番とも言える舞台なのだ。

 

 

 

「では、以上でSHRを終了する。各自、ISスーツに着替え、所定の位置にて待機しておけ。なお、パートナーの申請をしていなかった者は、対戦相手の発表と同時に提示する……。何か質問はないか?」

 

 

 

最後の確認を取ろうと思い、千冬は一組の生徒達に促すが、誰一人とて手を上げない。

どうやら何もないようだ。

 

 

「何も無し……か。それでは、行動は迅速に……。解散‼︎」

 

 

 

千冬の言葉とともに、一斉に動き出す。

一夏、和人、シャルロットは、男子更衣室へと走っていく。

 

 

 

「チナツ、大丈夫か?」

 

「え? えぇ、まぁ何ともないですよ?」

 

「あはは……和人は昨日の事があったから、心配なんだよねぇ〜?」

 

「いや、そういうわけじゃあ……シャルロットだってそう思ってたんだろ?」

 

「キリトさん……シャルロット……ありがとうございます……‼︎ でも、もう大丈夫ですから。後は、俺がどこまでいけるか……です」

 

「……じゃあ、もう大丈夫だな」

 

「そうだね。お互い、頑張ろうね!」

 

「ああ!」

 

「もちろん!」

 

 

 

男の友情? を交わし、一同は更衣室で着替え、トーナメントの対戦表の発表を待っていた。

発表は、生徒会が自動抽選を行い、生徒会長である刀奈が発表するという仕組みになっている。

丁度今の時間になると、タッグ申請をした組みと抽選でタッグになった組みとを確認し、それを自動抽選にかけているところだろうか……。

 

 

 

「さてさて……俺たちは誰と当たるかな?」

 

「出来れば、キリトさん達とは決勝くらいで当たりたいですね……」

 

「僕もかなぁ〜。初戦から和人や一夏たちと当たりたくないな……」

 

「「え? なんで?」」

 

「いや、だって……簪も言ってたけど、二人……いや、楯無さんと明日奈さんもだけど、四人を相手にするにはそれ相応の準備をしておかないと無理だって……!」

 

「「ええ? そんなに?」」

 

「二人はもっと周りからの評価を気にした方がいいと思うよ……?」

 

 

 

あまりに鈍感……と言うか、気にしなさ過ぎの二人に、シャルロットは軽く呆れる。

一夏も和人も首を捻っては「ん?」と言っているが、周りの評価は一概に二人を高く評価しているのだ。

 

 

 

 

「まぁ、それもこれも、対戦表が出てから……っと、噂をすれば何とやらだな」

 

 

 

和人の言葉に一同はモニターを確認する。

丁度良いタイミングで、対戦表がモニターに映し出された。

 

 

「なっ!」

 

「おいおい……これは……」

 

「一回戦から……ハードな組み合わせだね……」

 

 

 

和人、シャルロット、一夏と共に別の組み合わせとなったため、初戦から当たるという事はなくなったが、問題は、一夏と刀奈の初戦の相手……。

 

 

 

織斑 一夏・更識 楯無 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ・篠ノ之 箒

 

 

 

「マジかよ……」

 

「しかも箒とタッグだったんだ……」

 

「おそらくは抽選だろうな……」

 

 

 

 

一方、女性陣営は……。

 

 

 

 

 

「カ、カタナちゃん! これってもしかして……わざと?」

 

「いえ、公平な抽選を行った結果よ……。私だってビックリしてるんだから」

 

「だ、だよねぇー。……でも、これは……」

 

「ええ……。流石に出来過ぎよねぇ〜」

 

 

 

なにやら悪意を感じるこの組み合わせ。

刀奈も明日奈も裏を感じていた。よりにもよって一回戦からとは……。

 

 

 

 

(最悪だ……! 一回戦から一夏たちと当たるのはまだいい……だが、よりにもよってパートナーがあいつとは……!)

 

 

 

箒はそう思いながら、視線をある人物に向ける。

そこにいるのは当然、これから箒とタッグを組む人物。ラウラ・ボーデヴィッヒ本人だ。

 

 

 

(ふふっ……‼︎ まさか初戦からとは……面白い!)

 

 

 

 

ラウラの冷たく、寒気を覚えるような笑みがこぼれる。

それを察知したのか、周りにいた女生徒たちも、少しラウラから遠ざかった。

 

 

 

 

両者共に不安に思うも、決まったことだ。取り下げには出来ない。

よって、これから始まる試合は、苛烈さを増すものとなると、誰もが思っただろう……。

 

 

 

 

定刻となり、アリーナ全体にアナウンスが流れた。

これより、学年別タッグマッチトーナメント戦が始まる。

 

 

 

『これより、一学期末学年別タッグマッチトーナメントを開催いたします』

 

 

放送部の生徒のアナウンスに会場の熱気が跳ね上がる。

各アリーナで行われる第一試合……その出場選手たちは、各アリーナの控え室にて待機。

一夏は刀奈と合流し、和人も明日奈と合流し、簪もシャルロットと無事合流し、観客席へと移動した。そして、一夏達は第一試合の為、控え室へと向かう。

 

 

 

〜観客席〜

 

 

「さて……第一試合から波乱だな」

 

「そうだねー。チナツくんも厄介事に巻き込まれやすい体質だけど……」

 

 

和人の言葉に明日奈が反応し、チラッと和人を見る。

和人も明日奈の視線に気づき、ちょっと気まずくなる。

 

 

「な、なんだよ……」

 

「ううん、別にー? ホント誰かさんと似てるなぁーと思ったの」

 

「いや、俺だってそう進んで厄介事に首を突っ込んでるわけじゃないんだぞ?!」

 

「うっそだぁー。これまでのことを考えたら、キリトくんはいっつもなにかしらトラブルに巻き込まれてるじゃない……! ねぇ? 簪ちゃん!」

 

「うえっ!? わ、私ですか?!」

 

 

視線が一気に簪に集まる。

どう答えたものか悩むが、よくよく考えてみると、ALOに初ログインした時、和人と一夏が誰かと揉めて戦いになったと風の噂で……。

 

 

「そう、ですね。和人さんも、少しは気をつけた方が……」

 

「なにぃーっ!? か、簪! お前までそう言うのかよ!?」

 

「ええっ? だ、だって……この間もレアアイテムの取り合いで決着がつかなくてデュエルで決着をつけたし……」

 

「い、いや、あれはだな……」

 

 

元々がバトルジャンキーな和人。

バトルはおまかせと言わんばかりに、ことごとく他のプレイヤーと戦い、勝利を収めている。

その常人離れした戦い方故に、『ブラッキー先生』と言うあだ名をつけられている。

 

 

「ま、まぁ、俺のことはともかくだ! 今はチナツの試合だろ?」

 

「あー……逃げたぁー……。ふふっ、まぁこれくらいにしておきましょうか」

 

 

 

そう言って悪戯っぽく笑う明日奈。

普段がお淑やかで物静かそうな雰囲気故に、その表情は非常に珍しく、そして可愛く思った。

そして、アナウンスが流れて数十分後。

アリーナの説明及び、緊急時による避難法を全員に通達する。

それが終わり、やっと第一試合が始まった。

 

 

 

 

〜一夏陣営〜

 

 

 

「チナツ……大丈夫?」

 

「あぁ、問題ない。すこぶる快調だ」

 

「そう? ならいいわ……。ついに来たわね」

 

「あぁ、昨日は見せられなかった技、とくと見せつけてやるさ……‼︎」

 

「ええ、その意気よ。さてと、私は箒ちゃんを相手しようかしら……」

 

「カタナなら大丈夫だとは思うが、油断禁物だぞ?」

 

「大丈ぉぉ夫‼︎ 箒ちゃんには、全力全開、真剣勝負で行くって言ってるから……。手を抜くつもりはないわよ」

 

「そっか……じゃあ、行きますか」

 

「了解♪」

 

 

 

カタパルトデッキに赴き、それぞれISを展開する。

 

 

 

「来い、白式!」

 

「行きましょう、ミステリアス・レイディ!」

 

 

白と蒼の機体は、高らかに翼を広げ、アリーナへと飛翔する。

 

 

 

 

〜ラウラ陣営〜

 

 

 

「おい」

 

「なんだ、ボーデヴィッヒ」

 

「貴様はISの稼動時間はどれくらいだ」

 

 

 

準備を整え、精神集中を行っていたところ、後ろにいたラウラに声をかけられる箒。

 

 

「私も一般生徒と変わらん……。専用機も持ち合わせていないのでな……なるべく乗るようにはしているが、一年の平均時間と大差ない」

 

「そうか。では私にも好都合だ……。あまり無駄に動かれても邪魔なだけだ」

 

「なんだとっ!?」

 

「そうだろ? 私の目的は、織斑 一夏を潰すことだ……貴様はせいぜいあの不愉快な生徒会長とやらを相手していればいい」

 

「ふざけるな! それでは向こうの思うツボだぞ! 楯無さんは国家代表生でもあり、一夏とて無断ならん! 即席とはいえ少しくらい連繋をとってーーー」

 

「連繋? 馬鹿なことを言うな。貴様が私と同格に戦えるのか? 剣しか満足に使えんような奴に、私の背中を任せろと? ジョークにしてはユーモアがないな」

 

「冗談で言っているわけではない。それに、たかが剣一本で、貴様は一夏に敗北していたはずだが?」

 

「っ!」

 

 

 

箒の言葉にラウラは激昂し、走り出すと、目にも留まらぬスピードで箒の首を掴み、そのまま後ろへと押し出す。

そして、後ろにあったロッカーに箒の体を叩きつけると、首を絞める。

 

 

 

「あっ、ぐぅーー!?」

 

「私が負けた? ふふふっ…貴様も潰されたいようだな……」

 

「がぁ!」

 

 

 

首を絞める手に更に力が入る。

両手で振りほどこうとするが、ラウラの手の力が弱まることはなく、逆にまた強くなる。

 

 

「う、ううっ……」

 

「雑魚の分際で……! そう言う意見は私よりも強くなってから言ったらどうだ?」

 

「っ……、くっ!」

 

 

だが、箒は咄嗟にラウラの肘関節を掴み、経絡のツボを強く握る。

すると、ラウラは少しだけ苦悶の表情を浮かべ、腕の力が弱まる。その一瞬に拘束を剥がし、今度は箒がラウラの腕をとって仰向けに投げる。

投げ飛ばされたラウラは、地面に激突する直前で体を捻って、その場に着地する。

 

 

 

「ほう……合気か?」

 

「篠ノ之流だ。私の流派は剣だけではない!」

 

「ふん……まぁ、良いだろう。そこら辺の雑魚よりはやるようだ。だが、前もって言っておく。織斑 一夏は私の獲物だ。手出しはするな……!」

 

「はぁ……いいだろう。が、私は貴様の部下でもなければ奴隷でもない。常に貴様の言う通りに動くとは思わぬことだな」

 

「ふんっ……口の減らない女だ」

 

「お互い様だ」

 

 

 

互いに睨み合い、一歩も譲らない。

おそらくはどのタッグよりも殺伐としているだろう。

そう言う雰囲気の中でも、二人は同じように部屋を出て行き、カタパルトデッキへと向かう。

 

 

 

「頼むぞ、打鉄」

 

「行くぞ……! 展開」

 

 

 

箒は今回も日本の第二世代である打鉄に乗り込み、ラウラは専用機を展開する。

鋼と黒のISがともにアリーナへと飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

アリーナの中央。四機のISが鎮座している。その内専用機が三機。開始前にも関わらず、妙な空気に包まれている。

観客もそれを察しているのか、静かに四人を見守っている。

 

 

 

 

「よもや一戦目から当たるとは……待つ手間が省けたと言うものだな……」

 

 

不敵な笑みを浮かべ、口を開くラウラ。

その視線の先には、当然一夏がいる。

 

 

「そうだな……。俺も同じ気持ちだぜ。別のタッグの子達に当たって、下手に怪我させてもいかんしな」

 

「ふんっ。それはそれで、そいつらが弱かったというだけだ」

 

「そうかよ……」

 

 

 

一方、お互いのパートナーは……

 

 

 

「まさかこんな形であなたと戦うことになるとはね……」

 

「ええ、まったくです」

 

 

 

箒と刀奈。少し距離が離れているが、互いの顔が見えないわけでは無い。

ISのプライベート・チャネルを開き、あの時の約束を果たす。

 

 

 

「ですが、これはいい機会です。私は修行中の未熟者ですが、楯無さん」

 

「ん?」

 

 

刀奈の名を呼び、箒は右手を左腰に持っていく。

量子変換によって生成された日本型ブレード《葵》を握り、正眼の構えをとる。

 

 

 

「篠ノ之 箒……一武士として、あなたに挑ませて頂きます!!!」

 

「…………ふふっ、そう……」

 

 

 

それに答える形で、刀奈も右手をかざす。

そこから現れるのは、刀奈の半身、紅に染まった長槍。

 

 

 

「《龍牙》!」

 

 

 

呼び出された真紅の槍を、まるで自分の手足のように振り回す刀奈。

その槍が振られる度に、紅い斬光が、右に左に、上に下にと流れ、刀奈を包む。

 

 

 

 

「ならば、あなたの挑戦を受けましょう。IS学園生徒会長……いや、一人の女、更識 楯無として……!!!」

 

 

 

向けた矛先から放たれる覇気。

箒が今までに味わったことの無い覇気だった。

 

 

 

「……どうやら、あちらもやる気みたいだな。そんじゃ、俺たちもやるか……」

 

「ふん、言われずともな……」

 

 

 

 

互いのパートナーたちのやる気に当てられたのか、この一戦の主役たる一夏とラウラもまた、戦闘態勢に入る。

 

 

 

「我がシュバルツェア・レーゲンの力……今度こそ思い知らせてやる……!!!」

 

 

両手のプラズマ手刀を展開し、軍隊式格闘術の構えをとるラウラ。

 

 

 

 

「そうか……なら、俺も出し惜しみは無しだ……」

 

 

 

左腰に展開済みだった刀。

その純白の柄を右手で握り、左手で純白の鞘を持ち、鯉口を切る。

ゆっくりとした動作で刀を鞘から抜く。

そこに現れたるは、SAOにおいて、一夏を……いや、チナツを象徴する純白の刀《雪華楼》。

澄み切った青空と照りつける太陽の光が、一夏の雪華楼をより際立たせていた。

雪華楼の刀身をゆっくりと右下に振り抜き、刀の側面……皮鉄をラウラに対して見せるように構える。

 

 

 

5………4………

 

 

 

準備が整ったのを見計らったように、カウントが始まる。

 

 

 

3………2………

 

 

 

自身のモチベーションを一気に最高値へと持っていく。

鋭い眼光、発せられる覇気や剣気。会場の雰囲気が瞬時に変わった。

 

 

 

1………Battle Startーーー!!!

 

 

 

「叩き潰す!!!」

「行くぞ‼︎」

「いざ参る‼︎」

「推して参る!!!」

 

 

 

 

四人が四人とも動き出す。ラウラと一夏、箒と刀奈。

互いに近接武器による格闘戦。方やドイツの現役軍人と剣道の全国チャンピオン。もう方やSAO攻略組のトッププレイヤーにして、ユニークスキル持ちの二人。

一夏とラウラの刃が交錯し、箒と刀奈が間合いを取り合いながらも、切先と矛先が合わせる。

刃が当たる度に、鋼がぶつかり合い、鋼同士をジャリッと引っ掛けるような独特の音が掻き鳴らされる。

 

 

 

「おおっ‼︎」

 

「っ! なるほど……前よりかは力が増しているな……!」

 

 

 

鍔迫り合いの状態で、初めは拮抗していた一夏とラウラだが、徐々にラウラからの力が上がっているのを感じていた。

 

 

「ふふっ、言っただろう……私の、シュバルツェア・レーゲンの力を見せると! 貴様を潰すと‼︎」

 

 

 

言葉の一つ一つに力が込められているかのように、更に力が上がっているのを感じた。

よく見ると、脚の開き方、腰の位置、重心の位置、腕の力の伝え方……それら一つ一つの使い方が、以前よりも効率よく行っている。

だからこそ、少ない動きでここまで力が出ているのだ。

 

 

 

「流石は現役軍人……。たがな、力比べに付き合う気は無いねッ!」

 

 

 

一夏は一度力を抜くと、雪華楼の刀身を寝かせて刃を滑らせ、左前方へと体を移す。ラウラは当然の如く前のめりの態勢へとなるが、咄嗟に左足を前に出して態勢を整え、一夏に再び斬りこもうとするが、既にそこに一夏の姿は無かった。

 

 

 

「っ?!」

 

「どこ見てる、後ろだ!」

 

「こ、のッ!」

 

 

 

背後からの声に反応し、手刀を振るうが、またしても一夏を捉えることができなかった。

当の一夏は、ラウラの周りを動き回り、完全に撹乱させるのが目的なのだ。

 

 

 

「くっ! ちょこまかと……! それにこれは……リボルバーイグニッションか!!!」

 

「流石代表候補生、やっぱり知ってるか……」

 

 

 

前に一夏が見せた技術。ダブルイグニッション・ブーストと同じ高等技術。《個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッション・ブースト)》。自身のISのブースターを、個別に操作することによって、連続したイグニッション・ブーストが可能になる。

 

 

 

「馬鹿な! 貴様の機体では、せいぜいダブルイグニッションぐらいしか使えないはず……!」

 

「ああ、らしいな。俺の白式はブースターが二つしか無いから、出来たとしても二回が限界だよ……。

でも、それに対応出来てないなら、二回しか出来ないとしても、同じだろ?」

 

「くっ、そぉぉぉッ!」

 

 

 

ダブルイグニッション、リボルバーイグニッションと機動系統における高等技術を、こうも繰り出されるとは思ってもみなかったラウラ。

技術としての熟練度や成功率は、まだまだ低いものの、ISに触れて、一年も満たない人間がこうも容易くやってのけるのは、正直異常もいいとこだ。

 

 

 

 

〜管制室〜

 

 

 

「織斑くん……いつの間にリボルバーまで覚えたんですか?!」

 

「何、更識が執拗に叩き込んでいたからな……だが、それでもまだ粗いな……」

 

 

 

管制室にて試合を観戦していた千冬と真耶。

一夏の見せた機動系統スキルに、驚きを隠せない真耶。元日本代表候補生である真耶や日本代表の千冬ならば言わずとも分かっているが、一夏はとんでもない事をやってのけでいるのだ。

 

 

 

「そ、そうですけど! リボルバーはともかく、ダブルまで習得しているんですよ?! 私でも出来ないのに……」

 

「いや、山田先生は射撃戦闘型ですよ? 別に出来なくても問題は……」

 

「先生としての威厳がぁぁ……」

 

「…………真耶、今度何か奢ってやる……」

 

「織斑先生ぇぇ……」

 

 

生徒が成長してくれるのは、教師としては嬉しい事なのだが、実際に目のあたりしてしまうとどうしてもヘコむ。

自分が教える立場であるのに、教師が出来なくて生徒が出来ると言うのこ事実は、真耶の心を刺し貫いた事だろう……。

千冬の優しさに、心打たれる真耶であった。

 

 

 

 

〜アリーナ観客席〜

 

「一夏……凄い!」

 

「あいつ……いつの間にあんなのを……」

 

「たぶんカタナちゃんの指導の賜物ね……。それに、チナツくんもそれについていったって事だよ」

 

「でもあれって、普通のIS操縦者じゃ出来ない技術なんだよ? 僕だってまだ出来ないし……」

 

 

試合を観戦していた四人。簪、和人、明日奈、シャルロット。一夏の新技を見て各々が驚いていた、その時だった。

 

 

「あっちゃ〜……もう始まってるじゃん!」

 

「仕方ありませんわ。検査が少し長引いてしまいましたもの……」

 

 

 

和人達が座っていた席の後方で、聞き覚えのある声が聞こえ、和人達は振り向く。

 

 

 

「鈴、セシリア!」

 

「二人とも、寝てなくて大丈夫なの?!」

 

 

和人と明日奈が二人に声をかけ、自分たちの隣りの席に座らせる。

 

 

「ええ、もう検査は終わりましたので、問題ないと先生から言われましたわ」

 

「それに、おちおち寝ても入らせないからねぇ……あいつ、ちゃんとやってんのかしら?」

 

 

 

鈴が向ける視線の先は、もちろん一夏だ。

今現在、ラウラの周りを超高速移動を行い、ラウラを撹乱していた。

 

 

「って、なによあれ! もしかしてあれって……」

 

「リボルバーイグニッション‼︎ 一夏さん、ダブルイグニッションだけじゃなかったんですの!?」

 

「いや、それがね……」

 

「一夏……化け物だったみたい……」

 

 

 

シャルロットと簪の目がマジだったのには、セシリアも鈴も驚いていた。

 

 

「くっそぉー、俺もカタナに習おうかな……」

 

「もう、変なところ負けず嫌いなんだからー、キリトくんは……」

 

「習おうと思ってホイホイ出来るもんじゃないんだけどねぇ……あれ」

 

「わたくし達代表候補生の立つ瀬がありませんわ……」

 

 

 

そんな調子の和人にも呆れつつ、視線はもう一つのペアへ。

 

 

 

 

「もう終わりかしら? まだまだ序の口なのだけど?」

 

「くっ! なんの! はあぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

刀奈の華麗な槍捌きを前に、苦戦を強いられている箒。

序盤は箒が先制をかける形で始まったものの、徐々に分が悪くなっていき、刀奈に押され始めていた。

 

 

「はあぁぁぁぁ!!!」

 

「ふっ!」

 

 

 

迫り来る箒の上段。

刀奈はそれを槍の中腹の部分で受けると、流れるような動作で龍牙をくるっと回す。矛先で刀を弾くと、今度は右腕を軸に槍を回転させ、がら空きとなった箒の懐に一撃を見舞う。

 

 

 

「があっ!」

 

「まだよ!」

 

「っ!」

 

 

 

今の一撃で少し後退した箒を追随する形で、もう一撃放つ。だが、今度はそれに反応し、矛先を刀の刃で滑らせ、直撃を免れる箒だったが、それで終わる刀奈では無い。

一撃一撃でダメならばと、今度は高速の連続突きで箒を翻弄する。

箒も箒で、迫り来る高速の突きを辛うじていなしていくが、それでもあまりの手数の多さに圧倒され、小さいがダメージを負っていく。

 

 

「くっ! このままでは……!」

 

「はあっ!」

 

「っ!」

 

 

 

一瞬の気の緩みを突かれ、体の回転を利用した一撃《フェイタル・スラント》が箒の胸……正確には心臓部に向かって放たれる。

翡翠のライトエフェクトは、そのままスピードを緩めることなく、がら空き状態の箒の胸に突き刺さった。

 

 

 

「があっはっ!!!」

 

 

 

深々と入ったその一撃によって、箒の打鉄はシールドエネルギーを消滅させられ、行動不能となってしまった。

関節部分からは煙が吹き上がり、徐々に体が重くなっていく感じを、箒は全身で感じた。

刀の切っ先を地面に突き刺し、両手で柄頭を握る。

 

 

 

「くっ………ここまでか……!」

 

「まぁ、他の子に比べれば、箒ちゃんは大したものよ……。

ただやっぱり、実戦経験の無さが勝負の決め手ね。篠ノ之流剣術を修めていても、対人戦の経験が不足しているから、要所要所で防げてない……」

 

「っ…………」

 

 

 

刀奈の言葉は最もで、箒は何も反論出来ない。

いや、反論するつもりは無かった……。現役の国家代表であり、生徒会長である刀奈に手も足も出ないのは分かっていた……。

だが、こうもあっさりと負けてしまうと、流石に分かっていたとはいえ、気持ちが沈む。

 

 

 

「箒ちゃん。ISも剣術も同じよ……乗れば乗るほどにISが理解するように、剣術だって相手との対戦で、会得出来るものがあるの。

それが見つけ出せれば、あなたは今よりもっと強くなるわ」

 

「…………はい。ありがとうございました、楯無さん。完全に私の負けです……」

 

「そう、畏まらなくていいのよ? あなたはまだまだ見込みがあるんだから……。

今度、チナツと一緒に訓練しましょ? もちろん、箒ちゃんがよければだけど」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

箒の表情は、未だにあまりよく晴れてはいなかったが、それでもその目に映っていたやる気に満ちた光のような物は、確かに刀奈に届いていた。

そして、二人の視線は未だ鳴り響いている剣戟の音のする方へ……。

 

 

「チッ! まさかここまでとは……!」

 

「はあぁぁぁッ!」

 

「っ!」

 

 

 

 

ラウラの背後をとった一夏。

そこから袈裟斬りに一撃。咄嗟に判断したラウラは、両腕の手刀で受け止める。

 

 

 

「くっ……この私が……! この様な雑魚にッ! はあぁぁっ!」

 

 

 

 

一旦一夏を振り払い、ラウラは左手で眼帯を外す。

ラウラの部隊『シュバルツェ・ハーゼ』の隊員及びラウラ自身も保有している目……『オーダン・ヴォージェ』。

その正体は、簡潔に言うと『擬似ハイパーセンサー』だ。両眼を晒した今のラウラは、一夏の動きをしっかりと捉えることが出来る。故に、まだ未完成なリボルバーも封じられた……。だが、それで怯む一夏では無い。

 

 

 

「貴様は潰す! その姿! 一片たりとも残しはしない‼︎」

 

 

 

ガシャッ! という重量音が響く。

シュバルツァー・レーゲンの主砲であるリボルバーカノンが、一夏に砲口を向ける。

その大きな砲口から放たれた砲弾。そして、それを追う様に射出されたワイヤーブレード4本。

そして、ワイヤーブレードの射出と同時に動き出すラウラ。両手には展開したプラズマ手刀。完全な攻撃態勢だった。

 

 

 

「おおぉぉぉぉっーーー!!!」

 

 

 

しかし、一夏の咆哮とともに斬り裂かれた砲弾が、後方で爆発し、射出されたワイヤーブレードを一夏は躱し、ブレードの部分を断ち切り、迫り来るラウラに向かってイグニッション・ブースト。

一気にラウラの懐へと入る。

 

 

 

「くそっ!」

 

「逃がすかっ!」

 

 

迫り来る白閃。

ラウラの目に映る左から右へと流れる剣閃の軌道が、まっすぐラウラの首筋に向かう。

咄嗟に判断し、右の手刀でいなすも、今度は逆手に持った状態からの右薙。間髪入れずに放たれる剣撃は、ラウラの胴を斬る。

反射的に半歩下がったおかげで、大きなダメージには至らなかったものの、必然的にラウラが後退する形になる。

 

 

 

「この……っ!」

 

「どうした? 俺を潰すんじゃなかったのかよ!」

 

「黙れ! この虫けらがっ!」

 

 

今度はラウラが仕掛ける。

右から左、左から右へと絶え間なく放つ手刀の連撃。

軍隊式の格闘術とナイフ捌きを取り入れているのだろう……。その動きには一切の無駄がなく、一般人ならば容易く倒せていただろう……。が、しかしーーー

 

 

 

 

(くそっ! なんなんだこいつは……!)

 

 

 

オーダン・ヴォージェを解放しているラウラには見えていた。自身の攻撃の動きと合わせる様に、一夏の剣もまた、同じ速さで打ち合っている事に。

 

 

 

(手数ではこちらが上……現役の軍人達ですら倒した私のナイフ捌きが、こうも通じぬものなのか……!?)

 

 

 

攻撃の手は緩めない。だが、それでもまだまだ食らいついてくる一夏の姿が……目が、ラウラの心を揺さぶる。

 

 

「どうしたよ……剣の勝負ならいくらでも付き合ってやるぜ? 見せてみろよ、お前の本気をーーー‼︎」

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

突如、ラウラが動きを変え、右手をかざす。

その行動を取るときに発生する技は一つ。それは一夏も分かっている。

 

 

 

(ーーーAICか!)

 

「これでぇぇ!!!」

 

 

 

右手と相手である一夏に意識を集中する。

そこから発せられ透明と波動……シュバルツェア・レーゲンに搭載されている第三世代兵器である『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』通称AIC。

それで一夏の動きを止め、リボルバーカノンでとどめを刺すつもりだった……が。

 

 

 

「悪いが……それも読めてたよ……」

 

 

 

ガシャンっ‼︎

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

かざした右手に走った衝撃。そして、砕け散ったプラズマ手刀を展開していた展開部分。

それを破壊した黄色のライトエフェクトを纏った刀身とその刀身に当てられた左の拳。

 

 

 

「龍翔閃ーーー!!!」

 

 

 

AICが発動する0コンマ数秒という時間の中で、一夏の放った剣撃の方が、速さでは上回ったのだ。

一夏はそのまま飛翔し、両手で握った雪華楼でラウラの頭上から斬りつける。

破壊された右の手刀はもう展開出来ず、咄嗟に取れた行動は、せめて右腕の装甲のみで受けきるだけだった。

 

 

 

「ぐぅ!!!」

 

 

見た目以上に重くのしかかる剣撃。受け衝撃に耐えきれず後ろへと後ずさる。

 

 

「はあ……はあ……」

 

「さて、もうそろそろ終わらせようぜ」

 

「くっ!」

 

 

一夏はゆっくりと刀を持ち上げると、両手で握り、体の中央で構える。

剣術の基本の構えの一つである正眼の構えだ。

 

 

 

「こいつで最後だ……‼︎」

 

 

 

今までにない気迫のこもった剣気をぶつけられる。

その言葉通り、一撃で決めにくるようだった。

 

 

 

(どう攻めてくる……! 上か、下からか……それともカウンターで横から……)

 

 

ラウラは考える。今までの一夏の剣を見る限り、どれもが相手を一撃で斬り刻む事が出来るものだった。

故に、その予測が間違ったときには、確実にやられる。

 

 

 

「行くぜーーー!!!」

 

 

雪華楼の刀身が蒼光に包まれる。

ソードスキル特有のライトエフェクト。

ラウラもそれに伴い、行動に移る。

 

 

(あの光が灯っている間は、身動きが取れないはず! ならば、オーダン・ヴォージェで見てから判断してからでも充分殺れる!!!)

 

 

 

ラウラが狙うのは、いわゆるカウンターだ。

ソードスキルはその使用後に起こる硬直もそうだが、スキルを使っている間は、他の行動が取れない。

ラウラはオーダン・ヴォージェを使い、スキル発動と同時に一夏の隙をついて倒そうと考えていた……。

オーダン・ヴォージェによる視界には、一夏の動きがスローモーションで見えている。

ならば、ラウラのとった行動は間違いではない……そのはずだったが……。

 

 

 

(な……ば、馬鹿な……! これは……!?)

 

 

 

オーダン・ヴォージェに映る、一夏の剣閃。

その軌道によって、ラウラはカウンターを入れようと思っていた。色々やりようはあったのだが……。

 

 

( “躱す隙がない” ……だとッ!?)

 

 

 

ラウラの左目に映るのは、ラウラに迫り来る “九つの斬撃” だった……!

 

 

 

「くっ!」

 

「九頭龍閃ーーーッ!!!」

 

 

 

見開かられラウラの目。神速で放たれる斬撃。その九つの斬撃は、確実にラウラを斬り裂いていった。

 

 

 

「ッーーー!!!?」

 

 

 

言葉すら発せられず、吹き飛ばされたラウラは、アリーナの外壁に叩きつけられ、その場に倒れた。

九つの斬撃全てをくらい、シュバルツェア・レーゲンのシールドエネルギーは残り100を切っていた。

 

 

 

 

〜管制室〜

 

 

 

「今の……織斑くんは……一体何を?」

 

 

 

真耶の言葉に、管制室内は騒然としていた。

システムを調整していた生徒と教師。そして真耶自身と一夏の姉である千冬も例外無くだ。

 

 

「今のは剣術……なんですよね?」

 

「あぁ……。それも破格の大技だろうな……山田先生、今の斬撃、何回に見えましたか?」

 

「えっ? ええっと……四? それか五回?」

 

 

真耶の答えに千冬は首を横に振る。

 

 

 

「正解は、九回です」

 

「九!?」

 

 

千冬の言葉に、今度こそ黙り込んでしまった……。

 

 

 

 

 

〜アリーナ観客席〜

 

 

 

「何……今の?」

 

「一体、一夏さんは何を……」

 

「剣技……でも……」

 

「一瞬で、ボーデヴィッヒさんを……!」

 

 

鈴、セシリア、簪、シャルロット。各々が言葉を発し、唖然としている中、和人と明日奈は落ち着いた様子だった。

 

 

「決まったな、九頭龍閃」

 

「うん。今の状況で、チナツくんが決めに来るなら、あれしかないと思ってた」

 

「二人とも、あれがなんなのか知ってるの?!」

 

 

その質問をしたのは鈴だった。幼馴染である一夏は、自分の知らない間に、一種の化け物になっていたのだから当然だ。

そして、それは鈴以外のメンバーも同じ。

刀一本で、あそこまでの技を出せる一夏もそうだが、あの剣技のことも気になっていた。

 

 

 

「あれは、チナツが使うドラグーンアーツの最上級スキルだ……。元々チナツが使うユニークスキルの本質は抜刀術……ドラグーンアーツは抜刀術という特殊な型に特化したスキルの不利を補う為に備え付けられてるサブスキルなんだ……」

 

「ドラグーンアーツは硬直が短過ぎる分、与えるダメージが通常のスキルよりも少ない。でも、急所を斬られたり、元より即死してしまうような箇所を斬られれば、その分のダメージを負わす事も出来る……そこまでは、鈴ちゃんとセシリアちゃんは知ってるよね?」

 

 

 

明日奈の言葉に鈴とセシリアは頷き、今しがたその説明を聞かされたシャルロットと簪もまた、和人と明日奈の言葉に耳を傾ける。

 

 

「そして、チナツの戦闘スタイルは高速移動歩法『神速』を旨とする神速剣……。

ドラグーンアーツ……抜刀術スキルを会得出来たのはそれが由縁なんだ」

 

「そして、あれがドラグーンアーツの最上級スキル『九頭龍閃』。神速を最大限に活用した、九撃必殺のスキル」

 

「「「「きゅ、九撃!!?」」」」

 

 

 

四人の声が、綺麗にハモって観客席に響いた。

 

 

 

〜アリーナ中央〜

 

 

 

一夏の決めた大技を、少し離れた場所で眺めていた二人。

刀奈と箒の二人だ。

当然の如く、箒も箒で一夏の使った剣技に驚き、その正体を刀奈に問いかけていた。

 

 

「あの剣技は……」

 

「ドラグーンアーツ最上級スキル『九頭龍閃』。チナツが最も得意とする技よ」

 

「今のは……一体何連撃だったんですか…?」

 

「名前の通り、九連撃。箒ちゃん、剣術の技の共通点が何かわかる?」

 

「剣術の共通点……ですか? ん……」

 

 

 

箒は考えた後に、答えた。

 

 

「構え……ですか?」

 

「ほう……その心は?」

 

「どの流派の剣術も、構えはどれも基本的には同じ筈です……基本の『五行の構え』」

 

「うん、いいセンだけど違うわ。他には?」

 

「他には……はっ!」

 

 

 

構え……または防御の型以外の共通点とした時、箒は気付いた。

 

 

「もしかして、斬撃……『斬り方』ですか?」

 

「うん♪ 正解♪」

 

 

 

どこから出したのか、いつの間にか右手に現れた扇子。いつも刀奈が持ち歩いているもので、パッと開かれたそこには、『お見事!』と達筆な字で書かれている。

 

 

 

「その通り。剣術に基本の斬撃は、九つ。上段唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、右薙、左薙、右切り上げ、左切り上げ、下段逆風、そして刺突の九つ……。

どの流派の剣術も、この九つの斬撃以外には無く、また自然や防御の型もこれに対応したものになる……けれど」

 

 

今度はパシィン! と扇子をたたむ。

 

 

「神速を最大限に引き出して、九つの斬撃を一気に放つ破格の大技……それが九頭龍閃なの」

 

「九連撃を一気に、ですか!?」

 

「ええ。故に、防御も回避も不可能の技なの……」

 

「そんな技を……一夏、お前と言う奴は……」

 

 

 

視線は再び一夏に戻る。

当の一夏は、放った大技で吹き飛ばされたラウラを見ていた。曲がりなりにもドラグーンアーツの最大の技を放ったのだ……無事でいられる筈が無い。

そして、当のラウラはと言うと……。

 

 

 

 

(負けるのか……この私が……!)

 

 

 

霞んでいる視界に、倒すべき相手の姿が映る。

だが、そんな目的も、一瞬で砕かれてしまった。

 

 

 

(教官に汚点を残した奴を……倒すと誓った! だが……何故だ!)

 

 

千冬に憧れ、力を求め、専用機を手に入れ、代表候補生になり、軍のIS部隊で隊長にも就任した。

たが……。

 

 

(負けられない! 負けるわけにはいかない! 私は負けてはならないッ!!!!)

 

 

 

更なる力を求めた。

 

 

 

 

ーーー願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力をを欲するか……?

 

 

 

声が聞こえて来た……それも、自分が欲しいものを求めるかと聞いてくる。

そして、ラウラは答えた……。

 

 

 

ーーーよこせ! 力を! 比類なき最強を、唯一無二の絶対を……私によこせッ!!!!

 

 

 

Damage Level……D

Mind Condition……Uplift

Certification……Clear

 

 

《Valkyrie Trace System》……BOOTーーー‼︎

 

 

 

 

 

「くううっ! うわあぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 





どうでしたか?
次回は、決着と和解をやっていきます!


感想よろしくお願いします!



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第20話 一閃



やっと書き終わったぜ!


今回は、決着です。


「くうっ、うわあぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

会場内に響いたラウラの絶叫。

そして、そのラウラの専用機であるシュバルツェア・レーゲンは、大量の紫電を発生させていた。

 

 

 

「っ…………なんだ……」

 

 

 

なんだ……その一言に尽きる。

一夏が放った九頭龍閃のダメージを受け、倒れていたラウラの変貌に、技を放った一夏自身も驚いていた。

だが、それも束の間……。いきなりラウラの絶叫が止むかと思いきや、今度は専用機のほうに変化が起きた。

 

 

 

 

「ううっああっ! うわあぁぁぁ!!!」

 

 

 

更に苦しむラウラ。そして、その専用機であるシュバルツェア・レーゲンは、その形を保てないまま、ドロドロに溶けていき、形無き鉄塊へと変わっていく。

その鉄塊は、ラウラの肢体にまとわり付き、やがてラウラすらも飲み込んでしまった。

 

 

 

「……ぁ……あぁ……」

 

 

言葉が出ない。呆然と立ち尽くす一夏……いや、一夏だけではなく、刀奈も、箒も、そして、観客席で見ていた生徒及び教員すらも、ただ呆然と見ている事しか出来なかった。

やがて、ラウラを飲み込んだその鉄塊は、形を整えていく。だが、元のレーゲンの形ではない。装甲は薄く、まるで “侍の鎧” のような形になっていき、その手には、“ある刀” が握られていた。

 

 

 

「まさか……! あれは……」

 

 

 

その姿には、見覚えがある。

それは一夏にとって、いや、全世界の人間にとって、象徴的な存在の人物が用いた武具……。

全身が真っ黒な装甲……真っ黒な刀。だが、その機体と、その機体を身に纏っている人型は、見間違うはずのないものだった。

 

 

 

 

「雪片……っ‼︎ 馬鹿な、じゃあ、あれは……暮桜なのか……!?」

 

 

 

 

その刀の銘は、雪片。そして、それを扱える人物は、一夏を除いてただ一人。

その武器一本で、世界の強者達を斬り伏せ、頂点に立った人物……他ならない、一夏の姉の千冬だ。

そして、その武器である雪片も持つ機体は、一夏の白式ともう一つ。その千冬が、現役時代に使っていた専用機。後に訓練機の打鉄のベースとなったそのフォルムは、紛れも無い、《暮桜》のものだった。

 

 

 

「ーーーーッ!」

 

「はっ!」

 

 

 

 

暮桜擬きは周囲を見回して、一夏の姿を捉えると、構えたのと同時に即座に斬り込んで来た。

一夏はそれに反応し、雪片を雪華楼で受ける。が、先ほどとはまるで別人のようなパワーとスペックの斬撃に、一夏の表情が曇る。

 

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

 

鍔迫り合いへと持ち込んでみて、初めてわかったこと。

それは、剣の軌道、捌き方、身のこなし……その全てが、千冬のものと同じだったという事。

 

 

 

「くそったれ……!!!」

 

 

雪華楼を振り切り、一度暮桜擬きを突き放した一夏。まともに正面からやりあったのでは、パワーで劣る自分に不利だと思ったからだ。

 

 

 

(一度距離をおいて、神速でーーー)

 

 

 

だが、一夏の考えが通る事はなかった。何故なら、暮桜擬きと離したはずの距離が既に無かったからだ。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「ーーーーッ」

 

 

 

暮桜擬きは一気近づくと、下段から一夏の首筋めがけて一閃。迷いの無い剣閃を見舞う。

 

 

 

「うおっ!?」

 

 

 

だが、一夏とてただ殺られようとはしない。

咄嗟に体勢を後ろへ反らし、顎を上げる事によって、紙一重で斬撃を躱す。

が、それで終わる暮桜擬きでは無かった。

今度は、そのまま左薙に一閃。これを一夏は、体を屈めて避ける。

そこからの上段唐竹に剣を振るう。

これは避けきれないと判断した一夏は、雪華楼で受け止める。

その剣撃を受け止めた瞬間、とてつも無い衝撃が、一夏の体を襲った。

一夏が立っている地面には、今の衝撃で罅が入り、一夏の足も、そのせいで若干埋まってしまった。

 

 

 

「くっ……ッ! なんなんだ、こいつは……っ‼︎」

 

 

 

ジリジリと雪片の刀身が近づいてくる。

もしもその刀……雪片の能力までも同じだったとしたら……。

 

 

 

(バリアー無効化が実装されていたとしたら……一発貰っただけで殺られる……‼︎)

 

 

 

攻め斬られると思った時、真横から真っ赤な斬光が閃く。

その衝撃によって、暮桜擬きは吹き飛ばされるも、すぐに体勢を整えては、正眼に構える。

そして、真横からきた斬光を放った者……それはもう一人しかいなかった。

 

 

 

 

「カタナ……!」

 

「何してるの? 言いように攻められちゃって……」

 

 

暮桜擬きが吹き飛ばされたと同時に、一気に脱力感が襲った為、片膝をついていた一夏。

そこにサッと自然な流れで左手を差し出す刀奈。

 

 

 

「悪い……いきなりだったんでな……それに……」

 

 

キッ、と暮桜擬きを睨む一夏。

そんな一夏の顔からは怒りの色が見えていた。

 

 

「少し落ち着きなさい……。ここで熱くなったら負けよ」

 

「あぁ、わかってるよ。でも、やっぱりこれとそれとは別問題なんだよ……‼︎」

 

 

 

一夏が許せない理由……それはなんと言ってもその姿、その剣技……全てが千冬のものと同じであるという事。

しかし、奴は千冬本人ではない。ただの偽物、ただ動きを模倣して、意志なく刀を振り回しているだけの存在。

そんな者に、自身の憧れの剣を汚されてしまっている事に、一夏は大いに怒っていたのだ。

 

 

 

「あいつ……! 千冬姉と同じ居合い、同じ剣技を使いやがった……! あれは、千冬姉だけの物なんだ! あの剣は……あんな出来損ないの、錆びついた剣じゃない!」

 

「…………」

 

 

 

一夏の気持ちは分かっている。

長い間一緒に暮らし、気持ちを打ち明け合い、それが通じ、愛し合った。

だからこそ、一夏が何に苛立っていたのかくらい分かる。自身の憧れである千冬の剣を見てきた一夏にとって、それはとても綺麗なものだったはずだ。

だが、目の前にいるのは、同じく千冬に憧れを抱いているラウラであるのにもかかわらず、だだの見様見真似で放たれた千冬の剣を振るう偽物。

その剣技に意志はない。ただ殺す為の剣。そこに自身の心内があるわけではないのだ。

だからこそ、許せないのだ……大切なものを汚されているようで……。

 

 

 

「チナツ……あなたが、織斑先生にどれほど憧れていたか、それは痛いほどよくわかっているわ……。

でもね、だからこそだと思うのよ……。ラウラちゃんも、織斑先生に憧れ、強くなろうとした……その心内が、あの姿なんだと思う……」

 

「それはつまり……あいつの願望、あいつが望んだ姿が、アレだって言うのか?」

 

「ええ、そうね。ヴァルキリー・トレース・システム……アラスカ条約で禁止されている禁忌のシステム。

あれは十中八九それね。そして、ラウラちゃんはあなたに負けて、より力を求めた……その結果があれ……。

力を求め、なりたいと思った願望……それが織斑先生だった……」

 

 

 

その言葉、以前自分が千冬自身に話した事だった。

自分も “千冬のようになりたい” と思い、無理をして人を救おうとした結果、何も守れなかった……。

今度は、それをラウラがやっているのだ。 “千冬になりたい” と願った事で、自分自身を消し、偽りの千冬を生み出した。

 

 

 

「それが本当なら、全くもって酷い話だな……まるで古い鏡を見せられているみたいだ……」

 

「全くよ。私がどれだけ今のチナツに変えたか……本当に大変だったんだからね」

 

「わ、悪かったよ……。でも、ありがとう。カタナがいたから、俺は変われたんだ……。

だから、今度は俺が、あいつの目を覚まさせないとな……‼︎」

 

「あなたに全てを押し付けたりはしないわよ。私は生徒会長、生徒達の長。だったら、私にだってラウラちゃんを止める義務があるんだもの……」

 

「そっか……じゃあ行こう……! 二人で!」

 

「ええ、行きましょう!」

 

 

 

刀奈の右手には、既に展開済みの紅い長槍《龍牙》が展開されている。

そして、今度は左手をかざす……。すると、量子が収束し、新たな長槍が現れる。

 

 

 

「《煌焔》ッ!」

 

 

 

同じ紅い長槍なのだが、所々の細部が龍牙と異なる長槍《煌焔》を展開し、ニ槍を自由自在に振り回す。

左手に展開し煌焔の槍先を暮桜擬きに向け、右脚を引き、中腰の姿勢。右手の龍牙は地面と水平になるように腕を伸ばして構える。

SAO時代、数少ないユニークスキル持ちであり、和人の〈二刀流〉同様に手数で敵を圧倒する攻撃的スキルの一つ、刀奈をカタナたらしめたユニークスキル〈二槍流〉。

元来槍を片手で扱った者がいないために、刀奈の存在は、SAOにおいて貴重なものとなっていた。

左右で槍を振るう規格外のプレイヤー。二刀流同様に、洗練された者にしか習得出来ないスキルだ。

 

 

 

 

「久しぶりだな。カタナの〈二槍流〉……」

 

「ここで出し惜しみはないでしょう? それに、チナツの “奥義” は、流石に使えないでしょうし……」

 

「あぁ……アレを使ったら、“ラウラを殺しかねない” からな……」

 

 

 

 

チナツの奥義……SAOでもたった二回しか使った事のないスキル。その二回もフロアボスという超が付くほどの強力なボスモンスター相手にしか使わなかった……。

だが、逆を言えば、それだけに “強力過ぎる” 為に使うわけにはいかない。

 

 

 

 

「さてと、あいつの剣は、偽物でも千冬姉の剣だ……。あいつは俺が止めるから、カタナはあいつの隙を突いてくれ」

 

「オーケー! それじゃあ、行くわよ!!!」

 

 

 

一夏が駆け出す。それに対抗して暮桜擬きも動く。

上段から振り下ろされる雪片を躱し、一夏は暮桜擬きに対して龍巻閃で対抗。

暮桜擬きはこれに反応し、素早く雪片を返してこの剣撃を受け止める。

カンッ! という甲高い鳴り響く。

だが、受け止めた後、力尽くで一夏を引き離す暮桜擬き。だが、間髪入れずに紅い二槍が暮桜擬きに迫る。

 

 

 

「《ダブル・スピアーズ》!!!」

 

 

鋭い突きが炸裂する。

が、咄嗟に判断し、暮桜擬きは雪片で防ぐ。

そのあとは雪片を振るい、刀奈を攻めていくが、左右の槍を巧みに扱い、追撃を防ぐ。

二槍による刀奈が作り出す防御結界。二槍の間合いに入った攻撃を弾いていく。

 

 

 

「ーーーーッ!」

 

「甘いッ!」

 

 

 

雪片の突きを右の龍牙の突きで弾き、逸らす。ガラ空きになった暮桜擬きの頭部に左の煌焔で左から薙ぎ払う。

刃の部分が暮桜擬きの頭部を斬り裂くかと思ったが、あろうことか暮桜擬きは空いた左手で槍を掴む。

 

 

 

「くっ!」

 

「ーーーーッ!」

 

 

 

雪片が刀奈を襲う。

が、その刀身が刀奈を斬る事は無かった……。何故なら、それを阻むかのごとく、“水” が纏わり付いていたからだ。

 

 

 

「ーーッ!?」

 

「カタナ!!!」

 

「っ!」

 

 

一夏が斬り込む。鋭い剣撃が、暮桜擬きの胴を斬り裂く。

強固に纏わり付いた暮桜擬きの装甲の一部が剥がれるも、まだ怯まない。

一度距離を取り、再び剣を向ける。

 

 

 

「くっそ! 装甲硬すぎるだろ!」

 

「反応速度もただのコピーにしては速いわね……二人で攻めるわよ。私とあなたの手数だったら、必ずこじ開けられるわ」

 

 

 

 

一夏と刀奈が構える。それに応じ、暮桜擬きは下段に構える。

刀奈は先程と同じ構えを取り、一夏は切っ先を向けた状態で、八相の構えを取る。

睨み合いも一瞬。相互が駆け出して、衝突する。

その衝突によって、激しい衝撃波がアリーナ内を襲う。

 

 

 

 

「…………凄い……」

 

 

 

 

そう発したのは、打鉄を外し、その場に立ち尽くしていた箒だった。

刀奈にやられた後、一夏とラウラの戦いを見ていた。そして、暴走したラウラが、暮桜擬きと変化した時、咄嗟に戦おうとしたが、すぐに止めた。

その理由は、ISがない事と、刀奈に止められたからだ。

たとえ打鉄が稼働可能な状況にあったとしても、刀奈は止めただろう……。その時は思いもしなかったが、今の戦闘を見るからに、自分の入る余地がないと、箒は悟ってしまった……。

 

 

 

(何故、何故私はここに立っているんだ……私にだって、何かできる事があったはず……なのに……!)

 

 

 

歯を食いしばり、拳を強く握る。

 

 

 

(……っ! 次元が違い過ぎる……‼︎ たとえ打鉄が稼働できたとしても……私は……)

 

 

 

箒とて剣を習い、精進している身だ。

剣道でも、全国大会で優勝できるほどの実力を身につけた……。だが、今目の前で行われている戦闘を見て、正直、絶句した。

次元が違い過ぎる……。自分が歩んできた道だって、そう簡単な道のりでは無かった……だが、目の前の二人の戦闘を見るに、自分のやってきた事がまるで子供の遊びだったのではないかと思ってしまうようだった。

自分も、一夏の隣で戦えると思った。だが、果たしてそうだろうか……。

考えるのと同時に、改めて知らされた……。

一夏と刀奈、また、和人と明日奈は、自分の遥か先を歩んでいると……。

 

 

「私は……」

 

 

苦痛に満ちた箒の言葉は、激しい剣戟の音で掻き消された。

 

 

 

 

 

〜管制室内〜

 

 

 

「山田先生、突入部隊の状況は?」

 

「各員、準備出来てます……いつでも突入出来ますが……」

 

「ん……どうした?」

 

 

 

映像で確認していた真耶は、一旦言葉を切って、再び千冬に向き直って話す。

 

 

 

「これは……突入したところで、二人の邪魔をするんじゃあ……」

 

「ん……」

 

 

真耶の言う事は、冗談ではなく本気だった。

突入したところで、今行っている戦闘に支障をきたさないか……いきなりの突入で戦況が変わり、犠牲が出ないか……それを心配していた。

どうやら千冬も同じだったらしく、言葉に詰まっていた。

 

 

 

「だが、突入しないわけにはいかないだろう……いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。いくらあいつらが、他の代表候補生を凌駕し、圧倒できると言っても、あいつらは生徒だ。

我々教師が守らなくてはならない存在だ……。生徒たちを信じた……なんて聞こえの良い言葉だが、そんなのはただの偽善だ」

 

 

 

鋭い目つきでモニターを睨む。

弟である一夏と教え子であるラウラ……。その二人が戦うのだから、何かが起こるかもしれないと思っていたが……まさかこのような事態になるとは思ってもみなかった。

できる事なら、自分でこの事態を収めたいと思っているが、自分がここを動くわけにはいかないため、我慢している。

 

 

 

『織斑先生』

 

「ん?」

 

 

 

 

通信が入り、別のモニターにその発した人物の映像が映し出された。そのモニターには、突入部隊が待機しているゲート内の映像。

だが、そこから聞こえてきたのは、教師の声ではなく、“男子生徒” の声だ。

 

 

 

 

「何故お前たちがそこにいる。桐ヶ谷、結城」

 

 

 

教師部隊の中に、IS学園の制服を着た生徒が二人。

和人と明日奈が、突入部隊の教師たちと一緒に居たのだ。

生徒達の避難は完了したとの報告を事前に受けていたために、まさか居るとは思っていなかった。

 

 

 

 

『俺たちも突入部隊として中に入ります。許可をいただけませんか?』

 

「何をいっている……。お前達は生徒だ。生徒は避難をするよう指示が出ていたはずだが?」

 

『すみません……分かっていて無視しました。この状況を打破するには、二人だけでも充分だとも思いましたが、念のため、私たちも突入して、チナツくんたちのサポートに入ります』

 

「結城、貴様まで何を言っているんだ。お前達の出る幕は無い。早々に避難場所まで行って待機していろ!」

 

『ですが、今のままじゃ二人とボーデヴィッヒさんを危険に晒すと思います!』

 

「どういうことだ?」

 

 

和人の発言に疑問を持った千冬。

 

 

 

『このまま行けば、確かに数が多いチナツたちの有利かも知れません……でも、囚われているラウラの状態もそうですし、何より “ラウラを生かしたまま” 事を収めようとするには、かなりの神経を使う……!』

 

「っ?! お前は、織斑と更識が、ボーデヴィッヒを殺しかねないと……そういうのか?」

 

『チナツくんの技も、カタナちゃんの技も、私たちの技も……全て殺す為の技、でしたから……。

それに、相手も相当できるみたいですし、手加減ができる状態でも無いみたいです……だったら、より確実に、相手を衰弱させて、この状況を看破したほうが良いと思います!』

 

「…………」

 

 

 

一夏の剣技を見て、そして実際にその剣技と打ち合った。

一夏自身の身体は、まだ万全なものでは無かったが故に、軽くあしらえたが、今は違う。

万全も万全。完璧に整った状態で剣を振るっている。

ラウラともみ合っていたあの時に感じた一夏の殺気。それを乗せて放たれた剣技。手加減ができる相手では無いからこそ、最悪の場合がある……。

今戦っている二人も、モニターに写っている二人も、敵を屠る為に戦ってきた技を習得している。それなりに場数も踏んでいる。

そして何より重要な事は、一夏と刀奈が、“相手を殺す覚悟ができる人間” だという事だ。

一夏の話を聞く限り、一夏は相当な人、プレイヤーとの殺し合いをしてきた……そして刀奈の家の事情、家柄も、当然ながら千冬は知っている。裏に通じている暗部の家系……最悪の場合ターゲットの殺害命令も下る事があるくらいだ……それなりの訓練も施されているに違いない。

ならば、ここは明日奈の言う通りにしたほうが建設的だ。

それに、明日奈の眼を見て、その眼が、普段の彼女と明らかに違う事に気づく。

お淑やかな雰囲気漂う普段の眼が、今はどこか歴戦の戦士の様な雰囲気を戻っていた。

 

 

 

「……分かった。だが、何が起こるか分からん状況だ。一応、教師部隊も突入させる。鎮圧は、お前たちでやれ。

お前たちならば可能なのだろう?」

 

『『はい‼︎』』

 

「よろしい……では、桐ヶ谷、結城を含めた教師部隊は、即座に突入開始‼︎ 戦いには手を出さず、様子を見ろ。暴走機の動きに合わせて、臨機応変に対応しろ。いいな」

 

『『『了解!!!』』』

 

 

 

 

教師と和人、明日奈が返事をし、即座にISを展開。カタパルトデッキから一斉に飛び出していった。

 

 

 

 

 

〜アリーナ中央〜

 

 

 

激しい剣戟の音が鳴り響いていた。

二本の紅い長槍と純白の刀が素早く、鋭い攻撃を仕掛ける。それに応戦し、黒い長刀を振るう機体。

戦闘が始まってもうすぐ10分が経過するかと思った頃合い……その攻防は、激しさを増していた。

 

 

 

「おおぉぉぉ!!!」

 

「ーーーっ!!!!」

 

 

 

白と黒の刀が交錯する。

鋼がぶつかり合う音、そしてその時に散る火花。

一夏が斬り込めば、暮桜擬きもまた同じように斬り込む。

 

 

 

「龍巣閃・咬!!!」

 

 

一点集中型の乱撃技のスキルを放つも、これもまた暮桜擬きの雪片が同じ剣戟で返す。

 

 

 

「くっ! こいつ、学習してるのか?!」

 

 

 

暮桜擬きは、一夏と刀奈を相手にしながら、その動きについていってるのだ。

本来ありえない速度で一夏の剣の速さに追いつきつつあるのだ。

 

 

 

「チナツ、躱して!」

 

「っ!」

 

 

 

真後ろから刀奈の声が聞こえる。

それだけで一夏は動く。左斬り上げで雪片を打ち上げると、いきなりバク宙する。

その数秒後、翡翠のライトエフェクトに包まれた煌焔が暮桜擬きの腹部に突き刺さる。

槍スキルの単発刺突スキル《フェイタル・スラント》。

が、特に暮桜擬きは効いた様子もなく、飛ばされそうになった雪片を両手で掴むと、刀奈目掛けて思いっきり振り下ろす。

だが、刀奈もやられない。

振り下ろされた雪片の刀身を龍牙の槍先で沿わせて逸らし、雪片は空切って、地面に突き刺さる。

これは好機と刀奈は雪片を左足で踏んで、動きを止める。

前傾姿勢になっているため、ちょうど目の前に頭があるので、煌焔で横一閃。首元を斬り裂こうとするも、暮桜擬きは雪片から一旦手を離し、上体を反らせて躱した。

 

 

 

「っ!? なによその上手さ!」

 

 

 

コピーとは言え千冬の動きをトレースしている故に成せる技術なのか……。

結局空振り終わった刀奈の攻撃。

暮桜擬きはそこから、再び上体を戻して、刀奈に蹴りを入れる。刀奈は槍をクロスさせてこの蹴りをいなし、距離を取る。

 

 

 

「くうぅ〜〜。痺れるわね……にしても、着実に織斑先生の動きになってきてるわね……」

 

「あぁ、未だに攻撃を仕掛けないとあまり反応はしないけど、俺たちと打ち合うたびに剣捌きが良くなっている」

 

 

 

二人でどう攻めようか考えていた時、ふと声をかけられる。

 

 

 

「チナツ! カタナ!」

 

「二人とも無事?!」

 

「キリトさん、アスナさん……‼︎」

 

「二人とも! 来てくれたのね!」

 

 

 

一夏と刀奈の両サイドに降り立つ和人と明日奈。

 

 

 

 

「織斑先生から許可もらってきた……! 俺たちも一緒に行く。いいよな、チナツ?」

 

「キリトさん……」

 

「一人で抱え込むのは無し、だよ?」

 

「アスナさん……」

 

「チナツ、あなたは一人じゃない。私もいるから……」

 

「カタナ……」

 

 

 

 

ーーー……一人でなんでも抱え込むな。お前の周りには、お前のことを心配している者がたくさんいるんだ……周りの奴にもっと頼れーーー

 

 

 

 

 

ふと、千冬から言われた言葉を思い出した。

周りの人に頼れ……今がそのときなのかも知れないと、一夏は思った。

 

 

 

「それじゃあ、お願いします! キリトさん、アスナさん、カタナ……力を貸してくれ!」

 

「おお!」

「うん!」

「もちろん!」

 

 

 

 

四人が並ぶ。

それぞれの手には、愛用の武器を持って……。

黒の剣士、閃光、白の抜刀斎、二槍……あの世界に置いて、茅場 晶彦を除く最強の四人。

攻略組の中でも群を抜くその戦闘スキルの高さを有した四人が、再び出揃ったのだ。

 

 

 

「チナツとアスナで奴の動きを抑えてくれ。隙をついて、俺とカタナで押し切る」

 

「「「了解!!!」」」

 

 

 

 

和人の作戦に合意したところで、一夏と明日奈が動く。

閃光の二つ名を持つ明日奈と神速を持つ一夏。四人の中でも最速の二人が、先陣を切る。

 

 

 

「やあぁぁぁぁ!!!」

 

 

神速の刺突が暮桜擬きを襲う。

刺突一点に集中した明日奈の突きは、和人と一夏でも弾けない剣速を誇る。

暮桜擬きもなんとか捌いてはいる様だが、所々その剣先が装甲を抉り、傷をつけられる。

 

 

 

「チナツくん、スイッチ!」

 

「はい!」

 

 

 

明日奈が雪片を弾き、一旦離れる。

すかさず一夏が懐に入り、抜刀一閃。

 

 

 

「紫電、一閃ッ!!!」

 

 

 

真横に薙ぎはらうソードスキル。絶対防御が発動する。

だが、そんなもの御構い無しと言わんばかりに、体制を整えて、上段から振り下ろす暮桜擬き。

一夏はスキル使用後に起こる硬直からまだ抜け出せないため、動けない。

だが、一夏の顔に焦りはない。

その上を飛び越える機影に気づいたからだ。

 

 

 

 

「二槍流……《フレイム・レイン》っ‼︎」

 

 

 

両手の長槍が真紅に染まる。

そして放たれる、連続15回の高速刺突。二槍流スキルの技《フレイム・レイン》。

まさしく烈火の雨の如し……。

 

 

 

「キリト‼︎」

 

「オーライ!!!」

 

 

 

両手に持った白と黒の片手剣。その二振りの剣が、蒼穹に染まる。

そこから繰り出されるのは、左右の剣による連続16回攻撃のスキル……。

 

 

 

「《スターバースト・ストリーム》っ‼︎」

 

 

 

放たれる剣閃。縦横無尽に行き来する蒼穹のライトエフェクトが、暮桜擬きを斬り裂く。

 

 

 

 

「てぇ、やあああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

最後の一撃が、暮桜擬きに命中する。

すると、胸部から腹部にかけて、一本の筋が入る。

そこから、見覚えのある銀色の髪を発見し、やがてその銀髪の持ち主が姿をあらわす。

 

 

 

「ボーデヴィッヒさん!!!」

 

 

 

明日奈がすぐさま駆け寄り、落ちるラウラをキャッチし、その場を離れる。

これで一件落着……かと思ったが……。

 

 

 

「ーーーーーーっ‼︎」

 

「っ! キリトさん‼︎」

 

「っ!?」

 

 

 

斬り裂かれはずの暮桜擬きが再び雪片を手にする。

そして、一番近くにいた和人めがけて剣を振るう。

突然のことに明日奈たちも動けなかった……が、一夏が咄嗟に反応し、暮桜擬きと和人の間に割って入る。

振り下ろされる雪片の一撃を雪華楼で受けようとするが、

 

 

 

「ぬうぅ!? こ、れは……‼︎」

 

 

 

先ほどまでとは違い、格段にパワーが上がっていることに気づく。

そして、そのまま押し切られ、一夏と後ろにいた和人の二人が、勢いよく吹き飛ばされた。

 

 

 

「うわぁっ!」

「が、はっ!」

 

 

 

そして、先ほどの衝撃で雪華楼を手放してしまう。

 

 

 

「チナツ!」

「キリトくん!」

 

 

 

二人の下へと行こうとした瞬間、暮桜擬きから大量の紫電が吹き荒れる。

そのために、二人の下へと行くのを防がれた。

 

 

 

「くっ!これは……!」

 

「どうなってるの……? さらに暴走してるみたいだけど……」

 

「おそらく、核であるラウラちゃんを失ったことで、制御を仕切れてないのね……暴走してたっていうのに、更に暴走してるんじゃ始末に負えないわね……」

 

「キリトくん……チナツくん……」

 

 

 

紫電が止み、暮桜擬きの形はより歪な物になったものの……それでも展開された人型としての形と、手に持つ雪片だけは正確に形作られていたままだ。

 

 

 

「大丈夫か……チナツ?」

 

「えぇ、でも……雪華楼が……あ、」

 

 

 

 

そう言った途端、一夏の体が光に包まれ、やがてその光は虚空に消える。そして残ったのは、生身の体だけとなった一夏だけだ。

 

 

 

 

「くそ……雪片にシールドエネルギーを消滅させられたのか……‼︎」

 

 

 

一気に襲ってくる脱力感。

ラウラとの戦闘、そして、暮桜擬きとの戦闘でエネルギーを消費してしまっていた為に、雪片のバリアー無効化攻撃で残りのエネルギーを消滅させられたのだ。

 

 

 

 

「チナツ、ここは一旦引くぞ」

 

「了解です」

 

 

 

和人は一夏を抱えて、その場を離れる。

暮桜擬きがそれを追おうとしたが、周りで控えていた教師部隊のISによる攻撃を受け、停滞する。

その間に、和人たちは明日奈たちと合流し、態勢を整える。

 

 

 

 

「チナツ、大丈夫?」

 

「ああ、怪我は無いよ……ただ白式には少し無茶をさせちまった……」

 

「あとは教師部隊に任せるべきか?」

 

「本当ならその方がいいけど……ボーデヴィッヒさんの容体も気になるし……」

 

 

 

そう言う明日奈の腕の中には、未だ意識の無いラウラの姿が……。

特に外傷は見当たらないが、精神にもダメージを負っていないとは限らない故、ここは一旦引くべきだと思っている。

が……。

 

 

 

「きゃあぁぁぁ!」

 

「こ、こいつ、操縦者がいないのに……どうしてここまで……!」

 

「一旦距離を置け! 銃で圧力をかける!」

 

 

 

 

教師部隊との戦闘は、あまり芳しく無いようだった。

近づけば雪片による一撃があり、元々クロスレンジは絶対的な暮桜擬きの領域。

だが、ただの銃撃では倒しきれないのも現実だった。

 

 

 

 

「火力が足りてないみたいね……」

 

「わたしやキリトくんが加勢したほうがいいかな?」

 

「ソードスキルによるダメージが通るかどうか……それもわからないから……」

 

「…………いえ、アスナさんは、そのままラウラの保護を……カタナとキリトさんに、頼みがあります」

 

「ん? なに?」

「頼み?」

 

 

 

 

一夏の出した提案は、確かに効果的なものだった……が、それと同時に一夏自身と、和人の危険を伴うものだった。

 

 

 

「チ、チナツくん、本気なの!?」

 

「はい、これが一番の対応策です。これがダメなら、もう打つ手はありません」

 

「俺はいいが、チナツ、お前のエネルギーはどこから持ってくるんだよ」

 

「なるほど……そこで、私の出番ってわけね」

 

 

 

今までの話を聞いていた刀奈が、納得の表情で話す。

 

 

 

「つまり、私の専用機のエネルギーを、全部チナツに譲渡して、その時間稼ぎをキリトがすると……そして、最後のフィニッシュは、チナツが決めると……そう言うこと?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 

 

刀奈の説明に、一夏が同意する。

 

 

 

「でもチナツ、どうやってあれを止めるの?」

 

「あれもISなら、エネルギーが存在する筈だ……なら、そのエネルギーを全部消してやればいい……そして、それが可能な武器はただ一つだ」

 

「そうか、同じ雪片なら!」

 

 

 

明日奈が気づく。一夏の専用機、白式もまた暮桜の武装である雪片の後継機、『雪片弐型』を持っている。

そして、何と言っても単一使用能力の存在。

対象のエネルギーを全部消滅させる最強の破壊力を持つ技『零落白夜』。

単一使用能力は、操縦者の意思が無ければ発動できない。故に、暮桜擬きにはできないのだ。

 

 

 

「私のエネルギーだってあまりないわよ? 譲渡できたとして、零落白夜にほとんどのエネルギーを消費するから、展開できるのは、最悪武器だけになる可能性が高い……。

あまりにも危険だわ……!」

 

「分かってる……だけど、これしかもう手が無いんだ。頼むカタナ、俺にやらせてくれ!」

 

 

 

最後の請願。明日奈はラウラの保護があり、和人には時間を稼いでもらわなければならない。

そして、エネルギーの譲渡には、お互いの信頼関係が重要になってくる。

明日奈や和人とも出来なくは無いかもしれないが、とても神経を使う作業故に、試したことの無い人同士では、成功率はぐんと下がる。

だが、現役の国家代表生である刀奈ならば、可能性は充分にある。

だが、刀奈とて一夏を危険な目に合わせたくわない。

効率がいいとはいえ、このまま一夏の指示に従っていいものか……。

しかし、もう答えは出ている……。

 

 

 

 

「はぁ……どうせ、私が止めてもやるんでしょう?」

 

「あぁ……」

 

「まったく……右腕を出して。私のエネルギーを受け渡すわ」

 

「っ! わかった。キリトさん、お願い出来ますか?」

 

「了解だ。時間はどれくらいかかる?」

 

「そうかからない……1分くらいで終わるわ」

 

「そっか……なら、初めっから全力でいくぜ!」

 

 

 

 

 

和人が再び双剣を構える。

そして、イグニッション・ブーストで暮桜擬きに接近し、エリュシデータで斬りつける。

 

 

 

「悪いが、もう少し付き合ってもらうぜ‼︎」

 

 

 

暮桜擬きが和人を弾き、引き離すも、再び和人を攻め入る。

右に左にと黒と白の剣閃が、縦横無尽に煌めく。

暮桜擬きもなんとか凌ぎ、いなしていくが、超攻撃特化されている上に超高速で放たれる剣技に、段々と反応しきれなくなっていっている。

 

 

 

「てぇやあぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

双剣が翡翠に染まる。

二刀流スキル《インフェルノ・レイド》

命中率を重視した9連撃スキル。反撃されやすいスキルではあるが、斬り刻んだ相手が吹っ飛んでしまえば、何の問題もない。

通常攻撃からのソードスキルに対応出来ていなかったのか、9連撃をまともに食らった暮桜擬き。

しかし、また何事も無かったかのように立ち上がる。

 

 

 

「……っ、ダメージはある筈なんだがな……やっぱり、チナツの一撃じゃなきゃダメなのか?」

 

 

 

和人が視線だけ一夏達に向ける。丁度その頃、一夏は刀奈からエネルギーの供給を受けているところだった。

 

 

 

「後もう少しで完了か……ユイ、いるか?」

 

『はい! パパ』

 

「チナツ達の準備が終わるまで、もう少し時間がいるんだけど、それまでサポート頼めるか? なんだか、これで終わる予感がしないんだ……」

 

『わかりました! 大丈夫です、敵の動きは先ほどから観察してましたので、予測できます!』

 

「よし! なら、もう少し頑張るか!」

 

 

 

 

和人が突っ込む。

ユイに暮桜擬きの動きを逐一報告してもらうことで、さらに動きが良くなる。

 

 

 

『上段からの一撃! 来ます!』

 

「おっと!」

 

『続けて右から、立て続けに左下、刺突!』

 

「っ‼︎ 食らうかよ!」

 

 

 

 

和人とユイの連携がうまくいっている頃……一夏達は……

 

 

 

 

 

 

「コアバイパスの接続を確認。エネルギーの譲渡、開始」

 

 

 

刀奈の専用機からプラグを取り出し、それを一夏の専用機の待機形態であるガントレットへと差し込む。

プラグから、エネルギーが注ぎ込まれていく。

 

 

 

「ありがとな、カタナ」

 

「はぁ……もう、なんであなたとキリトはこう、面倒ごとに関わろうとするのかしらねぇ……」

 

「いや、好きで関わってるつもりは無いんだが……」

 

「チナツくん、それ、キリトくんと同じこと言ってる」

 

「うぅ……」

 

「本当、キリトくんもチナツくんも、私たちのことを考えてよね……二人が無理してでも戦いにいくたびに、私たちは心配してるんだから」

 

「はい……ごめんなさい。でも、だからこそですよ」

 

「「ん?」」

 

「俺もキリトさんも、大切だから、守りたいから戦ってるんです。

でも、簡単に死のうだなんて、もう思っていませんよ……ここにも、向こうにも、大切なものが一杯ありますから」

 

 

 

そう言って笑みを浮かべる一夏を見て、同じく微笑む刀奈と明日奈。

 

 

 

「分かってる。もう止めないわ。だけどね、チナツ。これだけは約束して」

 

「ん?」

 

 

腕の装甲を無くし、素手で一夏の手を握る刀奈。

 

 

 

「絶対に勝ちなさい。そして、ちゃんと私の、私たちのところに、キリトと二人で帰って来ること。

これだけは、ちゃんと守って……!」

 

「うん……約束する。絶対に勝って、必ず帰ってくる」

 

 

 

握られた手を、優しく握り返す。

そして、丁度その時、エネルギーの譲渡を終え、刀奈の専用機が量子となって虚空に消える。

 

 

 

「よし、行くぞ……!」

 

 

 

右手のガントレットを左手で掴む。

意識を集中させ、その名を呼ぶ。

 

 

 

「雪片、抜刀!」

 

 

 

右手に集まる量子。

やがて形を成していき、一振りの太刀が姿を現わす。

 

 

 

「頑張って、チナツくん!」

 

「はい、行ってきます!」

 

「チナツ!」

 

 

刀奈が呼ぶ。その顔は不安に満ちた表情だった。

止めはしないと言ったものの、やはり、一夏を危険な戦いには投じたくない気持ちがあるのだ。

 

 

 

 

「大丈夫だよ、そこで待っててくれ……」

 

 

 

 

優しい表情で言い切る。

そして、視線を暮桜擬きに向け、歩き出す。

 

 

 

「零落白夜、発動!」

 

 

 

一夏の体を覆う、金色の輝き。

物理刀状態だった刀身は、前後に別れ、その間からエネルギーで収束された刀身を形成する。

 

 

 

 

 

……一夏、剣とは振るうものだ……振られているようでは、剣術とは呼ばないぞ。

 

 

 

ふと、昔のことを思い出してしまった。

昔、まだ一夏が幼い頃、学生でありながら、自分を守ってくれていた千冬の姿。

篠ノ之道場で、初めて真剣を握り、感じた重み。

 

 

 

ーーー重いだろう。それが、人の命を絶つ武器の重さだ。

 

 

 

 

その言葉を、一度あの世界で思い返したことがある。

そして、その時、初めて知った……人の命を絶つ武器の重さと言うものを……。

 

 

 

 

(でも、なんでだろうな……IS専用の武器なのに、人を殺しかねない武器なのに……今は重さを感じない。

いや、むしろ、怖いくらいに手に馴染む……)

 

 

 

雪片を両手で握り締める。

そして一歩、また一歩と近づいていく。

 

 

 

 

『パパ、チナツさんの準備が整ったようです!』

 

「了解……んじゃ、あとは任せるぜ、チナツ……」

 

 

 

迫り来る雪片を弾き、後方へ引く和人。

そして、一夏と暮桜擬きは、対峙した。

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

何かをするわけでも無いのに、ただその場に緊張が走っている。

雪片を構え、いつでも行けるように臨戦態勢をとった。

 

 

 

「行くぜ、偽物野郎……‼︎」

 

 

 

先に仕掛けたのは、一夏だった。

それに応じ、暮桜擬きも動く。速さは当選、暮桜擬きの方が上だ。

右に腰だめていた雪片を、一夏に対して振り抜く。

 

 

 

ーーー止まるな! 剣に怯えず、そのまま攻め入れ!

 

 

 

また、昔を思い出していた。

数少ない時間の中で、千冬に剣を教えてもらった時の事を……。

迫り来る刀身。だが、一夏は止まらない。

 

 

 

(止まるな、攻め入れ……)

 

 

 

 

ーーー “受ける” のではなく、“受け流せ” 。そして、その力さえも利用しろ。

 

 

 

迫り来る刀身に、自身の握る雪片の刀身を合わせ受け流し、弾く。

そして、もう一歩踏み込む。

 

 

 

ーーそのまま踏み込み……

 

 

 

 

「一刀ーーッ」

 

 

 

ーーーー敵を絶てッ!!!!

 

 

 

「一閃ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

ズシャアァァァァーーーーン!!!

 

 

 

振り上げた上段からの一閃。

暮桜擬きの頭部から股下にかけて、一切の迷いもなく、一刀両断にしてみせた。

その衝撃によって、暮桜擬きはエネルギーを完全に消失してしまったのか、体を形成していた鎧は形を崩して行き、雪片もまたドロドロの状態になり、形すら残らないかった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………やった……のか……?」

 

 

 

 

一夏の体を覆っていた金色の輝きが消失し、雪片弐型は元の物理刀状態になる。

この一撃に意識を集中させていた為か、終わった途端に体の力が抜ける。

 

 

「んぁ?」

 

 

気づいたら尻餅をつき、座り込んでいた。

 

 

 

「ふぅー……」

 

 

 

そのまま仰向けに大の字で寝そべる。

そこに刀奈がやってくるのが見えた。明日奈はラウラを教師に任せ、急いで和人の元へと向かっていた。

そして、視線を戻す。一夏のすぐ隣に座り込む刀奈へと。

 

 

 

「お疲れ様。よくやったわね」

 

「あぁ、ドッと疲れたよ……」

 

「そう? なら、こうしてあげる♪」

 

 

 

一夏の頭を持ち上げると、そのまま自分の膝の上にポンと置く。

いわゆる膝枕だ。

 

 

 

「お、おい、カタナ……」

 

「いいじゃない。よく頑張りました♪」

 

 

 

刀奈の柔らかい手が頭を撫でる。

最初は恥ずかしさの方が勝っていたが、どんどん恥ずかしさよりも気持ちよさの方が勝っていく。

 

 

 

「…………ありがとう、カタナ」

 

「どう致しまして♪ さっきの後ろ姿、カッコよかったわよ。チナツ♪」

 

 

 

一方、もう片方は……

 

 

 

「キリトくん! 大丈夫だった!? どこもケガしてない?!」

 

「だ、大丈夫だよ。ユイも手伝ってくれたし……なぁ、ユイ?」

 

『はい! 私が付いていましたので、パパにケガは一つもありません!』

 

 

 

えっへんと言った表情で胸を張る愛娘。

愛娘の言うことに間違いは絶対ないと信じるバカ親の二人。明日奈もユイの言葉に安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

「そっかぁ〜……よかったよー。チナツくんも危なかったけど、キリトくんだって……」

 

「大丈夫だって……アスナとユイがいてくれるだけで、俺は頑張れるんだ……絶対に負けないし、絶対に死なないよ」

 

「キリトくん……」

『パパ……』

 

 

 

明日奈が和人の腕にしがみつく。

そしてユイもまた、ディスプレイの中で、映像に映る和人抱きつく。

 

 

 

「あっ! でも、一応検査はしよう? さっき織斑先生もそう言ってたし……」

 

「ん………そうだな。じゃあそれが終わって、飯でも食ったら、ALOに行くか……ユイも頑張ってくれたしな。今日一日は、ユイと一緒にいるよ!」

 

『本当ですか?! じゃあ良い子にして待ってます♪』

 

 

 

相変わらず可愛い愛娘に、緊張の糸が切れ、自然と微笑む二人。

 

甘々の雰囲気が漂う中で、謎の暴走事件はここで、一件落着と言うことになったのだった…。

 

 

 

 

 






どうだったでしょうか?


次回は、暴走事件終了直後から、臨海学校前までのお話…とさせていただきます^o^


感想お願いしまーす^_^



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第21話 後語り

今回は、もうなんというか、刀奈ワールドです!

刀奈さん、大好きです!




プルルルル……プルルルル……

 

 

 

IS学園の地下施設。

そこでたった一人、薄暗い通路の端で壁にもたれかかりながら、スマホで通信をしている人物がいる。

その人物は、今日あった事件の真相を知っているかもしれない人物に電話をかけていた。

 

 

 

プルルルル……プルルルル……プルーー

 

 

 

『ヤッホーーー!!! 久しぶりだねぇー、ちーちゃぁ〜ん!!!』

 

 

 

ブツ……

 

 

 

切ってしまった。

が、その数秒後にはスマホが鳴る。画面を見てみると、先ほどの人物からだった。

かけておいてなんだが、正直面倒だなと思った……。が、用があったのは間違いない為、仕方なしに電話に出る。

 

 

 

『ひどいよちーちゃん!! せっかくせっかくせぇーかく、束さんが忙しい中電話に出たのにぃ〜!!!』

 

「うるさいぞ、束……!」

 

 

電話の相手の名は、篠ノ之 束。

IS、インフィニット・ストラトスの産みの親であり、自他共に認める天才……いや、天災科学者だ。

そして、その束相手にこんなに砕けた感じで話しかけれる人物は世界でもそういない。

幼馴染みである織斑 千冬だ……。

 

 

 

『いやぁ〜久しいねぇー! ホント久しいね〜ちーちゃん!』

 

「お前は人の話を聞いていたのか? 『うるさいぞ』と私は言ったはずだが?」

 

『えぇー! いいじゃんいいじゃん! ちーちゃんが電話をかけてきてくれて、束さんは涙ちょちょぎれそうなんだよぉ〜‼︎』

 

「まぁいい……それより本題だ。お前に聞きたい事がある」

 

『ほうほう……で? その聞きたい事って?』

 

 

 

束にわざわざ電話をしてまで確認したかった事……それは今回の事件の事だ。

 

 

 

「今日は学園でタッグマッチがあったんだが、その試合の最中……ドイツ軍の機体が《VTシステム》を発動して、一夏と交戦した……これは貴様の差し金か?」

 

『ちーちゃん……私を誰だと思っているんだい? 崇高で、完璧主義者である篠ノ之 束さんだよ? “あんな不細工なもの” 束さんの趣味じゃないしー、大体そんなの作っても面白くないしねぇー』

 

「なるほど……そうか、それがわかればいい」

 

『あぁ、ちなみに……その不細工なもの作った施設は、もうこの世にないからねぇー♪』

 

「はぁ……お前というやつは……」

 

 

つい先ほどあった事件の事を既に知っていて、しかもその開発元を消滅させたと言っている。

やはり天災なのだと改めて思ってしまう。

 

 

『心配しなくて大丈夫だよ〜! ちゃんと手加減して、中にいた人たちは無事だから! 死傷者はゼロ! う〜ん、流石束さんだねぇ〜♪』

「それは当たり前だ。しかし、その常識をなんとも思っていないお前が、妙に物分りがいいな……どう言う風の吹きまわしだ?」

 

『まぁ、建前としては? 束さんも進化し続けている人間だからねぇ〜♪ それくらいの慈悲はあってもいいと思ったのさ〜♪』

 

「では本音は?」

 

『うん? そんなの決まってるじゃん♪』

 

 

 

彼女は何ら変わらない口調で話す。

 

 

『いっくんに危害を加えた時点でもう罪だよ。それに、束さんの子供たちにひどい事をすれば、どうなるのか位は見せておいた方がいいでしょう?

だから生かしておいたの♪ 生きながら束さんの恐怖を噛み締めて、もう二度と同じ事を繰り返させないようにねぇ〜♪』

 

「はぁ……だろうと思ったよ」

 

『はっ! そうそう、いっくんは? いっくんいるんでしょう?! ねぇねぇちーちゃん、いっくんに代わってよ! いっくんとおしゃべりしたいよー!!!』

 

「あいつは今検査中だ。全く恐れ入る……四人がかりとはいえ、私のコピーとやり合って、勝利して見せたのだからな……」

 

 

千冬のその顔はどこかほっとしたような、それでいて、成長した弟を嬉しく見守るような姉のような……そんな顔になっている。

普段は絶対に見せない、本当の千冬の顔だ。

 

 

 

『ブーブー!!! ちーちゃんだけずるいよぉ〜‼︎ 束さんもいっくんとおしゃべりし・た・いぃ〜‼︎

いっくんが無事に帰ってきたのを確かめて〜、ハグハグして〜、ウヘヘ〜♪』

 

「おい、貴様……一夏に手を出したらすかさず貴様を殺すぞ……!」

 

『大丈夫だよぉ〜。いっくんに相手がいる事くらい、束さんの情報収集能力を持ってすれば、一発で分かることだよ♪』

 

「そうか、ならいい……。しかし、それでいいのか?

お前の妹は、まだ納得仕切っていないように見えるが?」

 

 

妹……それはすなわち箒の事を指しているのだ。

千冬はもちろん、束もまた箒が一夏に恋心を抱いているのは知っている。

が、現実的に一夏はSAOと言う世界で恋人、刀奈と出会い、結婚までしているのだ……。

今更、その二人を離れ離れにさせる訳にもいかない。

 

 

 

『そうなんだよねぇ〜……箒ちゃんもさぞかしガッカリしてるだろうし〜……』

 

「言っておくが、あの二人の関係を壊そうとするなら、私は止めるぞ?」

 

『おやおや? いつになくちーちゃん積極的ですなぁ〜♪ なになに? ちーちゃんはもう二人の事を認めちゃってるの?』

 

「あぁ……。一度考え直せと、言った事もあったが……あいつの頑固さは、一生治らん……」

 

『誰かさんと同じだねぇ〜♪』

 

「殴られたいのか?」

 

『いえいえ〜、遠慮しとく。まぁ、束さんも同じだよ。一番はいっくんの幸せだしねぇ〜。

それに、箒ちゃんにも、もうそろそろ前を向いてもらいたいし……』

 

「お前がいうか……」

 

『分かってるよ。束さんの所為なのは……。ああもう! やっぱり会いたいよぉ〜‼︎ いっくんと、箒ちゃんにも会いたくなっちゃったぁ〜!!!』

 

「…………」

 

『ねぇねぇちーちゃん』

 

「なんだ?」

 

『今度そっちに行くね?』

 

「…………はぁ。止めてもお前は来るのだろう?」

 

『もちろん! この束さんを止めるもの者など、この世界には誰もいないのだぁー!!!』

 

「はぁ……頼むから、面倒ごとだけは起こしてくれるなよ? 処理をするのは面倒なんだ……」

 

『はいはぁ〜い、分かってるよぉ〜♪ じゃあまたねぇ〜ちーちゃん!』

 

 

 

ブツ……

 

 

 

通話が切れる。

先ほどの会話だけで、一体自分はどれだけ溜息をついてしまったのか……今更数えるのも疲れる。

果たして、次に来るときは、一体どんな面倒事を持ってくるだろうか……。

そう考えると、また溜息が……。

 

 

 

「はぁ……やめだ。さて、馬鹿どもの見舞いにでも行くか……」

 

 

地下施設を抜け出して、千冬は保健室へと向かう。保健室では、今まさに事件を収拾した者たちが検査を受けている頃だろう……。

作戦指揮をとっていた者として、クラス担任として、姉として、見舞いに行くのは、正しい事だ。別に深い意味がある訳でもなんでもない……ゆえに、正当だ。

そんなことを考えている間に、保健室に到着。一夏と和人は簡単な検査しか行われていないだろうから、もう居ないかもしれないが、中にはまだ昔からの教え子がいるだろうと思い、中に入る。

すると、中には先客が……。

 

 

 

 

「ん?」

 

「お前がいるとは、珍しいな」

 

 

 

中にいたのは、一夏だった。

ベッドで横たわるラウラの隣で、椅子に座った状態でラウラの様子を見ていたのだ。

 

 

「いや、ちょっと気になってさ……」

 

「そうか……」

 

 

千冬もまた、一夏の隣に座る。

 

 

 

「そう言えば……」

 

「ん?」

 

「なぁ、千冬姉……ISってさ、なんかVR空間みたいなのを作れるのか?」

 

「……はぁ? 一体何を言っている」

 

「いや、それがさ……」

 

 

 

一夏の話は、ただ単に興味があったとかではなく、本心からの疑問だった。

なんでも一夏が言うには、寝ていたラウラの様子を見に来たら、ラウラが夢でうなされていたようなので、慌てて近寄った時、脚がもつれて前に倒れかけたそうなのだが、なんとか態勢を整え、持ち直したまでは良かったが、不意に自身の腕がラウラの腕を触った瞬間、急に頭の中に変なものが映ったらしいのだ……。

 

 

 

「そこは何もない空間だったんだけど、そんな所に、ラウラがただ一人でいてさ……心配になって話しかけたんだよ……そこから少しラウラと話して、そしたら現実に戻って来たんだ」

 

「…………いや、私にも分からん。ISの事は、まだ全ての事が開示されいるわけではないからな……詳しい事は、あいつしか知らん……」

 

「だよなぁ……」

 

「……あとは私の方で引き受ける。お前はもう帰って休め……」

 

 

 

微笑むような顔で、千冬は一夏に言う。

その顔に、一瞬だけ驚きはしたものの、確かに疲れていたのでお言葉に甘えさせてもらう事にした。

 

 

 

「わかった。じゃあ後は頼んだ……」

 

「ん。……あぁ、一夏」

 

「ん?」

 

「お前はボーデヴィッヒを……救ってくれた。ありがとう」

 

「ん……べ、別に、お礼を言われるほどの事じゃないよ。じゃ、じゃあ俺は先に戻るよ」

 

 

 

自分がどんな顔をしていたのか、千冬自身分からなかった。だが、一夏が一度狼狽えた所を見るに、やはり普段の自分とは全く違う自分になっているようだ。

成長した弟の姿を見て、嬉しくもあり、寂しくもあり……と言った感情なのだろうか……。

そんな事を思いながら一夏を見送った後、丁度いいタイミングでラウラが目を覚ます。

 

 

 

「ん……うぅん……」

 

「目覚めたか」

 

「…………私は、どうなったのですか?」

 

 

 

起き抜けにしては頭の回転が速い。

流石は現役軍人にして、IS部隊を任せられている隊長といった所か……。

 

 

 

「一応重要文献で、国家機密なのだが……『VTシステム』は知っているな?」

 

「……ヴァルキリー・トレース・システム……‼︎」

 

「そう。アラスカ条約によって、全ての国家、企業、組織による開発、研究が禁止された代物だ。

それが、お前のISに組み込まれていたようだ……」

 

「……っ」

 

 

 

悔しそうに掛けられていた毛布を握りしめるラウラ。

だが、千冬は更に話を続ける。

 

 

「発動条件としては、機体に一定数のダメージが蓄積される事と、操縦者の精神状態、そして、操縦者の意思によって発動するものだとわかった……。

それは操縦者の最も強い欲求……いや、願望から来るものだと私は思う」

 

「…………私が、望んだからですね……っ!」

 

 

 

千冬の顔を見る事ができず、彷徨うラウラの両眼は次第に窓の外に写る夕焼けを見ていた。

だが、その表情は強張り、毛布を掴んだその手も、更に力強く握りしめる。

自身が望んだ事によって、これだけの被害をもたらしたと思うと、だんだん情けなくなってきた……。

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「っ! は、はい!」

 

「お前は誰だ?」

 

「え? ……わ、私は……」

 

 

千冬の質問の意味が掴めず、どう返答しようか迷っていると、千冬はフッと笑う。

 

 

「誰でもないなら丁度いい……これからお前は、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

「へぇ……?」

 

「あぁ、それと。言っておくがな、お前は私にはなれないぞ?

それに、あいつもな……。そして、私もお前にはなれない……。自分がどう生きるか……じっくり悩んで、足掻いてみせろ……」

 

 

 

優しい聖母の様な笑みでラウラに語りかける千冬は、一枚の絵画の様で、驚くほど美しかった。

そしてずるいと思った……。

千冬も一夏も……あれだけ大見栄を切っておいて、守ってやるだの、足掻けだの……。

気づいたら、笑っている自分がいた。そして思い出す……千冬との記憶、一夏と話した事を……。

 

 

 

 

 

 

「教官! どうすれば、私はあなたの様に強くなれますか

?」

 

 

 

 

ドイツの軍事基地内での出来事だ。

その昔、出来損ないの烙印を押されていたラウラにとって、千冬のドイツ軍教官の就任は、もはや運命と言わざるを得なかった。

世界最強となった千冬の技術。それはISに留まらず、生身での戦闘訓練でも、一度も勝てた事が無かった。

必死に彼女の訓練についていった……彼女について行けば、自分も必ず強くなれると信じたからだ。

そして、実際に強くなってみせた……。今まで上にいた強者達を倒し、ISの訓練でも高評価を取り、ついには、IS部隊の隊長にも任命された。

だが、まだ足りない。彼女と同じ所に立つには、まだまだ足りなかったのだ……だから聞いてみたのだ。

どうすれば強くなれるか……と。

 

 

 

「……そうだなぁ……私にはな、弟がいるんだ……たった一人の、私の家族だ」

 

 

その顔は、ラウラが……いや、恐らく軍の人間は一切見た事がない、優しく、穏やかそうな千冬の顔だった。

だからこそラウラは嫉妬していたのかもしれない……彼女は常に凛としていて、圧倒的なまでの強さを兼ね備えた人物……なのに、そんな彼女にこんな顔をさせるその弟、一夏の事が気になった。

 

 

 

「弟……ですか」

 

「あぁ……歳はお前と同じだ。今は事情があって、寝たきりになっているがな……」

 

「寝たきりに……? っ! もしや、日本で起きた、あの事件の?!」

 

「あぁ、そうだ。SAOと言う、ゲームの中に囚われていてな……聞いた話では、中でも戦っているらしいんだ」

 

「では、何故ここにいるのです! 早く日本に戻らねば……」

 

「戻った所で、私にできる事はない……あのゲーム機を剥がしてしまったら、脳を焼かれて死ぬそうだ」

 

「そんな……!」

 

「だが、常に誰かが付き添ってはくれているみたいでな、あいつは友人が多いから、一夏の身の安全は折り紙付きだ」

 

「……やはり、教官が強いのは……その弟のためなのですか?」

 

「それもある……が、それ以前から、私は強くあろうとしたのさ……たった一人の家族であるあいつを……何も失いたくからこそ、私は強くあろうとするのさ」

 

「っ!」

 

 

 

それが千冬の答えだった。

が、当時のラウラには、どうにも納得できなかった。

彼女は自分の人生を変えてくれた人。そのような優しい顔をするような人ではないと信じ切っていた……。

だからこそ一夏に嫉妬したのかもしれない。

自分の知らない彼女の顔を知り、そんな顔をさせる男が……。

そして、戦いを挑んだ……。

結果は惨敗。しかも、暴走した自分を救って見せたと言う。

意識が暗闇の中で漂っていた中で、その男が現れた。

 

 

 

 

「何してるんだ?」

 

「っ!? き、貴様は……!」

 

「こんな所で何やってるんだよ……こんな暗い所じゃなくて、こっちに来いよ……」

 

「…………」

 

 

 

一夏の提案にすぐさま乗れなかった。

自分は一夏に対して、返しきれない借りを作ってしまった。

それに、これまでに散々な無礼を振る舞った。今更何を言えばいいのかわからない。

 

 

 

「別に、何もしてなどいない……ただ、考えていたんだ……」

 

「ん?」

 

「お前と、教官は……何故そんなに強い……? 昔、教官は…貴様がいるからだといった……あの時はわからなかったが今は、なんとなくわかる……そんな気がする。

だが、お前はどうして……どうしてそんなに強くなれた? IS使ってまだ一年……いや、半年にすら満たない貴様らが……どうして強くなれた……私は、それが知りたい……‼︎」

 

 

 

真剣な面持ちで聞いた。

自分が欲しいくらいの強さを、この男は持っている。この男の強さはなんなとか……それが知りたかった。

 

 

「俺は別に強くなんか無いよ……。少なくとも、俺は強く無い……」

 

「はっ?」

 

 

 

予想外の答えが返ってきた。

あれだけの実力を兼ね備えておきながら、強く無いなどと言うこの男が信じられなかった。

 

 

 

「な、何を言っている!? 貴様は強い! 少なくとも、私や、他の代表候補生なんかよりも、ずっとずっと先にいる……。

なのに、強く無いだと? それはおかしいではないか!」

 

「そうだな……確かに、俺はお前に勝った……セシリアと鈴にも勝ってるし、シャルルと簪とは……やってないからわかんないけど……」

 

「貴様が強く無かったら、一体強さとはなんだ!? 貴様よりも強い人間がいるとでも言うのか?」

 

「俺より強い奴なんて、世界中を探せばいっぱい出てくると思うぞ? まぁ、剣には少なからず自信を持ってるけどな」

 

「それだ。私は聞いたぞ。貴様は、あの世界でもかなりのレベルの強者だったそうではないか……ならば、貴様は断然強かったと言ってもいいはず……」

 

「そうじゃないんだよ……ラウラ。確かに、SAOでは、俺はかなりレベルは上だった。あの世界で生き残るには、強くなきゃいけなかったし、あの世界の中で、二つ名を受けられる奴ってのは、強い証だそうだ……。

だけど、俺は “誰かを救った” から、強いと言われたわけじゃないんだよ…… “誰かを殺してきた” からこそ、俺は強いと言われてきた……」

 

「殺してきたからこそ……?」

 

「そう、俺もお前と同じだよ……小さい頃、千冬姉に救われ、その姿に憧れた……。

そんな千冬姉のような、かっこいい人になりたくて、一生懸命頑張った……そして、今度は俺が、誰かを救いたいと願った……せめて、目の前で困ってる人、苦しんでる人を救いたいと思った……だけどーーー」

 

 

 

 

自然と言葉が出なかった。

一夏の生きた世界……その中で見出した、自分自身の事…。それを聞き逃すまいと、一切の言葉を発さず、ただただ一夏の言葉を聞き入れる。

 

 

 

「何も救ってなかったと気づいた時、絶望したよ……。ただ無駄に戦いに身を投じ、多くの命を斬り捨てた。

救いたいとと願っておきながら、救うために犠牲にした命もあった……俺の思いは、都合のいい理想論だった事に気づいた……。だから、俺は救ってない……むしろ、俺は救われたんだよ。

キリトさんと出会って、アスナさんと出会って、そして、カタナと出会った。今の俺があるのは、あの世界で出会ったたくさんの人たちのおかげだと思っている。

だからラウラ、お前は……俺のようにはなるな……俺もお前も、千冬姉にはなれない……結局は、自分自身で生き方を考えていかなきゃいけないんだ」

 

「私の……生き方を……」

 

 

考えてみた……。

自分自身の生き方とは何か……。

自分は、何を目指していけばいいのか……。

 

 

 

「まぁ、俺もお前も、千冬姉から見たら半人前のひよっこみたいだしさ、これから一緒に考えていこうぜ?

少なくとも、お前がピンチになった時は、俺はお前を救うぜ……!」

 

「っ?! な、何をーーー」

 

「だから、お前を守ってやるって言ってんだよ……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 

 

昔千冬に言われた言葉で、こんな事を言われた……。「あいつには気をつけろよ? 油断していると、惚れてしまうぞ……」と……。

だが、もう遅い。

 

 

 

 

 

ーーーそうだな……確かに、これは惚れるな……。

 

 

 

 

この時、ラウラの中で何かが変わった。

自分自身を見つめ直し、そして、一夏に対する認識を改めた。

彼は憎くき恨み人では無く、尊敬に値する立派な戦士であると……。

そして、差し伸べられた手を取る。握った瞬間、温かいものがラウラを包み込み、暗闇を一気に光が照らした。

今考えると、とても奇妙な体験だった。しかし、最後の一夏の言葉と、差し伸べられた手を思い出す。

途端に顔が熱くなるのがわかった……自分は思った以上に、彼に惹かれているのだと、改めて認識したラウラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、保健室を後にした一夏は、夕食を取るために皆がいるであろう食堂へと向かっていた。

その道中、まだ怪我が癒えていないセシリアと鈴とばったり出くわし、一緒に夕食はどうかと尋ねると、いつもの二倍増しでOKの返事をもらった。

食堂に到着すると、思った通りみんな集まって夕食を取っていた。

 

 

 

「あらチナツ、ラウラちゃんはもういいの?」

 

「あぁ、さっき先生に聞いてみたけど、身体はもとより精神へのダメージもないってさ……」

 

「そう、よかったわ」

 

 

 

自然な流れで刀奈の隣に座る一夏を見て、セシリアと鈴は少し不機嫌になる。

それを見ていた簪とシャルルは苦笑いを浮かべ、和人と明日奈は、相変わらずの甘々な二人だけの空間に身を寄せているので、反応はなかった。

 

 

 

「そういえば一夏さん、最後にあの暴走機を倒したあの技はなんですの?」

 

「そうね……あんな技、ALOのソードスキルにあったっけ?」

 

「いや、あれはソードスキルじゃないよ。あれは、俺が唯一千冬姉に教えてもらった剣技だ」

 

「「「「へぇ〜〜」」」」

 

 

 

千冬から教えてもらった……という部分にみんなが興味を持ったのか、一気に視線が集まる。

 

 

 

「そういえばチナツ、織斑先生の剣ってどこの流派なんだ?」

 

「あぁ、千冬姉の流派は基本《篠ノ之流》ですよ。名前の通り箒の実家が開いた流派です」

 

「じゃあ、箒ちゃんもその流派を納めてるんだね」

 

「うーん……納めてるかどうかはわかりませんけど、あいつも剣道以外に篠ノ之流を習得しているのは確かですね。

でも、千冬姉のは実戦も想定して我流が入っちゃってますからねぇ……完全な篠ノ之流かと言われれば、違うかもしれません」

 

「だよねぇ……織斑先生、ISのブレードを生身で持ってたし……」

 

「それで一夏、叩かれたし……」

 

 

シャルルと簪の言葉に苦笑いをする面々。

一夏や和人も大概だが、その上を行く人外がもう一人いた。

 

 

 

「にして、あんたもよくあの状況でその技を使おうとしたわね……。

っていうか、あんただって生身でISブレード持ってたじゃない」

 

「あれはもう無我夢中だったんだよ……。それに、なんか、不思議なくらい手に馴染んでたし……」

 

「ふ〜ん……そういうもんかぁ……」

 

 

 

その後、各々に食事を取っていき、部屋へ戻る。シャルル……いや、もうシャルロットと呼んでもいいだろうか……彼女はもうすぐ別の部屋に移動になる為、その為の荷造りをしている。俺はそれを手伝いながら、今度は誰が部屋に来るのだろうかと考える。

だが、すぐにわかった。

 

 

 

(もうそろそろ、刀奈が我慢出来なくなってきたかなぁ……)

 

 

 

そうこうしているうちに、シャルロットの荷造りが終わり、あとは新しい部屋へと移動するだけ。

だが、それはもう少し時間を空けてからの方がいいだろう……。

今はまだ外に他の生徒がいる可能があるので、流石にまだ見られるわけにはいかないのだ。

 

 

 

「あっ、そうだ。ねぇ一夏、クッキー食べない? この間、のほほんさんから美味しいお店を教えてもらってね、一袋もらったんだけど……どうかな?」

 

「ヘェ〜…うまそうだな。じゃあお茶淹れるよ。皿にでも出しておいてくれるか?」

 

「うん!」

 

「やっぱ、クッキーだから紅茶の方がいいよな……うーん……ティーパックのやつしかない……」

 

「それでいいよ。その紅茶も中々に美味しいしね」

 

「そうか? ならこれで…」

 

 

 

ティーカップにパックをいれ、お湯を注ぐ。

パックの中にある茶葉からどんどんと滲み出てくるのを見ながら、シャルロットが持ってきたクッキーを摘む。

 

 

 

「うん、これ美味しいな!」

 

「本当だね! のほほんさんもいいところ知ってたよねぇ〜」

 

「あいつはお菓子大好きだからな」

 

「……………」

 

「うん? どうかしたのか?」

 

 

 

 

急に黙り込んだシャルロット。

一体どうしたのかと思うと、決心したように一夏に向き直る。

 

 

 

「ねぇ、一夏。僕ね、あれから考えたんだ……」

 

「考えた……って、学園に残るか残らないか……って事か?」

 

 

 

恐る恐る聞いてみた。

答えは言わなかったものの、首を縦に振ったので、YESという事だろう。

 

 

 

「僕ね、ここに残るよ。一夏達と一緒に、この学園を卒業して、それからでも、自分自身の生き方見つけていくつもり」

 

「そっか……でも、俺が言うのもなんだけどさ、良かったのか? その、親父さんの事とか……」

 

「あぁ、それなら心配ないよ。元々あの人たちと仲良くする気は無かったしね……。

それに、僕の家族は……お母さんだけだもん……」

 

「そっ、か……」

 

 

 

だが、その母親はもうこの世にいない。

故に、シャルロットはまた一人になってしまうのではないかと、少し心配になってきた。

 

 

「あっ! ごめん、なんだかしんみりしちゃって……」

 

「いや、気にするなよ……そんな事より、シャルロットは大丈夫なのか? まだあと三年はあると言っても、その先は……」

 

「大丈夫だよ。昔の僕なら、ダメだったかもしれないけど、今は違う。

一夏がいるし、それに、他のみんなも……僕は一人じゃないんだって……わかったから……!」

 

「そっか……」

 

 

 

彼女の顔からは少しも不安の色が見えなかった。

彼女の表情に、心なしか自分も救われているような……そんな気がした。

 

 

 

「ああ、それと……僕もALOやる事にしたよ! この間契約してきてね、アミュスフィアも買ったんだぁ〜!」

 

「マジか! でもアミュスフィア結構高いぞ、アレ」

 

「大丈夫だよ……国家代表候補生は、一応軍人扱いをされてるからね、公務員扱いだからお金の問題はないんだよ。

僕も口座に結構入ってるよ?」

 

「えっ? マジで?」

 

「うん。一夏と和人は違うの? 二人とも……と言うか、明日奈さんだって、企業の代表なんでしょう? だったら、少なからず貰ってると思うけど……?」

 

「いや、一企業と国じゃあ違いすぎるだろ……」

 

「まぁ、確かにそうだね」

 

 

苦笑混じりに、プチお茶会は進んでいき、やがてクッキーもお茶も無くなってしまった。

 

 

「もうそろそろみんな自室に戻ったと思うけどな……」

 

「そうだね、じゃあそろそろ僕は行くよ」

 

「あぁ。また明日な、シャルロット」

 

「……うん!」

 

 

最後の笑顔は今までの彼女の中でも飛びっきりのものだった。

その後、いつものように自室でシャワーを浴びようとしていると、入り口のドアがノックされた。

 

 

「あ、織斑くん? 今、大丈夫ですか?」

 

「山田先生?」

 

 

 

ノックをしたドアを開け、その先にいた人物を目にする。

一夏たち一組の副担任、山田 真耶先生だ。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「えっとですね、織斑くんと桐ヶ谷くんに伝えとかないといけないことがありまして……」

 

「俺とキリトさんに?」

 

「はい! っというのもですね、朗報です!」

 

 

朗報……と言うことは、なんらかの良き知らせなのか……。しかし、先の事件ですでに疲れている一夏に取っての朗報とは……?

 

 

「ついに解禁されますよ!」

 

「解禁……?」

 

「はい! 男子の大浴場解禁です!」

 

「…………おお!」

 

 

 

一拍遅れて、状況を飲み込んだ。

つまり、今まで大浴場は、女子しか使えなかった為、一夏と和人、そして男装していたシャルロットは、使うことが出来なかった……。

が、それが解禁になったということは、その大浴場を二人で使えるということだ。

 

 

 

「本当ですか?! あそこの風呂、使ってもいいんですか?!」

 

「はい! 時間制限と曜日制限がありますけど、その指定内の時間なら使っても大丈夫ですよ」

 

「やったぁぁぁ‼︎ ありがとうございます!」

 

「いえいえ、そんな……そこまで喜んでくれるとは……」

 

「じゃあ、キリトさんには、俺から伝えておきますね」

 

「あ、いいですか? 助かります。では、私は仕事が残ってますので、戻りますね」

 

「仕事ですか……こんな時間まで?」

 

「はい! デュノアくんがデュノアさんだったことについてのことで……書類の再作成と部屋割りが…………はぁ……」

 

 

 

一気にテンションがガタ落ちになった真耶。

それを見た一夏はすみませんと謝り、真耶は気にしないで下さいと、なんとかテンションを持ち直した。

その後、真耶は職員室へと戻り、一夏は風呂のことを和人に伝えるべく、部屋へと赴くのだが……

 

 

 

 

「あ〜マジか……。俺もうシャワー浴びたんだよな……」

 

「そんなんですか……良ければ一緒にと思ったんですけど……」

 

「そっか……悪いな。また今度誘ってくれよ」

 

「了解です。じゃあ、お先に頂きますね」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 

 

和人の部屋を後にし、自室に戻って着替えとタオルを持っていく。

久しぶりの風呂堪能すべく、ウキウキしながら風呂場へと向かう。

風呂場に到着してすぐに服を脱ぎ、扉を開け、頭と体を洗い、いざ湯船へ。

 

 

 

「あ〜〜……生き返るぅ〜……っ!」

 

 

 

誰もいない風呂場に男一人。

大きな湯船を独り占めしているこの感覚が、なんともたまらない。

なんなら泳いだっていいぐらいにテンションが上がっている。

 

 

 

ガラガラガラ

 

 

 

扉が開く音。

そこでふと疑問に思う。

 

 

 

(ん? キリトさんかな? やっぱり風呂に入りたかったとか?)

 

 

立ち込める湯気と風呂の快楽さに目を細めていて、あまりよく見えていなかった一夏。

扉付近から近づいてくる人影は一人。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

 

 

(ん? キリトさん……? じゃ、ない!?)

 

 

 

途端に意識が覚醒する。

和人かと思ったが、それにしてはしなやか過ぎる肢体。

そして何より微かに見えた女性を象徴する胸の膨らみが、目に付いたからだ。

 

 

 

「おっ邪魔っしま〜〜す♪」

 

 

 

一夏の視界に捉えられる距離まできたその人物は、あろうことかなんの警戒もなしに現れた。

が、その人物は、一夏が最もよく知る人物。

 

 

 

「へっ? カ、カタナっ!?」

 

「はあ〜〜い♪ お邪魔するわよ♪」

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ!」

 

 

 

慌てふためく一夏。

とっさに持っていたタオルで下半身を覆い隠す。

対するカタナはタオルこそ持っているが、前面しか隠していない。

故に、所々から覗く女性の体をに目が奪われそうになる。

 

 

 

「なんでよぉ〜。一緒に入りに来たのに、出ることないてましょう?」

 

「いや、待て待て! 流石にやばいだろ!」

 

「別にいいじゃない、減るもんじゃないし……。私達の仲はみんな知ってるし、誰も邪魔はしないわよ」

 

 

 

立ち上がってその場を離れようとした一夏の腕を捕まえ、一緒に湯船へと浸からせる。

広い湯船でありながらその中央で二人で背中合わせで座る。

一夏の背中に、ダイレクトで刀奈の肌を感じる。

そんなことを考えている、顔が熱くなっていき、今にものぼせそうだった。

 

 

 

「ど、どうしたんだ……いきなり入ってくるなんて……」

 

「ん? 一緒に入りに来たって、言ったでしょう? やっと二人っきりになれたんですもの……満喫しなきゃ損よ」

 

 

 

損どころか、一夏にとっては充分すぎる得を得たような感覚だったが、今のこの状況で、そんなことを考える余裕が無かった。

 

 

 

「それに……」

 

 

 

 

一夏の後ろで、チャプ…という音が聞こえたと思ったら、今度は一夏の背中に、柔らかい何かが当てられる。

 

 

 

「〜〜〜〜ッ! カ、カタナっ!?」

 

「私を心配させた罰……。ちょっとくらい、私に付き合いなさい……」

 

 

 

刀奈の両腕が一夏の両脇をすりぬけ、一夏の体を抱きしめる。

そのせいか、より刀奈の豊満な胸が押し付けられる。

その状況に興奮しながらも、刀奈の言葉に耳が傾いた。今日の事件の最後、一夏が生身でISに挑む背中を、刀奈はじっと見ていたわけで、その姿が、あの世界での出来事とかぶってしまったのだと気付いた。

 

 

 

「その……ごめん」

 

「謝る必要は無いわ……でも、なんか、昔を思い出しちゃって……」

 

「うん……」

 

 

心配そうに抱きしめる手に、一夏の手が重なる。

 

 

「大丈夫だよ……昔ならいざ知らず、今はもう無茶はしないよ。死にたくないし、死ぬわけにはいかないからさ……」

 

「チナツ……」

 

「だから大丈夫! 俺が死ぬことなんて、絶対にありえねぇよ……っ!」

 

 

 

一夏が屈託のない笑みを浮かべ、刀奈はそれを見て、さらに頬を緩ませた。

 

 

 

「そうよね。でも心配だから、ずっと私がそばにいるからね……」

 

「ああ。俺も、カタナを守るよ」

 

「うん……♪」

 

「ところでカタナさん?」

 

「んー? な〜に〜?」

 

「そろそろ上がらないか?」

 

「えぇ〜……もうちょっと……」

 

「のぼせそうなんだが……」

 

「もうちょっと頑張ってよ……」

 

「いや、そういうカタナものぼせても知らないぞ?」

 

「その時はチナツが私を運んで♪」

 

「おいおい……」

 

 

 

それからどのくらい入っていたか、わからないが、かなり長風呂をしてしまった……。

案の定刀奈は少しのぼせ気味になり、着替えはなんとか自分で出来てはいたが、歩く度にフラフラと千鳥足になっていた。

一夏が手を出すと刀奈はニマッと笑い、一夏の手を握ったと思いきや、今度は体全体を一夏に預ける。

側から見たら、二人が抱き合っている様に見えなくもない。

その光景を、他の生徒たちに見つかりませんように願いながら、自室に帰る一夏と刀奈であった。

 

 

 

「うお……もう荷物が……」

 

 

 

部屋を開けてびっくり。

もうすでに刀奈の私物が部屋の中に備え付けてあったのだ。

当の刀奈は未だに一夏の体にしがみついている。

 

 

 

「ほらカタナ、着いたぞ」

 

「うぅん? 部屋に着いた……の?」

 

「あぁ……。窓側と通路側、ベッドどっちがいい?」

 

「チナツはどっち使ってたの?」

 

「ん? 俺は窓側だけど?」

 

「そう……」

 

 

部屋に到着すると、もう立ち直ったのか、しっかりとした足取りで歩く刀奈。

 

 

「もう今日は疲れたわ……寝ましょうか」

 

「そうだな……風呂に入って、なおさら眠くなったし……ふわぁぁぁぁ……」

 

 

 

一夏が自身のベッドに歩み寄り、ベッドに身を投げる。

そのまま大の字になり、ふぅーとリラックスモードに入る。

すると、突然影が一夏を覆った。

目を開けると、刀奈がいた。

 

 

「え?」

 

「何よ? 寝るんでしょう? 早く電気消して……」

 

「いや、カタナは……向こうで寝ないの?」

 

「なんで? 今まで通りに行けばいいんじゃないの?」

 

「えっと……うん、わかった」

 

 

 

何を言ってるの? と言う顔で一夏を見る刀奈。

一緒に寝ると言うこの行動に疑問すら持っていない彼女に何を言っても無駄だと悟った一夏であった。

電気を消し、掛け毛布を被る。

一夏のすぐそばには最愛の人、刀奈がいる……。SAO時代の頃を思い出してしまう。

 

 

「おやすみ、チナツ」

 

「あぁ、おやすみ……カタナ」

 

 

 

一夏の腕を枕の様にして眠る刀奈。

そんな寝顔を見ながら、一夏も睡魔に負け、眠りについたのだった……。

 

 

 

 

 

 




どうでしたか?

次回は、一度ISを離れて、ALOプレイをやろうと思っています。
シャルとラウラのデビューもしておきたいので( ̄▽ ̄)

感想、よろしくお願いします。



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第22話 再出発



えぇ、なんとか更新出来た!

ここからは、少しISルートを離れて、ALOをメインしていきます。
と言っても数話分くらいで、すぐに臨海学校編に突入しますが……

それではどうぞ!




〜Ichika aud Katana’s Room〜

 

 

チュンチュン……

 

 

 

朝陽が差し込んでくる一室。

レースのカーテンから柔らかく陽射しが当たり、暖かい感覚を覚える。

 

 

 

「ん……うぅん……」

 

 

すぐ隣で自分のものとは違う声が……。

眠気をなんとか払いつつ、目をゆっくりと開ける。そこには、昨日からの同居人である刀奈の姿がある。

スースーと気持ちよさそうに眠る彼女を見ていると、こちらにもまた睡魔が襲ってくる感覚になる。

彼女は相変わらず一夏の腕を枕にして、一夏の体を抱き枕のようにして眠っている。これでもIS学園の生徒会長であり、ロシアの現役国家代表生なのだが、今の彼女は、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。

 

 

 

「ふっ……アインクラッドじゃ、《二槍使い》だとか言われてたのに……こんな顔じゃあな」

 

「うぅん……むにゃむにゃ……」

 

「プフッ……!」

 

 

 

悪戯心で刀奈の頬を指で突いてみたり、引っ張ってみたり、いろいろ試すといろんな反応が入られるので、意外と面白い。

 

 

 

「さてと、もうそろそろ起きないと……な……ん?」

 

 

 

体を起こそうとしたのだが、体が起き上がらない。

首をひねって布団をめくり上げると、その原因がわかった。刀奈の腕だけではなく、脚までもが一夏の体に絡められているからだった。

 

 

 

「うーん……どうしたものかな…これ……」

 

 

 

刀奈の抱きつき癖はもう知っているので問題ないが、もう起きて準備をしないといけない為に、体を剥がさないといけない。

 

 

 

「よいしょっと……! おーいカタナ? カタナさーん? 朝ですよぉー……起きてぇー……!」

 

「んん? なに……?」

 

「『なに?』じゃなくて、朝だよ。もうそろそろ起きないと、準備出来ないぞ」

 

「大丈夫よ。今日必要な分は纏めてあるから……。シャワー浴びればそれでオッケー……」

 

「ん?」

 

 

 

よく見ると、机の上には、既に準備をしてある痕跡があった……いつの間にしたのか……?

 

 

 

「だからあと10分……」

 

「長いよ。じゃあ、俺が先にシャワー浴びてもいいか?」

 

「うーん……オッケー」

 

 

 

眠たそうに目をこする刀奈を尻目に、着替えとバスタオルを持ってシャワー室へ。

時期は6月……夏真っ盛りになるには、まだまだ先になるが、それでもこの頃は暑くなっていている。

寝汗を少しかいたため、ぬるめのシャワーで汗を流す。

 

 

 

「ふぅー……」

 

 

 

朝に浴びるシャワーの気持ちよさに体が応えるように力が抜ける。

 

 

 

 

 

ガチャ。

 

 

 

 

扉の開く音。

シャワーの水が床に落ちる音であまり聞こえなかったが、確かに一夏の耳に届いた。

その瞬間、再び一夏の体から冷や汗が吹き出た。

 

 

 

「ふぅあ〜〜〜……うぅん……私も入るわ……」

 

「いや! 今俺が入ってんだけど!?」

 

 

まぁ、もう読めていたが、刀奈だった。手にフェイスタオルだけもって、眠い目をこすり、欠伸をしながらの登場。だが、今回はタオルで体を覆っていない。一糸まとわぬ恋人の裸を、再び見てしまった一夏。

 

 

 

「な、なにしてんだよ、カタナ!」

 

「一緒に入った方が効率良いし経済的じゃない……時間が無いって言ったのはチナツだし……いいでしょ?」

 

 

ぽやぁ〜とした顔で微笑み、首を傾けて尋ねる刀奈の姿に、もうなにも言えなかった。

これが彼女にとっての、一夏たちにとっての日常……だと彼女だけが思っている。

一夏にしかやらないと刀奈は言うが、それでも恋人である刀奈の裸を見て、一夏の心は穏やかではいられない。

それに構わず、一夏からシャワーのノズルの先を受け取り、体を洗っていく。

その間、一夏は隅っこの方で頭と体を洗い、沈黙し続けていたのだった。

 

 

 

〜Kazuto aud Asuna's Room〜

 

 

 

「スー……スー……」

 

「ふふっ……♪」

 

 

 

一定のリズムで寝息を立てているのは、この学園で一夏に次ぐもう一人の男子生徒、桐ヶ谷 和人。

そして、それを愛おしそうに眺める女子生徒、結城 明日奈。

アインクラッドの新婚生活の頃からの日課である、夫である和人の寝顔を見る明日奈。

一歳年下の彼なのだが、普段の生活や戦っている姿を見るに、自分たちの先を歩く先駆者のようで、とても頼り甲斐がある人に見えるのだが、どうにも寝ている時だけは別で、年相応の……いや、それ以上にナイーブそうな顔から、愛らしさというものが滲み出ているのだろうか……。

いつまで見ていても飽きない。

 

 

 

「ふふん♪ やっぱり見てて飽きないなぁ〜。キリトくん、寝顔の時だけは、可愛さが前面に出るし……♪」

 

「うぅん……むにゃ……」

 

「さてと、もうそろそろ起こさないと……遅刻したら大変な事になるし……」

 

 

 

和人と明日奈もまた、同じベッドで寝ている。

故に、起こすのもまた妻の務めだ。

 

 

「キリトくん、おはよ。朝だよー」

 

「うぅん? 朝?」

 

「うん! ほら、早く起きてぇー」

 

「お、おぅ……んん〜」

 

 

目をこすり、重たい瞼をなんとか開ける。霞んだ視界の向こうには、最愛の明日奈の顔が見えていた。

 

 

 

「おはよ、キリトくん♪」

 

「うん、おはようアスナ」

 

 

 

起き上がり、寝癖のついた頭を掻く。

 

 

「ほら、早くシャワー浴びてきたら? 寝癖、凄いよ♪」

 

「ん? マジ?」

 

「うん。私は荷物とか準備しておくから、先に入って良いよ」

 

「わかった……じゃあお先に〜」

 

 

 

下着とバスタオルを持って行き、シャワーを浴びる。

その間に、明日奈は自身の準備と、和人の制服を仕立てる。

 

 

 

『ふぅあ〜〜……おはようございます、ママ』

 

「おはよう、ユイちゃん。ふふっ♪」

 

『ん? どうしたんですか、ママ?』

 

「ううん……なんでも無い♪」

 

『ん〜?』

 

 

 

 

愛娘のユイ。本来ユイは、和人とも明日奈とも血は繋がっていない……だが、本人を含め明日奈も和人も立派な家族だと思っている。

そして、その娘でたるユイが先ほどの和人とかぶっていて、明日奈は可笑しかった。

まるで、本物の親娘のようで……。

 

 

 

「さてと、今日も一日、頑張りますか!」

 

『はい! 今日も一日頑張りましょう!』

 

 

 

そう言う二人の姿も、とても似た者同士の親娘のようであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ〜……みなさん……席について下さい……」

 

 

 

 

朝のホームルーム。既に大半のクラスメイトたちは教室内で待機していた。ここまではいつも通り……。

だが、いつもはテンションが高い真耶が、今日に限ってはテンションだだ下がりである。

その顔には疲労の色が出ており、いつもの彼女ではないとクラスの皆が気付いた。

 

 

 

「山田先生どうしたんだろ?」

 

「山田先生、大丈夫ですか?」

 

「なんか、死ぬ一歩手前みたいだね……」

 

 

 

そんな生徒たちの心配を聞いて、気丈に振る舞い、仕切り直しと行く。

 

 

 

「えぇっと……今日は、転校生を……紹介します……。って言いますか、転校生っていうのかしら……? これ」

 

 

 

再び転校生という言葉に、どよめきが起こる。

既にもう転校生のシャルルとラウラが来たばかりだというのに、また一組に来ると言うのだから……。

が、その当の本人たちがいない。一夏の隣に座っているシャルルと、一番後ろの通路側に座っているラウラの姿が見えないのだ。

しかも、真耶の言った歯切れの悪い言葉も気になる。

 

 

 

「えっと……とりあえず、入ってきて貰いましょう……どうぞ」

 

 

 

教室の扉が開く。

そこから入ってきたのは、紛れも無いシャルル・デュノアだった。

だが、その姿は、紛れも無いどこからどう見ても、 “女の子” だった。

 

 

 

「シャルロット・デュノアです! みなさん、改めてよろしくお願いします!」

 

『『『『……………………』』』』

 

 

 

沈黙が、その教室内を支配した。

シャルルが女装して名前がシャルロットで…………

 

 

 

「ええっと、デュノアくんは、デュノアさん……っという事でした……」

 

『『『『………………はい?』』』』

 

 

 

奇跡かな……この事情を知っている一夏たち四人以外の生徒が一斉にハモった。

 

 

 

 

「えっ? と言う事は、デュノアくんって女?」

 

「美少年じゃなくて、美少女だったて訳ね!」

 

「って織斑くん! 同居してて知らなかったわけじゃーー‼︎」

 

「そ、そうよね! って言うか、昨日男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 

 

 

女子生徒……相川さんの一言で、一気に注目を浴びる一夏と和人……特に一夏。

すると、その注目を粉砕するかのごとく、一組の扉が粉砕された。

 

 

 

「一夏ああああ!!!」

 

「り、鈴っ!?」

 

 

 

 

鬼の形相で睨む鈴が、専用機である甲龍を纏い、入り口で仁王立ちしていた。

その気迫に圧倒されそうになり、今の鈴の背後には、鬼より怖い龍の姿が見える。

 

 

 

「あ、あんた……! シャルルは男じゃなかったわけ!?」

 

「ええっと、これには事情があってだな! その、一から話すから、とりあえず鈴、落ち着けって……」

 

「これが落ち着いていられるかあぁぁぁ!!! ましてや風呂も一緒に入ったんじゃ無いでしょうね!?」

 

「いや、違う! シャルロットとは入っていない!!!」

 

『『『とは?』』』

 

「あ……」

 

 

 

急いで口を塞いだが、時既に遅し。

また一気に視線を集めてしまった。

 

 

 

「ちなみに、俺は昨日入ってないぞ……証人はアスナだ」

 

「ちょ! キリトさん!?」

 

 

 

まだ和人と入っていたと言えば、この難を逃れてたかも知れないのに、その本人があっさり自供してしまったために、もう逃れられない

 

 

 

「和人とは入っていない……シャルロットも違う……じゃあ……」

 

 

 

鈴の視線は一点に集中する。

そこには当選、余裕の笑みを浮かべながらニコニコしている刀奈の姿が。

 

 

 

「あ、あんたたち……もう、そこまで……」

 

 

 

さっきの勢いはどこに行ったのか……。今度は体を仰け反り、表情は真っ青になり、少し涙目になっている鈴。

そして、鈴の言葉の意味を理解した一組の面々もまた、手元で口を覆い、その頬を朱に染めているもの達で溢れかえっている。

箒とセシリアも顔を赤くしては、プルプルと震えているようであった。

 

 

「えっと……あの……鈴さん?」

 

「わかってたわよ……あんたと楯無さんの事は分かっていたけど……!

そんな破廉恥な事を平然とするなぁ‼︎ この変態っ‼︎」

 

 

 

感情が爆発した鈴。

甲龍のアンロック・ユニットが両方ともに稼動する。

空気を収束する機械音と、徐々に形成されていく空気の砲弾。

 

 

 

「お、おい! 死ぬ死ぬ! 絶対に死ぬぅぅぅぅ!!!」

 

「このバカ一夏あぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

放たれた衝撃砲。咄嗟に判断し、白式の両手部分の装甲だけでも展開し、腕をクロスさせて待ち構える。

それでも、大怪我を負うのは必然だろう。

覚悟を決め、目を瞑り、全身に力を入れて、その砲撃を受けようとした……が、いつまで経ってもその衝撃が襲ってこない。

そっと目を開けて見てみると、目の前には、黒い機影が一つ。

 

 

 

 

「こんなところで暴れるな……騒々しい」

 

「なっ!? あんたは……!」

 

「ラウラ!?」

 

 

 

 

そう、龍砲を止めたのは、あろう事か今まで敵対していたラウラだった。

その身に纏っているのは、彼女の専用機である『シュバルツェア・レーゲン』。恐らくはその手に展開するAICで鈴の衝撃砲を止めたのだろう……。

だが、象徴的な巨大なリボルバーカノンはなく、以前の装甲もやや少なめだ。

 

 

 

「無事か?」

 

「え? あ、あぁ。その、ありがとな」

「なに、礼には及ばん。私はお前に助けてもらった身だ……これくらいは当然の事だ」

 

「そ、そっか……。にしても、お前のISは無事だったんだな」

 

「あぁ、コアは無事だったのでな、装甲は予備のパーツを付けたに過ぎん……また本国と連絡を取り合って、レーゲンを修理せねばならん」

 

「体はもういいのか?」

 

「無論だ。だからここにいる。それより、お前こそ大丈夫なのか? 衝撃砲を生身で受けようなどと、バカのする事だぞ?」

 

「ま、まぁ……それは……」

 

 

 

苦笑いを浮かべながら、一夏は鈴を見る。

すると鈴もバツが悪そうな顔になり、やがては頭を下げた。

 

 

「そ、その……ごめん……混乱しちゃって……」

 

「いいよ。結局怪我は無かったからさ……でも気を付けろよ? 今の千冬姉が見てたら、出席簿アタックが炸裂するんだから……」

 

「あら? 一応生徒会室である私もいるんだけど?」

 

 

扇子を広げ、呆れ顔の刀奈が前に出る。

その扇子には、『厳重注意』の文字が書かれていた。

 

 

「まぁ、私たちがした事も……まぁ、やり過ぎたわね。でも、だからってISで生身の人間を攻撃するのは、厳禁……! それは分かっているわよね? 鈴ちゃん?」

 

「は、はい……すみません」

 

「反省しているならよろしい……! ほら、早く二人ともISを解除なさいな……それからセシリアちゃんと箒ちゃんも、ライフルと日本刀をしまいなさい?」

 

「「っ!?」」

 

 

ばれてたか!? と言わんばかりにビクっ!と体が震える二人。だが、刀奈の説教が効いたのか、すぐに納めてくれた。

鈴とラウラがISを解除し、これで一件落着……とまではいかないかも知れないが、なんとか大きな騒ぎにならずに済んだ。

よくよく見ると真耶の表情もホッとしている様に見えた。

 

 

 

「ん、そう言えば、一つ言い忘れていたことがあったな……」

 

 

急にラウラが自分の席に行くのを止め、再び教壇の前に立った。

そして、クラスの全生徒に対して、頭を下げたのだ。

 

 

 

「えぇー、今回は、私のせいで皆に多大なる迷惑をかけた事を詫びたい。

謝って済む問題では無いのは分かっている。だが、謝らせてくれ、すまなかった!」

 

 

 

かつての彼女なら、謝る事すらもしなかっただろうに……。

今深々と頭を下げる彼女を、誰も責めなかった。

 

 

 

「じゃあ、僕も謝らないとね……」

 

 

そう言って、席を立ち上がったのは、シャルロット。

彼女はラウラの隣に立つと、ラウラと同じ様に頭を下げた。

 

 

「今までみんなを騙す様な事をして、本当にごめんなさい! 僕の家庭の事情で起こした事とはいえ、みんなに嘘をついていました……。

でももう、僕はなにも隠したりしません! これからは、一IS学園の一組の “シャルロット・デュノア” として、一から学び直したいと、思っています……!」

 

 

 

 

二人の謝罪にあっけにとられる一組の面々。

それを見て、一夏と刀奈が立ち上がり、二人の側にいく。

 

 

「俺たちからも頼むよ。この二人も、深く反省しているみたいだし……」

 

「生徒会としても、私個人としても、二人には学園に残ってもらってもいいと思っているの……みんなは、どうかな?」

 

 

 

ラウラの両肩に両手を置く刀奈とシャルロットの右肩に手を乗せる一夏。

二人からの提案に、クラスの面々はどうしたものかとうねっている様であったが、その場を立った人物がいた。

 

 

 

「私は賛成だなぁ」

 

「俺もだ」

 

「アスナさん……キリトさんも……‼︎」

 

 

 

二人は振り返り、クラスのみんなの顔を見渡した。

 

 

 

「みんなが困惑するのはもっともだけど、私は、シャルロットちゃんにも、ボーデヴィッヒさんにもこの学園に残ってもらいたいと思っているの。

確かに二人は騒動を起こしてしまったし、嘘をついていたけど……でもそれは、二人の望んだ事じゃ無いの。

結果的には、迷惑をかけたのかもしれ無いけど、一度だけでもいいから、二人を、許してあげてくれないかな……?」

 

「俺からも同じだ。人間誰しも一度は間違う生き物だ……。そのまま間違って進むのか、反省してやり直すのかは、その人次第……。

でも二人は、反省してやり直す道を選んだんだ……難しいかもしれないけど、二人をこのクラスに居させてくれないか?」

 

 

 

明日奈と和人の請願を聞き、再び沈黙が流れる。

だが、クラスの面々の顔には、もう迷いの色は見えなかった。

 

 

 

「仕方がありませんわね……」

 

 

 

教室の後方で立ち上がった生徒からの言葉。

そして、それを言った生徒は優雅にラウラ達の元へと歩み寄る。

 

 

 

「セシリア……」

 

「いいですか、ラウラさん、シャルロットさん?」

 

「ん……」

 

「は、はい!」

 

「ラウラさんとは、浅はかならぬ因縁がありますわ……私としては、すぐにそのことを割り切れと言われても、出来ることではありません……」

 

「……」

 

「ですが、もういいですわ……」

 

「なに?」

 

 

 

 

セシリアの言葉に耳を疑ったが、確かに彼女は言った……もういい……と。

 

 

 

「何を言っている? 私が言うのもなんだが、貴様には私を国際IS委員会に突き出す権利があるのだぞ?

それを自ら放棄すると言うことかなのか?」

 

「ええ、その通りですわ。私としては、あなたの挑発に乗り、返り討ちにあったなどと本国の者に伝えるのが嫌なだけです……。

それに、もう既にあなたには一矢報いることができましたもの……それが銃ではなく、剣によるものでしたが……」

 

「だ、だかな……」

 

「くどいですわよ。わたくしは気にしておりませんので、悪しからず。鈴さん? 鈴さんはどうしますか? 今ならラウラさんに一発くらいは許されるのではなくて?」

 

 

 

全員の視線がセシリアから鈴に移る。

鈴は一瞬ドキッとして、顔を硬直させたが、直ぐに元通りになり、真っ直ぐラウラとシャルロットを見据える。

 

 

 

「ちょっと、この状況で私が殴ったら、私が悪者みたいじゃない……‼︎ でもまぁ、私も別にいいわよ……セシリア同様、あんたには力いっぱいの一太刀を浴びせてやったんだから、もういいわ……。

シャルロット……あんたには別の意味で怒ってるわ……!」

 

「な、なに?!」

 

 

 

ムッとシャルロットを一睨みする鈴の視線に、シャルロットが怯える。鈴はシャルロットに近づいていき、その目の前まで迫った。

 

 

「え、えっと……鈴?」

 

「私が許せないのはね……一夏と一緒の部屋で生活した事よ!」

 

「……え?」

 

 

てっきり、嘘をつき続けてきた事に対しての怒りが来るのかと思っていた為、シャルロットは少し拍子抜けしてしまった。

 

 

 

「『……え?』じゃないわよ! 箒と楯無さんとは一夏は一緒に生活してたのに……! なんで私は除け者なのよ!」

 

 

今度は隣にいた一夏にも睨みを効かせる。

 

 

「いや、だって仕方ないじゃないか……。俺だって最初はシャルロットの事を男だと思ってたわけだし……それに、もしばれて、その後シャルロットがこの学園に居辛く無いようにと思って、俺もできるだけサポートしようと……」

 

「ふーんだ! 幼馴染なんだからいいじゃん! 一夏のバカ!」

 

「うぅ……なんか、ごめん」

 

「はいはーい! 鈴ちゃんも許してくれたというわけで……みんな、改めて、二人がこの学園に残る事に賛成してくれるかな?」

 

 

 

最後は刀奈が締めくくり、みんなに問いかける。

元々決めていた事が二人の許しを得て、さらに迷いがなくなったようであった。今度こそ、教室にいた全員の声が揃った。

 

 

『『『賛成ーーーーっ!!!!』』』

 

「っ!」

「みんな……!」

 

「よかったな、ラウラ、シャルロット……」

 

「あぁ、そうだな……本当に感謝する……!」

 

「うん、ありがとう……みんな! ありがとう……一夏!」

 

 

 

心より感謝の意を示すラウラと、涙目ながらにお辞儀をするシャルロットをみて、少なからず、一夏の心は晴れたものになった。

そして、改めて、ホームルームを始めようと、真耶が教壇に立とうとし、一夏たちも席に戻ろうとしたその時、一夏の腕が何者かに掴まれた。

 

 

「ん? どうしたんだ、ラウラ?」

 

「一夏、お前に頼みがある!」

 

 

改まってなんなのだろうと首を傾げて待っていると、ラウラは片膝を付いたと思ったその事、両膝を付け、頭を下げ、三つ指にした両手を下げた頭の前に添える。

 

 

「織斑 一夏! 私を、お前の弟子にしてくれ‼︎」

 

「…………え?」

 

『『『『弟子ぃぃぃぃーーーー!!!!??』』』』

 

「えっと、ラ、ラウラさん? 弟子入りしたいとは……どう言う意味で……?」

 

「どう言う意味もこうもあるか……そのままの意味だ。私はお前に弟子入りしたいと言っているのだ……!」

 

「いや、俺は弟子なんて取ったことねぇし、お前の師匠は千冬姉だろ!?」

 

「教官は教官だ。師匠とは違う。だから教官は師匠には反映されない」

 

「無茶苦茶言ってんな、それ!」

 

 

 

しかもどこで覚えたのか、土下座をしっかりと決めている。

それでは一夏が悪者のように見えて仕方が無い。

 

 

 

「え、えっと、ラウラ、とりあえず立たないか? なんか、俺が悪いみたいじゃん?」

 

「いや! 貴様が私を弟子にしてくれるまでは、私はここを動くつもりはない! さぁ、どうするのだ? 弟子にするのか、否か!」

 

「なんでお前が仕切ってんだ?! 頼み込んでるのお前だろう!?」

 

 

 

もはやなんでもありになってきたこの状況で、誰かに助けを求めた買ったのだが、よく見ると、和人と明日奈は苦笑いを浮かべてこちらを見ており、刀奈に至ってはニコニコしながらこちらを見ている。

他の生徒たちもどうするのだろうと、好奇の目で見ている……助けてくれる人間はいないようだ。

 

 

 

「え、えっと……ラ、ラウラ? その、一夏も困っているみたいだし、ここは一旦ホームルームが終わった後でも……」

 

 

 

流石に見かねたのか、シャルロットがラウラの肩にそっと手を添えて諭す。が、ラウラは断固として動く気配がない。

 

 

 

「いいや、私はその言葉を受けるまで動かん……! さぁ、どうするのだ?」

 

「ええ〜……」

 

 

 

このままでは本当に動かないのでは? と思っていると、不意に背中をチョンチョンとされる。

何事かと後ろを向いていると、山田先生が申し訳なさそうにこちらを向いていた。

 

 

 

「あ、あのぉ〜織斑くん? お取込み中に申し訳ないんですけども……早くしないと、ホームルームが終わってしまうんですよ……それに……」

 

 

 

俯いていた真耶の視線が教室の後方に向けられる。そこには、ある人影が一つ……。

 

 

 

「お前たちは何をやっているんだ……」

 

「げっ! ち、千冬姉!?」

 

「教官‼︎」

 

 

 

一夏の姉にして、ラウラの教官にして、このクラスの担任である織斑 千冬の登場により、笑いに満ちていた教室内が一気に静まりかえった。

千冬はそのままツカツカと一夏のところに歩いて行くと、右手に持った出席簿を振り上げる。

 

 

 

「『織斑先生』だ! 馬鹿者共が‼︎」

 

「ってぇ!」

「ううっ!」

 

「何やら騒がしいと思ったら、何をしているか……。ボーデヴィッヒ、お前は何故土下座をしている?」

 

「えっと、こ、これは……弟子入りしようと思っておりまして!」

 

「は? 弟子入り? 誰のだ……」

 

「一夏です!」

 

「ほう? お前が弟子を取ると?」

 

「いや、俺も今初めて聞いたんだよ……弟子なんて取ったことないから、どうしていいのかわからないし……」

 

「なるほどな……全く、何かと思えば……。おい、織斑。弟子の一人くらいいなくては、お前の成長は止まったままだぞ? こんなことでいちいち狼狽えるな、情けない」

 

「えっ?! 俺が悪いのか?!」

 

「別にそうは言わんが、いずれ社会にでれば、そう言う風にお前を習いたいと言う人間が現れるだろう……その都度狼狽えていたら、お前の印象は悪くなるだけだぞ……男なら、『任せろ』の一言くらい言ってのけろ」

 

「は、はぁ……わかりました……」

 

「はぁ……ほら、ボーデヴィッヒ。よかったな、織斑が弟子入りを許可したそうだぞ?」

 

「ほ、本当か?!」

 

「まぁ、俺がどれくらい出来るかはわからないけど……わかった。ただし、あんまり期待しないでくれよ?」

 

「いや、大丈夫だ。それでも私はお前の強さの秘訣を知りたいのだ……何も気張る必要はない。私の方から勝手に学ばせてもらうとする!」

 

「そ、そうか……えっと、こういう時は、よろしく? でいいのかな?」

 

「ん? まぁ、いいのではないか?」

 

 

 

差し出した一夏の右手に合わせるように、ラウラの右手が重なる。

ここに二人の因縁の解決と仲直り、そして、師匠と弟子という新たな関係が築けたのだった。

クラスの面々も、気づけば二人のことを祝うかのように拍手を送っていた。

 

 

「やれやれ、ようやくか……山田先生、申し訳ないが、あと五分でホームルームを終わらせてもらいますか?」

 

「は、はい! わかりました!」

 

 

 

 

長い間時間を使ってしまって、真耶に謝罪したあと、問題なくその日の一日の学園生活を過ごし、一日の終わりを迎えた。

放課後からは、また忙しくなる。

なんと、シャルロットに続き、ラウラまでもがALOに興味を示したということだった。

 

 

 

「でもラウラ、お前アミュスフィアをどうやって買ったんだ? 今まで興味を持ってなかったのに、いきなり湧いて、もうすでに揃えられているなんて……どうやったんだ?」

 

「それは、我が黒うさぎ部隊の副隊長であるクラリッサが用意したものだ。

クラリッサは、日本の文化に詳しいのでな、すでにゲットしていたものを、私が興味があると言った瞬間、国際便にてこれをドイツから送ると言われてな……。もちろん、すでにALOというMMOのソフトもインストール済みだ」

 

「…………用意周到だな……」

 

「まぁ、そこは優秀な部下を持った私の人徳だな……!」

 

「あはは……まぁ、それなら一緒に行けるってわけだな……今から俺はINしようと思ってるんだけど……どうする?」

 

「もちろん行く……シャルロット、お前はどうする?」

 

「もちろん行くよ! 寮の部屋の中からでも入れるんだよね?」

 

「あぁ、俺たちはいつもそうしてるぜ。そんじゃ、INしてからのやり方は、説明した通りだから、キャラネームを決めて、種族を選ぶ、そうしたら、各種族のホームタウンに転送されるから……あ! その前に、二人は種族は何にするのか、決めたのか? 出来れば教えてくれないか? 俺とカタナで迎えに行くからさ」

 

「そうか……そうだな……私は闇妖精種のインプにしようと思っているんだが……シャルロットはどうする」

 

「ん? 僕はシルフかな……これでも《疾風》を語ってるわけだしね……!」

 

「疾風……なるほど、リヴァイブのことか……! オッケー……じゃあ俺はシャルロットを、カタナがラウラを迎えに行くからさ、INしたら、しばらくの間待っていてくれるか? そうかからないとは思うんだけど……」

 

「うん! わかった」

 

「いいだろう……こちらが頼んでいる以上、そちらの要求に従う」

 

「よし、じゃあ向こうで会おうぜ」

 

「うん!」

「あぁ!」

 

 

 

 

その後の詳しい説明は中で話すとし、三人は寮の部屋へと戻っていった。

 

 

 

「あら、おかえりなさい」

 

「あぁ、ただいまカタナ」

 

 

部屋に入ると、すでに刀奈はアミュスフィアの準備を整えていたようだった。

 

 

 

「はい、準備はしておいたから、とりあえず着替えたら? 流石に制服のままじゃ皺になっちゃうし……」

 

「そうだな……じゃあ着替えるから少し待っててくれ」

 

「なんならぁ〜手伝ってあげようか♪」

 

「いや、それは流石に……!」

 

「ほらほら、はやく脱いで脱いで!」

 

「いや、一人で大丈夫だって……っ!」

 

「良いではないか♪ 良いではないか〜〜♪」

 

 

 

 

なんだかんだで抵抗はしてみたものの、結局脱がされ着替えさせられてしまった……。

好きな相手であり、結婚し、ともに生活していたとはいえ、流石に自分の着替えを見られるのは恥ずかしいことだ。

 

 

「さ、はやくダイブしましょ♪」

 

「あぁ、そうだな。二人を待たせるのも悪いしな……それで、カタナはラウラのところに行ってくれるか……? ラウラは、インプを選んだらしいんだけど……」

 

「インプね……了解。シャルロットちゃんは?」

 

「シャルロットはシルフらしい。だったら、同じ種族の俺が言った方がいいだろう」

 

「そうね。それじゃあ、行きましょうか」

 

「おう」

 

 

 

 

 

二人はベッドに横たわると、頭にアミュスフィアを被る。そして、互いに一度アイコンタクトを取り、頷きあう。

 

 

 

「「リンク・スタート!!」」

 

 

 

 

その言葉とともに意識が一気に現実から離れていく。

次の瞬間、目を開ければ、そこは幻想的な世界が広がっていた。

 

 

 

 

「ん……着いたか……」

 

「チナツ」

 

「おう、カタナ」

 

 

 

 

 

二人が今居るのは、アルヴヘイム・オンラインの世界観の中で中央部の都市にあたる《央都アルン》の《ユグドラシル・シティ》だ。

その都市を中心に、周りには九つの種族のホームタウンが存在する。

 

 

 

 

「さてと、それじゃあチナツは《スイルベーン》に行くんでしょう? 気を付けてね……」

 

「おう、カタナも気を付けてな、ラウラと合流したら、また《アルン》で落ち合おうぜ」

 

「了解!」

 

 

 

 

二人の背中から、それぞれ緑と水色の羽根が出現し、それを羽ばたかせ、上空へと上がっていく。

充分に上昇したあと、互いに手を振り、超高速で飛行する。

カタナはインプ領へ。チナツはシルフ領へと向かって飛んで行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうでしたでしょうか?

ここから、ラウラとシャルのALOデビューが始まります!
それはそうと、この間やっとISの最新ゲーム『ラブ・アンド・パージ』を買えました!
しかも限定版で、中身はオリジナルサウンドの入ったCDと、猫の着ぐるみパジャマが愛らしいラウラのSDフィギュア、バニーのコスプレをしたセシリアが写ったタペストリーでした!
なかなか可愛かった(*^_^*)

そして、ゲームをかなり進み、現在楯無、箒、鈴、簪と攻略していき、今セシリアルートを攻略中であります!
いや〜、みんな可愛い♪
一番好きな楯無さんは、もうマジで可愛い過ぎです!



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第三章 FAIRY WORLD
第23話 妖精の世界


今回から少しISを離れ、シャルとラウラのALOデビュー編をやろうと思います。
それが終わって、臨海学校編に行きます!




〜Charlotte Side〜

 

 

一夏の言う通りに、アミュスフィアをかぶり、リンク・スタートという言葉を発した。

その瞬間、目の前が明るくなり、いろいろなものが流れ込んでくるような……そんな感じがした。

そして、次にドームのような空間に放り出され、その場に立っていると、アナウンスが聞こえて来た。

目の前には《Welcome to Alfheim Online》の文字が映し出されていた。

 

 

 

「凄い……本当にこれが、ゲーム?」

 

『アルヴヘイム・オンラインの世界へようこそ!』

 

「ひゃあ!」

 

 

 

いきなり目の前に出てきた端末と思しきものと、アナウンスに驚き、変な声が出てしまう。

少し頬を赤らめ、落ち着いてアナウンスを聞く。

 

 

 

『キャラネームを入力してください』

 

「えっと、名前は……」

 

 

 

キャラネーム。その世界での自分を指し示す名前だ。

一夏からは、事前に聞いていたが、基本的には本名は無しだ。なので、何にするかを悩んでいたのだが、今日の昼休みの時に相談しておいたのだ。

自分を指し示す名前であり、いろいろと助けてもらった一夏からつけてもらった名前……。

 

 

「えっと……Chinoa……シノアで!」

 

 

名前ははっきり言って、シャルロット・デュノアという本名の省略に過ぎない。だが、それでも一夏に考えてもらい、この名前が出た時は、何故だか凄く良いと感じてしまった。

シャルル、シャルロット、そしてシノア。母から名ずけてもらったシャルロットと言う名前と一夏から貰ったシノアという名前。この二つは、今では彼女のお気に入りの名前だ。

名前を決めると、今度は九体のアバターの映像が映し出された。

 

 

 

『それでは、種族を選んでください』

 

 

 

手元にある端末を操作し、自身の分身とも言えるアバターを選んでいく。

 

 

『シルフ、ですね? それでは、シルフ領への転送開始します。ご武運を……‼︎』

 

 

 

目の前が明るくなり、真っ白な世界に包まれる。

そして、次に目をさますと、そこには現実ではまず目にできない光景が広がっていた。

 

 

 

「うわあぁ〜〜!!!!」

 

 

 

翡翠色の塔が5つ建てられた都市。

そこを歩く妖精たち。みんな髪の色や瞳の色、姿や着ているもの全てが、現実からかけ離れていて、見るものを圧倒した。

妖精の特徴である先の尖った耳や獣耳や尻尾……腰や背中には、剣や槍、斧などといった武器に、全身を覆う甲冑などなど……目の前の光景に立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

(これって、本当にゲームなの?! 歩いてる人も、肌で感じるこの感覚も、全部仮想……現実じゃないのに……)

 

 

 

これは全てが仮想。現実のものでは無い。にもかかわらず、この手に感じるもの、この目で見ているものは、紛れも無い現実そのものだった。

いつか一夏が話していたことを思い出す……《自分たちは、あの世界で、確かに生きていた》……と。

 

 

 

(えっと、ここってどこなんだろう? 確か《シルフ領》って言ってたような……)

 

 

あたりを見回してみると、どことなく緑色の髪や金髪の姿のキャラ達が多いことに気づく。

少し探索したい衝動にかられ、思い思いに歩いてみる。

そしてふとある姿に気づく。

ガラス張りの建物に写った自分だ。

一瞬だけ、自分だと分からず立ち尽くしてしまう。そこに写るのは、現実と同じ髪型ではあるものの、その髪の色は金髪ではなくライムグリーンのような鮮やかな色で、黄緑色の瞳、そして初期アバターにありがちな初期装備の七分袖のシャツにスカート、腰にはカットラスのような刀剣が装備されたシャルロット……もとい、シノアの姿だ。

 

 

 

「これが……僕……?」

 

 

自分の手で顔や、服を触ってみる。

そこから感じる服の肌触りや、肌に直接感じる感触が伝わる。

 

 

「凄いなぁ〜……まるで神話に出てくるエルフみたい……‼︎」

 

 

その昔、まだ母が生きていた頃のこと、母から貰った本の中に、北欧やケルトの神話が乗った話の内容が書かれていたものがあった。

妖精や神、かつての英雄たちの活躍が記されたその本を読んでいて、飽きることがなかったのだ。

幻想的でロマンチックな話もあれば、とても悲しい話まで色々とあった。

もし自分が、その物語の主人公だったら……どうしていただろうか……などと、子供ながらに考えたことだって少なくはなかっただろう。

だが、今自分はその物語の主人公のように姿が変わっている。

本物の妖精のように……。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

ふと視線をずらして、街並みを見てみる。

すると街の中を歩いているプレイヤーたちは、左手を上から下へと軽く振っていた。

すると、何やら空間ウインドのようなものが飛び出し、あれこれ操作していた。

 

 

「なんだろ?」

 

 

シノアも真似してみる。

左手を前方にだし、軽く振ってみる。

すると、さっきのプレイヤーと同じように空間ウインドが表示された。

 

 

「えっと……あ、メインメニューか……」

 

 

表示されたものが何なのかに気づき、あれこれとボタンを押してみる。

ステータス画面や装備品を見る画面、地図にログアウトボタンなどなど……。

 

 

「えっと……ここに一夏が迎えに来るはずなんだけど……やっぱりまだ来てないよね……?」

 

 

一夏は少し遅れると言っていたので、まだこの街にはいない。

そこでシノアは、少し街を探索してみようと思い、街を歩き出した。

その目は、初めの世界を知る好奇心で輝いて見えた。

 

 

 

 

〜Laura side〜

 

 

 

VTシステム事件が終了し、今まであった一夏や周りとの関係も少なからず修復できたラウラ。

同室となったシャルロットと同様にアミュスフィアをかぶり、意識を仮想世界へと持っていく。

シャルロットと同様にまずはアバターを作るための空間に呼び出されたラウラ。

 

 

 

「ん……ここは」

 

『アルヴヘイム・オンラインの世界へようこそーー!』

 

「ッ!」

 

『キャラネームを決めてください』

 

 

 

 

目の前にキーボード式の端末が現れる。

名前を記入するキーボード端末に手をかけると、なんの迷いもなく、キーボードを打ち込んでいく。

その名前は……Laura。

 

 

「うむ、これでよし!」

 

『それでは種族を選んでください』

 

「種族……それもすでに決まっている!」

 

 

 

カーソルを動かし、既に決めていた種族を選択する。

 

 

 

『インプ、ですね? それではインプ領へ転送開始します…ご武運を……‼︎』

 

 

 

 

目の前が明るくなり、真っ白な世界へと包まれる。

そして、ふと目を開けた瞬間、そこは異世界につながっていた。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

その光景は現実とかけ離れていた。

闇妖精族…その言葉が似合うような都市の光景だった。

 

 

 

「闇……だが、何故こんな暗闇でよく見えるんだ……?」

 

 

 

周りを見ると河川地帯であり、山岳地域だと思う木々や山、一部では、山間に覆われ洞窟のような物が見え、それが天を覆い、日の光が全く入ってこないのだろう。

その他にもいるプレイヤーの中にも、インプは多く、みんな普通に歩いている。が、何人かはインプのプレイヤーに手を連れられてなんだかヨロヨロと危なっかしく歩いている。

 

 

 

(……もしかして、この暗闇が見えるのは……我々インプだけなのか? 他の種族のやつでは見えんのか……)

 

 

 

このままここで待っていてもラウラ自身は良かったが、迎えに来る者、カタナではラウラを発見するのは難しいだろうと判断し、ラウラは明かりが思っている喫茶店へと足を踏み入れる。

 

 

 

「ん……中々繁盛しているようだな……」

 

 

 

中に入ると中はインプ以外の他種族のプレイヤーたちで埋めつくられていた。

インプは暗視能力があるため、外でも過ごせないくはないが、他の種族では、魔法によるスキルで暗視能力を付加してもらわないといけないため、できるだけ明るいところで過ごしたいはずだ。

ラウラも空いている席に座り、カタナを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

〜Charlotte Side〜

 

 

 

 

この世界……アルヴヘイム・オンラインの世界に来て、シノアの心は舞い上がっていた。

何せ、全てが可愛らしさや幻想的なイメージで作られたこの世界で、夢でも見ているのではないかと思うほどの現実味溢れるこの光景で、興奮しないわけがない。

 

 

 

「はぁ〜〜凄いなぁ〜。完全に異世界だ」

 

 

あれから、シノアはシルフ領の首都スイルベーンのあちこちを歩き回っていた。

雑貨屋や武具店、鍛冶屋に飯店など様々な店が立ち並んでおり、そこにも多くのプレイヤーたちがいる。

 

 

 

「もうそろそろ一夏は来たかな?」

 

 

待ち人である一夏が来たかどうか、確認するために、シノアは元いた場所へと戻ろうとした。が、それを阻むようにして前に立ちはだかる人影があった。

 

 

 

「うわぁっ! えっと、ごめんなさい」

 

「いやぁ〜ごめんごめん。君が可愛いからつい見惚れちゃっててさぁ〜」

 

「え、ええ?!」

 

 

 

完全にナンパだった。

それもやり口が古く、シノアも少し引いた。

よく見ると、シノアをナンパしているのは、赤髪の青年であったため、シノアはすぐにシルフのプレイヤーではないと気づいた。

その他にも二人……その赤髪のプレイヤーの隣に寄ってくるプレイヤーがいた。その二人も同じく赤髪をしている。

 

 

 

「それにしてもほんと可愛いね君! 初めて見た顔だなぁ〜……もしかして、このゲーム初めて?」

 

「ええ……まぁ、そうですね」

 

「へぇ〜そうなんだぁ……。そうだ! 俺たちこれから冒険に出るんだけどさ、君も一緒に行かない?」

 

「え?! そ、それは……」

 

「いいじゃんいいじゃん! 初期装備でも大丈夫なところを教えるしさ、なんなら、俺たちが買ってあげるよ!」

 

「いや、そんな……悪いですよ……!」

 

「大丈夫大丈夫! 俺たち攻略組だからさ、結構金は持ってんだよ」

 

 

 

そう言って指をさすのは、空の遥か向こうにそびえ立った大きな構造物。

積円型の構造物で、見た目はラグビーボールのようで、一瞬あれが何なのか分からなかった。

 

 

 

「あれって……」

 

「あ〜、あれ? あれは浮遊城《アインクラッド》って言って、かつてソードアート・オンラインって言うデスゲームの舞台になったところなんだ……MMOをやってるなら、聞いたことはあるよね?」

 

「は、はい! …………あれが、《アインクラッド》……一夏たちが戦った、城………」

 

 

 

一夏から聞いていた話では、あの城に一万人ものプレイヤーが囚われた。

そして、命をかけて戦い、生き残ることが出来た。その中でも一万人のうち、約四千人が死んでしまったというのも、最近になって知ったことだ。

 

 

 

 

「何で、そんなデスゲームを起こした城がここにあるんですか?」

 

「うん? あぁ、確か……五月だったかな? ALOも一度サービスが中止になっちゃって、でも再開するって告知が出て、いざログインしてみたらさ、あの城が出てきたんだよ……!

凄かったんだぜ! 夜真っ暗時に、突然光輝いて……‼︎ それからは、あの城を攻略しようってプレイヤーが多くなってね。今じゃあ俺たちもその一員ってわけさ!」

 

「へぇ〜そうなんですか」

 

「おっと、話を戻すけど……一緒に冒険にしない? 君のような可愛い子は大歓迎だよ!」

 

「そうそう。なんなら、俺たちが戦いのレクチャーをしてやるし!」

 

「魔法や羽の使い方だって教えてあげるからさ!」

 

「いや、その……ごめんなさい。ぼ、僕ちょっと人と待ち合わせしてて……そのあなた達とは一緒に行けません」

 

「ええ〜〜そんなこと言わずにさぁ……」

 

 

 

一番前にいた男がシノアの手を強引に掴んで、連れて行こうとする。

 

 

 

「やっ、ちょっと! 離してください!」

 

「いいからいいから!」

 

「ちょ、ちょっと待って! 離して‼︎」

 

「おいおい暴れるなって!」

 

「大丈夫だって!」

 

 

 

初めてきた世界で、ナンパをされ、連れて行かれそうになり、とっさに現実世界で習ったCQCを試そうかと思ったが、キャラの初期設定のせいで筋力値や敏捷値と言ったステータスは、彼らの方が上のため、掴まれた腕を振り払うことが出来ずにいたのだ。

このまま何処かへと連れて行かれるのだろうかと不安な気持ちになり、目を瞑ると自然と名前を叫んでいた。

 

 

 

「た、助けてぇ‼︎ 一夏ァァァ!!!!」

 

「はぁ? イチカって誰?」

 

「そんなやついたか?」

 

「いやぁ?」

 

 

 

 

男達が疑問に思っていたその瞬間、ふと、シノアを拘束する腕の力がスッと抜けた。

何事かと目を開けると、そこには金色の髪に白いコートを羽織った青年が立っていた。

 

 

 

「あァ? なんだてめぇ……」

 

「おいおい邪魔すんなよ……! せっかく仲良くやってたのによぉ〜!」

 

「っていうか、お前誰だよ」

 

 

 

金髪の青年は掴んだ赤髪の男の腕を離して、面と向かって言った。

 

 

 

「俺の名はチナツ。この子とは、待ち合わせをしていたんだよ……そしたら、あんたらがこの子にちょっかいを出そうとしていたみたいだからさ……それに、『助けて』っていうくらいだからな……あんたらが悪いことでもしたんじゃないか?」

 

「あぁ? 意味わかんねえんだけど? って言うか邪魔だよお前!」

 

 

 

チナツという青年の邪魔に苛立ったのか、リーダー格のプレイヤーが腰に差していた両手剣を引き抜こうとした……その時。

 

 

 

ギンっ!!!!

 

 

 

 

「ん……?」

 

「なっ!」

 

「いつの間に……!?」

 

 

 

抜こうとした両手剣の刀身の柄の部分に別の刀身が当てられており、引き抜こうとする勢いを止めていた。

そして、その止めている刀身をなぞる様にして目線だけで追う。

その刀身……刀抜いていたのは、先ほど助けてくれた金髪の青年だった。

 

 

「て、てめぇ……! いつの間に!」

 

「ん? 悪いが、先にケンカを吹っかけてきたのはそっちだぜ? 後から抜いた俺は、当然正当防衛が適用されるよな……。

まぁ、何故か先に抜いたあんたよりも、俺の方が速かったみたいだがな……‼︎」

 

 

 

自信満々のその顔に赤髪男達は一瞬でたじろぐ。

 

 

 

「ん?! あ、ああ……ああああ!!!!」

 

「な、なんだよ!?」

 

「おい、そいつ……《瞬神》だ‼︎ シルフ最速の‼︎」

 

「え……?」

 

「ええぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

瞬神……その言葉を聞いた途端、三人組は化け物でも見たかの様に後ずさる。

おそらく、その名前は目の前にいる青年のことなのだろう。

 

 

 

「まぁ、そう呼ばれているな。それで? どうするんだ……このまま相手になってほしいなら、付き合うけど?」

 

「い、いいえ!」

 

「申し訳ありませんでしたぁぁぁーーー!!!!」

 

「失礼いたしますーーー!!!!」

 

 

 

 

三人組は、赤い羽根を広げ、空へと飛び立って行った。

それを確認すると、金髪の青年は得物である刀を鞘にしまい、こちらへと視線を向けてくる。

 

 

 

「ごめん、待たせたな」

 

「え?」

 

 

 

待たせた……ということは、自分に対して言っているのか?

そしてシノアは気づく。その青年の顔が、ある青年に酷似している事に。

髪の色や瞳の色が、現実のものと全く違っているために、初めは判断できずにいたが、今ではその人物と目の前の人物が重なって見える。

 

 

 

「も、もしかして……一夏?」

 

「あぁ、そうだ。それと、こっちでは “一夏” じゃなくて “チナツ” な。ここでは、現実の事を出すのはマナー違反だからな」

 

「あ、ごめん! それと、さっきはありがとう……助けてくれて」

 

「良いって。それより、名前は “シノア” でよかったんだよな?」

 

「うん! そうだよ」

 

「ようこそシノア。妖精の世界にーーー!」

 

 

 

屈託のない笑顔と、差し出された手を見て、その手を取る。

その瞬間、もっと世界が広がったような気がした。

 

 

 

 

 

 

〜Laura Side〜

 

 

 

ラウラは鏡とにらめっこをしていた。

店内は慌ただしく、大変賑わっているようであった。

中には酒を飲んでいる者までいる。鏡越しにその顔を見ると、頬が赤く染まっており、相当酔っているようであった。

 

 

 

(電脳世界であっても、酒などで酔い潰れる者がいるのか……。VR世界……興味がなかったとは言え、ここまで進化を遂げていたとはな……)

 

 

 

改めて、このVRMMOという物に関心を抱いた。

人間の五感を再現できており、見る物、触れる物、感じる物全てがそこにある。

正直に言って言葉が出ない。

そしてそれは、今鏡に写っている自分自身にもだ。

インプの特徴は、紫色をパーソナルカラーにしているため、より一層『闇』と言う単語が似合う。

その為、いまのラウラの姿を現実の世界にいる彼女の隊員たちが見たら、なんと言うだろうか……。

腰まできた髪の毛がストレートで伸ばされているのは変わらないが、その髪の色が、混じり気のない闇色の髪色なのだ。

それにプラス、ラウラのトレードマーク的存在の眼帯がない。

両眼ともに黒曜の色に染まっている。

 

 

 

「これが私なのか……」

 

 

 

顔を触れてみる。

その手と顔に感じる肌の感触……それもまた本物だ。

だが、どうしても違和感が拭えない。産まれてからこの方、ずっと眼帯を付けて生活していた身であるが故にだ。

それに……

 

 

(両眼共に同じ色で揃っているのは……なんだが、私では無いみたいだな……)

 

 

 

ラウラの眼は、ドイツでISの適合率を上げる為にナノマシンを注入された事によって、左眼が変色し、オッドアイになっていた。

だが、ここALOではそんな事関係ない。プレイヤー自身がアバターの操作をしない限り、与えられたアバターの容姿のままなのだ。

だが、それがとても不思議なのだ。そして考えてしまう。

もしも自分が、ドイツ軍の強化兵として産まれてくる事がなく、普通に両親のもとで産まれ、ISに全く関わりが無かったら……。

自分は一体何をしていただろうか……と。

 

 

 

(だが、これで良かった。織斑教官に出会い、あの人の下で訓練に明け暮れ、ドイツ軍最強にまで上り詰めた……そして、一夏と出会い、私は更に上へと目指せる……‼︎

これは、決して無駄な出会いでは無かったのだ……!)

 

 

 

そう思うと、自然と顔がほころんでしまう。

この様な経験は、いままでに無かった事であり、するとも思わなかったからだ。

そんな事を考えていると、ふと、ラウラの下に歩いてくる人影が見えた。

 

 

 

「嬢ちゃん、ここに相席いいかい? 他がいっぱいで座れないんだ」

 

 

 

よく見ると多種族……青い髪をしているから、ウンディーネだろうと思われるいい年頃のおじさまな男性がラウラの前に現れ、ちょんちょんとラウラの前の席を指差す。

 

 

「あぁ、構わない。私も人を待っていただけなのだ。待ち人が来たら、すぐにここを立つつもりでいた」

 

「そうか、なら失礼するよ」

 

 

 

おじさんプレイヤーの手にはなにやら酒の様なものが入った木製のジョッキがあり、それを豪快にグビクビと飲んで行く。

 

 

「ぷはぁー‼︎」

 

「それは、そんなに美味しいのか?」

 

「ん? そりゃあな……。一応、これビールと同じだぞ? それがどうかしたのか?」

 

「ん……いや、実は私はこの手のゲームをやるのは初めてでな……この世界の事も知らんし……そこであなた方の様なプレイヤーたちがこうやって過ごしている事も、今初めて知ったので、少し驚いている」

 

「あぁ、なるほど。確かによく見たら初期装備だな……。嬢ちゃん名前は?」

 

「ラウラだ」

 

「そうか、俺はツルギだ。ここで会ったのも何かの縁だ。よろしくな」

 

「あぁ、こちらこそよろしく」

 

 

 

 

その後、ツルギの奢りでラウラもドリンクを注文した。

最初は渋っていたものの、もはや強引に注文させられた様な感じになった。

頼んだのはもちろん酒ではなく、ただの果物ジュースだ。

 

 

 

「ん……ほう、中々美味しいな……!」

 

「だろ? 仮想世界とは思えねえくらいにリアルに再現してんだ。嬢ちゃんも二十歳越えたら、酒が飲めるんだがな……まぁ、それは後のお楽しみって奴だわな!」

 

「ところで、あなたはこの世界にどのくらいいるんだ?」

 

「ん? MMOを始めたのは、ずっと前だ。このフルダイブ型のを始めたのは、つい何ヶ月か前でな……いやはや、こんなものに巡り会えたのは、ほんと幸運だったね……‼︎」

 

「そうなのか……」

 

「嬢ちゃんは誰からの紹介でここに来たんだい?」

 

「ん? 現実世界で、このゲームをやっているもの達がいてな……。その者たちに誘われてだな」

 

「ほう。そうかそうか……こうやって仲間が増えていくのは、大歓迎だな!」

 

「仲間?」

 

「あぁ、そうだ。同じ世界を見て、同じ空を飛び、同じ物を探し、戦う者たち……ここにいるみんなが仲間だ!」

 

「……っ!」

 

 

 

 

その言葉は、とても新鮮だった。

仲間と言う括りに自分の様な新参者が、含まれている事に、正直驚きを隠せない。

軍では仲間意識はあったものの、ここまでフレンドリーで、暖かく迎えると言うような歓迎はあまりされない。

これもまた、この世界での事なのだろうか。

 

 

 

カランカラン

 

 

 

再び扉が開く音。

そちらに視線を向けると、そこから入ってきた女性アバターに店内が釘付けにされる。

コバルトブルーの髪は短髪で、その毛先が外側に跳ねている癖っ毛の持ち主。

まるで忍び装束のような服装と思いきや、その背中にある蒼い長槍が存在感を露わにしている。

 

 

 

「おいおい、ありゃあ……《ローレライ》じゃねぇか……‼︎」

 

 

 

ツルギがボソッと言った。

よくよく見ると、周りのプレイヤー達もざわめいていた。

だが、ラウラからしてみれば、そのプレイヤーはこうやって注目を集める事に慣れているし、なんら不思議ではないと考えている。

その自信満々のような顔が、こちらを向き、やっと見つけたとばかりに、顔が明るくなる。

 

 

 

「ふぅ〜やっと見つけたわ……‼︎ ごめんなさい、遅れちゃって」

 

「いや、仕方ないだろう……私の方が早く着いたんだ」

 

「おや? お嬢ちゃんたち、知り合いだったのかい?!」

 

「あぁ。私を誘ってくれたのが、こいつでな……正確には、こいつの恋人の方なんだが」

 

「じゃあ、シルフの《瞬神》の紹介か!? こりゃ魂消たねぇ〜!」

 

「まぁな。では、私はこれで……。中々楽しかった、ありがとう」

 

「いやいや、こちらこそ! 頑張ってな!」

 

 

 

 

快く見送られ、店を後にする二人。

インプ領の入り口……洞窟の外へと向かいながら、改めて紹介をする。

 

 

 

「えっと、名前は何て呼べばいいのかしら?」

 

「ラウラだ」

 

「いや、本名じゃくてキャラネームーー」

 

「だからラウラだ。キャラネームもラウラなのだ」

 

「…………本名をキャラネームにしちゃったのね」

 

「その通りだ。私はラウラ・ボーデヴィッヒ……それ以上でも、それ以下でもない。それよりお前の事はなんと呼べばいい? 確か一夏は “カタナ” と呼んでいたな」

 

「ええ、その通りよ。私はカタナ。ようこそ、ラウラちゃん……アルヴヘイムの世界へーーーー!!!!」

 

「っ……! ああーー!!」

 

 

洞窟を抜けるのと同時に、ラウラの中にも少なからず光が差した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これから《アルン》に行くんだけど、シノアはまず、武器を揃えないと……あぁ、あと飛行の仕方もな」

 

「はい! よろしくお願いします」

 

「そんなにかしこまらなくていいって……普段通りで頼むよ」

 

「う、うん! そうだね……‼︎ じゃあよろしくね、チナツ」

 

「よし、そんじゃあまずは武器屋だな」

 

 

 

チナツはシノアを連れ、初期装備のシノアの装備を整える為に、シルフ領にある武器屋へと向かう。

武器屋に着いてまず、シノアの戦闘スタイル決めていく。

武器屋にあるあらゆる武器を手に取りながら、シノアの意見を聞いていくのだ。

 

 

「シノアは、武器のリクエストとかあるか?」

 

「うーん……そうだねぇ。一応コレがあるけど……僕、剣より銃がしっくりくるだよね」

 

 

腰に付いているカットラス型の片手剣の柄に手を置いてみせる。

 

 

「あ……そっか、そうだよな。でもALOに銃なんて無いし……」

 

「そうだよね。仮にも “妖精の国” なんだし……」

 

「ん? 妖精の国?」

 

「うん。アルヴヘイムって言うのは、北欧神話に出てくる妖精の国って意味の名前なの。だから、そんな世界に銃なんて言う近代兵器があるわけ無いよねぇ……」

 

「まぁ、そうだな……。遠距離だと、魔法スキルを上げて後方支援に徹するか……」

 

「そうだよねぇ……でも、僕は後方からの支援狙撃はあんまり……」

 

「だよな……シノアはどっちかと言うと中距離での遊撃型だもんな……そうなると接近戦はあまり向かないし、魔法の遠距離からの支援も違う……となるとだ……」

 

 

 

チナツは武器屋の中を歩き、あるブースのところで止まった。

 

 

 

「近距離攻撃の中で、一番リーチが長いのは、『槍』。ならそれ以上であり、魔法以下の攻撃手段となると……コレだな!」

 

 

 

壁に飾ってあった物を手に取り、シノアに見せる。

 

 

 

「ヘェ〜……『ロングボウ』かぁ〜……‼︎」

 

「あぁ。弓なら、後方支援も出来るし、前衛とともに攻撃態勢も取れる。遊撃にはもってこいだな。ただ、銃みたいに連射機能は当然無いし、シノアは弓を使った事無いだろ?」

 

「うん、そうだね……。弓なんてテレビでしか見たことないし……でも……」

 

 

 

チナツが持っているロングボウを、シノアはゆっくりと手に取り、それを眺めている。

 

 

 

「でも、これってなんだかエルフみたいに見えるよね!」

 

「エルフ? あぁ、森に住んでいる種族か……。確かにそう見えてもおかしくはないな。

まぁ、弓もシステムアシストが付いているから、命中精度をスキルと一緒に上げて行けるし、今はまだ難しかもしれないけど、二本三本とまとめて矢を撃てるようにもできるんじゃないかな」

 

「……うん! じゃあ、僕はコレにするよ!」

 

「弓でいいのか? 他にもいろいろあるけど……」

 

「チナツが僕の為に選んでくれたんだもん……‼︎ だったら、僕はコレで頑張るよ!」

 

「そうか? なら、メインアームはそれで、矢もいろいろと揃えないとな……あ! あと、防具だな。今の装備だと《アルン》に行くまでにぶっ続けで戦闘があったら、保たないしな」

 

 

 

チナツは武器屋のNPC店員に話しかけ、選んだ弓を渡す。

NPCがそれを確認し、値段を提示する。

その他にも、シノアの好みと意見を聞き、一緒に選んだ防具も一緒に添えて出す。

値段は装備一式のため、そこそこの値が付いたが、チナツは迷わず購入のボタンを押した。

 

 

 

 

「あぁ! ぼ、僕払うよ! いくらだったの?」

 

「いいよ。ここは俺が持つから」

 

「だ、ダメだよ! こんなにいっぱい買ってもらうなんて……」

 

「いいのいいの! 今日はシノアたちの歓迎なんだから、これくらいはさせてくれ」

 

「ええ〜、でも……」

 

「いいって。これから一緒に冒険する仲間が増えたんだし、俺がそうしたいんだ……記念日みたいなものだと思ってくれ。だから受け取ってくれないか、シノア?」

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 

 

優しく微笑みかけるチナツの顔に、シノアの顔が紅潮していく。

 

 

 

「も、もう……そういう所、ズルイよチナツは……」

 

「ん? なんか言ったか?

 

「う、ううん! なんでもない! えっと、その、じゃあ、ありがたく頂くね……」

 

「おう、早速着替えて見てくれよ」

 

「うん! えっと、装備欄を開いて……」

 

 

 

シノアは一旦物陰に隠れて、指をタップしていき、自身の装備欄を開く。

そこに映し出された新たな装備品を選び、また指をタップしていく。

その後、シノアの体が粒子に包まれ、一瞬にしてその姿が変わる。

初期装備独特のシャツは、半袖に首から肩の部分が翡翠色の生地で残りの部分が白色のツートンカラーの服に変わり、その上から、腰あたりまでの丈で長袖の薄い黄色のジャケット。

スカートは黒に裾丈のところに黄色いラインが入ったもの。その下には黒いスパッツをはいている。

そして、新たに購入した武器である弓《ミストラル》と、胸当てに使う鋼の甲冑を身につけた状態で、新たな姿に生まれ変わったシノアがそこには立っていた。

 

 

 

「ど、どうかな……?」

 

「おお……‼︎ 中々様になってて、似合ってるぞシノア!」

 

「え? そ、そう? な、なんか照れるなぁ〜♪」

 

 

 

お世辞抜きに、今のシノアの姿はさながら本物エルフのようにも思えた。

元々がヨーロッパ圏の出身であるシノアの容姿がそれを際立たせているのか、日本人であるチナツの雰囲気とは完全に異なって見えた。

 

 

 

「さてと、それじゃあ武器も揃えたし、あとは飛行の練習だな。それができれば、あとは実戦あるのみだ」

 

「よろしくお願いします♪」

 

「よし! それじゃあ行こうか」

 

「うん♪」

 

 

 

 

期待に胸を躍らせ、チナツとシノアは《スイルベーン》を抜け、《アルン》のある北東方面に向かって歩み出した。

 

 

 

 

 

一方ラウラ達もまた、装備品を整えるために武器屋へと向かっていた。

 

 

 

 

「ラウラちゃんは武器何にするか決まったの?」

 

「この世界には、銃が無いのだろう?」

 

「そりゃあまぁ……幻想的な武器しか扱って無いと思うわよ?」

 

「ならば、これしかあるまい」

 

 

 

ラウラは自身の腰に差してあったものを抜き出す。

その手に握られているのは、一般的なダガーであった。

それをラウラは慣れた手つきでくるくると回しては逆手に持ったり、順手で持って思い思いに動かす。

 

 

 

「うむ……これも中々いいものだが、戦闘では少し頼りなさげだな……」

 

「まぁ、初期装備だしね。だから、ここに来たのよ♪」

 

「ここは……」

 

 

 

目の前にある建物。

インプ領にある小さな武器屋に目を奪われるラウラ。

あらゆる武具を品々を見て、感激しているようであった。

 

 

「ふむ……中々にいいものを揃えているな……。しかし、やたらと短剣の類が多いな……」

 

 

そう、よく見ると、武器屋の店内は半分くらいは刀剣類……それも短剣型の武器が多いようであった。

 

 

「まぁ、インプは闇の属性を持っているからね。暗視も暗中飛行も出来るのか特徴なんだけど、スプリガンと同じように、正面からやり合うことはなく、相手の裏や隙をついて仕留めるって合う具合の戦闘スタイルだからねぇ……」

 

「ほう? では各種族で向き不向きがあるのか?」

 

「ええ、そうよ。私はウンディーネで、そのスタイルは主に後方支援型。マナゲージが九つの種族のうち二番目に高くて、回復魔法を得意にしてるの。あとは……水属性だから、水中活動も得意ね」

 

「なるほど……しかし、貴様は前線で戦っていたのだろう? 何故に後方支援に回ったんだ?」

 

「そりゃあもちろん、ガチガチの前線での格闘戦専門の人たちが多いからね〜。

キリトにチナツ、クラインにエギル。男共は魔法スキルをあまり上げないから」

 

「なるほどな……それは困ったものだな」

 

「そうなのよ! キリトなんてスプリガンなのにチナツと一緒にすぐ斬り込んで行くのよねぇ……。

だから、私とアスナちゃんがウンディーネで後方支援に徹しているの」

 

「スプリガンは確か、戦闘向きの種族ではなかっただろう……?」

 

「そうね、スプリガンはトレジャーハント系で、幻惑魔法に特化した種族だから戦闘には向かない。逆にシルフは風魔法が得意で、聴音と飛行技能に特化した種族。

サラマンダーは攻撃に特化した種族。武器の扱いにも長けてるし、火力が強い火属性魔法が得意ね。

ノームは土属性の種族。持ち味は大柄な体格と、その腕力ってところかしら」

 

「ふむ」

 

「まぁ、さっきも言ったけど、結局は本人の戦いやすさが重要だからね。ほら、早く選んじゃいましょう? 武器はダガーでいいのよね?」

 

「あぁ、それで構わんぞ」

 

 

 

様々な短剣類を見ていき、気になるものはすかさず手に取る。

刀身がクネクネと捻れている物や歪な形をした物まで、現代では絶対にお目にかかれない物で溢れていた。

そこでようやく、ラウラが納得する物に出会った。

 

 

 

「ほう、これはいいではないか!」

 

「どれどれ?」

 

 

 

カタナがラウラに近づき、ラウラの手に持つ物を見る。

 

 

「どうだ、これならば私の戦い方にもフィットするはずだ!」

 

「なるほど、『ソードブレイカー』か……‼︎」

 

 

 

ラウラが手にした短剣。その名前を『ソードブレイカー』。普通の短剣と違うところ、それは剣の片刃がまるでノコギリのような凹凸でできている事。

その凹凸部分の溝に相手の剣を噛ませ、武器の破壊または奪取を行い、敵を無力化する物だ。

ラウラが普段軍隊で使っていたサバイバルナイフよりも少し長めだが、ラウラのナイフ捌きがあれば難なく扱えるだろう。

 

 

 

「じゃあ、それでいいかしら?」

 

「あぁ、構わんぞ。ふむ……中々にいい物だな……」

 

 

 

手にした短剣を見ながら呟くラウラを、そばで見ていたカタナはクスクスと笑う。

とてもついこのあいだまでゲームを否定していた物とは思えないからだった。

 

 

 

「後は装備よね……」

 

「あぁ、それなんだが……」

 

 

一旦短剣をしまい、カタナの方に向き直ったラウラ。

今度は自身の服装を見て、何やら渋い顔をしている。

 

 

「このスカートはどうにか出来んのか? 出来ればズボンがいいんだが……」

 

「ええ〜! もったいないじゃない! せっかく女の子としてログインしたんだし、現実世界とは違う感じで行けばいいのに」

 

「いいや! これでは戦いに支障きたす恐れがある! その点ズボンならば動きやすくていい。それに、私は昔から戦闘にはズボンしか履かないのだ!」

 

「うーん……ラウラちゃんももう少しおしゃれに気を使うべきよ?」

 

「何を言う……! 私は軍人だぞ、戦いの時に動けなければ意味がないだろ」

 

「うーん……まぁ、人それぞれってさっき言ったばっかりだしねぇ……。仕方ないかぁ〜……なら、ズボンでいきましょうか」

 

 

 

 

少し残念な気持ちを隠せず、仕方無しに装備品コーナーを物色する。

本人の希望あって、軍人らしい黒を基調としたボトムスを選ぶ。

後は上着を何にするかが悩みどころだった。

ラウラの頑な希望と格闘しながら、カタナは装備を選んでいき、やっと全てが出揃った。

 

 

 

「これならいいでしょ!」

 

「うむ。動きやすし、戦いやすいな……これは……!」

 

 

 

軍隊式格闘術をニ、三度繰り出す。

動く度に風を切るような拳打と蹴りを放ち、性能の確認をする。

 

 

 

「あ……そう言えば、代金はどうした? 私は払ってないぞ?」

 

「あぁ、お金の事なら心配ないわよ。私が払っておいたから♪」

 

「何?! それを何故言わないのだ! 今すぐ払う!」

 

「いいわよ。今日はラウラちゃんたちが初めてこの世界に来てくれたんだもの……装備品の一つや二つ、プレゼントするわよ♪」

 

「し、しかしだな……」

「それに、ラウラちゃんはこのゲーム始めたばっかりでしょう? ならお金なんてないじゃない」

 

「あ……」

 

 

言われて初めて気づいた。

ゲームを始めたばかりのラウラ達は、当然お金を持っていない。なので、払えないのだ。

 

 

「うむ……」

 

「だから、今回は私からのプレゼントってことで……ね?」

 

「…………そうだな……ありがたくいただくとしょう」

 

 

 

カタナに言いくるめられる形となってしまったが、ラウラ自身も、この装備は気に入っている。

タートルネックのノースリーブの白色の上着に、手には黒いオープンフィンガーグローブ。下のズボンも黒で、膝や太ももの一部分がダメージカットのようになっており、そこからラウラの素足が覗かせている。

そして、腰に差したソードブレイカー……。そこに銃があれば、名高い殺し屋風のスタイルの出来上がりだ。

さらに、ラウラのトレードマークである眼帯を左眼に装備する。

 

 

 

「何もわざわざ眼帯までしなくてもいいんじゃない?」

「まぁ、そうかもしれんが……私はもうそれの方が慣れてしまっているからな。それに、これが私なのだ……だれでもない、ラウラなのだ……‼︎」

 

 

 

そう言うラウラの顔は、以前の頃には絶対になかっただろう安らぐような、穏やかなような微笑みだった。

 

 

 

「よし、それじゃあ行こうか。チナツ達も、そろそろ準備出来てるでしょうし」

 

「行くって……どこへだ?」

 

「央都《アルン》。あそこには、みんないるから、ラウラちゃんにも紹介しておきたいの。っと、まずは飛行の特訓からね。さぁさぁ、いきましょう♪」

 

「お、おい! 引っ張らないでもついていく……!」

 

 

 

 

困惑した状態で腕を引っ張られて歩くラウラの姿は、さながらお姉さんに引っ張り回れている妹さんのようで、とても微笑ましいものであった。

 

 

こうして、シノアとラウラのALOデビューが成された記念の日が始まったのだった。

 

 

 




どうでしたか?

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第24話 央都《アルン》へ

長くお待たせしました。

ALO編の次話です!

どうぞ^_^


シルフ領を抜け、中立域の森へと入ったチナツとシノア。

その中で、只今シノアの飛行訓練を行っていた。

 

 

 

「そうそう、その調子」

 

「こ、こう? ううーん、ISと違って、難しいね」

 

「ISは、言えば自分の中のイメージで飛んでいたけど、ALOは違うからな。羽と背中の感覚がリンクしてるから、どうしてもイメージだけじゃダメなんだよ」

 

「これは結構大変だね」

 

 

 

ISの操縦には手慣れているシノアも、初めて体験する生身で飛ぶと言う感覚には、流石に慣れないのか、未だフラフラとおぼつかない様子で飛んでいる。

その側で、チナツがシノアの片手を握りながら、ゆっくりと並行している。

 

 

 

「シノア、ちょっと下に降りてみよう」

 

「う、うん!」

 

 

 

二人は下へと降下していき、地面に降り立つ。

すると、チナツがシノアの背後に回り、シノアの背中に右手をつける。

 

 

「ひゃあ!? チ、チナツ? どうしたの!?」

 

「ああ、ごめん! ちょっと感覚を養うための方法を試そうと思って……悪い」

 

「い、いや、いいよ! 気にしないで」

 

「お、おう……ならいいか? 今、俺が触っている感覚は、分かるか?」

 

 

 

チナツに言われ、意識を背中に持っていく。

そこから背中に当たるチナツの手の感覚や温かさを感じる。

シノア自身、悪くない感覚だった。

 

 

 

「どうだ? シノア」

 

「う、うん! ちゃんと感じるよ」

 

「なら、羽が背中の筋肉と繋がっていると思って、強く動かすイメージをしてみてくれ」

 

「ええっと、んっ! ……こ、こう?」

 

 

 

触れられている部分を意識しつつ、四枚ある緑色の羽を少しずつだが、プルプルと震わせながらも動かしていき、一番上の二枚をなんとか振り上げる。

 

 

「よし、その調子だ。今度は、それをもっと強い動きでやってみてくれ」

 

「う、うん!」

 

 

シノアは一旦体の力をぬ抜き、羽を最初の位置まで戻す。そして深呼吸を一回、その直後にもう一度力を込めて、羽を振り上げる。

 

 

 

「ん! んんっ‼︎ ふんうぅぅぅ……!!!!」

 

 

慣れてきたのか、今度は先ほどよりも強く、そして早く持ち上げれるようになった。

そしてそれをみてチナツは、シノアの耳元まで顔を近づけて……

 

 

 

「よし、じゃあ一旦飛んでみようか」

 

「……え?」

 

 

 

チナツの言葉が理解出来ず、思わず変な声で聞き返してしまったシノアだったが、その直後くらいだろうか、いきなりチナツに背中を押される。

その瞬間、体が上空へと持って行かれ、さながらイグニッション・ブーストを行使したかのようであった。

 

 

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

どんどんとシノアの叫び声が遠のいていき、森の木々の枝にぶつかりながら飛んで行った為か、衝突した枝が折れて、地面に落ちてくる。

シノアを強制的に飛ばした後、チナツも羽を出して急いで空へと上る。

あたりを見渡して、シノアの姿を探す。

 

 

 

「ちょっ! う、うわぁ?! ま、待ってぇぇ!!」

 

「おお、その調子その調子!」

 

「い、嫌ぁぁぁぁ!! た、助けてよチナツゥゥゥ!!」

 

「大丈夫! ヤバくなったらすぐに止めるから! 今のうちに、飛ぶ感覚を養っておいてくれ!」

「そ、そんなぁぁ〜〜!! 無茶苦茶だよぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

それからどのくらいの時間が経ったであろうか……。

縦横無尽に飛び回るシノアをサポートし、やっとかっと自律制御出来る様になり、なんとか飛行コントロールが上手く出来る様になった。

 

 

 

「…………」

 

「悪かったって、でもあれが一番体に叩き込めるんだよ」

 

「……だったらそう言ってくれればいいじゃない!」

 

「いや……その、悪かった……」

 

「本当だよ! あぁ、もうなんか昔代表候補生育成時代の鬼訓練を思い出したよ……」

 

 

 

何故か一気に表情が曇り、青ざめ始めた。

一体どんな訓練を受けてきたのか、チナツには想像もつかなかったが、相当やばいのだろう。

 

 

 

「でも、ちゃんと飛べる様になっただろ?」

 

 

チナツに言われて、自分が思った通りに動いてみる。

流れる様に横へ動き、仰向けになった状態で、飛んでみる。

その景色は不思議な光景で、ISでも同じ事が出来るのに、何故だか新鮮で気持ちのいいものだった。

 

 

 

「……凄く、気持ちいいね……♪ 何だか癖になりそうだよ……‼︎」

 

「だろ? ISを介して飛ぶのとはわけが違うからな。自分のイメージじゃなくて、体を動かして飛んでいるからな」

 

「凄い……! 凄いよ、チナツ!」

 

 

 

ようやくコツを掴んだのか、今度は先ほどよりも早く、自由自在に飛んでいく。

翼を与えられ、飛ぶ喜びを知った小鳥の様で、見ているチナツも嬉しく思ってしまう。

 

 

 

「よし、それじゃあ《アルン》まで行くぞ!ずっと飛ばして行けば、時間はあまりかからないし」

 

「うん!」

 

 

 

初めからフルスロットルで飛ばしていく。

飛ぶ事に慣れているチナツの後を追う形で、シノアがスピードに乗る。

 

 

「向こうに着いたら、みんなを紹介するよ! SAO時代からお世話になった人達なんだ!」

 

「うん! 分かった! じゃあ急がないとね!」

 

「ああ! もう少しスピード上げるけど、着いてこられるか?」

 

「あまく見ないでよ、チナツ! 『ラファール』の名は伊達じゃないよ!」

 

「フッ……オーライ! 遅れるなよ!」

 

 

 

更にスピードを上げる二人。

飛ぶ事に特化したシルフの飛行は他の種族よりも段違いに速い。

音速の壁を発しながら、二羽の妖精は、世界樹めがけて一直線に飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

一方、インプ領を出たばかりのカタナとラウラの二人。

出た先の森の中で、ラウラの飛行訓練をやっていた。

 

 

 

「そうそう、上手ね」

 

「ふんっ……この程度、造作もない」

 

 

誇らしげに胸を張るラウラ。

元々ドイツのIS部隊『シュバルツェ・ハーゼ』の隊長にして、代表候補生のラウラ。

飛ぶ事に慣れており、ましてや運動能力も元から高い事もあってか、コツを掴むのが上手いのだ。

 

 

 

「しかし不思議なものだな……同じ様に空を飛んでいるというのに、ISと仮想世界ではここまでの違いがあるものなのか……」

 

「それはそうよ。ISはイメージ。自分の飛びやすいイメージを与えるだけで、ISは思い思いに動かせる事が出来る……。

けど、この世界では、人の体そのものに直接意識が行くから、羽を動かすにも、イメージだけじゃダメなの。背中の筋肉と羽が直接シンクロしているような感覚があるのは当然ね」

 

「あぁ、“自分の翼で空を飛ぶ” ……と言う意味では、ISとは大違いだな」

 

 

 

そう。ISでは、ISを装着していなければ、空を飛ぶ事は出来ない。

確かに、“自分のイメージ通りに飛ぶ” と言う事に関しては一緒であるが、この世界での飛行とは根本的に異なる。

こちらの世界では、本当の意味で “自分の翼で空を飛ぶ” と言うことになるからだ。

 

 

 

「しかし、日本人も凄いものを作るものだな。ISに、仮想世界……まるで魔法だな」

 

「大げさよ……でも、クラークの三法則的に言えば、そうなるのかもね」

 

「そうだ。どちらも優れた科学技術だ。何も知らない者が見ていたら、魔法のようで驚くだろう」

 

 

 

 

そう言い切ると、ラウラはふと北西方面をみる。

そこには、天をも突き破るようにそびえ立つ、世界樹《ユグドラシル》と、その隣に見える、浮遊城《アインクラッド》。

 

 

 

 

「ふぅ〜……。さてと、ラウラちゃんが早く飛行を取得してくれたおかげで、早々に出発出来るわね。

それじゃあ、《アルン》に行きましょうか……‼︎」

 

「うむ。いいだろう」

 

 

カタナも羽を広げ、ラウラがいる場所まで飛んでいく。

ウンディーネ特有の青く透き通る綺麗な翼。背中に背負う長槍『蜻蛉切』。

現実世界で見たミステリアス・レイディの姿と重なる。

 

 

「さぁ、行きましょう‼︎」

 

「ああ!」

 

 

 

加速し、音速を超える二羽の妖精。

世界樹の根元の街。央都《アルン》まで一直線に飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

「シノア! 支援頼む!」

 

「り、了解!」

 

 

 

 

 

シルフ領を発ったチナツとシノア。

現在中立域の森にて、出現したMobと交戦中。

前衛をチナツが勤め、シノアは後方で弓で援護射撃を行っていた。

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

対戦しているMobは、小さなドラゴン擬きの様なもので、飛行速度も早く、突進攻撃を仕掛けてくるタイプのものだった。

だが、その攻撃をいとも簡単にか躱し、逆に刀で胴体を斬り裂いていくチナツの姿に、シノアはただ呆然としていた。

 

 

 

「こ、これ……僕が戦線に入る必要あるのかな? あっ!」

 

 

 

前面に群がるMobの対処をしているチナツの後ろから、突進攻撃を仕掛けようとするMobがいた。

シノアは急いで矢を取り、弓の弦に番える。

 

 

 

「させないよ!」

 

 

 

放たれた矢は、綺麗な軌道を描きながら、チナツのすぐ後ろにまで来ていたMobの体を撃ち抜き、HPを全損させてポリゴン粒子となって消え去った。

 

 

「や、やった!」

 

「ナイス援護、シノア」

 

「うわあ!? チ、チナツ?! あれ、他のモンスターは?」

 

「あぁ、それなら全部倒したぞ?」

 

「ええ?!」

 

 

 

いつの間にか隣へと降りてきたチナツの姿に驚くシノア。

チナツに言われて、よく見ると、周りにはMobの姿が見えず、チナツが全部食ってしまったのだろうと予測できた。

 

 

 

「す、凄いなぁ〜。僕、いらなかったんじゃ……」

 

「そんな事無いって! シノアの援護が無かったら、俺がMobにやられてたよ……ありがとう、シノア」

 

「そ、そんなぁ〜……たいした事ないよ」

 

「いやいや、弓だってちゃんと命中させてたじゃないか……中々一発で当てるのは難しいんだぜ?」

 

「うん……でも、銃と同じだよ。相手の動きを予測して射撃するのは、弓も銃も変わらない。ただ、射程や精度は大きくズレてくると思うけどね……あはは」

 

「そうだな。だから少しここらのMobと少し戦いながら《アルン》に向かおう。少しでも熟練度を上げていけるしな」

 

「うん! じゃあ行こう!」

 

 

 

二人は再び羽を羽ばたかせ、《アルン》方面へと向かう。

 

 

 

「そう言えば、向こうには、鈴やセシリアたちもいるんだよね?」

 

「あぁ、二人は最近スキル上げに忙しいみたいでな……」

 

「でも、そう簡単にスキルって上がるものだっけ?」

 

「いや、中々根気のいる作業だよ。でも、効率よく稼げる方法がないわけじゃないからな……狩場なんかで戦って、効率よくスキルを上げられるし、武器だって強化したり、強力なやつを作ってもらったり、手に入れたり出来れば、数レベルは底上げ出来るからな」

 

「ヘェ〜」

 

「まぁ、レジェンダリー級になると、スキル熟練度が設定されてるから、その熟練度を取るまでは、入手できていても使えないんだけどな」

 

「なるほど……工夫次第ってわけか」

 

「そういうこと。っと! 話してるうちに、早速お出ましだ」

 

 

 

 

目の前にワイバーンの群れ。

先ほどのMobよりも手強そうな相手だが、二人は恐れずに敵陣に突っ込んでいく。

 

 

 

「さて、蹴散らすぞ!」

 

「おお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん!」

 

 

 

インプ領を抜けた中立域の森の上空にて、カタナ、ラウラの両名は発生したMobと交戦に入っていた。

ウンディーネであるカタナが後方で支援魔法をかけて、ラウラが前衛で斬り込んで行っている。

が、予想以上に敵Mobの攻撃が激しく、動きも速いため、後手に回るしかないラウラ。

 

 

 

「チィッ! 獣の分際で、ここまでやるとは……‼︎」

 

 

 

相手はプログラムされたMob。だが、その動きに慣れていないビギナーにとっては、戦い辛い相手だった。

 

 

 

「ならば!」

 

「ちょっ! だから、あまり過剰に攻めないの! もうっ……!」

 

 

 

短剣一つで果敢に攻めていくラウラを、後方から魔法支援するカタナ。

ラウラ自体は飛ぶことに慣れてきて、ビギナーの中では有力プレイヤーの中に入るが、それでも少し直情的な感じで、力で押さえつけようとしている。

 

 

 

「ええい! 落ちろぉぉぉ!!!」

 

「突っ込んだらダメ!」

 

「なっ!?」

 

 

 

カタナの叫びも虚しく、Mobの体から発せられた爆散的な光。

それをまともに食らったラウラは、後方へと大きく飛ばされてしまった。

 

 

 

「くっ! おのれ……!」

 

「スー フィッラ フール アウストル フロット スバール バーニ!」

 

 

なんとか羽根を動かし、体勢を整えたラウラ。

その直後、ラウラの体が淡い光に包まれた。その光に驚いていると攻撃を受けて減っていたHPが、元に戻っていることに気づく。

そして、後方からカタナが飛んできて……

 

 

 

「コラッ!」

 

「ううっ……‼︎」

 

 

 

頭を小突かれた。

頭を抑えて、カタナをひと睨みするラウラ。その瞳には抗議の色がうかがえた。

 

 

「何をする!」

 

「考えなしに突っ込まないの! 私たちくらいのプレイヤーならともかく、ラウラちゃんはまだ始めたばかりの新人なんだから、あんな攻撃まともに何回も食らってたら、即死もいいところよ」

 

「う……む…」

 

「ラウラちゃんの動きは悪くないんだか、あとは相手の動きをよく見なさい。

Mobの動きは、チナツのそれとは天と地ほどの差があるんだから……動きをよく見て、隙を見せたらぶっ潰す! 軍でもそうでしょう?」

 

「…………そうだったな……すまない、個人戦闘の方が慣れていたからな……そんな初歩的なことまで忘れていた……」

 

「反省したのならよし! さ、私が続けて援護するから、フィニッシュはラウラちゃんが決めてね♪」

 

「ふん、いいだろう……。では行くぞ!」

 

「了解♪」

 

 

 

再びカタナが魔法の詠唱を始め、ラウラは先ほどとは違い、相手の出方を見るように慎重に飛ぶ。

 

 

 

「はっ!」

 

 

カタナの放った風魔法《ウインドカッター》がMobを斬り刻み、怯ませる。

その隙にラウラは背後に回り、逆手に持ったソードブレイカーでMobの脳天を突き刺す。

 

 

「ぬうぅん‼︎」

 

 

暴れるMobに食らいつきながらも、決して退くことはなく、最後は上下左右に四閃。

四つに裂けたMobが四方に散り散りになり、やがてポリゴン粒子になって消えていく。

 

 

「よし! 次だ!」

 

 

一匹目を倒した後、すぐに後方へと振り向き、短剣を構える。

ちょうどその頃を狙って、Mobがラウラに対して突進攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「ふんっ! 甘い!」

 

 

 

突進攻撃を躱し、隙を突いて短剣を突き刺し、体を回転させてMobを蹴り飛ばす。

 

 

 

「ナイスパス♪」

 

 

 

そして、蹴り飛ばしたその先には、魔法の詠唱を終えたカタナの手から光の矢が現れる。

聖魔法《ライトニングアロー》。

放たれた光の矢が、Mobを貫き通して、そのMobもHPを全損させて虚空へと消えていった。

 

 

 

 

「さぁ、早く残りを殲滅して、《アルン》へ行きましょう!」

 

「了解した!」

 

 

 

それから程なくして、二人はあたりに湧いて出たMobを倒していき、央都《アルン》へと一直線に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

一方、一足早くMobを狩り終えたチナツとシノアの二人は、山脈を越えて、ALOと言う世界の中心にそびえ立つ、世界樹《ユグドラシル》を、その目で捉えていた。

 

 

 

 

「うわあ〜〜〜♪ 凄い! 大っきいぃぃ〜〜‼︎」

 

「あれが世界樹《ユグドラシル》だよ。この世界の象徴……みたいなものかな」

 

「ってことは、あの樹の根元にある街が……?」

 

「あぁ、あれが央都《アルン》だ」

 

 

 

 

《スイルベーン》をはるかに凌ぐ大きな街並み。ALO最大の都市《アルン》にようやく到着できた。

街の入り口付近まで近づいていき、そこでスピードを緩めて、ホバリングしながら地上へと降りていく二人。

初めは四苦八苦していた飛行も、今では馴染んできたのか、着陸もまた難なく成功できたシノア。

チナツもその隣に着陸し、羽根を納める。

 

 

 

 

「だいぶ飛行も慣れてきたな。俺たちなんか、最初の頃は補助コントローラーで飛んでたのに……」

 

「え、そうなの?」

 

「あぁ。そんな時、キリトさんの妹のリーファって子に、キリトさんとカタナと俺と、三人で飛行の仕方を習ったんだよ」

 

「そうだったんだぁ…」

 

「まぁ、カタナはすぐにコツを掴んでたんだけど……」

 

「あっははは……あの人は、色々とコツを掴むのがうまいんだよね……人の心とかも」

 

「だな……それに比べて、俺とキリトさんは酷い目にあったんだぜ? さっきシノアがやったやつ、覚えてるか?」

 

「さっきって……いきなり背中を押されたやつ?」

 

「そうそれ。俺もキリトさんもカタナとリーファにやられてな……おかげですぐに制御の仕方を理解できたんだけどな……」

 

「でも本当に危なかったんだよ、あれ」

 

 

 

思い出したのか、思いっきり抗議の目をチナツに向けるシノア。

それを苦笑いで受けるチナツ。だが、悪意がなかった事は確かなので、それ以上の追求はしなかった。

 

 

 

「ごめんごめん。まぁ、そのおかげで俺たちもなんとか飛行を習得出来たんだよな。

でも、着地するためのランディングが出来なくてな……そのまま《スイルベーン》の中央の塔に激突したっけな……」

 

「だ、大丈夫だったの? それ……」

 

「ああ、大丈夫大丈夫! ちょっとHP減っちゃったけど、すぐにリーファが回復してくれたからな。

さて、そろそろ行こうか。みんなを待たせるのも悪いしな」

 

「そうだね。この道を真っ直ぐでいいの?」

 

 

 

シノアが指差すその先は、一本道で、アルンの入り口付近から街中までずっと通っている。

 

 

「あぁ、空を飛んでいくのもいいけど、せっかくだから少し街を案内しながらの方がいいと思ってな」

 

「ありがとう。そう言えば、カタナさんと待ち合わせしなくていいの?」

 

「ん、ああそうだな。えっと……そろそろ着く頃だと思うけどな……」

 

「チナツゥ〜〜!」

 

「っ!」

 

 

 

 

飛んできた時間から察するに、もう既に着いていてもいいだろうと思い、辺りを見渡してみる。

と、チナツ達から見て東に位置するところから、自身を呼ぶ声が聞こえ、そちらに視線を向ける。

二つの影がそのままチナツ達の元へと近づいて来て、その姿を捉える。

ウンディーネの青い翼を広げたカタナと、インプ独特の闇黒の翼を広げたラウラ。

二羽の妖精がこちらに向かって急降下してくる。

 

 

 

 

「っておい、そのまま突っ込んだら……‼︎」

 

「受け止めなさーい♪」

 

「そんな無茶なーーッ、おわっ!?」

 

 

 

少しは減速していてくれたようだが、それでも重力に従い、落下してきたカタナの衝撃でチナツは地面に仰向けに倒され、その上にカタナが覆い被さるように寄り添って伏せている。

 

 

 

「痛ってぇ〜〜。危ないだろ、カタナ」

 

「大丈夫よ。チナツが受け止めるんだし」

 

「俺が大丈夫じゃない!」

 

 

 

 

《アルン》の街中で起こった夫婦漫才。

ラウラ、シノアの二人はもちろん、その街中を歩くプレイヤー達から一斉に注目を浴びる。

 

 

 

「んんっ! いつまで乗っている。惚気もそこまでにしろ……!」

 

「チ、チナツ、はやく起きなよ! みんな見てるし……」

 

「あ、ああ、そうだな……。ほら、カタナ行くぞ。早くしないとリズさん達に怒鳴られる」

 

「それもそうね。それじゃあ行きましょうか♪」

 

 

 

まるで何事もなかったように起き上がり、スタスタと先頭を歩くカタナ。

それを追う形で、チナツ、シノア、ラウラが歩いていく。

一行は、《アルン》の街並みを見ながら、今回の目的地であるリズベット武具店へと向かった。

 

 

 

 

「そう言えば、ラウラは何て呼んだらいいんだ?」

 

「ん? 何をだ?」

 

「いや、キャラネームだよ。お前もキャラネームを考えーー」

 

「ラウラだ」

 

「へ?」

 

「ラウラだ」

 

 

 

二度言われた。

何を言っている? と言うような視線でチナツを見るラウラ。チナツもまたどうしたものかと困った表情でラウラを見る。

 

 

 

「ああ、ラウラちゃん、本名をキャラネームにしちゃったらしいのよ」

 

「はぁ…そういうことか。でもなんで本名にしたんだ? あまり本名の人はいないんだが……」

 

「ん? 明日奈はしていただろう。それに、私はラウラ・ボーデヴィッヒ。それ以上でもそれ以下でもない。だから私はラウラなのだ……‼︎」

 

 

 

自信満々に胸を張って言い切るラウラに、チナツはもちろんシノアも何も言えなかった。

それを側から見ていたカタナだけは微笑ましいと思いながら笑み浮かべていた。

 

 

 

「まぁ、ラウラらしいって言ったら、ラウラらしいけどな……。ところでシノアはその名前で良かったのか? 今更だけど、自分で決めたかったんじゃないかと思って……」

 

「ううん! 全然! むしろ嬉しいくらいだったよ……その、何ていうか、凄く気に入ってるんだ……この名前……」

 

「そっか…それは良かったよ」

 

「うん……チナツが、付けてくれた名前だからね……」

 

 

 

最後の方は凄く小さな声だったので、チナツは聞こえなかったが、目の前を歩くカタナには聞こえたのか、振り向きチナツをジト目で睨んでいたのは言うまでもなかった。

 

 

 

「えっ、と……どうしたんだ、カタナ?」

 

「……別に」

 

「えっと、何で怒ってるんだ?」

 

「……別に」

 

「お、おい! 待てよカタナ!」

 

 

 

 

急に早歩きになってチナツ達を置いていくカタナ。そしてそれを追うチナツ。更にはそれを眺めるシノアのラウラと言う絵面だ。

 

 

 

「まったく……あいつらはいちいちイチャイチャしなければ気が済まんのか?」

 

「何だろうね……。見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよ……」

 

「まったくだな」

 

「それよりラウラ、早く行かないと置いてかれちゃうよ」

 

「そうだな……では行くぞ」

 

 

 

 

 

二人の背中を見ながら溜息を漏らすシノアとラウラ。

ここでも現実でも相変わらずの二人の姿に、少し安心した気持ちにもなり、自然と微笑む姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

《アルン》の街並みを歩いて数分くらい経ったぐらい……一行は、目的地に到着した。

目の前にあるのは立派な建物。このALOと言う世界独特の西洋の風情漂う外観がシノアとラウラを魅了していた。

 

 

 

「ここが……その、リズベットさんがやっている武具店?」

 

「ずいぶんと立派なものだな。個人営業をやっていて、ここまでの物があるとはな……」

 

 

第一印象は上々。

ALOの中でもその腕前は健在。SAO時代からキリト達攻略組の武具をメンテしてきたマスタースミスの店だ。

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

「リズさ〜ん、こんにちは!」

 

「お、お邪魔します……!」

 

「失礼する」

 

 

 

カランカラン! っとドアに備え付けられた鈴がなる。

ドアを開け、まず最初に目に入ったのは、そこに集まっていた面々。

武具店の中にあるテーブルに集まる多種族のプレイヤー達だった。

 

 

 

「いらっしゃいませ! リズベット武具店へようこそ!」

 

 

元気ハツラツな声で迎え入れる片手剣を手に剣を鑑定しているレプラコーンの少女。

このリズベット武具店の店主であり、マスタースミスでマスターメイサーのリズベット。

 

 

「よぉ、待ってたぜ二人共!」

 

 

椅子に座って、こちらを見ながら片手を上げているスプリガンの少年。リアルと同じ髪型だが、少し毛先はツンツンと尖っているようで、リアルとは少しだけ違う印象に思えた。

このALOでも数々の伝説を作っている少年、キリト。

 

 

 

「いらっしゃい! よく来たね!」

 

 

そのキリトの真ん前に座っているウンディーネの少女。

これまたリアルと同じ姿だが、その水色の髪色がまた、リアルとは違った雰囲気を醸し出していた。キリトの恋人であり、閃光の名で呼ばれた少女、アスナ。と、その肩に乗っている……。

 

 

 

「 “初めまして” ですね! よろしくです♪」

 

 

キリトとアスナの愛娘であるナビゲーションピクシーのユイ。

 

 

 

 

 

「えっと……和人と明日奈さんでいいんだよね?」

 

「あぁ。それと、ここでは俺はキリトな」

 

「私はそのままアスナでいいよ。二人共、よく来てくれたね、歓迎するよ!」

 

「あ、あぁ……よろしく頼む」

 

 

 

手厚い二人の歓迎に、少し気恥ずかしさを覚えるシノアとラウラ。

奥から先ほどまで作業していたリズベットが剣を置いてこちらに歩いてくる。

 

 

「えっと、二人は初めましてだな。ここで武具店を開いている……」

 

「リズベットよ、よろしくね二人共!」

 

「は、はい! えっと、シノアと言います! よろしくお願いします」

 

「ラウラだ。よろしく頼む」

 

「って、ラウラはそのまま本名にしたのかよ……」

 

「む? 別にいいのだろう? アスナだって本名ではないか」

 

「私のは……そう言うの知らなかったからで……別に合わせなくてよかったんだよ? ラウラちゃん」

 

「いいや、もう決めた事だ。私はリアルでもこっちでも『ラウラ』だ! これは絶対だ」

 

「なんか……また個性的なのを連れてきたわねぇ〜」

 

「あっははは……」

 

「そこは、笑って許してやってね……」

 

 

 

新メンバーの個性豊かな性格に苦笑交じりに話すリズと、それを同じ苦笑で返すチナツとカタナであった。

 

 

 

「あれ? 他のみんなは?」

 

 

チナツが気づき、周りを見渡す。

中にはこの四人しかおらず、他のメンバーがいないのだ。

 

 

 

「あぁ、リーファとシリカは武器強化の為の素材集め。スズ達は今日もスキル上げだ」

 

「この間一緒にクエストやったけど、ティアちゃんもスズちゃんもカンザシちゃんも、みんな凄く強くなったんだよー! やっぱりみんな筋がいいんだよ!」

「そうね〜。カンザシちゃんも一生懸命頑張ってたし……これは、アインクラッド攻略も夢じゃないかもね♪」

 

「そうだな。それに、みんながこの世界の事を知って、気に入ってくれるのが、一番嬉しいしな……‼︎」

 

 

 

 

チナツの言葉に、誰もが頷いた。

一度は否定され、煙たがられていたVRMMOと言う世界。

だが、自分たちが過ごした世界を見て、知ってもらい、そして、自分たちと同じ様に大切にしてくれる……。そう思うととても嬉しく思った。

 

 

 

「ほぉ〜ら! あんた達の武器、メンテ終わったよ!」

 

「あ! ありがとうリズ!」

 

「サンキュー、いつも悪いな」

 

「いいわよ。それが私の仕事だし! それじゃあ、今度何取ってきて貰おうかなぁ〜♪」

 

「結局それかよ……」

 

「リズさん……」

 

「ほら、あんた達の武器も見せなさい。メンテしてあげるから」

 

 

今度リズはチナツとカタナの方を向き、手を差し出す。

 

 

 

「えっと……見返りに何を?」

 

 

ゴツ!!!

 

 

 

「痛ってぇ!!!」

 

 

 

殴られた。思いっきり頭を。

 

 

 

「あんたは私をなんだと思ってるのよ!」

 

「いや……だって……ねぇ、キリトさん」

 

「あぁ……『ボッタクリ鍛冶屋リズベット』の名は……有名だしなぁ〜」

 

「あんた達ねぇ!!」

 

「うわっ! ヤベェ!」

「に、逃げろ!」

 

「こら待てぇー!!!!」

 

 

 

そう広くない店内を走り回る三人を尻目に、カタナはシノアとラウラをアスナが座るテーブルへと案内する。

 

 

 

「もう、キリトくんったら……」

 

「まあまあ。好きにやらせたら?」

 

「あいつらいつもあの感じなのか?」

 

「っていうか、ボッタクリ鍛冶屋って……」

 

「そこは気にしない、気にしない♪」

 

 

 

カタナが二人の背中を押し、席に座らせる。

すると、アスナがティーカップを二つ出し、お茶を注ぐ。

 

 

 

「「改めて、ようこそALOへ! 二人とも!」」

 

 

 

 

暖かく迎え入れるアスナとカタナの姿が、二人をシノアとラウラにはとても明るく、暖かく思えたのだった。

 

 

 

 

 

 




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第25話 姉、妹を思う



お待たせしましたっ!

やっと更新できた( ̄▽ ̄)




《アルン》にあるリズの武具店に訪れたラウラとシノアの二人は、まずこの世界の仕組み、アスナとカタナ、そしてキリトとアスナの愛娘たるユイに説明をしてもらっていた。

 

 

 

「じゃあ、今と昔ではALOの仕組みが違うんですか?」

 

「うん、そうなの。昔は、世界樹《ユグドラシル》の根本にある大きな門から入って、樹の中にあるグランドクエストを攻略するって言う仕様になってたの」

 

「でもそのシステムは、今はもうないの。今のALOは、各地にあるクエストを進めたり、新しく出た新生《アインクラッド》の攻略を進めているの」

 

「他にも、飛行制限が解除されたり、五月のアップデートでソードスキルも実装されました。なので、運動神経重視のALOでも、充分に戦い様があるシステムに転換したんです!」

 

「なるほどな……」

 

 

 

シノアとラウラがアスナたちにALOの仕組みをレクチャーしてもらっているその隣では、リズがチナツとカタナの武装である刀と槍をメンテナンスをしており、二人はその手伝いをさせられているという状況だ。

 

 

 

「おいリズ、これどこに置いときゃいいんだ?」

 

「それはこっち」

 

「リズさん、これは?」

 

「それはそのままでいいから、こっちの鉱石のやつその棚に戻しておいてぇ〜」

 

 

 

新しく打った武器や盾などをショールームに飾り付ける。

既に持っている武器のメンテや強化だけではなく、リズ自身が打った武具もまた、この場で購入することもできるのだ。

 

 

 

 

「よぉ〜し! だいたいそんな感じでいいわよ〜。お疲れ、二人とも」

 

「ふぅ〜、やっと終わった……」

 

「ほとんどの配置を変えましからね……それに防具とか重いですし……」

 

「何へばってるのよ。こんなのお店を出してる人間にとっちゃ常識なんだからね……ほらチナツ、あんたの武器。それとカタナのもね……メンテ終わってから」

 

「ああ、ありがとうございます!」

 

「あんたまた耐久値ギリギリで持ってきて! いい加減定期的に持ってくる習慣つけなさいよね……!」

 

「あっはは……面目ないです……」

 

 

 

リズの店の展示物や商品の配置を変えるを終え、チナツはリズから《クサナギ》を受け取り、同時にカタナの槍である《蜻蛉切》を受け取る。そしてそのままカタナの元へと行き、直接渡す。

 

 

「ほい、カタナ。リズさんから」

 

「うん、ありがとうリズちゃん!」

 

「どういたしまして。じゃあ今度、欲しい鉱石を一緒に取ってきてもらいましょうか……」

 

「はいはい、お安い御用ですよぉ〜♪」

 

 

 

そんな会話をしている時、再び店のドアが開かれる。

 

 

 

「たっだいまぁ〜!」

 

「ただいまです!」

 

「ふぅ〜疲れたあ〜」

 

「スズさん、ちゃんと礼儀正しくしないとダメですわ……。ただいま戻りましたわ」

 

 

 

中に入ってきたのは見慣れたメンバー。

リーファ、シリカ、スズ、ティアの四人だ。

 

 

 

「よぉ、お疲れさん。スキル上げ頑張ってるみたいだな」

 

「当たり前よ! まだもうちょいあるけど、もうすぐ刀スキルの熟練度150なんだから。このまま一気に行きたいところよね」

 

「わたくしも、詠唱できる魔法も多くなりましたわ。あとは攻撃魔法も多少は使えましてよ」

 

「すげぇな……魔法をあまり使わない俺たちよりは優秀だな……」

 

 

チナツを始め、ほとんどのメンバーが魔法スキルをあまり上げていない。

ほとんどがSAO生還者である為か、魔法を覚えるよりも、モンスターとの近接戦に特化しており、ソードスキルの実装がより一層魔法スキルのあげる事を遠ざけていたのだ。

このメンバーで使える魔法が多いのは、メイジ型のティアと同じウンディーネであるアスナとカタナ、シルフで魔法剣士のスタイルでいるリーファ、それとこの場にはいないが、カンザシも最近ではリーファと同じ魔法剣士のスタイルで頑張っている。

 

 

 

「とは言っても、スズさんだって完全な近接戦オンリーですけどね」

 

「何よぉ〜。だいたいあんたが後衛ってスタイルなんだから前衛一本で行くしかないじゃん!」

 

「そうですが、回復の魔法くらいは自分で詠唱できるようにしておいてくださいな……せっかくブースト系の支援魔法をかけようとしているのにいつも回復魔法しか使えませんわ」

 

「何よぉー!」

 

「何ですのぉー!?」

 

 

 

突然にらみ合いの喧嘩を始める二人をチナツがなだめる。

その横では、リーファとシリカがリズからのお使いを済ませているところだった。

 

 

 

「はい、リズさん」

 

「注文を受けてたやつは多分揃ってると思うけど……」

 

「おっ、サンキュー! これでまたいいのが作れそうね……‼︎」

 

「これくらいのことならいつでも言ってね。リズベット武具店にはいつもお世話になってるんだから」

 

「あらそう〜? ならバンバン頼んじゃおっかなぁ〜♪」

 

「あぁ……やっぱり、そんなに頻繁にされると、ねぇ……」

 

「冗談よ冗談! それで? 今回もあの触手系統のモンスターが相手だったんでしょう? シリカはまたパンモロしたわけ?」

 

「な、なななってませんよ‼︎ 何ですか “また” って!」

 

「えぇ〜? いつもされてて喜んでるじゃない〜♪」

 

「よ、喜んでないですよ! リズさんのバァーカ‼︎」

 

「何よぉ〜冗談でしょう〜……全く、ほら機嫌なおしなさいよ〜」

 

 

 

こちらもこちらで昔から変わらないやりとりをしている。

 

 

 

 

「あぁそうだ、リーファ、シリカ。新しく入った仲間を紹介するよ……シノア、ラウラ、ちょっといいか?」

 

「あ、うん」

 

「ああ」

 

 

 

 

チナツの呼び出しに快く応じる二人。

アスナとキリト、ティアとスズとは既に現実世界で会っているが、この二人とは初対面だった。

 

 

 

「えっと、今日からALOを始めた二人で、シルフの子がシノア。インプの子がラウラって言うだ」

 

「初めまして、シノアです! こう言うゲームは初めてで……そのわからないこととかが多いんですけど、その、よろしくお願いします!」

 

「私はラウラだ。一……チナツからの紹介で、このALOを始める事になった。不束者だが、よろしく頼む」

 

 

 

二人らしい自己紹介を終えたところで、今度は三人の方から自己紹介をする。

 

 

 

「よろしくねぇ、二人とも! 私はリーファ。一応このメンバーの中じゃあALO歴は一番長いんだよ。わからないことがあったら、私に聞いてね?」

 

 

チナツと同じレアアバターの金髪ポニーテールの少女。

シノアと同じシルフで長刀使いのリーファ。かつてキリト、チナツ、カタナを世界樹に囚われていたアスナ救出の為に共に冒険し、道案内をしてくれた少女だ。

その後、色々あったキリトとの関係を修復し、今ではここにいるみんなと打ち解けあっている。

 

 

 

「は、初めまして、シリカです! よろしくです!」

 

 

 

少し緊張した面持ちのケットシー少女。

ケットシー独特の猫ミミと尻尾がとても似合う小柄な体格と、その少女の頭に鎮座する水色の体毛が綺麗なフェザーリドラが印象深く残る。

SAO生還者の一人である、ビーストテイマーのシリカと、相棒のピナだ。

 

 

 

ALO年長者であるリーファと元々愛らしい印象からいろんな人と交流してきたシリカ。

初めての二人にも少しずつではあったものの打ち解けあってくれたようだ。

 

 

 

「あれ? そういえばカンザシちゃんは?」

 

 

そこでふとアスナが言う。

カンザシとはもちろんカタナの妹である簪のこと。

カンザシもまた、ティアたちと同じ時期にALOを始めたメンバー。

今日はこの武具店に集まる予定だったのだが、まだ到着していないようだ。

 

 

 

「それで、今日はどうする? 最近なんかクエストあったっけ?」

 

「そうだな……めぼしい奴はほとんど消化しちゃったし……」

 

 

アスナとキリトが悩む。

せっかくシノアとラウラがALOデビューを果たしてくれたのだ、ここでもっとALOの楽しさを味わってもらいたいのだが、ほとんどのクエストを最近ではこなしていた為、初心者の二人向けのクエストは何にするか迷ってしまう。

 

 

 

「だったらさ、今噂になってるやついく?」

 

「ん? 噂?」

 

「ほら、この間サラマンダー領の近くにある中立域の森の奥地に発見したっていう洞窟! あそこに入った人たちからの噂程度の話なんだけどね……」

 

 

 

そこで、カタナからの提案により、ある一つのクエストのことを聞いた。

場所はサラマンダー領の近くにある中立域の森の奥地。央都《アルン》は町の周りをでかい山脈がぐるっと囲っている中に存在しており、そこから先は、中立域の盛りが広がっている。

その広大な森を抜けることで、やっとそれぞれの領土のある街へと戻れるのだ。

話を戻すと、その中立域の森の中に大きな洞窟があるそうで、そこがなんなのか、何かがいるのか、好奇心に駆られたプレイヤーたちがその場所に入っていくと、一体のクエストNPCと出会ったそうだ。

 

 

「なるほど……向こう側にも、ルグルー回廊のようなものがあるのか……」

 

 

 

とキリトが顎に右手を当てながら頷く。

ルグルー回廊とは、以前シルフ領から《アルン》へ向かう時に活用していた場所。

初めてこの世界にやってきたキリトたち三人を、リーファが《アルン》まで導いてくれた時に、やむなしで通った場所だ。

 

 

 

「そう、それでね、そのNPCのクエストを受注したのはいいんだけど、そのクエストの難易度が高すぎて、クリア出来ないって話らしいわ」

 

「達成不可能なクエストって……グランドクエストじゃあるまいし……」

 

「達成不可能ってわけじゃないのよ。だってそれって簡単なお使い系のクエストだし」

 

「えっ、そうなのか?」

 

 

カタナの言葉につい聞き返しすチナツ。

たいていのお使い系クエストは、特定の場所にあるものを何個以上集めてこいとか、指定されたモンスターを倒し、そのモンスターの破片を持ってくる、というものが多い。

だが、それもこれも別に達成不可能なレベルのものは用意されてはいない。

 

 

 

「うん。並のプレイヤーでは倒せないモンスター……レベルで言えば、フロアボス並って言ってたかな……」

 

「へぇ〜……面白そうだなそれ……!」

 

 

 

カタナの話に一番に食いついたのはキリトだった。

生粋のゲーマーであり、バトルジャンキーなキリトにとっては、願っても無いようなクエストだった。

そして、それに負けず劣らず、「でしょう!」と目を輝かせているカタナ。

彼女も何方かと言えば、キリトと同じ方の人間だ。

どこまでも走り、周りの人間を好きなように振り回しては、いつの間にか自分のペースへと持っていく、チナツ曰く、『人たらし』だそうだ。

 

 

「どうするシノア、ラウラ。一応、二人は始めたばかりだし、無理にクエストに挑戦する必要はないけど……」

 

「大丈夫だよ、チナツ。まぁ、レベルは高そうだけど、正直やってみたいって言うか、なんていうか……」

 

「無論。私とて引くつもりはない。私も参戦するぞ」

 

 

 

チナツの心配もいらなかったようで、シノアもラウラも、やる気満々のようだ。

 

 

 

「はいはい! じゃあ、あんたたち二人の武器も見せてみなさい。ちょうど強化素材も集まってるし、ちょっとだけど強化はしてやるわよ?」

 

ハンマーを片手にシノアとラウラに武器を出すよう手を差し出すリズ。

シノアとラウラもそれに応じて、メインウェポンを渡す。

 

 

「それじゃあ、二人の武器を強化した後で……あと、カンザシが来たら出発って感じでいいか」

 

「そうだね。じゃあ、私はその間に必要なものを買い出しに行ってくるよー」

 

「あっ、アスナちゃん、私も行くわ。一人じゃ大変でしょ?」

 

「ありがとう、カタナちゃん」

 

「ユイちゃん、一緒に行く?」

 

「はい! 行きます、ママ!」

 

 

 

 

そう言うと、ユイはアスナの頭の上に乗っかり、カタナと共に店を出た。

残ったメンバーで、リーファとシリカはティア、スズと世間話に花を咲かせ、シノアとラウラはリズの下へと向かい、それぞれ弓とナイフを渡して、武器の強化をしてもらっている。

その間にカンザシを待ち、チナツとキリトでパーティー編成とポジションなどを再確認し始める。

そんな時、再び店のドアが開かれた。

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 

入ってきたお客さんは、どうやら相当急いできたらしく、荒い息遣いで膝に手をつきながらドアを開けていた。

よく見ると、水色の綺麗な髪が印象的であり、その背中に背負っている薙刀が、誰なのかを教えてくれる。

 

 

「おお、カンザシ! 大丈夫か?!」

 

「う、うん……はぁ……はぁ……だ、大丈夫……だよ?」

 

「いや、全然大丈夫そうには見えないんだが……」

 

「ううぅ……えっと、遅くなってごめんなさい! ちょっとリアルでバタバタしちゃって……」

 

 

 

そう言って顔を上げる。

リアルと違うのは眼鏡をかけていない事だろうか……しかし、それだけでもだいぶ印象が違って見える。

やはり姉妹なのか、どことなく顔のバランスやそれぞれのパーツがカタナと似ている。

申し訳なさそうにみんなを見るカンザシに、すかさずリーファがフォローする。

 

 

「全然大丈夫だよ。ちょうど今、アスナさんとカタナさんがアイテムの買い出しに行ったばかりだし」

 

「あ、そうなんだ……入れ違いになっちゃたんだね」

 

「そういうわけで、もう少し経ってから出発する事になってるから」

 

「出発……今日はどこに行くの?」

 

「サラマンダー領近くの洞窟。最近少し噂になってるクエストをやりに行くの!」

 

「あぁ、あの噂か……」

 

 

 

なんだかんだでリーファとはすぐに仲良しになったカンザシ。

そして、話題は今日行く洞窟で行われるクエストの話しだ。リーファからその事を聞くと、カンザシも思い出したかのように話す。

そこに、キリトとチナツも加わる。

 

 

 

「なんだ、カンザシも知ってたのか?」

 

「はい……本当に、噂程度なんですけど……」

 

「どういうクエストっていうのは、流石にわからないよな……カンザシ」

 

「うーん……でも確か、お使い系だっていうのと、あと……」

 

「「「あと?」」」

 

「なんか、変に凝ったような設定のクエスト……だったって、どこかで聞いた、ような……」

 

「変に……」

 

「凝った……」

 

「設定ねぇ……」

 

 

 

カンザシの言葉にキリト、リーファ、チナツの順で頭を捻る。

クエスト自体は大抵北欧神話をベースに、クエストは生成されている。

神話をベースにしているからなのか……。

 

 

「まぁ、それは行ってみたらわかるだろう……。カンザシもスキル熟練度は上がったのか?」

 

「う、うん……最近は、リーファと一緒に行ってて、いろいろ教えてもらってる」

 

 

最近ではカンザシもリーファと同じ近接戦と魔法戦を併用する魔法剣士スタイルでスキルを上げている。

武器は薙刀であるため、ミドルレンジからクロスレンジ、また魔法でのロングレンジも対応出来るようになるのが、カンザシの理想のようだ。

 

 

「カンザシって凄いんだよキリトくん! あっという間に魔法覚えちゃってね、タイミングや魔法の使い分けなんかも的確で……もう、私の方が習いたいぐらいなんだよ!」

 

「へぇ〜凄いなカンザシ。今度俺たちともクエストとか行こうぜ」

 

「え?! あ、はい! えっと、まだ拙いですけど、今度は、よろしくお願いします〜〜〜〜っ!」

 

「全然拙くなんかないよ! 戦闘中のカンザシって、凄くかっこいいんだから!」

 

「うん……ありがとう、リーファ……!」

 

 

 

 

ベタ誉めのリーファにカンザシの顔がみるみるうちに赤くなる。

だが事実、リーファの言う通りカンザシも姉・カタナに負けず劣らずのセンスの良さを感じさせる。

戦闘においての状況判断、分析はカタナも認める程の実力者だ。

 

 

 

「そんじゃ、今回はカタナも前衛に加わってもらうから、後衛はカンザシに任せるぜ」

 

「え、ええぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!! そ、そんな、いきなり……」

 

 

 

キリトの発言に本気で驚いているカンザシ。

今までリーファやティアたちと一緒にいても、常に互いが互いをカバーし合ったいた為、一つの役職を任されると言うの慣れないものだったからだ。

だが、キリトだけじゃなく、追撃するかの様にチナツとリーファも後押しする。

 

 

「いきなりで荷が重いって感じるかも知れないけど、俺たちはみんなカンザシは出来るって信じてるんだぞ?」

 

「そうそう! それに、私達だってただ守られるじゃないからね。ALOじゃ、私たちが先輩なんだから……逆に安心して後衛してよね!」

 

「二人共……うん、が、頑張るね!」

 

「その意気だぜ、カンザシ……!」

 

 

 

 

これでメンバーが全員揃い、あとは買い出しに出たアスナとカタナが戻ってくるのを待つだけという事になった。

その間に、シノアとラウラの武器の強化を終え、今度はカンザシがメンテをしてもらう番。

入れ替わりでこちらにやってきたシノアとラウラは、自分の武器を大事そうに抱えてこちらにやってくる。

 

 

 

「凄いねぇ……なんだろう、見た目はあんまり変わってないのに、何か違う気がする」

 

「ああ。言葉で表しにくいが……なんとも言い難いな」

 

 

 

ひたすら強化してもらった武器を眺める。

 

 

 

「二人共、こっちに座ったらどうだ?」

 

 

 

チナツがチョイチョイっと指で空いた席を指す。

そこにシリカも座り、みんなでプチお茶会の始まりだ。

 

 

 

「改めまして、シリカです。よろしくお願いします! こっちはパートナーのピナです!」

 

『キュウ!』

 

 

シリカの紹介に合わせるように、ピナが声を上げる。

美しい水色の羽と、愛らしいその姿にシノアとラウラも夢中だった。

 

 

 

「か、可愛い〜〜っ!」

 

「あぁ、これは……なんとも……」

 

「よかったら抱いてみますか?」

 

「えっ? いいの!?」

 

 

 

 

そう言うと、シリカはピナを抱きかかえると、シノアの腕の中へと持って行き、シノアのシノアで落とさないようにと、少し焦りながらもしっかりとピナを抱きしめる。

 

 

 

『キュウゥゥ?』

 

「〜〜〜〜っ‼︎ 可愛いよぉ〜!」

 

 

 

すっかりピナの可愛さに負けているシノア。

そして、ラウラはジィーッとピナを眺めている。

 

 

 

「ん……」

 

『キュウ?』

 

「お前、中々いい目をしているな」

 

『キュウ!』

 

「ふふっ。いいだろう……お前を今日から私の部下にしてやる」

 

『キュウ〜〜! キュウゥゥ〜〜!』

 

「えっ?! ピ、ピナっ!!?」

 

 

 

 

 

今までに見たことのないラウラの姿とピナの新たな関係性が観れたので、良しとしよう。

 

 

 

 

「ただいまぁ〜〜」

 

「ただいま帰りましたぁ〜〜」

 

「カ・ン・ちゃぁ〜ん!」

 

「うわっあ!? お、お姉ちゃん!」

 

 

丁度その頃、買い出しに出ていたアスナたち二人と、ユイが帰ってきた。

早速ユイはキリトの肩の上へと乗っかり、それを笑顔で見るアスナ。

カタナは入ってくるなり、カンザシの背後に忍び寄りって抱きつく。

 

 

 

 

「も、もう、びっくりしたよ……」

 

「あはは♪ ごめんごめん。入れ違いになっちゃったのね」

 

「うん。さっきついたばかりで、今リズさんに武器見てもらってる」

 

「今日はちょっときつめのクエスト行くけど大丈夫?」

 

「うん。今回は後方で魔法支援をするから、大丈夫だよ? それよりお姉ちゃんの方が心配……」

 

「あはは……しっかりバックアップよろしくね♪」

 

「うん! 頑張るね!」

 

 

 

今ではすっかり仲良し姉妹に戻った二人。

今まで険悪だったと言われても、その光景を見るに信じられないだろう。

そんなことを感じながら、チナツは二人を微笑ましく思っていた。

やはり唯一の姉妹なのだから、仲良くしててもらいたい。

 

 

 

 

「さてと、全員揃ったな……。今日はサラマンダー領近辺の中立の洞窟に行くけど、みんな準備はいいか?」

 

 

一同を見回し、改めて確認するキリト。

 

 

 

「大丈夫だよ。キリトくん」

 

「私もしっかりナビゲートします!」

 

 

先に名乗りを上げるアスナと愛娘のユイ。

 

 

 

「俺も異論はないです」

 

「オッケーよ」

 

 

ともに賛同するチナツとカタナ。

 

 

「ウチらもいいわよ!」

 

「うん! もちろん!」

 

「頑張ろうね、ピナ!」

 

『キュウ!』

 

 

その後ろでは、リズとリーファとシリカが。そしてフェザーリドラのピナも賛同したかのようにシリカの頭の上で両羽を広げる。

 

 

「問題ありませんわ!」

 

「こっちもよ。上がった腕前、見せてやるわ!」

 

「私も、抜かりはないです!」

 

「僕も! 頑張るよ!」

 

「無論だ。ここで留まる理由がない」

 

 

 

ティア、スズ、カンザシ、シノア、ラウラも同様に賛同する。

この五人は初めての大型クエストの挑戦になる。

その意気は上々。やる気に満ち溢れている。

 

 

 

「よし! それじゃあ、いっちょ頑張ろう!」

 

「「「「おおおっ!!!!」」」」

 

 

 

店を出て、目的地であるサラマンダー領の方角。南東の方へと向かって、12人の妖精達が大空へと羽ばたいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、現実世界の方では………。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ! はっ!」

 

 

 

 

学校が休みになっているその日。ただひとり、黙々と木刀を振り続けている人影がひとり。

場所はIS学園の剣道場。

その日は部活も休みなのか、その人影の人物以外は誰もいない。故に、とても静寂に包まれている。

その中を、木刀が振り抜くたびに風を切るような音が聞こえる。

額から頬を伝い、床へと落ちる汗。相当長い時間木刀を振り続けているのがうかがえる。

 

 

 

「はあぁぁっ!」

 

 

 

踏み込んだ足が床に着くと、ダンッと激しい音が鳴る。

振り下ろされた上段からの一撃は、今までのよりも強く、風を切った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

一通り素振りを終えたところで、体が疲労を訴える。

もうどれくらい振っていたのかわからないが、100本や200本程度の素振りでは、こんな疲労は訪れない。ゆうに1000本以上は木刀を振り続けていただろうか……。

一旦呼吸を整えて、タオルを手に取り、汗を拭う。その隣に置いてあったスポーツドリンクで水分を補給し、一度外に出て、流れ吹く海風に吹かれながら、ふと思い出す。

 

 

 

 

(一夏は、一体どうやってあれだけの力を得たのだろうか……)

 

 

 

そう、思い出すのは先に起きたVTシステムの事件。

そしてその前のタッグマッチ戦での一夏の強さについてだ。

一切の抜け目もない、速く、強く、そして美しいとさえ思えた一夏の戦いぶり……。

自分の知らない一夏の一面を見た。六年前に離ればなれになる前は、確かに箒よりも強かったが、それは小学生の時の話だ。

今の自分は、剣道の全国大会でチャンピオンになるほどの実力をつけた……だが、一夏は二年間寝たきりだったにも関わらず、自分よりもだいぶ先に居る。

その二年間で何があったのか……過酷な日々を送っていたと、小耳に挟んだが、詳しい事はまだ知らない。

だが剣の道を歩んでいこうと思っている箒にはわかった。一夏の使う剣は、生粋の暗殺剣だということが……。

敵を一撃で倒すことが出来る剣。敵の急所を躊躇無く突いていくような残忍さ。

今までの一夏ではあり得ないと思った。

優しく正しいと言う子供の頃からの一夏の印象はまだ残っているものの、戦いになった時の一夏は、千冬よりも恐ろしく感じる自分がいる。

 

 

 

 

(一夏、お前は一体どうやって変われたのだ……私は、私はその方法が……知りたい)

 

 

 

ふと思い出してしまった去年の全国大会での出来事。

決勝まで駒を進めた箒。相手も相当な実力差があったが、箒は難なく勝つことができた。

だが、その選手が悔し涙を浮かべている時、箒は気づいてしまったのだ。

その涙は、ただ悔しいだけのものではなかったということを。

その証拠に、微かに言われた言葉……

 

 

 

ーーあなたの剣道は剣道じゃない。ただの憂さ晴らしだ。

 

 

 

 

心に深く突き刺さった。

そんなつもりは毛頭なかった。しかし、そうではないとも言い切れなかった。ISが出来て、家族はバラバラになり、箒自身も何度も転校させられた。

友達を作ろうにも、すぐに転校してしまうため、心を繋げれる相手がいなかった。

独り身となったその身に、過剰なストレスと疲労が襲い、自分でも知らないうちに、その心情が剣にも移っていたようだ。

それからだった……自分の剣とは、一体何だったのだろうと……。

そう考え始めたのは、あの時からだった。

 

 

 

「ん…………」

 

 

 

箒はふと、自分のスマフォを見つめる。

そして手に取り、あるフォルダーを表示した。そこには、箒以外誰も知らない。ある人物と連絡を取れる番号が入力されている。

その人物と別れてから数年後、箒のスマフォに勝手に入っていた。

 

 

 

(力が欲しい……自分が変われる力が……一夏達のように、強くなるための力が欲しい……!)

 

 

 

剣術家として、武芸者として強さを求めるのは当然の心理だ。

だが、今手にしている強さではダメだ。

それではただの暴力であり、真の強さではない。

それがわかるとしたら、それは…………。

 

 

 

(一夏や他のみんなのそばで見ていれば、何か見えてくるだろうか……。そのためには……)

 

 

 

躊躇いはあった。

だが、それでも変わるきっかけが欲しかった。

そして、フォルダー内の番号をタップし、コールする。

 

 

 

 

『もすもすひねもすぅぅぅ〜〜! はぁーい! みんなのアイドル、篠ノ之 束だよぉ〜!』

 

「……」

 

 

 

しばらく沈黙が続いた。

 

 

 

 

『ちょっと箒ちゃぁん‼︎ 無視なんてひどいよぉ〜!」

 

「いえすみません。長い間会わないうちに、人が変わっていたようなので……ごめんなさい、失礼しました」

 

『いやいやいや‼︎ ちゃんと箒ちゃんのお姉ちゃんの束さんだよ!? 昔からこんな感じだったと思うよ!?』

 

「そうでしたっけ?」

 

『だよだよ! んで? 話は変わるけど、箒ちゃんがやっと束さんの番号に電話してくれて嬉しいんだけど、どうしたのかなぁ?』

 

 

どこか嬉しそうで、なんだか楽しそうな声音で尋ねてくる束に、少なからず苛立ったが、用があったのには変わりない。

 

 

 

「えっと、それは……」

 

 

 

どうやって、何をどう伝えていいのか悩んでいると、束は『ははぁ〜ん』と何かに感づいた様で……。

 

 

 

『箒ちゃんは、“力” が欲しいんじゃないかな?」

 

「っ……」

 

 

 

流石は姉である。妹である箒の事は、まるで手に取るように分かっている様だ。

 

 

 

『今までそういう事を言ってこなかった箒ちゃんだけど、一体全体どうしたのかな?』

 

「ん……」

 

『…………いっくんかな?』

 

「……わかりますか」

 

『そりゃねぇ〜。束さんは箒ちゃんのお姉ちゃんだよ? わからない事はほとんどないも同然だよぉ〜! そっかぁ〜いっくんが原因かぁ〜……。

つまり、箒ちゃんはいっくんとどうしたいのかな?』

 

 

束の質問に一瞬戸惑いを見せたが、それでも、はっきりと答えた。

 

 

 

「私は、一夏の様に強くなりたいです。ただの暴力的な意味ではなく、本当の意味での強さが欲しいです……!」

 

『なるほどね〜…………』

 

 

 

束は納得したと思ったのか、一度「ふむ…」と考えて、改めて箒に伝えた。

 

 

 

『分かった! 今度そっちに行くから、その時に束さんのとっておきを箒ちゃんにプレゼントしよう〜〜‼︎』

 

「姉さんの……とっておき、ですか」

 

『そうそう! いっくんの白式とはまた別に、完全に束さんのカスタム機を、箒ちゃんのために作っておいたからさ! 今度臨海学校だっけ? その時に持っていくから楽しみにしててねぇ〜!』

 

「そ、それってつまり……!」

 

『そう、箒ちゃんだけの専用機。白と並び立つ者……その名はーー』

 

 

 

 

束のお手製。

全てが妹、箒のために作ったカスタム機体。

そして、束の中では、変わろうとしている妹を応援するために作った渾身の作だ。

 

 

 

『ーーーー紅椿ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次は、ALOのクエストに入ります!

オリジナルで考えたクエストだからなぁ……穴があったらどうしよう……
とりあえず、暖かい目で見てください(^O^)
感想よろしくお願いします^_^



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第26話 猛獣の洞窟



やっとクエスト開始前まで来れた。

ここからどう展開していくか、正直考えるのキツイぜ……( ̄O ̄;)




《アルン》を飛び立って数時間。

山々を抜け、壮大に広がる中立域の森の上空を飛んでいる一行は、クエストがある洞窟を探していた。

また、そこにもモンスターが現れ、それを撃破しながらの捜索のため、中々見つからない。

 

 

 

「ふぅー……本当にここら辺に洞窟なんてあったのか?」

 

キリトがそう呟く。

周りを見渡すも、広がる森の大きさに圧倒される。

そしてそこからクエスト発動の洞窟を探さなくてはならない。

中々見つからない洞窟の捜索と、群がるMobの撃破と、いくら人数が多いとはいえ、このままでは埒が明かない。

 

 

 

「その筈なんだけ、ど! こんな広いところから探せっていうのも無理な話よねえ……」

 

 

 

カタナがMobに槍を突き刺しながら返す。

その他にもシリカはピナとともに低空飛行で洞窟を探し、その護衛にリーファが付き合う。

アスナとティアで、Mobと戦闘をしているラウラ、シノア、リズ、スズの四人をカバーし、カンザシがカタナとキリトをアシスト。残るチナツは、高速飛行で一通り飛んで、洞窟らしきものを捜索していた。

 

 

 

「っていうか、あと二人集められない? エギルとクラインは?」

 

「クラインには連絡したんだけどよ、リアルで用事があって、少し遅れるってメールが来たんだよ。そんで、エギルは店があるから無理!」

 

「そっかぁ……じゃあもしもの場合は、互いに六人でパーティー編成しなきゃダメか……」

 

「まぁ、仕方ないさ。リアルの時間を優先させるのは基本だからな」

 

「そうね……。それはいいけど、早く見つからないかしらねぇ……」

 

「座標はここら辺で間違いないと思うんだけどな……」

 

 

 

 

 

戦闘をしながらも、洞窟を探す余裕を見せるキリトとカタナ。

そんな時、前方から猛スピードでキリトたちの元に飛んでくる影を見つける。

 

 

 

「あれは……」

 

「チナツ?」

 

 

 

 

ようやく視界で認識できる距離に来てわかった。

金髪に日本刀を差したシルフの少年。チナツが高速飛行をしながら、こちらに向かってくるのだ。

 

 

 

 

「どうだった? 見つかったか?」

 

「はい。なんとか……それと、クラインさんも、例の洞窟付近にいましたよ……俺の知り合いに案内してもらってたみたいです」

 

「クラインが? まぁ、あいつサラマンダーだし、近いか……。ん? お前の知り合いって、誰だ?」

 

「ああ、その子の事は、直接あって紹介しますよ。っていうか、キリトさんも一度は会ってるんですよ? その子に」

 

「えぇ? 誰だろう……」

 

 

 

キリトが顎に手を当てて、なんとか思い出そうとするも、該当する人物が出てこなかった。

そして……

 

 

 

「まぁ、それは行けば分かるんでしょう? ねぇ、チナツ?」

 

「お、おう……。って、なんで怒ってんだ?」

 

「別に……」

 

 

怒っているカタナがいた。

 

 

「なぁカタナ、なんで怒ってんだよ……」

 

「怒ってないわよ。全然」

 

「えぇ〜……」

 

「ところでチナツ、場所を教えてくれないか? さすがにずっとこのままってのもな……」

 

「あ、はい! こっちです」

 

 

 

 

その後、キリトに促され、他で戦闘になっているメンバーにも声をかけ、あらかたMobを片付けたところで、チナツを先頭に目的地まで飛翔する。

っと、目的地に近づくにつれ、何やら小高い丘が見えてきて、そこへとチナツ達は向かっていく。

 

 

 

「ん? あんなところに洞窟なんてあったけ?」

 

「さぁ……? でも、よくよく考えてみれば、わたくし達、サラマンダー領には、あまり行ったことがありませんから……」

 

「あぁ、それもそうね……」

 

 

 

もっともいろんなところで修行中のスズとティアでも、ここら辺には来たことがなく、洞窟の存在自体知らないかった。

カンザシも同様に、ほとんどシルフやケットシーの方面、南西方面か、ウンディーネの領にしか行ったことが無い為、ここら辺の土地に詳しくない。

 

 

 

「まぁ、仕方ないよね。サラマンダーの人たちって、いろいろと面倒な人多いし」

 

 

と、本当に面倒くさそう話すのは、ALO歴最長のリーファ。

シルフとサラマンダーは、相当仲が悪い。それも、以前のグランドクエストが存在したALOでの話だったが、それでも、まだシルフ狩りをするようなサラマンダーのプレイヤーは多いと聞く。

 

 

 

「そうよねぇ〜。私なんて、「なんでもいいから最高の武器を作れ」なんて言われた時には、本気で追い出そうかと思ったわよ」

 

「うわぁ〜……それは酷いですね……。私もピナと一緒にパーティーに入らないかって、結構言われてるんですよねぇ……。

そんな気は無いって、きっぱり断ってるんですけど……」

 

 

 

これはリズとシリカだ。

リズはその鍛治の腕を見込まれているみたいだが、リズにはリズのポリシーというものがある。

鍛冶師の性みたいなものだ。

シリカはシリカで、いろいろと大変のようだ。SAOでも、その可愛らしいルックスと性格で、中層域のプレイヤーの間では、アイドルのような存在だった。そのため、自分のパーティーに入れようとする男性プレイヤーは少なくなかった。

 

 

 

「僕も《アルン》来る前に、サラマンダーの人たちに絡まれちゃったし……」

 

「うむ……仮想の世界でも、人間のやる事は変わらん……か。全くもってその通りだな」

 

「うん……ここにいる人たちは、みんな、ちゃんと生きている」

 

 

初めてこの世界に足を踏み入れたシノアとラウラ。

そして、スズたちと同じ時期に入ったカンザシ。

時期は違えど、それぞれが持つこの仮想世界での印象は、“プレイヤーたちが、本当に生きている様に過ごしている” と言うことだった。

 

 

 

「そろそろ着きますよ」

 

 

 

チナツの言葉とともに、全員が身を引き締める。

カタナとアスナを除いて……。

 

 

 

「カタナちゃん、あんまり怒っちゃダメだよ?」

 

「わかってるけど……。でも、どうせ女の子よ? そのもう一人の知り合いっていうの」

 

「そ、そうかなぁ……でも女の子ってチナツくんは言ってなかったよ」

 

「甘いわよ、アスナちゃん。これはチナツに限らず、キリトもそうだったけど、行く先々で知り合った人たちを思い出してみなさい……みんな女の子でしょう?」

 

「ん〜……」

 

 

 

 

カタナに促されて、思い返してみる。

確かに、チナツの周りにいるのはカタナを初め、IS学園の同級生のみんな。IS学園、つまり女の子ばっかり。幼馴染だというスズに、クラスメイトのティア、シノア、ラウラ。

カタナの妹であるカンザシ。全員が同じ年の女の子。

そしてキリト。SAOからの知り合いということで、アスナ、リズを初め、シリカ、ALOで知り合ったリーファと、その経由でシルフ領主であるサクヤとケットシー領主であるアリシャ・ルー。それと、先日分かったことだが、βテストの時から一緒だった情報屋のアルゴもまた、ALOを始め、キリトも情報を提供してもらっている様だ。

キリトもキリトで、負けじと女の子との交流も持っている。

 

 

 

「うん……確かに……女の子が多いかなぁ……」

 

「でしょう? どうせまた女の子なのよ」

 

「でも……うーん……やっぱりそうなのかなぁ〜」

 

 

 

カタナの発言は理にかなっているため、アスナもあまり強く否定できない。

キリトはその中性的な顔立ちと性格で、出会った女の子に好意を抱かせる。

チナツはチナツでキリトとはまた違った雰囲気を持つ。顔立ちは申し分ないくらいのイケメンであるし、性格もまたキリトと同じ。

そして、両者共に同じ点を挙げるとしたら、優しいところだ。

キリトは他人の痛み、強いては人の感情というものに敏感なため、その感情を察するところからくる優しさを持つ。

チナツは言わずもがな、優しさと言うものに境界線がない。

チナツにとって警戒すべき人物以外、どんな人でも包み込んでしまう様な心を持っている。

どちらも、カウンセラーとしての資質ありなのだ。

そんなわけで、その二人に対して出会った女の子たちの乙女心が開かないわけがないと言うことにつながる。

 

 

 

「まぁ、その時はその時で、ねぇ?」

 

「そうね。しっかり躾けないと……! 夫の不始末は、妻がしっかりつけなきゃね♪」

 

「うんうん♪」

 

 

夫の知らないところで、妻たちの熱い誓いが交わされたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あそこですね」

 

「ん〜?」

 

 

 

チナツが指差す先には、丘の頂上より少し下のところにできた大きな洞窟の入り口。と、その入り口の前に、二人の人影が。

 

 

 

「おーい! 遅えぞお前らぁ〜!」

 

 

 

逆立った赤髪にバンダナが野武士面の顔によく似合う男性。

まるで着流しの様な和と洋を開け合わせた様な衣装と、腰に差してある日本刀が印象的だ。

彼の名はクライン。キリトたちと同じSAOサバイバーであり、攻略組の中では絶対生還ギルド『風林火山』でギルドリーダーを務めていた人物であり、キリトとチナツの中では、数少ない男性プレイヤーの理解者で、二人にとっては兄貴分の様な感じだ。

そしてもう一人。

黒髪に水色を基調としたジャケットに黒の短パンと、身軽そうな印象与える少女の姿があった。

全員が洞窟前に降り立ち、二人の元へと駆け寄る。

アスナとカタナは、予感が的中したとばかりに頭を抱え、その様子を他のメンバーが見て、何事かを悟った。

 

 

 

 

「よう、クライン。なんだ、意外と早かったじゃん」

 

「まぁな。呼ばれてから仕事は早めに終わらせて、早速ログインよ。しかもこのクエストに行くっていうだから、行かねぇ手はないしな!」

 

 

 

クラインとたわいない会話をしていると、その後ろから問題の少女が歩みよってくる。

 

 

 

 

「ど、どうも、こんにちは」

 

「あ、どうも……」

 

「キリトさん、彼女のこと、思い出しませんか?」

 

「え?」

 

 

 

チナツに言われてその少女を見る。

身軽そうな装備に短剣。黒髪から察するに、キリトは自分と同じスプリガンだと分かった。

スプリガンの得意な魔法は幻惑魔法……その他にもトレジャーハント系の魔法も得意で……。

 

 

 

「えっ? も、もしかしてーーーー」

 

 

 

その昔、キリトも会っていた。

あの浮遊城にて、“トレジャーハンター” と名乗る少女と。

 

 

 

「フィリア?!」

 

「正解! 覚えててくれたんだね、キリト!」

 

「フィリア、ALOやってたのか!?」

 

「うん。新生ALOとして運営され始めた時にね。こっちでも、トレジャーハンターやってるんだよ」

 

「いやぁ、驚いたよ。中層域で少しの間冒険して以来だからな……元気そうでよかった!」

 

「キリトこそ、相変わらず黒いね」

 

「っ、そこはほっとけよ」

 

 

 

 

久しぶりの再会に話が弾む。

だが、それを破壊するように咳払いが木霊する。

 

 

 

 

「ん、んんっ!」

 

「「っ!」」

 

「キリトくん。そろそろ紹介してくれないかな?」

 

「あぁ、アスナ。この子、俺たち同じSAOサバイバーで、フィリアって言う子なんだ」

 

「フィリアです。初めまして、ですね。今日はよろしくお願いします」

 

「ど、どうも〜……アスナって言います。よろしくね、フィリアさん」

 

 

 

少し引き攣った表情になりつつも、お互いに自己紹介を交わす。

その後ろでは、カタナが首を捻ってフィリアの顔を見つめる。

 

 

 

「あれ? あなたアインクラッドで会った……」

「はい! 以前チナツに助けてもらった時に! あっ、チナツ、あの時はありがとね! ちゃんとしたお礼が出来てなかったから……」

 

「いいよ。フィリアも無事アインクラッドから生き残れていただけでもよかった。今日はよろしくな!」

 

「うん! こちらこそ! 借りはきっちり返させてもらうよ!」

 

 

 

互いに握手を交わすチナツとフィリア。

だが、その光景を見ていて面白くない者達もいるわけで……。

 

 

 

「何、あれ……?」

 

 

と、ジト目で見るスズ。

 

 

「仲が良さそうですわね……」

 

 

と、スズと同じように見るティア。

 

 

「うん……初めましてでは、ないと思う……」

 

 

と、困惑しながら見つめるシノア。

 

 

「うむ……ここまで女への繋がりが強いとは……流石は師匠」

 

 

と、何故か納得するラウラ。

 

 

「…………チナツ、大丈夫かなぁ……」

 

 

と、心配そうに眺めるカンザシ。

各々の思惑が交錯する中、一行は問題の洞窟の入り口へと足を向ける。

 

 

 

 

 

「それで……ここが例の……?」

 

「うん……多分、そのはずよ」

 

 

 

アスナとカタナが見上げて言う。

目の前にあるのは巨大な門。

洞窟というからには、自然的に出来た岩壁の物を想像していたが、そこにあったのはまるで誰かぎ立てた様な人工的な立派な門。

 

 

 

「これ……ほんとに洞窟?」

 

「というより、遺跡のような……」

 

「それに、不自然な感じがする……。森の中に、いきなりこんなのがあるなんて……」

 

 

スズとティアの意見に誰もが頷き、そこにカンザシが補足を入れることで、なお全員が納得する。

 

 

「なぁフィリア、何か知らないか? トレジャーハンターやってるなら、このクエストのことも色々と聞いたんじゃないか?」

 

 

こういったクエストの報酬というのは、中々のレア物が与えられる。レアアイテムを追い求めるトレジャーハンターとしては、見逃せないと思い、キリトが尋ねるも、フィリアは顔を横に振る。

 

 

 

「ごめん、私もこのクエストを聞いたのはごく最近なんだ……。挑戦した人の話を聞く限りじゃ、出てきたボスモンスターが厄介だって言ってたけど……それ以外は……」

 

「流石に情報不足か……」

 

「ごめん。もっと情報を集められればよかったんだけど」

 

「いや、それだけ聞ければいいよ。よし、みんなHPとMPが回復したら、早速入ってみるぞ。今のうちにしっかり準備しておいてくれよ」

 

 

 

キリトの指示に従い、各々がメインメニューを開いて武装やアイテムの確認を行う。

その後、集まった14人のメンバーを二つに分ける。

キリトをパーティーリーダーにしたアスナ、リズ、シリカ、リーファ、クライン、フィリアのパーティー。

チナツをパーティーリーダーにしたカタナ、スズ、ティア、カンザシ、シノア、ラウラのパーティー。

 

 

 

 

「前衛は、俺とチナツ、リーファにクラインの四人。中衛の第一陣としてカタナ、リズ、シリカ。第二陣としてフィリア、スズ、ラウラ。後衛は、アスナとカンザシ、ティアとシノア。

これで行こうと思うが、みんないいか?」

 

 

 

今回のクエストにおいてパーティーリーダーを務めるのは、キリトとチナツの二人だが、全体のレイドパーティーのリーダーはキリトが務める。

こういった攻略戦における知識に長けているからこそ、彼の指示に誰も否定も疑いも持たなかった。

 

 

 

「それで行きましょう!」

 

「問題ないわ」

 

「問題ないよ、キリトくん!」

 

「うん! それで行こう」

 

「異論はないわよー」

 

「はい! それで大丈夫です!」

 

「おっしゃぁ! いっちょ頑張るぞぉ!」

 

「うん。私も大丈夫かな」

 

「わたくしも、異論はなしですわ」

 

「あたしもー!」

 

「私も、なしです」

 

「僕も」

 

「私もだ。異論はない」

 

 

各員の了承を得たところで、全員がその目の前にある巨大な門を見る。

 

 

「行くぞーー!」

 

『『『おおっ!』』』

 

 

 

 

 

かくして、追加で二人が加入し14人のツーパーティーになった一行は、異形な門の扉を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

中に入ると、しばらくは洞窟らしい道のりが続く。

周囲すべてが石を削った様な感じで、時折鍾乳洞の様なものまである。

いくつもの道があり、マップが無ければ本当に遭難しそうなところであった。

また、洞窟内は光が全くなく、今はフィリアによる暗視能力付加魔法をかけてもらい、洞窟内か見えている状態だ。

 

 

「うへぇ……薄気味悪りぃなこりやぁ……」

 

「そうか? なんだか、いかにもダンジョンって感じじゃないか……」

 

「でも、なんだか嫌な気配を感じるんですけど……」

 

 

 

先行して歩く男3人。

アインクラッド第一層《はじまりの街》にて出会った3人。

クラインとチナツの二人で、キリトに戦い方……強いては、ソードスキルの使い方をレクチャーしてもらった。

そして、午後5時半……運命の時まで一緒に行動し、そこから二手に分かれた。βテスターだったキリトについて行く事を選んだチナツと、同じギルドの仲間たちと協力して行くと決めたクライン……あの時の後悔はあったが、三人ともに攻略組のメンバーに入り、死線をくぐり抜けてきた。

それが、今ではそれが三人とも誇らしく思えている。

そんな男達を後を追う形で、中衛の第一陣と第二陣、後衛のメンバー。ちなみにリーファは男達に気を使ってか、中衛のカタナたちとともに進軍している。

 

 

 

 

「相変わらず仲がいいわねぇ〜あいつら……」

 

「まぁ、キリトさんにとって、数少ない男友達ですもんね!」

 

「シリカ、それはキリトくんに失礼だから、本人には言わないでおこうね……」

 

「はっ! い、いや、違いますよ! 決してそういう意味ではーー‼︎」

 

 

いつも仲良し三人組。

リーファとシリカとリズ。キリトを通じて仲良くなった三人。その理由もある意味では同じ、キリトのことが未だに好きだという事だった。

 

 

 

「最近キリトさん達のこと聞いてますか、リーファさん?」

 

「うーん……まぁ、メールとか電話もするんだけど……あんまり分かんないかなぁ……」

 

「まぁ、いつもみたいにイチャコラやってんでしょうね……。ほんとけしからん」

 

「カタナさん。学校ではキリトくん、どうですか?」

 

「ん? いつも通りよ? 二人で一緒にいるのはザラね」

 

「「「…………」」」

 

 

 

思わずため息が出る。

元から仲のいい二人であったのは知っているが、あの様な甘々な雰囲気を醸し出しているのを見ると、どうしても遣る瀬無い気持ちになってしまう。

 

 

 

「そう言うカタナさんだって、毎日チナツと一緒にいるわよ」

 

「あぁ。いい加減見飽きたくらいにな」

 

「なっ!? スズちゃん?! それとラウラちゃん? それ、どういう意味?」

 

 

 

 

ともに進軍しているスズ達の介入によって、横腹を抉られている様な光景のカタナ。

スズの発言には、リーファ達もジト目で見ざるを得ない。

 

 

 

「へぇー。カタナさんもなんですか……」

 

「まぁ、そうよね。一緒の学校に居るんだし……」

 

「そ、そうですよね! 逆にそんなんじゃないと、カタナさんじゃないですしね!」

 

「ちょ! 何よぉ〜みんなしてぇ〜! カンザシちゃん、みんながいじめるぅ〜!」

 

「え? でも、いつも一緒にいるのは、間違いじゃないよ?」

 

「カ、カンザシちゃん!?」

 

 

 

妹にもジト目で睨まれる。

そしてカタナの背後はジト目の視線が囲っている。

逃げ場はなかった。

 

 

 

「な、何よ! 一緒に居たっていいじゃない!」

 

「一緒に居過ぎなのよ! あんた達は!」

 

「そうですわね……おかげでチナツとの会話が長く保ちませんわ」

「うーん。確かに、言われてみれば……」

 

「あぁ、私の訓練中もずっと居たしな。全く、いつもながらご苦労な事だ」

 

「うん……」

 

「な、何よぉ……アスナちゃん、なんでこんな事になるの?」

 

「うーん……私にも、分かんないかなぁ……」

 

 

カタナの涙ながらの訴えも、みんなは聞き入れず、慰めてくれるのはアスナだけだった。

アスナはカタナよりも一つ年上であるからか、カタナも時々アスナに甘える事もある。

 

 

 

 

「おーい! 遅れるなよぉーー!」

 

「ハーイ! 大丈夫だよー!」

 

 

 

先頭を歩く男達に言われて、ここがダンジョンだと改めて認識し、思い出す。

再び陣形を保ち、進軍する。

 

 

 

「そう言えば、キリトとチナツはIS学園に行ったんでしょう? ねぇ、IS学園ってさ、どんなところなの?」

 

 

そう切り出したのはフィリアだった。

トレジャーハンターだけあって、そういった新しいものには好奇心が働くのか、目が爛々と輝いて見えた。

 

 

 

「基本的には、他の学校と変わりませんわよ。ただ、IS学園というだけあって、日本人以外の生徒も多いですわね」

 

「へぇー! あっ、そう言えば、ちゃんとした挨拶をしてなかったっけ!」

 

「そう言えばそうね」

 

 

 

歩きながらで無作法だと思ったが、あまり堅苦しいのは無しでいく。

 

 

 

「改めまして。フィリアっていいます。トレジャーハンターです。よろしく!」

 

「スズよ。よろしくねぇ〜」

 

「ティアっていいます。以後お見知り置きを」

 

「シノアです。よろしくお願いします」

 

「ラウラだ。よろしく頼む」

 

「カ、カンザシです……お姉ちゃんが、お世話になりました」

 

「私はリズベット。リズでいいわ」

 

「リーファです。兄がお世話になりました」

 

「シリカです! こっちはパートナーのピナです!」

 

『キュウ!』

 

「改めまして、アスナです。よろしくね、フィリアさん」

 

「私はもう知ってるわよね。カタナです。久しぶりね、フィリア」

 

「うん! また会えて嬉しいよカタナ」

 

 

 

女の子同士自己紹介を終えたところで、話は先ほどのIS学園の話に戻っていく。

 

 

 

「えっと、なんだっけ? あぁ、IS学園の事だったけ?」

 

「うん。やっぱり、他の学校とは違うの?」

 

「うーん……いうほど変わってはないわよ? 確かに、ISを取り扱う事に関してなら、凄く規則が多いけどねぇ〜」

 

「はい。世界の条約でも取り決められているものですので、これらを破ることは固く禁止されていますわ」

 

「それを破ろうものなら、問答無用で査問会への招集。それからは罰則として牢屋にぶち込まれるのがオチだな」

 

 

 

 

IS学園生からの直々の情報は、やはり身にしみる様な感覚に陥る。

フィリアはまだ知らないが、ここにいるのは全員が国家を代表するIS操縦者なのだ。

それを聞きながら、フィリアは「うへぇ〜」と苦虫を噛んだ様な表情に。トレジャーハンターとしては罰則は一番苦手なものなのか……?

 

 

 

「その他は普通だよ? 勉強だって高校生で習う範囲内だし、部活動だって全然あるし、寮生活もいたって普通……。まぁ、特別授業で爆発物の取り扱いや銃の射撃訓練なんか習うけどね」

 

「えっ!? もしかして、実弾を撃つの!?」

 

「「「ば、爆弾っ!?」」」

 

 

シノアの発言にはさすがに驚いたのか、全員の目が点になる。

 

 

「アスナ……もしかして、あんたもやってんの?」

 

「う、うーん。専用機を持ってる人は強制で受けなくちゃいけないみたいで……」

 

「危なくないですか、それ?」

 

「まぁ、それは実物じゃなくて、試験用に改良したやつだから、失敗しても爆死はしないわ。あっ! でも、冷却ガスが噴き出るから、顔面直撃ぐらいはあるかもね♪」

 

 

カタナの冗談も、この時ばかりは笑えない。

IS学園生以外のメンバーは苦笑いで答え、前方を歩いていたクラインもまた、その話を聞き、キリトとチナツに確認を取っていた。

 

 

「まぁ、当然だろう。ISでも実弾は撃つし、真剣を振るう。それがISだけに留まっていたならば、怪我はするし、最悪人を殺してしまうことだってあるんだ……。ならば、使い手の人間も、それを使いこなすだけの技量を身につけなくてはならん」

 

 

 

現役軍人のラウラの言葉は、その場にいた者達の心をある意味鷲掴みにした。

人が死ぬという単語は、フィリアを含め、SAOを経験した者達にとっては、あまりに現実的過ぎた。

 

 

「っ……すまない。この事は、みなに言う言葉では無かったな。謝罪しよう」

 

「ううん……別にあんた達が謝る事じゃないわよ。ね?」

 

「は、はい! そうですよ! それが当然なんですし、やっぱり自分も知っておかなきゃいけないことなんですから……」

 

「でも、あんまり無茶とかはして欲しくないっていうのが、第一かな……キリトくんやチナツくんもだけど、みんなもさ……」

 

「そうだよね……みんな、ほんと気をつけてね?」

 

 

リズ、シリカ、リーファ、フィリアの四人も、その事実を受け止め、自分たちのことを心配してくれている。

そのことが、少なからず嬉しくもあった。

そんなこんなで、女子達は女子達で仲良くなり、道半ばではあったが、意気投合している様だった。

そして、それを眺める男三人。

 

 

 

「とりあえず、良かった……のか?」

 

「ええ。フィリアもみんなも……あれで仲良くなったでしょう」

 

「青春だねぇ〜。そう言えばよ、お前ら学校どうなんだよ。正直に俺に話してみろよぉ〜」

 

「ぐえっ! 何すんだ! やめろ……!」

「ぐうっ?! ちょっ、苦しいぃ……!」

 

 

 

前を行く二人の背後に立ち、後ろから両腕で両人の首を軽く締める。

そうやって呑気に洞窟の道を進んでいる、その時だった。

 

 

 

 

ウオオオオオオオオーーーーゥンっ!!!!!

 

 

 

 

『『『っ!!!!!!!?』』』

 

 

 

更に奥へと続く道筋から聞こえてくる猛獣の雄叫びの様な声。

そして、怪しく光る猟奇的な視線。

 

 

 

「全員警戒態勢!」

 

 

 

 

キリトと指示の下、全員が武装を装備し、前衛四人と中衛六人が後衛四人を囲む様に展開する。

一番先頭にいるキリト、リーファ、チナツ、クラインは抜剣し、敵Mobの姿を捉えた。

赤く光る鋭い目と口から仄かに噴き出る火の粉。四本の足でジリジリとこちらへと間合いを詰めてくる獣。

 

 

 

「あれは……《ヘルハウンド》だな」

 

「地獄の猟犬……ってとこですか?」

 

「なあーんだ。大したことねぇーじゃねぇか! なら、サクサクっと片付けちまおうぜ!」

 

 

 

そう言って飛び出して行ったのはクライン。

自身の刀を両手にもち、ヘルハウンドに迫る。

 

 

 

「っ!? クラインさん、ちょっと待ったっ!」

 

「うおっ?!」

 

 

 

だが、その進行をチナツが止めた。振りかぶろうとしたまま、クラインは立ち止まり、チナツがその前に立って、クラインに背中を向けつつ手をかざして止めに入ったという感じだ。

 

 

 

「おいおい、何すんだよチナツ。こんな奴らいくらいようがーー」

 

「っ! クライン、チナツ! 一旦引け!」

 

 

今度はキリトから声がかけられる。

その声でハッと上を向いて、それを見てしまった。

 

 

「おいおい……!」

 

「な、何なんだよこりゃあ……!」

 

 

そこにあったのは、キリト達が立っている道の二、三メートル上の瓦解した洞窟の穴から現れ出た数十体にも及ぶヘルハウンドの群れだった。

目の前にいるヘルハウンドと同様、赤く光る猟奇的な視線がキリト達を包み込む。

 

 

 

「うそっ! 何でこんなにモンスターがポップするの?!」

 

「この数は……! チナツ、クライン、一旦固まって態勢を整えるぞ!」

 

「おう!」

「了解!」

 

 

 

普通のダンジョンにしては、明らかにモンスターのポップ数が多かった。

今にもモンスターの数は増え続け、あれよあれよと言う間に道を塞ぐほどのモンスターが現れた。

 

 

「アスナとティアは防御の支援魔法を! カンザシは攻撃呪文、シノアは射撃態勢!」

 

「うん!」

「はい!」

「了解!」

「は、はい!」

 

 

 

ウンディーネ三人の魔法詠唱が始まり、シノアは深呼吸を一度して、弓のつるに矢を番える。

 

 

 

「いいか、互いの背中を守りつつ、ダンジョンの奥地へとダッシュだ! 先陣は俺とチナツで切る! 全員遅れないように来てくれ!」

 

『『『おおっ!!!!!』』』

 

 

 

 

キリトの指示通り陣形を変え、キリトとチナツが先頭に立ち、後衛の守りをクラインとリーファが務め、両サイドは中衛組が遊撃という形で陣形を組んだ。

 

 

 

「今だ! 行くぞ!」

 

 

 

 

キリトの掛け声と共に、ヘルハウンドの群れの中を斬り込んで行く。クエスト前の第一戦の火蓋が、今切って落とされだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






どうでしたか?
次話で、クエストNPCとの接触と、クエスト内容、できればボスモンスターとの戦闘まで書けたらいいかなと思っています。

感想よろしくお願いします^o^


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第27話 奈落の回廊

久しぶりですね( ̄▽ ̄)

ただいまファントム・バレット編も同時に書いているので、少し遅くなりました。
それでは、どうぞ。




「ちっ! 全員、各個撃破しつつ、味方のフォローを!」

 

「くっ! キリトさん、なんとか行けそうですけど……この数は……!」

 

 

 

戦闘が始まって約20分くらいが経っただろうか……。

後衛に回復してもらいながら、迫ってくるヘルハウンドを斬り倒してていくが。

 

 

 

「リポップ数多いよぉ〜! グランドクエスト並じゃん!」

 

 

 

グランドクエスト。旧ALOに存在した超大型クエスト。

元々のALOでは、飛行時間に制限があったため、長くは飛行出来ない設定であった。しかし、世界樹《ユグドラシル》の根元にあるドームをくぐり抜け、そのドームに現れるというガーディアンたちを倒し、ユグドラシルの頂上まで登り、そこにある空中都市の城の中にいる妖精王《オベイロン》に謁見した最初の種族が、永遠と飛んでいられる種族《アルヴ》へと転生できるというものだった。

しかし、実際のところは空中都市などはなく、その前に現れるガーディアンも、絶対に攻略不可能と言えるほどの物量数で対抗してくるものだった。

だが、キリトとチナツ、カタナとリーファは、シルフの精鋭とケットシーのドラグーン隊との連携により、このグランドクエストを突破。後にALOも新生ALOとして生まれ変わり、グランドクエスト自体が無くなったはずだったが……。

 

 

 

「くっ! レベル的には大したこと無いってのに……!」

 

「これでは、いつレイドが崩壊してもおかしく無いぞ!」

 

「スズさん! ラウラさん! 一旦下がって回復を! フィリアさん、フォローに回ってくださいな!」

 

「オッケー!」

 

「リズも少し下がって! 回復させるから。シリカちゃん、もう少し堪えて!」

 

「オッケー、アスナ! よっと!」

 

「はい! 私は大丈夫です! もう少し頑張ろう、ピナ!」

 

「キュウ!」

 

 

 

 

 

互いに互いを守りつつ進んでいくも、進めば進むほどに増えていく敵の数に圧倒されそうだった。

 

 

 

「くっ! MPが切れそう……!」

 

「カンザシ! 一旦魔法攻撃を中止! カタナと一緒にサイドに回ってくれ!」

 

「は、はい!」

 

「シノアはできるだけ遠方から迫ってくる敵を撃ち落としてくれ! クラインさん、シノアの護衛を!」

 

「了解!」

 

「おうよ! 俺様に任せときな!」

 

 

 

倒しても倒して現れてくるヘルハウンド。

その攻撃は炎を使った攻撃や、その鋭い牙や爪を使った直接攻撃など。これに対しては、魔法攻撃で氷、水、風の魔法で対抗し、近接戦でも動きが単調なため、対処するにはさほど手間取らないのだが、やはり多勢に無勢である。

 

 

 

「っ! みんな! あと少しでゾーンが切り替わる! それまで持ちこたえろ!」

 

「「「「おおっ!」」」」

 

 

 

やっと見つけた次のエリアへと移動するための境界線。

そこまで走って切り抜ければ、ヘルハウンドの群れから逃げ果せる。

 

 

 

「っ! キリトくん、チナツくん! 前っ!」

 

「「っ?!」」

 

 

アスナに指摘されて正面を見る。

そこにはすでに何十体とヘルハウンドが入り口を塞ぐように待ち受けていた。

 

 

 

「ちっ!」

 

「キリトさん、俺が先行して道を開きます。そのあとを追ってきてください!」

 

「なっ!? この数だぞ、大丈夫なのか?」

 

「なら私も行くわ!」

 

 

サイドでヘルハウンドを蹴散らしていたカタナがいつの間にかキリトたちと同じ前衛の位置につく。

 

 

「よし。行くぞカタナーー!」

 

「ええ。私とチナツの突破力なら、この程度切り抜けれるでしょう♪」

 

 

チナツが刀を鞘に納め、カタナが槍を構える。

 

 

「行きます!」

「参る!」

 

 

 

二人が駈け出す。

神速から放たれる抜刀術一閃。一気に間合いに入ったヘルハウンドの数体を斬り払う。

そして間髪入れず、チナツの後方から蒼空の槍の穂先が待ち構えていたヘルハウンド達を突き貫く。

この時点ですでに十体以上を蹴散らしていた。

 

 

 

「今だ! チナツが道を作った隙に、早く中へ!」

 

 

 

 

チナツとカタナが次のエリアへと入る入り口付近まで走り、その場を陣取る。すると、入り口の扉が開き、そこでヘルハウンド達を足止めしながら、仲間達が入っていくのを見送る。

その間に、襲いかかってくるヘルハウンドをカタナが薙ぎ払い、チナツが斬り払う。

そして、メンバー全員が入り口に入った。

 

 

 

 

「チナツ!」

「カタナちゃん! 早く!」

 

 

 

キリトとアスナが二人を呼び、それに応じて互いの顔を見てアイコンタクトを取り、ある程度倒した二人は急いでみんなの元へと走る。

だが、ヘルハウンド達は逃さないとばかりにチナツ達を追いかけてくる。

 

 

 

「急いで!」

 

「早く!」

 

「チナツ!」

 

「カタナさん!」

 

 

 

あと1メートルも無いくらい……何やら入り口の扉が狭まってきているような……。

 

 

 

「っ! チナツ早く! これ、ドアが閉まっちゃうかもしれない!」

 

「くそったれ!」

 

「くっ! 間に合って!」

 

 

 

全速力で走る。背中にはヘルハウンドが迫ってきていたが、もはやかまっている暇など無い。

ただ前を向いて走っていると。目の前から氷の礫と光の矢が飛んでくる。

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

「チナツ、急いで!」

 

 

 

カンザシの攻撃魔法《アイス・バレット》とシノアの弓矢がチナツ達の後方から迫っていたヘルハウンドに命中。

そして二人は、ほぼギリギリで敵の追跡から抜け出し、滑り込んで扉をくぐった。

 

 

「はぁ……はぁ……あっぶねぇ……」

 

「ふぅ……危機一発ってやつね」

 

 

 

二人で背中を合わせあって座り込むチナツとカタナ。

ギリギリの逃走劇。他のみんなもホッと一息ついている。その間、アスナとティアが二人のHPを回復させ、他の皆も一旦休んでいる。

しまった扉の向こうでは、ヘルハウンド達の唸り声や、爪などで扉を引っ掻いているような音も……。

 

 

 

「さっきはナイスタイミングの狙撃だったな、シノア。ありがと、助かっよ」

 

「う、ううん! 二人が無事でよかったよ。僕もなんとかコレの扱いにも慣れてきたしね」

 

 

 

そう言ってシノアは自身が手にしているロングボウを見せる。

ロングボウは扱いが難しい武器の一つで、あまり使っているプレイヤーはいない。

だが、使いこなせれるようになれば、ミドルレンジからの援護及び戦術が可能になってくる。

なのでシノアの存在は、新たな戦術を生み出すことになる。

 

 

 

「カンザシちゃんもありがとぉ〜〜♪ さすが私のカンザシちゃんだわ!」

 

「うう〜ん! わかったから、あまりくっつかないでぇー!」

 

「いいじゃん、いいじゃん! カンザシちゃんとはあまりこうすること無かったし、久しぶりにいいじゃあ〜ん♪」

 

 

こちらはこちらでカンザシが困惑していた。

姉妹として過ごした時間が約二年も無かったのがよほど来ていたのだろう……。

この頃カタナのカンザシに対する思いは爆発して止まらない。

姉妹であるはずのカンザシでさえ若干引き気味なくらいに。しかし、当のカンザシも、嫌がっているわけでは無いようだ。

姉が姉なら妹も妹、と言った感じだろうか。

 

 

 

 

「よし。それじゃあ先を急ごうぜ。ユイ、このダンジョンの最終地点まではどのくらいだ?」

 

「はい、先ほど戦っていたあの道なりを第一層とするなら、残り二層……つまり、この場所を越えた先に、クエストのボスモンスターがいます」

 

「なるほど……ここもやっぱり、ヘルハウンド達の住処のか?」

 

「いえ、ここにはヘルハウンドはいません。類似のモンスターはいますが、ヘルハウンドと同等レベルなので脅威ではありません。

ですが、このエリアを進んでいった先には、妙に開けた場所があります」

 

「なるほど。この場合だと、フィールドボスってわけか」

 

「はい。その可能性は高いです、パパ」

 

 

 

 

ユイの分析を聞き、キリトはみんなを見回した。

 

 

 

「ここのエリアは、さっきみたいに物量で押してくるようにはなっていないと推測されるが、油断は禁物だ。

さっきのように陣形を保って、互いの背中を守りながら進もう。そしてフィールドボスのいる部屋に入ったら、いつものようにガンガン攻めていこうと思う。

そんで一気にラストボスの部屋までたどり着く! みんな、準備はいいか?」

 

『『『おおっ!!!!!』』』

 

 

 

 

キリトの啖呵を聞いてからの数時間後。

第一層よりも広くなっていた坑道のような道を進んでいき、出会うモンスターを斬り倒していきながら、どんどん先へ行く。

これまでの戦線を潜ってきたからか、初日のラウラとシノアもだんだんと慣れてきたようだ。

ステータス的にはまだまだ駆け出しのプレイヤーではあるものの、ALOはプレイヤー自身の運動神経が反映されるゲームであるため、もともと運動神経のいい二人は、やはりコツを掴むのが早いのか、ビギナーにしては即戦力になっていた。

 

 

 

 

 

「でもやっぱり凄いよねぇ〜。現実世界じゃこれほどの冒険すら出来なかったと思うよ」

 

「あぁ。仮想世界だからこそ出来ること……このゲームにハマる要因が、少しは理解出来た……!」

 

 

 

早くも仮想世界に魅了されているシノアとラウラを、周りは嬉しく思っていた。

スズたちがログインした時もそうだったが、自分たちが見ていた世界を凄いだとか、綺麗だとか言ってもらえると、なんだか嬉しく思う。

 

 

 

「にしても、全然つかないわねぇ〜……そのフィールドボスがいる部屋」

 

 

 

ずっと歩いているが、未だにフィールドボスの部屋を発見出来ずにいた。

スズを始め、他のメンバーにも疲労の色が見える。

 

 

 

「本当に広いですわね、このエリアは……」

 

「はい……私がピナの上に乗りたい気分だよ……」

 

「キュウ?」

 

「あんたが乗ったら、ピナが死んじゃうでしょう」

 

「なっ!? 私はそんなに重くないですよ! リズさん!」

 

「いや、普通に考えて無理だっていう意味よ……」

 

「うへぇ〜……おじさんもう疲れたぜぇ……おい、キリト、まだつかないのか?」

 

「おいおい、言っておくがまだ半分くらいにしか到達してないんだから、弱音を吐くなよ。結構入り組んでいるからなぁ」

 

「マジかよぉ〜……」

 

 

 

 

第一層のヘルハウンドとの追いかけっこが終わり、第二層に到達してからは、ひたすら歩いている。

しかも進めば進むほどに、地下へと向かっていて、さらには分かれ道も多く点在しているため、道を探っては引き返すという工程を結構続けている。

これはSAOのフィールドダンジョンに似ていた。

 

 

 

「でも、なんだかワクワクするよ。これでこそ冒険って感じじゃない?」

 

 

 

その中でただ一人、フィリアだけはテンションが高い。

まぁ、彼女は元々がトレジャーハンターという職業上、こういった探索にこそワクワク感を覚えるものだ。

 

 

 

「フィリアちゃんは昔からこう言うのをやってたのね」

 

 

この中ではフィリアとの面識があるカタナ。

元々出会った時から身軽な子だと思っていたが、一緒に冒険して見て、それがより一層実感出来た。

 

「だってさ、凄く面白いんだよ? 知らない場所に潜り込んで、レアアイテムなんかを見つけた時はほんとテンション上がるだよぉ〜!」

 

「でもあんまり無茶したらダメだからな? 以前もそれで絡まれてたんだし……」

 

「あっはは……。その節は、どうもお世話になりました」

 

「そういえば、あんた達って昔からの知り合いなんでしょう? どういった関係なのよ?」

 

 

 

前々から気になっていたチナツとフィリアの出会い……スズが思い切って聞いてみた。

 

 

 

「ああ〜あれな。SAOで、俺がアインクラッド解放軍から抜けた後、カタナに誘われて血盟騎士団に入ろうかと思ってた時なんだけどな……」

 

 

チナツはあの時のことを思い出す。

アインクラッド解放軍を抜け、流浪人としてあちこちを歩いて回っていた時、偶然カタナと再会したのだ。

その時既に、カタナは血盟騎士団の副団長にして、隠密部隊の隊長という地位にまでいた。

元々解放軍でも暗部の地位にいたチナツ。そして初めて出会った時から見違えるように強くなっていたチナツを、見逃すカタナではなかった。

再会してからというものの、お互いにフレンドリストに登録し、連絡を取り合って、チナツはお手伝いとして騎士団の任務をカタナとともにこなした。

そこで、カタナから正式に血盟騎士団の一員にならないかと誘いを受け、チナツはそれを受けたのだった。

そして話はフィリアとの出会いに戻る。

 

 

 

「それでカタナが、俺を血盟騎士団の団員達に紹介するって話になったんだけど、その前に会議があったらしくてな。

少し時間を潰してくれって頼まれて、そのままグランザムの街を見ていた時に、フィリアにあったんだよ」

 

「そうだったねぇ。あの時は性格の悪い血盟騎士団の人たちに色々とされそうになったからね……本当嫌な感じだったよ」

 

「じゃあ、それを助けたのが、チナツってわけね」

 

 

スズの解釈にフィリアは肯定する。

 

 

 

「凄かったんだよ〜。圏内……街の中じゃデュエルをしない限り、HPは絶対に減らない。ソードスキルを使おうにも、当たったって軽いノックバックが起きるだけなんだ。

でも、圏内での戦闘っていうのは、プレイヤーに恐怖を刻み付けるんだ」

 

「だから当然、そいつらもデュエル申請無しで俺に斬りかかってきたんだけど……」

 

「逆にチナツが圧倒しちゃってさ! 相手は7、8人はいたのに、片っ端から倒していってね!」

 

「へぇ〜……」

 

「な、何だよその眼は……」

 

 

 

半眼でチナツを見るスズ。

チナツらしいと納得出来る部分もあるのだが、それこそがチナツのフラグメーカー発動の鍵になっているとわかっているからだ。

 

 

 

「カタナさん……」

 

「ん? 何、ティアちゃん」

 

「チナツさんは、その時から既にあんな感じですの?」

 

「あんなって……あぁ、女の子と関わりを持つようになったってこと?」

 

「はい」

 

「そうねぇ……まぁそうかな? その他にもあるわよ。団員の中にいる女性プレイヤーたちもこぞってチナツと話していた時もあったわね……」

 

 

 

思い出してみて改めて苛立ちを覚えたのか、カタナの顔は引きつっていて、体がプルプルと震えている。

おそらく我慢しているのだろうと見受けられる。

 

 

 

「でも、それがチナツらしさってやつなのよ……困ってる人は放っておけない。力になれるなら、何とかしてあげたいって思える人なの」

 

「ええ……まっすぐで、どことなく食えない方ですが……」

 

 

 

それでも好意を持てる人物だと、ここにいる全員が理解している。

 

 

 

「それでね、レアアイテムを持ってるって知ったその団員が、私にそれを寄越せって言ってきてね」

 

「はぁ? ありえないでしょそれ」

 

「うん、スズの言うとおり……それはちょっとやりすぎ」

 

「うむ。戦士としては許されない行為だな」

 

「でも、場合が場合だったらレアアイテムの一つでも持っておきたいって考えるだろうねぇ……」

 

「シノアは甘いのよ! だいたいアイテムはゲットしたその人のものでしょうよ」

 

 

 

 

いつの間にかチナツの武勇伝が語られていた。

 

 

 

「それで、私も抵抗してたんだけど、いきなり向こうが剣を抜いた時は驚いたよ。でもその時、チナツが来てくれてね。「それは彼女の物なんだから、あんた達がどうこう言う権利はない」ってね!」

 

「「「ヘェ〜」」」

 

「っ、な、なんだよ……」

 

 

一同がこちらを見てくる。

なんだか含みのある笑みを浮かべて。

 

 

 

「それでそれで?」

 

「その後、当然チナツに斬りかかろうとしてね。でも、最初は素手で倒してたの。それで怒り心頭になった人たちがチナツを包囲して痛めつけようしたんだけど、チナツの剣術の前じゃ全然歯が立たないって感じだった」

 

 

 

淡々と話すフィリア。

それを前で歩きながら聞いているチナツには、ちょっと恥ずかしく、両隣で一緒に歩いているクラインとキリトの視線もやや気になる。

しかもスズ達だけではなく、アスナやリズ達、元SAO組まで話を聞いているから尚更恥ずかしい。

 

 

 

「そっか……じゃあチナツの剣技がすごかったのはその時からなんだね」

 

「うん。最後は残り一人になった敵に向かってね、「これ以上この子に関わらないと誓うなら、ここは引いてやる…… 後は傷害罪でも公務執行妨害の容疑でもかけて好きにすればいい」って言っちゃってね!」

 

 

まるでその時のチナツの格好を真似るかの様に、身振り手振りで話すフィリアは、まるで吟遊詩人のようでった。

 

 

 

「うむ。それでこそ男っというものだぞ、チナツ! いや、サムライそのものと呼ぶべきか、さすがは師匠!」

 

「いや、別にそんなつもりはなかったんだけど……」

 

「おうおう〜さすがモテる男は違うねぇ〜」

 

「クラインもそれくらい出来るようになればいいんだけどな」

 

「うるせぇ。これが俺様のやり方ってもんだ!」

 

「いや、それが間違ってるだって……」

 

 

 

クラインは女の人が好きだ。

だがいつもキリトやチナツに持って行かれる。悲しき男の定めというやつだ。

 

 

 

 

「っと……みんな、ちょっといいか?」

 

 

 

今まですっかり話し込んでいて、忘れていたが、ここはダンジョンの中だ。

道のりは続いており、未だにフィールドボスの部屋へは付いていない。だが、一つだけ気になることがあった。それは……。

 

 

 

「キリトさん……」

 

「お前も気づいたか? モンスターの出現数が急激に減ったよな?」

 

 

 

先ほどのヘルハウンドの大群からのこの静けさ……あまりにも妙だった。

 

 

 

 

「っ! あれは……」

 

 

 

と、チナツが向けた視線の先には、赤黒い二つの光が見えた。

 

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

 

先ほどのヘルハウンドたちの赤い眼光と似ていたので、全員が臨戦態勢を整えた。

そして、その赤黒い光はゆっくりこちらに歩いてくる。

やがてその光の主を視認した。

 

 

 

「カカカカーーッッ!」

 

 

 

RPGでは一度は見たことが骸骨のシルエットと、身にまとう鎧や佩刀。盾や弓を持って近づいてくる。

その敵は……

 

 

 

「スケルトンか……RPGじゃ定番だよな」

 

「一気に殲滅しますか?」

 

「あぁ。敵の数もそんなに多いわけじゃないからな……後ろから出てきてるアーチャーの攻撃注意しつつ各個撃破!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

 

そこからは圧倒的技量でスケルトンの集団を蹴散らしていく。

倒しながら先に進んでいき、第二層の終点に近づきつつあった。

終点……つまり、フィールドボスの部屋にだ……。

 

 

 

「えっと……ユイ、ここの近くで間違いないんだよな?」

 

「はい……その筈なんですが……」

 

 

 

スケルトンの集団を倒していった後、第二層のダンジョンの終点に近づきつつあった一行は、立往生していた。

行く手にはいかにも遺跡のような回廊が続いていた。

だが、問題のフィールドボスの部屋が見当たらない。

 

 

 

「部屋……ないわよね?」

 

「ですわね……でも、マップではこの辺りを指していますわよ?」

 

「にしても、この遺跡ってなんなんだろうね? 入ってきた時もそうだけど……」

 

「ああ……。それにこの回廊……どこに続いているんだ?」

 

 

 

不可解に広がる回廊に疑問を抱くが、留まる理由も無いため一行は道なりが続いている回廊を歩いていく。

だが、中は思ったより暗く、また雰囲気も良く無い。

まるでおばけ屋敷に迷い込んだかのようであった。

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしたの、アスナ?」

 

「いやさ、なんか変に不気味じゃない? ここ……」

 

「そうかな? あ、そういえばあんた、アンデット系のモンスターがダメだったわね」

 

「ううっ……それ言わないでよー、リズゥ〜」

 

 

 

リズのからかいに翻弄されるアスナ。

攻略の鬼とまで呼ばれた血盟騎士団副団長にも、苦手なものがあったのだ。

 

 

 

「でもでも、やっぱり不気味ですよ……ねぇ、ピナ」

 

「キュウ……」

 

 

普段ピナを頭の上に乗せているシリカも、この回廊内ではピナを抱き寄せながら歩いている。それに応じてか、自身の体の一部である尻尾もそり立っていた。

 

 

 

「でもさぁ、この回廊進んでも、何もねぇんじゃな……どうするキリト」

 

「とりあえず進んで行くしかないよ。さっきみたいに陣形を保ちつつ、先を急ごう」

 

 

 

戦闘にキリト、チナツを配置し、その後ろに中衛二班と後衛、その後ろにクラインとリーファが護衛に回る。

 

 

 

「この先のフィールドボスは、一体どんな奴なんですかね……やっぱりゴースト系なんですかね?」

 

「どうだろうな……これまでヘルハウンドに、スケルトンだろ? まぁ、確かにゴーストっていうか、“地獄” みたいだな」

 

「“地獄” ですか……」

 

 

 

キリトの指摘にわずかばかり納得したような気がした。

地下へと進んでいくダンジョン。出会ってきたモンスターは地獄に関連していそうなモンスター達……。

では、このまま進んだら……

 

 

 

 

「まさか……この先って……地獄?」

 

「まさか……な。ははっ……」

 

「で、ですよねぇ……」

 

 

 

 

全く笑えなかった。

 

 

 

ピシッーーーー!

 

 

 

「うおっ、おおっ?!」

 

 

 

回廊を進んで行っている途中、回廊の床にヒビが入った。

そのヒビを作った張本人であるクラインが大げさに足を退ける。

 

 

 

「おいおい、なんだよ怖えなぁ……!」

 

「見た目以上に老朽化しているみたいだな……」

 

「あまり激しい戦闘は出来ませんね……これ」

 

 

 

下手に動き回って床が陥没した場合、そこに待ち受けるのは奈落の底だ。

全員が慎重に進もうと思ったその時。

 

 

 

カカカカカーーーーっ!

 

 

 

 

「「「「っ!!!!!」」」」

 

「この声は……」

 

「さっきのスケルトン達だろうな……やっぱ、この回廊内でも出るよな」

 

 

 

 

剣を抜き、全員戦闘態勢を整える。

そして、前方からスケルトンが十三体。後方からはスケルトン十体が接近してくる。

 

 

 

「前方に十三、後方に十。まぁ、防ぎきれない量じゃないな。前方は俺とチナツ、中衛第二班。後方はリーファ、クラインと中衛第一班。後衛は順次回復と迎撃を繰り返してくれ!」

 

 

 

迫り来るスケルトン達に向かって走り出す一同。

NPCとはいえ、流動的な鋭い一撃や、細かながらも連携をとりつつ攻め入るスケルトン達。ましてや今は一直線に広がる回廊の中のため、先ほどの洞窟内で戦うよりも戦術が練りにくい。

一番手慣れているSAO攻略組がスケルトンを複数体相手をしているも、中々に苦戦していた。

 

 

 

 

ピシッ……!

 

 

 

 

「へ?」

 

「こ、これって!」

 

 

 

回復を行っていたティアとアスナが、変な音に気づく。

 

 

 

 

ピシャッ……ピシピシピシッッ‼︎

 

 

 

「ね、ねぇ……これって」

 

「まさか、崩れている…のか?」

 

 

スケルトンの相手をしながら、フィリアとラウラは辺りを見回す。

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴォォォーーーー!!!!

 

 

 

「うわあっ!?」

 

「ゆ、揺れてる!」

 

 

 

シノアとカンザシが叫んだ。

そして、その言葉を待っていたかのように、回廊の崩落がはじまってしまった。

 

 

 

 

「へっ?! ちょ、ちょっと待っーー」

 

「嘘でしょう!?」

 

「カタナ! スズ! 逃げろ!」

 

 

 

 

ちょうど崩落が始まった地点にいたカタナとスズに手を伸ばしたチナツ。

だが、その手が届く前に、その場にいた者たちすべてが奈落の底へと叩き落とされてしまった。

 

 

 

「「「「きゃあああああーーーーッ!!!!」」」」

「「「うわあああああーーーーッ!!!!」」」

 

 

 

 

 

悲鳴と驚愕の叫びが木霊しながら、妖精たちは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

ピチャ……ピチャ……

 

 

 

「ん、んん……」

 

 

 

かすかに聞こえる雫が滴るような音。

奈落の底に落とされて、その後どうなったのかわからない。気を失ってしまい、その後からくる脱力感に見舞われた為だ。

 

 

 

「……ナツ! チ……ツ!?」

 

「ん……!」

 

 

 

誰かが自分を呼ぶ。

いや、誰かではない。自分が最も知っている人。

何度も近くで聞いた、慣れ親しんだ声だ。

 

 

 

「カタナ……?」

 

「あ……よかった……! チナツ、大丈夫?! 怪我はない?! これ何本に見える?!」

 

 

 

 

チナツの両肩を掴んで起き上がらせるカタナ。

そしてチナツの目の前で指三本を見せつける。

 

 

 

「起き抜けにその質問攻めは勘弁だな……。えっと、怪我は……まぁ、無いな。それに指三本だろ? 大丈夫だよ」

 

「よかった……! って、咄嗟に私とスズちゃんの下敷きになっていたでしょ! もの凄く心配したんだから! ねえ、スズちゃん」

 

「そうよ、この馬鹿! あたしたちだってそんなヤワじゃ無いっての! 全く……」

 

「あぁ……そうだったな、悪い。二人は無事か? それに、他のみんなは?」

 

 

 

 

チナツは改めて周りを見回した。

どうやら落ちてきた場所には水場があった様で、全員そこに落ちた為、軽い打ち身や衝撃で済んだのだろうと推測される。

ゆえに、周りにいた全員が無事であったのを確認できた。

そして、今いる場所を確認する。

また洞窟の様な場所に落とされてきたようだが、特別真っ暗と言う訳ではなく、中にあるいたるところに水晶が散りばらめられているためか、光を乱反射し、ある意味では幻想的な光景ではあった。

 

 

 

「しっかし、いきなり崩れたよなぁ〜。これどうやって戻りゃあいいんだ?」

 

「さぁな……。なぁ、ユイ。ここはどこになるんだ?」

 

「そうですね……ちょっと待ってください」

 

 

 

 

ユイがキリトの肩から飛び立ち、少し上へ飛んだところで静止。そこで目を閉じて、何かを感じ取っている様だ。

 

 

 

 

「そうですね……ここは、私たちが向かおうとしていたフィールドボスの部屋と、さらに下層にあるこのクエストの最終ボスがいる階層のちょうど中間地点に位置する場所の様です」

 

「ってことは、ここを下れば、クエストボスと遭遇出来るのか?」

 

「いえ、今のところ確認できるのが、この階層から登る道しかありません。最も広範囲を探索すれば、あるいは下層へと向かう道があるかもしれませんが……」

 

「そうか……まぁ、一度ここで休憩しよう。どのみちHPもMPも回復させなきゃいけないだろうし」

 

「そうですね。では、ここで一旦休んで、体力を回復させた後、どうするかを考えましょう」

 

 

 

 

その後、メンバーは回復薬や治癒魔法などを使って、HPもMPも順調に回復させて、今後どうするかを考えた。

 

 

 

 

「それで、ユイの情報だと、このままこの階層から下層に向かうのは難しいらしい。

唯一確認できているのが、さっきいた俺たちが歩いていた遺跡の階層へと登る道のみ。危険を冒して降りれる道を探して降るか、一度上がってフィールドボスを倒してから、再び降るかの二つに一つだな」

 

「でもよ、また登ったはいいが、またここに落ちるんじゃねぇのか? あそこ見た目以上にボロボロだったぞ?」

 

「そうだよな……ユイ、あの遺跡は元々ボロい設定なのか?」

 

「いえ、見た目通り、確かに古い遺跡ですが、あそこまで老朽化しているとは思えません。何らかの要因で遺跡の耐久性が落ちているのかもしれません」

 

「そうか……」

 

「キリトさん、その原因がフィールドボスなんじゃないかと思うんですけど」

 

「チナツもそう思うか?」

 

「はい。見た感じ、回廊に入ってた時には、どこもただ古いだけの遺跡の石でしたけど、奥に進むにつれ、だんだんその石が風化している様な感じになってたのが、気になって」

 

「それとさ……」

 

「ん?」

 

「もしかしてだけど、部屋がちゃんとあったのなら、どうして私たちは見つけられなかったのかな? 地図ではそれが確認出来ていたのに、目視じゃ確認出来ていなかったよね?」

 

「たしかに……」

 

「言われてみればそうね」

 

 

フィリアの発言には、アスナとカタナか賛同した。

ユイに頼み、この辺りの地形を教えてもらった時には、だしかにフィールドボスの部屋は確認出来た。だが、それを “見つからない” とみんなは判断していたが、本当は……

 

 

「何らかのトラップによるものだとしたら? それか、別にキーとなるアイテムがあったのかも……」

 

「なるほどぉ〜」

 

「流石はトレジャーハンター!」

 

「じゃあどのみちそれの確認も兼ねて、一度上がるしかないよな……」

 

 

 

 

ザッ、ザッ、ザッ…………

 

 

 

 

「っ?」

 

「ん、どうしたのよチナツ」

 

「…………なんか、足音が聞こえる様な……」

 

「はぁ?」

 

 

 

チナツに言われてスズも耳をすませるが、ただただ洞窟内の天井から雫が落ちる音しか聞こえない。

 

 

 

「わたくし達にも聞こえませんわよ?」

 

「いや、でもさっき確かに……」

 

「空耳などではないのか?」

 

 

 

ザッ、ザッ、ザッーーーー!

 

 

 

「っ!」

 

 

 

チナツが刀の鯉口を切り、構えをとった。

それをみたメンバーが、何事かとチナツを見ている。

 

 

 

「ど、どうしたのチナツくん……」

 

「リーファ、なんか聞こえないか? その、足音みたいな音」

 

「足音?」

 

「たぶん、シルフの聴音力の高さから来るものだと思ったんだが……どうかな?」

 

「うーん、シノアちゃんは?」

 

「え? えっと、僕は……」

 

 

 

シルフであるリーファとシノアもチナツに言われて耳を傾ける。

シルフは九つの種族の中でも、飛行速度と聴音力に優れている。チナツはそれに付け加え、視線や気配の読み取りなどで広範囲を見ているが。

 

 

 

 

ザッ、ザッ、ザッーーーー‼︎

 

 

 

 

「「っ?!」」

 

「どうだ?」

 

「確かに、なんか聞こえる」

 

「たぶんこの音だと、一人だと思うけど、どんどん近づいてきてる……!」

 

 

 

リーファとシノアの確認も取れたことで、全員が警戒態勢を敷く。

キリトとチナツ、クラインが前に立ち、武器を抜いて構える。

やがてその足音らしき音がする方から、蠢めく影の様なものが見える様になった。

 

 

 

「な、何なのかなぁ、あれ……」

 

 

 

不安そうにアスナが言う。

それも一番後ろでカタナの背中に隠れながら言う。

 

 

 

「まぁ、こんな場所で出会う確率があるものって言ったら……幽ーーーー」

 

「いやぁぁぁあああーーーーーッ! やめてよカタナちゃん! 私お化け嫌なの知ってるじゃんーーーーーッ!!」

 

「…………ごめん。結構冗談のつもりだったんだけど……でも……」

 

 

 

 

カタナの背中隠れてプルプルと震えながら、怯えているアスナの姿は、ある意味で………可愛かった。

そして、問題の人影の姿が視界で捉えられた時、誰もが警戒した。

その人物は、汚いフード付きのローブに身を包み、軽快な足取りでこちらに歩いてきた、若い男だった。

 

 

 

「いやぁ〜どうもどうも。こんなところで妖精さん達に会えるなんて、珍しいこともあったもんだ♪」

 

 

 

男は見た目通りに若々しく、よく通った声であり、とても陽気な性格だと思えた。

 

 

 

「えっと……あなたは……?」

 

 

 

メンバーを代表して、キリトが尋ねる。

 

 

 

「俺の名前はメテス! 旅の冒険者ってところかな!」

 

 

 

 

頭に被っていたフードを脱いだ。

ボサボサの赤い髪が、腰の辺りまで伸びており、それをうなじの辺りで一本に結んでいる。

後ろから見れば女と間違えそうな……そんな男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 





次回はやっとフィールドボス戦。
そこからのクエストボスまで行ければと思います^o^

感想よろしくです^_^



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第28話 亡霊の王


お待たせしました!

ファントム・バレット編の方が結構筆が進んでしまい、本編の方に時間がかかってしまいました!

それでは、どうぞ!





「つまりメテスさんは、このダンジョンの最奥部にいるボスの持っている物を奪い取りたいと……」

 

「おう。まぁ、そう言うことなるな!」

 

 

 

えっへんと言わんばかりに胸を張り、腕を組んで仁王立ち。

この男、メテスは意外にも子供の様な性格をしているのかもしれない。

 

 

「それって……泥棒なんじゃ……」

 

「まぁ、そうとも言うな」

 

「それダメじゃん!?」

 

 

 

 

シノアが心配そうに言い、リーファがツッコむ。

何故こうなったのか……。

それは全員がメテスと出会ってからの事だった……。

 

 

 

 

 

「えっと、メテスさんはなんでここに?」

 

「いやぁ〜それがねぇ〜……」

 

 

 

キリトが代表としてメテスから情報を引き出す。

 

 

 

「俺は冒険者として、今までいろんなところを旅してきたんだけどねぇー、その中で最も熱くなれる瞬間があるんだよ!」

 

「「「熱くなる瞬間……?」」」

 

「それは…………宝探しだぁぁぁ!!!!」

 

「「「…………」」」

 

「だよね! そうだよね!」

 

「おおぉ〜〜っ! わかってくれるのかお嬢さんっ!」

 

 

 

メンバーが硬直している中、唯一トレジャーハンターと言う特徴が合うフィリアだけが、メテスと手を取り合って熱く会話を交わす。

 

 

「はいはい、まずはなんでここにいるのかを聞くのが先でしょうー?」

 

「あっ、ちょっと待ってよリズっ! 最も詳しく話をぉ〜〜っ!」

 

「はいはい、また後でねぇ〜〜」

 

「えええぇぇ〜〜!」

 

 

 

 

フィリアの上着を引っ張って後ろへと移動する。

さて、ハイテンションであるフィリアがいなくなったところで、さらに詳しく話を聞いていく。

 

 

 

「それで、その目指している宝ってのはなんなんだ?」

 

「それはな、俺の好きな人類が、これから進化していくかどうか……それが見られる至宝の物なんだ」

 

「人類の……進化……ですか?」

 

 

何やら大きな話になってきて、不審になる一同。

 

 

「人類の進化って……」

 

「いくらなんでも……」

 

「大袈裟な物言いだな……」

 

 

スズ、ティア、ラウラがジト目で見ながら言う。

 

 

「そもそもあなたは……?」

 

「そうですよね……好きな人類って……あなたは人類じゃないんですか?」

 

 

カンザシとシリカがおずおずと尋ねる。

 

 

「ん? 俺か? 俺様は神だぜ!」

 

「「「…………神……」」」

 

「なぁ、ユイ。ほんとのところ……メテスは何者なんだ?」

 

「NPCである事は、間違いないです。ただ……一般のNPCのように、固定用応答ルーチンで話しているのではなく、システム中枢に近い、言語エンジンモジュールに接続されていますね」

 

「つまり、AI化されてるってことか?」

 

「それって、ユイちゃんと同じってこと?」

 

「そうです、ママ」

 

 

いまいち信用出来ないメテスの発言に、メンバーはだんだんと疑いの様子でメテスを見る。

だが、同じAIとして機能しているユイには、メテスが何者なのか、はっきりと見て取れる。

 

 

 

「まぁ、とりあえず外に出てみないことには、始まらないよな」

 

「そうね……どの道、私たちも最終目標はクエストボスなんだから……」

 

 

 

チナツとカタナの言葉には、全員賛成した。

だが、問題の上層階に向かうための通路がない……そして……。

 

 

 

「でもさぁ〜、問題のクエストフラグはどこで立つのかな?」

 

「あ、そうだよ……! どっちにしてもフラグ立てないとクエスト進められないよ」

 

 

 

そこでフィリアが気づき、リーファも思い出したかのように言う。

 

 

 

「とりあえず、上に行くしかないよね? ユイちゃんが道を知ってるけど……どうする、キリトくん?」

 

「そうだな……なぁ、メテスさん」

 

「ん? なんだ? スプリガンの少年」

 

「俺たちも、今回は最奥部へ行こうと思ってるんだけど、あんたはどうする?」

 

「そうなのか? それはいいなぁ!」

 

「え? それはどういう……」

 

「君たちは見たところ、妖精の中でも、相当な腕を持っているんだろ?」

 

「ええ、まぁ……それなりには」

 

「なら、その腕を見込んで、頼みたいことがあるんだが……聞いてもらえないか?」

 

「まぁ、とりあえず……話を聞かせてもらえませんか?」

 

「おう……実はな……」

 

 

 

 

そこから、メテスがここにきた目的、今現在、ここにいる理由。

そして、今後の行動のことについて、キリト達に話した。

メテスがここにきた理由は、先ほども言った通り、この地下ダンジョンの最奥部にいるボスから、宝を盗むことだ。

ならば、なぜここにいるのか?

理由は簡単。メテスは最奥部のモンスターとの対決になり、敗北してしまったのだ。そこで、命さながらここまで逃げてきたと言う……。

 

 

 

「正直、宝を奪うと言う行為に他人を巻き込まないというのが、俺の心情だったんだが……今回ばかりは、一人では無理っぽい」

 

「それで、俺たちにもその宝を奪う手助けをして欲しいと?」

 

「ああ……その通りだ。もちろん、タダでとは言わん! 協力して、目的である宝を手に入れた暁には、ちゃんと報酬を払う……!

どうか、引き受けてはくれないだろうかーーーー!」

 

 

 

 

そう言って、軽くお辞儀程度に頭を下げたメテス。

正直どうしたものか迷っていると、メテスの頭上に何やらアイコンが出てきた。

 

 

 

「ちょ、これって……!」

 

「ん? このアイコンはなんだ、スズ」

 

「それはクエストフラグのアイコンですわ、ラウラさん」

 

「じゃあ、この人がクエストを提示するNPCだったんだね……!」

 

 

 

そう、クエストを開始するためのキーパーソンは、このメテスであったのだ。

ならば、迷うことはなくなった。

 

 

 

「オーケー、メテスさん。俺たちはその依頼、受けるよ」

 

「本当か!? いやぁ〜助かるよ!」

 

「そんなことよりよ、メテスの旦那。ちゃんと報酬は弾んでくれよお?」

 

「もちろんだ、サラマンダーの剣士よ! ともに宝を奪ってやろうかっ!」

 

「おうよっ!」

 

 

 

 

何気に息ピッタリなクラインとメテスの尻目に、メンバーは装備品やアイテムの整理をし、これから戦闘を行う為の準備を行う。

 

 

 

「それじゃあ、いよいよフィールドボスだ……みんな、準備はいいか!」

 

「「「「おおおお〜〜ッ!!!!!」」」」

 

 

 

 

こうして始まった、地下遺跡のクエスト。その名も『異界の簒奪者』……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……とりあえずボス部屋の前まで来たんだが……」

 

 

 

あれから全員、ユイの指示の下、上の階層へと上がる道なりを進んでいき、ようやく元いた場所へと出られた。

そこから再び回廊を進んでいき、発見できなかった扉は、下層で出会ったメテスによって、トラップを解除してもらい、ボス部屋へと通じる回廊を発見。

途中で出会ったモンスター達に遭遇する事も無く、無事全員ボス部屋へとたどり着いた。

 

 

「ここからは、どっちにしろ直接ぶつかってみないことにはわからない。全員、再度アイテムの確認やフォーメーションを頭に入れておいてくれ」

 

「「「「「了解っ!」」」」」

 

「ここにいるメンバーで、また二つのパーティーに分かれる。第一班のリーダーはキリトさん。第二班は、俺がリーダーを務める。

各班はそれぞれのリーダーの指示を聞いて動いてくれ」

 

「「「「「了解っ!」」」」」

 

 

 

 

キリト、チナツの両名が指揮を取り、今回は戦闘を行う。

第一班、第二班に分かれたメンバーと、その後ろについていくメテス。

各員が準備を整えた所でキリトとチナツの二人が、左右の扉を開ける。

中は薄暗く、うっすら灯る灯火だけが、扉の内側……ボス部屋を写していた。

 

 

 

 

「モンスター……いる?」

 

「いや、気配は感じないな……」

 

「メテスさんは後方から魔法支援をお願いします」

 

「オーケーだ! ウンディーネのお嬢さん」

 

「お、お嬢さんって……!」

 

 

 

 

薙刀をしまい、ティアと同じ様に魔法支援用の杖を手にしていたカンザシ。

メテスの言葉に顔を紅くしながら、メテスの前を歩く。

そして今度はウインドウを操作し、アイテム画面をタップする。

すると、カンザシの顔に、赤い縁の長方形レンズの眼鏡が装備され、その鼻緒の部分をクイっと人差し指と中指の二本であげる。

 

 

 

「あれ? カンザシちゃん眼鏡かけちゃうの?」

 

「うん。やっぱり戦闘の時は、こっちの方が落ち着くから……」

 

「うーん……眼鏡がなくても充分可愛いけど、やっぱりカンザシは眼鏡が似合うよな」

 

「え、ええっ?! そ、そうかな? か、可愛いかな……!」

 

 

 

 

 

こんな時でもチナツワールドは健在。

ふとした事ですら、乙女心スイッチが入る様な言葉を言うのである。

その後ろでは、複数の女性陣達の殺気が放たれているとも知らずに。

 

 

 

 

ーーーー!!!!

 

 

 

 

突如、ボス部屋の雰囲気が一変した。

灯りがついていた燭台の焔が橙炎から青白い焔へと変わり、その場には妙な寒気が走った。

 

 

 

「なんだ、ラグッたか!?」

 

「っ! キリトくん、上!」

 

 

 

アスナが指さした先には、天井から舞い降りてくる黒装束の何か。

その何かの周りを、踊る様にして飛んでいる燈籠。

 

 

 

「ようやくお出ましみたいね」

 

「あれは……一体何なんだろう……?」

 

「何者だろうと、斬り進むしかあるまい」

 

「シノアとラウラは初めてのボス戦だからな、あまり無理はするなよ? 基本的にはシノアはティアやカンザシ達と後方支援、ラウラは中衛からのサポートだ。スズ、ラウラのサポート、頼んだぞ」

 

「はいよー」

 

「オッケー、わかってるよチナツ!」

 

「了解だ、師匠」

 

「ここで師匠はやめてくれ……!」

 

 

 

 

IS学園組のメンバーも気合充分の様子。

全員が陣形を整えたところで、天井から降りてきたその何かが、黒い外套を翻し、その姿をあらわにした。

 

 

 

「あー……これは……」

 

「アスナちゃんが一番嫌いな……」

 

「うう〜〜っ……」

 

「お化ーーーー」

 

「言わないでよ‼︎ キリトくんっ‼︎」

 

 

 

アスナと一番付き合いの長いチナツ、カタナ、キリトの三名が呆れた様に口ずさみ、当のアスナは陣形の一番後ろに位置する後衛の、カンザシの背中に隠れて怯えていた。

 

 

 

「もう〜っ、何でお化けなのぉ〜〜!?」

 

 

 

 

黒い外套が、風に舞って、身につけている本体の全ての姿を晒す。

と言っても、これと言って特徴があるわけでもないのだ。

全身は骨。人間の骨格と同じ造りであり、それが通常の人間の二倍近く大きいと言うだけで、特に変わりはない。だがその代わり、そのモンスターの頭には、王族を示す黄金の王冠が乗っており、その手には存在感をあらわにした大きな大鎌。

その刃筋が、紫色に光りっている為か、より不気味に見えてしまう。

 

 

 

 

「ンオオオオオォォォーーーー!!!!」

 

 

 

大鎌を振り回し、この世の者とは思えない奇声を発するボスモンスター。

その頭上にアイコンが表示され、HPゲージが三本現れる。

その姿から察しはついていたが、モンスターの名は、亡霊の王……『ゴースト・ザ・ファントムロード』

 

 

 

「来るぞ! 目標の得物は鎌だ、範囲攻撃に注意しろ!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

「中衛はいつでもスイッチの用意を! 後衛、支援魔法の準備!」

 

「了解ですわ!」

 

「準備万端!」

 

 

 

キリトが飛び出し、それに続く形でリーファとクラインが出る。チナツは中衛、後衛に指示を出した後、左側面からスズ、カタナと一緒に回り込む。

 

 

 

「ンオオオオオッ!!!!!」

 

 

 

大鎌を頭の上で振り回し、勢いそのままに振り下ろす。

その振り下ろされた先には、キリトたちの姿があり、大鎌は迫り来るキリトたち三本を刈るつもりでいる様だ。

 

 

「回避!」

 

「「っ!」」

 

 

 

左右に分かれて回避する。

その攻撃は、キリトたちがいたところを根こそぎ破壊し、その場に残ったのは巨大な斬痕。

もしもそれを受け止めようものなら、武器ごと斬り捨てられていただろう。

 

 

「うっへぇ〜……!」

 

「攻撃一つ一つが危険ですね……っ!」

 

「動き回って回避しないと、一瞬でお陀仏だね」

 

 

 

キリトたちの後続から続くリズ達も、その破壊力に肝を冷やす。

 

 

 

「スズ、俺と先行して迎え打つぞ!」

 

「オーライ!」

 

「私も続くわ!」

 

 

 

その隙に左から回って来たチナツたちが、ボスの間合いに入る。

 

 

 

「うりゃあぁぁぁッ!!!」

「うおおおおッ!!!」

 

 

 

まずはチナツとスズが同時に斬り込む。

スズは跳躍して、ボスの胸部付近を青竜刀で二連撃。その斬痕が “X” の様な形で残り、チナツは下から回り込んで瞬間五連撃を打ち込む。両脚の脛部分に深々と斬り傷が浮き出た。

 

 

 

「はあっ!!!!」

 

 

 

そのチナツの後ろからは、高速で放たれた槍による三連突き。

ボスの左脚にまっすぐ縦に三つの刺し傷が刻まれた。

 

 

 

「ンオオオオオッ!?」

 

 

 

三人で計十連撃。モンスターのヘイト値が一気にチナツ達に向く。

が、それも計算通り。

その隙に直進してきたキリト達が斬り込む。

 

 

「ティア、アスナさん、エンチャントお願い!」

 

「了解ですわ!」

「うん!」

 

「行くぜ! 俺様の超必殺ウルトラ上段斬り‼︎」

 

「「名前ダサッ!?」」

 

 

先行するクライン、キリト、リーファの武器から焔や水、風が生まれる。

ティアとアスナ、カンザシが攻撃力増加の付与魔法をかける。

物理攻撃に加え、付与魔法による魔法攻撃も追加された攻撃を、三人が連続して放つ。

 

 

 

「うおぉりやあぁぁぁッ!」

 

「せえぇぇぇぇやあッ!」

 

「ええぇぇいッ!」

 

 

 

クラインの超跳躍からの斬りおろし、キリトの素早い四連撃、リーファもそれに続いて三連撃。計八連撃を叩き込む。

 

 

 

「ンオオオオオッ!?」

 

 

 

十八にも及ぶ斬撃は、微量ながらもボスのHPゲージを削り、ボスもかなりのダメージを負っていると思われた。

その反撃か、大鎌を頭の上で振り回し、横薙ぎに一閃。自分の周りにいたキリト達の首を刈り取ろうとするも、キリト達はそれを見越して、後ろへと飛び退がったり、身をかがめて斬撃を躱す。

そして追撃として一閃した後に、再び頭上に大鎌を持って行って、振り被る。

 

 

 

「させない!」

 

「私たちをーー!」

 

「ーー忘れないで下さいッ!」

 

「僕たちも‼︎」

 

「続くぞ!」

 

 

 

 

突如、キリト達の前に巨大な煙幕が張られる。

フィリアの出した魔法。以前キリトも、サラマンダーの剣士。ユージーン将軍と対戦した時に使った魔法。

同じ種族のスプリガンであるフィリアも、同じ魔法を出せるのだ。スプリガンは正直戦闘向きの種族ではないが、そう言った魔法を駆使すれば、適度な足止めくらいにはなるだろう。

現に、ボスは煙幕の発生により、大鎌を振り下ろすのを躊躇った……その隙に攻撃態勢へと入るには、充分な時間を稼げた。

 

 

 

「行けッ!」

 

 

シノアの構えていた弓から矢が放たれて、その矢は煙幕を高速で通り抜け、その先にいたボスの顔面へと直撃。

矢が放たれる少し前に、アスナによる聖属性の付与魔法かエンチャントされていたことによって、直撃と同時に膨大な光が拡散。

目の前が真っ白になり、目が眩んでいるのか、左手で顔を抑えるボスモンスター。

その間に、煙幕から駆け抜けてきた四人。

 

 

 

「でえぇぇいッ!」

 

「てやぁぁぁぁッ!」

 

「はあッ!」

 

「ええぇぇいッ!」

 

 

 

リズのメイスが脳天を叩き、シリカがボスの左の肋骨付近を切り上げ、ラウラの蹴りとナイフ捌きの混合技が炸裂し、態勢がぐらついたところを、軽快な足取りでフィリアの短剣がボスを斬り刻む。

 

 

 

「ンオオオオオーーーーンッ!!!?」

 

 

 

絶え間なく続く剣撃と、魔法による追加攻撃。

本格的な戦闘が開始してからあまり時間が経ってはなかったが、もうすでにHPゲージの一本を削った。

 

 

 

「ん〜……! 実に素晴らしいねぇ〜! ここまで強いとは」

 

「メテスさん!? メテスさんは何か魔法とか使えますか?!」

 

「ん? まぁ、使えるっちゃ使えるが……」

 

「使えるけど……?」

 

 

戦闘中にもかかわらず、少し離れたところから見物していたメテスに、カンザシが問う。

メテスも魔法が使えるとのことであったので、直接戦闘に参加することは出来るのだが、何故か今の今まで直接的な戦闘行為は行っていない。

 

 

「せいぜい俺が出来るのは敵の妨害をする様な魔法だけだぞ? あとは……皆がやってる様な付与魔法くらいなものだ」

 

「いや、ならそれをお願いします……!」

 

「そうか? ならばやろうではないか!」

 

 

 

徐に右手を突き出し、右手に魔力を集中しているのか、魔力の光が集まっている。

その間にキリトたち前衛班は、パターンの変わったボスの攻撃に探りを入れている様で、思う様に行かず、攻めあぐねていた。

その時、ボスが大鎌を振りかぶり、大きな一撃を見舞おうとモーションに入る。

 

 

「範囲攻撃! 来ます!」

 

「っ! 全員回避!」

 

「メテスさん!?」

 

「わかってるよ、眼鏡のお嬢さん♪ それっ!」

 

 

 

仲間が攻撃を受けそうになり、カンザシは咄嗟に叫んでしまった。

が、これを見計らっていたのか、メテスの魔力が一気に解放され、バスケットボール大の大きな電気の球が射出された。

その電気球は、カンザシ達が使う魔法と遜色ないスピードで、一直線にボスの顔面へと飛んでいく。

 

 

 

「ンオオオッ!?」

 

 

 

顔面に直撃したのと同時。

電気球が弾け、ボスの体全体に電流が走る。

そして、ボスのHPゲージの横に、小さく黄色いアイコンが出た。

これは、『麻痺状態』を意味している。

 

 

 

「付帯効果付きの魔法かっ!?」

 

「風魔法の《サンダーウェブ》みたいな魔法だね……」

 

 

 

メテスにもALOの魔法と似た様なものが使えるのなら、いくらでも戦略は立てられる。

そう思った時だった……ボスの麻痺状態が解除され、雄叫びをあげ、振りかぶった大鎌を頭上から振り下ろしたのだ。

 

 

 

「げっ!?」

 

「か、躱せっ!」

 

 

 

安心したのも束の間。すぐに攻撃行動へと移ったボスの動きに、多少の疑問が浮かんだ。

どうやって麻痺状態から解放されたのか? そもそもメテスの魔法の力はどこまでのものなのか? そして、“何故、魔法攻撃を受けたのに、ボスのHPパラメーターか減っていないのか?”

 

 

 

「えっと……メテスさん? まさか、これが全力じゃあ、ないですよね?」

 

「ん〜……」

 

 

唖然として、代表してカンザシがメテスに問う。

当のメテスは、腕を組んでやや考える仕草を取った。

 

 

 

「あれでも全力で放ったつもりなんだがなぁ……」

 

「今ので全力なのっ?!」

 

 

 

カンザシは驚きのあまり叫んでしまった。

あの程度の魔法が全力……一時的な行動を停止させる魔法。足止めくらいには……とは言っていたが、これでは本当に “足止めしかできない” レベルだ。

 

 

 

((((マ、マジで……!?))))

 

 

 

前衛でその話を聞いていたメンバーも、あんまり役に立たないメテスの魔法に驚きを隠せないでいた。

 

 

 

「とりあえず、今の戦力でどうにかするしかないか……」

 

 

パターンの変わったモンスターの行動を逐一確認する。

ボス攻略の基本は情報収集とそれにどうやって対応出来るか……だ。

現在明確な盾役がいないこのパーティーでは、ボスの攻撃をあえて受けて隙を突くと言う戦略は難しい。

出来たとしてもクライン一人が攻撃を凌げるくらいなものだ。

 

 

 

「ンオオオォォォーーーーッ!!!!」

 

「「ッ!?」」

 

 

 

だが、そう悠長に構えてもいられなかった。

ボスは大鎌を振り回しながら、こちらに攻めてきた。

それに応じて、各自が剣や槍を構える。そして、ボスの大鎌が射程内に入ったのを確認した……が、そこまでしかわからなかった。

 

 

 

 

「……えっ!?」

 

「なに!?」

 

 

 

一番前にいたキリトとチナツが唖然とした。

なぜなら、突進してきたボスの姿が、霧の様に消えて行ったからだ。

 

 

 

「ど、どうなってるんだ……?!」

 

「一体、どこに?!」

 

 

あたりを見回しても、気配すら感じ取れない。

パターンが変わった事によって、新たな攻撃を仕掛けてきたとしかわからなかった。

が、それだけなのである。一体何処にいて、何処から来るのか、何をするのか、全くわからない状況であった。

が、そんな中で、不意に二人の足元が波打っているのを、誰も気づいていなかった。

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

そして、二人が気づいた時には、既にボスがキリト達の間合いに入った瞬間だった。

 

 

 

「ンオオオォォォーーーーッ!」

 

「ぐあっ!?」

 

「ごほっ!!」

 

 

床下から突如現れたボス。

その勢いに乗せられた大鎌は、確実にキリトとチナツの二人を捉えた。

二人はあまりの衝撃に、咄嗟に防ごうと剣を構えたが、その剣ごと空中に弾き飛ばされた。

 

 

 

「キリトくん!?」

 

「そんな……っ! チナツ‼︎」

 

 

 

大きく宙を舞い、陣形の後方に吹き飛ばされた二人は、HPの約半分を失っていた。それにプラス、バッドステータスとして、麻痺状態であった。

 

 

 

「ぐっーーッ!」

 

「こぉ……っ、んのっ!」

 

「そんな、二人が気づかなかった……?!」

 

「なんだよ、今のはーーッ!?」

 

 

同じ前衛にいたリーファとクラインですら、ボスが消えた瞬間も、現れた瞬間も見えなかった。

一体どういうことなのか、わからないのであれば、防ぎようがない。

 

 

 

「アスナさん、二人の回復を!」

 

「う、うん! スー フィッラ ーーーー」

 

 

 

カンザシの指示のもと、アスナが素早くキリトとチナツを回復する。

そして、前衛組は、再び現れたボスに対して、リーファ、クライン、カタナ、スズ、ラウラの五人が果敢に攻めていく。

SAO攻略組の二人と、ALO年長者が一人、駆け出しが一人と、ビギナーが一人と言うアンバランスな組み合わせだが、みなそれぞれ腕には確かな自信を持っている。

故に、前衛はクラインとリーファに任せ、続く形でカタナ、スズ、ラウラの三人が追撃する。

だが、攻撃パターンが増え、なおかつ大鎌を駆使して、徹底的にカタナ達の攻撃を防いでいる為か、包囲しながら波状攻撃をしているにもかかわらず、思いの外ダメージが少ない。

 

 

 

「ちっ! どうなってやがんだ?! 急に強くなってんぞ、こいつ!」

 

「と言うより、急に動きが良くなってるわ……‼︎」

 

「くっ、とっととくたばれっての!」

 

 

 

 

クライン、カタナ、スズは、中々攻めきれない現実に、若干ながら冷や汗をかく。

まだ相手のHPも一本と八割方残っている……このメンバーでも倒しきれないレベルではないと思いたいが、先ほどの奇襲攻撃が頭から離れない。

そう思っていた時、ボスがモーションをかけた。

 

 

 

 

「っ! いけない! 範囲攻撃だよ!!」

 

「くっ、一旦退避! 射程内から下がるぞ!」

 

 

 

ALOでの長年の経験と、軍で経験したこの差し迫った感覚が教えてくれる。

リーファとラウラは咄嗟に叫び、自分達も一緒に退避した。

大鎌が振り抜かれても、余裕で躱せれる位置まで……。

が、次の瞬間、五人は目を疑った。

 

 

 

「アハハッ、アハハッ!!!!!」

 

「んっ!?」

「きゃあっ!?」

「ぐうっ!?」

「うわぁっ!?」

「ぐあっ!?」

 

 

 

突然ボスの大鎌が振り抜かれ、その紫色に光った大鎌の刃から、漆黒の荊が飛び出し、確実に回避したと思っていた五人に的確に攻撃し、HPが半分、もしくは三分の一にまで減った者もいた。

 

 

 

「っ!? どうして! さっきのはちゃんと躱したのに?!」

 

「まるで、躱したのを追ってきたような動きでしたわね……!」

 

「っ! みんな、急いで回復を!」

 

「「はい!」」

 

「リズ! シリカちゃんとシノアちゃんとフィリアちゃんの四人でなんとか持たせられない?!」

 

「うぇっ!? 無茶言わないでよ、キリト達でも敵わない相手なのよ!?」

 

「くっ! ……わかった、私も出るわ!」

 

「ア、アスナさん?!」

 

 

 

アスナはステータス画面を操作し、自身の腰に白銀のレイピアを装備する。《レイグレイス》。雪の結晶を凝縮したかの様な、透き通る様なレイピア。

そして、それを手に前衛に出る。SAO攻略組総司令を務めたことのある数少ない人物。

アスナを筆頭に、リズとシリカがバックアップに入り、その後方でフィリアが魔法による遊撃とシノアによる弓の牽制を入れる。

 

 

 

「行くよ!」

 

「全く、やるだけやってやるわよ!」

 

「そ、そそそうですね! ピナ、行くよ!」

 

「キュウ!」

 

「単純な魔法攻撃しか出来ないのが、痛いけどね……!」

 

「でも、やるしかないーーッ!」

 

 

 

 

前衛をアスナ、リズ、シリカの三人で行い、フィリアとシノアが中距離からの支援砲火。

そして、その間にティアがやられていたカタナ達の回復を一手に引き受ける。

その中でカンザシは、メテスと何やら話し合っていた。

 

 

 

「メテスさんの使える魔法は、これだけなんですか?」

 

「あぁ。一通り使えるのはこの程度。あとは、大まかな呪文を唱えないと発動できない魔法でね……とても今の状況では使いづらいと思うが……?」

 

「大丈夫です……一応、回復の魔法もあるんだし、それだけ魔法のレパートリーがあるなら、使い方によっては攻略出来ます……っ!」

 

「ほう……自分で言うのもなんだが、この俺の魔法がそこまで役立つとは思えないんだがな……」

 

「大丈夫。私に任せてください……」

 

 

 

カンザシは眼鏡をクイっとあげると、持っていた杖を傾ける。

 

 

 

「スー フィッラ フール アウストルーーーー」

 

 

回復の呪文を唱えて、キリトとチナツのHPを全開。

その間に、カタナ達もだいぶ回復し、今はポーションで体力の回復を待っている状態であった。

その中で、未だ前線で戦っているアスナ達も、そろそろ限界に近づきつつあった。

 

 

 

「キリトさんとチナツは、前線でアスナさん達と入れ替わって!」

 

「お、おう?」

 

「了解……?」

 

「次にメテスさんです……全体に脈動回復呪文を……。その後に、私の指示したメンバーに向かって、遮断魔法をお願いします」

 

「おう! 任せろ」

 

「ティア、後の回復はメテスさんに任せるから、ティアは支援魔法でバックアップに回って」

 

「は、はい……」

 

 

 

 

淡々と指示を出すカンザシ。

その光景に、カタナは目をウルウルさせていた。

 

 

 

「カンザシちゃん〜〜〜〜ッ! あんなにカッコよくなって〜〜ッ! お姉ちゃん、嬉しいわ……♪」

 

「ちょっとカタナさん! 今感動してる場合じゃないから! とっとと下がるわよ、じゃないと、また範囲攻撃が来ちゃう!」

 

 

 

 

一方、前線では、アスナ達が危なげに戦闘を続けていた。

と言うのも、ボスの出す神出鬼没の攻撃……最初にチナツとキリトがやられた攻撃を受けており、今のところ全員無事ではあるが、それでもHPがイエローゾーンに入ったり、更にその上のレッドゾーンに入っている者もいる。

 

 

 

「っ! 来るよ!」

 

「「「「ッ‼︎」」」」

 

「アハハッ! アハハッ!」

 

 

 

 

不気味な笑い声と共に、ボスは再び消えた。

そして、一番後ろにいたフィリアとシノアの背後から現れ、その両手一杯に力強く握った大鎌を真横に大きく構えた。

 

 

 

「えっ!?」

 

「やばっ!」

 

 

 

魔法による呪文詠唱とロングボウを構えていた為、咄嗟に動くことが出来ずに、反応が遅れてしまった。

そしてそのまま、ボスの大鎌は横薙ぎに一閃された。

致命を必至……よくてもHPはレッドゾーンにまで落ちるだろう。

二人は諦めかけていた……が、その刃が二人を斬り裂くことはなかった。

 

 

 

「させるかぁぁぁッ!!!!」

 

「「キリト!?」」

 

 

 

 

キリトの持つ漆黒の片手剣が、大鎌の攻撃を受け止めていたのだ。

 

 

 

「ぐうぅぅぅぉおおおーーッ!? チナツッ!!!!!」

 

 

 

全身を突き抜ける様な衝撃に耐えながら、キリトが上を見上げながら叫んだ。

その先には、鋭い牙を携えた妖精の姿が。

 

 

 

「おおおおぉぉぉッ!!!!!」

 

 

跳躍してからの上段斬り落とし。

チナツの得意技でもある《龍槌閃》が煌く。

その一撃が、ボスの脳天から股下まで一直線に傷痕を作り、ボスは大きく後ろに後退した。

 

 

「「チナツっ!!」」

 

「悪い、遅くなった!」

 

「こっから逆転させてもらうぜ!」

 

「ええ……さっきのお返しも、まだ全然足りませんしね!」

 

「行くぞチナツ!」

 

「はい!」

 

 

先行してキリトとチナツが突っ込む。

大鎌を避け、受け流し、それでも前へと突き進む。

 

 

 

「せえぇぇぇやあああーーッ!」

「でえぇぇぇああああーーッ!」

 

 

 

直剣と打刀による絶え間なく続く斬撃。

二人の剣技もさることながら、その気迫に満ちた動きに、ボスも翻弄されている様で、次第に動きも変わってきた。

攻撃よりも防御を優先し、大鎌を巧みに扱って致命傷になる攻撃だけを受ける。

 

 

「ちょっと、二人だけで熱くならないでよねッ!」

 

 

 

ボスの後ろから聞こえてくる声。

その方向へと視線を向ける。そこには蒼穹の槍を振り回しながら、ボスへと斬り込んでいくカタナの姿があった。

 

 

 

「俺たちもーーッ!」

 

「っ………いるのをーーーッ!」

 

「ーーーーーー忘れんじゃないわよ‼︎」

 

 

 

今度は上段からクラインとリーファ、スズが斬り捨てる。

これで最も攻撃を与えるプレイヤーが六人は揃った。

ボスのHPもあと僅か……。このまま斬り込んで行けば、ボスを倒せる。

が、そう甘くないのも現実だ。その証拠に、ボスは再びその場から霧の様に消えてしまった。

 

 

 

「まずい! アレが来るぞ!」

 

「全員警戒!」

 

 

 

アレとは、まさしくキリトとチナツが初めに喰らったボスの攻撃。

霧の様に消えたかと思いきや、いきなり何処かに現れて攻撃を仕掛けてくる。

六人……いや、その場にいた全員が、警戒に当たっていた。

気配を探り、視野を広く持った。

だが、一人だけ、他の皆よりも落ち着いている人物が一人いた。

 

 

 

 

「メテスさん」

 

「おう!」

 

「チナツとお姉ちゃんに《ダメージ遮断》の魔法を!」

 

「あいよぅ!」

 

 

 

カンザシだ。

カンザシはメテスに指示をし、前衛で戦っている全員ではなく、チナツとカタナにだけ守る様にメテスに言う。

 

 

 

 

「ンオオオッ!」

 

「くっ!!?」

「来たわねッ!」

 

「神の加護だ、受け取れ‼︎」

 

「「っ!!?」」

 

 

 

 

チナツとカタナは目を疑っただろう。

自分たちも防御行動を取ったとは言え、確実に攻撃をもらうと思っていた。が、実際はどうだろう……。

体を覆う金色の光。それが大鎌の刃を拒絶する様に弾いた。

 

 

 

「これは……!」

 

「攻撃を、弾いた?!」

 

 

 

態勢を整えながら、再び大鎌を構えるボス。

その大鎌か妖しく光り、モーションに入ったことを知らせる。

 

 

 

「ヤベェ! 範囲攻撃だ!」

 

「いけない! まだリズさんたちも回復仕切ってないのに!」

 

 

 

咄嗟に回避行動を取るが、後ろにはまだ完全回復仕切ってないリズやシリカたちがいる。なのにHPをごっそり奪うあの攻撃を受けてしまったら、流石に次はないだろう。

だが、

 

 

「ンオオオッ!」

 

 

容赦なく振り抜かれた大鎌。

そこから伸びる漆黒の荊が襲ってきた。

 

 

 

「メテスさん! もう一度《ダメージ遮断》と《軌道阻害》の魔法を!」

 

「ほいさっ!」

 

 

今度は両手をあげるメテス。

左右の手のひらに魔法の光が集まり、その魔法を前衛で戦っていた六人と、体力を回復させていたアスナとリズとシリカの三人にかける。

そして、放たれた荊は、カンザシの指示した九人の元へと飛んでいった。だが、《ダメージ遮断》と《軌道阻害》の魔法よって、攻撃は弾くし、軌道そのものが狂い、直撃を免れた。

 

 

 

「カンザシさん………あの範囲攻撃が、誰に対して放たれるのか、知っていたんですの?!」

 

「うん……なんとなくだったけどね……」

 

「一体、どうやって……!?」

 

 

 

カンザシの目論見はうまくいった。

それに驚くティアは、どういうカラクリなのか、カンザシに問い合わせた。

 

 

「あれは無差別な範囲攻撃じゃなくて、“あの技を使う間に、自分に対して一番ヘイト値を稼いだプレイヤーと、その視界に映るプレイヤーを選抜して放たれた指名攻撃” なんじゃないかって思って」

 

「ぁ…………」

 

「なるほど……現に、あそこで回復に勤しんでいる弓兵の少女と冒険者の少女には攻撃されていないというわけか……」

 

 

 

カンザシの説明に、メテスが補足をつける形で言う。

 

 

 

「そして、あの消える攻撃も同じ……あれはヘイト値を稼いだ上位二名を選択し、奇襲攻撃をしかけるもの。

だから、最初はキリトさんとチナツ、次にフィリアとシノア、最後にチナツとお姉ちゃん……全部技が出る前にボスのヘイト値を上げた組み合わせ」

 

 

 

淡々と説明するカンザシに、メンバーは驚いていた。

あの状況で敵の技を解析し、なおかつそれに対する対処法を、メテスの弱い魔法で補ってたのだから。

 

 

「カンザシ! お前が指示してくれ!」

 

「今のお前なら、この状況を打破できるかもしれない!」

 

「キリトさん……チナツ……!」

 

「カンザシちゃ〜〜ん!」

 

「っ?! お姉ちゃん?」

 

 

 

大声で愛する妹の名を呼ぶ。

 

 

 

「あなたを信じるわ! だから、私たちを導いてッ!!」

 

「っ!!」

 

 

 

信じる……それはそう簡単なことではない。でも、自分の姉は信じるといった。キリトもチナツも……いや、全員同じ顔で、同じ目で見ている。

自分を信じると……そう言う顔で。

 

 

 

「っ……! あと数手で私たちが勝つ……! いや、勝たせてみせるっ!!!!!!」

 

「ふふっ、良き仲間たちだな……どれ、俺様も其方の指示に従おう……一気に殲滅するのだろう?」

 

「はい、私が指示をしたら、あの魔法をお願いします!」

 

「あいよぅ!」

 

 

 

 

それからの攻略は、まるで物語を読み進めているかのように、順調かつ迅速に進んだ。

カンザシの指示のもと、攻撃、防御、回復、追撃と、流れるような攻防が繰り広げられ、そして……

 

 

 

「メテスさん! 今です!」

 

「戒めの鎖よ 我が敵を縛り、罪過を与えん!」

 

 

 

 

地中からおよそ十数本にも及ぶ鎖が飛び出し、ボスの体を拘束していった。

 

 

 

「今! ボスと鎖を、みんなで断ち切って!!!!」

 

「「「「おうっ!!!!!!」」」」

 

 

 

最後の攻めだ。

鎖で縛られたボスの動きは鈍く、防御ですらままならない状態だ。

そこに、全方向から容赦の無い全力攻撃。

剣技や魔法による攻撃もそうだが、メテスのかけた鎖は、断ち切るとまるで罪を与える様に光が弾け、鎖をかけた対象に大ダメージを与えた。

 

 

 

「ンオオオォォォーーーーッ!?」

 

 

 

 

そして、ボスのHPが完全尽きる。

その体を構成していた情報体が弾けとび、ポリゴン粒子となって虚空に消えた。

その代わりに、メンバー全員に見える様にして、Clear Congratulatious! の文字が映し出され、それを祝福するBGMが鳴り響いた。

 

 

 

「やっ、た……んだよな?」

 

「ええ、やりましたね……」

 

「うん! 勝ったんだ……私たち!」

 

「ええ! 勝ったわよ!!!!」

 

 

 

歓喜に沸く面々。

特に活躍したカンザシには、カタナからの熱く甘い抱擁が待っていた。

 

 

 

 

こうして、フィールドボスとの戦闘を無事おけた面々。

残る敵は、このクエストの真のボス。宝を持ったクエストボスだけとなった。

 

 

 

 

 




おそらく次で終わりですね( ̄▽ ̄)

それから、ISサイドに戻り、臨海学校の話をしようかと思います!
感想、よろしくお願いします!



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第29話 異界の簒奪者


やっと終わった……ッ!

ちょっと終りが簡潔すぎたかなぁ〜と心配ですが……


それでは、どうぞ!


亡霊の王。ゴースト・ザ・ファントムロードを倒せた一行は、最終目的であるクエストボスの元へと向かっていた。

クエストが……そもそもこの様な大規模戦闘が初体験のメンバーが半数もいる中で、これほどの戦果を得られたのは貴重だ。

ラウラとシノアの動きも悪くない。それは現実世界において、ラウラは現役軍人であるのと、シノアも軍での訓練を受けた経験と、ISでの戦闘訓練が生かされているからだろう。

その他にも、前衛で申し分ない力をつけたスズや、後衛で回復職に徹するティアの存在も大きい。

そして、何より驚いたのが、カンザシだ。

冷静な分析力と対応力……メテスの魔法を駆使した阻害と攻撃の両方を繰り出した戦術。

それは “敵の撃破” と言う文字を組み並べて、“戦闘” と言う文章に組んで、“戦術” と言う物語に仕立てた様なものだ。

元々SAOをやる筈だったのはカンザシであった。しかし、それはカタナがカンザシがいない間にナーヴギアを装着し、ゲームを始めてしまった為に、事件にも巻き込まれずに済んだのだが……。

しかしそれ故なのか、ゲームでの役割分担をしっかり認識している様だ。

 

 

 

 

 

「にしても、さっきのカンザシは凄かったな……!」

 

「そ、そんなことない…っ! あ、アレはその……」

 

「恥ずかしがることないぜ、カンザシ。正直カンザシの適応力は俺も驚いてる」

 

「そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

チナツとキリトの賞賛に、顔を赤くしながら俯くカンザシ。

 

 

 

「ふふっ……カンザシちゃんは照れ屋さんだね」

 

「でもそう言うところが可愛いのよねぇ〜♪」

 

「んっもう! お姉ちゃん、いきなり後ろから抱きつかないでよぉ〜!」

 

「えぇ〜……いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないしー」

 

「もう……びっくりするから……」

 

 

 

 

相変わらず妹ラブなお姉ちゃん、カタナ。

姉の変わった一面を見た事で、カンザシも戸惑っている様だ。普段は摑みどころのないミステリアスな雰囲気に包まれている姉。

成績優秀、運動神経抜群、スタイル完璧、おまけに美人と来た。もう、何もかもが完璧だと思っていた。

だが、今この瞬間にいるカタナは、甘えん坊な年下の女の子という雰囲気が多少ある様にも思えた。

 

 

 

 

「ま、この調子で攻略頼むぜ、参謀」

 

「そうだね……作戦参謀としては充分な資格を持ってるよ」

 

「えっ? そ、そそそんな! 私にはまだ……」

 

「カンザシ、言っただろう? 俺たちはお前を認めてるんだぜ? カンザシの分析力と適応力の高さは、俺たちの中でも高い方だと思うし、今の攻略戦だって、前衛と後衛での剣と魔法を駆使した戦いになって来ている……。

そんな時、どうしても思う様に動けない時が出てくるだろうから、カンザシの様な、現場で指揮をする役目は必要だ」

 

「で、でも! それならアスナさんやお姉ちゃんもいるし……」

 

「あ〜……私はそんなには……」

 

「私もね。ほとんどアスナちゃんの指示に従ってただけだし……」

 

 

 

SAO時代では、主に作戦の立案をしていたのがアスナだ。

作戦に必要な情報をカタナが集めて、アスナが作戦を考える。だが、それは以前のSAOの話だ。

SAOでは魔法が無かった……。つまり、近接戦闘でしか攻撃が与えられなかった。故に、前衛後衛に分ける意味はなく、壁役と遊撃、スイッチからの追撃。回復は常時交代してからの回復結晶やポーションなどで回復を行っていた。

だが、ALOでは攻撃、および回復の魔法が使える。

なので前衛は、回復を後衛に任せ、長時間前線に立ち続けられる様になった。

 

 

 

「だから、私も慣れてるとは言っても、カンザシちゃんの方がうまく立ち回れると思うなー」

 

「う、う〜ん……」

 

 

気恥ずかしさと迷いの感情が入り混じっていた。

これまで、自分にどんな才能があるのか、なんてずっと考えていた。

天才と呼ばれていた姉と比べられることが嫌で、負けたくないと思いつつ、どのみち勝てるわけがないと諦めていた。

だが、姉である刀奈がSAOに囚われの身になって、わかったことがあった。

更識家の使命や責任を一手に引き受けていた姉は、日々精進する為に、陰ながら努力を続けていた事を……。

知らない所で苦手を克服して行って、それを気丈に振舞っていたのだと知った。

その裏の努力を知って、簪は思い知ったのだ。

天才も努力を惜しまないのだと……。

いや、努力の上に、天才が成り立っているのだと……。

それを知った時には、自分の愚かしさや苛立ちを覚えた。

姉の事を何もわかっていなかったと、後悔し、夜な夜な泣いていたことだって多い。

 

 

 

「カンザシちゃん」

 

「な、なに、お姉ちゃん?」

 

「カンザシちゃんはさ、自分が才能ないとか思ってるでしょ?」

 

「だっ、だって、本当に才能なんてないし……それに私は……」

 

「カンザシちゃんは自分が完璧じゃないって思ってるけどね、私だって完璧じゃないんだよ?」

 

「お姉ちゃん……」

 

「カンザシちゃんがした事は、SAOで生きてきた私や、アスナちゃんにもできない……ましてや、キリトやチナツにだってできない事。

それをカンザシちゃんはやってのけたんだよ? なら、もっと自信を持っていいわ」

 

 

 

ただ静かに、諭すように言葉を紡ぐカタナ。

その言葉に、カンザシの表情にも、少しずつ曇りが消えて来ていた。

 

 

 

「全く、何ウジウジしてんのよ」

 

「スズ……」

 

「そうですわ、カンザシさん。先ほどの戦闘は、あなたの機転によって勝利しましたのよ? ならばもっと胸を張りなさいな」

 

「ティアまで……」

 

 

 

二人とも皮肉のような口ぶりだが、その表情はにこやかで、カンザシを見てはにかんでいる。

 

 

 

「そうだよカンザシちゃん! だいたい長い間、私もALOやってきたけど、あんな作戦指揮を取れるプレイヤーは少ないんだよ?」

 

「そうそう、私もトレジャーハンターで通してるから、こんなレイド戦は経験皆無だし……」

 

「俺たちゃあ前衛一本だからよ、そう言う指示をしてくれんのは嬉しいし、大歓迎って感じだぜ!」

 

「そうですよ。私もそう言うのは苦手なので、できればお願いしたいです……」

 

「キュウ!」

 

「ほら、ピナもそう言ってますよ!」

 

「まぁ、みんな作戦指揮なんてできる柄じゃないしね〜……あんただけが頼りってことよ……!」

 

「みんな……!」

 

 

 

初めての感覚で、とてもむず痒い感じがする。

が、悪くない感覚であることには間違いなかった。

ならばみんなの期待に応えたい。

そう、心からそう思った。

 

 

 

「わかりました……! みんなの期待に応えられるよう、頑張ります!」

 

 

 

力強く己の意志をしめした。

これによって、戦術の幅は大分大きくなったと見える。

あとはクエストボスの戦力だ。

先ほどのフィールドボスの強さからして、クエストボスの力は、さらにその上を行くと思っていていいだろうと推測する。

 

 

 

 

「にしても、メテスさんの魔法も使い方次第って感じだな……」

 

「うむ……すまない……」

 

「いや、その……」

 

 

 

正直メテスの魔法を期待していたのは間違いではない。

だが、思いの外攻撃力というのが低いのが判明した。

先ほどの戦闘でも、カンザシの機転があったがゆえに勝てたが……。

 

 

 

「カンザシは、メテスさんの魔法を把握してるのか?」

 

「ううん。だから、今のうちに聞いておこうと思って……いいですか? メテスさん」

 

「ああ……お嬢さんの役に立つならば、いくらでも聞いてくれ」

 

 

 

 

それから、カンザシはメテスから色々と互いの使える魔法の情報交換を行った。

メテスにできるのは、敵の攻撃を阻害したり、味方の攻撃力を増幅させたりする魔法だそうだ。

まぁ確かに、冒険者を名乗ってるくらいだから、敵の攻撃を阻害する魔法は、らしいと言えばらしい魔法だ。

さて、そうこうして歩いているうちに、一行は次なる目的地に着いた……今回のクエストを締めくくる最後のボスがいる場所へ。

 

 

 

 

「これはまた……」

 

「凄く、嫌な感じがしますね……」

 

 

 

 

先頭を歩いていたキリトとチナツが、その目の前にある物を見て、驚愕していた。

目の前に広がる “物” ……詳しく言えば、“建物” だが、それはそれはとても大きく、まるで旧世代の宮殿の様な、豪華で絢爛な雰囲気が醸し出された建物。

その建物を、淡い蝋燭の光が優しく全体を揺らしていた。

柱や屋根、その他諸々の装飾品なども、中世のヨーロッパなどで実際にあったのではないかと思えるほどの品物ばかりで、それを見る度に魅了される。

 

 

 

 

「うわぁー………!」

 

「凄いわね……!」

 

「建設費いくらかかってんのよ、これ」

 

「ただ建ててあるだけではありませんわ……装飾品も、柱などに掘られた彫刻や絵画も、どれもが一級品ですわ」

 

「もしかして、僕たち変な所に来ちゃったのかな?」

 

「だが、これほどの建物がなぜこんな所にあるのだ?」

 

 

 

ALOが北欧神話をベースにした世界だと言うのなら、この建物もたま、どこぞの神が住まう宮殿なのではないかと思う。

 

 

 

「ねぇねぇ! この中にお宝がいっぱいあるんだよね!?」

 

「おう! 俺が欲しいものはただ一つだが、それ以外にも、お宝の匂いがするのは確かだ」

 

「うわぁ〜! 楽しみぃ〜〜っ!」

 

 

 

メテスとフィリアは別の事で驚愕している様だった。

 

 

 

「ちょっと、私たちの目的、忘れてないわよね?」

 

「でもリズさん、お宝がゲットできるかもしれないんですよ?」

 

「キュウ!」

 

「それはわかってるけどさぁ……。あぁ、でも確かにお宝ゲットしたらどうしよう……」

 

「速攻で売ると思うなぁ〜、私」

 

「ちょっ! 何言ってるのよ! そんな簡単に売らないわよ!」

 

「でも前にリズさん、貰ったアイテム速攻で売りに行ってたし……」

 

「あれはもらってもいらないやつだったから! 今回は違うわよ」

 

 

リーファの言葉に冷や汗をかきながら反論するも、ここにいるメンバーは既にリズの性格を知っている。

特にキリトやチナツ、クラインたちは毎回リズのこういう所に気をつけているのは、また別の話で……。

 

 

 

「にしても、このダンジョンに潜って、どのくらいだ?」

 

「そうですね……現実時間からしたら……六時からインして、今が八時過ぎ……二時間くらいは経ってますね……。

ていう事は、外は夕方ですかね……?」

 

 

 

 

今回このクエストを開始したのが、学校が終わり、その他諸々の活動を終えてなので、午後六時からログインした。

現実世界では夕方、季節は春の終わり……夏を迎える所であるから、まだまだ日は出ている時間帯だった。……。

だが、ALOでは現実世界との時間が同期していない。

だから、現実時間の六時でも、ALOでは正午と変わらない、太陽と青空が広がっていた。

そこから二時間後だとすると、現実世界では、もちろん夜だ。であるからして、ALOではおおよそ夕方くらいではないかと推測される。

 

 

 

 

 

「って、もうそんな時間?! やっぱクエストやると、時間があっという間に過ぎるわね」

 

「そうですね。私も終わったら早く寝ないと……」

 

 

 

リズとシリカが口を揃えてうなだれる。

 

 

 

「俺も、明日も仕事だからなぁ〜。ちゃっちゃと終わらせようぜ、キリト」

 

「そうだな……言っても、後はクエストボスだけだからな。そいつを倒せば、必然的にクエストクリアさ」

 

「そうですね。準備が整い次第、すぐにボスに挑もう!」

 

「「「「おおっ!!!!」」」」

 

 

 

メンバー全員が再び一致団結した所で、再び装備を整える。

 

 

 

「カンザシ、相談は終わったか?」

 

「うん。一通りの魔法は教えてもらった……けど……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 

メテスと魔法の相談を終えたカンザシがチナツの下へと来る。

だが、何やら疑問に思っていることがあるらしい……。

 

 

 

「メテスさんが、自分の力はまだ完全じゃないって言ってたの」

 

「え? っていう事は、あれが完全な状態の……最大威力の魔法じゃないってことか?」

 

「ううん……そうじゃないくて……。本当なら、もっとスゴイ魔法が使えるらしいんだけど……」

 

「今はそれが使えない……って事か?」

 

「うん、そうみたい……。しかも、その原因が今から倒しに行くボスのせいみたいで……」

 

「そう言えば……」

 

 

 

メテスは、一度一人でこの先にいるクエストボスに挑んで、敗北したと話していた。

ならば、その時受けた攻撃の所為で、本来の力が出せないのかもしれない。

 

 

 

「でも、そのほかにも色々持ってそうだったから……」

 

「それって、カンザシにも教えていない魔法があるって事だよな……?」

 

「たぶん、そうだと思う」

 

「ん……」

 

「どうする、チナツ?」

 

「まぁ、どの道ボスとやり合ってみるしかないしな……メテスさんのその魔法も、そこまで隠しているって事は、奥の手かもしれないしな……。

それが使える様になるまでは、さっいみたいに繋げていくしかないって事だ。そういうわけで、後衛は頼んだぜ!」

 

「うん、頑張る……ッ!」

 

「みんな、用意はいいか?」

 

「そろそろ出発するぜ……!」

 

 

カンザシの意志も固まったその時、キリトとクラインが確認をし、全員の装備が整った。

 

 

「よし、行くぞ……!」

 

 

 

キリトを先頭に、次々と宮殿の中に入っていくメンバー。

中にある調度品や芸術品に目を奪われそうになるが、その反面、宮殿内の奥深くからは、何やら不可思議な気配を感じる。

 

 

 

「って言うか、ほんとなんでこんな所の宮殿なんかあるだろう……」

 

「そうですね……洞窟の中にある宮殿って、何の為にあるんですかね?」

 

 

ほぼ全員が思っていた事を、リズとシリカが言った。

立派な建造物が、何故日も当たらない地下に存在するのか、それが疑問だった。

確かに、アルヴヘイムは妖精たちが生きている世界。

それは、神話の話でもそうだ。

だが、本来宮殿に住むような格の上の存在と言えば、神……神話に登場する、世界をの創造し、強大な力を持った者たちが住まう場所と言うイメージが強い。

ならば、宮殿が存在するとなれば、それはこんな地下ではなく、天界……北欧神話では、《アースガルズ》と呼ばれる所にあるはず……。

 

 

 

「確かに、仮にも神が住んでいるとすれば、我々とは違った次元の元にいるのが必然か……」

 

「でも、地下もなくはないかもよ? 大地母神とか、土地に関係する神様もいるわけだし」

 

「へぇー、シノアはそう言うの詳しいの?」

 

 

 

ラウラとシノアの会話に興味を持ったリーファが近づいてきた。

リーファも元々北欧神話の話を読んだ事があり、それをベースにしているALOも気に入った人物だ。

同じ話ができる者がいると、やはり嬉しいのだろう……シノアと話す声には、少し喜びを感じた。

 

 

 

「うん。昔お母さんが持ってた本があって……小さい頃はよく読んでたんだぁ」

 

「へぇーそうなんだぁ〜! 私もなの!」

 

「リーファも?」

 

「うん!」

 

 

 

 

元々がヨーロッパ、フランス人であるシノアにとって、そういうお伽話をよく知っている。

だから、シノアとの話は、リーファにとっては新鮮に感じるのだろう。

同じ歳で、同じシルフであり、お伽話が好き。

仲良くなるのに、時間はそうかからなかった。

 

 

 

「神話ねぇー……全然興味ないわー」

 

「スズさんも、一度読んでみるといいですわ」

 

「何よ、あんたも読んだ事あんの?」

 

「ええ……あれもお伽話のようなものですから。日本にだって、神話もありますし、源氏物語と言った文学もあるのでしょう?」

 

「まぁ、あるっちゃあるけど……興味がないし」

 

「はぁー……そう言う文学物を、“スズさんにこそ” 読んでもらいたいものですわね」

 

「はぁ? それどういう意味よ?!」

 

「そのままの意味ですわ」

 

 

 

 

こっちはこっちで、いつも通り仲が良いのか悪いのかわからないスズとティアの二人。

だが、いいパートナーだとは思える。

そして別のところでは、フィリアとメテスが冒険について色々と話をし、別のところではラウラとシリカ、リズの三人で武器について意見を述べ、アスナとチナツが、今この場では全く関係ない料理の事で話をしていた。

はたまた別のところでは、カタナがカンザシにベッタリとくっついていて、それを先頭で歩くキリトとクラインが男二人で話している。

 

 

 

 

「なぁ、キリト……」

 

「なんだよ?」

 

「俺もあっちに混ざりてぇ……!」

 

「いや、それを俺に言われてもだな……」

 

「なんでお前やチナツばっかり……‼︎」

 

「知らないよ……はぁ……全く、緊張感の欠片もないな」

 

 

 

 

だが、自分たちはそれがいいと思う。

互いに年齢も性別も、種族すらも違う。共通点があるなら、みんながVRMMOという世界と、ISという兵器によって、たまたま、偶然出会ったという事だけだ。

茅場 晶彦と篠ノ之 束……二人の日本人天才科学者が編み出した技術で、世界を繋げた。

それが、今の自分たちのこの関係だと、キリトは思った。

 

 

 

 

「っ! ようやく見えてきたか……みんな、ボス部屋だ。警戒態勢!」

 

 

 

ここまでずっと歩いてきたが、さすがに宮殿の中でモンスターと出会う事はなかった。そして、その最終地点、この宮殿内の最奥部……ボスの部屋の前に、とうとうやってきた。

 

 

 

 

「さて、妖精の剣士達よ。ここからは、今まで以上にきをひきしめてくれ……」

 

 

 

 

ここへ来て、メテスの顔が一気に真剣なものになった。

 

 

 

「ここにいるやつは、生半可な覚悟では倒せない……俺は最後までそなた達を信じる……! だからこそ、もう一度言うーーーー」

 

 

 

そして、改めて、メテスはキリト達に向けて、言った。

 

 

 

「ーーーー俺に力を貸して欲しい!」

 

「……もちろん!」

 

「ここまで来たんだもん!」

 

「やりますよ!」

 

「そうね!」

 

「上等だ!」

 

「任せなさい!」

 

「了解です! ねぇ、ピナ?」

 

「キュウ!」

 

「オッケー、任せて!」

 

「当然! 頑張るよ!」

 

「当たり前よ!」

 

「えぇ、やらせていただきますわ!」

 

「僕も!」

 

「無論、私も手を貸すぞ!」

 

「が、頑張ります!」

 

 

 

 

皆の意志は硬かった。

 

 

 

 

「ん?」

 

「……ん、どうしたシノア?」

 

 

 

 

部屋に入る直前で、シノアが扉に彫られていた彫刻を見て、立ち止まった。

そこには、無数に彫られた髑髏やら交錯した二つの剣が描かれていたのだが、シノアが注目したのは、その扉の一番上。

そこには、アルファベットのような文字が刻まれていた。

 

 

 

 

「なんだ? アレ」

 

「うーん……英語……いや、ラテン語?」

 

 

 

 

だが、どこかで見た事のあるような文字だったというのが、シノアの見解だった。

 

 

 

「エ、エーリ……ズニル?」

 

「この宮殿の名前かな?」

 

「かもな……まぁ、とりあえず進んでみるしかないさ。さぁ、行くぞ」

 

「うん!」

 

 

 

 

キリトとクラインが両方の扉に手をかけ、力一杯押す。

すると、途中まではゆっくりと動いていたが、少し開けると後は自動的に壁まで扉がひとりでに動く。

ギギギッ、という重苦しい声が聞こえ、メンバーの士気を一気に戦闘モードへと移行させる。

 

 

 

 

「…………全員、警戒を怠るなよ」

 

 

 

 

抜剣し、ゆっくりと部屋の中央へと歩いていく。

先頭には、もちろんキリトとクライン、チナツといった、前衛組が陣取り、いつでも攻撃態勢に移れるようにしている。

 

 

 

 

「…………何者だ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 

 

突如、暗闇にいくつもの灯火が灯った。

そして、その灯火の明かりに微かに照らされ、その場に鎮座する影を発見した。

どうやら、先ほど声をかけてきたのは、そこに鎮座していた者のようだ。

 

 

 

「アルヴヘイムの妖精たちか……。何用でここにいる?」

 

「…………」

 

「ここは《エーリューズニル》。我が主、《ヘル》の館だ……ここは貴様らの来ていい場所ではない。早々に立ち去るがいい」

 

「……そう言うわけにもいかないんだよな」

 

「何?」

 

 

 

 

ここへ来て、キリトが声の主に対して返答を返した。

そう、ここに来たのは、ある目的があったからだ。

 

 

 

 

「俺たちはここに眠っている財宝の事を聞いて来た……あんたは何か知ってるんだろ?」

 

「…………財宝。なるほど、貴様ら妖精たちもそれを狙ってきたというのか……」

 

「まぁな。それで? その財宝とやらを貰えるかな? あまり無駄な戦いはしたくないんだが……」

 

 

 

キリトの表情が強張り、その頬を一筋の汗か流れた。

本来、バトルジャンキーなキリトからは、ありえない言葉だった。

相手との戦いに躊躇するキリトを、あまり見たことがない。

相手との戦いで面倒な事が起きてしまったり、腑に落ちない戦いはしない主義ではあるが、いつもなら、進んで戦いに挑むのが彼だ。

だが、その表情から察するにかなり緊迫しているのがわかる。

 

 

 

 

「なるほど……貴様らもあの盗人と同じというわけか……」

 

「心外だねぇ……盗人とは。冒険者と言ってくれ」

 

 

 

メテスがキリトの前に立ち、腕を組んで仁王立ちで迎える。

 

 

 

「やはり貴様か。妖精たちを誑かし、この場所まで連れてきたのは……!」

 

「ああ、そうだ。だが誑かしたわけではない……彼らの意思で、ここに来ている」

 

「ふんっ、前に叩きのめしただけでは事足りんと見える。ならばもう一度、貴様を捻り潰してくれようかーーーーッ!」

 

 

 

ズンッ、ズンッ、ズンッ

 

 

 

 

小さな地揺れが起きる。

どうやら、座っていた状態から起き上がり、こちらに向かって来ているようであった。

そして、その影は次第に大きくなり、灯火が部屋の中を全て照らし出した瞬間、その影は、その姿を現した。

 

 

 

「っ! こ、こいつは……っ!」

 

 

 

 

目の前にいたのは、巨大な狼だった。

黒鉛のような肌に、朱に染まった立髪のような毛と尻尾。まるで大きな岩をそのまま取り付けたのではないかと見間違うほどの、大きな前足。そしてそれを支えている豪爪は、あらゆる物を一瞬で切り刻めそうなくらい、立派な物だった。

 

 

 

「あっ! 思い出した!」

 

「シノアちゃん?」

 

 

 

そのボスの姿を見たシノアが、大きな声を出し、何かを思い出したようだ。

 

 

「エーリューズニル……そしてその館の主人であるヘル……じゃ、じゃあまさか……っ!」

 

 

 

その言葉に反応し、リーファも何かに気づいた。

 

 

 

「えっ! うそっ?! もしてかして、《ガルム》!!?」

 

 

 

ガルム……北欧神話に登場する、地獄の番犬。

ロキの妹、ヘルが住んでいる館であるエーリューズニルの入り口にある洞窟《グニパヘリル》に繋がれている番犬だった。

 

 

 

 

「ならば、ここは本当に……!」

 

「地獄への入り口ってことになりますわね……!」

 

 

 

ヨーロッパ諸国の出身であるラウラとティアもまた、体を強張らせてしまう。北欧神話に精通しているヨーロッパ諸国の人間にとって、目の前に巨大な地獄の番犬がいれば、こうなるのは仕方のないことだろう。

 

 

 

「我が名はガルム。我が主、ヘルからの命は、ここに近づく者達を遠ざける事と、地獄から逃亡者を見張り、捕らえる事。

故に、貴様らをここから先へは行かず訳にはいかぬし、財宝も渡すつもりはない……。もしも、財宝が欲しいのであればーーーー」

 

 

 

ガルムの体から焔が噴き出す。

脚、口、毛並、尻尾……ありとあらゆるところから、紅蓮の焔が現れる。

 

 

 

「この身を見事、打ち果たしてみせよーーーーッ!!!」

 

 

 

 

部屋の雰囲気が一気に変わった。

つまり、戦闘モードへと移行したのだ。その証拠に、ガルムの名前と、三本のHPゲージが出現し、ガルムも臨戦態勢へと入った。

 

 

 

 

「ッ! 相手がどんな攻撃をするかはわからない。序盤はひたすら回避と防御に専念!」

 

「「「「了解ッ!!!」」」」

 

 

 

 

キリトの指示に従い、メンバーは散開し、それぞれの持ち場へと移動する。

 

 

 

 

「ウオオォォォォォーーーーンッ!!!!!」

 

 

 

 

高らかと響く雄叫び。

その直後、勢いよく跳躍したガルム。洞窟内では妖精たちは羽根を出せない為、空中にジャンプ出来る範囲は決まっている。

故に、ガルムが跳躍した時だけは、どうしても攻撃できない。

 

 

 

 

「ちっ、回避! 散開して、包囲しろ!」

 

 

 

キリト班とチナツ班に別れた一同。

ちょうどその上をガルムは飛翔し、そのまま落下してきた。もしその場にいたら、間違いなく踏み潰されていただろう。

 

 

 

「ほう? 判断はまあまあだな……だが、逃しはせん!」

 

 

 

うまく回避はできたものの、すぐさまガルムは振り向きぎわになってその強靭な豪爪でキリトたちを刈り取ろうする。

これはキリトとクラインがタンク役をし、二人でなんとか攻撃を止める。

 

 

 

「ぐうぅッ!?」

「ぐおぉッ!!?」

 

「キリトさんたちが抑えてる間に、俺たちが斬り込むぞ!」

 

「そうね!」

 

「わかってるわよ!」

 

 

 

ガルムがキリトたちに注目している最中、反対側ではチナツ、カタナ、スズが走ってくる。

当然、ガルムはそれを迎え撃とうとするが、それは小さな電撃によって阻まれた。

 

 

 

「ぐっ!? おのれ、小癪な……っ!」

 

「ふっはは! そう簡単には行かせんよ!」

 

 

 

メテスの魔法、相手を一瞬だけ麻痺状態にする雷球を放つ魔法。

効果は一時的なものである為、あまり有効な攻撃ではないが、それでも時間を稼ぐ事はできた。

 

 

 

「させないよ!」

 

「凍えなさい!」

 

 

 

シノアが弓矢を放ち、ティアは凍結魔法で援護する。

水属性の魔力がこもった矢と、手足を拘束する氷結の魔力が、ガルムを襲い、矢がガルムの顔付近で爆発し、霧を発生させ、ガルムの視界を奪うと同時に、ティアの魔法がガルムの動きを封じた。

 

 

 

「今!」

 

「ありったけブチ込むわよッ!」

 

「うりゃあぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

チナツが跳躍し、ガルムの背中を三連撃。その隙にカタナが回り込んで、左の脇腹に五連突き。最後にスズが上段斬りをガルムの脳天に斬り込んだ。

 

 

 

 

「ぐうっ!?」

 

「スイッチ行くぞ!」

 

「うおぉぉッ!」

 

「うん!」

 

 

今度は反対側のキリト達が向かってくる。

クラインの上段斬りが右脚に炸裂し、キリトの四連撃がガルムの胸元を切り刻む。

最後はリーファが袈裟斬りに一閃。ガルムの顔を斬りつけた。

 

 

 

「くっ!? おのれ……ッ!」

 

 

 

リーファの攻撃を受けて、その直後にティアの魔法の拘束から放たれた。というよりは、自ら破ったと言った方がいいか……

 

 

 

「なるほど……中々やるではないか。だが、やはりまだまだ足りんな!!!!」

 

 

巨大な前足両方を肩幅より少し広めに広げたガルム。

すると、その岩のような前足の部分が、機械のように開くと、そこから真紅の閃光が走る。

それと同時に、微かにガルムの体から火の粉が散り始め、それを天高く舞い上げた。

 

 

 

「ウオオォォォォォーーーーンッ!」

 

「っ! 範囲攻撃です! みなさん、避けてください!」

 

 

 

ユイが危機を感じ、全員に聞こえるように叫ぶ。

 

 

 

「回避!」

 

 

集まった火の粉が、やがて大きな焔を形成していき、それがまるで生きているかのようにうねっていた。

そしてその焔そのものが、八つに別れ、周りにいたキリト達に向かって、容赦なく放たれた。

 

 

 

「ぐうっ?!」

 

「うわっ、アッチィィッ!」

 

 

凄まじい焔の本流が襲う。

さすがにそれだけで即死はしなかったものの、一番近くにいた前衛組は、HPゲージがレッドゾーンに突入し、それ以外でも、イエローゾーンまでHPが減った。

 

 

 

「あっ、回復を!」

 

「うん!」

 

「はいですわ!」

 

 

 

 

後衛にいたカンザシ、アスナ、ティアのウンディーネ組が即座に回復魔法で支援する。

 

 

 

「メテスさん、次に攻撃が来た時、前衛組にダメージ遮断魔法を! アスナさんは付与魔法で支援して下さい! ティアは凍結魔法で直接攻撃を継続!」

 

「あいよ!」

「うん、わかった!」

「了解ですわ!」

 

 

 

 

カンザシがもう一度回復魔法で支援し、メテスはカンザシの指示通り、追撃を仕掛けようとしているガルムから、キリト達を守り、アスナはHPを回復させていた中衛組の攻撃を、付与魔法をかけることで援護する。

そしてティアが、次々と氷系統の魔法を駆使して、遠距離からの攻撃をする。

 

 

 

「爪の斬撃、来ます!」

 

「スズ、カタナ! 下がれ!」

 

「わかってるわよ!」

 

「ええっ!」

 

 

チナツがスズとカタナに向かって叫ぶ。

キリトの側に付いているユイからの指示もまた的確で、次に来る攻撃を秒読みしてくれるため、回避行動も随分楽に行える。

 

 

 

 

「火炎球攻撃、五秒前!」

 

 

 

ガルムがモーションを取る。

ガルムの足元には、小さなマグマが出来、そこから大きな溶岩球が出来上がる。

 

 

 

「キリトさん、チナツ、リーファは防御の構え‼︎ メテスさん、軌道阻害魔法を三人に!」

 

「オーライ!」

 

「二……一……きます!」

 

 

 

 

ユイのカウント通り、ゼロになった瞬間に、ガルムが溶岩球をすくい上げ、そのままキリト達に投げつける。

そしてそれはキリト、チナツ、リーファの元へと飛んでいき、三人はカンザシの指示通り、剣や刀を体の前に出し、両手で攻撃に対抗する。

普通ならば、ここで大ダメージを負っているだろうが、そこでメテスの魔法が発動する。

薄いオレンジ色の光の膜が、火炎球が迫る三人の体を包み込み、完全に覆い尽くす。

そのまま火炎球は三人に向かって飛んでいき、直撃するも、メテスの魔法によって、軌道がズレて、明後日の方向へと飛んでいく。

 

 

 

 

「くっ!」

 

「凄い衝撃だな……っ!」

 

「ううっ、頭クラクラするぅ〜……」

 

 

 

 

防御はできたものの、衝撃そのものまでは相殺されず、キリト達の体を震わせる。

だがその隙に、中衛組とクラインがガルムを攻める。

大技を放った後は隙が出来やすい……まだ、範囲攻撃にも、周回があるのか、モーションを取らない。

 

 

 

「今のうち削るぞ!」

 

「了解! シノア、援護してくれ! ラウラ、スズ、左右から回れ!」

 

「うん!」

「わかってる!」

「心得た!」

 

 

 

 

チナツとカタナが先陣を切り、シノアが弓での援護射撃。右からスズが、左からはラウラが回り込んで、間合いを詰める。

 

 

 

「ええい、小賢しい妖精共だ……っ!」

 

 

 

素早く動き回るチナツに翻弄されているのか、ガルムも苛立ちを隠せない様子。

 

 

 

「今! メテスさん、“戒めの鎖” を!」

 

「あらよっと!」

 

 

 

右手をふりかざす。

ゴースト・ザ・ファントムロードを屠った“戒めの鎖” 。

鎖がガルムの体に巻きつき、ガルムの動きを封じる。

 

 

 

「ぬぅ!? 移動阻害の魔法か……?!」

 

「今だ! 総攻撃ッ!!!!」

 

 

 

メテスの “戒めの鎖” は味方の攻撃に反応し、鎖が弾けると同時に、魔法をかけられた対象に、大ダメージを負わせるもの。

それに移動阻害もプラスされ、完全な隙を生んだ瞬間だ。

その瞬間を、見逃す彼らではなかった。

前衛組なら中衛組、後衛もまた、攻撃魔法で集中砲火。

キリト、チナツ、クライン、リーファと、前衛組は幾度となくガルムを切り刻み、スズ、フィリア、ラウラ、リズ、シリカ、カタナも、前衛組に続いて、戦列に参加。

そしてシノアの中距離からの弓矢、後衛にいるウンディーネ三人も、魔法を詠唱し、次々と魔法を放った。

 

 

 

「グオォォォーーーッ!?」

 

 

 

弾けた鎖のダメージと、剣技による攻撃が加算され、結果的にガルムのHPゲージを大幅に削ることができ、残りHPゲージが一本と半分。

 

 

 

 

「この羽虫共があぁぁぁッ!!!!!」

 

「「うおっ!?」」

 

「「きゃあッ!」」

 

「くっ!」

 

 

 

すべての鎖が弾け、動けるようになったガルムが吠える。

ガルムの体から灼熱の炎が噴き出ると、たちまちガルムの体を包み込み、火炎の柱ができた。

咄嗟に判断し、後退するも、その余波によって弾き飛ばされる。

 

 

 

 

「いけない……! ティアはそのまま魔法攻撃を続行。アスナさんは回復をお願いします。

シノアは、できるだけヘイト値を稼いで! 回復させるから」

 

 

 

的確に指示を飛ばし続けるカンザシ。

フィールドの把握はお手の物。空間認識能力が高いのだ。

だが、まだまだガルムの勢いは止まらない様子だった。このままでは、回復アイテムも尽き、全滅してしまう可能性だって考えられた。

 

 

 

 

「っ! 範囲攻撃、五秒前!」

 

「っ!? そんな、まだ回復しきってない!」

 

 

 

ユイが叫ぶ。

だが、まだ前衛組の体力が回復しきっていない為、まともに喰らえば即死は免れ得ないだろう。

 

 

 

「二……一……ゼロ!」

 

 

 

ガルムがモーションをとった。

そして、先ほどのように火の粉が舞い、ガルムが雄叫びをあげる。

そして火の粉が収束したと同時に、全方位に向けて炎の本流がキリト達に向かって放たれた。

 

 

 

「マズい‼︎」

 

 

 

もはや手遅れ……。

そう思った瞬間、カンザシの隣にいたメテスが動いた。

 

 

 

 

「…………ふっ」

 

 

 

不敵な笑み。

そして、ゆっくりと右手を自分の懐へと入れていく。

そこから、本を一冊取り出し、その本に魔力を注いだ。

そうして、高らかに宣言したのだった。

 

 

 

「番犬よ……貴様のその力、俺が頂くとしようーーーッ!!!!」

 

 

 

 

バアァァァァァァーーーー!!!!

 

 

 

「んっ!? こ、これはーーっ!」

 

「なんだ?!」

 

「これは……炎が……吸われてる?」

 

 

 

メテスの取り出した本が、紫色の光を放ったのとほぼ同時だった。

放たれたガルムの炎が、勢いよくメテスの本に吸い込まれていったのだ。

これにはガルムも、そして、キリト達もまた、目を見開いて驚愕していた。

 

 

 

 

「メテスさん……それは……?!」

 

「ん? あぁ……コレは “魔道書” だよ。そして、それと同時にこれは俺の力そのものだとも言える……!」

 

「メテスさん本来の……力、ですか?」

 

 

 

本……魔道書はどんどんガルムの炎を吸っていき、やがて吸い尽くしてしまうと、光を失いメテスの手に落ちた。

 

 

 

「貴様、我の力を……?! 一体、何をした!?」

 

「言った筈だ……こいつは敵の力を吸い取る……いや、もっと正確に言うならばーーーー」

 

 

 

メテスは淡々と喋る。

そして、ニヤリと口角が上がる。それはまるで、悪戯に成功した事を喜んでいる子供のようであった。

 

 

 

「ーーーー俺の力は、相手の力、強いては権能を “完全に奪う力” だ!」

 

 

 

そう宣言した途端、メテスの体が光に包まれた。

体の全てを覆い尽くし、まばゆい閃光を解き放ち続ける。

そして、やがてそれが終わると同時に、メテス自身にも変化が起きた。

 

 

 

「えっ……?」

 

「メ、メテスさん?」

 

「うそ……メテスさんなの?」

 

 

 

一番近くにいたカンザシ、ティア、アスナが驚愕する。

それもそのはずだろう。先程までのメテスの姿は、ボサボサの赤く長い髪に、ボロボロの服装と、よりトレジャーハンター感が強い印象を受けたが、今は違う。

綺麗に整えられた赤髪は、ポニーテールにくくられ、ボロボロだった服装は盗賊風ではあるが、どこも痛んではおらず、新品同様の物に。

そして何より、メテスの名前だ。

アイコンの上に表示されていたメテスの名前が変化し、新たな名前が表示される。

その名はーーーー

 

 

 

 

「『プロメテウス』ッ!!!!!」

 

 

 

シノアが大声で叫んだ。

メテスの正体……本当の名は、プロメテウスだった。

 

 

 

「シノア、知ってるのか?」

 

「でも、プロメテウスって北欧神話にいたっけ?」

 

 

 

チナツが聞き、北欧神話を読んだことがあるリーファがシノアに尋ねる。

リーファ自身、記憶が曖昧ではあるが、それでもプロメテウスは北欧神話の神ではなかった筈だった。

 

 

「ううん。プロメテウスは、ギリシャ神話に登場する男神。人間に、“神の炎” と “叡智” を授けた、稀代のトリックスターだよ……!」

 

 

 

シノアの言葉に、改めて驚愕するメンバー。

そもそもなぜ別神話の神が、こんなところにいるのかが気になった。

 

 

 

「っ! そういえば……!」

 

 

 

キリトが思い出したかのように言う。

そう、プロメテウスは、ガルムの持っているあるものを欲していると言った。そしてそれは、人類が進化するかどうか……見極められるものだとも言った……。

そして北欧神話とは別の神話に登場した神……故に異界からの訪問者……いや、簒奪者。

 

 

 

「って事は、ガルムが持ってるものって……」

 

 

 

 

視線をガルムに移す。

当のガルムは、警戒レベルを最大にしたかのように唸りを上げているが、一歩、また一歩と後退していた。

 

 

 

「さてと……おい、犬っころ。お前が持ってるものを、さっさと渡してもらおうか……」

 

「貴様……この炎が人の手に渡れば、どうなるかわかっているのか!」

 

「あぁ、もちろんだとも。だがよ、それだから面白いんじゃないか……人間と言うのは面白い。俺たち神や、お前のような獣が思いつかないものを思いつき、それを作り出す。

愚かで儚く、小さな存在ではあるが……あいつらは俺たちなんかよりずっと面白い生き物だ」

 

「おのれぇ……っ、血迷ったか‼︎ これは《神の炎》だぞ!? 人間の愚かさを知っているのであれば、貴様にもわかる筈だ。

この力を使ったが最後、人間たちには破滅と災いが降りかかるだけなのだぞ‼︎」

 

「それはそれで、また一興と言うものだろう? さて、お話はそこまでだ……さぁ、渡すのか? それとも……渡さないのか?」

 

 

 

 

最後の問いだぞと言わんばかりに、威圧感のある声色で迫るプロメテウス。

だが、ガルムの意思も固く、引き下がることをしない。

 

 

 

「そうか……ならば、神であるこの俺が……お前のような獣ごときに本気を出すとしますか……」

 

「ほざけ! 小童ぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

ガルムが駆け出す。

一切の躊躇もなしに、プロメテウスの元へと全速力で走る。

そして、その鋭い爪と牙を突き立て、プロメテウスを斬り裂き、噛み砕こうと言うのだ……。

 

 

 

「ウオォォォォォっ!!!!」

 

 

 

が、当のプロメテウス本人は、ゆっくりとした動作で右腕を上げていく。

やがて右腕が地面に向かって並行の位置に来た瞬間、親指と中指の腹同士を合わせ、それを弾く。

 

 

 

パチンッ!

 

 

 

その間に、ガルムはプロメテウスの元へと飛び込んできて、いつでも嚙み砕く気満々だった。

……だが結局、それの攻撃がヒットする事はなかった。

 

 

 

「ぬぅっ!? コレはーーッ!」

 

 

 

何故なら……

 

 

 

「ふっーーッ!」

 

 

プロメテウスがクリップした右手人差し指から、ガルムが出していた炎と全く同じ炎が顕現したからである。

 

 

 

「私の力!?」

 

「何を驚いている? 言っただろう……俺はお前の力を全て吸い尽くしたと!!!!」

 

 

 

 

灼熱の炎が爆発する。

その爆炎は、ガルムの体を焼き、後方へと大きく吹き飛ばした。

 

 

 

「グオォォォォォッ!!?」

 

「ふっ……ハッハハっ! どうだ? 自分の力で焼かれる気分はよぉーーッ!」

 

 

 

元はと言えば、ガルム自身の力。

それをまさか、こんな形で喰らう羽目になるとは、ガルムも思いもよらなかっただろう……。

 

 

 

「グウ……っ! くっ……‼︎」

 

 

 

必死で立ち上がろうとするも、ダメージを負いすぎたガルム。

残りのHPも、残りわずかまで一気に減ってしまった。

 

 

 

「しぶといねぇ〜……。だが、それもここまでだ……そろそろ終わりにしますか……」

 

 

 

右手を頭上に上げ、へばっているガルムを見下す。

 

 

 

「犬はとっとと、小屋で骨でも囓ってなあッ!!!!!」

 

 

 

 

思いっきり振り下ろされた右手。

その直後、大量の炎の本流が、ガルムに直撃。

あまりの衝撃に地面が揺れ、ヒビが入り、やがて地面が陥没した。

 

 

「グゥオオォォォッ!!!!!」

 

 

全身を焼かれ、体はそのまま力尽きる。

そして陥没した奈落の底へと、徐々に体は沈んでいく。

 

 

 

「ぐっ……おのれぇ……覚えておれよ、プロメテウス。貴様のしでかした事が、やがて世界を滅亡させることになると……‼︎」

 

「上等だ! 人間たちの行く末……このプロメテウスがしかと見届けさせてもらおうーーーーッ!」

 

「プロメテウスゥゥーーーーッ!!!!」

 

 

 

奈落の底へと沈んでいったガルム。

瓦解する部屋の床。

大きな振動とともに崩れゆく館。

 

 

 

「うおおっ!? 崩れる!」

 

「やばいよキリトくん! 早く脱出しないと!」

 

 

 

崩落する天井を見ながら、クラインは狼狽し、リーファは兄であるキリトへと視線を移す。

 

 

 

「ああ! みんな、急いで館から出るんだ! 下敷きになるぞ!」

 

 

 

キリトの声をきっかけに、一斉に外へと走り出す面々。

プロメテウスもまた、キリト達とともに駆け出し、出口へとまっしぐらだ。

そして、全員の脱出が確認された瞬間、あれほど綺麗だった館は、見るも無残に瓦解し、大量の土埃と騒音を出して、廃墟と化した。

 

 

 

 

「うわぁ……ほんと死ぬかと思ったわ……!」

 

「はぁ……はぁ…まさかALOでも、こんなに走るとは思いませんでしたわ」

 

「だねぇ〜」

 

「ふん、軟弱者め。あれくらいの全力疾走でくたびれるなど、鍛え方が足りんのではないか?」

 

「そういうラウラも、意外と息上がってるよ?」

 

「なっ!? そんな事ないぞ!」

 

 

 

崩れ落ちた館を目の前に、生きている事が実感できた。

ALOと言う世界を、まだ見たばかりの彼女達には、とても刺激的な体験になった筈だ。

 

 

 

「はぁー♪ 楽しかったぁ〜!」

 

「どこがよ……危うく死ぬとこだったのに…」

 

「そうですよ……いくらなんでも下敷きで死ぬなんて……」

 

「こういうスリルも、トレジャーハンターの醍醐味なんだよ?」

 

「いや〜……もうおじさんは走りたくないぜ……くたびれた」

 

「おっさんくさいわねぇ〜、シャキッとしなさいよ、シャキッと!」

 

 

 

SAO組もこのテンションだ。

SAO時代、死と常に隣り合わせで生きてきた彼らにとって、このようなクエストですら、命に関わる問題であった。

故に、本当の意味で心の底から楽しめたのは、初めてかもしれない。

 

 

 

 

「終わったねぇー」

 

「あぁ。全員欠けることなく終われたな」

 

「最後は死ぬかと思いましたけどねぇ……」

 

「あら、そう? 私は最後まで楽しめたけど?」

 

 

 

SAO攻略組の四天王の面々もまた、ようやく終わったクエストにホッと一息をついた。

 

 

 

「あっ、そう言えばメテスさんは、宝どうしたんですか?」

 

 

 

思い出したかのようにカンザシがいう。

そう、ボス攻略や崩落などで忘れてしまっていたが、肝心の財宝をプロメテウスは手にすることができたのだろうか?

 

 

 

「ん? あぁ、ここにあるぞ?」

 

 

 

だが当の本人は、緊張感の欠片も無しに、ひょいっと懐からお目当の物を出した。

一体いつの間に懐に入れていたのか……。

だが、その炎を見た瞬間、誰もが思った。

《神の炎》と呼ばれるに相応しいと…………。

 

 

 

「すごぉ〜い! 綺麗……ッ!」

 

 

フィリアの目が爛々と輝いていた。

その炎は、この世に存在しない異彩を放った炎。

全てが黄金色に輝く、金色の炎だったのだ。

 

 

 

「それが、神の炎……」

 

「あぁ……。俺がこの世界に来てまで、探し求めていた物だ」

 

「そう言えば、メテスさんはどうしてこの世界に?」

 

 

 

プロメテウスは「あー……」と言いながら、ここにきた経緯を語った。

なんでも、彼がいた世界では、天空神《ゼウス》が本来の神の炎の所有者であったそうだ。しかし、ゼウスはプロメテウスがその炎を欲していると知ると、それをわざわざ異界の門を開き、そこにいた者に託したと言うらしい……。その相手が、ガルムだったそうだ。

 

 

 

「まったく、あのクソジジイ……異界の門を開くために、《神意》のほとんどを使い切らなきゃいけなくなったぜ」

 

「神意?」

 

「あぁ……そうだな……神が使う力の根源……お前達で言う所の、魔力と言えばいいのか?」

 

 

 

などと飄々とした雰囲気を残しつつ、説明をするプロメテウス。

 

 

 

 

「とは言え、お前達のおかげで、ようやく目標が達成できた。例を言うぞ、妖精たち」

 

「どう致しまして」

 

「っと、褒美をやらんとな」

 

 

 

 

プロメテウスが手をかざす。

すると、神々しい光が溢れるとともに、全員にウインドウが開く。

 

 

 

 

「うおっ! こんなにもらっていいのか!?」

 

「当然だ! 俺の集めていたコレクションの一部だ。受け取れ、妖精たちよ! ハッハッハッハ!」

 

 

 

ウインドウに表示された報酬品。レアアイテムやレアや武具、その他にもいろいろと頂いた。

 

 

 

「それと、そこの眼鏡の嬢さんと、冒険者の嬢さん」

 

「えっ?」

 

「私も?」

 

 

 

カンザシとフィリアに、改めて向きなおるプロメテウス。

そして、二人に対して両手をかざす。

すると、二人のウインドウに、一つずつ報酬品が追加された。

 

 

 

「君たち二人には、いろいろ世話になった。カンザシには戦闘面で、フィリアには、異界での冒険の話、楽しませてもらったぞ」

 

「いや……そんな……!」

 

「私も楽しかったよ? もっと話したいこといっぱいあるし……!」

 

「ああ、俺もだ。だが、もうお別れだ……」

 

 

 

 

その言葉と共に、プロメテウスの背後で空間が歪み、禍々しい門が現れた。

 

 

 

「っ!? これは?」

 

「異界のゲートだ。これで俺はこっちの世界に来たんだ……つまり、その逆もある。ここから帰るのも、こいつを使うのさ」

 

 

 

プロメテウスがゲートの扉に触れる。門が開き、中から溢れると光に、プロメテウスの体が包まれる。

 

 

 

「ありがとう……いつか、また会おうーーッ!」

 

 

 

 

光と共に、プロメテウスもゲートも消えて無くなった。

その代わりに、目の前には、Quest Clear! Congratulatious! の文字が浮かび上がったのだった。

 

 

 

 

 

「終わったわね……!」

 

「んん〜! 疲れたねぇー」

 

「そうだな。とりあえず、ここから出ようか……イグシティで打ち上げしようぜ!」

 

「「「「さんせぇーい!!!!」」」」

 

 

 

ようやく終えたクエスト。

改めてそのことを実感し、来た道を歩いて出る。

ふと気づいたが、なんだか洞窟の回廊内の雰囲気が、変わったようにも思えた。

不気味で、冷たく冷えきったような感じから、どこか暖かく、優しく包み込むような雰囲気になった。

そして、今までの道のり、出会ったモンスターたちの姿もなかった。

おそらくは、ファントムロードとガルムが倒されたことで、その配下にいたモンスターたちも引いたのだろう。

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

出口へと続く道を歩いている最中、キリトがあることに気づいた。

 

 

 

「どうしたの? キリトくん」

 

「あーいや、こんな所に分かれ道なんてあったっけ?」

 

「え?」

 

 

 

そういうキリトの視線の先には、通ってきた時には見当たらなかった分かれ道があった。

 

 

 

「確かに……ここまでは一直線に来ましたしね……」

 

「ユイちゃん、何かわかる?」

 

 

 

カタナの問いかけに、ユイは一旦考える仕草を取る。

 

 

「おそらく、先ほどの館が崩壊した際に生じた衝撃で、解放された可能性があります」

 

「これは、どこに繋がってるの?」

 

「真っ直ぐ、上へと繋がっています。もしかしたら、そのまま外に出られるかもしれません……!」

 

「なら、行ってもいいかもしれないですね……!」

 

 

 

正直、ずっと歩いて帰るのも苦労すると思っていた所に、思わぬ発見をした。

メンバー全員は、そのままその分かれ道の方向へと歩いていく。

所々急な場所があったが、それでもモンスターは出ないし、かなりのショートカットができた。

そして……

 

 

 

「おおっ、出られたぜ!」

 

「ん〜ッ! 空気が美味しい〜〜」

 

 

出た先は、入った洞窟の入り口ではなく、丘の頂上だった。

そして、そこから見える満天の星空。

遮るものが一切なく、澄んだ空気がより一層、星々を鮮明に照らした。

 

 

 

「うわぁ〜〜!」

 

「凄い……!」

 

 

目の前に広がる星の海に、メンバーのテンションは上がる一方だった。

 

 

 

「ラウラ、凄いね!」

 

「あぁ……。これほどの絶景は、現実世界でもそう多くないだろう……! 素晴らしいな!」

 

 

 

初めてのALO。

そして、初めてのクエスト。

初めてづくしの二人の体験は、こうして、幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 






次回からは、ようやく臨海学校編へと行きます!
ほんと、ようやくです。

感想、よろしくお願いします(^ ^)



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第四章 ウェルカム トゥ サマータイム
第30話 夏の準備Ⅰ



今回は早めに書き終えられた!

どうぞ!




シノアとラウラ……現実世界での、シャルとラウラの初めてのALO体験は、とても刺激的で、とんでもない冒険になった。

あれから二人は、ますますALOにのめり込んでいった。

ISとは違う、自分の翼で空を飛ぶ感覚に目覚めてしまった事や、現実では味わえない様々な初めて体験を欲するようになったとか……。

シャルは幼い頃から、自分の家を中心に生活していたため、あまり外の世界について、まだ知らない部分が存在し、ラウラは生まれた時から軍人として生きてきた。故に、遊ぶ……という感覚を知らなかった……。

が、そんな二人が、ALOの魅力に気づいた。そして、はまってしまうのは、必然だっただろう……。

 

そのきっかけとなった、プロメテウスのクエスト。その報酬品として、カンザシとフィリアが得たもの……それは一級品の装備品だった。

カンザシが受け取ったのは、すべてが金属でできた杖。カンザシの身の丈ぐらいの長さで、先端がアルファベットのCの形になっており、そのCの中の部分には、三日月の刻印が入った水晶が埋め込まれていた。

《叡智の神杖》……これがカンザシがもらった装備品。魔法によるあらゆる能力値を50もアップさせる超レアアイテムだった。

攻撃はもちろん、防御や拘束、索敵、追跡、隠蔽といった実際に戦闘面に対して関わりのない魔法であっても、効果の違いが出るようになったそうだ。

そしてもう一つ、フィリアがもらった装備品。

《盗心の手袋》……革製の黒い手袋で、この装備をつけている間、ある程度のトラップを簡単に解除出来てしまうと言うレアアイテムだった。

ある程度……と言うのは、使用者本人のトラップ解除スキルによって、その効果に違いが出てくると言う意味だ。

トレジャーハンターとして活動するフィリアにとっては、これ以上ないくらい豪華なアイテムだと言えるのではないだろうか……。

 

さて、ここまではつい二日前に起こった、ALOでの出来事。

そして今、現実世界でのIS学園では、ある一大イベントの説明を行っていた。

 

 

 

「えー、来週から諸君たちには、学園が所有する施設にて、臨海学校に参加してもらう。

今までは、学園内でのIS操縦を基本的に行い、その基本的動作を学んでもらったんだが、今回の臨海学校では、よりその操縦技術を向上させると言う目的で学園の外での活動となる。

また専用機持ち達は、一般生徒達とは別地にて稼働テストを行う。自由行動もあり、海での活動もあるから気が緩んでしまうかもしれんが、これも課外活動の一環だ。メリハリをつけ、今までと変わず気を引き締めて行動するように……いいな!」

 

「「「「はい!!!!!」」」」

 

「よろしい……これでSHRを終了する。以上だ、号令」

 

「起立、礼」

 

 

 

 

クラスの全員が、クラスの担任である千冬に頭を下げる。

現在午後四時過ぎ。

今日も一日の学業が終えた頃だった。先ほど千冬の話に出た通り、来週から一年生全員は、臨海学校へと赴く。

学園が所有する施設にて、より一層のIS操縦の技術習得を促す課外活動の一環。そして、専用機持ち達にとっては、各国から配備された新型装備の試験運用をする日でもある。

この時期には、施設の周囲を日本政府によって、限りなく封鎖し、IS操縦に集中できる環境に整えてもらうのだ。

 

 

 

「はぁー。もうそんな時期かぁ〜」

 

 

 

ため息とともに、過ぎる季節に憂いているのは刀奈だった。

刀奈は本来、去年この臨海学校を経験していたはずだったのだが、ご存知の通りSAOに二年間拘束されていた為、一年生として臨海学校に参加しなくてはならない。

 

 

 

「カタナちゃん、臨海学校で私たちってなにをするのかな?」

 

「うーん……私たち専用機持ちは各国から送られてきた新型装備の運用テストね。

たぶん、レクトも倉持技研と共同開発した装備なんかを送ってくるんじゃない?」

 

 

「へぇ〜」と明日奈が返事をした。

明日奈も本来ならば、この臨海学校には参加すらしなかっただろう……。SAOで和人と出会わなければ、もしくは、SAOをやっていなかったら、明日奈はすでに高校三年生になり、大学受験のことを考えていたに違いないからだ。

だから、こういったみんなで一緒に課外活動と言うのも、彼女にとっては新鮮なのかもしれない。

 

 

 

「じゃあ、水着買わなくちゃ!」

 

「あ、アスナちゃんも買いに行くの? それじゃあ一緒に行きましょうよ。私も買わなきゃって思ってたし……ねぇ、チナツ、キリト?」

 

「ん?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

近くにいた和人と一夏に声をかけるが、何故だか反応がイマイチだった。

 

 

 

「なによ、どうしたの?」

 

「あぁ〜いや、なんでもない」

 

「なんでもなくないでしょう?」

 

「えっとだなぁ……」

 

 

 

顔を赤らめて口ごもる二人に、明日奈も刀奈も首を傾げる。

だが、周りの生徒達の声を聞いて、なんだか納得した。

 

 

 

「やばい、早く行かないといい水着なくなっちゃう!」

 

「私どうしよう……ねぇ、みんなは水着買った?」

 

「買ったけど……どうかな……ちょっと派手な奴買っちゃったし……」

 

 

 

などと、何故か一夏と和人の方をチラチラと見ながら言う一組の女子達。

つまり、彼女達にとっての水着選びの一つとしては、和人や一夏に変に思われないような水着を選ぶことなのだ。二人には既に恋人がいるが、それでも、普段着やファッションセンスがダサいものだと、二人から幻滅される恐れがあると思っているのだ。

それが水着ならばなおさらだ……だから、より一層気合が入る。それは一組だけでなく、他のクラスでもそうだろう。

 

 

 

「みんな考えることは同じなんだねぇー」

 

「まぁ、私の場合、サイズが合わないのよねぇ〜……昨日つけてみたら、はち切れそうだったし」

 

「まぁ、中学の時のだしね……仕方ないよ」

 

「「ぶふぅ!?」」

 

 

 

実は昨日、刀奈と明日奈はそれぞれの部屋で、一応持ってきておいた水着を試着してみた。

が、二人ともビキニを着たは良いものの、いろいろと体が成長してしまった為、なにやら見えてはいけない物まで見えてしまいそうだったのだ。

当然、その場には一夏も和人もいたわけで、その時の扇情的な二人の姿を直視してしまった二人は、未だにその光景が頭から離れずにいた。

 

 

 

「そ、そうだな。買いに行くか、水着」

 

「えぇ。俺もちょうど買おうと思ってましたし……いきましょう」

 

「「……ふふっ♪」」

 

 

 

何かをごまかす感じで立ち上がった二人。

その顔が赤くなっていたのを、明日奈と刀奈は見て笑っていた。

というわけで、放課後となった現在。

IS学園直通のモノレール乗り場へと移動し、都心部へと向かうためにモノレールを待つ。

一番近いショッピングモールは、レゾナンスという大型のショッピングモールがある。そこまで行けば、デザイン豊富な多種多様の水着が売られている筈だ。

 

 

 

「どんな水着にする?」

 

「そうねぇ……」

 

 

などと二人で話し合う明日奈と刀奈。

それを隣で男二人は聞いている。正直な話、二人は美人であると同時に、スタイルも抜群だ。

出てるところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

しかも二人は……一夏は現実世界でもそうだが、仮想世界でそれぞれの恋人のあられもない姿を目にしているため、二人の水着姿というものを、正直見てみたいと臨海学校の報せを聞いてから、心の内で思っていた。

 

 

「ねぇ、チナツ。何がいいと思う?」

 

「ええっ?! いや、そう言われてもだなぁ……」

 

 

なんでも似合いそう……。そう思うしかなかった。だって実際似合いそうなんだもの。

 

 

 

「え〜、じゃあキリトは? アスナちゃんにどういうの着てもらいたい?」

 

「は、はぁ?!」

 

「…………ど、どうかな、キリトくん?」

 

「え?! えっと……まぁ、アスナならなんでも似合うと思うぞ?」

 

「もうっ、キリトくんはどう言うのがいいか聞いてるの!」

 

「ま、まぁ、とりあえず行ってから決めようぜ。話はそれからだろう……ほ、ほら、それにちょうどモノレールもきたし……」

 

「そうですね。ほら、二人とも早く行こう」

 

 

先行してモノレールに乗り込む和人と一夏を後ろから見ている明日奈と刀奈という絵面。

刀奈は一つため息をして、ジト目で二人を見る。

 

 

「全く、女心のわからない二人ね……ねぇ、アスナちゃん?」

 

「うーん……でも、行ってからのお楽しみってことで、いいんじゃない?」

 

「それもそうね。それじゃ、行きましょうか!」

 

 

 

和人達に続いて、二人も乗車する。

周りを見てみると、当然のことながらIS学園の女生徒しか見当たらない。

まぁ、当然と言えば当然なのだが……。

モノレールは何の問題もなく運行し、最寄りの駅に到着。そこからはみんな自由行動。寮の門限があるため、指定の時間内には戻らないといけないのだが、それまでにはたくさんのお店を回れる時間はあるため、問題はないだろう。

一夏達も、目的地である大型ショッピングモール『レゾナンス』に向かって足を進めた。

 

 

 

「うわぁ〜! 大っきいねー。何気に私、ここに来るの初めてだよー」

 

 

 

レゾナンスの外観に驚く明日奈。

学園内にも売店はあるため、日用品もそこの売店で事足りる。

だからあまり外に買い物に行く事がなかったため、改めて来たショッピングモールにテンションが上がる。

 

 

「私もここには数回しか来たことなかったんだけど、この辺りの店の中じゃあ結構品揃えがいいのよ」

 

「そうなんだー! ほら、みんな行こう」

 

 

女性の大半は、買い物が大好きだ。

本来買う予定だったものから、買う予定ではなかったものまで、それでこそ、店内のすべてを回ってから買い物に行く。

男性でもそう言う人はいるだろうが、それはほんの一握り程度だろう。

 

 

 

「ほらぁー、二人とも早くぅ〜っ!」

 

「あはは……行きますか……」

 

「ああ……。待ってても怒られそうだしな……」

 

 

店内へと入っていく恋人二人の後を追いかける和人と一夏。

まずは買いたいもの。水着コーナーへといく。

案の定、水着を売っている店の店内は、女性客でいっぱいだった。その中でも男物の水着コーナーは、店の端っこにあり、女性物の水着よりも種類が少ない。

細かく分類するならば、競泳用の物か、普通の一般的なカジュアルな物、そして子供用の物だ。

それもこれも、ISの出現によって起こった『女尊男卑』と言う世間体のせいだろう。

 

 

 

「なぁチナツ、お前どれがいいと思う?」

 

「うーん……」

 

 

正直水着は何でもいいと思うしかなかった。

種類はカジュアルなやつで、あとはデザインや色だ。

だが、対してそこまで水着やデザインに対してのこだわりがないため、二人はいつものように選ぶだけだ。

 

 

 

「俺はこれですかねぇ……」

 

「やっぱりか……俺もこれにしようと思ってさ」

 

 

 

二人が取ったのは、極々シンプルな水着。

一夏が白。和人が黒。そこまで徹底しているわけではないが、何故かその色を選んでしまうのだ。

当の本人達もそれでいいと思っているし……。

が、それを許さない人物もいるわけで……。

 

 

 

「まぁ〜た二人とも黒と白だし……!」

 

「何でこうも同じ色に統一したがるのかしら……?」

 

 

明日奈と刀奈は、男二人の姿を見て落胆するしかなかった。

そして、きょとんとしている二人に対して、刀奈がビシッと人差し指を差した。

 

 

 

「いい? 二人とも。私たちがちゃんとあなた達のコーデしてあげるから、私達が選んだやつを買いなさい」

 

「えっ? いや、でもよーー」

 

「 “でも” じゃない!」

 

「「は、はい!」」

 

 

閃光と二槍の威圧に負ける二人。

その後、明日奈によって二人が手にしていた水着は戻され、今度は明日奈と刀奈が男物の水着を見て回る。

 

 

「うーん……この色、意外と合うんじゃない?」

 

「うん……そうだね! あっ、でもこんな色もあるよ?」

 

「それはちょっと派手じゃない? 二人は地味なやつって言いそうだけど……」

 

「え〜、これでも派手なのかな?」

 

 

 

完全にハブられた二人。

仕方ないので、少し離れて店内を見て回ることにした。

体を反転させ、女性物の水着を何となく見ていた。

 

 

 

(カタナって、こういうの着るのかな?)

 

(やっぱりアスナにはビキニか? いやでも、悪い虫が付くのは嫌だし……)

 

 

 

お互いに考えることは同じ、恋人に似合いそうな水着。

スタイルがいい二人には、やっぱりビキニが似合うだろう。

自然とビキニのコーナーへと向かう。

が、突然二人の目の前に、全く違う水着が現れた。

 

 

「ん?」

「え?」

 

 

その水着に視線を移す。その水着は、商品棚に飾ってあった物ではなく、横から伸びる手に握られていた物だった。

その水着を持った手を追って行くと、若い女性客が立っていた。

 

 

 

「えっと……」

 

「何でしょうか?」

 

 

女性客の意図がわからず、思わず尋ねた。

すると女性客は、何の悪びれもなく言い放った。

 

 

「はい、これあなた達のお財布で買っておいて」

 

「「………は?」」

 

「聞こえなかったの? はぁー、面倒いなぁ……この水着、買ってきてって言ってるのよ」

 

 

 

あまりの展開に少し唖然としてしまった。

それもそのはず、いきなり赤の他人から水着を買えと言われたのだから。

 

 

 

「いや、ごめんなさい……俺たち、あなたのこと知らないし、自分で買ってもらえないか?」

 

「はぁ? 何言ってのよ。あんたらは私の言うことだけ聞いてればいいの。私は女、あんたらは男。この意味、わかるでしょ?」

 

 

 

和人が下手に出て断りを入れるが、相も変わらず上から目線で二人に金を出させようとする。

その時になって、二人は気づいた。

この女性客は女尊男卑の思想に染まった『女性至上主義者』だと。

 

 

 

「悪いが、その意味は理解できても賛同は出ないな。第一、俺たちにはあんたの水着を買わないといけない理由も、義理もない。他を当たってくれ」

 

「そうですね。それに、あんたこそそんな事をして何の意味があるんだ? 俺たちがあんたの水着を買って、それをあんたはもらって……いったい何がしたいんだ?」

 

「は、はぁ?」

 

 

 

女性客もあまり想定していなかった返しに一瞬戸惑ったが、再び強気の姿勢に戻る。

 

 

「へぇ〜、そんな事言っていいんだ……いいのよ、別に。ここで大声を出して、あんたら二人を警備員に売り渡したって……!」

 

「へぇ……」

 

「ほう……」

 

「今のご時世、女の方が圧倒的に有利なんだからね! そうね、暴行されそうになったってだけでも、あんたらは連れてかれるだから……」

 

「なら、やってみろよ」

 

「は、はぁ?」

 

 

 

これも予想外の返しが来た。

あくまで強気の姿勢を崩さない一夏と和人に、女性客は焦りを覚える。

 

 

「な、何言ってんのあんたら……やってみろですって?」

 

「あぁ、やれるもんならやってみろ。ただし、連れてかれるのはあんたの方だけどな」

 

「何ですって……?!」

 

 

 

すると、これ見よがしに一夏が自分の制服を指差し、さらには生徒手帳を開いてみせる。

 

 

 

「これがなんだか、わかるよな?」

 

「学校の、制服に生徒手帳でしょ? それが何よ……」

 

「…………俺たちが着ている制服って、たった一校しか取り扱ってない物なんだよ」

 

「は、はぁ?」

 

「はぁー……それでもわからないなら、こいつにちゃんと目を通せよ」

 

 

 

正直、制服を見せただけで気づくかと思ったのだが、思いの外察しが悪かったのか、未だに理解できないでいる女性客に一夏は、ズイッと自分の生徒手帳を近づけてみせる。

女性客もその勢いに応じ、仕方なさげに生徒手帳に目を通した。

そして、そこに書かれている物を読んで、突如反応が変わった。

 

 

 

「あ……、あんたら、まさか……‼︎」

 

「ようやく理解してくれたようだな……。そう、俺たちはIS学園の生徒だ」

 

「そ、そんな…! なんで男が?!」

 

「はぁ? あんたニュース見てないのかよ……俺とここにいるキリ……和人さんは、世界で二人しかいない男性IS操縦者なんだ。だからこの制服を着ている」

 

「そして、IS学園はどの国家、組織、企業に属さない治外法権だ。だから、いくらあんたが喚こうが、警備員が俺たちを連行する事は難しい……。

俺たちを裁けるのは、IS学園の教師、学園長……もしくは国際IS委員会だけなんだよ」

 

「くっ……!」

 

「んで? あんたはどうする……IS学園はいわば国家そのものだと思ってもいい……そんな所と、一対一でやり合ってみるか?」

 

「〜〜〜〜ッ!?」

 

 

一夏と和人の強気の発言に女性客は怒りを露わにするも、下手に問題を起こすわけにもいかず、歯を食い縛り、拳を力一杯握っていた。

そして、そのまま後ろに反転する。

 

 

「帰る! 気分が悪いわ!」

 

 

持っていた水着を元の場所に戻し、カツカツとヒールの音を鳴らしながら、足速にその場を立ち去る女性客。

それを見ながら、一夏と和人の二人はニヤリと笑っていた。

その顔は、完全に悪役そのものだった。

 

 

 

「ったく、最近の女ってのは面倒だな……」

 

「ええ……。ISが出来て以降、女性の扱いが違って来ましたからね。それを勘違いする人も多いですね」

 

 

 

中には女性が主体になって作った、女性至上主義団体なるものまで作っているとか……。

未だに表立った騒ぎにはなっていないが、一夏と和人の出現によって、世界は刻々と動き始めている。

二人を我が国に迎え入れたいと思う者。研究対象として引き入れたいと思っている者。逆に邪魔だと思う者。彼らが使っている専用ISを欲している者。

いろいろと表の世界には出てこない……いや、決して出してはいけない者達が動いている。

 

 

 

 

「キリトくん」

「チナツ」

 

「「ん?」」

 

 

 

二人で話し合っていたら、いつの間にか背後に明日奈と刀奈が。

二人の両手には男物の水着が握られていた。

 

 

 

 

「どうしたの?」

「誰かと話してた?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「それより、それは……」

 

「あー、うん! こっちはキリトくんに!」

 

「それでぇー、チナツのがこっち!」

 

 

 

手渡された水着。

和人が持っている物は全体が白を基調とした物で、そこに赤いラインやポケットの縁の部分が赤い染まっている水着。

一夏のは、全体が青く、水着の裾の部分や横端の所が黒く太いラインが入っている。

 

 

 

「これ、血盟騎士団のカラーじゃん!?」

 

「俺のは……なんかミステリアス・レイディみたいだな」

 

 

二人とも思い思いの感想を述べる。

二人は相変わらずニコニコと笑っているだけだ。

 

 

 

「大丈夫、キリトくんが前に来ていた血盟騎士団の制服姿、とっても似合ってたし!」

 

「チナツのはただ単純に私の色に染めたかったから〜♪」

 

「「…………」」

 

 

 

依然ニコニコとしている二人を前に、何も言えなかった。

ただまぁ、二人のセンスは疑っていないので、これがいいと思ったのなら、似合うだろう。

 

 

 

「わかったよ。これにする」

 

「うん。それに、なんか新鮮だしな、こんな感じのやつ着るの」

 

「でしょう!」

「よかったぁ〜♪」

 

 

 

満面の笑みを浮かべる二人。

この笑顔を見ていると、とてもホッとする。

この笑顔がいつでも見られるような、そんな生活をこれからも守りたいと、二人は思うのだ。

 

 

 

「それじゃあ、今度はチナツたちが私たちの水着を選んでね?」

 

「「え?」」

 

「うんうん♪ 二人とも、それで女の子の水着を見てたんでしょう?」

 

 

 

 

今現在、ビキニの水着が売られているコーナーにいる四人。

まぁ、確かに……二人はビキニが似合うだろうと思い、自然とこの場まで来てしまったのは、否めない事実であるが……。

 

 

 

 

「あー……ま、まぁ、そうだな。二人は、こういうのが似合うかと思って!」

 

「うんうん! そうそう、これなんてーー」

 

 

 

咄嗟に一夏はその場にあったビキニを取った。

それを刀奈に見せる。

 

 

 

「カタナに似合うんじゃ……あ……」

 

「え……こ、これ?」

 

 

 

一夏が取った水着は、大人な雰囲気を漂わせる闇色の水着。胸当ての部分にフリルをあしらっているのか、大人な感じの中にも可愛らしさが見て取れる。

そして、シンプルな作りではあるが、胸当ての部分は実際の表示されているサイズよりも一回り小さいため、刀奈の豊満な胸がちゃんと覆い隠せるかどうか怪しい。

それに下の方は、いわゆる紐パンであるため、以外と布面積が少ない。

 

 

「え、っと……チナツは、こいうのが良いの?」

 

「へっ? あ、いやっ! 間違えた! えっと、そのーーっ!?」

 

 

 

刀奈も一夏からそう言う水着を見せられるとは思っていなかったためか、頬を赤らめて一夏の顔を見る。

対して一夏も、まさか自分が選んだのが、意外にもアダルティなものだったとは知らずに取ってしまったことに慌てまくる。

 

 

「えっと! そ、そうだな、これじゃなくて、こっちーー」

 

「良いわよ……チナツが、それが良いって言うなら……」

 

「えっ?」

 

 

 

取った水着を戻して、別の水着を取ろうと思ったが、刀奈はそれを制止した。

そして、一夏が戻した水着を手に取ると、店の端にあった試着室へと向かう。

 

 

 

「チナツ……その、試着してみるから……その……」

 

「へ……?」

 

「ほぉら! チナツくん、カタナちゃんのところに行ってあげて。ちゃんと感想言うだよ?」

 

「え、あ、はい!」

 

 

 

明日奈に背中を押され、急いで刀奈のところへと向かう。相変わらず顔を赤くしている二人。

それを後ろで見ていた明日奈と和人は、互いに微笑ましく笑っていたり、苦笑していたりしてたとか……。

 

 

 

「じゃ、じゃあ……キリトくんは? どんなのが良い……のかな?」

 

「うーん……」

 

 

先ほどの一夏の失態を目の当たりにしている和人。

で、あるから、和人は慎重にビキニを見つめる。

あまりハレンチなものではなく、明日奈にすごく似合っているもの……。

 

 

 

「ううーーん……!」

 

「キ、キリトくん? そんなに難しく考えなくても……」

 

「いや、アスナに変な奴らが絡んできたら嫌だ……! だからしっかりと、防御力の高いやつを選ばないと!」

 

「ぼ、防御力? 装備のステータスじゃないんだから……」

 

「ダメだぞアスナ。装備選びは重要なことなんだ! ここをおろそかにしたら、取り返しのつかないことになるんだぞ!?」

 

「キ、キリトくんは、一体何と戦ってるのよ?!」

 

 

 

相変わらずのゲーム思考。

なんでもステータス値に換算して考えるのが玉に瑕なのだが……。

だが、それでも自分のことを大事に思ってくれていると思うと、悪い気はしない。

 

 

 

「でもね、キリトくん。私たちが行くのって、IS学園の所有する施設なんだよ? なら、当然その場にいるのって、女の子しかいないと思うけど?」

 

「…………あ」

 

「えっと……今気づいたの?」

 

「いや、すっかり忘れてたぜ。そうだよな、男は俺とチナツの二人しかいないんだもな……!」

 

「うん、だからねーー」

 

「いや、でもあんまり攻めたような水着は避けよう」

 

「キリトくん!」

 

 

 

だが、こういう優しいところが好きなのだ。

他人のためでも、真剣に考えて、どうにか助けようとするこういう所が好きになった。

 

 

 

「うーん……じゃあ、これは大丈夫?」

 

「ん?」

 

 

 

そう言って取った水着。

ベースとなる色は赤と白。白い生地に、赤いボーダーのシンプルな水着。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

シンプル。だが、逆にそれが良いと思った。

それに、刀奈が持って行った水着よりかはマシな感じがした。

 

 

 

「うん……これなら大丈夫か……」

 

「そう? なら、これにするね。私も試着室行って来る」

 

「あぁ……」

 

「ねぇ、キリトくんもついて来てよ……」

 

「えっ、あ、あぁ……そうだな」

 

 

 

若干頬が赤く染めながら、ともに試着室へと向かう。

ひとまず先に入っていた刀奈がカーテンを開け、一夏にその水着姿を見せる。

 

 

 

「ぁ……!」

 

「ど、どうかしら……?」

 

 

 

一夏の選んだ水着を着る刀奈。

元々のスタイルの良さも相まって、とても大人っぽく見えるし、何より黒っぽい色の水着によって色っぽく見える。

豊満なバストは、水着の胸当てに寄せて包まれているのか、より強調されているようで、下の紐パンも限られた布面積しかないためか、すらっと伸びた脚が、とても綺麗に見える。

 

 

 

「ん……」

 

「チ、チナツ?」

 

「へっ?!」

 

「ど、どう……?」

 

「あ……す、凄く似合ってるぞ……って言うか、似合い過ぎっていうか……」

 

「え?」

 

「あ、いや! とても良いと思う! うん」

 

「そ、そっか……!」

 

 

 

変な空気に包まれつつ、刀奈はもう一度カーテンを閉めて水着を脱ぐ。

その間に、明日奈の方が着替え終わり、カーテンを開けて、その姿を和人に表した。

 

 

 

「ど、どうかな? キリトくん」

 

「おぉ……!」

 

 

 

シンプルだがとても破壊力のある光景だった。

刀奈に負けじとスタイルの良さと、長い髪に落ち着いた雰囲気。シンプルな水着でも、とても綺麗だった。

 

 

 

「良いと思う……!」

 

「ほんと?! じゃあ、これにするね」

 

 

にんまりと笑う明日奈。カーテンを閉めて、制服に着替える。

その間に刀奈が試着室から出てきて、その後に明日奈が出てくる。

そして、それぞれが持つ水着を一夏と和人が受け取り、レジへと向かう。

 

 

「あ、私もお金出すよ?」

 

「そうよ、私たちが着るものなんだもん……」

 

「良いんだよ……ここは俺たちに払わせてくれよ」

 

「そうそう。ここはカッコつけさせてくれ……!」

 

 

二人とも、一応レクトのテストパイロットとしての立場もあるため、それなりの支給金をもらっている。

だからお財布に余裕はあるが、それよりも、一夏と和人自身、そういうことをやりたいのだ。男としての心意気というか、心情みたいなものだ。

その後二人は水着のお金を払い、四人は店を出る。

 

 

 

「よし、これで目的の物を買ったな……」

 

「そうですね。なら、帰ーー」

 

「何言ってるのよ。せっかく来たのに……」

 

「帰るなんてもったいないよ!」

 

 

刀奈と明日奈はそれぞれの彼氏の腕を掴み、モール内を歩く。

帰ろうとした矢先に、帰させない二人。

この後、二人はいろんな洋服店を、半ば強制的に歩くはめになった。

 

 

 

 

 






とりあえず、今回は四人のダブルデート風にしました……(デートっぽくなったかどうかわからないけど……(−_−;))

そんで、次は、ISヒロインズたちも交えた話をしようと思います!
もちろん、千冬や蘭に弾たちとの絡みも入れたいし、それからの臨海学校本番です!

感想よろしくお願いします(^ ^)



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第31話 夏の準備Ⅱ


えぇ、今回で『夏の準備』は終わり、次からはいよいよ臨海学校編です。




場所は依然変わらずレゾナンスのショッピング区画。

明日奈と刀奈に連れ回される形で、和人と一夏はそのショッピングモールを歩いていた。

 

 

「どうしてこう、女っていうのは……!」

 

「買い物が好きなんですかね……?!」

 

 

 

二人の両手には、様々な洋服店の袋がいっぱい握られていた。

あれからずっと、四人はいろんな洋服店を歩いていた。夏物セールをやっている店から、一足早い秋物のコーデを取り扱うお店まで。

堪らず二人は近くにあるベンチで休憩を取り、未だ店内でショッピングを満喫中である恋人たちを眺めている。

 

 

 

「すごい荷物ですわね♪」

 

「「ん?」」

 

 

 

突然背後から声をかけられ、振り向く。

そこには、クラスメートであるセシリアが立っていた。

手には買い物袋が握られており、セシリアもここでお買い物中だったようだ。

 

 

 

「セシリアも買い物に来てたんだな」

 

「ええ。というより、どうしてわたくしも誘ってくださらなかったんですの?」

 

「あー悪い……。急いで来てたから、声かける暇がなかった」

 

「むー……。まぁ、いいですわ。わたくしも、ある程度買えましたし……」

 

「セシリアは何を買いに来たんだ? やっぱり水着か?」

 

「いえ、水着は本国から輸送してもらってますわ。買っていたのは、日焼け止めクリームと、後は化粧水と乳液とーーーー」

 

 

その後も続く買い物の品々。

だが、和人があることに気づく。

 

 

「す、凄く多いな……! あれ? でもその割には荷物少なくないか?」

 

 

そう。手に持っている買い物袋が言うほど多くないのだ。

それだけ買ったのならば、両手には持てないほどの買い物袋で埋め尽くされてもおかしくはないのに……。

だが、セシリアはパンッと胸の前で手を合わせる仕草をとると、にっこりと笑って言った。

 

 

 

「ああ……それなら、先ほど車で搬送してもらうように頼んだのですわ♪」

 

((すげぇ……金持ちってすげぇ……!))

 

 

 

セシリアもイギリスの代表候補生。

国からは軍人扱いされている為、それなりの給金はもらっている。

そして何より、イギリスでも有数の資産家だ。15歳という若さで、一大企業の社長として、執務をこなしているのだから、尊敬してしまう。

だが、こういった御令嬢たちの金銭感覚というのには、正直カルチャーショックを受けてしまう。

 

 

 

 

「あれ? セシリアちゃん?」

 

「あら、お買い物?」

 

「ええ、そうですの。お二人も同じなのですね」

 

 

 

 

と、ここで買い物を終えた明日奈と刀奈が戻ってきた。

手にはまた新しい買い物袋が……。

だが、それでも一夏と和人は自然と手を出して、荷物を受け取ろうとする。

ここまでの流れが、もう体に染み付いて離れないのだ。

 

 

 

「あぁ、これは私が持つよ。そんなに重くないしね」

 

「ええ。それに、これは私たちが持っておくべきものだからね♪」

 

「「ん?」」

 

 

 

何のことだと思ったが、二人が出てきた店がランジェリーショップだったので、すぐさま納得がいった。

 

 

 

「あれ? あんた達も来てたんだ……」

 

「ん?」

 

 

今度は一夏の背後から声がかけられる。

一夏が後ろを振り向くと、そこには茶髪のツインテール娘が立っていた。

 

 

 

「おお、鈴。お前も来てたのか」

 

「うん。ちょっと用があってね〜。ほら、あんたもこっちに来なさいよ」

 

 

 

そう言って、鈴は後ろを振り向き、誰かに発言した。

すると、横道にあったトイレの方から、水色髪の少女が出てくる。

 

 

 

「簪ちゃんッ!!!!!」

 

「うわぁっ!? も、もう、くっつかないでぇ!!?」

 

 

簪の姿を見た途端、刀奈が飛びつく。

隙があるならすぐにでも簪に抱きつくのが、最近の刀奈の行動パターンだ。ALOでも、現実世界でも同じ。

そして最近は背後から抱きつき、頬を当ててスリスリするのがマイブームらしい。

 

 

「えぇー、いいじゃんいいじゃん! お姉ちゃんともっとスキンシップしようよぉ〜♪」

 

「は、恥ずかしいから……っ!」

 

「あはは……。そう言えば、お前たちが一緒って言うのは珍しいな」

 

 

そう、一夏の言う通り、簪と鈴がセットで歩いているのを見るのは初めてかもしれない。

 

 

 

「あぁ、買い物行こうと思ったら、簪も行くって言うからさー。だったら、一緒に行こうってなったのよ」

 

「そうだったのか……にしても……相変わらずお前は身軽だな」

 

「相変わらずって何よ……! それにいいじゃない、セシリアみたいにバカみたいに買うより、倹約生活してる方が」

 

「なっ!? 鈴さん、“バカみたい” とはどういうことですの?!」

 

「何よぉ、って言うか、あんた本当に買ったもの全部使い終わるんでしょうね?」

 

「当たり前ですわ。それに、別に今日明日で使い切るものではありません。月単位、年単位のつもりで買ってるんですのよ」

 

「はぁー、金持ちの金銭感覚ってわからないわ……」

 

「だいたい、鈴は人の物を勝手使うくせに、偉そうなこと言わないでくれますこと?」

 

「はぁ? この間「貸して」ってちゃんと言ったじゃない……!」

 

「どこがですか! と言うより、使ってから「貸して」と言われても困りますわ!」

 

 

 

こちらも相変わらずの関係だ。

決して仲が悪いわけでも、特別にいいわけでもないのだが、コンビとしては、いい関係性を築いていると思える。

 

 

 

「なんだ、やけに騒がしいと思ったら、お前達か」

 

「みんな考えることは同じってことだね」

 

 

 

そこへ、再び第三者たちの声が……。

その声のする方に視線を移すと、そこにはブロンドとプラチナがいた。

 

 

「シャル! ラウラまで……!?」

 

「なぁーんだ……あんた達も来てたんだ」

 

「にしても、見事に専用機持ちが集合したな」

 

 

 

和人に言われて、改めて周りを確認する。

白式、月光、閃華、ミステリアス・レイディ、ブルー・ティアーズ、甲龍、リヴァイヴカスタムⅡ、シュバルツェア・レーゲン、打鉄弐式……。

世界最強の兵器であるISの、それもそのパイロットの個人的にパーソナライズを施された専用機ともあれば、普通の汎用型のISなんて物より、圧倒的に戦闘力が高い。

そして、これならば国一つ、いや二つ三つと簡単に転覆し、制圧できる戦力だろう。

 

 

 

「これだけ集まれば、壮観だな……」

 

「全くですよ……戦争が起きたら、正直勝てるかどうか……」

 

 

 

“剣技” においては、他の者には負けない自信がある。

が、これが “戦争” となれば話は別だ。

いくら卓越した剣技や剣術を駆使しようが、戦争規模での攻撃には敵わない……。

だから、いくら一夏と和人が常人離れしているとはいえ、もしこの場にいるメンバーと戦争になれば、百パーセントの確率で敗北するだろう。

 

 

 

「まったく……やけに騒がしい一団がいると思えば……お前達だったのか」

 

「「ん?」」

 

「あらあら、皆さんも買い物ですか?」

 

「山田先生!」

 

「それにちふーー織斑先生」

 

 

 

これまた身近な人達に出会ってしまった。

一組の担任にして、一夏の姉で世界最強のIS乗り。ブリュンヒルデこと織斑 千冬と、副担任で、実は元日本代表候補生にまで上り詰めた経歴をもつ秀才。山田 真耶の二人だった。

 

 

 

「今は勤務中じゃないですから、先生じゃなくてもいいですよ」

 

「お前達はここで何をしているんだ? まぁ、大方は水着を買いに来たんだろうが……」

 

「「そ、その通りです……」」

 

「臨海学校でハメを外したくなる気持ちはわかるが、それでも臨海学校は授業の一環だからな。

ハメを外し過ぎないようにしろよ。お前達専用機持ちには、それぞれ役割があるんだからな」

 

 

授業中とは雰囲気が違うが、それでも千冬の言う言葉には、ドシっと体に響く物がある。

世界最強の名は伊達ではないようだ。

 

 

 

「そう言えば、お二人も買い物ですか?」

 

「あ、はい、そうなんですよ。私たちも、水着を……」

 

「山田くんの場合は、水着がきつくなったそうだからだ」

 

「ちょっ! 織斑先生、そんなこと言わないでいいですよぉ〜!」

 

 

 

慌てる真耶。

だが、その慌てふためく行動をする度に、真耶自身も苦労していると言う大きな胸が、幾たびも上下したり弾んだり……。

最近女子の間で聞いた話だが、山田先生のISスーツのサイズが、日に日に大きくなっているとかなんとか……。

おかげでスーツ代がかさむとぼやいていたらしい……。

そんな事はつゆ知らず、そんな状態で弾みまくる胸を見ながら、その場にいた三人だけが、凄いジト目で凝視していた。

 

 

 

「なに、あれ……?」

 

「気にするな……あんなのは脂肪の固まりだ」

 

「そう、だよね。気にしたら負け……だよね?」

 

 

 

この世の非情を恨む者たち。

鈴、ラウラ、簪だ。三人だけは、真耶の揺れる胸に敵意を持ち、自身の胸を隠すように腕を組む。

 

 

 

「ふ、ふん! 見てなさいよ……あたしだっていつかは……」

 

「まぁ、今のうちに育ったところで、いずれ歳を重ねれば、垂れてくるだけのことだ」

 

「そうだよね……今がダメでも、将来はきっと……っ!」

 

「凰さんたち、聞こえてますけど!?」

 

 

 

 

未来への希望を捨てない三人と、それを見て涙目になりながら抗議をする真耶だった。

 

 

「さてと、山田くん。我々もそろそろ……」

 

「あ、ああ〜! すみません織斑先生、私、買い忘れたものがありまして」

 

「なに?」

 

「ですので、急いで買ってきますね? あっ、桐ヶ谷くん」

 

「は、はい?」

 

「ちょっと荷物が多くなりそうなので、手伝ってはいただけませんか?」

 

 

 

和人を見ながら、なにやら含みのある笑みを浮かべる真耶。

そしてその意味を理解したのか、和人が納得したような顔で笑う。

 

 

 

「わかりました。じゃあ、行きましょうか」

 

「え、ちょっと、キリトくん?!」

 

「ほらアスナも、一緒に行くぞ! お前たちも!」

 

 

 

お前たちと一括りにしたが、それは一夏以外のメンバーの事を指していた。

何故自分たちも?……と思ってい他のだが、これは刀奈が意図を察し、みんなを誘導する。

 

 

 

「はぁーい! みんな一緒に行くわよー!」

 

「え? ちょっと何よ!?」

 

「わ、わたくしもですか?!」

 

「ん〜……荷物持ちとはあまり気が進まんが……」

 

「仕方ないよ。ほら、ラウラも簪も、一緒に行くよ!」

 

「は、は〜い」

 

 

 

皆が一様に去っていき、取り残されたのは一夏と千冬の二人のみ。

千冬は「はぁ……」とため息をつき、一夏は「ん?」と頭を捻っては、和人たちの背中を見送った。

 

 

 

「なんだったんだ……?」

 

「まったく、余計な気遣いを……おい、一夏」

 

「ん?」

 

「行くぞ」

 

 

 

 

スタスタと前を歩く千冬を見ながら、一夏は後を追いかける。

先ほど、千冬は “一夏” と呼んだ……。普段なら、ここは “織斑” と呼び、それは今の状態が “姉弟” としてではなく、“教師と生徒” としての関係で呼んでいる。

だが、ここで “一夏” と呼んだのは、今がプライベート……ただの一姉弟としての関係だということを示しているのだ。

それは、一夏もなんとなく察し、普段と同じ様に接する。

 

 

 

「なるほど……そう言うことね」

 

「ああ……まったく、真耶も余計な事を」

 

「いいじゃんか。それに、千冬姉とこうやって買い物とか、ガキの頃以来だしな」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

 

姉弟水入らずの自由時間。

普段から会っているし、会話だってするが、それは教師と生徒との関係性があっての事。

こうやって、普通の姉弟として話したのは、ラウラの一件で、道場で剣を打ち合ったとき以来だろうか。

 

 

「それで、千冬姉は買い物したのか?」

 

「いや、これから買いに行くところだ。私も臨海学校に行くのに、肝心の水着を買っていないのを思い出してな。

そのために真耶と来たというのに……はぁ……」

 

「つまり、これは俺が千冬姉の水着を選べって事だよな……。あんまり期待しないでおいてくれよ?」

 

「あぁ、そうしておこう……。恋人とはいえ、あんな破廉恥な水着を着させようとするお前の目を信じないように……な」

 

「ぶふっ!? 見てたのかよ!」

 

「あぁ、“たまたま” な」

 

「どんな “たまたま” だよ?!」

 

「しかし、楯無もあんなに恥じらう顔ができるとはな。だがそれでも、惚れた男の言ったものには気を使うか……。

相も変わらず、幸せな事でなり寄りだな」

 

「そこまで見てたんじゃねぇか! 何が “たまたま” だ、確信犯じゃねぇか!」

 

「はっはっはっ♪」

 

「…………」

 

 

 

恥じらう一夏の顔が面白いのか、珍しく愉快に笑う千冬。

だが、これこそが本当の彼女の姿であるのを、一夏は知っている。

世界人々には、凛々しく、逞しい女性像であり、優しく微笑む聖母のような千冬の事を知らないものが大勢いる。

人を魅了する剣技、強者としての雰囲気や面持ち。それだけが千冬の全てではないと、一夏は知っている。

だから、普段からもそう言う彼女でいてさて欲しいと、一度思った事があったが、本人はそのつもりは更々ないらしい。

そして二人は、目的の場所へと着いた。

先ほど刀奈たちと行った店とは雰囲気が異なり、ここにはシンプルではあるが、大人の雰囲気に合わせた水着が多く飾られていた。

 

 

 

「…………よくもまぁ、こんな店を知ってたな」

 

「ここも私ではなく、真耶が調べていた店だ」

 

「山田先生が?」

 

「あぁ……。あいつは存外に、ファッションなんかには結構うるさいぞ?」

 

「へぇ〜。意外……でもないか。でもあんまりうるさくはなさそうだけど……」

 

「そう思うだけだ。あいつはいろんな物に興味を持っては、いろいろとやってみるという行動力を持ってるからな。

まぁ、あれがあいつの長所でもあり、短所でもあるんだがな」

 

「頑張り屋なだけだろ?」

 

「そこは否定せんさ……。なんせ、日本代表候補生まで上り詰めたんだ……そこまで行くのに、どれだけ頑張らないといけないのか、今のお前ならばわかるだろう」

 

「ああ……だから、すごいと思うよ」

 

 

 

一夏の身近にいる少女たち。

それぞれいろんな過去があり、それを乗り越えて今の彼女たちがあるのだ。

セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪……。それぞれがそれぞれの思いを胸に刻み、果てない努力をした結果が、代表候補生という名誉ある地位に上り詰めた証拠だ。

それより上にいる千冬や刀奈は、さらにその上を行く努力を惜しまなかったに違いない。

国の威信をかけ、国の代表として戦った姉と戦っている恋人。自分も、そうなりたいと思った。

 

 

 

「まぁ、実力だけで勝ち取れる地位ではない……実力、器量、人格……国によって様々だが、それが揃った上で、国の顔役となる」

 

「なるほどね……なら、俺も頑張ってみるか」

 

「ふん……まぁ、せいぜい精進する事だな」

 

 

 

自慢の弟の目標を聞いたところで、千冬と一夏はお店に入っていった。

中にはすでにお客さんでいっぱいだった。それも女性客ばかり……正直ここに二人で入るのは躊躇われたが、スタスタと御構い無しに千冬が入っていくため、一夏も後を追わざるをえない。

 

 

 

「さて……どういうのがいいか……。一夏、お前はどういうのがいいと思う」

 

「はっ?! 何で開口一番で俺に聞くんだよ」

 

「異性からの意見は参考になると、真耶が言っていたのでな。あいにくここにはお前しか異性がおらん」

 

「うーん……俺もよくわからん。千冬姉がいいと思ったやつを選べばいいんじゃないか?」

 

「まぁ、そうなんだが……。では、これとこれではどちらがいい?」

 

「ん〜」

 

 

 

 

差し出された水着は二つ。

白いビキニタイプの水着。

清潔感溢れる飾り気のない、シンプルでスポーティーな水着だった。

もう片方は黒いビキニタイプの水着。

こちらは大人の魅力漂う仕様になっているのか、ところどころがレース生地になっているため、実際の布地よりも露出度が高いように見える。

 

 

 

「さぁ、選べ」

 

「何で上から目線なんだよ…………。うーん……」

 

 

 

一夏はじっくりと考えた。

どちらが千冬に似合うかを……。そして導き出した答えは、やはり “黒” だった。

白も存外に似合っているのだが、千冬は刀奈に負けず劣らず……いや、圧倒的にスタイルは抜群だった。

ならば、刀奈と同様、大人の魅力路線で選んだほうが、絶対に映えるというものだ。

だが、ここで一つ心配事が……。

 

 

 

(うーん……刀奈もそうだけど……千冬姉もスタイルいいし、近寄ってくる男どもが多いだろうなぁ……)

 

 

 

そして知る人ぞ知る超がつくほどの有名人。

容姿もスタイルも申し分ない。好条件の女性に、飛びつかない男性はいないだろう。

だからこそ、一夏は心配になる。たった一人の家族である姉の今後が……。

 

 

 

「そうだな……白ーー」

 

「黒だな」

 

「へ?」

 

 

 

何も……いや、答えた瞬間に否定された。

 

 

 

「いやいや、俺は白の方がーー」

 

「いいや、お前は黒がいいと思ったんだろう? ならば黒でいいと思うが?」

 

「いやいや! だから俺はーー」

 

「嘘を吐くな……お前は昔から気になった物や良いと思った物を先に注視する癖があるからな……。

この私がそれくらいの事を見逃すと思ったのか?」

 

「ううっ……」

 

「まったく……私がそこいらにいる有象無象の輩に簡単に靡くとでも思ったか?」

 

「いいや……むしろ近寄ってきたのなら、返り討ちにしそうだけど」

 

「ふんっ。心配されんでも、相手くらいを見極める目は持っているさ。お前が心配するまでもない」

 

「ならいいんだけどなぁ〜」

 

「なんだ? 自分はもう恋人をつくったからと余裕を見せているわけか……なるほど、確かに現状ではお前に分があるだろうがな」

 

「おいおい……誰もそんな事言ってないだろう……!」

 

 

 

 

これもまた珍しい。

千冬が少しいじけている表情など、今までに見た事がなかった。

 

 

 

「わかったよ! 何も言わない……。だから機嫌直せよ」

 

「ふん。わかればいい……では、私は会計をしてくる。お前は先に、あいつらのところに戻ってもいいぞ。

楯無が隣にいないと寂しいだろ?」

 

「なんでそうなるんだよ! でもまぁ、カタナがすぐそばにいないのは、なんだか違和感があるけどな」

 

「あーわかったわかった。惚気るなら他所でやれ」

 

「だからそんなんじゃ……はぁ、わかったよ。じゃあ、俺は先に行くからな」

 

「あぁ……。門限までには戻れよ?」

 

「わかってるよ」

 

 

 

不思議と笑顔になる二人。

何故なのかはわからない。でも、こうして二人でいるのは久しぶり過ぎて、なんだか楽しいと感じたのは確かだった。

その後、一夏は店を出て、店が立ち並ぶモール内を少しばかり歩く。

 

 

 

「久しぶりのお買い物は楽しかった?」

 

「ん……カタナ」

 

「ふふっ……どうだったの、千冬さんは楽しそうだったけど……」

 

「あぁ。まぁ、ちゃんと水着も選んだしな」

 

「へぇ〜……♪」

 

「な、なんだよ……」

 

「なんだか笑いあってる二人が新鮮だったからねぇ〜」

 

「カタナも見てたのかよ……」

 

「も?」

 

「あぁ……千冬姉も俺たちが水着買ってたのを見てたらしい……」

 

「うえっ?!」

 

 

 

一夏の発言に珍しく動揺する刀奈。

一気に顔は赤く染まり、体が若干震えていた。

 

 

 

「え? じ、じゃあ、もしかして……この水着を買ったのも……?」

 

「あ、あぁ……。その、見られてた」

 

「うっそぉ〜〜!」

 

 

 

どうしようもなく恥ずかしい。

自分の彼氏の姉。もっと言うなら、学園の教師である千冬にそこまで見られていたのだから……。

 

 

 

「はぁ……絶対何か言ってくるわね……」

 

「ああ見えて、千冬姉もからかうのが好きだからな……」

 

「からかわれるのは嫌いなのにねぇ〜」

 

「だな」

 

 

 

まぁ、その時はその時だろう……。

刀奈は一夏の左手を掴むと、一夏の指に自分の指を絡めて手をつなぐ。いわゆる恋人繋ぎ。

 

 

 

 

「あっ!」

 

「ん、どうしたの?」

 

「そう言えば、俺も買い忘れたものがあったんだ。悪りぃカタナ、ちょっと付き合ってくれないか?」

 

「私は別に構わないわよ。ほら、早く行きましょう?」

 

「悪い、恩にきる」

 

 

 

二人はそのままモール内を散策し、お目当の店を見つけた。一夏は一度刀奈と握っていた手を外し、店の中に入っては店内をぐるりと回り、探していた買い物を済ませた。

その品物が入った袋を握りしめ、一夏は店を出て刀奈と合流する。

 

 

「ごめん、お待たせ」

 

「そんなに待ってないわ。それより、何買ってたの?」

 

「ん? これをな」

 

 

そう言って、一夏は刀奈に買った物を見せる。

すると、刀奈は首を傾げたが、すぐに何かを悟ったような感じだった。

 

 

「そう言えば、もうすぐ……」

 

「そう。しかもちょうどなんだよ……だから、買いに行く時間がなかったから」

 

「そうね。それに、喜びそうな物を選んだわね」

 

「まぁ実際、似合うと思うしな……。さて、それじゃあ帰ろうか」

 

「そうね。買った洋服もちゃんと来てみたいし♪」

 

 

再び二人は手を握って、モールの外へと向かって歩き出した。

と、その時。

一夏の目の前で、見知った顔に出会った。

 

 

 

「お兄、ちゃんと持ってよね。落っことしたら承知しないんだから……!」

 

「お前なぁ……いくらなんでも買いすぎじゃね?」

 

「中学最後の夏なんだもん! みんなと遊んでられるのも今年までだもん!」

 

「お前の学校、大学までエスカレーター式で上がれるだろうが……」

 

 

 

ともに赤毛の茶髪にバンダナと、いつも通り変わらないスタイル。

兄妹で仲良くお買い物……いや、兄はただの荷物持ちとして派遣されたのだろう。

男として、一夏はその苦労が共感できてしまった。

 

 

 

「よう、弾。それに蘭も」

 

「はい?」

「ん?」

 

 

一夏が声をかけると、二人はほぼ同時にこちらを向いた。

現実世界において、一夏と一番親しい友人。

五反田 弾とその妹の五反田 蘭。

一夏の家の近所にある定食屋の息子と娘で、シャルとラウラが転校してくる前なので、だいたい6月になる前に会った。

 

 

「おお、一夏!」

 

「い、一夏さん?!」

 

「オッス!」

 

「こんにちは。弾くんは久しぶりね」

 

「あ、いやぁ〜どうもどうも楯無さん! お久しぶりですねぇ〜」

 

 

 

ペコペコと頭を下げて刀奈に挨拶をする。

刀奈とは、以前一夏の見舞いに行った時に会っている。

もっとも、その時一夏と刀奈は同じ病室で、周りが恥ずかしいと思うほど、ラブラブな雰囲気の中心にいたわけだが……。

 

 

 

「にしても、凄い量だな……! もしかして、全部水着とかか?」

 

「いや、大半はセールで売ってた夏物の洋服と、秋物が少し……でもよ、こっちは全部水着と海関係のものだ」

 

 

 

わかりやすく言うなら、弾の両手には買い物袋が両手で六つ。

右に持っていたものが洋服類。だが、今にもはち切れそうなくらいパンパンだ。左手は水着とサンオイルなどの海で使う用品などなど……こちらは少量ではあるが、それでも多いくらいだ。

 

 

 

「それにしても多いわね」

 

「えっと、その、私は学校の友達と、少しばかり小旅行をするので……」

 

「なるほどねぇ〜」

 

「あっ、えっと……楯無さん、ですよね? 私は五反田 蘭って言います」

 

「あぁ、ごめんなさい! 更識 楯無です。よろしくね、蘭ちゃん」

 

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 

 

少し緊張した面持ちで、刀奈と握手を交わす蘭。

本当ならば “刀奈” と名乗りたいとところだが、一夏や家族以外の人間に、真名を知られるわけにはいかない為、弾や他の皆には “楯無” で通している。

 

 

「でも、水着ってそんなに使うか?」

 

「蘭曰く、“勝負水着” と “ウルトラ勝負水着” と “超ウルトラ勝負水着” と言うのがあるらしい……」

 

「…………蘭は、一体何と戦うつもりなんだ?」

 

「さぁ? 俺にもわからん。だがーー」

 

「ん?」

 

 

 

弾が力一杯両手の拳を握る。

 

 

 

「妹に手を出す男は……俺が纏めてフルボッコにしてやるよーーーー!!!!」

 

「………………そうか、頑張れよ」

 

 

 

シスコンここに極まり。

 

 

 

「じゃあ、俺たちはそろそろ戻らないと……。モノレールの時間もあるしな」

 

「そっか。じゃあまた今度……家に食べに来い! 今度は楯無さんを連れてな」

 

「私も待ってますからねぇー!」

 

「おう! ありがとう!」

 

「また今度、お伺いしまーす!」

 

 

 

弾たちと別れて、二人はレゾナンスを出る。

 

 

 

「フゥ〜買った買ったぁ〜♪」

 

「凄い荷物だな……。もしかして、俺が千冬姉と買い物してた時に買ったのか?」

 

「うん。IS学園に入学してから、サイズの合う服があんまりなかったからね……。これでオシャレし放題ね♪」

 

「そっか……荷物、持つよ。重いだろ?」

 

「ありがとう。じゃあ、これだけ……」

 

 

すでに一夏の両手は買い物袋でいっぱいだったが、それでもなお持とうとするのが一夏の良いところだと常々思う。

そんな優しい彼の隣で寄り添って歩く。

 

 

 

「いよいよだな……」

 

「そうねぇ……」

 

 

 

いよいよ臨海学校。

それが終われば、一学期が終了し、夏休みとなる。

ALOでも、夏限定のクエストやイベントが開催される為、楽しいことが盛りだくさんだ。

 

 

 

「夏休みは、現実でも向こうでも、いっぱい楽しいことやろうね♪」

 

 

刀奈が屈託のない笑顔で言ってきた。

彼女のこう言う顔が、一夏はとても好きだった……。

 

 

 

「あぁ……いろんな所に行って、いろんなことをしよう……!」

 

 

 

甘い雰囲気に包まれながら、二人はモノレール乗り場へと足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

学園生たちは、各々臨海学校の準備やら、学園から出た課題などに精を出してた。

学園内の施設などは暗く、特にISの操縦訓練をやるアリーナには、誰一人としていない。

この時間帯になると、教師もほとんどが自室に戻っている為、ここで誰かと鉢合わせることもないのだ。

そんな暗がりのアリーナの観客席付近で、一人の生徒が立っていた。

生徒とわかったのは、その少女がIS学園の制服を着ていたからである。

長身に年不相応にも思えるふくよかな胸部。長く綺麗な黒髪を、後ろで一本のポニーテールでくくっている少女。

その少女の手にはスマフォが握られており、どうやら誰かと話しているようだ。

 

 

 

プルル……プルルルル……プルルルルーー

 

 

 

『もすもすひねもすぅ〜! ハァーイ! みんなのアイドル、篠ノ之 束だよぉ〜〜〜♪』

 

「ぐっ!」

 

 

開口一番のハイテンション且つ、イラッとさせるセリフを叩き込まれ、少女のスマフォを握る手に力が入る。

そのままスマフォを耳から遠ざけ、電話を切ってやろうかと思ったが、電話の向こうから慌てた声が聞こえてきた。

 

 

 

『わぁっ!? 待って待って! 待ってよ箒ちゃぁ〜ん』

 

「……姉さん…………!」

 

 

 

電話をかけていた少女。篠ノ之 箒がかけていた相手は、自身の姉であり、ISの生みの親である篠ノ之 束だった。

今までかけることはないと思っていた電話番号……。

だが、今回ばかりは頼りたいと思ったのだ。どうしても、それが必要だと思ったから……。

 

 

 

『やぁやぁ、久しいねぇ〜! 箒ちゃんの方から連絡してくれるなんてぇ。束さん感激だよぉ〜♪」

 

「姉さん、話があります」

 

『うんうん、わかってるよぉ〜! 欲しいんだよね、箒ちゃんの専用機が』

 

「っ!? 何故、私はまだ何もーー」

 

『分かるよぉ〜。だって束さんは、お姉さん、だからね♪」

 

 

やたらと “お姉さん” の部分を強調していったが、今はそんな事どうでも良い。

 

 

 

「それで、姉さん。その、専用機の事なんですが……」

 

『うん! 大丈夫、任せといてよ! 箒ちゃんたち、今度臨海学校があるんでしょう? その時に持っていくよ!』

 

「ん……どこでそんな情報を……。まぁ、その……すみません、ありがとうございます」

 

『んもうー……そこは「ありがと♪ お姉ちゃん♪♪」って言ってくれも良いのにぃ〜」

 

「絶ッ対ッ嫌ッです!」

 

『うへぇ、そこまで嫌がらなくても……。まぁ、いいや。とにかく、持っていくらね! 期待して待ってて』

 

「はい……」

 

『今回のはとてもいい出来だよ! 最高にして規格外、そして “白と並び立つ者” それの名はぁ〜』

 

 

 

ゴクリと唾を飲み込み、箒はその機体の名を聞いた。

白と並び立つ者……一夏と共に並び立つ存在。

その名は……

 

 

 

『紅椿ーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




どうでしたでしょうか。

次回からいよいよ臨海学校!
夏のアバンチュールを楽しむIS学園生たちと、その後に待っている超弩級の事件。
お楽しみに!


感想よろしくお願いします!



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第32話 海に着いたら11時!Ⅰ

ようやく来た臨海学校編です!

それではどうぞ!




「海、見えたあぁぁぁ〜〜〜っ!」

 

 

 

一組の乗る大型バスの窓を開け、クラスメイトの一人が叫ぶ。

目の前に広がる広大な海。

潮の匂いと共に、夏の陽射しと暑さが体を直撃する。

その時に感じる……。

ようやく、夏が来たのだと……!

 

 

 

「なんだかいいわねぇ〜。夏って感じ♪」

 

「そうだな……これからが本番って感じだけどな」

 

「これ以上暑くなるのか……憂鬱だなぁ〜」

 

「もう、そんなこと言ってまた部屋に閉じ籠ろうとしちゃダメだよ、キリトくん」

 

 

 

海を見ながら、これから始まる臨海学校に思いをはせる面々。

1日目である今日は特に実技はなく、自由日となっている為、皆のテンションもうなぎ登りになっていると言うわけだ。

 

 

 

「宿泊先までは、あと少しだ。全員、すぐに降りられるよう、準備しておけ」

 

「「「「はいっ!!!!!」」」」

 

 

 

千冬の一言で、皆テキパキと荷物の整理し、すぐにでも行動できるように準備し始める。

そして一行を乗せたバスは、IS学園を出て数時間、ようやく目的地である宿泊先の旅館に到着したのだった。

 

 

 

「ここが今回もお世話になる宿泊先の花月荘だ。ここは毎年我々IS学園の臨海学校の際に、宿泊提供してくださっている。

皆、感謝の思いと迷惑にならないよう、しっかりと心掛けろ。いいな?」

 

「「「よろしくお願いしまーす!」」」

 

 

 

千冬の一言で、一年生全員が一斉に挨拶をする。

それに応じて、出迎えに来てくれた女将さんが丁寧にお辞儀をし、迎え入れてくれる。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

 

ニッコリと柔らかい笑顔で迎え入れてくれた女将さん。

実際に若いのだが、その優しい笑顔が、更に若々しく見せてくれる。

そして、女将さんが視線を男子二人の方へと向ける。

 

 

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

「ええ、まぁ。今年は男子が二人いる所為で浴槽わけが難しくなってしまい、申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな……。それに、二人ともいい男の子達ではありませんか。どちらもしっかりしてそうですし」

 

「そう思うだけですよ。それもこいつは特に……」

 

 

 

そう言うと、千冬は右手で一夏の頭を軽く押さえた。

 

 

 

「ほら、お前達も挨拶しろ。今回の臨海学校で、一番気を使ってもらっているのは、お前達なんだぞ」

 

「お、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

「桐ヶ谷 和人です。よ、よろしくお願いします」

 

「ふふっ、ご丁寧にどうも。私は清洲 景子と申します。よろしくお願いします」

 

 

 

そう言って、女将さんは再びお辞儀をする。

 

 

 

「それではみなさん、お部屋へとご案内致します。海に行かれる方は、別館の方にて着替えられるようになっていますので、そちらをご利用下さい。場所がわからない場合は、いつでも従業員にお声をかけて下さい」

 

 

生徒全員の「はーい!」という返事を聞き、景子はすぐさま旅館の中へと生徒達を誘導する。そして、それぞれ割り当てられた部屋へと生徒達が向い、皆自分の荷物を置き始める。

初日は自由行動。

食事は旅館が指定の時間に用意してくれるため、それまでは泳ぐなり、遊ぶなり、思い思いに過ごすだけだ。

 

 

 

「あ、ねぇねぇおりむ〜、き〜り〜」

 

「ん?」

 

「 “き〜り〜” って俺のことか?」

 

 

 

間延びした呼び方。この呼び方をするのは、たった一人。

のほほんさんこと、布仏 本音さんだ。

その呼び声に振り向くと、相変わらずダボダボの制服を着て、一夏と和人の後ろにいた。

 

 

「二人の部屋ってどこ〜? もらったしおりの一覧に名前載ってなかったから〜」

 

「あっ、そう言えば……」

 

「俺たち、どこで寝るんだ?」

 

 

 

そう言えば、肝心のことを忘れていた。

そう、臨海学校が始まる数日前、臨海学校のしおりを一年生の皆はもらっており、そこには当然、臨海学校三日間の予定と各生徒の部屋割りが記されている……はずだったのだが……。

 

 

 

「俺たちの名前、載ってないんですよね」

 

「ああ……。じっくり探してたけどなかったな」

 

 

 

そう、無かったのだ。

一夏の名前も、和人の名前も。

そもそも、男子が二人しかいないため、自分たちの名前を見つけるのは容易いことだったはずだ。

二人が首をひねっていると、途端に後ろから声がかけられた。

 

 

 

「あー織斑、それから桐ヶ谷も。お前達はこっちだ」

 

 

 

声の主は、千冬だった。

あまり詳細は言わず、ただついて来いと言っていた。

そう言われたのならば、ついていくしかない。なので、二人は急いで千冬の後を追った。

 

 

「悪い、のほほんさん。また後で教えるから」

 

「はいは〜い!」

 

 

相変わらずマイペースに動いている生き物だ。

まぁ、可愛いからいいのだが……。

 

 

 

「それで織斑先生、俺たちの部屋は……」

 

「いいからついて来い」

 

 

 

有無を言わせないとはこの事だ。

二人は、黙って千冬の後をついていく。その途中、花月荘の中をしっかりと見ていた。

風光明美とはよく言ったもので、中はとても綺麗で、中庭や外へと出れる軒下なども、風情があっていい。

その軒下の付近の天井に括り付けられた風鈴が、海風に煽られてチリンチリンと静かだが、芯のある音を響かせる。

それを聞いていると、この暑さも少しは和らぐように感じた。

 

 

 

「ここが、お前達の部屋だ」

 

 

 

と、旅館を観察しているうちに、目的地である部屋の前に到着したようだ。

だが、その部屋の襖のところには、『教職員』という文字の書かれた張り紙が貼ってあった。

 

 

 

「ここ……ですか?」

 

「ああ、そうだ。とりあえず、中に入って荷物を置いとけ」

 

「は、はい」

 

 

 

そう言って、一夏が襖を開ける。

そして、一夏と和人の二人は、その部屋をみて驚きを隠せなかった。

 

 

 

「「おおー!」」

 

 

 

旅館の部屋はとても清潔で、広々とした空間に、旅館ならではのテーブルと座布団に座椅子。

お茶請けのお菓子やお茶を注ぐ急須に湯のみ。どれもこれもが完璧だった。

 

 

 

「いいですね!」

 

「ああ、こんないい旅館に、毎年泊まってるんだな」

 

「なに、IS学園も国立と言われる学園だ。これくらいしなければ、割に合わん」

 

 

そう言うと、千冬もまた同じ部屋に入り、自分の荷物を部屋の端に置く。

それを見て、二人は改めて確信した。

 

 

 

「って事は、俺たちは先生と一緒の部屋という事ですか?」

 

「ああ……。最初はお前達二人だけ、別館に個室を用意しようという話があったんだが……それでは時間を無視して徘徊する生徒達が出てくるだろうと言う理由で、私と同じ部屋にした。

これなら、おいそれと徘徊する生徒もいない……教師の部屋に入ってこようなどとは思わんだろう」

 

「な、なるほど……」

 

 

 

妙に納得がいった。

普段は二人とも、恋人と一緒にいるか、専用機持ちの面々と過ごしている。

故に、その他の生徒達からすれば、これは二人と接触し話せるチャンスである事には間違いだろう。

なんだかんだで、和人もIS学園の生徒達の間では人気がある。

特に上級生達からの人気が……。

そして一夏も一夏で、同級生、上級生と所構わず人気を集めている。

なので、この強行策はかなり効いているだろう。

 

 

 

「失礼しま〜す、うわぁ!? 織斑くんに桐ヶ谷くん……! そ、そういえば、こちらの部屋でしたね」

 

 

 

と、今度は山田先生が入ってきた。

って言うか、そんなに驚かなくてもよろしいのでは?

 

 

 

「山田先生……。この部屋割りにしたのは、確か先生ではありませんでしたか……?」

 

「あ、ああ! そ、そうでしたね! そうでした……あはは……」

 

 

 

キッ、と睨みを効かせて真耶に対して問い詰める千冬。

どうやら、いつものちょっとしたイジリのつもりだったみたいだ。

その度に仕返しが来るとわかっているはずなのに……。

 

 

 

「では、織斑、桐ヶ谷も。お前達は今から自由行動に入れ。部屋でくつろぐのも良し、海に行って遊ぶのも良し」

 

「はい」

 

「ん? 織斑先生と山田先生は?」

 

「職員は一度、今回の臨海学校の最終の打ち合わせがあるのでな。それが終われば、我々も後で合流する。

お前達は先に行っていろ。だが、あまり羽目を外しすぎるなよ?」

 

「りょ、了解です」

 

「よろしい」

 

 

 

妙な威圧感を感じたが、二人は気にしないようにして、部屋を後にした。

もちろん、刀奈と明日奈から選んでもらった水着とタオルを持って。

 

 

 

「にしても、海なんて久しぶりだな……」

 

「そうですね。ALOにも海はありますけど、入った事ないですもんね」

 

 

 

男二人で旅館の廊下を歩く。

すると、前方から見慣れた二人が……。

 

 

 

「あ、キリトくん!」

 

「あら、チナツ」

 

 

 

明日奈と刀奈の二人だ。

二人とも両手に手提げ袋を持っている。

もちろん、中身は水着である。

 

 

 

「そういえば、二人はどこの部屋なの?」

 

「ちなみに、私とアスナちゃんは同じ部屋だった」

 

「へぇー、そうなのか」

 

「ちなみに俺たちは……」

 

 

 

二人は若干の苦笑いを浮かべ、明日奈と刀奈に言った。

千冬と同室であると……。

 

 

 

「えっ?! そ、それって……」

 

「なるほど……考えたわね。これなら、私達はおろか、他の生徒も簡単には部屋に入れないわね。

わざわざ鬼のいる間に入ろうとは思わないだろうし……」

 

「おいおい……聞こえるぞ?」

 

「ほんとの事じゃないのよ……。きっと、あなた達二人と遊ぼうと思っていた子達がたくさんいたわよぉ〜。

その子達は、まぁ、なんというか……ご愁傷様ね」

 

「あっははは……」

 

 

 

から笑いをするしかなかった。

 

 

「あら、皆さん。これから海に行くのですか?」

 

 

と、そこにセシリアが合流した。

どうやら、セシリアも海に行こうとしていたらしい。

 

 

 

「では、皆さんも行かれるのですね?」

 

「うん。一緒に行こう、セシリアちゃん」

 

「はいですわ」

 

 

 

こうして五人は、着替えが出来る別館に行こうと思ったのだが、その途中で、ある人物に遭遇した。

 

 

 

「ん? あれは……箒?」

 

 

 

IS学園の制服を着て、長い黒髪をポニーテールでくくっている少女。

篠ノ之 箒。

その箒が、中庭へと通じている廊下で、何やら地面をジッと観察していた。

 

 

 

「ん、一夏。それに皆さんも」

 

「どうしたの箒ちゃん?」

 

「あぁ、いや……その……」

 

 

明日奈の問いかけに、何やら歯切れの悪い箒。

だがその後、その場にいたメンバー全員が、箒と同じように固まった。

その原因は、箒の視線の先にあった物だ。

 

 

 

「えっ?」

 

「なんだ、これ?」

 

「ウサ耳?」

 

「ですが、何故、ウサ耳?」

 

 

 

明日奈、和人、刀奈、セシリアの順に、それぞれが思っている事を口にする。

そう、何故かその場に、ウサ耳が生えているのだ。

いや、生えているではおかしいかもしれない。正確に言うと、突き刺さっている……はみ出している……というか、適切な言葉が思い浮かばない。

だが、確かにそこに、ウサ耳があるのだ。それも羽毛などで出来たものではなく、どこか機械的なパーツであしらったようなウサ耳が。

そしてその後ろには、小さなつい立て看板。

内容は、『引っ張って下さい』……。との事だった。

 

 

 

「えっ、ええ?」

 

「引っ張れと言われてもな……」

 

「明らさまに怪しいわね」

 

「一体誰ですの? こんな事をしたのは……」

 

 

 

四人はウサ耳を見るなり、非難轟々……と言った感じだ。

だが、唯一箒と一夏だけは、そのウサ耳を見てため息をこぼし、箒はその場を立ち去ろうとするも、一夏がそれを止めようとする。

 

 

 

「お、おい、箒」

 

「なんだ。私には関係ない」

 

「いやいや、滅茶苦茶関係アリアリだろうよ」

 

「知らん……! お前がなんとかしろ」

 

「なんとかって言われても……じゃあ、引っ張るぞ?」

 

「好きにしろ。私は行く」

 

 

 

 

そう言うと箒はその場を急ぎ足で後にした。

まるで、何かから逃げるようにして……。

対して一夏は、廊下を降り、そこにあったスリッパを履いて、ウサ耳がある場所へと向かう。

 

 

 

「ちょ、チナツ?」

 

「それ、どうするんだ?」

 

「まぁ、引っ張れって書いてあるから、引っ張ってみますよ……。まぁ、多分ですけど、引っ張らなくても出てくるとは思いますけど……」

 

「「「「ん〜?」」」」

 

 

 

一夏と箒は何か知っている様子であった為、ここはこの場に残った一夏に任せてみることにした。

そして一夏は、そのウサ耳を両手で握ると、力を込めてそのウサ耳を引っ張った。

 

 

 

「せぇ〜のッ!」

 

 

 

ボシューー!!!!

 

 

 

「のわぁっ!?」

 

 

 

思いの外手応えが軽かった。

と言うか、引っ張る力に反応したのか、ウサ耳は自分から進んで出てきたかのように思えた。

その為、力を込めた一夏はそのまま後ろへと倒れ、尻餅をつく。

そこに、刀奈たちが集まってきた。

 

 

 

「痛ってて……!」

 

「大丈夫、チナツ?!」

 

「あ、あぁ……なんとか……」

 

「それで、ウサ耳は?」

 

「それならここに……」

 

 

あろう事かウサ耳はただ取れただけ。

ウサ耳があった場所には何もなく。ただ植えつけられていただけだったようだ。

だが、その直後。突然空から何かが降ってきた。

 

 

 

「み、皆さん! 早く退避を!!!!」

 

「「「「うわぁぁぁぁ!!?」」」」

 

 

 

ドオォォォォーーーーン!!!!

 

 

 

 

「「うおぉぉっ?!」」

 

「「「きゃあぁぁぁ!!!!」」」

 

 

 

凄まじい勢いとともに落ちてきたのは、なんと、“ニンジン” だった。

 

 

 

「なっ、ななっ?!」

 

「な、何故にニンジン?!」

 

 

明日奈と和人が驚愕し、その場で硬直した。

 

 

「い、一体なんですの?!」

 

「どこからこんなものを……!」

 

 

セシリアと刀奈は、こんなものが空から降ってくること自体に驚愕していた。

そしてーーーー

 

 

 

「…………やっぱりか……」

 

 

 

妙に納得した表情で、ため息をつく一夏。

 

 

 

『あっははは‼︎ 引っかかったなぁ〜いっくん!』

 

 

突如、降ってきたニンジンから声が発せられた。

それも、若い女の声だ。

 

 

 

ブシュウゥゥゥーーーー!!!!

 

 

 

「うわあぁぁぁーー!!!!」

「きゃあぁぁぁ!!!!」

「な、何!!!!?」

 

 

女性陣がとっさに一夏と和人の背中へと隠れる。

それもそのはずだ。

降ってきたニンジンから突如煙が吹き出たのだから……。

その煙が止むと、ニンジンは真ん中から縦一本に割れ、両サイドへと倒れる。

そしてそこから、不思議の国のアリスの主人公、アリスが来ていたような服に、先ほどの機械的なウサ耳を頭に付けた女性が飛び出してきた。

 

 

「やっほぉ〜ッ!! いっくーーん!!!!」

 

「のわぁっ!?」

 

 

女性は飛び出したのと同時に、まっすぐ一夏に向かって突っ込んできた。

一夏もとっさのことにいろいろと頭がついて行かず、対処が遅れてしまい、その女性の抱擁を全身で受け止めた。

 

 

「うわぁーー‼︎ いっくんだ、いっくんの素肌だぁーー!!!!」

 

「ちょっ、何を言ってるんですか!? 離れてください!」

 

「ええー、嫌だ嫌だ! もっといっくんとハグハグするぅ〜‼︎ はぁー、いっくんの匂い、いっくんの体、いっくんの感触、いっくんの温もり〜〜!!!!

本物のいっくんだぁぁぁぁーーーー!!!!」

 

「当たり前じゃないですか!!? 一体なんだと思ってるんですか‼︎」

 

 

 

一夏の渾身のツッコミも、アリスうさぎは無視して、一夏の腹に顔を埋めて……

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!!!!」

 

「うおおっ?!! 腹で叫ぶなあ‼︎」

 

 

 

 

堪らず一夏はアリスうさぎを引き剥がす。

だが、そのアリスうさぎは、にんまりと笑って一夏を見つめる。

改めて顔を見ると、中々の美人っぷり。

その顔を間近で見て、一夏も少しドキッとした。

 

 

「ねぇねぇいっくん」

「ん?」

 

「おかえり♪」

 

「っ! あぁ、ただいま…… “束姉”」

 

「っ〜〜〜〜‼︎ お姉ちゃんは寂しかったんだよぉ〜‼︎」

 

「だあぁーー! わかったからくっつかないで!」

 

「はーい! まぁ、今は箒ちゃんのことも気になるしねぇ〜。じゃあいっくん、また後でねぇ〜!」

 

 

 

 

アリスうさぎは即座に立ち上がると、すぐにその場を後にした。

まるで嵐のようなひと時だった。

一瞬にして現れ、また一瞬にして消えていった。

取り残されてメンバーは、ポカンとした表情で、アリスうさぎの後ろ姿を眺めていた。

 

 

 

「えっと……チナツくん? あれは、誰?」

 

「お前と箒の知り合いだったみたいだが……?」

 

「一体何者ですの?」

 

「ねぇ、チナツ。もしかしてあの人って……」

 

 

 

四人は尻餅をついている一夏に集中して問いただす。

そして、一夏それに力なく答えるしかなかった。

 

 

 

「……あの人の名前は、篠ノ之 束。

箒の姉さんにして、ISを開発し生み出した人で、“茅場 晶彦” と並ぶ日本を代表する天才科学者ですよ」

 

「「「ええぇぇぇぇーー!!!!??」」」

 

 

一夏と刀奈以外の三人の驚愕の声が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、束の行方はわからないままだった。

一応、千冬に簡単な報告をしておいたが、千冬も「はぁー」と頭を抱えてため息をついていた。

だが、「その事は忘れろ。お前たちは海にでも行って来い」と言われた為、今現在……浜辺で日差しに焼かれている。

 

 

 

「んん〜〜! いいねぇ〜。凄くいい天気」

 

「ほんとねぇ〜。でも、日焼け止めしっかり塗っておかないと、肌が焼けちゃうわ」

 

 

 

空は晴天。

波も穏やか。遊ぶには絶好のチャンス。

明日奈と刀奈は、一度サンオイルを塗る為に、日陰に集まっている。

 

 

 

「にしても、暑いなぁ……」

 

「夏ですからねぇ……」

 

 

 

とそこに、和人と一夏の登場。

恋人二人に買ってもらった水着を着用し、砂浜を歩いてくる。

白い和人と青い一夏。

今まであまり着てこなかった服の色に、最初は戸惑ったが……。

 

 

 

「やっぱキリトさんも白、似合うじゃないですか」

 

「そうか? あんまり目立ちたくないんだけど……」

 

「いやいや、全然。結構自然体ですよ?」

 

「ならいいんだけどなぁ……。お前も青っていうのはあまり見ないよな?」

 

「そうですね……。あんまりこういう色の物を着ないですからね。ほとんど白とか黒とか……。

赤とかこういう青っぽいのは普段着でも持ってないですね」

 

 

 

SAOでは互いに黒一色と白をベースにした服装。

一夏は一度、アインクラッド解放軍に所属していた頃があったが、それでも、色は地味な深緑色の軍服。

こう言った明るい色の青物は着たことがない。

そしてALOでも同じ。

スプリガンは黒一色の種族。

フィリアは青っぽいジャケットを着ていたが、キリトは全部黒。それでこそ、SAOを彷彿とさせる姿だ。

それはチナツも同じで、旧ALOの頃からアインクラッドが出現した頃までは、白を基調とした燕尾服のようなジャケットコートだったが、今は違う。

肩周りは黒いが、それ以外は全部真っ白で統一されたコート。

裾の丈もキリトの着ているコートと同じぐらいの長さで、これは血盟騎士団の頃の服装と何も変わっていなかった。

その為、元SAO組のメンバーからは結構いじられているようだ。

 

 

 

 

「わわっ!? 織斑くんに桐ヶ谷くん!」

 

「うそっ! やだ私、水着変じゃないよね?!」

 

「それにしても織斑くんと桐ヶ谷くん、男の子って感じぃ〜! 凄く体が引き締まってるね」

 

 

 

 

和人と二人で話していると、周りから一気に視線を浴びた。

それもそのはずだ。

周りはみんな女子。そして男は二人だけ……となれば、自然と注目を浴びるのは必至だ。

そして何より二人が水着姿なのがより効果的。

普段は制服やISスーツで覆われている男の肌を前面に出しているわけだから、IS学園に入る以前から男の子との交流が少なかった女子達からすれば、貴重な時間なのだ。

 

 

 

「あはは……もしかしたらとは思ってましたけど……」

 

「予想以上に注目されてるなぁ……」

 

「お〜い! おりむー、きーりー!」

 

 

 

と、そこへのほほんさんと別にクラスメイトが二人やってくる。

谷本 癒子と鏡 ナギの二人。

 

 

「お〜! 二人とも水着かっこいい〜!」

 

「うんうん!」

 

「男の子って感じ!」

 

「あはは……」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 

普段とあまり変わらずに接してはいるが、問題は彼女達が水着姿だという事。

自分たち同様、普段は制服で見えていないところがあるが、ISスーツでもやばいのに、水着になると迫力が違う。

まぁ、のほほんさんは相変わらずダボダボの服だが、狐の着ぐるみのような水着。

どこで売っている物なのだろうか……?

 

 

 

「ねぇねぇ、何して遊ぶぅ〜?」

 

「そうだな……。せっかく海に来たんだし……」

 

「だったらさ、ビーチバレーやろうよ! ボールも持ってきたんだ」

 

「おお! いいじゃん。チナツ、勝負しようぜ」

 

「やはりそうなりますか。いいですよ、やりましょう!」

 

「オッケー。じゃあ、織斑くんと桐ヶ谷くんが分かれて、あと二人づつに分かれて、三対三でやろっか!」

 

「了解ー! じゃあボール取ってくるねぇー!」

 

 

 

そう言って、癒子がパラソルの下に置いてあるであろうビーチボールを取りに走っていった。

 

 

「いやー、久しぶりだなバレーなんて」

 

「そうだな。俺も中学の時の体育でやったくらいか……」

 

 

バトルとなると燃える二人。

しっかりと入念に準備体操を行う。

すると、一夏が脚の裏を伸ばしていると、その上から影がかかる。

 

 

「なぁーに真面目に準備体操なんてしてんのよ」

 

「うお?! って、鈴か……。これからビーチバレーやるからな。しっかり筋肉ほぐしとかないと、怪我するからな」

 

「ふぅーん。じゃあさ、私が組んでやるわよ!」

 

「えっ、いいのか?」

 

「あったりまえじゃない! 私が入ったからには、勝ちは決まったものよ!」

 

「ああ。鈴がいれば百人力だな」

 

 

スポーティーな水着に身を包んだ鈴。

その身軽そうなイメージに合いそうな、短パン型の水着。

そしてそんな鈴が、一夏と同じチームに入ると言っている。

今のところメンバーは和人、一夏、鈴、本音、ナギ、癒子と六名が揃った。

 

 

「よし! そんじゃあ、行きますか!」

 

 

 

三人ずつに分かれて、設置したコートに立つ。

一夏、鈴、ナギのチームと、和人、本音、癒子のチーム。

男子は綺麗に分かれ、運動神経のいい鈴と癒子が分かれる。問題は、本音がどこまで動けるか……。

 

 

 

「ふっふっふ……。《7月のサマーデビル》と呼ばれた私の実力を見よ!」

 

((なんかよくわからんが、二つ名持ちだったのか!?))

 

 

 

驚く一夏と和人をよそに、癒子からのサーブ。

それをナギがレシーブ。ナギは陸上部である為、そこそこに運動神経がいい。癒子の強烈なサーブを難なく受け止め、宙に浮かせる。

そこに鈴が入ってきて、短くトスする。

 

 

 

「一夏!」

 

「オーライ!」

 

 

続けて飛ぶ一夏。

ルールとしては基本的に普通のバレーと変わらない。

点数制で、先に10点を取ったほうが勝ち。

相手のコートにボールを返すのには三手まで。

強すぎるアタックは無しと言うアマチュアルールで行っている。

 

 

 

「それっ!」

 

 

一夏の放ったアタックは、まっすぐ本音の元へと飛んでいく。

本音は驚いた様子でジタバタしていたが、たまたま伸ばした左手にボールが当たり、これまた偶然にもネット前に程よいトスが上がる。

 

 

「もらった!」

 

 

そのトスに合わせるようにして、今度は和人が飛ぶ。

そして、誰もいないスペースに向けて、アタックを放つ。

 

 

 

「任せなさい!」

 

 

 

が、そこに滑り込んでくる鈴。運動神経の塊と言ってもいいくらいの反射神経で、ボールを宙に浮かせる。

 

 

「織斑くん! もう一度……!」

 

「はいよ!」

 

「させるか!」

 

 

アタックを打とうとする一夏に対して、それをブロックしようとする和人。

だが、一夏は咄嗟に打点をズラしてアタックはせずに、ゆるりと和人の頭を超える打球を打った。

そしてそれはゆっくりと砂浜のコートに落ちていき、一夏たちのチームが先制点を取った。

 

 

「よし!」

 

「まぁ、こんなもんよねぇ〜」

 

「流石織斑くん!」

 

三人集まってハイタッチ。

反対側のコートでは、悔しがる癒子と本音、和人の姿が。

 

 

「あの瞬間に打ち方を変えてくるとはな……」

 

「あと少し早く動けてたらね」

 

「うむ〜〜、おりむーもやるなぁ〜」

 

 

 

そして、その後一進一退の攻防が繰り広げられた。

その熱気に誘われたのか、生徒たちがどんどんと集まってきて、もはやスポーツ観戦状態になった。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ちょっと休憩したいな……」

 

「何よ、もう息あがってんの?」

 

「無茶言うなよ……散々飛びまくってんだぞ?」

 

「まぁ、向こうにいる和人も同じか……」

 

 

 

鈴の視線の先には、一夏と同じように荒い息を整えようとしている和人の姿が。

 

 

「それでは、ここはわたくしにおまかせくださいな!」

 

「ん、セシリア?」

 

 

和人の元にセシリアがやってきて、どうやら交代するようだ。

青い水着が、見事なプロポーションのセシリアにとても似合っている。

モデルなどで雑誌の撮影もやるセシリア。

魅力的なそのスタイルに青い色が映える。ブルー・ティアーズ……ウンディーネと、青と水がよく似合うセシリア。

つけていたパレオを取り、コートの中へと入っていく。

 

 

 

「それじゃあ、私も参加するね」

 

「本音ちゃん、変わって変わって!」

 

「はいはいはい! 私もー!」

 

「理子が行くなら私も行くよ!」

 

 

一夏の代わりはクラスメイトの鷹月 静寐が務め、ナギのところには、ハンドボール部の相川 清香が。

そして、癒子の代わりは国津 玲美が務め、本音の代わりを岸原 理子が務める。

 

 

「へぇー、セシリアもやるの?」

 

「ええ。勝負事となると、わたくし黙っていられませんので」

 

「ふぅ〜ん。じゃあ、返り討ちにしてやるわよ」

 

「出来るものなら……の話ですわよ!」

 

「上等じゃない!」

 

 

もはや二人だけの対決になり、一緒にチームになっている面々もたじたじだが、一緒にやるからには負けないと言う勢いが感じられる。

 

 

 

「すげぇ熱気だな……」

 

「はい……。本気になった女の子達って、凄いですね……」

 

 

一夏と和人は、日陰のところへと行き、癒子と本音もまた、自分たちの荷物が置いてある場所までいく。

 

 

 

「あっ、一夏! 和人! お疲れ」

 

「ん……シャル」

 

 

と、そこへシャルロットがやってくる。

両手にスポーツドリンクを持って、それを一夏と和人に手渡す。

 

 

「二人とも、汗かいてるでしょう?」

 

「おう、助かる」

 

「ありがとう、シャル」

 

「どういたしまして♪」

 

 

ニッコリと笑うシャルロット。

シャルロットもセシリアに負けず劣らずのプロポーションの持ち主だ。

そしてセシリア同様、胸を強調するようなオレンジ色の生地に、黒い線がチェック柄のようになっている水着を着ている。

先週レゾナンスで会った時に買った物だ。

 

 

「ど、どうかな……僕の水着……」

 

「お、おう。すごく似合ってると思うぞ! シャルはセンスがいいからな! ねぇ、キリトさん?」

 

「あ、あぁ。シャルロットもその、魅力的だと思うぞ?」

 

「そ、そっかぁ……。あ、ありがとう」

 

 

 

シャルロットは頬を赤く染めながら俯く。

二人の表情からは、お世辞や洒落といった様な言葉を用いたとは思えなかった。

だからより一層嬉しいと思ったし、なんだから気恥ずかしい気持ちにもなった。

それは一夏たちも同じだった様で、一夏は慌てて話題を変える。

 

 

 

「シャルもやってきたらどうだ? シャルならいい試合できそうだけど」

 

「うん。でもその前に……」

 

 

一夏がビーチバレーを進めるが、そこでシャルロットが後ろからあるものを取り出す。

 

 

「いいっ!?」

「うおっ?!」

 

 

それは全身包帯姿の何かだった。

 

 

「な、なんなんだ……このミイラお化け……!」

 

「ほら、やっと一夏の前に出られたんだから、せっかくだからちゃんと見せなよ」

 

「ちょっと待て! まだ心の準備が……」

 

「ん? その声、ラウラか?」

 

 

声の主はラウラだった。だが、何故に全身を包帯で覆っているのか……?

 

 

「大丈夫だよ。せっかく選んだ水着なんだから、見せなきゃもったいないよ」

 

「だ、大丈夫かどうかは、私が決める……!」

 

 

ラウラはどこか落ち着かない様子だった。

声には余裕がなく、それを見ていたシャルロットは、なんだか楽しそうだった。

 

 

「へぇ〜。じゃあ、僕だけ一夏たちと遊んじゃうけどぉ〜……いいのかなぁ?」

 

「なっ?! そ、それはダメだ! ええい!」

 

 

耐えきれないとばかりにらラウラは覆っていた包帯を全て取り除いた。

そして、その中からは黒いレース生地の水着に身を包み、顔を赤らめてモジモジしているラウラが出てきた。

 

 

「っ……おお!」

 

「こ、これは……!」

 

 

小柄なラウラにしたら、あまりにも扇情的な水着だった。

一夏が刀奈に進めた水着と似たような色合いで、胸元のリボンやレース生地が、ラウラの銀髪とよく映える。

 

 

「笑いたければ、笑うがいい……」

 

「いや、その……」

 

「笑えないよ……。その、とてもよく似合ってるからな」

 

「な、なにっ?!」

 

「いや、だからなーー」

 

「いっ、一夏、か、和人! その……」

 

 

こういうことに慣れていないせいか、普段からは想像できないほど混乱しているラウラ。

だが、そんなラウラにとどめを刺す様に、一夏が褒める。

 

 

 

「とっても似合ってるよ、ラウラ。可愛いと思う」

 

「か、かわっ?! そ、そそそ、そんなわけあるか! わ、私が可愛いなどと……」

 

「ねぇ、キリトさん。可愛いと思いますよね?」

 

「あぁ。ラウラらしい可愛さだと思うぜ」

 

「へ、へぇ?!」

 

「ほらぁ、良かったじゃないラウラ! 二人とも可愛いってさ」

 

「そ、そうか……。私は……可愛いのか……」

 

 

 

もはや今のラウラには何も聞こえない。

先ほども赤かった顔が、さらに赤くなり、胸の前で両手の人さし指指の先をツンツンとしている。

 

 

「あらぁ、ラウラちゃん可愛いじゃない!」

 

「うんうん! なんだお人形さんみたいだよ!」

 

 

と、そこへ明日奈と刀奈がやってくる。

その後ろには、黒い生地に緑色のドット柄のビキニ水着を着た簪の姿があった。

スカート型になっているため、フリフリのついた装飾が、とても可愛らしく見える。

 

 

「カタナ、遅かったな」

 

「うん。簪ちゃんの水着を鑑賞してました……♪」

 

「いろいろと大変でした…………」

 

「あはは……」

 

 

オイルを塗るだけにしては、中々戻ってこないと思っていたが、げっそりとしている簪の姿を見れば、なんとなく納得がいった。

 

 

「簪ちゃんが可愛くて可愛くて……♪」

 

「簪……大丈夫か?」

 

「うん……なんとか……」

 

 

簪のことになると、歯止めがきかなくなる姉。

もうそんな姉の行動には、簪も慣れて来てはいたようだが……。

 

 

 

「ほらほら簪ちゃん! 思いっきり遊ぶわよ!」

 

「うわぁ! ちょ、ちょっと待って、お姉ちゃん!?」

 

「ほぉら、キリトくんにチナツくんも! 今のうちに遊んでおかないと!」

 

 

 

元気に海へと走り出す刀奈と簪を追いかける様に、明日奈が和人と一夏を連れ出す。

 

 

「はいはい……よっと!」

 

「シャルとラウラも……。一緒に行こうぜ」

 

「うん!」

 

 

シャルロットがラウラの手を引き、全員海に向かって一直線に走り出したのだった。

 

 

 

 




中途半端で終わったので、次も海での遊泳になります。
もちろん、千冬と箒達による女子会もなりますので、お楽しみに!

感想、よろしくお願いします(^o^)



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第33話 海に着いたら11時!Ⅱ

女子会まで行けなかった(ーー;)





「さぁさぁ! 遊び倒すわよ!」

 

「も、もう! お姉ちゃんってば!」

 

 

慌てながらも刀奈のついていく簪。

だが、それはそれで嬉しかったりもする。

二年もの間、一切会話する事が出来ないでいた姉。

体を動かすことも出来ず、こうやって一緒に遊んでいられることが、とても幸せなものに感じる。

昔からこうやって、なりふり構わず人を自分のペースに引きずり込んでいた姉。それは姉のカリスマ性とも呼べる何かで、実現していた。

が、SAO事件より前に、自分と姉の間には、途轍もなく深い溝ができた。

姉だって無理をしていたのかもしれない……。だが、当時の自分は、そんなこと考えもしなかった。

だからこそ悔やんだのだ。あの日、姉ではなく、自分がナーヴギアを被っていれば、と……。

だけど、それはそれで違う。

もしそうなっていたのなら、姉が自分と同じ気持ちになっていたかもしれないからだ。

だから言わない。自分が犠牲になっていれば……何てことを、もう絶対に姉には言わないでおこうと誓った。

 

 

 

「ほらほら簪ちゃん、行くわよ!」

 

 

海に入り、手を付けた海水を思いっきり簪に向けてかける。

簪はその海水を真正面から受ける。

その顔に眼鏡はない。元々視力はいい方なので、眼鏡をかける必要はないが、あれは空間ウインドウを表示するデバイスらしい。

だが、今はそんな物いらない。

今はただ、姉との間に空いてしまった二年間の関係を、取り戻したい……!

 

 

「もう! お姉ちゃん、お返し!」

 

「きゃあ?! やったわねぇ〜!」

 

「お姉ちゃんから先にした! だから正当防衛!」

 

「なんの! ならばこれを喰らいなさい、はあぁっ!」

 

 

普段からでは見られない、大いにはしゃいでいる姉妹の光景。

それを見ていた一夏の顔は、少し微笑んでいた。

 

 

「何を見てるの、一夏?」

 

「え? いや、なんでもないよ」

 

 

と、後ろからシャルロットに声をかけられ、慌てて視線をそらす。

が、シャルロットはニヤリと笑いながら、一夏を覗き込む様に見る。

 

 

「えぇ〜、なんでもなくないよねぇ〜? 今すっごく優しそうに楯無さんと簪のこと見てたし……」

 

「ううっ…………なんでもないってば……」

 

「はいはい、そういう事にしておくよ……。それよりもさ、まだ時間はたっぷりあるんだし、とことん遊ぼうよ!

臨海学校の自由時間も今日だけなんだしさ、遊ばなきゃ損だよ」

「そうだな。にしても、ビーチバレーの方は……もう何が何だか分からない位に盛り上がってるな」

 

 

 

ふと視線をビーチバレーをしている者達に向ける。

コートを挟んで睨み合うセシリアと鈴。

それに応じて熱気が高まる生徒たち……。いつの間にか、大所帯になっていた。

 

 

 

「うわぁ〜! 凄く盛り上がってるね、キリトくん」

 

「あぁ……。まさかここまで白熱しているとはな。でも、その他にもいろいろやってるぞ?」

 

 

 

ビーチバレー以外にも遠泳をしている生徒や、幼い頃に帰って砂で城を作ったり、それ以外にも、用意されていた休憩所でかき氷を食べている生徒もいる。

と、そんなことを思っていると、一際歓声を集めた人物がいた。

それは……。

 

 

 

 

「ビーチバレーですか、いいですね!」

 

「ふむ」

 

 

 

欲張りボディをさらけ出した山田先生と、大人なセクシー水着で生徒達を圧巻させる織斑先生のご登場だった。

 

 

 

「織斑先生かっこいいぃ〜!」

 

「モデルさんみたぁーい!」

 

 

 

特に歓声が上がったのは千冬だ。

普段はスーツ姿か、ISの実習訓練の時にはジャージ姿しか見せないので、こう言った開放的な姿は初めて見せる。

しかも水着のセンスが抜群だと、歓声を上げる生徒達が多かった。

 

 

 

「…………」

 

「ふーん。あれがチナツの選んだ水着なのねぇ?」

 

「うお!? カタナ、いつの間に?」

 

「千冬さんに対する歓声に気づいてね。にしても……」

 

 

 

実の姉に対しても、自分と同じ様な水着を選んだと思うと、刀奈にとっては複雑な感じだったに違いない。

 

 

 

「私と似通った水着ね」

 

「違うって、あれは千冬姉が選んだものなんだよ!」

 

「でも最終的に選んだのはチナツなんでしょう? それに、なんだか私が着ているのより露出度高くない?」

 

「それはもう千冬姉のスタイルのせいだろ……」

 

「なによ、それって私がスタイル悪いって言っているの?」

 

「なんでそうなる!? カタナだって負けてないって」

 

「にしてはねぇー……。どうにも水着姿を見た時の反応が……」

 

「普通だって! それに、別にそう言う意味じゃないんだよ。千冬姉の水着姿なんて、俺、見たことなかったからさ」

 

「そう。なら、そういう事にしておくわよ」

 

 

 

納得したかはともかく、これで刀奈の機嫌を損なう事はなくなったわけで、一夏達も再びビーチバレーのコートの方へと向かう。

 

 

 

「先生達もやりませんか?」

 

「私たち代わりますよ!」

 

「だそうですよ? 織斑先生」

 

「ん……まぁ、いいでしょう」

 

 

 

ここへ来て、千冬と真耶がコートに入る。

それぞれ別の面に入り、先生たちと一緒にプレーする様だ。

 

 

「織斑、楯無! お前達も入れ」

 

「「っ!?」」

 

 

千冬からの突然の指名に、驚く二人。

 

 

「なに、そう身構えるな。お前達ならば、もっと試合を面白くできるだろう?」

 

ニヤッと笑う千冬。

少しばかりS気の表情が含まれており、一夏は苦笑いを浮かべるが、隣にいる刀奈もまた、好戦的な笑みで返す。

 

 

「チナツ、やりましょう……!」

 

「マジで?!」

 

「ええ、これは千冬さんからの挑戦状よ。ここで引き退ったら、女が廃るわ」

 

「…………わかったよ」

 

 

 

姉に恋人と、もはや避けられない戦いに巻き込まれてしまったと認め、諦めた。

 

 

 

「よろしい……。ではこちらには、桐ヶ谷、結城。お前達が入れ」

 

「ええっ! 私たちもですか?!」

 

「お前達なら、あいつら二人の動きがわかるだろう? それに桐ヶ谷、お前は決着をつけていなかっただろう……」

 

「っ……見てたんですか……。アスナ」

 

「うん! やるからには絶対勝とうね、キリトくん!」

 

「オーライ、行くぞ!」

 

 

 

急遽始まった先生対生徒のバレー対決。

一夏と刀奈、真耶という織斑チーム陣営と、和人と明日奈、千冬という桐ヶ谷チーム陣営。

注目の一戦の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

「千冬姉は手強いからな……。最初から全開で行こう!」

 

「オーケー!」

 

「サーブ、来ますよ!」

 

 

 

先攻は千冬陣営。

助走をつけ、空にあげたボールを追いかける様に、天高く飛ぶ千冬。

 

 

 

「いきなりジャンピングサーブかよ!」

 

「フンッーー!!!!」

 

 

 

バシッと思いっきりボールが打たれる音が響き、加速しながら相手のコートへと向かうボールは、凄まじい勢いで飛んでくる。

 

 

「任せて!」

 

 

が、ここは刀奈が動き出していて、そのボール右腕を伸ばしセーブ。

上がったボールを真耶がトスし、これに合わせて一夏が飛ぶ。

 

 

「おりゃあッ!」

 

 

今回は手加減一切なし。

コートの隅の方にアタックしたボールが突き刺さる。

 

 

「ポイント、織斑チーム!!!!」

 

 

審判役を買って出た清香が大声で宣言する。

大きな歓声が上がり、一夏達はハイタッチをする。

まるで、本当のバレーの試合を見ている様であった。

 

 

「さすが、俺たちの動きをしっかりと見てからの判断だったな」

 

「相手の動きを先読みするから、後手に回るのは得策じゃないよね」

 

「なに、すぐに取り戻せばいいだけだ。次はこちらが決めれば問題ない」

 

「「あはは……」」

 

 

 

今のアタックで、千冬のスイッチが入ったのか、より好戦的な眼に変わった。

そして、今度は一夏の方からのサーブ。

これは真耶が行い、無難に普通のサーブを打ち出した。

 

 

「アスナ!」

 

「わかってる!」

 

 

 

互いに掛け声をあげ、明日奈がサーブを受け、そのままあげると、その後ろから助走をつけた千冬が走ってきて、そのままバックアタック。

 

 

 

ドウッ!!!!

 

 

 

「なっ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

 

ボール打った瞬間の音が、重く響く様な物で、打たれたボールのスピードも、ジャンピングサーブの比じゃなかった。

ボールはサーブを打った真耶の目の前に突き刺さり、誰もそのボールに反応できなかった。

 

 

「ポイント、桐ヶ谷チーム!!!!」

 

「うおおお!!! すごい!」

 

「織斑先生カッコイイ!!!!」

 

「バックアタックなんて早々出来るもんじゃないよね!」

 

 

一夏が決めた以上に生徒達が興奮する。

 

 

「ガチじゃねぇか……!」

 

「眠れる獅子を起こした……ってところかしらね」

 

「獅子で済めばいいですけどね……」

 

 

千冬の大技に驚き、固まっていた一夏たち。

千冬は余裕の笑みを見せ、和人たちと拳を合わせる。

パワーでは向こうが有利。ならばこっちの取れる作戦は……。

 

 

「スピードで勝負だな」

 

「やっぱりそうなっちゃう?」

 

「で、でも、どうするんですか? 正直織斑先生はディフェンスも硬いと思いますが……」

 

「簡単です。真正面から撃ち合わなければいいんですよ」

 

「…………へぇ?」

 

「とりあえず、山田先生はリベロとして、守備に徹してください。あとは私とチナツがやります」

 

「わ、わかりました……!」

 

 

 

 

一夏と刀奈がアイコンタクトで合図を送り合う。

それを千冬たちも確認し、こちらは千冬が背中越しに二人にサインを出す。

 

 

 

「結城、サーブを」

 

「はい」

 

 

 

今度は明日奈のサーブ。

千冬ほどではないが、綺麗な体の動きと流れから、華麗なサーブを打ち出す。

これを作戦通りに、真耶がリベロとして受け止め、ネット前に絶妙なパスボールができた。

 

 

「桐ヶ谷、ブロック!」

 

「はい!」

 

 

ネット前では、刀奈がアタック態勢に入っており、それを防ぐために和人が飛ぶ。

が…………。

 

 

「ほい!」

 

「えっ?」

 

 

 

突如アタック態勢から両手をだし、右サイドへと軽いトス。

そしてそこには、アタック態勢に入った一夏の姿が……。

 

 

 

「オラァッ!」

 

 

バシッ! と強烈な音が鳴る。

一夏のいた右サイドから、急角度で放たれたアタックは、誰もいないコートの隅っこの方へと突き刺さり、そのボールを取れるものはいなかった。

 

 

 

「ポイント、織斑チーム!」

 

「うわおぉ‼︎ 凄ぉ〜い!」

 

「見た?! 今のコンビネーション!」

 

「カッコイイーー!」

 

 

 

フェイントからの強襲。

しかもトスからアタックまでの時間が極端に短い為、反応速度で勝る和人や千冬でも追いつけなかった。

 

 

「ほほう……中々やるな」

 

「あいつら相性いいですからね……!」

 

「それに信頼度も高いし……」

 

「なるほど。だが、それはお前たちも同じなのだろう?」

 

「当然!」

「もちろんです!」

 

「ならばら負けてられないな」

 

「「はい!」」

 

 

 

相性の良さなら、こちらとて負けてない。

ともに最前線を潜り抜けてきた二人だ。そう易々と一夏に負けるつもりはない。

 

 

 

「行くぜ、チナツ!」

 

「望むところ!」

 

 

 

 

 

 

その後、試合は接戦となり、お互いが点を取れば取り返すの繰り返し、アタックの打ち合い、ナイスセーブのオンパレード。そして長々と続いたラリー。

白熱した中にも、背筋がゾクッとする様な緊張感に、包まれていた。

が、それも……決着がつく時が来た。

 

 

 

「フンッ!!!!」

 

「ヤベッ!」

 

 

 

千冬のアタックが炸裂する。

一夏、刀奈、真耶の三人も、全神経を集中してボールを追うも、無情にもボールはコートの地面へと落ちた。

 

 

 

「ポイント、桐ヶ谷チーム! 10ー8で、桐ヶ谷チームの勝利ーー!!!!」

 

 

 

互いに全力を出し切った。

一夏と和人は仰向けに倒れ、千冬以外の女性陣も、その場に座り込んで、息を整えていた。

 

 

「はぁ……はぁ……くそ、負けた……」

 

「でもまぁ、織斑先生相手に、よくやったと思うわよ……」

 

「そうですよ! 二人とも、頑張りましたね。ありがとうございます」

 

一緒に戦ってくれた二人に、真耶は軽くお辞儀をする。

一夏たちも、楽しくプレーできたことに満足している様子であった。

そして一方の千冬たちは……

 

 

 

「はぁ……はぁ……織斑先生、全然、息が上がってないですね」

 

「当然だ。お前たちも、もう少し鍛えておいた方がいいのではないか? 桐ヶ谷、結城」

 

「ふぅー……。これでもしっかりと鍛えてるつもりなんですけど……」

 

「鍛え方が足りないのさ……。だがまぁ、よくやってくれたな」

 

 

千冬が手を差し出して、明日奈はそれをしっかりと握り、立ち上がる。

その後に和人の元へと行き、和人の腕を引っ張って起こす。

 

 

「さて、さすがに私も疲れた。お前たちは熱中症には気をつけて、今のうちに遊んでおけ。

明日からはISの稼働テストもあるからな……。皆も水分はこまめに取っておけ! いいな?」

 

「「「「はぁーーい!!!!」」」」

 

 

 

そう言うと、千冬は颯爽とその場を後にした。

流石というかなんと言うか……。

その後も、海水浴を行い、生徒たち全員が思い思いに過ごし、つかの間の自由時間を堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

時が過ぎ、あたりは夕焼けの色に染まっていた。

海の彼方に向かって沈む太陽を、切り立った崖の上から眺めていた人影が一人。

今日はあまり皆と遊ぶことはしなかった。

いや、できなかったのだ。

先週。とある人物に電話し、ある物を頼んだ。その人物は、快くそれを承諾し、そのある物を持ってきてもらう約束までした。

だが、その人物に会うこと自体、実に六年ぶりとなる。たった一人で世界を変え、世界中から指名手配されている人が、明日……やって来るかもしれない。

そう思うと、とても遊んでなんかいられなかった。

 

 

 

「こんなところで何をやっている?」

 

「っ!?」

 

 

 

物思いにふけっていると、突然後ろから声をかけられた。

そこには、自分の担任の先生である、織斑 千冬が立っていた。

 

 

「ちふ……織斑先生」

 

 

 

幼い頃からの癖で、思わず普段と同じ様に呼んでしまいそうだったが、今が職務中だということを思い出して、訂正した。

その人影……篠ノ之 箒は、千冬の問いに、どう答えていいものか悩んでいた。

 

 

 

「姿が見えないと思っていたが……まさか、ずっとここにいたのか?」

 

「いえ、ずっとでは……。でも、気づいたら、いつの間にかここにいて」

 

「そうか……。何か悩み事か?」

 

「いえ、そう言うわけではないんです」

 

「では、束のことだな」

 

「…………」

 

 

 

沈黙。

それは肯定したのと同じことの様に思えた。

 

 

 

「明日は7月7日だからな……」

 

「はい……」

 

「…………これはまだ、未確認事項なんだが」

 

「ん?」

 

「今日、旅館に束が現れたそうだな?」

 

「…………一夏から、聞いたんですか?」

 

「まぁな。時期が時期だ……お前に会うために来たのだろう」

 

 

 

そして、その時に渡すものがある。

 

 

 

「まだ時間はあるが、早めに旅館には戻れよ? 風呂や夕飯の時間は決まっているからな」

 

「はい。もう少ししたら、戻ります」

 

「ああ……」

 

 

千冬はそのまま踵を返して旅館の方へと向かっていく。

残った箒は、再び夕焼けに視線を持って行った。

青い海を紅く染めたその夕日の色に、あの時の会話が蘇ってきた。

 

 

 

ーーーー最高にして規格外! そして “白と並び立つ者” その機体の名前はぁ〜

 

 

 

 

「ーーーー紅椿……!」

 

 

 

 

その目には光が宿った。

まだ不安定で危なっかしい……。だが、一縷の希望を秘めた光が……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

まだまだ一日は終わってないとばかりに、旅館内は活気に満ちていた。

指定の時間となり、今は女子達が一日の疲れと汗をお湯で洗い流している時間。

IS学園の特別措置として、男湯も女子達が占領している。

でないと、さすがに一クラスだけでも女湯単体では全員がお湯に浸かれない。

そして、残る男子二人は、決められた時間でないと温泉には入れない。

なので、夕食後に一夏達は入る事になっているのだ。

夕食もまた同じ。広い部屋をいくつも使って、全員が自由に席を使える。

IS学園は国際色豊かな事もあって、正座が出来ない外国人の生徒達のために、テーブル席まで用意しているみたいだった……。

流石は日本の “おもてなしの心意気” というやつだろうか。

 

 

 

「おお……!」

 

「めっちゃ豪勢……!」

 

 

出された料理は、新鮮な魚介をふんだんに使った料理。

とれたての魚の刺身や、アラで採ったダシ汁で煮込んだ吸い物。

旬の野菜やお肉なども取り揃えてあり、食べ応えのある物ばかりだった。

 

 

「久しぶりだな、こんな豪勢な食事」

 

「そうなの? 家はそうでもないかなぁ……?」

「私も。京都の本家では、こんな感じかな」

 

「お嬢様方の間では、普通なのか……?」

 

 

 

普通の一般家庭で出てくる食事ではないだろうと思ったが、暗部の家系のお嬢様に京都に本家を構える由緒ある家柄のお嬢様方二人からしてみれば、案外食べ慣れた物らしい。

 

 

「刺身も新鮮だな、どれどれ」

 

刺身を一切れ取り、ワサビをのせ、刺身醤油につけて食す。

新鮮な魚の旨味と、ワサビのほんのりツーンとくる刺激がたまらない。

 

 

「んんっ! うまい、さすが本わさ!」

 

「本わさ?」

 

 

一夏の左隣には、もちろんのごとく刀奈が座っており、さらに左に座っていたシャルロットが、一夏の言葉に耳を傾ける。

 

 

「ねぇ、一夏。本わさって何?」

 

「ああ、“本わさ” っていうのは、生ワサビからそのままおろしたやつの事だよ。

普通にスーパーなんかで売られているのは、“練りわさ” って言って、ワサビと別の物を混ぜたやつなんだ。

本わさの方が、風味も味も一段とうまいんだよ……!」

 

「へぇ〜、そうなんだ……!」

 

 

シャルロットはそのまま、視線をワサビの方へと向ける。

そして何を思ったのか、ワサビの山を箸でつまみ、その山を一口で食べてしまった。

 

 

「えっ?!」

 

「ちょ! シャルロットちゃん?!」

 

「んんっ!!!?」

 

 

 

一夏と刀奈が止めようとするも、時すでに遅し。

食べたシャルロットは、涙目になりながら、鼻を摘んでプルプルと体を震わせている。

 

 

「ちょっと、何やってるの……。ワサビはそのまま食べる物じゃないのよ」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

「大丈夫か? シャル」

 

「う、うん……だ、大丈夫。ふ、風味があって、美味しいよ……?」

 

「ほら、お茶飲んで……こんな時まで優等生にならないの。ワサビはあくまで薬味なんだから……」

 

「うう……ごめんなさい……」

 

 

 

ひとまずお茶を流し込んで、ワサビの辛さを和らげる事は出来たが……。

事はそれだけにとどまらなかった。

その原因は、一夏の右隣にいる人物のせいだ。

 

 

 

「んっ……くう……!」

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

「な、何がですの? わ、わたくしは、大丈夫……ですわ……!」

 

「いや、結構辛そうに見えるが……?」

 

 

 

 

セシリアだった。

慣れない正座をしているためか、先ほどからずっと体を細く震えさせながら、あちらこちらに態勢を変えている。

どうやら、足が痺れてきているようだ。

 

 

 

「辛いなら、席を代わってもらったらどうだ? テーブル席なら、まだ空きはありそうだけど……」

 

「い、いえ! 問題ありませんわ!」

 

 

 

気を使う一夏だったが、断固としてこの場を離れることをしないセシリア。

 

 

 

「この席を確保するための労力に比べれば、これくらい……!」

 

 

と、いう理由だ。

当然他の子達も同じ考えだったようで、一夏の隣には、必ず刀奈が座ると思っていた……。ならば、もう一つの隣ならば、まだ確保することができるはずと……。

そこからは、早い者勝ちだ。

誰が一番先にその場に座れるか……。一種の椅子取りゲームが、その会場で密かに行われていたのだが、それを一夏が知る由はない。

 

 

 

「なんか言ったか?」

 

「い、いいえ! なんでもありませんわ!」

 

 

幸い、今の発言は聞こえてなかったようで安心したが、その隣では、刀奈がにっこりと笑っていた。

全てお見通し……と言っているかのようであった。

それに付け加え、先ほどからツンツンと自身の足を突いてきている。

それを無視しながら、必死に耐えていたのだが……

 

 

 

「んっ……んあっ!」

 

「うおっ……ほら、だから無理しないほうがいいって言ったのに」

 

「も、もう〜! 楯無さんのせいですわ!」

 

「あらぁ〜? なんのことかしら……?」

 

 

 

だが、今更また正座をする気にもなれず、セシリアは女の子座りのまま動かない。

 

 

 

「セシリア。別に正座は強制ではないんだぞ?」

 

「で、ですが、これが日本の礼儀だと……」

 

「でも、辛い気持ちで食事をしても、美味しくないだろ?」

 

「それは……」

 

「別に正座が出来ない事は恥じゃないさ。それに、せっかく美味しい料理を、美味しく食べてもらえなかったら、旅館の板前さん達が悲しむぞ?」

 

「一夏さん……」

 

 

 

心優しく接してくれる一夏に、セシリアは天啓を授かったと言わんばかりに目をウルウルさせていた。

一夏の説得に従い、無理に正座をすることなく、セシリアは目の前の料理をいただこうとしたのだが……。

 

 

「あ……」

 

「ん? 今度はどうした」

 

「あ、いえ……」

 

 

目の前には美味しそうな料理がたくさん並んである。

今すぐ食べてたかったのだが、問題はその料理を食べるのに使う物にあった。

 

 

 

(わ、わたくし、まだお箸が使えませんわ……!)

 

 

 

そう、外国人のあるあるネタ。

基本的にフォーク、スプーン、ナイフで食べる外国人。箸で食事をするのは、せいぜい日本か中国、ベトナムと言ったアジア諸国ぐらいなものだろう。

ましてや、イギリス出身のお嬢様であるセシリアは、基本的に箸は使わない。

なので、どうやって食べようかと迷っていると、ふと、セシリアの視線は自身の前方へと向かった。

 

 

 

 

「ん! これ美味しいな。なぁアスナ、これ作れないか?」

 

「うーん……出来なくはないと思うけど、色々改良して味を見てみないとわからないかなー」

 

「大丈夫だ。アスナなら出来る!」

 

「もうー、すぐそうやって……。ほんとご飯の事になると目の色が変わるね、キリトくんは」

 

「いやだってさ、うまいんだって! ほら、アスナも食べてみろよ」

 

 

 

そう言って、和人は自身の料理を明日奈の口元へと持っていく。

 

 

 

「ええっ? キ、キリトくん、ここで?」

 

「いいから、食ってみろって」

 

「ん〜〜っ、あ、あ〜ん……」

 

 

頬を赤く染めながら、和人の料理を食べる。

確かに美味しいのだが、それよりも周りからの視線という鋭利な剣が突き刺さるため、恥ずかしいことこの上ない。

 

 

「な? 美味いだろ?」

 

「う、うん……美味しいね……あはは」

 

「いいなぁー明日奈さん」

 

「ラブラブねぇ〜」

 

「羨ましい……!」

 

「ちょっ、みんな何言ってるのよ……!」

 

 

 

案の定周りからの指摘が来た。

そして、その視線は明日奈を通り越して和人へと向かう。

 

 

 

「き、桐ヶ谷くん! 私たちも……」

 

「それはダメ!」

 

「ええ〜! 明日奈さんだけずるいですよぉ〜」

 

「そうですよ! 桐ヶ谷くんと織斑くんは、一組の共有財産なんですよ?」

 

「ならば! 私たちにだって食べさせて貰える権利がある筈です!」

 

「ううっ……! で、でも、ダメなものはダメなの! キリトくんは私のなの!!!」

 

 

 

 

必死で和人を守ろうとする明日奈を見て、セシリアが閃いた。

 

 

 

(ーーーーこれですわ‼︎)

 

 

 

セシリアは改めて一夏の方を向き直ると……

 

 

 

「あ、あの、一夏さん?」

 

「ん? どうした」

 

「その、わたくし、まだお箸を使えませんの。ですので、その……」

 

 

 

自然と視線を和人達の方に向けるセシリア。

その視線を追って、一夏は和人達を見る。先ほどの食べさせ合いのことで盛り上がってる事から察するに、そう言う事なのだろうと思ったのだ。

 

 

 

「なるほどな。いいぜ、何が食べたい?」

 

「へぇっ?! いいんですの!?」

 

「あぁ。これくらいなら全然いいぞ? せっかくの料理を食べれないのは、いくらなんでもかわいそ過ぎるよ」

 

「〜〜〜〜っ! ありがとうございます、一夏さん!」

 

 

作戦成功。

一夏はセシリアの箸を持ち、刺身を一切れ摘む。

 

 

「あ、ワサビは少量でお願いします」

 

「おう、わかった」

 

 

マグロの赤身に、少量のワサビを乗せて醤油にに付ける。

 

 

「はい、あ〜ん」

 

「あ〜ん」

 

 

刺身を一口。

新鮮な魚の旨味とワサビの辛味、醤油の味と、一夏から食べさせてもらったという幸福感が、セシリアの口いっぱいに広がった。

 

 

「〜〜〜〜っ!!!! 美味しいですわ!」

 

「あーーっ!! セシリアずるい! 織斑くんに食べさせてもらってるぅー!」

 

「なんですって!?」

 

「抜け駆けはよくないぞ!」

 

「セシリア、そこ代わりなさい!」

 

 

 

たちまち大騒ぎになった。

一方では明日奈が和人を守り、一方では一夏の周りに生徒達が押し寄せてくる。

とても食事なんてしている場合ではなかった。

 

 

 

「ちょ、落ち着けってみんな……!」

 

「もう、チナツが余計な事するから……」

 

「でも仕方ないじゃないか……。セシリアは箸使えないんだし、シャルだって、前に使えなくって、その時も俺がーー」

 

「うわあぁぁっ! 一夏、ダメだよそれ言っちゃーー」

 

「ふーん……シャルロットちゃんもねぇ〜……」

 

「あ……」

 

 

要らぬ墓穴を掘ってしまった感が強かった。

どうしようかと思っていると、いきなり一夏の後ろにあった襖が、勢いよく開かれた。

 

 

 

「お前達は静かに食事をする事ができんのか!!!!」

 

 

 

そこに鬼がいた。いや、正確には鬼教官がいた。

たった一言で、全体が静まり返ってしまった。が、そんな事を気にする千冬ではない。

事の元凶である一夏と和人を睨む。

 

 

 

「織斑、それから桐ヶ谷も」

 

「「は、はい!」」

 

「あまり騒ぎを起こしてくれるな。鎮めるのが面倒なんだ」

 

「は、はい……」

 

「すみませんでした……」

 

 

それだけを言うと、千冬はそのまま襖を閉めて戻って行った。

生徒達みんなで「はぁー」と盛大なため息を一つ。

席から離れていた生徒達は元の席に戻っていき、一夏もセシリアの箸を元に戻した。

 

 

「というわけでセシリア、悪いが自分で……」

 

「む〜〜〜!」

 

「あはは……やってやりたいのは山々なんだか、さすがにこれ以上騒ぎは起こせないよ」

 

「はぁー……仕方ありませんわね。頑張って使いこなすしかないようです」

 

「ああ、俺も手伝うからさ。なあ?」

 

 

 

 

その後、生徒達の食事は滞りなく進み。

じっくり食事を堪能した後は、就寝時間になるまで旅館内で自由に過ごす。

 

 

 

「はぁ〜あ〜、織斑くん達と遊ぼうと思って色々用意してきたのに……」

 

「織斑先生の部屋じゃねぇ〜……」

 

「「「はぁーーー」」」

 

 

 

盛大にため息をついていた。

男子は千冬と同じ部屋であるため、安易に遊びに行けないのだ。

今回の臨海学校で、何かしらのチャンスがあると思っていた生徒達はいただろう……。

だが、その希望も無情に散っていった。

 

 

 

 

「って、みんな思ってるはずよ」

 

「カタナちゃん、いいのかな……私達が行っても……」

 

 

 

が、その中で廊下を歩く生徒が二人。

明日奈と刀奈の二人だ。

その足取りは軽く、スタスタと千冬たちの部屋の方へと向かって歩いて行った。

 

 

「大丈夫よ。多分、織斑先生も来ることはわかってるだろうし……」

 

「そ、それでも……」

 

「もう、あんまり真面目にならない! こういうのが楽しいんじゃない!」

 

「そ、そう言うものなのかな?」

 

「そう言うものなのよ」

 

 

 

何かとバツの悪そうな明日奈の手を引いて、先導する刀奈。

そして、目的地である千冬たちの部屋の前まで来た。

襖を軽くノックし、中から声がかけられる。

 

 

 

『はーい?』

 

「チナツ、私よ。開けてもいい?」

 

『ああ、カタナか。いいぞ』

 

「失礼しまーす」

 

 

 

元気な声で襖を開ける。

すると、中ではパソコンをいじっている和人と、それを横で見ている一夏。その後ろでは、座椅子に座ってテレビを見ている千冬がいた。

 

 

「なんだ、やはり来たのか」

 

「はい、別に来てはいけない規則はなかったですから」

 

「ふん……。まぁ、いいだろう。だが、ちゃんと就寝時間には戻れよ?」

 

「わかっています♪」

 

 

 

千冬は特に追い返す素ぶりも見せずに、じっとテレビを見ていた。

そして明日奈と刀奈は、パソコンをしている和人の元へ。

 

 

 

 

「何してるの、キリトくん?」

 

「ん? あぁ、俺のISのプログラムを使って、ユイの視覚エンジンシステムにアクセスできないか、試してたんだよ」

 

「ユイちゃんの?」

 

「ああ。ユイは今まで、俺たちと会話をすることは出来ていたけど、ユイがこっちの世界の物を見たりすることは出来いからさ……。

だからどうにかして、それが出来ないかと思っていたんだが……」

 

「難しそうなの?」

 

「うん。でも、もう少しプログラムをいじって、何か代用出来ればいいんだけどな。まぁ、いつかは絶対に作ってみせるさ」

 

「うん! ユイちゃんもきっと喜ぶよー!」

 

 

 

 

娘の為になると、どんな事でもしてあげたくなる若き夫婦。

その為なら、ISの技術だって使う。

例えそれが篠ノ之 束にしかわからない技術だったとしても、必ずその技術を習得してみせる……。

愛する愛娘の為に……!

 

 

 

「おい、織斑。先ほどから桐ヶ谷達が言ってる “ユイ” と言うのは?」

 

「ああ、キリトさんとアスナさんの娘さんの事です」

 

「娘……?」

 

 

千冬は眉をひそめて、和人と明日奈を見る。

確かに二人ともいい夫婦にはなりそうだが、だが、まだ子供を持つとなると早すぎる。

と、いうより……

 

 

 

「おい、桐ヶ谷。お前たちはいつ子供を作った?」

 

「え? あ、ああ、いやそれは……」

 

「えっと、ユイちゃんは……その、ちょっと特殊でして……」

 

「特殊だろうとお前たちの子供なのだろう? しかし、まだ正式に結婚もしていない上で、子供を持つのは、いささか急じゃないか?」

 

「あぁ、えっと……」

 

「そ、そうなんですけど……」

 

 

 

和人も明日奈も、千冬にどう説明すればいいか迷ってしまったが、ここははっきりと言おうと決めた。

 

 

 

「ユイは、人間の子じゃないんです」

 

「ん?」

 

「えっと、ユイちゃんは、私達がSAOの中で出会った、プログラムAI。ある日、一人で彷徨っているところを、私とキリトくんで助けて、そのまま私たちの子供になったんです」

 

「プログラムAI?」

 

 

 

千冬も、自分が予想していた答えよりも斜め上をいく答えが返ってきた為か、少々驚いた様子で聞き返した。

 

 

「ええ。茅場の作ったSAO内で、精神的ダメージを負った際に、それを検査しカウンセリングをするAIとして、ユイは作られたんです。

あ、なんなら、話してみますか?」

 

 

 

そう言って、和人はパソコンのキーボードを打鍵していき、ユイとの通信をつなげる。

 

 

「ユイ、聞こえるか?」

 

『はい。どうしたんですか、パパ?』

 

「あぁ、ちょっと、お前と話したい人がいるんだ。だから、少しいいか?」

 

『はい! もちろんです!』

 

 

 

和人はちらっと千冬を見ると、千冬は改まって咳払いを一回し、パソコンの画面を見つめた。

 

 

 

「初めましてだな。私の名前は織斑 千冬だ」

 

『初めまして、ユイです! えっと、千冬さんと呼んでもよろしいでしょうか?』

 

「あぁ、構わんぞ。にしても、随分と礼儀正しい子だな。これは、母親に似たのか?」

 

 

 

ニヤニヤとしながら明日奈を見る千冬。

明日奈は明日奈で、褒め言葉としてそれを受け取り、「えへへ〜」と笑っている。

 

 

 

『千冬さん……。どこかで名前を……あっ! ありました、モンド・グロッソ優勝者にして、《ブリュンヒルデ》の称号を持つ、世界最強のIS操縦者さんですね!』

 

「ん……よくもまぁ、そんな簡単に見つけ出すものだな」

 

『えへへ♪ 私はある程度の事なら、なんでも検索できますから』

 

「そうか……」

 

『あと、いつもパパとママがお世話になってます!』

 

「お、おい、ユイ?!」

「ユイちゃん?!」

 

「はっはっは! これは、とんだ子供を持ったな、お前達は……! 何、当たり前だ。私は教師で、お前の両親は生徒だからな……」

 

『はい! これからも、よろしくお願いします!』

 

「ふん……まぁ、お願いされるとしよう」

 

 

 

普段はあまり見られない千冬の顔。

幼い子供を相手にした千冬は、こんなにも優しそうな顔をするのか……。

 

 

 

「そう言えば、うちの弟とも面識はあったんだな……」

 

『弟……ああ、チナツさんですね?』

 

「あぁ……。こちらこそ、不出来な弟がいつも世話になってるな」

 

「ちょっ?! 千冬姉!」

 

「ぷっ、うふふ……♪」

 

 

今度は千冬からユイへと謝辞を送る。

話の話題にされた一夏は、慌てて弁解しようとするが、千冬は取り合ってくれない。

刀奈も刀奈で、笑いをこらえるのに必死といった状態だった。

 

 

『いえ、チナツさんには、ママと一緒に美味しいご飯を作ってもらってますから!』

 

「ほう? そうか、弟の料理は美味いか……」

 

 

それはそれで嬉しかったのか、妙に頷く千冬。

すると、パソコンの中のユイがクスクス笑う。どうしたのかと一同が首を傾げていると……。

 

 

 

『千冬さんは、チナツさんの事がとっても大切なんですね!』

 

「ぶふぅ!?」

 

 

ユイの言葉に、思わず吹き出してしまった千冬。

そんな千冬の姿に、思わず驚愕する面々。

 

 

「な、何を言う!?」

 

『あれ? 私、何か変なこと言いましたか?』

 

「いや、別に変ではないが……」

 

『なら、そうなんですね! 千冬さんはチナツさんのことが大好きなんですね』

 

「なっ!? 何故そういう話になる!」

 

『先程から、千冬さんの声を聞いていて思ったんです。チナツさんの話になると、どこか声が優しくなったり、明るくなったりしてて。

こう言う時は、その人が大切な人であったり、好きな人であったりします』

 

「だ、断じて違う! その様な事はない!」

 

『え? でもーー』

 

「違うと言ったら違う!」

 

 

 

意外にも断固として否定する千冬。

それを見ながら一夏と刀奈はヒソヒソと小声で話していた。

 

 

「だってさ、チナツ。よかったわねぇ、千冬さんはあなたが大事だって♪」

 

「ま、まぁ、それは嬉しいけど……。あんなに動揺している千冬姉を見るのは、俺初めてだぞ?」

 

「流石の世界最強も、ユイちゃんみたいな小さい子には敵わないか♪」

「楯無! 聞こえてるぞ!」

 

「きゃあぁぁ♪ お姉さんが怒ったぁぁ♪」

 

 

 

赤面し、動揺する千冬。

ユイの純粋無垢な答えには、さすがに対応できない。

 

 

「もういい……。桐ヶ谷、お前の子供はとんでもないな……」

 

「す、すみません……!」

 

「いや、別に謝ることではないさ。ただ、ちゃんと教育はしておけよ? あれこれ好き放題言われては、体が保たん……」

 

「あはは……」

 

 

 

おそらく、今日一番で疲れたかもしれない。

そう思う千冬だった。

 

 

 

「千冬姉」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 

パシッと一夏の頭を叩く。

しかも先ほどのユイの指摘があったからか、いつもより少しだけ強く叩いてしまった。

 

 

「別にいいじゃないか、今の時間は職務じゃないだろうに……」

 

「臨海学校が終わるまでは職務の時間だ」

 

「はいはい。とりあえず、そこに寝てれよ。“久しぶりにやってあげるから” ……!」

 

「…………はぁ」

 

 

 

敷かれた布団を指差す一夏。

その顔は笑みを浮かべており、その顔を見た千冬は力なくため息をすると、そのままうつ伏せに寝た。

 

 

「ま、俺も千冬姉の事が大事だからな! 今日はサービスしてやるよ」

 

「要らん、そんなもの……」

 

「まぁまぁ、そんな固いこと言うなって……。ほら、行くぞ?」

 

 

 

少々強引に言い聞かせた一夏。

千冬は再びため息を一つついたが、それでも、千冬の顔は、少しばかり嬉しそうに微笑んでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次はちゃんと女子会はやります!

感想、よろしくお願いします!




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第34話 その境界線の上に立ちⅠ



あと1話で、福音戦に入れるかな?





「で、どうする?」

 

「え、鈴……もしかして、行くつもりなの?」

 

 

旅館の一室。

そこには、専用機持ち達が集まっていた。

その他にも、専用機を持っていない箒や、本音といった一夏や和人と関わりのあるメンバーもいる。

 

 

「当たり前じゃない! こっちから行かないと、あいつら絶対に部屋から出ないわよ」

 

「うむ。少し用があると言って誘い出せば、あとはこちらの物だ」

 

「そ、そうだな……。ここで何もやらずに待っているのも、私の性に合わん」

 

 

 

俄然行く気満々の鈴、ラウラ、箒と、それを後ろでどうしたものか迷っているシャルロットと言う絵面。

その他にも、むむっと考え込むセシリアに、頬を赤く染めながら俯向く簪、それをニコニコと笑って見ている本音……という状態だ。

 

 

 

「ですが、織斑先生の部屋ですのよ? しかもこんな時間に出歩いては……」

 

「じゃあ、あんたはここでお留守番していなさいよ」

 

「なんでそうなるんですの?!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて、二人とも……」

 

「簪さんはいいんですの? これは、一夏さんと交流を深める、またとないチャンスですのよ?」

 

「えっ? で、でも、織斑先生がいたんじゃ、交流も何も……」

 

「だから連れ出すんだろう……」

 

 

あくまで保守的な意見を述べる簪に、ここは強硬な姿勢を見せるラウラ。

 

 

「だが、どうやって誘い出すのだ?」

 

「そうだよ。織斑先生も納得しそうな理由を見つけないと……」

 

 

箒とシャルロットの意見には、誰もが賛同した。

まず第一目標としては、一夏との交流だ。

常日頃から刀奈と共に行動し、話したり、一緒に訓練したり、食事をしたりはしているが、一夏単体ではしたことない。

なので、一番の目的は刀奈のいない状況を作り出すこと。この際二人っきりという状況は作らなくてもいい。それだけ一夏との交流に飢えていると言っていい。

そして第二目標。千冬の事だ。むしろここが難関だと言ってもいいだろう……。

あいにく一夏は和人と共に、千冬と同じ部屋で寝泊まりしている。

一夏は姉弟であるから、別に気にすることもないだろうが、こちらはそうはいかない。

なので、最終的には刀奈の目を掻い潜って、千冬の許可をもらう形で、一夏を今自分たちのいる部屋まで誘導する。

これが最善策だ。

 

 

 

「いいわね……裏切りは許さないわよ」

 

「当たり前ですわ」

 

「うん、わかってる」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

「う、うん……いいのかな?」

 

「いいんだよぉ〜かんちゃん。私は応援するよぉ〜!」

 

 

 

こうして、専用機持ち達による、一夏奪還作戦が決行されたわけだが、今こうしている間にも、すでに刀奈達が千冬の部屋でくつろいでいるのを、みんなは知らないでいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、そのころ千冬の部屋では……。

 

 

 

「千冬姉、久しぶりだから緊張してる?」

 

「んなわけあるか、馬鹿が……」

 

 

 

敷かれた布団の上にうつ伏せで寝ている千冬。

その上から、一夏が両手で千冬の体に触れる。優しく、時に強く、千冬の体を……強いては、体のツボを押していく。

 

 

 

「あっ……! 少しは手加減しろ……」

 

「悪い悪い。じゃあここは?」

 

「んあっ! そこはダメだ……!」

 

「大丈夫だって……結構溜まってたみたいだから、しっかりほぐしておかないと」

 

「ん……」

 

 

 

それがマッサージだとわからなかったら、そこで繰り広げられている事を想像して、心拍数が跳ね上がる事態になっていただろう。

千冬も女だ。時折聞こえる艶かしい大人の女性の声を上げる……。それを間近で聞いている和人達も、なんだか顔が熱くなっていった。

 

 

 

「結構凝ってるな……」

 

「そこはダメだ……! 痛って……!」

 

「大丈夫大丈夫。すぐに良くなるって……」

 

「うふ……」

 

 

その後もマッサージを続けること10分。肩から足裏まで、体の隅々の体をほぐした一夏。

千冬は起き上がると、「くぅ…!」と背伸びをして、首を左右に傾げたり、肩を回したりして体を整える。

 

 

 

「ふぅ……。もういいぞ、すまんな」

 

「いいって。これくらいは普段家でもやってるだろ」

 

 

一夏はマッサージがうまい。

別にプロの資格を持っているとかではないが、稀にいるマッサージの上手い才能を持った人だ。

これを無償で受けられる人は、さぞかし幸せだろう。

 

 

 

「終わったの? じゃあ、私もしてもらおうかしらあ〜♪」

 

 

と、すぐさま刀奈がやってきて、布団から出た千冬に変わって、今度は刀奈がうつ伏せに寝転がる。

 

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 

同じ部屋になってからというものの……いや、以前より前から、刀奈は一夏のマッサージを受けてきている。

何十回……いや、何百回としてきている。

だから、一夏も刀奈の要求を、今更断ったりはしない。

ニコニコしながら布団で横になる刀奈。体から力を抜き、リラックスモードで待機する。

そして、一夏の手が、刀奈の背中辺りを触れ、程よい指圧が刀奈の背中を刺激する。

 

 

 

「んっ……あうっ……!」

 

「カタナも結構凝ってるな……。また生徒会室にこもりきりだったのか?」

 

「うん……この間から、んあっ! 虚ちゃんに押し付けられっぱなし、でぇっ!」

 

 

的確にツボを押さえてほぐしていく一夏。

しゃべりながらだと、変な声を出してしまう。

 

 

 

「んんっ……あふっ…!」

 

「肩周り、行くぞ?」

 

「うん……」

 

 

 

背中から肩の周り、あとは首筋を指で入念に揉んでいく。

 

 

 

「あっ、ううっ……! んあっ」

 

 

かなり固まっていたのか、揉まれるたびに、刀奈の口から喘ぎ声にもにた声が溢れ出る。

 

 

「うう〜〜!」

 

 

首筋を摩るように指圧を加ける。

少しばかり筋肉や筋が強張っていたのか、刀奈も思わず声が出た。

すべすべの女の子の柔肌に、男の硬くて逞しい指先がなぞる。

それもとても敏感になっているところ(カチコチに凝っている部分)をだ。

 

 

「はうぅ〜〜……」

 

「どうだ? 少しは楽になった?」

 

「うん…………気持ちいい……」

 

「そうか。じゃあ、今度は腰と脚を行くからな」

 

「うん……」

 

 

 

首、背中をやったあと、一夏の手は刀奈の細くくびれた腰へと触れる。

ただ柔らかいだけではなく、武術によって鍛え抜かれた肢体は、引き締まった筋肉の柔らかさと弾力を兼ね備えていた。

 

 

 

「んっ、あ、あいっ! 痛たた……!」

 

「あ、ごめん……」

 

「んん〜〜。大丈夫、大丈夫」

 

「指圧じゃダメだったら……掌で……」

 

「はぁ…………いい感じ♪」

 

「そりゃあどうも」

 

 

その後も入念にマッサージをしていくと、途端にスースーと寝息を立てる刀奈。

 

 

「カタナ?」

 

「すー……すー……」

 

「寝ちゃったのか」

 

 

 

上手いマッサージをすると寝てしまうと言う。

刀奈も普段してもらっているときは、大抵寝てしまうことが多い。

生徒会の会長として、学園生の模範となり、有事の事態には、それを解決する学園最強のIS使い。

そんな彼女は、姉によく似ている。

自分を守るろうと頑張ってくれていた、あの時の姉に……。

だから、そんな彼女を支えたいと、今では思っている。もちろん何者からも守りたいとは、常日頃から思っている。

それでも、こう言う小さなことでも、彼女の幸せを守れるのなら……。

 

 

 

「カタナちゃん、すっごく気持ち良さそうに寝てるねー♪」

 

「ああ…。こいつも生徒会長として頑張ってるからな……」

 

「そうですね。ほんと、よく頑張ってるよ……カタナは……」

 

 

 

そっと髪を撫でる。

その度に安心感を感じ取るのか、口角が上がり、ニコっと笑う時がある。

 

 

「全く、イチャイチャするなら他所でやれ」

 

「なっ?! そ、そそそんなつもりは……!」

 

「何を赤くなっているだ、普段からこんな感じなのだろう? なんだ、これ見よがしに私に自慢したいわけか……」

 

「そんなんじゃないっての!」

 

「はっはっは! 冗談だ、馬鹿め」

 

「千冬姉、酔ってんのか?」

 

「酒を飲んでないのに酔うか、馬鹿者が。まぁ、飲めんこともないんだが……」

 

 

 

そう言うと、千冬は部屋の冷蔵庫を開け、中から何かを取り出した。

そして冷蔵庫の扉を閉める音が聞こえた直後、プシュ! というガスが抜けるような音が聞こえた。

 

 

 

「んっ、んっ、プハァー!」

 

「おいおい……それ酒だろ?!」

 

「ん? あぁ、当たり前だろう」

 

「え? 織斑先生、その、飲んでいいんですか?」

 

「ああ? まぁ、ダメだろうな」

 

「だったらーー」

 

「堅いこと言うな結城。そんなに堅いまんまだと、人生損するぞ?」

 

「先生ぇ!」

 

 

 

教師としての威厳は何処へやら……。

こうなっては、ただの酔っ払いにしか思えなかった。

 

 

「一夏、そこを代れ」

 

「は?」

 

 

突如、座椅子から立ち上がった千冬は、マッサージを続けている一夏の隣へと来た。

 

 

「代れって……まさか、千冬姉がマッサージするのか?!」

 

「ああ、こいつにはお前がお世話になっているからなぁ〜……。なに、ちょっとしたお礼だよ、お礼」

 

 

ほぼ強引に一夏をその場から追いやり、残った脚のマッサージを千冬が請け負う事になったのだが、その目は悪戯を思いついた悪ガキの様な目をしていた。

 

 

 

「では楯無、始めるぞ」

 

 

千冬はおもむろに刀奈の両足のふくらはぎを掴むと、思いっきり揉みだした。

 

 

「うひゃっ! な、なに……痛った!? ちょっと、痛い‼︎」

 

「ほうほう、乳酸が溜まっている様だな、楯無?」

 

「千冬さん?! えっ、なに?! なんなの!?」

 

「私からのサービスだよ。いつも愚弟が世話になってるからな、姉としてのサービスだ」

 

 

 

言ってることは献身的なのだが、その悪戯な表情に満ちた顔で言われても、なんの説得力もない。

刀奈は嫌な予感しかしなかったので、早々にその場から離れようとするが……

 

 

「おいおい、逃げることはないだろうに。そのまま寝てろ」

 

「いいや、いいですよ! 先生の力を借りるまでもないですから……!」

 

「“先生” ではなく “千冬” でいいんだぞ? 今は私と未来の義妹の時間だ……。さぁ、存分に交流しようじゃないか」

 

「い、いや! いいです、遠慮しておきます!」

 

「逃すと思うか……!」

 

「うにゃあ!!!!」

 

 

ほぼ強制的に布団へと引きずり込まれる。

そして、先ほどと同じ様にふくらはぎ、太もも、足裏と、ほとんど凝り固まって痛いはずのツボを、千冬は容赦なく力いっぱい押す。

 

 

「痛ったぁぁぁ!!!!」

 

「ほらほら、この程度か!?」

 

「待って! そこはダメェーー!」

 

「はっはっは、遠慮するな」

 

「いやあぁぁ〜〜〜!!!!」

 

 

 

部屋の中で、刀奈の悲鳴がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、準備はいいわね?」

 

「うむ、問題ない」

 

「ちょっと待って……!」

 

 

 

部屋へと続く廊下で、専用機持ち達はスタンバイしていた。

鈴とラウラが、早速部屋に乗り込もうとするが、それをシャルロットが静止する。

 

 

 

「なによ?」

 

「時間は貴重なのだぞ! 何故止める」

 

「もう! 二人とも急ぎすぎだよ……! みんなで部屋にいったら、変に思われちゃうよ」

 

「「っ!」」

 

 

シャルロットの言葉に、そうだった! と言わんばかりに互いの顔を見る鈴とラウラ。

 

 

 

「ふむ……確かにそうか……」

 

「じゃあ、私とラウラが先行していけばいいんじゃない? そんで一夏を誘って、戻って来ればいいんってことでしょ?」

 

「うん……まぁ、そんな感じかな」

 

「よし、そうと決まれば行くぞ、鈴」

 

「オーケー、ラウラ」

 

 

 

そう言って、鈴とラウラが一夏たちの部屋の前へと行き、ノックして扉を開けようとしているのを遠くから見ていた。

が、途端に二人はノックするのを中止して、その扉に耳を澄ましてしまった。

 

 

「え?」

 

「二人は、何をしているのだ?」

 

「何をって……どう見ても聞き耳を立てているとしか……」

 

「なんで、聞き耳立ててるのかな?」

 

 

 

まずそこだ。

二人は何故突然聞き耳を立てたのか……?

そして、二人の表情は、見ていてよくわからないくらいに困惑している様だった。

 

 

 

「二人とも、何してるの?」

 

「しっ!」

 

「静かにしろ!」

 

 

 

二人に近づいて、何をしているのか確認しようとしたシャルロットだが、すぐに二人はそれを遮った。

 

 

「え? でも……」

 

「一夏を誘うのではなかったのか?」

 

「そうですわよ! 何をなさってますの?」

 

「と、とりあえず、どうしたの?」

 

 

 

簪はおずおずと鈴たちに聞いてみた。

すると鈴は、黙って目を閉じて、まっすぐ部屋の襖を指差す。

四人はなんだろうといった顔で、襖を見つめる。

 

 

 

「いやぁぁぁぁ! 痛ったい!」

 

「はっはっは! ここもダメなのか?」

 

「ちょ、ちょっと待って! そこはやめてぇ〜〜!」

 

「「「「ーーーっ!!!!?」」」」

 

 

 

突如聞こえてきた刀奈の悲鳴と、愉快そうに笑っている千冬の声。

六人の頭の上には、?マークが浮かび上がる。

 

 

 

(へ? 何が起こってんのよ……!?)

 

(教官が生徒会長と……!? こ、これは一体?)

 

(って言うか、楯無さんもう部屋に入っちゃってるし……!)

 

(ええい! 完全に出遅れているではないか! だが……)

 

(これは一体……何がどう言うことですの?)

 

(お、お姉ちゃん、大丈夫かな……?)

 

 

 

様々な思惑が交錯する中、部屋の中では、さらにヒートアップしていた。

 

 

 

「一夏! お前はそっちを抑えろ!」

 

「いや、なんで!?」

 

「そうしないと楯無が暴れるからだろうが」

 

「だからって……」

 

「ちょっと! まずは私を助けてよ〜〜!」

 

「あ、ああ! そうだよな、よし……」

 

「一夏ぁ〜〜? お前は姉と恋人、どちらを取るつもりだぁ〜?」

 

「なんでこんな時にそんな選択肢!? ちょっと酔いすぎだぞ、千冬姉」

 

「今は織斑先生だ、馬鹿者が!」

 

「痛ってぇ!」

 

 

 

 

何がなんだか全くわからない。

現状わかるのが、千冬が楯無をなんらかの方法でいじり倒しているということ。次に、千冬は若干酔っているということ。そして、その中に一夏もいるということ。

 

 

 

(はぁ!? 何がどうなってんよ? 意味わかんないんだけど?!)

 

(教官と生徒会長が……まさか、そんな、ふしだらな事を……!?)

 

(いやいやいや! さすがにそれは……)

 

(だが、酒の入った千冬さんはまずいぞ……!)

 

(あの楯無さんと一夏さんですら、あの状態ですし……)

 

(た、助けた方が、いいよ! なんか、わかんないけど……!)

 

 

 

六人は言葉こそ発していないが、目と目を合わせ、まるで意思の疎通が出来ているかの様に頷く。

ここは、目の前の襖を開けて、中を確かめるのと同時に、中で囚われの身となっている一夏を奪還する。

六人の覚悟は決まったようだった。

 

 

 

(行くわよ……?)

 

(((((……うん!!!!!)))))

 

 

 

鈴が襖を指で引っ掛けて、開けようとした、その時だった。

 

 

 

「わ、私たちは少し席を外そうか、キリトくん?」

 

「あ、ああ、そうだな。じゃあ、少し出ておきますので、これで……」

 

「ちょ!? 二人とも?!」

 

「アスナちゃん、助けてってばぁーー‼︎」

 

((((((っ!!!!?))))))

 

 

 

 

そこで、重要な人物たちの事を忘れていた。

和人のことだ。そして、当然明日奈もその場に来ている可能性があったのだが、一夏のことで頭がいっぱいになり、すっかり和人と明日奈の存在を忘れていた。

だが、もう遅い。

逃げようにも、それをさせないかのごとく、目の前の襖が開けられた。

 

 

 

「いい!? やばっ!」

 

「「うわっ!?」」

 

「しまっ!」

 

「「きゃあっ!?」」

 

「へっ?! うわあっ!」

 

 

 

襖を開けた張本人、明日奈の上から、鈴、シャルロットとラウラ、箒、セシリアと簪の順で倒れこんで行く。

 

 

 

「ア、アスナ!? 大丈夫か?!」

 

「うう〜〜……イタタタ……! ん? えっと、これは……どういう状況?」

 

 

 

飛び込んできたものが鈴たちだとわかった途端、明日奈は首を傾げて、鈴たちに問いかける。

一方の鈴たちは、ただただ笑うしかなかった。

 

 

「あっははは……」

 

「あ、いや、これは……」

 

「そのぉ………えへへへ……」

 

「な、なんといいますか……」

 

「お、おほほっ、おほほっ!」

 

「な、なんでもありません!!!!」

 

 

 

最後の簪の言葉で、全員が蜘蛛の子が散ったように逃げ出す。

が、明日奈がキョトンと見ている横を、何かが通り過ぎて行き、逃げ出そうとしていた鈴たちを捕獲した。

 

 

 

「ほほう……教師の部屋を盗み聞きとは、少しばかり異常性癖が過ぎるのではないか……? お前たち」

 

 

 

千冬だった。

右足で鈴とラウラの浴衣の裾を踏みつけ、右手の人差し指と中指で箒とシャルロットの、左手の人差し指と中指でセシリアと簪の浴衣の襟首を掴んで、完全にホールドしてしまった。

指4本と片足だけで、六人の動きを止めたのだ。

 

 

 

「う、うっそぉ……」

 

「す、すっげえ……!」

 

 

 

明日奈と和人は、それを間近で見てしまっている為か、千冬の人間離れした荒技に、ただただ驚愕していた。

一方、やっと千冬から解放された刀奈は、一夏に抱きつき、目尻に涙を浮かべながら、一夏の胸に顔を埋めており、それを一夏が背中をさすって、落ち着かせるている……と言った感じだ。

 

 

 

「ちょうどいい、お前たちも入っていけ……。なに、逃げようとするのならば、全力でこちらも追いかけるまでだがなーーーーっ!!」

 

「「「「「「いいえ! お言葉に甘えさせていただきます!!!!」」」」」」

 

 

 

六人の返事が揃って帰ってきたところで、鈴たちはおずおずと中に入ってきた。

 

 

 

「ん……そう言えば一夏、それから桐ヶ谷も。風呂の時間じゃないのか?」

 

「あ、そういえば……!」

 

「そうだったな」

 

「なら、早く行って来い。時間は限られているからな」

 

「了解」

 

「わかりました」

 

 

一夏と和人は、自分の荷物から着替えを取り出し、その部屋を後にする。

去り際に、鈴たちに「ゆっくりして行けよ」とは言っていたが……。

 

 

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 

 

当の本人たちは、全くもってゆったりなんて出来ない。

酒を飲んで多少はくだけた感じになっているとは言え、相手は世界最強の女性にして、鬼教官の織斑 千冬だ。

そんな人物と、こうやって真正面から向かい合って座るなど、あまり考えられない。

 

 

 

「おい、いつもの馬鹿騒ぎはどうした?」

 

「いや、その……」

 

「織斑先生とこうして話すのは、初めてですし……」

 

 

 

妙な緊張感に包まれながら、千冬の前で正座をして座る六人。その隣に刀奈と明日奈も座って、八人+千冬一人と言う構図になっている。

その重々しい雰囲気の中で、千冬だけが気さくに話しかけてくる。

かろうじて箒とシャルロットが返事をするも、他のメンバーは沈黙したままだ。

 

 

 

「まぁ、いい。ほら、お前たちにも飲み物をやろう……」

 

 

 

そう言うと、千冬は冷蔵庫にある飲み物を取り出して、メンバーの前に並べる。数は八。どうやら、来ることを見越して買っておいたらしい。

ラムネ、コーラが二つ、紅茶が二つ、緑茶が二つ、スポーツドリンクの八つ。

紅茶をシャルロットとセシリアが、緑茶を箒とラウラが取ると、鈴がスポーツドリンクを取り、コーラを更識姉妹が取る。最後に残ったラムネを明日奈が取り、皆が一様に蓋を開けて、喉を潤した。

 

 

 

「よし、飲んだな?」

 

「えっ?」

 

「そ、そりゃあ、飲みましたけど…」

 

「まっ、まさか、何か入っていたんですの!?」

 

「何も入れるか馬鹿者が、ただの口止め料だ。お前たちに飲み物を奢った代わりに、お前たちは私の飲酒の事を黙っておく。どうだ?」

 

「ど、どうだと言われましても……」

 

「それは教師らしからぬことなのでは……」

 

 

 

メンバーが呆れているところに、明日奈が年長者として千冬に言うも、千冬はグビグビと缶ビールを口に運ぶ。

 

 

 

「叱られる事は悪いことではないさ……。それは、誰が見てくれている証拠だ。

だからお前たちも大いに間違えろ…………そうしたら、私たち教師がしっかりとお灸を据えてやる……!」

 

「お灸程度で済めばいいけどね……」

 

「回復不能なダメージは負いたくないものだな……」

 

 

 

一番付き合いのある鈴と箒が突っ込んだところで、話は自然と一夏と和人のことになった。

 

 

 

「それで? お前たちから見て、あの男子二人はどうだ?」

 

「どう……ですか……」

 

「そうですわね……」

 

 

シャルロットとセシリアの言葉に、刀奈、明日奈以外のメンバーは沈黙した。

 

 

 

「まぁ、良くも悪くも、変わった……という感じでしょうか」

 

 

 

そう言ったのは、箒だった。

 

 

 

「ほう? 変わったか……」

 

「はい。正直、あいつはいつまでたっても変わってないと思っていました。実際、初めてIS学園であった時には、あの頃の印象と若干の違いはあれど、大元のところは変わっていませんでしたから……」

 

「そうだな……。お前はいつも一夏と一緒にいたからな……♪」

 

「なっ!? そ、そそそんな事はありません!」

 

 

 

千冬のニヤけ顏に反応し、千冬が何を思っているのかが分かってしまった。

箒はそんな千冬の思考を真っ向から否定してはいるが、真っ赤になった顔を見せては、どうにも説得力がない。

 

 

 

「わ、わたくしは、とても素敵な方達だと思いますわ!」

 

「ほうほう」

 

「えっと、一夏さんも和人さんも、優しくて、強くて……正直、あんな男性を、わたくしは見たことがありませんから……」

 

 

 

セシリアはそっと目を細めてつぶやく様に言った。

イギリスにだって、紳士的な男性はたくさんいるだろう……だが、ISが出来て以降、女性の方が優位に立てるこのご時世、男性の社会的地位は、年々下がり始めていた。ゆえに、男女間のバランスが崩れ、女性に対して悲観的な考えで接する男性が増えた。

女性のいいなりになって、付き従う男性も増えており、セシリアから見ても、あまり情けないと思うしかなかった。

 

 

「確かにな……。だが、あいつはただのゲーマーだぞ? 一にも二にもVRMMOだと言っていた……。そう言えば、この間はお前たち全員でゲームをやってたんだろ? あいつが嬉しそうに話すのを、どれだけ聞いたか……」

 

 

少し前にやった、ALOでのクエストの事を、千冬は既に聞かされていた。

どんな敵が出てきて、みんながどうしてこうして……。最後にどうなったか。ゲームに全く興味のない千冬でも、若干興味をそそられる話だったのは、覚えている。

 

 

 

「でもさー、あいつらほんと、ゲームの中ではありえないくらい強いのよねぇ〜」

 

「うん。なんだが、凄く慣れてる感じだよね」

 

「あぁ。それに、互いの戦い方をよく知っている様だしな……」

 

「とっても、互いを信頼し合ってる……みたいな……」

 

 

 

今度は残りのメンバーが言った。

少なくともALOの事を……いや、VRMMOというジャンルよゲームを否定してきた鈴とラウラが、そのゲームにのめり込み、簪とシャルロットも、それに倣うからの如くメキメキと力をつけていった。

 

 

 

「まぁ、若いうちにしか出来ん事をやるのはいいことだが、やり過ぎて成績を落とす様なことはしてくれるなよ?」

 

「問題ありません」

 

「僕も、大丈夫かな……?」

 

「私も…問題ない、と思います……。メリハリは、ちゃんとつけてますから」

 

「私は元々優秀だから? そんなちょっとやそっとで成績は落ちないわ」

 

「ほほう? ALOをやり始めたばっかりの時には、数学の成績があまりよろしくなかったみたいだが?」

 

「ううっ……!」

 

 

 

成績表を見るのは教師の仕事だ。

だが、その他のメンバーも鈴も、思いの外成績は悪くない。

代表候補生として頑張ってきた事もあってか、知識は割と豊富だ。

まぁ、それは、ISに関して言えることだが……。一般常識や国社数理英と言った日本の日本的な五教科は、皆それぞれだ。

 

 

 

「にしても、あれだけ反対していた凰とボーデヴィッヒが、そこまでのめり込むとはな……」

 

「そ、それは……」

 

「な、なんと申し開きをすれば、いいか……」

 

「別に責めているわけではないさ……。だが、変われば変わるものだと感心したまでの事だ」

 

 

 

一夏に対して好戦的だった二人は、揃って苦虫を噛んだ様な複雑な表情を見せた。

鈴は一度、一夏の顔面をグーパンをかまし、ラウラはISで斬り合った。

だが、今となっては同じALOをやる仲間になった。

 

 

 

「にしても、もしかして思っていたが……。まさか、本当に全員がこの部屋に集まってくるとはな……。

まったく、ご苦労な事だな……」

 

「そ、それは……」

 

「いつもは楯無さん達がいて、全くお話できないからですわ!」

 

「そうよ! こっちだって一夏とは積もる話もあるし……」

 

「ぼ、僕も……かな。二人には、いろいろと聞いてみたい事があるし……」

 

「私はもう少し、師匠からの教えを乞いたいところだがな」

 

「わ、私も、その……和人さんと、PC関連で、いろいろ話してみたいなぁ〜と……」

 

 

 

皆が日頃から抱いていた事を口にした。

一夏と和人の二人と、もっと話をしてみたい……。

それはISに関する事でも、ALOに関する事でもいい。何気ない世間話でもいいから、二人と話してみたいと思っているのだが、この二人は、常に恋人という存在が隣にいる。

まぁ、IS学園という隔離された場所では、一緒にいる事の方が多いわけで、それを引き剥がそうという権利は、誰にもない。

時々は二人がフリーになって、話せるチャンスがあるのだが、それでもクラスの女子や、新聞部、各種運動部の生徒達に声をかけられて、話すタイミングを逃してしまう事もしばしば……。

 

 

 

「だとよ……。どうなんだ、ご両人?」

 

「あはは……」

 

「そ、そうですね……」

 

 

いつも一緒にいるのは否定できないため、六人の圧力には押し負けてしまう。

 

 

「だいたい、私なんて一夏とは中一の時以来会ってなかったんだし、それに、ほぼ毎日、あいつの病室に通って、看病とかしてたし……」

 

 

 

そう言ったのは鈴だった。

そうだ。鈴は一夏がSAOに囚われて以降、毎日の様に一夏の病室に足を運び、現実世界の一夏の看病をしていた。

いつ死ぬかもわからない状況の中、一夏の看病に中々来れなかった千冬はもちろん、目の前で死ぬかもしれない幼馴染の姿を目の当たりにしていた鈴自身も、怖かったに違いない。

 

 

 

「そうよね……。鈴ちゃんが、チナツの体の世話をしてくれてたんだもんね……」

 

「そうよ……。時々呼吸が荒くなったり、心拍数が上がって、危険だって医者さんが言った時は、ほんと終わったかと思ったわよ……!」

 

 

 

あの時の事を思い出す。

いつ死ぬかもわからない一夏の事を思うと、気が気では無かった。

もう二度と、一夏の声を聞くことができないかもしれない……そう思った時には、学校にすら行く気にはならなかった。

 

 

「鈴ちゃんにも、ちゃんと話さないとね……あの世界の事は……」

 

 

 

刀奈は、神妙な面持ちで全員の顔を見た。

明日奈もまた、刀奈の表情に合わせて、ともに表情を同じくした。

 

 

 

「そうだな。楯無、それから結城。一夏からは一応大まかな話は聞いているが、お前達からも聞きたい。

あの世界で、一体何があったのか……あの世界を作った、張本人……晶彦さんの真意を、私は聞きたい」

 

 

 

千冬も同じ気持ちの様だった。

その目は、とても真剣で、一切の冗談を含んでいない。

その表情に、刀奈も明日奈も、深呼吸をひとつ。

そして語る。

あの日、あの世界で、一体何が起こったのか……。

あの世界を作った天才科学者 茅場 晶彦が何を思って、あの世界を作ったのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回で話は終わり、福音戦に突入と行きます。


感想よろしくお願いします(^ ^)



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第35話 その境界線の上に立ちⅡ


ちょっと遅くなってしまいましたね。

それでは、どうぞ!



「そうねぇ……。どこから話したらいいかしら?」

 

「やっぱり、最初からの方がいいかな?」

 

「そうだな、晶彦さんの動向も気になる。お前たちにとっては、思い出したくない過去かもしれんが……」

 

「大丈夫ですよ。じゃあ、話しますね、あの日、何が起こったのかを……」

 

 

 

 

刀奈の言葉に、一同はゴクリの生唾を呑んだ。

 

 

 

「2022年 11月。SAOの公式サービス開始の日、私たちはもちろん、チナツやキリトだって、SAOにログインしてた……。

正式サービスが午後2時に始まって、私も、初めて見たVR世界をこの肌で感じて、とても陽気になっていたわ。でも……」

 

 

 

刀奈の表情が曇った。

それと同時に、明日奈の表情も少し厳しいものになり、あの時の感情が、今になってあらわになったかの様だった。

 

 

 

「午後5時30分……その時が来たの」

 

 

 

刀奈達は過去を振り返った。

あの日の出来事を……。

問題の時間になる前に、プレイヤー達はログアウトが出来ないことに気がつき、いろいろと試したり、GMコールを鳴らしたりと、出来ることをやった……。

が、一向に現実世界への帰還が叶わず、途方に暮れていた時のことだ。

 

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

 

その言葉を発した、巨大な赤いローブに身を包んだ何か。

フードを目一杯に被っていたとは言え、そこから覗く顔は一切見当たらず、逆にその奈落の底のようなフードの中からは、黒い煙のようなものまで出ていた。

午後5時30分。一万人の全プレイヤーが、第一層《はじまりの街》の広場に強制転移され、集められた。

そして、その口から発せられた言葉に、プレイヤー達は驚愕したのだ。

 

 

 

『私の名前は茅場 晶彦。この世界を操作できる唯一の人間だ』

 

 

 

茅場 晶彦本人の登場に、誰もがチュートリアルや、セレモニーの続きだと考えた。

 

 

 

『諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消えているの知っているだろう。

だがこれは、システムの不具合などではない。《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。

繰り返す。これは、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

 

 

つまり、事故や故障ではなく、GMである茅場 晶彦本人が意図的に作り出したと言うことに他ならない。

 

 

 

『私の目的は既に達せられている。この世界を作り、鑑賞するためのみ、私は《ソードアート・オンライン》を作った』

 

 

 

その言葉の意味を理解できず、困惑の色を隠せないプレイヤー達。

そして、このソードアート・オンラインにおける、絶対的なものを、茅場は口にしたのだ。

 

 

 

『充分に留意してもらいたい。今後、この世界においてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、諸君らの脳は、“ナーヴギア” によって破壊されるーーーー‼︎』

 

 

 

それはつまり、死の宣告だったのだ。

ゲームの中で死……。

誰もが馬鹿馬鹿しい話だと思っただろう。だが、現実に、外の世界では、死亡被害者のニュースも錯綜していた。

確証が持てない情報だったが、混乱したプレイヤー達の心を揺さぶるには充分過ぎる情報だった。

 

 

 

『諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアする事だ。

諸君らが今いるのは、アインクラッド最下層、第一層だ。各フロアの迷宮区を突破し、フロアボスを倒せば上の層に行ける。

そして最終地点である第百層のフロアボスを倒せばゲームクリアだ』

 

 

 

確かに理屈ではそうだ。

だが、公式サービス前の、『βテスト』でも、ろくに上層へと上がれたプレイヤーはいない。

そして、今ここにいるのは、ほとんどが初心者のプレイヤーたち。

ゲームクリアによる脱出も困難、死ねば現実世界の自分も死ぬ。そんな板挾みな状況下で、プレイヤー達の心はさらに揺れる。

 

 

 

『以上を持って、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 

 

その言葉を最後に、その赤ローブ消えていった。

その後に待っていたのは、絶望、恐怖、死……あらゆる負の感情だけだった。

 

 

 

 

 

「鑑賞するためにのみ、世界を作ったか……」

 

「はい。確かに、彼はそう言っていました」

 

「し、しかし、何故そんな事を……!」

 

「そうですわ! ゲームとは言え、流石に悪趣味が過ぎますわ!」

 

 

 

刀奈から語られた話に、千冬は考え込み、箒とセシリアは怒りを露わにしていた。

いや、二人だけではない。

他のメンバーもまた、拳を強く握り、不安な表情を見せ、困惑しているようだった。

 

 

 

「織斑先生は、団長とお知り合いだったんですか?」

 

「ああ……。正確には、束の知り合いだったな。私はあいつとはよくつるんでいたし、ある日、会わせたい人がいると聞いて、あいつについて行った時に会ってな。

それからは、束絡みでよく会うようになって、まぁ、ちょっとした付き合いがあった程度だがな」

 

「そうでしたか……」

 

「それで? 楯無さんは、いつ一夏と会ったんですか?」

 

 

 

事の顛末を、詳細に聞きたがっていた鈴は、鋭い眼光のまま、刀奈を見ていた。

その目を見て、刀奈も再び話し出す。

 

 

「そうね……私とチナツ……アスナちゃんやキリトと会ったのも、同じ場所。

第一層の《トールバーナ》と言う街。そこには、第一層の迷宮区があって、そこにいるフロアボス討伐のために、作戦会議が開かれてね……私たちは、そこで出会って、パーティーを組んだの」

 

「パーティーの上限人数は7人。でも、私たちは溢れ組だったから、結局4人でパーティーを組んだの」

 

「私もアスナちゃんも、パーティー戦は初めてだったから、結構大変だったもんね……」

 

「うん。あの時、キリトくん達に出会ってなかったら、どうなってたんだろうね」

 

 

 

あの時の記憶が微かに蘇る。

初めて顔を合わせるプレイヤー達ばかりで、初心者のプレイヤー達が多く、初めはβテスターへの怒りを露わにしていたが、それでも、ともにボスモンスターを倒そうとする同じ意志のもと、一致団結していたように思えた。

そんな時、キリトとチナツに会ったのだ。

キリトとチナツは、二人でモンスターを狩り、レベルを上げ、装備品なども揃えて挑んできた。

背中に背負った片手剣と、腰に差していた直刃の刀剣。

そして、迷宮区での戦いで見た、二人の剣技。とても同じ状況下に置かれたプレイヤーとは思えないほど、当時の明日奈達には、格別に見えていたのかもしれない。

 

 

 

「当然、ボス攻略には、犠牲は付き物よ。第一層のボスですら、死者を一人出してしまった……」

 

「でも、そのβテスターの人もいたんですよね?」

 

 

 

それを聞いてきたのはシャルロットだった。

そう、βテスターのプレイヤーも確かにいた。キリトと、ディアベルと言うプレイヤーが……。

 

 

 

「ええ……。でも、その死んだプレイヤーが、元βテスターだったの」

 

「「「えっ!?」」」

 

「そんな! βテスターの人が、亡くなったんですか?!」

 

「うん。当初、ボスの情報は、βテスターによって、ガイドブックと言う形で、初心者のプレイヤーに無料配布されてたんだけど、その情報と、正規版での情報が違ってたの」

 

「「「っ…………」」」

 

 

 

そうだ。βテストと正規版では、モンスターの武器も、スキルも、詳細なところが違っていた。

それに気づいた時には、プレイヤー一人の命が散った後だった。

 

 

 

「その後は……正直無我夢中だったかな。キリトくんと私、チナツくんに、カタナちゃんと、4人でボスに総攻撃して、最後の一撃をキリトくんが決めた……。

ようやく第一層のボスを倒せたんだけど、その後、初心者プレイヤー達とキリトくんの間で、もめてね」

 

 

 

 

第一層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》のβテスト時の情報は、片手斧とバックラーを装備し、HPゲージが赤くなるとその二つを放り投げ、本命である武器、タルワールと呼ばれる曲刀を使うと予想されていた。

だが、実際にはタルワールではなく、野太刀を取り出し、βテスターであったディアベルは、その誤った情報により、ボスのソードスキルを受けて死亡した。

その事にいち早く気づいたのが、キリトだったのだ。

だが、それがきっかけで、初心者プレイヤーを束ねていたキバオウと対立。

その後、キリトは自分を『ビーター』と揶揄するように悪役をかって出て、チナツはそのままキリトについていき、アスナとカタナは二人で行動を共にした。

その後、チナツはキリトと別れて、シンカーのスカウトのもと、《アインクラッド解放軍》に所属し、キリトはソロプレイヤーのまま。

アスナとカタナは、その実力がヒースクリフの目に留まり、のちに最強ギルドと呼ばれる《血盟騎士団》に所属するようになった。

 

 

「その後のキリトとチナツの事はわからないわ。なんせ、私たちも騎士団に入って、副団長になったんだもん。

アスナちゃんは攻略組担当、私は隠密部隊担当でね」

 

 

 

その後、血盟騎士団の躍進が始まり、キリトはソロとして前線に赴き、ボス攻略にも参加していた。

その頃チナツは軍の意向により、暗部の対レッドプレイヤーのための秘密兵器として動いていた。

 

 

 

「その後、風の噂程度で聞いたんだけど、アインクラッド解放軍の暗部に、途轍もなく強いプレイヤーがいるって聞いたの。

そのプレイヤーは、レッドプレイヤーを狩るレッドプレイヤーとして、軍が用意した秘密兵器……。それがーー」

 

「…………一夏だった、と言うわけか……」

 

 

 

その千冬の声は、どこか暗いものだった。

握っていた缶ビールがクシャっという音を鳴らす。

 

 

 

「はい……私もチナツからは、大体の事までしか聞いていません。ただ、チナツが裏で暗躍するレッドプレイヤー狩りをやっていたのは、確かな事実です」

 

「何故ですか? 何故一夏はそんなことを……?!」

 

「そうよ! 大体、あいつがそんな人殺しを率先してやるようには思えない!」

 

「「…………」」

 

 

幼い頃から一夏を見てきた幼馴染二人は、強く反論する。

が、千冬はもちろん、他のメンバーはどこか納得がいったかのように俯いた。

 

 

 

「だが鈴、お前も師匠と対峙したのだろう? だったらわかったはずだ……。

あれは紛れも無い、実戦の中で生まれた剣技だということが……!」

 

「そ、それは……」

 

「それに、あの洞察力、判断力、行動力……。どれもが一般人のそれを遥かに超えていましたわ。

まぁ、それを言うなら和人さんも同じ様なものですが……」

 

「うん……。正直、あの二人は戦い慣れている感じがした……。一夏とは、あまり模擬戦とかしたこと無いけど、接近戦において、一夏も和人も、常人じゃないよ」

 

「特に一夏のは、一撃の下で相手を倒せる剣……暗殺剣の流派と同じ匂いがする……!」

 

 

他の面々の言葉には、正直幼馴染二人も同意せざるを得ない。

だが、信じたくないのも事実だ。

 

 

 

「それも、仕方がなかった……って言ったら、おかしな話なんだけど……」

 

「あの頃のアインクラッドも、随分と殺伐としていたから……」

 

 

 

申し訳なさそうな表情で話を続けた刀奈と明日奈。

 

 

 

「あの頃のアインクラッドでは、とにかく現実への帰還を優先してたの……。

その前線の指揮を、私が取ってたんだけどね……。あの頃の私は、ゲーム攻略だけを最優先にしていたの。どうしても、現実世界に帰らないといけないって思っちゃってたから……」

 

「そして、私は隠密部隊として、あらゆる情報の収集をしていた。ボス攻略に必要な情報も、他のギルドの情報も含めね」

 

 

二人はただ、出来ることをやっただけのことだった。

作戦を練り、戦術を駆使し、より安全で確実な攻略戦を行う為に、アスナはその指揮をかって出て、カタナはその攻略に必要な情報を収集し続けた。

が、その一方では、アインクラッド内を揺るがす、深刻な事態に陥っていた。

 

 

「お姉ちゃん、一体何が……?」

 

「…………当時のアインクラッドでは、プレイヤーがプレイヤーを殺す……PKプレイが流行る様になっていたの」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

 

SAOでは、HPが全損した瞬間、そのプレイヤーのアバターは永久に消滅し、現実世界のプレイヤー本人の体を、脳が焼かれて死亡する仕組みになっていた。

それは、SAOをやっていた全プレイヤーが共通して知り得ている絶対的な事だったの筈。

だが、そんな中でも、恐怖に陥ったプレイヤーを殺すプレイヤー……レッドプレイヤーの存在があったのだ。

 

 

 

「現実世界に帰れない不安や恐怖……ゲームと言う世界での生活で、心が荒んでいくプレイヤーは大勢いたわ。

そして、その一種の行為が…………」

 

「PK……プレイヤーキル……ですか?!」

 

「最っ低ぇ……!」

 

「でも、あの頃は、どうしても止められなかった……。殺人は、一種の快楽そのものになってたの。誰が始めたのか、誰が悪いのかなんて、今となっては分からないし、分かっていたとしても、誰も責められなかった……。

でも、それが何ヶ月か続いていた時、いきなりその事件が減って行ったの」

 

「も、もしかして……!」

 

「…………師匠が動いたからか?」

 

 

 

シャルロットとラウラの言動に、明日奈と刀奈は黙って頷いた。

 

 

 

「そう……アインクラッド解放軍の暗部に、凄腕のプレイヤーが現れた。レッドを狩るレッド……そうレッドプレイヤー達に恐れられていたプレイヤー。

レッドプレイヤー達から、『人斬り抜刀斎』の二つ名で呼ばれていたプレイヤー。それが、チナツだった」

 

「まっ、待ってよ! 一夏の二つ名って『白の抜刀斎』じゃなかったの?!」

 

「それは、チナツくんが血盟騎士団の団員として、ボス攻略に参加しだしてからつけられた二つ名。

正確には、第70層のボスを倒した時、チナツがユニークスキル《抜刀術》を解放した時にね」

 

 

 

第67層のボス攻略において、攻略組の中で死亡者が出た。

そのため、攻略は慎重を期す形で行われた。

当時、すでにユニークスキルの一つ《二槍流》の会得していたカタナと血盟騎士団団長のヒースクリフを筆頭に、アスナ、キリト、風林火山のクライン達、エギル、そして、血盟騎士団に加入したてのチナツも加わって万全の体制を敷いていた。

だが、第70層のボスとの攻防戦は、熾烈を極めた。

最後には、チナツの《抜刀術》スキルの奥義をもってして、何とか倒せた。

 

 

 

「それからは?」

 

「あとは……うーん、それからは、私とチナツが一緒に住みだして、攻略も大詰め、第74層のボス攻略の時に、キリトが《二刀流》を解放した。

そして最後の第75層のボス《スカル・リーパー》を倒した後、ようやく終焉の時が来た」

 

 

 

そう、第75層にて、攻略組の上位プレイヤー14人という尊い犠牲の下、キリト達は生き残った。

が、残り25層もある事へと不安感と、一層につき十数人の犠牲の下に攻略していかなくてはならないと思うと、とても気が気じゃなかった。

誰もが諦めかけていたその時、ただ一人、悠然と立っているプレイヤーがいた。

そして、そのプレイヤーの正体に、気づいたプレイヤーも……一人だけいたのだ。

 

 

 

「その時、キリトくんはジッと団長を見てたの。私たちは、正直こんな余裕はなかったけど……。

でも、キリトくんには気づいたんだと思う。ただ一人、悠然と立っていたプレイヤーの正体……その実態をね」

 

「私もまさかとは思っていたけれど……今になって考えてみれば、キリトの言った通り、怪しいことこの上なかったわね」

 

「え……えっと……?」

 

「つまり、どう言う意味よ?」

 

 

 

まだを要領を得ないメンバーに、刀奈がわかりやすくヒントを与えた。

 

 

「ヒントその一。あのボス部屋には、今までの歴戦の攻略組の上位プレイヤー達がいました。そして、その規模も今までで一番大きいものです」

 

「はい……」

 

「そうだが……?」

 

「ヒントその二。ボス攻略はかなり厳しかったわ。一撃で死亡してしまうほどの攻撃……キリト達と私たちだって、一歩間違えれば死んでいたかもしれなかった……」

 

「それだけの強さだったら、正直全滅してもおかしくなかったんだね……」

 

「うん……それに、死ななかったにしても、かなり消耗はしたはず……。なら、その立っていたと言う人物は…………」

 

「おっ、簪ちゃん鋭いねぇ〜! さてさて最後……ヒントその三。たとえ死んでなくても、誰もがHPをイエローゾーンにまで落としていた。

でも、ただ一人だけ、グリーンゾーンのままの人がいたの。それも、“イエローになるギリギリの所” でね。でも、その人物は悠然と立っていたの……。まるで、“死なないことを、すでにわかっていたみたいに” ね…………‼︎」

 

「「「「ーーーーッ!!!!!」」」」

 

 

 

そのヒントで、誰もが分かった。

死なないのは、HPが元々高かったか、凄まじい防御性能を持っていたか……。

だが、そのギリギリの所でHPが止まっていたとなれば、それは、意図的にシステムで保護されていたとしか思えなかった。

そして、それが出来る唯一の人間は…………。

 

 

 

「まさか……その最強のプレイヤー……ヒースクリフが……」

 

「茅場 晶彦本人だった……ってことになるわね」

 

 

 

 

プレイヤー達にとって、唯一とも言える救い……。

アインクラッド最強のプレイヤー《ヒースクリフ》が、アインクラッド最上層、第100層《紅玉宮》でプレイヤー達を待ち受ける最終ボス《茅場 晶彦》だったのだ。

 

 

 

 

「その事に気づいたキリトくんが、団長に攻撃を仕掛けたの。それで、団長が普通のプレイヤーじゃない事に気づいて……。

最後は、キリトくんと団長が、最後のデュエルをしたの……!」

 

 

 

戦慄の表情……と言えばわかるだろうか。

あの時の事は、おそらくあの日あの場所にいた攻略組のプレイヤー達は、忘れる事はないだろう。

 

 

 

『キリトくん。君に最後のチャンスをあげよう』

 

『チャンス……?』

 

『今から私とデュエルをし、勝てば全プレイヤーを解放することを約束しよう……。

もちろん、不死属性は解除する……。どうかね?』

 

『…………』

 

 

 

最後のデュエル。

それはもう単なるデュエルとは違う……。純粋な、殺し合いを意味していたのだから。

その事は、キリト自身もわかっていた。

だから、キリトはヒースクリフを……茅場 晶彦を殺す覚悟を決めて、デュエルを受け入れた。

そして、そのデュエルは意外な形で幕が引いた。

 

 

 

『そんな……! どうして……!』

 

『…………ごめんね』

 

『ア、アスナ……!』

 

 

 

キリトとヒースクリフ以外の全プレイヤーが、ヒースクリフによって麻痺状態に陥った。

動こうとしたが、強力な麻痺を受けており、起き上がる事も困難だと思った。

が、ヒースクリフの剣が、キリトの頭上に迫ってきた瞬間、その間に割り込んできたプレイヤーが一人。

アスナだった。麻痺状態を、どうやって振りほどき、その場に来れたのか……ヒースクリフ自身も驚きだった。

そして、戦意損失になったキリトの体に、無情にもヒースクリフの剣が貫かれた。

やがてHPは消えてなくなり、キリトの死亡が決定した瞬間だった。

だが、その後、思いもよらぬ事態になったのだ。

 

 

 

 

『っ……まだだ』

 

『んっ?』

 

 

 

一歩、また一歩と、確かにキリトは歩進んでいた。

体は透けて、今にも消えてなくなりそうだったが、それでも、確かにそこに、キリトは立っていたのだ。

 

 

 

『まだだ……っ!』

 

『あっ……!?』

 

 

ヒースクリフも、目を見張ってその現象を見ていた。

そして、キリトの持った《ランベントライト》が、ヒースクリフの体を貫き、ヒースクリフのHPを削った。

その後、キリトとヒースクリフのアバターは、同時にボス部屋から霧散して消えた。

その直後、SAOのアナウンス音声が流れた。

ゲームが……《ソードアート・オンライン》がクリアされたのだと…。

 

 

 

 

「これが、私たちの知っていることよ。所々忘れてしまっていることも、あるかもしれないけど……」

 

「…………」

 

 

 

 

壮絶な二年間。

たった一つの城の中で繰り広げられていた、巨悪な事件。

その一端を聞かされた面々は、ただ黙っている事しか出来なかった。

もちろん、これが全てではない。

この話は、あくまで刀奈、明日奈の両名が言っている事。または、見てきたものに過ぎない。

ならば、ソロとして、βテスト時代からSAOにのめり込んで、ゲームクリアに導いた和人は……裏の世界を人斬りとして生きてきた一夏は……一体、どんな世界を見てきたのだろうか……。

 

 

 

「…………そうか。それが、お前達の見てきたものなんだな?」

 

「「はい」」

 

「分かった。まぁ、まだ色々と聞きたいこともあるが、今回はここまでにしよう……」

 

 

 

そう締めくくる千冬。

改めて時間を見ると、もう就寝時間になりそうだった。

千冬も、気になるところではあったが、それでも規則には従わなければならないと思っての事だろう。

専用機持ち達も、それを受け入れ、次々と部屋を出て、自分たちの部屋へと戻っていく。

最後に残っていた刀奈と明日奈も、そのまま部屋を後にしようとしたのだが……

 

 

 

「結城」

 

「はい?」

 

「最後に聞かせろ……。お前は、最後の戦いの時に、死んだと言ったな?」

 

「……はい」

 

「だが、お前は現に今ここにいる。それは、やはり晶彦さんの意思だったのか?」

 

「…………わかりません。でも、団長は、私とキリトくんが、自分の作ったシステムの法則を超越した、とかなんとか……」

 

「システムの法則を超越……か……。あの人らしい言葉ではあるが……。それで、晶彦さんは他に何か言っていなかったのか?

こう言ってはなんだが、桐ヶ谷もお前も、晶彦さんの事を随分とよく理解しているようにも思えたのでな」

 

「そ、そうですか?」

 

 

千冬の言葉に、明日奈は一瞬躊躇ったが、ある事を思い出した。

 

 

 

「そう言えば、団長は、SAO……強いて言うなら、あの浮遊城《アインクラッド》の建設は、自分の夢だった……って言ってました」

 

「…………夢……。そうか……わかった」

 

 

千冬は、何か思い当たる節でもあるような感だったが、二人には何も訊き返さなかった。

 

 

 

「すまんな。こんな話をさせてしまって」

 

「い、いえ! とんでもないですよ!」

 

「そうね……千冬さんも、言えばSAO被害者家族ですから……そう言う話を聞きたいと思うのは、不思議じゃないですよ」

 

「…………そうだな。時間を取らせたな、お前達も自分の部屋に戻れ。もう直ぐ就寝時間だ」

 

「「はい」」

 

 

 

二人は部屋を後にした。

その後、温泉から帰ってきた一夏と和人が部屋に戻ってきたが、千冬は二人には何も尋ねなかった。

あの事件で、多くの物を背負った二人の話は、別の機会にと思ってのことだ。

そして、就寝時間。

暗がりの中、千冬は、ある時の出来事を思い出していた。

 

 

 

 

『ねぇねぇちーちゃん! 見てみて‼︎ 束さんの最新作ぅ〜!!!!』

 

『ん? …………なんだ、これは……』

 

『じゃじゃあーん!!!! よくぞ聞いてくれました! これは束さん謹製の最新発明品!

世界を変える超絶技巧のパワードスーツ! その名も《インフィニット・ストラトス》‼︎ 略して《IS》だよーん!!!!』

 

『IS……? お前にしては随分開発が遅れたな。で? こいつは一体なんなんだ?

パワードスーツと言ったが……みたところ、鎧にしか見えんぞ?』

 

『ふっふ〜ん、じゃあ早速乗ってみてよ! ちーちゃん用に開発したからさぁ!』

 

『お、おい!?』

 

 

 

 

あんなに無邪気に笑っていた束を、千冬は初めて見たかもしれないと思った。

やがてそのISが、世界を一変させる事となった。

千冬自身も、ISで世界最強の頂に登り詰め、ISと共に世界の象徴になった。

そして、束の言葉を、千冬は今も忘れていない。

 

 

 

『これはね、束さんの夢を叶える結晶なのさ!』

 

『ほう? お前が夢ねぇ……。飽き性のお前が夢を持ったか……ちなみに、それはなんだ?』

 

『うふふ〜、それはヒ・ミ・ツ♪』

 

『はぁ?』

 

『とにかく! これは束さんの夢なの。それをようやく叶えられるんだぁ〜〜』

 

 

 

ジッとISを見ていた束の横顔を、千冬はただジッと見ていた。

その後、このISの出現が、世界をどの様に変化させるのか……当時の二人には、想像もつかなかっただろう……。

 

 

 

 

 

 

 

「束……お前の夢はなんだ?」

 

 

 

 

 

 

誰も答えてはくれない旅館の一室で、千冬は静かに問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

連日見事な晴天となり、生徒達も心地よい朝を迎えられた。

だが、今日は趣旨が違う。

今日行うのは、臨海学校の最大の目的、ISの起動実習だ。

一般の生徒も学園のアリーナでしか行えないISによる訓練を、ここではより強化した訓練メニューの下、ISの運用力をより高めていくのが目的だ。

また、専用機を持つ生徒には、各国、各企業から送られた新型装備のパッケージをインストールした後、それの運用と、実戦データの収集か目的とされている。

一般生徒は各クラスの教員達の指導の下、学園から運ばれてきた訓練機を装着し、早速実習が始まっている様だ。

そして、専用機持ちはというと…………

 

 

 

 

「おはよう、昨日は結構話し込んでたんだな」

 

「おはようチナツ。まぁ、ちょっと色々とね」

 

「色々? なんの話だ?」

 

「キリトくん、これは女の子同士の秘密なの。男の子が入っちゃダメなんだよ」

 

「えぇ〜なんだよ……。俺たちだけ仲間はずれか?」

 

 

 

 

SAOの話は、この二人にとっては思いの外深刻なものだ。

和人も一夏も、過去に拭いきれないものが多くある。

そしてそれは、二人が話すと決めた時に、聞くべきものだ思ったのだ。

 

 

 

 

「さて、専用機持ちは、全員揃っているな?」

 

「ちょっと待ってください」

 

 

専用機持ちも管轄は千冬が行うことになっており、早速訓練を始めようと思った矢先、待ったをかけた者がいた。

 

 

「なんだ、凰」

 

「なんだって……箒は専用機持ちじゃないでしょう」

 

 

鈴だった。

だが、鈴の言うことにも一理ある。

これまで訓練機である『打鉄』で訓練を受けてきた箒。

だが、何故か専用機持ちである自分達と同じ場所にいるのは、当然おかしいと思った。

しかし、それも踏まえてと言わんばかりに、千冬が箒を呼ぶ。

 

 

 

「お前達にはまだ言っていなかったな……実はーーーー」

 

「やぁっ〜〜ほぉーーーー!!!!」

 

「ちっ」

「うっ」

 

「「「「「ん?????」」」」」

 

 

今から説明しようとしていた矢先、どこからともなく愉快な声が響き渡った。

そして、ドドドと斜面を走り下る音と、舞い上がる土煙がまた、その勢いを物語っていた。

その声の主は、今もなお崖の斜面を猛スピードで走り下り、そして地面に接触するのではないかと思うと、そこで大跳躍。

その軌道は真っ直ぐ千冬の下へと飛んできた。

 

 

 

「やあやあやあ、ちーちゃん! 久しぶりだね、さぁ、ハグハグしよう! この束さんと愛を確かめーーーー」

 

「うるさい、近づくなこの変態‼︎」

 

「うわぁん! ひどいひどい! 束さんは変態じゃないよー! もっとも純潔で、ラブリーで、親愛を持ってちーちゃんに接しているよ〜〜!!!!」

 

「どこがだ! いいから離れろ!」

 

「あははっ! 相変わらず容赦のないアイアンクローだね‼︎」

 

 

 

 

登場からいきなりのハイテンションフルスロットル。

すでにその正体を知っている一夏達はともかく、初見である鈴達には、ただの不審者が千冬にちょっかいをかけているようにしか見えない。

しかし当の不審者は、千冬のアイアンクローを逃れると、近くの岩場に飛び移る。

覗き込むように顔を突っ込むと、そこには不審者が登場してすぐに、隠れていた箒がいた。

 

 

 

「ジャジャーン! やあ!」

 

「………………ど、どうも」

 

「うんうん、久しいねぇ〜ほんと久しいねぇー箒ちゃん! もうすっかり見ない間に大きくなっちゃってぇ〜〜

特におっぱいがーーーーブフッ!!!!?」

 

 

突如、何処からか取り出した木刀で不審者の頭に強烈な一撃を入れる箒。

だが、当の不審者は何のダメージもないかの如く、すぐさま立ち上がった。

 

 

「殴りますよ……っ!」

 

「殴ってから言ったぁ〜〜! 箒ちゃん酷いよぉ〜〜。ねぇ、いっくん?」

 

「えっ? 俺に振るんですか……?」

 

「こう言う時くらい慰めてよぉ〜……」

 

「束、自己紹介くらいしろ。全員放心しているだろうが」

 

「おっとっと! 束さんとした事が失礼したね!」

 

 

 

不審者はクルッと一回転すると、鈴達の方を向いて、戯けた表情を向けた。

 

 

「私が “天才” の篠ノ之 束さんだよ〜〜! はーい説明終わりー!」

 

 

 

 

 

世界を揺るがした、“天災” 様の登場であった。

 

 

 

 

 






次回は、いよいよ福音編!

紅椿の登場と、キリトたちの新装備も登場しますので、お楽しみに!

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第36話 その境界線の上に立ちⅢ


いよいよ最新鋭機登場!

そして、天災のあの人も!

それでは、どうぞ!




「私が天才の篠ノ之 束さんだよぉ〜〜! 説明終わりー!」

 

「た、束って……!」

 

「ISの開発者にして、天才科学者の!?」

 

「篠ノ之 束……っ!」

 

 

 

 

驚きの声が後を絶たない。

それもそのはずだろう……束は現在、世界各国が血眼で探している指名手配の人物。

本人どころか、束が開発、研究を行っている施設すらも発見できないでいるため、各国の捜査も難航の色を示していたのだが……。

 

 

 

 

「それで? 世界から追い求められている天才様が一体何の用だ? まさか、物見遊山に来ただけとは言わんだろうな?」

 

「そりゃあ、もちろん! ここに来たのにはちゃんっと訳があるんだよぉ〜!

一つ目は、いっくんの体がちゃんと五体満足にあるかを確かめることぉ〜〜! でもそれは昨日確認したからぁ大丈夫!

そして二つ目は、箒ちゃんにあるものをプレゼントするためさ!

さぁさぁ‼︎ 皆の衆、空をご覧あれぇぇっ!!!!!」

 

 

 

徐ろに右手を空に向けて高々と振り上げた束。

そしてその右手に視線を奪われて、一同が空を見上げたその瞬間、空から何かが落ちてきた。

 

 

 

「何、あれ!?」

 

「なんか落ちてきたぞ!」

 

 

一番近くにいた鈴とラウラが、咄嗟に声をあげて、体を後退させる。

すると、退がった二人のいた所のすぐ近くに、正八面体型の大きな物体が地面へと突き刺さる。

 

 

 

「な、何ですの……これ……!」

 

「ただの金属の塊じゃないとは思うけど……!」

 

 

セシリアとシャルロットは、飛び退いた鈴とラウラを支えながら、落ちてきた物体を見ていた。

特に変なところは無い。何の変哲も無い金属の塊だ。

 

 

 

「ジャジャーン! これぞ、箒ちゃんの専用機こと《紅椿》‼︎」

 

 

 

手に持っていたリモコンのボタンを押すと、正八面体の金属塊は、粒子となって消えていき、そこから現れたのは、真紅の機体であった。

 

 

 

「専用機!?」

 

「これ、箒が乗るのか?!」

 

「うん。そうだよー、キーくん、いっくん♪」

 

「キ、キーくん?」

 

「あれあれ? 違ってたかな……? だっていっくんは『キリト』って呼んでなかったけ?」

 

「あ、いやまぁ……そうですが……」

 

「オッケー! ならキーくんていいね♪」

 

「は、はぁ……」

 

 

そんな飄々としている束に翻弄されつつも、やはり新しく登場した紅椿の存在に視線が奪われる。

 

 

「ふっふーん……やはりみんな、紅椿が気になるなぁ〜♪ ではでは教えてしんぜよう……。

この紅椿は、束さん一から組み立て最新鋭機。現行のISを凌駕する第四世代型ISだよーん♪」

 

「「「「「っ!!!!!」」」」」

 

 

 

最新鋭機、現行の機体を凌駕…………とはっきり言い切った束。だが、それだけでは無い。

束が言った言葉に、専用機持ちは再び驚きを見せた。

 

 

「だ、第四世代……!?」

 

「各国で、ようやく第三世代型の試験機が稼働し始めたばかりですわよ!?」

 

「それなのに、もう?」

 

「ありえないわ……!」

 

「ほれぇ〜、そこはこの天才束さんだからさ! さぁ、箒ちゃん?」

 

「はい……」

 

「紅椿に乗って。フォーマットとパーソナライズ、チャチャッとやっつけちゃおうか」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

箒は束の元に向かい、紅椿に搭乗する。

そして、束は空間ウインドウを出し、紅椿にケーブルを差し込むと、驚愕のスピードで電子キーボードをタップしていく。

 

 

 

「は、早い……!」

 

「流石ね……」

 

 

これには明日奈と刀奈もびっくり。

二人だって、SAOやALOでメールのやり取りや、現実世界の宿題などをやる時に、電子キーボードをブラインドタッチで早くタップするが、束はその二倍近い速度でタップしている。

 

 

 

「あっ、そうだそうだ……ねぇ、キーくん」

 

「は、はい?」

 

「キーくんもおいでよ〜。ISのシステムに興味があるんでしょう? 束さんが少しばかりレクチャーしてあげよう♪」

 

「えっ?」

 

「あれ? 違うの? 昨日一生懸命自分のISのシステムにアクセスして、キーくんのPCに繋げないか頑張ってなかったけ?」

 

「なっ!? 何で、そんな事を……?!」

 

「うふふっ……。束さんは何でも知っているんだよぉ〜♪ 束さんに知らないことは無い」

 

 

 

 

マジか……!

それならもうプライバシーもへったくれも無いな。

それより、どうやってその情報を知ったのか……。

 

 

「まぁまぁ、そんなことはいいじゃ無いか〜〜。どうする? 見たい?」

 

「は、はい! お願いします!」

 

「よぉ〜し! ついでにキーくんのパッケージもインストールしてあげるよ。時間取らせるのも悪いしねぇ〜……キーくん、IS展開しておいてね」

 

 

 

そう言うと、束は和人の月光にもケーブルを差し込んで、レクトから送られた新型武装パッケージをインストールし始めた。

紅椿と月光のシステムを同時進行で進めている。

さすがは天才科学者と言わざるをえなかった。

 

 

 

「…………他の者たちも、急いでパッケージをインストールしておけ。インストール終了次第、各々で稼働データの収集を行え……実戦感覚でやっても構わんが、範囲はここの海一帯でのみ許可する。そこから先は一般の船舶なども通るからな、いいな?」

 

「「「「「了解‼︎」」」」」

 

 

 

千冬の言葉で、各人がそれぞれのパッケージを調整し、インストールし始めた。

セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、明日奈……。

だが、一夏と刀奈だけは、未だに動こうとしない。

だかまぁ、それも仕方の無いことなのだが……。

 

 

 

「私たちは、どうしようか……」

 

「うーん……白式は武装積めないからな……カタナは?」

 

「私のは、ロシア本国の研究所が、まだ武装の製作に手こずってるみたいよ。

まぁ、私のも第三世代型の機体だし、他の機体とは、ちょっと違うからね。

でも、白式も結構難儀な機体よね……」

 

「全くだ。武装は雪片弐型があるから、拡張領域が空いてないしな……」

 

 

 

元々がチートじみた攻撃力を誇る白式と、テンペスタの機体を改造し、アクア・クリスタルを搭載した第三世代型ISのミステリアス・レイディ。

それぞれの都合により、今回のパッケージ導入は見送られた。

一方では、明日奈の作業を手伝っている簪。

そして、各国の代表候補生たちも、それぞれの機体に装備パッケージをインストールする準備をし始めた。

 

 

 

「ありがとう簪ちゃん。にしても、手馴れてるね?」

 

「はい……私も、この間まで、自分の機体をいじってましたから……」

 

「そっかあー。あっ、でも、自分の機体はいいの? 簪ちゃんの機体にも、パッケージは届いてるんだよね?」

 

 

 

先週辺りに、簪の専用機《打鉄弐式》は完成した。

第三世代システムである《マルチロックオン・システム》の稼働データも、今回は収集の対象になっている。

が、簪の機体には、もう一つの装備パッケージがつけられているのだ。

 

 

「はい。装備と言っても、まだ試作段階の物なので……。インストールは、早めに終わらせてたので、もう大丈夫です」

 

「へぇー……。ちなみに、武装って?」

 

「武器……じゃないんですけど、防御用の装備です。いずれ打鉄弐式に正式な装備になる物で……」

 

「そっか……でも、本当にありがとね、簪ちゃん」

 

「い、いえ……! そんな、お礼なんて……」

 

 

 

ここまで人に感謝されたのは初めての体験だった。

頬を赤らめながら、簪は明日奈の機体を見ていく。明日奈もそんな簪を手伝う形で機体に触れ、作業は順調に進んでいった。

一方、専用機持ち達は……

 

 

 

 

「ふぅ〜……中々いいの送ってきてくれたね……」

 

「あらぁ、我がイギリスの装備の方が十倍上ですわ」

 

「ふんっ、何を言う。我がドイツの装備こそ、実戦でも役に立つ武装だ」

 

「ま、まぁまぁ、今回は稼働テストだけだし……」

 

 

 

互いに国の威信をかけられている以上、いやでも他国には負けられないという意思が働くのだろう。

そして、各国によって、機体のコンセプトは違う。

中国の甲龍はパワーと燃費の良さを……。

イギリスはBT兵器と、イメージインターフェースを使用した、ビット兵器の開発。

フランスは量産機のシェアが第三位……リヴァイヴの利点である汎用性を重視した多種多様の戦闘スタイルを。

ドイツはAIC搭載の、全距離対応型の最新鋭機。主に軍事用としての開発を進めている。

それぞれがそれぞれの機体の特徴を最大限に活かせるようにしているのだ。

 

 

 

「にしてもさぁー、昨日の話、どう思う?」

 

 

 

ふと、鈴がそう呟いた。

昨日の話……それは当然、SAOの中での出来事だ。

ゲームの中でのこととは言え、あまりにも現実味を帯びた世界で、狂いまくったプレイヤー達と、死と隣り合わせの生活を送っていた一夏と、一部の攻略組プレイヤーたちから悪役をかって出て、ソロとしてSAOの世界を戦い抜いた和人。

二人の生き方について。

一夏は、あの世界においては言わずと知れた人斬り。

相手にしていたのが、殺人……レッドプレイヤーとは言え、話を聞く限りでは、数多くのプレイヤーを屠ってきたと推測される。

その多くの命を散らせていった中で、その身に帯びた十字架を、今もなお背負っているのだ。

和人も和人で、たった一人でアインクラッドと言うあの城の中を駆け抜けた。

話のわかる仲間はいただろうが、常に一人で生きていたらしい……そんな極限状態の中で、今の和人の性格が残されているのは、やはり和人自身が優しいからだろう。

 

 

 

 

「正直に言いますと、わたくし達では、どうする事も出来ない……と言う感じですわね」

 

「そうだね……今では僕たちもアインクラッドのボス攻略に参加してるけどさ……昔は魔法での遠距離攻撃はなかったんだよね? 剣や槍で、敵に突っ込んで行かなきゃ行けないんだもん……」

 

「ボスのパラメーターは驚異的ではあるが、所詮はプログラムだろう……?」

 

「でもさ、ラウラ……一度僕たちも、危ない目にあった事があるでしょう?

一夏や和人……ううん、楯無さんや明日奈さん、攻略組のメンバーには、そんな危ない目も死の危険だとしか思えなかったんじゃないかな……」

 

「…………なるほど、確かにそうかもしれんな」

 

 

 

今のアインクラッドは、SAOの時よりもボスの強さが跳ね上がっている。

前衛の剣士役や盾役と、後衛の魔法支援役と分けて戦うのが、今のセオリーであるが、昔は違う。

魔法なんて物は一切ない。あるのは己が身に着けた剣技と、それぞれが持つソードスキルのみ。

使い所と武器の特性を充分に理解しておかなければ、確実に死ぬ。

 

 

 

「一夏たちが話してくれるのを、待つしかないわよね……」

 

 

鈴の言葉には、少し重みを感じた。

それもそうだろう。嘗ては自分が一夏の体の世話をしていて、何度も死の兆候を見てきた。

途中で中国に帰らなければならない状況に陥り、一夏の事を、最後まで見守る事が出来なかったのだから……。

 

 

「殿方の事を待っているのも、淑女の務めでしてよ。わたくし達は、一夏さんと和人さんを待つしかありませんわ」

 

「そうだね。無理矢理聞いたところで僕も、あまりいい感じはしないしさ……」

 

「ああ……。二人を信じて待つしかない」

 

 

 

 

セシリア、シャルロット、ラウラも同意見のようだ。

いつか話してくれるのを待つしかない……。そう結論付けたのだった。

 

 

 

「はーい! 調整終了! キーくんのもねぇー!」

 

 

 

突如、束の声が響いた。

よく見ると、すでにパーソナライズを終えた紅椿と、パッケージをインストールした月光の姿が、そこにあった。

 

 

 

「こ、これが……紅椿……」

 

 

誰かがそう言い漏らした。

完全に起動した紅椿は、どことなく圧倒的な雰囲気を纏っていた。

束が一から手をかけて、現行のISのスペックを遥かに凌駕するとされる第四世代型の威圧と言えばいいのだろうか……。

 

 

 

「キリトさんのもいい出来ですね」

 

「ああ……、俺の戦闘スタイルに合わせて作ってもらえたみたいだな……。すっごくしっくり来るな」

 

 

 

月光に追加された新装備。

高機動格闘パッケージ《セブンズソード》。

その名の通り、七本の剣を標準装備したパッケージ。元々装備してあった《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》。

ALOを始めた際に手に入れた《ブラックプレート》に、今現在所持している《ユナイティウォークス》と《ディバイネーション》。

そして、SAO時代に多用していた片手剣《アニールブレード》と《クイーンズナイトソード》。

この七本の剣と増設されたブースターが、月光の新型パッケージ。

月光のアンロック・ユニットである四枚の黒い翼の根元部分に増設されたブースター。

元々がALOの妖精のように広がっていた四枚の黒い翼内、上の二つは鋭角な羽へと変わり、戦闘機の羽のようだ。

下二つの翼にも、小型のブースターが取り付けられており、装備をつける前よりも、月光自体のスペックは倍以上に膨れ上がっていた。

 

 

 

「にしても、キリトさんらしい装備ですよね……」

 

「そうねぇ〜♪ 黒いし、剣がいっぱいだし♪」

 

「べっ、別にいいじゃないか! 飛び道具は苦手なんだよ……」

 

「はいはい。これはまた、チナツと一緒に特訓ね」

 

「「うへぇ……」」

 

 

ニコニコ顔でドS発言をかます刀奈に、一夏も和人も肩を落とした。

何故か? 刀奈の特訓が超がつくほどの鬼特訓だからだ。

 

 

「よし! で、できた……!」

 

「ありがとう簪ちゃん!」

 

「あとは展開して、動作を確かめてみてください……!」

 

「うん!」

 

 

 

ふぅーっと安息の表情を見せた簪。

その視線の先には、こちらも新型装備パッケージをインストールした《閃華》の姿があった。

 

 

「うん……各システムに異常は無い……多分、大丈夫です」

 

こちらは簪が入念にチェックしていた。

閃華のパッケージは、高速機動パッケージ《乱舞》。

両脚とアンロック・ユニットにつけられた四機の小型ブースター。

 

 

 

「これって、やっぱりスピードを重視したテンペスタ向けの装備……でいいのかな?」

 

「それもありますけど、多分これには別の使い方があると思います」

 

「別の使い方?」

 

「はい……この四機のブースターは、同時に使うことで、スピードに乗って、最高速度を出せますけど、個別で使う事で、《リボルバーイグニッション・ブースト》だって出来るようになります」

 

「それって、チナツくんが使ってたやつ!?」

 

「はい」

 

 

 

四機あるブースターを個別で運用する事で、多方向へのブーストが可能になるため、リボルバーイグニッションはもちろんだが、難易度の高い技である《ダブルイグニッション・ブースト》も可能になるだろう。

 

 

「す、凄いねぇー! 流石簪ちゃんだね」

 

「いえ、そ、そんな事は……!」

 

「もう、またそんなに遠慮しちゃって。簪ちゃんは凄いよ!」

 

「は、はい……!」

 

 

 

明日奈に褒められる簪。

その顔は、どことなく赤く染まっていた。

 

 

「それはそうよぉ〜♪ 簪ちゃんは私の妹なんだし。ねぇ、簪ちゃん?」

 

「う、うん! で、でも、あんまりくっつかないでよお姉ちゃん!」

 

「ええ〜〜! いいんじゃない!」

 

 

 

相変わらず妹には甘々な姉。

自慢過ぎる妹の才能に、刀奈も誇らしげだ。

 

 

「簪のは、どう言う武装なんだ?」

 

「 “武装” じゃなくて、“武具” って言ったほうがいいかも……。私のは、防御用パッケージの試作版。このパッケージのデータを収集して、正規版の物を完成させるみたい……」

 

「へぇー。いいよなぁ〜、俺は何も積めないんだよなぁ……」

 

「あんたは《雪片》と《雪華楼》があるじゃない」

 

「でもよぉ、俺だって欲しいぞ……新装備」

 

「あんたに射撃武装は必要ないでしょ? 射撃テストの成績も悪かったし……」

 

「うう……」

 

 

 

 

学園で行われた射撃訓練。

その訓練中に発覚したことだったのが、一夏の射撃精度低さだ。

和人、明日奈の二人は刀奈から一応の動作や姿勢を教えてもらい、そこそこの成績を出したものの、一夏は思うように行かなかった。

撃って命中はするものの、精密射撃の分野では、あまりいい成績を残せずにいた。

元々が近接格闘型の戦闘スタイルのため、慣れていないと言えば慣れていなかったのだろう。

 

 

 

「俺も、別に射撃武器は要らないんだよなぁ……。投剣スキルもあるんだし……《ピック》で充分さ」

 

「俺だって、《飛刀》があるんだし、投剣スキルだってちゃんと習得してんだ」

 

「でも、やっぱり銃の方が面制圧力で分があると思うよ?」

 

「まぁ、シャルやセシリアと一対一で射撃戦はやりたくないなぁ……」

 

 

 

 

だが、一夏と和人はそれでいいと思っている。

いつか言われた、千冬姉の言葉を思い出していた。

それは、臨海学校前。アリーナで特訓をしている時のことだ……和人とともに、千冬から対射撃戦闘の動きや戦略を学んでいた時。

 

 

 

 

「お前達に出来るのは、接近戦だけだ。ならば、相手の間合いに常に入り、クロスレンジ入った瞬間に一気に叩くしかない。

なので、お前達にはブースト系統の技を身につけておいた方がいいだろう」

 

「でも、俺たちにも一応飛び道具はあるんだぜ?」

 

「投剣スキルもありますし、ソードスキルの発動ができれば、あとはシステムが照準して、命中させることはできますけど……」

 

「馬鹿者。向こうだってその時の対策はちゃんと立ててるに決まっているだろうが……。

第一、お前達のその投剣スキルは、連発出来るのか?」

 

「「あ……」」

 

「それに、どっちの飛び道具も “投げる” ものであって “撃つ” ものではない。

そうすると、いちいち動作に入らなければならないお前達と、射撃戦の訓練をし、命中精度と機体操作も卓越した相手と対峙した時、確実にお前達は負けるぞ?

そして、お前達には射撃戦は向いていない」

 

「そ、それは……」

 

「そうですけど……」

 

「けどなんだ? 反動制御、弾道予測、イチゼロ停止、アブソリュートターン……その他にも、弾丸の種類によっては戦術を変えんといかんし、天候や状況に応じて使い分けをしなければならない。

出来るのか? お前達に……」

 

「「す、すみませんでした!!!!」」

 

 

 

千冬に論破された一夏と和人。

頭を深々と下げ、己の間違いを認めた。一方千冬はそんな二人を見て、フッと笑う。

 

 

「お前達はいろんな事を覚えるより、一つの事を極めることに向いている……なんせ、一夏は私の弟であり、桐ヶ谷、お前は剣を極めた方が確実に伸びしろがあるからな……!」

 

 

 

 

世界最強《ブリュンヒルデ》からのお墨付きをいただいたのだ。

なら、迷う事はないだろう。

今目の前にいる人は、刀一本で世界の頂に立ったのだから……。

 

 

 

 

「よーしよしよし! それじゃあ箒ちゃん、いっちょ飛んでみようか!」

 

「はい!」

 

 

 

束に言われ、目を閉じる箒。

精神を統一して、意識を集中する………自分の体と、身に纏っている紅椿とを繋げる。

 

 

 

「スー……ッ!!!!!」

 

 

 

息を吸い込み、一気に加速するイメージを立てた。

すると、ゆっくりとした動作で浮遊した後、一気に空高く加速し続ける。

 

 

 

「何、これ……っ!」

 

「これが第四世代の加速力ってこと……?!」

 

 

 

何もしていないのに、いきなりのトップスピード。

その速度も、ほぼイグニッション・ブーストに近いほどの速度であったため、専用機持ちの面々もただただ驚く事しか出来なかった。

 

 

 

「どうどう? 箒ちゃんのイメージ通りに動くでしょう?」

 

『ええ、まぁ……!』

 

 

 

束の問いかけに、通信機器から箒の声が聞こえる。

その声色は、驚嘆に満ちていると言ってもいいだろうか……。紅椿の性能に、乗っている本人も驚いているようだ。

 

 

 

『それじゃあ今度は武器を出してみて!右のが《雨月》で、左が《空裂》ねー! 武器のデータも送るよーー‼︎』

 

 

 

地上から約500メートル以上離れた位置にいた紅椿に、束から送られた武器のデータが表示される。

どちらも日本刀型のブレードで、右の《雨月》に左の《空裂》。

雨月の方が空裂よりも少し長く、左右非対称の二刀流スタイルだ。

箒は両手に刀を展開すると、その場で立ち止まり、束から送られたデータに目を通した。

 

 

 

「雨月……行くぞ!」

 

 

 

まずは右の雨月から。

勢いよく振り抜いた雨月。するとそこから、四つの紅いレーザー光線が放たれた。

レーザーは凄まじいスピードで空を駆け、目の前にあった雲を貫き、消えていった。

 

 

 

「おおっ……!」

 

 

 

あまりの性能に箒の口から驚嘆の声が漏れた。

すると、すかさず束から通信が入る。

 

 

 

『うんうん、いいねぇ〜♪ じゃあ、今度はこれを撃ち落としてみて! はぁーーい!!!!』

 

 

 

と、今度は束の後方から多弾道ミサイルが現れ、そこからありったけのミサイルが射出された。

ミサイルは紅椿を追尾するかのようにくねくね動き、紅椿を追い詰めようとするも、箒はそのミサイルに向かって、今度は左の空裂を振り抜いた。

 

 

 

「空裂っ!」

 

 

 

雨月がレーザー光線を射出したのとは違い、今度はレーザーの斬撃波を形成し、ミサイルに向かって飛ばす。

見事ミサイル全機を真っ二つにして、爆散させた紅椿。

爆煙の中から覗くその真紅の機体が、その存在感を醸し出していた。

 

 

 

「す、凄え……!」

 

「やるな……」

 

 

 

一夏と和人からも、自然と言葉が漏れていた。

現行のISの性能を遥かに凌駕すると言わしめるその実力を、今目の前にしたのだから。

 

 

 

「あっ! そうだったそうだった、ねぇ、いっくーん!」

 

「は、はい?」

 

「ちょっ〜とこっちにおいでぇ〜♪」

 

 

 

ニコニコと笑いながら束は一夏を呼んだ。

それに応じて、一夏が束の元へと歩み寄る。その間に束は、箒に通信し、降りてくるように指示する。どうやら、もっと細かい調整をするつもりなのだろう……。

 

 

「実はいっくんの機体も見てみたいって思ってたんだよねぇ〜♪」

 

「白式ですか? でも、これって確か、束姉が一回見た奴じゃ……」

 

「うんうん! でもさぁ、やっぱり実戦を経て成長している思うし、それにそれに、まず第一に男であるいっくんがどうしてISを動かせれるのかも気になってたしー!」

 

「やっぱり、束姉でもわからないの?」

 

「うーん……今のところは何ともねぇ〜。それでこそ、いっくんの体を隅から隅までズズズイッと調べさせてもらえたらぁ、お姉ちゃん嬉しいかなぁ〜♪」

 

「あぁ……えっと、遠慮しとくよ……」

 

「だよねぇー! まぁ、いいさ。とりあえず、白式展開してみて!」

 

 

 

 

束の指示通り、一夏は白式を展開し、束は白式にたくさんのケーブルを繋げる。

空間ウインドウを出し、再び高速で電子キーボードをタップしていく。

 

 

 

「うーん……中々面白いシステムになってるねぇ〜。束さんが今まで見たことのない物になってるよ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。やっぱり、いっくんが男だからかな? でも、キーくんのとも違うし……これは色々と調べてみたくなるなぁ〜」

 

「実験動物はごめんだよ?」

 

「わかってるわかってる♪ はい、もういいよ」

 

「もういいのか?」

 

「うん。あ、でもでも、いっくんは雪片が気に入らなかった?」

 

「へっ? 何で? ………あっ、そう言えば、束姉が雪片載せたんだっけ?」

 

「うん! まぁ、ちょっとした試作機としてね。でも、実戦での使用がたったの二回じゃなぁ……」

 

「あー、その、ごめん……」

 

「いいっていいって! もういっくんの戦い方、見つけたんでしょう?」

 

 

 

その言葉に、一夏は小さく頷いた。

誰の真似でもない、自分が選んだ戦い方。その事を見出すまでに、途方もない時間と労力を割いてしまったが、その過去と後悔の先に、一夏も見出すことができたと思っている。

 

 

 

「ならいいって事さ。束さんもいっくんの力になれば……なんて思っての事だったけど……むしろ邪魔しちゃったかな?」

 

「いいや……雪片だって、充分に役にたったよ。邪魔だなんて、思うわけがないじゃないか……」

 

 

 

そうだ……鈴との決闘の時、謎の無人機ISが襲ってきた。

ラウラとの決闘の時、VTシステムに呑まれ、自我を失い、嘗ての世界最強の偽物と成り果てたラウラとの対決。

そのピンチを救ったのが、他でもない……雪片だ。

 

 

 

「その、ありがとな……束姉」

 

「〜〜〜〜っ! きゃあああ〜〜いっくんが、いっくんがや・さ・しぃ・いーー!!!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

 

突如一夏に抱きつき、押し倒す束。

一夏は白式を展開していたのだが、それでも耐えられないほどの衝撃がその身に降りかかった。

 

 

 

「ちょ、ちょっと……っ!」

 

「ウヘヘ……良いではないか良いではないか〜〜♪」

 

 

 

こうなった束は、この衝動が治るまで絶対に離れない。

周りにいる専用機持ちの目も気になるこの状況下で、どうしたものかと思考を巡らせていると……。

 

 

 

「おい……!」

 

「あらら?」

 

 

 

グワシッ。

と聞こえるような圧力が、束の後頭部にかかった。

そして、そこから異常なまでの剛力が、束の頭を襲う。

 

 

「うんぎゃあぁぁぁ!? 割れる! 割れちゃうよぉ〜!!!!!」

 

悲鳴にも似た何かを発する束の後ろには、鬼と表現するにはあまりにも恐れ多い何かが、そこには立っていた。

 

 

「貴様……教師であり姉であるこの私の前で、一夏に何をしている……?」

 

 

千冬だった。

言葉を発する度に、束の後頭部を握る手の力はどんどん強くなっていき、それに合わせて束の表情も険しくなっていく。

 

 

「にゃあぁぁぁ‼︎ 痛い! 痛いよちーちゃん! ほんとに割れちゃうって!」

 

「そのまま割れて、一度死ねぇっ!!!!!」

 

「ぎゃふっ‼︎」

 

 

 

束を一夏から引き剥がし、体が浮いた瞬間を狙って強烈なボディーブローが、束の鳩尾に入った。

束はそのまま弧を描いて宙を舞い、勢いそのままに頭から海にダイブ。

大きな波音を立てて、束の体は海水に消えていった。

 

 

「ふん……」

 

 

まるでゴミを排除したかの様に振る舞う千冬。

その後ろでは、千冬の所行に恐れ、震えている少年少女達の姿があった。

 

 

「こ、怖え……」

 

「あ、あれって本当に、織斑先生……だよね?」

 

「ええ……間違いなく」

 

「千冬さんね」

 

 

顔を引き攣る和人と明日奈の問いかけには、幼馴染である箒と鈴が答える。

幼い頃から、一夏と悪さをしては、鬼よりも恐怖する千冬の説教を聞いてきた二人。と言ってもそれは鈴だけで、箒の場合は、一夏の悪戯に巻き込まれたに近いが……。

 だが、それでもその身に受けてきた恐怖は、中々消えるものでは無い。

 

 

「な、何ですのあの人は……オーガですの!?」

 

「いや、それ以上だと思うよ……?」

 

「魔人、だと思う……!」

 

「ひ、久々に教官のあんな姿を見てしまった……!」

 

 

 

他のメンバーも同様に怯えていた。

唯一刀奈だけは、颯爽と一夏の元へと向かって行ったが、それでもその顔は焦りの色が見えた様な気がした。

 

 

「あ、相変わらずおっかないわねぇ〜」

 

「あ、ああ。やっぱり千冬姉だな」

 

 

幼い頃、弟である一夏でさえ、千冬には近寄りがたい雰囲気を悟っていた時があったのだ。

それはまるで、“触れれば切れるナイフ” の様だったと……。

 

 

「さて、邪魔者がいなくなったところで……。あいつには構わず作業を終わらせろ、いいな?」

 

『『『は、はい!!!!!』』』

 

 

 

いつもと変わらない口調……だからこそ怖い。

たが、千冬の言う事は絶対だ。

だって、死にたくないもの。

 

 

 

「にしても、何故お前はあいつを『姉』と言う?」

 

「えっ?! あ、いや、その……」

 

「ん?」

 

 

 

一夏に対しては、さっきと同じ気迫を込めて睨みつける。

 

 

 

「えっと、ずっと前に、その『束姉』って呼んでって……言われて……」

 

「…………はぁ……なるほどな、まぁいい。だが、あまりあいつを調子付かせるなよ?

調子に乗ったあいつを抑えるのがどれだけ大変か、お前も知っているだろう……わかったな?」

 

「は、はい……」

 

 

 

念には念を入れておけ。

ということらしい……。まぁ、その後はつつがなく装備のインストールを続けていった。

あともう少しで終えるであろうというその時、一般生の指導をしていた真耶が、こちらに走ってきているのが見えた。

 

 

 

「お、織斑先生ぇぇ〜〜!!!!」

 

「ん? どうした、山田先生」

 

「こ、これを!」

 

 

 

急いできた真耶は、息を荒げながら千冬に自分のタブレット端末を見せた。

それを見た千冬は、一気に顔をしかめると、「チッ」と舌打ちを一回。

 

 

 

「全員、作業を一旦中止! たった今、日本政府から厳戒態勢の指示が出た。詳細は旅館の一室で話す。急いで旅館に戻れ!」

 

 

千冬は専用機持ちの方へと視線を向け、険しい表情そのままに、そう言った。

厳戒態勢……しかも今のこの時代だと、ISが関わっていることが明白だ。

それも、国からの指示となれば、ただ事ではない。

 

 

「これより臨時の作戦本部を立てる。山田先生、他の教職員達に連絡は?」

 

「もうしてあります。他の先生方には、生徒達の誘導を行ったあと、旅館の方に集合し、旅館の女将に許可を取ってもらうよう指示してあります!」

 

「よろしい。お前達も急げ! 事は一刻を争うぞ!」

 

「「「「「了解!!!!」」」」」

 

 

 

慌ただしくなってきた臨海学校2日目。

そして、今回のこの騒ぎの重大性を、一夏達は思い知るのであった。

 

 

 

 

 

 

 






次回から、バトルシーンへと行きます。

福音戦、頑張って書きます!
感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第37話 ゲット・レディ



福音戦まで行けなかったぁ〜(ーー;)

でも次回は必ず行きますので!
それではどうぞ。




 

 

 

「これより、政府から通達された重要案件について説明する。単刀直入に言おう……。

お前達に、やってもらいたいことがある……!」

 

 

 

 

今までにないほどに緊張した面持ちで、千冬はそう言った。

現在、旅館の一室〈風花の間〉を完全に貸切、そこに臨時の作戦本部を設置した。室内には、旅館にはまず置いてないであろう最新式のコンピューター類が立ち並んでいる。

そのうちの一つの機器に、副担任の真耶が座り、電子キーボードをタップしていた。

その他にも、他のクラスの担任の先生達が、それぞれ作業をしていた。

その先生方も、真耶も、みんなが真剣な表情で画面を凝視している。

そんな殺伐とした雰囲気に包まれている中、集められた専用機持ち達は、畳の上に正座して座っている。

各人の表情も硬く、一人一人が、今回この臨時作戦の担当になっている千冬を見ていた。

 

 

 

「今から二時間前、ハワイ沖で試験運用中だった、アメリカ・イスラエル合同開発の第三世代型IS《シルバリオ・ゴスペル》が制御下を離れ暴走し、監視空域を離脱したとの報告が入った。

このシルバリオ・ゴスペル……以降を《福音》と呼称するが、その福音の行方だが、離脱後に衛星による追跡の結果、ここから二キロ離れた空域を通過することがわかった……。

時間にして50分後。学園上層部及び政府からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」

 

 

淡々と状況説明を行う千冬。

そして、ここからが一番大事なことなのだろう……一度咳払いをすると、先ほどよりも真剣な表情で、一夏達を見下ろした。

 

 

「教員は学園から運んだ訓練機を使用し、空域及び海域を封鎖してもらう。

よって、本作戦の要は専用機持ちであるお前達に担当してもらう」

 

 

 

やはりそうなるか……。と言った面持ちであった。

一夏や和人、それと明日奈、箒を除くメンバーは、より真剣な面持ちになると、自分たちが座っている場所から少し前に投影された空間ディスプレイを凝視し始めた。

それぞれが国家の代表及び代表候補生。例え代表候補生であっても、軍に所属し、あらゆる可能性を持った軍事訓練を受けてきた筈だ。

ならば、今回のこの事態も、一つの一例として訓練を受けているはずだ。

 

 

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」

 

「はい」

 

 

早速、手を挙げたのはセシリアだった。

 

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな、情報が漏洩した場合、諸君らは査問委員会による裁判と、最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 

普段の学園生活ではまず聞くことのない単語。

『査問委員会』や『裁判』、『監視』など言った言葉を聞いてしまった。

しかし、何故にそんな重要な案件を、IS学園生徒は言え、自分たちにこのような事態の収拾をさせようとするのか……?

だが、そんな事を言ってられるほど、今は暇ではない。

セシリアの要求に、千冬は真耶に指示して、福音のスペックデータを写した。

 

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのブルー・ティアーズと同じ、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動……その両方に特化した機体ね。厄介だわ……しかも、私の甲龍よりもスペックは上だしねぇ……」

 

「この特殊武装ってのが曲者かもね。ちょうど本国から防御用のパッケージが送られてきてるけど、連続での防御は難しいかも……」

 

「それに、このデータ上では近接格闘の性能が未知数だ。持っているスキルもわからん……偵察は行えないのですか?」

 

 

セシリア、鈴、シャル、ラウラの順に話を進めている。

そして、刀奈も、簪が手に持っているタブレット端末を指でタップしながら、簪とともにスペックデータを見ていた。

 

 

「無理だな。この機体は、今現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう……」

 

「一回きりのチャンス……ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかないですね」

 

 

真耶の言葉に、その場にいた全員が一夏に視線を集めた。

 

 

「ま、やっぱりそうなるわな……」

 

「そうね。チナツの零落白夜が、本作戦の要になるわ」

 

さすがにそこまで言われれば、一夏も自分の役目だと気づく。

この中で最も一撃必殺の攻撃力を持ったスキルを持っているのは、一夏の白式だけだ。

 

 

「だが、いくら白式が最強の武器を持っていたとしても、超音速で飛ぶ相手とどうやって戦うんだ?」

 

「そうだね……ここから二キロ離れた場所に行くまで、チナツくんのISはエネルギーを維持しておかなきゃいけないし……」

 

 

これを言ったのは、和人と明日奈の二人だった。

二人はこういった軍事的なものとは無縁だと思っていたが故、刀奈と一夏以外の面々は、キョトンとしていた。

 

 

「ん? どうした?」

 

「なんでみんな、そんなにキョトンとしてるの?」

 

「いや、なんでも何も……」

 

「正直、和人さんと明日奈さんは、こういった物とは……」

 

「一番無縁だと思ってたし……」

 

「しかし、いいところを突いてきたな」

 

「とても、慣れてる感じ……さすがは攻略組担当」

 

 

 

最後の簪の言葉に、何故か納得してしまった。

アインクラッド攻略組の指揮官担当、攻略の鬼、最強ギルドの副団長と、この中にいるメンバーの中では、一番場に合っているような気がしてきた。

そして、何よりこういった攻略の要点を知り尽くしている和人。生粋のゲーマーでバトルジャンキー。

目標を知り、より安全に的確な攻略をするために、あらゆる可能性を考え、戦い抜いてきたのだ。

普段は仲良しこよしのまるでおしどり夫婦のような二人だが、人は見かけによらないとはこの事だと痛感させられた。

 

 

「そうだな……。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

「それなら、私の閃華か……」

 

「わたくしのブルー・ティアーズですわね。それに、ちょうど本国イギリスから強襲用高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》が送られてきたますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

 

 

明日奈の閃華は、元々がスピードを重視したテンペスタの機体をカスタムした物。なので、今回の目標である福音には劣るが、かなりの速度での飛行が可能だ。

だが、今回の事態においては、適任ではない。

それは、明日奈自身が超音速下での戦闘訓練を受けていたない事と、明日奈の機体は近接格闘戦に特化した機体だ。

完全な射撃戦闘型の福音には、さすがに分が悪い。

 

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「20時間です」

 

「ふむ……それならば適任だな……」

 

 

さすがは代表候補生……と言いたかった。

これで作戦は決まった。

セシリアが一夏を福音の元へと届け、一夏が零落白夜で福音を落とす……。

千冬がそう言おうとしたが、それを遮るかの如く、底抜けに明るい声が邪魔をする。

 

 

「待った待ーった! その作戦はちょっと待ったなんだよーん!」

 

 

突如、部屋のど真ん中の天井から、うさ耳がひょっこりあらわれる。

なんと束だったのだ。

千冬のあの猛攻をその身で受け、海に流されていったはずの束が、ピンピンの姿で登場したのだ。

 

 

「…………ちっ、死んでなかったのか」

 

「ちょ!? もしかして、本気で殺す気だったの、ちーちゃん!?」

 

「うるさい、外野は黙っていろ。山田先生、部外者を外に連れ出してください」

 

「うえっ!? あ、は、はいっ。あ、あの、篠ノ之博士? とりあえず、降りてきてもらっていいですか?」

 

「ちょっとちょっと! 束さんを無視しないでよちーちゃん!」

 

 

 

ポーンと天井から飛び降り、くるりと体を一回転させて着地した。

すると、すかさず千冬の元へと走っていく。

というか、よく無事だったな……あんな強烈なボディーブローをもらったのに……。

 

 

「お願いだから聞いてよちーちゃん」

 

「……出て行け」

 

「あ、あの束博士……」

 

 

真耶が束を連れ出そうとするも、束はそれをするりとかわす。

それを見ながら頭を押さえる千冬。

 

 

「だから聞いてってちーちゃん。今回の作戦なら、断ッ然! 紅椿の出番なんだよ!」

 

「なんだと?」

 

「ほら、紅椿のスペックデータを見てよ! パッケージなしでも超音速機動が可能なんだよ!

紅椿の展開装甲を調整すれば、その福音に負けないどころか、それ以上の速度だってだせるんだよぉ〜!」

 

「展開装甲?」

 

 

この単語には千冬も耳を傾けた。

今までのISの装備や武装に、そのような名称を持つ物はなかった。

 

 

 

「おっとっと、その前にこの《展開装甲》について話さないといけないね!

じゃあまずおさらいといこうか……。まず、ISについて。ご存知の通り、束さんの作った発明品の中でも、群を抜いて最高傑作のIS。その中でも、第一世代型のISは、より強力に、ISとしての完成形態に力を注いだもの。そしてそれは、軍備としての発展に力を注いだものになっていった…………それは理解できるよね?」

 

 

 

そう、ISが世界中にその存在を知らしめた当時……宇宙進出という目的とは別に、各国の軍事利用へと流れが変わって来ていた。

その完成形態と言えるのが、第一世代型のISだ。

この代表的な機体が、かつて千冬が世界最強の称号を手にしたモンド・グロッソで搭乗していた専用機《暮桜》だ。

その時の武器が、最大級の攻撃力を有する日本刀《雪片》。

 

 

 

「その後、『後付武装による多様化』……これが第二世代型ISのコンセプトだね。それによって、様々なタイプの武装がつけられてぇ〜、色んな戦い方ができるようになったんだよねぇ〜……。

そんで、次に第三世代型。それはーーーー」

 

「『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』……ですね?」

 

「おー! キーくんわかってるねぇー! そうだよ、《空間圧作用兵器》《BT兵器》《AIC》……それと、キーくんやいっくんたちが使ってる《ソードスキル》も同じだね。あれはみんなのイメージによって形成されたものってことになるね!」

 

「それで、その展開装甲と言うのはなんだ?」

 

「それこそが第四世代型ISの真骨頂! 後付武装……つまり、『パッケージ換装を必要としない万能機』。

現在机上の空論とされているものを、私が実現させちゃったってこと!

そして、その代表格が、この《展開装甲》でーす!」

 

「でも、束姉……束さん。その展開装甲っていきなり実戦に出していいんですか? その、稼働データとかは?」

 

 

普段通りに束の事を呼ぼうと思った一夏だが、千冬が一睨みした為、あえて言い換えた。

だが、これもまたいい問いかけをしたと束は大いに喜んだ。

 

 

「ふっふーん! それならノープロブレム! その稼働データなら、いっくんが充分取ってくれたからね♪」

 

「え? 俺が取っていた?」

 

「うん! たった二回しか使ってはもらえなかったけど、あれでも結構なデータを取れたんだよ?」

 

「……二回? って、まさか!」

 

「その通り! 展開装甲の試作型として作った『雪片弐型』を白式に載せたのは、そのためだよ! つまり、もう充分なデータは揃ってるんだよねぇ!

そしてそして、紅椿の展開装甲は、充分なデータを取った上で作った完成型! 全身を展開装甲にしたほんとのほんとの最新式の機体なんだよーん!」

 

「「「「………………」」」」

 

 

開いた口が塞がらなかった。

たった二回しか使ってない武器のデータで、そんな所まで武装を進化させることができるものなのか?

しかも、それを箒用にカスタマイズしたオリジナルの機体として昇華させているのだから、やはり、天才と認めなければならないか……。

 

 

「はぁ……束、私はいつも言ったはずだ……『やり過ぎるな』と」

 

「あーうん、まぁ、でもさぁー、科学者としての血が騒ぐんだよねぇ〜♪ ごめんごめん」

 

「はぁ……。それで? 作戦に支障はないんだな?」

 

「待ってください先生!」

 

 

と、そこにセシリアが割って入ってきた。

 

「私とブルー・ティアーズなら、確実に戦果をあげてみせますわ! ですから、本作戦は、わたくしにーーーー」

 

「だがオルコット、装備のインストールまでに、あとどれだけかかる?」

 

「そ、それは……まだかかりますわ。最速でも、20分はかかります」

 

「…………束、紅椿の調整にはどれくらいかかる?」

 

「ん? まぁ、ざっと7分かな?」

 

「なっ?!」

 

 

調整だけとはいえ、たったそれだけの時間でやり終えてしまうのだから、さすがと言わざるを得ない。

 

 

「もう一度確認するぞ。作戦に支障はないんだな?」

 

「まぁーね。でも、紅椿もまだ完全体とは言えないねー。なんせ、稼働データがまだ取れてないからね。

でも、超音速戦闘は可能だよ! それに、今回はいっくんが付いているからね!」

 

 

束の発言に、みんなが視線を向ける。

特に、今回から本格的な戦闘に参加する箒も真剣な眼差しを向けていた。

一夏は……。

 

 

 

 

「…………任せてください」

 

「っ!」

 

「と、言いたいとこですけど、今回は別の作戦で行けませんか?」

 

「な、なに!? どう言う事だ、一夏!」

 

 

 

想定していなかった答えだったのだろう。

箒は一夏の答えに納得出来ていなかった。完全体ではないとはいえ、軍用ISにも引けを取らない自分の専用機と、一夏の攻撃力を合わせれば、今回の作戦だって、成功すると思っていたからだ。

 

 

 

「わ、私では不服なのか!?」

 

「そうじゃない。だけど箒、考えてもみろよ……」

 

「っ?」

 

「確かに、お前の紅椿と俺の白式なら、今回の作戦は成功する可能性が高いだろう……だけど、それは俺たちが、“それに値するだけの技術を持っていれば” ……の話だ」

 

「っ!」

 

「箒はISの訓練を受けてはいるが、超音速下での戦闘訓練はしてないだろう?

それに、紅椿だって、さっき乗って性能を見ただけじゃないか」

 

「だ、だが、この紅椿ならばやれると姉さんは言っているんだぞ?!」

 

「性能だけならな。だけど、その性能が『使える』のと、『使いこなす』のとじゃまた別問題だ」

 

「あ……」

 

「それに、俺も一応、戦闘訓練は受けてるし、実戦も何度かやったけどさ……それでも超音速戦闘は初めてだし、何より空中戦は、まだアマチュアレベルなんだ……。

地上戦闘なら、問題なく任せろって言いたかったが、今回は違う。不確定要素が多すぎる。そんな状態の奴が二人揃ったところで、軍用機に落とされるのがオチだろう……」

 

「…………」

 

 

 

一夏の言っている事は、理にかなっていて、何より適切な対応だと思った。

慣れない新装備に、慣れない戦闘状況の中で、一体自分がどれだけの役割を果たす事が出来るのか……。

それに、紅椿は遠距離用の技が使えるとはいえ、箒専用にカスタマイズしてあるならば、当然紅椿は近接戦闘に向いている機体だ。

それだと、広域殲滅型の福音相手には分が悪すぎる。

 

 

 

「ならばどうするのだ! 今回の要は、あくまでお前の零落白夜だ! セシリアのパッケージのインストールもまだ終わってないし、そんな猶予も残り少ない。

こんな状況下で、今動けるのは私とお前だけなのだぞ?!」

 

「…………確かに、動けるのは俺とお前の二人だけだ。だけど、福音を相手にするには、まだ荷が重い……だったらーーーー」

 

「だ、だったら?」

 

「ーーーー撃墜しない程度に相手をするしかないな」

 

「…………はぁ?」

 

 

 

なんだか子供みたいな事を言う一夏に、箒は気が抜けたような声を出した。

 

 

 

「お前何を言って……」

 

「だから、俺とお前が福音の追跡をするのは変わらない。だけど、俺たち二人だけだと、福音相手には荷が重い……。

なら、二人じゃなきゃいいんだよ……!」

 

「二人じゃなきゃって……ここにいるメンバー全員で、って事か?」

 

「ああ。ここにいるメンバー全員で包囲して、波状攻撃をすれば、俺たち二人だけでやるよりも安定で、万全な作戦を遂行できると思う」

 

「だが、それぞれの装備のインストールまでに、相当な時間がかかるのだぞ?」

 

「そこは俺たちが時間を稼げばいいんだよ。何も、誰一人として武装のインストールをしていない訳じゃない。

インストールはしているが、完了までに時間がかかるだけだろう? でも、それももうすぐ終わる。そのもうすぐを、俺たちでつないどけばいいんだよ。

落とす気じゃなくても、福音の注意を向けられれば、それでいいんだ」

 

「………………」

 

「そして、そのまま福音を誘導し、待ち伏せする。より確実に福音を撃破出来る」

 

 

 

作戦としてはやや不安材料が残るものの、提示された二つの作戦の中では、一夏の作戦の方が何かと上手に思えた。

教師陣の中にも、一夏の作戦に支持する者がいたくらいだ。だが、本作戦の責任者は千冬だ。

その千冬が決定をしない限り、一夏の作戦は無効となる。だが、私情を抜きにしても、一夏の作戦は理にかなっている事は、千冬もわかっていた。

 

 

 

「織斑、最速でも20分は福音を引きつけておかなくてはならないのだぞ? 最悪の場合、その倍の時間がかかるだろう。

それに、フォーメーションはどうする? いかに人数が揃っていたところで、役割分担が出来ていなければそれまでだ」

 

「大丈夫です。雪片だけならともかく、俺の得物は他にもある。飛び道具相手の対処は、嫌という程訓練しましたし……。

それに、フォーメーションならもうみんなわかってると思いますよ?」

 

 

 

一夏が微笑みながらみんなに視線を移した。

そうだ、みんなそれぞれの役割を理解している。今回送られてきた装備の具合も、それぞれの役割に合わせた物が多い様にも思えた。

そんな一夏の言葉に、全員意気投合したかの様に笑う。

やってやる……そう言いたそうな表情だった。

 

 

 

「なるほど……。わかった、代表候補生組は急いで装備のインストールを完了させろ。時間は早ければ早い方がいい。

織斑、篠ノ之両名は、いつでも出撃できるよう待機。残るは……」

 

「私たちも先に出撃します」

 

 

 

そう言ったのは刀奈だった。

そして、刀奈同様その要求に応じた和人と明日奈。

 

 

 

「俺とアスナはもうすでにインストール済みです。なんなら、俺もチナツと一緒に即時戦闘可能ですよ?」

 

「ダメだよキリトくん。私じゃあ超音速飛行できないんだから、私達はカタナちゃんと一緒に待ち伏せる方に回るよ」

 

「わかってるよ。それまで落ちるなよ、チナツ」

 

「落ちませんよ。って言うか、落ちる気全くないです」

 

 

 

やや好戦的なノリになったところで、千冬が作戦決行の指示を出した。

一夏と箒が福音を引きつけておく間に、刀奈、和人、明日奈の三名が待ち伏せポイントまで移動。

その後、福音をポイントまで誘導し、五機で福音を攻める。その後、インストールを完了させた代表候補生組が合流し、一気に畳み掛けるというシナリオになった。

箒はあまり納得はしていなかったが、より確実な作戦という一夏の言葉に従い、この作戦に同意した。

 

 

 

「話はまとまったな? では、解散!」

 

 

千冬の指示に従い、それぞれ即座に行動に移した。

一夏と箒は、インストールを行っている間に、セシリアから超音速飛行下での戦闘に関するノウハウを教えてもらって、和人と明日奈も、刀奈とともに作戦内容を入念にチェックしていた。

そして簪は、それぞれの代表候補生たちから、送られてきた装備に内容を聞いていた。

それぞれがどのような武装で、どんな内容のものなのか、どれくらいの出力、機動性を出せるのか。

 

 

「へぇ〜、中々みんな優秀だね」

 

「まぁ、な」

 

「ん? どうしたのちーちゃん。やけに濁すね」

 

「いや、なんでもない。束、お前は紅椿の最終調整に入れ。それから、妹ともしっかり話しておけよ?

力に溺れ、痛い目をみた者たちを……私もお前も、もう見てきただろう」

 

「そうだねぇ……。まぁ、そこは箒ちゃんの頑張り次第かな。お姉ちゃんとして、いろいろサポートはするけどさ」

 

「頑張り次第……か」

 

 

 

千冬はそう口ずさんだ。

その言葉を尻目に、束は颯爽と箒の元へと飛んでいく。

そして千冬は、そんな天災科学者の背中を見ながら、そのまま視線を一夏へと移した。

作戦の立案に、理論的に看破させた物言い。

少し前までは、ベッドで寝たきりになっていた中学生だったのだが、ここまで変わる者なのかと、改めて実感した。

力に溺れた者…………一夏もそれに含まれるのかわからないが、少なくとも、一夏の過去になんらかの出来事が起き、その事件が一夏の心に刻み込まれているとなると、その成長ぶりも伺えるかもしれない。

そう思ったところで、千冬は思考を切り替えた。

今は福音の迎撃が最優先事項だ。

千冬は体を反転させ、作戦開始の為の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

紅椿を展開し、各武装のチェックを行いながら、箒はあることを考えていた。

セシリアから受けた超音速飛行下での戦闘のノウハウを聞き、一夏とともに役割を決め、今は自分の相棒とも言える新型機、紅椿のスペックデータを見ていた。

 

 

 

(一夏め……私の実力では足りないというのか? 運ぶだけなら私にだってできる。それに戦闘だって、今までずっと訓練してきたんだ……そう遅れは取りはしない……なのに、何故)

 

 

 

単純に一夏の言ったことの意味は理解できる。

だが、自分は今までの自分とは違う。紅椿という新たな剣を得た……それも、かなり強力な剣をだ。

その性能の良さは、乗った自分自身が一番よく知っている。

この力を使えば、福音なんて恐れるに足りないと思っていたくらいだ。

だが、それでも一夏は冷静に、より確実な方法を選ぼうとした。

それは確かに確実な方法だったが、いまいち自分の力を認めてもらえていないようで、とてもいい気分にはなれなかった。

しかし、作戦として命令されたのならば、それに従わなくてはならない。これは実戦なのだと、箒自身もわかっているからだ。

 

 

 

(そうだ……これは実戦……戦いなのだ。心を乱すな……落ち着け……いつもの私通り戦えば、きっと成功する……っ!)

 

 

 

抜き身の刃の如く、凛とした立ち姿の箒。

武道の道を歩み、己を律するその姿勢は、とても美しかった。

 

 

「おやおやぁ〜? 瞑想ってヤツですかい?」

 

「…………なんですか、今集中しているので後にしてください」

 

「冷たいなぁ〜。久しぶりに会ったお姉ちゃんともっと親睦深めようよぉ〜」

 

 

と、調子のいい事を言いながら、束は箒の隣へと立った。

特に邪魔をする気配はないが、今の箒は少しピリピリしていた。

 

 

「大事な作戦前にそんな事出来ませんよ」

 

「そっか……。なんだか……箒ちゃんも変わったねぇ〜」

 

「え?」

 

「でも、変わってないところもあるかな〜」

 

「な、なんですか、急に?」

 

「そうやって、真っ直ぐな所……素直になれない所……まったく変わってない」

 

「な、なんの話をしているんですか!?」

 

「箒ちゃん……それは箒ちゃんのとってもいいところだとは思うけど、悪い所でもあるの。

今回は、お姉ちゃんとして箒ちゃんの望みを一つ叶えてあげたけど、これ以上の事は、お姉ちゃんにはしてあげられないからね……」

 

「…………」

 

「あとは、箒ちゃん次第だよ。頑張ってね……お姉ちゃんは、何時でも箒ちゃんの事を見てるから、ね?」

 

「…………はい」

 

 

 

 

なんとも束らしくないと思ってしまった。

だが、姉としてなら、らしいと言えばらしいと感じる。

姉は少し変わったと思う。それは自分も成長し、考え方も変わったとは思うが、それ以前に、束自身が少し変わったのかもしれない。

特定の人としか関わりを持とうとしなかったあの姉が、今ではそれ以外の人とも話している……。

とても異様な光景でありながら、どこか当たり前に感じる……とても変な感じだった。

一体何が、姉を変えたのだろうか……?

深まる謎に頭を悩ませていたが、箒はすぐに切り替えた。

自分次第……そう、この作戦も、自分次第で成功か失敗か……それが決まるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

時が経ち、現在午前11時30分。

作戦開始の時間となった。

誰もいない無人の浜砂を独り占めにして、ゆっくりと歩く一夏。

照りつける夏の日差しが眩しく、暑い。空は晴天に恵まれ、絶好の海水浴日和となったが、今は遊んでいられない。

右手で降り注ぐ太陽の光を遮りながら、一夏は真っ直ぐに空を眺めた。

そして、その後ろから、誰かが歩いてきた。

砂を踏みしめる音。その足取りは、とても軽いとは言えない。

振り向き、その人物を見る。

新たにISスーツを新調し、黒色から白色にチェンジし、イメージが変わった箒の姿が、そこには会った。

真剣な表情で一夏を見つめる箒。それに従って、一夏も箒の目を見る。どうやら、覚悟は決まったようだ。

 

 

 

「行こう、箒」

 

「ああ……やってやる!」

 

 

 

一夏が右腕を、箒が左腕を伸ばす。

白いガントレットと金と銀の鈴がついた、赤と黒の紐。それぞれ相棒たるその機体に、意識を集中させる。

 

 

「来い、白式ーーーーッ!!!!!」

 

「行くぞ、紅椿ーーーーッ!!!!!」

 

 

赤と白の閃光が閃く。

そして、そこには新たな鎧をまとった大和撫子と、鮮烈な姿の侍が誕生した。

 

 

 

 

『二人とも、準備はいいか?』

 

「はい!」

 

「問題ありません」

 

 

 

オープン・チャネルから聞こえる千冬の声。

その問いかけに、どこか緊張感のある声で答える箒と、冷静な一夏。

そのまま作戦内容を今一度確認する。

 

 

『お前達の第一目標は、福音の注意を引くこと。そして、ポイントB3にて待機している桐ヶ谷たちの所まで福音を誘導する事だ』

 

「「了解!」」

 

 

既に和人たちはポイントB3に向かって出動している。

なのでまずは、一夏達がうまく福音のヘイト値を稼がなくてはならないのだ。

 

 

「織斑先生、私は状況を見て、一夏のサポートをすれば良いですか?」

 

「箒?」

 

『…………そうだな。だが、お前はあまり無理をするな。紅椿の性能を把握しきれていない内は、その力を持て余す事になる』

 

「わかりました」

 

「…………」

 

 

 

普段の箒からは、あまり想像できない高揚したような発言だった。

その事にいち早く気づいた織斑姉弟。

どこか浮ついているような感じがした。

 

 

 

「ねぇ、なんだかあの子、妙にテンション高くない?」

 

「そうですわね……どこか声のトーンが高かったような……」

 

「わからなくは、ないけど……」

 

「…………」

 

「大丈夫、かな?」

 

 

 

 

旅館の部屋で待機していた他の専用機持ち組も、通信から聞こえてきた箒の声に疑問を感じ取ったようだ。

千冬はそんな会話を聞いて、すかさず一夏に通信を繋げた。

 

 

 

『一夏』

 

「っ! 千冬姉か、どうした?」

 

『一応プライベート・チャネルだが、大声は控えろ。篠ノ之に聞かれるからな』

 

「ああ……悪い。それで、どうしたんだ?」

 

『ん……どうやら篠ノ之は少し浮かれているな。あの状態だと、何かを仕損じるかもしれん。もしもの時は、お前がサポートしてやれ』

 

「……やっぱり千冬姉もそう思ったか。まぁ、わからなくはないけどな……だが、今回ばかりはそうも言ってられないな。

わかった、意識しておくよ」

 

『頼んだぞ』

 

 

 

 

何事もなければ、それでいいのだが……。

そんな不安を追いやり、一夏は箒の背後に回る。

 

 

 

「本来なら、女の上に男が乗るのは私の主義に反するのだが、今回は特別だぞ?」

 

「ははっ、悪いな箒」

 

 

冗談交じりの談笑を交わし、一夏が箒の肩を掴む。

 

 

「箒、何度も言うが、これは実戦だ。ちょっとした事でも命に関わる……」

 

「わかっている。お前は私の母親か何かか?」

 

「何度でも言ってやるさ。頼む箒、ちゃんと聞いてくれ……!」

 

「あ、ああ……」

 

 

いつになく真剣な一夏の声色。

その声に、どことなく気掛かりを覚えた箒は、そのまま首だけを後ろに回した。

そこには真剣な表情の一夏の顔があった。

 

 

 

「俺は今までこういう修羅場みたいなものをたくさん味わった……だからこそわかるんだ、このままだと、箒が危険だって」

 

「わ、私がか?」

 

「ああ……。だから、約束してくれ、箒。絶対に無理をしないって……俺は、もう目の前で誰かを失うのはごめんだ」

 

「…………」

 

 

 

悲哀に満ちた目だった。

過去にそう言う体験をしているからこそ、この様な目が出来るのだろう。

とてもふざけている訳でも、わざとやっているのでもない。

真剣そのものだ。

 

 

 

「わかった……その言葉、肝に銘じておく」

 

「ありがとう……。それじゃあ、行くか……っ!」

 

「ああ!」

 

 

 

今度は待ったなし。

目を閉じ、すべての意識を自分の背中や足元に集中する。

全ての力を込めて、空を駆け抜けるイメージを……。

 

 

 

「ーーーー行くぞ!!!!」

 

 

 

強烈なスピードで、海を駆け抜ける紅椿と白式。

その後瞬く間に、二機は空の彼方へと飛んで行ったのだった。

 

 

 

 





ええ、前書きで書いた通り、次回は必ず福音戦やります。
ただし、紅椿と白式の二機だけでは戦いません!
普通に無理だろうと思ったので、ここは変えていきます(^ ^)

感想よろしくお願いします。



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第38話 銀の福音



今回は福音戦、第一戦です!


それではどうぞ!



 

 

「ーーーーーー行くぞ!!!!」

 

「ッ!!!??」

 

 

 

一気に加速する。

思いもよらぬGの体感に、一夏は顔をしかめた。

 

 

 

(くっ! なんつー速度出してんだよっ!?)

 

 

 

浜辺から飛び立った紅椿と白式。

海面すれすれを飛ぶ二機のスピードに、海水が弾け飛ぶ様にして舞い散る。

 

 

 

 

 

 

「うそっ!?」

 

「イグニッション・ブーストの比じゃないよ……っ!」

 

「やるな……!」

 

「さすがは第四世代……と言ったところでしょうか」

 

「やっぱり、性能が断然に違う」

 

 

旅館の作戦本部内にいた鈴たちも、紅椿の性能に驚きを隠せない様子だった。

ここにいる全員が、第二世代、第三世代のISに乗っている。自分専用にカスタマイズしてあるため、一般的な量産機に比べると、その性能にも大きく差があるが、紅椿は、その性能すらも凌駕していた。

 

 

「凄いな……!」

 

「もう、こんな所を飛んでるよ」

 

「起動テストの時にも見たけど……この性能、計り知れないわね」

 

 

 

 

ポイントB3に向かっていた和人達も、衛星からの受信により得ている位置情報で、紅椿と白式の位置を特定していたが、既に二機の位置は福音に迫る勢いだった。

 

 

 

「私たちも急いでポイントまで行きましょう!」

 

「ああ!」

「うん!」

 

 

 

刀奈を先頭に、三機は待ち伏せポイントまで急行していった。

 

 

 

 

 

 

「暫時衛星リンク確立…………情報照合完了。目標の現在位置を確認。…………一夏、一気に行くぞ!」

 

「ああ!」

 

 

 

ものの数秒で、目標高度である500メートルに達していた。

だが、紅椿はさらに加速していく。

脚部と背部の装甲が展開装甲という名前通り、装甲が展開し、そこから強力なエネルギー体か噴出し、まるでウイングの様な形に形成された。

これこそが、紅椿の展開装甲を発動させた姿だ。

白式に搭載されていた雪片弐型の完成形態。全身の装甲が展開装甲になっているのだ。

 

 

 

(確かに凄いが、これほどのエネルギーを、一体どうやって……?)

 

 

 

雪片単体でも、エネルギーの消費は激しかった。

まぁそれは、己のシールドエネルギーを攻撃に転化するため、攻撃力を上げる代わりに、自分のエネルギーを消費しているのだが、紅椿のはその基盤が違う。

攻撃・防御・機動。これら全ての能力を底上げし、即時対応させるために、紅椿の展開装甲は全身の装甲に取り付けられていると、束は言っていた。

言うなればそれは、下手をすれば白式の雪片よりもエネルギーの消費が激しいのではないかと一夏は思ったのだ。

だが、そんな一夏の思考を遮って、箒の声が飛ぶ。

 

 

 

「見えたぞ、一夏!」

 

「っ!?」

 

 

 

箒の声で、一瞬にして意識を前方へと向ける。

セシリアから教わっていた超音速下での戦闘状態。ハイパーセンサーと呼ばれる物が起動している今、一夏の視界は驚くほどクリアで、そして、どこかスローモーションの様にも見えた。

そしてその視界がとらえた、目標IS。シルバリオ・ゴスペルの姿があった。『銀の福音』……その名の通り、全身に纏っている装甲が、銀色一色だった。

 

 

 

「あれか!」

 

「ああ! 集中しろ、一夏。目標との接触まで、あと10秒だ!」

 

「っ!」

 

 

 

 

箒の言葉通り、紅椿はトップスピードに乗り、福音に確実に近づいていた。

一夏は右手に雪片を展開する。

ギリギリまで物理刀状態で接近する。単一仕様能力『零落白夜』は自分のシールドエネルギーを攻撃に転化して、相手のシールドエネルギーを消滅させる能力。だから、極力エネルギーの消費を避けないといけない。そしてこれこそが、雪片を最も効率よく使う方法なのだ。

かつて千冬がモンドグロッソで戦っていた時には、刃が敵に触れる瞬間に零落白夜を発動させ、瞬殺するという戦略をとっていた。

それは生半可な訓練で出来ることではない事は、同じ雪片を持っている一夏が一番よく知っている。

一夏はまだ、千冬の様に零落白夜を自在に操る事は出来ない。

良くても自身の間合いに入った瞬間に発動させるのが精一杯だ。

 

 

 

「箒、俺はギリギリまで零落白夜を温存したい……だから、接近する時は合図をくれないか?」

 

「わかった。……出来れば、ここで仕留めておきたいが……」

 

「難しいだろうな。あのスピードを出せるISが、そう簡単に剣を受けるとは思えないが……」

 

「まぁ、やるしかなかろう……! 行くぞ!」

 

「応っ!」

 

 

 

紅椿が福音に迫る。

そして一夏は雪片を展開させ、いつでもバリアー無効化攻撃を仕掛けるタイミングを窺う。

だが、後方より迫る二機の存在を、福音も察知し、攻撃態勢が取られているわかると、急速に進行方向を反転させた。

 

 

 

「っ! 逃すかぁ‼︎」

 

 

だが、箒とて逃さずまいと、紅椿の出力を調整し、福音の飛んで行った方向へとルートチェンジする。

最短ルートで飛翔し、ようやく福音の間合い入った。

 

 

「今だ、一夏!」

 

「おおおおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

箒の合図とともに、一夏は零落白夜を発動させ、箒は一気に福音の間合いを侵略する。

そして、渾身の力を込めて放たれた一閃が、福音に向けて振り下ろされた。

 

 

 

「La……♪」

 

「「っ!?」」

 

 

 

が、その渾身の一撃を、福音は再び方向転換し、上空へと飛び躱したのだった。

 

 

 

「くっ! なんだあの動きは……!」

 

「流石は軍用機か……。とんでもねぇ反射速度だぜ」

 

 

 

 

作戦前に見せられた福音……シルバリオ・ゴスペルのスペックデータの中にあった、福音の装備。

銀の鐘(シルバーベル)

大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新システムのウイングスラスター。

常時イグニッション・ブーストと同等の速さで飛ぶことができ、更には急加速もできる高出力の《多方向推進装置(マルチスラスター)》だ。

実際に見たそのスピードは、データで見ていた以上に速いと感じられた。

だが、そのシルバーベルの脅威はそれだけにとどまらない。

現に、今にもそのスラスターから放出し始めたエネルギー弾を、一夏たちに向けて発射したのだから。

 

 

 

 

「ちっ! 箒、散開しろ!」

 

「ああ!」

 

 

 

箒の背中から飛び立った一夏。

迫り来るシルバーベルのエネルギー弾を逃れるため、二機は左右に分断し、その砲撃を逃れ様としたが、分断したにもかかわらず、紅椿の方へとエネルギー弾が迫っていた。

 

 

 

「くっ! 追尾式か!」

 

 

 

高速でエネルギー弾を回避する箒だったが、追尾してきていたエネルギー弾は高密度に圧縮されているため、たとえ直撃しなくとも、その近くで爆発させてしまえば、多かれ少なかれダメージを負わせる事は可能なのだ。

 

 

「ううっ!」

 

「箒! 足を止めるな!」

 

 

対して一夏も、上空から大量のエネルギー弾を浴びていた。

雪片を収納し、愛刀である雪華楼を展開して、抜刀。

時には躱し、時にエネルギー弾を斬り裂くなどして、その攻撃を凌いではいたが、あまりにも数が多すぎる。

 

 

「ちっ! 捌ききれねぇ!?」

 

「一夏!」

 

 

福音が一夏を落とそうと躍起になっている隙に、雨月と空裂の二刀を展開した。

高速で接近し、福音に斬りかかる。

が、福音はその斬撃を回避し、箒の間合いから離れる。

 

 

「おのれ……! ちょこまかと!」

 

「箒、突っ込みすぎた!」

 

 

想定以上の高機動に、驚きつつも、なんとか態勢を整える二人。

 

 

 

『チナツ!』

 

「っ!? カタナか?!」

 

 

と、そこに刀奈からの通信が入った。

 

 

 

『こっちはポイントに到着。いつでもいけるわよ!』

 

「了解、すぐに向かう!」

 

 

 

刀奈からの通信を終え、視線を前方に向ける。

今もなお銀と紅の機影が、激しくぶつかり合い、大きな火花を散らしていた。

 

 

「くっ、硬い……!」

 

「箒!」

 

「っ!?」

 

「ポイントに移動開始だ。福音の攻撃に注意しつつ、全力でポイントまで移動するぞ」

 

「っ…………了解した!」

 

 

 

 

 

正直このまま福音を相手に勝てるかどうかは別にして、このまま攻め続けて行きたかったところだが、作戦の遂行が最優先だ。

箒はなんとも歯がゆいと言った表情ではあったが、一旦間合いを開けると、刀奈達が待つポイントへと向かって加速した。

 

 

 

「よし、このまま全速力でポイントに向かう。シルバーベルには気をつけろ」

 

「わかっている! それより、お前はエネルギーの事を心配しろ。先ほどの攻撃で、だいぶ減ってしまったのではないか?」

 

「いや、まだいける。それに、雪華楼はエネルギーの消費が少ないからな……全然行けるぞ」

 

「そうか。ならば、もう一度私に捕まれ。できるだけエネルギーの消費を抑えた方がいいのだろう?」

 

「ああ……。だけど、箒の方は大丈夫なのか? それだけの速度が出せるんだ……消費も激しいんじゃないのか?」

 

 

 

一夏の指摘に箒は急いでエネルギー残量を調べた。

が、思っていたほどエネルギーは残っていたみたいだ。だが、展開装甲を使っている間は、どうしてもエネルギーの消費が激しいらしく、今は箒も展開装甲を閉じている。

と、そこで安心もしていられなかった。後方より迫っていた福音から、大量のエネルギー弾が発射されているからだ。

 

 

 

「チッ、こっちが逃げる一方だからってよ!」

 

「全部は落とせんぞ?!」

 

「全部じゃなくていいんだ! 俺たちに直撃するやつだけを斬り裂けばいい!」

 

 

 

降り注ぐエネルギー弾。

箒は左の空裂を振り払い、衝撃斬を発生させ、エネルギー弾を斬り裂いていき、一夏は雪華楼を一度鞘に納刀し、両手で腰に装備していた飛刀を掴むと、それを降り注ぐエネルギー弾に向けて投擲。

不完全な投擲で、あまりうまく投擲出来ていたかと言われれば、それは違う。

だが、飛刀は失速することなく、蒼いライトエフェクトに包まれると、一気に加速してエネルギー弾と接触、爆破する。

 

 

 

「っ?! 一夏、今のは?」

 

「《投剣スキル》って言う、ソードスキルの一種だ。文字どおり、投擲の技だ。今のは、飛刀三本を投げて命中させる《トライ・シューター》って言うソードスキル」

 

「な、なるほど……」

 

 

一夏が習得しているのは、何も片手剣スキルだけではない。料理に裁縫、索敵、隠蔽、投剣、体術……そして抜刀術。

とりわけ投剣も、軍に所属していた時には多用していたスキルだ。

投剣自体は、大したダメージを負わせる事は出来ない。使用弾数は限られているし、連射も出来ない。良くても牽制に使うくらいだったが、それはボス攻略や、デュエルでの場合だ。

一般的な勝負ではあまり役に立たないが、一夏の場合は違った。

こんなスキルでも、今までにたくさん役に立ってきた事があった。

 

 

 

「よし、このまま攻撃に耐えて、合流しよう」

 

「ああ!」

 

 

 

二人は福音の攻撃をなんとか躱し続け、ポイントB3まで急いで飛行する。

福音も二機を撃墜しようとエネルギー弾を撃ち続けるが、二機は時折反撃しながら直撃を避ける。

そして、そんな一進一退の様な攻防を繰り返してきたが、周りの光景が少しずつ変わってきだした。

今まで何もない、ただただ大海原が広がっているだけの光景だったが、今は所々に無人島らしきものがちらほらと見えていた。

 

 

 

 

(よし……ポイントB3の区画内に入った!)

 

 

 

 

福音の攻撃を躱しながら、一夏は開いていた空中ディスプレイに移られた地図を見ると、その後、箒の方を見て、アイコンタクトで合図する。

それを箒も理解し、作戦は第二フェーズへと移行する。

 

 

 

「箒、散開! 福音は俺が引き受ける!」

 

「了解だ!」

 

 

 

ここで一旦、一夏が反転。そのまま飛翔していく箒を尻目に、一夏は雪華楼を抜刀し、福音に斬りかかる。

 

 

 

「さて、第二ラウンドを始めようか!」

 

「La………♪」

 

 

 

 

先ほどから、まるで歌声の様な機械音を発する福音。

それ自体に一体なんの意味があるのか、それはわからないが、ただ言えるのは、暴走しているにもかかわらず、IS自体の性能はズバ抜けているという事だ。

先ほどからも、一夏は果敢に福音に攻め込むが、シルバーベルの推力が、一夏の抜刀術よりも僅かに速い。

ましてやあまり得意ではない空中戦を強いられているため、一夏自身も攻めあぐねている様だ。

 

 

 

「ちっ、さすがに動きの速さでは分が悪いか……! ならーーッ!」

 

 

目的ポイントまで誘導しつつも、一夏は福音に向かってイグニッション・ブースト。

福音の飛行スピードにはついていけなくとも、瞬間的なスピードでは、一夏だって負けてはいない。

 

 

 

「おおッ!」

 

「っ!?」

 

 

この日、初めて福音が狼狽した。

いや、バイザーをかぶっていて、なおかつ機械的な動きをしているから、狼狽しているかはわからないが、それでも、はっきりとわかる様に、身構えたのだ。

 

 

「だああッ!」

 

 

上段から福音に斬りかかる。

タイミングはばっちり……。これは福音も躱し切れず、両手を交差させて受け止めた。

だが、一夏はそのまま鍔迫り合いに持ち込む気はない。

一度その刀を振り抜き、今度はガラ空きになっている胴に左薙一閃。

が、これは福音も反応して、再び右腕の装甲で防ぐ。しかしそれを見越して、一夏もそのまま体を時計周りに回転させ、福音の後頭部目掛けて一閃。

ドラグーンアーツ《龍巻閃》を叩き込む。

だが、これは福音がシルバーベルを動かし、雪華楼を食い止めた。

決して生半可な速度で放ってはいなかったが、それでも福音は一夏の攻撃を止めたのだ。

これは、福音の方を褒めるべきか……。

 

 

 

 

「くっ! 結構攻めてみたんだがな……」

 

「La〜♪」

 

「うおっ?! またかよ!」

 

 

 

ヒットアンドアウェイ……一撃必殺の剣術故に、一撃で仕留めなくては意味がない。

それが特殊武装を積んだ射撃装備を備えた福音相手なら、なおさらだ。

福音は一夏との間合いを開けようとして、エネルギー弾を再び撃ち始めた。

一夏も躱し、弾き、斬り裂きながら、後退していく。

 

 

 

(そろそろか……もう充分に引きつけたと思うけど……)

 

 

 

箒に一夏と、二機が充分にタゲを取ってくれていたおかげで、福音を誘い出す事に成功。

あとは、このまま包囲してやればいい。

 

 

 

 

「スイッチーーッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

一夏は福音を、目的のポイントまで誘導しきっていた。

まるで双子のように佇む小さな無人島。決して人が住めるほどの大きさではないが、一時的に身を隠すだけなら、充分に持ってこいな場所。この島に隠れ、悟られないようにISをステルスモードにしていた刀奈、和人、明日奈。

無人島の間を、福音がすり抜けた瞬間、背後からの強襲を仕掛けた。

 

 

 

 

「せえぇぇぇやああッ!!!」

 

 

 

新装備《セブンズソード》を装備し、機動性と近接戦に特化した和人の月光が斬り込む。

右手に掴んだエリュシデータ。そこから片手剣スキルの水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》が炸裂する。

 

 

「スイッチ‼︎」

 

 

和人のソードスキルが直撃し、よろめいている所にすかさず追撃を叩き込む。

こちらも新装備として取り付けた四機のブースターが噴く。

《乱舞》の速度をトップまで引き上げ、その速度のまま神速の細剣の上位八連撃スキル《スター・スプラッシュ》が、福音の翼、体を突き刺す。

 

 

「っ!!?」

 

「まだまだ!」

 

 

 

さらによろめいた瞬間に、今度は右サイドから、槍を構えて突っ込んでくる刀奈。

そこから繰り出された三連撃刺突スキル《トリプル・スラント》。

これも確実に福音に入った。

 

 

 

「よし、強襲成功だ! 箒、俺たちも行くぞ!」

 

「了解した!」

 

 

 

 

と、ここで福音を誘導させるために離脱していた箒と一夏が反転。

三機に攻められている福音の元へ、急いで向かう。

箒は二刀を展開し、ご自慢のスピードであっという間に福音の間合いに入った。

 

 

 

「はああぁぁぁ‼︎」

 

「La〜♪」

 

 

箒の雨月による一太刀を左腕の装甲で受け、右手に指をまるで手刀のように構えると、一切の躊躇なしにそれを箒の顔目掛けて突き刺す。

箒もこれには驚き、咄嗟に左の空裂を当てて、なんとか軌道を逸らした。

 

 

「なるほど、接近戦もできるというわけか……!」

 

 

 

データ上では発覚していなかった近接戦闘におけるスペック。

特にこれといった武装はないが、それでも軍用機。

特に、シルバーベルはオールレンジ攻撃が可能なため、たとえ近接戦闘用の武器がなかったところで、エネルギー弾を発射すれば、たとえどの距離にいようと、当てることは可能なのだ。

 

 

 

「Laーー♪」

 

 

 

と、言っているそばからエネルギー弾を撃ち始めた。

しかし、今度は一方向ではなく、機体自体を回転させ、全方位に向けて満遍なくエネルギー弾を降り注いだ。

 

 

「っ! 回避!」

 

「うわあ!?」

 

「アスナちゃん!」

 

 

 

大量のエネルギー弾がばら撒かれる中、和人はブラックプレートを展開し、その巨体に身を隠すようにしてエネルギー弾を受け、刀奈が明日奈の元へ行き、アクア・クリスタルを起動。水の障壁を展開し、エネルギー弾を打ち消していく。

一夏は、最も近くにいた箒を連れ、上空へ離脱。間一髪のところで、直撃を免れた。

 

 

 

「ったく、あんな範囲攻撃まであるなんて……チートもいいところだろ……!」

 

「ゲームの話で片付けるな。しかし、これは厄介だぞ……どうするのだ」

 

「俺に聞かれてもな……俺はバリバリの前衛型だし……」

 

「だからゲームの話で片付けるな!」

 

 

どこか緊張感のない一夏にカッとなる箒。

だが、一夏の言う通り、何も手立てがないのは確かだ。

 

 

「こう言うのは、担当に任せるしかないだろ」

 

「ん? 誰の事を言っているのだ?」

 

「なに、嫌でもわかるよ……」

 

「ん?」

 

 

 

一夏はただじっと待ち構えていた。

その時が来るのを……。

 

 

 

「撃ってぇぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 

 

ドン!!!!

 

 

 

「「「「ッ!!!?」」」」

 

「来たか!?」

 

 

 

 

突如、その場に響いた号砲。

軌道を描いた二つの砲弾は、見事福音に命中。

大きな爆煙を上げた。

 

 

 

「ラウラちゃん!?」

 

『すまない、遅くなった』

 

 

 

ISの高望遠映像で、砲弾の発射地点を見ると、そこには、新たな装備、砲撃用パッケージ《パンツァー・カノニーア》を展開したラウラのシュバルツァ・レーゲンの姿があった。

明日奈の驚いた様な声に、ラウラは冷静に返答する。高速で飛行する福音に対し、ラウラは眼帯を外し、露わになった金色の瞳で捉える。

 

 

 

「なるほど、さすがは軍用機だな……!」

 

 

 

初弾は命中したものの、もう二発目にして福音はラウラの砲撃を躱し始めた。

そして、砲撃直前になって手薄になっていたラウラの方面に高速で接近。

シルバーベルを起動させると、ラウラ一人に対して圧倒的とも言える物量のエネルギー弾をばら撒いた。

普段ならAICを展開し、攻撃を防ごうとするが、AICは止める対象に意識を集中させなくてはならない為、数多くばら撒かれたエネルギー弾全てに意識を集中させるのは、さすがのラウラでも難しい。

この間までは、早くもラウラは撃墜されてしまう……。

だが、そのラウラの前方に、一つの機影が割って入る。

 

 

 

「防御障壁、展開!」

 

 

突如エネルギーシールドが出現し、エネルギー弾の雨からラウラを守った。

 

 

「簪ちゃん!」

 

「ここは任せて! お姉ちゃん達は、早く福音をっ!」

 

 

 

試作型の防御用パッケージを搭載した打鉄弐式に乗る簪。

長方形型に展開されたエネルギーシールド。

まだまだ試作型とはいえ、高い防御力を誇る。元々打鉄のアンロックユニットに使っていた技術を応用して作ったものだ。

 

 

 

「その程度の攻撃なら、いくら撃っても無駄……!」

 

「きゃあ〜♪ 簪ちゃーん! かっこいい〜〜♪」

 

「も、もう! 作戦中……ッ!!!」

 

 

だが、その頬は朱に染まっている。

思いの外嬉しい様だ。

 

 

 

「全く、緊張感の欠片もないですわね……」

 

「でも、これが僕たちらしいよね……」

 

「辛気臭いのは面倒なだけよ。ほら、私たちも行くわよ!」

 

 

新たに三機が作戦海域に入る。

 

 

「行くよ、リヴァイヴ!」

 

 

両手にショットガンを展開し、満遍なく散弾をばら撒くシャル。

だが、福音の装甲を砕くには、まだ威力が足りない。

そうしている内に、福音は射線上が離脱していき、高速で飛翔し始めた。

シャルは右手に持っていたショットガンを収納し、今度はサブマシンガンを展開。

サブマシンガンの高速連射と、ショットガンの面制圧力で、どんどん福音を追い込んでいく。

 

 

「もらいましてよ!」

 

「ッ!」

 

 

シャルの銃弾の雨を掻い潜っていると、今度は真横から青白いレーザー弾が通りすぎだ。

これは福音が咄嗟に気づいて、躱すが、とんでもない出力で発射されている。

 

 

「逃がしませんわ!」

 

 

スターライトを手に、新装備の《ストライク・ガンナー》を装備して、高速戦闘が可能になったセシリア。

超高速下でも、的確に福音を狙い撃つ。だがやはりと言っては何だが、福音の速度が速く、肝心なところで避けられる。

 

 

 

「くっ! 狙い通りにいきませんわね……っ!」

 

「そんなみみっちぃ事してるからよ!」

 

 

今度は福音が逃げる前方から巨大な炎弾が放たれる。

これも福音に躱されるが、途端に福音の動きが止まった。

そこにすかさずもう一度炎弾を撃ち込む。

 

 

「ええい、ちょこまかと……!」

 

 

新装備、機能増幅パッケージ《崩山》。

二機から四機に増えた《龍砲》を絶え間なく連射する鈴がいた。

 

 

 

「鈴、そのまま福音を撃ち続けて。シャルロットは反対側から……!」

 

「はいよ!」

 

「了解!」

 

 

簪からの指示入った。

鈴とシャルが左右から福音を狙い撃つ。

片方はマシンガンによる実弾の雨を、片や炎を纏った弾丸の嵐。

これには福音も逃げ出し、左右交互に躱しながら離脱していく。

 

 

「逃すと思いまして!」

 

「悪いな、逃がさないぜ……!」

 

 

 

だが、その回避先にも、すでにセシリアと和人が待ち構えていた。

ライフルと剣を構え、福音の進行を阻む。

いや、和人とセシリアだけではない。

すでに展開していた一夏、箒、刀奈、明日奈もまた、福音の背後を囲み、そこから少し離れたところに、鈴とシャルが待ち伏せ、その後方では砲撃態勢を整えたラウラと、それを守る様に布陣する簪の姿もあった。

つまり、福音を完全に袋のネズミにした事になる。

 

 

 

「さぁて、ここからどう攻めたものかな……」

 

「一気に叩くのが定石だろう」

 

「でも、チナツくんを相手に近接戦を凌いでた様にも見えるけど……」

 

「そうね……。でも、どうやっても止めないと。福音がここから離れ、街であんな物をぶっ放したら、それでこそ殲滅されちゃうわ」

 

 

 

福音の背後からどう攻めていいのか探る一夏たち。

正面から様子を見ていた和人たちも同じ様で、慎重な対応をしていた。

作戦が始まって、早くも一時間以上経っていた。

時刻は1時50分。まだまだ夏の日差しが眩しく感じるが、少しずつ陽も傾いてきだしていた。

それに、問題が一つ。

白式と紅椿のエネルギー残量だ。最初から今までフルスロットル状態で福音と戦ってきている為、そろそろ決めないと致命的なダメージを負った際、取り返しのつかない事になりそうだ。

その事は、後方から様子を見ていた簪が監督している。

常にエネルギー残量の数値を各機から送信してもらっている為、逐一把握しているが、やはり白式と紅椿の消耗が激しかった。

 

 

 

「このままじゃジリ貧になっちゃう……一夏と箒は、一旦下がって。前衛は、和人さんと明日奈さん。そのサポートを、お姉ちゃんと鈴で!

シャルロットとセシリアは、福音を海域から逃さない様にしてて……ラウラも、砲撃はいつでもできる様にしておいて……!」

 

 

 

全体のバランスが取れるよう、簪の指示が飛ぶ。

戦術としてもこれがベストだと、皆が指示に従い、一夏も箒を連れて後退する。

 

 

 

「おい、一夏! 私はまだやれるぞ?!」

 

「無茶を言うな。簪は俺たちの機体データの一部を完全に把握してる……。その中に、エネルギー残量だってちゃんと認識しているんだ。俺と箒をあえて下げたって事は、一番消耗が激しいと思っているからだ」

 

「だが、私でないと福音はーー」

 

「それもわかっている。だからこうやって布陣しているんだろう……。無闇にこんな策を思いつく様な奴じゃねぇよ、簪は……」

 

「………」

 

 

 

箒としては、まだまだやれると思っていたが、一夏の指摘に紅椿のエネルギー残量を確認してみると、どこか心許ない。

 

 

「俺のエネルギーも、あまり無駄遣い出来ないからな……」

 

「っ! もう、まずいのか?」

 

「零落白夜にイグニッション・ブースト……微量だけどソードスキルも使ったしな……。

零落白夜だったら、あと二、三回が限度だろうな。雪華楼だけで押し切るなら、もっといけるけどよ……」

 

 

 

零落白夜を使えば、一撃必殺の攻撃に期待したいところだったが、残り少ないチャンスで福音を落とせるとは言い難い。

ここにいる全員を相手に、いまだに墜ちないほどの性能だ。殲滅型の軍用機と言うのもの伊達ではない様だ。

 

 

 

『和人さん。合図をしたら、ラウラに砲撃をしてもらいます。その瞬間に斬り込めますか?』

 

 

簪からの通信が入る。

和人は少し考えると、すぐに簪に返答した。

 

 

「斬り込むのは良いが、福音がまともに砲撃を食らうとは思えないぞ?」

 

『大丈夫です。その場合、福音には選択肢が三つあります。一つは躱すこと……もう一つは、防御。最後に迎撃です。

でもこの場合、わざわざ回避するのは難しいと思います。これだけ囲まれている中で、さすがに高速飛行をしようとも、狙撃に有利なセシリアと、面制圧力を持つシャルロットに鈴もいます。それに、お姉ちゃんがいるから、その手で防ぐことはできない。

だったら、動くとした防御に専念するか、迎撃して砲弾を落とすかのどちらかだと思います』

 

「なるほどな……確かに、一理ある」

 

 

 

理論整然と肩られる簪の解説に、和人も納得せざるを得なかった。

 

 

 

「わかった。砲撃のタイミングは簪が決めてくれ。それに従って、俺たちで斬り込む」

 

『わかりました……って、“俺たち” ?』

 

「ん? ああ、アスナも一緒にってことなんだけど……なんかおかしい事言ったか?」

 

『あ……いや、なんでも無いです……』

 

 

 

 

首を傾げる和人だったが、正直簪は、和人一人に対して言ったつもりだったのだが、まさかそこで明日奈まで自然に共に行くとは思ってもみなかった。

まぁ、普段の生活風景や、仮想世界での活動でも、ほぼ一緒にいる二人だ。

ましてや明日奈が、その事を承諾するのは難しいだろうと考えられた。

 

 

 

「アスナ」

 

「どうしたの、キリトくん?」

 

「今からラウラが砲撃を行う。その砲撃に、福音がどういう行動を取るかはわからないが、必ず隙が出来ると思う。

その瞬間を狙って、俺と一緒に斬り込む……。だからーー」

 

「皆まで言わなくでいいよ、キリトくん」

 

「っ……ありがとう。簪、こっちはいつでも行けるぞ」

 

『了解です。私の方から、皆には通信を入れてあります。合図したら、よろしくお願いします』

 

「ああ……!」

 

 

 

準備は整い、それぞれがそれぞれの役割を果たすまで……!

 

 

 

「ーーーーラウラ、お願い!」

 

「撃ってぇぇっーーーー!!!!」

 

 

 

簪の合図と共に、パンツァー・カノニーアから強烈な号砲が鳴り響く。

福音撃破の狼煙が上がったのだった。

 

 

 

 

 





なんか微妙なところで終わったけど、次回からはもっと白熱したのを書きたいですね( ̄▽ ̄)
(願望であって、決定では無い……(ーー;))


感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)


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第39話 第二形態


ええ、まだまだ続く福音戦。

早く終えて夏休みイベントに行きたいものです(ーー;)




「撃ってえぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

ラウラの声が響く中、二門レールカノンから放たれた砲弾は、真っ直ぐ、寸分の狂いなく福音に向かって飛翔する。

簪が提唱した福音の行動パターンは三つ。回避か、迎撃か、防御か。

だが、四方八方を囲まれているこの状況で、回避するのはあまり得策ではない。

暴走し、システムが最適な行動を取ろうとするのなら、ここで回避はまずしないだろう。

となると、残された選択肢は迎撃か防御の二つ。

そして、取った行動は……防御だった。

 

 

 

「GO!」

 

「「っ!!」」

 

 

 

砲撃が着弾したと同時に、和人の合図で明日奈、刀奈の三人が仕掛ける。

着弾し、爆煙に包まれた福音の懐に最初に飛び込んだのは、三機の中で最も最高速で動ける明日奈の閃華だった。

 

 

 

「La〜〜♪」

 

「ごめんね……!」

 

 

防御からの奇襲に、福音も対応しようとするが、それよりも先に明日奈の剣が速かった。

 

 

 

「てえぇやあぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

蒼銀の光に包まれた《ランベントライト》

そこから繰り出されるのは、瞬間四連撃《カドラプル・ペイン》だ。

四連撃全てが福音を突き指さる。

 

 

「っ!?」

 

「くっ、浅い!?」

 

 

だが、瞬発的に半身姿勢になっていた福音。

四連撃が当たりはしたが、そのダメージは軽微なものだろう。

それに加え、明日奈はソードスキルを使った反動で、硬直状態に陥っているため、その無防備な体めがけて、福音の手刀が振り下ろされる。

 

 

 

「スイッチ!」

 

「っ!」

 

 

 

だが、その手刀を阻む黒い剣。

《エリュシデータ》から放たれた黄色い閃光《レイジスパイク》。

硬直状態になるのもほんのわずかな時間であるため、すぐに他のソードスキルを発動させ、すぐにでも追加攻撃ができる使いやすいスキルだ。

だが、こればっかりは、当てに行ったのではなく手刀を妨げるためだけに打ったもの故、福音に対してダメージがあったわけではない。

しかしそれでも、その背後からくる三人目がいる。

真紅の長槍を携えた槍の聖女。

その自由自在な槍捌きから、縦横無尽に斬閃が閃く。

 

 

 

「はああああぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

上段からの振り下ろし。

斬りかかる前に、槍を回転させておく事で、通常通りに振り下ろすよりも、遠心運動による力の動きが加わる。

そのため、思っていた以上の威力が出せるのだ。

だが、ここまで来て、複数の対戦者と近接戦を行ってきた福音。

そのためか、その動きは少しずつではあるが、刀奈の槍捌きですら見切り始めていた。

 

 

 

「そう……まぁ、学習するとは予想していたけど。でも、これならどうかしら!」

 

 

 

振り下ろしたその後、突如刀奈は左手一本で長槍を振り回した。

これに福音は対応し、その槍を後方に弾き飛ばすも、槍を背中越しに右手で掴み、体を回転させると、そのまま横薙ぎに一閃。

今度は確実に当たった。

槍の石突が福音の体を打ち貫き、福音は数メートル後方へと吹き飛ばされる。

態勢を整え、反撃に出ようとするも、それを周りの面々が許さない。

セシリアのライフルによる狙撃、シャルの銃弾の嵐、鈴の炎弾の雨。一機に対して行うには、過剰すぎる攻撃だろう。

 

 

 

「逃がしませんわ!」

 

「このまま押し切る!」

 

「とっとと落ちろっての‼︎」

 

 

容赦のない集中放火。

福音も躱し、防御するも、さすがにこれだけの銃撃、砲撃を食らえば、エネルギーも底をつくだろうと思った。

しかし、福音もただでやれまいと、全方位に向けてエネルギー弾を発射。

溢れんばかりのエネルギー弾の雨を降らせ、一夏たちを自分からひきはがす。

 

 

 

「ちっ! この武装チート過ぎるだろ!」

「ええい! これではイタチごっこだぞ、一夏」

 

「箒……。それはわかってはいるが、あの速さに追いつける機体がないんだ……」

 

「だから、それでこそ私の出番だろう! なんなのだ、私が信用できないのか!?」

 

「不確定要素が多すぎるんだよ‼︎ 戦力としたは申し分ないが、まだ不安な要素もある。何かが起こった時じゃ遅すぎるんだ!」

 

「っ!? ……くっ!」

 

 

 

 

箒としては、もう少し自分に任せてもらえれば、なんとか福音を抑えてみせる……。

そう意気込んでいるのだ。

実際、紅椿の性能は、福音をも凌駕する。だか、それだけで勝てないのは、現状でも理解はしている。

箒も、現実と理想の狭間で揺れているようだった。

自分になら、福音を倒せると思い描いている理想と、これだけ好戦的に戦っていても、未だ福音一機を落とすこともできないでいる現実に……。

 

 

 

「あっ!」

 

「しまった!?」

 

「ごめん簪! 抜けられた!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

一夏と箒か言い争っていたその時、福音が周りの専用機持ち達を引き剥がした隙を狙って、包囲網を離脱。ポイントB3から離れ、再び海上を超音速で飛行していく。

 

 

 

「くっ! 速さじゃ追いつけない……セシリアとシャルロットは、ショートカットしてなんとかくらいついて!

二人が再び引きつけた瞬間、もう一度ラウラが砲撃! 明日奈さんと和人さんは、お姉ちゃんと一緒に、福音を追って下さい!」

 

「「「「「「了解!!!!!!」」」」」」

 

 

 

簪の指示が飛ぶ。

シャルは福音のルートを算出し、通るであろうルートをショートカットで追い詰めようとし、それのデータをセシリアに送る。

強襲用パッケージを搭載しているブルー・ティアーズなら、数回のショートカットで福音に追いつけるだろう。

後は、もう一度包囲網を完成させることができるかどうかだが……。

 

 

 

「俺たちも行くぞ……!」

 

「うん!」

 

「先導は私がするわ。二人とも、ついてきて!」

 

 

 

ラウラの砲撃を確認したら、すぐにでも斬り込めるように動いておく。

攻略時の基本の流れだ。

 

 

 

「私も先に行っておくわね!」

 

「うん。鈴はさっきと同じように、衝撃砲による牽制を!」

 

「はいよ!」

 

「ラウラは、砲撃終了後、ポイントE5へ移動開始。ここなら、範囲攻撃の射程ギリギリ外だから、狙い撃ちられることはない……。

でもここからだと、正確な精密射撃が……」

 

「問題ない。この程度の距離ならば、私の狙いは85パーセントの確率で成功する。

相手が超音速飛行しているなら、もう少し精度が落ちるが、包囲しているのならば大丈夫だ。

私の眼と、腕。舐めてもらっては困るな……っ!」

 

「わかった。そこはラウラを信じる……。一夏と箒は、遅くなってもいい。相手は軍用機で、プログラムされた動きをしているけど、必ず隙はできると思う……!

だから、二人はーーーー」

 

「わかってるよ。簪は、急いで指揮に戻ってくれ。俺たちもすぐに追いつく」

 

「わかった」

 

 

 

ラウラが砲撃態勢に入り、簪も打鉄弐式のスラスター全開で、福音を追ったみんなの元へと向かう。

 

 

「っ…………! 私たちは、こんな事でしか役に立てないというのか……!」

 

「箒……。簪は別に、俺たちを蔑ろにしているわけじゃ……」

 

「わかっている……! だが………」

 

 

 

悔しさのあまり、歯を食いしばり、今も握っている両手の二刀に、強い力が込められる。

 

 

 

(ようやく一緒に戦えるというのに……! これでは、今までと一緒ではないか‼︎)

 

 

 

今までだって、幾度となくピンチはあった。

鈴と一夏がクラス代表戦で戦っている時に乱入した無人機ISによる奇襲。

ラウラと戦った、タッグマッチトーナメントでのVTシステム事件。

その時箒は、ただただ見ている事しかできないでいた。

その時思ったのだ……自分にも、専用機があればと。

専用機を持ってすれば、ともに戦う事ができただろうという事は、明確にわかっている。

そして、ようやくその力を……専用機を手に入れた。

今回もまた事件が起きた。

ならばその新型専用機の力を持ってして、今まで出遅れた部分を取り戻そうと、躍起になっていたのに……。

 

 

 

(何が足りない……。経験か? 実力か? それとも、性能を活かしきれていない自分の能力か?)

 

 

 

考えるが、やはり答えは出てこない。

一体自分に、何が足りないのだろうか……。

 

 

 

「箒、このまま悩んでいても仕方がない。俺たちは俺たちのやるべき事をやるしかない……」

 

「ああ……分かっている。後を追うぞ、一夏」

 

「ああ……!」

 

 

 

少し出遅れはしたが、すでに福音の足止めには成功している様子だった。

ブルー・ティアーズの青い閃光と、ショットガンのマズルフラッシュが見て取れる。

その銃弾の中を掻い潜るようにして飛翔する銀色の機影もまた然り。

 

 

 

『鈴はもっと攻めて! セシリアは一旦距離を置いて……そのままだと、接近戦に持ち込まれる!』

 

『簪、準備万端だ。いつでも撃てるぞ……!』

 

『了解……10秒後に砲撃。その間、各員は少し距離を置いて』

 

『『『了解』』』

 

 

 

オープンチャネルで飛び交う通信。

みんなの声が緊迫した状況だという事を物語っている。

なんとか福音のエネルギーを削ってはいるが、それでもまだ決定打に欠ける様子だ。

 

 

 

『5秒前! 3……2……1……今!』

 

『撃ってえぇぇぇぇ!!!!』

 

 

再び号砲が鳴った。

二門の砲台から射出される砲弾。

だが、福音はこれをたやすく避けた。やはり距離が遠のいた事で、躱しやすくなってしまったのだろう。

 

 

『ちっ! すまん、ポイントE5への移動を開始する!』

 

 

 

無念と言わんばかりの声色を露わにしながら、ラウラは簪の指定したポイントまで移動を始めた。

次第に戦域が拡大していく。

接近戦を行うのが三機。周りから銃撃を行うのが三機。支援が一機。作戦オペレーターが一機。

そして、本作戦の要になりうる機体が二機。

10対1と言う状況の中で、福音はよく凌いでいる。

作戦が開始してから、すでに四時間が経過。

空高く輝いていた太陽が傾き始めた頃合いだ。

 

 

 

「ちっ! 中々落ちない……! 大丈夫か、アスナ?」

 

「はぁ……はぁ……うん。なんとかね……でも、これボス戦よりきついかも……」

 

「…………このままじゃ、私たちの方が落とされかねないわ……。簪ちゃん」

 

『お姉ちゃん?』

 

「このままじゃあ、いつまで経っても終わらないわ。だから、一気にカタをつけましょう……!」

 

『…………うん、そうだね。みんなのエネルギー残量も危うい……ここは一点突破で、福音を一網打尽にーーーー』

 

「ならば私と一夏がやる!!!!」

 

 

 

 

福音に向かって飛んでいく機影が一。

展開装甲を発動させ、紅いエネルギー翼が生えた機体だった。

二刀を振りかざし、福音に対してより高圧的に、好戦的に攻め立てる。

 

 

 

「箒! 待て、お前エネルギーが……!」

 

「まだ持つ! それより、お前も零落白夜を起動させろ!これで終わらせるぞ!」

 

 

 

箒の先行に驚く面々。

だが、箒はそんなことに構わず、ひたすら攻め続け、実際に福音の足止めにはなっている。

そこに仕方なしと、零落白夜を起動した一夏が、再び斬り込む。

 

 

 

「来い! 一夏!」

 

「おおっーーーーっ!?」

 

 

 

 

零落白夜を展開した雪片を振りかぶり、福音に斬りかかろうとしたその瞬間。

一夏は福音を通り抜け、海上へと向かって飛翔した。

 

 

 

「なっ!? お、おい!」

 

「チナツ?! どこに行くの!」

 

『船だ‼︎ 戦闘海域に船がいる!』

 

 

 

そう言うと、一夏の白式は高速で飛翔し、雪片を納刀。雪華楼を再び抜き放ち、船の方へと向かう。

 

 

「何言っている! 船より福音の方が優先だろう‼︎」

 

『ダメだ! 見殺しにはできないだろ!』

 

「っ〜〜〜!!!! ええい、愚か者めーーうわあっ!!?」

 

「箒ちゃん‼︎」

 

 

 

一夏に激昂している隙を突かれ、エネルギー弾を浴びてしまった箒。

福音との距離を開けられ、落ちそうになったところを、明日奈に救出してもらう。

そして、改めて一夏の方をみると、確かに船が一隻。その大きさから、大型船舶ではない為、漁船と考えて良かった。

だが、ISの光学カメラで漁船を照合したが、該当するものが見当たらなかった。

映し出されてウインドウには、『国籍不明』とだけ表示されていた。

 

 

 

「どこの船ですの!?」

 

「それより、どういう事? この海域って、先生達が封鎖してるんじゃ……!?」

 

 

セシリアが怒り心頭と言った様子で言い、シャルも困惑しているようだ。

 

 

 

「まさか……密漁船!?」

 

「ちっ、こんな時に何てことしてくれてんのよ!」

 

 

 

考えられる限りの可能性を、簪が口にした。

いくら広範囲で教師部隊が包囲し、戦場を確保しているとしても、大型船舶なら兎も角、小型の漁船程度を逐一感知するする事は難しいだろう。

その事を鈴もわかってはいるが、どうしてもそれを無視して死にに来るような馬鹿がいる事に腹をたてた。

そして、その船の存在に、福音も当然気づいている。

作戦海域に入った時点で、ただの密漁船も福音の撃破目標に入っているだろう。

福音は、鈴たちに対してエネルギー弾をばら撒くが、その弾は当然密漁船の進路上にも飛ばされる。

一夏はそれを、一発でも密漁船に当てないよう、雪華楼で斬り裂き、弾き、消滅させる。

だが、いかせん弾数が多すぎる為、全てを弾く事が困難だった。

 

 

 

 

「ちっ! 弾数多すぎだろ!」

 

「一夏!」

 

「箒!?」

 

 

 

福音のエネルギー弾を弾き終えた一夏の元に、箒が駆け寄る。

多すぎる弾を斬り続けた一夏は、肩で息をしながら向かってくる箒に視線を移す。

その箒の表情は、途轍もない怒りに満ちていた表情をしていた。

 

 

 

「この馬鹿者が‼︎」

 

「な、何だよいきなり?!」

 

「何故先ほどのチャンスを無駄にしたのだ! お前ならば、確実に決められただろうに!」

 

「俺が決めたところで、あの船の乗員たちが危険を晒されただけだ」

 

「何を言っているのだ! あいつらは犯罪者だぞ、それくらい当然の報いだ。奴らには構うな!」

 

「…………箒、それは……本気で言っているのか」

 

「なに?」

 

「犯罪者だから……法を犯したから……別に死んでも構わないと……」

 

 

一夏の表情が徐々に険しくなっていくのを、箒は目の当たりにした。

 

 

 

「ああ、そうだ。ここは完全封鎖しているはずだった……なのに、奴らはそれを無視してこの海域に入ってきたのだ。

我々は、危険だとちゃんと通告しているのだぞ? それなに、奴らは……!」

 

「だからって、見殺しにしていい理由にはならないだろう……!」

 

「何なのだお前は! 犯罪者を庇い、作戦を放棄すると?! この作戦が失敗したら、福音による破壊活動が始まるのかもしれないのだぞ。

ならば一刻も早く、福音を倒すのが先決だろう! いちいち奴らを庇っていては、勝てるものにも勝てない!」

 

「確かに、箒の言っている事は正しい……。今は福音を倒すのが先で、あいつらは警告を無視して進入してきたのかもしれない…」

 

「だったらーーーー」

 

「だが!」

 

「っ!?」

 

「決して……決して、見殺しにしていい理由にはならないし、俺はそんな事したくない……っ!」

 

 

 

今までの一夏らしくない、どこか子供のような台詞。

自分がしたくないからしない。理由なんて、ただそれだけだ。

 

 

 

「お前は子供か! 状況をしっかり把握しろ! お前一人の判断で、全てを無駄にするつもりか!」

 

「犯罪者だから死んでもいいというなら! 俺だって同じだ‼︎」

 

「っ!? な、何を……?!」

 

「人を斬り続けた俺は……お前の言う犯罪者と同じだ」

 

「っ……だが、それは……!」

 

「SAOでは、HPがゼロになった瞬間、現実世界のプレイヤーも死ぬ。俺は、それがわかっていて人を斬り続けた。

そうすれば、救いがあると思ってやった事だ……。だが、殺人は殺人だ。俺は決して許されない事をした……だから、俺もお前の言うところの……死んでも仕方のない、報いを受けるべき人間の部類に入るんじゃないのか?」

 

「ち、違っ、お前は……!」

 

「なら密漁船の奴らとどう違う? 俺も犯罪者だぜ……」

 

「…………それはっ……」

 

 

 

真っ直ぐ見つめられる箒は、一夏の顔を直視できなかった。

その悲哀に満ちた顔を向けられて、箒自身、どのような顔をして向き合えばいいのか、わからなかったのだ。

 

 

 

「俺はもう、人を殺したくはない。だけど、もしそれを強要されたのなら、俺は再びこの剣を振るだろうよ。

それは誰の為でもない……俺自身の為だ……! 箒、お前はどうなんだ……なんの為にその力を使うんだ?」

 

「わ、私は……」

 

 

 

一夏とともに戦う為……ただそれだけだ。

 

 

 

「それに、そんな事……お前が言うなよ」

 

「え……?」

 

 

 

今度は、とても苦痛な……だが、とても情愛を感じる表情に変わる。

それもこれも、箒の為に……。

 

 

 

「箒……お前までそんな事言わないでくれ。力を身につけた途端に、弱い人や、守るべきものを見失わないでくれ……。

俺と……同じ道を、お前に歩ませないでくれ……っ‼︎」

 

「一夏……!」

 

 

 

 

強さとは……?

それは、箒が一番欲していたものだ。

だがそれは、本当に必要なものだったのか……それとも、手に入れたものが、本当に強さなのか。

本当の意味での強さとは、一体何で、どういう物なのか……?

 

 

 

「わ、私は……っ、そんな、つもりは……!」

 

 

 

一夏の一言に、動揺を隠し切れない箒。

自分が一体、何を求めていたのか、どうしたかったのか……それすらも分からなくなってきていた。

 

 

 

 

ーーーーあなたの剣道は剣道じゃない!!!!

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 

ーーそんなの、ただの暴力だよ! そんな剣、とても剣道とは呼べない‼︎

 

 

 

「ぼ、暴……力……?」

 

 

 

 

二刀を握っていた力が、徐々に弱まる。

そうだ、箒自身、そんな事とうの昔にわかっていた筈なんだ。

中学時代の剣道全国大会。

そこで箒は優勝した……。さすがに全国レベル、強い選手は大勢いた。だが、最初から負ける気などはなかった。

だが、その時ですら、箒の心情は少し、ぐちゃぐちゃになっていたのかもしれない。

姉がISを世界中にその存在を知らしめてから間もなく、政府によって、箒は保護観察プログラムという名目上、何十回にも及ぶ引っ越しを続けた。

幼馴染であった一夏との別れ、新しい学校に来ても、人との関わりを持たないようにしていた日々。

どれもこれも苦痛でしかなかった。

一夏とともに励んでいた剣道も、隣いた筈の一夏が……いない。一人孤独に竹刀を振るい続けた。

そんな事を続けているうちに、その怒りが、不満が、自身の剣にも表れていたようだ。

だからこそ思い知った。力に溺れ、他人を傷つけるだけの剣を、自分はよく知っている……。

誰でもない、自分がその剣を振るっていたのだから……。だからこそ、そんな自分を変えようとしてきたのに、また自分は、同じ事を繰り返そうとしていた……。

 

 

 

 

「わ、私は……私は……っ!?」

 

「箒…………っ!?」

 

 

 

 

突如、一夏が動いた。

放心状態になっている箒を抱えて、すぐにその場を飛び去る。

箒も一瞬のことで頭が回らなかったが、咄嗟のことに左手の空裂を離してします。すると、宙に漂っていた空裂にエネルギー弾がぶつかる。空裂は幾度となくエネルギー弾を浴びせられ、爆散してしまった。

エネルギー弾の雨が降り注いだ方角を見てみると、機械的な動作でこちらを直視している福音と目が……いや、顔を合わせてしまう。

 

 

 

「くっ! 野郎っ……!」

 

「い、一夏離せ、私はまだ!」

 

「いいや! 今のお前は、とても戦える状態じゃない。一旦引くぞ」

 

「い、一夏!?」

 

「死にたくないだろ‼︎」

 

「っ!?」

 

「これが戦いだ……殺し合いなんだ……。力がある者が背負うべき責任と覚悟だ。それが持てないなら、戦っちゃダメだ!」

 

 

 

 

必死に箒に問いかけるように……または、自分に言い聞かせているかのように、一夏は言葉を紡ぐ。

白式と紅椿の戦線離脱。それをカバーすべく、和人達が動く。

両手に《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を展開し、超攻撃モードへとシフトチェンジをした和人。

絶え間なく続く剣戟に、福音も対応し辛くなってきているようだ。

しかしその背後からは、猛烈な突きを浴びせられる。

刀奈と明日奈による猛攻。

刀奈の両手に握られた《龍牙》と《煌焔》の二槍と、強くしなやかな刀身をした《ランベントライト》による連続突きの猛襲。

大きく態勢を崩したところに《双天牙月》を振りかざした鈴の一撃が入った。

 

 

 

「これでッ!!!!」

 

 

福音の背後より飛来してくる白い機影。

その両手には、《雪華楼》に加えもう一つの刀、《雨月》を交差させながら迫り来る一夏の姿があった。

 

 

「おおおおぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 

 

通り過ぎる瞬間、二つの剣閃が閃く。

交差していた両刀が、福音のウイングスラスター《銀の鐘》を斬り裂き、その衝撃で福音はバランスを崩し、真っ直ぐ海面へと落ちていく。

 

 

 

「これで!」

 

「ダメ押しの!」

 

「トドメだッ!!」

 

 

 

さらには遠方から……。

シャル、セシリア、ラウラの声が木霊する。

リヴァイヴが展開したグレネードランチャーと、ブルー・ティアーズのスターライト、レーゲンのパンツァー・カノニーアの砲撃が、一点集中で福音を直撃。

超巨大な大爆発を起こして、爆煙に包まれた福音は、今度こそ海に沈んだ。

 

 

 

「やった……のよね?」

 

「ええ、手応えはバッチリでしたわ! このセシリア・オルコットの射撃ですのよ! 外すわけありませんわ!」

 

「一応、僕たちもいるんだけどねぇ……。でも、大丈夫かな? 絶対防御があるとはいえ、さすがにやり過ぎたんじゃ……」

 

「お前が言うのかシャルロット……この中ではグレネードランチャーが一番の破壊力を誇ると思うのだが?」

 

「ラウラのだって、大砲そのものじゃんっ!? 僕だけ悪者扱いはちょっと酷いよ!」

 

「だがまぁ、一番派手にやらかしたのは鈴だろうな……」

 

「はぁ?! なんでよ!」

 

「隙が出来たとはいえ、あれだけ強烈な一撃を福音に入れたんだ……もうその時点でやり過ぎている……」

 

「仕方ないじゃない! だったらラウラ、あんた何発もその大砲ぶっ放してるじゃないのよ‼︎」

 

「簪からの指示だ。仕方あるまい……」

 

「えっ、ええ?! だって、あれは戦術で……!」

 

「あーうん。わかってる、わかってるわよ……。っていうか、やり過ぎてるならみんな一緒じゃない!

一夏も和人も明日奈さんも楯無さんも私たち全員も!! 皆等しくやり過ぎた‼︎ これで終わり!」

 

 

 

やけになって締めくくる鈴。

それを見ながら、皆が作戦成功を確信した。

 

 

 

「くそっ……私はまた……何も出来なかったというのか……!」

 

 

 

一夏の隣で共に戦う……。

ただそのために力を求めた。だが、その結果がこれだ。

力の使い方を間違え、結局最後まで戦えきれず、また戦場を遠くから眺めているだけだった。

 

 

 

「私は……また……」

 

 

 

箒かそう言ったそのすぐ後だった。

福音が落ちたその海面が、凄まじい光の球体によって一気に弾かれた。

 

 

 

「な、なんだ?! あれは……っ!」

 

 

 

光の球体の中に、確かに見えた。

人型の形をした何か……8枚の光の翼を顕現させた天使の姿を……。

 

 

 

 

「なんだ、アレっ!?」

 

「どうなってるの?! 福音は今……!」

 

「カタナ! これは……!?」

 

「っ‼︎ まずいわ! これはーーーー」

 

 

 

刀奈が何かに気づいた。

ISの進化の過程に見られるこの現象を、すでに見ているからだ。

 

 

 

「ーーーー《第二形態移行(セカンド・シフト)》よっ‼︎」

 

 

 

翼を広げ、光の球体を弾き飛ばした福音の姿は、特に変わった様子はなかった……だが、刀奈が言い切った言葉に反応したのか、無機質なバイザーに包まれたその顔を刀奈に向け、その敵意を全面に表した。

 

 

 

「キアアアアアアアーーーーッ!!!!!」

 

 

今までの美しい歌声とは全く異なる、獰猛な猛獣を彷彿とさせる咆哮。

周りの空気が震え、その叫びが波動となって体を震撼させる。

誰もがその咆哮に身を固めていると、福音は顔を合わせていた刀奈めがけて、超高速で飛びかかった。

 

 

 

「くっ!」

 

「カタナ!」

 

 

 

咄嗟に二槍を構える刀奈。

繰り出される手刀を槍で捌くが、先ほどとは比べものにならはいスピード、パワーに、防ぐ二槍を持つ両手に痺れが走る。

 

 

 

「なっ、なんなのよ! このスペック、あり得ない!?」

 

 

 

いくら軍用機と言えど、これほどのスペック上昇は常識外だった。

そんな化け物じみた敵相手に、攻撃特化の二槍では不利と感じ、刀奈は即座に《煌焔》を収納する。

 

 

 

「くっ!やってくれるじゃない……っ!」

 

 

《龍牙》を振るう刀奈。独特の構えからの縦横無尽に繰り出される槍撃が、福音を斬りつけようとするも、進化したシルバーベルがそれを阻む。

今度は槍を蹴飛ばし、ガラ空きになった刀奈の腹部に、鋭利に尖った手刀で、貫こうとする。

 

 

「くっ!?」

 

「カタナッ!」

 

 

ジャリッ! と刃が刃を削るような音がなる。

福音の手刀は、下からすくい上げるよう振るわれた一夏の《雪華楼》に阻まれ、弾かれる。

その一瞬出来た隙に乗じて、一夏と刀奈は福音から距離を取る。

 

 

 

「大丈夫か、カタナ?」

 

「ええ……、助かったわチナツ。一応絶対防御があるとはいえ、今のは貫通してもおかしくなかったわ……!」

 

「っ……! 一体なんなんだ、どうしたって言うだ?」

 

「わからないわ。ただ、これは暴走してるんだと思う……」

 

「暴走? もしかして、ラウラの時みたいな?」

 

「あれとは異なるわ。でも、似たような現象かも……。福音は無人機じゃない……なら、当然搭乗者がいる。なら、IS自身がその搭乗者のバイタルチェックだって当然してる……。

おそらくだけど、あの猛攻を受けたせいで、搭乗者の許容レベルが突破して、それを保護しようとしたんじゃないかしら……」

 

「じゃあ、まさか……福音は、自分の意思だけで強引に第二形態に移行したってことなのかっ!?」

 

「……そう考えていいと思うわ」

 

 

 

 

ここへ来て未知数の敵に生まれ変わった。

こちらはとても万全の状態とはいえない。むしろ、第一形態の福音相手に10機がかりで挑んでようやく落としたのだ。

安全性を考え、マージンを取って戦っていたため、エネルギー残量はまだ十分にはあるが、それでも、目の前にいる天使相手に、それがどこまで保つかもわからない。

 

 

 

「どうするカタナ……あまり攻勢に出ない方がいいかもしれないけど……」

 

「どのみち相手も私たちを逃すとは思えないわ……。それに、シルバーベルも進化してるし……あの超音速飛行で逃げ切れるとは思えない……っ!」

 

「ちっ、どの道やらなきゃいけないって事か……!」

 

 

 

 

これは勝算が少ない戦いだ。

だが、そんな戦いは、今まで嫌という程やってきた。

未知数の敵……システムで管理されていたとはいえない、自分たちよりも凶暴で強烈な敵と渡り合ってきた。

あの浮遊城で……何度も……。

 

 

 

 

「前衛は俺たちで固めた方がいいかな……?」

 

「そうね。チナツはいつも通り……私はこのまま槍一本で行くわ……。キリト、アスナちゃん、聞こえる?」

 

『ああ、話は聞こえてたよ』

 

『それで、前衛はキリトくんとチナツくんがするとして、スイッチはどうする? こう素早い敵だと、私たちだけじゃまかないきれないよ?』

 

「それは大丈夫。簪ちゃん、今伝えた通り……行ける?」

 

『うん……やれるだけ、やってみる!』

 

 

 

 

すでに指示を受けていた簪。

そこから通信を入れ、福音を包囲しているメンバー全員に作戦内容を伝える。

一夏、刀奈、和人、明日奈の四人が完全的な近接戦を持ち込む代わりに、他のメンバーが遠距離からの支援及び迎撃を行う。

また、近接戦が可能な機体は、随時スイッチを仕掛ける。

この場合、スイッチ可能な機体は鈴の甲龍と……

 

 

 

「箒、まだ戦えるか?」

 

『一夏……私は……』

 

「無理だけはしないでくれ。この戦いは、今までにないくらい危険だ。クラス代表の時と乱入戦闘や、ラウラの暴走の時とは全然違う。

本当に死ぬかもしれない……。だから、無理強いはしないがーーー」

 

『やる』

 

「箒……」

 

『やってやるさ……こんなところで怖気づいて、みっともなく待っているだけならば……それは死んでいるのと同じだ!』

 

「……本当に、いいんだな?」

 

 

 

一夏はただひたすら福音に視線を向ける。

一切の油断は見せない。一瞬の隙が命取りになる戦いだ。一夏の表情も、戦場に出る武士を彷彿とさせる顔だ。

そんな一夏からの問いに、箒は迷った……。だが、それでも、逃げるのは嫌だった。

 

 

 

『私も行く……。武器ならばまだある。手も足も動く。ならば問題ない……迷いはまだあるが、気持ちで負けていただけだ。この戦い、私も参戦させてもらう……っ!』

 

 

 

ふと、視線を箒の方に向ける。そこには、先ほどよりも、強い信念にも似た何かを持った、箒の姿があり、既に左手には再び量子変換して展開させた《空裂》が握られている。

 

 

 

「わかった。なら、スイッチ要員は鈴と箒。セシリアとシャル、ラウラは射撃に専念。簪、あとの指示は頼む」

 

『了解。くれぐれも注意して……敵の全容がわかっていない今、迂闊に攻めるのは自殺行為と思った方がいい』

 

「わかってるさ。じゃあ、よろしく」

 

 

 

通信を終え、一夏は左手に持っていた《雨月》を箒に放り投げ、それを箒が右手に掴む。

エネルギーはそう多くない。

無駄な一撃を撃たず、より確実に攻略する。

 

 

 

「話は終わったか?」

 

「キリトさん……。はい、行きましょうか」

 

「ああ……」

 

「私たちもね、カタナちゃん」

 

「ええ。しっかりと二人をサポートしましょう」

 

 

 

 

両手に展開していた《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を構え、《雪華楼》が鞘に納められる。

準備は整った。

真正面に向き直った福音と、本当の意味での第二ラウンドが、始まったのだった。

 

 

 

「キアアアアアアーーーッ!!!」

 

「行くぞ!」

 

「「「おうっ!」」」

 

 

 

 






次で終わればいいかなって感じですなんですが、まだ色々と書きたいものがあるので、後二話くらいは福音戦になると思いますが、どうか長い目でお付き合いください(ーー;)

感想よろしくお願いします!



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第40話 オーバーリミット



ようやく福音戦も折り返し地点に到達!

ここから一気に夏休みのクエまで行きたいものです……。




「せえぇぇやあぁぁぁッ!!!!」

「おおおおぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

和人と一夏が斬り込む。

だが、当の福音には大してダメージが与えられたわけではない。

進化した新しい翼が二人の剣戟を弾き、さらには高エネルギーのランスを形成し、二人めがけて貫く。

 

 

 

「くっ!」

 

「シルバーベルも進化してる……!」

 

 

 

近接戦闘においては、二人に分がありそうだが、もとよりISのスペックが上回っている以上、その差などもはや関係ないのだ。

手刀に加え、シルバーベルが形成するのはエネルギー弾だけではなくなった。

それを高密度に収縮し、近接戦闘用の武装にまで変換し始めた。

 

 

 

 

「簪ちゃん、データは取れてる?」

 

「うん。でも、まだ何かがありそう。お姉ちゃんたちはあまり深追いは禁じた方がいいと思う……」

 

「同感ね。でもどうしようかしら……逃げ切れない上に決めきれないなんて、どう足掻いても勝つ見込みが薄いわねぇ……」

 

 

 

刀奈らしくないといえばらしくない……。

だが、福音にはそれを言わせるだけの実力がある。近接戦のデータを集めてしまった為か、第二形態に移行してからと言うものの、近接戦闘に強い対応を見せ始めた。

現に今もなお、一夏、和人、明日奈が三人がかりで攻め込んでいるが、その内福音にまともに一撃を入れれたのは、ほんの数回。

全然で戦ってきた猛者たちを前にしても、未だ倒れない。

 

 

 

 

「ラウラは距離を詰めて、砲撃に精密性を入れて。シャルロットは牽制、鈴とセシリアは挟んで強襲!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

 

4機が即座に動く。

左右に分かれる甲龍とブルー・ティアーズ。

砲撃ポイントを交戦位置に近い場所まで移動するレーゲン。

そして、近接戦を行っている一夏たちのサポートに回るリヴァイヴ。

 

 

 

「お姉ちゃんと箒は、スイッチの準備! 私が援護する!」

 

「オッケー! よろしくね!」

 

「了解した!」

 

 

 

 

ここにきて簪が動く。

荷電粒子砲《春雷》二門を展開し、福音に向け照準を合わせる。

 

 

 

「いけっ!」

 

 

左右両門からの荷電粒子砲が放たれ、福音に迫る。

だが、福音は容易くそれを避け、距離を開けようと離脱する。

簪はそのまま《春雷》を撃ち続け、福音の動きを逐一観察していた。

そして、福音の動きを頭にインプットすると、即座に空間ウインドウを表示。

そこにある電子キーボードをタップしていく。

 

 

 

「座標軸固定……目標補足!」

 

 

 

電子キーボードをタップしながら、確認の意を込めているのか、ところどころで言葉が出てくる。

そしてタップが終了すると、今度は《春雷》を収納し、別の武器を展開する。

 

 

 

「ダーゲットロック! いっけえ、《山嵐》!!!!」

 

 

 

打鉄弐式の多弾道ミサイル《山嵐》が、福音に向け発射された。

6機×8門の全48発のミサイルは、それぞれが独立した誘導型ミサイルであるため、福音がどこに逃げようとついてくる。

これが簪の専用機『打鉄弐式』が用いる《マルチロックオン・システム》だ。

しかし、福音も初めは逃げるだけだったが、徐々にその動きに慣れてきつつあり、最終的には、シルバーベルの高エネルギー弾で迎撃。

ミサイル全てを撃墜した。

 

 

 

「っ……! それでも、そうする事は……読めている!」

 

 

 

簪の言葉を発した次の瞬間、爆煙を貫く紅い閃光が走る。

これは福音も躱しきれなかったのか、翼を前方に展開し、自分の身を隠して守った。

飛来した紅い閃光は、福音の翼に弾かれ四散していくが、次には紅い斬撃波が襲う。

 

 

 

「私にも、飛び道具はある!」

 

 

 

二刀を交差し、一気に振り抜く。

紅い閃光と斬撃波が同時に放射され、容赦なく福音に浴びせられる。

が、当の福音はこれといってダメージを受けた様子はない。

紅椿の攻撃力では、福音のシールドエネルギーを貫通するほどの威力がないのだ。

ましてや、残りエネルギーも少なくなってきている最中、無駄撃ちも出来ない……。

なので、やはりここは接近戦に持ち込むしかなくなる。

 

 

「箒ちゃん!」

 

「はい!」

 

 

 

刀奈と箒で左右に回り込む。

刀奈の槍が、福音の急所……正確には、人間の急所を的確に狙うが、福音のシルバーベルがそれを阻み、逆にエネルギー弾を放射され、咄嗟に水の障壁『アクア・ヴェール』を展開して防ぐが、元々がエネルギーの集合体であり、それを爆散させる事が可能なシルバーベルの弾丸。

『アクア・ヴェール』で防ぐが、その衝撃は計り知れない。

 

 

 

 

「んくっ! やってくれるじゃない……!」

 

「楯無さん!」

 

 

 

箒が斬り込む。

上段からの振り下ろし、左から放つ刺突。

だが、どれも福音は躱し切る。まるで弄ばれているかのように……。

 

 

「ええいっ、ちょこまかと!」

 

 

どれ一つとして手を抜いていない。

それでこそ、本気で相手を斬るつもりで振るっている……。だが、擦りはすれど、これといって決定打に欠ける。

 

 

 

「だああぁぁぁっ!!!」

 

「っ!?」

 

 

再び箒が斬り込む。

《雨月》の上段斬りを福音が躱すと、追撃で《空裂》の攻撃を予測する。

だが、その瞬間、箒は体を時計回りに回転させると、福音に向け強烈な蹴りを見舞う。

 

 

 

「舐めるなあぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

箒の怒号とも言える叫びに、紅椿が反応した。

左脚が福音に迫る中、その左脚の装甲が展開した。

そこから伸びた紅いエネルギーブレードは、がら空きになっていた福音の懐を斬り裂き、シールドエネルギーを飛散させた。

エネルギーが虚空へと欠落ち、やがて消えていく。

 

 

 

「箒に続け!」

 

 

 

和人の声に反応し、和人を含め四人が動く。

それぞれの武器が……剣と槍が、ライトエフェクトの光を放つ。

 

 

 

「やあああぁぁぁっ!!!」

 

「はああぁぁっ!!」

 

 

 

細剣の10連撃ソードスキル《オーバーラジェーション》。剣戟乱舞の破格の細剣最多連撃のソードスキル。

そして槍のソードスキルに置いて、最上級スキルである《ディメンジョン・スタンピード》が炸裂する。

縦横無尽に走る剣閃からの最後に高速の刺突と、刺突5連撃からのトドメの上段斬り。

だが、これで終わるほど、彼らは優しくない。

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉっ!!!」

 

 

 

二人の攻撃に態勢を崩している福音に対し、迫る機影が一。

その剣は紅いライトエフェクトを放ち、福音を斬り刻む。

 

 

「《龍槌翔閃》ッ!」

 

 

上段からの《龍槌閃》と下段から斬りあげる《龍翔閃》の複合技。

だが、これで終わらない。

 

 

 

「《龍巻閃・旋》!《凩》!《嵐》!」

 

 

 

そこから体を回転させ、回転斬りの応酬。そして、ラストアタックだ。

 

 

 

「でえぇぇやあああっ‼︎」

 

 

 

アイスブルーに輝く《雪華楼》の刀身。

そこから放たれるのは、片手剣ソードスキルの最上級10連撃スキル《ノヴァ・アセンション》

怒涛の15連撃。斬り裂かれた福音の装甲は、今まで蓄積されてきたダメージによってひび割れ、砕け散り、第二形態解放後に比べて、見るも無残な姿と言えた。

だが……それでも止まらない。

 

 

 

「はあああああッ!!!!」

 

 

 

両手に握る《ユナイティウォークス》と《ディバイネーション》が、赤黒い閃光を放つ。

二刀流スキルの上位の高命中率型16連撃《ナイトメア・レイン》が炸裂。

福音の体を突き貫いたライトエフェクトの光。

その光に包まれた福音は、そのままバランスを崩し、再び海へと落ちていく。

福音は軍用機であるが、無人機ではない。故に当然の如く搭乗者がいるため、海に落ちる前に救助する必要があった。

それに、辺りの景色も夕焼けに差し掛かってきており、このまま長引けば自然と夜になり、その場合は捜索が困難になりかねない。

 

 

 

「っ! いかん……!」

 

 

 

一番近くにいた箒が、落ちていく福音に向かって急ぎ足で救出に向かった。

だが、その瞬間、目を疑う光景が目に入ったのだ。

 

 

 

 

「キィアアァアアアーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

海面に触れる前、再びの絶叫が放たれた。

その声に、誰もが耳を塞いだ。もはや獰猛な猛獣の咆哮を通り越し、この世の生物とは思えないほどの奇声に近かった。

それも、死を直前にした生き物たちが発するような、そんな声だ。

一夏は咄嗟に箒の元へと向かった……。とても、嫌な予感がしたのだ。

 

 

 

 

「なっ、なんだ、これは!?」

 

 

 

 

一番近くで見ている箒は、信じられないと言った表情で福音を見ていた。

何故なら、傷ついた福音の装甲を、まるで補うようにエネルギーの集合体が覆い隠し、削られたはずのシールドエネルギーが、どこからともなく溢れてきていたからだ。

 

 

 

「ば、馬鹿な……っ!」

 

「ガァアッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

箒の姿を視界に収めた福音。

その瞬間、箒の視界から福音が消えた。そして、驚いてるのも束の間、その福音が自分よ目の前にいることに気づいた。

そして、今までにない程無骨に、しかし力ずくの拳を、箒に向けて放った。

 

 

 

「ぐうっ! な、なんだ……っ、はぁっ!?」

 

「ギャア!」

 

 

 

咄嗟のことに、箒も手が出なかったため、シールドエネルギーを収束して、先ほどの拳を受けた。

だが、その衝撃が、今まで受けたものより遥かに超えていた。もしあれを生身で受けていたのなら、確実に体に風穴が空いていただろうと予測できる。

そんな衝撃を受けて、後ろへと後退した箒。一旦距離を置かなければ、すぐさま殺られてしまうと思ったからだ……。

だが、再び奇声が聞こえた。それも、箒の背後からだ。

そして今度は、先ほどのお返しとばかりに強烈な回し蹴りを箒お見舞いした。

 

 

 

「ぐわあッ!」

 

 

 

今度は二刀で防いだものの、腕ごと弾かれる程の力だった。

そして、その空いた懐に向け、再度拳が振るわれる。両手は弾かれたばっかりの為、絶対に間に合わない……シールドエネルギーを収束しようにも、もうすぐそこまで拳が迫っている。例え収束に間に合ったとしても、貫通するのは必然。

箒は一瞬、死を予感した。これほどまではっきりと、死ぬのではないかと、そう感じ取ったのだ。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

その恐怖心から、両眼を瞑り、衝撃に備えた……。

だが、その衝撃は一切こなかった……代わりに、金属が……もっと強いて言うなら、鋼と鋼がぶつかる様な音が聞こえてきたのだ。

 

 

「えっ?」

 

 

 

恐る恐る両眼を開いて見ると、そこには、福音の拳を弾く白刃の長刀。

そしてそれを振るう、白き侍の姿があった。

 

 

 

「一夏っ!?」

 

「箒! 今の内に離脱しろ!」

 

「っ!」

 

 

 

一夏の言葉に、自然と体が反応した。

意識したわけでも無しに、咄嗟に紅椿のスラスターを吹かせ、大きく後退する。

そして、そんな箒を援護する様に、簪が前に飛び出し、その前を鈴とシャルが展開する。

一方の一夏は、福音と激しい近接戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

「ちっ! 反応速度も上がってる……っ!」

 

「ガァアッ!」

 

「くっ!?」

 

 

 

両手で拳を握り、体術と思しき戦闘スタイルと、進化したシルバーベルとの連携攻撃が一夏を襲う。

一夏も一夏で、福音の間合いとの間合いを詰め、付かず離れずの位置から愛刀を振るう。

 

 

 

「カタナちゃん!」

 

「わかってる! でも気をつけて、恐らく今の福音はリミッターが外れてるわ」

 

「リ、リミッター?」

 

「おい待てよ!? じゃあ、今までのは制限していたって事か?!」

 

 

刀奈の言葉に、和人は驚愕の表情をした。

第二形態になって、力が倍増したって言うのに、それすらもリミッターが付けられていた状態であった事に……。

そして今、その縛りはない。つまり、福音が本気で、ここにいる全員を殲滅する気だということだ。

 

 

 

「あの状態になったら、何が起こるかわからない……っ! エネルギーの事もそうだけど、もはや相手も、一撃必殺の心得があると思ったほうがいいわーーッ!」

 

 

 

ここでの敗北は、死を意味する。

そんな事を言いたかったのだろう……。

ここは現実……あの世界とは違う。だが、だがそれでも、この雰囲気は同じだ。

死ぬかもしれない戦いを、生き延びるために足掻き続けた、あの戦いと……。

 

 

 

「だが、行くしかない! このままじゃチナツが保たないだろう」

 

「そうだね。行こう!」

 

 

 

 

和人と明日奈も、福音の所へと飛翔していく。

 

 

 

「くっ! 強いーーッ!」

 

「チナツ!」

 

「っ! キリトさん」

 

「スイッチ!」

 

 

 

 

福音の攻撃を弾き、即座に好手交代。

《ユナイティウォークス》の鋭い一撃が、福音に迫る。だが、福音にとってはそれすらも容易いのだろう……何の驚きも見せずに躱してみせる。

 

 

「ちっ……、ならっ!」

 

 

腰に装備していた《アニールブレード》を逆手に持ちに引き抜く。

二刀流剣戟で福音を攻める。

だが、どれもシルバーベルのエネルギー翼によって弾かれ、逆に反撃を受ける。

 

 

 

「くっ! チナツが苦戦するわけだな……!」

 

 

 

迫り来るエネルギー翼が形成したランスやブレードをかろうじて身を躱し、剣で受け、流しながら反撃の隙を窺うが、その猛攻に、自身の武器が保たなくなる。

《アニールブレード》はアインクラッドの中でも下層のフィールドでしかほぼ使わない。

故に、耐久性もそのレベルに応じたものしかない。

左手に持つ《アニールブレード》にも、幾度となく刃同士が打ち付けられ、やがてひびが入り始めた。

 

 

 

「くっ! やっぱ耐久性の問題か……!」

 

 

 

迫り来るランスを受け流した時、その反動で、とうとう《アニールブレード》が砕けた。

和人はすぐにそれを捨て、再び新たな剣を抜く。

《ディバイネーション》……ALOにある刀身が深緑色になった、初心者級の冒険者が多用している片手用直剣。

 

 

 

「はあああぁぁぁッ!」

 

 

 

たとえ剣が折れようとも、また新たな剣を用意し、斬り伏せる。そのコンセプトと、和人の戦闘スタイルに合わせた装備。

今回の稼働テストで装備していて助かった。

だが、以前状況は変わらない。

和人たち以外でも、何らかの対策を練ってはいるが、未だに全容を見せない福音に、容易に攻撃を仕掛ける事を躊躇っているのだ。

 

 

 

「ギャアアァアッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 

福音が和人の猛攻を弾き、腹部に蹴りを入れて突き放す。

そして、目にも止まらぬ速さで上昇すると、一夏たちを見下ろす。

ある程度上昇したところで止まると、エネルギー翼を目一杯広げ、エネルギーの収束を始めた。

 

 

 

「何をする気だ……っ!?」

 

 

 

一夏の声が、みんなに聞こえたかはわからない。

だが、それでも、福音がどんどんエネルギーを収束していき、やがてそれが大きな球体の形をとった。

 

 

 

「いけない! みんな、躱してっ!」

 

 

 

簪が叫んだ。

その直後くらいだった……大量のエネルギー弾が一夏たちに向けて放たれた。

それはまるで豪雨のようで、躱す隙も逃げる隙がなかった。

ほとんどの者は、防御態勢に入り、その攻撃を受け切る態勢を取った。

簪、シャル、箒、刀奈、ラウラの五人には、防御用に特化した装備があるが、他の五人にはそれがない。

しかもラウラに至っては、他の皆から離れた距離にいるため、守れるのは自分自身ただ一人。

そこで、刀奈が和人と明日奈を……シャルは鈴を、簪がセシリア、箒が一夏を守るようにして、それぞれバリアーや装甲を展開。

 

 

 

「くっ!?」

 

「カタナちゃん!」

「カタナ! 大丈夫か!?」

 

「な、何とか……っ! 保ちこたえられると思うけど……っ!」

 

 

アクア・クリスタルを用い、『アクア・ヴェール』を最大限に展開しながら、自身と二人を守る刀奈。

その表情にも、苦悶の色が見え隠れしていた。

 

 

 

「はっ!?」

 

「鈴!」

 

 

 

一方、鈴を寸での所で守護できたシャル。今回に限って、本国から送られてきた、防御用パッケージ『ガーデン・カーテン』の力が役に立った。

展開したエネルギーバリアーの内側に、素早く鈴を取り込み、福音の弾雨を受ける。

だが、シャルも衝撃を受け、苦悶の表情を見せる。

 

 

 

 

 

「セシリア! できるだけ隠れて!」

 

「は、はい!」

 

「無事か、一夏!」

 

「ああ……ギリギリセーフだ……っ!」

 

 

 

 

簪と箒は割と近くにいたため、二機で固まり、簪が防御結界を張り、防御が紅椿の展開装甲を発動させ、防御装甲を展開させる。

その後ろで、一夏とセシリアが二人の後ろに隠れてやり過ごしている状況だ……。

さらにその後方では、ラウラがAICを展開しているが、AICは止める対象物に集中しなくてはならないため、ラウラも苦戦していると見える。

 

 

 

「くっ! このままじゃあ……!」

 

『織斑、聞こえるか!?』

 

「この声は……千冬姉か!?」

 

 

攻撃を凌いでいる最中、白式宛に通信が入った。

その相手は、臨時の作戦本部で式をとっている姉、千冬からのものだった。

 

 

 

『状況を報告しろ』

 

「福音の撃墜を試みたが、福音は今、リミッターを解除した上で暴走している状態。

その攻撃を、防御装備があるメンバーで防いでいるが、いつまで保つかわからない!」

 

『くっ……一旦撤退しろ! 今から教師部隊の精鋭を送り込む!』

 

「精鋭って……、ここを包囲している先生たちを、ですか?!」

 

『彼女らには、引き続き警戒に当たってもらう。精鋭はそれ以外にもいるからな……。お前たちは福音の攻撃を凌ぎつつ、作戦本部まで後退しろ』

 

「りょ、了解! だが、これをどうやって……っ?!」

 

 

 

 

攻撃は収まりつつあるが、これ程の攻撃仕掛けてくる相手だ。簡単には逃げられないだろう。

だが、今の状況を鑑みるに、今は撤退の指示が最も有効的な手段だろう……。

一夏は即座に、簪に千冬からの通達を伝える。

簪はそれを聞き、小さく頷くと、他のメンバーにもその旨を伝えた。

 

 

 

 

「でも、どうやって逃げんのよ。こいつ超音速飛行も出来んのよ?!」

 

「とにかく逃げるしかないよ。あいにく、僕もエネルギーが心許ないしね……」

 

 

 

そう言いながら、シャルは少しずつ後方へと引き下がる。

弾雨をシールドで受ける反動も利用しながら、少しずつではあるが、確実に後退し、鈴もそれに伴って、少しずつ下がり始めた。

 

 

 

「すまんが、私は高速飛行ができない。先に撤退を始めるぞ」

 

『了解。なら、ラウラは退路の確保を! その後で、私たちもすぐに撤退を始める』

 

「わかった」

 

 

 

一番遠いところにいたラウラも、『パンツァー・カノニーア』を収納し、即座に後退し始めた。

エネルギー弾の雨を躱し、時にAICで受けながらも、退路を確保しながら下がる。

 

 

 

「私たちも下がるわよ」

 

「ああ」

 

「でも、どうするの?」

 

「それは、こうするの!」

 

 

 

刀奈が指をクリップする。

すると、前面に展開していた『アクア・ヴェール』が、上下左右に広がって、やがては『月光』と『閃華』……『ミステリアス・レイディ』までをも包み込む、大きな水の球体を形成した。

 

 

 

「これを展開していられるのも数分だけだから、今のうち全速力で逃げるわよ!」

 

 

 

そういうと、刀奈は《龍牙》を収納し、両手で和人と明日奈の手を掴む。

そこからは、ただひたすら引き下がるのみ。

ブーストを全開にし、福音から離れる。

 

 

 

 

「私たちも参りましょう」

 

「うん……セシリア、『ミサイルビット』は使えるよね?」

 

「ええ、問題ありませんわ」

 

「なら、私と一緒に弾幕を張って……。その隙に、できるだけここを離れる。

一夏と箒も、それでいい?」

 

「ああ。考えてる余裕はなさそうだからな……」

 

「うむ。私も異論はない」

 

「わかった……。セシリア、合図をしたら、ミサイル全弾を福音に向けて撃って」

 

「了解ですわ」

 

 

 

簪がカウントを数え始める。

そして、ゼロの合図を聞き、セシリアが動いた。

一瞬の間に飛び出し、BTライフルで狙撃後、ミサイルビットの照準を福音に合わせ、誘導ミサイルを発射。

それを皮切りに、簪も《山嵐》の砲門を開き、ありったけの誘導ミサイルを撃ち込む。

そのほとんどはエネルギー弾によって撃墜されてしまうが、この際そんな事を気にしてはいられない。

大爆破が起こり、爆煙で視界が遮られている今のうちに、残っていた一夏たちも、即座に撤退を開始した。

 

 

 

 

「よし、今!」

 

 

 

全機が高速で飛行し、戦闘海域を離脱。

やがて爆煙が晴れてきだして、そこにはただただ呆然と撤退していく専用機持ちたちを眺める福音の姿があった。

だが、そう簡単に逃がす福音でもなかった……。

 

 

 

「キィアアアアアーーッ!!!!!」

 

 

 

再度の咆哮。

その後、持ち前の超音速飛行で、一夏たちを追いかける。

 

 

 

「くっ、来たぞ!」

 

 

 

全機が散開し、福音の出方を待つ。

だが、その福音が向かったのは、あろう事か最もエネルギーを消費している一夏と箒の下へと向ったのだ。

 

 

 

 

「ちっ! 先に潰しやすい俺たちからという事か……!」

 

「舐められたものだな……!」

 

 

 

だが、そう迂闊に手は出せない。

それに、今の第一目標は撤退だ。エネルギーの消費が著しく、とても今の福音を相手にするのは厄介な話だ。

だが、そんな事もお構い無しに福音は何故か、箒に向かって接近戦を仕掛けて来たのだ。

 

 

 

「なっ!?」

 

「箒!」

 

 

 

超音速からの突撃。

流石の紅椿でも、この衝撃には耐えられず、福音の出力に押し負ける。

 

 

 

「くっ! おのれ……!」

 

「キィアアア!!!」

 

「うわあっ!」

 

 

 

エネルギーを収束し、剣のようなものが生えた。

とても大きく、太い両手大剣だ。それが四本もある。

その瞬間、箒の背筋に悪寒が走った。そして、その巨大な剣を一気に箒めがけて振り抜いた。

 

 

 

「うわああああ!!!」

 

「キィアアア!」

 

 

 

幾度となく振るわれる大剣。

その鋒が容赦なく紅椿の装甲を斬り裂き、やがて箒の生身すらも浅く斬りはじめた。

そこから少量ではあるが、真っ赤な血液が流れ出る。

その時、箒はようやく、本当の意味で『死』というものに恐れおののいた。

 

 

 

「う、うわあああっ!!!!!」

 

 

 

福音から繰り出される大剣を弾き、両手に握る二刀で斬り込む。

その恐怖心を、心のそこから知ってしまった。

目の前にいる敵が、今はどんなものよりも強いと感じてしまったのだ。

だが、無情にもその二刀は空を斬り、やがて振るわれた大剣によって左の《空裂》は砕かれ、右の《雨月》も弾き飛ばされた。

 

 

 

「ぁ…ぁあっ………!」

 

 

体が震える。

このままでは、自分は本当に死んでしまうと、思うよりも先に体が反応したのだ。

そして、福音はトドメという事なのか、一振りの大剣を振り上げた。

 

 

「っ!」

 

 

恐怖心から、箒は再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

「やぁめろぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 

 

 

刹那の瞬間、その場に響き渡る慟哭のような叫び声。

先ほどと同じように、右手に愛刀《雪華楼》を、左手に箒が弾かれた《雨月》を握り、箒にトドメを刺そうとしている福音めがけて斬り込む一夏の姿を、箒は見た。

 

 

 

「い、一夏!?」

 

「おおおおッ!!!!!」

 

 

 

箒の声にも耳を傾けず、一夏は二刀を振るい、福音に肉薄する。

だが、その太刀筋は先ほどの一夏の物とは全くの別物だった。

確かに素早く、あらゆる物を両断してしまうような、強烈な剣技ではあるが……そこには、さっきまであったどこか人を魅了するような “美しさ” がなかったのだ。

 

 

「らああッ!」

 

 

 

まるで獣の如き太刀筋。

そしてその瞳からは、敵を殺すという “殺意” しか感じ取れなかったのだ。

 

 

 

「一夏!」

 

「でぇえやあああッ!!!」

 

 

 

箒の言葉は……今の一夏には届かない。

だが、福音は一夏の太刀筋にようやく慣れてきた………。

その証拠に、一夏の猛攻を防ぎ、あまつさえ反撃までしてきた。一夏もその動きから、先読みをし、受け流しながら戦う。

だが、一夏の動きや力に、とうとう武器の方が悲鳴をあげたのだ……。

 

 

 

パリィ……!

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

福音の攻撃を受けた《雨月》が、刀身の半ほどで砕け散った。

残るは、右手に持っている愛刀のみ。

《雪片》の展開は間に合わない……間に合ったとしても、福音との距離が近い為、《雪華楼》よりも刀身が長い《雪片》では分が悪過ぎる。

故に一夏は、そのままの勢いで、《雪華楼》を振り抜いた。

 

 

 

「はあああああーーーーッ!」

 

 

 

深紅に染まった刀身。

片手剣ソードスキル、重突進刺突攻撃《ヴォーパル・ストライク》。

矢のようにまっすぐと福音の懐へと、その刀身が迫り来る。

 

 

 

 

パキィィィィーーンッ!!!!!

 

 

 

 

その場に、再び鋼が砕ける音が響いた。

見れば、《雪華楼》の刀身が……鋒に近い部分から、完全にへし折れてしまっていた。

驚愕の光景を目の前に、両目を見開く一夏と、その光景を見せられ、唯一の希望を失ったかのように、瞳から光が消え失せ、絶望に打ちひしがれている箒。

最後の一撃……福音は、四本の大剣全てで応戦したのだ。

その巨大な剣で、《雪華楼》を囲むかのようにして振り抜き、その刀身を砕き、断ち斬ったのだ。

 

 

 

「な……っ!?」

 

 

 

その絶望は、一夏自身にも迫った。

目の前で砕かれた愛刀。それは一夏自身の力そのものと言っていい……。

それが砕かれた。なおかつソードスキルを使った反動で、体は硬直した状態だ。

そんな一夏に対し、再びエネルギー翼が形成される。

そして、隙だらけになった一夏の体に、幾十、幾百にも及ぶエネルギー弾が降り注いだ。

 

 

 

「うわあああああッ!!!!!」

 

「一夏ァァァァッ!!!!!」

 

 

 

至近距離からの爆発。

一夏の体は吹き飛ばされ、身に纏っていた白式の装甲は、見るも無残にボロボロだ。

そんな一夏の体を、箒は夢中に追いかけた。

海へと落ちる一夏を、絶対に掴むと言わんばかりに、紅椿のスラスターを全開にして……。

その甲斐あって、箒は一夏の体を掴んだ。

そして、福音の攻撃を浴びながらも、その場を急速に離脱していく。

 

 

 

「一夏! 一夏、目を開けろ! 開けてくれッ!!?」

 

 

 

ぐったりとした一夏の体を抱き抱え、箒は何度でも叫ぶ。

だが、一夏は一向に目を覚まさない……。

頭に傷が入ったのか、鮮血が流れ、一夏の顔を汚していく。

息は一応あるみたいだが、それでも弱々しい……急いで処置しなければ、一夏が死んでしまう。

箒はそんな予感を感じてしまった。

 

 

 

「一……ぐあっ!?」

 

 

 

何度目かの呼びかけの最中、後ろから撃たれた。

よく見れば、後ろからずっとエネルギー弾を撃つ福音の姿。

その攻撃は、幾度となく箒の体を打ちつけるが、そんな事になりふり構ってはいられない。

今は、一夏の体の方が心配だ……。

 

 

 

「くうっ、うおおおぉぉーーーーッ!」

 

 

 

最後の踏ん張り所……。

紅椿に残された最後の力を、スラスターの一点に振り絞り、展開装甲を展開し、一点突破で飛翔した。

トレードマークである、ポニーテールを結っていた緑色のリボンが燃え尽き、虚空へと消えていったが……。

そんな事も、今はどうでもよかった……。

その後、教師部隊と入れ替わるように、箒は旅館へと帰還したのだった……。

 

 

 

 

 






次回からは、白式との対話……というか、意識領域内での話を書きたいと思います。

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第41話 覚悟

意外と早く更新出来ました!




夕方6時過ぎ……。

旅館の一室では、男子生徒の一人が横たわっていた。

頭部にできた傷は思ったよりも浅く、後遺症なども残らないとの事だった。

だが、それでも一夏の容体は、あまり良くなかった。

身体中にできた火傷や内臓器官なども衝撃による負傷などが見られたため、緊急措置をとった。

なんとかその措置も終わり、あとは安静にしておけば、いつも通り起き上がる事も可能であるし、ISでの訓練も容易にできるとの事だった。

だが、一夏のその痛々しい姿を見て、作戦に参加していたメンバーは、改めて知った……自分たちは、敗北したのだと……。

 

 

 

 

 

「…………チナツ……」

 

 

 

 

 

一夏が横たわる室内に、刀奈は座っていた。

一夏の左手を両手で掴み、優しく包んでいる。あの後、急いで旅館に戻ってきた箒と、その腕に抱えられた一夏の姿を見たとき、刀奈は何も言えなかった。

目が虚ろで、もはや意識を保っているのもやっとの状態であった箒と、全身に傷を負い、意識のない最愛の人の姿が、そこにあったからだ。

あの時、何も考えられなかった。

ただひたすら、最愛の人の名前を呼んでいたような気がする……。返事をするわけがないとわかっていたのに、それでも、ただひたすら呼び続けた……力一杯抱きしめ続けた。

その周りでは、一夏の撃墜によるショックで固まる者もいれば、そんな状態でも、今やるべき事をやると言う姿勢を見せた者もいたのだ。

 

 

 

 

『作戦中止! 以後、別命あるまで待機だ!』

 

 

 

 

千冬の言葉に、誰もが肩を落とした。

そして隣で治療を受けている一夏に背を向け、千冬は作戦本部に戻って行ってしまった。

本当なら、唯一の家族である一夏の事が、心配で心配で堪らないはずだった……。だが、それでも自分にはやるべき事があると、そう言って、今もなお作戦本部に篭っている。

 

 

 

 

「…………これから、どうするのでしょうか?」

 

「わっかんないわよ……。第一、福音はどうなったのよ?」

 

「僕が先生達から聞いた話じゃ、あの作戦海域に留まってるって話だった」

 

「ああ。私も衛星を使って調べてみたが、どうやらその場で動かないらしい……」

 

「今、24時間体制で、先生達が見てるって話だよ……」

 

 

 

 

旅館の廊下に集まり、待機を命じられ、どうするべきか悩む鈴たち。

正直な話、今からでも出撃したいという気持ちでいっぱいだった。一夏がやられ、箒も倒れた……。

そして何より、逃げる事しか出来なかった自分たちが腹ただしいと感じたのだ。

代表候補生として様々な訓練を受けてきて、軍の訓練にも参加し、ある程度の実力をつけてきたつもりでいたが……、今回のは今までのものよりも極めて難易度が高かった。

見積もりが甘かったのだ……。

安易に行けると思っていた……10機にも及ぶ専用機。たった一人が初陣であったとしても、勝てる確率の方が高かったはずだった。

だが結果がこれだ。

予想外の事が多すぎて、対応仕切れなかった。

 

 

 

 

「大体、なんなのよアレ! あんなの『形態移行』どころのレベルじゃないわよ!」

 

 

 

鈴の言うアレとは、最後に見せた福音のリミット解除のことだろう。

正直、ISの自己進化があそこまで及ぶのは、ここにいる誰も見た事がない。

操縦者とのリンクが多ければ多い程、ISはその操縦者の特性を理解し、操縦者に適した進化をする。

その初めての進化が、『第一形態移行(ファースト・シフト)』だ。ここにいる専用機持ちの機体も、すでにそれを終えている。

だが、福音はさらにその上、『第二形態移行(セカンド・シフト)』に移行し、あまつさえ未知の進化を遂げた。

攻撃、防御、そして元々あった機動性ですら進化し、専用機持ち達を苦しめた。

あれはもはや単なる “形態移行” ではなく、“ISの世代間の進化” だと思った。

 

 

 

「しかし、このままでは終わらんだろう。今の福音を野放しにしていては、次には海じゃなく、街で戦闘が行われる。

それで福音があの力を使えば……」

 

「街一つが、滅びる……!」

 

 

 

冷静なラウラと、深刻な表情の簪。

だが有り得ない話ではない。それを成し遂げてしまうのが、ISの力だ。なおかつ福音の基本的なスタイルは『広域殲滅型』。

街一つ滅ぼすのは容易いだろう。

 

 

 

「でも、織斑先生……一度くらい、一夏の所に行っても良いんじゃないかな……」

 

「そうですわね……箒さんにも、何も声をかけませんでしたし……」

 

 

シャルとセシリアが、顔を俯かせて言う。

実は、シャルは一度作戦本部に入ろうとしたのだ……だが、それを千冬にきっぱりと断られた。「待機だと命じたはずだ!」と、強く断られた。

そしてそれから、千冬は一度も出てきていない。

それから箒も、一夏が横たわる一室の隣の部屋で同じように横たわっていた。

意識が朦朧ととしていたため、念のために検査を受けていたが、軽傷で済んだそうだ。

だが、それからというものの何度か飛び起き、全身汗まみれになったり、悪夢でも見たのか、時折悲鳴をあげたりと深刻な状態が続いた。

セシリアとシャルは、そんな二人を見て、胸を痛めていたのだ。だが、それをラウラは切り捨てた。

 

 

「そんな事をしてなんになる?」

 

「なんに……って……」

 

「少し冷たいのではなくて?!」

 

「そんな事をして、福音が倒せるとでも? そうすれば、師匠と箒が回復するとでも?

そんな事をしても、何も戻りはしない。だからこそ教官はその対策を練っているんだ。本当は、今でも師匠の元へと付いていたいだろうに……」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

ラウラの言葉に、全員何も言えなくなった。

その通りだ……今そんな事を悩んでいても仕方がない。ならば、同じ過ちを繰り返さないよう、自分たちもするべきことをしなくては……。

 

 

 

「とりあえず、機体の状態でも整えとくわー」

 

「あっ、鈴さん! お待ちなさいな、わたくしも行きますわ!」

 

「ラウラ、僕たちも」

 

「ああ。私ももう少し調整が必要の様だしな……よかろう」

 

「私は、お姉ちゃんの所に行く……ずっと一夏の看病をしているもの大変だから……」

 

 

 

それぞれがそれぞれのすべき事をやりに、同時に動き出したのだった。

 

 

 

 

 

一方、その一夏がいる一室内では、ただひたすら、寝ている一夏の顔を見ている刀奈の姿があった。

 

 

「チナツ……」

 

「…………」

 

 

 

返事は返ってこない。

それもそのはずだ、とても今日明日で回復する傷ではない。それゆえに、今は安静にしているのだから、無理に起こすわけにもいかないのだ。

刀奈はただ静かに、チナツの手を握り続けた。

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「っ……簪ちゃん? どうぞ」

 

「うん……失礼します」

 

 

 

一応断りを入れて、簪は中に入った。

そんな簪を、刀奈は優しく微笑んで迎え入れた。

 

 

 

「お姉ちゃん、交代しよう。一夏の看病は、私がするから」

 

「大丈夫よ……。まだこのくらいじゃ、疲れた内にも入らないもの……」

 

「ダメ……作戦を終了してから、お姉ちゃんずっと一夏の側にいるじゃない……だから、少しは休まないと…」

 

「だから大丈夫だって。私は何時間だってやれるわよ?」

 

「ダメ……ちゃんと休んで」

 

「…………大丈夫……大丈夫なのよ……本当に、大丈夫だから……」

 

「お姉ちゃん……」

 

「お願い……簪ちゃん。もう少し、居させて……お願いだから……」

 

「…………」

 

 

 

 

こっちに顔を向けずに会話を続けていたが、今の刀奈の表情が、簪にはわかった。

必死に、何かを堪えている様な、そんな声だった。

そんな姉の姿を見るのは、簪自身も初めての事だった。だから、こんな時にどうすればいいのかと悩んでいたのだが……。

 

 

 

「あっ、そうだ簪ちゃん」

 

「な、なに?!」

 

「飲み物買ってきてくれない? ちょっと……喉渇いちゃって」

 

「う、うん! わかった、買ってくる……。何がいい?」

 

「うーん……お茶かな……」

 

「わかった……ちょっと待っててね」

 

 

 

 

そう言うと、簪は部屋から出て行った。

それも、簪の心情を、刀奈が察知したからだろう……。

そう思うと、この姉には敵わないと思ってしまう。だが、部屋を出る前に見た姉の顔は……とても苦しそうだった。

 

 

 

「お姉ちゃん……大丈夫かな……」

 

 

 

今まで何でもそつなくこなし、一人で責任を抱えてきた姉。

だが、あんなに苦しそうな顔をするのも初めてだった。もしあれが自分自身だったのなら……。そう考えると、簪まで胸が痛くなってしまった。

だが、今度こそ助けになると誓った。

今まで離れていた分、姉を助けるのは、自分の役割だと思っている。

姉がSAOから帰ってきた、あの日から……。

 

 

 

「しっかりしないと……!」

 

 

 

そう心に誓いを立て、簪は自動販売機の前に立つ。

幸い姉が好きそうな玉露入りのお茶を発見。硬貨を入れてそれを買い、自分は100パーセントのリンゴジュースを買う。

そして、再び部屋に戻ろうとしたら……。

 

 

 

「あっ、簪ちゃん」

 

「明日奈さん……」

 

 

明日奈と出くわした。

 

 

 

「あれ? 和人さんは……?」

 

「ああ、キリトくんなら、自分のISのデータを開いて、ユイちゃんとなんか話してた」

 

「ユイちゃん……とですか?」

 

「うん。なんか、ユイちゃんに手伝ってもらいたい事があるとか言ってたけど、詳しくは教えてくれなかった」

 

「そうなんですね……明日奈さんはどうしたんですか?」

 

「あ、うん……ちょっと、カタナちゃんどうしてるかなーって」

 

「ああ……」

 

 

 

そこで、簪は閃いた。

持っていたお茶を、明日奈に向けて差し出す。

 

 

 

「これ、お姉ちゃんに渡してもらってもいいですか?」

 

「え? まぁ、別にいいけど……」

 

「お姉ちゃん、ずっと一夏の側から離れないから……。少しは、お姉ちゃんにも休んで欲しいんですけど……」

 

「そっか……。わかった、私に任せて!」

 

「ありがとうございます……っ!」

 

 

 

簪はお礼を言うと、笑顔でお茶を明日奈に手渡した。

そして、今度は鈴たちが向かった、海辺へと即座に向かったのであった。

 

 

 

「さてと……」

 

 

 

明日奈は自分の分の飲み物を買って、刀奈のいる部屋へと向かった。

刀奈の今の心情を、明日奈は少なからず理解している。

もしそれが自分だったら、同じ事をしていただろうと思ったから……。

だからこそ、側にいて安心させてあげたい……そう思うのだ。

 

 

 

「スゥ〜……ハァー……」

 

 

 

一度深呼吸をして、中にいるであろう刀奈に声をかける。

 

 

 

「あの、カタナちゃん? いる?」

 

「その声……アスナちゃん?」

 

「うん、そうだよ。入っていい?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

 

 

襖を開け、明日奈は中に入る。

入ると、チラッとこちらを見る刀奈。そのあと、すぐに視線を一夏に向ける。

 

 

 

「チナツくんはどう?」

 

「うん……変わりないかな。今のところ特に容態は悪化してないし……いずれ目を覚ますでしょう」

 

「そっか……」

 

 

そう言うと、明日奈は刀奈の隣に座る。

 

 

「はい、これ」

 

「ん……あ、ありがとう」

 

「簪ちゃんから渡されたの……「お願いします」って言われちゃった」

 

「そうなの……ごめんね、ありがとう」

 

「ううん……私も丁度、チナツの事が気になってたし……」

 

 

 

明日奈に渡されたお茶を飲み、一息いれる。

そして思考を切り替える。

今後、どうするのか、どうなるのか……。

 

 

 

「カタナちゃんは、どうなると思う?」

 

「そうね……。千冬さんの所には、作戦中止の命令は下っていないようだから、今のところは作戦続行なんでしょうけど……」

 

「あのIS相手に、今の私たちが勝てるとも思えない……」

 

 

 

いや、勝てはするだろう。

だがそれでも、少なからず犠牲者は出る。一夏のように、ここに残っている誰かが、あるいは福音の操縦者が一夏と同じ様になるか、それとも、最悪の場合で “死” という事もあり得る……。

これはゲームではない。紛れもない現実だ……だからこそ、今こそ自分たちの力が必要なのではと思うが、相手が悪すぎる。

未知の力の解放を遂げた軍用機相手に、専用機とはいえ競技用の機体で、善戦するのがやっとだったのだ。

次も同じ結果、もしくは勝ち戦になる保証はない。

だけど……

 

 

 

「アスナちゃん……私はやるつもりよ」

 

「やる……って、福音と?!」

 

「ええ……このままじゃ私、この怒りを抑えられないもの。最悪福音の操縦者もろとも消し飛ばすことも厭わないわ」

 

「ちょっと、ちょっと待ってカタナちゃん! 落ち着いて!」

 

「アスナちゃん……私は冷静よ。でも、これだけは譲れないの。私はこの人を傷つけた人を許さない。もしもこの人が死んだのなら、私はどんな人物だろうと組織だろうと、あらゆる手を使って犯人を割り出して、必ず殺す……!」

 

「…………」

 

 

 

冗談ではなく、本気の目だった。

刀奈の一夏に対する愛情は、人一倍強い。そう言う明日奈も、和人や娘のユイに対する愛情は、誰にも負けないと自負するくらいにある。

だが、刀奈のは愛情とそれ以外のものも感じた……。

 

 

 

「私はこの人の過去を知っている数少ない一人……。そして、この人のそんな過去を知っていて、それでも愛した……好きになってしまった……支えたいと思った。

たくさん傷ついて、それでも信念を貫いて戦うこの人を、私が守ると誓ったの……だから、この人を傷つけようとする人は、誰が相手でも私は容赦しないし、情けもかけない。

まぁ、今回はこれくらいで済んで良かったけど……お返しはしっかりとさせてもらうわ……ッ!」

 

 

 

ようやく理解した。

彼女……刀奈の一夏に対する愛情は、大きいだけではなく、とても深いのだ。

一夏という人物を心の底から信頼し、愛している。過去の事から、熾烈な運命を歩んできた一夏を、ここまで愛せるのも、刀奈以外にはいないだろう。

明日奈はその感情を汲み取り、刀奈の頭を両手で抱き、ゆっくりと自身の胸に寄せた。

 

 

 

「ア、アスナちゃん?」

 

「カタナちゃん……たぶん私も、キリトくんが同じ目にあったのなら、同じ様にしていたと思う……。

でも、殺しちゃダメだよ……。それは、チナツくんも望んでいないと思うから……」

 

「アスナちゃん……」

 

「チナツの過去は、私も大体しか知らない。以前カタナちゃんに教えてもらったぐらいにしか認識してない。

でもね、昔がどうでも、今のチナツくんは、もう殺したり、殺されたりするのが嫌なんだと思うよ? キリトくんもそうだけど、チナツくんは優しいもん。とても、そう言う事を望む人じゃないと思う……。

ましてや、カタナちゃんがしてしまったら、チナツくんが悲しく思うよ……きっと」

 

「…………でも、でも私はっ……!」

 

「わかってる……わかってるから。でも、一人じゃないんだよ? 私も、みんなもいる。だから、ねぇ?」

 

「…………うん」

 

 

 

 

その部屋に、啜り泣く声が聞こえた。

唯一この場で歳の近い歳上である明日奈……刀奈も大人びているが、自分の一つ歳下の女の子なのだ。

心が耐えられない時だってあるだろう……ならば、お姉さんである自分が支えてあげなければ……。

明日奈はただ、優しく刀奈を抱きして、優しく頭を撫で続けた。

流れる涙をそっと人差し指て拭う。

嗚咽とともに流れ出る感情の奔流……今まで我慢してきたものが、溢れ出してきたのだ。

だが明日奈は、ただひたすらに優しく抱きしめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ユイ、こっちの反応はどうだ?」

 

『うーん……このままでは、システムに負荷がかかり過ぎます。もっとアシスト数値を下げるべきだと思いますよ』

 

 

 

 

これまた別の部屋では、和人が自分のPCを開き、自分のISの待機状態のアクセサリーとスマフォを連結させ、『月光』のシステム改良に勤しんでいた。

 

 

 

「だが、これだと『月光』と俺との間にある反応速度に差が出る……。もしもの時、それが命取りになるからな……」

 

『ですが、あまり差を縮めると、今度はパパの体に負担がかかり過ぎます。ISのシステムがよくても、パパ自身の体が保たないのでは、本末転倒です……!』

 

「わかってはいるんだが……」

 

 

 

スマフォから聞こえてくる可愛らしい声。SAO時代に出会い、今では愛娘となったユイの声だ。

二人はISのシステムと、和人のパーソナルデータを交互に見比べながら、あれこれと議論を交わしていた。

 

 

 

「だけど、これくらいやらないと、福音には到底かなわない。今までの『月光』のスペックでも、何とかやれてきたけど……あいつはそう言うわけにはいかないからな……」

 

『しかし、“パパの『月光』のリミッターを外す” と言うのも、危険な事には間違いありませんよ! 福音との戦闘記録を見させてもらいましたが、おそらく福音の操縦者も、体に何らかの影響が出ていると思った方がいいです!』

 

「ああ……あんなオーバースペックな性能、無制限に使えるとは思えないからな。

だとすると、そろそろタイムリミットが近いはずだ……。だから、そのリミッターの解除なんだが、一時的なものにすればどうだろう?」

 

『一時的……ですか?』

 

「ああ。ずっと解放しているには、俺の体と機体の両方に負担がかかる……なら、一時的……一瞬なら、大した負荷もかからないんじゃないかな?」

 

『…………たしかに、理論的にはそうですが……。それでも、そのタイミングはシビアですよ? パパ』

 

「わかってるよ。だけど、チナツが体を張って守ろうとしたんだ……なら俺も、それくらいしないとな……!」

 

『パパ……』

 

「大丈夫だよ、ユイ。必ずパパとママは勝って帰ってくるよ……だから、ユイはいい子で待っていてくれ」

 

『……はい! わかりました。ちゃんと待ってます!』

 

「よし、いい子だ」

 

 

 

その後、二人はシステムアシスト関連のプログラムを開き、それぞれの駆動部を調整しながら、機体の仕上げにかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

 

不意に、一夏は目を覚ました。

まだ頭はぼんやりとしている。体もだるく、目を開けるも、力を抜けば一気に閉じてしまいそうなほどだ。

 

 

 

「俺は……何を? 確か……」

 

 

 

記憶を掘り起こす。

確かあの時……箒を助けようと、もう無我夢中で福音に斬りかかったのだ。

そして両手に握る剣を砕かれ、最後に大量のエネルギー弾をその身に受けた。

 

 

 

「そうだ……俺は……っ!」

 

 

 

一気に意識と体が覚醒する。

身を起こし、体を見る。しかしそこには、傷などついていない。

むしろ、何故かわからないが、“IS学園の制服を着ている状態” なのだ。

作戦中だったので、ISスーツに着替えていたはずだが……。

 

 

 

「これは……どうなっているんだ?」

 

 

 

自然と言葉が出てきてしまう。

何が何やらわからないと言った一夏。自分の状態に疑問を抱きつつ、周りを見渡してみた。

しかしその双眸がとらえた景色にも、一瞬言葉を失う。

一面に広がる青空。自分が横たわっていたのは、地面ではなく、水の上だった。

と言っても、海や湖のような広く深いものではない。透き通るような水の透明度で、水の底がすぐそこに見える。

そして、所々に生える木々。それに葉っぱや木の実などは生えておらず、その木々自体が、真っ白なものだった。

初めて見る景色。おそらく、この世のどこにも、こんな景色はないだろうと思わせる景色だ。

だが、何故だろう……

 

 

 

(なんだか、とても落ち着くような……)

 

 

 

初めて見る景色だと、自分でもよくわかっている……。だが、何故か落ち着くと思うのと、懐かしいと思っている自分がいるのだ……。

 

 

 

「ここは……一体……?」

 

 

 

もう何度目かになる疑問を口にする。

それに答えてくれる者など、誰もいるはずないのに……。

だが、ふと、一夏の視線は、ある一点に集中した。

 

 

 

「っ?! あれは……!」

 

 

 

一夏の視線の先……ずっと続いている青空と水面の境界線上に、人が立っていたのだ。

もっと正確に言うなら、幼い少女。

白く綺麗な髪……銀髪ではなく、本当に真っ白で、透き通るような綺麗な白髪。

そしてそれと同じ色調のワンピースを着た少女。

頭には麦わら帽子を被っているため、顔は見えない。

一夏はゆっくりとした足取りで、少女に近づく。

やがて少女の姿を、しっかりと認識できる距離まで近づいた時、美しい声が聞こえた。

 

 

 

「〜〜♪ フッフフ〜ン♪」

 

 

 

言葉は発していない。鼻歌だろうか……。

だが、とても澄んだ綺麗な声。一瞬その声に心奪われてしまう。

すると少女は、その鼻歌をやめてしまった。

そして不意に、どこまでも続く青空に視線を向けて、微笑んだ。

 

 

 

「呼んでる……行かなきゃ……!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

視線を少女が向いている青空へと向けるが、そこには何もない。

ただ美しく広がる白い雲と、青空があるだけだ。

何だったのだろうと思いながら、一夏は再び視線を少女に向ける。

だが、そこには少女の姿がなかった。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

あたりを見渡したが、少女はどこにもいない。

この一瞬で姿と気配を消したのだから、一夏の感覚が狂ったのか、それとも、あの少女が凄いのか……。

仕方ないと思い、元いた場所に戻ろうと振り返った。

そして、二度目の驚愕的な光景を目にする。

 

 

 

「夕焼け……」

 

 

 

一面が青空だった空が、一変して夕焼け空に変わっていたのだ。

それに伴い、水面に映る景色も、夕焼け色に染まる。

 

 

 

「…………」

 

「綺麗だよね、ここ」

 

「っ……!」

 

 

 

 

突如、背後から声をかけられた。

また不意をつかれた形だったので、一夏は即座に警戒した。

その場を一旦飛び退き、距離をとった。

そこにいたのは、またまた美人な少女だった。

 

 

 

「って、ひどいなぁ〜。別に私、何もするつもりはないよ?」

 

「あ、いやその、すまない。いきなり声をかけられたから、驚いちゃって……」

 

「あぁそっか、ごめんね♪」

 

 

 

謝罪はしたが、どこか軽い気持ちでの謝罪だった。

だがまぁ、一夏はその事を気にせず、まず気になっている事を少女に聞いた。

 

 

 

「ここはどこなんだ? それに、君は……」

 

「そうだね……私もわかんないの」

 

「は、はぁ?」

 

「あ、でも名前はちゃんとあるんだよ?」

 

 

 

そう言うと、その少女は一夏の顔をしっかりと見定めて言った。

 

 

 

「私の名前は『ストレア』だよ♪」

 

「ストレア……それが、君の名前なのか……」

 

「うん♪」

 

 

 

ストレア……まず間違いなく、日本人ではないと思った。しかし、その口から語られる日本語は、とても流暢なものだった。

しかし、彼女の格好……薄紫色のウェーブがかかった髪に、刀奈と同じ深紅の瞳、それから着ている服。

どれもが現実世界とかけ離れているような印象だった。

服……と言うか、もはや甲冑のような物も着ている。

バトルドレスも言えばいいのか、意外に露出度のある服で、胸元から見える双丘が、女らしさというものを強調させる。

よくよく見てみれば、スタイルも中々のものだ。身長は、一夏と同じか少し低いぐらいだ。

紫を基調にしたバトルドレスが、彼女の雰囲気とよく合っているように思った。

ニコニコと微笑む彼女の顔が眩しく思い、一夏は一瞬だけ目線を逸らしてしまった。

 

 

 

「あは♪ もしかして、見惚れてた?」

 

「え? いや、違っーー」

 

「ええ〜〜! なんか、それはそれでひどいなぁ〜!」

 

「いやいや、そう言う意味じゃなくてだな……。まぁ、そんな事より俺の自己紹介がまだだったな。俺はーーーー」

 

「ふふっ、『チナツ』……でしょ?」

 

「えっ?」

 

 

 

驚いた。

その名を知っているのは、SAO時代の仲間と、今でもALOをやっている仲間だけだ。

しかも知っていたとしても、それが現実世界の『織斑 一夏』と結びつかせるのは難しい。

では何故、彼女は知っているのか……?

 

 

 

「どうしてその名を!? まさか、君は……」

 

「う〜ん……まぁ、そうだねぇ〜。知っていたのは、ずっとチナツの事を見てきたからだよ」

 

「え?」

 

「私はずっとあなたの事を見てきた。二年前からずっと……」

 

「二年前から……」

 

 

 

 

二年前。SAOの公式サービスが開始された時期と同じだ。

ならば彼女は…………。だが、もしそうだったとして、なぜ彼女は一夏の目の前に現れたのか……そして、見てきたというのは、どういうことなのか。

 

 

 

 

「悪いんだが、俺は、君に会ったことはあるか?」

 

「ううん、今が初対面だよ。私の方が一方的にチナツの事を見ていたって感じだからね。でもまぁ、こんなに近くで見て、話すこと自体が初めてだから……」

 

 

 

 

こんなに近くで……と言うことは、常に距離を置いて一方的に見ていたということなのだろうか……?

 

 

 

 

「どうして君は、俺を見ていたんだ?」

 

「チナツだけじゃないよ……キリトの事も見てた」

 

「キリトさんも!?」

 

「うん。みんなの事を見てたんだよ? 私……」

 

 

 

ますますわからなくなってきた。

まず今ので理解したのは、彼女は自分たちがSAOに囚われていたことを知っているという事。

そして、おそらくは一夏と和人以外にも、明日奈や刀奈の事も把握しているだろうと予測する。

 

 

 

「じゃあ、何で君は俺たちに声をかけなかったんだ?」

 

「あーそれは、そうしたかったんだけど、出来なかったんだよ。ユイはなんとか出来たみたいなんだけど、私は無理だったんだぁ〜」

 

「ユイ?! それって、ユイちゃんの事か!?」

 

「うん♪ ねえねえ、ユイは元気にしてる?」

 

「え? あ、まぁな……」

 

「そっかぁ〜」

 

 

 

ユイの事も、どうやら知っているようだ。

 

 

 

「さてと、それじゃあお喋りはここまでにして……ねぇ、チナツ」

 

「ん、なんだ?」

 

「今、チナツはどう言う状況なのか、わかる?」

 

「いや、わからないから君に聞いたんだけど……」

 

「まぁそうだよね……。えっとね、ここはある種の仮想世界だと思って」

 

「仮想世界? でもさっき、君はわからないって言わなかったか?」

 

「うん。でも、今ようやく理解出来たって感じかな」

 

「そ、そうなのか……」

 

「うん、そうなの。おっと、話を戻すね? 今チナツは、仮想世界に意識が取り込まれてると思ってくれていいよ。

そして、私はそのチナツの意識の中に話しかけている……」

 

 

 

 

つまり、今自分は仮想世界にダイブしている様な感覚なのだそうだ。

そして目の前にいるストレアは、そこに現れる人格を持つプログラム……AIだという事なのか……。

 

 

 

「チナツは作戦中に怪我をした……。敵に……福音にやられて、傷を負った。

そして白式は中破して、今は自己修復のために眠っている状態」

 

「そうか……やっぱり、俺は……」

 

 

 

無念の思いが込み上げてきて、目を閉じた。そうして少しずつ鮮明に思い出す。

その途中、箒の顔を思い出した。絶望に打ちひしがれた様な、そんな顔をしていた。

それに、刀奈の事が心配だった……。自分が死んだら、彼女はきっと悲しむし、苦しむ……。そんな事、一夏は絶対に望まない。

 

 

 

「ねえ、チナツ。力が欲しい?」

 

「えっ?」

 

 

 

ストレアの問いかけに反応して、一夏は再びストレアに視線を向ける。

 

 

 

「…………ああ、欲しい」

 

『何の為に……?』

 

「っ!?」

 

 

 

今のはストレアからではなかった。

今度は一夏から見て左。夕日が今にも落ちそうなその光景だった。

だが、一夏の視線は、その夕日の前に立つ、一人の人影に向いていた。

 

 

 

『何の為に、力を欲す?』

 

 

その人影が、女性であると考えた。

長い黒髪に、男性にしては細く華奢な体つきをしていた。

だが、その身には中世の騎士を彷彿とさせる甲冑が身についている。顔はバイザーの様なもので隠れていて、はっきりと見ることはできないが、何故だかこちらを見ていると思ってしまう。

そしてその手には、不釣り合いだと思うほどの両手剣が握られていた。

 

 

『何の為に、力を欲す?』

 

 

 

三度目の問い。

何の為に力を欲するのか……。それは……

 

 

 

「…………守るため」

 

『守る?』

 

「ああ……。俺は、大切な人を守りたい。二年前からずっと、変わらないこの気持ちで今まで戦ってきた。

辛い思いもした、苦しいと思ったことだってある。後悔したことなんて、一度や二度じゃないよ……。だけど…….」

 

 

 

一夏のその口から、覚悟にも似た様な感情が溢れでる。

 

 

 

「今の俺には、どうしても守りたい人や、物がたくさんある。そのどれも失いたくないし、俺も、死ぬわけにはいかない……。

だからこそ力が欲しい! 自分も、みんなも……これからもずっと、カタナを守れる強さが、俺は欲しいーーッ!」

 

 

 

覚悟の決まったその双眸は、まっすぐ騎士を見つめていた。

その言葉に、騎士が動いた。

 

 

 

『いいでしょう……ならば示しなさい。あなたがその力を持つのに相応しいかどうか』

 

 

 

そう言うと、騎士は自分の持っていた両手剣をストレアに向かって投げた。

そしてストレアは、それを片手で掴むと、クルクルと振り回して、最後に水面に突き立てる。

 

 

「チナツならそう言うと思ったよ。だからその思い、試させてもらうね!」

 

「っ!?」

 

 

 

ストレアが両手剣を抜いた。

すると、ストレアの体を、さっきの騎士が着ていた甲冑が覆う。

そして今気づいたが、自身の服装も、IS学園の制服から変わっていた。

 

 

(っ!? これは、血盟騎士団の時の!)

 

 

 

見慣れた赤と白のグラデーション。

ジャケットタイプの上着に、愛刀の《雪華楼》。黒いボトムスに血盟騎士団の黒い軍靴。

どれもこれも懐かしいものだ。

 

 

 

「さあ、チナツ。剣を抜いて」

 

「っ……」

 

「私に……私たちに、あなたの覚悟を見せて……っ!」

 

「………そうか。なら、俺に断る理由はない。全力で、俺の思いをぶつけるーーッ!」

 

「ふふっ、そうこなくっちゃ♪」

 

 

 

 

静かに構える二人。

腰だめに下段の構えを取るストレアと、スッと姿勢を正し、正眼に刀を構える一夏。

静寂に包まれるその空間。だが、それもつかの間……両者共に、ほぼ同じタイミングで動き出した。

 

 

 

「てやあああっ!」

「はああああっ!」

 

 

 

刀と剣がぶつかり、激しく火花を散らす。

美しい景色には不釣り合いな剣戟の音が、そこに響き渡ったのだった。

 

 

 

 




次回はいよいよ福音にリベンジマッチ!
それと一夏の白式第二形態移行とさせようかと思ってますので、お楽しみを!

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第42話 決行


意外と早くかけたので、更新します(⌒▽⌒)




「はぁ……っ! はぁ……っ!はぁ……っ!」

 

 

 

浜辺で一人、黙々と木刀を振っている少女。

もう何百本と振り続けた木刀。それを握るでも、皮が剥けて血が流れ、柄が真っ赤に染まっていた。

もう一度振り抜こうとするも、流石に振り続けたせいか、脚に力が入らず、その場に膝をついてしまう。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

彼女……篠ノ之 箒は、まるで見えない何かと戦っている様であった。

それは実体のない、幻の様な物。それが何なのか、箒自身にもわからない。

だが、その何かが、箒の心を苛む。

 

 

 

「はああああっ!」

 

 

 

いつもの自分ではない……それは自分でもわかっている。だが、何がどう違うのかと言われると、すぐには答えられない。

もしかすると、その答えを求めて、自分は木刀を振り続けているのかもしれない。

だが、今度はその木刀を握る手にも、力が入らなくなってきた。

砂浜の上に、木刀が手から滑り落ちる。

痛みが手のひらから手全体に広がる。だが、箒は痛みを感じていないのか、特に表情を変えず、そのまま俯く。

髪を結んでいたリボンは焼け消え、結える物がなくなった髪は、だらんとまっすぐ伸びている。

そのままで充分綺麗な髪をしているのだが、やはり何かが違う様に思えた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「何やってんのよ、あんた」

 

「っ!?」

 

 

 

後ろから声をかけられ、咄嗟に振り向く。

そこには、タオルを片手に差し出しながら見ている鈴の姿があった。

 

 

 

「り、鈴!? 何故ここに?」

 

「そりゃこっちのセリフだっつーの。あんたこそ、急に部屋で寝かされてたかと思ったら、ここで何やってんのよ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

いつもの箒らしからぬ、言い淀んだ口調。

鈴は箒の手と、その下にある木刀に目を向けた。どちらも血がついている。

そして、今の箒の状態から、ある程度の事は察したのだろう。

 

 

「なるほどねぇ〜。寝てるだけじゃなくて、ここで鍛練してたってわけか……けどさぁ、それでも限度があるでしょうに」

 

「う、うるさい! そんなの、私の勝手だろう……」

 

「まぁ、そうなんだけどね……」

 

 

 

箒は鈴からタオルを受け取り、汗を拭った。

しばしの沈黙が、二人の間に流れたが、鈴の方から再び口を開いた。

 

 

 

「あたし達はただ逃げただけだからさ、最後に一夏がどんな戦いをしていたのかわかんないんだけど……あんたはあいつを見てたんでしょう?」

 

「……ああ。最後、私はトドメを指されると思った……そしたら、一夏が……。私は、何も出来なかった。一夏の戦う姿を見ている事しか出来なかった……っ!」

 

「そっか……。あいつらしいわ」

 

「……鈴、悪いのだが、一人にしてくれないか……」

 

「何で?」

 

「何でって……それは……」

 

 

 

わからない。だが、何故だかそう言う気分なのだ。

一人で答えを見つけなければ、いけない様な気がするから……。

 

 

 

「あんた……実は怖いんじゃないの?」

 

「な、なにをーーっ!」

 

「見栄張るんじゃないわよ……大体、そんなのあんたの様子見てれば分かるっての。

今日が初めての実戦。それも試した事のない機体で、ぶっつけ本番。それで命の危機を知って、恐怖心が芽生えたんでしょう?」

 

「…………」

 

「正解……みたいね」

 

 

 

そうだ、本当はわかっている。自分は、戦いを恐れている。

初めて実戦を経験して、死への恐怖を味わった。

あの時のことを思い出すと、身震いする。ましてや、目の前で一夏があの様にやられたのなら……尚の事だ。

 

 

 

「箒、今更だけど言っておくわ。あんたは専用機持ちのことを舐めすぎよ……っ!」

 

「な、なに!? 私はその様なことーー」

 

「じゃあ何? あんたにとっての専用機持ちっていうのは、専用機を扱い、周りの人間を見下す事ができる存在だとでもいうわけ?」

 

「ば、馬鹿者! いつ誰がそんなこと言った! 私はただ……」

 

「ただ?」

 

「…………一夏やお前達と、肩を並べて、共に戦える力が欲しかっただけだ……!

何も出来ず、逃げて、隠れて……そんな自分が嫌だから、私はーー」

 

「だからそれが舐めすぎって言ってんのよ!」

 

「っ!?」

 

 

 

怒り目を箒に向け、怒鳴る鈴。

そんな鈴の気迫に押され、一歩背後に退がってしまった箒。

 

 

 

「私たち専用機持ちは、血の滲むような努力をしてきた。軍の訓練にも参加して、実戦形式の戦闘訓練もしたし、ちょっとした事件なら容赦なく駆り出される。

その中には、戦闘が起こって相手を殺さなきゃいけないものだってあるの! あんたにそれができる!? 今のあんたに!」

 

「わ、私は……」

 

「あたしも、実戦はあまりした事ない。多分、あるとしたらラウラが一番多そうね。あいつは部隊の隊長やってんだもん、自分が隊の指揮を執らなきゃいけないんだから……。

簪だって、特殊な家系なんでしょう? なら、そういった事件の解決に、駆り出された事だってあるでしょう。

その他の候補生も一緒。セシリアも、シャルロットも、みんなちゃんとした訓練を受けて、覚悟を持って、持つに相応しいって認められたの。でもあんたは? ただ力が欲しかったってだけで最新機を用意してもらって、実際に戦ったら素人だから無理でしたーなんて……そんな言い訳が通るわけないでしょうが!」

 

「…………」

 

「一夏や和人はそんな物はないけど、あいつらはあいつらでちゃんと戦う意志も、覚悟も持ってる。

けどあんたにはそれがない……。そんなの、いくら戦ったって、私たちの足元にも及ばないわよ」

 

 

 

吐き捨てる様に叱責する鈴に、箒は何も返す言葉が見つからなかった。

それはそうだ。鈴の言ってる事は、正しくその通りなのだから。ISは兵器……元々の趣旨がどうであれ、今のISは最強の兵器なのだ。ならば、それを扱うのに、意志がいる、資格がいる、覚悟がいるのだ。

だが、今の箒にはそれがない。

ただ力を欲しただけで、何のために力を欲したのか……それが明確ではない。

そのまま戦っていても、何者にも勝てはしないだろう。

 

 

 

「正直あんたの剣の腕は一級品だと思うわ。私が同じ土俵で戦っても、絶対に勝てないと思う。

けど、言い換えればあんたにはそれしかない。いくら剣術が凄くても、それを使うあんたが未熟なら、私の敵じゃないわね」

 

「くっ……!」

 

「けど今更、あんたに専用機を持つな……なんて言えないしね。もらってしまったのなら、それをあんたがどうするか、あんたが決めなさい。

けど、もしまたくだらない事で戦おうとするなら……」

 

 

 

鈴は箒に話しながらその場を去る。だが最後に、一旦止まって、背中越しに箒に言った。

 

 

 

「ーーーーあたしがあんたを叩き潰してあげるから、覚悟しときなさい!」

 

 

 

 

それだけ言い残し、鈴は旅館の方へと歩いて行った。

 

 

 

「覚悟……私の、覚悟は……」

 

 

 

一人残された箒は、自分の心内に問いかけた。

自分は一体、何を求めているのか……何のために、力を欲するのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てやあああ!」

 

「チッ!」

 

 

 

ドオオーーンッ‼︎

 

 

 

 

巨大な水飛沫な上がる。

戦闘が始まって、まだそんなに時間は経っていない。

だが一夏は、目の前の少女の実力に驚嘆していた。

 

 

 

(なんて技量だ。あんな華奢な腕をしてるのに、軽々と両手剣を振り回してる……)

 

 

 

両手剣は片手剣に比べ、攻撃範囲も広く、相手に与えるダメージも多いが、それ故に取り扱いが難しく、動きも遅くなる。

だが今目の前にいる少女、ストレアは、それを軽々と振り回して、一夏と渡り合うほどの剣戟を見せたている。

 

 

 

「やるな! 両手剣使いとは何度もやってきたけど、ストレアみたいな腕を持った奴は見た事がない!」

 

「ありがと♪ でも、チナツはもっと凄いよ! 私の想像以上に速いし、強い!」

 

 

 

単純な剣技なら一夏の方が上だが、力比べを強いられると、ストレアの方が断然に上だ。

 

 

 

「えいっ!」

 

「くっ!」

 

 

上段から振り下ろされたストレアの一撃を、一夏は何とか受け止める。そのまま鍔迫り合いの状態になり、互いに力を込める。

今にも刀と剣の刃同士が火花を散らしそうだ。

 

 

 

「これだけの技量持っていて、なんで今まで知らなかったんだろうな……!」

 

 

ストレアの技量に驚きつつ、一夏は一旦距離を取るために大きく飛び退いた。

ストレアの剣戟は、豪快にして繊細。一見、ただの大振りに見える剣閃もよく観察してみれば、無駄なく、流れる様に振るわれている。

力の分散もなく、振るわれる一撃一撃が、大きなダメージを負う様な技だ。

だからこそ一夏は、一旦距離を取ることで仕切り直そうとした。

だが……

 

 

 

 

「逃がさないよぉーーッ!」

 

 

 

両手剣を八相に構える。剣の鋒が一夏に向けられ、低く落とした腰を支えるために肩幅より開かれた脚に、力が入る。

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

一気にその力を解放する。

もはや跳躍と言っていいほどの脚力を持ってして、ストレアは一夏に斬りかかる。

モーションに入った後、いや、入った瞬間、ストレアの両手剣から光が溢れた。

 

 

 

「何っ!?」

 

 

両手剣の刀身が、淡いオレンジ色に染まる。

そしてそのまま、運動力学の様にして、力の流れは、手に持つ両手剣へと注がれる。

上段から……右斜め上から左斜め下へと移動する剣。

その軌跡を、一夏はよく知っていた……何度も見たことのある剣技。いろんな武器が存在し、そのどれにもその光は例外なく発現した。

そして、両手剣から繰り出されたその技も、よく知っているものだった……。

 

 

「ストレア、まさか、君はーーーー」

 

「でえやあああああーーーーッ!!!!!」

 

 

 

振り抜かれた一閃。

両手剣が地面へと食い込むレベルの衝撃。

当然水面は弾け飛び、ストレアが立つ延長線上にある水面が縦に水飛沫を上げた。

その様子から、途轍もない威力で放たれたと理解できる。

しばらくして、吹き上がった水飛沫が落ち着き、ストレアは目の前の光景を注視する。

先ほどまでいた一夏の姿が、今はどこにもいない。

 

 

 

 

「驚いたな……」

 

「あれ?」

 

 

 

ストレアの後方から、一夏の声が聞こえる。

ストレアは目をパチパチさせて、両手剣を握り直し、一夏に対して正眼の構えをとる。

対して一夏は、自然体にして隙のない構え。刀の鋒をストレアに対して向け、間合いを生成する。

 

 

 

「今のは両手剣のソードスキル《アバランシュ》だな? と言うことはストレア、君はアインクラッドに居たんだな?」

 

「あちゃー、バレちゃったかぁ〜。うん、そうだよ。私もチナツたちと同じSAO……ひいては、アインクラッドの中に居たよ」

 

「でも、君の様な高レベルプレイヤーを俺は知らない。まぁ、俺は途中でボス戦には参加してなかったし、その間なら、俺が知らないのも無理はないが……。

でも、ボス攻略をしていたキリトさんやアスナさんからも、君の話は聞いていない。それに君なら、間違いなく血盟騎士団が勧誘してたはずだ。だけど団員の中にもいなかったし、他の有力ギルドにも君の名前はなかった。

一体君は何者なんだ……? 俺の事もそうだが、どうしてキリトさんやアスナさんのことを知っているんだ?」

 

「うーん……」

 

 

 

一旦考える様に両眼を閉じるが、すぐに両眼を見開き、さらには優しく微笑んできた。

 

 

「私はずっと見てきたよ……。チナツの事も、キリトやアスナ、カタナのことも……ううん、全プレイヤーの生活を」

 

「全、プレイヤー……?」

 

「そう、一万人すべての生活をモニタリングしてた。ユイと一緒に……ね」

 

「っ! 待て、それじゃあ、君はーーッ!?」

 

 

 

 

一夏の言葉に、ストレアは構えを解き、右手で握った両手剣をだらりと下げ、左手をその豊満な胸に当てる。

 

 

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム……MHCP02。コードネーム『ストレア』

それが私の正体だよ、チナツ」

 

「ユイちゃんと、同じ……AIか」

 

「うん……流石に一万人のカウンセリングをするのは、ユイ一人じゃ無理があるからね。

ユイは子供タイプのAIだけど、私のお姉ちゃんなんだよ?」

 

 

 

システム的にはそうなる。

ユイが試作1号なら、ストレアが2号になる。ならば、外見が逆でも、ストレアはユイの妹という事になる。

 

 

 

「じゃあ君は? ユイはあくまで、できるのはプレイヤーのサポートくらいだ。

けど君のは違う。俺たちと同じ様に、ソードスキルを発動させて、前線で戦えるほどの強さを有しているじゃないか」

 

「私はそういうタイプなんだよ。私は戦闘にも参加できる様に、独自の判断で戦闘行為ができる。

私が両手剣なのも、パーティを組みやすい様に設計されてるんだと思う」

 

 

 

両手剣使いが担うのは、主にアタッカーか、前衛盾役だ。

その破壊力とは裏腹に、取り回しがし辛いのが両手剣の特徴。故に、両手剣使いのソロプレイヤーはあまりいない。

両手剣の利点は、パーティ戦で発揮されるものだ。

 

 

 

「そうか……そう言う事だったんだな。ようやく納得がいった。でも、どうして君はここにいるんだ?

ユイちゃんはキリトさんのナーヴギアに転送されたされたって聞いたが……でも、君は本来ーー」

 

 

 

あの世界と一緒に消えるはずだった……。

 

 

 

「うん……でも、どうしても消えたくなかった……。だって、チナツ達に会いたかったんだもん」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「うん、そうだよ。ユイがキリト達に会いたくなったのと一緒で、私はチナツ達に会いたかった……そして、チナツのナーヴギアに入り込んだ。結構大変だったんだけどね♪」

 

 

 

わざとらしく舌を出して片目を瞑るストレアだが、それがどれほど凄い事か、本人は気づいているのだろうか……。

与えられた役目を放棄するだけでも、プログラムとしては異常な事だ。しかし、それに付け加え、生き残った約六千人の中から、チナツの……現実世界での一夏のナーヴギアに進入し、ユイ同様にデータの保存をしたと言うのだから……。

 

 

 

「でも、そんな無茶をしたから、今まで話しかけられなかったんだけどね♪」

 

「なるほど、休眠期に入ってたのか」

 

「うん。流石に疲れたから……さぁ、もうネタばらしここまでだよ! さっきの続き、やろうか!」

 

「っ! そうだったな……!」

 

 

再びストレアが構える。

今度も八相の構え。だが、今度はその鋒が空を向いている。

その姿から、現実世界にも存在する剣術を、一夏は思い出した。

 

 

 

「その構えは……《示現流》!」

 

「そう! 薩摩……今の鹿児島県に位置するところで発展した剣術。『二の太刀要らずの示現流』と謳われてるものだよ♪

さぁ、第二回戦を、始めるよッ!!!!!」

 

「ッ!」

 

 

 

突進してくるストレア。

そこから繰り出される斬撃……《示現流》の剣速は、『雲耀』を超えると言われている。

そこにストレア自身のパワーと技量が加われば、それは今までいた使い手たちを凌駕する《示現流》を使える事に等しい

 

 

 

「はあああああッ!!!!!」

 

「おおおおおおッ!!!!!」

 

 

 

三度剣が交錯する。

幻想的な景色の中で、その剣戟だけが、その場に再び響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ、福音の位置は変わってないのよね?」

 

「ああ。衛星とリンクして、映像を確認したが……。二時間前と変わらない位置で駐留しているようだ。やはりやるのか? 鈴」

 

「当たり前でしょ。あたしはあのままじゃ終われないわ……落とし前はちゃんとつけないとね……ッ!」

 

 

 

 

日も落ち、あたりが夕闇に包まれている頃。

旅館の庭に集まっていた代表候補生たちは、今もなお戦闘海域で駐留している福音に対する再度の撃墜作戦に乗り出そうとしていた。

 

 

 

「で、でもさ鈴、確かに僕たちのISも稼働可能な分のエネルギーは補給出来たし、出撃するのはやぶさかじゃないけど……」

 

「けど何よ、シャルロット?」

 

「出撃しても、さっきと同じ戦い方じゃ、一夏の二の舞になっちゃうよ……!」

 

「そこはまぁ……簪が考えることでしょう?」

 

「か、簡単に言わないでよ……!?」

 

 

 

半ば感情論で言っている鈴。だが、そこにいるメンバーのほとんどが、その感情論で集まった。

一夏の受けた仕打ちを許せない……だからその仕返しをする。ただそれだけのためだ。

 

 

「でも私も、一夏の仇を取りたい……!」

 

「あ、あのぉ…簪さん? 一夏さんは死んでるわけではありませんわよ?」

 

「ううっ……そ、それはその、言葉のアヤで……と、とにかく! 私も、何とかしたいと思ってる……!」

 

 

 

 

今までの簪にはない、やる気に満ちた表情。

一夏が倒れた事……そして、その一夏の事で苦しんでいる姉の事が、簪にとってはどうしても許し難い事実だった。

だからこそ、姉のそんな顔を見たくない……ましてや、自分も一夏を怪我させた福音を許せない。

だったら、やることは一つだ。

 

 

 

「福音にリベンジする!」

 

「そう言うと思ったわ……っ!」

 

「面白そうだ……私も参戦しよう。師匠の仇を取るのも弟子の務めだ」

 

「だから一夏さんは死んでませんのよ? はぁー……わかりましたわ。わたくしも参加させていただきます」

 

「ええっ!? セシリアも?!」

 

「あら、シャルロットさんは参加しませんの? それは残念ですわぁ〜、シャルロットも一夏さんの事を思っていると思っていましたのに……ホントに残念ですわ」

 

「ちょっと待ってよ! 別に僕は参加しないなんて言ってないよ!」

 

「あら? でしたら……」

 

「ううっ……わかった! わかったよっ……僕も参加する!」

 

 

 

ここにいるメンバー……簪に始まり、鈴、ラウラ、セシリア、シャルの五人の意思は決まったようだ。

福音を倒す……もう同じ過ちを繰り返さないと……!

 

 

 

「やっぱりみんなも同じ事を考えてたかー」

 

「まぁ、そうじゃなきゃ面白くないしな」

 

 

旅館の廊下から陽気な声が聞こえる。

全員が振り向く。そこには制服姿で立っていた明日奈と、その隣でズボンのポケットに両手を突っ込んだ和人が立っていた。

 

 

 

「同じ……って事は……」

 

「和人と明日奈さんも?」

 

 

 

簪と鈴が聞き返す。そして聞かれた二人は当然と言った具合に首を縦に振る。

 

 

 

「当たり前よ。私たちだって、負けたらそれで終わりー……なんて考えてないんだから!」

 

「そうそう。こんな事で諦めてたら、アインクラッド攻略組の名が泣くってもんさ。

それに、俺としてはまだ暴れたりなかったしな…!」

 

 

 

二人の意思も決まっている様だ。

 

 

 

「そんじゃあ作戦参謀? 作戦の立案、お願いねぇー」

 

「もう、簡単に言わないで……。でも、それが私の役目だもんね。うん……考えとく。作戦が決まったら、みんなに連絡するね……」

 

「オッケー! じゃあ、今度こそあのふざけた天使を落とすわよ! いいわね!?」

 

『『『おおっ!!!!!』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……」

 

 

 

夕日が落ちた空。

あいにく空には薄く雲がかかっているためか、星の一つも見えない。

遥か彼方にいるであろう福音の存在が、今の箒の心を傷める原因だ。

呆然と立ち尽くし、潮風に吹かれるたびに、血の滲んだ両手が痛む……。結っていたリボンがなくなり、だらりと垂れた長い黒髪がふわりと浮く。

そんな中、箒は随分と考えさせられた。鈴から言われた事もそうだが、自分の心内を、何を望んでいるのかを……執拗に考えていたのだ。

 

 

 

(私は何の為に力を欲した? それは一夏と共に戦うために? いや、それならば他にやりようはあった……では何故、専用機を求めた?

一夏が専用機を持っていたから? いや……それも違うな……)

 

 

 

姉という偉大な姉妹を持って、その所為で色々と迷惑を掛けさせられたとは思っている。その所為で、一夏と離れ離れになってしまい、連絡すら取れず、挙げ句の果てには定期的に引越しを繰り返すというふざけた事までさせられた。

だから、そんな中で、自分と世界との間に不快感を持ってしまった。

自分の望んだことができず、望まないものを強制される……そんなふざけた事をさせた大人たちが、姉が、大嫌いだった。

唯一続けた剣道だって、その思いを注ぎ込んで打ち込んだ。相手の選手が、自分の敵だと……あの大人たちの様な、自分の邪魔をする敵だと……自分でも知らない内に、そう思い込んでいた。

 

 

 

ーーーーあなたの剣は剣道じゃない!!!!

 

 

 

全くもってその通りだ。

剣道とは剣の道……武の道を歩き、義を持って礼を重んじるための道だ。

そこから外れた剣は、術理の中でしか生きられない、剣術と呼ばれるもの。それすらも外れてしまっては、ただの『外道』。

自分はまだ、剣の道から外れただけだ……だが、福音との戦いの時、その剣術の術理すらも外れてしまおうとしていたんだ。

それを止めたのが、他の誰でもない……一夏だ。

 

 

 

ーーーー箒、お前は俺の様にはなるな。

 

 

 

修羅の如く戦い抜いた一夏には、それがわかっていたのだ。

何を持ってして、力を振るうのか……その剣は、一体何のために学んだものだ……

 

 

 

 

ーーーー箒、剣は凶器だ。そして、それ扱う剣術は殺人術。どれだけ綺麗に言い繕っても、それは変わらない。

 

ーーーーお父さん……なら、何の為に剣術ってあるのですか?

 

ーーーー守るためだ。

 

ーーーー守るため?

 

ーーーーそうだ。少なくとも、私はそう信じている。理由のない力など、ただの暴力……それでは、野獣と変わらん。

だが、人には、想いの力というものがある。誰かを……何かを守るために、その力を必要とするものだ。

 

ーーーー想いの力……。

 

ーーーー箒、剣術は己の魂が宿る。その魂を使い、どの様にして相手に知り、自分を知るか……それが武の道を歩く者の所作だ。

 

 

 

 

 

 

父から言われた事……あの時はわからなかった。

だが、今になって、少しわかってきた気がした。一夏の剣を見たとき、美しいと感じたのは、それが、一夏の信念の塊だからだ。

守るために戦う……簡単に言うが、とても難しい事だ。だがそれでも、一夏ならばそれができると、そう信じてしまう自分がいる。

それは一夏の魂が、噓偽りなくそう言っているからだろう。

 

 

 

「ならば、私が求めた力とは……」

 

 

 

そんな一夏の姿を、もっと近くで見たい……。一夏と一緒に、その信念を信じていたい。

ただそれだけだ。

 

 

 

「そうか……私は、その為に……!」

 

 

 

ようやく見つけた様な気がした。

自分の信念を……振るうべき力の意味を。

 

 

 

 

「あら、箒ちゃん」

 

「っ!? た、楯無さん!?」

 

 

 

音もなく、いつの間にか近くにいた刀奈の存在に驚愕し、心臓が飛び跳ねる様な思いをした箒。

刀奈に至っては、悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべている。

こう言う人は、正直苦手だ。だが、どうしても刀奈を嫌う事が出来ない。それは、この人のそういうカリスマ的なものなのだろう。

 

 

 

「こんな所で何をしてるの? みんなはやる気満々みたいだけど?」

 

「ええ……そうですね。さっきの鈴を見ていたら、何となく、察しはつきました」

 

「それで、答えは出た?」

 

「え?」

 

 

 

一瞬なんの事なのかわからなかった。

だが、刀奈の視線が、今の自分の両手を見ている事に気づいて、ようやく納得した。

 

 

「まだ、正確な答えはわかりません。自分でも、これが合っているのかどうか……」

 

「そう……でも、それでいいんじゃないかしら」

 

「え?」

 

「チナツは今でも迷ってる……何が正しいのか……迷いながら戦ってる」

 

「えっ?! 迷っている!?」

 

「ええ。あの人は迷いだらけ……でも、それでも後悔しない様に、自分の信念を貫いて戦っている。

覚悟を決めた時のチナツは、たぶん、私なんかよりもずっと強いわよ?」

 

「そう……なんですか……」

 

「それで、箒ちゃんは決まったの?」

 

「私は…………」

 

 

 

全く笑っていない……。

その眼が、表情が……一人の生徒としてではなく、一人の軍人、あるいは武人の様な人達と同じ様な雰囲気を醸し出していた。

真剣に、聞いているのだ。箒の答えを……。

 

 

 

「楯無さん」

 

「何?」

 

 

 

箒は一旦言葉を止め、深く息を吸った。

 

 

 

「私は、今でも一夏の事が好きです!」

 

 

 

言った。今の……今までの自分の気持ちを。一夏が愛している人に、一夏を愛している人に向かって。

 

 

 

「昔からあいつといて、共に剣道に勤しみ、共に強くなっていく事が、私は嬉しかった。

姉さんがISを作って、離れ離れになった時は、とても苦しかった……でも、また会えた時に、あなたの事を紹介された時は、もっと苦しかった……悔しかった……!」

 

「そうよね……あなたにとって、私はチナツを……一夏を奪った様なものなんですものね」

 

「はい……でも、あいつが戦っているのを見た時、自然とそれを認めていた自分もいました。

今の私では、到底辿り着けない場所に、あなたと一夏はいる。だから、私もそこに行きたいと思って、力を求めた」

 

「でも、その力は危険よ? それは、あなたももう知ってるでしょう?」

 

 

 

 

一夏の昔の話を聞き、つい先ほど福音との戦いで知り、鈴には怒鳴られた。

そしてそれが間違いだと、一夏が教えてくれた。

 

 

 

 

「だから、ただ力を求めるのをやめます。いや、今やっと見つけました……私にとっての力が、一体何なのかを……」

 

「へぇ〜」

 

「私は、一夏を守りたい……! あいつと同じ景色を見て、同じ空を飛ぶ。その為に、私はあいつを守りたい! 私の剣は、守る為にあるのだと……ッ!」

 

「っ!」

 

 

 

 

そうだ……初めからわかっていた……。

篠ノ之流の剣は、人を守り活かす『活人剣』。その術理は人を斬るものではなく、人を活かすため……守るための剣なのだ。

 

 

 

「そう……なら、もう大丈夫そうね」

 

「はい。これなら、私も戦えますよね……っ!」

 

「ええ、もちろん……でも、それはそうと……」

 

「へ?」

 

 

 

刀奈が箒の首に腕を回し、自分の額を箒の額にぴったりとくっつける。

 

 

 

「私に直接喧嘩を売ってくるとはねぇ〜」

 

「あっ、いや、そういうつもりは……っ!」

 

「いいのいいの。久しぶりにこんな気持ちを味わったわ……。箒ちゃん?」

 

「は、はい!?」

 

「チナツが……一夏が欲しい?」

 

「は?! な、何を!」

 

「でも残念。一夏はあげない……絶対にね。だってあの人の心は、私が完全に掌握してるから……。欲しかったら、私から奪うくらいの根性で来るといいわ。

まぁ、そっちがその気なら、私も全力で応戦してあ・げ・る♪」

 

「あ、ははは……」

 

 

 

まるで挑発している様に箒に問いかける刀奈だが、その目は全く笑っていない。

奪うくらい……とは言ったが、それはおそらく力づくで……と言う意味だろう。まぁ、まず学園最強の力をもつ刀奈相手に力づくというのが無茶な話なのだが。

 

 

 

「いつでもかかってらっしゃい♪」

 

「は、はぁ……考えておきます……」

 

「うふふ♪」

 

 

 

心の中で、早まった事をしてしまったと後悔する箒だった。

その後、二人は共に旅館へと戻った。

二人を除くメンバーが、福音へのリベンジを考えている中、まず初めにやったのは、箒の手の治療だ。

正直感覚が戻り始めて、両手が痺れ始めていたのだ。

そしてその後で、二人は中庭に集まった。

 

 

 

「それで? ちゃんと戦う覚悟は決まったんでしょうね?」

 

 

 

鈴がジッと睨みつける様にして箒を見る。

だが、箒はその睨みに臆する事なく、その視線を真正面から受けてたった。

 

 

「ああ、もちろんだとも……。たとえ無茶であろうが、今回ばかりは私も引けん……。福音は、私の手で倒すーーーーッ!」

 

「ふぅーん……言う様になったじゃない。まぁ、それくらいの気概がないと、背中なんて預けられないしねぇ。

いいわ、箒。あんたの覚悟、しっかり見させてもらうわよ……ッ!」

 

「いいだろう……刮目して見ているがいい!」

 

 

 

右手の拳を突き出す鈴に、箒も合わせる。

そして、視線を簪に移し、作戦内容を聞く。

 

 

 

「作戦は、さっきとほとんど変わらない。福音を包囲してからの集中攻撃。今度の福音は、現行のIS全てを凌駕するほどのものと思ってくれていいと思う。

だから今回は、接近戦仕様と遠距離戦仕様の機体でツーマンセルの陣形を整える……ていうのでどうかな?」

 

「それで大丈夫ですの?」

「さっきの作戦は、自分たちの役割を全うし過ぎた……。だから、今度はみんな、全力で攻撃に転じる。躊躇なく、遠慮なく、福音を攻撃して欲しい。

その攻撃のタイミングは、私が指示する……遠近両方……やれるだけの手は、全部使う!」

 

 

 

 

簪がここまで言い切ったのだ。

もはや疑念を持つ事もないだろう……。頼もしい限りと思いながら、和人が締めくくった。

 

 

 

「よし! みんな覚悟は決まったみたいだな。これで最後の戦いにしよう……ラストバトル、全開でぶっ放そうぜッ!!!!!」

 

『『『おおおおおッ!!!!!』』』

 

 

 

 

 

 

 






次回はいよいよ白式第二形態登場!
そして福音戦の決着。と言ったところでしょうか……。

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第43話 試練



ようやく更新できる……フゥ〜、疲れた( ̄▽ ̄)





『みんな、準備はいいですか?』

 

 

 

通信で簪の声が聞こえる。

冷静な声色ではあるが、その中に鬼気迫るような緊迫感を感じる。

 

 

 

「いつでもいいわ……さぁ、始めましょうかーーーーッ‼︎」

 

 

 

刀奈の声に、全員の身が引き締まる様な感覚を覚えた。

静かに、だがその心情はかなり燃え滾っている様だった……。そんな心の内に秘めた烈火の様な炎が、他のメンバーにも伝染したのだ。

その手に握る武器……剣、槍、銃、拳……それらを握る手に、自然と力が入る。

 

 

 

「ツーマンセル……鶴翼の陣で福音を攻める!」

 

『『『了解!!!!』』』

 

 

 

 

前衛が刀奈、和人、明日奈、箒の四人。司令塔に簪。後衛で前衛四人をサポートするのが、セシリア、鈴、シャル、ラウラの四人だ。

 

 

 

「セシリア、ラウラ! 砲狙撃開始‼︎」

 

 

簪の指示が飛び、セシリア、ラウラ両名は左右に展開し、ラウラは《パンツァー・カノニーア》を展開。小島に着陸し、砲撃態勢に入る。

セシリアはスラスターを全開。超高速化での移動をしながら、超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クラリアンス》の視界がとらえた福音に、照準を合わせる。

 

 

 

「撃ってえぇぇぇぇッ!!!!!」

 

「もらいましたわッ!!!!!」

 

 

 

二門のレールキャノンと、全長3メートルもあるロングライフルからの一斉砲火。

その場で停滞し、静かに佇んでいた福音に着弾し、大爆破を起こした。

黒い爆煙が立ち込め、福音の姿を見失う。

だが、そう思った数秒後……突如爆煙が吹き払われる。

爆煙を払った突風の中心には、件のIS。『シルバリオ・ゴスペル』の姿があった。

 

 

 

 

「うっひゃ〜……また変身してない?」

 

「うん……さっきよりも装甲やエネルギー翼の形が違ってる」

 

 

前衛四人をサポートする後衛として、鈴とシャルは福音を直に見たわけだが、その姿は異様に思えた。

砕けた装甲は新たに新調された甲冑になり、鋭く尖った指先、第二形態になった時に増えたエネルギー翼は、8枚から10枚に増え……何と言っても驚愕なのが、福音の頭上に出現した光の輪。

純白の……神々しい光に見えるが、その光には、どこか禍々しく思う様な色が見て取れた。

 

 

 

「行きましょう……ミッション《フォーリン・エンジェル》!!!!」

 

 

 

天使を墜とす。

ただそれだけの為に全力を尽くす。持てる手段を全部用いて、ありとあらゆる可能性に対処し、これを看破する。

 

 

「キリト!」

 

「ああ!」

 

 

刀奈の声に反応し、突発的に飛び出す。

二刀流と二槍流……双剣二槍が天使に迫る。

 

 

「箒ちゃん、私たちも!」

 

「はい!」

 

 

その後方からは、紅と白の剣士が迫り来る。

両手に握りしめた二刀と、右手にその輝きを知らしめす美しい細剣。

強くしなやかで美しい刀と剣が、トップスピードに乗って攻め向かう。

 

 

 

「セエエエエッ!!!」

 

 

 

《アニール・ブレード》と《クイーンズナイト・ソード》を両手に、果敢に攻め立てる和人。

両手の剣から放たれる怒涛の剣戟を、福音に浴びせる。だが、その剣戟を阻む物が現れた。

両手をクロスさせ、和人の剣戟を受け止め様とする両腕の装甲に、双剣が傷を刻み付けようとしたところで、突如エネルギー体の壁が出現。

双剣の鋒とエネルギー防御壁とがぶつかり合い、その度に火花が弾け飛ぶ。

 

 

 

「くっ! また新装備か……!」

 

「スイッチ!」

 

 

 

ことごとく剣戟を弾かれ、苦戦している和人に変わり、言葉が発せられた直後、赤い残光が閃く。

容赦なく、躊躇なく放たれた槍は、月の光に照らされており、美しくもより禍々しい姿を見せていた。槍の穂先は、寸分違わず福音の顔面を突こうとしているが、これも防御壁が受け止めてしまう。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 

だが、刀奈も突くだけでは芸がないと思ってか、即座に攻撃を切り替える。槍の真骨頂は突き技ではあるが、そのほかにも色々とできる。

 

 

 

「だああッ!」

 

「ッ!?」

 

 

 

今度は体全体を動かして、左の《煌焔》右側へと振り抜く。穂先は防御壁に防がれるも、“突き” とは違う “斬る” と言う攻撃。

さらに……

 

 

「やあッ!」

 

 

振り抜いた《煌焔》の勢いを利用し、今度は体を時計回りに回転させ、そのままの勢いで右の《龍牙》の石突で福音の腹部を叩く。

咄嗟の機転に福音の防御壁展開が間に合わなかったのか、そのまま両腕の装甲で受け止めた。

槍の使い方には三つある。“突く”、“斬る”、“叩く” だ。

しかも刀奈の場合は、それを左右の槍二本でできる為、左右それぞれの槍で3パターンの攻撃を両手でするため、それを左右別々、または同時に攻撃する事で、いろんなパターンでの攻撃を可能とする。

 

 

 

「キィアアアッ!!!!」

 

 

 

福音が《龍牙》を弾き返す。

そして翼を動かし、エネルギー体である翼は形を変える。

あらゆる物を両断しそうな、エネルギー刃へと変化し、一斉に襲いかかる。

 

 

「くっ! とうとう “ビックリ装備” になっちゃったってわけか!」

 

 

エネルギー体を自在に操る事で、攻撃・防御・機動の全てを可能にしている。

これは第四世代型ISのコンセプトと類似していると同時に、福音の装備として初めから存在していた《銀の鐘》の形態変化は、第三世代型ISのコンセプトである『イメージインターフェイズ』である事を指しているのではないか……。

機体性能そのものが第四世代型の物……基本的な戦闘システムの基盤は第三世代型の物といった具合だろうか。

 

 

 

「でもお生憎様……そんな攻撃じゃあ、私の “結界” だって破れはしないわよ!」

 

 

 

迫り来るエネルギー刃。

だが、これが刀奈に当たることはない。何故なら、その刃を防いでいる物が現れたからだ。

 

 

 

「あなたに『エネルギー防御壁』がある様に、私には『アクア・ヴェール』があるのよ……!」

 

 

 

『ミステリアス・レイディ』の武装《アクア・クリスタル》のナノマシンによって生成された水は、アサルトライフルの弾丸や爆発すらも防ぐ。

ならば、刃とて簡単に防ぐことは可能だ。

だが、なんとも分が悪い。刀奈は二本の槍と体術でなんとか捌いているが、福音はエネルギーを収束させて作った刃を10本に、そこから体術を取り入れている。

 

 

 

「ちっ……そう簡単には落ちないか……!」

 

 

 

迫り来る刃を、二槍と水の障壁で弾き返すも、徐々に刀奈の手数が減ってきている。

 

 

「楯無さん!」

 

「っ!?」

 

 

 

刀奈と福音が斬り合ってる中、その背後を紅い閃光が走る。

鋭く閃いた斬撃が、福音の翼に直撃。

激しい火花とエネルギーが四散する。紅椿の刀《雨月》と、エネルギー刃の刃が、ギリギリッと音を鳴らし、激しい鍔迫り合いをしていた。

 

 

「箒ちゃん!」

 

「私とて、こいつには返さなくてはいけない物がありますから‼︎」

 

 

 

長く艶やかな黒髪は、いつものポニーテールではなくストレート。

その髪が、海風に吹かれてなびく。

その光景が、一時の静寂に包まれていたのなら、幻想的とも言える様な光景だったのだろうが、実際には刀を握り、片方は光の刃を振りかざす……殺伐としたバトルフィールド。

 

 

 

「貴様が一夏にした仕打ちは、私が返す!」

 

 

止められた《雨月》を引き、福音になおも接近して、左の《空裂》を突き出す。

これは福音の刃に阻まれ、逆に福音の拳が飛んでくる。箒はそれを《雨月》で受け流すと、今度は体を左回転させ、福音の側面に回り、回転の勢いそのままに、再び斬り込む。

 

 

 

「でえやあああッ!」

 

 

 

体を回転させながら、《雨月》《空裂》の両刀で斬りつける。

福音もこれに対応し、刃4本で体を防御。

即座に空いた残りの6本の刃で反撃するが、箒は咄嗟に後方へと飛び退く。そしてその背後には、刀身が水色に輝く細剣を手にした明日奈の姿が……。

 

 

「せぇやあああ!!!!」

 

 

下から上へと伸びる様に放たれる刺突。

細剣のソードスキル《シューティング・スター》だ。

重ねてガードしていた福音の刃に直撃し、その勢いで福音を後方へと弾き出した。

だが、それで追撃を止めるほど、今の箒たちは優しくない。

 

 

「おおおおッ!!!!」

 

 

上空から双剣を振り下ろす和人……右側から回り込む様にして蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を振るう刀奈、左から斬り込む箒。

二刀流スキル《ゲイルスライサー》が刃2本と弾き合い、《ラスティー・ネイル》が福音の左脚に巻きつき、その動きを一時的に封じる。

箒の両刀もまた、福音の刃と装甲によってせめぎ合っている状態だ。

 

 

 

「ギャアアアァアアアッ!!!!!」

 

「「「ッ!!!?」」」

 

 

 

絶叫とともに、福音の体から光が溢れ出る。

それは衝撃波となり、接近していた和人、箒、刀奈を吹き飛ばす。

福音に一撃入れようと接近していた明日奈も、突然の事に驚き、接近するのを躊躇った。

その隙を知るや否や、福音の翼からエネルギーが再び溢れ、収束する。

 

 

 

「まずい! 砲撃よ!」

 

 

 

刀奈が叫んだが、遅かった。

収束したエネルギーは、大きな粒子砲と遜色ないレベルで発射され、まずは四人……接近していた刀奈、和人、箒、明日奈に向けて放たれた。

 

 

 

「「させない‼︎」」

 

「やらせるか!」

 

 

 

だが、和人、明日奈、箒の前に、それぞれシャル、簪、ラウラが出る。

シャルと簪は防御壁を展開し、ラウラはAICを発動。

福音の砲撃から、三人を守った。

刀奈は自前の障壁を張っていたため、ほぼ無傷だ。

 

 

 

「落とさせない!」

 

「この程度じゃ落ちないよ!」

 

「いけ! 鈴、セシリア!」

 

 

 

ラウラが叫んだその先には、ロングライフルで正確無比な狙撃を繰り出すセシリアと、機能増幅型パッケージ《崩山》により、不可視の砲弾から灼熱の炎弾を放てるようになった鈴が、福音を追い詰める。

 

 

 

「逃がしませんわ!」

 

「とっとと落ちろぉっ!」

 

 

 

逃げ場を塞ぐ様にして、鈴の炎弾が雨の様に降り、常に体の装甲だけを狙い続けるセシリアの狙撃。

福音も、こればかりは防ぐしか手がなかった様だ。

だが、その一瞬の間……炎弾とレーザー光が錯綜する合間を縫って、福音は狙撃手たるセシリアの元へと急速に肉薄してみせる。

 

 

「くっ!?」

 

 

 

ブルー・ティアーズにも近接格闘用の装備はあるが、それでも心許ない。セシリア自身、ALOにより短剣スキルを多少は上げている為、近接格闘が全く出来ないとは言わないが、暴走し、近接格闘に特化したSAO生還者たちを一蹴する相手には、正直なところ敵うはずがない。

どうにかして距離を取ろうにも、相手は超音速で飛行する機体。目の前まで接近されたのなら、最早逃げ切れない。

そしてその手が拳が握られ、高速の拳打が放たれる。

 

 

 

「させるか!」

 

 

 

ギンッ という鋼が弾かれる音。

目の前には展開装甲を発動させた紅椿の姿があった。

 

 

 

「箒さん!」

 

「セシリア、今の内に下がれ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

紅いエネルギーの羽が出現し、福音と同じ超音速飛行が可能になった紅椿。

これで、速度の面では福音が上回ることはなくなった。

 

 

 

「逃がすか。今度こそ、貴様を討つ‼︎」

 

 

 

箒の気迫が、福音にも届いたのか……紅と銀の機影が同時に動き出す。

エネルギー刃と、紅椿のブレードビットが放たれ、衝突。その後、超接近戦に持ち込み、手に持つ刀の刃と鋼の拳が打ち付けられる。

波紋の様に広がる力の波動……二機が激突した空中からは、とてつもない衝撃と光が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「てえやあああっ!!!!」

 

「はあああああっ!!!!」

 

 

 

 

夕焼け色に染まる水平線。

そこを駆け抜ける二人の剣士と侍。

片や純白の日本刀を振りかざし、片や美しくも鋭利な雰囲気漂う両手剣を振るう。

鋼と鋼がぶつかり合うたびに、激しい音と、大量の火花を散らす。

その衝撃によって、水面が震え、幾度となく波紋を広げる。

 

 

 

「やあっ!」

 

「くっ、ふんっ!」

 

「うわあっ!?」

 

「せやあっ!」

 

 

力と速さで一夏を追随するストレア。

その力を流し、弾く一夏。

互いに一歩も譲らない。その戦闘が、一体どれくらい続いたのかはわからないが、今の今までに相当斬り結んでいる。

その証拠に、一夏とストレア、両方共に肩で息をしている。

だが驚くべき事に、先ほどの剣戟の最中でも、ストレアは一撃たりとも一夏の攻撃を受けていないのだ。

僅かに来ている衣服を斬り裂いたくらいだが、それでも、一夏からすれば、ここまで自分の剣戟に付き合える人物がいた事に、少なからず驚いてもいるし、感動すらしている。

 

 

 

「はぁ……はぁ……凄いな、今まで何度となく勝てると確信した斬撃はあったってのに、まだ捉えられないか……」

 

「はぁ……それは、私も成長してるからだよ」

 

「成長?」

 

「うん……言ったでしょ? 私もユイと同じAIだって。ユイも私も、初めは何も知らないプログラムだった……けど、ユイはキリトとアスナ……私はチナツとカタナの事を見て、色々と学習していたの。

そしてユイは電子系統……主にプログラムに対してアクセスする権限に特化して、私は戦闘に特化したMHCP。私はチナツと斬り合うたびに、チナツの動きを学習してる……つまり!」

 

 

 

 

ストレアは両手剣の鋒を一夏に向けて言った。

 

 

 

「時間をかければかけるほど、私はより実践的な剣術を学ぶ……それだけチナツの不利になるってことだよ!」

 

 

 

自信満々な笑みを浮かべながら、ストレアは一夏に宣言する。

だが、その剣を向けられている一夏は、心のどこかに違和感を感じていた。

自信満々なストレアの笑みの中には、どこか、何かを労わっている様な……そんな感じがしたのだ。

 

 

 

(それに、あれだけのパワーとスペックがあるのに、どうして俺を倒し切らないんだ?)

 

 

 

それが一番気になっていた事だ。

一夏に勝り始めた気合と力。そして、システム外の力である《示現流》を完璧にトレースしている今のストレアは、簡単に一夏を倒し切れるはずだ。

だが、一向にその気配がない。

手を抜いているわけじゃないし、一夏が特別な力を披露しているわけでもない。

しかし、一夏の攻撃を容易く躱し、弾いて、一夏に渾身の一撃を見舞える機会は、何度かあった。ストレアは、一夏を倒し切るチャンスがあったにもかかわらず、それを見逃したのだ。

 

 

 

「どうして、俺を倒そうとしないんだ?」

 

「え? どういう意味?」

 

「ストレア自身の事だ。確かに、ストレアは俺に、「力を証明しろ」って言ったけど……でも、本当にそれだけか?」

 

「…………」

 

 

 

 

不思議に思っていたこと。

確かにストレアと、白い騎士は一夏に言った。“力を欲するのならば、その資格があるか証明してみせろ” と。

ならば、ストレアの戦い方にも納得がいく……だが、手っ取り早くその力を見るならば、一夏を追い込む様にして徹底的に叩く方が早いはずだ。

だが、開始早々ストレアはそんな素振りを見せなかった。

充分に仕留められるくらいの力量くらいは持ち合わせていたというのに……。

問いかけた先いるストレアの表情は、微笑んではいるが、どこか暗い。

少し俯いたその顔は、前髪や影によって表情を隠す。

 

 

 

「……チナツはさ、どうして戦うの?」

 

「…………どうして、か……。そうだな……」

 

 

 

一夏自身が戦う理由……。

それは決まっている。昔から思っていたことだ……自分の力で、助けられる人たちがいるのなら……出来うる限り助けてあげたい。

だが、その結果として、一夏は地獄を見た。

自分の誤りを知り、その身に罪の十字架を背負った。

それからは、罪をすすぐために各階層をめぐる旅に出た。

そして、一夏は運命を変える出会いをしたのだ。

再び、自分に戦う意志を……理由をくれた人と出会った。

 

 

 

「昔から何も変わっていないよ……この戦いを始める前にも言ったが……俺は、大切な物を守りたいから……戦うんだ」

 

「そのせいで、チナツは地獄を見てきたんでしょう? なのに、なんでまたその場に踏みいろうとするの?」

 

「…………」

 

「チナツだって、傷つきたくはないでしょう?」

 

「そうだな」

 

「なら、なんで戦い続けるの? チナツだって苦しかった筈……辛かった筈……チナツの今までの生き方知っている人なら、ここでチナツが戦いを止めたところで、責める人はいないよ?」

 

「そうかも知れない、けど……やっぱり無理だ」

 

「なんで?」

 

「何度も言わせるなよ……俺は、大切な物を守るために戦う。それが人だろうと、信念だろうと、場所だろうと……な」

 

「…………そっか。でも、私は嫌だな」

 

「ストレア……」

 

「ごめんね、チナツ。今まで抑えたけど……やっぱりダメだ」

 

 

 

ぶらりと下げていた両手剣。

だが、それ一振り……左から右へと振り払う。

その瞬間、途轍もない衝撃波が起こった。

 

 

「っ!? これは……っ!」

 

「ここからは、チナツを本気で倒しにいくよ……ッ!」

 

 

どうやら、今がトップギアに入った様だ。

今までにないくらい真剣で、鋭い眼差しを見せるストレアに、一夏は一瞬飲まれてしまった。

 

 

 

「この気迫……っ、闘気? いや、殺気か!」

 

「殺気くらい出さないと、チナツには勝てないでしょう? ほら、何ボサってしてるの、チナツ。

早く構えて……今から私は、チナツを斬り刻むんだから……ッ!!」

 

「…………生憎だが、俺はストレアを斬るつもりはないよ」

 

「どうして?」

 

「俺は、無意味な殺生はしないと決めたんだ。『不殺の誓い』……とても言ってくれ。だから、俺は君を斬らないよ」

 

「そっか……優しいね、チナツは……でもね? 今はそんなこと言ってられるかも知れないけど、後になって後悔しないでね?

やると言ったからにはーーーー」

 

 

 

ストレアが構えた。

 

 

 

 

「ーーーー本気で獲りに行くからねッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

爆発的なスピードで、一気に一夏との間にあった距離を縮めたストレア。

右から左へと放たれた左薙の一閃。

先ほどまでの斬撃が、子供のお遊びと思える様なスピードで、一夏の胴体を斬り裂こうとする。

 

 

「ぐっ?!!」

 

 

咄嗟に刀を間に入れ、斬撃そのものを防ぐことはできたが、それでも、その両手剣から伝わってくる重さとも言える衝撃が、一夏の体を痺れさせる。

 

 

(なんーーッ!?)

 

「でええやあああッ!!!!!」

 

「ぐっ!!?」

 

 

 

振り抜かれた一閃。

一夏の体は、まるで豪打者によって打たれた野球ボールの様に、空高く弾かれた。

途轍もない衝撃ーー剣による物と、吹き飛ばされたことで発生したGによる圧力が、再び一夏に襲いかかる。

だが、そんな一夏の事情などお構い無しに、いつの間にか一夏の上を脅威的な脚力で飛翔しているストレアを、一夏は驚愕の眼差しで見ていた。

 

 

 

「えええぇぇいッ!!!!」

 

「があッ!?」

 

 

 

思いっきり上段に構えていた両手剣を、容赦無しに一夏に対して振り抜く。当然、一夏は《雪華楼》で防ぐことしかできないため、防御の姿勢をとるが、あっけなく地面に向かって再び弾き飛ばされた。

 

 

 

「くっ……!」

 

「まだまだッ!」

 

「ちっ!」

 

 

 

巨大な水柱が上がり、一夏が墜落した地点は、小さなクレーターができた。その中心で倒れていた一夏は、体に伝わる痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がろうとしたが、ストレアからの追撃がそれを邪魔する。

咄嗟に右に飛び、ストレアからの斬撃を躱したが、すぐにまた距離を詰められ、今度は左から右へと一閃。

今度は一夏も逃げず、一歩脚をストレアの方に踏み込み、ストレアの斬撃を真正面から受け合う。

 

 

 

「ぐぅっ!」

 

「ふぅっ!」

 

 

互いに両腕に力を込め、相手を押し返そうという腹づもりなのか……。

鍔迫り合いとなり、互いに一歩も引かない。

 

 

 

「なんだよ……えらくパワーが段違いじゃないか……ッ!」

 

「当然だよ。このままチナツが勝っちゃったら、チナツはまた戦いに行くんでしょう!?」

 

「ああ。仲間が戦おうとしてる……戦っているんだ。なのに、俺だけ寝てるわけにはいかないだろ!」

 

「どうして!? チナツ一人が加わったからって、絶対に勝てるって保証はないんだよ? それに怪我してるくせに、戦場に出て、また大怪我をするつもり!?」

 

「そうならない様に戦うだけさ! だけど、なんでそんな事をストレアに言われなきゃいけないんだよ!? 戦うのは俺なんだ、ストレアが心配することじゃないだろう!」

 

「ッ!」

 

 

 

一夏の言葉に、ストレアがキレた。

 

 

 

「どうしてチナツが戦う必要があるの! 他のみんなだって、今必死に戦ってるじゃない‼︎」

 

「ああそうだ。だけど、それじゃあ俺の気が収まらないだよ! 俺だけ安全なところにいて、仲間が死ぬかも知れない戦いを、黙って見てろっていうのか?!」

 

「チナツが戦う必要はないじゃん! 怪我までしてるのに、そんな体で戦って何になるの!」

 

 

 

 

自由奔放で、無邪気な性格をしているというのが、一夏が抱いたストレアの印象。

だが今の彼女は、どこか昔の刀奈に似ていると思った。

どうしてそこまで一夏が力を得ることを拒むのか……その言葉の端々に見える感情……剣から伝わってくる、何とも言えない感性……この感情は一体、何なのだろう。

 

 

 

「私は嫌だよ! チナツが傷つくところなんて、もう見たくないしさせたくない!」

 

「っ!?」

 

「あんな事があって、やっとみんなで楽しくできるっていうのに……まだ戦おうとしている……私には、理解できないよ……!」

 

 

 

その言葉には、はっきりとわかるくらいに、悲しみという感情が含まれていた。

そう、ストレアは知っているのだ……一夏が味わった地獄を……。

そのために、一夏がどの様な生活をしていたのかを……。あの時は、刀奈という鞘がいた。

一夏という一振りの妖刀を納める鞘がいたが、今はその鞘もいない。

なんせ一種の仮想世界の中に、一夏とストレアの二人しかいないのだから。

だからこそ、ストレアはそんな一夏を、戦場に行かせたくないのかもしれない。

もとより、戦って欲しくないのかもしれない……。

 

 

 

「ストレア……」

 

「わかってよ……私にはわからないんだから、チナツが私の、私たちの気持ちをわかってよ……ッ!」

 

 

 

AIとしては、まだまだデータの少ないストレアやユイ。その一番の情報源は、一緒にいる者たちの感情や仕草。

だから、ストレアには一夏の感情を、まだ詳しく知ることはできない。だが、どうしてか、一夏が戦いに向かうのだけは避けたい。

一夏が怪我をするところを見たくない。

一夏が倒れるところを見たくない。

一夏が絶望するところを見たくない。

そんな感情だけが、ストレアの心を埋め尽くしていた。

初めに好戦的な戦いをしていたのは、無意識にこの場に一夏を止めようとしていたからなのかもしれない。

でも、一夏はそれを見破った。なぜ自分を倒し切らないのか……時間を稼いでいる様にしか思えないと思ったのだろう。

だから今度は、一夏に対して立ち上がれないほどの力を見せつけて、戦いに行かせない様に、ここで留まってもらおうとしたわけだ。

その感情に、一夏はようやく気付いた。

 

 

 

 

「ありがとう……でも、それじゃあダメなんだよ、ストレア。それは俺の意思じゃない。

たとえそれが俺の為でも、俺の為に、誰かが犠牲になるのを、俺が見たくないんだ」

 

「…………」

 

「だから悪い。俺の思いは変わらないよ、ストレア。そして力を得る。再び、戦える力を……!」

 

「そっか……じゃあ、私も遠慮はしないね」

 

 

 

ストレアの頬を伝う雫が、水面に落ちて波紋を広げる。

それと同時に、ストレアは正眼に両手剣を構えた。これを見て、一夏もまた、《雪華楼》を正眼に構える。

 

 

 

「チナツは私を倒して、力を得る。そして私は、チナツが力を得るのを拒んでいる。

なら、わかってるのね?」

 

「ああ……。互いに譲れないっていうなら、相手をへし折ってでも、前に進むしかない……相手を倒して、自分の心を示すしかないって事だ……ッ!」

 

 

 

二人の気迫が増大し、空中でその気迫がぶつかり合う。

何もない空間から、突風に似た何かが弾け、水面を少しばかり揺らがせた。

 

 

 

「いざ……!」

 

「……尋常に、勝負‼︎」

 

 

 

ゆっくりと、流れる様にして肢体が動く。

二人ともほぼ同時……水面を蹴り、一瞬にして間合いを詰める。

振りかぶった剣と刀が、鋭い一閃の下に、斬り結ぶ。

ジャリッ! という刃同士が削りあうような音が鳴り、それと同時に少量の火花がチラチラと花開く。

 

 

 

「ぐっ……はあぁぁぁッ!!」

 

「ちっ……うおおおぉぉッ!!」

 

 

 

二度、三度と刃が斬り合う。

素早さの中にも洗練されたしなやかさを感じる一夏の刀と、豪快であるが、どこか繊細な印象をもつストレアの剣。

 

 

 

「やあああッ!」

 

 

両手剣が黄色に染まる。

単発上段斬りの両手剣スキル《ブラスト》

対象を斬ればスタンの効果もあるが、当たらなければ意味がない。

《ブラスト》が振るわれる直前に、地面を蹴って上空へと跳び、攻撃を回避した一夏。

そのままドラグーンアーツ《龍槌閃》を放つ。

が、これはストレアも反応し、咄嗟に剣を上方へと向けて捌く。だが、一夏も着地と同時に体を左に回転させ、勢いそのまま一閃。

ドラグーンアーツ《龍巻閃》。対してストレアも体を回転させて放つ単発旋回斬り《サイクロン》で迎え撃つ。

同じ翡翠色に染まった剣と刀がぶつかり合い、光を弾く。

だが、ドラグーンアーツと普通のソードスキルでは、スキル使用後の硬直時間に多少の差が出る。

互いに剣戟を合わせ、その衝撃に弾かれてしまうが、一夏の方が出だしが速い。

持ち前の〈神速〉を使い、一気にストレアの背後を取る。

そこから繰り出された片手直剣スキル《ソニックリープ》。タイミングもバッチリ。ストレアの背後を取ったと思ったのだが……

 

 

 

「そうくると思ったよ!」

 

「なにっ!?」

 

 

いつの間にか緋色に染まった両手剣。

一夏の放った《ソニックリープ》に合わせて発動した様だ。

その剣技。両手剣スキルのカウンター技の一つである、背後を取られ、奇襲を受けた時に使われるソードスキル《バックスラッシュ》。

咄嗟に一夏もブレーキをかけようとするが、一度発動したスキルを中止する事は出来なかった。翡翠と緋色に染まった刃が交錯するが、勝ったのは、ストレアの剣だった。

 

 

「がはっ!」

 

 

愛刀の《雪華楼》の上からではあったが、両手剣スキルをまともにくらってしまった。

数メートル吹き飛ばされ、水面に体を打ちつける。どうにか勢いを殺し、体勢を整え、その足で水面に立つが、ついに膝をついてしまった。

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 

 

右の脇腹から、痛みを感じる。

目線だけで脇腹に目を向けると、そこが赤く滲んでいるのに気づく。

 

 

 

ーー血だ……!

 

 

深手ではないものの、白を基調としている血盟騎士団の制服が赤く染まっている。

どうやら、ここでの傷は現実世界同様に、肉体にも如実に現れるということらしい。

この痛みも、この温かさも、現実世界と変わらない。

 

 

 

「ここはある意味、一夏の精神世界ともリンクしいるの……。だから傷つけば、それに応じた傷、痛みを受ける。

わかった? 私に勝てない今のチナツに、力を得て戦いに向かう必要はないって。

わざわざチナツがいかなくても、今のみんななら、絶対に福音を倒すことができる」

 

「…………」

 

 

 

そう、今自分がいかなくても、福音は倒せるかもしれない。

前の戦いでは、予想外の出来事によって、作戦が乱れ、遅れを取ったが、今度はそんな事にはならないだろう。

刀奈も、簪も、より入念な作戦を練っているか、あるいは出し惜しみなしで挑んでいるはず。

だけど、それでも…………

 

 

 

「ぐっ……! ンンッ!」

 

「っ!? まだ……!」

 

 

 

ゆっくり。ゆっくりと、一夏はその身を起こす。

脇腹の痛みに耐えながらも、その場に立ち上がる。それが、一夏の思いだからだ。

 

 

 

「ああそうだ……ここで倒れてたまるか。俺は、俺の意思で、戦うだけだ! たとえそれで、傷ついても、倒れても、俺は後悔だけはしない‼︎ 俺の思いは、俺の信念は、こんな所で終わる様なものじゃないッ‼︎」

 

「言ったでしょ、私はチナツを戦場になんか行かせない。ここで引かないっていうなら、私も今度こそ手加減しないよ」

 

「ああ……それでいい。言葉でわからないなら、剣で語らうまでだ。それが剣士ってもんだろう……。

さぁ、決着をつけようぜ……ストレア!」

 

 

 

愛刀《雪華楼》を鞘に納めた。

そして腰だめに体を捻り、右手を刀の柄に添える。

 

 

 

(っ……抜刀術か。なら、この場面で出すのはあの技……一か八かの勝負ってわけか)

 

 

 

ストレアは知っている。

一夏の奥義を……抜刀術という限定された力に秘められた、究極の一撃を。

おそらく、あの世界でこの奥義を使えたのは、一夏だけだろう。

そんな一夏が、ここで決着をつけようとしているなら、ストレアだって、望むところだった。

 

 

 

「いいの? 最悪、命まで奪うかもしれないよ?」

 

「それは仕方ない事だ。互いに真剣を向けあって挑んだ立合いだ。そうなってもおかしくはないよ」

 

「そう……なら、もう決めるね」

 

 

 

ストレアも腰だめに両手剣を構える。

一夏の使う技が、今ここで出されるなら、それよりも速く、一夏を斬らなくてはならないだろう。

そんな速さ、ストレアには出せないが、手傷を負っている今の一夏に、果たして奥義が使えるかどうか……。

 

 

「ーーーー疾ッ!」

 

 

先に動いたのはストレアだった。

両手剣持ちの中でも、トップクラスの駆け出し。剣に込める力が、より一層増す中、ストレアの動きを見て、未だに動かない一夏に対し、ストレアは疑問を浮かべた。

 

 

(どうして斬り込んでこないんだろう……? チナツの間合いには、もう入ってるはずなのに……。誘い込んでる?)

 

 

だが、すぐその考えを捨て、一夏の姿を自分の間合いの中に捉えた。

しかし、その瞬間、一夏も動いた。

だがそれは、ストレアに向かって走るのではなく、真上……空に向かって飛び出したのだ。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

一夏の行動に、一瞬気が削がれたが、またすぐにそれを振り払いら一夏の後を追う様にして、ストレアも跳躍した。

 

 

 

(奥義じゃない? じゃあ《龍槌閃》? でも、鞘に納めてる……)

 

 

《龍槌閃》は上空に飛んでから放たれる上段斬り。

しかし、今《雪華楼》は鞘に収まっている。これは明らかに抜刀術の構えだ。

 

 

 

「でも、これで私の勝利は決定したよ!」

 

 

ストレアの言葉を剣が拾ったかの如く、ストレアのもつ両手剣……白い騎士から借りた両手剣が、赤黒い色の光を帯びる。

そしてそこから放たれた、両手剣スキル最上級スキル《カラミティ・ディザスター》

両手剣スキルの中で最も多い6連撃の大技だ。

あとは、自然に降下してくる一夏に全連撃を打ち込めば、ストレアの勝ち。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

だが、ストレアは奇怪な光景を見た。

何故なら、落下しながらも、まるで今から抜刀術をする様な仕草をしている一夏の姿が、そこにあったからだ。

 

 

 

「っ! はあああッ!!!!!」

 

「うっ!?」

 

 

 

体を高速に回転させる一夏。

そこから放たれた抜刀術……。それはストレアの知らない、未知の抜刀術スキルだった。

抜刀術スキルの奥義でもなければ、《龍槌閃》でもなく、はたまた回転斬りである《龍巻閃・旋》でもない。

一夏の放たれた抜刀術は、ストレアの放った剣戟よりも速く、ストレアの体を斬り込んだ。

そして二人は、そのまま地面へと着地する。

一夏はそのまましゃがみこんだまま……ストレアは、片膝をつき、両手剣の柄を、まるで杖をついている様にしていた。

 

 

 

「くっ……今のは……!」

 

「この技は……お前も知らないだろう。たとえ奥義を出そうが、俺と戦うことで学習して強くなるストレアに、決定打を与えることはできないって思ってな……あの時、咄嗟に思いついたんだ」

 

「思いついたからって、それをいきなりやってのけるなんて……!」

 

 

 

一夏もどちらかとも言うと、和人と同じ様に、思いがけないことをしでかす人物だと、改めて認識したところだった。

 

 

 

「はぁ……それで、どうする? まだやるか……」

 

「…………」

 

 

一夏の問いかけに、ストレアは自身の体を見て考える。

確実に入った一夏の一撃。

右の脇腹から左肩にかけて、一筋の刀傷が入っていた。

出血は思ったよりも大したことないが、この状態で一夏と戦うのは、もう無理だと思った。

 

 

 

「私の負けだよ……」

 

「そうか……」

 

 

 

俯くストレアを見ながら、一夏はゆっくりとストレアの方へと歩み寄っていく。

 

 

 

「ストレア……その……」

 

「ほんと、チナツもキリトも無茶ばっかりなんだから……」

 

「ああ……そうだな、ごめん」

 

「謝らなくてもいいよ……私こそ、ごめんなさい……痛かったよね?」

 

「俺を言うなら、今のストレアだってそうだろ?」

 

 

 

戦いの最中に付けてしまったとは言え、女の子の体を斬ってしまった事に、一夏はもの凄い罪悪感を覚えてしまった。

急いでストレアの元へと向かい、彼女の正面に座り込んで、彼女の両肩に手を添え、少し身を起こすが、いつの間にか付いていたはずの傷が、完全に消えていた。

 

 

 

「え?」

 

「ああ……傷ならもう治したよ?」

 

「そんな簡単に治せるのかよ?!」

 

「うん。だってここは精神世界の一瞬だっていったじゃん。現実の様に傷を負うけど、その代わり、意識すれば治りだって早いんだよ」

 

「何つうチート技だよ、それ……」

 

 

 

この世界のことを、少し甘く見すぎていたらしい。

すると、ストレアは一夏の顔をまじまじと見て、再び尋ねる。

 

 

 

「本当に……行くだね……」

 

「ああ……みんなが待ってる」

 

「そっか……分かった……チナツは私に勝ったんだもん。私はチナツを止められなかった……だから、チナツは戦いに行く権利を得たんだもんね」

 

「どうして……そこまで俺を?」

 

「…………正直言うとね、わからない。でもこれは、いろんな人の感情なんだと思う。

今までモニタリングしていた、プレイヤーたちの感情の中から得られた、『人を心配する』っていう気持ち……うーん、これもなんか違うな」

 

 

 

先ほどとは打って変わり最初に会った時の様な、飄々として、掴みどろのない天真爛漫と言う言葉がよく合う少女の様に思える。

では、さっきの戦いで見せた彼女は一体何だったのか……?

 

 

 

 

「あの時は、その……何だろう、感情がそのままトレースしてたって言うのかな?

これは多分、カタナのだと思うんだけどなぁ〜?」

 

 

 

 

などと言うストレア。

なるほど、確かに刀奈の感情を一身にトレースしたのならば、あの豹変っぷりは納得だ。

そしてそこで気づいた。

ずっと思っていた事……ストレアと戦っている最中、一夏はどこか、ストレアの表情、あるいは言動が誰かに似ていると思ったのだ。

それはそのはずだ。何せ、自分と一番近くにいる人と似ていると感じたのだから。

 

 

 

「なるほどね。あれはカタナだったのか……」

 

 

 

おそらく対峙していたストレアの姿は、刀奈の内に秘めた思いの丈……だったのかもしれない。

そう思うと、また自分は、彼女を不安にさせていたのだと、自覚せざるを得なかった。

 

 

 

「はぁ〜あ〜。試験だったとは言え、やっぱり負けるのは悔しいなぁ〜」

 

「まぁな……」

 

「さて、じゃあそろそろ終わりにしようか……」

 

 

 

 

そう言うと、ストレアはその場に立ち上がり、後ろを振り向いた。

 

 

 

 

「もう終わったよ」

 

『ようやくですか……』

 

 

 

 

どこからともなく声が聞こえたと思ったら、いつの間にか、一夏の背後に、例の白い騎士の姿があった。

 

 

 

「それで、どうでしたか?」

 

「うん……やっぱりチナツは強いや」

 

「そうですか……。では、彼に新たな剣を授ける……という事でよろしいのですね?」

 

「うん。私も心配だけど、今のチナツなら、大丈夫だと思うから」

 

「わかりました」

 

 

 

短いやり取りを終えた騎士とストレアは、一夏の方を向く。

そして騎士の方が右手を出し、水面に向かって手のひらを向けた。

するとそこに、真っ白……ただただ真っ白くて、ゆらゆらと炎の様に揺らめく、剣の形をしたものが現れた。

 

 

 

「資格を持つ者よ、この剣を取りなさいーーー!!!」

 

 

 

その言葉に、一夏は息を飲んだ。

自分でもわかるくらい、体が強張っているのがわかる。

すると、そんな一夏を見て、ストレアがいきなり真正面から抱きついてきた。

 

 

「お、おい?!」

 

「騎士さんが剣をあげたんなら、私も、身を護る甲冑くらいはあげないとね♪」

 

 

その言葉を発した直後、ストレアの体が、淡い紫色に発光する。

その光はやがて一夏の体をも包み込み、数秒後、その光は消えた。

 

 

「私からも贈り物をしておいてあげたからね♪」

 

「ありがとう、ストレア……それに、騎士殿も」

 

 

 

この二人には、感謝の心でいっぱいだ。

すると、今度は左手を、誰かが握る。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

ストレアは抱きついているし、騎士の両手は一夏の目に見えるところにあるので、騎士ではない。

ならば誰なのだろうと思い、一夏は視線を左に向ける。

するとそこには、水面に立ち、空を見上げていた、白髪の少女がいた。

 

 

 

「君は……!」

 

「ほら、みんなが呼んでるよ」

 

「…………ああ、そうだな」

 

「だから、行かなきゃね……!」

 

「ああ……行こう、みんなで!」

 

 

 

 

空いていた右手で、その剣を握る。

その瞬間、一夏の視界は真っ白い光に包まれ、やがてその世界もまた、純白の光に覆われていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






次でようやく福音戦は終わりかな?

そのあとは、夏休みイベントですね。
一夏の家に行ったり、プールで遊んだり、ALOのクエスト。
色々と書きたいのが多くて大変です(⌒▽⌒)

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第44話 《白式・熾天》



ごめんなさーい!
前回の後書きに「次で終わりかな?」って書いておきながら、終われませんでした(>_<)




「でえやあああああっ!」

 

「っ!」

 

 

 

白熱していた海上におけるIS同士の激戦。

箒の気迫が乗った剣戟。それを迎え撃つ福音と言った構図になっている。

戦闘開始から数時間が経っていたが、この場で戦う者たちにとっては、長い様で短く感じていた。

接近戦に特化した和人、明日奈、刀奈、箒の四人が果敢に攻めていく。

 

 

「スイッチ!」

 

 

 

合図を聞いて、箒が迫り来る刃を弾く。

その直後、背後からやってくる槍の穂先をギリギリで躱す。

ここへ来て、箒と刀奈の連携が整い始めた。

強いて言うならば、箒の剣が、より実戦的な物になってきたのだ。

剣道を主体とする技では、どうしてもかけられる技が限られてくる。だが、無駄な力みがなくなった為か、箒の今の動きはとても流動的で、流水を思わせる動きだ。

 

 

 

「箒ちゃんだけにいい格好はさせられないわ!」

 

 

 

二槍を振るう刀奈の槍術。

左右の槍が縦横無尽、自由自在に福音を攻め立てる。《龍牙》による突きかと思いきや《煌焔》の斬りあげ。

そのまま体を回転させて再び《龍牙》と《煌焔》を使った回転斬りの応酬。

それを弾き返す福音の刃。

今度は福音が自ら接近戦を仕掛ける。

刃で斬り込むのではなく、あえて素手で接近し、刀奈に向かって拳を振るう。

確かに、槍の間合いでは、接近され過ぎればその長さゆえに、逆に防げなくなる。

だが、刀奈はあえて迎え入れる。

 

 

 

「さぁ、来なさいな……!」

 

「っ!?」

 

 

福音も、一度驚く様なそぶりを見せるも、そのまま拳打を放つ。

その拳は確実に刀奈に当たるほどの物だったが、その拳打は刀奈の体のすぐ横を通り過ぎた。

刀奈が半歩引いたことによって、ごく僅かな間隔を開けて躱すことが出来たのだ。そこから福音もエネルギー刃で追撃しようとするが、その動きをすでに見切っている刀奈にとって、対策するのに造作もなかった。

 

 

「その手は通じないわよ!」

 

 

背後に迫る刃を、水の障壁が防ぐ。纏わりつく様にして、水が刃に絡みつく。押すことも引くことも出来ない状態で、福音の判断が一瞬遅れる。

その結果、ガラ空きとなった懐に、真っ白に染まった鋭い突きを放つ光の筋が見え、その剣が見事に胸部の装甲へと深々と突き刺さる。

 

 

 

「い、やああああーーッ!!!!」

 

 

 

明日奈の放った《フラッシング・ペネトレイター》が直撃し、福音と《ランベントライト》との間に大爆発が起きる。

爆風によって投げ出された福音。

即座に態勢を整えて、エネルギー刃をシフトチェンジ。

近接戦をやめ、本来の戦い方である遠距離戦へと切り替えるようだ。

 

 

 

「Laーーッ!!!!!」

 

 

 

《シルバーベル》による広域殲滅。

エネルギー弾を無数に飛ばし、追尾弾、爆炎弾など、様々な物を打ち出す。

降り注ぐエネルギー弾の雨。だが、それすらも防ぐ。

 

 

 

「シャルロット!」

 

「任せて!」

 

 

簪の声が響き通る。

シャルロットとともに前に出る二人は、即座に防御シールドを展開。

その後ろでは、箒と刀奈、ラウラも防御装甲と障壁、AICを展開。

すでに先の対戦でこの技に対する対策はできている。

その陰に、防御装備を持たない和人、鈴、セシリアが潜む。

エネルギー弾の雨が次第に強くなる中、自由に動ける和人達が、弾幕の隙をついて福音に迫る。

 

 

 

「狙い撃ちですわ‼︎」

 

「俺たちも行くぞ!」

 

「了解!」

 

 

 

 

吹き荒れる弾雨の中、僅かに通れるルートを算出し、その隙間を高速で潜り抜ける和人。

それを援護するセシリアの精密狙撃と、鈴の炎弾の連射。

福音も分が悪いと察してか、高速移動をしながら、鈴とセシリアの狙撃、砲撃を躱して、その背後に迫る黒い機影にも意識を割く。

 

 

 

「せぇあああああッ!!!」

 

 

 

右手に握られた黒い長剣が、上段から思いっきり振り下ろされる。

ユイの算出した福音の移動予測に基づき、和人はそのルートをショートカットすることによって、福音の背後に回れたのだ。

咄嗟のことに福音も対応が遅れ、振り下ろされた一撃を止めるのに、エネルギー翼をシフトチェンジさせる暇もなかった様で、両腕の装甲をクロスさせることで防いだ。

 

 

 

「懐がお留守だぜ‼︎」

 

 

 

続いて振り抜かれた一閃。

左に握る深緑色の長剣を横薙ぎに一閃する。

それによって、福音の装甲に傷跡をつけ、その装甲を砕くことに成功した。

 

 

「ちっ! ただの装甲にしては硬すぎるだろ!?」

 

 

 

一閃を振り抜きながら、和人はそう言うが、ここまで直接福音に斬り込んで、まともに装甲を破壊できたのは、ほんの数回程度だ。

そしてそれを一番よく理解しているは、他ならぬ福音自身。

和人の剣が、この中にいるはメンバーで一番危ないと判断したのか、急激に和人に対する対応を変えてきた。

今まで和人の剣戟には、自身も剣戟で対応していたのだが、和人に対しては、それを止め、遠距離戦を仕掛けてきた。

しかしこれが、和人に対する最も効果的な戦い方だ。

遠距離装備を一つも持たない近接格闘型の機体にとって、距離を詰められないのは、もはや嬲り殺しもいいところだ。

しかし、忘れてはならないのは、その対戦相手が、常識という枠組みから外された存在だという事を……。

 

 

 

「まぁ、そう来るだろうよーーッ!」

 

 

 

両手に握る長剣二本。

右手に《ユナイティウォークス》と左手に《ディバイネーション》の二振りの長剣。

それらを持った和人がとった行動……それは回避でも防御でもなく、特攻だった。

 

 

 

「うおおおおぉぉああああああッ!!!!!」

 

 

 

迫り来る弾雨を、斬って、斬って斬って斬って斬って斬りまくる。

左右の剣を滞りなく、スムーズに、スピーディーに……!

斬られた弾雨は、そのまま虚しく虚空に消えるか、斬られた瞬間に爆散するか。

爆風による熱が、和人の体に降りかかる。本来ならばここで下がってしまうのだが、そんなことしてられない。

 

 

「チナツはこれを大量に受けても死ななかったんだ! なら一発喰らおうが、いちいちへこたれてたまるか!」

 

 

 

自分に直撃する弾だけを斬り裂く。

そして斬り裂き続けていくにつれ、福音の攻撃が止んだ。

それは福音がエネルギー弾での遠距離戦を諦めた事と、福音の両側からシャルと簪が福音に対して銃撃戦を始めたからだ。

 

 

 

 

「僕たちを忘れてもらっちゃ困るよ!」

 

「ターゲットロック! 《山嵐》フルファイア‼︎」

 

 

 

サブマシンガンとショットガンの二丁から火が噴く。

連射弾に散弾が、逃げ惑う福音に向けられる。そしてその逃げる行く手にも、大量の弾道ミサイルというトラップが待ち構えている。

福音の逃げ場を防いだ。

だが、福音は逃げる事もやめて、途端に体を丸めた。

その後、全身を大の字の様に開き、体を覆うエネルギーを外側に向けて放出した。

飛びくるミサイル、銃弾……その背後から迫ってきていたレーザーや砲弾すらも、その光の奔流によって飲み込まれ、跡形もなく消失してしまった。

 

 

 

 

「くっ、奥の手か…!」

 

「でも、あんな無茶なエネルギーの使い方……操縦者の体にだって影響があるはず……!」

 

 

 

しかもエネルギーを一気に放出することによる一時的なエネルギー枯渇。

すべてのエネルギーを外側に放出したわけではないであろうが、それでも残りのエネルギー残量を考えると、あまり多用することは出来ないはずだ。

 

 

「ここで一気にケリをつけるぞ!」

 

 

先行して斬り込むのは、和人と箒。

その後ろから明日奈と刀奈が追いかける。

速さでは負けない紅椿が、福音を追い詰め、その行く手を月光が塞ぐ。

 

 

「てぇやあああああッ!」

 

「La〜〜ッ!」

 

 

 

和人と二刀流が福音を攻め立てるが、福音の周りをエネルギーの防御壁が守る。

斬り結ぶたびにエネルギーのかけらが虚空へと消えるが、それでも突破することは叶わない様だ。

 

 

 

「ならば二人がかりで!」

 

 

和人の猛攻を受ける中で、背後から迫る箒。

箒の両手にも握られる二刀。

和人の速さには劣るものの、力強い剣戟で、箒も福音を斬り結ぶ。

だがやはり、福音の防御壁に阻まれる。

二人がかりで斬り込んでも、突破は難しいと思ったその時、和人が動いた。

 

 

「これなら、どうだッ!!!!!」

 

 

 

右手に握る《ユナイティウォークス》が光る。

蒼穹に染まった漆黒の剣尖が、福音に迫る。

当然、福音も防御壁を展開。和人の放つソードスキルを防ぐ様に仕向けた。

和人の放ったソードスキル……片手直剣上級スキル《ファントム・レイブ》

両サイドからの斬りあげから、上段唐竹からの刺突、袈裟斬り。

最後にトドメとばかりに体を横にしながら、大きく回転させる。

ここまでは福音の防御壁が完全に防いでいたのだが、最後の一撃だけは、何故か福音も防御壁を二重三重と重ね掛けしている。

これでは、スキル使用後に訪れる硬直によって、和人も一夏と同じ目に遭ってしまう……。

誰もがそう思ったその時、和人の剣が振り抜かれた。

 

 

 

「《リミットバースト》ッ!!!!!」

 

 

 

《ファントム・レイブ》の最後の一撃が放たれた瞬間、剣尖を輝かせていたライトエフェクトの光が、より一層光を増した。

そして、その光の奔流が、福音の防御壁に直撃する。

エネルギーとライトエフェクトの交錯。凄まじい衝撃と波動が、その場に響き轟いたのだ。

 

 

 

「ぐっ! ううっおおおお…………ッ!」

 

「っ?!」

 

 

 

腕に込めた力を更に入れる。

《ユナイティウォークス》に伝わる力が、徐々に防御壁を押し始めた。

和人の気迫が、剣気が、福音の鉄壁とも言える盾を、押し返し始めたのだ。

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉあああああーーーーッ!!!!!」

 

「ッ!!!!?」

 

 

 

バギバキッ、と硬い金属でも砕ける様な音がなる。

三重にまでかけた防御壁に、ヒビが入り始めたのだ。

そしてそのまま、和人の握る《ユナイティウォークス》の剣尖が、防御壁を木っ端微塵に破壊し、その刃が福音の体を斬り裂いた。

斬られたところからはエネルギーの流出と、その光が散り散りになって流れ出て、バランスを崩した福音は海面に向かって落ちていく。

寸での所で、《銀の鐘》を機能させ、海面ギリギリの所で態勢を立て直すも、すぐに反撃に打って出ない。

 

 

 

「はぁ……! はぁ……! うまく、行ったみたいだな……」

 

「キリトくん!」

 

 

フラフラとしながら空中を漂う月光を、閃華を纏った明日奈が即座に抱きかかえる。

 

 

 

「なんなの、アレ?」

 

「《リミットバースト》……」

 

「り、リミットバースト?」

 

「ISは、機体自身にあるエネルギーを使って動くだろ? それをあの一瞬の時だけ、他の事に回していたエネルギーを攻撃だけに集約したんだ。

いわば、チナツが使ってた《零落白夜》の真似事さ」

 

「そ、その理屈はわかったけど……それより体は大丈夫なの?!」

 

 

 

明日奈が心配しているのはそのことだけだ。

ISの操縦技術になかった、エネルギーを意図的に集約させて、攻撃という一点のことだけに費やすという新たな技術。

本来それは、一夏と千冬が持っていた《雪片弐型》と、その原型である《雪片》にしかなかった機能。

自分のシールドエネルギーを転換して、相手のシールドエネルギーを無効化し、一気にエネルギーを削り取るというもの。

それは、一夏の白式と、千冬が乗っていた暮桜しか出来ないはずだったのだが……。

 

 

 

「まぁ、体はそこまで痛くないかな……。でも機体には相当負荷がかかっちまったみたいだけどな……」

 

 

 

そういいながら、和人は自身の機体を見てやる。

右手に持っていた《ユナイティウォークス》は、刀身がボロボロになり、とても戦える状態ではなかった。

だが、問題はそこではなく、機体そのものだった。

急激なエネルギーの転換によって、ISのシステムの一部にエラーが発生したのか、月光のスペックデータが少しばかりおかしくなっていた。

和人には見える、月光から警告音と警告表示。

各部の可動状態が悪く、システムがこれ以上の戦闘継続を断固として拒否していた。

 

 

 

「キリト、あなたとアスナちゃんは、一旦戦線を離れなさい」

 

 

 

と、そこに刀奈がやってきて、動けない状態にある和人と明日奈をかばう様にして、福音に穂先を向ける。

 

 

 

「悪い、そうさせてもらうよ。アスナ……」

 

「うん、わかってる。ごめんカタナちゃん、後お願いね」

 

「ええ、任せなさい」

 

 

 

 

その場を離れ、和人と明日奈の二人は、戦線から少しずつ離れていく。

その退路を守る様にして、各人が福音を警戒しているのだが、当の福音は、未だに動こうとはしていないようだ。

 

 

 

「どうしたのかしら……」

 

「お姉ちゃん、あれ!」

 

 

 

 

簪の指差す所を、ISの高感度望遠映像を拡大させて見てみる。

すると、先ほど和人に斬られた部分から、赤い液体が少しずつ、少しずつ海面に向かって流れていた。

いや、斬られた部分だけではなく、操縦者の体の至る所から少量の流血が見えた。

 

 

 

「やばいかも……! 福音のオーバースペックに、操縦者の体が耐えられてない……!」

 

「どうにかして止めたいものだけど、最悪殺してしまいかねないし……」

 

 

 

もはや時間との勝負。

この戦いに勝とうが負けようが、福音の操縦者の体は、福音の暴走とともにいつ朽ち果ててもおかしくはない状態にある。

それが他国の操縦者とは言え、おそらく軍用機を扱えるほどの人材なら、国家代表のクラスに上り詰めた人物だろう……。

そんな人物を、むざむざと廃人状態にさせる訳にはいかないし、させたくはない。

 

 

 

「簪ちゃん、私が先行して福音を足止めするから、簪ちゃんたちは周りを囲んでおいて」

 

「でも、あの状態の福音の間合いにあるなんて……!」

 

「大丈夫。私を信じて……!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

他に作戦もない。

ここまで福音を追い詰められたのなら、もはや抵抗する力も残り少ないはず。

ならば、ここは自分の姉を信じ、賭けてみるのも上々な作だろうと考えた。

 

 

 

「わかった。でも、油断は禁物」

 

「ええ、わかっているわ……!」

 

 

 

 

刀奈が先行し、福音との距離を測る。

その後ろで簪が待機し、他のメンバーも有事の時は急いで動ける様にスタンバイしている。

 

 

 

「L、La……LaLa〜〜ッ!」

 

「ッ! まだ……!」

 

 

 

 

刀奈の接近に気づいてか、福音は警戒心剥き出しで戦慄の声を上げる。

そして、一瞬の出来事だった。

刀奈の遥か後方にいたセシリアの背後に、福音は移動したのだ。

 

 

 

「ッ!? セシリアちゃん!」

 

「そ、そんなーーッ!!!」

 

 

 

一瞬のことで判断が遅れたセシリア。

振り向いた直後、福音の翼が大きく広がっていくのを、セシリアを含め、全員が見ていた。

そしてその後、その翼は勢いよくセシリアを包み込み、同時にその中で大きな光を放った。

 

 

 

「ああああぁぁぁッ!!!!」

 

「セシリア!?」

 

「一体何だってのよ‼︎」

 

 

 

翼の中から聞こえるセシリアの絶叫。

その声を聞き飛び出していったシャルと鈴の二人。

何が何だかわからなくなったこの状況で、二人はセシリアを助けると言う目的で動いた。

だが、それも凶と出てしまった。

 

 

「よせ、やめろ!」

 

 

 

ラウラの声が鋭く響いたが、時すでに遅し。

翼を解放した福音の目の前で、傷つきボロボロの状態になったセシリアが現れる。

その瞳は閉じており、苦痛に顔をしかめていた。

もはや飛ぶ力も無くなったのか、そのまま海へと垂直に落下していく。

 

 

 

「っ! セシリア!」

 

「よくも!」

 

 

 

落ちていくセシリアの救助に向かう鈴。

その鈴を守る様にして実弾の雨を降らせるシャル。

お得意の《ラピッド・スイッチ》で様々な銃を連射するが、高速飛行をする福音には、かすりもしない。

逆に福音は、実弾の射程外の位置まで逃げ、そこで反転。そこからエネルギーを収束し、巨大なエネルギー砲を発射する。

 

 

「うっ!?」

 

 

必死に福音を追っていた状態からいきなり放たれた砲撃に、シャルも咄嗟に判断が遅れた。

エネルギー砲が直撃するかと思ったその時、シャルと砲撃の間に、紅い機影が割り込む。

 

 

「ぐっ! ううっ……!」

 

「箒!?」

 

「私の事はいい! 今のうちに福音を……!」

 

「っ! わかった!」

 

 

紅椿の装甲を前面に展開して、砲撃を防ぐが、その勢いは減衰するどころか、どんどんと増大していく。

その隙にシャルは射線から外れ、右サイドから攻め込むつもりでいたが、とうとう箒と紅椿が、福音の砲撃に押されてしまった。

 

 

 

「うわっ!!!」

 

「こんのぉぉッ!!!!」

 

 

 

箒を落とされた事に怒り、シャルが次々と銃器を取り出しては、発砲する。だが、またしても福音は躱し、再びシャルに向けてエネルギー砲を発射した。

今度は予測していたのか、シャルも防御用パッケージのシステムを使い、盾を出すが、その砲撃を受けた瞬間に、機体もろとも弾き飛ばされてしまう。

 

 

 

「ぐうっ! そ、そんな……パワーが、今までのと……!」

 

 

 

直撃はしなかったというのに、圧倒的ととも言える威力を持った砲撃によって、さらに距離を開かれてしまった。

これでは手の出しようがない。

だが、そこに二つの機影が福音に向かって果敢に攻める。

 

 

 

「簪ちゃん!」

 

「うん! 《山嵐》!《春雷》! フルブラストーーッ!」

 

 

 

ミサイルに荷電粒子砲。

それらが一気に福音に迫るも、ミサイルはエネルギー弾によって撃ち落とされ、荷電粒子砲はエネルギー砲によって相殺される。

その場に広がったのは爆煙と、二つの砲撃がぶつかり合った事によって生じた巨大な光が弾け飛んだ光景だった。

だが、それでいいのだ……何故なら……。

 

 

 

「この間合いなら、外しはしないわ!」

 

 

弾幕の隙間を潜り抜け、刀奈の両手に握る二槍が、真紅に輝く。

 

 

「《ストライク・ピアーズ》ッ!!!!!」

 

 

 

二槍流スキルの突進型スキル。

左の槍で真横から薙ぎ払い、最後に右の槍で心臓をえぐると言う何ともグロテスクな技だ。

しかし、刀奈の攻撃は虚しくも福音に届かなかった。

 

 

 

「なっ、そんな!?」

 

 

 

右手で受け止めた《煌焔》と、左脇に抱える様にして《龍牙》を受けとめていた。

 

 

 

「くっ!」

 

 

 

咄嗟に二槍を話して、その場を離脱しようかと思ったが、そうはさせないと、福音の腕が伸びてきて、刀奈の首を掴む。

 

 

「がっ! こ、このっ……!」

 

 

首を絞めている腕を必死に剥がそうとするが、相当力が入っているのか、簡単に外すことはできないようだ。

 

 

「なら、これはどう……?!」

 

 

 

左手を伸ばし、指を一回、パチンッと鳴らす。

その瞬間、福音の体……強いては装甲と刀奈との間に、小規模の爆発が起きた。

ミステリアス・レイディの能力の一つ。アクア・クリスタルによって生成したナノマシンの水を霧状に浮遊させて、それを一気に気化させて水蒸気爆発させる《清き情熱(クリア・パッション)

それを至近距離でまともに食らえば、どんな人物だろうとその衝撃と熱で一発KOだ。

だが、いつまでたっても刀奈の首を握る腕が弱まることはなかった……。

むしろ、より一層強くなったかもしれない。

 

 

「あ、んぁあ……っ!」

 

 

 

ギリギリと首を絞める手に力が入る。

ISの絶対防御があるとはいえ、すでに首に極まってしまっているため、防御が役に立っていない。

どんどん息苦しくなる。

 

 

 

「ぐっ、ううっ……チ、チナ……ツ……」

 

 

 

自然と溢れた、愛する人の名前。

死ぬかもしれない……そう思った時、思いもよらない衝撃が訪れた。

 

 

 

 

キュウーーンッ!!!!!

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

突如、刀奈の首を絞める福音の腕に向かって、水色のライトエフェクトがぶつかる。

その衝撃で、福音は腕を離し、一旦距離を置く。

そして、そのままバランスを崩し、宙に放り出された刀奈をそっと優しく抱きかかえる誰か……。

 

 

 

「ぁ……!」

 

「もう、誰一人ーーーーッ」

 

 

 

湖に佇む麗人を守護せし騎士が、海を照らす月の光に照らされた翼と、新たに身を包んだ薄紫の甲冑を晒し、討つべき天使を見下ろしながら、腰にさしていた刀を抜き放ち、その鋒を向けていた。

 

 

 

「ーーーー俺の仲間を、墜とさせはしない!!!!」

 

 

 

腰の両サイドに追加で装備された4本の刀。

その全てが柄から刀身、鍔に至るまで、全てが純白。それを納める鞘もまた、純白。

今一夏が握っている刀もまた、その4本の内の一本。

新しく広がる蒼い翼。

白く二対になっていた以前の翼よりもずっとスマートになっており、蒼い翼は8枚に分かれ、翼の根元から黒いラインが先端部にまで伸びている。

 

 

「チ、チナツ……?!」

 

「ああ……待たせたな、カタナ」

 

「チ、チナツ……チナツゥッ!」

 

「うわっ!」

 

 

抱きかかえていたため、すぐ近くにいる最愛の人の顔を見た瞬間、刀奈の目からは涙が零れ落ち、両手で一夏の体を強く抱き締める。

そんな刀奈に、優しく抱き返す一夏。

 

 

 

「ごめん……心配かけたな」

 

「本当よ……! 死んじゃうんじゃないかって……っ」

 

「うん……でも、俺はちゃんとここにいる。俺はまだ、死ぬわけには行かないからな!」

 

「チナツ……」

 

 

 

 

優しく笑いかける一夏の顔に、自分の顔を近づける。

そして自然と、そのまま顔を、口元を近づけていき、やがて、二人は口付けをした。

 

 

 

 

「La〜〜ッ!!!!!」

 

「っ! 無粋な奴だな……!」

 

 

 

福音がエネルギー弾を撃ち出す。

それに対して一夏は、刀を一閃。《雪華楼》がその空間を閃き、純白の刀身から、刀奈を福音の手から救った時と同じライトエフェクトが煌めく。

ライトエフェクトは斬撃波となってエネルギー弾を斬り裂いていき、その後ろに控える福音のところまでその斬撃が襲いかかる。

だが、これを福音は難なく躱してみせるが、新たな装備を手にした一夏の姿に、ここへ来てより一層の警戒をし始めた。

 

 

 

 

「チナツ、あなた……それ…」

 

「ああ。どうやら、《二次移行(セカンド・シフト)》を起こしたみたいだ……」

 

 

 

 

《二次移行》……それを行えるISはまだ少なかったはずだ。

形態移行をするISは、長時間に渡るISの稼働によって、IS自身が搭乗者の癖などの理解し、搭乗者に最もふさわしい形に変化する……それがまず起こる《一次移行(ファーストシフト)》。

これが起こることで、ようやく専用ISは、“搭乗者の専用機” と呼べるものになる。

そしてそこから、その機体だけしか持ち得ない《単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)》をもつ機体《二次移行(セカンド・シフト)》へと形態変化するのだ。

だが、この《二次移行》を起こした機体は、数えられるほどしかいない。

 

 

 

 

「『白式・熾天』……それがこいつの名前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から少し前、少女と騎士、そして少女ストレアからの試練を乗り越えた一夏は、すぐさま目を覚ました。

目が覚めて、すぐに目に入ったのは、旅館の天井だった。

 

 

 

 

「ん……そうか、現実世界……」

 

 

 

その事を再確認して、一夏は体を起こした。

口に付けられた酸素マスクを取り外し、体に付けられた心電図モニターの電極を外して、体の確認。

どういうわけか、一切の傷がない。火傷や裂傷くらいは覚悟していたのだが、打撲すらもない。

 

 

 

 

「どうなってんだ……? 確かに俺は……」

 

 

 

あの時、確かにエネルギー弾を至近距離で受けた。

その攻撃は、もしかしたら死んでもおかしくはなかったはずだった。

だが、ちゃんと生きていて、なおかつ無傷。

それはもう、奇跡という言葉で表せる出来事ではないだろうか……あるいは、悪運が強かったのか……。

どちらにしろ、一夏は生き残った。そして、戦うための新たな力を手に入れた。

 

 

 

「そうだ! こうしちゃいられない……!」

 

 

 

一夏は立ち上がり、襖を開けて、廊下を走る。

本来なら担任教師からの鉄拳制裁が入るところだが、今はそんな事態ではないので、思いのままだ。

そんな事を思いながら、海辺に出られる場所まで走る……その途中で……

 

 

 

「えっ?! お、織斑くん!?」

 

「えっ、うそ?!」

 

「おお〜〜、おりむーだぁ〜!」

 

 

 

一組のクラスメイト達と出会った。

正確に言えば、癒子とかなりん、のほほんさんの三人だ。

 

 

「おおっ! みんな」

 

「おおっ……じゃないよ! 織斑くんの方は大丈夫なの?!」

 

「け、怪我が酷かったんじゃ……」

 

「寝てなくていいの〜?」

 

「ああ……むしろなんか快調なくらいだよ」

 

 

 

本気で心配してくれているみたいで、あののんびり伸び伸びののほほんさんですら詰め寄って聞き出そうとしている。

 

 

 

「作戦は……まだ続いてるみたいだな……」

 

「うん……なんか、専用機持ちのみんなが、待機命令を無視して出撃したとかで……」

 

「あっはは……まぁ、そうだよな」

 

「そんな呑気に言ってられないよ……! 織斑先生たちもピリピリしてるし……」

 

「うんうん。私たちも〜、部屋から出るなって言われてて〜」

 

「そ、そうだったのか? じゃあ、なんで廊下に出てんの?」

 

「あっ、そ、それはそのぉ〜……そう! 誰かが走ってくる音が聞こえたからだよ!」

 

「う、うんうん! そ、そうなんだよ……」

 

「へ、へぇ〜……」

 

 

 

実際のところ、彼女たちも心配していたのだ。

一夏の事と、戦いに向かった面々の事が。

 

 

「そうか……でも、大丈夫。俺も今から行くから」

 

「そ、そうなんだ……って、ええ!?」

 

「だ、ダメだよ! 織斑くんは……」

 

「織斑先生に怒られるよぉ〜?」

 

「だろうな……でも、俺が行かなきゃいけないからさ」

 

 

 

そっと笑いかけて、一夏は走り去っていった。

そして、そのまま海辺に出て、その水平線の先にいるであろう福音に視線を向ける。

 

 

 

 

「さぁ、行こうか……来い! 白式!」

 

 

 

 

眩い光が迸る。

体に纏った新たな甲冑……。

元々あった白い装甲に、薄紫色の装甲が追加されていた。

 

 

 

「これは……ストレアの言っていた……?」

 

 

ストレアが渡してくれた甲冑。

ストレアを見た時に印象深かった彼女の纏っていたバトルドレスと同じ色。

そして腰にさしてある4本の刀……。

その全てが《雪華楼》と同じ純白の刀だった。

カスタム・ウイングのスラスターも、以前のような大きな二対の翼ではなく、もっとスマートで、白ではなく黒と蒼のツートンカラーの四枚二対の8枚の翼になっていた。

その姿に、一夏は白式自身が、大きく変化したことを認識した。

 

 

 

「白式……《熾天》……。そうか、《二次移行》したんだな……!」

 

 

 

新たに進化した相棒の姿に、胸が踊るような感覚をその身に感じた。

士気が高まったその意識を、そのまま水平線のその先に再度向ける。

 

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 

イメージする。

素早く翼を広げ、最高速で水平線を斬り裂く様にして飛ぶイメージだ。

その瞬間、一夏は衝撃を受けた。

その衝撃はこの一日で、二度目の衝撃。

 

 

 

「ぐっ、これは!」

 

 

 

想像を絶する速度。

それは今日のお昼……箒に乗せてもらった時に受けた物とほぼ同じ衝撃だった。

 

 

「こいつはっ……最高だぜ!」

 

 

《イグニッション・ブースト》並みの速度で飛行できる紅椿の背中に乗っていた時、少なからず、一夏は羨望していた。

最新鋭の第四世代型のスピードに……。あの速さを体験してしまった時、白式でも飛べれば……と思ってしまった。

それが今、叶ったのだ。

 

 

 

「このまま行くぞ、《熾天》‼︎」

 

 

 

そしてそのままトップスピードを維持し、戦闘海域へと入った。

その時、落ちてくる箒の姿を確認すると、一夏はそのまま箒の救出に向かった。

 

 

「箒!」

 

 

進化した白式の速度は、以前とは桁違い。

箒と一夏の位置は、かなり離れていたにも関わらず、その速度を持って、海に堕ちようとしていた箒を寸でのところで広いあげる。

 

 

 

「箒……箒……っ!」

 

「ん、んん……!」

 

「箒、しっかりしろ……!」

 

「あ……い、一……一、夏?」

 

 

薄っすらと、瞼をあける。

そこに、自分のせいで傷つけてしまった人物がいた。

その光景に、箒は驚くとともに、感涙していた。

その目に一夏の顔が映し出された瞬間、箒の目からは涙が流れでた。

 

 

「い、一夏!? お前、体は!? 大丈夫なのか?!」

 

「落ち着けよ。体は大丈夫だ……むしろやる気が満ちているくらいだよ」

 

「そ……そうか……よかった……ほんとにっ、よかった……!」

 

 

一夏の無事が分かった瞬間、箒の中から溢れてくる感情。

自分のせいで、取り返しのつかない事をしてしまったと、今でも思っている。これで一夏が死んでしまっていたら、自分が許せなくて、箒も命を絶とうと考えたかもしれないほどに……。

そんな一夏が、今目の前にいる。

その事が、堪らなく嬉しかったのだ。

 

 

 

「一夏……私は、お前に……」

 

「それは後だ。まずは福音をなんとかしないと……」

 

「あ、ああ……。だが、奴は今まで以上に手強くなっているぞ……いくらお前が参戦しても……」

 

「心配すんな。俺はここで倒れるつもりはないし、お前を責めるつもりないからさ……」

 

「だ、だが! 私はーー」

 

「はい、そこまで。言ったろ、今は福音が最優先だ」

 

「あ、ああ……わかった」

 

 

 

どことなく気が引けている箒の様子に、一夏は苦笑いしながら、白式の拡張領域にしまってあった “ある物” を取り出した。

 

 

 

「ほら、これをやるから……元気出せよ」

 

「え? こ、これは……?」

 

 

 

箒に差し出された物……。

それは白いリボンだった。綺麗な白い生地に、紅く細い線が一本入った物。

その柄は、以前箒がつけていた緑色のリボンと同じものだった。

 

 

 

「今日は7月7日……お前の誕生日だろ?」

 

「あ……」

 

 

 

覚えてくれていた……。

ずっと前……六年前を最後に、ずっと会う事もなかった幼馴染の誕生日を……一夏は覚えていてくれたのだ。

 

 

 

「こんな物しか用意出来なくてごめんな……」

 

「そ、そんな事はない! その……ありがとう……」

 

「ほら、さっさといつもの髪型にして、いつものお前に戻れよ。お前は、こんな事でへこたれる様な奴じゃないだろ……!」

 

 

 

真っ直ぐ、箒の瞳を見つめる一夏。

箒に対して微笑む一夏の表情に、箒は昔を思い出した……。

昔、小学生の頃の思い出だ。

箒の正確、物言いから、箒はクラスの男子達から “男女” と呼ばれていた。その理由も、箒がつけていた緑色のリボンだ。そんな女の子らしい格好が似合わないと、男子達はからかっていたのだ。

箒自身、そんな輩に取り合うつもりは無かったし、無視をしていれば、傷つくのは自分だけだ。

だが、そんな男子たちを、叱りつけた生徒がいた。

それが一夏だった。

その後、小学生によくある話で、男女が一緒にいれば、やれ付き合っているだ、夫婦だとからかい始める。

そして喧嘩が始まるのだ。相手は三人……対してこちらは一夏が一人。

そんな中でも、一夏は相手に負けないほど強かった。一夏も殴られ、顔は腫れていたし、擦り傷も一つや二つでは無かった。

そこに先生が飛び込んできて、両方の保護者を召喚。喧嘩両成敗という事で、互いが頭を下げる形で事なきを得た。

こちらは一夏が千冬に大目玉を食らっていたが、この日は珍しく一夏が千冬に反論したのだ。

そして、いつもの様に箒の実家で剣道の稽古をして、その休憩中に、尋ねた……どうして自分を助けたのかと……。

 

 

 

「ああ? そんなの当たり前だろ。俺はあいつらが許せなかった……だから怒ったんだよ」

 

「ば、馬鹿かお前は……そんな事をして、喧嘩までして……。あんな奴ら、ほっとけばよかった物を……」

 

「それでも、俺は間違いだとは思ってない。だからお前も気にすんなよ……いつもみたいに、あのリボンをつけて来いよ。あの髪型、俺は似合ってると思うし」

 

「お、お前の指図は受けん!」

 

「そうかよ……」

 

 

今もそうだが、子供ながらに素直になれず、一夏に対しても、冷たかった。

しかし、あの時の一夏は、とても強く、そしてカッコ良く見えた。

そんな一夏の姿に、箒は一目惚れしたのだと思う。

 

 

 

「そんじゃ、とっとと稽古を再開しようぜ、篠ノ之」

 

「箒……」

 

「え?」

 

「箒だ……! うちは父と母も姉も、みんな『篠ノ之』なのだ。それじゃあ紛らわしいから、これから私の事は『箒』と呼べ」

 

「そうか……なら俺も!」

 

「なに?」

 

「俺も『織斑』は二人いるからな、俺の事も、『織斑』じゃなくて『一夏』って呼べよ!」

 

「……ああ、一夏」

 

「うん……これからもよろしくな、箒!」

 

 

 

 

 

幼い日の記憶。

今の一夏は、あの時と同じ目をしていた。

そして、一夏は箒に背中を向け、今もなお空中で戦っている刀奈たちに視線を向ける。

 

 

 

「じゃあ、俺は先に行ってるよ」

 

 

それだけ言い残して、一夏は先に飛び立った。

新しい翼を手に入れた一夏は、今までにないほど速く、美しいと思えた。

 

 

(私は……あの背中を追って……!)

 

 

 

そう、その隣に並びたいと思った。

一夏の様に強く、美しく……。

 

 

 

(私も、飛びたい……! 一夏と楯無さんのいる、高みへ……飛びたい!)

 

 

 

二人のいるところへ……どこまでも、高く飛びたい。

その願いを、紅椿が聞き入れた。

 

 

 

「ん、これは……!?」

 

 

 

突如、紅椿に変化が起きた。

すべての装甲が、黄金色に輝き始めたのだ。

この現象を、箒はよく知っている……これは《ワンオフ・アビリティー》の輝き。

一夏が発現させた時にみた輝きと、全く同じものだった。

 

 

 

「《絢爛舞踏》……紅椿のワンオフ・アビリティーか!?」

 

 

 

戦闘データが蓄積されていき、一定量を満たしたために起こったものだろう。

そしてそれを頷けるかの様に、箒の視線には能力の名と効果が表示された。

それを見て、ふっ、と笑うと、一夏からもらった白いリボンを、頭の後ろに持っていく。

デザインも、長さも同じ。一夏が褒めてくれた髪型……それを、一夏からもらった、大切なプレゼントでもう一度形作る。

 

 

 

「よし……行くぞ、紅椿!」

 

 

 

 

 

大空へと羽ばたく紅い翼。

ともに戦うために、ともに強くなっていくために……。

目指すべき高みに届くために……。

箒は飛んでいったのだった。

 

 

 

 






次こそは、次こそは大丈夫だと思います。

そして、長かった箒の一夏に対する気持ちの修繕なんかも、福音戦決着と同時に、ケリつけるつもりですので……。


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第45話 君の名は……

ようやく終わったぜ臨海学校編‼︎

しかも初の20000文字超え!
基本的に一話10000文字と決めて書いていたので、もう二話分を一気に書いた気分です。




戦闘が始まって、もう何時間も経っている。

空は夜の星空から、だんだんと明るくなり始めて、あともう少し時間が経てば、夜明けが近いだろうと言うところまで来ていた。

そんな時間帯に、一際激しい剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 

 

「はあああっ!!!」

 

「Laーーッ!」

 

 

 

《二次移行》を果たした一夏の白式。

その名も《白式・熾天》だ。

白式の基本的外装は変わらないが、その装甲の上に、新たに追加された薄紫色の外装……。

ある種の仮想世界において、ストレアと名乗った剣豪と呼べるほどの腕前を持った少女との決闘の末、一夏は勝利し、彼女と、彼女とともに試練を言い渡した騎士達から、新たな力を授かった。

その性能は想像を絶し、かつての白式の数倍以上のパワーやスピード、スペックを誇る。

ここまで押されていた福音に対し、一歩も譲らない……いや、それどころか、逆に福音を翻弄しているとさえ言える。

 

 

 

「Laーーッ!」

 

 

 

形態変化を起こしたと言っても、基本的な戦闘スタイルは変わらない。

近接戦闘における戦闘能力が、格段に上がっているのだ。

故に、元々近接戦闘能力が低い福音が取る手段としては、一旦距離を置いてから、遠距離攻撃に切り換えるのがセオリーだ。

 

 

 

「そんなもんに!」

 

 

 

降り出すエネルギー弾。

しかし、一夏は躱すどころか、左腕を大きく振った。

すると、左手の甲から、先ほど《雪華楼》から飛ばした水色のライトエフェクトが迸り、エネルギー弾から身を守る、盾のように鮮やかな光が広がったのだ。

 

 

 

 

「なんなの、あの光は……」

 

 

 

福音と一夏との戦闘を間近で見ていた刀奈の口から、そう言葉が漏れた。

あのライトエフェクトには見覚えがある。

何を隠そう、SAOの時に使われていた技術だ。そしてそのシステムを搭載している機体が、自分のミステリアス・レイディを含めた、月光、閃華、白式の四機。

だがそれは、武器である剣や槍、刀や肉体……強いて言うならば、ポリゴン粒子によって形成された仮想世界のアバターの体に纏われるものであって、それを “斬撃や盾として飛ばす” まではできなかったはずだ。

確かにソードスキル使用後には、その剣が通った軌道上に、ライトエフェクトが残痕として残る事はあったが、それ自体が直接攻撃をしたり、防御可能になった事はない。

だがもし、形態変化を起こして、それが可能になったというのであれば……

 

 

 

 

「チナツの機体は……もはや第三世代型というカテゴリーから外れてる……?」

 

 

 

 

第三世代型のコンセプトが、操縦者のイメージ・インターフェイズを利用し、特殊兵器を搭載すること。

だが、それには相当な精神集中が必要となるため、とてもじゃないが、現段階では実験機止まりになっている。

だが、一夏にはそれがない。精神集中を強要されているような装備も無ければ、これと言った特殊兵器があるわけでもない。

しかし、単純にライトエフェクトを飛ばしているだけとは言え、それによって攻撃・防御を可能にしているという事は……。

 

 

 

「攻撃・防御・機動をマルチに支援する機体……第四世代型……っ!」

 

 

 

一つの答えにたどり着いた。

福音がそうであるように、もしかしたら、一夏の白式もまた、ただの形態変化ではなく、ISの世代間進化を起こしたのかもしれないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信はまだ繋げないんですか?!」

 

「無駄だ。連中の方で通信を切っているからな……。全く、あの馬鹿どもが……!」

 

 

 

 

その頃、旅館の方で作戦室にこもっていた千冬達もまた、一夏を除いた専用機持ち達の独断行動に、苛立ちを覚えていたが……そこに、怪我で寝込んでいた筈の一夏までもが、戦闘海域に侵入し、福音と交戦に入った。

これには流石の千冬も驚いたと同時に、怒りが爆発した。

 

 

 

「それにあの馬鹿は! 一体、何をしているんだ!」

 

 

バンッ! と机を叩く。いや、殴る。

その姿を隣で見ていた真耶は軽く悲鳴をあげ、他の教員達も、ビクッと体を震わせていた。

 

 

 

「帰ってきたらただじゃおかんぞ……!」

 

「お、織斑先生………その、織斑くんは、えっと……一応けが人ですし……」

 

「ほう? “けが人” と言うのは最前線で戦えるような人間のことを言うのですか? 山田先生」

 

「ヒィッ! ご、ごめんなさい、なんでもないです!」

 

 

 

千冬の一睨みで即座に顔を縦にふる真耶。

今の千冬は鬼をも恐れる存在だろう……。

だがそうした後には、ため息を漏らし、不貞腐れたかのように戦闘画像を見つめている。

 

 

 

「それにしても、ここで《二次移行》を起こすとはな……」

 

「そうですね。《白式・熾天》……従来の近接戦闘型のバトルスタンスに、中・遠距離対応型の新たなシステムですか……。

ほんと、織斑くんたちには驚かされてばっかりですね」

 

「桐ヶ谷も……ISのエネルギーを攻撃に注ぎ込む荒技をやってのけるとはな……。

だが、それで自分の機体をダメにしているようでは、まだまだだな」

 

「いやいや。桐ヶ谷くんの荒技は、過去の国家代表の選手でもやった事のない技術ですよ?

織斑くんや織斑先生の技……《零落白夜》のように、諸刃の剣ともなりえる技ですが、破壊力だけで見れば、『雪片』に匹敵しますよ」

 

「まぁな……」

 

 

 

 

そこまで言って、千冬は沈黙してしまった。

ただジッと、今もなお戦闘が繰り広げられている戦闘海域の映像を見ながら……というよりは、睨みながら、何かを考えている様にも思えた。

 

 

 

(ISの基本的システムを度外視した技術……、コア自身がつけた独自のリミッターの強制解除……、そして世代間を超えたISの形態変化……。

ここへ来てからと言うものの、あまりにも色んな事が起き過ぎだ……)

 

 

 

 

ISの進化には、長い年月と操縦者自身の努力と才能が必要不可欠だ。

ISは独自の意識に似た物を持っており、コア自体がそれぞれ違った観念や意識を持っている。

故に急成長を遂げる物もあれば、全く花咲くことなく、機体の初期化をすると言う事も珍しくはない。

だが、だからと言って、今回ばかりは千冬も驚かされてばっかりだ。

福音の暴走にも驚きはしたが、それだけにとどまらず、オーバーリミットを起こし、和人が新たなISの操縦技術を生み出し、一夏の白式が早くも二次移行を起こした。

それも、ISの世代間を超越した究極的な進化を起こしたのだ。

こんな物、ISが誕生してから10年になるが、今まで一度たりとも無かったというのに……。

なのに……なぜ……。

 

 

 

「これもお前が仕組んだことなのか……束」

 

 

 

誰に問いかけているわけでもない言葉は、誰に聞かれることもなく、消えていく。

この一連の出来事が、たった一人の人物によって引き起こされた物なのか、あるいは偶然か……。

だが、この場合は前者の方がまだ納得はいく気がするのが、少々気に入らないと思ってしまった。

 

 

 

ーーどちらにしても、また一夏達を危険に晒すというのなら、私は容赦しないぞ……束……ッ!

 

 

 

 

この場いないーーいつの間にか居なくなっていたーー友人に向けて、殺気にも似た思いを飛ばした千冬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘェ〜……白式はそう言う進化を遂げたかぁ〜……♪」

 

 

 

他の誰もいない断崖絶壁の崖の上。

その崖の端に腰掛け、水平線の先で行われている戦闘を、空中に投影された空間ウインドウ越しに見ているウサミミアリス。

一番気になっていた機体……白式が進化することを、彼女は知っていた。驚異的な身体能力……強いては、戦闘能力を手に入れた一夏と、失敗作として破棄されていた機体……それらが組み合わさったら、一体どの様な機体になるのだろうと……。

面白半分で渡してみて、その結果が思いもよらない形で出た。

 

 

 

「《展開装甲》……それを全身に装備したのが紅椿。まさか、“一部” とはいえ、《展開装甲》を発現して、紅椿と同等……いや、それ以上の機体性能を発揮するとはねぇ〜〜!

流石の束さんも、これにはビックリだよ〜〜。これも、いっくんだから出来たことなのかなぁ〜♪」

 

 

 

ニコニコとウインドウを見ながら、ウサミミアリス……束は心踊っている心境を吐露した。

 

 

 

「さぁ、もっと、もぉ〜と、束さんを驚かしておくれよ…………フフッ、フフフ、アハハハ〜〜ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、戦況は大詰めとなりつつあった。

福音との戦闘によって、さらなる性能を発揮する白式。高速戦闘が繰り広げられている中、一夏の白式に変化が起きた。

新たに進化したウイングスラスターの蒼い部分が、外側へと少しスライドすると、そこから藍色に輝くエネルギー体の翼が現れる。

翼の長さは、エネルギー体が出現する前の長さのおよそ二倍くらいの長さだろうか。

そして、体に取り付けられた薄紫の強化外装の甲冑には、赤いラインが走り、白式の機体性能が格段に上がったことを証明した。

 

 

 

「《極光神威(きょっこうしんい)》ッ!!!」

 

 

 

イグニッション・ブーストも目ではない程の超速機動。

これに対して、福音は面性圧力をかける。

エネルギー弾を、今まで以上の量で射出し、一夏の逃げ場を塞ぐ。

だが、そんなことで止められる一夏ではなかった。

 

 

 

「見える!」

 

 

 

降りしきる雨の中を、驚異的なスピードで駆け抜ける白式。

もはやエネルギー弾よりも、白式のスピードの方が速く感じられた。

凄まじい勢いで弾幕を抜け、即座に刀を振りかぶる。

福音はこれに反応し、後ろに下がりながらも《銀の鐘》による攻撃の手を緩めはしない。

だが、それでも……

 

 

 

「もっと速くーーッ!!!」

 

「っ?!」

 

 

 

福音の攻撃を物ともせず、勢いを殺すことなく福音に接近する白式。

振りかぶった刀を、何の躊躇もなく振り抜く。

惜しくも福音が半身を引いて躱してしまったが、それでも追撃は終わらない。スピードで上回り始めた一夏の方が、何かと分がある。

動きの先読みを感じることは多少しか出来ないが、それでも圧倒できる。

このまま一気に畳み掛ける。

 

 

 

「逃がすかよ!」

 

 

 

左手にも一本、刀を持ち、二刀流形態へと移行した一夏。

福音は攻撃仕様を変え、《銀の鐘》のエネルギーを収束し、エネルギー弾ではなく、レーザー照射へと変える。

これにより、威力もさることながら貫通力と正確性を向上しようという魂胆なのだろう……。

だがそれでも、一夏は止まらない。

何度となく一夏に狙いを絞って、レーザー光線を放つも、白式のスピードがまたも上回る。

 

 

 

「せぇやあああッ!!!!」

 

 

 

振り抜く一閃が、福音の装甲を斬り裂き、エネルギー翼すらも、まるでバターの様にスパーンと斬れる。

さすがに焦ったのか、福音は一夏に対して背を向けて、一目散に後退し始めた。

 

 

 

「っ、待て!」

 

 

 

一夏はそれを追いかけようとするが、突如、白式の形態が元に戻ってしまった。

藍色のエネルギー体で構成された翼は閉じ、装甲に走っていた紅いラインも消えている……。

これは……

 

 

 

「なっ、限界時間?! くそ、こいつも燃費の悪さは『雪片』に負けず劣らずかよ……‼︎」

 

 

 

どうやら新たに発現したワンオフ・アビリティー《極光神威》も、『雪片』が発する《零落白夜》同様に、自身のエネルギーを転換して発動するものらしい。

どこまでいっても白式は白式なのだと思ってしまった。

だが、これでは福音を落とすことは出来ない……ここまで来て、見す見す逃してしまったら、後になって大変な事になる。

どうしたものか、そう悩んでいた時、遥か彼方から、一夏に向かって飛翔してくる機影が二つ。

 

 

 

「チナツ!」

「一夏!」

 

「カタナ! 箒も!」

 

 

 

水色と紅色。

二つの機体が白色に近づく。

 

 

 

「箒、お前エネルギーが少なかったんじゃ…」

 

「それを回復してきたから、ここにいるんだ。一夏、手を出せ」

 

 

 

箒に言われるがまま、刀を納刀し、空いていた左手を出す。

そしてその手を、箒が握った瞬間……白式に、未知のエネルギーが流れ込んできた。

 

 

 

「っ!? これは……!」

 

「ほんと、チートも良いところね。失ったエネルギーを全快させるワンオフ・アビリティー。《絢爛舞踏》。

チナツの新しい能力もそうだけど、束博士の作った機体……下手すれば世界中の軍が欲しがるでしょうね」

 

 

 

 

刀奈の言葉に一瞬苦笑いを浮かべるが、今はそんな事に構ってはいられない。

今一番しなくてはいけない事……それは福音を止める事だ。

 

 

 

 

「何としてでも止めるぞ」

 

「ええ、もちろん」

 

「ああ……。そのために、私達はいるんだからな」

 

 

 

 

箒からのエネルギー譲渡も終えたところで、いざ目標の討伐に向かう……つもりだったのだが……。

 

 

 

「ちょっと、あたしたちの事忘れてんじゃないわよ」

 

「ここが正念場ですわね。最後までお付き合い致しますわよ?」

 

「僕もだよ。このままやられっぱなしは嫌だしね」

 

「無論、私も加勢する」

 

「私も……このまま押し切る」

 

 

 

鈴達も復活。

そして、その後方からも、こちらへと近づいてくる機体がある。

 

 

 

「悪りい、ちょっとシステム修復に時間がかかった」

 

「私たちも、当然参加するからね!」

 

 

 

和人と明日奈の登場により、これで全員出揃った。

 

 

 

「はい……。行こう、今度こそ……俺たちが勝つ!」

 

 

 

一夏の言葉を機に、全員が飛び出した。

福音を追いかける一夏と箒。その後ろで左右に展開する和人達。

まずは箒から。

福音と誰もいない無人島の上を高速で飛翔しながらの斬り合い。

二刀を振るい、福音の動きを封じ込める。

 

 

 

「一夏、今だ‼︎」

 

「おおおおッ!!!」

 

 

 

箒が押さえつけている間に、一夏が斬り込む。

だが、福音は箒にエネルギー弾をぶつけ、その身から箒を引き離す。

今度は向かってくる一夏に対して自ら斬り込んでいき、斬り結んでは離れ、斬り込んでは離れと、ヒットアンドアウェイ戦法をとる。

その隙に一夏を落とそうとエネルギー弾を降らせるも、一夏は《極光神威》を発動。

吹き荒れるエネルギー弾を躱していき、福音の懐へと侵入。そのままガラ空きになった腹部へと強烈な一撃を見舞う。

 

 

 

「ラウラ、簪‼︎」

 

「「了解‼︎」」

 

 

 

弾かれた福音の行く手には、《パンツァー・カノニーア》の展開済みのラウラと《春雷》のエネルギー充填を済ませた簪の姿が……。

 

 

 

「行けッ!」

「当たって‼︎」

 

 

 

それぞれの機体から放たれた閃光。

真っ直ぐ、ズレなく福音へと向かい走る砲弾と粒子砲。

だが、福音はこれをエネルギー刃で斬り裂き、防いで見せた。

そして今度はお返しとばかりに、二人に向けてエネルギー弾を放つ。

ラウラは砲撃の反動で動けず、とっさに簪がラウラの前に出て、防御壁を展開。

エネルギー弾を防ぐが、その衝撃に苦悶の表情を浮かべる。

当の福音は、そんな簪達に目もくれず、その場を離れようとするが、それを蒼く煌めく閃光が許さない。

 

 

 

「わたくしがここにおりましてよ‼︎」

 

 

 

先ほど倒したと思っていた、セシリアからの狙撃。

後ろを取られ、どうしたものかと動きを止めていると……

 

 

 

「おりゃあああっ!」

 

 

 

福音の胸元めがけて放たれた炎。

福音は咄嗟に腕をクロスして防ぐ。そしてその炎弾を放った人物を見る。

 

 

 

「一夏、もう一回よ!」

 

 

 

海上から高出力の炎弾を放つ鈴。

そしてその後ろから、一直線に猛スピードで福音に迫る黒い機体。

右手に持つ《エリュシデータ》が紫に染まる。

 

 

 

「せぇやあああッ!」

 

 

 

片手剣スキル《スネーク・バイト》。

横長に伸びたバッテン型にライトエフェクトが煌めき、福音の装甲を破壊した。

 

 

 

「キャアアァァァァッ!」

 

 

 

和人に斬られた痛みからか、それとも我を忘れて放ったものなのか……ここへ来て福音が放った咆哮。

その直後、まるでダンスのターンでもするかのように、右回りに一回転。だが、ただ回ったのではない。

翼からばら撒かれたエネルギー弾。四方八方、すべての方位に満遍なくばら撒かれる。

その攻撃を一番最初に浴びるのは、当然のごとく鈴と和人。

だが、その二機の近くを疾る機影が二つ。

 

 

 

「鈴!」

「キリトくん!」

 

 

 

シャルが鈴を、明日奈が和人を捕まえて、その場を一気に離脱する。

シャルがエネルギーシールドを張り、明日奈は和人の装備品である《ブラック・プレート》を引き抜き、それを盾代わりに使用する。

 

 

 

「一夏お願い! もう保たない!」

 

「カタナちゃん!」

 

 

 

 

辺りが爆煙によって遮られ、その中心にいる福音。

昇り始めた太陽を背に、煙の向こうにいるであろう敵の様子を伺う。

だが、そこから出てきた物に、福音は驚き、躱すことができなかった。

 

 

 

「《グングニル》ーーーーッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

風を切る強烈な音。

その音が響いた時、その音がした方向を見た福音の左側の翼は、一瞬にして消し飛んだ。

後に残る深紅のライトエフェクトが、翼を捥いだ正体だと知った。

ユニークスキル《二槍流》に許された、唯一の投擲スキル。

かつては神話の神が放ったとされる百発百中の槍《グングニル》。

その名に恥じぬ強烈な一撃。

そして、それを投じた刀奈の姿を捉え、手を伸ばそうとした瞬間、福音の視界には、もう一人別の人物の姿が映っていた。

 

 

 

 

「これで、終わりだーーッ!」

 

 

 

《極光神威》を発動させ、藍色の翼を広げた騎士……いや、侍が、またいつの間にか懐へと入り込んでいた。

右手に握る刀の柄、左手に鞘。その刀身は、鞘に戻られており、その状態で間合いを占領してきたのだ。

その構えは、まぎれもない抜刀術の構え。

そこまで認識した時、福音は見た。

鞘から放たれた白銀の輝きを……。刀の刀身すら見えない、いや、見て取れないほどの速度で振り抜かれた、必殺の一撃。

 

 

 

 

「《天翔龍閃》ーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

いつ斬られたのか、解らないほどの剣速。

《極光神威》によって加速した白式……一夏の体から、神速を超える抜刀術へと繋げる、ユニークスキル《抜刀術》とそのサブスキルである《ドラグーンアーツ》の技を複合した上で、対人、対モンスター戦において、一撃必殺を可能にする真に最強の一振りとも言える奥義。

《天翔龍閃》

白銀色に輝いた刀身は、福音の身を斬り裂いた……のではなく、その周りにある、シールドエネルギーを斬り裂いた。

斬られた福音は、一度は空高く舞い上がり、綺麗な放物線を描いて飛んでいたが、そのまま海上に向けて一直線に落ちていった。

 

 

 

「あっ、やべえ!」

 

 

 

一夏が急いで福音を追いかけようとしたが、当の福音は、後ろから追ってきていた鈴の手によって救出されていた。

 

 

 

「まったく、詰めが甘いのよあんたは……」

 

「悪りぃ、助かったよ」

 

 

 

通信の音声から、愚痴をこぼされ、一夏は苦笑いを作った。

だが、そんな苦笑いも、降り注ぐ朝日の光によって、いつの間にかかき消されてしまったが……。

 

 

 

「終わった……んだよな……」

 

「ええ、終わったわ……。私たちの勝利よ」

 

 

 

いつの間にか隣にきていた刀奈に視線を移し、そっと微笑む。

すると、刀奈の方から、一夏の体に身を投げ出すようにして抱きついてくる。

 

 

 

「はぁ〜〜……。疲れたぁ〜」

 

「あぁ、俺もだよ。って言うか、俺、一応けが人なんだけど……」

 

「最後に奥義ぶっ放して平然と立ってられる人間が、けが人だとでも?」

 

「あ……いや、なんでもないです」

 

「でも、よかった。ほんとに……」

 

「カタナ……」

 

 

 

 

一夏の胸に顔を埋め、背中に手をまわす。

ISスーツ越しに伝わる彼女の熱に、一夏は、生きている実感を得た。

愛する人を、仲間を守れた……。そして、自分も生きている。今日は色々あったくせに、なんだが、途轍もない達成感があった。

 

 

 

「さあ、帰ろうか……」

 

「ええ、帰りましょう」

 

 

 

 

手を繋いで、鈴たちが待つところまで飛翔する。

その後、本作戦に参加した10名全員が、作戦本部のある旅館へと帰投したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、作戦完了……と、言いたいところだが、お前たち全員は、重大な違反を犯した」

 

 

 

旅館に戻って早々、入り口で待っていた担任教師である千冬と、副担任の真耶に発見され、全員その場に立ち並んでいた。

 

 

 

「全員、命令無視の独自行動……。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用のトレーニングメニューを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「……はい」

 

 

 

帰ってきて早々に説教タイム。

せっかく勝ったと言うのに……その勝利の余韻すらも味あわせてくれないとは……。

だが、そんな事口が裂けても言えない。

なんせ目の前にいるのは、世界最強で鬼教師な千冬なのだ。

そんな事を思っていると知られたからには、強烈な拳が飛んでくるのだから……。

 

 

 

「お前、何か失礼な事を考えてないか?」

 

「ナ、ナンのコトでしょう……」

 

「片言になっているぞ」

 

「うっ……」

 

 

何故ばれた?

そんな事を考えていた時、強烈な一撃を脳天に食らった。

 

 

 

「ぎゃんっ!?」

 

「ふんっ……。これでも手加減してやったんだ。感謝しろよ……」

 

「いや、何を感謝しろと?」

 

「ほうほう、もう一発行きたいと?」

 

「い、いえ! すみません、俺が悪かったです!」

 

 

 

頭を押さえ、涙目になりながら立ち上がる一夏。

それを隣で見ている刀奈と和人の二人は、「仕方ないなぁ」と言った表情で苦笑している。

そんな一夏を見ていた真耶が、おずおずと出てきた。

 

 

 

「あ、あのぉ……織斑先生。もうそろそろその辺で……その、けが人もいますし……」

 

 

 

けが人……確かに軽い負傷はしている者がいるが……たった今。約一名。

その他にも、福音との戦闘で軽傷を負った者もいるため、見た目は軽いが、思わぬ重症に繋がらないとも限らないため、急いで処置する必要がある。

 

 

 

「さぁ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで見せてくださいね? あっ! もちろん男女別ですよ?! わかってますか、織斑くん、桐ヶ谷くん!?」

 

「「言われなくてもわかってますよ」」

 

 

 

 

即答する二人。

なんせ真耶が「脱いで」と言った瞬間、二人に向けて濃密な殺気が飛んできたのだから……。

その殺気を飛ばしてきた者たちの顔は、笑ってはいるが、そこに光はない。

そして周りにはドス黒いオーラが見える……。いや、気のせいだ。戦闘による疲労のせいだろう…………そう言う事にしておこう。

 

 

 

「一応水分補給も忘れずに! 夏はその辺も注意してくださいねぇ〜!」

 

 

 

せっせとスポーツドリンク、タオルなどを用意してきた真耶から、各自それぞれ受け取って、言われた通り診断の準備に入る。

そんな時、不意に咳払いをする者がいた。

 

 

 

「んっ、んんっ……。まぁ、なんだ……」

 

 

 

千冬だった。

おもむろに咳払いをして、みんなの視線を集めておきながら、いざ視線が集まると、そっと自分自身の視線を明後日の方向へと向け、言った。

 

 

 

「全員、よくやったな。よく無事に戻ってきた」

 

 

 

照れくさそうに言って、千冬はすぐさま背中を見せて、旅館の中へと歩いて言った。

なんだかんだで、みんなの身を案じてくれていたのだ……そんな千冬に、心の中で感謝の言葉を言った一夏だった。

 

 

 

 

 

 

「ね、ね、結局なんだったの? ねぇ、教えてよぉ〜シャルロットォ〜」

 

「……ダ〜メ。機密事項なの、喋っちゃいけないの」

 

 

 

食膳を囲みながら、旅館の板前さんが丹精込めて作ってくれた夕食を食べる。と、そこに生徒たちが専用機持ちのところに集まっていた。

作戦終了の後、専用機持ち達は自室で休んでいた。

夜が明けて、不安な状況を脱したと知った一般生徒たちは、ホッとした表情で、帰ってきた専用機持ち達を迎え入れた。

そして、専用機持ち達が自室で休んでいる間、一般生徒たちは昨日出来なかったISの稼働訓練を受けて、今それが終わり、温泉を堪能して、今の夕食の時間というわけだ。

そして一組の女子たちが、専用機持ち達の中でも、取っつきやすいシャルに寄ってくる。

だが、みんな知らないだろうが、この中で一番責任感が強いのは、他でもないシャルなのだ。

 

 

 

「ちぇ〜、お堅いなぁ〜シャルロットは」

 

「他のみんなは? ねぇ、何か知らないの? 先生たちに聞いても、何も教えてくれなくて……」

 

 

 

シャルじゃダメだと思い、同じ食卓で食事をしている鈴やラウラ達に聞こうとするも、当の本人たちも一切話す気がない。

 

 

 

「私たちだって詳しい事は何にも聞かされてないのに……」

 

「それに、聞けばお前達にも監視がつけられる事になるぞ? それでもいいのか?」

 

「うへぇ……それは嫌だなぁ」

 

 

貴重な青春時代を、監視の目がついた状態で過ごすのは、流石に嫌なものだ。

その言葉を聞いた瞬間、周りに集まっていた生徒達は、さっさと自分の席に戻って行った。

 

 

 

「はぁ〜、ようやく終わった」

 

「結構時間がかかったねぇー。ユイちゃんもありがとね」

 

『どう致しましてです!』

 

 

 

と、そこに和人と明日奈が現れる。

和人は自分のISのシステムを、愛娘のユイとともに、可能な範囲で修復していたようだ。

そして明日奈は、本作戦で撃墜した福音の操縦者のところに行き、出来うる限りの世話をしていたみたいだ。

作戦終了後、鈴が救出した福音の操縦者は、学園が呼んでいた救護班の応急処置を行ったそうだ。

やはり福音の暴走は、搭乗していた操縦者の体にも影響があったようで、数ヶ月は安静に過ごしておかなくてはいけないらしい。

 

 

 

「あっ、明日奈さん。福音のパイロットは?」

 

「うん、命に別状はないって。さっき見に行った時、起き上がっててビックリしたよー」

 

「そうですか……。何はともあれ、よかったですね」

 

「そうだね……ほんと、みんな無事に帰って来られて良かった……」

 

 

 

そう言いながらも、明日奈と和人も席に座り、用意された食事に舌鼓を打つ。

と、その時、明日奈がある事に気づく。

 

 

「あれ? そう言えば、チナツくん達は?」

 

「「「「あ……!」」」」

 

 

 

ほんとにそう言えば……。

よく見ると、その場には一夏の他、刀奈と箒もいない。

はて、どこにいるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「フゥ〜……」

 

 

 

その当の本人は、月の光が満ちている海辺……より正確には、岩場にいた。

降り注ぐ月明かりに照らさながら、一夏はその岩場の一角にあった、丁度座れそうな岩に腰かける。

そして徐に夜空を見上げながら、今日の出来事を思い出す。

旅館に来て、海を堪能し、初日に美味しい夕食を食べて、温泉につかり、翌日、福音との戦闘……それも三回。

一度目はわざとタゲをとって、そのまま追討戦を行い、それが終わると、全員で囲んでの包囲戦。

一度落とされ、死にかけてからの再戦。

新たな力を……翼を得た。それによる白式の強化も驚きの連続だ。

後で調べてみたが、白式は第四世代型に進化していた。

新たに装備したウイングスラスターは、まぎれもない《展開装甲》であった。それに、今まで存在していたシステム……《ソードスキル・システム》にも変化が。

ライトエフェクトを、斬撃、盾として展開できるようになっていた。

また、白式のワンオフ・アビリティー《極光神威》の存在。

《零落白夜》は攻撃に特化したものだが、《極光神威》は機動性に特化したアビリティーになっていた。

しかし、それでも今までの白式にできなかった、攻撃・防御・機動の面でそれら全てを対応し、また全距離に対応した戦い方が可能になった。

これは、束が提唱した第四世代型ISのコンセプトと一致する。

それもこれも、一夏の望みを叶えてくれた、騎士と少女、そしてーーーー

 

 

 

「ストレアのおかげかな……」

 

 

 

そう言いながら、一夏はふと右手首に巻かれた白式を見る。

進化して以降、待機状態に戻した白式の形は、無骨なガントレットから、少しお洒落な薄紫と白のツートンカラーのブレスレットになっていた。

この薄紫色は、彼女を彷彿とさせる色だ。

一夏に剣を与えた騎士と、一夏に翼を与えた少女……そしてストレアは、一夏に身を守る鎧を与えた。

三人のくれた力が、今回の作戦を成功に導くてくれたのだ。

 

 

 

 

「いつか会えた時には、ちゃんとお礼を言わなきゃなぁ……」

 

 

 

 

会えるかどうかはわからないが、でも、何故だが会える気がするのだ。

と、そんな事を考えていると、後ろから足音が聞こえた。

こんな時間に外に出ているのは自分くらいだろうと思っていた一夏は、その足音のする方へ振り向いた。

すると、そこに立っていたのは……

 

 

 

「箒……!」

 

「一夏……! ここにいたのか」

 

 

 

箒だった。

作戦終了後、何となくだが箒が一夏に対してたどたどしい気がしていた。

まぁ、一度は死にかけてしまった人間に対して、その原因の一端がある人物が、そこまで馴れ馴れしくはなれないとは思うが、一夏にしてみれば、そんなことはあまり気にしていないのだが……。

だが、そんな箒が改まってここに来たという事は、何か話したいことがあった……と仮定してもいいのだろうか。

 

 

 

 

「どうしたんだよ。座らないのか?」

 

「あ、あぁ……まぁ……」

 

 

 

 

どこかぎこちない返答をしながらも、箒は一夏の隣に腰を下ろす。

旅館が用意してくれた浴衣に身を包んでいるためか、IS学園に入学したした時の事を思い出した。

箒は寝るとき、桃色の浴衣に着替えて寝ていたので、その印象が深く残っている。

昔から神社で篠ノ之流の剣術の修行もしていたこともあって、箒は和装がとても似合うと思っていた。

 

 

 

「その……体は大丈夫なのか?」

 

「ん? ああ……なんか、起きたら全部治ってたんだよなぁ……」

 

「な、なに?! そんな馬鹿な事があるか! あれだけの傷を負ったのだぞ……そんな、簡単に治るわけが……」

 

「と言われてもなぁ……実際に治ってんだからそう言うしかない」

 

「そ、そんな事が……」

 

「これってあれか? ISの操縦者保護機能」

 

「それは保護であって回復ではない。第一、傷が治るなんて、今まで聞いたことないぞ……」

 

「でもまあ、治ったんなら良かったじゃないか」

 

「よくない! 私のせいで、お前が……あんなケガをしたというのに……」

 

 

 

急にしょんぼりとなる箒に、一夏は若干どうしたものかといった表情になったが、何となく、俯いている箒の頭にポンッと手を乗せる。

 

 

 

「なっ、いきなり何をっ〜〜!?」

 

「あぁ、悪い。その、ついな」

 

「いや、まぁ……別に、嫌ではないのだが……」

 

 

 

途端に頬を赤く染めて、そのまま沸騰するのではないかと思うほど熱くなっていた。

 

 

 

「その、そんな簡単に許されると、私は……困る……」

 

「許すも何も……俺はお前を咎めたつもりはないぜ?」

 

「だからそんな簡単に許すな! あっ、その、すまん……」

 

「だからいいって」

 

「だ、だが……」

 

 

 

どうにもここ一番に頑固な性格が出てきた。

このままでは埒が明かないので、こうなったら、本人の意思を汲んでやろうではないか。

 

 

 

「わかったよ。じゃあ、箒。今からお前に罰を与えるぞ」

 

「う、うむ。望むところだ」

 

 

 

いざ言われると、箒は少し緊張した面持ちで目をつむった。

それを確認して、一夏は右手を伸ばして……

 

 

「あだっ!」

 

 

デコピンを一発。

 

 

「ほい、これで罰終了な」

 

「な、何だ今のは! 私を馬鹿にしているのか?!」

 

「いいや、大真面目だが?」

 

「ふざけるな。私は武士の娘だ、こんなことで情けをかけられたくはない!」

 

「情けって……。でもまぁ、これは本当の気持ちだよ。別にふざけても情けをかけてもいないよ。

俺はお前を咎めるつもりはないよ……。これが俺の本心だ」

 

「だが、私は一度、道を外そうとしたのだぞ? そんな私を、お前は許すのか……」

 

 

 

 

それはどうやら、福音戦のときに起きた密漁船の事だろう。

あの時、箒はその密漁船を見捨てろといった。確かに作戦の遂行中であった為、それを見逃す手だってあったかもしれない。

だが、一夏は断固としてそれを断り、貴重な白式のエネルギーを割いて、彼らを守った。

しかし箒は、見捨てろと言った。それと同時に、犯罪者に構うなとも言った。

その事に、一夏は一瞬ではあったが、深い怒りを覚えた。

そんな一夏の表情を初めて見たので、箒もその時の事を今でも覚えている。

 

 

 

「まぁ確かに、あれは言い過ぎじゃないかって思ったけど……それでも、俺にも経験があるからさ……何となくだけど、箒にそんな事を言って欲しく無かったってだけだよ」

 

「一夏……それは、お前があの世界に囚われていた頃の話なのか……?」

 

「っ……なんだ、聞いたのか?」

 

「ああ……。お前と和人さんが、温泉に浸かっている時にな。明日奈さんと楯無さんが教えてくれた」

 

「そうか……。なら、もう知ってんだろ? 俺があの世界でどうしていたのか」

 

 

 

 

レッドを狩るレッド。

《人斬り抜刀斎》の異名を持った存在だった事は、知っている。

それが悪い事なのか、良い事なのか……それは箒はもちろん、一夏にだってわからなかった。

 

 

 

「正直、あの頃は何が正義で、何が悪なのかなんて、わからなかったんだ。

普通に考えれば、そこでやめるのも一つの手だったけど……俺はそれでも戦い続けた。

俺の手には、多くの人の命を狩り取ってきた事に対する罪がある。だから、あんな事をしてしまった分、それに劣らないように、困った人を助けようと思ったんだ」

 

 

 

そう、それは今でもそうだ。

現実に帰ってきてからは、守りたい場所、守りたい人たちが増えた。

それを一人でどうにかするのは、少し大変だけど……今は一人ではない。

SAOの時からの知り合いも、恋人も、そして現実世界で出会った仲間たちもいる。

一人の力で失敗したのなら、今度は、みんなの力を借りる……。

もっと早く、気づけばよかったと思った。

 

 

 

「だからどうしても、あの時言った箒の言葉が許せなかったんだ……。悪いな、あの時はあんな言い方しかできなくて……」

 

「いいや、悪いのは私だ。姉さんから貰った紅椿に乗って、お前たちと同じ舞台に上がれると思って、柄にもなくはしゃいでしまった……。

そこが戦場だというのに、呑気に機体を乗り回して、初めて死の恐怖を知った。

一夏……あれが、あそこが、お前たちが戦っていた場所だったんだな……」

 

 

 

これでは、いつまでたっても追いつけないわけだ。

だが、今ようやく、箒はスタートラインに立てたような気がした。

専用機持ちとして、力を持つ者として、ようやくだ。

 

 

 

「まぁな。だから、お前はお前の道を行け。絶対に俺を真似するなよ? そんな事したら、お前も、俺が歩んだ修羅道に堕ちることになる……!」

 

「修羅道……か。確かに、あの時のお前は、修羅さながらだったな」

 

「ん〜……あんまりあの姿は見せたくなかったんだが……」

 

「…………心配するな、私は修羅道になんて堕ちはしない。お前が教えてくれたからな……その身をもって……」

 

 

 

 

後半の方は、何やら照れたような感情が伝わってきた。

チラリと箒の方を見ると、軽く俯きながら、両手の人さし指をチョンチョンと先っぽと先っぽを突ついている。

 

 

 

 

「さて、そろそろ戻るか……」

 

「あっ……待て、一夏!」

 

 

 

立ち上がり、旅館の方へと向かおうと思った時、箒の方から止められた。

 

 

「何だ?」

 

「いや、えっと……その……」

 

 

 

何かを言いたげなのは伝わってきたが、当の本人は、何やらモジモジとしており、中々切り出せずにいた。

 

 

「一夏……私は、お前に言っておきたい事があるんだ……」

 

「…………なんだ?」

 

「今から言うことを、ちゃんと聞いておいてくれよ? 聞こえなかったはなしだからな!」

 

「お、おう……わかった。ちゃんと聞いているよ」

 

「よし……すー……はぁー……」

 

 

そして、意を決したのか、大きく息を吸い込んで、呼吸を整える。

そして……

 

 

 

 

「一夏……私は、お前の事が……好きだ!」

 

「っ……‼︎」

 

 

 

 

たった一言。

それだけだった。だが、そのフレーズが、箒の言葉が、耳に響いて、頭から離れない。

いや、何となくわかっていた。刀奈と付き合い始めて、どことなく女の子の感情というのは、多少なりともわかってはきだしていたのだ。

だから、鈴や、箒の気持ちも、わかっていたが、何も言えなかった。

だけど、鈴とは話、それで分かり合えた……様な気がする。

一方的に “友達でいたい” とお願いした……自分自身、これは我が儘だとは思った……だが、鈴はそれを受け入れてくれた。

ならば、箒にも、ちゃんと伝えなくてはならない。箒とは、一番長い付き合いなのだから……それは幼馴染として、男として、絶対にしなくてはならない責務。

 

 

 

 

「ありがとう……凄く嬉しいよ。でも、悪い……俺には、もう……一生をかけても守りたいって、思える人がいるんだ……!」

 

 

 

箒の気持ちは、素直に嬉しい。

だって、ずっと幼い頃から一緒にいて、一緒に過ごして、一緒に学校に行ったり、剣道の稽古をしたり。

いろんな事をした。

そして、今でもそうだが、とても綺麗で、美人になった彼女から、好きだと言われたのだ。

それはとても嬉しい事だろう……だが、今の一夏には刀奈がいる。

どうしても守りたい……一緒にいたいと思う人が、すでにいる。

だからこそ、ちゃんと断らないと、それは刀奈にも、箒にも失礼だ。

 

 

 

 

「そうだな……知っている。お前は、お前にとって大事な人が、もういるんだもんな……」

 

「箒……」

 

 

 

明らかに泣いている。

本人は我慢しているんだろうが、それでも、瞳から溢れる雫を止める事が出来ない。

 

 

 

 

「……何を見ている、ここで私の事を気にするなよ? そうでなければ、楯無さんに悪いではないか」

 

「だが……」

 

「いいのだ。おかげで少し気が楽になった様な気がする……」

 

「……そうか」

 

「ありがとう、一夏。私はお前の一番にはなれないけど……それでも、お前とは幼馴染の、昔みたいな関係で居られれば、それで充分だ」

 

 

 

昔の様な……それは、剣道のライバル……という事でいいのだろうか。

笑いながらも、とめどなく流れてくる涙。

それを見ていると、なんだが自分の心も傷んでくる。

 

 

 

「何、そう難しく考える必要はないだろう。私も、お前に負けないくらい強くなってみせる。

そして、私を選ばなかった事を、いつか後悔させてやるからな!」

 

「…………ああ。一緒に強くなって行こう。俺も、お前も……!」

 

「ああ!」

 

 

 

何となくだが、最後は、昔の様に笑えた気がした。

その後、先に旅館に走って行ったのは、箒だった。

我慢していたが、やはり我慢しきれなかったのだろうか……走り去る背中を見ていた時、ふと、月明かりに照らされた大粒の雫が落ちるのが見えた。

あれは……きっと……

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

断らなければならないとわかっていても、女の子の泣く姿は……とても、見ていられない。

なんとかしてあげたいとは思うのだが、今、それをするのは、自分ではない……。

 

 

 

 

「うわー、女泣かせぇ〜」

 

「って、いつから見てたんだよ」

 

「ん? 箒ちゃんが、「体は大丈夫か?」って尋ねたあたりから」

 

「ならもう、ほぼ初めからじゃねぇか」

 

 

 

旅館のすぐ脇にある林の茂みから、人影が現れる。

その人物は水色の髪をした少女。

刀奈だった。

 

 

「箒ちゃん……大丈夫かしら?」

 

「……あいつは、結構我慢強いからな……。そんなあいつを信じる事しか出来ないよ」

 

「うわぁ……他人任せ……」

 

「俺が今行ったら、余計ややこしくなるだろう?!」

 

「まぁね……。でもまぁ、大丈夫でしょう。あそこには、鈴ちゃんやアスナちゃんもいるんだもん……。

後は、みんなに任せましょう……」

 

「ああ……そうだな……」

 

 

 

と、そこまで刀奈と話していた時に気付いた。

若干着崩した浴衣から、チラリと胸の谷間や、すらっと伸びた脚線美が見え隠れしている事に……。

 

 

 

「なんて格好してるんだよ……」

 

「ああ、これ? さっきまで温泉に入ってたから、ちょっと暑くって……」

 

「ここには女子しかいないからいいものの、他の男が見てたら、やばいだろう」

 

「あら? 私の体が、他の男に見られるのがそんなにご不満?」

 

「…………うん」

 

「うふふっ♪ 案外可愛いところがあるからねぇ〜、チナツは」

 

 

 

顔を赤くしながら素直に答える。

彼女といると、いつも主導権を握られる。

まぁ、それも慣れれば大した事ではないのだが。

 

 

 

「それにしても、本当に傷が無いのね」

 

 

 

と、考えている隙に、刀奈は一夏の浴衣を広げ、傷を負ったであろう胸板を見ていた。

 

 

 

「ああ……やっぱり、おかしい事なのかな?」

 

「う〜ん……まぁ、そうね。今までに操縦者の傷を癒したISの機能なんて無かったし……それも白式に目覚めた新たな力なのかしら?」

 

「まぁ、ISはまだわからない事の方が多いんだろう? なら、これもその一部に過ぎないって事だろう」

 

「そうね……それは後々調べれば分かる事でしょう。さて、そろそろ本題に入りましょうか……」

 

「え? 本題?」

 

 

 

 

本題とはなんなのだろう?

そう思った瞬間、刀奈が一夏の手を握り、勢いよく別の岩場の影へと引きずり込む。

そこは旅館の方からは死角となっており、その後ろには海が広がっている。

 

 

「え、えっと……カ、カタナさん?」

 

「さて、私を心配させた償いをしてもらおうかしら?」

 

「ええ! いや、まぁ……それは悪かったけど……」

 

「悪いと思っているのなら、ちゃんと誠意を見せなさい。言っておくけど、逃がさないからね♪」

 

「その笑顔が逆に怖いんですけど……」

 

 

 

そう言いながらも、刀奈の浴衣はさらに着崩れていく。

白くて細い肩が現れ、浴衣は重力に従って、刀奈の柔肌を滑り落ちる。

先ほど見えていた胸の谷間も、今はもう完全に曝け出している。

互いに体が暑くなっているのが分かる。

呼吸も少し荒くなっている……体が密着し、一夏の胸板に、刀奈の豊満な胸部が押し当てられる。

 

 

 

「さぁ、チナツ。私に悪いと思っているのなら、その誠意としてーーーー」

 

 

刀奈が更に、一夏に迫った。

首に両手を回し、かなりの至近距離で一夏を見つめる。

紅い瞳が、ゆらゆらと艶かしい光を放ちながら、一夏の瞳を見ていた。

 

 

 

「今夜は私に、優しくしなさい……」

 

 

 

 

口付け交わす。

いや、唇を奪う。

互いに求め合い、激しく体を欲する。

そんな激情が、海のさざ波に呑まれながらも、夜の一時を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ふふ〜ん♪」

 

 

 

 

一人、小高い崖の上で鼻歌交じりに空間ディスプレイに視線を落とす人物。

今日起こった戦闘で、束は面白い現象を何度も見てしまった。

福音の暴走による一時的なオーバーリミット。

和人がやってのけた擬似的な新システムアシスト。

紅椿の《絢爛舞踏》発動。

白式の形態変化による世代間超越。

そして、白式の生体再生。

 

 

 

「いやぁ〜、キーくんもいっくんも凄いなぁ〜! やっぱり二人にISを渡したのは大正解だったかも♪」

 

 

男には動かさないはずのIS。

それを動かしていること自体、驚くべき事だというのに、今の今まで、これほどの驚きに直面した事は無い。

何をどうすれば、こんな事が起きるのか……ISは自己の判断により、それに応じた進化をする様に設計した。

だが、ここまで束を驚かせた進化は、今までには全く無かった。

 

 

 

「それにしても、白式には驚かされたなぁ〜。何より生体再生が可能なんて……まるでーーーー」

 

「まるで、『白騎士』の様だな」

 

 

 

突如聞こえた声に、束は映し出していた空間ディスプレイを閉じ、いつの間にか後ろにいた親友の声に、耳を傾ける。

 

 

 

「コアナンバー001。お前か心血を注いで作り上げた、あの機体に」

 

「ふふっ……やぁ、ちーちゃん。なら、その白騎士はどこに行ったんだろうね?」

 

「白式……その読み方を『びゃくしき』ではなく『しろしき』にしてみればどうだ?」

 

「ふふふっ♪ せぇーかぁーい!」

 

 

 

口調は子供のそれだが、顔はいつもの束だ。

科学者としての顔になっている。

つまり、白式こそが、白騎士なのだ。外装などは全く違うものだが、その心臓部……ISコアは、かつて白騎士として活動していたものなのだ。

 

 

 

「でも変なんだよねぇ〜。確かに白騎士のデータは消して、初期化したはずなんだけど……。これも、いっくんだからかな?」

 

「…………」

 

 

 

この問いに、千冬は答えない。

千冬は今、崖の近くに生えた木の根元付近に立っている。

その木に背中を預けながら、腕を組み、束の話を聞いていた。

だが、今度は千冬の方から話を切り出す。

 

 

 

「一つ、例え話がしたい」

 

「ヘェ〜、珍しいね」

 

「黙って聞け。一人の天才が、ISの展示会に来た男子高校生達を、起動できる様に細工を仕掛けてあったISの元へと誘導する」

 

「…………」

 

「そしてそのISに、男子生徒二人が触ると起動する仕掛けをした。何も知らない男子生徒達は、何も知らないままISに触れる……。これで二人の男子生徒は、男なのにあたかもISを動かして見せたという風に見せる事ができる」

 

「…………でもそれだと、その時だけにしか、動かした事にしかならないよね。

ならその後、どう足掻いてもISは動かせない」

 

「そうだな。飽き性のお前が、そんな小さな事に一々こだわるとも思えん」

 

「ほほう! さっすがちーちゃん! わかっていらっしゃる。実を言うとね、束さんにもわからないんだよ。

どうしていっくんとキーくんがISを動かせるのか……」

 

「……そうか。なら、もう一つ、例え話がしたい」

 

「およ? 今日は多いね?」

「ふっ、嬉しいだろう?」

 

「まぁね」

 

 

 

 

まるで二人は、かつての学生時代に戻ったかの様に、気さくに話を続けた。

 

 

 

「一人の天才が、妹を晴れ舞台にデビューさせてやりたいと思う。そこで用意するのが、“最新鋭の専用機” と、“どこかのISの暴走事故” だ」

 

「…………」

 

「これに妹が使う最新鋭機を作戦に投入し、妹は晴れて専用機持ちデビューを飾る……」

 

「……凄い天才がいたものだねぇ〜」

 

「……ああ。かつて、数十カ国もの軍事コンピューターを同時にハッキングした、とんでもない天才がな」

 

「…………」

 

 

 

 

【白騎士事件】

かつて、日本に世界中の軍事基地から、多数のミサイルが撃ち込まれた。

原因は不明。何者かによるハッキングで、ミサイルが発射されたとの事だった。そんな危機的状況の中、一人の騎士が降り立った。

後に『白騎士』と呼ばれたそのISは、飛んでくるミサイルをことごとく撃ち墜とし、夕焼けとともに姿を消した。

その後、束によるIS……正式名称インフィニット・ストラトスが発表された。

つまり、白騎士事件から今の今まで、すべては束の自作自演の筋書きの一つだったという事だ。

 

 

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「……そうなんだ」

 

「…………束、お前は何を考えているんだ?」

 

「何を? うーんそうだねぇ〜……凄い事、かな」

 

「…………そうか。だがな、束。お前に一つだけ言っておきたいことがある」

 

「ほほう……それはいったい、何かな?」

 

「お前が勝手に実験や研究をするのは別に構わんが、その研究に、これ以上一夏達を巻き込むな」

 

「…………」

 

 

 

これは姉として、そして、親友としての忠告だ。

今はまだ寛容にしておけるが、その度合いを過ぎれば、今度こそ容赦なく手を出さざるを得なくなる。

 

 

 

「ふむ……。まぁ、そうだよねぇ……晶彦くんの創った世界で、いっくん達はずっと戦ってきたんだもんね。

でもさぁ、ちーちゃん。晶彦の行為は、絶対に許されない事だったのかな?」

 

「なんだと……?」

 

「だってさぁ、確かに晶彦くんの創ったゲームで、死んだ人はいっぱいいるよ……でもね、みんな根本的な事を忘れているんだよ」

 

「それは、なんだ……?」

 

 

 

 

束は、「ふふっ」と笑うと、一度こちらを振り返って言った。

 

 

 

 

「晶彦くんは、“科学者” なんだよ? 科学者たるもの、自分の探究心を費やしては、真理を追い求め続ける生き物。

晶彦くんのあれは、その成果であり、たどり着いた答えだったんだよ……」

 

「だからと言って、決して許される事ではないぞ! お前はそれをわかって言っているのか、束……!」

 

「うん、もちろん♪ そして、この束さんも、“科学者” なんだよねぇ〜♪」

 

「束、貴様ーーっ!」

 

「大丈夫大丈夫!すぐにどうこうするつもりはないよ……。今日はもう、凄いものが見れちゃったしね♪

でも、もっともぉっと、試してみたい事がいっぱいあるからね……またいっくん達と遊ぶ機会があるかもしれないよ?」

 

「お前ーーっ!」

 

 

 

怒りに駆られ、咄嗟に体を預けていた木から飛び起きて、束の方へと走り……だそうとしたのだが、すぐにやめた。

なぜなら、その探している本人が、忽然と姿を消したからだ。

 

 

 

ーーーー大丈夫。いっくんなら、どんな困難だって乗り越えられるって……。なんせ、ちーちゃんと束さんの弟なんだからね♪

 

 

 

 

風に乗って聞こえてきた、親友の声。

これはまだ、始まりに過ぎない。

そう言わざるを得ない言葉を残し、束は……天才科学者 篠ノ之 束は、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう〜……身体だるい……」

 

 

 

翌朝。

長かった臨海学校も終わり、皆撤収作業に入っていた。

かく言う一夏達も、せっせと帰る準備をしているのだが、その動きはみんな遅い。

なんせ、帰ったら地獄の懲罰トレーニングと、反省文というしたくもない事が待ち構えいるからだ。

そして一夏には、別の意味で手が動かない事が……。

昨夜は刀奈との熱い一夜を過ごしてしまい、精神的にも身体的にも疲れが残っている。

本当なら、今でも布団に横たわって寝ておきたいくらいなのだが、千冬がそれを許すとは思えない。

故に、なんとか遅れないように支度を急いでいる。

 

 

 

 

「カタナちゃん……なんか、肌がツヤツヤしてない?」

 

「あら、そうかしら? 気のせいじゃない?」

 

「ううん。なんかこう……スベスベしてるし」

 

「じゃあ多分、この間買った化粧水が良かったんじゃないかな? アスナちゃんにも教えてあげるわ」

 

 

 

 

お相手はなんだか朝から元気いっぱいだ。

結局疲れているのは一夏ただ一人のようだった。

 

 

 

「急いで荷物をバスに積み込め。それから、旅館の方への挨拶は忘れるなよ!」

 

 

 

千冬の声が飛ぶ。

ようやく支度を終え、お世話になった旅館の女将さんや、従業員の方達への感謝の言葉と挨拶を済ませ、一同は来た時と同じように、バスに乗り込む。

 

 

 

 

「フゥ〜……やっと終わりかぁ……」

 

「ああ、終わったな」

 

 

 

男二人。揃いも揃ってため息をついて、一度落ち着く。

二人とも、この臨海学校ではいろいろと経験し、何か得たものがあった。今度はそれを、どれだけ使いこなせるか……。

 

 

 

「こんにちは〜! あの、ここに織斑 一夏くんっている?」

 

 

 

そこまで考えた後に、突如一組のバスに乗ってきた金髪美女。

一組全員が(一人を除いて)誰だろう? と思っている中、唯一名前を呼ばれた一夏が立ち上がり、名乗る。

 

 

 

「あ、はい。俺が織斑ですけど……」

 

「ヘェ〜、君が……」

 

 

 

そう言いながら、金髪美女は、一夏の顔を食い入るように見回し、納得したかのように離れた。

 

 

「私はナターシャ・ファイルス。アメリカの国家代表にして、『銀の福音』のパイロットよ」

 

「えっ?!」

 

 

 

まさかのパイロットの登場に、一瞬困惑する一夏。

そして、そんな慌てた一夏の顔を両手で掴むと、顔を近づけて……

 

 

 

 

「昨日は私を助けてくれてありがと、白い騎士様♪」

 

 

 

ちゅっ

 

 

 

 

時間が止まった。

そして、今度は一気に弾け飛んだ。

バス内が騒然とする。

何故なら、ナターシャがキスしたからだ。幸い唇にではなく、額にだったのだが、それでもキスはキスだ。

一夏も突然の事に驚き、その場で立ち尽くした。

 

 

 

「な、なな……っ!」

 

「いずれまた会いましょう、織斑 一夏くん♪」

 

 

 

さらりとした表情で、ナターシャはバスを降りていく。

バスの中は、不気味なほど静かで、その静けさが逆に痛くて怖い。

 

 

 

「ふふっ……ふふふふふ……」

 

「っ!!!!」

 

 

 

後ろで悪魔が……いや、魔女が笑っている。

 

 

「ち、違うんだカタナ! お、俺も突然の事でーーーー」

 

 

とりあえず弁明を……と、思ったが、それを許すほど刀奈も寛容ではなかったらしい。

すぐに右手人差し指と中指が、一夏の口の中にねじ込まれて、一夏は喋ることすらできなくなった。

 

 

「なるほど……彼女の目の前で堂々と浮気をするとはねぇ……。チナツ、言ったわよね? 私以外の女とそういう事をすると、一体どうなるのかを……」

 

 

 

言った。

確かに言った……。

浮気は認めるが、もしそれが本気になった場合……それは『死』の宣告だと。

 

 

 

「ま、まっひぇ! まっひぇくれ、カタナ……!」

 

「問答無用……‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

白昼のバスに、断末魔の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

「全く、余計な揉め事を増やしてくれるな……」

 

「あら、かのブリュンヒルデも、あんなかしましい女子高生達の相手は荷が重い?」

 

「その呼び名はやめてくれ……あまり好きではない」

 

「これは失礼……」

 

「それと、お前も体験してみればわかるさ……あのガキ共の世話を焼くという事が、どれだけ心労になるかをな」

 

「ふふっ。それはそれで面白そうね」

 

 

 

世界最強のIS使い《ブリュンヒルデ》。

その名と姿を知らぬ者は、世界のどこにもいないだろう。

かく言うナターシャも、千冬の存在を畏敬している者の一人だ。

 

 

 

「それで、体の調子はどうなんだ? お前の相棒が暴走していた間、その反動はお前の体にも影響が出ていただろう……」

 

「そうねぇ〜、あちこち痛いわ……。でも、彼が助けてくれたからね。私と、この子を……」

 

 

 

今は待機状態になっている福音を、まるで我が子のように慈しむナターシャ。

だが次の瞬間、その表情には陰りが入り、その眼には、殺気が浮かぶ。

 

 

 

「この子は……私を守るために、自ら翼を折った……。飛ぶことが何よりも大好きだった……この子が…。

あれは事故なんかじゃない。何者かによって仕組まれていたものよ……!」

 

「…………」

 

「だから私は許さない……! この子から翼を、飛ぶための翼を奪い、貶めた人物を……私は決して許しはしない……っ!」

 

 

 

ギュと握る福音の待機状態のアクセサリーを、まるで何者にも触れさせないとばかりに、両手で胸元へと隠す。

 

 

 

「その気持ちは、わからなくもないが……今は大人しくしていろ。体のこともそうだが、お前には、査問会があるだろう?」

 

「…………それは命令? ミス・チフユ」

 

「いや、ただの忠告さ」

 

「……分かった。今はその忠告に従っておきましょう。さて、私ももう行くわ。彼には、改めて礼を言っておいて」

 

「ああ、了解した」

 

 

 

 

そう言って、ナターシャは自分を待っていた軍関係車両に乗り、その場を後にした。

それを見送った千冬も、一組のバスに乗り込み、学園に帰る手筈を整える。

 

 

 

 

「もうそろそろ帰るぞ! いつまでも騒いでないで席に着かんか、馬鹿どもが‼︎」

 

 

 

 

今だ騒がしいバス内を一瞬で鎮めて、バスの運転手に謝罪とお願いをし、バスを動かしてもらう。

こうして、短いようで長かった、一年生の臨海学校は無事終了ととなったのだった。

 

 

 

 

 

 




次回からは、夏休み編ですね。
ALOのクエストに、織斑宅訪問、夏祭りイベントも外せないですね。

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第五章 一夏の思い出
第46話 恋に焦がれる八重奏Ⅰ


今回から、夏休み編へと入ります。
まず最初は、定番の織斑家訪問です。





夏のとある日曜日。

ある家の前に、一人の少女が……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

その表札に書かれた、『織 斑』の文字をまじまじと見つめている。

夏の強い日差しが照りつける中、その少女……シャルロット・デュノアは固唾を呑んで立っていた。

 

 

 

「大丈夫大丈夫……。今日は家にいるって言ってたんだもん」

 

 

 

自分に言い聞かせる様にして、シャルは織斑家のインターホンに指を伸ばす。

だが、指先がボタンに近づいていくに連れ、次第に心臓の音が激しくなっていく。

 

 

 

「うっ……ううっ……!」

 

 

 

あとほんの数センチ。

だが、その数センチが中々進まない。

まぁ何と言っても、一夏の家なのだ。第一シャルは、フランスの代表候補生としての日々を送っていた為、不用意に他者と関わってはならない状況にいた。

そんなシャルが、好意を持てる男子……一夏の、よりにもよって彼の家に自分から行くことになったのだから、少しくらいは緊張してもおかしくないだろう。

 

 

 

「スゥ〜……ハァー……よし!」

 

 

 

一旦手を引っ込めだが、いよいよ決心して、指をインターホンのボタンに伸ばす。

と、その時……。

 

 

 

「あれ? シャルか?」

 

「え……?」

 

 

突然、背後から声をかけられた。

それも男の声で、この声は、とても聞き覚えのある声だった。

即座に後ろを振り返ると、そこに、買い物袋を下げて立っている一夏の姿があった。

 

 

「う、うわぁああッ!!? い、いい一夏!?」

 

「よう……。って、そんなに驚くことはないだろう……」

 

「あ、あああ、いや、ごめん! 急に後ろに立っていたから、驚いちゃって……」

 

「あぁ、悪い悪い。ちょっとコンビニに寄っててさ、そしたら、家の前でシャルがなんかしてたから……」

 

「あ、えっと……その……」

 

 

 

どうやってここに来たのか……いや、何でここにいるのかを話したほうがいいだろうと思ってはいるのだが、何分驚きのあまりどう説明していいのかわからない。

 

 

「え、えっと……ほ、本日はお日柄もよく!」

 

「……はい?」

 

「ち、違う! こうじゃない……えっと、IS学園のシャルロット・デュノアですが、織斑くんは……いますか?」

 

「…………いますかも何も……今目の前にいるじゃないか……」

 

「ううっ〜〜!」

 

 

 

一体シャルは何を言っているのだろう……。

そう思っているような目で、一夏はシャルを見つめている。

そしておそらく、その思いをシャルも察しているのか、若干涙目になりながら一歩引いてしまった。

だが、そのおかげでようやく落ち着いて来たのだろう……改めて一夏を真正面に見ると、大きく深呼吸をして……

 

 

 

「あ、遊びに……来ちゃった……!」

 

「お、おう……」

 

 

 

とびっきり最大級の照れ笑いで、女の子っぽい事を言ってみた。いや、どちらかという、彼女みたいな事を言ってみた。

 

 

 

(きゃああ〜〜っ! 僕の馬鹿僕の馬鹿! なに彼女みたいな事言ってるのさぁ〜〜ッ!!!)

 

 

 

一夏にはすでに彼女がいる。

それもとびっきり美人で、スタイルもよくて、強く、かっこいい歳上の彼女。

そんな二人を見ていると、とても羨ましく思えるのだが、幼馴染である箒と鈴の二人も、この二人のことはもう認めているし、なおかつあの鬼教師である千冬が、二人の仲を認めているのだ。

ならば、自分がその間に入る余地はないというのは、言われずともわかっている。

だが、しかし、それでも、一夏と一緒にいると、何だか落ち着くし、いろんな意味で、ドキドキする。

 

 

 

「そうか……なら上がっていけよ」

 

「えっ?! 上がっていいの?」

 

 

 

一人で自分の世界観に浸っていたシャルを他所に、一夏は快くシャルを自宅に招き入れた。

その行動に、シャルは少なからず驚きつつも、内心ではラッキーと思っていた。

 

 

「遊びに来たんだろ? それとも、なんか用事でもあったのか?」

 

「ううん! 全く! 微塵もないよ!」

 

「そ、そうか……。まぁ、とりあえず中に入ろう。今日は一段と暑いしな……」

 

 

手の甲で額の汗を拭う一夏の後ろ姿を見て、シャルは喜びを噛み締めながら後をついていく。

玄関の扉を開け、中に入る。

すると、そこにはすでに、靴が二足置いてあった。

それも、どう見ても女物の靴だ。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

まさか……まさかと思い、一夏の後を追いかけ、居間へと繋がっている扉を開けた瞬間、シャルは落胆した。

 

 

 

「おかえりなさ〜い♪」

 

「あ、シャルロット。いらっしゃい」

 

「な、なんで楯無さんと簪がいるのっ?!!」

 

 

 

台所で普通にエプロン姿を披露し、新妻よろしくおかえりなさいと言う刀奈と、その隣で、なにやら食器を片付けている簪がいた。

驚愕のあまり、シャルはしばしその場に立ち尽くし、視線を一夏へと向ける。

 

 

「ああ……二人は、つい一時間くらい前に来たんだよ」

 

「なっ……!」

 

 

 

学校ではいつも刀奈といるし、それ以外でも、他の代表候補生のメンバーや、もう一人の男子生徒である和人と一緒にいる事が多いため、一夏と一緒に話したり、遊んだりできるのは、この夏休みがチャンスだろうと思っていたのに……。

 

 

 

「ごめんな、二人とも。家の事すっかり任せちゃって……」

 

「いいのいいの。これも嫁修行だと思えば♪」

 

「私も、特にやる事とか無かったし……」

 

 

 

さらっと『嫁』というフレーズを使う辺り、流石は刀奈だと思わざるを得ない。

結局、自分の行動も無駄に終わったと思い、シャルは苦笑をこぼした。

 

 

「そう言えば、さっき家の事って……」

 

「ああ……俺も千冬姉も、学園にいるからな。この家の掃除なんかもしなくちゃって思ってた時に、カタナと簪が手伝ってくれるって言ってくれてな」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「まぁ、それももうそろそろ終わるから、デザートでもと思ってな。それで、コンビニに行って買ってきてたってわけ……」

 

 

 

一夏はそう言いながら、手に持っていた袋を掲げてみせる。

 

 

 

「そ、そうなんだ……。あっ、僕、何も持ってきてないや……」

 

 

お土産の一つくらい持って来ればよかったと、今更ながらに後悔してしまったが、「気にするなよ」と、一夏はシャルをリビングのソファーに座らせた。

そして、一夏の言った通り、その数分後に刀奈と簪が台所から出てきた。

部屋の床掃除に天井、壁や棚、トイレ、お風呂、台所の水周り。

普段は一人で一日かけてやる事を、三人でやるとあっという間に終わらせてしまった。

 

 

 

「お疲れ様、2人とも。凄く助かったよ、ありがとう」

「どう致しまして」

 

「ううん。その、意外と楽しかった……!」

 

「二人は、シャルと一緒にソファーの方でくつろいでいてくれよ。冷たい麦茶も出すから」

 

「うん、そうする〜!」

 

「ありがとう、いただきます」

 

 

 

 

刀奈はエプロンを一夏に返し、簪と二人でリビングのソファーに腰掛ける。

 

 

 

「それにしても、シャルロットちゃんがここに来るなんて……何か用事でもあったの?」

 

「い、いえ……べ、別に……ただ、近くを通りかかっただけなので……」

 

「この辺を? ここら辺って、あまり目移りする様なものは、何も無かったと思うけど……?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

何故だろう。

刀奈からの質問には少なからず悪意を感じる。

そして今も、どう答えていいのか困り果てているシャルを見ながら、ニコッと笑っている……。

これは完全に、すべての事を知った上で質問しているのだ。

 

 

 

(ど、どうしよう……楯無さんに内緒で、一夏とお話ししようと思って、ここへ来たなんて知られたら……!)

 

(……とか思ってるんでしょうねぇ〜♪ 別に話す分には構わないんだけど……。しかし、お姉さんを出し抜こうなんて、10年早いわよ……)

 

 

 

ニコニコと笑っている刀奈に対し、悔しさ半分、諦め半分といった心情が、心の中で渦巻く。

しかしそんな心境も、一夏の出してくれた麦茶で一瞬にして掻き消えた。

 

 

 

「ほい、麦茶」

 

「あっ、ありがとう」

 

「いただきます」

 

「ありがとう〜、いただきまーす♪」

 

「今朝作ったやつだから、もしかしたら薄いかもしれないけど……」

 

 

 

と言いつつも、三人は出された麦茶を普通に飲んでいる。

まぁ、飲んでくれるのなら、こちらとしてはよかったが……。

と、そんな三人を見ていると、今度は来客を知らせるインターホンの音が……。

 

 

「ん? また来客?」

 

 

今日はやけにお客さんが多い……。

現時点での家主である一夏が、部屋の中に取り付けられている内部カメラの映像を通して、外でインターホンを押した人物の姿を見る。

そこに立っていたのは……

 

 

 

「あれ、セシリア?」

 

『ごきげんよう、一夏さん。ちょっと近くを通りかかったので、様子を見にきましたの』

 

 

 

 

とても優雅で透き通るような声で答えるセシリア……なのだが、一夏の家の近くには、彼女が通うような施設や場所など……彼女の雰囲気に合うような物は全くもって皆無だと思うのだが……。

 

 

 

「通りかかった? こんな場所をか?」

 

『うっ……こ、これ! 美味しいと評判のデザート専門店のケーキですわ! これを買いに来ましたの、わたくし……。

それで、もしよろしければ、一夏さんも一緒にどうかとおもいまして……』

 

「お、おう……そう言う事だったのか……」

 

 

 

さて、どうしたものか……。

別にセシリアが来て問題はないのだが、すでに屋内には自身の恋人を含め三人の女の子たちがいる。

そこに新たな女の子が押しかけるとなると……。世間一般的には、ちょっと説明し辛い状況に陥る。

 

 

 

「チナツ、誰が来たの?」

 

「えっと……セシリアが……」

 

「……あらら〜」

 

 

ほんと『あらら〜』だよ。

だが、ここで追い返すのは気分が悪いし、彼女にも失礼だ。

せっかくこんな暑い中を、ケーキまで買ってきてくれたのだから、せめて冷たい飲み物を用意して、おもてなしをしてやらないと。

 

 

 

『あ、あの〜……一夏さん?』

 

「ああっ、悪い! すぐ開けるよ」

 

 

 

そう言って、リビングを出た一夏。

玄関でスリッパを履いて、外で待っているセシリアを迎えに行く。

セシリアも一夏の出迎えに、顔を綻ばせ、意気揚々と一夏の背中についていく。

しかし、そんなに上がっていたテンションも、リビングに入った瞬間に大暴落した株価並みに下がっていった。

 

 

 

「…………え?」

 

「はうぅ〜〜……」

 

「あらぁ〜、いらっしゃい、セシリアちゃん♪」

 

「外、暑かったでしょう? お茶用意するね。一夏、台所借りるよ?」

 

「ああ、いいよ。ここは俺ん家だし、俺が用意するよ」

 

「大丈夫。美味しい紅茶の淹れ方、虚さんに習ってきたから……任せて」

 

 

なんなのだろう……この状況は。

そう言いたげなセシリアの表情を汲んでか、刀奈がポンポンっと、自身の隣のソファーを叩く。

 

 

 

「まあまあ、そんな所に突っ立ってないで、ここに座りなさいな」

 

「え、あ、は、はい……って! なんで皆さんがここに居ますの!?」

 

 

 

なんだかデジャブを感じる………。

ついさっき、同じ事、同じセリフを聞いたような気がする。

 

 

 

「私と簪ちゃんはチナツの家のお手伝いに……シャルロットちゃんは遊びに来たの。セシリアちゃんは?」

 

「わ、わたくしは、最近話題のデザート専門店の新作ケーキを買ったので、一夏さんにお裾分けをと……」

 

「ヘェ〜、そうだったの〜」

 

「え、ええ、そうですのよぉ〜……お、おほほっ、おほほほ〜……」

 

 

 

顔が引き攣っている。

無論、ただお裾分けをしに来ただけではない。一夏の家に上がり、色々とお話をしつつも、一夏の事に関する事を少しでも知りたいと思った。

当然、刀奈がいるかもと思い、ケーキだって自分の、一夏の、千冬の、刀奈のと、四つは買ってきた。

だが実際には、千冬はおらず、シャルと簪の二人がいるという状況……。

 

 

 

(はぁ〜……二人っきりになれると思ったのに……)

 

(どうしてシャルロットさんが……まさか、抜け駆けしようと……! それに、何気に簪さんも抜け駆けしているなんて! 全く、油断も隙もあったものではありませんわね……!)

 

(うーん……これ、私も一応、抜け駆けしているって……思われてるよね?)

 

 

 

三者三様の思想が絡み合う。

そんな中、台所から紅茶を淹れてきた簪が戻ってくる。

優雅に漂う紅茶の香りが、リビングに広がっていく。

 

 

 

「ねぇねぇ、セシリアちゃんが買ってきたケーキ……いただいてもいい?」

 

「え? あ、ええ……もちろんいいですわよ? あっ、でも、ケーキが一つ足りませんわ」

 

「あっ、そうか……」

 

 

 

セシリアが買ってきたケーキは四つ。

しかし、この場にいるのは五人。誰か一人が食べられなくなる。

だが、そこは一夏が微笑みながら断った。

 

 

 

「ああ、俺はいいよ。さっきコンビニで買ったデザートがあるし」

 

「そ、そんな! せっかくですから、一夏さんがお食べになって。わたくしは、こういうのはいつでも……」

 

「いいっていいって。せっかくセシリアが買ってきてくれたのに、セシリアが食べなくてどうするんだよ。

それに、このコンビニのデザートだって、結構美味いんだぞ?」

 

 

 

そう言いながら、一夏はコンビニの袋の中にあるデザートの容器を取り出す。

その商品はモンブランだった。

甘く煮詰めた栗と、栗のクリームが綺麗にかけられている。

 

 

 

「で、ですが……」

 

「いいんだって。また今度の機会に、その噂のケーキを食べるからさ。今日は、セシリアとみんなで食べてくれ」

 

「そ、そうですか……。では、またのご機会には、必ず!」

 

「ああ……。楽しみにしてるよ」

 

「はい♪」

 

 

 

なんとも自然な流れで約束を取り付けたセシリアは、顔をほころばせて、両手を合わせ、まるで神に祈っているかのように目を閉じる。

なんだ? 天命でも聞いているのだろうか……?

そして、何故だが横にいる女性陣たちからのジト目が襲いかかる。

 

 

 

「「「ジーーー」」」

 

「な、なんだよ……」

 

「よかったわねぇー、デートの約束ができてー」

 

「デートとはまた違うだろ……っていうか、なんで棒読み……」

 

「楯無さんやセシリアばっかり……ずるいよ一夏」

 

「俺が悪いのか、これ!?」

 

「一夏、早く紅茶飲んで……冷めるともったいない」

 

「あ、ああ……って言うか、なんで簪も怒ってんだよ……」

 

 

 

理不尽だ……。

軽く溜息をつきながらも、一夏は簪の淹れた紅茶を啜る。

 

 

「ん、美味いな、これ!」

 

「ほ、ほんと? よかったぁ……!」

 

「うん。虚ちゃんに教わったって言うのは本当みたいね……茶葉の味がしっかり出てるわ」

 

「あ、ありがとう……お姉ちゃん」

 

「ううーん♪ 流石は簪ちゃんだわぁ〜♪」

 

「きゃあっ! も、もうっ、わかったから、いちいち抱きつかなくても……!」

 

 

 

妹に甘い姉ここに極まれり。

その様子を尻目に、シャルとセシリアも紅茶を頂く。

元々紅茶が主流の欧州出身である二人も、この紅茶の味に満足しているみたいだ。

 

 

 

「うん! ほんと、紅茶の香りがよく出てる!」

 

「わたくしは、もっといい茶葉を所望したところですが……。ですが、これはこれで悪くないですわね」

 

 

 

その後、セシリアの買ってきたケーキを食べる。

中に入っていたのは、マンゴーのムースと、レアチーズケーキのフランボワーズソース添えと、イチゴのショートケーキ、チョコのシフォンケーキだ。そこに、一夏の食べるコンビニのモンブラン。

全部違う種類のケーキに心が踊ってしまう。

マンゴームースをシャルが取り、レアチーズケを簪が、チョコシフォンをセシリアが頂き、イチゴのショートを刀奈が取る。

そして、みんながそれぞれのケーキを取ったところで、紅茶を飲みながらの優雅な時間を過ごした。

 

 

 

「ねぇ、チナツ。そのモンブランちょっと頂戴♪」

 

「ん…はい、どうぞ」

 

「あ〜〜ん♪」

 

「「あっ!」」

 

 

と、ここで、これ見よがしに一夏から刀奈への「あーん」。

しかもたった今一夏の食べていたフォークで食べているため、これはもう『間接キス』をしてしまっていることが明白だ。

羨ましい……と言った感じで、セシリアとシャルが見ている。

刀奈の隣にいる簪も、頬を赤くしながら横目でチラリと見ている。

 

 

 

「あら、二人も『あーん』がしたいの?」

 

「えっ? い、いや、別に……」

 

「そ、そうですわよ……。そんなの、淑女として……そんな……」

 

 

 

いざ話題を振られると、顔をさらに真っ赤にして、恥じらう乙女へと戻る。

 

 

 

「もう、そんなにしたいなら、言ってくれればいいのにぃ〜」

 

「え?」

 

「それってどういう……」

 

 

刀奈の言葉に、一瞬期待の眼差しを向けた二人。

だが、刀奈は自分のショートケーキをフォークで切り分けて、それをセシリアとシャルに差し出す。

 

 

「はい、あ〜〜ん♪」

 

「「…………」」

 

 

あんたじゃない!

そう言いたげな表情が伝わってくる。

まぁ、ニコニコしながらやられると、そう思いたくなってしまうか……。

 

 

「あは♪ 冗談よ、冗談。ほらチナツ、食べさせてあげたら?」

 

「え? ま、まぁ、それはいいけど……」

 

 

刀奈からの許可も出たことだし、なら問題はないだろうと思い、一夏は自身のモンブランを切り分ける。

そして今もなお、まるで餌を待つ小鳥のように口を開けている二人の口に、ケーキを持っていく。

 

 

 

「じゃあ、まずはセシリア……はい、あーん」

 

「あーん……」

 

 

 

食べた。

その瞬間、今まで食べたモンブランでは味わえなかった、未知の旨味が流れ込んでくる。

 

 

 

「ふあああ〜〜〜〜っ!!!」

 

「っ! ど、どうした?!」

 

「お、おお美味ひぃ……ですわね、うふっ、うふふ♪」

 

 

 

そのまま天に召されてしまうのではないか、と不安になる程のヘブン状態。

そんなセシリアを尻目に、今度はシャルが前に出る。

 

 

「つ、次、僕だよね……!」

 

「お、おう……」

 

 

 

妙な緊張感に包まれたが、気を取り直して一夏がケーキを持っていく。

 

 

 

「あ、あーん……」

 

「あーん……」

 

 

 

また食べる。

そして、またあの衝動が襲ってくる。

 

 

 

「んん〜〜っ!!!!」

 

「っ! えっと、本当に大丈夫か?!」

 

「…………うん、大丈夫。それに、僕、これ好きだなぁ……」

 

 

目がとろ〜んとなって、そのまま眠ってしまいそうな感じだ。

普通のコンビニのケーキなのだが……。

すると、今度はセシリアとシャルの座っている位置から正反対の所に座っていた簪に、シャツの袖を引っ張られる。

 

 

 

「簪?」

 

「一夏、不平等はよくない……!」

 

「え? もしかして、簪も?」

 

「うん……」

 

 

 

ここまできたら仕方ないと思い、一夏はケーキを持っていく。

 

 

 

「あーん」

 

「あーん……」

 

 

 

三度食べる。

そして、簪にも、同じ衝動が来たようだ。

 

 

 

「っ〜〜! ンンッ!」

 

「本当に大丈夫か?! これ毒とか入ってないよね?」

 

 

 

先の二人の様に声を出す事は無かったが、身悶えしながら旨さを噛み締めているその様子は、なんだかとても……エロい……。

 

 

 

「ん……こういうの、悪くないかも……」

 

「そ、そうか、それはよかった……」

 

 

 

これで全員終わり……。

そう思った時、それを終わらせない人物がいた。

 

 

 

「ほらチナツ、私のもあーん♪」

 

 

刀奈だ。

自分のショートケーキを切り分けて、一夏の口の前に差し出す。

 

 

「え? いいよ別に……」

 

「何よぉ〜、私のケーキが食べられないっていうの?」

 

「いや、まぁ……そんな事はないけど……」

 

 

 

なんとなく嫌な予感がするだけです……。

なんて言えない。

 

 

 

「じゃあいいじゃない。はい、あーん♪」

 

「……あー」

 

 

ん……と、食べようと思った瞬間、口の中に入るはずだったケーキがヒョイっと動いた。

刀奈が差し出したフォークの上に乗ったケーキは、一夏の口には入らず、勢いそのまま刀奈の口の中へと入った。

よくある悪戯かと思い、一夏は少しムッとした表情で刀奈をみた。

が、次の瞬間、刀奈の顔が近づいて、ケーキを含んだ口が、一夏の口に押し当てられる。

 

 

 

「んんっ!?」

 

「「ああっ!!?」」

 

 

 

キスしたのだ。

それも濃密なディープの方で……。

しかも刀奈の口の中にはケーキが入っており、当然一夏の口にも、刀奈の食べたケーキが入り込む。

確かに、『あーん』は『あーん』だ。

ただそれが “フォーク移し” なのか、それとも “口移し” の違いだが……。

ケーキの甘みと、クリームやスポンジの食感や味が伝わってくるのと同時に、何やら別のものまで流れ込んでくる。

 

 

 

「な、ななっ、何をしてますの!?」

 

「あうぅ〜〜っ!!!」

 

「んちゅ……え? 『あーん』だけど?」

 

「そんな『あーん』あって堪りますか!!!!」

 

 

 

絶叫に近いセシリアの声が、おそらくは近所まで響いたのではないだろうか……。

このセリフだけ聞くと、何やら可笑しな家の住人だなと誤解されてしまう……。

その後も放心状態になったシャルと、それを介抱する簪という絵面を横に、一夏の口周りについたクリームを舐め取る刀奈を説教じみた奇声を発するセシリアと、全くもって落ち着きがない日曜日のお昼時間を過ごした一夏であった。

 

 

 

 

「あっ、そう言えば……。ねぇ、一夏……一夏の部屋ってどこなの?」

 

「え? 俺の部屋? それなら、二階だけど?」

 

「ちょっと、見てもいい?」

 

 

 

と、いきなりの事だがシャルが提案する。

 

 

 

「まぁ、別にいいけど……なんでまた?」

 

「いや、なんとなく……その、気になって、えへへ……」

 

「そうか。でも、これと言って面白いものはないと思うけどな……」

 

「み、見ることに意義があるんだよ!」

 

 

 

 

どんな意義があるだろう……?

そんな事を思いはしたが、シャルの意見には賛成なのかセシリア、簪の二人も、目を輝かせながらこちらを見てくるので、もう断る事は出来ない状況になってしまった。

ちなみに刀奈は過去に何度も入っている。

 

 

 

「わかった……。じゃあ案内するよ」

 

「うん!」

 

「いざ、一夏さんのお部屋へ……!」

 

「出発……っ!」

 

「なんだか楽しいわね、これ♪」

 

 

 

リビングを出て、織斑家の二階へと上る。

階段を上って、廊下を挟んだ向こう側に、扉があった。

そこが一夏の部屋である。

廊下を左側に進めば、ベランダへと通じており、そこからの景色は意外に良い。

そして右側に進めば、そこにはもう一つの扉がある。

そこは……

 

 

 

「ああ、そっちは千冬姉の部屋だから、勝手に入ったことがばれたら殺されるからな。

絶対に許可なく入らないこと」

 

 

一夏の忠告をしっかりと意識して、今見た部屋のことはある意味忘れようとする一同。

そして、目的地である一夏の部屋へ、一同は入った。

 

 

 

「うわぁ……これが、一夏の部屋?」

 

「これが、殿方のお部屋なのですね……」

 

「意外と、綺麗……。男の人の部屋って、なんだか散らかってるイメージがあったけど……」

 

「まぁ、俺は家事を任されてるからな。他が良くても、自分の部屋が汚かったら意味ないだろ?」

 

 

 

千冬が外で働き、二人分の生活費を稼いでくれていた。

ならば自分もバイトをして、それを生活費の足しにしてほしいと、一度千冬に迫ったが、素気無く断られた。

「それはお前のために使え」と言われ……。

そして、初めて自分ののために買ったものが……いまも机の上に置いてある一世代前のPCだ。

だが、性能は未だ劣らない優れもの故、調べ物をしたり、ネットを見たりと、いろんな事に使っている。

そして、SAOの正規版も、このPCで予約した。

奇跡的にそれに当選し、ナーヴギアが届いた時には、凄く嬉しかった。

それがもう、二年も前の話になるなんて……。

 

 

 

「とう!」

 

「あっ!」

 

 

 

と、感慨深いものを感じていた矢先、刀奈が一夏のベッドに飛び込む。

ふかふかのベッドが、心地良いくらいによく弾む。

そしてそのまま、刀奈は掛け布団をその身に巻いて、ベッドの上をコロコロと転がる。

 

 

 

「楯無さん! 淑女としてあるまじき行為ですわよ」

 

「あら、結構良いものよ、これ。ふかふかだし、気持ちいいし……。それに……」

 

 

 

掛け布団に包まったかと思うと、思いっきりその中で深呼吸する。

 

 

 

「良い匂いがするし……♪」

 

「「い、良い匂い?!」」

 

「おいおい、恥ずかしいからやめてくれよ、カタナ」

 

「別に良いじゃない……寮じゃいつものことなんだし」

 

「「いつもっ!?」」

 

「あ、いや、それはカタナの言葉のあやってやつで……」

 

 

 

シャルとセシリアが一夏に詰め寄って、詳しい事情を聞き出そうするが、その間に、刀奈は簪に耳打ちする。

すると、簪は途端に顔を赤くし、姉を見返す。

 

 

 

「えっ、でも、一夏がそんなもの……」

 

「健全な男子なら、持っていなくてもおかしくないわ。それに、気になるでしょう?」

 

「それは……私はどうでも……」

 

「お願い! ちょっとだけで良いから……」

 

「…………分かったから、今のうちに……」

 

「ありがとう♪」

 

 

 

一夏の知らないところで、何やら協力関係が結ばれ、二人は早速動き出す。

刀奈が押入れを、簪がベッドの下を見る。

 

 

 

「って! 二人は一体何をしているだ!」

 

 

 

流石に気づいたらしく、一夏は怪しげな行動をとる姉妹を交互に見る。

姉は堂々と、妹は恥ずかしそうに下を向いて、二人が同時に答えた。

 

 

 

「「エロ本」」

 

「探すな! っていうか、俺そんなの持ってないし‼︎」

 

「エ、エロ本!?」

 

「エロ本? なんですのそれは……?」

 

 

 

エロ本の正体を知っているシャルが、正体を知らないセシリアにこっそり教える。

すると、次第にセシリアの顔は真っ赤になり、今にも沸騰しそうな勢いだ。

 

 

「い、いい一夏さん!? そんなものを持っていらっしゃるの?!」

 

「だから、俺は持ってないって!」

 

「ええ〜うっそだぁー。健全な男子なら、一つや二つ持っている筈よ」

 

「持ってないって! っていうか、たとえ持っていたとしても探すなよ!」

 

「え? だってこれって、彼氏の家に行った時に行う恒例行事じゃないの?」

 

「それは男友達が男友達の家に遊びに行った時に起こるイベントだから‼︎ いいから、今しばらくそこでじっとしていなさい!」

 

「そんなこと言ったって、私はチナツの彼女なのよ? なら、彼氏がどんなものを好きなのかを知っておく義務があるわ。

それに、それなら私にとっては有益過ぎる情報なわけで……」

 

「有益どころか俺にとっては有害だ。まぁ、いくら探しても出てこないぞ? なんせ持ってないんだし……」

 

「むー……!」

 

 

 

その後も一夏の部屋を調べて見だが、目的の物は見つからなかった。

その結果に刀奈はがっかりした様子だったが、一夏としてはなんとなく良かったと思った。

と、そう思った時、本日三度目となる来客の知らせが……。

 

 

 

「はぁ……今度は誰だ?」

 

 

 

そう言いながら階段を降りていくが、実際ところ、ある程度予想はしていた。

それに、その予想を頷けるかのごとく、勝手に玄関の扉が開けられ、勝手に廊下を歩く音。

 

 

 

「一夏ァ〜〜! いるんでしょう!?」

 

「おい、鈴。そんな勝手に……」

 

「無作法だと思われるぞ?」

 

 

 

鈴……一人かと思ったのだが、どうやらその後ろに二人ついてきているようだ。

それも、ものすごく知っている声だ。

 

 

 

「あれ? リビングにいない……って事は部屋か」

 

「ああ、確か二階だったな」

 

「おお! 師匠の部屋を見れるのか、鈴、早速案内しろ」

 

「なんであんたに命令されなくちゃいけないのよ」

 

 

 

どうやら降りなくとも、勝手に上がってきてくれるようだ。

幼馴染として何度も上がりこんでいるこの家は、自分の家同然らしい。

 

 

 

「あっ! いたいた一夏。ったく、出迎えくらいしなさいよね」

 

「人の家に勝手に上がりこんで言うことがそれかよ……」

 

「ああ、すまん一夏。勝手に上がり込んで」

 

「久しぶりだな、師匠。夏休みに入ってから、会う機会が減って、私は寂しいぞ」

 

 

 

幼馴染二人と、自称弟子の登場により、ここに再び国家戦力にも勝る群生が集結したことになる。

 

 

 

「ところで……」

 

 

 

と、鈴が一夏に近づいて、多少睨みながら問いかける。

 

 

 

「玄関にあったあの靴の数は何?」

 

「…………お前、もうわかってるだろ?」

 

「はぁ…………どいつもこいつも…」

 

 

 

あからさまに落胆している様で、力なく垂れ下がる両肩と頭を垂れる姿に、箒とラウラは顔を合わせるが、なぜ鈴がそうなったのか……二人はすぐに理解することになる。

 

 

 

「あらあら、これでみんな勢揃い、ってことになるわね♪」

 

「た、楯無さん!?」

 

「なんだと!? では、他に……」

 

 

 

 

視線を一夏の部屋に向け、ラウラは一夏の部屋へと入る。

そして見た。

一夏の部屋で、何の気なしにくつろいでいる専用機持ちの代表候補生三人の姿を……。

 

 

 

「なっ!?」

 

「ラウラ!?」

「ラウラさん!?」

「あ、いらっしゃい……」

 

 

 

なんとも締まりのない挨拶を交わし、家主である一夏がおもむろに頭を掻きながら、咳払いを一回。

 

 

 

「まぁ、一度下に降りよう。こんな暑い中来てくれたんだ。 ……茶でも飲んで、少し落ち着こう……」

 

 

普段と変わらない飄々とした雰囲気に呑まれ、一同は一夏の後をおい、一回のリビングへと向かったのであった。

 

 

 

 




次回は流れ的にみんなでお料理。
それから、箒の神社で夏祭り……まで行きたいと思っています。


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第47話 恋に焦がれる八重奏Ⅱ


今回はOVA2話目です。
お料理まではいきませんでした( ̄▽ ̄)




いやはや壮観な眺めである。

それはなぜか? まず第一に、一日本人の家に、多国籍の美少女たちが集っていること。

王道の黒髪に、茶髪、金髪、銀髪。そして水色髪。

しかもそこからポニーテール、ツインテール、縦ロール、一本結び、ストレート、短髪。

ある種の展覧会の様だ。

そして第二に……それぞれの出身地。日本人が三人、残りが中国、イギリス、フランス、ドイツの出身だ。

それも、そのほとんどがISの国家代表候補生ならびに国家代表だ。

それに含まれない二人は、現在最新鋭機である第四世代型ISを所持したイレギュラーと天才の妹。

その二人プラス他の代表生たちも専用機も持ったエリート揃い。国家転覆を充分に狙える戦力だ。

 

 

 

 

「にしても、来るなら来るで、誰か連絡すればよかったのに……」

 

「そ、そうだねぇ……ごめんね、気が回らなくて……あははは……」

 

「も、申し訳ありません……その、わたくしはケーキを買いに行っていたので、気づきませんでしたわ〜……」

 

 

 

 

最初に来た金髪の少女二人が、苦笑いを浮かべながら言う。

まぁ、この二人も、まさかこんなに来るとは思っていなかったが故だろう。

 

 

 

「し、仕方ないだろう……急遽、暇になったのだから」

 

「そうよ! それとも何、急に来ちゃいけなかったの? エロいものでも隠すとか……!」

 

「そんなもんねぇって……」

 

「私はいきなり来て驚かせようと思っただけだ。しかし、そこに鈴と箒がいたのでな。丁度二人も、師匠の家に行くと言っていたし、私はそれに賛同したまでだ」

 

 

 

恐ろしく自信満々に答える銀髪少女に、幼馴染二人はジーっとジト目を向けるのだが、そんな事を気に留めず、銀髪少女はバリバリと家主の出したせんべいを食べている。

 

 

 

(やっぱり、みんな考えてる事は同じか……)

 

(せっかく一夏さんの住所を調べてきたというのに……!)

 

(全く、どいつもこいつも……)

 

(抜け駆けしようとしていた鈴を止めようと、私もきたというのに……)

 

(すでに先兵がいたとはな……それも四人!)

 

 

 

 

フランス、イギリス、中国、日本、ドイツ……各国の客人たちの脳内では、今もなお熾烈な思考戦線が開かれている。

 

 

 

「ここまで行動が一貫してると、中々素晴らしいチームワークだと思うわね」

 

「でもこれ、一夏のために動いてるから、いいチームワーク……なのかな?」

 

 

 

いや、良くはないんじゃないだろうか?

家主の隣で話している姉妹の会話に、心の中でツッコミをいれ、ようやく家主……一夏が動いた。

 

 

 

 

「まぁ、せっかく来てくれたんだし、みんな思う様にくつろいでくれ」

 

 

 

台所に行き、後から来た三人の麦茶を用意する。

箒は然程気にしていなかっただろうが、相当暑かっただろう。鈴は元々こういう暑さが苦手だったし、一応サバイバル訓練などで、暑さには慣れているだろうが、今日はより熱を込めそうな黒い服を着ているラウラも、意外に暑そうにしている。

出された麦茶を、鈴は一気に飲み干し、箒は軽く一口。ラウラは半分くらい飲んで、コップをテーブルの上に乗せる。

 

 

 

「さて、これからどうする? この暑さだし、部屋の中にいた方がいいとは思うんだが……」

 

「「「「賛成!!!!」」」」

 

 

全員がハモった。

余程外はいやらしい。

 

 

 

(当然だ……一夏と過ごすためにきたのだがら)

 

(せっかく遊びに来たってのに、わざわざこんな暑い中出かけなくても……外で五反田兄妹にでもあったらどうすんのよ、バカ)

 

(何か、何か一つでも一夏の情報を多く持ち帰りたいものですわ!)

 

(さっきはそのまま降りてきちゃったけど、もう一回、一夏の部屋を見てみたいし)

 

(織斑教官の家というのも興味がある)

 

(せっかくだし、ソードスキルについても、色々と聞いてみたい……!)

 

 

 

 

それぞれの思惑が交錯する中、何をしようか迷う一夏。

一応、遊べる様なものがないか色々と探し出してみると……

 

 

 

「うーん……トランプにジェンガ……あとは……これかな」

 

 

 

一夏が取り出したのは、『バルバロッサ』というボードゲームだ。

 

 

 

「ほう、我がドイツのゲームではないか」

 

「ああ、バルバロッサですの」

 

「これは、どうやって遊ぶのだ?」

 

「たしか、プレイヤーが作った粘土を当てるゲーム……だったよね?」

 

「うむ。簡単に言うとそうだな」

 

 

 

 

ラウラが目を輝かせ、一夏の持っていたボードゲーム『バルバロッサ』を取る。

その横から、セシリアと箒が覗き込み、バルバロッサの遊び方を知らない箒に、簪が簡単なルールだけ教える。

一応念のために、ゲーム発祥国のドイツ人であるラウラに確認を取り、一同はこれをしようと決めた。

 

 

 

「これは……最大六人までなのだな」

 

「ならば、私が一応手本として、最初は参加しよう。もちろん、師匠は強制参加だ」

 

「俺の自由意志は?」

 

「「「「ない!」」」」

 

「…………はい」

 

 

 

 

最初のメンバーは、一夏、箒、簪、ラウラ、シャル、セシリアの六人。純粋に日本人 VS 欧州人と言った選抜になってしまった。

六人はそれぞれの粘土を用いて、分かりやすくもなく、分かりにくくもない、ああ、言われてみれば……という様な具合に粘土を形作っていく。

そうやって、一番最初に問題を出題したのは、発祥国出身のラウラだった。

そしてその問題を回答するのは、箒。

 

 

 

「では、まず初めにラウラに質問するぞ?」

 

「よかろう」

 

 

 

まるで真剣と真剣のぶつかり合いのような、鋭い視線が交わされた。

箒もラウラも、刃物を持たせれば、自身もその刃の一部になったかの様な雰囲気を持つもの同士。

互いの刃を向け合えば、こうなるのは必然……。

だが、そんな雰囲気も、ラウラの出した粘土が一瞬にして消し去った。

 

 

 

「は……?」

 

「「「「ん????」」」」

 

 

 

ドカッ、とテーブルに広げたシートの上に、ひどく大きくて、鋭く尖った円錐のようなものが置かれた。

その謎の物体ーーゲーム上、分からなくするようにしてあるーーに、一同は首を捻った。

まさしく、これは……なんだ? といった具合に。

 

 

 

「これは……地上にあるものか?」

 

「Yes」

 

「人よりも大きいか?」

 

「Yes」

 

 

 

このゲームでは、質問者は回答者が『No』と言わない限り、質問をしてもいい。

もしもNoと言われれば、その場で回答することになっている。

もちろん、それ以前にわかったのならば、質問ではなく回答してもいいが、それで間違えてしまえば、その回答者のターンはなくなる。

 

 

 

「では、人の手で作った物か?」

 

「Noだ」

 

 

 

ようやくラウラの口からNoという言葉が出た。

ここで、箒はラウラの作ったものが何なのかを回答しなくてはならない。

今ある情報は、ラウラが作ったものは人よりも大きく、この地上にある物で、人が作った人工物ではなく、自然に発生した物であるという事……。

さて、箒はこの情報だけでわかったのだろうか?

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

閃いた!

とばかりに箒は立ち上がり、ラウラの作った謎の円錐を指差す。

 

 

 

「ズバリ、油田だ!」

 

「違う」

 

 

バッサリ切り捨てた。

しかも不正解。

そして一同は、「なぜ油田?」と言った表情で箒を見ており、当の本人は不正解だった事に納得できないのか、ソファーに座り込むと、首を捻って、ラウラの作り出した物を睨んでいる。

そしてその他にもシャル、簪が完成しているが、この二人の『馬』、『猫』はすぐに当てられてしまい、得点には入らず。

箒の作ったものは『井戸』だったらしく、これはシャルが絶妙な質問をし、正解した為、箒とシャルに得点が入った。

一夏は逆に『日本刀』をつくって、早い段階で全員に分かってしまった為、ポイントは入らなかった。

しかし、問題の人物が、二人いる。

今もなお誰も答えられないラウラの円錐と、セシリアの作った一体何なのかが全くわからない謎の細胞体のような物。

とにかくこのラウラとセシリアという二大巨頭がいる為、中々このゲームが終わらない。

 

 

 

「セシリア、それって……ひょっとして食べ物?」

 

「違いますわ」

 

「なぁ、ラウラ……それって、人より大きいんだよな? じゃあ建物……ビルよりかは小さいのか?」

 

「いや、ビルなんか比べ物にならないくらい巨大だぞ」

 

「「「うう〜〜〜ん……」」」

 

 

 

ゲームに参加している一夏はともかく、ゲームに参加していない刀奈と鈴も、一体何なのか……。

といった表情で見ている。

 

 

 

「なんだ、わからないのか?」

 

「ああ。それで、一体何なんだ、これ?」

 

「答えは……『山』だ」

 

「…………はい?」

 

「山だ」

 

 

 

だ、そうだ。

まぁ、確かにそう言い切られると、山のように見えてこなくもないが……。

 

 

 

「いやいや、山はこんなに尖ってないだろ!?」

 

「何を言う。エヴェレストなんかはこんな感じだろう」

 

「それならエヴェレストに特定しなくちゃわからねぇーって!」

 

「全く……師匠は案外頭が硬いのだなぁ」

 

「ぐうっ……なぜ俺がダメみたいな……」

 

 

あくまで自分の意見は変えないつもりでいるらしい。

そんなラウラを他所に、刀奈がもう一人の巨頭に尋ねる。

 

 

「結局ラウラちゃんも正解されなかったから減点ね。それで…………セシリアちゃんのは、一体何?」

 

「あら? 皆さん誰も分からないんですの?」

 

 

 

もったいつけるような動作の後、セシリアは自身が作った物を右手で指す。

 

 

 

「我が祖国、イギリスですわ!」

 

「「「「………………」」」」

 

 

全員が沈黙してしまった。

ちなみに、ここまで正解がなかったので、一同は一回だけ回答した。

その回答一覧が、『潰れたジャガイモ』『原初細胞体』『ぐちゃぐちゃになったピザ』『藻』『ケガをした犬』『ジャンプ中の猫』『ボロ雑巾』。

 

 

 

「全く、皆さん不勉強過ぎますわ。一日一回くらいは世界地図を見るようにした方がいいですわよ」

 

 

セシリアの言葉に、一瞬反論したい気持ちになったが、黙っている事にした。

なんせ、ラウラ同様、自信満々に造形物を見せるセシリアに、ツッコミを入れるなんて、野暮な事だと思ったからだ。

 

 

 

「それじゃあ、このゲームは終わりね。次からは私と鈴ちゃんが入るから、いいわね?」

 

 

 

ここで刀奈と簪が入れ替わり、鈴がシャルと入れ替わる形で再びゲームがスタート。

だが、再びこの二大巨頭が行く手を阻む。

 

 

 

「セシリアちゃんのは……なに?」

「トマトか?」

 

「箒さん、これがトマトに見えますの? 楯無さんはどうですか?」

 

「ごめん……私もトマトかと思っちゃった」

 

「違いますわよ! これはハートですわ!」

 

「「…………」」

 

「ラウラのは……これ人?」

 

「まぁ、人は人だな」

 

「なにしてるの、これ?」

 

「シャルロット、それを言っては正解がばれてしまうではないか」

 

「大丈夫だよ。たぶん、絶対分からないんから……」

 

「ん……隠形だ」

 

「お、おんぎょう……?」

 

「鈴、お前のそれは……なんなんだ?」

 

「はぁ? なんでわかんないのよぉー」

 

「何の形? ボール……じゃないよね?」

 

「こんなふにゃふにゃのボールなんてないでしょう……」

 

「簪、どうせ食い物だって…」

 

「え、そうなの? 鈴」

 

「正解だけど……何よ! 『どうせ』って!」

 

「いや、考えられるのがそれしかなかったからな。ならこれは……肉まんか?」

 

「違うわよ」

 

「食べ物……この形は……シュウマイ?」

 

「ちーがう!」

 

「何なんだ?」

 

「豚の角煮よ!」

 

「それ昔俺がやったやつじゃん!」

 

「だ・か・ら! 一度やったあんたが何でわかんないのよ!」

 

 

 

 

そうやって、みんなでワイワイガヤガヤと遊んでいた時、不意にリビングから廊下に出れる扉が開かれた。

 

 

 

「なんだ、賑やかだと思ったら、お前たちだったのか」

 

「「「「織斑先生!!!!」」」」

 

 

織斑 千冬その人だった。

その服装は白いワイシャツにジーンズといった行動的な人柄な彼女らしい服装だった。

その白のワイシャツの下には、黒いタンクトップを着ており、豊満な胸がギュウギュウに押し詰められていた。

 

 

「おかえり、千冬姉」

 

「ああ、ただいま」

 

「おかえりなさいませ〜、お義姉様♪」

 

「いつから私はお前の義姉になった……」

 

「ええ〜! 私はもう既になってるものかと……」

 

「気が早すぎるぞ……。お前がもし一夏と別れる様な事になったらどうする?」

 

「あっはは、それはありえません♪」

 

「…………そうか、幸せそうでなりよりだ」

 

「ウフフ♪」

 

 

ため息をつく千冬に対し、ニコニコと笑って出迎える刀奈。

そんな微妙な雰囲気に包まれたリビング内で、箒たちは苦笑したり、ジト目で睨んだりと……。

そんな中を、一夏はなんの躊躇もなく千冬の元へと向かい、千冬からカバンを受け取った。

 

 

 

「今日は早かったんだな。食事は? まだならなんかは作るけど……」

 

「いや、外で済ませてきた」

 

「そっか……。なら、お茶飲むだろ? 外は暑かったし、麦茶でいいか?」

 

「ああ、構わん。すまんな」

 

「いいって、気にすんなよ」

 

 

 

 

千冬はクローゼットの方へ行き、上着のシャツを脱ぐ。

一夏は千冬の部屋へと向かい、千冬から受け取ったカバンを直した後、再びリビングに降りてきて、冷蔵庫の中にある麦茶をより出すと、コップにそれを注ぎ始める。

 

 

 

(何なの……この雰囲気……)

 

(まるで夫婦みたいですわ……)

 

(ふむ。自宅での教官はこんな感じなのか……)

 

(一夏、嫁度、高い……)

 

 

 

自宅での一夏と千冬のやり取りを始めてみた四人は、もはや唖然としていた。

既に見ている箒と鈴に至っては、相変わらずだなぁ、と言いたそうな、呆れの表情に。

刀奈に至っては千冬と一夏の姿に頬を膨らませながら睨んでいる。もしかして、妬いているのだろうか?

 

 

 

「っ、あ、いや! 悪いがすぐにまた出る。仕事だ」

 

「はあ? 今からか?」

「教師は夏休み中でも忙しいのさ。お前たちはゆっくりしていけ……ただし、泊まりはダメだがな」

 

「なら、これだけは飲んでいけよ。一応、熱中症には気をつけろよ?」

 

「これくらいの暑さで倒れるか」

 

「油断大敵、だよ」

 

「わかったわかった。今日はおそらく帰らないと思うから、夕食もいらん」

 

「了解」

 

 

そう言うと、千冬はリビングを出ようとそそくさと準備をし、最後に一夏から麦茶をもらって、それを一気に飲み干す。

 

 

 

「ああ、そう言えば、箒」

 

「は、はい!」

 

 

 

突然名前で呼ばれたため、変に緊張してしまい、ビクッと体が震えた。

 

 

「久しぶりに実家に帰ったらどうだ? 叔母さんには、まだ顔を見せてないんだろ?」

 

「は、はい……一応、そのつもりでいます」

 

「そうか……では、私はこれで失礼する」

 

「あっ! そうだ、仕事に行くんなら、秋物のスーツ! 部屋に置いてあるから、ちゃんと持って行ってくれよ? 後で届けるのは面倒だからさ」

 

「わかっている。まったく、お前は私の母親か……」

 

「弟……だよ」

 

「ふっ、じゃあいってくる」

 

「おう、いってらっしゃい」

 

 

 

 

玄関先まで行って、わざわざ千冬を見送る主夫一夏。

刀奈達の目には、そのようにしか写っていない。

 

 

 

 

「しかし、教師ってのも大変なんだなぁ……」

 

「「「………………」」」

 

「ん? なんだ、どうしたんだよ?」

 

「一夏……なんだか織斑先生の奥さんみたいだったよ?」

 

「はぁ?」

 

「ほんと、相変わらず千冬さんにベッタリねぇー」

 

「何言ってんだよ……姉弟なんだから普通だろ?」

 

「はぁー……そう思ってるのはあんただけだよ」

 

「はぁ? なんだよそれ、どういう意味だ?」

 

 

 

 

本当によくわかっていないらしい。

そんな一夏を幼い頃から見ている鈴と箒は、一層ため息をつき、他の面々も、一夏のシスコンっぷりに若干引いてる。

刀奈にいたっては、千冬に嫉妬しているらしい。今はいない、千冬に向けて、思いっきりガンつけている。

そして、それからというものの。

面々はいろんなゲームをして遊んだ。トランプでババ抜きや大富豪、ジェンガをしたり……。

すると、あっという間に陽は傾いていて、もう夕方と言っていいほどの時刻に。

 

 

 

 

「もうこんな時間か……みんなはどうするんだ? 遅くまでいるなら、夕飯の買い出しに行くけど……」

 

 

 

一夏が立ち上がり、財布と肩掛けバッグを手にする。

すると、今まで黙っていた面々が急に立ち上がり出した。

 

 

 

「あら、それなら私が作るわよ♪」

 

「なら私も何か作ってあげる!」

 

「なら、私も!」

 

「ぼ、僕もやろうかな……」

 

「無論、私も参戦する」

 

「私も……料理は、得意だから」

 

 

 

刀奈から始まり、鈴、箒、シャル、ラウラ、簪と続く。

そして残った最後の一人……イギリス代表候補生 セシリア・オルコットさんが立ち上がり……

 

 

 

「仕方ありませんわね。それなら、わたくしもーー」

 

「「「「あんたはいい!!!!」」」」

 

「オウ?」

 

 

 

セシリアの参戦は、本当にご遠慮いただきたい……。

しかし、言い出したら聞かない本人は、絶対に作ると言い張り、テコでも意見を曲げない。

これでは埒が明かないので、とりあえず全員、近くのスーパーまでいくことになった。

 

 

 

「ふふっ、こうしてみんなで買い物してると、昔お母さんと買いに来てた頃を思い出すなぁ〜」

 

 

 

とりあえず、みんなそれぞれ作りたいものを決め、それに必要な素材を選んでいるようだ。

 

 

 

「軍ではローテーションで食事係があったからな。軍仕込みの腕を見せつけてやる!」

 

「ラウラ、軍の料理って……一般家庭の料理に合うかな?」

 

「何を言う、簪! 軍ほど栄養価を考えた料理人はいないのだぞ! ならば問題はあるまい」

 

「そ、そうかなぁ……意外と偏ってそうなイメージだけど……」

 

 

 

正直ラウラが厨房に立っているイメージがわかない為、セシリア同様作らせても大丈夫なのだろうかと不安になるが……。

 

 

 

「どうしてわたくしが料理をしてはいけませんの!? わたくしもイギリス代表として腕を振るいたいですわ!」

 

「…………あんたがイギリス代表なんて言ったら、イギリスの人たちに失礼でしょ」

 

「どういう意味ですの!?」

 

 

 

既にセシリアの料理人としてのレベルの低さを知っている鈴からすれば、今回の夕飯の仕度自体を、やらせたくない気持ちでいっぱいだ。

そんな事して、完成品を食そうものなら、死人の一人や二人が出てきてもおかしくはない。

そして一番ひどいのは、当人にその様な自覚が一切ないという事だ。

 

 

 

「はぁ……死にたくないなぁ……」

 

「だから、どういう意味ですの、それは!」

 

 

 

一方、一夏達は……

 

 

 

「お前、まだ実家に顔を出してなかったのか?」

 

「うむ……。千冬さんに言われずとも、いずれ挨拶に行くつもりでいたんだが……。

なかなか時間と、決意が定まらなくてな……」

 

「でも、ずっと住んでいた場所なんでしょう? なら、下手に考え込まない方がいいと思うけど……」

 

「そうなんですけど……何というか……」

 

 

 

一夏と箒と刀奈。

先日の告白劇から、妙にギクシャクしてはいたのだが、どうやら刀奈の方から箒に接触を試みた様だ。

持ち前の他人を自分のペースへと引き込むカリスマ的性格が、人付き合いの苦手な箒にも聞いたのだろう。

臨海学校から帰ってきて、やけに二人は行動を共にする事が多くなった。

そしてついに、一夏も含め、刀奈とも和解が成立した。

今では、刀奈と買い物に行く事すらあるとか……。

 

 

 

「ここ数年、離れっぱなしでしたから……」

 

「まぁ、そうよねぇ〜。私も二年離れていただけで、帰るのが久しぶりで、どういう顔で入ればいいのか悩んだものよ」

 

 

 

箒の場合は、それが六年間だ。

いきなり政府の人間によって、各地を転々としていたのだ。

久しぶりに会う親戚の叔母さんは、一体どう思っているだろうか……。

 

 

「大丈夫。雪子叔母さん、優しい人じゃないか……きっと箒が帰ってくるのを待っているはずさ」

 

「一夏……。うん、そうだな。まぁ、その……今週末には帰ろうと思っているんだ……なんせ、祭りがあるからな」

 

「祭り?! なになに、箒ちゃん家で祭りやるの?」

 

「ええ。毎年夏祭りをやってて……屋台も出ますし、最後には花火も上がります」

 

「へぇ〜‼︎ 行きたい! ねぇ、チナツは行ったことあるんでしょう? 今年は連れて行ってよ!」

 

「ああ、いいぜ。雪子叔母さんにも、久々に会いたいからな。箒、カタナも行くけど、いいか?」

 

「ああ、構わない。そ、それとだな一夏、今年の夏祭りは、私がーーーー」

 

「一夏ァァッ!」

 

「っ?!」

 

 

 

 

箒の話を途中からぶった切るかの様に、シャルの声が届く。

声をかけられた方をみると、何やらセシリアが暴れている様だ。それを鈴とシャルが止めており、その横でラウラが傍観し、簪があたふたしている様子がうかがえる。

 

 

 

「何やってんだよ……」

 

「セシリアが自分も料理するって聞かないのよぉ〜!」

 

「何故わたくしが料理してはいけませんの!? わたくしの英国料理に何か不具合があるというですか!」

 

「ま、まあまあ。とりあえず落ち着けって、セシリア」

 

「何が何でも味わっていただきますわよ……一夏さん!」

 

 

 

もはや死の宣告の様な感じがした。

さてさて、今晩は生きて朝を迎えられるのやら……

 

 

 

その頃、千冬はというと……

 

 

 

 

「あ、織斑先生ぇ〜!」

 

「おう、すまんな真耶。急に呼び出して」

 

「いえいえ。織斑先生のおごりと聞いたら、断るわけないじゃないですか♪」

 

「まったく、呆れるほど現金なやつだな、お前は……」

 

「何とでも……」

 

 

 

 

まだ夕方くらいの時間帯。

家には専用機持ち達が居座っていた為、自宅でゆっくり過ごすという選択肢を潰されてしまったので、千冬は真耶を電話で呼び出し、飲みのお誘いをした。

当然、ただとは言わず、千冬がおごると言う条件を出し、真耶はそれに賛同。

たった今、東京都内の御徒町の周辺を歩いていた。

 

 

 

 

「それにしても、いつものBARではないんですね?」

 

「ああ……。あそこには、もうちょっと遅い時間帯に行きたい。今晩はあいつらが居座っているだろうしな……」

 

「あいつら?」

 

「楯無を含め、一年の専用機持ち全員だよ……。もっとも、桐ヶ谷と結城は来ていなかったがな」

 

「あ、はは……戦争起こせますね、それ」

 

「冗談になってないぞ……それは」

 

「それで、ここに知り合いのお店でもあるんですか?」

 

「ああ。まぁ、もっとも、私のではなくて、一夏の知り合いだがな」

 

「はい?」

 

 

 

 

二人は閑静な場所を歩きまわり、ようやく目的地へとたどり着いた。

外装は少しアメリカンな雰囲気を持つお店。

その名も『ダイシー・カフェ』だそうだ。

 

 

 

「喫茶店……ですかね?」

 

「一夏の話によれば、昼は喫茶店として、夜はBARとして営業しているみたいだぞ」

 

「なるほど。じゃあ、入りましょうか」

 

「ああ」

 

 

 

木造の扉を開くと、来客を知らせるベルの音が鳴る。

中には円卓が並べられており、奥にはカウンターが。そしてその奥、パントリーの中では、体のゴツい色黒の外国人男性が、グラスを丁寧に拭いていた。

その背格好や顔つきに、真耶は一瞬ビクッとなったが、その店主の声によって、驚きは別の方向性へと向かった。

 

 

 

「いらっしゃい!」

 

「あっ、あ、どうも……。日本語お上手ですね」

 

「どうも。二人かい?」

 

「ああ……。えっと、“一夏” ……じゃあわからんか。えっと、“チナツ” なら、わかるか。そいつの紹介で来たんだが……」

 

「チナツ? ああっ、あんたが! チナツのお姉さんで、ISの世界チャンプか!」

 

 

 

どうやら一夏はそんなことまで話していたらしい。

こっちは店主の事をあんまり聞いていないのに、こちらの事ばかり話されては、中々いけ好かない。

そう思いながらも、二人はカウンターに座り、メニューに目をやる。

 

 

「黒ビールを一つ」

 

「じゃあ私も最初はそれを」

 

「あいよ!」

 

 

 

慣れた手つきで店主はビールをタンブラーグラスに注ぎ込んでいく。

そして二人の前に出し、二人はそれを一口飲む。

 

 

「んっ……!」

 

「んん〜! 美味しいですね」

 

「はっはっ、そりゃあよかった。お二人がいつか来るかも、って言われてたんでね。美味しいやつを仕入れてたんだよ」

 

「ん……その、店主とうちの弟とは、どういった関係で?」

 

「うん? なんだ、あいつ言ってなかったんですか? まったく……」

 

 

 

店主はその艶やかなスキンヘッドを右手握ると、ほんとまいった……と言った表情を作った。

 

 

 

「そういえば、自己紹介もしてなかったな。俺の名前は、アンドリュー・ギルバート・ミルズ。仲間内では、《エギル》って呼ばれていてね。チナツやキリト達とは、ゲームの中で会ったんだ」

 

「「っ!?」」

 

 

 

店主……エギルの発言に、二人は驚いた。

なんせチナツという一夏の別称の他に、キリトという和人の別称が出てきた事と、“ゲームの中で会った” という単語。

それを含め、考えられる事はただ一つ……。

 

 

 

「もしかして店主……」

 

「あなたも……なんですか?!」

 

「ああ、そうだよ。俺も、ネット用語では『SAO生還者』だ。こうして会えたのも何かの縁だ。今後とも、うちの店をご贔屓にお願いするよ、お二人さん」

 

 

 

これは驚いたとばかりに、開いた口が塞がらなかった。

SAOに囚われていたのは、何も学生達だけではない。様々な年齢層のゲーマー達が、こぞって買い求め、世界初のフルダイブ環境の中でのゲーム生活を謳歌すると言うフレコミに、一夏も熱中したのだから……。

だが、まさか目の前にいる店主もそうだったとは……。

 

 

 

「その驚きようからすると、ほんとにキリトとチナツは何も言ってなかったんだな……。

まったく、あの二人は……」

 

「一夏の事は、その時からご存知で?」

 

「ああ、アインクラッド攻略組で一緒でね。アスナとカタナの二人も一緒の学校にいるんだろう?」

 

「結城さんと更識さんまで?!」

 

「あの二人は有名人だったからな。キリトとチナツも有名人っちゃ有名人だったがな、あっはっはっは!」

 

 

 

どうやら意外な人物を紹介されてしまったのだと、二人は互いに顔を見合って、「ふっ」と吹き出して笑った。

ならば、この店主にも聞いてみよう。あの世界の事を……。

少しずつ、あの世界での暮らしについて、弟の事について、いろいろ聞いてみたくなってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回は篠ノ之神社の夏祭りまで行きたいですね。

そこからALOのクエストやったり、したいですね

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第48話 恋に焦がれる八重奏Ⅲ



今回で織斑家での食事会は終了。

次で第1期OVA編は終了かな?




「では、マスターもSAOを?」

 

「ああ。予約して、一個しか取れなかったがな」

 

 

 

 

千冬と真耶は、一夏からの紹介で来た店『ダイシー・カフェ』のマスター。アンドリュー・ギルバート・ミルズことエギルとの会話に入っていた。

店内は落ち着いたサウンドの曲を響かせて、出される酒も、つまみとしてベイクドビーンズを食しているが、これもまた美味だ。

 

 

 

「日本での生活は長いんですか?」

 

「まぁね。奥さんも同じアメリカ人なんだけど、当時はアメリカにいて、気がついたら一緒にこの店をやってたよ」

 

「まぁあ! 結婚なさってたんですね?!」

 

 

 

夫婦二人で店を出す……幸せな結婚生活の一つだ。

 

 

 

「それで店主、一夏達とはどの様して知り合いに?」

 

「そうだな……まだSAOが始まって、二ヶ月しか経ってなかった時だったかな。

SAOの舞台となった浮遊城《アインクラッド》は、全100層からなる城でね。その第1層攻略会議の場で、あの四人とは出会ったんだ」

 

「なるほど……一夏や楯無からはある程度聞いていたが、店主もそこで」

 

「ああ。結構目立ってたからな……あの四人は。男二人は、ゲーム開始後すぐに街を出て、レベル上げやスキル上げをやってたみたいだし、あとの二人は、SAOみたいなMMORPGをやる女性プレイヤーが少なかったからな……それに、あんなに美形なプレイヤーとなると、ほとんど数は限られていたし」

 

「そんな状況で知り合える織斑くんと桐ヶ谷くんって……」

 

「あいつらも相当な女ったらしだな」

 

 

 

我が弟ながら呆れる……。

幼馴染の事もそうだが、どうも一夏は周りの女性との関わりが多い。

幼い頃から今の今までずっとだ。

そんな彼の唯一の救いが、一生を共にできる恋人が出来たことだろうか……。

これでフリーだったなら、もはや彼の周りは修羅場と化していた事だろう。

 

 

 

「それから、俺たちは第1層のボスを攻略できた……。犠牲はあったものの、これまで停滞していた空気を、一掃することが出来たんじゃないかと思う……だが、そのせいで、キリトとチナツは……」

 

 

 

そう、そのボス攻略後、同じ攻略に参加していたプレイヤー《キバオウ》の発言によって、キリトは悪名《ビーター》を名乗り、それに同伴したチナツもまた、彼同様に他のプレイヤー達からの悪意を受けることになった。

 

 

 

「そのあとは……まぁ、それぞれいろんなギルドに入ったりしてたしな。

俺は店を出したし、キリトとチナツもちょくちょく来てくれてはいたな」

 

「ヘェ〜、何のお店なんですか?」

 

「主に武具を扱ってたな。あとはアイテムやら掘り出し物とか……キリトは結構通ってくれていたがな」

 

「それで、うちのバカ共はどうでした?」

 

 

 

千冬は教師としての顔ではなく、一、姉としての顔で尋ねた。

できるだけ、多くの人物からの話を聞きたい……。

一夏自身からの視点……恋人たる刀奈からの視点……和人や明日奈の視点……そして、第三者からの視点。

その全てを聞いた上で、自分の弟、一夏の生きた世界の事を知りたい。

 

 

 

「そうだな。どちらも凄かった……というのが印象だったな。キリトは攻略組メンバーとして、ソロプレイヤーでありながら、その実力と知識……全てにおいて一枚も二枚も俺たちの上をいっていたな……。

チナツはその戦闘能力の高さだな。と言ってもまぁ、これは対人戦闘における強さだったが……それでも、あいつの強さは俺たち皆が認めている」

 

「そうですか……」

 

 

 

ゲームの中とは言え、その殺伐とした世界で、二人は……いや、生き残った約六千人のプレイヤー達は生き抜いてきた。

その中でも、最前線に立ち、誰よりも戦う事を諦めなかった、和人やエギルの様な人たち……。

影ながら人を守り、自分を傷つけながらも、その身を賭して戦い抜いた一夏。

それを支えた、明日奈と刀奈。

その若き騎士達と共に歩んでくれた仲間達。

全てがかけがえのない存在だったのだろう……。

 

 

 

 

「……あいつは、あの世界でも、人には恵まれていたんですね」

 

「ん? 何だって?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 

 

そう言いながら、千冬は黒ビールを喉に流し込む。

弟の事は、何よりも大事だ。

そんな弟が、幸せになってくれるならば……姉としては、これ以上にない幸福だろう。

そしてそれも、今目の前にいるエギルや、あの世界で一緒に時を過ごし、一緒に戦ってくれた人たちの支えのおかげだ。

千冬はその人物たちを思い浮かべ、心の中で、ありがとうと礼を言ったのであった。

 

 

 

 

 

 

「なぁ……本当に俺がやらなくてもいいのか?」

 

「もう、これで5回目よ? 大丈夫だって、チナツはそこでゆっくりしておきなさい」

 

「う〜〜ん……」

 

 

千冬達がお酒を嗜んでいるその時、再び場面は織斑家へと戻る。

その中で、一夏は底知れぬ不安感と恐怖感に包まれながら、リビングのソファーに強制的に座らされていた。

刀奈の言った通り、もう5回目となる確認事項を問うが、5回目とも同じ答えだ。

確かに、刀奈はもともと料理は上手だ。実際現実世界での料理の腕を見ているため、その点は安心している。

妹の簪も、最近ではお菓子作りにはまっているらしく、料理の中でも意外と難しいお菓子を美味しく作るのだ……腕は大丈夫だろう。

その他にも、箒、鈴、シャルの三人は安心できるのだが、問題は残る二人……。

 

 

 

 

「まだ赤色が足りませんわね……ふんっ!」

 

「斬る!」

 

 

 

何やら厨房で、やたらめったらにケチャップを鍋にぶち込んでいるセシリアと、まな板にジャガイモを一つおき、それを包丁ではなく、サバイバルナイフで真っ二つにするラウラの存在だ。

 

 

 

(ラウラとセシリアは一体何を作るつもりなんだ……? そしてラウラさん、せめて包丁使わない?)

 

 

 

まぁ、言っても無駄だろうというのは分かりきっているので、心の中にだけ止めておこう。

周りには、みんないるんだし、不安は消えないが、少しは安心だろう。

 

 

「あーもう! このジャガイモ切りにくい! あんたの選び方が悪いんじゃない?!」

 

「何を言う! ドイツにいた頃は、ジャガイモ選びにかけては私の右に出るものなどいなかったのだぞ」

 

 

 

口ゲンカしながらも、その手はどんどん進んでいる様だ。

だがまぁ、鈴の包丁捌きを見るに、切られているジャガイモは、皮にごっそり身がついている。

もったいないなぁ〜と思う傍ら、ラウラが今度は大根を切っている。

なるほど、見事なナイフ捌き。

物を切ることに関してはラウラの方がうまい様だな。

一方、刀奈はひき肉に玉ねぎ、卵を入れ、塩コショウをまぶして、混ぜ合わせている。

その材料から察するに、ハンバーグなんだろう。簪も同じ様にひき肉を使っているが、こちらは最初の方に火を通し、軽く味付けをした後、あらかじめ蒸していたジャガイモをマッシャーで潰している。

これは……コロッケだろうか?

他にも、シャルは鶏肉を捌き、箒はスーパーで特売していたカレイを捌き終わり、一旦冷蔵庫に。その後、お米を洗っている。

 

 

 

「そういえば……なぁ、箒。スーパーで何か言いかけなかったけ?」

 

「へっ? あ、いや、何でもないのだ」

 

 

スーパーで買い物をしていた時、祭りの話になって、そこで箒が何かを言おうとしたのだが、セシリアの暴走を止めるシャルと鈴の声に邪魔され、肝心なことが聞けなかった。

それを改めて聞こうとしたが、箒は首を振って何でもないと答えた。

 

 

 

「そ、それよりもだ、一夏」

 

「ん?」

 

「その…… “アレ” を放っておいていいのか?」

 

「アレ?」

 

 

 

箒の警戒心丸出しの視線の先には、踏み込んではいけないと、己の本能が叫ぶ光景があった。

 

 

 

「まだですわ……まだ赤色が足りません。ふっ!!!」

 

 

 

ケチャップだけでは足りなかったのだろうか……今度は両手にタバスコを持ち、それを一気に上下逆転させ、全て入れかねない勢いで振り続けるセシリア。

 

 

「いや……もうすでに手遅れの様な……っていうかマジで何を作ってるんだよセシリアは……」

 

「わ、わからん……。だが、あれは料理……なのか? あれはもう呪術儀式か何かだろ……」

 

 

 

箒の指摘もわからなくはない。

何故だろう……鍋の中から怪しげな光が放たれている様な気がする。

そしてその光に照らされたセシリアの顔が、まるで暗黒面の呪術師か、黒魔術師にしか見えない。

 

 

 

「セ、セシリア……君は、料理に参加しない方が……」

 

 

 

シャルが一応は気を使ってセシリアを止めようと試みるが、そんな生半可な問いで、くじけるセシリアではない。

 

 

 

「皆さんが一生懸命働いているのに、何もしないなんて許されないことですわ……。それに、大丈夫ですわよ」

 

「だ、大丈夫? 何が……?」

 

「私の料理は最後で挽回するのが常ですので……!」

 

「…………料理は格闘や勝負じゃないよぉ……」

 

 

 

 

涙目になりながら、セシリアの暴挙を止められない自分を責めた。

シャルは決して悪くないのだが……。

 

 

 

「……本当に大丈夫かな」

 

「師匠、師匠!」

 

「ん?」

 

 

 

突然、ラウラから声をかけられ、すぐそばにラウラが来ていることに気がついた。

身長的に、ラウラが一夏を見上げる様な形になり、若干の上目遣い気味でこちらを見る姿に、多少ドキッとしてしまったが、気を取り直してラウラの方を見る。

 

 

 

「何だ、もう出来上がったのか?」

 

「ああ、もちろんだとも……見るがいい! 私の渾身の一品を!」

 

 

 

バッ! と出されたその料理に、一夏と、一夏の隣で調理していた鈴が茫然とした。

串に刺してある竹輪、大根、三角形のこんにゃく。

大根にはかつおだし薫るつゆが染み込んでおり、ほんのり茶色がかった色をしている。

これは……見るからに……

 

 

 

「えっと、これって……」

 

「『おでん』だ」

 

「「………………」」

 

「『おでん』だ」

 

「いや、二回言わなくていいから」

 

 

 

先ほどやったバルバロッサの『山だ』と同じトーンで言われた……それも二回。

確かにおでんだ…………しかし、何故おでん?

 

 

 

「なぁ、ラウラ。何でおでんにしたんだ?」

 

「何故と言われてもな……これが日本の伝統的な食べ物なのだろう?」

 

「まぁ、伝統的って言われれば伝統的だけど……でもこれ、冬に食べるものだぞ?」

 

「だが、必ずしも冬に食べるものだというわけではあるまい?」

 

「ま、まぁ……そうだけどさ……」

 

「でもぶっちゃけ、何でおでんなのよ?」

 

 

とりあえずそれだけが聞きたい。

鈴と一夏の追求に、ラウラは何の疑問もなしに答えた。

 

 

 

「ドイツにいた頃の副官に聞いてな……日本のおでんというのはこういうものなのだろう?」

 

「…………あんたの副官、どんな日本文化に親しんでるのよ」

 

 

 

鈴の思った通りだ。

ラウラのいたドイツのIS特殊部隊『黒ウサギ部隊』の副官 クラリッサさんは、日本文化と言っても、ちょっと特殊な物を嗜んでいるらしい……。

 

 

 

バアアアアアーーーーン!!!!

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだ!」

 

 

 

厨房から突如爆発音。

ガス漏れでもあったのか、それとも、セシリアの料理が化学反応でも起こしたのか……。

いや、そのどちらとも違う。

よく見ると、セシリアが煮詰めていた鍋はひっくり返り、中の物がコンロにぶちまけられていた。

そしてその近くには、浮遊する蒼いフィン状の物体が……。

 

 

 

「嘘だろ……まさか…!」

 

 

思わず問いただしたくなった。

 

 

 

「こ、こらあ! 何してるのセシリアちゃん!」

 

「何って……火力を上げただけですわ」

 

「レ、レーザーで加熱するなんて無茶だよ……!」

 

 

 

セシリアの両隣から、刀奈とシャルがセシリアに問いただす。

刀奈もシャルも、まさか料理にBT兵器を用いるとは思ってもいなかったらしく、セシリアの行為を未だ信じられないと言った表情で見ていた。

 

 

 

「『失敗は成功の母』! 今度こそ成功させてみせますわ! 行きますわよ、セシリア・オルコットの《IS料理》‼︎」

 

「ダ、ダメェ〜!」

 

「ひゃあ!? か、簪さん、何をしますの!?」

 

 

 

セシリアの暴挙を止めるべく、簪がセシリアを羽交い締めにする。

それを見ていた鈴とシャルも、それに賛同し、セシリアに鍋を触らせない様にする。

 

 

 

「もう、いいから! あんたはテーブルに食器を並べてくれない!」

 

「そ、そうだね、それがいいよ!」

 

「何故ですの?! 何故みなさんわたくしに料理をさせまいと……まったく、理解できませんわ!」

 

 

 

なんとか……本当になんとかセシリアの暴挙を止めることが出来た。

だが、その功績もむなしく、織斑家の両手鍋が一つ……この世を去ってしまったのだった。

 

 

 

 

「ま、まぁ、いろいろあったけど、食べましょうか!」

 

 

 

ようやく調理を終えた六人。

そのテーブルの上には、様々な料理が並んだ。

鈴の作った『肉じゃが』

シャルの作った『鶏の唐揚げ』

箒の作った『カレイの煮付け』

ラウラの作った『おでん』

刀奈の作った『デミグラスハンバーグ』

簪の作った『ポテトコロッケ』

箒が空いた時間に作った『味噌汁』

そして、ハンバーグに火を通している間に刀奈が作った『シーザーサラダ』

 

こうしてみると、とても豪勢な食事だ。

 

 

 

「おお……! 凄いな、どれも美味しそうだ」

 

 

 

並ぶ料理の数々に、一夏の口から賞賛の声が上がる。

その言葉に、作った六人の顔は綻び、笑顔が咲いた。

だが、その傍らで、沈みきった顔で料理を眺める人物が一人……。

 

 

 

「わたくしだって……わたくしだって……」

 

 

 

いつしか目尻には涙が浮かんでおり、それを見た一夏は、どう励ましたものかと悩んだが……。

 

 

 

「セシリアちゃん」

 

「な、なんですの……楯無さん」

 

 

 

刀奈がそっとセシリアの両肩に両手を置く。

そして優しげな声色で、セシリアの耳に直接言い聞かせる。

 

 

 

「あなたは特訓しましょう。そして、ちゃんとお料理というものを知ってから、チナツには食べてもらいなさい」

 

「楯無さん……」

 

「私が教えてあげるわ。まぁ、料理に関しては、チナツの方が詳しいかもしれないけど……。

でもまぁ、それでもいいなら、私はちゃんと教えるわよ? どうする?」

 

「〜〜ッ! はい! わたくし、楯無さんについていきますわ!」

 

「よろしい♪ 素直な子は、お姉さん大好きよ♪」

 

 

 

信じる神を見つけたという様な表情になったセシリア。そんなセシリアの頭を撫で撫でしながらにっこりと笑う刀奈。

これで、いつも通りの彼女に戻り、一同は両手を合わせた。

 

 

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 

 

そこからは、とても楽しい晩餐会になった。みんな、料理の腕も悪くない。食堂でも、こうやってみんなでテーブルを囲み、同じ釜の飯を食べてきたが、今日のそれは、いつもの食事よりも、美味しく……そして、何より楽しく思えた気がした。

そんなことを思いながら、茶碗に味噌汁を入れる手を休め、その光景を見ていた箒。

こんな時間が、これから先も、ずっとあります様に…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……」

 

 

 

楽しい晩餐会が終わり、皆はそれぞれ織斑家を後しにした。

刀奈だけは、最後まで織斑家に寝泊まりすると言っていたが、簪の手で強引に連れ帰られた。それから夜が明け、翌日の朝……。

 

 

 

「ここも随分と久しぶりだな……」

 

 

 

眺める視線の先には、大きな石造りの鳥居と、その柱につけられた大きな提灯。

その提灯には、『篠ノ之神社』の文字が……。

その鳥居の先には、境内へと続く石畳の道が続いており、その両脇には、それぞれ露店の製作にかかった大勢の人たちでいっぱいだ。

そんな光景を眺めるながら、懐かしの実家の姿を見る、篠ノ之 箒。

実に六年ぶり……10歳まで育ち、それからは、日本各地を転々としていた為、この光景を見るのも、本当に久しぶりだ。

 

 

 

「今年も、この季節が来たのだな」

 

 

 

夏真っ盛り。

IS学園も、今は夏休みの真っ只中だ。

と言っても、これは各国の要望からでもある。夏休み期間中には、生徒たちの意思の元、所属あるいは出身である国への帰還が叶う。

その理由は様々だが、主にIS関連の事が多い様だ。

一学期の間に、多かれ少なかれ専用機持ち達の実力は向上している……。ならば、それを研究施設に持って行き、ISの稼働データを採集したり、本国のロールアウトして最新装備の実装及び性能訓練も好きに行える。

それにより、各国のIS開発の貴重なデータを入手することができる。

だが、その例外に漏れる人物が、この世には二人いる。

未だ専用機を持っていながら、どこの国にも所属していない日本人。

世界でも数少ない最新鋭機を駆る、一夏と箒の二人だ。

IS開発者たる篠ノ之 束博士力作の《紅椿》と、二次移行によって進化した《白式・熾天》。

この二機は、全距離対応型の最新機『第四世代型IS』というものに分類される。

しかし、先に述べた通り、この二機及び、この二機を所有している二人が、どこの国にも属していない故に、様々な問題が起きている。

そのISの性能データの公開や、所有している二人の所属を我が国にと、世界中の国々からオファーがかかっている。

一応、一夏は明日奈の父が運営していた会社『レクト』のテストパイロットとして登録はされているが、一企業と一国とでは、さすがに大人と子供の様なものだ。

その様な面倒なトラブルを起こさない様に、真耶が色々としてくれてはいるみたいで、真耶は毎日毎日ため息を漏らしているとか……。

 

 

 

「山田先生には、申し訳ないな……」

 

 

 

そう思いながらも、やはり、自分はこの場所にいたいと思っている。

いつかは決めなくてはいけなくても、少なくとも、在学中である今は……

 

 

「このままがいいな……」

 

「あら、箒ちゃんここにいたのね」

 

「雪子叔母さん!」

 

 

 

声をかけられ、後ろを振り向く。

そこには、こんなに暑い日差しの中でも、涼しげな表情で着物を着ている女性がいた。

優しく微笑み、ゆっくりと箒の元へと歩み寄ってくるこの人の名前は、『篠ノ之 雪子』。

箒の叔母に当たる人になる。幼い頃から面倒を見てもらっていたが、六年前に離れてからは、今日まで一度も会っていなかった。

正直、忘れられていたかと思って、会うのが怖かった部分もあったが、実際にはそんな事なく、箒が境内に立ち寄った時にばったり出会い、その瞬間、雪子にはその少女が、あの幼い頃に見てきた箒本人だと気付いた。

そして、何より帰ってきてくれた事に凄く喜んでくれた。

 

 

 

「すみません、勝手にウロウロして……」

 

「何を言ってるの……ここは、あなたの家なのよ? 久しぶりに帰ってきたんだし、見て回りたくもなるわよね」

 

 

 

どことなく、優しいオーラに包まれている雪子をみると、箒は自分の心が落ち着くのがわかった。

昔から何も変わっていない。本当に優しく、特別厳しくしたり、怒ったりなどはしない。

今までそんなところを、箒は一度も見たことがない。

何かをやらかしてしまった時も、箒は素直に謝ると、いつも優しい笑顔で許してくれた。

本人曰く、「本当に悪いと思っているから、『ごめんなさい』が言えるんでしょう?」…………との事だった。

そんな優しい叔母が、箒は好きだった。

 

 

 

 

「それにしても、箒ちゃんが帰ってきてくれて助かったわぁ〜。今年のお祭りにやる『神楽舞』、誰にやってもらおうかって、悩んでたのよ」

 

「いえ、いきなり帰ってきて、そんな大役を授けられたのです……ちゃんと期待には答えますよ」

 

「あら、楽しみね♪」

 

 

 

そう言うと、雪子と箒は境内の中に入り、今日行われる祭りの進行を確認する。

 

 

「箒ちゃんはおみくじ売り場をお願いね。そのあとは、神楽舞があるまで自由にしていいから。

浴衣もちゃんと用意してあるし、なんなら、仲のいいお友達を呼んできてもいいわよ?」

 

「ありがとうございます。そうですね……ちょうど来ると言っていた者たちが二人いますので、その二人を案内しながら祭りを堪能しますよ」

 

「あら、そうなのね〜! よかった、箒ちゃんにもちゃんとお友達ができたんだぁ〜 。

昔はあんまり周りの子と関わったりしなかったから、箒ちゃんは大丈夫かなって……」

 

「ちょ、雪子叔母さん?!」

「ウフフッ……あっ、もしかしてその二人のうちの一人は、彼なの?」

 

「は、はい? 彼?」

 

「ほらぁ、昔、箒ちゃんと一緒に剣道場に通っていた子! えっと、織斑 一夏くん!」

 

「え、ええ……一夏も来ますが……」

 

「あらそう〜♪ じゃあ、しっかりとおめかししないとね! 男の子の前では恥を晒すわけにもいかないわ」

 

「えっ?! い、いいですよ私は……!」

 

「ダメよ。箒ちゃんももう立派な女性なんだから……今日の神楽舞も、気合い入れて舞わないとね♪」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

悲しいかな、すでに一夏には想い人がいる。

それも相思相愛レベルを超えた関係にまで至っている。

だがしかし、それでも一夏に対する想いは、そう簡単には消えはしない。臨海学校で一夏に告白し、フラれた。

それで、一応の気持ちの整理はついたが、それでもまだ心に残っている。

それも仕方ない……ほぼ10年近くは共にいて、好きだと分かり、恋い焦がれて6年。

それだけ長い間募らせてきた想いを、一瞬で忘れるなんてできない。

でも、あれでよかったんだと、今では思う。

ようやく……前を向いて歩けるようになったから……。

 

 

 

「箒ちゃん。早速だけど、箒の神楽舞を見せてもらってもいい? 舞の型は、覚えてる?」

 

「ええ。ずっと練習していましたから……」

 

 

 

そう言って、箒は神楽舞で使う衣装を身に纏い、右手に宝剣を、左手に扇を持つ。

 

 

 

「ふふっ、昔は箒ちゃん、この刀が持てなかったのにねぇ」

 

「い、今は持てますよ!」

 

 

まぁ、もう6年前の話である。

箒は一度深呼吸をして、腰に差し、鞘に納められた宝剣を抜き放つ。

重さは真剣ほどではないが、確かに、子供が持つには長い上に重いだろう……。

しかし、今の箒には、まるで紙のように軽く感じる。

そこから体をくるくると回転させたり、時には鋭く、時には緩やかに……。

両手に持つ宝剣と扇が、神秘的なオーラを放ちながら、踊っている。

これは『篠ノ之流剣術』の元となった型でもあるのだ。

右手に刀、左手に扇を持つそのスタイルから、その型を《一刀一扇》……そこから波形した技が、《一刀一閃》と呼ばれる斬撃。

元は扇で敵の攻撃を受け流し、刀で一刀両断する型だった。

故に、篠ノ之流剣術の真髄は、その両手に持った武具を用いる事で、相手の攻撃を流し、捌いた後、流れるような太刀筋にて敵を斬り裂く……《二刀流》のスタイルなのだ。

それが《一刀一扇》だったり、《小太刀二刀流》だったりと、その型は様々だ。

踊る宝剣と扇……なびく巫女服の袖に、その上から羽織っている羽衣……。

一通り舞い踊った箒は、型通りに扇を閉じ、宝剣を納刀する。

お淑やかに、流麗に……その場に立ち止まった。

 

 

 

「へぇ〜、なるほど……それが箒ちゃんの舞なのね」

 

「あ、はい……。それで、どうでしょうか?」

 

「そんなの完璧よ、完璧!」

 

「本当ですか?! ありがとうございます」

 

 

 

かつてはこの舞を、雪子や、箒の母も舞ったのだろう……。

そんな雪子だからこそわかる。

箒の舞は、とても美しい……。

舞とは本来、神仏に捧げる大事な儀式。

そしてその箒からは、まるで祈りの様な、願いが込められている様な気がした。

 

 

 

「はい。箒ちゃんの舞は見させてもらったし、外の準備もいよいよ大詰めね。

私は最後の準備に立ち会うことになってるから、箒はそれまでゆっくりしててね。お風呂も沸かしてあるから、禊ぎをしててもいいわよ?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

そう言うと、雪子は箒の衣装を脱がしていき、それを本番前まで大事に飾っていた。

箒は雪子に言われた通り、風呂場に直行し、禊ぎを兼ねた入浴を済ませる。

正直、先ほどの舞の時に、軽く汗をかいてしまったため、ちょうどよかった。

浸かる湯船に身を任せ、箒は体の力を抜き、存分に四肢を広げた。

湯加減が絶妙で、体を内からポカポカと温めてくれる。

ふぅーと息を吐きながら、箒は目を細め、天井を仰ぐ。そして、左手をゆっくりと持ち上げ、その手首に巻かれている物を見つめた。

 

 

 

「紅椿……」

 

 

 

紅と黒のツートンカラーのブレスレットに、金銀の鈴が一個ずつ付いている。

これこそが、箒の専用機にして、束が一から設計し作り上げた第四世代型IS《紅椿》……その待機状態のアクセサリーだ。

そのブレスレットを見ながら、箒はふと思い出す。

 

 

 

「これを手に入れるために、いろんな事があったな……」

 

 

 

力を求めたのは、以前からあった。

一夏の隣に、刀奈という存在がいたのを知った時……

一夏と鈴が決闘をしている際に乱入してきた無人機を、みんなで迎撃したのを見た時……

タッグマッチトーナメントで、刀奈と対峙し、手も足も出ずに敗北してしまった時……

ISを失いながらも、生身で暴走したラウラと戦う一夏を見ていた時……

思い返せば、きっかけとなる出来事は多かった。

そして、それまで毛嫌いしていた姉を頼った。

 

 

 

「姉さんは……どうして私に紅椿をくれたんだろう……?」

 

 

 

姉・束のことは、別に嫌いではない……だが、束のせいで、箒の人生が狂わされたのも事実。

正直、姉がどんな事を考えているのか……箒自身、それがわからなかった……いや、今でもわからない。

元々が宇宙進出を目的に開発したIS。ならば、束の夢……ISを作った目的は、宇宙に行くことだったのだろうか……?

束は極端に人との関わりを持つ様な人ではなかった。それは、幼い頃の箒の目から見てもわかった。しかし、どう言うわけか、自分と一夏、そして唯一無二の親友・千冬にだけには心を開いていた。

しかし、そんな千冬にすら、何やら言えないような事を考えているらしい。

一体、自分の姉は何をしようとしているのだろう……。

そう思うと、不安な気持ちでいっぱいになる。

 

 

 

「…………今頃……一夏は何をしてるだろう……?」

 

 

 

ふと思った事を、自然と口に出してしまった。

姉のことは不安ではあるが、今の箒には、神楽舞という大事な役目がある。

ならば、誰もが魅了するような舞を披露してやろう。

それはもちろん、一夏にだって見せつけてやりたい。

 

 

 

「さて……そろそろ行くか……」

 

 

 

湯船から体を起き上がらせ、肢体から流れ落ちるお湯をサッと切りながら、箒は風呂場を後にしたのだった。

 

 

 

 






次で多分終わります。

その次は、ALOのクエストでもやろうかなって思います。
その後、SAO Extra editionの深海クエストでもやろうかと思います!

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第49話 恋に焦がれる八重奏Ⅳ


これにて、恋に焦がれるシリーズは終了!



陽が落ち、周りが闇夜に包まれつつある中、一際明るく辺りを照らし、賑やかになっている神社。

今宵は祭り。

皆が浴衣を羽織り、屋台が立ち並ぶ石畳を闊歩する。

その様子に、箒自身、心が躍っているのを感じた。

祭りの開催が宣言され、あっという間に大勢の人で賑わっている。箒はおみくじ売り場で、筒の中に入っている札の番号を聞き、その番号の書かれた棚から一枚、おみくじを渡す。

 

 

 

「45番……こちらになります」

 

 

今日はやけにおみくじ売り場が多い。

それも男性客が……。

よく見ると、そんな男性客を後ろから睨みつける女性客までいる……はて、一体何事だろう……。

そんな事を思いながらも、箒は着実におみくじを売っていった。

 

 

 

(一夏たちは……いったいいつ来るんだろう……?)

 

 

 

祭りには行くと言っていたが、それが何時なのかは聞いていない。

まだ祭りが始まったばかりとは言え、昔はあんなにはしゃいでいた一夏が、そうそう遅れてくることはないだろうと考えた。

 

 

 

 

「すいませーん、おみくじください」

 

「あっ、はい! 300……円に……」

 

 

ついつい一夏たちを探すのに気を取られてしまい、接客を怠ってしまった。

だが、そんな気を取り直す必要もなく、目の前の人物を見て、箒は驚愕の声を上げた。

 

 

 

「た、楯無さん!?」

 

「はぁ〜い♪ あなたの楯無お姉さんでぇ〜す♪」

 

「いや違いますよ?!」

 

「ああん、そこは乗ってくれもいいのにぃ〜♪」

 

「それはそうと……いつの間に来たんですか?」

 

 

 

一夏から多少のことは聞いていたが、あまりにも神出鬼没過ぎる。

気配の消し方が上手い……まぁ、これだけ賑わっている中でなら、多少なりとも上手い具合に気配は消せるだろう。

 

 

 

「つい今しがた到着したところよ。ほら、あっちにも……」

 

「あっち? ああ……」

 

 

刀奈の指差した方向へ視線を向けると、そこには、両手に屋台の料理を持った一夏の姿が……。

そして、こちらの視線に気づくと、人ごみの多いその一帯を、まるですり抜けてくる水流のように滑らかにやってきた。

 

 

 

「よお、お待たせ」

 

「ああ……それで、どれだけ買ったんだお前は……」

 

 

 

 

ジト目で見ながら、何故ここに来るまでにそれだけ買った? と言いたくなるほど大量の屋台料理。

焼きそば、焼きトウモロコシ、たこ焼き、フランクフルト、綿あめ……確認できるだけでもこれだけ。

あとは袋の中にまだ色々と入っているようだ。

 

 

 

「カタナが食べたいって言ってさ。箒は自分が探すから、俺は買っておいてくれって言われたんだど……」

 

「流石に多過ぎないか?!」

 

「だよなぁ〜」

 

「ええっー! いいじゃん、私こういう祭りに来るの初めてなんだしー!」

 

「はあっ!? 初めてなんですか?!」

 

「うん、そうよ? 外でこれだけ賑わったところに来るの初めてね……だから、すっごく楽しみなの♪」

 

 

 

 

刀奈は元々、暗部のとはいえ名家の令嬢。

ならば、こんな庶民的な祭りに参加することはほとんどなかったはずだ。

いろんなパーティーなどに招待されることはあっても、あまりいい思い出なんてものはないし、相手の顔色ばかり伺ってくる様子の人たちばかりで、内心面倒だと思ったことは一度だけではない。

ましてや自分は、すでに更識家の当主『楯無』の名を継いだ身。

それが加わると、さらに人の目が気になってしまうものだ。

だから、こうやって自由に動き回れる上に、誰かの視線を気にせずはしゃげるこの機会は貴重なものだ。

だからこそ今回は、思いっきりはしゃごうという意気込みらしい。

 

 

 

 

「それにしても……」

 

「な、なんだ……?」

 

 

 

一夏の視線は、箒の顔……から全体的に移され、箒は頬を赤らめ、慣れない視線に身じろぎする。

 

 

 

「流石は様になっているって言うか……すごく似合うなぁ〜ってさ」

 

「な、なに?!」

 

「その服だよ。お前はやっぱり和装が似合うな……凄く綺麗だと思う」

 

「な、なな……っ!」

 

 

 

いきなり褒めるから、どうしたものかと考えるが、適切な対処の方法を知らない。

真っ赤になった顔は、今にも沸騰しそうで、そんな顔を見られたくないので、一夏から視線を外し、真下を向く。

箒の視線の先には、無意識のうちに両手の人さし指で、指を突いたり絡めたりして、弄ぶ光景が写っていた。

 

 

 

「ん? どうした?」

 

「へぇ?! い、いや、なんでもないぞ!」

 

 

 

綺麗……似合ってる……好きな異性から言われる言葉は最上級の褒め言葉だ。

そんな言葉が、箒の頭の中ではぐるぐると回っていた。

だから一夏に呼ばれた時、ちょっと変な声が出てしまったのは否めない。

なんせ、『可愛い』とかではなく、『綺麗』だと言ってくれた。可愛いという言葉も嬉しいは嬉しいが、それ以上に綺麗だと言われると、その一段階上の褒め言葉のような気がするからだ。

 

 

 

「箒ちゃん? どうしたの、いきなり大声を出して……」

 

「あっ、はい! す、すみません!」

 

「いや、別に気にはしてないのだけれど……あら?」

 

 

 

箒の様子を見に来たのか、雪子がおみくじ売り場の裏口から姿を現した。

なにやら取り乱した箒を見て、雪子はその原因である少年に視線を向けた。

 

 

 

「あらぁ〜! 一夏くん?」

 

「あ、はい。お久しぶりです、雪子叔母さん」

 

「まぁ〜まぁ〜! 本当に久しぶりね。大きくなっちゃって……それにイケメンに育ったわね♪」

 

「い、いや、そんな……」

 

「隠すことじゃないでしょう? あら? そちらのお嬢さんは?」

 

 

 

今度は、一夏の隣で寄り添っている少女。

刀奈に視線を向ける雪子。刀奈はそれに応じて、雪子に対して挨拶をした。

 

 

 

「初めまして。私は更識 楯無と言います。箒ちゃんのクラスメイトで、このチナ……じゃない、一夏の恋人です」

 

「あらまぁ〜!」

 

 

 

両手を合わせ、驚愕の表情を作る雪子。

それもそうだろう……いつの間にか知らない間にこれだけ美人の彼女ができているなら、過去の一夏を知っている者なら誰だって驚く。

周囲にいる女の子達からの好感を集め、それでいて肝心な所は持ち前の鈍さ……いや、もう唐変木と言ってもいいくらいに酷い有様で、多くの女の子を落胆させたあの一夏の心を射止めた女性が、この世にいようとは……。

 

 

 

「雪子叔母さん……なんか、失礼なこと考えてません?」

 

「あらら、そんな事はないわよ? ヘェ〜、とうとう一夏くんにも彼女さんが……。

うーん……嬉しいようで悲しいわね……」

 

「ええ?! なんでですか……」

 

「だって、それじゃあ箒ちゃーー」

 

「叔母さん‼︎ そ、それで、ご用件はなんでしょうか!!!?」

 

 

 

肝心な所は箒の大声でかき消されてしまったため、聞き取れなかった。

その箒を見ると、顔を真っ赤にして、両手の拳がプルプルと震えている。

 

 

「あっ、そうそう……もうそろそろ交代の時間だから、部屋に戻ってお着替えしてらっしゃい。

箒に合わせて、浴衣も用意したから……一夏くんと楯無さんの三人で遊んできなさい」

 

「えっ、いや、しかし……」

 

「大丈夫。神楽舞の前に戻ってきてくれればいいから、ね?」

 

「ううっ……はい、わかりました」

 

 

 

なんだか、雪子にいいようにあしらわれた感が否めない。

そんな雰囲気を、一夏達も察してか、二人とも微妙な顔で苦笑していた。

その後、お祭りのお手伝いに来ていた近所の方と交代する形で、箒は休憩所となっている部屋へと入っていき、用意してもらった浴衣に袖を通す。

ワインレッドの赤……そしての生地に咲く桜の花びら。藍色の帯を締め、いざ、一夏達の元へ……!

 

 

 

「わおっ、綺麗な浴衣ねぇーそれ!」

 

「ああ……凄く似合ってるじゃないか……!」

 

「そ、そうだろうか……? へ、変ではないか?」

 

「全然! そんなことないわよ。ね、チナツ?」

 

「うん。むしろ似合いすぎてるな」

 

「あ、うう〜〜っ!」

 

 

 

 

再び顔を赤くして俯く箒に、刀奈はにっこり笑って、箒の背中を押しながら進む。

 

 

 

「さあ、お祭りを楽しみましょう! 早く行きたくて堪らないわぁ〜!」

 

「そうだな、行こうか」

 

「う、うん……」

 

 

 

最後のはなんか箒らしくないと思ってしまったが、それでもついてきているのだ、箒だって楽しみにしているだろう。

 

 

 

「まず、何をする?」

 

「ねぇ、チナツ……あれが噂の金魚すくい?」

 

「おう。流石にそれは知ってたか」

 

「ちょっとぉー、そこまで世間知らずじゃないわよー! でも、テレビとか映像でしか見たことなかったし、こうやって生で見るのは初めてかも……」

 

「楯無さんは、本当に祭りには来たことはなかったんですか?」

 

「うーん……祭り自体はあるわよ? でも、いつも眺めてるだけで、直接こうやってやったことはなかったわ……。

家での訓練とか、作法の勉強とかもあったし、そんなに遊んでいられる時間がなかったから……」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 

更識家として、次期当主として、刀奈は幼少期から相当な期待を背負ってきたのだろう。

その責任感が、幼い刀奈には容赦なく襲いかかり、遊ぶことはほとんどなかった。

友達なんかもできてはいたが、それでも、家の関係上、深く関わることはしなかった。

故に、真に親しいと言えたのは、当時から親交のあった布仏家の姉妹……虚と本音だけだ。

 

 

 

「さぁーて! やるわよぉ〜!」

 

「そんなに気合入れなくてもいいんじゃないか?」

 

 

 

あまりヒートアップし過ぎないように、一夏と箒が両脇で刀奈を見守る。

屋台の親父にお金を支払い、ポイと、捕獲した金魚を入れる器を受け取った刀奈。

鋭い目つきで金魚を見定め、ポイをゆっくりと水につける。

そしてゆっくりと横に移動させ、狙いをつけた金魚を、勢いよくすくい上げる。

 

 

 

「ほっ! ……あっ」

 

 

 

すくい上げた金魚は、水面に上がり、水から出てきたが、器に入る直前でポイが破けてしまい、金魚は再び水の中に戻って行った。

 

 

 

「あ〜……結構脆いのね、この紙……」

 

「そりゃあな。それが金魚すくいってもんだよ」

 

「それと、あまり勢いよくしない方がいいですよ。ある程度なら、破けるまでに時間はかかりますから」

 

「なるほどねぇ〜。よし、もう一回!」

 

 

 

もう一度親父にお金を支払い、ポイを受け取る。

そして同じ要領で水に浸し、箒のアドバイスに従い、ゆっくりと、慎重にポイを動かす。

 

 

「ほいっ!」

 

「おっ!」

「あっ!」

 

 

なんと、二回目で成功してしまった。

しかもポイの紙は無傷。粒ほどの穴も空いていない。

それには金魚すくい屋の親父も驚き、刀奈を驚愕の目で見ている。

 

 

「すごいな! やっぱコツを掴むのがうまいな、カタナは」

 

「ヘェ〜なるほどなるほど……こういう感じなのねぇ〜」

 

 

今度は二匹目、三匹目、はたまた二匹同時に取り五匹。

それら全てを同じポイですくい上げる。

そしてポイには穴が空いていない。

 

 

 

「こんなに簡単にできるものだったか……金魚すくい……?」

 

「いや、それはねぇーだろ……」

 

 

 

箒と一夏の二人ですら、初めてやった時は何度もポイの紙を破いたものだ。

毎年毎年二人で対決したりして、ようやく簡単にすくい上げることができるようになったが、刀奈はたったの二回目でこなした。

と、そう思っている最中、何やら親父の顔が青ざめていくのに気がついた。

どうしたのだろうと思い、親父の視線の先にいる刀奈を見てみると……

 

 

 

「ほいっ! ほいっ! それっ! もう一丁!」

 

「いやいやいや、取りすぎじゃねぇーかっ?!」

 

「だが、ポイが破れてない以上、いくらすくってもいいルールだしな……」

 

 

 

刀奈の持つ器を見ると、すでに20匹以上の金魚が……中には、バカでかい金魚までいる。

器の中に入った水の中には、金魚が溢れかえっており、むしろ見ていると気持ち悪い。

 

 

 

「カタナカタナ、もうそろそろやめてやらないか? おっさん泣きそうだぞ……」

 

「えっ? あっ……ごめんなさい……」

 

 

 

一夏の指摘に、ようやく気付いた刀奈は、苦笑いをしながら手に持っていた器をひっくり返し、すくった金魚を全て戻した。

 

 

 

「さ、さぁー、別の場所に移りましょうかー、あはっ、あははは……」

 

「そうだな。おっさん、この金魚、今やってる子供達にあげてやっよ」

 

「お、おう……」

 

 

そう言って、一夏達はその場を後にして、その時隣で金魚すくいをしていた子供達からは、刀奈は女神に見ていたであろう……。

 

 

 

「次は何しようかしらぁ〜♪」

 

「カタナ、とりあえず、食べねぇ?」

 

「おぅ?」

 

 

そうだった……そう言わんばかりに一夏の顔を見て「ごめん」と言う。

さっきから両手に溢れんばかりの屋台飯を持っていた一夏。近くにあったベンチに座り、一夏の両手からそれぞれ料理を取り出す。

 

 

「ふぅー、両手が楽だぁー」

 

「ごめんごめん♪」

 

「しかし、いいのか? 私もご馳走になって……」

 

「いいさ、これくらい……。むしろ屋台飯で良かったのかってくらいだし……」

 

 

 

企業のテストパイロットとして、多少の報奨金は貰っているため、これくらいを奢ることはやぶさかではない。

 

 

 

「せっかくだから、食べましょうよ」

 

「そうだな」

 

「いただきます」

 

 

 

三人は膝の上に料理を広げ、割り箸を割り、料理に舌鼓をうつ。

 

 

 

「はい、チナツ! あーん」

 

「昨日もやったぞ、それ……」

 

「いいじゃない、こう言うのは何度やっても♪」

 

「はいはい……あーん」

 

 

たこ焼きを頬張る。

適度に外の皮がカリカリ、中はふわとろ。

ソースとマヨネーズの味わいが非常にマッチしている。

 

 

「はい、箒ちゃんもあーん♪」

 

「ええっ!? わ、私もですか?!」

 

「ほら、早く! たこ焼き落ちちゃう!」

 

「なっ、も、もう!」

 

 

あんまり気が進まないといった感じだったが、急かす刀奈に押され、箒はたこ焼きを頬張る。

 

 

「ね、美味しいでしょ?」

 

「は、はい……美味しいです」

 

 

刀奈のこの時折こどもの様な性格は、中々拒むことができない。

そんな姿が、どことなく自身の姉と結びついてしまう。

 

 

「あ、箒……」

 

「ん?」

 

「口元にソースがついてるぞ」

 

「んんっ!?」

 

 

確かにソースがついていた。

だがそれを、一夏がそっと人差し指で撫でるようにして取ったのだ。

その指先が、箒の唇に触れ、とっさに箒は体を仰け反らせてしまった。

 

 

「あっ、悪い……嫌だったか?」

 

「い、いや! 嫌では……ないのだが……」

 

「あらあらぁ〜? 箒ちゃん、顔赤いわよ?」

 

「い、いやこれはーーっ!」

 

「もおー可愛いなぁ〜箒ちゃんは♪」

 

「わぁっ!? な、なんですかいきなり?!」

 

 

 

がっちりと箒を抱きしめ、顔を自身の胸に埋め込む刀奈。

そんな状況に、箒は混乱しまくって、刀奈の胸元で顔を動かそうともがくが……

 

 

「ちょ、楯無さん!」

 

「こらぁー、暴れないの。たこ焼き落ちちゃうわよ」

 

「そ、それは……! もう、とにかく離してください!」

 

「いーや! だって箒ちゃんが可愛いからぁ〜」

 

「も、もう……」

 

 

 

やっぱり似ている……姉の束に。

人を平気で連れ回して、いろんなことをして、そして決まってベッタリとくっついてきたり、そうしなかったとしても、いつも近くに寄り添ってくる。

そんな事……この頃は全くなかった。

幼い頃は、あんなに近くにいたのに……今は……

 

 

 

「あら? 箒ちゃん……?」

 

「え? あ、いや、なんでもないです……」

 

「そう? なんか、元気がなかったような感じがしたから……」

 

「いえ、そういうわけでは……。でも、そうですね……少し、姉の事を思い出してました」

 

「束博士?」

 

「はい……。なんだか、楯無さんは、姉に似ているなぁ〜って……」

 

「…………お姉さんと離ればなれは、寂しい?」

 

「……どうでしょう。正直、分かりません。ただ、こんな事が、昔にもあったような……そんな気がして……」

 

「そう……」

 

 

 

その時、一夏もなんとなく、昔の事を思い出した。

いつも箒と一夏にベッタリだった束。

剣道の稽古をしている時でも、休憩している時でも、学校から帰ってきた時でも……こうやって、束が迎えるようにしていた事を……。

それを見て、千冬による鉄拳制裁が落ちた事だって、一回や二回の話ではない。

そうなると、もう十年近く、そんな事をやっていなかったんだなぁと感じる。

こんな世界にしたのは、間違いなく束の作ったISが原因だ。

それによって変わった世界を見て、今の束は、どう思っているんだろうか……。

 

 

 

「箒ちゃん……私がお姉ちゃんになってあげようか♪」

 

「いや、その……姉は……あの人だけで充分ですので……」

 

「まぁ、そうよねぇ〜」

 

 

 

そう言いながらも、二人は仲良く焼きそばや焼きトウモロコシを食べあっている。

どことなく、その姿が刀奈と簪を見ているような気がした。

 

 

 

「あれ? 一夏さん?」

 

「ん?」

 

「やっぱりぃ〜〜!」

 

「おっ、蘭!」

 

 

 

三人で和んでいる時、その三人に近寄ってくる元気な雰囲気が似合う少女の姿が……。

赤みがかった茶髪を、トレードマークであるバンダナで巻いており、濃紺の生地に、朝顔の柄が入った浴衣を纏った、一夏の親友、五反田 弾の妹、五反田 蘭その人だ。

 

 

 

「お久しぶり……と言っても、まだそんなに経ってませんね」

「そうだな……臨海学校前に、レゾナンスで会った時以来だもんな」

 

「あら、蘭ちゃんじゃない」

 

「楯無さん! いらっしゃってたんですね」

 

「ええ。チナツに連れてきてもらっちゃってね」

 

 

 

既に蘭は何度もこの祭りには来た事があり、その度に妹の面倒を兄の弾が見せられているわけなのだが……。

 

 

 

「あれ? 弾はいないのか?」

 

「あ〜……この人集りですからねぇ……ちょっと逸れちゃいました」

 

「それ、大丈夫なのか? あいつ、今頃めちゃくちゃ探してると思うぞ?」

 

「大丈夫ですよ。私だってもう、子供じゃないんですから!」

 

 

 

 

えっへんと胸を張る蘭だが、そんな行動がやけに子供らしく思うのだが……。

 

 

 

「えっと……一夏の友人の妹さんか?」

 

「あっ、はい! 初めて。五反田 蘭です!」

 

「これはご丁寧に……。私は篠ノ之 箒、一夏の幼馴染でクラスメイトだ。よろしく」

 

「ああ! 以前一夏さんからお話は聞いていましたよ! 初めまして!」

 

 

 

箒としては、一夏は彼女に自分をどのように話していたのかが気になったが、話を聞く限りでは、変な事は言っていなかったらしい。

 

 

 

「剣道がとっても強いらしいですね! それに、ISの操縦もお上手だとか」

 

「いや、それ程の事ではないさ……」

 

「いえいえ、すっごく憧れますよ!」

 

 

 

天真爛漫、好奇心旺盛……そういった言葉が似合う彼女の性格に、箒も少しばかりタジタジた。

 

 

「そうだ、蘭も食うか?」

 

 

そういって、一夏は自身の膝の上に置いてあった焼きそばを差し出す。

 

 

「えっ?! いや、でもこれは、一夏さんが食べていたものじゃ……」

 

「いや、結構お腹一杯になってきてな。だから、助けると思って食べてくれないか?」

 

「え……そ、その……まぁ、そうですよね? 助けると思って……ね」

 

 

 

一体誰に確認を取っているのかはわからないが、とりあえず今からとる自分の行動は、正当なものだと自分に言い聞かせるようにして、一夏の差し出す焼きそばを食す。

 

 

「えっと、いただきまーす」

 

 

本来ならズルズルと音を鳴らして食べるところなのだが、あいにく今目の前には一夏がいる。

そんな状況で普段通り食べるところを見られて、はしたないと思われてはいけない。

なので、せめて吸うにもズルズルではなく、チュルチュルくらいに留めておこう。

 

 

 

「ん! 美味しい! 意外にやるな、ここの店主」

 

「だろ? 意外に美味いんだよなぁ、ここの焼きそば」

 

 

 

実家が定食屋をやっているため、味には結構敏感というか、厳しい蘭も、この焼きそばのうまさには驚いているようだった。

その後、二人で焼きそばを食べ終わり、買ってきた料理をなんとか食べ終えた。

 

 

 

「さて、これからどうする? 箒はまだ大丈夫なのか?」

 

「ああ、まだ大丈夫だ」

 

「なら、この四人で回るか?」

 

「そうね、そうしましょうか」

 

 

 

その後、四人でいろんな屋台を見て回る。

お面屋では、誰がどのお面が似合うだろうかと、はしゃぎ、投げ輪コーナーでは、刀奈が再びすべての枠に投げ輪を入れるという快挙を成し遂げ、今現在は、射的屋にいた。

 

 

 

「今度はこれをやりましょうよ!」

 

「射的か……俺もやったけど、あまり取れた試しがないんだよなぁ〜」

 

「なら、射撃訓練だと思いなさい。ほら、さっさと並ぶ!」

 

 

刀奈に腕を引かれ、一夏と蘭が挑戦する。

 

 

「おっちゃん、三人分ね」

 

「おうおう、両手に花どころかたくさんの花束とはねぇ〜! よし、おまけは無しだ!」

 

「そんなこと言わないでくれよ。せめてこの二人の分くらいわおまけしてくれたっていいだろう?」

 

「ほう? 今時の小僧にしてはえらく気が回せるなぁ! いやぁ〜感心感心! だが、やっぱりおまけは無しだ。モテる男は、俺たちの敵だ! ガッハッハッハッハ!」

 

 

 

などと言って豪快に笑う店主。

冗談の様な口調ではあったが、目が少しばかり本気だったのは、放っておこう……。

一夏は三人分の代金を払い、店主の親父から銃を三つ受け取る。

 

 

 

「蘭は、こういうの得意なのか?」

 

「いえ、実は苦手で……」

 

「俺もだよ。小さいのくらいだったら落とせるんだが……」

 

 

そう言って、一夏と蘭が撃つ。

だが、ものの見事に外れてしまい、二人して落胆する。

 

 

「もう、二人とも構えからなってないからよ。ほら、腕はこうで、構えはもっと……」

 

 

 

見るに見かねて、刀奈が二人のフォームを修正する。

思っていたよりも窮屈に感じる構えだが、刀奈の指示通りに撃つと、これがまたよく当たるのだ。

 

 

 

「おお! さすがはカタナ!」

 

「ふふっ♪ お姉さんにかかればこんなものよ」

 

 

 

そして、刀奈と言うと、一夏達に教えた構えではなく、片手で銃を持ち、狙いを定めて引き金を引く。

すると、いとも簡単に景品を落とす、落とす、落としまくる。

 

 

 

「す、すげぇー……!」

 

 

 

最初は余裕の表情だった射的屋の親父も、金魚すくい屋の店主と同様に、どんどん顔が青ざめいく。

 

 

 

「ほ、ほら、箒もやってみたらどうだ?」

 

「わ、私がか?!」

 

「ああ……。このままだと、景品全部を刀奈が落としちまうぞ……」

 

「ああ〜……」

 

 

 

見れば蘭が刀奈を煽り、刀奈はそれを面白半分に受け、蘭の弾まで詰め込んで放っていた。まぁ、代金はちゃんと渡したんだし、出された弾数だけ使えば、なんの問題もないだろうが……。

 

 

 

「わかった、やってみよう……」

 

 

 

しぶしぶといった感じで、箒は一夏の隣で構える。

そして、一夏と二人で同時に引き金を引く。

だが、やはり思った様に当たらない。

 

 

 

「くっ……! 弓ならばいともたやすく射止めれるというのに!」

 

「弓でやったら景品壊れるぞ……」

 

 

再び一夏が構え、狙いを定める。

ふと目に入った景品に、狙いを集中し、引き金を引く。

 

 

 

「当たれ……!」

 

 

願いを込めて放たれたコルクの弾丸は、一夏の狙った景品よりも、やや左逸れてしまった。

だが、次の瞬間、景品の乗った棚を支えていた柱に、コルク弾が跳ね返り、一夏の狙っていた景品に当たる。

そして、やがてそれはバランスを崩して、前のめりに倒れる。

 

 

「お! やった、ラッキー!」

 

 

店主の親父は、納得いかねぇー、と言った表情で見ていたが、当たりは当たりだ。

貰った景品を見て、すぐに視線を刀奈に移した。

 

 

「カタナ」

 

「ん? なに、チナツ?」

 

 

受け取った景品を袋から出し、刀奈の髪にそっと触れる。

 

 

「ほい、やるよ」

 

「あら、何これ?」

 

「髪留めだろうな。カタナに似合いそうだったから……」

 

「本当?! ありがとう……!」

 

 

微笑む刀奈の顔と、そんな笑顔にピッタリな、一輪のひまわりの装飾がつけられた髪留めが、異様にマッチしていた。

刀奈は、一夏の思わぬプレゼントに頬を朱に染め、両手で頬にくっつけて、くねくねと見をよじらせていた。

そんな中、箒も一生懸命狙いを定めて撃っているのだが、全然当たらない。

 

 

 

「くっ、おのれ……! ええいっ!!!!」

 

 

 

やけくそ感満載で撃った箒の弾丸は、箒が狙っていた景品からは大きく外れて、一番上に立っていた金色のプレートに当たり、そのプレートがカタカタと前後に動くと、やがて後ろにパタリと倒れた。

 

 

「お、おめでとぉぉぉぉッ!! 当店一の高額賞品当たりましたぁぁぁぁ!!!!」

 

「…………へぇ?」

 

 

 

店主の大声に、周囲にいた人たちまで視線を集める。

その金色のプレートの景品は、一体なんだったのか……?

 

 

 

「ほら嬢ちゃん! 一等景品のア、ア、アミュ……なんだっけ?」

 

 

 

名前がわからないらしく、店主は仕方なく一等景品が入った箱を取り出す。

それを見た瞬間、一夏たち全員が驚きの声を上げた。

 

 

「おっ! これだ、これこれ!」

 

「「「アミュスフィア!!!!?」」」

 

「そう! それだよそれ! こいつを手に入れるのに結構かけたっつうーのに……。

今日は大赤字だな!!!! ガッハッハッハッハ!!!!」

 

 

 

豪快に笑いながら、店主はアミュスフィアを箒に渡す。

それを貰った箒も、ただただその箱の表紙を見ていた。

 

 

 

「やったじゃねぇーか、箒!」

 

「ほんとねぇ〜! これで箒ちゃんもALO出来るね!」

 

「あ、は、はい……」

 

「いいなぁ〜……私もALOやりたいですよぉ〜!」

 

 

蘭から羨望の眼差しで見られてしまい、正直、あげてもいいと思ってしまったのだが……何故だろう、そうする事をしなかった。

ALO……それは、一夏たちが今現在はまっている世界……妖精郷の世界でファンタジーな異世界生活を楽しむ……といったコンセプトのゲーム。

鈴を始め、IS学園にて、一夏と出会ったものたちは、皆これを始めた。そんなみんなを見ていて、そんなに面白いのなら、自分も……と思っていた事もあったが、色々と悩んでいた事もあり、結局やらずじまいで終わってしまっていた……。

しかし、今目の前に、幸運にもアミュスフィアが手に入った。

あとは契約し、ALOのソフトを買えば……自分も、一夏たちと……

 

 

 

「なぁ、箒! 箒も一緒にやろうぜ! お前に紹介したい人たちがいるんだよ!

鈴たちも今一緒になってやってくれてるしさ、なぁ、どうだ?」

 

「ん……」

 

「箒ちゃんも一緒みようよ。仮想世界っていう場所を………私たちもまだ見たことない世界が、きっとあるはずだからさ!」

 

「楯無さん……」

 

 

 

ISができて、箒の世界観は変わった。

人からの視線、自分の立場、あらゆる人たちの思惑……いろんな感情や光景を、嫌というほど見てきた。

今のこの世界は、とても嫌いだと思っていた。

でも、そんな世界とは違う……全く見たことのない世界が、もし本当にあるというのなら……

 

 

 

「そう、ですね……一夏、楯無さん」

 

「「ん?」」

 

「私を、連れて行ってくれないか……お前たちが見ている世界……私の知らない、未だ見ぬ世界に……!」

 

 

 

答えは、刀奈の抱擁だった。

頬をこすりつけるようにして抱きしてくる刀奈の顔は、とっても優しそうで、笑っていた。

そして、一夏もまた、嬉しそうに笑っている。

こんな二人と、みんなと、新しい世界へと旅立てるのが、こんなにワクワクするなんて、知りもしなかった。

 

 

 

「…………さて、そろそろ神楽舞の準備だ」

 

「あら、もうそんな時間?」

 

「はい。みんなで、見てくれませんか?」

 

「もちろん! ねぇ、チナツ、蘭ちゃん?」

 

「おう、もちろんだぜ!」

 

「はい、私も拝見させーーーー」

 

「蘭!!!! どこ行った蘭〜〜〜〜ッ!!!」

 

「て……もらい……」

 

「らあぁぁぁんッ!!!」

 

 

 

後ろで走り回っている青年がいる。

赤みがかった茶髪をストレートに伸ばし、蘭とは色違いのバンダナを頭にかぶった青年。

その目は若干涙目で、明らかに取り乱しているのがわかった。

 

 

 

「あの! うちの妹を見ませんでしたか?! 背はこのくらいで、胸はまだツルペタで、髪がこんなんで……!」

 

 

 

慌てすぎだろうと言いたかったが、それだけ妹思いの奴なんだという事を、一夏は知っている。

一夏の親友、五反田 弾は、いつでもそんな奴だ。

 

 

 

「ほら、言った通りだったろ?」

 

「すみません……ちょっとあのバカ兄貴シバいてきます」

 

 

 

その後、なおも叫び続ける兄に対し、妹は背後から容赦のないドロップキックをお見舞いしてやっとさ……めでたしめでたし。

 

 

 

「さて、戻ろうか。準備しないといけないだろ?」

 

「ああ」

 

 

 

気を取り直し、箒を控え室に送る一夏と刀奈。

箒を送り届けたあとは、神楽舞の舞台へと向かい、箒が出てくるのを待っているだけでよかったのだが、驚くことに、もうすでに人集りができていた。

雪子が呼びかけていたのを見た辺り、客集めをしていたのだろう。

そしてついに、舞台の幕が上がった。

 

 

 

「あっ! 箒ちゃん出てきたよ!」

 

「……っ!」

 

 

 

一夏は、一瞬、言葉を失った。

なぜなら、そこには、天女がいたからだ。

 

 

 

「す、すげぇ可愛い……!」

 

「この近くにあんな子いたっけ?」

 

「写真写真!」

 

「綺麗〜〜っ!」

 

 

 

 

舞台に詰め寄っていた観客たちからも、歓喜の声が上がった。

見惚れる……とはこの事だった。

シャン! となる鈴の音。

舞い踊る扇、光り輝く宝剣。

剣舞奉納……神々に捧げる……祈りの舞。

 

 

 

「綺麗ね……」

 

「…………ああ、すごく綺麗だ」

 

 

 

刀奈も一夏も、箒の舞に見惚れていた。

特に一夏は、幼い頃の箒を知っている分、よりその気持ちが大きい。

まだお互いに小学生の時には、同門であり、互いに良きライバルとしか見ていなかった。

幼馴染で、ほぼ毎日会っていたから、異性としてよりも家族の様に思っていた……。

だが、IS学園で再会して、福音事件の際に、告白された……。その時になって、本当の意味で箒を異性だと感じた。

 

 

 

 

シャン……シャン……!

 

 

 

 

身体中に痺れる様にして鳴り響く鈴の音。

最後の演舞が終わり、箒は深々と頭を下げた。

周りの観客たちからも拍手喝釆。刀奈と一夏も、自然とその両手が合わさり、拍手を送っていた。

 

 

 

「凄かったわね……」

 

「……ああ」

 

「惚れちゃった?」

 

「まぁ……独り身だったら、惚れたかもしれない」

 

「あら、肯定しちゃうんだ」

 

「嘘ついたってバレるからな」

 

「ふふっ、よくわかってるじゃない」

 

「カタナに嘘ついたら、今度こそ《グングニル》が飛んでくるからな」

 

「そんな事しないわよー。良くても《ストライク・ピアーズ》くらいよ」

 

「結局突き刺すんだね……」

 

「刺すくらいで済むならいいでしょう?」

 

「でも《ストライク・ピアーズ》はダメだろ……結局斬りつけてから心臓えぐってんじゃん」

 

「なら、《フェイタル・スラント》がいい?」

 

「あんな強烈な一撃もらったら、体が吹き飛ぶって……!」

 

 

 

実際、刀奈ならやりかねない。

だけど、それも愛情の表し方なのだ。

まったく、情の深い女だ……。

 

 

 

「二人とも、お待たせしました」

 

 

 

と、そこに再び浴衣に着替えた箒が登場。

これでようやく、祭りの演目はほとんどが終了……あとは、最後の仕上げが残っている。

 

 

「よし、とっておきの場所に行こうぜ……!」

 

「あそこか?」

 

「ああ……あそこは、俺たちしか知らない場所だからな」

 

「とっておきの場所?」

 

 

 

一夏と箒に手を引かれて、刀奈は二人の後を追っていく。

すると、到着したのは、篠ノ之神社の近くにあった、小高い丘。

その唯一伸びた階段を上っていくと、やがて開けた場所へと出た。

 

 

 

「うわぁー! 凄いわね、ここ」

 

「だろう? 昔、稽古の合間の休憩中に走り回っていたら、ここを見つけたんだよ。んで、ここから見る花火は絶景だったんだ」

 

「ここには、滅多な事じゃ他の人達は来ませんから、ほぼ貸切状態ですね」

 

「へぇー! いいじゃんいいじゃん!」

 

 

 

まだ花火の準備が終わっていないのか、空はまだ静かな星空が広がっている。

 

 

 

「それにしても、いろんな事があったなぁ……」

 

「気の早いやつだな……そういう言葉は、年の瀬まで取っておけ」

 

「そうだけどさ……。俺たちがSAOから帰ってきて、キリトさんと俺がISを動かせる事がわかって、強制的にIS学園に入学させられて……もうなんか、すでに一年分の出来事を経験した気分だよ」

 

 

 

年寄りくさい事を言いながら、肩をすくめる一夏の姿をいる箒と刀奈。

そんな一夏を見ながら、二人はクスクスと微笑んでいた。

 

 

 

「さて、二学期も色々とイベント目白押しよ。学園祭にタッグマッチ、キャノンボール・ファスト」

 

「今度こそ、何もなきゃいいがな……」

 

「そうだな……福音戦でもう懲り懲りなのだが……」

 

「もう、そんな事を言ってる内は、まだまだ未熟者よ? IS操縦者として生きていくなら、もう軍人と同じくらい覚悟を決めておかないと!」

 

「まぁ、そうだな」

 

「ええ」

 

 

 

 

覚悟……そうだ、戦う覚悟を決めなければ、守るべきものすらも守れない。

そんな事になるのは、絶対にいやだ……。

かつて思っていた理想……それを守るために、多くの者を斬り捨てた。

だからこそわかる。戦いには理由がいる。そしてそれが他者の物であってはならない。

自分の意思で、自分の信念で、自分の力で戦う……。

ならば、どんなに苦しくても、歩み続ける。

相棒と、仲間たちとともに……。

 

 

 

「カタナ、箒……これからも頑張ろう……」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

 

 

 

夜空に上がった大きな火花。

その花を見ながら、一夏たちは新たに決意を固めたのであった。

 

 

 

 

 

 




次回からはどうしようかな……ALOのクエストでもやろうかな。
ちょうど箒がALOプレイフラグも立った事ですので、クエストやりますね(⌒▽⌒)


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第50話 肝試し

今回はオリジナル展開で、ALOで肝試し体験をやりたいと思います。
といっても、あまりアイディアらしいアイディアがないので、今回と、次回の二話くらいで終わるとは思いますが……




時期は8月を迎え、早くも中旬に差し掛かっていた。

ここ、妖精の国《アルヴヘイム》も、何事もなく、平穏な日々が流れていた。

そして、そのアルヴヘイムの中央にある巨大都市 央都《アルン》にそり立つ巨大な樹木。

世界樹《イグドラシル》。その樹の周りを、鋼鉄の城がぐるぐると回っている。

かつてSAOの舞台となった鋼鉄の浮遊城《アインクラッド》。

かの城は、今現在水妖精族であるウンディーネ領の首都《三日月湾》の上を飛んでいた。

かつてのこの城は、一万ものプレイヤー達が命を賭けて戦い、多くの命を散らして逝った場所だ。

しかし、今では新規のALOプレイヤーたちと、かつてのSAOプレイヤー達とが協力して、あるいは競争して、この城を征服せんとしている。

そんな城の中では、ある噂が流れていた。

 

 

 

 

「幽霊?」

 

「そう! 幽霊よ、幽霊!」

 

「…………仮想世界だぞ? 科学の力で作られた世界で、そんな非科学的な存在が闊歩するとは思えねぇけどな……」

 

「本当だっつーの!」

 

 

 

話をしている、一組の男女。少年・一夏と少女・鈴は、ある出来事の事を話していた。事の発端は、今から数分前……。

夏休み……それはIS学園にも当然ある。

今日この日、一夏は珍しく自宅で、有意義なリラックスタイムを送っていた。

掃除や片付けなんかは、昨日のうちにやってしまったので、特にやる事がない。まぁ、夏休みの宿題という難敵がいるが、それも早々やらないといけないほど溜め込んでいるわけではないので、大丈夫だ。

さて、そんな生活を送っていた一夏だが、そこに、来客が一人。

 

 

 

「一夏ぁ〜、いるぅー?!」

 

「ん…………この声は、鈴だな」

 

 

 

またもや何の遠慮もなしに家に上がりこんでくる。

まだ太陽が空の天辺に上ったばかりだが、久しぶりに寝転がって昼寝を堪能していたのだが、これではおちおち寝てもいられない。

リビングへと繋がる扉を勢いよく開け、来客、鈴が現れる。

 

 

「あーいたいた!」

 

「よお、どうしたんだよ………今日何か予定とかあったっけ?」

 

「いや、ちょっとあんたに手伝って欲しい事があんのよ」

 

「手伝って欲しい事?」

 

 

 

それならば、電話で言えばいいのでは?

と思ったが、直に会って相談したい事なのだろうと察し、一夏は体を起こし、とりあえず鈴をリビングのソファーに座らせ、冷たいウーロン茶を出した。

鈴は「ありがとう」と一言いい、コップに注がれたウーロン茶を半分くらい一気に飲み干した。

 

 

 

「プハァー! 生き返ったぁ〜」

 

「今日も暑いもんなぁ……」

 

「ほんと、日本の四季っていうのは嫌なものねぇ……」

 

「そういうなよ。その四季折々で風情が変わるんだからよ」

 

「まぁね……」

 

「それで? 手伝って欲しい事って?」

 

「ああ、そうそう」

 

 

 

夏の暑さにやられ、出されたウーロン茶の冷たさに、危うく本来の目的を忘れるところであった。

 

 

「ALOのクエストなんだけどさ……」

 

「ああ……なんかこの間、《アインクラッド》の方でクエやってきたんだろ?

確か、蘭と弾、箒がやり始めたから、その付き添いで」

 

 

 

そう、夏祭りの後、箒はALOをプレイする事になった。

種族は火妖精族のサラマンダーにしたそうだ。何故かと聞いたら、「紅椿と同じ色だったから」だそうだ。

その時に、一緒にキャラの育成を手伝ってくれたのが、鈴だ。

一夏のアバターであるチナツとスズ、そして箒のアバター《カグヤ》の三人で、初めは低レベルゾーンで、モンスターとの戦闘や、武器の扱い、パーティー戦における役割などを教えた。

元々が剣道全国チャンピオンの実力があるため、剣技においては申し分ない程の強さを有していた。

あとは、それを実戦式に動けるかどうかが肝心だ。

武装がなんと、《打刀》と《小太刀》を使った《二刀流》スタイルなのだ。

これは本人の希望により、常時装備出来るようにシステムを操作して装備してやった。

服装は、もう見てもわかるくらいに、《サムライ》の様な衣装。

髪が桜色になっており、それを現実世界と同じようにポニーテールでくくっている。

丈が太ももあたりまでしかない白い色の着物に身を包み、濃紺の帯を巻いている。革製のブーツに、ニーソ。腕にもアームフォーマーと手甲を身につけ、それらの色は全てが黒だ。さらにその上から陣羽織を羽織っているのだが、その柄が、紅を基調の色に、丈の縁部分が黒色の段だら模様。

見ていてわかったが、これはもう幕末の動乱で活躍した志士集団《新撰組》衣装そのものだった。

チナツ自身も、「よくこんなアイテムあったな……」と感心してしまったくらいだ。

そこに、なにかアクセントが欲しいと、スズの計らないでマフラーを追加。藍色のマフラーを首に巻き、これで完了。

そんな訳で、新撰組の隊員風の妖精剣士が誕生し、ともにスキルをあげながら、少しばかり冒険をした。

初めは飛行するのにも手間取っていたが、やはり運動神経がいいからか、とても早く使いこなし始めていた。

この分ならば、早々に空中戦闘を行う事も出来るだろう。

そして、注目すべき事がもう一つ。

ついに親友である弾と、その妹の蘭がALOをプレイできるという報告を受けたのだ。

まぁ、主に蘭の手柄だったらしい。祖父の厳さんは、孫娘の蘭にはとにかく甘い。

まぁ、可愛い孫娘の頼みなら、なんでも聞いてあげたくなるのが祖父母というものなのか……。

ちなみに、弾はそれに便乗したものの、アミュスフィアは自腹購入だったらしい……ま、家の手伝いを頑張ってるとの事だったから、お小遣いはもらっていたみたいだが……。

 

 

「それで、弾と蘭は、種族は何にしたんだ? 俺、まだ向こうで二人に会ってないからさ……」

 

「ん? ああ、蘭がケットシーで、弾はサラマンダーね。蘭はトンファー使いの拳闘士スタイルで、弾はバリバリの壁役重戦士スタイルで行くってさ」

 

「へぇー……それで、名前は?」

 

「弾はそのまま《ブレット》。で、蘭は《キッド》らしいわよ」

 

「弾の《ブレット》わかるけど……何で蘭は《キッド》なんだ?」

 

「蘭の花の事を英語で《オーキッド》って言うでしょ? 綴りは《orchid》。で、後ろの《chid》だけ取って、《キッド》らしいわ。

全く、よくもまぁ、そんな面倒な名前つけられるわね……」

 

「弾もお前も似たようなもんだもんな」

 

「あんたも同じでしょうが!」

 

「ハハッ、悪りぃ悪りぃ……。それで、お前も含めたその四人での初クエはどうだった?」

 

「それがねぇ〜、弾は全然ダメね。だって壁役のくせに全然攻撃に耐えられないんだもん」

 

「まぁ、最初のうちはそんなもんだろ……」

 

「違うっての。あいつ、初めて見たモンスターが「リアル過ぎてキモい!」って、即行後ろに回ったのよ?

ほんとでありえないし……!」

 

「まぁまぁ……それは壁役が最初に通る難関だって……で、そのクエ自体は成功したのか?」

 

「そりゃあね。だって私がいたし!」

「そうかそうか……。ん? じゃあ、なんで俺に手伝ってなんだよ?」

 

「…………その後が問題だったのよ」

 

「後?」

 

 

 

 

鈴の話によれば、クエストは無事終了。

その後、四人は街に戻るために、羽根を出して飛ぼうとしたのだとか……だが、そこで問題が発生した。

突如、飛べなくなったのだ。

 

 

 

 

「はぁ? そこって、飛行禁止空域に設定されてたのか?」

 

「そんな訳ないじゃん。ちゃんと飛べたし、来るときだって飛んできたってのよ。でも、何故かあの時だけは飛べなかったのよ……」

 

「ん〜……飛行限界高度だったとか?」

 

「それはないわよ。山の上って訳じゃなかったし、確かに周りは暗かったけど、真っ暗闇だったってわけじゃなかったし……」

 

「なるほど……お前ら《迷いの森》でクエストやったのか」

 

 

 

迷いの森……かつてのアインクラッドにも存在したフィールド。

と言っても、マップを更新していけば、全然迷うことはないのだが、初めて見たときは、その雰囲気と全貌に、本気で迷いそうになったのを覚えている。

 

 

 

「あっ、そう言えば……」

 

「なんだ?」

 

「さっき暗かったって言ったじゃん? その時ね、なんか変なくらいに周りが暗くなったのよ、それも急に」

 

「システム的に夜になったんじゃないのか?」

 

「だからって、“いきなり真っ暗になる” ?」

 

「…………それって、いきなり周囲が闇に包まれたみたいな感じか?」

 

「そこまで大げさなものじゃないけど、でも、すっごく不気味でさ……。

そしたら、あいつが出てきたのよ……」

 

「あいつ?」

 

「うん……間違いない……あれは、絶対にそうだった……!」

 

「なんだよ……もったいぶらず言えって」

 

「ゆ……れ……」

 

「ん?」

 

「だから、『幽霊』が出たのよ!」

 

 

 

 

 

と、ここで序盤の話に戻るのだ。

まず間違いなく、仮想世界でそんなものが出るわけはない。

もしそれが出たと思うのなら、それはそのプレイヤー達が見た錯覚が引き起こしたものに過ぎない。

第一、仮想世界で見ている景色は、単なる0と1のデジタルコードの集合体。それらが集まり、形作り、人間の脳にダイレクトに信号を送ることによって、プレイヤーはそれを知覚し、認識することが出来る。

だから、そこには幽霊などと言った、霊的な存在が認識できたとしても、それはそのプレイヤーが見た錯覚的現象であって、それをシステムが創り出すことはない。

それはもはやアンデット系NPCとして登録されているはずだ。

 

 

 

 

「それってNPCじゃないのかよ?」

 

「じゃあ、なんでそのNPCが攻撃してきたり、こっちの魔法攻撃が効かないのよ!」

 

「なに?! 魔法が効かない!?」

 

 

 

そのことに驚いた。

まずクエストを受注していないにも関わらず、全く関係ないクエストNPCがプレイヤーを攻撃する事はほぼない。

そして、魔法属性の攻撃が通らなかったというのは、信じがたい事実だ。

なんせ従来のALOでも、ダメージ判定の大きさは、魔法攻撃 〉物理攻撃となっている。

故に、たとえNPCに魔法耐性の支援があったとしても、ダメージは絶対に受けるはずなのだ。

だが、それが通らなかったとすると……。

 

 

 

「ん? 魔法攻撃が効かないってことは、物理攻撃は効いたのか?」

 

「まぁね。あたしと箒の二人で、なんとか戦ったけど、そいつ近接戦が滅茶苦茶強いのよ。

結局、逃げ回るのが精一杯だったわ」

 

「なるほどな……。で、その後はどうしたんだ?」

 

「とにかく逃げ回ってたんだけど、気がついたらいつの間にか居なくなってたのよねぇ……」

 

「…………そいつの人相と武器は?」

 

「見た感じだと、侍って感じかな? 和装に編笠、マフラーをつけてて……あと、武器も日本刀だったしね」

 

「なるほどねぇ……。わかった、その手伝いやるよ。俺もちょうど暇してたから、ALOでなんかクエストやろうかなって思ってたし……」

 

「サンキュ」

 

「メンバーはどうするんだ?」

 

「そうね……あたしはいけるわ。あとは、箒も大丈夫なんじゃない? あんたに協力を仰ごうって言ったのは、箒なんだし」

 

「とりあえず、そんなもんか……弾と蘭はどうだろう……」

 

「あの二人はトラウマになっちゃったから無理」

 

「まぁ、だよなぁ……」

 

「でもあともう一人くらい欲しいのよねぇ」

 

「じゃあ、カタナでよくないか? あいつも近接戦は得意だし」

 

「そうね……わかった。あたしから箒には連絡しておくから、あんたは楯無さんに連絡しておいて」

 

「了解。じゃあ、また向こうでな」

 

「よろしく!」

 

 

 

 

 

と、ここで鈴も一時帰宅……。と言っても、学園の寮に帰っただけなのだが……。

その間に、一夏は刀奈に連絡を取り、今回のクエストのことを話した。幽霊だなんて、絶対に信じられないと思うが、一応事情を説明すると、これがまた思いのほか食いついた。

刀奈曰く「夏に幽霊は肝試しでしょう?! ならやらない手はないって!」……だ、そうだ。

だがまぁ、刀奈はすぐにログイン出来る様だったので、詳しい話はALOで行おう。

そして、鈴からの連絡で、箒もログイン可能との事だった。

なので今回は、一夏、刀奈、鈴、箒の四人で、謎の心霊体験を実施することになった。

 

 

 

「ほんとにいるかどうかは怪しいが……まぁ、行けばわかるか」

 

 

あっ、そういえば……

と、一夏はインする前にある事を思い出した。鈴が家から出る前に話してくれた事だったのだが、件のNPC……侍の装いをしていた幽霊が、何かを口走っていたとか……。

逃げるのに集中していて、正確には聞こえなかったらしいが、鈴が聞いた言葉は、こうだったそうだ。

 

 

 

ーーーーBAT TO SAY

 

 

意味がいまいちわからなかったが、何かのヒントになるかもしれないと思い、一夏はその意識を、仮想世界へと向けた。

 

 

 

「リンクスタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、意外と遅かったわね」

 

「いやいや、カタナが早すぎるんだよ……」

 

「ええ〜、そうかしら? でも、チナツから聞いたあの話、思い出しちゃっら止まらなくてさ! もう10分以上前からログインしたのよね〜」

 

 

 

気が早いな〜と言う感想は心の内に秘めておいて、現在チナツは、ALOの象徴とも言える存在、世界樹《イグドラシル》に築かれた空中都市《イグドラシル・シティ》の酒場にて、先に待っていたカタナと合流する事ができた。

チナツからの話を聞き、居ても立っても居られなくなったカタナは、その話を聞いてすぐにログインしたのだとか……。

 

 

「それで、スズちゃん達は?」

 

「今メッセージ入ったよ。あと数分で着くってさ」

 

「そう……。それで、今回その幽霊が出るのってどこなの?」

 

「確か、アインクラッド第4層の迷いの森だったらしい……」

 

「第4層か……たしか、あそこって……」

 

「墓地があったな……」

 

 

 

 

そう、アインクラッドの各階層には、それぞれ山や草原、湖畔と言った自然豊かな情景が展開されている。

その中で、第4層には豊かな森、草原などといったものとは明らかに雰囲気の違うステージになっていた……。

それが、『墓地エリア』だ。

昔を思い出す。まだチナツがキリトとともに行動していた頃、その時は、アスナやカタナとともにダークエルフのクエストを受けていたのだ。

そして、臨海学校前に行ったクエストでもわかっている事だが、この時、アスナがオバケや幽霊と言ったものが大の苦手なのだ。

今回の事も、カタナが密かに誘ってみたらしいのだが、答えは当然、NOだった。

 

 

 

「でもスズたちがその幽霊にあったのは、墓地じゃなかったらしい……」

 

「でも、その墓地が鍵なんじゃないの? 墓地から出てきた亡霊……なんて事もあるんじゃ……」

 

「うーん……まぁ、詳しい事は俺もわからないからなぁ……スズ達が来てから聞いた方がいいかもな」

 

「そうね。じゃあ、それまでここで時間を潰しておきましょうか……チナツは何飲む?」

 

「うーん……いつもので」

 

 

 

そう言って、チナツはカタナの向かいの席に座り、カタナはNPCの店員に飲み物を注文。

その後、店員が運んできたティーカップに入ったお茶。

抹茶の様な色をしているが、その風味はどちらかというと紅茶に近い飲み物だ。

対してカタナ、淡い青色をしたシャンパンの様なものを飲んでいる。

 

 

 

「それ、美味しい?」

 

「ん、飲んだこと無いか?」

 

「う〜ん……なんか、見た目と聞いた味のギャップがあり過ぎて、頼むのを躊躇うわね」

 

「そうか……でも、意外とハマれば美味いぞ、これ」

 

「そうなの? じゃあ、ちょっと頂戴」

 

「うん、いいよ」

 

「いただきまーす」

 

 

 

一口啜る。

すると、しっかりとした茶葉の風味が、舌に伝わってきた。

見た目は抹茶なので、もっと和のテイストになっているかと勘違いしてしまうが、完全に味は紅茶のそれだ。

 

 

「うん……確かに美味しい! でも、なんで抹茶の色なのかしら……味が台無しだわ」

 

「ああ……これはもう、見ずに飲んだ方がいいぞ?」

 

「そうね。確かに、味は美味しかったわ。あっ、こっちのもどうぞ」

 

「ありがとう、いただきます」

 

 

 

お返しに、チナツはカタナの飲んでいたシャンパンを飲む。スッキリとした甘みが舌に感じる。

一応アルコールの様な味はするが、それはシステム的に味として伝わって来るだけで、実際に酔うことはない。

 

 

 

「これも美味しいよな」

 

「そうよね! 私、これ好きなのよねぇ〜」

 

 

 

二人で飲み物を交換したり、お菓子をつまんだり……なんだかデートをしている様にしか見えない。

そんな二人だけの世界に入りそうになった二人を、こっちの世界に引き戻した者がいた。

 

 

「んっ、んんっ!」

 

「「…………あっ……」」

 

「あのさ、イチャイチャするのはいいけどさ、今回の目的忘れてないわよね?」

 

 

 

いつの間にか二人の座っていた席の隣に立ち、ピクピクと片眉を動かしながら、腕を組んで仁王立ちしていたケットシーの少女。

茶髪のツインテールと、ピンッと立ったネコ耳と尻尾が、今現在の少女の感情を表してくれている。

ケットシーの曲刀使いのスズは、イライラした表情でこちらを見ていた。

 

 

 

「あら、スズちゃん。もう着いたのね」

 

「なに? 着いちゃいけなかったの?」

 

「もう、そんな事一言も言ってないじゃない。それで、カグヤちゃんは?」

 

「ここにいます」

 

 

 

その言葉がする方へ視線を向ける。そこには、すらっとしたスタイルで酒場の店内を歩いてくる、一人の剣客の姿があった。

桜色の髪、藍色のマフラーをなびかせ、堂々とこちらに向かって歩いてくるサラマンダーの少女。

名を《カグヤ》と言う。最近ALOを始めた、箒のALOでのアバターの姿だ。

 

 

 

「あらぁ〜! カグヤちゃん似合ってるじゃない!」

 

「そ、そうですか? 私は、ちょっと派手じゃないかと思ったんですが……」

 

「そんな事ないわよね、チナツ?」

 

「おう。やっぱりお前は和装が似合うな」

 

「そ、そそそうか?! あ、ありがとう……」

 

「ちょっと! なんでカグヤの時とあたしの時とでリアクションが違うのよ‼︎」

 

「あれ? 俺、お前にも似合ってるって言わなかったっけ?」

 

「言ってないわよ‼︎ あんたあたしに向かって「ネコっぽくていいな」ぐらいしか言わなかったしでしょうが!!!」

 

「あ、あれ? そうだったけ…………?」

 

 

 

そんな事を言った様な……言わなかった様な……。

まぁ、とりあえず、ここでようやく四人が揃った。

しかし、今にして思えば、この四人だけで会うのは初めてかもしれない。

カタナは何と言っても、チナツの恋人であり、カグヤとスズは、チナツの幼馴染であり、チナツに対して恋心を抱いていた二人だ。

一度は一悶着があったり、気持ちが整理できなかったりと、様々な事があったが、今こうして会う事に、さして抵抗がなくなった。

 

 

 

「とりあえず、二人とも座ったら? 今日は時間大丈夫なんでしょう?」

 

「はい、私は今日は特に予定はないので……」

 

「あたしもね。今回の事がなかったら、今頃ブレットとキッドの面倒見てたと思うし。今日は一日中付き合ってられるわよ」

 

「そうか。なら、まずはお前たちが見たって言う幽霊の情報が欲しい」

 

 

 

ここからは、今回の本題へと入る。

スズたちを襲ったと言う幽霊の正体と、その目的はなんなのか……。

 

 

 

「そいつは、確か侍みたいな格好をしてたんだよな? 他に気づいた事とかないのか?」

 

「そうだな……。とにかく、武器の扱いが無茶苦茶だった様な気がした。それに、なんだかお前と似た様な感じだったぞ」

 

「俺と?」

 

 

 

カグヤの指摘の意味がわからず、思わず聞き返してしまった。

しかし、当のカグヤもまた、どう説明していいものかと悩んでいる。

 

 

 

「いや、お前があの化け物もどきと同じと言う意味ではなくてな、なんというか……太刀筋がな」

 

「それが同じなのか?」

 

「うむ……お前と比較すれば、大した事はないと思うが、それでも……なんと言うか、“凄く戦い慣れている様な”……あれは本当にNPCの挙動なのかと疑ってしまうくらいに……」

 

「…………」

 

 

 

確かに、そんなNPCはほとんどいないだろう。

NPCは、フィールドに徘徊しているモンスターや、アインクラッドのフロアボスも含め、全てがシステムで管理された独自とアルゴリズムで動いている。

故に、HPゲージの総数や攻撃力は絶大だが、行動パターンはある程度限定されている。

その弱点を突き、チナツ達もアインクラッドを攻略して行ったのだから……。

 

 

「うーん……気になる事が多すぎだな」

 

「気になる事?」

 

「ああ。その侍の亡霊の戦闘能力と挙動の凄さもそうなんだけど………目的がイマイチわからないんだよな。

どんなクエストに属している訳でもないただのNPCが、そう簡単に徘徊するものなのか?」

 

「だが、厳密には徘徊してたのだ。それも、私たちに襲いかかってきたのだぞ?」

 

「カグヤの言う事は分かっているんだ……。だけど、そんな好戦的なNPCは、迷宮区くらいにしか居ないと思うんだよな……。だって、お前達の誰かが、そのNPCのヘイトを稼いだわけじゃないんだろ?」

 

 

チナツの疑問に、三人が首をひねった。

そう、大抵フィールドにいるモンスターは非アクティブ……つまり、攻撃しなければ向こうも攻撃してこないものが多い。

ましてや、クエストのために周囲にいるモンスターを掃討してしまった後なんかは、リポップまでの時間がいる。

もちろん、ある程度迷宮区に近づけば、発見次第攻撃に移ってくるモンスターが多くなるが……。

しかし今回の場合、スズ達を襲った幽霊NPCの挙動からいって、どうやってスズ達の居場所を知ったのか、そして、どこから現れたのか……。

 

 

 

「そう言えば、周囲の森が、不自然なくらい暗くなったって言ったよな?」

 

「ああ。そうだったな……ようやくクエストが終わって、街に戻ろうとした時だった」

 

「それは、だいたい何時くらいだったんだ?」

 

「えっと……」

 

 

 

チナツの問いに、ガグヤがその時の事を思い出しながら、うねっている。

確かあの時は、珍しく夜更かししてしまったのだ。

ゲームの中故に、いきなり止めることも出来ず、帰ろうとした時には、現実世界ではもうすっかり日付が変わっていたのに気づいた。

そう、故にその時の時間は……

 

 

 

「午前2時過ぎた辺りだったな……」

 

「……丑三つ時か……」

 

 

幽霊というから、特定の時間に発生するクエストのフラグが立ったのかもしれない。

そう考えるのが、一番しっくりくるだろう……。

 

 

 

「そんじゃあ、とりあえずその墓地付近に行きますか」

 

「そうね。いやぁ〜楽しみねぇ〜♪ 肝試しってこういう感じなのね」

 

「「いや、違うと思う……」」

 

 

 

幼馴染二人からの華麗なツッコミを入れながら、一同は店を出る。

そして、目の前を飛んでいる浮遊城《アインクラッド》の第4層めがけて、トップスピードで飛んで行った。

 

 

 

 

 

「……うーん懐かしいなぁ……まだあの城が残ってるよ」

 

「本当ね……たしか、ダークエルフの貴族が住んでいたのよね?」

 

 

 

 

そうだ。昔のSAOでは、ここはダークエルフの城主《ヨフィリス》が住んでいた。

第3層に到達し、森エルフとダークエルフとが対決していた場面に遭遇。そこでキリトはダークエルフの味方をし、そこでクエストを開始した。

そのクエストが終了し、第4層に向かって、城主のヨフィリスからクエストの報酬をもらうといった具合で、クエストは完了したのだ。

しかし、そこからだ。

キリトが街の地下墓地にあるクエストをやると言い出したのだ。

墓地と言うからには、当然あっち系のモンスターやNPCが出てくるわけで……

 

 

 

「今でもあるのかしら?」

 

「わからない。まぁ、とりあえずその辺で情報収集だな」

 

 

 

 

四人は二手に分かれて、この近辺で起こった幽霊事件で何か知らないか、聞き込みを開始した。

しかし、その遭遇数が極端に少なく、そう言った話は聞いた事がある……ぐらいで、実際に体験したわけではないらしい。

その遭遇者に話を聞こうにも、噂が広まっただけであって、特定の人物が話した所を見たわけじゃない。

これからその人物を探すのは、結構な時間がかかる。

 

 

 

「手がかりは……早々掴めるものじゃなさそうだな……」

 

「そうねぇ……昔よりも人が多いんだもん……仕方ないわ」

 

「しかし、あれだけ無差別に襲っていたとしたら……」

 

「あたし達みたいなプレイヤーがいてもおかしくないはずなんだけどねぇ……」

 

 

 

有用な情報が入手できなかった事に、スズもガグヤもご不満のようだ。

 

 

 

「といってもなぁ……この辺って迷いの森なんかあったっけ?」

 

「そうよね。ただの《遺跡エリア》だったと思うけど……」

 

 

周りを見渡してみるが、確かに森や川は多く存在する。

しかし、迷いの森と呼べるほど、広大で密集しているようなフィールドはなかったはず……。

となると、そもそもここ第4層で遭遇したかどうかから怪しい……。

 

 

 

「本当にここだったのか?」

 

「そんなこと言ったって……あの時は逃げるのに夢中だったし……」

 

「だが、私たちがここでクエストをやったのは、間違いない」

 

「それって、どういうクエスト?」

 

「スローター系ですね。アイテム採取のクエストで、ここに出るモンスターを20匹くらい狩ったと思います」

 

「なるほど……でも、このクエストも関係があるとは思えないな……」

 

 

森のフィールドといっても、それは色々なところに点在する。

現に第1層ですら、森のフィールドは存在した。

攻略会議を行った《トールバーナ》と言う街から、迷宮区へと向かう途中で、チナツとカタナはそこを通った。

しかし、あの場所は暖かな木漏れ日が注ぎ込んで来るほど豊かな雰囲気だったが、今回スズ達が言った状況とは、あまり似つかわしくない。

と、そこで、チナツがある事を思い出した。

 

 

 

「そう言えば……なぁ、スズ、お前達が幽霊と遭遇した場所って、霧がかかってなかったか?」

 

「霧? えっと……そうね……」

 

 

チナツの指摘に、ガグヤと二人で思い出すスズ。

 

 

「そう言えば……霧がかかってたかもしれない……」

 

「なるほど……じゃあ多分、お前達がその幽霊にあったのは、この第4層じゃなくて、第3層だ」

 

「はぁ? なんでわかるのよ……?」

 

 

 

スズの問いに、チナツは「ふっ」と笑い、その理由を述べた。

 

 

 

「第3層には、お前らがら言った条件に合うフィールドがあるんだよ……」

 

 

 

 

 

そう、第3層にある森のフィールド。

《迷い霧の森》……《フォレスト・オブ・ウェイバリング・ミスト》と呼ばれるフィールドが……。

 

 

 

 

 

 




次回はいよいよ幽霊と遭遇します。

それと、箒のアバター《カグヤ》の格好ですが、手っ取り早く言うなら、Fate/Grand Orderに出てくる沖田総司の格好を思い浮かべてくれれば幸いです。

感想、よろしくお願いします!



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第51話 死霊の剣客



すみません!
今回で終わるとか言ってましたけど、終わりませんでしたぁ〜…>_<…




第3層……迷い霧の森。フォレスト・オブ・ウェイバリング・ミストへとやってきた一同は、その森の入り口付近まで近づいていた。

名前の通り、一面に広がる森林地帯。そしてその樹々の隙間隙間を埋めるかのようにして、薄くかかった霧。

見えなくはないが、見通し辛い……そんな環境下に置かれたフィールド。

その中を、これから進んでいかなくてはいけないのかと思うところ、とても憂鬱な気持ちになる。

件の幽霊は、この中で出現した……と考えたほうが状況的にもあっているような気がする。

さて、ただ闇雲に探したとて、見つかるわけでもないので、ここはまた二手に分かれて探したほうがいいか……。

 

 

 

「じゃあ、ここは俺とスズ、カタナとカグヤのペアで分かれて探すか。

それぞれの位置はマップに表示されてるし、ここだってマッピングしてるから、道に迷うことはないだろう……」

 

「そうね……じゃあ、とりあえず中に入りましょうか。最初は四人で、行き止まりに突き当たったところから二手に分かれましょう」

 

 

チナツとカタナを先頭にして、四人は森の中へと入っていった。

 

 

 

「ううっ……なんか、妙に肌寒いわね」

 

「霧が出てるからな……湿度が高いのだろう」

 

「にしても、この仮想世界は凄いわよねぇ〜。温度や湿度、天気までほとんど観測して再現してんでしょう? ほんと感心するわ」

 

「大体の気象パラメーターはランダムなんだよ。何かが良ければ何かが悪い……。

この状況だと、気温は高くないけど、湿気が多すぎ。この逆もあって、気温が高くて、湿気が少な過ぎる……みたいな感じだ」

 

「なるほどねぇ〜……まぁ、現実世界と合わせて気温の変化をつけてくれるのは、別にいいんだけど……」

 

「だけどごく稀に、あらゆる気象パラメーターの設定が、もの凄くいい時があるんだよ。本当にごく稀な確率でな」

 

「なによー、そんなんがあるならずっとそうしてればいいじゃない……」

 

「その季節も楽しむのがいいんじゃないか……ゲームの遊び方は、一つじゃないって事さ」

 

 

暑いのも寒いのも嫌いなスズは、どよんとした表情で肩を落とす。

そんなスズを仕方ないなぁといった表情で見つめるチナツ達。

なんだか、これだけで雰囲気が和んだような気もする。

 

 

「と、ここで別れ道だな……じゃあ、カタナとカグヤは左から、俺とスズで右から見てみるよ」

 

「わかったわ。何か見つけたら、連絡してね。幽霊の正体をこの目でバッチリ納めてやるわ!」

 

「あっはははは……」

 

 

 

まず居るかどうかが怪しいが……。

まぁ、そんなに楽しみならしている人間に、そんなこと言うのも野暮だろうと思い、チナツはその言葉を胸にしまった。

しかし、少なくともここにはその幽霊を見たという者が二人いる。これなら期待は出来そうだが、出来れば会いたくないものだ。

 

 

 

「…………」

 

「ん? どうしたんだ、スズ。いきなり黙って」

 

「え? いや、なんでもない……」

 

「…………はは〜ん」

 

「な、なによ!?」

 

 

 

ここに来る前はそんなそぶりを見せなかったが、いざその場所に入り込むと、こうなるのか……。

 

 

 

「なんだよお前、怖いのか?」

 

 

 

いたずらな笑みを浮かべながら問いかけた。

すると予想通り、顔を真っ赤にして反論してきた。

 

 

 

「ち、ちち違うわよ‼︎ 全く! そ、そんな事ないんだからね‼︎」

 

「動揺し過ぎだろ……」

 

「はぁ?! 違うし! こ、これはその……そう! 警戒してるのよ! 前はいきなり襲われたから、その対策の為に警戒をーー」

 

「わかったわかった。そんなにムキにならなくてもいいだろう」

 

「うっさい! あんたが変な事言うからでしょうが!」

 

「いや、お前昔にも同じくらい動揺してたじゃないか」

 

「はぁ? 昔?」

 

「うん。前にもこんな感じで肝試しするって言って、滅茶苦茶張り切ってたお前がいきなり大声出して逃げるから、何事かと思ってみんなビビりまくりだったじゃんか」

 

「あ、あれは小学生の頃の話でしょうが‼︎ 今は違うわよ!」

 

 

 

 

そう……昔、まだ二人が小学生の頃だった。

近所にある廃墟となったビルに、一夏と鈴、同級生を含め、五人で肝試し大会なるものをやったのだ。

なんでも、その廃墟は昔墓地のあった場所に建てられた物で、そこに眠っていた霊達が、今では居場所を求めて、彷徨い続けているという噂を学校で聞いてきたのだ。

それにいち早く食いついたのが、鈴だった。

それで幼馴染だった一夏と、その友人たちを集め、その夜に肝試しを決行した。

 

 

 

「なのに、言い出しっぺのお前が一番ビビってたんよなぁ……」

 

「だからビビッてないっての!?」

 

「どこがだよ……ずっと俺の後ろに隠れておいてよく言うぜ……」

 

「うっ……」

 

 

 

そう、鈴は終始一夏の後ろに隠れたままだった。

先導して行ったのは、一夏の友人達。

彼らもなんだかんだで、肝試しには乗り気だったようだった。

しかし、いざとなると、彼らも鈴同様に、ビビりまくって一夏の背後に隠れた。

そして最後の最後で、何かの気配に気づいた鈴が大声を出し、その場を一目散に逃げ帰った事によって、周りの友人達も、蜘蛛の子を散らしたように走り出したのだ。

 

 

 

「あの後、俺は千冬姉にこっぴどく叱られたっけなぁ……」

 

「あたしもお父さんとお母さんに散々怒られたってぇの」

 

「ああ、それとさ。あの時お前が逃げ出した後な、お前が怖がってた物の正体がわかったぜ」

 

「ええっ?! ま、まさか……ゆ、幽……!」

 

「んなわけあるかよ……あれは子猫だったんだよ」

 

「こ、子猫……?」

 

「ああ。あの廃墟には、野良猫が住まわってたんだよ……。そんで、子猫が夜になって鳴いたりしてたから、みんなそれを幽霊の声だのなんだのって騒いでただけなんだ」

 

「な……なによぉそれぇ〜!」

 

 

 

なんでもない真実に落胆するスズ。

よもや自分たちは、ただの子猫1匹の為に驚かされていたのかと思うと、どことなく情けなくなってきた。

 

 

 

「まあ、今回もそんな感じを期待したいな」

 

「もういいわよ……」

 

 

 

ニヤリと笑うチナツとジロリと睨むスズ。

少し和やかになった雰囲気で、そのまま奥へと進んでいった。

 

 

 

 

「カグヤちゃんは肝試しとかやった事ある?」

 

「そうですね……家は神社ですので、そうのを求めてやってくる者達が来たことはありますが……」

 

「へぇ〜、カグヤちゃん家って、出るの?」

 

「出ませんよ……家には墓地があるわけではないですから……」

 

 

 

 

一方、カタナとカグヤのコンビは、なんだかんだで和やかな雰囲気だった。

まぁ、主にカタナがドキドキ感よりもワクワク感の方が大きいためか、非常に楽しそうな顔をしている。

そんなカタナにつられて、カグヤもそんな雰囲気に呑まれている。

 

 

 

「まぁ、以前は肝試し大会なんかを、学校の自然教室などの行事でやったことはありますが……」

 

「へぇ〜! そんなのもするんだぁ!」

 

「カタナさんのところは、やらなかったんですか?」

 

「うん。あったのも修学旅行とかぐらいだからね。肝試し大会はなかったかな……。

それで、その肝試し大会とかじゃ、本当に見たとか無かったの?」

 

「ありませんよ。大抵は施設の職員さんとか、先生方が脅かす役なので、ちゃんとした心霊体験をするわけじゃないんですよ」

 

「なぁーんだ……。でも、それはそれで面白いかも。今度IS学園でもやろうかしら」

 

「やろうって、どうやるんですか?」

 

 

いまいちイメージが湧かないが、カタナの事だ、何かしらのアイディアでやってのけそうな感じはする。

 

 

 

「にしてもカグヤちゃんの髪は、凄く綺麗な色ね?」

 

「えっ? そ、そうですか? まぁ、周りの人たちはみんな、赤が多かったんですけど……私のは、どこかおかしいんでしょうか?」

 

「ううん。たぶん、その逆。カグヤちゃんのは、とてもレアな奴だったのよ。時々あるのよ、そういうビギナーズラックのような感じで、レアアバターを引く人が」

 

「そうなんですか……! でも、あまりにも派手じゃないですかね? あまり目立つのは……」

 

「何言ってるのよ。カグヤちゃんは可愛いんだから、もっと自分をアピールしないと!」

 

「いやっ、そんな事は……。私は所詮、どこにでもいる一般人に過ぎませんし、もとより私は武士の家の者。その様に表に出ることはしません」

 

「んもう……! そんなんじゃダメよ。大体武士なら、自分の存在を知らしめてやる! くらいのことはやってのけないと!」

 

「んっ……確かに……それは一理ありますが」

 

「でしょう? なら、今度、みんなとクエスト行こうよ!」

 

「みんな?」

 

「そう、みんなで! スズちゃん達とは行ったんだから、今度はカンザシちゃんとか、ティアちゃんとか!

あっ、アスナちゃん達とも一緒に行きたいわね!」

 

 

 

半ば強引な感じが否めないが、それもカタナだから許せそうな気がする。

ほんと、この人は姉にそっくりだ。

相手を自分のペースに引き込むやりよう……だが、そんな事になっても、恨めないというか、自然と自分も入ってしまうというか……。

とにかく、この人には、なんでも許せてしまいそうな気がする。

 

 

 

「そうですね。それも考えておきます」

 

「絶対ね、約束よ?」

 

「はい、約束です!」

 

 

 

二人は、怪奇な森の中にいるというにもかかわらず、仲良く指切りをしている。

だが、そんな光景が、とても微笑ましく思えた。

一方、チナツ、スズのコンビは、幽霊との遭遇地点へと足を踏み入れていたのだった。

 

 

 

 

「ここよ……あいつを見たのは……!」

 

「ここか……たしかに、薄気味悪いな」

 

 

 

場所は森の最奥部近く。

何度か動物型モンスターとの遭遇戦になったが、二人の実力ならば、なんてこと無かった。

二人は今、マップを確認しながら、スズ達が遭遇したと思われる幽霊が出現した場所を特定するため、先ほどよりもより慎重に移動を行っていた。

 

 

 

「…………スズ、一応カタナ達にもメッセージを飛ばしておいてくれないか?

もしもの時は、四人で対処しておかないと……」

 

「そうね、わかったわ」

 

 

 

チナツの意見に賛同し、スズはカタナ宛にメッセージを書く。

空中に投射されているウインドウ。そこに出されたキーボード型のウインドウをタップしていく。

そして、簡潔に今の状況を説明し、自分たちがいる場所を乗せた地図も、ともにそのメッセージに同封して、メッセージを送った。

 

 

 

「よし、これで完了っと! チナツ、終わったわよ」

 

「…………ああ、了解」

 

「ん? どうしたのよ?」

 

 

 

明らかに様子がおかしかった。

遭遇地点に踏み入ってから、明らかにチナツの雰囲気が変わった。

どこか殺伐としている様な、周りに対して、強い警戒を抱いている様な……そんな気がしてならなかった。

 

 

 

「いや、なんか……誰かに見られている様な……」

 

「えっ!? うそ!?」

 

「わからない……俺の索敵スキルの範囲外にいるんだろうけど……どこからか視線を感じるんだよな……」

 

「ちょっ、やめてよ……! 本当に出てきそうじゃないのよ……!」

 

「ああ……悪い……でも、これは……」

 

 

 

 

どう表現していいのかわからない。

だが、確実にこちらの存在を認識しているのか、どこからか見ているのだろう。

だが、索敵スキルには何も映ってないし、目視による索敵も、誰も映らない。

では、この感覚は一体なんなのだろう……。

 

 

 

 

バ……トゥ…………イ…………。

 

 

 

 

「っ!?」

 

「ひゃあっ! な、なに! 今度は何よ!?」

 

「いや、今なにか聞こえなかったか?」

 

「は、はぁ? いや、何も……」

 

 

 

バ……トウ……サ………………。

 

 

 

「っ! まただ! 今なにか……!」

 

「はぁ?! 私には何も聞こえないわよ?!」

 

「マジか? じゃあ、なんだ、この声は……!?」

 

 

 

 

スズには聞こえていない。

だが、ここであることを思い出した。それは、プレイヤー達がそれぞれ選んでいるアバターたる種族の属性や特技の違いだ。

スズのケットシーは、敏捷性と、視力向上に特化した種族になっている。

対してシルフは、飛行速度の速さと、聴音性に優れている。

ならば、チナツには聞こえて、スズには聞こえないこの声は、たしかに発声しているものだと考えてもいいのだろうか……。

 

 

 

 

バット……サイ…………!

 

 

 

 

「バット……トゥー……セイ……」

 

「ん? 何よいきなり……」

 

「スズ。確か、その幽霊って、『BAT TO SAY 』って言ってたんだよな?」

 

「え? あ、うん……あんまり良くは聞こえなかったけど、可能な限り聞こえたのは、それね」

 

「バット……トゥ……セイ……」

 

「一体何なのよ?」

 

 

 

みるみる顔から血の気が引いて行ってるチナツに、スズはただ事ではないと察した。

そして、より一層、チナツが警戒の色を濃くしていった。

 

 

 

バットーーサ……イ………………!

 

 

 

「っ!? 今、なにか……っ!」

 

 

 

ようやく、スズにも聞こえてきた様だ。

そしてその声はだんだんと大きくなり、こっちに近づいてくる足音まで聞こえてくる始末だ。

 

 

「ひぃっ!? ぜ、絶対あいつよ! ど、どこから……!」

 

「…………」

 

 

 

バットーーサイ…………!

 

 

「っ…………!」

 

「バットーーサイ」

 

「っ!!!?」

 

 

 

今度は確実に聞こえた。そしてその瞬間、チナツは驚異的なスピードで刀を抜き放った。

その瞬間を見ていたスズは、全く動くことができなかった。

ただ、目の前にいたチナツが、スズの後ろへと瞬時に動き出し、通り過ぎたかと思ったその時、スズの後ろで、激しい刃ぎしりの音が聞こえた。

 

 

 

「え……っ!?」

 

「ちっ!」

 

 

 

一拍遅れて、スズは後ろに視線を移した。

そこには、スズの首筋に迫っていた刀身と、それを塞き止めていたチナツの姿。

そして、そのチナツと対峙している、薄気味悪い、ボロボロの和服を着飾った編笠剣士。

その獰猛な目が見開き、怪しい光を放つのと同時に、笑っていた口が、さらに愉悦を得たかの様により一層の笑みを浮かべる。

その唇が、まるで三日月のように鋭利な形になった瞬間、その口から、この世の者の声とは思えない奇声が発せられた。

 

 

 

 

「バァァッッットオオオーーーーサイィィィィーーーー!!!!!」

 

「いやあああああっーーーー!!!! で、出たああああっ!!!!!」

 

 

 

獣の咆哮、少女の悲鳴。森の中に木霊する二つの声は、樹々にとてつもない振動を与える。

嫌な風が吹き、木の葉が揺れ掠れる。

旋律にも似たその衝撃に、チナツは全身を強張らせた。

斬りかかってきた敵……幽霊を直視した瞬間、どうしようもない恐怖がその身を襲ったからだ。

 

 

 

「くっ!」

 

「フハッ、フハハハハハーーーーッ!!!!」

 

 

 

編笠剣士をはじき返し、一旦距離をあける。

腰を抜かし、その場に尻餅をついたスズの前に立ち、絶対に手出しさせないようにと構える。

対して向こうは、不規則にくねくねと体を動かしたり、まるで蠢かせているかの様に目をクルクルと回す。

妖しく光る紅い瞳。本来白目である部分ですら、漆黒の色に染まっている。

そしてその体つきも、異様なくらいに細い。

そんな異様な存在には、驚くことに名前があった。

その名も『アンデッド・ナイト』というらしい。

 

 

 

「アンデッド……死霊の騎士か……。随分と大層な名前をもらったものだな……」

 

「ウフッ、ウフフフフフ…………」

 

「ちょ、ちょっと! あ、あんた、何呑気なこと言ってんのよ!」

 

「…………ああ、悪い。俺は、あいつを知らないわけじゃないからな……」

 

「………………はあああああっ!!!!?」

 

 

チナツの言った一言が理解できず、思わず大きな声を出してしまったスズ。

一体この幽霊とどういった関係なのか?

そもそもこの存在は、もはや人……プレイヤーですらない。

なのに、なぜチナツはそんな者のことを知っているのか……?

 

 

 

「ざっと……一年ぐらいになるのかな? 随分と風貌が変わったじゃないか……《ジンエイ》」

 

「バァアットオォォサイィィっ!!!!!」

 

 

 

 

抜刀斎……その名を、自分以外の者から聞いたのは、一体どれくらい前になるだろうか……。

アインクラッド解放軍に所属していた頃……《チナツ》という名前ではなく、《抜刀斎》として呼ばれていた頃ぐらいか?

いや、その後でも呼ばれたことは、数回はあったか……。

だが、ここ最近では、そうやって呼ばれたことがなかった故、ほとんど忘れていた。

だからこそ、ここで改めて呼ばれることに、酷く懐かしいと感じつつも、酷く不快な気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

「俺と戦いたいか、ジンエイ」

 

「フハハハッ!!!!」

 

「…………なるほど、もはや言葉も通じないか……なら、この剣で語るしかねぇな。

来いよ、お前の死神、今ここで断ち切ってやるーーーー!!!!」

 

「ウオオオッーー!!!!」

 

 

 

 

駆け出す両者。

振りかざすは互いに日本刀。

凄まじくも鋭い一撃が放たれ、衝突した瞬間に、凄まじい衝撃が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やばっ、もう始まってるわね!」

 

「ええ! 急ぎましょう……!」

 

 

 

スズからのメッセージを読んだカタナ達は、急ぎチナツとスズのいる地点へと向かっていた。

しかし、時すでに遅く、スズの絶叫にも似た悲鳴と、今でなお鳴り続いている剣戟の騒音。

まず間違いなく戦っているのはチナツだろう……。チナツに限って負けるということはないとは思うが、それでも心配だ。

 

 

 

「次の角を左よ! モンスターのタゲを気にしている暇はないわ、全部振り切っていきましょう!」

 

「了解!」

 

 

 

若き槍兵と侍が、疾風の如き速さで道を駆け抜ける。

そして、ようやく、その場で尻餅をついていたスズの後ろ姿を捉えた。

 

 

 

「スズちゃん!」

 

「あ……カ、カタナさん……」

 

 

 

スズの表情は、なんとも言えない……恐怖とも、混乱とも言えない表情だった。

震える手を持ち上げ、前方へと指差す。

スズの指差した方向を、カタナとカグヤは追って視線を向けた。

するとそこには、もうヒートアップした戦闘の光景が広がっていた。

 

 

「ウオオオ!!!!」

 

「シッ!!!」

 

 

 

 

したからすくい上げるようにして放たれた死霊の一閃。

チナツはそれを一歩後ろへと引くことで躱し、時計回りに体を回転させて、カウンターの一撃を打ち込む。

ドラグーンアーツ《龍巻閃》だ。

だが、このカウンター技を、ジンエイことアンデッド・ナイトは読んでいたかのように、振り抜いた刀をそのまま自身の背中に回しこんで、防いだのだ。

 

 

 

「今のカウンターを防いだ?!」

 

「…………チナツの剣技を知っている……?」

 

 

 

本来ならばらそのまま首か、胴体を断ち斬られて終わっていただろう……しかし、死霊はそれを防いだ。

カタナが言ったように、まるでチナツ自身の剣技を既に知っているかのように……。

死霊は、チナツの刀を弾き返すと、チナツに向けて鋭い刺突を放ってくる。

 

 

「っ!」

 

「フハッ!」

 

「くっ!? こいつ……っ!」

 

 

 

緩急をつけた刺突。

しかも、腕の関節が既に壊れているのか、ぐちゃぐちゃに折れ曲がる始末だ。

これでは、予測不可能も放出可能だということであり、このままではチナツに分が悪い。

だが、だからこそチナツは、あえて引くのでなく、死霊の間合いへと攻め込んだ。

 

「ヌッ!?」

 

「ハアッ!」

 

 

低い姿勢から攻め込み、一気に間合いを侵略したチナツ。

そこから一度振り下ろされる刀を弾き返し、返す刃で死霊の胴を斬り捨てた。

 

 

「やったか!?」

 

「いや、まだよ……!」

 

 

確かに斬った……しかし、寸でのところで死霊が一歩後ろへと退がったらしく、斬ったの表面の薄皮一枚程度。

チナツも手応えが薄かった事に気付き、舌打ちを鳴らしながら、八相の構えを取る。

 

 

 

(さて、どうするかな……。システムアシストが効くのは通常の片手剣ソードスキルのみ。それ以外にアシストなしでドラグーンアーツは使えるが……)

 

 

 

正直、それで勝てるかは怪しいところだ。

今打ち合ってみてわかったが、この死霊……ジンエイは、理性こそ無いが、剣技の腕は確かだ。

それも、あの時……初めてジンエイと斬り結んだあの時と同じくらいの強さがあった。

ならば、簡単な技はすぐに対応してしまう。

ここで決着をつけるのなら、チナツ自身の最も得意とする技《九頭龍閃》の出番だが……

 

 

 

(今の俺に、《九頭龍閃》は放てない……。必然的に、《天翔龍閃》も放てない。まったく、自分が一番得意な技すらも出せないとはな……)

 

 

 

チナツの得意技《九頭龍閃》は、神速を最大限に生かした瞬間九連撃を放つ破格の大技。

だが、それが出来たのは、システムによるアシストがあったからであり、今のチナツでは、九撃すべてを一瞬の内に放つのは至難の技。

そして、その《九頭龍閃》すらも超える奥義。

神速を超えた超神速の抜刀術《天翔龍閃》も、今のチナツには放てない。

 

 

 

(ならばこのまま、連撃主体で攻め込むに他ない……!)

 

 

 

 

今度はチナツから仕掛けた。

今のチナツが出せる最大の連撃を、死霊に浴びせる。

 

 

「《龍巣閃》‼︎」

 

 

本来ならば八連撃の技だが、システムアシストにとらわれていないため、継続した攻撃が可能だ。

だが、死霊もただやられるだけではない。

なんと、チナツの剣戟に合わせ、同じ速度の同じ斬撃を返していく。

刃と刃が擦れ合い、甲高い金属音が響く。

薄暗い霧の森の中で、僅かに光を灯す火花。

連撃をやめたかと思うと、体を右に一回転させ、死霊の足元を狙った一撃を見舞うが、死霊はそれを飛び躱し、チナツに向けて上段から斬り捨てようとするが、ここはチナツも読んでいた。

 

 

 

「ここでっ、返すッ!!!」

 

 

 

刀の柄頭で、死霊の振り下ろした刀身の刃を受け止め、弾き返した。

態勢を崩し、懐を晒している死霊。

これは絶好のチャンスと思い、チナツは迷うことなく攻め込んだ。

だが……

 

 

 

「フフフッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

突然襲ってきた殺気。

とっさに体を傾け、斬り込むのを強制的に止める。

そのまま地面に倒れこむのではないかと思うほど、急激に低い姿勢をとったチナツ。

だがその後、元々チナツの頭があった箇所に、死霊の握っていた刀の鋒が通過した。

カタナ達も驚きのあまり声を出す事ができず、勢いそのままに死霊の後ろへと通過していくチナツに視線を向けた。

チナツはそのまま、態勢を整え、片膝を立てながら、刀の鋒を死霊に向ける。

 

 

 

「あっぶねぇ……!」

 

 

もしもあのまま斬り込んでいたら……チナツの顔面には、刀が抉り込まれていたことだろう。

そう思っと、冷や汗が額から溢れ落ちる。

 

 

 

「な、何だったんだ……今のは……!?」

 

「まさか……『背斜刀』?!」

 

「は、はいしゃとう……?」

 

「あの瞬間……チナツに弾かれた刀を、背中に回して左手で掴んだ。そしてそのまま、逆手に持った状態で、チナツの顔を斬りつけたのよ」

 

「そ、そんな剣技、この仮想世界はおろか、現実世界にだって……!」

 

「ええ……。でも、失われただけで、その剣術は存在していたはずよ。あの剣術は、間違いなく対人戦闘用に特化した剣術。

あそこで避けてみせた、チナツを褒めるべきね……!」

 

 

 

チナツですら攻めあぐねている敵。

どのようにして攻略すれば良いか……しかし、カタナには、その前に気になったことがあった。

 

 

 

(チナツの動きが悪い……? どうして……?)

 

 

 

素人目では分かりにくいが、カタナには、何故かわかったのだ。

チナツの動きが、通常よりも一歩遅いと……。

 

 

 

「原因はわからないけど、このままじゃ分が悪いわね。カグヤちゃん、スズちゃん一緒に、退路の確保をお願いしていいかしら?」

 

「やはり一旦、撤退しますか?」

 

「ええ。このままじゃ、いずれチナツが危ないわ。私はチナツを援護してくる。頼んだわよ」

 

「わかりました……!」

 

 

 

槍を取り出し、今にもチナツに斬りこもうとしている死霊に向けて、高速の連続刺突を放つカタナ。

その数撃は、死霊にヒットし、態勢を崩すことに成功した。しかし、それで満足はしない。

すぐにがら空きになった腹部へと、石突きによる強烈な刺突が突き刺さった。

実際には刺してはいないため、ダメージ判定も打撃攻撃として捉えられるが、それでも、十分すぎるほどの一撃を見舞うことが出来た。

死霊はその衝撃によって、森の樹々の間をすり抜け、奥へ奥へと吹き飛ばされた。

 

 

 

「チナツ、一旦撤退しましょう!」

 

「……あ、ああ……」

 

 

 

吹き飛ばされた死霊の後を追うかのように視線を向けていたチナツ。

視線を外さないまま、カタナの問いかけに返答するも、少し気がかりが残っている。

だが、このまま戦っても、いずれは自分がボロを出すだろうというのはわかっていた。

ならばここは、引くのが上策。

差し出されたカタナの手を握り、チナツはカタナとともに走り出す。

目の前には、退路を確保しておいてくれたカグヤとスズが待ち構えていた。

 

 

 

「カタナさん! 今の内に!」

 

「ええ!」

 

 

全速力で森の中を駆け抜ける。

モンスターにタゲを取られようが御構い無し。

そのタゲを失うまで、一切後ろを振り向かずに走り抜ける。

そして、セーフティーゾーンである地点にまで到着し、荒げた息を落ち着かせながら、チナツに視線を向けた。

 

 

 

「ねぇ、チナツ。あなた、あのNPCに、何か心当たりがあるの?」

 

「…………何でだ?」

 

「言わなきゃわからない? あなたの動きが、一歩遅いなって感じたからよ」

 

「…………やっぱり、カタナに隠し事はできないな……」

 

 

 

そっと笑みを浮かべるが、その表情は、いかせん暗いままだ。

その様子に、カグヤとスズも心配そうに見つめている。

 

 

「チナツ、どういうことだ……あんな化け物を見たことがあるのか?」

 

「そう言えばあんた、さっき戦っていた時も、あいつのこと知ってるとか言ってたわよね?」

 

 

 

スズの指摘には、さすがに誤魔化しようが無いと思い、チナツは深呼吸を一回……目を瞑り、自身の心を落ち着かせると、三人に向けて話し始めた。

過去……かつて囚われの身になったこの城で、奴……アンデッド・ナイト……いや、《ジンエイ》というプレイヤーと、自分のとの関わりを……。

 

 

 

 






大丈夫、次回で必ず終わらせます。
そしてこの後は、ALOの海中クエストへと持って行きます!


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第52話 奈落の復讐者



今回で本当に終わります(⌒▽⌒)




あれは、今から一年と少し前になるだろうか……。

アインクラッド解放軍。

第1層を根城にし、浮遊城《アインクラッド》内で、最大級の規模を誇った巨大ギルド。

その大きさ故に、軍内部でも、いくつもの派閥が存在した。

ギルドマスターである《シンカー》一派と、デスゲーム開始後から、攻略組として前線を戦い、最も過激な一派の中心にいた《キバオウ》が組織している一派。

大きく分けるとこの二つの勢力が、軍内部にはあった。

当時、軍に属していたチナツは、シンカーの部下として、とある任を受けていた。

それが、『影の人斬り役』という過酷な使命。

しかし、それも長くは続かず、その後、後任のプレイヤーに任せ、チナツは軍を抜け、流浪人として、各階層を旅して回っていた。

 

 

 

 

 

「ちょいと失礼、《人斬り抜刀斎》殿とお見受けするが?」

 

 

 

夜間……森を……そう、この第3層の迷い霧の森を歩いていた時だったのだ。

前を歩くチナツを後ろを、何者かがついてきていた。

チナツの索敵スキルに、あえて引っかかる様に歩いていた事から、その者は自分に用があるのだと思った。

しかし、先程からチナツに向けて、異様な殺気……いや、怨気の様な……。

そんな物を放つ相手は、決まって面倒ごとを起こす輩と相場が決まっている。

ならば、関わらない様にするのが一番懸命な判断だ。

 

 

 

「人違いだ」

 

「ヌフフ……心配しなくていい。俺は “軍の犬” でも “連合の使いっ走り” でもないよ」

 

「…………」

 

 

 

どうやら、通じないらしい。

しかも “軍の犬” 、“連合の使いっ走り” ときたものだ。

その言葉が意味するものは、アインクラッド解放軍の者でも、聖竜連合の者でもないと言っている様なものだ。

そんな言葉を知っているのは、自分と同じ、暗部の存在として、決して表舞台に上がらない、暗殺者のみ。

 

 

 

 

「……犬は犬でも、血に飢えた “狂犬” と言ったところか……。最近耳にする連続辻斬り魔っていうのは、あんたの事だったのか……」

 

「なに……あんな物、辻斬りの内には入らないよ」

 

「じゃあ何と言う? 暗殺、虐殺……まさか天誅とか言わないよな?」

 

「ハッハッハ! 古いがユニークな例えだな!」

 

「ほっとけ」

 

 

 

相変わらず、チナツは声の主に顔を見せない。

ずっと、背中をみせたままの状態でいる。

だが、その手に握る刀の鯉口を切り、いつでも抜刀可能な状態でいる。

もはや、この男との戦闘は避けられないと、チナツもわかっているのだ。

さて、どう出たものか……。

 

 

 

 

「しかし、噂に聞こえし最強の暗殺者《人斬り抜刀斎》が、こんな年端もいかん小僧だったとはねぇ」

 

「…………そんな小僧に、一体何の様だ? いくらその飢えた衝動で襲いかかるとしても、限度ってもんがあるぜ。

それに、襲いかかる相手は、ちゃんと選んだ方がいいぞ………!!!」

 

 

 

これはもはや最後通告だ。

これで引くことをせず、立ち向かってくるというのなら、チナツだって容赦はしない。

それで引くというのなら、追撃はしない。

今はもう、無闇に戦うことを良しとしては思っていない。

いや、今も昔も、そう思っている。だが、今はそれが、より一層心に根付いているのだ。

果たして、相手の反応は如何に……。

 

 

 

「フフッ……! いい……実にいいぞ……っ!」

 

 

 

どうやら前者。

やる気満々の様だった。

 

 

 

「その殺気……なかなかに心地いいなぁ〜! 俺も相棒も、あんたみたいな強者の血を欲していてねぇ……少し殺り合ってくれないかねぇ……っ!」

 

「…………はぁ……嫌だと言ったら?」

 

「否が応でも……斬り合ってもらうーーーーーッ!!!!!」

 

「ッ!」

 

 

踏み込んでくる足音。一切の無駄のない足運び……なるほど、確かに、相当な実力者の様だ。

だが……。

 

 

「いい動きだが……見える」

 

 

刺客の放った一撃を、チナツは難なく受け止めた。

そして、刺客の力を利用し、逆にカウンターの一撃を見舞う。だが、これは刺客が躱し、一度距離を取った。

 

 

「ふむ……流石は伝説の人斬り。簡単には獲ることは出来んか……」

 

「そりゃあな。俺だって死にたくないからな……しかし、まさかあんたが、ただの通り魔風情に落ちぶれるとはな。

そうだろう……元聖竜連合の攻略組の一人、《狂刃》のジンエイ……!」

 

「…………ほほう」

 

 

 

《狂刃》……その名はアイテムの名でも、武器の名称でもない。俗に言う、二つ名というものだ。

代表的なのは、チナツ自身が付けられた《抜刀斎》や、当時、最前線の階層で、ボス攻略を進めていたギルドの中でも、《狂戦士》や《攻略の鬼》と呼ばれていた血盟騎士団副団長のアスナ。

そして、《ビーター》という忌み名を持っていたソロプレイヤーのキリト。

まぁ、その中でも、後々にアスナは《閃光》。キリトは《黒の剣士》と言う、大層な名前で呼ばれることになるが……。

と、話は戻るが、目の前にいる男……ジンエイもまた、その二つ名を有した数少ないプレイヤーだ。

元々は大手の攻略組ギルド《聖竜連合》の一員だったプレイヤーだ。

しかし……

 

 

 

 

「攻略を重ねる内に、あんたは狂人に堕ちていったらしいな……。それも、同じギルドの仲間を殺した……とかな」

 

「ヌフフ……よくもまぁ、そんな事まで知っていたものだ」

 

「まぁな……俺だって暗部に居たんだ……そのくらいの情報くらいは入ってくるさ……」

 

「だったらどうする? 人殺しの俺が許せないか? だがな、お前も同じ穴のムジナなんだぜぇ?」

 

「…………そうだな、俺も人の事は言えないよ。人を殺した数でいうなら、俺もあんたも大差はない……いや、むしろ俺の方が多いかもしれないな……」

 

「ヌフフ……そこまでわかっていて、お前は何をしている。今更軍を抜け、影の人斬り役を降りて、こんな所で抜忍の様な存在になり果てるとは……。

貴様と俺となら、色々と話が合うと思ったんだかなぁ〜」

 

「…………笑わせんなよ」

 

「ヌウ?」

 

 

 

ジンエイの言葉に、チナツは怒気を含んだ口調で返した。

そして、当時のレッドプレイヤー達からも恐怖の対象として恐れられた存在……《人斬り抜刀斎》の眼になった。

 

 

 

「確かに俺はお前と同じ人殺しだ……だがな、お前の様に楽しみながら人を斬った覚えはない。

少なくとも俺は、誰かを助けるため、苦しんでいる人をなんとかしたいと思ったから、戦いに身を投じただけだ……断じてお前と同じじゃない。

ジンエイ、俺はお前とは違う。お前と合うなんてこと……万が一にでもありえねぇんだよ‼︎」

 

「…………」

 

 

そう、違う。

チナツは元々、レッドの被害に遭っている人たちを見捨てることが出来ず、攻略組である自分の力で、どうにか出来ないか……ずっとそう思っていた。

だからこそ、軍に入り、ギルドマスターであるシンカーの提案に乗ったのだ。

影ながらに敵を排除する存在。

レッドを狩るレッド……影の人斬り役になるという提案を……。

 

 

 

「そうか……それは、残念だーーーーッ!」

 

「っ!」

 

 

交渉決裂。

と言った感じで、ジンエイの方から斬りかかる。

だが、今更そんなことで動揺するチナツではない。

振り下ろされる剣撃を、柔軟に受け流し、一太刀も入れさせない。

だが、それは相手も同じだ。

チナツが放つ剣撃を、こちらも同じ様に捌いていく。

真っ向からの斬り合いは互角……ならば、高速で移動しながらの斬り合いは……?

 

 

 

「ふっ……!」

 

「ヌッ!?」

 

 

一瞬にしてジンエイの視界から消える。

いや、消える様にして移動しているのだ。

チナツの得意分野は、高速移動歩法を用いた、一撃必殺の剣技。それを生かした身のこなしや、剣速の速さは、プレイヤーの中でも随一と呼べるものだろう。

だが、相手もまた対人戦闘に長けたプレイヤー。

そう易々とは攻略させてくれない。

 

 

「チッ!」

 

「フハハッ、いいぞぉ〜戦いはこうでなくては!」

 

「うるせぇな、少し黙ってろ‼︎」

 

「おっと!」

 

 

ジンエイの刀と打ち合うたびに、ジンエイはより狂気の声で戦いを楽しむ。

そんな目の前の男にイライラしながら、敵の剣を捌き続けているチナツ。

ここで、チナツが賭けに出た。

左から右へと放たれた横一文字の横薙を、身を屈めて躱し、次に来る上段唐竹を読んで、柄頭で返す。

そして空いた懐に踏み入ろうとしたその瞬間、目の前に刃が迫っていた。

 

「くっ!?」

 

「ほほう! これを躱したか!」

 

よく見れば、右手に持っていた刀を左手で逆手に持っている。

つまり、弾いたあの瞬間に、刀を自身の背中で持ち替えた。

 

 

「その技……」

 

「ヌフフッ。これは貴様とて見た事はあるまい? 《背斜刀》と呼ばれるものだよ……しかし、これを躱して見せたのは貴様か初めてだぁ……」

 

 

 

こちらを試すような物言いが気に入らなかったが、それでも認める。この男は強い。

少しでも油断していたならば、今のであっさり負けていただろう……だから、もうあの技は食らわない。

チナツは、再び高速で移動しながら、的確にジンエイの死角を突いてくるように斬撃を入れる。

それをジンエイは、笑いながら受けていた。

 

 

 

「フハハッ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! この高揚、この切迫感! いい……! 実にいいぞ、抜刀斎!

だが、もっとだ……もっと俺を楽しませろ!!!!」

 

「あいにく、そんな物に興じる趣味はない‼︎」

 

 

 

振り抜く一閃。

チナツの放った一撃は、ジンエイの着ていた服を掠め、斬痕のライトエフェクトが残る。

 

 

「ヌフフ……これが伝説の一撃……! この俺にこんなにも早く一撃を入れたのはお前が初めてだよ」

 

「……そりゃどーも」

 

「ならば俺も、出し惜しみなしで当たらなくては、貴様にとって無礼に値するというものだな……」

 

「……?」

 

 

 

今のが本気ではなかったのか……?

そこは素直に驚きつつ、チナツはとっさに身構えた。

するとジンエイは、ウインドウを出すと、左手にもう一本の刀を呼び出し、それを地面に突き立てた。

 

 

(打刀の二刀流か……? だが、そのままだと俺の剣速には付いてこられない……そんな事は、この男も分かっているはずだ……なのに、何をするつもりなんだ……)

 

 

後にも先にも、チナツの剣速に付いていけた二刀流使いは一人だけ……驚異的な反応速度を持ち合わせ、デスゲームをクリアに導いた、《黒の剣士》ただ一人だ。

あいにく、ジンエイの実力では、二刀流を用いようとも、チナツの剣速に付いていける事は出来ない。

ならば、一刀のみで、斬り崩すしかないはずなのだが……。

しかし、その答えとして、ジンエイは右に持った刀で、左の掌を突き刺した。

 

 

 

「なっ!?」

 

「ヌフフ……ッ!」

 

「な、何を……?!」

 

「まぁ、見ていればわかるさ……」

 

 

 

突き刺された左手には、ぽっかりと刀身の幅の傷が出来、貫通したと思われるライトエフェクトが点滅していた。

だが、事はそれでは終わらなかったのだ。

なんと、その左手にできた穴に、先ほどウインドウから出した刀の柄を捻じ込んだ。

 

 

 

「ッ!!!?」

 

 

 

常軌を逸している……。

そう思うしかなかった。そして、残った右手にも同じ傷を付け、そこにも同じ様に刀の柄を捻じ込む。

 

 

 

「この剣術は、流石に知らないだろう?」

 

「お前、何やってーーーーッ!」

 

 

 

そこで、チナツの言葉は遮られた。

右手に食い込んだ刀を勢いよく振り抜くジンエイ。

見方によれば、刀を逆手に持っている様に見えるが、実際は違う。

掌に、刀の刀身が突き出したかのように見える。

そしてそれを、なんの躊躇もなく振るっているのだ。

この行動自体に、チナツは大いに驚きを隠せなかった。

 

 

 

「ほらほらぁ〜、反撃してこないと、死んじゃうぞぉ〜!」

 

「チッ……!」

 

 

 

ダメージを負っている。

チナツではなく、ジンエイがだ。

それもそのはずだ……なんせ、剣が掌に刺さっているのと同じなのだ。ダメージの量は微々たるものだが、それでも、少しずつ減っていっている。

 

 

 

「やめろ! このままだと、死んでしまうぞ!」

 

「ほお? おかしなことを言うな……だからどうした?」

 

「ど、どうした……だと?」

 

「そうだろう……なんだ、戦場を離れるとすぐにそんな事も忘れてしまうのか?」

 

「な、何を……?」

 

「命懸けの戦いだぞ? 自分だって死ぬ覚悟くらいは出来ていて当然だろうに……今更何を言っているんだぁ……お前は……」

 

「っ……!」

 

 

 

確かにそうだ。

これは命懸けの戦いだ。だが、もう誰一人殺そうとは思ってはいない。いや、昔だって、殺したくて殺したことなんてなかった。

だがそんな気持ちを、目の前の男は常に抱いているのだろう……だから、こんなに薄気味悪い笑いをしながら、そういう問いかけをするのだろう……今までに、たくさんの人間を殺しても、こうやって笑っていられるのだろう……。

だが、それは違う。

笑いながら人を殺す人間を、チナツは知らない。

そんなのは、人殺しと呼べない。そんなのは、“イカれた化け物” としか呼べない存在だ。

 

 

 

「やっぱり……俺とお前は違うよ、ジンエイ」

 

「ムウ?」

 

「もう、終わりにしよう……」

 

 

 

急に、チナツの雰囲気が変わった。

今までの鋭い殺気は変わらない……だが、それが漠然とした物から……より鋭く、何よりも硬い意志のような物が入った様な……そんな殺気……いや、これは闘気だろうか。

そんなチナツの姿を見たジンエイが、初めて顔色を変えた。

とっさに後ろに跳びのき、構えたのだ。

そして、チナツはゆっくりとした動作で、刀を鞘に納める。

 

 

 

「どうした……? 命が惜しいなら、ここでやめるのも手だが?」

 

「…………フッ、ヌフフ! やめるわけがなかろう! 貴様がここまで本気になったのだ、ここで相手をしなくては、俺の生涯、一番の悔いが残ると言うもの‼︎

さあ、始めよう……! いざ尋常に……勝負!!!!」

 

 

 

《狂刃》……その名を持つに相応しい独特の構え。

両手を広げているだけなのに、そこから生える二振りの刀が、より奇妙に見えてならない。

対して、こちらは静寂という言葉が似合う。

鞘に納められた一刀が、今か今かと抜き放たれるのを待っている……そんな気がしてならない。

互いに無駄な動きはしない。その行動を取った瞬間に、決着がつくとわかっているからだ……。

これが、最後の交錯になると……互いに分かっているからだ。

 

 

 

「いざッ!」

 

「ッーーーー‼︎」

 

 

 

動いたのは、ジンエイの方からだった。

大きく広げた両腕を、内側でクロスさせ、突進してくる。

 

 

 

(奴の抜刀術の腕前は知っている。おそらく、ソードスキル無しでも最速と呼べるほどの腕だ。だが、それでも弱点はある!)

 

 

刀のソードスキルには、居合い抜き……つまり、抜刀術のソードスキルも含まれているが、チナツが使っているのは、片手剣スキルだけだ。

しかし、そのソードスキルを使わずに、今までに多くのレッド達を屠ってきた一撃必殺の剣……《抜刀術》を身につけていた。

たとえそれがデフォルトの技であろうと、油断は出来ない。

しかし、その抜刀術にも弱点はある。

そのスタイル故に、一撃で仕留められなければ、たちまち自分が殺られてしまう。

そこを潜り抜けてしまえば、こちらの勝ちは揺るがない。

 

 

 

「私の勝ちだ! 抜刀斎ィィィィッ!!!!!」

 

 

そう、勝ちだ。

だが、本当に油断は出来ない。

まだチナツは抜刀すらしていない……そう、自らの射程に入るのを待っているのだ。

ならば、最接近した時に、その一撃は来る。だから、決して油断してはならない。

だが……。

 

 

 

(なんだ……まだ抜かないのか?)

 

 

 

結構な距離を詰めたと思う。

これならば、ジンエイが刀を振るっと方が早く届くのではないかと思うくらいに。

だが、チナツは納刀したまま動かない。

 

 

 

(いや、奴の抜刀術は神速。この距離からでも十分殺れる……だがーーーー‼︎)

 

 

 

そんな事わかりきっている。

だからこそ、防御と攻撃、どちらでも出来る様な構えを取ったのだ。

どの道、自分の勝ちだ。

 

 

 

「《断罪十字》ッ!!!!!」

 

「ハアッーーーー!!!!」

 

「ヌッ!?」

 

 

 

 

交錯する両刀。

《断罪十字》……その名の通り、交差した両刀を十文字に相手を斬り捨てる、ジンエイ自ら編み出した技だ。

この技で、多くのトッププレイヤー達を屠ってきた……だが、一瞬の交錯の時、ジンエイはありえない物を見た。

鞘から抜き放たれたチナツの刀には、赤いライトエフェクトが灯されていた。

 

 

(バカな……ありえん!)

 

 

 

そう、ありえないのだ。

何故なら、居合い抜き……抜刀術を使っている時のチナツは、ソードスキルを使えないのだ。

元々、チナツの使っているスキルは、《刀スキル》ではなく、《片手剣スキル》だ。

片手剣スキルに、抜刀術のスキルは存在しない。

だが、アレは間違いなく、ソードスキルの起こすライトエフェクトだった。

そんなジンエイの心中を察したのか、チナツはそっと、ジンエイに聞こえるくらいの声で言った。

 

 

 

「抜刀術スキル……二の型《剣殺交叉(けんさつこうさ)》ーーーーっ!」

 

「ッ!? ば、抜刀術……スキル……だと……?!」

 

 

 

聞いた事のないスキル名。

独自に編み出した技なのか……いや、ならば、ソードスキルとして成り立つはずがない。

 

 

「なんだ……それは……」

 

「さっきも言ったろ? エクストラスキル《抜刀術》だ」

 

「エクストラ……スキル……」

 

「それで、どうするだ? 剣がなくちゃ、お前も戦えないだろう……ましてや、俺と素手で殺り合うつもりか?」

 

「なに?!」

 

 

 

ジンエイは、己の両手を見た。

すると、そこにはあるべき物がなかった。

奇妙な存在であった両刀の刀身が、鍔の近くでポッキリとへし折れていた。

折れた刀身は、ジンエイのすぐそばの地面に突き刺さっており、やがて、ポリゴン粒子となって虚空へと消えた。

それはつまり、もう修復不可能な状態の為に起きる消滅……。

 

 

 

「…………貴様、そのスキルをどうやって……」

 

「さぁな、気づいたこのスキルがあった。だから、軍を抜けるのと同時に、このスキルを使い続けている。

別段隠す気はないが、それでも、あんまり人に見せられるものじゃなかったんでな。お前が切り札を使ったから、俺も使う事にしたまでだ」

 

「…………」

 

「さて、武器を替えて仕切り直すなら付き合うが……もういいんじゃないのか……」

 

「フハッ……」

 

「…………」

 

「フハッ、フハハハハッ! ヌッハハハハハッーーーー!」

 

 

 

高々と、壊れた様に笑うジンエイを、尻目に睨み見るチナツ。

だが、そんなのお構いなしと言わんばかりに、ジンエイは笑い続ける。そして、チナツの方を振り向くと、両腕を広げ、大声で宣言した。

 

 

「貴様の勝ちだ! さぁ、さっさと斬り捨てい!!!!」

 

「…………」

 

「どうした、何故斬らん? 勝者の特権だ、さっさと斬れ! 私を殺せ!」

 

 

 

当然だ。人と人の、一対一の、命を賭けた戦いに決着が着いた。

その勝敗は、どちらかが勝ち、どちらかが死ぬ。

今回はチナツが勝ち、ジンエイが負けた。敗者に待ち受けるのは……『死』だ。

 

 

 

「断る」

 

「なに?」

 

「断ると言った。言ったはずだぞ……俺はもう、無闇に人を斬ることはしないと……」

 

「これは意味のある決闘だ! さぁ、斬れ!」

 

「断る‼︎ 何度も言わせるな!」

 

 

背を向け、斬ることを拒むチナツ。

そんなチナツの姿に、ジンエイは落胆した。

かつては最強の暗殺者と言われた少年が、今では普通のプレイヤーとなに一つ変わらない事に……。

 

 

「そうか……では仕方ない……」

 

 

 

ジンエイはウインドウを開き、その手に、小太刀を一本取り出した。

すぐにチナツは刀を構え、ジンエイの攻撃を防ごうとした……だが、

 

 

 

「ヌウッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

二度目の驚愕。

あろう事か、ジンエイは自分の持った小太刀で、自分の胸部を刺し貫いた。

 

 

「ああ……いい……!」

 

「お前……何をして……!」

 

「ヌフフッ……信じられないと言った顔だな。だが、お前にもいずれわかるだろう……人斬りの末路が……。

剣に生き、剣に死ぬ……それが人斬りの行く末だ! これこそが本物の末路だ! 抜刀斎よ、よく見ておくがいい!」

 

「やめろーーーー!」

 

 

 

手を伸ばした……だが、ジンエイはさらに、折れた刀の破片を突き刺し、ダメージを増量させた。

その結果、チナツの手につかんだものは、砕け散ったジンエイと言うプレイヤーの体を構成していたポリゴン粒子だけだった。

こうして、迷える森の中での決闘の幕は、閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、奴との最初で最後の出会いだ……まさか、こんな所で再会するとはな……」

 

「「「…………」」」

 

 

 

三人は、言葉に出来なかった。

ましてや、自害したはずの人間が、NPCとなって出てくる……そんな事、ありえない。

 

 

「じゃ、じゃあなに? あいつは、あんたと再戦したくて、現れたっていうの?」

 

「馬鹿な! 死んだ人間が……そんな……! そ、そんな事、あり得んだろう!」

 

 

 

死んだ人間が、幽霊となって今のアインクラッドに現れた……そんな現象を、信じろという方が無理な話だ。

だが、現にその存在を目にしている。なら、やはり……。

 

 

 

「でもチナツ、あのサムライ……NPCとしての名前も、HPゲージも持っていたわよね」

 

「ああ。だから幽霊じゃなくて、あいつはNPCとして、この世界では扱ってるんじゃないかな?」

 

「やっぱりね……」

 

 

 

神妙そうな顔をして考え込むカタナ。

正直、カタナ立って驚いている。《狂刃》ジンエイの名前は、カタナだって知っているし、姿だって見た事はある。

だが、その人物を殺すきっかけとなったのが、最愛の人との決闘で、その結果自害したとしても、その魂が消える事なく、NPCという器に入って、再びチナツとの再戦を望んでいるのかと思うと、背中に寒気が走る。

 

 

 

「チナツ、恐らくなんだけど、あのジンエイを模したNPCは、あなたとの再戦を望んでいるんだと思うわ」

 

「やっぱりか……?」

 

「ええ。ご丁寧に《抜刀斎》の名前しか言わないしね……」

 

「だよなぁ……まぁ、それはそれでいいんだよ。俺も、あの時は正直どうしようか迷いはあったんだけど……」

 

「決心は着いた?」

 

「ああ……あいつとは、俺が戦う。いや、俺が戦わなきゃいけないような気がする」

 

「……そう、わかった。なら、私たちは何もしないわ。あなたが戦い終わるまで、待っていてあげる」

 

「ちょっ、カタナさん?!」

 

 

 

 

カタナとチナツが、二人で話を進めるので、自身の意見を言いそびれてしまったスズとカグヤ。

その事について言い出そうと思ったが、カタナの両手人差し指が、スズとカグヤの唇を塞いだ。

 

 

 

「ダメよ? チナツは戦うと決心したんだもん……それを止める事は出来ないわ」

 

「し、しかし!?」

 

「別に一人でやらなくたって……!」

 

「ううん。これは、チナツが一人でやらなくちゃいけないの。一対一の勝負じゃないと、どちらも納得がいかないでしょうから……」

 

「そ、それは……」

 

「…………はぁ……わかったわよ。私も、これ以上あんな気持ち悪いNPCに会いたくなんかないし、とっととお祓いしてきたら?」

 

 

 

ちょっとひねくれた様に言うスズだが、その表情は少しだけ硬い。

カグヤも変わらず心配そうな顔で見てくるし、正直何か言葉を掛けた方がいいかなと思いましたが、それを見たカタナが、首を横に振った。

あとは自分がなんとかする……と言っているのである。

ならば、彼女たちの事はカタナに任せ、己のやるべき事を、やるしかない……。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくる……」

 

「うん……頑張って……!」

 

「おう……」

 

 

 

 

目線だけカタナに向け、見送りに感謝しながら、チナツは再びアンデッド・ナイト……ジンエイの下へとむかう。

 

 

 

 

「さてと……今度こそ、ちゃんとした決着をつけようか……ジンエイ」

 

 

 

 

心を研ぎ澄まし、刃の様に硬く、鋭いものに変える。

向かうは戦場。

一対一の殺し合いだ。かつて討てずして消えていった相手が、今再び刃を交えたいと言うのなら、拒否する権利はチナツにはない。

今度こそ、彼の気持ちを汲み取った上で、悔いの残らない戦いをし、全てに決着をつける。

 

 

 

 

「さぁ、続きだ……行くぞ、ジンエイ」

 

「バアットオォォサァァァァァイッ!!!!!」

 

 

 

やはり、それしか言わない。

どうやってこの城に存在しているのか、いまいち謎だらけなのだがらやはりこの男は、あのジンエイだ。

《狂刃》と呼ばれた、あのジンエイ。

刀は一本しか持ってないし、アンデッド系モンスター特有の、腐食した肌質……真っ赤に光る眼光、そして呪いを吐き散らす様な奇声。

もはや人間とは思えない……だが、確かにこのモンスターには、彼の意思が入っているのかもしれない。

チナツは、刀を鞘に納めたまま、ゆっくりと半身の中腰姿勢に……。もっとも得意とする剣技《抜刀術》の構え。

それを見たジンエイは、まるで待ちわびたかの様に、チナツに向けて奇声を発する。

そして、その長年の思いをぶつけるかの様に、不規則な動きをしながら、ジンエイは高速でチナツ向かって駆け出す。

 

 

 

「ッ!」

 

「ヌハハッ!」

 

 

抜き放つ一閃。

だが、この一閃をジンエイは跳躍することで回避し、勢いそのままにチナツの背後を取る。

着地と同時に体を捻り、チナツの首元めがけて横薙一閃。

だが、これもチナツが身を屈めて躱す。

振り抜いた反動で、懐ががら空きになったところを、チナツが瞬時に反応し、高速の刺突を放つも、ジンエイがわずかに体を捻って致命傷を避けた。

と言っても、チナツの刀が体を斬りつけたので、その分のダメージ量は負った。

残りのダメージは、約半分近くだ。

 

 

 

「ヌハ、ヌハハ!」

 

「さて、もうそろそろ終わりにしようか……今度こそ、お前の望む様に……一撃で屠ってやるよ……ッ!!!!!」

 

 

 

 

また抜刀術の構え。

だが今度は、本気の本気……確実にジンエイの首を取りに行っている。

その衝動に駆られ、ジンエイが動き出した。

猛狂う体が宙を飛躍し、真っ直ぐチナツに向かって飛んでくる。

これが、最後の一刀……。

 

 

 

 

「《紫電一閃》…………ッ‼︎」

 

 

 

今のチナツが出せる、システムアシスト無しの最速かつ最強の一撃。

高速で振り抜かれた一閃。チナツの姿は、すでにジンエイの背中にあった。

そしてその剣撃は、振り下ろしたジンエイの刀を斬り裂き、そして、ジンエイの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

「アア…………イイ…………!」

 

「っ!?」

 

 

 

ジンエイの放った言葉に、チナツは驚き、後ろを振り返った。

だが、すでにジンエイの姿は、そこにはなかった。

最後の言葉は、あの時にもいった言葉。

そして、また手の届かないところで、あの男は消えていった。

チナツはそっと刀を鞘に戻し、その場を後にした。

 

 

 

 

「これで本当にさよならだな……ジンエイ……」

 

 

 

 

最強の暗殺者と、狂気の殺人鬼との戦いに幕が降ろされた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、チナツは《イグドシル・シティ》に戻り、ある事を確認したいと思っていた。

まず初めに向かったのは、街で店を出しているエギルの所。

そこにいるであろう、キリトとアスナ……そして、娘のユイの下へと向かった。

 

 

 

 

「あの、キリトさん。ちょっと、ユイちゃんとお話ししたいんですげど、いいですか?」

 

「ん? ユイと? 珍しいな、お前がユイと直接話すなんて……」

 

「いや、ちょっと……ユイちゃんに聞きたいことがあって……」

 

「ふーん……ユイ、チナツが話したいらしいんだけど、いいかな?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「そっか、じゃあユイちゃん、ちょっとこっちに来てもらえるかな?」

 

「はい?」

 

 

 

流石に、他の人に話す話でもないと思い、思い切ってユイと二人で話したいと言ったのだが、なぜだろう……キリトとアスナの視線が、やや怪訝そうな雰囲気を纏っているのは……。

 

 

 

「それで、お話は何でしょう?」

 

 

 

そう言いながら、テーブルの上で自分の体よりも大きなクッキーを食べている、愛らしい姿のナビゲーションピクシーのユイ。

どうやら昔のSAOの様に、子供姿にもなれるそうなのだが、このALOに来てからは、ほとんどこの状態らしい。

 

 

 

「えっと、変な事を聞く様だけど……」

 

「はい……」

 

「ユイちゃんはさ、SAO時代のアインクラッドで、死んだプレイヤーの意識が、今のアインクラッドにいるNPCに乗り移りって可能性があると思うかい?」

 

「プレイヤーの意識……ですか? うーん……」

 

 

 

年相応に悩める顔をしているユイだが、こう見えても、ある程度の管理権限を持つ、スーパーAIなのだ。

ユイの収集する情報のおかげで、今まで何度となくクエスト達成やレベリングの効率化を助けてもらった。

そんな彼女は、アインクラッドの……強いて言うならば、その中枢たる《カーディナル・システム》のことについては、とても詳しいはずだ。

今のALOのシステム中枢も、旧SAOのシステムである《カーディナル・システム》をコピーしたものだ。

ならば今回の一件も、そのカーディナルの仕業ではないかと、チナツは睨んでいるのだ。

 

 

 

 

「そうですね……プレイヤーの意識、という概念が、私にはまだわかりませんが、システム的に言うのであれば、SAO時代のプレイヤーデータを、そのNPCにコピーした……としか考えられません」

 

「だけど、その言動や剣技までも、再現出来るものなのかい?」

 

「すべては無理です。ですが、その中でも特に多用していたり、繰り返し使っていた言葉やスキルなどが、ナーヴギアのローカルメモリーだけでなく、カーディナルのプログラムにすら残っていたとしたら……」

 

「多少の再現は可能……といことなのか……」

 

「はい。100パーセントの確率で……とは言えませんが、可能性がないわけではありません。

でも、どうして、そんな事を?」

 

「ん? まぁ、ちょっとね。今日、カタナ達と肝試しに行ってきたんだよ」

 

「き、もだめし?」

 

「何ですか、それは……」

 

「えっと、それはねえ……」

 

 

 

チナツはユイにだけ聞こえる様に、あえてコソコソとユイに耳打ちをする。

そんな様子を、両親は心配そうに見ていた。

 

 

 

「チナツくん……ユイちゃんと何話してるんだろう?」

 

「さあな……」

 

 

 

その後、何やらユイが興奮した様にチナツに話しかけ、当のチナツは、こちらに指を差しながら、ユイに何かを言っている。

すると、ユイはこちらに飛んできて、さっきと同じ様に、テーブルの上にちょこんと座った。

 

 

 

「ユイちゃん、チナツくんと何話してたの?」

 

「オバケについてです!」

 

「「オ、オバケ?!」」

 

 

 

両親揃って首をかしげだ。

そんな親子の様子を、チナツは微笑みながら見ているので、キリトだけが、チナツの下へと向かった。

 

 

 

 

「お前はユイに何の話をしたんだよ……?」

 

「えっとですね……実は今日……」

 

 

 

チナツは、今日あった出来事を、キリトに包み隠さず話して、ユイに肝試しとは何なのかと教えていたらしい。

 

 

「なるほどねぇ〜、それでオバケってわけか……」

 

「そういう事です。どうします? ユイちゃんは行く気満々って感じですけど……」

 

「そうだけど……もう一人がな……」

 

 

 

二人は視線を母娘に向けた。

 

 

「ママ! 私、肝試しと言うものをやってみたいです!」

 

「うえっ?! な、何で急に?」

 

「チナツさんから教えてもらいました。何でも、夏の風物詩だそうですよ!」

 

「ダ、ダメだよユイちゃん!」

 

「ほえっ? 何でですか?」

 

「な、何でって……えっと……そのぉ〜……」

 

 

 

 

自分は幽霊が怖いから……なんて事は、可愛い娘の前では言えない。

 

 

 

「じゃあ、この前行ったアンデッド系モンスターのいる所で肝試しは出来るんですか?」

 

「ちょっ、ちょっと待って! そ、そこもダメだよー!」

 

「ええー! ユイも肝試しやってみたいですー!」

 

「え、ええっと……キリトくーん!!!!」

 

 

 

 

堪らず夫に助けを請う。

それを見ながら、キリトとチナツは母娘の下へと向かったのであった。






今回のは、なんか微妙な終わりになってしまいましたね( ̄◇ ̄;)
どうやって終わらせようかと思って書いてみたら、こんな感じになった……って言う状況です。

次回からは海底クエストをやりますので、お楽しみに(⌒▽⌒)

感想、よろしくお願いします!



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第53話 Extra EditionⅠ


ええ、今回から、ALOの海底ダンジョンに入ります!




7月ももう終わりに近づいていた頃、現実世界での桐ヶ谷家では、和人、及び直葉が、慌ただしく出かける準備をしていた。

 

 

 

「お兄ちゃ〜ん! 早くしないと遅れちゃうよぉ〜!」

 

「はいはい、今行くー!」

 

 

 

すでに妹の直葉は玄関先で待っており、和人は二階の自室から、バイクの鍵を取り、部屋を出ようとした。

が、そんな時、ある物がふと目に入った。

無骨なヘルメット型の置物……ではなく、もう中身が空っぽになった……とあるゲームのハード機器。

その名も、《ナーヴギア》。

世界で初めてのフルダイブ環境に適合し、プレイヤーの意識を仮想世界にトレースする最新式のゲームマシーンだった……二年前までは……。

ナーヴギアを手に入れたプレイヤー達は一万人。その一万人のプレイヤー全員が、ある城に幽閉されたのだ。

世間では《SAO事件》と言われている事件を巻き起こし、約4,000人のプレイヤーを死に至らしめた機械。

それを見ながら、和人はふと思った……もう、半年前の事になるのだなぁ……と。

部屋を出て、階段を一気に下る。

靴を履き、玄関を出ると、妹の直葉が和人のバイクの前に立って待っていた。

直葉にヘルメットを渡し、バイクのエンジンをかける。

独特のエンジン音と、今時珍しいガソリン燃料のバイクに特有の排気ガス。

少し前の年代物のバイクを、エギル経由で貰い、今では移動はほとんどがこのバイクだ。

ただ、直葉には不評で、直葉曰く「排気ガスが臭い」だそうだ。

まぁ、今時は電気自動車を初めて、バイクも電気化に変わり始めた。

音が静かで、排気ガスを排出しないエコ精神の高い乗り物となりつつある。

そんなバイクに文句を言いながらも、直葉は和人の後ろに乗り、和人の体にしがみつく。

家を出て、バイクのアクセルを回す。

風を切り、高速で移動するバイクの乗り心地は、意外にも楽しかった。

そう思いながら、二人はある場所へと向かっていた。

今回のALOのクエストで、どうしても必要になる事があるため、それをそれを為すために、現実世界で習得しておく事がある。

そして、ようやく目的地にたどり着いた。

そこは、綺麗な校舎が立ち並ぶ場所で、とても広い敷地を持った場所だ。

だがあいにく、今この場所には、限られた人間しかいない。

何故なら、今は『夏休み』だからだ。

ここは学校……それも、SAO事件で、虜囚となっていた学生達が集められている学校だ。

本来ならば、和人、一夏、明日奈、刀奈は、この学校に通うはずだったのだが、刀奈はすでにIS学園への入学を決めており、和人、一夏に至っては強制入学。それに託けて明日奈もどさくさ紛れに入学した。

そんな本来くるはずだった場所を、改めて見ると、なんだか感慨深い物がある。

和人は駐輪場にバイクを止め、バイクのエンジンを止めて鍵を引き抜く。ヘルメットをとり、手っ取り早くハンドルにかけると、すぐに待ち合わせの場所へと歩いていく。

 

 

 

「スグ、置いていくぞ?」

 

「もう〜待ってよ、お兄ちゃーん!」

 

 

 

今朝とは立場が逆になった。

バイクからおり、ヘルメットを元に戻して、急いで兄の背中を追いかける。

両手に持った荷物を、少しは持ってくれてもいいんじゃないのか……と思いはしたが、でも、これはこれでいつもの自分たちだと思った。

そんなことを思いながら、二人は校内を歩いていく。

すると、ちょっと駐輪場のある場所から、右へと曲がったところで、待ち人たちを発見した。

 

 

 

 

 

「夏休みの宿題、終わった?」

 

「まだですよぉー……!」

 

「もうすぐ休みも終わっちゃうからね、急いで終わらせておかないと、あっという間に過ぎちゃうよ?」

 

 

 

リズベット……こと、篠崎 里香の問いに、肩を落とし落胆しながら答えるシリカ……こと、綾野 圭子。

もうすぐ夏休みも終わるというのに、いまだに宿題を終わらせていない。だが、二年分の夏休み期間を、かの城の中で費やしてしまった分、今ここで遊び倒したいと思う気持ちは、わからなくもないが……。

その事をわかってほしいが、明日奈からの正論には、成す術なく頷くしかなかった。

と、そこで、待ち人である三人も、和人と直葉の姿を発見したようで、こちらに微笑みながら視線を向けた。

 

 

 

 

「おーい! こっちこっちぃ〜!」

 

 

里香が元気よくこちらに手を振ってくる。

それを和人と二人で見ながら、直葉はくすりと笑った。

そして、二人は三人のいる場所へと向かって歩く。

 

 

「今日はみなさん、私の特訓に付き合ってもらって、ありがとうございます」

 

「いいっていいって、どうせ暇だったし」

 

「それにしても意外でしたね。直葉さん、運動神経がいいのに、泳ぎが苦手だなんて……」

 

 

圭子の言葉に、直葉はガックリと肩を落とした。

そう、今日集まったのは、直葉のある苦手を克服するための特訓だったのだ。

その苦手としているもの……それは先ほど圭子が言った、『水泳』だ。元々剣道部にも所属し、運動神経は抜群にいい直葉だが、こと水泳だけは、苦手としている。

 

 

 

「うう……リアルでも向こうでも、水の中だけはダメなの……」

 

「現実世界のプールは、アルヴヘイムの海に比べたらすっごく浅いから、遊びのつもりで気楽に練習するといいよー」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

明日奈の気品溢れる雰囲気に、直葉も心改まって頭を下げた。

 

 

 

「しっかし、こんなプール日和に、あんたもツイて無いわねぇ〜」

 

「ああ……まったくだぜ。そりゃあ俺もここの生徒になる筈だったけどさ……なんで今日カウンセリングかな……」

 

「私たちの水着姿が見られなくて残念ねぇ〜♪ あっ、だからって、美人の先生に現を抜かさないようにねぇ〜」

 

「なっ、そんぐらい良いだろう!」

 

「…………キリトく〜ん?」

 

「あっ! い、いやいやいや、冗談だって、冗談!」

 

 

 

明日奈の鋭くも怖い視線と笑みにタジタジになった和人は、すぐにでもその場を離れようとあとずさる。

そんな様子を、直葉は苦笑いで見ており、嗾けた里香は「ニシシッ」と笑っている。

 

 

「そんじゃあスグ、しっかり教えてもらうんだぞ」

「はーい」

 

「じゃあ、俺は行くから」

 

「また後でね、キリトくん」

 

「おう」

 

「美人の先生によろしくねぇ〜!」

 

「なっ、おう?!」

 

 

 

里香の言葉に転けそうになったが、そこは堪えて、急ぎ足で校舎の中に入る。

後ろは振り向かないようにした……その先に待つ、般若の恐怖的な笑みを見たくなかったからだ。

足早に去っていった和人を見送った一同は、早速特訓を始める……と思いきや、まだその場にとどまっていた。

その理由は、あと三人……ここに来る者たちがいるからだ。

 

 

 

「そう言えば、カタナ達が遅いわね」

 

「うん……鈴ちゃんともう一人、ここに連れてきてくれるんだって……」

 

「へぇ〜」

 

 

 

一体誰が来るのか……。

そう思っていると、当の本人達が現れた。

 

 

 

「うわっ、ごめ〜ん! お待たせ〜〜!」

 

「ほら! ここまで来たら腹くくる!」

 

「なっ、まっ、待て、まだ心の準備が……!」

 

 

先頭を走ってくる刀奈と、その後ろを付いてくる茶髪ツインテールの少女の鈴と、その鈴に手を引かれ……いや、もはや引っ張られている黒髪ポニーテールの少女の姿があった。

 

 

 

「あっ! 箒ちゃん!」

 

「箒?」

 

「誰ですか?」

 

「えっ!?」

 

 

 

向かってくる三人組、刀奈、鈴、箒の姿を見た明日奈が、大きく手を振って迎え入れた。

箒の事をまだ知らない里香と圭子、箒の姿に驚く直葉。

とにかく、これでようやく全員が揃った。

 

 

 

「いやぁ〜ごめんね、みんな。ちょっと学園の方に提出する書類に手間取っちゃって……」

 

「いいよいいよ。来れただけでも十分! 鈴ちゃんと箒ちゃんも」

 

「はい……。まぁ、あたしはこれを説き伏せるのに時間がかかったんですけどねぇ〜」

 

「おい! “これ” とはなんだ?! せめて人として扱わんか!」

 

「実際、あんたがいつまでうじうじ悩んでるからいけないんでしょうが!」

 

「うう……だから、それはすまないと……」

 

「まったく……」

 

 

 

IS学園側に、今回の外出届及び、外泊届を提出するのに時間がかかってしまった。

ましてや、今回は箒が初対面ということで、とてもそわそわしていて、連れてくるのに手間取ったのだ。

 

 

 

「こちらは篠ノ之 箒ちゃん。私たちと同じクラスの子で、最近ALOも始めたから、みんな仲良くしてね」

 

「は、初めまして……その、篠ノ之 箒です……よ、よろしくお願いします」

 

「もう〜箒ちゃん表情が堅いよ〜。もっと、笑顔笑顔♪」

 

「は、はぁ……」

 

 

明日奈に絆されるが、逆に恥ずかしくなり、頬を赤く染めて俯く箒。

だが、ふと視線を横にズラし、バッチリと目が合ってしまった人物がいた。

 

 

「あ…………」

 

「えっと……篠ノ之さん……だよね?」

 

 

直葉だった。

箒と直葉は、ちょっと気まずいといった風な感じで、互いに言葉を発しようとするが、中々言い出せない状態に。

 

 

 

「あっ、箒ちゃんと直葉ちゃんは以前にも会ったことがあるんでしょう?」

 

 

 

とそこで、刀奈からフォローが入る。

それにより、里香や圭子からは「そんなんだぁ〜」という声が……。

鈴も、その事は知らなかったらしく、「へぇー」といった感じに。明日奈もそうだったね、と言った感じで手を合わせた。

 

 

 

「あ、えっと、久しぶりだね、篠ノ之さん」

 

「あ、ああ……去年の剣道大会以来だな、桐ヶ谷……息災だったか?」

 

「えっ? あ、うん! 私はいつも元気だよ。篠ノ之さんこそ、あれ以来まったく見かけなかったからさ……凄く心配してたんだけど、元気そうでよかったよ」

 

 

 

 

なんとかファーストコンタクトは成功。

それを見た刀奈が、その場の微妙な空気を吹っ飛ばし、改まって直葉の方を見る。

 

 

 

「さてと、それじゃあ早速始めようか。直葉ちゃんの泳ぎの特訓!」

 

「「「おおー!!!!」」」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

こうして七人は、学校の更衣室へと向かって歩き出した。

一方、校舎内に歩いて行った和人は、案内板を見ながら、呼び出されたカウンセリング室へと向かった。

SAO事件終了後、囚われの身となっていたプレイヤーのうち、約4,000人が死亡し、残りの約6,000人が、現実世界への帰還が叶った。

しかし、ようやくデスゲームから解放されてからも言うものの、彼らSAO生還者たちに待ち受けていたのは、リハビリの毎日と、必要以上のカウンセリングだった。

それもそうだろう……二年間、殺し殺されの世界で生きてきた人々だ、現実世界と、仮想世界との境界線が崩れ落ちているのは、目に見えて明らかになっている。

現に、フルダイブ技術が発展する以前であっても、ゲームと現実の区別がつかず、傷害事件を起こしていた例だってあるくらいだ。

仮想世界に自分の意識をトレースし、剣や槍を持って、モンスター……あるいは人間と斬り合いを興じてきた彼らは、十分に犯罪者予備軍と言って相違ない。

だからこそ、こうやって定期的にカウンセリングを行っていたのだが、それも先月あった臨海学校の事件により、色々と調書を取らなくてはいけなくなったため、今回のカウンセリングは久しぶりだ。

だが、よりにもよってこの日にとは……

 

 

 

「はぁ……まぁ、俺はまだいいか。チナツの奴はずっと山田先生と書類の山を片付けてるんだし……」

 

 

 

そう……今回、一夏も参加することもできたのだが、生憎こちらも調書を取らなくてはいけなくなった。

その原因は、言わずもがな彼の専用機、《白式・熾天》の事だ。

世界でもたった二機しかない第四世代型IS。

それも、ISによる自己進化によって発現したものだ。

こんな希少な存在を、全世界が放って置くわけがなく……学園側も、この対応に追われて、一夏もその作業を手伝っているのだ。

それに比べれば、自分の方がいかにラクか……。

しかしそう思いながらも、やはりため息が出てしまう。だが、ここまで来てしまったのだ……腹をくくるしかないだろう。

 

 

 

コンコン……

 

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

 

部屋の中から女性の声がした。

確かに、声だけでも、色っぽい大人な女性の声。これは里香の言った通りの美人かもしれない。

スライド式のドアを開け、中に入る。カーテンで仕切られた場所を通り抜け、いざ、ご対面。

 

 

 

「…………おお……!」

 

 

 

美人だ……大人の女性。

スタイルがよく、リクルートスーツのような服で、その上に白衣を着ている。

特定の男性層からは大歓声が上がるのではないかと、素直に思う。

こんな女性のカウンセリングを受けれるのなら、大いに大歓迎と行きたいところだが……その目の前で、クルッとソファーイスが回転する。

 

 

 

「……っ!」

 

「やあ」

 

 

そのイスに座っていた人物に、和人は驚きの声を上げた。

 

 

「菊岡さん……?!」

 

「わざわざご足労願って悪かったね」

 

「な、なんで……総務省仮想課のエリート官僚様が、こんなところで何やって……るんですか?」

 

「君たちに、SAO事件の詳細を話してもらいたくてね。こういう場を設けてもらったんだ」

 

「じゃあ、臨時カウンセリングというのは……」

 

「すまないね。こうでもしないと、君たちは来てくれないんじゃないかと思って」

 

「…………ん? 君 “たち”?」

 

「うん。君ともう一人、チナツくんだよ。だけど、チナツくんは今日は外せない用があるんだってね?」

 

「ええ。あいつの専用機がらみのことで」

 

「そうか……ならば、仕方ないね」

 

 

 

そう言って、菊岡 誠二郎は、美人の先生に耳打ちする。

美人先生は和人の隣に来ると、そっと顔を近づけて、「何かあったら、隣の部屋にいるから、いつでも声をかけてね?」と言って、その部屋を退出してしまった。

もう、今にも先生の力を借りたいぐらいだが、もうそれもどうでもよくなった。

この場から立ち去るという選択肢もあったが、それはそれで目の前の男が許してくれなさそうなので、和人は用意されていたソファーに腰掛けた。

 

 

 

「一応言っておきますけど、この後約束があるんで、出来るだけ早めに済ませてもらえるといいんですけど……」

 

「努力するよ。それで、さっきも話したけど君にSAOとALOの一連の事件について、色々と聞きたんだ。具体的に、詳しく」

 

「そんなの、プレイヤーの行動ログを見れば、一発で分かるでしょう……」

 

「行動ログから分かるのは、“誰がいつどこにいたのか” が分かるだけで、“そこで一体何をしていたのか” まではわからないんだ……。

SAO事件の首謀者である茅場 晶彦が死亡したのが確認され、事件の全容は未だ解明されていない。何故あの様な事件を起こしたのか……その肝心な動機も、未だにわかってないからね。

というわけで、協力してもらえるかな?」

 

「嫌だと言ったら?」

 

「…………」

 

 

 

そう言うと、菊岡は黙りながら、アタッシュケースの中に入っていたお菓子類をテーブルに並べ始め、最後に録音のためのレコーダーを置いた。

そして、こちらに顔を向け、眼鏡が光で反射して見えないが、まるで試すかのような表情で、和人に尋ねた。

 

 

 

「本来なら、廃棄処分されるはずだったナーヴギアを回収しなかったり、明日奈くんの病院の場所を教えてあげたのは、どこの誰だったけ?」

 

「っ…………」

 

「それに、帰還したSAOプレイヤーの現実への復帰支援や、メディアスクラムが起きないようにしているのも……実はうちの部署なんだよねぇー」

 

「…………はぁ……」

 

 

 

あざとい……。

それに実にいやらしい言い回しだ。

だが、この男に借りがあるのは事実であるため、どうにも出来ない。

仕方なく、和人はため息をつくと、菊岡が出してくれたアーモンドチョコレートを一つ頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひゃあ〜〜! いいわね、まさに、絶好のプール日和‼︎」

 

 

 

 

一方その頃、明日奈たちはプールの更衣室へと入り、用意していた水着に着替えていた。

 

 

 

「あの、本当に私がここのプール使ってもいいんですか?」

 

「そうです。さすがに、部外者の我々が堂々と使うのは……」

 

「あー大丈夫大丈夫。ちゃんと許可は取ってあるから」

 

「あっ! 里香さんの水着、かっこいいですね!」

 

 

圭子の指摘に、里香は軽くモデルポーズをとって、自身の水着を見せびらかす。

赤紫のワンピース型。胸元と裾丈に黒のリボンやフリルをあしらった少し大人な感じの水着だ。

 

 

「でしょう?! せっかくだから、思い切って買ってみたんだぁ〜♪ SAO事件の前に買ったやつは、さすがにキツくてさ」

 

「うう…………私は全然変わっていませんでしたけどね……」

 

 

 

そう言う圭子は自身の身体的変化が見られないことに、若干落ち込んでいる様子だった。

たが、その身につけている黄色の水着は、以前臨海学校で鈴が来ていたようなスポーティな水着なので、彼女の雰囲気には合っている様な気がするが、それは乙女心が許さないのだ。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、そのうち成長するって」

 

「うう……鈴さん、それ適当に言ってません?」

 

「言ってないわよ。それに、あんたまだ14でしょう? 大丈夫だって……」

 

「そ、そうでしょうか……」

 

「あら、鈴ちゃんが言うと、なんか説得力があるわね♪」

 

「あンっ!? ケンカ売ってんですか、あなたは……っ!」

 

「あらやだ。暴力はんたーい♪」

 

 

 

刀奈の挑発に、血管の一つや二つがブチ切れそうになるが、圭子に言った手前、かっこ悪いと思い、すぐにそのイライラを鎮めようとする鈴。

しかし、目の前でナイスバディーな刀奈の水着姿を見ると、どうにも治らないものがある。

 

 

 

「あっ、カタナちゃんは臨海学校の時の?」

 

「そうよ。アスナちゃんもなのね」

 

「うん……せっかく買ってもらったんだし……」

 

 

 

そう言うと、赤と白のボーダー水着を着た明日奈が登場。

駆けつけた里香がすぐさま茶々を入れる。

 

 

 

「おっほぉ〜! さすがはお二人さん♪ 大胆ビキニでキリトとチナツの二人を悩殺ですか〜♪」

 

「そ、そんなんじゃないわよ……」

 

「って言うか、これチナツたちが選んだのよ?」

 

「「えっ?」」

 

 

 

刀奈の発言に、里香と圭子が振り向きざまに驚いた。

 

 

 

「えっ……カタナの水着も?」

 

「ええ、そうよ。アスナちゃんのもキリトが選んだし……」

 

「アスナさんの、この水着を、キリトさんが!?」

 

 

刀奈の闇色のセクシービキニと、明日奈の赤ボーダーの大胆ビキニを、あの二人が選んだ……。

二人はこういうのが好きなのか……。

 

 

「うーん……あやつら、意外と抜け目ないというか……なんとまたハレンチな……」

 

「キリトさん……こういうのが好きなんですよね? 私……まだダメかも……」

 

「「あははは……」」

 

「あ、あれ? みんな、学校指定の水着じゃないの……?」

 

「「「「ん?」」」」

 

 

 

どこか、弱々しい声が聞こえた。

その声のする方へと視線を移すと、自身の着ている水着……学校指定の競泳水着を、まるで恥ずかしがる様にして腕で隠す直葉の姿が……。

 

 

 

「だって……学校のプールで泳ぐって言ってたから……」

 

「あ、えっと、スクール水着も可愛いですよね!」

 

「そ、そうよね!直葉はスクール水着も似合うわね!」

 

「どういう意味ですか、それっ!」

 

「ま、まぁ、特訓をするんだ。その競泳水着で問題ないのではないか、桐ヶ谷?」

 

「篠ノ之さんもちゃっかりビキニじゃん!?」

 

 

 

そう言う直葉の発言に、箒の方へと視線が集まる。

というか、むしろある一点の箇所に、みんなの視線が集まっている。

 

 

 

「な、なんですか……?」

 

「メ、メロンが……」

 

「直葉さんもすごいけど……ほ、箒さんも、中々……」

 

「なんなの? 剣道やればみんな大きくなんの?」

 

「うーん……前々から思ってたけど、箒ちゃん、おっぱい大きいのよねぇ〜。私、ちょっと負けちゃってるかも……」

 

「ちょっ‼︎ どこを見ているんですか!?」

 

 

 

里香、圭子、鈴、刀奈の内心の思いを聞き、箒はとっさに自分の胸元を隠す。

そんな五人を見ながら、苦笑いを浮かべる明日奈と直葉。

 

 

 

「と、とりあえず、今日は桐ヶ谷の特訓なんですから! 早くいきますよ!」

 

 

恥ずかしさを隠す様に体を反転させ、更衣室の入り口へと向かって歩き出し、みんなもそれを追う形で、更衣室を出たのであった。

 

 

 

 

 

「で? 何を話せばいいですかね?」

 

「全部。えっとまずは、事件の当日の話をしようかな……確かあれは……」

 

「2022年 11月 6日……もう二年半になるのか……」

 

 

 

 

思い出す……あの日のことを……。

公式サービスが開始された、2022年 11月 6日の午後14時を回った時だった。

いよいよ待ちに待ったSAO正規版へのログイン。

和人を含め、限定一万人のプレイヤーは早速ログインした。

浮遊城《アインクラッド》の第1層の街《はじまりの街》に、一万人全てのプレイヤーがその場に降り立った。

和人は……SAO内のキリトは、限定千人しか受ける事の出来なかったSAOのβテストのテスターとして体験した知識をフルに生かし、早速行動に移った。

その時だった、その世界で初めて、チナツ、クラインの二人と出会ったのだ。

 

 

 

「おーい、兄ちゃーん!」

 

「っ! …………俺?」

 

「はぁ……はぁ……その迷いのない動き、あんた、βテスト出身者だろう?」

 

「あ、ああ……そうだけど」

 

「その、もしよかったら、レクチャーしてくんねぇか? 俺、このゲーム初めてでよぉ〜」

 

「…………ああ、いいぜ。ついて来いよ」

 

「あっ、あの!」

 

「「ん??」」

 

「えっと、俺《チナツ》っていいます。その、俺もこの手ほゲーム自体はやったことはあるんですけど、VRMMOのゲームは初めてで……その、俺も一緒に参加させてもらっていいですか?」

 

「おう、兄ちゃんか……俺は《クライン》……よろしくな。えっと……」

 

「俺の名は《キリト》。いいぜ、チナツもクラインも、俺がみっちり教えてやるよ」

 

 

 

 

キリト、チナツ、クラインの三人は、《フレンジーボア》……通称《青イノシシ》と呼ばれるモンスターが出現するエリアへと足を踏み入れた。

そのモンスターは、第1層に必ずと言っていいほど出現し、低レベルのプレイヤーにも簡単に倒せるほどだ。

とりあえず、その場で戦闘訓練の実演をやってみたのだが……。

 

 

 

「のあっ!?」

 

 

 

あいにく、始めからうまくいくわけもなかった。

フレンジーボアは、非アクティブ……つまり、プレイヤーから攻撃しない限り、こちらに攻めてくることはない。それに、攻撃が単一化されているため、攻撃を躱し、隙をついて倒すのも簡単だが、初めてのプレイヤーからすれば、中々手強い相手だった。

そんな中、クラインも勇猛果敢に攻めるが、突進攻撃に食らって吹き飛ばされた。

 

 

 

「うおお……! この、くそっ……股ぐらが……!」

 

「だ、大丈夫ですか、クラインさん?!」

 

「大げさな奴だな……痛覚はあんまり感じないはずだぞ?」

 

「え?」

 

「あっ、そうだったな……悪りぃ悪りぃ、ついな」

 

「クラインさん……」

 

 

 

真剣に心配して、バカを見た……と言わんばかりに、チナツはため息をついた。

しかし、やはり難しいみたいで、チナツも攻撃を当てはしたが、未だに一匹も倒せていない。

 

 

 

「しっかりと動作を見極めて、狙いを絞り込まないと」

 

「狙いをって言ったって……あいつ動きやがるしよ?」

 

「動かなきゃゲームとして成り立ってないですよね、それ……」

 

「うーん……なんていうかな……こう “タメを作って、バーンと放つ” 感じかな?」

 

「「タメ?」」

 

「そう。モーションを起こして、タメを作る。あとは、放つだけ……そうすれば、あとはシステムが自動で当ててくれるから……さっ!」

 

 

 

 

 

キリトはすぐ近くにあった石ころを拾い、構えを取る。

すると、たちまち握っていた石が赤色に染まり、投げた瞬間、石は強烈なスピードで飛翔し、フレンジーボアのお尻部分に命中した。

当てられたフレンジーボアは、まずターゲットをキリトに絞り、キリトに対して突進攻撃を仕掛ける。

だが、キリトは自分の片手剣を抜き、その突進攻撃を正面から受け止めた。

大した衝撃が来るわけではないが、油断すると先ほどのクラインのように吹き飛ばされてしまう為に、ずっとフレンジーボアを抑えつけている。

 

 

 

「タメを作る……」

 

 

 

キリトからのアドバイスを聞きながら、クラインは持っていた曲刀を、まるで肩に担ぐかの様な姿勢をとる。

すると、その刀身が先ほどの石と同じ様に赤く染まる。

それを確認したキリトは、フレンジーボアに蹴りを入れて、進行方向を変更。

クラインを狙って走る様に仕向ける。

だが、その突進も意味はなさない。何故なら、強烈な突き技を放ったクラインの姿が、もう目の前にまで迫ってきたのだから。

 

 

 

「うおりゃあぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

気合の入った声を叫びながら、クラインの体は、まるで矢の如き速さで、フレンジーボアを貫いた。

そのダメージ量が高かったのか、フレンジーボアは青いポリゴン粒子と変化し、虚空へと消えていった。

 

 

 

「お……うおっしゃあぁぁぁっ!!!」

 

「おおっ! 凄いですね、今のなんですか?!」

 

 

 

初のモンスター討伐に歓喜の声を上げるクラインと、その感動が伝わり、子供の様に興奮するチナツ。

そしてチナツもまた、フレンジーボアにタゲを取らせて、先ほどクラインがやった様に、剣の鋒をフレンジーボアに向ける様にして構える。

青い光に包まれる剣。

向かってくるフレンジーボアをこれまた高速に斬り捨てた。

 

 

「はあああぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

高速の突き技。

片手剣スキルと呼ばれるソードスキルの一種。

その迫力を間近で体験した者は、その魅力に囚われるという。

 

 

 

「うおおっ! 凄え! これがスキルですか?!」

 

「ああ。それぞれの武器には、それぞれ固有のスキルが備え付けてあって、レベルを上げていくにつれ、使える技もどんどん増えてくるんだ」

 

 

 

キリトの話を聞きながらも、それぞれの出せるスキルを反復で練習していく。

基本的な戦闘の動作、スキルの発動ポイント、硬直時間を考慮した上で選択するスキルの種類。

そしてそれを自身の体を直に動かす事で、その爽快感は増す。

 

 

 

「このゲームには、魔法の類はないんだろう?」

 

「ああ。一応飛び道具としての武器もあるけど、魔法はないな」

 

「RPGで魔法無しっていうのも、珍しいですけどね」

 

「でも、その分自分の体を動かすから、爽快だろ?」

 

「ああ、違いねぇ……!」

 

「ですね……最高に気持ちいいです!」

 

 

 

 

その後、三人は一通りの戦闘訓練を終え、モンスターのでない丘の上から、夕焼けへと景色を変えた世界を見ていた。

 

 

 

「しっかし凄えもん作ったよな……ここがゲームの世界だとは思えねぇぜ」

 

「そうですね。ほんと、SAOを作った茅場 晶彦は天才ですよ」

 

「だな……ほんと、この時代に生まれてきてよかったぁー」

 

「大げさだな……まぁ、VRMMO自体が初めてじゃあそんなもんか」

 

「まぁ、俺もこのゲームの為に、慌ててハードを揃えたからな」

 

「俺もですね。このゲームの存在を知って、今まで溜め込んだ貯金を崩して、ようやく手に入れた感じです」

 

「ほんと運がよかったよなあ!  限定一万人に選ばれるなんて……まぁ、βはそれよりも少ない、限定千人ぽっちだけどな……。

なぁ、キリト。βの時は、どのくらいまで進んだんだ?」

 

「…………二ヶ月で8層までしか行けなかった。でも、今度は違う。もっと早く、もっと上に登ってみせる。

この世界は、こいつ一本でどこまでいけるんだ……!」

 

 

 

 

自身の剣を抜き、高らかに掲げるキリトを見て、クラインとチナツは苦笑を漏らした。

 

 

 

「お前さん……相当このゲームに浸かってるな」

 

「まぁな……なんていうか……仮想世界なのにさ……現実世界よりも、生きてるって感じがする」

 

 

 

その言葉は、当時のキリト自身の本心。

仮想世界……偽りの世界なのに、現実世界と同様、人がいて、物語があって、それに自分が巻き込まれ、巻き込んでいく。

そんな世界の方が、どこか生きているという実感が持てた。

そして、いよいよあの瞬間がやってきたのだ。

問題の時刻午後17時 30分。

この時、キリトたちは初めて、自分たちが、ログアウトできない事を知ったのである。

 

 

 

「あれ?」

 

「どうした?」

「どうしたんですか?」

 

「……ログアウトボタンが無ぇ」

 

「……良く探してみろよ」

 

「…………いや、やっぱり無ぇよ」

 

「「…………」」

 

 

 

不審に思ったキリトも、自身のメインメニューを開き、設定ボタンを押す。

すると、本来あるはずのボタンが、確かになかったのだ。

 

 

 

「どういうことだ?」

 

「俺のもないですね……」

 

「三人同時に無い……何かのバグか?」

 

「そうだ! GMコールを鳴らせば……」

 

「それももうやってるよ……でも反応が無ぇ。なんか、他に脱出する方法無かったっけ?」

 

「…………無い」

 

「そんな……!」

 

「いや、なんかあるだろう……! 停止! ログアウト! 脱出!」

 

 

 

 

何度となく試すも、一向に現実世界の帰還は叶わない。

 

 

 

「無いって言ったろ? 中から出る際、ログアウトボタン以外の方法は無いんだ」

 

「で、でも、これって、ゲームとしては異常事態ですよね? 運営側は一体何をして……」

 

「そうなんだ……こんなの、今後の運営に関わる大事な事なのに、アナウンスすら流れないなんて……」

 

「じゃあ、いっその事、ナーヴギアを自分で外すか?!」

 

「それも無理。今の俺たちは、ナーヴギアによって、脳の信号を全部、このうなじのところで止められているんだ。

だから、外すとなると、家の中にいる誰かに外してもらうしか……」

 

「んな事言ってもよぉ……俺、一人暮らしだしよ……お前は?」

 

「俺は母親と妹がいるけど、この時間帯だと、仕事に部活……まぁ、気づいた時に外して貰えるかもだけど……」

 

 

そこまで言った瞬間、クラインが血相変えてキリトの両肩を掴む。

 

 

 

「キ、キリトの妹さんっていくつ?!」

 

「いや、あいつ体育会系だし、俺たちみたいな人種とは、絶対合わないし……えいっ!」

 

 

何やら危機感を覚えたキリトは、クラインの金的に向けて膝を打ち込んだ。

 

 

「ぐふぉッ!? …………と、痛くなかったんだっけか」

 

「チナツは?」

 

「俺は姉と二人暮らしですけど、今は仕事中ですし、帰ってこない事なんてザラですから……」

 

「チナツのお姉さんはいくつだ?!」

 

「うおっ!」

 

「あふぅッ!?」

 

 

 

チナツも危機感を覚えたので、金的に膝をぶち込んだ。

痛みは全く無いのだが、その行為事態が痛みを伝えてきそうで、クラインは再び股を抑える仕草をとる。

そんなクラインに、申し訳ないという思いを抱きながらも、キリトとチナツは、底知れぬ不安感に襲われ、自然と身構え、辺りを見渡した。

その時だ。三人の体が、淡い光に包まれて、強制的にテレポートを起こした。

それから先が、このゲーム……《ソードアート・オンライン》の本質に迫るものだとは、誰も気づかずに……。

 

 

 





感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第54話 Extra EditionⅡ



今回はシリカのキリトとの出会いまでです。


「プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ」

 

「私の……世界……?」

 

「私の名前は茅場 晶彦。このゲームをコントロールできる唯一の人間だ」

 

 

 

 

突然紅く染まった大空。

一万人のプレイヤーが、強制テレポートで、第1層《はじまりの街》の巨大な中央広場へと集められた。

突然のことで、困惑している全プレイヤー達。

そんな時、突如として現れた、謎の赤ローブを纏った巨人。

その者はフードを被っていて、中の顔は見えない。いや、本当に顔なんてあるのだろうかと思ってしまうほどに、謎めいていて、その奥底には、深淵の闇しか無いのではないかと思うほど、不気味な感じがしたものだ。

だが、周りのプレイヤーたちは、茅場 晶彦本人の登場に、何より驚いている様子。

 

 

「ウソ……ッ!」

 

「本物かよ?!」

 

「随分手ぇ込んでんなぁ〜!」

 

 

これから起こるのが一体何にせよ、開発者本人からの説明があるなら、それを聞くに越したことはない。

だが、その説明が、地獄のはじまりだとは、誰も思わなかった。

 

 

 

「諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいているだろう。

だがこれはゲームの不具合ではない。繰り返す……ゲームの不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」

 

「し、仕様……?」

 

「一体、何を……?」

 

 

 

キリトの隣で狼狽えるクラインとチナツ。

いや、内心ではキリトも同じだ。だが、VRMMORPGという名のタイトルのゲームを作った、天才科学者である茅場 晶彦という人物は、こんな事でつまらない嘘はつかないと、キリトはわかっている。

そして話は進み、現実世界において、ナーヴギアによって死亡したとされる現実世界のプレイヤーたちの情報が錯綜し出した。

自分たちはゲームの中にいるため、その事を確認する術はない。だから、これが本当にナーヴギアの……茅場 晶彦によって下された死なのかはわからない。

だが、何もわからないというこの状況だけでも、人は安易にパニックを起こす。

 

 

 

「だが、十分に留意してもらいたい。今後、あらゆる蘇生手段は機能しない。HPがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時にーーーーー」

 

 

 

そして、はっきりと、死の宣告をした。

 

 

 

「ーーーー諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

「はっ……‼︎」

 

「そ、そんな……!」

 

 

 

キリトとチナツは想像してしまった。

モンスターからの攻撃で、自身のHPがどんどん減っていき、危険値を示す赤色を通り越し、やがて消え失せる。

その瞬間、自身は闇に呑まれ、アバターはポリゴン粒子となって消え去る。

こんなことが、こんな事で、人が死んでいい理由にはならないはずだ。

なのに、何故……?

 

 

 

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアすることだ。

諸君がいるのは、《アインクラッド》最下層……第1層だ。

各迷宮区を突破し、フロアボスを倒せば上の階へと進める……第100層にいる最終ボスを倒せば、ゲームクリアだ」

 

「クリア? 第100層だと……? 無理に決まってんだろ。βテストじゃあ、ろくに上がれなかったんだろっ?!」

 

 

 

クラインの叫びは、茅場には聞こえなかった。

しかし、その通りだ。

βテストにおいても、その知識と技術を生かし、誰よりも上の層へと登ったとされるキリトですら、100層なんて到達したことはない。

βテストの時が千人……今回の正規版で一万人……βの時の十倍の数だが、それでもほとんどが初心者。

まず第100層に辿りつくなんて夢のまた夢だ。

 

 

「最後に、私から諸君らにプレゼントがある。アイテムストレージを確認してくれたまえ」

 

「「……?」」

 

 

 

キリトとチナツは、互いの顔を見合った後、ほぼ同時にメインメニューを開い、そこからアイテムストレージへと指を動かす。

そこには、たった一つだけ、アイテムが入っていた。

それは……

 

 

 

「手鏡?」

 

「俺も同じです」

 

 

 

二人は手鏡という欄をタップして、その手に持った。

何の変哲もないただの手鏡。

だが、その手鏡に視線を集めていた瞬間に、周りでは変化が起きた。

 

 

 

「うおおっ?!」

 

「クライン?!」

「クラインさーーーうわっ!?」

 

「チナツっ……うおっ?!」

 

 

 

突如、すべてのプレイヤーの体が、青白い光に包まれた。

一体何が起きたのか、それを確認することも出来ず、身動きが取れなかった。

しかし、その光はほんの一瞬で消えてしまった。

やがて周りからは悲鳴などは消え去り、少しばかりの静寂が訪れた。

そこでキリトは、周りにいたクラインとチナツの状況を確認しようとして……

 

 

 

「大丈夫か、キリト、チナツ?」

 

「あ、ああ……」

 

「はい……なんと……か……?」

 

 

三人は固まった。

何故なら、確かに声は同じなのに、そこには、全くの別人がいたからだ。

 

 

「あれ? お前……誰?」

 

「へぇ?」

 

「お前らそこ誰だよ?」

 

 

 

おかしい……何かがおかしいと思い、キリトは自身の持っていた手鏡を見た。

そして、気づいた。

 

 

 

「はっ……!」

 

「これ……俺の顔?」

 

 

 

隣では、同じようにしてチナツが驚愕の表情で手鏡を見ていた。

しかも、『俺の顔』と言ったのだ。

だからキリトは、周りのプレイヤーたちを見渡した。

すると、さっきまでいたプレイヤーたちの顔が、ほとんど変わっていたのだ。

そして、彼らも同様……チナツと同じように、『何故俺の顔が……』と、口走っていた。

 

 

 

「てことは……」

 

 

キリトはある可能性を思いついた。

 

 

「お前らがクラインとチナツっ!?」

「お前らがキリトとチナツかっ!?」

「二人がキリトさんとクラインさんっ!?」

 

 

 

三人がほぼ同じことを、ほぼ同じタイミングで叫んだ。

 

 

「えっ、でもなんで?」

 

「そうですよ。現実世界の顔じゃあなくて、俺たちは、ちゃんとアバターを作りましたよね?」

 

「《スキャン》……ナーヴギアは、高密度の信号素子で顔をすっぽり覆っている。だから、顔の輪郭や形がわかるんだ……! でも、身長や体格は?」

 

「ナーヴギアを始めて装着した時に、《キャリブレーション》? とかいうので、体をあちこち触ったじゃねぇか」

 

「あ、ああ……その時のデータをもとに……」

 

「マジですか? これじゃあ、完璧なリアル割れじゃないですか……」

 

「でもなんでだぁ? 一体なんだってこんな事を……」

 

 

 

 

困惑するクラインに応えるかのように、キリトはまっすぐ赤色ローブを指差した。

 

 

 

「どうせすぐに答えてくれるさ」

 

 

 

キリトの言った通り、赤色ローブの茅場 晶彦が再び口を開いた。

 

 

 

「諸君は、「何故?」と思っているだろう……。何故《ソードアート・オンライン》兼、《ナーヴギア》開発者の茅場 晶彦はこんな事をしたのかと……。

私の目的は既に達せられている。私はこの世界を創り、観賞するためにのみ、この《ソードアート・オンライン》を作った」

 

「茅場……っ!」

 

「故に、すべては達成せしめられたーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜……観賞するためにのみ、SAOを作った……茅場先生は、そういったんだね」

 

「ええ……」

 

「その時、キリトくんはどう思った?」

 

「さぁ? 俺もあの時は、突然始まったデスゲームを生き残らなきゃならないと言う事で、頭がいっぱいでしたから……茅場の意図を理解する余裕もなかった」

 

 

 

そう……。そして、自分の命を守るために、チナツとともに行動し、クラインを見捨ててしまった。

 

 

 

 

「じゃあな……クライン」

 

「…………また、会いましょう……絶対に……!」

 

「おう! 二人とも、頑張れよ!」

 

 

 

チナツは最後まで反対した。

どうせなら、自分とクライン二人を連れて行った方がいいと……。

だが、クラインには、ギルドの仲間がいることが判明し、その全員が、今もあの広場に集まっているということも……。

キリトも考えた。チナツ一人なら?……そこにクラインが入ったら?……そもそも、クラインの仲間たちも入ってしまったら?

考えられる可能性として、誰かが犠牲になるかもしれない。

全員を、安全に次の街へと移動させる手段を、キリトは知らない。βテストにおいても、ほとんどをソロでプレイし、攻略してきたからだ。

だから、連れて行けるにしても、チナツ一人が限界だった。

チナツも、その事を分かってはいてくれた。しかし、やはり見捨てるのは……。

だが、結局は諦め、チナツはキリトとともに行き、クラインは仲間たちのところへ戻る決断をした。

 

 

 

「おい、キリト! チナツ!」

 

「「…………」」

 

 

 

立ち去ろうとする二人に、最後になるかもしれない会話を始める。

クラインとは、さっき会ったばかりの、顔見知り程度の関係だ。

だけど、こんなにも離れるのが惜しくなるというのは、これが、バーチャルワールドではなく、本物の……リアルワールドだからだろう。

 

 

 

「おい、二人共よ……お前ら、案外可愛いかったり、かっこいい顔してんな!」

 

「「っ……!」」

 

「結構好みだぜ……!」

 

 

 

この後に及んで、一体何を言っているのか……。しかし、そうは思わなかった。

キリトとチナツは最後にもう一度、クラインの顔を見た。

その悪趣味な派手なバンダナに、野武士面をした目の前の男に、自然と微笑みが生まれた。

 

 

「お前もその野武士面の方が、十倍似合ってるよ!」

 

「絶対に、また会いましょう! お互い強くなって、必ず生き残りましょう!」

 

 

 

キリトとチナツは走り出した。

しかし、すぐにその足は止まり、恐る恐るといった感じでまた後ろを振り向いた。

だが、その先に、クラインの姿はなかった。

 

 

 

「っ……いくぞ、チナツ」

 

「……はい……!」

 

 

 

今度こそ、前を見て駆け出した。

戸惑いのない足取り、誰もいない通路を二人はず走り抜け、やがて、《はじまりの街》を出る。

草原を駆け抜け、ふと思う。

突然始まってしまったデスゲーム。しかし、それでも、自分たちは死ねないのだと……。

現実世界では、家族が、友人が、事件の事を知り、困惑し、泣き崩れていることだろう……。

こんなにも理不尽にまみれた世界で、一体、何が起こるかはわからない。だけど……

 

 

 

ーー俺は、絶対に生き抜いてみせるーーーーッ!!!

ーー千冬姉……絶対、絶対に帰ってくるーーーーッ!!!

 

 

 

決意を新たに、走る二人の前に、青白い光とともに、二体のオオカミ型のモンスターが現れる。

キリトとチナツは、ほぼ同時に剣を引き抜き、構えた。

襲いかかるモンスター。しかし、モンスターが二人を喰らいつく前に、二人の剣がモンスターを斬り裂く方が早かった。

 

 

 

「うわあああああっーーーー!!!!」

「うおおおおおおっーーーー!!!!」

 

 

 

叫んだ。

この世界に、喧嘩を……宣戦布告をふっかけるように、腹の奥底から、戦いの戦慄を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひゃあ〜! 貸切プール最っ高ぉ〜!」

 

「本当ですねぇ〜〜!」

 

 

 

和人が菊岡との話に入っている頃、里香たちは自分たち以外に誰もいない、学校のプールを目の前にしていた。

この夏の暑い日差しを浴びると、それを水で冷やす気持ち良さは堪らない。

 

 

 

「私、いっちばーん!!!!」

 

「あっ! ずるいですよ、里香さん‼︎」

 

 

 

誰もいないため、何もかもが自由だ。

本当なら禁止されている飛び込みも、余裕でできる。

里香が飛び込み、続いて圭子が飛び込む。

 

 

「こらぁー、準備運動しないとダメでしょうー!」

 

 

まるで先生のように二人を叱る明日奈は、しっかりと筋肉をほぐしてから、プールに向けて走り、勢いよくプールに飛び込む。

 

 

 

 

「さぁーて、私たちも行くわよ!」

 

「こ、こらあ! 準備運動をしないか!」

 

「大丈夫だっての。あたしの前世は人魚よ? プールで溺れるわけないじゃんッ!」

 

「あっ! 鈴!」

 

 

 

準備運動をしながら、我先にと飛び込んで行った鈴を叱りつける箒。

しかし、鈴はそんなこと気にもせず、里香たちのところへと泳いでいく。

箒は「まったく……」と、鈴の行動に呆れながらも、自身はしっかりと準備運動をしていく。

 

 

 

「よいしょっと……!」

 

「よし! 私たちも行こう、箒ちゃん!」

 

「はい! って、うわあ!」

 

 

 

突然刀奈に手を引っ張られ、体勢を崩す。

まるで無邪気な子供の様な顔で、刀奈は思いっきりプールサイトを飛んだ。

つられて箒も思いっきり踏み切って、プールの中に飛び込んだ。

 

 

「ぷはっ!」

 

「ふふっ♪ 楽しいわね」

 

「はい。でも、今回は桐ヶ谷の特訓ですからね?」

 

「わかってるわかってる♪ ほら、行くよ」

 

「はい」

 

 

 

刀奈と箒も、泳いで里香たちのところへと向かう。

やはりプールに入ると、自然とテンションが上がり、互いに水をかけあう。

 

 

 

「わぁー! 冷た〜い!」

 

「「「ん?」」」

 

 

最後に入ってきたのは、今この場にいなかった直葉だろうというのはわかっていた。

しかし、問題はその姿だ。

水着は仕方ないとしても、その身につけている、大きな浮き輪。

それを見た里香が、即座に浮き輪の空気栓を抜いて、空気を出しまくる。

 

 

 

「うわあっ!?」

 

「まったく……いつの間にこんなものを……」

 

「ダ、ダメですって! これがないと沈んじゃうんです!」

 

「大丈夫よ! こんな立派なものが二つも付いているんだから!」

 

「い、いやあ〜〜っ!」

 

 

 

直葉の浮き輪から手を離し、背後に回った里香。

直葉の胸部についている、同じ年頃の少女達からしたら育ち過ぎなのでは? と思う立派な胸を両手で揉みしだく。

その光景を見ながら、無言の圧力を直葉の “胸” に対して向ける鈴と圭子がいたのは、言うまでも無いだろう。

 

 

 

「まったく、一体何を食べればこんなになんのかねぇ〜♪」

 

「ふふっ、箒ちゃんも負けてないわよぉ〜♪」

 

「ふわぁっ?! な、何するんですか!」

 

 

 

一方、こちらでは刀奈による箒の胸の持ち上げが始まる。

そしてまた鈴と圭子の無言の圧力が箒に向けられる。

しかし、そんな行為にも、すぐに終止符が打たれる。

 

 

「リズ……カタナちゃんも……」

 

「……はい」

「ご、ごめんなさ〜い……」

 

 

 

二人の水着の襟首部分を掴み、直葉と箒からひきはがす。

そして、ようやく練習を開始したのであった。

一方、和人と菊岡は、和人のプレイヤーとしての行動についての話をしていた。

 

 

 

 

「突然始まったデスゲームにおいても、キリトくんは終盤以外、ほとんどソロでの活動だったね。

まぁ、それはチナツくんもだし、というか二人で行動していたのが多いのかな?

しかし、多くのプレイヤーが、パーティーやギルドを組んで活動している中、どうしてキリトはこんなリスキーな事を?」

 

「俺だって、最初はソロで活動するつもりはなかった……まぁ、チナツも一緒だったし、ソロっていうほどソロじゃなかったけど……」

 

 

 

 

《はじまりの街》を出てからというものの、キリトとチナツは、たった二人で行動して、レベルを上げていった。

そして、約二ヶ月という時を重ね、ようやく第1層のボス攻略会議が行われた《トールバーナ》という街に辿り着いた。

そこでも多くの勇者達が立ち上がり、第1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》の討伐に乗り出した。

だが、そのボス攻略の際に、ここへ来て初めての、ボス攻略での死亡者が出てしまったのだ。

名前は《ディアベル》。

今回の攻略を仕切っていたプレイヤーだった。

彼もβテスターとして、この《アインクラッド》を戦っていた戦士であったのだが、そのβの時と正規版では、ボスの使う武器が違っており、それに対応できなかった為に、ディアベルは死んでしまったのだ。

それを看破し、ボスにとどめを刺したのはキリトで、誰もがキリトを賞賛していたが、ここで、事件が起きたのだ。

 

 

 

「なんでや!!!!」

 

「っ!?」

 

「なんで……なんでディアベルはんを見殺しにしたんや……!」

 

「見殺し……?」

 

「っ! そうやろうが! 自分はボスの使う技、知っとったやないか。あの技を伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや‼︎」

 

 

 

 

今回のボス攻略に参加していたプレイヤーの一人《キバオウ》。

後にチナツが所属するギルド《アインクラッド解放軍》にて、派閥のトップに君臨するプレイヤーだったが、この頃から、性格的に問題視されていた人物の一人だった。

確かに、キバオウの言うことにも一理あるが、あの状況の中、最も前に出ていたディアベルに、最も後ろの方で戦っていたキリトが、ボスの技を伝えるには、いささか無理があった。

その事をちゃんと理解している者もいたが、感情的に言い放ったキバオウの言葉の後では、何もかもが無意味に等しかった。

キリトを賞賛していたプレイヤーも、キバオウの言葉に揺れ動いて、極め付けは、キバオウに賛同したプレイヤーの言葉。

 

 

 

「あいつ、きっと《βテスター》だ! だからボスの使う技も、初めから知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ!

他にもいるんだろ! βテスター共、出てこいよ‼︎」

 

 

 

あまりにも一方的過ぎるいいように、そのボス攻略に参加していたチナツ、アスナ、カタナ、エギルの四人が、キバオウ達に物申す。

このままでは、βテスターとビギナー達との間にできた亀裂は、取り返しのつかないところまで行ってしまう。

キリトはそう思った……だから……

 

 

 

「フッハッハッハッハーーーーッ!!!!!」

 

「「「ッ!!!!!?」」」

 

「元βテスターだって? おいおい、俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな……」

 

「な、なんやと?!」

 

 

 

突然人が変わったように話すキリトに、キバオウだけでなく、その場にいたプレイヤー全員が驚愕した。

それでもなお、キリトはその雰囲気を纏ったまま、キバオウの元へと歩み寄ってくる。

 

 

 

「SAOのβテストに当選した千人のうちのほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者ばかりだった……今のあんたらのほうがずっとマシさ……」

 

「ぬっ……くっ……!」

 

「でも、俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスト中に、誰も上らない層まで上った。ボスの《刀スキル》を知っていたのは、上の層で、刀を使うモンスターとさんざん戦ったからだ!

他にも知っているぜ? 情報屋なんか、問題にならないくらいな……っ!!」

 

「な、なんやそれ……!? もうそんなん、βテスターどころやないやんか……! もう『チート』や『チーター』やろそんなん!」

 

 

 

その言葉に、周りのプレイヤー達も同意する。

 

 

 

「そうだ、チーターだ!」

 

「βのチーター……だから《ビーター》だ!」

 

「…………《ビーター》……いい呼び名だな、それ」

 

 

 

大勢のプレイヤーからの罵倒も、まったく気に留めずに、キリトはそう言いながら、自身のメインメニューを開き、装備欄のウインドウを操作する。

 

 

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれよな……っ!」

 

 

 

最後に画面をタップする。

そのアイテムは、先ほどのボス《イルファング・ザ・コボルドロード》を打ち倒した時に、ラストアタックボーナスとしてもらった報酬品。

ディアベルもこれを狙うために、あえて自分が前線に出て、結局は死んでしまった。

報酬品、コートのアイテム《コート・オブ・ミッドナイト》を着込んだキリト。

もうその時から、《黒の剣士》としての風格を備えていた。

 

 

 

 

 

 

「なるほど……《ビーター》という言葉を作ったのは、キリトくんだったんだね。

悪役をかって出て、他のβテスター達に被害が出ないように仕向けたってわけだ……。しかし、ツライ役回りだね」

 

「別に、ツラくは無かったですよ……」

 

 

 

 

そう、本当にツライのは……心を繋いだ相手を失うこと。

キリトにとっては《サチ》と言うプレイヤーが……チナツにとっては《ユキノ》というプレイヤーがそれに当たった。

チナツとユキノの関係は、名前しか聞いていない……が、詳しいことは本人から聞いていない。

と言うよりも、あまり話したくない話題のようだ。

隠し事の一つや二つは、あって当然だろうと、和人達はあまり聞かなかった。

もしかしたら、刀奈は知っているかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

その頃、プールではようやく本格的な特訓がスタート。

明日奈が直葉の手を引き、直葉は一生懸命バタ足で泳いでいる。

 

 

 

「ぷはっ!」

 

「どう? 少しは水に慣れた?」

 

「はい。顔をつけるくらいなら大丈夫なんですけど、まだ目が開けられなくて……」

 

「少しずつ慣れていけばいいよ」

 

「はい……それに、篠ノ之さんもありがとう」

 

「え?」

 

「アドバイス。からだの力を抜くのがポイントって」

 

「あ、ああ……いや、なに気にするな。私は大したことはやっていない」

 

「ふふっ……それじゃあら少し休憩にしようか」

 

「「「「ラジャ!」」」」

 

 

明日奈に賛同し、里香、圭子、刀奈、鈴が敬礼をする。

その後、全員プールサイドまで移動し、体を陸にあげる。

だが、夏風が熱風を引いて吹いてくる為、全部ではなく、足だけでもプールに浸かって、涼しさを堪能する。

 

 

 

「夏だねぇ〜」

 

「ほんと、あっついわねぇ〜」

 

 

 

などと、ちょっとおじさんっぽいことを言う里香と鈴。

特に鈴は、日本のこの暑さが苦手な為、余計に気だるそうだ。

 

 

 

「今回行くクエストも、常夏なんですよね?」

 

「シルフ領のずっと南にある島だから、かなり暑いらしいよ?」

 

「うーん……日焼け止め買っとこうかしら……?」

 

「いや、さすがに仮想世界では焼けないんじゃないですか?」

 

 

 

刀奈と箒の会話に、皆微笑んだ。

今回行くのは、シルフ領からずっと南に位置する《トゥーレ島》と呼ばれる島から、さらに南。

その位置にある、海底ダンジョンを攻略しようという内容だ。

海底……ということもあり、当然ダンジョンは海の中。だから今回、夏休みということもあり、直葉の特訓が始まったのだ。

 

 

 

「今までに見たことない仕掛けもたくさんあるみたいですしね!」

 

「キリトの奴が、大はしゃぎして突っ走っていかないように気をつけないとねぇ〜」

 

「キリトだけじゃないくて、チナツも、だけどね?」

 

 

男二人は、冒険が好き、バトルが好きで、よく周りのメンバーをヒヤヒヤさせることも多々ある。

それがわかっているから、みんな笑って過ごせるのだ。

 

 

 

「…………あの、前から聞こうと思っていたんですけど、みなさんとお兄ちゃんって、どうやって知り合ったんですか?」

 

「あっ、それあたしも気になる!」

 

「うむ。確かに……」

 

 

 

ゲームの中で戦っていたあの世界で、どこの誰とも知れない人たちとの出会いとは、一体、どう言うものなのか……。

SAO組は一同に顔を見合わせ、まず最初に語ってくれたのは、圭子だった。

 

 

 

「私は、モンスターに襲われているところを、助けてもらいました……!」

 

 

 

 

《アインクラッド》の中層域に位置する場所で、シリカはアイドルのような扱いを受けていた。

SAOにおいて、希少ともいえる存在の《ビーストテイマー》とよばれる職についていて、なおかつテイムした動物が、《フェザーリドラ》と呼ばれる小竜だったからだ。

シリカのファンたちからは、《竜使い》の名で呼ばれ、よく自分のパーティーに呼ぶプレイヤーたちが大勢いた。

しかし、その途中で、ある事件が起きた。

一緒にパーティーを組んでいたプレイヤーと仲違いをして、当時のシリカのレベルよりも、少し高いフィールドを、一人で歩いて行ったのだ。

その結果、モンスターたちに襲われ、回復アイテムもつき、最悪の結果を生み出した。モンスターの攻撃で、ダガーを落としてしまったシリカに、とどめを刺そうとしたモンスターの一撃を、パートナーたる小竜《ピナ》が受けたのだ。

そして、ダメージに耐え切れず、ピナは死んでしまった。

ピナを失ったことによる損出感が全身を走り、体が言うことを聞かない。

今にもモンスターの一撃が振り下ろされそうなのに、もう、逃げることすらできない。

もう終わった……そんな時だ。突然、三体いたモンスターが全部ポリゴン粒子となって消えた。

その視線の先にいたのは、黒衣を身に纏い、片手剣を振るうキリトの姿があった。

 

 

 

「ピナ……」

 

「ごめん……君の友達を、助けられなかった……」

 

「いえ、私が馬鹿だったんです……! 一人でこの森を突破できるって、思い上がって……ピナ……私を一人にしないでよぉ……!」

 

 

 

大事そうに抱える一枚の羽。

そこでキリトは、シリカが《ビーストテイマー》である事を知った。

そして、もしかすれば、その使い魔を生き返らせる事が出来るかもしれないと、シリカに告げた。

その条件は、その使い魔の主人が直に行って、アイテムを入手しなくてはならないものだった。

しかし、今のシリカのレベルでは、到底突破することは不可能な場所だった。それに、蘇生が可能なのは、使い魔が死んでから3日までという時間制限付き……。

もはや諦めるしかないのではと思った時、キリトが、共に行くと言ってくれたのだ。

しかも、自身の持っていた装備品をシリカに譲る形で……。

だからシリカは、気になって聞いてみた。

 

 

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

 

「ん?」

 

 

自分とキリトは、今初めて会ったばかり。

時間にして、一時間も会っていないのに……どうして……。

 

 

「ん〜……笑わないって約束するなら、言う……」

 

「笑いません」

 

「ん…………君が、妹に、似てるから……」

 

「………………ぷっ、あっはははは!」

 

「……んんっ〜〜〜」

 

「ご、ごめんなさい……♪」

 

 

 

 

 

 

それを聞いた直葉以外のメンバーが、全員笑った。

 

 

「そんなこと真顔で言えるのって、あいつだけだよねぇ〜。それにしても、直葉と圭子って、全然似てないよねぇ〜?」

 

「…………ってどこを見てるんですか‼︎」

 

 

 

まぁ、間違いなく胸部だ。

そんな悪戯な視線から自分の胸を守るようにして腕を組む。

里香は「ごめんごめん♪」と言っているが、本当に悪びれているようには見えない。

 

 

「それで、キリトさんはピナを生き返らせる為に、私と冒険してくれて……!」

 

 

 

《アインクラッド》第47層のフィールド。

そこは一面がフラワーガーデンになっており、昼間のいい天気には、恋人同士が花を愛でにやってくる、いわばデートスポットだった。

目的が違うとはいえ、シリカもキリトと二人っきりできているため、なんとなく意識してしまう。

その道中も、花のモンスターに足を掴まれ、逆さ吊りにされたり、飲み込まれそうになって、ベトベトの粘液のようなものが体に絡みつくなど、いく先々で災難に遭ったが、ようやくフィールドを抜け、使い魔蘇生用のアイテム《プネウマの花》をゲットすることが出来た。

 

 

 

「これでピナが生き返るんですね……!」

 

「うん。でも、ここには強いモンスターも多いし、一度宿に戻ってから、生き返らせよう。ピナも、その方がいいだろう……」

 

「はい!」

 

 

 

その後は、オレンジギルドのメンバーと一悶着あったが、それもキリトが解決してくれた。

宿に戻り、《プネウマの花》を使ってピナを蘇らせた。

こんな短期間で、すっごい冒険をし、たった一日だげなってくれたお兄ちゃんの話を、シリカはピナに語るのであった。

 

 

 

 

 

 

 






次回はどこまでいけるかな……一応、一夏との出会いも書くから、結構長くなると思います。


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第55話 Extra EditionⅢ

今回はシリカ、リズが、チナツと出会った時の話。
リズとチナツの話しは、少し長くなるかもですので、ご容赦を……




「私は、圭子みたいなドラマチックな出会い方じゃなかったなぁ〜」

 

 

 

思い出しながら、里香は空を見上げた。

あれはデスゲームが開始されて、大体一年が経過した時だった頃だろうか……。

里香……いや、リズは、念願だった自分の店を持つことが出来た。

『リズベット武具店』という小さな鍛冶屋だが、《マスタースミス》のスキルを習得していたため、作れる武器も相当レベルの高いものが多く、攻略組ギルドで、最強の名を冠していたギルド《血盟騎士団》に入団していたアスナも、リズと昔に出会って以降、時々剣の研ぎやメンテをしてもらっている。

そんなリズはその時、少しスランプに陥っていた。

武器を打とうにも、出来上がる装備はそこそこのものばかり……。

一体、どうすれば一流の武器を作れるのか……毎日試行錯誤を繰り返していた。

そんな時、キリトが客として入ってきた。

 

 

 

「リズベット武具店へようこそ!」

 

「…………あっ、その、オーダーメイドをお願いしたいんですけど」

 

 

とびっきりの笑顔で店内へと入ってきた客をもてなす。

それが店を持った者の務めだ。

たが、そこにいたのは、全身黒ずくめの格好した、軽装の男性プレイヤー。

目新しい装備などはつけておらず、豪華で重厚な鎧などを着込んでもいないため、はじめに思った印象は……

 

 

 

(この人……お財布大丈夫かな?)

 

 

 

いくらお願いされたとしてと、その代金を支払ってもらわなければ意味がない。

だから一応聞いてみる。

 

 

 

「あの……今、金属の相場が上がっておりまして……」

 

「ああ、予算は気にしなくていいよ。今打てる最高の一振りが欲しいんだけど……」

 

「と、言われましても……具体的な性能の目標値を出してもらわないと……」

 

「あぁ、そっか……。なら、こいつと同等以上の性能って事でどうかな?」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

そう言いながら、キリトは自分が背負っていた片手剣をリズに渡す。

リズも渋々と言うような感じで両手を伸ばし、キリトから剣を受け取る。

と、受け取った瞬間、両手にとてつもない重量がかかる。

 

 

「う、うわあ!?」

 

 

見た目に反してかなり重い剣だったという印象があった。

鍛冶スキルの鑑定を使い、キリトの剣を見てみる。

 

 

 

(《エリュシデータ》……モンスタードロップの中じゃ、魔剣クラスの化け物みたいね……っ‼︎)

 

 

 

鎧なども一切つけていない、見るからにみずぽらしい格好をしているキリトが、こんなすごい剣を持っていることに、リズは少なからず疑問を抱いた。

一体このプレイヤーは何者なんだと……。

 

 

 

「どう? できそう?」

 

「ん……うーん……」

 

 

 

思った以上のプレイヤーに、一瞬戸惑うが、リズは一振りの剣を取る。

それは、店のカウンターに飾られていた片手用直剣。

見た目はレイピアのように細いが、中々の出来栄え。

 

 

「これならどう? 私が鍛え上げた、最高傑作よ!」

 

自信満々に進める。

それだけの自信はあった。

受け取ったキリトは、その剣を二回ほどその場で振るう。

 

 

 

「うーん……ちょっと軽いかな……」

 

「まぁ、使った金属が、スピード系のやつだからね」

 

「……ちょっと、試してもいい?」

 

「試す? 何を……?」

 

「耐久力をさ」

 

「ん?」

 

 

 

耐久力を試す……それはいいが、一体どうやって?

ここには試せるようなものは置いてないし、モンスターだっていないのだ……試しようがないだろう……そう思ったのだが、次の瞬間、キリトは自分の剣《エリュシデータ》を左手に持つと、鋒をカウンターテーブルに乗せ、右手に持ったリズの自信作を振りかぶる。

 

 

 

「ちょっと! そんな事したら、あんたの剣が折れちゃうわよ!?」

 

「そん時はーーー」

 

 

 

右手に持つ剣が、ライトエフェクトを纏い、勢いよく振り下ろされる。

 

 

「ーーーそん時さ!!!!」

 

 

 

パキィィィィィーーーーン!!!!

 

 

 

折れた……確かに折れた。

しかし、折れたのは、リズの自信作の方だった。

鋒から約15センチから20センチくらいの長さだろうか……ポッキリと折れてしまったのだ。

折れた剣先は、武具店の床を転がり、店の隅っこの方へ。

やがてその姿を形取る力を失ったのか、ポリゴン粒子となって消えていった。

 

 

「いやあああああっ!!!!!」

 

 

 

苦労をかけて鍛え上げた一振りが、あっけなく砕けたのだ。

絶叫するのは当然とも言えるだろう……。

 

 

 

 

 

 

「いきなり店の売り物壊されて、第一印象最悪だったわよ……」

 

「ううっ、す、すみません……!」

 

「キリトさんって、時々凄く驚くことをやりますよねー」

 

 

ここは兄に変わって、妹である直葉が謝罪をした。

圭子も一応は知っているみたいで、剣を台無しにされたり里香を同情する。

 

 

「他にも、ドラゴンの巣穴に落っこちたり、ドラゴンのンコを投げつけられたり……ったく、ろくな思い出がないわねぇ〜」

 

「ごめんね、リズ」

 

「いいっていいって。今ではいい思い出よ」

 

 

 

そう、今では良い……というより、深く印象に残っている思い出だ。

剣を折られてから、リズはドラゴンが生成する鉱石で、キリトの剣を作るといい、当初、キリトは一人で行くといった。

だが、鉱石を手に入れるには、《マスタースミス》の称号がないとダメだとリズがいい、キリトは仕方ないといった表情で、リズの同行を認めた。

問題のドラゴンが出るのは、氷雪地帯の山岳地域。

水晶で埋め尽くされた山道に住まい、その水晶を餌に、鉱石を作り出しているらしい。

普段は武具店に篭りっきりで、鉄を打ったり、剣を研いだりしている日々だったため、外に出て、幻想的な景色を見るのは、実に久しぶりだった。

が、はしゃぐリズを、キリトが止める。

問題のドラゴンが出てきたら、すぐに隠れろ。それがキリトの言葉だった。リズも反論し、自分だって戦えるといったが、キリトは頑なにその要求を断った。

その剣幕が異常だったと、リズはすぐに思った。

どうしてそこまでの感情を込められるのか……ここはキリトの言う事を聞くことにした。

そして、ドラゴンと対決することになった。

そこでリズは、キリトと言うプレイヤーの強さを、改めて理解したのだ。たった一人でドラゴンを打ち倒してしまうのではないかと、本気で思った。

しかし、そこで問題が起きた。

キリトの言いつけを破り、リズがドラゴンの視界に入ってしまったのだ。その結果、突風を起こし、軽い吹雪が起こって、リズはドラゴンの巣な穴へと落ちてしまった。

死を覚悟した。しかし、それをさせまいと、キリトの腕が伸びてきた。

リズの体をしっかりと抱きしめ、二人は共に巣穴へと落ちたのだ。

二人は奇跡的に生きていた。

しかし、帰り方がわからない。転移結晶も使えないため、もはや脱出は不可能なのではと、リズは不安になった。

しかし、あまり動揺を見せないキリトにつられ、その日はそのまま野宿をする羽目に。

 

 

 

「ねぇ、手……握って……」

 

「……うん」

 

 

心細く思う日が多かった。

この世界……《アインクラッド》に来てからは、ずっと何か寂しいと思った。

そんな時、キリトの手を握った。

そこから伝わってくるのは、人の温かさだった。

 

 

「温かい……」

 

「え……?」

 

「私もキリトも、仮想世界のデータなのに……」

 

そう、仮想世界のデータなのに……。

ただナーヴギアから送られる、電気信号なのに……凄く、暖かかったのだ。

その日、その暖かさをその身に感じながら、リズは眠りについた。

翌朝、キリトが巣穴の地面を掘っていた。

その行動を不審に思ったが、その後、その行動理由が理解できた。

求めていた鉱石を発見したのだ。

その推測が、ドラゴンは食料として水晶を食べ、それを腹の中に蓄積して、鉱石を産み落とす。

つまりは、その鉱石こそが、ドラゴンの排泄物……いわゆる、便だ。

それを手に入れ、ドラゴンからの追跡を逃れ、巣穴からも脱出した。

そして、あの光景を共に見た。

 

 

 

 

「す、すごい……っ! 綺麗ぇ……!!!!」

 

 

 

雄大な雪山に登る朝日。

その輝かしい光が、中に舞う氷の結晶に反射して、ダイヤモンドダストを作り出していた。

そして、伸ばされたキリトの手を、リズは強く握り返した。

 

 

 

「キリトォォッ! 私ねぇーーー!!!!」

 

「なぁにっ!?」

 

「私! キリトの事! スキィィィィィーーーーッ!!!!!」

 

「なんだってっ?! 聞こえないよ‼︎」

 

「なんでもなぁーいッ!!!!! フハッ、アハハハッ♪ フハハハッ♪」

 

 

 

 

キリトに、自身のうちに湧き上がっていた感情を吐露した。

まぁ、本人は聞こえていなかったようだが。

それでも、キリトが好きだと言う気持ちが、心の底から理解できた。

その後、手に入れた鉱石で、キリトの為に剣を打った。

槌を振るう度に、キリトへの思いを込めた。

そして、出来上がった剣は、《エリュシデータ》にも負けない、優れた一品。闇を斬り払う者……その名を《ダークリパルサー》。

青白い、水色のような鉱石の色を反映しているのか、漆黒の《エリュシデータ》に反するような、氷白の《ダークリパルサー》。

キリトは手に取り、その剣の感触を確かめた。その手に伝わる重量感……その重さは、ただ単に武器の重さだけではない。

これを作り出した、リズの気持ち……いや、魂そのものも、一緒に乗っかっているようであった。

それから、キリトに、改めて伝えようとした。自分の気持ちを、キリトが好きだって言う気持ちを……。

しかし、そこへやってきた親友……アスナとキリトの関係性を知ってしまう。

アスナが誰かに想いを寄せているのは知っていた。だが、それが自分と同じ人だったとは……。

リズは耐え切れず、店を出て行ってしまった。

親友の恋路を邪魔したくない……そう思いながらも、親友には絶対に敵わないと思い、悔しさも含めた涙を流した。

だが、キリトはリズを追ってきた。

正直、嬉しかった……でも、追ってきてはダメだと、キリトに告げた。

そして、ある約束をした。

 

 

 

 

「キリトが……この世界を終わらせて……!」

 

「リズ……」

 

 

 

このゲームのクリアを約束した。

少し経てば、またいつもの自分に戻る……そしてその時は、全力で二人をサポートしよう。

そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

「なんだかなぁ……今頃、美人先生とイチャコラしてるのかなぁ〜……あいつめ……」

 

 

 

誰に言うでもなく、そう呟いた。

それを誰かが聞いていたかは、わからなかった。

 

 

 

「そういえば、里香さんって、一夏とも知り合いなんでしょう? 一夏とはどうやって知り合ったの?」

 

「ん? えっと……」

 

 

 

これまではキリト……和人の事ばっかりだったので、もう一人、一夏の事が気になった鈴。

一夏の事は、前に明日奈と刀奈の二人から聞いた。

元々攻略組の一員で、最前線で戦っていたが、途中で軍に入り、影の人斬り役として暗部に身を寄せていた。

その後、レッドプレイヤーたちに恐れられた、最強の剣士《人斬り抜刀斎》という名をつけられた。

そしてのちに、再び表舞台へと現れ、最強ギルド《血盟騎士団》に入団し、再びボス攻略に励んでいた……。

だが、聞いたのはそこだけだ。

主に一緒にいた二人からの話だけ……だが、その他にも、彼と接していた人物がいるはずだ……その人物から、どんな事でもいいから、色々と聞いてみたい。

 

 

 

「圭子もチナツとは知り合いだったっけ?」

 

「はい。ちゃんとSAOの中で会ってますよ? まぁ、キリトさんみたいな感じじゃなかったですけど」

 

「と言うと?」

 

「ええっとですね……」

 

 

 

鈴に呼応して、箒も圭子に視線を向ける。

圭子はあの日の事を思い出しながら、口を開いた。

 

 

 

「チナツさんに出会ったのは、私がキリトさんに会って、ピナを生き返らせてもらった後ですね。

その時、ピナの好きなナッツを探したりとか、生産系のアイテムを収集するクエストを受けてて、ちょうど、草原エリアを歩いてたんです。その時に、チナツさんに出会って……」

 

 

 

 

キリトからピナを生き返らせてもらい、キリトとシリカはそのまま別れた。

キリトは攻略組。シリカはまだ中層域がギリギリのプレイヤー。

どんなに頑張っても、キリトのいる場所までは早々行く事は出来ない。

でも、もしも望みがあるのなら、もう一度会いたい……。

そう言う想いを込めて、日々クエストを消化し、レベルを上げていった。おかげでピナのキュアブレスの回復力も上がったり、自身も短剣スキルのレベルは上がっていた。

相変わらず、モンスターとの戦闘は怖いが、それでも頑張っている。

そんなある日の事。シリカはいつものように、スローター系の収集クエストを請け負っていた。

内容は、生産系のアイテムを20個ほど集めるというもの。

当然、その辺りを散策していれば、見つかるかもしれないが、特定のモンスターを倒す事でも、そのアイテムは得られる為、武装のチェックも忘れない。

 

 

 

 

「よし! それじゃあ、張り切っていこう!」

 

「キュウっ!」

 

 

 

相棒ピナを肩に乗せ、シリカは出発した。

目指すのは、中層の草原エリア。そこに実る木の実を持ち帰るというクエスト。

当然、モンスターも出る。

だが、以前共に戦ったキリトの教えを生かし、うまく立ち回っては、的確にソードスキルを発動させ、モンスターを消滅させる。

アイテムをゲットしながら、シリカは探索を続けた。

そして、アイテムの収集が折り返し地点に到着したところで、シリカは周囲を警戒しながら、買い置きしていたサンドウィッチを頬張る。

 

 

「ピナもお腹空いたでしょう? ほら、ナッツだよ〜」

 

「キュウ!」

 

 

ピナはナッツが大好きだ。

シリカの肩から降りて、地面に降り立つと、シリカの手からナッツを咥え、カリカリと食べている。

その表情が、なんとも可愛らしく、ずっと見ていても飽きないのだ。

だがそんな時、不意にピナが何かに気づいたらしい……顔を上げて、翼をはためかせ、どこかへと飛んでいく。

 

 

 

「えっ?! ピ、ピナ、どこに行くの!?」

 

 

 

慌ててシリカもピナを追いかけるが、元々体も小さく、空を飛ぶピナを相手に、シリカが追いつくわけもなく。

完全に見失ってしまった。

 

 

「ううっ〜〜、どうしよう……。ピナァァ〜〜! どこぉ〜〜!?」

 

 

 

ピナがいなくなると、どうしても以前の記憶が蘇る。

自身の危機に、主人を守ろうとモンスターの攻撃を受け、一度は消滅したピナ。

その時の消失感は、今でもシリカの中に残っている。

だから今も、その消失感に襲われそうになる。

 

 

「ううっ〜〜! ピナァァ〜〜〜!」

 

 

どこかにいるであろうパートナーの名を呼ぶ。

そして、ある古代の遺跡群のある場所までやってきた。

もしかしたら、ここの何処かにいるかも……そう思い、必死にピナの名を呼ぶ。

その時だった。

 

 

 

「こらこら、くすぐったいって……あはははっ♪」

 

「キュウ!」

 

「へっ? ピナ?!」

 

 

 

 

確かに今のはピナの鳴き声。

しかし、誰かが一緒にいる。それも若い男の人の声が……。

不安な気持ちになりながら、シリカは声のする方へと歩み寄っていく。

すると、黒い羽織のような外套を着た男性プレイヤーの頭の上に乗っかっているピナの姿があった。

 

 

 

「も、もう〜、ピナ! その人の頭から降りないとダメだよ!」

 

 

慌てて駆け寄ってくるシリカを見て、その男性はキョトンとしていた。

 

 

「あ、あの、すみません! うちのピナが、ご迷惑を……!」

 

「うちの……? このフェザーリドラの事?」

 

「は、はい……その子、私のパートナーなんです」

 

「っ! 驚いたな……君は《ビーストテイマー》だったのか!?」

 

「は、はい……そうです」

 

 

 

なんだか前に、キリトから助けてもらった時の事を思い出した。

キリトもシリカが《ビーストテイマー》であることに驚き、同じ言葉を言ったのだ。

ああ、キリトさんは一体どこで何をしているのだろう……。別れたあの日から、その事を思う日が絶えない。

 

 

 

「《ビーストテイマー》という職があったのは知っていたけど、君みたいな子が、しかも希少なフェザーリドラをテイムしてるなんてな……!」

 

「あ、はい……! あっ、それよりも! うちのピナが本当にご迷惑を……っ!」

 

 

 

我に返ったように、シリカは再び男性に頭を下げた。

すると、当の本人は怒るどころか、ふわっと笑みを零し、首を横に振った。

 

 

「いやいや、別に気にしてないよ。にしても、ご主人様以外も、結構懐くんだな……」

 

 

 

男性から言われて、ハッと思った。

確かにそうだ。

こう言ったテイムモンスターは、単純なアルゴリズムしか持っていない。ゆえに、ご主人であるシリカにしか、こう言う懐き方はしないはずなのに、目の前にいる男性と、もう一人、キリトには、ピナはすごく懐いているようにも思えた。

 

 

 

「あの、私、シリカって言います! この子はピナ」

 

「ああ、まだ名乗ってなかったね。俺はチナツ……流浪人だよ」

 

「る、るろうに……?」

 

「流浪人。あてのない旅をしている……まぁ、剣客だよ」

 

「そ、そうなんですね……」

 

「ふふっ……ごめんね、そんなに身構えなくていいよ。よろしく、シリカ。それに、ピナもな」

 

「あ、はい! よ、よろしくです!」

 

「キュウ!」

 

 

これが、シリカとチナツの、初めての出会いだったのだ……。

 

 

 

 

 

「それで? 一夏とはそれっきり?」

 

「はい。一緒にクエストを手伝ってくれたり、モンスターの討伐をしてくれたりしてからは、私とチナツさんは別行動でしたから……」

 

「ふーん……」

 

 

鈴は、「意外にもドラマチックじゃない」と言った感じで圭子の話を聞いていた。圭子のこう言う出会い方を、自分もしていたならなぁ〜と思うと、実際の出会い方……学校に転校してきた時に、一度は喧嘩をして一夏の事を殴った過去があるため、結構負い目を感じている部分がある。

 

 

 

「では、里香さんは? 里香さんも、一夏とは会っているんですよね?」

 

「ん? うん、まぁーね。あいつには、色々と助けってもらっちゃってね」

 

「それは、鍛冶屋の?」

 

「ううん。私の命の恩人……かな? ちょっと大げさだけど」

 

「大げさじゃないよー! あの時、チナツくんがいなかったら、リズはもっとひどいことされてたかもしれないんだよー?」

 

「ま、まぁ、終わった事じゃない……! ね?」

 

「もう……」

 

 

 

明日奈と里香は一体何のことを話しているのか……。

箒はさらに聞いてみる事にした。

 

 

「それって、どういう……」

 

「ああ、えっとね。私がキリトと会う前なんだけどさ、ちょっと、トラブルに巻き込まれちゃってね……」

 

 

 

 

 

 

キリトと会う数ヶ月前のこと。

まだリズが、マスタースミスの称号を得たぐらいの時だろうか。

今の顧客は、古くからの友人であるアスナと、他に数人程度。だが、次第にその腕の良さを評価してくれるプレイヤーたちが集まり、リズベット武具店は繁盛し始めていた。

そうなると、当然加工する金属などの買い占めにも行かなければならない。

時折市場に行ったり、街を出てモンスターを倒して、アイテムを得たりする。しかしそんな時、リズはある集団からの再三にわたる勧誘を受けていた。

いや、勧誘とは少し優しい言い方だ。あれもう一方的な強要と言ったほうがいいだろう……。

その日も、鉱石を購入し、他の武具店に行って、武具の市場調査を行っていた。そして案の定、面倒事に巻き込まれる。

 

 

 

 

「だから! 私は自分の店があるって言ってんじゃん!」

 

「その稼ぎよりも倍の値段を支払うと言っているんだ。これ以上何を拒んでいる?」

 

「あいにく、専属になる気はないの。私は今の店があるから十分なわけ……わかる?

だから、そこをどいてくれない? これから帰って、鉱石の練丹しなくちゃいけないから」

 

「待てよ! 話しはまだーーー」

 

「ちょっ、いや! 離してよ! 何なのよまったく!!!!」

 

 

 

無理やり腕を掴み、連れて行かれそうになる。

そんな時、ふと、男の腕が自身の腕から離れたのだ。

リズが何かをやったわけではない。よく見ると、リズの腕を掴んでいた男の手を、また別の手が引っ張っていた。

 

 

「無理やりな勧誘は、あまり良いものとは思えないんだけど?」

 

「え?」

 

 

よく見ると、普通の、どこにでもいそうな少年だった。羽織っている黒衣の羽織や腰にさしている日本刀以外、特に変わり映えのしない少年。

しかし、どこにそんな力があるのかわからないが、剛腕と言っても良いような屈強な男の腕を、片手で封殺している。

 

 

「なんだテメェは……?!」

 

「通りすがりの流浪人です」

 

「アァン? 流浪人?」

 

「はい、流浪人です」

 

「ほほう? ただの流浪人……こんな世界に閉じ込められて悠々自適に旅なんかしているってか?」

 

「まぁね……ちょっとした事情でね」

 

「そうかいそうかい…。だけどよ、だったらなおさらテメェは引っ込んでろ……!

ボス攻略にも参加しねぇ、強くなるつもりもねぇ、テメェのような暇人にいちいち構ってる時間はねぇんだよ!」

 

「そうそう。腰抜けはとっとと消えろってんだ」

 

 

 

 

男性プレイヤー二人から、あれこれ罵声を浴びる少年。

さすがにリズも、それは言い過ぎだろうと思い、反論したい気持ちになったが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。

 

 

 

「はいはい、消えますよ。まぁ、と言っても……」

 

「へぇ?」

 

 

 

少年はさっとリズをお姫様だっこすると、一目散にその場から離れた。

 

 

 

「やっぱり強要するような勧誘はいけないと思いますよぉ〜〜!」

 

「あっ! 待ちやがれこの腰抜け‼︎」

 

「逃げてんじゃねぇーよ!!!!」

 

 

 

 

二人の男性プレイヤーは、少年とリズを追う。

しかし、少年の足の速さは尋常ではなかったみたいで、二人は必死に追いかけるも、どんどんどんどん引き離されていく。

やがて居住区の細道などを利用し、少年は二人からの追跡を捲いた。

 

 

 

「さてと、ここまでくれば安心だろう……」

 

「…………」

 

「ん? どうしました?」

 

 

 

何故かジト目で少年の顔を見るリズ。

はて? 一体どうしたというのだろう。

 

 

 

「あのさ、もういいなら……とっとと下ろしてくんない?」

 

「ん? …………ああっ! す、すみません!」

 

 

慌ててリズを地面に足つかせる。

 

 

 

「す、すみません。なんか、強引に……ですので、その、ハラスメント警告をタップするのだけは……」

 

「…………はぁ、まぁいいわ。一応助けてくれたんだし、それは見送ってあげる」

 

「ふぅー。ありがとうございます」

 

「それにしても、あんた足速いのねぇ〜。ステータスはAGI型?」

 

「ええ、まぁ……。っと、まだ自己紹介もしてなかったですね。俺はチナツ。よろしくです」

 

「こちらこそ……私はリズベット。よろしく、チナツ」

 

 

 

改めて握手を交わし、話しは先ほどの男たちについて。

 

 

 

「しかし、あの人たちは一体何なんですか? 結構強引でしたけど……」

 

「最近ねぇ、私を専属のスミスにしたいって……。ほんと、しつこいのよねぇ〜、私は店があるっていうのに……」

 

「へぇ〜、リズベットさんはお店を持ってるんですね」

 

「リズでいいわよ? そうだ! どうせなら、あんたのその剣。私に見せなさいよ。お礼も兼ねてメンテしてあげるわよ」

 

「えっ? いや、そんないいですよ! そこまで大した事やってないのに……!」

 

「別にいいっての。さっきも言ったでしょう……助けられたって。あんまり貸借りは作りなくないのよ。ほら、私の店までついてきなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

意外と肝が据わっているというか何というか……。

とにかく、リズに付いて行くままに、チナツはリズの店まで同行した。

水車が回っている風情ある店の佇まい。

プレイヤー個人が運営している店は数多く見てきたが、ここまで立派なものは初めて見たかもしれない。

店内に入ると、ショーケースの中に所狭しと剣や防具が並べられており、壁際には甲冑や槍、斧と言ったものまで飾ってある。

大抵はNPCがやっている鍛冶屋……あるいは道具屋で、武器の強化やメンテナンスをしてもらってきたチナツだが、NPCとプレイヤー自身が行う《鍛冶スキル》の技量は、天と地ほどの差がある。

それに、本人から話を聞けば、マスタースミスとしてのスキルも持ち合わせている。

これはかなり優秀な鍛治師に出会えたようだ。

 

 

 

「ほい、あんたの刀見せて」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

剣帯から刀を抜き取り、リズに渡す。

リズは慣れた手つきで刀を鞘から抜き、刀身を鑑定するように魅入る。

 

 

(へぇ〜……変わった刀。刀スキルカテゴリーに入ってないなんて……片手剣スキル……ってことはこれは片手用直剣として成り立ってるのか……)

 

 

見た目は刀のような姿。柄の拵え、刀身の反り、刃に映る刃紋。唯一ないといえば、鍔だけだ。

黒塗りの鞘に納められた刀。しかし、その刀身は、不思議な色をしている。

鋼にしては、どことなく白いのだ。鋼の輝きとは違う、変わった色合いの光を放っている。

こんな武器を、リズは今まで見たことがなかった。

 

 

 

「あんたのこの刀って、モンスタードロップなの?」

 

「まぁ、元々はそうなんですけど、強化を続けている内に、そうなりましたね」

 

「へぇ〜」

 

 

 

自身が見たことのない刀を見られて、少し興味が湧いた。

鑑定スキルを使って、この武器の特性や名を見てみる。

 

 

 

「名前は……《白楼(はくろう)》……打ち手は……っ!? ジンテツ!!!!?」

 

 

 

刀の作成者の名を見た途端、リズは飛び上がった。

《ジンテツ》……それは、このアインクラッドの中に存在する鍛治師の中では名匠中の名匠、《天匠》の名で知られる有名な鍛治師の名だ。

彼の作る作品はどれも一級品だと、攻略に出ているプレイヤーはもちろん、鍛治師たちの中でも高い評価を受けている。

しかし、とても気難しいおっさんと言う噂で、自分が興味の湧いた者にしか武器を提供しないと聞く。

しかも、今では《アインクラッド解放軍》の傘下に入っているため、武器のオーダーメイドを頼もうにも、軍の許可なくしては出来ない決まりになっている。

 

 

 

 

「あ、あんた! 一体どうやって?!」

 

「えっと、昔、軍にいたことがあって。抜けるときに、餞別だって……」

 

「でも、軍の許可が無くちゃ、作ってもらえないんじゃ……」

 

「まぁ、表向きには……ですよ。軍の人間も、あの気難しいおっさんの手綱なんて、ちゃんと握れてるわけじゃないですから。

あの人は自由に自分の鍛冶屋を運営できるから、軍の傘下に入っただけで、普通に商売してますよ?

まぁ、作る相手を選ぶのと、作る作品の値段の高さゆえに、あまり客は来ないんですけどね」

 

 

 

くすくす笑いながら話すチナツを見て、リズ自身も、これはとんでもない人物に会ったのではないかと思ってしまう。

そして、再び視線を刀に移す。

あの名匠《ジンテツ》が打った刀。それをこの手に出来ようとは……。

メンテナンスをすると言った手前、今更断ることができないが、それが稀代の名匠の逸品となると、一つ一つの作業に慎重さが増していく。

 

 

 

「すぅー……ふぅー……よし!」

 

 

 

一呼吸付いて、刀の手入れを始める。

より慎重に、より真剣に……刃を研いで、耐久値を治し、万全の状態で持ち主に返す。

これが鍛冶屋のやるべきことだ。

 

 

 

「…………よし、オッケー」

 

 

 

緊張のひと時が終わり、リズは慎重に刀を鞘に戻した。

 

 

「まったく、こんなに神経使ったのは初めてかも……」

 

「ありがとうございます。いくらですか?」

 

「あー、いいよ。今回はタダで」

 

「ええ!? そ、そんな、それはダメですよ!」

 

「いいっていいって……助けてくれたお礼と、その稀代の名匠の作に触れられただけでも、十分に嬉しかったし……」

 

「で、でも……」

 

「あー! もう、いいって! その代わり、これからはうちをご贔屓に、お願いするわ!」

 

「…………わかりました。これからは、この店で色々とお世話になりますよ。『リズベット武具店』……確かに覚えました。これからもよろしくお願いしますね、リズベットさん」

 

「リズでいいわ。よろしく、チナツ」

 

 

 

二人は再び握手を交わし、その場は別れた。

新しい顧客を手に入れたリズと、優秀な鍛治師と出会えたチナツ。

今日は色々とあったが、いい一日だったと思った。

しかし、その日の夜……。

リズが何者かによって拉致されてしまったのだった……。

 

 

 

 

 




次回は、チナツとリズの話を終わらせて、できれば、アスナとキリト、カタナとチナツが出会った話までいければと思います。


感想よろしくお願いします!



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第56話 Extra EditionⅣ



今回はチナツのリズ救出劇をお送りします。
というか、意外と長くなってしまいました( ̄▽ ̄)





「それでそれで? どうなったんですか?」

 

 

話を聞くうちに、ドラマ……というより、時代劇の様なこの話の展開に、次第に引き込まれていく一同。

里香も里香で、それを得意げに話している。

 

 

「うーん……そのあとは私、気を失っていたからねぇ……主立ったことは、こっちに聞いたほうがいいわよ?」

 

 

そう言って、里香は親指を立てて、明日奈の方を指差す。

 

 

「あの時は、リズを拉致した組織から、血盟騎士団宛に脅迫文が送られてきたのよ……それも毛筆で!」

 

「うわぁ〜、時代劇の見過ぎなんじゃないの?」

 

「私もそれは思ったよー。でも、早急に対処するに越したことはないって話になったんだけど、相手の要求を受け入れるかどうかで悩んでね」

 

「要求は、なんだったんですか?」

 

 

箒の質問に、明日奈は答えた。

軍の資金だと……。

要は、金目当てだったという事だ。

 

 

「でも、一体なんの目的で、そんな事をしたんでしょうか?」

 

「あの組織も、結構血の気が多いというか、バトルジャンキーな組織だったしね。

装備を整えて、攻略組の地位に登りつめたかったんじゃないかなー?」

 

「しかし、それで軍の資金得るのに、どうして血盟騎士団なんですか?」

 

「私がリズの顧客であり、親友だったから」

 

 

 

 

明日奈の答えに、ようやく納得が言った。

要するに、敵方は血盟騎士団というよりも、アスナ個人に揺さぶりをかけ、地位を手に入れようとした様だ。

リズ一人を蔑ろにすれば、血盟騎士団に対する周囲の関心が下がり、リズ一人のために軍の資金を差し出せば、血盟騎士団は自ずと停滞化してしまう。

どちらにしても、相手方の思うツボだ。

 

 

 

「けど、そんな時に、チナツくんがね……」

 

 

明日奈も、あの時の事を思い出しているかの様に空を見上げる。

脅迫文がギルドに届き、アスナを含めた攻略担当や、カタナたち隠密部隊も、どう対処していいものか考えあぐねていた。

しかもその時、カタナたちは次の迷宮区のマップデータを収集する任務を遂行していたため、本人及び部下数名が、現在ギルド内にはいなかった。

ギルドリーダーのヒースクリフも、相変わらず不在のままで、どうしたらいいものかと、各人が悩んでいた。

 

 

「……もう、私一人でリズを救いに行ったほうが……」

 

「っ!? なりません、アスナ様! ここで貴女が倒れては、攻略組の指揮系統がずさんになってしまいます!」

 

「でも! リズは私の友人です! 彼女を放ってはおけないわ!」

 

「ですから、それは私たちがやります! アスナ様はここを動いてはなりません。今の貴女はこのギルドの副団長なんです。

団長もカタナ様もいないこの状況で、一体誰が指揮を取られるのですか?」

 

「くっ……!」

 

 

歯がゆい思いだった。

親友のピンチに、自分は何もできない……。その事が、たまらなく嫌だった。

しかし、部下たちの言う通り、ここを離れてしまってはダメだ。

この場にいないクラディールやゴドフリーなど、攻略組の中にも優秀な人材はいるが、所詮は戦闘能力面でのみ。

それ以外はてんでダメだ。人柄や、考え方が偏り過ぎており、適切な判断が下せるとは思えない。

 

 

 

 

「一体……どうすれば……」

 

 

 

そう思っていた時、ふいに、見知らぬ声が聞こえてきた。

 

 

 

「なるほど、ここは戦闘可能なエリア……敵さんも中々計画的に犯行に及んでたみたいですね」

 

「「「「っ!!!!!?」」」」

 

 

会議室に集まっていた血盟騎士団メンバーが全員驚いた。

いつの間にか入ってきていた黒衣の羽織を纏った少年の気配に気づかず、相手方から送られてきた書状を悠々と見ている少年の事を警戒心丸出しで見ていた。

 

 

「なっ、なんなんだ貴様は! どこから入ってきた!」

 

「いや、あの……普通に玄関……入り口から入ってきたんですけど……」

 

 

胸ぐらを掴まれながら、迫られるチナツ。

相手の気を害さない様に、下手に対処する。

 

 

「って……あれ? も、もしかして、チナツくん?!」

 

「あっ、どうも、お久しぶりです。アスナさん」

 

「久しぶりじゃないよー! 急にいなくなるんだもん! でも、よかった……フレンドリストには、まだ名前があったから、死んではないっていうのはわかってたんだけど……」

 

「色々とご迷惑をおかけしました……。それで、この犯行グループ……『廻天党』でしたっけ? どうするつもりですか?」

 

「どうするって言っても……リズが人質として捕まってる以上、こちらは大規模な軍隊は動かせないし、かと言ってリズの事を見捨てることもできなし……」

 

 

困りきった状態のアスナを見て、チナツは納得いったかの様に微笑んだ。

 

 

「なるほど……要は軍隊を動かさず、一人で人質になったリズさんを救出すればいいんですかね?」

 

「えっ? まぁ、理想としてはそうだけど……でも、無理だよ! 相手だって相当な実力者がいる可能性だってある。交渉を持ちかけて、敵リーダーを説得したほうが……」

 

「でも、それで和解が成立したとしても、今後、血盟騎士団の立場が弱まるのは必然でしょう。

だったらいっその事、リズさんも助けて、その組織すらも壊滅させてやったほうがいいと思いますよ」

 

「だから……それをどうやったらいいのかでもめてるんだって……!」

 

「簡単なことですよ……俺が、行けばいいだけの話です」

 

「は、はい?!」

 

 

 

 

1+1=……? の様な簡単な回答が帰ってきた。

あまりにも簡単に返答してくるので、流石のアスナも返す言葉が見つからずにいた。

それは周りにいたメンバーも同じで、チナツの素っ頓狂な返答に、こちらの言い分を話す事さえ出来なかった。

だが、数秒間の沈黙の後、アスナがようやく口を開いた。

 

 

 

「えっと……チナツくん。冗談だよね?」

「えっ? いや、結構本気で言ったつもりだったんですけど……」

 

「あっはは……」

 

「ん?」

 

 

 

なんだか、笑えなかった。

 

 

 

「で、でもどうして?! これは私たち血盟騎士団の問題だよ? チナツくんは全く関係ないじゃない!」

 

「ところがそうでもないんですよ」

 

「え?」

 

「実はリズとは、この間知り合ったばかりなんですけど、その時なんか粘着質な勧誘にあっているところに居合わせまして……。

その時にでも相手を叩きだしたりすればよかったんですけど……なので、ある意味では、俺の問題でもあるわけですよ」

 

「そ、そんな! ダメよ、君はこの件から手を引きなさい。私たちが必ずリズを救ってみせる! 私の命に代えても、絶対助け出してみせるから……だからチナツくんは、そんなことを気にする必要はないわ」

 

「そうですか……なら、なおのこと、俺も引けませんね」

 

「っ!? ど、どうして!?」

 

 

必死にチナツを戦場に向かわせない様にと、アスナは考えを改めさせるが、チナツは一向に聞かない。

この人はここまで頑固だったのかと、改めて再認識したところだ。

 

 

 

「親友とまで言ってくれる相手が、自分のために命を落とす……そんなの、とてもじゃないけど、耐えられませんよ……」

 

「え……? チナツ、くん?」

 

 

 

悲哀の感情のこもった目だった。

それはまるで、自分のことを言っているかの様に自嘲的な言葉。

その言葉に込められた思いは、まるで自分で経験してきたことがあったかの様で……とても、見ていて胸が苦しくなった。

 

 

 

「だから、アスナさんは、無事にリズさんが帰ってくるまで、死んじゃダメですよ?」

 

「あっ! ちょっと、チナツくん?!」

 

 

 

アスナの制止を聞かずに、チナツはそのまま来た道を帰る。

取り残された血盟騎士団メンバーは、呆然とその様子を見ていた。

が、気を取り直したアスナが、慌てて指示を出す。

 

 

「はっ! いけない、チナツくんを一人で行かせたらダメ! すぐにでも後を追って!」

 

 

血盟騎士団のメンバーが、装備を整え始めた頃、隠密部隊の隊員の一人が、その場に固まり、何かを考えているのに気づいた。

 

 

「クロウさん? どうしたんですか?」

 

「っ、あの、アスナ様……あの男のこと、ご存知なのですか?」

 

「えっ? チナツくんですか? はい、昔一緒にパーティーを組んだりしてましたけど……」

 

「奴が……? ならば別人……いや、でも……!」

 

「ん?」

 

 

 

クロウは一体何をブツブツと言っているのだろうと思い、首を傾げたアスナ。

何やらクロウはチナツのことを不審に思っているみたいだ。

 

 

 

「あの子はとても優しい子ですよ? ちょっと前に軍に入ったって聞いたけど……今は何してるんだろう?」

 

「ッ! やはり、奴は軍に所属していたんですか!!?」

 

「へぇ!? う、うん……そうみたい……」

 

「じゃ、じゃあ……まさか……!」

 

「クロウさん?」

 

「だが間違いない……あの顔、あの声……それにあの長身痩躯の体は……!」

 

 

 

 

クロウは何かに怯えているかの様に、顔の表情をわなわなと震わせていた。

無論、それがチナツに対して畏怖している表情だというのは、言うまでもなく分かった。

 

 

 

 

 

「頭!」

 

「なんだよ、うっせぇな……」

 

 

 

 

アスナとクロウが話している時、血盟騎士団宛に脅迫文を送りつけた過激派組織『廻天党』のリーダーは、自分たちがアジトにしているダンジョンの片隅にある、小さなセーフティーエリアに居城を作り、そこで無駄にふんぞりがえっていた。

その隣には、手脚に口を塞がれたリズがいて、丁度目を覚ましたくらいだった。

 

 

 

「それが、ここにやってくる奴が……!」

 

「なんだよ、そんなことか……。どうせ血盟騎士団だろう?」

 

「いや、それが……」

 

「あん? なんだよ、言いたい事があるならさっさと言え……!」

 

「相手は血盟騎士団の団員でもなく、かと言って大勢で来た軍の連中でもなくて、たった一人、見慣れねぇ男が……!」

 

「見慣れねぇ男?」

 

 

 

 

彼ら、《廻天党》のメンバーの中には、もともと軍に所属していたものや、小規模のギルドを組んでいた者たちが多い。

攻略が進むにつれ、どんどんとその勢力を強めていった《血盟騎士団》……《聖竜連合》……《アインクラッド解放軍》の三勢力。

それに応じて、狩場の優先度や、有力プレイヤーたちの勧誘競争に負け、消滅したギルドは数多く存在する。

そんな中で、その三勢力に少なからず恨みを持つ者もいたのだ。

もちろん、勧誘は個人の意思を尊重した上で行っていた。だが中には、周りの人間流されて勧誘に乗った者達もいたはずだ。

そう言った者達が、新しいギルドに馴染めなかったり、孤立してしまい、結局脱退し、寄り集まったのが、この《廻天党》という組織。

その行動目的は、大きくなり過ぎた三勢力の弱体化と、自身たち《廻天党》の勢力拡大が主だ。

そして第一目標として、数こそ他のギルドに劣るも、所属するプレイヤーのレベルが高い《血盟騎士団》から崩そうという魂胆だった。

そのために《閃光》の二つ名を持つ副団長のアスナの友人を拉致してきたのだ。

 

 

 

 

「はい。このあたりでは見慣れない男です。黒い羽織を纏った、刀を持った男が……」

 

「ほう? こんなところに一人で来るとは、随分と肝が座ってる野郎じゃねぇーか!

どれ、ちっと顔を拝むとするか……。おい、通せ」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

頭と呼ばれていた男性プレイヤーは、リズの目から見ても、かなりの実力者に思えた。

その佇まいや雰囲気が、このプレイヤーは強いと印象付けたのだろう……。

しかし、先ほど慌てて走ってきた男の言っていた来客。

黒い羽織に、刀……それが彼か、もしくは同じ格好をした別人なのかはわからないが、どうにも良い予感はしなかった。

そして、周りがザワザワとし始めて、先ほど走り去った男が、来客を連れてきた。

 

 

 

「ンッ!?」

 

「ほお……」

 

 

 

黒い羽織を風に靡かせ、優雅に歩いてくる少年。

装備と言える物は、腰にさしている刀くらいなものだ。

リズはその少年の顔を知っている……いや、知っているも何も、つい最近あったばかりの少年だった。

リズはチナツの顔を見るなり、警戒を促すようにして叫んだ。

 

 

「ンーッ! ンッーー!!」

 

「なるほど……この嬢ちゃんとは知り合いのようだな。おい、お前……名は?」

 

「どうも、チナツといいます。あなたはこの《廻天党》のリーダー……で良いんですか?」

 

「その通りだ。俺の名は《バグリス》それで? ここへは一体なんの用だ?」

 

「そうですね、紛らわしいのもあれなんで、単刀直入に言わせてもらいます……。そこにいる人を……リズベットさんを返してもらいましょうか……」

 

 

 

 

いきなりの直球に、周りに控えていた組織の仲間たちが一斉に抜剣した。

だが、それをバグリスは手を挙げて諌めた。

 

 

 

「なるほどねぇ……この嬢ちゃんの返却をお望みか……」

 

「ええ……」

 

「あいにくそれは無理な相談だな」

 

「何故ですか?」

 

「こちらは今から大事な商談があるんでね……返すなら、その後に願いたいんだ……」

 

「商談……それは、《血盟騎士団》の軍資金のことですか?」

 

「ふっ……わかってるじゃねぇーか」

 

 

 

 

ニヤッと笑いながら、バグリスは座っていた椅子から腰を上げて、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

だが、数歩歩いただけで、彼は止まると、再びチナツに視線を合わせた。

 

 

 

「お前、今のこの状況をどう思う?」

 

「どう……とは?」

 

「考えてもみろよ。いきなりこんなデスゲームを始めてよ、攻略しなくちゃいけないとかマジになって焦ってる連中の所為で、俺たちみたいなあぶれ者が出ている……。

なのに、肝心のあいつら攻略組様と来たら、そんな事に構っている暇もねぇと来た。

まったく、ふざけた話だぜ……いきなり人のギルドぶっ壊しておいて、使えなくなったら即捨てるとか、マジで同じ人間だとは思えねぇ……。

お前もそう思うだろ、チナツ……」

 

「…………」

 

「お前、今はソロなのか?」

 

「昔は軍に入っていたが、今はただの流浪人だよ」

 

「流浪人……なるほど、お前も俺たちと同じってか……力があるのに認めてもらえず、組織を抜けた者………。

どうだ、兄弟。俺たちと一緒に、ここからのし上がる気はないか? お前も俺たちと同じ思いのはずだ。俺たちの気持ちは……分かるだろう?」

 

「…………」

 

 

 

 

差し出される手をチナツはじっと見た。

だが、すぐにため息をつくと、眼を鋭い眼光に変えて、バグリスを睨んだ。

 

 

 

「一緒にすんなーーーーッ!」

 

「「「「っ!!!!!?」」」」

 

 

 

ドスの効いた声で、明確な拒絶の言葉を発する。

 

 

 

「あぁ? 今なんて言った?」

 

「一緒にするなと言った……。確かに俺も軍から抜けた者だが、それは俺の意思での行為だ……断じてお前たちとは違う。

どんな大義名分をお前たちが背負っているのかは知らないが、それでも、お前たちがやっているのはただの誘拐だ。

俺はな、そんなことして人の弱みにつけ入ろうとする奴らが大嫌いなんだよ……っ!」

 

 

 

かつては自分がリズの立場だった……。

何者かによって拉致され、知らない場所に監禁された。

その結果、姉に大事な試合を棄権させてしまい、結局姉は世界最強という名誉を、掴むことなく現役を引退してしまった。

だから、弱かった自分が憎かったし、そんなことをして大事な試合を無下にした輩が、チナツは大嫌いだった。

 

 

 

「《廻天党》? 偉そうに…………名乗るなら《悪党》を名乗りな‼︎」

 

 

 

腰を低くし、刀の鯉口を切る。

それに応じて、周りのプレイヤーたちも、一気に臨戦態勢へと入った。

 

 

 

「そうか……それは残念だな……ッ!!」

 

 

 

バグリスはゆっくりと右手を上げて、それを一気に振り下ろした……。

 

 

 

 

 

 

「えっ?! クロウさん……今なんて……」

 

「ですからあの男……チナツという男は、《人斬り抜刀斎》という名で、レッドプレイヤー達に恐れられた、最強のレッドプレイヤーなんです!」

 

「そ、そんな……嘘よ! チナツくんは……」

 

「自分は、この目で確かに見ています。なんの躊躇もなく、レッド達を狩る、修羅のような奴の戦っている姿を……!」

 

 

 

 

《血盟騎士団隠密部隊》……血盟騎士団内に存在するいわば暗部部隊のことだ。

彼らの主な任務は、アインクラッド内で起きている出来事を調査し、表に出せない事柄を、速やかに排除する事。

攻略組ギルドとして活動するギルドである為、その階層マップのデータを収集し、アインクラッド攻略に役立てる事。

そして、他勢力の内情を探る事。

その隠密部隊の隊員達は、皆優秀なメンバーばかりだ。

そのおかげで、ここまで攻略を勧められたと言っても過言ではない。

しかし、そうであったとしても、とても信じ難い事実だった。

 

 

 

「そんな……チナツくんが……抜刀斎?!」

 

 

 

アスナとて名前だけは聞いた事があった。

修羅の如き戦闘能力で、次々とレッドギルドのメンバーを斬り捨てていったというある意味で最強のプレイヤーだという事を。

しかしそれが、あのチナツだったという事に、驚きを隠せない。

 

 

 

「っ! じゃあなおのこと、チナツくんを一人で行かせるべきじゃないわ! みんなに急ぐように伝えて! いくら相手がテロ紛いな事を考えてる悪人達でも、この世界での死は、現実世界の死と同じよ!」

 

「っ! りょ、了解‼︎」

 

 

 

部下の出動可能状態を待っていたら、リズの安否も気になるが、チナツの殺人が止められない。

ゆえにアスナは、一人だけトップスピードでギルドホールを抜け出し、リズが監禁されている敵アジトまで一直線に走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら! 殺ってしまえぇぇッ!!!!!」

 

 

 

バグリスの怒号とともに、数十人規模のオレンジプレイヤー達がチナツに剣を向けて走ってくる。

ほぼ絶望的な光景。それを見ていたリズは、チナツの死を覚悟した。

だが当の本人は、慌てる事も、怯える事もなく、ただただ鯉口を切った状態で静止している。

 

 

 

「本気で行く……後悔するなーーーーーーーーッ!!!!!」

 

 

 

そう言った瞬間、チナツの姿が一瞬にして消えた。

その現状を、一番驚いていたのは、今にも斬りかかろうとしていたオレンジプレイヤー達だろう。

目の前から目標が消えたのだ……一瞬、気が緩み、歩みを止めた。

だがその瞬間、とてつもない衝撃と悲鳴、そして、鬼の叫びが聞こえた。

 

 

 

「おおおおおおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

 

一種にして抜刀した刀。

その一振りで、数人が吹き飛ばされた。

一振り一振りが鋭く、重い。また、身のこなしが常人のそれを遥かに超えている為か、廻天党の部下達も、チナツの姿を捉える事が出来ない。

一振りで数人が宙を舞い、一振りで数人が壁や地面に叩きつけられる。

一振りで数人が意識を飛ばされ、その場に倒れる……それを繰り返す事数分……数十名……20名以上は絶対にいたであろうオレンジプレイヤー達が、全滅したのだ。

 

 

 

「貴様……何者だ……!?」

 

「チナツ……ただの流浪人だよ」

 

「流浪人……? バカな事を言うな……貴様がただの流浪人なはずはない。

その身のこなし、神速を超える剣速……容赦のない一撃必殺の剣技……俺たちだってオレンジの端くれだ……貴様の名も知っているさ……!

そうだろう……《人斬り抜刀斎》ッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

バグリスから放たれたその名前に、リズは驚愕した。

《人斬り抜刀斎》……噂程度にしか聞いていなかった、最強のレッドプレイヤー。

その対象はレッドプレイヤーに限り、出会ったら最後、絶対に死ぬと言われていた存在。

そんな殺人狂が、目の前にいる優しそうな少年だったとは……。

 

 

 

 

「そうかそうか……ここ最近噂を聞いていなかったが……軍から逃げたのか……。

にしても、何故ここにいる? 今更軍を抜けて、貴様は一体何をしている!」

 

「別に……ただちょっとした罪滅ぼしの旅をしているってだけだ」

 

「……ふっ、フハハッ、フハハッハッハッハーーッ! 罪滅ぼし?! 貴様がそんな大層な事を言えた義理か?

あれだけの屍の山を築いておいてよくもまぁそんな事が言えたものだ……。そんな腑抜けた貴様は、もはや抜刀斎とは、言い難いな」

 

 

 

バグリスは自身の腰から剣を引き抜く。

両手用の長剣だった。よく見れば、その剣は一級品の装備で、他にマントが覆いかぶさっていてよく見えないが、その隙間から見える鎧は、通常のものよりもレア度は高そうだった。

 

 

 

「今の腑抜けた貴様に、この俺は倒せんよ! この最高の剣と、最硬の鎧があるからなぁッ‼︎」

 

 

 

そう言ってバグリスは、茶色いボロマントを掴み、その身から脱ぎだした。

そこから現れたのは、漆のような光沢を放った、漆黒の重厚な鎧。

 

 

 

「っ! その鎧は……」

 

「そうだ! 最高素材……《黒龍の鱗》で作り上げた鎧だ! こいつはそこいらの剣で傷つけられるような代物ではないぞ……?

ましてや……!」

 

「っ!?」

 

 

 

突如、チナツの視界が奪われる。

バグリスがボロマントをチナツに向かって投げたのだ。

しかもマントが大きく広がった状態で投げられたため、チナツの視界に、バグリスの姿は映っていない。

そんな状態のチナツに向けて、バグリスは長剣を突き立て、思いっきり突き貫いた。

 

 

 

「死人には絶対に無理だよなあッ!!!!!」

 

「ンンッーー!!!!」

 

 

 

あんな視界ゼロの中で、突然攻撃されたのなら、絶対に無事ではいられないだろう。

ましてや、バグリスが刺突を放ったのは、チナツの顔があった付近だ。

クリーンヒットしていたら、HPは全損し、チナツは死んでいるだろう。

そんな悲惨な現場を、目の前で見せられたリズは、激しく踠いた。

自分のせいで、アスナ達に迷惑をかけて、チナツを死なせてしまった……。

そう思うと、とてもじゃないが、耐えられなかった。

目からは涙が溢れてきて、それが頬を伝い、やがて地面に落ちる。

だが、そんな状況下で、リズは不思議な光景を見た。

それは、自分の目の前に、“チナツの後ろ姿” が映っていたからだ。

 

 

 

「遅えよ……!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

あの一瞬で、バグリスの背後を取ったのだ。

だが、バグリスには、まだ最硬の鎧がある。

たとえチナツの刀が優れていても、斬ることに特化している刀では、鎧を傷つけることは出来たとしても、それを通り越して、バグリスを倒すことは出来ない。

 

 

 

「無駄だ! いくら貴様の刀がすごくても、俺の鎧はーーーー」

 

「でやあああああッ!!!!!」

 

 

 

バアキャアァァァァーーーーンッ!!!!!!!!!

 

 

 

 

その場に、金属が割れるような凄まじい音が鳴り響いた。

当然、それはチナツがバグリスを斬りつけ音だったわけだが、ちょうどその場面に、アスナたち血盟騎士団が到着した。

武装した高レベルプレイヤーたちが数十人以上……これだけでも《廻天党》のメンバーを取り押さえるには十分な数だ。

だが、既に遅かった。

そこでアスナたちが見たのは、チナツがバグリスに対してとどめの一撃を見舞っている時だったのだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……遅かった……!」

 

 

 

リズの安否もそうだが、チナツが《人斬り抜刀斎》だったのなら、もう二度と殺人はさせたくないと思っていた……。

チナツはとても優しい人……それを知っていたから、アスナはそんな罪を、また背負ってほしくないと思った。

だが、そんな願いが届かなかったことに、アスナは悔やみ、その場に膝立ちになった。

だが………

 

 

 

「がっ……ああ……!?」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 

バグリスは生きていた。

そしてよく見ると、チナツの刀は鎧を “斬って” いたのではなく、“叩いて” いたのだ。

叩かれた部分はヒビが入り、やがてボロボロに砕け散り、ポリゴン粒子となって消えていった。

 

 

 

「き、きさ……ま……!」

 

「確かに鎧は斬れない……だが、叩けばそれはまた別だろう?」

 

 

 

その場に倒れるバグリス。

人間の急所でもある脇下への一撃。本来ならば一撃死するところだが、峰打ちにしたため、HPが半減しただけで済んだ。

よく見ると、他に転がっているプレイヤーたちも、HPが半減しているだけで、死んでいる者はいなかった。

 

 

 

「そ、そんな……抜刀斎が……どうして……?!」

 

 

 

そう言葉にしたのは、チナツの姿を見ていたクロウだった。

あの修羅さながらに人を斬り捨ててきたチナツか、どうして峰打ち程度にしかしなかったのか……。

 

 

 

「別に……好きで人斬ってきたわけじゃないですよ……」

 

 

 

クロウの問いに、チナツは静かに答えた。

そう、好きで戦ってきたわけでも、殺してきたわけじゃない。

それが使命だと、これが正しいのだと、あの時の自分がそう思ったから……でも、今は違うのだ。

もう一度、自分の信念を見つけるため……何のために力を使うのか……それを確かめるために、戦っているのだから……。

チナツはゆっくりと、リズの元へと向かい、手脚の拘束を解いて、口を塞いでいた布地を取り外した。

 

 

 

「大丈夫ですか、リズさん?」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

 

 

初めてチナツに会った時と、同じ顔だった。

しかし、先ほどの戦闘の際には、バグリスの入ったように、鬼の様な形相で並み居る敵を片っ端から倒して行っていた。

そう思うと、一体どっちが本当のチナツなのだろうと、リズは思ってしまった。

だが、今はそんなのどうでもいい……今は助けてくれたことに感謝しなければ……

 

 

 

「ありがとう……また助かったわね」

 

「いえいえ。大したことじゃないですよ」

 

「これが大したことじゃなかったら、一体なんだって言うのよ……」

 

「あっははは……」

 

 

 

謙虚なのか、それとも嫌みなのか……。

呆れ顔をするリズに、苦笑いで返すチナツ。

だが、そんな雰囲気も、アスナの大きな声が粉砕した。

 

 

「リズゥーーーー!!!!」

 

「ん? って、うわあっ!?」

 

「よ、よかったよぉー! リズ、無事だよね?! 変なことされてないよね!?」

 

「だ、大丈夫だってぇの! もう、心配しすぎよ……」

 

「本当、本当に良かったぁー!」

 

「はいはい」

 

 

 

その後、《廻天党》のメンバーは皆一様に《黒鉄宮》へと打ち込まれた。

チナツへは、血盟騎士団から相当の報酬を渡し、事件解決の御礼として、報酬の中にレアアイテムが入っていた。

《コート・オブ・ミスリルアイズ》。コートのアイテムで、アイテム補正として耐毒、耐久性能の向上などがついた白を基調とした生地に、蒼いラインが入ったデザインだ。

これは、アスナからの個人的な贈り物だった。

そして、事件解決後に、チナツは再びリズの店を訪れていた。

 

 

 

「私もあんたに恩返ししたいんだけどさ……何をしたらいいのか、見当もつかないのよねぇ〜」

 

「別にいいですよ、お礼なんて……」

 

「だから、それは私が嫌だってぇの! うーん……チナツは、なんかして欲しいことある?

あっ! あんたに新しい武器を作ってあげようか! 私、鍛冶屋だし!」

 

「そうですね……でも、いいですよ。こいつでも十分、俺は満足してるんで」

 

 

 

そう言って、チナツは自身の腰に差してある刀の柄をポンッと叩いた。

 

 

 

「ええ〜! そんなんじゃ意味ないじゃない……どうしよう……あっ!」

 

 

 

そこで、リズは名案を思いついた。

 

 

「なら、作るんじゃなくて、その武器を強化してあげようか?」

 

「こいつを? でも、これ以上は強化出来ませんよ?」

 

 

チナツの持つ《白楼》は、既に最大値まで強化していた。

そんな事は、一度鑑定スキルで見ているリズだってわかっている筈だ……しかし、リズは人差し指を左右に揺らして、「チチチッ」とチナツの言葉を否定した。

 

 

「確かに今の状態で強化したら、その刀は壊れてしまうけど、また新たな刀へと生まれ変わらせればいいわけよ!」

 

「生まれ変わらせる? どうやって……」

 

 

リズは得意げな表情を作ると、自身のメインメニューを開き、あるアイテムを取り出した。

それは、白い牙の様なもので、それをタップして、アイテム名を表示した。

 

 

 

「《氷龍の牙》……これは、強化用の素材アイテムですか?」

 

「うん。これを使って、あんたの刀を強化してあげる!」

 

「いや、でも! これ結構高価なアイテムなんじゃ……!」

 

「ああ〜大丈夫大丈夫、これ私を拉致った奴らのアジトからネコババしてきた奴だから、別に気にしなくってオッケー!」

 

「……それ、完全な窃盗罪ですよ? リズさん……」

 

「それを言うならあいつらは誘拐罪でしょう? これでおあいこよ。それで? どうするの……強化するなら、早めにやりたいんだけど」

 

「そうですね……」

 

 

チナツは、一度自身の刀を見てから、決心したかのように、リズにその刀を渡した。

 

 

「お願いします」

 

「ふふーん♪ そう来なくっちゃねぇ〜!」

 

 

 

リズはチナツから刀をもらい受け、再び鞘から刀身を抜き放つ。

《天匠》ジンテツの打った刀に、今から自分が槌を打つのだと思うと、なんだか不思議な気分だった……。

でも、今はそんな事どうでもいい……今はただ、自身を救ってくれたこの少年に、自身のすべての思いを乗せて、最高の素材と最高のスキルで、最高の武器を作ってやろう……!

ただ、そう言う想いがあっただけだ。

 

 

「すぅー……はぁ……よし!」

 

 

メンテナンスをお願いしてきた、あの時に以上に気合いを入れた。

素材を炉で溶かし、刀に当てて一緒に槌で打っていく。

その一つ一つの作業に、リズ自身の思いを一緒に打ち込んだ。

幾度目かの槌を打った時、刀が光を放って、形を変えた。

鍔無しの不思議な色合いを帯びていた刀は、純白な色合いを帯びて、鍔、柄、刀身……全てに至るまで純白。

まるで、新雪の様な輝かしい色を放っていた。

 

 

 

「……《雪華楼》……! 出来た……ッ!」

 

「《雪華楼》…………」

 

 

 

新たな姿に変わった愛刀の姿に、チナツは目を細めた。

 

 

「持ってみたら?」

 

「はい……」

 

 

チナツは、その愛刀の柄を握り、その場で二、三度振ってみた。

 

 

 

「っ!」

 

「どう?」

 

「…………凄いです……! なんていうか、驚くほど手に馴染むっていうか……これが、俺の……!」

 

「そう、あんたの相棒……《雪華楼》よ!」

 

 

 

まじまじと刀の刀身を魅入るチナツ。

しかし、その表情はどこか儚げで、どことなく、悲哀の色を帯びていたのを、リズは見ていた。

 

 

「ありがとうございます、リズさん……これでまた、俺も頑張れます」

 

「まぁ、ほどほどにしなさいよ? 命あっての物種なんだからね?」

 

「ははっ、肝に銘じておきますよ」

 

 

 

チナツは新調してもらった新たな鞘に、愛刀を納める。

そして、アスナからもらったコートを、ウインドウを操作して装備し、白いコートに白い刀を差したチナツ。

その姿は、白き侍といった風貌だった。

 

 

「そんじゃあ、また何かあったら来なさいよ!」

 

「はい!」

 

 

 

白いコートを翻し、チナツは再び流浪人として、あてのない旅へと出たのであった。

 

 

 

 

 






次回は今度こそキリトとアスナ、チナツとカタナの出会いを書きますので(⌒▽⌒)

感想よろしくお願いします!



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第57話 Extra EditionⅤ


ええ〜ごめんなさい。
アスナとキリトの話までしか書けませんでした( ̄▽ ̄)

次回は書きますので、ご了承ください……!




「一夏が《白の抜刀斎》と呼ばれるようになったのは、その時からなんですか?」

 

「ううん……そう呼ばれる様になったのは、もっと後の事だよ。でも、もうそんな風に呼ばれててもおかしくなかったかもねぇー」

 

「なんせ、キリトは真っ黒。チナツは真っ白だもんね♪」

 

 

 

箒の問いに、明日奈と刀奈が答える。

二人の言葉に、あはははと笑いが起こった。その後、パンっと刀奈が両手を叩いた。

 

 

「さてと、そろそろ特訓を再開しましょうか、直葉ちゃん?」

 

「は、はい!」

 

 

 

すっかり里香の話に耳を傾けてしまっていたため、思っていたより休憩の時間が長くなってしまった。

直葉たちは、急いでプールに入り、今度はビート板を使って、泳ぎの練習をするのだった。

 

 

 

 

「ほら、キリトくん。ここだよ」

 

「どこですか?」

 

「ここ、ここ」

 

「だからどこですか……?」

 

「この座標だよ……。ここに、高レベルプレイヤーたちが集まっているのは、ボス戦があるからかい?」

 

「…………」

 

「いやなに、最強ソロプレイヤーのキリトくんでも、ボス戦の時は、パーティーを組むんだなぁ〜って思ってね」

 

 

 

 

その頃、和人と菊岡は、各階層のダンジョン……迷宮区にて、高レベルプレイヤーたちが集結している。そのことに関しての話をしていた。

ニコニコと笑いながら、和人を見てやる菊岡に、和人は少し不快感を覚えた。

 

 

 

「当然ですよ……フロアボスってのは、基本的にソロで攻略できる様な相手じゃない。

時には、パーティーやレイドを組んでいたって危険に晒されることだってあるんです」

 

 

 

そう、それはかつて、幾度となく乗り越えてきた試練だった。

第1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》のソードスキルは、レイドを半壊させるほどの力があり、そのせいで、ディアベルは討ち死にしてしまったのだから。

その他にも、第70層のボス《カリギュラ・ザ・カオスドラゴン》との対決の際には、《二槍流》スキルを開眼させたカタナが、あと一歩で死ぬかもしれないというところまで追い詰められた。

だが、その時、初めて《抜刀術》スキルを公に晒したチナツが、奥義《天翔龍閃》を放ち、なんとか勝つことが出来た。

そして、第74層のボス《ザ・グリームアイズ》。

ここで、キリトが初めて《二刀流》スキルを発現。

驚異の16連撃《スターバースト・ストリーム》でボスを倒したが、それでもキリトも危うく死にかけた。

 

 

 

「でもアインクラッドには、フロアボスよりも恐ろしい存在がいた……」

 

「それは一体……?」

 

「プレイヤーですよ」

 

「プレイヤー?」

 

 

 

菊岡は意外な答えを聞き、思わず聞き返した。

 

 

「ボスのパラメーターは驚異的ですが、所詮はプログラム。攻撃や行動のパターンさえわかってしまえば、どうってことありません。

でも、レッドプレイヤーたちは違う。奴らは次々と新しい手口を編み出して、多くのプレイヤーをその手にかけたんです」

 

 

 

その被害に、和人も実際に遭っている。

和人が血盟騎士団の団長、ヒースクリフとのデュエルに負けてしまい、正式に血盟騎士団の入団が決まった時のことだ。

新たに入ったキリトの力を試したいと、前衛担当のプレイヤー《ゴドフリー》が、キリトとは因縁のあるプレイヤー《クラディール》を連れて、第55層の迷宮区を三人で突破するという訓練を思いついた。

ゴドフリーは、キリトとクラディールの二人の仲を取り持つくらいの気持ちでいたのであろうが、現実はそんなに優しくはなかった。

配給された食料……その中にあった水を、キリト、ゴドフリーが飲んだ瞬間、クラディールが作為的な笑みを浮かべていたことに、キリトが気づいたのだ。

その後、ゴドフリーとキリトの二人を襲った麻痺毒による痺れ。

その原因は、二人が飲んだ水で、それを用意したのは、他ならぬクラディールだった。

 

 

 

「フハッ、アッハハッ! アッハッハッ!」

 

 

 

倒れ込んだ二人を、実に嘲笑うかの様に狂気の笑い声をあげるクラディール。

その後、クラディールはなんの躊躇もなく、味方であるゴドフリーを殺した。

そしてその矛先は、キリトに向けられる。

脚を刺され、腕を貫かれる。

徐々に減っていくHPバー……危機を示すイエローゾーンへと突入し、すぐに危険を報せるレッドゾーンへと、ゲージが減っていった。

徐々に視界が真っ赤に染まり、もはやダメだと思った時、キリトの脳裏に、彼女……最愛の人の笑顔が見えた気がした。

 

 

 

「くっ……ふぅっ!」

 

「おう? ははっ、なんだよ……やっぱり死ぬのは怖えってか?」

 

 

 

クラディールが嘲笑う様にキリトに問いかける。

キリトは麻痺状態であるにもかかわらず、クラディールの剣を必死に引き抜こうとする。

 

 

「そうだ……! まだ……っ、死ねない……っ!」

 

「くっ、ひひひっ! そうかよ……そう来なくっちゃなぁーーッ!」

 

 

 

キリトの答えに、更に顔を歪めて笑うクラディール。

 

 

 

「死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇえええッ!」

 

 

 

その後は、彼女……アスナの助けがあって、なんとか一命は取り留めた。

まさに九死に一生を得た……。

 

 

 

 

「その他にも、純粋なデュエルでも……俺は幾度となく苦戦した」

 

 

 

アインクラッドには、対人戦闘の推奨は無いが、それでも対人戦闘というのはモンスター戦にない、スリルが味わえる。

相手は自分と同じ人間……相手も考えて、変則的な動きをしてくる。

モンスターとの戦闘は、確かにリアリティーがあるが、所詮はプログラムに過ぎないため、ある程度動きが把握できれば、その弱点をついてしまえばそれで勝てる。

だが、それがプレイヤーとなると話は別だ。

互いのステータス値の違いや、武器や戦い方の違いが明確に出てくるため、本当の意味で、自分の実力を試せる場でもある。

当然、キリトもやったことがあるが、その中でも特に、キリトを唯一倒した男がいた。

 

 

 

「うーん……その、凄腕プレイヤーの頂点に立っていたのが、ギルド《血盟騎士団》のギルドマスターであるヒースクリフだったと……」

 

「ええ……。そして、あのデュエル自体が、奴の正体を暴くきっかけになったんです」

 

 

 

和人は淡々と語った。

あの日のデュエルの事を。

アスナを賭けた、キリト VS ヒースクリフの一騎打ちを。

どちらもユニークスキルを持っている凄腕プレイヤー……攻防自在の剣戟《神聖剣》と、超攻撃特化《二刀流》。

その戦闘内容は、キリトが攻めるだけ攻め続け、ヒースクリフは自慢の盾を用いた防御主体の体制。

時折隙をついて攻撃するも、キリトの反応速度がその一撃をいなす。

そしてデュエル終盤、膠着状態を破ったのは、キリトだった。

二刀流スキル《スターバースト・ストリーム》を発動させ、ヒースクリフの自慢の盾を打ち払った。

 

 

 

「くっ!」

 

(抜けるーーーーッ!!!!!)

 

 

 

最後の一撃。

キリトの《エリュシデータ》が、ヒースクリフの眼前に迫っていた。

これでキリトの勝ちは揺るがなかった……しかし、そこで異常なことが起きた。

 

 

(な……に……!?)

 

 

 

十分に打ち払ったはずの盾が、驚異的なスピードで戻されていったのだ。

あの間合いからならば、左手に持つ盾はおろか、右手に持っていた剣ですら割り込ませるのは不可能だったはずだ。

しかし、あろうことか最も遠いところにあった盾が、いつの間にか剣の軌道上に移動していた。

結局、最後の一撃はヒースクリフの盾に阻まれ、隙を突かれたキリトが、ヒースクリフの攻撃を受けて敗北した。

その時、キリトは彼が……アインクラッド最強のプレイヤーという存在が、何やらきな臭いと感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ〜! すっごい!」

 

「どれも美味しそうですね!」

 

 

 

その頃、女子たちは楽しいランチタイムを送っていた。

仮想世界及び、現実世界でも高い料理スキルを誇る明日奈の手作り弁当を目の前に、里香と圭子が大はしゃぎしている。

 

 

「あの、私も作ってきたんで、よかったら食べてください!」

 

 

そう言って、直葉も自身の荷物から弁当箱を取り出し、一緒に広げる。

 

 

「うわぁ〜! 直葉、あんた料理出来たのね!」

 

「当然だよー! 家じゃあ、よくお母さんと一緒に作ってるんだし」

 

「確かに、どれも美味しそうだな……!」

 

「ほんと?! よかったあ〜! 鈴ちゃんと篠ノ之さんも、いっぱい食べてね!」

 

「えっ、いいの?! そんじゃあ、お言葉に甘えてぇ〜」

 

「すまないな。ありがたくいただくよ」

 

 

鈴と箒も、弁当箱の周りに集まり、あと一人……刀奈は……。

 

 

 

「よいっしょっと!」

 

「うわっ、カタナちゃん、どうしたのその重箱?!」

 

「え? あぁ、チナツに今日の事話したら、前日に色々と作ってくれたのよ……はい、これもみんなで食べましょう!」

 

「うわぁ〜〜!!!!」

 

 

重箱……正確には、五重箱だが、それを全部広げると、中にはたくさんの料理の数々が……。

 

 

「凄いねチナツくん! 和・洋・中……全部入ってるよっ!?」

 

「うん! 昨日私も一緒に作ったんだけど、手伝う前に相当作り置きしてくれてたみたいで……あっ、もちろん仕上げは今朝やってくれたんだけどね♪」

 

「あいつ……どんどん嫁度が高まってきてるわね……」

 

「うう……男のチナツさんに、ここまでの料理を作られると、なんだか女子としてはヘコみますね……」

 

「「あっはは……」」

 

 

 

アインクラッドで一緒だったからわかるが、現実世界でもここまで差をつけられると、さすがに参ってしまう……。

里香と圭子が落胆する姿に、鈴と箒は苦笑いで答えるしかなかった。

 

 

 

「「「「いただきまーす!!!!」」」」

 

 

 

両手を合わせ、目の前に広がる豪華ランチに手をつける。

すると、明日奈のスマフォに着信が……。

 

 

 

「ん……」

 

「誰から?」

 

「キリトくん……先に食べててって」

 

「じゃあ、私がキリトの分も食べてあげよぉ〜!」

 

 

そう言って、里香は目の前のバスケットに入っているハムサンドを取ろうとするが、指が触れる寸前で、バスケットが横にヒョイっと動く。

 

 

「そんな事したら可哀想ですよ。ちゃんと残しておかないと」

 

「はいはい……そうよ、ねっ!」

 

「あっ!?」

 

 

それでもなおハムサンドを奪い取る里香。

それを阻止しようと圭子も頑張るが、里香の素早い手つきにサンドウィッチを奪っていく。

その様子を横目に、直葉は明日奈の弁当と、自分が作ってきた弁当を見比べていた。

 

 

(うわぁ〜! 明日奈さんのお弁当可愛いぃ〜! うーん……お兄ちゃん、ああ言う女の子っぽいお弁当が好きなのかなぁ……)

 

 

明日奈の弁当は、色とりどりのサンドウィッチを中心にした洋食風だ。

対して直葉の弁当は、日本のお母さん達ならばかならず作った事があるのではないか、と思える様なシンプルなお弁当。

しかし、唐揚げなどの揚げ物が、どうしても茶色系統なので、明日奈の弁当に比べると、どうしても可愛らしさという観点で負け越してしまう。

 

 

 

「ん? どうかしたの、直葉ちゃん?」

 

「あっ! いえ……その……明日奈さんとお兄ちゃんって、どうやって出会ったのかなって……」

 

「え……?」

 

 

 

直葉の問いに、ふざけあっていた里香と圭子も動きを止める。

そして、隣で一夏の弁当を食べていた鈴と箒もまた、明日奈の方へと視線を向けた。

 

 

 

「私も聞きたい!」

「私も聞きたいです!」

 

「え、ええっ?!」

 

 

 

里香と圭子の声が、ほぼハモった。

当の明日奈は、和人との馴れ初めを話す事が恥ずかしいのか、頬を赤く染めている。

 

 

「いいじゃあ〜ん♪ 私たちも話したんだしぃ〜!」

 

「そうですよ! まだ話してないのは、明日奈さんだけですよ!」

 

「ううっ〜……」

 

 

二人に迫られ、明日奈はどうしよう……と言った感じで俯く。

そして、もう一方では……

 

 

 

「…………」

 

「ねぇ〜楯無さん?」

 

「っ!? あ、あら……何かしら、鈴ちゃん?」

 

「せっかくの機会だしぃ〜、楯無さんも行っちゃいますか♪」

 

「あっ、あっはは、はぁ……」

 

「楯無さん……お覚悟を……」

 

「ううっ……」

 

 

 

こちらはこちらで、鈴、箒が刀奈の両サイドを抑えて、逃がさないとばかりに笑っている。

これはもう、腹をくくるしかないと、明日奈と刀奈は互いの顔を見合って、ため息を一つついた。

 

 

「もう、わかったわよ……」

 

「「いやったぁーーー!!!!」」

 

「楯無さん?」

 

「……楯無さん」

 

「ううっ……わかった、わかったわよ。私も話せばいいんでしょう?」

 

「うんうん!」

 

「はい」

 

 

 

何故だか刀奈は、明日奈の隣へと移動させられ、二人の目の前には、ギャラリー達が今か今かと過去話を待っている。

 

 

 

「ア、アスナちゃんからどうぞ……」

 

「うえっ?! わ、私から?!」

 

「まぁ、どちらにしても話さなきゃいけないど……まずはキリトと出会ったのが早かったアスナちゃんからの方が……」

 

「んもう〜……わかったよ……ええ〜……おっほん! 私がキリトくんと初めて会ったのは、第1層攻略会議が会った、《トールバーナ》と言う街なの……」

 

「あっ! ちなみに私とチナツが会ったのも、その時ね?」

 

 

 

そう語り出して、明日奈と刀奈は、二年前……デスゲームが開始されてから、およそ二ヶ月後の出来事を話し始めたのだった。

デスゲームが開始されてから二ヶ月後……その街《トールバーナ》では、第1層攻略会議が開かれた。

その間にも、200人もの犠牲者を出していて、攻略そのものが下手をすれば自分の命を落とす原因になるかもしれなかった。

だがそれでも、前を見て戦うと決心した者達が、その場には集まった。そんな中に、キリトとチナツはいた。

そして、アスナとカタナの二人も……。

攻略会議は、多少のいざこざはあったものの、無事終了し、その時出会った四人は、臨時のパーティーを組むことになった。

ボス攻略を明日に控え、ボス攻略に挑む攻略組のプレイヤーたちは、互いに親睦を深めあった。

そんな中、薄暗い路地で一人、アインクラッドに存在する『黒パン』と呼ばれる物を食べていたアスナ。

そんなアスナに、キリトが声をかけてきた。

「このパンってうまいよなぁ〜」だったと思う。

 

 

 

「本当に美味しいと思ってる?」

 

「もちろん……ここに来てからは、毎日食べてるよ……まぁ、ちょっと工夫はするけど……」

 

「工夫?」

 

 

そう言って、キリトは自身のウインドウを開き、アイテムストレージから、小瓶を取り出して、アスナと自身との間のところにポンっと置いた。

 

 

「そのパンに使ってみろよ」

 

「…………」

 

 

一体なんなのだろう……そう思いながら、アスナは小瓶を指先をコンっと突いてみた。

 

 

「あっ……!」

 

 

すると、指先が淡い光を放ち、それを見て、キリトがパンを軽く上げた。

つまり、パンにその光を当ててみろということらしい。

アスナは言われるがまま、光る指先を黒パンに触れさせた。

すると、そこから白い様な、薄い黄色の様な……しかし、確かに見たことがある物が、パンに塗られて行った。

 

 

「クリーム……?」

 

 

見た目はカスタードクリームだ。

しかし、この世界で見た目を当てにしてはならない。

とんでもない色をした物が、実は超美味な食材だったり、シンプルで美味しそうな物が、毒を持っていたり……。

だからアスナは、キリトが一口食べたのを確認して、自分も警戒しながら、そのクリーム付き黒パンは一口頬張った。

そしてその瞬間……なんとも言えない衝動が、アスナの体を襲った。

 

 

「はっく、はっ、はうっ!」

 

 

今までこんなに美味しい物を食べたことがない……そう言わせる様な食べっぷりだった。

ただクリームが付いていたか、そうでなかったかの違いなのだが……舌から伝わる旨味が、とても衝撃的だったのを、今でも覚えている。

 

 

 

「あっ、いたいた」

 

「おう、遅かったな」

 

「遅かったなじゃないですよ……どこに行ったんだろうって、探し回りましたよ……」

 

 

 

とそこに、もう一人……いや、二人のプレイヤーが近づいてきた。

二人とも、明日の攻略戦でパーティーを組むことになっているプレイヤーだ。

一人は少年で、アスナの隣にいるキリトとともに行動していた片手剣使いのチナツ。

そしてもう一人、女の子で明るい雰囲気を醸し出している水色髪の少女で、槍使いのカタナだった。

二人の手にも、名物の黒パンが握られており、その両方にも、先ほどアスナが食べたクリームがつけられている。

 

 

 

「それにしても、これ本当に美味しいですよね……」

 

「うう〜ん! ほんと、仮想世界とはいえ、こんなにクリームが美味しいと思ったのは初めてかもしれないわ」

 

「ははっ! 大袈裟だな……」

 

「いや、だって本当なんだもん! この世界に来てから、ろくな物食べてないし……」

 

 

 

そう言って、カタナはチナツの小瓶を突いてクリームを塗りまくる。

よほど気に入ったのか、クリームをつけた部分を小分けにしてパクパク食べている。

 

 

 

「今度、このクリームが出るクエスト、教えましょうか?」

 

「えっ?! いいの!?」

 

「はい。そこまで難しいクエストじゃないんで」

 

「やったぁー!」

 

 

 

大喜びするカタナに対し、アスナは沈黙したままだった。

赤いローブのフードを目一杯かぶり、他人に自分の顔を見せない様にしている。

 

 

「君にも教えようか?」

 

「いい……。別に、これが欲しくて、戦ってるわけじゃないから……」

 

「じゃあ、何の為に?」

 

 

キリトの問いに、アスナは小さく……だが、キリトたちに聞こえる様に確かに言った。

 

 

 

「何もしないまま、あの街で隠れて、膝を抱えて、怯えて生きるのが嫌だったから……」

 

「「「…………」」」

 

「たとえ、モンスターに負けて死んだとしても……このゲーム、この世界には負けたくない……っ!」

 

 

 

それはある意味、強い意志の表れだった。

アスナの言葉に、キリトも、チナツも、カタナだって、明日に控えたボス攻略に意識を高めていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの頃の私は……ゲーム攻略に必死だったの。でも、そんな世界でも、キリトくんは……生きることの喜びを教えてくれた……っ!」

 

 

 

 

そう、ずうっと張り詰めていた思いを、まるで優しく溶かす様に、暖かく包んでくれたのが、キリトだった。

それまでは攻略を優先して、ギルドの、攻略組の強化にこだわって生きてきた。

寝る間も惜しんで、自分のステータスの向上を目標に、狩り場へと赴いては戦い、レベルを上げていった。

そんな生活を続けていたら、いつの間にか血盟騎士団の副団長に、カタナと二人で任命されていた。

そしてカタナは隠密部隊の筆頭として、アスナは攻略組の指揮官として、ともに前線を走り抜けてきた。

そんな中、第50層のフィールドボスの攻略作戦会議の時に、キリトと衝突してしまったのだ。

モンスターを村に誘き寄せ、村人たちを襲わせ、その隙に攻撃に転じる。

作戦としては申し分ない物だった。NPCである彼らは、死んだとしても、またリポップし、何事もなかった様に日常を過ごすのだ。

だから、それを利用しようとした。

だが、それはダメだと……キリトが真っ向から否定した。

その時に、アスナとキリトは、はっきりと互いを敵視していたに違いない。

しかし、その後、あろう事かキリトは呑気に昼寝をしていたのだ。

降り注ぐ太陽の光を遮る木の枝や葉っぱ。その下で、体を大きく広げ、悠々と寛いでいた。

 

 

 

 

「ちょっと……!」

 

「んん〜?」

 

 

 

突然声をかけられ、少し眠たそうに答えるキリト。

全く、この安らかなお昼寝タイムを邪魔するのはどこのどいつだ? と思い、ゆっくりと両目のまぶたをあげる。

するとそこには、明らかに怒っているアスナの顔があった。

 

 

 

「ん……なんだ、あんたか……」

 

「攻略組のみんなが、必死に迷宮区に潜って頑張ってるって言うのに、あんたはこんな所でよくも優雅にお昼寝なんてできるわね……! いくらソロだからって、もっと真面目に……っ!」

 

「今日はアインクラッドで最高の季節の、最高の気象設定なんだ……」

 

「は?」

 

「こんな日に迷宮に潜ってちゃもったいない」

 

「なっ……!?」

 

 

 

たった、それだけの理由だった。

それだけの理由で、目の前にいる少年は、攻略を先延ばしにしようとしているのだ。

この考え方を、当時のアスナは理解できなかった。

 

 

「あなた……わかってるの?! ここで時間を無駄にした分、現実世界での私たちの時間が失われていくのよ!?」

 

「でも今俺たちが暮らしているのは……このアインクラッドだ」

 

「っ!?」

 

 

 

そうだ……今は、このアインクラッドという世界が、自分たちの生きる世界なのだ。

ゲームだとか、バーチャルだとか……そういう風にしか考えていなかった。

だからこんなにも頑張って攻略を続けてきたのだが……確かに、その通りだった。

今は、このアインクラッドが……自分たちの世界なのだ。

突拍子もない正論を言われて、アスナは言葉を失ってしまった。

 

 

 

「ほら、日差しも風も……こんなに気持ちいい……!」

 

「そうかしら……? 天気なんて、いつも一緒じゃない」

 

「あんたも寝転がってみればわかるよ……」

 

「ん……」

 

 

 

本当に気持ち良さそうに眠るものだと思った。

そんなキリトの寝顔を見て、改めて空を仰いだ。

降り注ぐ日差しを、木々の枝や葉が、木漏れ日へと変えて、優しく体を温める。

これまで天気になんて気を配ったことなんてなかったが、確かに……なんだか今日は心地いい日だ……。

そう思った時、アスナもキリトの隣に横たわった。

吹いてくるそよ風が体を触れ、髪を靡かせる。麗らかな陽気に包まれ、アスナの意識は、一瞬にして落ちてしまった。

 

 

 

 

 

「ふぁあ〜〜!」

 

 

 

 

十分に昼寝を堪能したキリトは、体を起こし、グッと背筋を伸ばした。

あのうるさい攻略担当責任者様は、一体どうしただろうと思いながら、周りを見渡した瞬間、キリトは今日初めての驚く光景を見てしまった。

 

 

 

「すぅー……すぅー……」

 

「あ、あぁ?」

 

 

 

寝ている。

あの攻略担当責任者様が、すやすやと安らかな寝息をたてながら寝ていた。しかも、昼寝というレベルではなく、超熟睡。

昼寝なんてしている場合ではないと、自分から言っておきながら、自分だって良い夢を見ているのだ。

これはどうしたものかと思っている時、今回の攻略階層に集結していた攻略組のプレイヤーたちが通りがかった。

 

 

 

「おいおい、こんな時間からお昼寝かよ」

 

「呑気なものだな」

 

「まったく、どこのどいつだ?」

 

 

 

三人は笑いながら、迷宮区の方へと歩いて行った。

その様子を見ながら、キリトは頭を抱えていた。

 

 

「本当に寝ちまうとはなぁ……」

 

 

さて、このまま放置していくのもどうかと思うし、かと言って起こすのも悪い……なぜなら、とても心地良さそうに寝ているのだ。

そんな時間を邪魔するのは、さすがに野暮というものだ。

キリトはそのまま、アスナが起きるまでその周囲に佇み、ずっと待っていた。

時間が過ぎ、日が傾いて、夕方に差し掛かった頃に、可愛らしいくしゃみとともに、アスナが動き出した。

 

 

 

「ん……んんっ……ん?」

 

 

 

さっきから「ん」しか言っていない。

虚ろな瞳を動かし、自分が今ここで何をやっているのかを確認しているようだ。

しかし、寝起きの顔は、とてもゆるゆるな感じで、頬に草が付いていたり、口からはちょろっとヨダレが流れ出ていた。

いつもは毅然と、触れれば切れるナイフのような雰囲気の彼女だが、今の彼女からはそんなものを微塵も感じなかった。

苦笑いをしながら、アスナの様子を見るキリト。

そんな表情で見られている事に気付いたアスナは、途端に慌て始め、パニクっていた。

 

 

 

「なっなな!? え、えっと……っ!」

 

「おはよう……よく眠れた?」

 

「キッ!」

 

 

 

優しく問いかけられる。

しかし、今はなんだかムカついた。

立ち上がり、腰に差してあったレイピアを引き抜こうとして、やめた。

キリトは咄嗟に判断して、塀の裏へと隠れてしまった。

キリトに悪気はない。ただ自分が油断して眠ってしまっただけだ。

ここで彼を斬ったら、自分がみっともないと思った。

キリトに対してムカついた感情を消すには、中々時間がかかったが、そこはなんとか堪えた。

レイピアの柄を握る腕が、ピクピクと震えながらだが、徐々に離れていく。

 

 

 

「ご、ご飯……一回……!」

 

「は?」

 

「ご飯! なんでもいくらでも払う! それでチャラ! どう?!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……その感じだと、先に好きになったのはアスナさんの方からなんですね」

 

「そ、そんなんじゃあ……!」

 

「隠すな隠すな♪ いつだったか、剣を研ぎに来た時に「まだ一方通行だぁー」とか言ってたじゃん!

あれから、どうアタックして告白まで行ったのよ?」

 

「え、ええっと……」

 

 

 

親友であるリズには、想い人がいることは伝えてあった。

だが、これまで色々と素直になれずに対立してしまってた為に、どうやってアタックすれば良いか迷っていた。

しかしある時、キリトが第50層にあるエギルの店で、あるアイテムを売ろうとしていた。

そのアイテムこそが、今では二人の思い出の味である《ラグーラビットの肉》だった。

ランクにしてS級食材。まず間違いなくレア中のレアだった。

しかし、調理スキルのレベルが高いプレイヤーが調理をしないと、調理に失敗して、焦がしたりしてしまうため、キリトは高値でエギルに売りつけようとしていたみたいだ。

だがそこに、救世の女神が舞い降りた。

ちょうど調理スキルをコンプリートしていたアスナの登場だ。

丁度その当時、調理スキルを持っているキリトのフレンドは、チナツとアスナの二人だけだったが、当時チナツは、カタナとの新婚生活を満喫している最中……残るは、アスナただ一人だったため、最高のタイミングで現れてくれたと、心から感謝したものだ。

アスナに《ラグーラビット》の存在を教え、その調理を依頼。その報酬は、《ラグーラビット》を半分食わせろとのことだった。

そして交渉は成立し、二人……正確にはアスナの護衛に付いていたクラディールもいたので、三人はエギルの店を出た。

あとは、調理をする場所なのだが……

 

 

 

「それで、調理はどこでするの?」

 

「あ……えっと……」

 

 

 

どうやら考えていなかったようだ。

 

 

 

「どうせキリトくんの部屋には、ろくな調理器具もないんでしょう?」

 

「んん……」

 

 

 

何も言えなかった。

だいたい、調理スキル自体持ってなかったから、器具は必要なかった。

 

 

「まぁ、今回は……食材に免じて、私の自宅を提供しなくもないけど……?」

 

「え”……っ!?」

 

 

それはつまり、アスナの御自宅へのご招待ということだった。

アスナは、カタナ共々、このアインクラッド内では、必ず名前が挙がるほどの美少女プレイヤー。

そんな彼女からのお誘いに、断る理由もなし、ましてや、調理スキルをコンプリートした彼女がつくる絶品料理を、食べないという選択肢がなかった。

その後、クラディールとの軽いいざこざがあったものの、二人はアスナの家へと向かった。

部屋に入り、着替えを済ませ、アスナは手早く調理にかかった。

メニューはシチューだった。

付け合わせも作ってくれて、その日は豪華なディナーを二人で堪能した。

そしてその後、今度パーティーを組もうという話になった。

 

 

 

「そう、なら今度、私とパーティーを組みなさい」

 

「なっ!?」

 

「今週のラッキーカラー、『黒』だし」

 

「なんじゃそりゃあ!? っていうかアスナ、お前ギルドはどうすんだよ?!」

 

「うちはレベル上げノルマとかないし」

 

「じゃ、じゃあ、あの護衛は?!」

 

「置いてくるし」

 

「な……っ……うーん……あっ!」

 

 

 

とりあえず落ち着こう。

そうだ、お茶を飲もう……と思ったのだが、既に飲み干していた。

その事に気付き、前を見た瞬間、アスナがお茶の入ったポットを勝ち誇ったかのようようにして掲げていた。

渋々ティーカップを受け皿に乗せ、アスナの前に差し出す。

それに答え、アスナはキリトのティーカップにお茶を注いで、再び返した。

そのティーカップを受け取り、キリトは一口啜っていると、目の前でアスナがウインドウを操作し始めた。

そして、アスナからのパーティー申請が送られると、再び一口啜って、ため息をこぼした。

 

 

 

「…………最前線は危ないぞ」

 

 

 

 

キュイイイイーーン!!!!

 

 

 

「ひっ!!?」

 

 

 

目の前に、紫色のライトエフェクトを纏ったナイフが突きつけられた。

そのナイフの持ち主は、鋭い目つきでキリトを睨んでいた。

「そんなこと百も承知よ」……と言いたげであり、または「早くYESを押しなさいよ」……と言いたげでもあった。

これ以上抵抗すれば、いくら圏内だから、HPは減らないだろうが、とんでもない仕打ちを受けそうなので、力なくキリトはYESボタンを押した。

 

 

「わ、わかった……」

 

 

押してすぐ、アスナはクルクルっとナイフを回して納め、ニコっとキリトに対して微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「…………意外と強引に行ったのね……」

 

「攻略組ですし、やっぱりそれくらいいかないとダメなんでしょうか……」

 

 

 

あまりにも強引かつ強烈なデートのお誘いに、里香と圭子は言葉を失っていた。

 

 

 

「し、仕方ないじゃないっ〜〜〜〜! だって……好きだったんだもん……」

 

 

頬を赤く染める明日奈は、俯きながらそう言った。

 

 

「でもあんたたち、実際どこまで行ったのよ? ゲームの中とはいえ結婚までしたんだから。当然……ねぇ?」

 

「うえっ?!」

 

 

 

そう、その後、アスナとキリトは結婚をした。

だが、その前に、二人は互いの気持ちを確かめ合った。

キリトが血盟騎士団に入団し、クラディール、ゴドフリーとともに55層の迷宮区を突破しようとしていた時、突如クラディールが反旗を翻した。

ゴドフリーを殺し、キリトもあと一歩のところで死ぬ所だった。

しかし、そこにアスナが現れて、クラディールをあと一歩で死ぬ所まで追い詰めた。

あの時のアスナは、チナツのように、修羅さながらにクラディールを突きまくった。

本当に殺してしまっても構わないと思うほどに……だが、最後の最後で殺せなかった。

その隙を、クラディールに狙われ、剣を弾かれ、逆にとどめを刺されそうになった時に、キリトがそれを庇った。

左手を斬られながらも、体術スキルの貫手で、クラディールにとどめを刺した。

愛する人に、殺人を犯させてしまった。それも、自分を守るためにだ。

そう思うと、もう自分はキリトに会うべきではないと、そう思った。

本当に好きで、いつまで一緒に居たい……でも、自分にはそんな資格はない……そう思うと、涙が止まらなかった。

そんな自分に、キリトは、自分から口づけをしてきた。

最初は驚いた……でも、自然と体から力が抜けた。

というよりも、もっと彼を求めた。

彼の息が、体温が、直に伝わってくる……。その感覚に、アスナはどうしようもなく焦がれてしまった。

そして、二人はずっと一緒にいようと誓った……互いに互いを守ると、一緒に、現実世界に帰ろうと……。

その日の夜、二人はまたアスナの家へと向かった。

特に変わりはなかった。以前のように二人で食事をして、食後のお茶を飲んだ……しかし、その場の雰囲気は、少しばかり静寂だった。

 

 

 

「…………よし!」

 

「ん?」

 

 

 

何かを決意したアスナ。いきなり立つと、ふと窓際に立った。

意を決して、部屋の明かりを消すと、ウインドウを操作する。

 

 

 

「へっ?!」

 

 

 

キリトは驚愕した。

なぜなら、目の前で、アスナが下着姿になっていくからだ。

 

 

 

「あ、あんまり…こっち、みないで……!」

 

「は……」

 

「キ、キリトくんも脱いでよ……わ、私だけ、恥ずかしいよ……!」

 

 

 

つまり、そういう事だった。

しかし、キリト自身は、そう言うつもりじゃなかったようで、アスナにその事を説明したのだが、時すでに遅し。

 

 

 

「バ、バ、バーーッ」

 

「ひ、ひぃ!?」

 

「バカァァーーッ!!!!」

 

 

 

バンッ!

 

 

 

強烈な拳が入った。

だが、その後、二人はともにベッドに入った。

互いが好きだと言う気持ちを、全部曝け出し、全部受け止めた。

二人とも、あられもない姿のまま、二人ベッドに横になっていた。

そしてキリトから、ともに22層にあるログハウスに引っ越そうと言われて……

 

 

 

「そ、それから……」

 

「それから?」

 

「っ〜〜! け、結婚しよう……っ!」

 

「っ!」

 

 

 

愛の告白だった。

 

 

 

「……はい!」

 

 

当然、アスナの答えはYESだった。

 

 

 

 






ええ、前書きでも書きましたが、次回はチナツとカタナの事を書きますので…………書けたらいいなぁ〜なんて……あっははは……

まぁ、ちゃんと書くようには致しますので!
感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第58話 Extra EditionⅥ



今回もチナツとカタナの出会い話。

うーん……あと2話くらいは続くかもです……




「…………」

 

「おーい、アスナァ〜〜?」

 

「ひぇっ!? な、なんでもない! 何もしてないからね!」

 

「ん? なに必死になってんのよ。怪しいぃ〜♪」

 

「な、なんでもないって!」

 

 

 

しばし、和人との親密かつ濃厚な記憶に浸っていた明日奈。

そんな桃色の夢なら覚めた途端、急激に顔が熱くなってきた。

必死に否定するも、里香は相変わらずニヤニヤとした顔でこちらを見てくるし、圭子は圭子でむすぅーと膨れている。

 

 

 

「いいなぁ……結婚。それにユイちゃんみたいな子供までいるなんて、羨まし過ぎます」

 

「我が家の自慢の娘ですからね♪」

 

「おーおー、10代にしてもう立派な親バカですなぁ〜♪」

 

「それは褒め言葉として受け取っておきます♪」

 

 

 

結婚してすぐ、二人は第22層にある小さなログハウスを購入した。

そこでの生活は、まさに至福の時だった。

好きな人と同じベッドで迎える朝。いつも図々しいキリトが見せる、可愛らしい寝顔を見るのが、アスナの密かな楽しみだった。

そんなくらしを続けている時、二人はある噂を耳にした。

正確には、キリトが聞いた話だ。

なんでも、この近くの森に幽霊が出るという事だった。

アスナは言わずもがな、幽霊が大嫌いだ。キリトもそれを分かった上で、アスナをそこに連れ出したのだ。

そして、問題の幽霊が目撃された場所にやってきた二人は、そこで……ユイと出会ったのだ。

幽霊ではないと知り、ユイをログハウスへと連れ帰った二人は、ユイをベッドへと寝かせた。

その日一日は、ユイは目をさます事は無かったが、翌朝……アスナの隣で眠っていたユイが、目を覚ましている事に気づいた。

 

 

 

 

「ア……ウナ……キー……ト」

 

「ユイちゃん、お父さんかお母さんはいないの? 何か、覚えてる事、ある?」

 

「うう……わかんない……何にも、わかんない……」

 

「そんな……」

 

 

こんな小さな子供が、自分の名前以外、何もかもを忘れていると思うと、アスナとても胸が痛くなった。

そんなアスナをみて、今度はキリトがユイに話しかけた。

 

 

「やぁ、ユイちゃん」

 

「ん……」

 

「ユイって呼んでいい?」

 

「うん……」

 

「そっか。なら、俺の事も “キリト” でいいよ」

 

「キー、ト」

 

「キリトだよ。キ・リ・ト」

 

「ん〜〜……! キート!」

 

「ははっ、ちょっと難しかったかな? なんでも、ユイの呼びやすい名前でいいよ?」

 

「ん…………パパ!」

 

「えっ? 俺?!」

 

「アウナは……ママ」

 

「へっ?!」

 

「んんっ〜〜!」

 

「うん。そうだよ、ママだよ、ユイちゃん」

 

「っ! ママ! パパ! ママ!」

 

 

 

両手を広げ、アスナを求めるユイ。

アスナはユイを抱きかかえ、優しく抱きしめた。

 

 

 

「お腹すいたでしょうー? ご飯しよ!」

 

「うん!」

 

 

 

その光景は、とても幸せそうな一般家庭のそれと同じだった。

アスナの手料理を食べながら、キリトは新聞を読んでいる。それこそまさしく昔のお父さんたちの様だ。

手に取るサンドウィッチは、アスナがキリトのために作った特別なサンドウィッチ。

どう特別かというと、もの凄く辛いのだ。

ユイはそのサンドウィッチを食すキリトを見ながら、物欲しそうに見ている。

 

 

 

「ユイちゃんのは、こっち」

 

 

ユイにはユイで、子供でも食べられるようにと、アスナが用意したものを出す。

しかし、ユイの視線は、変わらずキリトのサンドウィッチを見ていた。

 

 

「ん……ユイ、これはすっごく辛いぞ?」

 

「んん〜〜……」

 

 

記憶がなくなっている様だが、単語の意味はしっかりと理解している様で、『辛い』という単語に、しばし考え込むが、すぐに両手を広げて……

 

 

「パパと同じのがいい……!」

 

「そうか……そこまでの覚悟なら俺は止めん。何事も経験だからな……」

 

「ええっ?! あっ、ちょっと!」

 

 

アスナの制止も聞かず、ユイは両手でキリトのサンドウィッチを持った。

そして一口。パクリと噛り付き、もぐもぐと咀嚼する。

その段階で、辛さの刺激を受けたのか、顔を若干しかめたが、何度ももぐもぐと咀嚼をして、それを飲み込む。

 

 

「お、美味しい……!」

 

「おおっ……! 中々に根性のある奴だな。よし、今日の晩飯は、激辛フルコースにするか!」

 

「うん!」

 

「もう、調子に乗らないの! そんなの作りませんからね……」

 

「だってさ」

 

「だってさぁー」

 

 

 

父と娘、たわいない事で笑いあえるこの光景が、とても幸せなひと時に感じた。

その後、キリトとアスナの二人はユイの本当の親、あるいは知り合いを探しに、第1層《はじまりの街》へと来ていた。

そこで、軍による圧政に苦しんでいる一般プレイヤーと、そのプレイヤーが保護している子供たちと出会い、また、軍の人間である《ユリエール》と呼ばれるプレイヤーと出会った。

ユリエールは、ギルドマスターである《シンカー》の派閥の人間なのだが、当のシンカーは、キバオウの策略に嵌り、地下迷宮の最奥部におり、ユリエールはキリトとアスナの二人に、シンカー救出の手助けを願い出た。

最初は渋っていた二人だったが、愛娘の言葉を信じ、シンカー救出作戦を敢行した。

その迷宮自体、攻略組であるキリトたちの敵ではなかったが、いよいよシンカーとの対面の際、思わぬ強敵に出会った。

キリトのスキルでも判別がつかないほどの敵……アインクラッドの90層以上のボスモンスターとエンゲージ。

初めから敵うとは思っていなかったが、たった一撃受けただけで、二人のHPゲージは危険域に到達。

絶体絶命のその時、ユイが、記憶を取り戻したのだ。

 

 

 

「パパ……ママ……全部思い出したよ……」

 

 

記憶を取り戻し、二人が敵わなかった敵を、焔の大剣で一刀両断。

一撃で屠ってみせた。

その後、ユイを連れて、システムコンソールのある部屋へと向かった。そしてそこで、ユイという存在の全てを、知る事になる。

 

 

 

「メンタルヘルスカウンセリングプログラム……試作1号……コードネーム《ユイ》……それが私です、キリトさん、アスナさん」

 

 

 

ユイの正体は、SAO……強いては、その根幹となるシステム中枢《カーディナル・システム》が、プレイヤーのカウンセリングプログラムとして用意した《AI》だったのだ。

そして、ユイから今現在のカーディナルがどの様になっているのかを知った。

公式サービスがはじまり、ユイはカーディナルから自由を剥奪され、溜まっていた膨大なエラーに耐え切れず、そのまま壊れそうになっていた……しかし、そこに、二人という希望の光を見出した。

彼らの近くに行きたいと願い、ユイは、カーディナルの管理下を離れ、キリトとアスナの元へと現れたのだ。

それから、もっと……二人と、両親の下に居たいと、ユイはそう願った。

しかし、カーディナルがユイの独断を許すはずがなかった。

ユイの独断を検出したカーディナルは、ユイを、このまま消滅させてしまおうとしていた……だが、そんな事を、キリトが許すはずがなかった。

 

 

 

「カーディナル! いや、茅場‼︎」

 

 

キリトはシステムコンソールに手を伸ばし、そこに表示されたキーボードをタップしていく。

キリトは一体、何をしようとしているのか……アスナこぼれ落ちてくる涙を拭いながら、カーディナルと戦うキリトの背中を見ていた。

すると突然、眩い光が放たれ、その勢いでキリトが後方へと弾き飛ばされてしまった。

一体何が起きたのか……それがわからないまま、アスナはキリトの方へと駆け寄った。

 

 

 

「大丈夫!? キリトくん……ん?」

 

 

アスナの問いに、キリトは拳を出して答えた。

その手には、何かを持っている様にも思え、アスナは両手を出して、キリトの拳から、あるものを受け取った。

それはとても綺麗な雫の様な形をした宝石。

こんなアイテムや装備は、今までに見た事がない。

 

 

「こ、これって……」

 

「ユイがシステムから消される前に、ユイ本体をシステムから切り離して、オブジェクト化したんだ……!」

 

「っ!? じゃあ、これは…………!」

 

「ユイの…………心だよ」

 

「っ!!!!!?」

 

 

 

突如、涙が止まらなくなった。

愛する我が子が、この両手の中にいる……何もできない、守りたいのに守れない……絶望の二文字がアスナ自身を支配していた。

だが、今この両手には、その我が子がいる……その事実は、二人を歓喜させてた。

大粒の涙が、《ユイの心》に落ちていった。

いつかまた、出会えたなら……今度はいっぱい抱きしめてあげよう……いっぱいいっぱい甘えさせてあげよう……親子として、いっぱい楽しい時間を過ごそう。

アスナの中に、希望の光が輝いた。

その後、二人は地上に戻った。事の顛末を、シンカーとユリエールに伝え、二人は22層のログハウスへと戻ったのであった。

 

 

 

 

 

「そうなんですね……ユイちゃんとは、そんな事が……」

 

「うん……あの時から、ユイちゃんは私たちの子供なんだよ♪」

 

 

 

 

ようやく語り終わった明日奈。

兄である和人との出会い、アインクラッドで起きた出来事、そしてユイの事……まるまる全てというわけではないが、ここにいる皆が、一体どんな生活を送って、日々を戦い、生き抜いてきたのか……直葉、箒、鈴の三人は、改めてする事となった。

 

 

 

 

「ふぅ〜……なんだが話してたら疲れちゃったー。でも、今度は隣の人にバトンタッチね♪」

 

「あ、はは〜……そこは見逃してくれるっていう選択肢はない?」

 

「「ありません」」

 

「もったいぶらず、とっとと話しちゃいなさいよぉ〜」

 

「そうですよ! まだカタナさんとチナツさんの事、全然話してくれてないじゃないですか! それじゃあ不平等ですよ!」

 

「まぁ、私もちょっと気になるかな〜……なんて」

 

「もう〜、直葉ちゃんまで……はぁ〜、もうわかったわよ……」

 

 

 

 

ほぼ六対一の戦況に追い込まれた刀奈は、渋々と一体表情で語り始めた。

一夏……あの世界で、チナツとの出会った経緯を……。

 

 

 

 

 

「さっきも言ったけど、私もチナツやキリトと出会ったのは、第1層攻略会議の場でよ。

あぶれた者同士、四人でパーティー組んで、取り巻きの《コボルド・センチネル》を倒して、最後はボスを四人で倒したんだけどね」

 

「にしても、明日奈さんも楯無さんも、いきなりゲームの世界に入ったっていう割には、戦いに慣れていたんですね?」

 

 

 

そう言ってきたのは、この間初めてゲームを始めた箒だった。

剣道以外、全く手をつけてなかった箒だったが、一夏の勧めで、言われるがままALOを始めた。

初めての仮想世界という体験を経て感じことは、まず何もかもがリアリティだったということ。

周りに見える街並みや、行き交うプレイヤーたちの姿、食べ物の熱や匂い、そしてモンスターの存在。

特に、戦闘においては、かなり気を配った面が大きい。

元々剣道の全国チャンプであり、実家は篠ノ之流という流派を説いていることもあり、基本的な戦闘能力の方は、箒は高い方だ。

だが、それでもやはり一発目からうまくいくことはなかった。

それはもちろん、相手がモンスターであるという事もそうだが、何よりも……実戦という事が、大きな要因の一つだ。

仮想世界とは言え、剣道の大会の様に主審や副審たちがいるわけでもなく、ましてや基本となるルールも存在しない。

それに、相手はプログラムされたモンスターだ。ルールなんてわかるはずもないのだ。

そう言った相手との戦い方に慣れていなければ、戦おうにも戦えない。

 

 

 

 

 

「まぁ、基本は私もアスナちゃんも、キリト達に指導してもらったんだけどね」

 

「うん……パーティー戦の基本とか、ソードスキル発動のタイミングとか……生き残るためなら、どんな事だって挑戦したよー」

 

 

 

第1層のボス攻略か始まる前に、キリトから一通りの戦闘の基本を叩き込んだ二人。チナツはすでにキリトから教わっていたため、キリトのお手伝い程度に戦い方を教えていた。

 

 

 

「それで、ボス攻略の時に思ったんだけど、チナツって、凄く真っ直ぐな剣を振るうのよね。

それは、剣道としては当たり前の事なんだけど、どう言ったらいいかな……いい意味で、型にはまってる感じがしたの。なんていうか、相当努力を積んできたんだなぁ〜って印象だった」

 

 

 

元々暗部の家系で生まれ、育った刀奈にとって、ゲーム世界で戦うプレイヤー達は、どこか素人臭いところがあった。

元々がソードスキル頼りの戦い方である為、発動しやすい型を取ったり、防御と言うより回避しやすい構え方が多かった。

しかし、それでも攻略組になっていくと、その戦う様も、らしくなってくるものだ。その中でも、刀奈が一目置いていたのが、和人と一夏、そして明日奈だった。

刀奈の槍、和人と一夏の剣、明日奈の細剣。みんな武器が違うが、それでもその武器の特性を理解し、それぞれ様になった戦い方をしていた。

特に和人はさすがと言うべきか、とても戦い慣れている様な気がした。後の一夏、明日奈に至っては、どこまでも真っ直ぐな剣技だと思った。剣道を主流にしている一夏の太刀筋は、真っ直ぐでブレが少なく、明日奈の剣技も、正確さと速度が他のプレイヤーに比べて段違いと言ってもいいくらいだった。

 

 

 

「そのボス攻略後は、キリトとチナツは二人でどっかいっちゃって、まぁ、ボス攻略には参加してたから、ちょいちょい会ってはいたんだけどね。

私はアスナちゃんと一緒に団長に声をかけられて、ギルドに入って、キリトは相変わらずソロ……チナツは、前にも言ったけど、アインクラッド解放軍に入ってた。

それからは、大した交流も無かったかなぁ……チナツも軍務で忙しかったし、私も副団長に任命されて、色々とやってたし……」

 

 

 

ある程度の階層までは、四人は常にパーティーを組んで戦っていた。

だが、そこでチナツが攻略に参加しなくなった。

理由はもちろん、軍の暗部での任務についたからだ。

 

 

 

「でも、一年くらい経った辺り……だったと思うんだけど、チナツが軍を抜けて、流浪人として旅をしているって知ったのよね。

それで、リズちゃんのあの事件でしょう? それから、私は団長に頼んで、チナツの捜索をお願いしたの」

 

「一夏の捜索?! それはまたなんで?」

 

「それはもちろん、うちに勧誘する為よ。正直、血盟騎士団だって、人員は欲しかったし、なんといっても、攻略組メンバーが欲しかったっていうのが第一。それに…………」

 

「「それに?」」

 

 

 

箒と鈴が、食いつく様に問いかける。

 

 

 

「なんて言うか、ほっとけなかったって言うか……なんとなくだけど、側に置いておきたいなぁ〜って思ったのよ」

 

 

 

暗部に属していたから、多少の情報が入ってきていた……なにやら軍では、クーデターとまではいかなくても、派閥争いが起こっており、それにチナツも巻き込まれとか……。

 

 

 

「それで、私と部下数名だけで、チナツの捜索を始めたの。そう簡単には見つからないとは思っていたけど……中々探すのに骨が折れたわよ……」

 

 

その後、チナツと思しき人物の情報があれば、カタナは即座に現地に向かい、チナツの事を探したそうだ。片手剣使いの男性プレイヤー……それだけで特定するのは難しい気もしてが、それでも、カタナは探し続けた。

すると、探し始めてから数週間後、ある情報が入ったそうだ。

なんでも、第40層の付近で、《人斬り抜刀斎》と呼ばれているプレイヤーがいると……。

 

 

 

 

「まさか、一夏?!」

 

「私もそう思ったんだけどねぇ〜……」

 

 

 

 

現実はそう甘くは無かった。

その知らせを聞き、カタナが現場に向かった。

そして、その《人斬り抜刀斎》についての情報を聞き出した。

 

 

 

 

 

「はい? 辻斬り?」

 

「おう……まぁ、殺しちゃいねぇが、辻斬りは辻斬りだってよ。全く物騒な話だよ……こちとらにはいい迷惑ってもんさ」

 

 

 

 

なんでも武器屋を営んでいる中年おっさんの話だと、毎夜のごとく人気のない路地裏で、通り魔が現れるらしい。

その通り魔は、問答無用で刀を抜いて、出会ったプレイヤーを片っ端から斬り捨てているのだとか……。

だが、幸い事件が起きているのは、すべて圏内である事から、今のところ死亡者は出ていない。

だが、圏内PKはダメージを負わない代わりに、ソードスキルで攻撃した場合、軽いノックバックが起きる。

通常攻撃もまた同様で、圏内で相手を斬りつけようとしても、その衝撃が伝わるだけで、一切ダメージを負わない。ゆえに、圏内PKは死なないが、その分プレイヤーに恐怖を植え付ける。

そのせいか、昼まであるにも関わらず、街を歩く人たちはどこか不安な色が見て取れた。

 

 

 

「《人斬り抜刀斎》か……」

「おいおい嬢ちゃん、悪いことはいわねぇから、さっさと自分のホームに帰ったほうがいいぜ?

どうせこんな事してんのは過激派の連中だ……あいつらと関わってもろくな事がねぇーよ……」

 

 

 

過激派……それは、大中小……どの規模のギルドに所属していないプレイヤーたちが集まり、アインクラッド解放軍と対立している集団のことだ。

そして、どこでその情報が漏れたのかは知らないが、アインクラッド解放軍には、レッドプレイヤー達にひどく恐れられている存在がいるらしい……と。

その名も伝説の剣士《人斬り抜刀斎》。

そして巷では、その《人斬り抜刀斎》が陰ながら再び暗躍しており、今度はレッドプレイヤーではなく、周辺にいるプレイヤーたちを襲い、恐怖を植え付け、軍に対する関心を損なおうと画策しているようだった。

 

 

 

「うーん……考えてる事が子供というか、幼稚というか……」

 

「全くだ。これじゃあ一人で飲みにも行けねぇよ」

 

「ふふっ……夜遊びもほどほどにね? おじさん」

 

「ふん! そんなの言われずとも、だよ。嬢ちゃんも気をつけなよ!」

 

 

 

 

おっさんと別れ、カタナ一旦ギルドホールへと戻った。

身支度を整える、下層に降りる。部下たちも数名連れて、安宿に泊まりながら、この辻斬り事件の犯人逮捕を計画していた。

 

 

 

「それじゃあ、各々《人斬り抜刀斎》の情報を手に入れ次第、私に報告する事。

あくまで報告だからね? 発見したからって、勝手な行動は厳禁。でも、もしも向こうから攻撃してきたなら、取り押さえてもいいわ。

それじゃあ、各員、配置に着きなさい!」

 

「「「「ハッ!!!!」」」」

 

 

 

まだ日が昇っているため、目撃情報のある深夜の時間帯まではまだ時間がある。

その間は、各自目撃情報の場所に行き、目撃者や襲われたプレイヤーたちからの情報を下に、犯人である《人斬り抜刀斎》の面影を作り上げていった。

 

 

 

 

 

「さてと、集めてきた情報だと、賊は大柄な体型で、武器は日本刀。顔を大きなマスクと黒い頭巾で覆っているため判別は不可。

しかし、声の感じだと男の可能性は大……という事でいいかしら?」

 

 

 

部下たちが集めてきた情報と、自分が聞き取った情報を照らし合わせるカタナ。

使っているスキルは刀スキルだったそうだ。

見た目は大柄で鈍そうな成りだが、その剣速は早く、また剛腕であると聞いている。

その強さから、人々からは伝説の《人斬り抜刀斎》などと恐れられているようだった。

しかし、カタナは既にアスナからの報告により、チナツが抜刀斎である事を聞かされていた……。

いや、それ以前に暗部であるが故の、情報網を駆使し、チナツが凄腕のプレイヤーになっている事は知っていた。

しかし、ましてや《人斬り抜刀斎》と呼ばれるまでになっているとは……思わなかった。

 

 

 

 

「もうそろそろ日が完全に落ちるわね……。さて、昼間言った通り……各自、それぞれ指定した場所で待機。抜刀斎と思しき人物を確認したら、即時連絡。いいわね?!」

 

「「「「ハッ!!!!」」」」

 

 

 

 

さっと駆け抜ける暗部の隊員たち。

カタナを含め、隠密部隊に配属されたプレイヤー達もまた、このアインクラッドの中でも優秀なプレイヤー達だ。

それぞれ個性並びにステータス特性にばらつきはあるものの、個々人の能力は高い。

これはカタナが血盟騎士団に入団した際に、改めて隊員達を指導した賜物だといえるだろう。

そして、時間は深夜…………最も目撃例が多い階層に、カタナは陣取っていた。

その他に、目撃例がある階層に数人ほど配置し、見つけ次第メッセージが飛ばせるように設定してある。

 

 

 

「さてさて……今日は出てくるかしらねぇ〜……」

 

 

 

いくら目撃例が多いと言っても、そう連日連夜襲い続けるのにはリスクが伴う。

ならば、今回はその襲撃そのものがない可能性だってある。

だが、何故だかわからないが……その襲撃は、今夜にも起きるのでないかと、カタナは心中でそう思っていた。

時間が経過し、空は少しずつ明るみを増してきた。

夜目に慣れていたためか、少し明るくなっただけで、カタナには十分に街並みが見て取れた。

するとその時、ウロウロとしているプレイヤーを発見した。

しかも、頭に編笠までかぶって……服装を変えて、また路地裏に来たのだろうか……。

 

 

 

 

「とりあえず尾行しなきゃね……」

 

 

 

隠蔽スキルを発動させ、相手に気配を気取られないように、少しずつ近づいていく。

男は路地裏までくると、急に辺りをチラチラと見渡した。

もしかして、襲う相手でも探しているのだろうか……?

ならば、自分が囮になるという選択肢とある。一応部下達に向けてメッセージは飛ばしたので、すぐに急行してくれるだろう。

 

 

 

「では、いざご対面……」

 

 

 

わざと男の前に出て、カタナは槍の穂先を向けた。

 

 

 

「ちょぉーっとごめんなさい、お兄さん」

 

「っ!?」

 

「こんな時間に、こんな場所で何をやっているんですか? ここら辺には辻斬りが出るから危ないですよ?」

 

 

 

男は咄嗟に後ろに飛び退き、刀の鯉口を切ったが、カタナの顔を見て、その動きを止めた。

 

 

 

「あれ、もしかして……」

 

「ん?」

 

 

 

男の方から声をかけてきた。

よく聞けば、若い男性の声。そしてよく見ると、長身痩躯な好青年の顔だった。

 

 

 

「カタナさんですか?」

 

「…………あっ!」

 

 

 

まさかまさかのこの再会。

なんともあっさりと待ち人を見つけてしまったのだ。

 

 

 

「もしかして、チナツくん?」

「はい! ご無沙汰ですですね、息災でしたか?」

 

 

編笠をクイっと上げて、笑顔を綻ばせた少年、チナツとの再会はこんな単純であっさりとしたもので終わった。

 

 

 

 

 

 

「…………なんて言うか……面白みに欠けるわね」

 

「仕方ないじゃない! 私だってもっと感動的な出会い方したかったわよ!」

 

 

 

鈴の退屈そうな表情に、刀奈は顔を赤くしながら抗議した。

 

 

「だいたい、軍を抜けたんなら、連絡くらいしてくれればいいのにさぁ、それをしなかったから、私が苦労して探す羽目になったんだし!

でもなんでまたあんな……はぁ……」

 

 

 

自分は明日奈の様にびっくりするドラマの様な出会い方はしなかった。

何気ない、何の気ない感じでの微妙な再会の仕方だった。

 

 

 

「で、その後は、その偽抜刀斎は出たんですか?」

 

「うん。というより、チナツも探してたみたいよ?」

 

「なるほど、だから周りを見回していたんですね」

 

 

 

 

箒が納得した様に頷く。

そして、刀奈はさらに語る……その後に起きた事件と、さらにその後の……チナツの騎士団入団の事について……

 

 

 

 

 

 

 

「チナツはどうしてここに?」

 

「え? まぁ、何というか……俺、いま旅をしてるんですよ。その、色々と思うところがありまして……」

 

「そうなの……ごめんね、いきなり槍なんて突きつけて」

 

「いえ、そんな……カタナさんはどうしてここに?」

 

「うん。ちょっと、任務でね。でもその半分は達成しちゃったんだけどね♪」

 

「半分? じゃあもう半分は?」

 

「それがまぁ、いまも任務続行中のことなんだけど……チナツくん、この辺りに、《人斬り抜刀斎》という名を騙る辻斬りが出たのは、知ってる?」

 

「はい。俺がここにいたのも、それが原因ですし……」

 

 

 

 

チナツもその噂を耳にする様になり、ここに来たらしい。

まぁ、その当の本人がここにいるのだから、偽抜刀斎も腰を抜かすことだろう……。

 

 

 

 

「ねぇ、チナツくん?」

 

「なんですか?」

 

「ふふ〜ん♪」

 

「えっ? な、なんですか?」

 

 

 

ニコッと笑いながら、カタナはチナツの周りをグルグル回りながら、チナツの装備や顔を見る。

 

 

 

「私たち、お互いに利害が一致してるわけじゃない? ならさぁ〜、お願いなんだけどぉ〜……」

 

「…………今回のこの事件のことを手伝って欲しい……ですか?」

 

「ふふっ♪ 物わかりのいい子は、お姉さん大好きよ♪」

 

「いやいや、もうそういう風な顔してたじゃないですか……」

 

「えー? なんのことー?」

 

「その棒読みがなんとも…………まぁ、いいですよ、手伝います。正直、一人で探すのも大変でしたから」

 

「よろしい。今、私の部下たちを呼んでるから、ちゃんと紹介するわね」

 

「はい」

 

 

 

 

チナツの協力を得て、カタナはチナツとともに、路地裏や人気の少ない場所へを見てまわる。

そんな途中で、カタナは聞いてみたいと思ったことがあったのだ。

それは……

 

 

 

 

「ねぇ、チナツくん?」

 

「ん……なんですか?」

 

「チナツくんはさ、ギルドに入る気はない?」

 

「…………ギルド、ですか……」

 

「うん。正直言うとね、実はうち、攻略組のメンバーがちょっと欠けそうになってるのよ」

 

「えっ? 攻略組最強の血盟騎士団がですか?! そんなまさか……」

 

「……本当に、そのまさかなのよ。いくら高レベルプレイヤーが多いと言っても、うちだって、戦いで消耗していくプレイヤーたちは多いし、戦いに身を晒して、モンスターとの戦闘の際に、底知れぬ恐怖感を知ってしまって、攻略に参加しなくなったプレイヤー達だっているの」

 

「それは……でも、そう言う人たちは、今はどうしてるんですか?」

 

「ギルド自体はやめていないんだけど、ほとんどが生産職にチェンジしたりとか、後方支援に回ったりとか……」

 

「なるほど、前衛に回る人員が不足し始めたって事ですね?」

 

「うん。今は団長もあまり攻略には参加しないし、私とアスナちゃんで指揮をとって、なんとか戦っていけているんだけど、この状況がいつまでも続くとは思えなくて……。

だから、チナツくんにお願いしたいの。うちに、血盟騎士団に入ってもらえないかしら……」

 

「…………」

 

 

 

カタナの心境は理解した。

今現時点で、攻略の速度を遅めたりしたら、攻略そのものを諦め、この世界に拘束されてしまおうと考える人達が多くなるだろう。

そしてここはゲームの世界。

現実世界のように、法律と呼ばれる絶対的な縛りに縛られていないこの世界で、人々が生きていく事になる。

それはあまり得策とは思えない。この世界にだって、大切なものなどができただろう……しかし、やはり現実世界への帰還こそが、自分たちの本来あるべき姿であり、目標なのだ。

その事は分かっている……わかっているのだが……

 

 

 

 

「ごめんなさい……カタナさん。俺は、まだ……そう言うのに入るのはちょっと、抵抗があるという……その……」

 

 

 

いつものチナツらしくない、濁したような返答。

だが、それについても、カタナにとっては予測の範囲内だった。

 

 

 

「そう、だよね……。ごめんね、無理に誘っちゃって……」

 

「い、いえ!? そんな事は……むしろ、誘ってくれて、ありがたいくらいです」

 

 

恐縮しながら頭をさげるチナツを見て、カタナは小さく笑った。

久しぶりに会っても、彼は彼のままだったのだと思うと、どこか安心した気持ちになった。

 

 

 

 

「じゃあ、とりあえず、今回の任務を終わらせようか……」

 

「そうですね、じゃあ早速、こっちの方からーー」

 

 

 

そう言って、チナツが別の方へと指をさした瞬間、どこから悲鳴に似た声を聞いた。

 

 

「っ……抜刀斎ですかね?」

 

「たぶんね……今までの犯行時刻と近いし……行きましょう」

 

「はい」

 

 

 

二人は全速力で駆け抜けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 






次回はチナツが血盟騎士団に入った所と、出来れば、二人が距離を詰めて、結婚する所まで書きたいですね。

まぁ、後半のは、怪しいかもしれませんが……(ーー;)

感想、並びに評価、お願いします!



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第59話 Extra EditionⅦ



ええ……今回は、チナツのKoB入団までを話します。



突如響いた叫び声のする方へと向かって走る。

と、そこには、地面に対して仰向けになったり、うつ伏せのまま動かないプレイヤーたちの姿であった。

そして、もう一人。

そのプレイヤーたちをやったのであろう《人斬り抜刀斎》が、その場に佇んでいた。

 

 

 

「弱い……貴様ら弱すぎる……!」

 

 

 

確かに、報告にあった通りだ。

体格の大きい男で、右手には日本刀を持っている。

そして、顔を隠したマスクと頭巾。間違いない……この男が抜刀斎だ。

 

 

 

「弱い……もっと骨のある奴はいないのか……」

 

 

ゆっくりと、その体躯を動かす男。

ゆっくりとゆっくりと、いまだに倒れているプレイヤー達のもとへと歩み寄っていく。

しかし、その時……。

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

「ん……?」

 

「おじさん、弱い者イジメというのはちょっと大人気ないと思うんですけど?」

 

「なんだと、小娘……」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべながら、長槍の鉾先を向けるカタナに対し、抜刀斎は遺憾の意を示している様だった。

刀を構え、いざ刀槍剣戟の始まりかと思いきや、抜刀斎はふと、周りに視線を巡らせた。

そして、一歩……いや、半歩下がりながら、カタナを睨みつけた。

 

 

 

「なるほど……わざと挑発し、俺の意識を貴様に向けさせておいて、周りを囲んで拘束が狙いか……」

 

「っ…………あら、意外と冷静だこと……」

 

 

 

意外と索敵スキルのレベルは高い様だ。

周辺に配置させようとしていた部下達の気配に気づいたらしい……。いや、ただ単にレベルの高さではない……このプレイヤーは、人との戦いに慣れている。

暗部の、裏の世界で戦いに慣れているのだ。

 

 

 

「あいにく、ここで捕まるわけにはいかんのでな……」

 

「っ! 逃すと思う?!」

 

「逃げてみせるさ!」

 

 

 

野太い声で宣言すると、抜刀斎はあえてカタナの方へと向かって走り出す。

カタナは槍を構え、迎撃態勢にはいる。

 

 

 

「むぅっん!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

豪腕とも言えるその太い腕がしなり、強烈な一撃を放つ。

カタナは咄嗟に受けの姿勢を直し、刀の刀身を槍の先端部分で受け流した。体を捻り、衝撃を後方へと流したカタナは、即座に槍を反転。鉾先を左へと鋭き薙ぎ払う。だがこれは、抜刀斎が体勢をひくくして躱し、そのままカタナの後方へと向かい、体を滑らせながら移動する。

 

 

 

「ふむ……中々にいい腕だ。もう少し時間があるなら、もっとやっていたかったがな」

 

「あっ! 待ちなさい!」

 

 

カタナの包囲を抜けて、抜刀斎はチナツの方へと走り去っていった。

 

 

「くっ! チナツくん! その男を止めて!」

 

「えっ!?」

 

「どっけぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 

 

まるで獣の咆哮の様だった。

両手で上段に構えた抜刀斎は、チナツを斬るべく勢いを増してチナツに向かって走っていく。

 

 

 

「せやあぁぁッ!!!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

抜刀斎は思いっきり振り下ろした。

本来なら、HPの半分を持っていくか、最悪の場合即死するレベルの一撃を……。

ここが圏内である為、HPゲージが減ることはないが、それでも、その恐怖はその身に宿るだろう。

だが、抜刀斎が振り下ろした時すでに、チナツの姿はどこにもなかった。

 

 

 

「んっ?!」

 

 

 

斬りつけたのは、チナツが立っていた地面だけだ。

石畳風になっているこの層の路地。

傷は付けられなかったものの、激しい衝撃を思わせるエフェクトか発生した。

だが、そんな事は今どうでもいい。

目の前にいた男はどこに行ったのか? あの一瞬で消える技なんて、この世界にはない。

あるとすれば、それは未知のスキルか……。

しかし、そんなものではないと、抜刀斎はすぐに気づくことになった。

なぜなら……

 

 

 

「よっ!」

 

 

 

ベキッ!

 

 

 

「ん?!」

 

 

 

バキバキバアッカァーーーーーーン!!!!

 

 

 

「ぬおおおああっ!?」

 

 

 

突如として瓦解する木製の桶の山。

そしてその瓦礫の中に埋まっているチナツの姿に、カタナと抜刀斎は呆然としていた。

 

 

 

「いってててて……」

 

「もう! チナツくん、何やってるのよ!」

 

「そ、そうはいっても……これ、《破壊不能オブジェクト》じゃねぇのかよ……」

 

「ちょっと、大丈夫? って、ああああッ!?」

 

「ん?」

 

 

 

 

カタナが叫んだ先に、チナツも視線を向ける。

と、そこには、背中を見せて一目散に走って逃げる抜刀斎の姿が映っていた。

 

 

 

「こ、こらぁ〜〜! 待ちなさーーい!!!」

 

「俺は人斬り、《人斬り抜刀斎》!! 再び相見えん‼︎」

 

「んなこと聞いてないわよぉーーーー!!!!」

 

 

 

その後、抜刀斎の姿を完全に見逃してしまったカタナは、渋々帰ってきた。

そして、壊れた桶を、どうにか直せないかと四苦八苦しているチナツの姿を見つけ、トップスピードでチナツの間合いを詰めて、思いっきり両手で胸ぐらをつかんだ。

 

 

 

「もう! チナツくんのせいで逃げられちゃったじゃない!」

 

「わあっ、す、すみませんって……。でも、しょうがないじゃないですか!? これが壊れるなんて思ってなかったし……」

 

「あなた本物でしょう?! あんな偽物に名乗らせておいていいわけら!?」

 

「ま、まぁまぁ……別に、構わないですよ……それは。俺は別に、抜刀斎という名前に、未練も愛着も無いんですから……」

 

「…………ごめんなさい。今のは、私が無神経だったわね」

 

「気にしないでください。もう慣れてますから」

 

「そういう問題じゃーー」

 

「それよりも、早々に対策を練った方がいいんじゃないですか? 俺たちが何者であるかは知られては無いみたいでしたけど、それでも、今以上に警戒してくるはずですし……」

 

「…………そうね。私は一度部下を引き連れてギルドホームに戻るわ。チナツくんはどうするの?」

 

「俺はここら辺にある宿屋に泊まって、奴らの動向を探りますよ。ギルドにも入って無いですから、単独調査し放題ですし」

 

「わかったわ。でも気を付けてね?」

 

「わかってますって」

 

「あっ、そうだ! ねぇ、チナツくん。フレンドリストに私の名前入ってるわよね?」

 

「えっ? あ、はい……一応……」

 

「それじゃあ、何かあったら連絡してよ。そうすれば、私たちも動きやすいわ」

 

「そうですね……了解です」

 

「あっ、あと、パーティーも組みましょう」

 

「わかりまし…………えっ? パーティーもですか?」

 

「うん! パーティー。そうすれば、何かと便利だし」

 

「便利? 何がですか?」

 

「まぁ、いろいろよ」

 

「いろいろって……」

 

「とにかく! ほら、早くOKボタン押しなさいよ」

 

 

 

 

急かされるようにして、チナツは目の前に表示されたカタナからのパーティー申請を受諾した。

その後、二人は一旦別れ、カタナはギルドホームのある《グランザム》へ戻り、チナツはそのまま抜刀斎の手がかりを探すために走り出した。

 

 

 

 

(あいつのあの剣技……ゲームのソードスキルの真似事じゃなかった。一から鍛え上げられた、純粋な努力の積み重ねから来るもの……つまり、武道家……)

 

 

 

剣道……おそらく、あの抜刀斎は剣道の有段者だろう。

まっすぐで無駄のない太刀筋は、長い間ひたすら反復で練習を積み重ねてきた賜物……ならば、まず間違いなくプレイヤーというステータスがすでにこの中層域のプレイヤーたちとは段違いだ。

 

 

 

「…………なんとかしなきゃな……」

 

 

 

どことなく怒りを覚えた。

自分の異名を語られた……からではなく、何のためかはわからないが、関係ない一般プレイヤーを傷つけて、それに悪気を感じていないようだった。

その事が、チナツにはどうしても許せなかった。

それからチナツは、抜刀斎と名乗る男が、潜んでいそうな場所を巡って探したが、この日は何も情報は得られなかった。

 

 

 

「はぁ……ここまで来て収穫ゼロか…………今日はもう帰るか……」

 

 

 

あまり長時間調査をしようとしても、相手側に警戒させてしまうだけだ。

チナツは一度その場を離れ、第45層に戻り、安宿へと戻った……戻ったのだが……

 

 

「おかえりなさい♪ お風呂にします? ご飯にします? それともぉ〜、わ・た・し?」

 

 

 

バタン!

 

 

 

 

思わずドアを閉めた。

いや、当然の反応だろう。だって、すでに借りていた部屋とはいえ、自分が住んでいる部屋に、カタナが私服姿でお出迎え……。

しかも、なぜかエプロンをつけてるし……。

 

 

 

「…………仮想世界でも、幻って見えるのかな?」

 

 

 

深呼吸を一度して、再びドアを開けた。

 

 

 

「おかえりなさい♪ 私にします? 私にします? それともぉ〜、わ・た・し?」

 

「選択肢がない!?」

 

「あるじゃない。一つになっただけで」

 

「って言うかどうやって俺の部屋突き止めたんですか!?」

 

「情報収穫は得意なの♪」

 

「…………よくもまぁ、いちプレイヤーのためにそんな情報を収穫できますね……」

 

「あら、皮肉?」

 

「そういうんじゃないですよ……で、どうしたんです? ギルドホームに戻ったんじゃ……」

 

「うん。ちゃんとギルドの幹部メンバーには報告したわよ。で、終わって暇になったから、遊びに来たってわけ♪」

 

「で、でも、鍵は? ここは俺以外に鍵を開けられないはず……あっ!」

 

「うふふ……パーティーメンバーなら、いつでもどこでも開けられるってね♪」

 

「まさか……そのためだけにパーティーを組ませたんですか……?」

 

「そんなわけないでしょう。もちろん、今後一緒に活動するために、色々と役立つからよ。そうじゃなきゃ、わざわざパーティーなんて組まないわよ」

 

「まぁ……確かに……」

 

 

 

納得はいったが気がかりだ。

そして、最も気になる物……それは……

 

 

 

「何故エプロンなんか……」

 

「あら、お腹空かせてると思って。色々買ってきたわよ♪」

 

「自分で作ったんじゃないんかいっ?!」

 

「残念ながら私には料理スキルがないのよねぇ〜♪」

 

「じゃあ、何故エプロン姿……」

 

「新婚さんゴッコ♪」

 

「…………」

 

 

 

何だろう……いつの間にか彼女のペースに引きずり込まれている。

チナツはため息をつきながら、自身の部屋へと上り、装備解除のボタンを押した。

だが、何故か日本刀だけは解除せずに、そのまま机に立てかけた。

 

 

 

「あら、武器は仕舞わないの?」

 

「あー……まぁ、これは慣れですね。こうしてた方が、落ち着くんです」

 

「ふぅ〜ん……」

 

 

 

人には色々と抱えているものがある。

ならば、それはその本人が望まない限り、他人がとやかく言う資格はない。

カタナはそれとなく返事をすると、チナツに対して向き合うように座り、ウインドウを操作すると、アイテムストレージから食料を取り出した。

 

 

 

「はい。色々買ってきたから、食べましょう♪」

 

「そうですか? なら、遠慮なく……いただきます」

 

 

 

二人は並ぶ食べ物に手をつける。

そして食べながら、今回の事件について、もう少し詳しく話し合ってみた。

 

 

 

「今回の事件……抜刀斎たちの目的は何だと思いますか? カタナさん」

 

「そうね……。街の人たちからの話だと、ここら一帯を恐怖政治で縛りつけたいのかなって思ったわね」

 

「縛りつけたい……ですか。しかし、それは何のために?」

 

「過激派の連中って言うのは、大抵が大型ギルド……その中でも解放軍とは折り合いが悪いのは、知ってるでしょう?

だから、軍と対抗するまでの戦力がいる。でも、人なんてそう簡単に集まらないし、ましてや、相手は血盟騎士団や聖竜連合よりも多くのプレイヤーが所属しているのよ? なら、それに対抗するためには、ある程度大きな街で、自分の都合のいい集団や組織を作ってしまった方が早い……って思ってね」

 

「確かに……しかもそれが解放軍の圧政の所為だという口実をうまく広められれば、民衆もそれに乗っかってしまうというわけですか……」

 

「まぁ、現状で考えるなら、そう言うことよね。だって、もう私たちって、ここに一年もいるんだもん……」

 

「…………帰りたいとか思ってる人がいるんですかね? 俺はむしろ、そう言う人が減っていっていると思うんですけど……」

 

「そうね……でも、帰りたいとは思っていても、実際に自分が戦おうと思ったりはしてない……つまり、端的に省略して言えば、“帰りたい気持ちはある。でも、自分がやるのは嫌” 。

だけど攻略を進める傍で、圧政に苦しむのは許さない……何もかもが矛盾しているのよね……」

 

「なるほど。ようは、“平等” じゃなきゃ嫌だと思っているんですね……この世界は現実と同じだっていうのに……」

 

「そうね。ここは現実世界と何ら変わりはないわ……人がいて、それぞれの思惑があって、仮想世界なのに、どこか現実味があり過ぎる」

 

「仮想世界……ゲームだと思っているからでしょう。だから現実が見えてこない……いや、見たくないんですよ。

その気持ちがわからなくもないですけど……それでも……」

 

「他人を傷つけていい理由には、ならないわよね?」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

 

 

二人は箸をつつきながら、何となくだが、過激派連中の思惑が見えてきたような気がした。

 

 

「まぁ、何にしても、奴らの企てを阻止しなきゃいけない事は確かですね」

 

「でも、その肝心の相手が、どこにいるのかもわからないんじゃねぇ〜」

 

 

 

チナツは今日一日探してみたが、これといって手がかりを見つける事は出来なかった。

カタナも明日以降に調査をする予定ではあるが、正直難航する事は目に見えてわかる。

 

 

「…………これは俺の勘なんですけど」

 

「なに?」

 

「奴らは多分……ゲリラ式に動いているんじゃないかと……」

 

「ゲリラ……? って事は、一般プレイヤーに扮している……ってこと?」

 

「ええ。これは俺の経験上、標的を探る際や自分の存在、身を隠す時には、人気のない場所よりも、逆に人気の多い場所を歩くんです」

 

「なるほど……! 木を隠すなら森の中ってわけね」

 

「はい。多分、この階層や他の階層にも、そういう風に紛れているプレイヤーがいてもおかしくはないと思いますよ?」

 

「よし、わかった! 明日にでも、部下たちにはそう伝えておくわ!」

 

 

 

 

パァーっと顔をほころばせたカタナは、陽気に食料を口に運んでいく。

 

 

 

「ねぇねぇチナツくん! やっぱりうちのギルドにーー」

 

「ごめんなさい。今は入る気がありません」

 

「もう、この優柔不断め」

 

「別にいいじゃないですか……ほら、さっさと食べちゃいましょうよ」

 

「はーい」

 

 

 

カタナが買ってきた料理を二人で食べきり、食後のお茶も出してもらった。

その後、カタナは自分で買った家に帰り、僅かながらの静かで心地よい時間を、チナツは過ごした。

刀を握り、部屋の隅へと移動して、その場に座り込む。

まるで瞑想しているかのように目を瞑っては、なにもせずにひたすら座ったままでいる。

 

 

 

「さて、早々に……片付けないとな……」

 

 

誰も聞いていない部屋で一人。その言葉だけが木霊して響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでそのあとはどうなったんですか?」

 

「その後、チナツの助言のおかげで、過激派の連中を割り出すことに成功して、敵の本拠地も発見することに成功したの」

 

「本拠地?」

 

「うん。これがねぇ〜……《廻天党》の時同様ダンジョンの隠し部屋にアジトを作ってたのよ……」

 

 

 

次からはいよいよチナツがギルドに入る話。

今まで耳を傾けていただけの里香たちですら、刀奈の話に興味津々の様子だった。

その後、カタナたちは何とか過激派組織のアジトを割り当て、血盟騎士団メンバーで捕縛作戦を練ることにしたのだという。

作戦の内容を、チナツも一応聞き、その日はそれだけで終わった。

そして、いよいよ作戦決行を明日に控えた日の夜。チナツは、ある場所を訪れていた。

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

「お久しぶりですね……エギルさん」

 

「おお……! チナツ! 久しぶりだな!」

 

 

 

第50層《アルゲード》にあるエギルの店。

ここには流浪人として旅をしている時に、ちょくちょく通っていて、よく掘り出し物がないかみたり、旅の休憩に使ったりしていた。

 

 

 

「最近来なかったからな……心配してたぞ」

 

「すみません。ちょっと今、カタナさんの任務を手伝ってまして……」

 

「あぁ、そう言えば今、血盟騎士団は過激派組織と一戦交えようって感じなんだろ?」

 

「あれ? なんでエギルさんがそれを知ってるんです?」

 

「そりゃあ、本人から聞いたからな。カタナ、ボヤいていたぞ……お前がギルドに入ってくれないってよ」

 

「あっはは……そ、そうですか……」

 

 

 

チナツはエギルの店のカウンターに座り、エギルはチナツにお茶を出した。

チナツはそれを一口啜り、一息つく。

 

 

 

「それで? 明日なんだろう、その過激派の掃討作戦は……」

 

「はい……」

 

「にしては、なんか浮かない顔してんな」

 

「そうですね……なんか、俺が関わってもいいのかなって……」

 

 

 

エギルはグラスを拭きながら、チナツの話に耳を傾ける。

何でも、チナツは迷っているらしい……このまま、カタナたちと関わり、自分が再び表世界に出ていくのか、それとも、今まで通り、流浪人として、陰ながらこの世界を見て回り、時に手助けする存在になるのか……。

 

 

 

「だが、カタナは必要としてくれてるんだろ? ならいいじゃねぇかよ……」

 

「そういうわけにはいきませんよ。俺は表舞台に出るには、あまりにも汚れすぎてる……そんな俺が、今をときめく最強ギルドのメンバーなんて、笑えないですよ……」

 

「……周りの人間と、うまくいかないと思っているからか?」

 

「っ……そうかもしれないですね……」

 

 

 

 

それも理由の一つであるが、一番の理由はカタナとアスナ……自分が最も関わりの深かった二人に迷惑がかかる事だ。

今や二人は、このアインクラッドを代表する存在にまで上り詰めた。対して自分は、アインクラッドの闇の存在……決して表舞台には出られない存在になってしまった。

全く正反対な存在である自分と二人。そんな対極の存在が、一緒にいられるはずがない……。

 

 

 

「それに、ギルドという存在にも、俺は馴染めなくて……考えれば考えるほど、自分や、他人の醜い部分が見えてしまう……」

 

「まぁ、ギルドと言うものに、人をダメにする部分があるのは確かだな。

だが、それは仕方のない事だと思うぞ……それは人として、当然の事なんだ」

「…………」

 

 

 

エギルは静かに、だが、心に響いてくるのような……そんな言葉を語りかけた。

 

 

 

「生まれてきたものはいずれ腐り、朽ちていくものだ。それを嫌だと言っちまったら、誕生する事を否定しているのと同じだ」

 

「っ!?」

 

「お前だって、以前は俺たちと一緒にパーティー組んで戦った時は、仲間たちとぶつかり合って、もめて……でも、楽しかったろ?」

 

「っ……」

 

 

そうだ……作戦を考えて、納得いくまで議論して、それでも、楽しかった。それはきっと、陰ながら誰かが見えない努力をしていたからなんだ……。

誰だって不安や恐怖を感じていたんだ……でも、そうであったとしても、見えないところで戦っていたんだ。

そうやって、一緒に過ごし、戦っていたんだ……。

 

 

「っ…………そうか……二人は、ずっと俺を……待っててくれたんだ……!」

 

「ああ……だろうよ。カタナはよくうちに来てくれてたからな……その度に、お前の事を聞いてきたよ。

お前がここに来なかったかぁ〜とか、元気にしてたかぁ〜とかな」

 

「……どこにも行かず…ずっと……待って……っ!」

 

「ああ……そうだ……!」

 

 

 

 

カタナはずっと気にしてくれていたのかもしれない。

カタナも暗部に所属しているプレイヤーだ。どことなく、自分の立場を知っていてもおかしくはなかった……その頃からなのか………。

本人がどう思っているのかは、当の本人に聞いてみなければ分からないが、だがそれでも……もし、そう思ってくれていたなら……。

 

 

 

 

「エギルさん……俺に、一体何が出来ますかね……」

 

「あ? そんなもん、凄えことをやっちまえばいいのさ」

 

「凄いこと?」

 

「ああ……。誰にも出来ねぇ凄いことをやってみせろよ。今回の事件、パパッと解決させる……みないなよ!」

 

 

 

ニカッと笑う黒人オーナーに、チナツはクスッと笑った。

 

 

 

「ありがとうございました……エギルさん。行ってきます……!」

 

「おう、行ってこい」

 

 

 

チナツはエギルの店を飛び出し、《アルゲード》の街を駆け抜けていった。

向かう先は、過激派のいるアジト。

そのアジトの場所は、すでにカタナから聞いていた……ならば、あとは簡単だ。

 

 

「……さっさと決着をつけるか……っ!!!!!」

 

 

 

 

 

凄まじい速さで駆け抜けるチナツの姿は、まさしく神のごとき速さ……《神速》だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カタナちゃん、準備できた?」

 

「ええ。夜明けとともに攻撃開始……正直、今すぐにでも終わらせてやりたいんだけどね……」

 

「それって……やっぱり、チナツくんのため?」

 

「ん〜……どうなのかしらね。正直わからないわ……っていうか、“やっぱり” ってどういうこと?!」

 

「え? 違うの?」

 

「違うわよ……これは、その……任務だもの! 早く終わらせるに限るわ」

 

 

 

カタナは頬を赤く染めながら、アスナに反論するが、アスナはそれをニコニコと笑いながら聞いていた。

今二人は、《グランザム》にある血盟騎士団のギルドホール内にある会議室で、作戦前の話をしていた。

いよいよ明日に迫った過激派の掃討作戦。夜明けとともにアジトを奇襲する作戦だ。

もしその時に標的の抜刀斎がおらず、前のように辻斬りめいた行動に出ていたとして、そこはすでに展開している攻略組メンバーで取り押えるという段取りになっている。

ならばあとは、夜が明けるのを待つだけだ。

 

 

 

 

「うん、そうだね。それで、チナツくんの勧誘はどうだった?」

 

「うん……断られちゃった……」

 

「そっか……チナツくんが入ってくれれば、百人力なんだけどなぁ……」

 

「うん。でも、百人力で止まるかしらね……その更に上、一騎当千級になってるかもしれないわよ? アスナちゃんの話を聞く限りだと……」

 

「そうだよね……あの時、リズを助けてくれた時のチナツくん……私が見た限りだと、多分私たちよりも実力は上になってるじゃないかな……。

本気の戦いなら、チナツくんは攻略組の高レベルプレイヤーの頂点に立てるかもしれない…………!」

 

「うん…………でも、今のチナツくんは、昔とは違うと思うの。軍を抜けて……昔のチナツくんに戻って、私達の知ってるチナツに戻ったんだもん」

 

「そうだね……もう、《人斬り抜刀斎》じゃあ……ないんだもんね」

 

 

 

そうだ……もう違う。

出会った頃の、優しく微笑んでいる、正義感の強い少年……。

もう殺伐とした、“最強の人斬り” という名のプレイヤーはいないのだ。

 

 

 

「だから、今回はチナツくんには参加してもらわない方がいいのかもって、私は思うんだけど……」

 

「うん……まぁ、私もチナツくんは、私達の知るチナツくんのままでいてもらいたいからね……。

カタナちゃんの意見を否定したりはしないよ」

 

「ありがとう……じゃあ、早速メッセージを飛ばしてーーーー」

 

「カタナ様‼︎」

 

 

 

アスナと二人……会議室で話していた所に、隠密部隊の隊員が一人現れた。

それも、かなり慌てた様子だった。

 

 

 

「どうしたの、サスケ。もしかして、抜刀斎が動いた?」

 

「はい……しかし、その、標的の方ではなく……」

 

「……ん? どういう事?」

 

「標的の抜刀斎ではなく、その、本物の抜刀斎が、すでに奴らのアジトに向かったと……クロウからの情報です!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

その情報に、アスナとカタナは固まってしまった。

まただ……またチナツの一人に、血盟騎士団のメンバー全員が出し抜かれたのだ。

これな驚かずにいられるわけがないだろう……。

カタナはすごい剣幕で《サスケ》と呼ばれる隊員に迫る。

 

 

「ちょっ、嘘でしょう!確かに場所は伝えたけど、一緒に作戦を開始するって……!」

 

「しかし、現にそれらしきプレイヤーが、アジトの方に由向かうのを見たと、アジト周辺に展開していた隊員たちからの情報が……」

 

「嘘でしょう……」

 

 

 

会議室の机に肘をつき、顔を冷たい机に額をつける。

チナツというプレイヤーの行動に、ここまで踊らされる事になるとは……。

カタナはため息をついた……だが、次の瞬間、バッ!と顔を上げる。

 

 

 

「ねぇ、その報告を送ってきたの、アジトの周辺に展開していた隊員って言った?」

 

「はい、その通りです」

 

「って! それもうアジトに侵入してんじゃないの!?」

 

「あ……そうですね。その通りです」

 

「もうーーッ! 早く準備して! 急いで後を追いかけるわよ!」

 

「ハッ!」

 

「アスナちゃん!」

 

「う、うん! 私も呼びかけてくるね!」

 

「いや、もう遅いと思うわ。だから、アスナちゃんだけでもついてきてくれる?」

 

「うん、もちろん!」

 

 

 

 

結局、連れて行けるメンバーは隠密部隊の面々と、隊長のカタナと、アスナの数人だけだ。

カタナたちは慌ててギルドホールを出て、過激派のアジトへと向かって走り出した。

その頃チナツは、過激派組織のアジトの敷地内に足を踏み入れていた。

 

 

 

「あぁっ? なんだ、お前は……」

 

「…………貴様、昨日の…」

 

 

 

全く生活感の無い場所だ。

それもそうだ。なんせ、ダンジョンの隠し部屋なのだから……ここには最低限のものしか入れてないのだろう……もとよりメンバーのほとんどが、ここ最近調べてみて、街中で見た事のあるプレイヤーたちの顔だ。

そんな中、一際体格のいいプレイヤーが、集団の中央に立っていた。

足元に付いている鞘に収まった日本刀の鞘の端。そしてそれを両手の掌で支えている。

その姿は、プレイヤーの容姿……髭面の強面という事も相まって、まるで歴史の教科書に出てくる歴史の偉人達のような姿だった。

 

 

 

「へぇ……あの時少ししか顔を合わしてないのに、俺のことを覚えてたのか……」

 

「俺の攻撃を躱した奴はそうそういないんでな……」

 

「なるほどね」

 

「それで、何故貴様がここにいる? ここの場所をどうやって知った……」

 

 

 

どうやら、この自称抜刀斎の男が、この過激派を率いているリーダーのようだ。

そのリーダーの問いかけに応じてか、周りのプレイヤー達が剣を抜く。

……最近これと似たような……というよりも、全く同じ光景を見たような気がする。

 

 

 

「まぁ、ちょっと俺も情報通な知り合いがいるんでね……安心してくれていいぜ、ここには俺一人しかいないからな」

 

「そんな言葉を鵜呑みにしろと?」

 

「別に……。それを信じるのも信じないのも、あんたの勝手だよ。そんなことより、俺はあんたに聞きたいことがあるんだ……」

 

「なんだ?」

 

 

 

チナツが自称抜刀斎に問いかける。

何故、辻斬りめいたことをしているのか……と。

すると帰ってきた答えは……

 

 

 

「ここら一帯は、俺の領地だ。軍の連中なんかのいいなりになんかさせてたまるかよ……!

だから教えてやってんだよ、俺という存在がいる事を……この世界では……この場所では、俺が頂点に立っているんだとな……っ!」

 

「……それを見せしめるために、辻斬りをやっていたと?」

 

「それが一番効果的だろうよ。俺は《人斬り抜刀斎》……このアインクラッドの中で最も強いレッドプレイヤーだ!

まだ圏内で暴れまわってるからいいようなものだが、これ以上舐めた真似してると今度は軍の所属兵を皆殺しにしてやるよ!」

 

 

 

 

なんともまぁ、身勝手かつ子供のような言い分だ。

そりゃあ、デスゲームにとらわれて、苛立つ気持ちも分からなくはないが……それでももう一年は過ぎたんだ。

それぞれのプレイヤーが、戦い始めて、その命をもって、ゲームクリアを目指している……まさに命懸けだと言うのに……この男は。

 

 

 

「確かに、俺も元々軍に所属していたからな……軍のやり方全てに納得していたわけじゃない。

だけど、それでもみんな頑張って戦っているんだ……ゲームクリアの為、こんな世界に閉じ込められても、生き抜いてやると思っている……そんな人たちの頑張りを、お前の身勝手な行動で乱されてたまるかよ……!」

 

「なんだと?」

 

「もう少しはっきり言わないとわからないか? なら分かりやすく言ってやるよ……」

 

 

 

チナツは目を瞑り、深呼吸を一回。

そしてその目を見開いた……その、闘気が込められた鋭い眼光を解き放った。

 

 

 

「ーーーーてめぇのくだらない思想に、他人を巻き込むなって言ってんだ!!!!」

 

「っ!!?」

 

 

 

《雪華楼》の鯉口を切った。

それと同時に、相手方もいつでも戦闘可能という感じに、殺気を放った。

 

 

「ふふっ、ふはっはっはっは!!!! なるほどなるほど……! こいつはとんだ馬鹿らしい!

そうかいそうかい……そんなに死にたいっていうなら……望み通り殺してやるよ!」

 

 

 

リーダーの男が手を振りかざした。

その瞬間、剣、槍、斧、棍棒……あらゆる武器を構える部下達。

それに合わせ、チナツも《雪華楼》の柄に右手を持って行き、ゆっくりと握る。

カチャ! と握ったの同時に音がなる。

 

 

 

「引け‼︎ あまりけが人は出したくない!!!!」

 

「はあっ!? 何言ってんだこいつ?」

 

「この世界でけが人が出るかよ!」

 

「出るのは死人! てめぇ一人だけだぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

斬り込んでくる大勢のプレイヤー達。数の差では圧倒的に不利。

だが…………

 

 

 

「ッーーーーーーーー!!!!」

 

「「「「っ!!!!!!!?」」」」

 

 

 

 

斬り込んできていたプレイヤー達は、驚愕に表情を歪めた。

何故なら、さっきまで数メートル先にいた男が、もうすでに自分の目の前にいるのだから……。

 

 

 

「なっ!?」

 

「おおおおおおおッ!!!!!」

 

 

 

鞘から迸る剣閃。

横一文字に、複数のプレイヤーを斬りとばす。

凄まじい衝撃が、その場から発生する。衝撃が波紋のように広がり、宙に舞い、仰向けに倒れるプレイヤーたちの姿を見て、改めてリーダーの男は、自分の部下たちが斬られたのだと気付いた。

 

 

 

「な、なんだ……これは……!?」

 

 

 

周りから複数の悲鳴が聞こえる。

その悲鳴がする方へ、視線を移す度に目にする、部下たちの倒れていく姿……。そしてその部下たちを斬り刻んでいく、白い影。

 

 

 

「はあっ!!!」

 

 

 

激しい音が鳴り、最後に生き残っていた部下たちが倒された。

相手の男は汗ひとつかいていない。

涼しげな表情で刀を左右に振り、こちらに視線を向けてきた。

 

 

 

「残るはお前一人……」

 

「貴様……いったい何者だ……!?」

 

「…………《人斬り抜刀斎》の振るう剣は、お前のような剛壊剛打の力技で叩き潰す剣技じゃねぇよ。

常に相手の動きを先読みし、一撃の下で敵を倒す “神速の暗殺剣術” だ…………。今の俺が使っている剣と同じようにな……」

 

「ッ!!? 貴様、まさか……本物……!」

 

 

 

 

ようやく正体に気付いた。

この少年こそ……この男こそが、アインクラッドのレッドプレイヤーたちに恐れられた最強の人斬り、《人斬り抜刀斎》その人だと。

 

 

 

 

「ふ、ふふっ、ふはっはっはっは!!!! そうか! 貴様、昨日は実力を隠していたな?!」

 

「まぁね。俺はあんたと違って、力を誇示するような戦い方が嫌いなんだ」

 

「ふん……よもやこんなひ弱そうな小僧が抜刀斎だったとはな……だが、今の貴様は抜刀斎ではない……抜刀斎という名前は、俺にこそふさわしい!!!!」

 

 

 

 

刀を引き抜き、両手で握りしめ、振り被る。

 

 

 

「俺の名は《ヒルマ》! 貴様を倒す男の名だ! 俺は、抜刀斎だあぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

刀を振り下ろそうとした。

だが、振り下ろせなかった……。

 

 

 

「んっ!?」

 

 

 

それは何故か……目の前に、斬るべき相手がいないからだ。

 

 

 

「どこに……?!」

 

「ーーーーここだ‼︎」

 

「っ!!?」

 

 

 

 

上から声が聞こえた。

底冷えするような、冷徹で、殺気が混じった声だ。

 

 

 

「ふんッ!!!!!」

 

「がああああぁぁぁっ!!?」

 

 

 

 

スドオオオオーーーーンっ!!!!!!」

 

 

 

途轍もない衝撃が走る。

地面を伝って、壁を伝って、周囲にあるもの全てに、その振動が伝わっていった。

そしてそれは、アジトに向かっていたカタナ達にも認識することができた。

 

 

 

「っ!? 今のは?」

 

「凄い衝撃だったねー!」

 

「もしかして、チナツくん……?」

 

「とにかくいそごう!」

 

「ええ!」

 

 

 

 

ようやく到着し、中の現状を確認した。

そこには、あたり一面に倒れているプレイヤー達と、街を騒がしていた、偽抜刀斎に対して刀を振り下ろしていたチナツの姿。

 

 

 

「くっ……間に合わなかった……」

 

 

 

がっくりと肩を落とすカタナ。

アスナが恐る恐る、倒れているプレイヤーのところに歩き、その顔を見る。

 

 

 

「っ!? カタナちゃん! この人たち、まだ生きてる!」

 

「えっ?!」

 

「こっちの人も……あっちの人も……みんな、HPが半減しているだけで、死んでる人はいないよ!」

 

 

 

アスナの言葉に、我に返ったカタナは、すぐさま部下達に指示し、他のプレイヤー達の事も確認し始めた。

すると、アスナの言う通り、死んでいるプレイヤーはいなかった。

むしろ、本当に一撃しか入れてないようで、斬られた痕のライトエフェクトの数は、綺麗に一本だけだった。

そして視線を、今まさに《雪華楼》を鞘に納めようとしているチナツの方へと向ける。

 

 

 

「別に抜刀斎と言う名前に、未練も愛着もないけど……それでも、てめぇのような雑魚にやる気はねぇよ……っ!」

 

 

 

チンッ! と、刀の鍔と鞘口がぶつかる音が鳴り、それが静寂と化した隠し部屋へと響き渡る。

チナツはカタナの姿を確認すると、ゆっくりとカタナの元へと歩いて行く。

 

 

 

「カタナさん……」

 

「チナツくん……。っ! このバカ‼︎」

 

「ええっ?! な、なんですかいきなり!」

 

「私、作戦は明日……って言ったわよね?」

 

「え、ええ……言いましたね……」

 

「で? この状況はいったいどういうことかしら?」

 

「いやあ〜はっは〜……なんと言うか、ちょっと舞い上がっちゃって……」

 

「…………」

 

 

怒ってる。完全に怒っている……今も、現在進行形で。

顔は笑顔だが、片眉がピクピクと動き、よく見ると血管が浮き出ているような……気のせい、かな?

 

 

「もう……なんでそうやって無茶するかなぁ……本当なら、この事件から、手を引いてもらおうって思ってたのに……」

 

「え? なんでですか? パーティーまで組んで、手伝ってくれって言ったのに?」

 

「気が変わったのよ! それに、パーティーになったのは、チナツくんの宿屋に行っていたず……遊ぼうと思っただけだし!」

 

「今『いたずら』って言おうとしましたよね? 初めからそのつもりだったんですね……」

 

「とにかく! 後はこちらに任せてくれていいわ……事件解決に協力してくれて、ありがとう……血盟騎士団副団長として、心から感謝するわ」

 

 

 

微笑み、軽く頭をさげるカタナ。

それを見て、アスナもこちらに走ってきた。

 

 

 

「チナツくん! もう、無茶しちゃダメだよー! 一人でこんな数のプレイヤーを相手にして!」

 

「あっはは……すみません……」

 

「もう……君といいキリトくんといい……」

 

 

 

腕を組んで叱りつけるアスナの姿は、優しいお姉さんのように感じた。

そこでようやく、チナツはあることを思い出した。

 

 

 

「あっ、そうだ……あの、二人に……聞いてもらいたい話があるんです」

 

「ん?」

 

「なに?」

 

 

 

 

チナツは一度俯いた。でも、また二人の目を、強く見つめて言った。

 

 

 

 

「俺、ギルドに入ろうと思うんです!」

 

「「っ!?」」

 

「それで、俺はその……軍から抜けた身ですから、再び軍に戻る事は出来ませんし、聖竜連合とは、あまり仲良くありませんし……その……」

 

 

 

 

非常に気恥ずかしい気持ちだ。

こんな事を言うのが……たったひと言を言うのが、こんなにも恥ずかしいとは……。

 

 

 

「その、カタナさん!」

 

「は、はい?!」

 

「その……昨日あんな断り方をしておいて、本当に申し訳ないんですけど……俺を、血盟騎士団に入れてもらえないでしょうか!!!!」

 

 

 

 

頭を下げるチナツの姿を、アスナとともに見下ろしたカタナ。

アスナはカタナの方を見て、カタナはアスナの方を見る。

その瞬間、二人はそっと微笑んだ。

 

 

 

「チナツくん……」

 

「っ!? は、はい!」

 

 

 

チナツの頬に、何かが触れた。

暖かくて、柔らかい……頭を下げていたので、その正体がわからなかったが、顔を上げ、目を開いた瞬間に、それがカタナの手だという事を知った。

 

 

 

「ほんと、一度フった相手のところに来るなんて、男としてはどうなのかしらね……ねぇ、アスナちゃん?」

 

「ふふっ♪ でも、私はいいと思うよー」

 

「うん……。チナツくん、あなたの血盟騎士団への入団。前向きに検討させてもらうわ。

入団したら、あなたは私たちの部下……それすなわち、“私のもの” になるからね♪」

 

「そ、そこはせめて物扱いじゃなくて……」

 

「よろしい……歓迎するわ。チナツくん♪」

 

「うん! 歓迎するよー、チナツくん!」

 

 

 

 

手を差し伸ばす二人。

その手を、チナツは両手を伸ばして答えた。

こうして、チナツは晴れて、血盟騎士団への入団を果たしたのだった。

 

 

 

 






ああ……長い……。

このExtra Edition編はいったいいつまで続くのか……作者自身の私でも分からないという、この不始末。
これからまだまだ続くと思いますが、皆さん、どうか温かい目で見守ってほしいです!
できるだけ早く、海底ダンジョンまで行きますから!


感想、よろしくお願いします!



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第60話 Extra EditionⅧ



今回もチナツとカタナよ思い出話!

あと2話くらいは続くかもです……
早く先に進めよって思うかもしれませんが、ご容赦を……( ̄ー ̄)




「はい! これが、チナツの血盟騎士団入団時のお話♪」

 

「「「「おお〜〜っ!!」」」」

 

 

 

まるで吟遊詩人におとぎ話を読ませてもらったような気分だ。

その当事者である明日奈と刀奈はともかく、その話を初めて聞いた箒達にもとっては、中々に面白い物語だったのかもしれない。

 

 

 

「にしても、一夏ってばギルド二つも潰したって事よね?」

 

「うむ……しかも一人でだぞ。流石は千冬さんの弟……織斑の血がそうさせているのか?」

 

 

 

それがしっくり来るから怖い。

昔、一夏から聞いた話では、千冬は近所の不良グループを、たった一人で複数壊滅させたという逸話があると聞いた。

一夏自身も、その詳細はわからないらしいが、時折買い物に行くと、不良達が一夏を見るなり逃げ出したとか……。

そこで、ある時一人でウロついていた不良に事情を聞いてみると、その不良もまた、所属していたグループを千冬に壊滅させられたらしい……。それも、木刀一本で全員フルボッコだったそうだ。

 

 

 

「血は争えないって奴?」

 

「だな。今の一夏なら、あり得なくもないだろう……」

 

 

 

幼馴染として、頼もしいと思うべきか、常人ではないと引く所なのか……。

 

 

 

「そういえば、鈴ちゃんと篠ノ之さんは、一夏くんと幼馴染だったんだよね?」

 

「まぁーねー」

 

「うむ、その通りだ。といっても、私と鈴は、別に幼馴染ではないぞ?」

 

「ん? それってどういうこと?」

 

箒の言葉に疑問を感じた直葉。

しかし、それを鈴が軽く答えてくれた。

 

 

「あたしと箒は、入れ違いで幼馴染になったのよ。箒は小1から小4まで。あたしが小5から中1まで一夏と一緒だったのよ……」

 

「凄いね……! じゃあ、二人は一夏くんの幼馴染ではあるけど、面識がなかったんだね」

 

「そりゃあね。まぁ、一夏からは、箒の事についてはいろいろ聞いていたけどね」

 

「ほう? 一夏は私のことをなんと言っていたんだ? 少し気になる」

 

「『頑固で無愛想な剣術バカ』って言ってたわよー」

 

「な、なにぃっ!? あいつ……! 今度会ったらただじゃおかんぞ!」

 

「はいはい……冗談だから。一旦落ち着けっての……」

 

「なっ!? 鈴……貴様……っ!」

 

 

 

体をプルプルと震わせ、握る拳がギュウっ、ギュウっと音が鳴る。

だが、これは鈴の悪ふざけだと、箒はもう理解している。だからその怒りを収める、再び姿勢正しく正座して座る。

 

 

 

「まぁ実際は、“剣道の強い幼馴染” って言ってたわよ。それに、綺麗だとかなんとか……」

 

「なっ!? き、綺麗だと……! わ、私が……綺麗……!」

 

「はいはい、そんなのお世辞だから、深く気にしない」

 

「うっ……別にいいではないか!?」

 

 

両手を頬に当てて、ヘヴン状態に昇天する箒を鈴がすぐに現実に戻す。

そんなやり取りを聞きながら、笑う刀奈たち。

 

 

「んでぇ? カタナはチナツとはどうやって結婚まで行ったの?」

 

「え?」

 

 

 

里香がニヤニヤとしながら刀奈に尋ねる。

刀奈は明日奈同様、少し間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

「そうですよ! アスナさんは話してくれたんですから、カタナさんも!」

 

「ああ……やっぱりそこまでいかないとダメ? もう自然な流れで行きましょうよ……」

 

「無理」

「不許可です」

 

 

 

再び鈴と箒の拒否が入り、刀奈はむすぅーと頬を膨らませる。

 

 

 

「はいはい……わかったわよ」

 

 

そして、再び刀奈は語りだす。

今度は、一夏が……ゲーム世界でのチナツが、血盟騎士団に入ってから、その後の事を……。

 

 

「その後は……まぁ、みんな一度フィリアちゃんから聞いてるでしょう? 入団前にうちの団員と揉めたって話。

ほんと、トラブルが絶えなかったのよねぇ〜」

 

 

 

入団を推薦する為に、アスナとカタナの二人は、チナツをギルドホームのある《グランザム》まで来ていた。

そしてその時、次の攻略についての会議があると言い、二人は一度チナツと別れた。

会議室に入った二人は、すでに集まっていた幹部プレイヤーと、団長であるヒースクリフの視線を受けながら、軽く会釈をした。

 

 

 

「遅れてしまい、申し訳ありません」

 

「構わないよ。我々も今しがた揃ったようなものだからね」

 

「恐れ入ります」

 

 

 

代表として、カタナが団長に対して謝罪をするが、当の本人はあまり気にしていない。

二人が揃ったところで、ようやく会議がスタートした。

内容的には、おおよその攻略具合を確かめるシミュレーションだったり、各人員のレベルの上昇率などなど……。

近々迷宮区内に存在するボス部屋の位置の特定も知れる頃だろうから、それまでに準備は整えておきたいものだからだ。

 

 

 

「以上で報告を終わります」

 

「ご苦労」

 

 

ヒースクリフは淡々と話を聞きながら、その物静かな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「先の報告にもあったように、近々またボス戦が行われるだろう……。階層が上がると同時に、ボスのレベルもどんどん上がっている。

現状のままで満足せず、各人には、さらなるスキルの向上を目指してもらいたい。我々は最強ギルドなどと呼ばれてはいるが、戦力は常にギリギリだ。どうか、その事を覚えていてほしい」

 

 

 

 

ヒースクリフの言葉に、幹部たちも、そして、カタナとアスナも頷いた。

これにて会議は終了し、幹部たち共々、ヒースクリフも席を立とうとしたその時だった。

 

 

 

「あの! 少しよろしいでしょうか?」

 

「何かね、アスナくん……」

 

アスナの呼びかけに、全員が立ち上がるのをやめ、再び席に着いた。アスナは一度カタナの方に視線を向けると、それに同調したかのように、カタナもアスナに視線を送っていた。

そして二人で頷き合い、今度はカタナが口を開いた。

 

 

「団長に紹介したいプレイヤーがいるのですが、会っていただけませんでしょうか」

 

「ほう……それで、そのプレイヤーとは何者なのかね?」

 

「おそらく、団長も一度お会いしてると思いますが、名前は《チナツ》と言います。以前、私たちとパーティーを組んで、ボス攻略にも、幾度も参戦しています」

 

「……ほう」

 

 

 

これにはヒースクリフも驚いた顔をしていた。

 

 

 

「なるほど……かの《人斬り抜刀斎》がうちのギルドに入るという事かね……」

 

「っ! 団長、その呼び方は……!」

 

「おっと、そうだね。今のは私の失言だったな。しかし、何故カタナくんたちは、チナツくんと……」

 

「先日、過激派組織を壊滅し、その主要人物たちを《黒鉄宮》に移送したのはお聞きになりましたよね?」

 

「ああ……。なるほど、その事件を解決した人物こそが、チナツくんというわけか……」

 

「はい。そして、リズ……私の友人が、同じ過激派ギルド《廻天党》に人質に取られた時も、それを解決してくれたのが、チナツくんです」

 

「なるほど……つまり我がギルドには、チナツくんに貸しがあるということか」

 

「はい……それに、チナツくんの戦闘能力は、攻略組のプレイヤーたちの中でも、上位に立つものだと思います。

彼が血盟騎士団に入ってくれれば、先ほど団長の言っていた戦力も、少しは安定するのではないかと思います」

 

「ふむ……」

 

 

 

ヒースクリフは右手で顎を触りながら、何か考え込んでいる様子だった。

 

 

 

「わかった。こちらとしても、その様な人材が入りたいと言うのなら、断る理由がない。むしろ大歓迎と言ったところだ。

それで、チナツくんは今どこに?」

 

「えっと、一応会議が終わってから、改めてお話をしてもらおうと思っていたので、今はこの主街区で待ってもらっています」

 

「そうか……。では、ちょうど会議も終わったところだ……彼との面接をしようか」

 

 

 

 

若干ニヤリと浮かんだ笑みで、冗談を言ったつもりなのだろうが、あまり似合わない。

面接……いや、団長ならば意外と似合うか……?

 

 

 

「失礼します! アスナ様!」

 

「っ!? どうしたの?」

 

 

 

と、そこに血盟騎士団の団員が入ってきた。

アスナの事を、ある意味で崇拝し過ぎているクラディールだった。

 

 

 

「それが、また《カズハ》の奴が……」

 

「また?! もう、勘弁してよー……」

 

「どうしたの?」

 

 

 

アスナの落胆ぶりだと、これはもう何度となく起きているものなのだとは理解できる。

だが、一体どうしたのだろう……。

カタナの問いに、アスナはこめかみを押さえながら言った。

 

 

 

「ほら、最近攻略組として力をつけてきた人がいるでしょう? その人名前が、《カズハ》っていうだけどね。

腕は確かにいいんだけど……なんていうか、いつも問題を起こすんだよー」

 

「ああ……そういえば、この間もなんかギルドメンバー同士で取っ組み合いしたらしいわね……」

 

「自宅謹慎にでもしたほうがいいと思っていたけど、ちょうどボス戦の時だったから……」

 

「なるほど……それで、クラディール。今度はそのカズハが何をやったの?」

 

「ち、違うのです、カタナ様」

 

「「ん?」」

 

 

 

クラディールの顔は、まるでありえないものを見た……といった表情だった。

そして一体、何が違うのか……?

 

 

 

「それが……やられているんです……カズハを含め、複数の攻略組プレイヤーが、たった一人のプレイヤーに……!」

 

 

 

クラディールの言葉に、会議場にいた全プレイヤーが驚いた。

 

 

「やられてる?! ちょっと待ってよ、カズハだって腕利きのプレイヤーなのよ? しかも複数人で、たった一人のプレイヤーに……!」

 

「しかし、それが本当なのです! カズハ以外のプレイヤーも、皆腕の立つ者ばかりです……」

 

「その相手って?」

 

「はっ、私も聞いた情報しかないのですが……長身痩躯の体つきで……」

 

「「ん……」」

 

「珍しい純白の日本刀を使っていて……」

 

「「んっ?!」」

 

「それが、目にも留まらぬ神速剣の使い手だと……」

 

「「…………」」

 

「あとは、白いコートに身を包んだ、若い男という事ぐらいしかわかっていません」

 

「もういいわ、クラディール……ありがとう」

 

「……これって……やっぱり……」

 

「そういうことよねぇ……もう〜〜っ、なんでおとなしく出来ないのかしら……!?」

 

 

 

今度はカタナか頭をかかえる番だった。

そしてすぐさま会議室を抜け出し、騒ぎが起きているという街中まで全力疾走で向かった。

 

 

 

 

「では、私も向かうとしよう」

 

「えっ?! 団長自らですか?」

 

「ああ……ちょうどいい機会だ。新人の顔と、その実力の両方を見れるなら、お得だろう」

 

 

 

そう言いながら、赤い外套に身を包んだヒースクリフをまた、会議室を出て行った。

大丈夫だとは思うが、さすがに団長一人で向かわせるのもどうかと思い、アスナもヒースクリフについていった。

その頃、街中では多くの野次馬と、その中心で戦うプレイヤーたちの熱気で、大盛り上がりだった。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「グハァッ!?」

 

 

 

総勢8名からなる血盟騎士団の団員たちとの仕合は、圧倒的とも言える状況だった。

8対1で、圏内戦闘を行った……8人のレベルは、相当高い。普通ならば、フルボッコ確定の仕合だったにもかかわらず、倒れているのは、その8人のうちの7人。

この状況に、握りしめる両手剣を構えたカズハは、冷や汗をかきながら相手を見ていた。

圧倒的な速度で動く敵、そこから繰り出される剣撃。何もかもが自分たちの次元を超えている。

 

 

 

「さて、残るはお前一人だ……」

 

「くっ!」

 

「これ以上この子に関わらないと誓うなら、あとは傷害罪でも公務執行妨害でも、好きにしてくれていいが……?」

 

「ふ、ふざけるなっ! こんな舐められたまま、そんな無様な真似ができるか!」

 

 

 

カズハは両手剣を振り上げ、ソードスキルを発動させた。

単発重突進攻撃《アバランシュ》。

 

 

 

「チェストォォォーーーー!!!!」

 

 

 

勢いよく振り下ろした一撃。

だが、目の前からチナツが消えていることに、カズハは気がついた。

 

 

「んっ!?」

 

 

そして、それを遠目から、仕合場に向かって走ってきていたカタナやヒースクリフたちも、驚嘆の声を上げている。

 

 

「ほう……」

 

「はぁ……いくら豪剣でも、チナツくんの前では無意味だというのに……」

 

 

 

 

カタナの言葉が終えると同時に、真上に飛翔していたチナツが、全力を持ってカズハの脳天めがけて上段唐竹を打ち込んだ。

砂煙りが起こり、地面にうつ伏せで倒れたカズハは、ピクリとも動かない。あまりの衝撃に、気を失ったのだろう。

 

 

 

「ふぅー……ケガはない?」

 

「あっ、うん! ありがとう……おかげで助かったよ」

 

「別に……。大したことじゃないから」

 

「それでも、本当にありがとう! 私、フィリア。君は?」

 

「俺はチナツ。とにかく、無事でよかった」

 

 

 

 

そう言いながら、チナツは《雪華楼》を鞘に納めた。

その瞬間に、周りからは大歓声が起こる。たった一人のプレイヤーが、横暴な騎士団員を懲らしめたというある種の活劇に、周りは賞賛しているのだ。

しかしその歓声も、次第に治まった。

何故なら、野次馬たちの周りを、血盟騎士団の団員たちが囲んでいたからだ。野次馬たちの壁が、綺麗に分かれていき、そこを通ってくる人物が二人。

また額に怒りマークを出して笑っているカタナと、その横を憮然とした表情で歩いてくる騎士団長のヒースクリフの二人だ。

 

 

 

 

「チィ〜ナァ〜ツゥ〜く〜〜ん?」

 

「ひぃ!?」

 

 

 

目の前から魔女が歩いてくる。

目に見えて怒っている……怒気のオーラを身に纏って、こちらに近づいてくる。

 

 

「あ、いや……その…」

 

「君はどうして大人しく待つという事が出来ないのかしら?」

 

「いや、だから……! っていうか、仕方ないじゃないですか!」

 

「そうだけど……! はぁ……もういいわ。こちらにも落ち度があったわけだし。

そこのあなた、大丈夫? うちの団員が迷惑をかけたみたいで、申し訳ないわ」

 

「い、いえ、そんな大丈夫ですよ!」

 

 

 

カタナはフィリアに対して頭を下げて、謝罪の言葉を言い、すぐに倒れているカズハへと視線を向けた。

 

 

 

「この者たちを連行しなさい。地下牢につないで、目が覚め次第、処遇を伝えます」

 

「ハッ!」

 

 

 

カタナの指示のもと、カズハを含め8人の団員たちが連行されていく中、野次馬たちはヒースクリフ、アスナの存在を確認すると、これまでとは打って変わって、静寂という雰囲気に呑まれていた。

他の団員たちが野次馬たちを促し、その場から離れるよう指示している。

ちょうどその瞬間、ヒースクリフがチナツの所へと歩み寄ってきた。

 

 

 

「久しいな、チナツくん」

 

「お久しぶりです、ヒースクリフ団長」

 

「そうだな。君とこうして会うのは、いつぶりになるだろうね……」

 

「さぁ……俺が前線を離れて、だいぶ経ちますからね。俺も正直覚えてないですよ」

 

「しかし、またこうして会えたのも、何かの縁だな。それに、君が我がギルドに入りたいと言っていたそうだね」

 

「はい」

 

「理由を聞いても?」

 

「理由は……特にないですよ。俺の事を必要だと言ってくれた人がいて、俺はそれに答えたいと思ったからです」

 

「……なるほど」

 

 

 

 

チナツの答えを聞き、ヒースクリフは体を反転させ、来た道を戻っていく。

だが、すぐに立ち止まった。

 

 

「ならば歓迎しよう。ギルドの案内は、カタナくんに聞くといい。これからは君も団員だ。我々の指示には、従ってもらうよ?」

 

「ええ……もちろん」

 

 

 

 

それだけを言い残し、ヒースクリフは再び歩き出した。

広場では血盟騎士団の団員たちによって、問題を起こした団員たちが連行され、チナツはカタナとともにギルドまで移動し始めた。

 

 

 

 

「まったく……次からはちゃんと考えてから行動するように! ほんと、トラブルに愛されてるの? 君は……」

 

「そんな事言われてもですね……別に俺がトラブルを引き起こしてるわけじゃ無いんで、なんとも……」

 

「まぁ、そうね。でもやっと、チナツが正式にギルドに所属できるようになったわねぇ〜!」

 

「はい。これからよろしくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ。ここでは私は副団長だから、私の命令に従ってね♪」

 

「……無理難題じゃなければ……」

 

 

 

 

苦笑いを浮かべながら、チナツはカタナに言うのだが、そんなカタナの顔は満面の笑みだ。

それがどうしようもなく怖いと感じてしまうのは、なぜだろう……?

その後、チナツはカタナの直属の部下となり、血盟騎士団の制服を渡された。

今着ているコートとは、若干デザインと色合いが違うだけなので、なんの抵抗もなく着れた。

 

 

 

「うんうん! いいじゃない、似合ってるわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

かくして、血盟騎士団所属になったチナツは、その後隠密部隊として活動する事が多くなった。

そして、それは必然的にカタナと行動を共にする事が多くなり、いろいろと大変な日々を送っていたが、なんとかやって行った。

時折カタナと二人きりでの任務もあり、その時には、いろいろとカタナの話を聞いたり、チナツ自身の事を話したりした……。

そんなある日の事だ。

その時も二人きりで任務に出ていた時、突然の大雨に晒された。

二人はダンジョンの近くにあった洞窟へと入り、雨が止むまで雨宿りしていた。

そんな時、ふと、カタナから質問が投げかけられた。

 

 

 

 

「ねぇ、チナツくん。チナツくんは、何の為に戦ってるの?」

 

「何ですか? いきなり……」

 

「いや、まぁ……その、チナツくんは軍の中で、暗部として戦ってたんでしょう?

それもその……暗部として、レッドプレイヤーを斬ってきたわけじゃない……」

 

「そうですね……。何の為、ですか……それは、俺自身の理想が、そうさせていたのかもしれません」

 

「理想?」

 

 

 

 

そこでチナツは、今まで誰にも話していなかった、心の内に秘めた思いをカタナに打ち明けた。

 

 

 

 

「俺には、両親がいないんです。正確にはいるんですけど、でも、物心つく前から、二人は俺と姉を置いて、どこかへと消えてしまったんです……

姉は強い人で、その時はまだ高校生だったっていうのに、頑張って働いて、勉強して、剣術の稽古も人一倍頑張ってた……俺の事を見てくれてた。そんな姉に、俺は心底感謝していますよ……今でもね」

 

「…………」

 

「でもある時、姉が出場するある試合の決勝戦の日……俺は、謎の組織に誘拐されました。

犯人たちの目的は、姉の試合を妨害し、出場させない事だったんだと思いますけど……。その状況の中、姉は俺を助けに来てくれました。

誰よりも速く、一番に会いに来てくれた……でも、その所為で、姉は大事な試合を欠場……結果、不戦敗になって、優勝を逃しました……」

 

「そんな事が……」

 

「はい。その時に思ったんですよ……俺は、なんて無力なんだろうって……。

俺が捕まってさえいなければ、姉は試合に出場し、優勝していたはずですからね。だからこそ、俺は力を求めたんです……強さを持つ……強くなりたかった……!」

 

「でもそれは、チナツくんの所為ではないでしょう? なのに、そんな……」

 

「確かにその通りです。それは、姉にも言われましたよ……「お前が気にする事はない」ってね。

でも、やっぱり無理じゃないですか……どんなに忘れようとしても、あの時の無力感は消えないんです。だから、それを払拭しようと思って、俺は姉を目標にして、強くなると誓ったんです!

姉のように、大切なものが守れるくらいに、俺自身が強くなりたいって……」

 

「でも……そうはならなかった……?」

 

「はい……」

 

 

 

チナツの話を聞いていくうちに、カタナには、チナツの正体がわかって来ていた。

暗部の家系として、それなりの情報網を持っているし、その頃はカタナだって更識の当主になるべく、早い段階で任務に従事していた。

武術の強い姉を持ち、大事な大会での誘拐事件……それが示すのは、今や世界を根底から覆した存在、ISを用いた世界大会《モンド・グロッソ》だけだ。

そして決勝戦を辞退せざるをえなかった選手はただ一人。世界中の人々と、全てのIS操縦者からつけられた《世界最強》という称号の持ち主。

日本代表『織斑 千冬』ただ一人。

ならばその弟とは、必然的に…………。

 

 

 

「今でも、お姉さんを目標にしてるの?」

 

「そうですね……今でも、強く根付いていますよ。あの時助けてくれた、姉の姿……それに、救い出された時に生まれた、嬉しいという感情と、姉のように強くなると決めた決心が、その時に生まれたんです」

 

「そう……」

 

 

 

 

カタナはだだ、そう呟いては、未だに晴れない雨空を眺めている。

 

 

 

「やっぱりさ、お姉さんが優秀だと……弟としては、特別な物に感じるの?」

 

「え? なんでです?」

 

「…………私にも、妹がいるの。とっても可愛い……私の自慢の妹が……」

 

 

 

今になって、何故あんな事をチナツに話したのかはわからない。

でも、話していいと思えたのだ……何故だか、この人には話せると思った。

 

 

 

「その妹さんと、何かあったんですか?」

 

「うん……ちょっと、ケンカしちゃってね。うちの家って、ちょっと複雑というか、特殊な家なの。うーんと、簡単に言うと、名家……かな?

そんな家に生まれたんだから、私と妹も、後継者争いに巻き込まれちゃってね。まぁ、結果的に言えば、私が後継者に選ばれた……それから、妹とは、すれ違ってばっかりで……」

 

「妹さんとは、仲が良かったんですよね?」

 

「うん! 仲良し! 超ぉぉぉ仲良しよ!? でも、その……」

 

 

 

急にうつむき、両手で顔を覆い隠した。

 

 

 

「私が、妹に……何もしなくていいって……言っちゃって……」

 

「何もしなくていい?」

 

「私は、妹を、守りたかった……だから、できるだけ危険な物から離したかった……でも、それ以来、妹とは……」

 

 

声のトーンが徐々に低くなっていってるのがわかる。

この時、チナツにもわかった。カタナが、その妹の事を、何よりも大事だと思っていることに……。

それ自体、自分の姉……千冬が自分にしてくれていた事と、何も大差ない事だ。

だけど……その妹の気持ちも、チナツにはわかった。

 

 

 

「確かに、それはカタナさんも悪いですね」

 

「……うん」

 

「さっきも言いましたけど、俺は、姉が気にするなと言っても、気にしないなんて出来ない。それなりの責任を感じているんです……だから、目標にして、いつか必ず追いついて、追い越したいって願い、求めるんです。

いや、それだけじゃないな……自分の事も、自分の力も、知って欲しいんです」

 

「自分の……力?」

 

「姉には持っていない才能……姉とは違った物を持っている……だから、自分は姉とは違うんだ……姉には負けたくない」

 

「…………」

 

「俺は、そう思った事があります。どうしても、頭からは離れないんですよ……特に、俺には親がいませんでしたからね。

姉を助けられるような弟になりたい……そう願っても、そこにはやはり、優秀な姉という存在がいます……だから、そうやって気を使ってくれるのは、嬉しいですけど……逆に、それが罪悪感に思えるんです」

 

「…………そうよね。ほんと、私って馬鹿よね……大事なのに……簪ちゃんの事、大好きなのに……!」

 

 

カタナの瞳から、涙が溢れ落ちた。

よほどその妹……簪の事が大事なのだろう。その思いが、ひしひしと伝わってくる。

 

 

 

「だから、ちゃんと帰らないといけませんね」

 

「…………うん。そうよね……ちゃんと生き残って、簪ちゃんにちゃんと言う……ごめんなさいって」

「はい……」

 

 

 

 

その後、二人は雨上がりの空を見ながら、ギルドホームへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何かっこつけてんのよ、あいつ」

 

「だな。なんだか一夏らしくない感じがする」

 

「二人は一夏君のことをどう思ってるのかな?」

 

「朴念仁」

「唐変木だな」

 

「うわぁ……」

 

 

 

辛辣な言葉の投げかけに、直葉は一夏に同情するしかなかった。

まぁ、即答するあたりが、鈴と箒のらしいところではあるのだが……。

 

 

 

「でも、そんな唐変木でも……いいとこあんのよ♪」

 

 

 

刀奈は再び語りだす。

今度は……自身の気持ちの変化についてを……。

 

 

 

 

 

「チナツくーん、マッサージィ〜♪」

 

「はいはい」

 

「チナツくーん、お腹減ったぁ〜!」

 

「了解しました」

 

「チナツくーん♪」

 

「もうっ、仕事出来なんですけど!」

 

 

 

 

それからというもの、カタナのチナツに対する思いが変わった。

というのは、周りから見ても、火を見るよりも明らかだった。

いままで以上にチナツとの接触が多くなり、任務にも同行することが多くなり、最近ではチナツがカタナにお弁当を作ってきているという話しも持ち上がるくらいに……。

 

 

 

 

「カタナちゃん、なんだか楽しそうだねー」

 

「え? そう? まぁ、確かに楽しいかな〜……チナツくんをいじるのは♪」

 

「あ、えっと……別にそっちの意味じゃ……ううん、なんでもない」

 

 

 

ニコニコと微笑みながら楽しそうにしているカタナの顔を見ていると、聞こうとしている方が野暮だと思ってしまう。

今現在、カタナの仕事部屋にいる二人だが、今日も今日とてカタナの仕事が早い。

普段から仕事の早い方なのだが、今日は一段と早い。

最近分かってきた事なのだが、カタナは良い事があると色々と調子がいい。仕事の事もそうなのだが、攻略の事にも力が入る。

普段はミステリアスな外見に包まれているが、こうして見ると、普通の女の子のそれだ。

 

 

 

「この頃、チナツくんと一緒にいる事が多いね?」

 

「うん……まぁ、ね」

 

「……はは〜ん♪」

 

「な、なに……? なんでそんなニヤニヤしてるの?」

 

「なるほどねぇー♪」

 

「だ、だからなによ?! アスナちゃん、ちょっと怖いわよ?!」

 

「いやさ、なんか良いなぁーって思って。カタナちゃん、チナツくんに恋してるみたいで♪」

 

「………………」

 

「あ、あれ? カタナちゃん、どうしたの?」

 

「こーー」

 

「こ?」

 

「コイィィィィィィィィッ!!!!!?」

 

「うわぁっ!?」

 

 

 

 

急に叫び出し、その場に立ち尽くした。

アスナは急な絶叫に驚き、目をギョッとさせて、カタナの顔を見ていた。

天井を見ながら、わなわなと顔を赤くしながら震えているカタナは、その視線を徐々にアスナへと向ける。

 

 

 

「な、な、何をいってるのよ! こ、恋ってそんな……」

 

「いや、でもねカタナちゃん。本当にそう見えるよ? もしかして、自覚なかったの?」

 

「へぇ……?」

 

 

 

改めて思い返してみる……確かに最近チナツといると嬉しいし、なんだかドキドキする……でも、いやそれは……

 

 

 

「ば、馬鹿な! ありえないわよ! チ、チナツくんは、私の部下で! え、えっと、えっと、その……そう! 弟みたいなものなのよ?!

そ、そりゃあ確かに、ちょっとからかうとすぐに慌てるし、そんな慌ててるチナツくんって、ちょっと可愛いんだけど、なんていうか、そういうのを見ると、もっとからかいたくなっちゃうっていうか!」

 

「…………」

 

「そ、それに、こう飄々としているんだけど、実は優しくて、頼りになって、いつまでも側に置いておきたいって思うときも……まぁ、あるわね!

それに、意外に思うかもしれないんだけど、チナツくんって肌プルプルなのよ! 特に耳たぶとか触ってると、ちょっと落ち着くの! ねぇ、アスナちゃんにこの気持ちわかる?!」

 

「……分かりたいけど……ちょっとわからないかな〜……」

 

「ええ!? アスナちゃんだってキリトといるときはそうでしょう?!」

 

「ええっ?! わ、私の話!? ま、まぁ、それはともかくよ? さっきからカタナちゃんの話を聞く限り、やっぱり、カタナちゃんって、チナツくんのこと……好きなんでしょう? っていうか、そうとしか思えないし……」

 

「うえぇぇっ?! ちょっ、ちょっと待って! ほんとに待って!」

 

「待つって言われても……」

 

「いや、だってぇぇぇぇ!」

 

「だっても何も、だって普通耳たぶ触ってる落ち着くなんて、普通の上司と部下って関係じゃまずないでしょう?

心を許しているから、そんな事をするわけであって、まずカタナちゃんが、見ず知らずのプレイヤーとそんな事しないでしょう?

て事はだよ? そんな普通はしない事を、普通にやってる間柄はなのは、もう恋人っていう感じだと思うんだけど……」

 

「っ…………そ、そんな……そんなの、私の予定には入ってないわよっ?!」

 

「いや、予定通りに恋愛をするのもどうかと思うよ?」

 

「あ……そっか……」

 

 

 

ようやく正気に戻ったのか、カタナは呆然としながら、天井を見上げていた。

確かに、自分はチナツの事を気に入っている。

それに、普段から何をやっているのか、何が好きなのか、どれくらいの強さを持っているのか……最近では、そんな事しか思いついていないくらいだ。

それに、最近弁当を作ってきてくれるのは、チナツが料理スキルを上げたいと言ったからだが、よく考えてみれば、この世界で料理スキルを持つ者は少ない。

カタナの知る限り、チナツとアスナの二人。その他にも所持はしているが、前の二人ほどの熟練度に達している者はいないプレイヤー……それでも二人だけ……計四人だけということだ。

料理の出来る男子で、なおかつ顔も中々良いと団員の女性プレイヤー達からの評判も上がっている……それに、カタナやアスナに匹敵するほどの剣の冴え。

何度か任務に同行させてみてわかったが、カタナも何度か危機を救ってくれたときがあった。

いままで背中を任せてきた事が少なかった……だが、チナツといる時だけは、なぜか安心してしまう。

常に警戒していた……背中を預けられる者がいないと思っていた……だが、チナツはその背中を、何度だって守ってくれた。

そして、優しく微笑みながらこちらに手を差し伸ばしてくれる。

その手に触れるのが、今ではすごく好きだ。

何度だって触れたい。笑っている顔を見るとホッとする……とても、安心する。

 

 

 

「あぁ……そっか……」

 

 

 

 

ここで、カタナは初めて気づいた。

 

 

 

 

「私……本当に、チナツくんの事が……好きなんだ!」

 

「うん……多分、好きなんだよ」

 

「そっか、好きなんだ……」

 

 

 

改めて認めてしまうと、なんだか顔が熱くなってきた。

次第に、どんどんチナツの事を考えてしまう。チナツと付き合って、いろんなところへと行って、一緒に戦って、いずれは同じ家を買って、一緒に住んで……そして……

 

 

 

「………………」

 

「カタナちゃん」

 

「……なに?」

 

「顔、ものすごく赤いよ?」

 

「うん…………知ってる……」

 

 

 

 

 

 

だめだ、完全に上の空になってしまった。

その後、カタナを正気に戻したアスナと、カタナの二人で、どうすればチナツの事を落とせるのかを協議した。

すでにギルドでも上がっている、あまりにも唐変木過ぎるチナツに対して、どのようにアプローチすれば、チナツの心にカタナという存在を刻ませることができるのか……。

それを協議して、ようやく答えを見つけられるかと思ったその時、アスナがあることに気がついた。

 

 

 

 

「そういえばチナツくん……たしか、彼女がいるとかいないとか噂になってたような……」

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

カタナの心に、少なからずヒビが入った瞬間だった。

 

 

 

 

 






次は、チナツとカタナが結婚する話まで行けば良いかな。

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第61話 Extra EditionⅨ



ええ〜今回も、チナツの過去編です。




「ううっ〜〜〜〜……」

 

「えっと……なんか、ごめんねカタナちゃん……」

 

「別に良いわよ……アスナちゃんのせいじゃないし……」

 

「いやでも……」

 

「気にしなくて良いって……」

 

「いや、そんな露骨に落ち込まれると、かえって気になっちゃうんだもん……」

 

「ううっ……ぐすっ……だってぇぇ〜〜!」

 

 

 

机にうつ伏せになった状態で、すでに半日が経過していた。

あれからと言うものの、カタナはチナツについて色々と調べて回っていたらしい……。以前チナツが所属していた軍にいる友人に協力を仰ぎ、詳細な情報を提供してもらっていたのだ。

しかし、チナツは軍の中でもトップシークレット級の扱いだったらしく、情報はあまり多くはなかった。

ただ、チナツの存在が、他のレッドプレイヤーたちに認識されないように、偽装していた事があったらしい。

 

 

 

「それで、“結婚” してたなんて……チナツくん、見ない間に凄いことやっちゃってたんだねー」

 

「どう言う事よ…………あの若さで結婚とか、幕末期じゃあるまいし……」

 

「カタナちゃん、本音が出てるよー?」

 

「もういい! もう知らない! 私一生恋なんてしないもん!」

 

「 “もん” って……で、でも、チナツくんはその、奥さーー恋人さんがいるのに、どうして一人で旅なんてしてたのかな?」

 

 

 

 

奥さんと言わないあたり、アスナも気を使っているらしい。

だが、確かに妙だった。

チナツはこれまで、たった一人で旅を続けてきた。

各階層を歩き渡り、小さなトラブルも大きなトラブルも一様に片付けて行ったと、本人がそう言っている。

では、結婚した相手はどうしているのだろうか?

偽装するためとはいえ、結婚して、離婚した話が出てきてない以上、チナツと、チナツの嫁さんがまだ繋がっているのは間違いない。

無論、離婚したという情報が、まだ入ってきていないだけかも知れないが、それでもおかしい。

その相手とは誰なのか……今どこで何をしているのか……そして、何故チナツはその相手を放ったらかしにして、こんな旅を続けた挙句、血盟騎士団に入ったのか……

 

 

 

 

「確かに……ちょっと気になる話ね」

 

「でしょう? チナツくんが結婚してる話は聞いたけど、その相手が誰なのかまではわからないんだよね?

一体、どんな人なんだろう……」

 

「そうよねぇ……あの鈍感唐変木朴念仁のチナツくんを射止め人なんだから、それこそ、私やアスナちゃん以上の美人とか!?」

 

「チナツくんの悪口って、全部一緒の意味だよね?」

 

「ん、んんっ! まぁ、とりあえず……そこら辺のところを調べてみる必要があるわね……」

 

「どうする? 私も手伝おうか……」

 

「うん。でも、アスナちゃんには、チナツくんの周りの人間関係について調べてもらっていい? 無論、本来の職務優先で構わないわ!」

 

「了解! あんまり詮索するのは気がひけるけど、でもしょうがないよね、カタナちゃんのためだもの!」

 

「ありがとう〜〜〜! アスナちゃん、愛してるぅ〜〜♪」

 

「ひゃあっ!? ちょっ、カタナちゃん、くすぐったいよぉ〜!」

 

「うふふっ、良いではないか、良いではないかぁ〜!」

 

「いやあぁぁぁ〜〜‼︎」

 

 

 

 

急激な百合展開は置いといて……その後、二人は任務をする傍らで、チナツについての情報を集め始めた。

昔から交流のあったエギルや、情報屋のアルゴなどを通じ、少しでも貴重な情報を得られないかと……。

チナツがいた暗部での情報は、さすがに拾えなかったが、それでもその後のことは、大まかなら集めることができた。

と言っても、先ほどの情報と、あまり大差のない情報だが……。

それからというものの、特にこれといった進展はなく、カタナにとっては、非常にやきもきする日々の毎日だった。

一向にその彼女らしき人物と会う気配もないし、普通に任務を遂行し、達成し、報告する。たまに料理なんかを作って、振まってくれる……そんな、何気ない日常を過ごしていた。

 

 

 

「このままじゃ埒があかないわね……」

 

 

 

カタナはげっそりしながら、どうしたものかと考える。

チナツとともに生活していた女性プレイヤー……その姿を捉えようと情報を集めるが、逆にその姿が遠ざかっていく。

一体どういう人物なのか……。

 

 

 

「こうなったら……一か八か……!」

 

 

 

ここでカタナは思い切って聞いてみることにした。

ちょうどその時、二人で次の階層の迷宮区を探索するという任務を請け負っていた。

これは、またとないチャンス。

だからカタナは、当時最大級の勇気を持って、チナツに尋ねた。

 

 

 

「ね、ねぇ……チナツくん」

 

「はい?」

 

「その……チナツくんって、か、彼女がいるって本当?」

 

「えっ?」

 

「あっ、ご、ごめん! その、変な意味じゃないのよ?! その、噂で聞いてさ!」

 

「ああ……」

 

 

 

どうやら、噂という形で広まっている事は、チナツも知っていたようだ。

チナツは一瞬、どう答えていいものかと逡巡するが、カタナが向けてくる視線に気づき、ここは誤魔化していい場面ではないと判断したのか、一度深呼吸をすると、カタナの目をしっかりと見て答えた。

 

 

 

「はい……いますよ」

 

「っ…………そ、そう……やっぱり、そうだったのね……」

 

 

 

そう言われるのはわかっていた……わかってはいたが、やはり改めて言われると、胸が痛む……。

 

 

 

「えっと、どうして急にそんな事を?」

 

「えっ? あ、えっとね、そのぉ……その彼女さんって、どんな人なの? ちょっと気になっちゃって!」

 

「どんな……ですか……うーんと…………」

 

 

 

チナツは右手で口を覆うと、上を見上げた。

 

 

 

「うーんと……まぁ、美人ではありましたかね。とても静かで、おとなしい……なんか、深窓の令嬢みたいな感じだったかな……」

 

「深窓の令嬢……」

 

 

 

その単語を噛み締めながら、カタナは一言つぶやいた。

鈍感唐変木朴念仁のチナツがそこまで言うのだから、その人物は本当に美人なのだろう……。

正直な話、カタナはその彼女の情報なんて、どうでもよかったのだ……。好きだと気付いた時、カタナはチナツの想い人になりたかった。でも、すでにチナツには想い人がいた。

ならば、チナツの事を諦めた方がいいと……柄にもなく思ってしまった。本当なら、自分が奪い去るくらいの気持ちを持っていたかもしれない……でも、そうできなかった。

それは、チナツ自身の事を思ってのことだった。過酷な世界で生きてきた彼にも、心を許せる大事な人がいる……安らぎを、癒しを与えてくれる存在がいる……それで彼が幸せに感じるのであれば、それは、とても良いことだと思った。

そしてそれが、自分でなくてもいい……自分ではない他の誰かでも、チナツを幸せにしてくれるのなら、カタナはそれでいいと思ったのだ。

だから、その人物が、自分よりも優れている人ならば、早々に諦めがつくというもの。

これは自分勝手な、自己犠牲の正当化だ。

 

 

 

 

「そうですね……普段からおとなしいのに、やたら毒舌なんですよねぇ〜。ほんと、心を強く持っておかないと、すぐにでも折られそうですよ」

 

「へ、へぇ〜……」

 

 

 

そんな人物ともここまで付き合ってられるのだから、チナツの心の広さ……というよりも、優しさの境界線の無さには、カタナは尊敬すらできる。

しかし、心をへし折るほどの毒舌っぷり……本当にその彼女は人間なのだろうか……。

人間の姿をした悪魔なのでは……?

 

 

 

「えっと、名前はなんていうの?」

 

「名前ですか? 名前は《ユキノ》です。ほんと、名前のように、まるで雪みたいな雰囲気なんです。

でも、時折お茶目というかなんというか……変に真面目で、不器用なところがあったり……まぁ、とりあえず、色々と可愛い所があるんですよ」

 

 

 

あはは、と笑うチナツの顔は、確かにユキノという人物に対して、本心からそう思っていたと思える節が見られたが、カタナには、どことなく悲しげな色が見えたような気がした。

本当は、会えなくて寂しいのではないか……。自分の都合で、血盟騎士団に入れしまったが為に、そう思ってしまう……。

 

 

 

「そうなの……チナツくんは、そのユキノさんの事が、好き……なのよね?」

 

「……どうでしょう。別に俺たちは、望んで結婚したわけじゃないですからね。

俺の……《人斬り抜刀斎》というプレイヤーの存在をカモフラージュする為に、俺は一般プレイヤーになりすます必要があったんです……その時に、俺の相手に選ばれたのが、彼女なんです」

 

「えっ?」

 

 

 

衝撃の真実だった……。

これは、いくら情報屋やカタナの諜報力を持ってしても、得られなかった情報だ。

しかし、いったいどう言う意味なのか……?

 

 

 

「えっ?! ちょっと待って、あなた達は……互いが好きで結婚したんじゃなくて……」

 

「ええ……まぁ、なんて言ったらいいのかな……政略結婚みたいな感じだったんです」

 

「っ……!」

 

 

 

 

政略結婚……互いに利益を得る為に結ばれる結婚……。

そこには愛し合うという感情が入っている事は少ない……。

しかし、先ほどのチナツの話からするに、二人とも良縁だったようにも思えたが……。

 

 

 

 

「その、ユキノさんは、納得したの? チナツくんとの結婚は、政略結婚みたいなものだったんでしょう?」

 

「ええ……。俺もちゃんと聞いたんです。俺なんかでいいのか? ってね。

でも、彼女は、そうする事が、一番最善でしょう……って言いました。それで、俺たち二人は、結婚を申請して、正真正銘の夫婦になったわけです」

 

「はあっ?! ちょっと待って! 最善って何よ、それは、何? その最善っていうのは、そのユキノさんの為? それともチナツくん? ……まさか!」

 

「はい……軍にとっての最善でしょうね。まぁ、俺も正体を明かさないようにという点については、俺の為でもあったんでしょうけどね」

 

 

 

狂ってる……。

そう思った。軍の為に、彼は自分の意思を殺し、その要求を受け入れたのだ。

そんな事を、見るからに幼さが残る少年と、その相手に背負わせるなんて……。

 

 

 

「軍の人間ってのは、本当に癪にさわるような奴らばっかりね……っ!」

 

 

 

 

カタナの表情に、怒りの感情が露出した。

確かに軍にとっては得難い利益なのかもしれない……だが、大の大人が、年端もいかない少年少女を利用し、美味しいところだけを吸い尽くす……そんな馬鹿げた話があるだろうか……。

今からでも、カタナは軍でそのような命令を出した人物達を洗い出し、処罰しようと考えた。

しかし、その考えを、瞬時に読み取ったチナツが、カタナの両肩を抑えて、首を横に振った。

 

 

 

「確かに、端から見れば俺たちの関係は、歪なものだったかもしれません……でも、俺は、そうは思わなかった。

いや、実際に、すごく心地よかったんです……彼女ともに過ごす日々は……とても……」

 

 

 

 

そもそも、どうしてチナツが彼女……ユキノにであったのか……。

まだ《人斬り抜刀斎》という名が周りに浸透する前の事。チナツはあるフィールドで、暗殺者と対峙した。

変則的な動きから繰り出される一撃一撃が、まさに暗殺剣そのものだった。

その動きを見て、チナツはすぐに悟った……このプレイヤーは、自分と同じ暗部の人間なのだと……。

だが、こう着状態もそう長くは続かず、一瞬の隙をついて、チナツが一撃でプレイヤーを屠った。

その時だ……まさにそのプレイヤーにトドメの一撃を食らわせたその一部始終を、一人の女性プレイヤーに見られたのだ。

その女性プレイヤーこそが《ユキノ》だった。

ユキノはただ単に、見られたことに動揺して動けなくなったチナツを見ていたという……。その時チナツは、その女性プレイヤーの対応に困惑していた。

しかし、ここで無闇に彼女を殺してしまうのは、チナツの本意ではないし、もとより彼女はレッドやオレンジマーカーのプレイヤーではなかった。

どうしたものかと考えあぐねていたその時、彼女の口が動いた。

 

 

 

 

「惨劇の場には血の雨が降る……」

 

「なに?」

 

「なんて言われるけど、あなたは光の雨を降らせるのね……」

 

「光の雨……?」

 

「ええ……その人を、プレイヤーという情報体を構築した光……それを破壊し、雨あられと降らせてしまう……。

綺麗であっても、やっていることは残忍非道だわ……」

 

 

 

 

彼女の目からは、なにも読み取れなかった。

ただ淡々と、思った事を口に出しているだけのように思えた……。惨劇の現場を目撃して動揺や恐怖、軽蔑の感情が見て取れない。

彼女は一体何者なのか……。

ただ分かる事と言えば、とても綺麗だったという事だ。

腰まで伸びた黒髪のストレートに、氷を思わせる氷白の瞳。

身につけている装備は、さほど低くない事から、そこそこレベルのあるプレイヤーだと見て間違いなかった。

その姿はまるで、日本人形のような……儚げで、お淑やかそうな雰囲気を持った人物だった。

そんな彼女も、さすがに気を保っていられなかったのか、その場に崩れ落ちそうになった。それをチナツが受け止め、安否を確認するが、少女は眠っているだけとわかり、肩を空かした。

そんな彼女を、チナツは軍のギルドホームへと連れて帰り、その日は彼女をチナツの部屋で寝かせた。

そして次の日、チナツが目覚めると、彼女の姿はなかった。

 

 

 

(っ! しまった! やはり何らかの拘束はしておくべきだったか?!)

 

 

 

このまま彼女がチナツの事を話せば、チナツの存在……《人斬り抜刀斎》という最強のレッドプレイヤーの存在が明るみになってしまう。

そんな事は許されない。

何としても彼女を見つけ出し、情報の漏えいを防がなくてはいけない……。そう思い、チナツは部屋を飛び出した。

しかし、そんなチナツの心配は、杞憂に終わる。

何故なら、部屋を出てすぐ、アインクラッド解放軍の制服を身に纏ったユキノに遭遇したからだ。

聞けば、ユキノは当てのない旅をしていたとの事。そこにチナツが宿……というより部屋を貸してくれた為に、その恩返しも兼ねて、アインクラッド解放軍に所属したそうだ。

わざわざ所属する必要は無かったのでは? と聞いてみたら、いずれはどこかに落ち着くだろうと思っていたから、構わない。と返ってきた。

 

 

 

「その後は、ユキノも軍人として生活し始めたんです。でもある時、俺とユキノは、再び暗殺者からの襲撃を受けたんです。

それはつまり、暗部の人間からは、俺が《人斬り抜刀斎》だとばれてしまった……という事でした。

だから、ギルドリーダーであるシンカーさんの指示で、俺たちは身を隠す事になったんです……」

 

「なるほど……たしかに、若い恋人同士のプレイヤーとして扮していれば、何とか誤魔化すことはできるか……」

 

 

 

 

その後は、ほとんど何の気ない平和な日常だった。

時折チナツが狩りに出かけ、生産職のプレイヤーたちにアイテムや情報を売って、生活を賄っていた。

ユキノは、二人が住んでいた家の近隣に住む生産職プレイヤーたちの元へと赴き、お手伝いとして働いたりしていたらしい。

本当に何の気ない……平和な日常……。

チナツがこの世界に来て、初めて知った、アインクラッドでの暮らし。

その中で、二人は互いの存在を、意識し始めたそうだ。

 

 

 

「いつも愛想がないユキノが、時々ですけど……笑ってくれたんです……。彼女が笑ってるのを見ると、なんか……凄く嬉しかった……!」

 

 

 

そう、凄く嬉しかった。

こんな幸せな時間が、これからも永遠に続けば良い……《人斬り抜刀斎》として生きるよりも、何十倍、いや何百倍と楽しかった。

 

 

 

 

「そう……チナツくんには、ユキノさんがいるんだね……」

 

 

 

カタナの心は深く沈んでいった。

それもそうだ……もはや、手の出しようがない。いや、出すべきではないと思ったのだ。

二人が幸せに感じているのなら、それを壊してしまうわけにはいかない。

自分もチナツの事が好きだ……ならば、その想い人の幸せを願うのも、必須だろう。

 

 

 

「彼女のところに戻らなくて良いの? 今こうして離れ離れになってたら、彼女が心配するでしょう?」

 

「…………それは、大丈夫ですよ」

 

「どうして? なんでそんなこと言い切れるの? ましてや君は、レッドプレイヤーたちから命を狙われるような人物なんだよ? 今は血盟騎士団の団員として入ってるから、より知名度が上がってるだろうし……。

それに、彼女さんも危ないかも……!」

 

「大丈夫ですって……奴らにユキノは、指一本触れられませんから」

 

「〜〜〜〜ッ!!!!!」

 

 

 

 

なんだかイライラしてきた。

彼女の事を思っているのなら、こんなところで、自分と一緒にいるべきではないだろう……。

カタナはそう思った。なのに、チナツときたら、この有様だ。

先程言った危険が、絶対に無いわけではないはずだ。レッドプレイヤーたちならば、どんな汚い手段を用いても、チナツを殺そうとするはず。

ならば、一番手っ取り早いのは、チナツの恋人であるユキノを人質に、チナツを殺す事だ。

なのに、彼女を放ったらかしにして、この少年は、何をしているのだろうか……。

 

 

 

 

「すぅー……はぁー……。ねぇ、チナツくん。早く彼女の元へと帰ってやりなさい」

 

「急にどうしたんですか?」

 

「〜〜ッ! あーもう! 彼女の事が大事なんでしょう!? なら、一緒に居てあげなさいよ‼︎ 彼女に危険が迫ってるかもしれないのに、どうして君はそんなに危機感が足りないのよ!」

 

「…………落ち着いてくださいよ、カタナさん。一体どうしたんですか……」

 

「っ…………チナツくん。私、正直に告白するわ」

 

「は、はい……」

 

「私……私はね、チナツくんの事が好きなの!」

 

「っ!?」

 

「あっ、言っておくけど、LIKEの方じゃ無いからね?! LOVEの方だからね?! 一応!」

 

「は、はい……!」

 

「だから……〜〜ッ! 私は、心のそこから、君が、好きなの! もう、いつでも触れ合っていたいくらいに、もう、チナツくんのそばにずっとずっと居たいくらいに! わかるっ!?」

 

「は、はい! わかりますとも!」

 

「だからその……チナツくんには、ちゃんと、ユキノさんっていう彼女がいるわけだし……はっきり言うと、君に私をフッて欲しいのよ‼︎

このままモヤモヤした状態で、任務なんてできないし、君とも関わりあえない……!

だから、思いっきりフッて! 自分には、彼女がいるから、諦めてって!」

 

 

 

 

 

それが、カタナの意思だった。

諦めがつけば、自分は、またいつもの自分に戻る。チナツの上司で、隠密部隊の隊長であり、血盟騎士団副団長……だだのプレイヤーである、槍使いのカタナに戻れる。

だから……

 

 

 

「なるほど……それでここ最近、不自然だったんですね」

 

「えっ? そ、そんなに、不自然だった?」

 

「ええ、まぁ……なんか、ちょっとヨソヨソしいというか……」

 

「あ……ごめん……その、チナツくんの事を嫌がってたわけじゃ……」

 

「わかっています……。それに、ありがとう……って言っておきます。

こんな俺の事を、はっきりと、好きだと言ってくれたのは、あなただけですから……」

 

「チナツくん……」

 

「それと、彼女……ユキノの事は、本当に心配要りませんよ。彼女に手出しは “絶対に” できませんから」

 

「だ、だからどうしてーーーー」

 

 

 

 

絶対に…………そこまで言い切れるのは、何か確信があるからだ。

そして、チナツは一旦目を伏せ、カタナから少しだけ離れる。

カタナの視界には、何故だかいつもより小さく見えるチナツの背中が写っていた。

そして、深呼吸を一回。

何かの覚悟を決めたように、チナツは、改めてカタナに視線を合わせるために、再び向き合った。

 

 

 

「彼女は……もう、この世にいないんです」

 

「………………え?」

 

 

 

 

力のない笑みを浮かべ、チナツは発した。

この世にいない……と。

 

 

 

「だから、彼女はもう、この世界……アインクラッドにはいない。そして、現実世界でも、彼女はもう、存在しないでしょう……」

 

「っ!!!!?」

 

 

 

 

アインクラッドから消え、現実世界からも存在が消えた……それが意味するものとはつまり……

 

 

 

「ま、まさか……! ユキノさんはーーーー」

 

「ええ……。彼女は、もう死んでいるんですよ……。死んだ人間を、一体誰が、殺せるっていうですか?」

 

 

 

 

言葉が出なかった。

ただ目を見開き、力のない笑みを浮かべながら話すチナツの顔を、カタナは見ていることしかできなかった。

だが、同時に恐怖した……目の前にいる少年は、どうしてその事を受け、ここまで平然としているのか……と。

 

 

 

「え、ちょっと、ちょっと待ってよ……!」

 

「カタナさん?」

 

「し、死んでる? どうして、一体何があったの!? どうして、そんな事に‼︎ それに……」

 

「それに?」

 

「なんで? なんで君は、そんなに冷静でいられるのよ!? 大切な人の命を、奪われたのよ?! なんで……! なんでそんなに笑っていられるのよ……!!!!」

 

 

 

この感情が、悲しみなのか、怒りなのか、それとも虚しさなのか……それすらもわからない。

どうすればいいのか、何をするのが正解なのか……もう、なにもわからない。

そんなカタナの両肩を、チナツは優しく両手で押さえた。

カタナもそれに伴い、ハッと正気を取り戻し、涙目で視界が悪いが、じっとチナツの顔を見つめていた。

 

 

 

「カタナさん……彼女は、殺されたんじゃないんです」

 

「え? ど、どういう……」

 

「彼女は殺されたんじゃない…………。彼女は…… “俺が、殺したんです” ーーーー」

 

「っ…………‼︎」

 

 

 

 

なにも聞こえなくなった。周りの音……システムが自動的に鳴らしているであろうたわいもない音。

それら全てが遮断されたような気がした。

だが、その言葉だけは、はっきりと耳に残っている。

 

 

 

ーーーー俺が、殺したんです。

 

 

 

 

驚きのあまり、呼吸をする事すら忘れていた。

チナツは目を再び伏せて、俯いていた。

カタナの肩に掴まっていた両手には、自然と力が入っており、その表情は、苦悶に満ちてすらいた。

 

 

 

 

「どうして……どうして、そんな……!」

 

 

 

信じられなかった。

少なくとも、彼はそんな事をするような人間ではないと思っていたから……。

しかし、何故、そんな事になったのか……。その答えは、チナツ自らが話してくれた。

 

 

 

「二人で生活してて、まだ一ヶ月くらいしか経っていないくらいの時でしたかね……ある日、ユキノがいなくなったんですよ……。

最初は、いつものようにお手伝いに行っているのではと思ったんですけど、そうではなかった……。そうしたら、俺たちの家に、軍からの使者が来たんです。

そして、ユキノの事について話があると言われたので、その話を聞きました……。そしたら、使者が言ったんですよーーーー」

 

 

 

ーーーーユキノは、敵方の刺客だ。

 

 

 

「最初は信じられなかった。でも、使者から提示された情報によれば、近々俺を殺すための動きが見て取れると言う話でした。

そこにユキノの失踪……。疑う余地もありましたけど、ほとんど間違いではなかった……だから俺は、その事をユキノに問いただそうとしたんです。

彼女がいるであろう、ある山小屋に向かってね……」

 

 

 

 

その山は、氷雪地帯だった。

つまり、雪山だ。雪山のどこかに、ユキノはいる。

ただ、その情報だけで、チナツは山に入った。

それからは、過酷な試練の連続だった……。山に入るなり、いきなり地図が読みづらくなった。

周りからは、全くと言っていいほど気配を感じない。

そんな時に、敵に強襲された。

この特殊な環境下で、鍛え上げられてきた最強の刺客とも呼べる者達による暗殺……普通ならば、簡単に死んでいたかもしれない。

だが、その時のチナツには、譲れない思いがあった……。それは当然、ユキノに関することだ……。

 

 

 

 

「刺客達に襲われても、俺は構わないと思いました……なんせ、俺はユキノの大切な人も、この手にかけた……」

 

「ユキノさんの、大切な人?」

 

「ユキノには……俺以外に、恋人がいたんです」

 

「っ!?」

 

「その男性は、オレンジギルド所属のプレイヤーだったそうです……。これは、後からわかったことなんですけどね。

俺は当時、そのことを知らずに、ユキノと結婚しました。ユキノにとっては、絶好のチャンスだったでしょうね……なんせ、仇の相手が、自分の目の前にいて、相手は油断しているんだから……。でも、ユキノが俺を殺すことはなかった……」

 

 

 

ユキノには、《リョウ》という恋人がいた。

しかし、そのリョウはある日、裏の現場にてチナツと遭遇。

敵対する者同士……やる事は一つしかない。

即座に敵を斬り、亡き者にする事。

その結果は、言うまでもない。チナツが勝利し、リョウは敗北し、この世を去った。

だからユキノは、チナツを殺す権利があり、チナツはユキノに殺されなければならない義務があった。

だから、その事を知って……刺客達と戦う最中、チナツは思った。

 

 

 

ーーーーユキノに殺されるまでは、死ねない……っ!

 

 

 

自分を殺していいのはユキノだけ……それ以外の人間ではダメなのだと……。

だから、どんな相手だろうと、目の前に立ち塞がるのであれば、斬る。

 

 

 

 

「それからは、あんまり覚えてませんね……。戦っていたのは覚えている……三回……は戦いましたかね。でも、その戦いで、俺も消耗してきて……。

相手方の戦術は、自滅覚悟で俺を疲弊させる事でしたから……耳をやられ、眼をやられ……元々直感も使えない。そして最後は疲弊による触感の損失……。

人間に備わっている六感の内、四つを潰されて、正直死んでもおかしくなかった……」

 

 

 

そして、そんな状態で挑んだ、最後の戦い。

相手は今まで戦ってきた暗殺者たちを束ねていたリーダー格の男。

万全の状態でない以上、チナツが苦戦するのは目に見えていた。だが、心の底から湧き上がる執念だけは死んでいなかった。

最後に殺されるのは、ユキノでなくてはならないから…………。

 

 

 

「最後の最後。俺たちは互いに斬り合い、殴り合い、もうボロボロでした。

最後の一撃で、すべての決着がつく。そう思い、俺は決死の覚悟で挑みました。その時です…………山小屋に囚われていたユキノが飛び出して、敵の攻撃から俺を守りました……そして、振り下ろした刃は、無防備なユキノの背中を斬り裂きました……っ!」

 

 

 

その時の感覚は、今でも手に残っている。

二人分を斬った様な感覚に違和感を覚え、それと同時に視界が明るくなった。

そしてチナツは見たのだ。敵の攻撃を捌き、敵に剣を突き刺したユキノ……その背中には、たった今自分がつけてしまった、深い傷跡を……。

敵はユキノの攻撃でHPを全損し、ポリゴン粒子となって消えたが、ユキノはその場に倒れた。

チナツは気がおかしくなりそうで、剣を投げ捨て、すぐにユキノの元に駆け寄り、彼女を抱きかかえた。

 

 

 

 

「なんで……! なんでこんな……っ!」

 

「んっ……!」

 

「っ!? ユキノ! しっかりしろ、おい!」

 

 

 

ユキノのHPは全損しなかったものの、みるみるうちに減っていく。

回復用のアイテムを使おうとおもい、結晶を取り出した。

だが、いくら使っても、結晶が効果をもたらさない。

そこでチナツは、驚愕の事実を耳にした。

 

 

 

「無駄よ……ここら一帯は、結晶アイテム無効化地帯なの……」

 

「なっ……そんな! なんだよそれ!?」

 

 

 

ポーション類は、ここに来るまでの間に、チナツが使い果たした。ユキノも、アイテムは持っていない……どうすればいいのか……チナツは悩んだ。

だがしかし、もう明確な結論には至っていた……それは、ユキノの死だと。

 

 

 

「ふざけんなよ……っ! ふざけてんじゃねぇーよ! こんな、こんな事があってたまるか!」

 

 

 

チナツの目には、涙が浮かんでいた。

そうだ、こんな事のために、自分はここまで戦ってきたわけではない。

ユキノへと罪滅ぼし……最後は彼女の手で、この世から消える事を望んだ。

なのに、死ぬのが自分ではなく、ユキノだなんて……そんな事、断じて求めていない。

 

 

 

「いいのよ……これが、私の運命だったんだから……」

 

「何言ってんだよ! こんな所で死ぬのがお前の運命? なんの冗談だよ……大切な人を俺に殺されて、お前は俺に復讐したかったんじゃ無いのかよ‼︎ なのになんで、お前が死のうとしてんだよ! おかしいだろ!」

 

「そうね……私は、リョウを殺したあなたが憎かった。あなたを殺す事だけを生きがいにしてきた……私が味わった苦しみを、あなたにさせて、地獄に落としてやろうと思った……。でもーーーー」

 

 

 

ーーーーそんな憎き相手のほうが、私の何十倍も苦しんでいた……。

 

 

「本当は人殺しなんてできない甘ちゃんなのに、そんな心を殺し続け、悩み苦しんでいながらも、誰かのために戦うあなたを見ていたら……私の方が辛くなった……とても、殺す事ができなかった……」

 

 

 

だから、仇の相手を愛してしまった。

 

 

 

「だからこれは、私への罰なのよ……あなたが気にやむことは無いわ」

 

「何言ってんだよ‼︎ お前は俺を殺さなきゃいけないだろう! なのに…………」

 

 

 

涙が止まらない。

彼女には死んでほしく無い……彼女は、幸せにならなくてはいけないのだ。恋人を奪われ、その仇と一緒に生活する事を強要され、幸せなんてものとは程遠い一生を送ってから死ぬなんて……こんな残酷な事があってもいいのだろうか……。

いや、断じて否であるはずだ……。

 

 

 

「お前は幸せにならなくちゃダメだ! 俺が……っ、俺が全部……っ!」

 

「あなたは悪くない」

 

「っ!?」

 

「それに、私は……あなたと一緒にいられて、とても幸せだったわ……毎日が楽しくて、今まで生きてきた中で一番、幸せだった……!」

 

 

 

 

ユキノの目からも涙がこぼれる。

ユキノのHPゲージがレッドゾーンに入った。

もうそう長くない。ユキノに触れられる時間は、あとわずか……。

 

 

 

「ユキノ、俺は……ユキノの事が……!」

 

「……死なないでね」

 

「っ!」

 

「あなたは死んじゃダメ……私の分も、この世界で生き抜いて、現実世界に戻って……」

 

「なら! ユキノも一緒に!」

 

「お願い……あなたは、私の希望だったから……。今度は、他の誰かの希望になってあげて……そして、生き抜いて……っ! ねぇ、チナツ……約束よ?」

 

 

 

 

最後の力を振り絞り、ユキノは右手を持ち上げ、小指以外の指を握った。

指切りの形だった。

チナツもそっとユキノの小指を、右の小指で絡める。

最初で最後の約束……。

そして、ユキノは散っていった。

あとに響いたのは、慟哭の涙を流し、狂おしい絶叫を放ったチナツの声だけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 






次回でようやく、カタナとの結婚を描きたいかな……

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)




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第62話 Extra EditionⅩ


長かった……今回で、チナツの過去編は終わりですね。
長々と付き合わせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

では、どうぞ!




「その後は、カタナさんも知っているでしょう……軍を抜けて、俺は流浪人として旅を続けていた。

ユキノとの最後の約束を守るために、俺はずっと、戦い続ける事を目的に生きてきました……」

 

「そう……あなたはユキノさんのために生きているのね……」

 

「はい……」

 

 

 

だが、そのユキノはもういない。

死んでいるのだ……では、チナツは何のために生きている?

いくらそれが約束だったとしても、チナツの行動は、いささかその範疇を超えているのではないかと思った。

 

 

「チナツくんは、辛くなかったの……? その事は、周囲には秘密にしてたんでしょう? その様子だと……」

 

「ええ……。無用な混乱を避けるために、軍内部でも、ユキノが敵方の刺客だった事、ユキノが死んだ事は、一部の者にしか伝わっていません。

だから、俺は軍を抜けたんですよ……あのままいると、ユキノとの思い出に、俺自身が押しつぶされそうだったんで……」

 

「っ…………」

 

「でも、気持ちを隠すのには、“慣れて” いましたから……」

 

「っ! 違う!」

 

 

 

今まで俯いていたカタナが、突如として大声を上げる。

チナツはビクッと体を震わせ、カタナを凝視した。するとカタナは、チナツの襟首部分を両手で掴み、チナツを強制的に引き寄せた。

 

 

 

「そんなのは…… “慣れ” なんて言わないの。それはただ、心が擦り減っているだけよ……!

そうやって笑って……何もかも平気だって表情で偽って、あなたは幸せなのっ?!」

 

「っ…………幸せって何ですか?」

 

「え?」

 

 

 

明らかにチナツの様子がおかしかった。

その両眼からは光が消えて、虚ろな眼差しが、カタナに向けられる。

カタナは恐怖した……これが、先ほどまで話していた人物と同一だと思うと、心の底から恐れた。

 

 

 

「よくわかりません……幸せって何なんです?」

 

「それは……私にもわからない。でも、あなたの生き方は、ひどく歪よ。

ユキノさんのために生きている……それは確かにいい心がけなのかもしれない……でも! それでチナツくんが救われないじゃない! 幸せになってないじゃない!

自分が望んでないのに、戦って、傷ついて、それでも誰かを守ろうとして戦ったあなたが、一番幸せにならなくちゃいけないのに、どうしてよ!」

 

「カタナさんはどうしろと? ユキノの仇討ちでもしろと? ユキノの仇は俺自身です。

だから俺は、自分で自分を殺そうと思った……だけどできなかった……。彼女との約束があったから……」

 

「それでも、あなたが苦しんでいることに変わりはない! あなたのその約束は、いつ潰えるのよ? 自分が満足したらそれで終わり? それともユキノさんが許してくれるの?

そんなんじゃ、一生終わらないわよ……!」

 

「ええ……終わらせるつもりはありません。これが俺の選んだ道ですから……!」

 

「だから、自分の思いも殺し続けるの? 大切な人を亡くして、あなたには悲しみに暮れる感情も、復讐に身を焦がす感情すらも感じられないじゃない!」

 

「それでどうなるんです? ユキノが生き返るんですか? 大切な人だったから、亡くなって……この手で殺してしまって悲しいと、そう言えばいいんですか? 泣けば……全てが解決するんですか……?」

 

 

 

その言葉には、悲哀の感情の他に、怒気のような感情も含まれていた。

震える言葉の一つ一つが、とても重くて……カタナもつい、力を込めた。

 

 

 

「ここで我慢し続けても、あなたが壊れるだけなのよ……私は、そんなチナツくんを見たくない!」

 

「だからどうしろっていうですか‼︎ わからないんですよ! 幸せになれる? ユキノがいないこの世界で、一体何が幸せなんだよ!?」

 

 

 

チナツの心に秘めていた感情が、ついに爆発した。

 

 

 

「どうすればこの世界から解放されるんですか!? どうすれば、ユキノは生き返るんですかっ!?

カタナさんを殺せば、何もかもが上手くいくとでも言うんですかっ!!!!!」

 

「きゃあっ?!」

 

 

チナツはカタナの襟首を掴みかかり、力任せにカタナを迷宮区内のダンジョンの壁際まで打ち付ける。

もともと身長差がある上に、カタナはチナツに対して乱暴な事ができなかった。

このまま殺される……そう思った。

だが、目を力いっぱいに瞑っていたカタナの頬に、何か温かいものが落ちてきた。

 

 

 

「ん……っ!?」

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

「チ、チナツくん……?」

 

 

 

チナツの瞳からは、次から次へと涙が溢れていた。

溢れ出た涙は頬を伝い、カタナの頬に流れていたのだ。

 

 

 

「ぁ……くうっ!」

 

 

チナツもようやく、自身が涙を流していることに気がついたらしい……そう気づいた瞬間、チナツはその場に崩れ落ちた……。

カタナの襟首をつかんでいた両手も、自然と力が弱まり、やがてダランと両腕下げてしまった。

いや、腕だけではない……両膝にも力が入らなくなり、そのまま床に崩れ落ちる。

 

 

 

「泣いたって……どうにもならないじゃないですか……! 泣いたって、強くなれない……何も守れないじゃないですか……っ!」

 

 

 

大粒の涙がどんどんこぼれ落ちてくる。

ずっと耐えてきた……抱えてきた……罪の十字架と重責。

そして抱きつつも、言い出せずに溜め込んできた思い……その全てを吐き出した。

カタナはそんなチナツを見つめると、ゆっくりとしゃがみこんで、そっと手を伸ばす。

優しくチナツの背中に手を回して、抱き寄せる。

 

 

 

「泣いていい……泣いていいから……全部、私が受け止めてあげるから……!」

 

「っ……う、ううっ……! くっ、ぁあっああああーーーー!!!!」

 

 

 

 

思いの丈が全て弾けた……。

溜め込んでいた物が、決壊したダムのように流れ出す。

そしてそれを、一身に受け止めるカタナ。

そんなカタナの目にも、涙が流れていた。

 

 

 

(…………痛い……悲しい……! これが、チナツくんの抱えてきたもの……でも、こんなものじゃない……チナツくんは、もっと痛かったんだ……! もっと辛かったはずなんだ。だから、今度は私もこの痛みを分かち合う……!)

 

 

 

ここで折れるわけにはいかない。

チナツを支える。大切な人が……大好きな人が、今ここで倒れそうになっているなら、それを支えて、再び立ち上がらせる。

ともに歩んでいきたいから……並び立ちたいから……!

 

 

 

「大丈夫……チナツくん……私がいる。私が、付いているから……!」

 

 

ーーーーそして、私があなたのことを、絶対に護る……ッ!

 

 

 

強い眼差しに戻ったカタナ。

その目には、何人たりとも近づけさせないほどの、武人としての覇気を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………その、すみませんでした。いきなり乱暴なことして……」

 

「ううん……気にしてない。それに、チナツくんの泣き顔なんて、もうレア中のレアだったしね♪」

 

「うぐっ……それは忘れてください……!」

 

「無理よぉ〜。お姉さんの胸を借りて、号泣してたんだもん♪ 一生忘れないわ♪」

 

「ううっ…………」

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にして明後日の方向を向くチナツ。

それを見ながら、くすくすと微笑むカタナ。

カタナは恥ずかしがっているチナツの左腕を掴むと、踵を返し、迷宮区の出口へと歩き始めた。

 

 

 

「えっ、ちょっと、任務はどうするんですか?」

 

「今日はもう結構進んだから、大丈夫でしょう! さ、帰ってご飯にしましょう♪」

 

「…………了解です」

 

「ふふっ」

 

 

二人で腕を組んで歩み始めた。

正直、ユキノの事はまだ割り切れていない。

でも、今をちゃんと生きなくては……誰かを守るなんて出来ないし、ましてや自分の身すらも守れない……。

 

 

 

「帰ったら、何が食べたいですか?」

 

「そうねぇ……お肉♪」

 

「お肉ですね? じゃあ、市場に行きましょうか……食用肉がなるべく豊富に取り揃えている場所に」

 

「出来れば肉じゃががいい!」

 

「これまた難題ですね……」

 

「大丈夫でしょ、チナツくんなら!」

 

「俺は神様じゃないんですよ?」

 

 

 

少しだけ、チナツの元気が戻ったかもしれない。

このまま、彼が昔のように戻ってくれたら……出会ったばかりの頃のように、無邪気な子供の様な笑顔を見せて欲しい。

そう願うカタナだった。

そして、二人の関係性は、より一層親密度が増した様に思えた。いや、実際に増しているのだ。

どこへ行っても一緒だし、周りが動揺するほど仲がいい。

そんな二人を見ていたアスナも、思わず聞いてしまうほどに……。

 

 

 

「カタナちゃん、チナツくんと何かあった?」

 

「ん? いきなりどうしたの?」

 

「あ、いや。別に変な意味じゃなくてね?」

 

 

 

いつもの様に、二人で攻略のための作戦を練っている時。

思い切って聞いてみた。

 

 

 

「なんだか二人とも、より親密度が上がった……みたいに見えるからさ」

 

「そう? まぁ〜そうねぇ……」

 

 

 

アスナが出してくれた紅茶を飲みながら、カタナはフゥ〜と吐息を漏らす。

 

 

「ねぇ、アスナちゃん……」

 

「な、なに?」

 

「…………恋なんて、つまらないわね」

 

「…………え、ええぇぇっ!?」

 

「恋は恋でいいけれど、もっといいものがあるんだもん……私は、恋よりもこっちの方が、好き……♪」

 

 

 

カタナの発言、及び行動に驚愕するアスナ。

少し前まであたふたして、自分に縋り付いてきていた彼女が、今では落ち着いた大人の女性の様な姿に生まれ変わっているではないか……。

本当に、この少しの間に、一体なにがあったのか……?

 

 

 

(だ、第一、カタナちゃんのこの雰囲気……もう恋とかそういうのじゃなくて……もっと、深い……)

 

 

 

ーーーー “愛” そのものだ。

 

 

 

 

「そ、そうなんだ! よ、よかった……ね?」

 

「どうしたの、アスナちゃん? なんだか様子が変よ?」

 

(カタナちゃんには言われたくはないなー……)

 

 

 

 

そんなこんなで、カタナとチナツとの間にできた妙な雰囲気に、周りが慣れ始めた頃。

攻略の方は進んでいき、とうとう第70層という大台に乗って来た。

事前の調査では、ボスの名は『カリギュラ・ザ・カオスドラゴン』との事だった。

見た目は蒼い鱗に覆われたドラゴン。だが、そのボスなは、ドラゴンの特徴とも言えるべき翼が存在しない……地を這う《地竜》の一種の様だ。

そして、ボス部屋に入り、事前に確認した限りでは、驚異的な武器は、両腕に仕込まれた大型の刃。

普段はスライド式で収納しているみたいだが、展開すると二メートル以上の長さまで伸びるとの報告だった。

そんな中行われたボス攻略。

序盤は防御主体で、前衛に壁役として盾や鎧で固めた重戦士プレイヤーたちによって、スイッチを駆使してHPゲージを削っていく。

ここで、カタナは発現していた《二槍流》を躊躇なく使用した。

すでに攻略組のプレイヤーたちの間だけでなく、一般のプレイヤーたちの間にも広まっていた《二槍流》。

普段は使わない様にしていたが、今回ばかりは使うことになんの躊躇いもなかった。

これで、アインクラッドに存在するユニークスキル保持者は2名。

《神聖剣》ヒースクリフと、《二槍流》カタナ。

この桁外れのスキルを持った二人がいるのなら、今回の攻略も成功する……と、思われたが……。

 

 

 

 

 

「きゃあああッ!!!!?」

 

「カタナちゃん!」

 

 

 

 

状況は一変した。

序盤は攻略の優勢で事が運んでいたが、最後のHPゲージに突入した際、ボスモンスターに変化が起きたのだ。

それは、今まで飾りだと思っていた、背中についていたまるで骨の様な物から、光る翼が現れたこと。

その翼を用いた、飛翔攻撃。口から放つ蒼炎のブレスの他に、炎を束ねて、ランスの形を形成し、それを勢いよく突き刺すという化け物じみた動きに加え、炎の竜巻を発生させる広範囲攻撃。

これによって、前衛壁組のHPはレッドゾーンにまで削られ、陣形が崩れる始末。

前衛でスイッチを行っていたキリトやエギル、クライン達に加え、《二槍流》で応戦していたカタナも、これに巻き込まれた。前の三人は、せいぜいHP半減といったところで収まったが、一番酷かったのはカタナだ。

おそらく、あと一撃くらっただけで、彼女のアバターはこの世界から消える事になる……。

そこまで追い詰められていたのだ。

そして、まるで息の根を止めに来たかの様に、カリギュラがその巨大な椀刃を振りかぶった。

 

 

 

 

ーーーーごめん簪ちゃん……お姉ちゃん、もうダメみたい……」

 

 

 

 

帰って、簪と色々話したかった……謝りたかった……抱きしめたかった……。

目の前で最後の一撃が振り下ろされるのを見守るカタナ。

突如、いろんな事が走馬灯として蘇ってきた。

この世界から脱出して、可愛い妹と、もう一度会いたい……そんな願いが、今この瞬間から絶たれる……そう思うと、自然と涙がこぼれた。

体に力が入らず、その場に膝立ちした状態。両手に握る槍に、もう闘志が湧いていない。

何もかも、もう終わりだ。

そう思い、カタナは来るべき瞬間に備えるため、両眼を閉じた。

 

 

 

(暖かい……これが、死後の世界なのかな……?)

 

 

 

体を包む様にして感じる、暖かな温もり。

これが死んだものが感じる死後の安らぎなのか……と思ったのだが……。

 

 

 

 

「こんな所で死ぬような人じゃないでしょう、貴女は!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

 

鋭くカタナの耳に届いた声。

その声に反応し、両眼を開いた。そこには武器を片手に、カタナを抱きかかえながら、カリギュラの猛攻を受け流し続けるちなの姿があった。

たけ狂っているカリギュラの攻撃を、必要最低限の動きと剣捌きだけで凌いでいる。

カタナには目の前で起こっていることが理解できなかった。

自分は死ぬはずだった。それに、攻撃陣形で自分から最も離れた位置にいたチナツが、何故ここにいるのか……。

そう考えている間に、今まで地面に膝をつき、伏せっていた前衛壁組が復活。

チナツとカタナを引き剥がすために、再び陣形が形成された。

 

 

 

 

「ヒール!」

 

 

 

後方に下がり、チナツは自身のポーチから《回復結晶》を取り出し、カタナのHPを全回復させた。

 

 

 

「あ、あの……チナツくん……」

 

「よかった……! 間に合った……今度こそ、間に合ってよかった……っ‼︎」

 

「っ…………!」

 

 

 

 

カタナを抱きしめるチナツの腕の力が、少し強まった。

おそらく、カタナがとどめを刺されそうになったあの瞬間、チナツの眼には、“あの時” の光景が浮かび上がったのだろう……。

この世で最も愛した人の最後の瞬間……あの時と同じ後ろ姿を……。

 

 

 

 

「ごめんなさい……ありがとね。助かったわ……」

 

「いえ……。でも、本当によかった」

 

 

 

安堵の表情でこちらを見てくるチナツに、カタナは視線を外すことができなかった。

少し涙目ながらに自分を見るチナツの表情が、あまりにも印象的だったから……。

しかし、チナツはすぐに涙を拭い去ると、ウインドウを出して、スキル関連の項目を開く。

そして何かのスキルへと切り替えて、その場に立ち上がった。

 

 

 

 

「チナツくん?」

 

「大丈夫……ちゃんと戻ってきます」

 

 

 

 

それだけ言い残し、チナツは前線へと戻っていく。

心配になり、カタナが手を伸ばし止めようとした瞬間、チナツは、まるで目にも留まらぬ速さで走り駆け抜けた。

 

 

 

 

「さて、食い散らかしてやりますかーーーーッ!!!!」

 

 

 

鞘に納めた《雪華楼》。

それを腰に差し、単騎でカリギュラの元へと向かうチナツの姿を捉えたキリトたちが、驚きつつも止めようと叫ぶ。

だが、チナツは止まらない。

やがてカリギュラもチナツの姿を捉えたのか、鋭い爪を持つ左手を振りかぶって叩き潰そうとするが、チナツはこれを跳躍することで躱し、カリギュラの腕を駆け抜ける。

 

 

 

「セヤアアアアアッーーーーー!!!!」

 

 

鞘から抜き放たれる《雪華楼》の刀身。

だが、そこに奇怪な物が写っていた。

純白の刀身に、翡翠色のライトエフェクトが灯されて、振り抜くのと同時に激しい閃光となって弾いた。

 

 

 

「い、居合い抜きだとぉ〜!?」

 

「バカな……! チナツのは片手剣スキルだろ?! 刀スキルを発動させるなんて事、あるわけーーーー」

 

 

 

同じ刀使いであるクラインはチナツと違って、曲刀スキルから刀スキルへと変更して、その熟練度を上げてきた。

だが、チナツが使っているのは片手剣スキル。

片手剣スキルに居合い抜きの技は無い。

だが、キリトがある事に気づく。

そう、“片手剣スキルではない、未知のスキル” があったとしたら……。

 

 

 

 

「まさか……《ユニークスキル》‼︎」

 

 

 

既存のシステムでは不可能な物。

ならば既存のものではなく、ある種の特別なシステムが働いているとキリトは確信した。

それがソードスキルというものならば、その例に該当している者たちが既に二人……。

ユニークスキル保持者であるヒースクリフとカタナ。

そして、その結論に至ったキリト自身も……。

 

 

 

 

「《雲耀 閃刃》ッ!!!!」

 

 

 

黄色に輝く刀身が、三度閃く。

一瞬三撃の抜刀術《抜刀術スキル 閃ノ型 雲耀 閃刃》。

振り払った《雪華楼》の刀身が、カリギュラの肉体を神速の速さで斬り裂いていく。

そして、目にも留まらぬ速さで動くチナツの体捌きに、その場にいる誰もが唖然としてみていた。

たった一人、ボスモンスターを相手に、自身の加速のみで対処している。

究極のインファイト。

相手の動きよりも速く、チナツの刀が敵を斬り裂く。

 

 

 

「っ、まだまだっ!」

 

 

 

HPゲージはまだまだ残っている……チナツ一人では削りきる事は出来ない……だが、それでもチナツならば……。

 

 

 

「おおおおおっ!!!!!」

 

 

 

カリギュラの頭上から、紅いライトエフェクトを煌めかせながら落ちてくるチナツ。

そのまま振り下ろした上段唐竹割り。

 

 

 

「《龍槌閃》ッ‼︎」

 

 

脳天を叩き斬るようにして放たれた、目にしたことのない技。

それに、名前自体聞いたことがない。

そんなことに驚いていると、カリギュラの反撃が襲ってくる。

未だ滞空しているチナツに向けて右腕のブレードを展開させ、その巨大な刃で、チナツを叩き潰そうということだったのだろう。

そしてチナツも、スキルが終了し、体の硬直が襲うはず。

回避不可能、絶対必中の一撃が、チナツに迫ってくる。だが、不思議な出来事もあるものだ……。

チナツの体は、いとも簡単に動き、迫り来る刃を刀と体の回転を利用して受け流し、回転の勢いをそのまま殺さずに、すかさず次のソードスキルを叩き込む。

 

 

「《龍巻閃・旋》ッ!」

 

「なっ!?」

 

「スキル発動後の硬直がねぇぞ?! どうなってやがんだ!?」

 

「わからない……! でも、そういう事なのか……」

 

 

 

この場で、キリトだけがチナツのスキルを理解している。

だからこそ、今この瞬間がチャンスなのだ。

 

 

 

「タンクとアタッカーでチナツを援護‼︎ クライン! エギル!」

 

「おっしゃあ!」

 

「任せろ!」

 

 

 

 

キリトに続き、クライン率いる《風林火山》と、エギルたち壁役がカリギュラに突っ込んでいく。

カリギュラを単騎で攻め込み、充分にタゲを取ってくれているチナツに加勢する。

キリトとクラインたち《風林火山》がアタッカーとしてチナツとともに攻撃に加わり、エギルたちがタンクとしてカリギュラの攻撃を受け止め、スイッチを繰り返しながらカリギュラにダメージを負わせていく。

 

 

 

「あともう少しだ! チナツ、まだいけるか!」

 

「もちろん! まだまだ上がりますよ!!!!」

 

 

 

 

あと少し……あと少し削れば、この階層は攻略できる。

そして、チャンス到来。

タンクたちに気を取られたカリギュラに対し、チナツは一気に懐に入り込んだ。

 

 

 

「ここだ!!!!」

 

 

 

間合いに侵入し、カリギュラの攻撃は手遅れかつ届かない。

ガラ空きになった懐。

決めるなら今。

正眼に構えた《雪華楼》にライトエフェクトが灯る。

その瞬間、チナツの姿か掻き消えた。

 

 

 

「《九頭龍閃》ッ!!!!!」

 

 

 

瞬間、カリギュラに叩き込まれた強烈な衝撃。

それによって、カリギュラの体は大きく吹き飛ばされてしまった。

一体何が起こったのか、その場にいる全員がわからなかった。

ただ一つわかるとすれば、チナツがカリギュラを吹き飛ばしたという事だけである。体格も、筋力値も、エギルやキリトに比べて足りないチナツが、たった一人で自分よりも大きいボスモンスターを吹き飛ばしたのだ。

今の技がなんだったのかはわからないが、とんでもない技だという事は確かだろう。

 

 

 

「あと半分……いや、半分もない! このまま蹴散らすぜ!」

 

 

 

クラインが叫ぶ。

その叫びは、攻略メンバー全員の士気を上げた。

最後の最後でこの昂り……負ける気がしなかった。

だが……

 

 

 

 

「■■■■■■ッーーーー!!!!」

 

「「「「ッ!!!!!???」」」」

 

 

 

 

声にならない声。

この世の物とは思えない叫び。

人間の語感では、表現しようのない絶叫が、その部屋に木霊した。

その瞬間、吹き飛ばされ、土煙を上げていた場所から、大量の火炎球と炎の槍が飛んできた。

突っ込んでいたメンバーは、即座に防御姿勢をとるも、気休め程度のものにしかならず、ほとんどのメンバーが吹き飛ばされた。

HPもごっそりと持っていかれ、メンバーほとんどが危険値を示すレッドゾーンに入っていた。

 

 

 

「クソ、ここへきて……!」

 

 

 

誰がそう言った。

運良く躱せたチナツとキリト、あとは後方で回復に徹していたアスナたちだけだ。

カタナは回復はしたが、攻撃を食らった時に『麻痺』の付帯効果をもらっており、まだ動く事は出来ない。

あとは血盟騎士団で残っている。

 

 

 

 

「…………もう、あれしかないか……」

 

「チナツくん?」

 

 

 

《雪華楼》を鞘に納めたチナツ。

傍に座り込んでいるカタナが、咄嗟にチナツの方へと向いた。

そして、何かを覚悟したかのような顔をしたチナツを見て、咄嗟にコートの裾をつかんだ。

 

 

 

「チナツくん……一体、何を……?」

 

「あれだけ暴れまわってる敵に、無闇に近づくのは得策じゃないです……。向こうから攻撃を仕掛けた瞬間に、こちらも打って出る……」

 

「カウンター、ってこと……?」

 

「はい」

 

「チナツくんには、その技があるって事なのよね?」

 

「はい……でも……」

 

「でも……何?」

 

 

 

 

嫌な予感がしてならなかった。

 

 

 

 

「この技は、まだ一度も使ってない……いや、“使えない” んです」

 

「……はぁ?」

 

「だから、『習得』はしてるんです。でも、何故か発動しなかった……俺に何かが足らないと思ってはいたんですが、まだ、それがなんなのかもわからない状態でして……」

 

「なっ、そんな状態で、その技を使おうっていうの?! ダメよ! そんな事認めない!」

 

「カタナさん……」

 

「絶対にダメ‼︎ 確証とされてない物を使うなんて、ダーウィン賞と良いところよ!」

 

「ダーウィン賞って……」

 

 

 

まだ麻痺で動けないであろう体を、必死に動かして、コートの裾を両手で掴む。

 

 

 

「お願い……っ! ダメなの……チナツくんが犠牲になるなんて……そんなのダメに決まってるでしょう……っ!」

 

「…………犠牲になるつもりはありません。でも、今回ばかりは、俺も不安です……失敗すれば、俺は確実に死ぬでしょうし……」

 

「だったらーーーー」

 

「でもね……ここで逃げ出すのは……嫌なんです」

 

 

 

体を翻して、カタナと同じ高さに目線を合わせる。

 

 

 

 

「どうして……」

 

「俺は……本当に、取り返しがつかないほどの罪を重ねてきた。相手が犯罪者であっても、殺す必要まではなかったかもしれない……。

流浪人として旅をしていた時、ふと考えた事があったんです…… “俺は、なんのために戦っているのか” ってね。でも、今は、その理由がわかった……俺は、カタナさんを、みんなを守りたいんです。

好きな人を、好きな場所を……俺は守りたいんだって……。

そんな簡単な事に、今更気づいたんです……」

 

「チナツくん」

 

「だから、守らせてください……っ! あなたは、俺の希望なんです……」

 

「っ!? 待って、チナーーーー」

 

 

 

ちゅ……

 

 

 

「むんっ?!」

 

 

 

 

突然、口を塞がれた。

それが、チナツの口で塞がれたものだとわかるまで、思っていたよりもかかってしまった。

呆然とするカタナを見ながら、チナツは微笑み、立ち上がって前線へと戻っていった。

咄嗟にカタナも手を伸ばしたが、まだ麻痺が続いているために、体が思うように動かない。

そのままうつ伏せに倒れて、必死に右手を伸ばす。

 

 

 

ーーーーチナツくんッ!!!!

 

 

 

 

声が出なかった。

今にも遠くへ……手の届かない場所に行ってしまうかもしれないのに……。

両目から涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

 

 

「すぅー……はぁー……」

 

 

後ろを振り向けなかった。

振り向けば、絶対に戻りたくなるから……。だがもう、覚悟は決めた。

たとえここで死んでも、必ずカタナは……ここにいるみんなは、絶対に守ってみせる。

今この瞬間、チナツの魂が決めた。

左手で鞘の鯉口を切り、ゆっくりとボスに近づいていく。

近づくたびに、ボスからの威嚇を受けるが、そんなの……効果は全くない。

だが、何故だろう……両手が震えている……。

これは……。

 

 

 

 

(武者震い……じゃあないな、どうも。体が先に気づいたみたいだな……今回ばかりは、やばすぎるって……)

 

 

 

だが、それがどうした。

死線なんて、今までいくらでも掻い潜ってきた……乗り越えてきた……今更恐れる必要もない。

 

 

 

(だと言うのに、何故今更恐る……! 恐れるな‼︎ ただ目の前の敵を斬る……っ! 今度こそ、守ってみせる!!!!)

 

 

 

より一層、鞘を握る力が強まった。

そして、それを見透かしていたかのように、カリギュラも動いた。

背中から生やした光の翼が開き、空に飛んだかと思えば、右腕のブレードを展開。

おそらく、一気に加速してチナツを仕留めようと言う魂胆らしい。

ならば、受けて立つのみだ。

 

 

 

 

「■■■■■■ッ!!!!!!!!」

 

「おおおおおおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

真正面からのガチンコ対決。

ここでチナツ自身の技が発動しなければ、まず間違いなく即死だ。

だが、技を発動させるキーを、チナツは知らない。

通常のスキルと違い、何かが必要になってくる設定なのだろう。

だが、それがわからない。

それでも、やるしかない……!

 

 

 

 

(ユキノ……カタナさん……)

 

 

 

一緒にいて幸せだったと言ってくれた彼女……。

自分のことが好きだと言ってくれた彼女……。

どちらも大切な人に違いない。自分の罪を受け入れ、戦い、そして死んでいく。

それが自分に課した罰であり、使命だ。

でも、せめて今度は守ってから死にたい。

ユキノを……大切な人をこの手で殺め、自分は生きながらえた。だから、今度はカタナを……大切な人をこの手で守り、自分は死ぬ。

納得がいくシナリオだ……。

 

 

 

 

 

 

ーーーー何を馬鹿な事を考えているのかしら?

 

 

ーーーーッ!?

 

 

 

 

これは……幻聴なのだろうか?

とても懐かしく、心に染み入るような声だ。

 

 

 

 

ーーーー約束したでしょう……私の分まで生き抜いてって。

 

 

ーーーーそうだったな……。でも、その約束も、ここで終わりだ。

 

 

ーーーー勝手に終わった話にしないでくれる? 約束を破って良いなんて一言も言ってないわ。

 

 

ーーーー確かにな。でも、俺は俺の生きる意味を見つけた……大切な人ができて、大切な場所ができた。それを守るためなら、俺の命をかけても構わない。

 

 

ーーーーほんと、相変わらずのアホさ加減ね、チナツ。

 

 

ーーーーお前も、相変わらずの毒舌っぷりだな、ユキノ。

 

 

 

 

懐かしい声。

聞き間違えるはずもない。これは、ユキノの声だった。

それに、見える。

まるで走馬灯だが、確かに彼女だ。

 

 

 

ーーーー私とした約束を破るつもり?

 

 

ーーーー俺は…………君の大切な人を奪って、不幸にして、なおかつこの手で殺した……っ!

俺はもう、自分でも償いきれないほどの重荷を背負っているんだ……。だから…………。

 

 

ーーーーここで死ぬと? 相も変わらず生真面目すぎる甘ちゃんね。言ったでしょう……私は、あなたといれて幸せだったと。

あなたとの時間は、今まで経験したことのないくらい、楽しい日々だったって……。

 

 

ーーーーでも、俺は!

 

 

ーーーーあなたには、もう守るべきものがあるんでしょう?

 

 

ーーーーっ!?

 

 

ーーーーなら、それをちゃんと守ってみせなさい……。あなたは、その人にとっての希望になるの。

あなたにはもう、帰るべき場所がたくさんある……待っている人が、たくさんいるんだもの……!

 

 

 

 

 

 

そうだ……大切な人たちなら、ここにいる。

カタナさん……キリトさん……アスナさん……クラインさん……エギルさん……血盟騎士団の仲間たち……。

そして、帰るべき場所にも、待っている人たちが居るんだ。

箒……鈴……弾……蘭……数馬……束姉……千冬姉……。

こんなにもたくさんいる。

その者たちの顔が、姿が、今にもはっきりと見えた。

帰りを待っている。

帰りを願っている。

そんな人たちの思いが、一瞬だけ、チナツの心に届いた。

 

 

 

ーーーーチナツくんッ!!!!

 

 

 

 

 

「カタナ……さん……!」

 

 

 

大切な人が、呼んでいる。

 

 

 

 

ーーーーそうか……。俺は、まだ…………!

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■ッーーーー!!!!」

 

 

 

 

迫り来る刃。

背後に忍び寄る絶対の死。

だが、そんな瞬間に、チナツの心が叫んだ。

 

 

 

 

「うわあああああああああッーーーー!!!!」

 

 

 

瞬間……鞘から放たれた、白銀の閃光。

凄まじい……いや、神の如き速さを超える『超神速』の速さで抜かれた一刀は、カリギュラの腕刃を斬り裂き、勢いそのままに突っ込んできたカリギュラの胴体を真っ二つにした。

 

 

 

「■■■■■ッーーーー!!!!???」

 

 

 

今度の絶叫は、何が起こったのかわからない……そういった声だった。

宙に舞う巨大な体。

下半身と上半身とで別れたカリギュラは、眩い光を放ち、ポリゴン粒子となって虚空へと消えていった。

後に残った静寂が、その場を支配する。

だが、その静寂はすぐに破られることになる。

フロアボスを倒したことを称賛する、システムのファンファーレが、その場に響いたからだ。

湧き上がる歓声。

チナツの剣技に驚嘆する声。

宙に映し出された『Congratulations!』の文字を、チナツはじっと見ていた。

 

 

 

 

「そうだ……俺は、まだ…………」

 

 

 

 

揺れる体。

全てを出し切ったかのようで、体から力が抜ける。

そんな時に、ようやくたどり見出した。

ユキノとの約束。そして、自分の新たな使命を……。

 

 

 

「…………死ねないんだ」

 

 

 

その場に仰向けで倒れる。

意識はある。だが、体が動かない。

どことなく明るみが増したボス部屋の中で、攻略組のプレイヤーたちは大いに盛り上がっている。

その声を耳にしながら、チナツは視線を移動させた。

歓声の中に、こちらに向けて駆け寄ってくる足音が聞こえる……。

これは、間違いなく……

 

 

 

「チナツくん! チナツくんッ‼︎」

 

 

 

紅い和装に白い羽織。

その両手に槍は存在してない。

おそらく、二本とも放り出してきたのだろう。

麻痺状態から回復したカタナが、全速力でこちらに向かって走ってきた。

 

 

 

「チナツくん! しっかりして、大丈夫!? 私がわかる!?」

 

「大丈夫です。そして、わかりますよ……カタナさん」

 

「チナツくん……」

 

 

両目から涙がこぼれ落ちていく。

賭けに出る必要があったとは言え、こんなにも彼女を心配させてしまった。

頬を伝い、雫がチナツの頬に落ちる。

そんな顔をされては、とても辛い……。そう思いながら、チナツは右手をゆっくり伸ばした。

何故だろう……先ほどまで体の全て、指一本すら動かなかったのに、今は簡単に動いた。

だが、そんなことどうでもよかった。

そっと伸ばす右手は、カタナの頬を触れ、親指で涙を拭った。

その手を、カタナは愛おしいと言わんばかりに、両手包み、さらに涙を流す。

 

 

 

 

「もう……心配、したんだからね……っ!」

 

「はい……ごめんなさい。でも、どうにも……死に損ないました……」

 

「当たり前よ……! あなたが死ぬなんて、絶対に許さないから」

 

「そうですね……。俺も、まだ死ぬわけにはいかない理由ができました……」

 

 

 

再び腕をだらんと地面に下ろす。

 

 

 

「すみません、ちょっと……眠ってていいですか?」

 

「…………ええ、お疲れ様。今は休んでて……」

 

「はい……」

 

 

 

 

そこから、チナツの意識は途絶えた。

どれくらい眠っていたのかはわからない。

だが、今まで一番、ぐっすりと眠れたような気がした……。

次に目を覚ました時。

全く知らない天井が、チナツの視界に入ってきた。

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

体を起こして、周りを見てみる。

やけに家具が多いなぁと思いつつ、やはり自分の知らない部屋だと思った。

自分が借りている部屋は、必要最低限のものしか置いてないし、何しろ、部屋は一つしかないが、ここは寝室だけでも結構な広さがある。

 

 

 

「俺は……どれくらい気を失って……」

 

「スゥー……スゥー……」

 

「ん?」

 

 

 

自分が寝ているベッドに、違う寝息が聞こえる。

その寝息が聞こえる方へ視線を向けると、安らかな寝顔を見せて寝ているカタナの姿があった。

そしてよく見ると、彼女の右手は、しっかりとチナツの右手を握っていた。

彼女の手の温もりを感じながら寝ていたようで、どうりでよく寝れたと思ったわけだ。

 

 

 

「カタナさん…………」

 

 

可愛らしい寝息をたてながら、愛しの人が寝ている。

あの時、チナツの中にある感情が、一気に溢れ出した。

カタナの事を思う心……それは以前、ユキノに対して抱いていた感情と同じものだ。

ユキノの事を忘れる事は、さすがに無理だ。

でも、そのユキノが言ったのだ……彼女の希望になれ、と。

迷いがあったのは否めない。

ユキノに対して義理立てしている自覚はあった。

でも、もし許されるのなら……もう一度、人を好きなってもいいだろうか……。

そして、それは許された。

今を大切に生きる。その意味が、ようやく理解できた。

今度こそ、失わないために……自分の戦いを……意志を……信念を貫く。

弱き己を律し、強き理想の自分へと近づくために……もう一度、剣を取って、歩み始めよう……。

 

 

 

 

「ありがとう……カタナさん……」

 

「むにゅ……」

 

「ん?」

 

「チ……ナチュゥ…くん……」

 

「はい……」

「しゅき……」

 

「…………俺もです」

 

 

 

 

本人には聞こえていない。

そう信じるしかないと思った。面と向かって言うのは、もう少し先にしておこう。

チナツはベッドから出て、カタナを抱きかかえると、そのままベッドに寝かせて、自分は厨房へと入っていった。

どれくらい眠っていたのかはわからないが、腹が減っているので、とりあえず何か食べたい。

 

 

 

「何食べようかな……あっ、調理器具がないじゃん」

 

 

 

自分の部屋には常備しているが、ここはどことも知らぬ部屋だ。

まぁ、カタナがある時点である程度の目星……というより、確証はしているが、チナツの部屋に比べると、やはり器具は少ない。

 

 

「包丁……まな板……鍋は……あるな」

 

 

 

ならば、簡単にスープでも作ればいいだろう。

自分のアイテムストレージから、食材アイテムを取り出し、《料理スキル》を駆使して、どんどん食材を切っていく。

現実世界のように、一工夫を入れて作れば、もっと繊細で良い味が出せるのだが、仮想世界では味覚パラメータが機能しているため、日本人特有の繊細な味付けは難しい。

しかし、チナツにかかれば、調味料を駆使して、ちょい足しで劇的に料理の味付けを変えてしまう。

そうして出来たのが、『コンソメ風味の野菜スープ』だ。

味見をしながら器に入れようとした時、寝室でカタナが起き上がる音が聞こえた。

ドタドタと走り寄ってくる音を耳にしながら、チナツは入り口の方へと視線を送った。

 

 

 

「チナツくん!」

 

 

慌てて厨房内へと入ってくるカタナ。

その服装は、とてもラフな格好だった。

キャミソールに半袖パーカー、短パンといった、これぞ部屋着……という感じだ。

カタナはチナツを視界に捉えると、思いっきり抱きついてきた。

 

 

 

「もう! なんで急にいなくなるのよ! すっごく心配したんだから!」

 

「……ごめんなさい。ちょっとお腹が空いたので、厨房お借りしてました」

 

「そう……。で、体は? どこか異常はない?」

 

「はい。この通り、ピンピンしてますよ」

 

 

 

チナツの微笑む顔に安心しきったカタナは、再びチナツの胸板に顔を埋める。

それに応じて、チナツも両手でギュッと、カタナを抱きしめた。

 

 

 

「俺……どのくらい眠ってたんですか?」

 

「丸一日……」

 

「うわぁ……一日経ってたんだ……」

 

 

だがまぁ、今までで一番心地よく眠れたかもしれない。

 

 

 

「カタナさん、お腹空いてませんか? よければ、一緒に食べません?」

 

「うん、食べる」

 

 

 

 

その後、二人は同じスープを食しながら、あの後のことを話し合った。

チナツが使った最後のスキル。

あれが、カタナと同じ《ユニークスキル》である事と、最後に見せたあの技……ボスのHPを半分くらいはあったのに、それを一撃で吹っ飛ばすほどの威力を持ったスキルの正体。

《抜刀術スキル》最上位ソードスキル《天翔龍閃》。

それを撃った後、チナツはエギルに抱えられて、今現在二人がいるこの部屋……カタナの自宅の寝室へ運ばれたとの事だ。

その後は、カタナが付きっきりで観ててくれたようで、血盟騎士団での事務は、アスナに任せてきたそうだ。

その後、血盟騎士団の正式な発表で、三人目の《ユニークスキル》保持者が現れたとの報告を行ったらしい。

情報屋や剣士たちは、チナツのスキルを一目見ようと殺到したらしいが、騎士団の方でこれに対処してくれたようだ。

 

 

 

 

「ほら、これ号外」

 

「ん? 『邪龍を斬り捨てた一刀は、新たなユニークスキル‼︎』……はぁ……別にそんな大層なものじゃないってのに……」

 

「そうはいかないわよ。私の時でも反響がすごかったのに、あなたの場合はそのスキルでボスを倒しちゃったんだもん……。

そのインパクトは、かなりでかいと思うわよ?」

 

「はぁ……外に出るのが憂鬱になるなぁ……」

 

「ふふっ……そうね。誰もが街を歩いて発見すれば、必ず声をかけてくるでしょうね……『白の抜刀斎』さん?」

 

「はぁ? なんです、その名前」

 

「ほら、号外のここの所」

 

「ん?」

 

 

 

カタナの指差した所に視線を持っていくと、そこには、『チナツ』と書かれた隣に、ユニークスキル《抜刀術》の文字と、二つ名的な意味でつけられた『白の抜刀斎』の文字が。

 

 

 

「キリトさんとかけてるのかな?」

 

「まぁ、どっちも真っ黒だし、真っ白なんだもん。先に『黒の剣士』で通ってるキリトがいた分、チナツくんは『白の〜』で通るしかないわ」

 

「……そうですね。『人斬り』よりは、よっぽどマシか……」

 

「…………」

 

「あっ、ごめんなさい。こんな話……」

 

「ううん、気にしてない」

 

 

 

そうだ、もう気にする必要がないのだから。

ここにいるのは、もう《人斬り抜刀斎》ではない。

たった一刀で凶悪なモンスターを斬り倒し、ボス戦に参加した攻略組のメンバー全員を守ったプレイヤー……《白の抜刀斎》なのだから。

食事を終え、二人は食後のお茶を飲んでいた。

カタナがアスナから貰ったというハーブティー。

見た目と味は一致しないため、どんな味がするのか恐る恐るに飲んだが、意外に美味しかった事だけは確かだ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

カタナがそっとため息をついた。

すると、おもむろに立ち上がり、チナツの座っている椅子の元へと歩み寄ってきて……。

 

 

「よいしょっ、と」

 

「…………あの、カタナさん?」

 

「何かしら?」

 

「いや、何かしらじゃなくて……」

 

 

 

チナツの太ももの上に座る。

脚から伝わってくるカタナのお尻の感触がリアル過ぎるため、チナツは急いで顔を上に向けた。

平静を装いつつも、少しばかり意識してしまう。

そんなチナツを見て、カタナは「ふふっ」と笑いながら、そのままチナツに体を預けるように寄りかかる。

 

 

 

「なんか……いいわね。こういうの……」

 

「そうですね……凄く……落ち着きます」

 

「ねぇ、チナツくん…………今日は、泊まっていかない?」

 

「カタナさん家に?」

 

「うん……。なんか、今日は……一緒に居たいっていうか……」

 

「ええ、いいですよ。お邪魔します」

 

「うん」

 

 

 

静かな時間が流れる。

両腕でカタナを抱きしめるチナツと、お腹のあたりで握っているチナツの手に、そっと両手を合わせるカタナ。

二人の顔が同時に動く。

もう、どちらか片方が少しでも動けば、触れられるくらいの距離。

頬が朱に染まっていき、顔が近づく。

自然とそのまま、二人の唇が触れ合った。

柔らかく、暖かい……質感のいい唇。まるで小鳥同士、ついばむ様にして互いを求める。

しかし、それが終わると、今度はカタナの方からチナツを求めてきた。

柔らかい舌が、チナツの舌と絡み合い、唾液が唸る音を立てる。

負けじとチナツもカタナを求める。

 

 

 

「んっ……ちゅ……っ、んあっ……!」

 

 

 

まるで舌が蕩けるような感覚。思わず声が漏れてしまった。

目も蕩けているようで、チナツの思うがままにされている。

それを、どれくらいしただろう……外はもう夜になっているが、二人とも寝ていたため、今が何時なのかはわからない。

しかし、そんなことどうでもよかった。

目の前でカタナが……チナツが、互いを求め合っているのだ。

そんな事を気にしている場合じゃない。

 

 

 

 

「チナツくん……好き……!」

 

「……俺も、俺も好きです。カタナさん……!」

 

「ユキノさんより?」

 

「それは……どうでしょう……」

 

「……そこは即答しなさいよ」

 

「無茶言わないでくださいよ……。でも、ユキノとカタナさんとじゃ、好きの意味が違うと思うんです。

ユキノに対して抱いていたのは、罪悪感。そのことから、俺は彼女の事を幸せにするって決めて、でも、好きになったのは本当です」

 

「じゃあ、私は?」

 

「カタナさんは…………心の底から、です。これが好きだと言う感情じゃなければ、なんと表現していいのか……俺には分かりません。

ただ、どうしようもなく、貴方が欲しい……! 誰にも、貴方を渡したくない……!」

 

「っ…………!」

 

 

 

 

カタナを抱きしめる強さが、少しばかり強まった。

するとカタナは、体を動かし、チナツに向かい合うようにして座り直した。

そして、何度目かになる口づけをする。

 

 

「好き……大好き……っ!」

 

「ああ……好きです、カタナさん……‼︎」

 

 

 

 

そこからはもう、歯止めが効かなくなった。

再びベッドに戻って、互いが互いを求め続けた。

二人の口から溢れる吐息と全身から吹き出る汗……乱れまくる肢体……昂ぶる感情。

もう止まらない。

 

 

 

 

「愛して……! チナツっ……!」

 

「カタナ…………ッ!」

 

 

 

 

 

そこから先は、二人とも記憶が曖昧だ。

ただ覚えているのは、触れる体の暖かさと、互いの想いが通じあった

ということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間を過ごしたのか……それがわからなくなるくらいに、二人は閨を共にした。

ただ一つ言えるのは、朝日が昇っていたという事だけ。

つまり、夜通し二人は求め合った……ということになる。

 

 

 

 

「ん……んんっ」

 

「おはよう♪」

 

「ん……おはよう……」

 

 

 

目を覚ますと、目の前には彼女……カタナの姿があった。

しかも近い。

鼻先が触れるのではないかと思うくらいに近い。

彼女の象徴たる水色の髪と、真紅の瞳が、チナツの両眼に大々的に映し出される。

 

 

 

「ふふっ……」

 

「どうしたんだ?」

 

「ううん……なんでも。ただ、寝顔が可愛いなぁ〜ってね♪」

 

「っ……恥ずかしいな、それ」

 

「写真撮っておけば良かったかも」

 

「お願いです。やめてくれませんか」

 

「ええ〜〜!」

 

 

 

 

朝日が昇っていると言っても、ここは《アインクラッド》という名の城の中なので、実際に太陽が顔をのぞかせるわけではない。

でも、そんな偽物の朝日でも、これだけ心地よいと思ってしまう……。

 

 

 

「まだ早朝……の時間だよな?」

 

「そうね……だから、もう少し寝ててもいいけど……」

 

「うん……もう少しだけ、な」

 

 

 

普段ならここで起きている頃だが、今はカタナとの時間を優先したいと思った。

互いに裸のままだ。

カタナの豊満かつ魅惑の肢体が、チナツの体に直に触れている。

身動きするたびに肌がふれあい、擦れ、二人とも感情がまた昂ぶるような気持ちになる。

 

 

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

 

 

カタナはおもむろに、チナツと自身を覆っている掛け布団の中を見て、チナツの男性的象徴の物を一目すると、今度は自分のお腹を撫でた。

 

 

 

「あんな……あんな凶悪な物が、私のお腹の中に入ってたって考えると……」

 

「凶悪な物って……」

 

「だ、だって! け、結構……その……大きかったから……」

 

「そ、そんな事を改めて言うなよ!?」

 

 

 

実に神秘的ではあるものだ。

人間、生を受けて産まれ出で、男と女に分かれ、互いを認識し合う。

そして、すべてを晒した時、生物的本来の欲求を欲する。

 

 

 

「カタナ……」

 

「なに?」

 

「俺は……君も巻き込むかもしれないよ? 俺自身が背負っている罪……それを償うための運命に。

それでも、君はーーーーー」

 

「くどいわね。女に二言はないわよ、チナツ」

 

「っ……」

 

「私は貴方が好き……そして、貴方の運命を、私も共に歩むと決めた。たとえそれがどんなに困難な道のりだったとしても、私は貴方を愛し、貴方を守る……。

それが、私が私に立てた絶対的な誓いよ…………っ!」

 

 

 

 

もはや揺るぎはないようだ。

ならば、男として、これはけじめをつけなければならない。

身を起こし、カタナを見つめるチナツ。

それに応じて、カタナも身を起こす。体を掛け布団で覆い隠して、こちらもじっとチナツを見つめる。

 

 

 

「カタナ……俺と、家族になってほしい……!」

 

「っ?!」

 

「俺と……こんな、汚れている咎人の俺と……釣り合わないかもしれないけど……けど!」

 

「…………」

 

「俺の側にいてほしい…………だから俺と、結婚してください」

 

「っ…………」

 

 

 

まっすぐ、だだありのままの気持ちをぶつけた。

カタナは驚きつつも、すぐにニコッと笑った。

 

 

 

「はい……。私を、貴方のお嫁さんにしてください……っ!」

 

 

 

 

答えを得た。

これまで戦いに明け暮れ、自分が戦う理由を模索してきたチナツ。

だが、いまようやく、その答えを得た。

大切な人を守る……ただ、それだけの事だったんだ。

 

 

 

 

 

「ああ……絶対に、君を幸せにしてみせる」

 

 

 

 

いまここに誓う。

カタナを守り、幸せにすると。

その誓約として……誓いの口づけを交わす二人だった。

 

 

 

 

 

 

 






前書きに書いた通り、これで過去編は終了です。
次回からは、再びキリトと菊岡の話に戻ります。
その後は、海底ダンジョンへと行きます!

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第63話 Extra EditionⅪ



ええ〜、今回からまた通常のExtra Edition編に戻ります!



 

 

 

「その攻略組のプレイヤーたちの頂点に立っていたのが、《アインクラッド》内、最強ギルドと謳われた『血盟騎士団』団長のヒースクリフだというわけだね?」

 

「ええ……そして皮肉にも、奴とのデュエルが、正体を看破する手がかりになったんです」

 

 

 

 

カタナたちが思い出話にひたっている中……和人と菊岡は、SAO事件において、最も重要視される出来事について話していた。

ヒースクリフとのデュエル。アスナを賭け、キリトが勝てばアスナを連れて行けるが、負ければ『血盟騎士団』へと入団する。

その条件の下、二人は第75層にあったコロシアム風建造物へと入り、その場に集まった大勢の観客たちの前で、正々堂々と戦った。

どちらも《ソードアート・オンライン》というゲームに存在する既存のスキルからはみ出たチートスキル……《ユニークスキル》の保持者だったことから、二人の決闘には自然と注目が集まった。

決闘の行方は、相互のスキルの特性もあって、終始キリトが攻め込む形になった。

鉄壁を誇るヒースクリフの《神聖剣》と、超攻撃特化の《二刀流》。キリトもヒースクリフも、互いに本気でぶつかり合った。

だが、終盤になって、キリトはある事に気付いた。

決着がつく瞬間に、ヒースクリフの動きが、過剰と言っていいほどに速く動いた。

その結果、一撃を貰ったキリトの敗北により、決闘には決着かついたわけだが……。

 

 

 

 

「いいねぇ〜、若いっていうのは……。あの子たちが今こうしていられるのも、キリトくんの活躍があってのものだからね」

 

 

 

窓を遮っている遮光カーテンの隙間から、水着姿のアスナたちを見て言う菊岡。

だが、その言葉を、和人は否定した。

 

 

 

「俺は活躍なんてしてませんよ……」

 

「でも、君がヒースクリフの正体を看破して、茅場先生との最終決戦に勝利したことに、間違いはないだろう?」

 

「…………あれを勝利と言っていいのかね……」

 

 

 

 

 

第75層のボス。《スカル・リーパー》を倒した攻略組プレイヤーたち。

その中にはもちろん、キリト、チナツ、アスナ、カタナの姿もあった。その他にも、『血盟騎士団』や『聖竜連合』、『風林火山』など、今まで攻略に関わってきたプレイヤーたちが勢ぞろいし、ヒースクリフもまた、その攻略には参加していた。

《アインクラッド》のクオーターポイントと呼ばれる、第25層、第50層、第75層……そして第100層は、かなり強いモンスターが出ると言われていた。

第100層に至っては、このゲームの最終ボスであるため、手強いのは当然だが、今回の75層では、今まで類を見ないほどの死者を出した。

攻略のプレイヤー……つまり、アインクラッドのトップを行くプレイヤーたちが、14人……この攻略で命を落とした。

残り25層もある中で、常に10人規模の損害を出すとなると、いつか我が身が犠牲になる……そう思った時、心の底から、攻略したことを喜ぶことができなかった。

ただ唯一救いだったのが、自分たちの知人が、愛する人が、生き残っていた事だけ。

そして、最強プレイヤーのヒースクリフもまた然り。

だが、そこでキリトはある事に気付いた。

それは、ヒースクリフのHP残量……。

彼も誰も彼もが、HPをイエロー……またはレッドゾーンにまですり減らしている中、彼だけが、唯一グリーンゾーンで止まっていた。

だが、あり得るのか?

いくら防御が優れている《神聖剣》とは言え、あれだけ壁役としてスカル・リーパーの攻撃を受けたのだ。少なくともHPは減少しててもおかしくはないし、ましてや “あと一撃入れば、イエローに入るギリギリのところまでしか下がってない” なんて……

 

 

 

 

「っ?!」

 

 

 

 

嫌な予感がした。

キリトはそっと立ち上がり、床に置いていた愛剣《エリュシデータ》を握る。

すると、その背中にもたれかかってたアスナが、キリトの不審な行動に気づく。

だが、キリトは止まらない。即座に立ち上がり、ヒースクリフめがけて走り出し、片手剣スキル《レイジスパイク》を発動。

キリトの行動に驚き、ヒースクリフは自慢の盾で防ごうとしたが、盾の軌道を読んだキリトが、僅かばかり剣の軌道を上方に修正、ヒースクリフの顔面あたりを突き刺した……ように思えたが、実際にはそうならなかった。

なぜなら、ヒースクリフの顔の薄皮一枚、そこに見えない壁でもあるかのように、剣が止められていたからだ。

そして現れる、ヒースクリフの頭上に出た紫のエフェクト。

 

 

 

「へ……破壊、不能オブジェクトっ!?」

 

 

 

その表示は、今までに何度となく見てきた。

だがそれは、アインクラッド内に存在する建物や木々……ダンジョンなどなど……ゲーム世界での構造物などや、街などで商売をしているNPCたちにつけられた物だ。けしてプレイヤーが身につけれる様な物ではないはず……だが、何故目の前の男はそれを持っているのか……。

その答えは、キリトが知っていた。

彼は薄々感づいていたのだ……。

デュエルの時に感じた『超速度』による攻撃の回避。

HPが絶対にイエローゾーンに入らないという伝説。

その全てが、《神聖剣》というユニークスキルのものではなく、もっと高位の……それでこそ、『GM権限』並のスキルでないと無理なのでは……と。

 

 

 

 

「ずっと気になっていた……。奴は一体、どこで俺たちのことを観察しているんだろうって……。

でも、そんなの簡単な話さ……他人のやっているRPGを、横から眺めているだけなんてこと自体がつまらない。

そうだろう…… “茅場 晶彦” ーーーーッ!!!!!」

 

 

 

キリトの言葉に、誰もが言葉を失った。

全プレイヤーの希望…………最強のプレイヤーが一転、最悪の敵に回ったのだから。

正体を看破されたヒースクリフ……いや、茅場は、意外にも落ち着いた様子でキリトに問いかけた。

何故、自分の正体が分かったのか……と。

そしてキリトは答えた。

デュエル中……あんた、あまりにも速すぎたよ……と。

もはや言い逃れはできなかった。

だから、改まって自己紹介をした。

 

 

 

「その通り、私が “茅場 晶彦” だ……ッ!」

 

 

 

悪夢だった。

全て、ここまでのことが、全て彼の手のひらの上だったとわかった時の絶望は、計り知れない物だった。

今まで失ってきた物……切り捨てた物……そして、無残にも生き残れず、死んでいった者たちを、嘲笑うかの様で、怒りに身を任せた者たちもいた。

だが、GMたる茅場には、そんな攻撃一切通用しない。

システムコマンドを呼び出し、その場にいるプレイヤーたち全員に強制麻痺を施した。

ただ一人、キリトを除いて。

誰もが倒れていく中、キリトだけが、その場に立ち尽くしていた。

そしてヒースクリフは、キリトにデュエルを申し込んできた。

キリトが勝てば、現段階……第75層ではあるが、最終ボスである自分を倒したとして、ゲームクリア……つまり、生き残っている約六千人の命を解放すると……。

しかし、もしもキリトが負けたのなら…………それすなわち、『死』だ。

受ける受けないは自由だった……。

だが、キリトにはどうしても許せなかったのだ……自分の私利私欲に、一万人も巻き込んで、なおかつ攻略組のプレイヤーたちを……希望を胸に戦い続けた者たちに対して、この仕打ち。

そして、もっとも許せなかったこと……それは、サチを含め、自分の目の前で死んでいった者たちへの怨みや屈辱だ。

止めるアスナを振り切り、キリトは戦いを挑んだ。

いや、これは戦いではない……どちらかが勝ち、どちらかが死ぬ…………憎悪に塗れたデスマッチだ。

キリトは、目の前の男……ヒースクリフを、茅場 晶彦を、殺すことを決意した。

 

 

 

 

 

「せぇやあああああッ!!!!!」

 

 

 

 

唸る双剣。

両手に握る黒白の双剣が、たった一人の敵を切り刻もうと、縦横無尽に振るわれる。

だが、その男は、この世界を創りあげた『創造主』。

全てのスキル、全てのステータスは、この男が管理している言っても過言ではない。

ソードスキルを使ってしまえば、たとえキリトの《二刀流》であっても、茅場 晶彦には届かない。

しかし、そんなの焦りが、逆効果として現れてしまった。

 

 

 

 

「うわああッ!!!!」

 

「フッ……!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

中々通らない攻撃への苛立ちと、反撃を食らってしまったことへの焦りで、キリトは反射的にソードスキルを発動してしまった。

ユニークスキル《二刀流》の最上位スキル。連続27連撃を見舞う破格の大技……《ジ・イクリプス》。

しかし、その攻撃は、全てヒースクリフの盾によって受け切られた。

そして、左手に持つ剣……リズの作りあげた片手剣《ダークリパルサー》が、鋒から折れてしまった。

しかもスキル発動後の長い硬直が、キリトの体を襲い、それを見越したヒースクリフは、自身の剣を掲げると、ソードスキルを発動させ、キリトを斬り裂こうとした……だが、それはたった一人の人物によって阻止された。

 

 

 

 

「ア、アスナ……! そ、そんな……!」

 

 

 

 

麻痺状態だったはずのアスナが、まるでキリトを庇うようにして立ちはだかった。

しかし、その一撃で、アスナ命を落とし、彼女の体を作り上げていた電子情報体は、ポリゴン粒子となって消えていったのだった。

虚空へと消えていくポリゴン粒子を、キリトは絶望の眼差しと、悲嘆の声を漏らしながら手で触れようとする。

だが、全て無意味な事だ。

その場に残った、アスナの愛剣《ランベントライト》を握る。

再び《二刀流》となったキリトだが、その剣に、もはや魂はこもっていなかった。

《エリュシデータ》を弾かれ、なす術なくヒースクリフによって体を貫かれた。

貫通継続ダメージによって、キリトのHPは刻一刻と無くなっていく。

 

 

 

 

(これで、いい…………)

 

 

 

アスナを失い、全てがどうでもよくなった。

だが、ふと彼女の声が聞こえた。

 

 

 

ーーーー信じてるから……っ!

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

 

その瞬間、キリトの……キリトというアバターは、消滅するはずだった。

だが、消えなかった。

今にも消えそうなほど、弱々しい姿だった。

体は実体を持たない幽霊の様で、薄く……また、透けて見えていた。

存在していること自体が不思議なくらいで、その光景には、ヒースクリフ自身も驚いていた。

 

 

 

「は、はあああああああああッーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

最後の力を振り絞り、キリトは《ランベントライト》を突き刺した。

ヒースクリフの体を刺し貫いた剣は、彼に貫通継続ダメージを負わせ、やがてHPを全損させた。

その瞬間、キリトは理解した…………全て、終わったのだと。

 

 

 

「これで……いいかい?」

 

 

とどめを刺した恋人の愛剣《ランベントライト》に問いかける。

それに応じるかの様に、刀身の根元あった装飾の宝石が光った。

まるで、「よくやった」「頑張ったね、お疲れ様」と、キリトを労っているかの様で……。

 

 

 

『11月7日 14時55分……ゲームはクリアされました』

 

 

 

 

その日、《アインクラッド》での全てが……終わりを告げた。

その後、キリトはどことも言えない空間へと立っていた。

一面に広がる空。照りつける夕陽と、どこまでも広がる雲……茜色に染まったその空間に魅入っていると、背後から声をかけられた。

 

 

 

「キリトくん……?!」

 

「っ!」

 

 

 

死んだはずの愛する人。

いや、自分も死んだのだから、逢えて当然だろうか……。

アスナを見た瞬間、ホッとした。

これからこの世界からも、現実世界からも消えるのに、一人では心細と感じていた。

だけど、どうせ死ぬのなら、愛する人と一緒に……。

アスナには、自分も死んでしまったと……そう説明した。

彼女は優しく微笑み、キリトを抱きしめ、口づけを交わした。

ここはどこなのだろうか……そう思いながら、ふと、二人は下を見た。

そこには、浮遊城が浮かんでいた。

しかし、その城も、下からどんどん崩れて行って、二人が暮らしていた22層のログハウスも、一緒に崩れ消えていく。

何もかもが崩れ、消えていく中、キリト達に問いかけるかの様に、その男は立っていた。

 

 

 

「なかなかに絶景だな……」

 

「っ…………茅場 晶彦……っ!」

 

 

 

ヒースクリフではない。

本物の彼だった。幸の薄そうな顔に、本当に天才科学者だったのだと思わせる白衣。

彼もまた、死んだ者だ。キリトが……自らの手で殺した。

 

 

 

「なんで……こんなことをしたんだ……?」

 

 

 

いつかは聞かなければならない……そう思っていた問いを、キリトは彼に問いかけた。

 

 

 

「何故……か。私も長い間忘れていたよ……。フルダイブ環境を確実なものとした時……いや、それ以前から、私はあの城に、自身の理想を思い描いていた……。

この地上を飛び立って、あの城に行きたい……何年もの長い間、それだけを欲して生きてきた」

 

「…………」

 

「私はね、キリトくん……今も信じているんだよ。どこか違う世界には、あの城が本当に存在するんだと……」

 

「……ああ。そうだと、いいな」

 

 

 

キリトの言葉に、アスナも頷いた。

 

 

 

「そういえば、言うのが遅くなったな」

 

 

 

ここで初めて、茅場 晶彦は真正面にキリト達を見た。

そんな彼の顔は、どことなくやり切ったような……それでいて、満足そうな表情をしていた。

 

 

 

「ゲームクリアおめでとう。キリトくん、アスナくん」

 

 

 

言葉を理解することができなかった。

クリア? 一体何のことなのだろう……。自分たちは、もうすでに死んでいるのに……。

世界が壊れ、消えていく前に、キリトはアスナを抱きしめる。

涙を流し、果たせなかった約束を悔やみ、アスナに謝罪した。

だがアスナは、そんなキリトを優しく抱きしめた。

ともに死んでいく身ならば、最後に本名を聞いておきたい。

それに応じて、キリトは……桐ヶ谷 和人は本名を答え、アスナ……結城 明日奈もまた、本名を答えた。

出会えてよかった……結婚してよかった…………愛している。

いろんな思いがこみ上げてきた。

二人で抱き合い、あと少しで、跡形もなく消え去る世界を眺めた後、世界が突如として白に染まった。

愛する人の温もりが消えていく。

ああ……本当に死んでいくんだなぁ……そう思った。

だが…………

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

空気に重みがある。

臭いが感じられる……仮想世界では感じられなかった感覚全てが、今の自分には感じられるよう。

白で統一されてその部屋。

視線を右に、左にと動かし、状況を把握する。

そして、悟った……現実世界に戻ってきたと……。

アスナが……現実世界での結城 明日奈が、自分を待っていると……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、君たちも災難だったねぇ〜。SAOから解放されたと思ったら、また別の事件に巻き込まれるなんて……」

 

「っ…………ええ、誰かさん達の怠慢のお陰でね」

 

 

 

 

まるで他人事のように言う菊岡に、和人は怒りを覚えながら皮肉を交えて返答した。

 

 

 

「いやぁ〜、その件に関しては、申し開きようが無いなぁ〜」

 

「どうして須郷の悪巧みに気づかなかった……っ!」

 

「無論、我々とて警戒はしていたんだ。彼はSAO事件の前から、茅場先生とは面識も繋がりもあったからね。

しかし、約六千人ものSAO生還者たちが一斉に現実世界に復帰した事で、それらの対応に追われてね。

しかも、須郷がALOに独自のラボを設置しているなんて、予想だにしてなかったんだ……教えてくれるかい、キリトくん? どうやって一学生である君が、須郷の計略を突き止め、それを阻止出来たんだい?」

 

「別に……。ただ俺は、ALOにアスナによく似た女性の写真が撮れたと言う情報を聞きつけて、確かめにいっただけです」

 

「っ!? それだけで、君たちはALOにログインしたのかい?」

 

「可能性があるなら、何でもしましたよ……」

 

 

 

 

 

SAO事件が終結し、生き残っていた約六千人のプレイヤーたちは、現実世界に復帰した。

その中には、学生もそうだが、社会人が大半で、二年もの時間を、ベッドに横たわる生活を余儀なくされていたとはいえ、さすがに体の方が弱っていた。

そのため、政府の意向によって、生還者たちのリハビリの促進と、社会人には職場復帰の機会と、学生たちには専用の学校が新設される事になった。

その生還者の中には、当然キリトこと桐ヶ谷 和人に、チナツこと織斑 一夏、カタナこと更識 楯無の姿もあった。

しかし、肝心なアスナこと、結城 明日奈の姿がなかった。

菊岡の伝手で、明日奈が入院している病院を知り、会いに行った……だが、待っていたのは、ある種の絶望だった。

未だに頭にナーヴギアを装着し、眠っている明日奈の姿が……そこにはあった。

それから定期的に、和人は明日奈の病院に訪れ、いつまでも眠り続けている彼女の様子を見守っていた。

その時だった……明日奈の父であり、総合医療電子機器メーカー『レクト』のCEOを務めている結城 彰三氏が連れてきた男と、和人は初対面した。

 

 

 

「わが社のフルダイブ技術部門に勤めている『須郷 伸之』くんだ」

 

「須郷 伸之です。初めまして」

 

「桐ヶ谷……和人です」

 

 

 

初めて会った印象は、どことなく好青年……と言った感じだ。

ビシッと決まったスーツに、エリートと言う言葉が似合う、茅場とは正反対な人物。

だが、その須郷と彰三氏の意味深なやりとりを聞いた和人は、再び絶望に打ちひしがれる。

その後、彰三氏は病室を出て、その場にいるのは横たわっている明日奈と、和人、須郷の三人。

 

 

 

 

「君は……あの世界で、明日奈と暮らしてたんだって?」

 

「え、ええ……」

 

「なら……僕と君は、やや複雑な関係という事になるな……」

 

 

 

そう言いながら、須郷は明日奈の髪を優しく持ち上げると、あろう事か思いっきり香りを嗅ぐようにして鼻から息を吸う。

その光景を見せつけられて、和人としては不快感がより一層強まった。

この男は、危険だ。

かつて《アインクラッド》で最強ソロプレイヤーとして名を馳せた和人の勘が、そう警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

「今の話はね……僕と明日奈が結婚するって話だよ……」

 

「っ!?」

 

 

 

改めて言われると、身体中から血の気が引いていくような感覚に襲われた。

そう言いながらも須郷は、明日奈の唇や髪の毛を弄ぶ。

そんな下劣な男に、大切な恋人がいいようにされてると思うと、我慢ならなかった。

 

 

 

「ーーーーやめろっ……!」

 

 

 

つい、唇を触っていた須郷の左手を強く掴む。

須郷はそれを力強くで振り払う。

 

 

 

「あんたは……明日奈の昏睡状態を利用する気なのか……?」

 

「利用? 当然の権利だよ」

 

 

 

何の根拠があってそんなデタラメを……。

そう思いたかった……。

 

 

 

「ねぇ、桐ヶ谷くん。SAO事件を起こした《アーガス》が、その後どうなったかは知ってるかい?」

 

「…………解散したと聞いた」

 

「うん……。SAO事件によって莫大な負債を抱えて、会社は倒産。その後、SAO世界の維持を委託されたのが、結城 彰三氏がCEOを勤めている総合医療電子機器メーカー『レクト』だ」

 

「っ!」

 

「そして僕は……そのフルダイブ技術部門に勤めている……なら、僕も僅かばかりの対価を要求したっていいじゃないか」

 

 

 

 

そんな事、許されるわけがない。

この男は、明日奈を利用して、自分が会社を乗っ取る気でいるのだ。

彰三氏の娘である明日奈と結ばれ、婿養子として結城家に入れば、あとは彰三氏から自分に会社の全権を渡してもらうのを待てばそれでいい。

とても容認出来ない事だった。だが同時に、今の自分には、何もできないという事実を突きつけられる。

もう自分は、《黒の剣士》ではない。

あの世界で最強だった自分は、もういないのだ。

 

 

 

 

「式は一週間後の1月26日にこの病室で行う。大安吉日でないのが残念だがね……友引だから君も呼んであげるよ」

 

 

 

残酷極まりない。

明日奈の事を、諦めなければならないのか……。そう思うと、胸が張り裂けそうで、とても辛かった。

家に帰り、妹である直葉の前で、号泣してしまった。

明日奈が遠くに行ってしまうと……自分の手の届かないところに……。

直葉に抱きしめられ、諦めないと誓った。その翌日、その写真は送られてきた。

送り主は、SAOの中で、第1層の攻略会議から交流を持っていた、エギルからだった。

その写真を見て、和人は仰天した。

 

 

 

「っ……ア、アスナ……っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その写真が撮られたのが、当時須郷が技術顧問を勤めていた『レクトプログレス』が運営していたALOだと知ったんだね。

しかし、君も、須郷が怪しいとは、思わなかったのかい?」

 

「俺も、アスナの事で頭がいっぱいだったんです……」

 

 

 

 

 

そう、その時は、何も思わなかった。

だが、その写真が撮られたのが、ALOの中であったという事と、そのALOを運営しているのが、須郷のいる『レクトプログレス』だという事が判明した事によって、和人はある決意をした。

それは……もう一度、ナーヴギアを被るという事だ。

 

 

 

 

ーーーーもう一度、俺に力を貸してくれ!

 

 

 

二年間、故障もせずともにいた相棒。

下手をすれば、自分を殺してしまう『魔の道具』だっただろうが、こいつのおかげで、気づけた事、知り合えた事がたくさんあった。

全てが嫌になったわけでない。

だから、もう一度……もう一度賭けてみよう。

 

 

 

 

「リンク・スタート‼︎」

 

 

 

言い慣れたその言葉。

もう一度、この言葉を言う日が来るとは思ってもみなかった。

でも、どうしても必要なのだ。

だから、和人は……キリトは再び降り立った。

完全なる仮想現実空間へと……。

しかし、ここでトラブルが発生してしまった。

性別を決め、妖精のアバターを選んだまでは良かった。しかし、プレイヤーの種族によって、異なるホームタウンへ転送されるはずだったが、何かのラグが起きてしまい、キリトはどこ知れぬ闇へと落ちていってしまったのだ。

 

 

 

「どうなってるんだあぁぁぁーーーーっ??!!!!」

 

 

 

そして次の瞬間、キリトの顔面に強烈な衝撃が伝わってきた。

 

 

 

「あだっ!?」

 

 

 

地面の感覚……かと言って、コンクリートやアスファルトのような感触ではなかった。

顔面から真っ逆さまに落ちた割には、あまり痛みを感じない。

そのまま仰向けに倒れたキリトは、深く息を吸って、周りの景色を見渡した。

そこには、幻想的な光景が広がっていた。

 

 

 

「…………はぁー……また来ちゃったなぁ〜……。あんな事があったくせにさ……」

 

 

 

皮肉交じりに言うキリト。

1月20日……場所は《アルヴヘイム・オンライン》の中立域の森林フィールド。

その場に、伝説の勇者《黒の剣士》キリトが降り立った瞬間だった。

立ち上がり、ホームタウンに転送されなかった事を不審に思ったキリトは、ステータス画面を確認するために、右手を振ったが出てこず、今度は左手を振ってみた。

すると、SAOの時と同様に、ステータスがオープンされ、まず最初に確認しなくてはいけない事を行った。

 

 

 

「…………っ! あった……!」

 

 

ログアウトボタンだ。

かつてはこれが無かったが為に、ゲーム世界から抜け出せない……そんな事があったが、どうやら今回はそんな心配は要らないらしい……。

ログアウトができる事を確認したキリトは、次に自分のステータスを確認する事にした。

《アルヴヘイム・オンライン》……通称《ALO》には、レベルは存在しない。完全なるスキル熟練度制なので、経験値を上げて、各種ステータスやスキルを向上させないといけない。

そして、ALOに存在するプレイヤーたちは、九つの種族によって分かれ、それら種族によっても得意不得意がある。

キリトが選んだのは、影妖精族《スプリガン》。

ALOには魔法もあるので、どのような魔法が使えるのかも知っておきたかった……。

だが、キリトが目にしたステータスは、驚くべきものだった。

 

 

 

「なんだ、これ……バグってんのか?」

 

 

 

今さっき、ALOを始めたばかりのキリトのステータスは、当然初期設定になっている筈なのだが……。

目に見えて高レベルプレイヤー顔負けのステータスだった。

特に、片手剣スキルが、上限の1000に達している時点で、もはやおかしいと思う。

しかし、そのスキル熟練度には、見覚えがあった。

 

 

 

「っ! これは……SAOの時のステータスと同じ……!」

 

 

 

SAOはもうこの世に存在しない。なのにどうして、そのプレイヤーデータが、存在するのか。

それも、あの時の自分と全く同じスキル熟練度で……。

ならば、アイテムなどはどうなっているのか……気になり、アイテムストレージを開いて見たが……。

 

 

 

「うわぁ……これは……」

 

 

 

全てがバグっていた。

読み取れるアイテム表示が一つもない。

やはり、この世界では、SAOのアイテムは使えないようだ。

だが、一つだけ……気がかりになる物がある。

 

 

 

「っ! 待てよ……」

 

 

 

アイテムとして保管していた物に……とても大事な物があった。

 

 

 

「頼む……あってくれよ……!」

 

 

 

慎重にストレージを動かし、目当てのアイテムがないかを確認する。

すると、一つだけ……読み取れる字で記載されたアイテムが存在した。

そのアイテムの名は《MHCP001》。

そのアイテムをタップする。

すると、自動的に取り出されたアイテムが、キリトの手の上へと落ちてくる。

それはまるで水晶で出来た雫のような形をとっており、キリトはそのアイテムをクリックしてみた。

 

 

 

「なっ、うおっ?!」

 

 

 

突如、眩い光と神聖味を帯びたサウンドが溢れ出す。

その光は宙で止まり、多少の風を起こしながら、その光の中にいる何かを形成し始める。

 

 

 

「ぁっ……!」

 

 

 

キリトの口から、小さな声が漏れた。

小さな体に、真っ白のワンピースを着た、黒髪ロングの少女。

まるで眠っているかのような表情は、とても愛らしいと思える物だった。

そして何より、また出会えた事に、キリトは歓喜した。

 

 

 

「…………ぁ……」

 

「ユイ……! 俺だ、わかるか……?」

 

「っ!? また、会えましたね……パパ!」

 

「ユイ……ッ!」

 

「パパ!」

 

 

 

 

宙で生まれ出た少女は、キリトに抱きつくと、感涙の涙を流す。

かつて《アインクラッド》の第22層の森で出会い、家族となった少女。

自身を《メンタルヘルスカウンセリングプログラム》の試作1号だと言った、SAOで生まれた人工知能……AI。

キリトとアスナの可愛い愛娘のユイだった。

SAOで、管理者権限を行使した事によって、メインシステムである《カーディナル》に消される筈だったユイだが、キリトの機転のおかげで、本体をシステムから切り離し、オブジェクト化する事で、消去を免れた。

あとは、SAO以外に、ユイを元の姿に戻せる対応のコンソールやシステムを見つければ、万事解決だったのだ。

そしてそれは、今この瞬間に達成した……。

 

 

 

「奇跡は……起こるんだ……!」

 

 

 

まだアスナの行方を追う段階で、正直キリトの中には、未だに絶望の色が大きかったが、これは、小さな希望だった。

愛娘ユイと言う希望が、キリトの中に大きく広がっていった瞬間だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 






だいたいあと何話くらいになるのだろうか……。

今がフェアリー・ダンス編に入ったので、そうかからないとは思いますが、急ぎで海底ダンジョンまで行きますので!

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第64話 Extra EditionⅫ

えー、フェアリー・ダンス編に突入し、もう直ぐで海底ダンジョン編に突入し、、extra edition編を完結させたいと思います!




一方、学校のプールで泳ぎの練習に勤しんでいる直葉たち。

今現在、ビート板を使ってだが、直葉は25メートルプールを泳ぐまでに成長した。

 

 

「凄い! 直葉さん、25メートルを泳ぎきりましたよ!」

 

「元々が運動神経が良いからねぇー」

 

「さすがだねー」

 

「いやいや、そんなぁー」

 

 

 

元々カナヅチであった者が、泳げるようになったのは大したものだ。

皆からの賞賛に、恥ずかしがりながらも、自信を持ち始めた直葉。

そんな時、直葉はふと、今もカウンセリング(菊岡の質疑応答)を受けている兄、和人のいる校舎へと視線を向ける。

 

 

 

「おやおやぁ〜? 直葉ぁ〜、もしかしてお兄ちゃんが心配なのかなぁ〜?」

 

「そ、そんなんじゃありませんよ!」

 

 

 

それを見ていた里香にからかわれて、顔を赤くする直葉。

だが、里香はすぐに「冗談よ、冗談♪」などと言って、おどけてみせるが、どう見たって楽しんでいるようにしか見えなかった。

 

 

「キリトさんと直葉さんって、本当に仲がいいですよねぇー」

 

「え? そう?」

 

「はい! 私は一人っ子だから、羨ましいですよ!」

 

「「うんうん!」」

 

 

 

この場にいる中で、兄弟、あるいは姉妹がいるのは、直葉を除けば三人。

箒、明日奈、刀奈の三人だけだ。

そして、兄がいるのは、明日奈だけだが、直葉と和人のように歳が近いわけではないため、こういう風に仲良さそうにいるのは羨ましいのだろう。

 

 

 

「あたしも一人っ子だしねぇ〜……兄弟がいるってどんな感じなの?」

 

「私は別にどうも……ただ、姉があんなのだしな……」

 

 

 

鈴の問いかけに、箒が答えた。

あんなのって……。

まぁ、確かに…………あんなの……なのだが。

 

 

 

「私も上に欲しかったなぁ〜……妹は可愛いけど、頼りになるお兄ちゃんってポジションが欲しいって思うのよねぇ〜」

 

「カタナのお兄ちゃんって……なんか、ハードル高そうね」

 

「ええ〜、そうかなぁ〜?」

 

 

 

もしも自分の上に、姉……あるいは兄がいたら、どうなっていただろう。

妹と同じように、可愛がってくれただろうか……。

それとも、更識家の当主……『楯無』の名を巡る争いをしていただろうか……?

今となっては、わからない可能性の話に過ぎないが……。

 

 

 

「篠ノ之さんのお姉さんって、確か……」

 

「ああ……。篠ノ之 束。世間で言うところの、ISを開発した天才科学者だ」

 

「凄いわよねぇー。あんな物を一人で作ったんでしょう? 茅場 晶彦同様、天才と評されるだけの事はあるわね」

 

「でも、いま行方不明なんじゃ……」

 

「大丈夫だ。あの人は元から神出鬼没が売りでな……気分と目的によって、簡単に出て来たり居なくなる人なんだ」

 

「天才って人物は、本当何考えてるのかわからないわねぇ〜」

 

 

 

里香の言葉は最もだった。

姉は一体、今この現状を見て、何を考えているのだろう……。

そう言うのは、昔からわからなかった。

ただ、自分にとっては、かけがえのない家族で、優しい姉だった事は覚えている。

ただ、人との付き合いが極端過ぎて、よく問題を起こしては、相棒である千冬に殴られていた。

しかし、ISを開発してからは、家族がバラバラになり、姉は行方を眩ましたままだ。

時々現れては、その場にいた人々を震撼させるような事件だけを残し、まるで何かを楽しんでいるような……。

それでこそ、自分の知らない “天才科学者・篠ノ之 束” の一面が時折見て取れる。

 

 

 

「だから、正直言うと、桐ヶ谷が羨ましくもある……。兄妹で仲がいいのは、とてもいいことだと思うし……」

 

「うん……でも、昔は私とお兄ちゃん……そんなに仲良くなかったんだ……」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

 

 

 

意外だ……。

そう言った感じで、直葉を見る箒。

今の自分が見ると、本当に仲の良い兄妹そのものだと感じる。

 

 

 

「VRMMOにはまっていくお兄ちゃんを見て、SAOに囚われた時は、もの凄くVRMMOの事を憎んでいたけど……。

お兄ちゃんが虜になった、その世界を、私も見てみたいって思って、ALOにダイブしたら……ふふっ、私もはまっちゃって。

今では私も、立派なゲーマーです!」

 

「直葉ちゃんが、キリトくん達を世界樹まで案内してくれたんだよね? ほんと、ありがとう……!」

 

「いえいえっ! お礼なんて……。それに、私も楽しかったし……何より、お兄ちゃん……キリトくんの思いつめた顔を見ていたら、なんだかほっとけなくなって……」

 

 

 

 

 

 

アスナの写真が送られてからと言うもの、和人はエギルの店に行き、その詳細を聞いた。

その写真が、ALOという人気のVRMMO世界で撮影されたもので、その場所も聞いた。

それを一夏、刀奈とリークして行き、三人は、もう一度ナーヴギアを被って、仮想世界へと旅立った。

SAOの時とは違う、全く別の世界。

しかし、チナツ、カタナも同様に、自身のステータスの熟練度に疑問を抱きつつも、キリトと合流し、なんとかリーファの案内の元、シルフ領である《スイルベーン》へと向かった。

元々、シルフ族を選んだチナツが、リーファと近い場所に転送されるのはわかるが、何故にウンディーネ族を選んだカタナが合流できたのか……?

それも、カタナがキリトと同じ現象に陥ってしまったためだ。

仮想世界にダイブするために、一夏と刀奈は、ダイブカフェに入り、二人でログインした。

となると、キリトと同じように、近くでログインしたプレイヤーの現在位置に誤って転送されるというバグが起こってしまったのだ。

当然それは、シルフ領に転送されていたチナツのところにカタナが転送され、二人揃って軌道から外れ、中立域の森へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

「ん〜?」

 

「ちょっ! 何やってるの!? 早く逃げて!」

 

 

 

 

中立域を五人パーティーで飛んでいたリーファたち。

その時、サラマンダーのプレイヤーたちに強襲され、パーティーは分断された。

リーファともう一人、《レコン》というプレイヤーは、なんとかふりきろうと、シルフ領である《スイルベーン》まで逃げようしていたが、追撃してきたサラマンダーの部隊に追い詰められ、相棒であるレコンは討ち取られ、残るはサラマンダーのプレイヤーが三人。

こちらはリーファ一人だけだ。

絶対絶命の中、そこに現れたのは、スプリガン族の、謎のニュービープレイヤーだった。

 

 

 

「女の子一人に重戦士三人で襲いかかるのは、ちょっとカッコ良くないなぁ〜」

 

「なんだとテメェ……!」

 

「スプリガンがのこのこと出てきやがって!」

 

 

 

 

まず間違いなく、リーファはスプリガンの少年の死を覚悟した。

だが、サラマンダーの持つランスは、スプリガンの少年の体を貫く事はなかった。

パワーでは絶対的な差があると思っていたサラマンダーのプレイヤー。

だが、サラマンダーのランスを、スプリガンの少年は片手でそのランスを止めていたのだ。

サラマンダー、シルフ双方から驚きの声が上がる。

しかし、それだけでは終わらない。

スプリガンの少年は、いとも簡単にサラマンダーの重戦士を押し返し、飛んでいたもう一人の重戦士にぶつけて、二人を地面に落としてしまった。

 

 

 

 

「ねぇ、その人達って斬っていいのかな?」

 

「え……ええ……いいんじゃないかしら。向こうはそのつもりだろうし……」

 

「そっか。なら、遠慮なく……」

 

 

 

そう言いながら、背中に下げていたバリバリ初期装備である片手剣を引き抜くスプリガンの少年。

すると、リーファやサラマンダーの重戦士たちの目から、一瞬にして消えた。

後に残ったのは、まるで何かが通り過ぎたかのような移動した跡だけだった。

 

 

 

「ん……? ぶあっ!?」

 

 

 

一拍遅れて、体から迸る血炎。

ようやく、斬られたのだとわかった。

その動きは、速すぎで全然見えなかった。

 

 

 

「次は誰かな?」

 

 

 

底冷えする様な声で、スプリガンの少年……キリトはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「確か……そのリーファってプレイヤーが、君の妹さんなんだっけ?」

 

「はい。まさか俺もスグ……いや、妹に会うなんて思ってませんでしたから……」

 

 

 

 

そう言いながら、和人と菊岡は話していた。

そして再び、話はガールズトークへと戻る。

 

 

 

 

「実際にどうだったの? キリトたちと旅をして。お兄ちゃんだって、気づかなかったんでしょう?」

 

「うーん……とにかく “速い” ですかね。なんか、一つ一つの動きが洗練されていたような感じでしたね。掴みどころがなくて、なんだか失礼な人だなぁ〜って思ってたんですけどね……。

でも、一つ一つの戦闘に対する思いが、今まであった人達と全然違ってたりとか、なんか、この人達なら、信頼できるって思いました」

 

 

 

 

 

 

そう、キリト、チナツ、カタナの三人は、リーファが出会ったプレイヤーの中でも、特に変わった人達だと思った。

ルグルー回廊でサラマンダー達のメイジ部隊に追い詰められ、最悪死んでしまう可能性があった。

四人でサラマンダー達の追撃を逃れようと、中立の鉱山都市である《ルグルー》へと逃げようとした時、土魔法によって行く道を遮られた。

本来であれば、キリトとチナツの技量で、サラマンダーの部隊は返り討ちにできたが、サラマンダーの部隊は、対キリト・チナツ用のフォーメーションを組んでおり、完全制圧を目論んでいたようだ。

 

 

 

 

「もういいよキリトくん! チナツくん! やられても何時間か経てば済むことじゃない! もう諦めようよ!」

 

 

 

やられ続けているキリトとチナツを見て、リーファはそう叫んだ。

リーファとカタナが、後方で二人を援護する様に戦っていたが、二人のHPはカタナとリーファが魔法で回復してきたが、それも長くは持たない。

このままだと、MP切れにHP全損で、パーティーは全滅だ。

だが、それでもいい。

たとえゲームオーバーになっても、経験値を失うだけで、特に問題はないはずだ……。

だけど……。

 

 

 

 

「嫌だ……!」

「断る!」

 

「え?」

 

 

 

二人からの答えは、ノーだった。

 

 

 

 

「俺が生きている限り、パーティーメンバーは殺させない……それだけは絶対に嫌だ……ッ!」

 

「ここで逃げたら……俺が俺じゃなくなるからな……」

 

 

 

二人の言葉はとても重く、なぜか、とても心に響いた。

そして二人の言葉を付け加えるかのように、カタナがリーファに語りかける。

 

 

「リーファちゃん……確かに、貴方にとってこの戦いはそう言うものなのかもしれない……でも、私たちにとっては、どれもが意義ある戦いなのよ」

 

 

 

真剣な表情で、回復魔法を詠唱するカタナに圧されて、黙り込んでしまった。

 

 

 

「うわああああああーーーーッ!!!!!」

 

「ーーーーッ!」

 

 

 

大きな片手剣《ブラックプレート》と、打刀よりも長い刀……太刀《千本桜》を引き抜き……サラマンダー部隊へと向かって走り出す。

盾を構え、二人の突撃を阻害しようとするが、キリトが盾を掴み、《ブラックプレート》を盾と盾の間に挟み入れる。

チナツはチナツで、助走をつけると、飛び蹴りをかましたり、予測不可能な軌道で繰り出される剣閃を放つ。

それを自慢の盾で受けきるが、サラマンダー達にとって、この二人の行動は奇妙であり、また恐怖でもあった。

 

 

 

「く、くそっ、なんなんだこいつらは……!」

 

「こんな攻撃してくる奴ら、見たことねぇー!」

 

 

 

 

 

だか、後方では大出力の爆炎魔法を詠唱していた。

 

 

 

「最後のチャンスです! 残るMPを全部使って、二人を守ってください!」

 

「で、でも……」

 

 

 

リーファに対して必死に訴えるユイの眼差しに、リーファは一瞬困惑したが、すぐにその指示に従った。

 

 

 

「カタナさんは、チナツさんに付加魔法を! チナツさんにも魔法は教えてます!タイミングを見計らって、その魔法をチナツさんにかけてください!」

 

「わかったわ!」

 

 

 

 

サラマンダー達の魔法が詠唱を終えるまであと少し、このままでは無駄にやられるだけと思ったキリトとチナツは、相手の出方を待つ。

だが、こちらももう詠唱を終えた。

リーファの放った魔法は、キリトとチナツを包みサラマンダーの魔法を全て遮断した。

 

 

 

「カタナさん!」

 

「はいよ!」

 

「パパ! チナツさん! 今です!」

 

 

 

ユイの合図で、カタナはチナツに付加術系の魔法をかけて、キリトとチナツはそれぞれ魔法を唱える。

詠唱を終えた瞬間、チナツの体を薄い光が包まれ、太刀には若干の風を纏っている。

キリトは炎を掻き集め、凄まじい竜巻に身を包まれる。

すると、その竜巻を切り裂き、中から超巨大な化け物が現れた。

 

 

 

「へ……キ、キリト……くん?」

 

「わあ……凄いわねぇ〜」

 

 

 

リーファはキリトの姿を見て驚き、カタナは呆然と見ていた。

 

 

 

「こりゃあ凄い……! んじゃ、いっちょ食い散らかしますか……ッ!」

 

 

 

チナツの言葉とともに、怪物となったキリトと、風を纏った太刀を手にしたチナツ。

二人は共に駆け出した。

怪物となったキリトの咆哮を聞き、サラマンダーのプレイヤー達はすっかり怯えてしまい、陣形が崩れてしまった。

そこに、怪物キリトの鋭い爪が体を貫き、付加魔法によって、スピードを一段と増したチナツが斬撃を放つ。

風を纏っている故に、斬撃の他にも魔法の追加攻撃が襲いかかる。

その風もまた、鋭い刃のように鎧を切り裂く。

その圧倒的な強さによって、サラマンダーのメイジ部隊は壊滅。

その後、四人は一人のサラマンダープレイヤーから情報を引き出し、サラマンダーの精鋭部隊が、何やらよからぬことを考えているらしいと聞いた。

ルグルーに着き、リーファが一度ローテアウトという手法を用いて、現実世界へと帰還した。

だが、すぐに戻ってくると、いきなり立ち上がり、行かなくてはならない場所ができたと……。

とりあえず、話を聞きながら、キリト達はルグルーを飛び出し、央都《アルン》への道に続く洞窟を抜け出した。

ルグルーでローテアウトをした時、現実世界でリーファは、レコンから『シグルドが領主であるサクヤを売った』という情報を得たらしい。

そして、ちょうどその頃、シルフ領主の《サクヤ》と、ケットシー領主の《アリシャ・ルー》が、秘密裏に会談をしている場所に、サラマンダーが押しかけるという事件が起こると予定されていた。

その救出に向かうため、リーファは一度、キリト達と縁を切るように言った。

世界樹の上に行くのなら、自分よりもサラマンダー達と手を組んだ方がいい……そのために自分を斬り捨てても、文句は言わない……と。

だがキリトたちは……。

 

 

 

 

「所詮、ゲームなんだからなんでもありだ。殺したきゃ殺すし、奪いたいなら奪う。

それも一面では事実だ……そういう奴にも、嫌という程俺は会った……。でも、そうじゃないんだ。仮想世界だからこそ、守らなきゃいけないものがある。

俺はそれを、大切な人たちに教わった。この世界で欲望に身を任せれば、その代償はリアルの人格へと還っていく。プレイヤーとアバターは一体なんだ。

俺、リーファの事好きだよ。友達になりたいと思っている。だから、自分の利益のためだけに、そんな相手を斬るようなことは、俺は絶対にしたくない!」

 

「キリトくん……」

 

「私もよ、リーファちゃん♪ せっかく知り合えたんだもの、なのにいきなりお別れなんて、私はイヤよ?」

 

「カタナさん……」

 

「リーファ。俺たちはリーファを信頼してる。だからこそ、ここまで一緒についてきたんだ。

この世界じゃ、俺たちはまだまだ新参者なんだ……リーファに出会えて、これからもっとこの世界のことを知りたいなんて……そう思っているんだ……だから、俺はリーファを裏切らない。だって、仲間じゃんか」

 

「チナツくん……」

 

 

 

 

感謝の気持ちでいっぱいだった。

そうだ……こんな彼らだからこそ、リーファは三人を信じる道を選んだんだ。

たとえどんな強敵が現れようとも、キリトならば、チナツならば、カタナならば、絶対に負けないと、そう信じた。

四人は《ルグルー回廊》を抜けて、世界樹を視界に収めるくらいの距離に近づいた。

問題となっている領主会談の場所に向かうが、すでにサラマンダーの大部隊が集結しており、運良く間に合ったとしても、領主であるサクヤとアリシャを逃すのでいっぱいいっぱいだろう。

だが、それでもキリトたちは行った。

サラマンダー達と領主達との間に割って入り、ブラフをかまして強襲を防いだ。

自分をスプリガン・ウンディーネ同盟の大使だと嘯き、サラマンダーの大部隊を仕切っていたプレイヤー《ユージーン》将軍に話をつけた。

その後、ユージーン将軍の出した条件で、30秒攻撃を耐えれば、キリトを大使だと認める……そういったのだが、事実は違った。

ユージーン将軍は、確実にキリトを殺しに来ていた。

だが、それでやられるほど、キリトも素直ではない。

一帯に煙幕を張り、一瞬にして姿を眩ました。

 

 

 

 

「ちっ!」

 

 

 

キリトの姿を目視できないユージーンは、苛立ちながら周りを見る。

それはサラマンダーの部隊も、シルフ、ケットシー陣営も同じだった。

そこでユージーンは、キリトが逃げたと思い、今度は手にしていた両手剣 魔剣《グラム》の切っ先を、チナツに向けてきた。

 

 

 

「あのスプリガンのことだ……どこへ逃げたのか、知れたものではないな……ならば代わりに貴様が相手をしてみるか?

貴様も、あのスプリガンの仲間なのだろう?」

 

 

 

まぁ、そう思われても不思議ではない。

ここに連れてきたのは、実質リーファではあるが、チナツとてシルフ族なのだ。

チナツとしては、望むところだと思いたいところだったのだが……。

 

 

 

「やっぱりあいつ……逃げたんじゃ……!」

 

「そんなわけない!」

 

 

 

ケットシー族のプレイヤーがそう言うと、リーファはすかさず否定した。

キリトは、絶対にそんな事をしないと。

そして、その答えにチナツも合わせるようにして答える……。

 

 

 

「俺としても、あんたみたいな強者との勝負は望むところなんだが……でも残念だ」

 

「なに?」

 

「だって……まだキリトさんが諦めてはいないからな……ッ!」

 

「ッ!?」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべたチナツを見て、ユージーンは頭上から降り注がれる闘気を感じた。

太陽を背に、まっすぐ降りてくるスプリガンの姿を、その場にいた全員が目にした。

 

 

 

「ッーー!!? キリトくんッ!!!!!」

 

 

 

歓喜の声をあげるリーファ。

そして、勝利を確信しているかの様にニヤリと笑っているチナツとカタナ。

 

 

 

「はあああああッーーーー!!!!」

 

「セェヤアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

右手に握る剣《ブラックプレート》を振り下ろす。

だが、魔剣《グラム》には、《エセリアル・シフト》なるスキルが付加されている様で、剣や盾で受けようとしても、非実体化してすり抜けるというチートじみたものが備わっていた。

実際、ここまでにキリトが苦戦していたのは、そのチートスキルの存在があったためで、こちらの攻撃は通らないのに、相手の攻撃は止められないという、文字通りの反則技だ。

当然、今回もまた、キリトの剣をすり抜ける、魔剣《グラム》の刃は、キリトの喉元を斬り裂くはずだった……だが……。

 

 

 

 

「くッ‼︎」

 

「なっ!?」

 

 

 

その行く手を阻むかの様にして現れた、“もう一つの剣” 。

左から右へと降り抜かれた一閃によって、ユージーンの魔剣《グラム》は弾かれてしまった。

キリトの左手に持つその剣は、一緒に来たシルフ族のプレイヤー、リーファの持っていた長刀だったのだ。

剣を弾かれ、懐ががら空きになったユージーンに対し、キリトは怒涛の連撃を叩き込む。

 

 

 

「ぬああっ!?」

 

「くっ!」

 

「ぬううっ!」

 

「うっ!」

 

 

 

 

魔法でキリトの連撃を止め、一旦距離をあける。

爆煙の中から飛び出し、ユージーン将軍はキリトに斬りかかる。

 

 

 

「落ちろぉぉぉぉぉーーーーッ!!!!!」

 

「っ! ふうんっ!!!!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 

 

 

だが、そんな大ぶりな一撃を、キリトが甘んじて受ける事などない。

紙一重で躱すと、両手の双剣でユージーン将軍の体を貫き、急速に降下していく。

そんな状態でいれば、HPもどんどん減っていき、焦ったユージーン将軍は、急いでキリトを引き剥がそうとするも、時すでに遅し。

 

 

 

「ぬおっ、ああああッーーーー!?」

 

「くっ!!」

 

 

 

体を斬り、持っていた魔剣《グラム》を弾き飛ばした。

まるで万歳をしている様なユージーン将軍に対し、振りかぶった左手の長刀を、キリトは思いっきり振り下ろした。

 

 

 

「せぇええやあああああああああッーーーー!!!!」

 

「ぬおぉぉぉああああーーーーッ!!!!?」

 

 

 

斬り裂いた瞬間、ユージーン将軍の体は大爆破を起こし、炎に包まれなが、ユージーン将軍は落ちていく。

静寂がその場を支配し、まるで無音の様な状態になった。

周りから聞こえる滝の音が、ここまで鮮明に聞こえてくるのかと、驚くほどに。

しかし、シルフ族領主、サクヤの賞賛の声に、周りは歓喜と驚嘆の声で溢れかえった。

ALOをプレイして以来、これほどまでのバトルを見たことがなかったのだろうか……シルフ、ケットシー陣営のプレイヤー達だけではなく、強襲を仕掛けて来たはずのサラマンダーの陣営にすらも、驚きと賞賛の声が聞こえた。

この時、ALO最強と謳われたユージーン将軍を破ったキリトの存在が、シルフ、ケットシー、サラマンダーと、三種族の代表達に知れ渡ったのだった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「仲がいいのは良いことだけど……禁断の恋は……お姉さんちょっと心配だなぁ〜」

 

「なっ!?」

 

「桐ヶ谷、お前、まさか……っ?!」

 

「ち、違う違う! 篠ノ之さんも誤解しないでね?! もう、里香さん!」

 

「あっははは! ごめんごめん」

 

「もう、ほら練習しましょう、練習!」

 

「はい〜はい! じゃあ、もうひと頑張りしますかねぇ〜」

 

 

 

里香のそんな言葉に、休憩していた全員が立ち上がり、再びプールへと向かう。

そんな中、直葉だけが、その場に立ち止まり、後ろを振り返った。

未だにその場にいるであろう兄・和人の方を……。

 

 

 

ーーーー好きだって気づく前に……気づいてたならなぁ……

 

 

 

 

それは、ほんの小さな恋心だった。

シルフ・ケットシー両陣営が、世界樹攻略の為に組んだ同盟。

その攻略に、キリトたちも同行する事かできた。

だが、その為に必要な装備を整えるのに、少しばかり時間を要するとの事だった。

無論、出来うる限り急ぐとの事だったが、こちらがお願いしている以上、無茶な要求はできない。

ゆえに、キリトとリーファは、央都《アルン》へと向かう事にした。

 

 

 

「じゃあ俺たちは、サクヤさんとアリシャさんたちの護衛に回ります。また刺客にでも襲われたら、元も子もないですからね」

 

 

そう言ったのは、チナツだった。

正直、チナツたちにできる事はあまり何もない。

装備を作れるわけでもないし、ましてや今のシルフ、及びケットシー陣営の政権に関わる事など出来ないのだから。

だが、少しでも早く、アスナを取り戻す為に……余計な邪魔が入って欲しくなかった。

キリトからは、首謀者であろう須郷の言った結婚式の日取りまで、あと残り僅かしかない。

その為に、なんとかスムーズに事を成したいのだ。

 

 

 

「そうか……わかった。じゃあ、俺たちは先に行っておく。あとからまた合流してくれ」

 

「了解」

 

「全く……なら、もう片方は私が護衛に着くわ」

 

「カタナ……」

 

「一人で二つの陣営を守るのは、相当酷でしょう? 片方は私が持つわ。だからキリトとリーファちゃんの二人だけでも、先に《アルン》に行っててもらえる?」

 

「わかった」

 

「あ、はい」

 

「よし、決まりだな。じゃあ、アリシャさん。ケットシー領までは、俺が警護にあたります。よろしいですか?」

 

「え? う、うん……それは良いけド……」

 

「では、サクヤさんたちの方には、私がつきます」

 

「あ、ああ……任せた……」

 

「「ん?」」

 

 

 

どこかぎこちない返事をする二人に、チナツとカタナが揃って首を傾けた。

 

 

 

「君たちは、私たちとは初対面で……しかもこんな騒ぎにまで巻き込んでしまったのに……」

 

「そこまでしてくれる人なんて、なかなか居ないヨー?」

 

 

 

 

確かに。

この世界……いや、かつてのSAOでも……それ以前にあった、MMORPGと呼ばれるゲームの世界でも、そんなお人好しは稀だった。

ましてやALOに至っては、他種族間の争いが激しい……それも、シルフとサラマンダーは特に仲が悪い。

そんな中で、どうしてこの二人は……。

 

 

 

 

「俺がそうしたいから……ですかね」

 

「私がそうしたいからよ。えっと、ダメだったかしら?」

 

「「っ…………」」

 

 

 

今度はサクヤとアリシャが黙り込んでしまった。

こんなプレイヤーたちは稀だ。

 

 

 

「ニャッハッハッハッーーーー! 面白いねぇーキミ達! うん、良いヨ! シルフの方は……えっと」

 

「チナツです」

 

「オー! チナツくんだネ? 了解了解♪ 君に私たちの護衛を任せたヨー!」

 

「君はカタナくんだったかな? 私の方からも、感謝を申し上げる」

 

「いえいえ、そんな……」

 

「どうだ? スイルベーンに帰ったら、一緒に酒でも……」

 

「そ、そうですねぇ〜……考えておきます……」

 

「うむ。ますます気に入ったぞ!」

 

 

 

 

なんだかんだで、二人も両陣営の領主に気に入られたようだ。

その後、取り残されたキリトとリーファは、《アルン》までひとっ飛びし、格安の宿屋を借りて、その日はログアウトした。

現実世界に戻り、和人と直葉は、ある場所を訪れた……。

それは、和人の恋人……明日奈の病室だった。

初めて見る恋人の顔。寝ている為、会話する事は出来ないが、直葉の印象では、とても綺麗な人……という印象だった。

そして、自分の兄は……和人は、本当に明日奈に惚れているのだと……改めて、認識してしまった。

そう思った時、自分の心が、ひどく痛む感覚に陥った。

これは……一体何なのだろう……?

いや、知っている……。これは……自分は、和人のことが好きだったのだ。

和人と直葉は、本当の兄妹ではない……。兄・和人は、自分の従兄に位置する人物だったのだ。

自分の母の姉の子供。小さな頃、事故で親を亡くし、和人は今の家にやってきた。だから、家族も同然の暮らしを受けてきた……だが、何時からか、兄が家族と避けるようにして暮らし始めた。

その原因を、直葉は和人がSAOに囚われていた頃に、母親に聞いたのだ。

それで、納得がいった。

自分たちを避けていた理由は、それだったのかと……。

だが、帰ってきてくれた時、兄はとても優しかった。昔のように、ちゃんと顔を向き合って、優しい声で、顔で……自分に接してくれた。

そんな兄が……和人が、直葉は好きになっていた。

だが、すでにもう、恋人がいた。

自分よりも綺麗で、歳上の彼女。

そして、何より兄本人が、その彼女に心奪われている。ならば、自分は身を引こう……そう思い、キリトに本音を晒し、涙を流してしまった。

そして…………兄の代わりに……キリトを好きになってしまった。

だが、その思いは、無残にも散ってしまう……。

たった一人で、各種族の精鋭部隊を束ねても勝てないグランドクエストを受けたキリト。

どうしても、頂上に……世界樹の上に行かなければならない……そんな思いが、キリトの中で膨らんでいった。

 

 

 

 

ーーーーあと少し!

 

 

 

 

もう直ぐで、頂上へと繋がる道にたどり着ける。

はずだった……。

 

 

 

「がはっ!?」

 

 

 

突如、背中から突き刺さった剣が一振り。

そこから、多数の剣が投げ込まれ、キリトの体を容赦なく貫いた。

 

 

「ごほっ……!」

 

 

 

力の限り、手を伸ばす。

その先に、待っている人が……会いたい人がいるのに……届かない。

 

 

 

「っーーーー‼︎ うおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

ーーーーあと、少し……ッ!

 

 

 

目の前に見えているのに……先にHPの方が減っていく。

 

 

 

「くっ! うわあああああああああーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

キリトの叫びが、世界樹の根元……ドームのようになっていたその空間に響き渡った。

HPを全損し、リメインライトとして灯されたキリト。

その後、NPCのガーディアン達が、あるプレイヤーに襲いかかった。

それこそ、キリトを助けようと、一人で入ってきたリーファだった。

リーファのおかげで、何とか救出されたキリトだったが、再び一人で立ち向かおうとする。

リーファはそれを必死に止めた。

あまりにも様子がおかしい……そんな状態で、再び死にに行かせるような事はしたくなかった。

だからこそ、自身の胸の内を吐露した……。

キリトが……好きなのだと……。

だが、その思いは届かなかった。

キリトにはすでに、想い人がいた……そしてその想い人が、目の前の世界樹の頂上にいる……。だから会いに行きたいのだと……。

 

 

 

ーーーーそう、もう一度、“アスナ” に……っ!

 

 

ーーーーえっ?

 

 

 

 

キリトの口にした名前。

それは……兄・和人の想い人と同じ名前。

 

 

 

 

「っ〜〜〜!!?」

 

 

 

口を押さえ、驚愕の表情と疑心の眼を向けて、リーファは問いただした。

 

 

 

「お兄、ちゃん…………なの……?」

 

「えっ?」

 

 

 

お兄ちゃん。

キリトの事を、そう呼ぶものは、たった一人だけだった。

 

 

 

「スグ? 直葉……っ?!」

 

 

 

妹以外に、誰もいなかった。

 

 

 

「酷いよ……そんな、こんなのって……!」

 

 

 

動揺を隠し切れない。

それだけが、リーファの表情から読み取れたものだ。

リーファは……直葉は、コマンドを操作し、そのままログアウトボタンを押し、ALOから消えた。

 

 

 

「スグっ!」

 

 

 

手を伸ばしたが、時すでに遅し……。

やり切れない思いを胸に、キリトもログアウトボタンを押し、現実世界へと帰還したのだった。

 

 

 

 

 




次回は多分……須郷討伐くらいまでは行きたいですかね……。

まぁ、気長に待っていてください。
感想よろしくお願いします!



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第65話 Extra EditionXlll


今回でようやく過去編は終わりですね( ̄▽ ̄)




現実世界に帰還してからは……ただ、胸が張り裂けそうな想いだけが、残っていた。

アミュスフィアを取り、その思いが、自分の心を裏切ったものだと知った時、怒りという感情を乗せて爆発した。

隣の部屋から、兄・和人がやってくる。

そんな状況で、心の蓋を閉じておけるほど、直葉の心は強くなかった。

 

 

 

「私! …………私、自分の心を裏切った‼︎」

 

「っ!?」

 

「お兄ちゃんを好きな気持ちを裏切って……キリトくんを好きになろうと思った……ううん、もうなってたのよ!! それなのに……」

 

「っ…………おい、好きって……俺たちーーーー」

 

「もう知ってるんだよ……」

 

「へ?」

 

「もう知ってるんだよ……っ! 私とお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃない!」

 

「っ!」

 

「私はもう……それを何年も前から知ってるの……。お兄ちゃんが剣道を辞めて、私を遠ざけてたのは、昔からそれを知っていたからなんでしょう?!

なら……何で今更優しくするのよっ?!」

 

「っ!?」

 

「こんな事なら……お兄ちゃんを好きだって気持ちを気づく事も……っ、明日奈さんの事を知って悲しくなる事も……っ、お兄ちゃんの代わりに、キリトくんを好きになる事もなかったのにッ!!?」

 

 

 

それが……直葉の気持ち、全てだった。

全てを吐き出した……今まで兄に……和人にそんな事を言ってきた事なんてなかった。

でも、どうしても止められなかった。

和人はそんな直葉を見て、視線を逸らした……。

それがとても辛くて、苦しくて……

 

 

 

「…………ごめんな」

 

 

 

たった一言。

だが、直葉の心を貫くには、充分だった。

 

 

「もう……ほっといて……」

 

 

 

ドアを閉めた……和人との間に、一線を引いてしまった。

部屋の中から聞こえてくる泣き声。

それを聞き、体を部屋の扉に預けるようにして、和人はその場に座り込んでしまった。

妹に、またちゃんと向き合おうとして……いままで向き合えなかった分、その分を……取り戻そうとして……。

いつの間にか、自分は妹を傷つけてしまっていたのだ……。

 

 

 

「スグ……」

 

 

 

扉で仕切られた兄妹は、黙り込んでしまった。

直葉は泣き崩れ、兄は後悔の念に縛られた。

だが、即座に思い返した。

あの世界での事を……。いや、それ以前の事も……。

元々、人とのつながりがあやふやな事に、恐れていた。

家の人達は、自分とは何の繋がりもない……血縁だけが繋がった……赤の他人。

自分は……どこの誰なのだろう……。

そんな思いを背負うには、まだ和人は幼かった。

人との関わりを避け、仮想世界へと逃げ込んだ。誰も素性を知らない、この世界でなら、自分の居場所を作れると思った。

だが、SAOに囚われて以来……和人にはわかった事があった。

たとえどんな世界であっても、人と人は繋がっている。

人との出会いは偶然ではなく、それそのものに意味があるのだと……。

だからこそ、向き合う事が、大切なんだと……。

そう教えてくれたのが……大切な人であり、大切な仲間だった……。

 

 

 

 

「スグ……《アルン》の北側のテラスで待っている……」

 

 

 

それだけを言い残し、和人は自室へと戻っていった。

おそらく、またナーヴギアを被り、ALOへとダイブしたのだろう。

兄に対して、ひどい事を言ってしまった。

その罪悪感に打ちひしがれていた……だが、兄には、何か伝えたい事があるのだと、そう思った。

だから、直葉も、アミュスフィアを被った。

 

 

 

「リンク・スタート……っ!」

 

 

 

覚悟を決め、ALOへとダイブした。

約束通り、《アルン》の北側のテラスで待っていたキリトを見つける。

 

 

 

「スグ……その、俺……」

 

 

 

いつもの兄だ。

そして、スプリガンのキリトその人だ。

優しくて、かっこよくて、とても強くて……失礼で、無茶苦茶で……でも、とても信頼できる兄であり、キリトだ。

そんな兄が、自分を待ってくれていて、そして、何かを伝えようとしている。

でも、言葉だけじゃ、自分たちはわかりあえないだろう……だから……。

 

 

 

「お兄ちゃん、もう一度、私と勝負しよう……!」

 

「えっ?」

 

 

 

真剣な眼差しで、直葉は……リーファはそう言った。

一度、現実世界で、兄と戦った。

兄からの提案で、リハビリの成果を見てみたいと思った。

当然、負ける気はさらさらなかった。

自分は剣道をずっと続けてきて、ベスト8にまで上ったんだ。二年もベッドで横になってた人よりは、ずっと強い……。

そう思っていたのだが、兄の動きは、とても戦い慣れていると思った。

剣道ではまずありえない構え方。

「俺流剣術さ」なんてかっこつけて、デタラメな感じで挑んできた。

だが、意外にもいい勝負をしたかもしれない。最後は自分が勝ったが、もしも、兄の体が万全で、自分と同じくらい動けていたなら……。

だからこそ、もう一度、この場で……この世界で、兄と戦いたかった。

 

 

「いいぜ……!」

 

 

キリトの返事をもらい、リーファは長刀を抜いた。

切っ先をキリトに向け、半身の姿勢で構える。

対してキリトも、背中に背負った大きな剣を抜いて、左手を前に突き出し、肩幅よりも大きく足を開き、半身状態で、剣は体の後ろに構えている。

 

 

「ん?」

 

 

その構えには、見覚えがある。

そうだ……現実世界で、兄と勝負した時に見せてくれた、俺流剣術の構えだ。

 

 

 

ーーーーなるほど……。様になってるわけだ。

 

 

 

全て合点がいった。

SAOで戦い続けた二年間に、兄は兄らしい剣術を身につけたのだ。

たとえどんなに形が変であっても、その術であの世界を生き抜いてきたのだ。

バカになんてできようもない。

 

 

 

「行くよーーーーッ!」

 

 

先に仕掛けたのは、リーファだった。

キリトに向けた切っ先を、そのまま突き出した。

キリトはそれを躱し、剣を振りかぶって、大きく横薙ぎに一閃。

だが、羽根を広げ、空へと回避するリーファ。それに従い、キリトも羽根を広げ、地上戦から空中戦へと戦況が変わる。

一撃……二撃……剣と刀が打ち合う。

そして、空中に浮かぶ岩場にたったリーファは、自分よりも下にいるキリトを見ながら、長刀を振りかぶった。

キリトはリーファを見上げるようにして構え、低く構えた剣を、両手でしっかり握りながら、リーファの出方を待つ。

これが……最後になるかもしれない……。

キリトは……兄は強い。

現実世界でも……この仮想世界でも……。

自分の気持ちをぶつけ、酷い事を言った……それでも、兄は自分から離れる事をしなかった。

そんな兄に、もう辛い言葉を投げかけたくない……兄は、もっと辛いはずなんだから……。

最愛の人が、今にも失われそうになっているのに……こんなところで立ち止まっている場合ではない。

ならば、自分がやる事なんて、一つしかないだろう……。

 

 

 

 

自然と涙が溢れた。

自分の気持ちを諦める。それは正しい……ただ、とても辛い決断だ。

だから……

 

 

 

「っ!」

 

「っ!」

 

 

 

 

リーファが飛び降り、キリトも羽根を羽ばたかせて、急上昇していく。

互いが得物に力を注いで、振り切ろうとした瞬間……リーファの手から、長刀がすり抜けた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

丸腰のまま、目をつむり、キリトの元へと自然落下していくリーファ。

自ら兄の……キリトの剣を受けようと思ったのだ。

迫り来る刃を覚悟し、リーファは何もかもから目を瞑った。

だが、次の瞬間に感じたのは、冷たい鋼の感触でも、刃が体を斬り裂く嫌な感じでもない……ただただ暖かい……優しく抱きしめられた感覚だけだ。

 

 

 

「っ……どうして……?」

 

「なんで……?」

 

 

よく見れば、キリトの手にも、剣がなかった。

二人はあの時、同時に自身の得物を投げ捨てたのだ。

そして、迫り来る互いの体を抱きしめあった。

キリトもリーファも、何故、そんな事をしたのかと……疑問に満ちた表情で互いを見ていた。

 

 

「俺……スグに謝らないとって思って……。でも、なんて言っていいのか分からなくて……だから、せめてお前の剣だけでも受けようって……」

 

「っ……お兄ちゃんも……?!」

 

「…………ごめん、スグ。俺はまだ、あの世界にいるんだ……たぶん、アスナが……彼女が帰ってこないと……俺は、本当の意味で、あの世界から帰ってきたことにはならないんだと思う……。

だから、もう少しだけ……待っててくれないか? あの世界から帰ってこないと、俺はスグの事を……ちゃんと見てられないんだ……だから……

 

「…………うんっ、わかった」

 

「えっ?」

 

「取り戻そう……アスナさんを……! そして、ちゃんとみんなで帰ろう……っ!」

 

「ああ……!」

 

 

 

 

 

二人は抱きしめあった。

ようやく、互いの気持ちを確認出来たから……ずっと離れて、届かないかもしれないと思った気持ちを……ようやく、知ってもらえたから……。

 

 

 

 

 

 

 

「直葉〜っ! あんたが来ないと練習始めらんないでしょう〜!」

 

「あ、はーい! 今行きます〜!」

 

 

 

 

兄の事は、今でも少し心残りだ。

でも、今この時が、一番楽しいかもしれない……。

直葉は羽織っていたバスタオルを脱ぎ捨て、明日奈たちの待つプールへとダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後……君は須郷の企みによって、達成不可能なレベルにまで跳ね上がっていた《グランドクエスト》を攻略したんだね?」

 

「ええ……。でも、あれは俺だけの力で突破したものじゃない。リーファ、レコン……それに、シルフの精鋭に、ケットシーのドラグーン隊。それを連れてきてくれた、チナツとカタナ……二人の力があって、みんなの力を借りられたからこそ、俺たちは《グランドクエスト》を攻略できたんだと思います」

 

「なるほど……」

 

 

 

 

《アルヴヘイム・オンライン》のゲーム的設定。

プレイヤーは九つの種族に分かれ、どの種族がいち早く世界樹の頂上に上り詰め、妖精王《オベイロン》陛下に謁見し、進化した種族《アルフ》へと転生するか……。

それが、従来のALOの設定だった。だが、そのキーとなるクエスト……《グランドクエスト》と呼ばれるクエストを、未だに突破した種族は皆無だ。

そこを守るガーディアンNPCは、大した強さを持っているわけではない。

だが、驚異的なのはその数だった。登れば登るほど、倒しきれないほどのガーディアンがポップされ、各種族の精鋭たちは、幾度となく打ち負かされた。

キリトもまた、一人でそのクエストに挑んだが、あえなく撃沈……。

今度は、リーファ、レコンの助けを借りて、再び《グランドクエスト》に挑むも、レコンが闇属性魔法による自爆で、活路を開いたが、圧倒的な物量によって、再び阻まれる。

どんなに強くなろうと、どんな大軍勢で押し寄せても……このクエストは、達成不可能だ……。

絶望という言葉が、リーファの中に生まれた。

キリトは瀕死……レコンは自爆によって消え、残るのは回復役として戦っていたリーファのみ。

しかし、そんなリーファですらも、ガーディアンNPCたちは容赦なく剣を向けた。

やられる……そう思った時……。

 

 

 

「「「「うおおおおーーーーッ!!!!!」」」」

 

「っ!?」

 

 

 

緑色の羽根……見慣れた髪色に、甲冑……。そしてその後ろからやってくる、大きな飛竜たち。

 

 

 

「シルフの……精鋭部隊に、ケットシーのドラグーン隊っ?!」

 

 

 

シルフとケットシー。

その両陣営の強力な助っ人が、今ここに集った瞬間だった。

 

 

 

「すまない、遅れてしまった!」

 

「ごめんネー! 装備を整えるのに、手間取っちゃっテー」

 

「サクヤ! アリシャさん!」

 

 

 

 

絶望から一転、希望へと変わる。

そして、瀕死の状態だったキリトの方へ視線を向けると、そこにはすでに、シルフとウンディーネのプレイヤーたちが向かっていた。

 

 

 

「うっ……」

 

「なにこんな所で寝てるんですか、キリトさん?」

 

「らしくないわねぇーキリト。腕でも鈍った?」

 

「チナツ……カタナ……!」

 

 

 

その瞬間、キリトにも光が見えた。

 

 

 

 

「ドラグーン隊! ブレス攻撃ヨーイ!!!!」

 

「シルフ隊! エクストラアタック用意!」

 

 

 

 

シルフ・ケットシー両陣営の部隊が、規律正しく陣形を敷く。

それに向かって飛んでくるガーディアンNPC。

そして、第二回戦……いや、第三回戦の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

「ファイヤーブレス、撃てえぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 

 

飛竜に跨るケットシー陣営。

何体もの飛竜の口から、強烈なファイヤーブレスが放たれる。

その炎は、ガーディアンNPCを焼き尽くし、一気に何体ものガーディアンを排除する。

 

 

「フェンリルストーム、放てッ!!!!!」

 

 

 

片やシルフ陣営。

剣を構えたシルフ隊が突撃し、剣の切っ先から、青白い光線が放たれる。

幾重にも飛び出した光線は、ガーディアンの鎧を貫通し、さらに多くのガーディアンを排除する。

だが、次から次へと現れるガーディアンNPC。

このままではラチが明かない。

そう思った時、前衛で戦っていたカタナとチナツが、一度後衛に戻った。

 

 

 

 

「チナツ、カタナ……本当に可能なんだろうな?」

 

 

 

この突撃の前。

サクヤとアリシャは、二人からある作戦を聞かされていた。

だが、それは少し反則気味のものであり、ゲーマーとしての心が、それを許させるかどうか、悩んだものだった。

だが、二人からの必死のお願いを、サクヤとアリシャは承諾した。

 

 

 

「じゃあー、カタナちゃんは私たちの後ろにいて。そこからでも、魔法は届くと思うかラ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

何を始める気なのだろうか……。

そう思っていたリーファは、カタナが魔法を詠唱するのを確認した。

しかし、その魔法は、驚くべきもので……。

 

 

 

「えっ?!」

 

「ん? どうした、スグ」

 

「カ、カタナさんの魔法……音楽妖精族《プーカ》にしか使えない、歌を媒介した魔法なのっ!」

 

「はぁ?! カタナはウンディーネだぞ?!」

 

 

 

そう、本来ならば、ウンディーネであるカタナが、プーカの固有魔法である歌の魔法を、使えるはずがなかった。

だが、今まさに詠唱しているのは、歌の魔法のスペル。

 

 

 

「行くわよーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

詠唱を終えたカタナの声が、張り詰めていた戦場に響き渡った。

 

 

 

ーーーーッ!

 

 

 

カタナの歌声が響く。

そして、それを媒介にして広がる魔法の作用領域。

その光が、戦場全てを覆い尽くした。

その瞬間、シルフ・ケットシー……そして、リーファ、キリト、チナツと、味方全員のステータスが一気に跳ね上がった。

この魔法は、プーカ特有の魔法。

歌っている時に発動できる支援魔法の一つだ。

 

 

 

 

「シルフ隊! 突撃!!!!」

 

「ドラグーン隊! 突っ込めぇぇぇぇ!!!!」

 

「俺たちも!」

 

「おう!」

「うん!」

 

 

 

全軍総攻撃。

チナツも、キリトも、リーファも……。

例外なく全員が突撃した。

カタナの支援魔法は、味方のステータスを上昇させるもの。

しかし、それをレイド級の人数にかけるのは困難だ。

ましてや、その魔法を使えるのが、《プーカ》とよばれるALOの中の妖精種だけだ。

ウンディーネであるカタナには、その魔法は使えない。

だからこそカタナは、現実世界において、簪に協力を仰ぎ、自身のアバターにチートを施した。

運営側……強いては、須郷にバレないようにして、ハッキングをかけた。

そこからプーカの魔法特性をコピーして、自身のアバターへと上書きしたのだ。

 

 

 

ーーーー♪ 〜〜〜〜ッ!

 

 

 

戦況が刻一刻と変化して行く。

強力な支援を受けているゆえか、ガーディアンたちの出現の速度よりも、こちら側が撃破する速度の方が若干早まったような気もする。

だが、上に近づけば近づくほど、ガーディアンたちの必死な動きは活発化して行く。

 

 

 

 

〜〜〜〜♪ っーーーー!!!!

 

 

 

 

カタナの歌は、まるで願いを叶えるために、必死に祈っているような歌であった。

たった一つの願い。

それはアスナを救う事だけだ。

その願いのために、チナツが、カタナが……リーファが、レコンが、サクヤが、アリシャが……そして、シルフとケットシーの戦士たちが……キリトの願いのために、一丸となった。

だが、カタナの歌も、徐々に終わりが近づいてきた。

後手に回り始める戦況……。

ガーディアンたちの反撃も、増す一方だった。

 

 

 

「くそっ……このままじゃ……!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「スグっ?!」

 

「やるよ、お兄ちゃん……っ!」

 

「っ……ああ、背中は任せた!」

 

「うん!」

 

 

 

 

空中で背中合わせに構えるキリトとリーファ。

互いが互いを守る……そう言うような思いが、強く表れていた。

 

 

 

「しかし、このままでは分が悪いか……チナツ! そろそろ出番だぞ!」

 

「「ん?」」

 

 

 

サクヤの言葉に、キリトとリーファは首を傾げた。

だが、それはすぐに驚愕な表情へと変わる。

何故なら、アリシャの飛竜に乗っているチナツの姿か、先ほどまでと違っていたからだ。

カタナの歌も、間奏が終わる頃……次第に魔法の効力も切れてくる頃だろう。

だから、全員に分配していた魔法の付加を抑えて、チナツ一人に付加を倍増させたのだ。

迸る魔法の光。

体からオーラにも似た何かが溢れ出していた。

リーファと同じ、レアアバターの証であるシルフの金髪をなびかせ、チナツは太刀の鯉口を切った。

 

 

 

 

ーーーー頼んだわよ、チナツ!

 

ーーーーああ、任せろ!

 

 

 

 

 

互いの目を見て通じあう。

 

 

 

「スゥー……フッーーーー!!!!」

 

 

一息吸い込み、チナツは飛竜から飛び立つ。

蒼白の光を纏い、たったひとりでガーディアンの軍勢に向かっていく。

突撃姿勢のガーディアンたちが、剣を構えた状態で、チナツに迫ってってくる。

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

だが、チナツの放つ一閃は、強力な斬撃波となってガーディアン軍団を切り裂いていく。

ガーディアンたちが煙のように消えていく……。それも大量にだ。

今の一撃で、およそ数百体は仕留めただろう……。

もう一度太刀を鞘に納め、チナツは後方から飛んでくるアリシャの飛竜に再び飛び乗る。

 

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

 

 

ゆっくりと太刀を抜刀するチナツ。

その刃が、鞘から抜かれるたびに、キイィィィィーーーー!!!! と高い音を出し、鞘から抜き放たれた。

蒼い波動を生み出しながら、太刀を正眼に構えるチナツ。

そして、ゆっくりと右脚を後ろへとずらし、半身の姿勢で構える。

太刀の切っ先を、まっすぐ向かってくるガーディアンたちに向ける。

八相の構え……。

そこから飛竜の背中を走り、もう一度飛び立つ。

向かってくるガーディアンたちに向け、最後の一閃を放った。

 

 

 

 

ーーーーッ!!!!!

 

 

 

「はあああぁーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

放たれた一撃は、向かってくるガーディアン達を斬り裂き、まっすぐ……まっすぐと、世界樹の空中都市へとつながる、《グランドクエスト》のゴール地点。

ゲートへとぶつかった。

その一撃の凄まじさは、その場にいた誰もが驚愕な目で見ていたことだろう。

レコンの闇属性自爆魔法でも、大軍を道連れに、大穴を開けるのに精一杯だったが、それを遥かに超える一撃だった。

 

 

 

「ぁ……」

 

「す、凄い……っ!」

 

 

 

 

心の声が漏れたようにつぶやくキリトとリーファ。

その横を、シルフの少年……チナツが通り過ぎていく。

いや、正確には、落下して行っているというのが正しいか。

太刀はすでに納刀しており、溢れていた蒼い光も、どんどん収束して行っているようだった。

 

 

 

「あとは任せましたよ…………キリトさん」

 

 

 

 

ここでバトンタッチ……と言うことだ。

十分な活路は開いた……あとは、キリトだけでも世界樹の根元にあるゲートへと導けば……。

だが、ガーディアン軍団もそれに負けじと応戦してくる。

キリトたちは、最後のチャンスをものにするために、果敢にゲートへと向かって飛翔する。

カタナの歌も完全に終わってしまい、あとはもう、自力で上り詰めるのみ。

 

 

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 

 

と、そこにリーファが、自身の長刀を投げ飛ばしてきた。

その長刀には、リーファの……いや、直葉の想いの全てが込められていたかのようだった。

左手に掴んだ長刀と、右手に持っている巨大な剣を握りしめ、キリトは最後の特攻へと挑んだ。

 

 

 

「クッーーーー!!!!」

 

 

 

 

両手に持つ剣を合わせる。

すると、剣の切っ先から、凄まじい光が迸った。

それはやがて大きくなっていき、キリトのからだ全体を包み込んだ。

キリトに対して接近していたガーディアン軍団は、ことごとくその光に斬り裂かれ、虚空へと消えていく。

幾十……幾百……幾千のガーディアンたちが散っていく。

そんなキリトの姿は、まるで夜空を駆ける彗星のようだった。

 

 

 

「行って……! 行ってお兄ちゃん……っ! ッ! いっけぇえええええええッーーーー!!!!」

 

「ウオオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

リーファの想いと、キリトの想いとが掛け合わさった。

ガーディアンたちの軍勢を斬り抜けて、キリトはついに、誰も到達し得なかった場所へと、その剣を突き立てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、そこに《妖精王・オベイロン》こと、須郷 伸之が現れた。本来ならば、いちプレイヤーである君が、ゲームマスターである須郷に勝つことなんて、不可能なはずだが……」

 

「…………」

 

 

 

 

多少の疑心の目を向けながら、菊岡は和人に問いかけた。

それに対し、和人は黙秘したが、確かにその通りである。

第一に、ゲームマスターとは、その世界……仮想世界を作り上げたいわば創造主とも言える存在だ。

仮想世界においては、世界を構築した “神” と称されてもおかしくはない存在だ。

だが、そんな相手に、何の変哲も無い……と言って良いのかはわからないが、いち学生であり、いちプレイヤーでしかない和人が、勝てる見込みは、ほぼほぼゼロだと言って良いだろう……。

実際に、最初は手も足も出せなかったのだから……。

 

 

 

 

「ふふ……っ! はい!」

 

「うっ、くっ!?」

 

「アッハハー! 良いね! やぁっぱりNPCの女じゃあ、そんな表情は作れないよねぇ〜♪」

 

 

 

 

ゲートを潜り、子供の姿へと変身したユイの案内の元、キリトは空中都市へと足を踏み入れた。

だが、そこには有るはずの空中都市が存在せず、先ほど潜ってきたゲートもまた、管理者権限によってロックされており、本当ならば、一切のプレイヤーが開けることは不可能だとされていたのだ。

しかし、グランドクエストへ挑む前に、キリトはある物を受け取っていた。

それは、システムコンソールへとアクセスが出来るキーの様なものだった。

そのおかげで、キリトとユイはゲートを潜ることができた。

だが、達成困難なグランドクエストに、存在しない空中都市……。これはもう、ゲームとして成り立っていない、完全なルール違反も良いところだった。

だが、今はそんな事どうでも良い……。ただ、どうしても、キリトの視線に写っている鳥籠へと、早く行きたいという衝動に駆られた。

そして……ようやく出会えた……。

 

 

 

「ママ!」

 

「はっ!?」

 

 

 

テーブルで顔を伏せていたアスナは、その声を聞き、体を飛び起こした。

その声は……あの時離れ離れになってしまって以来、聞くことのできなかった、最愛の……愛娘の声だったからだ。

 

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

愛らしい姿の少女と、全身黒装束の少年。

その二人の姿を見た瞬間、アスナは両手で口を押さえた。

だが、堪えきれない感情が、涙として流れ出て、頬を伝い、地面へと落ちる。

 

 

 

「ママァァ〜〜ッ!」

 

「ユイちゃんっ!」

 

 

 

鳥籠の檻を破り、ユイは小さな体を懸命に走らせ、勢いよくアスナに……ママに抱きついた。

ユイの目からも涙が流れ、それを見ていたキリトも、僅かばかり涙目になっていた。

ようやく……ようやくだ……。

諦めかけていた……自分には、何の力もないのだと……何度もその身に打ち付けられた……。

でも、ようやく……その望みが、希望が、もう手の届くところにまで近づいていたのだ。

 

 

 

「っ……キリトくん……!」

 

「っ……!」

 

 

 

 

久しぶりに聞けた、アスナの声。

ユイの後ろから、ユイを二人で包みこむ様にして、アスナとキリトは抱きしめ合った。

 

 

 

「ごめん、遅くなった……」

 

「ううん、信じてた……! 必ず、助けに来てくれるって……!」

 

 

 

 

再会の時を過ごし、あとはアスナを現実世界へと帰すのみ。

だが、そんな時に限って、あの男がやってきた。

今度のアップデートで導入しようという重力魔法を使い、キリトとアスナの動きを封じた。

 

 

 

「すっ、ごおぉっ!」

 

「あぁン?」

 

 

 

そんな力に抗おうと、キリトも必死に立ち上がろうとするが、そんなキリトを上から見下ろし、嘲笑いながら近づいてくる須郷。

 

 

 

「やれやれ……観客はおとなしく這いつくばっていろぃ〜ッ!」

 

「ぐふっ!?」

 

「そいや!」

 

「がぁはっ!?」

 

「キリトくんっ!」

 

 

 

 

立ち上がろうとしたキリトの顔面を蹴り飛ばし、うつ伏せに倒れた彼に背中からキリトの剣を突き刺した。

ましてや、今は重力魔法がかかっている。

簡単に身動きが取れない。そして、さらにシステムコマンドを動かし、ペインアブソーバー……痛覚を担うシステムレベルを下げだ。

 

 

 

「っ! ぐああっ!!?」

 

「ヒャッハッハッハーーーー! 痛いだろう? 段階的に強くしてやるから楽しみにしていたまえ〜。

もっとも、レベル3以下にすると現実の体にも影響が出てしまうがね……」

 

 

 

今のレベルが8だ。

それでもかなりの激痛が襲っている。

そして、場面は最初に戻る。

キリトが動けないことを良いことに、須郷はアスナの体を好き勝手に弄ぶ。

服を剥ぎ取り、アスナを辱め、まるでキリトを挑発する様に嘲笑う。

 

 

 

 

「須郷ッ、貴様っ! 貴様あぁぁぁぁッ!!!!」

 

「ヒャッハッハッハ! ウワッハッハッハーー!!!!」

 

「殺す……っ! 絶対に殺す……ッ!」

 

 

 

 

何も出来ず、ただ手を伸ばすことしか出来ない自分が、とても悔しかった……。それと同時に、自分の無力さを思い知り、絶望した。

本当の自分は、何も出来ない……だだの子供なのに。

何でもできると思い込んでしまう……。

現にゲームの世界では、誰にも負けないと思っていた……でも、それは幻想だった。

強い奴はいるし、自分だって弱いところがあるのだ。

そして、今がそれではないか……。

須郷……ゲームマスターという絶対的な強者の前に、自分はなす術なくただひれ伏せているだけだ。

もう……自分には、どうする事も出来ないのだと……そう感じた瞬間だった…………。

 

 

 

 

ーーーー逃げ出すのか?

 

 

 

 

 

どこかで聞いた様な声だ……。

 

 

 

 

ーーーー屈服するのか? かつて否定したシステムの力に……。

 

 

ーーーーしょうがないじゃないか……俺はプレイヤーで、あいつはゲームマスターなんだよ……。

 

 

ーーーーそれはあの戦いを汚す言葉だな……。私にシステムの力を上回る『人間の意志』の力を見せつけた……あの戦いを……。

 

 

ーーーーお前は……っ!

 

 

ーーーー立ちたまえ、キリトくんーーーーッ!

 

 

「っ!」

 

 

 

 

そうだ……よく知っている。

一度は自分を倒した男……。そして、最後に自分が倒した男。その最後の瞬間まで、死力を尽くして戦いあった男の事を……。

自分はよく知っている。

そんな男が、自分に立てと言っているのだ……。

限界を越えろと……守るべきものを守れと……そう言っているのだ。

 

 

 

 

「くっ……! ううっ!!」

 

「あっ……!」

 

「んん〜?」

 

 

 

痛みに耐え、キリトは立ち上がる。

 

 

 

「こんな……っ、魂もない攻撃……! あの世界の剣は、もっと重かった…………もっと、痛かった‼︎」

 

 

 

今度こそ、ちゃんと立ち上がった。

背中から突き刺していた剣は、鈍い音を出しながら地面へと落ちる。

体を突き抜ける様な痛みにこらえながら、キリトはしっかりと須郷をその視界にとらえた。

 

 

 

「はぁ〜……やれやれ。妙なバグが残っていたなぁっ!」

 

 

 

再びキリトを叩きのめそうと、須郷の裏拳が振り下ろされた。

だが、その拳はいとも簡単に止められてしまった。

 

 

 

「んっ?!」

 

「システムログイン……ID《ヒースクリフ》」

 

「なっ……! なんだ、そのIDはッ?!」

 

 

 

キリトの周りに現れる多数のウインドウ。

そんな機能は、プレイヤーたちのシステムには組み込まれていない。

では、そんなシステムを使用している目の前の少年は、一体何をしでかしたのか……?

 

 

 

「システムコマンド。管理者権限変更……ID《オベイロン》をレベル1に」

 

「へぇっ?!」

 

 

 

 

突如、自身のステータスが最高値から最低値へと落とされた。

なぜだ? そんなことが出来るのは、ゲームマスターである自分だけの特権だったはずなのに……。

 

 

 

「バカな!? 僕より高度のIDだと?! ありえない、僕は支配者、創造者だぞ?! この世界の王……神‼︎」

 

「違うだろ」

 

「ンンっ!?」

 

「お前は盗んだんだ……。あの世界を、そこにいる人たちを……! 奪った玉座の上で楽しんでいる “泥棒の王” だ!」

 

「く〜〜っ! 僕に……この僕に向かって……っ!」

 

 

 

キリトの言葉に、もはやその自尊心が耐えられる事はなかった。

須郷は右手をかざし、自慢のシステムコマンドで呼び出そうとする。

だが……。

 

 

 

「システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!!!」

 

「……………」

 

 

 

 

何も起きない。

それもそのはずだ。もう管理者権限は、須郷ではなくキリトに移っているのだから。

 

 

 

「言う事聞けぇ!!! このポンコツがぁぁぁぁ!!!! 神の……神の命令だぞッ!!!!」

 

 

 

 

目の前の下劣男が神とは……この世界も歪んだものだ。

何が起こっているのか理解していないアスナを見て、キリトは優しく微笑んだ。「大丈夫、もうすぐ終わるから……」と言うと、アスナも自然のその言葉を受け入れた。

大丈夫なのだ……彼がそう言っているのだから。

あとは、全部彼に任せよう。

 

 

 

「システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

先ほど須郷が言った言葉と、一字一句間違いなしに叫んだ。

ただ、キリトの手には、ちゃんとその《エクスキャリバー》が登場した。

このALOにおいて、ユージーン将軍の持っていた《魔剣グラム》を凌ぐ唯一の武器とされている至高の宝剣。

《聖剣エクスキャリバー》

その出現場所、クエスト……詳細な情報は未だ出回っていないが、この剣が、ALO最強の剣だという事は確かだ。

そんな剣を、キリトはコマンド一つで簡単に作り出してしまった。

こんなもの、チートというレベルでもなんでもない。

もはや反則だ。

だが、今はそんな事どうでもいい……今まで散々と踏み躙り、弄んできた目の前の下劣男に、鉄槌を下すだけだ。

キリトは《エクスキャリバー》を須郷に投げつけると、自分は床に転がっていた巨大な剣を掴む。

須郷は《エクスキャリバー》を掴むも、その重量に耐えかねているのか、ちゃんとした構えを取ることすら出来ないでいる。

そんな須郷に対し、キリトは《ブラックプレート》の切っ先を向けた。

 

 

 

「決着の時だ……! システムコマンド……ペインアブソーバーをレベル0に!」

 

「な、なにっ!?」

 

「逃げるなよ……あの男はどんな場面でも臆した事はなかったぞ……! あの、“茅場 晶彦” はーーーーッ!」

 

「か、かやっ……茅場っ?!」

 

 

 

その名前に、須郷は狼狽を隠せなかった。

その名は須郷にとっても、忘れる事のできない名前だったからだ。

 

 

 

「そうか……あのIDは……! なんで……なんで死んでまで僕の邪魔をするんだよっ‼︎

あんたはいっつもそうだ!!!! 何もかもを悟ったような顔をして! 僕が欲しいもの横から掻っ攫ってぇーーーーッ!」

 

「須郷!」

 

「ううっ!?」

 

「お前の気持ちも、わからなくはない……。俺もあの男に負けて家来になったんだからな……。

だが、俺はあいつの様になりたいと思った事は無いぜ? お前と違ってな……っ!」

 

「っ! この、ガキがぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

とうとう自尊心のダムが決壊した。

キリトを切り刻もうと、《エクスキャリバー》を振りかぶるが、その剣はとてもじゃないが脅威とは程遠い。

軽く弾くだけで、簡単にいなせるのだから。

いくら武器が高性能でも、それを使う使い手が未熟であれば、そんな物はただのガラクタと同じだ。

中々斬れない事にヤケになったのか、須郷は《エクスキャリバー》の切っ先を向けて、キリトを突き刺そうとするが、それよりもキリトが一歩踏み出し、須郷の横を通り抜ける。

もちろん、通り抜ける際には、彼の頬に浅い一撃を入れる。

 

 

 

「っ…………痛ッ!!!!!」

 

 

 

現在、痛覚を再現しているシステム《ペインアブソーバー》がレベル0になっている為、感じる痛みはほとんど現実世界の痛みと同じになっている。

だが、キリトは須郷の悲鳴に怒りを覚えた。

 

 

 

ーーーーこの程度で痛い……だと?!

 

 

 

確かに斬られれば痛いだろう。

だが、そんな擦り傷の様な痛みと、アスナや自分が受けてきた苦しみが、一体どれほどの痛みなのか……。

そんな事も知らない須郷に、キリトは本気で怒った。

 

 

 

「お前がアスナに与えた苦しみは……ッ!」

 

「ひぃっ!?」

 

「ーーーーこんなもんじゃないッ!!!!!」

 

 

 

振り下ろした一撃は、ものの見事に須郷の右腕を斬り落とした。

 

 

 

「アアアアアアアアアアーーーーッ!!!!!?? 手がぁぁぁぁ、僕の手がぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

情けなく目から涙を流し、鼻から鼻水を垂れ流し、ヨダレもダダ流れ。

先ほどまでの威勢はどこに行ったのか……今はもう、見るも無残な羽虫同然のクズ男にまで成り下がった。

その後、胴体をぶった斬り、上半身だけとなった須郷の髪を掴んで持ち上げた。

両手も斬り落とされ、成す術のない須郷は、ただ悲鳴をあげ、泣き叫んでいるだけだった。

ならば、徹底的に引導を渡してやろう……!

須郷を高々と放り投げ、やがて重力によって自然落下してくる。

だからそんな須郷に対して、キリトは《ブラックプレート》の切っ先を突き立てた。

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

断末魔の叫び。

貫かれた箇所からは、大量の流血エフェクトが流れ出る。

やがてその姿は消え、キリトはアスナの両手を縛っていた鎖を断ち切った。

倒れこむアスナを抱きしめ、ようやく取り戻せた事を再認識した。

ようやく……ようやく戦いが終わったのだ。

管理者権限を用いて、アスナを強制的にログアウトさせる。

こうして、ALO事件は、終息へと至ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……これが、ALOで起きた事件の顛末というわけだね?」

 

「ええ……。確かに、ゲームマスターの力は、他のプレイヤーよりも強い。その世界でなら、神と同等の力を手にしているわけですから……」

 

「…………」

 

「須郷は、自滅したんですよ…………。己の力を過信したが故にね」

 

「なるほど……自滅か……」

 

 

 

 

 

その後、須郷は現実世界戻り、明日奈の病室に来るであろう和人を待ち構えていた。

事件を公にされれば、自分は間違いなくおしまいだ……だから、その原因を作った和人を殺し、自分は海外にでも逃亡する腹立ったのだろう。

だが、それすらも和人に阻まれた。

逮捕後、須郷は全ての責任を、死んだ茅場 晶彦になすりつけようとしていた様で、容疑を否認していたのだが、部下の何名かが証言したことによってやむなく自身も容疑を認めた。

ALOを運営していた『レクトプログレス』も解散し、レクト本社も大打撃を受けた。

SAOに引き続き、ALOでもこの様な大事件を起こした事によって、VRMMOという名のゲームは終息を免れ得ないと思っていた……。

だが、現状、その様な事にはなっていない。

今ではALOのみならず、様々な仮想世界が存在するのだ。

それもこれも……あの男の仕業だ。

 

 

 

 

「そこにいるんだろ? ヒースクリフ」

 

「久しいな……キリトくん」

 

「生きていたのか……」

 

「いや……。私は茅場 晶彦という意識を模したエコー……残像だ」

 

「相変わらず難しい事を言う人だな……。とりあえず助かったよ……ありがとう、礼を言う」

 

「……礼なら不要だよ」

 

「なぜ?」

 

「私と君との間には、その様な関係はないだろう。だが代償は必要だよ……常に」

 

「…………何をしろというんだ?」

 

 

 

 

 

ゲームマスターである須郷のIDをも上回るシステムIDを持っている人物は、一人しかいない。

茅場 晶彦……いや、その意識をトレースし、仮想世界にその意思を植え付けたもう一人の茅場 晶彦。

かつてキリトたちとともに戦い、最後にはキリトによって葬られたアインクラッド最強のプレイヤー《ヒースクリフ》だ。

しかし、その姿は、茅場 晶彦その人だ。

スーツに白衣と、見るからに天才科学者である風貌だが、まぎれもないヒースクリフその人だ。

彼のおかげで、キリトは須郷を破り、アスナの救出という目的を果たした。

その見返りに、ヒースクリフはあるものを提示した。

キリトの頭上から落ちてくるタマゴ型の何か……。

それはキリトの手に収まる寸前で落下が止まり、タマゴから光が漏れ、暗闇に染まった空間に、たった一つだけ輝きを放っている。

 

 

 

「これは……?」

 

「それは世界の種子……《ザ・シード》だ。芽吹けばどういうものかわかる……その後の判断は君に託そう。

消去し、忘れるもよし……。だが、もしも君たちがあの世界に、憎しみ以外の感情も有しているのなら……」

 

「…………」

 

 

 

 

 

それが、ヒースクリフとの……茅場 晶彦との最後の会話になった。

その後、キリトは現実世界へと帰還し、先に帰還しているであろう明日奈の元へと向かった。

もしかしたら、何らかの原因で命を落としたかもしれない……なんて考えが過ぎったが、すぐにそれを振り払い、明日奈の入院している病院へと向かった。

そしてその病院の駐車場で、狂乱に満ちた須郷と出くわした。

《ペインアブソーバー》を完全に切った状態で、腕を斬り落とされ、胴体を真っ二つにされ、最後には眼球及び頭部を剣で貫かれた為、その顔は異形なものになっていた。

現実世界の和人を殺し、自分は他国へと逃走する腹だったが、結局和人に凶器であるナイフを奪われ、喉元に突きつけられ、狂気の叫びをあげながら気絶した。

須郷は逮捕され、和人は明日奈の病室へと向かった。

病室に入り、閉められたカーテンを開けるのを躊躇ったが、ふと、直葉の声が聞こえた……「ほら、待ってるよ?」と……。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

カーテンを開けると、そこには、月明かりに照らされた最愛の彼女が、窓の外を眺めていた。

そして、ようやく、現実世界で……二人は顔を合わせた。

 

 

 

「……キリトくん」

 

 

 

弱々しい声で、彼の名を呼ぶ。

和人はゆっくりと明日奈に近づき、優しく抱き寄せた。

仮想世界では感じられなかった温もりを、今は一身に浴びている。

ようやく、帰ってこれた……ようやく、戦いが終わったんだと……改めて実感することができた。

 

 

 

 

「初めまして……結城、明日奈です。ただいま、キリトくん」

 

「桐ヶ谷 和人です……おかえり、アスナ」

 

 

 

 

 

二人は抱きしめあい、唇を重ねた。

ようやく、二人の……SAO事件の被害者であり、攻略組として前線で戦った二人の戦いに、幕が降ろされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「あとは菊岡さんも知っての通りですよ……。もういいでしょう? 俺は失礼します」

 

「最後に一ついいかい?」

 

「…………」

 

 

 

散々話しまくった和人と菊岡。

気づけば外は夕陽が射していたのだ……相当な時間を費やして、事件のことについて話していたらしいが、その分、妹の直葉は、ようやく泳げるようになったと、先ほどメールが届いた。

妹も、明日奈や刀奈たちと仲良くしてくれているようで、兄としてとても喜ばしい事だ。

ようやく話し終え、カウンセリング室を出ようとした時、深妙な面持ちで尋ねてくる菊岡に呼び止められた。

 

 

 

「《ザ・シード》って、知ってるかい?」

 

「ええ……もちろん」

 

 

 

 

それだけ言って、和人は部屋を出て行った。

 

 

 

 

「また会おう……キリトくん……」

 

 

 

 

 

 

 

 





次回からはようやく海底ダンジョンに行ける!

長かったぁ〜……ここに行くまでに13話使いましたからね〜( ̄▽ ̄)


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第66話 Extra EditionXIV


ようやく今回から海底ダンジョン編。
それが終わったら……いったんIS編に戻ります。




2025年 7月 25日 《アルヴヘイム・オンライン》

ケットシー領から南に位置する《トゥーレ島》

 

 

 

そこに、数羽の妖精たちが、夏のバカンスを楽しんでいた。

砂浜に立てたパラソル。

その下に置いたビーチチェアに寝そべっているスプリガンの少年と、サラマンダーの野武士面の男。

 

 

 

「キリトよぉ〜。俺は今日こそALOが現実の時間と同期してなくてよかったと思った事は無いぜぇ!」

 

「リアルだと夜7時だしな……」

 

「やっぱ海はこうじゃなきゃよ……っ! 青い空!」

 

「白い砂浜……」

 

「寄せて返す波!」

 

「眩しい太陽……」

 

「そして……っ!」

 

 

 

 

二人は視線を前方の海に向けた。

その先にあるパラダイスを見る為に……だが、そんな希望は、突然現れた巨漢によって砕かれた。

 

 

 

「よお、お待たせ」

 

「いいっ……!?」

「んっ……?!」

 

「おい、どうしたんだよ二人とも?」

 

 

褐色の肌にスキンヘッド。

ましてや筋肉隆々の巨体が目の前に現れたのだ。

驚かない方がおかしい。

しかし、その巨漢のいるその先には、本当のパラダイスが広がっていた。

 

 

 

「くらえぇ〜! STR型のパワー全開ぃ〜!」

 

「きゃあ?! やりましたねぇ〜! ピナ、《ウォーターブレス》!」

 

「キュウ!」

 

 

 

海水を弾き、無邪気に走り回るリズとシリカ。

鍛治士として武器を鍛え上げる為、筋力値を上げているリズは、そのパワーをフルに使って、シリカに対して大量の海水をぶちまける。

対してシリカは、相棒であるピナに指示し、海水を飲ませる。

ピナの背中に乗ったユイが、元気よく攻撃命令を発した。

 

 

 

「発射ああ〜〜!!!!」

 

「キュウァァ〜〜!!!!」

 

「うえっ?!」

 

 

 

強烈な《ウォーターブレス》が、リズの顔面に直撃。

圧倒的な水圧にリズはダウンし、そのまま後ろに倒れこんだ。

 

 

 

「しゃあ〜! さすがピナァ〜〜♪」

 

「キュウ!」

 

「やりましたねぇ〜♪」

 

 

 

すごく微笑ましい光景だ。

 

 

 

「おいこら、待て! 逃げるなスズ!」

 

「やぁ〜なこったぁ〜♪ 悔しかった追いついてみなさい!」

 

「なんだとぉー!」

 

 

 

違うところでは、ツインテールケットシーを、ポニーテールサラマンダーが追いかけまわしていた。

サラマンダーの少女……カグヤの手には、木刀が握られており、ケットシーの少女スズをそれで殴りかかろうとしているらしい。

 

 

 

「私の団子を食っただろう!」

 

「美味しいわよねぇー、アレ」

 

「私が楽しみにしていたやつなのだぞ! ケットシー特産のレア食材だったのに!」

 

「ならあたしが食べたっていいじゃない……ケットシーだし。ケチ臭いわねぇ、あんた」

 

「食うなとは言わん……だが、誰が全部食っていいと言ったあぁぁぁーーーッ!」

 

 

 

キリトは視線をずらし、まさにその団子が包まれていたであろう笹の葉に似た物を見つけた。

そこには団子を刺していたであろう串が10本ほど放置されていた。

おそらく、カグヤはみんなで食べようと買ってきていたのだろう……それをスズが一人で平らげてしまったと……。

スズ……食べ過ぎじゃねぇ?

 

 

 

 

「ラウラ〜、いつまで隠れてるのさぁ〜?」

 

「待て! 心の準備ができていないのだ……!」

 

「それ、臨海学校の時にも言ってたよね……もう、ほら早く!」

 

「待てシノア! だからダメなのだぁ〜!」

 

「はいはい。ラウラは自信がなさ過ぎなんだよ……。とってもよく似合ってるから!」

 

「ううっ〜〜」

 

 

 

確かに、臨海学校でも見た光景だ。

水着姿を恥じらうラウラを、一生懸命連れ出そうとするシノア。

もう二人はコンビを組んだほうが色々と回せるのではないだろうか?

しかし、そんな二人を、キリトの隣で眺めているクラインはと言うと、鼻の下を伸ばしきり、ニヤニヤとラウラ達を眺めていた。

正直、怪しい変質者にしか見てない。

 

 

 

 

「はぁ〜〜〜……うっ!」

 

 

 

た、またまた海辺では、リーファが空気を吸って、思いっきり海水に顔をつけた。

ブクブクブクと泡を出しながら、海水に顔を浸して、やがて顔を上げる。

 

 

「ぷはぁっ!」

 

「リーファちゃん、どう? 行けそう?」

 

「は、はい! 大丈夫です、もう怖くありませんよ……。足のつく深さなら……」

 

「そう、よかった……っ! あ、でもこれから行くところは……」

 

「そうなんですよね。海底ダンジョンって、いったいどれくらい深いんでしょうか?」

 

「えっと……水面から100メートルくらいだって言ってたかな?」

 

「ひゃ、ひゃくぅっ?!」

 

 

もともと泳げなかったリーファが、泳げるようになっただけでも凄いのに、今度は水深100メートルの深さまで潜らないといけないと考えると……。

リーファは少し青ざめてしまったが、両手で頬を叩き、自分自身に喝を入れた。

 

 

「ううん! 大丈夫です、頑張ります!」

 

 

 

そう言いながら、リーファはある方向へと視線を向けた。

その視線の先には、小竜ピナの背中に乗り、楽しそうな笑い声をあげながらともに飛んでいるユイの姿があった。

 

 

 

「ユイちゃんのためですからね……」

 

「ありがとう……リーファちゃん」

 

 

 

 

 

元々、何故今回こんな南の果てのにあるような無人島まで来たのかというとだ……。

《イグドラシル・シティ》にあるエギルの店で、キリト、アスナ、ユイの三人は、久しぶりの親娘水入らずのひと時を過ごしていた。

その話題は、ユイがSAOで暮らしていた僅かながらのあの家での出来事だった。

ユイがSAO時代に、カーディナル・システムによって、その存在を消されそうになった時、キリトの機転によって、それは阻まれた。

ユイは、意識を閉じ込めた小さなオブジェクトとして、キリトのナーヴギアに内蔵されているローカルメモリーに納められていた。

よって、その後の話は、ユイは知らない。

22層のログハウスで過ごした時間は、本当に僅かしかなかった。

だからこそ、今はうんと甘えて、楽しく過ごしたいのだ。

そして、肝心の話題は、ユイが眠ってからの話……。22層にある大きな湖で、ヌシ釣り大会をやった事だった。

 

 

 

 

「それでね、パパったらヌシを見た瞬間、驚いて逃げてしまったんだよー♪ 『ぎょわああああ!!!!』ってね」

 

「い、いや、そんな感じじゃなかったぞ! せめて『ヒィィィ!!!!』くらいだったはずだ!」

 

「ふふふっ♪ とっても楽しそうですね!」

 

 

 

こんなに楽しい時間は貴重だ。

SAOでは、まともにこんな時間を過ごす暇がなかった。

だからこそ、これからもこの時間が続くのだと思うと、とても幸せに感じた。

 

 

 

「新生アインクラッドが、22層まで開通したら、またあのログハウスを買って、みんなでヌシ釣り大会をしよう。

でもなぁー……ヌシは超デカかったからなぁ〜……。ユイは泣いちゃうかもなぁ〜」

 

「泣きませんよ! 湖の面積から考えでも、クジラ程の大きさは無いはずです‼︎」

 

 

 

やはり親娘なのか、妙に負けず嫌いなところは似ている。

 

 

 

「ユイちゃん、クジラ見た事あるのっ?!」

 

「いえ……映像データと情報から、推算しただけです。私はパパやママのように、現実世界の物を見る事はできませんから……」

 

「そっか……そうだよね……。あっ、でもキリトくん、ISのシステムを使って、視覚システムを確立させるんじゃなかったけ?」

 

「うーん……まだあれは試作の域を出ないからなぁ〜。一応、ISのシステムの事は、篠ノ之博士に多少は聞いたけど、まだまだって感じだからなぁ〜」

 

「そっかぁ〜……」

 

 

 

少し残念だと言うような声色で答えたアスナ。

そっと愛娘であるユイを抱きしめる。

 

 

 

「アルヴヘイムの海にも、クジラが居てくれたらよかったのにねぇ……。

凄いんだよ? ボーンとジャンプして、バシャーンってーーーー」

 

「ああっ!!!!」

 

「きゃあっ?! な、なに?!」

 

 

 

突然大声を上げで立ち上がるキリトに驚き、アスナは驚愕の目を向ける。

 

 

 

「確か、シルフ領のずっと南の島に、クジラが出てくるクエストが発見されたって聞いたな………」

 

「ええっ?!」

 

「本当ですかっ!?」

 

 

 

ユイの瞳が、キラキラと輝いた。

 

 

 

「私、クジラさんに乗ってみたいですっ!」

 

「「…………乗るのはちょっと無理かなぁ〜〜〜」」

 

 

 

さすがにそれは無理だ。

夢見る子供の発言は、大人を困らせるが……。今のはかなりの無理難題であった……。

 

 

 

 

「おい、キリト。本当なんだろうな、このクエストにクジラが出るって話……。これがクジラじゃなくてクラゲとかクリオネだったらシャレになんねぇーぞ」

 

「…………巨大クリオネなら、ちょっと見てみたい気もするけどな……。エギル、なんか情報あったか?」

 

「いやそれがな、なんせワールドマップの一番端っこにある島のクエストだから、知ってる奴自体少なくてな。

だが、クエストの最後にどえらいサイズの水棲型モンスターが出るっていうのはマジらしい」

 

「ほおっ! ならそいつは期待できるんじゃねぇーの!? しゃあっ! いっちょ頑張ろうぜ!」

 

「……気合入れるのはいいが、まだチナツとカタナが来てないから出発できないぞ?」

 

「おっと……そうだったそうだった。しっかしなにやってんだあのお二人さんわよぉ〜」

 

「仕方ないだろう……ティアとカンザシが二人して参加できないと来たし、フィリアも今日は家族と用事があるって言ってたみたいだし」

 

「あと一人か……」

 

 

 

ティアは実家の勤めがあるということであった為、夏休みの大半はイギリスへ帰郷しているとのことだった。

カンザシはISの武装や駆動部系統に関することで、整備したいとのことだったので、今回は参加できなかった。

しかしそれだと、7人パーティーの人数制限に一人だけ欠ける。

ましてや今回参加するチナツ、カタナがまだ到着していないのは、どうしてなのだろう……?

 

 

 

「にしても遅いなぁ……」

 

 

 

ふと、キリトはパラソルの外へと出て、燦々と降り注ぐ太陽の方へと視線を向けた。

晴れ渡る青空と、時折太陽を塞ぐ白い雲。

そんな光景を眺めていると、突如、なんらかの影が過ぎった。

 

 

「ん?」

 

 

 

一体なんなのだろうと首をひねって、影が差した方へと視線を向けると……。

 

 

 

「はぁぁなぁぁぁれぇぇぇなぁぁさぁぁいぃぃぃッ!!!!!」

 

「うわ、ちょ、ちょっと待てカタナ! それはダメーーーー」

 

「グングニルゥゥゥゥーーーー!!!!」

 

「死ぬ死ぬッ! 死ぬうぅぅぅぅ!!!!」

 

 

 

 

空に蒼い閃光が走った。

そして海面に叩きつけられる何か……。

大きな水柱をあげて、墜落した何かを、その場にいた全員が疑心の目で見てやる。

 

 

「なぁ……今の」

 

「間違いねぇだろうな……」

 

「しかも《グングニル》って言ってたぜ?」

 

 

《グングニル》

北欧神話に登場する神。

《オーディン》用いた百発百中の槍の名称。

自身の左眼を代償に、『予知の泉』の水を飲んだことによって、相手の動きを予知し、投擲した槍を当てることができとか……。

そして、そんな技を使えるのは、たった一人しかいない。

かつてアインクラッドに存在した《ユニークスキル》に存在した、槍の投擲スキルもまた……同じ名前《グングニル》だ。

 

 

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 

水着姿ではあるが、その手に握った長槍を構えながら、荒い息を整えるカタナが、キリトたちの前に降り立った。

 

 

 

「よ、よう……カタナ……遅かったな」

 

「ええ…………ごめんなさいね…………ちょっと、いろいろあってね……っ!」

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

 

 

見るからに鬼の形相で何かが墜落した地点を見ていた。

どう見てもちょっとどころの話ではないだろう……。

 

 

 

「ゴッホォ……! カ、カタナ! 待て、話を聞いてくれって!」

 

「あら残念……仕留め損なったわね……」

 

「ガチで殺す気だったのかよ!?」

 

「もちろんよ……中々来ないから迎えに行ったっていうのに……まさか別の女とイチャイチャしてるとはねぇ……!」

 

「いや、だからそれが誤解なんだってば‼︎」

 

 

 

一体何があったのか、その場にいた面々には理解できなかったが、わかったことはただ一つ……。

カタナのドSスイッチが入り、その中でも最悪レベルで発動していることが判明した。

 

 

 

「もしかして……浮気?」

 

「そんな、まさか……!」

 

「チナツくんに限ってそんな事……!」

 

 

 

リズ、シリカ、アスナは、さすがに決めつけてはいなかったが、カタナのことを疑っているわけでもない。

チナツの言い分も信じてあげたいが、カタナのあの形相を見ると、相当なことをやってしまったのだと思った。

 

 

 

「あーあ……相変わらず馬鹿ね、あいつ」

 

「まったくだ……」

 

「しかも無自覚にやっちゃうからねぇ〜、チナツは」

 

「しかし、『英雄、色を好む』というではないか……流石は師匠」

 

 

 

スズ、カグヤ、シノアは少し辛辣な言葉で避難したが、何故かラウラだけには褒められた。

海面から泳いで、浜辺に上がってくるチナツ。

カタナ同様、水着姿であるが、目に見てわかるくらいボロボロだ。

 

 

 

「チナツ……お前何やったんだよ」

 

「いや、何もやってな……くはないのかな、これ?」

 

「俺たちが聞きたいんだが……」

 

「いや、それが……」

 

「もうぅー! 二人ともケンカしちゃダメだよ〜!」

 

「「「ん?」」」

 

 

 

その場に響く、まったく知らない声。

その声の主がいる方角……カタナたちが飛んできた空の方角を見ると、そこには紫を基調とした白とのツートンカラーのビキニをきたノーム族の妖精が飛んでいた。

中々にグラマラスな体つきをした少女で、カタナと同じ、紅い瞳な特徴的な、人懐っこそうな雰囲気を纏った少女。

 

 

 

 

「もう〜、せっかく遊びに来てるのに……」

 

「「元凶であるお前が言うなぁぁぁぁっ!!!!!」」

 

 

 

カタナは槍の穂先を向けて、チナツは右手の人差し指を少女に向け叫んだ。

言われた少女は、ニコッと笑いながら、地上へと降りてきた。

 

 

 

「フゥ〜……」

 

「あんた一体誰よ!? うちの旦那に手を出して、無事で済むなんて思ってないでしょうねぇ!」

 

 

 

修羅場だった。

 

 

 

「あははっ、ごめんごめんカタナ〜! だって、ようやく外に出られたって思ったらさぁ〜、そこにチナツがいたんだもん!

ちょっと興奮しちゃって、抱きついちゃっただけだよぉ〜」

 

「っ……あなた、どうして私の名前を……?」

 

 

少なくとも、彼女と会った覚えはなかった。

SAOでも、このALOでも。

今この瞬間、初めて会ったのだから……。

 

 

 

「あー……まだ自己紹介してなかったけ?」

 

「まだどころか、みんなお前のこと知らないんだぞ?」

 

「あー、そっかそっか」

 

 

 

マイペース……。

それを言うなら、カタナとは違った意味で、自分のペースに人を引くずり込んでしまうような性格をしている。

この不思議少女に対し、皆どう接すればいいのかな迷っていると、ピナに乗ったユイが、驚きの声を上げた。

 

 

 

「もしかして…………ストレアさん!?」

 

「ん? あーー! ユイだぁーー!!!!」

 

 

 

突然、「ユイィィーーーー!!!!」と叫びながら、ピナごととっ捕まえて抱きしめるストレアと呼ばれた少女。

よく見ると、ユイもピナも苦しそうだった。

 

 

 

「ちょっとストレアさん?! 苦しいですぅ〜!」

 

「キュ、キュウウ〜〜!?」

 

「あははっ、ごめんごめん♪」

 

 

 

一体どういう事なのか……。

そう言った雰囲気が、その場を包み込んだ。

ユイとチナツは知り合いで、彼女はカタナの事を知っていた。

だが、こちらは彼女の事を一切知らない。

では、彼女は一体何者なのか……。

 

 

 

 

「あー、えっと……ストレア、ちょっといいか?」

 

「ん? はいはーい!」

 

 

 

 

チナツの呼びかけに、ストレアはピナとユイを離し、チナツの方へと走ってくる。

どうやら、事情を説明してくれるらしい。

チナツの隣にポンっと立ったストレアを確認して、チナツが改めて説明した。

 

 

 

 

「ええっと、みんな信じられないと思うけど、この子……ストレアは、ユイちゃんと同じ、カーディナル・システムよって作られた人工知能……つまり、AIなんだ」

 

「「「「…………ええええええーーーーっ!!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

南の島に、若き男女たちの絶叫が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「改めまして、ストレアだよ! みんな、よろしくね♪」

 

「ど、どういう事だチナツ?! 《カーディナル》が作ったAIだって言うなら、その子は……!」

 

「はい……。ユイちゃんと同じ、メンタルヘルスカウンセリングプログラムの試作2号として作られた女の子なんです……」

 

「うんうん! そういう事。だから、私とユイは、姉妹って事になるね!」

 

 

 

 

驚きすぎて言葉が出なかった。

しかし、ユイ以外にも、そんなAIの存在がいたなんて事……知る由もなかった。

いや、正確には、考えていなかっただけだ。

ユイは、《カーディナル・システム》が、SAO公式サービスと共に、自分のあらゆる権限を剥奪し、閉じ込めたと言っていた。

しかし、本来ならば、ユイはすぐにでもその役割を果たすべく、あらゆる階層に現れるはずだった。

だが、どんなに高性能なAIだったとしても、ユイ一人に対し、プレイヤーは一万人もいたのだ。

とてもじゃないが、ユイ一人でそれらのプレイヤーを相手にする事はできない。

ゆえに、他にもユイと同じ役割を担っているAIがいたって、おかしくなかったはずだ。

その事を失念して、今日まで至った……。

が、何故そのユイ以外のAIが、こんなところにいるのか……。

 

 

 

「えっと、そこは俺が話します。えー、ストレアは、SAOがクリアされる瞬間に、自力で《カーディナル》のシステム的拘束を解除して、俺のナーヴギアにあるローカルメモリーにその身を移したみたいです」

 

「そ、それって、前にキリトくんがシステムからユイちゃんを引き離したのと同じ事を、一人でやったって事?!」

 

 

 

チナツの説明に、アスナが驚きの声を上げた。

なぜなら、その瞬間をアスナは目撃しているからだ。

《カーディナル・システム》によって消されそうになったユイを、キリトはシステムコンソールを使って、システムから切り離し、オブジェクト化した。

その後、オブジェクトとしてシステムに保存されたユイは、このALOの世界で再び生まれたわけだ。

そんな大それた事を、誰の力も借りずに、一人でやってのけたというのだ。

 

 

「うん! もう、大変だったよー。でも、いつかはチナツのところに行こうって思ってたから、前もってシステムの抜け道は探ってたんだけどねぇー……。結局ギリギリになっちゃった」

 

「それで、今は俺のIS……《白式・熾天》のサポートAIとして存在しているんですよ」

 

「マジか……」

 

「《二次移行》した時も、俺の白式に鎧が追加されましたけど、あれもストレアのサポートで出現した物なんです。

で、今何故ストレアがここにいるのかというと……」

 

 

 

 

今から数時間前。

直葉の特訓を終えた刀奈は、IS学園に戻って、自分の部屋に戻った。

すると、中では既に一夏が頭にアミュスフィアを被ってベッドに横たわっていた。

恐らく、中で時間を潰しているのだろうと思った。

なので、刀奈もベッドに横たわって、アミュスフィアを被り、ログインした。

だが、その時に限って、チナツと同じ場所ではなく、ウンディーネ領の《三日月湾》でインしたのだ。

前にウンディーネ領に用があり、そのままログアウトした事が仇になってしまった。

ウインドウを開き、チナツがどこにいるのかを確認して、今現在アルンからシルフ領に向かっている途中である事が判明した。

なので、まずはシルフ領で合流しようと、チナツにメッセージを飛ばし、カタナもウンディーネ領を出て行った。

そして、ようやくシルフ領にたどり着き、チナツの元へと向かったその時……カタナは見てしまったのだ。

 

 

 

 

「わあ〜〜〜っ!!!! チナツゥ〜〜♪」

 

「うわあっ!!?」

 

「良かったぁ〜、また会えた〜♪」

 

「ス、ストレア?! 何でここに……?」

 

「チナツに会いに来たんだよ! ようやく出られたんだ〜☆」

 

「なっ…………!?」

 

 

 

 

チナツが……自分の旦那が、見ず知らずの若い女に抱きつかれているワンシーンを、その眼で捉えてしまった。

しかも、チナツはチナツで別段嫌がっている様子は無い。

ただ頬を赤くし、少し挙動不審な行動をとっているだけだ。しかし、カタナにはもう、どうもチナツが不倫をしているようにしか映らなかった。

 

 

 

「くっ……くふふふふふふふ…………っ!!!!」

 

「うっ……!?」

 

「ん? どうしたの、チナツ?」

 

「いや……今、殺気が……」

 

「へぇ?」

 

 

 

 

建物の陰に身を隠し、じっと見つめていたカタナ。

だが、自分でも思っていなかったのか、お店の看板を握っていた手に力が入り過ぎて、お店の看板がバキバキバキッ! 悲鳴をあげるような音を掻き鳴らす。

 

 

 

「っ! げぇっ!」

 

「ん? ああっ! カターーー」

 

「ふふっ……ふふふ……うっふふふふふふ……!!!!」

 

「まっ、待て待て待て!!!! カタナ、何か誤解して無いか?!」

 

「誤解? 何を? 私、まだ何も言ってないじゃ無い……」

 

「い、いや、それくらいわかるっての……」

 

 

 

そんだけ殺気を出していれば……。

あと、両手に槍を握っていればね……。

 

 

「まぁ、いいでしょう……とりあえず、話だけは聞いてあげるわ。ただし……」

 

「何でしょう……?」

 

「 “正座” 」

 

「…………え?」

 

「今すぐ正座をしなさいな……話はそれからよ」

 

 

 

正座って……ここ、街の中心部。

つまり、大勢の人がいる中で正座は……かなり目立つ。

だが、目の前に黒く笑っているカタナを見ると、チナツはすぐに正座した。

 

 

「うんうん……お利口な子は、お姉さん大好きよ?」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

「じゃあ、本題に入ろうか?」

 

「う、うん……」

 

「…………チナツ」

 

「はい?」

 

「何で私に目を合わさないのかしら?」

 

「えっ、いや、それは……」

 

 

 

目で既に殺されそうなので……。

なんて言えなかった。

 

 

 

「まぁいいわ……。ところで、そこの女は誰で、あなたとは一体どういう関係なのか、ある事ない事洗いざらい喋ってもらおうかしら?」

 

「いや、ない事喋っちゃダメじゃない?」

 

 

 

既に状況は詰んでいる。

ここはどうにかして穏便に事を進めたい……。

そうチナツが思っていた時だった。

 

 

 

 

「私とチナツの関係が知りたいの?」

 

「「…………」」

 

「そうだねぇ……一言で言うなら、“一晩中殺りあった仲” なのかな?」

 

「「…………」」

 

 

 

もちろん。

ストレアの言う殺りあったというのは、チナツの精神世界で、互いに剣を交えたという意味だ。

だが、そんな事を知らないカタナには、当然『殺りあった』という言葉が、『犯りあった』に聞こえた。

だから……。

 

 

 

「あっ、ははっ、はははっ…………」

 

「カタナ……」

 

「そっかそっか……とうとうやってしまったわけね……チナツ?」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

一睨みされただけで、全身が硬直した。

血の気が引いたように寒くなり、両手は震えている。

 

 

「そっか……浮気ぐらいなら許してやろうとしたけど……そっか……本気になっちゃったんなら、私もそれに応じた働きをしないとね?」

 

 

 

右手に握っていた長槍《蜻蛉切》が、振り上げられる。

 

 

 

「チナツ?」

 

「は、はい……!」

 

「死ね」

 

 

 

 

バアァァァァーーーーン!!!!

 

 

 

突如、シルフ領《スイルベーン》の中心で、途轍もない破裂音が響いた。

その爆音に、周りのプレイヤーたちの視線が一気に集まる。

彼らの視線先には、勢いよく振り下ろされた槍の穂先が、尻餅をついているチナツの目と鼻の先にある地面に食い込んでいる光景だった。

 

 

 

「あら〜、ごめんなさい……外しちゃった……」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

「次は当てるわ」

 

「っーーーー!!!!?」

 

 

 

 

言葉に出来ない恐怖が、チナツを襲っていた。

体が警鐘を鳴らす。

このままだと確実に殺されてしまう……と。

だから無意識のうちに、背中の羽を出現させ、チナツは《スイルベーン》の南……今回のクエストを受ける島へと飛んでいった。

 

 

 

「逃がすかぁーーーー!!!!」

 

「あー! ちょっと二人とも、待ってよぉ〜!」

 

 

 

 

途中、海水浴を楽しんでいる一団がいたため、水着へて装備を変え、その一団に潜り込んで、やり過ごそうかと思ったが、結局無駄に終わった。

なんせ、二人は結婚しているのだから、相手の位置なんてすぐにバレる。

せっかく海水浴を楽しんでいるプレイヤーたちに迷惑をかけられないと思い、再びチナツは海の上を飛び回る。

途中、魔法での攻撃や、槍が飛んできたりしたが、自身の持つ打刀《クサナギ》で弾いたり、躱したりして逃げ回った。

だが、結局のところで、《グングニル》を浴びる事になったのだから……。

 

 

 

 

「と……いうわけでして……」

 

「そうよね……まだ話は終わってないわよ」

 

「いや、だからあれはそう言うのじゃなくて!」

 

「いいからこっち来なさい」

 

「って、ええ?! な、何すんだよ!?」

 

「お黙り、このウジ虫」

 

「なんか今までで、一番ひどい言われよう……」

 

「黙ってついてくる……!」

 

「いてててっ!!!? 耳が取れる、取れる!」

 

 

 

 

妖精の象徴たる長い耳の端を引っ張りながら、カタナはチナツを森の方へと引っ張っていく。

当のストレアは、今だに仲良くユイとおしゃべりしている……まぁ、ほぼ二年以上会えなかったんだから、話したい気持ちはわかるが……。

 

 

 

(せめてなんか、弁解ぐらいしてくれよぉ〜!)

 

 

 

チナツの心の叫びもむなしく。

ズルズルと引っ張れていった。

その光景を目の当たりにした他のメンバーは、ポカーンとしていたが、キリトを含め四名が、チナツたちの後を追って、森の中へと入っていく。

 

 

 

「どこに行ったんだ?」

 

「あいつらって、いっつもあーだったの? キリト」

 

「まぁ、な。完全にカタナが尻に敷いてたからな……歳上だし、チナツはカタナには逆らえないって言ってたし……」

 

 

 

先行して歩いているのはキリトとスズ。

 

 

 

「師匠ですら手に負えん相手……大師匠と呼ぶべきか?」

 

「それは……どうなのだろうな?」

 

 

その後ろを、ラウラ、カグヤが後を追う。

そして、森に入って数秒後という早い段階で、四人はチナツとカタナの姿を捉えた。

だが、その光景は、助けてやったほうがいいのでは……?

と思えるような光景で、拘束魔法《アクア・バインド》で雁字搦めになってるチナツに対して、カタナが槍を突きつけていた。

 

 

 

「チナツ……わかってるわよね?」

 

「ちょっと待って! マジで待って! だから、ストレアの言った殺りあったは、あいつと戦ったって意味なんだよ!」

 

「戦った? どこで?」

 

「えっと、ほら、俺が臨海学校のとき、福音にやられて寝てただろう? その時、精神世界であの子にあったんだ……」

 

「…………」

 

「それで、新しい力が欲しいかって聞かれて、もちろん、俺は欲しいって言った。

そしたら、自分と戦って、勝つことが条件だって……」

 

 

 

正確には、その資格があるかを見せてもらう事だけだったが、もちろん、その資格を有していると、認めさせたからこそ、白式は《二次移行》を果たしたのだ。

 

 

 

「そう……なるほどね。それは理解したわ……でも、それとこれとは別問題よ」

 

「え、ええ〜〜」

 

「私にその事を黙っていたのは、凄く心外ね……傷ついたわ。胸が痛む」

 

「ご、ごめんなさい……。で、でも! 俺はストレアの事をそんな目で見てないから、確かに人懐っこそうなところは、カタナに似てはいるけど、全然そんな事ーーーー」

 

 

バァァァーーン!!!!」

 

 

 

「ひっ?!」

 

 

 

突如、自身の顔の横を槍が掠める。

縛り付けられている大木の幹に、深々と刺さった槍を握るカタナの拳が、プルプルと震えている。

 

 

 

「チナツ……あの子がなんですって?」

 

「あ、いや……」

 

 

 

弁解しよう……。

そう思ったが、遅かった。

槍を引き抜き、今度は穂先をチナツの右眼数センチの位置にまで近づけてた。

 

 

 

「な……!?」

 

「あの子がどうかしたの?」

 

「ぁ……!」

 

「チナツ」

 

 

 

少しでも動けば、確実に槍が目玉をえぐることになるだろう。

そんな状況で、チナツはただ恐怖のうめき声を上げるので精一杯だった。

 

 

 

「確かチナツって、傷の治りが異常に速かったわよね? なら、目玉の一つくらい逝っちゃってもいいわよね?」

 

「待て待て待て待てっ!!!? さ、流石に眼球はマズイ! 気になんてしてない! 親しいなんて思ってもみない!

俺は今後も、カタナ一筋だあああああーーーー!!!!」

 

 

 

 

カタナの瞳に業火の炎が灯っている。

嘘は許さない……そう言っているような目だ。

チナツは絶対に貫かれると思い、両目を力強く瞑って、迫ってくるであろう痛みを待ち構えた。

だが、いつまで経ってもそれがこない……。

それでつい目を開けると、目の前に豊満な双丘が広がっていた。

 

 

 

「あら、気持ちのいい事を言ってくれるじゃない」

 

「あ……ははっ……」

 

 

耳元でカタナの優しい声が聞こえた。

どうやら、信じてくれたようだった……そんな時、体から力が抜けていった。

いつの間にか《アクア・バインド》が消えており、大木に背中を預けるようにして、チナツは座り込んでいた。

 

 

「ごめんなさい。ちょっとだけ熱くなってしまったわ」

 

「どの辺が “ちょっと” なんだよ?」

 

「あら、もっと強いのがお好みだった?」

 

「いいえ、結構です。…………お前、このまま行ったらいつか絶対人を殺すぞ」

 

「そうね……なら、その時はチナツにするわ。チナツ以外は殺さない……約束するわ」

 

「そんな歪んだ愛情は嫌だ‼︎」

 

「なによ。でも考えてみなさい、チナツ。あなたが死んだ時には、必ず私が隣にいるってことになるのよ?

あなたの最後に映るのは、愛した人……中々ロマンチックじゃない」

 

「そうだな……殺した相手と同一人物じゃなきゃな……!」

 

「あらやだ、怒った?」

 

「別に……。ただ、俺はお前に殺されるのだけは嫌だ……誰にどんな方法で殺されようと、お前に殺されるよりかはずっとマシな気がする」

 

「はぁ? なにそれ、意味わかんないんですけど」

 

「はい?」

 

「冗談じゃないわよ。もしもあなたが誰かに殺されたとなれば、私はその相手を殺すわ。たとえ相手がどこにいようと、あらゆる手段を用いて居場所を突き止めて、数多の手段を持ってこれを殲滅するわ。

だから、あなたとのそんな約束は絶対に守らない……!」

 

「怖いよ……本気でやりそうで……」

 

「ええ、本気だもの」

 

 

 

目がマジだった。

でもまぁ、付き合うと決めたあの時から、彼女がこんな性格をしているのは知っていた。

それが、自分に対する愛情だと気付いた時は、少し複雑だったが、自然と嫌ではなかった。

 

 

 

「チナツ、いい? 私はあなたの特別な存在として立ち続けようとしている……どんな人間も、“絶対の愛情” なんてものは持っていないと、私は思うから……。

私はそれを知っている……簪ちゃんと……妹との間に、とんでもない溝を作っちゃったんだから……。

だからこそ、嫌なことをしても、迷惑をかけても、それでも、あなたにとって、私は特別な存在なのだと示しつけておきたいの……。

そして、私にとっても、あなたは特別なのよ? それは理解してくれないかしら……」

 

「…………当たり前だ。俺に取っても、お前は特別だよ。他の誰とも代用はできない。だから、俺もお前の特別になりたいと思っているよ……」

 

「そう……ならいいわ」

 

 

 

 

槍を納め、チナツに手を差し出すカタナ。

カタナの手を取り、チナツは思いっきり立ち上がった。

自然と二人は手をつなぎ、森の出口へと歩いていく。

 

 

 

「ところで、いつまで覗き見しているつもり?」

 

「「「「っ!!!?」」」」

 

「ほら、早く行かないと、ユイちゃんが待ちわびてるわよ?」

 

 

 

 

その後、二人とキリトたち四人は、再び浜辺へと戻り、今回のクエストの最終確認をするのであった。

 

 

 

 





多分次回か、その次くらいで終わるかな?
このペースだと。

その後は、前書きに書きましたが、IS編に戻って、学園祭をやろうかなと思います。


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第67話 Extra EditionXV



ようやくExtra Edition編終了ダァーーーー!


「よっしゃあ〜〜! 今度こそ出発だぜ〜!」

 

 

 

テンションを上げていくクラインの一言で、男性陣はその重い腰を動かした。

カタナからの説教を終えたチナツも、一旦ビーチチェアに座り込んで、しばしの休憩をした。

その間に、カタナとストレアの二人も、停戦協定を結んだ。

早々に和解まではいかなかったが、今回のクエスト中は、無事に遂行できるだろう。

 

 

 

「皆さーん! そろそろ出発しますよー!」

 

「はーい! 今行きますー!」

 

 

 

 

海で遊んでいた麗しの美少女たちに声をかけるクライン。

唯一、リズだけがクラインに疑いの目を向けていたのが気がかりだが……。

まぁ、それは置いておこう。

アスナが返事をして、みんなが海から上がってくる。

輝く海をバックに、色とりどりの水着が映える。滴り落ちる水と、濡れる髪や肌。

クラインのテンションはマックスになった。

だが、全員が一斉にウインドウを開き、ボタンを押した瞬間、全員の水着は跡形もなく消え去り、現れたのは、普段から着慣れている戦闘服になった。

 

 

 

「へっ?」

 

 

 

海の中に潜るに当たって、当然全員が水着姿だと思いますこんでいたクラインからしたら、テンションが急降下する事態だ。

 

 

 

「あ、あのぉ〜みなさん? クエスト中はずっとそのお装備で?」

 

「あったりまえでしょうー、戦闘に行くんだから。あんたも早く着替えなさいよぉ〜」

 

「…………あっ」

 

 

 

 

膝から崩れ落ちた。

しかも泣いている……。

 

 

 

「クライン、どんだけ期待していたのよ……」

 

「時折あの人の視線には、警戒してしまうな」

 

「口を開けば、キリトやチナツの愚痴だもんね」

 

「いい人物ではあるのだがな……下心丸見えでは、話にならん」

 

 

 

スズは呆れたように、カグヤは若干引き気味に、シノアは苦笑を交え、ラウラは辛辣にクラインに言葉を贈る。

ほんと、クラインには同情してしまう。

そんな中、今回のパーティーリーダーを務めるキリトから一言。

 

 

 

「みんな、今日は俺のお願いに付き合ってくれて、ありがとう。目標の大クジラが出てきた場合は、俺の指示に従ってください」

 

「「「「うん」」」」

 

「このお礼は、いつか精神的に……。そんじゃ、今日はいっちょ、頑張ろう!」

 

「「「「おおおっ!!!!」」」」

 

 

 

 

 

一致団結したところで、羽を広げ、みんなして空へと飛び立った。

たった一人、未だに泣き続けているクラインを置いていって……。

一同は、海上を悠々と飛行していき、雲の合間を切り抜け、目標座標に向かっていた。

背後に視線を移し、そこに映るALOの象徴とも呼ぶべき存在《世界樹》を確認する。

《世界樹》を中心に、山脈があり、九つの種族の領地があり、中立域の森があって、そして広大な海。

《世界樹》から最も遠い位置にいるはずなのに、その存在感は目に焼き付いている。

一度はあの樹の頂上を目指して、無茶ばかりしてきたと思うと、とても昔のように思えた。

 

 

 

「と、座標はこの辺りのはずだけど……」

 

 

 

いったん止まり、辺りを見渡してみる。

今回は海底にあるダンジョン……当然海の中なので、海面に何らかの目印があるはずだが……。

 

 

「お? あれじゃねぇーの?」

 

 

 

いつの間にか飛んできていたクラインが、ある方角を指差す。

そこには、エメラルドの光を放つポイントがあった。

キリトと無言で頷きあい、あれが今回の目的地だという事を確認した。

 

 

 

「それじゃあ、《ウォーター・ブレッシング》の魔法かけるね?」

 

「はいはーい! 私もかけるから、こっちに集合集合〜!」

 

 

 

アスナとカタナが、ともに右手を高く掲げた。

魔法の発動呪文を詠唱すると、詠唱された文字が、まるで魔法陣のように展開される。

詠唱をし終わると、パーティー全員に魔法の付加が行われた。

綺麗な光が全身を包み、自身のHPゲージの上に、小さなアイコンが表示される。

これで、魔法の付加は完了だ。

 

 

 

「よし……!」

 

「みんな、行こう……!」

 

 

 

先行してキリトとチナツが急降下していく。

それに続き、アスナたちも急降下していき、やがて大きな水柱を立てて、海中へと入っていった。

海に入ると、羽は自然と無くなり、あとは自力で泳いでいくのみ。

海中であるのに、自由に呼吸や会話ができる事に、少しの感動を覚えながら、一行はどんどん潜って行く。

そんな中、初めてプール以外の水に潜ったリーファ。

目を開けると、急に視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 

 

「んっ?! んんっ!!!」

 

 

 

魔法の効果によって、呼吸は問題ないはずだが、どうにも慣れていないようだ。

慌てて身動きしているところに、両手が誰かに引っ張られていく。

 

 

 

「リーファちゃん」

「リーファ」

 

 

左手をアスナが、右手をカグヤが握っていた。

ウンディーネとサラマンダーの少女たちに手を引かれて、シルフの少女はともに海底を目指す。

白い流麗なドレスと、緋く勇ましい羽織がリーファを導き、そして一行は、その目的地へとたどり着いた。

 

 

 

「ぉ……!」

 

「すごい……!」

 

 

 

視線の先にあったもの……それは大きな神殿であった。

もしも現実世界で、このような神殿が発見されていたのなら、間違いなくスクープになっていたかもしれない。隆起した地形にあわせて、建っているその神殿の近くに、円形の広場があり、そこからずっと、一本道が続いている。

 

 

 

「わぁー……すごいですね……!」

 

「ん、あそこに誰かいるわよ?」

 

 

 

シリカが驚き、リズは広場にいた誰かに向かって指をさす。

その指差す方角へ、全員の視線が集まった。

確かに、そこには白いローブのようなものを羽織った人型の何かがいた。

 

 

 

 

「ん? なんかが頭の上で光ってるぞ?」

 

「おおー! 本当だぁー。あれって多分……」

 

「クエストNPCみたいだな」

 

 

 

ラウラ、ストレア、エギルという異色コンビで一言ずつ述べる。

そんな雰囲気を、またしてもこの男が打ち砕く。

 

 

 

「海の中で困っている人とくれば、人魚と相場が決まってるぜ! マーメイドのお嬢さん! 今助けに行きますよぉ〜!」

 

 

 

相変わらずぶれないというかなんというか……。

 

 

 

「たく、クラインのやつ」

 

「まぁまぁ、いいんじゃないかな?」

 

「シノアは優しいな」

 

「え? そうかな?」

 

「いや、優しいよ……ほんと……」

 

「キリト、なんでそんな可哀想な目でクラインさんを見ながら言うのかな……」

 

 

 

ここにいる天使は、シノアだけだったようだ。

そうこうしている内に、クラインは広場にいるNPCの前に着地し、これぞ紳士……と言った感じで、膝をつき、右手を伸ばす。

 

 

 

「何かお困りですか? お嬢さ……んっ?!」

 

 

 

クラインが言葉に詰まっている。

よくよく見れば、そこにあっていたNPCは、ヨボヨボの老人だった。

 

 

 

「ぶはっ!?」

「お嬢さんじゃなくて、お爺さんでしたね」

 

「キュウ……」

 

「おお、ユイ上手いねぇー!」

 

 

 

仲睦まじい姉妹の会話を聞きながら、キリトは未だに固まっているクラインの横をすり抜けて、NPCに話しかける。

 

 

「どうしました、ご老人?」

 

 

キリトの話しかけに応じて、頭上にあった?マークが!マークへと変わる。

 

 

「おおっ、妖精たちよ……この老いぼれを、助けてくれるのかい?」

 

 

なんとも定番な語り出しから始まり、ようやく今回の目的を遂行できそうだ。

そんな時に、リーファがNPCを見て、何やら不思議そうに見ていた。

 

 

 

「どうしたの、リーファちゃん?」

 

「あ、いえ……なんか、あのお爺さんの名前……どこかで見たような気がして……」

 

「名前?」

 

 

リーファの言葉に、カグヤが老人の名前をみる。

名前は《Nerakk》となっていた。

 

 

「なんだ……あの名前? ネラッ……ク? いや、そんな名前聞いたことないぞ」

 

「うーん……私の勘違いかなぁ〜?」

 

 

 

そうこうしている間にも、老人の話は進んでいく。

 

 

 

「実は、古い友人に送る土産物を、この神殿を根城にしている盗賊たちに奪われてしまってのぉ……。

すまんが、わしの代わりに取ってきてはくれんかのぉ……?」

 

「わかりました。それで、土産物ってどんなの?」

 

「おおっ、そうかそうか! 引き受けてくれるか。土産物はこれくらいの大きさの真珠なんじゃ」

 

 

 

 

と、老人が表した大きさは、およそバスケットボールと同じくらいだと思う。

 

 

 

「デカッ!」

 

「ネコババして売りに出したりしたら、ダメですからね?」

 

「キュウ……」

 

「し、しないわよ……今回は」

 

(((今回は……?)))

 

 

 

商売人として、これは売りに出したほうが得だと直感したリズ。

しかし、そんなリズの心を読んでいたシリカとピナに、釘を刺された。

しかし、今回は……?

カグヤ達IS学園組が、一様に首をひねった。

その口ぶりだと、以前にもやったことがあるような感じだが……。

 

 

 

 

「ありがとう、妖精たちよ。無事取り戻してきたあかつきには、たっぷりと礼をするでのぉ」

 

 

これにてクエスト受諾。

ようやく始められる。

クエストの名前は……《深海の略奪者》だ。

 

 

「どうやら、探しもの系クエストみたいだけど、神殿内には、もちろんモンスターが現れるだろう。

前衛は、水中だと武器の振りが遅くなることに気をつけて。後衛は、雷属性の魔法が使えないことに注意」

 

「「「はい!」」」

 

「よし、それじゃあ行こうか……!」

 

 

 

 

そう言って、一同は神殿内に足を踏み入れた。

そんな中、やはりリーファだけが、老人の名前がおかしいと疑っているのか、ずっと疑心の目を向けていたのは、誰もわからなかった。

 

 

 

 

「うわおー! 凄い凄い!」

 

「おい、ストレア……あんまりはしゃぐなよ? モンスターに見つかっちまう」

 

「大丈夫だって! そんじょそこらのモンスター程度なら、私が倒してあげるから♪」

 

 

 

まるで幼い子供のように、冒険を楽しんでいるストレア。

今回はユイのための冒険なのだが、ある意味では、ストレアだって初体験なのだ。

まだ見ぬ世界へと足を踏み入れ、いろんなものを知っていく楽しみを、今まさに感じているのかもしれない。

そんな中、先頭を歩いていたキリトに、クラインが近づいて耳打ちする。

 

 

 

「おい、キリトよぉ。リーファちゃん、水中戦闘苦手なんだろう? もう少し気ぃ使ってやったほうが良くねぇか?」

 

 

クラインの言葉に、キリトは後ろでアスナ、カグヤと話しているリーファに視線を移す。

見た感じ、二人のおかげでリーファはとてもリラックスしているように思える。こういう所を素直にできない分、アスナには助かっている。

また最近では、カグヤともよくクエストを受けたりしている面もあるようで、カグヤにもリーファの事を任せてしまっている。

 

 

「うーん……コンビの時は良いんだけど、こうやってパーティー組んでる時、接し方に迷うんだよなぁ……」

 

「そんなの自然体で良いだろ……? 兄貴なんだから、もう少しちゃんと見てやんねぇとダメだぞう?」

 

「……でもな、最初に会った時、妹だって気づかなーーーおっ?!」

「………………うおっ!?」

 

 

会話が途切れた。

何故か?

それは二人が巨大な落とし穴に落ちたからである。

そして、落ちた落とし穴には、ある仕掛けがあったようで、まるで水洗トイレに回されているように吸い込まれる、

 

 

 

「「うおおおおおおおおおーーーーッ?!!!!」」

 

 

 

急いで浮上するために、超速泳ぎで、元の場所へと戻る。

 

 

 

「「プハッ!!!!」」

 

「ったく……見えてる落とし穴に、落ちる奴があるか……」

 

「ある意味凄いですよ、二人とも」

 

 

 

絶対にないだろうということを目の前で起こした二人には、エギルとチナツからの微妙な反応が待ち構えていた。

その後、エギルとチナツによって引き上げられるクラインとキリト。

その後ろでは、初心者だってやらないだろうということをやってのけた二人に対して、リズたちは呆れた表情で見ていた。

 

 

「これが元攻略組のトッププレイヤーとはねぇー……」

 

「大丈夫ですよ! 私はどんなキリトさんだって……!」

 

「ふんっ」

 

「あうっ」

 

 

さり気ない一言が多い、このシリカ嬢ちゃん。

そんなシリカには、リズの小突きは与えられた。

 

 

「まぁ、こんな事もあるでしょう……」

 

「そうだな。猿も木から落ちるというしな」

 

「だが、ここは戦場だぞ。気を抜いていては自滅する羽目になる」

 

「ま、まぁまぁ……とりあえず無事だったんだから良いんじゃない?」

 

「「あっははは……」」

 

「っ! パパ、後ろです!」

「チナツ! なんかいるよ!」

 

 

 

 

ユイとストレアの声に、その場にいた全員が身構える。

すると、先ほどの落とし穴から、巨大な何かが現れた。

 

 

 

「うおっ?! 出たか、クジラか?!」

 

「どう見ても違うだろう……戦闘用意!」

 

 

 

目の前に現れた、シーラカンスのようなモンスター。水中では圧倒的にこちらが不利だ。

軽快な動きでこちらにやってくるモンスターに対して、キリトが剣を振り、斬り裂こうとするも、硬い感触が剣から伝わってきて、モンスターにダメージはないようだ。

 

 

 

「くっ、頭にはダメージは通らない! 俺がタゲを取るから、みんなは側面から攻撃してくれ!」

 

「おっしゃあ!」

 

「任せろ!」

 

 

 

キリトがモンスターのヘイトを稼いでいる間、エギル、クラインらが側面の体を切り刻む。

 

 

 

「私たちも行こう!」

 

「はい!」

 

「俺たちも行くぞ! シノアはカタナと一緒に、魔法で援護を!」

 

「了解!」

 

 

 

続いて、リズ、シリカたちが攻撃に加わり、その後ろからチナツ、カグヤ、スズ、ラウラ、ストレアも参戦する。

 

 

 

「なら、私も……う、うわぁ?!」

 

 

 

リーファも参戦しようとするが、水中戦闘独特の浮遊感。

水の中にいるために起きる、体の抵抗感覚……そして、水の中が苦手なリーファ自身の問題を重ねると、とても素早く動くのが難しい。

現に、踏み込んだ足が、妙に浮ついて、踏み込みが甘くなる。

 

 

 

「リーファ! アスナと一緒に、魔法で援護頼む!」

 

「っ……!」

 

 

 

即座にキリトがリーファに指示をし、リーファもそれに従って、支援魔法を発動させ、みんなの動きをサポートする。

 

 

 

「サンキュー、リーファ! ええいっ!」

 

「てやあ!」

 

 

 

リズのメイスが食い込み、シリカの短剣が切り刻む。

 

 

「ええ〜い!」

 

「はあっ!」

 

「うりゃあー!」

 

「ふん!」

 

「はっ!」

 

 

 

 

続いて、ストレアの両手剣がモンスターの体を叩くように振り下ろされ、それにつづき、カグヤの一刀とスズの一撃が振るわれ、ラウラとチナツが的確にモンスターを攻撃していき、斬られていくモンスターも、苦しそうな声を上げる。

しかし、リーファ自身が、それでは納得できないでいた。

 

 

 

(せっかくアスナさんたちに手伝ってもらって、頑張ったのにーー!!!!)

 

 

このクエストのために、現実世界では猛特訓を積んだ。

現に、泳げるようにだってなったのだ。

だからこそ……

 

 

 

(お兄ちゃんたちと、みんなとどこまでも飛ぶって決めたのにーーッ!!!!)

 

 

 

兄と交わした約束。

二人で……いや、みんなでどこまで飛んでいくと、いろんな冒険をしようと……そう決めた。

だから……!

 

 

 

 

「っ!」

 

「リーファちゃん?!」

 

「大丈夫です! 今度こそーーッ!」

 

 

 

 

剣を抜いて、しっかりと地面をつかみ、踏み込んだ。

 

 

 

「やあああああっ!」

 

 

 

剣を振りかぶって、思いっきり上段斬りを決めるつもりだった。

だが、その目標であるモンスターが、いきなり動きを変えて、キリトの拘束から抜けると、素早く泳いで回避し、今度はぐるぐると高速で泳いで、超高速で回る竜巻を作り出した。

そして、地面から飛び、こちらへとやってくるリーファに対して、その竜巻をぶつける。

 

 

「う、うわあああっ!?」

 

 

 

竜巻に飲み込まれ、自身の得物まで落としてしまった。

しかも最悪なことに、投げ出されたところには、先ほどのキリトとクラインが落ちた落とし穴が……。

トラップが発動し、リーファを落とそうと引きずり込んでいく。

 

 

 

「リーファ!」

 

「っ!」

 

 

 

だが、絶望的なリーファの手を、握る者がいた。

桜色の髪を、自分と同じポニーテール姿のサラマンダーの少女。

 

 

 

「カグヤさん!」

 

「掴まれ、リーファ! 離すなよ!」

 

 

 

落ちる瞬間に、咄嗟にリーファの手を掴んで、自分の持つ刀。地面に突き刺して、どうにか耐えているようだったが、それを見逃すほどモンスターも優しくなかった。

 

 

 

「ちっ! 小癪な……!」

 

 

 

どうやら、もっと強い竜巻を作って、カグヤもろとも引き摺り込もうという算段らしい。

そして次第に、引き込まれる力が強くなりつつあり、このままでは、カグヤとリーファは、間違いなく飲み込まれてしまう。

だが、あまりの水圧に、キリトたちも身動きができないでいた。

 

 

 

「くそっ……!」

 

「キリトさん! リーファさんが……!」

 

 

 

どうにかして、二人を助けないと……。

そう思いながら、キリトは辺りを見回す。

 

 

 

「カグヤ! 踏ん張りなさいよ!」

 

「今助けに行くぞ!」

 

 

 

スズとラウラが、少しずつ近づいていこうとするが、あまり近づき過ぎると自分たちまで危うい状況になる。

 

 

 

「っ……ふっ!」

 

 

 

そんな時、キリトが自ら竜巻の中へと入っていった。

 

 

 

「キリトくーんっ!」

「キリトォォっ!」

 

 

 

 

キリトが飛び込んですぐに、チナツがゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「チナツ?」

 

「何するつもりなのよ、あんた?」

 

「あの竜巻を、一瞬だけでも止める……っ!」

 

「はぁ?! 無理でしょうよ!」

 

「いや、行ける!」

 

 

 

 

刀を鞘に納めて、しっかりと足を踏ん張る。

 

 

 

「………………」

 

 

 

じっと、荒れ狂う竜巻を睨みつける。

そして、竜巻の隙間から覗く、モンスターの目を見つけた瞬間、チナツが動いた。

 

 

 

「そこだッ!!!!!」

 

 

 

振り抜く一刀。

その斬撃が、水の波動となって、竜巻に迫る。

そして、そのまま竜巻を一瞬だけ斬り裂き、中で竜巻を作っていたモンスターに直撃する。

 

 

 

「キリトさんっ‼︎」

 

 

 

竜巻の中でバランスをとりながら、天井に足をつけ、思いっきり蹴った。

 

 

 

「はあああああああーーッ!!!!!」

 

 

 

一直線に飛び込んできたキリトの剣は、ものの見事にモンスターの背中を一刺し。

その瞬間、モンスターのHPが全損し、ポリゴン粒子となって、その場から消えて無くなった。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

その光景を、リーファはふと思い出した。

かつて、こんな光景を、一度見ていなかったか……と。

そう、あれはまだ、自分も兄も、小さかった時の事だ。

庭にある池を眺めていて、その池の水面を悠々と移動するアメンボを見ていた。

手を伸ばせば届く距離だと思い、直葉は手を伸ばした。

だが、思ったよりも距離が遠く、必死に手を伸ばし続けた……結果、足を踏み外して、池の中に落ちてしまった。

沈んでいく体……冷たい感覚が、小さい直葉の体を包み込んでいく。

そんな時だった。

沈んでいく自分の手を、誰かが握り、そのまま引き上げてくれたのだ。

 

 

 

「プハッ! けほっ、けほっ……! ううっ……」

 

 

 

涙目ながらに、掴んでいる手の主を見上げる。

そこには、必死な表情で直葉を見ていた兄・和人の姿があった。

 

 

 

 

 

「リーファ!」

 

「っ!」

 

「待ってろ、今引き上げる!」

 

 

 

 

 

カグヤの声が聞こえた。

必死に手を掴んで、引き上げようとしてくれている。

しかし、支えにしていた刀が、地面からするりと抜けてしまった。

リーファを引き上げるつもりが、カグヤもろとも引き摺り込まれてしまう。

 

 

 

「「うわあああああああーー!!!!」」

 

「スグッ!」

 

「箒ッ!」

 

 

 

その時、落ちる二人の腕を掴む者達がいた。

 

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

「一夏……!」

 

 

 

二人は必死に引き上げようとするが、またしても引き摺り込まれそうになる。

そこで、キリトをクラインとエギルが、チナツをスズとストレアが二人がかりで引き上げる。

そのおかげで、なんとか全員生還することができた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……お兄ちゃん……」

 

「ん?」

 

「また、助けてくれたね……ふふっ♪」

 

「ぁ……」

 

 

 

リーファの笑顔に、皆が明るい表情に戻った。

 

 

 

「ありがとう……助かった、一夏」

 

「なに、気にするなよ。助けるのは当然だろう?」

 

「っ……!」

 

 

 

一夏に助けられたのは、これで三度目だ。

優しく微笑みながら、こちらを見ている。

そんな顔を見るのは……小学生の頃以来だった……。

あの時と同じように、一夏は自分を救ってくれた。

 

 

 

 

「よし、全員無事だった事だし、さっさとこのクエストを片付けますか!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

キリトの掛け声に、みんなの気合いが再び入った。

その後もさまざまなトラップなどに出くわしたが、みんな冷静に対応した。

道中さまざまな水棲型モンスターに出会うも、キリトたちの連携を駆使すれば、なんの障害にもなりえなかった。

今度の戦闘からは、リーファも前衛で戦いに参加し、今まで以上に攻略が進んだ。

そして、とうとう奥の間へとたどり着き、クエストのキーアイテムである『大きな真珠』を手に入れた。

その後は、キリトが真珠を抱え、老人の元へと思ったが、帰りの道中には、ある事を思い出した。

 

 

 

「うへぇ〜……俺もう当分エビだのカニだのは見たくねぇ……」

 

「イカとタコもな……」

 

 

 

散々水棲型モンスターと戦ったため、今はどれも見たい気分ではなかった。

この中でも長齢なエギルとクラインは、揃って神殿の階段に腰を下ろした。

 

 

 

「しっかし、結局出てこなかったなぁ……クジラ」

 

 

 

そう、今になって思い出したが、今回の目的は、ユイにクジラを見せる事だ。

しかし、その肝心のクジラは、クエスト中には一切出てこなかったのだ。

 

 

 

「でも、ユイちゃんとっても楽しそうでしたよ?」

 

「私も楽しかったぁーー!」

 

 

 

シリカが笑顔でいい、その隣で、ストレアが両腕を上げて喜びをあらわにしていた。

 

 

「うむ……水中での戦闘という貴重な体験もできたしな」

 

「うん、そうだね……。僕も今回は魔法スキルを上げる事ができたし!」

 

 

 

相も変わらず仲良しなラウラとシノア。

この二人はいいコンビだ。

 

 

 

 

「お土産、取り返してきましたよ」

 

「おおっ! これぞ正しく……っ!」

 

 

 

キリトが老人に、目的の真珠を見せる。

老人NPCは、ようやく手元に戻ってきたと、歓喜の声を上げた。

 

 

 

「そういえば、あのおじいさんから真珠を盗んだ盗賊たちも出てきてなかったわよね?」

 

「そういえば……」

 

「あのカニとか魚たちの事だったのかもよー?」

 

「だが、奴らにそんな知性があるとは思えんが……」

 

 

 

リズの言葉に、リーファは思い出したかのようにつぶやいた。

スズの意見は一理あるが、だからと言って宝を欲するようには思えないと、カグヤが疑心を持った。

確かにおかしい……。

では、おじいさんのいう盗賊たちは一体どこに?

 

 

 

「ッ! キリトくん、待って!」

 

 

 

と、アスナが急に大声で叫び、キリトの元へと走っていく。

そして、キリトの持つ真珠を、強引に奪うと、それを宮殿を照らしている光に透かしてみた。

するとどうだろう……真珠の中に、まるでヘビのような生き物が蠢いているの見えた。

 

 

「これ、真珠じゃなくて卵よ‼︎」

 

「た、卵?!」

 

 

 

そこでようやく、キリトは気がついた。

おじいさんの言う盗賊たちの姿はなかった。

出てきたのは、まるで何かを守るために、侵入者たちを倒そうと現れた魚群たち。

つまり、《深海の略奪者》というクエストというのは……。

 

 

 

「《深海の略奪者》って……俺たちのことだったのか!?」

 

 

 

そうなれば、全てが納得いく。

 

 

 

「さぁ……それを早く渡すのだ……」

 

「「っ!?」」

 

 

 

先程までと違い、何やら目の前の老人の声色が変わったような気がする。

目的のものを目の前にした悪人のように、声のトーンが一段階下がった。

キリトは卵を持つアスナをかばうようにして立ち、すぐ後ろでは、何か嫌な気配を察知したのか、チナツが急いでこちらに向かってきていた。

 

 

「渡さぬというのであれば……仕方ないのぉ……っ!」

 

「「「っ?!」」」

 

 

 

 

老人の目が、怪しげな赤色に光る。

すると、ヒゲがニュルニュルと伸びていき、やがてそのヒゲが老人を包み込んでいく。

そして、そのヒゲから現れたのは、巨大な白いタコだった。

しかも、老人の名前が、まるでモノグラムのように入れ替わっていく。

元の名前が《Nerakk》だったのが、今は入れ替わって《Kraken》に。

 

 

 

「クラーケンっ!? 北欧神話に登場する海の魔物!」

 

「なんでこんなところに!」

 

 

 

リーファとシノアがともに驚愕の声を上げた。

《クラーケン》

古代から中世、近世と、多くの船乗りや漁師たちにその存在を知られている海の怪物だ。

どんな船をも一度掴めば離さず、たとえ帆に登ろうと、甲板に隠れようと、必ず船を沈め、海に落ちた船員たちを貪り食うと言われ、その時代の人々の間では、一度出た船が帰ってこなければ、それはクラーケンによって捕食されてしまったと信じられているほどだ。

 

 

 

 

「礼を言うぞ、妖精たちよ。我を拒む結界が張られた神殿からよくも『巫女の卵』を持ち出してくれたのぉ。

さぁ、それを我に捧げよーーーーッ!!!!!」

 

「お断りよ! この卵は、私たちの手でもう一度神殿に返します!」

 

 

 

 

アスナの言葉を皮切りに、全員が戦闘準備開始。

前衛職は武器を抜き放ち、後衛職は魔法詠唱を行う。

 

 

 

 

「愚かな羽虫どもよ! ならば、深海の藻屑となるがよいぃーーーーッ!」

 

 

 

クラーケンから放たれる触手による叩きつけ攻撃。

それを、一番パワーのあるエギル、クライン、ストレア、スズの四人が受け止める。

だが、思ってた以上の力が、四人の体を襲い、踏ん張るので精一杯だった。

そこに、リーファが支援魔法で援護し、四人の動きをサポートする。

シリカとシノアも魔法を詠唱し、キリトとチナツの剣に、付加魔法をかける。

キリトの剣には炎が吹き荒れ、チナツの刀には風が包み込む。

 

 

 

 

「せえええやあッ!」

「おおおおッ!」

 

 

 

付加魔法をもらった二人は、同時にクラーケンの触手を斬り裂いた。

だが、その傷跡から、ボコボコと泡が立ち込めると、瞬時に再生してしまった。

 

 

 

「なっ!?」

 

「嘘だろっ?!」

 

 

 

HPゲージを見ても、大したダメージを与えられてるとは思えなかった。

そして、多くの触手によるさらなる叩きつけ攻撃が、キリトとチナツの二人を襲う。

 

 

 

「キリト!」

「チナツ!」

 

 

 

そこにリズ、カグヤが飛び込んで、なんとか直撃を避けるが、あまりの威力に、広場の床が砕け散り、その衝撃によって、キリトたちも大ダメージを負ってしまった。

吹き飛ばされ、床に倒れこむキリトたち。

その後ろでも、触手を受け止めていたクラインたちが倒れていた。

HPがまだ残っているとはいえ、みんな危険値であることに変わりはない。

苦しげな表情で、クラインの姿を視認したキリトの耳元に降り立つユイ。

 

 

 

「パパ! あのタコさん、ステータスが高過ぎます! 新生アインクラッドのフロアボスを、遥かに凌ぎます!」

 

 

 

今ではALOの空を飛んでいるアインクラッドだが、そのレベルは、かつてのものよりも強力になっている。

ソードスキル、魔法……システム的にプレイヤーのバトルスタンスが向上したのと同じように、各階層のフロアボスもまた、かつてのアインクラッドのフロアボスよりも強くなっていて当然なのだが、目の前にいるクラーケンは、そんなボス達をも軽く超えているとユイは言っているのだ。

フロアボスでさえ、7×7の49人からなるフルレイドで挑まなければならないのに、こっちはたったの14人。

初めから圧倒的に不利なのだ。

そうこうしている内に、クラーケンが大きな口を開いた。

円形の筒状になっている口が、不気味な音を鳴らしながら、細かく振動していた。

そして、キリトたちを全員喰らい尽くさんと、勢いよくこちらへと向かってきた。

だが…………。

 

 

 

 

ザンッーーーー!

 

 

 

「ぬっ!? こ、この槍は……っ!」

 

 

 

クラーケンの目の前に突き刺さった、三又の巨槍。

それが、まるで結界になっているかのように、波紋を広げてクラーケンを寄り付かせない。

しかし、この槍は一体どこから飛んできたのか、全員が唖然としてみている中、キリトたちの後方より、大きな巨人が降り立った、

その頭の上に表示される名前は……《Leviathan》。

読み方は……《レヴィアタン》……その別名は、《リヴァイアサン》だ。

 

 

 

「久しいな古き友よ。相変わらず悪巧みがやめられないようだな」

 

「貴様こそ、いつまで《アース神族》の手先に甘んじているつもりだ……! 海の王の名が泣くぞ!」

 

「私は王という立場で満足しているのだよ。そしてここは私の庭……そうと知りつつ戦いを挑むか? 深淵の王……」

 

 

 

 

 

両者の言葉の掛け合いは、なんとも貫禄のあるものだった。

海の王《リヴァイアサン》の言葉に、クラーケンは一歩、また一歩と後ろに下がり始める。

 

 

 

 

「今は退くとしよう……だが友よぉ……儂は諦めんぞ! いつか『巫女の卵』を手に入れ、忌々しい神々に復讐するその時までぇーーーーッ!」

 

 

 

 

クラーケンはそれだけ言い残し、光の入らない暗闇の世界へと消えていった。

 

 

 

 

「その卵はいずれ全ての空と海を支配するお方の物。新たな御室に移さねばならぬゆえ、返してもらうぞ」

 

 

 

右手を伸ばし、掌が淡い緑色に光る。

すると、アスナの持っていた卵は、その光当てられて、一瞬にして消えてしまった。

そして、キリトたちの目の前に表示された《Congratulations!》の文字。

 

 

 

「って、これでクリアかよ……一体、何が何やら……」

 

「あたし、おっさんとタコの会話何一つ理解できなかったわよ?」

 

 

 

確かに、意外な結末を迎えてのクエストクリアだったため、どこか腑に落ちないところがたくさんある。

 

 

 

「今はそれで良い」

 

「「「「えっ?」」」」

 

「さて、そなた達の国まで送り返してやろう……妖精達よ」

 

「送るって……どうやって?」

 

 

 

まさか海の王直々で送ってくれるわけではないだろう……ならば、一体何がどうやって?

と、その疑問に答える者が……王の後ろからその巨体を現した。

 

 

 

「「「「おおおおおっ!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クオオオオオーーーーンッ!!!!!

 

 

 

 

 

ザパーンと海面を突き破り、その姿を表す世界最大級の哺乳類《クジラ》。

キリトたちはなんと、その背中に乗って、海から出てきた。

先頭では、ピナの上に乗ったユイが、大きく両手を広げて、その感動を小さな体で存分に感じていた。

 

 

 

「クジラさん、とってもとっても大きいです!」

 

「クアァ〜!」

 

 

 

賛同するように、ピナも鳴く。

そんな姿を、キリトとアスナ……両親は優しく微笑みながら、見ていた。

そんなキリトの両肩を、クラインとチナツが置いて、何も言わずに微笑んでいた。

アスナのところにも、カタナがやってきて、「よかったね」と一言。

これで一つ、ユイの夢を叶えることができたのだ。

そんな中、リーファとカグヤは、みんないる後ろの方でじっと、キリトとチナツを見ていた。

互いに、まだ諦めきれない気持ちが残っているのか、二人はそっと自分の胸に手を置いた。

だが、これで決心がついたのも確かだ。

これからは、違う形で、キリトとチナツと、関わり合えたらそれでいい……。

そういった、いろんな想いが交錯する今回のクエストは、無事終了という事で、幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、カグヤさん……ちょっといいかな?」

 

「ん? なんだ、リーファ。改まって……」

 

 

 

 

クエストな終わり、全員でイグシティにあるエギルの店で祝勝会をしていた時のことだった。

不意に二人っきりになってしまった、リーファとカグヤの二人。

そんな中、リーファが面と向かって、真剣な表情でカグヤを見ていた。

 

 

 

「あの……さ。こんなことを、仮想世界でいうのは、本当はどうかと思うんだけど……」

 

「ん? なんだ?」

 

「その、篠ノ之さんの事を、“箒” って呼んでもいいかな?」

 

「っ?!」

 

「ダ、ダメ……かな?」

 

 

 

そう言えばと、カグヤはこのクエストを始める前、現実世界であった時、自分はリーファの事を『桐ヶ谷』と呼び、リーファはカグヤのことを『篠ノ之さん』と呼んでいた。

 

 

 

「ダ、ダメではないが……いきなりどうしたんだ?」

 

「うん……なんかね、ずっと、私は篠ノ之さんと、友達になりたいなぁ〜って思っててね?

あの剣道大会の時、篠ノ之さんの強さに圧倒されて、負けちゃったんだけど、今なら、あの時の篠ノ之さんの気持ちが、少しわかったような気がするだ」

 

「…………」

 

 

かつて、二人は同じ土俵で、竹刀を合わせた。

しかし、その時の箒は、自分の境遇に苛立ち、圧倒的な力で他の者を打ちのめした。

その時に言われた一言が、『あなたの剣は、剣道の剣じゃない。ただの暴力だ』という物だった。

だから、自分が強いだなんて、本当は思ってなんていない。

むしろ弱いから、強さとはなんなのだろうと模索しているのだ。

 

 

「そ、その……桐ヶ谷。私は、強くなんか、ない。それは、私自身がわかっているんだ……お前も見ただろう? あの時の、私の剣を……」

 

「うん……」

 

「ならばわかったはずだ……私の剣は、まだまだ未熟な物なんだ。今の私の剣では、何も成せないし、もしかしたら、誰かを傷つけてしまう……それが桐ヶ谷、お前だったとしても……」

 

 

 

現に、先日の臨海学校では、その所為で一夏を危険にさらしてしまった。これがもし、リーファだったなら?

だから、友達だなんて……とても恐れ多い……。

 

 

 

 

「ふふっ……やっぱり、篠ノ之さんってかっこいいよね♪」

 

「は、はあっ?」

 

「だって、本当にかっこいいんだもん。あの時だって、たった一人で、憮然として立ってて、他の誰よりも落ち着いてて、凛として……。

私、その時の篠ノ之さんをみて、すぐに悟ったんだよ? 「この人は強いなぁ〜」って。そして実際に竹刀を合わせたら、本当に強かったんだもん。もっとこの人と戦ってみたい……なんて、思っちゃたりもしてね」

 

「桐ヶ谷…………」

 

「でも、篠ノ之さんはその後、どこに行ったかもわからなくなっちゃって……また会えたらいいなぁ〜って思ってた。

そしたら、こんなところで再会できたんだもん!」

 

 

 

 

興奮した様子で、リーファは両手で、カグヤの手を握った。

 

 

 

 

「ねぇ、篠ノ之さん。私と友達になろう! 私のことは直葉でいいから! そして、もう一度、私と剣道をしよう!」

 

「っ!」

 

 

 

 

剣道での繋がりは、一夏だけのものだと思っていた……だけど、こんなにも自分の事を見てくれていた人が、こんな近くにいたなんて……。

そう思うと、とても嬉しかった。

頬を赤らめて、俯くカグヤ。

 

 

 

 

「…………で、いい」

 

「え?」

 

「わ、私も……ほ、箒で、いい……す、直、葉……」

 

「っ〜〜〜〜! うん! これからよろしくね、箒ちゃん!」

 

「う、うむ……よ、よろしく頼む……直葉」

 

 

 

 

冒険の成功を祝う会場にて、麗しき剣道少女たちの絆が、改めて深まった瞬間だった……。

 

 

 

 

 






次回からは、ISサイドに戻り、学園祭を行います!


ではまた!
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第六章 スクール・フェスティバル
第68話 恋する☆舌下錠




今回から、学園祭に入ります!




夏休みが終わり、IS学園にも活気が戻ってきた。

今まで実家などに帰郷していた者たちも、朝から元気いっぱいに挨拶を交わす。

夏の残暑が未だに続いている中、今日は一年一組と二組の合同演習が行われた。

第一アリーナで今まさに戦っているIS使いが二人……。

白き装甲に紫の装甲を纏った《白式・熾天》と、第三世代型IS特有の特殊武装《衝撃砲》を搭載した機体《甲龍》。

つまり、一組のクラス代表である一夏と、二組のクラス代表である鈴の戦いであった。

 

 

 

「くっ! ちょこまかと!」

 

 

 

悪態をつきながら、鈴は自慢の衝撃砲《龍咆》を連射していた。

《龍咆》の特徴は、目に見えない空気を集め、砲身を作り、砲弾までもを形成して撃ち出すと言うもの。

しかも、それがどんな射角でも撃てるというものだ。

だが、そんな砲弾も、相手に狙いが絞り込めていないのであれば、全くもって意味をなさない。

 

 

 

「見えない砲弾で、この精密射撃……! やるな、鈴!」

 

「あったりまえよ! 今日こそあんたを倒して、昼ご馳走してもらうんだから‼︎」

 

 

 

二人はこの勝負が始まる前に、ある約束をしていた。

前半と後半で、二回戦う機会がある……その試合で負けたは方は、買った方に昼飯を奢るというものだ。

一夏もそれに乗り、今に至る。

 

 

 

「上等だ! けど、お前が負けたら、学食の和風御膳定食だからな!」

 

「なっ!? あれ結構するやつでしょう!?」

 

「おお! 一度食べてみたかったんだよ!」

 

「ふざけんな! そんなの自分で買って食え!」

 

「お前代表候補だろ! 定食の一つくらい奢れっての!」

 

 

 

なんとも子供の喧嘩のような感じになってきたが、その実……二人の戦闘はかなり白熱していた。

《二次移行》によって、ライトエフェクトを斬撃として飛ばす能力を身につけた一夏の白式。

今まで飛び道具はスキル頼りの飛刀くらいの物だったのだが、今はそんな動作を交えなくても、刀を振れば斬撃が飛ぶため、その分速攻性は高まった。

加えて、元々接近戦に強い一夏の技量が合わされば、向かう所敵なし……といった感じになる。

 

 

 

「だりやぁあああッーーーー!!!!」

 

「っ、くっ!」

 

 

 

すでに衝撃砲の対策はできている一夏。

鈴の視線からある程度の射線は読める。

そして、ここぞというときに撃つ瞬間も、長年付き添ってきた経験上、なんとなくわかってしまう。

それは鈴もわかっているため、衝撃砲での牽制はあまり効果を成さないと判断し、近接戦に持ち込む。

くるくると回し、遠心力を十分につけた一撃を、一夏の頭上から振り下ろす。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ!」

 

 

 

スピードでは白式に軍配が上がるが、パワー勝負になると、鈴の甲龍に軍配が上がる。

一夏も左手にも刀を持ち、二刀で鈴の一撃を受ける。

だが、その身にかかる重圧が、一夏の体を襲う。

すぐに鈴を引き離して、今度は一夏から攻め込む。

二刀になったことで、手数では圧倒的に一夏が有利になり、鈴は青龍刀で一夏の攻撃を受けるに入る姿勢に入った。

 

 

 

「あーもう! しぶとい!」

 

「当たり前だ。この勝負、俺が勝たせてもらうからな!」

 

「勝つのはあたしよ!」

 

 

 

今度は鈴の方から距離をとって、《龍咆》による近距離砲撃を行った。

それにより、一夏を引き剥がすことには成功したが、同時に、一瞬だけだ一夏を見失う羽目になった。

 

 

 

「しまっーーーー」

 

「もらったぜ!」

 

 

 

いつの間にか、自分の背後を取っていた一夏。

あまりにも早過ぎる……そう思ったが、今の白式の姿を見て、そのわけがわかった。

8枚の翼が、展開装甲としての能力を発揮し、通常の長さの二倍はあるエネルギーウイングを広げていた。

また、体の装甲に走る紅いライン。

この姿を、鈴は一度見ている。

白式の新たなる単一仕様能力《極光神威》だ。

その能力は、機体の超機動化……だ。

 

 

 

「やばっ!」

 

「逃がさないぜ!」

 

 

 

なんとか一夏に食らいついて行こうとする鈴だったが、時すでに遅し。

いつの間にか目の前まで迫っていた一夏の姿を、捉えるので精一杯だった。

 

 

 

 

「斬ッーーーー!!!!」

 

 

 

 

二刀から放たれた斬撃。

物の見事に甲龍のエネルギーを消滅させた。

つまり、この試合。

一夏の勝利に終わったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ〜〜っ! 次は絶対に勝つからね!」

 

「いいや、次に勝つのも俺だよ」

 

 

 

授業が終わり、時間は昼休みとなった。

食堂では、多くの生徒たちで賑わっていた。久しぶりの学食、一夏は約束通り、鈴の奢りで和風御膳定食を注文し、いつものメンバーで食事をしていた。

 

 

 

「んん〜、美味いなぁこれ!」

 

「美味そうだな……。この卵焼き、一つくれよ」

 

「もう、キリトくんったら……お行儀悪いよ」

 

「いいですよ……じゃあ、キリトさんのもうなんかくださいよ」

 

 

 

 

和人、明日奈もまた通常通りに学校に登校した。

まぁ、和人に至っては強制的なので、嫌とは言えないのであるが、明日奈はこの夏休みの間、家族からも何度となく話し合ったそうだ。

ISの言うもののことは、知っているが、当然危険に晒されることの方が多い。

ISはその技術から多くの物に流用され、今ではIS技術によって、生まれたものだってある。

だが、発表された当初ならまだしも、今現在では、ISは兵器としての役割が多いため、あまりいいイメージを持ってない人だっているのだ。

明日奈の両親は、その中の人たちだ。

ISの事は認めるが、だからと言って、自分の娘をわざわざ兵器を扱う学校に行かせた事を、少し後悔している節があったらしい。

それでも。明日奈は今のままでいいと、きっぱり言い切って、和人とともにこの道を歩む事を決めたのだ。

 

 

 

 

「それにしても、今朝からカタナちゃんの姿が見えないけど……チナツくんは知ってる?」

 

「えっと……確か、もう直ぐ学園祭があるらしいですからね。その準備が大変だって言ってました。

俺も書類のまとめくらいは手伝ってはいますけど、生徒会長ともなると、いろいろと大変なんでしょうね」

 

「そっかぁ……もう学園祭の時期なんだね……」

 

 

 

 

 

夏が過ぎ去り、次にやってくる秋の恒例行事。

学園祭……またの名を文化祭とも呼ばれる祭典は、大抵どの学校にもおる恒例行事だろう。

しかし、ここはIS学園……普通の学校と違い、ここは国際色豊かな学校だ。

そして、ISという貴重なものを扱うという点では、他の学校と類を見ない学園祭を行えると言っても過言ではないだろう。

 

 

 

 

「まぁ、明日その事に関して、全校集会があるからって言ってましたし……」

 

「そっかー。なんだか楽しみだなぁ〜、学園祭!」

 

「そうだなぁ……。俺、そういうのにあんまり積極的じゃなかったしな」

 

 

 

SAOに囚われていた二年間に、そのような祭典はなかった。

イベントやクエストで、祭りらしいものはほとんどなかったし、あったとしても、命がけで行わなければならないため、どのみち楽しめなかっただろう。

 

 

 

「まぁとにかく、明日になれば、詳細を聞けるでしょう……」

 

 

 

 

そう一夏が締めくくり、全員何時ものように穏やかな時間を過ごした。

明日から始まる学園祭の準備で、こんなにのんびり出来るのは、今日が最後だろう。

明日からが勝負なのだ……。

だが、その明日に、とんでもない発表がなされる事を……一夏と和人、そして、明日奈はする事になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなおはよう! こうやって、改めて壇上に立つのは初めてだし、挨拶するのも初めてだろうから、自己紹介をするわね?

私は更識 楯無。このIS学園で、生徒会長をやってる、あなたたち生徒の長よ。

今日は、待ちに待った学園祭の事に関する事について、発表したい事があるわ」

 

 

 

翌朝、全校集会が開かれ、体育館に集められたIS学園全生徒たち。

まずは刀奈が、生徒会長としての挨拶から入り、次に、文化祭についての話に入った。

 

 

 

 

「来週から学園祭が始まるのだけれど、今年は少しルールを変更しようと思います。

と言っても、恥ずかしながら、私も一年生……この学園の学園祭が、どういったものだったのかは、書面に残っているものしか見ていないため、実際に目にしたわけではありません。

しかし! 今年は例年と違う部分が、わかりやすく存在します! それは、一年一組に在籍する、織斑 一夏くんと、桐ヶ谷 和人くんの存在です!」

 

 

 

その言葉と同時に、刀奈の後ろにあったスクリーンに、デカデカと一夏と和人の顔が現れた。

 

 

「「っ?!」」

 

「例年では、各クラス、各部活ごとに、ポイントを競い、その上位のクラスと部活には、予算や特典などが贈呈されていました……。

もちろん、今年の学園祭でも、そういったことは致しますが、今年はそれにプラス! 各部活で、一位になった部活は、この男子生徒2名を! 一ヶ月間仮入部させる事とします!!!!」

 

 

 

 

元気よく、高らかに宣言した刀奈の言葉に、生徒たちは黙り込んでしまった。

静寂が包み込んで……周りを支配していたが、その支配は簡単に破られる事となる。

 

 

 

ええええええええええええええええええッーーーーーーーー!!!!!!!!

 

 

 

会場全体が、うら若き乙女たちの絶叫で響き渡った。

当然、明日奈も目を大きく見開き、刀奈は一体何を言っているのだろうという感じで見ていた。

一夏、和人に至っては、ただただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

 

 

「それじゃあ、詳細は各クラスのクラス長にデータを送っておくので、みんな、頑張って準備してね♪」

 

 

 

なんともあざといウインクを混ぜながら、刀奈は壇上を降りた。

だが、こんな事を気にしている者たちなど、今ここにはいない。

 

 

 

「やった! やったわよ! ついにあの二人をゲットできる時がぁーーーー‼︎」

 

「早速会議を開くわ! 部員は即時部室に集合‼︎」

 

「秋季大会? いいわよそんなの! それより男子よ! 全員、全力で頭を回しなさい! どの部活にも負けない出し物を考えるわよ!」

 

 

 

何も言えないまま、二人は教室に帰る事となった。

そして、休み時間になり、一夏、和人、明日奈の3人は、急いで刀奈のいる生徒会室へと向かった。

 

 

 

「おい、カタナ! あれはどういう事なんだよ!?」

 

「俺たち、なんも聞いてないぞ!?」

 

「カタナちゃん!」

 

「まぁまぁ、三人とも、落ち着いて……」

 

 

 

三人からの追求は絶対に来ると思っていたのだろう。

苦笑いを浮かべながら、刀奈は三人をソファーに座らせた。

 

 

 

「虚ちゃん、紅茶をお願いしてもいい?」

 

「はい、かしこまりました」

 

 

 

 

虚に紅茶を入れてもらい、改めて三人と向き合った刀奈。

 

 

 

「さて、事の顛末を話すとしましょう。えっと、ズバリ言うと、全校生徒からの苦情が来ているからです」

 

「「「…………はい?」」」

 

 

 

苦情……いったい自分たちが何をしたというのか……。

そんな風に首をひねっていると、刀奈が右手の指でパチンッ!とクリップする。

すると、生徒会室の奥から、何やら大きな段ボール箱三つに、大量の書類などが詰め込まれ物を台車で運び込んできたのほほんさんが現れた。

 

 

「あれ? のほほんさん……」

 

「おお〜〜おりむー! それにきーりーに、あーさん!」

 

「おりむー……は俺か」

 

「き、きーりー?」

 

「あーさんは……私?」

 

 

 

 

妙なあだ名をつけられたものだ思いながらも、三人はのほほんさんが持ってきたその書類の量に驚いた。

 

 

「カ、カタナちゃん……もしかしてだけど……これ、全部?」

 

「ええ、その通りよ」

 

「俺たちがなんかしたのか?」

 

「普通に生活していただけだと思うんだが……」

 

 

 

もちろん、三人にはそんな自覚はない。むしろ、こちらには刀奈だって入っていてもおかしくはないのだから……。

だが、刀奈が一枚……また一枚と書類を取っていき、それを見て、朗読してくれた。

 

 

「えっと、『会長と織斑くんの仲は知っているけど、あまり目の前でイチャイチャされると、なんだかむかつく』」

 

「え……」

 

「『明日奈さん、もう少し桐ヶ谷くんと離れてくれてもいいのでは?』」

 

「え、ええっ?! 私も?」

 

「『桐ヶ谷くん! 私だって美味しいご飯作れるんだよ?』」

 

「あ〜……前にアスナの弁当が美味しいって言ったからか……」

 

「『織斑くん! 私たちにもマッサージをして!』」

 

「俺なんかがしていいものなのかね?」

 

「などなど、これに類似した苦情が1,000件を軽く超えちゃってね。生徒会としては、これだけの苦情をいつまでも放置するわけにもいかないと判断しました。

なので、キリトとチナツには、今度の学園祭で、懸賞となってもらい、少しでも他の学園生たちと触れ合ってもらおうという事になったわ」

 

「それで一ヶ月間の仮入部か……」

 

「でも、俺たちはマネージャーとかいう柄じゃないだろう……」

 

「大丈夫よ、別にマネージャーだけが仕事じゃないわ。雑用をしたり、少し練習相手に付き合ったり、そんなんでもいいのよ。

なんせ、彼女たちの目的は、あなたたち二人を独占する事なんだから」

 

「ええっ!? それはダメだよ! キリトくん! 絶対にダメだからね?!」

 

「い、いや、俺に言われても……」

 

「だから、今回の学園祭にも、我々生徒会が参加します」

 

「「「え?」」」

 

 

 

 

ポンっ、と刀奈は手を合わせ何かを確信しているように微笑む。

 

 

 

「私たち生徒会も、ある種の催し物をするわ。その結果で、どこの部活にも勝てればいいわけでしょ?」

 

「そう簡単にいうけど、大丈夫なのか?」

 

「ふふっ、我に策有りってね」

 

 

ニコニコと笑う刀奈だったが、まぁ、やると決めた時の刀奈に、何を言っても無駄なのは、一夏たちもわかっている。

ならば、彼女に任せてみるのが一番だろう……。

 

 

 

「わかった。それはカタナに任せるよ」

 

「はいはーい! 任されましたぁ〜♪」

 

 

 

 

元気のいい返事がもらえたところで、虚の入れてきた紅茶が到着。

少しのお茶会を開いたら、授業に入らないといけないため、四人は一組の教室へと向かった。

 

 

 

「それで、催し物は何にするんだ?」

 

「そうねぇ……折角だし、二人に出てもらうのが一番いいかな?」

 

「えっ? 俺たち?」

 

「うん……今考えているのは、二人を主人公にしたお芝居をして、みんなの集客を煽る……。

まぁ、間違いなく我ら生徒会が取れるわね♪」

 

 

 

 

中々に計算高いところがある。

流石は暗部の家系と当主であり、血盟騎士団隠密部隊隊長にして騎士団副団長。

と、三人が関心をしていた時だった……。

いきなり中庭側の窓ガラスが割れ、割れた破片が飛び散る。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

「アスナ!」

 

「カタナ!」

 

 

突如として起こったハプニング。

とっさに和人と一夏が、明日奈と刀奈をかばうように体を覆い隠す。

 

 

 

「な、なんだっ?!」

 

「これは……!」

 

 

 

一夏があるものを拾い上げ、和人たちにも見えるように出す。

 

 

 

「それは……矢か?」

 

「みたいですね……俺たちから気配を感知されない場所で、窓ガラスを割るほどの力強さ……射角……」

 

 

 

矢が飛んできて、廊下の壁にぶち当たり、傷が付いている事からある程度の角度はわかるし、窓を破壊するほどの力だ……距離が近いか、それとも弓を引く腕力が強いか……。

 

 

 

「いたわ……あそこね……」

 

 

 

刀奈が指差すその先には、隣の校舎の二階から、まっすぐこちらを直視、次の弓に矢を番えている弓道の道着を着ている生徒がいた。

 

 

 

「なっ、まだ射るつもりなのかよ……!」

 

「たぶん、狙いは私ね……」

 

「えっ? なんでだ?」

 

「私が生徒会長だからよ……前に言ったでしょう? この学園で生徒会長になる手っ取り早い方法……」

 

「生徒会長である者を倒した者が、新しい生徒会長になるって、あれか?」

 

「うん、そうよ……」

 

「だけど、そう言って決闘を挑んできた人なんていなかったじゃないか……」

 

 

 

刀奈が生徒会長に就任した時から今まで、誰一人として決闘を挑んできた者なんていなかった。

その理由の一つとしては、刀奈の圧倒的な強さだ。

入学する前に決闘を申し込んで、速攻でケリをつけた。

その圧倒的強さと、現役の国家代表生としての名が通っているためか、挑もうと思うものはいなかったはずだ……。

 

 

 

「でもほら、今回の学園祭で、私が二人の所有権を一ヶ月だけ譲るって言ったでしょう?

だから、その生徒会長である私を倒して、自分たちが生徒会長になって、生徒会長権限を奪おうって算段でしょう……ほら、まだ来るわよ……」

 

「はっ!?」

 

 

突如、前後を二人の生徒に防がれた。

一組の教室がある方向からは、両手にグローブをつけたボクシング部の生徒。そして、刀奈たちの後方からは、剣道の道着に、竹刀を正眼に構えた剣道部の生徒が立っていた。

 

 

 

「おいおい……確かこの二人……」

 

「ええ……ボクシング部、および剣道部のエースと謳われている先輩方よ」

 

 

 

一夏も一度顔を見ているため、すぐに何者なのかはわかった。

まさか、エース級の二人がこんな行動に出てくるとは……。

 

 

 

「っていうか、窓の外にいる弓道部の人も、確か部長さんだったような……」

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

明日奈が指差す先、一番最初に弓を射ってきた弓道部の生徒の顔を確認する。

まじまじと見られて、少し恥ずかしがっているようだが、間違いなく弓道部部長さんだ。

 

 

 

「会長ッ!」

 

「お覚悟ッ!」

 

「……ふーん……いい踏み込みね……。でも、甘いわよーーーー!!!!」

 

 

 

向かってくる二人の攻撃を、的確に読み取って躱していく。

強烈なジャブも、高速の斬撃も、体をわずかに動かすだけで、刀奈は躱していく。

 

 

 

「喰らえ‼︎ ウルトラボロパンチッ!!!!!」

 

 

 

左のフック気味で放たれた拳を、刀奈は軽く右手を添えるように伸ばし、体をまるで回れ右をしたかのように回転させ、パンチの勢いをそのまま利用し、そのまま腕を掴んで一本背負いを決めた。

 

 

「のわあぁぁぁ!!!!?」

 

「おのれ! ならば!」

 

 

 

 

投げ飛ばされたボクシング生徒は、剣道部員の横を通り過ぎ、そのまま掃除用具のロッカーの中へとすっぽりと入ってしまい、それを見た剣道部員が、今度は刀奈に斬り込んできた。

 

 

 

「やああああーーーー!!!!」

 

「おっと!」

 

「なっ?! お、織斑くん!」

 

 

 

両手をクロスさせ、剣道部員の上段から打ち込みを受け止めた一夏。

力が全力で伝わる前に、一歩前に出て受け止めたこともあり、大したダメージは負っていなかった。

 

 

「織斑くん、どうして?!」

 

「すいません、先輩……でも、彼女が襲われて、いい気分じゃないのだけは確かなんで!」

 

「あっ!」

 

 

てこの原理を使い、剣道部員から竹刀を奪うと、それを逆手に持って柄頭で剣道部員の腹を強打する。

 

 

 

「ぐっ……!? ぁ……」

 

「よっと……」

 

「あらら……良かったの? 女の子にそんなことをして」

 

「正直気が引けたけど、カタナがやられるよりはマシだよ」

 

「ふふっ、ありがと♪ さて、最後の一人を片付けますか……」

 

 

腹を強打され、その場で気を失った剣道部員を、危険地帯から逃がすため、一夏は剣道部員を抱きかかえて、少し離れた場所に連れて行く。

その間、刀奈が一夏から竹刀を受け取り、未だに窓の外から狙いを定めている弓道部部長と、正面から向かい合う。

 

 

 

「さぁ、来なさい!」

 

「っ! 喰らいなさい!」

 

 

放たれた一本の矢。

それは真っ直ぐな軌道のまま、刀奈の体を目指して飛んできた。だが、突如として、その矢は弾かれる。

刀奈が竹刀で、飛んでくる矢を打ち落としたのだ。

 

 

 

「っ?! そんな芸当、いつまで続くかしら!」

 

「何度でも‼︎」

 

 

 

続く二の矢、三の矢と、正確に矢を射る弓道部部長。

だが、その矢をことごとく打ち落す刀奈。

もはやこれはイタチごっこだ。

 

 

 

「ぬうっ! は……っ、しまった、矢が!?」

 

 

 

刀奈を射る事に夢中で、矢が尽きてしまった。

そんな隙を見逃すほど、刀奈も甘くはない。

 

 

 

「いっけぇええっ!!!! 《グングニル》ッ!!!!!」

 

「なっ!? ぎゃふっ!!!!?」

 

 

 

 

竹刀の刀身を持ったかと思うと、それを槍投げのように投擲する。

すると、投げた竹刀は一直線に弓道部部長の眉間にぶち当たり、弓道部部長はそのまま後ろに倒れてしまい、起き上がってこないところを見ると、どうやら気絶したみたいだ。

 

 

 

「フゥ〜、一件落着!」

 

「もおぉー、一件落着じゃないよー!」

 

 

やり切った感を出し、刀奈が額の汗を拭う。

だが、こんな日常に全く出くわしたことの無い明日奈からしてみれば、異常事態にも等しい。

 

 

 

「やんっ、アスナちゃんが怒った〜」

 

「そ、そりゃあ……なぁ……。とりあえず、ここの二人と、向こうで伸びてる部長さんたちを保健室に連れて行きますか……」

 

「ああ……そうだな」

 

 

 

 

和人はボクシング生徒を、一夏が剣道部員を抱えて、保健室に連れて行き、刀奈と明日奈の二人で、弓道部部長を抱えて、同じように保健室に連れて行った。

後日、ことの顛末を知った千冬に、三人は大目玉を喰らい、反省文30枚と、千冬が用意したそれぞれの地獄の特訓メニューが課せられることになったのは、言うまでも無いだろう……。

その後、四人はなんとか授業に間に合うことができた……。

そして、まず最初の時間……それは一組の出し物について。

そこでクラス委員長である一夏が、何をするのかクラスの全員にアンケートを取ってみたのだが……。

 

 

 

『織桐のホストクラブ!』

『織桐と王様ゲーム!』

『織桐とポッキーゲーム!』

 

 

などなど……。

 

 

 

 

「えー……全部却下」

 

「「「「えええええーーーー!」」」」

 

「アホか……誰が嬉しんだよ、こんなの」

 

「私は嬉しいわね、断言する!」

 

 

 

そういったのは谷本さん。

 

 

「はあっ?!」

 

「そうそう! せっかくなんだしさぁー」

 

 

と言ったのは、鏡さん。

 

 

「いやいやいやいや……!」

 

「織桐は一組の共有財産である‼︎」

 

「「「そうよ、そうよぉ〜!!!!」」」

 

「うぐっ……!」

 

 

 

岸原さんの言葉に、クラス中が賛同する。

これでは多勢に無勢……。いくらクラス委員長とはいえ、さすがに勝てないだろう。

 

 

「おーい、委員長? 頼むぜぇ、俺たちの未来はお前にかかってんだぞ?」

 

「他人事みたいに言わないでくださいよ、キリトさん!?」

 

 

 

 

男同士で、どうにか対策を練りたいところだったが、今回の話し合いに対して、刀奈と明日奈の二人からの助言は禁止された。

理由は、どうせ二人は一夏と和人の保護に回るような言動を取るから……だそうだ。

 

 

 

「山田先生……こういうのは、えっと、ダメですよね?」

 

「ええっ?! 私に振るんですか?!」

 

「いや、教師でしょう!?」

 

「ううっ……そ、そうですね……」

 

 

 

ちなみに、今現在一組の教室に千冬はいない。

ホームルームが終わるなり、「私がいては話し合えないだろう……」と言って、そそくさと教室を出て行った。

確かにそうかもね……ほんと、気の利く優しいお姉さんだ……。

うん、ほんとだよ?

と、話は戻って、今ここにいるのは、副担任である山田先生ただ一人。

だがこの先生も、どうにも押しに弱いというかなんというか、度々頬を赤らめながら、変な妄想へと陥る。

そして、今現在もそう。

長らく考えたかと思うと、急に頬を朱に染めながら……

 

 

 

「ポッキーなんか……いいと思いますよ……?」

 

「ごめんなさい、聞いた人を間違えました」

 

「えっ、うえっ?! お、織斑くん?!」

 

「さてみんな、もう一度考えてくれ」

 

「織斑くーーーんッ!!!!!」

 

 

 

ポカポカと一夏の背中を叩く真耶。

まるでいいように操られている子供のようだ。

 

 

 

「じゃあ、何がいいんだろう……」

 

「織桐とツイスターゲーム‼︎」

 

「もう一考お願いします……」

 

「織桐とおしくらまんじゅう!」

 

「もう一考しろ!」

 

 

 

 

なんやかんやで話し合いは続き、色々と案は出たものの、一夏と和人の気持ち次第で合否が決まるため、中々決まらない。

 

 

 

「えっと、その……もっとまともな意見をだな……」

 

「メイド喫茶はどうだろうか」

 

「え……?」

 

 

 

 

誰かがそう言った……。

その声の主の方へ、一組全員の視線が集まる。

なんと、発言をしたのは、ラウラだったのだ。

 

 

 

「メイド喫茶……飲食店ならば、経費の回収を賄えると思うのだが、どうだろう……師匠?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

あまりの意外性に、声が出ない。

それは、他の子達も同じなのか、全員がポカーンと口を開けて聞いていた。

 

 

「いいじゃないかな? 一夏や和人には、執事として接客して貰えば、絶対にお客さんが来ると思うし!」

 

「「ええっ?!」」

 

「それに! 明日奈さんに厨房に入って貰えば、料理の面でも絶対的な効果がありそうだし!」

 

「うーん……まぁ、私はそれでもいいけど……」

 

「みんなはどう?」

 

 

 

 

シャルの思わぬ援護射撃によって、クラスの女子が活気に満ち溢れた。

 

 

 

「いいじゃん! さすがシャルロット!」

 

「織斑くんと桐ヶ谷くんの執事姿よ! いいわ、実にいい!」

 

「料理上手な明日奈さんも入れれば、一組優勝間違いなしね!」

 

「じゃあ、一組はご奉仕喫茶という事でいいですかー?」

 

「「「「賛成ぇぇぇぇッ!!!!!」」」」

 

「あ……えっと、ちょっと……!」

 

 

 

 

 

鷹月さんによって締めくくられた。

もう一夏が何を言っても、この集団は止まりはしないだろう……。

一夏は黙って和人の方へと向き直り、両手を合わせて頭を下げた。

 

 

 

ーーーーすみません……もう無理です。

 

ーーーーいや、よくやったよ……お前。

 

 

 

この中で唯一と言えるほどの相棒同士……恥ずかしいイベントにならずに済んで、まぁ、良かったと思っている。

 

 

 

「鷹月さん……」

 

「ん? なに、織斑くん」

 

「えっと、鷹月さんが、委員長やる?」

 

「えっ? い、いやぁ〜、そこは織斑くんじゃなきゃダメだと思うよ?」

 

「どうしても……ですかねぇ……?」

 

「うんうん! 織斑くんと桐ヶ谷くんは、この一組の顔なんだから! ねぇ、みんな?」

 

「「「「そう、そう!」」」」

 

 

 

 

流石は女子高生だ。

そう思わざるをえない。

 

 

 

 

「あっ、じゃあ、メイド喫茶なんだから、メイド服を調達しないと!」

 

「そうだね。私、演劇部の先輩たちに相談して、貸してもらえるか聞いてくるね!」

 

「なんだったら、私、縫えるよ?」

 

「メイド服ならアテがある。そこに聞いてみるとしよう……」

 

 

 

またしてもそう言ったのはラウラだった。

今までそんな物に興味すら抱いていなかった彼女が、一体どういう経緯でそんな事を言えるようになったのか……。

流石に今度は恥ずかしくなったのか、ラウラは頬を赤くして、咳払いを一回すると、シャルロットに視線を向ける。

 

 

 

「あー、えっと……シャルロットがな」

 

「ええっ?!」

 

 

 

いきなり振られた為、驚きながら、シャルロットはラウラに耳打ちする。

 

 

「ラウラ、もしかして、この間の?」

 

「ああ……向こうとて、こちらに借りがあるんだ……嫌とは言うまい」

 

「それはそうだけど、なんで僕に言うのさ……」

 

「私よりもお前の方が向いているだろう……」

 

 

 

僅かな時間、二人でコソコソと話しあって、シャルロットだけがこちらを振り向く。

 

 

 

「一応、聞いてはみるけど……あの、もし無理だったとしても、怒らないでね?」

 

「「「「怒りませんとも!」」」」

 

 

 

これまた綺麗にハモった。

こうして、一組の出し物は、コスプレご奉仕喫茶となった。

一夏は書類に、その事を記入し、早速教室を出て、千冬のいる教員室へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、一組の出し物は『ご奉仕喫茶』になりました」

 

「ほう? また随分と無難なものを選んだものだな」

 

 

 

教員室の一角に、千冬のデスクは存在する。

ここIS学園は、国際色豊かだと言われているが、それは生徒に限った話ではない。

教員もまた、外国人の教員が多数いる。

しかもその中には、元国家代表候補や、代表クラスの教員だっているくらいだ。

 

 

 

「と、言いたいところだが、これを発案したのは誰だ? 谷本か? リアーデか? あそこら辺の連中は、こういう時に馬鹿騒ぎをしたい連中ばっかりだからな」

 

 

 

 

流石は担任。

生徒の事をよく見ていらっしゃる。

だが、そんな千冬でも、今回のことについては予想していなかったようだ。

 

 

 

「いや、それがですね……発案者は、ラウラなんです」

 

「………………」

 

 

 

千冬が呆然と一夏の顔を見た。

予想外の答えを聞いたというような顔をしている。

すると、今度はその顔を崩し、「ぷっ」と笑うと、我慢しきれなかったのか、大声で笑いだした。

 

 

 

「アッハハハハッ! なるほどなるほど……そうかそうか。しかし、あいつがご奉仕喫茶? 変われば変わるものだな……!」

 

「ははっ……やっぱり、意外でした?」

 

「ああ……私はあいつと付き合いも長いし、あいつの昔を知っているからな……想像すらしていなかったよ……しかし……ぷっ、くっふふふふふふっ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

今度は、腹と口を押さえながら笑っている。

そんな様子を、周りの先生方が見て、驚いていた。

なんせ、普段から千冬がこんなに笑っているところなんて、絶対に見られながらだ。

いつも毅然としてて、凛々しい姿の千冬だからこそ、意外性抜群なのだろう。

だが、そう言った視線に気づいた千冬は、すぐに咳払いをして、いつもの千冬に戻る。

 

 

 

「さて、報告は受け取った。この書類を渡しておくから、ここに必要になる機材などを記入して、期限までには提出しろよ?」

 

「はい」

 

 

 

そう言って、一夏は千冬から複数枚の書類を受け取り、教員室を後にしようとした。

 

 

 

「織斑」

 

「はい?」

 

「学園祭には、各学生一人ずつ学園に招待してもいいことになっている。

無論、ここは機密事項の多い学園だからな、それなりの制約はある。しかし、それを守るというのであれば、学園祭に招待しても構わんからな。

あとはお前の好きな相手を選んで決めろ」

 

「あ……、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

一夏はそう言って、職員室を出て行った。

 

 

 

「誰を誘おうかな?」

 

 

 

一夏はそう考えながら、ある程度の目星はつけていた。

和人、明日奈、刀奈……三人の協力が必要になるが、もっとも三人は快く承諾してくれるだろう。

そう信じて、一夏は一組の教室に戻ったのだった。

 

 

 






次回は、いよいよ学園祭スタート!
その後は演劇と、亡国機業襲来と行きます。


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第69話 学園祭



とうとう学園祭の開始です!





「いらっしゃいませ!」

 

 

 

一年一組の教室は、とても活気付いていた。

そんな中、メイド服に着替えたシャルが、にっこりと満面の笑みを浮かべ、入っていた生徒兼お客様に挨拶をする。

今日は待ちに待った学園祭。

長い長い準備期間を終えて、ようやくこの日を迎えた。

準備期間中は、各部活動も活動がほとんど停止していた。

理由はただ一つ。

一夏と和人の獲得による青春謳歌パラダイスを迎えるためだ。

どの部活動も、そのことだけに必死に取り組んだ。

そして、今日この日、学園祭を楽しむのもそうだが、催し物で一位になることを目指して躍起になっている。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」

 

「お嬢様2名入ります!」

 

「うっそー! あの織斑くんと桐ヶ谷くんの接客が受けられるの?!」

 

「二人とも執事の燕尾服!」

 

「しかも写真が撮れるって! ツーショットよ、ツーショット‼︎」

 

 

 

 

執事の燕尾服に身を包んだ一夏と和人を見るために、学園祭が始まってから即行で並んだ生徒たちは、二人の姿に羨望の眼差しを送っていた。

普段から互いの恋人、あるいは専用機持ち達によって独占されている現状で、唯一彼らと触れ合える時間だ。

開店から早々、一組の教室の前には、長蛇の列ができていた。

制限時間を持って、テーブルを回転させないと、この列は捌けないほどに。

 

 

 

「ちょっとそこの執事」

 

「ん?」

 

「テーブルに案内しなさいよ」

 

 

列は着々と捌けていたが、そこに新たなお客がやってきた。

はっきりとわかるほど明るい赤色のチャイナ服。

背中がキッチリ見えるそのデザインは、少々扇情感を醸し出していた。

茶色の髪は、ツインテールのように括っているが、髪の根元はシニョンによって丸め込まれていた。

 

 

 

「鈴……その格好は?」

 

「二組は中華喫茶やってんのよ……。なのに、全然客が来ないのよ、あんたらのせいでね」

 

「んなこと言ったってな……」

 

「冗談よ冗談……。まぁ、暇だから、ちょっと視察に来たってわけ。ほら、さっさと案内しなさいっての」

 

「わかったよ。こちらへどうぞ、お嬢様」

 

「お、おじょ……っ?!」

 

 

 

一夏直々に「お嬢様」なんて呼ばれるのが新鮮で、思わずドキッとしてしまった鈴。

頬を赤く染めてはいたが、それを一夏に見られまいと、すぐにポーカーフェイスを作って、一組の教室へと入っていった。

 

 

 

「うわー……流石の繁盛っぷりね」

 

「まぁな。俺とキリトさんは、さっきから走りっぱなしだよ」

 

「働け働けぇ〜。まぁ、最後に一位を獲るのは、あたし達だけどねぇ〜」

 

「ふっ、期待してるよ」

 

「あっ! 鼻で笑ったわね!」

 

「はははっ!」

 

 

 

少々冗談を交えながら、一夏は鈴にメニューを手渡した。

それを開き、メニューに目を通してみる。

すると、中々に充実したメニューだった。

軽食としてサンドウィッチを始め、デザートのケーキもそうだし、コーヒー、紅茶と、本当の喫茶店のようだ。

 

 

 

「鈴のところは中華喫茶だろ? メニューには何があるんだ?」

 

「ジャスミン茶とか、プーアル茶を用意してる。どれも中国からの直送よ?」

 

「凄いな……! 食べ物は?」

 

「そうね……手軽に食べられるものをって事で、肉まんとかフージャオピンとか」

 

「フージャオピン……? ナンみたいなやつだったけ?」

 

「そう。ナンと同じように、貼り付けて焼くの。まぁ、形状は丸いんだけどね……。焼くのはオーブンだから、本場のマネはしてないけど」

 

「でも意外と本格的じゃないか……」

 

「デザートだって色々あるんだけど、こっちに比べると、ちょっとね……」

 

 

 

中国のデザートといえば、饅頭かごま団子しか思いつかない。

だが、見た感じだと、二組とてそこまで暇というわけではなさそうだった。

まぁ、今の一組の現状を見れば、少し暇だと感じてしまうだろうが……。

 

 

 

 

「と……ほら、ご注文をどうぞ」

 

「あ……そうね。うーん…………ん?」

 

 

 

と、メニューに目を通していた鈴が、ふとあるメニューに視線を奪われた。

 

 

 

「ねぇ、この『執事にご褒美セット』ってなによ?」

 

「…………お嬢様、当店一押しのケーキセットなどはいかがですか?」

 

「ん? …………あんた、今変に誤魔化したわね」

 

「さ、さぁ〜? 何のことでしょうー?」

 

「思いっきり動揺してんじゃない」

 

「してませんよ」

 

「ふーん……なんか面白そうね、この『執事にご褒美セット』ひとつね」

 

「…………いやいや、こちらの『メイドにご褒美セット』がいいですよ」

 

「うっさい! お嬢様っていうんだったら言うこと聞きなさいよ‼︎」

 

「はぁ……かしこまりました……」

 

「露骨に嫌そうな顔してんじゃないわよ! 客商売なんだと思ってんのよ!」

 

 

 

 

鈴にガミガミ言われながら、一夏は厨房へと入っていく。

何度かの注文のやり取りを行った後、一夏は戻ってきた。その手には、冷やしたグラスに十数本のポッキーを入れて、紅茶の入ったティーカップをお盆に乗せてやってくる。

 

 

 

「お待たせしました……」

 

「何でそんなに嫌そうなのよ……」

 

「これめちゃくちゃ恥ずかしいんだよ……」

 

「恥ずかしい?」

 

 

 

どういう意味だろう……。そう思っていた時だった、いきなり一夏が鈴の隣に座ったのだ。

 

 

 

「へ? なんで隣に座るの?」

 

「…………」

 

「まぁ、別にいいんだけど……」

 

「……その、これがこのセットのやり方なんだよ……」

 

「そうそう、どういうセットなの、これ?」

 

「…………食べさせられる」

 

「はあ?」

 

 

 

一夏の言葉に、鈴は耳を疑った。

だが、そんな鈴に対して、一夏ははっきりと言ってやった。

 

 

 

「だぁーかぁーらぁー……『執事にお菓子を食べさせられる』ってセットなんだよ、これは」

 

「は、はぁっ?! なによそれ……! 客がお菓子を食べさせるって……!」

 

 

 

顔を赤くしながら、変にもじもじしている鈴。

一夏は「だから他のにしろっていったろ?」と横目で鈴を見ていた。

 

 

 

「嫌なら交代してもいいんだぞ? 『メイドにご褒美セット』もあるし」

 

「い、いいわよ! せっかくなんだし……ほら、アーンしなさいよ」

 

「あーん……」

 

 

 

一夏は頬を赤くしながら、ポッキーを頬張る。

それを見ながら、羨望の眼差しを向けている鈴……いや、鈴だけではない。周りの生徒達もまた、同じように見ていた。

 

 

「ん……やっぱ恥ずかしいんだよなぁ……」

 

「普段から楯無さんとやってる奴に言われたかないわよ……っ!」

 

 

 

なにを今更……と言いたげに、ジト目で睨む鈴。

 

 

「ねぇ……」

 

「ん?」

 

「あたしが食べさせてあげたんだから……その、あたしもーーーー」

 

 

 

あーんと口を開けようとしたその時、鈴の目の前に黒い円形の物体が視界を塞いだ。

 

 

 

「うわっ?!」

 

「お嬢様、当店ではその様なサービスは行っておりません。ふんっ……」

 

「んぐぐ……っ!」

 

 

 

箒が間一髪のところで防いだ。

邪魔された鈴は、仕方なくポッキーを一本取って、自分で食べる。

 

 

 

(バカめ……私たちがそんな事をさせると思ったのか……!)

 

(チッ、よく考えたら、ここは敵の本拠地だった……!)

 

 

 

見たところ刀奈がいないため、チャンスと思っていたのだが、そこには鈴と同じ立場の者達が四人いるのだから。

そう思いながら、鈴はポッキーを細かく、まるでリスの様に食べる。

 

 

 

「ふっ……鈴、お前リスみたいでかわいいな」

 

「ぶふっ!?」

 

「んおっ?! 大丈夫かよ!?」

 

「あ、あんたが変な事言うからでしょうが……っ!」

 

「別に変じゃねぇだろ……ほんとにそう思ったんだし……」

 

「…………」

 

 

 

いつから唐変木鈍感朴念仁の一夏が、こんな事を言う様になったのか……。

いや、昔からそうだった。

思わせぶりな事を言っておいて、肝心なところで唐変木スキルを発動させる……。

だが、今のは違う。

刀奈という恋人ができた事で、一夏の心境はかなり変化したと思ってもいい。

だが、それだからこそ複雑である。

一夏に褒められると、とても嬉しい……だが、すでに恋人がいる……生殺しもいいところだ。

 

 

 

「っと、チナツくーん! ちょっと来てくれる?」

 

「あっ、はーい! 悪い、鈴。アスナさんに呼ばれた」

 

「いいわよ、行ってきなさい。お仕事でしょう?」

 

「ああ、ちょっと行ってくる」

 

 

 

そう言って、一夏は席に立つと、厨房の方へと行ってしまった。

 

 

 

 

「ごめんね、鈴ちゃんの相手してたのに……」

 

「いえ、それはいいですけど。どうかしました?」

 

「ほら、もうそろそろ時間だから……」

 

「あっ、もうですか……」

 

「うん。私は少し手が離せないから、キリトくんと一緒に迎えに行ってもらえるかな?」

 

「了解です」

 

 

 

厨房から出てきた一夏は、まず鈴のところに行き、少しの間和人とともに教室を出ると言い、鈴はそれを了承すると、自分の教室に帰って行った。

 

 

 

「キリトさん、迎えに行きますよ!」

 

「おお、今行く!」

 

 

 

和人もお客さんとしてきていた先輩たちに断りをいれ、一夏と共に教室を出た。

 

 

 

「しかし……」

 

「ん? どうしたんです?」

 

「やっぱりこの格好じゃなきゃダメなのか?」

 

 

 

燕尾服を指しながら、本当に嫌そうな顔で言う和人。

 

 

 

「まぁ、仕方ないですよ。着替えてる暇ないし、どうせまた仕事に戻るんですよ?」

 

「そうだけどよ……」

 

 

 

まず間違いなく、今の自分はいい笑い者にされそうで嫌なのだ。

これから迎えに行く連中にだけは、正直こんな格好を見せたくないと思っている。

 

 

「もう仕方ないですよ。どうせみんなが露店を回り始めたら、真っ先に俺たちのところに来るんですから」

 

「だよなぁ……はぁ…………よし! 腹くくるか!」

 

「ええ、一緒に笑われましょう」

 

 

 

そう言いながら、二人は一年の教室棟を出て、来客が来ているであろうIS学園の校門へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ〜〜……凄いわね……っ!」

 

「ほんとですね! さすがは国立校です!」

 

「お兄ちゃん……いませんね……」

 

 

 

 

最寄りのモノレール乗り場から、IS学園の敷地に入ってきた三人の少女達。

初めて目の当たりにするIS学園の光景に、感嘆の声を漏らしていた。

国立というだけあって、外装や施設はどの学校にも負けないくらい綺麗で最新式だ。

こんな所に自分たちの知り合いが、通っているのかと思うと、羨ましいやら、憎たらしいやら……。

 

 

 

「しっかし、あいつらもこんな女子校同然のところで、うまくやってんのかねぇ〜」

 

「だ、大丈夫ですよ! アスナさん達もいるんですから!」

 

「そ、そうですよ! お兄ちゃんは大丈夫です!」

 

 

 

そばかすの少女の問いに、小柄で可愛らしい少女と、短髪のハツラツした少女は答える。

篠崎 里香は、明日奈の招待で、ここIS学園の校門に立っていた。

その他には、刀奈の招待で綾野 圭子と、和人の招待で妹の桐ヶ谷 直葉が立っていた。

そして、もう一人…………

 

 

 

 

「きたぜ……来てしまったぜッ!!!! IS学園ッーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

 

両手を力強く握りしめ、その拳を上へと突き上げる少年。

その叫びは、彼自身の魂が叫んでいるような気がした。

 

 

 

「うっさいわね……そんなに来たかったわけ?」

 

「あったりまえじゃないですかッ! ここは女の花園なんですよ?! マジで一夏と和人さんが羨ましいぃぃ〜〜ッ!」

 

 

 

里香が呆れたと言った感じで、赤毛の長い髪をした少年、一夏の親友である五反田 弾を見ていた。

本来ならば男子禁制(例外が2人いるが)の場所に、男である自分が立っているのだから、わからなくもないが……。

周りで見ている生徒達や今回の学園祭に招待されたお客さんたちの視線を集めているので、正直静かにしてほしいと思う。

弾の欲望解放状態を見ながら、圭子と直葉は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「なんだか、クラインさんと似たような感じですね」

 

「男の子って、みんなあんな感じなのかな?」

 

 

 

身近な男子は同じ学校に通っている子達ばかりであるため、なんとなくしか知らない。

男子は男子で連み、女子は女子で集まる。

そんな感じだからこそ、男子の会話の内容は、いつも下ネタや下品なものばかりだと感じてしまうのだろうか?

と、そんな時、ふとこちらへとやってくる女子生徒がやってきた。

いかにも出来る女と思わせるほど、キリッとしていて、知的そうなメガネをかけている。

 

 

 

「すみません、うちの生徒たちからの招待状か何かはお持ちですか?」

 

「え、あ、はい……」

 

 

 

話しかけられた弾は、一夏から送ってもらった携帯のデータを表示し、それを女子生徒に見せる。

 

 

 

「なるほど、織斑くんの招待でしたか……」

 

「っ?! 一夏のこと、知ってるんですか?」

 

「ええ。彼はこの学園じゃあ、有名人ですから……。あと、すみませんが、そちらの方々も、招待状の提示をお願いします」

 

「あ、はい!」

 

 

 

そう言われると、里香、圭子、直葉の三人は、携帯のデータを見せる。

 

 

 

「はい。結城さんと、会長、桐ヶ谷くんの招待ですね。入場を許可します。

ようこそ、IS学園へ。一応、ここは国家機密の場所などもあります。こちらが出している案内板をご確認して、今回の学園祭を楽しんでいってください」

 

 

 

そう言うと、女子生徒は「では、私はこれで」といい、その場を立ち去ろうとした。

すると、弾がその女子生徒を呼び止めた。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「? はい、なんでしょう?」

 

「あ、えっと…………今日は、すごくいい天気ですね!!!!」

 

「? はい、そうですね。では、ゆっくりと楽しんでいってください」

 

 

 

 

しばしの静寂が流れたあと、弾は思いっきり両膝両手を地面につけた。

 

 

 

 

「ぐっ〜〜、なんで、なんで俺は肝心な時にぃ……っ!」

 

「もう……あんた本当にクラインといい勝負ね。ほら、弾! さっさと立つ! 恥ずかしいから早く立ち上がる!」

 

 

 

いざという時に男らしいセリフが言えなかった弾に対して、里香はなんだかクラインと同じノリで話してしまう。

そんな弾を、素早く立たせた時だった……校舎の方からこちらに走ってくる男二人を視認する。

 

 

 

「おーい!」

 

「あっ! 一夏くんだ!」

 

「うわっ?! キ、キリトさん、執事になってる!」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

こちらに手を振りながら向かってくる一夏と、その後ろをついてくる和人。

直葉は一夏に対して手を振り返して、圭子と里香は和人の執事服姿にかなり動揺していると見える。

 

 

 

「ごめん、迎えが遅くなった……」

 

「ううん、私たちも今着いたところだし。それにしても……」

 

「あっ、はは……やっぱり変だよな、この格好……」

 

 

 

直葉の視線も、一夏と和人の執事服に奪われる。

 

 

 

「ううんっ! すっごく似合ってるよ! お兄ちゃんも!」

 

「は、はい! とってもかっこいいです!」

 

「うひゃー……これはまた、馬子にも衣装?」

 

「リズさん、それ褒め言葉じゃないんですけど?」

 

「おい、チナツ。早く教室戻ろうぜ……ここじゃ目立っちまうって……」

 

「そうですね……みんな、一緒に見て回らないか? 俺たちも少しだけ休憩時間もらえたからさ」

 

「「「賛成ッ!」」」

 

 

 

三人の元気のいい返事をもらえたところで、三人は和人とともに先に校舎の方へと向かった。

見てみると、和人の執事服を、里香たちが執拗にいじっているようであった。

と、ここまではいい。

問題は、目の前でうなだれている男。

一夏の親友にして腐れ縁の五反田 弾だ。

さっきから何かを悔やんでいるようにも見えるのだが、果たしてどうしたのか?

 

 

 

「おい、弾……早く行くぞ」

 

「一夏……」

 

「なんだよ」

 

「俺、バカだなぁ……」

 

「なんだ、今更気づいたのか?」

 

「ガクッ……そこは嘘でも否定しろよ!」

 

「否定できねぇからいってんだろ?」

 

「お前に親友を思いやる心は無ぇーのかよ!」

 

「そんなもんでいちいちへこたれるなよ……どうしたんだよ?」

 

「いやな、さっきすっごく綺麗な人にあってさ……あっ! 一夏お前、その人のこと知らないか?」

 

「って言ってもな……どんな人だったんだ?」

 

「えっと、メガネかけてて、美人で……」

 

「美人か……っていうことは歳上か? お前が “綺麗な人” っていうあたり、同い年ってわけでもなさそうだし」

 

「ああ! あれは多分高3だな! なぁ、知ってるか?」

 

「んなこと言っても、ここにその条件が当てはまる人なんていっぱいいるからな……」

 

「だよなぁ……」

 

「まぁ、そのうち会えるんじゃないか? 今日は学園祭で、いろいろと忙しいとは思うけど」

 

「そ、そうだよなっ! よし、行くぞ! 女の花園へ!」

 

 

 

 

どうやら、元気を取り戻したようでよかった。

だが、あんまりこの学園でそんな事は言わないほうがいいような気もした……。

 

 

 

 

「うおー……! 凄いわね」

 

「いっぱいお店がありますね!」

 

「しかもレベル高ぁ〜」

 

「うんうん! 女の子もみんな可愛いし!」

 

 

校舎に入り、まず目に入ってきたのは、最先端の技術が織り込まれた学校ならではの催し物や露店の数々。

衣装なども相当手がこんでおり、高校の学園祭というよりは、大学の学園祭のように思えた。

 

 

「各部活ごとにも、なんかイベントとかやってるみたいだから、そっちにも行ってみるか?」

 

一夏の計らいで、和人とともに学園内を案内しつつ、学園祭を楽しむ。

途中、一夏と和人の姿を目撃した生徒たちから、「写真を一緒に撮ってくれ!」という願いが多々あった。

 

 

 

「織斑くん、桐ヶ谷くん、ありがとう! 家宝にするね!」

 

「「フゥ〜……」」

 

「「「「…………」」」」

 

「ん? どうしたんだ、みんなしてそんなに睨んで……」

 

「な、なんだよ……」

 

「やっぱり、あんた達ってここじゃあ憎たらしいほどモテてるみたいね」

 

「はぁ?」

「はい?」

 

「キリトさん、なんだか今の対応も自然だったし……」

 

「お兄ちゃんって、あんなに女の人とかと自然に接してたっけ?」

 

「今のでも十分緊張してたんだよ……! まぁ、少しは慣れたのかも知れないけどさ……」

 

「一夏……俺はお前が憎い……!」

 

「なんだよ藪から棒に……」

 

「お前には楯無さんがいるだろうが! チクショーウ! こうなったら、楯無さんにこの事をバラしてやるからな!」

 

「おい、やめろっ!? それだけは勘弁してくれ‼︎」

 

 

 

 

たった一つの教室に向かうにも、結構な苦労がかかる。

ようやく部活勢が営業しているクラスへと着いた。

まず最初は、美術部。

教室に入ると、まず壁に貼られた垂れ幕に、『芸術とは爆発だッ!』の文字に視線を奪われる。

一体何をしているのか、視線をずらしてみると、そこには多くの生徒が、爆弾の解体処理を行っていた。

 

 

 

「うわおっ! 織斑くんに桐ヶ谷くんじゃないか! いらっしゃいいらっしゃい!」

 

 

美術部の部長さんが、こちらに気づいて、急ぎ足で教室の中央へと通してくれた。

 

 

 

「美術部は、爆弾処理のデモンストレーションをやってるんですか?」

 

「うん! こういうハラハラドキドキするものって、何かと楽しいでしょ?」

 

「まぁ、ある意味では、ですけどね。フィリアを連れて来ればよかったかなぁ……」

 

「じゃあ、織斑くん達も挑戦してみてよ! 大丈夫、失敗しても、テレビでおなじみの冷却ガスが吹き出るだけだし♪」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

そう言われると、一夏の挑戦にクラス内がどよめく。里香達からも、期待の視線を感じるため、ここはやらざるを得ないだろう。

 

 

 

「わかりました。キリトさんも一緒にどうです?」

 

「ん? まぁ、いいぜ。ほら、とっとと片付けるぞ」

 

 

 

そう言って、和人と二人で爆弾の解体処理を始めた。

手始めにカバーをそっと外して、爆弾に衝撃を与えないようにする。

次に各配線の位置と、爆弾の種類や形状を調べる。

 

 

 

「なるほど、オーソドックスのやつですね、これ」

 

「あぁ……だが、ここはゴムを噛ませとかないと、電圧感知して即ドカンだぞ?」

 

「おっと、危ない危ない……」

 

 

二人でテキパキと作業を進めていく姿を見ながら、後ろで見ていた四人は忌避の目を向けていた。

 

 

 

「な、なぁ、一夏……」

 

「ん? どうした、弾」

 

「お前ら、そんな事まで勉強するのか?」

 

「ん……まぁな。専用機持ちは強制的に勉強させられるんだけどな……」

 

「じゃあ、和人さんや明日奈さんも……?」

 

「ああ。俺たちも例外なくな」

 

「…………一夏、俺……やっぱり普通の学校でいいわ……」

「ん? そうか?」

 

 

 

あれだけ「いいな」とか、「羨ましい」とか言っていた弾が、ここまで引くとは……。

なんか少し傷つく。

 

 

「キリト、あんた……実際に爆弾処理とかした事あんの?」

 

「ないよ……さすがに現物をやろうとは思わないって」

 

「そ、そうですよね! 触らぬ神に祟りなしって言いますしね!」

 

「あっ、でも爆弾の作り方なら教えてもらったけどな……」

 

「「「えっ?!」」」

 

 

 

里香、圭子、直葉が驚きの声を上げ、和人を凝視する。

 

 

 

「お、お兄ちゃん? もしかして作ったりなんかしてないよね?」

 

「当たり前だろ。でもなー、爆弾って、意外と日用品でも作れるみたいだぜ?

そういう訓練がある授業で、実際に作られたやつとかを見た事あるし……」

 

「に、日用品でも…………お兄ちゃん、絶対に作らないでね……!」

 

「作らないよ! 第一、そういうのはホームセンターとかでしか売ってないし!」

 

 

 

和人が三人の相手をしている間に、一夏が着実に処理をしていく。

コードを切り、残るのはあと一つ。

テレビドラマなどでよくある赤いコードか……それとも青いコードか……。

 

 

「弾、好きなの選んでいいぞ?」

 

「ええっ! 俺が選ぶのか?」

 

「別にゲームだから、失敗したって死にはしないよ」

 

「うーん……」

 

 

 

一夏に催促されて、弾は赤のコードか、青のコード、どちらを切るか悩んでいた。

そんな時、一夏は二つのコードをみて、ふと思った。

 

 

 

(赤って言ったら、箒の紅椿……青はセシリアのブルー・ティアーズ……箒はサラマンダーの侍……セシリアはウンディーネの回復担当魔術師……)

 

 

 

そんなことを考えながら、一夏は弾の方を振り返り、弾に尋ねた。

 

 

 

「弾、お前さ、新撰組風のサムライ美少女と、西洋風の回復術師美少女……どっちが好みだ?」

 

「断ッ然ッ! 魔術師!」

 

「おっしゃ」

 

 

 

その答えを聞き、一夏は即座に青いコードを切った。

しかし直後に、爆弾の中から冷却ガスか吹き出て、一夏の顔に直撃。

一応、この解体処理を行う前に、専用のメガネをかけていたため、目を傷めることはなかったが、それでも顔は冷たい。

 

 

 

「ぶっはっ! くっそー、赤の方だったか……」

 

「お前なんでいきなり青いコード切ったんだよ!?」

 

「お前が魔術師って言ったんじゃないか……」

 

「それでなんで青いコードなんだよ……?」

 

「ウンディーネだから」

 

「はぁっ?」

 

 

 

お前何言ってんの?

と言う感じで一夏を見ている弾。

その後ろでは、「なるほど」と何か納得しているような表情の直葉たちの姿があったのを、弾は知る由もない。

その後、一夏たちは次の教室へと移動した。次に入った教室には、いろんな本が置いてあった。

おそらくここは文芸部の教室だろう。

 

 

 

「ウワァー! 織斑くんと桐ヶ谷くんだぁーーーー!!!!」

 

 

 

教室に入るなり、大声で叫ぶ生徒が一人。

その生徒の声に反応し、教室内にいた部員らしき生徒たち10名ばかりが一斉に振り向く。

 

 

「うおっ!? 生織桐!」

 

「いい! やっぱり生はいい!」

 

「きゃあ〜! 写真撮って撮って!」

 

 

 

今までとほとんど反応は変わらないのに、なぜか「生」という単語がいやらしく聞こえるのはなぜだろう。

しかも、なぜかみんな頬を赤く染めて、うっとりとした表情で見ている……熱でもあるのだろうか?

 

 

 

「ここは、なんの展示会なんですか?」

 

「ふっふっふ〜〜♪ よくぞ聞いてくださいました。ここは我が文芸部誇る、二次制作担当の生徒たちが描いた、同人誌です!」

 

「へぇ〜、一体どんななんだろう……」

 

 

直葉がそう言いながら、机の上に置いてあった同人誌を一冊手に取る。

同人誌というだけあって、見た目は小冊子ではあるのだが、タイトルに疑問を抱いてしまった。

 

 

 

「『落ちる桐と織の抱擁』……ん?」

 

 

 

どういう意味なのか。

冊子の表紙は、黒を統一しているため、どんな内容なのかはわからない。

だが、ページを開いた瞬間、直葉は度肝を抜かれた。

 

 

 

「なっ!! な、なな……ッ!?」

 

「どうしたの? 直葉」

 

「直葉さん?」

 

 

 

顔を真っ赤にし、目が点になっている直葉の様子を伺うついでに、直葉の持っている冊子の中身を覗き込んだ里香と圭子。

だが、その二人も、すぐに同じような声を上げた。

 

 

 

 

「うえっ!?」

 

「なはっ!?」

 

 

 

二人の視界に映ったもの……それは、半裸状態の和人を、同じく半裸状態の一夏が押し倒し、互いに頬を朱に染め、唇を近づけて行っている場面。

明らかに様子がおかしいと思い、和人と一夏、弾の男三人が覗き込む。

 

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「うえっ!」

 

 

 

男と男が抱きしめあいながら、素肌を晒している。

しかもこれは同人誌……つまりこの本のジャンルは……

 

 

 

「B……BLって……」

 

 

言葉が出なかった。

 

 

 

「どう? 今作は今まで以上の自信作よ! 今年の同人誌即売会では、開場して即行で完売させる事が目標よ!」

 

 

 

と、言いながら何かと燃えている部員たち。

そんな部員たちに気圧されながら、教室を後にする一夏たちであった。

 

 

 

「…………みんな、何も見なかったことにしてくれないか?」

 

「「「「「………………はい……」」」」」

 

 

 

文芸部の教室から離れて、一行は一年のクラスが軒並み並んでいる教室棟へと足を向けた。

 

 

 

「あっ、そうだ。なぁ、弾……鈴のところによっていかないか? ちょうど喉も渇いたし……。

鈴のところは、中華喫茶をやってるって言ってたからさ」

 

「おう、俺はいいぜ……。あいつとも、久々に会うなぁ〜」

 

「そういえば、一夏くんと弾くんは、鈴ちゃんとは幼馴染なんだっけ?」

 

「ああ、俺はな」

 

「俺はあいつとは、腐れ縁みたいなものだ」

 

 

 

一夏は小5の頃からの付き合いだから、幼馴染と呼べるかもしれないが、鈴は、弾とは中学に進級した時に初めてあった。

意外と家が近かったし、実家は定食屋をしているため、学校帰りに立ち寄ったり、よく遊びにいっていた。

一夏がSAOに囚われてしまってからは、二人で一夏の見舞いにも行ったことがある。

他に代案があるわけではなかったため、全員鈴のいる二組の教室へと向かった。

 

 

 

 

「いらっしゃーーーー」

 

「うっわあっ! 鈴、なんだよその格好!」

 

「げっ、弾!?」

 

「ははぁー……きわどいチャイナドレスとか着てんなぁ〜……かっこつけすぎーーーー」

 

「うっさい、バカ! 死ね!」

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 

 

 

入ってくるなり、弾による友人同士の掛け合いが始まり、最終的には鈴のお盆による鉄盆制裁が下された。

うん、中学の頃と同じ光景だな。

 

 

 

「イッテェ〜……商売道具で、お客様を殴るなよ! 罰当たりめ!」

 

「黙れお客様……とっとと席に座れ」

 

「ツンデレカフェですかっ!? ここ!」

 

「おーい二人とも、一応後ろ塞がってんだけど?」

 

「「あ……」」

 

 

 

一夏の声でようやくおとなしくなった二人。

 

 

 

「ご、ごめんなさーい……それと、いらっしゃいませ」

 

「鈴ちゃん久しぶり! 凄いね、本場のチャイナドレス!」

 

「とってもお似合いですよ!」

 

「流石は本家! 中国出身の奴が着こなすと、自然体ね」

 

「でしょう〜♪ まったく、ほんとあんたって人を見る目が腐ってんじゃない?」

 

 

 

 

そう言いながら、鈴は再び弾に視線を送る。

するとまた弾がそれに突っかかっていく為、再びいつもの感じのノリで騒いでしまう。

すると、教室内のすべてから、ものすごい視線が集まってきているのがわかった。

 

 

「「あ……」」

 

「んっんん……! 鈴さん」

 

「は、はい……」

 

「ケンカするなら、外でやってください」

 

「は、はい……ごめんなさい」

 

 

 

一人の生徒に怒られてしまい、仕方ないと思い、鈴は全員を開いていたテーブルへと移動させた。

 

 

 

「にしても、こうして鈴と一夏と集まったのは、中一の頃以来だよなぁ……ほんと、久しぶりだな」

 

「そうねぇ〜……あんたは相変わらずバカっぽいけどね」

 

「バカとはなんだ! バカとは」

 

「ほんとのことじゃない。それに、人を見る目が腐ってるじゃない」

 

「腐ってねぇ! まったく、やっぱりお前は女の子としてなってない! やっぱりここに来た時に、校門であったあの人の方がよっぽど女性らしいと思ったぜ、俺は……」

 

「はぁ? 一夏、こいつ頭大丈夫?」

 

「大丈夫決まってんだろ!」

 

「俺に聞かずとも、すでにアウトだろ」

 

「だよねぇ〜」

 

「お前ら揃って友人貶してんじゃねぇーよ!」

 

 

 

友人三人で、何の気ない会話。

それを見ていた和人たちは、どことなく、羨ましいと感じていた。

何の気を使うことのない、ある意味では、信頼しあっているような三人。

だからこそ本音を話せるし、それを聞いても、今までのように接していける。

そんな気がしたのだ……。SAOで出会った自分たちと似たような……でも、それ以上の何を感じる。

 

 

 

「っと、電話だ」

 

「誰からだ?」

 

「ええっと……シャルですね。少し席を外します」

 

 

 

マナーモードに設定していた携帯が震え、電話の主はシャルロットだということに気づく。

さて、隣のクラスは大丈夫なのだろうか?

 

 

 

『あっ、一夏! 今大丈夫?』

 

「あぁ、構わないぞ。どうかしたのか?」

 

『それが、一夏と和人がいないって事で、お客さんたちからのクレームが多くって……っ!

ごめん、急いで戻ってきてもらうことって、出来る?』

 

「ああ、大丈夫だよ。今はすぐ隣の二組の教室に行くから」

 

『ほんとっ?! わかった、みんなにはそう伝えておくね!』

 

 

 

電話を切り、和人たちの元へと向かう。

 

 

 

「シャルロットは何だって?」

 

「俺とキリトさんがいないから、今一組ではクレームの嵐だそうですよ」

 

「マジかよ……」

 

「じゃあ、とっとと戻りなさいよ、あんたたち」

 

「そうだそうだ。しっかり働けよ」

 

「うっせぇな……わかってるっての。キリトさん、俺たちだけでも戻りましょう……」

 

「そうだな……。スグ、俺たちはもう戻るから、後で一組に来てくれな」

 

「うん、わかった! 頑張ってね、お兄ちゃん」

 

「キリトさん、後で必ず行きますね!」

 

「サボんじゃないわよー」

 

「わかってるっての……」

 

 

 

そう言って、一夏と和人の二人は、二組の教室を後にしたのだった。

 

 

 

 






次回は演劇まで行きたいかな……


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第70話 硝子少女の透色和音


今回は演劇開始まで行きます。





一組に戻ってくるなり、状況は一変した。

今まで厨房に入っていた明日奈に変わり、一夏が担当し、ホールに入るのは和人一人になってしまった。

それではさすがにお客さんたちのクレームが増える一方なので、一夏には料理の配膳なども手伝ってもらっている。

こうして、順調にお客さんを回転させていきながら、一組は収入を増やして行く。

 

 

 

「さてと、もう一踏ん張り行きますか……っ!」

 

 

一夏が厨房に戻ろうと、体を反転させたその瞬間、一夏の目の前に、いつも目にしている水色の髪の毛が……。

 

 

「ジャジャーン♪」

 

「うおっ?! カタナ、いつの間に……」

 

「ふふっ♪ 今着いたところ」

 

「生徒会の方は終わったのか?」

 

「うん。あとは会場の調整とか、そこら辺が残っているけど、そういうのは虚ちゃんの仕事だから」

 

「そっか……。じゃあ少し手伝ってくれるんだよな」

 

「ええ、もちろん。その代わり、チナツたちは、後で生徒会の出し物に出てもらうからね?」

 

「ああ、演劇だったか……もちろんだよ。それが俺とキリトさんの唯一の救済方法だしな」

 

「そゆこと♪」

 

 

 

しばらくの間、一夏たちは一組でのメイド喫茶の業務に勤しんでいた。その間に、明日奈は里香たちと合流し、また別のところを見て回っていたそうで、途中、一夏たちのクラスにも顔を出し、なかなか楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

「あのぉ〜、すみません」

 

「はい?」

 

「織斑 一夏さん、でしょうか?」

 

「はい、そうですが……」

 

 

 

 

後ろから呼ばれ、一夏は振り返った。

と、そこには、リクルートスーツを纏った美人が、ニコッと笑いながら、こちらを見ていた。

 

 

 

(いつの間に立ってたんだ……?)

 

 

 

あまり近づいてくる気配を感じなかった。

自分が鈍っているのか、それとも…………。

 

 

 

「私、『みつるぎ』という会社の営業担当をしております、巻紙 礼子と申します」

 

「は、はあ……これはご丁寧にどうも」

 

 

礼子から名刺をもらい、一夏はその名刺の名を見た。

みたところ、その『みつるぎ』という会社は、ISの武装開発を行っているようで、その営業となると、当然一夏の白式目当てだという事がわかる。

 

 

(またこれか……)

 

 

 

一夏がIS学園に入り、白式という専用機を持っている事は、世界中周知の事実だ。

だからこそ、自社の装備を、世界でも貴重な男性操縦者たる一夏に装備してほしいと言ってくるところは少なくない。

何故なら、それを行う事によって、自社の製品をアピールする事ができるからだ。

また、一夏というイレギュラーな存在が使用している装備となると、それ自体に特別製が増す。

よって、会社側としては、これは戦略販売になるのだ。

 

 

 

「あの……学園側には、アポは取ってあるんでしょうか?」

 

「いえ、申し訳ありませんが、こちらとしても急だったもので……。勝手ながら、今回の学園祭に便乗させてもらいました」

 

 

 

何とも清々しいほど正直だ。

しかし、ここで問題を起こし、学園祭自体を中断させるわけにもいかない。

 

 

 

「はぁ……わかりました。少しでよろしければ、お話はお伺いします」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 

 

 

一夏は礼子を連れて、一組の教室の、一番端の席に座らせた。

静寐にアイスティーを入れてもらい、早速一夏は用件を聞いた。

 

 

 

「おの……今回は、もしかして……」

 

「はい! ぜひ、織斑さんには、我が社の製品を使っていただきたいと思いまして」

 

「あー……その、申し訳ないんですけど、俺の白式は無理ですよ?」

 

「は、はい? 何故ですか?」

 

「いや、どんな製品を紹介してくれるのかはまず置いといて、俺の白式は、まず近接戦闘用の武器しか扱えません。

そして、これ以上の装備を追加する事も出来ません……」

 

 

 

それは何故か……。

白式の拡張領域が空いていないからだ。

もともと白式は、拡張領域がいっぱいいっぱいだった。

《雪片弐型》、《雪華楼》、そしてすでに一次移行で発現でした、単一仕様能力《零落白夜》。

これだけでももう、空きがなくなっていた。

ゆえに、遠距離戦仕様の武器はなく、飛刀による投擲で凌いでいただけだった。

それが二次移行してから《雪華楼》の数が増え、ライトエフェクトを飛ばせるという特殊攻撃を会得し、さらに単一仕様能力《極光神威》を発現した。

すでに第四世代型ISと言っても差し支えないレベルの機体に仕上がった白式に、今更装備はいらないと思った。

 

 

 

「しかし、だからこそ、織斑さんの白式には、射撃装備や、防具類が必要なのではないですか?

それに、我が社の製品をまとめて使っていただければ、何かとお得ですし、今なら脚部ブレードも付いてきますよ?」

 

「……確かに、魅力的な装備ではあります。でも、俺の戦闘スタイルとは、あまりにもかけ離れています。

もともと射撃の腕は落第点ですし、鎧も間に合ってます。それに、俺の機体は高機動性が売りなので、これ以上防具を増やしても……。

それと、脚部ブレードも、あまり使わないかもしれません。そういうのは、アメリカの《ファング・クエイク》とかの方が適材だと思いますよ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

あまりにも正論性が高い物言いに、礼子も少したじろんでしまった。

まさか十代の少年に、ここまで言葉で圧倒されるとは……。

しかし、ここで引き下がるわけにもいかないと思ったのか、礼子は再び口を開き、何かを言おうとした……だが。

 

 

 

「織斑くーん? さっき会長さんが呼んでたよぉ〜!」

 

「ああ! ありがとう、すぐに行くよ!」

 

「あ、あの!」

 

「ごめんなさい、巻紙さん。ちょっと生徒会長に呼ばれてまして。今回は、申し訳ありませんが……」

 

 

 

そう言って、一夏はアイスティーを飲み干し、席を立って離れていった。

一夏が去っていった席のテーブルでは、礼子が握り拳を力強く握りしめていた事を、一夏は知らなかった……。

 

 

 

 

「ふぅ〜」

 

「お疲れ様」

 

「見てたのか?」

 

「ええ……。あの人、なんか怪しいなぁ〜って思って」

 

「確かに……」

 

 

廊下を出てすぐ、一夏は刀奈の姿を見つけて、礼子について話し合った。

 

 

「あの人、本当に『みつるぎ』ってところの社員さんなのか?」

 

「そこまではわからないわ。実際に『みつるぎ』は実在している会社だから、調べようと思えば調べられるけど、少しは時間がかかると思った方がいいかも」

 

「アポ無しで営業に来た人は初めてだったし、あの人、あまりにも不自然なくらい、気配を消してたんだよな」

 

「不自然なくらい?」

 

「カタナもわかるだろう? 本当の暗部の人間ってのは、気配の隠し方がうまい。

周りの熱気や状況によって、自分の気配を自在にコントロールするものだ。だけど……」

 

「あの人は初めから自分の気配だけを消していた……」

 

「うん……。消し方は下手くそだけど、それでも、一般人くらいになら、通用するようなくらいにはうまかったよ。

俺も、一瞬だけ気づかなかった」

 

「なるほど……怪しさが増したわね」

 

 

 

一組の教室から少し離れた場所に移動し、教室から出てくる礼子の姿を捉えた一夏と刀奈。

向こうは二人の視線に気づいていない様子で、そのまま校舎の廊下を歩いて去っていった。

そんな礼子の事を、二人は疑心たっぷりの目を向けて見ていた。

その後、二人は一組の教室に戻り、クラスメイトたちと一緒に、接客業に勤しんでいく。

そして、刻限が迫ってきた……。

 

 

 

「さぁさぁ、チナツ、キリト! 準備はいいかしら?」

 

「ああ、もうそんな時間?」

 

「わかった……今いくよ」

 

 

刀奈の先導で、二人はアリーナの更衣室へと向かった。

そこで二人に、刀奈はある衣装を出した。

 

 

「何だ……これ?」

 

「軍服……? じゃあないな……貴族的なキャラか?」

 

「王子様よ、王子様! それは王子様の衣装なの」

 

「「王子様?」」

 

 

 

と、ここで二人は、肝心なことを聞いていないことに気づいた。

 

 

「そう言えばカタナ、俺たちが出る劇の演目って、何なんだ?」

 

 

 

一夏の問いに、刀奈は「ふふふっ」と笑うと、手に持っていた扇子をバッ、と開いて、そこに書いてある文字を見せた。

扇子は、こう書いてあった……『灰被姫』と。

 

 

「演目は、『シンデレラ』よ♪」

 

「シンデレラか……大体の話は知ってるが、俺たちは何にも練習とかしてないぞ?」

 

「大丈夫よキリト。これは基本アドリブのお芝居だから、適当にセリフを言って、立ち回ってくれればいいわ。

私がナレーションだし、何かあったら指示を出すわよ」

 

「そんなもんでいいのか……?」

 

「大丈夫よ……すぐに劇らしい劇になるから……♪」

 

「「ん?」」

 

「あっ……あと、忘れちゃいけないのが、これ」

 

「これは……」

 

「王冠だな」

 

「そう。これは絶対に頭から外さないでね? これがないと劇にならないから♪」

 

「う、うん……」

 

「ん? わかった……」

 

 

 

 

最後の言葉が少し意味深だったが、まぁ、大丈夫だろう。

と、その時はそう思っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、幕開けよーーーーッ!』

 

 

 

 

舞台の俳優と思わせるような、芯の強い声で放たれた、刀奈による開演の言葉。

アリーナに集まった生徒達は、そのほとんどが、一夏や和人の二人を見るためにきた客人たちだ。

アリーナの中に設置られていた演劇の舞台設備は、中々に手の込んでいるもので、そこらの学校でしているような演劇ではなく、もっとこう……映画やドラマの撮影に使われていそうな舞台設備になっている。

そんな舞台の中央にある広間に立っている一夏と和人の二人。

その二人にライトが照らされる。

二人とも、衣装は王子様の衣装。

それと、刀奈から渡された大事なもの……二人の頭の上に乗っかっている王冠だ。

演劇の開始と同時に、照明が落ち、アリーナの一部に、巨大スクリーンが映し出された。

 

 

 

 

『むかーしむかし……あるところに、シンデレラという少女がいました……』

 

 

 

シンデレラというおとぎ話に出てくる前説。

シンデレラという少女が、親や姉たちにいじめられ、苦痛の生活を強いられていた時、王子がやってきて、ガラスの靴を履かせる。

ピッタリとあったその靴を履いて、シンデレラは、夜の舞踏会へと向かう。

そんなお話だった。

刀奈の語りから、映像が流れる。

それはまさしく、誰もが知っているシンデレラのストーリー。

 

 

 

((なんだ、普通にシンデレラの物語じゃないか……))

 

 

 

刀奈のことだから、もっとストーリーを変更してくるのかと思っていたのだが、案外普通にシンデレラをやるのだろう……。

二人はそう思っていた。

だが……

 

 

 

『しかし、それは名前ではない……』

 

「「はぁ?」」

『幾たびの舞踏会を潜り抜けーーーー』

 

 

 

映像が流れる。

“舞踏会”……というより “武闘会” と呼んだ方がいいのではないかと思うくらいに、殺伐とした映像が……。

 

 

 

『戦場を駆け抜ける戦士たちーーッ!』

 

「「はぁっ!?」」

 

『彼女たちを呼ぶに相応しい称号……それが、《シンデレラ》ーーーーッ!』

 

 

 

一体どう言う事なのか……?

そう言いたそうな表情で、流れる。映像を凝視する一夏と和人。

だが、唯一わかっている事。

それは、これから良くない事が起きるという事だ。

 

 

 

『王子たちの王冠に隠された軍事機密を狙い……少女たちが舞い踊るッーーーー!!!!』

 

「「「「きゃあああああーーーーッ!!!!!」」」」

 

 

 

スクリーンに映し出された『灰被姫』の文字。

まさしくシンデレラだ。

だが、どう言う事だろう……シンデレラで戦う場面はあっただろうか……? それに王冠に軍事機密なんて普通隠すだろうか……? というよりも、シンデレラとして出てくるキャストって、一体誰なのだろうか……?

考える事が多すぎて、混乱の最中にいる一夏と和人。

すると、周りがいきなり明るくなり、舞台全体が映し出された。

中世ヨーロッパの造型で作られたセット。

レンガ造りの塔や、舞踏会などのシーンで見るテラス席と、そこにつながる階段……。

そして、今一夏たちの立っている場所は、まさしく舞踏会の会場。

その証拠に、置かれた円卓と燭台。

今まさに宴が始まるのではないかと彷彿とさせる舞台があった。

 

 

 

『今宵……血に飢えた舞踏会の夜が始まる……!』

 

 

 

周りには誰もいない。

だが、とてつもなく嫌な予感が漂っている……。

これは一体どう言う事なのだろう。

舞踏会の参加者がいない事自体不自然。ましてや、シンデレラのどのシーンなのかもわからない。

と、そんな事を思っていた瞬間、一夏と和人の頭上に、影がかかった。

 

 

 

「「んっ?」」

 

「ふっ……!」

 

「なっ!?」

「いぃっ!?」

 

「もらったあぁぁぁッ!!!!!」

 

「「うわあっ!」」

 

 

頭上……テラス席から降りてくる一人の少女。

服装はドレス……それも純白のドレスだ。

だが、その手には全く似つかわしくない物が握られている。

中国の刃物……青龍刀だ。

それを振り上げ、力一杯重力の力をも利用して、青龍刀を振り下ろす。

一夏と和人は、とっさに反応して、左右に分かれて攻撃を躱す。

そして、その少女の正体を、改めて確認する。

茶髪の髪を、トレードマークのツインテールに結んでいる少女。

何を隠そう、一夏のセカンド幼馴染である、鈴だったのだ。

 

 

 

「なっ! 鈴?!」

 

「何すんだよ鈴! 危ないだろう!」

 

 

 

あまりの衝撃に一瞬言葉に詰まったが、すぐに聞いをとりなおして、和人と一夏は鈴に問いただした。

 

 

「ごめん和人……あたしの目標は、一夏! あんたよ!」

 

 

 

青龍刀の切っ先をこちらに向け、鈴は戦線布告を放つ。

 

 

 

「あんたのその王冠を、渡しなさい!」

 

「はぁ? この王冠か? これが一体何だってーーーー」

 

「ふんっ!」

 

「のわっ!?」

 

 

 

一夏の言葉を遮るように、鈴が何かを投擲した。

その動きをみて、とっさに頭を左へと回避させると、一夏の後方にあった柱に、3本の飛刀が突き刺さっていた。

 

 

「なぁ……っ!?」

 

「ふふ〜ん……飛刀が使えんのはあんただけじゃないのよ」

 

「バ、バカ! 死んだらどうすんだよ!」

 

 

危険極まりない行為に、一夏は鈴に抗議するが、鈴に至っては聞く耳持たずという事なのか、一投、二投と飛刀を一夏に投げつける。

 

 

『大丈夫〜♪ ちゃんと安全な素材でできてるからあ〜♪」

 

「本当かよっ!!?」

 

 

飛んでくる飛刀を、テーブルの上にあった燭台を握り、それを使って打ち落とす一夏。

今もなお管制室からこちらの状況を見て、いつの間にかナレーションではなく解説に回っている彼女に対して大声で叫んだ。

というか、舞台のセットに突き刺さってる時点で、人体に対してあまり安全とは言えないのでは……。

一夏が鈴に命……もとい、王冠を狙われている間、和人は和人で、周りを警戒していた。

 

 

 

(まさかとは思うが……俺にも刺客は来るんじゃないだろうな……)

 

 

 

刀奈言った…… “王子たちの王冠” ……と。

“たち” ということは、少なからず自分もそれに入っていると思っていい。

そんな感じで、現役軍人やら軍や訓練を受けた事のある代表候補生たちとやり合うのは正直に言うと酷だ。

このまま誰にも見つからないように、身を隠しておいた方がいい……そう思った瞬間、背後から誰かが近づいてくる気配がした。

 

 

 

「はっ……!」

 

「せぇーのっ!」

 

「うわあっ!」

 

 

 

ドコッ! と、凄まじい音が鳴った。

前に転がりながら、後ろから襲おうとしている人物を視認する。

相手は鈴と同じドレスを着ているが、これまた物騒なものを持っている。

メイス……相手を鎧の上からでも叩き潰してしまう破壊力を持った武器。

そんな武器を扱う人物なんて、和人は一人しか知らない。

 

 

 

「リ、リズ!?」

 

「おっす、キリト! あんたの相手は、この私よ」

 

「っていうかお前! 俺を殺す気かよ!」

 

「大丈夫だって。ちゃんと狙うし、これも安全な素材でできてるらしいから!」

 

「舞台のセットを壊しておいて安全もクソもないだろ!」

 

「いいから! あんたは私にその王冠を渡しなさい!」

 

「ちょっ、ちょっと待てぇ!」

 

 

 

 

二、三度とメイスが振り下ろされ和人もそれを躱していく。

そんな状況下に陥ってしまった二人は、同じ事を考えていた。

 

 

 

 

 

ーーーー『シンデレラ』って、こんなんだったけぇーーーーッ!!!!!!???

 

 

 

 

「逃げてんじゃないわよ! 正々堂々と戦え!」

 

「こっちには武器無ぇのに、正々堂々もあるか!」

 

 

 

鈴と一夏の勝負は、鈴の圧倒的有利な状況で進んでいた。

鈴には青龍刀と飛刀が、一夏には燭台しかない。

何とか燭台を短剣のように使って、鈴の攻撃を防いではいるが、このままではジリ貧だ。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「だからーーーー」

 

 

 

投げてくる飛刀に対して、一夏はテーブルにかかっていた白いテーブルクロスを握ると、それを思いっきり飛刀に向けて振り抜いた。

テーブルクロスが強い鞭のようにしなり、飛んでくる飛刀を打ち落とした。

 

 

「ーーーー危ないだろう、がっ!」

 

「なっ!? 白式みたいな事してくれるわね……っ!」

 

 

 

燭台とテーブルクロスで、何とか凌いではいるが、それでも、もともとが武器ではない物であるため、どんどん劣化していき、やがて……

 

 

 

「だありゃあぁぁぁッ!」

 

「ぐっ?!」

 

 

遠心力を用いた一撃により、燭台の上半分が斬り落とされてしまった。

 

 

 

「はあっ!? まさか、それ本物か?!」

 

「んなわけないでしょ! 亜鉛合金で出来たただのおもちゃ! 刃引きもしてある! でも、ちゃんと斬れるわよ!」

 

「だから全然安全じゃねぇじゃん!」

 

「はあああぁぁぁッ!」

 

「っておい! パンツがーーーーッ!」

 

「でいっ!」

 

 

 

 

思いっきり右足を上げ、かかと落としを繰り出す鈴。

直前で一夏が後ろに転び、直撃を避けたが、もし躱さなかったら、大変な事になっていただろう。

何故なら、直撃した床にヒビが入っていたからだ。

 

 

 

「って、お前ガラスの靴履いてんのかよ!」

 

「大丈夫! 強化ガラスらしいから!」

 

「だから大丈夫じゃないっての!」

 

 

鈴の繰り出す蹴り技。

気功を整えるような呼吸法を見るに、中国拳法の一種。

おそらく軍に所属していた時に修得したのだろう。

そんなものをその身に受けようものなら、危うく一撃でノックアウトだ。

 

 

 

(どうする……このままじゃジリ貧……何とか活路を見出さないと……!)

 

 

 

そう思った瞬間だった、一夏の視界に、紅い光が横切った。

最初は照明かと思っていたが、今現在紅色の光は発していない。

しかも細長いレーザーのような光だった。

その状況下で、そのような光の存在は……

 

 

 

「マズいッ!」

 

 

ーーーーバンッ!

 

 

 

咄嗟に体が動いた。

すると、先ほどまで王冠があった位置に、銃弾がめり込む。

続けざまに発砲音と、弾丸の着弾音が背後から聞こえた。

近くに鈴以外の人影は、和人を襲っている里香しかいない。

そして、離れた位置からこれだけ正確な狙撃ができる人物はただ一人……。

 

 

「スナイパーライフル……! という事は、セシリアか!」

 

 

 

となると、先ほどの紅い光は、スナイパーライフルから放たれたレーザーポインター。

撃った位置などはバレてしまうが、今の一夏では、セシリアのところまでたどり着けない。

 

 

 

「くっそぉ〜! 何がどうなってんだよ……!」

 

 

 

接近戦の鈴と、遠距離狙撃のセシリア。

二人に囲まれている時点で、ほぼほぼ詰んでいる。

何とか二人からの追撃を避けるため、鈴から逃げ、セシリアから見つからない場所に移動する。

 

 

 

 

 

「ふふっ……逃がしませんわ……っ!」

 

 

 

 

ーーーーバンッ!

 

 

 

 

スコープレンズから見える、一夏の姿を見ながら、セシリアは再度引き金を引く。

しかし、流石と言っていいのか、一夏は飛んでくるレーザーポイントの角度を見て、瞬時に対応し出した。

これも刀奈の指導の賜物だろうか。

 

 

 

「この戦い……絶対に負けられませんわ!」

 

 

 

そう、鈴とセシリア、また里香たちには、この演劇が始まる前に、刀奈からある条件を出されていた。

 

 

 

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

「あら? 聞こえなかった? 今回、チナツとキリトの被っている王冠を手に入れた人たちには、特別褒賞を受け取る権利を与えようと思うの」

 

「特別……」

 

「褒賞……」

 

 

 

一夏と和人が教室を出て行った後、刀奈は速やかに専用機持ち達と、里香、直葉、圭子の三人を呼び出した。

もちろん、二組にいる鈴と、四組にいる簪も呼び出して、刀奈は今回生徒会が出す演劇の内容について、みんなに話していた。

ただ一人、不安そうな表情を浮かべる明日奈がいたが、全員それどころではなかった。

何故なら、その特別褒賞というのが、『一週間、一夏及び和人を好きに使える権利』という内容だったからだ。

その条件として、この事を一夏と和人に話さないことと、その権利獲得の証たる王冠の奪取というものがあったが、うら若き乙女たちにとって、そんな条件、むしろ望むところだ……という感じだった。

だから、お互いに仲間ではあるが、敵でもある。

だからこそ、負けられない。

 

 

 

「絶対に負けられませんわ!」

 

 

 

スコープレンズを覗き、一夏の姿を視界に捉えた。

引き金をいき、弾丸は真っ直ぐ一夏の頭の上に乗っている王冠へ向かう。

 

 

 

ーーーーやりましたわ!!!!

 

 

 

後は転がった王冠を、素早く移動し、確保すればそれで万事解決。

自分の勝利!

そう確信したセシリアだったが、次の瞬間、一夏が真っ白い世界に消えていった。

 

 

「え?」

 

 

 

スコープレンズから目を離し、肉眼で確認する。

すると、一夏は手に持っていたテーブルクロスを広げ、自分の視界を奪った瞬間に、姿を隠していた。

銃弾も、テーブルクロスを広げた時に、体制をずらしていた一夏には命中せず、その後ろにあった床へとめり込んでいた。

 

 

 

「なっ!? くうぅぅ〜〜〜!!!! 絶対に逃しませんわよ、一夏さんっ!」

 

 

 

一夏を探し出すため、セシリアは次なる狙撃ポイントまで移動を開始した。

一方その頃、和人と里香はというと……。

 

 

 

 

 

 

「待ぁーてぇー!」

 

「絶対に待たない!」

 

 

 

全力疾走で逃げていた。

途中で、和人も一夏と同じように、燭台を手に応戦していたのだが、もとよりリーチが短い分、こちらも苦戦を余儀なくされていた。

なので、できることはただ一つ……兵法三十六計『逃げるに如かず』だ。

 

 

 

「くそっ! 何とかしないとな……!」

 

 

 

そう思っていた矢先、再び和人の頭上に影がかかった。

 

 

「っ!」

 

「ふわああぁぁぁっ!? 避けてくださいぃぃ〜〜!」

 

「うえっ!?」

 

 

 

 

逃げるわけにもいかず、咄嗟に落ちてくるものを両手でキャッチした。

 

 

 

「あうぅぅ〜〜! ご、ごめんなさい……」

 

「シリカ!?」

 

 

 

頭上から落ちてきたもの……もとい、人物は、これまた素敵なドレス姿の圭子だった。

 

 

 

「あ、キリトさん……ごめんなさい」

 

「いや、それはいいんだけど……大丈夫か? けがはしてないか?」

 

「は、はい! キリトさんが助けてくれたおかげです」

 

 

 

しかし、一体なぜ上から落ちてきたのか?

 

 

 

「にしても、何で上から……」

 

「あ、えっと……その……」

 

 

何故かモジモジと体をくねらせる圭子。

何故だろうと考えていると、その原因をすぐにつきとめた。

 

 

「あっ、ごめん!」

 

 

いつまでもお姫様だっこは恥ずかしいだろうと思い、和人は圭子を下ろした。

しかし、その時何故か圭子は「あ……」と名残惜しそうな声を上げたのだが、すぐに気を取り直して、和人に聞いてみた。

 

 

「あ、あの! キリトさん」

 

「ん? なに?」

 

「えっと……私のこの服、どうでしょうか?」

 

「えっ?」

 

「あ、えっと、なんでもないです! に、似合いませんよね?」

 

「いや、似合ってるよ……凄くね。シリカ、あんまりそういう格好しないから、新鮮でいいと思うよ」

 

「ほ、本当ですか!? 嘘じゃないですよね?!」

 

「う、嘘なもんか……ほんとだよ。とってもよく似合ってる」

 

「えへへ……♪ に、似合ってるかぁ〜♪」

 

 

 

両手で頬を包み、照れている様子の圭子。

まぁ、確かに、どこぞの国の幼い王女……といった風にも見えなくもない。

 

 

 

 

「あんたはなにいい感じに言いくるめられてるわけ!?」

 

「あっ、リズさん……」

 

「「あっ、リズさん……」じゃないわよ! あたしたちの目的忘れたの!」

 

「あっ、そうでした! キリトさん!」

 

「な、なんだ?」

「その、王冠を私に下さい!」

 

「えっ? シリカもこの王冠が欲しいのか?」

 

「はい! 欲しいんです!」

 

「と、言ってもなぁ……」

 

 

 

困った事に、王冠は一つしかない。

一夏のを取れば、二人分あるが、多分あれは、鈴たちが狙ってる。

 

 

「王冠は一個しかないんだが……」

 

「なら、私が!」

「こらぁ、抜け駆けすんな! あたしが最初に見つけたんだから!」

 

 

 

 

いつの間にか、圭子と里香との間で衝突が起きていた。

 

 

 

「おいおい、なんで二人がケンカするだよ……!」

 

「キリトは黙ってて!」

「キリトさんは静かに!」

 

「ええ〜…………?!」

 

「リズさん、今日こそ……!」

 

「決着をつけてやるわ……!」

 

 

 

里香がメイスを構え、圭子はどこから取り出したのか、短剣を取り出し、それを構える。

 

 

「王冠は私が貰います!」

「王冠はあたしが頂く!」

 

 

 

二人が激突した。

短剣とメイスが打ち合い、パワーでは里香が一枚上手だが、スピードでは圭子の方に分がある。

和人はその間、自分には手の施しようがないと悟ったのか、二人が気づかないように、そろりそろりとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「くっそぉー、一夏はどこに行ったのよ!」

 

 

 

 

一方、こちらも二人のシンデレラに追われている一夏は、セシリアの狙撃と、鈴の強襲から逃れるため、ひっそりと息を殺していた。

 

 

 

「ったく、一体この王冠がなんだっていうだよ……」

 

 

 

頭の上に乗っかっている王冠に、何か秘密があるのはわかっている。

だが、それにしたって、そこまで求めるからには、ちゃんとした理由がある筈だ。

一体、刀奈になにを吹き込まれたのやら……。

そう思っていた時だ……身を隠していた扉の向こうから、何かが飛来し、扉に穴を穿つ。

 

 

「うおっ!? 見つかった?!」

 

 

形状は丸いため、おそらくは銃弾……スナイパーとして狙っているセシリアの攻撃だと見ていい。

どうするか迷っていた時、一夏に声をかける少女がいた。

 

 

 

「一夏、こっちこっち!」

 

「シャル!」

 

 

 

心優しいシャルロット。

襲ってくる気配が全くないため、一夏は迷わずシャルのいる方へと移動した。

一瞬、シャルが手に何かを持っている事に気付き、足を止めようとしたが、それがガラス張りの盾である事に気付いた。

 

 

「ここは僕に任せて! さっきそっちに和人がいたから、すぐに合流するといいよ!」

 

「わかった! ありがとな、シャル。やっぱりお前はいいやつだよ」

 

「う、うん……あ、ありがとう……!」

 

 

 

爽やかな笑顔に当てられて、シャルも僅かながらに口ものが緩む。

 

 

 

「あっ! ちょっと待って!」

 

「なんだ?」

 

「そ、その……王冠を置いていってくれると、嬉しいなぁ〜」

 

 

 

シャル……お前もなのか。

だが、少なくとも前の二人のように急に襲いかかってくるわけでは無さそうなので、一夏は一瞬だけ気を許した。

 

 

 

「お前もなのか……この王冠に一体何があるってんだよ……?」

 

 

 

そう言いながら、一夏は王冠を手に取り、頭から離した。

その瞬間を狙っていたかのように、頭上から刀奈の声が響く。

 

 

 

『王子様にとって、国とは全て! 軍事機密の入った王冠を取るとぉ〜?』

 

「はい?」

 

 

 

バチィィィーーーー!!!!

 

 

 

「「ぎゃあああああーーーーッ!!!!」」

 

 

 

舞台の上で、二人の男子生徒の絶叫が聞こえた。

二人……そう、和人もである。

里香と圭子の戦闘から逃げてきた際、和人はもう一人の人物と鉢合わせしていた。

 

 

 

「うおっ?!」

「うわっ!? お、お兄ちゃん!」

 

「へっ……?」

 

 

 

黒髪を短く切り揃えた少女。

その手には日本刀が握られていた。

日本刀にドレス……異色の組み合わせだが、以外にも悪くない。

 

 

「ス、スグ……?」

 

「う、うん……そうだよ」

 

「お前まで参加してたのか……」

 

「う、うん……楯無さんに、言われてね」

 

「あいつ……」

 

「あっ、でも! 私はお兄ちゃんを襲ったりはしないよ! 私はお兄ちゃんをリズさんやシリカたちから守りに来たんだもん!」

 

 

 

自分は正当だと言わんばかりに、直葉は胸を張る。

その度に、今にもはち切れそうな胸部が、たゆんたゆんと揺れ動く。

 

 

「そ、それはともかくだよ? お兄ちゃん。その報酬として、その王冠をもらいたいんだけど……」

 

「お前も結局は同じなのかよ……!」

 

「いいじゃん! お兄ちゃんを守るんだから、それくらいの報酬があっても!」

 

「わかった、わかったよ……ほら、スグ」

 

「えっ!? いいの? やったぁー!」

 

 

 

直葉が手にしようした瞬間、和人にも衝撃が走った。

 

 

 

「「ぎゃあああああーーーー!!!!」」

 

 

 

一夏と和人は、あまりの衝撃に驚き、その場に倒れてしまった。

 

 

((な、なんじゃこりゃあああああーーーー!!!!))

 

 

その心の問いに答えるかの様に、刀奈からの宣言がなされた。

 

 

 

『自責の念によって、電流が流れます! あぁ、何ということでしょう……王子たちの国を思う心は、そうまでして重いのか……。

しかし、私たちは見守ることしかできません! あぁ、何ということでしょう‼︎』

 

「「二回も言わんでいいッ!!!!」」

 

 

 

一夏と和人は立ち上がり、シャル、直葉に言った。

 

 

 

「ごめんシャル……王冠は諦めてくれっ!」

「ごめん、スグ……王冠は勘弁してくれ!」

 

 

 

そのことばに、二人は同じ反応を示した。

 

 

 

「「ええっ!? それは困るよぉー!」」

 

「「すまんっ!!」」

 

「あっ! 一夏ぁ〜!」

「あっ! お兄ちゃんっ!」

 

 

 

守ろうとしてくれた二人には悪いが、こちらも命がかかっている。

降伏も地獄、囚われれば地獄……つまり、捕まらなければいい!

その考えが、二人の中で確実に芽生えていったのだった……。

 

 

 

 

 





感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第71話 蜘蛛の操り手



今回は劇後半と、いよいよあいつが出てきます。





劇が開始されて、だいたい数十分は経っただろうか。

シャル、直葉という心優しきシンデレラたちと別れを告げて、一夏と和人は合流した。

 

 

「はぁ……はぁ……マジ、洒落にならんぞ、これは……!」

 

「ぜぇ……ぜぇ……ホントですよ……」

 

 

今二人がいるのは、宮殿風に作られた舞台セットの一室。

周りには、様々な武器が置いてあることから、武器庫の様だ。

手に触れ、感触を確かめる。

 

 

「これは……本物か?」

 

「いえ、形や重さは限りなく近いですけど、鋼じゃないですね。これは鈴たちが持っていた武器と同じ……これも亜鉛合金でできた模造品だと思いますよ」

 

「なら、俺たちも拝借しておくか」

 

「ですね……」

 

 

 

和人は片手剣を取り、一夏は鍔無しの刀を拝借する。

目の前の扉を出れば、まず間違いなく、戦乱に巻き込まれる。

 

 

 

「っていうか、絶対俺の方が不利ですよね、これ……」

 

「いや、それは仕方ないだろう……。ここがIS学園である以上、お前が狙われる確率が高いのは確かなんだし……」

 

「普通に考えて、シャルはまだしも、鈴とセシリアが……あとは、ラウラかな……」

 

「俺もだな……リズとシリカがあんなに来るとは……」

 

 

 

二人してため息をついた。

 

 

 

「こうなったら、腹をくくるしかないないだろう……この劇がどこで終わるのかは知らんが、生き残らないと……」

 

「死…………ですね?」

 

「その通りだ……っ!」

 

 

 

仮に捕まってしまえば、その女子生徒たちからの何らかの要求を聞かなくてはならないだろうし、まず怖いのは、刀奈と明日奈の存在。

刀奈に関しては、この劇を主催したあたり、何か手を打っているのだろうが、明日奈は違う。

この劇に一夏と和人の二人が出ることは知っていても、その参加者たちが二人を襲ってくるのは知らない。

その秘密は、やはりこの王冠……。

 

 

「今取っても電流が流れるんですかね?」

 

「……やってみたら?」

 

「絶対イヤです」

 

「だよな……」

 

 

 

そっと、一夏と和人は、扉に左手を当てた。

 

 

「よし……扉を出たあとは、それぞれ別々に動こう」

 

「ええ、少しでも動きやすくするために……ですね」

 

 

二人は頷き合って、勢いよく扉を開けた。

一旦壁に隠れて、状況を確認。付近に誰もいない事を確信してから、二人は外へと出た。

 

 

 

「よし……行くぞ!」

 

「はい……! ご武運を!」

 

「おう!」

 

 

 

 

二人は左右に分かれて、それぞれ走り出していった。

だが、今回は大丈夫。

ちゃんと武器を携帯し、何とか渡り合える戦力は持った。

あとは、自分たちがどれくらい凌げるのかどうか……。

 

 

 

「頼む……誰にも会いませんように……!」

 

 

 

そう思いながら、一夏は塔の上へと上がっていく。

この中では一番高いところだ。ゆえに、見上げなければならないため、そうそう見つかる事はないだろう。

そう淡い期待をしてみたが、それが最悪の一手となるとは……。

 

 

 

「ん?」

 

 

塔の頂上に登り切ったところで、一夏は目を凝らした。

誰かがいる……。

では誰だろう。

今のところ、下には鈴とシャルがいる。

そしてどこかにセシリアがいるだろう……。

ならば、考えられるのは、ラウラか、箒か、簪か……。

うん、どの三人にも会いたくない。

ラウラは軍人。箒は剣道チャンプ。簪は刀奈の妹で、暗部の家柄。

どれも会えば苦戦を強いられる結果になる。

 

 

(やべぇ〜…………)

 

 

 

心の中でそう思った時だった。

急にスポットライトが当てられ、その光に照らされたシンデレラは、銀髪のストレートで、両手に軍用のコンバットナイフを装備していた。

 

 

 

「あぁ〜……」

 

「待っていた……師匠」

 

「俺は待ってほしくはなかったんだけど……」

 

「今日この日……私は師匠を倒し、超えていく!」

 

「くっ!」

 

 

 

 

ナイフ二刀流で突っ込んでくるラウラ。

逆手に持ったナイフを、右に左にと振り抜いていく。

一夏も僅かな動きで攻撃を躱し、いなし、受け止める。

 

 

 

「さすがは師匠……すでに武器を手にしていたか……」

 

「じゃないとな……お前らが襲ってくると思ったんで、ねっ!」

 

「ふんっ!」

 

「あぶっ!?」

 

 

 

右のナイフが、一夏の着ていた衣装に擦り、その部分が綺麗に裂かれた。

 

 

「なっ!? まさか、それって……!」

 

「ん? 私が普段から愛用している物だが?」

 

「って事は本物って事じゃん!」

 

「当たり前だ。師匠を倒すのに、そんなおもちゃでは失礼だろ!」

 

「死ぬかもしれないのに失礼も何もないわ!」

 

 

 

近接戦は、長年の勘が働いて、何とかしのげてはいるが、それがどこまで持つか……。

体力的には、まだラウラの方に分がある。

IS部隊の隊長であり、ドイツ軍の少佐なのだ。

本当なら即座にやられてしまうのがオチだろう……。

 

 

 

「さぁ、師匠! 私にその王冠を渡してくれ!」

 

「ラウラも王冠を!? この王冠いったい何なんだよ!!?」

 

 

 

みんな王冠を狙っている……。

だが、その理由がいまひとつわからない。

いったい……何なのか……。

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……恋には障害がなくっちゃねぇ〜♪」

 

 

 

 

管制室でニヤニヤと笑いながら、あるボタンをポチッと押す刀奈。

すでにドSスイッチが入っているのか、その笑はとても怖い。

 

 

 

 

グイイィィーーーーン

 

 

 

「あ?」

「ん?」

 

 

 

塔の上で戦っていた一夏とラウラは、何やら聞きなれない音に反応し、鍔迫り合いをしている状態で、音の発信源をみた。

と、その正体を見た瞬間、一夏とラウラは驚愕した。

 

 

 

「「アームストロング砲だとっ!?」」

 

『そのレプリカだけどねぇ〜♪』

 

 

 

ゆっくりと砲身が移動する。

射角を揃え、刀奈の押したボタンに反応し、アームストロング砲の砲弾が発射された。

 

 

 

「っ! ラウラ!」

 

「うわっ!?」

 

 

ラウラに覆いかぶさるようにして倒れ込む。

塔の一部に砲弾が当たり、爆発音とともに外壁が崩れる。

だが、やはりこれも配慮したのか、爆発の規模が小さかったのだ。

ならば、今のうちに撤退するのが得策だろう。

 

 

 

「行くぞラウラ!」

 

「へっ?!」

 

 

突然体を抱きかかえられたからか、ラウラは妙に女の子らしい声をあげる。

だが、今はそんな事を考えている余裕がない。

一夏が走り出した瞬間、もう一度アームストロング砲が発射された。

一夏は塔の上からダイブし、取り付けてあった滑車に手を掛けて、勢いよく降っていく。

 

 

 

「あっぶねぇ〜……」

 

「………」

 

「ん? どうした、ラウラ?」

 

「い、いや! な、何でもない……」

 

 

彼女らしくない、今にも消え入りそうな声だった。

ようやく地面が見えてきて、一夏はタイミングを合わせて滑車から手を離した。

着地と同時に、ラウラを下ろして、その場を後にする。

立ち去る瞬間、ラウラが「ぁ……」と名残惜しそうな声をあげたのだが、一夏には聞こえていなかった。

 

 

 

「フゥ〜……キリトさん、大丈夫かな?」

 

 

 

今でもなお、戦っているであろう和人の様子が気になる。

どうにかして隠れないと……そう思っていた時、背後から声をかけられた。

 

 

「一夏」

「っ!? 箒!」

 

 

城のような外壁から身を乗り出し、こちらを見ていたファースト幼馴染。

手まねきをしているので、一夏はそちらへと走っていく。

 

 

「無事のようだな」

 

「まぁ、今のところはな……」

 

「ここを登れ。そうすれば、安易には見つからないだろう……」

 

 

 

そう言って指差したのは、もう一つあったセットの塔。

確かに、こちらには誰もいないかもしれない。

先に箒が登っていき、後で一夏が追随する形だ。

 

 

 

「っ! 一夏、上を見るなよ?!」

 

「はぁ? なん、でぇっ!?」

 

 

そう言われたら、反射的に上を見てしまうのが人の原理だ。

しかし、そのタイミングが悪かった。

なぜなら、見えてしまったのだ。

箒の下着が。

淡いピンクのレース柄の下着。たまたま空調の風が吹いて、ドレスのスカートを扇いでしまったのだ。

 

 

「み、見るな!」

 

「うわっ!? や、やめ、落ちるって!」

 

 

みんな同じ服に、同じ靴を履いている。

つまり、強化ガラスの靴を……。しかもヒールだから、尖った部分が局所的に突き刺さる。

危うく手を外しそうになりながらも、一夏は箒に許しを請い、箒はなんとか怒りを収めて、二人で塔の頂上へと登って行った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「これで、なんとか誤魔化せるか……」

 

 

 

中々に長い梯子を登り切って、二人は息を整える。

 

 

 

「で、では……その王冠を渡してもらおう……」

 

「…………箒」

 

「いや、これは……! そ、そう! お前を守るためなんだ! だから、報酬として、後で渡してくれればいい! だから、他の誰にも渡すなよ!」

 

「…………まぁ、それならいいけど」

 

「っ!? い、いいんだな?! 後で無しはダメだぞ?!」

 

「ん? まぁ、別にそんな意地悪な事はしないって」

 

「そ、そうか……ははっ、勝った……私は勝ったぞ……っ!」

 

 

 

軽く拳を握って、勝ち誇った顔をした箒を見て、一夏は首を捻っていた。

だがまぁ、箒がこちら側に回ってくれたのは幸いだ。

さっき和人と合流した時に聞いたが、和人にも直葉がついたようだ。

箒と直葉……ふたりとも剣道でチャンピオンであり、ベスト8に春ほどの腕前だ。

まさに、鬼に金棒と言えるだろう。

これで、ようやく安心できる……この時は、そう思っていた。

 

 

 

 

「お姉さん……そんなに甘くないわよぉ〜♪」

 

 

 

再び刀奈がボタンを押す。

その瞬間、一夏と箒のいる塔の頂上で、何か物音が……。

 

 

 

「「んっ?」」

 

 

 

物音がした方向に視線を移す一夏と箒。

すると、今まで壁だと思っていた城壁が、両手開きのドアの様にパカリと開く。

だが、開いた先に問題があった。

どこからそんなものを持ち出したのかと疑いたくなる様な、巨大な鉄球が現れたからだ。

 

 

 

「げっ!?」

「なっ?!」

 

 

現れた鉄球は、コロコロと坂道になっている道を転がってくる。

そしてその行く先に、一夏と箒の二人もいるのだ。

 

 

 

「に、逃げるぞ箒!」

 

「あ、ああっ!」

 

 

慣れないドレス姿だからなのか、箒の足取りが少しぎこちない。

しかもヒールというアンバランスな靴を履いているため、時折バランスを崩しかける。

だから一夏は、とっさに箒の手をとって、一緒に走り回る。

 

 

 

「やばい…! やばいぞこれは……っ!」

 

 

 

坂道になっているため、鉄球はどんどんスピードを増して追ってくる。

このままでは、いずれ轢かれるのが目に見えている……。一夏は咄嗟に箒を勢いよく引き寄せると、箒の体を浮かせ、その体を両手で抱きかかえる…………つまり、お姫様だっこ。

 

 

 

「ぁ……」

 

「悪い箒、少し我慢してくれ!」

 

「う、うむ……」

 

 

 

坂道を下る途中で、横道に逸れる場所を探し当て、一夏はそちらへと飛び込んだ。箒を壁側へと押しやり、自分もその中へと入り込む。

自然と体を近づけあう二人。

一夏は転がっていく鉄球に注意を向けていたのだが、箒はずっと、一夏の横顔を眺めていた。

凛々しく、鋭い視線を向ける一夏の表情は、まるで千冬の様な雰囲気を纏っていた。

幼い頃から見ていた一夏の顔。

今ならはっきりとわかる。

 

 

 

(やはりお前は……かっこいいな……)

 

 

 

千冬というかっこいい女性がいて、その弟である一夏もまた、そんな表情をするのだ。

初めて見たのは、剣道の稽古に来た時……二人で素振りをしていた時だ。

真剣に竹刀を振り続ける一夏の横顔を、素振りをしながら眺めるのが、箒の特権だった。

それが今、久しぶり見られた……。

 

 

 

「あ、あの……手を、どけて欲しいんだが……」

 

「っ!? 悪い……!」

 

 

 

改めて箒に促され、一夏は咄嗟に肩に掛けていた手をどけた。

その瞬間に、箒もラウラ同様に「ぁ……」と、なぜか名残惜しそうな声を漏らした。

 

 

 

「しっかし……ホント何なんだよ。何でお前たちはこんな作り物の王冠ごときにそんな躍起になってんだ?」

 

「それは……その……」

 

 

 

口ごもる箒を見て、何ならかの理由でそれは言えないのだとわかった。

王冠には何らかの意味があって……しかし、それを一夏たちには言えない何かなのだろう。

 

 

 

 

「師匠! 王冠を渡してもらうぞ‼︎」

 

「げっ! ラウラ!」

 

「そうさはさせんッ!」

 

 

 

いつの間にか一夏を追ってきていたラウラが、一夏の背後からナイフを振りかぶってきていた。

一夏も持っていた刀で、受けて立とうとしたが、それよりも早く、箒が刀を抜刀。

その刀は、箒が常日頃、稽古で使うために持っている真剣……一夏も前に見たことがあるものだった。

名は《緋宵(あけよい)》。

名匠明動陽(あかるぎよう)の晩年の作で、女剣士を伴侶にしたことから、それまでの刀剣作りの一切を捨て去り、飛騨山中へと移り住むと、そこで『女のための刀』を作り始めたそうだ。

力で劣る女が、男を倒すための刀……それは『柔よく剛を制す』という言葉と似て、刀匠としての生涯のテーマにしていたようだ。

その明動陽が、最後に至った結論は以下の二つ……。

 

『決して受けることなく剣戟を躱し、また己が身に密着して放つ必殺の閃き』

 

と、

 

『相手よりも早く抜き放ち、その一太刀をもって必殺とする最速の瞬き』

 

 

つまり、カウンターを主体にした『後の先』の戦法か、最速の剣として、剣術の究極形態のひとつである抜刀術……居合い斬りを主体にする『先々の先』の戦法だ。

箒の持つ刀は、後者に当たる。

緋宵は、普通の刀よりも、刀身が細く長い。

つまり、抜刀術に向いている刀なのだ。

それゆえに、箒の抜刀が速く、一夏とラウラの間に割り込めたのだ。

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ!」

 

「邪魔をするなラウラ!」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 

 

 

一度距離を置き、箒とラウラは互いに構える。

《緋宵》を正眼に構える箒と、ナイフ二刀流を軍隊式戦闘術の構えで見据えるラウラ。

互いに一歩も動かない。

相手の出方を待っているようだ。

 

 

 

「まずは貴様から排除してやろう……っ!」

 

「やれるものならな……ッ!!」

 

 

 

一瞬にして険悪ムードに突入。

箒が踏み込んで鋭い突きを放ち、ラウラはそれを躱して、箒に斬りかかる。

ナイフと刀……リーチの差では、箒に分があるが、元々小柄な体形であり、素早く動けるラウラ相手には、その差もあってないようなものだ。

互いに牽制を交えながら、真剣同士の対決が続く。

 

 

 

「二人のことだから、大丈夫だとは思うが……」

 

 

 

一度火がつくととんでもないくらい本気になる二人でもある。

二人の戦いぶりを拝見している一夏。

しかしその後ろから、ひたひたと近づいて来る者がいた。

 

 

「っ!?」

 

「あ……」

 

 

 

咄嗟に後ろを振り向き、刀を構えた一夏。

するとそこには、水色髪の少女が立っていた。

しかも、一夏の頭の上に手を伸ばそうとしていた状態で……。

 

 

 

「……えっと、簪さん? 何をしていらっしゃるのですか……?」

 

「え、えっと……」

 

 

 

一夏の冷静な対応に、一瞬身じろぎした簪。

恥ずかしそうに顔を赤らめて、ドレスの裾を握ってモジモジとしている。

 

 

「あの……王冠を……」

 

「やっぱりか……」

 

 

弱々しくそう言う。

やはり簪も一夏の被る王冠を求めて来たようだ。

そんなに欲しいならあげたい……だけど、あげた瞬間に地獄が待っているので、それはできない。

 

 

「えっと、簪。この王冠に、一体何があるんだ?」

 

「えっと……それは、秘密……」

 

「まぁ、そうだよな……」

 

「でも、私の目的は、話してもいい……」

 

「目的?」

 

「うん……一夏、今度の週末、私に付き合ってほしい……」

 

「週末……なにかあるのか?」

 

「ある。わたしにとって、凄く大事な用事が……っ!」

 

「お、おう……」

 

 

 

 

瞳に映った、静かだか確実に燃えている炎。

こんな簪は初めてだ。

それ程までに本気なのだろう……。

 

 

 

「アニメ専門店で発売される初回限定盤を、どうしても買いたいっ!」

 

 

 

意外にも可愛い目的だった。

しかし、両手を握り拳にしながら言う姿は、本気の姿を現したものだった。

 

 

 

「まぁ、それくらいなら、全然手伝うぞ?」

 

「え……? ほんと?」

 

「うん。ほんとほんと」

 

「…………なら、いい」

 

 

 

ホッとひと安心。

そういった表情で、一夏を見る簪の顔は、どことなく刀奈に似ていた。

刀奈も安心するとき、目を細め、少しだけ微笑むのだ。

やはり姉妹なのだなぁ〜と思っていると、後ろから大きな轟音が響いた。

 

 

 

「「っ!?」」

 

「きゃあっ!?」

 

「な、なんだ?」

 

 

 

 

後ろで戦っていた箒とラウラ、一夏、簪は、突然の地響きと轟音に驚き、その場で固まってしまった。

しかしよく見ると、転がり落ちていった鉄球が、ラウラと出会った塔に激突し、城壁を破壊し、塔を倒壊させていた。

 

 

 

「「「「へぇ……?」」」」

 

 

 

一体何が起こったのか……そんな表情で眺めていた。

しかし、既に最悪な状況が起こっていた。

一般生徒達が劇を見ていた観客席と、舞台の入り口が、一つの桟橋によって繋がったのだ。

ほぼほぼ丸見えの状態で、一般生徒たちと目が合ってしまった。

 

 

 

『さぁっ! ここからは、フリーエントリー組の参加です! みんな、王子様の王冠めがけてガンバってぇ〜〜っ!!!!』

 

「「な、なにぃ〜〜っ!」」

 

 

 

 

刀奈の言葉とともに、雪崩れ込んでくる一般生徒たち。

みんな一直線に、和人と一夏のいる方へと向かって走ってくる。

舞台の広間で、里香、圭子、直葉と対峙していた和人は、一瞬にして包囲され、一夏たちもまた、徐々に包囲されつつあった。

 

 

 

「嘘だろ……これ……!」

 

 

 

絶望の色が支配する中、一夏の背後に気配を感じた。

 

 

「ごめんねぇー、織斑くん。でも、現実なんだぁ〜」

 

「鷹月さん!?」

 

「私と幸せになりましょう、王子様!」

 

「谷本さん……」

 

「王冠をちょうだい!」

 

「相川さんも……?!」

 

「おりむー、待ってぇ〜!」

 

「のほほんさんまで…………」

 

 

 

みんな一組のクラスメイト。

ゆえに、あまり手荒な事はできない。

和人の方はどうなっただろうと思い、そちらに視線を向けると、和人の周りには、ほとんど上級生が集まっていた。

二年生を示す黄色いリボンの他に、赤いリボンをつけた生徒……つまり、三年生の姿まであった。

このままでは、シンデレラ達よりも先に、一般生徒達にやられてしまいそうだ。

どうにか切り抜けなければ……そう思っていた時だった。

いきなり舞台の照明がすべて落ちた。

 

 

 

「きゃあっ!? な、なに?!」

 

「ちょっと! 暗くてなにも見えないわよ!」

 

「会長! 照明を早く!」

 

 

 

一般生徒達からの苦情が相次いだ。

しかし、これは好機だと、一夏と和人は思った。

この暗がりに紛れて、素早くこの場から離れれば……そう思っていたのだが……。

 

 

 

『高いところから失礼致します‼︎』

 

『あ、危ないから、みんな、その場を動かないでねっ!』

 

 

 

マイク越しに聞こえる聞き覚えのある声。

これは…………

 

 

「カタナ……?」

 

「アスナ!?」

 

 

 

刀奈は管制室から語り部兼ナレーションとしての役割があるはず。

明日奈は今回の劇では未だに出てこなかった……今になって、しかもどこにいるのだろう……。

 

 

『王子! 様々な刺客溢れるこの舞踏会を、よくぞ耐え抜いてくれたした!』

 

『ご、ご安心ください! わ、我々親衛騎士が、あ、あなたの為に、馳せ参じます!』

 

 

 

急にライトアップされ、テラス席のところに、光が集まる。

そこには、二つの人影があった。

栗色の髪を丁寧に編み込み、洗練された美しさ際立つ白いドレスと甲冑を身に纏った細剣を持つ女騎士と、水色髪に十字架のアクセサリーをあしらい、隣にいる栗色髪の騎士と同じ格好したもう一人の女騎士。

一本の長槍を肩に担ぐようにして持っているこちらの騎士は、その場の雰囲気を掌握し、高らかに宣言した。

 

 

 

『さぁ、民衆よ! 王子を奪いたくばーーーー』

 

『わ、我々を倒してから行け! こ、この王子親衛騎士ある私! アスナとーーーー』

 

『カタナが!』

 

『『尋常にお相手致します!!!!』』

 

 

 

バシュウゥゥーーーー! と白いガスが噴射され、全体照明がつけられる。

テラス席に現れた二人の女騎士は、片や悠然と、片や羞恥に顔を赤らめながら、手持ちの武器を高々と掲げた。

 

 

 

「「「「「はあああぁぁぁっ!!!!???」」」」」

 

 

 

 

会場に集まっていた全生徒達からのブーイング。

ここへきて、本妻達による妨害が入ってくるとは、予想だにしていなかったからだ。

 

 

 

「うふふっ……決まったわね♪」

 

「もう〜……こんな事するって聞いてないよー!」

 

「大丈夫よ。アスナちゃん、やっぱり似合うわねぇ〜♪」

 

「…………それはそうと。キリトくんたちを危険な目に遭わせたのは、怒ってるんだからね、カタナちゃん」

 

「あっはは…………」

 

「…………」

 

「うわぁーん! ごめんなさい! 悪気はなかったのよ、ほんとよ!? だって、どうせ私たちが守れば、二人は取られずに済むでしょう!?」

 

「それはそうだけど、限度ってものがあると思うなー」

 

「うう〜……ごめんってば、アスナちゃん。だから怒らないでぇ〜!」

 

 

 

頬を膨らましながら、刀奈をジト目で睨む明日奈に、刀奈も堪らず許しを請う。

元SAO組の中で、明日奈に一番の年長者であることから、刀奈も明日奈には頭が上がらないところがあるようだ。

 

 

 

「とにかく! 私たちを倒さないと、チナツとキリトの獲得なんて、夢のまた夢!」

 

「うぅ……どうしてもやるの?」

 

「そう、やるの♪」

 

「はぁ……。勝負ならいくらでも付き合ってあげる! さぁ、かかってきなさい!」

 

 

 

 

もう、半ばやけくそ感がハンパない。

細剣を手にした明日奈と、長槍を手にした刀奈は、テラス席から飛び降りると、戦いを挑みに来た武道関連の部活生たちを相手に、戦い始めた。

思わぬ参加に、舞台に押し寄せていた一般生徒たちは混乱している様子だ。

一夏たちも負けじと応戦し、なんとか劇が終わるまでには持ちこたえられそうだった。

 

 

 

「よし、このまま劇が終わればーーーー」

 

「そうはさせるかぁーーーー!!!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

なんとか振り切って、逃げようと思っていた矢先に、一組のクラスメイトたちに行く手を塞がれる。

 

 

「織斑くん、観念しなさい!」

 

「織斑くんたちは一組の共有財産!」

 

「ゆえに!」

 

「私たちにだって、織斑くんと戯れる権利がある!」

 

「どういう理屈なんだよ、それ!」

 

 

 

ここへきて諦めが悪い……いやもとい、執念を見せる十代乙女たち。

これもIS学園という特殊な学園へと入学した者たちの特性なのだろうか……。

 

 

 

「そっか……みんな、そこまで……」

 

「っ!? じゃ、じゃあ…………!」

 

「でもごめん! やっぱ、逃げる‼︎」

 

「あっ! こらぁー! 待ちなさぁーい!!!!」

 

「追えっ! 追えぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 

 

塔の頂上から、少し下ったところにある屋根を伝って、下の方へと降りる。

今回の劇で用意された舞台は、かなり精巧に作られているため、逃げることなんでいくらでもできる。

一つ問題があるとすれば…………

 

 

 

「「「「「まぁーてぇーーーーーッ!!!!!」」」」」

 

「数が多すぎねぇか!?」

 

 

 

 

一夏を追ってくる生徒達が多いことだろうか。

 

 

 

「くっそぉー、このままじゃあ…………」

 

 

 

そう思い、進路を変えて、急速に曲がってみた。

だが、その行動が、自分の首を絞めてしまう羽目になる。

 

 

「げぇっ!? 行き止まり!」

 

 

周りはセットに囲まれている。なんとか崖のようになっているところを登れば、時間ぐらいは稼げるだろうが……。

 

 

「最悪、白式を使うか?」

 

 

そう考えながら、周りを確認している時、ふと、足を掴まれた。

 

 

「っ!?」

 

「織斑さん、私です」

 

「っ?! 巻紙さん?! どうしてここに……」

 

「早くこちらへ! そこまで迫ってきているのでしょう?」

 

 

 

 

確かに、もう追っ手がそこまで迫ってきている。

だから、もう躊躇している暇はない。

 

 

 

「すいません! 入れてもらえますか?」

 

「はい、急いで」

 

 

よく見ると、地面の部分が、まるで潜水艦の入り口のようになっており、そこから下へと飛び降りる。

 

 

 

「はあ…………助かりました、巻紙さん」

 

「いえ、礼には及びませんよ……」

 

「にしても、巻紙さんがどうしてここに?」

 

「あ、えっと……お恥ずかしいながら、化粧室を探して、こんなところまできてしまいまして……。

そしたら、何やら上が騒がしかったもので……」

 

 

 

改めて周りを確認してみると、今一夏たちがいるのは、ロッカーがたくさん設置られている場所。

どことなく見覚えがあると思ったら、ここはアリーナの更衣室だった。

ちょうどその上に、舞台のセットが敷かれていたのだ。

 

 

 

「はぁ……でもまぁ、ずっとここにも居られませんからね……少し休憩したら、また戻りますよ」

 

「そうですか……なら、私も……そろそろ自分の仕事を完遂させなくてはいけませんね……」

 

「…………え?」

 

 

 

その言葉の意味が理解できず、一瞬の間が空いた。

だが、一夏の思考よりも、体が先に反応した。

彼女……巻紙 礼子から放たれる異常な雰囲気を……。

 

 

「ま、巻紙さん?」

 

「織斑さん……どうか、私に譲ってはいただけませんか?」

 

「…………一体、何を……?」

 

「はぁ……そんな物、決まっているじゃないですか……」

 

 

 

顔は笑っている。

だが、今の笑顔は、さっきまでの彼女とは全く違っていた。

どこか含みのあるような、底知れぬ暗闇を帯びているような……そんな気がしてならなかった。

 

 

 

「…………いいから、とっととそいつをよこしやがれよッ!!!」

 

「っ!?」

 

 

突如、礼子からの蹴りが放たれた。

咄嗟に一夏は、持っていた模造刀で弾き、蹴りの威力によって浮き上がった体制を整えて、その場に立ち上がった。

 

 

 

「あんた……一体……!」

 

「ったく……痛ってぇな……!」

 

 

蹴りを放った足のつま先を、床にトントンと突きながら、一夏のことを睨む礼子。

弾いた時、模造刀から感じた感触……どうやら、タイツ越しに何かの金属を隠し持っている……そう感じた。

それに先ほどの蹴りは、一般人の放つそれとは、一次元違っていたように思えた。

 

 

 

「何者だ……っ!」

 

「あぁ? そんなもん決まってるだろう……てめぇの専用機をもらいに来た、謎の美女だよッ!!!!!」

 

 

 

突如、礼子の上着のスーツが膨れ上がる。

そして、それを突き破り、中から8本の金属の棒が現れた。

 

 

 

「どうだ……嬉しいだろう?」

 

「っ…………自分で美人とか言っている様な人とは、初めて会うんでね。そんなの分かんねぇわ」

 

「ちっ! 歳上への言葉遣いがなっちゃいねぇーな!!!! このクソガキがッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

奇怪な姿となった礼子が、一夏に飛びかかる。

一夏は模造刀を構え、礼子の攻撃をいなしていく。

 

 

 

「ほう? 意外としぶといねぇ〜……ゲームにどっぷりはまって動けなくなってた奴とは思えないくらいだ」

 

「生憎、うちの教官殿はスパルタでね……日々しごかれてんだよ」

 

「はっ! まぁ、いいや……とっととてめぇから白式奪えばそれでいいわけだし? だから即座に死んで、そいつをよこしなッ!」

 

「断る!」

 

 

飛びてくる鉄の棒は、まるで一本一本が意志を持っているかの様に、左右上下から一夏を挟み込む。

一夏も体を捻って躱したり、模造刀で打ち払ったりするが、それでも手に負えないでいた。

模造刀では斬ることができない。

一応、亜鉛合金という金属でできてはいるが、刃引きをしてしまっているので、切れ味はもともと悪い。

そして、相手の武器が、普通の鉄パイプなど、日常的にあるものだったのなら、傷をつけ、下手をすれば斬ることすらできたかもしれないが……

 

 

 

「ちっ! この金属……ISの装甲か!」

 

「あっははーーーッ! 今頃気づいたか!? そうだよ……だから、てめぇも白式を出さねぇ限り、絶対に勝てねぇぜ‼︎」

 

「…………」

 

 

 

明らかに白式を出させたがっている。

白式を渡すには、待機状態のままもらったほうが効率的だ………。

なのに、あえて出させるということは、何か策があるのだろう。

 

 

 

「…………いいぜ、望み通り……使ってやるよ。来い、白式っ!」

 

 

模造刀を床に投げ捨て、右手首に意識を集中する。

すると、凄まじい光が放たれ、一夏の体に白と薄紫の鎧が装着された。

白式第二形態……《白式・熾天》だ。

 

 

 

「クックク……! 待ってたぜぇーーーーッ!!!!!」

 

 

 

礼子の体にも、光が溢れてくる。

光が収まると同時に、その姿にも変化が……。

赤黒い色と黄色という、とても不気味な色合いを基調としたIS。

先ほどから攻撃していた8本の棒は、全て地面に着き、脚のようなっていた。

その他に、自身の腕につけられた装甲。

全ての手足を合わせると、10本にも及ぶ。

この姿……もはや人型のISではない……これはまるで……

 

 

 

「アラクネ…………」

 

 

 

蜘蛛と女性が合体したような怪物。

蜘蛛王などと呼ばれているものだ。

 

 

 

「さぁ、IS同士……楽しい殺し合いをしようぜッ!!!!!」

 

 

 

ISを用いた第二戦が、今開始されたのだった……。

 

 

 

 

 






次回は、学園祭終了まで行けばいいかな……。
もう時期仕事の方が忙しくなってきますので、更新が不安定になるかもしれませんが、ご容赦下さい( ̄▽ ̄)

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第72話 人斬り抜刀斎



はい、今回は一夏の戦闘がメインです。
次回も多分戦闘がメインになるとは思いますが、よろしくです(⌒▽⌒)




「オラオラオラオラオラッ!!!!!」

 

「ちっ!」

 

 

アリーナの更衣室という、ISの戦闘ではまず狭すぎる場所にて、一方的な銃撃戦が始まっていた。

銃撃を行っているのは、謎のISを纏った、『みつるぎ』営業担当 巻紙 礼子…………と名乗っていた女だ。

だが、ここまで粗暴な態度を表し、明らかに殺意を向けてきている時点で、もう彼女は営業ウーマンでもなんでもない。

ただの敵だ。

一夏は銃撃を喰らわないように、《シューター・フロー》と《サークル・ロンド》を駆使して、攻撃を躱して行っている。

 

 

 

「ちっ! ちょこまかと……! 逃げ回るしか能がねぇのかっ!? おいっ!」

 

「うるせえな……なら望み通りーーーー」

 

「っ!」

 

 

突如、視界から一夏の姿が消えた。

驚いて、銃撃を止める。

すると、今度は自身の近くにやってくる機影を、レーダーで捉えた。

 

 

 

「ーーーーお邪魔するぜッ!」

 

「なっ!?」

 

「せぇやあッ!」

 

 

 

ロッカーの間から、まるで流水のような動きで、自身に近づいてきた一夏に驚き、女は対応に遅れた。

そして、手に持っていたマシンガンを、一夏の《雪華楼》によって断ち切られる。

 

 

「ふんっ! たかだか銃を切ったくらいでーーーー」

 

「っ!?」

 

「調子に乗んなッ!!!!!」

 

 

 

アラクネの脚が一夏の頭上から振り下ろされる。

脚にはブレードが付いており、しかもそれが複数本同時に迫ってくる。

 

 

「お前は近接戦闘が得意なんだって? だが、残念だったな! この《アラクネ》も、接近戦仕様の機体なんだよ‼︎」

 

 

別々の脚で、絶え間なく斬りつけめくる。

しかしそんなもの、次にどうくるのか……動作がわかってしまえば、対処なんて簡単だ。

 

 

 

「大体あんた! 一体何者だ! 『みつるぎ』の営業担当にしては、ちょっと過激すぎねぇかっ!?」

 

「はっ! 企業の人間に紛れるために、『巻紙』なんて名乗っちゃいたがな……今もうそんなダセェ名前を名乗る必要もねぇか……」

 

 

 

銃撃をやめ、一夏から一旦距離を置くアラクネ。

壁際に垂直でへばりつくその姿は、まさに蜘蛛。

 

 

「悪の秘密結社……《亡国機業》のメンバーが一人、《オータム》様って言えばわかるかっ?!」

 

「亡国機業……? 聞かない名だな。それに、悪の秘密結社がそんな事言っていいのかよ?」

 

「ふん…別に構わねぇだろうよ……どうせテメェはここで死ぬんだからな!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

アラクネの脚が一夏の方を向き、そこからビーム兵器を射出する。

やはり近接特化したと言っているが、遠距離戦闘用の武器もあるようだ……機動力も悪くないし、さすがは第二世代型ISと言った感じか。

しかし、昔の白式ならばともかく、今の白式の能力を持ってすれば、その程度の攻撃では、倒し切ることは不可能だ。

 

 

 

「オラよっと!」

 

「っ!?」

 

 

 

《雪華楼》と左手の装甲を交互に振るい、ライトエフェクトを展開する。

光の防壁として現れたライトエフェクトは、アラクネの攻撃を無効化しているようだ。

 

 

 

「ちっ、それがゲームの技かよ」

 

「ああ、そうだ……だが、お前はそのゲームの技で倒されるんだよ……!」

 

「生意気言ってんじゃねぇぞ!」

 

 

 

脚部からのビームでは対応されると判断したオータムは、両手を広げ、そこに備わったビーム砲を展開。

両手についているビーム砲は、脚部のものよりも大口径だ。

 

 

 

「ふっ飛べッ!!!」

 

 

 

大口径のビーム砲が放たれる。

ビームは障壁を貫き、大爆発を起こした。

 

 

 

「はっ……なんだよ…大した事ねぇじゃねぇか……」

 

 

 

今回の作戦を受けるにあたって、オータムは慎重かつ警戒して事に当たれと言われていた。

ゆえに営業者のふりをして、一夏に近づいてISを展開。

圧倒的な暴力で一夏を攻め立て、今に至る。

いうほどの事もなかったと……オータムは爆心地へと歩みよっていく。

 

 

 

「あ?」

 

 

 

近づいて、オータムはあるものを見た。

白木の柄に収まった、一本の刀……

 

 

 

「あのガキが持っていた……模造刀……?!」

 

 

 

確実に仕留めた……そう思っていた矢先だ、一夏の白式の破片などは確認できない。

という事は……

 

 

 

「あいつッ!?」

 

「遅えよッ!」

 

 

 

突如として現れた一夏。

その手に握る《雪華楼》による一閃が、アラクネの脚を斬り裂く。

オータムも驚き、一瞬だけ反応が遅くなった。そんな瞬間を読んでいた一夏は、絶えず二閃目を放つ。

別の脚を斬り裂き、残るは脚が6本と、腕が二本。

 

 

「くそがっ!」

 

 

残った脚のブレードと、両手に展開した短剣型のスピアーで一夏に切り掛かる。

手数では圧倒的にアラクネに分がある……だが、それすらも、一夏の剣捌きによって防がれる。

 

 

「はっ、ははっ! いいぜ、最っ高だよお前! まさかあん時の弱虫小僧がここまで強くなるとわよ!」

 

「あの時?」

 

「あぁ、覚えてねぇのか? なら教えてやるよ……いつだったか、お前を拉致った時があっただろう?

拉致ったのは、俺たち亡国機業なんだよ……っ!」

 

「っ!? な、なんだと……!」

 

「あぁ? 聞こえなかったかぁ? お前を随分昔に拉致ったのは、俺たち亡国機業だって言ったんだよッ!!!!!」

 

 

 

体を回転させ、脚部ブレード全てで一夏を斬りつける。

一夏はとっさに《雪華楼》を構え直し、その斬撃を受け止める。

反動で後方に飛ばされたが、カスタムウイングの出力を調整し、その場に踏みとどまる。

 

 

 

「…………そうか、お前たちか……」

 

「ああ……そうだよ。感動の再会ってやっだな! はっはっはっはーー!!!!」

 

「そうか…………ようやく、会えたな……」

 

「あぁん?」

 

 

 

マスクで覆われていたオータムの顔。

だが、そんな状態であっても、一夏にははっきりと見て取れた。

オータムが息を飲み、表情を強張らせている事を……。

何故そうなったか……理由はただ一つ。

一夏から、一切の感情を感じなくなったからだ…………いや、それは違う。

一夏から、濃密なまでに凝縮した殺気の塊が放たれたからだ。

それを確認した瞬間、オータムの視界から、一夏の姿が消えた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

目の前の敵が消えた事に驚いたが、すぐに気を取り直して構える。

アラクネの索敵範囲を広げ、白式の反応を確認する。

だが、それでも驚愕を拭えない……何故なら……いつの間にか、背後に迫っていたからだ。

 

 

「ちっ!」

 

 

無言で刀を振るう一夏。

スピードでは全く変わっていない……ゆえにオータムはからだをひねり、両手の短剣で受け止める、弾いて刺し貫きにいく。

しかし、一夏はそれを見越していたかのように、悠然と躱し、防ぎ、また距離を置く。

そして、再びオータムの視界から消える。

今度はいつの間にか目の前にまでに迫っていた。

対応できないと感じたオータムは、アラクネの装甲でそれを受け切る。

無論、ダメージは負っているが……。

 

 

 

「くそっ、なんだこいつ……! 急に動きが……!」

 

 

 

明らかに変わっている。

そして、こちらは相手の動きが読めない……。

未だにビーム砲で攻撃すれば、《シューター・フロー》によって回避されるし、今度はいつの間にやら間合いに侵略されている。

先ほどまでと戦術は同じ……だが、オータムは感じていた。

常に喉元に刃を突き立てられているような…………身がすくみあがるような、そんな感覚を……。

 

 

 

「どうした……動きが鈍ってるが?」

 

「っ! ウルセェッ!」

 

 

頭に血が上ったのか、オータムは一夏に対して斬り込んでいく。

だが、それこそ一夏の術中だ。

感情的な人間にこそ、一夏の『先読み』と『直感』は冴えるし、近接戦は一夏の領域。

この二つが合わさった時点で、オータムの勝率が下がる。

 

 

 

「おおおっ!」

 

「ふっ……!」

 

 

 

短剣を突きたてようと、軽快に攻め立てるオータム。

だが、一夏はそれを軽くいなし、最小限の動きと力で躱していく。

《雪華楼》を右から左へと振り抜き、オータムの短剣を弾く。

懐がガラ空きになったその瞬間、一夏は右手を《雪華楼》から離し、自分の右腰についている《雪華楼》を逆手に持ち、それを勢いよく抜刀。

オータムの胴体に一撃を見舞った。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

「安心しろ……お前ごときに、俺の十八番を使うつもりはねぇから」

 

「んだと……っ!」

 

「はっきりと言ってやらねぇとわからないか……? お前みたいな雑魚に、本気になるつもりはねぇって言ったんだよっーーーー‼︎」

 

「っ!!!!!? このガキがぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 

 

二刀状態になった一夏は、手数では負けるが、スピードとパワーで上回っている。

 

 

 

「くっ! この俺が……こんなクソガキに……っ!」

 

「どうしたよ……それが本気ってわけじゃねぇだろ!」

 

「黙れ!」

 

 

 

攻撃を繰り出そうにも、一夏の剣速の方が速い。

しかも、打ち付けるたびに、手持ちの武器や脚部ブレードが打ち負け、その形を維持するのも限界にきている。

 

 

「クソっ! クソクソクソッ! なんなんだよテメェはッ!」

 

「ーーーーーただの “人斬り” だよ……ッ!」

 

「うっ!」

 

「らあぁぁぁッ!」

 

 

 

 

二刀による連続攻撃。

もはや、戦況は一変した。

次第に力の差を見せつけられるオータムは、一夏から距離をとりながら、なんとか反撃の糸口を探している。

 

 

「くそっ……ただのゲーム廃人に、この俺様が……!」

 

 

現状に不満を隠しきれない。

こちらはアメリカから機体を強奪し、戦線を拡大させてきたプロのテロリストだ。

だが、そんなプロが、学生相手に押されているこの状況……。

認めたくはないが、目の前の男は……

 

 

 

「化け物野郎がッ!」

 

 

脚部ビームで間合いを離す。

だが、一夏のアクロバティックな動きに翻弄され、仕留めることができない。

ロッカールームという閉鎖的な空間が、自分にはうってつけの場所だと思ってはいたが……まさか自分よりも、この戦況に対応しうる操縦者がいるなんて……まるで悪夢を見ているようだった。

 

 

 

「フッーーーー‼︎」

 

 

 

鋭い眼つきとは裏腹に、獰猛な笑みを見せ、オータムの攻撃を軽快に躱していく一夏。

ロッカーの間に入り込んだり、跳んで壁や天井を足場に、三次元的な動きで、オータムを撹乱させる。

壁を蹴り、三角跳びのように迫ってくる一夏。

右手の《雪華楼》が振り下ろされ、オータムはとっさに両手で受け止める。

装甲はアラクネの方が厚いため、何度かなら簡単に防げる。

一夏を弾いて、距離を置き、今度はオータムから攻める。

だが、一夏は退くどころか逆にオータムの間合いに入ってくる。

右手に持っていた短剣は、一夏を貫こうと伸ばしきったままで、そこを一夏は左手の《雪華楼》で斬りつける。

白い刀身が、同じ鋼をまるでバターのように斬り裂いてしまった。

 

 

 

「っ!?」

 

「逃がすかーーーーッ!」

 

「くそっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生! アリーナのロッカールームに、敵ISの反応を確認! たった今、《白式》と交戦に入りました……しかし……」

 

「ん…………」

 

 

 

非常用作戦室にて、千冬、真耶を含めた少数の教師たちが、非常事態を確認し、その対処に当たっていた。

モニターでは、ロッカールームの映像が流されており、そこでオータムと一夏が交戦している様子が映し出されていた。

真耶を含め、その場にいた教師たちからは、驚嘆……と言う言葉があっているだろうか……驚きを隠せない、といった風な表情と声が現れていた。

敵は『亡国機業』……ここ最近になっている、アメリカ、イギリスの軍事基地へと強襲を掛け、専用機を強奪したとされている組織。

IS学園には、文字どおり宝の山と呼べるほどの専用機が点在している。

その中でも、一夏の白式と、和人の月光には、当然ながら注目が集まってきていたはず……。

だからこそ、この学園祭の時に乗じて、強奪を図ってくると思ってはいたが……。

 

 

 

「まさか、単騎で乗り込んでくるとはな……」

 

 

あまりにも無謀……そう思いたいところだが、向こうとてこう易々と強奪出来るとは思っていなかっただろう……故に、なんらかの形で増援がやってくる可能性を示唆した。

 

 

「お、織斑先生……」

 

「なんですか、山田先生……」

 

「織斑くんは……いったい、何者なんですか……」

 

「ん? それはどういう意味ですか? あれは私の弟で、私たちの生徒ですが?」

 

「そ、それはそうなんですけど……」

 

 

 

真耶や他の教師たちが言いたいことはわかる……。

今目の前に写っている少年……織斑 一夏は、何故こうも戦い慣れしているのか……と言うことだろう。

相手は一介のテロリストであり、ISでの実戦経験は、この学園にいる教師、生徒全てを含めても、上位に入るくらいだろう。

だが、たった数ヶ月前にISを起動させ、実戦なんて限られた数しか行ってきてない一夏が、どうして渡り合って……いや、むしろ圧倒しているのか。

 

 

 

「……何も変わりませんよ。あいつは私の弟で、私たちの生徒です。

それよりも山田先生……各専用機持ちと、代表候補たちに連絡。敵の増援に警戒と、一般生徒たちの避難を最優先するよう、連絡を」

 

「は、はい!」

 

 

 

各教師陣にも連絡し、停止しているシステムの再起動と、避難経路の確保、また迎撃システムの起動を指示をする千冬。

その最中、千冬は流れている映像を見ていた。

鋭い眼つきをしていながら、その顔は笑っている……獰猛かつ狡猾な笑みを浮かべた、弟・一夏の姿を……。

 

 

(やはり……これも血筋なのか……)

 

 

強者との戦いの際には、決まって感情が昂る。

それは自分の中にもある感情だ。

織斑の血筋は、こうも似たような場面で出てくるものらしい……。

 

 

(殺すなよ……一夏……!)

 

 

 

弟の瞳から、光が消えている事に、千冬は気づいてしまった……。

あの目は、ただ戦う者の目ではない……あれば、修羅の道を知っている、人斬りの目だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、一夏のやつはどこに行ったのよ!」

 

「まったくだ……逃げ足の速い奴め」

 

「だいたい、貴様らが私と師匠の邪魔をするからいかんのだぞ」

 

「というか、シャルロットさん! あなたが一夏さんを庇ったりなんかするからですわ!」

 

「ええ……そんなこと言われても……」

 

「大丈夫……ある程度の約束なら、一夏はちゃんとしてくれた……私も、ちゃんと約束できた……」

 

 

 

舞台の広間にて、専用機持ち達……狡猾なシンデレラたちは、一夏を探すために集まっていた。

一方では、和人をめぐって、今もなお戦闘が継続中である。

 

 

「もうー、リズ! そんなもの振り回したら危ないでしょう!」

 

「あ、あんただって同じでしょうが……」

 

「ア、アスナさんだけずるいですよ! いっつもキリトさんを独り占めして!」

 

「シ、シリカちゃん!?」

 

「し、シリカ……ちょっと露骨過ぎじゃ……」

 

「じゃあ、リーファさんは、今のままでもいいんですか?」

 

「うえっ!? そ、それは……私も、お兄ちゃんと出かけたいなあ〜って思ってみたりは……」

 

「リーファちゃん……」

 

 

 

普段から一緒にいるから、周りがそんな風に思っていたなんて、あんまり感じて来なかったが……。

しかし、和人は自分の彼氏だ……恋人だ……夫なのだ。

いずれは正式結婚して、幸せな家庭を持つと言う目標を持っているのだ。

今ここで盗られたような感じになるのは、正直嫌だ。

 

 

「そ、それはーーーー」

 

 

 

ヴヴゥゥゥゥゥゥーーーー!!!!

 

 

 

明日奈が何かを話そうと思った瞬間、アリーナ全体に非常事態を知らせる警報がなった。

 

 

 

『緊急事態です! 未確認のISが学園に侵入。現在、白式と交戦中です』

 

「「「「「ッ!!!!!?」」」」」

 

『専用機持ちは、直ちにISを展開! 一般生徒及び、来客の避難誘導と、周囲の警戒を行ってください!』

 

 

 

マイク越しに真耶の緊迫した声が聞こえた。これは間違いなく、訓練ではない。

 

 

 

「みんな! 緊急事態よ……専用機持ち及び、代表候補生は、即座に事態に対処してちょうだい!

セシリアちゃんと鈴ちゃん、簪ちゃんは、ISを展開後、空域の索敵と哨戒に入って!」

 

「「わかった!」」

「わかりましたわ!」

 

「箒ちゃん、シャルロットちゃんとラウラちゃんは、急ぎこの場にいる一般生徒たちをシェルターに避難!

キリトとアスナちゃんも、他の代表候補生たちと一緒に、避難誘導を行って!」

 

「「「了解!!!」」」

「うん!」

「了解だ!」

 

 

 

生徒会長たる刀奈が、テキパキと的確な指示を飛ばす。

自身もIS《ミステリアス・レイディ》を展開して、今もなお混乱の最中にいる里香たちに向きなおる。

 

 

「リズちゃん、それからみんなも。たった今、IS学園に不届き者が侵入したの……念の為、みんなには、事態が落ち着くまで、シェルターに待機してて欲しいの」

 

「そ、それはわかったけど……大丈夫なの? あんたたちも、これから戦うんでしょう?」

 

「もちろん……危険がないって言ったら、嘘になるわ。それでも、私たちはその覚悟を持って、ここにいるの……。

だがら、何があっても、あなた達のことは守るわ……だから、ね?」

 

 

 

最悪な事態にならないよう……それを守るのが、自分たちの務めだ。

そして、目の前には大切な友人達がいる。

ならば、全力で守るだけだ。

 

 

 

「わかった……気をつけなさいよ」

 

「うん♪」

 

「シリカ! リーファ! ほら、早く行くわよ」

 

「あっ! 待ってくださいよ、リズさん!」

 

「あっ……箒ちゃん!」

 

「ん?」

 

「その、気をつけてね?」

 

「ああ、もちろんだ。今度、またゆっくり会おう、直葉」

 

「うん! 約束だよ!」

 

 

 

三人をシェルターへと誘導し、セシリア、鈴、簪の三人は上空へ……箒、シャル、ラウラ、和人、明日奈の五人は、それぞれ周囲を警戒しつつ、逃げ遅れた者がいないか、確認する作業に入っていた。

 

 

 

「さてと……私はチナツの加勢に行きますかね……」

 

 

 

そう言いながら、刀奈は今もなお続いているであろう一夏の戦闘区域に向かおうとした。

だが、そんな事をするまでもなく、刀奈は一夏たちと合流する事になった。

次の瞬間、舞台のセットを突き破り、二機のISが出現した。

 

 

「っ! あれは……っ!」

 

 

6本脚になった赤黒い奇怪な姿をしたIS《アラクネ》と、それを追う二刀を持ったIS《白式》。

避難する途中だったため、この場には、空へと偵察に出たセシリア、鈴、簪以外のメンバーが全員揃っていた。

もちろん、里香、圭子、直葉の三人の姿もだ……。

突然現れたIS……しかも今もなお戦闘中と言う事で、事態は一変。

箒たちは、里香たちに戦闘による影響がないよう、すぐに守りを固める。

不安な様子を浮かべる里香たちを囲み、守りながら、戦闘中の一夏の姿を捉えた……。

そして、絶句した……一夏の表情と、戦闘姿……それらが明らかに、今までの一夏とは別人のように思えたから……。

 

 

 

「くっ!」

 

「はあっ!」

 

 

 

迷いなく二刀を振るう一夏。

それを紙一重で、ギリギリ躱して行っているオータム。

だが、オータムはふとニヤリと笑う。

 

 

 

「調子に乗ってんな! クソガキが!」

 

「っ!?」

 

 

 

オータムが両手を前に突き出した。そしてそこから、ビームではなく、白い糸のような物が現れ、一夏の持っていた二刀に絡みつく。

 

 

「んっ!?」

 

「はっはーっ! 蜘蛛の糸だよ! こいつは絡みつくとなかなか外れねぇんだ!」

 

 

両手に持った武器を封じられ、一瞬だけ動きを抑えられた一夏。

そんな一夏に向けて、アラクネの脚部ブレードが迫る。

 

 

「蜘蛛の糸を甘く見るからだよっ‼︎」

 

 

一夏の脳天へと振り下ろされるブレード。

オータムは確実に殺ったと思っただろう……。

だが……。

 

 

「グブッ!!?」

 

 

突然変な声を上げたオータム。

そのフルフェイスのヘルメットのような物を被った顔には、白式の拳が抉りこまれていたからだ。

 

 

「ガハッ!」

 

 

あの瞬間、二刀を即座に捨て、一気にオータムの懐に入り込んだ一夏。

糸を出しているため、両手が使えないオータムの顔を殴るのは、とても容易な事だった。

 

 

「ぐっ……く……っ!」

 

「どうした……さっさと立てよ……テロリスト」

 

「っ、くそ……!」

 

 

 

よろよろと拙い足取りで、オータムは立ち上がる。

そんな様子を、腰に下げていたもう二刀を抜刀しながら、眺める一夏。

その眼に慈悲などの感情は入っていない。

敵と見定めたのなら、あらゆるものを斬り捨ててしまう……鬼気を含んだ澄み切った瞳。

今の一夏の姿は、ある意味……神のような姿だった。

あらゆる物を斬り裂く、災厄の神……まるで『禍津神』そのもの。

 

 

 

「くそっ、ぶっ殺すッ!」

 

「やれるもんならな……っ!」

 

 

 

ニヤリと笑い、オータムを嘲笑うように攻撃を躱していく。

感情の昂りが激しいオータムは、一夏にとって仕留めやすい相手。

飛んでくるビームを躱しながら、二刀を振るい、次々に脚を斬り落としていく。

 

 

「くっ……! だあぁっ!」

 

「遅えよ……っ!」

 

 

 

振り下ろされる拳。

だが、一夏はそれを悠々の躱して、逆にオータムの顔面に回し蹴りを入れる。

蹴りを受け、吹っ飛ばされたオータムは、舞台のセットへと激突し、瓦礫の山に埋もれてしまう。

すぐにその山を破壊して、現れたオータムは、荒い呼吸を整えながら、一夏を視界に入れる。

悠然と立っている一夏の姿に、オータムの感情が爆発した。

 

 

 

「この化け物野郎がぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

脚部ブレードを再び斬り落とされ、残っているのは4本。

これ以上斬られれば、こちらの機動力が落ちてしまう。

それだけは絶対に避けなければならない。

ゆえに、オータムはもう一度、両手に剣を展開した。

しかし、今度は短剣型のブレードではなく、片手用の直剣だ。

刀身が細く、どちらかというと、細剣に分類される剣ではないかと推測できるが、それを取り出し、オータムは再び一夏に斬りかかる。

同じ二刀流スタイルで、脚部ブレードを入れれば、手数ではまだオータムに部がある。だが、それだけで勝てる相手ではないと、オータムもすでにわかっている。

だから、ここは慎重を期して相手をする。

 

 

 

「オラァ‼︎」

 

「っ?!」

 

 

アラクネの腕が、廃棄された脚部と連結し、通常よりも倍の長さに変化した。

よって、振るわれる剣の間合いも、倍に伸びたと思ってもいい。

だが、一夏も一瞬虚を突かれたが、すぐに対応し剣を弾いてオータムほ間合いに入る。

 

 

「フッーーーー!」

 

「んっ!」

 

 

だが剣を弾き、間合いに入ったのもつかの間、すぐにもう片方の剣によって防がれる。

そうしている間にも、伸ばしきっていた腕をたたみ、もう一度斬りつけてくる。

射程が倍になって、一夏も攻めづらくなった。

 

 

「オラ! オラオラオラァっ!!!」

 

「っ!」

 

 

だが、一夏は動揺する事なく、その剣撃をいなし続ける。

相手は脚部ブレードを使ってこない。

これ以上斬られるとまずいとわかっているから……。

だからこそ、動きも単調になってくる。

一夏の顔付近に放たれた鋭い刺突を、一夏は体制をまるでイナバウアーのように上体を反らして躱し、すぐに体制を整えて左の《雪華楼》で腕を斬り落とす。

 

 

 

「まずは一つ……!」

 

「うっ!?」

 

 

 

片手を潰され、残る剣でなんとか応戦したものの、手数ではもう一夏に負けている。

そんな状態で、一夏に勝つ事なんて……到底無理な話だった。

今度は離れた間合いから、一夏の頭上から勢いよく振り下ろされる一撃を、一夏は左脚を後ろに引いて、半身姿勢になって躱し、その後になって、振り下ろされた一撃が地面を抉る。

そして右の《雪華楼》で、腕を串刺しにして、地面に縫い止める。これで身動きを取れなくする。

 

 

 

「しまっーーーー」

 

「《極光神威》ーーーーッ!!!!」

 

 

 

一夏の口から言葉を聞いた瞬間には、もうオータムの視界に、一夏の姿はなかった。

 

 

 

 

バアカアァァァァァァーーーーッ!!!!

 

 

 

 

鋼が砕ける音。

飛び散る装甲の破片と、四散する鮮血……。

それはつまり、ISの絶対防御を破り、オータムの生身の体を斬り裂いたという事だ。

 

 

 

「がっはぁーーーーッ!?」

 

 

 

口から鮮血が零れ落ちる。

荒い吐息を吐きながら、オータムは信じられないと言った感じて、途切れ途切れに言葉を発する。

 

 

 

「な、なんで……、シールドエネルギーが……!」

 

「いきなり消滅したか……か?」

 

 

 

オータムの疑問に答えるように、一夏は《雪華楼》を見せた。

僅かばかりに黄金の光を纏っている刀身を見せ、一夏はオータムに言った。

 

 

「俺の白式には、元々バリアー無効化攻撃を行える機能があった……その究極形態が、単一仕様能力《零落白夜》。

第二形態に進化してから、その能力が攻撃特化から機動特化になっただけで、バリアー無効化攻撃は今も使えるんだよ……。

だから、今までダメージで削ってきたエネルギーを、今の一撃で完全に消滅させたんだよ」

 

 

 

一夏の言葉に、オータムは言葉を失ったかのように絶句する。

戦闘経験では、自分の方がはるかに上だと思っていた……いや、実際には場数を踏んでいるのは自分だ。

なのに、こうもあっさりと負けてしまった。

困惑した状態でいると、それも一夏に悟られていたかのように、問いかけられる。

 

 

 

「確かにお前と俺とじゃ、潜り抜けてきた修羅場の数は違うだろう…… “場数” じゃ俺はお前に絶対に勝てない。

だが、俺とお前とでは、潜り抜けてきた “修羅場の質” が違うんだよーーーーッ!」

 

 

もっとも冷酷かつ残忍な眼光を、オータムに向けて放つ一夏。

そこにはもう、織斑 一夏という少年はいない。

ただただ凄まじい剣戟と、修羅の如き力を持った最凶の剣士の姿……それは…………

 

 

 

 

「ーーーー人斬り、抜刀斎……っ」

 

 

 

 

誰かそう言うのが聞こえた。

SAO生還者組か、それとも、専用機持ち組か……初めて見る者も、噂に聞いていた者も、実際に見た事がある者も……誰もが恐怖という感情を向けている存在が、今目の前にいた。

 

 

 

 

「お前にはまだ聞きたい事が山ほどある……このままおとなしくお縄についてもらうぞ?」

 

「ぐっ……ぬうっ……!」

 

「ほう? まだ動こうとするのか……大した根性だぜ。だが、もう少し寝てろ」

 

 

 

一夏か《雪華楼》をくるっと回して、刀の峰をオータムの首に添えた。

そして軽く振って、首に当てて衝撃を送り、そのまま昏倒させようかと思ったその時だった。

 

 

 

「っ?! くっ!」

 

 

 

殺気に気づいた。

上空から……強いて言うならば、アリーナの外壁の向こう側からだ。

何が来るかはわからない。

だが、何かが来るという感覚だけはわかった。

一夏はとっさにその場を離れた…………すると、その場に無数のレーザー光線がふりそそがれる。

薄い紫のような、細いレーザー光線が……。

アリーナの外壁を貫通し、破壊したレーザー光線を発した者の顔を見ようと、一夏は即座に顔を上にあげた。

そしてそこに、もう一機……一夏の知らないISが存在した。

まるで蝶を彷彿とさせる姿……手に持っているライフルや、そのISの周りで飛んでいる小さいパーツの様なもの……まるで、セシリアの駆る《ブルー・ティアーズ》と似通った装備。

だがその顔は、バイザーによって覆い隠され、はっきり顔は見えない。

だが……

 

 

 

(なんだ……あいつは……っ!?)

 

 

 

一夏は自分の心臓が、激しく鼓動したのを感じた。

視線を向けている相手……その姿を、強いては顔を見た瞬間にそうなった。

何かを感じ、一夏はいてもたってもいられなくなった。

 

 

 

「カタナ! この女のことを頼む!」

 

「あっ、ちょっと! チナツ!?」

 

 

 

アリーナの外で立ち止まっているISに向かって、一夏は超高速の速さで飛んで行ったのだった……。

 

 

 

 






次回はついに、Mとの対戦。

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第73話 沈黙の鋭風


今回で、学園祭は終わりです(⌒▽⌒)




その顔を見た瞬間、自分の心臓が、激しく鼓動するのがわかった。

初めて見たISに……初めて見た顔……いや、実際はバイザーで顔の半分が隠れているから、見えるのは髪と口元だけ。

しかし、ニヤリと笑いながら、こちらに視線を向けているのがわかった。

目の前にいる少女は……いったい何者なのか……敵である事に変わりはないが、しかし、それだけではないような気もする……。

 

 

 

「っ…………何者だ……」

 

「答えると思うか?」

 

「だよな…………だが、お前も《亡国機業》の一員ってのとだけはわかる……。仲間を助けに来たか……?」

 

「仲間……ね。あいにく、あいつとはそんな感情は持ち合わせていない……ただ命令が出てるのでな、回収させてもらう」

 

「させると思うか?」

 

「いや……しかし、お前は私に敗北する……だから自ずと引き渡す事になる」

 

「っ……言ってくれるじゃねえか」

 

 

 

 

 

一触即発な雰囲気。

相手の機体の装備は、見るからに遠距離射撃型の機体だ。

接近戦では、まず一夏の方に分がある。

あとは武装だ。

今目に見えている時点で、右手に持つ巨大なスナイパーライフル。

セシリアのと同じか、それ以上に長い。

そして、先ほど見たBTビット。

あれもセシリアの《ブルー・ティアーズ》と同じもの……。

つまりこの機体は……

 

 

 

 

『一夏さん!』

 

「っ、セシリアか?」

 

 

 

 

プライベート・チャネルで、セシリアからの通信が入った。

レーダーで観測された場所を見ると、アリーナの付近にいたのは間違いない。

それは鈴、簪も同じだ。

ではなぜ、彼女たちはこうも易々と敵に侵入を許したのか……。

 

 

『気をつけてください! そのIS……只者ではありませんわ!』

 

 

 

セシリアの声に、もの凄い緊張感が走る。

今から数分前の事だ……哨戒飛行に出ていたセシリア達は、周りを索敵しながら、増援がいないかを確認していた。

 

 

 

『右舷前方、異常なし』

 

「こちら左舷後方、異常はありませんわ」

 

『こちら簪。索敵範囲内に敵影は無し……警戒態勢を継続』

 

「了解ですわ」

 

 

 

IS三機による索敵と、前後方確認を取っていた。

それらしい機影は見当たらず、このまま何も起こらないでおけばいいと思っていた……しかし、そう思っていたその時になって、その機体は現れた。

 

 

 

『っ! レーダーに反応! セシリア、鈴、左舷前方の方角に、距離5000メートルの位置!』

 

「そんな近くにっ!?」

 

『チィッ、IS単機での索敵じゃあ、そこまで遠くへは調べられないわね……!』

 

 

 

簪の専用機《打鉄弐式》をもって、周囲の索敵を行っていた簪からの通信。

三人の間に緊張が走る。

鈴はすぐにセシリアと合流し、その後ろから簪も近づいてくる。

この中で一番遠距離射撃型の装備を整えているセシリアが、超高感度の望遠機能を使って、近づいてくる敵を補足した。

 

 

 

 

「っ!? そ、そんな!」

 

「どうしたの!? セシリア?!」

 

 

 

近づいてくる敵を視認した瞬間、セシリアの顔が青ざめていた。

 

 

 

「あ、あれはイギリスの第三世代型ISの、BT兵器搭載型試作二号機、《サイレント・ゼフィルス》っ!!?」

 

「「っ!?」」

 

 

 

セシリアが驚くのも無理はない。

自国の……それも、自分と同じタイプの機体が、敵側に使われているのだ。

しかし、今は目の前からやってくる敵を、こちらへ近づけてはいけない。

 

 

 

「迎撃するわよっ!」

 

「了解!」

 

 

 

鈴が《龍咆》を起動させ、簪か《春雷》を展開させる。

衝撃砲と荷電粒子砲が火を噴き、サイレント・ゼフィルスに向かって放たれる。

 

 

「セシリア、何やってるのよ! あんたも狙撃しなさい!」

 

「セシリアっ!?」

 

「っ!!? は、はいぃっ!」

 

 

 

二人からの声に、ようやく正気に戻ったセシリア。

すぐにスナイパーライフル《スターライトmkⅢ》を構えて、セシリアも狙撃を開始する。

だが、敵は早々と撃ち落とされてはくれない。

サイレント・ゼフィルスから、小さいパーツのようなものが射出された。

それは間違いなく、BT兵器搭載型の特殊武装であるビットだ。

しかも、個別で動かせて、レーダーを放てるタイプの物……その数は6機と、セシリアよりも多い。

そのビットは、一度こちらに面を向けると、そこからビームを傘のように広げ、セシリア達の攻撃を防いだ。

 

 

 

「まさかっ、防御用の機能……っ!」

 

「ちょっ、セシリア! あんな装備あんの?!」

 

「わたくしのブルー・ティアーズには搭載されてません……あれは、サイレント・ゼフィルスにのみつけられた装備ですわ……っ!」

 

 

《エネルギー・アンブレラ》

サイレント・ゼフィルスに搭載されたシールドビットだ。

 

 

 

「こちらとて、BT兵器はありますのよ!」

 

 

セシリアがスカートのように下がっていたミサイル・ビットの砲口をサイレント・ゼフィルスに向ける。

発射されたミサイルは、ジグザグの弾道を描いて、確実にサイレント・ゼフィルスに近づいていた。

しかし、その前で、ミサイルはビットによる迎撃で、爆散してしまった。

 

 

「そ、そんな……っ!」

 

 

今相手のビットは、鈴と簪の砲撃によって、シールドを展開している状態だった。

つまり、その状態からジグザグに動くミサイルをビットから放たれたビームで落とすには、よほどタイミングがあっていないと難しい……。

だが、元々、そうする必要がなかった……。

追加とばかりに、簪が《山嵐》の砲門を開き、ミサイルを射出。

すでにロックされているサイレント・ゼフィルスに、逃げ道はない。

だが、またしてもビットからのビームによって落とされた。

サイレント・ゼフィルス本体は、一切手を出していない。

その理由が、セシリアにはわかった。

ミサイルを落とされる瞬間に見た、真っ直ぐにしか飛ばないはずのビームが、突然 “曲がった” のを……。

 

 

 

 

「あれは……《フレキシブル》っ!? そんな、ありえませんわ! BT兵器の適正値は、私が一番でしたのに……なぜ……っ!」

 

 

 

《偏向射撃》……または《フレキシブル》と呼ばれる技術だ。

BT兵器搭載型のISに出来る可能性があると、そう言われていた技術……なぜ、言われていた……というと、本国イギリスにおいて、BT兵器への適正値が最も高かったセシリアですら、《フレキシブル》を使うことができなかったからだ。

セシリアの操縦技術及び、射撃スキルの腕は高い。

それに付け加え、BT兵器への適正値が高かった事が、セシリアが《ブルー・ティアーズ》のパイロットに選ばれた理由だ。

ゆえに、セシリア以上に、BT兵器を扱える者など居なかったはずなのに……。

 

 

 

「一体……何なんですの、貴方は……!」

 

 

 

 

正直に言うと、恐怖でしかなかった。

自分よりも高度な技術を扱える敵が、今目の前にいる……同じタイプの機体を操っていて、自分は死ぬほど訓練して、ようやくここまで使いこなしたのに対し、相手はおそらく、サイレント・ゼフィルスを手にしてから、さほど時間が経っていないだろうと予測される。

なのに、これだけの差が出たということは、認めたくはないが、目の前の敵は、天才であり……

 

 

 

「化け物ですわ……!」

 

「フッ……」

 

「っ! けれど、こちらとて負けたりはしませんわ!」

 

 

 

セシリアが先行し、ビットを展開。

ビットによる包囲攻撃を行うが、いずれもシールドを展開したビットに防がれ、なおかつこちらの攻撃は全て《フレキシブル》で相殺された。

 

 

 

「射撃の精密さでも、セシリアに劣ってない……!」

 

「鏡撃ちができるなんて、相当な技術よ……!」

 

 

 

射撃戦を見ていた簪と鈴からも、相手の技術の高さに驚嘆の声が上がっていた。

《スターライトmkⅢ》と《スターブレイカー》による狙撃戦。

蒼とピンクのビームがぶつかり合い、空に科学的な光が溢れる。

 

 

 

「私たちも加勢するわよ!」

 

「うん!」

 

 

 

セシリアたちの戦闘に見入っていた二人も、セシリアの加勢に入ろうとこちらに向かってくる。

だが、サイレント・ゼフィルスの操縦者は、一度こちらを向くと、ビットと再び操作し始める。

しかも、セシリアと射撃戦をしている最中で、セシリアよりも多い6つのビットを動かして、鈴と簪を近づけさせない。

 

 

 

「くっ! こいつ、ちょこまかと……!」

 

「っ……強い……!」

 

 

間違いなく代表候補生と同等……いや、それ以上の技術を持っているかもしれない。

次第にビットに翻弄され、セシリアたちの防衛ラインが崩されていく。

その一瞬の隙をついて、サイレント・ゼフィルスは、急加速でアリーナの方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

『ですから! その敵は、わたくしよりも遥かに凄腕ですわ!』

 

「セシリアよりも遥かに高い技術を持っているのか……!」

 

 

 

セシリアから事情を聞いた一夏は、より一層の警戒を持って、相手を見すえた。

 

 

「おい、オータム……聞こえているか?」

 

『う、うるせぇ……M。呼び捨てにしてんじゃねぇーぞ、クソガキが……っ!』

 

「ふん……それだけ減らず口が叩けるというのであれば、死にはしないだろう。

とっとと支度を済ませろ……ずらかるぞ」

 

『チッ……!』

 

 

 

血反吐を吐きながらも、その場に立ち上がったオータム。

それを逃さないように、刀奈とラウラが逃げられないように囲むが、それよりも先にMと呼ばれたサイレント・ゼフィルスの操縦者が、手持ちのライフルからビームガトリングを放ち、二人を近づけさせないようにする。

 

 

 

「俺を目の前にして、そんな事やってんじゃねぇよ!」

 

 

 

一夏がMに斬りかかる。

だが、Mの右手には、すでにライフルはなく、代わりにピンク色のレーザー光を投射したエネルギーブレードが握られていた。

これもおそらく、ブルー・ティアーズに搭載されている短剣型ブレード《インターセプター》と同じものだと考えていいだろう。

刀とブレードがぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 

 

「さすがはオータムを半殺しにしただけはあるな………」

 

「そりゃどうも……!」

 

「だが、お前とまともに殺り合うつもりはない……ッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

Mが力を弱めて、一夏から距離を置いた。

一夏は追撃しようと思ったが、その前を、二本のビームが遮る。

右上方からと、左側からの二本。

あと少しでも動いていたら、当たっていたかもしれない……。

 

 

「くそっ!」

 

「フッ……!」

 

 

相手は遠距離射撃型の機体。

自分は遠距離対応の装備と機能がついたとはいえ、元々が近距離格闘型の機体。

ここへきて、初めて間合いの差を感じる戦闘になった。

 

 

「どうした……もっと攻めてこい!」

 

「やろう……! 絶対後悔させてやる!」

 

 

 

白式のスラスターを噴かせて、一夏はMに迫る。

Mは相変わらず、不敵な笑みを浮かべると、再びビットを操作し、一夏の死角を狙って包囲攻撃を仕掛ける。

真上や真下といった、通常ではまずありえない攻撃に、一夏は翻弄される。

 

 

 

(くそ、こいつの攻撃……読みづらい……ッ!)

 

 

 

顔が見えないからなのか……相手の感情も読みづらい。

つまり、一夏が得意の『先読み』がしにくいのだ。

一夏もライトエフェクトを展開し、躱しきれない攻撃だけを盾を生成して防ぐが、息つく暇もないほど、Mの攻撃は多彩で本当の全方位オールレンジでの攻撃を受けている感じだ。

刀奈からの射撃武器の特性や戦闘方法などを習っていなかったら、即座に敗色に持って行かれていただろう。

 

 

 

「だが、パターンは読める……ッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

未だにビットの包囲攻撃が続いているにもかかわらず、一夏はその弾幕の中をするりと躱しながら間合いを詰める。

これにはMも、少し驚いた表情で見ていた。

ビットの動きは読めなくても、動かすには、やはり何らかのサイクル……パターン性があると思った。

現に、今の今まで、一夏を攻撃するときは死角をまず突き、その後回避行動次第で、攻撃のパターンを決めている。

後ろに下がれば背後から、左右どちらかに動けば、回避を取った方向から。

 

 

 

「せやあっ!」

 

「っ! 驚いたな……こうも早くパターンを絞られるとは……」

 

「そうでもないさ……実際、お前はビットを使いながら別動作も並行してできるみたいだし? ある意味賭けだったんだよ」

「ふん……そんな勝算もなく賭けに出たと?」

 

「ああ……でも、俺の直感って、意外と当たるんでなっ!」

 

 

 

一夏がMに対して斬りかかり、Mもそれを受けて立つ。

ビームブレードをふりかざし、一夏の《雪華楼》を受け止める。

 

 

「さすが……《人斬り抜刀斎》などと煽てられるだけのことはあるな……」

 

「っ!? へぇ……現実世界に俺がその名で通った覚えはないんだけどな……」

 

「お前のことならば、なんだって知っている……。私はお前だ……織斑 一夏……っ!」

 

「なにっ?」

 

 

鍔迫り合いの状態から、一夏がMのブレードを弾き、追撃を入れる。

しかし、それを甘んじて受けるMではなく……まるでバク宙をしたかの様な動きで、一夏の斬撃を躱す。

 

 

「どういう意味だ……っ!」

 

「いずれわかる時がくるさ……だが、その前に……」

 

 

 

Mがオータムのいるところに顔を向けた。

それに応じて、一夏も視線をそちらに向けると、重傷を負っていながらも、ふらふらと足取りの悪い感じではあったが、ISを動かしていたのだ。

 

 

「あいつ、どんだけ執念深いんだよ……」

 

「それだけが取り柄みたいなものだからな……ん? スコールか?」

 

 

 

Mの機体に、プライベート・チャネルがつながった様だ。

その相手の名は《スコール》というらしい。

これもまた偽名なのだろうか……? それともなんらかのコードネームだろうか……?

 

 

 

「わかった……了解。悪いがお前とのお遊びもここまでの様だ……」

 

「っ……逃げるのか」

 

「命令だからな」

 

「行かせるかよ」

 

「何度と言わせるな……これは命令だ。貴様の価値観など知らん」

 

「させるか!」

 

 

 

イグニッション・ブーストで、一気に間合いを詰める一夏。

刀を振りかぶり、上段から一気に振り下ろした。だが、それを阻むビット。

エネルギーシールドを展開しているため、1つ1つが動く盾の様になっているのだ。

一夏の斬撃に、ライトエフェクトの斬撃波も悉く防がれる。

 

 

 

「なろう……! なんども同じ手が使えると思うなよ!」

 

 

《雪華楼》を鞘に戻し、もう一度イグニッション・ブースト。

そこから放たれる剣閃。《紫電一閃》が発動し、シールド・ビットを二機、斬り裂いた。

だが、その瞬間、ビットが強烈な爆発を起こし、それを間近で受けた一夏は、そのまま後ろに吹き飛ばされた。

 

 

「ぐおっ!?」

 

「フッ……!」

 

 

 

爆煙に包まれた一夏。

その隙に、Mは一夏から離れ、急速に下降していき、アリーナの中へと入る。

そこでオータムを捕まえようとしている刀奈たちに向けて、ビットを差し向け、ビームで牽制しつつオータムを回収する。

 

 

「待て!」

 

「ふん……」

 

 

ラウラがAICをもって、Mとオータムを確保しようとするが、Mはブレードを振り切り、ラウラのAIC発動を阻止した。

 

 

「なっ!?」

 

「その程度か? ドイツの『アドヴァンスド』」

「っ?! 貴様……何故そのことを知っている!」

 

「答える義務はない」

 

「あっ、貴様!」

 

 

オータムを抱えたMはその場を急速離脱。

それを追おうと、ラウラ達が動こうとしたその時、舞台のセットがある方から、突如攻撃を受けた。

 

 

「くっ! あれは……!」

 

 

ビームを発射してくる物体。

それは、先ほどまでオータムが操っていた《アラクネ》の装備パーツだ。

4本脚をこちらに向けながら、脚部についているビーム砲で、雨霰と撃ってきている。

 

 

「ええいっ! 小癪な!」

 

 

箒が《雨月》《空裂》の二刀を取り出し、ジグザグに移動しながら、ビームを避けつつ間合いを詰める。

そしてその二刀をもって、アラクネの脚部装甲を斬り落とし、これで攻撃は止みそうだ……そう思った瞬間、残っていたパーツが、急に光を放ち始めた。

何事かと、一瞬戸惑った箒。

しかし、すぐにそれが罠であると気付き、紅椿を後退させたが、遅かった。

強烈な爆発が起こり、舞台のセットの一部を、木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 

 

「「箒!」」

 

 

 

シャルとラウラが、箒の元へと駆けつける。

だが、爆煙が少しずつ晴れていくにつれて、シャルとラウラは不思議な物をみた。

まるでドーム型の噴水の様に、水が上から下へと流れ落ちて行っている。

そしてその中心には、二人の少女の姿が……。

 

 

 

「ん……」

 

「箒ちゃん……」

 

「ん……ぁあ……楯無、さん?」

 

「うん……ちゃんとわかるみたいだね。よかったよかった♪」

 

「って、なんですかこの体勢は?!」

 

 

 

刀奈が箒を押し倒しているかの様な体制。

これでは女の子同士で………………ご想像にお任せします。

 

 

 

「あら? 何をそんなに慌ててるのよ……あっ、ひょっとして期待しちゃった?」

 

「んなわけないでしょう! いいから、離れてください!」

 

「ええ〜! だって、箒ちゃんおっぱい大きいからぁ〜、そのままおっぱい枕を抱きしめようと思ってるのにぃ〜」

 

「お、おっぱい枕って……!」

 

「こういうことよ。とりゃあっ!」

 

「ふあっ!? ちょ、ちょっと!」

 

「ふあぁ〜……至極……とはこの事を言うのねぇ〜。適度な柔らかさと弾力が堪らないわぁ〜……♪」

 

「なに変態発言をしてるんですか!! ちょっ、やめーーーーんあっ!」

 

「あっ! ここが弱いのかぁ〜♪ うふふふふ……!」

 

「ちょっ、何するんですかぁ! や、やめてぇぇぇーーーー!!!!」

 

「あっははは〜♪ 良いではないか、良いではないかぁ〜♪」

 

 

 

女同士で一体何をしているのやら……シャルはその光景を苦虫を噛んだ様な表情で見ていたが、その手はしっかりとラウラの目を覆っていた。

 

 

 

「おい、シャルロット! なぜ目を隠すのだ!」

 

「ラウラは見ないほうがいいからだよ……見たらきっと誤解を生むから……」

 

「そ、そうか? ならば、仕方がないな……」

 

 

 

こういう時、変に素直なラウラに感謝しているシャルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っつ……!」

 

 

 

 

 

IS学園の校舎と校舎の間に設けられた中庭の一角に、一夏は座り込んでいた。

Mのビットを斬り裂いた瞬間、ビットは異常なほど爆発を起こした。

以前セシリアと対決したことがあり、その時もビットを破壊したが、それほどの爆発は起きなかったはずだ……しかし、Mのビットは……。

 

 

 

「…………あいつの機体は、遠距離射撃型の中でも、一撃離脱型の機体だったのか……」

 

 

爆発機能のついた高性能ビット。

そしてそれで射撃と防御の動きを一人でしていたとなると、Mはとんでもない操縦者の一人だということがわかる。

そんな相手とやりあえたのは、相手が白式の性能をまだ理解しきっていなかったことと、一夏の戦闘能力を把握しきっていなかったことがあったからだ。

 

 

 

「次やったら……多分……」

 

 

苦戦は免れえない。

そんな憂鬱に考えをしていた時、後ろから誰かがやってくるのがわかった。

 

 

「よお、無事か?」

 

「キリトさん……」

 

 

和人だった。

ISスーツの姿で、他には誰もいない様だ、

 

 

「無事っちゃ、無事ですけどね……凄い衝撃だったんで、体が痛くって……」

 

「ったく……考えなしに突っ込むからだぞ」

 

「あっはは……そうですね。少し、そこんところを見誤ってましたよ」

 

「ふ…………」

 

 

周りは、突然の襲撃に大騒ぎとなっているが、肝心の襲撃者たちは、すでに撤退した後だ。

今は教員たちが、被害状況の把握をしているところだろうか……。

周りを見ると、慌ただしく走っている姿がちらほらと見える。

 

 

 

「お前あの時、あの襲撃者を……殺そうとしたのか?」

 

「え?」

 

 

 

突然、和人からの言葉に、一夏は思わず聞き返した。

 

 

「なんでです?」

 

「あの時のお前の眼……尋常じゃなかったからさ……。俺も、初めて見た……《人斬り》だなんて、どこの歴史の話だと思っていたけど……正直、俺も鳥肌が立ったぜ……」

 

「…………やっぱ、そういう目をしてましたか……俺は」

 

「うん……リズ達なんかも、結構怖がってたかもしれないな」

 

「ううぅ〜……ですよねぇ……。後で謝っとかないと」

 

「…………あの襲撃者は、お前がそんなになるほど、やばい奴だったのか?」

 

「ええ。悪の秘密結社……だそうですよ。それに、俺の誘拐事件の犯人だったんですよね……」

 

「っ……! まぁ、そりゃあそうなるか……」

 

「ええ……でも、自分でもびっくりするくらい、アドレナリン出まくってましたね。

今までで一番動けたかもしれないです」

 

「洒落になんねぇぞ、それ……」

 

「あっははは……ですね。じゃあ、この話は、もうお終いにしましょう。

俺たちも、みんなのところに合流しないと……」

 

「ああ……後でリズ達と会う約束したからな……そん時にでも、謝れよ?」

 

「わかってますよ」

 

 

 

和人が右手を差し出し、一夏はそれを握る。

立ち上がった一夏は、和人とともに、みんなのいるアリーナの元へと向かった。

その後、アリーナに集められた代表候補生及び専用機持ち、教師陣達に向け、今回の襲撃犯の事への報告がされた。

亡国機業……または、ファントム・タスクと呼ばれている一組織が、今回の襲撃事件の黒幕だという事。

そしてその組織は、ここ最近ニュースになっていた、各国のIS実験施設襲撃者であるという事も。

テレビでは、何者かが判明していないなどと言われていたが、当然、被害にあった施設、及びその各国の政府首脳陣たちは、亡国機業の存在を知っていたと目されている。

そんな相手が、今回の学園祭に乗じて、この様な襲撃を行ってきた……そこで、これからは、より対テロ意識を持つように、関係各員に通達されたのであった。

 

 

 

 

「まったくもう……頭に血がのぼるとすぐに斬り込んで行くんだから……!

 

「ごめんって……あの時は、その……俺にも説明出来ないんだけど、あいつは危険だと思って……」

 

「危険だとわかっているのに、わざわざ戦いに行くんだ?」

 

「あ……いや、その……」

 

「………………」

 

「ほ、本当に! 申し訳ありませんでした!」

 

 

 

普段ドS気味に仕掛けてくる刀奈も強いのだが、何も言わないまま、ただ睨まれる続けられるのも怖い。

特に、目の座った状態で睨まれるのは……本当、怖いです。

 

 

 

「はぁ……でも、大した怪我がなくてよかったわ……。あと、リズちゃんたち怖がってたわよ。

特にシリカちゃんとリーファちゃん。チナツのあんな姿、初めて見たって言って、正直引いてたわ」

 

「引いてたのっ?!」

 

「うん……それももう、ドン引きって感じに……」

 

「マジで……?」

 

「マジで」

 

 

 

 

いやあ…………なんか、すみません。

とりあえず、里香は以前、本気モードの一夏の姿を見ているため、ある程度の耐性がついていると思うのだが、圭子と直葉に至っては、未だに見た事のない鬼人モードの一夏の姿に、怯えている様子が目に浮かぶ……。

 

 

 

「はい、今からみんなのところに行くわよ」

 

「はーい……」

 

 

 

刀奈に背中を押されながら、一夏は里香たちがいる場所へと向かった。

シェルターからの一時的な解放が許され、その後は、今回の事件に際し、機密情報の漏洩などを行わないよう取り計らう事になった。

 

 

 

「あ、リズ……さん。それに、みんなも……」

 

「ああ、チナツ」

 

「「っ?!」」

 

 

 

予想通り、里香はなんとも思っていなかったが、圭子と直葉には、少々驚かれているようだった。

一夏は三人に対して、頭を下げた……今回の事、そして、あの戦闘での事を。

 

 

 

「ごめんなさい。みんなに楽しんでもらいたかったのに……あんなものを見せてしまって……」

 

「…………べ、別に気にしてないよ! ねぇ、シリカ?」

 

「は、はい! チナツさんは、私たちを守ってくれたんですもん!言うなら、お礼ですよね」

 

「二人とも……」

 

「とか言って、終始ビビりまくってたじゃないのよ、あんた達」

 

「そ、それとこれとは……」

 

「また別問題ですよ!」

 

「でもまぁ、あんたも気をつけなさいよ? チナツ」

 

「え?」

 

「向こうでも危険な事をやってきたってのに、こっちでもそんな事してたら……カタナが泣くわよ?」

 

「…………そ、そうですよね」

 

「戦うなとは言わないけど、それでも、カタナが不安にならないようにしてやりなさいよね……分かった?」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「よろしい! じゃあ、この埋め合わせは、向こうできっちり返してもらうからね?」

 

「わかりましたよ……精神的に、お礼ははずみますから」

 

「いっえ〜い!」

 

 

 

 

はてさて、今度は何をねだられるのやら……最新の鍛冶道具か? それとも鉱石か?

どちらにしろ、安くですみそうにはないな。

その後、学園祭の方はグダグダではあったが、閉会式を終え、あとは片付けを行うのみ。

楽しい学園祭のはずが、襲撃事件という大事件の為に、少々台無しになった感じが否めなかった。

しかし、それでもみんなはいい思い出だと言いながら、小道具やセットの片付けに入った。

そのあとは、学園生みんなでの後夜祭。

クラスごと、部活ごとに分かれて、それぞれが喋って、食べて、騒いでと、一日中賑やかになった。

そして、翌日…………。

 

 

 

 

「昨日の学園祭……みんな、本当によくやってくれたわ。襲撃事件があったとはいえ、今までで一番楽しい学園祭になっていたと、各職員の方々からも好評を得ました!

さて、今日この場にみんなを集めたのは、他でもありません……学園祭の目玉であった、織斑 一夏と、桐ヶ谷 和人の獲得権についてです!」

 

 

 

朝早くから、再び全校集会。

その内容は、壇上に上がって話をしている刀奈の言う通り、学園祭の事について。

襲撃事件があり、予想だにしてなかった事が起きた今回の学園祭。

しかし、それでも全てをやりきり、無事終える事が出来た。

そして、すべての生徒達が注目していただろう事案……一夏と和人の獲得権。

そのために、各クラス、各部活動の出し物を頑張ったのだ。

我こそは一位だと確信している者達も、集められたこの中には絶対いただろう。

だが、一夏だけは、なんとなくこの後の流れがわかってしまった。

何故か?

何故なら、壇上に上がっている刀奈の表情が、いかにも小悪魔のような顔をしていたからである。

 

 

 

「では結果を発表いたしましょう! 学園祭で、最も票を集めた出し物はーーーーッ!」

 

 

 

みんなから緊張感が伝わってくる。

そして、いつの間に用意したのか、ドラムロールのBGMまで……。

 

 

 

「生徒会主催! 『演劇《シンデレラ》』ですッ!!!!!」

 

 

 

バッ! と開かれた扇子には、達筆な字で、『優勝』と書かれていた。

 

 

 

「「「「「えええええぇぇぇぇッ!!!!!??」」」」」

 

 

 

会場全体からのブーイング。

それもそうだろう。

確かに一夏と和人が出た劇ではあったが、絶対に自分たちの方が上だと思っていた者達は多かったはずだ。

だがそれこそ、刀奈の策に嵌っている証拠だ。

 

 

「あらあら……我々生徒会は、ズルなんて一切してないわよ? 我々の主催した劇には参加は自由だけど、その際に、“参加者は生徒会に投票する” という条件で参加してもらったわ♪

これはあくまで任意であって、強制ではない。それをみんなにわかってもらったうえで、生徒会はみんなの参加を許可したわ。

ここまでで反論がある人〜〜〜?」

 

 

 

誰も手を上げない。

それもそうだ……みんな嵌められたと思って、膝を屈しているのだから。

それを見て、扇子で口元を隠し笑っている刀奈の姿は、どこぞの時代劇に出てきそうな、悪代官を彷彿とさせる姿だった。

全く…………お主も悪よのぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の襲撃者は、また新たにアメリカから機体を強奪していたようです」

 

「やはりな……先月発表されたばかりの機体だろう? このアラクネは」

 

 

 

生徒達が全校集会に出ている最中、真耶と千冬の二人は、地下にあるIS研究施設へと潜っていた。

真耶が電子キーボードをタップしていきながら、今回の襲撃者の画像を画面に映し出す。

二人ともバイザーやヘルメットで顔を覆っているため、ちゃんとした顔は移されてはいなかったが、機体データは、各国のIS研究所の資料を取り寄せ、照合できた。

 

 

 

「はい。アメリカで開発された、近接戦闘特化型の第二世代《アラクネ》と、イギリスのBT試作二号機、遠距離一撃離脱型の第三世代《サイレント・ゼフィルス》。

どちらも発表されて間もない時に強奪された機体ですね」

 

「全く……学園祭の時にでも来るのではないかと忌避していたが……本当にそうなってしまうとはな」

 

「本当ですよ……おかげで、事後処理の山です……」

 

「だな……今日中に終わらせて、早く寝酒にありつきたいものだな……」

 

「その前に、織斑くんのことについてなんですが……」

 

「ん? なんだ……?」

 

「彼の戦闘能力……映像だけで見ただけでは、判断しかねるんですが……これを見てください」

 

 

 

真耶が操作し、あるデータを画面に映し出した。

それは、一夏のパーソナルデータだった。

入学時に測定した、ISとの適正値のデータと、先ほどの戦闘でのデータを照合したもの……。

そこに映し出されていたのは…………

 

 

 

入学時:適正ランク B

 

測定時:適正ランク S

 

 

 

 

「…………なんだ、これは……」

 

「私も聞いたことがありません。この短期間で、ランクが2つも上がるなんて……」

 

「測定機の不具合は?」

 

「ありませんよ、そんなの……。これも一応は最新機材なんですよ?」

 

「………………」

 

 

 

適正ランクがSという事は、ランク値だけでも歴代のモンド・グロッソの《ヴァルキリー》達に匹敵する。

それを、ISに触れてまだ一年も経たない学生で、しかも男である一夏が、ここまで伸ばすというのは、もう何もかもが前代未聞だ。

 

 

 

 

「まぁ、そのことをいくら考えても仕方がない……ISには、謎な部分が未だに多い。

とにかく、この事はあまり他言しないようにしましょう」

 

「そうですね…」

 

 

最後にそのデータを、機密ファイルへと保存し、残りは抹消……。

先に事後処理の書類を提出しなくてはならないため、真耶は早々に部屋から立ち去った。

残ったのは、千冬ただ一人。

千冬はもう一度、電源のついた機材を動かし、先ほど保存したばかりのデータを開いた。

 

 

 

「ランクS…………コレはお前の仕業か? AI娘」

『うわぁ〜! もしかして、気づいてたの!?』

 

「声がでかいぞ……」

 

 

突如、画面に紫が印象的な少女が現れた。

どこか異世界を思わせるバトルドレスを身に纏い、甲冑をつけ、頬には独特のペイントらしき模様まである。

薄みがかった紫の髪に、紅い眼……どことなく明るい印象を持つ彼女は、画面の中で中に歩き回っていた。

 

 

「お前も、桐ヶ谷たちの娘の……ユイと同じなのか?」

 

『うん! そうだよ。ユイは私のお姉ちゃん!』

 

「お姉ちゃん? 妹ではないのか……」

 

『まぁ、ユイが一号で、私は二号だから……順番じゃ、ユイの方がお姉ちゃん』

 

「なるほどな……それで、お前は名をなんという?」

 

『私はストレア……えっと、チナツのお姉ちゃんなんだよね?』

 

「ああ、そうだ。さて、お互いに名乗ったということで、そろそろ本題に入るぞ……。

ストレア、このとんでもない適正ランクは、お前の仕業か?」

 

『それはないよー。私ができるのは、あくまでバックアップだけ……ユイのように、システムにアクセスする事は出来るけど、チナツ自身のパーソナルデータを改竄するならまだしも、向上させる事は出来ないよ』

 

「…………いいだろう。その点に関しては信用してやる。だが、お前が白式に入り込めると言ったのなら、お前は会っているな……あいつらに……」

 

 

あいつら……それは無論、白式の中で出会える人物……いや、意識ということになるため、その存在は限られている。

白式のコア人格と……その大元となったコア……白騎士のコア人格。

 

 

 

『うん。まぁね……』

 

「奴らは……何を考えている?」

 

『さぁ……そこまでは……でも、白騎士の方が何かを見定めているのは、確かかな?』

 

「………………」

 

 

 

一夏の戦闘能力に、白式……強いて言うならば、白騎士の方が反応している。

別段とりわけ何かが起こると断定はしていないが、何も起こらないと断定するのも難しい。

この状態が続いて行った時、果たして一夏は……一夏と白式の存在は、一体どうなってしまうのか……。

ただでさえ襲撃者の存在がちらついている中、こんなことにまで気を使わなくてはならないとは……。

 

 

 

「はぁ……まったく、世話がやける……」

 

『でもぉ〜、心配なんだよね? お姉さんは』

 

「うるさいぞ、ストレア。だが、お前には色々と協力してもらうことになる……これは、一夏のためだ……」

 

『了解♪ 私も、チナツの事は大事だからね。それについては賛成だよ』

 

「そうか……。では、いずれお前にはまた話す機会があるかもしれん……その時は頼む」

 

『イエス、マム♪』

 

 

 

 

それだけ告げると、ストレアは画面から消えた。

千冬も機材の電源を落とし、その部屋を頭にした。

こうして、散々な一日が終わりを告げたのだった…………そして、これからが、再び波乱の幕開けになるのを、まだ誰も知らないでいる…………。

 

 

 

 

 





次回からは……そうですね。
誕生日会から、タッグマッチトーナメントでもしようかと。
その後は、ワールドパージをやって、修学旅行ですね。
あとは、SAOルートに入り、GGO編。
と言った具合で進むと思います( ̄▽ ̄)


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第74話 学校説明会



今回はバトル無しです。

ちょっと今月から仕事の方が忙しくなってきますので、更新が遅れる可能性大です(T ^ T)




一波乱あった学園祭が終わり、もう季節は秋に向かっていた。

9月の終わり。

夏休み前に終わった中間テスト。

それが終わり、夏休みに入り、明けてからはまたテストがある。

俗に言う期末テストだ。

このテストで赤点を取ろうものなら、連日連夜補習を受けなくてはならない。

そして追試の後、合格点を取れたのなら、補習は終了するという流れ。

故に、今各クラスでは、秋季大会などでピリピリとしている部活動生と、テストの猛勉強で躍起になっている生徒たちとでひしめき合っている。

そんな中、学園での行事ごとについての話し合いが、教師たちの間で行われていた。

亡国機業によるISを用いた強襲事件が、ついに学園にまで及んできた事。

それによるISの……強いて言うならば、専用機の強奪は、なんとして避けなくてはならない。

故に、学園祭のようなイベントごとは、警備が手薄になってしまう事を考慮して、自粛すべきではないか……というのが話し合われた様だ。

 

 

 

 

「と、言うわけで。本来行うはずだった、『キャノンボール・ファスト』は延期になったわ」

 

「キャノンボール?」

 

「何それ?」

 

「簡単に言うと、ISを用いたレースみたいな感じですよ」

 

 

 

 

昼休みの一時。

いつものように、一夏を始め、刀奈、和人、明日奈の四人で集まり、昼食を取っていた。

そこで、刀奈が教師陣からの通達を、三人に報告しているところであった。

キャノンボール……直訳すると『砲弾』……になるのか?

そんな物騒な名前のイベントがあるのを知らなかった和人と明日奈が、二人揃って首を傾げた。

そこに一夏が補足として、簡単に説明するという感じである。

 

 

 

「チナツが言った通り、このイベントでは、専用機持ちによるISのレース。

その実態は、各国家が開発した高機動パッケージの試験運用なんだけどね……言ってしまえば、メーカーの利権も絡んでるたわいないイベントよ。

まぁ、わたしもそうだけど、国からの命令じゃ、仕方のない事なんだけどね。チナツたちにも、本来なら『レクト』から新型の高機動パッケージがインストールされて、それを試験運用しなくちゃいけないんだけど…」

 

「そんな事したら、また襲撃されるだろうな」

 

「そういう事。そんな事態を避けるために、今回は『キャノンボール・ファスト』を延期するっていう方針になったわ」

 

「まぁ、妥当な判断だな」

 

「というわけで、これからはテスト勉強に精を出さないとね!」

 

「「ああ〜〜〜〜」」

 

「っ!? なんで二人ともだらけるの?!」

 

 

 

明日奈はさも当然のように言っただけなのだが、一夏と和人に至っては、底抜けに気落ちしているようだ。

 

 

「テストかぁ……」

 

「こればっかりはいつになっても慣れないよなぁ〜」

 

 

テスト……本当、嫌な響きだ。

しかし、これを乗り越えなくては、補習地獄が待っている。

 

 

「はぁ……とにかく、やるしかないか……」

 

「みたいですねぇ〜……」

 

「もうー、二人して面倒くさがらないの! 苦手教科、私が教えてあげるから」

 

「そうね。私とアスナちゃんにかかれば、ちょちょいのちょいよ」

 

「「ういー……」」

 

 

 

 

本当、テストって憂鬱だ。

 

 

 

「さてと、私は先に行くわね。仕事が残ってるんだった」

 

「ん? 今から生徒会か?」

 

「うん。もう少し先の話になるんだけど、ほら、受験じゃない?」

 

「あー……もうそんな時期に入りつつあるのか……。来年IS学園に入る生徒は、どんな子たちなんだろうな……」

 

 

 

 

冬になると、当然一年が終わる。

という事はつまり、新たなる一年生が入ってくるという事になる。

もう早いもので、今は生徒会の方で、学校説明会などにも出席しなければならないため、その準備があるようだ。

 

 

 

「そっか……受験かー。懐かしいなぁ〜」

 

「アスナさんは、そういうの経験あるんでしたよね?」

 

「うん……結構大変だったよー。まぁ、勉強の方は問題ないんだけど、その……その時期になると、みんなピリピリしてくるから……」

 

「うわぁ……」

 

 

 

一夏と和人は経験がないため、わからないのだが、明日奈からしてみれば、幼い頃からある種の戦場に駆り立てられていたわけだ。

そりゃあ、色々と強くなるわけだ。

 

 

「と、言うわけで……チナツ」

 

「はい?」

 

「生徒会長として命令します。今度の学校説明には、チナツも参加しなさい」

 

「…………ええっ!? 俺がっ!?」

 

 

 

相変わらずいきなり過ぎてついていけない。

だが、そんな状況に慣れてしまった自分がいる……ほんと、人間は怖い。

 

 

「ついて行って、何をするんだよ?」

 

「簡単な事よ。チナツが各学校の壇上に上がって、IS学園がどういう所なのかを教えて、試験の申込と、試験の日取りを知らせる。

たったそれだけの簡単なお仕事よ」

 

「うーん……………あんまり目立ちたくないんだけどなぁ……」

 

「何言ってるのよ……散々テレビにネットに新聞と、国レベルで各メディアに報道されているのに、今更でしょう」

 

「そうだけどさ……直に行ったら、大混乱にならないか?」

 

「そこは規制をかけてるから、心配ないわ。それに、もし敵の間者が来たとしても、そこいらの有象無象なんて、あなたの敵じゃないでしょ?」

 

「それは……まぁな」

 

「はい! 決まり♪」

 

「ええっ!? 早くねっ!?」

 

「当たり前よ。そんなに長いこと考えさせてたら、あっという間に日が暮れるわ。それに、あなたとキリトは我が生徒会が獲得したのよ? 覚えてるわよね?」

 

「「ぁぁ……」」

 

「というわけで、二人には、これから色々と生徒会の仕事も手伝ってもらうからね? もしこれを断ろうものならーーーー」

 

「「いいです! やります! やらせてください!」」

 

「はい、いいお返事♪」

 

 

 

このまま彼女の策略に嵌ってはならないと、一夏たちの勘がそう告げている。

 

 

 

「キリトくん、大変な時は言ってね? 私も手伝うから」

 

「ありがとう、アスナ」

 

「大丈夫よ。そんな過剰な肉体労働を強いるわけじゃないし……書類を纏めたり、作成したり。

後は簡単に荷物を運んだりしてもらうだけだから」

 

「それなら……まぁ、大丈夫かな……」

 

「じゃあ、早速なんだけど、チナツはついてきて」

 

「はーい……」

 

 

 

 

生徒会室に連行……いや、連れて行かれ……どちらも同じなのだが、一夏は刀奈に手を引かれて、生徒会室へ歩いていく。

生徒会室に行く間に、刀奈からは大体の仕事内容を聞かされた。

なんでも、地方の方にも、学園の関係者が足を運んだりはしていたみたいで、それもかなり前……夏休み前から動いていたようだ。

残るは都心の方であり、そこからは大きな学校や公民館などの施設を借りたりして、多くの高校の関係者たちが合同で説明会を開き、中学生たちを招いているそうだ。

普通ならば、地域周辺の高校の教師たちが、その地域の中学校に趣、直に説明するはずなのだが、さすがに国立のIS学園が相手となると、用意される舞台は大きいらしい。

 

 

 

「で、チナツに行ってもらうのは、近くのコミュニティーセンターでの説明会だから」

 

「近く……って、俺の地元もここの近くなんだけど……まさか……」

 

「うん……もちろん、あなたの地元の所よ♪」

 

「うへぇ〜……マジですか……」

 

「何よ、ホームグラウンドじゃない」

 

「いや、だから恥ずかしいんだよ……」

 

「何を言ってるのよ……ほらシャキッとしなさい! 生徒会副会長!」

 

「はいはい……って! 俺いつの間に副会長になったのっ!?」

 

「へ? たった今」

 

「適当だなっ?!」

 

「いいじゃない……っ! 現に今の生徒会には副会長がいないんだし、私の補佐なら、チナツ以外にはいないわけで……」

 

「…………」

 

 

でもまぁ、彼女の意見には賛同だ。

長年付き添うってきた一夏にしか、わからない所がある。

それに、これは正当な勝負をして獲得した特権だ。

今更嫌がる理由ない。

 

 

「わかりましたよ……生徒会長」

 

「うん♪ それでよし!」

 

「うおっ!? いきなり抱きつくと危ないぞ?」

 

「ええ〜? いいじゃんいいじゃん♪」

 

「また窓の外から撃たれるぞ……」

 

「そん時は倍返しよ♪」

 

「発想が一貫してるな」

 

「それはチナツもでしょ?」

 

「……まぁ、な」

 

 

 

腕に手を回して、密着しながら歩く二人。

それを見ていた生徒たちが、羨望の眼差しや、殺気が満ちた視線を向けていたとか、なかったとか……。

まぁ、公認のカップルとしての専売特許だ。

 

 

 

「はい、これ。チナツが参加する説明会の会場と、参加学校と、招待されている中学校の一覧」

 

「おう……」

 

 

 

生徒会室に入るなり、刀奈が手渡してきた資料に目を通す。

会場となる場所は、やはり一夏の知っている公民館。

本来ならば、自分も高校受験の際に、その場に行って、筆記試験と面接をやっていたはずの場所だ。

電車で駅2つを越えなくてはいけない場所にあるが、地元といえば地元だ。

それに、その周辺にも中高の学校は存在し、同級生たちも何人かはその周辺の学校に行っていたはずだ。

 

 

 

「ってことは、当然その周辺の学校の生徒たちが、会場設営で来てるってことだよなぁ……」

 

「そうなるわね。まぁ、主に生徒会の面々でしょうけどね」

 

「みんな……元気にしてるかなぁ〜?」

 

 

SAOに囚われての二年間。

多くのクラスメイトたちが、見舞いに来てくれたそうだ。

小学校の時のクラスメイトに、中一の時のクラスメイト。それほど長く関わっていないにもかかわらず、みんな親切に接してくれて、今では本当に感謝している。

SAOから解放された時にも、弾を始め、同級生たちが見舞いに来てくれたが、ちょうど受験シーズンの真っ只中だった為、会えていない面々も当然いる。

なので、ある意味では、そういう面々と顔を合わせられると思うと、楽しみではあった。

 

 

 

「その時は、私にも紹介してね? チナツの彼女でーすって」

 

「ああ……そん時はな」

 

 

 

おそらく驚かれるだろう。

自分で言うのもなんだが、今まで気にしていなかったことが多かった……というより、視野が狭い……いや、これも違う。

とりわけ、考え方が偏っていたのかもしれない……。

男友だちも女の子の知り合いも、一貫して同じように見てきた。

そこに恋愛感情なんて入る余地はまったくない。

ただ友だちとして、日々を過ごしていたのだから……。だが、今となっては、少しだけではあるが、そういった行動に反応してしまう。

好意を持ってくれていると感じると、とても嬉しい。逆に嫌気が指しているとわかると、どうしたものかと悩んでしまう。

全くもって、人付き合いというのは、怪奇なものだ。

 

 

 

 

「ええっと……ん? 『聖マリアンヌ女学院』? たしかここって…」

 

「有名私立の女子校よ。なんでチナツが知ってるの?」

 

「いや、確か蘭がここの生徒だったはずなんだよ……でも、ここはエスカレーター式に大学までいけるだろ?

わざわざIS学園を受けようとしなくてもなぁ……」

 

「でも、IS学園は国立よ? それだけで世間からの関心は向けられるし、それに、ISの技術系統の知識を習得しておけば、その関連企業への就職に有利だし、大学に進学するなら、推薦が取りやすいからね」

 

 

 

そうやって、小さい頃から受験をしているのは、いわば未来の自分に投資しているようなものなんだろう。

将来の事は誰にもわからない……だからこそ、少しで有利になっておこうと考えるのだろう。

特にこのご時世だ。ISという世界最強の兵器の誕生によって、世界の基盤は大きく変わったと思う。

また、VR技術の発展が、ISよりも群を抜いて速いため、これからさらにこの時代変わるだろう。

仮想世界と超常兵器が、これから先の未来を、どう変えていき、自分たちはどう変わっていくのか……。

学生である自分たちは、慎重に考え、悩んで行くしかない。

 

 

 

「世界が変わろうとしているのかな……?」

 

「そうね……そんな世界で、私たちがどう生きていくのかが、一番の考え物だと思うわ」

 

「そうだな……今はまだ起きていないが、いずれ、戦争が起きるかもしれないしな……」

 

「戦争……か……」

 

 

 

 

いま、世界の何処かでは、戦争が起きているかもしれない。

女尊男卑という風潮による女性の権力の増加と、それに反する男性たちの不満。

ISという化け物じみた兵器の登場によって、軍関係にもそれが及んでいる。

そして、そういった風潮によって抑圧されていた不満が爆発する……そんな事態になっているのだ。

その起爆剤となるであろう存在こそが、《亡国機業》だろう。

そんな連中と、一戦しあった一夏たちは、おそらく次からも戦いに巻き込まれるだろう……。

そうなった時、IS学園は……そこにいる生徒たちは、いままで通りに過ごせるだろうか……。

 

 

 

「なぁ、カタナ……」

 

「なに?」

 

「俺、思うんだけどさ……この学園はいいところだけど……普通の女の子たちが来るのは……やめたほうがいいのかもしれない……」

 

「どうして……?」

 

「みんな……それぞれ思いは違うと思う。真剣にISについて学びに来ている子達もいるかもしれないし、逆に、そういった内申書とかに有利だからって来てる子達もいる……」

 

「うん……」

 

「でも、これから先、戦いに巻き込まれないという保障はない……だから、そういう事も含めて、考えて欲しいな……て、思ってる」

 

「…………うん。そうよね……だから、その事を含めて、チナツに話してもらいたいの……あなたは、そういうの事を知っている。

戦いの恐ろしさを知っている……だから、あなたが言ってくれるなら、みんな納得するんじゃないかって……正直期待してるの」

 

「カタナ……」

 

 

 

「ふふっ」と笑いながら、こちらを見ている刀奈を見て、一夏は「はっ」と何かに気づいた。

 

 

 

「もしかして……俺がそう言うだろうと思って、こんな話をしたのか?」

 

「さぁ? どうでしょう〜♪」

 

「………………」

 

 

 

見透かされたような気がした。

でも、刀奈にされるなら、嫌じゃない。

 

 

 

「じゃあ、当日はよろしくねぇ〜♪ 大丈夫、付き添いとして私が行くから」

 

「え〜……じゃあ、会長のカタナが説明するもんじゃないの、これ?」

 

「そこはあなたじゃないとダメじゃない……。私よりもあなたのほうが注目浴びるんだし」

 

(まぁ、それもそうか……)

 

 

 

生徒会長直々の申し出ならば、断ることはできないだろう。

そう思い、一夏は資料に目を通し始めた。

説明会に参加する高校と、それを聞きに来る中学校の生徒たち。

どこもいい学校だとか、どのような授業をしていて、どのようなことが学べるのか……。

また、校風や部活動の事なども話してくるだろうから、そこのところを要約してまとめておく。

残る問題は、ISという最先端技術を使うという違いを、どう伝えていけるかどうか、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日になり、一夏は緊張した面持ちで会場に向かっていた。

学園を出て、刀奈と二人でモノレールに乗り、最寄り駅からタクシーに乗り換えて、会場まで向かう。

その間、一夏はずっと作成した資料に目を通して、緊張感を和らげていた。

 

 

 

「そんなに緊張してたら、体が持たないわよ?」

 

「って言われても……やっぱり緊張はするもんだよ」

 

「しょうがないわね」

 

 

 

タクシーの後部座席に二人。

隣同士に座っているのに、刀奈はもっと一夏の体に自身の体を密着させる。

手を握り、どうやら落ち着かせようとしてくれているみたいだ。

 

 

 

「これで少しは緊張が解れるんじゃない?」

 

「ああ……」

 

 

 

二人して甘い空間に溶け込む。

何故だろう……前の席……まぁ、運転手しか居ないのだが、その運転手から変な視線……もとい、殺気を感じるのは……。

っていうか、何故か赤い涙を流してる……大丈夫だろうか?

そしてようやく……会場となる施設が目に入った。

表の入り口を通り過ぎ、裏の方へと回る。

おそらく、混乱を避けるためだろう。

 

 

 

「みんな表の玄関から入るのに、これじゃあまるで芸能人がプロスポーツ選手だろ」

 

「あなたも含めて、代表候補や代表生というのは、並みの芸能人よりも注目を集めているものよ。

私だって、ファッション雑誌なんかにオファーが来たんだもん」

 

「あー、この間コンビニで見たなー」

 

「あ、そうなの?」

 

「うん、一冊買ったよ」

 

「え……そ、そうなの……?」

 

 

 

刀奈は両手で頬を包み込むと、顔を赤らめてくねくねと体を揺らす。

 

 

「その……どう、だった?」

 

「え……? いや、その……やっぱり、雑誌となると、いい自慢ができそうだよな……うん!」

 

「…………え?」

 

「その、自分の彼女が、こうもでかでかと表紙を飾るとさ、なんかこうー、すっごく嬉しいというか、なんというか……あ、でもなんか、みんなに見られているって思うと、それはそれでなんか嫌なんだよなぁー……うーん……これは、喜んでいいのかな? それとも……うーん」

 

 

 

彼女が美人だということは、一夏自身がよく知っている。

だから、こうして、雑誌の表紙に飾られるのは、とても嬉しい……だが、その反面、自分の彼女がどこの誰とも知らない人たちに見られている……なんていう状況には、何故だか無性に居心地が悪い。

 

 

 

「あ、ありがと……」

 

「え? う、うんまぁ……」

 

 

 

はっきりとしない態度で、褒められてるのか、それとも褒められていないのか……全然わからないのだが、なんだか心がぽかぽかするのは何故だろう……。

最近はいろんなことがありすぎた。

千冬から見せられた一夏のパーソナルデータ。

ISの適性値の大幅アップと、戦闘データの詳細。

ISは、長年蓄積されたその個人の戦闘能力を算出し、その操縦者にあった進化を遂げる。

だが、その年月で言えば、一夏は異常だ。

そもそも女性にしか動かせないISを動かした時点でイレギュラー……その後、ISを手に入れて、半年も経たない内に二次移行。

その専用機《白式・熾天》に至っては、世代間を超越した超進化を果たし、少し前にあった学園祭での襲撃事件。

それによって、一夏と白式の相性はよくなった。

だが、これこそが異常だ。

和人も検査を受けて、データを算出して見たが、多少の上昇はあったものの、やはり一夏よりは良い伸びていない。

これではまるで、一夏が特別な存在であるかのようで…………。

 

 

 

 

「カタナ? どうかしたのか?」

 

「えっ? う、ううん! なんでもないわ……ほら、早く行くわよ! 副会長」

 

「了解だ……会長殿」

 

 

 

 

いまはまだ話せる段階ではない。

なんの情報もなく、その情報も解像度が悪い。

ならば、むやみに知らせて、不安を煽るような事はしないでおこう。

刀奈はぎゅっと、一夏の腕を掴んだ。

 

 

 

「おわっと! おいおい、さすがにここじゃあ……」

 

「いいの。見せつけてるんだから」

 

「ほんと、度胸があるよなぁ〜」

 

「生徒会長で、暗部当主ですものぉ〜♪」

 

 

 

たとえ一夏に何があっても、この手を離さないでおこう……。

刀奈は、その事を改めて強く思った。

 

 

 

 

 

「とりあえず、どこに行ったらいいんだ?」

 

「待合室があったはずだから……そこに行こっか」

 

 

 

二人は待合室に向けて歩みを進める。

中は清潔な佇まいで、どこにでもある地域のコミュニティーセンター。

会議室なども完備しているため、時折ここには会社同士の懇親会の他に、合同発表会や会議が行われるようだ。

そんな綺麗に掃除が行き届いている廊下を歩いて行くと、さすがに人が多くなってきた。

しかも年齢は自分たちと同じくらい……。

近くの高校生たちが、会場設営に来てくれていたのだ。

一夏と刀奈がそこを歩いて行くと、皆の視線は自然と二人に集まる。

それもそうだ。

IS学園の制服は、たった1つしかない。

白をベースとした制服で、しかもテレビで連日連夜報道されている一夏自身もその場にいるとなれば、当然見られるのも無理はない。

 

 

 

「ヤベェ……俺はパンダじゃないってのに……」

 

「ここじゃあ、パンダでしょ」

 

「…………早く入ろうか」

 

「そうね」

 

 

 

待合室と書かれた部屋の前に行き、前を歩いていた一夏が軽くノックをする。

 

 

「失礼します」

 

扉を横にスライドさせて、一夏は部屋の中に入った。

すると、部屋にはすでに、大勢の学校関係者たちが佇んでいた。

その全員が、スーツを着た大人……つまり、教師たちだ。

まぁ、大体そういうものである。

プレゼンするのは、あくまで教師の役目で、生徒たちはその手伝いでしかないはずなのだ……。

 

 

 

「あ、えっと……IS学園の代表としてきました……織斑 一夏です……」

 

 

 

静寂が支配するその部屋に、突如としてざわめきが走った。

 

 

 

「「「うおおおおおーーーーっ!!!!!??」

 

「っ!?」

 

「お、織斑 一夏!!?」

 

「本人か!?」

 

「やばい! やばいやばいやばいッ!」

 

「あ、握手してもらっていいかい!」

 

「わ、私は写真を! 娘がファンなんだよ!」

 

「ああ……えっと……!」

 

 

 

 

予想はしていたが、まさかここまでとは……。

一夏もなされるがままに、一緒に写真を撮ったり、握手をしたり、挨拶をしたり……。

 

 

 

「こ、こんど、うちの学校にも来てください!」

 

「そ、そうですね! うちの学園にも!」

 

「は、はぁ……まぁ、一応は考えておきます……」

 

 

 

 

他校に行って何をするのだろうか……?

そう思いながら、一夏はとりあえず握手をしておいた。

そして、彼らの気が収まったのか、ようやく落ち着いて椅子に座れた。

 

 

 

「ふぅー……」

 

「お疲れ様」

 

「カタナの方には、誰も行かなかったな……」

 

「そりゃあね。私よりも目立つ人がここにいるんだもの」

 

「これ、毎回こんなんだったのか?」

 

「うーん、どうだろう……。まぁ、IS学園自体が珍しいからね。にしても、やっぱり反応は良かったわね。チナツを連れてきて良かった良かった♪」

 

「…………お前、まさかこういうのがあるって知ってて、俺を呼んだんじゃないだろうな……」

 

「さぁ〜? なんのことでしょう〜♪」

 

「ぐふっ…………」

 

 

 

 

どこまでも計算高いなと、改めて思った一夏であった。

そして、ようやく、学校説明会の始まりだ。

参加した高校は、全部で六校だ。

地域の進学校に、工業や商業といった実業系の高校や、私立の高校、また聖マリアンヌ女学院も参加しており、そこにIS学園が組み込まれていた。

発表する順番は、なんともレトロなくじ引きで行われ、一夏が引いた数字は『6』……つまり、最後のトリを務めることになった。

 

 

 

 

「マジか……」

 

「私はプロジェクターを動かすから、天幕の裏にいるわね。頑張って!」

 

「了解……」

 

 

 

会場内が騒がしくなってきた。

今日来た中学生たちにとっては、大事な選択肢を決めるための、大事な日だ。

中には、もうすでに志望校を決めて、その内容や理由を、より自分の中で固めに来ている生徒もいるだろうし、とりあえず聞いて、なんとなく聞いとけばいい……なんて思っている者をいるだろう。

ただ、女子校ということで、『IS学園』と『聖マリアンヌ女学院』がいるから、ここは男子たちには関係ないと思っている部分はあるだろう。

だから、一夏の目的は、女子生徒たちに向けて、IS学園の入学の前に、もう一度自分の中での考えを固めてもらうという事。

これから先、何が起こるかがわからない。

ISという兵器を扱うということは、それ相応の知識と覚悟がいる。

だから、一夏自身のために来たと言われても、納得はできないし、そもそも責任を取れない。

だからこそ、厳しく言うかもしれない……ただ、それは正しいと思いたい。

 

 

 

 

「続いて、『聖マリアンヌ女学院』の説明の番です。よろしくお願いします」

 

 

 

 

放送室に入っている進行係の人による進言で、一人、また一人と壇上に上がっていく。

まぁ、話す内容と言えば、うちがどんな学校で、どんな校訓の元に教育し、どのような成果を上げてきたか……。

あとは部活動での事や、行事面での事などを伝え、生徒たちに魅力を伝える……。

その辺は、IS学園も同じだ。

非常に倍率が高いゆえに、本当なら、こういった説明会などは不要だろうと思ったが、先の襲撃事件も然り、臨海学校での事件も然り……常に危険と隣り合わせなのだという事を、その身で改めて実感したからこそ、それを次の後輩たちにちゃんと伝えなくてはならない。

 

 

 

「ありがとうございました。では、最後に、『IS学園』の説明の番です……よろしくお願いします」

 

「っと! もう回ってきたのか……」

 

 

 

それほど時間は経っていないかのように思ったが、時計を見ると、きっちり自分の出番の時間だった。

 

 

 

「さてと、行きますか……」

 

 

 

一夏は立ち上がり、壇上に向かって歩き出す。

途中、プロジェクターを動かすPCの前に座っていた刀奈と視線を合わせ、互いに頷きあう。

そして、壇上に上がった瞬間、会場内が騒がしくなった。

 

 

「えっ!?」

「う、うそ、あれって、もしかして……!」

 

「ま、まさか……っ!」

 

「い、いっ…………」

 

 

 

一番前に座っていた女子生徒が、思わず叫んでしまった。

 

 

 

「一夏さんっ!!!!!!?」

 

 

 

蘭だった。

聖マリアンヌ女学院の中等部で生徒会長をしているのだから、まぁ、いても当然と思われるのだが……まさか、一番前にいるとは……。

そう思っている間にも、会場内は一夏の登場によって、全生徒たちが盛り上がり、その場に立ち上がったり、思いっきり叫んでいたりと、まるでコンサート会場のようである。

 

 

 

「あー、んんっ! みなさんこんにちは。本日、IS学園より参りました……生徒会副会長を務めています、織斑 一夏です」

 

 

 

一夏からの自己紹介に、中学生たちのテンションはマックス。

まぁ、地元の有名人がいま目の前にいるのだから、当然といえば当然か……。

 

 

「本日は、学校説明会という事で、私たち生徒会が、直々に赴いての説明を行う事になり、自分も正直、緊張と不安でいっぱいですが、精一杯頑張らせていただきます」

 

 

 

とても緊張しているようには見えなかったが、額の汗や、左手をグーパーに開く癖が出ているところを見るに、本当に緊張しているんだろう。

そう思いながら、刀奈はPCを操作し、スクリーンに映し出された画像を動かす。

 

 

「みなさんも知っている通り、我がIS学園は、『インフィニット・ストラトス』通称『IS』を扱うための知識を身につけるために作られた施設です。

日本国によって設立された当校は、国立校となりますので、その他の設備や、施設は、なんら不自由のない状態だと思います。

そして、また勉学や部活動にも力を注いでいるため、当校の生活は、基本的には、他校と同じように過ごせると思います」

 

 

 

思ったよりも、中学生たちの聞く姿勢がよく、一夏も心置きなく話すことができた。

まぁ、当然といってはなんだが、女子校であるIS学園の説明なんて物を、男子生徒たちが効くわけもなく……。

首をゆらゆらと揺らしながら、寝息を立ててる者までいる。

 

 

 

「また、行事においても、一年生には臨海学校、二年生は修学旅行があり、先日行われた学園祭や、体育祭もありますので、その辺は安心してください。

しかし、やはり当校では、ISによる実習が多く、入試の内容にも、テストなどの筆記試験の他に、面接とISを装着しての実習試験があります。

年々当校を受験するという生徒たちも増えてきていて、倍率も高くなっていますし、ISの適性値のランクにおいても、仕分けられる可能性がある事だけは、まずはわかってもらいたいと思っています」

 

 

 

適性ランクが低いからと言って、落とされる事はないとは思うが、それでも、なるべく適性ランクの高い者を取ろうとはしているようだ。

何故なら、ISを動かせる人材を見つける事と、それをどの程度扱えるのかを精査するためだ。

それが二年生になれば、整備科の生徒としての進路が許されているため、実力主義とまではいかないが、それでも、動かせないよりは、動かせた方がいいからだ。

 

 

 

「それと……これは、みなさんの今後について、よく考えておいてもらいたい事なんですが……」

 

 

 

一夏の声色に、少し不安に思った生徒たちが、今までの目の色を変えて、一夏に視線を送っていた。

 

 

 

「みなさんの中にも、IS学園を受験しようと思っている人達はいると思います……ですがもう一度、その選択が……本当に正しいのかを、もう一度だけ考えて欲しいです」

 

 

 

一夏の言動に、会場が違う意味でざわつく。

それもそうだ。

学校の説明会に来ているのに、何故そんなことを言うのか……。

本来ならば、うちに入学して欲しいと言ってもいいくらいなのに。

 

 

 

「みなさんは、ISについてどれくらいの知識を持っていますか? できた当初は、宇宙活動用のパワードスーツとして認知されていましたが、その後は、各国の防衛の要としての力を振るい、いまではスポーツとして落ち着いています。

実際に自分の姉は、そのISの大会……『モンド・グロッソ』で優勝し、《ブリュンヒルデ》の称号を手にしました。

ですが、その輝かしい功績に隠れて、みなさん忘れているとは思いますが、あれは……兵器であることを、みなさんにはもう一度、理解して欲しいです」

 

 

 

これは、驚くべき事だった。

IS学園の生徒が、そのISを兵器だと言ったのだから……。

 

 

 

「みなさんは、自分が何を言っているのかわからないと思います……ですが、これだけは本当にわかって欲しい……。

ISは兵器と同じなんです。たった数機で、国1つ滅せるくらいの、現行の最先端兵器の頂点をいく物なんです。

だからこそ、それを扱うために、IS学園は作られました。ISという超常の力を持った物を使うのは自分たちなんです。その手に、その行動に、自分や、大切な人たちの命が関わってくる事だってあるんです。

だから、そのための責任と、覚悟が必要なんです。自分は……俺は、今年の四月に入学して、様々な経験をさせてもらいました……ISに乗って戦った事もあります。

その時は、もちろん命がけで戦いました……」

 

 

 

 

一夏の言葉には、噓偽りなどない。

しかし現状では、それを認めようとする物はいないだろう。

ISはあくまでスポーツとして落ち着いたのだから……命がけの戦いなんて……。

絶対防御という存在や、シールドエネルギーなんて単語くらいは知っている。

最低限、操縦者自身の命を守るくらいの事もできると……。

 

 

 

 

「だから、みんなにはもう一度考えて欲しい。ISを……兵器を扱うという事の重さを。

そして、それを使うという事は、責任と覚悟が必要になってくるという事を……その事を踏まえた上で、IS学園を受験するという人は、頑張ってください……俺たちも、少なからず、応援します……!

長々とすみませんでした……以上です」

 

 

 

壇上から降りていく一夏は、どことなく大人に見えた……様な気がした。

他の生徒たちは、一夏の話に困惑している様だったが、一番前に座っていた蘭は、その話が真実だと思えた。

ISは兵器……それを扱っている一夏たちは、一体どれほどの重荷を背負っているのだろうか。

しかもその学園に通っているのは、自分たちと2、3歳しか離れていない人たちだ。

操縦者の年齢層が若くなっていっている……これは、本当なら、まずい事なのではないだろうか……

自分も、IS学園への入学を希望していた内の一人だ。

だが、今の言葉を聞いた後だと、なんだかその選択が正しいのか、よくわからなくなってきた。

 

 

 

「進路……かぁ…………」

 

 

 

ざわつく会場の中にポツンと、蘭の口から言葉が漏れた……。

 

 

 

 





次回は、誕生日会にしようかと思います。
その後、Mことマドカとの遭遇に、簪との和平イベントは無しで、タッグマッチ戦をしようかと思います(⌒▽⌒)

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)



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第75話 HAPPY BERTHDAY!



ようやく、投稿することができるぜ( ̄▽ ̄)

オリジナルストーリーを絡めると、どうも長くなるし、設定などがイマイチになって筆が進みませんね。





学校説明会という一仕事を終えた一夏。

中学生たち相手に、少し不安な言い方をしてしまったかと悩んでしまったが、あれでよかったのだと、刀奈から言われた。

そうだ……あれでよかったのだ。

これから先、いつ戦いに巻き込まれるのか、知れたものではない……そんな戦火に、いずれここに来るであろう後輩たちを、巻き込むわけにはいかない。

 

 

 

「チナツくん。あんまり考え込まない方がいいと思うよ?」

 

「アスナさん……でも、やっぱり不安じゃないですか。俺たちもそうですが……これからこの学園を受験する子たちは、何も知らないままに、ここへとやって来るわけですから」

 

「うん……でも、だからって受験するな、なんて言えないしねー」

 

「ええ……。もしもこれから先、また襲撃なんかされたら、今度は犠牲者が出るかもしれませんし……」

 

「それを考えると、どうしようもないよね……」

 

 

 

 

今現在、一夏は明日奈とともに、倉庫の片付けを命じられていた。

朝のホームルームが終わり、副担任の真耶に呼ばれて、二人は職員室へと向かった。

すると、放課後に倉庫の整理を手伝って欲しいと言うのだ。

もちろん、二人は断る理由もないと、その申し出を承諾したのだが……。

 

 

 

「それにしても、この部屋どんだけ放置されてたんですかね?」

 

「うん……ちょっと埃っぽいし、倉庫という割には、置き方が雑なんだよねー」

 

「これは、掃除もしながらやった方がいいですかね……」

 

「うん、そうしよっかー」

 

 

 

家事スキルの高い二人は、倉庫内においてあった掃除道具を手に取り、換気扇を回すと、即座に行動した。

マスクをつけ、明日奈は髪を結い上げて、ゴム手袋をはめる。

まずは荷物を棚に持ち上げ、そこから床を掃いて、雑巾掛け。

 

 

 

「アスナさーん、こっち掃き終わりましたよー」

 

「はーい」

 

 

 

再び荷物を動かし、今度は違うところを掃除する。

そうする事一時間足らずで、倉庫内は綺麗になり、見違えるかのような空間の出来上がりだ。

 

 

 

「やっぱり二人でやると速いねー」

 

「そうですねー。よし、これで山田先生の依頼は完了っと! 後は……」

 

「この資料を地下の倉庫に持っていけばいいんだよね?」

 

 

 

そう言って、明日奈が持ち上げた資料は、IS学園の図書室にも置いてある参考書だ。

一夏たちも類似の物を持ってはいるが、明日奈が持っているのは、より詳細な事が記載されているものだ。

 

 

 

「地下区画は、俺たち生徒でも立ち入り禁止の場所があるのに、大丈夫なんですかね?」

 

「うーん……山田先生に聞いてみたら、一応大丈夫だって言ってたよ」

 

「ふーん……ならいいんですけど」

 

 

 

 

二人は資料を手に持ち、その場を後にした。

真耶から受け取っていた、地下の倉庫がある場所までの地図を見ながら、地下区画へ入っていく。

 

 

 

「IS学園って、ほんと広いですよねぇ〜……」

 

「う、うん……そうだね……」

 

「こんな施設まであったなんて……。ここって、普段何に使ってるんしかね? 一応、シェルターっぽいものもありましたけど……」

 

「そ、そうだね……」

 

「……ん? アスナさん?」

 

 

 

 

地下区画に入ってから、妙に明日奈の様子がおかしくなった。

一体どうしたのだろうと、一夏が後ろを振り向いた瞬間、それがどうしてなのか、一夏にはわかってしまった。

 

 

 

「ん……んんっ……!」

 

「………………あの、アスナさん?」

 

「な、なに? チナツくん」

 

「もしかしてなんですけど…………怖いんですか?」

 

 

 

一夏の問いかけに、明日奈は体をピクリと震わせると、すぐさま否定した。

 

 

 

「そ、そんなわけないじゃない! ちょ、ちょっと不気味だなぁ〜って…………」

 

「それを俗に怖がってるっていうじゃ……?」

 

「ち、違うって! ほ、ほら! 見ての通りに全然平気ーーーー」

 

 

 

カシャーーーン

 

 

 

「ふあっ!?」

 

「……………………」

 

 

 

どこか遠くで、何かが落ちる音がした。

まぁ、この地下区画に入る前に、整備室の横を通りすぎてきたので、整備室で作業中の生徒たちが、工具か何かを落としたのだろう。

平気だと言った矢先にこれだ……互いに気まずい空気が流れる。

 

 

 

「あの……俺だけで行ってきましょうか?」

 

「……だ、大丈夫だよ! 私も先生からお願いされたんだし、これくらいならなんとでもーーーー」

 

 

 

ウィィーーーーン!!!!

 

 

 

「ひゃあっ!!?」

 

「………………」

 

 

 

今度は何かの機械音。

アームでも動かしているのか……それとも電動ドライバーかな?

 

 

 

「アスナさん……」

 

「ご、ごめん……ちょ、ちょっとだけ、怖い……」

 

 

 

カタカタと震えながら、青ざめて物を言われても……。

っていうか、ちょっとだけ?

どう見ても尋常じゃないくらいに怯えている。

 

 

 

「じゃあ、俺の後ろにいてください。それなら、大丈夫ですか?」

 

「う、うん……」

 

 

 

涙目になりながら、上目遣いでこちらを見てくる明日奈に、一瞬ドキッとした一夏。

なるほど、刀奈も一夏からしてみれば年上だし、こういった表情をしない事はないが、やはり明日奈と刀奈とでは雰囲気が変わる。

 

 

 

「…………」

 

「な、なに?」

 

「あ、いや……ほんとにアスナさんは、こう言うところが苦手なんだなぁ〜って」

 

「そ、それはそうだよー! だって、不気味じゃない!」

 

「まぁ、そうなんですけど。でも、ここにオバケなんて出るんですかね? 仮にも、科学の力が結集した区画の中心なんですけどね……」

 

「それでもだよー!」

 

 

一夏の制服の後ろの裾を握りながら、一夏と明日奈は目的地へと進んでいく。

一応、念のためにフォローを入れておいたのだが、どうにもイマイチの効果だったようだ。

でもまあ、科学の世界に、幽霊などのオカルト的なものがいるとは、あまり思いたくない。

 

 

 

「にしても…………」

 

「な、なに?」

 

「誰もいませんね」

 

「そ、そうだね…………」

 

 

 

 

辺りを見渡しても、あるのは壁につけられた非常灯の光のみ。

それが永遠と思えるほど長い廊下に点々と点在しているのが確認されているだけで、他にはなにも見当たらない。

ましてや人の気配なんてものは一切感じられない。

そう考えていると、一夏自身も、どこのなく不気味に思えてきて、背筋に寒気が走った。

 

 

 

(いかんいかん……俺まで怖がってたら、いつまでたっても目的地に着かなくなる……っ!)

 

 

 

自分自身にも喝を入れて、一夏は明日奈を連れて歩みを進める。

 

 

 

 

 

ーーーこちらA班。ターゲットを捕捉。予定通り目的地へと行軍中。

 

ーーーB班了解。引き続き監視をされたし……進路の変更があった場合は、対抗措置を許可する。

 

ーーーA班了解。

 

ーーーC班、およそ300秒後にそちらに到着する。準備を進められたし。

 

ーーーC班了解。

 

 

 

闇に紛れた者たちによる、一夏、明日奈に向けてのとびっきりのサプライズ。

メンバー達にだけ開かれた独立したタイムラインでのやり取りが行われている。

その仕掛け人たる人物達は、それぞれの役割をこなし、最終目的地へと二人を誘導していた。

道を変えようものなら、隔壁を下ろして道を遮断し、止まろうものなら先ほどと同じように、何かが落ちる音や、機械音を出してやればいい。

計画は順調に進んでいる。

 

 

 

 

「ふふっ…………楽しみだわぁ〜♪」

 

「ああ…………せっかくなんだ、パァーっと驚かしてやろうぜ……っ!」

 

「ええ、そうね……っ!」

 

「ククク……」

 

「ふふふふっ……」

 

 

 

最終目的地で待つ二人の男女が、モニターに映し出された一夏と明日奈の顔を見ながら、楽しそうに笑っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかな?」

 

「と、到着?」

 

「みたいですね」

 

「よ、ようやくだぁ〜……」

 

 

 

 

背中にしがみつく明日奈を引き連れ、ゆっくりと行軍していた一夏。

今ようやく、目的地の扉の前にたどり着いた。

真耶から渡された地図には『Bー57』と書かれた場所がゴールとなっているため、目の前にある『Bー57』と書かれた扉が、目的地で間違いないだろう。

一夏はドアノブに手を掛け、扉を開いた。

中は暗く、光が一切ない。

 

 

 

「山田先生ー? 頼まれた資料、持ってきましたよー?」

 

 

一夏が声をかけるが、全くもって反応がない。

不審に思い、一夏が中に入ろうとしたら、急に明日奈が背中を引っ張った。

 

 

「うおっ?!」

 

「ちょ、待って! ここに入るの?!」

 

「え? だって、ここが目的地ですよ?」

 

「そ、そうだけどさぁー……」

 

「大丈夫ですよ……山田先生がここだって言ったんだし……」

 

「じゃあ、なんで明かりもつけずに反応もしないの!?」

 

「あー…………確かに」

 

「でしょう?! な、なんか、怖いよー……っ!」

 

「うーん……でも、ここまで来たんですし、後もうひと踏ん張りですよ、アスナさん」

 

「えぇ〜……」

 

 

本当に嫌そうな顔で言う。

しかし、もうここまで来て、今更帰るなんてことはできない。

明日奈にも覚悟を決めさせて、二人は中に入った。

 

 

「とにかく明かりをつけますか」

 

「そ、そうだね……えっと、ここの明かりって、どこ?」

 

「えっと…………」

 

 

 

二人は暗い部屋の明かりを点ける為に、その電源を探す。

だが、次の瞬間、二人が入ってきたドアが、勢いよく閉まってしまったのだ。

 

 

 

「いやあぁぁぁっ!!!!! なに!? なにぃぃぃっ!!?」

 

「っ!?」

 

 

 

あまりの恐怖に、明日奈は両手で頭を抱えてしゃがみこんでしまい、一夏も警戒心を高め、鋭い目つきで周りを見回した。

 

 

 

「ひ、ひいぃぃ……っ!」

 

「っ……《雪華楼》抜刀」

 

 

一夏の左手に、純白の鞘に納められた刀が現れる。

それを腰だめに構え、いつでも抜けるように神経を研ぎ澄ませる。

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

周りには気配を感じない。

だが、何か変な予感が頭をよぎる。

それもこの間の学園祭の時に限って、襲撃を受けたのだ……今回のようなことが起きてもおかしくはなかった。

 

 

 

「ったく……学園の警備体制はどうなってんだよ……っ!」

 

 

 

学園祭の時には仕方がなかったが、今回は状況が違う。

ましてや、今隣には恐怖で震えている明日奈もいる。

何としてでも守らないと……。

 

 

 

 

「た…………けて…………」

 

「ひっ!?」

 

「んっ?」

 

「た……け……」

 

「な、ななななに……っ!?」

 

「この声……どこから?」

 

 

 

 

不気味な声。

だが、若い女の声だということはわかる。

しかし、暗闇とかした部屋のどの辺りから聞こえてくるのかはわからないままだ。

 

 

 

「た、たすけーー」

 

「っ!?」

 

 

 

しかし、二人はその声の主を、確かに見てしまった。

 

 

 

「助けてーーーーッ!」

 

「いやああああああーーーーーーーーッ!!!!!」

「ぎゃああああああーーーーーーーーッ!!!!!」

 

 

 

二人の絶叫が、その部屋に木霊した。

白髪の髪……光る黄色い眼は虚ろなものであり、片方の眼は包帯で覆われていた。

真っ暗闇なのに、どうしてそこまでわかるのか?

なぜなら、その少女の体が、青白く光っているからだ。

ゆらゆらと、まるで魂の抜け殻のように、吹けば消えてしまいそうなほど弱い。

だが、その足取りは確かだ。

二本の足で、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

差し出された両手は、大火傷を負っているのか、所々黒くなっており、体の所々を包帯で覆い隠している。

まるで、焼け死んだ人間の亡霊のようなその姿に、明日奈はもちろん、一夏も恐怖した。

 

 

 

「あ、ぁぁ……! た、助けて、チナツくん!」

 

「っ! は、はい! 逃げますよ、アスナさん!」

 

 

完全に腰が抜けている明日奈を背負い、一夏はその場から逃げ出す。

あの亡霊が一体何なのか?

なんてことは二の次だ。

とりあえずここから離れることが先決だと考え、一夏は閉まりきったドアに向かって駆け出した。

開かないのならば、抜刀した《雪華楼》で断ち切るまでだと考えて。

しかし、その道を塞ぐかのように、二つの人影が現れる。

 

 

 

「なっ!?」

 

「フッ……!」

 

「ふふふふっ……!」

 

 

 

その手には、日本刀と青龍刀が握られており、二つの武器を持つ二人の手は、全てが包帯に覆われていた。

体の全体は、黒いローブに身を包んでおり、顔もフードを目一杯被っているため、正体はつかめない。

ただ、奇怪に思ったのが、その二つの人影には奇妙なものが付いていた。

日本刀を持っている方は、狐のしっぽがついていて、もう片方の青龍刀を持っている方は、猫のしっぽがついていた事。

そしてよくよく見れば、フードの部分が不自然に盛り上がっている……。

 

 

 

「え、えぇ〜っと…………君たち、亜人間?」

 

「フッーーーーッ!」

 

「シャアアアーーーーッ!」

 

「うおおおおおっ!? こっち来たあぁぁぁッ!」

 

 

 

日本刀と青龍刀を掲げ、ものすごい勢いでこちらに向かってくる亜人間たち。

左右からの剣撃に対し、一夏は後ろに下がって躱す。

だが、やはりそれでは見逃してくれない。向こうも素人とは思えない太刀筋で、一夏と明日奈を狙ってくる。

 

 

 

「やろう……ッ!!!!!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

二人の剣撃を受け止め、スイッチが入った一夏は、その剣撃をだった一刀のもと薙ぎはらった。

鋭い一撃を、亜人間たちはその刀で受け止め、後ろへと追いやられる。

そして、一夏から放たれた鋭い眼光に当てられ、一瞬だけ身が竦んだ。

互いに膠着状態に入る。

どちらが先に攻めて来るのか、対して一夏はどう迎撃しようか……言葉ではない、その戦場の空気が、そうやって語らせていた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

だが、その場の掛け合いは、すぐに終わった。

何故なら、亜人間たちと一夏たちとの間に、一本の矢と銃弾が降ってきたからだ。

放たれた角度を確認し、一夏と明日奈はそちらへと視線を向ける。

するとどうだろう……またしても奇怪なものを見てしまった。

今度も暗くてよく顔は見えないが、怪しく光る眼光と、その手に握られたロングボウと、リボルバー式の二丁拳銃。

そして、一番の特徴である、細長く伸びた耳。

なびく髪が、ある意味では幻想的な光景を見せていた。

 

 

 

「は、はは…………」

 

「亜人間の次はエルフですか…………」

 

 

もはや笑うしかなかった……。

亡霊に亜人間にエルフ。ここは一体、いつから人外魔境へと変貌してしまったのだろうか。

だが、せめてこんな薄暗い倉庫ではなく、完全な異世界の景色で見てみたかったものだが……。

 

 

 

「ヤッベェ……どうしよう……」

 

「え、ええっ?! な、なんで、どうしたの?!」

 

「退路は亡霊によって塞がれて、近接戦の亜人間と遠距離のエルフ……ほぼほぼ詰んでますね」

 

「えぇ〜っ! 諦めないでー!」

 

「そんな事言われても…………」

 

 

 

この状態で戦うのは、まず無理だ。

いや、現状の再確認をしても、今の一夏で、これほどの敵に総対して、当てる見込みはほぼゼロに近い。

ISを用いるか、アバターのようにAGI型ビルドのステータスを体が身につければ、勝てるのだが……。

 

 

 

(くそ……ISが起動しない……!)

 

 

 

この部屋に入ってから、何度かISを起動させようとしたが、反応がない。

なんらかの要因があるのだろうが、それを追求しているよう余裕はない。

 

 

 

「アスナさん、立てますか?」

 

「う、うん……な、なんとか……」

 

「なら、走りますよ」

 

「走る……? どこに逃げるの?」

 

「この区画には、複数の出口があるはずです。そこがないか探しましょう」

 

「わ、わかった」

 

 

 

明日奈も勇気を振り絞って、その場に立ちあがり、いつでも逃げられるように整える。

 

 

 

「合図をしたら走りますよ……」

 

「うん」

 

「3……2……1……GO!」

 

 

 

一夏は明日奈の手を取り、一目散に駆け出した。

それに従って、亡霊も、亜人間も、エルフも、その二人を追いかけ出した。

必死に手を取り、明日奈を連れて逃げ回る一夏。

だが、それをさせまいと、追ってからの攻撃が飛んでくる。

 

 

 

「うおっ!? あっぶねっ!」

 

「うわあっ!?」

 

「アスナさん、こっちへ!」

 

 

明日奈を自分の後ろへの移動させ、明日奈を守るようにして戦う。

だが、相手側の攻撃が、妙に力強いのはなぜだろう……?

 

 

 

(何なんだよこの殺気は……っ!)

 

 

 

あまり身に覚えがない事で殺されるのは勘弁願いたいものだ。

どうにかして攻撃を捌き、退路となる通路を発見。

そのドアを開け、すぐさま明日奈を入れる。

 

 

 

「チナツくん! 早く!」

 

「はい!」

 

 

何とか振り切って、一夏もそのドアの向こう側へと入る。

そしてドアをしっかりと締め、開かないようにロックまで施した。

やはり向こう側では、ドアを蹴破ろうとしているのか、先ほどからものすごい衝撃が伝わってくる。

今のうちに身を隠そうと、一夏と明日奈はその場から離れた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……こ、怖かったぁ〜……」

 

 

窮地から脱した瞬間、体全体から力が抜けた。

その場にへたり込んで、少し涙目になっている目をこすり、ようやく落ち着いてきた明日奈。

 

 

 

「よく、走りましたね。大丈夫ですか?」

 

「うん……何とか……」

 

「とりあえずは、ここから離れて、また地上に戻りましょうか」

 

「そうだね……そうしようか……」

 

 

 

差し出した一夏の手を取り、明日奈は立ち上がって、その場から離れていった。

相も変わらず薄暗い通路を、一夏が先導して歩いている。

明日奈はそんな一夏の制服の上着の裾を掴んで、後をついていく形だ。

 

 

 

「ごめんね、チナツくん。私がもっとしっかりしてれば……」

 

「………………」

 

 

目に見えて落ち込んでいる明日奈に、一夏は優しく返した。

 

 

 

「アスナさん…………アスナさんは、しっかりしてるじゃないですか……」

 

「え?」

 

「アスナさんがいなかったら、俺たちは、SAOを攻略できなかったんですよ?

アスナさんが、頑張ってくれたから……俺たちは、また出会えたんです……」

 

「そ、そうなのかなー?」

 

「そうですよ。キリトさんも言ってましたけど、アスナさんが居てくれた事で、あそこまで攻略が進んだんだって。

俺は、途中で前線から離脱して、横道に逸れてしまいましたけど……そんな俺を、また攻略組として誘ってくれたアスナさんとカタナには、本当に感謝しているんですよ?」

 

「チナツくん……」

 

「だから、少しくらい、気を抜いてもいいんじゃないですか?」

 

「え……?」

 

「アスナさんはいつも頑張ってるんですから……だから、ほんの少しだけでも、ゆっくりと気を抜いてもいいと思うんですよ」

 

「…………ふふっ」

 

「アスナさん?」

 

「あー、ごめんね? チナツくんが、キリトくんと同じ事を言うから、懐かしいなぁーって」

 

「え? キリトさんが?」

 

「うん……第74層の迷宮区を二人で攻略する時にね、キリトくんが私に言ってくれたの。

私は頑張ってくれたんだから、自分のようないい加減な人と、息抜きするくらいは、許されるじゃないかって……ふふっ♪」

 

「ははっ、キリトさんらしいですね、それ♪」

 

「ふふっ、チナツくんもだよ♪」

 

「え、そうですか?」

 

「うん♪」

 

 

 

懐かしい思い出話に花を添えてながら、二人は出口を探して彷徨う。

何度かそれらしきものを見つけてはみたものの、違う通路へと入ってしまうため、余計に迷う。

 

 

 

「まるで迷路だな……」

 

「うーん……VRみたいに、地図があればいいんだけど……」

 

「ISも展開出来ないみたいですしね」

 

「えっ? うそ……!」

 

「ええ……。さっき襲われた時に確認してみたんですけど、何故か反応しなかったんですよね……今はどうかわかりませんけど……」

 

「じゃあ、試しに展開してみる?」

 

「そうですね……」

 

 

 

 

二人は自身の待機状態となっているISに意識を集中させ、その名を叫んだ。

 

 

「来い! 白式!」

 

「来て! 閃華!」

 

 

 

待機状態から眩い光が放たれたが、それもすぐに収まる。

 

 

 

「……やっぱりまだ……」

 

「ダメみたいだね……」

 

「でも、武装だけは出せるんですよね……」

 

「あっ、そうだよね……チナツくん、さっき《雪華楼》を出して戦ってたんだし……」

 

「なら、なんらかのジャミングのようなものを受けているんでしょうかね……?」

 

「うーん……困ったなぁー。これじゃあいつまで経っても抜け出せないよ……」

 

 

 

 

いずれは戻ってこないことに気づいた真耶あたりが探し出してくれるであろうが、こうも長時間地下に閉じ込められるというのも、あまりいい気分ではない。

 

 

 

「こっちは……まだ行ってませんでしたよね?」

 

「え? あ、うん……そうだね」

 

 

一夏が指さした方向は、何やら一際目立つように青色のライトで脇道を照らしていた。

 

 

「な、何なのかな……あの部屋」

 

「うーん……あの部屋だけ、道が照らされてるっていう事は、より機密が重視している部屋なのか……あるいは、出口への道標なのか……?」

 

「後半だったら、迷わず進むんだけどなー」

 

 

 

 

そう言いながらも、一縷の希望を持って、二人は部屋の中に入った。

 

 

 

『ふふふ……』

 

「「っ!?」」

 

『よくぞここまでたどり着きましたね……織斑 一夏くん……結城 明日奈さん?』

 

「っ……なんで、私たちの事を……!」

 

「何者だ!」

 

 

 

どこからともなく響いた若い女性の声に、明日奈と一夏は反応した。

だがその後、二人はふと、その声に聞き覚えがあるのに気づいた。

 

 

 

「今の……」

「ええ……たぶん……」

 

 

 

二人の思考を読んでいたかのように、その部屋の明かりが、一斉に点灯した。

 

 

「きゃっ?!」

「ううっ!?」

 

 

 

急に眩い光が、視界に飛び込んできて、二人は即座に目を瞑り、腕で視界を遮った。

しばしの時間をおいて、一夏と明日奈が目を開いた時……そこに、奇怪な光景が広がっていた。

 

『はーい! ようやくここまで辿り着いたお二人には、報酬として、特別サービスが受けられる権利をプレゼントでーーす♪』

 

「は、はい?」

 

「は……?」

 

 

目の前にいた眼鏡で幼顔の副担任……真耶の姿を見た二人は、一体何がどうなっているのか、全くわからないという感じに呆然としていた。

 

 

『さぁ、二人とも、壇上に上がってきてください!』

 

「え、いや、あのぉ〜……」

 

「山田先生? これは一体どういう…………」

 

 

 

何がと説明をしてもらいたい二人だったが、真耶はそんな二人の問いかけには答えず、ただ手元にあった資料で口元を隠し、頬を赤らめてこう言った。

 

 

 

『それは…………秘密です♪ あなたたち自身が、ちゃんと感じとってください』

 

「「っ??????」」

 

 

真耶は何を言っているのだろう……そう思いながら、一夏と明日奈は、目の前にある部屋……赤い暖簾に桜の模様をあしらい、一夏という名前が載っていた部屋と、黒に白い字で明日奈と書かれた暖簾をそれぞれくぐった。

入り口が別々になっているため、その先からは一人で行かないといけないらしい……。

明日奈の事を心配しながらも、一夏は足を前へと進めた……そして……

 

 

 

 

「…………え?」

 

「おかえりなさいませ、旦那様♡ この良妻《玉藻》が、疲れた身も心も、癒して差し上げます♪」

 

 

 

奇妙な格好だ……まず、和装……蒼を基調にしていて、帯や裾のあたりは黒になっている。

だが、その着方に少し問題がある。

早い話、着崩しているためか胸元は見えそうだし、丈が短いのか、裾丈が足の太ももの中腹……膝上10センチくらいのところまでしかないため、なんだかこう……すごくエロい。

しかもそれにニーソで、なぜなのかはわからないが、狐の耳と尻尾を装備していると来たもんだ。

一夏は、目の前にいる自分の恋人……刀奈の姿に、ただ呆然と見ていることしかできなかった。

美しい形でお辞儀をする恋人の姿に、魅了はされるのだが、その格好が凄いので、ギャップで正気に戻った。

 

 

 

「あ……えっと、カタナ、さん……?」

 

「はい! なんでしょうか旦那様♡」

 

「あ……うん、その……こ、これは一体?」

 

「ここに来るまでに、幾多の困難を乗り越えた旦那様を、この玉藻! 少しでも癒して差し上げたいと思いまして……。

ですので、旦那様は今一度ゆっくりとくつろいでいてくださいませ……」

 

「あぁ……うん……」

 

「ふふっ♪」

 

 

 

ただ言われるがまま、刀奈……いや、玉藻さんの指示に従い、一夏はちゃぶ台が備え付けられている居間へと座らされた。

 

 

「少し、お腹が減ってませんか?」

 

「ん? …………ああ、そうだな。ちょっと減ってきたかも」

 

「なら、少し小腹を満たしておいたほうがいいですね♪」

 

 

 

そう言って、玉藻さんは尻尾を左右にフリフリさせながら、台所から食べ物を持ってくる。

 

 

「このあとはメインディッシュですから、これくらいでよろしいでしょうか?」

 

 

ちゃぶ台の上にポンと置かれたものは、湯飲みに入ったお茶と、炊き込みご飯で作ったおにぎりが二つ。

 

 

「おお……っ!」

 

「さぁ、召し上がれ♪」

 

「うん……いただきます」

 

 

おにぎりを取り、一口頬張る。

ちょうどいい加減に出汁が効いており、きのこや人参などの具材の旨味や甘味が、口の中で広がっていく。

 

 

「うん……っ! 美味しい……美味しいよ、カタナ!」

 

「っ〜〜〜〜!!! ほんとっ!? よかったぁ〜〜……あっ、ち、違う! んんっ! それは大変よかったです♪」

 

「いや、もう……言い直さなくても良くない?」

 

「はて……何のことでしょうー?」

 

 

 

 

そういうやりとりをしながらも、おにぎり二つを完食し、お茶を啜る。

すると、玉藻さんが後ろへと回ってきて……。

 

 

 

「旦那様。さぁ、こちらへ」

 

「え?」

 

 

ちゃぶ台に湯飲みをおいて、一夏は振り返った。

すると、玉藻さんはそこで正座をして、そのすらっとした自身の膝をポンポンっと叩く。

 

 

「えっと……」

 

「早く寝てくださいな♡」

 

「う、うん……」

 

 

いつもの彼女と雰囲気が全然違うため、どこかこう、戸惑ってしまう。

一夏は言われた通りに、頭を玉藻さんの膝に乗せた。

俗に言う膝枕だ。

 

 

 

「はい、向こうをみてくださいねぇ〜」

 

「えっと、こう?」

 

「はい♪ そして、リラックス……リラックス……」

 

「うん……」

 

 

 

ここからどうするのだろう……そう思っていた時、自分の耳に何が入ってきた。

 

 

「っ!? って、耳かきか……」

 

「そのままね……旦那様は、そのままゆっくりしてて……」

 

「……」

 

 

 

今の声は、玉藻さんではなく、刀奈の声の様な気がした。

それからしばし、一夏は耳掃除をしてもらった。

丁寧な作業で、痛みなんて感じないし、それどころか気持ち良かった。

時折吹きかける息が、とても艶めかしいと感じて、ドキドキする事も。

そして今度は反対側。

反対側も同じ様に丁寧にしてもらい、これで耳掃除は終了した。

 

 

 

「ありがとう……カタナ……じゃあ、ないのか。ありがとう、玉藻」

 

「ふふっ……どういたしまして、旦那様♪」

 

 

 

あまりよくわからない状況だが、ゆったりとできたので、何でもいい……そう思いながら、一夏は玉藻さんの膝で、安らいでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……キリトくん? 何やってるの?」

 

「ん、んんっ! お、おかえりなさいませ、お嬢様。さぁ、こちらへどうぞ」

 

 

 

一方、明日奈も同じ状況下に陥っていた。

なぜだな執事の燕尾服を纏い、洋館をモチーフにした様なセットの真ん中で立って、右手を胸に、左手を後ろへと回して、軽くお辞儀をする。

 

 

「あ、あの……キリトくん?」

 

「お嬢様、私はキリトではありません」

 

「え?」

「私の名前は……キ、キ……キ〜〜、キラとお呼びください」

 

「絶対っ、今考えたよねっ?!」

 

「ん、んんっ! ま、まぁ、立ち話もこれくらいにして、お嬢様はこちらへ」

 

「うーん……」

 

 

 

とりあえず、このまま立っているのも何なので、明日奈はキリト……もとい、キラの言葉に従い、キラが引いたイスに腰掛ける。

 

 

 

「ここまで頑張ってこられたお嬢様を労う為、このキラ、精一杯尽くさせていただきます」

 

「…………」

 

「な、なにか……?」

 

 

 

キラの言葉を聞いた途端、明日奈はジーっとキラの事をガン見している。

キラの額から、ポツっ、ポツっ、と冷や汗が落ちる。

 

 

 

「ねぇ、キリトくん?」

 

「わ、私は、キラです…………」

 

「ねぇ〜、キラくん……?」

 

「はい、何でしょう」

 

 

 

明日奈の声色が、1オクターブ下がった。

しかも、顔は笑顔なのに光がない。これは…………最恐モードの《バーサクヒーラー》アスナの状態だ。

 

 

「どうして私がここに来るでに大変な目にあったのかって、あの場にいなかったキラくんが知ってるのかなぁ〜〜?」

 

「っ…………」

 

 

冷や汗が流れ出る。

全身の細胞が、その身に受ける恐怖によって、早く離脱しろと言っている。

 

 

「あ、あーえっと……その、ものすごぉーく疲れていらしてたので……」

 

「うんー……確かに疲れたかなー。一体何でだろうねぇ〜?」

 

「さ、さぁ?」

 

 

 

顔はニコニコとしているのに、どことなく殺気を帯びている。

そして、手にはいつの間にか握られていた《ランベントライト》。

その切先が、自然とキラに向けられる。

 

 

「あ、あの……お嬢様?」

 

「なに?」

 

「なぜ、切先を向けるんですか……?」

 

「そんなの決まってるでしょー?」

 

 

 

ニコっ、と一旦笑って、明日奈はその場に響く様な大きな声でさけんだ。

 

 

 

 

 

「本当に怖かったんだからっ! キリトくんのバカーーーーッ!!!!」

 

「ああああああああっーーーー!!!!?」

 

 

 

 

その場に、キラ……もとい、和人の断末魔の叫びが響いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

「あー、やっぱりアスナちゃんは怒ったかー……」

 

「やっぱりって……怒ると分かっててやってただろうよ……」

 

「うん……でもまぁ、チナツもいたしー」

 

「アスナさん……相当怯えていたぞ」

 

「うん。見てたから知ってるー♪」

 

「…………後で怒られても知らないぞ?」

 

「その時はチナツか守ってね♪」

 

「さすがにバーサク状態のアスナさんは無理だって……っ!」

 

「ええ〜〜! 私のことを守ってくれるんじゃないのぉ〜!」

 

 

 

潤った目が、間近に迫る。

今着ている衣装と相まって、どこか儚げで、愛おしく思える。

 

 

 

「…………出来ることはするけど、もうバーサク状態だったら、難しいからな?」

 

「うん♪ チナツ大好き♡」

 

「うわあっ!」

 

 

抱きついてくるカタナ。

和装なのにもかかわらず、露出度が意外にあるので、艶めかしい生肌が、体の所々に触れる。

暑くなっていく顔…………そして、それは抱きついてきた刀奈も同じで、頬か朱に染まっていく。

段々と顔が近づいて……互いの唇が、触れそうになって…………

 

 

 

「ねぇ、即行で二人だけの世界に入るのやめてくんない?」

 

「「っ!!?」」

 

 

突如、その場に現れた、真っ黒ローブの人影が一……いや、その後ろにももう一人と、その後ろからは全身包帯巻きの亡霊が……。

 

 

 

「…………って、やっぱりお前らだったのかよ……」

 

 

 

戦っている最中、何となくだが太刀筋に憶えがあったので、もしかしたらと思っていたが……。

 

 

 

「鈴……それと、後ろは箒とラウラだろ?」

 

「ほほう〜……よくわかったわね」

 

「なんだ? その脇役の様なセリフ……」

 

「誰が脇役か……! で? いつまで待たせんのよ……」

 

 

この口ぶりだと、少しばかりご機嫌ナナメのようだ。

フードを脱ぎ、包帯を外す。

やっぱりと言っていいのか、鈴と箒の頭には、猫と狐の耳が……。

ラウラに至っては、火傷と思われた肌をひとつまみすると、まるでテープを剥がしているかのように肌を引き剥がす。

特殊メイク道具だったようだ。

しかも目もよくよく見れば、普段からしていた眼帯を、左目から右目にシフトチェンジしていただけだ。

 

 

 

「むー……あのまま行けば、チュー出来たのに……」

 

「いつも嫌という程してるでしょう……」

 

「まったくだ。目を離せばすぐに口づけをしているな」

 

 

 

頬を膨らませて小言をいう刀奈に対して、呆れたように言い返す箒とラウラ。

だが、確かに時間的な問題もあるため、そろそろ移動を開始する。

 

 

 

「ほら、和人が廃人になる前に、とっとと行くわよ」

 

「そうだったな……キリトさん、大丈夫かな? かなりの絶叫だったが……」

 

「まぁ、生命反応はあるから、死んではないだろう……」

 

「だが、きっちり半分は殺されているだろうがな……」

 

 

 

ISの索敵システムを開き、平気で物騒なことを言う弟子とファースト幼馴染をいうことは置いといて、心配になった和人の状態を見に行くために、一夏たちはその場から移動をし、隣にいるであろう明日奈と和人を迎えに行く。

 

 

 

 

 

「あらぁ…………」

「うわぁ…………」

 

 

 

 

迎えに行ったはいいが、やはりというかなんというか……明日奈の機嫌は悪かった。

《ランベントライト》を手に持ち、腕組みをして和人に対してそっぽを向いている。

頬を膨らませながら怒る姿は、ある意味では愛らしいが、その背後で倒れている和人を見る限り、なんとも言い難い光景だ。

 

 

 

 

「ア、アスナさん……」

 

「あー、チナツくん。って、カタナちゃんのその格好はなに?」

 

「あー、うん……チナツへの愛情が形になったっていうかー」

 

「え、ええっ? あれ、みんなも何かの仮装を…………」

 

 

 

明日奈が刀奈の後ろにいた箒たちを見た瞬間、何かを悟ったような顔になった。

 

 

「あー、そう……なるほどねぇ〜。大体は理解したよー……みんながそんな格好をしてる理由は……」

 

 

 

明日奈の表情が、一気に冷たくなった。

にこやかに笑うその笑顔も、どことなく冷気を感じさせるものへと変わった。

 

 

 

「みんなそこに正座しなさい!!!!」

 

「「「「は、はいぃっ!!!!」」」」

 

「キリトくんも! いつまでも寝てないで、さっさとこっちに座る!」

 

「げっ!? バレてた?」

 

「それからそっちで見ている三人も!!」

 

「「「っ!!!?」」」

 

 

 

明日奈が指さした方向には、長耳のエルフ姿をした人影が二つと、もう一人、ただ一人だけなんの仮装もしていない人物が……。

 

 

「なるほど、エルフはセシリアとシャルだったのか……」

 

「え、ええ……まぁ……」

「あっははは……実は、そうなんだよねぇ〜」

 

「それで、簪は一体何をしてたんだ?」

 

「わ、私は……その、一夏たちを見張る監察官……それと、指示を出す首脳部……だった」

 

「なるほどなぁ〜……いつの間にかここに誘導させられてたってわけだ」

 

「ううっ、ごめん……」

 

 

 

呼び出された三人も加わり、一夏以外のこの場いるメンバー全員が、明日奈からのお説教を食らった。

 

 

 

 

 

「はーい! みなさんお疲れ様でーす!」

 

「ああ、山田先生……」

 

「はい。二人とも、楽しんでいただけましたかぁ〜?」

 

「全っ然っ! 楽しみなんてこれっぽっちも感じませんでした!」

 

「あははは……」

 

 

真耶に対してもこんな感じ憤慨する明日奈だったが、一応刀奈との約束だった為、一夏も何かとフォローを入れて、なんとか怒りを鎮めてもらった。

 

 

「それで、今日は一体なんだったの?」

 

「時期外れの肝試しはどうかと思って……」

 

「なんでわざわざ……!?」

 

「二人には、後で説明するから!」

 

 

 

 

刀奈の言い分に、追求を求めたい気持ちがあったが、それをする前に、真耶がポンッと手を叩いた。

 

 

 

「あっ! そうでした! みなさーん、これから最後のイベントがあるますから、こちらに集合して下さ〜い!」

 

 

 

真耶の言っていることがさっぱり分からず、一夏達だけではなく、箒達ですら首を捻っていた。

箒が「これで全部終わりじゃなかったか?」と言っていたが、真耶からは強引に進められた。

一同は一箇所に集められて、一夏と明日奈の二人だけは、みんなから離れて、用意されていた壇上の上に上がる。

すると、壇上の床から、光が溢れ出してきて…………やがて、舞台の床下から、何かが上がってくるのを感じた。

おそらく、舞台などで使われる『奈落』のようになっているのだろう……そこから現れたのは、意外な人物だった……。

 

 

 

「えっ!?」

「はっ?!」

 

 

 

一番近くで見ていた明日奈と一夏は、自分達の目を疑っているかのような表情で見ており…………。

 

 

「「「「「「「「えええええええええええええっーーーーーーーー!!!!!!!!」」」」」」」」

 

 

 

 

それを後ろで見ていた残りのメンバーもまた、驚きのあまり絶叫してしまった。

 

 

 

「え……! うそ……なんで……?」

 

「ち、千冬、姉……っ?!」

 

 

メイド服を着て、左手のお盆にパフェを乗せた千冬が登場。

スタイル抜群の千冬が、メイド服なんで物を着れば、どうなることか…………そんなもの、世にいる男性達全員が、振り返って見直すであろうと思うほど、様になっていた。

普段結っている髪も、全て解いて自然のままに流している。

しかもそんな格好で、本人も恥ずかしさからか顔がほんのりも赤くなっていて、恥じらう表情がまた千冬のイメージに反して、可愛く見えてくる。

 

 

 

「えっ? 千冬姉……何やってんだ?」

 

「………………な…………うなよ」

 

「え? なんだって?」

 

 

 

少し俯きながら、こちらに何かを言う千冬だが、あいにくと声が小さくて聞こえなかった。

これもまた、千冬のイメージに反していることだ。

だが次の瞬間、一夏は千冬の本質を見た。

 

 

 

「ーーーー何も言うなよ……何か言ったら殺すぞ…………っ!」

 

「は、はい…………っ!!!!」

 

 

 

明日奈の冷気を超える絶対零度の鋭い殺気が、一夏を襲った。

そんな千冬が、一夏と明日奈の元へと歩いてくる。

 

 

 

「お前達、口を開けろ」

 

「へっ?」

 

「口?」

 

 

近づいてきながら、千冬は乗せていたパフェにスプーンを入れる。

そして一夏の口、明日奈の口にと、パフェを無理やりねじ込んだ。

その瞬間、千冬の後方にあった舞台の壁に、突然文字が浮かび上がった。

ALOなどで、クエストクリアのさいに流れるファンファーレを聞きながら、一夏と明日奈は、その文字を読んだ……。

 

 

 

「お誕生日…………」

 

「…………おめでとう……あっ!」

 

 

 

そこで、ようやく気がついた。

9月の終わり…………それは、一夏と明日奈、二人の誕生日の日付だ。

一夏が27日。明日奈が30日。

もう10月に入るため、一夏の誕生日は過ぎてしまっていたが、それでも、めでたくお祝いの席を設けていたということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「ハッピーバースデーっ!!! 一夏っ! 明日奈っ!」」」」」」」」

 

 

 

 

いろいろあった地下区画の倉庫から出て、メンバー全員は、食堂に来ていた。

するとそこには、テーブルいっぱいにご馳走が並んでおり、食堂には、一年一組のクラスメイト全員が参加していた。

 

 

 

「うわぁー……っ!!!」

 

「凄いな、これ……」

 

「ふっふーん♪ 織斑くん! 私たちだって料理できるんだからねーっ!」

 

「えっ!? ってことは、これみんなで作ったのかっ!?」

 

 

 

谷本の言葉に一夏は仰天し、思わず聞き返してしまった。

その答えとしてか、クラスメイト全員がピースサイン。

本当にパパっと簡単に作れるしながら、結構手の込んでいそうな料理と、幅広い。

 

 

 

「凄いねー♪ みんな、ありがとう!」

 

「ああ、このお返しは、いつか必ずするよ!」

 

「「「「「「「イエェェェェェェイッ!!!!」」」」」」」」

 

「そんじゃあ! みんなで乾杯するわよーっ!!!」

 

「みんなー! コップと飲み物準備してーっ!」

 

「「「「「「「ハーーーーイっ!!!」」」」」」」」

 

 

 

刀奈とシャルの指示によって、みんなテキパキとコップにジュースやらお茶やらを手にしていく。

 

 

 

「みんなー、飲み物はあるー? よし! それじゃあ、二人の誕生日を祝って! カンパァーーーーーーイッ!!!!」

 

「「「「「「「カンパァーーーーイッ!!!!」」」」」」」」

 

 

 

こうして、二人には秘密にしていたサプライズ誕生日会が、今始まったのだ。

 

 

 

「なるほど……俺たちにあんな任務をさせたのは、これのためだったのか……」

 

「そういう事。だから、二組の鈴ちゃんと、四組の簪ちゃんに手伝ってもらってたの」

 

「にしても……」

 

 

 

一夏は周りをぐるっと見回すと、そっと微笑んだ。

そんな様子を、同じように微笑みながら見ている刀奈。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや……こうやって、みんなで賑やかに誕生日会をやるの、初めてだからさ」

 

「…………」

 

「なんか……楽しいなぁ……って思ってたんだ」

 

「チナツ……」

 

「ありがとう、カタナ」

 

「ううん……これは、みんなでやろうって言って、みんなが協力してくれたのよ……。

最近は、いろんな事があったから……特にあなたは、一番大変な目にあったんだし」

 

「そんな事ないよ……でも、本当、ありがとう」

 

「どういたしまして♪ みんなにも、その言葉を言ってあげてね?」

 

「もちろん」

 

 

 

 

一夏は刀奈から離れ、クラスメイト達のところへと向かった。

料理に夢中になっていた子や、話に夢中になっていた子……一夏と話したくて、うずうずしていた子たちのところにも……。

こんな大勢に祝ってもらったのは……本当に初めてだ。

小さい頃は、姉の千冬と篠ノ之家のみんな。

中学時代は、鈴や弾、蘭たちが家に遊びに来て、そのまま誕生日会。

SAOに囚われていた二年間には、誰一人として自分の誕生日を知る者はいなかった。

そんな事を考える余裕すら、あの時にはなかったのだから……。

だから思う……和人や明日奈、SAOで出会ったメンバーと、最愛の恋人……刀奈に会えて、本当に良かったと。

そして、誕生日会はつつがなく進み、みんながそれぞれ思い思いに楽しく過ごしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ケータイがない」

 

「ん? あー、部屋じゃないの? 今日忘れてたとか言ってなかった?」

 

「あ、そうだった……。悪い、ちょっと取ってくるわ」

 

「はーい」

 

 

 

 

突然、一夏は食堂を飛び出した。

自室と同じ建物の中に食堂はあるため、そのまま廊下を歩いて行き、自室に戻って、スマフォを確保する。

そして部屋を出て、鍵をしっかりと閉めてから、再び食堂に戻ろうとした時だった。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

ふと、中庭の方に視線が移った。

中庭は、一応街灯が置かれているため、真っ暗というわけではないのだが、廊下の明かりの方が強いのであまりちゃんと見通せない。

だが、そんな中でも一夏には見えたのだ。

 

 

 

(誰かいる……?)

 

 

 

学校の敷地にいるという事は、生徒か教師……だが、どうしてこちらに来ないのか……?

ずっと木の陰……街灯の光がギリギリ届かないような場所に立っている。

気になった一夏は、一度外へと出て、その人影が立っているところまで歩いて向かった。

 

 

 

「誰かいるのか?」

 

 

 

問いかけてみたが、何も返事はない。

仕方ないと、一夏はさらに近づいて行った……が、その足がいきなり……そう、急に止まったのだ。

 

 

 

 

「っ……!!」

 

「ふっ……」

 

 

 

一夏の目が、今にも飛び出すのではないかというくらいに見開かれた。

目の前の光景を、その人物の姿を見た途端、一夏の身体中に変な寒気が走ったのだ。

 

 

 

「なっ……なんだ、おまえは……っ!」

 

「ふふっ……この間は世話になったな……織斑 一夏」

 

「この間……? はっ! お前は、《サイレント・ゼフィルス》のっ!」

 

 

そう……この感覚、あの時と同じ……。

初めて《サイレント・ゼフィルス》を見た時……一夏の体には、変な衝撃のような物が流れた。

あの時、少なからずも会話した時に聞いた声……その声の持ち主が今、目の前に立っているのだ。

だがそんな事は、今はどうでも良かった……何故なら、目の前にいた敵パイロットの顔には、見覚えがあったからだ。

 

 

 

「なんで……! なんでお前は、千冬姉と同じ顔をしている……っ!」

 

 

 

そう、瓜二つ……なんてレベルではない。

おそらく、初めて間近で見たのなら、目の前に立っている者が千冬だと名乗っても、その人たちは信じるだろう……。

それくらい似ている。

だが千冬からは、そもそも同じ顔をした者がいるなんて、聞いたことすらない。

世界には、自分に似た顔の人が、三人はいると言われているが、全く同じ顔を持った者がいるのは、あまり聞いたことがない。

それも、唯一血を分けた姉弟である一夏ですら、一瞬姉だと思うほどの者など……。

 

 

 

(ん……姉弟……?)

 

 

 

一夏の頭の中に、『妹』……と言う言葉が思い浮かんでしまった。

しかし、姉弟は、姉と自分の二人だけ……そう聞いた。

いや、考えてみれば、聞いただけだ。

もしも、その情報に、一部でも嘘が紛れ込んでいるとしたら……。

 

 

「おまえは誰だ……!」

 

「…………」

 

「一体、誰なんだっ!!!?」

 

「…………私はお前だ……そう言っただろう、織斑 一夏」

 

「っ?!」

 

「私が私でいるために……その命ーーーー」

 

「っ!?」

 

「ーーーー貰い受けるっ!!!」

 

 

 

 

取り出されたのは、拳銃。

躊躇なく引かれた引き金……鳴り響く銃声が、静寂に包まれていた夜に、亀裂を生じさせた……。

 

 

 






次回からは、タッグマッチ戦……それからは……ちょっとだけ閑話を入れたりでもしようかなって思っています。
その後はワールドパージ編で、修学旅行編をやって、ようやくGGOにでも行こうかと思います(⌒▽⌒)

感想、よろしくお願いします!!!!



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第76話 織斑 マドカ



今回から、タッグマッチトーナメントのイベントに入ります!




「私が私でいるために……その命ーーーー」

 

「っ!?」

 

「ーーーー貰い受けるっ!!!」

 

 

 

 

バアァァーーーーンっ!!!

 

 

 

 

強烈な炸裂音。

夜……闇に包まれたその学校の敷地である中庭は、街灯によっててられた光が、わずかばかりの光を照らしていた。

静寂とも呼べる夜の中庭。

しかし、その静寂に亀裂を生じさせた炸裂音は、つい先日……学園祭の時に襲撃してきた、亡国機業の構成員である者……『M』と呼ばれていた少女が取り出し、引き金を引いた銃の音だ。

狙いは正確。

一夏の頭部を狙っての射撃だった。

躱すのは至難……ましてや、撃たれた本人は、そのまま後ろに倒れていった……。

 

 

 

「ふんっ……他愛ない……」

 

 

 

IS同士での戦闘では、一夏の戦闘能力の高さに、M自身驚いていた。

だが、所詮は訓練を受けてきた期間の違いによって現れる秀才と凡俗の差。

一夏もISがなければ、ただの一般人と大差ない……そう思い、一夏を仕留めたと確信し、その場を立ち去ろうとしたMだったのだが…………。

 

 

 

「あっぶねぇな………!」

 

「なにっ……?!」

 

 

 

 

突如、一夏の声でそう発せられた。

振り返って見てみると、一夏には傷一つ付いていなかった。

だが、確かに頭部に銃弾をぶち込んだはず……だが、その銃弾の行方が、一夏が手にしていた物を見て、Mはわかってしまった。

 

 

 

「あの瞬間に、刀を出したというのか……っ!」

 

 

 

一夏の右手に握られていた愛刀《雪華楼》。

その鍔の部分に、Mの放った銃弾がめり込んでいたのだ。

鍔は亀裂が生じ、一夏が軽く振ると、パキッという音を鳴らして砕けた。

 

 

 

「は、ははっ……なるほど、貴様も案外、人という枠を越えているようだ」

 

「お前もな……。こんな場所でいきなり発砲とはな。一応ここ日本の、しかも特殊な場所なんだけどな……」

 

「ああ、知っているさ。だが、それは私が捕まればの話だろう? 心配するな、次は仕留める……っ!」

 

「まだやる気かよ!」

 

 

 

 

相手は銃、自分は刀。

しかも少し距離があるこの状況……。相手の射撃スキルの高さは充分に知っている。

なのでこの状況は、少しばかり一夏にとって分が悪い。

だからこそ、取っておかなくてはならない手段……それは。

 

 

 

ーーーー先手必勝!!!!

 

 

 

 

駆け出す一夏。

だがMからすれば、それは考えつく手段の一つでしかない。

ゆえにすぐに銃口を一夏に向け、トリガーを引く。

再び炸裂音がなり、弾丸は一夏の心臓めがけて一直線に飛んでいく。

だが、再び心臓と銃弾との間に、一夏の愛刀《雪華楼》の刀身が割って入る。

火花を散らし、二つに裂ける銃弾。

 

 

 

「ちっ!」

 

「はああっ!」

 

 

 

銃で一夏の刀を受け止めるM。

 

 

「っ……中々の読みじゃないか……!」

 

「銃口の向きから、弾道を予測する技術なら、嫌という程この体に叩き込まされてるからな……っ!」

 

「ふんっ!」

 

 

 

一夏の刀を弾いて、すぐに回し蹴りを入れるM。

だが、これは一夏が寸での所で躱し、再び銃口を向けるが、今度は一夏の刀の方が早かった。

銃口から約5センチほどの部分……銃の先端が、刀によって斬り裂かれる。

中から飛び出したバネや部品……形状を保てない銃は撃てなくなる。

 

 

 

「ちっ!」

 

「逃がすか!」

 

 

 

銃を失い、一旦距離を置くM。

それを逃すまいと、一夏も追随する。

自身の間合いに入った一夏は、刀の刀身をくるっと回し、峰打ち状態でMに袈裟斬りを放った。

 

 

 

「あまいな……」

 

「っ!?」

 

 

 

だが、一夏の袈裟斬りは、Mに届くことはなかった。

Mの手によって握られてる、軍用のコンバットナイフによって防がれたからだ。

 

 

 

「この程度で私が殺られるとでも思ったか?」

 

「そうかよ……今ので倒れてくれたら、本当は良かったんだけど、なっ!」

 

 

武器のリーチからして、一夏に分があるのだが、相手は各国の軍事施設からISを強奪した人間だ……少しの油断が、命取りになる。

 

 

 

「ふふっ……思ってた以上にやる。これは中々楽しめそうだ……」

 

「っ…………てめぇ、その顔でそんな狂ったような顔してんじゃねぇよ……っ!」

 

「なぜだ? お前とて、私と同じ顔をしているじゃないか」

 

「っ!?」

 

「ふふっ……楽しいのだろう? 強者との戦いが……それもそうだ。それが織斑という一族の本能だ」

 

「なにっ?!」

 

「お前だって覚えはあるだろう……それも先日、ご丁寧にもうちのバカ相手にその本能を呼び覚ましたはずだ……っ!」

 

「っ!」

 

「戦いを求める本能……普段は大人しいのに、戦いや血をみると興奮し、強くなる……ふっ、まるでバーサーカーだ」

 

「バー、サーカー?」

 

「知らんのか? 北欧神話に登場する狂戦士のことだよ」

 

「狂……戦士」

 

 

 

 

北欧神話なら少しばかりの知っている。

そもそも、バーサーカーくらいは知っているのだが、自分がそれだと言われても、あまり実感がない。

だが、Mの言う通りだ……。先日の戦いでは、オータムの言葉が許せなくて、オータムたち亡国機業のやり口が許せなくて、それに怒り、殺意を覚えた。

するとどうだろう……興奮しているのにもかかわらず、頭の中は意外にクリアになっていた。

攻めるべき所、躱し、防御する事、その全てが自然だった。

いや、それだけではない。

位置取り、駆け引き、戦術的な思考、自分と相手との間合いの取り方、そして動きを読むという『直感』と『先読み』。

その全てが、自然と手による様にわかった。

もしもそれが、Mのいうバーサーカーとしての能力の芽生えだったとしたら……。

 

 

 

 

「ふふっ……お前も同じだよ、織斑 一夏」

 

「くっ!?」

 

「そして、私も同じだ……私も、今この瞬間が楽しい……っ!」

 

「ちっ! 何なんだ……何なんだよっ、お前はっ!」

 

「ふふっ、あっはっは!!!!」

 

 

 

斬り合う中で、Mは高揚とした笑いを発した。

そして、その怪しげに光る瞳を、一夏に向けながら、はっきりと言った。

 

 

 

「私の名前は……『織斑 マドカ』だ…………っ!」

 

「な、に……っ!?」

 

 

 

織斑……織斑と言ったか?

しかもマドカ? そのイニシャルでMという事なのだろうか?

いや、今はそれはどうでもいい事だ。

一夏の頭の中に、また再び、ある可能性がよぎった……。

 

 

「まさか……もう一人、兄妹がいたのか……?」

 

「ふんっ……お前たちと一緒にするな。私はお前で、お前は私なんだ」

 

「っ! どういう意味だっ!」

 

「教える義理は、ないっ!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

一夏の刀を弾いて、再び回し蹴りを入れる。

だが、一夏だって、ただやられるわけはない。

顔面に向かって放たれた蹴りを、体を半歩引く事で躱した。

 

 

「だから甘いっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 

だが、M……いや、マドカは勢いそのままに、今度は後ろ回し蹴りを一夏の腹部に向かって放った。

流れる様な動きから、見事に腹部に決まった蹴り。

一夏はそのまま、仰向けに倒れてた。

 

 

「ぐっ…!」

 

「今度こそ終わりだ……織斑 一夏……」

 

「しまっ……!」

 

 

 

手に持っていたのはナイフではなく、拳銃だった。

もともと拳銃は二丁あったのだ。

これは完全に、一夏の油断だった。

 

 

 

 

パアァーーーーンッ!!!!!

 

 

 

三度目の銃声。

今度は躱しきれない。

死を覚悟した一夏には、銃弾がゆっくりと自分に向かってくるのが見えた……。

 

 

 

「えっ……?!」

 

「ちっ!」

 

 

 

ゆっくりと向かって……いや、完全に止まっていた。

空中で、9ミリパラベラム弾が完全停止していたのだ。

これは……

 

 

「水……? これは!」

 

「うちの夫に、一体何しでかしてくれてるのかしら?」

 

 

一夏は視線を後ろにやった。

するとそこには、扇子を広げ、優美に立ってマドカを睨みつける刀奈の姿があった。

一夏の目の前に展開した水は、刀奈の愛機《ミステリアス・レイディ》の特殊武装『アクア・ナノマシン』によって生成された特殊な水。

 

 

「なんちゃってAICよ。それであなた……うちの夫に何してくれてんの? 今日はお祝い事だっていうのに……ほんと、最悪な誕生日になってしまったわ」

 

「カタナっ!」

 

「ちっ、流石にバレるか……」

 

「当たり前よ……第一、三回も発砲しておいて、気づかないとでも思った?

さて、私のチナツに対してやった事の報いを受けてもらおうかしら……どっちがいい? 尋問室と拷問室……好きな方を選ばせてあげるわ」

 

 

マジギレしている目だ。

暗部の当主……いや、それ以上の何かが組み合わさって出される殺気と怒気か……。

一夏も、刀奈がこれほどキレたところを見た事がない。

今回ばかりは本気で怒っている。

 

 

 

「あいにく、尋問も拷問もどちらも食べ飽きているのでな……ここはお暇させてもらうとしよう」

 

「あら〜、そんな事言わずに……。特別に虚ちゃんの紅茶も出してあげるから、ゆっくりしていきなさいな」

 

「何度も言わせるな……お前たちと茶など飲みに来たのではない。私の目的は、そこにいる織斑 一夏と、その姉、織斑 千冬の抹殺だ」

 

「っ!?」

 

「なんだとっ!? 千冬姉まで……っ!」

 

 

 

彼女の目的はわかるが、その意図がわからない。

何故そうまでして、二人を殺そうというのか……ましてや……

 

 

 

「同じ『織斑』の名を持つ者なのに?」

 

「不愉快だ……その口を閉じろ」

 

「いやよ。それだけがわからない……あなたのその顔……千冬さんにそっくりだし、さっきの話から察するに、あなたも『織斑家』の一族と見て間違いない……。

なのに何故? そうまでしてチナツと千冬さんを殺そうとするのかしら?」

 

「部外者である貴様には関係ない話だ」

 

「部外者じゃないわ。私はチナツの……織斑 一夏の嫁となる人間よ?」

 

「そうか……だが今は違う。貴様は『更識家』の人間だ……姑息に影を這い回るネズミどもが……!」

 

「あら……ならあなたたちはそのネズミ以下の存在じゃない……羽虫レベルだわ」

 

「っ……!」

 

「ふふふっ……!」

 

 

 

一触即発……水と油……いや、火焔と火薬レベルでやばい。

互いに殺気をむき出しにして、どちらかが動けば、たちまち戦火が吹き荒れる事間違いなしだろう。

だが、突如マドカの方がため息をつき、殺気を消した。

 

 

 

「これ以上やってもつまらん……やはりお前とは誰にも邪魔されない場で殺し合いたいものだ……」

 

「っ! 逃すわけないでしょっ!!!」

 

 

 

刀奈はとっさに、槍を展開し、そのままマドカに向けて投擲。

槍の矛先が、マドカに突き刺さると思ったその時。

刀奈の槍を、二本のレーザーが撃ち抜いた。

 

 

「っ!?」

 

「部分展開……っ!」

 

 

《サイレント・ゼフィルス》の特殊武装『エネルギー・アンブレラ』。

その用途は、セシリアの駆る《ブルー・ティアーズ》と同様に、遠隔操作で包囲戦仕様のオールレンジ攻撃と、《ブルー・ティアーズ》にはない、エネルギーシールドを発生し、敵の攻撃を防ぐ事。

そして、《サイレント・ゼフィルス》の機体運用……一撃離脱型の機体として組み上げられた際に作られた機能で、自爆機能。

その機能は既に、一夏がその身を持って知っている。

 

 

 

「《サイレント・ゼフィルス》……っ!」

 

「織斑 一夏…………お前とはいずれ決着をつけてやる」

 

「待てっ! お前はーーーー」

 

 

 

一夏がマドカに問いかけようとしたが、マドカはそれを待たずに、すぐに飛び出した。

やがて小さくなり、消えていくマドカの姿を、一夏と刀奈は、ただ見ている事しかできなかった。

 

 

 

「…………」

 

「っ! チナツ、大丈夫!?」

 

「あ、ああ……」

 

「ぁ……」

 

 

 

心ここにあらず……と言った具合に、一夏の返答は上の空だった。

それも無理はないだろう。

第一、刀奈だって驚いたのだ。千冬と同じ顔をした少女の存在……一夏からは、自分家族は千冬と二人だけだと聞いていた。

おそらく、一夏だってそう思っていたはずだろう。

なのに……

 

 

 

「あいつは……一体……!」

 

「チナツ……今は、今だけは、その事は考えないようにしましょう?」

 

「カタナ……」

 

「せっかくのお祝い事なんだもの……そんな辛気くさい顔をしてたら、みんなが不安がるわ」

 

「……ああ、そうだな。ごめん、戻ろうか」

 

「ええ」

 

 

 

 

一夏は《雪華楼》を量子変換で拡張領域に戻し、その場に立ち上がった。

腕を組み、刀奈に引っ張られるようにして食堂へと戻っていく最中、一夏は先ほどの少女の言葉に、考えさせられていた。

 

 

 

(織斑一族の本能…………それに、織斑 マドカ……)

 

 

 

一夏と千冬……今では唯一残った家族。

姉と弟。家族はこれだけだ……そう思っていたし、千冬からもそう言われ続けていた。

母親と父親は物心つく前に蒸発し、他に兄妹もいないと……。

だが、先ほどの少女は……

 

 

 

「マドカ……」

「…………」

 

 

 

織斑家に存在しなかったはずの三人目。

自分ですら知らない遠い親戚……? いや、隠し子……? どちらにしても、あまり納得のいかない事情だ。

織斑家にとって、家族の話は暗黙の了解でタブーとされていた。

千冬も話したがらないし、一夏もあえて聞こうとはしなかったが……。

だが、事ここに至っては、聞かないわけにはいかなくなった。

 

 

 

「なぁ、カタナ……」

 

「なに?」

 

「さっきの事は、みんなには内緒しておこうって思ってるんだけど……その……」

 

「わかってるわ。無闇に情報を流したところで、こちらが余計に混乱するだけだもの。私もその案には賛成よ」

 

「ありがとう。それと、あいつ……マドカの事なんだけど……」

 

「うん……」

 

「千冬姉に聞いておきたいって思うんだ。何か、途轍もなく嫌な予感がするんだよ」

 

「……そうね。あの娘、あなたと千冬さんを殺すとか言ってたけど、心当たりはある?」

 

「いや、さっぱりだ。小さい頃に会っていたのかな? でも、あんな奴と面識を持った覚えはないんだよなぁ……」

 

「過去に会っていたとして、その時に何があったのか……あるいは、会っていなかったにしても、同じ血を持つ者を殺すなんて、そうそう考えつくものじゃないわ」

 

「………私はお前だ……か」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。早く戻ろうか」

 

「うん」

 

 

二人は何事もなかったかのように校舎へと戻り、食堂へと戻った。

食堂では、既に会は大盛り上がりで、一夏のクラスメイトたちが思い思いに楽しく過ごしているようだ。

 

 

「みんなは、気づいてなかったのかな……?」

 

「まぁ、これだけどんちゃん騒ぎをしてたら、関係ないのかもね。

それに、私もみんなには知らせないように、細工しておいたし……」

 

「細工?」

 

 

 

刀奈の言う細工とは何なのか、一夏が尋ねると、刀奈は「ふふっ」と笑って、専用機の待機状態である扇子をバッと広げる。

そして、その扇子で窓ガラスや廊下側の窓を指した。

 

 

「ん……水分?」

 

「音っていうのは、空気の振動によって伝わるものよね? なら、その振動を全部吸収したら?」

 

「音が伝わりにくくなるってことか……」

 

「そういう事。音自体を完全に消し去ることは難しいけど、9ミリパラベラム弾の音くらいなら、誤魔化せるわ」

 

「なるほどね……流石だな」

 

「うふふっ……♪ じゃあ〜あ〜、頑張ったご褒美が欲しいなぁ〜♪」

 

「ご褒美?」

 

「うん♪」

 

そういうと、刀奈は近くにあったイチゴのショートケーキの乗った皿を取り、一夏に渡す。

 

 

「あーん」

 

「はいはい。ほら、あーん」

 

「んん〜〜っ♪」

 

「おいしい?」

 

「うん、おいしい♪ はい、お返し♪」

 

「あぁ、うん……あ、あーん」

 

「あーん♪」

 

「あーーっ!!! 会長ずるいっ! この時ばかりは織斑くんを皆に解放するべきです‼︎」

 

「そうだそうだ! 織斑くんは一組の共有財産だぁーーっ!!!」

 

 

 

刀奈と一夏のラブリー領域に気づいたクラスメイトが、二人の行動を断固拒否した。

こうなってしまえば、クラスメイト全員 対 一夏と刀奈という多勢に無勢という戦況が差し迫っているのだが、それに臆する刀奈ではない。

 

 

「なるほど……折角の誕生日会なんだし? みんなはチナツともっと交流を持ちたいと……」

 

「「「じゃあっ……!!!!」」」

 

「でぇーも嫌よ♪ チナツは渡さなぁーーい♪」

 

「なんですとぉー!」

 

「横暴だーー!」

 

「「「そうだそうだ!!!!」」」

 

「あらあら、みんな元気がいいわね〜。ならば、チナツとの交流を賭けた、勝負をしましょう……。

私を倒した娘には、チナツとの交流を許可するわ! 10分だけね♪」

 

「なんじゃそりゃあっ!!!」

 

「こちらがめちゃくちゃ不利っ!」

 

「それに成功報酬が小さいっ!」

 

 

 

 

ガヤガヤと騒がしくなる食堂内。

そんな騒ぎも、千冬の一喝によって揉み消されてしまったが……。

そんなこんなで、一悶着あった誕生日会も、無事終わる事が出来たのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パカ……カチャ……パカ……カチャ……パカ……カチャ……

 

 

 

 

 

ただベッド一つしか置いていない一室。

そこに横たわる一人の少女。

ただ天井を一心に見つめる彼女は、今何を思っているのか。

手にしている首から下げたロケットを、閉じたり開いたりと繰り返し、先ほどの出来事を思い出した。

 

 

 

『一体、お前はなんなんだっ!!!』

 

 

ーーーー私は……織斑 マドカだ。

 

 

『まさか……もう一人、兄妹がいたのか……っ!?』

 

 

ーーーー違う……私は、貴様らの兄妹などではない……っ!

 

 

『なのに何故? あなたはチナツと千冬さんを殺そうとするのかしら?』

 

 

ーーーーそれこそが私の存在理由だからだ……!

 

 

 

 

不愉快な連中だった。

あの様子だと、おそらく一夏は何も知らされていないのだろう……。

だからこそ、腹が立つ……あの顔に風穴を開けてやりたい……この手で八つ裂きにしたい……。

腹の底から湧き上がるこの感情に、普段はポーカーフェイスで隠れていた表情が現れる。

 

 

 

「M……入るわよ」

 

 

と、そんな事を思っていた時、急に部屋の扉が開かれた。

マドカは視線を移す事なく、その者の存在を確認した。

金髪に真紅の瞳。十人が見れば十人が必ず振り返るだろうと思わせる容姿……セレブリティーな雰囲気を醸し出している女性。

マドカ達、亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』の部隊長で、名……コードネームを『スコール』という。

 

 

 

「あなた、勝手にIS学園に行ってたんですってね? 困るわぁ〜、そういう事は、一度長である私に言ってくれないと……」

 

「…………」

 

「……はぁ……。別にあなたが『織斑 マドカ』であろうと、『M』であろうと、私には関係ない。

あなたは亡国機業の工作員、コードネーム『M』。そしてあなたは私の指揮する実働部隊の隊員なんだから、あまり勝手な行動は慎んでもらえるかしら?」

 

「…………ふんっ、隊員か……私はそんなのになった覚えはない。私は私の目的のために動いているだけだからな」

 

「あら、冷たいわねぇ……でも、隊員としてここにいるのは事実でしょう?

だから、あまり聞き分けがないようならーーーー」

 

 

 

 

バッーーーーー!!!!

 

 

 

 

突然、マドカの寝ていたベッドがひっくり返る。

マドカはとっさに飛び出し、ベッドの下敷きになるのは回避した。

が、今度は機械質な巨大アームに拘束され、天井に叩きつけられた。

その視界に映る、スコールの姿。

スコールの専用機『ゴールデン・ドーン』。黄金の夜明けを意味するその機体についている特殊腕。それがマドカを拘束しているものの正体だ。

このままでは、生身であるマドカは、握り潰されてしまう……。

そのはずなのだが……。

 

 

 

「…………流石、いい反応ね」

 

 

顔色一つ変えないマドカ。

スコールは視線を左右に向けて、状況を確認した。

そこには二機のビットが展開されていた。

動いてもいいが、その瞬間にお前も撃ち抜くぞ……と言っているかのように。

あの瞬間、マドカは即座にビットだけを展開したのだ。

そして、すぐにスコールの周囲に配置させて、警告を鳴らしだというわけだ。

 

 

 

「……まぁ、いいわ。でも、あまり勝手に動かないでね。あなたを失うわけにはいかないわ」

 

「了解した……。だが生憎、私にも目的がある……それが果たされるまでは、保証しかねるな」

 

「『織斑 千冬の抹殺』……が、あなたの最終目標だったかしら?」

 

「ああ……だが、どうもそれだけでは足りなくなった……」

 

「あら? それはどういう事?」

 

「なに、標的が一人増えただけだ……織斑 千冬の他に、弟の織斑 一夏の抹殺も入れようと思っただけだ……」

 

「織斑 千冬に、織斑 一夏まで……。でも、そう難しいとは思えないわねぇ。いくらあの織斑 千冬と言っても、今は専用機も持っていないみたいだし……案外簡単に済ませれるんじゃない?」

 

「っーーーー!!!!」

 

 

 

突然、マドカがスコールに対して回し蹴りを入れる。

スコールもそれを易々と受ける事はせず、後ろに飛び退いて躱した。

 

 

 

「図にのるなよ、スコール。お前など、姉さんの足元にも及ばない!」

 

「はいはい……わかったわ、ごめんなさい。でも、まさか織斑 一夏までも標的にするなんてね……。

弟くんには興味がなかったんじゃないの?」

 

「……お前は見てなかったのか? お前の可愛いオータムは、その弟に半殺しにされてるんだぞ?」

 

「…………そうだったわね。あなたからオータムに助言したって聞いたから、どういう風の吹き回しかと思ったけど……案外、あなたの言った通りになってしまったわけね」

 

「当たり前だ。あいつとて、織斑の血を引いているんだ。戦闘能力に才が見受けられても不思議ではなかった。

だが、あのバカはそれを頭に入れてなかったからな……あーなって当然の結果だ」

 

「やれやれ、手厳しいのは相変わらずね。でもそうね、彼の戦闘能力の評価を、もう少し改めておいたほうがいいかもしれないわね。

ISを動かせる男……織斑 一夏と桐ヶ谷 和人の機体、できれば奪取しておきたいものね」

 

「織斑 一夏の戦闘能力を考えれば、もう一人の男の方も、油断はしないほうが身のためだろう。

仮想世界……ゲームでの修羅場など、何の役にも立たないと思っていたが、私の予想以上だったみたいだな」

 

「そうね……最近では、軍の訓練なんかもその仮想世界とかでやってるみたいよ。

まぁ、確かに理にかなっているわね。どんなに撃っても弾代はかからない上に、仮に撃たれたとしても死なない。ある程度のシミュレーションを組んだ実戦訓練もできるんだもの……」

 

「嘆かわしいな……」

 

「そうかしら? これも時代だと思うけれど……」

 

 

 

そこまで話していると、不意にスコールが欠あくびをした。

 

 

 

「と、ごめんなさいね。とにかく、あまり勝手な行動はせず、いい子にしててくれないかしら?」

 

「ああ、わかった……」

 

「ふふっ……素直な子は好きよ」

 

 

そう言って、スコールは部屋を出て行って、自室に戻っていった。

最近は体を動かす事をせずに、ベッドで横になっている事が多い。

 

 

 

「ふん……」

 

 

 

マドカは倒されたベッドを直し、再びそこに横たわる。

そして、ロケットの中にはめ込んでいた写真を改めて見る。

 

 

 

「そうだ……もうすぐ会える……」

 

 

 

その中にいる人物。

マドカ自身が逢いたくて逢いたくて待ち焦がれている人物。

 

 

 

「………姉さん」

 

 

 

写真の中の千冬は、まるで聖母のような優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週。IS学園 午前8時 SHR。

再び生徒会からの通達により、中止になった『キャノンボール・ファスト』に代わる、大々的なイベントの開催が発表された。

そのイベントとは……

 

 

 

「というわけで、『専用機持ち及び、三年生と二年生、それから希望者限定で、一年生各人による、緊急タッグマッチトーナメントの開催が行われることになりました。

つきましては、専用機持ち及び、大会に出場する生徒は、来週までにタッグマッチを組むペアの申請を行ってください。

申請を出さない場合は、こちらの方で抽選し、当たった生徒とペアを組んでもらいます』

…………というが、生徒会からの通達です。これは学年及び、クラス対抗のものではありませんので、上級生や他のクラスのメンバーと組んでもらっても構わないそうです」

 

 

朝のSHRの時間。

副担任である真耶からの知らせを聞いた生徒たちは、少し戸惑いを見せていた。

急遽決まったタッグマッチトーナメント。

三年生、二年生、及び専用機持ち達は強制参加。

一年生も希望があれば参加はできるが、そもそもの主催のわけが気になっている。

 

 

 

「今年度に入り、我が学園にも度重なる重大事件がおきた。諸君らもわかっていると思うが、このIS学園に通うという事は、そう言った事件に巻き込まれてもおかしくはないという事だ。

そうした中で、今年ばかりはさすがにこの問題に対処していかなくてはならないという事で、急遽生徒会と共に検討した結果、そのような事態に対処できるよう、各人のスキル向上を行うべきという事になった」

 

 

 

千冬の言葉に、クラスのメンバー全員の気が引き締まったような感じになった。

確かに、今年度に入って、様々な事件が舞い降りた。

無人機乱入、VTシステム発覚、福音事件、学園祭襲撃事件……その当事者である専用機持ち達はともかく、一般生徒達にはこの情報を伏せて入るが、それだけでは隠しきれないほどの事件が起きすぎた。

 

 

 

「専用機持ちは、指定の期限までにタッグマッチの申請を行っておくように。その他の一般生徒達は、参加するか否か、じっくりと考え検討した上で、申請を出してくれ。

話は以上だ。では、解散!!!!」

 

 

 

千冬の締めくくりと共に、学校のチャイムがなった。

これでSHRは終わり、一限目の授業……二組との合同実習だ。

当然、また鈴たちと戦闘実習があるだろう。

となると、タッグを組んでほしいとお願いされる可能性が十分に高いわけで……。

 

 

 

「…………さて、どうしたものかなぁ……」

 

 

 

男子はアリーナの更衣室で着替えないといけないため、和人と二人でそちらの方へと向かう。

 

 

 

「なぁ、チナツ。お前は誰と組むんだ?」

 

「いや、今のところはまだ……。キリトさんは? やっぱりアスナさんと?」

 

「いや、それがな……アスナは、シャルロットと組みたいらしいんだ」

 

「アスナさんと、シャルロットが?」

 

「ああ……。多分、シャルロットとなら、いいコンビネーションができそうだから、だそうだ。まぁ最も、俺もアスナとばかり一緒にコンビ組むわけにもいかないからな。

たまには別のペアを組もうかと思って……」

 

「なるほど……俺もカタナにばかり支援を任せるわけにはいかないしなぁ……そうなると、誰と組むか、迷いますね……」

 

 

 

すでに明日奈とシャルロットが決まってしまったら、残るは箒、セシリア、鈴、ラウラ、簪、刀奈の六人。

和人と組んでもいいのだが、互いに近接格闘型の機体であるゆえ、連携は取れても、あくまで近接戦でのみの連携だ。

ならば、今度こそ遠距離戦仕様の機体を駆る者と組んでみたいと思ってしまう……。

 

 

 

「あっ! チナツ、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたんだ、カタナ」

 

 

 

噂をすればなんとやら……。

更衣室へと向かう一夏たちの後ろから、刀奈が駆け足でこちらにやってきた。

 

 

 

「キリト、ちょっとチナツを借りるわね」

 

「ん? ああ、わかった。先に行ってるな」

 

「はい、すぐに行きますから」

 

 

和人に一応断りを入れて、一夏と刀奈は廊下の隅の方へと移動した。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

「あのね、チナツにちょっとお願いがあるの……」

 

「なに?」

 

「今度のタッグマッチのパートナーなんだけど……」

 

「うん……」

 

「簪ちゃんとペアになってくれないかしら?」

 

「簪と?」

 

 

 

少し予想してなかったお願いに、一夏も思わず聞き返してしまった。

 

 

 

「うん。実は、このイベントの開催を言う前に、簪ちゃんにいち早く知らせたのよ。

そしたらあの子がね、私と、正々堂々と勝負してみたいって……」

 

「へぇー。あの簪がねぇ……」

 

「うん……私もびっくりしちゃって……。だから、その……他の子達からの誘いがあるかもなんだけど、よかったら、簪ちゃんとのペアを優先してもらってもいいかな?」

 

「ふっ……いいよ。俺も誰と組もうか、迷ってたし。そんなに畏まってお願いされなくても、簪と刀奈からの頼みなら、俺に断る理由はない」

 

「っ! ほんと!? じゃあよろしくね!」

 

「うん。簪には、正式にペアになりたいって、言っておくから」

 

「うん! 一応私も、簪ちゃんに言っておくね。じゃあ、そういう事だから、よろしく!」

 

「はいよ」

 

 

 

そこまで話して、刀奈と一夏は離れた。

 

 

 

 

「簪がねぇ〜……」

 

 

 

あんなに普段おとなしい簪が、仮にも『学園最強』の異名を持つ刀奈に勝負を挑んだなんて……。

 

 

 

「これは少し、面白くなって来たかもな……っ!」

 

 

 

はやる気持ちが収まりきらず、一夏は全力疾走でアリーナの更衣室へと向かったのであった……。

 

 

 

 






原作では、ゴーレムⅢの介入によって中断されたイベントですが、今回は最後までやろうかと思っています(⌒▽⌒)


感想よろしくお願いします!



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第七章 バトル・ザ・ダブルス
第77話 シスターズ



今回は、バトルはありません。
タッグマッチを前に、準備期間に入っている模様をお送りします(⌒▽⌒)




急遽開催の決まった、タッグマッチトーナメント。

そのペアを組む相手をどうしようかと悩んでいた時、刀奈から呼ばれた一夏。

その呼ばれた用件とは……。

 

 

「簪ちゃんとペアを組んでほしいの」

 

 

という事だった。

なんでも、簪の方から、刀奈に対して挑戦状を出してきたようだ。

今度本気で、戦ってほしい……と。

それを請け負った刀奈が、簪のペアに一夏を推薦したのは、簪からの要望もあったみたいで、戦力的に考えても、それが一番妥当ではないかという結果になった。

そして、午前の授業が終わり、昼休みになった今。

一夏は四組の教室へと向かっていた。

 

 

 

「あっ!? お、織斑くんっ!」

 

「えっ! うそっ! ほんとにっ?!」

 

 

 

一夏の姿を見た瞬間、四組の教室は慌ただしい雰囲気に包まれた。

いつも教室が離れているのと、合同授業が少ない現状から、彼女たちも、一夏や和人たちとの交流に飢えているのだろうか……。

 

 

「あっ、えっと、ごめん。簪は、いるかな?」

 

「えっ? 更識さんなら、さっき教室を出て行ったよ?」

 

「そうなのか? どこに行ったんだろう……」

 

「多分、整備室じゃない? 最近、更識さんやけに自分の専用機を調整してるみたいだから」

 

「整備室……そうか。わかった、ありがとう!」

 

「あー、もう少しいてくれてもいいのに……」

 

「悪いな、今度のタッグマッチの件で話があるから、あまり時間がなくてな……また今度お邪魔させてもらうよ」

 

「えっ?! ほんとに? よっしゃぁ〜〜! みんな聞いた? 織斑くんが今度はゆっくりして行ってくれるってぇーっ!!!」

 

「「「イエェェェェイっ!!!」」」

 

「あっ、ははは……」

 

 

 

女の子たちが集まれば『姦しい』というが、本当にその通りだと思った。

こんな事ならば、自分だけでなく、和人も一緒に連れて行こうかと真剣に悩む一夏であった。

 

 

 

 

 

 

「さてと、整備室にいるんだよなぁ……」

 

「待ちなさい! 一夏っ!」

 

「げえっ、出たよ……」

 

 

 

この元気ハツラツとした声。

この声の持ち主は、たった一人……

 

 

「『げえっ』ってなによ!? 『げえっ』って‼︎」

 

「やっぱり鈴か……どうしたんだ?」

 

 

 

後ろを振り返り、その人物の顔を確認するが、確認するまでもなかった。

茶髪のツインテールがトレードマークのセカンド幼馴染。

中国代表候補生 凰 鈴音。

しかし、ここでこの鈴が来たという事は、まず間違いなく……。

 

 

 

「今度のタッグマッチトーナメント戦のペア、あたしと組みなさい!」

 

(やっぱり、その話か………)

 

 

 

大方予想はしていたが、まず初めに鈴が来るとは……。

 

 

「悪いな、鈴。俺、もうペアになるパートナーは決まってるんだ」

 

「はぁっ?! なによそれ! まさか、また楯無さんじゃないでしょうね?!」

 

「いや、カタナは今回、俺とはペアにはならないぞ?」

 

「へぇっ?」

 

 

 

鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、この事を言うのだろうか……。

口と目を開け、面食らったような表情をする鈴。

なんだか、見ていて面白い。

 

 

 

「じゃあ、シャルロット?」

 

「いや、シャルは今回、アスナさんと組むみたいだぞ?」

 

「んっ????」

 

 

またしても外してしまったからか、今度は片眉を動かし、口をへの字に変える……。

こいつ、こんなに変顔が上手かったっけ?

 

 

「えっ? じゃあ誰よ………」

 

「っと、悪いな、早く行かないとーーーー」

 

「待ちなさいっ!」

 

「ぐえっ!?」

 

 

あんまり長居するわけにも行かないとと思い、一夏はその場を立ち去ろうとした瞬間、鈴が思いっきり抱きついてきた。

背後を取られ、首を両腕で締める。

足も一夏の体にがっちりとホールドしているため、外すのは容易ではないだろう。

 

 

「教えなさいよ、あんたのペアは誰なのっ!?」

 

「知って、どうすんだよ……ぐあっ!」

 

「そんなの決まってんでしょう! そいつに代わってもらうようにお願いすんのよ。まぁ、《甲龍》の一撃を見せてやれば、いやでも納得すんでしょう」

 

「それお願いしてねぇじゃんっ! 完璧に脅してるだろう!」

 

「いいのよ、そんな事どうでも! ほら、さっさと白状しなさいよ。誰なのっ?!」

 

「ぐうぅ……! それよりも、一旦離せって……! これじゃあ、喋るのも……!」

 

「ああ、そっか……ごめん」

 

 

 

こういう所は、すごく素直な鈴。

ちょっとシュンとなりながら、鈴は一夏の首から降りた。

 

 

「んで? 誰よ?」

 

「ケホッ、ケホッ……あー、全く……。簪だよ……簪が、俺と組みたいって言ってきたから、俺はそれを受諾したんだ」

 

「なっ!? あの腹黒メガネっ……」

 

「は、腹黒……っ?!」

 

「なるほど、簪ね? いいわ……今から行って、簪にそのペアになる権利を私に譲るように言ってくる」

 

「…………一応聞いておくが、聞くだけなんだよな? 実力行使はないよね?」

 

「それは相手の出方次第よ」

 

「手を出す気満々じゃねぇか……」

 

「だからそれは相手の出方次第だっての! さて、簪を探しますか……」

 

「待てって鈴! 今回ばかりは、簪に譲ってくれないか……」

 

「はあっ?! なんでよっ……いつも楯無さんとイチャイチャしてると思ったら今度は妹かっ!」

 

「違うっての! 簪には、今回どうしてもって頼まれたんだ。今回のタッグマッチで、カタナに真剣勝負を挑みたいらしい……」

 

「へぇ〜……意外ね、あの子が?」

 

「ああ。だから少し気になるんだよ……それに、簪だって、今回のこのイベントがあったとしても、なかったとしても、カタナには挑んでたと思う。

だから今回のこのイベントは、ある意味じゃチャンスだったんだよ……」

 

「うーん……」

 

「だから頼む! 今回は、簪に譲ってやってくれないか?」

 

「…………はぁ……わかったわよ。今回だけだからね!」

 

「悪いな、恩にきるよ……」

 

「そう思うんだったら! 今度は私とペア組みなさいよ? いいわね!」

 

「分かったよ……今度な」

 

 

 

「ふんっ」と言いながら、鈴は廊下を歩いて去っていった。

一応は理解してくれたのだと思いたい……。

一夏は踵を返し、再び整備室の方へと向かったのだった。

 

 

 

 

「簪……?」

 

「…………」

 

 

 

整備室に到着するや否や、中からはアームが動く音や、電子キーボードをタップする際に出る音、電動ドリルやドライバーなどが動き、金属と金属が触れ合う際に発する音が響いていた。

一生懸命自分の専用機である《打鉄弐式》に向き合い、調整を施している簪。

よく見ると、制服の上着すらも着ずに、汗水流して作業をしていた。

 

 

 

「簪!」

 

「っ!? わあっ、一夏……っ!」

 

「悪い、驚かせちゃったな……」

 

「ううん……大丈夫。えっと、ここに来たって事は……」

 

「ああ、カタナから大体の話は聞いたよ。簪が俺とタッグを組んで、カタナと勝負したいんだろ?」

 

「うん……。一度お姉ちゃんと、真剣勝負をしてみたいって、思ってたから……だから……っ!」

 

「うん……。そういう事なら、俺も簪を応援するよ? それに、俺もペアをどうしようか悩んでたところだし……。

簪、改めまして……俺とペアを組もう。そして、打倒カタナを目指していこう……っ!」

 

「っ……うんっ! 頑張ろうね、一夏!」

 

 

 

整備室で、一夏と簪は堅い握手を交わした。

その様子を、整備室の入り口で眺めている人影が一つ……。

 

 

 

「はぁ〜……簪ちゃん……あんなにイキイキとして……っ! お姉ちゃん、喜んでいいの? それとも、嫉妬すればいいのかしら……っ?!」

 

「楯無さん? 何をしてますの?」

 

「いつもの妹ストーキングか?」

 

「っ!? セシリアちゃんにラウラちゃん……珍しい組み合わせね? っていうか、ストーキング言うな」

 

「ええ、今ばったりと会いまして……ところで楯無さん? 一夏さんを見ませんでしたか?」

 

「ん? どうして?」

 

「はい! 僭越ながら、わたくし一夏さんとペアを組みたいと思っておりまして」

 

「えっ?」

 

「なに? 貴様、私と師匠の邪魔をしようというのか……! 残念だが今回は譲れん! 師匠とペアを組むのはこの私だ!」

 

「何を言いますかっ! 一夏さんの白式には、遠距離射撃型であるわたくしが適任ですわ!」

 

「それを言うなら、全距離に対応できる私だって適任だ!」

 

「なんですのっ!」

 

「なんだ、やるか……っ!」

 

 

 

目の前にいる刀奈をそっちのけで、イギリス・ドイツ間で激しい睨み合いが勃発した。

 

 

「はいはいはい! ここじゃあ他の人に迷惑でしょう? 二人とも、こっちに行きましょう♪」

 

「な、なんですの?! わたくしはまだーーーー」

 

「おいっ! なんだ、私は師匠を探さねばーーーー」

 

「いいからいいから♪ お姉さんと来る♪」

 

 

 

刀奈は二人の腕を掴むと、自身のペースに飲み込んで、急いでその場を離れた。

今がいい時なのだ、邪魔されたくはないだろう……。

 

 

 

「なんだ? やけに入り口が騒がしいな……」

 

「ん〜……みんな、気が立ってるんじゃない?」

 

「まぁ、今回専用機持ちたちは、結構本気だからな……俺たちも、しっかりと準備しとかないとな」

 

「うん! それでね、一夏。ちょっと、手伝ってもらいたいんだけど……」

 

「専用機の調整か?」

 

「うん……今のままの装備でもいいんだけど、この子の装備を、もう少し強化……あるいは、バージョンを増やしたくて……」

 

 

 

 

そう言って、簪は自身の機体《打鉄弐式》を見つめる。

現在の《打鉄弐式》は、第三世代型の部類に入る。

もともとの機体は、日本製の第二世代《打鉄》を改良したものだが、《打鉄》が主に近接戦闘型の機体として量産されて、用途によって、その戦い方を変更できる。

だがそれでも、汎用性の高さと戦闘のバリエーションでは、フランス製の第二世代である《ラファール・リヴァイヴ》に軍配があがるだろう。

《打鉄》のアンロック・ユニットである盾は、損傷した部分から瞬時に治るというシステムを構築しているため、どうしても防御主体の近接戦闘の機体になってしまう。

まぁ、もともとが千冬の専用機である《暮桜》を模倣しているのだから、そのような機体設計になっていてもおかしくはない。

だが簪の機体は、これを排除し、遠距離型の装備を搭載している。

荷電粒子砲《春雷》に、多弾道ミサイル《山嵐》……近接戦闘用の薙刀式ブレード《夢現》。

そして、現行のどの機体にも装備されてない、第三世代システム《マルチロックオン・システム》。

これが、《打鉄弐式》の基本武装。

 

 

 

 

「このままだと、多分お姉ちゃんには勝てない」

 

「そうかな?」

 

「うん……お姉ちゃんの機体も、新しい装備をつけるって言ってたし……」

 

「っ!? マジで? 一体どんな……」

 

「そこまでは、教えてくれなかった。『試合の時のお楽しみ♪』だって……」

 

「ははっ……カタナらしいな」

 

「うん……だから、今のままだと、すぐに態勢が崩される……。だからそうならない為に、新装備をつけようと思って……」

 

「装備……?」

 

「うん……これを……」

 

 

 

そう言って、簪は手元にあったタブレット端末を操作し、取り付けようとしている装備を一夏に見せた。

 

 

「これは……っ!」

 

「これらの装備は、強い力が発揮できるけど、そのために一定時間のインターバルが必要になる……。

謂わばこれは、一撃必殺型の重砲射武装なの」

 

「こんな装備を、IS単体で運用できるものなのか? たとえ装備出来たとしても、それを補えるほどのエネルギーがなかったら……」

 

「大丈夫。それもちゃんと考慮してある……」

 

 

 

 

簪は、再びタブレット端末を操作し、次のページへと移す。

 

 

 

「…………なるほどな。確かにこれなら、エネルギーを消費しようとも、長時間の戦闘は可能になるな……。

にしても、よくこんな装備を開発したよな……開発元は、『倉持技研』だったけ?

こんな大それた装備を作るかね、普通……」

 

「うーん……あそこの人たちは、変人ばっかりだから……」

 

「…………マジか……」

 

 

 

 

簪が言うほどの変人。

会ってみたい気もするが、どうせ碌な事にはならないから、やめておこう。

 

 

 

「じゃあ、俺は何をすればいいんだ? 自慢じゃないけど、整備なんてやった事ないぜ?」

 

「大丈夫……その辺は、私と整備科の先輩たちに手伝ってもらう……」

 

「じゃあ、俺は?」

 

「一夏は…………力仕事」

 

「まぁ、妥当ですよね……」

 

「じゃあ、私は先輩方にお願いしてくる……」

 

「おう……なら、必要な機材だけでも、ここに運んでおこうか? 何が必要なんだ?」

 

「工具一式と……あとは、レーザーアームとかを動かすためのバッテリーとケーブル……かな?

結構重いから、気をつけてね」

 

「了解だ。任せておけって!」

 

「そう……なら、よろしくね」

 

 

 

そう言って、簪は整備科の先輩たちがいる教室へと向かい、一夏は整備室に置いてある工具などを取りに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、シンっとしたIS学園の剣道場。

そこにただ一人、静かに佇む一人の少女がいた。

正座をした状態で瞑想を行い、神経を集中させている。

 

 

 

ーーーーこの一刀にかけて……貴様を討ち取ってやる……一夏……っ!

 

 

 

静かに目を開ける。

するとそこには、まるで真剣そのものの様な鋭い視線が現れた。

触れればあらゆるものを両断してしまう様な視線と、水面の様に澄み切った美しい瞳。

道着を纏い、腰に差してある日本刀《緋宵》をゆっくりと抜刀する少女、篠ノ之 箒。

シュランっ……と鞘から抜き放たれた一刀の刀身は、鏡の様に煌めいている。

中腰になった姿勢から、左脚は後ろに引いている。

抜き放った刀を、ゆっくりと頭上の方へと持って行き、ゆっくりと両手で握る。

真剣での鍛練は、身も心も引き締める。

今の箒は、まさに一振りの一刀そのもの……。

 

 

 

「…………ふっ……!」

 

「箒ちゃん、ゲットだぜぇ♪」

 

「ふあぁぁっ?!」

 

 

 

呼吸を整え、いざ降り切ろうとした瞬間……箒の豊満な胸を、誰かの手が鷲掴みにする。

あまりの驚きに、一瞬両手の力が抜けそうになったが、なんとか持ちこたえ、より強く握りしめる。

 

 

「た、楯無さんっ!?」

 

「うっふふ♪ やっぱりここにいたのね、箒ちゃん」

 

「もう、驚かさないでくださいよ! 真剣を持ってるんですよ?!」

 

「わかってるわかってる♪ にしても、偉いわね……ちゃんと真剣での鍛練は欠かさずにやってるのね」

 

「ええ、まぁ……これも日課としてやっていたので……」

 

「いいわ、それを心がけなさい。真剣っていうのは、身も心も鍛えるけれど、それだけじゃない」

 

「と、言いますと?」

 

「改めて思い知るのよ……その重みを。真剣という武器の重み……そしてそれは、人の命を絶つ物であり、自分の命を預ける物でもある……」

 

「自分の命を預ける物……」

 

「そう……。その武器を手にした時、自分の命と、相手の命を天秤に賭ける事になるわ。

そうした時に、その重みを実感するの……。そしてそれは、真剣に限った話ではないわ……。銃も同じ……槍もまた然り……。

その手に収めた闘うための武器は、それを扱うための資格と、覚悟がいる」

 

「覚悟……」

 

「箒ちゃんにも、もうわかるでしょう?」

 

 

 

 

そう、夏のあの事件以来……専用機を持ち、破格の性能に……力に、箒は一度溺れかけた。

その力の大きさと重さを知り、改めて、鍛練を積み重ねることを考えた。

部活でもそう。

より一層、剣に対して向き合っているようにしている。直葉と再会して、心の余裕が少しは出来たのかもしれない。

だからこそ、その先に行っている二人、一夏と刀奈の姿を見て、学ぼうとしている。

 

 

 

「そうですね……。今にして思えば、最近は真剣の鍛練を多くしています。

私も、間違いを起こさないように……」

 

「…………なら、必死に悩んで決めるしかないわね。何が正しいのかなんて、誰にもわからないんだもん……」

 

「……楯無さんは、そういう時どうやって決めているんですか?」

 

「私はね、自分の心に従っているだけよ。出来ることと、望むことをやりたいって思ってるだけ……」

 

「出来ることと……望むこと……」

 

 

 

 

刀奈の言葉に、納得がいったのか、箒はそっと優しく微笑んだ。

が、しかし……

 

 

 

「あの、楯無さん」

 

「なに?」

 

「そろそろこの手をどけてくれませんかね?」

 

「あー……」

 

 

 

今更になって思い出した。

箒の豊満な胸を掴んだまま、なんとなくしんみりとした話を続けていたことに……。

っというか、何故に気づかなかったのか?

 

 

 

「早く離してくれませんかね?」

 

「あーうん……んっ!?」

 

 

離そうとした刹那……再び刀奈が胸を掴んだ。

 

 

「ふあっ!? だから、なんで掴むんですかっ!?」

 

 

これはさすがに予想してなかったのか、今度こそ箒は《緋宵》を落としてしまう。

さすがにそこで暴れると、床に落ちた刀の刃で怪我をしてしまうので、少しずつ離れていく。

だが、それでも刀奈の手は剥がせない。

 

 

 

「ほ、箒ちゃんっ! また少し大きくなったっ!? この間よりも、なんかこう……」

 

「知りませんよっ! 大したことなんてやってませんしっ!」

 

「いやいやいや、本当に大きくなってるって! 直葉ちゃんもそうだけど、やっぱり大きい……」

 

「んあっ……! そ、そんなに……っ、んんっ」

 

「おお? ここが弱いのかぁ〜?」

 

「ひゃあっ! そ、そこはやめてっ!」

 

「やばい……スイッチ入っちゃいそう……」

 

「ダメですよ! そんなスイッチ入れないでください! というか、早く離れろぉーーーーッ!!!!!」

 

「ぎゃふっ?!」

 

 

 

危険な感じがしたため、これ以上はまずいと、箒は体を動かして抵抗した。

その最中に、偶然動かした右手が刀奈の顔面に直撃。

その衝撃で、刀奈の両手が箒の胸から離れる。

 

 

 

「ううっ〜〜〜……痛いぃ〜〜……」

 

 

鼻を押さえながら、涙目ながらに箒に訴える刀奈。

慌てて箒も駆け寄り、刀奈の顔を覗く。

 

 

「あ、ああっ、ごめんなさい……って、楯無さんが悪いんですよ!? あんなにセクハラをするからっ!」

 

「あっはは……ゴメンゴメン♪ 箒ちゃん可愛いから、ついね♪」

 

「もう……勘弁してくださいよ……」

 

「はーい。っと、私としたことが、大事なことを忘れてたわ! 箒ちゃん、タッグマッチのペアは、もう決まったの?」

 

「えっ? いや、まだですが……」

 

「あら? 誰かと組もうとは思わなかったの?」

 

「それは……その……」

 

「はっはぁーん……さては、チナツと組もうと思っていたわね」

 

「ううっ……」

 

「それで組めなくて、ここで一度心を落ち着かせようと……」

 

 

 

 

そう、箒もまた、一夏とペアを組もうと思い、一夏のことを探していたのだが、そこで少しご機嫌ナナメの鈴と会ったのだ。

そして鈴から、「一夏は簪と組むってさ」と聞き、箒と落胆と同時に、怒りを覚えた。

 

 

 

「何故私に言ってくれなかったのだ……」

 

「ゴメンねぇ〜。今回は、私からチナツに頼んだのよ……簪ちゃんと組んであげてって」

 

「…………まぁ、仕方ないですけどね」

 

「でも、それなら、他の人とは?」

 

「それも考えたんですが、やはり、私の機体と相性が合う人があまりになくて……」

 

 

 

紅椿の性能は、箒の日頃の鍛練を見ている生徒達から見ても、破格すぎる物だと感じ取ってしまったらしい。

まぁ、第四世代という規格外の物を使ってる時点で、その性能に見合った戦術を組むというのも難しく思える。

 

 

 

「そっか。なら良かったわ!」

 

「えっ?」

 

「箒ちゃん、私と組みましょう?」

 

「えっ?! 私が、楯無さんと?」

 

「うん。私も、今回はチナツとは組めないし、アスナちゃんはシャルロットちゃんと組むって言ってたし……。

だから、お姉さん、一人ぼっちなの……ねぇ、いいでしょう箒ちゃん? お姉さんと一緒に、大会に出ましょう?」

 

「えっ、でも……私では、楯無さんとは……」

 

「大丈夫よ、お姉さんに任せておきなさい。すぐに最高のペアだと思わせれるほどに、箒ちゃんを鍛えてあげる。

そ・れ・に〜……チナツを倒したいんてましょう?」

 

「っ……ええ、まぁ。今の一夏に、私の剣がどこまで通用するかはわかりませんが……私だって鍛練を積んできました……あいつに、私の剣を見せるために……」

 

「ほほう? さては、何かを会得してきたなぁ〜?」

 

「ええ……篠ノ之流の真髄……その一端を」

 

「ほう……」

 

 

 

キリっとした表情でこちらを見つめる箒。

その表情は、よほどの自信があると見た。

 

 

「篠ノ之流の真髄か…………なんだか、面白そうじゃない」

 

「楯無さんも、簪と戦うんですよね?」

 

「うん。っていうか、向こうから勝負を挑まれたからね。私だって、お姉ちゃんだもん……負けるわけにはいかないわ」

 

「では……」

 

「うん。私たちも、打倒チナツ&簪ちゃんで、頑張りましょう!」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

二人は改めて握手を交わし、互いに協力しあうことを約束した。

 

 

 

「じゃあ早速だけど、箒ちゃんのパーソナルデータを取りに行こうか」

 

「えっ? 今からですか? 何の為に……」

 

「もちろん、今の箒ちゃんのデータを参照して、鍛える所、そのまま伸ばしていく所を見分けるの」

 

「は、はぁ……」

 

「というわけで、お姉さんっとぉー、来るぅ〜〜♪」

 

「わぁっ?! ひ、引っ張らなくても……っ!」

 

 

 

落とした《緋宵》を鞘に直すと、刀奈の手が箒の手を掴む。

ある意味有無を言わせない刀奈の強引さに、箒もたじたじだが、ふと思い出した……。

 

 

 

(手を引かれるなんて……いつ以来だろうか……)

 

 

 

小さい頃は、よく姉の束とともに、泥だらけになりながら遊んでいた。

無邪気に駆けずり回る姉に手を引かれて、その後ろをついていった。

しかし、束がISを開発し、家族がバラバラになってからは、そういう事もなくなった……。

 

 

 

(何だろう……凄く懐かしいなぁ……)

 

 

 

手を引かれながら、今はどこにいるのかもわからない姉の事を考える。

その後、二人は検査室へと入り、箒は道着を脱いで、ISスーツに着替えた。

 

 

 

『じゃあ、その装置の真ん中にに立っててね』

 

「はい」

 

 

操作室の中から検査装置に入力をして、刀奈は準備を整える。

 

 

『箒ちゃん、準備オーケー?』

 

「ええ。いつでも大丈夫ですよ」

 

『はい、じゃあ〜行きまーす♪』

 

 

装置が作動し、箒の立っている所の周りを、円状の機械が上昇していく。

足元から頭上まで、全てを行ききった瞬間に、装置は止まり、検査終了。

 

 

 

『っ!? こ、これは……っ!』

 

「っ? どうかしたんですか?」

 

『ほ、箒ちゃん……っ!』

 

「な、何ですかっ?!」

 

『やっぱりおっぱい大きくなってるわよっ!!!!』

 

「なっ!? またそれですかっ! もういいですよ、そんな事は……っ! ほんと真面目にやってくださいっ!」

 

『いやんっ……そんなに怒らないの。検査は無事終了よ……お疲れ様』

 

 

ニコニコとしながら、掴みどころのない雰囲気を醸し出す刀奈。

だが、どうしてかわからないが、そんな彼女のことを嫌いにはなれない。

そう思いながら、箒は検査室を後にした……。

 

 

 

 

 

「にしても……どういう事なのよ、これは……」

 

 

 

刀奈は一人、操作室の中で、驚愕と不審感に見舞われていた。

先ほどの検査で、普段では絶対に崩さないポーカーフェイスを崩してしまった……。

それもこれも、いま表示されている箒のパーソナルデータだ。

ISの適正値項目。

その数値が、驚愕のものだったのだ。

 

 

 

 

入学時 適正ランクーーーー『C』

 

 

検査時 適正ランクーーーー『S』

 

 

 

 

一夏に続き、箒の適正値も急上昇していた。

 

 

 

 

「何なのよ……これは……!」

 

 

 

さすがに、今回ばかりは刀奈も言葉が出ない。

一夏もそうだが、箒はもっと異常だ。

一夏と大して変わらない時期にISに触れた……しかし、一夏にはもとより専用機があり、箒は夏の臨海学校までは、一般生徒と同じように訓練機での鍛練しかできなかった。

なので、他の専用機持ちたちに比べると、箒は専用機での訓練時間が極端に短い。

にもかかわらず、IS適正が一夏を上回る速度で向上し、これまたヴァルキリーレベルの適正を出したのだ。

 

 

 

「専用機……《紅椿》に乗った事で、IS適正が跳ね上がった?」

 

 

 

考えられるのはそれだけだ。

無論、箒自身も鍛練は欠かさなかっただろう。

だからと言って、そうそう上がるものでもない。

一夏といい、箒といい、この様な現象はISが出来て以来、初めての事だ。

 

 

「二人の専用機……《白式》と《紅椿》は、束博士が自ら手を加えた機体。

その中でも、《紅椿》に至っては、束博士が完全監修の元に作り上げた機体だし……。

一体、何が起こっているのかしら……?」

 

 

 

共に束が制作に立ち会い、世代も最新世代型のIS。

性能は言わずもがなピカイチ。

どちらも展開装甲をあしらった全距離対応型の最新鋭の高性能機体。

そんな性能の機体に乗り続けているから、適正値も向上したのだろうか……。

 

 

 

「いや……そもそも適正値の方を誤魔化してた……?」

 

 

 

刀奈の脳裏に思い浮かんだ事だ。

入学時の適正値表示自体が、全くの嘘で、本来なら二人は適正ランクは相当高かったのではないだろうか……。

二人の戦い方は一貫している。

銃は使わず、日本刀に近接戦闘。高機動力を生かした、撹乱動作。

その戦闘内容は、現在のIS戦闘では珍しい。

みんな銃やレーザー、大砲、イメージ・インターフェーズ、特殊武装…………どれもが現代では当たり前になってきた技術そのものだ。

しかし、一夏と箒の場合、二人が飛び道具が苦手とはいえ、こうも高機動近接戦闘型という一貫した機体になるだろうか……?

セシリアの駆る《ブルー・ティアーズ》も、遠距離射撃型ではあるが、ビットによるオールレンジ攻撃と、セシリア本人は使わないが、近接戦闘用のブレードが備え付けられている。

シャルの駆る《リヴァイヴ・カスタムⅡ》も、接近戦と中間距離の相互を得意とする様に設計してあるし、その武装もまた然り。

鈴の駆る《甲龍》も、基本的に近接戦闘型ではあるが、目に見えない砲身と砲弾を作り、撃ち出すという特殊武装《衝撃砲》を備えているため、完全な近接戦仕様とは言い難い。

過去にそんな機体があったとすれば…………

 

 

 

「っ…………千冬さんの《暮桜》と《白騎士》……」

 

 

 

どちらも近接戦闘のみの機体だ。

そして《暮桜》の武装に至っては、一夏の《白式》に後継までされた……。

これもまた、束によるもの。

そこから、データを採取して作り上げた《紅椿》。

一連の流れは、関係性があるのだろうか……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

刀奈は操作室のPCを操作して、あるデータを探した。

だが、通常通りに探しても、見つかるわけもなく……。

 

 

 

「ちょぉーっと、頑張っちゃおうかなぁ〜」

 

 

 

制服のポケットから、SDカードを取り出し、それを端末に挿入する。

すると、画面が一瞬だけ消えて、また再起動……。

 

 

 

「ハッキング開始♪」

 

 

 

流れる様な指使いで、電子キーボードをタップしていく。

そして、ものの数秒で、見たかったデータにたどり着いた。

 

 

「っ……これは……」

 

 

今回二度目の驚き。

刀奈が見ていたのは、国際IS委員会に残されていた、『織斑 千冬に関するパーソナルデータ』だった。

その項目の真ん中辺りに、刀奈が知りたかった情報が載っていた。

 

 

 

織斑 千冬

 

適正値ランクーーーー『SS』

 

 

 

ありえない数値に、今度こそ言葉が出ない。

織斑の姓を関する千冬と一夏……そして、ISの生みの親たる篠ノ之の姓を関する束と箒。

この二つの家系は、凄く異常で、そしてそれ以上に、まだ何かを隠し持っているのではないかと、この時刀奈は思い知ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 






次回からは、いよいよタッグマッチ戦に入りたいと思います(⌒▽⌒)

感想よろしくお願いします(^O^)/



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第78話 オープン・ユア・ハート


今回はタッグマッチ戦前の最終調整の所までです。


「さてと、俺はペアどうしようかなぁ……」

 

 

 

専用機持ちたちがペアを決めていく中、和人は一人、アリーナへと入っていった。

いつもの様に、明日奈とペアを組むものだと思っていたが、当の明日奈はシャルと組むと言っていた。

最近は部活動のこともあってか、シャルが明日奈に料理を習っている。

料理上手な明日奈から、シャルは日本の家庭料理から郷土料理などを色々と教わっているらしい。

元々器用で、料理上手なシャルだ……きっと、美味しい料理を作れるだろう……。

と、話は戻すが、問題はペアになってくれる相手だ。

今回は上級生とのペアもオッケーというわけなのだが……。

 

 

 

「うーん…………」

 

 

和人は今17歳。

別に二年生の生徒と組んでもいいのだが……。

 

「初めての人となぁ……」

 

 

元々人付き合いが苦手な和人だ……同い年とはいえ、ほとんど会話もした事ない相手と、はたしてどこまでコンビネーションを発揮できるか……。

 

 

「はああっ!」

 

「んっ?」

 

「せやあっ!」

 

「あれは……」

 

 

 

アリーナの中央……そこでは、ある一人の少女が、ISを纏い、出現したマーカー相手に訓練をしていた。

特大のレールキャノンが火を噴き、確実に射撃マーカーのど真ん中に命中する。

さらにワイヤーブレードが複数飛翔し、共にマーカーを撃ち抜き、両腕のプラズマ手刀が、流れる水流の如き動きで斬り裂いていく。

 

 

 

「ラウラか……うーん……」

 

 

顎に手を当てながら、観客席の上部からアリーナの中央に向かって歩いていく和人。

 

 

「ラウラの動きなら、俺も合わせられるかな……」

 

 

共にALOではパーティーを組んでも、ダンジョンやクエストを攻略している仲だ。

ラウラの戦闘スタイルは、ナイフ二刀流の一撃離脱型。

元々が軍人のラウラは、こういった格闘術には長けている。

ナイフだけではなく、蹴りや拳を使った軍隊格闘術も織り交ぜながらの戦闘スタイルだ。

この戦闘能力の高さには、周りにいる短剣使いであるシリカやフィリアだけでなく、攻略組の和人たちですら舌をまくほどだ。

しかも、今はIS戦闘…………遠距離にも対応し、その戦闘力は、一時鈴とセシリアを二人同時に相手しても、圧倒したほどだ。

 

 

 

「ラウラ……ちょっと聞いてみるか」

 

 

 

和人は一旦観客席を抜け出して、アリーナ内部に入る通路へと入る。

改めてアリーナの土を踏むと、中央では、休憩に入っているのか、愛機である《シュバルツァ・レーゲン》を解除して、タオルで顔を拭き、スポーツドリンクの入ったボトルを飲み、喉を潤していた。

 

 

 

「ラウラ〜!」

 

「ん? 和人ではないか……どうした?」

 

「いや、熱心に訓練してる姿が見えたからさ……ラウラは、今度のタッグマッチのペアは、もう決まったのか?」

 

「ん……いや、まだだ……」

 

「そうなのか。てっきりチナツと組むと思っていたんだけどな……」

 

「んんっ〜〜!」

 

「あ、あれ?」

 

 

急にふくれっ面になるラウラ。

昔はぶっきらぼうというか、あまり表情を崩さなかったのだが、最近はよく表情を変える。

相部屋の相手であるシャルロットとの生活で、少しずつ年頃の女の子としての生活を送ってからだろうか……。

こんな可愛らしい顔をするのも、今の彼女に変化したからだろう。

 

 

「あー、断られたのか?」

 

「違うっ! ただ、あの腹黒メガネが抜け駆けしていたんだっ!!」

 

「腹黒メガネ…………メガネ……簪か?」

 

「そうだっ! あいつ……大人しくしていると思えば……っ!」

 

「ま、まぁまぁ……。それでチナツが簪と組むって言ったんだろう? ならしょうがないんじゃないか?」

 

「それでもだっ! まったく、師匠も師匠だ! 何故先に弟子である私のところに来ない……こんな時には、師と弟子が共闘し、他の強者を倒していくのがセオリーというものだろうっ!」

 

「凄い熱血漢のような事を言うな……。って、それを言ったのは誰なんだ?」

 

「ん? もちろん副官のクラリッサだが?」

 

「やっぱりか…………中々にオタっ気があるな」

 

「ん? 何の話だ?」

 

「いや、ラウラは気にするな」

 

「そうか……それで? 私に用があったのではないのか?」

 

「おっと、そうだったな。ラウラは、ペアはまだなんだろう? 俺もまだなんだよ。だから、よかったら俺とペアを組んでくれないかなぁ〜って思ってな」

 

「ほう? 和人と私がか……」

 

 

これは意外だと思ったのか、ラウラはまじまじと和人の顔を見た。

和人の戦闘能力は、ラウラだって知っている。

剣の腕も、師匠としている一夏に負けず劣らずといった感じだろう。

ましてや二刀流での戦闘を見た時には、思わず息を飲んだほどだ。

師と仰いでいる一夏の剣技もそうだが、和人とて引けを取らない。

ましてや、IS戦におけるペアの戦いは、仲間との連携が第一だという事を、ラウラももう知っている。

 

 

 

「いいだろう……和人、私とペアを組もう」

 

「オッケー。契約成立だな」

 

「ふっ……ただ、私と組んだからには、当然優勝を目指してもらうぞ?」

 

「いいぜ……望むところさ!」

 

 

 

軽く拳を突き出した和人。

それを見たラウラが「ふっ」と笑い、その拳に合わせるようにコツンと触れた。

この時より、黒と黒の共演が成立した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「あ〜あ〜…また一夏と組めなかったし……」

 

 

その頃鈴は、少し……というよりはだいぶ不貞腐れていた。

食堂で甘い物をと思い、チョコプリンを食べている。

 

 

 

「あら、鈴さん……こんな所にいたんですの」

 

「ん? なんだ、セシリアじゃん。あんたこそなんでここにいんの?」

 

「わたくしは……ちょっとお茶をしようと思いまして……少し落ち着きたいので……」

 

「ははぁーん……あんたも一夏から断られた口か……」

 

「な、なんですのっ!? って、“わたくしも” ということは、鈴さんもなんですのね」

 

「まぁねぇ〜……」

 

 

 

 

別々の席に座るのもなんなので、セシリアが鈴の座っていたテーブル席に座り、向かい合ってお茶を飲む。

 

 

 

「はぁ……楯無さんが一夏さんと組まないと知った時には、チャンスだと思っていましたのに……」

 

「私もなのよねぇ……っていうか、多分一番最初に一夏に声をかけてたのはあたしだし……」

 

「しかしまぁ……」

 

「簪にもしてやられたって感じね……」

 

「ですわね……」

 

 

 

そこまで言うと、二人は揃いも揃ってため息をこぼした。

いま確認できている時点で、一夏と簪、明日奈とシャルのツーペア。

そして、鈴とセシリアが知らない所で、箒と刀奈、和人とラウラのペアが完成している。

あとは、上級生たちとのタッグになるが……。

 

 

「正直、上級生たちと組む事を考えてもさぁ〜」

 

「ええ……わたくし達と先輩方のISの操縦時間は、結構な差がありますわ」

 

「そうよね……しかも、相手の特性を理解してないといけないわけだし……」

 

「問題は時間ですわね。そうなってくると……相手と合わせやすいペアの方がいいですわね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

沈黙が二人を包み込む。

そして同時に、ため息をついた。

 

 

 

「どーせ、最終的には、こうなるのよねぇ〜」

 

「仕方がありませんわね……。でも、いい機会ではありません? 結局前のタッグマッチ戦では、わたくし達はラウラさんにやられて出場停止を食らってたわけですし……今回はその返上ということで」

 

「そうね……じゃあーーーー」

 

「ーーーー行きましょうか」

 

 

 

 

 

自然に、鈴とセシリアの手が伸びて、互いの手のひらが合わさる。

パンッ、と音を鳴らしたハイタッチ。

なんだかんだで、この二人も腐れ縁のようになっているみたいだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……簪、調整はどうだ?」

 

「うん……結構いい感じ……」

 

「そうか……。なんか、俺はあんまり役になってないな……」

 

「そんな事ない……一夏は、そこにいるだけでいい仕事をしてる」

 

「ん? そうなのか?」

 

「うん……そう……」

 

 

 

少々照れながらも、簪は作業の手を緩めない。

だが、どこか顔が赤いようだが……。

現在、一夏と簪は整備科の先輩たちを呼び、簪の専用機の調整を行っていた。

意外な事に、新聞部の黛先輩が来た事には驚いた。

 

 

 

「えっへへ〜、かんちゃんも隅に置けないなぁ〜!」

 

「きゅ、急に、なに? 本音……」

 

「え〜? わかってるくせにぃ〜〜♪」

 

 

と、これまた意外な助っ人。

一夏のクラスメイトである『のほほんさん』こと布仏 本音。

まぁ、一夏は相変わらず “のほほんさん” と呼んでいるのだが、初めて本名を聞いたときは、一夏も驚愕したのだが、『布仏 本音』縮めて呼んだら本当に『のほほん』になるのだ。

しかも、こんなにのんびりのびのびなのほほんさんが、整備科の中では中々の存在感。

姉の虚さんと組めば、《解体の虚・組立の本音》と言われるほどなのだから、ほんと、人は見かけによらない……。

 

 

 

「ねぇねぇ、おりむー。そこのレンチとってぇ〜」

 

「ん? ああ、これな。ほい」

 

「サンキューベリーマッチングゥ〜〜」

 

「……最後でダメになったな」

 

「えー、ダメかなぁ〜?」

 

 

 

あーもう、可愛いなぁこの小動物は……。

動物に例えるならなにがいいだろう…………仔犬だろうか?

仔犬ならなにがいいか……柴犬? ミニチュアダックス? なんでも似合いそうな気はするが。

 

 

 

「おら織斑、ケーブル持ってこい」

 

「あっ、はい! ただいま!」

 

「織斑くん、ここ押さえておいて」

 

「はいはい!」

 

「織斑くん、ジュース飲ませてぇ〜」

 

「了解……ん?」

 

「織斑ぁ〜、売店でシャンプー買っておいてくれねぇ? お金あとで渡すからさぁ〜」

 

「ちょっと待て、だんだん要求が私的過ぎる方向に行ってるんですけどっ!?」

 

「ちっ、ばれたか……」

 

「ばれないと思ってたんですか?!」

 

「いいじゃん、織斑くん! 普段はたっちゃんとばっかりくんずほぐれつイチャイチャしてるんだからさー♪」

 

「黛先輩……そういう事言わないでください!」

 

「でも本当の事じゃん?」

 

「ぐうっ……」

 

 

 

確かにまぁ、この間からの刀奈との密着具合は日に日に増す一方である。

それを当然、その瞬間を新聞部部長である薫子が逃がすわけもなく、度々フラッシュを焚かれる。

 

 

 

「なんだぁー? お前更識にばぁーっかりイチャイチャしやがって。少しはうちら上級生とも交流しろっての!」

 

「ぐあっ!? な、何するんですかっ!」

 

「ウッセェー! ほらほら、参ったか?」

 

「ちょっ、苦しい……っ!」

 

 

 

 

整備科の先輩方も、一夏との交流に飢えているのか、この中で交流をまともにとっていない先輩方複数で、一夏の体を触りまくる。

一人は後ろから首に腕を絡めて、その他二、三人で体をに抱きつく。

 

 

 

「いいなぁ〜会長さんは、こんな逞しいボディーに毎日触れ合ってるのかぁ〜」

 

「いやいや、どっちかって言うと、織斑くんの方が得なんじゃない?」

 

「あーだよねぇ〜、あの会長の素晴らしいボディーに触れられるわけだからねぇ〜♪」

 

「先輩たちは一体何の話をしてるんですかっ!?」

 

「おお? 誤魔化したなぁ〜?」

 

「ええいっ、白状したまえっ!」

 

「グアッ!? ちょっと、何すんですかっ! カタナに殺されますって!」

 

 

 

そう言った瞬間……先輩たちが一気に体を離した。

 

 

 

「……あれ? どうしたんですか?」

 

「いやぁ〜」

 

「まぁ、その……」

 

「私たちも、死にたくはないからさ……」

 

 

 

彼女たちも知っているのだろう。

刀奈が怒れば、どういった末路になるのかを……。

微妙な空気が流れた所で、パンッ、パンッと手を叩く音が響いた。

 

 

 

「あともう少しで終わるから……お願いします」

 

「……お、おう!」

 

「はーい!」

 

「了解でーす」

 

「あ、ごめん簪。すぐに手伝うわ」

 

 

いいタイミングで話題変更をした簪。

一夏は礼を言いながらも、作業に入った。

が、そのすぐあとに、簪が耳元に口を近づけて……

 

 

 

ーーーーお姉ちゃんからの借りを返しただけだから……。

 

 

 

だ、そうだ。

こういうところは、刀奈も簪も、律儀に守り通すのだ……。

ほんと、似た者同士の姉妹だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあああっ!!!!!」

 

「っ! まだまだっ!」

 

「もちろん! 私も全力で行くよ!」

 

 

 

場所は変わって、第二アリーナ。

そこの中央では、白い機体とオレンジの機体とで、激しいバトルが繰り広げられていた。

両手に握るマシンガンから、大量の銃弾の雨が降り注ぐ中、白い機体……《閃華》に乗った少女は、その弾幕を飛び抜け、一気に懐へと入る。

 

 

「くっ!」

 

「もらったっ!」

 

「甘い!」

 

 

 

細剣を素早く突き出した《閃華》。

だが、オレンジの機体《リヴァイヴ・カスタムⅡ》に乗った少女は、素早くマシンガンを収納し、右手にナイフ型ブレード《ブレッド・スライサー》を展開し、細剣の攻撃軌道をずらす。

そして左手のサブマシンガンを突き出す。

 

 

「っ!」

 

 

マシンガンのトリガーを引くその瞬間、《閃華》の姿が突如消えた。

 

 

「っ!?」

 

 

トリガーを引き、マシンガンが火を噴く。

だが、その弾丸は、少女の視線の先にある地面に着弾した。

あとに見えるのは、靡く栗色の綺麗な髪……。

あの一瞬で、一旦離れて距離をとったのだ。

サブマシンからアサルトライフルに持ち替えて、《閃華》を狙うが、《閃華》はその機動力をフルに生かして撃ち込まれる弾丸を躱していく。

 

 

「そこっ!」

 

 

弾幕を抜け、愛剣《ランベント・ライト》から放たれる連続8連撃スキル《スター・スプラッシュ》。

リヴァイヴは盾を展開し、そこ剣撃を受け止めるが、なにせその剣速が早いためか、最初の数撃はヒットしてしまった。

 

 

「まだまだっ……いくよ、《リヴァイヴ》ッ!」

 

 

近接戦闘では分が悪い。

なので距離を取り、銃火器を使った制圧戦へとシフトチェンジ。

両手に散弾銃を展開し、広範囲に銃弾をばら撒く。

《レイン・オブ・サタディー》。

《閃華》の機動力を駆使しても、弾丸の雨を全て回避することなど不可能だ。

弾丸が命中し、シールドエネルギーが削られていく。

互いに残り少ないエネルギー。

最後の一瞬で、勝敗が決まる。

 

 

「このまま決めますっ!」

 

「まだよっ! これからーーーーっ!」

 

 

スピードに乗り、ジグザグに移動する《閃華》と、それを追い、照準を合わせる《リヴァイヴ》。

散弾銃が火を噴き、またしても弾雨が迫る。

だが、今度は避けるのではなく、突っ走ってきた。

 

 

「なっ!?」

 

「い、やあああああああっーーーー!!!!」

 

 

スピード全開のまま放つ刺突。

《シューティング・スター》……その名の通り、まるで流れ星のような光と速度で、たちまち懐に入った。

放った刺突は《リヴァイヴ》の右肩部分にヒットし、エネルギーを削り取った。

 

 

 

 

ピピーーーーッ!!!!

 

 

 

「っと、終わっちゃったね……」

 

「はい……降参です。参りました」

 

「そんなー、まだ勝負はついてないよ?」

 

「いや、最後ので僕の方のエネルギーはギリギリでしたし、明日奈さんの勝ちです」

 

「そう? 私も結構ギリギリだったよー。シャルロットちゃんの攻撃、中々読みづらくって……」

 

「でも、何度も懐に入ってこられましたからね。やっぱり明日奈さんは凄いな〜」

 

「えっへへ……そ、そんなぁ〜、褒めても何も出ないよー♪」

 

「ふふっ……♪」

 

 

 

明日奈とシャルロット……。

急遽決まったペア同士で、今日は戦闘訓練を行っていた。

やはり、実際に戦って、相手の動きを見ておいたほうがいいと判断したのだ。

しかし、今は昼休み中であるため、アリーナを使用できる時間が限られている……。そのため、時間制限を用いての試合をしていたのだ。

そして二人はアリーナの地表に降り立ち、ISを解除してアリーナをあとにした。

 

 

「…………」

 

「ん? どうしたの、シャルロットちゃん?」

 

「あ、いえ! その……やっぱり明日奈さんって、綺麗だなぁ〜って……」

 

「えっ?」

 

「僕と比べるとなんだかこう、大人って感じで、それに、スタイルもいいから……」

 

「シャルロットちゃんもすっごくスタイルもいいし、可愛いと思うよ?」

 

「そ、そう言われると嬉しいですけど……なんだが、ここ最近は、楯無さんに明日奈さんと、日本人の女性の方って、凄くお淑やかな雰囲気で、どこかこう清楚っていうか……。

僕たちみたいに欧州人っぽくない綺麗な所がいいなぁ〜って思うんです」

 

「そうかなー? 私はシャルロットちゃんたちみたいな、金髪や銀髪も凄く綺麗だと思うよ。

日本人は、どうしても髪の色素が濃いから、脱色してても、なんだか綺麗な金髪とかにはあんまりならないから」

 

「えっ? そうですか?」

 

「うん、そうだよー!」

 

 

 

しばらく沈黙した二人。

すると、突然二人で笑い出した。

 

 

 

「あははっ……♪ 私たち、お互いに無い物ねだりしてるんだねー」

 

「そうですね……♪」

 

「っと、もうそろそろアリーナの使用時間過ぎちゃわないかな?」

 

「あっ、そうですね……あと30分くらいでしょうか?」

 

「じゃあ、急いでシャワー浴びようよ! じゃないと、午後の授業は……ねぇ?」

 

「あー……そうですね。はい、行きましょう」

 

 

 

 

二人は軽快な歩みで、アリーナの更衣室へと向かい、その近くに付属で付いているシャワー室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

その後も、午後の授業が難なく消化されていき、放課後になれば、再びピリピリとしたサバイバルムードに包まれる。

すでにアリーナには、専用機持ちと、上級生たちによるIS戦闘の訓練が行われており、それぞれが干渉し合わないように、空中にも領空指定線を張って訓練をしている。

その他にも、アリーナでの実戦形式の訓練をしていない者たちもいて、その者たちは、自身の扱う機体の調整や、作戦会議などに没頭している。

 

 

 

 

 

「もう少しスラスターの出力を上げてくださらない?」

 

「それはいいけど……でも、その分バランスはとりづらくなるわよ? 反動制御に任せるとしても、その反動が大きければ、その制御も微々たる物にしかならないし……」

 

「構いませんわ! 今回のわたくしは、本気も本気ですからーーーーッ!」

 

 

 

瞳に映るのは……炎。

貴族たる由縁か、その心に根付いた誇り高い魂はどこまでも高みに登ろうとしている。

 

 

 

「さぁ、思う存分戦いましょう……一夏さん。わたくしをパートナーにしなかったことを、後悔させてあげますわ。

震えなさい…………このわたくし、セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》と奏でる鎮魂歌で!」

 

 

 

 

一方では、早々にISを展開し、国際チャネルで連絡を取り合う者も……。

 

 

 

「だ・か・らっ! 衝撃砲の拡散ユニットのデータ! 早く照合して正確な奴を送っといてよね!

はあっ?! “出来るだけ早く” じゃないっ! 直ぐに! たった今、直ぐにやるのよっ!

だからっ! 出来ないじゃない! や・る・のっ! わかったっ!?

ったく…………見てなさいよ一夏……っ、今度こそあたしが勝ってやるんだからっーーーー‼︎」

 

 

 

《甲龍》を纏った鈴が、リニアカタパルトから射出し、アリーナ内部へと飛翔する。

もう目前と迫ったタッグマッチトーナメントに向けての最終調整に入るために……。

 

 

 

 

 

 

シャッ…………シャッ…………シャッ…………

 

 

 

 

誰もいない更衣室への中で、ただひたすらに、刃物を砥ぐような音だけが聞こえる。

ベンチに座り、自前のナイフをギラつかせながら、ニヤリと笑うラウラ。

 

 

 

「私は今度こそ越えるぞ……師匠……っ! 恐怖という恐怖を、その身に刻みつけるっーーーー!!!!」

 

 

 

ナイフの切っ先を、その瞳に映る想い人へと向けるラウラ。

しかし、途端に一夏の顔が浮かび上がる。

ようやく固めた決意が、一瞬にして揺らいでしまう。

 

 

「くっ!?」

 

 

頭を振り、雑念を振り払う。

そして、今回は敵へと回った師である一夏に向かって、そのナイフを投げつけた。

しかし、そのナイフが一夏を傷つけることはなかった。

ナイフは真っ直ぐ飛んでいき、ラウラ自身のロッカーへと突き刺さった。

 

 

「っ! ああぁぁぁ〜〜〜っ!」

 

 

ロッカーにナイフを刺した瞬間、ラウラは血相を変えてロッカーへと歩み寄り、そのドアを開けた。

すると、ドアの内側には、先ほどから憎めど想いを込めている一夏の顔写真が貼ってあったのだ。

しかしそれも、投げつけたナイフによって、頭部を貫かれていたのだが……。

 

 

「し、しまったっ! どうする、も、もう一度作ってもらうかっ!?」

 

 

 

しかし、そこでラウラは重要なことを思い出す。

この写真は、自分一人が所有しておきたいと思い、撮った新聞部の部員から、ネガごと購入し、それを現像した写真だ。

だから、複製されることを拒み、ネガは跡形もなく焼却してしまったのだ……。

つまり、この写真は、替えが利かない本当にたった一枚の写真ということになる。

 

 

 

「そ、そうだ! テープで止めれば……」

 

 

 

そう思い、ラウラは自分のロッカーを漁る。

だが、出てくるものといえば……

ナイフ……ナイフ……ナイフ……拳銃……薬莢……カートリッジ……ナイフ。

 

 

 

「衛生兵ッ! 衛生兵ェ〜〜〜〜ッ!!!!!」

 

 

 

初めて自分の持ち物の至らなさを思い知ったラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたっ!」

 

「お疲れ様ぁ〜。だいぶ良くなってきたわね、箒ちゃん」

 

「はい。これも、楯無さんの指導のおかげです」

 

「いやぁ〜、そう言ってもらえると嬉しいなぁ〜♪」

 

「そこは『そんな事はない』と答える所なのでは……」

 

「ええ〜? だって箒ちゃんは褒めてくれたんでしょう? なら、否定する必要が無いもの……。

そんな事より、一緒シャワーを浴びましょう♪」

 

「ええっ!?」

 

「ほらほら! よいではないか、よいではないか〜♪」

 

「あぁ、もう……だから引っ張らなくても……!」

 

 

 

 

そう言っても、刀奈には通じない事は、箒だってもう知っている。

だから箒も、諦めて刀奈に手を引かれながら、それに抗おうとはしない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

やはり、手を引かれるというこの体勢は、とても懐かしくも思えるし、どこか愛おしいと思える。

昔は束に引いてもらっていた手……。しかし、ISが出来る以前からも、大人たちに囲まれていた姉は、次第に心を閉ざして行って、唯一無二の親友である千冬と、その弟の一夏と、自分にだけは心を許していた。

そして、ISが完成し、家族はバラバラになった。

 

 

 

 

(私が……あの人を傷つけた……)

 

 

 

そう思っている間にも、二人はシャワー室に到着していた。

ISスーツを脱ぎ、二人ともシャワー室へと入る。

 

 

 

「フゥ〜♪ 気持ちいいわねぇ〜」

 

「…………」

 

「…………何か考え事?」

 

「……はい。少し、姉の事を」

 

「箒ちゃんは、束博士の事をどう思っているの?」

 

「どう……ですか……。そうですね……嫌いではないです。専用機……《紅椿》のことも、感謝はしています。ですが……」

 

「嫌い?」

 

「いえ! そういうわけではないんです! ただ……姉が、何を考えているのか、分からないんです……。

昔と今と、あの人の核心は、少しずつでも変わってきている。昔のような感じに……。

でも、時折その奥にある危険なものを、私は感じてしまうんです……。姉がまた、とんでもない事でも考えているのではないかと……」

 

「そう……。でも、よかった。箒ちゃん、別にお姉さんの事が嫌いなわけじゃないんだよね?」

 

「はい……」

 

「そうだよね……。姉弟も、姉妹も、仲が良いのが一番良いと思うわ……。まぁ、私も、昔はそんなんだったけどね……」

 

「楯無さんと、簪が、ですか?」

 

「うん……ほら、私たちの家の事は、箒ちゃんも知ってるでしょ?」

 

「はい……決して表に出してはならない裏の仕事を引き受ける暗部の家……でしたね」

 

「そう……その後継者争いでね、昔いろいろとあったの。でも、今はちゃんと仲直りもしたし、簪ちゃんも簪ちゃんで、今は変わろうとしている……。

今回のタッグマッチトーナメントで勝負を挑んできたのだって、きっと、そうする必要があると思ったからだと思うわ」

 

「出来る事と……望む事……ですか」

 

「そういう事」

 

「…………ありがとうございます。少し、気持ちが楽になったかもしれません」

 

「そう? ならよかった……。大丈夫……あなたのお姉さんは、ちゃんとあなたの事を大事だと思っているはずだから……」

 

「…………はい」

 

「それより箒ちゃん?」

 

「はい?」

 

「背中流しっこする?」

 

「し、しませんよっ!」

 

「よいではないか〜、よいではないかぁ〜♪」

 

「うわっ!? ま、また勝手にっ! ちょ、いやっ! 変なとこ触らないでぇ〜!」

 

「うっふふ〜♪ 可愛い反応ですなぁ〜……そう言う子には、手加減できなくなっちゃうじゃない♪」

 

「いやぁああああっ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

 

今日も今日とて、二人の絡みは続いていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もうそろそろここも閉鎖になるな……。簪、調整の方は大丈夫か?」

 

「うん……なんとか間に合った。テスト飛行も無事終了……一夏、それから先輩方も、ありがとうございました!」

 

「良いって良いって! これが私たちの仕事だし」

 

「そうそう」

 

「「イェーイ」」

 

 

 

こうして、簪の専用機《打鉄弐式》の新装備は実装された。

さて、タッグマッチトーナメント戦の日にちまで、あと残りわずか……。

それぞれがそれぞれの思いを胸に、決戦へと赴く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、みんな! おはよう……生徒会長の更識 楯無です。今日は、待ちに待ったタッグマッチトーナメントの日だけれど、みんなはちゃんとコンディションを整えてきたかな?」

 

 

 

 

数日後の朝。

いつもと変わらぬ全校集会の様な感じで、タッグマッチトーナメントの開会式が始まった。

壇上に立つ刀奈も、今日ばかりは気合が入っている。

今回のタッグマッチは、前回やったトーナメントの様に、三年生と二年生も参加する。

だが、前回と違うのは、今回が学年別ではなく、混合での試合という事だ。

つまり、この学園でみっちり訓練をしてきた三年生対未熟な一年生での試合もありうるという事だ……。

しかし、今回参加する一年生は、やはりというか少なかった。

まぁ、元々が一年生は自由参加が許されていたのだから、無理に参加しようとするものは少なかったのだろう。

もちろん、三年生や二年生だって、全員が出ているわけではない。

三年生には、バトルフィールドとなるアリーナのシステムを管理するためのシステムエンジニアの精鋭たちがいて、その者たちは試合には出ずに、アリーナでの有事の際に動いてもらう様になっているし、その他にも、二年生を含めた整備科のメンバーは、試合に出場する選手の機体の調整に回るため、試合には出ない。

ゆえに、今回試合に出るペアは、数十組ほどしか出ない。

今年はとりわけ一年生の専用機持ちが多いため、最終的に上位に上がっていくのは、大体目に見えている。

三年生や二年生は意地を見せるため……一年生たちは、その実力がどこまで通用するかを見極めるため……。

専用機持ちたちは無論、実力を発揮し、ただ勝利をもぎ取るために……。

 

 

 

「みんな、良い感じに気合充分ね! じゃあ、挨拶もこのくらいにして…………」

 

 

 

スゥーっと、刀奈が息を整えて、高らかに宣言した。

 

 

 

「これより! タッグマッチトーナメント戦の開催を宣言するわっ!」

 

 

 

 

刀奈の言葉を皮きりに、生徒たちの士気は跳ね上がった。

怒涛の様に響く歓声は、まるで一群の騎兵の様だった……。

 

 

 





次回からはタッグマッチトーナメント戦の開始。
新装備なども出す予定ですので、お楽しみに。


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第79話 開幕!

今回はバトル!
といっても、あまりその描写は少ないですが……(; ̄ェ ̄)

では、どうぞ




刀奈の開会宣言から30分後……。

すでに各アリーナでは、熱戦が繰り広げられていた。

 

 

「はあああっ!」

 

「くっ! やったわねっ……!」

 

 

 

三年生たちは、さすがといって良いほどの腕前だ。

代表候補生や、代表生に比べれば、少々……というべき実力なのかもしれないが、それでも、いずれこの中から新しい代表候補生が生まれる可能性だって大いにあり得るのだ。

それに入学してから、三年に上がるまでに、多くの試験や場数をこなしてきているのだから……。

途中で付いてこれずに辞めてしまった生徒だっていたかもしれない。

いま残っているこの三年生たちは、ある種の努力も天性の才能を認められた者たちばかり……。

たとえ専用機を持っていなくても、勝ち上がるのは道理だろう……。

しかしそれでも、中にはダークホース的存在もいる……。

 

 

 

「フォルテ、右きたぞ」

 

「うぃース……。っていうか、ダリル先輩もちゃんと戦ってくださいっス」

 

「あぁんっ? やってんだろうがよ、ほらっ!」

 

 

 

ギリシャの代表候補生《フォルテ・サファイア》とアメリカの代表候補生《ダリル・ケイシー》。

その専用機《コールド・ブラッド》と《ヘルハウンドVe2.5》。

フォルテは二年生で、ダリルは三年生というペア。

この二人はIS学園の中でも、指折りの実力者。

学園内でも《イージス》の名で呼ばれるほどの手練れだ。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 フォルテ・サファイア、ダリル・ケイシー』

 

 

 

鉄壁の防御を誇る二人の実力の前に、三年や二年の精鋭たちも、たちまち敗れていく。

 

 

 

「まぁ、こんなもんだろうよ」

 

「そうっスね〜。余裕っス」

 

 

 

 

その他にも……。

 

 

 

 

「サラさん。突っ込みますので、お願いします」

 

「わかりました。バックアップは任せてください、和泉」

 

 

 

近接戦闘用IS《打鉄》を駆る二年生の《島崎 和泉》と、後方でスナイパーライフルを手にしているイギリス代表候補生の二年生《サラ・ウェルキン》。

和泉の方は、剣道部所属の中堅派剣士。なので、剣での戦闘は容易い。

しかも、後ろには代表候補生のサラがバックアップに回っているため、容易に陣形を崩す事が出来ない。

 

 

 

「ロック。狙い撃ちます」

 

「一気に決めるよ!」

 

 

 

スナイパーライフル《ストームレイダー》のスコープから目をのぞかせ、一点の狂いもなく相手を撃ち抜くサラ。

そしてその隙を付いて、一気に接近して、斬り込む和泉。

両者ともにバランスが取れた攻防で、勝ち星を挙げた。

 

 

 

『試合終了。勝者 島崎 和泉、サラ・ウェルキン』

 

 

二人の勝利を讃える凱歌が流れる。

 

 

「やったね、サラさん!」

 

「はい。やりましたね、和泉」

 

 

二年生同士、一年間頑張って特訓した成果が、今ここに現れている。

和泉とサラは互いにハイタッチをして、アリーナをあとにした。

 

 

 

 

「流石に、上級生たちは凄いなぁ……」

 

「それはそうだよ……あの人たちは、一年生に比べると遥かにISに触れた経験が長い。

だから、これほどの差が出ても、不思議じゃない」

 

 

 

アリーナの観客席で、一夏と簪は、試合の流れと結果を見て考察していた。

皆動きに無駄があまりない。

それでこそ、三年生は代表候補生たちと実力は拮抗しているようにも思う。

 

 

「でも、簪たち代表候補生も、これくらいはやってるんだろ?」

 

「うん……。でも、私たちが有利なのは、私たちに合った専用機があるからだと思う……。

専用機……すなわち、私たちが戦いやすいように設計された機体なんだから……」

 

「そっか……なら、俺も油断してると、一気にやられてしまうな」

 

「…………」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 

 

 

改めてまじまじと見つめる簪に、一夏は少し気になって、思わずそう聞いてみた。

 

 

 

「一夏は……何ていうかその……少しおかしい」

 

「……いきなりだな、おい」

 

「ご、ごめん……! でも、本当におかしいの」

 

「どこがだ?」

 

「一夏……ISに触れ、まだそんなに経ってないのに、その戦闘能力はおかしいよ」

 

「いや、それを言ったら、キリトさんやアスナさんだってそうだろう?」

 

「うん……あの二人も、おかしい。でも一夏は、何だかそれ以上って感じがする」

 

「俺が……おかしいか……」

 

 

 

 

簪に言われて、ふと思い返す。

確かに一夏自身、専用機をもらったのは四月……IS学園に入学してからのことだ。

それも、企業所属のテストパイロットであり、世界で二人しかいないという男性IS操縦者として、そのデータの収集が目的で渡された。

それは和人も同じことで、一夏と二人で、毎回決まった期間にISのデータを《レクト》へと送っている。

その中で、ここ最近の二人はどうだろうか……。

和人は高機動格闘パッケージ《セブンズソード》の導入により、高機動での戦闘データが入手できた。

高速戦闘の中で、剣での戦闘をメインにしているため、その他のデータの収集は望めないが、これでもかなり驚異的なのはわかる。

そして、夏の臨海学校の際、福音の暴走によって起こった《福音事件》。

その時に編み出した《オーバーリミット》。

原理としては、一夏の持っていた《雪片弐型》と同じだ。

自分のシールドエネルギーを攻撃に転化して、相手のバリアーを切り崩し、攻撃する。

この場合、一夏の《雪片弐型》は、エネルギー体を斬るのに対して、和人のは物理的な斬撃になるため、どちらかというと、エネルギーを斬るというよりは、砕くと言ったほうがしっくりくるか……。

だがしかし、一方で一夏は……。

 

 

 

「早くも《二次移行》しちゃったしなぁ……」

 

 

 

本来ならおかしいと思う点はすでにあった。

《一次移行》した時から備わっていた単一仕様能力……《零落白夜》。

本来なら《二次移行》を行った機体にのみ発現するはずの能力のはずなんだが、その時は、《雪片》を装備していたからだと思い、何も考えなかった。

しかし、今度はどうだろうか……早くも《二次移行》を起こし、《白式》は装備が一新した。

《展開装甲》を発動できるカスタム・ウイング。

軽装ながらも体全体に施された薄紫の鎧。

新たに増設された《雪華楼》4本。

そしてソードスキルの代名詞とも言えるライトエフェクトを出現させたり、飛ばすこともできるようになったり、新しい単一仕様能力《極光神威》。

これも、自分のシールドエネルギーをスラスター転化して、超高速戦闘ができるようになった。

その時間は、あまり長くは使えないのだが、今ではだいたい300秒は使うことができる。

さて、ここまできて少しまとめてみよう……。

確かに今までにありえない事が起きすぎだ。

それに、その時は決まって何か良くない事が起きていたようにも思える。

 

 

 

「うーん……」

 

「ほら、やっぱりおかしいと思う……」

 

「そうなのかな……そうかな?」

 

「でも、そんな一夏に、私たちは助けてもらったから……」

 

「…………」

 

 

 

そう、結果がどうであれ、一夏はその力で仲間を守ってきた。

無人機乱入、VT事件、福音事件、学園祭襲撃事件……。

そんな中で、一夏はすでに何度も危機を脱している。

そして、仲間を守り抜いた……それが結果であり、一夏の成果だ。

 

 

 

「ありがとう……。さて、俺たちも準備に入るか」

 

「うん……まずは、目の前の敵……」

 

「おう」

 

 

 

一夏と簪は、その場から立ち上がり、待機室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、箒ちゃん……出番だよ」

 

「はい……」

 

 

 

 

別室。

そこには、待機室にあるベンチにも座らず、ずっと正座をした状態の箒と、待機室の一角に設けられた試合の状況を映し出している空間ディスプレイを見ている刀奈の姿があった。

刀奈はそっと微笑みながら、箒に対してそう言う。

箒は一度深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける……。

刀奈の方へと視線を移し、試合状況を確認した。

やはりというか、勝ち上がっているのは、三年生が多い、その次に二年生の精鋭と、一年の専用機持ち。

今のところ、脱落している専用機持ちたちはいない様だ。

 

 

 

「どう? いける?」

 

「はい……いつでも……!」

 

 

 

刀奈の好戦的な瞳が、箒の瞳を見つめる。

それに応じて、箒も不敵な笑みを浮かべた。

いざ。戦さ場へと赴かん……。

 

 

 

「行きましょう、《ミステリアス・レイディ》!」

 

「行くぞ! 《紅椿》!」

 

 

 

二人の体を、自身のISたちが包み込んでいく。

光の奔流が体を流れていって、それが収まったのと同時に、そこに霧の淑女と、紅の巫女が出現した。

 

 

 

「もう一度おさらいしておくわよ。相手は三年生で、どちらも銃主体の戦闘に特化しているわ。

鈴木 愛佳先輩は、アサルトライフルの使い手。中距離間の戦闘じゃ、確実に勝利を収めてきた先輩よ。

次に、柳葉 多恵先輩。この人は弓道部で、遠方からの狙撃がメイン。でも、精密射撃の精度なら、セシリアちゃんの方が上だから、落ち着いて対処すれば、問題ないわ」

 

「わかりました。とにかく私は、的として絞られない様に動けばいいんですね?」

 

「そう。先輩たちだって、箒ちゃんの《紅椿》の性能を全て把握したわけじゃないから、そうそう対処できるとは思えない。そこが狙いどころね」

 

「わかりました」

 

「よし、それじゃあ、行こっか♪」

 

「はい!」

 

 

 

 

リニアカタパルトに足をつけ、二人は一気に射出される。

アリーナ内に出た瞬間、凄まじい歓声がかけられる。

「頑張れ!」とか、「勝ってくれ!」とか……。

 

 

 

「すごいですね……!」

 

「そうねぇ〜。みんな必死に応援してるわねぇ」

 

「しかし、なんだが、妙に真剣味が強いから、なんだか怖いですね……なんか、殺気というか……」

 

「そりゃあ必死にもなるわよ……裏で賭けてんだから」

 

「………………はああっ!!!?」

 

 

 

刀奈の言葉に、箒は思わず大声で驚いてしまった。

どういうことだろう……。自分たちの知らないところで、賭け事をしているなんて、そんなことが先生方にバレたら……。

 

 

「あー、言っておくけど、お金は賭けてないからね?」

 

「え?」

 

「賭けてるのは学食無料券と、デザートフリーパス。ほら、一学期にクラス代表の対抗試合があったでしょう?

あの時と同じ内容で、みんな賭けてるのよ。ちなみに私たちは一位だから、頑張らないと、みんなが悲しむわよぉ〜?」

 

「は、はぁっ?! 嘘でしょう?!」

「ほんとよぉー……、ほら」

 

「んー?」

 

 

 

 

刀奈から表示された空間ディスプレイ。

そこには学内ネットで中継されているこのタッグマッチトーナメント戦の勝率の順位表だった。

その栄えある一位に輝いたのが、刀奈・箒ペアだった。

 

 

 

「な、なぜ私たちが……っ!?」

 

「そりゃあそうでしょうー。私は学園最強の生徒会長、そして箒ちゃんは最新鋭の第四世代IS保持者……。

それだけ聞くと、私たちが注目されるのはある意味当然の結果ってことになるわね」

 

「そ、それは……」

 

 

 

確かにそうだが、それを言うなら一夏とてそうだろう……。

箒はふと思い出し、順位表を見つめる。

 

 

 

「一夏たちは……余り上位の方には入ってないんですね……」

 

「そうね……まぁ、チナツ単体での戦闘なら、間違いなくトップスリーには入ってたでしょうけど、今回はタッグ戦だし……。

単に簪ちゃんの機体がバージョンアップしてると言っても、未知数だから、賭けてる人は少ないでしょうね」

 

「なるほど……。ですが、あいつらがそこいらで負けるとは到底思えない」

 

「そうね。仮にも箒ちゃんと同じ第四世代だし、簪ちゃんの実力がわからないから、どうしてもチナツの戦闘能力のみで考えちゃうんでしょう……。

と、長話をはここまでね……そろそろ始めましょうか」

 

「はい……っ!」

 

 

 

 

話を中断し、二人は面と向かって対戦相手の先輩二人とにらみ合う。

こちらは専用機持ちとしての意地があるように、向こうには先輩としての意地がある。

相手が誰であろうと、負けるつもりはない…………そう言いたげな表情だった。

 

 

 

 

「久しぶりですね、会長さん」

 

「はい、柳葉先輩。今日はよろしくお願いします」

 

「いえいえ、こちらこそ……。お手柔らかに」

 

 

丁寧な言葉遣いで話しかけてくる黒髪ロングの女性。

名前は柳葉 多恵。

なんともお淑やかな性格をしている先輩だ。

物腰の柔らかさは、刀奈だって負けてはないだろうが、向こうには少々歳上の出すオーラの様なものが見受けられた。

それに、弓道部に所属しているという多恵。

ならば、もともと武道を嗜む者として矜持か、その姿勢は真っ直ぐだ。

 

 

 

「おっすー、タッちゃん♪」

 

「はあーい、愛ちゃん先輩♪」

 

「あ、愛ちゃん先輩?!」

 

「そう、愛ちゃん先輩♪」

 

 

 

鈴木 愛佳……どことなく刀奈に似ているが、刀奈ほどの図太さや腹芸は持ち合わせていない様に思える。

だが、歳上の先輩に「愛ちゃん先輩」というのは……。

 

 

 

「ああ、篠ノ之さんだっけ? 私の事は、タッちゃん同様に『愛ちゃん先輩』でいいからねぇー」

 

「あ、い、いえ、そんな……目上の方には礼儀を持って接するのが、私の中での常識ですので、お、お構いなく……」

 

「あっははっ! これまた礼儀正しいねぇ〜!

 

「は、はぁ……」

 

 

 

カラカラと笑う愛佳。

正直、箒にとって、こう言う先輩は苦手な部類だ。

嫌いではないのだが、自分とは全く正反対の感覚がして、最初から相容れない様な感じを受けてしまう。

これでも少しは免疫がついたと思うのだが、それでもやはり難しい。

 

 

 

「っと……話もここまでだね……!」

 

「っ!」

 

 

 

しかし、箒のその感覚は、すぐに消え失せた。

 

 

 

「そうですね……では始めましょうか、会長、篠ノ之さん?」

 

 

 

多恵と愛佳の雰囲気が一変した。

不敵な笑みを浮かべる相手……その姿は、一陣の長のような……。

 

 

 

「ふふっ……いいわね、そうこなくっちゃ……っ!」

 

「っ……」

 

 

 

刀奈は長槍《龍牙》を展開し、まるで新体操のバトンのようにクルクルと回す。

独特の高い構え。

槍の位置は高く、肩の位置に。

右手で柄を握り、左手は添えるように伸ばす。

半身の姿勢から、鋭い視線だけを相手方二人に向ける。

箒も、両手に二刀を展開。

右手の《雨月》、左手の《空裂》。

そしていつものように、どしっとした構えではなく、右脚を一歩引き、半身の姿勢。

そこから、《雨月》と《空裂》の切っ先だけを向ける。

 

 

 

 

「あっはー! いい気迫じゃん!」

 

「ええ……相手にとって不足はありませんね……っ!」

 

 

 

 

愛佳、多恵の両名も、互いに武器を展開する。

アサルトライフル《ガルム》とスナイパーライフル《撃鉄》。

 

 

 

 

「さぁ、行くわよ箒ちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

四機がほぼ同時に動いた。銃のトリガーが引かれ、破裂音が響き、火が噴く。

片や双刀が閃き、紅槍が唸る。

箒と刀奈の第一戦目の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! お姉ちゃんたち、始まったみたい……!」

 

「お、ほんとだな……。相手は……おぉ、どっちも三年生か」

 

「うん……柳葉 多恵先輩と、鈴木 愛佳先輩。どっちも優秀な操縦者」

 

 

 

簪から指摘を受け、一夏は空間ディスプレイに映る刀奈と箒の試合中継を見ていた。

確かに、量産型の訓練機を使っていながらも、その動きは流麗で、的確に射撃と狙撃を行っている。対して、刀奈と箒も、自慢の機動力と手数を生かし、試合自体は鍔迫り合いのように拮抗している。

 

 

 

 

「凄いな……あの二人とやりあってるぜ……」

 

「うん……だから、私たちも油断なんてしていられない……っ!」

 

「だな……じゃあ行きますか……!」

 

 

 

一夏の言葉に、簪は頷いた。

二人で意識を集中し、共に愛機の名を叫ぶ。

 

 

 

「来い! 《白式》!」

 

「行くよ! 《打鉄弐式》!」

 

 

光が溢れる。

その奔流が体を包み込んでいき、やがて虚空へと消える。

そして現れる、天使と戦士。

 

 

 

「おお……! なんか、凄いものがついてるな!」

 

 

一夏の《白式》は変わっていないが、簪の機体《打鉄弐式》の方は、大きな変化をもたらした。

 

 

「これが、《打鉄弐式》の砲撃用パッケージ《覇軍天星》」

 

 

 

 

調整と共に、新たにつけた新装備。

重砲撃型武装のパッケージだ。

多弾誘導ミサイル《山嵐》が装備されたアンロック・ユニットの間に、さらにブースターを装備して、そこから伸びる銃砲。

長さはおよそ二メートル……セシリアが駆る《ブルー・ティアーズ》の高機動パッケージ《ストライク・ガンナー》の《スターダスト・シューター》と同じ長さだ。

それがどれほどの威力なのか、簪以外にはわからない。

 

 

 

 

「じゃあ、行くか……!」

 

「うん……っ!」

 

 

 

リニアカタパルトに脚を付け、二人は一気に射出する。

アリーナに入り、大歓声を受けながら、二人はアリーナ中央へと入る。

そして、第一回戦となる相手方二人を捕捉する。

 

 

 

「おお〜! 本当に織斑くんじゃあ〜ん!」

 

「うっひゃー! これはラッキーだったかも〜!」

 

 

 

共に二年生の先輩。

ボクシング部所属の藤原 愛音と、剣道部の先鋒担当篠原 唯。

どちらも部ではムードメーカー的存在だ。

しかし、その雰囲気に似合わず、実力は本物だ。

 

 

 

 

「こうしてちゃんと会うのは、初めてですね……よろしくお願いします」

 

「いやいやこちらこそ〜♪」

 

「どっちかって言うと、こちらがお手柔らかにぃ〜って頼みたいくらいだし」

 

 

意気投合して、話に夢中になっていると、不意に左手を掴まれて後ろに引かれる。

 

 

 

「一夏、浮気はダメだよ」

 

「いや、してねぇーだろ! なんでこれが浮気になんだよ!」

 

「とにかく、ダメ……」

 

「いやまぁ……ご、ごめんなさい……」

 

「おお〜、小姑さんからの監視が付いてるんだったねぇ〜♪」

 

「わぁ♪ それは大変だぁ〜♪」

 

「そ、そんなんじゃありませんっ〜〜〜〜!!!!」

 

 

顔を赤くして否定する簪。

しかし、簪が小姑さんか……これは下手に怒らせると大変だなぁ……。

姉であり、嫁になる者もそうなのだが……。

 

 

 

「さて、これ以上喋ってると、織斑先生に怒られちゃうから……」

 

「そうだね、始めようか!」

 

 

 

 

そう言うと、愛音は鋼鉄製の手甲を両手に展開し、唯は刀を展開する。

 

 

 

「おおっと、相手方はやる気十分って感じだな……簪」

 

「うん……」

 

 

 

対して一夏も《雪華楼》を抜刀し、簪も銃砲を展開させる。

 

 

 

「《覇軍天星》……高エネルギー収束放射砲《蒼覇(そうは)》」

 

 

折りたたんであった砲身が伸びて、銃の形を形成する。

 

 

「簪、どっちの相手をする?」

 

「できれば、手数の少ない篠原先輩がいいかも……」

 

「オッケー……俺は藤原先輩を相手するよ」

 

 

 

ボクシング部の愛音が相手だと、接近戦に向いていない簪では手に負えない。

ならば、少しでも間合いの開く唯と戦ったほうがやりやすいだろう。

 

 

 

ーーーーカウントダウン開始……5……4……3……2……1……

 

 

 

 

カウントダウンを告げるアナウンス。

一夏たちは互いに闘気を集中させる。

手に握る武器を握りしめ、拳を振りかざし、銃口を向ける。

 

 

 

ーーーーBattle Startーーーー!!!!

 

 

 

「行くぞ!」

 

「うん!」

 

「しゃあー、こい!」

 

「いざ、勝負!」

 

 

 

 

双方共に動き出す。

一夏と愛音は接近戦で、簪は距離を置き、唯の間合いから離れてからの砲撃へ。

それをさせまいと、唯も射線から外れて、徐々に距離を詰めていく。

 

 

 

「おっしゃあー! 行くぜぇーー!!!!」

 

 

 

リヴァイヴを纏った愛音が、自慢の拳を一夏に対して振るってくる。

右の高速ジャブ。

一夏は愛音の動きに合わせて、それをギリギリに躱していく。

 

 

 

「こんのぉ……! そんな簡単に避けちゃってくれてぇー!」

 

「いやいや、結構躱すのも大変なくらい、鋭い拳ですけど、ねっ!」

 

 

 

一旦距離をおいた一夏。

今のはどうやら様子見といったところだろうか。

愛音の放つ拳の速さと威力……どれほどのものなのか、それが今ので大体はわかった。

あとは、その拳と刀を合わせるだけ……。

 

 

 

「正々堂々と打ち合いなさいッ!」

 

「では……遠慮なく!」

 

「ううっ!?」

 

 

 

鋭く放たれた左ストレート。

それに合わせる感じで、一夏の《雪華楼》のライトエフェクトが煌めいた。

片手剣スキル《スラント》

通り抜け様に放たれた左拳を斬るようにして放った一撃。

だが、その手応えは、あまりいいものではなかった。

 

 

 

「っ……その手甲……中々に硬いですね……」

 

「ふっふーん♪ そうだろう、そうだろう。なんせこいつは、最近開発された近接格闘武具だからね!

こいつには亜鉛合金やら、セラミックプレートやらがいくつも折り重ねて作ってあるからね。

たとえ織斑くんの刀でも、早々には斬られないよっ!」

 

 

 

再び迫り来る、愛音の拳。

 

 

 

「喰らいな! 最新手甲《玄武爆》の威力をっ!」

 

「…………残念ですけど、動きは見えるっーーーー!!!!」

 

「およっ?!」

 

 

 

右のフックの一撃を、軽く躱した一夏。

体を時計回りに回転させると、煌めく閃光が愛音の背部を襲う。

 

 

 

 

「《龍巻閃》ッ!」

 

「ぎゃふんっ!?」

 

 

 

殴ろうとした勢いも相まって、愛音は斬られた衝撃で地表へと落ちていく。

一方、簪たちの方は………。

 

 

 

「はあぁぁぁッ!!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

気迫のこもった一撃を放つ唯。

だが簪は、躱すのではなく、あえて受け止めた……今手にしていいる銃砲で。

 

 

 

「いぃっ!?」

 

「はい」

 

「ぐほっ!?」

 

 

 

 

簪の行動に隙を突かれた唯。

まさか、銃で斬撃を受け止めると思ってはいなかったためか、一瞬驚いた瞬間に、砲口を向けられていた《春雷》二門からの荷電粒子砲を直で食らってしまう。

爆煙が起こり、そこから慌てて出てきた唯。

今ので倒れるかと思いきや、さすがは二年の実力者たち。

早々には倒れない。

しかし、唯は気づいていなかった。

自分の後ろから、勢い余って落ちてくる愛音が迫ってきたことに。

 

 

 

「げえっ!? 唯ちゃんどいてぇー‼︎」

 

「えっ? うわあっ!?」

 

 

 

ガシャン! と音を立てて、その場で二機は静止してしまった。

そしてそこに、《雪華楼》の斬撃波と、《山嵐》の誘導ミサイル群が迫り来る。

 

 

 

「「わきゃあぁぁぁっ!!!?」」

 

「これで、チェック・メイト……っ!」

 

 

 

大きくせり出した砲身を振り上げて、まっすぐに愛音たちに砲口を向ける簪。

そしてその指にかかったトリガーが、なんの迷いもなく引かれた。

 

 

 

「バースト……っ!」

 

 

 

エネルギーが収束し、《蒼覇》の砲口から名前の色と同じ蒼い高エネルギーの塊が、まっすぐに愛音たちに向かって放出された。

 

 

 

「「うえっ?!」」

 

 

 

駄目押しとばかりに飛んでくる高エネルギー体の光を見た瞬間、二人の顔は硬直し、やがて二人は、その光に呑まれた。

爆破を起こし、爆煙の中から巨大な塊がアリーナの地面へと落ちていく。

煙が晴れてきて、地面に横たわる愛音と唯の姿を確認できた。

二人とも目を回しているのか、立ち上がるのも困難といった状態のようで、うまくろれつも回っていない。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 織斑 一夏、更識 簪』

 

 

 

 

戦闘続行不可能という判定の下、一夏と簪の勝利が確定した瞬間だった。

割れんばかりの大歓声。

圧倒的な力と、驚異的な速さでついた決着に、観戦していた生徒たちからも賞賛の声が鳴り止まない。

 

 

 

「やったな、簪」

 

「うん……うまく機能できてて良かった」

 

「しかし、ちょっとやり過ぎたかな……?」

 

 

 

 

ISの絶対防御が発動し、操縦者たちの命は守られはしたが、それでも気絶させるほどの攻撃を仕掛けたのだ。

今回導入した《打鉄弐式》の砲撃用パッケージの破壊力の高さには、誰もが目を瞠る物があった。

 

 

 

「荷電粒子砲に、誘導ミサイルとエネルギー体の斬撃波、最後に高エネルギー収束砲……」

 

「うん……確かに、ちょっとやり過ぎたかも……」

 

 

 

いや、ちょっとどころではないだろう……。

二人とも内心そんなことを思ってはいるが、いかせんそんなことを認めるのも……。

といった感じで、二人は倒れている先輩たちの下へと降りていく。

担架をもってやってくる救護班の人たちに先輩たちを任せて、二人ともアリーナのカタパルトデッキに戻っていった。

 

 

 

 

「とりあえず、初戦はこんな感じか……」

 

「うん……これから先も、こんな具合に進めばいいけど……」

 

「勝てば勝つほど、相手は強くなっていくばっかりだからな……」

 

 

 

それはそれとして、戦いがいがあると言うものだが……。

とりあえず、初戦突破ということで、二人はハイタッチを交わした。

 

 

 

「あ、お姉ちゃんたちは……」

 

「おっと、そうだったな……ええっと……?」

 

 

 

 

そう言いながら、二人は刀奈と箒が試合をしているであろう会場の中継に目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ! 的が絞りきれない……っ!」

 

 

 

多恵が苦虫を噛んだような表情で、スナイパーライフルのトリガーを引く。

が、その標的である箒には、一向に当たらない。

 

 

 

「《シューター・フロー》……っ!」

 

 

 

まだまだ未完成ではあるが、箒が使っているのは、間違いなくそれだ。

対射撃戦闘用の操作技術。

接近戦の訓練はもちろん、刀奈は箒に、対射撃戦闘の技術を仕込んでいたのだ。

それにより、まだまだ未熟ではあるものの、多恵の狙撃を掻い潜る事くらいは出来るようにはなった。

 

 

 

「お覚悟ッ!」

 

「くっ!?」

 

 

 

《瞬時加速》を使い、一気に間合いに入ると、両手に持った二刀が閃いた。

 

 

 

「篠ノ之流 “剣舞” 《十六夜桜花》ッ!!!!!」

 

 

縦横無尽……流れる水流の如く放たれた剣撃。

計十六連撃にも及ぶ斬撃は、スナイパーライフルを細切れにし、多恵のISを斬り刻む。

その様子は、まるで、舞を踊っているかのようで…………。

 

 

 

「綺麗…………!」

 

 

 

誰かがそう漏らした。

《紅椿》の展開装甲が発動し、独特の紅いエネルギー翼が出現した状態で、白銀に輝く《雨月》と《空裂》の刃が奔る。

《雨月》を振り抜き、逆手に持った《空裂》でトドメを刺す。

多恵の駆るリヴァイヴのエネルギーが尽き、戦闘続行不可能となった。

 

 

 

 

「ふぅ……さて、楯無さんは……」

 

 

 

エネルギー切れによって、地表へと降りていく多恵から視線を外し、箒は刀奈の方へと視線を移した。

アサルトライフルの弾丸を、水の障壁で受け止めると刀奈。

相手の愛佳もまた、苦虫を噛んだような表情だ。

 

 

 

「ちぃ……っ!」

 

「そろそろ……私たちも終わりにしましょうか……!」

 

 

 

刀奈も一瞬で愛佳の間合いに肉薄し、《龍牙》の穂先でアサルトライフルを叩き、跳ね上げる。

愛佳はアサルトライフルを手放し、即座に右手に拳銃と、左手にナイフ型ブレードを展開する……が、それよりも先に、《龍牙》が銃を両断し、ナイフを弾き飛ばした。

そして、がら空きになった愛佳の喉元に、その刃を突き立てる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

ドウッ! と空気が衝撃によって唸る音を鳴らした。

寸でのところで、刀奈は槍を止めていた。

寸止めによって、エネルギーは削れないものの、相手の戦意は容易に崩せた……。

 

 

 

「愛ちゃん先輩、まだ続けられますか?」

 

「むう〜〜っ! 次は絶対勝つからね、タッちゃん」

 

「いつでも……お相手するわ♪」

 

「くう〜〜! 悔しい! リザインッ!!!」

 

 

 

 

降伏宣言を聞き入れ、アリーナ内にアナウンスが流れる。

 

 

 

「試合終了。勝者 更識 楯無、篠ノ之 箒』

 

 

 

これまた大歓声を受ける二人。

箒が刀奈の元へと駆けつけて、勝利を確信した。

刀奈は右手を伸ばし、箒がそれに合わせる。

ハイタッチ……かと思いきや、手を掴んだ刀奈が一気に自分の方へと箒を引き寄せて、思いっきり抱きしめた。

 

 

 

「やったねぇ〜〜! 箒ちゃん、やったよー!」

 

「わ、わかりましたから! ほ、ほんと、勝てて良かった……」

 

「にしても、あれが “篠ノ之流の真髄” ってわけね」

 

「はい……たぶん、一夏もこの “剣技” ……いや、《剣舞》は知らないと思います」

 

 

 

 

篠ノ之流の真髄………同門の一夏ですら知らない剣術。

その一端のものを目の当たりにした刀奈。

そして、刀奈の新装備もまだ出していない現状……戦いはまだ、これから苛烈になっていくようだ……。

 

 

 

 




次回は……そうだなぁ……他の候補生たちの試合をした後、再び一夏たちの試合に戻る……という感じにしますかね。
今回のタッグマッチは、ゴーレムⅢの介入はなしにしようと思います( ̄▽ ̄)

ちなみに、簪の追加パッケージ《蒼覇》は、ガンダムSEEDdestinyのガナー・ザクウォーリアーの銃砲をイメージしてますので、あしからず( ̄▽ ̄)

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第80話 猟犬と冷血と



今回はいろんなメンバーのバトルを書きましたー!

一夏たちのバトルは、また次回になります!




第一戦目。

専用機持ちは確実に勝利し、全員が次の試合へと進出した。

 

 

 

「セシリア!」

 

「了解ですわ!」

 

 

 

続いて、別のアリーナでも、専用機持ちによる圧倒的試合が繰り広げられていた。

近接戦闘仕様のIS《甲龍》と、遠距離射撃仕様のIS《ブルー・ティアーズ》。

鈴のパワーに付け加えてセシリアの精密射撃が、次々と相手方にダメージを負わせ、シールドエネルギーを削っていく。

 

 

 

「だありゃあああああっーーーー!!!!」

 

「いや! ちょ、ちょっと待って鈴ちゃん! 死ぬ死ぬ! 絶対死ぬぅぅぅぅーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

 

大振りに上段から振り下ろされた一刀。

二年生である先輩のペアが相手だったのだが、鈴にとってはそんなことお構い無しだ。

全力を持ってして、相手を力尽くで沈める事しか念頭に置いていない。

ある意味では、戦場で一番力を発揮するタイプではあるのだが……。

当の先輩は、涙目になりながらもガードの姿勢。

しかし、鈴の《甲龍》のパワーの前では、あまり意味をなさない。

日本刀型ブレード《葵》を展開し、受け止めるも、勢いそのまま押しつぶされてしまう。

派手な激突音と、土煙が舞い上がる。

煙が晴れてきた時、鈴の眼下にはISが解除され、気絶した先輩の姿があった。

 

 

 

「あうう〜〜〜……」

 

「ふん……」

 

 

 

青龍刀《双天牙月》を一度振り抜く。

その風圧によって、舞い上がっていた土煙が一斉に吹き飛ばされる。

 

 

 

「さて、セシリアはまだやってんの?」

 

 

 

地上で伸びている先輩を抱きかかえながら、鈴は視線を上空へと向けた。

すると、その視線の先には、激しく撃ち合う二つの機影が……。

 

 

 

 

「くっ! 流石はBT兵器の使い手……っ! うわっ!」

 

「あら……それ以外でも、わたくしは何ひとつ引けは取りませんわよ!!!!」

 

 

 

旋回しながら、相手の射撃を躱していくセシリア。

そして、今度はお返しとばかりにセシリアのスナイパーライフルの銃口が向けられ、レーザービームが発射される。

そのスピードは、正直に言うと鉛の弾丸の数倍の速さ。

しかもそれを高速戦闘中に、的確に相手の武器や体に命中させるのだから、末恐ろしいとさえ思える。

 

 

 

「これで、フィナーレでしてよ‼︎」

 

 

 

《ブルー・ティアーズ》の特殊武装。

遠隔操作型ビット《ブルー・ティアーズ》。

四機ある蒼いフィン状の物体が四方を囲み、一斉照射。

最後にセシリアの持つスナイパーライフル《スターライト mkIII》が相手を撃ち抜く。

エネルギーが消失し、相手の先輩は、悔しそうな表情を見せながら、地上へと降りていく。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 凰 鈴音、セシリア・オルコット』

 

 

 

「ふぅー……まぁ、ざっとこんなもんね」

 

「ええ。わたくし達に、死角などありませんわ……!」

 

 

 

近接パワー型の鈴と、精密遠距離型のセシリアという、基本的戦術のパターン。

どちらも第三世代型の専用機……これは苦戦すると思われる組み合わせだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロットちゃん、バックアップはよろしく!」

 

「了解! 明日奈さんはそのまま突っ込んでください!」

 

 

 

 

別のアリーナでも、同じように激戦が繰り広げられていた。

明日奈・シャルロットのペアもまた、三年生のペアと交戦。相手方はかなりの腕を持った二人組で、今回の賭けでも、上位にランクインしているペアだ。

流石に明日奈とシャルロットの二人でも、苦戦は免れないと思っていたのだが……。

 

 

 

「行くよ、リヴァイヴ!」

 

 

 

お得意の《高速切替》。

アサルトライフルからサブマシンガンへ……またはショットガンからナイフ型ブレードへと多種多様に変化していく。

さっきまで撃ち合っていたかと思えば、いつの間にか接近して格闘戦へ……また、斬り合っていたかと思いきや、今度は銃での射撃戦へ……近づくには遠く、諦めるには近い。

そんな高等技術の戦闘……。

砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)

シャルが得意としている戦術だ。

ましてや、《高速切替》という高等技術を持ち合わせているからそこ、その戦術はより一層凶悪化していると思っていい。

近距離格闘型も、遠距離射撃型も、どちらにも対応しうる技術だ。

 

 

 

 

「くっ!、逃げられない……! ならば!」

 

「っ! その程度じゃ落ちないよ!」

 

 

 

先輩は負けじと、ミサイルパックを展開し、10発もの誘導ミサイルを放つ。

だが、その全弾が連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》で撃墜されてしまう。

 

 

 

「くっーーーーぐあっ!?」

 

 

 

ミサイルを撃ち落とされた事から、周りへの配慮が足りていなかった……。

そんな隙だらけの敵に対し、高速で放たれる刺突なんて躱せるはずもなかった。

 

 

 

 

「まずは一機!」

 

「接近戦なら、私にでも!」

 

 

 

剣道の型から放たれる上段。

だが、明日奈はそれをひらりと躱すと、がら空きになった背中に《ランベントライト》を刺突三連撃。

そこから態勢を崩した相手の足元を二閃。

そこから、真正面に回り込んで、刺突二連撃。

計七連撃。

的確に相手の急所部分を狙う正確性には、味方であるシャルもまた驚嘆する所でもある。

 

 

 

「凄い……!」

 

 

 

思わず、シャルの口からそう漏れた。

 

 

 

(速いだけじゃない……次にどこを突こうとして、次にどう繋げていくのか、一瞬の判断が迅速かつ的確なんだ……!)

 

 

 

一夏と和人が、明日奈の技術を一目置いている理由を、改めて思い知る。

その剣技に圧倒されていると、いつの間にか、明日奈の勝利が決まっていた。

 

 

 

「っと、僕の方も決めておかないとっ!」

 

 

 

残り一機。

明日奈が剣技で見せたのなら、こっちは手数と銃のコンビネーションだ。

ショットガンとサブマシンガンの二丁をコールし、面性圧力による牽制をいれる。

それによって、相手の退路を防いで……最後は……

 

 

 

「でやぁあああああっーーーー!!!!」

 

「ぐふっ!?」

 

 

 

《瞬時加速》で一気に間合いを侵略し、盾に隠れていた69口径のパイルバンカー……《シールド・ピアーズ》を腹部に向けて連射。

直接ダメージを負わせるため、シールドエネルギーが急激に減少していく。

三発目を入れた瞬間、シールドエネルギーは全損。

目の前の相手は、そのまま片膝をついて動かなくなった。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 結城 明日奈、シャルロット・デュノア』

 

 

 

 

歓声が上がる。

そして、アリーナの中央では、両手を上げてのハイタッチを交わす二人。

 

 

 

「やったねー、シャルロットちゃん!」

 

「はい! 明日奈さんの剣技、しかと拝見させてもらいました……やっぱり、凄いですね!」

 

「ううん……私なんて大したことないよー。シャルロットちゃんがしっかりバックアップしてくれたおかげだよー!」

 

 

 

仲良しの姉妹のような光景だ。

二人は手を繋ぎながら、アリーナのカタパルトデッキに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ、射撃型の人を任せられるか?」

 

「いいだろう……ではそちらは頼んだぞ」

 

「オーケー……っ!」

 

 

 

そう言って、剣を二本抜き放って加速する和人。

その後ろから、四本のワイヤーブレードが和人を援護するように射出される。

ラウラが遠距離装備の敵を引きつけている間、和人が一気にもう一人を相手する。

 

 

 

「せやああっ!」

 

「私だって、負けません!」

 

 

 

両手にカタール型のブレードを展開し、和人相手に接近戦を試みるが、一撃の重さと速さ……それが、止めどなく繰り返し放たれる。

武器のリーチの差を考えれば、カタールの方が短く、自分の間合いを制することには適しているだろうが……。

 

 

「くっ! 反撃する暇がない……っ!

 

 

 

圧倒的な速さゆえに、防御ができても、こちらから反撃する事が出来ない。

防戦一方になっていく現状を、どうにか覆してやりたいと思ってはいるが、それこそ自分の首を絞めるような行いだ。

 

 

 

「一旦離れて……っ!」

 

 

一度離れて、態勢を立て直す。

だが、和人がそんな隙を与えるわけがない。

 

 

 

「逃がすかっ!」

 

 

右手に持つ《エリュシデータ》を振りかぶり、上段から振り下ろす。

だが、相手もこれを読んでいたのか、あえて引くことはせず、和人に向かって飛んでいく。

左のカタールで《エリュシデータ》を受け止め、防御に入ろうとした左手の《ダークリパルサー》を右のカタールを突き出して弾くことに成功した。

 

 

「っ!?」

 

「もう一丁ぉッ!」

 

 

《ダークリパルサー》が宙に舞い、態勢が崩れた和人の《月光》。

だが、和人は慌てることなく、左手を頭の後ろへと持って行き、何かを掴んだ。

そしてその掴んだ何かを引き抜いて、思いっきり右手の装甲を斬り裂いた。

 

 

「っ!? しまった……っ!!」

 

 

 

左手に持っているのは、またしても剣。

《クイーンズナイト・ブレード》だった。

和人の《月光》が装備している高機動格闘戦用のパッケージ《セブンズソード》は、その名の通り七本の剣が装備されている。

そして、剣による戦闘では、和人の戦力は学園の上位にランクインするほどの腕前だ。

そのことを失念していたわけではないが、彼もまた、ISでの戦闘が慣れ始めている証拠だった。

 

 

 

「悪いな……先輩っ!」

 

「ぐぅっ!」

 

 

 

右手の《エリュシデータ》が真っ赤に染まる。

連続八連撃のソードスキル《ハウリング・オクターブ》が放たれる。

高速の刺突五連撃からの斬りおろし、斬り上げ、そこからラストに躍動感ある跳躍からの斬りおろし。

八撃全てが決まり、相手のエネルギーを全損させた。

 

 

 

「ううっ……負けた……」

 

「いやぁ〜……中々すごかったぜ、先輩」

 

「…………ふっ……君にはまだまだ遠く及ばないけどね……」

 

 

 

その場に尻餅をついていた先輩に、手を差し伸べて立ち上がらせる和人。

残りはラウラと、もう一人の先輩。

だが、もう勝敗は決まっているようなものだった……。

 

 

 

「くっ! AICね……!」

 

「その程度の攻撃では、私の停止結界は破られない!」

 

 

 

 

マシンガンを撃ってくる敵に対して、《シュバルツェア・レーゲン》の真骨頂とも言える慣性停止結界……通称《AIC》で立ちはだかる。

逃げたいのは山々といった感じだろうが、相手の腕には、ラウラのワイヤーブレードが巻きついているため、逃れることができない。

しかも、攻撃でも通らないというこの現状は、ある意味では地獄だ。

 

 

「さて、そろそろ終わらせよう……」

 

 

 

大きな起動音がしたと思いきや、巨大なリボルバーカノンの砲口が、相手の先輩に狙いを定める。

 

 

 

「ひっ……!」

 

「撃ってぇーーーー!!!!」

 

 

 

 

ドンーーーー!!!!

 

 

 

「きゃあああーーーー!!!!」

 

 

 

ドカーーーーン!!!!

 

 

 

 

リボルバーカノンの砲弾が直撃。

爆破を起こした……。

土煙が舞い上がり、相手の先輩の安否が気になる所であったが、生命反応に異常はないため、生きている。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 桐ヶ谷 和人、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 

 

アナウンスが二人の勝利を決める宣言を放った。

アリーナの地上で、仁王立ちするラウラの元へと向かう和人。

今でも土煙が立ち込めている砲弾の着弾点に視線を向けながら、苦笑いを浮かべる。

 

 

 

「ちょっと、やり過ぎたんじゃないのか?」

 

「ふん……あれくらいでは死にはしない。それに、我がドイツの軍隊では、教習過程の新人たちの頃から必ず教えていることがある。

それが、『敵対する者に出し惜しみする必要無し』だ……っ!」

 

「どこのテログループだよ……」

 

「そんな野蛮な者たちと一緒にするな……。これは祖国を脅威から守る上で、とても重要なことなのだぞ!」

 

「はいはい……」

 

 

 

 

これが真剣味のある顔で言うから、なんとも言い難いのだが……。

現役の軍人であり、特殊部隊の隊長を務める少佐殿の考えあってのことなのだろう……。

 

 

 

「とりあえず……」

 

「ああ……初戦はこんな感じだな」

 

 

 

黒い両機は、ともにカタパルトデッキへと帰還していった。

その間も、二人の口からは他の専用機持ち達に関する戦術的な言葉が出ていた。

もはや迷いはないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一通り、専用機持ち達の試合を見てみたものの……」

 

「うん……みんな、手強い」

 

 

 

アリーナの控え室にて、それぞれの試合中継を見ながら、一夏と簪も、各々の戦術を分析していた。

 

 

「まず驚いたのは、箒のあの剣技だな」

 

「うん。あれは、《篠ノ之流》なの?」

 

「そうだと思う……だけど、俺が見たのは初めてだ。それにあいつ、『剣術』じゃなくて、『剣舞』って言ってたしな」

 

「剣舞……」

 

 

剣舞…… “けんぶ”、“けんまい”、“けんばい” などと呼ばれている。

一般的には、剣を持って踊る踊りの事を指す言葉であり、日本でも、『日本舞踊』として登録されている。

剣だけではなく、薙刀や太刀を用いて踊ることもあるとか……。

 

 

 

「しかし、剣舞ってのは踊りだろ? あんな剣技として通用するものなのか?」

 

「確証はないけど、古来より武の真髄を隠してきた先人達は、敵に自分の流派などを悟られないように、踊りや日常動作の中に浸透させて行ったと言われている……。

それは、私の家も同じ……。更識も、もともとが暗部……つまり、影で動く忍びの末裔に近い存在だから、それらの技や技術も、いろんな動作や仕草に溶け込んでいる……」

 

「なるほど……それで、《篠ノ之流》の場合は、“神楽舞” に浸透させて行ったってところかな……」

 

 

 

 

夏休みの際に、一度だけ箒の舞を見ている一夏。その時にも、左手に扇と、右手に宝剣を持って、優雅に舞っていたのを思い出した。

しかし、《篠ノ之流剣術》という流派があるため、それこそ、使ってくるとしたら、剣術流派のものかと思っていた。

 

 

 

「なるほどな……」

 

「ん? どうかしたの?」

 

「いや……改めて、箒の実家の剣術を思い出してみてな、確かに《篠ノ之流》には、舞に精通しているものがあったなぁ〜って」

 

「例えば?」

 

「簪も、以前見ていたと思うんだけど、ラウラのISが暴走した時、俺はソードスキルを使わずに、《篠ノ之流》の剣術を使って、あいつを倒した。

その技が、《一刀一閃》と呼ばれるものなんだけど、それはもともとは、《一刀一扇》と呼ばれるものなんだ」

 

「ん?」

 

「ああ、えっと、要するに……日本刀と鉄扇と、二つの武器を両手に持ち、それによって、攻防一体型のスタイルで戦っていたんだよ」

 

「刀と扇……」

 

「ああ。扇で相手の攻撃を防ぐ、あるいは受け流すことによって無効化して、もう一つの手に握る一刀を用いて、敵を両断する……。

それが、篠ノ之流の《一刀一扇》。その要素を取り入れたのが、刀一本、一太刀目で攻撃を流し、ニノ太刀目で相手を断ち斬る技、《一刀一閃》なんだ」

 

「なるほど……全て根幹は同じってこと」

 

「ああ……。だが、あの剣舞については、俺はほぼほぼ知識ゼロだと思ってくれ。

最後に使った技なんて、俺は聞いたこともないんだぜ?」

 

「《十六夜桜花》……だったね。名前、かっこいい……!」

 

「二刀から繰り出される十六連撃か……キリトさんの《スターバースト・ストリーム》じゃあるまいし……」

 

「うん……あれも、いい……っ!」

 

「簪さん? 話聞いてる?」

 

「う、うん! だ、大丈夫だよ……」

 

 

何故だろう……なんで名前を言っただけで、拳を握るのだろうか……。

そして、何でそんなに目がキラキラしているのだろうか……。

 

 

「とにかく、箒は俺が相手をするとして、あとはカタナだな」

 

「それは大丈夫……私の新装備も、ちゃんと稼動はできてるから」

 

「しかし、あれは大会で使ってもいいようなものなのか? どっちかっていうと、拠点制圧用の装備だと思うんだけど……」

 

「それを言ったら、ISそのものが、国を転覆させかねない代物。だから別に問題はないと思う。

ようは、使い方次第だもん……」

 

「使い方次第……か……」

 

 

 

確かにその通りなのかもしれない。

一機あれば大隊を滅ぼし、二機あれば軍隊そのものを潰せて、三機以上あれば、国すらも転覆させられる兵器。

それがISだ。

ならば使い方によっては、身を守る鎧にも、世界を滅ぼす脅威にもなりうる。

 

 

 

「と、それよりも……」

 

「ん?」

 

「今は私たちも、目の前の試合に集中しないと」

 

「あぁ、そうだよな」

 

 

 

 

簪に促されて、改めて試合の対戦表に視線を向ける。

トーナメント戦になっている今大会。

初戦を勝ち抜き、だいたい思惑通りに勝ち抜いてきたペアが多い。

そんな中、早くも専用機持ち同士の戦いが始まろうとしていたのだ……。

 

 

 

「二年の専用機持ち……アメリカのダリル先輩と、ギリシャのフォルテ先輩か……」

 

「炎熱系の能力を持つ《ヘルハウンド》と、氷結系の能力を持つ《コールド・ブラッド》……かなり癖のある機体だと思う」

 

「そんな二人が、《イージス》なんて呼ばれてるんだもんな……」

 

 

 

学園内屈指の実力者でもある二人。

しかもそれぞれ専用機が渡されている国家代表候補生だ。

 

 

 

「炎熱系のヘルハウンドと、氷結系のコールド・ブラッドねぇ……。RPGじゃあるまいし……」

 

「それ、一夏が言う?」

 

「え? なんでだ?」

 

「ソードスキルとか、滅茶苦茶使ってるし……」

 

「ああ……それはだってさ、元々が《白式》の機能だし……」

 

「それで盾を作ったり、斬撃を飛ばしたりしてるし……」

 

「ああ……うん。そうだな……」

 

「人の事言えない」

 

 

 

理論整然と言われると、どうにも弱い……。

しかも相手が簪だとなおさらだ。

何故だが、簪にもあまり頭が上がらない感じがするのだ……刀奈の妹だからだろうか?

 

 

 

「じゃあ私も、これから装備の最終チェックに入るね。一夏も機体の調子を見ておいたほうがいいよ」

 

「そうだな。特に損傷はないが、なにが起こるかわからんし……」

 

 

 

 

二人ISを展開して、各駆動部の調整に入った。

 

 

 

「ここがこう……で、これがこうで……」

 

「ストレア、カスタムウイングの出力調整はどうだ?」

 

『今のところ問題ないよー! にしても、この機体ってほんとピーキーだよねぇー』

 

 

 

 

簪は電子キーボードを表示して、高速でタップしていく。

一夏は《白式》のサポートAIとして存在するストレアと共同で、各部のチェックを行い、不具合などがないかを確認している。

 

 

 

『チナツってさー、よくこんな機体でも戦えるね』

 

「こんなって……一応ストレアもその一部なんだけど?」

 

『それはそうだけどさー。だって今の戦闘なんて、銃がメインでしょう? どれだけ強力な火器を用いてー、どのタイミングで、どの様に使うのか……それが現代の戦い方だと思うんだよねー』

 

「仕方ないだろう、俺は正直、銃の扱いが下手なんだ……そりゃあ、シャルとかカタナには一応特訓として使わせてもらったり、習ったりはしたけどさ」

 

『でもある意味、刀一本で戦えるんだから、それはそれで凄いのかもねー』

 

「俺なんてまだまださ……真の意味で、刀一本で戦って優勝した人が、俺の近くにあるからな……」

 

『おおー、そうだったね! お姉さん……千冬さんが世界チャンプだったね!』

 

「ああ……銃相手でも、本当に刀一本でなんとかしたんだもんな……俺の場合《白式》の特殊能力に助けられてるからな……」

 

『そう悲観することもないんじゃない? チナツの戦い方だって、ある意味常軌を逸しているし』

 

「それは喜んでいい事なのか?」

 

『さぁー? それはチナツ次第♪』

 

 

 

と、言った感じではぐらかすストレア。

天然で、どことなく自由な猫を彷彿とさせる彼女の雰囲気には、時折悩み事も吹っ飛ぶくらいだ。

 

 

 

「じゃあ、問題はないんだな? 《極光神威》は?」

 

『問題なく稼働可能ー! でもやっぱり、5分が限界かなぁ〜』

 

「5分も使えるなら、それはそれで有用だよ」

 

『まぁ、はっきり言ってチート染みてるからねぇー』

 

 

 

画面の中に現れているストレアは、悠々自適に過ごしている。

時に寝そべったり、時にもファイルのフォルダーを椅子代わりに座ったり、ダラーンとまるで洗濯物の様に干されていたり……。

これもAIだから出来る特権みたいなものなのだろうか……?

 

 

 

「よし、とりあえず、こっちは終わったな……簪はどうだ?」

 

「問題ない。これで正常に作動する……」

 

 

時計に視線を送り、時間を確認する。

 

 

「試合まで……残り20分」

 

「そろそろ、スタンバイしとかないとな……」

 

 

控え室から移動し、カタパルトデッキへと移動。

そこで、再びISを展開する。

 

 

 

「来い、《白式》」

 

「来て、《打鉄弐式》」

 

 

 

まばゆい光が放たれ、二人の体を包み込む。

装着された鎧やら銃やら刀などなど……武装がどんどん現れてくる。

 

 

 

「ほう……今回はこんな感じか……」

 

 

簪の機体には、先ほどとは全く違う装備が付いていた。

《覇軍天星》の《蒼覇》は、高エネルギーを収束して撃ち出す砲台だった……。

だが、今度のは全く別のものが付け加えられていた。

両手左右に一本ずつ銃砲を携行しているのだが、その銃砲が左右で違うのだ。

右手に持っている銃砲は、やや銃口が大きく、見た目からして重火器を彷彿とさせる姿をしており、左手の方は、ほっそりとした見た目だ。だが、これもまた、高エネルギー収束砲であると、一夏もわかってしまった。

 

 

 

「《覇軍天星》……重砲撃戦仕様エネルギー銃砲《双星(そうせい)》」

 

 

 

確かに、重砲撃戦仕様のパッケージと言えるだろう。

両手に持つ銃砲と、誘導ミサイルの《山嵐》があるのだから、これもまた高い攻撃力を有しているみたいだ。

 

 

 

「前の《蒼覇》と違うのは、銃砲が増えたくらいか?」

 

「それもあるけど、この二つは連結させる事で、その力を思う存分発揮できる」

 

「へぇー! 連結できるのか、これ」

 

 

 

 

マジマジと《双星》に視線を落とす一夏。

そんな一夏に、簪が捕捉する。

 

 

 

「左のは、高エネルギー収束火線砲《桜星》で、右のが、ガンランチャー《流星》」

 

「それで《双星》ってわけか……」

 

「そういう事……」

 

 

 

なかなかに洒落た名前だ。

その機能と威力に反して様な綺麗な名前に、一夏は少し驚く。

 

 

 

「性能は名前に反して超強力だけどね」

 

「だろうな……でも、そんなにエネルギーを消費する武装ばかり使って大丈夫なのか?」

 

「それなら、大丈夫……。このエネルギーパックがあるから、数時間は戦闘可能」

 

「へぇー」

 

 

 

そう言って、簪は背中についてあるエネルギーパックを見せてくれた。

まるで白い棘の様な物体が、五個付いており、エネルギーが切れると、それぞれが個々にパージしていく仕組みになっているそうだ。

 

 

 

 

「と、そろそろ時間だよ」

 

「みたいだな……じゃあ、行くか……」

 

「うん……!」

 

 

 

 

再び、二人はカタパルトデッキに足を乗せる。

そして、高速で移動し、アリーナの中へと射出されて行った。

 

 

 

 

「おお? きたっスよ、ダリル先輩」

 

「みたいだな……」

 

 

 

すでにアリーナには、対戦相手であるダリル・ケイシーと、フォルテ・サファイアの二人が待ち構えていた。

その二人の専用機《ヘルハウンド》と《コールド・ブラッド》。

その二機を初めて見た一夏は、じっと機体を観察していた。

 

 

 

「いや〜、まさか織斑くんたちと戦う事になるなんてネ〜」

 

「俺もですよ。専用機持ちの先輩方と戦えるのは、とても光栄です」

 

「またまた〜♪ そんなにおだてても、手加減なんかしないっスからねぇ〜!」

 

「もちろん……全力で戦いましょう……っ!」

 

 

 

どことなく親しみやすそうなギリシャ代表候補生のフォルテ。

その専用機……《コールド・ブラッド》は、その名の通り、《冷血》を意味する。

機体自体、あまり装甲らしい装甲はつけられておらず、その周りを氷を模したアンロック・ユニットが囲んでいるようや感じだ。

 

 

 

(カタナの《ミステリアス・レイディ》みたいだな……)

 

 

 

刀奈の機体も、《アクア・クリスタル》を搭載した第三世代型独特の機体になっている。

装甲らしい装甲は、他のISに比べると少ない方なのだが、そこは《アクア・クリスタル》の《アクア・ヴェール》によって、カバーできているため、問題はない。

 

 

 

 

「おいおい、フォルテの相手はそっちの眼鏡っ娘だったろうが……織斑の相手は私がするって約束だろう?」

 

「はいはい。わかってるっスよー、ダリル先輩」

 

 

 

と、その横から三年のダリルがやってくる。

専用機《ヘルハウンドver2.5》。

ダークグレーを基調とした装甲を持ち、両肩には名前の由来でもあるかの様な猟犬の頭が二つ付いており、ダリルとの雰囲気に合っている様な気がした。

 

 

 

「じゃあ、俺の相手は、ダリル先輩でいいんですか?」

 

「おうよ……。私じゃ不服かい?」

 

「いえ。カタナからも聞いていますよ、ダリル先輩たちの実力は高いレベルにあるって」

 

「はっはー、さすがは会長殿だ。にしても、相も変わらず仲がいいことだ」

 

「ま、まぁ……」

 

「だがまぁ、うちらのコンビには負けるだろうがな……」

 

「ふぁあっ?! ダ、ダリル先輩っ〜〜〜〜!」

 

「「っ!?」」

 

 

 

突然、ダリルはフォルテの背後に回ると、後ろから抱きついて、フォルテの耳たぶを甘噛みしたり、舐めだしたりする。

フォルテも口では嫌がっている様だが、それらしい抵抗もないあたり、そこまで嫌がっている様子ではない様だ。

 

 

 

(ま、まさか……この二人は………)

 

(本当にいたんだ……女の子同士で……)

 

 

 

一夏は若干引き気味に、簪は顔を真っ赤にしてそれぞれの感想を心の中にとどめておく。

 

 

 

 

「と、こんなことしてる場合じゃなかったんだった……ほら、さっさと剣を抜けよ、織斑」

 

「っ……」

 

 

 

ダリルの目つきが変わった。

そして、手には双刃剣《黒への導き(エスコート・ブラック)》が握られていた。

どうやら、向こうもやる気充分といった感じだ。

 

 

 

「了解……織斑 一夏、全力で相手させていただきます……っ!」

 

 

 

ゆっくりと、だが、自他共に身が引き締まるかの様に、ゆっくりと刀を抜刀する。

シャラン……と鞘から抜き放った刀身は純白。

降り注ぐ太陽の光を跳ね返し、《雪華楼》はここに顕現した。

 

 

 

 

「じゃあ、私たちも行くっスかねー」

 

「よろしくお願いします」

 

 

両手を伸ばし、周囲に氷を生成するフォルテ。

やがてそれが盾のように形を作る。

対して、簪も両手の銃砲の安全ロックを解除。

いつでもフルブラストできる準備は万全だ。

 

 

 

5……4……3……2……1……

 

 

 

 

タイミングを見計らったように、カウントダウンが始まる。

そして…………

 

 

 

ーーーーBattle Stert!!!!

 

 

 

双方共に動き出す。

一夏とダリルの剣がぶつかり、火花を散らし……簪の銃撃と、フォルテの氷が舞い散る。

ここに戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。

 

 

 

 






次回はダリル、フォルテ VS 一夏、簪のペア。

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)




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第81話 《剣舞》

今年最後の投稿ですね(⌒▽⌒)

来年も何卒、よろしくお願いします(⌒▽⌒)




「うらあぁぁぁッ!!!!!」

 

「はああぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

双刃剣と日本刀がぶつかり合う。

試合開始早々、《瞬時加速》で肉薄し、互いに渾身の一撃を放つダリルと一夏。

黒刃の《エスコート・ブラック》と白刃の《雪華楼》がせめぎ合い、鋼独特のキリキリと言った削るような音が鳴り、また刃と刃が当たっている部分からは、チリチリと火花が出ている。

 

 

 

「へっ! やるじゃねーの。さすが、織斑の名は伊達じゃねぇってか?」

 

「俺じゃあ、千冬姉の足元にも及びませんけど、ねっ!」

 

「おっと!」

 

 

そう言いながらも、一夏は果敢にダリルを攻め立てる。

今はなんとか防ぎつつあるダリルだが、その額には冷や汗が流れていた。

 

 

 

(なにが「足元にも及びません」だよ…………お前で届かなかったら、他の人間は誰も到達出来ねぇっての………っ!)

 

 

 

おそらく一夏の言葉は、謙虚さを含んだ気持ちから出てきたものだろう……。

だが、ダリルからしてみれば、少し嫌味に聞こえる……。なぜなら、もうすでに、ダリルの太刀筋に対応し始めていたからだ。

 

 

 

「ちっ! この……っ!」

 

「っ!」

 

 

 

上段から振り下ろした双刃剣を、一夏はまるでスケートをしているのかと思わせるように滑って躱し、続いて横薙ぎに払った剣撃を《雪華楼》で受けて後ろへと後退する。

 

 

 

「やろうっーーーー!」

 

 

 

《ヘルハウンド》と言う名の通り、両肩に装備された猟犬の顔……強いては口から、火炎が発生。

それを球体状に生成すると、一気に射出する。

 

 

 

「射撃武器も兼ねてるのか……っ!」

 

「だけじゃねぇーぜ!」

 

「っ!」

 

 

 

火炎が双刃剣に纏わりつくように動く。

やがて、双刃剣の刃は、熱を持ったかのように紅く輝いた。

 

 

「《地獄への導き(ゴー・ザ・ヘル)》ッ!!!!」

 

 

 

再び一夏に肉薄し、双刃剣を振るう。

それを体を捻って躱す一夏だが、すぐにその効力を体感した。

 

 

「熱っつっ!?」

 

「剣撃は防げても、熱までは防げねぇだろっ!」

 

「くっ!」

 

 

剣が接近するたびに、高温の熱が噴き出てくる。

これは中々対処が難しい。

打ち合えば勝機を見出せるだろうが、今接近すれば、熱で一気にやられる。

 

 

「そらそらそらっ!」

 

「チィッ!」

 

 

 

 

攻勢から一転、攻撃を躱し、避ける一夏。

だがその瞳には、まだ光が宿っていた……。

 

 

 

 

 

「おーおー、向こうも盛り上がってるっスね〜」

 

「もう少し、やる気を出してください……!」

 

「いやいや、これでも超〜やる気っスから」

 

 

 

一方、こちらでは、激しい遠距離戦が繰り広げられていた。

両手に展開済みの銃砲を撃ち出す簪と、機体の特殊能力、氷を生成し、盾やランスなどを形作って、攻防バランスよく戦うフォルテ。

簪の《桜星》から、緑色のビームか撃たれると、決まってフォルテが氷壁を作り、これを凌ぐ。

逆にフォルテがランスを撃ち出せば、今度は簪が《流星》を放ち、拡散した散弾が、ランスを粉々に吹き飛ばす。

 

 

 

「いやあ〜、そんな装備作るとか、日本人パナいっスね……!」

 

「それを言うなら、先輩の機体も同じ……。氷を生成するなんて発想、一度はするかもしれないけど、それを実行するのは、大概すごいと思います……」

 

「ですよネー♪ まぁ、わたしもこの機体は気に入ってるんスけど……」

 

 

 

そんな日常会話をしている最中でも、しっかりと狙い撃つ二人。

両銃のトリガーを引き、《山嵐》が射出される。

フォルテは一度降下していき、ミサイルからの追撃を防ぐため、地面すれすれを飛行する。

何発かのミサイルは、地面に接触して爆破したが、まだまだ追尾してくるものがある。

 

 

 

「そんな時には、これっス‼︎」

 

 

 

地面に手を触れ、立ち止まったフォルテ。

次の瞬間、地面から氷の柱が現れ、強固な壁として形を成した。

《山嵐》はそんな氷壁に向かって飛翔し、やがて爆発。

爆煙が晴れた瞬間、そこには、多少の傷はついていたものの、未だに健在している氷壁と、ニヤリと笑い、簪を見上げるフォルテの姿が……。

 

 

 

「どうっスか? すごいでしょう〜、すごいっしょ?」

 

「確かに凄いです……でもーーーー」

 

「ん?」

 

 

 

 

簪が一旦距離を置いた。

何をするつもりなのかと、首をひねるフォルテ。

だが次の瞬間、その行為の理由がわかった。

 

 

 

「ーーーーこれなら……ッ!!!!!」

 

 

簪は両銃……《桜星》と《流星》を連結させ、《桜星》の銃口をフォルテに向けた。

 

 

「なっ?!」

 

「《桜閃火》ッ!!!!!」

 

 

 

トリガーが引かれた。

そしてその銃口から、桜色をした高エネルギーを収束したビーム砲が放たれた。

 

 

 

「のわあっ!?」

 

 

 

そのビームは、氷壁を簡単に貫き、フォルテの立っていた地面に容赦なく降り落ちた。

着弾と同時に爆発が起こり、その衝撃でフォルテは吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

「あったたた…………って! なんなんすか、それ!!?」

 

「これがこの装備の本来の使い方」

 

「そ、そんな威力、反則っスよ‼︎」

 

 

 

あくまで冷静に淡々と告げる簪に、フォルテは若干驚きつつも、すぐに態勢を立て直す。

簪も、連結していた《桜星》と《流星》を分離して、元のバトルスタイルに戻す。

エネルギーパックを使い果たしたのか、パックの一つをパージして、廃棄する。

 

 

「まだまだ、これから……っ!」

 

 

 

再び銃撃を用いて、フォルテに迫る簪。

そんな簪に対して、変に恐怖心を持ってしまったフォルテは、なくなく逃げ回るしかなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃあっ!」

 

「っーーーー!!!!」

 

 

 

攻撃を躱し続けることしかしていない一夏。

その原因は、ダリルの持つ双刃剣が、超高温の熱を発しているためにある。

近づけば、灼熱の息吹をその身に浴びてしまうのだ。

人間が、本能的に危険だとわかると、条件反射で近づきにくくなるのを逆手にとっているのだ。

だが、ダリルは再び、変な不快感に襲われる。

 

 

 

(こいつ、動きが変わった……っ!?)

 

 

 

灼熱の息吹を浴びながらも、引くことをしない。

本能的に危機を察知した瞬間、人は体が力み、あるいは逃げの態勢に入る。

だが、目の前にいる少年からは、そんな物を一切感じない。

ただ伝わってくるのは、今から自分を確実に斬り捨てると言わんばかりの闘気だけ。

 

 

 

「くそっ!」

 

「っ!」

 

 

 

焦ったのか、ダリルが大振りに振り下ろしたので一撃を、一夏は見逃さなかった。

鞘に納め、高速で抜刀。

振り下ろした剣めがけて一直線に刀を振るう。

 

 

 

「《剣殺交叉》ッ!」

 

 

 

パキンッ、と、鋼が弾けたような音が鳴り響いた。

よく見れば、双刃剣の片割れが、ポッキリと刀身の中間から折れていたのだ。

 

 

「なっ?! 武器破壊……だとっ?!」

 

 

抜刀術スキル《剣殺交叉》。

相手の動きに合わせ、流れを読み取り、武器のみを破壊する抜刀術。

折れた刀身は頭上を飛び越え、綺麗な放物線を描いて、地面に突き刺さった。

折られたダリルは一夏から一旦距離を置くと、火炎球を生成して、それを一夏に向けて発砲した。

だが、一夏はその火炎球を容易に斬り裂いていく。

炎の球が、《雪華楼》の刀身によって裂かれていき、やがて虚空へと自然消滅する。

 

 

 

「ちっ、くしょう……っ!」

 

「すみません、先輩……やるからには、勝たせてもらいます!」

 

「あんまり調子に乗ってっと、痛い目みるぜッ!」

 

 

ダリルは双刃剣を持ち直し、一夏に徹底的なまでに接近戦を仕掛けるつもりらしい。

力任せではあるが、鋭く放たれる剣戟を、一夏も返していく。

攻撃を捌いて、逆に急所へと斬撃を鋭く放つ。

辛うじてそれを防ぐダリルではあったが、それでも、再び防戦一方に陥る。

剣一本、あとは火炎球で一夏を牽制するが、すでに対応しきっている一夏には、足止めにもならない。

離したと思いきや、いつの間にか間合いに侵略されているのだ……。

三次元的な動きで、まるで、空中に足場でもあるのかと思わせるほどに、次の行動が途轍もなく速い。

 

 

 

「《リボルバーイグニッション》かっ!?」

 

 

 

その動きには無駄がなく、高速でダリルの周囲を飛んでいる。

 

 

 

「なんだよこの精度……! こんなの、代表候補以上だろ……!」

 

 

 

ダリルの動揺を突くかの様に、一夏は怒涛の攻めでダリルを斬り刻む。

加えて、その力量に驚くばかりだ。

 

 

「ちょこまかとっ!」

 

 

 

背後から迫る一夏の斬撃に対して、双刃剣を振り向きざまに一閃。

再び激しい鍔迫り合いになる。

双刃剣には、先ほどの熱はこもっておらず、普通の刃に戻っていた。

特殊攻撃というリードをなくし、正真正銘の真っ向勝負だ。

ダリルは一夏を一旦突き放して、再び肉薄し、右薙に一閃。だが、一夏はそれをしゃがむことで躱し、続いてくる左薙の一閃を刀で受け切った。

その衝撃で、後ろに後退した一夏に対し、ダリルは再び渾身の一撃を放つ。

 

 

 

「でえぇぇいっ!!!!!」

 

「っーーーー!!!!」

 

 

 

上段からの袈裟斬り。

しかし、その一撃を振り下ろす瞬間、一夏の姿が消えた。

そして、一夏はいつの間にか、ダリルの頭上を飛んでいたことにレーダーが反応した。

 

 

「うっ!?」

 

「《龍槌閃》っ!」

 

 

ライトエフェクトが輝く。

そして、その一撃をもってして、ダリルの専用機である《ヘルハウンド》の両腕を斬り落としたのだ。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 

装甲を斬り裂かれたことにより、これ以上の接近戦が出来なくなったダリルは、一度態勢を立て直そうとするが、それよりも早く、一夏の《雪華楼》が喉元に迫っていた。

 

 

 

「うっ……!?」

 

「これで終わりです……ダリル先輩」

 

「ちぃっ、わかったよ……降参する。リザインだ」

 

 

 

 

ダリルのリタイア宣言が出たため、二人の試合はその場で終了。

それに驚いて、フォルテの動きも一瞬止まってしまった。

 

 

 

「なっ!? ダリル先輩、やられちゃったんスかっ!?」

 

「先輩も、よそ見はダメ……!」

 

「あ、やべっ……!」

 

 

 

とっさに氷の盾を生成したが、もう遅い。

簪は、再び両銃を連結させる。

今度は《桜星》ではなく、《流星》の銃口を向けて……。

 

 

 

「《爆流破》っ!!!!」

 

 

 

銃口が《流星》のもので、連結させることで、より威力の高い攻撃を放てる。

ガンランチャーとしての能力。

拡散弾による広域銃撃。

それを連結によって、《桜閃火》の様に破壊力が増している。

申し訳程度に展開した氷の盾を撃ち抜くなど、容易にできた。

 

 

 

「うわあぁぁっ!?」

 

「フォルテ!」

 

「うわぁー……簪、ほんと手加減なしだな」

 

 

 

いくつも張られた盾は、《爆流破》の対装甲貫通弾によって撃ち抜かれて、本体であるフォルテ本人にまで及んだ。

とっさに身を固めて、防御に入ったフォルテだったが、凄まじい攻撃に、ISのシールドエネルギーが急激に減っていって、たった一度の攻撃だけで、《コールド・ブラッド》のシールドエネルギーは尽きてしまった。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 織斑 一夏、更識 簪』

 

 

 

アリーナに、二人の勝利を知らせるアナウンスが流れた。

拍手喝采のアリーナ内で、ダリルは、急いでフォルテの元へと向かった。

 

 

「おい、フォルテ……いつまで寝てんだよ」

 

「あうう……」

 

「全く……だらしねぇーな……」

 

 

 

ダリルはアリーナの地面でのびているフォルテの元へと行くと、フォルテをお姫様抱っこの状態で持ち上げた。

その動作には一切の無駄がなく、凄く慣れている感じが見受けられた。

 

 

「今回は負けたが、次があったら絶っ対ぇ勝つからな……っ!」

 

「はい! またやりましょう……でも、次に勝つのも、俺たちですけどね」

 

「はっ、いいやがる……」

 

 

その後、フォルテを抱えたダリルは、専用入り口の方から場内を出ていき、一夏たちも、カタパルトデッキへと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……簪ちゃんも、中々クセの強い物を使うわねぇ〜」

 

「あんな砲撃を食らったら、誰だってフォルテ先輩の様になりますよ……」

 

「そうよねぇ〜……。でも、あれが本気、ってわけでもなさそうだし」

 

「っ!? まだ隠し玉があると?」

 

 

 

 

アリーナ控え室で試合を見ていた刀奈と箒の二人。

気になっている一夏・簪ペアの試合を見て、様々な試行錯誤を考えていた。

 

 

 

「一夏は相変わらずとして、簪の砲撃用の追加装備をどうにかしないと……」

 

「まぁ、それは私の方でなんとかするし、別段簪ちゃんの攻撃は、セシリアちゃんやラウラちゃんのような、特殊武装を積んでいるわけでもないしね」

 

 

そう、簪の装備で脅威的なのは、その威力と汎用性の高さ。

《蒼覇》は言ってしまえば、超高火力のスナイパーライフルと同じだ。

それならば、

どうしても射撃の死角を突くことも出来るし、あれだけの高火力ならば、それ相応のインターバルを必要とするはず……。

 

 

 

「さっきの《双星》もそう……。あれは両銃を連結させることで、その威力が格段に上がるうえに、両銃の攻撃方法と同様に、高火力のビーム火線砲と、対装甲拡散弾とを放てる……。

けれど、簪ちゃんはあの連結状態の砲撃を、連続では撃ってないじゃない?」

 

「あっ……!」

 

「つまり、それだけエネルギーの消費も問題ではあるけど、装備そのものも、一度クールダウンさせないといけないんじゃないかしら……?」

 

「確かに……! さっきの試合でも、連結させたのは二回……それならば……!」

 

「ええ、そこを突けば、勝利は見えてくる……でも、当然簪ちゃんも、その事は考えているでしょうから、なんとも言えないけどね」

 

「そうですね……今のところは、一夏をどう対処するのか……それと、簪の新装備にどこまで柔軟に対応できるかが肝心ですね」

 

「うん、そういう事♪ で・も、今は私たちも、目の前の試合に集中しないとね」

 

「そうですね……ここへ来て、さらに手強い相手に当たってしまいましたからね……!」

 

 

 

 

箒の言葉とともに、刀奈と二人して対戦表に視線を移す。

刀奈と箒の名前が載っているプレートの光が、トーナメント表の線を灯していた。

そして、次に相対するペアは…………

 

 

 

 

「和人さんと、ラウラ……!」

 

「ふふっ……楽しくなってきたじゃない……っ!」

 

 

 

ようやく、同学年での専用機持ちたちによる戦闘が開始されることになった。

相手は《ブラッキー》と、『黒うさぎ部隊隊長』。

どちらも黒の機体を有する、和人とラウラのコンビだ。

ここまで、接近戦で圧倒する和人と、オールラウンダーのラウラによるコンビネーションは、うまく噛みあっていたと言えるだろう。

現役軍人のラウラのIS操縦技術は、他の専用機持ちの中でも、高い方だと言える。

以前はセシリア、鈴の二人を相手に圧倒していた。

軍での教練が、凄まじいものだったというのがうかがえる。

そして、ペアとなる和人に至っては、SAOをクリアに導いた『黒の剣士』。

その剣技自体も、刀奈を始め、一夏や最近VRMMOを始めた箒たちですら認めている腕前。

武装全てが剣と、完全にピーキーな機体ではあるが、それでも脅威的な事に違いはない。

 

 

 

 

「キリトは私が相手をするわ。箒ちゃんはラウラちゃんの相手をよろしくね」

 

「は、はい。でも、和人さん相手に、槍では分が悪くありませんか?」

 

「うーん……まぁ、そうね。根本的に、槍の方がリーチはあるから、なにかと有利な点ではあるけど……キリトに対しては、あまり関係ないもんねぇー」

 

「では、どうするんですか?」

 

「…………あれを使おうかな」

 

「……あの新装備を、ですか」

 

「うん。キリトだって、あれだけ接近戦仕様にしたんだもん……私もそれくらいしないと、こっちとしては不本意だし。

まぁ、私は負けるつもりないし、そもそも、これはALOのデュエルじゃない…………策略、戦略、駆け引き、フェイント……あらゆる可能性を使ってでも勝ちに行くIS戦なんだから……。

チナツにも、キリトにも、生徒会長である私が負けるわけにはいかないわ……!」

 

「…………相変わらず、怖い人だ」

 

「ん〜? 箒ちゃん、何か言ったぁ〜?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 

そうだ……向こうも向こうだが、こちらとて引けを取らない。

和人と同じSAOを生き抜き、同等の力を得ている刀奈がいる。

そして、武においては、引けを取らない気位はある箒。

一夏は…………同じ第四世代型のIS《白式》を扱い、圧倒的な強さを見せている。

同じ第四世代を駆る自分が、負けるわけにはいかない……!

 

 

 

 

「ふふっ……やる気充分ってかんじね?」

 

「ええ……私だって、第四世代に乗っているんです。一夏に負けるわけにはいきません」

 

「チナツは……強いわよ?」

 

「知っています。認めているつもりでしたけど、改めて、思い知りました……。

あいつの強さを……あいつの、凄まじさを。どうすれば、あそこまでの強さを得るのか、私にはわかりませんが……私は、私なりの方法で、あいつと対等の強さを……自分の強さを見つけようと思います!」

 

「……うん! そうだね……その通り! じゃあ、まずはこの試合に勝たないとね!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

気合十分。

刀奈は鉄扇を取り出し、箒は左手のブレスレットを突き出す。

 

 

 

「来い! 紅椿!」

 

「行くわよ、ミステリアス・レイディ!」

 

 

二人を眩い光が包み込む。

再び、ここに紅き武者と、霧纏の淑女が顕現する。

カタパルトデッキから勢いよく飛び出した二人は、一気に加速してアリーナの中央へ。

そこで、今現れようとしている対戦相手を待っている。

 

 

「行くぞ、月光!」

 

「敵を葬る……っ!」

 

 

 

対角線上にあるアリーナのカタパルトデッキの方から、黒い機体が二機……こちらにやってきた。

和人の駆る近接戦闘特化型の機体《月光》と、ラウラの駆る全距離対応型の第三世代の機体《シュヴァルツェア・レーゲン》。

どちらも真っ黒な機体であり、鈴・セシリアのペアと同様に、はっきりと戦術パターンが分かれている。

接近戦による剣戟の間合いは和人が行ない、空間把握に長け、精密射撃と支援対応、近接戦までこなすオールラウンダーのラウラ。

いま二機が、刀奈と箒の前に立った。

 

 

 

「待ちに待った…って感じだな」

 

「ええ……いずれはこうなると思ってたけど、まさか早い段階で当たるなんてね」

 

 

 

和人と刀奈……ともにSAO……《アインクラッド》と言う極刑城から生き延び、生還した伝説の英雄たち。

デスゲームと化したSAOをクリアに導き、約六千人のプレイヤーの命を救った、《黒の剣士》。

《抜刀斎》という忌み名を持つ一夏の伴侶として支え続け、同時に《血盟騎士団》の副団長として、隠密部隊の筆頭としてまとめ上げた《二槍流》。

ともにその身に……自分の分身たるアバターに宿した《ユニークスキル》という名のチート性の高いスキルを、あの男から委ねられた二人。

今のいままで、戦うことをしてこなかった二人だが、今この状況は、絶好の機会と言えるだろう。

 

 

 

 

「ねぇ、キリト」

 

「なんだ?」

 

「どっちが強いのか……今ここではっきりとさせておかない?」

 

「……唐突だなぁ」

 

「まぁ、ここはALOじゃないし、なんでも使っていいIS戦だから、私の方に分があるのは仕方ないけど」

 

「おいおい……俺だって、ここ最近は特訓に特訓を重ねて、少しは戦えるようにはなったんだぜ?

いつでもカタナが生徒会長をやってられるとは限らないぞ?」

 

「あらぁ? 言うじゃない……なら、その言葉が真か否か、確かめさせてもらうわね……」

 

 

 

 

刀奈の両手に、《龍牙》と《煌焔》……二つ槍が現れる。

それをまるで手足のように、なんの滞りもなくスムーズに、そして素早く回し始める。

 

 

 

「更識17代目当主 更識 楯無! 推して参ります!」

 

「オッケー、なら、俺も全力で行くぜ!」

 

 

刀奈が二槍の矛先を和人に向けるようにして構える。

対して和人も、背中に装備されている二本の直剣を抜剣し、中腰に構える。

 

 

 

「では、私の相手は貴様と言う事だな」

 

「ああ……全力で行く」

 

「ふっ……いい顔つきだな。あの時とは違うようだ」

 

 

 

 

ラウラの言っているあの時……それはおそらく、臨海学校の時の事だろう。改めて、自分の力の無さを知ったあの時……初めて、戦いの恐怖を知ったあの時……そして、力を持つという事の重さや覚悟を知ったあの時。

あれからずっと、箒とて鍛練を続けて来た。

一夏に追いつくために、もう一度、自分と向き合って、そして……《篠ノ之流剣舞》の使用を決断したのだから……。

 

 

 

 

「《篠ノ之流剣舞》門下 篠ノ之 箒。いざ、参る!」

 

「いいだろう。《シュバルツェア・レーゲン》と、『黒うさぎ部隊隊長』の私の実力……その身にとくと味あわせてやる!」

 

 

 

両者、気合十分。

箒もゆっくりと、両手に刀を握りしめ、両刀の切っ先をラウラに向ける。

ラウラも今回は箒との真っ向勝負を挑むつもりなのか、プラズマ手刀を展開し、軍隊式格闘術の構えをとる。

 

 

 

5……4……3……2……

 

 

 

まるで、タイミングを見計らったかのように、カウントダウンが開始される。

会場全体に、緊張が走る。

 

 

 

1……Battle Startーーーー!!!!

 

 

 

「「「「っーーーー!!!!」」」」

 

 

 

四人が一斉に動き出す。

全員が完全に近接戦に持ち込むつもりらしい。

刀奈の二槍が、和人の双剣が、箒の二刀が、ラウラの両刀が鋭く放たれる。

 

 

 

 

「はあああッ!」

 

「くっ!」

 

 

 

二槍と双剣。

どちらも両手に武器を持ち、絶え間なく繰り出される刀槍剣戟。

だが、元々リーチが長い分、刀奈の方が間合いを制するのに分があると見える。

本来ならば、長槍を片手で操るという事が、どれだけ難しい事なのか……簡単に想像できるだろう。

しかしそれをやってのけているのだ……目の前の少女は。

鋭い刺突が放たれたかと思いきや、もう一本の槍で上段からの斬りおろし。

それを躱しても、今度は真横から槍の矛先が迫る。

それを身を屈める事で躱すも、今度は同じ軌道で、二本目の槍の矛先が和人に迫る。

これを躱せるか否か……とっさに体の上体だけを後ろに逸らして、迫り来る矛先を薄皮一枚のところで躱す。

だがそんな和人の眼の前で、刀奈の《龍牙》が、和人の前髪を少しばかり斬り裂いた瞬間を目撃する。

 

 

 

「あっぶねぇ……っ!」

 

「惜っしいぃ〜!」

 

「何がだよっ!? そのまま行ってたら首飛んでだぞっ!?」

 

 

今のは完全に獲りに来ている一撃だった。

いや、今もなお続いている。

接近して、間合いに入り込めばこちらが優勢。

間合いに入り込まれた槍は、防戦しかできないのだから。

しかし、それをさせないのが刀奈であり、刀奈が会得した《二槍流》というスキルのいやらしいところでもある。

まるで槍が生き物のように…………いや、どちらかというと、刀奈の手の一部であるかの様に扱う為、スキらしいスキが見つからない。

だが、ここで引くのは性分じゃない。

和人は武器を変え、《エリュシデータ》をしまうと、増設ブースターに装備されていた《ブラックプレート》を抜き放ち、思いっきり斬りかかる。

 

 

 

「せやあぁぁッ!」

 

「それは流石に無理かな、っと!」

 

 

 

一応ではあるが、片手剣のカテゴリーに入っている《ブラックプレート》。

本来なら、両手剣として扱われてもおかしくはないだろうその剣を、和人は何ら変わらない速度と正確さで放ってくる。

刀奈も二槍をうまく利用して受け流すが、それでも、一撃一撃の重さが段違いな為、すべてを弾き返す事が難しい様だ。

 

 

 

「このまま押し切る!」

 

「まだまだッ!」

 

 

 

二槍と双剣がぶつかり合う。

その瞬間、とてつもない光が煌めいた。

 

 

 

 

 

「どうした! 貴様の《剣舞》とやらの実力はその程度かっ!」

 

「なんのっ! これからだ!」

 

 

 

 

 

刀奈と和人が鍔ぜり合ってる最中、また別のところでは、ラウラと箒の二人による、激しい斬り合いが行われていた。

《篠ノ之流剣舞》という未知の剣術を前にして、最初は戸惑っていたラウラであったが、未だに皆伝まで行っていない箒の《剣舞》では、すぐに対応し始めていた。

だが、それでもまだ、ラウラの方も箒を攻めに攻めあぐねている様子だった。

 

 

 

 

(チッ、型にはまってないからこそ、動きが読みづらい……っ!)

 

 

 

 

そう……箒の《剣舞》は、剣術としての型はほぼほぼない。

全てが舞の型。

つまり、踊り……舞踊なのだ。

それを剣技として昇華させることによって、剣戟を放つ事ができる。

実際、ラウラの正統派格闘術の攻撃を、緩やかな動きで躱し、時に素早く剣戟を放つ。

縦横無尽……自由自在……その動き、まるで水流の如し。

 

 

 

「くっ、この……っ!」

 

「ふっ……!」

 

 

 

ラウラの手刀が箒の体を貫こうと繰り出されるが、箒はとっさに左足を引き、体をずらす。

《空裂》の刃をプラズマ部分に当てると、円軌道を描いて、攻撃を躱す。

続いて放たれた攻撃もまた、《雨月》を横薙に振るい、攻撃の軌道をずらす。

必然的に、攻撃は箒の体には当たらず、ずっと躱され続ける。

 

 

「チッ!」

 

「篠ノ之流剣舞《流水の舞》……!」

 

「なんだ、この剣技はっ!?」

 

 

 

真っ向からの斬り合いだけでは、攻めきれないと判断したのか、ラウラはワイヤーブレードを射出し、箒の四方から責める。

だが、それですらも、直撃はない。

防御をしていたかと思うと、いつの間にか間合いに入って、攻撃に転じてくる。

間合いを詰めた状態からならば、リーチの長い刀よりも、ナイフなどの小回りのきく武器が有効だ。

しかし、箒はそれを刀の柄頭や、リーチの短い《空裂》でラウラからの攻撃に対応し、《雨月》で斬りつけてくる。

何物も拒まず、すべてを柔らかく包み、あるいは流し……時にその身を刃に変えて、あらゆる物を斬り裂き、打ち砕き、沈める。

水とはどんな物よりも柔らかいものだ……しかし、時には頑丈な岩ですらも容易に打ち崩す。

流水……穏やかなもの、激しいもの。場所によって、条件によって様々に変わる水の流れ。

それはつまり、あらゆるものに変わる千変万化の舞。

 

 

 

「篠ノ之流剣舞 《流水・龍刃の舞》ッ!!!!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

怒涛の如く放たれた剣舞の斬撃。

進化した箒の剣技を、ラウラはその身に体感する事になったのだった……。

 

 

 




ええ、前書きでもかきましたが、これが今年最後の投稿です。
来年からも、この調子でゆったりとした投稿になると思いますが、皆さん! 新年もよろしくお願いします\(^o^)/
皆さんも、良いお年をo(^▽^)o


感想よろしくお願いします!



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第82話 刀槍剣戟


ようやく更新できたぜ。

最近仕事も忙しく、ネタもパッとは思いつかずで長引いてしまいました。




ラウラの身を斬り刻まんとする斬撃。

とっさにAICを発動させようとするも、コンマ何秒か遅れてしまい、数撃食らってしまった。

篠ノ之流剣舞《流水・龍刃の舞》。

それが箒の放った剣技……いや、剣舞の技だ。

流れるように放たれた剣戟は、まるで昇り龍のように高く舞い上がり、そして、龍の牙によって噛み砕かんとするかのように、二刀が挟むように左右から迫ってくる。

今更AICは間に合わない……ならば……

 

 

 

「なんのッ!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

突如、箒の視界からラウラが消えた。

いや、正確には消えているわけではないが、急速な方向転換によって、箒の視界から外れたのだ。

よく見ると、ワイヤーブレードを地面に突き刺しおり、おそらくはそれを巻き戻す事によって、無理矢理方向転換を行ったのだろう。

 

 

 

「ちっ……! 仕留め損ねたか……!」

 

「ふんっ……私を舐めてもらっては困るな。あの程度、師匠の斬撃に比べれば、他愛ないものだ」

 

「くっ……やはり、まだ私は未熟ということか……」

 

 

 

現に、ラウラは未だに左眼の眼帯を外してはいない。

ラウラの左眼には、《ヴォーダン・オージェ》という特殊な眼がある。

それはいわば、ISの高感度ハイパーセンサーと同等の能力を持つ眼だ。

しかしその能力ゆえに、長時間の使用ができないため、普段は眼帯で覆っている。

だが、ラウラは一度、一夏に対してこの眼の封印を解いた。

一夏の剣速にも対応し、応戦したほどの能力。

最終的には、《九頭龍閃》という破格の技の前に敗れはしたが、それでも、今の箒には、中々に手強い能力。

それを、ラウラはまだ解放していない……となれば……

 

 

 

「ではその眼、解放せざるをえない状況に持ち込むまでっ!」

 

「やれるものならなっ!」

 

 

 

再び接近する二人。

二刀を振るう箒と、今度はワイヤーブレードやリボルバーキャノンを作動させるラウラ。

 

 

「篠ノ之流剣舞《朧蓮華の舞》ッ!」

 

 

左の《空裂》を逆手に持つと、そのままラウラに対して斬りかかる。

それを容易に躱すラウラだが、その次には《雨月》の刃が迫ってきている。

それに多少は驚いたが、プラズマ手刀を滑らせて、自身の体も回転させる事で難を逃れた。

すぐさまリボルバーキャノンの照準を箒に合わせ、なんの迷いもなく撃ち放つ。

ドンッ! という低く鈍い音が響き、砲弾は一直線に箒の元へと飛んで行った。

しかし、箒にその砲弾が当たることはなく、寸でのところで箒が躱した。

 

 

 

「チッ!」

 

「篠ノ之流剣舞《百花繚乱》ッ!!!!!」

 

 

 

砲弾を躱した箒は《瞬時加速》を使って、一気にラウラへと肉薄する。

そして、両手の二刀から放たれる十連撃技を叩き込む。

しかし……

 

 

 

「舐めるなぁぁぁッ!」

 

「うっ!?」

 

 

 

突き出されたラウラの右手。

そこから発せられる見えない壁のような物。

慣性停止結界……アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。通称AIC。

空間を揺らぐ波動のような物によって、体の動きすらも完全にせき止められる。

いかに第四世代の紅椿を持ってしても、この停止結界から逃れるのは至難を極めるだろう。

 

 

 

「ふっ……チェックメイトだ……っ!」

 

「くっ、そお……!」

 

「これで!」

 

 

 

動けなくなった箒へと、リボルバーキャノンの砲口が向けられた。

ニヤリと笑うラウラの表情。

しかし、そんなラウラのところへと、ガトリングガンの弾雨が降り注ぐ。

 

 

 

「チィッ!? 更識 楯無……っ!」

 

「ご名〜答ぉ〜!」

 

 

 

とっさに回避行動をとった為、箒を捕縛していたAICを解除してしまったラウラ。

奥歯を噛み締め、銃弾を撃ってきた刀奈を睨む。

その手には、《ミステリアス・レイディ》の本来の武装、ランス型の槍《蒼流旋》が握られていた。

四門のガトリングガンを搭載した、高周波振動の水を螺旋状に纏っている姿は、霧纏という名にふさわしい装いだ。

 

 

 

「くそ、和人は防ぎきれなかったか……!」

 

「悪いラウラ……抜けられちまった」

 

「いや、それは構わない。しかし、箒を仕留めるチャンスを逃してしまった……」

 

 

 

ラウラと隣に降り立った和人。

刀奈を抜かせてしまったが為に、ラウラの交戦の邪魔に入られてしまった。

ラウラからは気にするなと言われても、やはり少し悔しいのか、双剣を握る両手に力が込められる。

 

 

 

「危なかったわね、箒ちゃん」

 

「はい、すみません……助かりました」

 

「いいのいいの。それより、どう? 剣舞はなんとか使えそう?」

「そうですね……まだ、少しずれがあるように感じます。もともと鍛練をしていたとはいえ、いきなりISでの空中戦闘だったので……」

 

「でもまぁ、ラウラちゃんの方も、まだあなたの剣舞の動きに対応は仕切れてないと思うのよね……だから、あの瞬間にAICを使ったわけだし……」

 

「はい……まだいけます。ラウラの相手は、私にやらせてください……っ!」

 

「……オッケー。頼んだわよ……!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

再び、刀奈が和人に……箒がラウラに迫る。

 

 

 

「そう何度もっ!」

 

「押し通るっ!」

 

 

 

ワイヤーブレード、リボルバーキャノンで応戦するラウラ。

だが、箒の操作技術は、ラウラが思っているよりもはるかに高かった。

弾道予測からの進路変更、ワイヤーブレードの対処、砲弾の対応。

砲撃が来るならば、《空裂》の斬撃波を放って撃墜し、ワイヤーブレードは最小限の動きで躱していく。

 

 

 

「なにっ?!」

 

「ここからは、私の距離だっ!」

 

「チィッ!」

 

 

一気に肉薄する箒。

ラウラもとっさにプラズマ手刀を展開し、放たれた斬撃を受ける。

刃と刃がぶつかった瞬間、閃光が激しくスパークする。

その一方、もう一組のバトルも、激戦の模様だった。

 

 

 

「せぇええやあっ!!!!」

 

「はあぁぁああっ!!!!!」

 

 

 

紅い二槍が唸る。

的確に刺し穿つように出された刺突を、和人は双剣もってして弾き返す。

だが、弾いても弾いても槍の矛先は和人の急所を狙ってくる。

単純はスピードでは、和人の方に分があるが、こと間合いの制圧に至っては、刀奈の方が一枚上手だ。

 

 

 

(よくもまぁ、あんな長い槍を両手で器用に扱うなぁ……)

 

 

 

まるで自分の手足のように槍を振るう刀奈。

槍と一体化しているような……人馬一体……いや、この場合だと、人槍一体と言えばいいのだろうか。

 

 

 

(間合いを詰めて、槍じゃ届かないところへーーーーッ!)

 

 

 

古来より、槍の長さは恐怖を感じさせないと言われている。

いかに戦闘経験がない素人でも、相手が剣を持った武者であろうと容易く倒せるそうだ……。

だが、ゆえに弱点がある。

槍の真骨頂はその間合いの長さ。

剣では届かないリーチで、相手よりも早く攻撃を当てることが出来るのだが、逆にその間合いに入り込んでしまえば、無防備な状態に出来る。

それこそが、和人にとっての勝機……。

しかし……

 

 

 

「って! 付け入るスキ全然無ぇじゃん!!!!」

 

 

和人の攻撃に合わせて、刀奈の槍の矛先が刃を弾く。

まるで剣の軌道に合わせて滑っているかのように、剣撃そのものを流される。

そして、逆にこちらには刺突が迫る。

それを躱して、どう攻めようかと悩んでいると、刀奈は右手の《龍牙》を長めに持つ。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

地面を抉りながら、横薙ぎに一閃する。

足元を掠め取るように放たれた斬撃を、和人と咄嗟に飛んで躱し、体を捻りながら、着地する。

 

 

 

「どうしたの? 攻めが甘いんじゃない?」

 

「じゃあもうちょっと手加減してくれないか?」

 

「それはダメ♪」

 

「ですよねぇ〜……」

 

 

 

見るからに楽しそうに槍を振るっている。

完全にドSモードへ変身している証拠だ……攻め手を緩めれば、二槍の攻撃を許すし、攻めればより二槍の攻撃を食らう。

付かず離れずの状態で戦う様は、シャルが得意としている《ミラージュ・デ・デザート》のようだ。

 

 

 

(なら、この状況ごとブレイクできればーーーーッ!)

 

 

 

和人は双剣を手放した。

その行為に、刀奈は一瞬驚いたが、攻撃の手を止めることはなかった。

突き出された《龍牙》による刺突。

だが、その《龍牙》が思いっきり弾かれた。

 

 

 

「うっ!?」

 

「せぇええやあ!!!!」

 

「おっと!」

 

 

 

双剣の代わりに、大剣《ブラックプレート》を取り出し、それを今までと同様に、片手剣の様に振り回す。

しかし、その重量は増しており、一撃一撃が先ほどの攻撃よりも重い。

刀奈も二槍を巧みに操り、なんとか致命傷は避けているものの、力押しでくる攻撃に、ただ防戦一方になるだけだった。

 

 

 

「そこっ!」

 

「くっ!」

 

 

横薙ぎに振るう一閃。

刀奈は咄嗟に上へと翔び、斬撃を躱す。

 

 

 

「くっ……! はああぁぁッ!」

 

「せやあっ!」

 

 

 

体を捻りながら、落下していく勢いと共に放たれたソードスキル。

二槍流スキル《メテオストライク》。

長槍二本を、上段から思いっきり敵に叩きつけるという単純な攻撃だが、それゆえに威力は高い。

その対応技として、和人は《ブラックプレート》を肩に担ぐ様な姿勢をとり、ソードスキルを発動させる。

上段からの袈裟斬り気味に入る斬撃、片手剣スキル《ソニックリープ》だ。

落下しながら放つ二槍と、翔ぶように上昇しながら放つ剣撃。

二つの刃が合わさった瞬間、ライトエフェクトに込められていたエネルギーがぶつかり合い、激しい衝撃と閃光を起こした。

 

 

 

「ちっ、やるわね……!」

 

「そっちこそ、さっ!」

 

 

 

再び接近し、槍を突きつける刀奈。

だが、和人はそれに反応し、《ブラックプレート》を盾のように突き出すと、刀奈の攻撃を受け流して、体を回転させながらカウンターの一撃を放つ。

刀奈も咄嗟に反応するも、《ブラックプレート》による一撃の重さによって、数メートル後方へと飛ばされてしまう。

 

 

 

「くうっ!?」

 

「このままケリをつける!」

 

 

 

弾かれたまま、態勢を崩している刀奈に対して、和人はもう一度重い一撃を放とうと接近する。

しかし、和人は見た………。

向かってくる和人を見ながら、細く微笑んだ刀奈の顔を……。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

何か悪い予感がする……そう思った時だった。

和人の周りを、高速で何か通り過ぎていった。

 

 

 

「なんだ……っ!? うおっ!?」

 

 

突然背後から斬撃を食らってしまい、和人はよろめきながらも、すぐに態勢を整えた。

いきなりの衝撃に何事かと思って、背後に視線を向けると、そこには、たった一本の槍があった。

 

 

 

「なっ……槍が……浮いてる……っ?!」

 

 

 

そう……そこにあったのは、ただ一本の槍。

しかし、それがなんの力もなく、ただ浮いているのだ。

それに驚いていると、目の前の槍が、高速で和人に向かって飛んできた。

和人はそれに反応して躱して見せたが、その驚愕はまだ続いている。

 

 

 

「なんだよ、それは……!」

 

「ふふっ、どう? びっくりした?」

 

 

 

改めて刀奈の方に視線を向ける。

するとそこには、先ほどの和人を襲ってきた槍と、同じものが他にも五本ほど見受けられた。

そこに襲ってきた槍が戻っていき、戦列に加わる。

まるで、刀奈を守っているかのように、六本の槍が、矛先。下に向けた状態で浮遊している。

両手に握る紅い長槍二本……《龍牙》と《煌焔》……それに加え、周りを囲んでいる黒と蒼の長槍《蜻蛉切》が六本。

合計八本の長槍たちが、和人の視界に入っていた。

 

 

 

「私の機体も、セシリアちゃん達とも同じ第三世代……。その特徴は、イメージインターフェイズによって操作する特殊武装。

私の《ミステリアス・レイディ》の特殊武装は、《アクア・クリスタル》なんだけどぉ……それって、セシリアちゃんの《ビット》とほとんど同じ技術なのよねー」

 

「いぃっ?!」

 

 

 

刀奈の説明口調に、和人は嫌気がさした。

つまりセシリアの機体同様に、ビット兵器として、長槍を拵えたようだ。

 

 

 

「《ランサービット》……そのシステムを構築した新武装《クイーン・ザ・スカイ》!」

 

 

六本の長槍が、一気に和人へと向かって飛んでくる。

さすがに防ぎきれないと思った和人は、一旦後ろへと下り、左右に蛇行しながら、槍からの攻撃を躱していく。

 

 

 

(『スカイ』……? なんだ、『スカイ』って……?)

 

 

 

スカイ……普通に考えれば、『空』と呼べるだろう。

だが、なぜ『空』……?

 

 

 

「スカイは『空』じゃない……『影』って意味よ」

 

「っ!? 『影』?」

 

 

 

まるで、和人の心を見透かしたようにいう刀奈。

 

 

 

「スカイとは……『影の国』、『ダン・スカー』のことよ。

ケルトの神話における、『魔境』とも呼べる異界……別名『スカイの国』。

その異界の女王として君臨した女傑の名は……《スカサハ》」

 

「スカサハ……?」

 

「不老不死の影の女王……。魔槍《ゲイボルグ》の持ち主であり、原初のルーン魔術を持ってして、最強の存在たらしめた女傑よ。

その弟子には、アイルランドの光の御子《クー・フーリン》がいたわね」

 

「っ!?」

 

 

 

 

さすがに和人も、《クー・フーリン》という名に心当たりはあった。

魔槍《ゲイボルグ》の持ち主と有名な、ケルト神話の英雄。

ならば、その《スカサハ》とは、その《クー・フーリン》を教え導いた大いなる人物なのでは…………。

 

 

 

「さぁ、行きましょうか……! 私の全身全霊を持って、あなたを影へと落としてあげるーーーーッ!!!!!」

 

「くっ!」

 

 

八本の槍が躍る。

思いがけない新装備に、和人は苦渋の表情を作るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

「さっきまでの威勢はどうした!? 箒!」

 

「なんのぉッ!!!!!」

 

 

 

果敢にラウラへ斬り込む箒。

しかし、その攻撃をことごとく受け流されて行っている。

少し前……まだラウラがこの学園に編入してきたばかりの頃、学年別のタッグマッチトーナメントがあった……。

その時のクジ引きで、神の悪戯にも等しい選択……その頃はそりが合わなかったラウラとタッグを組んだ箒。

あの一戦では敵で、苦い敗北を喫した刀奈と今はペアを組み、反発しながらも共に戦ったラウラとは、今は敵同士。

これもまた、神の悪戯なのだろうか……?

そして、それだからこそわかる……刀奈が、このIS学園の生徒会長に相応しい実力を兼ね備えた『学園最強』と呼ばれる操縦者である事も…………一夏との一戦で敗北を喫し、それから一夏を師と仰ぎ、その教えを身につけようと頑張っていたラウラの実力も……。

 

 

 

「まさか、これほどまでに剣舞に対応するとはな……っ!」

 

「言っただろう……! 師匠とどれだけ鍛練を積んだと思っている。たとえお前が師匠の知らない技を使おうと、私にとっては関係ない!」

 

 

 

 

そう、関係ないのだ。

言ってしまえば、ラウラにとって全てが初めての物なのだ。

IS学園に来て、一夏との対戦は、彼女を変えた一番の要因だろう。

現代兵器を使用し、圧倒的な性能面や技能面で勝敗が決するIS同士の対戦。

まぁ、それは今も昔も変わってなどいないのだが……しかし、ラウラと一夏との戦い方は、根本が大きく異なっていたはずだ。

仮想世界……《ソードアート・オンライン》という名の異世界で戦い続けた果てに、武における頂点の一端に迫った一夏。

ISを初めから武力を保有した兵器だと理解した上で、それを使いこなすことを目指し、今では軍の少佐であり、一個小隊の隊長にまで上り詰めたラウラ。

その二人が戦った時は、お互いにいい経験になったのかもしれない。

かつて世界の頂点に立った千冬を彷彿とさせる一夏の剣技は、それまで認めようとしなかったラウラの一夏に対する不満や怒りそのものを打ち消した。

そして、いつの間にやら、彼女は一夏と同じ場所に立っていた。

ALO……《アルヴヘイム・オンライン》というゲームの中で、彼女も共に冒険をしている。

それは今まで、経験したことのなかったことだろう……。

戦うために、国によって作られて生まれてきた試験管ベイビーであるラウラにとって、そこは未知の領域。

だが、それでも彼女の根本は変わらない。

その時に学んだことを、頭に入れて、体に覚えさせる。

それが、軍人として生き、これまで培ってきたラウラの特性なのだろう。

それはもう、手強いわけだ。

 

 

 

「だが、私とて……っ!」

 

 

 

箒の剣戟の速度、威力が共に上がってきた。

ラウラもそのことに驚き、対応を変えてきた。

このまま打ち合うのもいいが、次第に防戦を強いられると思ったからだ。

距離を開け、リボルバーキャノンの射線軸上に箒を入れようとする。

当然、箒とてそれを許す気はない。

ラウラやセシリア、シャルのように、銃火器を主体に戦う者たちの戦術は、ここ最近で刀奈からみっちり叩き込まれた。

砲口から射線を読んで、その射線軸に絶対に入らない……そのためには……

 

 

 

「っ!」

 

 

 

箒の動きが、急に変わった。

今まで接近戦に見られる蛇行した動きや、素早く懐に入るための直線軌道の動きが多かったのに対し、今は円軌道を描いて、ラウラとの距離を保ちつつ動いている。

 

 

 

「これは……っ! 《シューター・フロー》っ!?」

 

「私にも射撃武器は使えるッ!」

 

 

 

《シューター・フロー》の円軌道から、《雨月》を振るう。

すると《雨月》の切っ先から紅いレーザー光が生まれ、ラウラに向かって光速で飛翔していく。

ラウラは咄嗟にAICを発動させて、レーザーを無効化した。

 

 

 

「前ばかりに気を取られていいのか?」

 

「っ!?」

 

 

背後から箒の声が聞こえた。

振り返った瞬間、今度は《空裂》のレーザーで作られた斬撃波が飛んできていた。

焦って、同じようにAICを展開して、攻撃を防いだ。

だがまたしても、背後から攻撃を受ける。

その度に、同じようにAICを展開して防ぐ……。

しかし、徐々にその攻撃回数が増えてきて、ラウラの反応を持ってしても、追いつけないまでに速まっていた。

 

 

 

「ちっ!」

 

「左腕、もらったぞ!」

 

「舐めるなと言ったあぁぁッ!!!!!」

 

 

 

ラウラの背後を取り、《雨月》による攻撃を敢行した箒。

だが、次の瞬間……ラウラの金色の瞳を目の当たりにした。

 

 

「っ!?」

 

「はあああぁぁッ!!!!!」

 

「くっ!」

 

 

 

向かってきた箒に対し、力いっぱい放ったラウラの剣戟。

咄嗟に《雨月》と《空裂》の二刀を用いて、その斬撃を受け止めたが、あまりの威力に、箒の方が弾かれてしまった。

 

 

 

「ふっ……ようやく、その秘蔵の左眼を解いたな……!」

 

「ああ……。だが、これを解いたからには、貴様に勝つ見込みは無くなったぞ?」

 

 

 

 

ラウラの左眼。

《ヴォーダン・オージェ》は、高感度ハイパーセンサーのような物だ。

ゆえに、ほとんどの攻撃、あるいは、その初期動作の動き自体がゆっくりに見えている。

単純なチート性では、ラウラの眼は最上級になるが、それを出してきたということは、それだけ追い詰めたと言っていい。

 

 

 

(だが、まだだ……っ! 一夏は、本気になったラウラをも倒したんだ……! あいつのような先読みはできないが、それでも、あいつがやったのなら、私だってやってみせるしかないではないか……っ!)

 

 

 

追いつくと誓い、ともに並び立つと決めた。

だから、どうしてもラウラには勝ちたい……。

だが、こちらにも射撃武器があるとは言え、それは刀を振らなければならない。そんな事をすれば、当然のようにラウラは反応し、回避もしくはAICによる防御に徹するだろう……。

ならば………。

 

 

 

「近接戦のみで押し切るしか……っ!」

 

 

ジグザグに蛇行しながら、箒はラウラに向けて飛翔していく。

しかし、その動きを、ラウラが見逃すはずはない。

 

 

 

「その行為は失策だったぞ……箒」

 

 

リボルバーキャノンを起動させ、照準を合わせる。

すると、何の躊躇いもなくキャノンを発砲。

しかし、その砲弾は、吸い込まれるように箒の元へと飛んで行った。

 

 

 

「なにっ!? ぐあっ!!」

 

 

咄嗟に《紅椿》のアンロック・ユニットを突き出して、盾代わりに使用するが、砲弾を撃たれた距離が近かったため、思いの外威力が高かった。

態勢を立て直し、もう一度攻め込む箒。

しかし、またしてもその行く手を阻まれる。

今度はワイヤーブレードを巧みに操り、箒の進路を妨害してきた。

 

 

 

「くそっ、私の動きを……っ!」

 

「ああ……見えるぞ。お前の動きにはまだ無駄があるからな……。だから言っただろう? これを解いてしまえば、お前に勝利はないと」

 

 

 

距離を取り、攻め手を変えようにも、ラウラの反応速度は上がったままだ。

後退しようにも追ってきて、リボルバーキャノンを撃つ。

それを回避しても、ワイヤーブレードによる強襲を受けてしまう。

逃げれば逃げるほどに、退路を断たれていく感じがした。

 

 

 

(くそっ……! こんな所で……こんな所で、負けたくないっ……!!!!)

 

 

 

たとえ自分が負けても、刀奈が生き残っていれば、勝つとは思うが……しかし、そう言う問題ではない。

ここで負ければ、自分はここまでなのだと、そう言われるような気がしていた……。

だから、負けたくない……。

せめて、何か打つ手があれは…………。

 

 

 

「紅椿ィィィィーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

心の奥深くにある魂からの叫びを、箒は発した。

最後の力を振り絞って、大声で、会場全体に響くほどの重圧な声で、叫んだ。

 

 

 

 

『戦闘経験値の獲得を一定量越えました。これより、《無段階移行システム》を起動します』

 

「っは……!」

 

 

 

 

突然発せられた、《紅椿》からの音声。

そして、《紅椿》から送られてくる情報に、箒は驚愕した。

 

 

 

「こ、これは……!」

 

 

 

あの時……臨海学校の際に、この機体《紅椿》を姉である束にもらった。

その最終調整の際に、束から聞いていたことがあった。

この機体……《紅椿》には、形態変化がないということを。

初めは意味がわからず、姉に聞き返してしまった。どういうことなのか……と。

しかし、束はそんな妹、箒に対して、いつものように微笑みながら答えた。

この機体は、無段階で進化し続ける……そのためには、より多くの戦闘経験を積まなければならない……と。

そしてそれが今、ようやく叶ったというべきなのだろうか。

《紅椿》から送られてくる情報を、箒は何の迷いもなく理解していった。

 

 

 

《穿千|うがち》

クロスボウ型の射撃武装。

出力可変型のブラスターライフル。

 

 

 

箒はこの情報だけで、ある程度は理解してしまった。

 

 

 

「これだけあれば充分だ! 見せてみろ、紅椿! お前の力をッ!」

 

 

両肩の展開装甲が動き出し、本当に弓のように変形していった。

突如、腕に収束するエネルギー。

それが鏑矢のような形を描き、弓の弦のようにできたエネルギー体を引っ張り、いつでも射出できる態勢へと移行した。

 

 

 

「なんだ、あの武装はっ!?」

 

 

 

その一部始終を見ていたラウラは、驚きと同時に、恐怖を抱いていた。

突如、箒の叫びに呼応するかのように、《紅椿》が進化した。

しかしそれは、従来の進化とは違い、《紅椿》だけが見せる、全くもって未知の進化の過程だった。

展開装甲という、破格のシステムが搭載されていることは知っている。

それが今、世界で最も最新鋭の機体と言われているISの特殊武装なのだから。

だが、その第四世代の進化を、まだ誰も見たことはないはず……。

 

 

 

「《穿千》……これならば、行ける!」

 

 

両手を伸ばし、射撃用の照準システムが、箒をサポートする。

腰だめの状態から、こちらへと向かってくるラウラに照準を合わせる。

 

 

 

「っ! 射撃武装か!」

 

「行けっ!」

 

 

 

伸ばした両腕から、高速で射出された鏑矢。

その軌道を見極め、ラウラは瞬時にAICを展開した。

 

 

 

「っ!?」

 

 

しかし、寸での所でAICを解除し、その場から飛び退く。

そして、誰もいない地面へと鏑矢が突き刺さった瞬間、凄まじい爆音が響いた。

 

 

 

「くうっ!? この威力は……っ!」

 

 

 

大きな土煙を上げて、その場をクレーターにしてしまった箒の射撃武装。

エネルギー可変型の高出力ビームブラスター。

機体性能のみならず、その出力もまた、現行の機体と比べると凄まじいものに思えてくる。

 

 

 

「あれを連射されれば、こちらが不利になるな……!」

 

 

 

攻撃方法は変わらない。

《ヴォーダン・オージェ》による視界情報で敵の動き、はたまた軌道を読んで、リボルバーキャノンで迎撃する。

 

 

 

「先手を打つ! 撃ってえぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 

 

箒に照準を合わせて、リボルバーキャノンを放つ。

砲弾は真っ直ぐ、ドンピシャで箒に命中し、爆煙が上がる。

 

 

(やったか……?)

 

 

手ごたえはあった。

そう思った瞬間、背後からの射撃をくらった。

 

 

 

「ぐあっ!? な、なんだ……?!」

 

 

 

射撃を受けた角度から察するに、自分から見て右後方の上空。

そちらの方に視線を向けた瞬間、ラウラは驚愕の色を顔に表した。

何故なら…………。

先ほど砲撃を受けたと思われていた箒が、ラウラの死角から射撃してきたからだ。

 

 

「くっ!? いつの間に……!」

 

 

一瞬であの場所まで行ったのだろうか……?

しかし、そうとしか考えられない。

ISに瞬間移動術でもない限り、そんなことありえない。

ならば、高速移動を会得したのだろう。

その証拠に、《紅椿》の背部と腰部の展開装甲が全て開いている。

それをスラスターとして使えば、まず間違いなく、《瞬時加速》並みの推力は出せるはずだ。

 

 

 

「このまま押し切るっ!」

 

「させるかっ!」

 

 

 

左手は《穿千》の状態で、右手には《雨月》を展開している。

《穿千》で射撃をしながら、どんどん間合いを攻めてくる箒。

ラウラはそれを《ヴォーダン・オージェ》を駆使して、ギリギリの位置で躱していた。

しかし、避けるば避けるほどに、後退する意識が削がれ、いつの間にか箒に背後の侵入を許してしまった。

 

 

「しまっーーーー」

 

「はあああぁぁッ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 

振り返った瞬間に、リボルバーキャノンを《雨月》で断ち切られた。

爆煙を上げ、使用不可能になってしまったリボルバーキャノンを格納して、ワイヤーブレードで牽制を入れつつ後退する。

だが、そんな牽制が、そうそう通じるわけもなく、全てを掻い潜られ、いつの間にか間合いに侵入されてしまった。

 

 

 

「もらったあぁぁッ!!!!!」

 

 

 

上段からの袈裟斬り……そこから返して横薙ぎ一閃。

 

 

「篠ノ之流剣舞《一刀華閃》!!!!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 

まともに入った二撃。

そのままラウラは地面に倒れこんでしまった。

《シュバルツェア・レーゲン》のシールドエネルギーが尽き、この瞬間に、箒の勝利が決定した。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

「くっ……見事だった。あの速さでの高速戦闘は、なかなか出来るものではないのだがな……」

 

「はぁっ……ただの、意地だったさ……! 最後には、ほとんど、何も考えてなかった、からな……」

 

 

 

荒い息を整えながら、ラウラに手を差し出す箒。

ラウラはそれを握って、倒れた体を起こす。

 

 

 

「何はともあれ、貴様の勝ちだ。しかし、次はこうはいかんぞ」

 

「無論、次も私が勝つがな」

 

「ふっ……言ってろ」

 

 

 

ラウラは左眼を眼帯で覆い、箒は《雨月》を納刀し、《穿千》を解除した。

二人戦いが決着した頃、上空で戦っていた刀奈と和人の戦いも、ようやく決着がつきそうだった。

八本の槍によって間合いを制された和人。

容赦なく攻撃を続ける刀奈。

逃げ切りたい和人であったが、それを許すわけもない。

 

 

 

「これで終わりねっ!」

 

「にゃろうっ!?」

 

 

多数の槍による重撃で、吹き飛ばされてしまった和人は、態勢を立て直した刀奈の槍を見て、異様な恐怖を覚えた。

 

 

 

「なっ?! う、嘘だろ……!」

 

 

 

“全ての槍が真紅に染まっていた” のを、和人は見た。

 

 

 

「刺し貫き、穿ち抜け!! 《ゲイボルグ》ッ!!!!」

 

 

 

八本全てが真紅に染まった。

その光には見覚えがある。

何より、自分たちもそれを使うものだからだ。

ライトエフェクト。

真紅のライトエフェクトが八槍を染めて、刀奈は両手の二本を、《煌焔》、《龍牙》の順で投げ込んだ。

そのに続いて、六本の《蜻蛉切》が和人に向かって飛んでいく。

《ゲイボルグ》

一刺必殺の魔装の槍。

因果を逆転させ、必ず心臓を穿ったと言われる魔槍。

しかしその本来の使い方は、手に持って振るうのでなく、その投擲による、大軍に対する広範囲攻撃だったそうだ。

一本の槍から無数の棘が生まれ、それが敵軍の将たちの心臓をことごとく穿ったという逸話がある。

現実世界において、そんな逸話のような話ができるわけもない。

だが、今まさに、和人が見ているのは、その逸話に出てくる《ゲイボルグ》を彷彿とさせる光景だろう。

八本の槍が、自分の心臓を穿とうとしているのだから……。

 

 

 

「くっーーーー!!!!」

 

 

 

咄嗟に……そう、本当に咄嗟に、和人は両手に持っていた《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を展開し、それを十字になるように防御の構えに徹した。

その瞬間、八本の槍の矛先が一点の狂いなく、和人の双剣……いや、心臓めがけて飛んできたのだ。

 

 

 

「ぐうおおおおおッッッ!!!!???」

 

 

 

大投擲……《グングニル》ですら、凄まじい勢いと威力を誇るというのに、この《ゲイボルグ》は、それを上回る勢いだと和人は感じた。

 

 

 

「くっ、お、抑えきれねぇ……っ!?」

 

 

 

《月光》の出力を上げて、なんとか耐えようとするが、槍の勢いは止まらず、先ほどから《月光》が限界を示すアラートが鳴り続けている。

 

 

 

「くっそぉぉぉぉおっ!!!!!」

 

「ーーーーふっ……!」

 

 

 

刀奈の微笑みが見えた瞬間、和人はライトエフェクトの光に飲み込まれた。

大爆破が起きて、アリーナ内に土煙が舞った。

解除全体に土煙が覆いかぶさり、観客席にいた生徒たちは、一体何が起きたのかと目を点にしていた。

やがてその土煙が晴れてきて、ようやく状況が確認できた。

アリーナに佇んでいるのは、刀奈だった。

その近くに和人が膝をつき、両手に持っていた《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を見ていた。

両剣ともに半ばからポッキリと折れており、その折れた破片は、和人の後方の地面に突き刺さっていた。

 

 

 

「これで、私の勝ち♪」

 

「はぁ……はぁ……。なんだよ、さっきの……」

 

「《グングニル》を超える二槍流スキルのオリジナル、《ゲイボルグ》よ。

単発の《グングニル》と違って、これは重撃を兼ねた複数の敵を仕留めるための魔槍。今回は相手がキリトだったから、少し本気を出してみたってわけ」

 

「何が “本気” だよ……ものすごく “殺す気” でいたじゃないか!」

 

「それくらいの勢いがないと、IS戦では勝てないわよ?」

 

「………」

 

 

 

さも当然のように言う刀奈に、和人は何も言えなかった。

まぁ、ましかにその通りではあるのだが……。

 

 

 

「とにかく、これで私の勝ちが決まったわね……キリト♪」

 

「ん……わかったよ。俺の負けだ」

 

 

 

 

和人が両手を挙げ、敗北を宣言した。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 更識 楯無、篠ノ之 箒』

 

 

 

 

場内アナウンスが、勝者たちの名を高らかに宣言したのだった。

 

 

 

 





次回は、一夏たちの試合に戻り、また刀奈たちの試合をやって、そろそろ決勝戦へと持ち込みたいと思います。


感想よろしくお願いします(^O^)/



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第83話 第二撃、開幕!


お久しぶりです!

ようやく投稿できるぜ……( ̄▽ ̄)




試合は着々と進んでいき、朝から始まって、今もう正午を少し過ぎたあたりだろうか。

昼食休憩を挟んで、午後からは、ほぼほぼ激戦が予想される組合わせとなった。

ダリル、フォルテのペアを破った一夏、簪ペアは、次に鈴、セシリアのペアと対戦することとなった。

また反対側のブロックでは、明日奈、シャルのペアが順調に勝ち進んでいき、先ほどの試合でラウラ、和人のペアを破った刀奈、箒のペアとの対戦が決まった。

そのカードが、また別ブロックで行われ、その他にももう四組……試合をするペアがあるため、今は実質『ベスト8』と言ったところだろうか。

 

 

 

「次の試合に勝てば、カタナ達とやれる機会はあるな」

 

「うん……でも次は……」

 

「鈴とセシリアのペアだな。あいつらとは何度もやってるし、機体の性能はだいたい把握しているが……」

 

「油断は禁物だよ……。鈴もセシリアも、多分、いっぱい特訓してたから……当然、私たちの事も対応策くらい用意してると思う」

 

 

 

近距離パワー型の鈴と、遠距離スナイパーの型のセシリア。

互いのリーチを生かした戦闘になるだろう。

これまで簪は、出力の高い銃火器を使ってきた。

《蒼覇》《双星》……どちらも高出力のビームブラスター。

超ロング銃砲の《蒼覇》と、二挺の銃砲を連結させることで、高出力の砲撃を成し得る《双星》。

これだけ射撃武器に特化したものならば、当然、鈴とセシリアならば、同じ遠距離戦を得意とするセシリアが出てくるはず。

逆に一夏は、近接戦闘に特化し過ぎているので、パワーもあって、近接戦闘向きの性格を持っている鈴が相手になるだろう。

 

 

 

 

「今のところは俺が鈴を、簪がセシリアの相手をするってことでいいか?」

 

「うん。そのために、セシリアと鈴に対抗するための装備をインストール中……」

 

「っ?! すごいな……《覇軍天星》には、まだ砲撃装備があるのか?」

 

「《覇軍天星》は、全部で四つの砲撃装備が、ある……。そして、その四つの装備には、《覇軍天星》のうちの、一つずつに名が付けられている……」

 

 

 

 

確かに、《蒼覇》と《双星》……どちらも『覇』と『星』の字が入っている。

ということは、残り二つ……『軍』と『天』の字だ。

 

 

 

 

「次の試合は、どうするんだ?」

 

「次は……『軍』の字……《破軍》を使う」

 

「今度は『軍』か…………ってことは、カタナ達に当たった時に使うのは、『天』の字か。

どういう装備なんだ?」

 

「それは……まだ、秘密」

 

「ふーん……まぁ、いずれ分かることだしな」

 

「うん……。それより、少し体を休めておかないと……次の試合だって、気を抜くわけにはいかないし……」

 

「そうだな……とりあえず、飯にしようか」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

一夏と簪は、ともに食堂へと向かった。

今日は、いつものランチメニューもあるのだが、この後の試合のことも考えて、『アスリート飯』という名の下、消化にいいものや、栄養価の高いものが作られている。

手軽に食べられるおにぎりやサンドウィッチなどもあるため、残りの試合が控えている生徒たちも、そうでない生徒たちもこぞってやってきた。

 

 

 

「あら、チナツ」

 

「お? カタナ達も、ここで昼食か?」

 

 

 

まぁ、こうなるとは思っていたが……。

いずれ戦うと思っていた刀奈、箒の二人もまた、昼食に入るようだ。

二人はおにぎりの他に、うどんなどの麺類や、焼き魚などで食事を摂るようだ。

 

 

 

「お、天ぷら蕎麦もあるじゃん……俺、これにしようかなぁ〜」

 

「あ、それ私も迷ったのよねぇ〜……でも、きつねうどんも捨てがたくて……ねぇ、後で一口ちょうだいよ」

 

「おお、いいぜ。じゃあまずは場所をとらないとな。ええっとぉ……」

 

「ちょっと待て!」

 

 

 

なんだろう……ものすごく自然な流れで一緒に食べることになっていた。

さすがになんか変だと思った箒が一夏と刀奈の間に入った。

 

 

 

「どうしたんだ、箒?」

「どうしたの、箒ちゃん?」

 

「どうしたの? じゃありませんよ! なんでこれから戦うかもしれない敵と仲良く食事になるんですっ?!

一夏! お前もだぞ! 簪も呆れてるじゃないかっ!」

「いや、別に私は……」

 

「簪、こういう時は、はっきりと言っておかないと、いろいろと変なことばかり巻き込まれるぞ?」

 

「「失礼な……。そんなことしないって」」

 

 

 

全く、自覚のない恋人同士で困る。

なんの不思議も感じずに、二人は同じテーブルに座ってしまった。

しかもちゃっかり、簪は一夏の隣へと座っているし……。

必然的に箒は、刀奈の横に座るしか無くなるため、更識姉妹に一夏の両隣を奪われた形になる。

しかもそんな事を気にもせずに、笑顔で食事をしている一夏を見ると、何だか腹が立ってきたが、今はそんな事で気を緩めるわけにはいかない。

 

 

「ほら、いいよ、一口……」

 

「やったー♪」

 

 

そう……緩めるわけには……

 

 

「一夏、私も、もらっていい?」

 

「どうぞ」

 

「うん……美味しい……! なら、私のかき揚げもあげる」

 

「ははっ、ありがとう」

 

 

 

緩める……わけには……!

 

 

 

「ほら、箒ちゃんも。お揚げのお裾分けぇ〜♪」

 

「だから! なんで戦うべき敵とこんな団欒としてるんですかっ!?」

 

 

やっぱりおかしい。

しかも、なんでそんなキョトンとした顔で三人はこちらを見るのか……。

 

 

「箒……。別に食事くらいなら、一緒に食べたっていいだろう? 敵とは言っても、学園の仲間なんだから」

 

「いや……それはそうだが……。なんか、あるだろう!」

 

「もう〜、そんなカリカリしないの! あ、その塩鮭いただき♪」

 

「あああっ!? それは唯一のおかずなんですけど!」

 

「だからお揚げをあげるって♪」

 

「お揚げをおかずに食べる定食なんてないでしょうっ!?」

 

 

 

またいつものペースに飲み込まれる。

なんだか、こんなに気を張っている自分が、バカバカしく思えてくる。

箒はため息をつき、刀奈によって全体の三分の一を取られた塩鮭を突いた。

 

 

 

「それにしても箒……あんな剣技、篠ノ之流にあったんだな」

 

「ん……《剣舞》の事か? まぁ、そうだな……あれは、篠ノ之流を継ぐ者にしか教えてない流派だからな。

お前が知らなくても無理はないだろう……」

 

「いやでもさ、俺も一応は篠ノ之流の門弟だったわけじゃん? それなにのさぁ〜……」

 

「仕方がないだろう。私だって、正式にその流派の継承を認められたわけではないんだ……だからあれも、まだ完全とは言い切れない」

 

「箒が継承するんじゃないのか?」

 

「いずれはそうなっていくかもしれんが、正式には、な……」

 

「じゃあ、どうやってあの剣技を身につけたんだ?」

 

「もともとは、篠ノ之流剣術としての技を、絶え間なく、際限なく繰り出すために編み出されたものだからな。

だから基本的には、篠ノ之流剣術の技が多い。その型自体を取り除き、舞踏としての動きに昇華させたのが、《篠ノ之流剣舞》というわけだ」

 

「なるほどなぁ〜……。もしかしたら、俺もそれを習ってたかもしれないなぁ……」

 

「そうかもな。あれを教えてくれたのは、他でもない……父だからな」

 

「師範が?」

 

 

 

箒が頷くと、昔の事を少し語ってくれた。

まだ小学生の頃、箒は毎日のように鍛練に励んでいた。

他の小学生たちは、帰ってくるや否や、遊びに行っていただろうに、箒はまっすぐ家に帰ると、いつもの道着に着替えて竹刀を振っていた。

一夏とは、その頃の付き合いだったが、当時はあまり仲が良くなかった。

ただ、自分と同じくらいの男子生徒が、家の門下に入った。

悔しいが、実力だけはある……。その程度だっただろう。

 

 

「一夏が私の家から帰って行った後に、私は居残りで鍛練を続けていたんだ……。

そしたら、誰もいない竹林の中で、父が木刀を振っているのを見てしまってな……」

 

「それが《剣舞》だったのか?」

 

「ああ……。正直、私は見惚れてしまったんだ……篠ノ之流剣術には、あんな剣技もあったのかと……ずっと見つめていて、気がついたら、もう陽が落ちていたことだってあったしな……」

 

 

 

あはは、と笑う箒は、とてもいい笑顔で笑っているように思えた。

それはまるで、昔の箒と同じようで……。

 

 

 

「あまりに熱心に見てしまってたからなのか、父にも気づかれてしまってな。

その後に、少しだけ動きや技を押してもらったんだ」

 

「でも、正統な後継じゃないってのは?」

 

「《剣舞》を継承するにあたって、道場内の門下同士で決闘をするんだ。その中で優勝し、師範である父が認めた者に《剣舞》を継承する資格が得られる。

無論、継承するか否かは、本人次第だが、かつての門下たちは、誰一人として継承を断らなかったらしい」

 

 

篠ノ之流の歴史は意外にも深い。

そもそも、剣術道場として存在しているあたり、相当歴史があると思ってもいいだろう。

しかもそれが、武士のいた時代からあったのであれば、なおさらのことだ……。

 

 

 

「しかもそれだけじゃないだろう……。いきなりあんな新装備ができるとか、チート過ぎるだろ」

 

「チートではない。アレは私の機体、《紅椿》本来の仕様だ」

 

「だからって、あんな威力の高い射撃武器が、そうそうできてもなぁ……」

 

「それを言うなら、世代間を超えてまで進化したお前の機体の方がチートではないか…!」

 

「ううっ……それを言われると……」

 

 

 

 

《無段階移行システム》

それが《紅椿》に搭載されたシステムであり、第四世代の特徴である。

一定の戦闘経験を積んで初めて起こる現象。

それは、他のISと変わらないのだが、問題は、そのシステムそのものの違い。

まず、《展開装甲》と呼ばれる特殊装備を持たない第三世代以前のISでは、その特殊武装の改良、あるいは、専用パッケージを装備しない限り、多種多様な戦闘は不可能だ。

しかも、それをするにあたっては、かなりの時間を要する。

しかし、この第四世代のISに至っては、その装甲が変形することで、様々な武器をジェネレートしているのと同じだ。

それによるタイムロスもないため、現行の機体の中ではチートと呼ばれてもおかしくはない。

 

 

 

「第一に、お前の機体だって第四世代なのだから、私の《紅椿》同様に、一定の戦闘経験を積んでしまえば、フェイズシフトしてもおかしくはないだろう………」

 

「っ……確かに、言われてみればそうだな……。っていうか、最初に《白式》が『二次移行』を起こした時だって、武装や特殊能力も、《紅椿》に似たようなもんだったしな……」

 

 

 

エネルギー刃の斬撃を飛ばすのも、展開装甲も、その機動力もまた《紅椿》と《白式》は同等だった。

唯一の違いは、展開装甲が《紅椿》の場合は全身に、《白式》の場合は翼だけについているということだろうか。

 

 

 

「まぁ、チナツも戦闘能力や機体性能は、箒ちゃんの《紅椿》に劣ってないんだから、いいんじゃない?」

 

「まぁな……。しかしカタナ、お前のあの装備も、中々にえぐかったぞ……」

 

「ああ、《ランサービット》のこと?」

 

「あんなに巧みに使っていては、同じビット兵器を持つセシリアは、憤慨していたでしょうね」

 

「あ、はは……」

 

 

箒に言葉に、簪が苦笑いを浮かべた。

実際に、次の対戦表を確認するために、観客席から少し離れた控え室に入った時、そこには鈴とセシリアの二人もいた。

一夏と簪が軽く挨拶をして、鈴はいつもと同じように手を振り返してくれたのだが、セシリアに至っては、刀奈と箒の試合を凝視し、両手の握り拳を、これでもかという力で握っていた。

 

 

 

「それは、そうだよ……。イギリスの開発理念そのものが、ビット兵器の実用化と多様化なんだもん。

なのに、それを他国の代表を務めてるお姉ちゃんに、ああも簡単に使い込まれるところを見せられたら……」

 

「憤慨したくもなるか……」

 

 

 

簪と箒……妹たちにジト目で見られる姉・刀奈。

しかし、そんなこと気にしていないかのように、刀奈はうどんのダシ汁を飲む。

 

 

「そんな事言ったって、私の特殊武装は、セシリアちゃんの使ってる特殊武装と大体同じなんだもん。

なら、使わない手はないと思うけど?」

 

「でも、それをいきなり試合で出して、なおかつそれを完全に制御していた所を見せられて、セシリアが大人しくしているわけないと思うがな……」

 

 

 

箒の言った通り、一夏と簪が入ってきた瞬間、セシリアは怒っていた。

元々英国貴族の生まれであるため、多少はプライドが高い彼女のことだろうから、いくら相手が学園最強の刀奈であろうと、許せなかったことだろう。

 

 

 

「まぁ、そう言った文句や苦情は、試合で当たった時にでも聞くわ。

まぁもっとも? チナツ達が代わりに聞いてくれるんだったら、それはそれで楽だからいいんだけど?」

 

「セシリア……怒ると意外に怖いんだぞ?」

 

「うふふっ♪」

 

 

本当に楽しそうに笑う恋人に、一夏はため息をついた。

 

 

「まぁ、あなた達なら、大丈夫でしょう」

 

「私と楯無さんも、次の明日奈さんとシャルロットに勝つつもりでいる……。

一夏、必ず決勝で戦おう……!」

 

「私もよ、簪ちゃん」

 

「ああ、望むところだよ、箒」

 

「うん……!私も、必ずお姉ちゃんと戦う……!」

 

「よし! じゃあお互い、ベストを尽くして、決勝戦で会いましょう!」

 

「「「おうっ!!!」」」

 

 

 

 

 

食事を終えて、四人はそれぞれの試合会場へと戻って行った。

来るべき対決まで、それぞれ後二試合勝たなくてならない……。

 

 

 

 

 

 

 

『送っておいたパッケージ装備に目は通しましたか?』

 

「はい……今インストールし終わりました」

 

『では、試合後に、強化パッケージの戦闘データを送ってください』

 

「了解しました、楊管理官」

 

『では、良い報告をお待ちしております』

 

 

 

カタパルトデッキにて、次の試合を今か今かと待っていた鈴。

無線通信で、本国の代表候補生管理官とのやり取りが終わり、その通信を切った。

 

 

 

「強化用パッケージかぁ〜……って言うか、これってうちの開発理念に反してんじゃないの?」

 

 

 

自身のISの待機状態であるブレスレットから表示される新型パッケージの詳細データを見ながら、鈴は毒づいた。

中国の開発理念としては、機体のパワーと燃費の安定性を考慮した機体設計。

しかし、今見ている資料によると、燃費なんてモノは欠片も考えていないのでは? と疑いたくなるようなデータだった。

 

 

 

(そもそも予備バッテリーを積んでる時点で、燃費もくそもないじゃない……! それにこれ! 簪の機体と被ってるし!?)

 

 

 

詳細なデータと実際の画像を見ながら、鈴はさらに毒づいた。

まぁ、簪の機体の場合だと、そもそもが砲撃戦仕様に開発されたパッケージであるため、そもそも戦い方からそれにかかるエネルギーの効率性も違ってくる。

 

 

 

「さて、この強化用パッケージ《四神(スーシン)》を、一体どこまで使いこなせるかが、今回の課題ねぇ……」

 

 

 

ガリガリと頭を掻きながら、ため息をつく鈴。

そして、そのまま後ろを振り向いて、今もなお自身の機体とにらめっこしている相方の方へと向かう。

 

 

 

「いつまで不貞腐れてんのよ……」

 

「誰も不貞腐れなどいませんわ!」

 

「じゃあ何だって言うのよ……。そんなに楯無さんの事が気になんの?」

 

「当たり前です! だいたい、あのビット兵器は何なんですの!? あれは我がイギリスの専売特許なのですよ?!

しかも、あれをわたくしよりも……っ!」

 

「使い熟してたわね……」

 

「キィィィィィ〜〜〜〜ッッ!!!!」

 

「はぁ……」

 

 

 

 

同じビット兵器を、自分より上手く使える者が、二人もいるなんて……。

セシリアにとっては、学園祭以来の屈辱だっただろう。

 

 

 

(あの《サイレント・ゼフィルス》のパイロットの事も気になりますが、今は目の前の敵ですわ……っ!)

 

 

 

バッ、と前を向きたセシリアは、右手をピストルの形にすると、その人差し指を自身の愛機《ブルー・ティアーズ》へと向けた。

 

 

「行きますわよ、ブルー・ティアーズ! 必ずや、わたくし達の方が上だと、楯無会長に思い知らせてやるのです!!!!」

 

「どうでもいいけど、まずは一夏達の相手だからね? そこんところ忘れないでよう〜?」

 

「ええ、わかっていますとも。ですから、今回はわたくしが一夏さんの相手をするのですからね」

 

「いやいや……今回ばかりは、甲龍のウエイトがやばいから、あんたには機動力で勝る一夏を抑えてもらいたいだけなんだけど……」

 

 

 

少しばかり気が立っている相方の方は放っておいて……。

鈴は改めて機体を展開した。

今回ばかりは、鈴自身も持て余すかもしれないと感じたパッケージ。

全身の装甲に、黒みがかかった鎧。

衝撃砲を除外し、背部に増設した可変式大型翼の朱色のスラスター。

その右側には、対艦刀という物騒な名が付けられた青みがかった大刀。

左には純白の砲身を持つブラスターが装備されていた。

黒・朱・青・白……それぞれが成す意味……。

東の『青龍』西の『白虎』南の『朱雀』北の『玄武』。

中国ではこの四体が、方角それぞれに鎮座する四聖獣と呼ばれている。

また、その文化などは、日本にも及んでいる。

 

 

 

「データを見たときから思っていましたが、それでまともに動けるんですの?」

 

「ん〜? まぁ、一応大型スラスターがついてるから、ロングジャンプとかできるみたいだけど、その分のエネルギー問題が発生してくるのよねぇ〜」

 

「バッテリーがついているとか、おっしゃってませんでした?」

 

「あぁ……。両肩と両膝の装甲板の裏側と、腰のところの装甲板についてる。だから、全力戦闘の度合いで、活動限界が変わるわね」

 

「だいたいどれくらいですの?」

 

「うーんっと、約10〜30分の間だったかな?」

 

「………随分とアバウトなのですね……」

 

「仕方ないじゃない……これ、まだ試作段階の装備なのよ? だから代表候補生のあたしがその実戦データを取って来いって言われてるんだし……。

それにあんただって、本国に無理言って追加装備作らせたらしいじゃない」

 

「ええ……。これは勝つための手段ですので、本国も了承していることですわ」

 

「今のところ、一夏との対戦で一番負けてるのあんただしねぇ……」

 

「鈴さん? 今なんとおっしゃいましたか?」

 

「なーんでーもなーい……」

 

 

 

カタパルトデッキに取り付けられている電光表示のデジタル時計を見ながら、二人は改まって頷き合った。

 

 

 

「あと10分後には、あいつらとの試合よ……準備はいいわね?」

 

「無論ですわ。今日こそは一夏さんに敗北という結果を突きつけてあげますわ……っ!」

 

「期待してるわよ。あたしも、今回は簪が相手だし? 少しくらい全力でぶっ放してもいいわよね?」

 

「怪我しない程度なら、いいんじゃありませんの?」

 

「怪我で済めばいいけどねぇ〜♪」

 

「滅多なことを言うものではありませんわよ、鈴さん」

 

 

 

セシリアも機体に乗り、システムを起動させる。

新たに追加で装備した武器が、一体どのような結果を生むのか……。

 

 

 

「じゃあ、いくわよ……!」

 

「ええ、いつでも来い……ですわ!」

 

 

 

二人はリニアカタパルトの方へと足を進めた。

その先で待っているであろう者たちとの決戦を行うために…………。

 

 

 

 

 

 

 

定刻となり、アリーナにはすでに、大勢の生徒たちで埋め尽くされていた。

その他、自分のクラスの生徒たちを応援する担任教師や、その他の学科講師。

ここにいる教師陣は、そのほとんどがISに関わりのある人たちばかりだ。故に、生徒たちの模擬戦とはいえ、中々に高いレベルで戦う上級レベルの操縦者たちの事が気になるようだ。

すでに使われている会場は二つ。

第一アリーナと第二アリーナの二つだけとなった。

その後、決勝戦は、いま一夏もいる第一アリーナの方で行われる予定だ。

そんな大観衆が見守る中、この大会で注目を集めているペアが先にアリーナへ登場した。

 

 

 

「いくぞ、白式っ!」

 

「頑張ろうね、打鉄弐式っ!」

 

 

 

先に飛び出してきたのは、世界で希少な男性操縦者にして、最新鋭の第四世代を駆る一夏だった。

その後ろから、再び装備を換装してきた簪が現れた。

 

 

 

「簪、いけるか?」

 

「システム起動……パワーフロー良好、火器管制システム……オールグリーン……いけるよ……っ!」

 

 

 

 

巨大な二門の特殊火砲。

それを支える巨大なスラスター。

《打鉄弐式》の配色と同じ、鉄色の新装備……《覇軍天星》の三つ目の装備。

 

 

 

「高エネルギー長射程砲《破軍》! 起動……!!!!」

 

 

 

図太い砲身を持った二門の銃砲。

見るからに高威力の砲撃を放てるような見た目をしている。

この為に《山嵐》を取り除いて、専用のスラスターまで装備したのだ。

対して、一夏たちとは反対側のカタパルトからも、二機のISが出てくる。

やたらと重装備をした《甲龍》を纏う鈴と、特に変わった様子のない《ブルー・ティアーズ》を纏うセシリア。

両機ともに、アリーナ中央へとやってきた。

その姿を見て、周りの生徒たちのボルテージも上がっており、大きな歓声が聞こえてくる。

 

 

 

「よう……くるとは思ってたけど、まさかこんなところで当たるとはな」

 

「そう? あたしはもっと早くに当たる可能生を考えてたんだけど。まぁ、いいわ。こいつのテストには、あんたらが一番相手にとって不足ないし」

 

「そういえば、すごく気になってたんだが…………そんなに武装積んで大丈夫なのか?」

 

「…………すごく重い」

 

「だろうな」

 

 

 

まず何と言っても目を引くのが、背部のスラスターだ。

以前、何かの資料で見たことがあったが、《ラファール・リヴァイヴ》の高機動パッケージの中に、ロケット燃料を用いたブースターがあったが、鈴が付けているのはそれに類似した何かなのだろうかと思ってしまう。

さらには、そのスラスターの両側に、大刀と大砲を装備してると来た。

防御力を上げるための鎧も、中々に重そうな印象持っている。

いくら大型のスラスターがあるとは言え、いくらなんでも積みすぎではないだろうか……。

 

 

 

「まぁ、今回はあたしの実験に付き合ってよね」

 

「試合だぞ? 一応……」

 

「まぁ、今回はセシリアが頑張ってくれるし? あたしもそこそこ頑張るから、そこんところヨロシクね〜」

 

「適当だなぁ〜……」

 

 

 

まぁ、鈴は大抵こんなもんだったような気がする……。

しかし、今回はやたらと装備を整えてくる者たちが多いように感じられた。

簪や刀奈の姉妹はもちろんの事、まだ未確認ではあるのだが、シャルも何やら仕入れたという話も上がってきている。

そして目の前の鈴と、セシリアもまた然り。

セシリア自身は何も言ってないが、鈴がこの調子では、セシリア自身も何らかの対応策を練っているに違いないだろう。

 

 

 

「それじゃあ、時間も時間だし……とっとと始めるか……!」

 

「うん……絶対に、勝つ……っ!」

 

「残念〜。勝つのは……」

 

「わたくし達ですわっ!」

 

 

 

 

両者方、距離をおいて、戦闘準備に入った。

一夏が刀を抜き、セシリアが銃を構え、鈴が抜剣し、簪が戦闘態勢をとる。

 

 

 

「それじゃあ……」

 

「互いに全力で……」

 

「いざ、尋常にーーーー」

 

「ーーーー勝負っ!!!!!」

 

 

 

試合開始を告げるアラームがなった。

一気に飛び出したのは、一夏だった。

その行く手には、同じように動き出していた鈴の姿があった。

自分の相手は鈴がする……そう思っていた一夏は、なんの迷いもなく鈴に向かって飛翔して行った。

だが、当の鈴は、一切こちらを向いていなかった。

不思議に思っていたのもつかの間、一夏の視線から見て左から、青いレーザーが横切った。

 

 

 

「あら、一夏さん……。わたくしを無下にするなんて、ちょっとひどいのではなくて?」

 

「っ……?! これは意外だな……てっきり、俺は鈴の相手をするのかと思ってけど……」

 

 

 

当然、そのレーザーを放ったのは、鈴の相方であるセシリアだった。

しかし、だからこそ解せない。

今まで、セシリアとは何度か戦った経験があるため、ある程度の彼女の弱点は知っている。

むしろ、機体の装備が、それを物語っているからだ……。

彼女の機体《ブルー・ティアーズ》は、遠距離射撃型の機体だ。

その有効射程距離は、2,000メートルと言われているが、それはあくまで、遠方への狙撃がメインだからである。

なので、言ってしまえば、近接戦闘による攻撃には弱い。

一応、小型のナイフ型ブレードと、遠隔操作型ビットの他にもミサイルビットがあるため、完全な丸腰とは言い切れないが、それでも、機動性と接近戦に秀でた一夏の相手は、少々分が悪いのではないかと思った。

 

 

 

 

「ご心配なく、わたくしとて訓練はしてきたんですのよ? 今日こそは勝たせていただきますわ……一夏さん!」

 

 

 

距離をおいて、大型のスナイパーライフルを振り上げ、照準を合わせるセシリア。

スコープ内に一夏の姿を捉えた瞬間、なんの迷いもなく引き金を引く。

大口径のライフルの銃口から、再び青いレーザーが射出され、凄まじい速さで飛んでくる。

一夏それを躱すも、二射目、三射目と的確に狙撃してくる。

 

 

 

「さすがはセシリアだな……ならばっ!」

 

 

以前戦った時と同様、縦横無尽に飛翔して、徹底的に狙撃の射線に入り込まないようする。

セシリアも何度か撃ってはきているものの、やはり外れてしまう。

 

 

 

「くっ、そう何度も!」

 

「躱してやるさ! 何度でも!」

 

 

今度はあえて突っ込んでくる一夏に対して、セシリアは迷わず引き金を引いた。

高速で放たれたレーザーは真っ直ぐ飛んでいくが、一夏はそれ身体を捻るだけで躱して、そのままセシリアの懐に入っていく。

 

 

「くっ!」

 

「遅いぜ!」

 

 

一旦距離を取り、再びライフルを向けたセシリアに対して、一夏は蹴りを入れる。

ライフルを蹴られ、態勢を崩したセシリア。

 

 

 

「レディに蹴りを入れるなんて……っ!」

 

「悪いな! でもこれは、真剣勝負だからなっ……!」

 

「っ!? インターセプター!!!!」

 

 

 

振り下ろされた一夏からの一撃を、普段はあまり使わない短剣型ブレードで受け止める。

 

 

 

「へぇー、いい反応じゃないか……!」

 

「お褒めにあずかり、光栄ですわっ!」

 

「っ!?」

 

 

 

一夏はセシリアの行動に、一瞬だけ驚愕を覚えた。

なぜか?

それは、彼女が、メインアームであるスナイパーライフルを放り投げてしまったからだ。確かに、この間合いではスナイパーライフルは意味をなさない。

逆に邪魔になってしまうだろう。

だが、だからと言って、こうもあっさり捨ててくると、別に何かがあると思ってしまう。

 

 

 

「ちっ!?」

 

「逃がしません!」

 

 

 

セシリアの右手に、新たな銃が握られていた。

しかしそれは、スナイパーライフルではなかった。

大きさからして、スナイパーライフルの半分の長さにも満たない小型の銃。

小銃型のレーザー銃が、その小さい銃口から光を放った。

一夏は距離を取るのと同時に、左手からライトエフェクトを生成して、そのレーザーを防いだ。

 

 

「っ!? この距離で防いだんですの?!」

 

「あっぶねぇ〜!」

 

 

完全に距離をおいた一夏。

セシリアは悔しい表情を見せながら、左手に握っていた《インターセプター》を格納し、右手と同じ小銃を取り出した。

 

 

 

「この手合いの銃は、あまり得意ではないのですが……致し方ありませんわね」

 

 

苦手だと言っておきながらも、その表情を見るに、確実に一夏を倒しに来ている。

 

 

「さぁ、所々手荒いダンスになりますが、ちゃんと付き合っていただきますわよ、一夏さん……っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





これから一夏たちとセシリアの対決を行った後、刀奈たちと明日奈たちの試合をして、決勝戦ですね\(^o^)/


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第84話 畏敬



今回は一夏・簪ペア 対 鈴・セシリアペアの対決です!




「小銃を二丁……ガン=カタってやつか……?」

 

 

セシリア・オルコット。

イギリスの代表候補生にして、イギリスでも有名な財閥の跡取りにして現会長。

同じ16歳ながら、その生き方は、一夏自身も想像を絶するものだっただろう。

イギリス貴族としてのプライドと、持ち前の負けん気と手腕を用いて、亡き両親……主に母親が残していったものを守ってきた。

そんな彼女が、今は今までの自分を捨てたかの様な姿を見せている。

 

 

 

「ええ……。これが、一夏さんを倒し得る方法の一つだと思いましたので……!」

 

 

 

先ほども言ったが、彼女はプライドが高い。

ゆえに、彼女の機体《ブルー・ティアーズ》の装備などは、一切変えずに、そのまま勝負してくるのではないかと思っていたが……。

どうやら、彼女の中に眠る闘争本能に火をつけてしまったらしい。

遠距離からの精密狙撃に自信を持っているセシリアが、あえてそれを捨て、最も苦手な近距離での戦闘にシフトチェンジするとは、さすがの一夏でも驚愕だった。

 

 

 

(ガン=カタは、てっきりシャルの領分だと思っていたんだが……)

 

 

 

同じ銃火器を使うシャルとセシリアとでは、その戦闘方法が明らかに違う。

実弾を使った面性圧力と《高速切替(ラピッド・スイッチ)》を得意とするシャルの戦い方と、第三世代型IS特有の特殊武装《BIT兵器》を用いて、全方位オールレンジ攻撃と、レーザー光線によるビーム狙撃を得意とするセシリアでは、スタイルが明らかに違う。

しかし、セシリアは今、自分とは明らかに違う戦闘方法で、一夏と対峙している。

 

 

 

「それでは、お付き合いくださいな。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる《六重奏(セクステッド)》をっ!」

 

 

 

そう宣言した瞬間、セシリアの両肩についているアンロック・ユニットから四つのフィン状の物体が飛翔し始めた。

それは今まで何度も見てきた、《ブルー・ティアーズ》の特殊武装《ブルー・ティアーズ》だ。

四機の《ブルー・ティアーズ》からのレーザーに加え、両手に持っている小銃からもレーザーが放たれる。

 

 

 

「っ!? 射撃と誘導の同時操作……っ!! 会得したのかっ!?」

 

「ええ! これでわたくしは、一夏さんに勝ってみせますわ! でなければ、開発局に問いただしてまで、この武器を作ってもらった意味がありませんわ!」

 

 

 

やる気充分なセシリア。

一夏に対して、近接戦闘を仕掛けにいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのよ! いつでも撃ってくりゃあいいじゃない!」

 

「うっ……それをさせてくれないの、鈴の方なのに……!」

 

 

 

一夏とセシリアが、意外な戦いをし始めかけている頃。

鈴と簪の二人もまた、激しい撃ち合いをしていた。

簪の装備《破軍》の特徴は、目に見えている大きな二門の高エネルギー長射程砲だ。

だが、簪は未だにそれを撃ってこない。

その代わり、その砲身の先……砲口とは真反対の位置にある四門のミサイル発射口から、両方合わせて8発のミサイルを放ち、また、スラスターに取りつけられている小型のレールガンを鈴に向け、ミサイルと同時に放っていた。

 

 

 

「ちっ、洒落くさいわ、ねっ!」

 

 

 

対して鈴は、自身の強化用パッケージに取りつけられた大砲。

《四神》の白き猛獣《白虎》を起動させて左手にトリガーを握ると、レールガンを躱して、後続から迫ってくるミサイル群に向かって砲撃。

超特大のエネルギー砲の熱が、迫り来るミサイルをことごとく撃ち落としていき、簪にすらその砲撃が迫ってきた。

 

 

 

「くっ!」

 

「ほらほら! まだ始まったばっかりよ!」

 

 

 

大刀《青龍》抜き、簪に斬りかかる鈴。

それをひらりと躱す簪。

躱すついでにそのまま距離をおいて、《破軍》の砲口を鈴に向けた。

 

 

 

「そこっ!」

 

 

二門の砲口から、鈴と同じ高エネルギーの奔流が放たれた。

重い機体を動かして、なんとか躱す鈴。

やはりかなりの重量がかかっているからか、普段通りにはいかないようだ。

 

 

 

(チィッ……! 動きの速さなら、向こうの方がやっぱり上みたいね。しかもあのブラスター……私のとほとんど同じ威力……! こっちが一瞬でも気を抜いたら、撃ち抜かれるのは私の方よね……)

 

(鈴のあの大刀をまともに食らったら、あれだけでエネルギーを削られかねない……! 機動力は私の方が上回ってるんだし、このまま押し切れれば……!)

 

 

 

鈴の大砲も、簪の長射程砲も、どちらも高い威力を持っている。

その分、チャージする時間や、砲身を冷やすために排熱をしなくてはならないため、そう連発はできない。

ゆえに、二人は即座に砲身を格納して、鈴は《青龍》を、簪は《夢現》を展開して、いきなりの接近戦。

 

 

 

「だありゃあああっ!!!!」

 

「ええ〜〜いぃっ!!!!」

 

 

超振動薙刀《夢現》。

それは開発当初から《打鉄弐式》に搭載されていた武装だ。

更識の家に生まれて、姉の刀奈は槍を、妹の簪は薙刀を修練してきた。

姉はその他にも、多くの武術を学び、今ではIS戦、肉弾戦も隙がなく、もはや達人の域に達してもおかしくないのではと思うほどだ。

そんな姉を見ていて、昔ならば嫌気がさして、向き合うことをしなかっただろうが、今は違う。

刀奈がSAOに囚われて、代理とはいえ、先代の楯無……つまり、父親と一緒に、姉の帰りを待っていながら、家の仕事を手伝っていた。

その間も、欠かすことなく、修練を積んでいった。

薙刀術はもちろんのこと、ISにおける戦術や操縦方法、空間把握能力の向上や、姉がしていたように、その他の武術の修練も始めた。

だからこそ、いま簪は、自分の力に自信を持っている。

余計な不安などは感じられない。

もちろん、目の前で大刀を振るっている鈴を相手に、真正面から斬り込むことはしないが、それでも、負ける気はしない。

 

 

 

「なに? 普段おとなしいくせに、今回は熱いじゃない……っ!」

 

「私も、いつまでもお姉ちゃんの後ろにいるわけには、いかない…っ!」

 

「はっ! 上等じゃない。なら、もっとバチバチに張り合おうじゃないの!」

 

「望むところ……ッ!」

 

 

 

鍔迫り合いの状態から、パワーが上の鈴の方から押し返され、簪は一旦距離をとった。

リーチの長さから考えれば、簪の方が優勢ではあるが、鈴の持つ大刀はとても重量のありそうな一撃を放ってくるため、安易に受け止めようとするのは得策ではない。

 

 

 

(受けるんじゃなくて……受け流す!!!!)

 

 

 

振り下ろされる一刀。

しかしそれを、簪は薙刀を少し傾けて、流すように受けた。

そして、返しの刃を懐に向けて一気に振り抜いた。

 

 

 

「へぇ〜。あんたも意外に武闘派なのね?」

 

「っ?!」

 

 

 

完全に決まったと思った。

しかし、振り抜いたと思ったのは間違いだった。

鈴の体……強いて言えば、身にまとう装甲の手前で《夢現》の刃が止まっていた。

一瞬、何故?

と思ったが、その答えもすぐにわかってしまった。

《夢現》の柄の部分を握りしめる剛腕豪手。

あのとっさの瞬間に、鈴は左手を《青龍》から離して、《夢現》を取りに行っていたのだ。

 

 

 

「あ、あの瞬間に……っ!?」

 

「まぁ〜……勘ってやつ?」

 

 

 

なんとも鈴らしいと言えばらしいのではあるが……。

 

 

 

「まぁ、そんなわけで、捕まえたわよ……っ!」

 

「くっ!」

 

「叩きおとす!」

 

「させない!」

 

 

振りかぶる一刀を、引くのではなくあえて間合いに入り込み、振り下ろされる前に腕を掴む。

これで、互いに得物と腕との摑み合い、完全にゼロ距離で組み合っている。

 

 

「ぐぬううぅぅぅ……ッ!!!!!」

 

「んんん〜〜っ!!!!」

 

 

 

パワーでは鈴が優勢だが、ここまでせめぎ合うと、うまく力を入れることは難しい。

それを計算しての行為なのか、はたまた、鈴と同じように勘だったのか……。

簪の心の奥底に眠っていた戦いの本性が、目覚めているのか錯覚しそうだった……。

 

 

「あんたも……っ、楯無さんと同じってわけね……!」

 

「な、にが……っ!?」

 

「そうやって、戦いになるとっ、熱くなるってところがよ……っ!」

 

「それは……っ、鈴も、同じ!」

 

「ははっ……! そうかもね。だって、いっつも後ろで指示だけ出してた奴が、こんなにバチバチの戦いを仕掛けてくるんだもん……!

熱くならないはずがないじゃないっ!!!!」

 

 

 

また鈴の方から弾き返した。

簪は後退しながら、レールガンを撃ち、鈴との距離をあけていく。

 

 

 

「逃がすかってぇのッ!」

 

 

鈴が大砲《白虎》を構える。

そして、充分にチャージしたエネルギーを、一気に解放した。

 

 

「こっちだって……ッ!!!!!」

 

 

簪も負けじと《夢現》を格納し、《破軍》の砲口を鈴に向け、その引き金を引く。

超強力なエネルギー砲が二閃。

鈴の放ったエネルギー砲と、簪の放ったエネルギー砲がぶつかり合う。

激しい光の拡散と爆発音……。

眩い光が、鈴と簪の二人を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、抜け出せねぇ……っ!」

 

「追い詰めますわよ、ブルー・ティアーズ!」

 

 

 

一方、アリーナの遥か上空では、二丁拳銃と四機のビットを巧みに扱い、一夏を包囲して、戦いを有利に進めているセシリアの姿があった。

以前ならば、ビットと実射撃の同時操作はできなかった……。

そこを一夏、和人に付け入られて、何度となく敗北してきた。

狙撃の腕ならば、ここの学園にいる生徒たちの中で一番だと思っている。

しかし、せっかくの特殊武装も、多種多様に使いこなせなければ意味がなかった。

ビットの操作ができても、自身の動きが制限されては、操作する意味がない。

ゆえに、ここ最近では鈴を練習相手に、何度も操作を行った。

しかし、やはり狙撃に意識を集中すると、ビットの操作が疎かになり、ビットの方に意識を集中すると、狙撃の精密性に支障をきたす。

なので、射撃とビット操作の両方を獲得するため、今回この武器を作らせたのだ。

 

 

 

 

「くうっ!?」

 

「中々しぶといですわね……!」

 

 

 

放たれるレーザーを、ギリギリで躱し続ける一夏。

レーザービーム一本一本は多角的で、他方向から迫り来るが、それらを直前で体を捻ったり、翼を操作して、回避コースを切り替えたりして避けている。

 

 

 

(このままじゃジリ貧だな……! ならば……っ!)

 

 

 

回避を続けていた一夏が、今度は自ら攻めに転じる。

三次元の動きでセシリアの間合いに詰め寄る。

 

 

 

「やはり抜けてきましたわね! ですが、ここまでですわ!」

 

 

ミサイルビットを起動させ、ミサイル四発を発射する。

眼前に迫ったミサイルを、一夏はエネルギー刃の斬撃波を放ち、全部撃墜する。

しかし、爆煙があがり、視界が悪くなったところに、レーザーが現れる。

 

 

「くっそぉっ!」

 

 

精一杯体を反らして、なんとかレーザーを躱すも、その背後からビットに狙い撃たれる。

 

 

「ぐあっ!?」

 

「終わらせてあげますわ!」

 

 

一点集中放火。

ビット、両手の小銃のレーザーを全て撃ち放つ……いわゆる『フルバースト』だ。

 

 

「チィッ!」

 

 

両手の手の甲からライトエフェクトを生成し、それをクロスさせて飛ばす。

最低限の防御壁のつもりだろうが、やはり一点集中で撃たれるレーザーを完全にせき止めることは難しく、多少の攻撃を受けてしまう。

 

 

「っ!? これでも落ちないっ?! ならば……っ!」

 

 

これでもかという火力で、一夏に対して射撃を続ける。

エネルギー切れなんて関係ない。

ここで一夏を倒すことだけを考えているかのように、セシリアは懸命に一夏を狙い撃つ。

 

 

 

(まずい……! このままじゃあ……)

 

 

 

一夏の視界に入る《白式》のシールドエネルギー残量がどんどん減っていく。

まだまだ余裕はあるものの、このまま圧倒的に攻められれば、その余裕もすぐになくなるだろう。

 

 

 

(ダメだ……このままじゃあ、負けてしまう……! カタナと箒が、待っているんだ…………こんなところで、負けるわけにはーーーーッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーツッ!!!!!

 

 

 

 

 

一夏の中で、何かが弾けた。

 

 

 

「くっーーーー!!」

 

 

 

あの時と同じ感覚……。

学園祭の時、襲撃してきたオータムを、圧倒的な剣技で半殺しにした時と全く同じ感覚だった……。

今まで射撃を避けるために、セシリアから離れつつあったのだが、突如反転させ、猛スピードでセシリアに向かって飛んでいく。

 

 

 

(っ?! なんですの? 急に動きが……)

 

 

 

何かがガラッと変わったような……動き自体が今までと全く違う。

しかし、もうあと一歩というところまで来たのだ……ここで引いては、一夏を倒せるチャンスが二度となくなってしまう。

 

 

「そこですわ!」

 

 

直線的に向かってくる一夏に対して、セシリアは容赦なく再びフルバーストを撃った。

しかし、一夏は減速するでも、ライトエフェクトを生成するのでもなく、ただ一直線に、アリーナの地面に向かって下降していった。

 

 

「っ?! いったい何を……!」

 

 

虚を突かれて一瞬判断が遅れてしまったが、一夏のあとを追うべく、セシリアも一夏と同様に下降していった。

その間も、ビットを駆使して、他方向からの挟撃を仕掛けるも、これもまた、まるで “レーザーがどこを通るのか、また、どこを撃とうとしているのかを、あらかじめ知っているかのように” 躱していく。

 

 

 

「なっ?! どうして……! なんで、あんな攻撃を容易く……!」

 

 

 

一夏はずっと前を見ているのに……一応、ISによる視界のアシストがあるとはいえ、そんなすぐに反応できるようなものでもないだろう……。

ならば、一夏はどうやってこの攻撃を躱して行っているのだろうか……。

そして、とうとう一夏が地上へと到達し、今度は地上と平行に飛んでいく。

 

 

「悪あがきを……! ですが、今度こそおしまいですわ!」

 

 

 

ミサイルビットを起動させ、残りのミサイル全弾を発射した。

上空から地上へと落ちていくので、その分の加速も相まって、ミサイルはどんどん一夏に迫っていく。

 

 

 

「ーーーー《土龍閃》ッ!!!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

ミサイルが着弾するのではないかと思ったその時。

一夏が振り向きざまに、アリーナの地面をえぐるように振り払った。

ドラグーンアーツのソードスキルの内の一つである《土龍閃》。

地面を抉り、石つぶてやら土埃が舞う中を、ミサイルが通過。当然、その衝撃によって、ミサイルは爆破し、また一夏の姿も見失ってしまった。

 

 

 

(っ……! いったいどこに行ったんですの?)

 

 

 

土煙が待っている箇所を、上空から見ていた。

未だ、一夏の姿は確認できず、セシリアは最大限の警戒態勢をとった。

ビットを各所に配置して、いつでも射撃できる態勢に入った。

すると、その土煙から、こちらに向かってくる影が一つ………。

 

 

 

「見つけましたわッ!!!!!」

 

 

 

ビット四機からの一斉掃射。

レーザーが着弾した瞬間、飛んできた影は、土煙の中からその正体を明かす。

 

 

 

「へっ……!?」

 

 

 

飛んできた物……それは、一夏の愛刀《雪華楼》だった。

レーザーによる攻撃によって、半ばあたりが黒焦げて、刃こぼれなどが見受けられた。

その《雪華楼》を見た瞬間、セシリアは罠であることに気づいた。

が、少し遅かった…………。

 

 

 

「シッーーーー!」

 

「なっ!?」

 

 

 

土煙から出てきた一夏は、自分から最も近い距離にいたビットの一つを斬り裂き、爆破させた。

一瞬のこと過ぎて、セシリアも対応が遅れてしまったが、残りの三機と両手の銃を撃ち放ち、再び一夏を包囲殲滅しようと試みるも、再びレーザーを全て躱される。

 

「そ、そんなーーーっ?!」

 

「二つ目ッ!」

 

 

背後に回っていたビットに向け、一夏は二本目の《雪華楼》を放り投げた。

切っ先がビットを貫き、二つ目も爆散する。

 

 

 

「そんな小細工で!」

 

「まだだッ!」

 

 

 

セシリアの射撃を躱して、向かってくるビットを通り過ぎる瞬間に抜刀した三本目の《雪華楼》で斬り刻む。

背後から狙い撃とうとしているものに対しては、左手で最後の四本目の《雪華楼》を抜き、エネルギー刃を飛ばして斬り裂いた。

 

 

 

「そ、そんな……っ!」

 

 

 

ありえない……。

セシリアの心の中は、その言葉だけで埋めつくされていた。

あれだけ優勢に動いていたというのに、何故、この様な事が起こってしまったのか……。

ビット四機は撃墜され、残るはミサイルビットが二機と、両手の小銃……間に合わないかもしれないが、スナイパーライフルと、あまり使ってない短剣。

手段なら、一夏以上に持っているが、刀だけを武器に、これらの防衛線を容易く飛び越えくるのが、目の前にいる少年、織斑 一夏だ。

もう武装と呼べるものは、両手に持っている二刀だけだというのに、どうしてこうも不安が拭いきれないのだろうか……。

同じIS操縦者……いや、言ってしまえば、一夏とセシリアとでは、ISを起動させてから使いこなすまでに相当な時間の差があったはず。

にも関わらず、初戦で自分に勝ち、今もまた、圧倒的な強さを持っている……。

 

 

 

「一夏さん……あなた、本当に何者ですの……っ!?」

 

 

 

これは、ある意味では恐怖に近い感覚だ。

自分の知らない事が起きすぎている様に見受けられる。

それは、一夏が男であるからなのか? そして、彼の扱う機体が、未知である第四世代型ISであるからか?

だが、そんな簡単なことで収まるだろうか?

何かもっと別の物……一夏という少年の存在そのものが、自分たちと違うのではないか……。

そういう風に思ってしまった。

 

 

「これでーーーーッ!」

 

「っ!?」

 

 

 

二刀を振り切り、再びセシリアに肉薄する一夏。

セシリアもそれに対抗して、ミサイルビットを起動させて、再びミサイルを撃ち込む。

 

 

 

「《極光神威》!!!!」

 

 

 

《白式》の翼が羽ばたく。

蒼い翼が顕現し、一瞬にして一夏の姿が消えた。

次に目にした時には、すでにセシリアの間合いに侵略していた時だった。

ミサイルは全部爆破されており、あの瞬間に、全弾を斬り裂いたのだろう。

そんな光景すら、セシリアの目には留まらなかった。

 

 

 

「フッーーーー!!!!」

 

「あっ?!」

 

 

 

一閃、二閃と剣閃が走り、両手の銃を真っ二つに断ち切られる。

せめてもの抵抗として、《インターセプター》を取り出してはみたものの、すでに喉元に刃が迫っていた。

 

 

 

「ッーーーー!?」

 

 

ほとんどゼロ距離に近いくらいに迫っていた一夏の顔。

その目を見た瞬間、セシリアの体は戦慄した。

瞳からは光らしきものは映っておらず、その眼光は、今の今まで見たことのないくらいに澄み切った蒼色をしていた……。

 

 

「……っ……っ……あ、ぁあ……」

 

「っ……あ、す、すまん! だ、大丈夫だったか、セシリア?」

 

「へ? あ、は、はい…………」

 

 

呆気にとられた。

普段と何も変わらない一夏の声……一夏の顔……一夏の目だった。

さっきまでの一夏の姿は見受けられず、今まで何度となく話し、セシリア自身も知っている一夏の姿が、そこにあった。

 

 

 

「セシリア? 大丈夫か?」

 

「あ、はい……だ、大丈夫ですわ」

 

「あの、それでさ、セシリア」

 

「はい?」

 

「その……このままリザインしてくれると……俺は、嬉しいんだけど……」

 

「へ……? あ、はい」

 

「え、えぇ? いいのか? 聞いといて何だけど、降参するって意味だぞ?」

 

「は、はい……か、構いませんわ。降参ですわ」

 

 

 

 

 

ここで、セシリアの降参宣言が出たため、セシリアの試合続行不能ということで、一夏が勝利した。

残るは…………。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……」

 

 

 

 

周りにクレーターが多数存在し、その中央部に、鈴と簪の姿があった。

互いに向けあっている砲身からは、蒸気が噴き出しており、エネルギー砲を撃った後に行われる砲身冷却を行っているようだ。

向き合う二人は、肩を上下に動かしながら、荒い呼吸を整えている。

 

 

 

「まったく……ほんとしつこいわね、あんた……っ!」

 

「り……鈴こそ……!」

 

 

 

先ほどからずっと撃っては躱し、近づけば斬り合い、離れてはまた撃ち合いを繰り返していた。

その結果が、二人を取り囲む様にできたアリーナのクレーターだ。

しかし、もうそうな悠長に戦えることもできなくなった。

それは何故か……?

 

 

 

((やばい……エネルギーが…………))

 

 

 

どんなに強力な攻撃を放ち、機動性に優れていようとも、それもこれも、それらを動かすエネルギーあっての話だ。

それらがなくなってしまえば、たちまち試合続行不可能となり、その場で敗北する羽目になる。

 

 

 

(なら、次で……)

 

(……ラストアタック……!)

 

 

 

 

互いに思っていることは同じ様だ。

二人はゆっくりとにじり寄って、簪は《夢現》を構え、鈴は《青龍》を握りしめる。

 

 

 

 

「次で決めるッーーーー!!!!」

 

「これでッーーーー!!!!」

 

 

 

二機がほぼ同時に動き出す。

大刀を振り上げ、真上から叩きつける様に振るう鈴。

それを迎え撃つ様に下から突き上げる様な攻撃。繰り出す簪。

互いの刃が擦れて、摩擦の衝撃と火花が散り、互いに狙いを定めていた目標とすれ違う。

互いに勢い余って、通り過ぎる。

鈴は刃を返して、横薙ぎに一閃するが、簪はそれを上に跳ぶことで回避した。

背中のスラスターと一体になっているレールガンの砲門を鈴にむけ、発射した。

 

 

 

「ぐうっ!? やったわねぇッ!!!!!」

 

「っ! きゃあっ?!!!」

 

 

 

鈴の放った渾身の回し蹴り。

咄嗟に《夢現》で防いだが、パワー任せの強引な蹴りを受けて、簪はそのまま仰向けに倒れた。

 

 

 

「しゃあんなろッ!!!!!」

 

 

 

バキッ という音がなり、鈴の体から装甲板が離れていく。

強化用パッケージ《四神》の一角である《玄武》がパージされ、《甲龍》本来の装甲板が露わになった。

少しは身軽になったこともあり、すぐに簪の間合いに入った。

 

 

 

「もらったあぁぁッ!!!!!」

 

 

《青龍》を振りかぶり、思いっきり振り下ろした……。

 

 

 

「ーーーーんっ!!!!」

 

 

 

《青龍》が届くよりも先に、《破軍》の砲口二つが、鈴に向いていた。

 

 

「くっ?!」

 

「バーストッ!!!!!」

 

 

高エネルギーの収束砲が火を噴いた。

ビームは鈴の持っていた《青龍》と、《四神》の一角《朱雀》の可変翼を撃ち抜いた。

《青龍》はエネルギー砲に貫かれて溶解し、《朱雀》の可変翼の一部も消失した為か、鈴の態勢が悪くなった。

だがーーーー

 

 

 

「舐めんなぁああああ!!!!」

 

 

 

ガシャンッ! と重たい金属音が響いた。

簪が視線を向けた時には既に、《四神》の一角《白虎》の砲口が、簪に向けられていた。

 

 

 

「ッ!!!!!」

 

「っ……!!!! うわあああぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

鈴がトリガーを引くのと同じタイミングで、簪は寝た状態から後ろ周りに体を転がし、直撃は避けた。

だが、背中に設置してあった《破軍》のスラスターに、鈴の砲撃が当たってしまった。

スラスターの一部が消失したのが確認できて、なおかつそこは動力部にも近い位置だった。

これが意味することは、あと数秒で爆発してしまうという事だ。

 

 

 

「くっうぅッ!」

 

 

 

簪は即座に、《破軍》と自身とを切り離した。

その後、《破軍》は爆発し、鈴と簪の間で、大きな衝撃波が生まれた。

前方からとてつもない衝撃が遅い、その勢いに従う様に、簪から離れる鈴。

逆に、背中からの衝撃を受けて、地面に落ちそうになる簪。

咄嗟に《打鉄弐式》の方から『自動姿勢制御』の表示が出されたが……簪は、これを拒否した。

 

 

 

「いっけぇええええええッーーーー!!!!」

 

 

 

地面とは逆さになった状態で、それでもなお、体に捻りを加え、鈴の方へと体を向けた。

そして、その手に握っていた《夢現》を握りしめて、思いっきり投げ込んだ。

 

 

 

「あーーーー!!!!??」

 

 

 

爆炎の中、その中を通ってくる一筋の光。

その正体が、簪の持っていた《夢現》だと、鈴が理解したのは、その刃が既に、鈴のシールドエネルギーを貫いた瞬間だった。

 

 

 

「ああああぁぁぁぁッーーーー!!!!!」

 

 

 

シールドエネルギーを貫かれた衝撃と反動が、鈴の体を遅い、そのまま仰向けに倒れた。

《甲龍》のシールドエネルギーが完全に消失した為、この試合に決着がついた。

 

 

 

『試合終了。勝者 織斑 一夏、更識 簪』

 

 

 

アリーナのアナウンスが、この激闘の勝者を告げる。

その瞬間、アリーナからは割れんばかりの大歓声が投げかけられ、凄まじい戦いを繰り広げた両ペアには、賞賛の声も投げかけられた。

 

 

 

「ううっ〜〜〜……また負けてしまいましたわ……」

 

「ふぅ〜……。でも、今回はギリギリだったぜ? セシリア、いつの間に同時操作なんて会得したんだよ……」

 

「うふふっ。それは秘密ですわ♪ 女は時として、一つの目標に向かって走るのに、がむしゃらになる事だってあるのですわ!」

 

「あっははっ……。なるほど、じゃあ、今回俺が苦しめられたのも頷けるな。でも、結果的には俺の勝ちだがな」

 

「くうぅっ〜〜〜〜!! 次は勝たせていただきますわ! 次こそは、ほえ面をかかせてあげますわ!」

 

 

 

ピシッと指をさして宣言するセシリア。

たとえ負けようとも、イギリス貴族としての誇りを守る……。

紳士よりも毅然とした態度で言い放つ彼女は、とても凛々しく見えた。

 

 

 

 

「鈴! 鈴! 大丈夫っ?!」

 

「ん、んん〜〜……!」

 

「鈴!」

 

「うっさいわねぇ……聞こえてるっての……」

 

 

 

アリーナの地面に倒れていた鈴。

エネルギーが切れ、IS展開もままならなくなったのが、その体からは既にISが消えていた。

そんな中、ゆっくりと上体を起こす鈴を、簪は隣で心配そうに見ている。

そんな表情を見せる簪の顔を、鈴は両手を引っ張った。

 

 

「い、いひゃい、いひゃい! な、なにふるの、鈴っ?!」

 

「よくもやってくれたわねぇ〜〜っ! 結構痛かったじゃないのよ……っ!」

 

「だ、だから、ごふぇんなふぁい〜〜……っ!!」

 

 

 

普段は大人しくてぶっきらぼうな簪が見せる、面白い顔。

そんな顔を見ていたら、鈴も自然と笑っていた。

 

 

 

「ハァーア……負けちゃったなぁ〜。それに装備自体もこんなになっちゃったし……」

 

「そ、それは、仕方ないよ……戦いの結果だもん」

 

「まぁ、いいわ。どうせこれ試作品だし、データは十分に取ったから、上には文句言われないでしょう」

 

「苦情は、くるんじゃない?」

 

「それは責任者が取るからいいのよ」

 

「それ、勝手だよ」

 

「いいのよ。データを取るのが私たちの仕事でしょう? なら、責任取るのが責任者の仕事よ」

 

 

 

鈴は立ち上がり、パタパタと体についた砂を払う。

 

 

 

「ほら、あんたもこんな所にいないで、さっさと次の試合の準備に戻りなさいよ。

そのままで戦うっていうんなら、止めはしないけどさ」

 

「う、うん……体は、大丈夫だよね?」

 

「ん。全然平気よ……。むしろまだやり足りないくらいだし」

 

「そっか。それだけ元気なら、大丈夫だね」

 

「そういう事。ほら、一夏が待ってるわよ」

 

 

 

簪の後方を指差し、こちらに向かってきてる一夏とセシリアの姿を視認した鈴。

それにつられて、簪もそちらに視線を持っていく。

鈴との対戦に集中していたため、二人の戦いを見ていなかったが、言うまでもなく、一夏が勝ったのだろう。

笑顔の一夏と、拗ねたような表情をしたセシリアの姿を見た。

 

 

「簪」

 

「ん? なに?」

 

「勝ちなさいよ……楯無さんにも」

 

「っ……!? ……うん。頑張るよ……っ!」

 

「そう……その意気よ!」

 

 

 

 

鈴の出した手のひらを、簪も同じように手を出す。

パァン! と大きくハイタッチを決め、鈴はセシリアに抱えられ、一夏と簪はともに飛んで行った。

 

 

 

 

「ハァーア……で? あんたはどうだったの? 少しは一夏を追い詰めた?」

 

「ええ……。ですが、最後の最後に、目測を誤りましたわ」

 

「ん?」

 

 

 

 

どこか怯えたような……それでいて、恐れを感じさせるような声色だった。

ただ恐怖しているというわけでは無い。

その中には、畏敬という敬意のにも満ちた何かを感じた。

 

 

 

「どうしたのよ?」

 

「鈴さん……一夏さんは、ほんとにとんでもない方ですわ」

 

「……いきなりなに?」

 

「いえ……。わたくしの考えすぎかもしれません。ですが、鈴さんも、一夏さんと戦う時があれば、自ずと分かると思いますわ……」

 

 

 

 

ゴクリの息を飲むセシリアの表情は、なんとも迫真に思えた。

 

 

 

「一夏さんは……わたくしたちよりもはるかに上……国家代表レベルの技術を持っているかもしれませんわ……!」

 

 

 

 

 

 






次回は、明日奈・シャルペア 対 刀奈・箒ペアの試合をします。

その後、決勝戦へと行き、今回のタッグマッチ戦は終了となります。
その後は、ワールドパージなんかをやって、運動会、京都編へと行き、ファントム・バレット編へと行きたいかなぁ〜と思っております。

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第85話 クロス・コンバット


今回は刀奈・箒ペアと、明日奈・シャルペアの戦いです!




セシリア・鈴のペアと、一夏・簪のペアとの対戦が終わり、それに勝利した一夏たちが、ベスト4に進出した事になる。

その他のアリーナでも、ベスト8に進出したペアたちとのバトルが繰り広げられており、着々とベスト4行きを決めていった。

そして、残る試合はもう一組の専用機持ち対決だ……。

 

 

「シャルロットちゃん、機体のインストールは終わったの?」

 

「はい、バッチリです! 明日奈さんの方も、チェックは終わったんですか?」

 

「うん! 問題無いって、ユイちゃんとも確認したからねー」

 

 

 

来るべき対戦の相手は、今まで以上に苦戦を強いられるであろう相手。

学園最強と謳われている刀奈と、純粋な最新鋭の第四世代機を駆る箒だ。

先の対戦では、刀奈が和人を、箒がラウラを相手に戦ったが、刀奈の新装備と箒の新たな戦い方……強いて言うならば《剣舞》と呼ばれるものの登場によって、優勝候補の一角であった和人たちが敗北した。

 

 

 

「えっと、確認だけど……シャルロットちゃんが、カタナちゃんの相手をするんだよね?」

 

「はい。現状を考えるなら、僕のスピードじゃ、箒を捉えられないので、同じスピード勝負に持っていける明日奈さんがいいと思います」

 

「でも、今のカタナちゃんは、はっきり言って無敵だと思うよ……。

キリトくんが、あぁ言う風に一方的に倒されるなんて……正直、私もビックリしたよー」

 

「はい……でも、僕なら、それもなんとかできるかもしれません。

和人は剣でしたけど、僕は銃が基本ですから、なんとか食らいついていくことはできます……!」

 

「うん……わかった。じゃあ、カタナちゃんの相手は、シャルロットちゃんに任せるね?」

 

「はい!」

 

「よーし! それじゃあ、いっちょ頑張りましょう〜〜!!!!」

 

「おー!」

 

 

 

ふわふわキラキラしたような雰囲気を醸し出す控え室の室内。

しかしこの二人が、今の今まで開始即行で勝負に出て、悉く相手を叩きのめしてきているのだから、人は見かけによらない。

今回は、シャルも今回は刀奈が相手ということもあり、本国から送られてきた新型のパッケージを既にインストールし終わった。

優勝することが目標ではあるが、ここではある意味で、自分との戦いでもある。

自分が、学園最強の存在にどこまで近づけるのかどうか……。

自分自身の力量を測るのにもいいチャンスだ。

漲る闘志を心の内に秘めて、二人は決戦の舞台へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

「アスナたちは大丈夫だろうか……」

 

「心配してしょうがないだろう……。こればっかりは、戦う者たちの問題だ。その結果が勝敗として出るんだ。

我々は黙って見届けるしかできん……」

 

「でもよぉ……カタナのあれは、ちょっとやりすぎだっつーの」

 

「まぁ、それについては、私も遺憾ながらそう思う」

 

 

 

アリーナの観客席にて、ラウラとともに明日奈たちの試合を見守る和人。

自分たちを負かした、刀奈と箒が相手で、恋人たる明日奈の無事を祈らざるをえない。

 

 

 

「にしても、カタナの奴……本気で俺を殺しに来たのかと思ったぜ」

 

「そうでもしなければ、お前に勝てないと思ったのだろう……。しかし、途中まで見ていたが、お前が終始押されっぱなしだったのは、意外だったがな……」

 

「………」

 

 

 

序盤は良かった方だと思う。

しかし、刀奈が新装備《クイーン・ザ・スカイ》を出した時から、そのバランスが崩れ始めた。

 

 

 

「もう少しやれると思ったんだけどなぁ……」

 

「まぁ……あの女は、そうやって自分の手札を惜しみなく披露するやつだからな。

それに、そもそもの操縦技術が、お前とは違うんだ……伊達に現役の国家代表を名乗っているわけでは無いということだろう」

 

「ラウラでも、カタナを相手にするのは荷が重いのか?」

 

「腹立たしいがな……。奴の実力は本物だ。肉弾戦、IS戦ともに奴には敵わなかった」

 

 

 

ラウラとて、ドイツIS部隊の小隊を率いる小隊長を務めている。

それにはまず、その小隊の中でも高い操縦技術を有していなければならないはずだ。

現に軍でも少佐という立場にある。

そのことを踏まえて考えれば、ラウラはIS戦において、高い戦闘能力を有していると言っていいだろう。

以前も、セシリアと鈴の二人がかりで挑んで、圧勝したほどだ。

 

 

 

「まぁ、それを言うならば、師匠もなんだがな……」

 

「チナツか……。あいつ、マジで凄いよなぁ……」

 

 

 

 

ラウラが勝てない相手がもう一人。

刀奈の恋人である一夏だ。

箒と同じ第四世代機を駆り、そのシステムを駆使した戦闘技術と手段の多さには、この学園にいるすべての代表候補生たちが一目置いている。

いや、代表候補生や専用機持ち達だけでは無い……ここにいる生徒や教師達も一様に認めている。

日本刀で戦うその姿は、彼の姉である織斑 千冬を彷彿とさせるし、ここ最近起きた学園襲撃事件でも、単独でテロリストを撃退した。

一夏はもはや、代表候補生以上の実力を持っていると見ていいだろう……。

しかし、問題はそこではない。

それほどの技術を、一夏はいつの間につけたのか……。

刀奈と特訓をしているのは知っている。

ラウラや和人、それ以外の専用機持ち達とも訓練をしているのも知っている。

だが、だからと言って、あまりにもその進歩が速すぎると言う点だ。

 

 

 

 

「あいつが、あそこまで強くなるとは思ってなかったんだけどなぁ……」

 

「……その点で言うならば、師匠と更識 楯無の二人には、共通する点がある」

 

「え?」

 

「師匠は……SAOの中でも、暗部の活動が多かったのだろう?」

「ああ……。そう聞いているし、俺もアルゴから少なからずそういう情報を耳にしていたからな」

 

「おそらくそれが関係しているんだろう……」

 

「ん? どういう意味だ?」

 

「考えてもみろ。私は今まで、ISでの訓練を受けてきた……現実世界で、人間相手に戦闘技術を磨いてきた。

だが、お前達はその逆だ。SAOの……アインクラッドという城の中で、多くのモンスターと戦ってきた。

だから初め、私はALOでの戦闘には違和感があった……いかにリアルに感覚を近づけていると言っても、多少なりとも感覚の誤差を生じるからな。それに、モンスターという異形の存在との戦い方にも、多少手間取ったしな。

和人たちはその逆だろう……モンスターと戦う機会が多く、その戦い方に慣れている……」

 

「つまり、プログラム化されたモンスターたちと戦うのに慣れたから、対人戦になるとダメだっていうのか?

だが俺たちだって、デュエルなんかで対人戦は経験してるんだぞ?」

 

「だがそれは、剣と剣の戦いだろ? ALOには魔法もあるから、遠距離に対応した技もあるが、近接戦に特化した和人や他の者たちが、いきなりIS戦をすれば、その戦い方が染み付いているお前たちでは、最初は良くても、後になればその戦術に慣れてきて、それに対応される……」

 

「チナツとカタナは、それが無いっていうのか?」

 

「私が二人に感じた事で共通した物は、戦い方が自由自在……千変万化であるということだ」

 

「自由自在?」

 

「例えばだが、師匠は決して刀だけでは戦わない……鞘をも打撃武器として使うし、拳に蹴り、常に変わる戦況に対応しているかのように、その戦い方を変えてくる。

おそらく、暗部での活動の中で覚えたのだろうな。

そしてそれは更識 楯無にも言える。あれだけ扱いづらい長槍を、二本使う時点で、奴の器用さが表れているだろう……。

間合いに入る者には槍が繰り出され、離れていてもそのリーチの長さを生かして、自ら間合いに入っていく。

それに、奴は槍以外にも多少の武器は扱える……近代武器である銃も、無手での戦闘もまた然りだ」

 

 

 

 

以前一夏が、刀奈と道場で組手をしたことがあるという話を思い出した。

一夏は基本的な合気の型……昔、箒の実家である篠ノ之神社とともにあった篠ノ之道場の門下として教えを受けていた時に習った物らしいが、それに付け加え、SAOで習得した体術スキルを組み込んだ型で勝負を挑んだが、その結果は、惨敗だったそうだ。

一夏から聞いた話だが、刀奈が使った武術は、古流武術、合気柔術、カポエイラ、そして体術スキル……。

まるで武術の展覧会の様だったそうだ……。

一夏も多少は抵抗した様だが、それでも、最後まで刀奈を畳に倒すことは出来なかったと話していた。

 

 

「どうだ? あの二人は、言ってしまえば体そのものが武器と同じだ。

IS自体の機能性も合わせれば、これはもうある種のチートと言う物なのだろう?」

 

「まぁ……だな……」

 

 

 

刀奈のことはわかっていたが、まさか一夏もそれに含まれていたとは……。

自分とて、アインクラッドを攻略する為に最前線で戦ってきたから、多少実力はあると思っていた。

現に、最初の方はその剣技をもって勝ち星を重ねてきた……だが、銃を相手にするとその戦い方だけでは通用しなくなってきたのも事実だ。

 

 

 

「ラウラ……この試合が終わったら、少し付き合ってくれないか?」

 

「ふっ……良いだろう、私もお前の剣技には興味がある。終わったすぐに使われていないアリーナに行くぞ」

 

「あぁ、頼むよ……俺に、ISの戦い方を教えてくれ!」

 

「ISの戦い方か……ふふっ」

 

「ん? なんだよ、なんか変なこと言ったか?」

 

「いや……以前私も、教官に同じことを言ったのでな……つい昔を思い出してしまった」

 

「へぇ〜。それって、ラウラがまだドイツにいた時だよな?」

 

「ああ……。憧れだった教官の強さを知って、私もそうなりたいと思った。そして、教官の教えを一切忘れない様に、必死で習得していた」

 

「じゃあ、その教えを、俺もしっかり学ばなきゃな……!」

 

「ああ。ただし、覚悟はしておけよ? 教官の教えは、誰よりも厳しいからな……!」

 

「お、おう……。お手柔らかに頼むよ……」

 

「ふん……それはお前次第だ、和人」

 

 

 

 

苦笑いをしながら、妙にウキウキとした表情で笑うラウラを見る和人だった……。

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ時間ね。箒ちゃん、行こうか」

 

「はい。行きましょうか」

 

 

 

先の戦い……和人とラウラのペアとの対戦で、何かを掴んだような表情の箒。

そんな箒を見ながら、刀奈は頼もしいと思うように笑っていた。

この戦いで、箒は着実に成長してきている。

それはとても良いことだと思う。

いずれ、この世界では大きな波乱が起きるだろう……。そんな時に、自分の身を守れるのも、大切な何かを守るのも自分でなくてはならないのだから。

しかし、刀奈が懸念せざるをえない人物が一人……。

 

 

 

(チナツ……さっきの戦闘技能は、もう代表候補生のそれを超えている……ヴァルキリー……いや、下手をすれば、ブリュンヒルデに届くくらいに……)

 

 

先ほどモニターで見ていたセシリアと一夏の勝負。

セシリアはここ最近で、ビット操作の腕を上げたと思う。

しかし、一夏の技能がそれを上回っていた。

 

 

(ビット兵器自体、まだ世界でも二機しか採用されてない……。セシリアちゃんのブルー・ティアーズと、チナツを手こずらせたサイレント・ゼフィルス……。私のランサー・ビットも含めれば三機しかない……。なのに、一夏はもうその兵器に対応し始めた)

 

 

 

ここでは、もう何度も見ている兵器とはいえ、ああも対応しきれるものだろうか。

ましてや、一夏はまだ、ISに触れて半年しか経っていない。

今考えればその驚異的なスピードで戦闘慣れしている一夏には、正直恐れすら感じる。

 

 

 

「楯無さん?」

 

「あ、う、うん! 行きましょうか」

 

「どうしたんですか?」

 

「ううん。なんでもない……ちょっと考え事をね♪」

 

「は、はぁ……」

 

「ンフッ、もおぉ〜気にしない気にしない〜♪」

 

「だぁー! 何度も掴もうしないでください!」

 

「良いではないか、良いではないかぁ〜♪」

 

 

 

両の手を閉じたり開いたり、それを見た瞬間に箒の表情は青ざめて行き、絶対に捕まらないように急いでカタパルトデッキへと逃げるのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、先に行ってるね、シャルロットちゃん!」

 

「はい、僕もすぐに行きます!」

 

 

 

カタパルトデッキに足を乗せ、高速でアリーナ内へと飛翔する。

白を基調とした機体に、紅いラインの入った超軽量型の機体。イタリアの第三世代機である《テンペスタ》の発展型だ。

接近戦に特化した機体は、明日奈の反応速度に合うように娘のユイと調整してきた。

アリーナの中央に飛んで行き、スカートアーマー部分に自身の愛剣《ランベントライト》を展開し、いつでも抜剣できる状態で待機している。

そしてその後ろから、オレンジの機影がこちらに迫ってきた。

 

 

 

「シャルロットちゃん、システムの具合は?」

 

「問題ないです。ユイちゃんにも少し手伝ってもらいましたから、なんとか間に合いました……!」

 

 

 

明日奈の今回のパートナーであるシャルだ。

今回は、フランス本国にあるシャルの会社の開発部から送られてきたパッケージの試作をテストするようにと通達が来ていた。

会社からの要求ということは、シャルの父からの依頼という事になる。正直気が進まないと思ってはいるが、自分は代表候補生であり、所属はそのデュノア社のテストパイロットという事になっているので、従わざるを得ない状況だ。

しかし、今回ばかりはいいタイミングで来たなというのが印象だった。

まぁそれは、臨海学校の時もそうだったのだが、今回はなんせ学園最強が相手なのだから、新装備がどこまで通用するのかを試すいい機会だ。

 

 

 

(それに今回は、僕自身の挑戦でもあるわけだし……!)

 

 

 

今回の対戦は実にいい機会だと、正直思っていた。

シャルは自身を、まだ大人しい性格だと思っていた。無論、それには理由がちゃんとある。

それは周りの代表候補生たちの面子や性格の事を考えてのことだ。

周りの代表候補生たちは、みんなが個性的……というより、個性が強いと言った方がいいだろうか。

これぞ日本の武士道を歩む者と思わせる言動を行う箒。

貴族であり、そのプライドや騎士道精神、誇りを何より大事にするイギリス出身のセシリア。

その荒々しい性格や、サバサバしたような印象を持たせるが、才能の一端を現している中国の鈴。

一度は落ちこぼれという烙印を押されてもなお、今ではドイツのIS部隊の隊長を務める優秀な少佐殿へと昇進したラウラ。

刀奈の妹と言う比較の対象になりやすい状況でも、刀奈が認めるほどの実力を兼ね備えている簪。

その事を踏まえると、自分も似たような事はあった。

自分は、父と愛人との間に生まれた子供……つまり、本妻の子ではないということだ。

そんな微妙な立場で育った故に、あまり自分から主張をするという事をして来なかった……。

だが、ここ最近では、一応好意を寄せている一夏をめぐって、色々と周りの代表候補生の面々と駆け引きをしながら刀奈のいない時にでも、一夏との交流を積極的に行うようにして行っている。

こうなったのも、ひとえに一夏との出会い故だろう。

そして、いまから戦う相手は、その一夏の最愛の彼女。

その上『学園最強』だ。

少しばかり気が立っているのだろうか……いまから戦うのが楽しみでしょうがない。

 

 

 

「明日奈さん……」

 

「なに?」

 

「僕……とっても楽しみです……!」

 

「っ…………うん。私も……ちょっと、燃えてきちゃったかも……っ!」

 

 

 

 

二人が視線を前に向けた時、反対側のカタパルトから、刀奈と箒の姿を視認した。

 

 

 

「箒ちゃん、どっちの相手をする?」

 

「……本来ならば、以前模擬戦で負けたシャルロットにリベンジを挑みたいところですが、今回は明日奈さんを……」

 

「あら、珍しい……。一体どうしたの?」

 

「べ、別に深い意味はありません……。ただ、私では、シャルロットとの相性が合わないので……」

 

「ほほう〜……。そこをちゃんと理解できるのは、えらいことだぞぉ〜♪ 良い子良い子〜♪」

 

「ちょっ、もう! からかわないで!」

 

「いやん♪ 冗談だってばぁ〜♪」

 

 

 

相変わらずこちらも仲が良いことで……。

いつも他人のペースを掴み、自分のペースに持っていく刀奈の事を、以前一夏は『人たらし』だと表していたのを、シャルは思い出した。

確かに、人の心に付け入るのは得意そうだというのが、第一印象だったような気がする。

 

 

 

「じゃあ、私の相手はシャルロットちゃんで……」

 

「もちろん、僕もそのつもりです」

 

「あら、もしかして両想い?」

 

「そ、それはどうかは変わりませんけど……! でも、今一番に、会長に勝負を挑んでみたいと思っているのは、事実です……っ!」

 

「あらら、私ったら大人気? いいわよ、生徒からの挑戦を受けて立つのが長たる生徒会長の務めですもの……。

学園最強、更識 楯無が、その勝負受けて立つ!」

 

「未熟者ですが、更識会長……全力で挑ませて頂きます!」

 

 

 

その手に銃を、槍を握り締めて、二人は互いに構えあった。

今までに使ってこなかった銃を、シャルロットは展開している。

彼女の実家、デュノア社から送られてきた新兵器だろうか?

 

 

 

「私の相手は箒ちゃんかー。お手柔らかにお願いします」

 

「またまたご冗談を……。あなたの力量を見誤るほど、私の目は腐ってはいませんよ、明日奈さん」

 

 

 

対してこちらは冷静に、というよりは神妙に対峙していた。

紅と白……手に持つ武器は刀と剣……互いに機動性を生かした高速戦闘を得意とする者同士。

しかしその眼には、確かな闘志の炎が宿っていた。

 

 

 

「それは箒ちゃんの過大評価だよー。私はキリトくんやチナツくんのように戦えない……。

でもまぁ、それでも勝ちに行くからね……っ!」

 

「望むところですよっ……! 私も、まだ負けるわけにはいかないですからっーーーー‼︎」

 

 

 

両手に二刀を展開する。

対して明日奈も腰に下げている愛剣の柄を掴み、ゆっくりと抜き放つ。

シュランっ……! と、綺麗な音を奏でた剣の刀身は、光輝いて見えた。

切っ先を上に向けたまま、《ランベントライト》を胸元へと持っていく。

その姿はまるで、中世ヨーロッパに実在した聖騎士のようで、いつもお淑やかな雰囲気で包まれている明日奈の姿が、この時ばかりはとても神々しく見えた。

騎士団副団長にまで抜擢されただけの実力を兼ね備えている明日奈の剣技。

それをIS戦という形で体感できるのだ……それも、本気の本気で。

和人ではないが、これはこれでやりがいがあるというものだ。

そして、その四人の戦意が消え去るよりも遥かに速く、アナウンスによるカウントダウンが始まった。

数字が減っていくごとに、四人は距離を少しずつ開けていく。

互いの間合いにの外まで下がっているのだ。

やがてカウントダウンが終わりに近づきつつあるその瞬間、一番先に動いたのは…………明日奈だった。

 

 

 

 

「やあああッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

開幕速攻。

突然の奇襲に箒は驚きつつも、体が勝手に反応して、体を半歩後ろに引かせた。

だが、それよりも速く、明日奈の剣が箒に届いた。

おそらくは肩口を狙ったのであろう一撃が《紅椿》の装甲を掠る。

装甲の切っ先が触れ合った場所からは、キリリッという擦れたような音が聞こえた。

 

 

 

(速すぎる……ッ!? いつ間合いに入ったっ?!)

 

 

 

明日奈の戦い方は知っている。

細剣という独特の刀身で、突き技に特化した剣を使い、その連続突きの速さは、もはや超速にまで達すると思われる。

そして、彼女の二つ名《閃光》という名は、その驚異的なスピードから、周りのプレイヤーたちのインスピレーションを元につけられた名前だ。

現に今、箒からすれば、光り輝く刀身がまるで流星のように顔の横を通り過ぎたように感じたはず。

その速さは、和人、一夏、刀奈の三人が認めるほど……。いや、SAOでの彼女の戦いっぷりを見ている者たちですら認めている。

 

 

 

「くっ……! これは……!」

 

「行くよ‼︎」

 

 

 

高速で光の雨が降り注いだ。

細剣の上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》。

8連撃の高速刺突技が、箒の目にも留まらない速さで繰り出されていく。

急いで展開装甲の一部を盾のように前に出して防ぐが、猛烈な攻撃に反撃の糸口が見つからない。

 

 

 

「ええい……っ! 篠ノ之流剣舞、戦の舞《裂姫》ッ!!」

 

 

《空裂》を逆手に持ち、《雨月》と共に右回りに回転斬り。流れる剣閃が四閃。

だが、明日奈はバックステップで躱し、再び飛び跳ねるように攻め込んでくる。

 

 

 

「くっ!?」

 

「まだまだ!」

 

 

細剣は突き技に特化しているとはいえ、剣は剣だ。

突き技だけではなく、斬り技もある。

上段からの斬りつけかと思いきや、急にしゃがんで斬りつけてくる。

 

 

「なっ、んのっ!」

 

 

飛び跳ねて避けると同時に、右足部分の展開装甲を起動。

足のつま先からエネルギーブレードを生成し、明日奈に対して斬りつける。

明日奈は脚部のブースターを吹かせて、回避行動を取るも、エネルギーブレードの切っ先が《閃華》のアンロック・ユニットのアーマーを掠る。

 

 

 

「うわっ、あっぶない……っ!」

 

「っ……!」

 

 

苦虫を噛んだような表情を作る箒。

あれだけ攻め込まれて、こちらの反撃もあまり与えられていない。

状況判断と反応速度が速いのだ。

 

 

 

「箒ちゃんのその装備は厄介だなー……」

 

「…………」

 

 

 

いやいや、あなたの方がもっと厄介だろう。

そう言いたいが、今はそんな余裕がなかった。

無自覚なのだろうか? ほんわかしたような表情でそんなことを言われるとは思わなかった。

しかし、このままでは、またしても明日奈に攻め込まれてしまう。

明日奈の専用機《閃華》に取り付けられた高機動パッケージである《乱舞》の小型ブースターをうまい具合で使ってきている。

おそらく、シャルと共に特訓を重ねたのだろう……。

もともと人に教えるのがうまいシャルと、それをうまく飲み込める明日奈の二人だからこそこれほどの速さで技術を習得したのだろう。

 

 

 

「さあ、行くよ、箒ちゃん!」

 

「っ! 私こそ!」

 

 

 

出し惜しみをすれば、たちまち持って行かれる。

箒は《紅椿》の展開装甲を機動させる。

紅いエネルギー翼が現れる。

 

 

 

「やあああっ!!!!!」

 

「はあああっ!!!!!」

 

 

 

細剣と日本刀が激しくぶつかり合う。

そしてその周りでは、光りが迸り、また水が形づくって飛び散っている。

 

 

 

 

「へぇ〜、その装備、面白いわね」

 

「はい。父の会社が作った物だというのが、少し癪なんですけどね……!」

 

 

 

そう言いながらも、シャルは新装備である銃を二挺………二門の銃口がついたサブマシンガン。

そこから青白い雷電が奔る。

新武装……リニアサブマシンガン。

絶え間なく迸るリニア……電気による弾丸は、まっすぐ刀奈めがけて飛んでいく。

刀奈はそれを《龍牙》に纏わせた水流で弾いていく。

まるでバトンを振り回して競技を見せる新体操の選手のように、《龍牙》を体全体で振り回す。

一つ一つの雷弾を、確実に断ち切っていく。

 

 

 

「っ! 水は電気を通すものじゃなかったけ……?」

 

「あら? シャルロットちゃんも、もう少し勉強が必要ね……」

 

「と、言うと?」

 

「ナノマシンで出来た水は、確かに電気を通す……でも、それを水の中のナノマシン同士で電流の流れを作って、『滞留』させておけばどうでしょう?」

 

「っ! あ〜……じゃあ、それって……」

 

「そう……電気は水の中で止まり、私は感電しないって事なのよ♪」

 

「ううっ〜……! それは計算外でした!」

 

「それはまた、残・念・賞ッ!」

 

 

 

なるべく距離を保ちたいシャルは、付かず離れずの戦法をとっていくが、刀奈がそれを許さない。

水を自在に操り、『アクア・ヴェール』を生成して雷弾を防ぐ。

そして、左手に蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を召喚し、それを振り切る。

 

 

 

「もらったあぁぁッ!!」

 

「やばっ!」

 

 

 

水で出来た刃が、まるで鞭のようにしなって、シャルに迫ってくる。

後ろに引くのは無理。上昇して躱すにはタイミングが遅すぎる……。ならば、どうするか……。

 

 

「ふうっ!」

 

 

全身から力が抜けたかのように、シャルは《リヴァイヴ》と共に降下していく。

その上を、刀奈の《ラスティー・ネイル》が横切る。

あのままだったなら、間違いなく斬られていただろう……。

 

 

「集中を切らさない!」

 

「くっ!」

 

 

 

しかし、その上から再び槍が落ちてくる。

槍の5連撃ソードスキル《リヴォーヴ・アーツ》。

シャルは咄嗟に盾を構え防ぐも、元々体勢が悪い上に、重攻撃系のスキルを使われては、バランスを維持することはできない。

スキルの衝撃によって、シャルは地面に向かって叩き落される。

 

 

「ぐっ……ぐうぅぅ……ッ!!!?」

 

 

《リヴァイヴ》のアンロック・ユニットについている四枚の翼を広げ、空気抵抗を調節して落下を免れた。

しかし、それに追い打ちをするように、再び《ラスティー・ネイル》が振り下ろされる。

 

 

「これ以上はやられない!」

 

「あら、対応が速いこと」

 

 

 

《ラスティー・ネイル》の刃が落ちてくる前に、シャルは体勢を立て直して横に跳ぶ。

 

 

 

「接近すればッ……! 行くよ、リヴァイヴ!」

 

 

両手のリニアガンを連射しながら、シャルは刀奈との距離を詰める。

 

 

 

「ヘェ〜……。いいわ、来なさいな……!」

 

「その余裕を、今から打ち消してみせます!」

 

 

そう言いながら、シャルは右手に持っていたリニアガンを量子変換して格納し、《リヴァイヴ》の腰部アーマーから何やらスティック状のものを取り出した。

一瞬のことで、ちゃんと確認は出来なかったのだが……シャルがいつも使っている短剣《ブレッド・スライサー》よりも小さいブレードのようだ。

しかし次の瞬間、その短い刀身からリニアガンと同じ青白い雷電が現れた。

それは剣のような刀身を形成していき、やがて、細長い剣……細剣……いや、サーベルのような形へと成していった。

 

 

 

「やあああああッ!!」

 

「ふふっ……その意気や良しッ!」

 

 

 

刀奈は《ラスティー・ネイル》を捨て、即座にもう一本の槍《煌焔》を取り出し、右手の《龍牙》と共に、シャルの斬撃を受け止めた。

 

 

 

「ふっ……! リニアサーベルってとこかしら?」

 

「これなら、実弾だけしか装備のない僕のリヴァイヴでも、やりあえる!!!!」

 

「ほう? 随分大きく出たものね……。ならばその力、存分に見せてもらおうかし、らッ!!!!」

 

 

 

シャルを両槍で弾き、仕切り直し。

 

 

 

「シャルロット・デュノア! 行きます!」

 

「更識 楯無!来ませい!」

 

 

 

再び接近戦へと持ち込む。

真紅の長槍と、蒼白の剣が合わさりあう。

そのアリーナに、再び閃光が閃いた。

 

 

 

 





次回でこの試合の決着をつけて、ようやく準決勝。
サクサクと終わらせて、決勝戦へと持っていきたいですね(⌒▽⌒)

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第86話 ライトニング・スピード


今回は、刀奈・箒ペアと、明日奈・シャルペアの決着です。



「箒ちゃん、やっぱり強いね!」

 

「明日奈さん、自分も充分強いって事を自覚してくだ、さい!」

 

 

 

二刀と細剣が幾度も打ち交わされる。

まるで光の雨、流れ星のように飛んでくる明日奈の剣戟を、正直、箒はよく凌いでいると思う。

それを《紅椿》の展開装甲を駆使してだが、初撃の刺突からはあまり攻撃をもらっていない。

だが、こちらの攻撃をするタイミングは減る一方であるのも事実だ。

 

 

 

「篠ノ之流剣舞 《月影》‼︎」

 

 

《雨月》と《空裂》を逆手に持って、二刀を交互に下段から切り上げる。

この技は、一夏の使うドラグーンアーツ《龍翔閃》に酷似している。

ただ違うのが、一夏の方が速いというのと、箒の場合、一撃を躱しても続いてくる二撃目があるという事だろう。

 

 

 

「これはっ……!」

 

 

 

さすがに間合いに入った距離ならば、躱されることもなく、明日奈は《ランベントライト》で受ける。

だが、受けて衝撃を利用し、そのまま後方へと引き下がってしまった。

咄嗟の判断で、強固に守りを固めるのではなく、そのまま勢いに任せて後退したのだ。

この判断力もまた、SAO……アインクラッドでの戦いで覚えたのだろうか……。

 

 

「ふぅー。その箒ちゃんの《剣舞》も、中々に手強いなぁ」

 

「それで防いでいる明日奈さんこそ、私には『手強い』という印象を受けるのですが……」

 

「私は別にそんなんじゃないよ。相手が箒ちゃんだから、たまたま防げているだけなんだもん。

これがセシリアちゃんや、シャルロットちゃんが相手になると、私の戦い方じゃ、とてもじゃないけど歯が立たないよ」

 

 

 

 

だが、ここに来るまでに、明日奈は多くの飛び道具、銃火器を持った相手とも戦ってきている。

たとえシャルロットの援護があっての勝利だったとしても、充分通用するのではないだろうかと思う。

 

 

 

 

「和人さんも、明日奈さんも……私にとっては、充分に強敵たり得る人たちですよ……。

そして、あなた方から多くを学べると思っているんです……だから私は、もっと強くなるために、明日奈さんとも戦いたいと思っていたんですよ?」

 

「っ……それは、光栄だね。私は別に、他人に誇れるような技を身に付けてきたわけじゃないから、そう言われると、なんだかその……照れるね」

 

 

 

ほんわかとした雰囲気の明日奈の表情。

どう見ても、お淑やかなお嬢様の様にしか見えない。

そんな彼女も、歴戦の剣士だ。

愛する和人を守るために、仮想世界の浮遊城《アインクラッド》を攻略するために鍛え上げられた剣技は、紛れもない現実。

そんな彼女の剣に、自分の剣がどこまで通用するのだろうか……。

刀奈の槍捌き、和人の剣戟、一夏の剣術、そして明日奈の剣速。

以前なら所詮はゲームの技だと馬鹿にしていたかもしれない……だが、ラウラたちとの戦闘も経験した上で、改めて思う。

この剣技は本物なのだと……。

何度でも痛感させられることだろう……。

未熟者の自分には、未だ届かないところに、目の前の女性もいるのだ。

だから、そんな彼女にも多くを学ぶべきだ。

自分とは違うスタイルで戦う先駆者。その人から、もっと多くの事を……。

 

 

 

「行くぞ紅椿………共に明日奈さんを討ち破るぞ……っ!」

 

 

 

箒の意気込みに応える様に、《紅椿》の背部展開装甲が開いた。

紅い翼を広げるその姿は、先の戦いでラウラを討ち破った、高機動モード。

 

 

 

「いざッ!」

 

「行くよ!」

 

 

 

二機の姿が、一瞬だけ消えた。

そして再び二機が見えた時には、激しい金属同士がぶつかる音と衝撃、そして四散する火花。

箒の《雨月》と、明日奈の《ランベントライト》の刀身がこすれ合い、互いの切っ先が、互いの顔のすぐ横を通り過ぎる。

もしもどちらかが刀身を弾いていなかったのなら、その刀身は真っ直ぐ顔面に向けて突き刺さっていたかもしれない。

 

 

 

「くっ……!?」

 

「まだまだ行くよ、箒ちゃん……ッ!」

 

「私だって……っ!」

 

 

 

剣を弾いて、再び振り被る。

またしても剣と刀がせめぎ合い、凄まじい衝撃と金属の不協和音が、まるで波の様にアリーナ全体へと響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「はあああッ!」

 

 

 

一方、こちらでも激しい刀槍剣戟が繰り広げられていた。

 

 

「どうしたの? こんな物じゃ私は倒せないわよ?」

 

「くっ、まだです! まだいけるッ!」

 

 

 

剣から光が迸る。

いや、剣の刀身そのものが光輝いている。

シャルの持つリニアサーベルが、刀奈の挑発に呼応したかの様に、バチバチッ、と音を立てた。

普段の彼女は、実弾の連射火器を用いて、面制圧力を高めた戦術をとってくるのだが、今回ばかりは事情が違う。

刀奈は17歳にして、シャルたち各国の代表候補生たちの上の存在である国家代表生としての立場にある人物だ。

その実力は、今まで否応なしに見せつけられた。

肉弾戦でも、今戦っているIS戦でも同じ……巧みな操縦技術と、可憐な槍捌き。その専用機である《ミステリアス・レイディ》の能力を十全に使い分けている。

シャル自身も、第二世代型の量産機《ラファール・リヴァイヴ》のシャル専用カスタマイズ機を駆使して、それなりの実力をつけたはずだが、目の前の女性は、それを遥かに越えている様に見せつける。

銃器ではなく槍を使い、特殊能力である『水』とともに舞う彼女は、麗水の淑女の様だ。

 

 

 

「僕だって、強くなれるんだ……っ! もっと、高みに登れるんだっ!」

 

「その瞳……いいわね。昔の私を思い出すわ……私もそうだった。更識の名に恥じない当主になるために、産まれてからというものの、必死で戦い続けたわ……自分という存在と!」

 

 

 

高速で槍の矛先が飛んでくる。

それを盾で受けながら、反撃の機会を待つシャル。

今動けば、即座に槍の餌食だ……。

慎重に、そして的確に動かなければ、刀奈を倒すことはできない。

リニアサーベルを振り抜く。しかし、刀奈の長槍がそれを阻む。

ただ真正面から真っ向勝負に行くのではなく、空中という場所を生かして、三次元かつ、多方向から攻撃を仕掛けるが、刀奈の槍はどこから攻撃しても、必ず剣の刀身を弾いてしまう。

 

 

 

(まるで、楯無さんの周りに、障壁があるみたいに……!)

 

 

 

何故だろう?

どこから攻撃でも、刀奈の槍がそれを阻む。

まるで、こちらの動きが読まれているかの様に……。

 

 

 

「まさか、僕の攻撃を読んでいる……? そんな馬鹿な……!」

 

「そんな馬鹿な事、あり得ない?」

 

「っ?!」

 

「そうでもないわよ? 今の私ならね……っ!」

 

 

 

いつの間にか間合いに入ってきていた刀奈に驚き、シャルは急いで後退すると、左手にリニアガンを展開し、急いで連射する。

だが、再び槍が立ち塞がる。

水を纏った《龍牙》を、バトンの様にくるくると回して、雷弾を弾いている。

 

 

「これも防いだっ?!」

 

「言ったでしょう? 今のあなたの動きは読まれているのよ」

 

「そんな、どうやってっ?!」

 

 

 

先読み……?

しかし、あれは一夏にしかできないと思っていた。

長い間、対人戦闘を続けて培われた技術。

人の表情から感情を読んで、その感情から露わになる動きを先読みする。

それが、一夏の《神速》と呼べる動きになっているのだ。

だが、刀奈にはそこまでの技術は無かったはず……なのに何故?

そんな疑問が頭をよぎる中、刀奈はそれを悟った様に話してくれた。

 

 

 

「見ようとしなければ、観えてくる物があるのよ」

 

「えっ?」

 

 

 

見ようとしなければ……?

何かの口伝だろうか?

 

 

「シャルロットちゃんの動きは、確かに速い。でも、それは捉えきれないほどの動きじゃない。

シャルロットちゃんの《ラピッド・スイッチ》の高速切替は見えなくても、切り替えたあと……シャルロットちゃんがどう動くのかは、その初期動作……つまり、モーションでわかるじゃない」

 

「っ……! それは、つまり……」

 

「一部だけじゃ見えないことでも、全体を満遍なく観察してれば、観えてくる物もある……。つまりはそういうことよ」

 

 

 

これだけ撃ち込んでおいて、それを冷静に対処したことに、シャルは驚きを隠せない。

しかもそれを、水の中に電流を流し続けたまま行っているのだ。

それは、生半可な集中力じゃあ出来ない芸当だ。

しかもそれをしながら、シャルの動きを観察していたとなると……とてもじゃないが、自分にはできないとシャルは思っただろう。

 

 

 

 

 

「なるほど、『観の目』ってやつだな……」

 

「ん? なんだそれは?」

 

 

 

観客席で見ていた和人が、刀奈が行っていたテクニックの正体を看破し、聞きなれない言葉に、ラウラは疑問を抱いた。

 

 

 

「以前チナツに聞いたことがあってな……。 どうすれば、直感的に動けるのかを聞いたら、チナツから『観の目』っていう言葉を聞いたんだ」

 

「かんのめ……?」

 

「そう……観察の『観』っていう字を書くんだけど、文字通り、相手の動きを観るんだってさ」

 

「しかし、それがどうして直感的に動けることに繋がるんだ?」

 

「これは、チナツから説明してもらったことなんだけど……例えば、一つの物に集中してみていると、他の物への意識がおろそかになるだろう?」

 

「ああ……」

 

「確かに集中していれば、細かいこと……細部の違いは見て取れるかもしれないけど、どうしても周りに意識を割いている余裕がなくなるわな。

だけど、あやふやだが、全体を観ていると、小さいことでも変化に気づくらしい。

剣術でもソードスキルでもそうだけど、何かをするのに、人は一度ためを作らないと、十分な力を発揮できない。

それは、人間の体そういう風に出来ているからだそうだ……。だから、どんなに最小限の力で振り抜いた一撃でも、それなりの初期動作がある……。

戦いの最中は、意識は相手の剣や動きしか見えてないから、どうして相手が行動した後にしか行動できないが、チナツの場合、その初期動作を見分けているから、相手が動くよりも速く動けるんだと……」

 

「なるほどな………」

 

 

 

和人の言っている言葉はわかった。しかし、それをやるには、並大抵の努力では到底できない。

しかもそれが、命のやり取りを行っている最中にある状態でだ……。

 

 

 

(いや……むしろ、そう言う時だったからこそ、身につけたのか……?)

 

 

 

火事場の馬鹿力と言うものなのか、それともその根幹である人間の生存本能が、そうさせたのかはわからないが、目の前で戦っている刀奈も、一夏と似通った技術を持っていることが確認できた。

 

「これで打つ手がなくなったか……?」

 

「わからない……でも、シャルロットは器用で、大抵のことはなんでもこなしてしまうけど、それが今は仇になっているのかもな」

 

「ふむ……それはつまり、決定打に欠けるということか?」

 

「ああ。俺もアスナも、チナツやカタナだってそうだ……近接武器。剣や槍には絶対の自信がある。

それは突き詰めれば、そいつの強みになるわけだが……シャルロットは、その……器用になんでもできるから、手段は多いが、威力……唯一あるのは、あのパイルバンカーくらいなんだけど……」

 

 

 

唯一、絶対的な威力を誇るのが、パイルバンカーだ。

リボルバー式に弾を装填できるので、連射が可能なのだが、今の刀奈の間合いに入ること自体が難しい状態で、どうやってパイルバンカーを届かせるか……。

 

 

 

「では、シャルロットが勝つには、その決定打を打てる事が必須だな……」

 

「ああ……。だけど、カタナがそう簡単に間合いに入らせるかは、難しいだろうけどな……」

 

 

 

二人で渋い顔を作って、刀奈とシャルの対戦を見守った。

 

 

 

 

 

 

 

「くっ! 全然崩せない……っ!」

 

 

 

 

先ほどから、何度となく斬り込んでいるのだが、刀奈は涼しい顔でそれを迎え打ち、何度となく打ち払う。

刀奈は終始槍を基本に戦っている。

今は両手に二本の長槍を持っており、どう攻めようかと悩んでいるシャルを見下ろす形となっている。

こちらの武装はまだ色々とある。

手にしているリニアサーベルにリニアガン。実弾装備だってあるのだから、なんらかの攻略法があるはずなのだが、考えれば考えるほど、どうも切り崩せる可能性が潰えてしまう……。

 

 

 

(どうしよう……このままじゃ、僕の方が後手に回っちゃうよ……)

 

 

 

シャルの額から汗が流れる。

目の前の女性が、自分たちよりも強いことは知っている。

でも、ここまで来てからには、勝ちたいという気持ちでいっぱいだ。

それに、刀奈は一夏の想い人。

シャル自身……もしも、一夏に刀奈という女性がいなかったのなら……と何度か考えたことがある。

一夏は優しくて、強い男性だ。

自分の居場所を作ってくれた、とても好意を寄せられる人……。

だが転入した時から、刀奈の存在を知っていたので、すぐに諦めた。

この人には、多分敵わないと……。

そして、現に今も、刀奈に自分の刃が届かない。

 

 

 

(悔しいなぁ……僕だって、勝ちたいって……こんなに強く思ってるのに……!)

 

 

 

自分らしくないと思いつつも、それでいいのかもしれないと思う。

 

 

 

(有効な手段は……? ガルム? レイン・オブ・サタディ? ダメだ、どれも楯無さんの水で止められちゃう……。

パイルバンカーは有効……でも、あれを当てるのに、懐に接近しないといけない……。なにか、なにか僕にできることは……)

 

 

 

考える。

どうすれば刀奈を追いつめられるか……。どうすれば、刀奈のあの鉄壁の防御を崩せるか。

 

 

 

 

「どうしたの? 来ないのなら、こちらから行くわよ?」

 

「うう……!」

 

「私の『制空圏』を打ち破るには、相当な力が無ければ到底不可能よ?」

 

「せい……くう、けん?」

 

「そう。制する空の圏内で『制空圏』」

 

 

 

なんだそれは……。

そんな感情が顔に出ていたのだろう。

刀奈は「ふふっ」と笑うと、槍の構えを解いてから、適当に槍を振り回し始めた。

 

 

「ほら、ここからここまで……それにここからここ……」

 

「…………?」

 

 

 

刀奈は槍を上下左右、斜めや前後に動かす。

その度に、真紅の二槍が、陽射しに照らされてキラキラと光る。

しかし、シャルには、それが何を示しているのか、見当もつかない。

 

 

 

「この槍が届く範囲……これが私の『制空圏』。つまり、ここから中に入ろうとする物は、この槍が穿ち、撲ち貫き、斬り刻むわ」

 

「っ……じゃあ、さっきから、僕の攻撃が当たらないのは……!」

 

「ええ……私の『制空圏』に、シャルロットちゃんが入ってきてるから♪」

 

 

 

 

とんでもないことを聞いたかもしれない。

つまり、あれはもはや結界と同じだ。

ラウラのAICの類いだと思った方がいいかもしれない。

しかも、銃弾を撃とうが、今度は水の障壁が、本物のAICのような働きをする。

道理で攻撃が届かないわけだ。

 

 

 

(なら、それを崩すには……? 楯無さんの『制空圏』を打ち破るには……?)

 

 

 

だが、何故刀奈は今それを言ったのだろうか……?

そして何故、今の今までそれを使ってこなかったのか……?

 

 

 

(制空圏を使うのに、条件が必要? でも、そんなの多分なさそうだし……それに、和人と戦った時も、その前に戦った先輩たちにも使わなかったし……なんでだろう?)

 

 

 

相手が遠距離射撃型の機体ならば、水を操って防いでいたし、和人との対戦では《クイーン・ザ・スカイ》を使っていた。

その二人に共通する事…………。

 

 

 

(どちらも連射や連撃が得意な武器、バトルスタンス……でも、それだけじゃあ、あまり……僕と変わらないはずなのに)

 

 

 

しかし、それ以外で考えれば、シャルロットには和人たちにないものを持っている。

 

 

 

「やっぱり、パイルバンカーを一回は使わないとダメかな……」

 

 

 

間合いに入れたくない理由……一撃でもシールドエネルギーをごっそりと持っていける武器が、シャルにもあったからだ。

しかし、もしもそのパイルバンカーを外した時は、一気に形勢は元通りだ。

 

 

 

「止まっちゃダメッ!」

 

「っ?!」

 

 

 

悩みの渦から抜け出せなくなっていたシャル。

そんなシャルに、背後から鋭い声がかけられた。

 

 

 

「明日奈さん?」

 

 

視線を後ろに向けた時、箒と激しく斬り合っていた明日奈が、視線だけこちらに向けて、そう言ったのだ。

ギリギリと《雨月》と《ランベントライト》の刃が音を掻き立てている。

それだけ切迫した中で、明日奈は必死にこちらに言葉を投げかける。

 

 

 

「止まっちゃダメ! 流れに乗らないと、自分自身に飲み込まれちゃうよ!」

 

「飲み込まれる……?」

 

「止まる事が一番いけないの! 流れを作る……それができないなら、元々の流れに乗って、自分の流れに変えていく……!

それが、戦う上で大事な事だって、昔教えてもらった事があるから……ッ!」

 

「流れに……乗る……」

 

 

 

それは、一種の口伝のようなものなのだろうか。

極限の命のやり取りの中で、その体に染み付いたバトルスタンスなのだろう。

確かに、銃撃戦でも立ち止まったらそこで終わりだ。

相手の動き、弾道予測、回避行動の予測……などなど。それらを戦いの中でやっておかなくてはならなかった。

慣れない近接戦をしていた事……相手が、あの刀奈である事だった事ためか、それをすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

「流れに……乗る…………っ」

 

 

 

呟くように、ボソ、と言葉を紡ぐ。

 

 

 

「流れに乗る……流れに、乗る……っ」

 

 

 

確信にはまだ遠い……しかし、なにかが見えたような……そんな気がした。

 

 

 

「行くよ……リヴァイヴ……ッ!!!!!」

 

 

 

速攻の《瞬時加速》で仕掛ける。

一気に刀奈の『制空圏』に迫る勢いで斬りかかる。

刀奈は半ばほどの長さで持った長槍を振るい、矛先だけで剣撃を弾いた。

だが、またしても剣で刺突を繰り出す。

それも弾くと、また剣で袈裟斬りを放つ。

 

 

 

(ほほ〜ん……少しずつ、アスナちゃんの言った意味を理解しようとしてるみたいね……)

 

 

 

今までは弾かれると、一旦距離を置いといたシャルの動きが変わった。

今はまだ、剣のみを使って強引に攻め込んできているが、これが従来のように重火器を駆使し始めたのならば、それはそれで恐ろしく化けてくる事だろう。

 

 

 

「でも、それを待ってやれるほど、私は大人じゃないわよ……っ!」

 

「っ!?」

 

 

 

剣を流され、カウンターの要領で《煌焔》で薙ぎ払われる。

それを盾で受け止めたが、また間合いの外に弾き出された。

そして今度は刀奈から間合いを詰めてくる。

刺突、唐竹、袈裟斬り、右薙……長槍をまるで刀や剣のように振るう刀奈。

シャルは盾とリニアサーベルで、できるだけ捌ききる。

 

 

 

「くっ!?」

 

「ほらほら! 止まってちゃただの的よ!」

 

「っ……うわあああぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

刺突を放った《龍牙》を盾に角度をつけて受け流し、一気に間合いの中に入った。

 

 

「おおっ……?!」

 

「もらったっ!」

 

 

槍は、間合いに入られた瞬間に攻撃の手段を失う。

特に、両手に槍を持っている刀奈はその中に入る。

右手に持つリニアサーベルを振り上げ、刀奈の左肩から右脇下にかけて、思いっきり振り抜こうした…………だが。

 

 

「ぐうっ?!!」

 

「間合いに入ってきた事は褒めてあげる……でも、甘いわよ……!」

 

 

 

自身の腹部に、強烈な衝撃が届いた。

その反動で視線が少しだけ下に向いた……そこにあったのは、腹部に突き刺さるように存在していた《煌焔》の石突だった。

 

 

 

「ぐふっ……あの一瞬で……っ?!」

 

「槍の扱いは……アインクラッドの中じゃ、私が一番だった……だから、私にはこのスキルが備わった……!」

 

 

 

あの一瞬で、槍を持ち替えて腹部を突いたのだ。

しかも、シャル自身が突撃したスピードをも利用しているため、シャルが受けた反動は、思ったよりも大きかったはずだ。

いくらISに絶対防御があるとはいえ、衝撃までも殺してくれるわけではない。

苦しい表情のシャルを見ながら、二本の紅槍をクルクルと振り回す刀奈。

 

 

「ユニークスキルは、ただ持っているだけじゃ意味がないの……。それを使いこなして初めて、その力を発揮する……。

団長の《神聖剣》……キリトの《二刀流》……チナツの《抜刀術》……私の《二槍流》……。

誰もが扱えるものだけど、そう簡単に習得はできない……ユニークスキルは、その条件を満たした者にしか付与されないもの。

私をそんじょそこらの槍使いと一緒にされちゃ、困るわね……!」

 

「っ…………それでも、僕は、僕のできる事をやるだけです……接近戦じゃ、会長には勝てないかもしれないけど……僕にだって、意地はあるッ!」

 

 

 

再び斬り込む。

何度でも、向かっていく気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

(止まるな……止まってちゃ、やられる……!)

 

 

 

パァーーーンッ!

 

 

 

炸裂音が鳴り、《リヴァイヴ》の左腕についていた盾が勢いよくパージされる。

灰色の鱗殻(グレー・スケール)》が、その本来の姿を現した。

装填される炸薬。いつでも撃てる態勢が整った。

 

 

 

「やあああぁぁッ!!」

 

「当たらなければどうってことない‼︎」

 

 

《龍牙》の矛先を、パイルバンカーの杭の部分に当てて受け止める。

続いて放つリニアサーベルは、《煌焔》を間に入れ込ませることで防御し、二人はそのまま鍔迫り合いの状態になる。

 

 

「ぬううっ……!」

 

「ふっ……!」

 

 

 

まだここは刀奈の領域。

少し離れただけでも、刀奈の槍はシャルに届く。

だが、それに反して、シャルは思い切った行動に出た。

 

 

 

「翔んで! リヴァイヴッ!!!!!」

 

「んっ?!」

 

 

 

鍔迫り合いのまま、スラスターを全開。

そのまま刀奈が押しこまれる形になった。

その行動には、刀奈も驚いた。

彼女が……シャルがここまで強引な行動を取るとは思っていなかったからだ。

これもまた、代表候補生としてプライドか……それとも、女としての意地なのか……。

刀奈はすぐさまシャルとの鍔迫り合いを解いた。

勢いを殺しつつ、シャルを追撃するように迫る。

 

 

 

「《メテオストライク》ッ!」

 

 

 

二槍を振り上げて、上段から思いっきり叩きつけるように斬り下ろす《二槍流》のスキル。

シャルはそれを躱すと、左手にリニアガンを呼び出し、背後から刀奈を撃つ。

《メテオストライク》自体は、スキル使用後の硬直時間が短いため、すぐさま振り返ると、二槍で雷弾を次々と斬り刻む。

 

 

 

「まだまだッ!」

 

「ッーーー‼︎」

 

 

 

リニアサーベルを突き出し、最速の攻撃である刺突を放つシャル。

雷弾を斬り込むことで、二槍を振り切っていた刀奈の意表を突いた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

刀奈は咄嗟に二槍をクロスに構え、防御の姿勢をとった。

一撃目のリニアサーベルは防げた。

だが、“続く二撃目” が、刀奈には迫っていた。

 

 

「あ……っ!?」

 

「でぇやあああぁぁッ!!!!!」

 

 

 

左腕のパイルバンカー。

クロスに構えていた二槍を直撃し、リボルバー式に装填された炸薬が、強烈な衝撃を起こした。

 

 

 

パキィーーーーーン…………ッ!!!!!

 

 

 

「っ…………!?」

 

 

 

 

呆然とする刀奈。

手に持っていた二槍が、パイルバンカーを受けた個所でひび割れて折れてしまったのだ。

続いてやってくる衝撃に、刀奈はそのまま後方へと飛ばされてしまう。

 

 

 

「っ!? や、やったぁっ!?」

 

 

 

自分でも信じられない…………。

そういった表情をしているシャル。

 

 

「このままーーッ!」

 

 

 

 

後方へと飛ばされた刀奈を追って、シャルは再びパイルバンカーの炸薬を再装填した。

今の刀奈には武器がない。

仮に《蜻蛉切》を出したとしても、さっきと同じように、パイルバンカーでへし折れば問題ない。

シャルは最後の攻撃と覚悟を決め、刀奈に向かって高速機動へとシフトした。

 

 

「もらったっ!」

 

 

パイルバンカーを突き出そうとしたその時…………刀奈の手に、一本の槍が現れた。

その槍は、何を隠そう《クイーン・ザ・スカイ》のビット兵器にもなっている《蜻蛉切》だった。

しかし、一本だけでどうしようというのか……?

先ほど《龍牙》と《煌焔》の二本を折られてしまったため、六本全てを投入してくるかと思ったのだが、一体何を考えているのか……?

 

 

 

「ーーーーっ?!」

 

 

 

と、その時……。

シャルは、途轍もない寒気を感じた。

目の前を見れば、すでに体勢を整え、槍を腰だめに構える刀奈の姿があった。

《蜻蛉切》に、《ミステリアス・レイディ》の操っていた水が集まって行き、それが螺旋状に高速回転していく。

何かがある…………。そう思ったが、ここまで来て停止はあり得ない。

シャルはそのままパイルバンカーを突き出して、再び刀奈に一撃を見舞おうとした。

が、その瞬間……。

 

 

 

「ーーーー雷刃槍……ッ!!!!!」

 

 

 

高速回転する水から、蒼白の電流が迸る。

やがてそれは大きなランスへと形状を変えて、刀奈はそれを、パイルバンカーに向けて放った。

 

 

「《ブリューナク》ッッ!!!!!」

 

 

雷光が空間を走り、凄まじい放電とともに、高速回転する水流圧によって破壊力が増した槍が、パイルバンカーの杭の先端とぶつかった。

弾ける炸薬と、迸る電撃と水流。

二つの矛先がぶつかった……。

しかし、拮抗していたと思っていたのは、ほんの一瞬だった。

 

 

 

「なっ?!」

 

「はぁぁぁああああああッーーーー!!!!」

 

 

 

パイルバンカーの杭が、徐々に削れ、砕けて行っていた。

凄まじい勢いで高速回転する水流が杭に負荷をかけ、ダメ押しの一撃を、今まで吸収していたリニアガンの電撃で放っているのだ。

やがて杭は全て砕け散り、その絶槍は、炸薬が装填されているカートリッジをも貫いた。

 

 

 

「うわあああっ!?」

 

 

左腕が爆発を起こした。

小規模ではあるが、ダメージを負うには十分なレベルの威力。

あまりの衝撃に、シャルはそのまま後方へと吹き飛ばされた。

アリーナの地面に背中から落ちて、仰向けになったまま動けなくなった。

 

 

「……はっ……! シャルロットちゃんっ!」

 

 

今の一撃は、全神経を集中させて放っていたのだろう。

ようやく正気に戻った刀奈は、急いでシャルロットの元へと向かった。左腕のパイルバンカーは、見るも無惨に破壊されていた。

まぁ、それは刀奈自身がやったことなので、仕方ないのだが、今はそんな事どうでもいい。

刀奈はシャルロットの隣に降り立って、シャルロットの様子を確認した。

 

 

 

「ん……」

 

「シャルロットちゃん……!」

 

「ん…ぁ……」

 

「脈拍は……大丈夫ね……。他に怪我をしているところもなさそうだし……」

 

 

ISが解除されているところを見ると、気を失っただけのようだ。

だが、今ここで寝かしておくわけにもいかないため、刀奈はシャルを抱き抱えると、そのままアリーナのシールド壁がある所まで後退して行った。

 

 

 

「全く…………私の槍を折るなんてね……しかも、まさかあなたがやるとは、思ってもみなかったわ……シャルロットちゃん」

 

 

 

意識のないシャルの顔を見ながら、刀奈は静かに賞賛を送ったのだった。

シャルロット・デュノア……意識消失の為、試合続行不可能。

この勝負の勝者は、学園最強である刀奈の勝利で終わった……。

 

 

 

 

 

 

 

一方で、未だ斬り合いを続けている二機にもまた、いよいよ決着の時が近づいてきていた。

 

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

「はぁー……はぁー……」

 

 

 

二人とも、荒い息を整えようと、肩で息をしていた。

箒の手には、今は《雨月》しか握っていない。

二刀で戦おうにも、明日奈の高速刺突に、二刀では追いつけないと判断したのだろう。

互いに一刀だけで、ここまで斬り合っていた。

箒が斬れば、明日奈が突き返し、明日奈が突けば、箒が斬り返す。

その繰り返しだった。

しかもそれが、高速機動の最中で行われていたのだから驚きだ。

 

 

 

「ふぅー……」

 

 

 

先に呼吸を整えた箒が、《雨月》を正眼に構える。

その後、明日奈が《ランベントライト》の切っ先を箒に向け、八相気味の構えをとる。

互いに視線を合わせるだけで、あとは何もしない。言葉を発することも、動くこともしない。

その姿は、さながら美しい彫刻のようだ。

武士と騎士という、二つ『武』を象徴する存在同士が向かい合っている……。そんな雰囲気に、アリーナで試合を見ていた生徒たちも呑まれていた。

 

 

 

「スゥー…………フッ!!!!」

 

「ッーーーー!!!!」

 

 

 

先に動いたのは、明日奈の方だった。

得意の連続刺突を放つ。

その速度は、まさに『閃光』のようだ……。

 

 

「篠ノ之流剣舞 防の舞《剛羅》‼︎」

 

 

無駄な力を抜き、手首、腕の関節を柔軟にしならせて、舞の型にもある円運動の要領で、明日奈の剣を弾き流す。《剛羅》という名に反して、とても柔和は技だ。

本来ならば、これは斬り込んでくる相手などに使うため、カウンター技へと繋げれるのだが、今はそんな事ができる状態ではない。

一つ目の刺突技を回避しても、今度は二撃目、三撃目と剣が飛んでくる。

かつて一夏も言っていたが、明日奈の剣は、たとえソードスキルがなくても、正確な上に速い……。

そんな明日奈の剣を、一夏と、彼女の恋人である和人は、こう表現していたらしい…………。

 

 

 

ーーーーまるで、“流れ星” みたいだった……。

 

 

 

(確かに流れ星だな……! 弾いても弾いてもキリがない……っ!)

 

 

 

降り注ぐ流星の雨。

完全にスイッチが入りきった本気の明日奈の刺突は、和人でも回避できないらしいが、まさにその通りだと思う。

現に今、箒は防御に専念しているために、わりかし防げてはいるが、それでも被弾する数が増えてきた。

 

 

 

「篠ノ之流剣舞 兵の舞《楼嵐》‼︎」

 

 

 

刀を逆手に持ち、左脚を軸にして回転斬りを放つ。

逆胴のように、刀を反対側から高速で斬りつけてきた。

だが、明日奈はこれに反応し、《ランベントライト》を自身の体と《雨月》の間に割り込ませた。

剣と刀が接触し、再び火花が散る。

だが、体勢的には箒の方が力が伝わっているため、《雨月》が徐々に《ランベントライト》を推し始めた。

 

 

「くっ!」

 

 

 

明日奈は防ぎきれないと思い、体を空に投げ出すように力を抜いた。

《雨月》の刀身は、明日奈の体を斬り刻む事なく通り過ぎ、明日奈は刀の勢いを利用して、体を回転させて回避する。

クロスレンジの斬り合い……一進一退の攻防戦を、目の前で繰り広げられて、黙っている観客達ではなかった。

二人の健闘を称えるように歓声が飛んでくるのを、箒と明日奈は、鍔迫り合いの状態で聞いていた。

 

 

 

「はぁ……っ、凄い…! 明日奈さんとここまで戦えるなんて……っ!」

 

「それは私の方だよ、箒ちゃん。何度も決め手となり得る一撃を放ったのに、箒ちゃん全然倒れてくれないんだもん……!」

 

「当然です……! 私は、あなたに勝って、一夏と勝負をしないといけないんですから……っ!」

 

「ああ……そうだったね……。でも、だからって手加減はしてあげられないよ?」

 

「ええ……そうしてもらっては、私も困ります!」

 

 

 

 

力では箒の方が上だ。

明日奈を弾いて、距離を開けた。

だが……。

 

 

「っ、こうやって……こうッ!」

 

「っ?! それは……っ!」

 

 

距離を開けたはずの明日奈が、急加速して間合いに入ってくる。

それは、何度も目にしてきたISの操縦技術の一つ。

加速系統のスキル《イグニッション・ブースト》だ。

一夏はその上である《リボルバーイグニッション・ブースト》と、まだ未完ではあるが、《ダブルイグニッション・ブースト》も使える。

《イグニッション・ブースト》は、箒も練習中の技術だが、未だに成功率は半分ほどの確率しかない。

明日奈はすでに、それをマスターしているのかと思うと、驚きしか湧いてこない。

 

 

「はああッ!」

 

「っ! フンッ!」

 

 

 

刺突に対して斬撃。

《ランベントライト》の刀身を流すように《雨月》を振り切る。

機動性ならば、まだ《紅椿》の方が速い為、箒は一旦距離を置いた。

あのまま近づいていても、明日奈の攻撃にやられていたからだろう……。

 

 

 

「ふぅ……そろそろ決めなければ、こちらのエネルギーも残り少ない」

 

 

 

単一仕様能力《絢爛舞踏》を使えば、エネルギーを回復させて、もっと優位に立ち回れるだろうが……。

今はそんな事をしたくないと思った。

相手と同じ土俵に立った上で、明日奈に勝ちたいという思いが強いのだ。ならば、とことんその信念を貫く。

 

 

 

「スゥー……ハァー……」

 

 

一旦深呼吸をして、箒は再び集中する。

覚悟を決めたかの様に箒の顔つきが変わり、八相の構えをとった。

 

 

 

「次で決めるつもりだね……。なら、私も覚悟を決めるわ……!」

 

 

 

明日奈はさらに距離をあけると、《ランベントライト》の切っ先を箒に向け、半身の姿勢になる。

箒と同じ八相の構えだが、明日奈の場合は、左腕を突き出して構えている。

刺突技が最大の強みである細剣で、明日奈の必殺級のソードスキルを放つには、相当な間合いを開けなければならないのだ。

足場のない空中で、最大限のパワーを伝わらせる為に、加速する必要がある。

二人の姿勢が変わらないまま、緊迫した空気が、その場を支配する。

静寂に包まれた会場であったが、それは、すぐに破られる事となった。

 

 

 

「この一刀に、全てを賭けるっっーーーー!!!!」

 

 

 

先に動いたのは、箒だった。

《紅椿》の展開装甲に掛けるエネルギーを最大限使い、超高速機動に乗った。

それを見て、明日奈もスラスターを全開。

高機動パッケージ《乱舞》のスラスターを、限界までフルブースト。

それと同時に、《ランベントライト》にライトエフェクトか灯る。

蒼みのかかった白い光。

その光芒が、とても眩しく思える。

対して箒も、刀を左の腰の方へと持って行き、下段の構えをとった。

二人とも、限界まで技は出さない……。

まだ間合いが遠いと言うのと、最大級の威力を放てる機会を待っているのだ。

そうしている間にも、どんどん近づいて行き、二人は間合いに入った……。

 

 

 

「篠ノ之流剣舞 《雷鳴》ッ!!!!!」

 

「《フラッシングペネトレイター》ッ!!!!」

 

 

 

互いの白刃が迫る。

雷と閃光……刀と剣が、交錯する事なく、互いの体に向けて放たれていく。

互いの刃が、互いの体に当たろうとしている瞬間だった。

 

 

 

(ここで引いてはダメだっ……! 避けるのでなく、まだ、そのまた一歩ーーーーッ!!!!)

 

 

 

箒の体が、脚が、一歩踏み込んだ様に見えた。

右斬り上げの斬撃が、より強く、より速く、放たれた。

 

 

 

「でぇやああああああああッーーーー!!!!」

 

「い、やああああああああッーーーー!!!!」

 

 

 

一瞬の交錯。

振り抜いた一刀と、駆け抜ける一撃が放たれた後に残ったのは、静寂だけだった。

 

 

「ぐっ……!」

 

「ぁ……!」

 

 

二人同時に体勢が崩れた。

空中であるため、自然にアリーナの地面へと落ちていく二人。

なんとか激突前に体勢を整えて、その場に降り立った。

そして、アリーナのアナウンスが、この試合の勝者を告げた。

 

 

 

 

『試合終了。勝者 更識 楯無、篠ノ之 箒』

 

「っ?!」

 

 

 

 

アナウンスの告げた勝者の名。

自分たちである事に驚く暇もなく、アリーナからは喝采の声が響く。

視線を後ろに向けて、明日奈の様子を見る。

明日奈も箒と同じ様に、アリーナの地面に膝をついて、肩で息をしていた……。

どうやらあの一撃で、明日奈の《閃華》のエネルギーが尽きたようだ。

では、《紅椿》はどうなのか……?

 

 

 

「エネルギー残量……『1』…………っ?!」

 

 

箒は、その数字に戦慄さえ感じた。

ほぼ奇跡だったのかもしれない……。もしも、交錯の瞬間に、一歩前に踏み込んでいなかったのなら、完全に自分が押し負けていただろう……。

あの瞬間が、この勝負の決め手になったのかもしれない。

 

 

 

「おめでとう、箒ちゃん」

 

「あっ、明日奈さん……」

 

 

 

後ろから声をかけられ、振り向いたその先には、ISを解除した明日奈の姿があった。

額に汗を流しながら、微笑んだ表情でこちらを見ていた。

 

 

 

「やられちゃったよー。最後の瞬間、箒ちゃんの方が速かったんだね」

 

「いえ、その……楯無さんの指導のおかげですよ……」

 

「なるほど。やっぱりカタナちゃんやチナツくんには、まだまだ及ばないかな」

 

「ん? どうしてそこで一夏が出てくるんです?」

 

「え? あぁ、ほら、私がシャルロットちゃんに、『止まっちゃダメだ』って言ったでしょう?

あれ、チナツくんから教わった事なの」

 

「っ?! 一夏に、ですか?」

 

「うん……。対人戦、またはモンスターと戦うことにおいて、一番大事な事は何? って聞いたら、そう教えてくれたの。

だから、あの二人以上に、戦いに関する事で精通している子達っていないんじゃないかなぁーって思ってね」

 

 

 

抽象的な教えではあるが、その教えを聞いたシャルロット、そして箒自身もまた、確実に強くなったはずだ。

ゲームでの経験だけではない……あの二人には、他の者には無い決定的な何かがあるのだろう。

それが何なのかまではわからないのだが……。

 

 

 

「とにかく、この後も試合は続くんだから、気を抜いちゃダメだよ? そして、チナツくんとの対戦も、頑張ってね……っ!」

 

「っ……はい!」

 

「よろしい!」

 

「明日奈さん」

 

「ん? なに?」

 

「その……ありがとうございました!」

 

「ふえっ?! な、なにが?」

 

 

 

いきなり頭を下げる箒に驚き、明日奈はオロオロとした。

 

 

「あ、いえ。その……明日奈さんの剣技、しかと拝見させていただきました。

この経験を生かして、必ず一夏に勝って来ます!」

 

「箒ちゃん……」

 

 

 

その目は、明日奈が今まで見た事がないほど、強い意志を含んでいるように思えた。

臨海学校で挫折を味わって、その時からずっとひたむきに努力を重ねてきたのだろう。

今の彼女になら、あるいは…………

 

 

 

 

「うん……頑張ってね、箒ちゃん。私、応援してるから……!」

 

「はい……!」

 

 

 

両手を明日奈に握られ、約束をした。

もう今は、誰にも負ける気がしない……。

箒はそう感じ、来るべき相手……一夏の事を思いながら、空を見上げるのだった……。

 

 

 

 

 





次回はいよいよ決勝戦を行います。
そしてその後、ワールドパージ編、京都編へと行って、いよいよGGO編へと行きます。
しばらくIS戦が続きますが、ご容赦ください…>_<…

感想、よろしくお願いします(^O^)/



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第87話 準決勝



ごめんなさい!

決勝に行くとか言っておいて、ちょっと触り程度で書いた準決勝戦を思いの外書いてしまいました( ̄▽ ̄)


なので、準決勝が終わってから、決勝戦をやりたいと思います!




準々決勝が終わり、ベスト4が出揃った。

ここまで勝ち残ったのは、一夏と簪のペア、刀奈と箒のペアと、残り二組のペアは、どちらも三年生のペアだった。

ここに来て、専用機持ちは四人だけとなった。

それも、念願叶ったかのような、一夏と箒、簪と刀奈の対決が実現できる。

このまま勝ち続ければ、この二組が戦うのは、決勝戦……つまり、最終戦が二組の対決の場になるのだ。

 

 

 

「楯無さん、あと10分で準決勝ですけど、槍は大丈夫なんですか?」

 

「うーん……《龍牙》と《煌焔》は難しいかも……。一応形は直ってるけど、耐久性に問題アリ……ね」

 

「まさか、二本とも折られるとは……」

 

「ほーんと、ビックリしたわ……! パイルバンカーは一番警戒してたんだけどね。

アスナちゃんが助言しただけで、あそこまで積極的になるなんてねぇ〜」

 

「あの助言をしたのは、一夏らしいですね?」

 

「ええ。対人戦闘が得意なチナツだからこそ、教えられる事なんだと思うわ。

ISも仮想世界も、世界は違うけど、戦っているのは同じ人間なんだもの……」

 

 

 

一夏と刀奈の二人は、暗部で動いていた期間が長いため、モンスターとの戦闘もこなしていたが、それよりも対人戦闘の方が慣れている。

ゆえに、二人は人間相手の戦い方に慣れている……そう思った方がいいだろう。

だからこそ、それに精通するものならば、ある程度は驚異的な力を発揮するが、それを覆すとしたら……それ以上の技量を持っているか、二人が対応できない何らかのスキルを身につけているかだが……。

 

 

 

 

「まぁ、どちらにせよ、勝ったのは私たち。次も勝って、決勝でチナツたちと当たるのを期待しましょう」

 

「そうですね……そうでなくては困りますが」

 

「ふふっ……。さぁーて、簪ちゃん達は一体どういう作戦を練ってくるのかしらねぇ〜。

とっても楽しみだわぁ……♪」

 

 

 

とても楽しそうに話す刀奈。

余程この瞬間を待ち望んでいたのだろう……。

それもそうだ。

妹の簪と、真正面からやれる機会なんてそうそうないだろう。ましてや、簪の方から姉に挑戦したいと望んで来て、断る刀奈ではない。

箒とて、刀奈から受けた特訓の成果を、一夏に見せるためにこんな舞台まで用意してもらったのだから、正直嬉しいし、楽しみだ。

今や代表候補生たちの中でも、上位の成績を収めている一夏と、同じ第四世代型を扱い、幼馴染にして篠ノ之流の同門として負けられないと感じている箒。

次の試合だって、当然勝つつもりでいる。

 

 

 

「何としても勝って、一夏達とやりあえるのを期待しましょう」

 

「ええ……。それじゃあ、そろそろ時間みたいだし、行きますか」

 

「はい」

 

 

 

 

二人は控え室を出て、アリーナのカタパルトデッキに向かう。

この先にいる宿敵を倒すために、まずは目の前の敵を…………。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んんっ……」

 

「あ、気がついた? シャルロットちゃん」

 

「ん……あれ? 明日奈さん?」

 

「おはよう」

 

「お、はようございます…………あれ?」

 

 

 

寝ぼけたようにぱちくりと瞬きするシャル。

今シャルの視界には、明日奈の顔と、白いカーテン、妙な点模様の白い天井があった。

どことなく薬っぽい臭いが漂う部屋のベッドに寝かされているとわかり、体を起こした。

 

 

 

「ここって……」

 

「うん、保健室だよ。試合はさっき終わっちゃってね、シャルロットちゃんが気絶してたから、カタナちゃんがここまで運んでくれたの」

 

「気絶……はっ、試合はっ?!」

 

「私たちの負けだったよ……私も頑張ったけど、最後の最後でギリギリ負けちゃった」

 

 

 

その割には、何とも微笑ましい笑顔を見せる明日奈。

 

 

 

「そうですか……僕も、あの時の会長さんの一撃を、もっと警戒しておくべきでした……」

 

「うん……。私もだよ……速さじゃ、箒ちゃんにだって負けないって思ってたんだけど……。

最後はもう、執念の強さで負けたのかもね……」

 

 

 

それほどまでに、二人は勝ち残ることに強い意志を示していたのかもしれない。

決勝で一夏と簪のペアと当たる可能性を考えていた時から、目指す場所は、初めからそこだったのだろう。

 

 

 

「もっと、強くなりたいなぁ……」

 

「っ……シャルロットちゃん」

 

「僕も、もっと強くなりたいです……一夏からもらった物、それを返せるくらいに……もっと強く……!」

 

 

 

自分の掌を見る。

そして、その掌をギュッと力を込めて握り拳を作った。

一夏からもらった物ならたくさんある。

自分の居場所を、自分の思いを、自分の目指すべき目標の一端を……それらを与えてくれたのは、他でもない、一夏だ。

本当なら、一夏のことを恋慕し、自分の事をもっとアピールしたいところだが、彼の恋人に対する想いの強さを知ってからは、何も出来ないと諦めた。

だが、せめてこれだけは……。

 

 

 

「そうだね……。なら、一緒に強くなっていこう? 私も、もっと強くならなきゃって、改めて思ったよ」

 

「明日奈さんは、十分強いと思いますけど……?」

 

 

明日奈の強さは、誰もが認めるほどのものになってきている。

それはパートナーを務めたシャルもわかっている。

しかし、当人はまだまだ物足りないと言っているかのように答えるので、すごく疑問に思う。

しかし、シャルの問いかけに、明日奈は首を横に振った。

 

 

「ううん……。私もまだまだ強くなれると思うの……ISの知識、技術、VRの世界で得た知識も技術が、全てが通用わけじゃないけど、通用するものだってあった。

だから、これからはISでの戦闘もいっぱい勉強して、キリトくんを守れるようになりたいの!」

 

 

 

両手をギュッと握り、「頑張るぞ」と意気込んでいる明日奈。

彼女は常に自分の為に言いながらも、和人の為に頑張る人だ。かつて和人と共に過ごしたあの世界で、どんな約束ごとをしたのかはわからないが、それでも、二人の絆と呼べる物は余程大きいのだろう。

 

 

 

「いいなぁ……」

 

「え?」

 

「あっ! いや、その……〜〜っ!」

 

 

 

シャルの思いがけない一言に、明日奈はキョトンとしてしまう。

当のシャル本人は、耳まで真っ赤にして、首を横に振る。

 

 

「いや、あの、違うんですよっ?! これは、その、あれで……っ!」

 

「ふふっ……そんなに拒否しなくてもいいじゃない♪」

 

「いや、そんなんじゃなくって……」

 

「シャルロットちゃんも、チナツくんが好きなんだもんね?」

 

「ふぇっ?! え、えっと、い、一夏のことはその……〜〜っ!!!!」

 

 

 

慌てふためくシャルを見ながら、明日奈はそっとシャルを抱きしめた。

 

 

「チナツくんも罪作りだよねぇ〜。こんなに可愛い子が好意を寄せてるっていうのに……♪」

 

「いや、だから、その……」

 

「…………チナツくんは、とても優しいし、かっこいいし……」

 

「ううっ〜〜……!!!!」

 

 

明日奈にほだされるように言われると、顔がどんどん熱くなっていき、胸がドキドキとしてくる。

 

 

「でも……一夏には、楯無さんが……」

 

「うん……」

 

「僕は、あの人に勝ち目なんてないですよ………」

 

「そんなこと……!」

 

「いいえ……。今日だって結局、楯無さんには敵わなかったですし……」

 

「えっ……今日のは、そういうのも……入ってたの?」

 

「いや、えっと……その、気持ち的なもので、実際にそうしようとは……」

 

 

 

思わぬ発言に唖然とする明日奈。

自分の周りにも、今でも和人に好意を寄せて、とにかくお近づきになりたいと思う友人たちがちらほらと見える……。

これはどうしたらいいのかと悩んでしまった……。

 

 

 

「…………」

 

「でも、これでいいんだって思えてるんです」

 

「え?」

 

「もしも、僕が楯無さんに勝っていたなら、チャンスかなぁ〜なんて思ってたんですけど……。

やっぱり、一夏は楯無さんといるべきなんだろうなぁ〜って」

 

「どうして、そう思うの?」

 

「うーん……。一夏の過去の事を聞いて、僕は正直、ただ唖然としてたっていうか……ただ見ている事しか出来なかった。

多分、僕がSAOの中で同じ光景を見ていたとしても、僕には、楯無さんのように、一夏を支えることはできなかったんじゃないかって思って……」

 

「……うん」

 

「一夏の壮絶な過去……それを、僕が知ることはできないし、僕も想像が付かないと思います。

だから、一夏を支えられるのは、楯無さん以外にいないんだって……その気持ちに、僕自身の勝手ですけど……勝手に決着をつけようとして、今回は戦ったんです」

 

 

 

少し、悲しげな瞳で見てくるシャルに、明日奈は抱きしめる力を強くした。

 

 

 

「シャルロットちゃんは優しいね……」

 

「そんなんじゃ……」

 

「ううん……。そうやって、他人の気持ちになれるのは、想像できることじゃないことだよ?

それは、シャルロットちゃんだからこそでしょう? それは、謙遜することはない……もっと誇っていいと思うよ?」

 

「そう、でしょうか……」

 

「シャルロットちゃん」

 

「はい?」

 

「可愛い♪」

 

「ふぇっ?!」

 

「うん……可愛い♪」

 

「ちょっ、明日奈さん……っ!?」

 

 

 

抱きしめるだけでは飽き足らず、頭を撫で始める明日奈に、シャルは少々困惑気味だった。

 

 

「大丈夫。シャルロットちゃんにも大事な人が見つかるよ、絶対に!」

 

「……はい、そうだといいですね……」

 

「ううん! 絶対に見つかる! っていうか、私が見つけてあげたいくらいだもん!」

 

「い、いえ、そ、そこまでしていただかなくても……!」

 

「ええ〜? うーん……まぁ、そうだよねぇ……」

 

「ま、まぁ、その気持ちだけで……」

 

「うん……。あ、もうそろそろカタナちゃん達の試合が始まっちゃう!」

 

「あ、あぁ……そう言えば、もうそろそろでしたね」

 

「どうする? シャルロットちゃんは、まだ寝てる?」

 

「いえ、もう大丈夫です。でも、その前に機体の状態を見ておきたいので、整備室に寄って行きます」

 

「ああ……。そう言えば、パイルバンカーをカタナちゃんに破壊されたっけ……」

 

「はい……。予備のパーツは一応ありますけど、損傷の規模によっちゃ、本国から物資を送ってもらわないといけないかもです」

 

「じゃあ、私は試合会場に行ってるね? また、あとでね」

 

「はい」

 

 

 

保健室を出て、明日奈は会場に向かい、シャルは整備室に直行していった。

 

 

 

 

 

「簪、武装はどうするんだ?」

 

「うーん……鈴との対決で、《破軍》が壊れちゃったから、別の装備をつけるつもり」

 

「最後の《天》の字は、カタナとの対決に使うんだろ?」

 

「うん。だから、もう一回《双星》を使う」

 

「《蒼覇》じゃなくて《双星》を?」

 

「うん。相手は先輩たち……それも三年生。純粋な破壊力なら《蒼覇》が高いけど、先輩たち相手にそれだけじゃ、無謀。

だから、多彩な攻撃ができる《双星》がいいと、思う……!」

 

「なるほどな。相手はかなりの実力者らしいしな」

 

「うん。今のところ、代表候補生になれる可能性がある先輩達だから……」

 

「マジか……!?」

 

「うん。専用機を持っていないけど、ここまで勝ち上がってきた先輩だよ?

基本的に、訓練機を動かすのと、専用機を動かすのとでは、感覚が全然違う……。自分の思い通りに動かないし、感覚に誤差が生じるから、多少のズレが出てくる。

そんな中でうまく操縦できるのは、並大抵の努力じゃできない……。

だから、先輩たちは今もっとも代表候補生になれる可能性を秘めている人たち」

 

「そんなすごい人たちと戦えるっていうのも、なんか、光栄だな」

 

 

 

 

基本的に、代表候補生になるのだって、軍の訓練を受けてから専用機受諾に適性のある者を選び、その者が代表候補生の専用機持ちとなり、その他の何人かが、専用機無しの代表候補生となれる。

今から一夏たちや刀奈たちと戦う三年生たちは、一番代表候補生になれる資格を有している者たちだ。

そんな彼女たちと、どこまで渡り合えるかが勝負の決め手になる。

 

 

 

「じゃあ、初めっから油断無しでガンガン攻めていくしかないな」

 

「うん……。せっかく専用機の特殊装備がある、から……闘うなら、それくらいはしないと勝てない」

 

「よし、それじゃあ、行きますか……!」

 

「うん……! 絶対に勝とうね……!」

 

「ああ……っ!」

 

 

 

かくして二人は、控え室を出て、カタパルトデッキの方へと脚を進めた。

この先に待つ相手を倒して、決勝へと進むために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら使用していいと言われたのでな……。早速始めるか?」

 

「ああ、頼む」

 

 

 

ここは第四アリーナ。

そこに、黒い機体を纏った二人の少年少女の姿があった。

巨大なリボルバーキャノン砲を搭載した機体と、七本の剣を装備した機体の二機。

どちらもわかりやすいほどに黒いのが特徴で、向かい合う操縦者である二人も、緊張感漂う雰囲気に、表情を険しくしていた。

 

 

 

「いよいよ準決勝だな……。師匠はおそらく勝ち残るだろうが、相手はこの学園でしっかりとした技術を習得してきたある意味での猛者たちだからな……。

少し試合が気になるが……今は……」

 

「ああ……。俺も気になるけど、それよりももっと、あいつらを乗り越えられる技術が欲しいからな。

次は絶対、カタナにも、チナツにだって負けてられないからな……っ!」

 

「よろしい……では、始めようか……!」

 

「ああ、いつでも来い……っ!」

 

 

 

ラウラが両手のプラズマ手刀を展開し、和人は《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を抜き放ち、戦闘態勢に入る。

 

 

 

「行くぞっーー!!!!」

 

「ッーーーー!!!!」

 

 

 

二機の姿が消えて、次に目にできた瞬間には、二人の刃が斬り合っていた瞬間だった。

激しい閃光と火花を散らして、二機は鍔迫り合いの状態で止まる。

それと時を同じくして、第一、第二アリーナの方では、準決勝の試合が開始されたのであった。

 

 

 

 

「箒ちゃん、前衛は任せたわよ!」

 

「はい!」

 

 

箒は《雨月》と《空裂》を展開し、刀奈は後方で超高圧水弾ガトリングガンの《バイタル・スパイラル》を展開して、支援砲撃に徹するようだ。

 

 

「作戦開始!」

 

「了解!」

 

 

 

刀奈の言葉と同時に、箒は斬り込む。

相手は三年の中でも、近接戦闘を得意とする先輩だ。

相手はナイフ型ブレードを二本展開して、箒の剣戟を迎え打つ。

 

 

 

「白坂 麻由里……いざ」

 

「篠ノ之 箒。全力でいきます……!」

 

 

 

どこか物静かな雰囲気を感じる先輩ではあったが、その瞳の奥で猛っている業火に、箒は気づいた。

麻由里は、箒との打ち合いを全力でやるつもりだ。

一方、その後方では、刀奈と麻由里のペアになっていたもう一人が銃撃戦を行っていた。

 

 

「さすがね、セシリー先輩。息つく暇もないわ」

 

「それはこっちのセリフだよ! いやらしいな、お前はいっつもよ!」

 

「あら、ひどい。私ったら、セシリー先輩に何かしたかしら?」

 

「その腹黒い顔見たら大体想像つくっての!」

 

 

 

セシリー・ウォン。刀奈が戦っている先輩の名前だ。

アメリカ人と中国人のハーフで、幼い頃からアメリカに住んでいたそうだ。

そのせいなのか、幼い頃から銃の扱いには慣れている様子で、今もショットガンとアサルトライフルを両手に持ちながら、刀奈相手に善戦している。

 

 

 

「あいにく、銃撃戦なら私の方が強いぜ?」

 

「勝負はやってみないとわからないですよ? セシリー先輩?」

 

「言いやがったな……! ならお望み通り、テメェを穴あきチーズにしてやるぜ!」

 

「…………蜂の巣のことかしら?」

 

 

 

これは文化の違いなのだろうか?

まぁ、意味は同じなのだが……。

しかし、そうもふざけていられない。相手は銃撃のエキスパートだ。

同じ銃撃戦をやるなら、一瞬たりとも気は抜けない。

 

 

 

「さて、『学園最強』の力……ちょっと出しておきましょうか……っ!」

 

 

 

三つの銃口が一斉に火を……いや、水を噴く。

水弾を放つ三点バーストのガトリングガンと、実弾銃のアサルトライフルとショットガンの弾が射出された。

もうそろそろ夕暮れになりかけの空に、水と鉛の弾丸が飛び交う。

 

 

 

 

 

 

「一夏、河野先輩はお願い。私じゃあ、先輩の近接戦闘能力に敵わない」

 

「了解!」

 

 

 

打鉄の日本刀型ブレード《葵》を手に、斬り込んでくる黒髪ポニーテールの三年生。

名前は『河野 時雨』だったはずだ……。

やはり、一年生や二年生に比べると、その操縦技術や戦闘技術が段違いだ。

鋭く放つ一撃に、一夏は驚きながらも愛刀《雪華楼》で弾いていく。

 

 

 

「っ?! 凄い剣戟だ……っ! 先輩、剣道部に居ましたっけ?」

 

 

 

学園祭以降、刀奈の指示の下、各部活動へボランティアに参加させられている一夏と和人。

当然その中には、剣道部も含まれているのだが、一夏は時雨の姿を見たことがない。

しかし、これほど鋭い剣戟を放てる者を、忘れるはずもなく…………。

 

 

「残念だけど、私は剣道部には、所属してない」

 

 

 

ボソボソっと、淡々とした声で答えてくれた。

黒髪にポニーテールときているから、どことなく箒に似ているような感覚だが、箒の派手な《剣舞》とは違い、こちらは的確に狙いを定めて斬撃を放ってくる。

 

 

 

 

「マジですかっ!? にしてこの剣戟は……っ!」

 

「ああ……。私、お父さんが警視庁の刑事だから……」

 

「っ?! ということは、剣術もそこで?」

 

 

 

無言の頷き。

警視庁に存在する剣術……以前その名前を、一夏は刀奈との組合稽古をしていた時に聞いたことがあった。

IS戦を行うに当たって、少しでも自分の手札……あるいは、攻撃パターンを増やしたいと思っていた時に、やはり自分には剣術が合っていると思った。

しかし、自分は既に、《ドラグーンアーツ》という剣技を習得しているため、それ以外を覚えると言うのも、なかなかに酷な話だ。

神速を旨とする高速剣技。

それに合わなければ、いかに一夏の技量といえども、噛み合わずに打ち負けることになる。

その話をした時、刀奈から教えてもらった剣術があった。

警視庁……日本の治安を守る警察の総本山。

そこに勤める警官たちも、柔道や剣道などを学んでいるが、その剣道の技こそが、今目の前で時雨が繰り出している技そのもの。

明治10年代……警視庁が制定した剣術流派。

10の各剣術流派の技を一本ずつ採用して構築した剣術。

その名は…………

 

 

 

「《警視流木太刀形》………ッ!」

 

「っ!? へぇ……知ってたんだ」

 

「ええ……。って言っても、生で見るのは初めてだったんで……!」

 

「なら……そんな君に、ご褒美をあげ、よぅ!」

 

「っ!?」

 

 

時雨が《イグニッション・ブースト》で間合いを詰め、袈裟斬りを放つ。

 

 

「《示現流》一二の太刀」

 

「っ!」

 

刀を合わせたかと思いきや、そこから一、二と連続で唐竹割りが飛んでくる。

一夏はこれを躱し、反撃の刺突を放つが、今度は刀を合わせたかと思いきや、ぐるりと時計回しに刀を回して、逆に刺突を放ってきた。

 

 

「《立身流》巻落」

 

「ぬおっ?!」

 

 

 

流派の違う剣術を、ここまで多様に使い分けることが可能な《警視流》。

そして、それを巧みに扱う時雨の技量に、一夏は天晴れと感じるしかなかった。

 

 

「これは、俺も本気にならなきゃな……!」

 

 

 

一夏は通常の《正眼の構え》を取り、時雨は刀を地面と水平にした状態で構える《水平正眼の構え》を取った。

今の今までは、ISの性能と、自分の剣技がうまいこと噛み合っていたから勝ててきたが、これが熟練のIS操縦者となると、簡単にはいかない。

ましてや得意の剣術でも圧されかけている状態なのだ。

ならば、一剣士として、相手とは尋常なる勝負をしなくては、無礼というものだ。

一夏の目つきが変わった事に、時雨も気づいた。

本気の一夏とやりあって、勝てたものは今までいないと聞く。

しかし、だからこそ時雨は、楽しみにしていたのだ。

同じ剣士である一夏と自分、どちらが上なのか……。

 

 

 

「いざーーーー」

 

「ーーーー勝負……ッ!!!!」

 

 

 

二機が近づき、再び剣戟がその場に鳴り響いた。

一方、そんな激しい剣劇が行われている最中、簪と、時雨のペアである先輩もまた、高速機動にのり、激しく撃ち合っていた。

 

 

 

「そぉら、落ちろッ!」

 

「っ……!」

 

 

 

オレンジ気味の長い髪を揺らし、アサルトライフルを連射するのは、時雨のペアになった三年生。

風間 千影だった。

時雨が《打鉄》で近接戦をしているなら、千影は《リヴァイヴ》で中距離射撃戦闘を駆使して勝ち抜いてきた選手だ。

しかも、間合いの取り方がうまい上に、早くも簪の武装に対応してきているようで、簪も苦戦を余儀なくされていた。

 

 

(っ……! 荒い言葉遣いだけど、その射撃は正確。機動力も負けてない)

 

 

 

見た感じの武装は、右手にアサルトライフルと、左手に盾を持っているだけ。

汎用性の高い《リヴァイヴ》は、様々な戦闘スタイルを作れるが、千影の武装からは、特に注意すべき事が見当たらない。

ただ、背面部にある大きな二つのブースターだけが気になった。

 

 

(機動力を上げるだけなら、あんな大型の物にしなくても……)

 

 

確かに背面部のブースターで、通常の《リヴァイヴ》よりは機動力が上がっているが、《白式》や《閃華》ほどのスピードは出ていない。

あのブースターには、まだ何か隠し球があるのでは……?

と思っていた時に、その答えを教えてくれた。

ブースターのエンジン可動部とは反対のパーツが、不意にパカッと開いて…………

 

 

「どっ、セイィッ!」

 

「っ!? ミサイル!」

 

 

 

小型の誘導ミサイルを射出した。

簪はすぐに距離を取り、右手に握り銃砲《流星》の銃口を向けた。

 

 

「まとめて、落とす!」

 

 

ガンランチャーの散弾が、満遍なくミサイルに向かって散らされて、直撃と同時に大爆発を起こす。

その余波で、他のミサイルも爆発を起こし、大量の爆煙が立ちこめた。

 

 

「ちぃっ! なんなんだよその装備! チートだろうよ、チート!」

 

「違います。ちゃんとした開発元の実験装備です」

 

「いいよなぁー専用機持ちってのはさぁ〜! そんな凄い装備をたくさん使えるしぃー」

 

「別にいいものでは、ないと思います。でも、何でそんな事を?」

 

「何でってそりゃあ……ロマンじゃん!」

 

「…………」

 

 

風間 千影……三年生であり、整備科に在籍中。

そして、極度のミリタリーオタクだった事を、簪は思い出した。

整備室で機体のチェックをしている時にも、ほとんどその場にいた記憶がある。

よほど機械や武器、兵器の類が好きなようだ。

機体の整備をしながら、彼女の話し声に耳を傾けていたのだが、何でも、中学の頃からそう言うのが好きなり、よくミリタリーオタク仲間と一緒にサバゲーをしに行ったとか……。

しかもオンラインゲームの戦争ゲームもしており、そのゲームでも、マシンガンやらライフルなどをばら撒き、熟練プレイヤー達の仲間入りを果たしているらしい。

その二つ名は『ブラッディー・チカゲ』……だそうだ。

 

 

 

「先輩は……その、専用機が欲しいんですか?」

 

「うん! 欲しい! だから頑張って代表になって、専用機貰う!」

 

 

ここまでわかりやすい性格だと、どこか清々しい気持ちになる。

 

 

 

「でも、今回だけはここを譲ってもらいます……。私にも、やらなきゃならない事があるから……」

 

「っ…………ほほ〜う。いつも隅っこで機械弄りしてる内気そうな簪ちゃんが、ここまでやる気になってるなんて……。

もしかして、彼の影響かい?」

 

 

ニヤニヤと視線を一夏に向ける千影。

簪は一瞬だけ顔を赤くしたが、すぐに頭を振る。

 

 

「それも、あります。でも、理由は他にもあります……。私の目的は、お姉ちゃんと、戦うことだから。

だから、ここで負けるわけにはいきません……! 先輩、ここは倒させてもらいます……!」

 

「くぅ〜〜ッ!!! いいねぇー! 燃えるじゃん! やっぱバトルの展開はこうじゃなくっちゃねぇー!

王道のバトルマンガ並みの展開キタァァァァーーーー!!!!」

 

 

 

もう一個。

千影は大のバトルマンガ好きでもあった。

ここに訂正しよう。

 

 

 

「じゃあ、いいぜぇ。とことん付き合ってやんよ……正直私も会長とはやってみたいって思ってたところだし?

勝った方が更識会長とやり合うっていう条件でどうよ?」

 

「わかりました……。全力でいきます……っ!」

 

「よっしゃあっ! 派手にブチかますぜーッ!!!!!」

 

 

 

 

左手にサブマシンガンを呼び出し、右手のアサルトライフルとともに銃弾の雨を降らせる。

簪は弾道を算出し、回避行動を取る。

弾幕の薄い場所に移動した直後、《桜星》と《流星》を連結。

《桜星》の銃口を千影に向けた。

 

 

 

「《桜閃火》ッ!!!!!」

 

 

 

高出力の砲撃が、千影に向かって放たれる。

千影はそれを躱し、体勢を整える。

その背後では、放たれた砲撃によって起こった爆発と、舞い上がる土煙。その衝撃の余波と、露わになったクレーターが出現する。

 

 

 

「くぅ〜〜っ、私も使いてぇ〜〜ッ!」

 

思いの外タフな精神の持ち主だ。

簪は《桜星》と《流星》を分裂させ、集中砲火。

それを嬉々として撃ち合いに応じる千影。

今この場では、トリガーハッピー同士の撃ち合いと、侍同士の斬り合いという、惨劇の場となりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、織斑先生。このまま続けさせてもいいんですかね? あまりひどいと、アリーナ自体が破壊され兼ねませんよ?!」

 

「ふむ……」

 

 

 

 

第一アリーナの管制室から、両アリーナの試合をモニター越しに見ていた千冬と真耶の二人。

その他にも、アリーナのシステムを制御させるために入室している三年生や教員たちも、あまりの白熱したバトル展開に、作業の手を休めず動かしている。

一番問題となっているのが、千影と簪の撃ち合いだ。

ミサイル、ビーム兵器、ガンランチャーに、実弾の雨。

特に簪の装備は、今戦っている八機の中でも破壊力がずば抜けている。

それを今は空や地面に向かって放たれているが、これがアリーナの防壁に当たったなら、大惨事になり兼ねない。

 

 

 

「第一、第二アリーナの防壁の出力を最大。アンチビーム、対衝撃フィルターを展開させろ」

 

「は、はい!」

 

 

 

千冬の指示の下、第一、第二アリーナの防壁のシステムが、その強度をランクアップさせられる。

 

 

 

「全く……白熱するのは構わんが、事後処理が面倒になるのは勘弁だな」

 

「書類の山は、もう見たく無いですもんね……」

 

「全くだ」

 

 

 

 

 






あと一話くらいやって、決勝に持っていけたらいいかな……。


そのあとはワールドパージ。そのあとは京都編。その間に閑話っぽい話を入れてみるのもいいかな。
それらが終わってから、ファントム・バレット編、キャリバー編、ロザリオ編と行って、どうせならオーディナル・スケールもやろうかな?
そのあとに、もう一度IS編に戻るという感じで、今考えています。


感想、よろしくお願いします!



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第88話 決戦へと道



ようやく書き終えた……(ーー;)

これで残すところ決勝戦のみ!
しかも最近は仕事が忙しくて、投稿が遅くなりました。
申し訳ないです!




千冬たちの計らいにより、アリーナの強度そのものが強化された試合会場。

刀奈とセシリー、箒と麻由里、一夏と時雨、簪と千影の計8名の戦いが行われているアリーナでは、銃弾の雨が降り、刀槍剣戟の舞台が催されていた。

水弾と鉛弾が飛び交う第二アリーナ。

三点バーストのガトリングガン《バイタル・スパイラル》と、アサルトライフル《ガルム》・サブマシンガン《デザート・フォックス》から次々に弾が発射される。

その傍らで、短剣ブレードの二刀流状態の麻由里と、《雨月》、《空裂》の二刀流で斬り合う箒。

 

 

 

 

「くっ、やはり操縦に関する技量では、相手が一枚、いや、二枚ほど上か……!」

 

「第四世代……世界に二機しか無い機体かぁ……。想像以上の機体性能……だけど……」

 

 

 

麻由里の手持ちの武器は短剣型ブレード二本のみ。

その戦い方に関しては、完全な近接戦闘型なのだが、箒の完全な剣術タイプとは違い、蹴りや肘打ちなども入れた格闘術も取り込んでいる為、箒からしたらやりにくい相手だ。

 

 

 

「戦闘には慣れていないようだね……っ!」

 

「っ! これしきのことで!」

 

 

 

アクロバティックな動きで縦、横、斜めと三次元的に動き回る麻由里。

そこからかかと落とし、横薙ぎに一閃、袈裟斬り、刺突。

小回りの効く短剣ブレードであるため、その分連撃が出しやすい。

結果的に、箒は防御に専念することになる。

背部の展開装甲をシールドに回して、剣戟を受けている。

 

 

「くっ!」

 

「チィ、硬い……!」

 

 

短剣は連撃が出しやすいが、斬撃が軽いため、決定打に欠ける。

 

 

「なんのっ!」

 

 

展開装甲で麻由里を弾き返し、逆に箒が斬りかかる。

 

 

「篠ノ之流剣舞《朧月》ッ!」

 

 

自身の体を大きく回転させて、遠心力を利用した一撃を放つ。

《雨月》《空裂》の二刀による重単発攻撃であるため、短剣型ブレードだけでは到底受けきれないため、麻由里は突如、体の力を抜いた。

 

 

「っ……?!」

 

 

斬撃が直撃し、麻由里は思いっきり吹っ飛んだ。

しかし、箒はその手ごたえに違和感を感じていた……。

それは何故か……?

あまりにも軽すぎたからだ。

 

 

 

「………」

 

「手ごたえが軽い事が不可解?」

 

「っ!」

 

「そんなの簡単だよ。私はあえてあなたの斬撃を受けて、その勢いを殺すためにわざと飛ばされただけ」

 

 

 

奥歯を噛み締める箒。

あの一瞬でそれをやろうと思った麻由里の操縦技術に、舌をまくしかない。

 

 

「これが……三年生の実力という事か……!」

 

 

接近戦……とくに格闘戦術が得意な箒にとって、一夏や和人、明日奈や刀奈たち以外の実力者だ。

それも、かなり実戦に近い形で戦ってくる。

しかし、これは逆に…………

 

 

「ふっ…………面白い……っ!」

 

「っ…………?」

 

 

 

ニヤリと笑う箒の表情は、麻由里にはどうやって映ったのか……。

 

 

「なにを考えているのかわからないけど、生半可な攻撃じゃ、私は倒せないよ……?」

 

 

 

麻由里は箒の表情から、少し違和感を感じ取り、早々に決着をつけるべきだと判断したようだ。

再び、三次元的な動きで箒を撹乱する。

だが、ここへ来て、箒の動きがさっきとまるっきり変わってしまった。

下手に目で追うことをやめて、じっとして動かない。

 

 

 

(諦めた……? いや、そんな事はないはず。だったら……!)

 

 

箒の背後から、ブースター全開で間合いを侵略する。

逆手に持った短剣を思いっきり袈裟斬り気味に振り抜いた。

が……。

 

 

「っーーーー!!!!」

 

「えっ……?」

 

 

振り抜いた刃が、突如、何かに阻まれるように止められる。

その斬撃を止めていた物……それは他でもない、箒の武器《雨月》だった。

 

 

「篠ノ之流剣舞ーーーー」

 

「くっ!?」

 

「《犀牙》ッ!!!!」

 

「がっ!?」

 

 

受け止めた斬撃を、《雨月》で大きく回すように払いのけ、空いた懐に向かって《空裂》で刺突を放つ。

本来ならば、小刀である《空裂》を防御に回し、大刀である《雨月》を攻撃に使うのだが……《犀牙》は大刀を防御に使い、小刀を攻撃に使う技なのだ。

これには麻由里も意表を突かれたように驚いている。

 

 

「びっくりした……! でも、同じ手は通じない!」

 

「篠ノ之流剣舞ーーーー」

 

 

今度はわかりやすい上段斬りの姿勢をとる箒。麻由里も短剣に角度をつけて、受け流す態勢のようだ。

だが、箒の斬撃は意外にも軽かった。

短剣二本でも十分受け止められるほどに……。

しかし、その理由はすぐにわかった。

初めからこの一撃を捨てて、続く左の《空裂》で、刺突を放ってきた。先ほどの《犀牙》と同じパターンだ。

これにはさすがに対応してきた麻由里。

難なく躱し、一旦距離を取ろうかと思っていた矢先。再び鳩尾に衝撃が走った。

 

 

「《砕破》ッ!!!!」

 

「くっ!? 肘打ち……っ!」

 

「篠ノ之流にも、組討ち術くらいあります!」

 

 

 

刺突を放った左腕を折り曲げ、体重移動する要領で上から斜め下へとショートパンチならぬショート肘打ちを打つ。

篠ノ之流は剣術だけに留まっていない。

合気術だってあるし、もともとが古流武術ゆえに、実戦仕様の技だってあるのだ。

 

 

「篠ノ之流剣舞は、それらの術理を舞の型に当てはめて作られた物……むろん、蹴り技なども当然ありますよ」

 

「ちぇっ……油断したなぁ……。今までは本気じゃなかったって事?」

 

「いえ……。今までも十分本気でした。でも、自分の中で、まだ何か噛み合っていないような感覚があっただけです……。

でも……それも今は、凄く噛み合ってる……ッ!」

 

「っ……ここでようやくスタートラインに立った……って言いたいのかな。

参ったなぁ……これだから今年の一年は……」

 

 

 

本当に困った……というような表情で箒を見る麻由里。

しかし、すぐに顔色を変えて、鋭い目つきで箒を見る。

 

 

 

「確かに面白い……今年の一年は、本当に面白いッーーーー‼︎」

 

 

獰猛な笑みを浮かべ、思いっきり斬りかかってくる麻由里。

それに応じるように、箒もブースター全開で斬りかかる。

一撃が重いのは箒の方だが、そこは経験の差で埋められる。あとは、勝負を決める決定的な一撃を、どちらが出してくるかだが……。

 

 

 

「おおっ!」

「だあっ!」

 

 

一瞬の交錯から、最初に攻撃を繰り出してきたのは、麻由里だった。

左手の短剣を順手に持ち替えて、箒の顔めがけて刺突を放ち、箒はそれを躱して、斬りかかろうとするが、麻由里はそれを許すはずがない。

刺突を放った勢いを利用して、時計回りに体を回転させると、逆手に持ったままの右手の短剣を、横薙ぎに一閃した。

箒はなんとか体を屈めて躱したが、短剣が髪の毛を数本ほどに斬り裂いた。

あと一瞬でも遅ければ、間違いなく首元を斬られていただろう。

だが、その体勢は麻由里にとっては好都合だ。

箒が顔を上げた瞬間、麻由里の左脚が急速に迫ってきて、防御しようと腕を上げるが、間に合わない。

 

 

 

「ぐあっ!!」

 

「もらったぁぁぁッ!!!!!」

 

 

強烈な蹴りを受け、吹き飛ばされる箒。

顔自体は、絶対防御が発動しているため、傷などは見受けられないが、その衝撃までは消すことができない。

これは好機と、麻由里は一気にけりをつけるつもりのようだ。

 

 

「ぐっ……蹴り技ならーーーー」

 

「っ?!」

 

「ーーーーこちらにもあるッ!!!!!」

 

 

《紅椿》の脚部に装備されている展開装甲が稼働し、右足の先端にエネルギーブレードが生成された。

こちらに向かってくる麻由里は、急停止を試みるも、間に合わず。

振り上げた右脚を、箒は思いっきり振り切った。

 

 

「くっ、この……っ!」

 

 

技名自体は無いが、下から思いっきり上へと振り抜く空手の前蹴りに近い。

その鋭い蹴りが、腕をクロスさせて防御していた麻由里の体を斬り裂く。

今の一撃で、シールドエネルギーの残量が、残り少なくなっていた。

 

 

 

「こんなところで、負けられるかぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

麻由里はもう、ほとんど意地で動いている。

残り少ないエネルギーを使い切っても構わない……ただ、目の前にいる相手、箒という存在に勝つためならば……!

そう思わせる勢いだ。

その覚悟が決まった姿が、箒にもしかと見てとれた。

 

 

 

「ならば私も……決死の覚悟で挑まねばな……っ!」

 

 

 

箒は《雨月》と《空裂》を、腰の両サイドに展開していた鞘に納めた。

そして、左側に納刀した《雨月》の柄を右手で握り、左手はその鞘を握る。

 

 

 

「篠ノ之流 “居合術” ーーーー」

 

 

 

鋭い視線とは裏腹に、箒を覆っていた闘気のオーラが、次第に小さくなっていく。

居合術……つまりは『居合抜き』、または『抜刀術』とよばれるものだが、《篠ノ之流剣舞》ではなく、何故ここで居合を選んだのか……?

そんな疑惑が、麻由里の頭を過ぎったが、もはや躊躇する時間も隙も無い。

麻由里はすべての迷いを振り払い、短剣を突き立てた。

そして、箒は………。

 

 

 

 

「ーーーー《零閃》」

 

「っ?!」

 

 

 

交錯した後……麻由里が箒の姿を捉えたのは、既に自身が斬られた時だった。

 

 

「えっ…………?」

 

 

 

何が起こったのか、全く分からない……そう言っているような表情をしている。

しかし、自身の乗っているISが知らせる『Energy Empty』の文字と警告音が、自身の敗北を告げていることを理解した。

 

 

 

「篠ノ之流居合術《零閃》は、特殊な呼吸法を用いて、相手の意識外の場所から一刀を抜く居合抜き。

篠ノ之流の歩法《零拍子》を使った居合抜きなんです。まだ未熟な私では、完璧には使いこなせていない技ですけどね……。うまく行ってよかった……」

 

 

苦笑いでこちらを見る箒の姿に、麻由里は呆然としているしかなかった。

 

 

「は、ははっ……! いやぁ〜、負けた負けた。くっそぉー……勝てると思ったのになぁ〜」

 

 

 

少し大げさに敗北宣言をする麻由里。

どこかいじけている様にも見えるのだが……。

しかし、その傍らで、箒は冷や汗をかきながら、麻由里のその姿を見ていた。

 

 

(……私は専用機だったから、勝てた様なものだが……)

 

 

もしも麻由里が専用機を持っていたなら……もしくは、箒が《紅椿》ではなく、訓練機で対戦していたなら負けていたのは、箒の方だったかもしれない。

あそこで《篠ノ之流剣舞》ではなく、《篠ノ之流居合術》にしたのは、剣舞では、決定的な何かを持っていた麻由里に敗北してしまうという予感があったからだ。

奇しくも勝敗を決めたのは、一夏の得意とする居合抜き……抜刀術だった。

 

 

 

「ふぅ……一夏、私は勝ったぞ……!」

 

 

今も戦っているであろう一夏の事を思いながら、箒は空を見上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃ! 腹立つなぁっ、その水の壁っ!」

 

「シューターが冷静さを欠いてていいのぉ〜?」

 

「はっ、この程度で命中率が下がるかよっ!」

 

 

 

現在、上空……アリーナを優に見下ろせる場所で、刀奈とセシリーは銃撃戦を続けていた。

刀奈の《バイタル・スパイラル》は、銃口が三つある三連ガトリングの三点バーストの銃。

設定を変えて、フルオート状態にも変更可能なのだが、なぜか三点バーストの状態で戦っている。

対するセシリーは、アサルトライフル《ガルム》を格納し、新たにショットガン《レイン・オブ・サタディ》を呼び出し、左手に持っているサブマシンガン《デザート・フォックス》とともに連射し続けている。

もう十数分以上は銃弾を撃ち続けているのだが、一向に決着がつかない。

圧力的にはセシリーの方が圧倒的に上なのだが、やはり『学園最強』ほ名は伊達ではなく、刀奈の専用機《ミステリアス・レイディ》の特殊武装《アクア・ヴェール》によって、銃弾を止められてしまう。

 

 

 

「なろう……!」

 

 

 

セシリーが煮えを切らしたのか、右手に持っていた《レイン・オブ・サタディ》を捨てて、新たにグレネードランチャーを取り出した。

 

 

 

「あらまぁ……そんな物があったんなんて……」

 

「その間抜け面、一瞬で崩壊させてやるっ!」

 

 

 

引き金が引かれ、大きな銃口からドンッ、という低くも破裂した様な音が鳴った。

それに続いて、銃口からは大きな弾丸……いや、ミサイルが出てきた。

着弾面は赤く塗装された、わかりやすい配色と形。

そのミサイルが、まっすぐ刀奈の方へと向かってくる。

いくら《アクア・ヴェール》が有能だったとしても、グレネードランチャーの威力が壁を通り越えて、本体にダメージを負わせることは可能だ。

だが、そんな状況においても、刀奈は冷静を保っていた。

 

 

 

「ふふっ……」

 

 

 

刀奈に銃を構えた。

そして、次の瞬間……刀奈の銃、《バイタル・スパイラル》の形状が変化した。

縦に三門あった銃口……その三つが前方にスライドしたかと思うと、

次々に連結していき、一本の細長い砲身へと変わった。

 

 

 

「な、んだっ、それは……っ!?」

 

「うふふっ……狙い撃ちだゼ☆」

 

 

 

その言葉とともに引き金が引かれた。

先ほどまで、ガトリングガンだった銃が一変、スナイパーライフルへと変形し、さらには、水の弾丸にジャイロ回転を付与したらしく、貫通力が一段と跳ね上がる仕組みになっている。

螺旋運動をしながら放たれた弾丸は、グレネードランチャーのミサイルを撃ち抜き、その後方にいたセシリーの持つグレネードランチャーの本体をも撃ち抜いた。

 

 

 

「ぐおっ!?」

 

 

咄嗟に手を離し、その場を離れようとしたが、時すでに遅し。

爆発の余波に当てられて、軽く吹き飛んだセシリー。

体勢を立て直して、再び刀奈の方へと向き直るが、そこにはすでに、銃身をこちらに向け、ニヤリと笑いながらこちらを狙っている刀奈の姿があった。

 

 

 

「く、そぉ……!」

 

「ふふふっ……こういう時って、何て言えばいいんだっけ?」

 

「くっ……!」

 

 

 

わざとらしく笑いながら、刀奈はセシリーに問いかけた。

刀奈の眼前には、ホロスコープが投影されており、より精密な射撃が行える様にサポートされている。

この場面での回避は不可能に近く、セシリーの銃が火を噴く前に、刀奈のライフルが撃ち抜く方が速い。

 

 

 

「ーーーーチェックメイト」

 

 

 

凛とした声が聞こえた。

その瞬間、セシリーは自分が撃たれた事に気づく。

絶対防御が発動し、シールドエネルギーが急速に減っていく。

だが、たった一発だけでは、シールドエネルギーを全て削るのは無理だ。

反撃しようと《デザート・フォックス》と《ガルム》の銃口を向けたが、その二つの銃を撃ち抜く水弾が二つと、セシリーのおでこに当たった一発の水弾……計三発の水弾が放たれた。

 

 

 

「詰みよ♪」

 

「がっ……!」

 

 

 

今度こそ、エネルギーが全損し、アリーナのアナウンスが勝者を告げた。

 

 

 

『試合終了。勝者 更識楯無、篠ノ之 箒』

 

 

 

決勝進出を決める一枠が決まった。

刀奈と箒のペアが決勝へと一足先に上がり、あとは一夏と簪の試合を待つのみ。

 

 

 

「待ってるわよ……チナツ、簪ちゃん」

 

 

今も対戦を続けているであろう二人がいる第一アリーナの方へと視線を向ける刀奈。

その一方で、刀奈の方を睨みつけていたセシリアの姿があったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふふふ……っ! 上等ですわ……BIT兵器に飽き足らず、狙撃手としても私の面目を潰しに来たとあっては、ここで引き下がるわけにはいきませんわね……っ!」

 

「はいはい。勝負すんのはこの大会が終わった後でねぇー」

 

「ちょっ、鈴さん! 何をしますの、離しなさい! 私は楯無会長に決闘を……」

 

「だから大会終わった後にすればいいじゃないのよ……。ほら、さっさと第一アリーナに行くわよ。

一夏たちとの決勝戦を観る席が埋まっちゃうじゃない」

 

「は、離しなさい! ええいっ……! 狙撃では、わたくしが一番ですからねぇっ!」

 

「はいもう、わかったから……っ!」

 

「決闘ですわ! 更識会ーーーー」

 

「はいもう、行くわよ!」

 

「むうううっ!? むうううっ!!!!」

 

 

 

羽交い締め+口を塞がれながら、第二アリーナを去っていった鈴とセシリア。

鈴の柔軟な対応には、周りにいた生徒や職員たちも感心していた。

 

 

 

 

 

 

 

「《堤宝山流》八天切」

 

「っ!?」

 

 

一夏の横を通り過ぎ、振り向きざまに一撃を見舞う剣技。

これはどこか《龍巻閃》に似た剣技にも見える。

時雨の使う剣術……それは《警視流木太刀形》と呼ばれるもの。

現在の警視庁が、明治10年代に形成した剣術だと言われている。

各流派……十の流派の技を一つずつ採用したもので、今見ただけでも、三つの剣技が放たれたが、それぞれ違う流派だ。

それがあと残り七つもあると思うと、これはもうチャンポン剣術だと思えなくもない。

 

 

 

(くっ……この剣術、かなり厄介だぞ……)

 

 

 

基本的な剣術としての動きや足運び、重心の移動に斬りつける角度やタイミング……。

それだけでも、時雨の剣技は他者よりも上をいくだろう。

そして、多種多様な技を出せる《警視流》となると、それぞれに流派が異なるため、本当に自由自在な攻撃を出せる。

だが、そんな中で、時雨は不可解な疑念を抱いていた。

 

 

 

(最初は驚いて対応出来なかったみたいだけど、今はそうでもない………まさか、見切られた……?)

 

 

 

そんな筈はない……そう思いたい所だったが、時雨の剣士としての勘が、とても嫌な予感がする……と、警告を鳴らしていた。

 

 

 

「《直心影流》八相ッ‼︎」

 

「《龍巣閃》ッ!」

 

「っ!?」

 

 

脛斬りに対する応じ技でもある剣技を放つ時雨。

しかし、その技に、乱撃術である《龍巣閃》で迎え撃つ一夏。

乱撃を乱撃で返すような一夏の戦い方に、時雨は今度こそ本当に驚いた。

 

 

 

(っ………まだ半分も技を見せてないのに、もう対応し始めてるっ……?!)

 

 

 

一夏の剣の腕は、望まなくても耳に入ってきていた。

IS学園にやってきた、男性IS操縦者二名。

そのうちの一人が、かの世界最強《ブリュンヒルデ》の称号を得た織斑 千冬の弟であると、テレビのニュース番組で知った。

もう一人の男子、和人とともに、VRゲームの虜囚となった人物と聞いて、はじめは興味すらなかったのだが、クラス代表対抗戦に起きた所属不明機乱入事件に、一学期の時にやったタッグマッチトーナメントの機体の暴走事件。

そして、学園から離れて起きた臨海学校でも、何やら事件が起きたことを聞き、その全てを生き残り、存在感をあらわにし始めた時に、ようやく興味を持った。

その後も、一夏の剣技の凄さに魅了された。

迷いなく振り抜く剣閃は、鋭く、そして速く、空を駆ける。

自分も剣士としての誇りにも似た信念が心に内にあった……そんな信念が、一夏という存在を目の前にして、激しく燃えたぎっているのを……時雨はここ最近で理解したばかりだった……。

 

 

 

(あぁ……そうか……私、楽しいんだ……!)

 

 

 

剣道部員になることもなく、ただ黙々と剣術の鍛練をしていた時雨。

同学年に、自分と渡り合えるような生徒はいなかったし、ルールで縛られた剣道をする気にもなれなかった……。

だからこそ、年下の男である一夏の存在に、ここまで看過されているのだろう。

 

 

「織斑くん……」

 

「っ? はい」

 

「私……楽しいわ……!」

 

「え?」

 

「凄く楽しい……! 私とここまで打ち合えるのって、あなたが初めてかも」

 

「っ……! それは、とても光栄な事ですね」

 

「だから……もっと、私を楽しませてよ」

 

「えっ?」

 

 

 

時雨はニヤリと笑うと、急に呼吸を整え始めた。

 

 

「はぁーーー、んんんんッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

上段から打ちおろす一撃が、途端に強くなった。

それも、連続して繰り出してくる。

一夏は無理に《雪華楼》を振り抜く事をせず、ただただ時雨の斬撃を受け続ける。

 

 

(なんだ……?! 急に力が跳ね上がった!?)

 

 

今までは速さを主体にした連撃を繰り出してきていたが、ここへきて打ち込む力が増した。

一夏は疑問に思ったが、その前に時雨が行った特殊な呼吸を思い出した。

 

 

(呼吸で身体に伝える力加減を変えたのか……っ!? この独特の呼吸法……薩摩の《直心影流》剣術に似たようなのが……!)

 

 

さすがに受け続けるのはまずいと思ったのか、一夏は即座に距離を取り、再び正眼に構える。

その後、時雨は「ぷはぁー」と息を吐き出す。

やはり、呼吸を止めていたのだろう。

 

 

 

「《直心影流》に存在する特殊な呼吸法『阿吽の呼吸』」

 

「そうだよ……。じゃあ、タネがわれたところで、再戦と行こうか……!」

 

「っ!」

 

 

 

ブースターを使い、一気に一夏に近づいてくる時雨。

いきなり左手を刀の刀身に添えるように構えたと思いきや、その状態で水平刺突を放ってきた。

これは躱せると思った一夏は、軽く体を捻る事でこれを回避……しかし……

 

 

 

「その手は悪手だったね」

 

「っ!?」

 

「《引き斬り》っ!」

 

「くっ!?」

 

 

 

添えていた左手を一夏の体に押しつけて、それを一気に自身の体の方へと引く。

咄嗟に体を退いたものの、エネルギーを削られる事になった。

 

 

 

「大きく振れなくても、この剣術には咄嗟の対応技がある」

 

「ちっ!」

 

 

 

今度もまた接近を仕掛けたのは時雨。

また同じ技が来るかと思いきや、今度は右半身を一夏の方へと向け、横向きの体勢になり、刀を持つ右手と刀身に添えている左手を、頭上へと持って行き、まるで刀を掲げているような構えを取る。

突然そんな構えをとった事で、一夏も一瞬だけ対応に困り、動きを止めてしまった。

しかし、それもまた悪手。

上段から、鋭い唐竹割りが放たれたのを、一夏は見逃さなかった。

 

 

「っ!? これは……っ!」

 

「ちっ、掠っただけか」

 

 

斬撃を放つ瞬間、急に剣の動きが速くなった。

あの体勢から、なんの予備動作もなしで、高速の唐竹を放てるものなのだろうか……?

 

 

(そうか……添えていた左手で、刀自体にストッパーをかけてたのか!)

 

 

右腕は打ちおろす動きを取っていたが、左手で刀身自体を止めて、一気に離す事で、放つ斬撃の速さが変わった……。

つまりは、デコピンの要領と同じというわけだ。

それよって、速度が急激に上がったのだろう。

左手を刀身に添える型……デコピンの要領を取り入れた技……この剣術は……

 

 

「《神道無念流》……っ!」

 

「これも知ってたか……ならもう、隠す必要もないね」

 

 

 

上段からの唐竹を一夏は受け、鍔迫り合いとなり、そのまま膠着する。

だが、時雨の方から力を抜き、一夏の脇腹めがけて肘打ちを放つ。

寸での所で一夏も肘を割り込ませて受け止めるが、そこからさらに斬りつけてくる。

 

 

(くっ……! また《警視流》に戻った!)

 

「《浅山一伝流》阿吽……。これを防いだ人って、あまりいないんだけどな……」

 

 

 

それもそうだろう……。

純粋な剣術では、まず見られない肘打ちによる近接打撃術を取り入れた総合剣術だ。

しかも、それを鍔迫り合いの絶妙なタイミングで繰り出してくるのだから、反応が遅れていたら、一夏とてまともに食らっていた可能性が高かったのだから……。

 

 

 

「そろそろ決着をつけねぇと、ちょっとヤバいかな……!」

 

「そんな事言わずに……。出来ればもっと打ち合いたいんだけどね」

 

「あいにく、長い間時間をかけてると、文句を言ってくる奴がいるもんですから……」

 

 

 

 

戦いの最中に聞こえた第二アリーナからのサイレン。

おそらく、試合終了を知らせるものだったのだろう……。

となると、当然刀奈たちの試合は終わり、決勝戦に向けての準備を施している最中だろう……。

ならば、こちらも速く決着を付けて、早々に決勝戦に臨む態勢でいたいものだ。

一夏の覚悟が決まった表情を読み取り、時雨はより一層警戒を強めた。

今は自分の方が有利に進んでいるが、一夏の剣は、全てが一撃必殺の破壊力を持っている。

目にも留まらぬ、神の如き速さで放たれる抜刀術……。

それが出された時点で、自分の敗北がほぼほぼ決まるということは、時雨自身もわかっている。

 

 

 

「そっか……残念だね。じゃあ、終わりにしようか」

 

「望むところですよ、先輩」

 

 

 

互いに体の中心に刀を持って行き、正眼の構えを取る。

互いの力量はだいたい把握できた……ならば、技や駆け引きで勝負を有利に進めるか、圧倒的な力を持って一気に叩くか……。

 

 

(このまま有利な状況に持ち込んで、一気に叩く……!)

 

(逆転の一撃……なら、もうアレをやるしかないな……!)

 

 

 

互いに覚悟は決めた様だ……。

 

 

 

「いざッ!!!!!」

 

「勝負ーーーーッ!」

 

 

 

答えは、互いに後者だった。

時雨は正眼に構えていた刀を、自分の右肩の位置まで持っていくと、そのままイグニッション・ブーストで一夏に迫る。

対して一夏は、《雪華楼》を鞘に納め、抜刀術の体勢。

両者の間合いがどんどん近づいていき、互いの間合いに入った。

 

 

 

「《示現流》雲耀 疾風ッ!!!!!」

 

 

イグニッション・ブーストで加速した状態から、薩摩の《示現流》の一撃を放つ。

雲耀とは、雷を意味する言葉だ。

一夏が抜刀術を放つよりも速く、その雷がまっすぐ一夏の頭上めがけて落ちてくる。

だが、一夏はまだ、刀を抜き放たない……。

 

 

 

「抜刀術スキルーーーー」

 

 

 

白刃がもう目の前に迫ってきた……。

だがその瞬間、時雨の目の前で、三本の黄閃が閃めいた。

 

 

 

「閃ノ型 《雲耀 閃刃》…………ッ!!!!!」

 

 

 

同じ《雲耀》の名を持つ技同士がぶつかった。

だが、拮抗して見えたのも、ほんの一瞬だった……。

究極の一撃を放つ《雲耀 疾風》と、神速の一瞬三撃を放つ《雲耀 閃刃》。

どちらが速く、そして強く届いたのかは……言うまでもなかった。

光と風……どちらが速かったのか……。

 

 

 

「っ…………これでも、全速力だったのに……!」

 

「さすがに、抜刀術を使ってまで、負けるわけにはいきませんからね……」

 

「同じ『雲耀』を使っていながら、このザマじゃね……。まだまだ修行が足りなかったか……」

 

 

 

 

互いの刃が交錯した瞬間、一夏の刀が、三本の同時に存在したように見えた。

それはあくまで、ライトエフェクトの残滓が残っているために、そう見えていたのかもしれないが、時雨の目には、はっきりと見えた。

自分の放った《雲耀 疾風》が、一夏に直撃しようかというその寸前で、一夏の姿が消えた。

そして、気がついた時には、すでに自分の間合いを侵略していた三本の黄閃。

その黄閃を纏った刀は、確かに三本存在した。

『一瞬にして三撃』。

いや、ここは、『一撃にして三撃』と言っておこう。

たった一回の攻撃で、三本もの斬撃を放つ一夏の剣技は、もはや同年代のものとは思えない。

 

 

 

「私の、負け……参りました」

 

「俺も、勉強になりました……ありがとうございました、時雨先輩」

 

 

 

互いに礼をしあって、相方達が戦っている方へと視線を向けたのだが…………。

 

 

 

 

 

 

「あうう〜〜……」

 

「………………」

 

 

 

 

連結したガンランチャーの砲口を向けたまま、簪は平静を保ったように千影を見ていた。

千影は千影で、アリーナの地面に大の字になりながら、仰向けに倒れている。

目が回っているのか、起き上がれない状況のようだ。

 

 

 

『試合終了。勝者 織斑 一夏、更識 簪』

 

 

アリーナの勝者宣言がなされ、会場は大いに湧き上がったのだが、一夏達は目の前のこの状況のせいで、どうして良いものなのか、困惑していた。

 

 

 

「えっと……これは、簪が勝った……ってことで良いんだよな?」

 

「うん……そう、なんだけど……」

 

「……どうかしたのか?」

 

「えっと、千影先輩が、自爆しちゃった……から」

 

「あ…………」

 

 

 

簪の話によると、簪の高火力の砲撃に魅せられて、自分も高火力の爆薬やら重火器を使って応戦したそうだ。

そして、最終的にグレネードでも投げようかとしていたところ、手を滑らせて自分の足元に落としてしまい、ドカーン……ということらしい。

 

 

 

「ま、まぁ、勝ったから……良いんじゃないか?」

 

「う、うん……そ、そうだよね! 勝ちは……勝ち、だよね?」

 

「うん。そうだと思う、ぞ?」

 

 

 

なんとも煮え切らないような決着だったが、これで、決勝のカードが揃ったことになる。

一夏・簪のペアと、刀奈・箒のペアでの対決となった。

 

 

 

 

「さて、俺たちも戻って、整備と補給して、あいつらに対抗するための作戦会議をしなきゃな」

 

「うん。私も、早く最後の武装をインストールしなきゃないけないし……」

 

「あぁ、そうだったな……。そういえば、最後の『天』の字って名前はなんて言うんだ?」

 

「うーん……まぁ、もう言ってもいいかな……。最後の武装の名は、《絶天》。

絶対の『絶』に『天』で《絶天》」

 

「ほう……なんか、強そうだな」

 

「うん……火力だけなら、《覇軍天星》の中じゃ一番」

 

「ほう……」

 

 

 

 

簪の言葉に、一夏は思い返す。

《蒼覇》《双星》《破軍》……どれも高火力だったような気がするが、《絶天》はその上を行くということになる……。

果たして、そんな火器を用いた簪相手に、刀奈は無事でいられるのだろうか……。

 

 

 

「まぁ、とにかく、速くインストールしとかないと……。色々と調整もしなきゃなだろ?」

 

「うん……。あまり出力が高過ぎると、アリーナを破壊しかねないし……」

 

「お、おう……」

 

 

 

 

そんな怖い言葉を聞きながら、一夏と簪はアリーナのカタパルトへと向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 






というわけで、決勝カードは一夏・簪ペアと、刀奈・箒ペアでの対決。

これが終わって、ようやくワールドパージやら、京都旅行やらができます!
そのあとは、ちょっと閑話とかを挟んでみようかなぁ〜とか考えている今日この頃。
決定ではないので、ないかもしれませんが……( ̄▽ ̄)


感想よろしくお願いします!



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第89話 決勝戦



いよいよ決勝戦!

いや〜、長かった。ここまで来るまでが……( ̄▽ ̄)




時間が午後へと周り、あんなに空高く登っていた太陽も、今は海へと消えかかっている……。

夕日が暖かく学園を照らしている最中、ようやく今大会の最強を決める舞台が整った。

決勝の舞台となる、IS学園第一アリーナには、学園全生徒が集まった。

観客席には、押し詰められるように座っている生徒や、残念ながら席に座れず、通路となっている階段の方に座っている者も何人か……。

その他にも、第二アリーナなどで整備を終えた教職員たちも、大会最後の決戦の舞台を見ようと、最上階にある屋根を支える柱あたりにもたれかかってみている。

今はまだ、対戦者たちは控え室に篭り、整備や補給、システムの調整や精神集中の時間などを行っているため、アリーナには姿を見せていない。

皆、決勝の舞台に上がってきた四人を、今か今かと待ち続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「箒ちゃん、紅椿はどう?」

 

「問題ありません……。今回は、なるべく《絢爛舞踏》を使わないようにしますので、その調整を……」

 

「あら、使わないの?」

 

「はい……。この力が、紅椿の特徴なんですけど、あいつと戦うのに、この力を使いたくないと思って……」

 

 

 

 

あくまでも正々堂々と……。

確かに、《紅椿》としての能力ではあるが、使うのはせいぜい展開装甲くらいだろう。

あとは、純粋に剣での勝負か、あとは、機体の特殊装備同士のみでの対決になるか……。

 

 

 

「あくまで、剣での勝負がお望み?」

 

「はい……。あいつも、そうだと思います」

 

「あら、なんだか二人だけわかったような言い方ねぇ〜……。ちょっと妬けちゃうわ」

 

「いやいや、楯無さんに言われると、なんだか変な気分なんですが……」

 

「ん〜? それはぁ〜、どういう意味かな?」

 

「な、なんでもないです!」

 

「こらこらぁ〜……そこまで言っておいて口籠ることはないでしょう〜? さぁさぁ、お姉さんに全部言ってみなさいな……♪」

 

「ちょ、近づかないで! その手はやめてください!」

 

「ウヘヘヘ〜♪」

 

 

 

手をワシャワシャと動かす刀奈に、箒は特大級の警戒心を発して刀奈から距離を取る。

 

 

 

「もぉ〜、そんなに逃げなくてもいいじゃない」

 

「それに今までどんだけ被害に遭ってきたと思ってるんですかっ!?」

 

「あれ? そうだった?」

 

「そうです!」

 

「まぁ、そうよねぇ〜♪ おかげで箒ちゃんの弱いところとか、色々と分かっちゃったわけだしぃ〜?」

 

「なっ、何を言い出すんですかっ!?」

 

「うっふふふ♪ 冗談よ、冗談」

 

 

 

顔を赤くして、全力でツッコミを入れる箒。

そんな様子を、ニコニコと笑いながら見ている刀奈。

 

 

 

(やはり……楯無さんには敵わないな……)

 

 

 

おそらく、こういった行為も、緊張を和らげるためのものだろう。

ここ最近は一緒にいることが多かった為、少しずつそう言うのがわかってきた。

自分のペースに他人を巻き込む……それが刀奈だと思ったのだが、何でもかんでもペースに巻き込むのではなく、人それぞれに応じて、絡むペースを変えているのだ。

それは、他人を思いやる気持ちも、当然含んでの事なのだろう。

 

 

 

 

「楯無さん……」

 

「なぁに?」

 

「ありがとうございます」

 

「ふふっ……どういたしまして♪」

 

 

 

笑顔を見せ、二人はカタパルトデッキに向かう。

 

 

 

「絶対に勝ちましょう!」

 

「ええ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「簪、機体調整は終わったか?」

 

「うん……バッチリ。ストレアを貸してくれて、ありがとう」

 

「いや、いいっていいって……。にしても、すごいな……《絶天》……」

 

 

 

 

改めて見る簪の機体の姿に、一夏は唖然とするしかなかった。

これまで使ってきた《蒼覇》《破軍》《双星》の3パターンの武器を見てきたが、この《絶天》に至っては、もう圧巻の一言でしか評価できない。

これまでは、重砲撃という何ふさわしい、高火力の銃砲だったが、《絶天》に至っては、もはや『要塞』と思った方がわかりやすいかもしれない。

 

 

 

「高インパルス収束砲二門……腰部設置型の小型レールガン二門……背部の可動式ガトリングガン二門に、両手に持つ高エネルギービームライフル二挺」

 

「随分とまぁ、これでもかと乗せたな……」

 

「うん……勝つためには、必然な答え」

 

「カタナ……無事で済むかな……」

 

「そこは……お姉ちゃんを信じるしかない」

 

「せ、せめて、威力は抑えようぜ!? お、おい、ストレア!」

 

『はいはぁーい?』

 

「今の話、聞こえていたか?」

 

『うん! 出力を落とせばいいんでしょう? わかってるって』

 

 

電子音を聞きながら、一夏も自分の機体の最終チェックを済ませる。

 

 

「《極光神威》の出力調整……エネルギー分配率、正常。システム障害無し……展開装甲の稼働……正常っと。

最後の対決だからな…………頼むぜ、相棒……!」

 

 

 

自身の愛機《白式・熾天》を見ながら、機体に触れた。

その瞬間、《白式》の方から光を放ち、まるで一夏の言葉に反応したかのようだった。

 

 

 

「ふ……」

 

「…………」

 

「ん? どうしたんだ、簪」

 

「いや。えっと……なんか、一夏と白式って、不思議だなぁ〜って」

 

「え? そうか?」

 

「うん……。一夏、まるでISとお話ししてるみたいだったから……」

 

「うーん……俺はあまりそういうのを意識したことないんだけど、やっぱり変なのかな?」

 

「普通は、ほとんど無いと言ってもいいくらいの現象……」

 

「そういうもんか……」

 

 

 

確かに、セシリアや鈴、シャルやラウラなどの他国の代表候補生達は、ずっと前から専用機をもらい、それで訓練を行ってきた。

だからある意味、自身の専用機とは、長年連れ添ってきたことになる筈……。

だが、そう言った話を、この四人から聞いたことはなかった。

 

 

 

(だが……今の俺は、まるで手足を動かしてるみたいに、ISが動かせれるんだよな……。

てっきり、白式が合わせてくれているんだとばかり思っていたが……)

 

 

 

確かに、それも間違いでは無いだろう。

だが、それ以外にも要因がありそうだ……。

 

 

 

『っと! 終わったよー!』

 

「あ、ありがとう、ストレア」

 

『いえいえ、どーいたしましてー♪』

 

「さすが、ストレアだな。お前が来てくれたから、調整も少し楽になったよ」

 

『えっへへ〜♪ そんなに褒めてくれるんならぁ〜、今度イグシティにあると言われている絶品ケーキ……ご馳走してもらおうかなぁ〜』

 

「えっ!?」

 

『あ、でもでも〜、その他にもパフェとかもあったんだよねぇ〜……どうしようかなぁ〜』

 

「う、うーん……まぁ、わかったよ。ストレアには、いつも世話になってるからな」

 

『ほんとっ!? ヤッタァーーー!!!!』

 

 

 

今まさに、その場で飛び跳ねている光景が目に浮かぶようだ。

 

 

『ありがとう、パパ♪』

 

「「パパっ?!!!」」

 

『えっへへ〜。だってぇー、ユイはキリト達のことをパパ、ママって呼ぶでしょう? なら、私はチナツのことをパパって呼ぼうかなぁ〜って』

 

「いやいや! ユイちゃんは、ユイちゃんだからいいとしても、ストレアのは、なんか違うだろっ!?」

 

『ええっ〜〜? そうかなぁ〜? じゃあ、何がいい? お兄ちゃん?』

 

「いや、普通に『チナツ』でよくねぇ?」

 

『ええっ〜〜! やだよぉ〜……私もなんかユイみたいにしたいし、言いたいよぉ〜!』

 

「駄々っ子かよ…………。わかったよ……もうそれでいいです……」

 

『ほんとっ!? イェーイっ! ありがと、おにぃちゃん♪』

 

「ぶふっーーーー!!!!」

 

 

 

改めて言われると、なんだか恥ずかしくてしょうがない。

 

 

「じゃあ、私もお兄ちゃんって呼ばなくちゃ……」

 

「いや、別に簪が言う必要はーーーー」

 

「だって、一夏がお姉ちゃんと結婚したら、事実上、私のお兄ちゃんになるんだよ?」

 

「あー………」

 

 

もっとも反論できない意見が投じられた。

 

 

「じゃあ決勝戦、頑張ろう、お兄ちゃん」

 

『うんうん! 頑張ろうね、お兄ちゃん!』

 

「ぬああッーー! やっぱりやめようぜ、そのお兄ちゃんっていうの!」

 

『ええ〜〜っ! 良いって今言ったじゃーん』

 

「いや、なんかもう、恥ずかしいんだよ……その兄妹ゴッコ……」

 

『ゴッコじゃないよ! お兄ちゃん!』

 

「ゴッコじゃなくて、事実そのものだよ、お兄ちゃん」

 

「…………」

 

 

 

何かよくわからない二人のコンビネーションに負け、一夏は再度許す事にした。

 

 

 

「もう、ほら! さっさといくぞ」

 

「『はーい! お兄ちゃん』」

 

「はぁ……勘弁してくれ……」

 

 

 

 

どことなく嬉しそうな声だ。

まぁ、二人が良いのなら、それでも良いだろう。

そこまで考えて、一夏は右手に意識を集中した。

 

 

 

「さぁ、行こうか……白式!」

 

 

 

体が光に包まれ、鋼の鎧が現れる。

蒼い翼、薄紫の外装、四本ある純白の日本刀。

一夏の専用機《白式・熾天》が、今ここに顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、キリトくーん! こっちこっちぃ〜!」

 

「おう、ごめんごめん」

 

 

 

試合会場となる第一アリーナには、全校生徒がほぼほぼ集まった。

ラウラと共に訓練をしていた和人も、明日奈たちが座っている席へとやってきた。

 

 

 

「ずっとラウラちゃんと特訓してたの?」

 

「あぁ……」

 

「っ!? ラ、ラウラちゃん!? どうしたの?」

 

 

和人の後ろから、フラフラと歩いてくるラウラの姿を見て、明日奈が慌ててラウラを支える。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「はぁ……疲れた……」

 

「キ、キリトくん! ラウラちゃんに一体何をしたのっ!!」

 

「いやっ、何をって言われると……特訓?」

 

「どんな特訓をしたらラウラちゃんがこんなになるのよ!!」

 

 

 

軍人であるラウラがIS戦闘でここまで疲弊するとは……。

 

 

「いや……明日奈……別にやましい事はしていない……だが、お前の彼氏は、どれだけ訓練に付き合わされれば気がすむんだ……?」

 

 

何かしたのではなく、純粋な戦闘訓練だったようなのだが……。

問題は、それをどれくらい長時間続けていたのかということだ。

 

 

「もう、どれくらい打ち合っていたのかさえ、朧げだぞ……」

 

「もうっ! 集中するとすぐに周りが見えなくなるんだからっ!」

 

「あ、いや、その……ごめんなさい……」

 

「ほらっ、ラウラちゃんにも謝って!」

 

「ごめんな、ラウラ。その……今度から自重するよ」

 

「いや、構わんさ。強くなりたいという思いは、私も共感できる。だが、何事もペース配分だ。

メリハリをつけてやらねば、時間の無駄になるぞ?」

 

「肝に銘じておきます……少佐殿」

 

「ならばいい。今後は私が作ったメニューで訓練してやるから、覚悟しておけよ、ルーキー」

 

 

 

軍隊での訓練メニューをこなしてきたラウラの操縦技術は、専用機持ちの中でも上位に君臨するものだ。

そんな彼女から、マンツーマンで指導してもらえるならば、それは願ったり叶ったりだ。

 

 

「オーケー。よろしく頼みます、教官」

 

「ふむ……教官と呼ばれるのは、なかなかに良いものだな……!」

 

「だからって、ラウラちゃんもあんまり無理しちゃダメだからね?」

 

「わかっている。それに安心しろ、明日奈。私の訓練を終えた後の和人は、見違えるように強くなっているはずだ!」

 

「うん。キリトくんの事、よろしくね」

 

「うむ。任された」

 

 

 

一夏という師がいて、ラウラという弟子がいて、さらにその下に訓練生という和人がいると言うなんとも変な関係性になってきたが、この後に、和人が化けることになる事を、この時は誰も知る由もなかった。

 

 

 

「あ、ほら! みんなが出てきたよ!」

 

 

 

明日奈の指差す方向を見た。

すると、すでにアリーナの中央部に、四機のISが集っていた。

一夏の《白式》、箒の《紅椿》はいつも通りなのだが、刀奈の《ミステリアス・レイディは、先の準決勝で使用した三連バーストのガトリングガンを装備し、簪の《打鉄弐式》に至っては、もはや元の原型をとどめてないほどに、武装が追加されている。

 

 

 

 

 

 

「わお〜っ! これまた見事な武装ね、簪ちゃん」

 

「これも、お姉ちゃんに勝つため……! ねぇ、お兄ちゃん」

 

「「お兄ちゃんっ!?」」

 

「あぁ〜……えっと……」

 

 

 

 

簪の言葉に、刀奈と箒は驚きを隠せず、『お兄ちゃん』と呼ばれた一夏に視線を向ける。

 

 

 

「なんかわかんないけど、ストレアと一緒に、今度からこう呼ぶと……」

 

「意味がわからんぞ! だいたい、簪と一夏は同い年ではないか!」

 

「違うよ、箒。一夏がお姉ちゃんと結婚したのなら、事実上、私は一夏の義妹ということになる」

 

「う……まぁ、それはそうだが……」

 

「まぁ、間違ってはないわね……。なるほど、今の内に、言っておくことで、今後の関係性をスムーズにして行こうということかしら?」

 

「うん……まぁ、そんな感じ」

 

「いやん♪ 簪ちゃんったらぁ〜♪」

 

 

 

両手で両頬を包み込む刀奈。

妹にまで結婚を歓迎されているならば、もう怖いものは何もない言うかの如く……だ。

 

 

「お前はそれで良いのか? 一夏」

 

「良いも何も……二人がこの呼び方をやめないからなぁ……。俺も別に良いよって言っちゃったし……」

 

「全く、お前というやつは……」

 

 

 

いいように流されやすい性格だ。

千冬に刀奈、さらにはストレアと簪にまで尻に敷かれるとは……。

 

 

 

「まぁいい。では、そろそろ始めるぞ。先ほどから、速くやりあいたくてな、我慢しているのがやっとだ……!」

 

「へぇ〜……箒がそんな事を言うなんて……珍しいじゃないか」

 

 

 

しかも好戦的な笑みを浮かべている。

だがまぁ、実を言うと一夏も楽しみではあった。

この大会で、箒はメキメキと力をつけてきている。

それが感じられたのは、ラウラとの試合だった。

正直に言うと、ラウラは手強い。伊達にIS操縦者たちで構成された特殊部隊の隊長をやっているわけではない。

その操縦技術は、他の代表候補生に比べれば、上位にランクインするほど……。

そんな相手に、苦戦を強いられながらも、勝ち抜いてきたのは大きな成長だ。

無論、次やれば、ラウラが勝つ可能性はあるが、それでも、最新鋭機である第四世代機を使いこなし始めている。

 

 

 

「実はまぁ、俺も、お前と打ち合えるのは少し楽しみにしてたよ」

 

「ふん……いいだろう。お前の相手は私がしてやる」

 

「ほほう? いいのか、そんな強い言葉を言って……。負けた時の言い訳が大変になるぜ?」

 

「なっ!? 負けるかっ! 今日こそお前を叩きのめして、地べたを舐めさせてやるからなっ!」

 

「いいねぇ、出来るもんなら、やってもらおうかな……っ!」

 

 

 

 

昔もこんなやり取りをしたような気がする。

まだ幼い頃だったが、二人で道場に残って居残り稽古をしていた時。

いつものように一夏が箒をからかって、箒がそれに乗せられて……。

気づけば二人して激しい打ち合いに体が保たず、肩で息をしていた。

そんな幼馴染同士の会話を聞きながら、こちらの姉妹もやる気充分のようだった。

 

 

 

 

「準備はいいからしら、簪ちゃん?」

 

「うん……。今日のことために、いっぱい特訓したし、倉持技研の装備を使いこなせるようにした。

《覇軍天星》……最終兵装《絶天》。この武器で、お姉ちゃんを倒すよ……っ!」

 

 

 

自信に満ち溢れたような表情。

今までこんな表情をした妹を、見たことがあっただろうか……。

いや、多分なかったと思う。

 

 

 

「やっぱり……チナツに預けてて良かったのかもね……」

 

「え? 何か言った? お姉ちゃん」

 

「ううん。なんでもないわ……それじゃあ、私たちも……」

 

「うん……全力でいくよ……!」

 

 

 

 

こちらも準備はよろしいようだ。

一夏と箒は、互いに刀を取り、刀奈と簪は、少し離れて銃を構える。

 

 

 

5……4……3……2……

 

 

 

カウントダウンの数字が減っていき、四人の緊張感は増していく。

だが、それに負けないくらい、戦えることへの喜びと昂りが増加していくのがわかる。

ようやくここまで来た……。

ここに来るまでに、様々な戦いがあった。いろんな人との戦いがあった。

それを乗り越えて、今、四人はここにいる。

 

 

 

1……Battle Stert!!!!

 

 

 

「参る!」

 

「行くぞ!」

 

 

 

二刀を振りかぶる箒と、鞘に収まった白刃を一気に抜き放つ一夏。

刃と刃が衝突した瞬間、とてつもない衝撃が空気を震わせ、アリーナ内に響き渡る。

しかも、《雨月》《空裂》《雪華楼》ともにエネルギー刃をまとわせていたためか、衝突と瞬間に紅と蒼の光が四散する。

 

 

 

(くっ……! 相変わらず速い!)

 

(斬撃の重さが一段と上がったな……っ!)

 

 

その後、何度か刃を打ち合い、今度は高速機動に変更。

アリーナの上空、地上、空中……様々な場所で刀がぶつかり合う。

その度に、甲高い金属音と火花が散る

同じ第四世代の、同じ近接戦闘型であり、同門の剣士だった。

だが今は、二人ともそんなこと御構い無しに、ただただ剣を交わしている。

《篠ノ之流剣舞》と、アインクラッドの《抜刀術スキル》と《ドラグーンアーツ》の戦いでもあるのだ。

 

 

 

 

「ほ〜……結構初っ端から全開じゃない……」

 

「当然だよ……一夏も、箒と対戦するの、楽しみにしてたし」

 

 

 

 

簪は両手に持ったビームライフルを、刀奈は三連バーストのガトリングガン状態にした《バイタル・スパイラル》で撃ち合う。

これもまた、空中を水弾と光弾が飛び交う。

 

 

「わおっ!? なかなかの高出力……! お姉ちゃん、黒焦げになっちゃうかも〜」

 

「そう言いながら、ちゃっかり躱して反撃してくるね……!」

 

 

 

簪がライフルを一発撃つ間に、刀奈は三発の水弾を撃つ。

しかも、撃ってくる光弾をアクロバティックな動きで躱しながら、自分は水弾をお返しとばかりに撃ってくる。

それもまた、あくまで正確無比に……。

 

 

 

「《ダブルブラスト》ッ!」

 

「えっ!?」

 

 

 

アンロック・ユニットとして展開していた二門の高インパルス収束砲の砲口が、刀奈の方へと射線を合わせた。

 

 

 

「バーストッ!!」

 

 

 

ターゲットをロックし、簪は躊躇いなく撃ち放った。

すると、二門の砲口から、紅い高出力のビームが放たれる。

光の奔流は、螺旋を描いて、まっすぐ刀奈に向かって飛んでくる。

刀奈は一瞬、《アクア・ヴェール》で防御しようと思ったが、それを止めて、急いで回避行動をとった。

そのおかげで、砲撃自体は躱せたが、その背後に着弾したアリーナの地面が、跡形もなく吹っ飛んだ。

 

 

「あ……えええぇぇ…………」

 

「………………ごめん、思ったより、出力が高かったかも……」

 

「お姉ちゃん死んじゃうよっ!?」

 

 

 

 

もしもあれを真正面から受けていたのなら、《アクア・ヴェール》は一瞬で蒸発し、間違いなく刀奈自身が吹き飛んでいたはずだ。

簪も慌てて機体の出力調整のシステムを起動させ、もう一度出力を確かめる。

 

 

 

「ス、ストレア! もうちょっと出力を落として……!」

 

『うーん……思ったよりも高かったねぇ〜』

 

「本当にお姉ちゃんが消し飛んじゃうところだった……」

 

『あちゃー……それはちょっとまずいねぇ。はい、多分これで大丈夫だと思う!』

 

「多分っ!?」

 

『うん。さっきのは75パーセントくらいにしてたけど、思いっきり下げて半分くらいにしたから、大丈夫じゃない?』

 

「うーん……本当に大丈夫かな……」

 

『じゃあ、実際に撃って確かめてみれば?』

 

「えっ? じゃあ……」

 

 

 

ウインドウに向かって相談事をしていた妹が、いきなり姉の顔を見て…………。

 

 

「お姉ちゃん、ちょっと試し撃ちしてもいい?」

 

「お姉ちゃんじゃなくて、地面に向かってすれば良くないっ!?」

 

「あ……そっか……」

 

 

 

本当にそんなことを考えてすらいなかったらしい。

あれだけ冷静な簪が、ここまで取り乱すとなると、とんでもない事になる予感がある。

 

 

 

「じゃあ、一発だけ……えいっ!」

 

 

 

再び放たれた紅い砲撃。

着弾と同時に、爆発が起きたが、先ほどの衝撃に比べたら、微々たるものだった。

 

 

「はぁー、良かった……。お姉ちゃん消し飛ぶところだったわ」

 

「うう……ごめんなさい」

 

「まぁまぁ……。じゃあ、続きをしようか?」

 

「うん……!」

 

 

 

 

気を取り直して、二人は再び動き出した。

刀奈は《バイタル・スパイラル》をガトリングモードからスナイプモードに切り替えて、簪は二挺のライフルを縦に連結させる。

互いに砲身の長いライフル銃を形成した。

 

 

 

「「シュートッ!!!!!」」

 

 

 

ほぼ同時に引き金が引かれる。

高出力のビームと、ジャイロ回転の加わった水弾が放たれた。

本来ならば、水弾が一気に蒸発するものだが、《ミステリアス・レイディ》の生成する水は特別製だ。

ジャイロ回転が加わった事により、簪のビーム砲にも負けない一撃を放てる。

現に、ビームと水弾がぶつかると、大きな衝撃を生み、光と水蒸気が一気に拡散した。

 

 

 

 

「やるじゃない!」

 

 

 

《バイタル・スパイラル》をもう一度三連ガトリングモードに切り替えて、水弾を連射する。

 

 

 

「私にもそのは武器はある!」

 

 

 

背部につけられた二門のガトリングガンが可動し、刀奈に照準を合わせて光弾が放たれる。

二人とも《シューター・フロー》と《サークル・ロンド》を駆使して戦っている為、中々互いの銃弾が命中しない。

 

 

 

「っ……そこっ!」

 

「障壁展開ッ!」

 

 

 

二挺のライフルと腰部につけたレールガンを展開し、一気に撃ち放つ簪。

しかし刀奈もそれに反応して、《アクア・ヴェール》を展開する。

ビームと電磁砲の両方を食らっても、アンロック・ユニットの《ダブルブラスト》よりも威力が劣る為、《アクア・ヴェール》は破られない。

 

 

 

「それだけの武装……ばかすか撃ってるけど、エネルギー消耗は平気なの?」

 

「大丈夫。《双星》の時に使ったバッテリーパックを積んであるから、しばらくはエネルギー残量の心配はない……!」

 

「あらら〜……」

 

 

 

エネルギー切れを狙った時間稼ぎも考えたが、それでは長時間も簪の砲撃を躱さなくてはならない。

それでは万が一の時もあるし、そもそもその間に《ミステリアス・レイディ》のエネルギーが先に尽きてしまう可能性もある。

 

 

 

「これは……早めに決着をつけたほうがいいかなっ!」

 

「っ!?」

 

 

 

刀奈の動きが変わった。

《シューター・フロー》の円軌道から、《イグニッション・ブースト》の直線運動に変えてきた。

しかしこれでは、単に簪の的になってしまう……ならば、何か考えがあってのことなのだろう。

 

 

 

(何かを仕掛けてくる前にーーーー!!!!)

 

 

 

簪は刀奈に向けてライフルの光弾を放った。

そしてそれを、刀奈は躱そうとせずに、あえて《アクア・ヴェール》を展開して受けてきた。

そして、光弾が着弾したのと同時に、刀奈の姿が、霧となって消えてしまった。

 

 

「っ!?」

 

「行くわよ、《霧幻分身》ッ!!!」

 

「お姉ちゃんがっ、増えたっ!?」

 

 

 

 

簪の目の前で、刀奈の姿が複数人に増えていた。

分身体は五人……本人を入れて、六人いることになる。

それも、五人とも手に持っている武装に違いがある。

《バイタル・スパイラル》《ラスティー・ネイル》《蒼流旋》《龍牙》《煌焔》《蜻蛉切》。

六人が六人とも別々の武器を持っている。

 

 

 

「でも、本物は一人!」

 

 

簪はもう一度ライフルの光弾を撃った。

目標は、《バイタル・スパイラル》を持っている刀奈だった。

だが………。

 

 

「えっ……?!」

 

「「「「「ざぁーんねーん」」」」」

 

 

《バイタル・スパイラル》を持っていた刀奈に光弾が直撃した瞬間、その刀奈は霧散してしまった……つまりは水で作った分身体だったのだ。

残された五人の刀奈が、ニヤリと笑った。

 

 

 

「銃を持っていた私が」

 

「本物だとは」

 

「限らないわよ」

 

「簪ちゃん?」

 

「じゃあーーーー」

 

 

五人の刀奈が、簪に対して鶴翼に広がった。

 

 

 

「「「「「本物はどれでしょーか?」」」」」

 

「っ!!!?」

 

 

五人が一気に攻めてきた。

残っているのは、《蜻蛉切》《蒼流旋》《龍牙》《煌焔》《ラスティー・ネイル》を持った刀奈。

《ラスティー・ネイル》は蛇腹剣なので、遠距離からでも攻撃できるし、《蒼流旋》にはガトリングガンが搭載されている為、銃撃も出来る。

残るは槍だが、それが三体もいるのは、少々厄介だ。

 

 

 

「さぁ、行くわよ、簪ちゃん!」

 

「っ……!」

 

 

 

迫り来る刀奈に、負けじと銃を向ける簪。

この異様な光景に、アリーナに集まっていた生徒たちは、息を呑んで見守っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあああああッ!!!!」

 

「せぇええやあッ!!!!」

 

 

 

 

上空では、姉妹よりも激しい戦闘が行われていた。

紅の閃光と蒼の閃光がぶつかり合い、今もなお凄まじい衝撃と剣戟の音を轟かせていた。

箒の《雨月》と一夏の《雪華楼》が鍔ぜりあっており、両者一歩も引かない状態だ。

 

 

 

「うおおおおおッ!!!!!」

 

「ぐっぬうううッ!!!!!」

 

 

両者の機体によるブーストと、腕の力、それらが刀に注ぎ込まれている為、刀の刃がジャリジャリと擦れるような音が響き、さらにその刀身に込められた紅と蒼のエネルギーのオーラが、激しく四散する。

 

 

 

「っ!」

 

「っお?!」

 

 

箒の方から一夏を払いのけ、一旦距離を取る。

だが、すぐにまた《イグニッション・ブースト》で距離を詰める。

 

 

「ッーーーー!!!!」

 

 

だが、一夏とほぼ同時に《イグニッション・ブースト》をかけて、これを迎え撃つ。

 

 

 

「「はああッ!!!!!」」

 

 

 

再び刃が打ち合う。

そして、先ほどの衝撃とは比べものにならないほどの衝撃が、波となってアリーナを揺らす。

その衝撃は、会場で見ていた生徒たちにも轟いて、その何割かの生徒はその揺れに驚き、その他の何割かはその衝撃を生み出した二人を見つめて動けなくなっていた。

 

 

 

 

「す、凄い…………!」

 

 

 

沈黙していた観客席で、誰かがそう言葉を漏らした。

現に、専用機持ち達ですら、その光景に唖然としていた。

ただの斬り合いで、ここまでの衝撃が生み出せるものなのか……。

そういった様な表情をしていた。

 

 

 

 

「くっ!」

 

「でやあっ!」

 

「はあっ!」

 

 

 

迫り来る箒からの刀刃を、一夏は払いのけて、仕切り直した。

右手に握る《雪華楼》を、両手で握りしめて、正眼の構えを取る。

対して箒も、《雨月》と《空裂》の切っ先を一夏に向け、半身の姿勢で構える。

両者、いっこうに動こうとしない。

二人とも、相手がどう動き、どう対応しようかと模索している様だった。

 

 

 

(一刀だけでここまで渡り合うか……! さすがは一夏だな)

 

(二刀の扱いが上手くなってる……! 相当鍛練を積んだみたいだな)

 

 

 

 

拮抗している二人の力量に、管制室にいた教師達も驚いていた。

 

 

 

「織斑くんと篠ノ之さん……凄いですね!」

 

「……ああ」

 

「『ああ』って、なんだか感想が薄すぎませんか、織斑先生」

 

「別に……あの二人ならば、こうなってもおかしくはないと思っただけですよ」

 

「えっ?」

 

「今のあいつらは、一度も自分たちが得意としている剣術や剣舞を使ってなかった……。

あれはただ単純に、決められた型に沿って剣を振っていただけなんですよ」

 

「えっ?! そうなんですか?」

 

「そして、二人は同じ剣術流派の門下。つまり同門ゆえに相手の攻撃パターンを把握している……。

機体の性能もほぼ同じものです。機動特化になった織斑の白式が、篠ノ之の紅椿の速度について行ってるのがその証拠。

ならば、こういう風に拮抗するのも当然です。今のところ五分五分の対戦ですが、これからあいつらも、自分の得意な戦い方にシフトチェンジしてくるでしょう……。そうなった時が……」

 

「勝負の分かれ目……ですか?」

 

「その通り」

 

 

 

冷静な分析で試合を見守る千冬に、真耶は舌を巻いた。

 

 

 

「さて、先ほどの更識妹のこともある。あの馬鹿どもがこれ以上アリーナを破壊しないように、シールドをもう一枚展開。防爆ハッチに耐爆ジェルを入れておけ」

 

「それは厳重過ぎませんか?」

 

「これくらいやって、ようやくアリーナの損害を軽減できるんですよ……。

今のあいつらには、そこらへんの加減が出来ないはずですからね。たとえアリーナの一部が壊れようが、関係ありません」

 

「そんな……」

 

「仕方ないことだ。この組み合わせで決勝戦になった時から、こうなる事は、山田先生も薄々感づいていたでしょう?」

 

「まぁ、それは……そう、ですね」

 

「では、急いで準備してください」

 

「はい!」

 

 

 

 

一夏達の知らないところで、アリーナの防御性能がまた一段と上がってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 






次回でこの大会の決着をつけて、その次からは、ワールド・パージ編でもやろうかと思います!


感想、よろしくお願いします!



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第90話 決着



ようやく終わったぜーーー!!

タッグマッチトーナメント戦終了!




「ぐうううううッ!!!!」

 

「おおおおおおッ!!!!」

 

 

 

日本刀同時がキリキリと音を立てながら唸っている。

たった今、上空では、二人の侍同士の決闘が行われていた。

二刀を振りかざし斬り込むのは、最新鋭の第四世代を駆る篠ノ之 箒。

片や、それを一刀にて巧みに捌き、攻め斬るのは、男性でありながらISを動かし、これまた最新鋭の第四世代型ISに昇華させたイレギュラー中のイレギュラー……織斑 一夏だ。

両者、ともに一歩も譲らない試合展開になってきた。

 

 

 

「っ……!」

 

(っ!? あの構えは……!)

 

 

 

箒が二刀を逆手に持って、上体を屈めながら一夏の間合いに入る。

 

 

「《月影》‼︎」

 

「ちっ!」

 

 

下段からすくい上げるように二刀の斬撃が放たれる。

一夏は咄嗟にバックステップを意識してスラスターを操作し、斬撃の軌道から外れる。

だが、そこから再び回転斬りが迫り来る。

 

 

「兵の舞《楼嵐》ッ!」

 

「《龍巻閃・凩》ッ!」

 

 

回転斬りを回転斬りで返す。

篠ノ之流も、元は古流剣術の一つだった。

ならば、一夏の使うドラグーンアーツとも、その技の出し方や動き自体は似ている部分が多いはずだ。

 

 

 

「戦の舞《裂姫》ッ!」

 

「っ!」

 

 

 

回転斬りに回転斬りを重ねる。

四連続の斬閃が放たれるが、一夏はこれを上に跳ぶことで回避し、そこから斬りつける。

 

 

「《龍槌閃》ッ!」

 

「《月影》ッ!」

 

 

対空の技として迎え撃つ箒。

両者の刀が何度となく斬り結ぶ。

 

 

「《朧月》ッ!」

 

「《龍翔閃》ッ!」

 

 

今度は逆に、箒の方から渾身の一撃を放つが、これも一夏が返す。

 

 

(ちっ、このままでは埒が開かないか……!)

 

 

箒は意を決して、高速回転から放たれる斬撃を放つ。

 

 

「《百花繚乱》ッ!」

 

 

高速の回転十連撃が放たれる……だが……。

 

 

「くっ、おおおおっ!」

 

「なにっ!?」

 

 

一夏も箒の回転に合わせて、自分も回転することで攻撃を躱し、刃で打ち払い、最終的に箒を強引に斬り払った。

箒はそれを二刀で受けて後ずさるが、渾身の技を防がれたことに驚きを隠せない。

 

 

「ば、馬鹿なっ……!」

 

「今のはちょっと危なかった……。だが、あそこで《百花繚乱》じゃなくて、《十六夜桜花》を放っていれば、あるいは……だったかもな」

 

「くっ……!」

 

「箒、忘れてるのかもしれねぇから、一応言っておくぜ? 俺はもうずっと、二刀流使いと何度となく打ち合ってきてるんだぜ?」

 

「っ!?」

 

 

 

箒以外の二刀流使い…………それは紛れもなく和人のことだ。

そして和人の力量は、箒でも凄いと思えるほどのもの。

その彼と日々剣を交えてきた一夏の力量もまた、箒の考えていたものよりも上回っているということだろう。

 

 

 

「確かに、力も気合も、キリトさんに劣らないものがあるが、速さまではキリトさんに及んじゃいない……。

なら、こっちは速さと技術でカバーすれば、たとえ《十六夜桜花》でも、俺は打ち返してみせるっ……‼︎」

 

「っ……」

 

 

 

知っていた……一夏が、とてつもなく強い剣士になっていた事は……。

こうして打ち合っている今でも、一夏の強さに感嘆としてしまう。

昔から、一夏の事は、自分が一番見てきて、わかっているつもりでいた。

剣道を通じて、いろんな一夏を見てきた気がしてきた。

だが、6年も会わなかっただけで、ここまで変わってしまったのだから、時の流れ、または人の成長と言うものは、本当に不思議だ。

 

 

 

 

「そうか……そうだったな……」

 

 

 

寂しく感じるし、何故だか嬉しく感じる。

こうして刃を交えているからなのか……昔の記憶と、今の一夏の姿が被って見える。

いつでも剣道に対する態度は真面目で、父以外の男で、ある意味敬意を持っていたのは、一夏だけだった。

 

 

 

「ならば、生半可な剣では……お前には通用しないな。わかった、私も出し惜しみなしで、お前に食らいついていくだけだ……っ!」

 

 

 

再び半身の姿勢になり、箒は二刀を構えた。

しかし、その構えが、今までと違っていたのだ。

《空裂》の切っ先を一夏に向けているのは変わらない。

だが、右手に持っている《雨月》を、まるで体に隠しているかのように構えているのだ。

 

 

 

(空裂に惑わされると厄介だな……さて、どこから斬りかかる…? 上か、下か、右か、左か……それとも……)

 

 

 

右手の《雨月》が隠されている為、どこから攻撃を出してくるのかがわからない。

箒の表情などを見れば、動きの先読みはできるだろうが、そのまま《空裂》で刺突を放ってくるという手段も残っている。

それに、ここへきて、箒が何の策もなしにただ突っ込んでくるとは思えなかった。

 

 

 

「ーーーー行けっ‼︎」

「っ!?」

 

 

 

だが、《雨月》《空裂》での攻撃予測ではなかった。

その背部……箒の背中から切り離された展開装甲のパーツが、ビットとなって一夏に迫ってきた。

 

 

「くっ!」

 

 

一夏はビットの軌道から外れて、急いで上昇した。

しかし、その回避行動をとった一夏の頭上を、影が覆い尽くす。

 

 

 

「っーーーー!!!!」

 

「逃がすかッ!!!!!」

 

 

激しい剣戟の音が、アリーナ上空で響き渡る。

一夏が回避行動を取る度に、箒がそれを追いかけ、斬撃を放つ。

一夏も負けじと応戦するが、先ほどと戦い方が違ってきた箒の様子を伺っている。

 

 

 

(剣の軌道が少し見づらくなったなっ……!)

 

 

今まで使っていた剣舞も、型にはまり過ぎてない故に、攻撃パターンが絞り込み難かったが、今はさらに読みづらくなった。

それこそ剣舞の特徴なのだろう。

ただ単に回転運動を用いているだけなのだが、それに故に防御に徹しているのか、あるいは攻撃に転じているのか、それが読み取りづらい部分ではある。

 

 

 

「《犀牙》ッ!」

 

「くっ!」

 

「はああッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 

《犀牙》による刺突を回避した瞬間に肘打ちの《砕破》へと繋げる技の連携。

咄嗟に腕を割り込ませることで直撃は避けたものの、その衝撃までは殺せずにいた。

 

 

「くそっ」

 

「まだまだ!」

 

 

 

一夏が大勢を崩した瞬間を逃さず、箒は果敢に攻める。

 

 

「《一刀華閃》ッ!」

 

「ちぃっ!」

 

 

 

右手に持っている《雪華楼》では間に合わないと判断し、咄嗟に左手で新たに二本目の《雪華楼》を抜く。

その瞬間に袈裟斬りが放たれ、続いて横薙ぎに一閃。

その二撃を防いだ……と思った時だった。

 

 

 

「はあっ!」

 

「なにっ?!」

 

 

視界の下から、すくい上げるような斬撃が飛んできた。

今振り抜いた《雨月》ではない。しかし、左手の《空裂》で斬りあげたものでもない。

では何で……。

 

 

「くっ、脚部ブレード……っ!」

 

 

右足のつま先から、紅いレーザー光の刃が現れていた。

あの瞬間に展開装甲を起動させ、蹴り上げたのだろう。

一夏はその衝撃をくらって、左手の《雪華楼》を弾き飛ばされてしまった。

蹴りならば、腕の力では出せないほどの威力が出せる。

 

 

 

(くそっ、忘れてた……紅椿って、ほとんど全身が武装に変化できるんだった……)

 

 

 

展開装甲という第四世代型の新装備。

一夏の《白式》は、翼だけが展開装甲になっているが、箒の《紅椿》は、それが全身に施されている。

しかも、その特徴が如実に表れているのが、他の世代のISとは違う形態変化……《無段階移行(シームレス・シフト)》が可能であり、経験値を積むことで、《紅椿》が独自に進化し、性能強化やパーツ単位自己開発が行われるというもの。

ゆえに、今後、どのような装備が出てくるか、一夏にも、搭乗している箒にもわからない。

 

 

 

(距離を取られたら、こちらが圧倒的に不利……。向こうにはクロスボウ型のブラスターライフルがあるし、ビット兵器が二機……雨月、空裂の二振りはエネルギー刃が射出可能……)

 

 

ましてや、一夏から刀を一本弾き飛ばした。

未だに剣舞の太刀筋を見極めることも至っていない上に、オリジナルとしてISの性能をフルに使ってきているとなると、一夏にとっては分が悪い。

 

 

(俺もエネルギー刃を出せるとはいえ、雪華楼の残数は三本。シールドエネルギーにはまだ余裕があるとはいえ、《極光神威》を使えば、たちまち消失してしまう……)

 

 

 

脳内で可能な戦術を考えていく。

その様子を箒も最大限の警戒を持って見守っていた。

 

 

 

(刀一本を弾き飛ばしたとは言え、まだ余力が残っている様子だな……。最後の蹴りも、本当は胸部を狙ってのものだったんだがな……一夏に同じ手はあまり通用しない。

《犀牙》からの《砕破》の連携は警戒されてるし、《朧月》などの斬撃術も対応される。

ならば、遠距離からの射撃戦に持ち込むか……?)

 

 

 

だが、あのセシリアでさえ、一夏を追い詰めておきながら、得意な射撃戦では勝てなかった。

ビットと実射撃の同時操作を会得してもなお、周囲を囲んでからの一斉砲撃をしてもなお、一夏は落ちなかった。

いくら《穿千》の攻撃力が高いといえど、その攻撃が当たらなければ意味はない。

そして、射撃訓練における箒の評価は、限りなく低い。

 

 

 

(なら、取るべき戦術はーーーーッ!!!!)

 

 

箒が決心し、行動に打って出た。

《紅椿》の背部展開装甲を稼働させ、紅いエネルギー翼を展開させた。

 

 

「っ!?」

 

「これで終わらせる……っ! いくぞ、紅椿ッ‼︎」

 

 

剣技でも切り抜けない、射撃でも落とせないのであれば、圧倒的なスピードで相手を封じ込める。

 

 

「くそっ!? ぐあっ!!」

 

 

背部展開装甲を稼働させた事で、《紅椿》の機動力は通常の倍以上のものになった。

一夏はそれを躱し、エネルギー刃を飛ばしたりなどして抵抗するも、それよりも速く、箒の方が動いている。

 

 

「はあッ!」

 

「くっ!?」

 

 

下から勢いよく《月影》を放つ箒。

一夏は左手にもう一本の《雪華楼》を抜き放ち、再び二刀スタイルで攻撃を受ける。

だが、それで止まるほど、箒は優しくはなかった。

 

 

「このまま決めるっ!」

 

 

《一刀華閃》《戦の舞 裂姫》《百花繚乱》と、次々に剣舞を叩き込む。

一夏は必死にそれを受け止めるが、とても苦しそうな表情をしていた。

 

 

「はああああッ!!!!」

 

 

二刀でガードしているところへと、箒は何度も何度も斬撃を加えていく。

全力全開の攻撃が、刀を通して、一夏の両腕にも伝わってくる。

 

 

「ぐ、くうっ……!?」

 

 

一度離れた箒は、再度出力を上げ、渾身の《朧月》を放つ。

 

 

「スキありぃぃぃッ!」

 

 

全体重、全加重を乗せた《朧月》を両手の二刀で受け止める一夏。

だが、そのあまりの重さに、苦悶の表情がより一層増した。

 

 

「くっ、くああ……っ!!」

 

「斬り捨て、ごめぇぇぇぇんッ!!!!!」

 

 

 

箒の刃が、どんどん自分に迫ってくる。このままでは、一気に箒に飲み込まれてしまう……。

そう思った時、一夏は覚悟を決めた。

 

 

 

「くっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

箒の斬撃から逃れるように、一夏は刃を弾いて、咄嗟に地上へと落ちた。

重力を利用すれば、一気に距離を取るのは簡単だったからだ。

そして、その覚悟を表した姿を、《白式》が現した。

 

 

 

「《極光神威》ッッッーーーー!!!!!!!!」

 

 

鎧に紅い線が走り、背中の翼がスライドし、大きな蒼色の翼が現れる。

高速機動形態になった一夏は、後退から一転……超高速で箒に斬りかかる。

 

 

「くっーーーー!!!!」

 

「っ! なんのぉぉぉッ!」

 

 

箒も一夏に対抗して、高速機動で斬り込む。

 

 

「おおおっ!!!!!」

 

「はああっ!!!!!」

 

 

二刀と二刀がぶつかり合う瞬間、とてつもない光がスパークする。

鋼と鋼とが、とてつもない力でぶつかり合っている為なのか……紅と蒼の光も凄まじい勢いで四散していく。

 

 

「ぐっ!」

 

「ぬっ!」

 

 

 

互いの力が強すぎたのか、二人は突如として弾かれてしまった。

だが、ここで足を止めるわけにはいかない。

二人は再び意識を集中し、ブースターを集中稼働させた。

 

 

 

「くっ、ぉぉぉおおおっーーーー!!!!!!!!」

 

「だあああああああッーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

超高速機動に入った二人は、再び激しくぶつかった。

今までになかった衝撃が、再び波となってアリーナを揺らす。

紅と蒼のエネルギーの光も、波動となって観客席まで届いた。

圧倒的な光景に目を奪われる観客席にいる生徒及び職員たち。

まだ荒削りな部分があるとはいえ、もはや学生同士の決闘をはるかに超えた戦いに、魅了されているのだ。

 

 

 

「うおおおおおッ!!!!!」

「ぬあああああッ!!!!!」

 

 

 

何度目かの鍔迫り合い。

鋼同士が奏でる甲高い音も、そろそろ聞き慣れた頃に、箒から勝負に出た。

 

 

「でええやあああッ!!!!!」

 

「うっ!?」

 

 

力任せに強引に一夏を引き剥がすと、《雨月》と《空裂》を左の腰に溜めるようにして構える。

 

 

「篠ノ之流剣舞ッ! 《月華十字衝》ッ!!!!!」

 

 

《雨月》を横薙ぎ一閃。《空裂》を逆風に一閃。

十字を描くように放たれる力技だった。

その衝撃は凄まじく、一夏の持っていた《雪華楼》二振りが、刀身の半ばでへし折れてしまった。

 

 

 

「なーーーーっ!!!???」

 

 

 

《雪華楼》を弾かれて、今度は二本ともへし折れた。

箒の力技に、一夏の剣が耐えられなかったのだ。

その事実に、一夏は唖然とした……。そして、目の前に迫り来る箒の気迫に、飲み込まれそうだった。

 

 

 

「覚悟おおおおっ!!!!」

 

 

 

《空裂》を投げ捨て、両手で《雨月》を握りしめる。

上段に持ち上げた《雨月》。

そこから一閃……上段唐竹で止めを刺すのだろう。

一夏の視界は、今にも振り下ろそうとする箒の姿と、迫り来る刃が、ゆっくりと見て取れた。

 

 

 

ーーーこのままじゃ、殺られる……っ!

 

 

 

両手の刀は使えない。

使ったとしても、渾身の一撃の前では、鈍も同然だろう……。

では捨てて、残った一刀にて箒の胴を一閃するか……? だが、今から動いても、間に合わない。

 

 

 

ーーー負ける……のか?

 

 

 

全力で戦った。

相手があの箒だったから、いつも以上に全力で挑んだ。

箒の新しい剣術をみて、箒の成長を知って、ならば、全力で戦わなければ、それは無礼に値すると……そう思って戦ったのだ。

だから、それゆえの敗北なら、納得できる……だが、まだ心のどこかでは、諦めきれていない。

 

 

 

ーーーくそッ……負けてたまるかぁぁぁっーーーー!!!!

 

 

 

一夏の中で、再び、何かが弾けた。

 

 

 

「チェェェストォォォッ!!!!!」

 

「ッーーーーくうっ!!!!!」

 

 

 

両手の二刀を捨てた一夏。

迫り来る箒の一撃。

その一刀が、一夏の頭上へと迫って…………

 

 

 

バシィィィィィーーーーッ!!!!!

 

 

 

「なにっ!!!??」

 

 

 

驚愕に目を剥く箒。

渾身の一撃……最強の一刀を、目の前にいる一夏は……

 

 

 

「真剣白刃取りだとッ!!!??」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

両手の手のひらを合わせ、合掌するように箒の一刀を受け止めていた。

 

 

 

「うおおおおおおッーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

メキメキッ、という音が聞こえた。

徐々に徐々に、一夏の両手に力が入っていく。

ならば、この音を鳴らしいている物体は……

 

 

 

「まさかーーーーッ!?」

 

「はああッ!!!!」

 

 

 

バキィィィィィーーーーン!!!!

 

 

 

「なっ……!!?」

 

 

 

両手を思いっきり捻り、《雨月》の刀身を、強引にへし折った。

 

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

「ッーーーー!!!!」

 

 

へし折った刀身を投げ捨てた一夏は、即座に左腰に残っていた最後の《雪華楼》を握りしめる。

 

 

「抜刀術スキル……烈の型ッーーーー!!!!」

 

 

 

蒼穹に染まった瞳で睨みつける一夏。

その姿を見た箒は、ゾッとしてしまった。

今までに見たことのない、一夏のその表情に、箒は寒気を感じた。

 

 

 

「一夏っ……お前は……!」

 

「ーーーー《神風》ッ!!!!!」

 

 

 

蒼に染まった刀身が、目にも止まらぬスピードで抜かれた。

その瞬間、体全身がいくつもの斬撃で斬り裂かれるような衝撃を、箒は体感した。

 

 

 

「ぐっ、ああっ?!」

 

 

抜刀術スキル 《烈の型 神風》。

抜刀の瞬間に風を巻き込み、目に見えぬ風刃の太刀で相手を斬り刻むスキル。

これは溜める時間が長いため、迎撃か、初撃の奇襲にしか使えないが、決まれば決定打にもなり得る一撃だ。

それをまともに食らった箒は、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまい、《紅椿》のシールドエネルギーも消失してしまった。

 

 

「っ!? 箒ッ!」

 

 

振り抜いた後、我に返った一夏は、急いで箒を回収しに飛んだ。

 

 

「箒! 箒っ!」

 

「う…………」

 

 

箒は気を失っているようで、目立った傷などをなかった。

だが、《紅椿》の装甲には、多少の傷跡が見て取れた。

 

 

「…………」

 

 

また、あの感覚になってしまった。

全てを打ち倒す……全てを破壊する……そんな感覚が、時折一夏の意識を染めていく。

 

 

(何なんだ……この感覚は……)

 

 

学園祭の時にオータムが侵入し、それを撃退した。

その時からだ。

二回目は、この大会でセシリアと戦った時……。

セシリアの新たな戦術に追い込まれて、敗北を覚悟した。

その時、初めて意図的にその力を発現したようにも思えた……。

 

 

 

ーーーー戦いを求める本能。普段はおとなしいのに、戦いや血を見ると興奮して強くなる……まるでバーサーカーだな。

 

 

 

マドカの言葉を思い出した。

バーサーカー……北欧神話に登場する狂戦士。

 

 

 

(俺は…………)

 

 

 

 

 

バアァァァァーーーーンッ!!!!!

 

 

 

 

「っ!? な、なんだっ!?」

 

 

 

箒を抱えたまま、アリーナの地上に降りてエネルギー隔壁のところまで回避していた一夏は、突然の衝撃波が襲った。

 

 

「カタナと……簪か……っ!?」

 

 

衝撃波を生んだ方角に視線を向ける。

そこには、ボロボロの状態になった刀奈と簪の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とてつもない衝撃波が起こる数十分前の事……。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

地上に足をつけ、両手のライフルやその他の銃器を上空にいる複数の刀奈に向けていた。

 

 

「止まってていいのかしら?」

 

「簪ちゃん」

 

「撃ってこないのなら」

 

「こちらから行くわよ……!」

 

 

刀奈が《霧幻分身》を使ってから、未だに二人しか撃ち落とせていない。

《バイタル・スパイラル》と《蒼流旋》を持った刀奈を撃ち落とせたが、その二人は水で作った分身だった。

その他の刀奈を撃ち落とそうにも、他の四人……いや、本物と分身体三人の動きは、とてもレベルの高い操縦技術を持っていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ただの水で作った分身体じゃ、ないね」

 

「私の動きを擬似的にトレースしてあるからね。もうわかってると思うけど、武器だってどれも本物だからね?」

 

 

 

言うのは簡単だが、その分身体の制御に、いったいどれほどの集中力を割いているのだろうかと思うと、改まって姉の凄さを感じてしまう。

 

 

 

「操縦技術じゃ劣る……ならっ」

 

 

 

簪はライフルとレールガンの銃口を刀奈に向けた。

 

 

「ファイヤッ!」

 

 

四門の銃口から、ビームと電磁砲が放たれる。

しかし、刀奈はなんて事ないと言わんばかりに軽く躱し、簪に肉薄する。

 

 

「まだまだッ!」

 

 

何度も何度もライフルとレールガンを連射しながら、今度は背部のガトリングガンを起動させて撃ち続ける。

 

 

「操縦技術が劣ってるなら、それを埋め合わせるほどの圧倒的物量で押し切るッ!」

 

 

 

砲撃を続けながら、次第に刀奈との距離をとっていく簪。

そして、一定の距離をとった瞬間に砲撃をやめて、アンロック・ユニットにある二門の砲身を刀奈に向けた。

 

 

「ダブルブラストッ!」

 

「っ!」

 

 

 

高出力のビーム砲が放たれ、旋回していた刀奈の分身体二体に当たる。

これで、残すところは後二人。

本物と分身体一体……。

二分の一の確率だ。

 

 

「これは……ちょっと本気を出そうかな……」

 

「今までが本気じゃなかったみたいな言い草だね」

 

「まさか……。それでも頑張って簪ちゃんを攻めまくってたんだから……。

ただ、その砲撃はちょっと厄介だなぁ〜って思ったので、戦い方を改めようと……」

 

「っ……!」

 

 

 

分身体を自身に近づける刀奈。

すると、分身体の水を吸い上げて、《ミステリアス・レイディ》のアーマースカートの中に水を収めた。

そして、分身体が持っていた《煌焔》を左手に持ち、右手に持っていた《龍牙》をくるくると回しながら、簪と向き合う。

しかも、その周りを六本の《蜻蛉切》が浮遊し、近接格闘モードへと切り替えた。

 

 

「行くわよ、簪ちゃん……!」

 

「っ……!」

 

「その心臓を、貰い受けるっ!」

 

「撃ち落とすっ!」

 

 

二人が一斉に動き始め、刀奈は槍の穂先を、簪はたくさんの銃口を向ける。

まっすぐ向かってくる刀奈に対して、簪は遠慮なしにビームやら電磁砲やらガトリングやらを撃ち出す。

ガトリングの連射性能、電磁砲の貫通性能、ビームライフルの精密射撃性能。

それを巧みに使いながら、簪は刀奈を追い込んでいく。

だが、その刀奈は、あまりその事に対しての危機感を感じてはいなかった。

砲弾の来ない箇所、躱せる軌道、着弾地点などを瞬時に把握し、迫り来る砲撃の雨を掻い潜っている。

その様はまるで、シューティングゲームでもやっているかのようだ。

 

 

 

「くっ、これでも落ちない……っ! ならばっ!」

 

 

 

アンロック・ユニットを動かし、高出力ブラスターを放つ。

 

 

「威力は落ちるけど、連射だってできるっ!」

 

 

 

両手のライフル二挺に、二門のレールガン、ガトリングガン二門に、高出力のブラスターライフルが二門。

そのすべての銃口から、おびただしい数の砲弾が放たれる。

再び圧倒的物量で刀奈を押し切る作戦に出る。

 

 

 

「なるほどぉ〜……。そっちがその気なら、真っ向勝負ッ!!!!!」

 

 

 

向かってくる砲弾の嵐に、刀奈が取った行動は、真っ向から受けて立つという攻めの姿勢だった。

 

 

 

「はああああッ!!!!!」

 

 

降り注ぐ数多の砲弾を、刀奈は両手の槍を振るい、的確に斬り裂いていく。

 

 

「っ!? そんな強行策、いつまで保つ?」

 

 

《龍牙》や《煌焔》だけではない、《蜻蛉切》をも巻き込み、槍を持ち替えては、簪の放った砲撃をことごとく斬り裂き、弾き流している。

 

 

「さあっ、来なさいっ! この程度じゃ私に傷一つ付けられないわよっ!」

 

「っ!? ならっ、圧倒するっ!」

 

 

 

もう、簪に油断はなかった。

配慮や躊躇もない。

目の前にいる刀奈を、対戦相手を、撃ち落とすために、簪は引き金を引く。

 

 

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

「まだまだあぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

簪が撃ち、刀奈が斬る。

どちらかというと、一方的に撃ちまくっている簪が有利に見えるが、刀奈は砲撃を斬り、弾き、躱す。

自然と刀奈の方が、簪を翻弄しているようにも見えなくない。

 

 

 

「っ……!」

 

 

このまま押し切れば、勝機は見えてくるかもしれない。

だが……

 

 

(エネルギー残量が……!)

 

 

一番の心配事だったエネルギーの問題。

バッテリーパックを積んではいたものの、これだけ撃ちまくっていたら、自然と底がつく。

何より、一番燃費の悪い《ダブルブラスト》を連射してしまっては、エネルギーを早々に使ってしまう。

最初の方は、その辺を気にして《ダブルブラスト》の使用を控えていたが、いつの間にか、刀奈のペースに引き込まれ、火力を持って対処していた。

 

 

(残りの残量は三分の一……このまま押し切ってもいいけど、お姉ちゃんのことだから、何か対策してるはず……。

そんな時にエネルギー切れしたら、間違いなく私の敗北っ……!)

 

 

 

意図したものか、それとも偶然なのかはわからないが、刀奈の思惑に乗せられてしまったことは否めない。

ならば、ここは一息に決着をつける他ない。

 

 

 

「ありったけの出力で、薙ぎ払うっ!」

 

 

 

簪は一旦距離を取ると、砲撃をやめて、アリーナの地面へと完全に降り立った。

刀奈は槍を振るいながら、それを眺めていた。

 

 

 

(さぁ〜て……次は何をしてくるのかしら?)

 

 

 

正直あのままやっていても良かったが、一方的な攻撃を躱し続けるのにも限界があった。

ゆえに、簪のこの行動には、少なからず幸運だと思ってしまった。

 

 

(わざわざ地上に降りた……何をするつもりなのかしら)

 

 

刀奈も残りのエネルギー残量を確認する。

だいたい残量は半分くらいといった所だろうか……。だが、簪の砲撃をまともに食らえば、そんなエネルギー量は簡単に吹っ飛ぶ。

そしておそらく、簪にもエネルギー切れの心配が出てきたんのだろう。

ならば、取るべき行動は、自ずと分かる。

 

 

 

(決めに来たわね……っ!)

 

 

 

その推測を悟ったかのように、簪は地面に足を固定した。

そして、《絶天》の砲撃装備すべての砲口の照準を、刀奈へと合わせた。

 

 

「ならこっちも、一撃にて仕留めるわっ!」

 

 

刀奈も距離を取り、《龍牙》を格納すると、新たに大きなランスを呼び出した。

《蒼流旋》……《ミステリアス・レイディ》の主武装になるはずだったランス。

そんな槍をわざわざ呼び出したのは、《ミステリアス・レイディ》本来の最高火力で、この勝負の決着をつけるためだ。

 

 

 

「行くわよ、ミステリアス・レイディッ!」

 

 

 

機体のパーツから、象徴とも言える《アクア・ヴェール》が消えていく。

そして、たった一本のランスに、すべての水が集まった。

 

 

 

「全砲門の開口完了、出力ゲージオールグリーンっ、照準ロック、目標捕捉ッ!」

 

 

 

対して簪の準備も整ったようだ。

全砲門からエネルギーが収束されていくのが目に見えて分かる。

この様子から、会場に詰めかけていた面々も、決着の時なのだと悟った。

 

 

 

「ミステリアス・レイディの最大火力ッ!《ミストルティンの槍》っ!」

 

「行くよっ、打鉄弐式ッ! 最大出力ッ!」

 

 

エネルギーの収束と、水、ライトエフェクトの収束が臨界点まで達した。

 

 

 

 

「《ミストルティンの槍》+《ゲイ・ボルグ》ッ!!!!!」

 

 

 

水刃と化した大型のランスと、《煌焔》《蜻蛉切》六本による対軍技《ゲイ・ボルグ》が放たれた。

 

 

 

 

「《絶天》ッ、フルバァーーーストッ!!!!!」

 

 

 

 

大出力による全砲門フルバースト。

そのあまりの衝撃に、《打鉄弐式》の両脚が地面に食い込む。

空中から地上へと落ちる “八つの槍” と地上から天空へと昇る “八つの閃光” が、アリーナ内部で、激しくぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

バアァァァァーーーーーンッ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

とてつもない爆音と爆風。

衝撃が波となって押し寄せ、アリーナの地面、防護壁、観客席に至るまで、その衝撃を轟かせた。

 

 

 

 

「くっ……二人は、大丈夫なのかっ……?!」

 

 

 

箒を抱き抱えたまま、一夏は爆発を起こした二人に視線を向けていた。

互いに肩で息をしており、その衝撃の凄さを物語っていた。

 

 

 

「んっ、んん……」

 

「っ、箒、大丈夫か?」

 

「んっ……一、夏?」

 

「あぁ……俺がわかるなら、大丈夫そうだな」

 

「私は、一体、なに……を……?」

 

 

 

ようやく意識を取り戻した箒。

しかし、周りを見回しながら確認している時に、自分の今の状態に驚いた。

 

 

「なっ!? ななっ……!」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 

 

よくよく考えてみれば、箒は気を失っていた為、当然ISは解除されている状態だ。

いわば、生身の状態なわけだ。

そんな箒を、一夏はお姫様だっこをした上に、先ほどの爆発で箒を守る為に、強く抱きしめているような状態であるのは、言うまでもない。

ゆえに、一夏の体には、箒の豊満すぎる我がままボディが押し付けられているという事で………。

 

 

 

「ばっ、馬鹿者ッ! は、離れんかっ!」

 

「でっ!? な、何すんだよ! 助けてやったのに!」

 

「そ、そそその事には礼を言うが、こ、この体勢はっ、はうっ〜〜!?」

 

 

 

なんとも箒らしからぬ物言いや反応に、一夏は思わずドキッとしてしまい、箒に言われるがまま、その場におろした。

 

 

 

「すまん、箒。その、ちょっと力を入れすぎて、お前の事滅多斬りにしてしまって……」

 

「構わん……真剣勝負の最中のことだ。私はむしろ、本気で戦ってくれた事に、感謝しているくらいだ。

しかし…………」

 

 

 

 

箒もまた、凄まじい爆発の起こった跡を見ていた。

肩で息をする更識姉妹を見て、息を飲んだ。

 

 

 

「アリーナが壊滅してないのが不思議なくらいだな……」

 

「あぁ……」

 

 

 

気を失っていた箒ですらその身で感じた衝撃。

それを間近で受けていた二人は、もっと強い衝撃をその身に受けているはずだ。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……槍が全部破壊されるっていうのは、予想外だったかな……」

 

 

 

《ミステリアス・レイディ》本来の最大火力である《ミストルティンの槍》。

それに付け加え、ソードスキルによる追加火力を賭しての二重攻撃。

和人でさえ倒し切った《ゲイ・ボルグ》で投じた槍全てが破壊されたのだ……。

これは、正直に言って驚愕している。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……オーバーロード……。ダブルブラスト、レールガンともに冷却モードに移行しないと……」

 

 

 

 

片や、簪も最大出力で放射したフルバーストの影響で、銃身がオーバーロードを起こしていた。

大出力のブラスターライフルであるダブルブラストは、今の段階では使えず、レールガンもまた今のうち冷却しておかなければ、即時使用は不可能だ。

使える武装は両手のビームライフルと、背部のガトリングガン二門。

だが、ガトリングガンにも弾数は限られている上に、先ほどのフルバーストで概ね使い尽くした。

撃てるとしてもほんの少ししか撃てないだろう。

となれば、両手のビームライフル二挺という事になるのだが、それだけで攻め切れるほど、姉は甘くはない。

 

 

 

 

 

(さて……私の武装もほとんどないし、龍牙とラスティー・ネイル、バイタル・スパイラル……でも、今更遠距離戦に持って行ったところで、簪ちゃんの射撃装備には敵わないしなぁ〜)

 

 

 

ならば、ここは自分が一番得意なもので勝負するしかない。

 

 

 

 

「やっぱ、最後はこれよね……!」

 

 

 

刀奈は右手を伸ばすと、そこに一本の紅い長槍が現れた。

《龍牙》……刀奈が最も使いこなしてきた槍だ。

それをまるでバトンのように回しながら、右脚を一歩引いて半身になる。

槍を自身の顔の高さまで上げて、槍の穂先を簪に向けたまま、左手を添えるように柄を握る。

 

 

 

「っ!……お姉ちゃん」

 

 

てっきり、遠距離からの狙撃をしてくるかと思った簪。

だが、姉は槍を取り出し、接近戦に持ち込むようだ。

どちらかといえば、《バイタル・スパイラル》の狙撃モードで狙い撃てば、姉の有利な状況になっていたであろうが、どうやら、その戦術は、お気に召さないようだ。

 

 

「お姉ちゃんは、槍で来るんだね……なら……」

 

 

簪は、両手のビームライフルを量子変換で格納して、新たに薙刀を呼び出した。

超振動高周波ブレードの薙刀《夢現》だ。

そして、背部のガトリングと、アンロック・ユニットのダブルブラストをも格納して、少しでも身軽にしたかのように振る舞う。

 

 

 

「っ〜♪ さすが、私の妹だわ。簪ちゃんなら、そう来ると思った」

 

「私は意外だった。お姉ちゃんなら、わざわざ接近戦じゃなくて、狙撃戦を仕掛けてくると思ってたから」

 

「ふふっ……。たしかに、そうかもね……。昔の私なら」

 

 

 

まるで、昔の自分を懐かしむように、刀奈は笑う。

 

 

 

「でもね。二年もこの子と戦ってきたんだもん……なんだか、こればっかりは、他の物に変えられなくなっちゃってね。

だから、昔の自分が愚かだと思っていても、今の私は、この槍に自分の全てを賭ける事に、なんの躊躇もしないかもね」

 

 

本当に、二年間で、姉は変わったように見える。

いや、変わったと言うよりは、昔に戻ったかもしれない。

更識家の当主に選ばれてからは、どこか自分を狭い檻に閉じ込めていたような雰囲気のようなものを感じていたが、今の姉は、昔のようになんでもハツラツと、やりたい事を即座にやりたがる子供のような顔をしている。

これもまた、あの世界での影響であり、姉の恋人……一夏の存在が影響しているのだろうか……。

 

 

「あら、そういう簪ちゃんだって、昔とは比べものにならないほど、イキイキとしてるじゃない」

 

「えっ?!」

 

 

 

思っていた事が口に出ていたのだろうか?

それとも、表情に出ていたのだろうか?

刀奈からの指摘に、簪は慌てた。

 

 

 

「昔のあなたは、何に対しても内気だったじゃない。なのに、今のあなたは、私にだって勝負を挑んできた。

自ら進んで、前に向かって歩き出したのは、簪ちゃんの凄いところだと思う……。

だからお姉ちゃんは、そういう簪ちゃんが好きだよ♪」

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

簪は、無言のまま《夢現》を構える。

八相の構えのように、半身の姿勢から右手は肩の位置に、刃は返して、下から上へと向くように下段の位置に。

 

 

「さぁ、始めましょうか」

 

「うん」

 

 

静かに構えた二人。

静寂が二人の周りを包んだ。

そして、それはすぐに破られる。

 

 

「行くよっ、お姉ちゃん!」

 

「来なさいっ、簪ちゃん!」

 

 

 

二人はほぼ同時に動いた。

互いの刃が迫り来る。

先に仕掛けたのは、刀奈だった。

 

 

「はあっ!!」

 

「っ!」

 

 

素早く出された刺突を《夢現》の刃で下から斬りあげる。

軌道を逸らした後に、返しの袈裟斬り。

だが、これは刀奈に受け止められた。

刀奈は槍を右に薙ぎ払い、簪との距離をあけると、瞬時に間合いを詰めて連続で刺突を放つ。

簪は刃と石突を交互に振るいながら、この猛攻を受け切り、自身の体を左回りに回転させ、遠心力を利用した回転袈裟斬りを放つ。

 

 

「っ……ふむふむ、さすがは簪ちゃん。そう簡単には攻めきれないか……」

 

「お姉ちゃんは手加減してるでしょう? 今の猛攻なら、もっと私が捌ききれないほどの刺突を放ってたはずだし……」

 

「そんな事ないわよ。これでも全力全開、的確に簪ちゃんを仕留めるために急所となる場所を突いていたんだから」

 

 

 

姉が進化しているのなら、妹だって進化している。

姉がSAOに囚われていた頃から、日々の鍛練は欠かさなかった。

自分が得意な薙刀術も、それ以外も。

姉の残像を自身の中で映し出し、その姉を相手に何度もイメージトレーニングを続けた。

だからこそ、刀奈の槍の猛攻を捌ききれているという事なのだろう。

 

 

 

「自分の事を、あまり過小評価しなくてもいいのよ、簪ちゃん。あなたは、自分が思っているよりも、とても優秀なんだから」

 

「お姉ちゃん」

 

 

 

姉の言葉が、胸に響く。

ずっと前から、そう言って欲しかった……。

優秀な姉と自分を比べて、自暴自棄になって、姉と疎遠になって……二年間の虜囚から戻ってきたときに、自慢の妹と言われた…。

そして今、ちゃんと、姉である刀奈から、認めてもらえたような気がする。

そう思うと、涙が出てきた。

 

 

 

「でぇ〜も、この戦いは、私が勝つからね♪」

 

「っ!?」

 

 

 

あくまで、この勝負は譲る気は無いらしい。

改めて、状況を確認した。

箒はエネルギー切れのため、すでにISを解除している。

一夏もまた同様のようで、ISこそ装備しているが、先ほどの爆発の影響で、シールドエネルギーを完全に消失したらしい。

まぁもっとも、その前に《極光神威》を使った影響で、残りの残量もたかが知れていたみたいなのだが……。

ゆえに、この大会の決勝戦の勝者は、刀奈と簪……二人の一騎打ちによる勝敗で決まると言うわけだ。

 

 

 

「大丈夫。私も、そのつもりだから……っ!」

 

「ふふっ……そう。やっぱりお姉ちゃん、簪ちゃんのこと大好き♪」

 

 

 

改めて構え直した二人。

この立会いで、全てが決まる。

 

 

 

「やあああああッ!!!!!」

 

「はあああああッ!!!!!」

 

 

 

簪の斬撃と刀奈の刺突が交錯する。

バンッ、と鋼を叩いたような音が聞こえ、それと同時に火花が散る。

離れてもう一度斬り込む。

《夢現》が刀奈の足元をすくうように薙ぎ払われると、刀奈は飛び上がって躱し、簪の顔面めがけて刺突を放つ。

簪はそれを躱し、刀奈の間合いに入り込むと、今度は胴一閃に斬撃を放つが、刀奈は槍の柄を割り込ませて受ける。

そんな調子で、互いの間合いの中で、二度三度と刃が交わされていく。

 

 

(逃げるんじゃなく、攻めるっ!)

 

(受け止めるっ! 簪ちゃんの思いを、全てっ……そして、私が勝つ!)

 

 

 

姉妹であるためなのか、相手の攻撃パターン、癖、攻撃予測などは似ている。

だからこそ拮抗するし、どうすればいいのかわかる。

簪は《夢現》を薙ぎ払い、刀奈の《龍牙》を弾いた。

 

 

 

(ここっ!!)

 

 

 

ここを勝負と定め、簪は前に出た。

左へと払った《夢現》を背中に回し、右手に再び持ち直して、そのまま刺突を放つ。

狙いは、《龍牙》を持っている刀奈の右手。

そこを突いて、槍を落とした間に一撃を見舞えれば、こちらの勝ち。

 

 

 

「はあああッ!!!!!」

 

 

放たれた刺突。

《夢現》のエネルギー刃が、まっすぐ刀奈の右手に吸い込まれるように近づく。

だがその瞬間、刀奈は《龍牙》から右手を離した。

 

 

 

(えっーーーー!!?)

 

 

 

驚いた簪。

そして刀奈は、右手を離した瞬間に体を時計回りに回転させ、錐揉み状に飛んだ。

簪の刃を躱したのと同時に、左手で《龍牙》を掴んだ。

 

 

「っーーーーやああああああッ!!!!!!!!」

 

 

 

刀奈の全身全霊の力を込めた刺突が、簪の胸部へと突き刺さる。

一瞬の隙……いや、一瞬の間を突いたのだ。

突かれた簪はそのまま仰向けに倒れ、大の字で寝そべった。

自分自身の荒い呼吸の音と、姉の呼吸の音。

その二つが簪の耳に届いた。

そして、この試合の勝者を宣言する電子音が、アリーナに響くのも、確かに聞き取った。

 

 

 

 

 

『試合終了。勝者 更識 楯無、篠ノ之 箒』

 

 

 

 

 

確かに宣言された。

この試合……今大会の優勝者達の名前を、長い長い戦いの果てに、今回のタッグマッチトーナメント戦は、刀奈と箒、二人の優勝で、幕を閉じたのだった。

 

 

 

 






次回からはワールドパージ編やって、閑話とか挟みたいかな。
そんで京都旅行編やって、いよいよGGO編。
まだまだ長いし、拙い小説ですが、今後ともよろしくお願いします(^O^)/

感想よろしくお願いします!!!!



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第八章 ワールドパージ
第91話 嵐の前の静けさ




ようやく書けた。

そして、ようやくワールドパージ編スタートです!




長い激闘の末、ついに決着が着いたタッグマッチトーナメント戦が終わり、IS学園は、普通の日常が続いていた。

学園内で行われていたデザート無料券を賭けた賭け事は、刀奈・箒のペアを優勝と予想した生徒たちに配布され、翌日から、テラス席などではケーキを食す生徒たちで埋め尽くされた。

 

 

 

「はぁー……いいなぁ〜、ケーキ」

 

「我慢なさいな、鈴さん」

 

「だいたい、あれはあたし達の試合を勝手に賭けて得てるんでしょう?!

頑張ったあたし達にだって、なんかあってもいいでしょうよ」

 

「まぁ、それは否定できませんわね」

 

 

平日の昼休み。

そこには優雅にお茶を楽しむセシリアと、すでに空になったアイスティーのグラスのそこを、ストローでズズズッと吸い上げる鈴のすがたがあった。

鈴は横目で、ケーキを頬張るクラスメイトや同級生、先輩たちの姿を見ながら、羨ましそうに眺めていた。

本来なら、頑張って戦った自分たちにも、何かあってもいいだろうにと、特別な報酬を要求したいのだが、そんなものが当然、出てくるわけなく……。

 

 

「付け加えて言うなら、また報告書を書かなきゃならないのよねぇ……」

 

「そうですわね……。わたくし達、専用機持ちの中にも、新装備や新パッケージを使用して、実戦稼働データを集めていた人達もいますものね」

 

「はぁー……いつになっても報告書とか苦手だわぁ〜」

 

「わたくしも、新しく小銃を装備しましたし、それによるBITとの並列駆動による稼働データを送らなくてはなりませんわ」

 

「あんたはそれだけでしょう? あたしはあんな超重量の馬鹿装備のこといちいち書かなくちゃいけないのよっ!?

あんな装備、もう二度と使いたくないってのに……!」

 

 

 

鈴が大会で使用した装備《四神(スーシン)》は、その装備とバリエーションから、あらゆる事態に対処できるのではないか? という開発部門の意向により製作されたパッケージ。

対艦刀の《青龍》高インパルス砲の《白虎》大型スラスターの《朱雀》防御鎧装の《玄武》。

中国で東西南北を守護する『守護獣』と呼ばれている四体の神獣の名を冠する装備を付けたはいいが、問題なのはその重量だ。

たった一つを装備するだけでも重いというのに、それを四ついっぺんに装備したのだから、当然といえば当然だ。

 

 

 

「それにプラス、装備損傷による損害報告もしなくてはならないのでは?」

 

「うわぁぁ〜〜!!!!」

 

 

 

本気の戦いだったとはいえ、簪の砲撃のせいで、《朱雀》の一部と、《青龍》を完全に破壊されてしまった。

その報告書も書かなくてはならない。

一気にかさむ書類の量に、鈴は頭を抱えて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ〜、そろそろ切り上げない? お昼ご飯食べる時間なくなるよ〜」

 

「ん? あぁ、そうだな。和人、今日はこれで終いにしよう」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 

一方、午前中の授業がISの実習だった事から、そのままアリーナを使用しての対戦形式の訓練を続けていたラウラと和人。

その近くでは、シャルが二人の様子を観察していた。

タッグマッチトーナメント戦以降も、こうやってラウラを練習相手に戦っている和人。

自身の装備《セブンズソード》の特性などを把握しながら、自分にあった戦い方を模索中だ。

 

 

「あーー……今日も倒しきれなかったかぁ〜」

 

「ふっ……そう簡単に倒せると思わん事だな。私とて、師匠からのご教授を受けているのだぞ?」

 

「いや、それは剣術としてだろ? ISの操縦技術じゃ、まだまだだって思ったんだよ」

 

「ふむ……。確かにそうだな。だがまぁ、それでも少しは動けるようになったのではないか?

ようやく歯車が噛み合ってきたような感じになっている」

 

「どういう事だ?」

 

「今までの和人は、バランスが悪かったのだ。馬力とギアがチグハグだった……つまり、和人とISとの間に、タイムラグが起きていた……ということだ」

 

「うーん……」

 

 

 

ラウラの指摘に、和人は考えた。

確かに、自分のイメージと機体の動きに、若干の誤差を生じていた。

それが、ラウラの指摘していた事ならば、今はようやく歯車が噛み合い始めたと言うのも納得できる。

 

 

 

「もう〜……まだなのかなぁ〜?」

 

「あっ、悪い悪い……」

 

「そう急くな、シャルロット。我々の本分は、勉学とIS操縦技術を身につける事なのだぞ!」

 

「それはわかるけど、食事や休眠、人としての取るべき行動をちゃんととらないとダメだよ」

 

「安心しろ。そんな事もあろうかと非常食はちゃんと用意してある」

 

 

そう言って取り出したのは、カ○リーメ○トだった。

それもチーズ味、チョコ味、メープル味、フルーツ味とバリエーション豊富に揃えている。

 

 

 

「もう、ダメだよ〜。女の子なんだから、もっとちゃんとした物を食べないと」

 

 

 

シャルとラウラは、一学期後半からの付き合いになるが、そうとは思えないほどに仲がいい。

と言うよりは、あまり世間の価値観を知らないラウラを、母性感全開で見守るシャル、という構図になっている。

はなから見れば、母親と娘の様な絵面さえ感じる。

 

 

 

「あっ、いたー! もう、早くしないと昼休み終わっちゃうよー!」

 

 

 

と、そこにまた新たな人物が現れる。

栗色の長い髪を揺らしながら、こちらへと駆けてくる少女。

その手には、大きなバスケットを持っている。

 

 

 

「もうー、またこんなになるまで訓練して。早く終わらないと、お弁当あげないからねぇー!」

 

「うわあっ!? それは勘弁してくれっ!」

 

 

 

お弁当をなくされると困る和人の事を誰よりも理解している少女。

いたずらっぽく笑う明日奈は、さらに追い討ちをかける。

 

 

「ほらー、早くしないと、全部食べちゃうよー♪」

 

「ま、待てって! 今行くから! ラウラ、シャルロットも行くぞ!」

 

「お、おい!」

 

「うん。行こ行こ♪ お腹空いちゃった」

 

 

 

全速力で明日奈の元へと走る和人と、ラウラの手を引っ張って和人の後を追うシャル。

その様子を、真の母性感漂う様子で見守る明日奈。

 

 

 

「ごめんごめん、ちょっと熱が入り過ぎちゃって……」

 

「もうー。ほんと、昔から、キリトくんは何かに集中すると戻ってこないんだから」

 

「あっはは……それについては、まことに申しわけなく……」

 

「本当にわかってるのかなぁ〜?」

 

 

 

いつも無茶をする夫の暴走を、止める妻の役目も大変だ。

 

 

 

「ラウラちゃん、いつもごめんね?」

 

「気にするな。私もこの様に挑んでくれる者がいてくれて、少し嬉しいくらいだ」

 

「えっ? でも、ラウラも小隊の隊長をしてるなら、小隊の部下の人たちにも訓練をしたりしてるんじゃ……」

 

「確かにするが、それはあくまで軍隊の訓練としてであって、個人訓練を共にするというのは、副長のクラリッサしかいなかったからな」

 

「なるほど……昔のラウラは、ちょっと冷たい印象あったしねぇ〜……」

 

「むっ……それはあの時だけだ! 今では、積極的に部下に対して助けを求め、意見を聞いているのだぞっ!?」

 

 

およそ一般常識というものに乏しいため、そこら辺がわかるクラリッサ以外の隊員たちにも助けを求めているのだろう。

 

 

「話を戻すが、だからこそ、和人の申し出を断ることはしない。むしろ嬉しいからな」

 

「そっか。なら、これからも訓練よろしくお願いします、少佐殿」

 

「ふんっ。いいだろう……私の指導は、知っての通り甘くはないぞ? ルーキー」

 

「望むところだっ……!」

 

 

 

どこか思考が似ている二人。

それを見ていて苦笑をする明日奈とシャルもまた、どこか思考が同じなのだろうと思えてくる。

 

 

 

「はい! もう、訓練の事はおしまい。ご飯にしよ!」

 

「うおお……っ! 今日も美味そうだな!」

 

 

バスケットの蓋をあけると、そこには美味しそうなサンドウィッチを始め、様々な料理があった。

 

 

「シャルロットちゃんとラウラちゃんも、一緒に食べよう」

 

「えっ? 僕たちもいいんですか?」

 

「うん。キリトくんなら絶対ここにいるってわかってたから、二人の分も作ってたの」

 

「む? 何故私とシャルロットが一緒にいるとわかったのだ?」

 

「えー? だって、いつも二人でいることが多かったから……」

 

「そ、それだけで判断したんですか……? 凄いですね、明日奈さん」

 

 

 

明日奈の正妻力には、もはや尊敬の念すらも覚えるシャルロットだった。

 

 

 

「と、いうわけで、さっそく食べよう♪」

 

「おう! いただきます!」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「うむ。いただくとする」

 

 

 

 

アリーナの観客席を利用して、四人で明日奈の手料理をご馳走になる。

訓練後に食べる明日奈の手料理は、とても美味に感じられた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ〜、簪ちゃ〜ん……」

 

「なに……? お姉ちゃん」

 

「これいつになったら終わるのぉ〜?」

 

「このままのペースで考えたら、夕方六時には終わる計算だと思う」

 

「はぁ〜……」

 

 

 

一方、生徒会室では、刀奈と簪……更識姉妹が向かい合って座り込み、デスクの上に大量に積まれた書類に目を通し、サインし、考慮し、また何かを書き込んでいく。

妹の簪は、黙々と目の前の書類を片付けていくのだが、姉である刀奈は、もううんざりというような表情で、デスクに顔を埋めた。

 

 

 

「はぁ〜……なんなのよこの量はっ……! 生徒一人でやらせるとか、おかしいでしょ!」

 

「仕方ないよ。だって、私たち二人だけで、アリーナのシステム障害。起こしちゃったんだし……」

 

「ううっ……」

 

 

 

最後の試合……つまりは決勝戦での、刀奈・箒ペアと一夏・簪ペアの試合は、今までの試合よりも壮絶を極めたものだった。

新型装備を揃えてきた刀奈と簪。

最新鋭の機体で、高速戦闘を行った一夏と箒。

そのペアの同士の勝負によって、アリーナの防御システムなどにエラーなどが発生した。

簪の大出力砲撃に、刀奈の対軍投擲。一夏と箒に至っては、エネルギーの波動がアリーナ全体にまで響くほどの衝撃を生んだ。

まぁ、最終的にシステムにとどめを刺したのは、更識姉妹の全力攻撃だったのだが……。

 

 

 

「そ、それを言うなら、チナツや箒ちゃんだって……」

 

「うん……だから、二人もそこで頑張ってるよ……」

 

 

 

簪がボールペンの先で指した方へ、視線を向ける刀奈。

生徒会室には、刀奈と簪以外にもまだ、もう一組のペアが書類もにらめっこしていた。

こちらもまた向かい合って座りながら、反省文を書いているようだ。

 

 

 

「なぁ、箒……あとどんだけ書かなくちゃいけないんだ?」

 

「知るか……私に聞くな」

 

「いや……もう15枚ほど書いてるんだけど……」

 

「私だって、もう20枚は書いているっ!」

 

「じゃあ、もうこれで終わりで良くないか?」

 

「じゃあ、なんでわざわざ千冬さんは、こんな量の反省文用紙を用意したんだろうな?」

 

 

 

箒が自身の左隣に置いてあった書類の束に手を乗せる。

厚さ的に、残り30枚ほどだろうか。

 

 

 

「おそらく、反省文だけではないだろう……我々は第四世代機を使っているんだ……その性能面での報告も書けという事なのではないか?」

 

「はぁ……俺、デスクワークあんまり得意じゃないんだけど……」

 

「しのごの言わず、とっとと書け! 終わらないではないか!」

 

「は〜い」

 

「シャキッとしろ!」

 

 

 

もはや姉から怒られる弟のような絵面になってきている。

 

 

 

「みなさん、少し休憩しませんか?」

 

 

と、そこに第三者の声が聞こえた。

お盆にティーカップと紅茶が入ったポット、お菓子などが乗ったお皿を持ってくる年上女性。

 

 

「あら〜、虚ちゃん! 気がきくぅ〜!」

 

 

布仏 虚。

生徒会会計を務めている三年生だ。

学年では首席の優等生で、整備科に所属している。

そして何より、彼女の淹れる紅茶がうまいのだ。

 

 

「会長は、もう少しちゃんと仕事をこなしてもらえますか?」

 

「ええっ〜!! 私だってちゃんと頑張ってるじゃないのよぉ〜!」

 

「先ほどからあまり進んでいないみたいですけど?」

 

「ううっ……」

 

「全く……普通にすれば速いし完璧なのに、どこかサボり癖があるんですから……」

 

「うううっ……」

 

 

 

年上の貫禄……だろうか?

刀奈が人に圧倒されるのは、あまり見た事がない。

明日奈に頭が上がらないのは、その所為なのだろうか?

 

 

 

「で、でもほら! もうお昼時だし? いいじゃない!」

 

「はぁー……あまり主人を甘やかすのは良くないと言われていますが……。仕方ありませんね」

 

「ヤッタァー!」

 

 

これもまた、姉と妹の日常を切り取ったような絵面だ。

虚は四人の隣ティーカップを置き、そこに紅茶を注いで行く。

紅茶の優雅な香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「「いただきます」」

 

「はい、ご賞味ください」

 

 

一夏と箒は、ボールペンを置くとティーカップとその受け皿を両手で持って、紅茶を一口啜った。

 

 

「あぁ……」

 

「うん……とても美味しいですっ……!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

丁寧なお辞儀をする虚。

刀奈からは世界一と言われるほど、紅茶の味。

布仏家は、代々更識家に仕えてきた家系のようで、虚も普段は刀奈の事を『お嬢様』と呼んでいる。

学園内では、さすがに『会長』と呼ばせている様だが。

 

 

カタカタカタカタカタカターーーー

 

 

「カタナ、休憩するんじゃないのか?」

 

「あともうちょっとでこれが、終わる…から………よしっ! 終わったーーーっ!!!!」

 

 

高速でキーボードをタイピングし終わって、そのデータを保存する。

自力で書類にサインをしたりしている中で、ノートパソコンを使って、生徒会の仕事も両立して行っているのだ。

そんな刀奈を見て、一夏は刀奈のそばにいき、お菓子を持っていく。

 

 

「ほら、休憩にしようぜ」

 

「…………ふっふーん♪」

 

 

なぜか一夏の顔を見て、ニヤリと笑う刀奈。

どうしたのだろうか? と、頭を捻っていると、刀奈が再びキーボードに指を持って行き……

 

 

 

カタカタ、カタ!

 

 

「ん?」

 

 

何かを打ち込んだと思い、パソコンの画面を見てみる。

するとそこには、「あ〜ん」という文字が。

 

 

「……ん……」

 

 

ここで『あ〜ん』をしろというのか?

と疑問に思った一夏が、刀奈の顔を見る。

すると、刀奈の指がまた動いた。

 

 

カタカタカタカタカターーー

 

 

 

画面を見る。

 

 

 

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

一夏は皿に乗ったポッキーを一本取り出し、それを刀奈の口元へと持っていく。

すると、視線はパソコンの画面を見たまま、顔だけが動いて…………

 

 

 

「カッカッカッカッカッーーー」

 

「うおっ!?」

 

 

 

高速でポッキーを食す。

そのまま行ったら、指も噛まれそうだった為、一夏はポッキーを離してしまったが、そこは器用に落ちるポッキーをうまく口に入れる。

そして咀嚼しながら、またキーボードを高速でタップしていく。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

カタカタカタカタカターーーー

 

 

 

再び画面を見る。

 

 

 

 

もいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこ

 

 

 

 

もいっこ……つまり、『もう一個』と言いたいらしい。

仕方がないと思いながら、一夏は再びポッキーを刀奈の口元へと持って行き、それを刀奈が……

 

 

 

カッカッカッカッカッカッカッーーーーーーーー

 

 

 

「会長、学園の備品で遊ばないでください」

 

 

 

バタンッ!!!!

 

 

 

「んぎゃあああーーーーッ!!!!!??」

 

 

いつの間にか目の前に現れていた虚。

そのままノートパソコンを勢い良く閉じた。

その為、キーボードの上に置いていた刀奈の指たちは、ノートパソコンに挟まれる様な状態になる。

しかとそれが通常の力加減なら別に痛くも痒くもないのだが、あいにく普通とは言えないほど力いっぱいに閉めた為、挟まれた刀奈は涙目を浮かべていた。

 

 

 

「いったぁ〜い〜ッ!!!」

 

「学園の備品で遊ばないでください、会長。それと、いちいち何かあるごとにイチャイチャしないでください、会長」

 

「なんか、棘を感じるんだけど……」

 

 

 

っていうか、怒るところはそこなのか……。

まぁ確かに、以前もその様なクレームが来たことがあったか……。生徒会宛に書類として。

 

 

 

「なによなによ、だったら虚ちゃんも速いところ彼氏作ればいいじゃない」

 

「っ…………」

 

 

それを言ったら、ダメなのではないだろうかとも思ったのだが、刀奈の言葉は、意外に虚にダメージを負わせていた。

 

 

「そ、それは……」

 

「ずっと前から気になってる人がいるって言ってたじゃんッ! 結局、どこの誰かはわかったわけっ?!

私には一向に教えてくれないし、自分でなんとかするとか言って、結局進展がどうなったのかも聞かされてないし」

 

「べ、別に良いではありませんかっ! わ、私の事は別に…………」

 

「もうっ! せめて誰なのかは教えてくれてもいいじゃないのよ!」

 

「えっと、それは…………」

 

 

 

 

なぜかしどろもどろと言葉を濁す虚。

普段の彼女らしくないと言えばらしくない。

 

 

 

「その……名前までは……ただ、織斑くんのお友達という事だけ……」

 

「…………」

 

 

沈黙が生徒会室を包んだ。

 

 

「だったらチナツに直接聞けば良くないっ!?」

 

「そ、それも考えたんですが、その、お忙しそうだったので……」

 

「それは逃げよっ、虚ちゃん! 今ここにチナツがいるんだから、聞きなさいよ!」

 

「いや、それは……!」

 

「なによぉ〜……答えられないのぉ〜?」

 

「ううっ……」

 

 

 

形成逆転。

さすがはお嬢様だ。

 

 

 

「そ、その……」

 

「うん」

 

「あの、学園祭の時に、来ていた……」

 

「ああ〜、弾ですか」

 

「「「っ!!!??」」」

 

 

 

その名前を知っている箒、刀奈が驚き、さらには聞いてきた本人である虚に至っては、顔を赤らめて俯いた。

 

 

「へぇ〜、あの子かぁ〜!」

 

「お、お嬢様は、彼に会ったことが……?」

 

「うん! 何回か。っていうか、チナツのお見舞いに来た事あったんだけど……あぁそっか、その時は、タイミング悪くて、虚ちゃんとは会ってなかったわね……。あとは、臨海学校前に、水着買いに行った時と、夏祭りの時に一回ね♪ と言っても、その時は妹さんを探しに走って行ったのをちらっと見ただけなんだけどね」

 

「はぁ……妹さんがいるんですね」

 

「あの、虚さん? なんでメモってるんですか?」

 

「えっ? な、なんとなく……?」

 

 

 

疑問に対する答えが疑問系になるのはおかしくないだろうか?

っというか、こんな虚を見たことがない一同。

 

 

「がっ、学校はどちらの学校でしょうかっ!?」

 

「えっ? えっと、藍越学園ですけど……?」

 

「藍越学園……たしか、都内にある私立の学校でしたね?」

 

「ええ。学費が安いですし、就職率も高い学校で、俺も本当だったらそこを受験しようとしてましたけど……」

 

「なるほど……家計のことを考えた上での選択ですか……。優しいのですね」

 

「まぁ……確かにあいつは実際に妹がいる分、かなり面倒見はいいですよ。

実家は定食屋やってて、あいつ、結構手伝いなんかやってますから、意外と器用ですし……」

 

「…………」

 

 

 

ものすごいスピードでメモを取る虚。

その後も一夏の知っている弾に関する情報を述べていく。

そしてそれを聞き逃すことなく迅速にメモを取る虚。

 

 

 

「なるほど……と、とても、参考になりました……!」

 

 

 

頬を赤く染めてマジマジとメモ帳を見つめる虚。

そんな虚の姿を見て、刀奈が動かない理由はなかった。

 

 

 

「う・つ・ほちゃ〜ん?」

 

「っ!!? あ、あぁ、いえ! それは、その……っ!」

 

「隠すな隠すなぁ〜♪ 仕方がないなぁ〜……こうなったら、お嬢様たる私が、一肌脱ごうではないかっ!」

 

「え、ええっ!?」

 

 

 

楽しそうに笑う刀奈。

だが、その笑みにはどことなくイタズラ心を滲ませるような雰囲気があって……。

 

 

 

(あ〜……あれは絶対に良からぬことを考えているな……)

 

 

 

長い間付き添ってきた一夏だから分かる。

絶対に何かをやらかすつもりだ……と。

 

 

「い、いいですよ……。お嬢様にそのような事……」

 

「大丈夫! 任せなさいな♪ 絶対にうまくいくプラン、練っておくから!」

 

「い、いいですってば! その、お嬢様がそのような事をなさると、かえって面倒な事に……っ!」

 

「大丈夫大丈夫! 今回はチナツも協力するから♪」

 

「ええっ!? 俺もするのっ?!」

 

「ええ〜……なによー、虚ちゃんの幸せを応援しようーって気にならないわけぇー?」

 

「な、なんだよ……なんでそんな棒読み……」

 

「はぁー……困ったわねぇ……弾くんの事、他に知ってる人いないかしらー」

 

「…………」

 

 

 

こうなると、否が応でも刀奈に巻き込まれるという事は、すでに学習している。

過去にどうやって切り抜けようかと試みたが、一夏の考えていることなど、まるでお見通しだと言わんばかりに、刀奈は策略を練っては、終始自分のペースに一夏を引き込んで行った。

故に、抵抗するだけ無駄だと、頭ではなく体が覚えてしまっている……。

 

 

 

「わかったよ……まぁ、俺にできる事なんて、たかが知れてると思うけど?」

 

「大丈夫。チナツはそのまま弾くんと何気ない会話しながら、日常生活に変化が会ったら、いろいろと教えてくれればいいし♪」

 

「はぁ……」

 

 

まぁ、誰かを傷つけるという類の話ではないので、一夏も乗るのに反対はしなかった。

 

 

「じゃあ近々、二人のための出会いプランを立てて、作戦を考えるから、そのつもりで。オッケー?」

 

「オッケー……」

 

「は、はい……わかりました」

 

 

 

 

急遽決まった、名づけて『虚と弾をくっつけよう作戦』。

企画運営を賜る刀奈の表情は、考えるまでもなく楽しそうであった……。

 

 

 

「はぁ……これでは、その弾という奴の方が大変だろう」

 

「うん……多分、私もそう思う」

 

 

 

静かに紅茶を飲みながら休憩を満喫していた、箒と簪なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、午後の授業を終えて、夕方になった放課後。

四人はまた、生徒会室にこもり、残りの作業をやっていた。

 

 

「ねぇ、チナツ。それが終わったら、こっち手伝ってくれない?」

 

「ん? 生徒会宛に来た依頼書か?」

 

「うん。いろいろと改善してほしいとか、修繕してもらいたいもの……部費の増減に関するものとか、やる事が尽きないわけ」

 

「うん、いいよ。こっちも、後もうちょっとで終わるから」

 

 

 

そう言いながら、一夏は急いでペンを走らせた。

 

 

 

「生徒会の仕事、大変そうですね……」

 

「うーん……実際に大変よ。普通の依頼なんかもそうなんだけど、とりわけ苦情がねぇ〜」

 

「苦情?」

 

「ほら、窓際に置いてある段ボール箱の中、そこにその正体が眠ってるから」

 

 

 

つまり、直接確認してみてくれ……という事だ。

箒は席から立ち上がり、刀奈の言った段ボールの下へと歩み寄り、中に入っていた書類の一枚を取り出した。

 

 

 

『会長ばっかり織斑くんを独占し過ぎてると思いまーす!』

 

 

 

「…………」

 

「そういうコメントが多くてね。いやあ〜、困ったわねぇ〜」

 

「自業自得というやつですよ……これは」

 

「あら、冷たい事言わないでよぉ〜、箒ちゃん」

 

「それは、四六時中二人でベタベタとくっついているからですよ!」

 

「ええ〜、でも好きな人とは一緒にいたいじゃない!」

 

「それはわかりますが、楯無さんのは少々行き過ぎてるんです! まぁ、それは、明日奈さんも当てはまる事なんですが……」

 

 

 

今更もう驚かないが、やはり刀奈、明日奈両名の隣には、ほぼほぼ一夏と和人の姿がある。

一夏は自身の想い人であったが故に、その関係に納得し、理解はしているのだが、見せ続けられると、どうにもモヤモヤする。

 

 

 

「はぁ……これこそが、直葉の感じてる複雑な心境か……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いいえ、なんでもありません。ですのでこの案件は、お二人で乗り越えてください」

 

「ええ〜、助けてくれないのぉ〜?」

 

「何をどう助けろというんですか……とにかく、頑張ってください」

 

「はーい……」

 

 

 

そう言って、箒は再び席に戻った。

その間に、一夏は仕事を終わらせて、生徒会の仕事を手伝う。

簪もすでに終わっていたので、今は生徒会に送られてくる一夏、和人の二人が行う部活動の日替わり貸し出し部員の日程などをまとめている。

と、そんな時だった……。

一夏の携帯が鳴り、一夏は画面をチラリと見る。

すると、その電話主は…………。

 

 

 

(あれ? 弾……?)

 

 

 

まさかの弾だった。

一夏は一度刀奈に断って、生徒会室を出る。

そして久々にかけてきた親友との電話に入った。

 

 

 

 

「もしもし」

 

『おう、一夏。久しぶり』

 

「おう。また蘭か厳さんに怒られたから、慰めてほしいのか?」

 

『違うわ! …………まぁ、それも当たらずも遠からずって感じなんだけど……』

 

「当たってんじゃねぇか……」

 

『まぁ、そうなんだけど……。だが、今日はちょっと頼みがあってよ……』

 

「ほう?」

 

 

 

口調からするに、本当に困っているような感覚だった。

 

 

 

「どうしたんだよ?」

 

『いやぁ〜、お前さ、来月の第二日曜日って暇か?』

 

「来月の第二日曜日? またえらく限定的だな……まぁ、今のところ予定は入ってなかったと思うけど」

 

『マジかっ?! ならよかった。その日によ、俺たち体育祭があるんだわ』

 

「体育祭?」

 

 

 

確かに、季節も秋になっている。

運動の秋と言われてるくらいだし、だいたいの学校では、このくらい時期に体育祭をしているはずだ。

 

 

 

「もしかして、応援しに来てくれなんて言うんじゃねぇだろうな?」

 

『まぁ、だいたい合ってる。でも、観客としてじゃなくて、出場選手として出てほしいんだよ!』

 

「はあっ!? それって、助っ人として出ろって事かっ!? おいおい、俺は他校の生徒なんだぜ?

助っ人なんて呼んでいいのかよっ!?」

 

『それが、いいんだなぁ〜』

 

「えっ?」

 

 

 

 

弾の話によれば、体育祭は何も、藍越学園単体でやるものではないらしい。

周囲にある藍越学園を含めた四つの学校が、合同でするらしい……。

その中には、あらかじめ助っ人を用意しておける競技があるそうなのだ。

 

 

 

「もしかして、それに俺を出そうって?」

 

『おう。まぁ、お前一人だけじゃなくて、鈴も出来れば参加してほしいんだけどよ……』

 

「鈴も?」

 

『ああ……。男子一名、女子一名を助っ人として呼ぼうって事になってな。

それで、今この世で絶賛人気急上昇中のお前と鈴を助っ人として呼ぼうって事になったんだ』

 

「おい……俺は見世物じゃないぞ?」

 

『知ってるよ。だが、今回ばかりは、助けてくんねぇ? 相手がちょっとよ……』

 

「相手?」

 

『ああ……。お前、『鳳山寺学園』知ってるよな?』

 

「鳳山寺……ああ、有名な進学校だろ? それに、やたら金持ちが多いって言う……」

 

『そうっ! その金持ち連中に一泡吹かせたいんだよっ! だから頼むッ!』

 

「…………なぁ〜んか匂うんだよなぁ〜」

 

『やましい事はないっ! これは絶対だ! っで、引き受けてくれないかっ?!』

 

「まぁ、俺は良いけど……鈴にもちょっと聞いてみるわ」

 

『おっしゃあ〜〜ッ!!!!! サンキューッ! いやぁ〜助かったぜ。やっぱ、持つべきものは友達だよなぁ〜!』

 

「なんだよ、いきなり気持ち悪いなぁ……。まぁ、ともかく、鈴には伝えておくよ。

それで出ないって言った時のために、ある程度頼める人材探しておけよ?」

 

『おうっ! 決まったら連絡してくれ! またな!』

 

「はいよー」

 

 

 

 

連絡をし終えた一夏は、そのまま生徒会室に戻った。

 

 

 

「随分と長かったわね? 誰からだったの?」

 

「えっ? あぁ、弾から」

 

「ッ!!!?」

 

 

一夏からの言葉に、刀奈がものすごく反応した。

 

 

「えっ!? だ、弾くんって、あの弾くんだよねっ!?」

 

「えっ、ま、まぁ、そうだけど……」

 

 

あの、と言うのは、虚の気になっている男性である弾であると言う “あの” だ。

 

 

「それで、なんてなんてっ!?」

 

「えっ? ああ……。来月の第二日曜日に、あいつの学校、体育祭があるんだけど、ある競技に助っ人として参戦してくれって言われてな」

 

「体育祭っ!? うんうん! 良いシュチュエーションじゃない!」

 

「えっ?」

 

「チナツ、決めたわっ! その日に、虚ちゃんの告白を成功させるわよっ!」

 

「ええええッ!!!?」

 

「ふっふふ……! 楽しくなってきたわねぇ〜♪」

 

 

 

 

本当に楽しそうに、そして、イタズラ心満載の表情で笑う刀奈。

 

 

 

「ああ……虚さんも弾も……大変な事になったなぁ……」

 

 

 

ようやく訪れた平和な日常に突如として暗雲が立ち込めてきた……。

しかしその影で、さらなる暗雲が立ち込めていることを、一夏たちはまだ、知る由もなかった……。

 

 

 

 

 

 

 






次回から、本格的なワールドパージ編に入ります!


原作とは少し違う感じで進むかもしれませんが、どうか、ご容赦を(-_-)


感想、よろしくお願いします(⌒-⌒; )



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第92話 強襲



今回から、本格的にワールドパージ編スタートです!





週末。

それも、土曜日ともなると、IS学園の校舎や寮の中はひときわ静けさを増す。

その理由というのも、土日はたいていの学生が学園の外に出て行っているということが関係している。

学園から家が近い者たちは、外泊許可の申請書を書いた上で、土日の休日を楽しんでいたり、その他の者たちは、部活動の練習や、テストなので点数が悪かった者たちには、特別授業という事で、別棟にて勉強会が催されている。

そんな暇なひと時を、学園内の食堂で過ごしていた鈴とシャルの二人。

 

 

 

「はぁ〜……暇ねぇ〜」

 

「鈴は、ラクロス部の練習とかないの?」

 

「うーん……今日は休みって昨日言ってたしねぇ〜」

 

「そうなんだ……。僕のいる料理部も、この間発表会したばっかりだからって、部長さんが休みって言ってたし……」

 

「それに、こうも平和だと、ISの訓練とかもする気になれないしねぇ」

 

「あっはは……それはまぁ、確かにそう思うかな……」

 

 

 

一応二人は、この間のタッグマッチトーナメント戦で、新パッケージに新装備をつけて戦った者同士。

それらを慣らすために、模擬戦をやってみるのも一興だと思うのだが………。

 

 

 

「そういえば、鈴のあの新パッケージ、どうだったの?」

 

「どうって?」

 

「今後も使っていく予定とかあるの?」

 

「うーん……確かに色々と使いようはあるけど、逆にやりづらいのよねぇ……。

そして何より重いし……」

 

「あー、僕も見たときは、かなり重そうだなぁって思ってたよ」

 

「まぁ、個別に使えば何とかなるもんよ? あたし、《青龍》だけは、インストールしたままだし」

 

「えっと、あのでっかい剣だよね? あれって、簪に吹き飛ばされたんじゃなかったけ?」

 

「まぁ、その後に本国に申請したら、新しいの作ってもらっちゃってね。他のは要らないから、《青龍》だけちょうだいって言ったら、すぐに送ってくれたわ」

 

「ご、ごり押しだなぁ……」

 

「そういうあんたは? あの装備、使いこなせてるの?」

 

「うん。実弾使ってる時よりも反動はないからね。あとはまぁ、剣術を、もうちょっと頑張ってみようかなって……」

 

「剣術ねぇ〜……あんたフランス人なんだから、だいたいやってるのって西洋剣術よね? フェンシングとかだったら、明日奈さんじゃない?」

 

「うーん……でも僕、フェンシングはやったことないんだよねぇ……」

 

 

 

シャルが主に受けたのは、総合格闘術と射撃技術だ。

無論、その中にはナイフを扱う技術もあったが、接近戦よりも、射撃戦に特化している。

故に、改めて剣術というものを学ぼうとした時、何を参考ししていいのかがわからない。

 

 

 

「和人の二刀流、明日奈さんの細剣スキル、一夏の抜刀術……」

 

「剣で言ったら、和人の剣よね」

 

「うん。でも、僕は和人のように一撃重視のような剣じゃないんだよね」

 

「じゃあ、一夏で決まりでしょ」

 

「うーん……そうなっちゃうのかなぁ……」

 

 

 

 

すでに一夏には、自称弟子のラウラがいる反面、どうにも自分に剣を教えて欲しいとは言いにくい。

そもそも一夏と自分の剣技の差は一目瞭然だ。

一夏に習ったからといって、それが必ず発揮できるわけでもない。

 

 

 

「うーん……」

 

 

 

 

そんな困り果てていたシャルに、一縷の希望が現れた。

 

 

 

「どうしたのだ、シャルロット……。悩み事か?」

 

「あっ、箒……」

 

 

 

お盆に和菓子とお茶を乗せて現れた黒髪ポニーテールの少女。

篠ノ之 箒その人だった。

 

 

 

「うん。ちょっと、剣術に関することで、気になったことがあってね」

 

「ほう? シャルロットからその話題が出るのは意外だったな」

 

「そう、かな?」

 

「うむ。シャルロットは銃撃戦仕様の機体だったからな……どちらかというと、接近戦のイメージがあまりなかったから……」

 

「うーん。まぁ、それも一つの要因ではあるんだけど……」

 

「どういう事だ?」

 

 

 

 

詳しい内容を、シャル本人から聞く。

箒は鈴の隣に座り、改めてシャルの抱えている悩みを聞いた。

新装備で使ったリニアブレード……今まで短剣型のブレードは使ってきたが、リーチの長い武器を使うのは、あまり慣れていないため、誰かに師事しようとしていた事を、箒は真剣に聞いていた。

 

 

 

「なるほど……たしかに、短刀と長刀では、その動きは変わるな……」

 

「あたしのは力任せに感覚で振ってるからねぇ〜。それに、あたし教えるの苦手らしいし」

 

 

 

箒の隣にいた鈴がそういう。

まぁ、以前一夏と和人に対してISの操縦に関する技術指導をした事があったが、鈴の場合は、すべてが感覚がものを言うような言い回しだったため、非常に分かりづらいところがあった。

まぁ、それは箒も同義なので、この件に関しては、箒は何も口を挟まなかった。

 

 

 

「だから、少しでも剣術の動きがわかれば、戦い方がわかるんだけど……」

 

「ふむ……。あぁ、その、シャルロット」

 

「な、なに?」

 

「私でよければ、その、剣術の指導を手伝えるかもしれんぞ?」

 

「え?」

 

「だから、私は一応、剣道部だからな。稽古はしてやれると言っているのだ」

 

「っ……ああっ!」

 

 

 

今更になって気づいた……と言わんばかりに驚くシャル。

 

 

 

「なんだ、忘れていたのか?!」

 

「いや、剣術の事で囚われすぎてて、ずっと一夏や和人の事ばかり考えてたよ……!」

 

「なるほど……まぁ、たしかに、それも間違いではないが……」

 

 

 

剣道部所属という肩書きが弱かったのか、そもそもあまり関心されていなかったのか……少しばかりショックな箒。

 

 

「でもよかったじゃない。思わぬところで指導者がいてくれて……。

こういうの、日本じゃ『灯台下暗し』って言うんだっけ?」

 

「まぁな……。それで、シャルロットは、どうする? 迷惑でなければ、私が少し剣術を見てみるが……」

 

「ううんっ! 迷惑だなんて思ってないよ! むしろありがたいよ!」

 

 

 

シャルは両手で箒の手を取り、感謝の意を表す。

 

 

「ま、まぁ、そこまで言うなら、私もしてやらない事もないがな!」

 

 

 

箒は照れ隠しのつもりなのだろうか、そっぽを向いてツンデレ上等な態度をとる。

それを見た鈴は呆れたような表情で、シャルはニコニコとした表情で見ていた。

これから色々なバリエーションでの戦闘が可能になり、自分の成長を促せれると思えたシャル。

と、その時だった。

 

 

 

 

ドオォォォォォーーーーッ!!!!!

 

 

 

「「「っ!!!?」」」

 

 

突如として、大きな爆発音が聞こえた。

爆発のした方角を見る。

どうやら、学園の敷地内、港の方で爆発があったようだ。

 

 

 

「な、なんだ……っ!?」

 

「港の方からよ……っ」

 

「事故かな……っ?」

 

 

 

黙々と黒煙を上げる箇所を見て、これはただ事ではないと察した三人。

すると、校舎や食堂の窓に、防壁シャッターが下ろされ、あたりは真っ暗になる。

 

 

 

「………なぁ」

 

「うん、わかってる……」

 

「こんな事態だってのに、非常用電源に切り替わらないし、緊急避難用の電灯も点かない……これ、単なる事故じゃなさそうね……っ!」

 

 

 

箒の疑問を、シャルと鈴もすぐに察知した。

IS学園は、たとえ日本国の支援が絶たれたとしても、自力で稼働できるほどの施設を備えている。

電気、食料、水、エネルギー……それらを自発的に補給できる術を持っているからだ。

しかし、それも中枢たるシステムが働かなければ意味がない。

 

 

 

『学園内にいる専用機持ちに通達ッ!』

 

「「「っ!?」」」

 

 

 

突如として響き渡る館内放送。

この声は、紛れもなく千冬のものだった。

 

 

 

『緊急事態につき招集をかけるっ! 五分以内に、指定された緊急対策本部に集合ッ!』

 

 

 

そう言い渡されたあと、各自のISの待機状態に、場所と今自分たちがいる場所から、集合場所までの最短ルートが記述されたデータが送られてきた。

 

 

「とにかく、急ぐわよっ!」

 

「うん!」

「ああ!」

 

 

 

 

鈴を先頭に、シャルと箒も、急いで対策本部へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園が緊急事態になった数時間前。

一夏は、学園の外へと出て、とある施設を目標に、脚を進めていた。

 

 

 

「確か……ここのあたりのはずだが……」

 

 

 

手に渡された紙の地図。

普通ならISの待機状態にそのまま地図データを転送してもらえるはずなのだが、今回に限ってそうではなかった。

手にしている地図に書かれていた目的地の場所に書かれた名前……。

 

 

 

「『倉持技研』……か……」

 

 

 

日本のIS開発を行っている研究所であり、一夏の《白式》と簪の《打鉄弐式》の開発元でもある所だ。

もっとも、《白式》は開発を断念して廃棄するはずだったものを、レクトが貰い受け、基本システムを復元させた物に、束が少しいじって作られた物であり、《打鉄弐式》に至っては、簪と整備科の生徒たちによって完成させたため、ほとんど倉持技研の力を使ってはいないのだが……。

しかしそれでも、IS開発の研究所であるため、一夏の《白式》のデータは非常に重要なものだということを理解している。

今回は、一夏の《白式》のデータを収集することと、ちょっとしたチューニングをすることになっている。

 

 

 

 

「えっと……あ、あった……!」

 

 

 

モノレールに乗り、電車などを乗り換えてやってきた山の中。

全体的に白で統一された施設が見えてきた。

外観からの光景は、白一色の壁がそびえ立つ、まるで砦のような設計。

遠目から見れば、中の施設の一部……壁の上部からわずかに見える屋上辺りが見えるが、それ以上のものは何も見えない。

特に代わり映えしたものはないが、ただただ山の景観とはあまり合わないような気がした。

 

 

 

「しかし、これどうやって入るの?」

 

 

 

ゲートの前まで来たのはいいものの、取っ手のないドアがあるだけで、チャイムも、ましてやカメラすらない。

どうやって入ろうか迷っていた時、ふと、何かの視線を感じた。

 

 

 

「っ…………」

 

 

 

こちらを見ている。

だが、殺気立ったものはない。

 

 

(どこに……)

 

 

しかしそれはすぐに姿を現した。

自身の背後から、妙な気配を感じたからだ

 

 

「っ!」

 

「おおっ!?」

 

 

 

 

とっさに距離をとるようにして飛んだ。

すると、ばれたと言わんばかりに驚く声が聞こえた。

声質からして女性。それも年上の女性の声だった。

一瞬『亡国機業』の面々の事が頭に過ぎったが、その正体を見て、一夏はその考えを否定した……いや、むしろ否定せざるを得なかった。

何故なら…………

 

 

 

「っ…………」

 

「おやおや? どうして固まってるのかな、少年?」

 

 

どうしても何も……。

水中メガネ……つまりはゴーグル(サングラスバージョン)をつけて、紺色のISスーツをまとい、頭には麦わら帽子、右手にモリ、左手に淡水魚を五、六匹持った女性が、ニヤニヤとした表情で近づいてきているのだ。

そんな奇怪な姿をした人間を見て、固まらずにはいられないだろうに……。

ただ、わかったことならある。

それはISスーツの胸元あたりにあった。

スーツを押し上げるように存在する豊満な胸の所に、ゼッケンが貼ってあり、そこには『かがりび』と平仮名で書いてある。

つまり、この女性の苗字は『かがりび』ということになる。

 

 

 

「ふーむ」

 

「…………」

 

「ふむふむ……なるほどねぇ〜」

 

「…………何がですか」

 

 

 

ゴーグルを取りながら、ズズズッと顔を突き出し、一夏の全身を見回す女性。

なんだろうと思いながら、この状況をどう変えてやろうかと悩んでいると…………

 

 

 

「所長! 何やってるんですかっ!」

 

 

 

そこに第三者の声。

やってきたのは、三十代の男性だった。

一夏を見るなり、「あっ!」と声を出し、こちらに向かって走ってくる。

 

 

「織斑くんだね?! えっと、織斑 一夏くん!」

 

「はい……そうですが……」

 

「そうかそうか! ごめんね、本当は所長が迎えに行くはずだったんだけど……ほら、見ての通り変態だからさ」

 

(そんなバッサリ言っちゃうっ!?)

 

「黙れ、おっさん」

 

 

 

そう言いながら、女性は男性に手にしていたモリを投げつける。

男性はそれをヒョイっと躱し、なおも一夏に謝る。

 

 

 

(この人いい動きするなぁ……。しかし、確かにこれは……変態だし、危険人物だな……)

 

 

 

再び女性の方を見るが、やはりどう見ようが『変態』という言葉しか浮かんでこない。

その他で言うと……『公然猥褻人』?

 

 

 

「なぁなぁ、美少年。私の部屋でイイコトしようぜぇ〜!」

 

「イイコト……とは?」

 

「ババ抜き」

 

「いや、二人でしたところでつまらないでしょう……」

 

「じゃあ、エロいこと!」

 

「しませんよ……」

 

「なんだよぉ〜、つれないなぁ〜」

 

「いやすいません、俺、彼女いるんで……」

 

「なにぃ〜っ!? ちぇっ、もう唾つけてあるのかぁ〜〜、つまんないなぁ〜」

 

 

 

出会い頭に何を言っているんだろう、この人は……。

呆れてものも言えない一夏に、男性が再び耳打ちしてきた。

 

 

 

「えっと、ごめんね。この人は無視して、中に入ろうか。研究室の中で待っててよ。中に置いてあるジュースとかコーヒーは自由に飲んでていいからさ」

 

 

 

うん。この人いい人だ。

一夏は言われるがまま、研究所内へと脚を踏み入れる。

そして、男性職員の案内の元、今回検査が行われる研究室へと入った。

部屋の中は白一色で、いかにも研究室……といった雰囲気だ。

だが……。

 

 

 

 

ビチャ……ビチャ……ビチャ……ビチャ……

 

 

 

 

「所長! 体拭いてから入ってくださいって!!」

 

 

背後から聞こえる水音。

そういえば、全身水浸しで、モリと魚を持っていたっけ……。

ということは釣りをしていたということになる。

だが、背後からそんな音が聞こえて来るのだから、もう軽くホラーだよ。

 

 

 

「いやいやすまないねぇ〜」

 

「もう、毎回毎回掃除するこっちの身にもなって下さいよぉー」

 

「そうかそうか、すまないねぇ〜。じゃあ乾くまでここで待っていよう」

 

「どれだけ時間かかると思ってるんですかっ!」

 

「にゃっはは〜♪」

 

 

 

自由人……猫みたいな人。

こういう風に捉えると、恋人である刀奈と少し被るのだが、いや、刀奈はこんな変態じゃない。

うん、彼氏目線とか無視しても、刀奈はこんな変態じゃない。

断言する!

 

 

 

「じゃあ着替えてくるから〜、待っててねぇ〜?」

 

「あ、はい」

 

 

 

そう言って、女性は奥の部屋へと向かっていった。

その後を男性職員が床をモップで拭きながらついていく。

ほんと、変な人の部下って大変なんだなぁ〜と思う一夏だった。

 

 

 

 

 

「ふっふーん♪」

 

「所長、ご機嫌なのはいいですが、体をちゃんと拭いてくださいね」

 

「わかってるわかってるぅ〜♪」

 

 

 

今日は一段と気分がいい。

それは何を隠そう、あの織斑 一夏がここにきたからだ。

 

 

 

「さっすが、千冬さんの弟さんだぁ〜。しっかりとデータは取らせてもらうからね、弟くん♪」

 

 

 

 

その表情はとても楽しそうで、そして、とても小悪魔的な表情でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜……」

 

 

 

一方、新幹線に乗り、京都の方へと向かっている少女が一人。

電車内でため息をつきながら、外の景色を眺めていた。

前日の夜、急遽京都へと来いというメールが届いて、しかもその送り主を見た瞬間に、気分は最悪と言っていいくらいに落ちた。

なぜこのタイミングになって、そして、何の用があって呼び出したのか……。

不安と憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

栗色の長い髪を緩く一本に纏め、スマートフォンの画面を見る少女、結城 明日奈は、その画面に写っている人物の写真を見ながら、物思いにふけっていた。

 

 

 

「キリトくん……」

 

 

毎日が幸せを感じられる。

学園の寮でも、教室でも、授業のIS実習でも、二人は常に一緒だ。

だが、今回は明日奈一人で京都へ来いと言われているため、隣に和人の姿はない。

昨夜、京都へ向かえとのメールが来た事を、和人にも話した。

その送り主が、母親である事も含めてだ。

何の理由もなしに、母親がそうやって呼び出す事はまずない。

だから、きっと何かを言うために呼んだのだろうとは想像がつく。

だが和人は、「最近実家にも帰れてないんだろう? なら、一目見て安心させてやったらいいんじゃないか?」と言うのだ。

確かにそれはそうなのだが、今回は何だか、別の要件のような気がしないでもない。

そんな気がした。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

何度目になるかわからないくらいに出るため息。

東京を出て、もう関西方面には入っている。

あと数分もすれば京都だろう。

そこには結城家の本家があるのだ。

年明けなどには結城家一同、またその所縁ある者たちが集うために集まる事がある。

昔から堅苦しく思っていたために、あまりいい思い出はない。

 

 

 

「キリトくんは……今なにしてるかなぁ……」

 

 

 

こんな時でも、和人の事が心配になる。

ちゃんと起きれただろうか……ちゃんとご飯は食べているだろうか……変な事に巻き込まれていないだろうか……。

そんな事ばかり考えている。

 

 

 

「……よし! さっさと用件を済ませて、急いで帰ればいいのよね!」

 

 

 

母親の小言なら、聞く気はない。

それに勉学もちゃんとこなしているし、成績だって落としている訳ではないため、なにも後ろめたい事はないだろう。

 

 

 

「今日は晩御飯何にしようしようかなぁ〜。キリトくんの好きな物をいっぱい作っちゃおう♪」

 

 

少しでも気分をあげて、京都に入りたいと思った明日奈。

和人の事を考えれば、気分は必然と上々になっていく。

そして、明日奈の乗った新幹線は、目的地である京都へと辿り着いた。

もう一度だけ気を引き締めて、新幹線を降り、改札を抜けた。

そして駅を出た瞬間に、明日奈は意外な人物に出くわした。

 

 

 

 

「時間ピッタリね」

 

「っ!?」

 

 

 

まさか、こんなところにいるとは、まず思っていなかった。

迎えに来るとしても、別の誰かを呼び出すだろうと思っていたのだが、まさか直々に来るとは……。

 

 

 

「お母さん……!」

 

「早く乗りなさい。行くわよ」

 

「えっ? あ、う、うん……」

 

 

 

結城 京子。

明日奈の母親にして、大学の経済学部の教授をしている。

とても厳格な性格をしているため、明日奈がIS学園にいる事を、今でも快く思っていない。

そんな予想外の人物による迎えに流されて、明日奈は迎えの車に乗った。

白い国内産の高級車だ。

運転手には黒いスーツを来た人が……。ボディーガードの感じだ。

京子は助手席に乗り、明日奈は後ろの席に座る。

 

 

 

「えっと、お母さん……その」

 

「久しぶりね。あまり顔を見てなかったけど、変わりなさそうでよかったわ」

 

「えっ? あ、うん。久しぶりだね、ほんと……」

 

 

 

夏休みの間も、家には帰ったりしたのだが、京子とは入れ違いになっていた。

京子も大学教授という立場であるため、大学に行く事のほうが多かった。

そして、IS学園の寮に住んでいる明日奈も、あまり家には帰ったりなどしていない。

なので、IS学園への入学が決まった、4月以来の再会なのだ。

 

 

 

「えっと、どこに行くの?」

 

「結城家の本家よ」

 

「え? な、何でまた……!」

 

「その事は着いてから話すわ」

 

「う、うん……」

 

 

 

久しぶりに聞いた母の声。

しかし、相も変わらず冷徹という言葉が似合うくらい冷静な言葉。

そこ声は、昔から聞いていた。

エリート街道を行かせようと、明日奈自身にかなりの期待を寄せていた。

しかし、当の本人はSAOの虜囚となり、その道を閉ざされてしまったに等しいものとなった。

そんな明日奈を、母の京子は今どう思っているのだろうか……。

そんな不安に苛まれながら、明日奈は結城家本家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『パパ、その道を右に曲がれば、指定されたポイントです!』

 

「オッケー!」

 

 

 

 

明日奈が京都で一人、不安と葛藤している時、和人はIS学園でおきた非常事態に巻き込まれていた。

学園内の寮で休んでいた和人は、いきなりの招集をかけられて、今ユイの指示の下、対策本部のある地点まで全速力で走っていた。

 

 

 

「ったく、一体何が起こってるっていうだよ……っ!」

 

 

 

突然の爆発、電気系統の突発的な停電。

これが偶然だとは思えない。

そしてこんな時に、明日奈がいないのが心配だった。

この混乱した最中、明日奈は学園の外に居て、ここにいるよりも安全なのだが、逆に離れているからこそ、不安な気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

「っ、キリトっ!」

 

「っ……カタナ!」

 

 

 

明日奈の事を考えながら走り続けていると、和人の真正面から同じように走ってくる人物が……。

水色髪の癖毛が外に跳ねた短髪の少女。

一夏の恋人である刀奈だった。

 

 

 

「ギリギリ間に合ったわねっ、早く行きましょう!」

 

「カタナッ、それよりも何が起きているんだ! これは一体ーーー」

 

「わからない。でも、何者かに襲撃を受けている可能性があるわ!」

 

「っ!?」

 

「だからこそ、こうやって対策本部を設置しているんでしょうし、これから私たちには、その襲撃者たちを撃退しなくちゃならないわ……っ!」

 

「くそっ、どうしてこうも争いたがるかな……っ!」

 

 

 

奥歯を噛みしめる和人。

IS学園は、世界中の少女たちが集う場所だ。

それが『亡国機業』のようなテロリストならばいざ知らず、これがもし、国の正規軍や特殊部隊だった場合、それは、IS学園への宣戦布告だ。

 

 

「気持ちは分かるけど、こういう時こそ冷静に、よ?」

 

「っ……あぁ、わかった」

 

 

 

隣を走る刀奈の表情を見て、和人も気を引き締めていた。

いつもの飄々として、どこにでも居そうな可愛らしい少女の顔ではなく、この日本という国の暗部を見て、知り尽くしたかのようなミステリアスかつ、緊迫したような真剣な表情をしていた。

 

 

 

「気を引き締めていかないとな……っ」

 

「ええ……アスナちゃんと、チナツが安心して帰ってこれるようにね……!」

 

 

 

二人は真剣な面持ちで対策本部になっている地下区画の一室に入った。

 

 

 

「遅いっ!」

 

 

 

ドアを開けてからの一言がそれだった。

中にはすでに慌ただしい様子で、パソコンの画面に向かっている三年生の生徒たち。

そして、それを補佐する教師陣。

その切迫した部屋の中央では、いつものレディーススーツ姿の千冬と、すでにISスーツに着替えていた箒たち専用機持ちと、二、三年生が二十人ほど……。

先ほどの怒声は、千冬が発したものだ。

 

 

「す、すみません!」

 

「申し訳ありません」

 

 

 

いきなりの怒声に和人は驚いたものの、刀奈はひらりと謝った。

二人は箒たちが並んでいる列に加わる。

 

 

「では、全員揃ったところで、状況を説明する」

 

 

それから、千冬による現状説明が行われた。

曰く、ただいま、IS学園は所属不明の軍隊に攻め込まれているらしい……。

港を砲撃によって破壊され、制圧には至っていないものの、既に使い物にならない状態のようだ。

そして、それと同時に、このIS学園のシステム領域にハッキングがかけられているようだ。

 

 

 

「現状、三年の精鋭たちによるカウンター・ハッキングをさせているが、システム奪還までには時間がかかる。

そして、そんな事をしている間にも、敵IS部隊による襲撃を受けている」

 

 

 

千冬の言葉に、生徒たちは驚きを隠せなかった。

まさか、IS学園に本気で攻め込んでいる輩がいることに……そして、敵という明確な存在がいて、本気で攻撃していることに。

 

 

 

 

「故に、諸君らには、敵IS部隊の撃退をお願いしたい」

 

「っ……敵部隊の戦力はっ!?」

 

「現在確認できているISの数は、全部で15機」

 

「15機っ!?」

 

 

 

たかが学生のいる学園に対して、15機というのどういうものだろうか。

ISは一機いるだけで、その力は計り知れないものがある。

戦闘機よりも速く飛び、小回りが利いて、機転が利く。

戦車よりも速く、強力な銃火器だって装備すれば、あっという間に殲滅できる。

そして何より、シールドエネルギーが尽きない限り、ほぼほぼ無敵とも言っていいほどだ。

問題なのは、そんなISがIS学園を侵攻するだけで、それほどの戦力を有している部隊があるということ。

それは一国家の部隊でも可能であろうが、こんなにわかりやすく攻撃を仕掛けてくるだろうか……?

 

 

 

「なので、今回は敵勢力を叩くために、最低でも三人一組で敵に当たれ。

間違っても独断先行はするな。相手はプロで、こっちはアマチュアだ。不確定要素を持ったまま戦えば、それはすなわち、死を近づけるものだと思え……っ!」

 

 

 

千冬の言葉は本気だった。

これは模擬戦やイベントではない。

純粋な戦闘……いや、戦争なのだと、だれもが思った。

 

 

 

「各自の指揮は、専用機持ちが行え。では、地下区画の非常用脱出口から出て、それぞれ迎撃に迎え!」

 

「「「「「はいっ!!!!!」」」」」

 

 

 

 

少女たちの強い声が、一室に木霊した。

全員走り出し、専用機持ちは自身の機体を展開し、その他の二、三年生たちは、訓練機のリミッターを解除し、それに乗り込む。

 

 

 

「桐ヶ谷、それから更識姉妹はここに残れ」

 

「っ!?」

 

「は、はい……!」

 

「………」

 

 

 

 

皆が走り出した中、三人だけが残るよう命じられた。

なんだろうと思い、三人は千冬に対して真正面に向き合った。

 

 

 

 

「お前たちには、大事な任務を遂行してもらいたい」

 

「俺たちが……ですか?」

 

「ああ……。むしろ、お前たちが適任だと思っている」

 

「それは、一体……」

 

 

 

簪の言葉に、千冬は頷いて、三人の前の空間に電子マップを表示した。

 

 

「現在IS学園のシステム領域にハッキングが仕掛けられているのは、さっき言ったな。

そこで、お前達にはそのシステム領域を奪還する手伝いをしてもらいたい」

 

「しかし、今は三年生の先輩達がシステムクラックしてるんじゃ……」

 

「ああ……。だが、それも拮抗している状態でな。中々こちらも奪い返せない。

なので、更識妹、簪には、システムクラックの補助を頼みたい」

 

「わかりました……っ!」

 

「そして桐ヶ谷、更識姉、楯無の二人には、別の方法で、システムクラックの補助を頼みたい」

 

「別の方法?」

 

「それで、その方法というのは……?」

 

 

 

 

刀奈の問いに、千冬は目を瞑る。

そして再び見開いて、こう言った。

 

 

 

 

「電脳ダイブを行い、内部からシステムを奪還しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 






原作とは異なる感じでワールドパージを行うストーリーにしてますので、申し訳ありませんが、箒たちのあのムフフッな妄想は出てきません。


中には待ち望んでいた方達もいるかも知れませんが、何卒ご容赦ください(-_-)

感想、よろしくお願いします!!!!



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第93話 学園騒乱



ワールド・パージ編、本格始動!




「じゃあ、改めて自己紹介といこうか……。私の名前は『篝火 ヒカルノ』。倉持技研第二研究所所長だよ♪」

 

「あ、はい……。織斑 一夏です……よろしくお願いします」

 

「うんうん♪ よろしくよろしく〜」

 

 

 

研究室内で待っていた一夏。

そこに、先ほどのISスーツに、研究者を彷彿とさせる白衣だけを着ただけの変態さん……もとい、篝火 ヒカルノが現れた。

ニヤリと笑うヒカルノ。

ただそれだけなのに、どこか変な気配を感じてしまう。

 

 

「そんじゃ、色々と見せてもらうからねぇ〜。ISを展開してもらえるかな?」

 

「了解です」

 

 

 

 

一夏は《白式》を展開させて、ISをスキャンする台座に乗る。

そして、ゆっくりとスキャナーが下から上へと動いていき、IS全体をスキャンしていく。

 

 

 

「うーん、なるほどねぇ……。大した事はないにしても、少なからず損傷があるねぇ〜……」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「うん。なんか、激しい戦闘でもした?」

 

「はい……この前、学園内でタッグマッチトーナメントがあって、決勝まで戦いましたから……」

 

「ほほう……」

 

「でも、その後は整備科の先輩たちにも手伝ってもらって、修復はしたと思うんですけど……」

 

「確かにね……。修復はされているが、私から言わせて貰えば、まだまだだね♪」

 

「はあ……」

 

「腕は確かにいいが、それでも学生レベルさね。どれ、データも取りたいし、ついで修復を済ませちゃますかなぁ〜」

 

「じゃあ、お願いします」

 

「よぉ〜し! じゃあ、一回降りてもらえるかな? そっちの方が速いんでね」

 

「わかりました」

 

 

 

一夏は《白式》を展開したまま、その場に降りた。

改めて、《白式》を視界に入れる。

もう何度も、自分の体に纏い、戦ってきた相棒。

最初は、ただ単に真っ白だった機体……。しかし、今ではいろんな色に染まっている。

蒼い翼、薄紫の鎧、そして本来の白。

新しく増設した刀4本。

この姿になった《白式》を、降りてまともに見たのは、これが初めてだという事に気付いた。

 

 

 

(白式って、こんな姿だったんだなぁ……)

 

 

 

ここまで共に戦ってくれた相棒を見て、一夏は改めて決意した。

 

 

 

(これからも、共に戦っていこうな……。大切な物を、守るために……)

 

 

 

感慨深いものを感じる。

そんな表情をしていたら、ヒカルノのニヤニヤした顔が、視界にちらつく。

 

 

「な、なんですか……?」

 

「いいやぁ〜? ただまぁ、少年はISを大切にしてるんだなぁ〜って思ってね」

 

「ん? そんなの、当たり前じゃないですか……」

 

「おっと……そんな事をスパッと言えるなんて、かっこいいなぁ〜」

 

「いや、だって当然じゃないですか……。ISはパートナーみないなものなんですよ? 命を預ける相棒なんですから、大事にしますよ」

 

「うんうんっ……! いい事言ってくれるねぇ〜! でもね、そう思ってない人だっているんだよ」

 

「えっ? そうなんですか……?」

 

「まぁ、操縦者にはあんまりいないけどね。でも、その操縦者を使おうとするお偉いさん方はさ、そんなの心にも思ってないわけなのさ……」

 

「………」

 

 

 

確かに、ISを動かせない者たちにとって、ISとはただの兵器、あるいは人気取りのための道具でしかないだろう。

だが、それは違う。

確かに兵器だ。それはわかっている。だがそれは、ISだからではない……本当に注意しなくてはならないのは、それを使う人だ。

 

 

 

「さすがは千冬さんの弟くんだね」

 

「ん? 篝火さん、千冬姉のこと知ってるんですかっ!?」

 

「ヒカルノでいいよ〜。まぁ、知ってるも何も、同じ学校の同級生だったしねえ〜」

 

「同級生っ!? じゃあ、友達だったって事ですか?!」

 

「ノンノン……。私は同級生であって、友達ではないよ」

 

「え?」

 

「織斑 千冬にとっての友達、あるいは友人と呼べるのは、世界でただ一人、篠ノ之 束しかいない。

そしてその逆もまた然りだ……。篠ノ之 束にとっての友達は、織斑 千冬しかいない。

彼女たちは互いが唯一無二の存在であって、そこに私の入る余地なんてなかったのさ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

それはそれで、とんでもない学生生活だったのではないだろうか?

千冬も、束も、互いが互いを認め合う唯一無二。

しかし裏を返せば、それ以外に友人が居なかったのではないだろうか……。

千冬の場合、家族ぐるみの付き合いである篠ノ之家や、一夏の友人達とも交流していた事があるため、その分人との繋がりは多かったが、束はどうだろう。

今に比べて、昔は極度に人を近づけさせなかった。

というよりも、近くに人が居なかったと思う。

そんな時期を、束と千冬はどのように過ごしていたのだろうか……。

 

 

 

「っと、話はここまでにして、さっそく作業に取り掛からせてもらうよ。

ちょっと時間が掛かるから、君は釣りでもしてくるといい」

 

 

ヒカルノは自分の持っていた竹製の釣竿を一夏に投げる。

一夏はそれを難なくキャッチし、一緒にバケツなどももらう。

 

 

「餌は現地調達でヨロシクゥ〜」

 

「あ、はい……」

 

 

 

あまり邪魔するのも悪いと思い、一夏は研究室を出る事に。

すると、一夏とすれ違う形で、研究室に白衣を着た人たちが何人か入っていく。

先ほど一夏をこの場に案内してくれた男性職員の他にも、女性職員姿もチラホラ。

職員達は一夏の姿を見ると、こちらに向かって会釈をする。

一夏も会釈をすると、女性職員達からは熱い眼差しを向けられ、男性職員達からは少し殺気立ったような視線を向けられた。

うん、ちょっと理不尽ではないだろうか?

その場に留まるのもあまり得策ではないので、一夏は早々に河原の方へと向かっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日奈、着いたわよ」

 

「うん……」

 

 

 

一方、京都の街中を、高級車で走ること数十分。

よく見慣れた大きな館が見えてきた。

小さい頃から何度も来たことがある結城家の本家だ。

 

 

 

「さぁ、中に入って、着替えてらっしゃい」

 

「え? 着替えるの?」

 

「当たり前でしょう。本家の人たちも集まってるんだから、あなたは着物で迎えなさい」

 

「うん……」

 

 

 

一体何の目的があって集まっているのだろうか……。

そんなことを思いながら、明日奈は館内に入る。

すると、侍女の人たちが出迎えて、明日奈を着替えのある部屋まで案内する。

そして、用意されていた着物に袖を通す。

 

 

 

(なんだろう……嫌な予感がするなぁ〜)

 

 

 

不安な事というのは、思っていると的中することがあるが、今回に限って、それはないでほしいと思う明日奈。

そんな事を考えている間にも、着物の着付けは着々と済んでいき、最後の帯締めが終わった。

髪も綺麗に結ってもらい、豪華な髪飾りまでつけて。

 

 

 

「終わりました、明日奈様」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

侍女の人達の方が、明日奈よりも年上だろうに、わざわざ “様” をつけて呼んでくるのは、少し違和感を感じる上に、恥ずかしさを感じる。

だが、自然と受け入れている自分もいる。

何故なら、かつて過ごしていた浮遊城の中でも、同じような呼び方だったからだ……。

 

 

 

「さぁ、こちらへどうぞ。皆様の集まっておられる部屋まで、ご案内致します」

 

「はい」

 

 

 

侍女の方の先導によって明日奈は結城家の者たちが集う会場へと入った。

すると中には、すでに何十人と結城家の関係者が集まっていた。

見知った顔や、同級生の者たちも多い。

そんな彼からが、明日奈の存在に気づくと、一様に近づいてくる。

 

 

 

「明日奈さん」

 

「お久しぶりです、明日奈さん」

 

「お会いできて嬉しいです」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

あまりに心のこもっていない挨拶だ。

目の前にいる男三人。

年齢は明日奈と同じ18になる。

つまり、今年限りで高校を卒業する者たちだ。

彼らの親はどれも有名商社や病院、銀行などを経営している者たちばかり。

いわば、生粋のお坊ちゃんだ。

まぁ、それは明日奈も同じであり、総合電子機器メーカーのご息女たる明日奈も、いわば令嬢と呼ばれる立場だ。

こんな場では、こういう社交辞令のようなものがよく飛び交うのだ。

相手を傷つけず、物腰の低い態度で詰め寄り、相手の懐に飛び入ろうとするわけだ。

だが、ただ単にそれだけではないだろう、この場にいる者たちの中でも、明日奈はより目立つ存在だ。

あのSAOに囚われておきながら、生きて帰ってきたサバイバーの一人であり、今世界の中軸ともなっているISの操縦者なのだ。

これだけの条件が揃っていて、近づかない者などいないだろう。

 

 

 

「お身体はもうよろしいのですか?」

 

「今はIS学園でしたね。大変ではないですか?」

 

「え、ええ……まぁ、なんの不自由も無いですよ? あ、あはは……」

 

 

 

一体なんなのだろう……。

そう思っていた時だった、後ろから母である京子がやってきた。

 

 

「明日奈、ちょっと来なさい」

「あ、はい。ちょっと、ごめんなさい……」

 

 

 

少年達に断りを入れ、明日奈は母、京子の元へと歩み寄る。

 

 

「あの子たちはどう?」

 

「あの子たちって……今話してた人たちのこと?」

 

「ええ」

 

「えっと……まぁ、悪い人には見えないけど……なんで?」

 

「そう、それならよかったわ」

 

「えっ? な、何が……」

 

 

 

とてつもなく、嫌な予感がした。

そして、それは的中したのだった。

京子から発せられた言葉に、明日奈は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「今のうちにあの子達と仲良くしておきなさい。彼らはあなたのーーーー」

 

「っ………」

 

「ーーーー婚約者候補なんだから」

 

「…………ええっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜……気持ちいいなぁ〜、ここ」

 

 

 

一方、清流な川へ一人で来ていた一夏は、ヒカルノからもらった竿を片手に、川沿いまで近づく。

とても綺麗な水が流れており、先ほどヒカルノが持っていた淡水魚の大きさからすると、かなりの生息数だと思う。

 

 

「えっと、ここら辺でいいかな……」

 

 

一夏は適当に場所を見つけて、そこら辺にある石などをひっくり返す。

だいたいそこには、ミミズなどの虫がいる為、それを餌に、魚を釣る。

昔釣りに行っていた頃は、こうやって釣りをしていた。

 

 

「そういえば……」

 

 

ふと、昔を思い出した。

小学生高学年から、中一にかけて、一夏は釣りをしていた。

その時からの付き合いである鈴と、よく川辺に行き、釣りをしているところを見てたのだが……。

 

 

 

 

「ぎゃあああっ!!!? あ、あんたっ、何してんのよっ!?」

 

「ん? 何って、餌を釣り針につけてるだけじゃないか……」

 

「いやいやいやっ! 餌って、それ虫じゃないのよっ!」

 

「虫つけた方が釣れやすいんだよ……」

 

「はあっ!? 他にもなんかあんでしょうよ! えっと、なんだっけ……? ツ、ツアーだっけ?」

 

「それを言うなら “ルアー” な。別に川辺でも使ってる人とかはいるかもだけど、あれ高いし……」

 

「だ、だったら虫以外の奴でいいじゃないのよ! 気色悪い……っ!」

 

「む……。気色悪いってなんだよ……。そう言う中国人は犬だって食べるんだろう?」

 

「食べないわよ! あんなん一部の人間だけだってぇのっ!」

 

「えっ!? そうなのっ!? てっきり国民全員が椅子や机以外の四本足のものを食うのかと思ってたぜ……っ!」

 

「誰が食うかっ!!! 中国人バカにすんなよッ!」

 

「あ、間違えた……椅子は食べるんだっけ?」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

バシィィィーーーーン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「………………あの時は、痛かったなぁ〜」

 

 

 

ふと過去の出来事を思い出した。

確かに、今も思えば、あそこで虫はない。

だが、虫の方がヒットする確率が高いのも事実。

あの時は配慮よりも効率性を取っていた。

そんなことを思いながら、久しぶりに落ち着いた空間にいる事を、改めて認識する。

 

 

 

「平和だなぁ〜…………」

 

 

 

のどかな風景に、清流のせせらぎ。

いつの間にか忘れてしまったような、静かな時間。

自然の音が、こんなにもはっきりと伝わってくる……。

こんなにも平和な時間は、あまりないだろう。

日常に帰れば、仕事仕事と忙しく、ISが出来てからは、女尊男卑という風潮が世に根付いた。

それに囚われない人たちもいるが、今では圧倒的に女性至上主義の者たちが多いだろう……。

そんな中で、一夏、和人の二人は、ある意味この世界に現れた救世主なのかもしれない。

立場の弱い男たちの希望……。悪しき風潮を覆してくれる事を願っている者たちもいるはずだ。

いつの間にか、そんな存在になってしまったか事を、今更ながらに気づいた。

 

 

 

「だけど、こうやってのんびりもしたいもんだなぁ〜」

 

 

 

毎日恋人の刀奈と特訓したり、生徒会の仕事に追われたり……。

たまには息抜きに買い物に行ったりしているが、それでもいつもの日常と変わらない。

だから、ある意味いい感じで、こんな非日常があってもいいのではないだろうかと思う。

 

 

 

(いつか、カタナとも、こうやってゆっくりできたらなぁ〜……)

 

 

 

晴れた日曜日に、どこか静かな場所にピクニックでも行って、一緒にご飯を食べたり、お昼寝したり、ゆっくりと過ごしたいものだ。

 

 

 

「はっはっは! まだまだ若いくせにぃ〜、もう老後の事でも考えているのかい〜?」

 

「っ!?」

 

 

 

この場には自分しかいないはず……。

そう思っていた一夏は、とっさに後ろを振り向いた。

そして振り向いた先にいた人物に、一夏は驚いた。

 

 

 

「っ?! ヒカルノさんっ!?」

 

「はいはい〜♪ ヒカルノお姉さんだよぉ〜♪」

 

 

相も変わらずISスーツに釣り竿という不釣り合いな姿で立っている女性。

先ほど研究室に入ったばかりの篝火 ヒカルノその人だった。

 

 

 

「あ、あれ? 研究室にこもってたんじゃ……」

 

「あぁ、実は私、ソフトウェア関連には強いんだけど、それ以外がパッとしなくて……。

だから、今は私も暇なのさ」

 

「は、はぁ……」

 

「というわけでぇ〜、隣、いいかい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「サンクス♪」

 

 

 

自由きままな野良猫。

それが彼女に対する第一印象だ。

そこは刀奈も同じなのだが、刀奈の場合は、飼い主にじゃれつく時と素っ気ない時を使い分ける飼い猫のような印象を受けた。

何もかもが自由きままなヒカルノとは、似ているようで似ていない。

 

 

 

「あっ、餌ちょうだい」

 

「いいですよ……虫ですけど、いいですか?」

 

「いいよいいよ、虫餌の方が釣れるから」

 

「ですよね……」

 

「でも女の子に出すんだったら草系がいいよねぇ〜」

 

「で、ですよね……」

 

 

 

やはりあの時、鈴が怒ったのも無理はないか……。

 

 

 

「ところで織斑くん、君はISソフトウェアについてどれくらい知ってる?」

 

「えっ? ISソフトウェアですか? えっと……たしか……」

 

 

一夏は授業で習った知識を、頭をフル稼働させて思い出す。

 

 

「たしか、ISのコアそれぞれに設定されているもので、《非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)》によって独自の進化をとげるのと、あとは先天的な好みとか、そういうのがあるんでしたよね?」

 

「うんうん。なかやか優秀な回答じゃないか♪ ちなみに、その《非限定情報集積》というのは、コア・ネットワークに接続する際に用いられる、特殊権限だね。

通常のネットワークでも用いられたら、コンピューターはハッキングし放題だし♪」

 

「なるほど」

 

「では続いての問題。コア・ネットワークとは?」

 

「えっと、元々は宇宙活動を想定したISの、星間通信プロトコルで、すべてのISがつながる電脳世界……でしたよね?」

 

「まぁ、だいたいそんな感じだ。なんだ、とてもよく勉強してるじゃないか〜♪」

 

「まぁ、うちの担任は鬼だし、スパルタの専属講師がついてるので……」

 

 

 

一夏の脳裏には、鬼の角が生えた千冬と、教員用の教鞭を手に取り、ペシッ、ペシッ、と手を叩きながら笑っている刀奈の姿が見えた。

 

 

 

「あっははっ! それもそうか……。じゃあさ、このコア・ネットワークにおける情報交換、あるいはデータバックアップなんてものが存在することは、知ってるかい?」

 

「え?」

 

「おや? 知らなかったかい? 例えば……君の《白式》! 君の機体が、織斑 千冬の専用機《暮桜》からワンオフ・アビリティーの情報を継承したことで、君の《白式》は《零落白夜》が使えたろ?

その他にだって、ファースト・インフィニット・ストラトス……《白騎士》の特集機能を再現したりもできるんだよ……」

 

「………」

 

 

 

そう言いながら、ヒカルノは横目で一夏を見る。

その顔は、妖しい目をしており、ここに来る時に見せた好奇心をあらわにしたような笑みではなく、まるで獲物を前に構えている猛禽類に近いものを感じた。

何をされるかわからないと、一夏が警戒をしていると、一夏の両手に、何やら手応えが……。

 

 

 

「お、一夏くん、引いてるよ」

 

「え?」

 

「ほら、一夏くんの竿、多分ヒットしてるんじゃないかい?」

 

「おっ!」

 

 

 

慌てて一夏が竿を引き上げる。

水面から現れたのは、なかなかに太った川魚。

ここに来る時にも、ヒカルノは釣りをしていたみたいだが、そんな彼女が持っていた魚よりも大きい。

おそらく、一番よあたりを出したのかもしれない。

 

 

 

「お見事」

 

「どうも」

 

 

 

久々にする釣りはいい。

待つのは大変だし、退屈だ。

しかし、こうやって釣れた時の高揚感はたまらない。

それから再度釣り針に餌を付けて、川へと入れる。

 

 

 

「んで……まぁ、私がしているのは、ぶっちゃけて言うと気難しいISの調教だったりするんだよねぇ〜」

 

「調教?」

 

「そ。まぁ、例えば、射撃武器が嫌いなISに、説得したり、使えるように訓練させたりする。

まさに調教さね……。まぁ、競走馬の育成みたいなもんさ」

 

 

 

そう言いながら、ヒカルノは自身の竿を上げる。

しかし、その釣り針には魚が掛かっていなかった。

 

 

「あー、逃げられたかぁー」

 

「大きかったんですか?」

 

「んにゃ、多分小さいね……」

 

 

それから再び餌を付けて川へ投げるヒカルノ。

変人ではあるが、誰かとゆったりとした時間を過ごす、一夏なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「電脳ダイブっ………?!」」

 

 

 

IS学園地下区画。

そこにあるとある一室に入った刀奈と和人。

そこにはまるで、ビーチチェアのような、縦長に伸びている座椅子が数個置いてある。

 

 

 

『そうだ。今現在、外からの攻撃と共に、学園のシステムにハッキングがかけられているのは言ったな?』

 

「はい。しかし、今それを三年生や簪ちゃんが相手にしているのでは?」

 

『それが、どうにも切り崩せない強者らしくてな。そこで、お前たち二人には、電脳ダイブで仮想空間に入り、直接その元を絶ってほしい。できるか?』

 

「ま、まぁ、できなくはないでしょうが……」

 

 

通信で伝わる千冬の声。

そんな千冬の問いかけに、刀奈は濁した表現で言った。

正直に言って、まさかIS学園の地下にこんな設備があった事自体が驚きだ。

そしてそれでダイブしろと言うのも、少し驚いた。

そして何より、仮想空間へとダイブと聞いて、まず最初に思い至ったのが……。

 

 

 

「これで、《ナーヴギア》や《アミュスフィア》の様にフルダイブができるんですかっ!?」

 

 

 

驚きの声をあげたのは、他でもない、和人だった。

フルダイブという技術、仮想世界というものに心奪われた少年。

VRの知識において、和人は普通の学生の知識量を遥かに上回る。

故に、このビーチチェアの様な物で、フルダイブができる事に驚いているのだ。

 

 

 

『ああ、可能だ。といっても、繋がるのはゲームの世界ではなく、学園のシステム領域の中だがな。

これは他でもない、お前たちにしかできないと、私は考えている……。

あの晶彦さんの作った世界で生き延びてきた、お前たちになら……っ!』

 

 

 

それが理由だった。

正直、この様な選出方法を取らずともよかった。

一年の専用機持ちだけを、電脳ダイブさせればよかったのかもしれないが、それだと表にやって来ている敵部隊を叩けない。

ゆえに、最もVR戦闘に長けた人物たちに行ってもらった方がいいと考えた。

 

 

 

『すまないが、やってくれないか……。お前たち二人の管理は更識妹に任せる』

 

「えっ? 簪ちゃんはシステムクラックに参加してるんじゃ……」

 

『あいつはあくまで補佐だからな……。それよりも、お前たちの方に何もトラップなどが仕掛けられていないと、わかったわけでもない。

ならば、そちらにも保険がいるだろう……』

 

「それは、そうですが……」

 

 

 

それでは簪に大きな負担をかけるのでは……?

そう思った時、第三者の声が聞こえてきた。

 

 

『お姉ちゃん』

 

「簪ちゃん?」

 

『私は大丈夫だから……。打鉄弐式とリンクして、お姉ちゃんたちの補佐をする。

バックアップは任せて……っ!』

 

「簪ちゃん……」

 

『そら、妹の方はやる気満々みたいだぞ? どうする、生徒会長?』

 

 

 

まるで茶化している様な雰囲気で尋ねてくる千冬。

そんな言葉に刀奈も諦めた。

 

 

「わかった……。じゃあ、背中は預けるわよ、簪ちゃん」

 

『うん! 任せて!』

 

 

 

そう言って、簪は通信を閉じた。

 

 

 

「それじゃあ、キリト……準備はいい?」

 

「ああ、いつでも……。っと、その前に……ユイ、いるか?」

 

『はい、パパ』

 

 

 

和人ら自身のブレスレットに話しかける。

すると、そのブレスレットから返事が返ってきた。

和人と明日奈の娘であるユイだった。

 

 

「お前も、簪の手伝いをしてくれないか?」

 

『簪さんのですか?』

 

「ああ……。システムクラックと俺たちの管理……いくら簪がすごくても、一人で二つを同時にするのは、やっぱりきついだろうし、ユイはシステム領域への干渉が、少しはできるだろう?」

 

『はい! できる限り頑張ってみます!』

 

「おお、頼んだぞ」

 

『はい!』

 

 

 

ユイとの通信が切れた。

改めて、和人は刀奈の方を向き直る。

 

 

「よし、いくか……!」

 

「ええ……!」

 

 

 

和人と刀奈は、ISスーツ姿になると、そのビーチチェア型の座椅子に横になる。するとシステムが起動し、フルダイブの準備を始めた。

 

 

『それではこれより、電脳ダイブを行います。二人とも、気をつけて……』

 

「うん。簪ちゃんも、頑張って」

 

「行ってくるよ、ユイ」

 

『はい、パパ。頑張ってください!』

 

 

 

 

カウントが開始された。

10から始まったカウント。

それが次第に半分の5になり、4、3、2、と減っていき、そして、とうとう0になった。

 

 

 

『電脳ダイブ、開始します!』

 

 

簪の声を聞き、息を飲む二人。

そして、二人同時に、言葉を発した。

 

 

 

「「リンク・スタートッ!!!!」」

 

 

 

二人の意識は肉体を離れ、IS学園のシステム領域へと入っていった。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

「ここは……」

 

 

 

領域への侵入が成功し、二人は目蓋を開けた。

そして、そこに広がっていた景色に、驚いた。

 

 

 

「これは、宇宙……?」

 

「いえ、似ているけど、違うんじゃないかしら……。まぁ、不安定領域っていうなら宇宙と同じ様なものだけどね」

 

 

 

光る点などは、まるで星の様な輝きを持っていた。

しかし、そんな景観の中で、全く持って不釣り合いな代物がそこに現れた。

 

 

「なぁ、これって……」

 

「ドアよね……どう見ても」

 

 

 

二つのドアだった。

しかも、回す式のドアノブ。

真っ白で、機械的な印象を受けるドアだ。

 

 

 

「これに入って、この先にあるシステム異常の原因を突き止めて、可能ならば排除しろってことか?」

 

「多分……。しかも、お誂え向きに二つも用意されてるしね」

 

 

だが、それゆえに不自然でもある。

こんな何の変哲もない空間に、都合よく二人分のドアだけが出てくるだろうか……。

これは、千冬が言っていた罠である可能性が高い。

だが、目の前のドアを潜る以外に、他に取れる選択もない。

 

 

 

「だがまぁ、進んでみない事には、何もできないからな……」

 

「そうね。考えても始まらないわ……。行きましょう」

 

 

 

二人が意を決して、中に入ろうとした時だった。

不意にら簪から呼び止められる。

 

 

 

『一応、気休め程度だと思うけど、これを持って行って』

 

 

 

そう言って何かの作業をしていると、刀奈と和人と体が光り始めた。

 

 

「うおっ!?」

 

「な、なに?」

 

 

光がだんだんと弱まっていき、簪と言っていたものが何なのかがわかった。

 

 

「これは……!」

 

「もしかして……」

 

 

 

和人と刀奈の服装が変わっていたのだ。

和人は蒼い長袖シャツに少し黒みがかった灰色のズボン。

背中には片手剣《アニールブレード》があった。

刀奈も同様に、白の長袖シャツに、その上から茶色の半袖パーカー、下は黒いミニスカートという姿で、同じように背中には三又槍の《トライデント》があった。

 

 

『SAOの初期装備。何もないよりマシかと思って……』

 

「ああ、助かる……!」

 

「ありがとう、簪ちゃん♪」

 

 

二人は見えない簪にお礼を言って、刀奈は右のドアを、和人は左のドアに手をかけた。

 

 

「……じゃあ」

 

「いくぞ……!」

 

 

 

二人はほぼ同時にドアを開き、共に中に入った。

中は先ほどまで立っていた場所よりも暗く、この世とは思えぬ闇に包まれていた。

今まで体感したことのない感覚。

しかし二人は意を決して駆け出した。

後ろにあったドアが、完全に閉じたことを知らないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

『ワールド・パージ……システム始動……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田先生、私たちも準備をしましょう……」

 

「は、はい! 織斑先生!」

 

 

 

一方、専用機持ちや、訓練機を駆り、出動していった二、三年生たちを送り出し、残った電子戦部隊の精鋭に指示を出し、千冬と真耶はその場を離れた。

 

 

 

「更識妹、聞こえるか?」

 

『はい、何でしょうか?』

 

「これから我々も戦闘態勢に移行する……。IS部隊の指揮をお前に譲渡しておく」

 

『えっ?! わ、私が指揮をとるんですかっ!?』

 

「なに、全ての行動をお前が指示しろとは言わん。だが、あいつらが窮地に陥った時、指示を出し、あいつらを助けることができるのは、お前しかいない」

 

『っ………』

 

「お前にはお前の姉と、桐ヶ谷のことも見てもらわねばならぬし、電子戦の補佐も任せている……。

お前には仕事をまかせてばかりだが、お前にならできると、私は思っている」

 

『どうして、そう、思うんですか……?』

 

「ん? そんなもの簡単だろう……」

 

『え?』

 

 

 

千冬ははっきりと、簪に告げた。

 

 

 

「お前は学園最強の、いや、更識 楯無の妹だろう?」

 

『っ?!』

 

「なら、これくらいの事、やってのけろ……。それを成せた時、初めてお前は姉を超えるだろうからな……」

 

『そんな、私は……!』

 

「何も、武勇だけが全てではない……。お前はお前のやり方で、目標を超えてゆけ……っ!」

 

『私の……やり方……』

 

「ではな……こちらも準備しなくてはならない。頼んだぞ」

 

『あっ! 織斑先ーーーー』

 

 

 

 

 

返事を待たずに、千冬は通信を切った。

そんな千冬の様子を、真耶はニコニコとしながら眺めていた。

 

 

 

「なんだ?」

 

「いえぇ〜……。先生も、そんな事を言うんだなぁ〜って、思っただけですよ」

 

「何が言いたい、真耶……」

 

「いえいえ、昔の織斑先生……いいえ、先輩は、絶対にそんな事言わないだろうなぁ〜って思って」

 

「ふん……昔の話だ」

 

「ではでは、私たちも、生徒たちにばかり負担をかけるわけにはいきませんね……っ!」

 

「ああ……。徹底的に潰すぞ……っ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

二人は部屋を出てすぐに、地下区画へと入り、そのうちの一室に入った。

すでに用意していたボディースーツや、ISスーツに着替える。

漆黒のボディースーツは、ISスーツ同様、肌にしっかりとフィットするようにできており、千冬の女性らしさを象徴する体の線を浮き出させる。

そんな煽情的な姿と異なり、その両腰には三本ひとまとめ、計六本の刀が納められたホルスターをつけ、黒くて長い髪を一度解きほぐし、再度結い直す。

今までの一本纏めではなく、箒と同じポニーテールへと変わった。

 

 

 

「この髪型にするのも、ずいぶんと久しぶりになるか……」

 

 

 

かつては何度となくしてきた髪型だったが、今改めてやると、とても新鮮な気持ちになる。

 

 

 

「では、行くとするか……ッ!!!!」

 

 

 

 

世界最強の女剣士が、再び立ち上がる。

その身にまとった強烈な闘気は、あらゆるものを斬り裂く一振りの刀を彷彿とさせるものがあった……。

 

 

 

 






次回からは戦闘も入れていきます!

仮想世界と現実世界……二つの世界それぞれでバトルさせていきます!

感想よろしくお願いします!



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第94話 ワールドパージ



ようやく最新話投稿できる(つД`)ノ

今回は刀奈、和人の電脳世界での行動も書きました。




「来ましたわっ! 11時、80度!」

 

 

遠方からの狙撃に当たっていたセシリアから、そんな通信が入った。

敵は国籍不明、所属不明のIS部隊。

その数15機。

それに対するこちらの戦力は、専用機持ちを含めると、およそ20強。

近接戦闘型の機体と、中距離戦闘型の機体でタッグを組み、その後方から遠距離狙撃を行う機体が集結している……。

という布陣で、IS学園側は陣取っていた。

セシリアをはじめとした、遠距離からの狙撃部隊は、一箇所に留まらず、己の判断で支援狙撃を行っていた。

 

 

 

「ちっ、洒落臭いわね……! シャルロット、箒! 行くわよっ!」

 

「了解!」

 

「了解した!」

 

 

 

先行して敵の本隊へと向かう鈴、シャル、箒の三人。

接近戦に強い箒と鈴、中距離からの支援に徹するシャル。

先に動いたのは、箒と鈴……幼馴染コンビだった。

 

 

 

「あたしが敵を引きつけるから、箒はサイドに回って!」

 

「ああっ!」

 

 

 

鈴の指示で、箒は右から回り込む。

そして鈴は、右手を宙にかざす。

するとその手に、大型の大刀が現れた。

 

 

「ぶった斬るッ!」

 

 

青い対艦刀……《青龍》だ。

強化パッケージだった《四神》の装備の一つで、鈴が機体に残していた唯一の武器だ。

《青龍》を片手に取り出すと、それを肩に担ぐようにして両手で持ち、イグニッション・ブーストで一気に間合いに入る。

 

 

 

「くらえッ!」

 

 

 

思いっきり振りかぶって、《青龍》を振り下ろす鈴。

しかし……。

 

 

 

「□□□□□ッーーーー」

 

「っ!?」

 

 

 

鈴の渾身の一撃を、片腕に付属するように展開したブレードだけで受け切ったのだ。

目の前の光景に、鈴が驚きの声を上げる。

しかしそんな事にも取り繕わない敵ISは、鈴の対艦刀をはじき返すと、今度はこちらの番だと言わんばかりに、肩口にある銃口にエネルギーを充填し始めた。

 

 

 

「っ、まさかっ……!」

 

 

嫌な予感がした。

鈴は咄嗟に回避行動を取った。

そして、先ほどまで鈴がいた場所に向かって、高出力のビームが放たれた。

 

 

 

「っ!? 総員退避ぃぃぃぃッ!!!!!」

 

「「「「ッ!!!!!???」」」」

 

 

 

鈴の声が響いた。

鈴の鋭い一言を聞いた面々は、即座に回避行動を取った。

大きな光の奔流が、空を横切り、そのまままっすぐ港の防波堤に着弾。

大爆発を起こし、防波堤の一部を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 

 

「なっ……!?」

 

「なんなの、あの出力……っ!」

 

 

 

間近で見ていた鈴だけではなく、その次に近くに居た箒とシャルも、敵ISの攻撃に呆然とした。

その破壊力は、この場にいるどのISをも凌いでいる。

 

 

 

「なんなんですのっ、あの出力はっ!?」

 

「IS一機が持てるほどの火力なのか、あれは……?!」

 

 

 

遠距離から狙撃していたセシリアも、砲撃態勢に入っていたラウラですらも、驚きの声を上げる。

そしてそれは、対策本部で状況を確認していた簪もまた同じ。

 

 

 

「これほどの火力を、たった一機のISがっ……」

 

 

 

火力的な問題ならば、簪だって先日行われたタッグマッチトーナメント戦の際に砲撃パッケージを装備し、アリーナの地面を吹き飛ばしたのだが、敵ISからは、そのような特殊武装らしきものが見当たらない。

ただ単に、ISの初期装備とは思えないような武装をしているということと、もしもこの火力を所持しているのが、今撃ってきた一機だけでないとしたら……。

 

 

 

『各員っ、敵ISの武装は、拠点攻略兵装だと思い、対処してください!』

 

 

 

すぐさま通信で呼びかける。

拠点攻略兵装といえば、高火力の武器、弾薬を用いて行われる戦略戦の事だ。

ある意味一方的な殲滅兵装だと思ってもいい……。

 

 

 

「冗談じゃないわよっ……こんなのが学園に向かってポンポンぶっ放してたら、学園は壊滅よ……っ!」

 

「それだけはなんとしてもっ……」

 

「止めなきゃね……っ!」

 

 

 

再び鈴、箒、シャルが動く。

シャルと鈴のツーマンセルで正面から当たる。

鈴が《青龍》で斬り込んでいくが、敵ISは軽々とこれを躱す。

だが、それを見越していたかのように、シャルはリニアマシンガン二挺で迎撃。

しかし、放った雷弾は、敵ISの装甲に弾かれてしまう。

 

 

 

「くっ! 装甲が厚い……っ!」

 

「なんなのよ、こいつは……!」

 

 

 

二人が驚いている隙に、箒は敵ISの背後に回っていた。

前面や腕などの装甲は暑くとも、背後ならば……。

 

 

「はああッ!」

 

 

二刀で背後から斬りつける。

だが……。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

完璧に決まったと思った。

しかし実際には、装甲を軽く傷つけただけで終わる。

 

 

 

「なんなのだ、こいつは……っ!」

 

 

驚きの連続。

しかし、敵ISはそんな感情など御構い無しに、箒に対して斬撃を放つ。

箒は二刀で斬撃を受けるが、今までに受けたことのない衝撃を受けた。

 

 

「ぐっ!? な、なんだっ、この力は……っ!」

 

 

二刀で受けていながら、その斬撃はとても重かった。

ジリジリと迫る刃。

あと数センチも近づけば、箒の頬の肌を斬り裂くかもしれないというほどに迫る。

 

 

 

「下がってっ!」

 

「下がっていなさい」

 

 

そこに二つの斬閃が走った。

それと同時に、敵ISの装甲を斬り裂き、同時に吹き飛ばす。

箒の前に現れた二つの機影。

そこには打鉄の日本刀型ブレード《葵》とリヴァイヴのナイフ型ブレードの二刀流を構えている生徒二人の姿があった。

 

 

 

「っ!!? 白坂先輩と、河野先輩っ!?」

 

 

 

先のタッグマッチトーナメント戦において、準決勝で箒と戦った白坂 麻由里と、一夏と戦った河野 時雨の姿が見えた。

 

 

「単純な攻撃は、こいつには効かないみたいだね……!」

 

「そのようですね。ならば、攻撃が通るまで何度でも斬り伏せるまでです……っ!」

 

 

二人はイグニッション・ブーストで一気に肉薄する。

敵ISがこれに反応して、再びビーム砲撃を行ってくるが、二人は軽く躱し、一気に懐に入る。

 

 

「はあっ!!!!」

 

「《雲耀 疾風》ッ!」

 

 

麻由里の連撃と、時雨の一斬が閃く。

相手の攻撃を既の所で躱し、反撃を入れている。

 

 

 

「すごいっ……!」

 

「さすがは三年生……って言ったところかしらね。まぁ、あたし達に比べれたら、まだまだだけど……」

 

「じゃあ、僕たちはもっともっと敵を倒さなきゃね」

 

「わ、わかってるわよ……っ!」

 

『お前達、話してないで速く迎撃しろ!』

 

 

 

通信から少し怒ったような声が聞こえた。

その送り主は、今もなお敵ISと戦っているラウラからのものだった。

 

 

 

「あら、珍しいわね、あんたが苦戦してるなんて」

 

『苦戦ではない、間合いを見計らっているだけだ!』

 

「って言っても様子見でしょう?」

 

『っ〜〜〜!! ええいっ、黙って体を動かせ! その足りないお頭に、砲弾を撃ち込まれたくなければなっ!』

 

 

 

そう言って、ラウラはレールカノンの砲口を鈴たちに向けて、砲弾を放つ。

鈴たちはそれを軽く躱すと、その後方から来ていた敵ISに命中。

黒い爆煙を上げる。

 

 

 

「ほ、本当に撃ってんじゃないわよっ!?」

 

『うるさい!』

 

「何よっ! やろうってぇのっ!」

 

『貴様が望むのならばそうしてやるが?』

 

「上等ッ!」

 

「ち、ちょっ、鈴っ!?」

 

「ラウラもっ、やめんかお前たち!」

 

 

 

 

鈴とラウラが急接近する。

鈴の手には《青龍》が握られており、ラウラは両手のプラズマ手刀を展開済み。

一気に加速して、接近戦をすると思いきや……。

 

 

 

「「邪魔だ……っ!」」

 

 

 

二人に接近する二機の敵IS。

しかし、鈴とラウラは止まらない。

二機の敵ISが二人の後方から接近し、ビーム砲を放とうと、エネルギーを収束させていく。

 

 

 

「ラウラっ!」

「鈴っ!」

 

 

 

シャルと箒が叫んだ。

だが、ビーム砲が放たれる寸前……。二人は入れ違いに通り過ぎた。

 

 

 

「「失せろッ!!!!」」

 

 

 

《青龍》で袈裟斬りを放ち、プラズマ手刀が胸部を斬り裂く。

互いに背中からやってくる敵に、一撃を加えたのだ。

 

 

 

「とりあえずこいつを片付けるわよ……っ!」

 

「ああ……。そしてこれが終わったら……」

 

 

 

二人は再びイグニッション・ブーストで敵ISに肉薄する。

 

 

「今度はあんたの番だからねっ!!」

「今度は貴様の番だっ!!」

 

 

 

勇猛果敢に斬り込んでいく二人。

それを見ながら呆れたように笑う箒とシャル。

 

 

 

「全く、仲が良いのか悪いのか分からん奴らだな……」

 

「ふふっ……そうだね。でも、良いのかもしれないよ……ああ言いながらも、ちゃんと連携は取ってるんだし」

 

「だといいがな……。では、私たちも……」

 

「そうだね……! 負けてられない」

 

 

 

箒は二刀を握りしめ、シャルは両手にアサルトカノンとサブマシンガンをコールして構える。

 

 

「行くぞ!」

 

「了解!」

 

 

 

鈴とラウラを追うようにして、二人も戦列に加わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園地下区画。

和人と刀奈が電脳ダイブしている一室からは遠く離れた場所では、一機のISが佇んでいた。

息を潜め、周囲を索敵し、敵の有無を確認している。

 

 

 

(ここが、IS学園の地下区画……。軍の秘密基地でもあるまいし、なんなのだ、この場所は……?)

 

 

 

学園……つまり、学問を習う園。

ここはIS……インフィニット・ストラトスという特殊過ぎる超科学の兵器を扱うために設立された世界でたった一校しかない学園だ。

だがそれでも、この地下区画については疑問を浮かべざるをえない。

 

 

 

(学園生たちがここの存在を、どれだけ知っているだろうか……?)

 

 

 

この場にいる女性……アメリカの特殊部隊隊長の彼女は、暗視スコープとなっているアミュスフィアに似た物を頭に被っている。

今回、彼女がIS学園に潜入したのは他でもない……今年の四月……IS学園に入ってきたイレギュラーに関することで、あまりにも衝撃的なことがあった……。

それはもちろん、男でISを動かせるというイレギュラーもイレギュラーな存在。

かのブリュンヒルデの弟である織斑 一夏と、世界で話題になったSAO事件の英雄である桐ヶ谷 和人が入学したことだ。

そして、その翌月には、IS学園に新たな事件が舞い降りた。

学園側は隠していたみたいだが、全てを隠しきるには、時間と規模が足りていない。

故に米軍もそれには気づいていた。

“IS学園に強襲してきたのは、『無人機』だった” という事実を……。

その無人機に使われていたコアは、登録がされていない……つまり、篠ノ之 束が新たに作成した機体のコアだということだ。

ならば、そこから新たなコアの作成も出来るのではないか……? というのが、技術部門の見解だった。

そして、無人機とは別に、世界でも貴重だとも言える男性IS操縦者二人のISコアを持ち帰れば、今までにない性能を引き出せるかもしれない。

ましてや、女性にしか動かせないはずのISを、男性が動かせれる秘密が解き明かされ、男性も動かすことが可能になるかもしれない。

と言っても、その場に潜入している隊長は、そんな事を気にする必要もないし、元々興味もなかった。

ただ言われた指令や任務を、忠実にこなしていくだけだ。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

と、そこでISが何かをとらえた。

鳴らしてくる警告音を聞き、意識を戦闘モードへと移行する隊長。

 

 

 

(これはっ、生体反応っ!?)

 

 

 

暗闇に紛れて、何かがいる。

自身が身につけているIS、アメリカ製の第三世代型IS《ファング・クエイク》。

特殊部隊仕様のネイビーブルーのカラーリングに、ステルス性能を合わせ持つ機体だ。

そんな機体が、その生体反応の指し示す場所を映し出す。

素早く、その人影の輪郭を映し出した。

 

 

 

 

「参るっ……‼︎」

 

「っ!?」

 

 

 

突如、短く、そして鋭い声が聞こえたと思ったら、すぐさま光が閃いた。

隊長は咄嗟に、ナイフ型のブレードを呼び出し、この光を弾いた。

とてつもない衝撃が、ブレードから腕へと伝わってくる。

突然のことに驚きつつも、何とか態勢を整えた隊長。

そして、改めて、その人影と向き合う。

 

 

 

「っ……《ブリュンヒルデ》っ!?」

 

「ふっ……」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見ている人物。

全身をボディースーツで覆い、露出しているのは背中と顔だけ。

その手には格闘用グローブと、鋭利な刃をもつ日本刀二振り。

そして一番驚くべきところは、その人物がISを装備していないことだった。

 

 

「っ!」

 

「ほほう? さすがは米軍特殊部隊員ということか……。その身のこなしは、通常の者とは明らかに違うからな……」

 

 

 

侵入してきた隊長に対して、あくまでも余裕の表情で迎える千冬の姿に、隊長はさすがに身構えた。

しかし、そんな隊長を嗤うかのように、千冬は挑発的な態度をとる。

 

 

 

「どうした? さっさとかかってこい……! お前が目にしているのは、世界で初めて『最強』の名を手にした女だぞ?」

 

 

 

シュラン……と、日本刀の刃が音を奏でる。

その切っ先を隊長に向け、千冬はニヤリと笑った。

 

 

 

「全身全霊でかかってこい、ソルジャー……ッ!」

 

「っ……!!」

 

 

 

 

千冬の言葉を受け、隊長は即座に行動に出た。

言われた通り、全身全霊を込めて斬りかかる……。

ISと生身の人間という、果てしなく無理ゲーに近い戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

 

電脳世界の入り口……。

そのドアを潜り抜けた刀奈は、その目を疑った。

 

 

 

「この景観……っ、この街並みは……っ!」

 

 

 

ドアを潜り抜けて、最初に目にしたのは黒く大きな神殿だった。

そして、刀奈が今いる場所は、その神殿の前にある広場だった。

空は不気味なほど紅く、周りもそれに当てられて、黒ずんで見えてくる。

 

 

 

「《始まりの街》……っ?!」

 

 

 

そう、目にした事がある。

この景観、この景色は、自分たちがよく知っている世界だ。

二年前に見た、あの頃と同じ場所、同じ空で、刀奈は立っていた。

SAOプレイヤーの『カタナ』として……。

唯一違うのは、武器だろうか。

今持っているのは、第一層攻略の際に使っていた武器。

ある程度の力をつけて、初めて最前線の戦いに挑んだあの時と同じ武器。

 

 

 

「どうして、この街が……?」

 

 

 

電脳ダイブをして、システムハッキングが行われている二つの起点の内の一つに刀奈は侵入した。

そのはずなのに……。

 

 

 

「なんで、あの時と同じ……っ」

 

 

 

あの時の光景、過去の記憶がいくつかフラッシュバックした。

一万人……いや、あの時はすでに死亡者が出ていた為、一万人はいなかったはずだ。

そんな数のプレイヤーたちが、今刀奈の立っているところで、一様に絶望した。

突然告げられた死の宣告……。

脱出するには、100層もある凶悪なモンスターがひしめくダンジョンを突破し、階層主であるフロアボスのモンスターを倒し、上り詰めなければならない。

そんな、絶望という名をつけた絵画のような光景。

あの時の瞬間に、再び自分は立っている。

そう思ったら、背筋が凍えるように冷たくなった。

 

 

 

 

(っ……いや、もうあの時のことは起きないわ……。それよりも、原因を突き止めないと……!)

 

 

 

刀奈は首を振り、改めて気を引き締めた。

背中に背負っていた槍を抜き、右手に持ってあたりを見渡した。

 

 

 

(景色や構造は、《始まりの街》そのものね……)

 

 

 

驚くことに、ALOにある新生アインクラッドと、かつての舞台だったSAOの旧アインクラッド……その二つのアインクラッドの《始まりの街》に全く同じ街並み。

そんな中を、刀奈は走り、周りを警戒しながら見て回る。

そんな時だった、ふと、銀色が見えた。

 

 

 

「っ!? 今のは……?」

 

 

 

こんな紅と黒で彩られた世界で、全く景観に合わない銀色が見えたのだ。

こんな違和感、早々にないだろう。

 

 

 

「逃がすかっ……!」

 

 

 

銀色の後を追う。

街を縦横無尽に走り回る銀色。

だが、そんなものは全く意味をなさない……。何故なら、こちらは、その銀色よりも、この街の事を知り尽くしているからだ。

 

 

 

「この角を右に曲がって、一段降りる!」

 

 

 

電脳世界での身体能力は、どうやら現実世界とほぼ同じようだった。

だがそんなことは、ほんの些細なことだった。

壁に槍を突き立て、颯爽と壁を登り越え、銀色を視界に収めた。

 

 

 

(銀髪ストレート……?)

 

 

見えていた銀色の正体が分かった。

それは髪の毛だった。

とても綺麗な銀髪で、長く腰のあたりまで伸びている。

それが一つの癖っ毛もなく、真っ直ぐに伸びているのだ……。

それに、その姿からして、相手は女だった。

白いブラウスに濃い紺色のスカート。

細い体つきに、あまり高くはないがヒールを履いている。

歩幅や走る速度から女性であることは確認できる。

残る問題は、相手が武装しているかどうかだが……。

 

 

 

「まぁ、それも含め、叩き伏せればいいだけだしね……っ!」

 

 

 

一気に跳躍し、銀髪女の前に飛び込んだ刀奈。

槍を地面に突き立て、女の脚を止めた。そしてその槍の前に着地し、槍を引き抜き、頭上で回転させると、一気に穂先を女に向けた。

 

 

 

「止まりなさい」

 

「…………」

 

「どこの誰だか知らないけど、よくもまぁ、やってくれたわね……。今回のハッキング、あなたの仕業でしょう?」

 

「…………」

 

「まぁ、答えるわけないわよね……。でもね、これだけのことをやってくれたんだもの……償いは絶対にさせてもらうからねっ」

 

 

 

外では今、妹の簪を含め、大勢の仲間たちが戦っている。

そう、命がけでだ。

それが、彼女一人の手によって引き起こされた事だったとしたら、許しがたい事実だ。

 

 

 

「…………」

 

「何を黙っているのかしら……? 言っておくけど、許すつもりも、逃がすつもりもないわよ?」

 

「…………そうですね」

 

「っ……」

 

「しかし申し訳ありません。あなたに今回の目的を話す理由はありませんし、あなたに捕まるわけにもいきませんので……」

 

 

 

静かな、凛とした声だった。

どことなく幼さのような物も感じたが、今はそんな事どうでもいい。

今彼女は、今回の騒動に対する関連性を肯定した。

そして、それでもなお、敵対することも……。

 

 

 

「それに、言っておきますが……」

 

 

 

彼女は、ゆっくりと、閉じていた目を開けていく。

 

 

「っ!?」

 

 

 

今まで目を瞑っていたのか……?

その状態で、自分から逃げていたのか……?

そんな疑問よりも先に、目の前にいる彼女の眼に、刀奈は意識を持って行かれた。

 

 

 

「あ、あなたっ、その眼っ……!?」

 

 

彼女の両眼が、完全に露わになった。

眼球は黒ずんでおり、瞳の色は、この世のとは思えないほど綺麗な金色。

その眼の持ち主を、刀奈は知っている。

 

 

「《ヴォーダン・オージェ》っ……!?」

 

 

 

そう、ラウラと同じ眼だ。

ラウラの場合、眼球は黒ずんではいないし、左眼だけなのだが、間違いない……彼女の眼は、《ヴォーダン・オージェ》のそれだった。

そして、その眼と、銀髪ストレートの髪……この二つの要素が、よりラウラとの関係性を促してくる。

 

 

 

「あなたっ、一体……!」

 

「あなたでは、私は捕らえられませんよ」

 

「なんですって……」

 

「……さて、そろそろ私は行かせていただきます」

 

「っ!? させない!」

 

 

 

彼女の言葉に反応し、刀奈は槍を持って突撃する。

たとえ、傷を負わせてでも、この場で彼女を止めなくてはならない。

槍を突き出そうとしたその時、彼女の右手が、クリップ音を鳴らした。

 

 

 

パチンッ…………!

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

槍の穂先が彼女の左肩あたりを貫くかと思いきや、その槍が……いや、体自体が止められていた。

 

 

 

「こ、これは……?!」

 

 

 

体に巻き付いた、無数の黒い手のような物体を見た。

地面から生えてきて、手足、槍、腰……体全体を、黒い手が掴んでいた。

 

 

 

「なによっ、これっ……!」

 

「あなたには、ここで留まってもらわなければならないので、それでは……」

 

「っ!? 待ちなさい! まだ話はっ……!」

 

 

 

動こうとしたが、微動だにしない。

それどころか、どんどん地中に吸い込まれて行っている。

 

 

 

「っ……! くっ、このっ、」

 

「往生際が悪いですね」

 

 

 

女は再びクリップ音を鳴らす。

すると、地中に吸い込まれる速度が速まった。

 

 

 

「くっ!? ううっ!!」

 

 

 

体の約3分の1……膝あたりまで吸い込まれたところで、刀奈は気づいてしまった。

自身の体が、恐怖しているのだということを……。

心は……理性は保っている。

だが、体が既に気づいてしまったのだ。

汗が額から流れ落ちる。体中が血の気が引いていくように冷たくなっていく。

そこでようやく、心が脆くなり始めた……。

 

 

 

「ううっ、チ、チナツッ……!! 助けてっ、チナツッ!!!!」

 

 

 

愛する人の名を呼ぶ。

だが、ここに一夏はいない。

今朝方学園から離れていった。

その事実が、刀奈をさらに恐怖へと誘う。

 

 

 

「チナツッ! チナツゥゥッ!!!!!」

 

 

 

空に向かって手を伸ばした。

だが、その希望ごと、刀奈は闇に呑まれてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

「かつての貴女ならば、こんなに感情を露わにすることは無かった……のでしょうかね?」

 

 

 

 

銀髪の女性はそうやってボソッ、と呟いた後に、その場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……ここは……!」

 

 

 

 

同時刻。

刀奈とともにダイブした和人は目の前の景色に目を奪われた。

街明かりが灯り、空からは雪が……。

独特の音楽。

この音楽は、仮想世界特有のものではない……。

そう、現実世界でも聞いたことのある曲だ。

その名も『ジングルベル』。

 

 

 

「こ、ここは……っ!?」

 

 

 

見覚えのある街並み。

そして『ジングルベル』に合わせてるかのように降る雪。

この曲が流れるという事は、この場ではクリスマスが祝われているという事だろう。

クリスマス、雪、そしてこの街の景観……。

和人にとって……いや、キリトにとっての、心に住み着いた過去の悪夢を彷彿とさせる。

その街の名は…………第49層《ミュージエン》。

 

 

 

 

「なんでっ……なんで、この街が……?」

 

 

 

過去の記憶がフラッシュバックした。

そう、この場所には、以前から何度も来た事があった。

ちょうど最前線で戦うプレイヤーとして、前線に出てくる事が多かったため、この街に来た事もある。

だが、それだけじゃない……。

ここには、ある目的があってここに来たことがあった。

 

 

 

「サチ……」

 

 

 

今はもう、会う事のできない少女の名を呼んだ。

サチ……。

かつてキリトが所属していたギルド《月夜の黒猫団》に所蔵していた少女だった。

内気そうな性格で、本当は戦うのも怖がっていたが、周りの仲間たちが戦う事を決めたために、それについて行っていた。

そんな彼女は、もうこの世にはいない。

ダンジョンにある隠し部屋に入り、トラップに引っかかった為、リーダーとキリト以外の全員が死亡した。

そんな中で、死んだプレイヤーを蘇生できるアイテムがあると聞き、そのアイテムをゲットする為に、この街へとやってきた。

 

 

 

「っ……?」

 

 

 

和人は、ある事に気がついた。

 

 

 

「プレイヤーがいない……NPCも……ならここは……」

 

 

 

街は明かりが点いているが、肝心の人の気配が全くない。

流れる音楽も、降りやまない雪も、どこか妖しさというものを感じさせる。

 

 

 

 

ーーーーキリト

 

 

 

 

「っ!? 今のは……!」

 

 

 

 

呼ばれた。

確かに今、聞き覚えのある声で、『キリト』と聞こえた。

そのか細い声は、聞き間違えるはずもない。

あの少女のもの……。

 

 

 

「サチッ!」

 

 

 

和人は駆け出した。

街の中を思いっきり走り抜ける。

人っ子一人もいない街の中にいるかもしれない少女を探す為に……。

 

 

 

「サチっ、君なのかっ?! どこにいるんだっ!」

 

 

本当はもう、この世にはいない。

だが、もしも、あの茅場 晶彦と同じ事が起きていたとしたら……?

茅場 晶彦は、自身の脳に、大出力のスキャニングを行い、ネット世界に自身の意識をコピーして見せたという。

その成功率は、限りなく低いものだがそれでも……あの茅場は、それを成功させたのだ。

ならば、もしかすると……。

 

 

 

「っ! サチっ!!!!!」

 

 

 

街を抜け、森の中へと続く道に出た瞬間、その少女の姿を目にした。

あの時と、ほとんど何も変わっていない。

切り揃えられた黒いショートカットの髪、薄い青色をした服装に、大人しい雰囲気が漂う背中。

どれもこれも、サチのものだった。

 

 

 

「っ……サチ………」

 

「久しぶりだね、キリト」

 

「っ!!!?」

 

 

 

今度ははっきりと、彼女自身から声が聞こえた。

間違いなく、彼女は和人の知っているサチだった。

 

 

 

「サチっ……どうして、どうして君が、ここにっ……?!」

 

「どうしてって……そうだね……。キリトに会いたかったから……」

 

「俺に……?」

 

「うん……キリトに会いたかった」

 

 

 

未だに背中を向けているだけのサチ。

しかしその声はとても穏やかで、優しげだ。

 

 

 

「サチ……俺はっ、俺は君にっ、謝らなくちゃならない……っ!」

 

「…………」

 

「俺はっ、君を守るって言ったのにっ……! なのにっ、君を……っ!」

 

 

 

サチは何も言わない。

黙ったまま、キリトの言葉を聞いている。

サチを守る。

かつて、和人は彼女にそう言った。

あの世界で、アインクラッドという世界に囚われてしまい、戦いを強制されてしまったあの日から、サチはずっと怯えていた。

どうしてこんな事になったのか、どうしてこんな事をしなければならないのか……。

だだ本当に、高校の部活仲間と一緒に、ゲームをして遊びたかっただけだったのに……。

だが、その約束は……儚くも夢のように覚めて消えてしまった。

彼女を守れなかった……いや、彼女だけではない。《月夜の黒猫団》のメンバー全員は、自分が殺してしまったようなものだった。

その後悔から、和人はギルドに入ることをずっとためらってきたのだ……。

もう謝ることも、言葉を交わすことも、会うこともできないと思っていたサチに、和人は精一杯の後悔の念と誠意をもって、謝罪をした。

 

 

 

 

 

「…………本当に……なんで、助けてくれなかったのかな……」

 

「っ!!?」

 

 

 

 

冷たい言葉が投げかけられた。

それは当然、サチの言葉だった。

 

 

 

「どうしてなの、キリト……。あの時、キリトは絶対に守るって、言ってくれたよね?

なのに……どうして私は死んだの? どうしてキリトは生きてあの世界を出たの? どうして……私じゃない女の子を守っているの……?」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

サチの言葉に、和人の心は無数の剣で斬り刻まれたような感覚に陥った。

許してもらえるとは思っていなかった……。

だが、心のどこかでは、許してもらいたいと願っていた……。

しかし、それは叶えられなかった。

 

 

 

 

「アスナさん……だったけ? キリトの恋人さん」

 

「な……なんで、それを……」

 

「知ってるよ……キリトの事なら、私なんでも知ってるんだから……」

 

「サ……サチ……お前、一体……」

 

 

 

恐怖……。

その言葉しか思いつかない。

サチの声は、こんな感じだっただろうか……?

サチの雰囲気は、こんなに不気味だっただろうか……?

サチの姿は、こんなにも禍々しく思えるものだっただろうか……?

目の前にいる彼女の姿を、和人は今までのように見ることが出来なくなっていった。

 

 

 

「キリト……私、キリトにお願いしたいことがあるの……」

 

「お願い……?」

 

「うん……とっても大事なことだから、ちゃんと聞いててね?」

 

 

 

 

不気味さが増す中で、サチは少しずつこちらに顔を向けながら話す。

そして、サチの顔が見えた瞬間、和人はその身全てで、サチという禍々しい存在に気がついた。

 

 

 

「ーーーー死んで、キリト」

 

「っは……!!!!」

 

 

 

禍々しい目をしていた。

眼球が黒く、瞳は金色。

そんな人間、どこにもいないはずだ。

そして、先ほどは持っていなかったはずの刀を抜刀し、サチは和人に斬りかかって来ていた。

 

 

「うっ!?」

 

「ッーーーー!!!!」

 

 

 

 

銀閃が走る。

和人は咄嗟にバックステップを踏み、思いっきり後ろに飛んだ。

足元がおぼつかなかったのか、派手にこけて、なんとか体勢を整え、和人は改めてサチを視認した。

しかし正直、見ないほうがよかったと、すぐに後悔した。

 

 

 

「あっははっ! さすがだねぇ〜、キリト。やっぱりキリトは強いんだねぇ……」

 

 

 

狂気に走ったような目と言葉遣い。

何より手にしている刀の不気味さに、身が震える。

 

 

 

「なんだ、その武器は……っ?!」

 

 

 

日本刀……。それも、真っ白な日本刀だ。

印象的には、一夏の持っていた《雪華楼》を彷彿とさせるが、あれとは全くの別物だ。

なぜなら、その刀からは、まるで吹雪でも出しているかのように、強烈な風と、冷気と、雪が吹き荒れる。

そんな日本刀など、SAO、ALOでは見たことがない。

 

 

 

「すごいでしょう……? この武器、《氷刀・魔鉄》っていうだってぇ〜。

ねぇ、キリト……私、強くなった? 強くなったよねぇ……!」

 

「っ……サチっ……」

 

 

 

うっとりとした表情をとるサチ。

その時点で、和人はもう、彼女がサチではないと思った。

先ほどの斬撃……躱すことはできたが、正直なところサチと似ても似つかないほどに鋭い一撃だった。

ならばもう、和人の知るサチとは別の生き物……怪物だ。

 

 

 

「サチ……ごめんな」

 

 

和人は自身の背中から剣を抜いた。

アインクラッド攻略の際、最初の下層で使い続けた愛剣《アニール・ブレード》。

その切っ先を、怪物に向けた。

 

 

 

「……キリトは、また私を殺すの……?」

 

「っ〜〜!! お前はっ、サチなんかじゃない!!」

 

 

 

きっぱりと言い切った。

そんな和人の言葉に、怪物も黙り込んだ。

 

 

 

「そっか……なら、もういいよね? …………キリト」

 

「っ…………」

 

「私が、殺すね…………?」

 

 

 

 

二人は一気駆け出した。

《アニール・ブレード》と《氷刀・魔鉄》がぶつかる。

ロマンを感じる街並みの中で、場違いな剣戟が、その場を支配したのであった……。

 

 

 






次回は、一夏、明日奈の事も触れつつ、学園での戦闘をもう少し書き上げていきたいなと思っております(⌒-⌒; )

感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)



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第95話 戦場となる街



今回は、一夏と明日奈をメインに書きます。

そして、明日奈には、新たなる刺客を用意しました!




いちか…………。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「ん……どうかしたのかい?」

 

「いえ……。あの、プライベート・チャネルとか開いてます?」

 

「んにゃ、オープン・チャネルのままだけど……?」

 

「そうですよね……」

 

 

 

なんだったのだろう……。

そう言いたげな顔で、一夏は首を捻った。

今何か、呼ばれたような……。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

「気のせいじゃないかい? っと、それよりも、もうちょっとだけ出力あげてくれるかい?」

 

「あ、はい」

 

 

 

ヒカルノの指示を聞いて、一夏は《白式》のカスタムウイングのブースター出力を上げる。

その出力のデータを、PCの画面に映し出された数字を見ながら経過観察を取るヒカルノ。

 

 

 

「なるほどねぇ〜……うん、オッケー。もう大丈夫だよ〜」

 

「はい」

 

 

 

必要なデータを取り終えたのか、ヒカルノはキーボードを高速で打っていく。

 

 

 

「あの、白式の出力に、何か変なところでもあったんですか?」

 

「うんにゃ、システム自体は問題ない。出力も最高だ。だけど、ちょっとだけ無駄が多いんだよね」

 

「はぁ……無駄ですか?」

 

「うん……一夏くん、駆動系のシステムを何度か調整しなかった?」

 

「えっと……ええ、しましたよ」

 

「そん時に書き換えたデータとか、改良したデータを構成するのはいいんだけど、その分いらないデータとかをまだこの子は覚えちゃってるんだよねぇ……」

 

「へぇ〜…」

 

「だから、そのいらない部分だけを取り除いて、より効率のいいシステムに組み上げるのさ♪」

 

「それはつまり……整理整頓する、ってことなんですかね?」

 

「わかりやすく言うとそんな感じだね。これが出来れば、今まで以上に白式は君の動きについてきてくれるはずだ」

 

「っ……」

 

 

 

ちょっとした事でも、ここまで大きな成果をもたらす。

プロの整備士の姿を見た気がする。

 

 

 

「あっ、それとさぁ〜一夏くん。君の装備品を少し改良してもいいかね?」

 

「装備品? 《雪華楼》のことですか?」

 

 

 

《白式》についている装備はただ一つ。

腰に装備してある四本の刀《雪華楼》だけだ。

以前から装備していた《雪華楼》が、第二形態に移行してからというもの、四本に増えて、完全な近接戦闘型の機体に生まれ変わったのだ。

 

 

「改良って、えっと、どうして?」

 

「どうしても何も、このままいくと、君の力に武器の方が耐えられなくなるからだよ」

 

「《雪華楼》が耐えられない?! そんなまさか!」

 

「んにゃ、事実だよ。現に一度壊れてるんじゃないのかい?」

 

「あ……」

 

 

 

先日、タッグマッチトーナメント戦の決勝戦にて、箒と対決した際に、四本の内の二本を、箒にへし折られてしまっていた。

あれは完全に決まった箒の技に、《雪華楼》が耐えられなくなったのだと思っていたのだが……。

 

 

「君の力も、常に上がっている……。それは白式を見ればわかるよ。でも、いくら白式でも、武器の強度までは上げられないからね……。

だから、最初っから武器を強化しておくのさ。なに、別に刀の形を変えるわけじゃないよ。あくまで一夏くんが最も使いやすい武器である打刀のままで、その強化をするだけだからね……」

 

「そ、そうですか……そうですよね……」

 

 

 

正直、ヒカルノの提案は正しい。

剣士は剣があってこそだ。

だが、《雪華楼》だけは、一夏にとって何よりも大事な武器だった。

ずっと戦場を駆け抜けてきた愛刀が、ここへ来て折れてしまうというのは、少なからず寂しい気持ちになる。

 

 

 

「あの、その……刀の色は、残しておいてくれませんか?」

 

「色? この白色ってことかい?」

 

「はい……その、難しいですか?」

 

「いや、それくらいの注文なら、お安い御用だよ」

 

「っ……そうですか、ありがとうございます!」

 

「なんだい? この刀には、思い入れでもあるのかな?」

 

 

 

含みのあるような笑みで笑うヒカルノ。

一夏は「まぁ……」と言って、肯定の意を示す。

当然だ。

この刀には、いろいろな思いが詰まっているのだから……。

 

 

 

「まぁ、改良って言っても、より耐久性を高めるために補強するようなものだから、打ち直すような事にはならないよ」

 

「ええ……ありがとうございます」

 

「と、いうわけで、あともう少しかかるから、君はお茶でもしててねぇ〜」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 

手をひらひらと振りながら、ヒカルノは作業に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日奈さんは、ISの操縦をしているのですよね? いやぁ〜、凄いなぁ〜!」

 

「今や世界の中軸とも言えるものを扱ってるんですからねっ……! そんな人と知り合いだなんて、本当に光栄な事ですよ!」

 

「そ、そうですか? 私は別に、そんな風に思ったことは……」

 

「いやいや! 実際に凄いことですって!」

 

「うんうん!」

 

「あっははは……」

 

 

 

 

京都にある結城家の本家にて催されていた結城一族が一堂に会した集会。

その場に集まる若者たちは、皆親が有名企業の総帥やら代表取締役やら、はたまた銀行や病院のトップに居座っている者たちの子だ。

かく言う明日奈もまた、元がつくとはいえ総合電子機器メーカーのCEOの父親と、大学の教授をやっている母親の子であるため、あまり物言うこともできない。

ただ、こういった雰囲気には、あまり馴染めない。

どこかよそよそしく、また、相手を見定めているような……。

真に心からの気遣いという物をしてくれる者など、誰もいない。

ただ単に、結城家の令嬢、世間での優位を主張するISに乗り、それを操縦できるという明日奈に興味があるだけであって、明日奈の内面までを知った上で近づく者もまた、誰もいない。

そして、先ほど母親である京子の言葉が、今もなお明日奈の心に残っている。

 

 

 

 

(こんな人たちが私の婚約者候補……。冗談じゃないわっ……! 私には、もうキリトくんと言う素敵な人がいるのにっ!)

 

 

 

和人の事は、両親には詳しく話したことはない。

ただ、数ヶ月前に、レクトのフルダイブ技術顧問として在籍していた須郷の企みによって、ALOに閉じ込められ、現実への復帰が叶わなかった頃には、和人は父親である彰三には何度も会っている。

父親の彰三も、初っ端から和人のことを否定するような事は言っていなかった。

むしろ毎回お見舞いに来てくれた事と、事実上、明日奈を救い出してくれた張本人という事も会って、少なからず和人のことを認めてはくれている。

兄も同意見のようなのだが、問題は母親の京子だ。

 

 

 

(また、お母さんのいいなりに、ならなきゃダメなのかな………)

 

 

 

昔から、母親の言うことには従ってきた。

中学も私立の女子校へと受験して入学した。

結城家での習い事や、塾通いも当然の如くやってきた。

それもこれも、全部京子がやれと言ったからだ。

高校に入る前から、高校生の習う範囲の勉強をしていた。

いい高校に入り、いい大学を出て、いい就職をする……。そんな漠然とした作業をずっとやってきた。

そんな明日奈に転機が訪れたというのならば、それは間違いなく、SAO事件だろう。

囚われてしまった当時の事は、母からは何も聞いてない。

ただ、なぜナーヴギアに手を出したのかわからないと、そう言ったような事は聞いた。

確かに、二年間という時間は失った。

そのおかげで、明日奈は高校一年、他の者たちは、今年卒業し、来年には大学に進学する。

ほとんどの者たちが、有名大学へと進学するだろう……。そうでない者たちは、親の跡取りとして、会社を継いでいくだけだ。

しかし、明日奈自身、どうなりたいのか……。それを見いだせていないのが現状だった。

今後どうなりたいのか……ただ、唯一決めていることは、和人と幸せな家庭を築いていく事。

そのために、彼らとの関係を深めることはできない。

 

 

 

「ごめんなさい、ちょっと席を外してきてもよろしいですか?」

 

「あ、はい!」

 

「明日奈さんがそう言うのでしたら」

 

「あっ、ははは……」

 

 

 

 

一言一言が物腰の低いような喋り方だ。

明日奈はそそくさとその場を離れていき、別の場所で会話している母親の方へと向かう。

 

 

 

 

「お母さん」

 

「ん……少し失礼致します」

 

 

 

京子は会話していた親戚の男性に断りを入れて、明日奈とともに会場の端の方へと移動していく。

 

 

 

「なに、どうしたの?」

 

「ごめんなさい、私今日はもう席を外していい?」

 

「なに言ってるの……そんな事したら、他の出席者たちに対して、失礼になるでしょう……」

 

「それは……でも、なんか、私ちょっと体調が悪くって……」

 

「……はぁ〜……仕方ないわね。部屋は用意してあるから、そこで休んでおきなさい」

 

「わかったわ……」

 

 

 

 

体調不良を言い分に、明日奈はその場を後にした。

本家にいる侍女の人達に聞き、用意されている部屋に向かった。

 

 

 

 

「はぁ〜あ……。帰りたいなぁ〜、学園に」

 

 

 

部屋に入るなり、いきなりため息が漏れる……。

着物の帯を緩め、上着を脱いで専用の衣桁に掛ける。

代わりに、ここに来る前に来ていた洋服を着なおし、そのままベッドに倒れ込む。

 

 

 

「はぁ……。まだ昼前だって言うのに、なんでこんな集会に出なくちゃ……。

親同士て会食でもしてればいいのに……」

 

 

 

全くもって納得がいかない。

そして、いきなり婚約者の話を持ち出されて、いい気分になど絶対になれない。

 

 

 

「キリトくん……」

 

 

 

想い人の名前をつぶやく。

そして、ふと何気なく自身のスマフォを見る。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

電源を入れ、まず最初に飛び込んできた文字に、明日奈は疑念を抱いた。

 

 

 

(不在着信……23件っ!?)

 

 

 

誰からなのかという情報がないため、明日奈は改めてアプリを表示する画面を開けて、『電話』と表示されているアプリをタップする。

そして、『履歴』の欄を見る。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

見慣れない番号……というよりも、パソコンを使う時などに見たことがあるパスコードのような英単語や記号の様な物の羅列が表示されていた。

それが23件も来ているのだ……。

ある意味奇妙であり、不気味である。

 

 

 

〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪

 

 

 

「うわっ?!」

 

 

 

突然鳴り渡る着信音。

それも同じ相手からだ。

明日奈は不審に思ったが、意を決して、その電話に出た。

 

 

 

「も、もしもし……?」

 

『っ!? ママッ!』

 

「っ!? その声……ユイちゃん?」

 

 

 

なんと、声の主は最愛の娘であるユイだった。

しかも、どことなく慌てた雰囲気だった。

 

 

 

「ユイちゃんどうしたのっ?! っていうか、この番号って何?!」

 

『ママっ! 大変です! パパがっ、パパがっ!』

 

「パパっ……!? キリトくんがどうかしたのっ?!」

 

『たった今IS学園が、国籍不明、所属不明の敵IS部隊に強襲されています!

それと同時に、学園のシステムにもハッキングがかけられていて、システムの主導権を奪還しようとしたパパとカタナさんが、今敵のトラップに引っかかて……!』

 

「えっ……」

 

 

 

愛娘の口から発せられた言葉に、明日奈は息を飲んだ。

敵ISが強襲……? システムにハッキング……? そして何より、和人が敵の罠にかかったと……。

 

 

 

「ユ、ユイちゃん、それどういうことっ!? なんで、学園がっ……なんでキリトくんがっ……!」

 

『いきなりの強襲で、休日の学園には、パパ達専用機持ちの皆さんと、上級生の皆さんしか残ってなくて……。

だからママっ、パパが危険なんです! 急いで戻ってきてくださいっ!』

 

「う、うん! わかった、すぐに戻るからねっ!」

 

 

 

通話を終え、明日奈は急いで荷物を纏めた。

出していた洋服や着替え、泊まりになるかもしれないと思い、一応持ってきておいたアミュスフィアもバックの中に入れる。

 

 

 

「忘れ物は……無しっ!」

 

 

 

明日奈は部屋を飛び出し、本家の廊下を一目散に走り抜ける。

角を曲がり、来た道を逆に走る。

ようやく玄関が見えてきたと思った、その時だった……。

 

 

 

「明日奈ッ!!! どこに行くのっ!?」

 

「っ!?」

 

 

 

突然背後から聞こえた怒号の様な声。

この声の主は、明日奈は後ろを見らずともすでに理解していた。

母である京子のものだと……。

 

 

 

「お母さん……」

 

「明日奈、荷物なんかまとめて、どこに行こうとしているの?」

 

「……ごめん、お母さん。私、学園に戻らなきゃいけない事情ができた……」

 

「…………」

 

「今、学園が襲われてるのっ! 今からでも間に合うから、私も加勢にいかなきゃ!」

 

 

 

明日奈の言葉に京子は短くため息をついて、そして、冷酷という言葉が似合う様な視線とともに、明日奈に言った。

 

 

 

「だからこそ、あなたを行かせるわけにはいかないわね」

 

「っ?! な、何を言ってるのっ!? 学園のみんなが、襲われているだよっ?! お母さん、それわかって言ってるのっ?!」

 

「当然じゃない。私はいつだって真面目に、冷静に物事を言ってるわよ……。

明日奈……今、その学園は、攻撃を受けているのよね?」

 

「だから、そう言ってるじゃない!」

 

「そんな危険な場所にっ! 自分の娘を行かせる思うのっ!?」

 

「っ……!」

 

「明日奈っ……。あなたをIS学園に行かせたのは、あなたがリハビリを兼ねているということで入学させたのよ? 学園の授業項目も、ある程度の進学校と同程度だったから、さすがは国立校だと思ったけど!

なのにっ、あんなおもちゃみたいに扱う野蛮な兵器に乗って、危険な戦いをさせてるなんて……っ!

あの人にそれを聞いた時には、ほんとっ、引っ叩いてやろうかと思ったわよ……っ!」

 

 

 

 

あまりの激怒に、明日奈もさすがに反論できなかった……。

母の……京子の言っていることは、実に的を射ている。

誰しも戦快く自分の子供を戦場へと送る親なんていない……。

いくらISが絶対防御という無類の強さを誇る障壁があったとしても、戦場では何が起こるのかわからない。

元に、絶対防御だって完璧ではない。

あれは、最低限で操縦者を守るためのシステムだ。

つまり、その絶対防御をも超える攻撃を受けたのならば、それはすなわち操縦者の死ということにもなる。

 

 

 

「明日奈……私は、戦わせるために、IS学園に入らせたんじゃないんですからね。

IS学園も、言ってしまえばかなりのエリート校。そこから、どんな道にだって進めるし、キャリアとしては十分なものだと私も思っているわ……。

けれど、自らの命を賭けてまで戦う理由は何? あの学園とて、防衛設備くらいあるでしょうに……。

それにそんな事すらも収拾がつけられないのであれば、あの学園の教員たちは、取るに足らないということよ」

 

「っ、お母さんっ、いくらなんでもそれはーーーー」

 

「教師が戦うならまだしもっ、生徒に戦わせるなんて、言語道断でしょうッ!!!」

 

「っ……!」

 

「明日奈。あなたは今日一日ここにいなさい。外に出ることはもちろん、学園に帰ろうだなんて、思わないことね……!」

 

 

 

京子の言葉が、胸にぐさっと突き刺さったような気がした……。

そして、京子は本家に使えている侍女を呼び、明日奈を部屋に戻そうとする。

しかし、明日奈だって譲れない……。

あそこには、あの場所には、守りたい大切な人たちがいるのだ……。

最愛の人と、最愛の愛娘。ともに同じ時間を過ごすクラスメイトや同級生……仲間たち。

危険なのは、みんな同じだ。

専用機持ちは、絶対に前線で戦っているに違いない。

ISを纏って戦わせるなんていなくとも、和人だって、刀奈とともに前線で戦っているのだ……。

ならば、妻として……恋人として……ずっと背中を守りあってきたパートナーとして、ここで逃げ出すわけにはいかない。

そんな事、していいはずがない。

 

 

 

「…………ごめんなさい、お母さん」

 

「ッ?! 明日奈! ちょっと待ちなさい!!」

 

 

 

明日奈は振り返りもせず、そのまま一直線に玄関の方へと走って行った。

靴を履き、玄関のドアを開け、邸宅のようになっている本家の庭を走り抜け、門を出る。

 

 

 

「待っててねっ、キリトくん、ユイちゃん!」

 

 

 

街道を走り抜け、少し人気の少ない場所に移動する。

最近では観光目的で京都にやってくる外国人が多い。

しかし、彼らが回るところといえば、有名な観光スポットくらいなもので、裏路地などは、本当にコアな人しか入らないだろう。

その裏路地へとつながる通路へと入り、人の気配が消えた時、明日奈は自身の指輪に意識を持っていく。

 

 

 

「お願いっ、《閃華》ッ!」

 

 

 

眩い光が明日奈の身を包んだ。

光が収まった後には、明日奈の体を、白色の鎧が包み込んでいた。

明日奈の専用機《閃華》。

スピード重視の設計思想であり、元々の機体は機動性にすぐれた《テンペスタ》を使用しているため、単純な機動力ならば、第三世代型の中ではピカイチだ。

 

 

 

「この子なら、一直線でIS学園に戻れるっ……!」

 

 

 

イグニッション・ブーストを使用しなくても、ISの機動性があれば、京都から東京に行くのは造作もない。

ましてや《テンペスタ》譲りの機動力ならば、さらに速く着くことができるはずだ。

 

 

 

「《閃華》、もっと飛ばしてっ!」

 

 

 

高機動パッケージ《乱舞》も搭載しているため、さらに速度が上げられる。

このまま京都を抜けようとした、その時だった。

 

 

 

ーーーー警告 高エネルギー反応!

 

 

「っ!?」

 

 

 

《閃華》から発せられる警告音。

明日奈はとっさにブレーキをかけ、回避行動をとった。

その瞬間に、高出力レーザービームが横切った。

 

 

「っ……!!? な、なんなの、この出力っ!?」

 

 

 

赤黒い色をしたレーザー。

それが発射されたのは、京都の北東付近にある有名山……比叡山の辺りからだった。

《閃華》のレーダーを使って調べてみても、やはり比叡山付近からの砲撃だと出ている。

しかし、驚くべきは、レーザーの出力よりも別にあった。

 

 

 

(私がいるの、平安神宮に近い場所のはずっ……! 比叡山からは結構離れていたのに、どんな精密射撃を……!?)

 

 

 

出力も驚きだが、もっと恐るべきなどは、その精密性……。

離れた場所から正確に敵を狙い撃てる技量の持ち主だとすれば、その人物は、IS世界大会である『モンド・グロッソ』に出場できるほどの腕の持ち主か、《ヴァルキリー》の称号を持っている可能性が高い。

そんな風に警戒していると、比叡山の方から光が見えた。

先ほどのビームと同じ赤黒い色をした光だ。

再び砲撃かと思い、明日奈は身構えたが、どうやら違うようで………。

比叡山の頂から、一機のISが現れた。

 

 

 

「何っ……あの機体……?!」

 

 

 

全身のカラーリングは黒。

どことなくラウラの《シュヴァルツェア・レーゲン》を彷彿とさせる。

しかし、外部装甲などのパーツが大きな《シュヴァルツェア・レーゲン》に対し、前方からやってくるISは思いの外スマートな感じを見受けられる。

 

 

 

『いやぁ〜……あれを避けちゃったっスか〜。なかなかにいい反応っスねぇ〜』

 

「っ!? これって、相手からの通信……?!」

 

 

 

 

聞こえてくるのは、やや偏った若者言葉を使う少女の声。

思ったよりも若々しい声に、明日奈も一瞬だけ狼狽した。

 

 

 

 

「あ、あなたっ、何者なの……っ!?」

 

『ん? 自分っスか? うーん……』

 

 

 

いきなり襲いかかってくるのだから、常人ではないのは確かだが、しかしながら、その声質と、ISの操縦技術の高さにギャップがあって、明日奈の中で、何かが腑に落ちないでいた。

しばらく考えていた襲撃者は、「まぁ、いっか」と軽々しくつぶやくと、明日奈の姿がはっきりと見える位置まで移動してきた。

四角い暗視スコープのような機材が量子化して消えた。

よって、襲撃者の顔を、明日奈も確認することができた。

 

 

 

 

「どうもどうも、初めましてっスね。えっと、ユウキ……アスナさんっスよね」

 

「っ………あなたは誰っ……!」

 

「自分、レーナって言うっス。よろしくっス」

 

「レーナ……!」

 

 

 

何の気なしに自己紹介をする少女。

金髪碧眼の白肌。年齢的にはおそらく、明日奈よりも下のような印象を受ける。

名前からすると、欧州やアメリカあたりの人種とも思える。

金色のセミロングの髪をポニーテールのように縛っているため、ポニーテールというよりは、昔の侍たちがしていた髪型である『総髪』っぽくなっている。

 

 

 

「あなたの目的は何っ……!」

 

「目的……そんなの決まってるじゃないっスか。あなたのISをもらいに来たんスよ」

 

「私のISっ?! あなた、『亡国機業』のっ……!」

 

「おおっ、正解っス! 自分『亡国機業』コードネーム『 L 』で通ってるっス。

話が早くて助かるっスよ〜! というわけで、あなたのISもらっちゃっていいっスか?」

 

「あげるわけないでしょう!」

 

「ええ〜。でも、もらってこないと、自分が怒られるんスよ〜」

 

「知らないわよ、そんなのっ!」

 

 

 

何とも気の抜けるような人物だと思った。

しかし、ここで『亡国機業』の工作員が出てくるとは、予想だにしていなかった。

しかも、彼女が駆る機体……授業やIS関連の資料でも見たことがない。

 

 

 

(新型のIS……)

 

 

 

明日奈がレーナを警戒していると、レーナもそれに気づいたのか、一瞬笑顔になる。

 

 

 

「ああ、これっスか? これ、自分だけのオリジナルっス!」

 

「オリジナル……?」

 

「そうっス。イギリスの《メイルシュトローム》を改造して、アメリカ製の装備を強引に取り付けた改造機なんスよぉ〜」

 

「っ……」

 

 

 

 

イギリス製のIS《メイルシュトローム》。

今では第三世代型ISの開発に成功し、その実施試験を行っている段階であるため、その機体の存在は、名前しか知らなかった。

ならば、以前学園を襲撃してきたBT二号機である《サイレント・ゼフィルス》の時同様、強奪したものだと思える。

 

 

 

「第三世代型IS《ラプター》。かっこいいっしょ?!」

 

 

 

意気揚々と話すレーナ。

こうしてみると、とてもテログループの一員だとは到底思えない。

だが、現に彼女は明日奈に対して砲撃を行った。

おそらく、右のアンロック・ユニットである砲身が方なのだろう。

左には盾が付いており、その他にも、右手に銃を持っている。

基本的な装備から、中遠距離射撃型の機体なのではないかとわかった。

 

 

 

「さて、アスナさん。本題に戻っていいっスかね?」

 

「っ……!」

 

「そろそろその機体……《閃華》でしたっけ? それを渡してくれないっスか。

そうしてくれたら、アスナさんの命は保証するっスよ?」

 

「………お断りよ。あなたにこの子を渡す気はないし、私はあなたに構ってる暇はないの!」

 

「………」

 

「学園襲撃も、あなた達の仕業ね? それもこれも、私の機体を奪うためだったのっ?!」

 

「ん? 学園襲撃……?」

 

「そうよ! あなた達の仲間が、今IS学園に襲撃を行ってるそうじゃない!

言っておきますけど、学園のみんなは、そう簡単にやられるような子たちじゃないからねっ!」

 

「いや、あの……ごめんなさい。一体何の事っスか?」

 

「なっ……惚けるつもりっ!? 平気でビーム砲を撃っておいて、シラを切るのもいい加減にしなさいよ!」

 

「いや、襲撃するなんて、自分聞いてないっスよ?」

 

「えっ……?」

 

「自分も今回はアスナさんの機体を奪ってこいって言われただけっスからねぇ〜……。

別の部隊が動いているのかもしれないんスけど……。いやでも、学園に攻撃するなんて言ってたかなぁ〜?」

 

 

 

 

 

頭を捻りながらそう言うレーナ。

どうやら、シラを切っているわけでもなさそうだった。

では一体何者が?

学園のセキュリティーシステムやメインシステムにハッキングを仕掛けて、ISを使った襲撃を行っているいるのは、一体どこの誰なのか……?

いや、そもそも、これは組織で行っているものなのか、それとも何者か……一個人が動いているのか……。

どちらにしても『亡国機業』がその原因だと思える可能性は低くなった。

ならば、その実態を直接確かめるしか方法はないだろう。

 

 

 

 

「なら尚のこと、あなたに構ってる暇はなくなったわ……。悪いけど、通させてもらうわよ……っ! 力づくでもね!」

 

「へぇー……」

 

 

 

 

レーナの目が、卑しいほどに細くなる。

これまで変に天然っぽい雰囲気だった少女が一転、かつて感じた事のある雰囲気に変わった。

そう……あの雰囲気……アインクラッドで味わった、狂いに狂った者たちと同じ感じ……。

 

 

 

(こんな歳の子が……っ。まるで《ラフコフ》のメンバーみたいにっ……!)

 

 

 

 

アインクラッドの中において、『最凶のギルド』と持て囃されていたギルド、殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》。

彼らのギルドによって、犠牲となったプレイヤーは数多くいる。

かつて、恋人である和人も、その凶刃の餌食になるところだった。

そして、そんな彼らの始末をしていたのは、同じギルドに所属し、共に前線を戦い抜いてきた一夏だった。

 

 

 

「なるほどぉ〜。さすがは騎士団副団長をやってたって感じっスか?」

 

「っ!? あなた、私の過去をっ……!」

 

「知ってるっスよ〜。あなただけじゃなく、キリガヤ カズトくん? と、オリムラ イチカくん……えっと、あともう一人居たんスけど、その人は情報が入って来なかったみたいなんスけどね〜」

 

 

 

それはおそらく、刀奈のことだろう。

対暗部の家系である彼女の家ならば、ある程度のことは秘匿されているはずだ。

ゆえに、レーナたちにも情報が入って来ないのだろう。

 

 

「まぁ、んなことどうでもいいっスけどね。さて、交渉が決裂しちゃったわけっスけど……。

アスナさん、覚悟だけはしておいてくださいね? 自分、命令されたからには、全力で執行するんで……ッ!!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

とてつもない殺気を当てられた気がした。

明日奈は《ランベントライト》を抜き放ち、一気に戦闘モードへと意識を持って行った。

 

 

 

「んじゃあ、殺し合いを始めるっスッ!!!!!」

 

 

 

レーナの《ラプター》が動いた。

右のアンロック・ユニットが稼働し、先ほど明日奈に向けて放った高出力のビーム砲撃が行える砲身の砲口を、明日奈に向けて照準を合わせた。

 

 

 

「《マキシマムカノン》発射ァァァッ!!!!!」

 

「っ!!!??」

 

 

 

赤黒の閃光が閃き、歴史の街『京都』の空に、戦火の焔を掲げた。

 

 

 

 






次回は、学園でのバトル風景を書いた後に、そろそろ一夏を動かします。

感想、よろしくお願いします(⌒-⌒; )



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第96話 《ブリュンヒルデ》

今日のメイン戦闘は千冬です。






「白坂先輩っ!」

 

「はいよっ!」

 

 

 

学園の守備に入っていた専用機持ちと二、三年の精鋭たち。

現在、学園側であるこちらに戦力の分がある。

だが、思いの外敵機の性能が優れているのか、中々攻略の糸口を掴めずにいた。

しかし、そんな中でも善戦を行っている。

 

 

 

「はあああッ!!!!!」

 

 

 

麻由里の攻撃がヒットし、敵ISの上体を反らすことに成功。

そして………。

 

 

「篠ノ之ッ!!」

 

「でやあああああッ!!!!!」

 

 

 

渾身の力を込めて放った《犀牙》が胸部に決まる。

装甲を剥がし、その中にあった肉体に深々と刺さった。

 

 

「ぬっ!?」

 

「□□□□□□ッーーーー!!!!」

 

「篠ノ之っ! 何してるっ、さっさと離れろっ!」

 

「っ! はっ!!」

 

 

 

 

確かに刺さった。左手に持っている《空裂》は、間違いなく敵ISの胸部に深々と刺さった。

しかしそれは、本来ならば、生身の人間の心臓を突き破ったのと同じ事だ。

こんな状況下にあって、手加減などは考えられなかったし、している場合ではない。

しかし、いざ刺してみたあとだと、その手に残る感触は、一気に体中に伝わっていき、体が震えた。

しかし、問題はそれだけ……いや、そこじゃなかった。

 

 

 

「なんだっ……今の感触は……?」

 

「どうした、篠ノ之?」

 

「白坂先輩……あの敵……生身の感触が……っ!」

 

 

 

信じられない……そう言いたそうな表情で、箒は敵ISを見ていた。

いや、麻由里もその事に驚愕しているのは間違いない。

なんせ、箒が心臓を貫いたのに、まるで、何事もなかったかのように、敵は動いているのだから。

 

 

 

「あの敵っ……いったい何だ?」

 

「わかりません……しかし、あれは到底、人とは思えない!」

 

 

 

箒の困惑は、他の者たちも感じていた。

 

 

 

 

「くっ……!? しぶといですね……! それに、どれだけのエネルギーも所有しているでしょうかね……」

 

「これだけ攻撃してるのに、一向に倒れない……! まるでフロアボスみたい……!」

 

 

 

前衛に時雨、後衛をシャルが勤めていた。

時雨お得意の《警視流》による様々な攻撃を受けても怯まない、シャルの猛攻を直接受けても墜ちることは無い。

まるで相手にしているのが人間ではなく、モンスターのように感じられた。

 

 

 

「チッ! 人間離れした化け物かっ……! だがまぁ、潰しがいがあっていいなっ!」

 

「ハハッ、そんな血の気の多い事言ってると、どっちが襲撃者かわからなくなるっスねぇ〜」

 

「うるさい、黙れ。それと貴様、代表候補生で専用機持ちならば、もっとしっかりと仕事をこなせ……っ!」

 

 

 

 

フォルテの仕事っぷりに不満を表すラウラ。

しかし、当のフォルテはそんな事を気にもとめず、敵の攻撃を避けているだけだ。

 

 

 

「いやぁ〜、自分は防御単能なんで、攻撃はダリル先輩に任せてるんっスよぉ〜」

 

「お前も攻撃技持ってんだろうが! ダラダラしてねぇでお前も撃てよ!」

 

「ええ〜……めんどいっス」

 

 

ダリルもフォルテを叱責するが、当の本人とあまりやる気が見られない。

《イージス》

そのコンビ名に相応しい技量を持ち合わせているのに、この二人はどうしてこうもやる気がないのか?

軍に属しているラウラからすれば、除隊させた後に、軍法会議に出席させて、重い刑罰……あるいは銃殺刑に処したいと思ってすらいる。

 

 

 

「………」

 

「鈴さん? どうかなさいましたの?」

 

「いや、別に……」

 

 

 

ここにきて、悪態の一つもつかない鈴の姿に疑問を持ったセシリア。

しかし鈴は、セシリアの疑問に受け合うこともなく、再び敵ISに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「ちょっ、鈴さんっ!?」

 

 

 

慌ててセシリアも射撃態勢に入る。

しかし、射線に鈴が入っていて撃てずにいた。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

撃たなければ鈴がやられる。

しかし、撃っても鈴に直撃する。その葛藤に頭を悩ませていたセシリアだが、しかしそれは杞憂に終わる。

 

 

 

「ッーーーー!!!!」

 

「□□□ッーーーー!!!」

 

 

 

 

鈴が動いたのと同時に、敵機も動く。

鈴が斬りかかれば避けて、逆に反撃してきて、距離を開けると砲撃してくる。

 

 

 

「ふぅーん……なるほどね」

 

「鈴さんっ、四時方向ッ!」

 

「わかってるわよっ……!」

 

 

 

後ろから斬りつけてくる敵機に対して、《青龍》の切っ先を突き立てた。

無論、腕部についた刃を弾いただけで、倒すまでには至らなかったが、うまいこと距離を取る事ができた。

そして、鈴は戦闘開始からずっと気になっていたことに、ようやく気がついた。

 

 

 

「セシリア……こいつら、似てると思わない?」

 

「似ている? 何にですの?」

 

「こいつらの戦い方よ。以前こんな感じに戦う奴、見た事ない?」

 

「と言われましても……」

 

 

 

何の事だかさっぱり……。と言いたそうな顔で鈴を見るセシリア。

じゃあ違う人ならばと、今度は箒の方を見る鈴。

 

 

 

「箒は? あいつどう思う?」

 

「私か? そう言われても………んっ……」

 

 

 

鈴に促されて、箒も相手の様子を伺ってみた。

相手はじっとこちらの出方を待っている。

15機全てが、だ。

改めて見直してみると、それが異様な光景である事に気づく。

 

 

 

(何故奴らは襲ってこない? あれだけ大出力のビーム砲があれば、全機で撃てば、我々を一掃できるはずっ……!)

 

 

 

疑問はさらなる疑問を呼び、それが確信に変わるまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「っ!!? おい鈴っ、こいつらはまさかっ!」

 

「あんたも気づいた? こいつら、あの時の奴と一緒なのよね」

 

「ちょっと! わたくしを除け者にしないでいただけますっ!?」

 

 

 

勝手にファースト、セカンド幼馴染の間で話が進んでいく。

鈴の言った意味を、箒はすぐに理解した。

それは……

 

 

 

「全員聞きなさい! あいつらは、多分『無人機』よ!」

 

「「「「無人機ッ!!!!?」」」」

 

 

 

鈴の言葉に、その場にいた箒以外のメンバーが、一様に大きな声をあげて驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

ガギィンッ!

 

 

鋼がぶつかり合う音が響いた。

戦闘が開始してから、いったいどれくらいの時間が経ったのだろうか……。

IS学園の地下区画にて行われていた、生身の人間 VS 世界最強の兵器の戦闘。

これだけ見てみれば、まず間違いなく兵器の方が勝つに決まっている。

しかし、その人間の方が、規格外でなければの話だが……。

 

 

 

「クっ……!」

 

「ふふっ……!」

 

 

 

高速で放たれてくる剣撃。

その技量の高さに、隊長である女は驚嘆した。

これが、人の為せる技なのか……と。

しかし、今回ばかりは相手が悪いと、内心では思っていた。

斬りつけてくる相手……初めてこの世界で『最強』の称号を賜り、世界の頂点に立った女。

《ブリュンヒルデ》織斑 千冬。

彼女が現役を引退し、ドイツ軍のIS部隊の教官をし、任期満了に伴い、日本に戻って、IS学園の教師をしている事を知った。

かつての相棒である専用機はなく、ただの人に戻ったのだろうとばかり思っていたのだが、しかし、憶測はあくまでも憶測に過ぎない。

実際に、目の前にいる女は、生身でここまでISと戦っている。

しかし、それももう終わりだ。

 

 

 

「ふむ……?」

 

 

 

千冬がチラッと自身の刀を見る。

何度となく斬りつけている内に、刃はボロボロになり、刃こぼれしている。

すでに四本の刀が刃こぼれしており、千冬は両手に持った刀も地面に突き刺した。

そして、また新たな刀を抜き放つ。

シュラン……っ! と、鞘から刀身が抜き放たれる際に聞こえた音色と、その刀を持つ千冬の姿が、見事なまでにマッチしている。

全身黒いボディースーツという異様な姿ではあるが、その姿はまさしく、『サムライ』だった。

 

 

 

 

「っ、いい加減にしてもらおうか……」

 

「ん……?」

 

 

 

 

なんだ、お前喋れたのか?

と言わんばかりに、挑発的な笑みを浮かべる千冬。

しかし、隊長もそんな安い挑発には乗らない。

いや、乗らないように訓練を受けてきた。

 

 

 

「米軍の特殊部隊というのは、随分も暇を持て余しているようだな?

わざわざこんな極東の島国の、こんな学園にまで派遣されてくるとは……」

 

「…………」

 

「何も喋らなくていいぞ。お前たちの目的は、大体想像がつく……。五月に乱入してきた、無人機のコア……。

我々は破壊、処分したと言ったのだがな……早々に信じる馬鹿どもはいないと思っていたよ……。しかし、それだけではないのだろう?

それよりも重要なのは……桐ヶ谷と、一夏の専用機……と言ったところか?」

 

「っ………!!」

 

「いや、最も重要なのは一夏のだろうな。あいつの《白式》には毎回驚かされる。

今までの常識をはるかに覆す現象を起こしてきた。そして、私の弟という全体的なアドバンテージがある以上、お前たち米国だけではなく、世界中が一夏のデータや専用機を欲しているだろうからなぁ?」

 

 

 

千冬の言葉に、隊長は何も言い返さない。

まぁ、ここまであからさまな動きをしておいて、今更だとは思うが、さすがは《ブリュンヒルデ》だと、改めて思い知った。

 

 

 

「そこまでわかっていながら、なぜっ……!」

 

「生身ではISに敵わない……か?」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべた千冬。

右手に持っていた刀をくるくると回しながら構えを取り、そして、しっかりと握りしめると……。

 

 

 

「並の人間ならなッーーーー!!!!」

 

 

 

突然、千冬の姿が消えた。

あまりの突然の出来事に、隊長は一瞬だけ狼狽した。

しかし、視覚的に消えただけであって、千冬の姿は、ISのレーダーが捉えている。

しかし、さらなる驚きが、隊長を襲う。

 

 

 

「ーーーーどうした? 胴がガラ空きじゃないか」

 

「ッーーーー!!!!??」

 

 

 

 

纏っているIS……《ファング・クエイク》のレーダーが、千冬の居場所をとらえた。

だが、その場所は……

 

 

 

(いつ懐に入ったッーーーー!!!!??)

 

 

 

防御……。

頭ではそう判断している。

だが、思考に体の反射がついていかない。

両手で防御に回ろうとしたが、それよりも速く、千冬の刀が閃いた。

 

 

 

 

「グッーー!!?」

 

「どうした、まだ終わりではないぞっ!」

 

「うっ?!」

 

 

 

また消えた。

そして、また懐に入られている。

しかし、今度ばかりはナイフ型ブレードを展開し、千冬の放つ剣撃を受け止めた。

 

 

「ほう? 一度見ただけで反応したか? だが、そんな付け焼き刃のような防御……いつまで保つかな?」

 

「くっ……!」

 

 

 

 

ニヤリと笑う千冬の表情に、隊長は苦虫を噛んだような表情を取る。

恐るべき身体能力。

生身の人間がISと対等に渡り合えるはずはない。

それが世界の常識だった。

しかし、目の前の女は、弟と同様に、あらゆる常識を超えてくるのだ。

もはや、同じ人間だとは到底思えなかった。

先ほどから一瞬だけ姿が消えるのも、何らかの技術によるものなのだろう。

彼女の体からは、ISの装備などは検出されていない。

ならばそれは、間違いなく千冬本人の技量からくるものだ。

 

 

 

 

「私を一瞬だけでも見逃すのがそんなに不思議か?」

 

「っ……」

 

 

 

心の声を聞かれたような気がした。

そして、千冬はそんな隊長の顔を見て、嬉しそうに語る。

 

 

 

「貴様にはわからんだろうが、これは古来の歩法だ。名を『抜き足』という」

 

「ヌキ、アシ……?」

 

「人間の脳というのは、目の前にあるもの全てを知覚しているわけではない。

必要な情報と、そうでない情報とを区別し、必要ないものは認識していない……。でなければ、脳がキャパを越えてしまうからな」

 

「…………」

 

「だからこれは、人間が自動的に作り上げる無意識の領域に入り込む歩法技……とでも言えばいいのか?

さて、答え合わせをしてやったんだ……早々にくたばってくれるなよ?」

 

「ちっ!」

 

 

 

 

再び千冬が消える。

否、消えたように、自分の脳が錯覚させているのだ。

『抜き足』は、脳の無意識の領域に入り込む……故に、その対処法としては、その無意識の領域に意識を向けなければならない。

目の前で拳銃を突きつけられていても、その銃を向けている相手の服装や、アクセサリーの種類やメーカーなどに注目するような、蛮行にも等しい行為をしなければ、『抜き足』は破れない。

人間は、必ず必要な情報だけを得ようとする。

マジシャンがマジックを披露する時にも、注目されているのは、マジックの結果だけ。

その過程であるタネを仕掛ける作業に目が行っていない。

視線を誘導させる技術……俗に『ミスディレクション』と呼ばれる技術だ。

『ミスディレクション』が視線を誘導し、自分以外を見ないように仕向けるのなら、『抜き足』は逆だ。

自分を見させておきながら、相手の視線の範囲外を掻い潜ってくるようなもの。

違う技術であるが、その本質は、人の本能を錯覚させる事にある。

 

 

 

 

「どうした、もっと攻めてきてもいいんだぞ? 『米国人(ヤンキー)』?」

 

「うるさいぞっ、『日本人(モンキー)』ッ……!」

 

 

 

 

完全に千冬の挑発に乗せられた隊長。

他の場所で待機している部下たちへの通信を遮断し、目の前の敵を屠るために神経を研ぎ澄ます。

 

 

 

「「ッーーーー!!!!」」

 

 

 

 

生身の人間と世界最強の兵器。

二つが一気に加速し、ぶつかり合う。

およそ常人が立ち入ることのできない戦いが、再び熱く燃えあがろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ〜し、各種点検終わりぃ〜! お疲れちゃんでしたぁ〜♪」

 

 

 

 

ヒカルノの言葉に、職員たちは安堵の表情をした。

今まで彼らは、多くのISを見てきたに違いない。

日本でも、国家代表と代表候補はいる。

その者たちのISだって、通常の量産型に比べて、かなりハイスペックなカスタム仕様になっているISのはずだ。

ゆえに、それらを見てきている職員たちからすれば、一夏のISも、その延長線上でしかなかったはず……。

しかし、二つほど忘れているのが、一夏は男であり、専用機は第四世代型の機体だという事。

ヒカルノを含めた職員全員が、男性であり、最新鋭の機体に乗る一夏のISに、ある意味緊張の面持ちで整備に臨んだはずだ。

ようやく終わった整備に、一夏も一安心して、愛機である《白式》の元へと行く。

 

 

 

 

「…………」

 

「あっ、一夏く〜ん。試しに乗ってみてくれぇないかい? 武器の状態も見てもらいたいし」

 

「あ、はい」

 

 

 

制服を量子変換して、ISスーツの状態になる。

《白式》に乗り込み、各部位の装甲が一夏の体に密着していく。

システムが起動、パーソナライズを行い、基本システムを再確認する。

ものの数秒で検索が終わり、いつもの《白式》へと戻った。

 

 

 

「えっと……武器……」

 

 

注文していた武器の出来栄えは、いかに……。

 

 

 

「おっ……おおっ……!!」

 

 

 

新たな姿となって抜き放たれた《雪華楼》。

元々は全部真っ白の刀だったが、今では、刀の峰の部分である鋼……『棟鉄』と呼ばれる部分が、澄み切ったような蒼色になっていた。

刃は白で、峰が蒼。

美しい刀が、より洗練された輝きを放っているようにも感じられた。

 

 

 

「ど〜だい♪ これが技術力よ!」

 

「凄いですよ! ちょっとこれ、試し斬りしていいですか?」

 

「ああ、構わないよ。あっちに訓練用のダミー人形があるから、それにシールドエネルギーを纏わせれば、ISと大差ない状態になるから」

 

「じゃあ、早速……!」

 

 

 

実験区画に入り、刀を正眼に構える。

突如、部屋の床からダミー人形が飛び出し、ジグザグに移動してきた。

なにやら前時代的な雰囲気を感じた一夏。

苦笑いが溢れる……。

 

 

 

「は〜い♪ じゃんじゃん行ってみよぉーー!!」

 

「ハハッーー!!!!」

 

 

 

イグニッション・ブーストで加速し、一瞬でダミー人形を横薙ぎ一閃。

ダミー人形とはいえ、一応擬似的なシールドエネルギーを張っているのだが、いとも簡単にダミー人形を両断してしまった。

 

 

 

(凄えっ!! なんて斬れ味だよっ……!!?)

 

 

 

次々にやってくるダミー人形を、これでもかと斬り倒していく。

二刀流スタイルを試してみても、どの刀も斬れ味は鋭く、驚くほど手に馴染む。

 

 

 

(太刀筋がブレない……っ! それに、機体そのものも…!)

 

 

 

今まで動かしてきた中で、一番反応速度が速い。

ヒカルノが言っていた、システムの整理のおかげなのだろうか、思った通りに機体が動く。

 

 

 

「ヌッフフ〜〜♪ どうだい、生まれ変わった白式と、《雪華楼・改》の出来映えはっ!!」

 

「ええっ……! 最高ですよ!」

 

 

 

 

最後のダミー人形を斬り倒し、実験終了となった。

手に馴染む感覚が、まだ全身から離れない。

ヒカルノの言う通り、自分の愛機《白式》が、生まれ変わったような感覚だった。

 

 

 

「よし! じゃあちょっと休憩を挟んで、それから最後に全体的にスキャンさせてもらうね? それで、今回の整備依頼は終了だ♪」

 

「了解でーーーー」

 

 

 

 

 

いちかーーーーーー

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

また、聞こえた。

自分の名を呼ぶ声が……。

しかし、それが誰の物なのかがわからない。

一体、誰が呼んでいるのか……?

 

 

 

 

「どったの?」

 

「いえっ、別に……」

 

 

ヒカルノには聞こえていないようだ。

では、自分だけにしか聞こえていないのだろうか?

相変わらず自分のISは限定モードのオープン・チャネルになっているため、特定の誰かに対して言っているわけではなさそうだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーー助けて……。

 

 

 

(え……?!)

 

 

 

ーーーーーーーー助けて………………チナツ!

 

 

 

(っーーーー!!!!!!????)

 

 

 

チナツ……その名で呼ぶ人物は限られてくる。

そして、今ようやくわかった……。自分の名前を呼ぶ、彼方にいる誰かが……。

 

 

 

 

「カタナ……っ!」

 

「んっ……って、おいおい!? どうしたのさ一夏くん!?」

 

「すいませんヒカルノさん! 俺、戻らないと!」

 

「ええっ!? まだあと一個残ってるってーーーー」

 

「すいません! それは後日埋めあわせるって事で!」

 

 

 

 

ISを展開していた一夏を、止められる者など誰もいない。

一夏は両手に《雪華楼》を抜き放ち、新調された両刀を、左右横薙ぎに一閃した。

 

 

 

「すいません! ぶち抜きますッ!!!!」

 

 

 

振り抜かれた両刀からは、蒼色のエネルギー刃が飛び出し、研究室入口のシャッターを斬り裂いて、見事にぶち抜いた。

そこから一気に加速して、空へと飛翔する一夏。

そんな姿を、ヒカルノたち研究員は、呆然と眺めていることしかできなかった。

 

 

 

「お、織斑くんは、一体どうしたんですかっ!?」

 

「さぁ〜? なにやらテレパシー的なものを感じて、急いでどっか行ったよ?」

 

「それは見ればわかりますよっ! ああっ、別にシャッターを破壊しなくてもいいのに…………」

 

 

 

 

がくりと肩を落とす男性研究員。

そんな研究員の肩を、せめてもの慰めとしてポンポンっと叩くヒカルノ。

 

 

 

「いやぁ〜、若いってのは素晴らしいねぇ〜♪」

 

 

 

一夏が飛んで行った空を見ながら、ヒカルノはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「だがまぁ、いろいろと収穫はあったさね……。ありがとう、織斑 一夏くん……」

 

 

 

ヒカルノはくるっと体を回転させて、研究室内部の奥にある、自分の私室へと向かって歩いて行った。

 

 

 

「これで始められるよ……。《次世代型量産機計画》を、ね…………!」

 

 

 

目的に一歩近づいた……。

その結果が、ヒカルノにとっては何より嬉しいものなのだ。

るんるん気分で足早に戻るヒカルノ。

しかし、他の研究員たちからは、ため息が漏れているのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でえやっ!」

 

「ふっーーーー!!!!」

 

 

 

ISと人間の対決という前代未聞の戦闘は、終始千冬が隊長を撹乱し、斬りつけているため、千冬の方が優勢だと思われるが、元々のスペックは、ISの方が上だ。

いくら千冬でも、素手でISには敵わない。だからこそ刀を用意し、それで対抗しているのだが、それでも、すでに五本の刀が刃こぼれ……あるいは、半ばでへし折れていた。

残る刀は最後の一本。

その刀で放たれる斬撃を、隊長は左腕で受け止めた。

 

 

 

「無駄だっ!」

 

「それを決めるのは私だ、お前ではない……!」

 

 

 

突如、力を抜いて、拮抗していた鍔迫り合いをやめる千冬。

すると今度は、隊長の腕に絡みつくように体を捻り、最後に腕に登って跳躍し、隊長の頭上へと飛んだ。

その動きを無論隊長も追ったが、突然、自身の首が、途轍もない力で絞め上げられるのを感じた。

 

 

 

「グッ……ガァーーーー!!!??」

 

「ふんっ……。絶対防御に頼っているから、判断が鈍くなるんだ」

 

 

 

千冬の言葉に耳を傾け、同時にわずかに目線が捉えた。

千冬の両手には、高強度なワイヤーが握られており、それが自分の首を絞めているのだと。

千冬の首を絞める力がどんどんと強くなっていく。

生身の人間が、ISを装備した特殊部隊の工作員を相手に勝利する。

そんな、夢物語のような武勇伝が、現実に起こりうるかもしれない。

 

 

 

「ガッ、ハァッ!」

 

 

 

だが、そこは賢いIS。

絞め上げるワイヤーを危機と判断したのか、自動的に切断した。

 

 

 

「グッ……らああっ!」

 

 

 

完全に頭に血が上っていた隊長。

《ファング・クエイク》の拳を容赦なく千冬に向けて放つが、千冬はそれを見越しており、軽く跳躍して躱すと、今度は空中で回し蹴りを放つ。

放った蹴りが、隊長の顔の左側面にヒットし、顔につけていたバイザーが弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

「ほう……」

 

 

 

ようやくまともに顔を直視することができた。

金髪の髪を後ろで結っており、その眼光はとても鋭いものだった。

年齢は、千冬よりも少し下のようにも感じた。

 

 

 

「その殺気の混じった眼に似合わず、可愛い顔をしているな?」

 

「っ!!? 馬鹿にするなっ!」

 

 

 

イグニッション・ブーストで一気に近づき、渾身の拳を振るう。

千冬も刀でうまい具合に弾いたり、受け流してはいるが、元々の力の差は歴然たるものがある。

ここまで良いようにされて、隊長自身も黙ってはいなかった。

強力な猛攻を繰り出していき、ようやく、最後の一本をへし折った。

 

 

 

「終わりだーーーー!!!!」

 

 

 

力一杯に放ったボディーブロー。

しかし、攻撃がヒットした瞬間、千冬と自分の拳との間で、小規模な爆破が起きた。

千冬はそのまま地下通路の廊下へと飛ばされ、仰向けに倒れる。

さすがの千冬も、衝撃を受けて苦悶の表情になったが、それも一瞬の話。

しかし隊長は、そんな事よりも、自身の拳が感じた違和感の方が気になっていた。

 

 

「今のはまさかっ……『爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)』かっ!?」

 

 

 

千冬の顔を見る。

すると、千冬は今まで以上に不気味で、不敵な笑みを浮かべていた。

何かある……隊長の本能がそう感じた。

そして、ある事に気がついた。

それは、自身の周りに、千冬が使っていた刀全てが突き刺さっていた事を。

しかも、千冬は先ほどの衝撃で、自身だけでなく、その刀たちからも離れている事も……。

 

 

 

「ッ!? 貴様ッーーーー」

 

 

 

千冬の策略、仕掛けた罠に気づいた……。

が、もう遅い。

 

 

 

 

「『木っ端微塵』……!!!!」

 

「っ!!!?」

 

 

 

千冬の言葉を聞いた瞬間、突き刺さっていた刀全てが、強烈な爆発を起こした。

辺り一面を爆炎が覆い、その爆風が地下通路を駆け抜ける。

千冬は爆発の瞬間に起き上がり、爆風の勢いを利用して、その場を離れる。

曲がり角の壁を蹴って、急速な方向転換をし、驚異的な速さでその場から立ち去る。

しかし、それを逃す隊長でもない。

 

 

 

「逃すかぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

爆炎の中から飛び出す《ファング・クエイク》。

その場に千冬の姿が無くとも、《ファング・クエイク》のレーダーはしっかりと千冬を捕捉していた。

曲がり角を曲がって、直進距離約15メートル。

この程度の距離、ISにとってはほとんどあるようでない程の距離だ。

一気に加速して、千冬を捕らえようとする。

だが、伸ばした腕を軽く躱して、またしても胸元に蹴りを入れる。

しかも、蹴りながらもまたしても方向転換して、地下区画の一室に入って行った。

 

 

 

「チィッ! 小癪なっ……!」

 

 

 

千冬が入って行ったドアの向こうは、闇に包まれており、目視ぇ中を確認することはできない。

ましてや、入って行ったドアは、人間が通れるサイズのドアのため、ISを展開している今の隊長では、潜り抜けるのは無理だ。

ならば、やるべき事は一つだけ……。

 

 

 

 

ーーーーバアァァァーーーン!!!!!

 

 

 

答えは、破壊する……だ。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

ドア一帯を破壊して、中に突入すると、そこに千冬の姿があった。

真っ暗な部屋の中で、一人突っ立ってそこにいる。

諦めたか……? いや、そんな筈はないと、細心の注意を払って構えた。

だが、その手段を取る事自体、すでに遅かったのだ。

 

 

 

「出番だっ、真耶ッ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

何もない空間と思っていたところを、千冬は掴んだ。

そして、空間が捻じ曲がったように見え、やがてそれを剥がすように取り払う。

光学迷彩を施した布地。

それによって隠されていた物を、隊長は目の当たりにしたのだ。

 

 

 

「っ!!? それはっ……!」

 

 

 

目の前にあるのは、一つの砲台だった。

 

 

 

「《クアッド・ファランクス》ッ!!!?」

 

 

 

増設された脚部。その数は本来ある脚部装甲を含めれば全部で六本。

そして、大型ガトリングガンが四門も搭載された《ラファール・リヴァイヴ》。

強固な反動制御を行わなければならないために、一切動く事を許されない代わりに、圧倒的なまでの面制圧力と破壊力を手に入れた機体だ。

そしてそれに乗るのは、日本代表候補生にまで上り詰めた優秀なパイロット『山田 真耶』。

 

 

 

「激アツッ! 大当たりですッ!!!!!」

 

 

 

トリガーを引いた。

四門のガトリングガンの砲身が一斉に回り始め、驚異的なまでの破壊力と連射機能を持った弾丸たちが、容赦無く隊長に降り注ぐ。

とっさに防御姿勢を取るも、圧倒的な物量の前に、シールドエネルギーはすぐさま消えて無くなる。

麻耶が全弾撃ち終わる後にはもう、《ファング・クエイク》の姿は無く、気絶して横たわる女隊長の姿だけがあった。

 

 

 

「ふむ……やはり麻耶の淹れてくれたコーヒーは美味いな……」

 

「織斑先生……それ、インスタントのコーヒーですよ?」

 

「淹れ方によっても味は変わるさ……」

 

「そうですね♪」

 

 

 

 

一仕事終わった後の一杯は格別だ。

これが酒だったのなら、なおのこと良いと思ったのだが、それはまた今度にしよう。

 

 

 

「真耶、この女は私に任せろ。お前はそのままISで外に出て、あの小娘たちの手助けでもしてやれ」

 

「了解しました。では、後はよろしくお願いします」

 

 

 

 

真耶は《クアッド・ファランクス》の装備をパージして、通常の《リヴァイヴ》へと戻った。

そして、隊長が壊したドアから廊下へと出て、そのまま外へ向かって飛んで行った。

一人残された千冬は、横たわる隊長の両腕両足を縄で縛り、抱きかかえて担架にもできるベッドへと寝かせた。

 

 

 

「……さて、こっちの侵入者の拘束は済んだ……あとは、もう一人か……!」

 

 

 

鋭い眼光が、暗闇の部屋の中で光っていた……。

 

 

 

 

 

 




次回からようやく一夏が刀奈を助けるために、電脳世界へとダイブします!

そして明日奈とレーナの対決も書く予定ですので……(⌒-⌒; )

感想よろしくお願いします!



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第97話 鋭風、再び!


長くなってしまいましたね( ̄▽ ̄)




「くっ……!」

 

「あっはははッ! 凄いっスよっ、アスナさん! 殺すのに一分以上かかったの、アスナさんが初めてっス!」

 

 

 

突如として、日本の古の都である京都上空で始まった、IS同士による戦闘。

街中でも、その事態がテレビやネットを介して、京都市内及び、隣接する兵庫、大阪、奈良、三重、和歌山、滋賀県の住民たちにも知れ渡り、地上はパニックに陥っていた。

 

 

 

「あなたっ! 自分が何やってるか分かってるのっ!? こんな人の多いところで、そんなものを平気で撃つなんてっ……!」

 

「だからなんだって言うんスかっ?! 自分は楽しんでるだけっスよ、今この瞬間の殺しをねッ!!!!!」

 

「っ……イかれてるっ……!」

 

 

 

手に持っているビームライフルを撃ちながら、時折砲身を傾けて、大出力のビーム砲撃を放ってくる。

しかも驚異なのは、その連射性能だ。

大きな砲撃をしておきながら、そこからビームライフルでの射撃を行って時間を稼ぎ、再び砲撃が来る。

スピード重視の接近戦を最も得意としている明日奈と《閃華》では、最悪の相手だと思っていい。

 

 

 

「そらそらそらぁーーーーッ!!!!!」

 

「うっ!?」

 

 

 

立て続けに撃ってくるレーナ。

それを躱し続ける明日奈。しかし、レーナの放ったライフルの弾が、京都タワーの天辺にある鉄骨に当たる。

爆発を起こし、鉄骨がそのまま展望台エリアの屋根に落ちてしまった。

 

 

 

「っ!? なんて事するのよっ! 人がいるかもしれないのにっ!」

 

「だってしょうがないじゃないっスかぁ〜、アスナさんが避けるからっスよ〜」

 

「避けなきゃ死ぬでしょうっ!」

 

「でもその代わり、アスナさんが当たらないと、別の人に当たるってことっスよねぇ〜?」

 

「くっ……!」

 

「ふふっ……♪」

 

 

 

狂気に満ちた眼だ。

明日奈よりも歳が若そうな少女は、歪んだ笑みを浮かべながら、銃をこちらに向けてくる。

一体、彼女はどのように今までの時間を生きていたのか……?

全ての人間が幸せになるなんて事はできない……それは明日奈自身も理解はしている。

だが、だからと言って、ここまでの狂気に堕ちいる人間を見るのは初めてだった。

しかも、それがまた少女という点も……。

何が彼女をこんなにしたのか……? 彼女は何のために生きて、何のために戦うのか……?

明日奈には到底わからない話だった。

 

 

 

(とにかく、ここから離れないとっ……!)

 

 

 

市街地での戦闘は、はっきり言って危険過ぎる。

京都や滋賀には、自衛隊の基地もあるため、今はスクランブル状態になっており、あと数分もすれば、応援に駆けつけてくる軍事IS部隊が来るだろうが、その数分だけでも、目の前にいる少女のISは街を壊滅させられるだろう。

ただ離れて、逃げるだけではなく、適度に足止めしなければならない。

 

 

 

(人の少ない山間に誘い込んで、適度に時間を稼ぐしかないっ!)

 

 

 

 

明日奈は思い切って行動に出た。今まで回避行動しか取っていなかったが、ここでようやく、自分から接近戦を試みた。

 

 

 

「おっ? やる気になったっスか?! なら、自分も負けてらんないっすねっ!」

 

 

 

レーナはライフルを量子変換して格納すると、今度は右手に黒い筒状のものを取り出した。

すると、その筒からは、ビームと同じ赤黒い光が飛び出し、まるで細剣のような形状をとったのだ。

その武器を、明日奈は以前……というより、先日間近で見ていた。

 

 

 

「シャルロットちゃんと同じ武器っ!?」

 

 

しかし、シャルが使っていたのは、電気を高密度に圧縮して作られたリニアサーベルだ。

しかしレーナが使っているのは、電気よりも高熱のビーム。

さしずめ、『ビームサーベル』と呼べるものだ。

 

 

 

「だありゃあああッ!!!!!」

 

「はあああああッ!!!!!」

 

 

 

ビームと鋼の刃が交錯する。

高密度に圧縮したビームサーベルと、デスゲームの舞台となった城の中で、共に生死を賭けた戦場を駆け抜けてきた愛剣《ランベントライト》が、幾度となく斬り合う。

型は無茶苦茶だが、戦闘技能の面では先行するレーナ。

しかしその攻撃は、明日奈にだって躱せれる。

アインクラッドの中で、常に経験してきた事だ。一夏ほどではないにしても、相手の動きを見て、予測して、裏をかいて……。

そして今度はこちらがそれを行う。

相手の動きに合わせて、攻撃を仕掛ける。

突き技が主体である細剣は、連撃が素早く行える。

ましてや明日奈の剣速と正確性は、和人たちも認める技量にまで達している。

 

 

 

「はあああああッ!!!!!」

 

「おおっ?!」

 

 

 

《ランベントライト》が閃く。

水色のライトエフェクトが放たれ、連続8回攻撃が繰り出された。

細剣スキルの上位スキル《スター・スプラッシュ》だ。

高速の連続刺突技の為、威力自体はそれ程与えられなかったが、初めてソードスキルを見るレーナにとっては、そのインパクトは計り知れないものだろう。

 

 

 

「へぇー……。それがゲームの技っスか……? いやはや、まさかこんな凄いものだとは思ってなかったっスよ」

 

「その割には、よく防いだものね……。この剣技は、早々に防げるものじゃなかったんだけど……」

 

「やっぱりそれはほら、経験あっての物種ってやつっスかねぇ〜。

自分とて、半端な覚悟で殺し合いしてるわけじゃないんで……っ!」

 

「っ……!」

 

 

 

殺し合い。

そうだ……彼女は殺し合いをしてきたのだ。

明日奈とて、生死を賭けた戦いをしてきた……。だがその相手は、モンスターという名のプログラム。

0と1とで構成されたデータの集合体との戦いだ。

無論、対人戦闘だってしてきた。だが、相手の命を奪うような行為はしてこなかった。

だが、彼女は違う。

常に己と相手の命を天秤にかけ、相手の天秤を崩すために……相手の命を奪うために、人と人の……本当の殺し合いをしてきたのだ。

 

 

 

「いいっスねぇ……アスナさんの眼。正義感溢れる綺麗な眼をしてるっスよ……。

でもねぇ……そんな眼をしている内は、自分には、到底敵わないっスけどねぇッ!!!!」

 

「ッ!」

 

 

 

レーナが高速で接近してきた。

明日奈も負けじと向かっていく。そして、再び刃を交えた。

 

 

 

「ぐっ、くうっ……!?」

 

「こっからホントのホントの本気で行かせてもらうっスッ!!!!!」

 

 

 

剣撃の重さが、先ほどまでと変わっていた。

一撃一撃が重く、明日奈の細剣では、まともに受ければ両断されるほどの強さにまで上がっていた。

 

 

 

「ほらほらっ、行くっスよぉーッ!!」

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

鍔迫り合いから一転、レーナによる前蹴りが明日奈にヒットする。

強制的に距離を開けられて、そこから砲撃を仕掛けるレーナ。

即座に回避行動を取るが、明日奈の横を通り過ぎたビームは、京都の街へと降り注いでいく。

 

 

 

「っ……!」

 

「あっはははッ! 凄いっスねえ! これも躱すんスかっ!?」

 

「くっ……!?」

 

「まだまだッ!」

 

「っ……いい加減にっ!」

 

 

 

再び砲撃を仕掛けてきた。

だが、今度は予備動作を完全に見切っていたため、避けることは容易かった。

そして、明日奈はイグニッション・ブーストで急加速し、その勢いを利用した最高速にして最強のスキルを発動した。

 

 

 

「いっ、やあああああッ!!!!!」

 

 

 

《ランベントライト》から光が溢れる。

まるで明日奈の体を包み込む彗星のように、輝きを増していく。

細剣スキルの最上位スキル《フラッシング・ペネトレイター》。

最高速に乗った《閃華》から放たれるその一撃は、まさしく『光速』だった。

 

 

 

「ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

レーナの機体に向けて、一筋の光が走った。

二機が衝突し、拡散する光と衝撃。時間を稼ぐところか、そのまま倒してしまった……。

と、思われたが……。

 

 

 

「いやぁ〜、ホント、びっくりしたっスよぉー」

 

「え……っ?!」

 

 

 

 

確かに突き刺さった様な感触があった。

しかし、ISの戦闘は基本的に、シールドエネルギーを削り切ったほうが負ける。

そのため、シールドエネルギーが切れない限り、操縦者には絶対防御が発動し、絶対に傷つけることができない。

だが……。

 

 

 

 

「あ……ぁあっ……!?」

 

「いやぁ……この傷みは……尋常じゃないっスね……っ!」

 

「ひっ……!?」

 

 

 

 

光り輝く《ランベントライト》。

その美しい刀身は、鮮血の色に染まっていた。

 

 

 

「あ、あっ……あなたっ、何をしているのっ!!?」

 

 

 

目の前の光景に、明日奈は驚愕の表情と共に、恐怖の戦慄を受けた。

絶対防御が作動しているはずの機体……しかし、目の前の少女の左腕を、《ランベントライト》の刀身が、確実に貫通していたのだ。

 

 

 

「な、なんでっ、絶対防御が……!」

 

「ああ……そんなもの切っちゃってるっスよ?」

 

「はっ……はああっ!!?」

 

「ヤダなぁ〜アスナさん。ISはシールドエネルギーが切れたら終わりなんスよ?

絶対防御なんて発動させちゃったら、今ので一気にエネルギーが消滅しちゃってたじゃないっスか」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

 

この少女は一体何を言っているのだろう。

明日奈の頭の中は、その疑念だけで埋め尽くされた。

操縦者の安全性を保証するための絶対防御。

それを、エネルギー切れになるからと、自らの意志で断ったという少女の姿は、明日奈には “化け物” に見えているのかもしれない。

 

 

 

 

「でも、これなら、逃げられないっスよね?」

 

「っ!!?」

 

 

 

がっちりと突き刺さった《ランベントライト》。

しかもそれを抜くどころか、逆に締め付ける様にして筋肉を収縮させるレーナ。

確かに彼女の言う通り、剣を引き抜くことが出来なくなっていた。

 

 

 

「ううっ!?」

 

「逃がさないっスよ……っ!」

 

 

 

レーナは左腕を強引に動かし、がっちりと《ランベントライト》を掴む。

そして、右手に持っていたビームサーベルを、頭上へと高く掲げた。

 

 

 

「っ……ぁあっ……!」

 

 

 

 

頭上で閃く赤黒い光剣。

その光景に、明日奈はさらなる恐怖に見舞われた。

 

 

 

「はっ……、ぁあっ……!」

 

 

 

その光景は “あの時” の記憶を呼び覚ました。

自分を殺した、あの最後のソードスキルを……。

 

 

 

「くっーーーーッ!!!!」

 

 

 

頭上からまっすぐ振り下ろされるビームサーベル。

しかし、それよりも早く、明日奈は回避行動を取っていた。

高軌道パッケージ《乱舞》の出力を、自分の前方に最大出力で噴射し、急速のバックステップで回避した。

さすがに掴まれた《ランベントライト》は、手放さざるを得なかったが、それでもなんとか回避した。

 

 

 

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

 

 

 

呼吸が荒くなっているのが、自分自身でもわかる。

体全身から冷や汗が吹き出し、血の気が引いていく様な感覚。

それは正しく、死への恐怖によるものだった。

真紅に染まった剣が、上段から振り下ろされた……そして、この身を斬り裂く感覚があった。

愛する人を守るために、その身を犠牲にしたあの時の事……。

忘れていたわけじゃない。

だが、思い出したくもなかった記憶だった。

しかし、それを思い出してしまった。

 

 

 

「痛たぁ〜……しかも逃げられるって……。しくじったっスねえ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

「でも、剣は離してしまったスね? どうします? 返した方がいいっスか?」

 

 

 

呑気にそんな事を聞いてくるレーナに対し、明日奈は無言で新たな剣を呼び出した。

《ランベントライト》がかつての愛剣ならば、今の愛剣はこれだ。

 

 

 

 

「ほう? なんか、そっちの方が綺麗っスね?」

 

 

 

白い鋼でできた、一本の細剣。

ALOで新たに活動しているアカウント……ウンディーネのアスナが使う武器《レイグレイス》だ。

 

 

 

「っ……!」

 

「うわっ、怖いなぁー……。そんなに睨まないでくださいよ……」

 

 

 

明日奈は今までにない殺気と警戒心をレーナに対して放った。

レーナはふざけた態度で言ってくるが、そんなものに、いちいち反応もしない。

仕方がないと、レーナは左腕に突き刺さった状態の《ランベントライト》を引き抜くと、それを右手で握り潰すように強く握りしめた。

次第にメキメキッと鋼が悲鳴をあげるような音が聞こえてきて、そして、とうとう折れてしまった。

 

 

 

「さて、アスナさん……再開といきますか?」

 

 

 

まるで三日月のように反り返るレーナの口元。

その姿は、“化け物” というよりは、“悪魔” だと感じてしまった明日奈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カタナっ……! くそっ、何がどうなっているだ!?」

 

 

 

 

一方、IS学園へと急行していた一夏。

先ほど感じたテレパシー的な何かを確認するため、刀奈にプライベート・チャネルで通信しようと思っているのだが、刀奈からの返事は一向にない。

 

 

 

「他のみんなはっ……」

 

 

 

《白式》のレーダーを使って、他の専用機持ちのメンバーたちの居場所を探る。

すると、思いの外早く結果が出た。

専用機の反応を示す点字模様が、学園内にある三つと、学園外に数機。

その他にも、学園所有のISの反応と、敵IS勢力の反応も察知した。

 

 

 

「これはっ……学園が襲撃されてるのかっ?!」

 

 

 

事実を知った一夏は、システムを改善した《白式》のスラスターを全開にし、急いで学園に向かった。

 

 

 

 

ーーーー右方前方 熱源接近!

 

 

 

「っ!!?」

 

 

 

《白式》からの警告。

とっさに回避行動をとった一夏。

すると、一夏の目の前を、青紫色のビームが通り過ぎていった。

 

 

 

「っ!? なんだっ、どこからっ!」

 

 

 

ビームの発射角を《白式》で割り出し、発射された方角を見る。

場所は海のど真ん中であり、どうやら1000メートル以上の場所から狙撃されたようだ。

 

 

 

(狙撃型のISか? でも、ビーム兵器を使うISで、1000メートル以上からの精密射撃ができる機体なんて……)

 

 

 

そんなISは存在しない……。

と、思っていたのだが、一夏はハッと気づく。

ここ最近で、同じ条件に当てはまるISと、その操縦者の存在に。

 

 

 

(まさかっ……!)

 

 

 

ISの高感度ハイパーセンサーを使い、望遠機能を使って遠方を見る。

するとそこから、高速で移動してくる機影を見つけた。

 

 

 

「《サイレント・ゼフィルス》っ……!」

 

 

 

 

顔の上半分がバイザーによって隠されているため、素顔を見ることはできないが、それもすでに無意味なことだ。

なんせその操縦者の素顔は、すでに見ているのだから。

もっとも、忘れようにも忘れられない顔だったが……。

 

 

 

 

「やろうっ、俺を学園に行かせないつもりかっ!?」

 

 

 

《サイレント・ゼフィルス》の操縦者、織斑 マドカのいる地点からはIS学園は、さほど遠くない距離だった。

ならば、早々に学園を襲撃した方が手っ取り早いというものなのだが、そうはせず、こちらに向かってきたということは……。

 

 

 

「俺との勝負がお望みか……っ!」

 

 

 

相も変わらず薄気味悪い笑みを浮かべながら、こちらに接近してくる。

BT兵器搭載型の試作二号機《サイレント・ゼフィルス》。

こうして戦うのは、学園祭の時以来だっただろうか……。

操縦者のマドカ……他の工作員たちからは『 M 』と呼ばれていた彼女は、《サイレント・ゼフィルス》の基本武装スナイパーライフル『スターブレイカー』でこちらを狙撃してくる。

高速移動中であるにもかかわらず、あくまで正確無比な狙撃をやってのける。

 

 

 

「ちっ、学園に近づけるには、ちょっと危険過ぎる相手だな……っ! ならばっーーーー!!」

 

 

 

 

一夏は新たに生まれ変わった《雪華楼》を両手に抜き放つと、マドカの放ってくるビーム狙撃を掻い潜って、一気に接近する。

 

 

 

「おおおっ!!!!」

 

「ーーーーフッ!」

 

 

 

右手に持った《雪華楼》で斬りつける。

だが、マドカもただで受ける事はしない。《サイレント・ゼフィルス》にも、近接格闘の武装が用意されているため、そのブレードを左手に出して、一夏の斬撃を受け止める。

 

 

 

「っ!? 武装が違うっ?!」

 

「お前のために用意してやったんだっ……早々にくたばるなよっ!」

 

「言ってくれるじゃねぇかっ……!」

 

 

 

以前見たときには、『ブンディ・ダガー』のような形状をした短剣型のブレードだったのだが、今は刀身に若干の黒みがかった片手剣型のブレードに変わっている。

 

 

 

「武装が変わろうが、元々は射撃型の機体だろうっ!」

 

 

 

《雪華楼》でマドカの剣を弾き返して、隙が生じた瞬間に、再び斬り込む。

だが……。

 

 

 

 

「フっーーーー!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

一夏が斬り裂こうとした瞬間、《サイレント・ゼフィルス》のスラスターと脚部からフィンのようなもの現れ、それが真っ赤に光り始めた。

そして、一夏の《雪華楼》が届くよりも速く、《サイレント・ゼフィルス》が動いた。

 

 

 

「なにっ!?」

 

「墜ちろっ!」

 

 

 

いつの間に移動していたのか、先ほどまでゼロ距離と言っていいほどに近かった距離が、一瞬にして離されていた。

マドカは右手に持っていた《スターブレイカー》の引き金を弾いた。

一夏はとっさに左腕にライトエフェクトを生成して、簡易なシールドを作ったが、何分距離が近いために、完全に押された。

 

 

 

「くっ!?」

 

「もう一丁っ!」

 

「チッ!」

 

 

 

後ろに吹き飛ばされて、体勢を整えた瞬間に、背後からマドカの声が……。

目の前で起こっている現象に、一夏は驚愕しながらも、即座に判断する。

体を回転させて斬るドラグーンアーツ《龍巻閃》で、マドカの持つ《スターブレイカー》を斬り裂いた。

一旦距離を開ける両者。

一夏は新たなるマドカのIS操縦技術に、正直感服していた。

《雪華楼》で斬り裂いたと思っていた《サイレント・ゼフィルス》は、いつの間にか距離を開けて射撃に入っていて、それを防いだ後には、今度は背後を取って射撃を行おうとしていた。

あまりにも速く、しかし、謎めいた動きをする。

 

 

 

(まるで、影分身をしたようなっ……!)

 

 

 

一夏の眼にも、《白式》のセンサーにも、あの一瞬では《サイレント・ゼフィルス》が三機いたように見えた。

疑心の眼をマドカに向けてみると、《サイレント・ゼフィルス》から現れていたフィンから光が消えていた。

そして、《サイレント・ゼフィルス》の装甲の隙間などから、勢いよく蒸気が吹き出る。

つまり、高温になっていた何かを、急冷却したのだろう。

 

 

 

(まさか、駆動系のシステムを改造したのか……っ?!)

 

 

 

《サイレント・ゼフィルス》の急な機動力の向上……。まず間違いなくスラスター系統をいじっているはずだ。

そして、それを支えるために、駆動系のシステムそのものを改造しなければならないはず。

と、なると……。

あの分身して見えたのは、熱によって剥離した金属片。

つまりは……。

 

 

「質量を持った残像……っ。とでも言えばいいのか?」

 

「……ほう? たった二手だけでそれを見破るとは、恐れ入ったよ」

 

 

 

どうやら正解だったらしい。

しかし、学園祭の時から改造をしたと考えても、一ヶ月くらいしか経っていないだろう……。

それでここまで使いこなしていると思うと、改めてこのマドカという少女の技量の高さには驚かされる。

 

 

 

 

「さて、答え合わせは済んだだろう? では、死ねっ!」

 

「断るっ!」

 

 

 

 

マドカはシールドビットを展開し、BT兵器本来の戦い方である包囲殲滅戦を行う。

しかし、この包囲網の攻略は、すでに知っている一夏。

ここ最近腕を上げているセシリアとの勝負を経験したからか、BT兵器に対する耐性が少なからず高くなってきている。

 

 

 

「だがまぁ、さすがのビット使いだな! こんな多くのビット、どうやって使いこなしてんだよっ……!」

 

「貴様のような接近戦バカにわからないだろうさ。それに、まともに射撃武器が使えないお前に説明して、理解できるのか?」

 

「うるせぇっ! 飛び道具なら、こっちにもあんだよっ!」

 

 

 

マドカからの攻撃を交わしながら、一夏は両手に持つ《雪華楼》を振るう。

《雪華楼》の刀身からライトエフェクトが生成されて、それがエネルギー刃となってマドカに向けて放たれる。

その生成スピード、狙いの正確さ……以前よりもかなり良くなっていた。

 

 

 

「刃だけじゃないんだぜっ!」

 

「っ……ほう?」

 

 

 

右の《雪華楼》を振るった瞬間、ライトエフェクトが生成されたのだが、今までのエネルギー刃形態ではなく、レーザー型の放射光が放たれたのだ。

この技は、箒の使う《紅椿》の主要武装である《雨月》の技と同じものだった。

 

 

 

「ふんっ、少しはやるようになったのだな……だがーーーー」

 

 

 

再び《サイレント・ゼフィルス》に光が灯される。

スラスターや脚部に出てきたフィンが高温になっていき、赤く染まっていく。

 

 

 

「この機動性について来られるのかっ!?」

 

「っ、またかっ!」

 

 

 

《サイレント・ゼフィルス》が再び高速移動を開始した。

やはり視界で捉えているのは、《サイレント・ゼフィルス》の残像。

しかもその練度は本当に高く、油断しているとすぐに背後を取られる。

一夏はなんとか振り切ろうとし、IS学園に近づきながらも、人気のない海上での戦闘を行なった。

 

 

 

(このまま長引かせれば、エネルギーの問題で、こちらに有利だとは思うが……っ!)

 

 

 

しかしそうなると、今学園で戦っている仲間や、電脳ダイブしている和人と刀奈の救出に行けなくなる。

 

 

 

「どうしたっ!? 貴様の本気を見せてみろっ、織斑 一夏っ!!!」

 

 

 

 

挑発か……それとも本意なのか……?

しかしここは、マドカの言った通りにするほかない。

時間はかけられない……そして、この状況を見過ごすマドカでもないだろう。

以前はなんの躊躇もなく殺しにきた相手だ。

ならば、ここで自身を殺そうとするに決まっている。

 

 

 

「いいぜっ……! かかって来いよっ!!!!」

 

 

 

 

海上で刀を下段に構えた一夏。

それを見て、マドカもスラスターを全開。

上空から一気に下降し、手に持っていた片手剣を握りしめる力を強くする。

 

 

 

 

「「ッーーーー!!!!」」

 

 

 

 

接近する二人。

どちらも油断も戸惑いもない。だだ一刀にて斬り伏せると思わせるほどの濃密な殺気と斬鬼だけが、二人を覆っていた。

 

 

 

「はあああぁぁぁぁッーーーー!!!!」

 

「ふんっーーーー!!!!」

 

 

上段から斬りつけてくるマドカと、それを迎え討つ一夏。

凄まじい衝撃によって、海面が大きく揺れた。

 

 

 

「ぬうううっーーーー!!!!」

 

「くっ、おおおおおーーー!!!!」

 

 

 

激しい鍔迫り合いが続く。

そのたびに鋼同士が削り合うような金切り音がなり、火花が散る。

 

 

 

「もらったあっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

マドカの言葉に、一夏は周囲の気配を探った。

すると、《白式》がしっかりと捉えていた。

一夏の背後や両サイドを囲むようにして、展開していた《サイレント・ゼフィルス》のシールドビットを……。

 

 

 

「チィッ!」

 

 

 

一夏はとっさに、ブースターを吹かせた。

それとほぼ同時に、シールドビットからレーザーが放たれた。

無数のレーザーは、一夏のいる地点に向けてまっすぐと向かっていく。

しかし、一夏は飛んでくるレーザーに対して、後方に飛んだ。

しかも背後からくるレーザーを避けるために、海面とほぼ平行になるくらいに上体をそらした状態で飛んだのだ。

咄嗟の機転で、レーザーは一夏に当たることなく、全てが海面に着弾。

大きな水の柱が、一夏とマドカの間で現れた。

大量の水が宙を舞い、落ちてき始めた瞬間、水の柱の向こうから、蒼白の刃が飛んできた。

 

 

 

「おおおっ!!」

 

「遅いっ!」

 

 

 

完全に死角を突いた状態で放った《雪華楼》の斬撃を、マドカは高速移動で躱した。

 

 

 

「チィッ……このままじゃ埒があかないかっ……!」

 

 

 

水の柱が水飛沫に変わった時、一夏の姿を視認できるようになっていた。

ギリギリのところで攻撃を躱したマドカの技量に驚きながらも、もう時間がないことに、少し焦ってきている。

マドカとの戦闘を早々に終わらせたい……。だが、半端な攻撃では、倒すどころか逆に倒されかねない。

ならば、残る手段は……。

 

 

 

 

「本気で行くぞっ、白式っ!」

 

 

 

一夏の言葉に呼応するように、白式のシステムが起動した。

そんな一夏に、マドカはレーザーを掃射する。

 

 

 

「っーーーー《極光神威》!!!!」

 

 

 

翼がスライドし、蒼い粒子が飛び出る。

体に纏っている装甲の鎧に赤いラインが入っていく。

高機動に特化したワンオフ・アビリティー《極光神威》だ。

飛んでくるレーザーよりも速く、一夏の姿が消えた。

 

 

 

「クククッ……! それを待っていたぁっ!!」

 

 

 

マドカは狂気の笑み浮かべ、再び高機動に入った。

学園を目の前にして、一夏とマドカ……織斑の性を持つ二人の再戦が開始された。

互いに高速移動をしながら、射撃・格闘・特殊武装……その全てをぶつけて戦っている。

本来ならば学園側に通達が入り、即座に迎撃部隊が派遣されるだろうが、今は学園側も謎の敵勢の迎撃に当たっているため、一夏とマドカの勝負に水を指す者たちいない。

 

 

 

「はあああああっーーーー!!!!」

「おおおおおおっーーーー!!!!」

 

 

 

 

激しい鍔迫り合い。

しかし、一瞬の攻防をしたあと、マドカの姿が消えた。

そして、いつの間にか背後を取っている。

 

 

 

「チィッ」

 

 

 

一夏は咄嗟に反応して、体を左回転させると、左に持っていた《雪華楼》で、マドカの放つ斬撃を受け止めた。

しかし、マドカは再び高速機動を行い、再び背後から斬りつける。

 

 

 

「くっ……っ!?」

 

 

 

だが、これも一夏は反応した。

刀での迎撃ではなく、そのままマドカの腹部に蹴りを入れた。

マドカは一瞬苦悶の表情を浮かべたが、すぐにビットを操作し、一夏の目の前で、ビットを自ら斬り裂いた。

ビットは爆散し、あたりは黒い煙に覆われた。

そこから抜け出そうと、一夏は上昇し、爆煙から現れた。

そして、その隙の大きい背後を取らないマドカではない。

 

 

 

「死ねぇっ!」

 

 

 

再び残っていたビットによる斉射。

しかし、またしてもレーザーが着弾するよりも速く、一夏が速く動く。

まるで空中でムーンウォークをしたかのように、滑らかで素早い動きで横に回避すると、そのままマドカに斬りかかる。

 

 

 

「おおおおおおっーーーー!!!!」

 

「くっ!」

 

 

 

一夏の渾身の上段唐竹を受け止めるマドカ。

その表情は苦悶の表情に満ちていたが、すぐに一夏の斬撃をはじき返した。

 

 

 

「織斑 一夏ぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

マドカが力一杯に斬撃を放つ。

だが、その斬撃が一夏に届くことはない。

空を斬り、隙ができたマドカの背後を、今度は一夏が取った。

左の《雪華楼》を振り抜くと、先ほど放った四本のレーザー状のエネルギー弾が発射される。

そのエネルギー弾全弾が、《サイレント・ゼフィルス》の装甲や、スラスターに直撃し、マドカは体勢を崩した。

 

 

 

「ちっ! このっーーーー」

 

 

 

背後を振り返った。

しかし、またしてもそこに一夏の姿はない。

 

 

 

「悪いなっーーーー」

 

「ッ!!!!??」

 

「お前に構ってる暇はないんだッ!」

 

 

 

マドカは再び背後を取られていたのだ。

振り返った瞬間、一夏は右手に持っていた《雪華楼》を振り上げていた。

 

 

 

「そこをどけぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

 

素早く、そして鋭い一撃がマドカに放たれた。

その一刀には、バリアー無効化も付与して……。

 

 

 

「がっ、はあっ!!?」

 

 

 

 

袈裟斬り気味に放った斬撃は、直接マドカを斬り裂きはしなかったものの、《サイレント・ゼフィルス》の左手装甲、スカートアーマー、左のスラスターを斬り裂いた。

 

 

 

「ぐっ……くうっ…!」

 

「もういいだろう……。お前の負けだ!」

 

「ぐっ……敵にとどめを刺さずに、勝ったつもりか……!?」

 

「あいにく……誰かれ構わず人を殺して来たことはないんでな……!俺が人を殺すのは、必殺を誓った時のみだ。

今はその時じゃない……」

 

「っ……」

 

 

 

納得がいかない。

そう言いたげな表情で一夏を睨むマドカ。

そんなマドカに、それでも自分の考えは覆すつもりはないと言わんばかりに見つめる一夏。

 

 

 

 

「ふん……いいだろう、今は引こう。だがなぁ……貴様のその甘い考え方が、後に自分の首を締めると言うことを、よく覚えておくんだな……っ!」

 

 

 

 

 

それだけ言い残して、マドカはその場を去っていった。

 

 

 

 

「甘い考え方……か。んなこと、わかったんだよ。それでも、俺は……」

 

 

 

 

自分が信じて来たものは……。

 

 

 

 

「今は学園の援護が先だな!」

 

 

 

一夏は《極光神威》を解除し、そのまま学園へと向かって飛翔していったのだった。

 

 

 

 

 





次回こそは、ダイブさせますね( ̄▽ ̄)

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第98話 未知の仮想世界へ

随分と更新が遅くなってしまい申し訳ない>_<

仕事が忙しかったり、眠かったり、発想が思い付かなかったりと、色々とありまして……。




「はぁっ……はぁっ……あと何機いるのよっ……!」

 

「わからんっ……だが、だいぶ戦力は削ったのではないか……?」

 

「残弾も残り少ない……っ! あと数機、何としても短時間で落とさないとねっ……!」

 

 

鈴が荒い息を整えながらそう毒づき、ラウラも疲労感を感じさせながらも、キリッとした表情で現状を確認する。

実弾系の銃器を使うシャルも、残りの弾数が気になっている様子だった。

一夏とマドカの勝負に決着がついた頃、IS学園で行われていた所属不明の敵部隊に対する迎撃作戦は、終盤を迎えていた。

十五機はいた無人機も、半分を切り、残り七機となった。

改めて戦況を確認してみる……。

二、三年生の精鋭たちも善戦はしたものの、やはり機体性能で大きく差をつけられてしまったためか、戦力として残っている者たちが少ない。

確認できるだけでも、三年生が二人と、二年生が一人。

二年生で残っているのは、セシリアと同じイギリス代表候補生のサラ・ウェルキン。

三年生は白坂 麻由里と、セシリー・ウォンの二名が前線で頑張っている。

他の者たちは、重度の損傷や補給などで一時的に退避しており、損傷を受けた者の再出撃は、中々に厳しそうだった。

残るは専用機持ち達なのだが、最初に前線で戦っていたダリルとフォルテに至っては、やる気を無くしたかの様な感じで、後方へと回った。

元々が『イージス』と呼ばわるだけあって、防衛には慣れているので、学園を守ることに関しては任せているが、周りにいる専用機持ち達にとっては、どこか納得できなかった。

 

 

 

 

「それで、どうするのだ? このまま敵が退いてくれるとも限らんだろ?」

 

「敵機が鈴さんの言う通り、あの無人機だと言うのであれば、撤退はないのではなくて?

それに、あと七機も残っていますわ……。敵機のエネルギー残量がどれくらいのものかは分からなくても、こちらにも限界がありますわ……!」

 

 

この状況で冷静に考える箒の言葉に、セシリアが補足をつける。

 

 

 

「簪っ、そちらはシステムの奪還は終えたのかっ!?」

 

『ごめんっ! まだ少しかかりそうっ!』

 

 

 

ラウラの問いかけに、珍しくも切迫した様な簪の声が聞こえた。

襲撃と同時に、学園のメインシステムにもハッキングが行われ、簪と、三年生の電子戦における精鋭達が対処しているが、未だに奪還には至っていない。

いくつかのシステムは取り戻せた様で、その中には学園の防衛に関するシステムが含まれていた。

故に現在、対空、対艦仕様の防衛機能が動いていた。

 

 

 

 

『みなさん、対空システムが起動しましたので、一旦退避を! その間に、補給が必要な人は今のうちに!』

 

 

 

簪の指示を聞き、専用機持ち達も少しずつ撤退を始めた。

しかし、専用機持ち達が動いたことで、敵機の無人機は、攻撃行動だと思ったのか、接近して攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「鈴さんっ、来ましたわっ!」

 

「ちっ! しゃらくさいっ!」

 

 

鈴が対艦刀《青龍》を構えた瞬間だった……。

接近して来た敵機に向かって、蒼い斬撃波が飛んで来た。

 

 

 

「っ!?」

 

「今のって……!」

 

「一夏っ!」

 

 

 

皆の視線がエネルギー刃の飛んで来た方角を見る。

そこには、“天使” がいた。

 

 

 

「みんなっ! 大丈夫かっ!?」

 

 

 

右手に新調した日本刀《雪華楼・改》を持ってそこに佇むのは、蒼い翼を広げた《白式・熾天》だった。

 

 

 

「遅いわよっ! 今まで何してたのよあんたっ!」

 

「仕方ないだろう……白式のシステムのメンテしてもらったばっかりなんだからよ」

 

「お前、その刀はっ……!?」

 

 

箒が新たに生まれ変わった一夏の刀に気づいた。

純白に統一されていた刀が、峰の部分だけが蒼く染まり、純白に磨きがかかった《雪華楼・改》。

その斬れ味を、のちに箒たちは目の当たりにする。

 

 

 

「□□□□□□ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

エネルギー刃を向けて飛ばされた無人機が、一夏の姿を視認した様で、スラスターを全開に噴かせると、全速力で一夏に突撃して来た。

 

 

 

「師匠っ!?」

 

「一夏さんっ、危ないですわっ!」

 

 

 

ラウラとセシリアがリボルバーカノンとスナイパーライフルを向け、砲狙撃しようとするが、二人が引き金を引くよりも速く、一夏が動いた。

一瞬にして敵機の間合いに近づくと、すかさず一閃。

無人機が振り上げて、一夏を切り刻もうとしていた右手についたブレードを一刀両断した。

 

 

 

「っ……!?」

 

「なんという斬れ味っ!」

 

 

 

新しい《雪華楼・改》の威力に、箒たちは目を見張った。

その後も接近してくる無人機に対して、最小限の動きで攻撃を躱し、すぐさま反撃に出る。

通り過ぎざまに鋭い一撃が入れられ、背部にあるスラスターや特殊武装、あるいは手脚を斬り落とす。

その動きは、まさに “目にも留まらぬ速さ” だった。

 

 

 

「す、凄いっ……凄いよ、一夏っ!」

 

「あんな滑らかな動きっ……!」

 

 

 

驚嘆の声を上げるシャルと箒。

しかし、その《白式》の性能に一番驚いているのは、やはり一夏自身だった。

 

 

(やっぱり凄えっ……! 白式が、ここまで俺の思い通りに動いてくるなんてっ)

 

 

 

SAO時代の剣客として経験上や戦闘時における動きなどを、ISで再現できるとはいえ、やはり地上と空中では多少の違いがあるものだ。

それも、些細な違いではあるものの、やはりそれが違和感を感じていた。

しかし、今はそれがほぼ無いに等しい。

 

 

 

(いいぞっ……! いいぞっ、白式っ! まだだ、まだもっと速くっ!)

 

 

 

 

敵の攻撃を、まるで流水の様に躱し、即座にカウンターの一撃を放ち、敵機を撃破した。

一連の動きが、もはや一代表候補生のそれを遙かに上回っている……見ていたもの達は、そう感じたに違いない。

そして、最後の一機を斬りつけ、損傷を負った無人機は即座に撤退を始めた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

とりあえずの脅威が去ったことで、一夏を始め、その他の専用機持ちのメンバーも安堵の表情とため息が漏れた。

 

 

 

「っ!? そうだ、みんな、カタナはっ?! それに、キリトさんはいないのかっ!?」

 

 

 

学園に急いで戻って来た理由……それは、刀奈に呼ばれた様な気がしたからだ。

通信が入ったわけでも、メッセージが飛んで来たわけでも無い。

ただ単に、直感でそう告げられたような気がしただけで、確証も何も無い。

だが今現在、学園が何者かに襲撃されており、敵ISによる攻撃まで仕掛けられた。

ただそれだけの事で、ここまで無茶をする組織、団体、施設が存在するだろうか……?

答えは否。

なんらかの目的があってやって来ている。

そして、外部からの攻撃だけで終わる筈がない。

もしも、今視界で確認できる範囲に刀奈と和人の二人がいないとなれば、二人はおそらく、学園の “外” ではなく、“内” で戦っているのではないだろうか……?

長い間暗部として活動して来た経験則から、胸騒ぎに近いものを感じた。

 

 

 

 

「鈴っ! こんな大きな騒ぎになってるって事は、どこかに対策室があるんじゃないのか?」

 

「へっ? あ、あぁうん……ここだけど……」

 

 

 

 

一夏の問いかけに、鈴は慌てて自分たちが一度集まった臨時対策室の場所が記されたデータを一夏に送った。

一夏はそれを受け取り、地図を《白式》の空間ディスプレイに表示する。

 

 

 

「ここは……地下の一室みたいだな?」

 

「うん。そこに簪と、三年の電子戦部隊がいるわ」

 

「わかったっ、サンキューな!」

 

「あっ?! ちょっと、一夏っ?!」

 

 

 

 

一夏は鈴の制止する声も聞かずに、一直線で学園の地下へと続く通路に向かって飛んだ。

それを見て、呆然とする者、呆れた様に笑う者、仕方がないと思い、薄っすら笑う者……それぞれだ。

 

 

 

「全く一夏さんったら……! あんなに急がなくともいいでしょうにっ……!」

 

「仕方ないよ。一夏は楯無さんの事が心配だったんだと思うよ?」

 

「でもさぁ〜……あたし達だって命がけで戦ったってぇのに、なんにも無かったわよね、あいつ?」

 

「うーん……まぁ、ね?……」

 

 

 

 

一夏の態度に、セシリアも鈴もご立腹のようで、それを宥めるシャルもまた、一夏の正しい反応とは反面、自分も労いの言葉くらい……いや、頭を撫でてくれるくらい……あっても良かったのではないのか? と思ってしまった。

 

 

 

「シャルロット、口に出ているぞ?」

 

「ふぇっ!? 嘘っ!? な、なななんか言ったかな、僕っ!?」

 

「ふむ。頭を撫でると聞こえたが?」

 

「うわぁ〜〜〜っ!? ラ、ラウラっ、それ言わないでぇ〜〜っ!!」

 

 

 

 

なんてあざといんだ……箒はジト目でシャルを見ながらそう思った。

しかし、そう思いながらも、やはり箒もどこかそういう一夏からの言葉が欲しくないかと言われれば、嘘になる。

今はもう見えない幼馴染の向かった方へと視線を送った。

 

 

 

 

「み、皆さぁ〜〜ん! 大丈夫ですかぁ〜〜!!?」

 

 

 

 

と、そこに第三者の声が……。

 

 

 

「山田先生っ!」

 

「あっ、篠ノ之さん! 無事でしたかっ!」

 

 

 

緑色の《ラファール・リヴァイヴ》を纏った一年一組副担任の山田 真耶が、こちらへと向かって来ていた。

 

 

 

「他の皆さんも無事ですかっ!?」

 

「無事っちゃあ、無事よね?」

 

「そうですわね。わたくしはそこまで被弾してませんし……」

 

「セシリアは後方から狙撃してただけだからね……」

 

「被弾するわけがなかろう……。そもそも被弾する方がおかしいだろうに」

 

「むぅっ……べ、別に? わたくしが前線に出たとしても? 被弾する事はあり得ないのですけど」

 

「何言ってんのよ。あんた接近戦できないじゃないのよ……」

 

「で、できますわよっ! 新しく新調したこの《アーサー》がありますからっ! 接近戦でもどんと来いですわっ!」

 

 

 

そう言いながら、セシリアは両手に小銃を二挺呼び出した。

銃身の下には、金属製の刃が付いているため、これをこれを伸ばせば短剣としても使えるようになっている。

しかし、その小銃の名前を聞いて、鈴が呆れたように笑ったのを、セシリアは見過ごしていた。

 

 

 

 

「ってあれ? 敵の機体はどこですかっ?」

 

「あぁ……。それなら、一夏が全部落としちゃったわよ?」

 

「ええっ?! お、織斑くんが一人で、ですかっ!?」

 

 

 

 

作戦本部にいた簪からは、苦戦を強いられているという情報をもらっていた……。

だが、いくら損傷していたとはいえ、あれだけ脅威的な敵をものの数分で落としたとなると、いよいよ一夏のIS操縦技術は、計り知れないものになって来ていると思っていい。

 

 

 

「そ、それで、織斑くんはどこに……」

 

「あぁ、なんか、楯無さんの事が心配みたいで、急いで学園の方に行きましたよー」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 

 

どこか不貞腐れているように言う鈴を見て、真耶は「あぁ〜、なるほど……」と何かを納得した様子だった。

 

 

 

「皆さんは引き続き、周辺の警戒に当たってください。まだ襲撃者が残っている可能性があります。

補給、整備が必要な人は言ってくださいね? 教師部隊と交代させますので〜」

 

 

 

真耶の指示に従い、鈴たちはそのまま周辺警戒に入った。

専用機持ちたちは基本的にダメージが少なかったため、行動続行に支障はなかったが、やはり訓練機で戦闘してきた三年の精鋭たちは、機体の方が悲鳴をあげていた為、そのまま学園内へと帰投することとなった。

 

 

 

「あとは、システムの奪還だけね」

 

「そちらも精鋭たちが当たっているのだろう? ならば、我々の出る幕はないだろうな」

 

「そうだといいけど……一夏のあの様子から、中で何が起きてるのかわからない状態だよね……」

 

「ふむ……しかし、師匠はどうやって、我々の危機に気づいたのだろうか?」

 

「確かに……。一夏さんはずっと、倉持技研の方にいらしてたんですわよね?」

 

 

少々疑問に感じる事はあるが、一夏が戻ってきたことによって、少なからず安心感を得たメンバー。

切迫した戦いが終わり、一息つけた面々は、そのまま任務を続行した。

 

 

 

「まぁ、んなことは後からあいつに聞けばいいんじゃないの? とにかく今は、あいつに任せるしかないでしょ……」

 

「……そうだな、鈴の言う通りかもしれん」

 

「あぁ。師匠を信じるとしよう……それも、弟子の務めだからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カタナっ……!」

 

 

 

一方で、学園内へと入って行った一夏は、鈴からもらった地下区画にあるという対策本部へと向かっていた。

以前、皆からのサプライズ企画で、明日奈とともに地下区画へと誘導させられて、この地下区画に入った事があったが……。

 

 

 

「こんな場所が、学園の地下にあったのか……!」

 

 

 

以前入った場所よりも、入り組んだような通路が多く、どことなく異質な雰囲気を感じた。

そんな雰囲気に包まれていた一夏だったが、《白式》からの通知で、我に帰った。

 

 

 

「ん? これは……」

 

 

 

突き当たりの道を右に曲がった辺りで、生命反応があったのだ。

しかも、《白式》から送られてきたそのデータには、一夏のよく知る人物の情報が入ってきた。

 

 

 

「これは……千冬姉かっ!?」

 

 

 

一夏のよく知る人物……姉の千冬がそこにいると知り、一夏は急いで千冬のいる地点へと向かう。

 

 

 

「うおっ!? なんだ、これっ……!」

 

 

 

 

千冬のいる場所へと近づくにつれ、何やら戦闘を行なったと思しき痕跡が多数発見。

そして、千冬がいる場所……地下区画の一室の前に着いた途端、一夏は目を見張った。

ドアも壁も、まるで爆破されたかのように破壊されていて、その中に千冬と、ISスーツを着て、手錠で縛られている見知らぬ女性の姿があった。

 

 

 

「ん? 織斑、戻ったのか?」

 

「千冬姉っ! なんだよこれ!? 一体何がどうなってんだっ?!」

 

「学校では『織斑先生』だ!」

 

「あっ、す、すいません……! じゃなくてだなっ! なんだよこれ……一体何が起こったんだ? それに、そこで縛られて倒れてる人は、何者なんだよ……」

 

 

 

 

いつもの会話だったが、今はそれを続けるつもりはない。

一夏の問いかけに、千冬は一瞬だけ、どう言ったものかと悩んでいる表情になるが、「まぁ、いいだろう」と一言いうと、ため息を一つ。

そのまま真剣な眼差しを、一夏に向けた。

 

 

 

 

「今から数十分前……。IS学園に国籍不明、所属不明のIS部隊が襲撃して来た。

襲撃者たちの目的は不明。だが、謎の新型ISの奇襲と共に、学園のシステムにハッキングが仕掛けられている」

 

「っ!? おいおい、それ大丈夫なのかよ?!」

 

「今は三年の電子戦に長けている精鋭達と、更識妹がシステム奪還のために全力を注いでいる状態だ。

残りは襲撃してきた敵勢力の迎撃に当てている……。お前の口ぶりからすると、すでにあいつらには会ったんだろ?」

 

「あぁ……ちょうど片がつきそうだったから、俺も少し手伝って、今ここにきてるんだけど……」

 

「ならば、あとはシステムを奪還するだけなんだがな……どうも、桐ヶ谷と楯無が苦戦しているようでな」

 

「っ!? それだ! カタナはどこにいるんだっ!? それに、キリトさんも苦戦って……」

 

「あの二人なら、今は別室で電脳ダイブしている」

 

「で、電脳ダイブ?」

 

「ああ……。ISのコアネットワークを利用して、仮想世界にダイブするシステムが、この学園にはあるんだ」

 

「フルダイブマシーンがあるのかっ!?」

 

「まぁ、似たようなものだろうな。しかし、良いタイミングで戻ってきたな、織斑。

お前には至急、楯無と桐ヶ谷の援護を頼みたい。出来るな?」

 

「ああっ! もちろんだ」

 

「二人がいるのはここだ。急いでダイブして、システム奪還を急げ」

 

「了解!」

 

 

 

千冬から二人がいる場所のデータをもらい、一夏は急いで刀奈と和人がダイブしている場所へと向かった。

 

 

 

「…………はぁ……。どうだ? 今のお前で、私の弟に勝てると思うか?」

 

「…………随分と身内贔屓をするんだな」

 

 

 

千冬は拘束され、横たわっていた隊長に問う。

どうやら数分前から意識が戻ってきていたことに気づいていたらしい。

隊長らそのままやり過ごそうとも思ったが、《ブリュンヒルデ》にその様な小細工は通じないと判断したのだ。

 

 

 

 

「身贔屓ではないさ。これは事実だと思って言っているんだ……。実際にはどう思った? 生身の私に苦戦しているようでは、ISを纏った弟に勝つのは難しいと思ったのだがな」

 

「っ…………」

 

 

 

 

何も言い返せなかった。

確かに、千冬の言う通りだったのだ。

正直な話、一夏はまだ学生の身分だ。ISに乗っている期間も短く、実戦経験も隊長の半分にも満たないはずだ。

しかし、なぜなのだろう……。

一夏の姿を見たとき、まるで歴戦の猛者のような雰囲気を纏っていたように見えたのだ。

 

 

 

「お前の弟は、一体なんなんだ……!」

 

「ん? 私の弟に文句でもあるのか?」

 

「そうではない。だが、明らかにお前の弟は異常だ。男でありながらISを駆り、圧倒的に少ない戦闘経験でISを進化させる……。

お前だってわかっているはずだ……っ! お前の弟は、これまでの世界の常識を変えてきていると言うことにっ……!」

 

「…………それでも、何も変わらない。あいつは馬鹿だが真っ直ぐで、真面目で優しい……。

それでいながら、芯は強く持っている……私の自慢な弟だ……」

 

 

 

 

普段は絶対に見せないであろう誇らしげで、かつ、優しそうな千冬の表情に、隊長は少し意外そうな表情をとった。

 

 

 

「……なんだ、その目は?」

 

「いや……お前でも、そんな顔をするのだなと思っただけだ」

 

「貴様は私をなんだと思っているんだ?」

 

「別に何も思ってなどいない。ただ、《ブリュンヒルデ》としてのお前しか見ていなかったからな……情報と違うだけだ」

 

「安易に情報を信じるな、と言うことだろうさ」

 

「しかし、『ブラザーコンプレックス』であるという情報は合っていたらしい」

 

「おいっ……その情報はなんだ? むしろ、その情報源を流した奴は誰だ、教えろ」

 

「お、おいっ、やめろっ! 何故馬乗りになる!!」

 

 

 

 

隊長は慌てた。

千冬の目が、先ほど戦った時と同じように戦闘モードになっていたために……。

隊長は驚いた。

自分が動かないことをいい事に、壁際に追い詰めて、馬乗りになって退路を完全に防ぐ千冬の行動に……。

 

 

 

「な、なんなんだっ!? お前はっ!!?」

 

「そんなことはどうでもいい。それよりも、お前のその情報源はどこのものだ、言え」

 

「知るかっ! 知っていたとしても教えるわけがないだろうがっ!」

 

「そうか……。では、教えたくなるまで尋問といこうか?」

 

「くっ、何をすーーー」

 

「さぁ、吐け! 吐かなければ苦しくなるぞっ!」

 

「何故そこまでして聞きたがるんだお前はっ!」

 

 

 

 

自分の知らない千冬の一面に、面食らうと同時に、面倒だと思ってしまった隊長だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カタナっ! カタナっ!! カタナっ!!!」

 

 

 

 

学園の地下区画。

その通路を自分の専用機《白式・熾天》で高速移動する一夏。

周りには誰もいない。

学園の地下区画は、一夏たちも知らない場所もあり、この学園には、まだまだ知らないことがたくさんありそうだ。

不安な気持ちが募る一方で、《白式》に通信が入った。

 

 

 

 

『一夏っ! 戻ってきたのっ?!』

 

「この声……簪かっ?!」

 

 

 

システムの奪還のために、電子戦をしている簪からの通信だった。

 

 

 

「お前、今大丈夫なのかっ?!」

 

『うん。もう少しでシステムを奪還、復旧させることができるんだけど、お姉ちゃんたちの方が……っ!』

 

「そうだ、それだ! カタナ達は、一体どうなっているんだっ!?」

 

『お姉ちゃんと和人さんは、このハッキングの原因にもなっている中枢部へとシステムクラックの為に、電脳ダイブを行い、内部からシステムを奪還するって手筈だったんだけど……』

 

「もしかして、なにかトラップ的なものが……?」

 

『うん……。お姉ちゃんは意識を囚われて、和人さんは、トラップの防衛プログラムに引っかかって、今はトラップが生み出した敵と交戦中っ……!』

 

「っ!? なんだそりゃ……。キリトさんへの援護とかは? それにカタナの意識は取り戻せないのかっ?!」

 

『どっちもやってるけど、二人に干渉しているプログラムが、ものすごく手強くてっ……!

こんなシステムハック、見たことがない!』

 

 

 

 

電子系統には強い簪が、ここまで言う相手……。

一夏も薄々は感じていた……学園と防衛システムをかいくぐり、システムハッキングと、ISによる奇襲を成功させれる存在。

それは軍でも、民間企業でも、私設武装集団でもない……たった一人で、この世界を塗り替えた人物。

 

 

 

「束姉っ……!」

 

 

 

疑念が膨れ上がる。

なんのためにこんな事をしたのか? そもそもの目的が何なのか?

束は昔から突拍子もない事を思いつき、即時行動に移ってきた。

それが、世界があっと驚く発明品を生み出してきたわけだが、今回はその領分を超えていると言っていい。

 

 

 

「簪、今から俺も電脳ダイブをする。サポートはできそうか?」

 

『えっ!? でも、一夏も囚われちゃったらっ……!』

 

「大丈夫だ……。こっちには助っ人がいるからな」

 

『助っ人?』

 

 

 

 

一夏は《白式》のシステムを起動させ、とある人物を呼んだ。

 

 

 

「ストレア! 聞いていたか?」

 

『はいはーい! ちゃーんと聞いてたよー!』

 

「今まで何してたんだよ……」

 

『ごめんごめん〜。新しく整備した白式のシステム調整具合を確かめてたのっ。

状況は理解してるよー! 私は何をしたらいいのぉ〜?』

 

「今からカタナと、キリトさんを救出するために、電脳ダイブを試みる。

ストレアには、簪と一緒にシステムに邪魔されないように、サポートしてほしいんだ……出来るか?」

 

『合点了解♪ じゃあ、簪のところに行けばいいんだねっ?』

 

「ああ、頼んだぞ!」

 

 

 

 

ISのシステムを介して、ストレアは簪の専用機《打鉄弐式》のコアネットワークへと侵入する。

 

 

 

『はいはーい! ストレアだよぉ〜!』

 

「ストレアっ……お願い、手伝って!」

 

『わおっ?! いきなりだねぇ〜! さてさて……それじゃあ、お姉さんの力っ! 見せてあげるっ!!』

 

 

 

 

無事《打鉄弐式》のシステムに入ることができたストレア。

簪の切迫したような雰囲気に煽られて、ストレアもシステムクラックの補助をした。

そして、その間に一夏はダイブルームへとたどり着き、中に入った。

中では、二人の少年少女が横たわっている。

言うまでもなく、キリトこと桐ヶ谷 和人と、カタナこと更識 刀奈の両名だ。

 

 

 

「カタナっ! キリトさんっ!」

 

 

 

 

一夏は《白式》を解除して、二人のところへと駆け寄る。

二人は普通に眠っているような感じだが、只今システムによるトラップに引っかかっている。

このダイブで、一体何が起こっているのか……。

外にいる一夏たちには、全くもってわからない。

 

 

 

「くそっ……何がどうなっているんだっ……!」

 

『あっ、チナツゥ〜! ちょっと、ちょっとぉ〜!』

 

「っ?! どうしたストレア!? 何かあったのかっ?」

 

『いや、チナツと話したいって、ユイが』

 

「ユイって……ユイちゃんかっ?!」

 

『はい、その通りです』

 

「ユイちゃん!? 無事だったのかっ?!」

 

 

 

 

とても幼く、かつ、利口そうな声が聞こえた。

和人と明日奈、二人の子供であり、ストレアのお姉さんに当たるユイだった。

ユイもダイブする父、キリトとカタナをサポートしていたらしいのだが、二人がトラップに引っかかり、それと同時に急激に強まってシステムハックの猛威に、簪と戦っていたらしい。

 

 

 

「ユイちゃん、キリトさん達はどういう状況なんだっ?!」

 

『パパとカタナさんは、さっき簪さんが言った通り、敵のトラップに引っかかり、身動きが取れない状況にありました。

カタナさんは意識は取り込まれて、パパはなんとか脱出したのですが、それによって生み出されたカウンターシステムによって、今は敵と交戦中……っ!』

 

「交戦中って……、中では、どんなことになっているんだ?」

 

『パパは、旧アインクラッドに似た仮想空間で、戦闘を行なっています。どうやら敵は、初めから二人を排除しようとしていたみたいでっ……!』

 

「その様子だと、相手は手強いのか?」

 

『はい……。それに、パパの装備レベルが低くて……』

 

「カタナの方はどうなんだ?」

 

『カタナさんは、意識を取り込まれているんですが、これと言って悪影響があるわけではありません……。しかし、カタナさんがいるところにも、見たことのない仮想世界が広がっていて、カタナさんは、そこから抜け出せなくなっているようです!』

 

「その仮想世界……俺が入っても大丈夫なのかなっ?」

 

『おそらく、カウンターシステムが発動すると思いますが、今は学園のシステムクラックと、パパの排除を同時に行わないと行けませんから、今ならその隙をつけるんじゃないかと思います!』

 

「わかった……。なら、今すぐにでも、俺がダイブするよ!」

 

『はい! パパの方は、私たちに任せてください! チナツさんは、カタナさんの援護にっ!』

 

「大丈夫なのか?」

 

『はい! 絶対にパパを救い出して見せます!』

 

 

 

 

さすがは《アインクラッド》をクリアに導いた英雄と、騎士団副団長の娘さんだと、一夏は改めて感心した。

 

 

 

「なら、キリトさんの方は任せたぞ? ストレア、ユイちゃんの事も、手伝ってやってくれよ?」

 

『もちろん♪ 私に任せて!』

 

「よしっ……」

 

 

 

 

一夏は刀奈の隣にあるダイブスペースに横たわり、簪がダイブマシーンよシステムを起動させた。

 

 

 

『それじゃあ、一夏っ……気をつけてねっ』

 

「あぁ……。必ず、カタナとキリトさんと、三人で戻ってくるよっ……!」

 

『うんっ……! お姉ちゃんの事、お願いっ……! システム起動! 一夏っ、今!』

 

 

 

簪の声を聞き、一夏は目の前に表示されたカウントダウンを目にする。

システムが正常に起動しており、ダイブする準備が整った……。

一度深呼吸をして、開いていた目を、ゆっくりと閉じた。

 

 

 

「ーーーーーリンク・スタートッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 




次回はダイブした一夏と、敵と交戦中である和人との描写を書いていきたいと思います^_^

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第99話 閃く姫騎士


ようやく更新できる……( ̄▽ ̄)

長らく待たせてしまいまして、申し訳ありませんでした!



「んっ……んんっ……」

 

 

 

ほんの数秒前……。

IS学園の地下区画の一部に設けられた一室。

ダイブルームにて、刀奈、和人の両名がシステムトラップによって、未知の仮想世界に囚われてしまった。

和人の方は、旧アインクラッドによく似た場所によって、何者かと交戦中……。

刀奈の方は、未だ状況が掴めていない状態だった。

故に、学園の外にいた一夏は、システムと装備を新調した《白式・熾天》を駆り、急いで学園に戻り、ダイブルームへと直行した。

その後、簪、ユイ、ストレアの三人の協力を経て、一夏は、刀奈が囚われているであろう世界へと、ダイブした……。

 

 

 

「ここに……カタナがいるのか……?」

 

 

 

一夏は辺りを見回してみた。

そこは、室内……というより、どこかの建物の通路だった。

 

 

 

「なんだ? ここ……。やけに広い建物……なのか?」

 

 

 

一見して、普通の廊下……とは程遠いほどに、立派に作られている廊下だった。

学園の廊下の二倍はある幅と、床の真ん中には絨毯が敷いてあり、壁には豪華絢爛という言葉を形にしたような絵画や壺などが置いてある。

 

 

 

「この感じ……普通の建物……じゃあ、ないのか?」

 

「ちょっとそこのあなた? そこを退いてくれないかしら?」

 

「はい?」

 

 

 

 

突然、背後から声をかけられた。

どうも、若い女性の声だった。

しかし、振り向いて一夏は、驚愕した。

 

 

 

「えっ?!」

 

「? なんですか? 私の顔を見て、いきなり」

 

「や、ややっ……!」

 

「や?」

 

「山田先生ぇっ?!!」

 

 

 

目の前にいた人物。

それは、一夏のよく知る人物……一年一組の副担任。山田 真耶その人だったからだ。

しかし、その服装はいつもの教師としての服装ではなく、華麗なドレス姿だった。

その風格は、おっとりとした教師というよりも、どこぞの貴族令嬢のような感じだ。

 

 

 

「や、やまだ? あなた、何を言ってるんです?」

 

「はい? えっと、あなたは、山田先生ですよね? えっと、山田 真耶さん……」

 

「…………うふふ」

 

 

 

真耶は本物のお嬢様のように、上品な笑顔と笑い方で一夏を見ていた。

そして、その笑顔のまま、真耶は一夏にこう宣言した。

 

 

 

「はい、あなたは死刑でーす☆」

 

「はぁっ?!」

 

 

 

随分と明るく、まるで冗談でも言うように言い放った。

 

 

 

「し、しし、死刑です、かぁ?」

 

「はい。死刑でーす☆」

 

「し、死刑……えっと、なんでですか?」

 

「なんでも何も、あなたはこの私に対して結構な無礼を働いているのですよ?

まず第一に、あなたは私の名前を間違えました。そして第二に、私を誰だとお思いで?」

 

「え、えっと……」

 

「私は女王なんですよ? なんですか、その顔は?」

 

「えっと……じょ、女王様……?」

 

「はい、女王です。そして、あなたは平民ですよねぇ? あなたみたいな愚民が、私のような崇高なる女王と邂逅したというのに、なんなんですか? ひれ伏す事もせず、あまつさえ無礼を働くという……ねぇ?」

 

「あ、え、えっと……」

 

「と、言うわけでぇーーーー」

 

 

 

真耶はまた、笑顔のまま一夏に高らかと宣言した。

 

 

 

「衛兵っ! この無礼者をひっ捕らえなさいっ!」

 

「っ!? やっべぇっ!!」

 

 

 

一夏は全力で走った。

その後ろからガシャガシャと金属を打ち付けるような音も聞こえてくる。

 

 

「って、衛兵って、マジで中世の騎士とかじゃんかっ!」

 

 

 

鎧を着た城勤の衛兵たちが、剣や槍を持って走ってくる。

その顔は、兜によって見えなくなっているのだが、図体からするとかなりの大男であることがわかる。

 

 

 

「あの者です! 早く首を刎ねてしまいなさい!」

 

「物騒なことを平気で言うなぁ、山田先生っ……!」

 

「待てぇっ! この無礼者がぁー!!」

 

「ってぇ、人増えてるしっ!?」

 

 

 

一夏を必死に追いかける衛兵たち。

しかし、どんなに人を呼んだとしても、一夏の脚には追いつけていなかった。

 

 

 

「な、なんなんだあいつの脚力はっ!?」

 

「本当に人間かっ?!」

 

「ん?」

 

 

 

 

一夏はとっさに後ろを振り向いた。

すると、あれだけ追っかけて来ていた衛兵たちとの距離がどんどん開いて行っているのだ。

距離にしてほぼ20メートルほど……。

 

 

 

(まさか、これって……!)

 

 

 

一夏は曲がり角を曲がった後、目の前に見える窓から、外の風景を確認した。

どうやら、ここは本当に一国の王城だったようだ。

外にも警備兵がいるみたいなのだが、あまり数が居ない。

 

 

 

(ここからなら、いけるかっ?)

 

 

 

一夏は窓から外に出て、城の外へと出た。

高さからして、今いる場所はビルの三階に相当する高さからのようだ。

外には若干ながら、足場があるので、そこを伝って走り抜けていく。

時折足場の無いところでは、飛び越えてみたり、下の階へと飛び移ったり……。

まるで、ストライドをしているかのように、機敏よく走り抜ける。

 

 

 

「やっぱり……っ! この身体能力の高さ……VRMMO内での俺のアバターと同じ能力値っ……!」

 

 

 

全ての筋力や敏捷力、アクロバット性能まで、現実の自分の体ではいまだできるはずもない動きができる。

それを可能とするのは、ISによるシステムアシストと、仮想世界での一夏のアバターのみだ。

一夏は一気に一回まで降りて、近くの茂みに身を伏せて隠れた。

 

 

 

「くそっ、なんて奴なんだ! もう姿が見えん!」

 

「探せっ! まだ王城の中にいるか、出たとしてもそう遠くへは行ってないはずだ!」

 

 

 

ぞろぞろと兵を引き連れて、城の外へと向かっていく兵団長。

そして、城の兵士たちが、ある部屋から次々に剣や槍を持って走り去っていくのを見た。

 

 

 

(あそこは……武器庫か何かかな?)

 

 

 

最後の兵が部屋から出て行った後、一夏はこそっとその部屋へと近づき、音がしないように扉を開け、中に入った。

 

 

 

「おお〜……。さすがは王城だな。剣や槍がたくさんある……」

 

 

 

ロングブレードにショートブレード。ダガー、バスターソード……。スピアにランス……。いろんな武器が勢ぞろいだ。

 

 

 

「うーん……これからのことを考えると、武器くらいは持っておいた方がいいかなぁ〜」

 

 

 

城があることから考えると、この世界の設定は、中世ヨーロッパの時代背景なのだろう。

中にある剣の置き場から、どれが使いやすいかを物色していると、これまた天の巡り合わせなのか、一夏の目に止まった一振りが……。

 

 

 

「これは……片刃の直剣……直刀か?」

 

 

 

こういう剣自体は珍しくもなんともないのだが、剣にしては刀身が細く、剣というよりは刀に近かった。

いわゆる忍刀というものに近いのだ。

 

 

 

「んじゃ、これを拝借しますか……」

 

 

 

 

一夏は一振りの刀を取り、その場を後にした。

再び茂みに入り、身を潜めながら、城門の方へと向かっていく。

しかし、そこにはたくさんの衛兵たちがおり、簡単には突破できそうになかった。

 

 

 

「強行突破……してもいいけど、できれば穏便に済ませたいしなぁ……どうしよう」

 

 

 

辺りを見渡しても、別の入り口などはないし、そもそも王城の敷地が広いため、無駄に散策していると、また衛兵に鉢合わせしかねない。

 

 

 

「はぁ……仕方ない。まだ、城門から出なきゃいけないってルールはないしな」

 

 

 

 

一夏はクルッと後ろを振り返り、目前にある城壁に視線を移した。

一夏と城壁との間にある距離は、およそ5メートルほど……城壁の高さはおよそ15メートルほどだろうか……。

まぁ、普通なら、城壁を越えてこようと思う兵士たちはいないだろう。何故なら、壁を乗り越えるよりも、城門を破壊した方が進軍はしやすい。

だが、その裏をかいてしまえば、誰も城壁を乗り越えると思う者がいないということにも繋がるわけだ……。

 

 

 

「すぅー……はぁー……」

 

 

 

深呼吸を一回。

そして、一夏は勢いよく助走して、城壁に向かってジャンプした。

 

 

 

「フッーーーー!!!」

 

 

 

スタタターーーー!!! っと、城壁を走る一夏。

その姿を見ていたものは誰一人としていないのだが、もしも目撃者がいたのなら、まさに度肝を抜く光景だったことだろう。

一夏は15メートルほどある城壁を走り登って、壁の頂上に立った。

 

 

 

「ふぅ〜……。《ウォール・ラン》もできるみたいだし、やっぱり、アバターの『チナツ』と同じ身体能力を持ってるみたいだな……。

さてと、まずは情報収集からだな」

 

 

 

 

一夏はその場から飛び降りて、鬱蒼と生い茂る森の中へと、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

 

 

 

一方、アインクラッド第49層《ミュージエン》の市街区では、和人が荒い息を吐きながら、身を潜めていた。

 

 

 

「キ〜リ〜ト〜? どこぉ〜?」

 

「くっ……サチッ……!」

 

「どこかなぁ〜? 追いかけっこの次はかくれんぼぉ〜? ふっ、ふふっ、ふははっ……!」

 

 

 

 

まるで魂のない抜け殻の体が、操り人形のようにぎこちなく歩いている。

禍々しい瞳に、右手には妖刀を持つ少女。

かつて和人がまだ、キリトだった時に、救うことのできなかった少女……小規模なギルド《月夜の黒猫団》の紅一点だった、サチ。

そんな彼女が、死んだはずの彼女が、同じ空間にいて、自分を殺そうとしている。

和人自身、わかっているはずだった。

彼女は偽物なのだと……。

今回の騒動を引き起こした者が、過去のSAOのデータを読み込んで、サチを呼び起こしたのか、それとも和人の記憶の奥深くにあるサチに関する記憶情報を読み取ったのかはわからないが、

随分と悪趣味のような気もする。

 

 

 

「くそっ……!」

 

 

 

和人は駆け出した。

はじめは森の方で始まった戦闘。

しかし、視界が遮られる上に、雪が降る森の中は危険だと判断し、和人は再び町の中へと入った。

本来、街の中で戦闘はできない。

いや、できることはできるのだが、どれだけ攻撃しようが、HPゲージが減ることはない。

必ず攻撃に対するノックバックが起こるだけだ。

そこに例外があるとすれば、デュエルの申請を行った者同士が戦うという行為だけだ。

だが今は、そのようなかつての常識が通用しない……いや、機能していないと表現した方がいいのだろう。

街には誰もいない……プレイヤーはおろか、NPCすらもいない。

いるのは和人と、狂乱したサチの二人だけだ。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……このままじゃ、俺の方が先に倒れるかな……」

 

 

 

先程から動き回っているのだが、何せ場所が場所であるためから、寒さで動きが鈍くなる時がある。

だいたい和人の装備自体が、SAO開始初期の状態であるのが一番の原因なのだが……。

 

 

 

「なんか、着るものはないのか……?」

 

 

 

昔のようにウインドウが出せるわけでもない……だからと言って、周りに上着になるようなものが落ちているわけでもないのだが……。

 

 

 

「んっ……武器屋……あるかな?」

 

 

 

ここに来ても、ゲーム脳が変わることはないようだ。

和人はサチに見つからないように、裏道や細道を使い、街の中心地へと向かった。

今立っている場所が、旧アインクラッドを完璧に模倣しているとしたら、建物の場所もそのままのはずだ。

和人はかつて立ち寄ったことのある武器屋に向かって走った。

すると、その予想が的中したのだ……。

和人の目の前に、雪を覆い被さった武器屋の屋根が見えた。

近づいてみると、武器や防具なども色々と残された状態になっている。

 

 

 

「アイテム欄が出ないって事は、そのまま装備できるんだよな?」

 

 

 

 

和人は中に飛び込んで、上着が置いてある場所を片っ端から漁り始めた。

すると、待ち望んでいた一品を発見する。

 

 

 

「おっ、防寒仕様のコート!!」

 

 

 

黒い生地にファー付きのロングコートを発見した。

和人は背中に背負っていた剣帯を一度外し、その身にロングコートを羽織った。

そのコートを着ているだけで、今までの寒さが消えて無くなるような感覚を得た。

 

 

 

「ふぅー……あとは、武器もなんかないのか?」

 

 

 

せっかくの武器屋なのだから、防具もそうだが、武器も取り揃えているのなら、今の武器よりもいいものを調達したいものだ。

 

 

 

 

「《アニール・ブレード》よりは、いい奴があってくれよっ……!」

 

 

 

何度かサチと斬り合ってみたが、やはり武器のレベルが違いすぎた。

 

 

 

(サチの刀……あれはもはやエンシェント級のもんだぞっ……!)

 

 

 

それに対抗できる武器となると、同じエンシェント級のものか、それ以上のもの用意するしかないのだが、今現在の階層は49層。

それなりのものを用意できるとしても、何度か打ち交わせば、たちまち耐久力は削られてしまうだろう。

 

 

 

「っ! よし、こいつがあるなら、少しはいけるかっ……!」

 

 

 

和人らそこにある一本の剣をとった。

それはかつて中層域で和人が使っていた片手剣《クイーンズ・ナイトソード》だった。

第50層のボスモンスターのラストアタックボーナスで手に入れた片手剣《エリュシデータ》を入手する前まで、ずっと使っていた剣。

その剣を右手に握り、《アニール・ブレード》を左手に握りしめた。

 

 

 

「……。今のサチ相手に、剣一本じゃ心許ないか……」

 

 

 

外見はサチそのものだが、その強さは尋常じゃない。

SAOにはそもそも、遠距離攻撃用の装備はなかった。それでも遠距離攻撃ができるものがあるとすれば、それは《投剣スキル》くらいなものだった。

ましてや、氷や炎といった、属性が付く攻撃なんてものは存在しない。

しかし、サチの持っている刀は、その刀身から溢れんばかりの吹雪が出てきている。

それに、時折その刀身に氷がまとわりつき、氷刃となって斬りかかってくるのだ。

それを踏まえて改めて考える。

この世界は、SAOの世界を基盤にしているが、どうやら、別の仮想世界の技術も取り入れているのではないのか……? と。

 

 

 

「しかしまぁ、それも剣を合わせてみないことには、わからないよな……」

 

 

 

考えていたところで状況は変わらない。

どのみちサチと戦わない限り、この仮想世界からの脱出は無理なのだろうから。

和人は、新たに羽織ったコートを翻し、両手に握った双剣を構えた。

隠れていた武器屋から出て、人目につきやすい大通りに出る。

 

 

 

「ああ〜、キリトォ〜……! 探したよぉ〜」

 

 

 

ズンッ……ズンッ……と、まるで重装備兵の様な足取りでこちらに向かってくるサチ。

SAO時代の彼女をみている和人からしたら、今の彼女の姿は、まるで別人の様にも感じる。

手に持っている武器が、槍ではなく刀であるのもそうだが、その体にまとわりついている侍の鎧甲冑のような防具の所為かもしれない。

狂気的な瞳と笑みを浮かべながら近づいてくる少女は、もはや化け物の様にも見えた。

 

 

 

「あれぇ〜? キリト、着替えたぁ〜?」

 

「ああ……。サチ、お前と戦うのに、これくらいは用意しないとな」

 

「あっはは〜♪ そっかぁ〜……私のために、考えてくれたんだねぇ。嬉しいなぁ〜」

 

 

 

ニコニコと笑うサチ。

だがそんな笑い方をするサチを、和人は見たことがない。

サチはいつも、静かで優しく笑う少女だった。

仲間のケイタ達といる時は、時折声を出して笑っていただろうが、今目の前にいるサチの様に、ニコニコと……いや、外見ではそう見えるが、和人にはニヤニヤとドス黒く薄気味悪い何かが、サチの皮を被って笑っている様にしか見えないのだ。

 

 

 

「……お前はもう、俺の知るサチじゃないんだな………」

 

「えっへぇ〜? 何を言ってるのキリトォ〜? 私はーーーー」

 

「その顔でっ! その声でっ! その名前を呼ぶなあぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

我慢の限界……そして、理性の限界でもあった。

誰がこんなことを企んだのか……そんなのはどうでもよくなった。

とにかく、目の前にいるサチが……いや、サチに化けている何かのことが、許せない……!

和人は両手に持った双剣を力強く握りしめて、サチに斬りかかる。

一度のステップで、大きくサチに近づいて、《クイーンズ・ナイトソード》を振りかぶる。

 

 

 

「はあぁぁぁぁッ!!!!」

 

「アッハッハッハっ!!」

 

 

 

騎士の剣と氷魔の妖刀がぶつかり合う。

誰もいない世界で、黒き英雄と魔の化身が殺しあう。

ただ無情に鳴り響く剣戟だけが、その場を包み込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

「はぁ……はぁ……さっすがっ、デスゲームを生き残った勇者の一員ってとこっスかねぇ〜?」

 

「…………」

 

「それに、ISに触れてまだそんなに経ってないはずなんスけどねぇ〜……アスナさんって、意外に戦いの才能あるんじゃないっスか?」

 

「そんなの、あったって嬉しくないわよっ……!」

 

 

 

 

 

場所は変わって、再び京都上空。

時間的に、一夏が学園に戻り、学園を強襲してきた無人機ISの相手をしている頃だろうか……。

実家の結城家の呼び出しによって、本家のある京都に帰省していた明日奈。

いきなりの強制お見合いの話を母から聞き、どうしたものかと思っていた矢先、学園では無人機のISが強襲をかけてきて、それと同時に学園のシステムにハッキングが仕掛けられたと、娘であるユイから聞いたのだ。

そして、システムの内と外の両方から、システム奪還のためにシステムクラックを行っていると聞いたが、その内部からのシステムクラック中に、恋人である和人と、親友の刀奈がトラップにかかり、意識を取り戻せないという状況に陥っていると……。

そのため、学園へ戻ることを強く止める母を振り切り、明日奈は自身の専用機《閃華》を纏い、急いで学園に戻ろうとした……。

が、その行く手を阻もうとする者がいた。

《亡国機業》のメンバーである少女、レーナだった。

イギリスから強奪してきた第二世代型IS《メイルシュトローム》を改造した、第三世代型IS《ラプター》を駆り、圧倒的な射撃、砲撃、狙撃で、明日奈の接近を拒み続けている。

 

 

 

 

「ここまで戦いが長引くなんて、想像もしなかったっス……いやぁ〜、本当に凄いなぁ〜!」

 

「そう……でも、それももう終わりよ……っ!」

 

「ん?」

 

 

 

 

明日奈の言葉に、レーナは頭を捻った。

すると、レーナの専用機《ラプター》から、多数の敵ISの接近を知らせる警告音がなった。

 

 

 

「あらら……増援が来ちゃったっスか……」

 

「そうね。どうする? このまま戦って捕まるのもいいし、逃げてもいいし……。

私は今、あなたの事なんかよりも、もっと大事な用があるし」

 

「………………」

 

 

 

レーナはうつむき、黙り込んでしまった。

ようやく自衛隊所属のIS部隊が到着し、明日奈は一安心だった。

いかに量産型の機体であったとしても、乗っているのは、IS操縦に長けたプロだ。

それが五機も来たのだから、レーナは撤退するはず……そう思っていた。

 

 

 

「仕方ない……やりたくなかったけど、やっちゃうっスね」

 

「え………?」

 

 

 

 

レーナはそういうと、明日奈から離れて、こちらに向かってくるIS部隊に向かって飛んだ。

そして、ある程度明日奈との距離を取ると、そこで止まり、IS部隊を真正面に見る。

 

 

 

(なに? まさか、本気でやり合うつもりなの……?)

 

 

 

ISは、たった一機だけでも、国家を転覆させられるほどの機能と武装を持っている。

それが五機集まっているとなると、その戦力は計り知れないはずだ。

だが、明日奈は目の前で稼働しているレーナの専用機の武装をみて、驚愕の表情を作った。

右のアンロック・ユニットに装備された砲身が、ガチャっと音を立てると折りたたみ式の様になっていたのか、先程までの砲身の長さの実に二倍近い長さになり、手に持っていたビームライフルと、その長くなった砲身を連結させたのだ。

 

 

 

「っ!? 待って、まさかっ、そこから撃てるのっ!?」

 

 

 

 

距離はゆうに100メートル以上は空いている。

そして先程、明日奈と交戦した時には、大砲とビーム攻撃の射程は、さほど長くはなかったが……もし、一番最初の超長距離狙撃による砲撃が、今目の前で露わになっている形態によるものだったら……。

 

 

 

「待ちなさいっ!!!」

 

 

 

 

明日奈は慌ててレーナのところへと向かった。

《閃華》のブースターを最大出力で吹かして、手に持っている《レイグレイス》の切っ先を、砲身へと向けた。

 

 

 

 

「そんじゃあ、逝っちゃいなよ……っ!」

 

 

 

 

ニヤリと笑うレーナ。

その砲口は、まっすぐIS部隊に向けられている。

 

 

 

「マキシマムカノン……ハイパーバーストッ!!!!」

 

 

 

砲口に収束する赤黒い光。

それがハンドボールくらいの大きさに収束し終えたと思ったその時、赤黒い閃光が、一気に放たれた。

 

 

 

「死んじまえぇぇぇぇッ!!!!」

 

「ダメェェェェェッ!!!!!!!」

 

 

 

砲口からビーム砲撃が放たれた瞬間、突如砲身の先端部分に、水色の閃光が突き刺さった。

その正体は、明日奈の放った細剣のソードスキル《リニアー》だった。

それによって、当初は五機のIS全てを飲み込むレベルの巨大なビーム砲撃が逸れて、なにもない空に向かって飛んで行った。

 

 

 

「チッ……! 余計な事をしてくれたっスねっ!」

 

「させるわけがないでしょっ!」

 

 

 

レーナは明日奈が今までにみた事ないくらいにキレた形相をすると、砲身を再び折りたたんで、ライフルを量子変換で格納し、ビームサーベルを取り出す。

 

 

 

「ほんと、アスナさんはウザいっスねっ!」

 

「っ!!」

 

 

 

赤黒いビームの刃と、白銀の剣が交錯する。

激しい閃光が迸り、地上にいる者たちも、その光に当てられて逃げ惑う。

 

 

 

 

「くっ!!」

 

「ところでアスナさん」

 

「っ……なにっ?」

 

「あそこでアスナさんを見ているのって、お母さんっスか?」

 

「っ?!」

 

 

 

 

レーナの言葉に、明日奈は戦慄した。

レーナの視線の先……戦闘中に、いつの間にか結城家本家のある場所まで戻って来てしまっていたらしい。

いや、これはレーナによって、引き戻されたと言った方がいいのだろうか……。

とにかく、レーナの視線の先には、先程まで集まっていた結城家の面々が、明日奈とレーナの戦闘をマジマジと見ていたのだ。

 

 

 

「いけないっ! 早く逃げてっ!!!」

 

「家族の前でいい格好しようとしなくてもいいっスよっ? どうせ、もうそんな事できないっスからねッ!!!」

 

「っ!!??」

 

 

 

 

明日奈との鍔迫り合いをやめ、レーナは結城家本家へと向かって行った。

 

 

 

「っ!? 待ちなさいッ!!!!」

 

 

 

レーナの考えていることがわかった。

そして、それを証明するかの様に、《ラプター》の砲身が、結城家本家へと向けられる。

その様子は、当然結城家の面々にも確認できている。

 

 

 

「お、おいっ……! あいつ、こっちを狙ってないか?!」

 

「や、やべぇってっ!! 早く逃げないとっ!!」

 

「うわあぁぁぁ!!! し、死にたくないぃぃぃっ!!!!!」

 

 

 

まるで鳴き叫ぶような声で走って逃げる者たち……その場で動かずに、腰を抜かして座り込む者たち……大切な家族を守らんとしているのか、自分の体で覆い隠すように抱きしめる者たちもいる。

 

 

 

「バイバーイ♪」

 

 

 

《ラプター》の砲口から、赤黒い閃光が放たれた。

威力はハイパーバーストよりも低いが、それでも、人間を消し炭にすることなんて容易なレベルの威力は持っている。

禍々しい光の奔流は、結城家の頭上へと落ちてくる。

 

 

 

「うわあああぁぁぁぁッ!!!!!!!」

 

 

 

しかし、その奔流が、結城家面々に直撃することはなかった……。

降り注ぐ禍々しい光を、たった一機のISが受け止めていたからだ。

 

 

 

「ぐっうううくうっ…………!!!!」

 

「っ!!? 明日奈ッ!」

 

 

 

 

京子が叫んだ。

そう、その砲撃を受け止めていたのは他でもない、娘の明日奈だったのだ。

しかし、明日奈の駆る専用機《閃華》は高機動近接戦闘型の機体だ。

機体性能は機動力重視になっているため、そもそも防御するための装甲が薄い上に少ない。

そのため、左右のアンロック・ユニットから、高機動パッケージ《乱舞》の小型ブースターを取り払い、元々薄い盾だったものを二つ掛け合わせ、あとは《レイグレイス》の刀身をビームに当てて受け止めていた。

しかし、そんな物……もはや紙装甲でしかない。

 

 

 

 

「あっーーーーーー」

 

 

 

明日奈の視界が、真っ白に包まれた。

突然爆発が起きて、明日奈はそのまま地上へと落ちる。

 

 

 

「あ、明日奈っ……!? 明日奈っ!!!!」

 

 

 

京子が走り寄ってくる。

ISは解除されていない……つまり、絶対防御が働き、明日奈の命は守られたということだ。

しかし、そんな知識が頭にはいっていようと、目の前で家族である娘が傷ついた姿を見て、京子は発狂寸前に陥っていた。

 

 

「明日奈っ!!? 明日奈っ、しっかりしなさいっ! 目をっ、目を開けてちょうだいっ!!!」

 

 

 

京子が必死に叫んだ。

すると、それが功を奏したのか、明日奈が薄っすらと目を開けた。

 

 

 

「っ………うくっ……お母、さん…?」

 

「っ!? 明日奈っ!?」

 

「ぐっ、くうっ……!」

 

「っ!? 何してるのっ?! 動かないでっ」

 

「だめっ……今、ここで止まってちゃ……!」

 

 

 

ボロボロになった《閃華》の装甲が痛々しく映った。

しかし、そうも言っていられない。

何故なら、頭上からは《ラプター》が再び照準を合わせて、狙いを定めているからだ。

 

 

 

「くっ……! やらせっ、ないっ………!!」

 

「おっほぉ〜♪ 頑張るっスねぇ〜……そんなにボロボロになってでも戦おうってんですからねぇ〜……」

 

「うる、さいっ……!」

 

「あ、明日奈……っ!」

 

「でももう、それも終わりっス……!」

 

 

 

《ラプター》の砲口に、再びエネルギーが収束していく。

しかし、その砲撃が発射されることはなかった。

 

 

「チッ……なんスかっ?!」

 

 

 

レーナが視線を移す。

するとそこには、先ほど撃ち漏らした自衛隊所属のIS部隊の面々だった。

彼女たちが、レーナに砲撃をさせまいと、銃撃を始めたのだ。

そのおかげで、レーナの注意はIS部隊の者たちに向けられた。

 

 

 

「そこまでだっ!」

 

「すぐに投降し、ISを解除しなさいっ!」

 

「おうおう〜、さっきはあそこで倒れてるアスナさんのおかげ助かったくせに、随分とでかい口を開くっスねぇ?」

 

「貴様っ……!」

 

「各自散開っ! なんとしても確保しろっ!」

 

 

 

五人が五人ともバラバラに散開し、レーナへと攻めていく。

その内の一人が、地上へと降りてきて、明日奈へと近づく。

 

 

 

「さっきはありがとう」

 

「いえ、そんな……」

 

「ううん……あの時、あなたが射線をずらしてくれなかったら、私たちは今頃、地に落ちていたでしょうね。

だから言わせてほしい……っ! 助かったわ、ありがとう……!」

 

「っ……はい…」

 

 

 

「それじゃあ」と言って、隊員はレーナの迎撃に加わった。

しかし、直にレーナからの砲撃を受けた事といい、直接交戦したから分かるが、レーナの《ラプター》の性能は第三世代型のISの中でも群を抜いてトップに立てるだろう。

そんな機体に、量産型である第二世代型のISが、どこまで対抗できるものなのか……。

 

 

 

「ん……くっ……」

 

「明日奈っ、大丈夫?!」

 

「うん……なんとか……。この子が守ってくれたから……」

 

 

 

明日奈は身につけていた《閃華》の装甲を撫でる。

先ほどの攻撃を受けたせいで、《閃華》のエネルギー残量は少なくなり、装甲や武器なども消耗していた。

明日奈はそのまま起き上がり、立ち上がろうとするが、体が思い通りに動かない。

 

 

 

「まだ、ここで終わるわけにはっ………」

 

「もういいからっ、そのままじっとしていなさい! あなたはもう戦わなくていいのっ!」

 

「お母さん……」

 

「明日奈っ、あなたはこんなところで死んでいい人間じゃないのよっ?! あなたには才能がある。才能ある人間が、なんで死に急ぐようなことをしなくちゃならないのっ!?」

 

「…………」

 

「だからあなたはこっちに来なさいっ……。あなたが在るべき場所は、そこじゃないんだから……っ!」

 

 

 

 

京子が手を伸ばし、明日奈の腕を掴もうとするのだが、その手は空を切った。

そう、明日奈が拒んだのだ……。

明日奈はそのまま立ち上がり、再び京子に背を向けたまま、前に進んでいく。

 

 

 

 

「明日奈っ!!」

 

「ごめんね、お母さん。私、ずっと考えてた事があったの……」

 

「な、なによ、いきなり……」

 

「私ね、ずっとお母さんの言うように進んで来た。中学、高校の進路も、そのために頑張って通った塾だってそう……。

お母さんの言う通りにすれば、確かにいい道は歩めたよ……でも、それが本当に、私のやりたい事だったのかって……ずっと考えてた……」

 

「明日奈……っ」

 

「そして今、私には、一番やりたい事がある……っ! 私が、私自身で決めた事……私が、成したい事が見つかったの……。

私の大好きな人が、今ピンチになっているの……その人を助けて、守りたい……その人も、私を守ってくれるし、助けてくれる。

そんな、背中を預け合えるような……信頼し合えるような人がいるの……。だから、私は助けに行くよ……っ! たとえそこが、どんな戦場だって……っ!!!!!」

 

「っ!? 明日奈っ、待ちなさーーーー」

 

「ごめんね、お母さん……っ!」

 

 

 

 

京子が慌てて伸ばした右手は、明日奈に触れる事が出来なかった。

明日奈は飛び立っていったのだ。

ボロボロの機体のまま……。

 

 

 

「ごめんね、《閃華》。もう少しだけ、もう少しだけでいいからっ……私に、力を貸して……っ!」

 

 

 

ボロボロになった《レイグレイス》を片手に、明日奈は戦場に飛び立つ。

機体の損傷は著しい。

正直、足手まといどころか、死にに行くような蛮行だろう。

それでも、かつて自身の手に握った武器を握りしめて、もっとも危険な戦いに身を投じたのは……。

 

 

 

 

 

「おやおや? アスナさんじゃないっスか〜? どうしたんです? そんなボロボロの機体で……。

まさかとは思いますけど、死にたいんスか?」

 

「残念だけど、違うわっ……!」

 

「じゃあ、何をしに来たんスか? 機体はボロボロ、満身創痍……武器だってそんな状態じゃあ、まともに戦えないでしょうに……」

 

 

 

 

呆れた……そんな感情をむき出しにして、レーナはため息を吐いた。

 

 

 

 

「アスナさん……確かに自分はアスナさんのことをスゲェーって尊敬するっスよ? でもね……そんな体で何ができるんスか?

そんな状態のアスナさん倒しても、自分、全然嬉しくないんスけど」

 

「そうよね……。でも、私にだって、意地があるの……っ!」

 

「…………」

 

「昔と何も変わらない……たった一つのことよ……」

 

「それは?」

 

「私の大切な人たちや物は、絶対に守ってみせるっ……ただ、それだけっ!!!!」

 

「そうっスか……なら、自分の邪魔になる存在って事で、消えてくださいっス……っ!!!!」

 

 

 

 

《ラプター》のマキシマムカノンに、エネルギーが充填していく。

対して明日奈は、剣一本で立つ向かっていく。

 

 

 

「《閃華》っ……!!!!」

 

「遅いっスよッ!!!!!」

 

 

 

 

マキシマムカノンが放たれた。

赤黒い閃光が明日奈を包み込んで行き、京都の空を駆け抜けた。

そこには何も残っておらず、誰もが明日奈の死を悟った。

 

 

 

 

「あっははははッ!! なんスかこれっ!? あんだけ息巻いておきながら、結局消し炭すら残らず死ぬなんて……っ!

あーあ……これだから偽善を平気で口走る馬鹿どもはっ……」

 

 

 

明日奈の姿がなくなって、レーナは内心に溜まっていたものを吐き捨てるかのように喋る。

しかしそんなお喋りは、《ラプター》から鳴らされた警告音によってかき消された。

 

 

 

「っ?! なんスか……? っ、敵機っ?! どこにっ……上っ?」

 

 

 

《ラプター》が警戒する方へと視線を向けた。

そしてそこにいたのは、膨大な光を放つ一機のISだった。

 

 

 

「なっ!? なんでっ……どうしてっスかっ!!?」

 

 

 

そしてそのISを身に纏っている人物。

まぎれもない、明日奈だった。

 

 

 

 

「これって……一体……っ?!」

 

 

 

全身を覆う光。

そしてその現象がなんなのかは、自身の相棒が教えてくれた。

 

 

 

 

ーーーー搭乗時間の経過、戦闘経験による必要経験値の習得を確認。《初期化》及び《最適化》を開始します

 

 

 

《閃華》のシステムが、自動的に更新されていく。

それに連れて、身に纏って来た機体の装甲の形が、みるみるうちに変わっていく。

この現象を、明日奈は知っている。

何せその瞬間を、夏の臨海学校の際に見ているからだ。

時間の経過とともに、独立した自己認識を持つISが行う《初期化》と《最適化》……それ即ち、『形態移行』の始まりだった。

 

 

 

 

「………《二次移行(セカンド・シフト)》っ……!」

 

 

 

 

レーナの口から、言葉が漏れた。

そう、ある一定の搭乗時間と戦闘経験を経て、ISが搭乗者に最も最適な機能や装備を生み出し、進化する。

それが『形態移行』なのだ。

そして、明日奈の専用機《閃華》は、『一次移行』を終えている……ならば、この形態移行は、第二の進化……つまり『二次移行』だ。

 

 

 

「《閃華》……っ!」

 

 

 

 

明日奈が驚いている間にも、愛機《閃華》はどんどん変わっていく。

アンロック・ユニットは盾が除外され、大型のブースターが二基に変化し、手脚の装甲も厚くはなったが、今までのように流麗なフォルムは保っている。

そして、背中、両脚、両腕に二枚ずつ、センサーブレードと呼ばれる白い羽根が出現した。

一番大きい背中の二枚。それよりも一回り小さな両脚の二枚。両腕のは、短剣よりも小さな羽根だった。

青色と白色のツートンカラーに染まった大型ブースター。

そのほかにも、明日奈の体を覆う装甲は、ほぼ白色を基調としているが、細部には青色が見て取れる。

 

 

 

「可変式大型イオンブースター……っ、対物センサーブレードが六本……腕に付いてるこれも?

これが、『二次移行』した、新しい《閃華》?」

 

 

 

 

『初期化』と『最適化』が終了し、新たな姿として降臨した明日奈とIS。

明日奈は新しくなった愛機から表示された、その名前を呼んだ。

 

 

 

「《閃姫(せんき)》……っ」

 

 

 

『華』ではなく、『姫』へと変化していた。

ならばこの姿は、ある意味では『姫騎士』と呼ばれる何かの物語の主人公の様な意味を含んでいるのかもしれない。

明日奈は自身の武器を手に取り、鞘から剣を引き抜いた。

 

 

 

「《トライジェントライト》……っ!》

 

 

 

手にした武器は、一見すると片手剣のように見える……が、その刀身の細さは、細剣を彷彿とさせるものだった。

しかし、《ランベントライト》とも、《レイグレイス》とも違う。

形は《レイグレイス》に似てはいるが、その剣から感じる威光のようなものは、二振りの剣とは似ても似つかないだろう。

《トライジェントライト》……簡単に直訳するならば、『刹那の光』。

それはまさしく『閃光』。

細剣の刺突技と、片手剣の斬撃技や打撃技にも用いれる要素が加わった新たな愛剣の姿に、明日奈は一瞬飲み込まれていた。

そして、その剣を一度左右に振り切って、改めてレーナを視界に収めた。

 

 

 

 

「ごめんね、お待たせしちゃって。じゃあ、そろそろ決着をつけましょうか……」

 

 

 

 

明日奈が《トライジェントライト》の切っ先を、レーナに向けた。

 

 

 

 

「いくよっ、《閃姫》っ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 






次回は、明日奈とレーナの決着。
それから、一夏の仮想世界での行動を書いていこうと思います。


……思ったよりも、ワールドパージ編が長引きそうな予感が( ̄^ ̄)


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第100話 白雪姫の世界Ⅰ


ようやく、ソードアート・ストラトス、第100話の更新です(^ ^)

いつの間にかここまで来ていたなぁ〜と実感しています^ ^




「はっ……はははっ……!」

 

 

レーナの口から、不思議と笑みが溢れていた。

 

 

 

「凄いっ……! 凄いっスよ、アスナさんっ!」

 

 

 

高揚した感情を全身から溢れんばかりにあらわにするレーナ。

その視線の先には、『二次移行』を終え、新たな姿となって現れたIS《閃姫》と、それを纏う明日奈がいた。

 

 

 

「わっははっ! 凄い凄いっ! ISの形態移行をこんな時にこんな場面で見れるなんてっ……!

自分はほんと運が良かったっスよっ!!!!」

 

 

 

まるで子供のようなはしゃぎっぷりだ。

だが、そんな言葉に耳を傾けることなく、明日奈はただ、レーナを見ているだけだった。

新たな剣……《トライジェントライト》を左右に振ると、勢いそのままに斬りかかる。

 

 

 

「なんスかなんスかっ?! なんで無言で斬りつけに来るんすかっ?!」

 

「悪いけど、あなたに構うつもりはもうないわ。速攻で終わらせて、私は学園に戻る……っ!」

 

「あっははぁー!! つれないこと言わないでくださいよぉ〜! これからじゃないっスかっ!!!!」

 

 

 

レーナはビームサーベルを展開すると、明日奈に向かって真っ向勝負を挑んだ。

新調された《トライジェントライト》の刀身はとても鋭利な刃になっているみたいで、ビームサーベルの出力が少しでも落ちたのなら、たやすく斬り刻まれていることだろう。

そしてよくよく見ると、刃の表面が細かく揺れているようにも見えるのだ。

 

 

 

「この振動しているのはっ……!」

 

「この《トライジェントライト》は、エネルギーを纏って、超過振動波の刃を作れるの。

並大抵のものならあっさり斬れるわよ?」

 

「っ……!」

 

 

 

明日奈の眼を見るに、おそらく嘘は言っていないのだろう。

そう感じた瞬間に、レーナにも危機感のようなものが芽生えた。

このままでは、確実に明日奈に斬り刻まれてしまう。

今はまだ対応できるが、彼女がソードスキルを使ったのなら、連撃に優れた細剣のソードスキルは、ある意味脅威だ。

さすがのレーナでも、連撃タイプのソードスキル全てに対応するのは難しい。

 

 

 

「じゃあ、そんなおっかない武器は、使わせない方が安全んっスよねッ!!!」

 

 

 

レーナは強引に明日奈を弾き飛ばすと、マキシマムカノンの砲身を動かす。

ビームサーベルを格納し、代わりにライフルを展開すると、ライフルを連射して、明日奈との距離をさらに開けた。

 

 

 

 

「形態移行しようとも、遠距離装備がなきゃ、近づけないっしょッ!!」

 

「それはどうかしらっ!!」

 

 

 

明日奈は上空へと上がり、レーナの射撃を躱した。

 

 

 

「ブースター、オンッ!」

 

 

 

《閃姫》のアンロック・ユニット……新たに出現した可変式大型イオンブースター。

細長い長方体型のブースターが大きく開くと、横に飛行機の羽根のようなものがスライドして現れる。

そして次の瞬間、大量の炎が噴き出る。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

突如、明日奈の体を途轍もないGが襲った。

 

 

 

(これは、想像以上に来るなぁ……っ!)

 

 

ISからの情報は入って来てはいた。

しかし、情報から得た物と、実際に受けている感覚は別のものだ。

想像以上の衝撃に顔をしかめながらも、明日奈は歯を食いしばり、レーナを視界に捉えた。

 

 

 

「途轍もない速さっスねっ……! だけど、だから何だって言うんスかッ!」

 

 

 

レーナは明日奈に狙いを定めて、高速で連射していく。

放たれた粒子ビームは、多数明日奈に向かって飛んでいく。

しかも今は高速機動中のため、躱すのは容易ではないはず……だった。

 

 

 

「《閃姫》ッ!」

 

「っ………!!?」

 

 

 

飛んでくる多数の粒子ビーム。

明日奈はそれを、躱すのではなく、あえて突っ込んで行ったのだ。

レーナはその行動に驚きを隠せないでいた。

しかし、さらに驚くこととなった。

《閃姫》のイオンブースター、そして、体の各所にあるセンサーブレードが動くことで、高速機動中にも関わらず、急な方向転換を行なったのだ。

 

 

 

「なっ!? なん、スか、それっ!?」

 

 

 

レーナはマキシマムカノンも使い、明日奈を絶対に近づけさせないように発射する。

巨大な粒子ビーム砲撃が明日奈を包み込もうとするも、再びブースターが右に向くと、炎を噴かして、左へと回避する。

 

 

 

(あのブースター、左右に振れるんスかっ……!? これは、想像以上にやばいっスね……っ!)

 

 

 

砲撃に徹していたレーナは、すぐにその場を動いて、射撃ポイントを変えていく。

 

 

 

「チッ、思っていたよりもっ……やるじゃないっスかっ!」

 

「どうしたのよ、さっきまでの余裕は……?」

 

「っ……調子に乗ってんじゃねぇースっよっ!!!!」

 

 

 

明日奈の分かりやすい挑発に、レーナは乗ってきた。

よほど余裕がなくなってきているのか、あるいは、何か策があるのか……。

しかし、今まさに進化したばかりの機体のデータなんてものはないはずだ。

そして、過去、現在においても、明日奈のような装備をした機体はない。

彼女が乗っている速度重視で開発が行われているテンペスタⅡの機体でも見たことがない。

まさに、新型と呼べるものだろう。

そんな未知数の新型に、どう対応しようというのか……。

 

 

 

 

「くそっ、さすがに機動性では分が悪すぎるか……っ! だがっ!」

 

 

 

 

ライフルによる射撃から一変、マキシマムカノンによる砲撃。

しかし、またしてもブースターとセンサーブレードが稼働し、砲撃を躱す。

おそらく、センサーブレードである程度の砲撃予測を立てているのだろう。

まぁ、それは大抵の射撃武装を積んだISならば持っていても不思議ではない……だが問題は、それがただ攻撃予測しかしないのと、そうでないのとの違いだ。

明日奈の駆る《閃姫》のセンサーブレードは、わずかな動きを見せる。おそらくそれにより、センサーブレードが受けた空気抵抗を利用して、体勢を変えているのだらう。

それに付け加えての、ブースターの方向転換によって、急な姿勢変更や方向転換を可能にしているのだ。

イギリスのBT兵器や中国の空間圧縮兵器、ドイツの慣性停止結界など、特殊武装の開発は色々と進んでいるが、機動性に富んだ特殊武装というのは、本当に初めてだ。

この機体を、初見でここまで使いこなしている明日奈もまた、戦闘能力の高さを感じさせる……。

 

 

 

「チィッ……! 当たらないっ!!?」

 

「今の私はっーーーー」

 

「っ!!?」

 

「どんな敵にだって負けない自信があるわッーーーー!!!」

 

 

 

砲撃の隙を突いて、明日奈は一気に加速し、レーナの間合いに一瞬で入った。

そして、鋭く光る《トライジェントライト》の刃を、思いっきりレーナに対して振り下ろす。

レーナもとっさにビームサーベルを取り出し、明日奈の斬撃を受けた。

が……。

 

 

 

「ぬうっ?!」

 

「はあああぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

ブースターの出力が上がっていき、だんだん押され始めるレーナ。

しかし、そう思ったのもつかの間だった。

いつの間にか、明日奈の勢いに負けており、機体もろとも明日奈に押し出されていた。

 

 

 

「ぐっ……!!! 一体っ、何をするつもりっスかっ!?」

 

「ここで戦ってたら、周りに迷惑でしょうっ!?」

 

 

 

 

京都の街並みが小さくなったと思いきや、今度は違う景色が見えてきた。

京都と隣接する県……奈良県だ。

奈良の街並みが見えたと思いきや、一気にそこを通過して、今度は山々の景色に。

伯母子山、釈迦ヶ岳、大台ヶ原山の三つの山が見えて、そこも超えていく。

そして、そのまた隣接する和歌山の空を飛んでいくと、あとはもう周りは海だけになる。

ここでレーナは、ようやく明日奈を振りほどく事が出来たのだが、あまりの勢いに、体勢を立て直すのも難しかった。

 

 

 

 

(あの一瞬でここまで飛ばされたんスか……っ! どこまで規格外なんスか……)

 

 

 

錐揉み状になりながらも、ようやく体勢を立て直したレーナ。

レーダーを使って明日奈の位置を確認する。

 

 

 

「っ、上っ!?」

 

「はあああッ!!」

 

 

 

ものすごいスピードで落下してくる明日奈。

そのまま《トライジェントライト》で斬り込んでくるが、レーナはあえて受けることはせずに、僅かに体を動かして躱した。

 

 

 

「背中がガラ空きっスッ!!!!」

 

 

 

マキシマムカノンの放つ。

が、又してもブースターを左に向けて、急速に右へと方向転換する。

明日奈を通り過ぎていくビーム砲が海に着弾すると、海水が大きく跳ね上がり、大きな水柱となる。

 

 

 

「そろそろ決めないと、ここでも被害がっ……!」

 

 

 

マキシマムカノンの威力は想像を絶するものだ。

海上での戦闘とはいえ、その影響が街に及ばないと言うことはないだろう。

明日奈はそのままの勢いで旋回して、レーナに再び斬り込む。

しかし、レーナを視界に収めたとき、明日奈は驚くことになる。

 

 

 

「っ!?」

 

「そう何度も、近づけさせないっスよ……ッ!」

 

 

 

マキシマムカノンの折りたたんでいた砲身が伸びて、ライフルと砲身を連結させていた。

ハイパーバーストモードに移行していたのだ。

 

 

 

「ここなら、遠慮なく戦える……そう思ったんスよね? ならそれはっ、自分も同じ事っスよねッ!!!!」」

 

 

 

確かに周りに漁船や貨物船、客船などは見当たらないが、だからと言って、ハイパーバーストを放てば、被害は出るだろう。

だから明日奈は、迷わず突進した。

 

 

 

「撃たせないッ!」

 

「もう遅いっスよッ!!!!」

 

 

 

 

エネルギーが充填されていき、やがて超巨大なビーム砲撃が放たれた。

今度は明日奈の全てを飲み込むレベルの大きさだった。

明日奈は急いでブースターを右に向けて、左へと急速回避し、直撃は免れた。

 

 

 

「まだっ、まだあぁぁぁぁっ!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

巨大なビームの奔流が、明日奈に近づいてきた。

これほどの強力な攻撃を繰り出すのならば、機体は当然、その衝撃に耐えるために、その場で止まっておく必要がある。

だがレーナは、多少の照準誤差を覚悟で、無理やりに砲撃を動かしたのだ。

迫り来るビームの奔流。

あともう少しで明日奈に接触する……と、思われたが、明日奈はさらにブースター出力を上げ、これを回避。

目にも留まらぬ速さで砲撃を躱し、逆に砲撃に沿う様にしてレーナの懐に飛び込んでいった。

 

 

 

「チッ!? しつこいっスね、本当にッ!!!!」

 

「やあああぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

砲撃が終わり、無防備になる瞬間を狙って、明日奈は《トライジェントライト》を構えた。

レーナもとっさに左手にビームサーベルを展開して、対応しようとしたのだが……。

 

 

「っ……!」

 

 

左腕に激痛が走った。

それもそのはずだった……なんせ左腕は、明日奈か《ランベントライト》でつけた刺し傷があるのだから。

 

 

 

(しまったっ……力が抜けてーーーー)

 

 

 

激痛で一瞬力が抜けてしまった。

そして、その瞬間を見逃す明日奈ではなかった。

《トライジェントライト》を下段から、そのまま右斬りあげの軌道で振り切り、レーナのビームサーベルを弾き飛ばした。

そしてそのまま、《トライジェントライト》の切っ先をレーナに向け、ソードスキルを発動した。

 

 

 

「っ、やあああぁぁぁぁッーーーー!!!!!」

 

 

 

黄色く染まる《トライジェントライト》。

そこから流星の如く閃く、連続十連撃。《オーバーラジェーション》だった。

最初の六連撃でマキシマムカノンの砲身自体を細切れにして、残りの四連撃……それを直接レーナにぶつけた。

 

 

 

「はああッーーーー!!!!」

 

「ぐうっーーーー!!!!???」

 

 

 

 

最後の十撃目が、レーナの腹部を突き穿つのではないかと思えるほどの威力で放たれた。

レーナは苦悶の表情を見せて、明日奈は執念の表情を浮かべる。

煌めく黄色い閃光が一瞬だけ大きく迸って、次の瞬間、大爆破を起こした。

《オーバーラジェーション》で破壊したマキシマムカノンの爆発に、ソードスキルの剣圧が掛け合わさったことで起きたのだろう。

明日奈は爆風に押し出されて、大きく後ろへと後退した。

 

 

 

 

「っ……! あの子はっ?!」

 

 

 

あの爆発で、無事でいる事は無いだろうが、それでもISの絶対防御が働いたはずだ……死んではいないだろうと願いたかった。

と、そんな時だった……爆煙が少しずつ晴れていく時、明日奈の視界に、紅い光が見えた。

あれは、レーナが乗っているIS《ラプター》が出していたブースターの明かりだ。

 

 

 

「なっ!? 逃げるつもりっ!?」

 

 

 

レーダーで追跡してみたら、《ラプター》の反応は《閃姫》から遠のいて行っていた。

つまり、あの爆発の瞬間を利用して、明日奈から離れたのだろう。

しかし、かなりの深傷を負っていたはずだが……

 

 

 

 

『ガッ、ゴホッ……! いやはや、まさかここまでしてやられるとは……』

 

「っ!? 通信?!」

 

 

 

突然聞こえてくる声。

その声の主は言わずもがな、レーナだった。

声の感じからして、出会った時の様な元気はない。

それに吐血をしたのか、喋るのも苦しそうであった。

 

 

 

『殺せないどころか、逆にこんな深傷を負わされるなんて、思ってもみなかったっスよ……。

やっぱアスナさん凄いっスね……っ!』

 

「あなたっ、一方的に襲っておいて、今度は逃げるっていうのっ!? そんな勝手な事っ……っ!」

 

『自分でも撤退は甚だ不本意ってやつっスよ。でも、さすがに引き際くらいは見定めなくっちゃねぇ〜。

それに組織だって、自分を失う訳には行かないだろうから、例え捕まったとしても、学園がまた襲撃されるかもですしねぇ〜』

 

「っ!?」

 

 

 

 

弱っていても、やはりレーナはレーナのままだった。

通信越しであり、SOUND ONLYの表示しか出てないため、顔までは見えていなかったのだが、まだ何かを企んでいる様な、あるいは、何かを秘めている様な気がしてならない。

 

 

 

 

『まぁ、今回は自分の負けって事でいいっスよ。でも、次は絶対に負けねぇっス……っ!

次戦う時には、アスナさんの絶望に満ちた泣き顔を、見させてもらうっスからねっ……!』

 

「…………私は、あなたみたいな人には屈しないわよっ……!」

 

『あっははっ! そう来なくっちゃ面白くないっスッ!!!!!』

 

 

 

その言葉を聞いた後、レーナからの通信は切られた。

どんどん小さくなっていく《ラプター》の光を見ながら、明日奈はため息を一つついた。

一気に訪れた安堵感からなのか、急に体が震え始めた。

 

 

 

「はあぁぁぁ〜〜〜〜!! 終わったよぉ〜……」

 

 

 

死ぬかと思った瞬間なんてたくさんあった。

そして、目の前で家族が殺されるのではないかという恐怖も味わった……。

そして形態移行を遂げた、自身の愛機《閃姫》を使ってみて感じた、驚異の機体性能。

それらの事が一度に起きてしまったために、今になって、明日奈の体はその出来事に対しての恐怖を思い知ったのだ。

 

 

 

「でも、こうしちゃいられないんだった……っ! 早くキリトくん達のところに行かないとっ!」

 

 

 

明日奈はIS学園のある方角をレーダーで検索して、再びブースターを点火させた。

青白い光が噴き出て、またしてもトップスピードに乗り、明日奈はIS学園に向かって行ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬱蒼と生い茂る森を、一人の少年が歩いていた。

まだ太陽が天高く上り詰めているというのに、その森は大層葉が生い茂っているため、陽の光が当たらない箇所が多数ある。

昼間でこれなのだから、夜になれば、完全な暗闇となってしまうだろう。

その前に、一番近い街などに出られれば……。

いきなり王城の中に転移してしまった一夏は、城へと続く街道の位置を確認しながら、森の中を歩いていた。

城へと続く街道ならば、その逆の道を行けば、城に近い街並みが見えてくるはずだ。

中世の街並みが、どう言ったものかは一夏も知らないが、東洋だろうと西洋だろうと、大抵の国には、必ず城下町と呼ばれるものがあるはずだ。

この世界がどうしてこの様な時代背景になっていて、どの様な世界観として構成されているのか……?

何故城に住む女王が真耶だったのか?

そして、刀奈はどこにいるのか……?

集められる情報は多いに越したことはない。

 

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

森の中を歩いていると、城に向かってやってくる騎士甲冑の面々が現れた。

その数十五人。一夏は森の中に身を潜めて、騎士達の目を誤魔化す。

 

 

 

「しかし、随分と買いこまされたなぁ〜……」

 

「仕方ない。あの女王は、美容に異常な程のこだわりがあるからな」

 

「しかし、だからと言って普通娘を手にかける様なことするか?」

 

(ん? ……なんの話だ?)

 

 

 

騎士達の話し声が聞こえてきたため、一夏はそっと聞き耳を立てた。

どうやら、この騎士達の目的は、街に行って大量の美容用品を買っていたようだ。

話の流れからすると、その命令を出したのは、間違いなくあの女王だろう……。

しかし、普通は商人達が城へと赴き、自らその商品を捧ぐものではないだろうか?

そして、自身の娘を手にかける……。そんな言葉が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

「献上するような品がないからって、なんで俺たちが一々品を探しに行かなきゃならんのだ……」

 

「女王の命だ……。仕方なかろうよ」

 

「あの女王は異常だよ……宝石よりも自分の方が美しいなんて言ってたぞ?」

 

「あれはもう、美という悪魔に取り憑かれているな……多分」

 

「確かにお美しくはあるが、些か常軌を逸しているのは間違いないか……」

 

 

 

自分の騎士達にここまで言わせる女王は、どうやらとんでもない異常者のようだった。

しかし、肝心の話をまだ聴けていない。

 

 

 

「そう言えば、女王の娘……白雪姫様は、どうなったんだろうな?」

 

(白雪姫っ?!)

 

 

 

白雪姫……。

その名前は、世界の誰もが知っている人物の名前だろう。

 

 

 

(美に執着する女王と、白雪姫……。なるほど、ここは白雪姫の物語を再現しているってわけか……!)

 

 

 

何故白雪姫なのかはわからない。

そして、騎士達の様子から察するに、白雪姫はすでに城からいなくなっているようだ。

おそらくは、女王が魔法の鏡を見て、この世で最も美しい女性の正体に気づいてしまったのだろう。

ならば、物語での女王が取るべき行動といえば、白雪姫を殺し、自分が再び世界一の美女という地位に返り咲きたい筈……。

そのために、魔女に頼んで、毒リンゴを白雪姫に食べさせる筈だ。

この世界での白雪姫が、一体どのような姿で、誰なのかはわからないが、この物語の進行自体が、刀奈を陥れているトラップだというのなら、それを妨害しないに越したことはない。

 

 

 

(この先には、大きな街があるみたいだし……そこに行ってみるしかないな……)

 

 

 

 

一夏は騎士達に気づかれない様に素早く動き、騎士達から遠く離れたところで街道に出て、まっすぐにその道を走って行った。

街に辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

さすがは王城に近い街だけあって、敷地面積も広く、並んでいる商店の数が尋常ではなかった。

それに、ここにも王城の兵士たちが常駐しているみたいで、重装備の甲冑ではないものの、剣や鎧を身につけている兵士たちの姿がちらほら見える。

そして、中央にそびえ立つ石造りの建物が、おそらくは兵士たちの駐留している砦のようだ。

そこを中心に、いろんな店が展開している。

 

 

 

「さてと、まずは情報収集と行きますか……」

 

 

 

一夏は街の中に入り、この街の事や王城での出来事などを聞いて回ることにした。

しかし、さすがに平民の姿をした者が、刀だけをぶら下げてくるのは怪しまれるため、一夏は近くの荷台にあったボロボロの土色ローブを拝借し、その身に纏った。

 

 

 

「さてと……まずは、手取り早く商店街から回るかな……」

 

 

 

一夏は商店が立ち並ぶエリアに入り、有益な情報を持っていそうな人物を探し始めた。

しかしながら、例えここが仮想世界であったとしても、商店の賑わいはどこの世界も変わらないのか、ここの商店街もまた、大いに活気で満ちていた。

 

 

 

「いらっしゃいいらっしゃいぃ〜〜!! 今日はお野菜がお買い得だよぉ〜!」

 

「ヘェ〜……ここも普通の商店街と同じなんーーーー」

 

 

八百屋の店主は女の人のようで、珍しいなぁと思っていた。

しかも、声のトーンが若々しいため、二十代か、もしくは十代の女性なのではないか? と思ってしまうほど……。

一夏はそんな働き者の女性の方に視線を向けた。

しかしそこにいたのは、驚くべき人物だったのだ。

 

 

 

「た、た、たたっーーーー!!!!」

 

「ん? どうしたんだい、お兄さん?」

 

「谷本さんっ!!??」

 

 

 

赤みがかかった髪を、低い位置でツインテールに縛っている少女。

何を隠そう一夏のクラスメイトであり、『七月のサマーデビル』という異名を持つ谷本 癒子その人だったのだ。

 

 

 

「タニモト? 私の名前はユコよ?」

 

「あ、あぁ……そうなんだな、すまない……でも、下の名前は同じなんだな……」

 

「ん? なに?」

 

「いや、なんでもないよ……こっちの話だ」

 

「それよりもお兄さん! 買ってかない? お安くしておくよ♪」

 

「あぁ……その、すまない。今日は買い出しでここにいているわけじゃないんだ……ちょっと谷本、じゃないっ、ユコさんに聞きたいことがあるんだ」

 

「私に? なになに♪」

 

 

 

どこか上機嫌な谷本さん……もとい、ユコさん。

この世界を仕掛けた人物の趣向なのか、それとも、元々の人格を移植でもしたのか……?

現実世界の谷本 癒子の性格とほぼほぼ一致する。

 

 

 

「あの、この国の事について知りたいんだ」

 

「この国の事? なに? お兄さんって、旅の人だったの?」

 

「う、うん。まぁ、そんな感じかな……宛てのない旅をしている剣客……みたいなものかな」

 

「ヘェ〜! なにそれ、かっこいいっ!」

 

「ま、まぁ、俺の話はともかくだ。君は、ずっとここで店をやっているの?」

 

「うん。お父さんの代からだから、もう十年くらいにはなるかな」

 

「ヘェ〜……。君から見て、この国や、女王様のことをどう思ってる?」

 

「うーん……」

 

 

 

ユコは腕を組んで、おもむろに上を向いて何かを考えているようだった。

 

 

 

「そうだね。治安はいいと思うし、国政をしっかりはしてると思うよ?

ただねぇ〜、女王様がちょっと変な人かなぁ〜って言うのは、時々思うんだよねぇ〜」

 

「変……というと?」

 

「よくここら辺には、女王様お抱えの騎士の人たちが来るんだけどね?

やたらと美容用品ばっかりを買っていくのよ! それが年単位ならわかるけど月単位で買っていくの!

凄くないっ!? そりゃあ、そんだけ使い込んでたら、あんなに綺麗にはなるだろうとは思うんだけどねぇ〜。

なんか、騎士の人たちが話してたけど、どうも美容にはかなりのこだわりがあるみたいだよ?」

 

 

 

 

それもそうだろう。

この世界……白雪姫の物語に出て来る女王は、世界で最も美しいとされている女性だった。

しかし、ある時いつもの日課のように魔法の鏡に問いかけた時、真実を言う鏡は、最も美しい女性を、女王から白雪姫へと変えたのだ。

その衝撃的事実に激怒した女王は、白雪姫を殺そうとするが、白雪姫は間一髪のところで逃げのびた。

しかし、執念深い女王は魔女に頼んで、毒リンゴを白雪姫に食べさせた。

そのリンゴを食した白雪姫は、そのまま命を落とし、再び女王が世界一の座に返り咲いたのだ。

 

 

 

(でもまぁ、結局は、七人の小人達によって魔女に討たれ、迎えに来た王子様とキスをすることで、白雪姫は蘇るんだけどな)

 

 

 

 

おそらく今の現状から考えて、白雪姫はどこかに逃げのびて、七人の小人達と合流しているからだろうか……。

 

 

 

 

「なぁ、その女王の娘……白雪姫が城から居なくなったっていうのは、聞いたことないか?」

 

「えっと……ああっ! あの姫さんね? そういえば、そんな話を聞いたことがあるような……。

確か、“二年前” のことだったかな?」

 

「…………ん?」

 

 

 

今、ユコの口から不自然な言葉が聞こえて来たような……。

 

 

 

「ん? 待ってくれ」

 

「なに? どうしたの?」

 

「二年前……? 二年前って言ったよな?」

 

「うん、言ったよ?」

 

「待て待てっ、白雪姫が城から居なくなったのは、最近の話じゃないのかっ!?」

 

「なにそれ? 姫さんが居なくなったのは、二年前の話よ? なんか、女王様の逆鱗に触れたらしいっていうのが、もっぱらの噂だけどね」

 

「じゃ、じゃあ、その後の白雪姫は、どうなったんだ!?」

 

「さぁ、そこまでは……。でも、白雪姫本人じゃないんだけど、なんか最近、すっごく大きな反政府勢力が立ち上がって、城の兵士たちとやりあってるって話は聞いたけど?」

 

「反政府勢力……?」

 

 

 

いかにも物騒な話だ。

いやしかし、白雪姫の世界で反政府勢力って?

 

 

「えっと、確か名前……なんだったけ? 《ダイヤモンドダスト・リベレーター》とか言ったけ?」

 

(名前、イッテェェーーっ!?)

 

 

 

白雪姫だから冬をイメージしてのダイヤモンドダストなのだろうか……?

リベレーター……《反逆者》の意味で捉えれば、確かに反政府勢力のようだ。

 

 

 

「でぇ? そのダイヤモンドなんたらって言う奴らは、どこにいるんだ?」

 

「さぁ? 私たちが知るわけないじゃん」

 

「まぁ、そうだよなぁ……」

 

「なに? もしかして、戦いでも仕掛けるの?」

 

「いや、そこまでは……。ただ、ちょっと気になってさ……もしもそんな連中が襲って来たら、旅人である俺も、無関係じゃなくなるだろうからなぁ〜って思ってさ」

 

「そうなのよねぇ〜……ほんと、戦争なんてよそでやってほしいわよ」

 

 

 

まるで他人事のように話すユコ。

だが、ここが王城に近い街であり、その反政府勢力との間で小競り合いが続いているのであれば、間違いなくこの街は戦火に見舞われるはずだ……。

そうならないようにするにも、色々と策を講じなければならないか……。

 

 

 

「ありがとう! いろいろ話聞かせてもらって。今度来た時は、何か買っていくよ」

 

「ホントっ!? 約束だからね!」

 

 

 

ユコは元気一杯に手を振ってきた。

一夏はそれに応じるようにして手を振り返し、再び気を引き締めた。

 

 

 

「さてと……これだけじゃあ、まだ情報不足だな……」

 

 

 

体を翻して、一夏は再び情報収集に戻ったのだった……。

 

 

 

 

 





ようやく本格的に刀奈救出作戦が決行されましたので、次回もこんな感じになると思います!

また、感想書きのところで、設定集などが欲しいとのことだったので、設定集なども載せたいと思います!

感想、よろしくお願いします^_^



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ソードアート・ストラトス設定集Ⅰ(人物集・機体設定)

とりあえず、一夏たちメインキャラクターの設定と、機体の設定を書いてみました。




織斑 一夏

アバター名 チナツ

年齢 16歳

レクト所属のISパイロット。

機体《白式》→《白式・熾天》

待機状態 白のガントレット→白と薄紫のツートンカラーブレスレット

 

幼い頃に両親が行方を眩まし、幼少期は姉である千冬に面倒を見てもらっていた。

そのため、家の外で頑張ってる姉を見て、家の中のことは自分が頑張ろうと決意し、昔から料理、洗濯といった家事全般は得意だ。

小学生の頃から剣道に打ち込み、剣の腕はそれなりに優秀であった。

しかし中学に上がった頃に、第二回モンド・グロッソの決勝戦前に『亡国機業』に拉致され、それによって千冬は決勝戦を辞退し、二連覇という偉業を達成できなかった。

その事が一夏の心のしこりとして残った。

それ以来、一夏は中学生でありながら、バイトをする傍ら、剣の修行に明け暮れていた。

そして、二年生になる前の11月に、SAOの虜囚となった。

SAOに囚われてからは、キリトとともに行動する。

そのため、VRMMOでの戦闘はかなりのレベルで、もともと剣の修行をしていた事も相まって、SAO内でも上位プレイヤーに名を連ねることとなる。

しかし、アインクラッド攻略中盤になって、シンカーからの誘いがあり、《アインクラッド解放軍》に入隊し、影の人斬り役という役割を与えられた。

その後、レッドプレイヤーを狩るレッドプレイヤーというその行動から、レッドプレイヤーたちに恐れられ、『人斬り抜刀斎』という異名までつけられた。

しかし、アインクラッドの攻略が中層域に達しようとしていた時、ある一人のプレイヤーとの出会いで、運命が大きく変わる。

女性のプレイヤーで、名前は《ユキノ》。

ミステリアス且つ、氷を思わせるような冷たい表情と感情を持ち合わせた人物。

当初、人斬り現場を見られて、チナツは抹殺しようかと思ったが、その場で気絶し、そのままにしておく事も出来ないと考えたので、そのまま軍のギルド本部まで連れて行く。

それからは、ユキノも軍に入って、共に行動する事が多くなった。

そして、ある日チナツ対するレッドプレイヤーの動きが苛烈なものになってきた事を危惧して、シンカーはチナツとユキノを結婚させ、新婚夫婦に偽装させようとした。

二人はその指示に従い、結婚し、中層の森の中にある小さな家を買い、そこで暮らしていた。

そんな生活を送る中で、殺伐とした暗部の世界で生きてきたチナツの心は、また昔のように戻っていった。

だが、ユキノがチナツを殺すために集ったメンバーの仲間であった事と、ユキノの想い人を、過去にチナツが殺害していた事が判明し、チナツの罪の意識はとんでもないほどに大きなシコリとして残った。

そのため、ユキノを救い出し、ユキノに殺される事を望み、敵地へと単身乗り込んだ。

何度も死にかけながらも、リーダーのプレイヤーとの対決までこじつけ、最後の死闘に臨むが、最後の最後で、ユキノが戦場に現れ、最後はチナツの一撃にて、リーダーのプレイヤー諸共死亡した。

その後悔から軍を抜け、一人で宛てのない旅をする『流浪人』となり、軍やその他のギルドなどと関係なしに、困っているプレイヤーなどを助けるなど、お人好しな一面をこの瞬間に見せる。

この時すでに、ユニークスキル《抜刀術》を会得する。

そんな中で、第一層ボス攻略の際に出会ったカタナと再会し、彼女の所属する《血盟騎士団》の任務を手伝うことになる。

いろいろな任務を共にこなすうちに、カタナやアスナたちの心情などを聞き、今まで押し殺していた感情を思い出し、再び表舞台へと姿を表す。

正式に《血盟騎士団》のメンバーとして入った時に、カタナの配下へと入り、主に情報収集などの任務を担う『隠密部隊』として活動する。

数々の任務をこなす内に、カタナの方がチナツ惹かれていく。

ユキノとのことをカタナに打ち明け、改めてカタナの存在という物を再認識し、カタナが自身にとってなくてはならない存在であると自覚した。

第70層ボス攻略の際に、初めてユニークスキルを公に使い、ヒースクリフ、カタナに続いて三人目のユニークスキル持ちとして名前が世に広まった。(この時すでにキリトも会得していたが、開示してないため、三人目と言われていた)

ボスとの死闘の末、自分は死ぬことができないと、確固たる意志を持ち、《抜刀術》スキルの最終奥義、《天翔龍閃》を発動させたことで、九死に一生を得た。

一日が経ち、その日の夜に、正式にカタナと結ばれる。

その後もカタナやアスナ、キリトたちと共に、最前線を戦い抜き、最後の戦いを終え、現実世界へと帰還した。

その後、数ヶ月が過ぎた時に、未だに帰還していない明日奈の事を知る。

そして、エギルからもらった写真と、その写真が撮られた場所を和人から聞き、カタナと共にALOへとダイブすることを決意する。

ALOでは、風妖精族の《シルフ》を選択し、SAOの時同様に刀を使用して、高速戦闘を得意とする。

キリトたちと共に央都《アルン》へと冒険を続け、最後にキリトが《イグドラシル》に登るのを手伝った。

ALO初期の時には、白いジャケットに、武器は打刀より長い『太刀』を使用していたが、新生ALOでは、SAOの時と同様、白いコートを纏い、武器もリズベットから作ってもらった『打刀』を使っている。

髪型は現実世界と同様だが、髪色はシルフ独特の緑がかった金髪で、目の色は緑色。

すでに一部のプレイヤーからは、《瞬神》の名で呼ばれる。

アスナを救い出した後、現実世界での生活が待っていたが、和人、明日奈、刀奈と共に行ったIS展示会にて、ISを動かしてしまい、和人、明日奈と共にIS学園へと入学した。

 

 

 

桐ヶ谷 和人

アバター名 キリト

年齢 17歳

レクト所属のISパイロット

機体《月光》

待機状態 黒いブレスレット

 

言わずも知れたSAOをクリアに導いた英雄。

《黒の剣士》《ビーター》《ブラッキー》などと呼ばれ、SAOの最前線をほとんどソロで踏破した高レベルプレイヤー。

正規盤のSAOよりも前、試作盤のβテストを受けており、ゲームに関して知識は豊富。

現実世界では家族との間に言い知れぬ溝を作り、ネットゲームにのめり込んでいった。

SAOに囚われてからは、初日に出会ったチナツと共に第一層のフィールドを駆け抜け、共に最前線へと立った。

第一層のボス攻略会議の際に、アスナ、カタナの両名とも出会い、その日限りのパーティーを組むことになる。

第一層のボスをなんとか討伐し、一躍ヒーローになったが、キバオウによるβテスターに対する批判の声を聞き、他のβテスター達に危害が及ばないよう、自らを悪役に仕立てて、その場を去った。

この時、《ビーター》の名で呼ばれるようになる。

チナツとはその後も行動を共にしていたが、途中でチナツが軍に入り、その後はソロでの活動が多くなった。

元々繊細な心の持ち主なため、孤独に耐えられず、一度だけギルドに入ったことがあるが、そのギルドが、本人とギルドリーダー(のちに外周から投身自殺をしてしまう)を除いて全滅し、それを自分のせいなのだと思い込んでしまう。

それからは、ギルドに入ることをしなくなったのだが、アインクラッドにおいて、絶対的な安全エリアに設定されている街中の圏内で殺人事件が起こるという奇妙な事件に、当時階層攻略のために最前線に集まっていた最強ギルドと呼ばれいた《血盟騎士団》の副団長をやっているアスナと行動を共にし、この事件を解決する。

それからアスナとフレンド登録をし、今まで犬猿の仲だった二人が、一本ずつ歩み寄っていった感じになった。

最前線、第74層を一人で攻略して、その帰り際にレア食材を手に入れ、それを条件にアスナに調理してもらい、アスナの部屋で食事をする。

その時久しぶりにパーティーを組み、74層の最奥部まで踏破した。

ボスとの戦闘を避けていたのだが、途中で出会った《アインクラッド解放軍》の面々が無理矢理攻略に挑んでしまった為、これまた途中で出会った《風林火山》のギルドリーダーであるクラインとアスナ、三人でボス部屋に直行。

軍のメンバーを助けるべく、ボスへと挑んでいったアスナを助ける為、クラインと共にボスへと挑む。

元々少ない人数と、犠牲者が出ていたことから、やむなしと思い、そこで初めて、公にユニークスキル《二刀流》を発動させ、ボスを一人で倒してしまう。

その後、アインクラッド最強ギルド《血盟騎士団》のギルドリーダーであり、同じユニークスキル持ちであるヒースクリフと決闘し、敗北した事で、賭けの条件として《血盟騎士団》に入る事となる。

そして、第75層のボス攻略が行われ、『スカル・リーパー』を倒した後、アインクラッド最強のプレイヤー《ヒースクリフ》の正体が、《茅場 晶彦》である事を看破する。

ヒースクリフから、最後のデュエルを持ちかけられ、これを受諾。しかしそのデュエルで、敗北し、アスナを失って、絶望に飲み込まれた。

HPがゼロになり、消えると思っていたその時、意志の力によって存命し、最後の一撃をヒースクリフに与え、相討ちのような形でSAOをクリアに導いた。

アスナとともに、アインクラッドからも、現実世界からも消えると思われていたが、現実世界へと帰還を果たした。

現実世界に帰還してからは、リハビリの毎日と、今まで疎遠になっていた妹の直葉との関係を良好して行っていた。

しかし、恋人のアスナを含めた300人のプレイヤーが、現実世界に復帰できていない事実をしり、当時SAO事件の対処をしていた菊岡のツテを使って、アスナが入院している病院へと通う日々を送ってきた。

そこでアスナが、現実世界で須郷 伸之と結婚するという事実を知り、再び絶望を感じたが、直葉の励ましと、エギルから送られてきたスクショを見て、アスナを取り戻すと決心し、ALOという仮想世界へ、再びフルダイブした。

ALO内での種族は影妖精族のスプリガン。

ALO内で出会ったシルフ族の剣士リーファの案内の元、アスナの姿が撮影された世界樹の元へと向かう。

途中に出会った仲間や強敵と分かち合い、チナツ、カタナたちとともにALOのグランドクエストに挑み、これを踏破した。

世界樹の頂上に登り、アスナと再会を果たすも、そこに現れた妖精王《オベイロン》こと須郷 伸之によって、アスナを犯されそうになるが、死んだと思われていた茅場 晶彦の残滓、《ヒースクリフ》の助力を受け、須郷を倒し、現実世界での明日奈との再会を果たすことができた。

その後、本来ならばSAO生還者のための学校へと入学するはずだったのだが、一夏と同じで、イベント会場にあったISを触れたことで、ISを起動できる知られ、強制的にIS学園へと入学することになった。

 

 

更識 楯無

アバター名 カタナ

年齢 17歳

ロシア国家代表

専用機《ミステリアス・レイディ》

待機状態 扇子についている二対のストラップ

 

 

暗部の家系『更識家』の17代目当主。

幼い頃から暗部の家系故の英才教育を受けてきており、その結果、文武ともに優れた才能を見せている。

『楯無』という名は、更識家当主が襲名する名で、本当の名前は『刀奈』。

まだ年若いながらも、すでに当主としての資格を得ており、10代で父親から当主の座を得る。

しかしその為なのか、妹の簪とは疎遠な関係になってしまう。

その頃、簪はSAOの正規盤を買っており、限定一万ロットのナーヴギアも手にしていた。

しかし公式サービス開始のその日、簪は家におらず、代わりに息抜きとして被ったのが、刀奈だったのだ。

その日一日限りのプレイのつもりだったが、SAO事件に囚われてしまう事となり、二年もの時間を虜囚として過ごすことになる。

デスゲーム開始直後は、始まりの街周辺を探索し、情報収集と戦闘訓練を行っており、地道なレベリングを行ってきた。

キリト、チナツとは、第一層攻略会議の場で知り合い、その時にパーティーを組んだ。

武器はSAO内でもあまり少なかった槍を扱い、SAOプレイヤーの中では、もっとも優れた槍使いだった。

後にそれがユニークスキル《二槍流》を習得するきっかけになる。

第一層攻略の際に、アスナとも知り合い、ボスを倒してからは、ともに行動することが多くなった。

その後、アスナと共にヒースクリフから《血盟騎士団》に勧誘され、アスナと同じ副団長兼、偵察や情報収集などを暗部に関わる部隊でたる『隠密部隊』の筆頭に抜擢される。

ボス攻略の際には、アスナと共に参加し、自身も指揮をとりつつ、アタッカーとしての役割を果たしている。

暗部に所属している為、軍に入っていた頃のチナツの噂などをよく耳にしており、時折気にかけていたりしていた。

そしてアインクラッドの攻略が中盤に差し掛かってきたあたりで、チナツが軍を抜けたという情報を得て、チナツを探し出す。

流浪人として旅をしていたチナツと共に、騎士団の任務などを手伝ってもらいながら、チナツに《血盟騎士団》へ入団してほしいと思っていた。

その頃から、第50層に店を構えているエギルのところに行っては、チナツの事を気にかけていた。

その後、チナツが《血盟騎士団》に科せられた事件をことごとく解決していき、チナツ自身の意思によって《血盟騎士団》入りを果たした。

それからは、チナツはカタナの部下として隠密部隊に配属され、カタナはともに任務や、それ以外の事でも行動をともにするようになった。

その頃から少しずつチナツの事が気になり始め、現実世界の妹との間にできた溝の事や、任務中に何度となく命を救われた事によって、チナツに対しての認識が変わって行った。

アスナから「それは恋だ」と指摘されると、とてつもない反応を見せるなど、見かけによらず純情な一面も……。

しかし、チナツには結婚していた相手がいる事を知り、一度はドン底に落ちる。

しかし、自分を諦めてもらうために、チナツに自分をフってもらおうと、告白紛いな事をしたが、チナツの結婚相手が、すでにこの世から消えている事を聞く。

その後、チナツが何のために戦い、生きているのか……その壮絶な過去を詳しく聞いている内に、チナツに対する愛情を隠しきれなくなり、彼の背中を一生守り抜くと誓った。

第70層のボス攻略の際、深傷を負って、動けなくなったところを、またしてもチナツに救ってもらう。

その時、改めてチナツがユニークスキルに目覚めていた事を知り、驚愕するが、最後に、まだ未完成であり未だ成功例のない最終奥義をこの場で使おうとするチナツを、必死で止めるも、チナツはボスに立ち向かって行く。

その時、奥義を使うのに必要な条件を満たしていたチナツは、最終奥義《天翔龍閃》の発動を成功させ、一躍時の人となった。

その後、丸一日は動けずにいたチナツを、自宅で看病し、その時に、改めてチナツと結婚する事となった。

SAOがクリアされてから、現実世界への帰還が叶った時、病室にいた妹の簪と、SAOを始めるきっかけとなった従者の虚と再会。

簪とは、今まであった深い溝を埋めることができた。

その後、またまた同じ病院に入院していたチナツ……現実世界での一夏と再会。

共にリハビリをしていく中で、刀奈はIS学園入学の為の特別メニューを行い、ロシアの国家代表になる為の壮絶な鍛練も重ねて行っていた。

そんな時、アスナがALOに囚われている事を知り、更識の情報網を駆使して、『レクト』の裏事情を知った。

キリト、チナツと共に、ナーヴギアをかぶり、もう一度仮想世界へとダイブする。

ALO内での種族は水妖精族のウンディーネで、SAOの時同様に、槍を使う。

アスナ救出の際には、妹の簪の手を借り、システムにハッキングをかけ、難攻不落のグランドクエストにチート魔法を使うなど、大胆な行動に出て、アスナ救出に一役買った。

 

 

結城 明日奈

アバター名 アスナ

年齢 18歳

レクト所属のISパイロット

専用機 《閃華》→《閃姫》

待機状態 指輪

 

SAOとは無縁のような環境で育った少女。

幼い頃から厳しい母親と会社経営をしている父親の元、エリート街道を行っていた良家の令嬢でもある。

しかしその一方で、閉ざされつつある自分の世界への恐怖感と閉塞感そして、焦りや不安を抱えていた。

ゲームに関しては、全くの素人だったのだが、気まぐれで被った兄の『ナーヴギア』の所為で、SAOにログイン。

同時にデスゲームへの強制参加を言い渡された。

ゲーム開始当初は、両親の期待を裏切ったことに対する失望や周りの人たちの嘲笑などを気にかけ、一週間は宿屋から出てくることが出来なかった。

その事から、戦い方がやや強引で、自暴自棄で半狂乱と言った感じだ。

現実世界への帰還を強く思っており、『隠しログアウトスポット』というデマ情報に引っかかって死にかけたり、不眠不休でダンジョンに潜り、戦い続けるという無茶な戦いをしていたが、そんなところをキリトとチナツによって救われた。

その後も三人でパーティーを組んでレベルを上げたり、チナツと共にVR世界での戦い方を学んでいった。

第1層攻略会議の際に、カタナと出会い、それからは四人でのパーティーがメインになっていった。

第1層を攻略した後も、キリト、チナツ、カタナとパーティーを組み続けて行き、今までの自暴自棄を治って行き、本来の性格を出すようになった。

第25層が最前線になっていた時に、キリト、チナツとのパーティーを解消し、カタナと共に『血盟騎士団』に入団。

カタナと一緒に副団長に任命され、アスナが攻略担当、カタナが隠密部隊で筆頭を務めるようになった。

最前線の攻略会議の場で、キリトと何度か顔を合わせる機会が多くなり、彼が以前所属していた黒猫団の一件以来、どことなく雰囲気が変わったキリトの事や、『アインクラッド解放軍』にて影の人斬り役を任されていたチナツの事を心配していたが、パーティーを解消してしまったという負い目を感じ、キリトに対しては中々素直になれずにいた。

その後、『圏内事件』の一件や、攻略に関する方向性ほ違いからキリトと対立し、一度デュエルをしている。

それをきっかけに、再びキリトに歩み寄るようになった。

そして、第74層攻略の際に、キリトと強制的に久しぶりにコンビを組んだり、Sレア食材に免じて、自宅に招待したり、手作りのお弁当を持参し、胃袋を掴むなど、積極的なアプローチまで行っていった。

そんな中で、騎士団に所属している部下のクラディールによる陰湿な殺人未遂を受けたキリトに対して責任を感じ、これ以上関わらないと決意するも、逆にキリトからの告白を受け、システム上の結婚をした。

最終第75層では、騎士団長のヒースクリフによって、全身麻痺で動けなくされ、恋人であるキリトとヒースクリフの本当の真剣勝負を目の当たりにした。

最後にキリトが殺されそうになった瞬間、自力で麻痺を解除し、キリトを庇う形でヒースクリフのソードスキルを受け、一度アインクラッドから姿を消す。

その後、ヒースクリフとの決着をつけたキリトと再会し、死の瞬間まてキリトと共にいたが、生きて現実世界へと帰還が叶った。

しかし、帰還すると思われた矢先に、父親の勤めている会社のフルダイブ技術部門の主任をしている須郷 伸之の策略に嵌り、ALO内に閉じ込められてしまう。

ALOでは、世界樹の枝に取り付けられた鳥籠の中で囚われており、妖精王の妃『ティターニア』として妖精王『オベイロン』こと、須郷の虜囚になっていた。

初めは須郷の企みを知りつつも、自力での脱出が困難だったため、動けずにいたが、キリトが無事現実世界への帰還を果たしている事を須郷から聞き、それを希望に、初めて鳥籠の中から脱出。

システム管理用のアクセス・コードを入手して、世界樹の根元まで来ていたキリト達に気づき、自分の存在を込めて、コードを託す。

その後、チナツ、カタナ、リーファ、シルフ・ケットシー両陣営の精鋭部隊の援護を受け、世界樹の空中都市に潜入したキリト、愛娘であるユイと再会。

しかし、ここで須郷の阻害を受け、一度は陵辱されかけたが、ヒースクリフによって管理者権限を会得したキリトの働きにより、改めて須郷の手から救われた。

現実世界に帰還してからは、リハビリを行い、恋人である和人とも良好な関係を続けている。

たまたまイベントで参加したISの簡易適性試験を受け、Aランクと上々の適性値。

その後、リハビリを兼ねて和人と共にIS学園への進学を希望した。

ALOでは、新たにアバターを作り、水妖精族のウンディーネを選んだ。

しかし、本来の後方支援向きのウンディーネでありながら、細剣を片手に敵陣へと突っ込んでいく攻略組仕込みの戦い方をしているため、ALO内のプレイヤーたちからは、『バーサクヒーラー』という不名誉な二つ名を得ている。

 

 

 

 

機体設定

 

 

《白式》

パイロット 織斑 一夏

 

『倉持技研』が廃止しようとしていたISコアを、レクトが引き受けたことで、新たに生まれ変わった第三世代型IS。

白一色のカラーリングで、基本的な武装は近接戦闘用のブレードのみだった。

レクトが新たにとりつけた新システム『ソードスキル・システム』によって、SAO時代のソードスキルを再現できるようになった。

一次移行をしてからは、基本武装が愛刀である《雪華楼》になり、一夏本来の戦闘方法《抜刀術》による高速剣技を再現できるようになった。

また、IS開発者である束が、かつて姉である千冬が使っていた刀《雪片》の後継機となる《雪片弐型》を装備するが、一夏自身は三回しか使っていない。

『単一仕様能力』は《零落白夜》。

自身のシールドエネルギーをも攻撃に転化させる諸刃の剣のような技。

 

《白式・熾天》

本作のオリジナル形態変化。

ISの進化の改変ともいえる世代間での進化で、箒の《紅椿》と同じ『第四世代型IS』に分類される。

臨海学校の際、暴走した《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》との戦闘データと、三回しか使われていない《雪片弐型》のデータを融合させ、二次移行を果たした《白式》が生まれ変わった姿。

新たに増設された四本の《雪華楼》に、白式の深層世界でストレアと対決し、勝利したことで得た薄紫色の強化外装の鎧。

よりスマートに、より鋭利な形に変化した蒼と黒のツートンカラーのカスタム・ウイングと、初期の白式からは完全に姿を変えている。

新しくなったカスタム・ウィングには、《紅椿》同様に展開装甲の機能があり、蒼い部分がスライドし、そこから蒼い粒子で構成された翼を形成する。

また、内蔵していた『ソードスキル・システム』も進化しており、今まで刀にライトエフェクトを纏わせるだけだったが、それをエネルギー刃の斬撃として放ったり、手の甲からライトエフェクトを生成し、まるで盾のように使うことも可能。

『倉持技研』に白式の状態を診てもらった時に、ヒカルノの提案で、《雪華楼》を新たに新調した。

元々の白さは残ったまま、峰の部分だけが蒼い色をした《雪華楼・改》へと打ち直された。

そのおかげで、エネルギー刃だけではなく、新たに箒の《紅椿》の《雨月》と同じレーザー光線型のエネルギー弾を放てるようになった。

 

『単一仕様能力』は《極光神威》。

エネルギーを攻撃に転化する《零落白夜》の能力を引き継ぎ、それを攻撃ではなく、機動力に特化させたもの。

発動時の機体性能は、数倍上がる。

 

機体のイメージ

《外装》コードギアス外伝『亡国のアキト』のアキト専用ナイトメア『アレクサンダー・リベルテ』

《カスタム・ウイング》ガンダムSEED DESTINYの『ストライクフリーダム』

《武装、ライトエフェクト生成》革命機ヴァルヴレイヴの『ヴァルヴレイヴ一号機』

 

 

 

《月光》

パイロット 桐ヶ谷 和人

 

和人が搭乗する専用機。

フランスの量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』の改良型で、『ソードスキル・システム』を実装した第三世代型IS。

全体的に黒一色で、装備も接近戦装備オンリーだ。

基本武装は、和人がSAO内のキリトとして使っていた武器《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》の二本の剣。

背部には、ALOでの妖精の翼を彷彿とさせる四枚の羽根がある。

 

高機動格闘パッケージ《セブンズ・ソード》

臨海学校の際に、レクトから送られてきた新型パッケージ。

元々ある《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》の他に、ALOで最初に使っていた大型のブレード《ブラックプレート》に、現在使用している《ユナイティウォークス》と《ディバイネーション》。

SAOの際に多用していた《アニールブレード》と《クイーンナイトソード》を新たに増設し、七本の剣を使い戦うという完全近接格闘特化の機体。

アンロック・ユニットである四本の黒い羽根にも、ブースターが増設され、機動性も有している。

 

機体イメージ

《セブンズ・ソード》ガンダムOOの『ガンダムエクシア』から参照

 

 

 

《ミステリアス・レイディ》

パイロット 更識 楯無

 

ロシアの第三世代型IS『モスクワの深い霧』を、改良した楯無専用の機体。

かなりの改造が施されており、装甲らしい装甲はほとんど無いが、代わりに左右一対で浮いている《アクア・クリスタル》が装備されており、常にナノマシンによって水を生成して、『アクア・ヴェール』を作り出し、それをまるでマントやドレスのように纏う。

その他にも、高圧水流で編まれた蛇腹剣『ラスティー・ネイル』や高圧水弾を放つガトリングガン兼スナイパーライフルに変化する『バイタル・スパイラル』(オリジナル武装で、名前だけは同じ)なども装備している。

また、元々槍の腕はSAOプレイヤーの中でも群を抜いていたため、槍術に関して言えば、一夏たちよりは上だ。

SAOの頃から愛用している紅い長槍《龍牙》と《煌焔》の二槍流で戦うなど、技量の高さが伺える。

また、《ミステリアス・レイディ》本来に搭載されていた大型の四門ガトリングガン内蔵のランス『蒼流旋』を装備。

その他にも一夏たち同様に『ソードスキル・システム』が使えるため、《槍スキル》と《二槍流スキル》の使いこなしや、生成した水を相手の周りに散布し、発熱させて一気に気化させることによって、水蒸気爆発を起こす《清き情熱(クリア・パッション)》や機体が本来に出せる最高出力の攻撃《ミストルティンの槍》といった、多種多様な攻撃が可能している。

 

新武装《クイーン・ザ・スカイ》

スカイとは『影の国』の意味であり、そこの女王《スカサハ》の意を取る名前。

ALOで楯無が使用している槍《蜻蛉切》を六本使用し、『ランサー・ビット』として使用する。

また、両手に持つ《龍牙》《煌焔》の二本と、《蜻蛉切》六本……計八本の槍を全て投擲する技《ゲイ・ボルグ》を放つことができる。

仮装世界では、カタナは二槍を使い、はじめに接近して敵を穿ち、最後に投擲するというシステム外スキルとして使っている。

 

 

《閃華》

パイロット 結城 明日奈

 

 

明日奈が搭乗する専用機。

イタリアの第三世代型IS《テンペスタⅡ》を改良して作られた機体。

明日奈の得意としているレイピアによる高速剣技を生かすため、従来の《テンペスタ》の機動力を上げ、明日奈の戦闘能力の底上げにも一役買っている。

機体の装甲は軽量化に伴い、かなり薄くなっている。

故に、相手の攻撃に対する行動は防御ではなく回避を優先させることになる。

アンロック・ユニットには、一応盾のようなものがついてはいるが、あまり使用する機会がない。

 

高機動パッケージ《乱舞》

アンロック・ユニットにそれぞれ一つずつ、両脚に一つずつ小型ブースターを搭載することによって、《閃華》の機動力をより向上させる他、小型ブースターを個別に使うことで、《リボルバーイグニッション・ブースト》を使用することができる。

 

 

《閃姫》

本作のオリジナル形態変化。

搭乗時間、戦闘経験の蓄積によって変化した新たなる機体。

一番注目すべきは、新たに出現した『可変式大型イオンブースター』二基。

高機動パッケージ《乱舞》での戦闘経験が生かされており、高速飛行や、高機動での近接戦闘が可能になった。

この可変式大型イオンブースターは、前後左右上下に方向転換することができるため、高速機動中による方向転換や、緊急停止、後方退避なども即座に行える。

また、背中、両腕、両脚には長さが異なるセンサーブレードが取り付けてある。

このセンサーは、高速機動中の明日奈の体に負担がかからないように随時稼働している。

そして、このセンサーブレードはスタビライザーの機能も併せ持っており、ブレードを動かすことによって、空気抵抗を調節して体勢を変えられるため、接近戦ではかなりギリギリな戦いでも対応できるようになっている。

武装は基本的に細剣《トライジェントライト》のみ。

《トライジェントライト》は形状は《レイグレイス》に酷似しているが、その刀身は一回り太く、細剣としても使えるが、片手剣として適しているので、刺突技だけでなく、斬撃技にも対応できるようになった。

さらに、エネルギーを刃に纏わせ、振動させることによって、その切れ味を増幅させることもできる。

 

 

機体イメージ

 

《カスタム・ウイング》新世紀ゾイドゼロスラッシュに登場するゾイド『ライガーゼロイェーガー』のイオンブースター。

 

《外装》ガンダムビルドファイターズトライに登場するガンプラ『Gポータント』

 

 

 

 

 




他にもソードスキルや、今作のオリジナルキャラなどの設定集もかいてますので、随時更新したいと思います^_^



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ソードアート・ストラトス設定集Ⅱ(剣術・ソードスキル集)

本作に出たオリジナル剣術や、一夏たちが使うソードスキルを載せました。


《抜刀術》

本作でのオリジナルユニークスキル。

居合抜き、または抜刀術と呼ばれる戦法を得意としていたチナツに授けられたユニークスキル。

 

 

一ノ型 《飛燕》

抜刀からの手首を返して放つ三連撃抜刀術。

手首を返して連撃を入れるため、そこまでの威力はない。

 

二ノ型 《剣殺交叉》

相手の動きに合わせて抜刀することで、武器のみを破壊する技術『武器破壊』を可能にする技。

 

三ノ型 《閃光斬》

一刀目は抜刀術で、二刀目は上段からの斬りおろし。

抜刀術から通常の斬撃術に移行する技。

 

四ノ型《空蟬》

踏み込んで抜刀する前にさらに踏み込む歩法で、相手に自分の位置や体勢を誤認させる。

相手の攻撃が空振ったあとに抜刀する変則抜刀術。

 

五ノ型《逆撫》

刀の柄を逆手に持った状態で行う最短距離の抜刀術。

相手のと間合いが近いときに行う。

 

六ノ型《緋空斬》

全身の力を使って一気に抜刀し、緋色のライトエフェクトを敵に向かって飛ばす飛刀術。

 

七ノ型《瞬動》

円を描くような軌道で動き、体を回転させながら抜刀する広範囲抜刀術。

 

序ノ型《虚空牙》

抜刀の瞬間に身を翻して、敵を空中へと斬り上げる対空抜刀術。

 

破ノ型《飛閃一刀》

抜刀した瞬間、前方の空間にいくつもの斬閃を放つ広範囲攻撃。

烈ノ型《神風》の派生技でもある。

 

斬ノ型 《紫電一閃》

ただ一刀において、斬ることのみを目的にした技。

 

烈ノ型 《神風》

抜刀した瞬間に、周りの風をも巻き込み、風の刃で敵を斬り裂く。

溜める時間が長いため、奇襲による初撃か、あるいは迎撃技として用いることが多かった。

 

瞬ノ型《雲耀陰舜》

閃ノ型《雲耀閃刃》と同じ雲耀の名を冠する技。

《閃刃》同様に、素早い抜刀による速さ重視の技だが、こちらは一撃で斬り伏せることに特化しており、速さだけならば、同じ一撃技の《紫電一閃》や《叢雲ノ太刀》以上の速さを有している。

《閃刃》は、この《陰舜》の上位スキルでもある。

 

滅ノ型《叢雲ノ太刀》

納刀した状態で一気に抜刀して振り抜く。

形だけだと『斬ノ型《紫電一閃》』と同じだが、《叢雲ノ太刀》は斬撃の範囲と射程が倍以上あり、なおかつ一点集中の斬撃を放つため、《紫電一閃》よりもより強力な一撃を放てると言える。

 

閃ノ型 《雲耀閃刃》

一撃にして三撃。一瞬の抜刀で、三撃を叩き込む技。

 

 

《ドラグーンアーツ》

本作でのオリジナルユニークスキルである《抜刀術》のサブスキル。

『るろうに剣心』の緋村 剣心が使用する《飛天御剣流》がベース。

抜刀術という特殊な戦法の不利を補うためのスキルで、威力自体は他のソードスキルに比べると低いが、硬直時間が極端に短いため、連撃に秀でている。

 

 

《龍槌閃》

一度飛び上がり、落下重力を利用した攻撃力の高い技。

 

《龍槌閃・惨》

《龍槌閃》の派生技で、上空から斬りつける《龍槌閃》に対し、この技は切っ先を相手に向けて、脳天を突き穿つ技。

現実世界に戻ってからは使用はしてないが、SAOに囚われていた頃は、一夏も使用していた技。

 

《龍翔閃》

左手で峰を添えて、下から飛び上がると同時に、刀の腹の部分で斬りあげる技。

 

《龍槌翔閃》

飛び上がってから《龍槌閃》を放った後に、下から飛び上がる《龍翔閃》へと繋げる技。

逆に《龍翔閃》から《龍槌閃》へと繋げることもできる。

 

《龍巣閃》

相手の急所を狙い斬る乱撃技。

ソードスキルとしての斬撃数は八連撃。

 

《龍巣閃・咬》

《龍巣閃》の派生技。一点集中型の乱撃技。

 

《双龍閃》

ドラグーンアーツの抜刀術として存在した技。

抜刀術はその形から、一撃目を躱された瞬間に、使い手が隙だらけになってしまうため、その隙を無くすために左手に持った鞘による追加攻撃を放つ二段抜刀術。

 

《双龍閃・雷》

《双龍閃》の派生技。一撃目を鞘で行い、相手を浮かせた瞬間に刀で斬りつける二段攻撃技。

 

《龍巻閃》

体を回転させて、遠心力を利用した技。

相手の攻撃を半身になって躱した後、相手の後方へと回り込んで、後頭部、もしくは背中を斬りつける技。

先手を打って放つこともできるが、一番最大限の力を発揮するのは、カウンター攻撃だ。

 

《龍巻閃・旋》

《龍巻閃》の派生技。

相手に向かって飛んで錐揉み状に突進して、回転斬りを放つ技。

 

《龍巻閃・凩》

《龍巻閃》の派生技。

《龍巻閃》が時計回りに動くのに対し、《凩》は反時計回りに斬撃を放つ。

 

《龍巻閃・嵐》

《龍巻閃》の派生技。

空中に高く飛んで、手前に刀を構えて、前方宙返りの要領で敵を斬りつける技。

 

《土龍閃》

地面に斬撃を放ち、石飛礫などを相手にぶつけるタイプと、地面を抉るように斬撃を放つことで、土砂の衝撃波として打ち出すタイプの二つの種類がある技。

 

《飛龍閃》

ドラグーンアーツの中に存在する『飛刀術』。

体を大きく捻って、親指で刀の鍔を弾き、刀自体を相手に飛ばす技。

一夏はあまり使用したことがない。

 

《龍鳴閃》

神速の抜刀術の反対で、『神速の納刀術』である技。

逆手に持った刀を、神速の速さで納刀することで、鍔と鞘がぶつかり合い、高周波の音撃を放つ。

それによって一時的に聴覚を破壊することができる。

ゲーム内でのスキルとしては、一時的にスタンさせる効果が付与されている。

 

《九頭龍閃》

神速を最大限に活用することで、剣術における全九つの斬撃全てを叩き込むドラグーンアーツの最上位スキル。

なお、この技は一夏が最も得意としている技である。

 

《最終奥義 天翔龍閃》

抜刀術スキルとドラグーンアーツ、二つのスキルの要素を掛け合わせた、事実上、抜刀術スキルの最上位スキル。

通常、右利きならば右足を前に出して、放つものなのだが、抜刀した瞬間に左足を出すことで腕の振り、腰の回転を一切殺さないように振ることでき、加速と加重を抜刀した刀に乗せて、神速の抜刀術をさらに上の段階の『超神速』の域にその一撃を昇華させる。

今まで一夏はこのスキルを試してみたが成功せず、第70層のボス攻略の際、生と死の瀬戸際に追い込まれた状況下で、『生きる』という確固たる決意を示してようやく放った一撃であり、生半可な覚悟では不発に終わる奥義だ。

 

 

 

《篠ノ之流剣舞》

篠ノ之家に伝わる、篠ノ之流剣術の真髄。

 

 

《流水ノ舞》

相手の攻撃に合わせ、左右の剣でパーリングしながら、体を回転させることで、攻撃、防御を切り替えながら戦闘できる。

 

《流水・龍刃ノ舞》

《流水の舞》の派生技。《流水の舞》が横回転の動きが多いのに対し、《龍刃の舞》は、縦の動きが多く、昇り龍のように見立てていることから、この名がついた。

最後は左右の刃で、相手を挟み込むように剣戟を放つ。

 

《朧蓮華の舞》

左の《空裂》を逆手に持って、右の《雨月》と一緒に回転斬りを放つ技。

 

《百花繚乱》

剣舞の特徴である舞の回転運動を利用した十連撃技。

 

《一刀華閃》

袈裟斬りからの横薙ぎに繋げる二連撃技。

《バーチカル・アーク》に似た技。

 

《十六夜桜花》

《百花繚乱》同様に、舞の回転運動を利用した回転斬り。

その斬撃数は技名にもある通り十六連撃。

 

《戦ノ舞 裂姫》

《朧蓮華の舞》の派生技。

回転斬りをもう一回増やし、四連撃を放つ技。

 

《月影》

体を屈めた状態から、二刀を逆手に持って下段から交互に斬り上げる。

一夏の《龍翔閃》に似た技。

 

《防ノ舞 剛羅》

腕や関節をしならせて、相手の攻撃を受け流す防御技。

 

《兵ノ舞 楼嵐》

回転斬りなのだが、時計回りに放つ《朧蓮華の舞》や《戦の舞 裂姫》とは逆回転に行う斬り技。

二刀を逆手に持って行う。

 

《雷鳴》

腰だめの下段の構えから放つ一刀による一撃技。

最短距離で、素早く一撃で相手を斬ることを考えて組み込まれた技。

 

《朧月》

自身の体を回転させて、上段から一気に斬り下ろす二刀による重単発攻撃。

 

《犀牙》

大刀である《雨月》で斬り払った後に、小刀である《空裂》で刺突を放つ技。

 

《砕破》

《犀牙》とのコンビネーション技で、《犀牙》を躱された際に、刺突を放った左腕を畳んで、相手の鳩尾に肘打ちを入れる組打ち術が混ざった技。

 

《月華十字衝》

左腰に二刀を溜めて、《雨月》を横薙ぎに、《空裂》を逆風に一閃。

十字を描くように振るう力技。

 

 

《篠ノ之流居合術》

 

《零閃》

篠ノ之流に存在する特殊歩法《零拍子》を用いて放つ居合抜き。

 

 

 

《更識流槍刀術》

 

更識家が長い時代と共に確立させた槍・薙刀の術技。

基本的な型はどの流派にも存在するものだが、それらを集約した物となっている。

刀奈、簪を始め、歴代の当主達も納めた術であり、《更識流刀剣術》というもう一つの術技もある。

 

・《明鏡止水の構え》

剣術で言うところの『正眼の構え』。

最も基本的な構えであり、攻撃・防御のどちらにも切り替えがしやすい型。

利き手を後ろ、逆の手を前にして槍を構えて、穂先敵に向けてやや上に向けた状態。

基本的な攻防一体の動きを可能とし、槍の振り幅もやや大きい。

 

・《電光石火の構え》

剣術で言うところの『上段の構え』。

攻撃に特化した構えであり、穂先を敵に向けた状態で、槍を顔の高さまで持ち上げ、右手の手首を軸に、左手を伸ばして柄に添えるような独特の構え。

その構えから、右手首を主軸に、槍を回転させ、それによって生み出された遠心力と体のバネや動きを上乗せした強力な一撃を放つ。

 

・《天長地久の構え》

剣術で言うところの『下段の構え』。

防御に秀でた構えであり、穂先はやや下向きに構え、相手の攻撃をいなし、刺突技主体の攻撃で迎撃するスタイル。

天長地久の意味は、天と地は永久不変という意味。

 

・《古木死灰の構え》

剣術で言うところの『八相の構え』。

防御主体で、攻防の切り替え可能な構えであり、薙刀術でよく用いられる構えでもある。

細かな槍捌きをによる間合いを制するような攻防戦が得意。

古木死灰の意味は、無心・無欲であるという意味。

 

・《金剛不壊の構え》

剣術で言うところの『脇構え』。

右手一本で槍を構え、右脚を後ろに引き、穂先を後ろの下に下げて構えた状態。

あえて左半身を相手に見せ、油断を誘うことにより迎撃・カウンターを主体とした技を放つスタイル。

金剛不壊の意味は、極めて強固で消して壊れないという意味。

 

 

・技

 

《波濤》

『電光石火の構え』から繰り出される刀奈の得意技の一つ。

手首を主軸に槍を回転させて、遠心力を用いて強い攻撃を繰り出す。

 

《塵殲風》

《波濤》の派生技。

《波濤》が右手首を主軸に槍を回転させて行う技で、《塵殲風》は体全体を主軸にして槍を回転させて放つ技のため、単純な攻撃力では上をいく。

 

《大蛇薙》

槍を大振りで横薙ぎに一閃。

威力が高い。

 

《流閃槍》

『金剛不壊の構え』から繰り出す重突進単発技。

槍を右手で持った状態でその場に屈み、脚をバネのように弾ませて刺突を放つ。

 

《朧雲》

『古木死灰の構え』から繰り出す回転連撃技。

槍をヌンチャクのように体の周りで回しながら敵を切り裂く。

 

《流転》

槍を回転させて、相手の攻撃を弾く防御技。

 

《旋水車》

空中に飛び上がり、体の回転をも利用して相手の頭上目掛けて槍を叩きつける力技。

 

 

 

《片手剣スキル》

キリト、チナツが使用する片手用直剣のソードスキル。

 

 

《スラント》

単発斜め斬り。

右上から左下へと斬り下ろす。

それ以外にも左上から右下へ、左下から右上へと斬り上げる攻撃パターンがある。

 

《ホリゾンタル》

単発水平斬り。

横薙ぎに薙ぎ払う。

 

《ホリゾンタル・アーク》

二連撃技。

左から右へ、続けて右から左へと振り抜く。

 

《ホリゾンタル・スクエア》

水平四連撃技。

右から斬り、左から斬り払って、一回転してから左から斬り、最後に右から左上へと斬り上げる。

 

《バーチカル》

単発垂直斬り。

剣を振りかぶり、振り下ろす。

 

《バーチカル・アーク》

二連撃技。

真上から斬りおろして、垂直に斬り上げる。

その軌跡はV字に似る。

 

《バーチカル・スクエア》

垂直四連撃技。

斬り上げてからの斬り下ろし、斬り上げてからまた斬り下ろし。

 

《レンジスパイク》

下段刺突技。

剣を構えて、低い構えから約10メートル突進して突く。

威力はあまり高くない。

 

《ソニックリープ》

上段突進技。

約10メートル突進して斬る。

上方向へと突進することも可能。

 

《ヴォーパルストライク》

重単発攻撃技。

左手を前に突き出し、右手に持った剣を右肩のあたりまで引いて構えてから、一気に単発刺突を放つ。

刀身の倍以上の射程と、両手槍に匹敵する威力を誇る攻撃力。

 

《スネークバイト》

二連撃技。

左脇に構えた剣を、右に斬り上げ、即座に返して左へと斬り上げる。

 

《シャープネイル》

三連撃技。

右下から斬り上げて、左からの横薙ぎ、最後に右上から斬り下ろす。

 

《サベージ・フルクラム》

三連撃技。

右から水平斬り、剣を垂直または右上に跳ね上げて斬り裂き、最後に垂直斬り。

 

《ファントム・レイブ》

片手剣スキルの上級スキル。

高速の六連撃技。

 

《ノヴァ・アセンション》

片手剣スキルの最上位スキル。

十連撃技。

最初の一撃目の発動速度が速い。

 

《スピニング・シールド》

防御技。

剣を体の前で風車のように回転させることで、盾のように使う。

 

《メテオブレイク》

七連撃技。

片手剣スキルと体術スキルの複合スキル。

 

 

 

《二刀流》

キリトに授けられたユニークスキル。

全プレイヤー中、最も反応速度が速い者だけが使えるスキル。

 

 

《ゲイルスライサー》

勢いよく突進して、すれ違いざまに二連撃を放つ。

 

《エンドリボルバー》

二本の剣による回転斬り。

二連撃。

 

《ダブルサーキュラー》

左の剣で先に刺突を放ち、続けて右の剣で刺突を放つ二連撃技。

 

《スペキュラークロス》

二本の剣を十字に構えて行う防御兼、カウンター技。

 

《インフェルノ・レイド》

命中率重視の九連撃技。

 

《デプス・インパクト》

二刀によるパワー重視の五連撃。

 

《クリムゾン・スプラッシュ》

二刀によるパワー重視の八連撃。

 

《シャインサーキュラー》

二刀による高速十五連撃。

 

《ナイトメアレイン》

二刀による命中率重視の十六連撃。

 

《スターバースト・ストリーム》

二刀による超高速十六連撃。

二刀流スキルの上位スキル。

しかし、スキが多い為、スキル発動時に反撃を食らう事もある。

 

《ジ・イクリプス》

二刀流スキルの最上位スキル。

二刀による最高速の二十七連撃技。

吹き上がる太陽のコロナの如き剣戟で、相手を全方位から殺到する。

 

 

 

《細剣スキル》

アスナが使用するレイピアのソードスキル。

 

 

《リニアー》

細剣スキルの基本技。

単発刺突型のスキル。

 

《ストリーク》

斜め上へと放つ刺突技。

 

《オブリーク》

単発下段突き。

リニアーよりも攻撃範囲は狭いが、威力はこちらが上。

 

《パラレル・スティング》

上下二連突き。

上下二カ所を突く刺突技。

 

《ダイアゴナル・スティング》

上下二連突き。

 

《トライアンギュラー》

三連撃刺突技。

 

《カドラプルペイン》

高速の四連撃技。

 

《ニュートロン》

高速の五連撃技。

技の出だしが速い。

 

《オーバーラジェーション》

細剣による十連撃技。

 

《クルーシフィクション》

六連撃刺突技

縦に三連撃、横に三連撃を放ち、十字を描く。

 

《スター・スプラッシュ》

細剣スキルの上位スキル。

八連撃刺突技。

刺突特化のエストックなどでは刺突だけだが、レイピアのように斬撃にも使える剣では、斬撃型の攻撃もできる。

 

《シューティングスター》

リニアーと同じ単発突進刺突技。

ソニックリープ同様に、上方へと放つことも可能。

 

《フラッシング・ペネトレーター》

細剣スキルの最上位スキル。

全身から光の尾を発しながら、突進して相手を攻撃する。

威力、貫通力、速度、全てにおいて優れているが、スキルを発動させるには、十分な助走が必要になる。

 

 

 

《槍スキル》

カタナが使用する槍のソードスキル。

 

 

《ツインスラスト》

槍による高速二連突き技。

基本的に一カ所目掛けて放つ刺突技。

 

《トリプルスラスト》

槍による高速三連突き技。

 

《ヘリカルトワイス》

ツインスラストと同じ二連突き技。

こちらは二カ所を突くことができる刺突技。

 

《ソニック・チャージ》

槍を腰だめにして、目いっぱい力を溜めた後に、一気に放つ重単発刺突技。

 

《フェイタル・スラスト》

槍による高速刺突技。

相手の周りを動き回って、隙を突く技。

 

《リヴォーヴ・アーツ》

槍による五連撃技。

パワー重視の五連撃で、相手を穿つ。

 

《ヴェント・フォース》

槍による五連撃技。

速度重視の五連撃で、相手に躱す隙を与えない。

 

《トリップ・エクスパンド》

槍による六連撃技。

広範囲スキル。

 

《ジャッジメント・ピアッサー》

槍によるパワー重視の七連撃技。

広範囲スキルで、主に相手の弱点カ所を狙って放つ技。

 

《ダンシング・スピア》

槍による高速五連撃技。

槍スキルの上位スキル。

まるで踊っているかのような動きで舞い、敵を穿つ速度重視の刺突技。

 

《ディメンジョン・スタンピード》

槍によ超高速六連撃技。

槍スキルの最上位スキル。

相手の急所に的確に刺突を放つ槍スキル最速のスキル。

 

 

 

《二槍流》

本作のオリジナルユニークスキル。

名前の通り二本の槍を使用し発動できるスキル。

 

 

《ダブルスピアーズ》

突進型スキル。

二槍で同時に相手を突く。

 

《ストライク・ピアーズ》

突進型スキル。

左の槍で横薙ぎに払い、右の槍で心臓を穿つ。

 

《メテオストライク》

一度上に飛び、そこから二槍を相手に思いっきり上段から叩きつける技。

単純な攻撃だが、それ故に威力は高い。

 

《フレイムレイン》

二槍による高速の十五連撃刺突技。

その姿は烈火の雨の如し。

 

《グングニル》

二槍流スキル唯一の投擲攻撃可能なスキル。

狙いを定め、飛び上がり、標的に向けて渾身の投擲をする。

その威力は中々に高い。

 

《ゲイ・ボルグ》

カタナが使用したオリジナルスキル。

基本的には《グングニル》と変わらないのだが、《グングニル》が単発で終わるのに対して、このスキルは、一度相手に接近して、近距離による刺突技を行い、相手を突き飛ばして、残った槍で《グングニル》を発動する。

FGOのスカサハの宝具、《ゲイ・ボルグ・オルタナティブ》のイメージ。

IS戦闘では、これに六本の《蜻蛉切》も投げるため、合計八本の大投擲の威力を誇る。

 

 

 

《警視流木太刀形》

明治十年代に、警視庁で制定された武術の形。

木太刀形(撃剣形)、立居合、柔術(警視拳法)からなり、現在では木太刀形と立居合のみが伝承されている。

本作では、三年生のオリキャラ『河野 時雨』がタッグマッチトーナメント戦で使用した剣術。

 

 

《木太刀形》

各10の流派から一つずつ技を採用し、それを《警視流》として構築した物。

 

 

1. 八相《直心影流》

 

2. 変化《鞍馬流》

 

3. 八天切《堤宝山流》

 

4. 巻落《立身流》

 

5. 下段の突《北辰一刀流》

 

6. 阿吽《浅山一伝流》

 

7. 一二の太刀《示現流》

 

8. 打落《神道無念流》

 

9. 破折《柳生流》

 

10. 位詰《鏡心明智流》

 

 

《立居合》

居合5流派から一本ずつとって構成されたもの。

座位の技はなく、全てが立ち技。

 

 

1. 前腰《浅山一伝流》

 

2. 無双返し《神道無念流》

 

3. 回り掛け《田宮流》

 

4. 右の敵《鏡心明智流》

 

5. 四方《立身流》

 

 

 

《千冬オリジナル六爪流》

 

・《黒死六爪》コクシムソウ

指の間に、それぞれ六本の刀を挟み込むようにして握り、鉤爪のような見た目になる。

 

・《飛刃烈爪》ヒジンレッソウ

六爪を振り切ることで、刀六本分のソニックウェーブを起こす。

風刃の衝撃波を放つ。

 

・《咬牙》コウガ

六爪を左右から相手を包み込むようにして振り抜く。

 

・《六刃双撃》リクジンソウゲキ

六爪で行う回転斬りの二連撃技。

 

・《黒死線域》コクシセンイキ

六爪による乱撃術。

無数の斬閃が、線となって閃く事から“線域”。

 

・《黒斧翔》コクフショウ

六爪をクロスさせた状態から、左右へと斬り払う技。

 

 




スキルや設定などは、新しいものが出るたびに、こちらも更新する形になると思います^_^


2020年9月7日0時25分に、追加更新。
・《抜刀術》スキルの追加技。
・《更識流槍刀術》
・《千冬オリジナル六爪流》


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ソードアート・ストラトス設定集Ⅲ(人物集〜その他〜)



今回は、本作に登場したオリジナルキャラや、原作でも登場しているキャラの紹介です。
今後も新しいキャラが増えて行く時に、ここに追加して行くと思います。




島崎 和泉

年齢 17歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園二年生で、剣道部に所属。

部活内では中堅派の剣士であり、剣道の大会でも、個人、団体ともに優秀な成績を収めている生徒。

 

 

サラ・ウェルキン

年齢 17歳

イギリス代表候補生

専用機 無し

 

IS学園二年生にして、イギリスの代表候補生。

本来ならば専用機を持っていたのだが、一年下のセシリアの方が、イギリスの専用機が用いる特殊武装『BT兵器』の適正が高かった為、専用機はセシリアに渡された。

しかし、元々のIS操縦技術は高く、セシリアも彼女の事は高く評価しており、時折操縦に関する指南もしている。

今回のタッグマッチトーナメントでも、狙撃銃の『ストームレイダー』を使用し、多くの対戦相手を狙撃して来たことから、精密射撃の腕は優れていると言っていい。

 

 

柳葉 多恵

年齢 18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園の三年生で、弓道部に所属している。

性格はおっとりとして、そしてお淑やかだ。

弓道の腕も中々で、その為か、狙撃の腕も学園内では上位に入るほどの腕前。

しかし、接近戦闘には弱く、あくまでも遠方からの狙撃メインの戦術を得意としている。

 

 

鈴木 愛佳

年齢 18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園の三年生で、所属している部活はない。

しかし、IS操縦の技術は総合的に高く、アサルトライフルの銃撃戦や、ナイフ型ブレードでの接近戦もできる。

バランス型であり、器用貧乏とも言える。

今回のタッグマッチトーナメントでは、上記の柳葉 多恵とコンビを組み、前衛を愛佳が、後衛を多恵が務めるというオーソドックスな戦術を組んだ。

 

 

藤原 愛音

年齢17歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園二年生で、ボクシング部に所属している。

性格はとても明るい性格で、部内でもムードメーカー的な存在。

しかし、実力は本物で、いずれ女子格闘技界で名を馳せるのではないかと期待されているらしい。

ボクシング時には積極的に攻めに行き、短時間でのKO勝利を得意としているらしい……。

 

 

篠原 唯

年齢 17歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園二年生で、剣道部に所属している。

彼女も上記の愛音同様に、とても明るい性格であり、またムードメーカー的存在だ。

それ故に、元が根暗な箒は、唯のことを少々苦手としている。

だが、剣道の実力は本物であり、団体戦では先鋒を任されるほどの実力を有している。

上記の藤原 愛音とコンビを組んだものの、一夏と簪のコンビネーションで、遠距離から一方的にやられてしまった。

 

 

ダリル・ケイシー

年齢 18歳

アメリカ代表候補生

専用機《ヘルハウンドVer2.5》

 

IS学園三年生にして、アメリカの代表候補生。

専用機《ヘルハウンド》は、炎熱系を操る専用機で、名前と同じ、地獄の猟犬の顔が、両肩の装甲についている。

長身でバストはFカップと、中々のプロポーションを持っており、金髪をホーステールにしている。

フォルテとは恋人の関係で、『イージス』という名でコンビネーション戦術を得意としている。

基本的にダリルが先行し、フォルテがバックアップに転じている。

 

 

フォルテ・サファイア

年齢 17歳

ギリシャ代表候補生

専用機《コールド・ブラッド》

 

IS学園二年生にして、ギリシャの代表候補生。

小柄な体躯に猫背な為、思ったよりも小さく見える。

黒い長髪を太い三つ編みにしてまとめているが、あまり整ってはいない。

性格はマイペースで、ダリルとのコンビを組んでいる時は、やる気を出さずに、相棒であるダリルに仕事を押し付けることもしばしば……。

専用機《コールド・ブラッド》は、日本語に直訳すると『冷血』となるが、その名と同じように、冷気を操る能力を持っている。

基本的にやる気はないが、IS操縦の腕は確かなものがある。

 

 

白坂 麻由里

年齢18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園三年生。

普段は物静かな性格だが、とりわけ近接戦闘になると目の色が変わるほどのギャップがある生徒。

IS操縦の技術はかなり高く、近接戦闘における強さならば、学園ではトップクラスの実力。

ナイフ型ブレードの二刀流というスタイルが好みらしい。

専用機を持てるかもしれないとされている生徒の一人。

 

 

セシリー・ウォン

年齢 18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園三年生。

アメリカ人と中国人とのハーフ。

幼い頃はアメリカで暮らしていたため、銃の扱いには慣れている。

銃撃に関することならば、得手不得手は全くなく、どんな銃でも扱える。

そのためか、銃撃戦での総合成績はトップになったことも多い。

一応格闘戦術も得意ではあるが、本人はあまりやりたがらない。

 

 

河野 時雨

年齢 18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園三年生。

父親が警視庁で剣道を嗜んでいるため、その影響を受け、自身も幼い頃から剣を振るっていた。

剣術の流派は父親がやっている『警視流木太刀形』を使う。

その練度もかなりのもので、剣道部に所属はしていないものの、剣の腕ならば学園内ではトップの実力がある。

専用機を持てるかもしれない数少ない人物の一人。

今回のタッグマッチトーナメントにて、一夏に敗北してからは、一夏の実力を知り、さらなる特訓を積んでいるらしい。

 

 

風間 千景

年齢 18歳

専用機 無し

 

本作のオリジナルキャラ。

IS学園三年生。

整備科に所属しており、重度のミリタリーオタク。

インターネットゲームのFPSでもかなりの実力を有しており、プレイヤーたちの間でも有名人で、『ブラッディ・チカゲ』という異名で呼ばれており、リアルにおいても、サバゲーに参加したりしている。

またバトル系の漫画も大好きなため、かなりのバトルジャンキー。

銃器が色々と扱えるという理由で、専用機を持つことを目指して日々精進している。

銃の扱いに長けているセシリーとは仲良し。

共にサバゲーをしに行ったこともあるらしい……。

 

 

レーナ

年齢 不明

専用機 《ラプター》

 

本作のオリジナルキャラ。

明日奈が京都に帰省しているのを狙って襲撃して来た『亡国機業』の構成員の一人。

コードネームは『L』。

年齢は不明だが、明日奈の私見だと、明日奈よりも年下の女の子。

しかし、『亡国機業』に所属しているためなのか、それなりの修羅場をくぐり抜けて来ている猛者の一人であり、軽い口調や態度から一変、戦闘になると狂気じみた性格に豹変する。

セミロングの金髪の髪を、一本にまとめて縛っており、ポニーテールのように結ってはいるが、どちらかというと、昔のサムライたちがしていた『総髪』という髪型に近い。

語尾に「〜ス」をつける。

専用機《ラプター》は、《サイレント・ゼフィルス》強奪の際に共に強奪したイギリスの第二世代機《メイルシュトローム》を改造し、アメリカ製の装備をつけた高機動砲撃型の機体。

アンロック・ユニットに装備してあるマキシマムカノンは、砲身を折りたたんでおり、それを伸ばして、手持ちのビームライフルと連結させることで、攻撃射程と範囲、威力が倍以上になるハイパーバーストモードへと切り替えれる。

 

機体イメージ

『ガンダムOO』に登場するガンダムスローネ一号機『ガンダムスローネアイン』

 

 

 






とりあえず設定などはこれで終わりにしようかなと思います。

また何かご要望などがあれば、感想書きの方で承りますので、よろしくお願いいたします!



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第101話 白雪姫の世界Ⅱ


今回は完全に一夏に注目したストーリーです。




とある世界の、とある街にて、一人の少年がその街を歩いて、いろいろと探っていた。

この世界のどこかにいるであろう、自分の恋人を救うために、少年、一夏は、この世界のことについての情報を集め回っていたのだ。

 

 

 

 

「すみませーん。ちょっと聞きたいことがあるんですけどぉ」

 

「はあーい!」

 

 

 

 

一夏は先ほど、八百屋の少女ユコからこの世界のことについての情報を少しばかり入手してきた。

この世界は、白雪姫の物語を基盤にして構築された世界であり、そこの女王は、なんとIS学園で一夏が所属している一年一組の副担任である山田 真耶である事が判明。

そして、物語のストーリー通りに、女王は美に対して異様なほどの執着を見せており、娘の白雪姫を殺そうとした。

しかし、白雪姫は脱走し、城から姿を消したとの事……。しかしそれが、ごく最近のことではなく、二年前の出来事であると言うのだ。

そして、この世界には、原作の白雪姫の物語には存在しない国家に対して強く反発している反政府勢力があるようだ。

名前は《ダイヤモンドダスト・リベレーター》と言うらしい……。

なんとも厨二くさい名前だが、物語としてはアリなのではないかと、ここは大目に見ておこう……。

しかし、それだけではまだ情報不足な為、容易に動くことは出来ないだろう。

ならばと、一夏はまた別のお店に行った。

そこはどうやら花屋のようで、店の外には色とりどりの様々な花が飾ってある。

そして、一夏の呼び出しに、店主が出てきた。

またしても、声の主は女の人。

そしてまたしても声が若い上に、どこかで聞いたような声……。

 

 

 

(この声……どこかで……いやいや、まさか……)

 

「いらっしゃませ♪」

 

(あっはぁーー……。やっぱりぃ〜〜……)

 

 

 

青みがかった短髪の少女。

左側の前髪にピンクのヘヤピンをした、真面目そうな雰囲気の女の子だ。

その少女の顔も、一夏はよく知っている。

クラスの中でも真面目な生徒であり、もっぱら一夏よりも、クラス代表……クラス委員長としての資格を持っているのではないかと思うほどだ。

戦闘能力の話ではなく、学校のクラス委員長って、こんな子がやってるよなぁ〜と感じる雰囲気。

そんな雰囲気を持つ少女が、白いワイシャツに青いジーンズというオーソドックスな服装に付け加え、Flower Shopというロゴの入った茶色のエプロンを着けて現れた。

 

 

 

 

「えっと、鷹月さん? 何やってるの、こんなところで……?」

 

「タ、カツキ? すみません、私の名前はシズネなんですが……」

 

「あぁ、こっちも名前はそのまんまなのね……」

 

「は、はい?」

 

「あぁ、気にしないでくれ、こっちの話だ」

 

 

 

 

なんだか、このやり取りをさっきもやったような……。

しかし、やはり名前は現実世界と同じだ。

だが、名字はなく、ただ名前があるだけ……。これではまるで、RPGのキャラクターネームのようでは……?

 

 

 

「何かお探しですか?」

 

「あぁ、いや……その買いに来たんじゃなくて、ちょっと聞きたいことがあってさ」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 

やはり仮想世界でも、鷹月さんは鷹月さんだった。

真面目にこちらの話を聞き、自分に答えられるものはないかと、真剣に考えてくれている。

やはり一番聞きたいのは、反政府勢力となっている集団のことだ。

 

 

「確かに、そんな名前のレジスタンスがあるのは聞いたことがありますね……」

 

「その集団が、どの辺りに潜伏しているとか、わからないか?」

 

「さ、流石にそこまではわかりませんよっ……! だって私、花屋ですもん」

 

 

 

確かにその通りではあるな。

両手と首を横に振って否定するシズネ。

やはり真面目で頑張り屋さんだ……。

 

 

 

「わかった。ありがとな……その、機会があれば、ここの花を買っていくよ」

 

「本当ですかっ!? その時は、とっておきのをご用意しておきますね♪」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 

 

満面の笑みを浮かべてくるシズネ。

うん……いつもは刀奈や明日奈という完璧超人な感じの二人や、箒や鈴、セシリア、シャル、ラウラ……それに簪も含めて、個性豊かな代表候補生たちに囲まれているから分かりづらいが、鷹月さんの様な優しくて真面目なタイプの女の子が、学校ではモテまくるんだろうなぁと、一夏はふと思い起こした。

 

 

 

「さて……他に誰か情報を持ってないものか…………」

 

 

 

流石にこのままというわけには行かない。

ここは王城に最も近い街であるため、兵士たちの行き来は多い。

ましてや砦まで建造されている場所であるため、最悪の場合この場で囲まれる可能性がある。

主に女王に無礼を働いたという嫌疑で……。

そんなことをすれば、最悪打ち首決定だろう。

 

 

 

「やっぱ……普通の一般市民にはわからない事だよなぁ……」

 

 

となれば、この手の政治的な物は、国の物に関わっている人物たちから聞くしかないだろう。

それは無論、兵士たちの事だが、そう簡単には教えてはくれないだろう。

「うーん」と一夏が唸っていると、またしても大きな女の子の声が聞こえて来た。

 

 

 

「はいはーいっ! 騎士団のみなさーん! 武器の手入れはお済みですか〜?

今なら金貨三枚でっ! お手入れ致しまーすッ!!!!」

 

「このハツラツとした元気な声は……」

 

 

 

もうここまでくると、流石に驚きもしなくなる。

この声を、一夏はおそらく一番よく耳にしていると思うからだ。

 

 

 

「あっ! そこの旅のお方っ! 武器のお手入れはどうですか〜〜??!」

 

「相川さん……あぁ、いや……ここだとキヨカさんで良いのかな?」

 

「ふえっ?! なんで私の名前をっ……!!?」

 

 

 

だろうな……。

一夏は「はぁ……」とため息を一回。

どうやらここには、普通に存在するNPCの様な者たちも居れば、現実世界で一組のクラスメイトとして一緒に過ごしている面々も居るようだ。

これが一体どういう仕組みなのかはわからないが、囚われている刀奈の深層意識から呼び出して作ったものなのか、それとも、一夏自身の深層意識からも抽出しているのか……。

こんなことが出来るとなると、それが出来る者というのは、相当な科学力を持った人物か、超能力者に限られてくるだろう。

 

 

 

「あ、あのぉ〜?」

 

「あぁ、ごめん。えっと、君が俺の知り合いに似ていたからさ……まさか、名前も同じだったとは、ビックリしたよ」

 

「あぁ、そうなんですねぇ〜♪ いやぁ〜、ビックリしたぁ〜! それで、旅のお方旅のお方! 武器のお手入れはよろしかったですか?」

 

「あぁ、いやその……そのまで使い込んではないし、俺、今お金がないんだ……」

 

「なぁーんだ。文無しかぁ〜」

 

 

 

わかりやすいくらいに落ち込むキヨカ。

まぁ、現実の相川さんも似たようなもんだったか……。

 

 

 

「てっきりお金持ってる方だと思ったのにぃ〜」

 

「それはすまんな。でも、なんでそんな風に思ったんだ?」

 

「だって、そんな珍しい武器をもっているんだもん! 武器屋の人からしたら、絶対にそう思うってっ!」

 

「珍しい武器?」

 

 

一夏自身が持っている武器といえば、腰に差している直刀くらいのものだが……。

 

 

「この刀が、そんなに珍しいのか?」

 

「うん。だって、基本的に騎士や兵士の人たちが持ってる武器よりは細いじゃん?

それなのに細剣ってわけじゃないしぃ〜、こんな剣を見たことないし……。

この辺りでも見たことないってことは、他国から持って来たものなんじゃないかなぁ〜って!」

 

 

 

確かに、刀は中国、日本で発展している武器だ。

ここが中世ヨーロッパ調の国であるならば、基本的な武器は両刃の剣がメインだ。

それをわざわざ異国の剣を差して歩いている人物がいるなら、商人たちは黙って見過ごすわけもないか……。

 

 

 

「あぁ……まぁ、これはなんていうか、貰いもんだからさ。こいつの価値がどこまであるかは、俺にもわからない」

 

 

 

嘘だ。

これはついさっきいた王城で、武器庫に勝手に入って、勝手に拝借して来たものだ。

王城にあったと言うことは、それなりの価値があるものだろう。

あるいは、骨董品扱いでついでに買われた可能性もあるが、まぁ、王城に勤めている兵士たちが使うものなのだから、鈍な物とは思えないだろう。

 

 

 

「そうなんだぁー」

 

「ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「なになに〜?」

 

「この辺りって、反政府勢力からの攻撃とか受けないのか? なんか、ここに来る間に、そう言う勢力がいるって聞いたんだけど」

 

「ああ〜、その話ね。まぁ、確かに話には聞くけど、流石にここを落とそうって考えるほど、馬鹿じゃないんじゃない?

だって、ほとんど城の目の前って言っても、ここには国の戦力が固まってるわけだしさぁ」

 

「まぁ、それもそうだな……」

 

 

 

しかし、ここにいるのは何も兵士だけではない。

なんの変哲も無い一般人だっているんだ。その気になれば、一般人に扮して、情報を引き出そうとしている輩だっていないわけでは無いだろう。

ましてやこうやって、一夏も情報を集めているわけで……。

 

 

 

「でも、どうしてそんなことを聞いて来るの?」

 

「えっ? いやまぁ、その……しばらくはここに滞在しようかなぁ〜って考えてたときに、その話を聞いちゃってさ……。

大丈夫かなぁ〜なんて、思っちゃたんだよ……」

 

「まぁ、そうだよねぇ〜。にしても珍しい武器だよねぇ〜〜♪」

 

 

話が終わると、今度は一夏が腰に差している刀が気になるのか、キヨカは興味津々と言った顔でこちらを見て来る。

 

 

「………」

 

「〜〜〜〜♪♪♪」

 

「少しだけなら……」

 

「イッエェーーイッ!!!」

 

 

 

ほんと、いつ何時でも元気だ。

キヨカは一夏から武器を受け取ると、鞘から抜いて、その刀身をまじまじと見つめた。

 

 

 

「ほおぉぉ〜〜!! 凄いっ! 剣とはまた違う美しさがある!」

 

「そ、そうなのか?」

 

「うんうん! 私の目に狂いはないよ!」

 

 

一体どれほどの審美眼を持っているのかは、本人のみぞ知る事なので、あまり追求はしないでおこう。

 

 

「ホンネェ〜! 見て見てぇ! この剣凄くないっ!?」

 

「ホンネ?」

 

「ああ〜。このお店、私以外に、鍛冶師のおっちゃんと、私の友達のホンネかいるんだよ!」

 

「ホンネ……ねぇ……」

 

 

 

もう驚かない。

ここまで来たのなら、もうここで出て来る人物はわかってしまった。

 

 

 

「ほお〜!? これは見た事ないねぇ〜……!」

 

「のほほんさんまで……」

 

 

 

のほほんさん。

無論、これが名前ではない。

本名を布仏 本音という。

縮めて読めば、本当に『のほほん』になるから驚きだ。

 

 

 

「おぉ〜? なんで私の愛称知ってるのぉ〜?」

 

「ここでも愛称は『のほほんさん』なのかよっ!?」

 

「うん〜。いっつものんびりしてるねぇ〜って言われるからぁ〜」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 

ここでものほほんさんはのほほんさんらしい。

なんか、これもさっき言ったような……こんなすぐに来るデジャブはあるのだろうか……。

 

 

 

「でもでもぉ〜、本当に珍しいねぇ〜この剣。多分、東方の異国の武器だと思うよぉ〜?」

 

「やっぱりっ!? 凄くないっ!?」

 

「うんうん〜! 初めて見たよぉ〜!」

 

 

 

 

何やら大興奮の二人。

まぁ、現実世界でも仲良しな二人だから、見ていて和むものはあるな。

 

 

 

「あ、そういえば、お兄さんってレジスタンスのこと知りたがってたっけ?」

 

「え? あ、あぁ……」

 

「ホンネ、あんたそう言えば、レジスタンスのメンバーらしき人物を見たって言ってなかったけ?」

 

「おう?」

 

「本当かっ、それっ!?」

 

「えぇ〜とぉ〜……うん、多分ねぇ〜」

 

「た、多分?」

 

「遠目からだったからわかんなかったけど〜、でも、多分そうなんじゃないかなぁ〜って」

 

 

 

ホンネは「う〜ん」と考え込むように頭を捻る。

その者たちがどのような格好で何を企んでその場にいたのかはわからないが、まぁ、国に対抗しようと言うのなら、きっとそれなりの準備などをしていたに違いない。

この国の重要人物である白雪姫がどこかへと消え、代わりに国家に対抗する組織が現れたのは、なんらかの力が作用していると思う。

もしも……仮に、刀奈が白雪姫だと断定したとして、あの刀奈が、素直に母親に殺されるようなひ弱なお姫様に見えるだろうか?

いや、それはないと断言したい。

ならば、その組織が白雪姫の消失と関係があるのなら、この上ない手がかりになるはず……。

 

 

 

「なぁ、のほほんさん。その連中を見たって場所はどこなんだ?」

 

「ほえっ? えっとぉ〜……確か、西の森に入って言った辺りだったかな?」

 

「西か……」

 

「もしかして行くのぉ〜? やめておいた方がいいんじゃなぁ〜い?」

 

「いや、ちょっと会って確かめたいことがあるだ。忠告はしっかり受け取っておくよ」

 

「う〜ん、だといいけど……」

 

「よし……と言うわけで、その武器を返してもらえるかな、キヨカさん?」

 

「えっ?! あぁ、ごめんなさい♪」

 

 

 

笑顔で謝るキヨカ。

なんとも爽やかな笑顔だ。

一夏はキヨカから刀を受け取り、それを腰に差して、急いで西の森の方面へと走って行った。

 

 

 

(もしも、その反政府勢力のリーダーが白雪姫で、その正体が刀奈だったとしたら、刀奈を救出するチャンスが一気に大きくなる……っ!)

 

 

 

逸る気持ちが抑えられない……と言った感じだった。

頭では冷静にならなければと思っちゃいるが、どうにも体は言うことを聞かない。

それだけ刀奈が、愛する恋人が心配でならなかった。

一夏は森に入り、街道を走り抜けた。

途中で砦に戻って行く兵士たちに出会いそうになり、森に入って身を潜めたりなどをして、さらに奥深くに入って行く。

 

 

 

(だいぶ奥には入ってきたが……やはり早々に会えるわけないか……?)

 

 

 

途中で見つけた月明かりがさす場所で一旦休憩し、装備品の確認をする。

と言っても、刀一本に、薄汚れたローブが一枚だけなのだが……。

確かにキヨカとホンネが言っていた通り、この刀は良いものであるのは間違いないと、一夏は感じていた。

手に馴染む感覚と、使いやすさが一番の利点だ。

鍔が無いことを考えるとそもそも受け太刀をあまりしないように設計された刀なのかもしれない。

だがまぁ、そんな刀ならば、一夏には好都合ではある。

直刀であるため、本領発揮とまではいかなくとも、抜刀術は可能だ。

 

 

 

 

「っ………?」

 

 

 

何かの気配を感じた。

初めは野生の動物なのかとも思ったが、ここまできて、一度も動物に見てない。

まぁ、人が多く住み着いている場所の近くであるため、いないのはわかるが、だが、あまりにも少な過ぎる。

それに、どこからか感じる殺気にも似た気配……。まだこちらに仕掛けてくる様子はないが、それも時間の問題だろう。

辺りは日が少し傾いてきていて、今いる森も緑が生い茂っているため、日当たりが悪いところはたくさんある。

もしもこのまま夜になれば……。

 

 

 

「久しぶりに、本気にならなきゃいけないかな……」

 

 

 

鋭い目つきに変わった一夏。

かつての感覚が体中を稲妻のように走る。

闇の中での剣戟は、過去には何度も経験した事だったが、それももう忘れていた。

表舞台に立つようになって、そして現実世界に帰還してからは、ISという最強の剣と盾を得た。

それに、システムによるアシストが多彩であり、何度となく助けられているため、かつての自分からすれば、あらゆる技術が錆びついて来ていたはず……。

だからこそ、今戻した昔の感覚は、ある意味では自分への戒めになったのかもしれない。

 

 

 

(さて、どうするかな……。とりあえず、こっちから動かないことには……!)

 

 

 

 

一夏はとっさに走り出した。

森の奥へと何の躊躇もなく入っていく。

そして、そんな一夏を逃すまいと、後ろから追いかけてくる気配が……。

 

 

 

(一、二………三人? いや、四人か……それにしても、俺の速度について来られるとはな……)

 

 

 

感じ取れる気配は四つ。

三人は一夏との距離を等間隔で開けているが、最後の四人目は大きく離れている。

そして、四人目からは殺気の様なものは感じない。

一体何者なのかが気になるところだが、今はそれよりも、この追跡を振り切るか、あるいは迎え撃つのか……それについて考えなければならない。

 

 

 

(この森の中で、開けた場所に行ければっ……!)

 

 

 

もうどれくらい走っただろうか。

街道を抜けて、森の中に入ったりしながら走っているため、もう500メートル以上は走っているはずだ。

だが、相手からは一向に攻撃が来ない。

何かを狙っているのか、それとも………。

 

 

 

「っ! あれは……」

 

 

 

目の前に現れた月明かりが照らされている地点……それにわかりやすく大きな一本の巨木がある。

 

 

 

「やべぇ……誘われたかな?」

 

 

 

誘導されているつもりはなかったのだが、ここまでくると出来過ぎな感じがしてならない。

おそらく、この西の森に行くこと自体が、罠だった可能がある。

 

 

 

「ちっ、やられちゃったなぁ〜。だがまぁ、相手がその気なら、こっちだって正当防衛を取らせてもらうだけだがな……!」

 

 

 

一夏は刀を抜き、巨木の元へと駆けていった。

そして、月明かりが一夏の体を照らしたのとほぼ同時に、一夏の背中に向けて、何かが飛んで来た。

 

 

 

「っ!」

 

 

一夏は咄嗟に振り向き、飛来してくる物を全て刀で弾き飛ばした。

そのうちの一本が、月明かりに照らされた地面に突き刺さる。

再来して来たもの……それは『苦無』だった。

 

 

 

「頭と心臓を狙ってきてたな……中々にいい狙いしてる。単なる素人って言うわけでもなさそうだな」

 

 

 

闇討ちは日常の様なものだった。

だから別に卑怯だとは思はないが、何もしてないのに一方的に襲われるのは、あまり気分がいいとは言えない。

次が来るのでは? と警戒していると、今度は大きな影が飛来してきた。

さっさに視線をそちらに向けると、そこに居たのは、全身を覆い隠す様に着込んだ服装をした暗殺者だった。

 

 

 

「はあっ!!」

 

「っ!」

 

 

 

一夏はその暗殺者の斬撃を躱し、ガラ空きになっていた背中に向けて一太刀入れようとした。

が、それを阻む様に、左から矢が飛んできた。

 

 

 

(こうなる流れを読んでいた……? 連携も中々だな)

 

 

 

常に攻撃するのは、相手の死角から。

そして、同時に射線上には絶対に入らない。

徹底的に訓練を受けている熟練者と大差ない動きをしている。

後からやってきていた四人目の存在が気になるが、今はそれに構っている余裕はなさそうだ。

 

 

 

「おおっ!!」

 

「ちっ!」

 

 

 

逆手に持っている少し短めの剣を振るう暗殺者。

長過ぎず、短過ぎない程度の剣だ。

それを逆手に持って、一夏の急所を容赦無く狙って来る。

が、それをやすやすと受ける一夏でもない。

躱せるものは躱して、受けるのではなく受け流す。

相手からすれば、攻撃しているのに、一向に攻撃が当たらないように感じているはずだ。

 

 

 

「くっ!?」

 

「お前らは、一体何者だっ!!」

 

 

 

銀閃が一筋入る。

カウンターの要領で入れた一撃が、暗殺者の顔下半分を覆っていた覆面を斬り裂いた。

突如として露出する素顔。

それを見た瞬間、一夏はさらなる驚きを覚えた。

 

 

 

「なっ!? き、君はっ……!」

 

「くっ、バレたっ!?」

 

 

 

一夏の表情と声に、我に帰った暗殺者。

ようやく自分の素顔が晒されていることに気がついたようだ。

 

 

 

「そんなっ……だって、さっきっ……!?」

 

 

 

信じられない……そう言う言葉しか、今は出てこなかった。

 

 

 

「……なるほど。やっぱり、あの時すでに俺を罠に嵌めていたのか……相川さん、いや、キヨカさん」

 

「っ…………!」

 

 

 

その顔はよく知っていた。

なんせ、つい先ほど会ったばかりなのだから。

ならば、今襲いかかってきている人物たちも、遅れてやってきた人物も……。

 

 

 

 

「ほわぁ〜〜! キヨちゃん達走るの速いよぉ〜〜!」

 

「ホンネが遅いだけでしょう?」

 

「むぅ〜! ひどいよユっちゃん……」

 

「まぁまぁ、ここまで走って来られただけでも、成長はしているんじゃないかな?」

 

「はあ〜〜……シズちゃんは優しいなぁ〜♪」

 

 

 

遅れてやってきたのがホンネ。

そして、弓で狙ってきていたのがシズネで、苦無を投げてきたのがユコということになる。

三人とも服装はそれなりに違いはあるが、やはり顔は隠している。

まるで時代劇に出て来る忍ような姿を彷彿とさせる。

 

 

 

 

「さて、襲いかかってきたのはやっぱり、俺がレジスタンスの事を聞いて回っていたからなんだろ?」

 

「そうだよ。君は、強い……っ! あの街で話していた時から感じてたし、今こうして戦っていても感じてる……あなたは、他の騎士の連中なんかと比べ物にならないくらいに強いってことが……っ!」

 

「買いかぶりすぎだよ……。俺はそんな大層なもんじゃない……ただの流浪人だからな」

 

「ただの旅人が、私たちの猛攻を受けて無事でいられるわけないじゃない!!」

 

「確かに……私の攻撃なんて、全部弾かれてたし」

 

「私のも、矢を避けてた。完璧に死角から突いたと思ってたんだけどなぁ」

 

 

 

キヨカの意見に同調するようにして、ユコ、シズネまでも参戦して来る。

一方、走ってきたばかりのホンネは、まだ荒い息を整えるのに苦労していた。

 

 

 

「どこの誰だかはわからないけど、顔を見られたからには、生かして返すわけにもいかなくなったわ!」

 

「申し訳ないけど、ここでおとなしく倒れてください!」

 

「是非は問わないわっ! あなたの答えは、『はい』か『YES』かのどっちかよ!」

 

「もうどっちも『はい』じゃん……」

 

「そう言ってるんだよっ!」

 

 

 

キヨカが再び斬り込んで来る。

一夏はそれを受けて、鍔迫り合いに持ち込むが、キヨカは即座に自分から距離をとった。

そしてその瞬間を、シズネは逃さない。

十分に引き絞っていた弓の弦を話した。

接近してからの矢の射出の為、思った以上に矢の到達が速い。

一夏はギリギリでそれを躱し、真横に飛び退く。

体を側転させて体勢を立て直すが、それを黙って見ているユコではない。

 

 

 

「もらったあっ!!」

 

「くっ!」

 

 

 

どこから取り出したのか、細い剣を六本。

それぞれ両手に三本ずつ、指と指の間に挟んで扱っている。

刃渡りおよそ80センチほど。

十字架を模したような作りの細剣のような武器だ。

それを持ってして、一夏に勢いよく斬り込んで来る。

 

 

 

「くううっ!!」

 

「チィッ……!」

 

「シズちゃんっ!」

 

「っ!?」

 

「そこですっ!」

 

 

 

突如ユコが飛び退いたと思いきや、その背後から矢が飛んできた。

ユコが一夏の注意を引きつけている間に、シズネがユコの背後に回っていたのだ。

このような対人連携を、ここまでつつがなくやってのけるのは、相当な訓練と状況判断能力の高さがなければ、まず難しいだろう。

一夏はその矢を体を放って避ける。

そして、着地したと思いきや、今度はキヨカが剣をまっすぐ一夏に向けた状態で、思いっきり突っ込んできた。

 

 

 

「覚悟おおおおっ!!」

 

 

 

切っ先を一夏の胸部に向かって突き放った。

だが、キヨカの視界から、一瞬にして一夏の姿が消えた。

 

 

 

「あれっ?!」

 

 

 

あり得るはずはなかった。

一夏とキヨカ距離は、そう離れてはいなかったはずだ。

なのに、目の前だけではなく、自分の確認できる視界全てからいなくなっている。

一瞬のことで驚きを隠せないキヨカ。

しかしそんな彼女に、ユコの言葉が響く。

 

 

 

「キヨカっ、後ろっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

いつの間にか、背後へと回っていた一夏。

体勢は悪いが、今ならば体を捻って一撃を入れられる……。

そう思い、キヨカは前に倒れようとする体を無理やり踏ん張って留まり、腰の回転を使って、渾身の一撃を放った。

 

 

 

「悪いな……ちょっと我慢してくれよっ……!」

 

「っ!!?」

 

 

 

放った一撃は、パカァーン! という音を立てて止められていた。

しかし、一夏は刀を使ったわけではなく、その刀を納めていた鞘で受け止めていたのだ。

咄嗟に腰に差していた鞘を左手で掴んで、キヨカの斬撃に合わせたのだ。

そして、そのままキヨカの斬撃を払いのけ、隙の生じたキヨカの左肩めがけて、刀を一閃した。

 

 

 

「《双龍閃・雷》ッ!」

 

「ぐはぁっ!!?」

 

 

 

肩から全身にかけて、重い一撃を食らってしまったキヨカは、その場に倒れこむ。

気絶しない程度に力を抑えたし、峰打ちのため、死ぬようなことはないのだが、やはりクラスメイトを刀で叩くのは、気が引けてしまう。

 

 

 

「キヨカっ!? このぉっ!」

 

「待ってユコちゃんっ!?」

 

「だあああっ!!!」

 

 

 

シズネの制止も聞かずに、ユコは一撃に斬りかかった。

しかし、連携をとって、背後からの襲撃ならばいざ知らず、真っ正面から一夏とやりあって、勝てるわけもなかった。

 

 

 

「《龍巣閃》ッ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 

ユコに対しては乱撃技で対抗する。

ユコの持っていた六剣を弾き飛ばして、そのままユコ自身も弾き飛ばした。

これもまた峰打ちのため、死んではいないが、仰向けに倒れたユコは起き上がろうとしようにも一夏からもらった打撃に苦痛の表情を浮かべ、まともに起き上がれない。

そんなユコを尻目に、今度は怯えているホンネと、そのホンネを守ろうと、ホンネを背にして、弓に矢をつがえて構えているシズネに視線を向ける。

 

 

「っ〜〜〜!!!」

 

「はわわわ……っ!」

 

「………待ってくれよ。俺は、ここに戦うために来たんじゃないんだ」

 

「っ……その言葉を信じろって言うの? キヨカちゃんとユコちゃんを痛めつけておいて……っ!」

 

「そうしないと、話を聞いてくれないだろう? 大丈夫だよ……峰打ちだから斬ってはいないし、手加減もしたから、打撲程度には済んでいるはずだ」

 

「だ、だからってっ!!」

 

「そっちが何もしなければ、俺だって何もしないってっ!」

 

 

 

 

一夏はなんとかシズネたちを落ち着かせようと説得を試みるが、完全に警戒されてしまっているため、話を聞いてくれそうにない。

どう来たものかと悩んでいると、再び、一夏の背後から気配を感じた。

 

 

 

 

「なるほど、キヨカたちの帰りが遅いと思ったら……」

 

 

 

 

月明かり差すその場所に、凛とした引き締まった声が響いた。

その声は、敵意を表しているような感じを含んでおり、おそらくキヨカたちを打ちのめした事を不快に思っているのだろうとわかる。

しかし、問題はそこではない。

またしても、その場に響いた声は、一夏のよく知る人物の物だったのだ。

 

 

 

「おいおいっ……マジかよ、なんでお前まで……っ!?」

 

 

 

後ろを振り向いて、一夏は息を飲んだ。

その場にゆっくりと現れた人物。

艶やかな黒い長い髪を、白いリボンでポニーテールに結って、武士さながらな佇まいを持ち合わせている少女。

その他には、流麗な刃紋が浮かぶ見事な業物の日本刀。

黒いズボンに白いコートと、明治維新以前の侍たちの様な装いをした武士が、ゆっくりと月明かりに照らされて、現れたのだ。

 

 

 

「キヨカ、ユコ、シズネ……お前たちは下がっていろ。この男は、私が相手する……っ!!!」

 

 

 

ゆっくりと刀を構える少女。

その構えはいつもの様な剣道の時の様な正眼の構えではなく、実戦的な剣術の型を取り入れた八相の構え。

切っ先が空に向かって伸ばされる……その美しい刀身に、月明かりの綺麗な光が反射して、その光景は、絵画にもできそうなほど美しい光景だった。

 

 

 

「箒っ……!!!」

 

「行くぞ、不逞の輩っ……私の仲間を傷つけた事に対する報いは、私が倍返しにしてやろうッーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

大地を蹴り、一気に一夏へと接近していく箒。

一夏の意識は一気に戦闘モードへと戻り、刀を正眼に構えた。

 

 

 

 

「おおおおおっ!!!」

 

「っーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




この話は、予想だとあと二、三話くらいは続くかもです。
もしかしたら、それ以上になるかもですが……(´;ω;`)

ぼちぼちキリトたちの戦闘も終わらせて、ワールドパージ編の完結に向かいたいところです。


感想よろしくお願いします^_^



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第102話 白雪姫の世界Ⅲ



ようやく更新できる( ̄▽ ̄)


おそらく白雪姫の世界での物語がこの後も四、五話ほど続くと思いますが、ご了承ください( ̄▽ ̄)




「おおおおおっ!!!」

 

「っーーーー!!!!」

 

 

 

思いっきり踏み込んでからの、上段唐竹割り。

いくら箒が女の子だといっても、剣道を長年続けてきた者の一撃は、生半可な状態で受ければ、たちまち得物ごと斬られかねないだろう。

一夏は真正面から受けるのではなく、刀の刀身に多少の角度をつけたり、体を半歩分真横に動かす事で、斬撃の衝撃を軽減させていた。

だが、それしきのことで、攻撃が止む箒ではない。

上段が回避されたのならば、今度は腰だめから横薙に一閃。

一夏は軽く跳び、後ろに移動することで、斬撃を受けても早々に倒れなかった。

が、今度は刺突がきて、そのあとがまた横薙。袈裟斬り、逆袈裟と斬撃は止まない。

一夏は必要最低限の動きと受け流しで、その斬撃を躱して、一旦距離をとった。

 

 

 

「ほう? なるほど……キヨカたちが苦戦するだけのことはあるな……」

 

「っ………」

 

 

 

一夏の技量に、正直感服した箒。

だが、それは一夏も同じだった……。箒の剣技、その全てが、初めて受けた衝撃だった。

鋭く放たれる斬撃、迷いのない踏み込み、そして、何より驚きを隠せないのが、貫かれそうなほどに鋭い眼光。

 

 

 

(これが、本気を出した箒の実力ってやつなのか……っ!)

 

 

 

箒とは、過去になんどか竹刀を合わせてきた。

ISの戦闘でも競り合っていた……。しかし、それはあくまで “互いが幼馴染としての認識を持った” 上での戦いだった。

しかし、今、目の前にいる箒の目には、一夏が敵として写っているのだ。

互いを知っている者同士だからこそある二人との距離間が、今この場では一切ない。

一夏は敵と思っていなくとも、箒にとっては危険な敵として意識されている。

知己の存在である者からの敵対の視線は、想像に重く、苦しいものだ。

 

 

 

「もう少し楽しみたいところだが、ここで時間を割いていては、騎士団に気づかれかねないからな……。

早々に終わらせる事にしようっ…………!!!」

 

「っ!」

 

 

 

再び箒が飛び込んできた。

今度は速さを重視した速度のある剣戟。

しかし、速さを競うのであれば、一夏の剣だった負けていない。

いや、むしろ速さだけならば、一夏の方が上だ。

 

 

 

「ちっ! これでも通らないかっ!?」

 

「やめろ箒っ!」

 

「っ!?」

 

「俺はお前と戦いたくないっ!」

 

「貴様っ……何故私の名を知っているっ!?」

 

 

 

明らかに箒の表情に戸惑いや驚きの色が見えた。

鍔迫り合いの状態で、箒は一夏の、一夏は箒の顔をまじまじと見つめた。

しかし、箒は一夏の事を知らないような顔をしていた。

 

 

 

「お前は俺の幼馴染っ、篠ノ之 箒だろっ?!」

 

「何を言っているっ! 私はホウキだ! シノノノなどと言う変な名など無いっ!」

 

「変なって…………お前の苗字だろうが……」

 

 

 

自分の家族としての名前を覚えて無いと言うのは、明らかにおかしな反応だ。

それは今も戦いを見守っているキヨカやシズネ、ユコにホンネもそうなのだが……。

やはり、この世界で出会った人たちは、苗字の存在を知らず、名前はゲームなどで使うキャラクターネームに似た様な名前になっている。

妙なところだけ現実で、変なところはゲームの設定を使っている。

 

 

 

「私と貴様が幼馴染だと……? 寝言は寝て言うものだぞ……っ!」

 

「寝言じゃないから、今そう言ったんだけどな」

 

「減らず口をっ……!」

 

「篠ノ之 箒。7月7日生まれの16歳……」

 

「っ!?」

 

「何故生まれた日を知っているのか? そんな顔だな」

 

「貴様っ……一体どこまで知って……!」

 

「言ったろ……俺とお前は幼馴染なんだって。幼い頃に、俺はお前の実家の剣道場に通っていたんだ!

俺とお前はっ、その頃からの付き合いなんだよ!」

 

「嘘を言うなっ! 私はお前など知らないっ!」

 

 

 

拒絶の言葉だった。

箒は一夏を払いのけると、先程までと違い、今度は慎重になったのか正眼に構えたまま動かない。

一夏との距離を慎重に詰めて来ている。

対して一夏は、脇構えの状態で静かに箒を見る。

少しずつだが、両者の足がわずかに動く。

剣士同士や、武術を会得している者たちの間で起きる間合いの制圧による見えない鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 

 

「っ……!」

 

「っ……!!」

 

 

 

静寂というものが、ここまで恐ろしく感じることもある。

静かだが、その中にはバチバチに燃えているものもあり、また、鋭い何かが、互いを近づけさせない様にギラギラと光っている様にも見える。

 

 

 

(ええいっ、なんなんのだこいつはっ……! 私の何を知っているという……っ! 何度思い出そうとしても、こんな奴見たことないぞ? 第一に、これほどの使い手がいるのならば、忘れるはずもないっ……!)

 

(今の箒相手に、勝つことはできても、それでおしまいだ……。どうにかして穏便に済ませれないものか……)

 

 

 

 

逃すまいと一夏の行動を警戒する箒と、できるだけ戦闘を避けたいと思う一夏。

両者の度重なる牽制は、一進一退の攻防を繰り広げ、中々切り崩せない状態で硬直していたが、ようやく痺れを切らして動いたのは、箒の方からだった。

 

 

 

「はああああっ!!!」

 

「っ……!」

 

 

 

 

下段の腰だめの構えから、一気に振り抜く一刀剣技《雷鳴》だ。

篠ノ之流剣術において、相手とのすれ違いざまに斬り捨てるカウンターの要領も取り入れられている剣技。

それを初めから出してくるのは、箒が少なからず焦ってるためだろう……。

一夏は避けるそぶりは見せず、逆にあえて突っ込んでいった。

箒の間合いに入る前に、一度上に跳躍すると、その勢いのまま、箒に斬りかかる。

 

 

 

「《龍槌閃》っ!」

 

「おおおおっ!!」

 

 

 

閃光と雷がぶつかる。

しかし、地に足をつけていた箒の方が膂力で優っているため、一夏はそのままはじき返された。

しかし、それこそが一夏の狙いでもあったのだ。

あえて飛ばされることで、箒との距離が大きく開き、一夏はそのまま森の方へと走り出した。

 

 

 

「なっ!? 貴様っ!」

 

「悪いな、やっぱり、俺はお前と……お前たちとは戦いたくない!」

 

「逃すかっ!」

 

「ホウキちゃんに続けぇぇ!!」

 

「よっしゃあ〜〜!!」

 

「ホンネちゃんも!」

 

「ほわぁ〜〜、行くぞぉ〜〜!!!」

 

 

 

ホウキに続いて、ユコやキヨカたちが追いかける。

しかし、一夏は先に森に入り込んで、鬱蒼と生い茂っている道のりをアクロバットな動きで木々から木々に向かって飛んで行く。

 

 

 

「なっ、何なんだあいつはっ……!? 獣の類かっ?!」

 

「凄っ!?」

 

「私たちよりも慣れてないっ!?」

 

 

 

後ろからそんな声が聞こえる。

しかし、そんな事にも反応せず、一夏はただただその場から逃げた。

やがて、ホウキたちの姿が見えなくなると、一息つくために、ちょうど隠れられそうな流出していた太い木の根に身を隠した。

 

 

 

 

「はぁ……なんとか、逃げ切れた……かな……」

 

 

 

木の根に隠れた状態で、身を隠しながら一夏は辺りを見回した。

周りにはなんの気配も感じない。

ようやく日が沈みかけている頃合いなのか、辺りは闇に包まれかけている。

よくよく見ると、月が登って来ており、月明かりが灯り始めている。

最近ではほとんど過ごすことのなかった、暗闇の中でたった一人……。

昔はこんな生活が当たり前だった。

レッドプレイヤーたちが活動するのは、大抵人通りの少ない所……そんな場所と言えば、フィールドの薄暗い場所や、隠れられるところがある場所、ダンジョン内の脇道などに潜んでいるのがほとんどだった。

 

 

 

(全く……嫌な記憶ばかりだな……)

 

 

 

今になっても後悔はある。

やり直しを求めることだって多々あるほどに……それでも、やり直す事なんて出来ない。

できるのは、これから先の未来で、どのように改善、あるいは償いをしていけるかだ……。

 

 

 

「はぁ……とりあえず、どこかで野宿できるところを探さないとなぁ……」

 

 

 

周りがどんどん暗闇に呑まれていき、早いうちに寝床にできるような場所に目星をつけておかないと、暗闇での活動は危険が伴う。

先ほどの戦闘と逃亡で、王城と街からはだいぶ離れてしまったため、戻るのも難しいだろう。

そして、もしもホウキたちがこちらに気づいて、また襲いかかってでも来たら、今度は手加減なしに斬ってしまう恐れもある……。

 

 

 

 

「えっと……とりあえず王城から離れるとして、どこか雨風凌げる場所はっと……」

 

「あら……ホウキちゃんたちが負かされたって聞いてたから、どんな刺客が来るのかと思ったのだけれど……あまり強そうには見えないのよね」

 

「っ!?」

 

 

 

突然一夏の独り言に突然言葉を返して来た者がいる。

一夏は刀の鯉口を切り、一気に戦闘態勢へと移行した。

 

 

 

(俺が気配に気づかなかった……? こいつは、手強いかもしれんな)

 

 

 

こういう闇の中では、まず第一に気配を探れる能力に長けていないといけない。

夜目が使えなければ奇襲されるし、相手の位置も割り出せない。

あいにくと、一夏はその両方を兼ね備えているのだが、ここは相手の隠蔽術の高さを評価するべきだろう。

 

 

 

「へぇ〜……訂正するわ。あなた、只者じゃないわね」

 

「………そう言う君は、一体何者なんだ……。一体、どこにいるんだ」

 

「そっか……一方的に狙いを定めるのは、フェアではないものね? じゃあーーーー」

 

 

 

そこまで言って一夏は背後に殺気を感じた。

 

 

 

「っーーーー!!?」

 

「望み通りに出て来てあげるっ!」

 

 

 

反射的に振り向きながらの抜刀。

刃が空を斬り裂いていく中で、閃いて迫って来る物があった。

刀とその光る物体がぶつかり、小さな火花を散らす。

刀にぶつかったその物体の正体は、ダガーだった。

それも、峰の辺りにはギザギザとした棘を彷彿とさせるような刃筋が浮き出ており、かつてアインクラッドにもこのダガーを持っていた者たちがいたが、その者たちに共通するのは、全員が『暗殺者』だったということだ。

 

 

 

「くっ!」

 

「いい反応ねっ……! やっぱり只者じゃないようねっ!」

 

「いきなり襲って来ておいて、その言い草はないだろうっ!?」

 

 

 

何度かダガーを振るってくる刺客に対して、一夏は刀での応戦をとった。

相手も中々の使い手のようで、ダガー一本で一夏の反撃を凌いでいる。

月明かりが森の木々の合間を通り抜けて地上に光を当てている中で、銀閃に輝く刀とダガーだけが斬り結ぶ。

 

 

 

「「っ………」」

 

 

互いに一歩も譲らない……。

おそらく襲って来た相手も、一夏の技量の高さに感服し、認識を改めたと思う。

そして、一夏も気づいたことがあった。

今襲って来ている人物は、女であることに……。

何度か斬り合った最中に、かすかに見て取れた相手の体格……そして、何より服装が女性の物だったというのが大きい。

加えて、華奢な体型をしていて、女性の象徴たる乳房の膨らみなどがわかった。

女性でここまでやれる人物は、そうそうにいないだろう……。

しかし、斬り合っている時に気づいたが、どうも彼女はダガーが本当の得物ではないのだと思った。

無論、ダガーの扱いに対しては優れているという評価をしているが、本当は別の武器が得意なのではないかと、直感的にそう思ったのだ。

 

 

 

(なら、一気に勝負をつけるっーーーー!!!)

 

 

 

一夏は地を足で掴むように踏ん張り、そして、思いっきり刺客の間合いに肉薄した。

 

 

 

「っ!?」

 

「はああっ!!」

 

 

 

下段から斬りあげる。

そして袈裟斬り。逆袈裟からの刀を逆手に持って逆胴。

絶え間なく続く攻撃に、相手もかろうじて捌いていくのがやっとだった。

 

 

「はああっ!!」

 

「っ……ぁあっ!?」

 

 

 

最後は刺突。

一夏の攻撃を弾き返した後に、手元が緩んだ隙を突いてのラストアタックだった。

一夏の刀の切っ先がダガーに当たって、相手のダガーは後方に弾き飛ばされた。

 

 

 

「くっ……!」

 

「ここまでだ……。安心しろ……敵対しないのなら、俺は剣を引く」

 

 

 

約束は果たすと、そういう意思表示も兼ねて、一夏は刀を鞘に納めてから、襲って来た暗殺者の方に歩み寄る。

暗殺者の方も、ダガーを取りに行くような行動は取らずに、その場で尻餅をついた状態から動かない。

しかしその一瞬の事だった……。

そよ風がその場に吹き、空から降り注がれていた月明かりを遮る木々の枝や葉が揺らめき、月明かりが暗殺者の顔を映したのだ。

 

 

 

 

「っ!!!? 君はっ……!!」

 

「っ………な、なによ……!」

 

「カ、カタナ………っ!」

 

「え…………」

 

 

 

ようやく会えた。

この世界に囚われていると……そう聞いた時には、本当に生きている心地がしなかった。

そしてダイブしてみれば、まるで別世界のようになっている白雪姫の世界に降り立ち、ここから刀奈を探し出さなければならないと、不安と焦りを抱えていた。

だが、ようやく会えた……。

一夏は急いで駆け寄り、刀奈の横に座った。

 

 

 

「良かったっ……! 無事だったんだな、カタナ……っ!」

 

「え……?」

 

「良かったっ……本当に良かったっ……!」

 

 

 

心配したあまり、一夏は刀奈に抱きついた。

抱きついている間に、色々と肌で感じる。

彼女の温もりも、鼓動も、ちゃんとした人と同じものだ。

彼女は生きていた……それだけで、今は十分嬉しかった。

 

 

 

「ちょっ、ち、ちょっ、ちょっと待ってよ! いきなり何するのよっ!?」

 

「のわっ?!」

 

 

 

だが、刀奈は何やら慌てた様子で、一夏を突き放す。

そして、胸元辺りを隠すようにして一夏に警戒心剥き出しの視線を向ける。

 

 

 

「カ、カタナ? どうしたんだよ……?」

 

「どうしたんだよ……じゃないわよっ!? いきなり知らない男に抱きつかれたら、そうなるでしょうがっ!!」

 

「………は?」

 

「『は?』じゃないわよっ!? あなただって、知らない女に抱きつかれたら、戸惑うでしょうっ?!」

 

「し、知らないって……お前、何を言って……」

 

「そもそも、あなたは誰なのよっ!? 私の仲間たちと戦ってたみたいだし、そんな得物振り回して、それだけで強いなんて……只者じゃないって事くらいしかわからないわよっ……!」

 

「っ〜〜〜!!?」

 

 

 

頭が混乱している。

目の前にいる少女は、間違いなく刀奈で、しかし、当の本人は一夏の事を知らないと言う。

冗談でもなんでもない……本気で警戒心剥き出しの視線を送ってくる。

ならば、この刀奈もここにいる一組のクラスメイトや箒達のようにシステムによって生み出された存在なのか?

だが、刀奈自身がこの世界に囚われていると言うのに、代理の者を呼ぶ理由もない。

 

 

 

「な、何言ってんだよっ……! じょ、冗談……だろ?」

 

「っ………!」

 

「な、なぁ、カタナッ……! 俺だっ、一夏だっ!!」

 

「っ……………いち、か………」

 

 

 

まさかと思うが、記憶がないのか?

しかし、もはやそう思うしかなかった。

刀奈が、一夏に対してこの様な態度をとる事自体がおかしい。

そんな事を感じてしまうと、一夏の中で、悲痛な感情が流れ出てきた。

嘘だと思いたい気持ちと、しかしそうではないのだと言うことを認める認識がグルグルと混ざり合う中で出た感情。

その吐露した感情は、少なからず、刀奈の心に触れたのだろうか……。

目の前にいる刀奈は、一夏の顔を見ると、何故だか悲しい気持ちになっている事に気付いた。

 

 

 

「っ………な、なんでぇ……」

 

「っ……?!」

 

「なんで、こんなに……っ、胸がっ、締め付けられるような……っ!?」

 

「カ、カタナっ……?!」

 

 

 

急に胸が痛み始めたのだ。

その理由はわからない……だが、一夏の顔をみて、そうなったのは間違いない。

一夏の悲痛な表情、悲痛な感情を見た途端に、胸が締め付けられるような痛みを感じたのだ。

一体何故なのか……? 頭が混乱していると、いつの間にか近づいてきていた一夏の姿を凝視する。

 

 

 

「あなたは……一体……っ」

 

「俺は……俺の名前は、織斑 一夏」

 

「おりむら……いちか………」

 

「お前は、カタナ……なんだよな?」

 

「…………違うわ。私は、白雪姫」

 

「白雪……姫?」

 

「そうよっ、白雪姫よ! 知らないわけ?! 私はお姫様。元々あそこにある忌々しい王城に住んでいる女王の娘!

あんな美容に妄執しているバカ女の娘で、姫なの! わかるっ?!」

 

「あ、あぁ……まぁ、なんとなくは……」

 

「なんとなくぅっ?!!!」

 

「えっとっ、なんか……ごめん……」

 

「なんかってなによ! 全くあなたはっ……! これでもお姫様なんだから、ちょっとは敬いなさいよねっ!」

 

「あっ、ははは………」

 

 

 

本当なら、「今日はなんのキャラなの?」っと、冗談半分にセリフを言うところなのだが、今そんな時ではないと本能が悟った。

 

 

 

「全くもう……!」

 

「えっと、白雪姫……うーん、『姫さん』って呼んでいいか?」

 

「…………」

 

「えっと……ダメかな?」

 

「どーぞお好きに……」

 

 

 

ジト目で睨みながらも了承はしてくれた。

しかし、いざとなると本当に呼んでいいものかと躊躇してしまう……。

 

 

「ん、んんっ! えっと、姫さん……君は、なんでこんなところにいるだ?

確か君は、反政府勢力の頭領なんだろう? こんなところでウロウロしてて良いのか?」

 

 

現にこうして、一夏と出会い頭に戦闘になってしまっている。

もしもこれが一夏とではなく、王城の重装備騎士の小隊だったら、間違いなく刀奈は囚われの身になっていただろう。

そして、最悪の場合は極刑だ。

 

 

 

「た、たまたま、みんなの目を盗んで散歩してたら、あなたが……」

 

「あー……」

 

 

 

おそらく、頭領であるが故に周りの皆からも、心配かけないようにと、自由な行動は控えるような言われているのだろう。

現実世界の刀奈もまた、生徒会室にこもって作業を命じられているにも関わらず、虚の監視を掻い潜って生徒会室から出て行っては、学園内のカフェテラスなどでお茶を飲んでいたりしていたが……。

こう言うところは、やはり刀奈なのだなぁと感じてしまった。

 

 

 

「まぁ、そりゃみんなからしたら、姫さんがその組織の要なんだし、そうやって大事にしたがるのもわかるっちゃわかるけど……」

 

「じゃあなに? 私に一生外に出ることを許さず、ただ寝っ転がってろってこと? そんなことしてたら、体にキノコ生えちゃうわよ……」

 

「まぁ、外に出る事自体は悪くないけど、アジトからあまり離れるなって事なんじゃない?」

 

「…………それもそうね。今回はあなたみたいなのと遭遇したことだしぃ〜」

 

「うぅ……なんか妙に含みのある言い方するなぁ……」

 

「ふふっ、ごめんなさい。はぁー……まぁ、あなたが敵じゃないって事は……まぁなんて言うか、なんだかわからないけど、わかったし……」

 

「っ……ありがとう」

 

「なんの『ありがとう』なのよ……? 別に私は、あなたを許したわけじゃないんだからねっ……!や

 

「え? 俺なんかしたっけ?」

 

「お姫様の私に対して、とっても無礼な振る舞いをしたことよ。本来なら、不敬罪で死刑なんだからね」

 

「うわぁ……親子揃ってこれだよ……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いえいえ、なんでもないです……」

 

 

 

 

娘の方は、美に対しての執着心なんてものはないが、やはりこの親にしてこの子ありと言う言葉通りではある。

笑顔でニコニコと笑ってくる姫さんなのだが、その目元は全く笑ってない。

むしろ猫を彷彿とさせるようや鋭い眼光がこちらを捉えていた。

この後、喰われるのではないかと思ってしまうほどに……。

 

 

 

 

「それで、まだあなたの目的を聞いてなかったわね……えっと……」

 

「一夏だ……織斑 一夏。呼びにくければ、一夏だけでいいよ」

 

「わかった。じゃあ、一夏くん……あなたがここにいる目的は、一体なんなの?」

 

 

 

一瞬、刀奈から本名である『一夏』と言う名前を呼ばれたことにドキッとしてしまった。

普段はSAO時代の名前である『チナツ』としか呼んでいないため、改めて呼ばれると、なんだか照れ臭い。

 

 

 

「その、信じてもらえるか、わからないんだけど……」

 

「…………」

 

「ちょっと最初から最後まで、事細かに説明すると、とても長くなりそうだから、少し荒削りで説明させてもらうよ」

 

「まぁ、仕方ないわね」

 

「じゃあ、説明するよ。まず、俺がここにいるのはーーーー」

 

 

 

 

 

それから一夏は、刀奈に対して、ここにいる目的……そして、自分がどのような存在なのかを話した。

この世界とは違う別の世界で、一夏も刀奈も、その他に箒や癒子、静寐、本音、清香たちと一緒に、学生として過ごしていたこと。

そしてこの世界が、敵のトラップによって仕掛けられた仮想世界だと言うこと、刀奈はそこに囚われの身として存在していることを話した。

また、現実世界の情報も話し、IS……《インフィニット・ストラトス》の話や、SAO……《ソードアート・オンライン》と言うVRMMORPGというジャンルのゲームに囚われ、デスゲームと化したその死線を、共に潜り抜けてきたことも……。

当の刀奈は、あまりきも壮大な話に聞こえているのか、あまりピンと来ていないようだった。

 

 

 

 

「ふむ……その、ISっていう物を扱う学園に、私やホウキちゃんたちが通っていて、私たちは同じクラスの生徒というわけね?」

 

「あぁ、その通りだ」

 

「そして、その、仮想世界? っていう場所で、私とあなたは出会って、共に戦って、現実世界に帰還したと……」

 

「うん……その、覚えてないかな?」

 

「………ごめんなさい、さっぱりわからないわ」

 

「そっか……」

 

 

 

 

それはそれで悲しい。

だが今は、刀奈が無事だったことが何よりも嬉しく思う。

 

 

 

「大体の事は話したけど……どうだろう、俺と一緒に、現実世界に帰るってのは……」

 

「悪いけど、それは無理な話ね」

 

「だよな……」

 

 

 

この世界で何が起こっているのか……。

ましてや、白雪姫の物語にして、中々に過激な話になって来ている。

そりゃあ王城があるという事は、そこに王様が居て、その王様を守る騎士がいるのだが、だからと言って、それと真っ向から対峙して戦いを挑む白雪姫なんてあり得ない。

しかし、今目の前にいる刀奈が、その白雪姫であり……その服装は、物語の絵本などで見たことのある姫のドレス姿だ。

 

 

 

「この後、君たちはどうするつもりなんだ? 王様に戦争でも仕掛けるのか?」

 

「そうね……。もともと私がここにいる前に、この反政府勢力は築かれいたみたいだし、そこに私という最大の武器が入った今、彼女たちは王に反旗を翻すでしょうね」

 

「なるほど……。それでも、姫さんはわかるけど、なぜ彼女たちは、女王に反旗を翻すんだ?」

 

「あなた、私のお母様を見たことは?」

 

「あぁ、あるけど………」

 

 

 

王城に強制転移されて、初っ端から出会った人物であり、そして、いきなり死刑宣告を受けたのが自分だとは、とても言えなかった………。

 

 

 

 

「ならわかるでしょう? あの美貌に対する執念深さ……。反政府勢力に加担している子たちはね、みんなお母様によって家を焼かれたり、街から追い出されたりした子達なのよ」

 

「はあっ?! な、なんで……」

 

 

 

 

いくら国の王とはいえ、それはあまりにもやり過ぎだと思った一夏。

しかし、逆に刀奈はため息をつき、首を横に振っていた。

 

 

 

 

「そんなの分かり切ってるじゃない! あの女は、自分の美貌が世界で最も美しいと思ってる。

でもね、人間は歳をとっていく。だから、自分よりも、若くて綺麗な顔をしている子を見ると、あの女は自分の世界一の座を守るために、強制的に排除していたのよっ……!」

 

「うへぇ……」

 

「現に、娘である私だって、世界一の座を奪われたからって殺されそうになったのよ?」

 

 

 

 

そこまでして世界一の座にこだわるものなのか……。

おとぎ話として聞いていた白雪姫の世界。

しかし、もしもそれが現実の世界で、自分もその当事者だった場合、人間が取るべき行動としては、女王の行動も理解はできる。

ましてや、自分が一国の王であることも含めれば、なんの躊躇もなく行動できるだろう。

 

 

 

「だから私たちは決起したのよ……あのバカ女を打ち倒して、誰もが自由に暮らせる国を作ってみせるってね!」

 

 

 

 

確かな覚悟がそこにはあった。

しかし、その話を聞いていた一夏は、目頭を押さえて「うぅ〜ん」と唸っていた。

 

 

 

「な、なによっ!? なんか文句あるわけっ?!」

 

「いや、その……とっても立派な志しではあるんだけど……なんだかなぁ……」

 

「なによ、言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさいよ!」

 

「その、俺の知ってる白雪姫の物語と、あまりにもかけ離れてるからさ……もう、カルチャーショックを受けてる気分なんだ……」

 

「……? なにをわけのわからない事を……」

 

 

 

そりゃあそうだろう。

白雪姫の物語とは言っているが、この世界での白雪姫は刀奈本人なのだ。ならば、自分の物語が違うなどと言われても、全然ピンと来ないだろう……。

 

 

 

「まぁ、というわけで、あなたのお誘いには乗れないわ。私には、私にしかできない事……やらなきゃならないことがあるから……っ!」

 

「っ………」

 

 

 

まっすぐな瞳でこちらを見てくる刀奈。

その目は、やはりというか、なんというか……。

SAO時代からずっと見てきた目だった。

強く、しなやかに……そんな言葉が似合うような目。

攻略組として、騎士団の副団長として、隠密部隊の筆頭として、人々を導いてきた彼女だからこそできる目だった。

 

 

 

(やっぱり、世界が違っても、刀奈は刀奈なんだな……)

 

 

 

そのことが、一夏自身、とっても嬉しかった。

だからこそ、一夏もここで覚悟を決める。

 

 

 

「そっか……確かに、一国に喧嘩を売るとなっちゃ、一大事だよな」

 

「そういうこと」

 

「じゃあさ、俺もその反政府勢力に入れてくれないか?」

 

「は?」

 

 

 

一夏の言葉に、刀奈は素っ頓狂な声を上げる。

 

 

 

「えっと、なにを言ってるの、あなた……?」

 

「言葉通りの意味だけど? 俺も、姫さんの下に付かせて欲しいって言ってるんだよ」

 

「…………あなたが私たちの仲間になって、一体どんな得があるっていうのよ……」

 

「得とか、そんなんじゃないんだ……。ただ俺は、君を助けに来た。

この世界から君を連れ出して、現実世界に帰還することが、俺の目的であり、この世界に来た理由だ。

でも、このままでは君と一緒に帰れそうにないんだろう?」

 

「ええ……。だから悪いけど、あなたには一人で帰ってもらうわ」

 

「それはできない。君が一緒じゃなきゃ、全くもって意味がないんだ」

 

「っ…………」

 

 

 

 

どこまでが本心なのか……?

こんな言葉を、こんなに真っ直ぐに言ってくる一夏に、刀奈は疑問を抱いた。

この少年は、一体なにを企んでいるのか……と。

しかし、一夏の瞳はどこまでも澄み切っていた……淀みのない、綺麗な瞳。

そんな瞳を、ずっと刀奈に向けている。

 

 

 

「はっ……そ、そんなこと言ったって、私は簡単には信用しないわよっ!?」

 

「ええっ?!」

 

「あ、当たり前じゃない! あなたにとって、私がどういう存在なのかはわからないけど、私には、あなたが何者なのかもわかんないだし……そもそも初対面でいきなり一緒に帰ろうとか言われても……」

 

 

 

 

後半の言葉は、何故だかゴニョゴニョと口籠もったような言い方をした為、一夏には聞こえなかった。

何故だろう……一夏の瞳、一夏の声、一夏の言葉……それらを見聞きしているだけで、少し鼓動が速くなるのを感じる。

いや、鼓動だけじゃない……体が火照る様に熱くなるのだ。

 

 

 

(私ったら、一体どうしちゃったんだろう……っ?)

 

 

 

この現象がなんなのかはともかく、目の前にいる少年は、否が応でも付いてくるようだった。

 

 

 

「はぁ……わかったわ。あなたも、そこそこ腕は立つようだし、王城攻略の際には役立ってもらうからね?」

 

「うーん……まぁ、できるだけ穏便に済ませれるなら、それに越したことはないけどな」

 

「なにを甘いこと言ってんのよ! そんなんじゃ、敵を倒すどころか、味方を守れないじゃない!」

 

「まぁ、それはそうなんだけどさ……それでも、流れる血は、少ない方がいいはずだよ……それが、どんな人間の血であってもね……」

 

 

 

 

たとえどんな敵であったとしても、人の命を絶ち続けていけば、今度は自分が人の道から外れてしまう。

正義も悪もない……ただ純粋に剣をとって、刃と刃が交錯する刹那の瞬間で、命のやり取りをする。

勝者が生き、敗者が死ぬ……つまりは、強ければ生き、弱ければ死ぬ。弱肉強食の世界の体現。

同じ人でありながらも、他人から色々と奪っていく獣……いや、怪物。

その名は………『鬼』または『夜叉』だ。

 

 

 

 

「はぁ……まぁ、あなたの言葉にも、一理はあるわけだし……」

 

「っ……それじゃあ!」

 

「なるべく戦闘は避ける。確かに流れる血は、少ない方がいいものね」

 

「ああ……。えっと、改めまして、織斑 一夏だ。俺のことは、一夏って呼んでくれよ」

 

「一夏くんでいいわよね? 私は白雪姫。呼び方はご自由に」

 

「あぁ……よろしく、姫さん」

 

 

 

 

一応、仮ではあるが、刀奈には認めてもらえたようだ。

その後二人は、反政府勢力《ダイヤモンドダスト・リベレーター》のアジトへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 






次回もおそらくは白雪姫の話になると思います。

余裕があれば、キリトとサチの戦いの模様を書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

感想お待ちしております(⌒▽⌒)



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第103話 白雪姫の世界Ⅳ



久しぶりの更新( ̄∇ ̄)

皆さんは覚えてくれてたでしょうか?
更新が遅くなって、ほんと、申し訳ありません(><)





「と、言うわけで、用心棒として雇った一夏くんでーす。みんな、存分にこき使ってやってね?」

 

「自己紹介から随分と飛ばしてくれるなぁ〜………」

 

 

 

反政府勢力《ダイヤモンドダスト・リベレーター》アジト。

そこは、深い森の奥……大きな洞窟の中にあった。

中を調べて見たところ、そこは半自然的な構造になっていた。

人の手で切り拓かれた道と、自然のまま残っている壁。

人工的に作られた区画と、自然のままに再利用されている区画の二つが存在しているわけだ。

そんな洞窟内の大広間に集められた、たくさんの美少女たち。

その中には、多くの見知った顔があった。

先ほど一夏に襲いかかってきたホウキを始め、シズネ、ユコ、キヨカ、ホンネ。

その隣には………。

 

 

 

 

(やっぱりというべきか、何というか……だな)

 

 

 

 

金髪の長い髪。その毛先はクルクルとロールしている。

俗に言う縦ロールの髪。そして、貴族たらしめる気品を兼ね備えた少女。蒼穹のような蒼い瞳が特徴だ。

 

 

 

(セシリア……この世界は、やっぱりカタナの心象を形作っていると言うことなのか?)

 

 

 

続いて、そのセシリアの隣にいる少女へと目を向ける。

茶髪の髪をサイドに括っている。

コアな男子ならば喜ぶ髪型であるツインテールだ。

緑色の瞳と、野性味溢れる雰囲気、そしてそれを象徴するような八重歯。

ホウキに引き続き、彼女も登場ということになる。

 

 

 

(鈴まで……しかも、なんか箒と同じ視線を感じるんだが……)

 

 

 

昔の……まだ転校したてで、周りのクラスメイトとうまく馴染めていなかった頃のような目をして一夏を見てくる。

今の彼女とは、もうそんなことがなかったため、箒に引き続き、中々心にグサリとくる。

 

 

(箒と鈴は……まぁ、あいつらの事だから、警戒心剥き出しにくるのは当たり前か……)

 

 

そう心で思いながら、一夏はさらにその隣、金髪の髪を後ろで一本に束ねている少女。

優しげな雰囲気を纏い、紫色の瞳は、箒や鈴たちのように鋭く睨むわけではなく、ただ戸惑いの色を見せていた。

 

 

(シャルは……比較的接しやすそうだけど……。そういう内面的なのも、カタナの心象を利用しているのか?)

 

 

 

一応、カタナとは話せているし、まだ警戒はされているだろうが、無下に突っぱねられることはないだろう。

しかし一夏も忘れていたが、その隣からは、箒や鈴に負けず劣らず……というか、明らかに殺気のこもった視線を向けてくる者が……。

 

 

 

(ラウラはどの世界でもラウラのままってわけか……しかし、そんな殺気立つなよなぁ……)

 

 

 

銀髪の長い髪を、そのままストレートに伸ばしている少女。

一番の特徴は、左眼を隠すように黒い眼帯をつけている。

唯一見える右眼は、赤い色をしております。

その眼光は鋭く、触れれば切れるナイフを彷彿とさせる。

 

 

 

(うーん……俺たちと出会う前のラウラだな)

 

 

 

姉である千冬を崇拝し、尊敬し、理想としている。

それは今でも変わらないのだが、昔のラウラは側から見ると強烈な印象を得ていただろう。

そしてその隣では、怯えと忌避の視線を向けて、おどおどとする水色髪の短髪少女。

この中で唯一メガネをかけている、内気そうな少女。

 

 

 

(ううっ……何気に、簪の対応が意外と傷つくな……)

 

 

 

本来ならば、彼女は白雪姫として存在している刀奈の妹に当たるのだが、この世界ではどのような立ち位置なのだろうか?

水色の髪に、癖っ毛、真紅の瞳までは同じなのだが、メガネをかけているのと、その癖っ毛が刀奈は外側に、簪は内側に入っているのが特徴とも言える。

仲良し姉妹の関係は、このオリジナル感満載のこの世界において、どのようなものになっているのか……?

 

 

 

 

「ほら、突っ立ってないで、自己紹介くらいしたら?」

 

「あ、あぁ……」

 

「その、一夏だ。みんなと敵対する意思は、微塵もないから、その、どうか怖がらないでほしい……。よ、よろしく頼む?」

 

「なんで疑問形なのよ?」

 

「いや、なんか……すまん」

 

「はぁ……まぁいいわ」

 

 

 

一夏に向けていた視線をその場に集まる女の子たちに向け、改めて刀奈は宣言する。

 

 

「みんなっ! もう知ってるとは思うけど、そろそろあのバカ女王の政策に疑念を抱き、国民が不安になっている頃合いよ。

この機に乗じて、私たちも動くわっ……! あのバカ女王は、自分の美に対する執着が強いことで、あなたたちを阻害し、私も殺されかけた……。

この国を改変させるためにっ、みんなっ! 頼んだわよ!!」

 

「「「「「はいっ!!!!」」」」」

 

 

 

 

なんとも統率の取れた集団なのだろうか。

いや、それほどまでに、女王への怨み妬みがあるのだろう。

この白雪姫の世界で、一国の主である女王の美への執着は異常なものだ。

自分が世界一の美女の座に君臨するためには、たとえ娘である白雪姫ですら殺してしまうほどに……。

 

 

 

 

(だからまぁ、ここにいる子たちがみんな、女王に対して怨みなんかを持つのは自然の流れなんだろうけど……)

 

 

 

一夏はテキパキと作業を開始し始めた少女たちを見て、こめかみを抑えた。

 

 

 

(完全に白雪姫の話を逸脱してんだよなぁ〜………)

 

 

 

 

本来、白雪姫の話と言うのは、魔法の鏡に映し出された最も美しい女性である白雪姫を、その座から降ろされてしまった女王が、彼女を殺そうする所から物語が始まる。

そこは同じなのだが、問題はその後になる。

城から逃げ出した白雪姫は、7人の小人たちと出会い、その小人たちの棲む家に匿ってもらう。

しかし、白雪姫を殺せなかった女王は怒りをあらわにし、魔女に頼んで、毒リンゴを白雪姫に食べさせることに……。

何も知らない白雪姫は、その毒リンゴを食べてしまい、そのまま命を落とす。

白雪姫が死んでしまったことに悲しんだ小人たちは、その毒リンゴを作った魔女を倒しに行き、その目的は無事に果たされたが、白雪姫はそのまま眠った状態だった。

しかしそこに、白馬に乗った王子様が現れて、白雪姫を見つけると、奇跡的に白雪姫が目を覚まし、蘇った。

その後、白雪姫はその王子と結ばれて、幸せに暮らす。

というのが、本来の白雪姫の話。

しかし、現状はどうだろう?

剣やら槍やら弓を揃え、甲冑を布で綺麗に磨き、さらには火薬まで作っている始末だ。

白雪姫ではそんな戦争でも始めるような話はなかったはずだが……。

 

 

 

「一体、何がどうなっているのやら……」

 

「なにが?」

 

「あ、いや……」

 

 

 

隣にいる刀奈が、不思議そうにこちらを見てくるのだが、白雪姫となっている今の刀奈に、「この白雪姫の物語はおかしいぞ?」なんて言えるわけもなく……。

一夏は「なんでもない」と言って、話を逸らした。

 

 

 

「なぁ、これだけの戦力を、一体どうやって集めたんだ?」

 

「まぁ、それはさっき言ったように、あのバカ女王の愚行によって阻害されそうになった子たちを重点的に集めた結果ね。

みんなには、一般市民に紛れ込ませてゲリラになってもらって、情報収集と戦力になりそうな子たちを見つけてもらうようにしているの」

 

「なるほどねぇ……」

 

 

 

その戦術すらも、白雪姫の話にはないのだが……。

だが、事ここに至ってはそんなのどうでもいいとも思えてきた。

 

 

 

「さて、君も、しっかりと働いてもらうからね?」

 

「あぁ、そうだな。まずは、なにをすればいいんだ?」

 

「えっと、そうねぇ……あ、ホウキちゃん」

 

「………えぇ〜……」

 

 

 

右手を大きくあげて、ホウキを呼ぶ刀奈さん。いや、こっちだと、白雪姫になるんだが……。

しかし何故ホウキを呼ぶ?

ホウキとはついさっきまで真剣を交わしていた相手なのだが……。

つまりは、さっきまで殺しあっていた相手と再び鉢合わせるというのは、どうにも心臓に悪い。

 

 

 

「ハッ、お呼びでしょうか姫様」

 

「ホウキちゃん、イチカ君に仕事をさせてくれる? 雑用でもなんでもいいから」

 

「了解しました。せっかくの男手ですから、力仕事でもさせましょう」

 

「うん、それがいいわね♪ じゃ、あとはよろしくぅ〜♪」

 

「「…………」」

 

 

 

気まずい雰囲気が二人を包む。

何と言っても、先ほどまで剣を向け合っていたのだから、それは当然のことだろう。

 

 

 

「おい」

 

「は、はい……」

 

「貴様、一体なにが目的だ?」

 

「なに……とは?」

 

「惚けるなっ、我らの姫に近づいて、一体なにを企んでいるのかと聞いている!」

 

 

 

まぁ、そうなるよね。

ホウキの意見もごもっともなんだが、もう少し声のトーンを落として欲しかった。

おかげで、こちらは針のむしろ状態なわけで、周りの女の子たちからの視線が突き刺さるような感覚に陥る。

 

 

 

「目的……か。それについては、君たちと利害は一致していると思う」

 

「ほう?」

 

「まず、俺がここに来た理由、また、姫さんを探していたのは、どうしても姫さんに会いたかったから。

そして、姫さんを助けたいと思ったからだ」

 

「………何故見ず知らずの貴様が姫を助けようなどと……」

 

「えっと、その……困ってる人を、ほっとけないっていうか、彼女……姫さんの事が心配で……」

 

「そうか……理由はわかった。しかし、では何故この組織に属する? それこそ何のためだ?」

 

「俺は、姫さん連れて帰るために、ここに来た」

 

「何だとっ!? 貴様っ、やはり王国側のっ……!!」

 

 

 

ホウキは一度間合いを取って、腰に下げていた刀に手を伸ばす。

中腰に構え、刀が納められている鞘の鯉口を切る。

それに呼応するように、周りにいた女の子たちも、その手に武器を取り、一夏に敵意の視線を向ける。

 

 

「まっ、待ってくれっ! それは違う!」

 

「その言葉を信じろと? あいにくだが、貴様を信じるにたる要素がどこにもないんだが?」

 

「た、確かにそうだが……。それでも、俺は君たちに敵対する意思は全くない! むしろ俺も、あの女王に危うく殺されかけたんだし……!」

 

「っ………」

 

 

 

必死に訴えかける一夏。

ホウキや他のメンバーも、一応に警戒心を緩めはしなかったが、ホウキは刀から両手を離し、一夏に向き直る。

 

 

「その話が本当なら、貴様、相当な事をやらかしたのだな? でなければ、あの女王が男に対して死罪を告げるなど、あり得んのだがな……」

 

「えっと、その女王の名前を間違えた……とか、女王の目の前なのに不遜な態度を取ってしまったとか、まぁ、いろいろあってな……」

 

「ふむ……」

 

 

 

一応は納得してくれたようだ。

 

 

 

「目的はわかった。だがどこに連れて帰るというのだ? 姫は王国の皇女なのだぞ?

それを連れて帰るということは、姫をあの王城に連れて行くということになる」

 

「いや、そうじゃないんだ。彼女は、王国の姫でも何でもない」

 

「っ?! 何を馬鹿な事をっ……!?」

 

「あぁ……信じられないだろうけど、これは事実なんだ。彼女は一国の姫でも何でもない。普通の、君たちと同じ一人の女の子なんだ。

そして、俺は彼女と同じ場所で過ごしている……彼女がここに囚われの身になっているのを知り、俺もここに来た。

そしたら、ここで戦っているのを知って、この戦いが終わらない限り、戻ることはできないと、彼女は言ったんだ」

「っ…………」

 

 

 

まぁ、早々に信じろと言うのも無理な話ではある。

だが、刀奈がこの世界から出るには、刀奈の目的を果たさせるしかない。

あと、刀奈自身の記憶が戻ってしまえば、あとは言うことはないのだが……。

 

 

「か、仮にっ、仮に姫がお前と同じ場所に生まれ、育ち、生きて来たと言うのだとしてもだっ!

貴様一人に何ができるんだっ! 確かに貴様は腕が立つ。私やシズネたちの攻防で倒れなかった者の方が少ないからな。

だがそれで、何故一人でここに来たのだ!?」

 

 

 

確かに、取り戻すと言うのであれば、それなりの戦力を持って来てもいいだろう。

しかし、いくら腕が立つからと言って、一夏一人では、限界があるだろう。

 

 

 

「まぁ、確かにそう思うよな。でも、安心してくれ」

 

「ん?」

 

「この手に届く人たちくらいなら、俺の剣は届くよ。絶対に、姫さんも、君たちも守る………っ!」

 

「なっ……!!?」

 

 

 

 

まっすぐ見つめられて、はっきりと断言する一夏の姿に、ホウキは顔を真っ赤にし、その場で狼狽える。

 

 

 

「ば、ばば馬鹿者っ!!? お、大きなお世話だっ! 私たちは、自分の身くらい自分で守れるっ!」

「そうか? まぁ、ピンチになった時くらいは、駆けつけるさ……。それじゃあ、俺も仕事しますかねぇ〜」

 

「あ、おいっ……!」

 

「ん?」

 

「き、貴様っ、その……聞き忘れていだが、姫様とはどういう関係なのだっ……!」

 

「俺と姫さんの関係?」

 

 

 

年頃の女の子よろしく、ホウキも、その周りにいた女の子たちも聞き耳を立てている。

一夏はどう答えたらいいのだろうと悩んだが、ここは素直に、本当の事を話した。

 

 

 

「向こうでは、その……俺と姫さん……カタナとは、恋人同士だよ…………」

 

「なっ!? な、なななっ〜〜〜〜!!!!!!???」

 

 

口をパクパクとさせながら、何か言いたげだったが、一夏はそれを気にせずに、その場を後にした。

その場から退散した直後、一夏の背後から、黄色い悲鳴があがっているのは、必然だっただろう…………。

 

 

 

 

 

 

「っ…………」

 

 

 

一夏が立ち去った後、一夏が去った通路とは別の場所に、カタナの姿があった。

顔を真っ赤にして俯き、目もパチパチと何度も瞬きさせ、呼吸が速くなるのを感じていた。

 

 

 

 

「ひ、姫様っ!? ほ、本当ですのっ?! あ、あああの方と、その、お、おおおお付き合いしていらっしゃると言うのはっ!?」

 

「そ、それはっ……!?」

 

「落ち着けセシリア嬢。姫様も混乱しているではないか……」

 

「ラウラさんはっ、気になりませんのっ!? わたくし達の姫様が、あんな男とつ、つつ付き合っているって言うのにっ!?」

 

「私に聞かないでもらいたい。それで、姫様としては、どうなのですか? あの男の言っていることは正しいのですか?」

 

「ええっと……」

 

 

 

カタナに詰め寄る、二人の少女。

一人は、カタナに負けないほどのプロポーションと、綺麗な金髪の縦ロールが特徴の少女。

姫となっているカタナよりは豪勢さに欠けるが、身に纏うドレスを優雅に着こなしているところを見ると、この世界では貴族令嬢にあたる役なのだろう。

興奮気味に、カタナに詰め寄る少女の名はセシリア。

一夏とクラスメイトであり、イギリスの国家代表候補生という経歴を持つ。

しかし、それは現実世界での話であり、この世界では一介の貴族令嬢だ。

そして、そんなセシリアを落ち着かせようと、宥めるのは、銀髪ストレートの少女。

左目を眼帯で隠し、ホウキ同様に、スカートではなくズボンを履き、黒いジャケットを着込んでいるその姿は、凄腕の殺し屋のような風格がある。

名前はラウラ。現実世界では、一夏のクラスメイトであり、自称弟子であり、ドイツの国家代表候補生という肩書きを持つ。

しかしこの世界では、セシリア同様に違う肩書きを持っているようだ。

彼女は代々王家に仕えてきた護衛係並びにメイドという一族の娘だ。

しかし、セシリアとラウラも、美に執着する女王によって、阻害されそうになった身だ。

そんなラウラも、先ほどの一夏の発言には気にかかることがあるようで、興奮気味のセシリアを抑えつつも、カタナに真意を問う。

 

 

 

 

「わからないのよ……私には、彼と共に過ごした記憶がない」

 

「では、あの者が言っていることは、ただの妄言……だと?」

 

「うーん……なんか、それも違うような気がして……」

 

「ん? しかし、記憶がなのでしょう?」

 

「そうなの……でも、なんていうか……記憶には無いんだけど……その……多分、知ってるんだと思う。

私の手や耳や目や……心とか、いろんなものが……」

 

「…………」

 

「そっ、それはっ……!?」

 

 

 

ラウラは何やら考え込むように俯き、セシリアに至っては、顔を青ざめていた。

何を想像したのかはわからないが、とにかく、一夏への憎悪が増したのは確実だろう……。

 

 

「まぁ、ともあれ奴の素性を、もう少し詳しく調べなければならないだろうな……」

 

 

 

ラウラは隠れていない右眼を鋭く尖らせ、一夏の消えていった廊下の方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、この槍はここに置いて、と……」

 

 

 

ホウキからの要望で、一夏は彼女達が使う武具の点検と、それを運び出す作業をしていた。

一緒に作業を行なっている女の子達からは若干敬遠された状態で作業をせざるを得なかった。

しかし、作業をしている中で気づいたことと、作業を行なっている彼女達からは、新しい情報を得た。

まず気づいたこととしては、このレジスタンス集団の戦力について。

周りを見ても分かる通り、この場にいるのは貴族、市民問わず、綺麗な町娘やご令嬢といった子達ばかりだ。

しかし、全員が武具を用いた戦闘を行えるようで、戦闘能力では、一般兵と変わらないだろう。

そして今日、その前哨戦として、王城に軽く攻め込むらしい……。

もう攻め込むと言っている時点で、軽くも重くもないんだが……。

 

 

 

「さてと……これで一通りオッケーかな」

 

 

一夏は武器をまとめ上げ、即時出陣可能な状態へを整えた。

周りにいた女の子たちに、ほかに手伝うことはないか聞きに行き、女の子たちからは、「特にはない」と言われたので、別の場所にへと向かう。

今度は、馬防柵を作っている場所へと向かう。

おそらく騎士団の騎兵相手に使うものなのだろう。

万が一の時には、このアジトに戻らなくてはならないため、その先を狙われて全滅しないように、できるだけの対応策を練って置かなくてはならない。

 

 

 

「えっと……何か手伝おうか……?」

 

「「「あ……」」」

 

「おお〜〜?」

 

「…………」

 

 

 

 

気まずい空気がまた流れた。

それは何故か? 何故も何も、ホウキの時同様、先ほど戦った四人がいたからだ。

 

 

 

「ああ〜〜!! さっきの姫さまのストーカーっ!」

 

「違うわっ!! ストーカーなんてしてないだろっ!?」

 

「でも姫さまの事を、色々と嗅ぎ回っていたのは、事実はわけで……」

 

「卑劣なストーカーめっ! 今度は何をしに来たっ!」

 

「いや、その……手伝いに来たんだけど?」

 

 

 

 

やはりというかなんというか……シズネ達の視線もまた、かなりの警戒の色を見せている。

しかしそんな中、その雰囲気を見事にぶち壊してくれた人物が一人……。

 

 

 

「ほわぁ〜! ストーカーめぇ〜、このホンネちゃんが、成敗してくれるぅ〜!!」

 

「…………」

 

 

 

両手が見えないほどにだぼだぼとした服を着ている少女。

その姿からは、戦士や暗殺者といった雰囲気は全く感じられず、どこか愛玩用の小動物のようにも思える。

手に武器などは持っておらず、ゆっくりとした動作でまるで中国拳法のような動きを見せる。

ここにいる四人の中で、ただ一人一夏と交戦しなかった人物……のほほんさん……ここでの名前は、ホンネだ。

 

 

 

 

「心配すんなって……俺は君たちにも、姫さまにも手を出す気はないから」

 

「ほんとに本当かぁ〜?」

 

「うん……ほんとに本当だよ」

 

「ほんとにほんとに本当かぁ〜?」

 

「あぁ……ほんとにほんとに本当だよ」

 

「ほんとにほんとにほんとに本当かぁ〜?」

 

「…………えっと、これいつまで続く?」

 

「あはは〜♪ 引っかからなかったかぁ〜」

 

「…………はぁ……どの世界でも、のほほんさんはのほほんさんのままか……」

 

 

 

それがある意味、唯一の救いなのかもしれない。

しかし、そう思ったのもつかの間だった。

 

 

 

 

ジャラジャラ…………。

 

 

 

 

「…………ん?」

 

「おっとっとぉ〜……いけないいけない〜♪」

 

 

 

だぼだぼの服の上着の袖から、光り物がジャラジャラと言う音を立てて落ちて来た。

地面にドスッ、という音を立てて、鋭い刀身を持った暗器剣や苦無といったものが突き刺さる。

 

 

 

(えぇぇ〜〜〜〜…………のほほんさんも暗殺者なのぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!!!)

 

 

 

笑いながら武器を拾い集めるホンネ。

普通の短剣や、異様な形をした剣、カタール、釵、トンファーなどなど……武器と呼べるものがまだ突き刺さっている。

 

 

 

「もぉ〜ホンネ、散らかさないでっていってるじゃないのよぉ〜」

 

「あっはは〜……ごめん、ごめん〜」

 

 

 

一緒に鍛冶屋で働いているキヨカからの言葉に、ホンネは相変わらずの低速言葉で謝罪する。

もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ……。

 

 

 

「えっと、のほほんさんも、戦ったりするのか? その、さっきは俺に攻撃を仕掛けなかったみたいなんだけど……」

 

「あぁ……ホンネちゃんは、純粋は暗殺者タイプだから。キヨカちゃんやユコちゃんみたいな、戦闘暗殺者タイプしゃないの。

だから、あなたとの戦闘では、真正面からやり合わなかっただけ……」

 

「さ、さいですか……」

 

「まぁ、多分死角を突こうとしても、あなたには通用しなかったかもしれないけどね」

 

「まぁ……俺もそれなりには、修羅場をくぐってるんでね……」

 

 

 

 

 

この四人の戦闘力は、ホウキ達にも匹敵するのではないかと思う。

普段は部活動で、あまり戦っているイメージなどが無いが、身体能力では、キヨカとユコは学年中でも上位に入るし、シズネはその冷静さが、戦況分析に役立ってあるのではないかと思う。

ホンネだって、現実の世界では暗部の家系たる更識家の者たちに仕えている布仏家の一員なのだから、もしかしたら、あったかもしれないと思える才能なのだろう。

 

 

 

 

「そういえば、今夜軽く城に攻め入るんだろ? もしかして、四人も出るのか?」

 

「うん……でも、ホンネちゃんとユコちゃんはここで待機してもらうから、正確には、私とキヨカちゃん、あと、ホウキちゃんたちが一緒に行ってくれる」

 

「なるほど……ホウキ達も……」

 

 

 

純粋な戦闘力で言えば、ホウキとリン、ラウラあたりが先陣を切りそうだ。

その援護として、セシリア、シャルあたりをついていかせるだろう。

カンザシは、一体何をするのだろうか……?

裏方に徹して、作戦でも考えているのだろうか?

 

 

 

「あなたも行くの?」

 

「ん?」

 

 

 

シズネの問いかけに、一夏は正直に答えた。

それも、考える時間すらなく……。

 

 

 

「あぁ、行くよ。カタナを守りたいという気持ちは、俺も同じだからな……」

 

「そうですか……」

 

 

 

一夏の答えに、シズネは納得した表情で目を伏せた。

そして、今までの剣呑な表情を捨て去り、学校でいつも見たいる優しい笑顔に変わった。

 

 

 

「それじゃあ、これからよろしくお願いします。一夏さん……」

 

「あぁ、よろしく。でも、一夏 “さん” はよしてくれよ。俺も君達と同い年なんだぜ?」

 

「あぁ……それもそうだね。じゃあ、一夏 “くん” でいいかな?」

 

「あぁ、よろしく、シズネさん」

 

「えぇ〜……私には君付けで呼ばせておいて、一夏くんはさん付けなんだぁ〜」

 

「ええっ? だって、女の子を呼ぶときは、さん付けじゃないのか?」

 

「うーん……言われてみればそうだけど……。でもそれだと不公平だ思うなぁー」

 

「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだ?」

 

「うーん……」

 

 

 

シズネは考えた後、こう言った。

 

 

 

「じゃあ、呼び捨てで。シズネでいいよ?」

 

「呼び捨て?」

 

「うん。同い年なんだし、気にすることないんじゃない? それに、仲間になるって言ってる人にさん付けされると、ちょっとだけ、まだ壁みたいなもの感じるし……ダメ、かな?」

 

「ええっと……」

 

 

 

優しい言葉に、微妙な上目遣い。

普段見られない鷹月 静寐の表情である……。

そんな表情に、一瞬ドキッとしたものの、一夏は気を取り直して、改めてシズネと向き合い、そして、握手を交わした。

 

 

 

「じゃあ、シズネ。これからよろしく頼む」

 

「うん! こちらこそ、頼りにさせてもらうよ、一夏くん」

 

「あ〜〜、シズちゃんだけずるいぃ〜! わたしも〜、わたしも〜〜♪」

 

 

バタバタと余った服の袖を揺さぶりながら、ホンネが駄々っ子のようになっている。

そんな様子に、シズネと二人で微笑みながら、一夏はホンネの元へ。

 

 

 

「もちろん……のほほんさんも、よろしくな」

 

「ウィ〜♪」

 

 

 

袖から出された手を握り、握手を交わす。

しかし、袖から出した手は意外と綺麗で、白くてすべすべした手だ。

果たして、現実世界ののほほんさんも、これくらいの手をしているのだろうか。

その後、一夏はユコ、キヨカとも握手を交わして、これから始まるであろう戦いの前に、敵意を廃したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方……別の世界では、異形なる者と対峙している少年が一人。

 

 

 

 

 

「チィッ!!!」

 

「アハハハハッ!!!!」

 

 

 

 

 

雪が舞う幻想的な風景の街並みでは、それと全く似つかわしくない、闘争剣戟が繰り広げられていた。

黒いファー付きのコートを纏い、両手の剣を淀みなく振るい、異形の存在と対峙する少年。

名前は、桐ヶ谷 和人。

いや、この世界では、『キリト』という名の方があっているかもしれない。

そして、その少年の目の前にいる異形の存在……。

まるで戦国時代の武者のような格好……つまりは、侍甲冑を見にまとった少女の姿をした何か……。

 

 

 

 

「どうしたのぉ〜、キリトォ〜? キリトはこんな物じゃないよね? もっと強くて、もっとカッコよくて、もっともっともぉ〜っと優しかったはずだよねぇ〜?」

 

「っーーーー!!!」

 

 

 

もはや少女というには、無理があるようゴツい体格。

身長もキリトよりも大きく、人というよりは、鬼ような形相……。何より、頭部から生えている二本の角を見るに、やはり鬼化しているようにも思える。

 

 

 

(こんなアイテム、アインクラッドの中には無かったっ……! オリジナルの武器なのか?)

 

 

 

鬼が手にしている武器は、〈魔鉄(まがね)〉と呼ばれる妖刀の類だった。

無論、アインクラッドの中には、日本刀の武器は存在していた。

しかし、氷を操り、人を鬼化させるほどの力なんて持ち合わせてはいない。

むしろそんな武器はチート扱いとなり、あの世界から排除されていただろう。

今この世界が、アインクラッドと同じ世界を再現しているのであれば、そんなチートの存在があるはずはない。

 

 

 

(あの男の……ヒースクリフの仕業じゃないっていうのだけはわかるが…………)

 

 

 

だが、このままでは、敗北は必至だ……。

頭から頬を伝い、地面に降り積もった雪の上に、汗が流れ落ちる。

両手に握る剣を再び構え、異形と……変わり果てた姿になったサチの亡霊と向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……束くんにも、困ったものだな……」

 

 

 

 

街の外縁部付近……安全圏内エリアとフィールドエリアを隔てる街の外壁の上に、一人の人物が立っていた。

ファンタジー感満載のその世界において、ワイシャツの上に科学者や研究者たちが羽織っていそうな白衣を纏い、戦闘を眺める男性。

この世界と、眼下で戦い続けている少年を見て、憂うような視線を向けている。

 

 

 

「束くんの発想には、いつも驚かせてもらっていたが……今回ばかりは、私も出しゃばらせて貰おうかな……!」

 

 

 

 

科学者の服装をした男は、外壁から降り、街の中をゆっくりと歩き始めた。

その手に、銀色に輝く刀身を持った、白と赤の十字剣を握りしめて…………。

 

 

 

「これはゲームだが、遊びではない…………」

 

 

 

それは一体、何に対して言葉だったのだろうか……。

今この現状に対する?

それとも……彼が描いていた世界のことに対するものだったのか……?

いずれにせよ、その答えを知ってあるのは、本人のみだった……。

 

 

 

 

 

 

 






次回は、キリトの戦闘から入り、チナツの方もそろそろ終わりの方へと導いていこうと思います( ̄∇ ̄)


まぁ、ちょっと最近は、忙しくて、更新できていなかったので、またいつ更新出来るかはわからないのですが、何卒、よろしくお願いします!


感想、よろしくお願いします!




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第104話 聖騎士



ようやく更新できたぁ〜( ̄▽ ̄)


みなさん、新年明けましておめでとうおめでとうございます!(もう明けてからだいぶ経ちますが……)
新年明けてからの初更新。
実は数日前まで風邪で寝込んでました( ̄▽ ̄)
年男なのに、厄年。
そして、新年明けてからの風邪ということで、なんだかマジで厄年を感じる日を味わいました。
みなさんも体には十分気をつけてくださいね?
それでは、今年もよろしくお願いします!!





新雪……というには、すこし濁りがある雪。

その白く冷たい結晶の塊が、空からどんどん降ってくる。

まぁ、空といっても、現実世界のように広大に広がる空があるわけでは無い。

この上には、今自分たちが立っている地面と同じ鋼鉄の層があるだけ……。

雪がどのようにして降っているのかは、その世界そのものを構築した者にしか仕組みはわからない。

街の温かな灯りだけが、灯っている中で、無骨な音が響き渡る。

鋼と鋼……鉄よりもなおも硬く、鋭く尖った刃を持った武器同士がぶつかり合っているのだ。

 

 

 

「アハハッ!」

 

「シッーーーー!!!!」

 

 

 

閃く双剣と妖刀。

力一杯に振るうキリト……しかし、斬り合うサチの腕力と強さに違和感を覚える。

 

 

 

「くっ……!?」

 

「軽いっ、軽いヨォーーキリトォォォッ!」

 

「チイッ!」

 

 

 

上段から振り下ろされた一撃。

ただそれだけで、地面が割れる。

しかも、妖刀の属性なのか斬りつけた箇所から冷気が溢れる。

キリトは一旦距離をとって、再び構え直した。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ウフフフッ……アッハハァ〜……!」

 

 

 

地面を割った刀を振り回す鬼……。

キリトは右手に握っている《アニール・ブレード》の切っ先を向けたまま、息を整えていた。

 

 

 

(なんなんだ……この力……? あの妖刀の副次効果なのか?)

 

 

 

本来ならばありえない膂力。

しかも過去のサチを知っているキリトからしてみれば、今目の前にいるサチの亡霊のパワーバランスはチグハグだ。

肉体の構造からして、あり得ない動き……しかもかつてのサチが使っていた武器は両手用の長槍だった。

キリトが月夜の黒猫団に加入した時には、パーティーのバランスを重視するために、一度盾持ちの片手剣を練習していたが、それでも最後は長槍に戻した。

ならば、そこで考えられる疑問……片手剣もわずかしか練習しておらず、長年槍のスキルだけで戦ってきたサチが、どうやって刀での戦い方を身につけたのか……?

それでこそ、チートを使って無理やり覚えさせたような感じだ……。

ならば、今のキリトを圧倒するほどの膂力にも納得がいく。

 

 

 

(完全な外部からの力提供…………チートやツールアシストをつかっているのか……)

 

 

 

そもそもどうやってサチのアバターのデータを読み取って、再現しているのかがわからない上に、こんな無茶な改変ができるとしたら、なんらかのチートが使われていると思っていい筈だ……。

これが誰の仕業で、なんの目的があってこういうことをするのかは知らないが、ただ一つ言えることは、この事件を引き起こしたのが、とある人物ではないと確信したということだけだ。

 

 

 

 

「ならこれは、ヒースクリフが起こしたものじゃないってことだな…………」

 

 

 

初めは、その可能性も疑ってはいた。

いくら生身の体がなく、仮想世界に自分の意識を移行したとは言え、そこから何もできないというわけではないのではないかと考えていた。

むしろ、仮想世界の中で生きているということは、その中から電子系統のものに侵入することだって難しくはない。

だからこそ、初めはヒースクリフ………いや、その本体である茅場 晶彦の仕業ではないかと思った……。

しかし、それは無いと、今なら確信を持って言える……。

何故なら……

 

 

 

(この世界は、フェアじゃない…………ッ!!!!)

 

 

 

そう、あの世界……アインクラッドの世界での生活において感じていたこと……それは、あの世界はどういうわけか、フェアネスを貫いていた……。

突然始まったデスゲームの事で、最初は意識なんてしたことはなかったのだが、改めて感じてみると、実に公平な世界観だったと思う。

それ故に、武器や防具、アイテムも然り、ダンジョンなどのステージに関することに至るまで公平を貫いていたかに思える。

しかし、目の前にいる存在は、明らかに『公平』という言葉から度が過ぎている。

 

 

 

 

「こんなやつ相手に、どうやって勝てっていうのかなぁ……」

 

 

 

装備レベルは中層域のプレイヤー並、相手は最高級のレジェンダリー級の装備。

戦闘熟練度はキリトの方が上回っているが、それも驚異的な身体能力を誇る異形の前には、ないに等しい。

ましてや、キリトはサチの持っている武器の詳細なデータを知らない。

わかっているのは、《氷刀・魔鉄》という妖刀の名前と、確認できるだけの能力。

名前の通り、氷を操る能力があるということと、使用者をなんらかの

バーサークモードへと変貌させるという能力。

考えれば考えるほどSAOでは存在してなかった武器……。

今や《ザ・シード》を用いたことにより、仮想世界は無限に広がり続けている。

さらには、かつてできなかったコンバートシステムも適用されている……ならば、ステータスだけを維持したプレイヤーデータではなく、別の仮想世界にあるゲームの武器を持ってくる事も可能なのではないだろうか……?

 

 

 

 

「別の世界の武器なのかっ、それは……っ?!」

 

「エヘヘッ……!」

 

 

 

今や何を話しかけても無駄のように思える相手に対して問いかけるキリト。

しかし当のサチは、ただ不気味な笑みを浮かべているだけだ。

 

 

 

「ねぇ〜え〜、キリトォ〜」

 

「…………」

 

「今の世界は楽しイ?」

 

「っ…………」

 

「私ノいなイ世界……存在シナイ世界で、キリトは楽しイィ〜? エヘヘ……!」

 

「…………正直、楽しいよ」

 

「………………」

 

「でも、時々辛くなってくる時がある……。みんなの顔を思い出すんだ……ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー……そしてサチ……君のことを思い出すたびに、楽しい時間から、一気に現実に戻ってしまう」

 

「エヘヘェ〜……そっかぁ〜、キリトの中には、まだ私がいるんダネェ〜」

 

「あぁ……でも、それはお前じゃない」

 

「…………?」

 

「お前のように、奇怪で、おぞましい姿をした奴なんて、あの中にはいなかった……お前はただの、俺の深層意識の中から出てきた偽物でしかないっ……!」

 

「アッハハッ……! ニセモノ? そんなの当然だヨォ〜……誰も本当の私なんて知らないんだモン……じゃあ、本物のワタシってなぁ〜にぃ?」

 

「っ…………!!」

 

「ホラァ〜。キリトも知らないでしょうぉ〜? 本当のワタシわねぇ〜、えっとねぇ〜…………アレ? なんだっけ??」

 

 

 

 

その姿に、キリトは恐怖さえ感じた。

まだ先ほど斬りむすんでいた時の姿の方が、しっくり来ていた。

だが今の姿は、何者でもないが故に、おぞましく感じてしまうのだ。

サチであって、サチではない何か……では、その何かとはなんなのか……? それすらもわからない。

 

 

 

「ワタシは……サチ……あれ? 《シュタイナー》? 誰だっけそれ? アレ? どっちだっけぇ〜?

ねぇ、キリトォ〜……ワタシって、なんだっけぇ??」

 

「っ……もういい! やめろっ……! それ以上っ、その顔で、その声で喋るなっ!」

 

「えぇ〜?」

 

「ッーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

キリトは地面を蹴り、一気にサチへと肉薄した。

そこから最短距離で剣先を放つ刺突を繰り出す。

だが、サチはこれを半身を引いて躱す。

 

 

 

「アッハハハっ! せっかちだなぁ〜キリトは〜♪」

 

「チイッ!」

 

 

 

右手の《アニール・ブレード》で放った刺突。

これを躱されたので、左手に持つ《クイーンズナイト・ソード》で下段から切り上げる。

しかし、これは妖刀によって阻まれた。

だが、キリトの攻撃はまだまだ終わらない。

今度はアニールで袈裟斬り、その次はクイーンズを横薙ぎに一閃し、返す刃で切り上げ、最後に再びアニールで袈裟斬りを繰り出す。

 

 

 

「アハハハッ!!? 凄いっ、早くて全部は見えないヨォ〜!」

 

 

 

そう言いながら驚嘆しているサチだが、よくよく見れば、斬撃の一つ一つを妖刀で防ぎ、あるいは身につけている鎧で受け流している。

たしかに目では追い切れていないのだろうが、体がキリトの剣速に反応しているのは確かだ。

 

 

 

「ならっ、これでっーーーー!!!」

 

「エェエエイッ!」

 

「フッ!」

 

 

 

全力でサチに向かって駆け出すキリト。

サチはそれを迎撃しようと、力一杯に刀を横薙ぎに振り切った。

しかし、その刀がキリトを捉えることはなく、咄嗟にキリトは、自身の右脚を曲げ、野球のスライディングの要領で斬撃を躱し、ガラ空きになった背中に、ソードスキル無しで《エンド・リボルバー》を叩き込んだ。

鋭い剣閃二閃が決まった。

ここに来て、初めてまともな斬撃が入った……。サチの身につけている武者鎧が傷つき、斬撃のエフェクトが表示される。

 

 

 

「っ……!!!」

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

 

キリトは距離を取って構えた。

しかしサチは、その場に立ち止まったままで、微動だにしない。

 

 

 

「……………………痛いなぁ……キリト」

 

「ッーーーー!!!??」

 

 

 

たった一言……。

その一言で、キリトの全身から鳥肌が立ち、冷や汗が吹き出た。

心なしか、周りの景色が、さらに薄暗くなったようにも感じた。

 

 

 

(なんだっ……この違和感っ……?!)

 

 

 

 

急激に辺りが寒くなった。

雪が降っているせいではない……これは、サチから放たれた殺気だ。

 

 

 

 

「痛イナァ〜、キリト……ヒドイヨ……ドウシテコンナコトスルノォ……??」

 

「な、なんなんだ……っ、おまえは……っ?!」

 

 

 

こちらに視線を向けたサチ。

しかし、そこにはもう、サチの形すらなかった。

 

 

 

「ヒッーーーー!!!!!????」

 

 

 

全身が竦みあがるような恐怖。

虚ろな瞳……それが血の赤に染まっていき、やがて血の涙が頬を伝ってこぼれ落ちていく。

もはや視線はキリトを捉えておらず、夢遊病のような足取りでキリトに近づいてくる。

 

 

 

「くっーーーー」

 

「ッーーーー!!!」

 

「っ、なっ?!」

 

 

 

 

警戒は最大限に行なっていた……。

一部の隙も見せず、いつでも迎撃できる体勢も整えていた。

なのに……。

 

 

 

(いつの間にっ…………!!!!???)

 

 

 

2メートル以上は離れていた間合いを、いつの間にか縮めて肉薄していたのだ。

屈めた体。

腰だめに構えている刀。

キリトは咄嗟に双剣をクロスさせて構えた。

その瞬間、とてつもない衝撃が襲った。

 

 

 

「シャアァァァァーーーー!!!!!!!」

 

「ぐおっ!!!??」

 

 

 

たった一刀。

振り切った一閃だけで、キリトの体はいとも簡単に簡単に吹き飛んだ。

冷たく雪が降り注いだ路上を転がり、最後には建物に衝突した。

 

 

 

「がはぁっ!!?」

 

 

 

あまりの衝撃に、体が追いつかなかった。

背中を強打し、肺の中の空気が全て、一気に吐き出されるような感覚。

キリトはなんとか息を整え、その場に立つが、次の瞬間……再び目の前にサチの姿があった。

 

 

 

「なっーーーーごおっ!!!?」

 

 

 

異常な身体能力。

また一瞬のうちに間合いを詰められ、今度は腹部に右脚で蹴りを入れられた。

街角にある雑貨の路上販売店に吹き飛ばされる。

屋台は木っ端微塵に破壊され、飾ってあった雑貨の類は衝撃で散乱する。

 

 

 

 

「ぐっ……ぁあっ…………!!」

 

 

 

 

悶絶するキリト。

なんとか意識を保っているだけでも奇跡だ。

未だも飛びそうな意識をしっかりと持ったまま、キリトはこちらを見ているサチに視線をつけた。

 

 

 

(なんだよ……っ、あの異常な身体能力はっ……!!?)

 

 

 

チートなんてレベルで片付けていいものではない。

戦闘レベルでは、キリトを遥かに凌いでいると思える。

それに、サチの見た目そのものが変化している事にも気づいた。

幻覚のように見えていた二本の鬼の角だが、それが本当に頭頂部から生えていた。

そして、黒く艶やかだった髪色も、今は見る影もなく真っ白になり、本来ショートカットだった長さも、背中に届きつつある長さに変わっていた。

その姿はまるで、般若のような姿だった。

 

 

 

「ぐうぅっ……ぉぉおおっ……!!!」

 

 

 

 

両手に握る双剣を強く握りしめて、キリトはようやく立ち上がった。

荒く呼吸をしているが、それをどうにか整えて、サチと再び対峙する。

サチは先ほどまでとは打って変わり、何も喋らなくなった。

ただ、虚無の瞳で、キリトを見つめてくるだけ……。

 

 

 

「ッーーーー!!!」

 

「くっーーーー!!!」

 

 

 

再び、サチはキリトに向かって肉薄する。

正直三度目となると、流石に捉えることはできるが、問題はその後から来る斬撃。

上段から振り下ろした一刀。

キリトはそれを受け切ろうと考えていた。

しかし、いきなりそれをやめて、右に跳ぶようにして躱した。

が、それでよかったのだ……。

サチが振り切った刀……その衝撃で、キリトが立っていた場所から後ろ一直線の場所を、凄まじい冷気と巨大な氷柱が発生し、後方にあった建物をいとも簡単に破壊した。

 

 

 

「なんっーーーー!!?」

 

「シッっ!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

 

横に跳んでいたお陰で直撃は避けたが、その威力に度肝を抜かれるキリト。

しかし、サチはそんなリアクションすらさせる気は無いらしい。

横薙ぎに一閃し、キリトは再び双剣をクロスさせて受ける。

先ほどの氷柱を発生させはしなかったものの、腕力は健在だ。

キリトは先の事を考えて、十分な姿勢で受けていたため、吹き飛ばされることはなかったものの、あまりの衝撃に両手が痺れるような感覚に陥った。

 

 

 

「くそっ、なんなんだよこいつはっ!!」

 

「シャアァァッ!!」

 

「セェアァァァっ!!!!」

 

 

 

再び斬りかかろうとするサチに対して、キリトも反撃する。

刀一本で戦う相手と剣を交えるのは、これが初めてではないが、それでも、クラインとも、チナツとも違う剣技に、キリトも中々攻めきれない。

力ずくで振り切るサチの剣、反応速度と怒涛の剣技を繰り出すキリトの剣。

その無骨なる鉄の響きが、一層強くなっていく。

 

 

 

 

「チッ……アアアアッーーーー!!!」

 

「キィエエアアアアーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

まるで奇声のような声を上げる両者。

銀色に輝く双剣と、禍々しいオーラを纏う妖刀……双方が素早く空を斬り、激しい火花と体の奥底に響くような重厚な音を掻き鳴らす。

 

 

 

「セヤァァァァーーーーッ!!!!」

 

 

 

全身を使っての回転斬り。

それも両方の剣で行う。

キリトの剣は、速いだけではなく、重さもある。

武器は中層域の物と、下層の物を使ってはいるものの、そのどちらもかつてはキリトの愛剣だった武器だ。

それを巧みに扱い、レジェンダリー級の武具にも対応し始めた。

 

 

 

(行けるッーーーー!!!!)

 

 

 

 

手数とスピードならばこちらに軍配があがる。

キリトは好機と見て、サチに果敢に攻めていく。

突如豹変した時のサチの動きには驚かされたが、慣れてしまえばこちらが優位だ。

無数に駆り出される剣撃。

もはや防戦一方になりかけていたサチ……だが、一瞬だけ……サチの目がキリトを捉えた。

 

 

 

 

「ーーーーーーーーウザイ」

 

「っーーーー!!!???」

 

 

 

銀氷一閃。

鋭く、そして素早く放たれたサチの一撃。

キリトは咄嗟に剣をクロスさせて防いだ……だが、それだけでは不十分だと言わんばかりに、強烈な吹雪がキリトを直撃した。

 

 

「くうっ?!」

 

 

 

斬撃と共に吹雪が吹き荒れる。

攻撃自体は防ぐことには成功したが、猛烈な吹雪に、キリトの体はまたしてもサチから離されてしまった。

 

 

 

「チィッ、なんだっ……!?」

 

 

 

飛ばされながらも、体勢を整えて着地するキリト。

突然の攻撃に驚きながら、視線をサチに向けた。

するとそこには、さらに異形の姿へと変貌を遂げたサチの姿があった。

 

 

 

「うぅぅっ…………!!!」

 

「っ……!!?」

 

 

 

両手両脚……まるで氷の鎧を纏っているかのように、体に氷が覆っていく。

そして、今まで冷気を放っていた妖刀も、さらに妖しい雰囲気を増していく。

 

 

 

「オオオオオォォォォォォッーーーー!!!!!!」

 

「ッーーーーー!!!???」

 

 

 

 

もはや、人のものとは思えない奇声……いや、咆哮と言うべきだろうか……。

今までに人型のモンスターはSAO内にもいたし、ALOにだっていた。

しかし、それはあくまで、人の形をした何かか、モンスターが人に化けて誘き寄せたりたどがあった程度で、人そのものがモンスターになったことなんてなかった。

まして目の前にいるサチは、過去のSAOに残って、消されたはずなデータの集合体に、キリトの深層意識から読み取った感情や記憶が入っているだけに過ぎない存在だ。

それが、完全なるモンスターに変わると思うだろうか……。

 

 

 

「何が起きているんだ……?」

 

「ガルルル……っ!!」

 

 

 

目の前の怪物から発せられるプレッシャー……。

この感覚は、かつて感じた覚えがある。

そう、SAOの舞台であるアインクラッド内に存在していた、100体のフロアボス……階層主とも呼べる各層の最強のモンスター達と同じものだ。

 

 

 

 

「なっ……!!?」

 

「ヌウアアアアアーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

こちらに向け駆け出してくる怪物。

キリトもそれを迎え撃つべく、双剣を構えて駆け出した。

 

 

 

「フッハアァァァッ!!!!」

 

「はあああッ!!!!」

 

 

 

上段から振り下ろされる一刀。

キリトはそれを右手の《アニール・ブレード》で弾き、左の《クイーズナイト・ソード》で斬り裂こうとした……しかし……。

 

 

 

ーーーーパリパリッ…………!!!

 

 

 

 

「なにっ?!!」

 

 

 

 

《アニール・ブレード》が妖刀に触れた途端、刀身全てが凍りついてしまったのだ。

妖刀は怪しげな光を放ちながら、脇構えの状態で横薙ぎに一閃。

キリトは咄嗟に双剣をクロスさせて受け止めた……。

 

 

 

 

ーーーーバッキャアアアンッ!!!!

 

 

 

「ぐっ……!!?」

 

 

 

 

斬撃自体は防いだ……が、しかし……凍りついていた《アニール・ブレード》は完全に粉々に砕け散ってしまった。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

柄だけとなった《アニール・ブレード》に視線を向けるキリト。

相手の力量も、能力も、侮っていたわけではない。

だがその能力が、キリトの予想をはるかに超えていたのだ……。

 

 

 

「なんだっ、その能力はっ!?」

 

「フハッハッハッハァーーーー!!!!!!」

 

「くっ!!?」

 

 

 

二度三度と妖刀が振るわれる。

だが、今度は安易に受けられない。

何故なら、またして《アニール・ブレード》のように粉々になってしまうからだ。

 

 

「くそっ!」

 

「シャアァァァッ!!!!」

 

「ッーーーーー!!!」

 

 

 

離したはずの間合い。

しかし、またしても一瞬にして間合いを詰めてきた。

そして、大きく振りかぶった妖刀を、サチは思いっきり振り下ろした。

 

 

 

「ヌアァァァッ!!!!」

 

「がはっ!!!??」

 

 

 

 

咄嗟に防御体勢を取ってしまったが、それすらも悪手。

手にしていた《クイーズナイト・ソード》もまた、《アニール・ブレード》同様凍りつき、粉々に消し飛んでしまった。

キリトの体は、その剣圧に吹き飛ばされ、冷たい地面に打ち付けられた。

 

 

 

「ぐっ……! ぁあ……っ!?」

 

 

 

圧倒的な戦力差……。

もう武器もない……このまま、終わってしまうのか……そんな考えがキリトの頭によぎった。

しかし……。

 

 

 

ーーーーキリトくん

 

 

 

「っ!!!!」

 

 

 

この場にいなくとも、彼女の声を覚えている。

最愛の人の顔……声……そして、笑っている表情まで……。

 

 

 

 

(そうだ……まだ、やられるわけには……!)

 

 

 

打ちのめされた体に力を振り絞って起き上がらせる。

負けてたまるか……そんな感情がひしひしと伝わってくる表情。

キリトのそんな表情に、化け物と化したサチも、少々狼狽した。

 

 

 

「…………シブトイナァ……キリト、ドウシテ、ソウ、マデシテ、タチアガレル?」

 

 

 

途切れ途切れではあるが、サチはそうキリトに問う。

そしてキリトは、ようやく立ち上がると、サチの問いに答えた。

 

 

 

「そんな事っ……分かりきってるだろっ……!! 俺は、負けられないんだ……こんな所でくたばるわけにはいかないっ!

俺を待っている人がいるっ……だから、こんなところで、お前みたいな奴にっ、負けるわけにはいかないだよッ!!!!」

 

 

 

心からの叫び。

キリトがずっと抱いてきた思い。

明日奈と出会い、心を通わせ、愛し合った。

そんな時に改めて思い知った。

失いたくない……また、離れたくはない……と。

そしてそれは、明日奈だけではない。一夏、刀奈、そのほかにもリズ、シリカ、クライン、エギル……SAOで出会った仲間たちに、箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪……IS学園で出会った仲間たち。

そのほかにも、ALOで知り合った沢山の人達がいる。

そんな人達との縁……それをここで、断ち切ることなんて、絶対にできない。

 

 

 

「フーン……ソウナンダ……」

 

 

 

キリトの返答に、サチは虚無の瞳で見つめながらそう言った。

 

 

「ヤハリ、貴様タチも同類カ……」

 

「っ?!」

 

 

 

いきなり、口調が変わった。

サチ自身の言葉ではない……別の誰かの言葉だった。

 

 

 

「我ハ貴様タチガ憎イ……っ、ソウヤッテ綺麗事ヲ並べ直グニ裏切ル貴様タチが……!!」

 

「何を言って……お前は一体、誰なんだ……っ!!」

 

「我ガ名は《シュタイナー》……貴様ラ偽善者ヲ恨ミシ亡霊……」

 

「シュタイナー……だって……?」

 

 

 

サチではないのか……?

だが、そんなキャラクターやプレイヤーネームに心当たりはない。

ボスモンスターにも、そんな名前のモンスターはいなかったはずだ。

では、一体誰……いや、何者なのだろうか……?

 

 

 

「我、コノ一刀ニテ全テヲ虚空へ返サン……ッ!!!!」

 

「っ!!!?」

 

 

 

サチ……いや、シュタイナーが、こちらに向けて駆け出してきた。

躱す術は、ほぼない。

防御もできない……ましてや攻撃なんて以ての外……。

万事休す……そう思った時だった。

 

 

 

「フンッーーーー!!!!」

 

「っ!!!?」

 

 

 

 

振り下ろされた一刀を、目の前に現れた人影が遮った。

ガキィィンと、甲高い音が鳴り響き、その場にこだまする。

その人影をまた瞬間、キリトは呆然とした。

真紅に染まっている全身の騎士甲冑。

白いマントは、まるでヒーローのような感じだった。

そして、特徴的である大きな十字形の盾を左手に持ち、右手には、十字形の片手剣が握られている。

その格好、その武具を持っている人物は、キリトが知りうる中では、たった一人しかいない。

 

 

 

「お前は……!!」

 

「やぁ、キリトくん。久しぶりだ…………しかし君らしくもない。この程度で終わるような君ではないだろう……!」

 

 

 

 

灰色の髪が紳士的な具合にセットされた壮年の男性。

不敵な笑みを浮かべながら、その人物はキリトに視線を移した。

 

 

 

「ヒース……クリフ……?!」

 

「驚くのも無理はないだろうな……だが、今はそんな事に構っていられる状況ではないのでね……。

君は、そこで休んでいるといい……」

 

「お、おい……!!?」

 

「心配せずとも、このアバターは、SAO当時のものを流用して作ったものだ。

目の前の敵相手でも、十分に渡り合えるだろう」

 

 

 

それだけ言って、ヒースクリフはシュタイナーに向けて駆け出した。

鉄壁の防御力を誇る最硬のスキル……SAOで初めて発見されたユニークスキル《神聖剣》。

その盾が、シュタイナーの攻撃を容易く弾き、または跳ね返す。

 

 

 

「ふんッ!」

 

「ヌウッ!?」

 

 

 

攻撃を完全に受け切り、お返しとばかりに袈裟斬り気味に剣を振るう。

その剣を、シュタイナーは紙一重躱しきれず、鎧に受けてしまった。

 

 

 

「ナンダ……貴様ハ……」

 

「ほう? 自己紹介をしたほうが良かったのかな? ならばあえて言わせてもらおうか……」

 

 

 

ヒースクリフは盾を前面に構えて、戦闘態勢に入った状態で名乗った。

 

 

 

「私はヒースクリフと言う……かつてこの世界を作った、神さまみたいなものかな?」

 

「ヌウ……」

 

 

 

「ふふん」と笑うヒースクリフ。

おそらくは冗談のつもりで言ったのだろうが、あながち間違いではない。

ヒースクリフ……もとい、その正体である茅場 晶彦は、超がつくほどの天才プログラマーだったのだ。

かつてはキリトも、彼の技術力に魅入られ、尊敬していた。

それが二年前のあの事件をきっかけに、そんな感情すら忘れていたのだが……。

 

 

 

 

 

「……神……カ」

 

「まぁ、今はそんな奇跡みたいなことが出来るわけではないがね……だが、君のような存在に負けるほど弱ってはいないつもりだよ……!」

 

「ホウ? オモシロイ……っ、ナラバ貴様ノソノ盾、バラバラニシテクレヨウッ!!!」

 

「出来るものなら是非に……と言いたいね。キリトくんですら斬れなかったこの盾……君のその刀はどこまで傷つけられるのかな……?」

 

「フンッーーーー!!!!!!」

 

「ッーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

二人の姿が一瞬にして見えなくなった。

しかし、その後すぐに凄まじい衝撃とともに二人の姿を確認する。

氷で覆われた妖刀を振り切るシュタイナーと、その攻撃を完璧に受け切るヒースクリフ。

その光景を、キリトはただただ見守ることしか出来ずにいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キリトくんっ、カタナちゃんっ……みんなっ、無事だよねっ……!?)

 

 

 

 

一方、海に向かって突出したように建設られているIS学園に向かって、高速で接近してくる機影が一つ……。

それも、従来のISのスピードを軽く上回るほどの速さで接近してきている。

新たに生まれ変わり、大型のイオンブースターを展開させ、戦闘機よろしく一直線に飛んでいく機影を操っている少女。

京都にて《亡国機業》のメンバーの一人であるレーナと戦ってきた明日奈の姿がそこにはあった。

京都の実家に帰って来るように親から連絡があり、その通りに帰ってきたかと思えば、無理矢理過ぎるお見合いの席を設けられて、うんざりしていた。

そんな時に、愛娘であるユイからの連絡が入り、IS学園が何者かに襲撃されていることと、最愛の人である和人と、親友の刀奈が、敵の罠にはまってしまった事を知り、急いで戻ってきた。

その最中に、先ほど述べた《亡国機業》のメンバーであるレーナと戦闘を行い、専用機《閃華》は、『形態変化』を行い《閃姫》へと生まれ変わったのだ。

 

 

 

 

「IS学園まで、残り1キロもないか……ブースターオフ」

 

 

 

明日奈はイオンブースターの稼働を止め、通常の飛行速度に戻した。

和歌山の海沿いから、IS学園までをただ単に一直線に飛んできたため、戻って来るのにそう時間はかからなかったが、それにしても “速すぎる” のだ。

本来ならば、もっと時間がかかってもいいのだが、倍以上のスピードで飛んできているため、思った以上に到着するのが早かった。

 

 

 

「IS学園は……一体どうなったんだろう……」

 

 

 

娘のユイの話によれば、専用機持ちたちも迎撃に出て行ったとの事……みんなが早々にやられるわけは無いと思ってはいるが、少々心配になってきた。

と、そんな時……《閃姫》宛に通信が入った。

 

 

 

『明日奈さんっ?! 明日奈さんなんですかっ?!』

 

「その声っ……シャルロットちゃん?!」

 

 

 

通信越しに聞こえてきた声は、先のタッグマッチトーナメントで共に戦ったシャルだった。

おそらく、彼女の乗る専用機の索敵センサーに、明日奈の《閃姫》が反応したのだろう……。

 

 

 

『良かったっ、戻ってきてくれたんですね! でも、その機体は……』

 

「あ、うん。それはまた後でちゃんと説明するよ。それで

学園の方はどうなのっ?! キリトくんはっ?! キリトくんとカタナちゃんは無事なのっ!?」

 

 

 

少々焦りも入っていたのか、まるで問いただしているかのような口調でシャルに迫った質問をする明日奈。

シャルはそれに圧倒されつつも、なんとか気を取り直して、今の現状を明日奈に伝えた。

 

 

 

『今のところ学園への被害は最小限に抑えてあります。僕たち専用機持ちも、迎撃に出た三年生、二年生のみなさんも軽いケガはしましたけど、命に別状はありません。

あと、和人さんと楯無さんの事は、まだ詳しくは分かっていませんが、さっき一夏が帰ってきて、楯無さんの救出に向かったとだけ、ユイちゃんには聞きました……!』

 

「っ……チナツくんも戻ってきていたのね……! わかった、私ももうすぐ戻れるから、キリトくんたちがどこにいるかはわかる?」

 

『えっと…………簪からの情報だと、地下区画の一つに、電脳ダイブをすることができる部屋があるみたいで、和人さんと楯無さん、それから、二人を助けるためにダイブした一夏も、そこにいるそうです……!』

 

「わかったわ……ありがとう、シャルロットちゃん」

 

『はい、じゃあ、気をつけてくださいね』

 

「うん、ありがとう……!」

 

 

 

 

シャルらしい優しい気遣いだ。

明日奈はIS学園に到着すると同時に、シャルから送ってもらっていた地下区画の地図を見て、ダイブルームへと目指した。

 

 

 

「待っててねっ、キリトくん……ッ!!」

 

 

 

 

ようやく全員の帰還が叶った今現在。

だがダイブ先では、さらなる戦場が待っている事を、この時の明日奈は、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






今回は今までチナツとカタナサイドでの話を、一度キリトサイドに持ってきた話でした。
この後も、もしかしたらキリトサイドの話から始めて、それが終わったら、チナツ、カタナサイドに戻るかもしれません。
ストーリー構成をどうしようかなぁ〜と悩んでおります( ̄▽ ̄)
なるべく早く更新できるように頑張りますので、よろしくお願いします(^^)

感想よろしくでーす(^ν^)




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第105話 勇者と、聖騎士と……



久しぶりの更新ですね( ̄▽ ̄)

長くなってしまって申し訳ありません!
原作にはない展開を考えるのって、ほんと大変ですね……。
(わかってもらいたいっ、この気持ち……っ!!!)




「キリトくん……!」

 

 

IS学園へと戻ってきた明日奈。

シャルの通信と、送られてきた地図を受け取り、彼女は学園の地下区画へと足を踏み入れた。

本来ならば、敵勢力の排除を確認している現状において、ISは解除してもいいのだが、なぜか明日奈は解除せずに、地下区画を《閃姫》を纏った状態で移動している……その訳とは……。

 

 

 

「うぅ……早く着かないかなぁ……ここ本当に苦手なのに……!」

 

 

 

以前、一夏とともにサプライズのバースデー企画を開いてもらったのだが、その催しというか、ドッキリに近い企画が、この地下区画で行われたばかりだからだ。

あの時は箒たちや和人、刀奈が一緒になって悪巧みを考えつき、一夏と明日奈をビックリさせようとしていたのだが、なにぶん明日奈は幽霊が苦手だ。

苦手……というよりは、嫌いだ。

恐怖でしかない。

にも関わらず、彼らはそれを利用してドッキリを仕掛けたのだ。

その時の記憶が、まだ鮮明に残っている状態で、またこの地下区画に入るとなると、気が滅入るのも仕方がないだろう……。

 

 

 

 

 

ガシャーン…………!!

 

 

 

 

「ひっ!!?」

 

 

 

 

どこからともなく音が響いた。

おそらく、襲撃の際に倉庫などに収納していた物が、バランスを崩して落ちてしまった……と言った感じだろうか?

音の反響具合から察するに、結構遠いところから聞こえてきたようだが、明日奈にとっては関係ない。

 

 

 

「ううぅ〜〜〜……! もうぅ、やだぁ……!!」

 

 

 

恐る恐る前に進み、目的地へと急ぐ。

そんな時だった。

 

 

 

「おい」

 

「ひっ……!!?」

 

 

 

いきなり前方から呼ばれた。

それは完璧に人の声だった。

ついでに言うなら、こちらへと近づいてくる足音さえ聞こえてくる。

そしてついに、こちらに近づいてくる人影の様なものを見てしまった……。

その全てを認識した瞬間、明日奈はパニックになり、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。

 

 

「いやあぁぁぁ〜〜〜〜ッ!!!!!!????」

 

「お、おい……っ?! 落ち着け、結城」

 

「いやあぁぁぁ〜〜〜〜っ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 何もしていませんからぁぁ〜〜!!」

 

「落ち着けと言っているっ!」

 

「は、はひ……?」

 

 

 

 

頭を抑えて、身動きが取れなかった明日奈。

しかし、その声には聞き覚えがあって、明日奈はゆっくりと近づいてきた人影の方へと視線を移した。

 

 

 

「あっ……」

 

「なんだいきなり……私はお前にトラウマを残させる様なことをした覚えはないが?」

 

「お、おお、織斑先生ぇっ!?」

 

「いつまでそうしている……さっさと立て」

 

 

 

 

そこにいたのは、あからさまに不機嫌そうな千冬だった。

千冬はいつもの教師服の状態で、腕を組み、明日奈を見下ろしていた。

明日奈は急に恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にして、その場に立ち上がった。

 

 

 

 

「あ、あの、その……す、すみませんでした……!」

 

「全くだな……私の顔を見るなりいきなり絶叫とは、失礼な奴だ」

 

「だ、だってぇ……! 織斑先生真っ黒な服着てるから、全然分からなかったんですよぉっ!!」

 

「お前はビビリ過ぎなんだ……。一夏から幽霊の類が苦手だとは聞いていたが……」

 

「ううっ……」

 

「しかし、まさかお前まで帰ってくるとは……それになんだ、その機体は……?」

 

「あ……」

 

 

 

 

見たこともない機体。

もともと明日奈が身につけていた専用機《閃華》は白を基調とした装甲に、赤いラインが入っていた機体だったはずなのだが……。

今は白と青のツートンカラーとなり、存在していなかった六本の白いブレードの様なもの……そして背部にある大型のブースター。

この間まで見ていた機体とは思えないほど姿形を変えている……。

 

 

 

「この機体は、その……」

 

「なるほど、『二次移行』(セカンドシフト)を起こした……という事で間違いないな?」

 

「えっ? あ、はい、そうです……」

 

「はぁ……一夏といい、お前といい……今年の一年には驚かされる……こんなにも早く『形態変化』を起こす例は、過去にはないんだがなぁ……まさしく、前代未聞というものだな」

 

「あ、はは…………」

 

 

 

 

あの時の事は、あまり鮮明には思い出せない。

家族が殺されそうになり、それをさせまいと必死になって戦っていただけだ……。

そして気がついた時には、今のこの姿……『閃姫』へと変貌していた。

 

 

 

「まぁ、何はともあれよく無事に戻ってきた。こんな状況ではあるが、今は休め」

 

「っ! そ、そうだ! キリトく……和人くんはっ?! 今どこにいるんですっ?!」

 

「ん……ぁあ、お前も桐ヶ谷を助けに来た口か……まぁいい、ここの通路を突き当たって、左に曲がれ……そうすれば、ダイブルームがある」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

先ほどまで怖がっていた明日奈の姿は何処へやら……。

明日奈は急いでダイブルームへと向かう。

そんな後ろ姿を、千冬は微笑みながら見送った。

 

 

 

「さて、そろそろこちらも、カタをつけねばならんか……」

 

 

 

明日奈を見送った千冬……。

気を取り直して、地下区画の “最奥” へと向かう彼女の眼は、真剣を彷彿とさせるほど、鋭くなっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリトくんっ!」

 

 

 

 

千冬の道案内を聞き、ようやくダイブルームへと到着した明日奈。

その中には、横たわる三人の姿。

和人、刀奈、そして刀奈を助けに向かった一夏の三人である。

 

 

 

「これが……電脳ダイブ……」

 

 

 

初めて聞く単語……。

元々のVRMMOのように、機械を頭に装着するなどの動作が不要であり、ISのコアネットワークを使って行っているのだ。

故に、三人の頭の上には、アミュスフィアなどは取り付けられていない……。

明日奈は《閃姫》を解除して、横たわる和人の元へと駆け寄る。

 

 

 

「キリトくん……!」

 

 

 

和人の左手を両手で持ち上げ、自身の右頬に当てる。

左手から感じる体温……脈の音……感触……ありとあらゆる情報が、触れた頬から感じる。

それらを感じた瞬間、明日奈の目に涙が溢れてた。

 

 

 

「キリトくんっ……! 待っててね、今助けに行くからっ!」

 

 

 

明日奈は和人の左隣にあるダイブスペースに座る。

 

 

 

『明日奈さんっ、戻って来てくれたんですね!?』

 

「その声……っ、簪ちゃん?!」

 

 

 

 

すると、突然通信が入り、空間ウインドウから声が聞こえる。

その声の主は、簪だった。

 

 

 

「簪ちゃん、ありがとう……! キリトくんたちを守ってくれてたんだよね?」

 

『いえ、私、は……何も出来ませんでした……っ!和人さんとお姉ちゃんが、敵の罠に嵌るとも考えずに、二人にダイブしてほしいって言ったから……!』

 

「簪ちゃん……」

 

 

 

少々泣き声交じりに話す簪。

自分だって、姉である刀奈が再び囚われの身になっているというこの状態なのに、そう平然といられるわけもないだろう……。

 

 

 

「大丈夫だよ、簪ちゃん」

 

『っ……え?』

 

「チナツくんが、カタナちゃんを助けに行ったんでしょう?」

 

『はい……』

 

「なら、あの子に任せておけば、大丈夫だよ……」

 

『で、でもっ……!』

 

「チナツくんは、必ずカタナちゃんを助けて、戻ってくるよ……! チナツくんにとってカタナちゃんは、私にとってのキリトくんと同じ……。

絶対に守りたい人で、失いたくない人だから……敵なんかに、カタナちゃんをやらせたりはしないと思うな」

 

『明日奈さん……』

 

「だから大丈夫っ! ちゃんと、私とキリトくんと、チナツくんとカタナちゃんっ……四人で必ず帰ってくるから!

だからそれまで、バックアップよろしくね!」

 

『っ……はい! わかりました! それまで、もう少しだけ、ユイちゃんと、ストレアを借ります!』

 

「うん! ユイちゃんにもよろしく伝えておいて!」

 

『了解……! それでは、こちらでサポートします! 電脳ダイブの準備をしますから、明日奈さんも準備をお願いします!』

 

「わかった!」

 

 

 

 

明日奈はすぐにシートに横たわる。

すると、横たわった状態から見える目線……つまり、天井に空間ウインドウが開き、そこには電脳ダイブ開始までのカウントダウンが表記されていた。

ナーヴギアやアミュスフィアとは、また違った感覚。

しかし、不思議と恐怖はなかった。

むしろ、気持ちは高揚し、臨戦態勢に入っている。

この感覚は、身に覚えがある……。かつては幾度となく味わってきた感覚、自分や仲間たちと共に、命をかけて希望のある明日を迎えるために戦いに赴いた時と同じ感じ……。

階層主……アインクラッドのフロアボス討伐の時と同じだ。

 

 

 

 

『準備が整いました! このまま一気に、和人さんがいる場所に転送します!

中では、激しい戦闘が起こっていますから、注意してください!』

 

「わかった! ありがとう、簪ちゃん!」

 

『装備データも一緒に転送します! 無事にっ、帰ってきてくださいっ!』

 

「うん!」

 

 

 

 

ダイブするための機械が動いている。

ISコアのネットワークを通じて、意識を電脳世界にダイブさせるこの電脳ダイブ。

おそらくは、専用機である《閃姫》との間にネットワークをつないでいるのだろう。

そして、それもすぐに終わる。

目の前の表示が変わり、カウントダウンが刻一刻と迫る。

 

 

『ダイブまで5秒前! 4! 3! 2! 1!ーーーーー』

 

「リンク・スタートッーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

明日奈の視界を、真っ白い光が包み込んでいった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヌアアアーーーー!!!」

 

「フンッ!!」

 

 

 

降り止む様子もない雪空の下で、より一層激しい戦闘音が響いていた。

片方は武者鎧を纏い、氷に覆われた妖刀を振るい続けるシュタイナー。

もう片方は、真紅の鎧を身に纏い、大きな盾と片手剣という、いかにも聖騎士と言わしめるような姿のヒースクリフ。

 

 

 

「フハッハッハッハーーーーッ!!!!」

 

「ッーーーー!!!!!!」

 

 

 

奇声とも取れる様な声をあげ、ヒースクリフに斬りかかるシュタイナー。

対してヒースクリフの方は、自慢の盾でシュタイナーの攻撃を全て受け切っている。

攻防一体の剣技……ユニークスキル《神聖剣》。

キリトの持つユニークスキル《二刀流》が、超高速攻撃特化のスキルだとするならば、これは鉄壁の防御特化スキル。

ましてやそれを一から設計し、実践の中で使いこなしてきたヒースクリフのそれは、並みのプレイヤーの物とは比べ物にならないほどの鉄壁さを誇る。

故に、未だにヒースクリフは、妖刀の凶刃には触れてはいない。

 

 

 

 

「ハハッ、途轍もないなぁー……。こんなデータを作ってしまうとは……いやはや恐れ入るよ」

 

 

 

攻撃を受けながら、ヒースクリフそんな言葉を漏らした。

しかし、それが誰に対しての言葉だったのかは、キリトには知る由もなかった。

だが、そう余裕をかましていられる状況でもなかった。

人間にしてはありえない動きと速さで斬り込んでくるシュタイナー……それを何度となく盾で受け切るヒースクリフだが、逆に言えば、ヒースクリフは攻撃しづらいという事になる。

妖刀が振るわれるたびに、途轍もない冷気がその場を駆ける。

そんな幻想的な力を持つ武器なんて言うのは、ソードアート・オンラインやアルヴヘイム・オンライン…………強いては、アインクラッドやイグドラシルなどの世界観には存在しなかった。

たしかに、伝説を模した武器は存在する……。

SAO時代にキリトが使用していた《エリュシデータ》も、レベル的には『魔剣』と呼ばれるくらいのものであり、ALOにも『伝説級』(レジェンダリー)と呼ばれる武器があり、キリトは一度、聖剣《エクスキャリバー》を手にしている。

しかし、その両武器は、炎や氷などといった属性の派生攻撃、またはその属性を生かした遠距離攻撃などはなかった。

 

 

 

 

「なんなんだ……あの武器は……! まるで、フロアボスの……!」

 

 

 

 

シュタイナーとヒースクリフが斬り合っている様子を、後ろで片膝をついた状態で眺めていたキリトが呟いた……。

特殊武器……特殊攻撃を持った存在……それは、どこのRPGの世界にも存在する。

それは、ボスモンスターだ。

あらゆるモンスターと戦ってきた……生物型も、人型も、アンデット系、幻想種……そして、それらのモンスターを模倣し、さらに改良を加えて、RPGのボスモンスター達は現れる。

その中には、武器を介して属性を持つ攻撃を放つものや、遠距離から攻撃してくる技を持ったものもいた。

特に幻想種……竜種のモンスターには、ブレス攻撃としてよく使われている。

しかし、目の前にいるサチの姿を模したシュタイナーは、人型でありながら……いや、自分たちと同じ存在でありながら、ボスモンスターの技を繰り出している。

もはやそれは、完全に別世界の技だと思ってもいいだろう……。

そして、接近して斬り合っていた両者が、一旦離れると、再びシュタイナーが妖刀を思いっきり振り抜く。

すると、まるで氷は生物の様に動き出し、怒涛の波を生み出した。

それをヒースクリフは自慢の盾で受けようとするも、あまりの物量に、全てを受けきることはできない。

 

 

 

「ぬうっ……!!?」

 

「ヒースクリフっ!」

 

「ええいっ、厄介なものを作ってくれたなっ、本当にっ!!」

 

 

 

なんとか後ろにいるキリトは守りきることはできたが、ヒースクリフ自身もそれなりのダメージを受けた。

 

 

 

「くっ……!」

 

「お、おいっ……!」

 

 

 

片膝を着くヒースクリフ。

そこにキリトが駆け寄り、ヒースクリフの身を案じた。

昔のことを思えば、本来ならありえない光景なのだが……。

 

 

 

「あいつは一体なんなんだっ……!? お前でも打ち勝てない相手ってなんだよっ?!」

 

「っ……あれは、複数のデータを読み込んで作り上げたデータの集合体だよ」

 

「データの、集合体……?」

 

「そうだ……。元々のSAOサーバーに残されていたわずかなデータを元に作り上げられたアバター……『サチ』と呼ばれる少女のデータを使い、そこに微かな記憶や今までに培ってきた経験値を無理やりねじ込んで、さらに別の仮想世界から得た別のキャラクターの情報を重ねているのだろう……。

だから戦闘能力では、かつてのアバターを凌駕していながら、記憶が曖昧で、別人の性格や記憶を保持した状態になっているわけだ……」

 

「なっ……?!」

 

 

 

ヒースクリフの存在もまた、データの中に生きる茅場 晶彦の人格という奇妙な存在だろう……。

しかし目の前のサチ……そしてシュタイナーという存在は、それすらも超える歪さを含んだ存在となる。

そんな状態のものを、一体誰が、どの様にして作ったのか……。

 

 

 

「そんな、無茶苦茶だろうっ……!」

 

「だが、現実に存在している……。まだ君と邂逅した時点では、その記憶と性格のバランスが保たれていたみたいだが……君からの猛攻を食らって、それが崩れたみたいだな」

 

「じゃあ、サチは……」

 

「あぁ、意志はあるかもしれないが、もはや風前の灯火と同じだろう……」

 

「くっ……!」

 

 

 

淡々とキリトに告げるヒースクリフ。

そう、目の前にいるそれは、もはやサチですらない。

サチの外見も、顔以外は何一つ似ていない。

もうプレイヤーでも、NPCでも、記憶を持った残像データでもない……ただの怪物、モンスターだ。

 

 

 

(なんでっ……、誰がこんな事をっ…………!!!)

 

 

 

キリトの精神を逆撫でするような行為。

しかしそれ以前に、こんな芸当を容易くできる人物とは……?

VRの世界に精通している人物は、茅場のほかに居るには居るが、こんな高等技術が必要になってくる物を作るとなると、茅場と同等が、それ以上の科学者や技術者の手によるものとしか思えない。

 

 

 

(誰だ……?! 須郷? いや、あいつはあり得ない、刑務所に入って居る時点で、そんな芸当はできないはず……なら、元アーガスの人間……? しかし、カーディナル自体は、茅場が設計したものだ……。じゃあ、誰が……?)

 

 

 

茅場をも超えてしまいそうな技術力……それが可能な人物を探り当てていく。

 

 

 

「っ……まさか……!」

 

 

 

しかし、事の次第を思い浮かべた時、その犯人の目星がついたキリト。

そもそも、今回のこの事件……。

ISのコアネットワークを用いて行った電脳ダイブ。

そして、そのISコアや、ISを作った人物は…………。

 

 

 

「篠ノ之 束博士……っ!」

 

 

 

茅場と並び讃えられる天才科学者……いや、天災科学者がいたではないか。

たしかに束はVRの技術には疎いかもしれない。

しかし、現行の軍事力をはるかに凌駕するISを作った人物だ……こんな事の一つや二つ、できないはずもない。

確証や証拠は無いが、ほかにできる人物も見当たらない。

そこまで考えていた時だった……目の前で激しい衝撃が走る。

 

 

 

「うおっ?!」

 

 

 

吹雪のような冷たく強い突風が吹き荒れる。

そして視線をそちらに移すと、またしても強烈な一撃をもらい、ヒースクリフが押されているようだった。

しかし、今回はヒースクリフだけではない。

シュタイナーも同様に、片膝をつき、大きく後方へと弾き飛ばされたようだ。

 

 

 

「何が……っ、起こったんだ……っ?!」

 

 

 

 

ゆっくりと起き上がるヒースクリフの頬や体に纏う鎧には、無数の傷痕を示すエフェクトが表示されていた。

そして、対するシュタイナーの体には、大きく袈裟斬りに斬られたであろう傷痕のエフェクトが現れていた。

 

 

 

「っ……!!!」

 

 

 

何が起こったのかわからないが、想像はつく。

おそらく、シュタイナーは激しい猛攻でヒースクリフを攻め立てていたに違いない。

だが、ヒースクリフはそれを逆手に取った筈だ。

甘く入った一撃に狙いを定め、その攻撃を盾ではじき返し、続けてソードスキルを発動。

そのソードスキルの名は、《ガーディアン・オブ・オナー》。

たった一撃のみのカウンター技だ。

それを上段から振り下ろした事で、シュタイナーの体に袈裟斬り気味に傷痕が残ったのだろう……。

 

 

 

「ヌウウッ……!!!」

 

「ふぅ〜……君はもはやプレイヤーですらないなぁ。ほんと、フロアボスを相手にしているようだよ」

 

「貴様ノ盾、中々二手強イ……!」

 

「お誉めいただいて光栄だなぁ〜。君の持ちうる力を受け止め切っていると言われると、私も自分自身を誇らしく思うよ」

 

 

 

 

キリトでは太刀打ちできなかった相手に、ヒースクリフは苦戦しながらも、未だ戦える状態……。

これでこのままシュタイナーを倒し、IS学園のメインシステムへとハッキングを仕掛けている者を捕らえれば、それで今回は万事解決となる。

しかしそのような事、上手くいかない方が常なのだ。

 

 

 

 

「フム……貴様ノ力、確カ二認メヨウ……。シカシ、貴様モ改メテ貰ワネバナラヌナ……」

 

「ほう? と言うと……?」

 

「一体イツ……我ガ全力ヲ出シテイルト言ッタ?」

 

「なんだって……?」

 

「我ノ力ハ、コンナモノデハナイ……! ソレヲ、今カラ貴様ヲ斬リ刻ム事デ証明サセヨウ……っ!!」

 

「っ……!!!」

 

 

 

あたりの空気が、また冷たくなった。

すでに外気温は氷点下を下回っていてもおかしくはない。

仮想世界のアバターといえども、感覚が直に伝わってくるようだった。

このままではマズイと……自分の中にある本能がそう叫んでいた。

そしてそれは、ヒースクリフもまた同じだったのだろう。

より一層引き締めた表情で、盾と剣を構える。

 

 

 

「ヌウウウウウウワアアアアアッ!!!!!!」

 

「っ!!?」

 

「なっ、なんだっ、アレはっ……!!!?」

 

 

 

周囲の冷気が、シュタイナーに集まって来たかと思えば、それは風を巻き起こし、凄まじい強風を伴って、シュタイナーの体へと巻きつく。

それはそのまま竜巻のように巨大な渦を形成し、周りにある建物の壁を破壊していく。

 

 

 

「破壊不能オブジェクトがっ……?!!」

 

「っ…………!」

 

 

 

アインクラッドの世界が壊される。

そういう風にヒースクリフには映ってしまう。

そして破壊不能オブジェクトすらも破壊するその力と現象に、キリトはまたしても衝撃を受ける。

その破壊をもたらした原因は、未だに猛烈な竜巻の中で動こうとしない。

強風が吹き荒れる中、キリトはやっと立ち上がり、あたりを見回す。

すると、先ほどの強風で破壊された武器屋の屋台の中から、それとなく武器がこぼれ落ちているのを目撃し、その場に急いで駆け寄って、剣を取り出す。

 

 

 

「壊されるとしてもっ、何か武器くらいはっ……!」

 

 

 

シュタイナーの能力の中には、相手の剣を凍りつかせて、粉々に破壊するというなんともチートじみた能力がある。

しかし、何も持たずに素手で立ち向かうよりかは、武器があったほうがいい。

 

 

 

「んっ? 待てよ……っ」

 

 

 

そんな時、キリトはあることに気がつき、自分から見て後ろにいるヒースクリフへと再び視線を向けた。

 

 

 

「ヒースクリフっ!! 一つ聞きたい事があるっ!」

 

「何かねっ? 今は悠長に話している暇はないはずだがっ?!」

 

「あんたの剣と盾っ、なぜあいつの攻撃を受けても凍りついたり、破壊されないんだっ?!」

 

「あぁ、その事かねっ? 答えは簡単だっ! 武器のランク値が高い物だからだよっ!」

 

「ランク値っ?!」

 

「私の武器は、言うまでないがかなり高ランクの物だっ! そしてこの仮想世界は、あらゆる情報やデータを集積して作られた空間っ……ならば、私の武具に、いろんなバフ効果を持たせれるとして不思議ではないだろうっ!?」

 

「はぁっ?!」

 

 

 

つまりそれは、ヒースクリフの持つ武具がかなりチート仕様になっていると言うことだ。

何よりもフェアネス精神を持っていた男が、やるとは思えなかった。

 

 

 

「チートだと思うかいっ? だが、奴はもっとチートだろう……こんなものを作ってしまう人物には、正直言って賞賛を送りたいところだがっ、私の世界をここまで歪めてしまったことは許せないのでねぇ……っ!!

それに、相手が思う存分チートを使ってくるんだ、こちらもチートを使って、何か問題があるかね?」

 

「………………」

 

 

 

まるで子供の言い訳、言い分といったものだ。

しかし、それがヒースクリフ、茅場 晶彦の本性……なのかもしれない。

子供の頃に帰ったように、凄く目を輝かせながら言っている。

それに、『私の世界』というセリフ……。

たしかに、彼の夢、目標、野望……そう言ったものの体現が、あのアインクラッドという世界だ。

それを成し遂げ、彼自身が思っていなかった奇跡を見ることができた。

そんな彼に持っても、キリトにとっても、心や記憶の中で息づいている世界を歪められては、落ち着いてもいられない。

相手がチートならば、こちらもチートを使って立ち向かうまで……。

 

 

 

 

「ははっ……。あんた、思ったよりもガキっぽいんだな?」

 

「失礼だな、君は……。童心に帰ったと言ってもらえんかね?」

 

「まぁ、いいさ……。俺も、あんたと同じ思いではあるからな……!」

 

「ふふっ……」

 

 

 

キリトは両手に剣を掴み取った。

が、どちらの剣もランク的に言えば低いものばかりだ。

 

 

 

「ここにある物じゃあ、ランク値が低いなぁ……。ヒースクリフ、あんたの持ってる片手剣で余ってるのないのか?」

 

「やれやれ、私の武器をよこせと?」

 

「しょうがないだろ? ここにあるものは、みんな中層レベルなんだから……。

あんたも《神聖剣》を使う前は、普通の片手剣スキルを使って戦ってきたんだろっ?」

 

「まぁね……。全く……仕方がないが、今はそうも言っていられないか……少し待ちたまえ……」

 

 

 

 

十字剣を地面に突き刺し、ヒースクリフは右手を操作し始めた。

すると、SAOの時と同様に、メニュー画面のウインドウが現れた。

コマンドを操作して、剣を二本取り出した。

 

 

 

「これを使うといいっ……私が使っていたものだ!」

 

「ほほう〜! これはレアだなっ……!」

 

 

 

《神聖剣》を使う前に愛用していた剣。

それを二本も貸してもらえるとは……。

投げ渡された剣を、正確に柄を掴んで見比べる。

二本とも、同じ十字の形をした片手剣だった。

片方は青色の柄に、白銀の刃が眩しいくらいに輝いているもので、もう片方は、真紅の刃が特徴的な片手剣。

 

 

 

「ははっ……俺には眩しすぎるくらいの武器だな……こりゃあ……」

 

「君は黒が好きなんだったね……。すまないが、黒い剣は持っていないのでね。

それで我慢してくれたまえ」

 

「まぁ、ここへ来てわがままは言わないさ……ありがたく使わせてもらうぜっ……!!!」

 

 

 

右手の白銀の剣を取り、左手に真紅の剣を持ち、振り抜く。

自身の愛剣である《エリュシデータ》よりは軽く感じるが、手に感じる手応えは悪くない。

 

 

 

「さて、準備が出来たところで……そろそろお出ましのようだよ? キリトくん」

 

「みたいだな……っ」

 

 

 

吹き荒れていた竜巻が、徐々に晴れて来た。

強烈な風塵があたりを蹂躙するが、キリトとヒースクリフは、ジッと立ったまま、物怖じしない。

そして、その風が吹き止んだとき、その中から “魔獣” が現れた。

 

 

 

「…………ほう……っ」

 

「これは……っ!」

 

 

 

踏み出した足がガシャリと音を立てる。

その足には、まるで何か獣の鉤爪のような形をした氷が纏わりついていた。

いや、それだけではない。

足だけではなく、腕にも同じものが現れていた……両腕から手にかけて、まるで籠手のような形をした氷が付いており、両肩には、先ほどの身につけていた鎧甲冑と同じ形をしたパーツが取り付けられている。

頭部に付けられていた兜はいつのまにか無くなっており、先ほどよりも顔を認識しやすくなった。

そして、何より眼を見張るのは、背中から生えた大きな氷の翼と、氷で出来た尻尾だ。

足の爪、大きな翼に尻尾……それはまるで……。

 

 

 

「ドラゴンのようだね……」

 

「ドラゴンと鎧武者が合わさった……って感じか? とことんチートを集めてる感じがするな」

 

「ならばもう、アレはプレイヤーやNPCとして捉えるは無理があるかな?」

 

「だろうな。もはやフロアボスと思ってもいいんじゃないか? サチの風貌をそのまま使っているのは、ちょっと腹立つけどなっ……!!」

 

 

 

ヒースクリフとキリトは、そんなたわいない話をしながらも、その表情には油断がなかった。

 

 

 

 

「ギィオオオオオオオオーーーーッ!!!!!!」

 

 

 

 

先ほどの人間らしい奇声とは全く違う、本当にドラゴンのような咆哮を放つシュタイナー。

これが、本来の姿だとでも言うのだろうか……。

 

 

 

「久しぶりだな、あんたと肩を並べるっていうのは……」

 

「そうだね……第75層のボス攻略以来ということになるからな……」

 

「不思議な気分だよ…………敵だと思っていた奴が、こんなに頼もしい味方だと思うなんてさ……!」

 

「私も複雑な気分なのは否定しないさ……。しかし、君やアスナくん、チナツくんにカタナくん……誰かとこういう風に共に戦うのは、正直言って、悪くないとは思っているよ……!」

 

「ははっ……」

 

「ふふっ……」

 

 

 

 

今の二人は、かつて殺しあった宿命の相手ではなく、ただ単に、同じ目標を倒そうと、共に強敵に挑戦しようとしている歴戦のパートナーの様だった……。

 

 

 

「行くぞっ、ヒースクリフッ……!!!」

 

「よかろうっ……。遅れを取らない様にな、キリトくんっ……!!!」

 

 

 

 

まるで疾風の如き勢いで駆け出す二刀流の勇者と盾持ちの聖騎士。

これより開始されるのは、最後の戦い……。

生き残るのは、果たして…………。

 

 

 

 

 






あともう少しで、ワールド・パージ編が終わるかな?
って感じですね……。

もうすぐキリト側の方が肩が着きそうなので、それが終わったら、チナツ側に戻って、物語を進めようと思います!

感想よろしくお願いします!



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第106話 開眼



長らくお待たせしました( ̄▽ ̄)

みんなストーリーとか覚えてるかな?
ごめんなさい。
次はなるべく早く描きますので……




「行くぞっ!!」

 

「ああっ!!」

 

 

 

駆け出す二人。

両手に握る白銀と真紅の双剣。

そして片や鋼鉄のような大型の盾と輝かしいほどの長剣。

二人揃って、魔物に挑もうとするその姿は、まるで童話やある種の物語に出てくる勇者や騎士のようだった。

凍てつく大地を駆ける勇者と騎士は、左右へと別れて、挟撃するようだ。

 

 

 

「はあああぁぁぁッ!!!」

 

「フンッ!!!」

 

「ッーーーー!!!!!!」

 

 

 

渾身の一撃を放つ二人。

しかし、ヒースクリフの斬撃は、右手に持っていた《魔鉄》によって防がれ、キリトの斬撃は、左手に新たに生成した氷の剣によって防がれた。

ただの氷を剣状に生み出したわけではなく、まるで氷の彫刻のように、剣の刀身、柄、鍔、装飾といった部分に至るまで、細やかに形作られている。

その剣の姿は、ALOにて、ユージーン将軍の持つ魔剣《グラム》を彷彿とさせる姿だった。

氷の魔剣……言うならば、『アイスブリンカー』とでもいっておけばいいだろうか……。

 

 

 

「ちっ、武器の生成まで可能なのかよっ……! おっと……!」

 

「これは長期戦になるとこちらが不利だなっ……! 手早く済ませた方がいいだろう……っ!」

 

「わかっているさっ!」

 

 

 

シュタイナーが両剣を振り下ろす。

すると、まるで巨大な氷柱が地面から生えてくるように、そして津波のようにこちらに向かって襲ってくる。

 

 

 

「タンクッ!!!」

 

「ッ!!!!」

 

 

 

キリトの前にヒースクリフが出てくる。

左手に持つその大きな盾をしっかりと持って構える……やがて氷柱の衝撃が襲ってくるか、盾を持ったヒースクリフは、それを懸命に受け止める。

そして、攻撃が一瞬だけ止んだ瞬間……ヒースクリフの背後から、キリトが電光石火の如き勢いで、シュタイナーへと迫る。

 

 

 

「おおおおッ!!!」

 

 

 

両手に持つ双剣から繰り出される圧倒的なまでの手数の斬撃。

双剣の刀身、切っ先がシュタイナーの氷や鎧を斬り裂いていく。

 

 

 

「ギィヤアアアアーーーーッ!!!!!!」

 

「スイッチっ!」

 

「ッーーーー!!」

 

 

 

振り下ろしてくる《魔鉄》を、キリトは右手に持つ白銀の剣で弾く。

そして、その瞬間に、ヒースクリフが間合いに入った。

 

 

 

「おおおおッ!!!」

 

 

 

大きくガラ空きになっている腹部に向けて、盾の先端を思いっきりぶち込んだ。

体勢がよろける魔獣……そこにすかさず剣を振り下ろし、返しに薙ぎ払う。

盾と剣を交互に切り替えて、防御と攻撃を絶やすことなく繰り返すスキル。

鉄壁の防御は、なによりも強い武器になることを、その身で証明している……。

今にして思えば、それを可能にできるプレイヤーはおそらく、ヒースクリフただ一人だったのではないだろうか……。

チナツ、アスナとは全く違う戦闘スタイルであり、槍を使っていたカタナは、当然使えない。

ましてや、キリトも盾を持っての戦闘は、今まで一度もしてこなかった……。

その他には、壁役として優秀なプレイヤーもいただろう……しかし、ユニークスキル《神聖剣》を操れるのは、やはりヒースクリフしか居なかったのではないかと、今になって思う。

 

 

 

「全く、相変わらず硬すぎるぜ……!」

 

「君こそ、相変わらず素晴らしい反応速度だな……!」

 

 

互いの実力の高さは、その身をもって知っている。

キリトの高速の双剣と、ヒースクリフの鉄壁の防御……アインクラッドにおける最強クラスのプレイヤーである二人が、肩を揃えて戦っているのだ。

相手が誰であろうと、遅れを取るはずもない……。

 

 

 

「だが、奴はどうすれば倒せるんだ? ゲームの様にHPゲージがあるわけでじゃないぞ?」

 

「うーん……ゲームの世界なのに、ゲームの仕様が適用されてないか……。

やはり、私はこんな世界、好きになれないなぁ……」

 

「まぁ、たしかに……。変なところだけはゲームなんだよなぁ」

 

「だがまぁ、叩ける時に叩いておかないとね……相手はおそらくレイド級のボスだろうからね」

 

「強さ的には、クォーターポイントのボス並か?」

 

「だろうね……」

 

 

 

クォーターポイントとは、100層からなるアインクラッドの各フロアに出現していたフロアボス。

その中でも定期的に強さが増しているポイントのボスが、このクォーターポイントにいるボスだ。

第25層、第50層、第75層、そして第100層がそれに該当する。

第25層では、アインクラッド解放軍に所属していた攻略組プレイヤーが大勢死んで、一時は組織強化のために、前線には出られなかった。

第50層でも、熾烈を極めたという戦いの果てに、キリトがラストアタックボーナスとして、《エリュシデータ》を手に入れている。

第75層は、フロアボス『スカル・リーパー』の力に圧倒されつつも、なんとか倒しきった。

しかし、この終盤に来て、名だたる攻略組の高レベルプレイヤーが14人も死んだ。

そして、キリトがヒースクリフの正体を看破し、最後の決闘場所となったのも、この75層だった……。

そしてこのシュタイナーもまた、それらのボスモンスターと同じ存在……それをたった二人でやり合うのは、本来無謀と言われてもいいくらいなのだが……。

 

 

 

 

「ははっ……! なんでだろうなっ……こんな状況だって言うのに……っ」

 

「あぁ……。不謹慎かもしれないが……楽しいものだね……っ!」

 

 

 

 

敵だった存在……しかし、もっとも仮想世界について共有できた感情や価値観が多かった存在だ。

そんな二人がタッグを組んだのだ……楽しいと思わずにはいられない。

 

 

 

「グルル……!」

 

「っ……! これは、怒らせちゃったかな?」

 

「みたいだな……完全にキレられる前に、けりをつけなきゃな」

 

「よかろう。ツーマンセル……私が前衛で足止めする、斬り込めるかな?」

 

「誰に言ったんだ?」

 

「ふむ……失敬、無用の気遣いだったな。では、行こうか……!」

 

「おう!」

 

 

 

駆け出す二人。

シュタイナーが《魔鉄》を振るうと、無数の氷柱が飛び出してきた。

しかし、ただの氷柱では、ヒースクリフの盾を突き破ることなどできない。

 

 

 

「キリトくん!」

 

「おう!」

 

 

 

盾で氷柱を弾き飛ばすヒースクリフの脇を、高速で駆け抜けるキリト。

 

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 

 

シュタイナーが左手にもっている《アイスブリンガー》を振るい、再び氷柱をキリトに向けて放つが、キリトは自分に当たると思った氷柱だけを的確に斬り落としていく。

だが負けじと、シュタイナーは《魔鉄》も使って、二刀流状態で氷柱を放つ。

 

 

 

「チッ……!!」

 

 

 

シュタイナーまで残り1メートルという距離だが、それでも近づくのが困難を極める。

しかし、それでもキリトは進む。

飛来した氷柱が、キリトの体を掠めていく……。

掠めた所は、猛烈な痛みが襲うが、もはやそれに反応することすら、キリトはしなくなっていた。

 

 

 

(紙一重でいいっ……!! 少しでも前へッ!)

 

 

 

感覚が研ぎ澄まされていく。

飛来してくる氷柱を、両手に握る聖剣二本で斬り裂く。

そしてついに、間合いに入った。

 

 

 

「セヤアァァッ!!!」

 

「グっ?!!」

 

 

 

間合い入った瞬間に、キリトはシュタイナーの顎めがけて前蹴りを繰り出す。

勢いに乗った状態から、剣ではなくフェイントで足技。

それも、体術スキル《弦月》を真似て放ったのだ。

シュタイナーは寸でのところで躱すが、完全に躱しきれたわけではなかった。

顎に伝わる衝撃……微々たるものだが、それでも隙はできた。

 

 

 

「スイッチ!」

 

「おおおおっ!!!」

 

 

 

キリトの声が届く前に、すでにヒースクリフは間合いに入っていた。

右手に持っていた白い十字剣が閃く。

剣と盾……それらを巧みに扱い、ヒースクリフの攻撃がシュタイナーの腹部を直撃する。

 

 

 

「グウアッ?!」

 

「まだまだぁッ!」

 

 

しかし、まだ終わらない。

野獣のような攻めを見せるキリト。

シュタイナーの纏う氷を粉砕するように、両手に持つ聖剣から繰り出される怒濤の剣撃に、今度こそ決まったと思った。

しかし、キリトの繰り出す剣撃を、シュタイナーは《魔鉄》と《アイスブリンガー》で要所要所を凌いでいく。

ダメージ自体は与えているものの、決定打にはなっていなかった。

そして、シュタイナーは背中に生えている氷の翼を大きく広がると、そのまま宙に浮かび上がり、口を大きく開ける。

すると、口の前で氷と、どこから現れたのか不明な謎のエネルギーを収束させていく。

 

 

 

「まずい!」

 

「キリトくん! こちらにっ!」

 

「っーー!!!」

 

 

 

嫌な予感がした。

しかし、一歩遅かった。

 

 

 

「ッーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

まるで大出力のレーザー砲でも撃ったのかと疑いたくなるような轟音が響いた。

そして、キリトが急いでヒースクリフの後ろに回った瞬間……シュタイナーの口から発せられた氷のブレス攻撃が地上に着弾。

その勢いは、しっかりと地盤に足をつけ、防御体勢をとっていたヒースクリフとキリトの二人を、軽々しく吹き飛ばしてしまうほどの威力たった。

着弾した部分は瞬時に凍りつき、またパキィ! と音を立てると、《アニール・ブレード》と同じように、バキバキに壊れてしまった。

 

 

 

 

「ぐうっ……ぉお……っ」

 

「ぬぅっ…………」

 

 

 

とんでもない衝撃と光の爆発。

二人は苦悶の表情を浮かべながら、その場に立ち上がる。

だが、キリトの視界には、とんでもない光景が写っていた。

 

 

 

「っ!? ヒースクリフっ、お前、盾が……っ!!」

 

「あぁ……全く、恐れ入ったよ。君でも突破できなかったはずの、私の盾だったんだがね……」

 

 

 

ヒースクリフの持つ鉄壁の盾。

それが、ヒースクリフを象徴する存在だった。

しかし今は、あの重厚な十字盾の姿は見る影もなく、ただのバックラー並みの大きさの盾になっていた。

あのブレスか直撃していたら、もはやヒースクリフとキリトの体は、粉々になって消えていただろう。

 

 

「そんな……!」

 

「心配ない。まだ行ける……!」

 

「だが、お前の盾はもうっ……!」

 

「心配いらないよっ……! タワーシールドがバックラーシールドに変わっただけだ。

私とて、これを使う前は普通にこれくらいの盾を使って戦ってきたんだよ?」

 

 

 

 

ヒースクリフの表情から発するに、そのことは事実なのだろうが、《神聖剣》の本領を発揮できるとしたら、やはり盾は重要だ。

もはや見る影もなくなってしまった “残骸” とも呼べるような盾では、キリトはおろか、自分を守るのにも苦労するはずだ。

 

 

 

「それよりも、空を飛ぶ相手にどう戦うかね?」

 

「なんとか跳んで、剣を届かせるしかないだろうさ……」

 

「しかし、我々はソードスキルが使えないのだよ? 君が得意としていた《空中ソードスキル》は使えないと思うが?」

 

「っ……今の俺たちのステータスは、SAOの時と同じくらいだとは思うが、流石にソードスキルの様に直線的な攻撃は望めないな……」

 

「建物によじ登って行くしかないな」

 

「あぁ、もう前衛後衛のスタイルは無理だし、挟撃でいくか?」

 

「あぁ……。私は右から、君は左から頼む」

 

「了解だ」

 

 

 

状況を瞬時に把握して、的確な判断をする……。

ボス攻略の際の基本戦術だ。

そして二人は迷いなく動き出す。

ヒースクリフは自分から見て右の方に見える建物の方へと駆け出し、キリトは残っていたわずかな建物の間を通り過ぎて、シュタイナーの眼前から姿を消す。

すると当然、シュタイナーはまず見えているヒースクリフの方へと攻撃を開始する。

ブレス攻撃は、ある程度のインターバルが必要なのか、先ほどの様に攻撃を仕掛けてこない。

代わりに、また《魔鉄》と《アイスブリンガー》の二本を振るい、氷柱の弾丸を射出する。

 

 

「くっ、キリトくんはよくこんな雨あられの中を掻い潜ったなっ……!」

 

 

 

全てを躱しきるのは無理だとは思っていたので、ある程度の被弾は覚悟していた。

しかし、それでも相手の注意を引きつけられたのなら、こちらとしては最低限の仕事はこなしたと言える。

 

 

 

「キリトくん!!」

 

 

 

ヒースクリフが叫んだ。

そして、シュタイナーが完全にヒースクリフに集中砲火している後ろで、超高速で駆け抜けて、建物を登りきり、シュタイナーの背中へとハイジャンプをするキリトの姿が、ヒースクリフの瞳に映った。

 

 

 

「はああああッ!!!!」

 

 

 

背後からの奇襲。

両手に握る聖剣を思いっきり振り下ろして、シュタイナーの背中を斬りつける。

シュタイナーは激痛に表情を歪めて、奇声とも言える様な咆哮をあげる。

 

 

 

「くそっ、浅かったかっ?!」

 

「キリトくん!」

 

 

 

 

再び上空へと飛び立つシュタイナー。

キリトの攻撃によって、若干バランスを崩したものの、完全に決まり切っていなかった。

背中に傷を負わせることには成功したが、それでは足りない。

しかも、シュタイナーはさらに上昇し、キリトへと突撃しようとしている。

未だに宙から地上に向けて落ちていっている状態のキリトでは、躱すのは難しいだろう。

そう思っていた瞬間だった……。シュタイナーは先ほどのキリトと同じように、《魔鉄》と《アイスブリンガー》を頭上へと振りかぶって、斬り下ろそうするが、一瞬……本当に、一瞬瞬きをするのと同じ速さで、シュタイナーの頭上から光が落ちてきた。

 

 

 

「い、やあああああッーーーー!!!!」

 

 

 

生死を分けるような緊迫した戦場に響く、少女の声。

そしてそこから流れる光は、いま感じている絶望を斬り裂く刃にも思えた。

少女の発する気迫のこもった声とともに、少女の右手に持っていた細剣の切っ先が、シュタイナーの胴体を捉えたのだ。

 

 

 

「■■■■■■ッーーーーー!!!!!!!!」

 

「せえやああああッ!!!!」

 

 

 

背中を串刺しにされた形で、シュタイナーは地面に墜落した。

その後に続くように、キリトは地面へと着地して、一旦その場を離れる。

しかし、気がかりなことがあった。

先ほどの少女の声……キリトにとっては絶対に忘れられない声だ。

 

 

 

「今のは……っ?!」

 

 

 

シュタイナーが墜落した地点からは、もうもうと土煙が上がり、地面には亀裂が入っていた。

それほど威力のある攻撃を直に、それも背後から打たれたと言うことになる。

地面に降り立っていたキリトは、シュタイナーの落下地点を凝視した。

すると、その地点から発せられた光が一つ……。

街並みに降り注ぐ雪と、そこをわずかに吹き抜ける風……。

風が土煙を振り払い、降り注ぐ雪が、まるで絵画のような光景を演出してくれる。

 

 

 

「ぁ……あ……」

 

 

 

 

地面へと縫い付けられるシュタイナー。

そしてその上に立っていたのは、キリトのよく知る少女。

栗色の長い髪が風によって靡いて、シュタイナーの体から引き抜いた細剣が一瞬、まばゆい光を放つ。

 

 

 

「ア……スナ……?」

 

「っ…………!!!!」

 

 

身にまとっていたバトルドレスは、ALOのウンディーネとしてのアスナの衣装。

しかし、髪色や耳の形は、現実の世界と同じなため、少し違和感を感じるのだか、本人はそんなことを一切気にしていないのか、キリトの声を聞いた瞬間、ハッとなったようで、シュタイナーから飛び降り、すぐさまキリトの方へと駆け寄ってきた。

 

 

 

 

「キリトくんッ!」

 

「アスナッ……!」

 

 

 

駆け寄ってくる少女、恋人であるアスナを、キリトはギュッと抱きしめた。

 

 

 

「キリトくんッ! キリトくんっ……よかったぁ……ちゃんとっ、ちゃんと生きてるよねっ……?!」

 

「あぁ……大丈夫だよ。俺は、ちゃんと生きて、ここにいるよ、アスナ……!」

 

「キリトくんっ…………!!」

 

 

 

 

互いの体から熱が伝わってきた。

アスナは涙を流し、キリトの体をギュッと抱きしめて、一向に離さない。

それはまたキリトも同様で、アスナの体を離すまいと、アスナの体を必死に抱きしめていた。

そんな二人だけの空間が広がりつつある中で、そろそろ限界になったのか、この男が現れた。

 

 

 

「いやはや、見ているこちらの方が恥ずかしくなるよ……。相変わらず仲がよろしくて何よりだよ」

 

「「ッッ!!!!???」」

 

 

 

ヒースクリフだった。

空気を読もうとも考えただろうが、流石にこのままというわけにはいかないと思ったのだろう……。

ましてや緊迫したシリアス場面なのに、こんな熱愛、純愛、相思相愛なラブラブ空間に浸っている時間はないのだから……。

 

 

 

「だ、だだっ、団長っ?!! い、いいいいつからそこにっ!?」

 

「だいぶ前からずっといるんだがね……。前々から思ってはいたが、アスナくんは集中しすぎると、急に周りがみえなくなるからね……まぁ、大事な恋人が危険に晒されているのを見たら、そうなるのも仕方がないとは思うが……」

 

「ッッ〜〜〜〜???!!!?!!?」

 

 

 

ボフッ……と、アスナの頭のあたりが蒸発したようにも思えた。

見ればアスナの顔は赤く熟れたトマトのように赤かった。

キリトはキリトで、頬を赤らめながら、ポリポリと人差し指で頬を掻いている。

 

 

 

 

「それにしても、どうしてここに? アスナは京都にいたんじゃなかったのか?」

 

「うん……ちょうど実家に居たんだけど、ユイちゃんが連絡してきてくれて……。

キリトくんとカタナちゃんが危ないって言うから、ISで京都から超特急で帰ってきちゃった……!」

 

「…………ず、随分と強行軍をしたんだな……」

 

 

 

 

本来ならば、ISの無断使用として、国際IS委員会に怒られるところなのだが、緊急事態という事で、後々事情説明をしなくてはならないだろう。

 

 

 

「それで、一体これはどう言うこと? ここって、アインクラッドの中なの?

なんかこの風景の階層、あったような気がしたんだけど……」

 

 

 

アスナの言う通り、今キリト達がいるのは、アインクラッド第49層《ミュージエン》の市街区。

しかし、ここは正確にはアインクラッドの中ではない。

それを模倣した世界だ。

そういえばと、キリトは辺りを改めて見回した。

ここに来た時には、街中にジングルベルが流れていたが、それがいつの間にか聞こえなくなっており、周りの照明なども、街を散々破壊したからか、少し薄暗くなっている気がする。

そんな風に思っていた時、不意に真正面から強烈な吹雪が吹き荒れた。

 

 

 

「くっ?!」

 

「きゃっ?!」

 

「っ……!!」

 

 

 

吹雪に体が飛ばされそうになるが、キリト、アスナ、ヒースクリフはなんとか脚を地にしっかりとつけて踏ん張り、飛ばされないようにした。

そして、一通り吹き荒れた吹雪が止み、次第に視界が開けてくる。

そこで三人は改めて見直した……。

今から戦わなくてはいけない敵を……。

背中から生えた氷の翼は、片翼が完全に潰されていた。

おそらく、先ほどのアスナの一撃によって粉砕されたのだろう。

しかし、その攻撃を受けた影響なんて関係ないと言わんばかりに、シュタイナーはその場にゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

「キリトくん……あれはっ、なに……っ?」

 

「あれは……」

 

 

 

少女のような姿をした体だが、その目は血走っているかのように紅く、こちらを呪い殺すのではないかと思いたくなるほど鋭い眼光で凝視していた。

体を覆う氷は、自分の身を守るためのものではなく、外敵を完全に殺しきるためのものだと、アスナは瞬時に理解した。

しかし、目の前にいる少女の姿をした敵に対して、キリトの表情が曇っているのもアスナは見逃さなかった。

 

 

 

「キリトくん……あの女の子の事……知ってるの?」

 

「…………ぁぁ……」

 

「一体……誰なの……?」

 

「っ…………」

 

 

 

キリトと関係のある事例のようだが、キリトはそれを聞かれると、さらに唇を噛みしめるように顔が強張る。

聞いてはいけない事だっただろうかと、アスナも一瞬躊躇した……が、キリトはその口を開いて、アスナの問いに答えた。

 

 

 

「あれはシュタイナーって名乗っていたけど……あの女の子の方は、サチって言うんだ……」

 

「サチ…………」

 

「かつて、俺が助けられなかった女の子だよ」

 

「っ…………」

 

 

 

名前を聞いた瞬間、アスナの脳裏に過去の出来事が蘇った。

それでこそ、キリトが初めて公の場で、ヒースクリフと決闘した日の事だった。

ヒースクリフを相手に戦い、結果負けてしまったキリトは、そのまま血盟騎士団に入団することになった。

そんな折、アスナはキリトに尋ねた……。

どうして、ソロでの活動を続けてきたのか……仲間が足手まといだと言った彼……しかしそれは、彼なりの配慮と、優しさが含まれた言い回しだ。

彼の行く道は最前線。

つまり、パートナーとなるもの達は、常に危険と隣り合わせとなる。

SAOでの死は、現実世界でも本当の死を意味するものだ。

だからこそキリトは、そんな危険に巻き込まないように、パートナーと組むことはしないと思っていた。

しかし、現実は違っていた。

あるギルドに一時的に参加していたことがあり、そこのリーダーと、キリトを除いたメンバー全員が死亡した。

そして、リーダーも後を追うようにして自殺したことから、そのギルドのメンバー全員を殺したのは、自分だと思った。

そして、そのメンバーの中には、サチという名前の少女がいたはず……。

アスナは再び、目の前のシュタイナーに視線を向けた。

意味はもう変わり果てた姿になってはいるものの、そのサチの姿をした化物が、自分の命を狙ってきてあると思うと、自身の心を抉られているような感覚に陥る。

 

 

 

「あの子が……そうなの? キリトくん……」

 

「違う……」

 

「え?」

 

「違う……。アレは、サチなんかじゃない……! 断じてっ、サチは、あんな姿なんかしていないっ!

断じてっ……こんな事をするような子じゃないんだ……!」

 

「キリトくん……」

 

 

聖剣を握る手が、強く引き締められた。

顔の表情も強張り、目の前にいるシュタイナーを睨みつける。

その敵意の視線に気づいたのか、もはや鎧武者なのか、モンスターなのか見分けがつかないような造形になってしまったシュタイナーが、およそ人間のものとは思えない咆哮をあげる。

 

 

 

「■■■■■■■■ッーーーーーー!!!!!!」

 

「「っ??!!」」

 

 

 

その咆哮だけで、身がすくむような感覚に陥るアスナ。

しかし、隣に立つキリトは、それでも立ち向かわんとする姿勢を見せた。

その姿を見てか、アスナも不思議と立ち上がれるような気がした。

 

 

 

「さて二人とも……どうするね?」

 

「とにかく、この世界から早く脱出したいが、どこかにコンソールのようなものが存在するのか?」

 

「私が見た限りでは、発見できなかったが……?」

 

「そもそもあのシュタイナーっていう奴は、倒せるの? HPゲージもなければ、私の攻撃が効いたような素振りさえ見せてないよ?」

 

「だが、倒さなきゃならないのは確かだと思う……。これ以上、サチの姿であんな暴挙を許してはおけない……っ!」

 

「キリトくん……」

 

 

 

心配そうに見つめるアスナ。

しかし、すぐに気を取り直して、目の前を向く。

手に持つ《レイグレイス》を強く握り、その切っ先をシュタイナーに向ける。

 

 

 

「まぁ、兎にも角にも、まずは目の前のあの敵を倒すの先決なのではないかな?」

 

 

 

ヒースクリフの冷静な言葉に、キリトとアスナは頷いた。

 

 

 

「そうだな……」

 

「うん……今のこの状況で考えたら、それしかないと思う……」

 

「ならば決まりだな……。キリトくんとアスナくんで斬り込んでくれ。私はバックアップに回ろう」

 

「了解した」

 

 

 

 

正直、ヒースクリフの盾には、もう少し頑張って貰いたかったのだが、あれこれ言っていても仕方がない。

三人は改めて構えた。

そして、シュタイナーもまた、臨戦態勢をとっていた。

静かになった街並みの中心で、三人と一体の殺気、闘気、剣気……ありとあらゆるものがぶつかり合う。

そして、両者との間に落ちた割と大きな雪が、地面に触れた瞬間に、キリトとシュタイナーが動いた。

 

 

 

「■■■■ッ!!!!!!」

 

「せぇやあぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 

 

右手に握る聖剣と《魔鉄》がぶつかり合う。

シュタイナーはすぐに左手の《アイスブリンガー》を、キリトの胴めがけて薙ぎ払おうとするが、その氷刃を討ち払う剣が見えた。

 

 

 

「やらせないッ!」

 

 

 

キリトから一拍遅れでやってきていたアスナ。

振るわれた《アイスブリンガー》をうまく力を加えて逸らした。

そしてそのアスナの後ろからやってくる紅騎士。

突き出した剣の切っ先が、シュタイナーの左肩を貫いた。

 

 

 

「■■■■■■ッーーーー!!!??!??」

 

 

 

激痛にのたうちまわっているのか、奇声とも取れる声を上げる。

しかし…………。

 

 

 

「ぬうっ?!」

 

 

 

ヒースクリフの表情が強張った。

なぜなら、左肩を貫いたヒースクリフの剣に、シュタイナーの氷がまとわりついてきたからだ。

やがて凄い勢いで剣を取り込もうとする氷。

一瞬戸惑いはしたが、ヒースクリフはすぐにその手を離す。

すると、斬り込んで行ったキリトを払いのけた《魔鉄》の狂刃が、ヒースクリフに迫ろうとしていた。

しかしまたしても、アスナの《レイグレイス》が割って入り、剣の軌道をうまく変えた。

 

 

 

「団長っ、大丈夫ですか?!」

 

「あぁ、すまない。助かったよアスナくん」

 

「団長はそのままここにいてください! 私、キリトくんを手伝ってきます!」

 

「よせっ、アスナくん! 君たちの攻撃も取り込まれるぞ!」

 

 

 

ヒースクリフの制止は聞かず、アスナは今もなお斬り合っているキリトの元へと駆け出した。

キリトとシュタイナーは、再び二刀同士で激しく斬り合っている。

しかし、シュタイナーはキリトの体よりも大柄な姿を取っているにもかかわらず、キリトの攻撃よりも素早い動きを見せ、キリトの剣撃を交わしている。

 

 

 

「キリトくん、避けてっ!」

 

「っ!?」

 

 

アスナの声が響き、キリトは即座に行動に出た。

振り降ろされる《魔鉄》の斬撃を受け流して、地面に縫い付ける。

 

 

 

「スイッチ!!」

 

「やあああぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 

 

 

助走をつけて思いっきり走ってくるアスナ。

そしてそのまま放つ剣技は、ライトエフェクトこそ纏っていないが、細剣の最上位のソードスキルである《フラッシング・ペネトレイター》だ。

片手剣スキルの《ヴォーパル・ストライク》同様に、剣による単発刺突攻撃のスキルであるが、おそらく攻撃に加わる破壊力は、《フラッシング・ペネトレイター》の方が上だろう。

音速の壁を超えて、アスナの放った攻撃が、シュタイナーの胸部へと突き刺さる。

氷が砕ける音。

また、着込んでいた鎧だろうか? それらが弾けるような金属音もなり、その衝撃が地面や空気を伝って波のように押し寄せてくる。

 

 

 

 

「なっ?!」

 

「そんな……っ?!」

 

 

 

 

しかし、キリトとアスナの表情が驚愕を示した。

なぜなら、寸でのところで、《レイグレイス》の切っ先が届いていなかったのだ。

対集団戦においても、驚異的な破壊力を見せるくらいの速度で放った最上位スキルでも、シュタイナーを倒し得なかった。

そのことに、キリトはもちろん、放った本人であるアスナも驚きを隠せない。

しかし、そんな暇すら与えないつもりか、シュタイナーはアスナの腹部めがけて、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

 

「がふっ……!!!??」

 

 

 

あまりの衝撃に、一瞬意識が飛びそうになった。

しかしその数秒後には、アスナの体は地面へと叩きつけられる。

蹴られた衝撃と地面に激突した衝撃……二つの衝撃をその身に受けて、アスナは苦悶の表情を見せながら、その場で動けなくなった。

 

 

 

「ぅっ……! ぁあぅ…………はぁっ……はぁっ……」

 

「アスナっ!! 貴様ああああッ!!!!」

 

 

 

アスナにされた仕打ちに、キリトは激昂した。

その手に握る聖剣を惜しみもなく振るい続ける。

一切の手加減も、一切の躊躇も、一切の油断も何も無い。

ただただ、相手を切り刻もうと双剣を振るうキリト……しかし、何度目かの斬撃を入れた瞬間、左手に持っていた真紅の聖剣の刀身が、キリトの攻撃に耐えられなかったのか、中間の部分でポッキリ折れてしまった。

 

 

 

「っ?! クソオォォォッ!!!!!!」

 

 

左手に持っていた刃折れた剣を、キリトはシュタイナーに向けて投げつける。

シュタイナーはこれを《アイスブリンガー》で弾き返し、接近するキリトに対して、《魔鉄》を振り下ろした。

すると《魔鉄》の刀身から、強烈な猛吹雪が吹き荒れる。

当然接近してきていたキリトに、これを躱す術はなく、まともに吹雪をその身に喰らって、キリトは建物の壁にまで吹き飛ばされた。

 

 

 

「ガハッ!!??」

 

 

 

壁に強く打ち付けられたキリトも、その場に膝をついた状態で動けなくなった。

そして、さらに追い打ちをかけるように、シュタイナーがキリトに肉薄する。

 

 

 

「キっ、リトくんっ……! にげっ、て!!」

 

「はっ!?」

 

 

 

アスナの悲痛な叫び声を聞いたキリト。

視線をシュタイナーの方へと向けたが、既に遅かった。

突き出された《魔鉄》の切っ先が、まっすぐキリトへ向けて放たれた。

回避不可能……もうダメだと、キリト自身そう思った……だが。

 

 

「ぐうっ!!!?」

 

「ぁ…………」

 

 

 

 

貫かれると思った瞬間、キリトの前に、人影が割り込んできた。

その影を見た瞬間、キリトとアスナ、二人が目を見張った。

 

 

 

「ヒ、ヒース、クリフ……!?」

 

「ぐふっ……はは……自分を盾に、なんて発想……昔の私には考えつかなかったんだがなぁ……」

 

「ヒースクリフ!」

 

「ぬうあああああッ!!!!」

 

 

 

ヒースクリフの胴体に、深々と突き刺さっている《魔鉄》。

しかし、ヒースクリフは逆にその《魔鉄》の刀身を強く握ると、さっきやられたことへの仕返しなのか、シュタイナーを逃すまいと必死に離さないように力を入れる。

そして、渾身の力を振り絞り、体術スキルでもある《エンブレイザー》を放った。

ヒースクリフの放った《エンブレイザー》は、シュタイナーの右肘あたりに炸裂し、右肘から腕の先を貫いた。

 

 

 

「■■■■■ッーーーー!!!?!!?!?!」

 

 

 

あまりの激痛に、シュタイナーも奇声を発しているのか……。

右手に持っていた《魔鉄》を離して、一旦ヒースクリフから距離をとった。

 

 

 

「おいっ、ヒースクリフ!! 大丈夫かっ?!」

 

「あぁ……なんとかね。急所は避けていたから、なんとも無いが、もうそれ以上は動きたくないね……」

 

「バカなこと言うなよっ……! そのままじっとしていろ……!」

 

 

 

体のバランスを崩し、その場に尻餅を着こうとしていたヒースクリフの体を、キリトは瞬時に抱きとめた。

そのまま地面へと座らせて、腹部に刺さっている《魔鉄》を見る。

 

 

「抜いた方がいいか?」

 

「いや、よそう……。このまま引き抜いて、またこれが奴の手に戻っても厄介だ。

これは私がこのまま持っていくことにするよ……」

 

「持って行くって……っ、一体何を言ってるんだ……?!」

 

「すまないがキリトくん……私がこの仮想世界にいられる時間にも、限りがあったみたいでね」

 

「お、おい!?」

 

 

 

まるで遺言でも言いだすのではないか思った矢先、ヒースクリフの体が、薄くなっていくのを確認した。

 

 

 

「心配することはない……死ぬわけではないのだ。ただ、この空間から除外されるだけだよ」

 

「しかしっ……」

 

「だが、時間がないのも確かだ。君に、渡しておかなくてはならないものがある……」

 

「渡すもの?」

 

 

 

すると突然、ヒースクリフは自身の右腕を上げ始めて、人差し指をキリトの額へと当てた。

 

 

 

「な、なんだよ……?」

 

「こういうのは本来、フェアではないからね……私はあまり好ましくはないんだが、まぁ良いだろう……。

これを君に託す。これを使いこなせるかどうかは、君次第だ……」

 

「だ、だからなんなんだよっ?!」

 

「これは、本来チナツくんに渡そうとしていた物だが、彼は自力でそれを身につけた。

だからこそ、同じ条件を満たしている君に託すんだよ……」

 

「チナツに……? 同じ条件だと?」

 

「君は、仲間が傷つくくらいならば、自分が傷ついた方がマシだと考える……そうだろう?」

 

「………………」

 

「だが、それは間違いだ。昔ならばいざ知らず、今の君は、そんな事をしてはならない存在になった……」

 

「何を……」

 

「そしてそれは、チナツくんも同じだ。だからこそ君たちにこの “ユニークスキル” を渡そうと思っていたんだが、実際には違うスキルで、私の元へと至ったからね……」

 

「ユニークスキルっ?!」

 

「そうだ……これは本来したくないが、今扱えそうなのは君くらいだからね……だから託すよ」

 

「あんた……」

 

「頼んだよ、キリトくん。君は仮想世界を愛してくれている……僕と同じ想いを持ってくれていると感じたからこそ……君に託すんだ……!」

 

 

 

突如として、ヒースクリフの右手人差し指が光り始めた。

そして、何かわからないが、キリトの体の中に、何かが入ってくるような感覚を確認した。

 

 

 

「ふむ……ちゃんと受け渡しはできたね……それじゃあ、あとは頼むよ……『黒の剣士』」

 

「っ…………!!!!」

 

 

 

それだけ言い残して、ヒースクリフの体は、ポリゴン粒子になってその場から消えていった。

 

 

「………………」

 

 

その場に残されたキリトは、ただじっと目を閉じて、右手に残っていた彼の剣を強く握りしめた。

 

 

「ヒースクリフ……いや、茅場……あんたの作った世界は、憎しみもあった…………だけど、それだけじゃなかったんだ……あの世界がなければ、俺はアスナやチナツ達に出会っていなかった……!

スグとやり直すことも出来なかった…………たくさんの仲間と、出会うこともなかった……だからっ……!」

 

 

 

キリトはまた改めて立ち上がる。

 

 

 

「守ってみせるっ……アスナも、この世界も……ッ!!!!」

 

 

 

見開いたその両眼には、キラリと輝く水色の光があった。

一方、右腕に損傷を受けたシュタイナーは、所構わずに暴れまわっていた。

地団駄を踏み、左手に持つ《アイスブリンガー》を振るい、放った氷柱が、家屋や地面をえぐる。

 

 

 

「くっ……早く、ここから逃げないと……!!」

 

 

 

アスナはまだ、苦悶な表情をしていたが、なんとか立ち上がり、その場を離れようとする。

しかし、その動作をみたシュタイナーが、再びアスナに襲いかかろうとしていた。

本来ならば、アスナも躱すか、迎撃できるはずだが、まだシュタイナーから受けたダメージが残っていたため、その動きは鈍い。

 

 

 

「■■■■■ッーーーー!!!!!!!!」

 

「くぅっ………………!!!!!」

 

 

 

斬られる事を覚悟した。

しかし、そこに一陣の風が吹き抜けた。

 

 

「えっ…………」

 

「………………」

 

 

 

怖くて瞑っていた目を、恐る恐る開けるアスナ。

すると、どうしたわけか、アスナの体をお姫様抱っこするキリトの姿が、目の前に広がっていた。

 

 

 

「え? え、あぁ、えっと……どうして……??!」

 

「ふふっ……」

 

 

何が起こったのか、わからないと言った表情のアスナに、キリトが優しく声をかける。

 

 

「アスナ……心配かけて悪かったな」

 

「キリト……くん?」

 

「だが、もう心配しなくていい……後は、俺に任せてくれ……!」

 

「っ…………!!!」

 

 

 

優しく言い放ったその言葉。

そしてその表情は、以前ALOの《イグドラシル》の上で妖精王オベイロンを名乗っていた須郷 伸之に犯されそうになった時に助けに来たキリトと同じものだった。

そう認識した瞬間、アスナの体は自然と力が抜けていき、キリトに全てを託すように預ける。

 

 

 

「気をつけて……」

 

「ああ……!!」

 

 

 

アスナを近くの建物の横に座らせて、アスナの持っていた《レイグレイス》を左手に受け取る。

そして、改めてシュタイナーと対峙したキリト。

もう、その目に迷いの様なものは一切ない。

眼前の敵であるシュタイナーを倒さんと言わんばかりの闘気を纏って、キリトらシュタイナーに近づいていく。

 

 

 

「■■■■ッ!!!!」

 

 

 

シュタイナーは左の《アイスブリンガー》を振り抜く。

すると、またしても氷柱を発生させて、それをキリトに向かって勢いよく放った。

氷柱が地面や壁に打ち付けられ、砕けた氷の粒ともくもくと立ち込める土煙が、キリトの姿を覆い尽くした。

何発かはキリトにも直撃しているはず……そう思ったのであろうシュタイナーは、攻撃せずに、その場に立ち尽くした。

しかし、次の瞬間、煙から現れる人影を確認する。

 

 

 

「っ?!!」

 

「………………」

 

 

 

煙から出てきた人影……それは何を隠そう、キリトだった。

しかも、ほぼ無傷の状態で、今もなお歩いて来ている。

 

 

 

「■■■■ッーーーー!!!!」

 

 

 

シュタイナーが叫び、再び《アイスブリンガー》を振るい、氷柱を放つ。

しかし、そのことごとくが、キリトの持つ双剣によって斬り払われ、その場で無残にも転がり落ちる。

 

 

 

「悪いが、もうお前の攻撃は、俺には届かないぜ……?」

 

「っ…………!!!!」

 

 

 

薄っすらと開けるキリトの眼。

そしてそこには、キラリと輝く水色の光りが写っていた。

 

 

 

「まさかこんなものまで作っていたとはな……ヒースクリフ……」

 

 

 

ヒースクリフの残していったユニークスキル。

それは……

 

 

 

「《天眼通》……開眼……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回でキリトの方を終わりにして、再度チナツとカタナの方に戻りたいと思います!

それが終われば、ワールドパージ編は終了し、ちょっと閑話に入って、また本編を進めるって形にしたいなぁと思っております。


では、また!
感想よろしくお願いします!!



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第107話 ありがとう


ようやくの更新です。

なかなかリアルでの生活が落ち着かないので、執筆が遅れつつある状況ですが、なんとか生きていますので!




「てん、がん、つう……?」

 

 

 

アスナは途切れ途切れに声を発し、キリトの背中を見つめた。

先程ヒースクリフと、一体なんのやり取りを行なったのかはわからないが、今のキリトが纏っている雰囲気は、尋常ではないとアスナは悟った。

 

 

 

「………………」

 

 

 

コツコツと音を立てながら、街の街道を歩いてシュタイナーへと近づいていくキリト。

その表情、その佇まいは、かつてのキリトの苛烈さを感じさせない。

どちらかと言えば、本気になったチナツのそれに似ている。

SAO時代から、二人の戦闘時の感情の起伏は、対照的だなと思っていた。

『一騎怒涛』……その言葉が似合いそうなほど、高速の二刀流を繰り出し、闘気を内から外に出そうとするキリトの戦闘スタイル。

対してチナツの場合はこれと逆の印象を感じた。

『不屈不撓』……外見的にはクールに戦っているように見えるが、その内は燃え盛る業火のよう……。

キリトとは逆に、闘気を外から内側へと凝縮して、それを瞬間的に爆発させているようなチナツの戦闘スタイル。

今のキリトは、そのチナツと同じ戦い方をしていた。

シュタイナーの発する氷柱攻撃や、《アイスブリンガー》での斬撃攻撃を躱し、流す。

わざわざ防御し、受けて反撃するといういつもの戦闘スタイルではない。

 

 

 

「■■■■■■ーーーーーーーーッ!!!!」

 

 

 

シュタイナーが怒号のような声を発する。

すると今度は、ヒースクリフによって傷つけられた右腕に変化が起きる。

《エンブレイザー》の要領で放った貫手のダメージが残っているため、右肘から先は、ぶらん……と垂れてある状態だった。

しかし、その右腕がどんどん凍りついて行くのだ。

パキパキッ、と音を立てながら、どんどん右腕が氷に覆われて行く。

 

 

 

「っ…………?」

 

 

その変化を、当然キリトとアスナも目の当たりにするわけだが、もうここまできてしまうと、キリト自身は、もうなにも驚かない。

シュタイナーの腕が氷に覆われていくにつれて、やがて氷の表面は刃のように鋭く尖り、鋭利な凶器へと変わる。

腕そのものが刃と化したのだ。

今もまだその造形を保っているサチの体……。

しかしそれを動かしているのは、もうサチではない。

意識はもはや存在しないのではないかと思う……ならば、逆に思い思いに戦える。

 

 

 

「いくぜ……サチの姿で、二度と彷徨わないようにしててやるっ……!!!!」

 

「■■■■ーーーーッ!!!!!!!!」

 

 

 

両者が急速に動き出す。

その素早い動きに、周りの空気が一瞬弾ける。

そんな緊迫した空気を、アスナも直に感じていた。

剣が振るわれるたびに、空を斬り裂く音……鋭く輝く剣閃の光……ぶつかったときに生じる鋼同士の金切り音……舞い散る火花に氷の礫……どれもこれも、一瞬のうちに起こる出来事。

 

 

 

「おおおおおッ!!!!!」

 

「ヌオオオオオッ!!!!」

 

「ッ!?」

 

「ヌアァアアッ!!!!」

 

 

 

超接近した状態から、高速で斬り合う両者。

しかしそんな時に、シュタイナーの言葉が、普通の人間の言葉に戻ってきた。

キリトは少々驚きはしたものの、その剣捌きには淀みがない。

両手に持つ双剣を力強く振るう。

一閃一閃が鋭いもので、シュタイナーは防御に徹した。

最後にはキリトが回し蹴りを放ち、シュタイナーは剣をクロスにして攻撃を防いだ。

 

 

 

「ヌゥ……ココマデ、押サレルトハ……!」

 

「予想外……とでも言いたそうだな?」

 

「………………」

 

「だが、そうじゃないだろう……。ヒースクリフの残したスキルと、お前に与えた傷は、たしかにお前を追い詰めている。

もうお前に勝ち目はないと思うが?」

 

「ッーーーー!!!! 降参セヨトっ?! 舐メルデナイワァァァァァッ!!!!」

 

 

 

シュタイナーが駆ける。

地面に付いていた足に力が入り、本当の意味で、地面を蹴って肉薄してくる。

だが、それでもキリトは動揺などしない。

繰り出される刺突さえも紙一重で躱し、逆に左手に持っていた《レイグレイス》を横薙ぎに一閃。

《レイグレイス》の刀身から、たしかに肉体を引き裂くような感覚が伝わってくる。

そして、斬られた事を自覚したシュタイナーは、一旦キリトから距離を置いて、離れた位置で片膝をついた。

 

 

 

「グヌゥ〜〜〜!!!!」

 

「………………」

 

 

 

恨めしいと言うような目で、キリトを睨みつけるシュタイナー。

そして、それを飄々と流すキリトの表情。

その眼には、今もなお水色の光が輝いている。

 

 

「ナンダッ……ソノ眼ハッ……!!」

 

「………………《天眼通》」

 

「テンガンツウ……ナンダ、ソレハ……?」

 

「ヒースクリフは、“空に走る軌跡を見る眼” と言っていたな……」

 

「…………?」

 

「言っていた? キリトくんに、団長はそう言ったの?」

 

「あぁ……まぁ、あいつが直接言ったんじゃなくて、頭の中に直接言葉を流し込んできただけなんだけどな……」

 

「な、流し込んだ……?」

 

 

 

キリトの背後で困惑しているアスナ。

まぁたしかに、あの状況ではヒースクリフとキリトが話しているとは思えなかった。

ほんの一瞬だけ会話をしただけで、《天眼通》について話していられた時間はなかった。

ならば、どうやって? 流し込んできたと言うのはどう言う事だろう。

 

 

 

「ヒースクリフが俺にこのスキルを譲渡した時に、一緒にその情報が流れてきたんだ。

なるほど……『ナーヴギア』を開発しただけはあるよな……。人の神経……ましてや脳神経に感覚や映像なんかを伝えなきゃならないVR技術の集大成ともいえる産物を生み出したのは、他ならないヒースクリフなんだからな……」

 

 

 

流れ込んできた情報を、直接脳に伝える。

それは、VR技術の応用なのかもしれない。

そんな技術を使ってまで、ヒースクリフがキリトに託した物……それは、キリト自身を強くする為の力だった。

流れ込んでくる情報には、スキルの詳細なども含まれていたのだ。

 

 

 

 

 

『キリトくん……これは私からの頼みだ……。この仮想世界という場所を愛し、私の託した《ザ・シード》を芽吹かせてくれた君への感謝の印も兼ねて、これを君に託したい』

 

 

 

 

はじめに流れてきたのは、こんな言葉だった。

そして、そのスキルの詳細なデータを提示してくれた。

 

 

 

『《天眼通》……。私が考案したユニークスキルの内の一つだ。しかしこれは、ちょっと特殊なスキルでね……これもまた、《二刀流》や《抜刀術》などと同じように、適性を持つ者にしか渡さないと決めていた物だ』

 

 

 

ユニークスキルは、全部で10個あったというのが、もっぱらの噂だった。

キリトの《二刀流》。ヒースクリフの《神聖剣》。チナツの《抜刀術》。カタナの《二槍流》。

当時発見されていたユニークスキルはこの四つだけだったが、残りはあと六つもあるという事になる。

しかし、そのスキルが出現する条件や情報は、一切わからずにいた。

キリトも気がついた時には、スキルリストに《二刀流》の名前が記されていたという……。

チナツもちょうど軍を抜けた時に、スキルリストに突然現れた。

カタナも、中層から上層へと最前線が移り変わる頃に、気がついたらその名前があったそうだ。

ヒースクリフの場合は、本人がゲームマスターであるため、ある程度予想の範囲内で事を運んだのだろう。

突然何も知らない状態から渡されたキリト達とは違い、いずれ自分が身につけるスキルだということがわかっていれば、周り伝わる情報も、ある程度は抑制できるはずなのだから……。

事実、何も知らずにスキルの発現に驚いたカタナの時には、皆がそのスキルの珍しさゆえに、カタナの所属していた『血盟騎士団』のギルド本部にまで野次馬が押し寄せてきたらしい……。

キリトはそのスキルの異様さに早くに気づいて、それを秘匿し、初めて話したのは、《ダークリパルサー》を生成してもらった鍛治士のリズだけだった。

それから、第74層のボス《ザ・グリームアイズ》を倒した事で、世間に公にされた。

そしてチナツは、たまたま流浪人として旅を続けていた際に発現していたため、それを知る人はいなかった。

初めて公になったのは、第70層のボス攻略《カリギュラ・ザ・カオスドラゴン》の時。

《抜刀術》という名のスキルと、それに付随する形で存在したサブスキル《ドラグーンアーツ》。

両者のスキルが全体に伝わった時には、どちらも大変な騒ぎになった。

しかし結果的に、第75層で全ての物語は終焉を迎えた。

英雄キリトの働きによって、魔王ヒースクリフは倒された。

アインクラッドで起きたデスゲームは、確かに終わった。

だからこそ、残りの六つのユニークスキルは、そのまま誰の手に渡ることもなく、その情報を消滅させてしまった。

そして、あれから時を経て、再びその六つの内の一つのユニークスキルが、キリトに与えられた。

 

 

 

『このスキルの本質は、“攻撃” ではなく、“防御” だ……。二刀流のように怒涛の剣撃を放つわけではないし、抜刀術のように神速の一撃を放つわけでもない……。

それらとは全く違うベクトルで使う “防御” のスキルなんだ』

 

 

 

当時、アインクラッドの中にも、多くのスキルがあった……。

そしてそのスキルには、それ相応の能力が秘められている。

索敵、隠蔽、鑑定、料理、裁縫、釣り、鍛治と言った、戦闘とはほとんど関係ないスキルから、体術、投剣と言った戦闘系スキルだが、ちょっと特殊なものもある。

しかし、それら戦闘系スキルは、基本的に攻撃を行うものだ。

ユニークスキル《神聖剣》の様に、攻防一体型スキルには、防御のためのスキルなどは付与されていただろうが、初めから “防御” だけを目的にしたスキルは無かった。

 

 

 

 

『ユニークスキル《天眼通》は、早い話 “未来予知” の能力を持ったスキルだ。

だが、だからと言って万能……というわけではないよ?

このスキルの肝は、視覚から得られる情報の “先取り” にある……。ある程度の行動予測を計測し、それをプレイヤーの網膜に映し出す……それによって使用者は相手動きが見える……または、未来を見ていると感じ取るわけだ』

 

 

 

 

そう……。先程も、アスナに対して攻撃しようとしていたシュタイナーの姿が、薄っすらと見えた。

ほんの一瞬、瞬きをする一瞬の時間のようや速さで、相手の行動パターンが、キリトの両眼に映し出された。

 

 

 

『このスキルを得るのに必要な条件……それは君自身が、周りから必要とされているかどうかによる』

 

 

 

その情報が流れ込んできた時、キリトは首を捻って考えた。

それは一体、どういう事なのだろうと……。

しかしその答えは、すぐさま送られてきた。

 

 

 

『君はあのアインクラッドで、様々な経験をしただろう……無論私は、βテスターとして活動していた頃から、君の存在を知っていた……。

たった一人……剣を携えて、まだ見ぬ世界へと走り抜けようとする君の姿を、私も見ていたからね……。

そしてそれは、私自身も経験したかった事でもある……』

 

 

 

そうだ……あの頃は、人間関係というものに、疑問を思っていた……。

いつものように暮らしていた家族は、本当の両親ではなく、直葉も本当の妹ではない……。

自分は一体誰の子供なのか……ひょんなきっかけから、それを母に問いただした。

すると母は驚きながらも、ちゃんと答えてくれた……。

自分は、母の姉夫婦の子供なのだと……。そして本当の両親は、生まれて間もなく事故によって他界したのだと……。

直葉とは兄妹ではなく、従兄妹という関係であり、両親も親戚という関係なのだ。

それを知った時は、他者との接し方が分からず、臆病になり、いつもまにか、他者と接すること自体を避けていた。

そして、そんな現実から逃れるように、仮想世界というものに入れ込んだ。

その世界では、誰もがみな他人であり、どこまで遠くへと行ける場所。

剣一本で、様々な敵を倒し、様々な冒険へと繰り出せる。

そんな世界に、心が踊るような衝撃を受けた。

どこまでも走り続け、いろんな冒険をして、様々なものを見た。

そして気がつけば、βテスターをやっているプレイヤーの中でもトップクラスのプレイヤーになっていた。

《ソードアート・オンライン》……SAOを作った茅場 晶彦には、個人的にも興味を示していた。

完全なる仮想世界……それを実現させた天才。

その人物に、そしてその人物が作り上げた世界に、どっぷりとハマっていた。

そして、その日はやってきた。

誰もが予期していなかった自体……ただの娯楽だと思っていたものが、よもや本当のデスゲームになるとは、誰も思っていなかっただろう。

その当時だって、生き残ることを優先し、チナツと二人で『始まりの街』を一緒に出た……その時に出会った、クラインを見捨てる形で……。

それから先は、ヒースクリフの言う通り、様々な経験をしてきた。

ボス攻略の際に、その後一生の愛を捧げると誓った人と出会い、また、守ると言ったにもかかわらず、それができなかった……守れなかった……死なせてしまった……それが、自分の罪だと、何度も責めた。

 

 

 

『あの当時、私を倒してくれると思っていたのは、他でもない……君か、チナツくんだと思っていた……。

私と言う『魔王』を倒せるのは、あらゆる修羅場をかいくぐって、私の前に立つ資格を得た、『勇者』である君たちなのだとね』

 

 

 

 

そんなカッコいい物なんかではない。

現実にそうだろう?

あの頃は、なんでもできると思っていた……。

剣一本で、どこまでも高みに登っていけると……どんな敵も自分の敵ではないと……。

それは自分がβテスターだからとか、そう言うのではない。

ただ単に経験則として、余裕だと思っていた。

しかし、蓋を開けてみればどうだろう……。

第一層では、同じβテスターのディアベルなんかとは違い、自分と、自分に付いてきたチナツの命を守ることで手一杯だった。

その後に出会ったサチやケイタ……月夜の黒猫団のメンバー全員を、死なせたしまった……。

ユニークスキル《二刀流》を得て、グリームアイズを倒しても、元ラフコフメンバーの毒にやられて動けなくなり、あと一歩で死にかけた。

第75層で、大切な人を失い、もう死んでもいいとさえ思った……。

辛くも勝利し、なんとか現実世界に戻った時……アスナが帰還していないと知ったら、無性に悲しくなった。

須郷が強引にアスナと結婚すると宣言した時には、自分の無力さを痛感した。

英雄《黒の剣士》……それは所詮、ゲームでの話。

現実の世界では、自分はただの非力な高校生に過ぎない。

いや、ALOの時にも、現実世界でのIS戦闘の時にも、それは痛感していた……。所詮、自分にできることなんて、限界があるのだと……。

だからこそ、もっと強くなりたいと思った……。

剣技にもっと磨きをかけて、戦闘の勘を研ぎ澄ませていった。

 

 

 

『君達は、貪欲に力を求めている筈だ……。その為に、危険を冒すことにあまり躊躇わない。

何が何でも、戦い続け、皆を守ろうとするだろう……』

 

 

 

当たり前だ。

もう失うのはごめんだからだ……。

キリト自身も、チナツも……戦い、殺し続けていった果てに、大切な人を守れなかった……。

だからこそ、もう何も失いたくないから……守りたいから……率先して戦い、その結果、自分たちが傷ついていくだけだ。

 

 

 

『しかし、今の君達には……それを思いとどまらせる存在がいるだろう……』

 

 

 

そうだ…………。

いる……大切な人が、仲間が、大勢いるのだ。

キリトにとっても、チナツにとって、かけがえのない存在が、今はたくさんいる。

 

 

 

『君たちはもはや、アスナくん達を含め、大勢の者たちの中心にいる存在と言える……。

言い換えて仕舞えば、君たちこそが、周りにいる者たちにとっての重心なのだ……。

だからこそ、君たちは傷つくばかりではダメなんだ……!』

 

 

 

傷つくばかりでは…………。

 

 

 

『君たちの存在は、周りの者たちにとっての原動力そのものとなる。

だからこそ、君たちが倒れてはならない。君たちは今、そう言う存在になったんだ……っ!』

 

 

 

 

そう、ユニークスキル《天眼通》の出現条件とは……。

 

 

 

『 “多くの者達の中心にいる存在であること” ……それが、君に託した理由であり、今の君には、なによりも必要なものだ。

後は任せたよ……キリトくん……今の君ならば、そのスキルを使いこなせる筈だ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおっ!!!!」

 

「ヌウッ?!!」

 

 

 

 

圧倒的剣戟。

シュタイナーの振るう氷剣が間に合わない。

その一撃、その一手、全てが速い。

何をしようにも全てが手遅れ……剣を振るった瞬間には、すでにキリトの剣で斬られていた。

 

 

 

「オノレェェェェッ!!!!!!」

 

「駆逐するッーーーー!!!!!!」

 

 

 

突き出された氷刃。

左手に持っていた《アイスブリンガー》をキリトに対して突き出すシュタイナー。

しかし、キリトの眼は、その行動を読んでいる。

すぐさまヒースクリフの聖剣で受け流すと、ガラ空きになっているシュタイナーの懐へと一気に踏み入り、左手に持っていた《レイグレイス》を高速で突き出す。

 

 

 

「グオォッ!!???」

 

「だあああッ!!!」

 

 

 

《レイグレイス》を引き抜き、袈裟斬り気味に聖剣を振り下ろす。

シュタイナーの左肩から右脇にかけて、太く、そして赤い斬撃痕のエフェクトが生まれる。

 

 

「貴様アアアッ!!!!!」

 

「ふうぅ…………!!」

 

 

 

もはや剣と化した右手を横薙ぎに振り抜くシュタイナー。

しかし、またそれよりも速く、キリトの持つ聖剣がシュタイナーの右腕を斬り飛ばした。

 

 

 

「グアアアッ!!!?」

 

 

 

横薙ぎに振り抜くと、《天眼通》を通して察知したキリトは、その一瞬で膝の力を抜いて、低い姿勢を保ったまま、シュタイナーの斬撃の下を掻い潜ったのだ。

そして、刃が通り過ぎる前に、素早く聖剣を一閃。

その動きを、アスナも、そしてシュタイナーも捉えることができなかった。

斬り落とされた腕か地面へと落ちると、刃を形成していた氷が、バリィンッ、という音を立てて、その場で砕け散った。

 

 

 

「グウッ……オノレェ……ッ、オノレオノレオノレエェェェェッ!!!!!!」

 

 

 

腕を斬られたことにより、シュタイナーの感情が一気に爆発する。

喉の奥から出てくる怒号の様な叫び。

体中から冷気が溢れてきて、シュタイナーの周りに氷柱が現れる。

 

 

 

「っ?!」

 

「舐メルデナイワッ、小僧ォォォ!!!!」

 

 

 

今まで《アイスブリンガー》のみで生み出してきた氷柱。

しかしここにきて、何もしないで周りに生み出してきた。

 

 

 

「だからどうしたっ!! 今度こそっ、ケリをつけるッ!!」

 

「ホザケエエェェェッーーーー!!!!!!」

 

 

 

無数に飛んでくる氷柱。

しかし、その中を掻い潜ろうとするのを、キリトは躊躇わなかった。

ユニークスキル《天眼通》が見せる “空に走る軌跡” ……それを踏まえて飛んでくるコース、弾数、スピード、距離……全てを瞬時に把握して、飛んでくるものを回避し、斬り裂き、打ち落す。

その一挙手一投足には、まるで無駄がない。

地を蹴って、一気にシュタイナーの間合いへと入る。

 

 

 

「ウオオオオオオォォォッーーーー!!!!!!」

 

「でえやあああああぁぁぁっーーーー!!!!!!」

 

 

 

シュタイナーはさらなる氷柱を生成。

徹底的にキリトを貫こうとする。

しかし、キリトは一向に止まらない……むしろその剣戟の速度はますます上がっていった。

 

 

「オノレッ……オノレオノレオノレエェェェェッ!!!!!!」

 

 

シュタイナーはさらに《アイスブリンガー》を振るい、氷柱の生成を促進する。

もはや躱す隙間まですらないからの弾幕か張られた……しかし、その中でも、キリトの瞳に映る光は、消えはしなかった、

 

 

 

(まだだっ、まだ行けるッ!!!)

 

 

 

天眼通の見せる未来視。

しかし、それも無限ではない……だが、それでも足を止めるわけにはいかない。

一歩、また一歩と、キリトの足はシュタイナーに向かって駆け出していく。

 

 

 

(見ろっ……観ろっ……視るんだっ……!! その先をっ、もっと、先をっ、もっと前をッ!!!!)

 

 

 

キリトの瞳がより一層光を灯す。

読みきっているのだ……全てを……。

それは、己の勝利すらも……。

 

 

 

「ここだッ!!!」

 

 

 

そう叫ぶと、キリトは一転……前進をやめ、空に向かって翔け出した。

その行動にシュタイナーも、アスナも驚く。

空中では回避行動が取れない。

ましてや今は、ALOのアバターでも、専用機を纏っているわけでもない。

キリトのとった行動は、どう考えても悪手だった。

そしてそれは、シュタイナーも瞬時に理解した。

 

 

 

「死ネェッ!!!! 小僧ォォォォォォッ!!!!」

 

「キリトくんッーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

氷柱が生成され、空中にいるキリトに向けて放たれた。

当然、キリトはただ重力の影響を受けて、そのまま氷柱に向かって落ちていく。

しかし、キリトの両手に持っていた聖剣と《レイグレイス》から、蒼い光が迸った。

 

 

 

「《ジ・イクリプス》ッ!!!!!!」

 

 

 

その言葉を言い放った瞬間は、信じられない光景を目にした。

向かってくる氷柱を、ライトエフェクトを纏った双剣が、何度も何度も何度も斬り裂いて行く。

その剣戟は、まるでシュタイナー自身を蝕むような何かだと思えた……。

剣の刀身だけでなく、大きく放たれたライトエフェクトによっても、氷柱は粉砕され、あまりの剣戟の衝撃に、その剣圧だけで吹き飛ばされるものまであった。

そして、《ジ・イクリプス》の連撃数は27連撃。

22……23……24……と、着々と連撃数を重ねていく……しかしすでに、その距離は、シュタイナーを斬り裂けるだけの距離にまで迫っていた。

 

 

 

「オオオオオオォォォォォォッ!!!!!!」

 

「せぇやあああぁぁぁぁッーーーー!!!!!!」

 

 

 

互いの気迫が、激突し合う。

そして、25……26連撃が繋がった。

無数に放った氷柱を、たったの26連撃で、全てをなぎ払ったのだ。

 

 

 

「ナニッ??!!!!」

 

「はあああああああああッ!!!!!!!!」

 

 

 

頭上で大きく振りかぶった聖剣。

それを、シュタイナーの脳天めがけて、一気に振り下ろした。

 

 

 

「アアアアアアアアァァァァァァアッーーーーーー」

 

 

 

断末魔の叫び声。

脳天から股下にかけて、一刀両断。

ソードスキルによる高速剣戟と、重力をも利用した圧倒的速度で放ったラストアタック。

その衝撃で、シュタイナーの体は真っ二つに割れ、シュタイナーの立っていた地点から後ろへと続く街の街道に至っては、剣圧による衝撃で、地割れを起こしていた……。

それほどの衝撃を食らって、まず生きている保証はない。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………!!!」

 

 

 

その場に膝をついて、キリトは息を整えていた。

よくよく見れば、右手に持っていた聖剣は、あまりの力技に耐えきれなかったのか、剣の中腹部分から切っ先までの刀身がへし折れ、その場に転がっていた。

 

 

 

「キリトくんッ!!!」

 

「っ……ぁあ」

 

 

自身の名を呼ぶ声。

その声のする方へと、キリトは視線向けた。

すると、アスナがこちらに向かって走ってきていた。

 

 

 

「アスナ……!」

 

「キリトくん……っ!」

 

 

 

走ってくるアスナを、そっと抱きしめるキリト。

アスナから伝わってくる温もり……それを感じているだけで、キリトの心は次第に和らいでいった。

 

 

 

「よかった……っ、キリトくんっ、ちゃんと生きてるよね……っ!」

 

「あぁ……ちゃんとここにいるよ、アスナ」

 

 

 

互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合う。

 

 

 

「にしても、普段のアスナがALOの衣装を着てると、なんだか違和感あるな♪」

 

「も、もう〜っ、それ言わないでよぉ〜!」

 

「あっははっ、自分でも薄々そう思ってたのか?」

 

「ううっ〜〜……。ここにダイブした時に、この格好を見たら、普通にALOのアバターなんじゃないかって思ったけど……」

 

 

 

 

しかし、キリト達がいるところへと向かっている途中に気づいたのだ。

髪の色や、耳の形を含めて、どうにも水妖精の姿ではないと……。

 

 

 

「あははっ、でもまぁ、助かったよ……ありがとう、アスナ。おかげで助かった」

 

「うん……っ! キリトくんの背中は私が守るって、約束したしね♪」

 

 

 

アスナの瞳には、涙が浮かび上がっていた。

それが頬を伝って、その前に地面へと落ちる。

そんな彼女を、キリトはもう一度優しい抱きしめた。

しかし、その時だった。

 

 

 

『キリト……』

 

「「っ!!?」」

 

 

 

その場に聞こえた、第三者の声。

ヒースクリフではない……そしてこの声は、キリトが聞いたことのある声だった。

あたりを見回して、視線を巡らせる。

するとそこには、見知った少女の姿が……。

 

 

 

「サ……サチ…………!」

 

「ぁっ…………」

 

 

 

何故ここに……。

そういう疑問しか浮かばなかった。

シュタイナーはすでに消えてしまっている……ならば、目の前にいるサチは、一体何者なのか……。

 

 

 

 

『キリト……』

 

「サチ……なのか……?」

 

 

キリトの問いかけに、サチは頷いた。

その肯定とも呼べる行動に、キリトとアスナは目を見開いた。

そう、目の前にいる彼女は、言わば “残留思念” の様な物だと思えばいいだろう。

 

 

 

『ごめんね、キリト……私、キリトを……また、傷つけちゃったね……』

 

「そんな事は……っ」

 

『ううん……いいの……。やっぱり、私の中には、まだ割り切れない気持ちがあったのかもしれない……。

こんな気持ちを抱いたまま、私は死んじゃったから……そんな想いが、こんな形で利用されるなんて、思ってもみなかった……』

 

「サチ……」

 

『でも、もう大丈夫だから……』

 

「え……?」

 

『もう、大丈夫。私は、もう大丈夫だよ……キリト』

 

「サチ……?」

 

 

サチの体は、まるで幽霊のように半透明な姿だか、それが次第に、薄っすらと霧散していくように消えていく。

 

 

 

「サチッ!」

 

 

このままではサチが消える。

そう思った時、キリトは駆け出していた。

 

 

 

『キリト、ありがとう……。私を守るって言ってくれた時ね、私、本当に嬉しかったんだ。

あの時の私にとって、キリトは……本当の勇者に見えていたんだよ?』

 

「違うッ! そんなかっこいいものじゃない!! 君を守るって……俺はっ、約束したのにっ、結局っ〜〜〜〜」

 

 

 

頬から涙が溢れでて、キリトの両脚から、少しずつ力が抜けていく。

やがて、消えていくサチまであと一歩というところで、キリトは膝をついた。

 

 

 

「俺はっ、君を守れなかったんだっ! 何もできないただの一プレイヤーなのにっ、俺は、君たちを守れると思い上がっていただけなんだっ!!

だからっ、俺に感謝なんてっ〜〜〜〜」

 

 

 

崩れ落ちるキリト。

そしてその様子を、後ろから眺めていたアスナの眼にも涙が浮かぶ。

口元を両手で押さえ、泣き声が漏れるのを必死に我慢している。

キリトの叫びは、本心だ。

あの時、自分が『ビーター』であると進言していたならば、《月夜の黒猫団》と関わり合う事はなかったかもしれない。

もしもあの時言っていたならば、トラップの危険性を、すぐに伝えられたかもしれない。

もしもあの時、彼らの輪の中に入ろうと思わなければ、彼らが……サチが死ぬ事はなかったかもしれない。

 

 

 

「だからっ、君に感謝されることなんてっ……俺にはそんな資格なんてないッ!!!」

 

 

 

心の内に秘めていた想いを、全て叫び出した。

全ては、自分の思い上がりだ。

それさえなければ、彼らはもっと、生きていたかもしれない……。あの時はまだ未熟でも、いずれは、高レベルプレイヤーとなって、前線の攻略組のギルドとして、名を連ねていたかもしれない。

そう思うと、どうしても叫ばずにはいられなかった。

 

 

『違うよ、キリト。私は、キリトに出会えたこと自体、奇跡だと思っていたんだよ?』

 

「っ!?」

 

『デスゲームが始まって、みんなが戦おうって躍起になっていた時、私、ただ従うだけだった。

本当は戦うことなんてできないし、したくもなかった……でも、やらなきゃいけなかったから、そうしてた。

でも、キリトが黒猫団に入ってくれて、いつも私を守ってくれていた時ね……本当に嬉しかったんだよ? こんな私を、助けてくれる人がいるって……私に、守るって言ってくれる人がいるって思うだけで、私は……救われたの』

 

「サチっ……!」

 

『だからキリト……ありがとう……そして、さようなら』

 

「サチッ!」

 

 

 

 

キリトは咄嗟に手を伸ばした。

あの時と同じように。

しかし、消えていくサチの表情だけは、あの時と全く違った。

消えていく瞬間の彼女の表情は……とても優しそうな笑顔だった。

まるで霧のように……静かに消えて行った。

空を切ったキリトの手は、そのまま力なくだらんとぶら下がった。

 

 

 

「くっ……ううっぁぁぁああああっ〜〜〜〜!!!!!!」

 

 

 

涙がとめどなく流れ落ちる。

頬を伝い、そのまま地面へと涙が染み込んで行った。

そして、そんなキリトを見ていたアスナも、たまらずキリトの元へと駆け寄り、キリトの前へと回り込んで、キリトを強く抱きしめた。

そのアスナも、大粒の涙を零しながら、キリトをしっかりと抱きとめる。

 

 

「キリトくん……っ、帰ろう? サチさんも、きっとぉ、そう願っているよ……っ」

 

 

 

 

涙声ながらに、キリトにそう言うアスナ。

しばらくの間、キリトはアスナの胸を借りて、悲しみの感情を流した。

そしてこの決着が、ワールド・パージ解除の、鍵へとなったのだった……。

 

 

 

 





今回で、ワールド・パージ、キリト編は終了です。
これからは、チナツ編になり、それが終われば、ワールド・パージ編は完全に終わりです!
もう少し続きますので、読んでいただいている皆さんには申し訳ないのですが、もう少しお付き合いくださいませ。


感想よろしくお願いします(^。^)



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第108話 白雪姫の世界Ⅴ



ようやく書けたぁ〜〜!!!


長らくお待たせして申し訳ない!
皆さん話の内容覚えてるかな?




「おー、おー……派手に始めてやがるなぁ〜」

 

「これからだよ。城の兵士たちを撹乱して、どの程度この事態に対応できるか……。

それを見定めるのが、今回の奇襲作戦の目的」

 

 

 

日時はわからないが、空は黒く代わりに、燦々と降り注いでいた太陽は隠れて、代わりに月が登っている。

今現在、一夏はユコ、シズネと共に森の木々の枝の上に乗って、状況確認していた。

城からそう遠くない場所で、城内の慌ただしい光景をしっかり観察している。

日没とと共に始まった奇襲作戦。

今や城の中では、たくさんの反政府勢力《ダイヤモンドダスト・リベレーター》のメンバー達が、城の中へと潜入し、あちらこちらで火の手をあげる。

今や城内はパニック状態に陥り、兵達は火元へと急ぎ、早急の消火活動に入っている。

だがその一方で、反抗勢力を捉えようとする武装兵達には、ホウキやラウラ、シャル達と言った戦闘に長けた者たちが相手をしており、城の兵たちの方が劣勢になっているようだ。

 

 

 

「俺たちはどうするんだ? ここでのんびりとしているわけにもいかないだろう?」

 

「うん……。あともう少ししたら、姫様がキヨカちゃんたちと一緒に追撃部隊として城内に侵入するから、私たちはそれのサポートだね」

 

「はいぃっ!!?? 姫さんも戦闘に参加するつもりなのかっ?!」

 

「うん。私たちは止めたんだけど……。この戦いが、一体どういう物で、誰が計画したのか……。

それをはっきりとあの女王に知らしめるって、姫様が言ってたから……」

 

「なるほど……それはまぁ、理にかなっているのか……。それで? その姫さんはどこにいるんだ?」

 

「えっと……」

 

 

シズネが右手をゆらゆらとあげ、ある一つの場所を指した。

その指が指したのは…………。

 

 

 

「あの城の中に」

 

「はあああっ!!??」

 

「ちょっ、一夏くん、シィーッ、シィー!!」

 

 

 

思わず大声を上げてしまった一夏に対して、ユコがすかさず一夏の口を押さえに行く。

一夏も慌てて口を閉じ、あたりを見渡すが、特に誰かに気づかれている様子は見当たらなかった。

 

 

 

「もうっ……いくら城から離れているからって、大声出すなんて……!」

 

「悪い……でも、驚きの方がデカ過ぎてな……」

 

「まぁ、気持ちは分からなくもないよ?」

 

 

 

「あはは……」と苦笑いを浮かべるシズネとユコ。

今もなお、城の中では大小様々な爆発が起こっており、騎士隊と武装少女達が戦っている。

 

 

 

「さて、もうそろそろ計画がセカンドフェイズに移行する頃じゃないかな?」

 

「じゃあ、とうとうお城侵入?」

 

「うん。兵隊達は外にいるホウキちゃんたちの相手で手が離せないし、一気に城の中に入って、脅威を晒すのにいい頃合いだと思う」

 

 

 

シズネとユコがそんな会話をしている。

ならば、一夏達は早々にカタナ達と合流して、一気に城の兵力を瓦解させる。

 

 

 

「そんじゃあ、ボチボチ行くとしますか?」

 

「うん!」

 

「そうね……行きましょう!」

 

 

 

一夏が木の枝から飛び降り、シズネ、ユコと一夏に続く。

そのまま木々の間を通り抜け、一気に城の外壁へと到着し、鉤縄を使って、外壁をよじ登る。

ここまでは予定通り……。むしろ、シズネとユコがスムーズによじ登り、そして懸垂下降しているのが驚きだ。

この世界では、二人の運動能力は普通の戦闘系プレイヤーと同等以上の物のようで、これくらいの動きは朝飯前だ。

これが現実世界の彼女たちがやっていたならば、見た目の印象とのギャップで呆然としているところだが……。

むしろ、彼女達は彼女達のままでいて欲しいものだ……。

 

 

 

 

 

 

「一班は私と来い! このまま道を切り開くぞ!」

 

「「「おおおっ!!」」」

 

「三班と五班は本隊の護衛に! 二班は側面から一班を援護しつつ、各所に展開してください!」

 

「「了解!!」」

 

「心得た!」

 

 

 

 

城内では、武芸に富んだメンバーによる奇襲作戦が、今もなお続いていた。

一班を指揮するのは、その手に日本刀を携えて、先陣を切って突き進むホウキ。

そしてその側面より支援を行う二班の指揮を執っているのが、執事の燕尾服を纏い、片手に四本……両手で八本の短剣を握り、高速で敵の急所を斬り裂いていくラウラ。

三班の指揮はキヨカが、五班の指揮はシャル。

そして本隊を守護し、総指揮を執っているのは、カタナの隣で眼鏡をクイッとあげながら戦場を見回すカンザシだ。

ここでも、彼女の情報分析能力と判断力に富んだ指揮か行われている。

彼女は今回の作戦で、戦闘力になりそうなメンバーを選りすぐり、六つの戦力に分けた。

自分が護衛し、指揮をする本隊と、その他の五つの班だ。

そして、残る四班の指揮を執っているのが、リンであり、そのメンバーの中には、セシリアも含まれている。

リンの纏める四班は、城の後方へと回り込み、セシリアは隊の後方から弓による狙撃を行い、混乱に乗じてリン達の突撃部隊が後門から攻めるという手はずだ。

これほどの戦力を保有し、それを円滑に動かす采配は、見事という他ないだろう……。

そこに一夏たちも加わり、戦況は思いのほかカタナ達が考えているとおりに進んでいた。

しかし、その城の頂点に君臨する女王は、こんな状況においてもまだ、見下すような冷たい視線を、今もなお戦っているカタナ達に向けていた。

 

 

 

 

 

「全く……困ったものですねぇ〜。私に殺されなかっただけでも幸運だというのに、その私の城に攻め入るなんて……っ、あんな愚劣な娘を産んでしまったと思うと、我が身を呪いたくなりますねっ……!!!」

 

 

 

 

嫌悪感剥き出しの言葉で毒舌を吐く。

女王の視線の先には、槍を携え、堂々を立っている娘……白雪姫がいる。

白雪姫の表情には怯えが一切感じられなかった。

むしろ猛々しく、勇猛な戦士であるかのような毅然とした態度。

女王自身も知らない白雪姫の一面を見てしまった。

だが、だからこそ、そういうところも気に入らないのだ。

 

 

 

「私の娘として生まれ、その母たる私よりも美しいなどとっ〜〜〜〜!!!

許せないっ…………!! その上っ、この私の城を侵攻などとっ、よくもこのような蛮行をしてくれたものですっ!」

 

 

 

振り上げた拳を窓際に置いてあった机に向かって叩きつける。

あまりの衝撃に、机の上にあった花瓶と、そこに生けていた花が倒れ、中の水が溢れてしまった。

 

 

 

「あらあら、いけないわ……私としたことが、あまりの仕打ちに苛立ってしまったわ……。

誰かぁ〜? 早く片付けてくださいなぁ〜!」

 

 

 

 

女王の言葉に、部屋に入ってきたのは、壮年の男性であった。

白髪がちらつく髪をオールバックに整え、主人に仕えていると言わんばかりに、執事の燕尾服を着こなしている。

その男性はすぐさま花瓶を起こして、床を雑巾で拭きあげていく。

 

 

 

「ふぅ〜……。まぁいいですわ……こんなイタズラに一々反応していては、神経がおかしくなってしまいます。

こういう事は、その道のプロにでもお任せするのが定石ですよね……。

そうは思いませんか? 『黒刃(こくじん)』さん?」

 

「ふん……」

 

 

 

女王は窓の外から、部屋の端へと視線を移す。

そこにいたのは、長い黒髪をポニーテールに束ねて、漆黒のボディースーツに身を包んだ女性が一人……。

その腰には、六本の黒い日本刀が差してある。

腕を組み、壁にもたれかかりながら、窓から外の様子を見ていた女性は、女王の言葉に鼻で笑った。

 

 

 

「あんな小娘共を始末しろと? それでこの報酬とは、随分と羽振りがいいなぁ……いや、むしろ何かあるのではないかと警戒したくなるほどだ……」

 

 

 

抑えてはいるが、少しドスの効いた声色で、女王に尋ねる女性は、この世界では知る人ぞ知る暗殺者だ。

その働きぶりは凄まじく、狙った獲物を確実に始末し、その任務成功率は100パーセントというのがもっぱらの噂だ。

確証は何もない……しかし、女王は今の言葉でわかった……その噂は真実だと……。

 

 

 

「凄まじいオーラですね……我が城に常駐している精鋭騎士よりも強い……そのくらいしか私にはわかりませんが、あなたがとんでもない人物である事は理解しました」

 

「ほう? 女王陛下も、なかなかどうして鋭いな……。その辺りの素養が、白雪姫にも受け継がれたのでは?」

 

「ふん……嬉しくありませんわ、そんな言葉……」

 

「これは失敬……」

 

「それで? どうなのです……確実に仕留められますか?」

 

「無論だ……私が敗れる道理がない」

 

「これは……大きく出ましたね」

 

「事実だからな……」

 

 

 

『黒刃』と呼ばれた女性は、当然のように澄まし顔で答えた。

事実、彼女の任務遂行率は高い。

その手で仕留めてきた暗殺の中には、表沙汰になれば国家の威信にも関わるようなものまである。

本来ならば、自分の娘の暗殺など、別の者でも代用は聞いたはずなのだが、送っていた暗殺者達はみな返り討ちに遭ったようで、ある者は暗殺依頼の撤回を要求し、ある者は暗殺の任務を遂行中に、そのまま帰らぬ人となった者もいた。

当初は不思議に思っていたが、現在こうして城を攻められている事を加味して考えてみれば、当然の結果だったのかもしれない。

 

 

 

 

「しかしながら、よくもこんな部隊を作り上げるほどの勢力になりましたね……。

女王陛下も中々、民衆に嫌われていると見える……」

 

「ふんっ……女王となってからは、そう言った好みの問題など、一々気にしてはいませんよ……」

 

「ほう? では、美に対する執着だけは、気になっているわけか……」

 

「っ……!!」

 

「ふんっ……あれだけ澄ましていた顔が歪み始めているぞ、女王陛下?」

 

 

 

『黒刃』の言葉に女王は顔を歪めた。

美に対する執着……それは女王にとっては切り離せない物。

自分自身が一番でなければ気が済まない。

世界一の美貌の持ち主という地位を、誰にも渡したくない。

その執念とも言える感情だけが、女王を支配している。

 

 

 

「世界一の美貌……その称号は譲れません……それが、私を女王と確立させているものなのですから……っ!」

 

「…………まぁ、あなたのその執着は個人の自由だが、あまり執着しすぎると、足元をすくわれることになると思うがな……」

 

「ご忠告、一応心に留めておきましょう……それじゃあ、そろそろ仕事の方を遂行してもらうとしましょうか……」

 

「……それで、標的は?」

 

「我が娘……白雪姫の首……」

 

「承知した」

 

 

 

『黒刃』はそれだけ言うと、そのまま部屋を後にした。

そして、その場に留まっていた女性の顔は、化けの皮が剥がれたかのように歪み、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

吊り上がった口角は、まるで三日月の様な形を取り、娘の白雪姫を見る眼光も妖しい光を浴びていた。

 

 

 

「さぁ……お仕置きの時間といきましょうか、白雪姫?」

 

 

 

悪魔か、それとも魔女と呼んだ方がいいのか……誰もが知っている笑顔を振りまく美貌の女王の姿は、もう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「怯んだぞ! このまま押し切れ!」

 

「早く第二の城門を開けっ! このまま決定打を与えるぞ!」

 

 

 

 

一方、戦場では早々に決着がつきそうな戦況だった。

一班と二班のリーダーであるホウキとラウラの快進撃も相まって、城内外の騎士団達はほぼほぼ壊滅した。

と言っても、全員殺してしまったわけではない。

その多くが、交戦途中に戦意を損失して逃亡しているのだ……。

だが、逃げ行く者には手を出さないというのが、今回の奇襲作戦の優先事項だった。

今は女王に付き従うしかない騎士団の者たちも、その女王が倒されたのならば、改心して、白雪姫に従属するかもしれないと考えているからだ。

そして何より、無駄な戦闘で命を散らしたくないというのが、本音だった。

これを言い出したのは、他でもない白雪姫本人だった。

この一時の内乱の為に、国に忠誠を誓ってくれている騎士達を斬るのは、白雪姫も本心ではないからだ。

そしてそれは、ホウキ達も同じ思いだった。

 

 

 

 

「リン達はうまくやっているだろうか……?」

 

「先程狼煙が上がったのを確認した……おそらく、侵入している頃だろう」

 

 

 

先陣を切っているホウキとラウラは、互いに背中合わせになった状態で周りの戦況を確認した。

 

 

 

「あらかた片付いたな……」

 

「あぁ、あとは城内部を適度に襲撃し、撤退……その後、姫からの勧告を発令して、女王がどう動くか……だがな」

 

 

 

一人は日本刀を、一人は複数の短剣を握りながら、そんな会話をしている。

そして、総大将である白雪姫が城の内部へと入って行くのを確認した。

 

 

 

 

「姫が入ったな。我らも行くぞ」

 

「了解。私は残りの残党を蹴散らしてからそちらに行く。それまでは姫の警護を頼んでいいか?」

 

「心得た」

 

 

 

 

ラウラが駆け出し、城の外部を一回りするように走り去って行った。

ホウキはそのまま白雪姫の後を追うように駆け出し、ラウラの率いていた二班のメンバーも、ホウキと一班のメンバーについていった。

そしてそこに、外壁の外から辺りを監視していた一夏とシズネ、ユコも加わり、全員で城の中へと入っていった。

 

 

 

 

「全く、姫さんが先陣切って走って行くって……一体どういう事だよ……?」

 

「あら? 私が先陣を切ってちゃ悪い? 一応槍使いなんだし、『一番槍』をもらったところで文句を言われる筋合いは無いと思うのだけれど?」

 

「そういう意味じゃないだけどな……っていうかそれで上手いこと言ったつもりかっ?!」

 

 

 

 

そうやって冗談を交える一夏とカタナ。

そんなカタナの手には、立派な聖槍が握られている。

刃渡りが通常の槍よりも長く、まるで剣のような印象を受けるが、柄が長いため、やはり槍なのだろう。

正確に言ってしまえば、『矛』と言ったほうがいいか?

そんな物騒な物を持っている女性を、仮にも『姫』……などと呼んでも大丈夫なのだろうかと問いたくなる。

もしも呼ぶとするならば、『白雪姫』ではなく、『戦姫』と呼んだほうが、むしろしっくり来るだろう。

 

 

 

「それで、この後はどうするんだ?」

 

「そうね……一応あのクソ女王にでも会っておきますか。これがあなたのやったことに対する結果だって、ちゃんと分からせとかないと……!」

 

「そうか……なら、急いだ方がいいかもしれないぞ……?」

 

「え? それってどういう……」

 

「ここに入ってからかな……変な殺気を感じる……!」

 

「っ……まさか、まだ何者かが潜んでいるって事?」

 

「あぁ……俺もまさかとは思ったけど、どことなく視線を感じるしな……」

 

「っ…………そう、なら急いだそうがいいわね。あなたのその直感を信じるわ」

 

「え?」

 

「ん? 何よ……」

 

「え、いやぁ……」

 

 

 

思いのほかカタナが聞き入れてくれたことが予想外だった為、少し驚いてしまった。

出会ってまだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、少しは信用してもらえたのだろうか……。

 

 

 

「とりあえず、まずは女王のところに行くわよ。みんな、覚悟はいいわね?」

 

 

 

白雪姫であるカタナの問いかけに、ここまでついてきた反政府勢力のメンバーである女の子たちは、覚悟を決めた顔で一様に頷いた。

 

 

 

「それじゃあユコちゃんとホウキちゃんは、退路の確保を。何かあった時には、すぐに退避するわよ」

 

「承知しました」

 

「了解!」

 

 

 

ホウキとユコがその場から離れ、複数の隊員を連れて退路の確保に行く。

まぁ、先ほどの戦闘で城の兵士たちはほとんど追いやったが、一夏の言った事が気になる……。

それに、最後の最後で何をしてくるかわからないというのが、あの女王だ。

たかだか自分の美貌世界一の座を守るためだけに、自分の娘すらも殺そうとする異常者だ。

自分たちすら想像もし得ない切り札を持っているかもしれない……。

そう思ったのだ。

 

 

 

「じゃあ、行くわよ。一夏くん……」

 

「ん……」

 

「…………ごめん、なんでもないわ」

 

「…………わかってるよ。姫さんは、俺が守る……っ!」

 

「っ〜〜〜〜!!! そ、そんなの、当たり前じゃない! 私を守る為に、あなたを特別に組織の一員にしたのよっ!?」

 

「わかってるって。ほら、早く行こうぜ?」

 

「むむぅ〜〜……!」

 

 

 

頬を赤く染めながら、カタナはふくれ顔になって一夏を睨みつける。

そして、ようやく女王の部屋の前へと到達した。

息を整え、深呼吸をするカタナ。

おそらく本人にとっては、数ヶ月ぶりの再会なのだろう……。

 

 

 

「行くわ……っ!!」

 

 

 

 

ドアの取っ手を掴み、思いっきり開けた。

すると、部屋の奥……外を見渡せる窓のそばに、女王……真耶の姿があった。

いきなり開けられたドアに驚くそぶりを見せず、ただただ静かにその場に佇んでいた。

そして、入ってきたカタナこと白雪姫を見るとニッコリ笑う。

 

 

 

「あらあら、こんな時間に面会する人はいなかったと思うのだけど……まぁ、いいでしょう。

私は寛大ですから、許してあげます……しかし、これはどう言った了見なのかしら? 白雪姫?」

 

「「「っっ…………!!!!!!」」」

 

 

 

柔らかい笑みを浮かべながらこちらに問う女王。

その笑みはあまりにも清々しく、襲撃されたことに対する恐怖や危機感、憤慨などの怒りの感情が現れない……むしろこちらの方が恐怖を覚えるほどだった。

しかし、そんな女王の問いかけに、白雪姫であるカタナは答えた。

 

 

 

「どういう了見ですって……? 自分の胸に手を当てて思い返してみる事ね。

あなたが今までにしてきたことを、私たちは覚えている……たかだか自分の地位を守りたいが為に、何の罪もない少女たちを迫害し、あまつさえ命まで狙ってくるなんてね……っ!

あなたは狂ってるわ……っ! だから正すのよ!貴方みたいな訳の分からない暴君が、この世に居ていいはずもないもの……。

いずれ貴方は、この国を崩壊させかねない……ならばいっそのこと、今ここで壊してしまってもいいでしょう?

遅かれ早かれ、貴方が王位に就いた時点で、この国の崩壊は決まって居た……だからこそ、娘である私が終わらせる……っ!お母様……いや、暴虐の女王っ! 覚悟してもらうわよっ!!!」

 

「………………」

 

 

 

白雪姫・カタナの言葉に、女王はただひたすら聞き耳を立てているだけだった。

一切の反論をせずに、ただ黙ってカタナの話が終わるのを聞いていた。

ようやくカタナの話が終わると、女王は右手で自分のこめかみを抑え、左手を右肘に持っていき、まるで支えているような体勢を取る。

 

 

 

「はぁ…………いけません……。いけませんね、これは……」

 

「っ……!!」

 

 

 

俯いていた顔を上げる女王。

しかし、眼鏡の奥、その瞳の奥にある怪しげな光が、カタナ達を射抜いていた。

先ほどまで笑っていた女王の顔から笑みが消え、鋭い眼光と妖艶な笑みが相まって、妖しげな雰囲気を醸し出してきた。

 

 

「全く……なぜこのような事したのか……弁明があるのなら聞いて上げるのも、親として務めであると思っていたのに……いけませんねぇ、これは……!」

 

「あらぁ? こんな理由じゃ不服だったかしら? 貴方は討たれるべくして討たれるっ……ただそれだけの事よ」

 

「………………ハハ、ハハハッ……ハハハハ…………アッハハハハハッ!!!」

 

 

 

 

カタナの言葉に、今度は箍が外れたように笑い出した女王。

この状況下でこんなにも大笑いが出来るのか……?

本来の人としての判断では、そんなこと出来ないはずだ。

ここまで追い詰められていながら、臆するわけでもなく、泣き叫ぶわけでもなく、許しを請うわけでもなく……。

ただただ笑っている。

それは余裕の現れだからなのか? あるいは、すでに精神的に追い詰められているからなのか?

 

 

 

 

「何がそんなに可笑しいの……っ?!」

 

「あーあ……うふふっ、すみませんね……あまりにも、貴方が愚かだったからよ、白雪姫」

 

「何ですって?」

 

「貴方は私を追い詰めたつもりでいるようだけれど……それは間違っているのですよ?」

 

「っ??!!」

 

「むしろ、貴方は私の張った罠にかかった、哀れなゴミ虫同然です……」

 

 

 

 

先ほどまでの笑みが消え、今度は魔女を彷彿とさせるニヤケ顔へと変わる。

そう……まるで、獲物が来るのを待っていたと言わんばかりに……。

 

 

 

 

ドサ……!

 

 

 

「なっ……!!!?」

 

「っ!? ラウラッ!!」

 

 

 

部屋の中に、一人の少女が投げ込まれた。

その少女の姿に、カタナは息を呑み、一夏が名前を叫んだ。

綺麗な銀色の長い髪は、おそらく本人の血で汚れており、体のいたるところに刃物でつけられた傷が見て取れた。

気が動転し、カタナはすぐさまラウラのところへと駆け寄ろうとするが、一夏がとっさにカタナを止める。

 

 

 

「ちょっ、なんで止めるのよっ!!?」

 

「今は動くなっ! ラウラはまだ生きているっ!」

 

「え?」

 

 

 

一夏の指摘に、カタナはラウラをジッと見つめた。

すると確かに、ラウラの体は呼吸の動作と同じタイミングで上下に動きている……。

息をしている様子が見て取れるので、まだ死んではいなかった。

どうやら致命傷を避けているみたいで、急いで応急処置を施せば、大事には至らないだろう。

ホッと一息をついたカタナはそのまま一夏の方へと視線を向ける。だが、一夏の表情に、カタナは少々不安を覚えた。

険しい表情のまま、一夏は視線を左へと向けていた。

そこには、女王の部屋へと入るもう一つのドアがあり、そこが大きく開かれていた。

おそらく、ラウラはそこから投げ込まれたのだろう。

するとそのドアの向こうから、コツ、コツ、と足音が聞こえてきた。

この城にはもう、大まかな戦力は残されていない……ならば、今近づいてきている者が、先ほど一夏の言っていた視線を送ってきていた者……という事になるのだろう。

 

 

 

 

「っ……この感覚は……!」

 

「何者なの?」

 

 

 

やがて足音が大きくなり、部屋から照らし出された照明の光が姿を捉えた。

 

 

 

「っ〜〜〜!!!? やっぱり、そうなるのかよ……っ!!」

 

「ぁ……っ!!?」

 

 

 

圧倒的なまでの風格。

ただそこにいるだけで、息が詰まりそうな感覚だった。

言葉を発することもできないような……全身が強張っているのが分かる。

 

 

 

「なんなんですか? この床に転がるゴミは?」

 

「この辺りをウロチョロしていたのでな……障害になる前に消しておこうかとも思っていたのだが、中々どうして腕が立つ……。

ただの小娘達の集まりだと思っていたが、これでは評価を改めねばならないな……」

 

「貴方が仕留めそこなったと? それは確かに凄いですね……見るからに侍従……どこかの家に仕えている者のようですね?

しかし、何故メイドではなく執事の服を?」

 

 

 

床に転がるラウラを見て、女王は見るからに不機嫌になった。

自分の部屋を血で汚されてしまったからなのか、ラウラの事もゴミ扱いだ。

それに憤りを感じる組織のメンバーやカタナを、一夏は手で制するが、いつまで保つかはわからない。

 

 

 

「あんた……何者だ……っ!?」

 

「ん?」

 

 

 

ラウラをボロボロにした人物に、一夏は問いかける。

艶やかな黒髪をポニーテールに結って、腰に六本の刀を差し、くっきりと体のラインを見せれるような構造になっているボディースーツを見にまとった女性。

その人物は、一夏も、それにここにいるカタナやユコ、ホウキ、シズネ、ホンネ、キヨカ達ならば誰もが知っている人物。

IS学園一年一組担任にして元日本代表のISパイロットで、世界最強の称号《ブリュンヒルデ》と呼ばれた女性。

一夏の姉である織斑 千冬の姿が、そこにはあった。

この世界は、カタナの深層意識に作用して作られた空間。

ならば、この世界における千冬もまた、カタナにとっては強者であり、絶対的な力を持った人物に違いない。

一夏の問いに、千冬は答えた。

 

 

 

「名など無い。名はこの稼業を継いだ時に捨てたからな……だがそうだな……私を知る者たちは、『黒刃』と呼んでいた」

 

「コク、ジン……なるほど、見たまんまってわけね……」

 

 

 

 

一夏は飄々とした表情で返すが、その手はすでに腰の刀へと持って行ってた。

左手で鞘を握り、鯉口を切った状態で右手で柄を握る。

腰を落とし、いつでも抜刀可能な状態へと入った。

 

 

 

「ほう? その構え……身のこなし……貴様も中々の手練れと見たが……?」

 

「それほどでも無いよ……あんたに比べたら、俺の強さなんてたかが知れてるよ」

 

「ふん……そうか、残念だ。ある程度やれるのなら、少々楽しめると思っていたんだがな……っ!」

 

「っーーーー!!?」

 

 

 

殺気を混ぜた眼光。

全身の筋肉を視線と言う名の針で突き穿たれたような感覚に、一夏の額から汗が流れ出た。

只者では無い……そんな事、言われるまでも無いと思ってはいるが、実際に面と向かって会ってみると、その佇まい、雰囲気だけで斬られそうだった。

昔、誰にも心を開こうとしなかった千冬と同じだ。

誰にでもしていた鋭い眼光……触れればなんでも容易く斬り裂いてしまいそうなナイフを連想させる雰囲気。

実の弟である一夏でも恐怖したくらいだ……。

今ではそんな事は無くなってはいるが、敵に見せる姿というのは、こういうものなのだろうと感じ取った。

隙を見て行動を起こそうかと思ってはいたが、その一歩が踏み出せない。

 

 

 

(っ…………ダメだ……っ、隙と呼べるようなものが何一つ無いっ……!!」

 

 

 

改めて千冬を観察して、相手の出方を伺っていた一夏だが、千冬の何の気ない姿勢には、全く隙が無いことに気づく。

しかも、間合いに入った瞬間からに、首が吹っ飛ぶという直感まで脳裏によぎった。

 

 

 

 

(やっぱりダメだ……っ! 付け入る隙は無い……っ、間合いに入った瞬間に、あの黒い狂刃の餌食だっ……!!?)

 

 

 

 

まっすぐ突っ込むか、それとも足元に倒れているラウラの救出が先か……?

あらゆる手を考えるが、何かしら行動すれば千冬が動く。

そうなると一気にこの形成は崩れ、何人犠牲なるかわからない。

そしてそれは、組織の長であるカタナもわかっていた。

 

 

 

「姫さん、逃げるぞっ……! ここは一時撤退だ……っ!」

 

「くっ……! あの女を目の前にして撤退だなんて、屈辱な事この上ないけどっ、仕方ないわね……!」

 

 

 

一夏が前に出ている間に、カタナが後方に下がる。

そして、後ろに控えていたメンバーに向けて、大声で叫んだ。

 

 

 

「総員撤退!! 急いでポイントDに向かってっ!」

 

 

 

白雪姫の言葉に、各班長たちは即座に指揮を執る。

シャル、カンザシの二人が率先して殿を務めて、他の隊員たちを逃がしていく。

その先には、退路を確保していたホウキとユコたちがいる。

相手が千冬一人ならば、なんとか押さえつけて逃げ延びれればそれでいい。

そう思っていたが……。

 

 

 

「逃がさんよーーーーーーッ!!!!!!」

 

「っーーーー????!!!!!!!!」

 

 

 

二回目の戦慄。

目の前にいたはずの『黒刃』が、いつのまにか白雪姫の眼前に迫ってきていたからだ。

 

 

 

「なっ?!!」

 

「標的を確認……任務を遂行する」

 

 

 

 

冷たく、落ち着いた声が聞こえ、黒刃は左腰に差していた日本刀の一つを掴み、勢いよく振り抜いた。

 

 

 

 

「カタナッ!!!」

 

 

 

ガキィンッーーーー!!!!!!

 

 

 

「ほう?」

 

 

 

鈍い金属音と、鋼同士がぶつかり合った時に発生する火花が散る。

黒刃の放った斬撃は、間違いなく白雪姫の首を狙ったものだった。

しかし、白雪姫の首は落ちていない。

むしろその両手には、しっかりと宝槍が握られていた。

あの瞬間に、槍を構えて斬撃を防いだのだ。

 

 

 

「くっ!!?」

 

「お見事。初見で私の斬撃を受け切ったのは貴様が初めてだ、白雪姫……誇ってもいいぞ」

 

「くっ、このぉっ!!」

 

 

 

黒刃の剣気に当てられたのか、白雪姫は手にしている宝槍を振り回して、逆に黒刃へと攻撃を仕掛けた。

しかし、槍の穂先は黒刃には届かず、ほとんど躱されるか、ほとんど刀によって弾かれるかだ。

 

 

 

「はぁっ……! はぁっ……!」

 

「ふむ……槍の扱いも悪くない……。姫という立場でありながら、どこでそれほどの腕を磨いたのか気になるな?」

 

「そんなの当然っ、この城の中でよっ!!」

 

 

 

槍を肩の高さまで上げて穂先をゆっくりと黒刃に向ける。

左手は柄に添えるように構える。

正しく、カタナが取る構えだった。

そこから槍を思いっきり回転させて、遠心力を付加した一撃を放つ。

本来ならば、その槍の一撃は強力なものになるはずだ……しかし、そんな一撃を、なんの苦もなく受け切るのが、千冬という人物だ。

脳天めがけて放った渾身の一撃に対して、千冬は左手にさらに一本日本刀を抜き取り、刀を交錯して受けた。

 

 

 

「チィッ!!?」

 

「ふははっ! 私に二本目を抜かせたかっ! 姫の分際でよくやるッ!」

 

「ガハァッ?!」

 

 

 

突然嗚咽を漏らすカタナ。

その原因は、カタナの腹部に千冬の強烈な蹴りが入っていたからだ。

カタナの体はくの字に曲がり、そのまま仰向けに倒れた。

なんとか頭をこらえている様だが、すぐには立ち上がれない。

しかしそんな悠長な時間を、千冬が与えるわけもなかった。

 

 

 

「終わりだっーーーー!!!」

 

「っーーーー!!!!??」

 

 

 

右手に握る黒い刃が、カタナの心臓目掛けて振り下ろされた。

カタナの目には恐怖が写り、全身が恐怖によって強張っていくのがわかった。

強張ってしまった体は、意図的に力を抜かない限り動かしにくい。

そしてもう、千冬の剣が、すぐ目の前にまで迫ってきていた。

 

 

 

「ぅうっ!!!!??」

 

 

 

 

死を覚悟し、両目を閉じた。

しかし、そんなカタナの耳に、鋼がぶつかり合う特有の金属音が響いた。

 

 

 

 

「ん…………ぁ……っ!?」

 

「………………ほう?」

 

 

 

 

カタナが驚いて目を見開いた先には、直刀で振り下ろされた黒刀を受け止める一夏の姿があった。

 

 

 

「い、一夏、くん…………?」

 

「立てッ!!」

 

「っ?!」

 

「立って走れッ! ここからすぐに脱出しろッ!」

 

「え、えっと……っ!」

 

「急げッ!!!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

一夏の言葉に、強張っていた体が一瞬にして解きほぐれた。

その後、一夏と千冬は幾度となく刃を合わせ、斬り結ぶ。

その隙にキヨカが倒れているラウラを確保し、部屋から離脱していく。

 

 

 

「一夏くんっ!!」

 

「先に行けっ!」

 

「えっ……?!」

 

「後で必ず追いつく! 先に行って待っていてくれ!」

 

「そ、そんなっ?! あなた一人じゃーーーー」

 

「大丈夫だっ!」

 

「っ…………」

 

 

 

相手はとてつもなく強い暗殺者。

いくら一夏が腕が立つと言っても、勝てるかどうかは怪しい……。

にも関わらず、加勢せずに逃げろと言う……このままでは……。

 

 

 

「ダ、ダメよっ! 死んじゃうっ!!」

 

 

胸が締め付けられそうな感覚に陥る。

何故なのか……どうして一夏を目の前にすると、そういう事が起きるのか?

彼が言うように、元の世界の自分は、彼の恋人だからか?

記憶が曖昧になっている今のカタナには、それがわからない。

だが、どうしても失って欲しくないと、心の底から思っている……。

 

 

 

「大丈夫だ……カタナ。俺を、信じろッーーーー!!!」

 

「ぁ…………」

 

 

 

どこからそんな自信を持ち上げて来ているのか……。

なんの根拠もありはしない……しかしどうしてか、とても安心してしまった……。

 

 

 

「わかったわ……必ず、戻ってきてっ……お願い」

 

「了解っ……!!」

 

 

 

 

それだけ聞いて、カタナ達は急いで城を出て行く。

その場に取り残されたのは、一夏と千冬、そして女王である真耶の三人だ。

 

 

 

「やれやれ、我が娘もすみに置けませんね……。男を拐かして仲間に引き入れていたなんて……」

 

 

 

 

そう言うのは、女王である真耶だった。

大体の物語などに出てくる王族の女性というものは、その美貌を武器に、才気ある貴族の子息や、他国の王子などと婚約を交わすもの。

ならば、白雪姫であるカタナが、男である一夏を誘惑し、仲間に誘ったところで、何もおかしくはない。

 

 

 

「それで? 我が娘はどうやってあなたを拐かしたんですか?」

 

「別に……? 彼女はこれと言って何かをしたわけじゃないよ……ただ、俺が惚れたってだけだよ」

 

「…………なるほど。あなたも白雪姫の美貌にやられたという口ですか……」

 

「んなわけねぇだろ」

 

「はい?」

 

「あんたと姫さんを一緒にするな。あんたは自分の美貌しか見ちゃいないが、彼女は人となりをしっかりと見ている……!

あんたの娘だなんて、本当に不幸としか言いようがないぜ……っ!!!」

 

「っ〜〜!!!?? 一度ならず二度までも……っ!! 何をやっているんですかっ、黒刃っ!!

さっさとそのものの首を刎ねなさいッ!!!!」

 

「了解……標的の追加を受諾、任務を更新する……っ!」

 

「っ……!!」

 

 

 

 

千冬がそう言い終えると、さらに殺気が増した。

両手に握る黒い刀が、一夏に向けられた。

 

 

 

 

「せいぜい楽しませろよ? 姫に仕える騎士殿?」

「さぁてね……楽しませれるかどうかはわかんないけど、負けるつもりは毛頭ないねっ……!」

 

「上等だ…………っ!!」

 

 

 

二人の剣気が凄まじいくらいに高まる。

その勢いに、女王が息を呑んだ。

そして、額から零れ落ちた汗つぶが、頬を伝わり、床に落ちた瞬間…………一夏と千冬は、剣気を一気に解き放った。

 

 

 

「行くぞッーーーー!!!!!!」

 

「来いッーーーー!!!!!!」

 

 

 

駆け出す両者。

そして激突する。

とてつもない衝撃と、金属音。

その衝撃によって、部屋の一部がひび割れてしまった。

隠して、最終戦へと向かう運命の歯車が、今動き出したのだった……。

 

 

 

 

 






次回は千冬との壮絶な斬り合いを書きたいと思っています。
そしてワールドパージ編を完結させて、数話くらい閑話を挟んで、京都編に行こうかと計画中です。
例のごとく、リアルが忙しいため、また亀更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします!!


感想、よろしくお願いします!



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第109話 白雪姫の世界Ⅵ



久しぶりの更新だぁぁぁ!!!!

皆さん覚えてるかな?
申し訳ないですね(>人<;)





「行くぞッーーーー!!!!」

 

「来いッーーーー!!!!」

 

 

 

 

地を蹴って突進する二人の剣客。

一人は直刀と呼ばれるまっすぐな刀身を持った刀を握る若き剣士。

もう一人は両手に漆黒に染まった日本刀を持ち、淀みない剣技を披露する暗殺者。

その二人が一瞬のうちに接近し、互いの得物を振り抜く。

鋭く研ぎ澄まされた刃がぶつかり合い、甲高い金属音を何度も奏でる。

一夏の直刀が鋭い一閃ならば、千冬は二刀による縦横無尽。

本来ならば圧倒的に千冬が有利な場面なのだが、一夏も必死に食らいついていく。

 

 

 

 

「ほほう? 白雪姫の護衛の中では、やはり貴様が一番のやり手か……!」

 

「さぁね……姫さんの護衛なんて始めたの、ついさっきだし」

 

「ふん……なるほど、姫に惚れたという言葉、嘘ではないらしい……」

 

「あぁ、それに関しては、嘘はつけないなっ!」

 

 

 

 

ギャインッ! という音を響かせると、二人は一気に後ろへと弾かれた。

互いに振るった一閃が、あまりにも鋭い一撃だった為なのか、その威力よって弾かれたのだ。

 

 

 

「な、何をやっているのですっ、黒刃!! 早くその者を斬りなさい!!!

これは、女王の命令ですよッ!!!」

 

 

 

そんな二人のやりとりを聞いて、一番困惑しているのは、他でもない、女王本人だ。

しかし、黒刃……いや、千冬はそんな女王に対して、鋭い目つきで睨み返した。

 

 

 

「黙れ腹黒女王がッ……誰の命令だろうが、わたしには知ったことじゃない! 今はわたしの時間だっ、邪魔するなら、そのうるさい口を斬り落としてやろうかッーーーー!!!」

 

「ヒィッ……!!!??」

 

 

 

ドスの効いた言葉を並べ立て、鋭い眼光を女王に対して向ける千冬。

女王は涙目ながらに腰を抜かし、その場に尻餅をついてしまった。

 

 

 

「そうだ……それでいい……雇ったのは確かに貴様だが、今この瞬間は部外者だ……外野は黙って見ていろ!

貴様のような弱い羽虫が、入って来ていい領域ではない……っ!」

 

「は、ははっ、ハムシっ!!?」

 

 

 

一国の女王に対してもこの態度……元の世界の姉の姿と若干だが似ているところがあるのか……?

威圧だけなら現実世界と同じ……そしてそれに怯える真耶の姿も同じだ。

この仮想世界では、立場が逆転しているが、事実上格上なのはやはり姉の千冬らしい。

どの世界においても、真耶は千冬に頭が上がらないようだ。

 

 

 

「さぁ、余計な邪魔者が入らなくなったんだ……もっと楽しませろよ?」

 

「うわぁ〜…………今すぐ逃げたいぜ…………」

 

 

 

ニヤリと笑う千冬。

ドS人間特有の相手を嬲りたがるような狂気の目……現実世界では、ISを用いた訓練の際に見せることがしばしば。

一夏からすれば、姉がそんな目で自分を見てくるのは、ある意味恐怖でしかなかった。

 

 

 

「そら……止まっていてはつまらんだろう……さっさと来い。来ないというならーーーー」

 

「ッ!!!」

 

「私から行くぞッ!!!」

 

 

 

地を蹴る音が部屋中に木霊した。

千冬が二刀を両手に、一夏が直刀を握りしめて、互いに肉薄する。

右からくる黒刀を受け流し、左脚を踏み込む。

勢いそのままに体を時計回りに一回転……その動作に、直刀による斬撃を加える。

 

 

 

「《龍巻閃》ッ!」

 

「フッーー!!!!」

 

 

 

ジャリィィーーという刃と刃がぶつかった時に鳴る独特の音。

完全に虚をついた……。

この世界の千冬は、一夏の剣術を知らない……故に、カウンター剣技である《龍巻閃》を見るのも初めて……のはずなのだが、振り切った斬撃は、左手に持っていた黒刀の刃によって防がれていたのだ。

 

 

 

「くっ……!!」

 

「面白い技だな……一瞬だが、貴様の姿を見失った……。あの一瞬で背後に回り、容赦なく斬撃を放つか……。

なるほど、貴様も私と同じ、暗殺剣の使い手だったか……」

 

「っ……!」

 

「ふんっ、図星か」

 

 

 

たった数回剣を交えて、たった一度技を見せただけで、そこまでわかってしまうとは……。

一夏も思わず驚いた表情が出てしまっていたか……。

 

 

 

「驚いたよ……たった数合しか剣を合わせてないのに……」

 

「驚くこともないだろう……真の達人は、たった一合で相手の力量をそれなりに感じ取るという。

剣の世界……いや、武の世界というものも幅広い……そして私も、その頂点を見てきた者の一人だ……!」

 

「くっ……!」

 

 

 

武の世界……確かに、ISも兵器であり、それを扱うということは、武闘の世界に身を置くのと同じ。

そしてその頂点に立ったのは、まぎれもない千冬本人だ。

 

 

 

「さぁ、もっと見せろ……!! あとは何がある? どんな技を見せてくれるっ……!

白雪姫もそれなりに見せてはくれていたが、やはり物足りん……! 貴様の全てをっ、私にもっと味あわせろっ!!!」

 

「ちっ、完全に火をつけちまったみたいだな……っ!」

 

 

 

まるで獰猛な獣の類だ。

千冬は再び地を蹴って、一夏に迫り来る。

一夏も負けじと持ち前の神速で駆け出し、振り下ろされる黒刀に対して、下から斬りあげる。

 

 

 

「ふうっ……!」

 

「ん……?!」

 

「はああっ!!」

 

 

 

振り下ろされた右手の黒刀に対して、一夏は下段からの斬りあげで対抗した。

しかしそこから鍔迫り合いに持ち込む事はせず、すぐさま刀の角度を変えて、相手の勢いを利用して刀身を滑らせて受け流す。

そしてすぐさま刀を返して、一夏はガラ空きになっている千冬の胴へと一閃。

 

 

 

「っ!!?」

 

「ふふっ……やはりいいな……っ、お前!」

 

 

 

完全に一撃貰ったと思った……しかし、一夏の放った斬撃は、千冬の腹部の前……いつのまにか持ってきていた左手の黒刀の柄頭によって塞がれていたのだ。

 

 

(変則ガードっ!!?)

 

「これくらいの芸当が出来なければ、間合いを制する事はできないぞっ!!!」

 

「ちっ!」

 

 

 

左手の黒刀で斬りはらい、もう一度右手の黒刀で斬りあげる。

一夏はとっさに後ろへと飛び、追撃を免れた。

 

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

「そらそらっ! まだ始まったばかりだぞっ!!」

 

「チィッ!」

 

 

千冬が地を蹴った瞬間、右手に持っていた黒刀を投げてきた。

鋭い切っ先は、まっすぐ一夏の顔めがけて飛翔していく。

が、一夏はそれをわずかに体を反らすことで回避し、こちらへと向かってくる千冬に対して力強い一撃を放つ。

 

 

「ぬうああっ!!!」

 

「フハハッ、アッハハハハッ!!!!」

 

 

振り切った一撃が空を斬る。

しかし、返す一撃で千冬の左肩から右腰にかけての一閃。

袈裟斬りを放つも、左手に持っている黒刀を逆手に持った状態で、その一撃を受け止め、空いた右手には、新たなる黒刀の柄が握られている。

 

 

 

「クッ!」

 

「ハアアアッーーーー!!!」

 

 

 

抜き放ったと同時に一閃。

それはまるで一夏の使う抜刀術と同じだった。

その一閃は、吸い込まれるようにして一夏の懐へと薙ぎ払われる。

 

 

 

ギャァーーーン!!!

 

 

 

人間の肉体を斬りつけたには、あまりに相応しくない金属音。

斬られた瞬間を、後ろへと吹っ飛んだ一夏からは、斬られたことによる流血もなかった。

 

 

 

「ほほう……あの一瞬で……!」

 

 

 

膝を抱えながらゆっくりと起き上がる一夏の姿に、千冬も賞賛の感情を含んでいた。

起き上がった一夏の左手には、直刀の鞘が握られており、その鞘で千冬が放った斬撃を防いだのだ。

 

 

 

「ふぅ〜……鞘が鉄拵えでよかったぜ……」

 

 

 

おそらく、中身は木で出来ていると思われるが、表面は飾りなどの関係上、鉄を巻いていたのかもしれない。

今回はその巻いていた鉄のお陰で、難を逃れた。

 

 

 

「やはりいい……貴様、名前は?」

 

「っ…………織斑 一夏だ」

 

「オリムラ……? この辺りでは聞かない名前だな……? 東……いや、そのさらに向こう、極東の国に似たような名前があったか……?」

 

(いや、あんたもその “織斑” なんですけどね……)

 

 

 

この世界では、千冬と一夏は他人同士。

ここで論議をしていても、埒があかないだろう……。

そうなると問題は、いかにこの交戦を避けて、女王を倒すかが問題になってくるのだが……。

 

 

 

「しかしまぁ、もう十分だろうな……私と戦いながら、白雪姫を逃す時間稼ぎを行なっていたのだろう?」

 

「っ……!」

 

「なっ……! 何という小癪な真似をっ!!!」

 

 

 

 

やはりバレていたか……と、一夏は内心ドキッとしていた。

千冬とまともにやりあって、勝てるわけもない……真正面から斬り伏せようとしたところで、それを上回る剣戟が押し寄せる。

だからここは、攻め込むのではなく、なるべく千冬の剣戟に合わせて、刀奈たちが逃げる時間を稼ぐ事を最優先した。

さすがに、戦いの素人たる女王には、一夏の狙いは分からなかったみたいで、千冬の言葉に憤慨しているのは、言うまでもないだろう……。

 

 

 

 

「しかし、これでは追跡はできないな……当初の最優先事項は、白雪姫の命だったのだが……こうも楽しい戦いに興じてしまって、目的を忘れていた……」

 

「っ…………!!!」

 

「こ、黒刃っ! どういうことですか!! よもや、私からの依頼を反故にするつもりですかっ!!?」

 

「まさか……報酬は貰っている……ならばその契約は果たさなければならない。

それが我々暗殺者の流儀というものだ……しかし、ここで深追いしてしまっては、あなたの娘のことだ……何か罠を仕掛けていてもおかしくはないだろう……そうなれば、暗殺はより難しくなる」

 

「くっ……!! 忌々しい娘っ……!」

 

「っ…………」

 

 

 

千冬と女王の会話を聞いているだけだが、一夏の集中力はより一層高まっている。

これもまた、暗殺者のスキルの一つだからだ。

何気ない会話をしていることで、一瞬警戒が緩んでしまう……相手の心理突いてくる巧妙なスキル。

一夏は使ったことはないが、かつてアインクラッドの中に、こういう手段を用いた暗殺者がいた。

その者との戦いの経験が、今ここで発揮できるとは、因果なものだ。

 

 

 

「しかし、ここで何もせずに、ただ刃を納めるのも違うな……せめてーーーーーー」

 

「うっ……!!?」

 

 

 

先程感じていたものよりも、濃密な殺気を感じた。

一夏の全身からは冷や汗が出てきて、体が震えているのが感じられた。

今までの覇気や闘気が可愛く思えてくるような殺伐とした鬼気。

一夏も知らぬうちに、左手の鞘に直刀を納めて、抜刀術の体勢をとっていた。

 

 

 

 

「ーーーーお前の首……この私に寄越せ……ッ!!!」

 

「くっ…………!!!」

 

 

 

 

どす黒いオーラのようなものが視認できた。

その背後には、死神のようなシルエットをした幻覚も見える。

濃密な殺気がより固まってできたイメージなのか、それとも御伽噺のの為に用意された、千冬の持つ能力の一部なのか……。

千冬はあろう事か、持っていた黒刀全てを鞘に納めてしまった。

これには一夏も、何事かと思ってしまったが、次の瞬間、千冬は腰を落としたかと思うと、両手を六本の刀の柄へと持っていく。

そして、人差し指から小指までの指四本で三つの刀の柄を握り、一気に引き抜く。

指の間に一刀ずつ差し込み、それを親指で動かないように握っている。

それはまるで黒く大きな鉤爪を持っているような様になった。

 

 

 

「なっ……!!?」

 

『黒死六爪』(こくしむそう)ッーーーー!!!」

 

 

 

 

そう言い終えると、瞬間的にその場から消える。

一夏も反応して、後ろに下がろうとしたが、とっさに頭によぎった直感が、それはやめた方がいい……と告げてくる。

 

 

 

「ちっ!」

 

「はあああああッ!!!!!!」

 

 

 

右手には握られた黒爪が、思いっきり振り降ろされた。

一夏は後ろではなく、咄嗟に右側へと回避行動を取った……するとその瞬間、振り切られた黒爪がソニックウェーブを起こし、一夏のいた場所から、部屋の壁までを真空の刃が三つ……空間や床を斬り裂きながら進んでいき、やがて部屋の壁に大きな爪痕を残した。

 

 

 

「な、なんだそりゃあ……!!?」

 

「やはり避けるか…………私に六爪を抜かせただけでも驚きだというのに、その初撃を躱して見せるとはな……!!」

 

「ちっ!!」

 

 

 

今までの二刀でも危うく殺られるところだったというのに……。

それが三本に増えたことによって、剣圧の重さと斬撃数の増加というまったくもって嫌な事この上ない状態へと変化したものだ。

 

 

 

「おおおおっ!!!」

 

「らあああっ!!!」

 

 

 

六爪になってからの千冬の攻撃は、まるで野性の猛獣のようだ。

六爪が獰猛な獣たちの鉤爪にも見えてくることも含めて、まるで一匹の虎と対峙しているようだった。

黒い影が素早く一夏の背後へと周り、力強く振り切られた三閃の斬撃を、一夏はかろうじて反応し、その斬撃を受け流す。

六爪が振り切られた瞬間には、ソニックウェーブが起こり、再び部屋が斬り刻まれていく。

 

 

 

「なんなんだよ、それっ!? チート過ぎんだろっ!!」

 

「そう言いつつもそれを受け流し、躱し続けるお前も、普通ではないだろうに……!」

 

「うっさい!! 誰かに似たんだよっ!」

 

「ほう? それならば、ぜひ会ってみたいなっ!!!」

 

(あんたの事だっつーのっ!!!)

 

 

 

心の中で毒づきながらも、一夏は千冬との剣戟を交わしていく。

一度距離をとって、態勢を仕切り直そうとするも、それを千冬は逃すまいと、千冬は六爪を構えた。

腰を低く落として、両腕をクロスさせて、でかいタメを作る。

その光景を目にした一夏も、背筋が凍るような悪寒を感じて、とっさに高速歩法『神速』を使い、その場から飛びのく。

 

 

 

「《黒死六爪》ーーーーーー」

 

(マズイッ!!!?)

 

 

 

溜めていた力を一気に解き放つように六爪を振り抜く。

 

 

 

「ーーーーーー『飛刃烈爪』(ひじんれっそう)ッ!!!!」

 

「くっーーーーーー」

 

 

 

振り切られた瞬間、千冬と一夏との間の空間…………いや、そこに集まっていた空気が乱れて、千冬の姿がグニャリと捻じ曲がって見えた……。

そしてその後になって、一夏の立っていた場所が次々と何かに抉られていくように崩れて爆散していく。

一夏も跳び退きながら攻撃を躱していくのだが、すぐに攻撃が目の前まで迫ってくる……。

間に合わなくなると判断して、一夏は思いっきり横に跳び退いた。

着地のことなど考えずに、横に跳び出す事に全てを注ぎ、跳んだ後は、そのまま床にヘッドスライディングをかます。

 

 

 

「つぅ〜〜〜!!!」

 

 

 

咄嗟に跳んで、受け身もする暇もなかったため、体を強打し、一夏は悶絶していた。

しかし、自身の立っていた場所が、風穴が空いているように抉られていることに気づいた……。

壁も抉られて、よく見ると、外の森が見えていた。

 

 

 

「おいおい……マジで……?」

 

「ほう……回避することだけに専念して、避けたか……」

 

 

 

床や壁の抉れ方から見ても、おそらく先ほど撃ったのは、ソニックウェーブを幾多にも重ねて放った空気の衝撃砲なのだろう。

かつて鈴と一対一で戦って、甲龍の衝撃砲を見ていなかったら、流石に躱せずに、細切れにされていただろう。

 

 

 

(さて……マジでどうしよう…………)

 

 

 

敵は自分よりも格上の存在。

剣技においてはもちろんのこと、元々の戦闘能力が段違いだと言っていい。

にもかかわらず、六爪という異様な戦闘スタイルで攻め込まれる事態……それに付け加えてのソニックウェーブの遠距離攻撃もある……。

 

 

 

(どうにかして逃げることに専念した方がいいよなぁ……正面からはまず、有効打には絶対ならない……斬り刻まれるのがオチだしな)

 

 

 

どうにかしてこの状況を打破しようと、一夏の脳内は何パターンもの脱出ルートを検索しているが、どうしたものか悩んでいる。

すると、千冬はなぜか戦闘モードを解いて、普通に話しかけてきた。

 

 

 

「ふむ…………やはり、お前は死なすには惜しい人材だな……おい、お前……」

 

「な、なんだよ…………」

 

「私とともに来い……! お前は私の物にする」

 

「………………はい?」

 

「なっ、何を言っているのですかっ、黒刃っ?!」

 

 

 

あまりにも突然の宣言に、一夏と女王も言葉を失った。

唯一、女王だけが、気を取り直してツッコミを入れてくれたのだが……。

 

 

 

「いや、何言ってんの……? 俺とあんたは敵同士だろう……?」

 

「あぁ……だが、お前ほどの実力者を、ここで殺めてしまうのは惜しいと思い直した……。

このご時世、暗殺者とて、それほど多くはない……皆が私やお前のように腕の立つ者とは限らん……任務に出て、そのまま生きて帰って来なかった者も多い……。

ゆえに今、見込みがあるやつは我々がその目で実力を図り、呼び込めそうな者は徹底的に呼び込んでいるのさ……」

 

「なるほど……この時代ならではの悩みというわけか…………」

 

「そういうことだ……話はわかったな?」

 

「あぁ……まぁ、一応……いや、しかしだなぁ…………」

 

「何を迷うことがある? お前も元は暗殺者なのだろうが……」

 

「……………………」

 

 

 

すでに千冬にバレている。

カウンターとして《龍巻閃》を放っていた時点で、一夏の剣術の源流を読み取ってしまった。

いや、それだけではないか………この世界の住人たちの中で、剣を扱う者たちの剣術は、正統な騎士剣術……そのほかで言えば、この世界の刀奈やホウキ達のように、独自のスタイルで戦っている者たちばかり。

そのどちらにも属さない一夏の剣術は、自分に似ていると、千冬も感じ取ったのかもしれない。

姉と同じ剣術……そう言われれば、別に悪い気はしないが……それでも、ここにきた目的と意思は、絶対に揺るがない。

 

 

 

「悪いな……」

 

「…………」

 

「確かに俺は元暗殺者だけどさ……それでも、今は違う。別の道を模索して、その道を歩もうって決めた身でね……。

あんたからのお誘いは、正直魅力的ではあったが、謹んで、お断りさせていただくよ」

 

 

 

千冬を正面に、面と向かっての拒否。

千冬は顔の表情をピクリとも動かさず、一夏の答えを最後まで聞いた。

自分の誘いを断られたと再確認すると、目を瞑って、再び闘気を体全身に巡らせる。

 

 

 

「ふん……まぁ、ある程度答えは知れていると思ってはいたが……なるほど、お前の意思は固いと……そういうことか?」

 

「あぁ、その通りだよ……!」

 

 

 

一夏も鞘に戻していた直刀の柄を握り、抜刀術の体勢。

集中力が増していき、その場の空気が一気に圧迫されていく。

 

 

 

「ならば交渉決裂……躊躇いなくお前を殺れるということだな?」

 

「言っておくけど、俺、死ぬつもり無いからな?」

 

「上等だ……」

 

「ハッ……」

 

 

 

姉弟喧嘩にしては、いささか危険極まりないものになっているが、それを止められるものなどいるはずもない。

 

 

 

「お前の首を貰うッーーーー!!!!」

 

「俺は生きてカタナと帰るッーーーー!!!!」

 

 

 

二人が駆け出したと同時に、とてつもない衝撃波が生まれる。

直刀と六爪が交差し、ギリギリと鋼が軋む音がする。

鍔迫り合いに持ち込んだと思いきや、千冬の方が一夏を離し、再び斬り込む。

一夏は剣戟を躱し、返しの一撃を右下段からすくい上げるように斬りあげる。

衝撃が波のように伝わっていき、部屋全体に振動が響く。

その衝撃に女王・真耶は目を真っ白にしてその場に倒れてしまっている。

 

 

 

「はあああっ!!!」

 

「おおおおっ!!!!」

 

 

 

縦横無尽に迫り来る黒刀の斬撃。

それを一夏は、体に染み付いたソードスキルで弾き返していく。

垂直四連撃《バーチカル・スクエア》、三連撃技《シャープネイル》、二連撃技《スネーク・バイト》。

ドラグーンアーツである《龍巻閃》、《龍翔閃》、《龍槌閃》……自分の持てる技全てを出していく。

 

 

 

「なるほど、暗殺技以外にもこれほど持っているとはなっ!!」

 

「まだまだっ、これじゃあ終わらないさっ!!」

 

「ならばもっと見せてみろっ!!!」

 

 

 

ただの打ち合い。

剣戟を重ねるごとに、その速さ、重さ、鋭さが徐々に増していく。

一撃一撃が必殺。

気を抜いた瞬間が自分の死……。

千冬の六爪が下段からすくい上げるように振り切られ、斬撃とともに破砕された床の破片が飛んでくるが、その破片が当たるよりも速く一夏は動き回り、巧みに破片を躱し、千冬の懐に入る。

 

 

 

「だああああっ!!!!」

 

「っ!!?」

 

 

 

腰だめの姿勢から、渾身の袈裟斬り。

元々体格的には、一夏の方が千冬よりも背が高く、力も、女の千冬よりも男の一夏の方が強い……。

故に千冬は、六爪全てで一夏の斬撃を受け止める。

 

 

 

「ハハッ、いいぞっ……! この力、この剣戟っ……! 全てが私をそそらせてくれるっ!!!」

 

 

 

一夏が全力を出せば、これを受けてさらにニヤける千冬。

さらに千冬の戦闘能力が上がるのだ。

 

 

 

「おおおっ!!!」

 

「くっ!?」

 

 

 

一夏の斬撃を跳ね返し、千冬は大きく振りかぶった両手の六爪を、上段から一気に振り下ろす。

千冬の半径1.5メートルの範囲の空間が揺らぎ、その後にとてつもない衝撃波が発生する。

一夏はその衝撃に吹き飛ばされて、一旦距離を開ける。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

着地をしっかりと決め、千冬を睨みつける一夏。

しかし、一夏の左肩には、浅いが傷つけられたため、左肩からは血が少しだけ滲んでいた。

 

 

 

(ちっ……さすがに避けきれなかったか……)

 

 

 

痛みはある。

現実世界と同様の痛み……しかし、傷は浅いため、致命傷とまではいかないが、一夏はより一層警戒を強める。

その姿に、千冬も獰猛な笑みで答える。

 

 

 

「今の一撃でわかっただろう……まだまだやれるようだが、お前では私を殺る事はできんよ……!!」

 

「…………まぁ、そんな事、はなから分かっている事なんだけど……」

 

 

 

千冬はニヤリと笑いながら睨みつける一夏に対して、警戒心を最大にして、構え直す。

左脚を前に体を半身の姿勢、そのまま中腰になり、左手に持っている六爪を下から上に刃を向けて、右手の六爪は顔の高さまで持っていき、刃を下に向けて、切っ先を一夏に向けた状態で構えている。

まさに臨戦態勢……という事だろう。

 

 

 

「さぁ、どうする? 第二ラウンドと行こうか?」

 

「っ…………」

 

 

 

未だにやる気十分の千冬。

しかし、一夏にとってはそれはごめんだ。

暗殺の鉄則でもあるが、目標を仕留めきれないのならば、即座に後退し、次の機会に備える。

それが暗殺の鉄則……しかし、相手は最も暗殺のターゲットにしにくい相手だ。

自身よりも戦闘力が高い相手の暗殺など、至難の業である。

 

 

 

(ならば、俺のやるべき事は一つ……)

 

 

 

一夏はそっと視線を横へと向ける。

一夏の正面から向かって右には、今いる部屋へと入って来た廊下へと出れる扉が……左には、先ほど千冬が風穴を開けた部屋の壁。

そこからならば直接外への脱出が可能。

しかし、それは千冬も警戒している事だ。

 

 

 

「ふっ……この私が逃すとでも?」

 

「いや……。だけど、是が非でも逃げさせてもらおうと思ってる」

 

「言っておくが……」

 

「ん?」

 

「私は狙った標的は逃さんぞ……!!」

 

「そうか……なら、急いで逃げなきゃな……!!」

 

 

互いに譲らない。

緊張感が再び部屋の中を包み込む。

そんな静寂を打ち破ったのは、その場から逃げようと画策していた一夏だった。

一夏はまっすぐ外へと脱出できる風穴の方へと向かって駆け出す。

当然、それを阻止しようとする千冬。

 

 

 

「逃さんと言った!」

 

「けど、それでも逃げるって言ったぜ、俺はっ!!」

 

 

 

直刀を握りしめて、斬り込んでいく一夏。

千冬もそれに対抗して、一夏に対して斬り込んで行く。

左右から迫りくる六爪。

回避、防御をさせないための包囲技『咬牙』(こうが)

しかし一夏はあえて回避することなく突っ込む。

迫りくる両サイドからの斬撃に対して、一夏は身を屈めて、まるで野球のスライディングの要領で滑り込み、千冬の股下をかいくぐって背後を取った。

 

 

 

「くっ……!?」

 

「《龍巻閃・凩》ッ!!」

 

 

スライディングした後に、体勢を起こしてからの、間髪入れずに反時計回りに回転して放つ回転斬り《龍巻閃》の派生技を繰り出す。

しかし千冬は、振り切った右手の六爪を左肩の方へと持っていき、そのまま刃だけを背中に添えるように突き出す。

結果、《龍巻閃・凩》の斬撃は、その六爪によって阻まれ、千冬に傷をつける事は無かった。

そして、千冬はお返しとばかりに、時計回りに体を反転させ、六爪を振り切った。

 

 

 

『六刃双撃』(りくじんそうげき)ッ!!!」

 

「っ!!」

 

 

 

 

当てつけとばかりに回転斬りをお返しする千冬。

一夏は直刀で六爪の攻撃を受けきるが、なにぶん受けた体勢が悪く、攻撃をうけた瞬間に弾かれてしまった。

しかし、そんな一夏の表情には、笑みが浮かべられていた。

 

 

「くっ……!!?」

 

「ははっ……悪いねぇ、黒刃さん……」

 

 

一夏の弾き飛ばされた先には、ぽっかりと空いた城壁の風穴が……。

 

 

 

「貴様っ……!!」

 

「あんたとの勝負は、ここまでだっ……!!!」

 

「逃さんと言ったっ!!!!」

 

 

必死で一夏を追いかける千冬。

しかし、一夏の体はすでに城外へ。

あとは自然の力……つまりは重力に任せて、下に落ちるだけだ。

 

 

 

「言ったろ? 急いで逃げるってさ……!」

 

 

 

城外へと投げ出された一夏は、そのまま体勢を入れ替えて、落ちた場所の下に迫り出していた城の屋根へと着地する。

そのまま屋根を滑り落ちていき、城の外壁に向かって飛び出した。

外壁との距離はそれほど近くはない……しかし、飛び込んだ場所は外壁ではなく、城内に建っていた監視塔だ。城の外はジャングルのようになっており、ゲリラ戦を仕掛けるにはもってこいだ。

その対策なのかは知らないが城の周り数カ所に監視塔が設置されており、一夏はそこに向かって跳躍していた。

木材でできている監視塔の最上階へと転がるようにして着地し、先ほどの部屋を確認する。

するとそこには、一夏の事を鋭い視線で睨みつける千冬の姿があった。

 

 

 

「うわぁ……超怖ぇ…………!」

 

 

 

今にも出席簿アタックかゲンコツが飛んで来そうで身構えてしまう。

しかし、これが好機なことに変わりはない。

一夏は急いで監視塔から降りて、城門から外へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

「ちっ……まさか私の攻撃を利用して、そのまま逃げるとはな……こんなこと、今までに経験したことなかったな……」

 

 

 

一夏の姿が森へと消えていくのを見ていた千冬は、両手の六爪を腰の鞘に納めて、感慨にふけっていた。

今までの経験から、自分が標的を必ず仕留め、逃したことなど一度もなかったし、そんな自分自身とここまでやり合える者などもいなかった。

故に一夏を自分の物にしようと思ったわけだが……。

標的を逃してしまったというどこからともなく溢れてくる違和感と、自分が仕留めきれなかった相手の存在からくる興奮が千冬の中でごちゃごちゃに入り乱れていた。

 

 

 

「ううぅ〜〜〜…………ハッ! えっと、ここは……一体……!?」

 

「ふっ……ようやく目を覚ましたか、女王」

 

「黒刃? これは一体……?」

 

 

 

先ほどまでノビていた女王が目を覚まして、騒然としている部屋の様子に、目を丸くして、言葉を失っていた。

 

 

 

「なっ、ななっ……何ですかこれはっ!!?」

 

「あぁ? お前が殺せと言ったあの少年との戦いでできた爪跡……と言えばいいか?」

 

「ど、どうしてこのような惨状になるのです!! 私の城に何ということをっ!!?」

 

「仕方がないだろう……私も思わず楽しませてもらったぁ……今までに感じたことのないほどの命をやり取りをな……!!」

 

「うぅ……!!」

 

 

 

ニヤリと口角を上げて笑う千冬に、女王は顔を引きつらせてしまった。

しかし、どうしようかと悩んでしまう。

衛兵はそのほとんどが倒されたか、その場から逃げたかのどちらかだ。

世話をしてくれる侍従たちはまだ残ってくれてはいるが、戦力としては乏しい……。

 

 

 

「黒刃……あの男は仕留めたのですか?」

 

「いや……残念ながら」

 

「っ〜〜〜!!! ほほう? 任務を達成することができなかった……と言えることでしょうか?」

 

「…………」

 

「契約は……まだ続いていますよ? しっかりと果たして貰わなければいけませんよね?」

 

「…………無論、そのつもりだ。安心しろ、必ずあの少年と白雪姫の首は取る……お前はこの城の片付けでも考えていればいい」

 

「っ〜〜〜!!! ええっ! そうさせていただきますわ!!」

 

 

 

 

千冬の言葉に、怒りを露わにしながらその場から去る女王。

そして千冬は、まるでなにかを感じ取ろうとしているのか、目をつぶって、自身の神経を鋭敏にさせていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

なにかを考えているのか、それとも、何か聞こえてくるのを聞き取ろうとしているのか、それとも第六感で全てを悟ろうとしているのか……。

 

 

 

「ふっ…………捉えた……!」

 

 

 

 

ニヤリと獰猛な笑みを再び浮かべた千冬。

その目は、すでに人間のものとは思えず、その姿は、まさしく猛獣そのものだった…………。

 

 

 

 






とりあえず、あと二、三話程度で、このワールド・パージ編を終わらせて、さっさと次に進もうと思います。

とりあえず閑話を書いて箸休め……そこから今度は京都編に行き、そっからはSAOサイドに戻るような形ですかね。


感想よろしくおねがいします!!




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第110話 白雪姫の世界Ⅶ



久しぶりの投稿ですね(汗)


みんな内容覚えてるかなぁ〜




「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」

 

 

 

月夜の森。

その中を駆け抜ける人影が一つ。

腰ぶら下げた直刀と、グレーの長袖シャツに黒い袖なしのジャケットを着て、下のズボンも同じ黒色という、どこかの誰かさんを彷彿とさせる出で立ちの少年。

先ほどまで死闘を繰り広げていたその少年は、息を切らしながら、森の中を駆け抜けていき、やがて城が完全に見えなくなると、少し休憩するために、木の陰に入って、疲れ切ったその身を背後の樹木に預けた。

 

 

 

「はぁっ……! はぁっ……! つ、疲れたぁぁ〜〜〜〜!!!」

 

 

 

少年、一夏は、先ほどまで強大な敵と交戦したばかりだった。

その正体も、まさかまさかの自身の姉……千冬と瓜二つの女性。

しかも、一夏の知らない独自剣術まで披露してくる始末……。

正直、一夏もこの結果に、非常に驚いている。

あの獰猛な様子の千冬から、命からがらが逃げおうせたというだけでも驚きなのだ。

実際に、あのまま戦っていたとしても、勝つ見込みは正直無かった……一対一の状況で、千冬に勝とうとするならば、一夏も全身全霊をもって挑まなければ不可能だろう。

しかし、それでも仕留め切れるかどうかは分からず、返り討ちに合うのが目に見えていた。

 

 

「とりあえず、カタナ達と合流しなきゃ……!」

 

 

 

先ほどの戦闘で、カタナやホウキ達の逃走時間を稼ぐことはできたはずだ。

あとは、彼女達がちゃんと逃げ切れたのか、アジトの防衛体制がしっかりしているのか、襲ってくるかもしれない敵を前に、しっかりと死守する事は可能なのか?

上げていけば、キリがないが、今は無事に逃げ延びてくれたことを祈るしかない。

 

 

 

「っと、とりあえずアジトへ…………」

 

 

 

アジトへと道は、なんとなくだが覚えている。

まずは、開けた場所にあったあの巨木の方へと向かう。

そういえば、初めて襲撃されたのも、あの場所だったか……。

とりあえず、この世界に来てからは、ろくなことがない。いきなり死刑判決を言い渡されたり、衛兵に追われたり、かと思ったら反政府勢力の女子ーズに集団で襲われたり。

なによりも、カタナの記憶がなかったり…………。

 

 

 

「カタナの記憶……どうすれば戻るんだろう……」

 

 

 

短時間で記憶を消去するのは、理論的に不可能ではないのか? と思いたくなるが、相手はあの天災科学者・篠ノ之 束だ。

何かとんでもない発明をして、刀奈や和人達を実験体にしているに違いない。

だが、この世界で初めて出会った当初の刀奈の様子を見るに、なんとなくだが、一夏に対して何か思うところがあったようにも思えた。

記憶喪失……というより、封じられているような感覚なのだろうか?

 

 

 

「うーん、どうしたものか……」

 

 

 

夜道……影の中を歩いて、月明りの指すあの巨木の前に来た時だった。

不意に前方からガサッ、という音が聞こえた。

一夏はとっさに距離を取って、抜刀の構え……中腰になり、右脚を前にして、両手は直刀の鞘と柄を握る。

しかし、その正体は意外な人物だった。

 

 

 

「一夏くんっ……?!」

 

「っ!!? 姫さん?! な、なんでこんなところにっ……?!」

 

 

 

何を隠そう、刀奈本人だった。

しかし、城から離れているとは言っても、こんな夜道に一人でいるのは……。

 

 

 

「よかった、無事だーーーー」

 

「何やってんだよっ! こんなところに一人で!!」

 

「っ!!? …………え…………?」

 

 

 

刀奈か安堵した表情を見せた矢先、一夏の顔が怒った表情に変わり、刀奈を糾弾した。

 

 

 

「ここはまだ危ないんだぞ?! それなのに、護衛も付けずにこんなところにいるなんて……!」

 

「えっと、それは……でもっ、みんなもう無事に離脱したわよ! あとは一夏くんだけだったんだからーーーー」

 

「そういう事じゃない!! 君が一番危険な立場にあるんだぞっ、なのに、なんで一人で出てきたんだって言ってるんだ! 危ないだろ!」

 

「そ、それは…………」

 

「君は反乱軍のリーダー……まだあの黒刃だって、君を諦めてないし、君のお母さんである女王だって、きっと何か対策を立ててる。

今回の襲撃が失敗した事で、こちらも多少不利な状況に陥ってるんだ……ここで君が倒れたりしたら、それでこそみんなが悲しむっ……! それがわからない君じゃないだろう……」

 

「っ………………」

 

 

 

いつの間にか、一夏は刀奈の両肩を掴んで、本気で怒っていた。

そんな一夏の態度に、刀奈は驚いたあと、俯いてしまった。

流石に言いすぎたと一夏も思い、即座に我に帰った。

 

 

 

「ぁ……!」

 

「っ〜〜〜〜〜!!!!」

 

「わ、悪い……少し言い過ぎた……」

 

「ええ……ほんっと……! この私が心配してたっていうのに……一体何様のつもりなのかしら…………!!」

 

(あ、やべぇ…………)

 

 

 

俯きながらもワナワナと肩を震わせて、怒気をはらんだ声でそう言う刀奈。

彼女の逆鱗に触れてしまったと、一夏は多少焦ったが、その刀奈の顔が少しずつ上がっていく。

 

 

 

「ぇ…………?」

 

「っ〜〜〜〜!!!!!!」

 

 

 

刀奈は……何故か涙を流していた。

 

 

 

「カ、カタナ? ど、どうしたんだ?」

 

「わ……らない、のよ……」

 

「え?」

 

「っ!!! わからないのよっ!!! 自分でも、どうして一人で来てしまったんだろうっ、そう思うのよっ!

だけど、あなたがすごく心配だったからっ! 何故かわからないけど、すっごく胸が張り裂けそうだったのよっ!!!」

 

「ぁ…………!」

 

「おかしいのよっ……あなたに会ってから……私は、自分の心がざわついてるのが分かるっ……!

あなたを見てると、とても平常じゃいられなくなるのっ! ねぇ、どうして!?

あなたは、私のなんなのっ!!? 私はっ、あなたのなにっ?!」

 

 

 

両目から溢れる涙。

その表情は、とても演技には思えなかった……。

この世界での刀奈の役割……それは物語の主人公である白雪姫そのものだ。

白雪姫は王城で大切に育てられていて、本来ならばこの時点で男と関わりを持っていたことはなかったはずだ。

これはやはり、刀奈の記憶が完全には書き換えられていないという証拠だろう……。

 

 

 

「えっと……俺は、俺たちは……」

 

「恋人……」

 

「っ?! も、もしかしてっ、き、記憶がもどったのか?!」

 

「ううん……あなたと、ホウキちゃんが話しているのを偶然聞いてた……」

 

「あぁ、あの時か……」

 

 

 

あの時に初めて自分と一夏の関係を聞いて、驚きを隠せなかったが、何故だか、それもわかっていたような……そんな風にすら思うのだ。

 

 

 

「ねぇ、本当に、ほんとの本当に、私たちは恋人だったのね?」

 

「あぁ、それは間違いない。それだけははっきり言える……! 俺は君が、カタナの事が好きだし、カタナも、俺の事を好きでいてくれてると思う……」

 

「“思う” ってなによ?」

 

「いやぁ、一応な……? まぁ、その……なに? あ、愛してるって、言ってくれたし……」

 

「っ〜〜〜〜」

 

 

 

愛してると言った瞬間に、刀奈の顔がリンゴのように赤く染まっていくのがわかった。

刀奈も刀奈で、両手で顔を覆い隠し、一夏に対して背を向ける。

 

 

 

「えっと、その……とりあえず、帰ろうか……ここは、まだ危ないから……」

 

「………………うん」

 

 

 

一言そう言って、刀奈は歩き出した。

しかし、その道はアジトへと続く道ではなかった。

 

 

 

「あれ? こっちじゃないのか?」

 

「アジトを変えたわ……あのまま戻ったところで、私たちの迎撃態勢が整っていたとしても、逃げた騎士たちをもう一度掻き集めて、襲撃でもされたら、ひとたまりもないわ……」

 

「へぇ〜……第二のアジトがあったのか……。なかなか用意周到だな……」

 

「当たり前じゃない……。あの女を倒すために、いろんな策を練ってきたんだもん……といっても、第二アジトは元々、ホウキちゃんたちのように、あの腐れ女王によって、あの街を追い出された娘たちが寄り添って暮らしていくための生活拠点だったんだけどね。

私が王城から逃げてきたときに、彼女たちが匿ってくれたの……」

 

「へぇ〜」

 

「そして、今回の奇襲作戦のために、あの臨時拠点を作った。

まぁ、あそこでも生活していけるくらいの備蓄はしてたけどね……今はホウキちゃんやリンちゃんたちが主体になって、物資搬入と避難を率先してやってくれてるでしょう」

 

「ははは…………何から何まで用意周到なことで……」

 

 

 

こんな白雪姫は本当にありなのだろうか?

やってる事ややらせてる事が、もはや陸自の特殊部隊顔負けなんだが……。

 

 

 

「それより、あなたは大丈夫なの? その肩の傷は……」

 

「ん? あぁ、大したことはないよ……ただのかすり傷だからさ」

 

「ダメよ。化膿しちゃったら、大変じゃない……ほら、こっちきて、手当てしてあげるから……」

 

「え? いや、大丈夫だって……このくらい」

 

「いいから、見せなさい」

 

「大丈夫だってーーーー」

 

「い・い・か・らっ! 早く見せろっ……!!!」

 

「は、はい…………」

 

 

 

なんだが、最後の凄みを含んだ笑みの背後には、六本腕の阿修羅像が見えたような気もしないでもない……。

目の錯覚か、あるいはほんとうに実在したのか……とにかく、めちゃくちゃ怖かったとだけ言っておこう……。

刀奈の笑みに圧倒されながらも、一夏は左腕を刀奈の方に向ける。

刀奈も、どこからか取り出した包帯を手に取り、一夏の傷口を確認する。

 

 

 

「うーん……まぁ、たしかに傷は深くないけど、手当てはしてた方がいいわね」

 

「そっか……」

 

「その……とりあえず、傷口に包帯巻きたいから……その、服、脱いでくれないかしら」

 

「お、おう……」

 

 

 

袖を捲るにしては、肩の近くを負傷しているため、捲るよりも脱いだ方が手っ取り早い。

なので、一夏はそのまま上半身裸になると、今度は刀奈がまたしても赤面した。

 

 

 

「うわぁ…………お、男の子って、みんなこんな体なの?」

 

 

 

一夏の肉体は、それほど筋肉質というわけではないにしても、戦いの中で鍛えられた生きている筋肉をしていた。

締まるところは締まっており、無駄がない。

平均的でバランスのとれた肉体美が、そこにはあった。

 

 

 

「え? 別にみんながこんな感じってわけじゃないけど……俺は剣の鍛練をやってるから、こんな感じになってるんじゃないかな?」

 

 

 

SAOから生還してからは、もちろん筋トレなどを主体にしていたが、何もボディービルダー達のようなムキムキの筋肉をつけようとは思っていなかった。

剣を振るのに必要な筋肉をつけるために、食べては筋トレ、食べては筋トレを繰り返していた。

最近では、戦闘訓練などもあるので、自然と全身の筋肉を使う事が多くなったようにも思う。

そんな環境で育った一夏の肉体を前に、刀奈は恥ずかしがりながらも、そっと手を伸ばして、一夏の腹筋に触れてみる。

 

 

 

「か、硬い……!」

 

「そりゃあまぁ……筋肉ですから……」

 

「そ、そうよね…………」

 

 

 

ペタペタと、刀奈の柔らかい指先が一夏の肌に触れる。

一夏もくすぐったいのか、触れられるたびにピクッと動いてしまう。

刀奈は刀奈で、初めて触ったかのような表情で、なんだか感触を確かめていた。

 

 

「あ、あの、カタナさん? そろそろ手当てするなら、してほしい……んだけど……」

 

「はっ……! そ、そうねっ、そうしましょう……!」

 

 

 

刀奈は持っていた手ぬぐいを取り出して、傷口に当て、その上から包帯を巻いていく。

流石に消毒液などは持っていなかったため、本当に簡易的な処置だったが、使っている手ぬぐいは、パッと見ただけでも、かなりの高級感溢れる代物だった。

この時代背景ゆえ、おそらくは全部手作業によるものだろう……そして装飾として施されていた刺繍も、きめ細かく、繊細なものだった。

おそらく、王城に住んでいたときに使っていたものだろう……。

そして、慣れた手つきで包帯を巻いていく。

 

 

 

「はい、これでよし……」

 

「ん、ありがとう」

 

 

 

刀奈の手が離れていき、一夏は軽く左腕を動かして、感触を確かめる。

 

 

「うん、問題ないみたいだ」

 

「そう……それなら良かったわ」

 

 

 

そう言って、刀奈も安堵した。

恋人だと聞かされただろうか……一夏が隣にいる事が、なによりも嬉しいと感じているのだ。

怪我をした一夏の姿を見た瞬間に、ものすごく不安になって、心配してしまったし、今はそれが完全にかき消えて、安心の一言に尽きる。

 

 

 

「さ、帰ろうぜ……みんなが待ってる……」

 

「うん……」

 

 

 

自然と左手を出す一夏。

しかし、これまた自然に手を握る刀奈。

刀奈自身も驚いているのだが、何故か心地いい……。

二人は手を繋いで歩いていく……まるで、デートの帰り道のように。

 

 

 

「ん……なんでだろう……」

 

「ん? どうした?」

 

「わかんないんだけど……すごく、落ち着くというか……なんていうか……」

 

 

 

自身の手から伝わってくる一夏の手の感触や、体温……それらが、非常に安心する。

いつもと同じ感触が伝わってくる。

 

 

 

(ん? いつもと同じ……?)

 

「ほんとにどうした? 大丈夫か、カタナ?」

 

「え……? あぁ、ううん! なんでもないわ……それよりも」

 

「ん?」

 

「いつの間にか『カタナ』って呼んでるけど……」

 

「あ……」

 

 

 

この世界での刀奈は、白雪姫。

なので、ずっと『姫さん』と呼んでいたのだが、いつの間にか元に戻っていたみたいだ。

 

 

 

「あぁ……ごめん、なんか……普通に忘れてた」

 

「プッ……なによ、それ……」

 

 

 

あまりにも気の抜けたことを言うので、刀奈は思わず吹き出してしまった。

先程はあれほどの剣幕で迫ってきたのに……あろうことか、一国の姫君である自分に説教なんてしてきたくせに……。

そして、あんなにも果敢に、強敵に立ち向かっていったのに……。

 

 

 

「はぁ〜あ〜……。それにしたって、まさかあんな化け物を雇っていたなんて……」

 

「…………」

 

 

 

化け物……。

それを指す言葉はもちろん、千冬の事なのだろう。

やはりこの世界でも、刀奈にとって千冬とは強敵……あるいは、立ち向かっていくには、命の覚悟を必要とする相手として認識されているのだろう。

 

 

 

「これじゃあ、作戦内容をもう少し練りこまないといけないかしら?」

 

「その方がいいと思う。だけど、生半可な作戦じゃあ、あの人は落とせそうにないけどな……」

 

「………………」

 

「……なに? 俺、なんか変なこと言った?」

 

「いいえ……随分とあの化け物の事をわかっているように話すなぁ〜って思って……」

 

「え? あぁ……まぁ、さっきまで戦ってたし?」

 

「なぜ最後を疑問形にするのかしら?」

 

「えっと?」

 

「聞いてるのは私なんだけど」

 

「あぁ……まぁ、なんていいますかね……。カタナには、話してなかったことがあるんだけど……」

 

「なに……?」

 

「以前俺は、俺とカタナが恋人同士で、ここではない世界で過ごしてるって事を言ったよな?」

 

「ええ、まぁ……そんなはっきりとは言われてないけど……そんな風な感じのことは聞いたわね」

 

 

 

少しだけ頬を赤く染めて、一夏の顔から視線を外す。

どこか恥ずかしいような、ムズムズするような……。

 

 

 

「はっきり言うと、この世界は現実の世界ではないんだ……」

 

「…………」

 

「ここは仮想世界。仮の世界なんだ……。電子情報体と呼ばれるもので構築されているただの別世界。

それもカタナ、君が思い描いている世界なんだ」

 

「……私が……思い描いている?」

 

「そう……。ここは白雪姫という童話の物語がベースになっている世界。

で、カタナはその白雪姫自身なわけで……」

 

「そうね」

 

「だけどな? この世界の白雪姫と、物語の白雪姫は、全く別のストーリーなんだ」

「ふぅ〜ん……で? その物語の私はどんな私なの?」

 

「えっとだな……」

 

 

 

 

一夏は簡潔に物語を話し始めた。

白雪姫は、物語に出てくる王国の主、女王の一人娘である。

しかし、今の今まで世界一の美貌と言われた自分の地位を、あろうことか娘の白雪姫が奪ってしまう。

そのことに怒りを覚えた女王は、魔女に頼んで毒リンゴを作らせる。

何も知らずにそれを食べてしまった白雪姫は、命を落とし、それを悲しんだ7人の小人が、魔女を撃退する。

7人の小人たちは魔女を討伐したが、それでも白雪姫は目を覚まさず、悲しみにくれていた時、白馬に乗った王子様が登場する。

小人達から大体の事情聞いた王子も、白雪姫の顛末に悲しみ、彼女の隣へとやって来て……。

 

 

 

「その後は……えっとぉ、どうだったっけ?」

 

「ちょっとぉ〜! 一番大事な部分じゃない! クライマックスシーンなのよ?」

 

「うん、わかってるんだけど……最後は……ええっと、なんだったけなぁ〜……。

えっと、たしか…………そうだ! 王子様が白雪姫にキスするんだよ!」

 

「え……キ、キスっ?!」

 

「そうそう!! その王子様とのキスで、魔女の呪いが解けて、白雪姫は目を覚ますんだ!

そしてその後、その王子様と結ばれてっ、めでたしめでたし……っていうハッピーエンドで終わるんだよ!」

 

「へ、へぇ〜……」

 

 

 

 

なんでもないように見せかける刀奈だが、その実際自分が白雪姫としてここに存在している以上、物語とはいえ、自分の話がそんな風になっていると言われれば、少なからず意識するだろう。

それも、そんなキスだの結婚だのという類の話ならば、なおさらだ。

 

 

 

「王子様かぁ〜……」

 

「あ、あのさ……」

 

「うん? なに?」

 

「カタナは姫なんだろ? なら、もしかしてなんだけど…………」

 

「何よ、もったいつけてないで、さっさと言いなさいな」

 

「その、この時代のお姫様とかって、隣国の王子とか、自国の貴族とかと政略結婚とかするんじゃないかと思って……」

 

「それが何か?」

 

「いや……あの……その……カタナはさ、そういう話は来なかったのかな〜ってさ?」

 

「え?」

 

 

 

 

無論、この仮想世界に今いる国だけしかないのならば、そんな話はないだろうが……。

もしも隣国があり、そこに王子がいるとしたら、刀奈との縁談の話だった無くはないだろう……。

 

 

 

「うーん……私が知る限り、それはないかなぁ〜」

 

「え? そうなのか?」

 

「ええ……。隣国には、一応王子がいるけど、その人すでに三十路だし、妻となる人もいるし……」

 

「そ、そうか……」

 

「なぁ〜に〜? もしかして、私がその人と結婚するとか思っちゃってた?」

 

「へ? いや……そうなったら、ちょっとな……」

 

「へぇ〜?」

 

「…………」

 

 

 

イタズラな笑みを向けてくる刀奈に、一夏は少しだけ視線を逸らした。

 

 

 

「一夏くんと私は、恋人同士なんだよね?」

 

「あぁ、そうだよ」

 

「じゃあさ、私がその王子様と結婚するってなったら、一夏くんはどうする?」

 

 

 

ちょっとした意地悪。

そのつもりで聞いてみただけだ。

無論、相手は国の王子だ……少なからず意識するのが普通……だが、一夏は真っ直ぐに刀奈の目を見て、即答した。

 

 

 

「そんなもん、俺が王子から刀奈を奪うに決まってるだろ」

 

「へ?」

 

「相手が誰だろうと関係ないよ。刀奈は俺の恋人だ……それを奪おうとするなら、俺だってそうされないように抵抗するだけさ」

 

「ぁ……え……へぇ〜」

 

「どうしたんだ?」

 

 

 

あまりにも即答するため、刀奈もリアクションに困っていた。

少なからず意識して、戸惑う姿を見たかったのに……。

そういうの見て、もう少しからかってやろうと思っていたのに……。

 

 

 

「えっと……王子様なんだよ? それって、国一つを相手にするってことだよ?」

 

「だから? たしかに国一つに喧嘩をふっかけるようなもんだろう……だが安心してくれ。

俺、真っ正面からの殴り合いだけじゃ無くて、暗殺も割と得意だから」

 

「そんな物騒な話はしてないわよっ!!」

 

 

 

どこまでが本気でどこまでがふざけているのかわからないが、とてもふざけて言っているというわけでもなさそうだった。

根拠は?

見つめていた一夏の瞳には、一点の曇りもなかったからだ……。

 

 

 

「えっと……本気なの? 私を奪うということは、国そのものと戦うってことなのよっ?」

 

「知ってる」

 

「いくらあなたでも、大勢の騎士を相手にするなんて無謀だわ……!」

 

「だろうな……でも、だからって諦める気は毛頭ない。言ったろ? 俺は暗殺も得意だって……。

向こうがその気なら、俺だって全力で排除する。絶対にカタナは渡さない……以上」

 

「っ…………頑固者ね。しつこい男は嫌われるわよ?」

 

「じゃあ、俺を好きになってもらえるように頑張る」

 

「…………はぁ……」

 

 

 

皮肉を言ってもダメな気がした。

どうしてここまでまっすぐなのだろう……。

自分が彼にとって、どんな存在になれば、そういう風に思えるのだろうか……?

 

 

 

「ねぇ、一夏くん……」

 

「ん? なに?」

 

「君にとって……私って、どんな存在なの?」

 

「え?」

 

 

 

俯きながら尋ねる刀奈。

その頬は、少し赤みがかっていた。

 

 

 

「なんだよ、急に……」

 

「お願い答えて……。あなたにとって、私ってなんなの?」

 

「…………うぅ〜〜〜ん」

 

 

 

一夏は頭を掻いて、どう答えたものかと悩んだが……。

しかし、答えはこれ一つしかないと、すでに決まっているのだ。

 

 

 

「その、カタナ……。君は、俺にとって君は…………光なんだ」

 

「ヒカリ?」

 

「そう……光。昔、とんでもない過ちを、俺は犯してしまって……どうしようもないくらいに、気持ちは沈んでいってた。

それはもうドン底……そう、ドン底だったんだ……。そんな時に、俺を導いてくれたのが、君だったんだ……」

 

「私が……」

 

「そう、君が……。君が俺のことをちゃんと見てくれていたから、俺はもう一度、日の当たる場所へと戻る決意をしたんだ。

もしあの時、君が居なかったら……俺はずっとドン底にいたか、それとも、すでにこの世にいなかったか……そのどちらかだったろうな……」

 

「………………」

 

「だから……」

 

「へ?」

 

 

一夏はそっと刀奈を抱き寄せる。

突然のことで、刀奈は対応しきれずにそのまま一夏の腕の中にすっぽり収まる。

 

 

 

「へぇ……?!」

 

「俺には君が必要なんだ……誰にも渡さない……っ!」

 

「イ、イチカ……くん…………???」

 

 

 

顔が真っ赤に染まり、まるでリンゴのようだと思った。

普段は飄々と人をからかい、ミステリアスな様相を纏わせているくせに、こういう時には年頃の少女のような反応をする……。

全く、こういうのは少しズルイと感じる一夏だ。

 

 

 

「あ、あぁあの…………」

 

「なに……?」

 

「わ、わわ私、こういうの、慣れてなくて……」

 

「へぇ? いつもそっちから抱きついてきたりしてきたのに?」

 

「はいっ?!」

 

「昔は水着エプロンで出迎えたかしてくれたのに……」

 

「はえええっ??!!!」

 

「まさか、自分は純真無垢な少女だと?」

 

「そ、そそそそれは…………!!」

 

「あんなに人のことをおちょくって、男心を弄んだのに?」

 

「そ、そんな事してないわよっ……!!!?」

 

「いいや、カタナはそれくらいの事簡単にやってたぞ?」

 

「う、嘘よ!! 私はあの女王とは違うわよ!!」

 

「うーーん……女王さまのことは知らんが、それでも、少なくても俺は、カタナからの被害を受けてるけどなぁ〜」

 

「ううぅ……!!」

 

 

 

あまりにも予想外の反応に、一夏の中で何かこう、嗜虐心みたいなものが湧き上がってくるのを感じた。

しかし、これ以上はかわいそうだと思い、一夏は刀奈を離した。

 

 

 

「えっと……わ、私は……」

 

「だから、俺は君を誰かに渡すなんて選択は一切ないよ。君を他の男に渡すくらいなら、俺は真っ向勝負してでも相手をぶっ倒す……! 以上!」

 

「そ、それはそれでどうかと思うわ……」

 

 

 

一夏の真っ直ぐな物言いに、刀奈は顔が熱くなるのを抑えられない。

そんなことを真っ直ぐに言ってくる者なんて、どこにもいなかった。

だから、あんまり慣れてないのだろう……。

 

 

「ん…………」

 

「えっと、大丈夫か? なんか、言い過ぎたかな?」

 

「ええっ、そうね! 言い過ぎよ! バカッ!」

 

「あっははは」

 

「笑い事じゃないっての! こっちはあの化け物倒すための秘策練らなきゃいけないのに!」

 

「あぁ〜……そんな話ししてたな」

 

「なんで忘れてんのよ! さっきまで殺しあってたのあなたの方でしょう!?」

 

「あはは……」

 

 

 

乾いた笑いが溢れた。

そこで話を戻して、どうすれば千冬を攻略できるかを話し合う。

 

 

 

「まず大原則として、あの女を叩かない限り、女王は殺れないわよね……」

 

「あぁ……だが、あの人の戦闘力は、俺やカタナよりも数段高い……かっこ悪くはあるが、複数人で対峙した方が無難だな」

 

「その戦闘は、もちろんあなたと私が請け負うとして……」

 

「おいおい、カタナが出張っちゃマズいだろ……ホウキ達がそれを許すとも思えねぇし……」

 

「い・や・よ。私が始めた戦争なんだもの……私が決着をつけなきゃいけないわ。

あなたも当然、付いてきてくれるわよね?」

 

「もちろん……姫さまのご命令とあらば、なんなりと」

 

「よろしい……じゃあ…………」

 

 

 

不意に、刀奈の顔が一夏の顔へと近づいていく……。

このままでは、唇同士が重なってしまう……そう思った時、刀奈の顔は軌道を変更して、一夏の耳元へ。

 

 

 

「今からあなたを、私の騎士として正式に認めてあげる……だから、私をしっかり守ってよね?」

 

「っ…………!」

 

 

 

 

耳元から離れていく顔。

その表情は、優しい微笑みを浮かべるお姫様そのものだった。

 

 

 

「っ…………もちろん。君は、俺が守る。たとえ、千冬姉が相手だったとしても、国が相手だろうと、俺は君を守り抜く!

約束だ……。必ず、二人で元の世界に帰る……!!」

 

「ええ……そうできるように、お互いに頑張りましょう……!」

 

 

 

刀奈の一夏に対する警戒心は、今のでほとんど無くなっただろう。

二人は再び歩き始めて、目的地へと進んでいく。

そんな時、ふと刀奈が思い出したように問う。

 

 

 

 

「ん? そういえばさっき、“チフユネエ” って言ってたけど、それって誰?」

 

「え? あぁ、言ってなかったな。あの《黒刃》とかいう人の名前だよ……。

この世界が作り物の世界だって言うのは、さっき説明したろ?」

 

「ええ……本当の私はアイエス学園ってところの、生徒会長? っていうのをやってたのよね?」

 

「そう……そんで、あの《黒刃》は、現実世界の俺の姉であり、IS学園の教師でもある」

 

「ええっ?! お姉さんなのっ?!」

 

「ああ……まぁ、姉弟であんまり顔立ちは似てないかもしれないし、10歳も離れているからな……」

 

「ふぅ〜ん……なるほどねぇ〜、だからあの女が強いって知ってた訳ね?」

 

「まぁ、そういうことです」

 

「弱点は?」

 

「目立った所は特に無い」

 

「何よぉ〜……何か知ってるかもと思ったのにぃ〜」

 

「ごめんね……家庭的なところは欠陥だらけなんだが、戦闘面に至ってはほぼ死角無いと思う。

生身でISと殺り合ってたくらいだしなあ〜……」

 

「うーん……最強の兵器相手に生身で……たしかにそれは、規格外ね」

 

「そうそう……ただのバグキャラだから。ま、セオリー通りに倒せるなんて思っちゃいないから、奇襲、夜襲、強襲、暗殺なんでもござれ、あらゆる手段をとっていくしかないと思う」

 

「了解……それじゃあ一緒に考えましょう」

 

「あぁ、そうしようか」

 

 

 

月明かりが照らし出される森の獣道。

そこを歩く二人の若い男女。

互いに手を握り合い、静寂な森の中を歩いて帰る。

 

 

 

「あ……そういえば……」

 

「ん? どうした?」

 

 

 

ここに来て何かを思い出したように声を発する刀奈。

 

 

 

「ちょっと気になったんだけど、一夏くんはキスとかしたことある?」

 

「………………はい?」

 

 

いきなりの事で拍子抜けしたような声を上げる一夏。

目が半目の状態になり、ジト目で刀奈を見返す。

 

 

 

「え、なに? この状況でなに言ってんの、カタナさん……?」

 

「え? …………あぁ……そのね…………」

 

 

 

自分から尋ねておいて、今度は頬を赤らめて恥じらう白雪姫。

いや、ほんと、どうしたの……?

 

 

 

「あのさ……今度の決戦が最後になるわけじゃない?」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「その決戦でさ、最悪の場合、私は死ぬかもしれないじゃない?」

 

「それはぁ…………ないとはいい切れないが、そんな事にならないように俺が守るって話だったじゃないか……」

 

「それは分かってるわ……でもね、いざとなると、心残りがあるっていうか、なんというか……」

 

 

 

いまいちハッキリしないお姫様に、一夏は呆れて物申した。

 

 

 

「なんなんだよさっきから……?」

 

「そのね? 仮にもお姫様として、殿方からの寵愛がないまま死ぬっていうのはね、それはそれで心残りな部分があって……その……」

 

「…………あぁ、なるほど……」

 

「分かって、くれたかしら……?」

 

「つまり、誰とも結婚しないまま……ましてや、誓いのキスすらもせずに死にたくはない、と……そう言う事ですか?」

 

「ま、まぁ、端的に言えばそういう事になるわね……!!」

 

「しかし、それがどうして俺に対する質問になるんだ?」

 

 

 

問題はそこだ……。

なぜそんな風に聞いてきたのか。

 

 

 

「だ、だって……! 君がしたことあるって言うなら、その相手は当然……」

 

「あぁ、カタナと……と言う事になるぞ?」

 

「っ〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

「つまり、カタナはキスがしたいのか?」

 

「なっ?! ちょ、ちょっとは包み隠して言いなさいよっ!!」

 

「うーーん……でも、そう言う事なんだろう?」

 

「デリカシーに欠けるのっ! 女の子の前でそういう事言わないっ!」

 

「えぇ……? いやでもさぁ〜……」

 

「『でも』じゃないっ!! いいっ?! 女の子とそういう事を話すなら、もう少しオブラートにっ、ロマンチックに話さなきゃいけないものなのっ!」

 

「ロマンチック?」

 

「そう! 女の子なら誰でも、夢見たい時があるのよ!」

 

「そういうもんなのか? なに? お姫様になりたいとか?」

 

「さぁ? 私はもうお姫様だし、その点はわからないけど……」

 

「あぁ、そうだな……お姫様になりたい夢は、今叶っちゃってるな……」

 

「と・に・か・く! 女の子と話し時にはーーーー」

 

「オブラートに包んで、ロマンチックに……だな?」

 

「そう! それでいいのよ……!」

 

「まぁ、それはさておき、本当のところはどうしたいの?」

 

「ガクッ……! あのねぇ……人の話聞いてたのっ?」

 

 

 

飄々としている一夏の受け答えに、呆れて何も言えなくなった刀奈。

ため息を一つ吐いて、改めて一夏の方へと体を向ける。

身長的に刀奈が一夏を見上げる状態になり、少しだけ潤んだ瞳が、一夏の瞳を捉えている。

 

 

 

「ん……」

 

「………………」

 

 

 

一夏に対して少しだけ顔を上げて、両目を閉じた状態て唇を突き出す刀奈。

それが何を意味しているのか、今更問うまでもない。

一夏は無言で刀奈の背中と腰に手を回して、刀奈を抱き寄せる。

一瞬だけピクッと体を震わせる刀奈……しかし一夏は、そのまま顔を近づけて、刀奈の唇に自身の唇を重ねる。

 

 

 

「んっ……」

 

 

刀奈の口から吐息が漏れる。

そこから続けざまに一夏は刀奈の唇を奪っていく。

何度も何度も舌を吸い寄せ、唇を啄む。

刀奈の方は膝や脚の力が抜けているのか、少しだけ体勢を崩すも、それを一夏の腕が支えているため、倒れることはない。

刀奈も最初の方は一夏の勢いに驚き、両肩を掴んで離そうとするが、次第にその力も無くなっていき、今では一夏の口づけを全て受け入れている。

 

 

 

「ぁぁっ……んあっ、んんっ………クチュ……ぁあっ……!」

 

 

 

刀奈を求める思いが、今となって溢れてきたのか……一夏は思いのまま刀奈を蹂躙する。

刀奈はされるがまま……と思いきや、今度は刀奈からも一夏を求める。

月明かりが指す森の中で、二人だけの時間、二人だけの空間が築かれている。

 

 

 

「んっ……ぁあ…………はぁ……はぁ……」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 

呼吸を忘れていたかのように互いを求めあった結果、互いに荒い呼吸をする。

徐々に空気を体内に取り込んでいき、落ち着きを取り戻したその時、俯いたままの刀奈の口が開いた。

 

 

 

「もう……息できないじゃない……“チナツ”」

 

「ごめん……なんか、歯止めが効かなくて…………ん?」

 

「ん?」

 

 

 

 

たった一言。

その一言が、二人の会話を途切れさせた。

 

 

 

「え? カタナ……今、なんて言った?」

 

「え…………息できないじゃない、チナツ……」

 

「チ、チ、チナツっ?!! カ、カタナっ、お前っ……!!!?」

 

「え、ええ……なんか、急に思い出しちゃった…………」

 

 

 

あっけない結末。

どうすれば刀奈の記憶を取り戻すことができるのか、この仮想世界を脱出すれば、自然と解けるのか、あるいはなんらかの条件があったのか……色々と頭の中で考え、検討していたのに……。

 

 

 

「え? 嘘だろ……こんな簡単に解けるものだったのっ!!!???」

 

 

 

 

あまりのあっけなさに、一夏はその場で叫んでしまった。

 

 

 

 

「うーーん……まぁ、ファンタジー世界なんだし、これはこれでいいんじゃない?」

 

「えぇっ、いいのかっ?! こんな簡単でっ?! シナリオ手抜きすぎじゃないっ?!」

 

「仕方ないわよ……この世界を作り出したのがどこの誰かはまぁ、考えればわかることだけど、そんな複雑にストーリー組み込む時間も技術もなかったってことじゃないの?

あのヒースクリフ団長ならいざ知らず、それ以外の人物が見様見真似で作ったとしても、これくらいが限界でしょ」

 

「そ、そういうもんか……まぁ、一理あるな」

 

 

 

記憶を取り戻した刀奈は、いつもの刀奈だった。

白雪姫で、反政府勢力のリーダーとしての記憶は、失ってしまったのだろうか……?

 

 

 

「それにしても、なんだか面倒な事巻き込まれたわね……ごめんなさい、チナツにも危険な目を合わせる事になったわね」

 

「何言ってんだよ……危険なのはカタナも同じじゃないか。今更俺だけ除け者扱いは困るぞ?」

 

「そうだけど……でも確か、私は侵入者を追っていたはずなんだけど……」

 

「もしかして、記憶がないのか?」

 

「ううん……今まで起きていたことは記憶しているわ。山田先生……いえ、私、白雪姫の母親である女王に殺されかけて、反政府勢力をまとめ上げて、今さっき奇襲をかけたけど、千冬さんに邪魔された所は覚えているんだけど……」

 

「囚われた時の記憶がないのか……」

 

「うん……なんだか、暗闇に引きずり込まれた様な感覚だけが、体に残っているのよねぇ……。

なんか、ちょっとゾッとするけど、特に異常は見当たらないわね」

 

 

 

 

そう言いながらも、刀奈は自分の両腕を高く、体を震わせた。

そんな刀奈を見て、一夏は自分の方へと刀奈の体を抱き寄せた。

 

 

 

 

「ぁ……!」

 

「今はそんな事考えなくていい……とにかく、ここから出る算段を考えよう……」

 

「うん……そうね。ありがとう、チナツ」

 

 

 

抱き寄せられた際に感じた一夏の体温が、刀奈の恐怖心を優しく溶かしていくようだった。

互いに抱き寄せた後、二人は再びアジトに向かって歩き始めた。

 

 

 

「それにしても、カタナの記憶が戻ったのに、これどうやって出ればいいんだろうな?」

 

「私の目的を完遂すれば、道は開くのかしら?」

 

「目的?」

 

「ええ……この世界の私……白雪姫は、母親である女王を倒そうと考えた。

その為の組織であり、それに必要な人材を集めたんだもん」

 

 

 

つまり、この戦いに終止符を打たなければならないようだ。

 

 

 

「なら、早く戻って作戦を立てなきゃな」

 

「ええ……しっかり働いてもらうからね、チナツ」

 

「オッケー。ドンと来いだ……!」

 

 

 

 

二人は手を繋いだ状態で再び歩みだした。

相当歩いた思っていると、森を抜け、今度は切り立った岩肌が見えてきた。

 

 

「ここは?」

 

「この辺りでは大きな山岳地帯ね。それも火山があって、噴火によって出た溶岩が流れて固まったりしてできた地形になってるのよ」

 

「ほう? って、そこら辺の知識は覚えてるんだ?」

 

「うーん……そうねぇ〜、なんか、ふと思い出した……って感じかしらね。

あまり思い出すことは出来ないんだけど……」

 

「なるほど……。その場その場で記憶が蘇るって感じなのか」

 

「うん、そんな感じ」

 

「じゃあ、ここにアジトを?」

 

「ええ……いわば自然の要塞よね。いくつもの通路を開拓して、脱出も可能だし、守りに固く、攻め辛い……。いい立地だと思うのよねぇ〜」

 

「たしかに……基地にするなら持ってこいだな」

 

 

 

二人はそのまま、アジトの入り口方面へと歩いていく。

 

 

 

「さぁ、作戦会議を始めるわよ! 今度こそーー」

 

「あぁ、今度こそあの人たちを倒すっ、そしてーー」

 

「「一緒に帰るっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 






次でラストにしたいところですね。
そして、ワールド・パージ編を終えて、少し閑話を交えてからの、京都編に行こうかと思います!


感想よろしくお願いします!



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第111話 白雪姫の世界Ⅷ


久しぶりの投稿となります。

内容は、皆さん覚えていますかね……( ̄∇ ̄)




「さて、今後の作戦についてだけど、みんな、心して聞いてちょうだい!」

 

 

 

夜の奇襲作戦から一夜明け、作戦での疲れを少なからず癒していた時だった。

囮となった一夏を迎えに行ったっきり戻ってこなかった白雪姫こと、刀奈の帰還により、反乱軍の士気は上々だった。

新たな拠点は、以前のものと比べると大きく、本当にここで一生過ごせるのではないかと思えるほど……。

中も人力を用いてせっせと穴を掘り続けていったのだろう、長い洞窟のようにもなっており、元々の洞窟と人工的な加工具合がうまい具合にマッチしている。

確か世界のどこかには、こういった洞窟を普通の部屋のように改造して、実際に住んでいる人たちもいると、以前テレビでみたような気もする。

 

 

 

「作戦はいたってシンプルよ! まずっ、あの化け物女は私とチナ……じゃなかった、一夏くんとで相手するから!

みんなは代わりに、迎え出てくる兵士たちを薙ぎ払いっ、一点突破であの女王の息の根を止めてちょうだい!!

以上が、本作戦の内容よっ! わかった?!」

 

 

 

本当にシンプルだった。

あまりにもシンプルすぎてリアクションに困るくらいにシンプルだった。

お陰でみんな固まってる。

あそこまで自分の母親であり、一国の女王でもある女性……山田先生を討つべく、作戦を考えていた刀奈が、ここに来てその作戦を捨てたのだ。

まぁ、その理由というのも、あの城の中で現れた強大な敵の存在があるからなのだが……。

 

 

 

「し、しかし姫様っ! あの暗部の者の実力……正直言って、我々はもちろん、姫様でも相手になるかどうか……!」

 

「そうですわっ! 聞いた話では、ラウラさんがいとも容易く破れたと聞くではありませんかっ!」

 

「確かに……。ラウラも相当な手練れだけど……そのラウラを圧倒するんじゃねぇ……」

 

 

 

作戦を伝えて数秒遅れで、ホウキ、セシリア、リンが動いた。

あの時、あの場に潜入していたのは、ホウキが率いる部隊と一夏と刀奈、そして先行して侵入していたラウラだけだった。

この世界でのラウラは元々、侍女としての家系に生まれた存在。

当然王家に仕える一族であったのだが、ラウラもこう見えて美形だ。

左目を覆い隠す眼帯が、その美貌を隠しているのだが、それをとってしまえば、多くの男子が振り向くような銀髪美少女なのだ。

そんなラウラを、あの女王・山田先生が見逃すわけもない。

故に王城から追放したようだが、その流れ着いた先が、同じ末路を辿ってしまった美少女たちの集まり場だったみたいだ。

元々侍女として、あらゆるスキルをマスターしていたであろうラウラ……そこに戦闘術が加わったのならば、現実世界のラウラの実力と対して変わらないはずだろう……。

しかし、それは一般の騎士たちには有力なのだろうが、今回ばかりは相手が悪すぎた……。

 

 

 

(この世界では、ラウラと千冬姉は接点ないんだよなぁ〜……なら、千冬姉の方も手心は加えてなさそうだな……)

 

 

 

ラウラとて実力はある方なのだから、千冬もそれ相応の力で返り討ちにしたはず。

このレジスタンスの戦力でいえば、ラウラは上位に入る実力者だ。

そんなラウラが敗れた相手となると、むしろ対峙する事を避けた方がいいと考えるだろう。

まぁ確かに、直接戦った一夏ですら、それを感じてしまったのだから間違いない。

しかし、皆の不安の声を聞いてもなお、刀奈は……白雪姫は引かなかった。

 

 

 

「みんなの言うことも、確かに一理あるわ……でも、だからこそあの敵は、私を狙ってくると思うわ……。

あの暗殺者は、強い人間に興味があるみたいだし……それに付け加えて、あの女王からの命令がある……だから、私があの女と対峙した方が、本来の目的を果たせる可能性がグッと上がるの」

 

「しかし、たった二人で……! それも、この間入ってきたばかりのこの者と一緒だなんて……!!」

 

 

 

ホウキがキッ! と一夏の方を向く。

一夏は苦笑を浮かべながら、両手を前に突き出し、睨んでくるホウキを……さらにその後ろから訝しむような視線を向けてくる少女を諌める。

 

 

 

「それに関しては大丈夫よ。ここにいる一夏くんは、たった今! その暗殺者と壮絶な攻防を繰り広げて、なおかつほぼほぼ無傷で帰ってきた男の子なんだからっ!!」

 

 

 

ドドンッ! というような効果音が今にも聞こえて来そうだったが、それは置いておく。

先程刀奈が言ったように、一夏は自身の姉であり、この世界では最強の暗殺者である千冬と対峙し、なんとか逃げ切ってきた。

ぶっちゃけるとギリギリだったと言いたいところだが、すでに刀奈が大いに宣言してしまったために、少女達の期待の眼差しがすでに一夏に向けられる。

 

 

 

 

「あ、あの……カタナさん? そういう煽りはやめてほしいんだけど……」

 

「大丈夫でしょ〜、一夏くんなら♪ それに今回は私も手伝うから〜♪ ね?」

 

 

 

「ね?」じゃないんだよ……。

しかし、こればかりは、他の子にも任せられない。

相手は世界最強の暗殺者。

現実世界においても、一夏はもちろんのこと、刀奈ですらまともに勝負したくないと思っている相手だ。

前回は一人で戦ってギリギリ逃げ切れた……今回は二人……だからと言って、その戦力差が埋まるかどうかは別問題だ。

 

 

 

「ひ、姫さまがそれでいいのであれば……」

 

「わたくし達は姫さまに従うのみですわ……!」

 

「そうねぇ〜。まぁ、後顧の憂いなく暴れられるのは、案外楽よねぇ〜」

 

 

 

刀奈の簡単な説明に納得したホウキ、セシリア、リンの三人。

他の者達からの抗議の声は出てこず、作戦は刀奈の立てたシンプル・イズ・ザ・ベストなものに決まった。

それからというものの、準備は着々と進んでいって、負傷したラウラはそのまま後方支援へと周り、各部隊への伝令役を買って出た。

カンザシは相変わらず全体の動きを把握し、戦術を考える軍師役を……シャルロットは先の戦いで出た負傷者の治療に当たっていた……今回は後方で治療班として動くらしい。

リンとホウキは相変わらず突破口を開くための斬り込み役。

そしてセシリアは珍しい装飾が施された『銃』のようなものを手にしていた。

 

 

 

「えぇっと……なぁ、セシリア」

 

「………………」

 

「あれ? セ、セシリア?」

 

「なんですの、あなたは? ちょっと馴れ馴れしいのではなくて?」

 

「え?」

 

 

 

手にしている銃の事を聞きたかったのだが、まさかの塩対応……。

なんだが、出会ったばかりの頃を思い出す。

 

 

 

「あなたみたいなどこの馬の骨とも知らない人物と、まるで友人のように話すのはおかしくありません?!」

 

「あ、あぁ! そ、そうだよな……! ご、ごめん、いや! 申し訳ありません、セシリア嬢」

 

「ふんっ! まぁ、わたくしは寛大ですから? そのような瑣末な事で怒れるほど子供ではありませんわ」

 

「いやいや、普通に決闘までした仲なんですけどね……」

 

「何か言いましたか?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 

 

こうしてみると、あの勝負の時からセシリアは優しく接してくれているのだと、改めて思う。

いや、元々が優しい子なのだから、それは当たり前なのだが……。

以前は周りの皆をあまり信用していないみたいな言動や振る舞いをしていたようにも思えるが、今ではいろんな友人を持ち、普通の女子高生の様に見える。

 

 

 

「ところでセシリア嬢、それは一体……?」

 

「ふっふ〜ん♪ 平民にしては見る目がありますわね……! これこそは、わたくしの家に代々伝わっている家宝にして、世にも珍しい宝具!

《騎銃》と呼ばれる特殊合金で作られた武具ですわっ!!!」

 

「ほう?」

 

 

 

金・銀などの高級貴金属の他にも一見石にも思えるそれは、レアメタル系の鉱石でできているとか……。

だからと言って、少女であるセシリアでも軽々と持ち上げている事から察するに、重量もそれほどないのかもしれない。

 

 

 

「なぜ、前の襲撃の時に、それを持ってなかったんだ?」

 

「あいにくと、これはとっても貴重なものですのよっ? そう簡単に人目につく様なところに持ち出せません……!

しかし今回、姫さまが命をかけて、バケモノを討伐しにいくのですっ……! わたくしも、わたくしにできる最大限の事をやるつもりですわっ!」

 

 

白雪姫の物語に、まだ銃などの飛び道具は出てきていないはず……弓か、または弩か……。

とにかく、銃と呼ばれる武器はまだ存在していないはずだ。

しかしまぁ、ここはあくまで物語の世界。

対象にしている時代背景や世界観はあるにしても、現実の世界観と同様に扱われる制限は持たないはずだ……。

ならば、セシリアの様に、珍しい武具を持っているというキャラクターが他にもいるのかもしれない……。

 

 

 

「チナ……、一夏くん。ちょっとこっちに……」

 

「ん? あぁ、今いくよ」

 

 

 

姫さまからの呼び出しがあり、一夏はその場を離れていく。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

「私たちも作戦会議をしておいた方がいいだろうと思ってね……。千冬さんを攻略するのに、生半可な戦いはできないでしょう?」

 

「あぁ、なるほど……! 確かに、しておいた方がいいかもな」

 

 

 

今回の作戦で要となるのは、暗殺者である《黒刃》こと千冬を倒せるかにかかっている。

城に常駐している兵士達は、先の襲撃による痛手を被っていることを鑑みても、さほど脅威にはならないだろう……。

女王の首を獲るに至るのは目に見えているが、最大の障壁となるとが、やはり千冬だ。

 

 

 

「実際に剣を合わせてみて、どうだった?」

 

「うーん……正直言って、まだ何か手を隠しているようにも思えた……。あれは多分本気じゃなかったと思う」

 

 

 

千冬の剣術を生で見たのは、一夏がまだ小学生の頃の話……。

少なく見積もっても、第二回モンド・グロッソの大会に出場していた時くらいのものだ。

普段から人前で鍛練をする事をしなかった千冬……地道な特訓などを人前で見せる事をあまり良しとしない性格ゆえだったんだろう……昔は一夏が寝静まった時に、鍛練をしていたようだ。

 

 

 

「俺が見ていたのは、ほんと、単純な素振り程度だったんだけど……昔、一回だけ本気で剣を振ってる千冬姉を見たことがある……!」

 

「っ……」

 

 

人々が寝静まった夜……たまたま夜トイレに行こうと思い、一夏は起きて一階にあるトイレへと向かったと言う。

そしてその時に、庭で黙々と剣を振るう千冬の姿を目撃した。

ただ淡々と、篠ノ之道場で学んだ剣術の型を確かめるように剣を振るっていた……それから、独自で編み出した型も混ぜながら、ただ黙々と。

 

 

 

「その時は、俺には千冬姉の剣閃は見えなかった……あまりにも速すぎると思ったからな……」

 

「でも、今のチナツだって、いい線いくでしょうに」

 

「いや、今になってわかるけど、千冬姉の型には無駄がなかったようにも思えるんだ」

 

「…………」

 

「呼吸、足運び、体幹、体の使い方……全てが流麗で、とても速かった……!」

 

「それは、あの千冬さんも?」

 

「あぁ……あの暗殺者の千冬姉のデータ……おそらく今まで戦ってきたモンド・グロッソの戦闘データか、それ以外にもなにか別のデータを反映させて作ったんだと思うけど……あそこまで行くとな……。

まぁ、この状況を作り出した犯人には目星がついてるけどさ……」

 

「まぁ、そうよね……」

 

 

 

一夏と刀奈は共にため息をつく。

この状況を作り出しているのは、間違いなく束だ。

そして、彼女が最も親愛を持っているであろう千冬を疑似的に作り出す技術。

彼女はVRに関する知識はあまりないと思っていたが、世界の軍事バランスを根底から覆す存在であるISを作り出した人間だ……。

なんらかのISの能力を用いて作り出したのだろう……。

だが、気になる点が一つだけある。

 

 

 

「そういえば、あの千冬姉の剣術……今まで見たことのない型を使ってたんだよなぁ……」

 

「見たことない型?」

 

「あぁ、両手に刀六本持ってさ……指と指の間に挟んで握ってたような感じ……」

 

「…………何それ。それでどうやって刀振るの?」

 

「なんか、刀を猛獣みたいに振り回してた……」

 

「……獣人なの? あの人……」

 

「分からん……でもまぁ、バグキャラなのは確かだな、アレは……」

 

「そうよねぇ……どうしようか?」

 

「うぅ〜ん…………」

 

 

 

 

弟ながら、姉の無茶ぶりには苦労が絶えない……。

 

 

 

「しかし、あの姉を攻略しねぇと、俺たちはここから出られないしな……」

 

「そうね……なんとしてでも、あの人を超えないと……っ! どのみち私たちに未来はないってことになるわ……!」

 

「よしっ、それなら、改めて話を詰めていこう。千冬姉を攻略するのに、どうすればいいのか……」

 

「そして、この世界を脱するためにどうすればいいのか……ね?」

 

「あぁ……それじゃ作戦を考えようぜ……!」

 

「ええ……!」

 

 

 

 

その後、一夏と刀奈の二人で対千冬戦略を考えていき、ほかのメンバーも二度目の戦闘準備を着々と進めていた。

そして、登りだしていた太陽も中間地点を通り過ぎて、どんどん夕暮れへと空模様が移り変わっていく。

反乱軍のメンバーたちの士気は上々。

先の奇襲に手応えを感じていたのもあるし、城の兵隊たちを大方倒せたのが一番だ。

今残っている城の兵力は、以前よりも少なくなっている。

だが、油断は決してできない。

その戦力差を、一瞬で覆す存在がいるためだ。

その相手を一夏と刀奈の二人で相手にするというが、それがどう転ぶかはまだわからない。

 

 

 

「さてと……カタナ、準備はいいか?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

 

 

白雪姫である刀奈には、洞窟内に専用の部屋を用意されている。

まぁ、この世界が白雪姫の世界ならば、刀奈は一番偉い人物ということになるので、当然といえば当然なのだが……。

部屋の扉が開かれて、中から出てきた刀奈の姿に、一夏は驚く。

 

 

 

「カ、カタナ……っ、なんだ、その服……?」

 

「ん? 何かおかしいかしら?」

 

 

 

両手を上げて、くるりと回ってみせる刀奈。

以前着ていた、白雪姫を象徴とする可憐なドレス姿ではなく……紺色をベースとしたワンピース型のドレスに、両腕を丸々覆うように付けられた鋼の籠手、腹部から腰部を覆う鋼の胴部鎧。

スカート部にはスリットが入っており、そこに同じく紺色のニーソに防護のための鋼鎧を取り付けたヒールのある軍靴。

とてもじゃないが、お伽話に出てくるお姫様というよりも、時代劇に出てくる革命の姫騎士といったほうが合っている出で立ちだ。

 

 

 

「戦闘用に使われるバトルドレスらしいわ。どう? 似合ってるかしら?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 

年頃の少女のように、くるりくるりと回ってみせる刀奈。

胴部に付けられた鎧は、鳩尾辺りまでを完全に覆っているため、刀奈が持つ豊満なバストを、余計に盛り付けているようにも見える。

そしてそれだけじゃなく、丈の長いスカートもスリットが入っているために、刀奈のスラッとした美脚をこれ見よがしに強調してくる。

一応ロングスカートの部類に入るのだが、スリットが腰にまで届きそうなので、俗語でいう『絶対領域』までも見せつけてくる。

 

 

 

(いかん……っ、あまり見るとまたからかわれるな……これ……)

 

「………………」

 

「………………」

 

「ぬっふぅ〜〜〜♪」

 

(あ、やべぇ……見透かされた……!)

 

 

 

刀奈はこれ見よがしに体をクネクネと揺らしながら、一夏の周りを回ってみる。

所々でモデルのようなポーズを決めながら、ニヤニヤ顔でこちらに問う。

 

 

 

「そんなにこの服装が気に入った?」

 

「…………ノーコメントで」

 

「うーん……ALOに似たような装備あったかしら?」

 

「…………別に今の装備でもよくない?」

 

「えぇ〜……流石にちょっと飽きたかなぁ〜。アスナちゃんが着てる装備も中々可愛かったわよねぇ〜」

 

「そう、だな…………カタナは、SAOの時も和風の印象が強い服だったしな」

 

「まぁ、色々と検討しましょう……! で? この服が気に入ったの?」

 

「流さないのかよっ?!」

 

「流さないわよ〜♪ 流すわけないじゃない〜♪」

 

 

 

 

あれやこれやと結局刀奈に踊らされる一夏だった。

何だかんだ質問責めに合い、結局「似合ってるよ」という言葉を言って許してもらえた。

 

 

 

「はぁ〜……戦闘前に疲れたよ……」

 

 

 

ある程度の戦術を練り、刀奈と一夏はその場を離れて、来たるタイムリミットまで体を休めようということになった。

刀奈自身は、この反乱軍の首領であるため、第二戦目に参加するメンバーへの叱咤激励をしに回ると言っていた。

一夏は一夏で、適当な場所で体を休めることにした。

しかし、すでに精神的に疲れ切っているのだが……。

元々人誑しな刀奈。

ましてや、気に入った相手だととことん弄り倒す。

こっちが精神的にも肉体的にも追い込まれていくほどに……。

しかし、それがあんまり苦ではなくなったところから察するに、今の自分はもう刀奈に毒されているのでは……?

一夏はもうそう結論付ける事しか出来なかった。

 

 

 

「おい」

 

「っ……!」

 

 

 

体を休めようとしたその時だった。

自分から見て右側からやってくる人影に声をかけられた。

一夏は声の方へと視線を向ける……すると、そこに立っていたのは……。

 

 

 

「箒?」

 

「…………」

 

 

 

そう、現実世界ではファースト幼馴染である箒が立っていた。

現実世界ではどこにでもいる普通の女子高生……ではないが、姉が世界を騒がせた天災科学者という事以外は、普通の女子高生なのだが、この世界では『剣術小町のホウキ』と呼ばれているらしい……。

元々は、今いる国よりも東方に位置する国の将軍級の武人のような人物の娘であり、剣術指南役を賜っているらしい。

しかし、この国への外交に赴いた際に、例のごとくあの女王の目に留まってしまったがために、暗殺されかかったとかなんとか……。

その事は、ユコやシズネ達から聞いた。

彼女達は同じように女王に殺されかけたところを、ホウキに助けられたそうだ。

 

 

 

「どうしたんだ? 俺に何か用か?」

 

「…………貴様は、姫さまと一緒に最強の刺客と戦うのだったな?」

 

「あぁ……」

 

「勝算はあるのか?」

 

「うーん…………正直言って分からん」

 

「なんだとっ……?!」

 

「おいおいっ、ちょっと待てって……!」

 

「貴様っ! 姫さまの命を預かっていると言う自覚があるのかっ?!」

 

「それは、わかってるって……!」

 

「本当にわかってるのかっ!? ラウラがやられた相手なのだろう! そんな相手にっ……貴様と姫さまだけなんて……!」

 

「…………カタナの事を心配してくれてるんだな」

 

「っ……あ、当たり前だっ!」

 

 

 

誰かに仕えている身……生まれた時からの性……と言うだけではなさそうだ。

一国の姫である刀奈を……白雪姫を本気で守りたいと思っている。

 

 

 

「ホウキ……俺はカタナを、白雪姫を絶対に死なせはしない……!」

 

「っ……!」

 

「俺は彼女を連れ出す為に、ここに来た……俺にとって彼女は、かけがえのない存在なんだ……。

お前たちが、彼女の事を思っているくらい……いや、それ以上にな……」

 

「む……むぅ……」

 

「だから……俺も、彼女を失いたくはないし、無論、俺だって死にたくない。だから、あの刺客に絶対勝つ……とは誓えないけど、彼女を死なせない事は絶対に誓う……! この剣に誓うよ……っ!!」

 

 

 

一夏は腰に差していた直刀を抜き、ホウキの前に差し出した。

洞窟内に灯されている松明の火の灯りに反射する刀身。

それを見て、ホウキは何か納得したかのように一度深呼吸をして、肩にかけていたものを差し出した。

 

 

 

「ん? これは?」

 

「我が家に伝わる宝刀だ」

 

「ほ、宝刀……?」

 

「あぁ……自慢ではないが、私の家もそれなりに地位のある家柄でな……。それなりに価値あるものが我が家にも伝わっているのさ」

 

 

 

そう言いながら、ホウキは肩にかけていた細長い包み袋の紐を解いていき、その中から一振りの日本刀が出てきた。

 

 

「っ……こいつは……!」

 

「我が家の宝刀……『水無刀』(ミナト)だ。これを貴様に貸す」

 

「はっ?!」

 

「言っておくがっ! 貸すだ・け・だ! 戦いが終わったら、絶対に返してもらうぞ!」

 

「いやいやいや!! そんな宝刀借りれないってのっ! それはお前の大事なものなんだろっ?! だったらお前が使えばいいじゃないかっ?!」

 

「この刀は、そこら辺の鈍刀ではない……。希少な玉鋼を用いて、当代最高の刀匠が打ったとされるものだ」

 

「いやっ、だったら尚更だろっ!」

 

「今回の戦いでは、私も出し惜しみはしたくない……しかし、相手にするあの刺客は…………悔しいが、私では相手にならないだろう……」

 

「…………」

 

「貴様は私よりも強い。それはこの身で確かに感じたものだ……それに貴様は、あの刺客と対峙してなお、五体満足で無事に帰還を果たした。

ここまでされては、私よりも、貴様に託した方がいいと思うのは自然だろう……」

 

「ホウキ……」

 

「頼む……! 姫さまを守ってくれ……っ!!」

 

 

 

頭を下げながら、両手に持った宝刀《水無刀》を差し出すホウキ。

見た目でいえば普通の刀の印象が強い。

鞘も、柄に巻かれている白い柄糸も……。黒漆の太刀拵で作られた鞘。

長さは一般的な打刀と同じくらいの長さ……太刀よりも短い長刀だ。

鍔の部分は、黄金が鈍く光る丸鍔……。なるほど、代々受け継がれてきたと言われれば、それにふさわしい年季と風格が感じられる。

一夏はその刀を引き抜く。

刃は驚くほど鋭く、そして凄まじい剣気を内包していた。

 

 

「っ……こいつは……!」

 

「どうだ……やれそうか?」

 

 

 

心配しながら、ホウキがこちらに視線を向けている。

しかし、一夏はそんな視線を振り払うように、ホウキを背にして、もう一度鞘に戻した《水無刀》を勢いよく抜刀した。

 

 

 

「シッーーーー!!!!!!」

 

「ッーーーー!!!??」

 

 

 

空気が揺れていた。

何もない空間……ただそこに空気があっただけだ。

この場には、一夏とホウキ以外誰もいない。

それなのに……一夏の放った斬撃は、そこにある何かを斬り伏せたようにも感じられた。

空気を、空間を斬り伏せたかのように思わせる……そんな一閃だった。

 

 

 

 

「…………いいな。すごくいい……!」

 

「え……?」

 

「いや、代々受け継がれてきた刀って言われるとさ、すっごく手に余るというか、俺じゃあ重すぎて持て余すんだろうなぁって思ってたんだけど……。

うん、なんか、ものすごくしっくり来てるよ……!」

 

「そ、そうか……それなら良かった……!」

 

 

 

一夏の言葉に、少しは安堵したホウキ。

その後、ホウキは「要件はそれだけだ」とだけ言い残し、その場を離れていく。

この世界でも、不器用なところは変わりないのだろう……。

 

 

 

「おい」

 

「ん?」

 

 

なんだか、さっきもこのやり取りがあったような……。

そんな風に思いながら、一夏は後ろを振り向く。

そこにいたのは、頭部に包帯を巻き、左腕を三角巾で吊った状態で立っているラウラの姿があった。

現実世界とは違い……いや、あまり変化は無いが、黒いスーツとズボンに身を包んでいる。

いや、スーツでは的確ではない……一度、一夏も学園祭の時に着たことがある執事の燕尾服姿だった。

 

 

「ラウラ?」

 

「貴様に気安く呼ばれる筋合いはない」

 

「あ、はい……ごめんなさい」

 

 

ものすごく怖い目で睨まれた。

現実世界同様、左眼を眼帯で覆っているため、見えるのは右目だけなのだが……紅い瞳が鋭くなり、こちらを射殺さんとばかりに突き刺さる。

 

 

 

「え、っと……何かようですか?」

 

「……その刀はホウキ様のものだな?」

 

「ホ、ホウキ様?」

 

「ん? あのお方は由緒ある家柄の一人娘……私や、ましてや貴様とは全く違う星の元に生まれた方なのだ。

敬う口調で話すのが当然だろう……」

 

「あ、あぁ! そ、そういうことな! なるほど……でも、ラウラ……さんはお姫様とかそういうのじゃないのか?」

 

「私が? 馬鹿を言うな……。こんな眼帯姿の姫君がどの世界にいると言うのだ? 貴様は」

 

「そうか? 俺は君がお姫様でも全然違和感ないと思うが……?」

 

「なっ?! ば、馬鹿にしているのかっ、貴様っ?!」

 

「ええっ?! 褒めたのにっ?!」

 

「うるさいっ!! そんな事は絶対にありえんっ! 私は従者の一族生まれだ! そんな私が、彼女たちと同等の存在などと……そんなっ、恐れ多い……!」

 

「お、おおう……なんか、ごめん」

 

 

 

 

なんとも意外な反応を見せるラウラの姿に、戸惑うばかりの一夏。

改めて要件を聞いたところ、その内容はホウキとさほど変わらなかった。

次の決戦の前に、主人である白雪姫を頼むと、念を押されてきたのだ。

 

 

 

「それから、これを貴様に託す」

 

「ん?」

 

 

 

ラウラが右手に持っていたのは、剣帯付きのベルトだった。

腰に巻かれるベルトに、X字に付けられた二本の剣帯。

さらにそこに鞘に納まっているサーベルが一本。

装着すれば、腰の右側に装備することになる。

 

 

「それは……」

 

「私のだ……。あまりこういう獲物は得意ではなくてな。それに今回の作戦、私はこの通り参加できんのでな……あとの事は、先程言った通りだ。

姫様のこと、頼んだぞ……!」

 

 

 

ラウラからサーベルとそれを収納しているベルトを受け取り、一夏はその場で装着した。

サーベルと表現したが、それはどう見ても日本刀のそれと同じ形をしている。

ただ、日本刀には無い持ち手を守るための『護拳』と呼ばれるファストガードが付いているため、サーベルだと認識した。

 

 

「…………」

 

「ん? なんだ、どうした?」

 

「貴様の格好だ……。そんなどこの平民ともわからんような格好はどうにかした方がいいと思うのだがな……」

 

「そう言われてもな……。俺、この服しかないぞ?」

 

 

 

この世界に来てからと言うもの、お金はないし、服も着ているもので事足りたので、あまり気にしていなかった。

この世界で食事らしい食事も、ほとんどしてなかったが、さっき出陣前に時間があるうちに食べておけと、なんとアインクラッド名物の黒パンが出てきた。

流石にそのままではみんな食べないらしく、やはりクリームやジャムなどをつけて食べていた。

さて、話を戻すがいま一夏が持っている服は、今もなお着用している平民の服のみ。

そんな平民が、由緒ある一族秘蔵の宝刀を腰に差し、ベルトには四本の短剣が納めているその姿が、違和感がありまくると、ラウラは述べたいのだろう。

 

 

 

「はぁ……仕方がない。こっちに来い、少しはマシな服を持ってこよう」

 

 

 

そう言われて、ラウラの後をついていく一夏。

ある一室……いや、洞窟内にポカンと空いていた小さな空間へと進み、その場で足を止める。

 

 

「ここは?」

 

「衣装部屋代わりだ。我々はどちらかというとゲリラに近いのでな……情報収集の際には、それに応じた格好をしなくてはならんだろう?

ここはそのための衣装置きにしている場所なんだ……」

 

「へぇ〜……!」

 

 

 

ラウラはおもむろに服を見て回り、一夏に合いそうな服を探す。

 

 

 

「貴様の身長や体格を考慮して、着せられる服となると……ふむ……これくらいか?」

 

 

ラウラが取り出したのは一着のコート。

革製のコートで、ふくらはぎのところまで丈が伸びている。

コートではあるが、見た目が陣羽織風になっており、和と洋の要素を取り入れているようだ。

白を基調としており、襟元は黒いレザーが縫い合わせている。

 

 

 

「へぇ〜……いいな、これ」

「その上着も着替えたらどうだ? このコートに合わせて着替えろ」

 

「え? 勝手にとってもいいのか?」

 

「あぁ、どうせこの戦いで全てが終わる……なら、ここにある服も、用済みになるからな……今のうちに選んでおけ」

 

「そうか? なら、お言葉に甘えて……」

 

 

 

中に着ていた薄手の下着はそのままに、上に羽織るワイシャツ風の長袖を手に取る。

下のズボンも拝借し、黒いズボンを手に取る。

 

 

 

「じゃあ、この二つをもらうな」

 

「あぁ、着替えなら奥にスペースがある。そこで着替えるといい」

 

「ありがとう」

 

 

 

ラウラに言われ、一夏は奥にある一角にあるスペースへと向かい、その場で着替えを始める。

黒いズボン……白いコート……なんだか昔の格好を思い出させるスタイルだ。

そこに剣帯ベルトを装備し左に宝刀《水無刀》を、右にサーベルをそれぞれ装備。

こちらも準備が整った。

 

 

 

「うーん……どうかな?」

 

「あぁ……そちらの方がさっきの服装よりも風格を感じる……。いいと思うぞ」

 

 

 

 

リアルでは同じように服には無頓着なラウラからの合格サイン。

まぁ、ここ最近は、シャルやのほほんさんたちの影響もあってか、少しずつオシャレに関する知識を増やしていっているみたいだが……。

しかし、この間は驚いた事があった。

平日の昼間……授業と授業の合間にある休み時間に、なにやらファッション雑誌を持ってきたかと思えば……。

 

 

『師匠っ!! 師匠はどの縞パンが一番好きなのだっ?!!』

 

 

 

雑誌のあるページを全開に開いて見せてきたのは、女性物の下着のカタログ。

しかも、なぜだが縞パンブームにあやかってか、全てが縞パンのページ。

色とりどりの縞模様をした女性下着を急に見せられて、一夏も和人も吹いてしまったという経験があるのだ。

その時、ほんの少し前までいたドイツの特殊部隊の副隊長から……。

 

 

 

『萌え要素の究極系ッ! これさえあれば、たちまち男心をくすぐるに違いないとっ! そう副官が言っていたのだっ!!』

 

 

 

前に織斑家でミニ料理大会なるものを開催した時も、副官から教えてもらったおでんを作っているラウラ。

まぁ、部隊の仲間と仲良くなるのは微笑ましい限りではあるのだが、純粋無垢なラウラを変な道に連れ込まないで欲しいものだ……。

 

 

 

「おいっ、なんだ……なぜそんな遠い目で私を見る?」

 

「え? あぁ、ごめん……なんでもないよ?」

 

「ん?」

 

「えっと……ラウラ、さん。ちょっと聞きたいことがあって」

 

「ん? なんだ?」

 

「クラリッサさんって、知ってる?」

 

「クラリッサ?」

 

 

 

何を隠そう、ラウラが小隊長を務める特務小隊の副官・副隊長であり、毎回ラウラにマンガやアニメなどの偏り知識を教え込んでいる元凶だ。

 

 

 

「いや、知らない名だな……誰だ、それは?」

 

「あ……いや、いいんだ、知らないなら……。よかったぁ〜……こっちのラウラは純粋なままだ」

 

「なに?」

 

「あぁ、いや……こっちの話だよ」

 

 

 

 

ラウラの感性は、純粋に守られているようだ。

そうやって話しているうちに、定刻となっていた。

一夏はラウラと共に集合場所へと向かい、第二波への最終確認へと入った。

そして、それぞれがそれぞれの思いを秘めたまま、作戦は決行されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ〜〜〜〜! まだ兵達は整わないのですかっ?!!」

 

「も、申し訳ありませんっ、女王陛下! 先の襲撃の折、兵士たちも浮き足立っておりまして……討たれた者たちの数も多く、今は城の警備を強化するのが手一杯でして……!」

 

「そんな言い訳は聞きたくありませんっ!!! 白雪姫です! 白雪姫を取り逃がした事が何よりの失態だったのです!」

 

「へ、陛下……」

 

 

 

 

一方、王城の方では、先の襲撃の際に被った被害の処理を行っていた。

倒されてしまった兵士の数、襲撃されたルートの割り出しと、その行動パターンの予測。

相手の兵力や練度の検証……やる事はいっぱいある。

しかし一番の痛手は、女王を守るために作られた近衛兵たちが逃げ出した事だ。

近衛兵たちは基本的に城内や城壁内を散策し、警戒、警備に当たっている者たちだ。

ほとんど前線で体を張って戦った経験もない格式や金回り、高いプライドなどがついて回り、中身は軟弱な物だと揶揄する者たちもいるほどだ……。

それ故に今回の襲撃では、女王をお守りするという大事な使命があったにもかかわらず、敵前逃亡を図った者たちが多かった。

しかし、女王はそんな事を知ってか知らずか、報告に来ていた騎士団長を過激に叱責する。

 

 

「騎士団長! これはあなたの責任問題ではないのですかっ!?」

 

「っ……そ、それは……」

 

「今回の失態……どう責任を取られるおつもりで……?」

 

「…………私の失態は、私が責任を持って拭います……それ故、部下たちには……」

 

「…………いいでしょう。そこまではっきりと申したのならば、その責任……果たしてもらいます!」

 

 

 

女王は騎士団長に向かって人差し指を突き出し、宣言した。

 

 

 

「我が娘、白雪姫を討ちなさいっ! どんな手を使ってもいい、あの娘を討たねば、次は私か、あなたか……あなたの部下たちが討たれることになるのですからね……」

 

「…………イエス、ユア、ハイネス……!」

 

 

 

騎士団長は片膝をつき、頭を深く下げて、女王の命を受けた。

その後、騎士団長は女王の部屋を退室し、部下たちの元へと向かう。

 

 

 

「はぁ〜…………」

 

 

 

女王……山田 真耶は、深いため息をつき、窓の側へと進む。

窓から見える外の景色は、いつもの光景とは異なっていた。

緑豊かな森の木々たちが風に煽られ揺れる動作……雲の隙間から垣間見える太陽の輝き……。

それらが、いつも見えていた窓からの景色……。

しかし、今となってはそれも悲惨な光景となっている。

城壁の一部は崩れ落ち、城壁内では所々で黒煙が上がっている。

煤で周りが見えにくくなっているのだ……。

こうなったのも、先の襲撃…………実の娘たる白雪姫の逆襲に他ならない。

 

 

 

「今度こそ息の根を止めてあげますよ……白雪姫……!」

 

 

 

美に取り憑かれた母……いや、女は怖い。

 

 

 

「あなたも、今度こそ遊びはなしです……! いいですね? 『黒刃』」

 

「やれやれ……。そこまでして娘を憎む母親というのもあまり見ないがな……。

人はいずれ朽ち果てる生き物だ……一体いつまで “美” に執着するのやら……」

 

「口を謹んでくださらない? 私はいま、とてつもなく怒っているのですよ……?」

 

「関係ないな……貴様の意向など、私の知ったことではない。さっきも言ったが、私は与えられた報酬の分の仕事をするだけだ」

 

「ならば報酬を倍に増やしましょう。それで、白雪姫とあの少年を、今度こそ亡き者にしなさい……!

これはクライアントであり、女王としての命令です! これならば構いませんよねぇ? 黒刃」

 

「やれやれ……」

 

 

 

 

壁にもたれかかっていた黒刃……もとい千冬は、ため息を一つつくと、女王の前に歩み寄る。

女王は未だ憮然とした態度で、近づいてくる千冬を見つめる。

 

 

 

「追加の依頼として、その命を受理する。そうだな……私も、そろそろ仕事を果たさなくてはならんな。

まぁ、やり方はこちらに任せてもらうことになるがな」

 

「ええ、いいでしょう。ただしっ! なんとしても娘の白雪姫は排除しなさい……! いいですね?」

 

「了解した」

 

 

 

それだけ言い残すと、黒刃は女王の部屋を出ていった。

 

 

 

「ふっふふふ……!」

 

 

 

ただ一人になった女王。

自分以外誰もいない空間で、不思議と笑みがこぼれた……。

 

 

 

「さぁ、今度こそ……! 今度こそです……っ! 白雪姫……あなたを……っ!」

 

 

 

光の消えた瞳の奥には、あらゆる悪意や混沌が渦巻いているかのような暗闇が宿っていた……。

 

 

 

「ーーーーーー殺します……っ!」

 

 

 

 

 

 





最近仕事が忙しい…………( ̄ー ̄)

寝てる時間も少ないし、ラノベの新刊も読めずじまい……更新も遅くなるし……。

俺は……一体なにをしているのだろうか……?


とまぁ、愚痴をこぼしてしまい申し訳無いです。
最近仕事が忙しいのは本当で、ほとんど執筆が出来なかったのです。
ほんと、申し訳無いです(>人<;)

また時間を見つけては、少しずつ執筆していきますので、お待ちいただければと思います!

感想よろしくおねがいします!!




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第112話 白雪姫の世界Ⅸ


超久しぶりの更新ですね(><)

本作を覚えていらっしゃる方は今もいるのでしょうかっ?!
長期的に更新を怠っていたので、ここまで次話投稿が長引いてしまいました。
描けば書くほどに終わりが見えず、執筆が億劫になっておりました。
待たせてしまい、申し訳ありません。





作戦が始まった。

今度こそ、全てに決着をつけるための戦いが……。

城壁付近では、爆発音など剣戟の音……今もまさに戦っている乙女と親衛隊達の叫び声や怒号が響いてくる。

 

 

 

 「さてと、向こうは順調に始まったわね」

 

 「あぁ……。皆無事だといいんだがな……」

 

 

 

城から少し離れた森のある位置にて、一夏と刀奈は武装した状態でそこに立っていた。

本来ならば、二人の相手となる『黒刃』こと一夏の姉であり、世界最強の称号をもつ織斑千冬を城の中で探し出し、ほかのメンバーの作戦の障害にならないようにと、動いていたのだが……。

 

 

 「「…………………」」

 

 「ん? どうした、そんな呆然としている暇があるのか?」

 

 「いや、まぁ……探す手間が省けたのは嬉しかったんだけどよ……」

 

 「まさか、こんなところで貴方のほうから出迎えてくれるとはね……一応、その可能性も考えたんだけど、あの女王がそれを許すとは思ってなかったわ」

 

 「なるほど……さすがは姫君だ。あの愚直な女王より、お前の方が国を預かる器持っているようだな」

 

 「当然でしょ? 自分の美貌だけに執着していて、国を疎かにするような馬鹿者は、とっとと退場してもらいたいものだわ」

 

 「はっはっはっ……それにしても、随分と雰囲気が変わったものだなぁ……姫君。

 見た目だけ気を張っていた昨日とは打って変わって……随分と“戦士”と見紛う雰囲気だ……」

 

 「………ふふっ」

 

 

 

黒刃の言葉に、刀奈は不敵な笑みを浮かべる。

そして、自分のそばにいる一夏へとわざと抱きつく。

一夏の左腕に自身の両腕を絡めて、わざとらしく身体を密着させる。

 

 

 

 「そりゃあ〜もう〜♪ 彼は私にとっての王子様なわけだしぃ〜♪ 彼の口づけでもう、本当の私に戻ったぁ〜みたいな?」

 

 「カタナさん、それ何キャラ?」

 

 「ちょっと前に流行ったJKギャル風キャラ?」

 

 「いやいや、あなたは今もJKじゃないですか……」

 

 

 

などとわざとらしいコントのような話を続けていると、何故だか黒刃さん……いや、千冬のこめかみがピクピクと動いているのに気付いた。

 

 

 

 「ん? どうしたの、黒刃さん?」

 

 「あぁ………?」

 

 「「っ………??!」」

 

 

 

何故だかめちゃくちゃ不機嫌。

一夏と刀奈、二人はこちらを睨んでくる千冬の視線に、身体を震わせた。

もう、なんだが……視線だけで人殺せそうなくらいの殺気を出している。

 

 

 

 「な、なんで怒ってんの?」

 

 「………………」

 

 

 

一夏が千冬に問うのだが、千冬はそれに答えない。

それでもワナワナと膨れ上がっている怒気のせいなのか、後ろで一本にまとめていた髪がゆらゆらと揺れているようにも見える。

 

 

 

 「いや、なに……気にするな。貴様は私の誘いを蹴って、そちらの小娘に着いたのだからな……。

 どの道、お前も斬るつもりでいたのだし、私のことは気にするな……存分に、殺し合うとしようかッーーーー!!!!」

 

(気にするなって方が難しいんですかどぉぉぉ〜〜〜っ!!!???)

 

 

 

心の中の叫びを、隣にいた刀奈は読み取ったのか、何故かいたずらを思いついた悪ガキのような笑みを浮かべると……。

 

 

 

 「あらあらぁ〜、嫉妬なんて見苦しいと思いますわよお姉さん♪ そこはほらぁ〜、彼はわ・た・しに惚れてるんだから♪

彼の意思は尊重するべきではないかしら? あぁ、それともぉ〜………」

 

 

 

なぜ刀奈さんは……こんな人外めいた相手に、ここまでケンカを売れるのだろうか?

 

 

 

 「大好きな弟を取られて、ブラコンお姉さんは怒ってるのかしら?」

 

 

 

ーーーーブチィィィィッ!!!

 

 

何故だろう……太い血管か何かが破裂したような音が聞こえたような気がする。

 

 

 

 「ふ、ふふふふふ……アッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

 「へっ……?」

 

 「………」

 

 

 

いきなり高笑いする千冬。

一夏は顔を強張らせ、刀奈は一夏から身体を離して、表情を引き締める。

背中に隠していた槍を一振り取り出して、姿勢を低く、中腰の状態で構えた。

見たことのない槍。

SAOでも、今いるALOでも見たことのない槍だ。

金色に染められた柄。先端に付けられた穂先は、普段から使用している槍とは違い、十字槍。それも宝蔵院流で使用されている三叉槍にも似た形状の槍だ。穂先と正反対に付いている石突きは、穂先ほどではないが小型の矢尻が付いている。

出陣前に教えてくれたのだが、なんでも王家に代々受け継がれてきた由緒ある業物なのだとか………。

もうなんでもいいと思ってしまう。

 

 

 「チナツ、来るわよ………!」

 

 「お、おう………!」

 

 

一夏も慌てて左腰につけていた宝刀《水無刀》を握る。

柄布は白く、鞘も白漆の拵え。

鍔は金色に輝く丸形………それも、かの有名な名刀『三日月宗近』と同じ波のような形を模したものだ。

抜いた刀身は、純粋な鋼色………しかし、月明かりのせいなのか、若干青味を帯びた光を持っているようにも思う。

対して、相手となる千冬の刀……。

相変わらず全てが真っ黒い《黒刃》の名の由来となった武器なのだが、千冬の怒気が移ってしまったのか、禍々しい色の剣気が見えるようだ。

 

 

 

 「いくぞ……っ! 一瞬で死んでくれるなよっ!」

 

 「「ッーーーー!!!」」

 

 

 

両手に6本………全ての刀を抜き放つ。

その瞬間、剣気が一気に膨れ上がり、千冬の背後に漆黒の龍のような影が映ったように思えた。

 

 

 

 「参るッ!!!」

 

 「シッーーーー!!!」

 

 「くっーーーー!!!」

 

 

 

千冬の発した言葉とともに、姿が書き換える。

それと同時に、一夏、刀奈も足底に力を入れて、大地に思いっきり蹴った。

一夏が刀を下段に構え、刀奈は槍を中段に構える。

千冬は腕をクロスさせ、六本刀を翼のように見せる。

そのまま突撃してくる千冬の攻撃を、二人は左右に分かれて迎撃に移る。

 

 

 

 「『黒斧翔』(こくふしょう)ッ!」

 

 「《龍巻閃》ッ!」

 

 「『大蛇薙』(オロチナギ)ッ!」

 

 

 

内側から外側に向かって広がる六爪の軌跡。

それを迎え撃つべく、放った回転技の《龍巻閃》と槍を大振りに横薙ぎする技《大蛇薙》を繰り出す一夏と刀奈。

三者の放った刀槍剣戟は、刃と刃が擦れあった瞬間、空間をも震わせる衝撃波を生み出した。

 

 

 

 「ふははッ!!」

 

 「チィッ……! なんつう、威力だよっ!?」

 

 「チナツっ、次が来るわよっ!!」

 

 「っ……?!」

 

 

 

迎撃として放った技が、僅かながらに押し負けた。

刀の数が少ないための、威力差……というわけではない。

純粋な戦闘力・技術において、千冬が二人のそれを上回っていることを意味している。

続けて様に千冬は一夏の方へと向き直り、一気に距離を詰める。

 

 

 

 「さぁっ! 昨日の続きといこうかっ!」

 

 「チィッ! 面倒くせぇなっ!」

 

 

 

両手の六爪が幾重にも閃く。

黒刃と称されるその刃ゆえ、その光の道筋は黒く、禍々しいと思った。

 

 

 「『黒死線域』(こくしせんいき)ッ!!!!」

 

 「《龍巣閃》ッ!」

 

 

剣閃に剣閃を重ねる。

乱撃技である《龍巣閃》だが、二刀……いや、六刀流であり、凄まじい戦闘力を有する千冬の技に圧倒されていく。

 

 

 「ぐおっ……!」

 

 「チナツっ!!」

 

 

剣撃を重ねてくる千冬の攻撃を、真横から現れた十字槍が弾いた。

返す刃で千冬へと斬り込む刀奈の持つ槍。

突けば槍、払えば薙刀、引けば鎌……そんな言い伝えすら残っている宝蔵院流槍術の槍。

今にして思えば、刀奈が持てばそれはそれで戦力増強になっていただろう。

 

 

 

 「ちょっとお姉さん。私のことを忘れては困るわね……。だいたい貴方、私の命を狙ってきているのでしょう?」

 

 「ふん……残念ながら始末するのは貴様だけではない……。貴様を守るために剣を向けたその男もまた、新たな標的として追加指名されたのさ。

 故に、私がこうして貴様たちと戦っているんだ……理解したか? 小娘」

 

 「ふぅ〜〜ん」

 

 

 

千冬の言葉に、今度は刀奈のオーラが暗くなる。

 

 

 

 「貴方には、こんなこと言う必要ないって思ってた……」

 

 「ん?」

 

 「だって貴方、弟であるこの人が、なによりも大事だって想いが強すぎるから……よく私との交際も認めたものだなぁ〜って思ったくらいだし」

 

 「……何が言いたい?」

 

 「つまりね……」

 

 

 

刀奈の瞳には光など写っていなかった。

暗い深淵でも宿したかのような視線が、千冬を睨む。

 

 

 

 「この人を殺そうとするのなら、私はそれを許さないし、もしもこの人を殺したのならば、私は、私の全てを使ってでも貴方を抹殺する……!

 どこにいようと必ず見つけ出して始末するわ……覚えておいてね?」

 

 

 

最後に恐怖の笑みを浮かべる刀奈。

隣にいる一夏の方が恐怖し、身震いをするほどだ。

 

 

 

 「ほう? この私を殺す……か。そんなことを面と向かって言ってきた女は初めてだ……。

 いいぞ……! 実にいい!! それでこそだ白雪姫……! 貴様も、そっちの少年も、いい具合に殺気を放てる……。

 私がこれまで相手してきた標的たちと比べても、段違いに良いっ……!!」

 

 「言ってなさいっ……この戦闘狂!!」

 

 

 

刀奈は十字槍の穂先を千冬に向け、左脚を前に踏み出して半身の姿勢に。

目線の高さまで上げた槍を構えて、左手を添えるような仕草で構える。

 

 

 

 「更識流槍刀術……っ、推して参るッ!」

 

 「ふふっ……来いッ!」

 

 

 

刀奈が得意な構えとしていつも使っている体勢。

更識流槍刀術《電光石火の構え》である。

古来より、影の仕事を生業としていた更識の家。

それによる独自の流派も存在しており、元々は刀剣術を主としていたが、時の流れとともにあらゆる武器を用いて『更識流』として確立したそうだ。

《電光石火》……電光や火打石のように閃き、速いさまを言う言葉。

確かにこの構えの時には、刀奈の槍捌きも非常に速く、力強い。

アインクラッドの中で、槍使いに関しては、刀奈の右に出る者はいないと言われたことがあったが、まさにその通りだと一夏も思っていた。

 

 

 「《波濤》ッ!!!」

 

 

刀奈が得意としている技の一つ。

右手首を主軸とし、槍を回転させながら柔軟な体捌きと遠心力を用いて高威力の斬撃を放つ槍術。

千冬に向けて一瞬で駆け出し、体全体を回転させた放った一撃。

千冬はとっさに後方へと引いたが、そのゼロコンマ数秒後に、十字槍が通過する。

ほんの誤差で、千冬の胴体は斬り裂かれていた筈だ。

 

 

 

 「ハッハッ! 良い槍さばきだ! だがまだだっ、もっと踊ってもらうぞ!」

 

 「ヘェ〜、余裕の表情ってやつ? でも、油断してて良いのかしら?」

 

 「っーーーー!!?」

 

 

 

刀奈の言葉に、千冬は「ハッ」となり視線を後ろへと向ける。

左後からすでに間合いに入っている一夏が、刀を納刀した状態で最接近していたのだ。

 

 

 

 「抜刀術スキル 五ノ型 《逆撫》ッ!!!!」

 

 

 

刀を逆手に持った状態からの抜刀術。

最小限の動きで斬りつける最短距離の抜刀術。

威力も通常のものよりは出ないため、あまり多用はしなかったものの、屋内での戦闘では度々使っていた抜刀術だ。

 

 

 

 「クッーーーー?!!」

 

 

 

すれ違い様に斬りつける一夏。

タイミングは良かったはずなのだが……刃から伝わってきた感触に、少し疑問を持っていた。

 

 

 

 「っ……やっぱり浅かったか………!」

 

 

本当なら相手の横っ腹を斬りつける技。

本物の人間ならば、脇腹を斬り裂かれると出血多量によりその場で倒れ込んでしまうはず……VR世界においてのアバター相手になると、HPを大幅に削ることのできる技。

ここはVR世界ではあるものの、感触や匂い、視覚情報は現実世界とほぼ同じものだ。

故に、斬り付けられた千冬の肉体は、斬られたその時に、血液が四散するはずだったが……。

飛び立った血は、ほんの僅かなものだった。

 

 

 

 「ふぅ……念のためにと思って仕込んでいた鎧が役に立ったな……。しかし、それでも僅かに斬られたか……やはりお前の技は私と同じだな……その技の起源、流派……私の知っているものとは違うが、惜しいな……。

 貴様と私が組めば、より強い暗殺者として互いに技を極められていただろうに……」

 

 「………あんたからそう言われると、少々思うところがあるんだけど」

 

 

 

自分が強さを求めた理由……起源となる目標は、他でもない。

目の前にいる人物だ。

《世界最強》……その称号にふさわしい技量を持ち、圧倒的な戦闘能力で刀一本なのに関わらず、多くの国家代表IS操縦者たちを斬り伏せてきた猛者。

世界中の誰もが認める強者《ブリュンヒルデ》。

その背中を見て、憧れた。

そんな背中に、未だ追いついたとは思っていないが、それでもその脚を止めるつもりはない。

 

 

 

 「悪いけど、俺がなりたいのは暗殺者じゃない……大切な人たちを守れる希望になりたいだけだッ!!」

 

 

 

ーーーーあなたはみんなの希望になって……!

 

 

 

かつて交わした約束。

守れなかった女の子がいた……守りたいと、心の底から思っていた子だ。

自分の思い上がりが……稚拙で幼稚な理想論で、刀を振るい続けてきた結果が、その始末。

しかし、彼女は言ったのだ。

幸せだったと……。

そして約束した……みんなの希望になれ………と。

だから、それを違える気など毛頭ない。

何が正しくて、何が間違っているかなんて、考えてもどうしようも無い事だ。

だが、一つだけ言えるのは……。

今まさに一夏にとっての光が……愛する人が命を狙われている。

それを守るべく、己はどうするのか……。

そこまで考えれば、答えは自ずと決まっている。

 

 

 

 「チナツ…………」

 

 「希望……か。ふん、くだらんな」

 

 「っ……何がだよ」

 

 「そんな物のために、お前は強さを求める己の欲求を捨てるのか?」

 

 「………なに?」

 

 

 

 

一瞬、なにを言われているのわからなかった……。

しかしそれは、過去の自分の抱いていた思い……理想として描いていた偶像へ近づくために、日々邁進していた欲求。

そのために傷つけてしまった心……斬り捨てた人々の数……背負った十字架の重圧。

色々なものが溢れ、忘れかけていた一夏の脳裏を突き穿つ。

 

 

 

 「あんた……っ、どこまで知っている……っ!」

 

 「ほほう……これは図星を突いてしまったか?」

 

 

 

不意に言われた言葉、目の前にいる彼女が、どういった存在なのかはわからないが……束の事だ、一夏自身の事はおそらく調べ済みだろう。

VR世界……SAOの事をどういう風に調べたのか……本来ならば、あの世界の中での事は調べようが無い。

総務省仮想課の人間、菊岡 誠二郎も言っていたが、SAO内部での出来事を全て把握するのは無理だ。

プレイヤーログと呼ばれる物によって、プレイヤーの行動履歴を読み解く事はできるが、そこで一体なにがあったのかまでは把握できない。

だが、相手は茅場と同じ稀代の天災科学者だ。

本来あり得ないと思う事を簡単に成し遂げてしまう……そんな人物だという事を、一夏もよく知っている。

だからこそ、目の前にいる千冬のアバターは、そんな事を口走ったのかもしれない。

 

 

 「悪いんだけどさぁ、もうそろそろ話はやめようぜ……」

 

 「…………」

 

 「なんでか、わかんないんだけどさ……」

 

 「っ…………」

 

 「あんたの事、凄く嫌いになりそうなんだよ……っ!」

 

 

 

月明かりに照らされていた一夏の顔は、なんとも悲痛な面持ちだった。

それもそのはずだ。

千冬を嫌悪するなんて事、絶対にあり得ないと思っていたからだ。

たった二人だけの家族。

いつの頃だったか、それが当たり前になっていた。

外で頑張っている姉……自分も未成年でありながら、周囲の大人たちに潰されないよう、血の滲むような努力を繰り返し続けた。

そんな姉を、尊敬・羨望する事はあっても、嫌悪・辛辣になるなんて事は絶対にないと思っていた。

だが……。

 

 

 

(初めてだな……千冬姉を、ここまで毛嫌いしている自分がいるのは……)

 

 

 

正確には千冬の身体データを元に作成された仮想データの集合体。

だが、目から伝わる姿形、耳から入る声色、肌で感じている威圧感……それは紛れもない千冬という一人の人間の存在感を表しているようだった。

だからこそ、心のどこかで違うと分かっていたにも関わらず、今はそんな感情すらもなくなった。

 

 

 

(通常の攻撃では防がれる……ならば、相手の予想できない攻撃を繰り出すか……)

 

 

 

すでに右手に抜いている宝刀《水無刀》。

そして左手に、新しく剣の柄を掴む。

ラウラが寄越したサーベルだ。

見た目は刀とほとんど変わらない刀身……刃に通っている刃色も《水無刀》と同じ水色を帯びている。

唯一違うと言えば、握っている柄に防護用のナックルガードが付いている。

同じ反りをした日本刀に近しい刀剣を左手に持ち、うろ覚えの構えをとる。

前から、横から、背後から見ていた、二刀流持ちで最強の剣士の構えを……千冬の仮想アバターで、一夏は構えた。

 

 

 

 「……ほう」

 

 「すぅーー……ふぅーー……」

 

 

 

呼吸を整え、すべての神経を千冬に集中させる。

ここへ来て妥協はしない……すれば自分たちの命が消えるのみ。

故にとった意外性抜群の最善策。

だが、千冬はそれすらも不敵な笑みを浮かべて笑った。

 

 

 

 「ふふっ……なるほど、貴様の本気が見られるという事でいいのか?」

 

 「さっきから全力だよ……これでもね。だが、それで勝てるなんて初めっから思ってるわけないだろう?

 あんたの実力、戦闘能力の高さ、技術……全てにおいて俺はあんたよりも弱い……だけどなーーーー」

 

 

 

左手に握ったサーベルの切っ先を、真っ直ぐ千冬に向ける。

右脚を引いた半身の状態で、右手に握る《水無刀》を顔の横に構える。

切っ先は頭上にある月へと向けられており、キリトの二刀流の構えとは違う形になった。

 

 

 「実力だけが全てじゃない……っ! 悪いが、あんたを越えさせてもらうよ……例え本物のあんたじゃなかったとしても、あんたを越える事こそが、俺たちの目標なんだからッ!!!」

 

 「ふふっ……よく言ったっ!! ならば早々にくたばるなよっ、小僧っ!!!」

 

 

 

千冬がそう言い放った瞬間、二人が地面を蹴ったのはほぼ同時だった。

姿が見えなくなるまでに急加速した二人。

それはまるで、『瞬間加速』(イグニッション・ブースト)でも使ったかなような勢いだった。

そして次の瞬間、鋼同士がぶつかり合う甲高い剣戟の音と、空間をはじき飛ばしたかのような衝撃が刀奈を襲った。

右手の三刀を振り上げ、思いっきり脳天目掛けて振り下ろした千冬と、二刀をクロスさせて、その斬撃を必死に受け止める一夏。

体格差では一夏に軍配が上がるが、それを覆すほどの千冬の攻撃。

しかし、一夏もそれを必死に堪えている。

 

 

 

 「オオオオオっ!!!!」

 

 「ハアアアアっ!!!!」

 

 

 

二人の怒号が絡み合い、剣気と闘気が放出される。

しかし、一夏はすぐに鍔迫り合いを弾き返して、剣戟に移る。

一夏の行う二刀流剣術……一見それは、キリトのような怒涛の連続剣技の応酬かと思いきや、攻撃と防御を入れ替えながらの繊細な剣捌きになっていた。

上段から振り下ろされる千冬の攻撃に対して、右手の《水無刀》で受け払ったかと思いきや、体を左に回転させ、左手に持っていたサーベルで横薙ぎ一閃。

その動きは流麗で、途切れがなかった。

しかし、それを千冬も反応して、左手の三刀で受ける。

それを弾き返して今度は両サイドから一夏を包み込むように斬撃を放ってくる。

前回の戦闘で一夏に放った技《咬牙》だ。

しかしそれを、一夏はまたしても回転技で跳ね返す……。

サーベルを逆手に持ち、回転から出される四連撃技。

その技は………。

 

 

 

 「まさかっ……! 篠ノ之流剣舞っ!!?」

 

 

 

驚愕を露わにする刀奈。

それもそのはずだ……いま一夏が使った剣技は紛れもなく、彼の幼馴染である篠ノ之 箒の使用する《篠ノ之流剣舞》そのものだった。

左右の剣でパーリングしながら、攻撃へと移る攻防一体の剣技『流水の舞』……そして最後に放ったのは、回転からの四連撃を叩き込む『戦の舞 裂姫』だ。

その剣技を見たのは、つい最近、専用気持ち同士で行われたタッグマッチトーナメント戦での事だ。

箒は刀奈のパートナーとして、共に出場して、その大会で初めて《篠ノ之流剣舞》を披露した。

篠ノ之神社で舞われている神楽舞の動きは、元々剣術の技を集約し、後世に残し、伝授するために組み込まれたものであり、それを正当後継者である箒の父が箒に託したものだ。

一夏も決勝戦での一戦のみ、箒と真正面から斬り合い、その時にも《篠ノ之流剣舞》を目の当たりにした。

しかし、それだけだ。

その後も箒自身は鍛練の際に剣舞を披露していたようだが、一夏がそれを身につけ、剣技を使った事は今まで一度もない。

だが、今まさに、目の前でその技を繰り出した。

一朝一夕で使える様な剣技では無いと思うが……技のキレや精度は箒の繰り出すものとほぼ同じに見える。

 

 

 

 「ハッハッ! また剣戟が変わったなっ!? 一体いくつ持っているっ?!」

 

 「さぁな……そんな事知らないし、教えないよ。見様見真似の模倣剣術なんだからっ!」

 

 

 

自分が圧倒されたものは、不思議と記憶している……。

SAOに登場したフロアボスの使ってくる技、ソードスキル……仲間たちが必死に習得し高めた各種スキルや戦闘術……一万人のプレイヤーの中から、選ばれたたった一人のプレイヤーが持つことを許されるユニークスキル持ちの実力……一つの事を極めた者達の力量……。

出会った人たちから学べたものは数多くある……そして、それを見て、覚えて、呼び覚まして……その全てを出し切らなければ、目の前にある女性を超えられないのだ……。

なりふり構ってなどいられない……その全てを出し切ってようやく対等にやりあえるかどうかなのだから。

 

 

 

 「ハッハッハァーー!!!!」

 

 「チィッ!!!」

 

 

 

六爪と二刀が激しくぶつかり合う。

互いに全力……いや『黒刃』の方はまだまだ余裕がありそうな表情をしている。

刀奈にとっても、二刀流の剣士というのは、日常の中で目の当たりにしていた。

全プレイヤーの中でも最速の反応速度を持っていた少年・キリト。

彼の二刀流剣術を直に見たときには、戦慄した……。

超攻撃特化……その反応速度を全力で行使し、一時は最強のプレイヤーと言われたヒースクリフの盾すらも吹き飛ばした剣技。

一夏の使っているそれは、剣速の速さならば速いと言えるだろうが、キリトのようやく絶え間なく斬りつける剣戟の応酬とはいかない。

しかし、左右の剣をバランス良く振るい、相手に付け入る隙を与えない……紛う事なき剣舞そのものだった。

 

 

 「《黒斧翔》ッ!」

 

 「《十六夜桜花》ッ!!」

 

 

六爪の斬撃が閃き、桜花の十六連撃が怒涛の勢いで繰り出される。

それでもなお、『黒刃』の勢いは止まらず、すかさず次の技を放ってくる。

 

 

 「《六刃双撃》ッ!」

 

 「《朧月》ッ!」

 

 

六爪の二連撃と上段から振り下ろされる二刀が激しくぶつかった。

衝撃が周囲の木々を揺さぶり、衝撃は波となって伝播していく。

その衝撃を受けて、刀奈も体を動かす。

必死の攻防を繰り広げる二人に加わりに行く。

 

 

 「更識流槍刀術《金剛不壊の構え》……!」

 

 

刀奈の構えが変わる……。

槍の穂先を地面に向け右半身を引き、半身の状態で構える。

剣術で言うところの脇構えの様なものだ。

その状態から、上体を下げて縮めていき、最後には脚力をフルに使って駆ける。

まるでロケットスタート。

一直線で『黒刃』の方へと向かい、穂先を突き出す。

 

 

 「《流閃槍》ッ!」

 

 「「ッ!?」」

 

 

一夏はその場から飛び退き、『黒刃』はその場で構える。

六爪をクロスさせ、真正面から受けて立つようだ。

やがて穂先と六爪がぶつかり合う。

ギリギリッ、と鋼同士が擦れるような音が響き、刀奈の勢いが強かったのか『黒刃』の方が少し押され気味だった。

 

 

 

 「グッ、クゥゥッーーーー!!?」

 

 「ハアアアアアッ!!!」

 

 

攻める刀奈と受ける『黒刃』。

その勝敗は、刀奈に軍配が上がる。

と言っても、吹き飛ばしたわけではない……『黒刃』はとっさに後ろへと飛び退き、刀奈の放った一撃を受け流したのだ。

目を見張るような一撃だったが、それでも決定打には結びつかなかった。

しかし、それを見逃す一夏でもない。

 

 

 「もらったっ!!」

 

 「ッ……!」

 

 

右手に握る《水無刀》の刀身が、翡翠のような色に染まる。

そこから繰り出されるのは、片手剣6連撃ソードスキル《ファントム・レイブ》を叩き込む。

 

 

 「グッーーーー!!?」

 

 

 

片手剣ソードスキルの中では上級スキルに位置する《ファントム・レイブ》。

僅かに数発は六爪によって受け止められはしたものの、確実に入った手応えを感じていた。

そしてそこから、ダメ押しの一撃を放つ。

 

 

 

 「でやあぁぁぁぁぁッーーーー!!!」

 

 

 

緋色に染まる槍の穂先。

そこから繰り出される槍の上級ソードスキル……高速6連撃技《ディメンジョン・スタンピード》。

一夏の放った《ファントム・レイブ》の後、体勢が崩れたところをすかさず追撃……。

SAOで培った直感……今度は6撃全てを叩き込めた筈だ。

しかし、一夏と刀奈は怪訝な表情を浮かべる。

確かに手応えを感じてはいた……だが、それでも何か違和感もあった……と、自身の感覚を疑う。

横目で刀奈に視線を送る一夏。

どうやら、刀奈もそう思っていたらしく、槍を握り直していた。

合計12連撃をその身に受けた『黒刃』は、片膝をついたまま、微動だなしなくなった。

顔の表情は見えない。

戦闘用にと後頭部で結っていたポニーテールの髪型が崩れ、普通のストレートになっている。

その長い髪が顔全体を覆い、俯いているのもあって、表情を読み取ることができない。

だが、仕留められなかったにせよ、今が追い討ちのチャンスであることに変わりはない。

二人は目線だけ交わし、一気に駆け抜ける。

一夏は刀を下段に構えた状態になりながら駆け抜け、刀奈は槍を正眼の構え……更識流槍刀術《明鏡止水の構え》の状態で駆ける。

 

 

 

(まだだッーーーー!!)

 

(息の根を止めるまでは、止めちゃダメッ!!!)

 

 

 

この世界での勝利条件は、この国の女王を倒すことにある。

その最大の障壁となっているのが『黒刃』の存在……。

圧倒的な戦闘力を持つ『黒刃』を討てば、こちら側の勝利は目に見えている。

だからこそ、組織の中で実力が上位の一夏と刀奈の二人がかりで『黒刃』を倒すというのが、この作戦の肝なのだ。

今ようやく片膝を着けさせた……そこまでようやく追い込んだのだ。

ならば、今この瞬間に賭けるしかない……!

 

 

 

 「フゥ……………」

 

 

 

『黒刃』は静かに息を整えていた。

そして、俯いていた顔が一夏と刀奈を視界に捉えた瞬間……。

 

 

 「シッーーーー!!!」

 

 「「っ!!!?」」

 

 

 

一夏の《水無刀》と刀奈の十字槍……二人の刃が『黒刃』に届く事はなかった。

そのかわり、強烈な風が一夏と刀奈の体を打ち、気がついた時には、二人は斬られていた……。

 

 

 

 「っ!!? ッウ?!」

 

 「ううっ??!!」

 

 

 

一夏は左の頬と眉毛の上を浅く斬られ、刀奈は右肩を浅く斬られていた。

咄嗟に身を翻し、一夏は《水無刀》を、刀奈は槍の穂先を動かして、斬撃をうまく逸らした…………つもりだったが、どうやら完全には避けきれていなかった。

 

 

 

 「な、なんだ……?!」

 

 「今の……っ、一体何が……?!」

 

 

 

 

眼前にいたはずの『黒刃』が姿を消したまでは覚えている。

片膝をつき、俯いた状態だったところにとどめを刺そうとしたのだから……。

だが、両手に持っていた六爪を一旦離し、両手に一刀ずつ握り直した瞬間、『黒刃』の姿は消えた……いや、目にも映らなかった。

一夏は斬られたところから流れ出る血を拭い、刀奈は右手で槍を握りながらも、左手は右肩を抑えている。

二人はほとんど直感的に刀と槍を動かした。

『黒刃』が消えたあの瞬間、背筋を氷で撫でられたような凄まじい悪寒を感じたのだ。

 

 

 

(彼女はっーーーー?!)

 

(後ろーーーーっ?!!)

 

 

 

気配を感じて、二人は即座に後ろを振り向く。

すると、すぐに『黒刃』の姿を視認できた。

しかし、その様子が今までと違うと、直感的に把握した。

今までの六爪流という遊び半分の戦いは終わり、改めて二刀流になったことで、その姿は先ほどとは見間違うほどの闘気に覆われている。

 

 

 

 「あぁーー……いい、実にいい……!」

 

 「「っ……?!」」

 

 「こんな気持ちになるのは、本当に久しぶりだぁ〜………」

 

 

 

顔は見えなかった。

一夏たちに対して後ろを向いているからだ。

しかし、それでも声色でわかってしまう……今までの彼女は全くの別物だと。

 

 

 

 「この感じ、この圧迫感……初めて剣を握って強敵と対峙した時に感じた物と同じだ……!

 いい……やはり良いな、お前たちは……!」

 

 

 

『黒刃』がそっと、こちらを振り返る。

見えてきたのはうっとりとした表情だった。

何に対してその表情になっているのかはわからない……だが、一夏と刀奈の二人には、その異様さだけがビリビリと肌に伝わってくるのを感じた。

『狂気』……『異常』……そんな言葉が脳裏を過ぎる。

そして、二人は見た……。

カッ、と見開かれた『黒刃』の瞳が、“翡翠のような緑色”をしていた。

 

 

 

 「さて、ここからはお遊び無しだ……! さぁ、存分に楽しもうか、お前たちッ!

 早々にくたばってくれるなよ? 私を……っ、私の心をっ、存分に楽しませてくれッーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くっ、『黒刃』はどこに行ったんですかっ?!!」

 

 「も、申し訳ありません。再度の襲撃に気を取られ、姿を確認しようとした時にはすでに……」

 

 「くっ……! これだから野蛮人の相手は嫌なんですっ!」

 

 「女王陛下っ!」

 

 「なんです?」

 

 「このままでは、城は落とされるでしょう……陛下だけでも、どうかお逃げください!」

 

 「は?」

 

 

 

女王の立て篭もる王城では、今もなお反抗勢力と城の衛兵たちが交戦している……。

だが、その戦況はあまり芳しくなかった。

度重なる襲撃により、衛兵たちの士気は落ちていくばかりで、反抗勢力の勢いを削ぐ事は叶わない。

ならばここは態勢を整えるために城を脱出し、新たな地にて戦力を整えて、反抗勢力に挑むのが定石だ。

しかし……

 

 

 

 「何を馬鹿なことを言っているのですか、あなたは?」

 

 「へ、陛下?」

 

 「この城は、私の城ですよ? 私の物、私の財産、私の全てなのです! それを放棄して逃げろと? 冗談ではありません!!」

 

 「し、しかし! 敵はすぐ側まで迫る勢いなのです! 今はどうか、ご自身の身の安全だけを考えていただきたい!

 例えここを奪われようとも、新たな地で起死回生の機会を伺い、改めて奪還すれば良いのです!

 なので今は、今この時は、貴方様の命を優先してもらいたい! 反抗勢力は、我々が必ず撃退して見せますゆえ、何卒ッ!!」

 

 

 

女王陛下の前で片膝をつき、頭を下げる男性。

この城の護衛を仕る親衛隊の隊長だ。

先代の王が治めていた時からこの城の護衛をしていた古兵であり、その実力は『黒刃』に及ばないものの、親衛隊の中ではずば抜けている。

だからこそ今代の女王に仕える際に、親衛隊長に抜擢されたのだ。

 

 

 

 「ならばその使命を果たしなさい」

 

 「え……?」

 

 「逆賊共を打ち滅ぼすことが、貴方たち親衛隊の使命だというのならば……早々に逆賊共を斬り捨てなさい。

 そうすれば、私はこの部屋から一歩も出ることなく、いつもの日常に戻れるのですから……」

 

 「っ?! へ、陛下っ!」

 

 「なんです?」

 

 「っ…………!」

 

 

 

懇願する親衛隊長に、冷徹なまでの視線を送る女王。

再度の説得を試みるつもりでいたが……もはやこれ以上の問答を拒否するようだ。

 

 

 

 「貴方は貴方の使命を果たさなさい……いいですね……っ?」

 

 「っ………御意」

 

 

 

親衛隊長は一礼した後、静かにその場を出て行く。

廊下に出た後、ほかに来ていた隊員達へと指示を飛ばしている声が聞こえた。

その声がようやく聞こえなくなり、完全に一人となった部屋に、女王のため息が溢れる。

 

 

 「…………こんなことで、こんなことで、私が城を失ってたまるものですか……!」

 

 

誰にも聞こえない言葉を、怒りの感情を殺しながら吐露する。

 

 

 

 「今度こそです……。今度こそ終わりにしましょう……白雪姫、我が娘。あなたが悪いのですよ?

 あなたが、私よりも美しくなければっ、こんなことにはならなかったっ……!」

 

 

 

それでも露わになる憤怒の感情。

全てはそこに帰結する。

 

 

 

 「この世で一番美しいのはこの私なのですっ! 白雪姫ではないっ、この私っ、女王なのですからっ!!」

 

 

 

美への執着が、たった一組の親子の関係に完全な溝を作った。

人という種族が見せる負の姿……。

女王の目にすでに光がなく、燃え盛っている城内を捉えていた。

激しい攻防を繰り広げている親衛隊と反抗勢力。

かつて自分が亡き者にしようとした者たち……視界に入れたくないと拒み、追放した者たち……そんな女王に怯え、自ら国を捨てた者たち。

眼下に写るのは、皆が見目麗しい美少女たちだ。

自分に対して害をなそうとする者たちを徹底的に排除したつもりだったが……よもやこんなことになろうとは……。

 

 

 

 「えぇ、そうです……これで終わりなんですよ。だから『黒刃』ッ! 早く白雪姫とっ、あの少年の首を取りなさいッ!!!!」

 

 

 

 

たった一人で居座っている部屋に響いた怒号。

誰一人として聞こえてはいないが、その叫び、妄執は、かすかに届いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふんっ、年増女王が……。そろそろ我慢の限界が来たか?」

 

 「っ?」

 

 「何ですって?」

 

 「気にするな、こっちの話だ……。しかし中々にしぶとい……いやまぁ、それはそれで楽しみようはあるがな……!」

 

 

 

 

突然攻撃をやめ『黒刃』は城の方へと視線を向けた。

何かを悟ったのか、微笑を浮かべながら再び視線を戻す。

 

 

 

 「はぁっ……はぁっ……!」

 

 「ふぅ……っ、ふぅ……っ」

 

 「ハハッ、さすがに息を切らしてきたか? だがまだ倒れるなよ? ようやく肩があったまってきたんだからなッ!!!!」

 

 「「ッーーーー!!!」」

 

 

 

またしても目の前から姿が消える。

とっさに防御態勢を取るも、いつのまにか間合いに入られている。

それぞれ刀と槍を操作し、『黒刃』からの攻撃を受ける。

しかし、完璧に受けきれないためか、二人は揃って吹き飛ばされてしまう。

 

 

 「ぐっ!」

 

 「きゃっ?!」

 

 「そらそらっ! まだまだいくぞッ!!」

 

 

 

一夏は刀とサーベルをクロスさせ、刀奈は槍を八相の構えに、更識流槍刀術《古木死灰の構え》を取る。

防御主体の構えであり、攻撃にも転用できる構えで刀奈は『黒刃』を迎え撃つ。

一夏は刀をクロスさせながら前進……『黒刃』に対して退くのではなく、前へと出る。

前へと出た一夏に対して、『黒刃』が右手に持っていた黒刀を振り上げ、一気に振り下ろす。

 

 

 

 「《閃撃》ッーーーー!!!!」

 

 

まるで黒い閃光が迸ったかの様で、その光は一直線にクロスした一夏の刀へと降り注ぐ。

 

 

 

 「ぐっ!!?」

 

 

一夏の頭上に飛来してきた黒い斬光。

その衝撃は体全身へと駆け巡り、踏ん張っていたにもかかわらず、その場で膝をつきそうになるほどだった。

しかし、そんな状態で手を緩める『黒刃』ではない。

 

 

 

 「《閃撃・二連》ッーーーー!!!!!」

 

 「ぐおっ?!!」

 

 

 

今度は左手に持っていた黒刀が下から救い上げる様な一撃を見舞ってくる。

身を躱すこともできずに、咄嗟の判断で刀の柄を斬撃に合わせて下げる。

暗殺者時代に会得していた変則ガード。

別の言い方をすれば、システム外スキルというだろうか……。

だが、それでもなお受けきれずにそのまま後ろへと吹き飛ばされる。

仰向けに倒れ込み、体勢を整えようとするもすぐさま『黒刃』の一手が迫っていた。

 

 

 

 「フハハッーー!!」

 

 「チッ!」

 

 「やらせないわよッ!!!」

 

 

 

そこに割って入るのは、刀奈だった。

《古木死灰の構え》の状態で『黒刃』に斬りかかる。

薙刀術で見られる構えの状態で小回りのきく素早い技を繰り出しながら、『黒刃』の攻撃を捌いていく。

 

 

 

 「《乱撃》ッ!!」

 

 「《朧雲》ッ!!」

 

 

 

『黒刃』の放つ《乱撃》。

先ほどの素早い一撃を繰り出す《閃撃》とは違い、二刀の素早い乱撃術。

それに迎え撃つのは《朧雲》。

槍をまるでヌンチャクのように体の周りで振り回す高速の薙ぎ払いの斬撃。

相手の攻撃を捌きつつも、回転による遠心力を得た一撃を繰り出す攻防一体の技。

しかし、それは『黒刃』とて織り込み済みだ。

類稀な剣捌きは刀奈の繰り出す槍を弾き、攻撃に転じれば槍を押し返すかの勢いで次々に打ち合う。

激しい火花と金属同士が打ち合う金切り音が響き、周囲の木々を揺らしている。

 

 

 「くっ……!!」

 

 「面白いっ、どこまでついて来られるかなっ?!」

 

 

 

縦横無尽に空間を斬り裂き閃く斬撃に対して、回転力を利用した槍の斬影が折り重なる。

しかし、徐々に刀奈の槍が追いつかなくなる。

 

 

 「胴がガラ空きだッ!」

 

 「くっ?!」

 

 「させるわけねぇだろッ!!」

 

 

刀奈の右脇腹目掛けて放たれる斬閃。

一応鎧を纏ってはいるが、今の『黒刃』の攻撃で、防ぎ切ることは叶わない。

そこに一夏の二刀が割り込んだ。

『黒刃』の黒刀を弾き返し、刀奈との距離を離す。

『黒刃』は一旦距離を取って、再び黒刀二刀を構える。

 

 

 

 「チナツ、あの剣術、知ってるっ……?!」

 

 「聞いたことはないよ……でも」

 

 

 

刀奈の問いかけに、一夏は過去の記憶を詮索する。

『黒刃』の六刀流剣術の記憶は全くない……だが、いま見た剣術は過去に何度か見たことがある……それも、“世界最高の舞台” で……。

 

 

 

 「あの剣術……俺の記憶が正しければ、千冬姉がモンド・グロッソで使っていた剣術に似てる……!」

 

 「モンド・グロッソッ?! じゃあまさか……数々の《ヴァルキリー》達を斬り伏せてきた剣術ってわけね……!」

 

 

 

幼い頃の記憶だ。

第一回モンド・グロッソでの光景。

あの時は千冬が使っていた選手控え室で、試合の様子を見ていた。

まだ一夏は幼く、千冬も観客席に一人、幼い弟を座らせる気にもならなかったし、だからといって、日本の代表選手の権限を利用して別室を取るのも憚られると思っての行為として、自分が試合前に使う予定の控え室に一緒に連れてきていた。

そこで試合に向かう前の集中力を整えながら、一夏の様子を見ていた。

一夏は一夏で、ピリピリに張り詰めていく千冬の雰囲気におどおどしながらも、ドリンクやタオルなどを手渡していた記憶が微かに蘇った。

そして、千冬の試合時間になると、控え室に備え付けられていた大型モニターで、一夏は千冬の試合を観戦していた。

その時の映像は、一夏の眼に……そして記憶に深く刻まれている。

銃火器をばら撒く現代の戦闘において、刀一本で果敢に挑んでいく姉の姿……。

多くの強敵達を退け、斬り伏せてきた剣術……その技に、心を奪われたのだ。

 

 

 

 

 「間違いない……! 千冬姉は何も言わなかったけど、あの太刀筋は、あの時見たものと同じだ。

 あれこそが、千冬姉の本気……! 篠ノ之流剣術をベースに、我流で昇華していった剣術だろう……!」

 

 「っ……ならこっちも、色々と出し惜しみはしない方がいいわね」

 

 「あぁ……死力を尽さない限り、俺たちに勝利はないっ……!」

 

 

 

世界最強の地位を獲得した時の技を使ってきているのならば、油断したその瞬間が勝負の分かれ目になるだろう。

一瞬たりとて気は緩められない。

アインクラッドでのボス攻略やレッドプレイヤー達との戦闘でも、これほどの緊張感はなかっただろう。

まず間違いなく、自分たちでは勝てるかどうかわからないと思ってしまう相手なのだから……。

二人の目の前にいる女性は、さながら最後に戦ったフロアボス《ザ・スカルリーパー》並の強敵だ。

 

 

 

 「俺がなんとかあの剣撃に食らいつくから、カタナはスイッチの準備を……!」

 

 「いえ、ここは私がタゲを取るわ」

 

 「え?」

 

 「純粋なスピード勝負なら、刀を持ってるあなたの方が勝ってるわ……ならあなたには、彼女を打ち負かすアタッカーになって貰わないと……!」

 

 「だがっ、カタナの槍じゃあ、あの剣撃を捌き切れないだろうっ?!」

 

 「ふふっ……大丈夫よ。『更識流槍刀術』は、この程度じゃ砕けないわ……!」

 

 

 

そう言うと、刀奈は一歩前に踏み出し、下段の構えである《天長地久の構え》を取る。

 

 

 

 「タイミング、逃さないでよ、チナツ……!」

 

 「わかった……! 信じるぞ?」

 

 「ええ、そうして」

 

 

二人は一斉に駆け出す。

それに応じて『黒刃』は構える。

両手に持つ二刀を広げるように構えて、二人を迎撃するようだ。

 

 

 

 「ふふっ、何を企んでいるのか知らないがっ、面白いッ!!」

 

 

 

ニヤリと笑う『黒刃』。

そして自らの間合いに二人が踏み込んだ瞬間、二刀を素早く動かす。

 

 

 「《翼撃》ッ!!」

 

 

まるで翼ある獣が翼で薙ぎ払うかのような攻撃。

しかし、それを刀奈の槍が穂先と石突きで弾いた。

 

 

 「ムッ?」

 

 

手応えに違和感を覚えた『黒刃』は再度攻撃を仕掛ける。

《翼撃》で放った横薙ぎの攻撃から、右に一回転してからの斬り上げ。

 

 

 「《翔撃》ッ!」

 

 「はあああッ!!!」

 

 

迫りくる下段からの黒い刃に対して穂先の十字槍が喰い込む。

ガチィッ!!という鋼が軋む音が響き、二人の間に一瞬の硬直が生まれた。

そこから何度も『黒刃』は斬り込むが、刀奈の槍がそれを幾度も阻む。

 

 

 「なるほど、防御主体の技かっ!?」

 

 「更識流槍刀術《流転》……簡単に切り崩せるとは思わないことね……!」

 

 

先ほどのような苦戦はしていない。

ただ単純に、刀奈の動きが変わったのだ。

攻撃主体だった先ほどまでとは違い、あらかじめ攻めてくるのがわかっているのならば、それを迎え撃つ作戦。

だからこちらからの攻撃が、相手に届かなくとも……相手の攻撃を全て払い、弾き、跳ね返す……そうすれば、相手の攻撃とてこちらには届かない。

槍を器用に使いこなし、手足のように用いることでできる防御技《流転》。

二刀に比べて速さで劣る槍で、刀持ちの相手を牽制するのが目的だ。

そして、相手がこちらに集中しているのならば、もう一人の攻撃役へのヘイト値は散々減らせただろう。

 

 

 

 「スイッチッ!!」

 

 「ッ……!」

 

 

 

刀奈の言っている言葉を『黒刃』は理解しているのか、はたまた直感的なものなのか、目の前の刀奈ではなく背後から迫りくる一夏の二刀へと対処する。

 

 

 

 「来るかっ!」

 

 「おおっ!!」

 

 

二刀による連続剣技。

見様見真似の篠ノ之流剣舞に、ユニークスキル《二刀流》を使っていた時のキリトの剣撃。

使っているのは刀とサーベルという異色の二刀流だが、自らの目に焼き付け、この身に受けた剣撃の数々は、概念や理屈を抜きにして、身体中に染み付いている。

動きを正確に捉えて、こちらが反撃するには、まず相手の動きを正確に知ることから始まる。

素早い中にも力強さを持ち、怒涛の剣撃を繰り出すキリトの《二刀流》。

同じ二刀流でありながら、流麗さと繊細さを併せ持った箒の《篠ノ之流剣舞》。

その本質は似ているようで似ていない。

そんな二人の動きを見極めて《ドラグーンアーツ》とユニークスキル《抜刀術》でやりあってきた一夏だからこそ感じ取れたこの感覚。

一夏が千冬の背中を追いかけ、たどり着いた一つの境地。

 

 

 

 「ハッハッハッ!! いいぞ、いいぞ! もっとだッ!!」

 

 「何度でも食らいつくッ……!!」

 

 

 

激しい剣戟がこだまする。

一瞬でも気を抜けば命取りとなる……修羅場……死地……いろんな言い方があるだろうが……姉弟同士の稽古には当然見えないだろう。

互いに本気で命を取りに行っているのだ。

しかし、威力はまだまだ『黒刃』が勝っている。

 

 

 

 「《乱撃・龍絡み》ッ!!!」

 

 「ぐッ?!!」

 

 

 

刀奈に対して放った《乱撃》の派生技だろう。

一瞬にして幾重にも重ねた斬撃が飛んでくる。

とっさに防御姿勢に入るも、急所をなんとか避けるだけで精一杯だ。

腕や脚、横っ腹に浅いが斬撃痕が刻まれ、そこから赤い血が四散する。

 

 

 

 「チナツっ!」

 

 

今度は反対方向から十字槍が飛来してくる。

鋭い速さで振り抜かれる穂先……身体全身を余すことなく使い、放たれる槍撃は本物の武術によるものと相違ない。

 

 

 「《塵殲風》ッ!!」

 

 

回転を加え、それで得た力強い攻撃を繰り出す《波濤》と同系統の技。

《波濤》が右手首を主軸に回転させるのならば、《塵殲風》は身体全体が主軸となっている技。

威力もさることながら、さらに凄いのはその速さだ。

槍を薙いだだけで、風が切られたような音が鳴る。

防御技の《流転》から超攻撃技の《塵殲風》へと繋げる。

またしても構えから動きまで全てが違う……17歳という若さで暗部の家系・更識家の歴代《楯無》を継いだ由縁を、今ここで明らかにした。

 

 

 

 「もう一度っ……スイッチッ!!」

 

 

 

再びタゲを刀奈に向けさせて、攻撃役の一夏が攻め込むタイミング。

しかし、『黒刃』もそのパターンはすでに見切っている。

 

 

 

 「同じことが通じるとでもッ……」

 

 「知ってるよ、そんなことッ!!!」

 

 

 

刀奈が『黒刃』のタゲを取って、すかさず一夏が間合いを侵略し、剣を突き立てる。

その戦術は一度見ている。

故に、その行動はたやすく読めていた……。しかし、一夏が刀を振り抜くよりも前に、左手に持っていたはずのサーベルの切っ先が向かっていた。

 

 

 

 「ッッッーーーーーーーー!!!!??」

 

 

 

とっさに左に持っていた黒刀を振り払い、飛んできたサーベルを弾いた。

しかしそれによって、『黒刃』に致命的な隙が生まれた。

 

 

 

 「ここだッ!!!」

 

 

 

右手に持っていた《水無刀》を体の前で両手に握る。

こちらに飛び込んでくる一夏の身体から、九つの斬影が飛んでくるのを、『黒刃』は見た。

 

 

 

 「っーーーーーー!!!!」

 

 「ーーーーーー《九頭龍閃》ッ!!!!」

 

 

一瞬の内に放たれる斬撃……その数は九つ。

剣術の基本的な斬撃数と同じ数だけの斬撃を放ち、防御・回避、共に不可能な絶技。

その斬撃が全て『黒刃』の体に叩き込まれた……。

 

 

 「グッ……!」

 

 「ッ……!?」

 

 

無理矢理にでも発動させた絶技。

本来ならばソードスキルのシステムアシストがあるため、負荷も最低限のものの筈だが、この世界では負荷がリアルに伝わってくるらしい……。

『黒刃』から受けた傷が疼き、血が滲んでいるのを感じた。

しかも九撃を受けてもなお『黒刃』は倒れない。

僅かながらに刀身から伝わってきた違和感に、とっさに気づいた。

九撃全てをたたき込みはしたが、それでもわずかな数撃は防がれていたらしい……。

ここにきて驚異の身体能力を見せる『黒刃』。

だが、受け切れなかった数撃は、確実に入っていた。

バトルスーツに若干血が滲み出したのが見て取れた。

そのせいもあって、動きが格段に鈍くなった。

 

 

 

 「オオオオオッーーーー!!!!」

 

 

一夏が雄叫びを上げる。

再び正眼の構えを取り、またしても九つの斬影を飛ばす。

 

 

 

 「《九頭龍閃》ッ!!!」

 

 「なにっーーーー?!!」

 

 

 

間髪入れずに二度目の《九頭龍閃》。

だが、またしても数撃だけは防ぐ『黒刃』。

しかし、その受け切った数撃も、一撃目よりも少ない……防いでいるとはいえ、全く攻撃が通ってないというわけではないのだ。

 

 

 

 「カッハーーーー!!!」

 

 

 

口からの吐血。

それだけじゃない……額から流れ出る流血……四肢から滲み出る血の跡。

確かにダメージは与えた。

しかし、一夏は止まらなかった。

 

 

 「ぐっ……!!!」

 

 「チナツっ……!?」

 

 

 

再び正眼の構え。

そして、刀奈の言葉を尻目に、またしても駆け出した。

 

 

 

 「ーーーー《九頭龍閃》ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

九つの斬影が三度舞った。

人体の急所と思しき場所を的確に斬り裂き、なおかつ一瞬にして九つの斬撃全てをたたき込む技。

それを三度受けた者など、現実世界にも仮想世界にもいなかっただろう。

最後の刺突が炸裂し、鮮血と共に森の木々の間をすり抜けて行く『黒刃』。

やがて闇夜に紛れて姿が見えなくなったが、その後すぐに大きな激突音がなった。

 

 

 「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」

 

 

 

絶技と言われる《九頭龍閃》を三連続で行うなど、一夏も一夏で容赦のないことをする。

しかし、その反動も凄まじいものだ。

一夏はその場で膝をつき、上体を激しく上下させながら息を整えようと必死だった。

その場に駆け寄る刀奈の表情もまた、心配と不安で染まっていた。

 

 

 「はぁっ……!はぁっ……!」

 

 「無茶しすぎよっ!《九頭龍閃》を三回も連発するなんてっ、バカなのっ?!」

 

 「これっ、くらいしないとっ……千冬姉っ、にはっ……勝てないっ……だろ?」

 

 「そ、それはそうだけど……」

 

 

確かに《九頭龍閃》を三回……《二十七頭龍閃》もその身に喰らえば、いかな《世界最強》でもひとたまりもないだろう。

一瞬にして九撃。

そんな技を真正面から三度も喰らうなど、刀奈にしてみれば考えたくないことだった。

たった一回でも防ぎきれないはずなのに、それを重ねてくるなどと、どこのサディストだと思わずにはいられない。

 

 

 

 「いいから、いまは休んで!そんなボロボロの状態じゃあ、まともに立てないでしょう?」

 

 「あぁ、ごめん……少し、休ませてくれ……」

 

 

 

力なくその場に座り込む一夏。

この世界がいくら仮想世界といえど、一夏もシステムアシスト無しの《九頭龍閃》は撃てない。

九撃全てを神速の速さで、ほぼ同時に振り抜くこと自体が人間業ではない。

『ALO』内でもソードスキルは実装されて、片手剣や細剣、槍、刀などのソードスキルは存在するが、『二刀流』『抜刀術』『神聖剣』『二槍流』と言ったユニークスキルは実装されなかった。

そして、《九頭龍閃》はその『抜刀術』スキルの中に存在したソードスキルであるため、ALOにはすでに存在しないスキル。

しかし一夏は、それをシステムアシスト無しで実現できないのかと、何度も何度も試していたが、結局は三、四撃目で同時にはならず、“一瞬九撃” ではなく “超高速の九連撃” にしかならないのだ。

そしてこの謎の仮想世界もまた、SAOではなくALOと同じ環境のためか、『二槍流』や『抜刀術』のユニークスキルは発動しない。

つまり、今の三連続《九頭龍閃》を一夏は生身の状態でやったということになる。

 

 

 

 「あなたって、こういう時に限って出来ない事をやってのけるわよね……」

 

 「え?」

 

 「《九頭龍閃》……システムアシスト無しでできたじゃない……それも三回も……」

 

 「うーん……夢中過ぎて、できたっていう自覚があまりない……」

 

 「いやいや、三回やってて自覚ないは無いでしょ……」

 

 

 

刀奈は呆れた様子で一夏を見るが、それでもなんとも無さそうな一夏の表情を見ると、安堵の気持ちが込み上げてくる。

相当集中していたのだろう……体の痙攣が見て取れた。

そんな一夏の隣に座り込んで、刀奈は背中をさする。

心地よい手の感触が、背中から伝わってくる。

一夏の口角がわずかに上がる。

 

 

 

 「ふぅ……それはそうと、あの人はどうなった?」

 

 「うん……」

 

 

 

気を取り直し、二人は森の茂みの向こうへと視線を向けた。

木々で生い茂る森の中へと消えていった『黒刃』。

一夏の《二十七頭龍閃》をその身に受けて無事でいられるわけはないが、あの《世界最強》……《ブリュンヒルデ》の異名を持つ千冬の仮想データだ。

異常な身体能力……異常な戦闘能力……異常な戦闘狂思想……。

まぁ、最後のは普段の千冬からはかけ離れた印象なのだが、好戦的な千冬の姿も想像に難くないだろう……。

 

 

 

 「アレを食らって無事だったら、ただのバグキャラでしょうけどね……」

 

 「あぁ、だが……どうにも落ち着かない。倒した感じが全くしないんだ……」

 

 「あれだけ攻撃したのに? 冗談でしょう?」

 

 「いや、嫌な予感がまだ消えない……!」

 

 「嘘でしょ……」

 

 

 

冗談……と、一夏自身も言いたかったのだが、刀奈もその直感を信じた。

いまだ途切れない緊張感……額や背筋に冷や汗が流れている……。

一夏はなんとか体を起こし、その場に立った。

刀奈も槍を握り直し、一夏の側で迎撃できるように身構えた。

と、その時だった……。

 

 

 

 「スウゥゥゥゥゥーーーーーーーー………」

 

 

 

得体の知れない音が聞こえてきた。

その音の発信源は、今まさに『黒刃』が吹き飛ばされていった場所だった。

 

 

 

(なんだ、この音は……?)

 

(呼吸してる、音……かしら?)

 

 

 

微かに聞こえてくるのは、呼吸をしている音のようにも聞こえた……。

それも、大量に空気を取り込んでいるような音。

そして、その音が鳴り止んだと思ったその時、今までよりもなお鋭く、背筋が凍りつくような殺気が飛んできた。

 

 

 

 「っ?!! 避けろっ!!」

 

 「っ?!」

 

 

 

とっさに叫んだ一夏。

それに反応して、刀奈は左へ、一夏は右へと飛び退いた。

その直後だった……巨大な鎌鼬の斬撃が、二人の立っていた場所を勢いよく通過していった。

それに付け加え、鎌鼬が巻き起こす空気の巻き込みによって、空気の刃に巻き込まれそうになる。

一歩だけではなく、二歩三歩と飛び退く。

いきなりの奇襲に、なんとか反応して避けることができたが、体勢を崩して二人して地面に倒れ込むように飛び込み、前転して体勢を整える。

 

 

 

 「い、いまのは……?!」

 

 「真空の刃……! でも、あの規模の攻撃って……!」

 

 

 

真空の刃が通り過ぎた後は地面が抉れており、その場にあったであろう木々はそのほとんどが倒されていた。

もくもくと立ち込める土煙……。

やがてそれが晴れていき、月明かりに照らされた人影が姿を表す。

 

 

 

 「くっ……!」

 

 「本当に生きてるわね……」

 

 

 

もはや唖然とするしかなかった。

頭部や肩、腕に太もも、脚……それらから鮮血が流れて出ているにもかかわらず、その人影は悠然と立っていた。

後ろでポニーテールに結っていた髪がバラけて、ストレートになっていたり、手に持っていた武器は、今までの二刀ではなく、一本の太刀だった。

鍔もなく、漆黒の柄巻を巻かれているだけの太刀。

一体どこから出したのかわからなかったが、我流の二刀剣術をやめて太刀による一刀流に切り替えたのだ。

 

 

 

 「今度は何をしてくるかしら?」

 

 「太刀……か。考えたら《雪片》は太刀型の武装だよな……」

 

 「……そうね。刀身の長さからすれば、太刀か、それよりも長い大太刀に分類されるのかしらね」

 

 「つまり……」

 

 「今からが本番って感じかしらね……!」

 

 

 

 

息を呑む。

これまで全力で斬り結んできたというのに、まだ手札を残していたとは……。

太刀ならば、二刀とはまた対応策も違ってくる。

素早い連撃だけではない……太刀を振るったときのリーチの長さ。

それで先程の《閃撃》や《乱撃》といった技を出されては、うかつに間合いへは入り込めない。

一夏はサーベルを投げ捨て、右手に握り直した《水無刀》のみ。

刀奈は槍を再び構え、正眼の構え《明鏡止水の構え》で様子を伺う。

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 

小さく息を吐き、眼前の敵に集中する一夏と刀奈。

そして『黒刃』がここに来て初めて構えらしい構えをとった。

 

 

 

 「っ……来るわよ!」

 

 「あぁ……!」

 

 

『黒刃』は太刀を霞の構えで構えている。

切っ先がこちらを向き、悠然として立っている。

そして、先程の真空の刃を放った一撃から、ずっと閉じていた両眼が開かれる。

そこに映ったのは、先程の翡翠のような緑色と、その周りを覆い尽くす漆黒。

 

 

 

 「あの目……アイツと同じ……?」

 

 「アイツって?」

 

 「この学園のサーバーに侵入してきた奴よ。私とキリトで、電脳世界からの迎撃を頼まれたんだけど、私はその時に見てるのよ……そこにいる『黒刃』と同じ瞳をした女を……!」

 

 「じゃあ、そいつが黒幕か……!」

 

 「ええ……!」

 

 

 

今回の事件の黒幕……その少女が何者なのか気になるが、本当の首謀者は他にいるだろうと、二人はとっくに気づいている。

だが、その首謀者が直接学園に手を出してきているわけではない……とも二人は考えている。

その首謀者の正体は、言わずもがなだが、今はそれよりも……。

 

 

 

 「なんとかこの死地を乗り越えるぞ……!」

 

 「ええ!」

 

 

二人が改めて構えた、その瞬間……『黒刃』の目もまた見開いた。

 

 

 

 「行くぞーーーーーーッ!!!」

 

 

手にしていた太刀を、大きく振り下ろす。

その速さは、今までの太刀筋よりも、なお速かった。

 

 

 

 「《空撃・嵐鬼竜》ッ!!!!!」

 

 「「ッーーー!!!!??」」

 

 

 

太刀が大きく振るわれたその瞬間、まるで目に見えない竜の爪が、二人の頭上から迫り来るかのような感覚に見舞われた。

一夏と刀奈は咄嗟に身を捻って回避する……。

真空の刃……いや、真空の大爪が地面を抉り取る。

四つの爪痕が地面に深々と刻まれる。

 

 

 

 「っ!! なんなのよ、あの威力はっ?! チートでしょうっ?!!」

 

 「威力もそうだがっ、間合いが伸びたぞっ……!」

 

 

 

得物が太刀になった事で、二刀を使っていた時よりも真空の刃を放つ射程が圧倒的に伸びている。

得物の刀身に関係しているのかはわからないが、これでますます迂闊に近寄れなくなった。

 

 

 

 「スウウウゥゥゥゥーーー!!!!」

 

 「っ、また来るっ!」

 

 「クッーーー!」

 

 

 

再び構えを取る『黒刃』。

またしても霞の構えで太刀を握り、深い呼吸をする。

広範囲の真空刃攻撃を連発されると、こちらが圧倒的に不利だ。

一夏と刀奈は技を発動される斬り込むべく、即座に駆け出した。

しかし、またしても『黒刃』の攻撃の方が速い。

 

 

 

 「《瞬撃》…………ッ!!!」

 

 

目にも留まらぬほどの斬撃。

それを一夏と刀奈二人に対してそれぞれ一撃ずつ放ったのだ。

当然、一夏と刀奈はそれを察知して防御の構えを取ってはいたが、その剣速が異常過ぎる。

 

 

 

 「ぐっ?!!」

 

 「っ……!!?」

 

 

 

とっさに防御したとは言え、鋭い斬撃を前に駆け出していた足が完全に止まってしまう……。

そこから再び太刀の斬光が閃いた。

 

 

 

 「《瞬撃・五殲》ッ!!!!」

 

 

五連撃技だろうか。

一瞬のうちに斬光が5回閃いたようにも見えた。

とっさに二人は飛び退いていたため、直撃は避けられたが、それでも………。

 

 

 

 「くそっ……!まともに近づけないっ……!」

 

 「私が間合いに入るわっ!チナツはその隙に斬り込んでっ!」

 

 「わかった!」

 

 

 

剣閃が光ったときには、すでに斬られていると思った方がいいと……刀奈の直感がそう告げていた。

こちらからの攻撃はかえって自分たちを追い詰める一方……ならば、攻撃を捨てて、全てを防御に回す他ない。

 

 

 

 「更識流槍刀術、《流転》ッ!」

 

 

 

防御特化の槍術《流転》。

両手に持った槍を突き出し、高速で回転させながら突っ込んでいく刀奈。

そしてその後ろを追随する一夏。

避けているだけでは『黒刃』は倒せない……だから、苦肉の策とはいえ防御で攻めるしかないのだ。

 

 

 

 「《瞬撃》ッーーーーーー」

 

 

 

またしても『黒刃』が太刀を大きく振りかぶって構える。

そして、またしても高速で腕を振り抜く。

 

 

 

 「《十殲》ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

閃いた剣閃の数は10。

目を見張る刀奈。

即座に槍を捌いて、剣撃を相殺しようとするが………。

 

 

 

 「ヌウンッ!!!」

 

 「ぐっうぅっ!!!?」

 

 

 

先ほどの攻撃よりも倍以上の手数……それに付け加え、斬撃一つ一つに更なる膂力まで加えてある。

一撃一撃を弾くにしても、相当な力を込めていかなければならない……だが、そうすると槍の繊細さを欠いてしまう。

 

 

 

(この速さで、この膂力っ……!)

 

 

 

なんとか十連撃を弾いてはみたものの、捌くので手一杯だ。

攻撃なんてしている暇は一切ない。

 

 

 

 「コォォォォーーーーーー!!!!」

 

 

 

そして、またしても息を整えている呼吸音が聞こえる。

すると、太刀を『車の構え』で構える。

 

 

 

 「《閃撃・影追い》………!!!!」

 

 「ウッ……!?」

 

 

 

《閃撃》……一夏に対して放った技だ。

しかし、いま繰り出した《閃撃》は今までのものよりもさらに速かった。

ほんの一瞬……刀奈の視界から『黒刃』の姿が消えた。

そして、次の瞬間……いつの間にか目の前に現れて、太刀を思いっきり右胴に一閃。

体勢を整える前に仕掛けられた奇襲……それを太刀筋すらも見切れなかった。

それくらいの速さ。

とっさに胴に入る前に槍を入り込ませて直撃を避けようとしたのだが、そこまでが精一杯であった。

太刀の刀身が槍の柄へと当たった瞬間、刀奈の体が宙に浮いたのだ。

 

 

 

 「ぐぅっ??!!」

 

 「っ?!カタナっ!!」

 

 

どれくらい飛ばされたのだろうか……?

体感的に感じのは、十メートル前後だろうか。

体に感じる浮遊感……そしてその直後に、背中から地面へと墜落。

その衝撃が全身を駆け抜けて、視点が揺れ動く。

 

 

 

 「ガッハッ!!?」

 

 

 

地面に激突した衝撃だけではない……とっさに受けてしまった『黒刃』の一撃による衝撃もまた、時間差を生じて体を突き抜けた。

体を突き抜ける二つの衝撃に、体の骨格や筋肉に至るまで全てが痙攣しているような感覚だ。

おそらく脳も揺らされているだろう……。

現にいま、立ち上がるどころか起き上がることもままならない……。

体を入れ替えて、なんとか膝立ちをしようとするが、上体が上がらないのである。

 

 

 

 「ぁ……ぁあ……!」

 

 

 

腕に力が入らず、体もだるさを感じる。

ただ槍だけは何があっても離すまいと、右手にしっかり握られている。

だが、それを持ち上げられないのでは、全く意味がない。

今にも『黒刃』がこちらに斬り込もうとしている……。

 

 

 

(速くっ……!速く起き上がらない、とっ……!)

 

 

 

視界の端に捉えた『黒刃』の姿。

太刀を上段に構えた状態で、こちらへと踏み込む。

 

 

 

 「や、ば……っ!」

 

 

容赦なく振り下ろす『黒刃』。

その刃は確実に刀奈の脳天目掛けて振り下ろされたいる……。

確実に仕留めにきた。

 

 

 

 「ッッーーーーーー!!!」

 

 「抜刀術スキルっ、烈ノ型ーーーーーー」

 

 

 

『黒刃』が太刀を振り下ろそうとするその目の前に、割って入ってきた人影が……。

 

 

 

 「《神風》ッ!!!!」

 

 

 

自分と『黒刃』の間に割って入ってきた人影は、入ってきた瞬間に抜刀……抜刀の瞬間に周りの風を巻き込んで真空刃を形成し、斬撃と一緒に放つソードスキル。

ユニークスキル《抜刀術》の烈ノ型だ。

そう、自分の目の前に立っていたのは、紛れもない一夏だった。

 

 

 

 「ぁ……」

 

 「大丈夫か、カタナっ?!」

 

 「ええ、大丈夫……でも、ちょっと頭が揺れてるから、今は無理っぽい……」

 

 「っ……まぁ、死んでないだけマシな方かもな……!とにかく、こっちは俺に任せろ……!

 いまは回復に専念してくれ……!」

 

 「ぐっ……ごめん、お願いするわ……!」

 

 

 

一夏に少しの間『黒刃』の相手を託し、刀奈はそのまま回復に徹する。

一夏は握り直した《水無刀》を鞘に納め、腰を落とした。

抜刀術の構え……。

一夏の十八番であり、己の命を賭して磨いてきた一撃必殺の技術。

だが、それだけで倒せるほど簡単な相手ではない。

 

 

 

(本当は嫌だけど……少しだけ、昔に戻らないとダメか……!)

 

 

 

一夏の表情からは、今までのような好機的な感情が消えた。

『黒刃』を睨みつける眼光はさらに鋭くなる……まるで、一夏の周りだけが冷たくなったかのようで、刀奈は少し身震いした。

 

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 

刀を鞘に納めたまま、微動だにしない一夏。

そして、太刀を上段に構えたまま、同じく微動だにしない『黒刃』。

先ほどまでの剣戟が嘘であるかのような静寂が、辺りを包んでいる。

風が吹いているのを体感で感じる……それによって揺れる木々や木の葉など音を鳴らし、そこから遠く離れた場所では、今でも爆発音などが聞こえる。

大体どれくらい経ったのだろうか……。

もう城の大半を制圧している頃だろう……。

この作戦での懸案事項は三つ……一つは、いま目の前で戦っている『黒刃』。

二つ目は、城で対抗している親衛隊の存在。

中でも親衛隊長は長年あの女王に仕えてきた玄人。

そう簡単に女王を殺させるわけはないと踏んでいるが、そこはホウキやラウラ達の技量を信じるしかないだろう。

そして最後は、本作戦の最終目的である女王自身だ。

ここまで築き上げてきた城を、あの女が見捨てるとは到底思えないが……万が一あの女が逃亡を図ったならば、それに対しての作戦を考えなくてはならない……。

そこはまぁ、いとしの妹・カンザシちゃんが考えてくれるであろうと信じているのだが……。

ぶっちゃけると目の前の相手に手一杯な状況なのだ。

 

 

 

(痺れは治まってきたわね……でも、いま一歩でも動いたら……)

 

 

 

場が硬直しているため、下手な動きをすれば、形勢が悪くなるどころか自分の命が一瞬のうちに散ってしまう事になる。

一夏の構えも、『黒刃』の構えも一切崩れない。

この状態の事を、刀奈は知っている……。

 

 

 

(打撃軌道戦…………)

 

 

 

その昔、刀奈が『楯無』を襲名する前のことだ。

先代『楯無』である父との稽古中に、その名を知ったのだ。

なんでも、真の達人たちには、相手がどこから攻め込もうとしているのか、どこから抜け駆けていけば攻撃を躱せるのか、そういう瞬時の判断ができる能力があるのだと……。

達人には、その『線』が見えているのだそうだ。

相手が頭・胴体・腕・脚……どこかを狙うと、その部位に向けて線のようなものが見えるらしい……一夏がそれを習得しているのかわからないが、アインクラッドの裏世界において、多くのレッドプレイヤー達に恐れられたチナツと言うプレイヤーの事だ……。

一瞬にしてパーティーを組んでいたレッド達をことごとく斬り刻んだという逸話もある……さらに『ドラグーンアーツ』を習得するに至った先読みの技術を応用すれば、なんとか可能なのかもしれない。

そうして思っている瞬間に、二人がようやく動き始めた。

一夏は腰を低く落とした状態で踏ん張り、『黒刃』は太刀を握り直した。

その姿を見ていた刀奈が固唾を飲む。

その瞬間、二人が動き出した。

 

 

 

 「「シッーーーーーー!!!!」」

 

 

 

ほぼ同時。

地面を蹴った際に起こったであろう地割れ。

それが衝撃を物語っている。

『黒刃』が思いっきり太刀を振り下ろし、一夏はさらに間合いへと侵略する。

 

 

 

 「《剛撃》ッ!!」

 

 

 

上段からの単純な振り下ろし。

しかし、その速さや威力は想像を絶するものだ。

刀奈達にしてみれば、その剣技は極々見慣れたものだった。

両手剣ソードスキル、単発重突進技《アバランシュ》がそれに近い。

しかし、通常の《アバランシュ》に比べれば、精度も速度も威力も……計り知れないものになっているはずだ。

だが、その攻撃に対して一夏は足を止めない。

むしろさらに加速する。

左腰に構えていた《水無刀》の鯉口を切り、右手に柄を掴んだ。

ほんの少し垣間見えた刀身が黄色く染まり、抜刀を促した。

 

 

 

 「抜刀術スキル 四ノ型ッーーーーー!!!」

 

 

 

ほんの一瞬……突っ込んでいった一夏の脳天に、振り下ろされた刀身が当たりかけた。

しかしその瞬間、刀身が一夏の頭を割る事はなく、一夏の姿が掻き消えた。

 

 

 

 「っ?!」

 

 

明らかに動揺している『黒刃』。

そしてその驚くを隠せない『黒刃』の目の前に、構えたまま突っ込んでくる一夏の姿を捉える。

全力で振り下ろした一刀は、地面を裂くかのような一撃だったが、それが当たらなければ意味はない。

地面にめり込んだ刀身を持ち上げるが、時すでに遅い。

一夏の抜刀が『黒刃』の切り返しよりも二歩速かった。

 

 

 

 「《空蟬》ッーーーーー!!!」

 

 

 

振り抜かれた一閃。

しかし、『黒刃』は両手で握っていた太刀を放り捨て、急激に上体を晒して、致命傷を避けたのだ。

 

 

 

 「チィッ!!」

 

 

 

完璧に決めた……そう思っていただけに、一夏は歯を食いしばる。

抜刀術スキル 四ノ型《空蟬》は急激な突進をする事で相手の認識を揺らし、誤打を打たせてから抜刀する変則抜刀術だ。

こんな騙し討ちの様な技、『黒刃』相手にはそう何度も通用しない……。

だからこそ、ここで決めたかったのだが……。

 

 

 

 「くそっ!!」

 

 

 

悪態をつきながら、一夏は『黒刃』から少し距離を取る。

あの刹那の瞬間、自分の得物から手を離すなど想像もしなかった。

咄嗟の行動ではあるだろうが、そこまで大胆な行動に出るなど、常人ではあり得ないだろう……。

ひとえに、織斑千冬という人物の経験から為せる技と言える。

だが、見せていない技ならば、まだ相手の虚を突くことができるのも必定だ。

 

 

 

 「六ノ型ーーーーーー!!!!」

 

 

 

抜刀した刀をもう一度納刀し、腰を深くする。

そして、離れた位置でも有効打を与えれる技を繰り出す。

 

 

 

 「《緋空斬》ッ!!!」

 

 

 

刀身が緋色に染まり、そのライトエフェクト自体を斬撃として飛ばす……。

近中距離での攻撃が可能な飛刀術。

しかし、初めから見えている攻撃など『黒刃』には容易く避けられてしまう。

『黒刃』はエフェクトの刃を真上に飛んで躱し、その体を回転させて、一夏に斬りかかる。

 

 

 

 「《槌撃》ッ!」

 

 

 

《剛撃》の派生技だろうか……。

しかし、突進からの《剛撃》と頭上から落ちてくる《槌撃》とでは、また威力が異なるだろう……。

しかも技を出してからの反撃が速い。

 

 

 

 「序ノ型ーーーーーーッ!!!」

 

 

 

また一夏が刀を鞘に納める。

そして、頭上から落ちてくる『黒刃』に対して、一夏は真っ向勝負するつもりなのか、その場で足に力を込めて、『黒刃』に向かって飛翔する。

そして、そのままの勢いで再び抜刀した。

 

 

 

 「《虚空牙》ッ!!!」

 

 

 

飛翔しながらの抜刀。

上空に向けて放たれる対空抜刀術……それが《虚空牙》だ。

だが、『黒刃』の放った《槌撃》の方が威力は勝り、一夏は吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 「くっ……!」

 

 

 

空中で弾けた火花と共に、一夏は地面に向かって弾かれてしまう。

地面と激突しそうになる前に、体を回転させて、足から着地する。

弾き返された分、またしても『黒刃』から適度な距離は離れたため、追撃から逃れる事となった。

しかし、このままでは決定打に欠ける……長期戦になればなるほど自分たちの不利になるのは明らかだ。

見たところ『黒刃』もそれなりに体力が衰えているようにも見える。

よくて次が最後の一撃になるか……。

 

 

 

 「ごふっ………!!」

 

 「っ……!?」

 

 

 

構え直したところで、突然『黒刃』が吐血した。

まぁ、もうそろそろダメージが全身に行き渡っていてもおかしくはないと思っていた。

抜刀術スキル、ドラグーンアーツ、ソードスキル、更識流槍刀術……二人で持てる全ての攻撃を出し尽くした。

ここでようやく、ダメージらしいダメージを確認できたのだ。

 

 

 

 「よしっ!このまま!!」

 

 「二人で一気にカタをつけるわよっ!!」

 

 

 

ここで回復した刀奈も合流。

このチャンスを逃す手はない。

二人はほぼ同時に駆け出し、刀と槍を握る手に力を込めた。

 

 

 

 「抜刀術スキル 九ノ型ッーーーーーーー」

 

 「更識流槍刀術ッーーーーーーーーーーー」

 

 

 

二人が技を繰り出そうとしたその時だった。

 

 

 

 「ゥゥゥゥッーーーーーーー!!!!」

 

 「「っ?!!」」

 

 「ハアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!!!」

 

 「ぐっ?!」

 

 「なにっ?!」

 

 

 

俯いていた『黒刃』が、突然とてつもない咆哮をあげたのだ。

全身の筋肉が萎縮した感覚を知覚し、一夏と刀奈はすぐさまその場から距離を取った。

一体どうしたと言うのか……?

あまりのダメージ蓄積に、精神を正常に保てなくなったのか……?

まるで獣のような叫びをあげたと思いきや、今度は静まり返る。

咆哮によって弾かれた空気によって、周りにある木々が揺れ、木の葉がバチバチと音を立てて地に落ちる。

 

 

 

 「くそっ!まだ倒れねぇのかよっ!!?」

 

 「もういい加減ッーーーー!!」

 

 

 

『黒刃』もボロボロだが、それはこちらとて同じだ。

相手の攻撃を躱すために、全身の力を用いて躱し、相手に攻撃を通すために、極限の集中力を行使しているのだ。

肉体的なダメージは『黒刃』の方が蓄積しているだろうが、一夏と刀奈も精神疲労、肉体疲労の度合いが尋常ではない。

ここで倒さなければ、それでこそ次はないだろう。

ここまで来て倒れないのは異常だ……一夏も刀奈も、それなりに死線は掻い潜ってきた方だが、こんな相手は今までに会ったことがない。

相手は束が生み出した仮想データの千冬だ……千冬本人ではないのだ。

しかし、何故ここまでしぶといのか……何がこの力の原動力になっているのか……。

 

 

 

 「マ、負ケン……!」

 

 「っ……?」

 

 「………」

 

 「負ケル訳ニハ、イカナイ……!ワタシは、勝ツ……っ!誰ヨリモ、強ク……!

 グッ………!一夏ヲ、守ルンダ………!!」

 

 「ぁ………?!」

 

 「そう……それがあなたの……!」

 

 

 

千冬自身の身体的データ……だけの存在かと思っていた。

しかし、それは何も身体的特徴、顔立ち、髪型、戦闘技能、身体能力……それだけに留まらなかった。

束がどうやってこの仮想世界を作ったのかはわからない。

こんな世界が作れる人物は、世界でただ一人だと思っていた……かのデスゲーム、《ソードアート・オンライン》を作り上げた天才、茅場晶彦だけだ……。

しかし、その天才と勝るとも劣らない技術力を駆使すれば、その真似事も可能なのだろう。

しかし、仮想のデータとして存在しているこの世界の住人……ゲームの世界で言えば、NPC……ノンプレイヤーキャラクターと同じ存在のはずだ。

だが目の前の人物……『黒刃』は言った。

 

 

 

ーーーー“一夏を守るんだ”。

 

 

 

目の前にいるのは、有象無象の仮想データでも、単なるNPCでもない……織斑千冬……本人なのだ。

 

 

 

 「千冬姉………!」

 

 「チナツ……この人は……」

 

 「あぁ……違和感を感じてはいた。それでも、いつも感じてる雰囲気は……同じだった」

 

 「…………」

 

 

 

強敵であると同時に、やり辛さを感じてもいた。

単なるNPCならば、感情なんて必要としない。

しかし、目の前にいる『黒刃』には明確な感情があった。

『黒刃』だけではない……この世界にいる者たち、女王や近衛兵、果てにはその城を落とそうしている組織の少女たち。

一夏との関係性や記憶を継承していないだけで、ここにいる全員が人間とほとんど変わらない知性を宿しているのではないかと思う。

それを可能にしている技術が、一体何なのかはわからないが、やはり束も茅場晶彦と同類なのだと思ってしまう。

 

 

 

 「ここで終わらせよう……これ以上この世界の人たちを、俺たちの都合で掻き回すのはやめだ……!」

 

 「そうね……。次でケリをつけましょうか!」

 

 

 

やっていてどちらも辛くなる。

いや、おそらく束にはそんな感覚はないだろう。

今回のこの事件もまた、束自身の興味本意で行われたものだろうから。

だから、長引けば長引くほどに、こちら側が色々と辛くなってくるだけだ……だから、ここで決着をつける。

一夏と刀奈の表情に、一切の迷いはなかった。

この世界を脱出するためが目的ならば、今の『黒刃』を相手にするよりも先に、城の主人である女王を倒してしまった方が速いが、どうもそれだけじゃあ収まらない何かを感じている。

それは人として、あるいは姉弟としての感情か……?

あるいは教師と生徒という間柄で感じている物なのか……?

いや、それらは全て二の次だ。

いま二人の心の中にあるのは、剣士……あるいは、戦士としての心情だろう。

剣や槍を手に取り、己の力を研鑽し続けて、数々の死線を潜り抜けてきた戦士としての心情。

その心が、いまこの状況を許さないと思っている。

ここは電脳世界……一種の仮想世界だ。

だが、だからと言って何をしても構わないというわけではない。

元よりIS学園に対するサイバーテロを仕掛けてきている時点で、かなりの問題ではあるが、ことここに至ってその事を追求することはできないだろう。

しかし、二人にとって許さないのは、この電脳世界で生きる者たちの感情や信念を利用していること……また、それを自身の研究の一つとして活用し、おそらくこの状況を楽しんですらいるということ。

アインクラッドでの日常が、過ごしてきた日々の経験が、それを許さない。

例え仮想世界の事であったとしても、それは紛れもない現実。

束が何を目的にこんな事件を仕掛けてきたのか、どうするつもりなのかは知らないが、まずこの状況だけはどうにかしなければならない。

それは確定事項だ。

 

 

 

 「オオオオオオオオッーーーー!!!!」

 

 「やる気満々だなっ……!」

 

 「こっちも、死ぬ気で喰らい尽くしに行くわよっ!!」

 

 「ああっ!」

 

 

 

咆哮を上げる『黒刃』。

それを見て、一夏と刀奈も一気に集中する。

呼吸を整えて、姿勢を落とす。

これが最後の攻防……これを制した者が、この勝負の勝者になる。

 

 

 

 「来イッ!!!」

 

 「あぁ、行くさっ!!」

 

 「上等よっ!!!」

 

 

 

三人が一気に駆け出した。

駆け出した衝撃で空気は弾かれ、踏み締めていた地面からは砂埃が舞う。

しかし砂埃が地に戻るよりも先に、幾つもの剣閃が放たれる。

太刀と刀、槍が交互に空間を走り、それぞれの刃が斬り結ぶと同時に火花が散り、鋼が鳴る。

三人の動きは、もはや常人では追えないほどの攻防となっていた。

 

 

 

 「《空撃・乱刃望月》ッ!!!!」

 

 

 

初手に動いたのは『黒刃』。

真空刃を飛ばす《空撃》の派生技を繰り出す。

竜の爪を彷彿とさせるような真空刃を放つ《嵐鬼竜》とは違い、今度は真空刃を乱撃技のように複数刃を繰り出す。

《空撃》と《乱撃》の複合技でもあるらしい。

しかし、それに対応する技を、一夏も持っている。

 

 

 

 「抜刀術スキル 破ノ型ーーーーッ!!!!」

 

 

 

《序ノ型》に連なる型。

鯉口を切った刀の刀身は蒼色に染まり、鞘全体にもライトエフェクトが伝わる。

迫りくる真空刃の嵐。

その真空刃を前に、一夏は抜刀した。

 

 

 

 「ーーーー《飛閃一刀》ッ!!!!」

 

 

 

迫りくる真空刃に対して、空間に走る蒼色の斬閃が相対する。

前方に向かって幾重にも斬閃を放つユニークスキル《抜刀術》の上位スキル《飛閃一刀》。

真空刃と蒼い斬閃がぶつかり合い、共にかき消される。

その隙に『黒刃』の間合いを侵略する刀奈。

更識流槍刀術の正眼の構え《明鏡止水の構え》の状態で突っ込んでいく。

 

 

 

 「《翼撃・龍尾》ッ!!!!」

 

 

 

太刀を持つ『黒刃』の間合いの広さは、太刀の長さ+踏み込み+太刀を振った時に発生する真空刃を含めても3メートル圏内。

しかしそれは、その場に留まった状態での話だ……これが移動しながらの攻防だと、さらに広くなるだろう。

しかし、そこまで把握できているのならば、対処することは可能だ。

《翼撃》の派生技であろう《龍尾》は、同じ横薙ぎ一閃の攻撃のようだが、その範囲が桁違いだった。

先ほどの3メートル圏内を優に越えるほどの間合い。

それが刀奈の首元目掛けて飛んでくる……確実に首と胴体が泣き別れるところだろうが、刀奈はその斬撃をスライディングの要領で躱す。

上体も出来る限り地面スレスレに倒して、勢いよく滑り込んだ後、すぐさま立ち上がって駆け抜ける。

しかし、それでも『黒刃』の対応が速い。

思い切り振り抜いた後だと言うのに、それでも体勢を崩さず、なおかつ冷静に対応してくる。

振り抜いた太刀を肩に担ぐように構え直し、最短で振り下ろす。

太刀の刀身は確実に刀奈の脳天を捉える……かに思えたが、それよりも先に刀奈の持つ槍が斬撃を受け止めた。

太刀の方が力強いため、全てを受け切ることは無理だが、刀奈は槍を右の方だけ下に傾けて角度をつけると、太刀は槍の柄を滑るようにして地面に向けて落ちていき、切っ先が地面を抉った。

その先に刀奈は槍の穂先を、太刀の刀身側面に滑らせるように薙ぎ、『黒刃』の腹部目掛けて突き出した。

 

 

 

 「シッーー!!!」

 

 

 

しかし、穂先が腹部に直撃する寸前……『黒刃』の左手が槍の柄を掴んだ。

ガッチリと掴んで離さない『黒刃』。

そして太刀を持ち上げ、今度は右薙に太刀を振り抜く。

今度こそ確実に首を取った……。そう思った瞬間だった。

 

 

 

 「ガァッ……??!!」

 

 

 

突然、自分の左側頭部に強烈な衝撃を受けた『黒刃』。

上体がぐらり、と傾くもなんとか右足を踏ん張って体勢を崩さない。

衝撃を受けた瞬間を、『黒刃』はなんとか捉えていた。

回し蹴りだった。

太刀を横薙ぎに振り抜いた瞬間、刀奈は上体をまたもや晒して、左側面へと体を思いっきり倒して、そのまま回転して避けたのだ。

しかもそれだけではなく、回転した勢いを遠心力として使い、『黒刃』の側頭部へと回し蹴りを放ったのだ。

槍を使った攻撃だけではなく、その場に応じて体術を混ぜ込んできたのだ。

蹴りを受けた瞬間に、槍を掴んでいた『黒刃』の左手は離れ、刀奈は転がるようにして間合いを取る。

すぐに起き上がり、槍を構える。

再び駆け出し、何度も何度も攻め込む。

『黒刃』は太刀を袈裟斬りに斬り込むが、先ほどの蹴りのダメージが残っているのか、剣速は思っていたよりも遅い。

刀奈は太刀が届くよりも先に跳び上がり、体を捻って斬撃を躱す。

またしても回転を用いて、槍を『黒刃』の頭上目掛けて振り下ろす。

 

 

 

 「《旋水車》ッ!!!!」

 

 

 

槍は元々、刺突や斬撃を繰り出す武器でもあるが、戦国時代における槍の使い方は “叩きつける” が一般的だった。

穂先の方を思いっきり振り下ろすことで、穂先にかかる力は計り知れず、戦国時代の武将たちが身につけていた鎧を容易に凹ませることもあったそうだ。

更識流槍刀術《旋水車》はその技術を持った技。

大きく飛び上がった状態から、思いっきり槍を叩きつける技。

それに付け加え、体の回転も加えるため遠心力も加わる……その威力は通常の叩き落としよりもさらに増しているだろう。

 

 

 

 「グウウウウッーーーー!!!!」

 

 「くっ?!」

 

 「ラアァァッ!!!!」

 

 「うっ!?」

 

 

 

 

刀奈の放った《旋水車》を太刀で受け止める『黒刃』。

その威力は流石に無視できなかったのか、真正面から受け止めている。

しかし、その威力ですら物ともせず、『黒刃』は刀奈を弾き飛ばす。

だがそれで攻めの手を怠るわけがない……。

 

 

 

 「ッーーーー!!」

 

 「シィィッーーーー!!!!」

 

 

 

『黒刃』が刀奈を弾き飛ばしたのとほぼ同時……すでに間合いを侵略していた一夏が、すかさず抜刀する。

 

 

 

 「滅ノ型ーーーーーー」

 

 

 

刀身は翡翠色にそまっている。

『黒刃』の間合いには入っている……だが、一夏の持っている刀の振り幅では『黒刃』を斬らないのではないか……というくらいの距離感。

しかし、一夏は迷わず抜刀したのだ。

その瞬間、『黒刃』の体の横を目には見えない衝撃波が高速で通過した。

 

 

 

 「《叢雲ノ太刀》ッ………!!!」

 

 

 

ほんの一瞬だった。

翡翠色に染まっていた刀身が空間を閃き、刃は太刀を持っている右手ごと斬り飛ばしてしまった。

斬ノ型《紫電一閃》と同様、斬撃に力を集中している型のようだが、斬ノ型《紫電一閃》とら比べ物にならないほどの射程距離をもち、一点集中の斬撃を繰り出す《叢雲ノ太刀》は、斬撃の威力ならば《紫電一閃》よりも上をいく。

 

 

 

 「ぐっ!!?ぁぁああっーーー!!!」

 

 

 

手首から先を斬り飛ばされ、断面からはおびただしい鮮血が飛び散る。

『黒刃』は苦悶の表情を浮かべ、二、三歩後ろへよろめく。

しかし、すぐに身に纏っていたバトルスーツの切れ端などを使い、腕を縛りつけ、止血を試みる。

その間に飛ばされた太刀を拾いにいき、腕を縛った時点で、太刀を左手に掴んだ。

 

 

 

 「コレシキノ事デェェェッ!!!!」

 

 

 

太刀を片手で持っていながら、太刀筋は変わらない。

威力は劣るが、剣速は変わらないため、またしても攻め込むにはギリギリの間合いを攻めていくしかない。

 

 

 

 「ヌウウウウッーーーー!!!!」

 

 

 

左手に持った太刀を斜め上へと切り上げる。

 

 

 

 「《翔撃・龍墜し》ッーーーー!!!!」

 

 

 

螺旋状に斬撃が迸る。

狙いは腕を右手を斬り飛ばした一夏だ。

斬撃がまるで竜巻のように吹き荒れる。

一夏はその場から飛び退きながら、刀を鞘に収める。

 

 

 

 「抜刀術スキル 七ノ型《瞬動》ッ!」

 

 

左回りに大きく回り込む様にして動き回り、体の回転と同時に抜刀。

左回りに大きく回転しながらの抜刀術。

広範囲を動くため、集団戦における奇策的な用途で使用する抜刀術スキルだ。

それを駆使して、斬撃の竜巻を回り込んでから『黒刃』に斬り込む。

しかし、『黒刃』もその動きに対応して、太刀を上段に構えていた。

 

 

 

 「《剛撃》ッ!!」

 

 「くっ!!」

 

 

 

抜刀して斬り込むつもりが、相手のカウンターを与える要因なっていた。

そのまま突っ込めば、まず間違いなく刀の上から叩っ斬られる。

 

 

 

(マズいッ!斬られるっ……死ぬっ……ここで死ぬわけにはいかないのにっ……!)

 

 

 

刻一刻と迫りくる凶刃。

抜刀体勢に入っている時点で、それ以外の行動はできない。

迫りくるのは『死』そのものだ。

今の時点で、刀奈からの救援は間に合わない。

微かだが、刀奈からの声が聞こえた気がした……。

声……そう、泣き叫びそうな、悲鳴にも似たような声だ。

だだ、一夏の名前を呼んでいる。

 

 

 

 「チナツっっっーーーーーー!!!!」

 

 

 

精一杯手を伸ばす刀奈。

だが、その距離は遠い。

先程『黒刃』の放った螺旋の刃を回避していたがために、一夏とは距離が離れている。

自分の助けられる距離ではないと、刀奈自身を本能で察したのだろう。

だが、無情にも、時はそのまま進み続ける。

 

 

 

(動けっ……動けっ……動けっ、動けっーーーーーー)

 

 

 

一夏は脳内で叫び続けた。

 

 

 

(避けろっ、避けろっ、避けろっ、避けろっ!!!!!)

 

 

 

強い思念が、身体中を迸った。

 

 

 

 「グウウゥーーーーーー!!!!」

 

 

 

ズバァァァァァーーーーーーン!!!!

 

 

 

 「ぁ……ぁあ……!」

 

 

 

 

振り下ろされた一撃は、その場にあったものをことごとく吹き飛ばした。

地面は割れ、亀裂が唸るように広がっていき、太刀の刃と地面が触れた場所から生じた衝撃波は、周囲の木々を激しく揺さぶり、立ち尽くしていた刀奈の体をも突き抜けた。

砂煙も立ち込め、周囲にしばしの静寂が訪れた。

 

 

 

 「ぁ………あぁ……!」

 

 

 

砂煙が晴れていく。

一夏はどうなったのか、あのまま突っ込んで行ったとて剣圧に押されて一夏の肉体は間違いなく真っ二つになっていた筈だ。

しかし、そこには地面に食い込んだ太刀の刀身を横目に、だだまっすぐ立っている一夏の姿が……。

 

 

 

 「ッ!!?」

 

 

 

確実に仕留めた筈だと、そう思っていたのだろう。

『黒刃』の表情が驚愕に満ちていた。

太刀を握りしめ、すぐに飛ば退く。

そうだ……今回初めて、自ら距離を取ったのだ。

圧倒的な技量、戦闘能力を有する『黒刃』が、ここに来て初めて自ら退いたのだ。

 

 

 

 「チ、チナツ……?」

 

 

 

だだ立ち尽くす一夏を見て、刀奈は一夏の名を呼ぶ。

だが、一夏はそれに取り合わず、ただただジッと『黒刃』を見ていた。

その一夏の表情は、なんとも不思議なことに『無』……だったのだ。

怒りも、焦りも、恐れも、喜びも、何もない……ただただ『無』の状態で、『黒刃』の事を見ている。

そして、それと同時に、今まで一夏の周囲に感じていた殺気混じりの闘気が、一切感じられなくなった。

 

 

 

 「な、なに? なにが、起きてるの?」

 

 

 

困惑を隠せない刀奈。

しかし『黒刃』はそれに構わず、太刀を構えた。

左手一本になったというのに、その姿にはまだ余力を感じる。

 

 

 

 「ヌゥンッ!!!!」

 

 

 

構えていた太刀を横薙ぎ一閃に振り抜く。

その素早い攻撃は、先ほどから使っている高速剣《瞬撃》だ。

片手であってもなおも速い斬撃。

棒立ちのまま動かない一夏。

刀奈は堪らず駆け出した。

 

 

 

 「チナツっ、避けてっ!!」

 

 

 

『黒刃』の太刀は、まっすぐ一夏の首を狙っていた。

そして刃が首を断ち切ろうかとした瞬間、一夏の姿がかき消えた。

 

 

 

 「ッーーー?!!」

 

 「え……?」

 

 

 

『黒刃』と刀奈は目を見張る。

一夏はほとんど動いていなかった……にも関わらず、『黒刃』の放った攻撃が、一夏の首を切り飛ばす事はなかったのだ。

わずかにとらえたのは、一夏が一歩……後ろへと下がったという行動だけだ。

 

 

 

 「チナツ……あなた……目が……!」

 

 

 

ここで刀奈は、ようやく気づいた。

一夏の身になにが起こっているのか、全容は知らずとも、何か異変が起きている……と。

その証拠に、一夏の瞳が目の前にいる『黒刃』と同じように、“蒼穹に染まっている” のを目撃しているのだから。

 

 

 

 「オオオオオッ!!!!」

 

 

 

動揺と疑念で動けない刀奈とは違い、『黒刃』はなおも攻め立てる。

《瞬撃》《閃撃》《空撃》《乱撃》と、持てる技を次々に出していくが、それでも一夏は最小限の動きだけで、これを躱し、これを受け、これを弾いている。

『黒刃』も流石に驚愕して、暗に攻めることはせず、またしても距離をとって構えた。

そんな『黒刃』を見て、今度は一夏が歩み寄る。

ゆっくりと、慎重に……まるで朝起きて、学校に行くために通学路を通うように……。

そこに、殺気も闘気も感じられない。

それ故か『黒刃』も、刀奈も、下手に動くことが出来ずにいた。

やがて一夏の脚が、『黒刃』の射程内に踏み込んだ瞬間、『黒刃』は再び動き出した。

しかし……

 

 

 

 

 「飛天……御……楽 八ノ型ーーーー」

 

 

 

『黒刃』の太刀が振り抜くかと思ったその時、声が響いた。

 

 

 

 「《斜刀転陽》ッーーーー!!!!」

 

 「ガッ…………?!」

 

 「っ………………」

 

 

 

まさに、一閃であった……。

『黒刃』が太刀を振り抜く前に、一夏の刀が、『黒刃』の首を断ち切ったのだった。

 

 

 

 

 




次回で、大方のワールド・パージ編は終わりですかね。

また更新の期間が開くかもしれませんが、どうか、気長にお待ちいただければと思います。

感想なども、よろしくお願いします。



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第113話 白雪姫の物語Ⅹ

久しぶりの投稿……。
みなさん覚えているのでしょうか……とても心配だ。


とりあえず、ごゆっくりどうぞ( ̄∀ ̄)


なにが起こったのか……。

その瞬間、刀奈も……そして、斬られた『黒刃』本人もわからなかっただろう……。

『黒刃』に油断や躊躇は一切なかった。

持てる技術を出しきって、確実に一夏を斬り伏せるつもりでいた筈だった。

太刀を構え、横薙ぎに振るおうとした、その瞬間だった。

『黒刃』の首に、一夏の持つ《水無刀》の刃が閃いたのだ。

しかも、その斬り捨てた体勢は、まるでバク宙でもしているかのように空中で体を捻り、そこから刀を振るったのだろう。

そうでなければ、一夏が逆さになりながら首を斬れるはずがないのだ。

だが、問題はそこではない。

アクロバットな動きで相手を斬り伏せる……その技術も凄いことではある……だが、それ以上に驚きを隠せないのは、まばたきをした刹那の瞬間に首を斬ったと言うことだ。

刀奈は当然見ていた……『黒刃』も一夏の動きを確実に捉えていた筈だったのだ。

しかし、一番注意深く見ていたはずの二人が、いつ斬られたのかすらも把握できていなかったのだ。

 

 

 

 

 「な……に、いま……の……」

 

 

 

茫然と立ち尽くすしかなかった。

斬り伏せた当の本人は、軽やかに体を捻り、着地した。

斬られた『黒刃』の首はスルスルっと胴体から切り離され、その場に落ちた。

首を失った肉体はその場に崩れ落ちて、鮮やかな流血が水溜りのように広がっていく。

 

 

 

 「はぁ……っ!はぁ……っ!」

 

 「っ?!チナツ!」

 

 

 

刀の切っ先を地面に突き立て、その場に膝をつく。

肩で息をしているところを見ると、相当体力を消費した……と言えるだろう。

刀奈は膝をつき、荒い呼吸をなんとか整えようとしている一夏の元へと走る。

 

 

 

 「チナツっ?!大丈夫っ?!生きてるっ??!!」

 

 「はぁ……はぁ……ぁあ……大丈夫だ」

 

 「ほ、本当にっ……?で、でも、そんな、息荒くして……!」

 

 「あぁ……なんか、スッゲェー疲れたような気がする……」

 

 「ぁ………」

 

 

 

刀奈と話しているうちに、一夏は呼吸を完全に整え、周りを見回す。

 

 

 

 「俺は……一体何をしてたんだ?」

 

 「え?」

 

 「なんか、《瞬動》を使ったのは覚えてんだよなぁ……でも、あの『黒刃』が上段から思いっきり振り下ろしてきて……んで、流石にあぁ、これ死ぬなぁ〜って思って……」

 

 「………」

 

 「それで、死ぬわけにはいかない……!避けろ、避けろ……!って心の中で叫び続けて……それからぁ……」

 

 「覚えて……ないの?」

 

 「うん……なんか、頭が真っ白になって……それからは、『黒刃』の姿も見えてはいたんだけど……体がなぁ」

 

 「どう……したの?」

 

 「体が、なんか勝手に動いたような感覚だったんだよなぁ……」

 

 「………」

 

 

 

 

一夏自身も何があったのかはわからない。

という話だった。

しかし、あの時『黒刃』の首を斬ったのは、間違いなく一夏自身だ。

刀奈は歩み寄ろうとしたが、まともに近づけなかったのだから。

槍は届きそうにもなかった……『黒刃』との距離が空きすぎていた。

一夏の救出も間に合いそうになかったのだ。

だからあの時、一夏自身が『黒刃』の攻撃を躱し、反撃に出たのだと思っていたが……。

 

 

 

 「あなた、なんだか変だったわ」

 

 「変?」

 

 「うん……なんだか、全く殺意も何もない……うーん、なんて言ったらいいのかしら……。

 そうね、植物のような感じで、ただそこにいるって感じで……」

 

 「うーん……俺もよくわからないな……」

 

 「それに、あの人を斬り伏せたあの技……」

 

 「技?」

 

 「うん……飛天……なんとかの、八ノ型……えぇっと、シャトウ……なんとか……って言ったわ」

 

 「飛天……なんだろう……シャトウ……?」

 

 

 

一夏には皆覚えのない言葉や技名だ。

しかし、それを見ていた刀奈ならばわかっている。

あれは、一夏がアインクラッドのプレイヤー《白の抜刀斎》として使用していた片手剣ソードスキルでも、ユニークスキル《抜刀術》の中に含まれている『ドラグーンアーツ』でもない。

技を打ち出す瞬間のライトエフェクトの輝きは見受けられず、技を出すときのモーション……構えすらも取っていない。

ただ力なしに正眼の構えを取っていただけだ。

にも関わらず、まるで空中でバク宙でもしたのかと思うようなアクロバットな動きをして見せ、なおかつその勢いを利用して首を落とした。

 

 

 

(あの時のチナツ……様子がおかしかったし……)

 

 

 

瞳の色も蒼穹に染まっていた。

人間の瞳の色が完全に変色するなんて事は、早々無い。

刀奈自身は、親譲りの遺伝によって、頭髪が水色に、瞳が紅くなっているわけだが……。

一夏の場合、元々の日本人らしい赤みがかった茶色い瞳が、その色とは真反対の蒼穹に染まったのだ。

そしてそれは、敵対していた『黒刃』……織斑千冬の偽物もまた同じではある。

彼女の場合は、蒼穹ではなく翡翠色に染まっていた。

あれが一体何を意味するものなのか……?

織斑家にとっての遺伝的な何かなのか……?

いろんな疑問が頭をよぎるが……。

 

 

 

(でも今は、こんな事考えてても仕方ないか……)

 

 

 

この場ではなんとか自分たちが勝利し、ようやく安心できる。

 

 

 

 「そう言えば、『黒刃』は?」

 

 「あぁ……」

 

 

 

一夏の指摘に、刀奈は後ろを振り向いて指差した。

 

 

 

 「あ………」

 

 「もう消えかけね。やっぱり、仮想世界としてのデータに過ぎなかったんだわ。

 これはもう、NPCと同じってことよね?」

 

 

 

首を切られ、その場にうつむいて倒れていた『黒刃』の肉体。

それが光に包まれると、まるで支えを失った様に崩れていき、光の粒子となって虚空へと舞っていった。

その横に落ちていたはずの首はすでに消えてしまったのだろうか……確認のために見回ってみたが、どこにもなかった。

 

 

 

 「ってことは、もう終わった……のか?」

 

 「いえ、おそらく……まだだと思うわよ」

 

 「っと……まだ女王さんが残っていたんだったか……」

 

 「ええ……」

 

 

 

刀奈はそう言うと、槍を右手に持って立ち上がり、城の方へと視線を移す。

 

 

 

 「行くのか?」

 

 「ええ……ここは私を閉じ込めておくために仕組まれた物語の世界。まぁ、原作の白雪姫からは、だいぶかけ離れてしまったけれどね♪」

 

 「だいぶって言うか、かなりな……」

 

 

 

一夏は苦笑しながら、その場に尻餅ついて座った。

城の方へと歩みを進める刀奈。

そんな刀奈に、一夏はエールを送る。

 

 

 

 「最後まで付き合えなくて悪いけど、あとは頑張れ!お姫様!」

 

 「ほんっと!王子様なら、ここは自分が行くべきよっ!」

 

 「だから悪いって……それに俺、王子様じゃなくてただの村人だし……」

 

 「そうね。それに、最強の刺客からは守ってもらったし、私は守られてるだけのお姫様じゃないし♪」

 

 

 

軽快に槍を振り回し、最後に肩に担ぐ様にして持つ。

 

 

 

 「それじゃあ、ちょっと行ってくるから♪ しっかり休んでいる事!いいわね!」

 

 「了解〜」

 

 

 

ひらひらと軽く手を振る一夏。

それを見送って、刀奈は城の方へと駆け出した。

『黒刃』と言う強敵を倒した今、もはや障害となる者はいない。

良くて親衛隊ぐらいだろう。

城の中から聞こえてくる声も、もはや散発的な戦闘音しか聞こえない。

城に残っていた戦力も微々たる物でしか無い上に、こちらは主力である『黒刃』を倒した。

女王の事だから、未だに城に残っているはず……。

ならば、あとは真っ直ぐ女王の間へ突撃……即座に首を取ってゲームクリアだ。

 

 

 

 「お母様……決着をつけましょうか……!」

 

 

 

 

ニヤリと笑っている刀奈の後ろには、漆黒のローブを纏った死神を伴っていた。

 

 

 

 

 

 「あぁ〜〜〜……疲れたぁ……!」

 

 

 

刀奈が城へと駆けていった後、一夏はその場に大の字になって寝転んだ。

 

 

 

 「あぁ……ほんとにヤベェ……マジで疲れた……千冬姉、強すぎなんだよ……」

 

 

 

相手はあの世界最強の称号を得た猛者だ。

目標にしていた……その背中を追いかけていた人に、刀奈と二人がかりだったとは言え、なんとか辛勝……。

それも、命がかけで首皮一枚でギリギリ躱しての勝利……と言ってもいい。

次に同じことがあったなら、今度首を落とされるのはこちらだろう。

考えただけで身震いが起こり、寝ていた上体を起こす。

 

 

 

(さて、休んでいろとは言われたものの……)

 

 

 

周囲をぐるりと見回らす一夏。

ここでの戦闘はかなりの衝撃を生んでいたはずだろうから、下手をすれば城からの兵が潜んでいたかもしれない。

倒した後の余韻で、その事の警戒が疎かになっていた。

しかし、ここまで待っても襲撃がないと言うことは、城の兵力は全て残っていると思われる。

まぁ、元々先の奇襲があり、兵達は散り散りになってしまったので、残されている兵の数自体が少ないのはずだが……。

 

 

 

 「はぁ……もう少ししたら、手伝いに行ってみるか……」

 

 

 

 

刀奈からは休んでいろと念を押されているし、ここですぐに姿を見せれば、またお説教が来るのが目に見えて分かる。

だから、ちゃんと休んでいたぞ?……という証拠がなくては……。

 

 

 

 「ん……?」

 

 

 

そんな事を考えていた時、不意に背後からの視線を感じた。

一夏はその場で体勢を整え、片膝をついた状態で座り直した。

手に刀を握り直し、姿勢を低くした状態で構える。

 

 

 

(誰だ……?この辺に人がいるなんて……)

 

 

 

城から逃げ出した脱走兵か……と思ったが、それならば逆にこちらを避けて通るはずだろうから、その考えは早くも捨てる。

 

 

 

(全く、こちとら化け物相手に疲労困憊なんだよ……!頼むから、厄介事は無しで頼むぜ……!)

 

 

 

脱走兵くらいならば、簡単に相手できるとは思うが、相手がまた『黒刃』並の戦闘力を有しているか、それに匹敵する軍隊が現れたらと思うと、気が気じゃない。

そう思って、周囲をさらに警戒する。

しかし、ふと視界の端に捉えた姿に、一夏は呆気に取られる。

 

 

 

 「ん……?」

 

 

 

自分から見て左端……森へと入るであろう木々の隙間から垣間見えた銀色の髪。

それもかなり長い。

 

 

 

 「まさか……ラウラ?」

 

 

 

そう、その特徴が一夏の良く知る少女の物と酷似していたのだ。

銀髪の綺麗なストレートロング。

着ていた洋服は、残念ながら軍服やIS学園の制服ではなく……どちらかというと、青と白の可愛い系のゴスロリ風……と言った感じだろうか……?

女子の服装にあまり知識がないため、聞いたことのある単語で誤魔化してはいるが、それでもそういう類の服装なのは間違いない。

普通ならば、そこでラウラではなく別人であるという可能性もなくはないが、最近はシャルロットに連れられては、色々と服を買わされていると愚痴られている。

 

 

 

 「人の事を着せ替え人形の様にっ……!私は興味などないというのにっ!」

 

 

 

 

っと、これがラウラの口癖になりつつある。

しかしながら、そんなラウラも満更ではない様子。

つい最近では、シャルロットに勧められて買った黒地のワンピース風の洋服を、休日の学園で……それも食堂で着ていた。

そして、一夏の姿を前にすると、妙に縮こまり……。

 

 

 

 「そ、そのぉ……どうだろうか……。師匠から見て、私は……その……変……ではないだろうか?」

 

 

 

などと上目遣いで見てくる。

元々身長は一夏の方が高い故、そうなるのは必然だが……あの時は不覚にも、心がときめいてしまった自分がいるのを、一夏は思い出してしまった。

 

 

 

(あの後……そんなラウラに対抗して、私服を見せびらかそうとしたカタナを止めるのに苦労したなぁ……)

 

 

 

ギャップ萌えとはこういうことか……と、深刻そうな表情を浮かべていた刀奈の表情を思い浮かべた。

 

 

 

(って、今はそんなこと気にしてらんないよな……!)

 

 

 

頭を左右に振り、気持ちを切り替える。

件の人影は、先ほどから動いていない。

わざと……一夏に見えるようにギリギリの位置で立っていた。

 

 

 

(なんだ……?誘い込もうとしているのか?)

 

 

 

一夏が立ち上がると、その人物は少しだけ動いた。

 

 

 

(やっぱり、俺を誘い込もうって腹か……)

 

 

 

ならば、乗ってみるのも一興。

そう決断した瞬間、一夏は駆け出した。

先ほどの戦闘による疲労もあるが、それでも軽快に駆け出していく。

すると銀髪の人物も、それを確認して、同時に動き出した。

森の中へと足を進めていき、木々が生い茂っている中を二つの人影が駆け抜けていく。

 

 

 

(チッ、中々足が速いな……!)

 

 

 

少女の様な見た目でありながら、走る速度は想像以上に速い……。

走っているフォームには一切の無駄がなく、森の荒くれた山道を軽快に走っていることから、ただの少女ではないのは確かだ。

まるで、軍の山岳訓練を受けた隊員の様に素早い。

 

 

 

 「なんなんだよ、アイツは……」

 

 

 

視界に捉えた銀髪の人物は、ただ黙々と逃げ走る。

その背中を追いかけながら、一夏は後ろを振り向く。

いまだに戦闘音が鳴っている王城……。

しかし、その音もだんだんと小さくなっている。

反抗勢力であるメンバー達の技量からすれば、城の中にある兵士たちに遅れを取ることはまず無い。

ならば、戦闘音が少なくなっている時点で、こちらの勝ちは決まった様な物だろう。

あとは刀奈自身が、この世界と決着をつけるだけだ。

となると、問題は……。

 

 

 

 「目の前の奴から聞き出す他ない……かな」

 

 

 

さらに走る速度を上げる。

木々が揺らめき、時折吹く風を体で切っていく。

それを確認してか、目の前を走る少女にも動きがあった。

体を反転させ、立ち止まると同時にこちらに向き直る。

 

 

 

 「っとと……!」

 

 「…………」

 

 

 

 

一夏も足を止めて、その少女の姿をとらえる。

 

 

 

 「っ……?!」

 

 

 

その少女の姿を見て、一夏はハッとなった。

何故なら、後姿だけではない……顔立ちも、雰囲気も……どれもこれも、一夏の良く知るラウラにそっくりだったからだ。

 

 

 

 「ラウラ?」

 

 「…………」

 

 「お前は……誰だ……?」

 

 「…………」

 

 

 

困惑の表情を浮かべる一夏に対して、少女は何も答えない。

頑なに閉じている両眼の目蓋。

とっさに盲目なのかとも思ったが、その割には全速力で木々が生い茂る山道を走っていたが……。

 

 

 

 「織斑……一夏……」

 

 「っ……」

 

 「やはり、あのお方の予見通りでしたか」

 

 「“あのお方”……?やはり、あんたは束姉の仲間か……!」

 

 

 

 

あの束が……人間嫌いの束が、自分たち以外の他人と関わり合うのも珍しいと思った。

昔から親であろうと疎遠な感じを見せていたが、一夏や千冬、箒にはいつもベッタリと張り付いていた。

しかしそれはその三人だけで、そのほかの人との関わりは全くと言っていいほどなかった。

そんな束が変わったのは、これまた奇跡的か、あの天才プログラマーであった茅場晶彦と出会った時だっただろうか。

他人にも多少は目を向ける様になっていった束だが、よもや自分の手足となって動いてくれる様な人物を用意しているとは……。

 

 

 

 

 「予見通り……って言ったな?束姉は何を考えている……?あんたは一体何者だ?」

 

 「私の口からはどうにも説明致しかねます。あのお方の考えていることは、我々の……ましてや、あなたの様な脳みそでは理解することはできないしょうから」

 

 「そうかよ……。だけどさぁ、このIS学園のサーバーにハッキングしてきて、なおかつ無人機の新型まで突っ込んで来てるんだ……。

 これが明らかな敵対行為だってのは、あんたの脳みそでも理解できるだろう?」

 

 「…………」

 

 

 

相手の皮肉をこちらもお返しする。

そう……このIS学園の中枢システムへのハッキングは、それだけで国家の問題に発展しかねない重大事件だ。

それとは別に、どこぞの国の特殊部隊までもが、IS学園に侵入を図っていた。

そちらは千冬や、真耶たち教師陣によって事なきを得て、新型の無人機は箒達をはじめとした専用機持ちの代表候補生達がなんとか食い止めてくれていた。

どこぞの国の特殊部隊はこの際捨て置くとしても、新型の無人機を複数機投入してきて、こちらに対して攻撃を仕掛けてきたのは明らかだ。

そして当然、その無人機に使われているであろうISコアは、世界の所有するデータベースに一切載っていない新たなコア……。

それを生み出せるのは束以外にいない。

つまり、そんなものを作り出して、わざわざここを攻撃してきたのには、なんらかの目的があるはずだ。

 

 

 

 「こっちはカタナに、キリトさん……それ以外にも多くの仲間が危険に晒されたんだ……ここで “ごめんなさい” と言われたところで、許されるわけないってことはわかるだろう?」

 

 

 

元より謝罪など求めてないが……。

今回の事件の犯人は、ほぼほぼ束だろう。

ただ、何を目的にまたしても無人機を突っ込ませてきたのかが問題だ。

以前……IS学園に急遽入学が決まってから一ヶ月ほど経ったある時、クラス代表の対抗試合が行われた。

その時の対戦カードは、一組代表の一夏対二組代表の鈴だったわけだが、その試合途中で、思わぬ侵入者が現れたのだ。

漆黒の機体に、まるで怪物のように大きな二の腕を持った異形のIS。

のちに、搭乗していたパイロットがおらず、未登録のISコアだけが見つかったことから『無人機』と呼称して、問題のISコアは学園内で厳重に保管していたはずだ。

 

 

 

(そのコアを取り戻しにきた……いや、そんな面倒なことするわけないか……)

 

 

 

この世界において、ISは事実上『最強』の称号を得ている“兵器”だ。

現行の陸上兵器である戦車よりも高い火力を持ち、航空兵器である戦闘機よりも優れた機動性を有するが故に……。

そして、“絶対防御”という完全ではないにしても、強力な鎧を身に纏っているため、そう易々と倒せる相手ではない。

攻撃も防御も機動も、すべてにおいて現行の兵器群を凌駕しているのだ。

この事実を持って、ISが世界最強の兵器であることは間違いない。

しかし、ISは数が少ない上に、女性にしか動かせないという欠点もある。

そもそも数が少ないのも、心臓部であるコアの量産ができないためだ。

コアの内部構造は完全なブラックボックスと化しており、その中身を解析することは未だどの国も出来ていない。

そして、それを唯一作れる存在は、開発者である束自身……。

そう、作れるのだ。

前回や今回の襲撃と同じように、新しいISコアを製造し、新型の無人機を簡単に作れてしまうのが、篠ノ之束という女性だ。

そんな彼女が、わざわざISコアを奪いに来るだろうか……?

いや、そんな非合理的な行動を、束がするはずがない。

ならば、今回のこの襲撃の目的は全く別のもの……と言うことになる。

 

 

 

 

 「洗いざらい吐いてもらおうか……?侵入者さん?」

 

 「……やはり、あなたは危険ですね」

 

 「…………」

 

 

 

ただそう呟くと、少女は何もないところからステッキを取り出した。

それを両手に持つと、左右に腕を開いていく。

するとどうだろう、ステッキの外皮がスライドしていき、中からはキラリと月明かりに照らされる刃物が現れた。

そう、俗に言う『仕込み刀』と言うやつだ。

 

 

 

 「あのお方からは、見逃してしまっても構わないと言われましたが……」

 

 

 

仕込み刀を抜き放ち、その鋒をこちらに向ける。

反りのない直刀型の刀。

長さもやや短く、取り回し優先……まさに暗殺などに用いられる暗器の類だ。

 

 

 

 「ここで排除することもやむを得ないでしょうか……!!」

 

 「ほう?俺を殺ろうって言うのか……あんたが?」

 

 「っ……何か?」

 

 「見たところ、あんたも何か剣術を……いや、嗜む程度か?」

 

 「っ?!」

 

 「殺しもほとんどやったことがないだろう?」

 

 「…………」

 

 

 

一夏の指摘に、少女が反応する。

かつて人斬りを生業にしてきた一夏にとって、相手がどれほどの実力を有しているのかを瞬時に判断する事は、日常茶飯事だった。

暗殺者たちの基本……とも言えるだろうか、相手の立ち姿、骨格、身に帯びている殺気の類……。

それらを敏感に察知しなければ、まず間違いなく自分が返り討ちに遭うだけだ。

そして、目の前にいる少女の構えは、なんと評価していいのか……“実に忠実に再現された模倣” の範囲内に収まっている。

基礎中の基礎を繰り返して、ようやく型にハマったような感じだ。

そこに隙の無さが見え隠れしているわけではなく、ただただ真似ているだけのものだ。

 

 

 

 「その程度で、俺と殺ろうって言うのか?悪い事は言わないからさ、早々に降参してくれないかな……?

 自分より弱い相手を嬲る趣味はないんでね」

 

 「…………」

 

 

 

逆上するかと思いきや、少し俯いて黙ってしまった。

しかし、その表情にはまだ余裕がある。

 

 

 

 「なるほど……確かに私ではあなたには敵わないでしょうね」

 

 「…………」

 

 「ですが、私以外の相手ならばどうですか?」

 

 「なに……?」

 

 

 

少女が徐に仕込み刀を地面へと突き立てる。

すると、少女の足元から影が伸びてきて、やがて少女の両脇へと移動すると、それがまるで重力に逆らうかのような浮かび上がった。

 

 

 

 「な、なんだ……?」

 

 

 

何かとんでもないことが起きている。

その事は理解できるが、それをどう説明していいのかわからない。

やがて浮かび上がる影は、その姿を変容させて、人型へと変貌していく。

 

 

 

 「っ……!?」

 

 「あなたに、この二人を倒せるんですか?」

 

 

 

やがて、黒い影が形を整えて、その正体をあらわにする。

一方は、黒い外套に黒いズボン……両手には、黒と白の双剣を握った少年が。

そしてもう一方は、深紅の騎士鎧を身に纏い、身の丈を覆うくらいの大きな十字型の盾を持った壮年の男へ。

 

 

 

 「こ、こいつは……!」

 

 

 

見覚えがある……なんて、そんな言葉で片付けられないほどのに、よく知っている人物たちだ。

かつてアインクラッドの頂点に立ち、実質『最強』の称号を持っていたプレイヤー。

攻略組の中でもトップを走っていたギルド《血盟騎士団》のギルドマスターであり、SAO事件の首謀者が化けていた姿。

 

 

 

 「ヒース……クリフ団長……それに……」

 

 

 

そしてその最強のプレイヤーに奇しくも打ち勝ち、あのデスゲームを終わらせた英雄であり、その強さを知らしめた、一夏の兄貴分。

 

 

 

 「キリトさん……」

 

 

 

紛う事なき、二人の『最強』プレイヤー。

そして、自身と同じく《ユニークスキル》を持った数少ないプレイヤー達。

攻防一体の剣戟《神聖剣》と怒涛の連続攻撃特化《二刀流》。

一撃必殺の最速剣である《抜刀術》も、それら二つにも劣らないスキルだが、二人を相手取るというのは……正直、好ましくない。

しかし、相手の顔を見た瞬間に、一夏は疑問に駆られる。

 

 

 

(なんだ…………?)

 

 

 

 

外見……顔の作りなどはかつての本人たちと同じだろう。

キリトの方は、なんだか今よりも少し幼く見える印象だが、それはまぁ、アレからだいぶ経つ故に……ということなんだろうが。

しかし、それを踏まえても違和感があるのは、二人の目だった。

 

 

 

(さっきの千冬姉と同じだ……)

 

 

 

『黒刃』と名を改めて、自分と刀奈の二人がかりでようやく倒したあの『世界最強』の複製と同じ目をしている。

本来人間の白目にあたる部分が、黒く染まっており、黒い瞳は金色を帯びている。

もはや完全に普通の人間ではないことは明らかだ。

 

 

 

 「なるほど……あの千冬姉を作ったのは、お前だったのか……!」

 

 「ええ……。と言っても、あの《ブリュンヒルデ》は私の主人が作った物なので、正確には私ではありません。

 私の力を利用したという点に於いては、私も制作に携わっていると言ってもいいかもですが……」

 

 

 

千冬の戦闘能力は、今のままでも正直未知数と言っていいだろう。

彼女が本気を出していたら、果たして自分と刀奈は勝つことができたのだろうかと、一夏は疑問に思う。

確かに、先程の戦闘で使われた剣技は、紛れもなく千冬が極めた技だが、だからといってそれを初見で対応出来たのは、少々出来過ぎているような気がしていたのも事実。

一夏も、刀奈も、あの世界……アインクラッドでの戦闘経験があるからと言って『世界最強』と言われた人物の極めた剣戟を潜り抜け、容易に傷を付けるなんて事が、果たして可能なのか……と。

 

 

 

 「ならば、その二人は俺の知っている二人……と言うわけではないのか」

 

 「は?」

 

 

 

突然何を……と言いたそうな顔をする少女に対して、一夏は「はぁー」と息を吐いて言う。

 

 

 

 「あんたがこの二人の実力を知った上で、俺にぶつけてきたのは理解できるが……だが、この程度ではな」

 

 「……何を言うのかと思えば、強がりですか?」

 

 「まぁ、いいや……口で言うよりも、実際に見せてやったほうがいいか……」

 

 

 

一夏はゆっくりと抜刀し、空を斬る。

月明かりに照らされた刀の斬光が、空間を走る。

そして、その鋒を少女に向けた。

 

 

 

 「御託はいい……とっととかかって来いよ……!!」

 

 「っ………!」

 

 

 

目に見えて少女の表情に怒りの色が見える。

そして少女も仕込み刀を振るい、一夏に対して発する。

 

 

 

 「いいでしょう、そんなに死にたいのならば是非もありません。その余裕の表情、ズタズタにしてあげます」

 

 「ふっ……面白い……!やってもらおうか!」

 

 

 

《神聖剣》《二刀流》《抜刀術》……1万人のプレイヤーの中で、たった一人しか持つことのできないユニークスキル。

そのうちの二人は、実際の人物たちと言うわけではないが、おそらく熟練度の方は高いはずだ。

そして、肝心の少女の方は、ある程度の格闘術を有しているのがわかる。

華奢な体つきに、戦闘には不向きなドレス姿ではあるが、このような状況においても、冷静さを失っていないのを見るに、それなりの修羅場を潜り抜けているのだろう。

油断をしていると、本当に命がかかってくる。

少女が臨戦態勢に入り、一夏も表情を険しくする。

それに呼応するかのように、影の存在である《黒の剣士》と《神聖剣》が構える。

両者の動きが一旦止まり、その場で動かなくなった。

一夏は抜刀術の構えに直して、鯉口を切っている。

いつでも抜刀可能と警告しているのだろう……。

対して少女も仕込み刀の鋒を一夏に向けた状態で、半身の姿勢。

それはまるで、西洋の剣術……フェンシングのような構えだ。

そして、一呼吸置いたわずかな時間……静寂に包まれた森の中で、激しい剣戟が交わされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バ、バカな……そんな……そんなはずないじゃない……!」

 

 

 

一方、もはや風前の灯火と言えるような状況になった王城では、自室で外の状況を見ていた女王が、信じられないとでも言いたそうに表情を曇らせていた。

 

 

 

 「私が……女王たる私がっ、娘にっ……白雪姫に負ける……?!」

 

 

 

脚にうまく力が入らなくなってきたのか、女王はフラフラと後ずさる。

城の兵隊たちは戦いに出て行った……親衛隊にも、白雪姫とその仲間たちを徹底的に根絶やしにしろと命令した。

城を放棄するなど持っての他……。

故に、ここから離れてはならないと思っていたのだが……。

 

 

 

 「た、隊長は……、親衛隊長は一体何をしているのですっ?!!賊がっ、賊が城に侵入しているのですよっ?!!

 速くっ!速くこいつらを斬り捨てなさいっ!!!!」

 

 

 

その場には誰もいない。

皆、戦場へといってしまったのだ。

それに気づいた女王は、自分の部屋から飛び出して行き、城内にある大広間へと移動する。

 

 

 

 「親衛隊長っ!!『黒刃』っ!!どこにいるのですっ!速く始末しなさい!!!」

 

 

八つ当たりするかのように叫び散らす女王。

しかし、その声に応える者はいない。

やがて、戦いの痕跡を目にするようになる。

壁には武具によってつけられた傷跡……その横には鮮血が飛び立っており、廊下には親衛隊の隊員や城内に常駐していた近衛兵たちが転がっている。

 

 

 

 「ヒィッ……!!」

 

 

 

物言わぬ屍となった部下たちを見て、女王はその場に倒れ込んだ。

今度こそ脚の力が完全に抜けてしまい、その場に座り込んでしまったのだ……。

しかし、そんな女王のもとへと歩み寄る足音が聞こえた。

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

 「へ、へぇ?」

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

(な、なんですかっ?!だ、誰かこっちに来るっ?!)

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

一体のリズムで近づいていく靴音。

城内の廊下に響いてくるので、どこからやってくるのかはすぐにはわからなかったが、その音が次第に大きくなってくるのを感じる。

間違いなく、自分の元へと近づいてきている。

 

 

 

 

 「……………お母様」

 

 「っ……!!?」

 

 

 

その声は、最も聴きたくなかった声。

本来ならば、もうとうの昔に決別していたはずの声……。

自分の地位を揺るがし、自分の存在を貶めるであろう存在。

その者の声がいま、自分の耳に届いた……そんなの、冗談にしてはあんまりだ。

 

 

 

 「こ、この声は……!」

 

 「まさか……まだ、こんなところに居座っているとは思わなかったわ……」

 

 

 

 

廊下の突き当たり……。

女王からすれば、左折するように続いている廊下。

そのまま進めば、目的地であった大広間へと出られていただろうが、そこから人影が一つ……城内の明かりに照らされた人物が出てくる。

 

 

 

 「あ……ぁあ……!」

 

 

 

水色の髪に、赤い瞳。

紺色のドレスに甲冑という姿で、一人の少女が立ち塞がった。

 

 

 

 「し、しし……!」

 

 「決着をつけましょう?……お母様」

 

 「し、白雪……姫っ……!?」

 

 

 

片手には槍を携えており、その槍の穂先には血がついていた。

 

 

 

 「ど、どうして貴女がっ……!?こ、ここ『黒刃』はどうしたのです!?」

 

 「『黒刃』は……私とチナツで倒しました。かなりキツかったですけど……」

 

 「は……?」

 

 

 

白雪姫の発した言葉の意味が理解できなかったようで、女王は茫然と娘を見返した。

 

 

 

 「『黒刃』は、倒しました……親衛隊も、私の仲間たちによって討たれました……。

 もう、貴女に味方する者はいないということです……お母様」

 

 「そ、そんな……」

 

 

 

尚も絶望を与えるかのように、刀奈は宣告して、ゆっくりと女王に近づいていく。

コツ……コツ……と固い廊下の床を、金属製の鎧を纏った軍靴が音を立てている。

その手に持っている槍には血がべったりと付いている。

刀奈自身も程よく傷を負っているようだが、致命傷というわけでもないだろう……。

この状況で味方がおらず、目の前には目の敵にして追っ手まで差し向けた憎むべき我が子が。

もはや娘に慈悲の心はないだろう……容赦なく、その手に持っている槍を突き出すに違いない。

 

 

 

 「ぁあ……!!あああっーー!!!!」

 

 

 

女王はようやく理解したのだ。

自分に、死が迫っていること……。

このままその場に留まっていると、確実に槍が心臓を穿つだろうことはわかっている。

女王はその場から急いで立ち上がり、来た方向とは別の廊下へと走り去る。

それを見て、刀奈も女王を追いかける。

ただし、慌てふためく女王に比べて、刀奈自身は焦りも何もない。

ゆっくりと歩みを進め、女王の走り去った後を追いかける。

 

 

 

 

(死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!)

 

 

 

 

頭の中でそう連呼する女王。

美しいはずのドレスには土埃や血のり、煤による汚れが目立つ。

髪もボサボサになっており、美しいはずの美貌もまた、煤で黒く汚れていた。

死への恐怖が、常に美を意識しているはずの女王の意識を刈り取っているのだろう。

なりふり構わず廊下をひた走る。

しかし、曲がり角に直面してしまった。

 

 

 

 「ぁ…………」

 

 

 

完全に逃げ場を失ってしまった。

そして、またしても後ろから軍靴の音が廊下を打つ。

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……

 

 

 

 

 「い、いや……いやよ……!私はまだ、こんなところで……!」

 

 

 

やがて、その人影が映し出される。

自然体に槍を構えいる自分の娘の姿が……。

 

 

 

 「し、白雪姫っ!ご、ごめんなさいっ!許してちょうだい……!わ、私は……あなたを……!」

 

 「残念です……お母様。その慈愛の心が、昔から頂けていたのならば……私も、あなたを手にかけることはなかったでしょう……」

 

 「ヒィィィィ……!!!」

 

 「お覚悟を……お母様。貴女はもう……この国には必要ありません……。そして、その責任は、娘である私も受けましょう……。

 共に……地獄へと参りましょうか……。」

 

 

 

 

それらしい事を言ってはいるものの、自分はこの世界から解き放たれ、自分の世界に帰還するだけなのだが……。

これもこれで演出だと思うことにする。

しかし、そんな娘の心情とは裏腹に、母は絶望に歪んでいた。

顔からは血の気が引き、見るものを魅了していた美しさは皆無……。

目から光が消えて、生気を感じられない。

 

 

 

 「あなたがっ……!」

 

 「ん……?」

 

 「あなたさえ、居なければッ!」

 

 「っ……!」

 

 

 

命乞いから一転、女王はどこから奪ったのか、その他には鋭利な刃物を持っていた。

見た目から近衛兵が持っている短剣のようだが、おそらく転がった死体から拝借していたものだろう。

それを両手で力一杯握りしめる。

ギギギッと、短剣の柄から音が聴こえてくるほどに力強く……。

そして、それを握った状態で、白雪姫に対して吶喊して行った。

 

 

 

 「白雪姫ぇぇぇぇッーーーーーー!!!!」

 

 

 

女性の人とは思えないほどの絶叫を叫びながら、女王は駆け込んでくる。

それに対して、白雪姫は何も動じず、ただただ女王の姿を見ていた。

 

 

 

 「ーーーーーー愚かですね、本当に……」

 

 

 

ただ一言、そう言った瞬間に、白雪姫の姿が掻き消えた。

女王もその現象に戸惑い、一瞬加速していた力が緩まった……。

手に込めていた力も緩んでしまう……その一瞬だった。

したから掬い上げる様な斬撃が迫り、手にしていた短剣が打ち上げられた。

手に伝わる衝撃が凄まじく、女王は持っていた短剣を容易く手放した。

両手が上の方へと掬い上げられて、眼下に映る姿を目に焼き付けた。

槍を振り払い、獰猛な目つきでこちらを捉えた人影。

白雪姫などと呼ばれている自分の娘とは思えないほどの殺気……一介のお姫様ができるとは思えないほどの槍捌き。

その鮮烈な姿が、女王の目から離れなかった。

そして次の瞬間、自身の肉体を刺し貫く感覚が襲ってきた。

痛みはほとんどなかった……。

いや、そんな事を感じる暇も与えず、槍の穂先が貫通したのだ。

十字槍の大きな穂先が、体の中心……心臓部を確実に穿ったのだ。

 

 

 

 「ぁ……ぁあ…………!」

 

 

 

言葉を発そうとしたが、喉の奥から込み上げるものがあり、それを口にできない。

そして、そのこみ上げてくる物の正体がわかった。

自分の口から溢れ出た鮮血……。

尋常ではない量の血が、口から流れ出て、その下からは、廊下の一面を濡らすほどの血が溢れていた。

 

 

 

 「ぁ……」

 

 

 

体が冷たくなっていくのが理解できる。

これこそが、死という物なのだろうか……。

 

 

 

 「お母様……短い間でしたが、お世話になりました」

 

 

 

娘から出てきた言葉は、屈辱でも蔑みでもない……全く別の、ほんのりとした暖かみのある言葉だった。

不思議だった……自分を恨んで、殺したはずなのに……どうしてこんな言葉を発するのか……。

それを聞こうと、口を動かすのだが、もはやそれすらも出来ないほどに、力が無くなっていた。

女王はそのまま目を閉じて、静かに息を引き取った。

白雪姫は槍を引き抜き、その場に女王を寝かせる。

ようやく……自分の成し遂げるべき目標を成し遂げた。

しかし、白雪姫は……刀奈の心は、あまりにも歓喜とは程遠い感情を抱いていた。

 

 

 

 「目標は達成した……でも、全然嬉しくもないし、報われないのよね……」

 

 

 

 

更識の家系ならば、すでにこの手の道を通ってきている。

だから、こんな事でいちいち感傷に浸ることはないのだが……。

 

 

 

 「チナツは……こんな事を毎日してきたのよね……」

 

 

 

かつてSAOに囚われていたときには、自分も人殺しの経験があったが、恋人たる一夏は、この倍を超える数をこなしていた。

そう思うと、自分の味わっている苦痛などたかが知れている。

 

 

 

 「さて、仕事も終わったし、チナツを迎えにーーーーー」

 

 

 

と、言いかけた時だった。

刀奈の視界が徐々に白くなり始めた。

 

 

 

 「え?」

 

 

 

突然のことに困惑して、刀奈は周囲を見回してみる。

すると、自分の立っていた世界が霞んでいき、自分の体が足元から消えてなくなっていっているのだ。

 

 

 

 「あ、そうか……女王を倒したから、この世界の条件を攻略しちゃったんだ……!」

 

 

 

本来倒すべき相手は、女王ではなく毒リンゴを仕込んだ魔女なのだが、この世界の白雪姫は毒リンゴを食べておらず、女王に命を狙われていながら、小人には会っていないし、そもそも反抗勢力なんてものも作り上げている。

その時点で世界観も何もないのだろう。

ゆえに、最終目標である女王を倒してゲームクリアという条件になったのかもしれない。

 

 

 

 

 「くそ……!チナツも一緒に抜け出せるか、確かめなきゃいけないのにっ……!」

 

 

 

 

自分がこの世界から脱出できたとしても、後から来た一夏が出られる保証はない。

だから、変なトラブルが起きる前に確かめたかったのだが……。

 

 

 

 「しょうがないわね……後は簪ちゃん達に任せるしかないか……」

 

 

 

歯痒い思いではあったが、すでに体は胸辺りまで粒子の塵となって霧散して行っている。

こちらからどうこう出来るわけでもない状態だった。

 

 

 

(悔しいけど、チナツを信じるしかないわね……)

 

 

 

今も森の中にいるであろう想い人のことを思いながら、刀奈は一足先に童話の世界から退散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方………。

 

 

 

 

 「そ……そんな……っ」

 

 

 

決戦を終えた王城から離れた位置にある森の街道では、銀髪の少女が片膝をつき、ステッキ内に仕込んでいた仕込み刀を地面に突き刺したまま、肩を上下に揺らして息をしていた。

その少女の視線先には、漆黒の外套を身に纏い、黒と白の双剣を握りしめている少年剣士と、真紅の鎧で身を固め、十字型の大型盾に十字型の片手剣を持っている壮年の騎士が同じように片膝をついている。

その少し離れたところでは、軽装に身を包む侍の姿が見える。

抜き身の刃は、月光をその刀身で反射しており、異様な程に鋭さを強調している。

そして何より、銀髪の少女だけでなく、黒衣の剣士と真紅の騎士を相手に、ほぼ無傷の状態。

夜風が舞い、徐々に空の色も明るくなってきている。

夜明けが近いのだ……。

 

 

 

 

 「ど、どうして……!こちらの攻撃が通らないっ……?!」

 

 

 

 

少女は自分たちの置かれている状況に、疑問を持っているようだ。

まぁ、それもそのはずだろう……。

こちらは三人……向こうは一人。

こちら側は影の存在とはいえ、SAO時代では最強の名で知られた二人のデータを元に作られている。

自分だって、極めていないとはいえ、それなりの技術をしゅうとくしているため、第一負けるはずがないと思っていた。

しかし、蓋を開けてみれば、目の前にたたずむ少年……織斑一夏たった一人に、相当苦戦させられている。

ここが仮想世界だからなのか……?

それにしても《黒の剣士》と《SAO最強の騎士》を相手に、そこまでの強さを発揮できるものだろうか?

しかし、当の本人はその疑問に笑って答えた。

 

 

 

 

 「そりゃそうだろう……。だってその二人、ただデータを集めて作った人形みたいなもんだろう?

 人形と本物、どちらが優れているかなんて、わかり切ってる事だろ?」

 

 「っ……?!」

 

 

 

 

当然……と言いたげな表情で答える一夏。

しかし、それでも理解できないでいる少女に、一夏は呆れた様子で説明する。

 

 

 

 

 「確かに、その二人の戦闘能力は申し分ない……。初見としてぶつけて来られたら俺も苦戦したと思うが、その二人の動きなら、嫌と言うほど見てきているからな……。

 今更どうやって対処するかなんて、すぐに思いつくさ」

 

 「そ、んな……!だからと言って、彼らの戦闘能力は本物と同じはずっ!」

 

 「はぁ……あのなぁ〜、 “戦闘能力” が同じでも “戦闘技術” には、雲泥の差があるんだよ」

 

 「戦闘……技術……?」

 

 「そう、技術だ。確かにあんたは二人の姿形だけでなく《二刀流》と《神聖剣》、二つのユニークスキルをほぼ完璧に再現している。

 だが、これはあくまで既存の戦闘能力であって、キリトさんとヒースクリフ団長の技術そのものではない……!」

 

 「っ?!」

 

 「ソードスキルもそうだろう?元々含まれている《二刀流》と《神聖剣》のソードスキルを発動してはいるが、使うタイミング、使うソードスキルの技があまりにも定石すぎる……。

 そんなのはもう、SAOのフロアボスと同じ《カーディナル》がプログラミングしたパターン攻撃と同じだ。

 そんな攻撃じゃ、俺に傷をつけるなんて無理なんだよ……」

 

 「くっ……!」

 

 

 

 

《黒の剣士》と《神聖剣》が立ち上がり、剣を構える。

表情が変わることはないが、一夏の剣技によって付けられた傷が疼くのか、体を傾けている。

黒衣の外套には血が滲み、深紅の鎧には刀傷が無数についている。

一夏の抜刀術に付け加え《ドラグーンアーツ》による神速剣、そして片手用直剣のソードスキルを織り交ぜた、多彩な剣術により二人の影を圧倒しているのだ。

 

 

 

 

 「ですがっ!いかにあなたが強くても、限界はあるはずです!」

 

 

 

 

少女はそう言うと、持っていた仕込み刀を強く握りしめ、一夏に向かって突進していく。

鋒を思いっきり突き出し、一夏を突き刺そうとするが、一夏はこれを容易く躱す。

それどころか刀を返して、仕込み刀を一閃。

両手で握りしめていたはずの仕込み刀を易々と弾き飛ばされてしまった。

少女はそのまま勢い余って倒れ込む。

一夏は倒れた少女の背中を見て、軽く息を溢した。

それなりに格闘術を身につけてはいた……だが、圧倒的なまでに体力がない。

剣での斬り合いや、格闘術での組み合いなどでは激しく体力を消耗するが、彼女はそれを支えるだけの体格も、自力の体力も何もない。

これならまだ、普段から軍隊格闘など、肉体的な訓練をしていないセシリアや簪の方が能力的には上を行くだろう。

 

 

 

 

(っと、言うことは……この子が本当に得意なのは前衛ではなく後衛による支援や奇襲か……?)

 

 

 

 

そう考え込んでいると、黒衣の剣士と深紅の騎士が剣を構えながら突進してくる。

左右から一夏を挟み込む様に、騎士は十字剣を、剣士は右手に握っていた黒い剣を振るう。

しかし、一夏はそれをしゃがみ込んで躱す。

頭上で剣同士がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴る。

その瞬間に一夏は体勢を入れ替え、鋭い蹴りを騎士と剣士に見舞う。

騎士はガラ空きになっていた足元を、剣士の方は勢いそのままに腹部へと後回し蹴りが炸裂する。

黒衣の剣士はそのまま吹き飛ばされてしまい、森へと入る木々の幹にその身をぶつけてしまい、深紅の騎士はその場で倒れ、急いで体勢を整えようとしている。

 

 

 

 

 「さて……この茶番も、そろそろお開きにしようか……っ!!」

 

 

 

 

まず初めに、その場で体勢を整えようとしている騎士の方へと、一夏は駆け出した。

当然、騎士はその動きを捉えた上で、構えをとる。

身の丈を覆うほどの大盾を一夏に向けて構えて、右手に持っている十字剣を握りしめて構える。

刀身が赤く染まり、いつでもソードスキルを放てると一夏に対して警告する。

しかし、一夏はそれに対して動きが弱くなるどころか、さらに加速する。

手にしていた刀は黄色いライトエフェクトが灯り、こちらも迎え撃つと言わんばかりに接近する。

間合いがどんどん迫っていき、騎士の間合いに入った瞬間、騎士の方から仕掛ける。

赤く染まった十字剣を頭上から思いっきり振り下ろす。

それはかつて、アインクラッド第75層で見せた《ガーディアン・オブ・オナー》という名前の技だ。

しかし、この技は本来、相手の攻撃を受けた後に発動させる技。

相手の攻撃を受けていないにもかかわらず、それを先に繰り出してきた辺り、やはりシステムによって一定のアルゴリズムでしか行動できないようだ。

 

 

 

 「なってないなっーーー!!!!」

 

 

 

振り下ろされる十字剣。

しかし、その刀身が一夏の脳天を斬り裂くことはなかった。

刀身が一夏の脳天を斬り裂く寸前、一夏の姿が掻き消えた。

そして、眼前を通りすぎる黄色い閃光。

右腕から鮮血が飛び散り、剣を握っていたはずの右腕が宙を舞っていた。

 

 

 

 「ッーーー!!!?」

 

 

 

深紅の騎士が驚きの表情を浮かべている。

一瞬の出来事に驚愕しているのだ……。

剣を振り下ろしたあの一瞬で、一夏は騎士の側面に回り込んで、素早く振り下ろされていた腕を両断したのだ。

ドラグーンアーツ《龍巻閃・凩》……左回りに回り込んでから撃ち出す斬撃。

騎士は苦悶の表情は見せず、すぐさま回り込んでいた一夏に向けて左手の盾で大きく薙ぎ払う。

しかし、それもまた空を斬る……。

またしても一夏は体勢を低くして、薙ぎ払らわれた盾はその上を通ったということになる。

 

 

 

 

 「そんな単調な攻撃を、最強ギルドの団長がするわけないだろっ……!!!」

 

 

 

 

そのセリフと共に、一夏は飛び上がった。

低く屈んでいた状態からの跳躍……それに合わせて刀を両手で押し上げる。

ドラグーンアーツ《龍翔閃》……。

飛び上がったのと同時に斬りあげる単発技だ……その技で振り抜いた左腕を斬り落とした。

そしてそのまま、飛び上がった一夏は鋒を騎士の頭部に向けた状態で落下する。

鋒は吸い込まれるように、騎士の脳天から顎下まで通過し、騎士を絶命させる。

 

 

 

 

 「《龍槌閃・惨》ッ………!!」

 

 

 

 

刀を抜き、その場に降り立つ。

SAO時代でもこの技は使ってはいたが、あまり多用してこなかった技。

脳天に刀を突き刺すという、あまりにも残酷かつグロテスクな技があるだろうか?

一夏もSAO時代にはこの技のグロさから、あまり使いたくないと思っていた物で、使ったのも殺人ギルド〈笑う棺桶〉(ラフィン・コフィン)のメンバーにしか使った事はないはずだ。

降り立った一夏は、刀を右へと大きく振るう。

刀身に付いていた血のりをその場で落とし、自分の隣で倒れ込んだ騎士の背中を見る。

 

 

 

 

 「団長の《神聖剣》は、防御こそが要のスキルだ……。その防御を疎かにしている時点で、《神聖剣》の強みを十分に活かしきれてない証拠だよ」

 

 

 

 

かつてはあのキリトですらも、システム的アシストがあったにせよ打ち倒した男なのだ。

《神聖剣》の強みはなんと言っても『鉄壁の防御』に限る。

超攻撃特化の《二刀流》を持つキリトや、一撃必殺と速さの両方を兼ね備えていた《抜刀術》を持つチナツ……。

槍使いの中では右に出る者はいないと言わしめた《二槍流》を持つカタナですらも、ヒースクリフを危険域にまでHPを下げた事はない。

システム的アシストがあろうが無かろうが、おそらく無理だったに違いない。

それほどまでの技術を持って、なおかつ鍛え上げた人物こそが、ヒースクリフであり、茅場晶彦だったのだ。

 

 

 

 

 「そしてーーーーーー」

 

 

 

 

そう言葉にしたのとほぼ同時……。

一夏はその場から飛び退いた。

その直後に、二本の剣による斬撃が放たれたのだ。

あと少しでも動くのが遅れていたら、間違いなく斬られていたであろう。

腹部に思いっきり入った蹴りによるダメージから回復した黒衣の剣士が、両手に握っている剣を縦横無尽に振り切る。

一夏はその剣戟に対応する様に、刀で受けたり、受け流しを行なっていく。

剣速のスピードは本物と同じ……剣から伝わってくる衝撃の重さも、おそらく同じものだと思われる。

しかし、それでも二本の剣は一夏を捉えることが出来ず、空を斬っているだけだった。

 

 

 

 「キリトさんの強みは、二刀流による攻撃速度と反応速度だけじゃない……」

 

 

 

右手に握った黒剣《エリュシデータ》を突き出し、一夏を刺し穿とうとするもまた空を斬る。

《エリュシデータ》の鋒が一夏に届く前に、右足を半歩引いて半身の状態になり、剣をギリギリで躱したのだ。

そして、そのまま体を時計回りに回転させて、ガラ空きになっていた背中を斬りつけた。

ドラグーンアーツ《龍巻閃》。

カウンターを主体とした迎撃技。

背中に背負っていた剣を納める鞘を両断し、背中を斬りつける。

 

 

 

 「ここぞと言う時にこそ、あの人はこちらの想像を越える手段を取ってくる……だから、先読みで動きを把握している俺には、その咄嗟の行動にいつも驚かされてきたんだ。

 だが、この影はそんなものが何一つない……ただ速いだけの人形だ。そこら辺の奴には十分だろうが、俺には届かないよ」

 

 

 

一夏の放った《龍巻閃》は確実に背中を斬り裂いた。

ここで立ち上がっても、勝機はほぼ無いに等しい。

このまま諦めてくれればと思っていたが、それでもキリトの影は立ち上がろうとする。

 

 

 

 

 「はぁ……頼むからさぁ……もうそのまま、寝ててくれよ……!」

 

 

 

 

呆れと苛立ち……二つの感情が入り混じったような声を絞り出す一夏。

よく知っている人物だからこそ……共に命をかけて戦い抜いた戦友だからこそ……いろんな事を相談しあえる兄貴分だからこそ……。

影の存在とはいえ、あまりにも惨めに見えるキリトの姿に、一夏は苛立ちを隠し切れないのだろう。

 

 

 

 「もういい……そのまま、俺が終わらせてやる……!!」

 

 

 

刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取る。

それに応じて、黒衣の剣士が突っ込んでくる。

両手に持つ剣にはそれぞれライトエフェクトが灯り、光はその輝きを増している。

おそらく、繰り出してくる技は最上位スキル《ジ・イクリプス》……もしくは、《二刀流》スキルの代名詞とも言われる連続16連撃技《スターバースト・ストリーム》か……。

どちらにしたもの、これが最後の一撃となるだろう。

ならば、こちらも相応の覚悟を持って挑むのみ……。

 

 

 

 「《抜刀術》スキル 瞬ノ型ーーーーーーーー」

 

 

 

《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》。

SAOにおいて、『黒の剣士』キリトの愛剣たち。

その双剣が、一夏に対して容赦なく降りかかる……しかし、その双剣が一夏を捉えることはなく、いつの間にか影キリトの間合いに侵略していた。

低い姿勢からの移動……腰に溜めて構える刀は、すでに鯉口を切っている。

そしてそこから覗くのは黄色い閃光に染まっていた刀身だった。

それかまた、目にも留まらない速さで振り抜かれ…………気づけば、一夏の姿は目の前から消えていた。

 

 

 

 

 「ーーーー《雲耀陰舜》…………!」

 

 

 

 

腰に挿していた鞘を左手で抜き取り、ゆっくりと刀を納めていく。

鞘口と鍔が「カチィンーーーー」と音を立てる……。

その瞬間、黒衣の剣士から夥しい量の鮮血が飛び散った。

一夏はそのまま鞘を腰に挿して、後ろを振り向く。

《抜刀術》スキル 瞬ノ型《雲耀陰舜》。

同じスキルの閃ノ型《雲耀閃刃》と同じ、雲耀の名を冠する技だ。

その極意は、とにかく速さにある。

雲耀とはそもそも『稲妻』のことを指す言葉であり、現存する剣術流派《示現流》の兵法剣術で教えられる用語であり、「二ノ太刀要らず」を体現するための極意だ。

《閃刃》は一撃にして三撃……一瞬の抜刀で三連撃を叩き込む上位スキル。

《陰舜》は一撃を重視した抜刀術。

同じ一撃技である《紫電一閃》や《叢雲ノ太刀》なんかと比べても、その速さは群を抜く。

 

 

 

 

 「さて、まだやるか?」

 

 

 

黒衣の剣士が黒い塵となって虚空へと消える。

一夏は残っている銀髪少女に向けて、視線を送る。

少女は仕込み刀を握ったまま、こちらを警戒している。

これで彼女もわかったはずだろう……どれだけ精巧に作った人形だろうが、一夏に傷を負わせるには、一夏の戦闘能力を上回るしか手はないと……。

 

 

 

 

 「くっ………」

 

 

 

少女が一歩、また一歩と後ずさる。

しかし、一夏もまた一歩と詰め寄る。

もはや勝負は見えた……しかし、そう思った瞬間、少女の頬がつり上がり、その表情には笑みが溢れた。

 

 

 

 「ふっ…………ふふふ……!」

 

 「………随分と余裕じゃないか。この状況下で、俺から逃げられると思っているのか?」

 

 「いえ、失礼いたしました……。ですが、もう時間なので」

 

 「なに?」

 

 

 

一夏が少女の言葉の意味を理解するよりも速く、周囲の空間が突如として揺らいだ。

 

 

 

 「っ……?!!」

 

 

 

周りを見渡すと、森の木々が不自然なまでに湾曲し、さらには粒子となって消えていく。

そしてそれは連鎖していき、次々に周りの景色が漆黒の闇へと変わっていく。

 

 

 

 「くそっ、お前の仕業かっ?!」

 

 「ええ、その通りです。私のISは、あなた方のと違い、少々寝坊助なので……」

 

 「やはり……この仮想世界を作っていたのは、ISの力かっ?!」

 

 「精神干渉……生体同期型IS《黒鍵》……お見知り置きを」

 

 「ちっ……仮想世界においては、チート級の能力じゃねぇかよっ!」

 

 「おや、なにも《黒鍵》は仮想世界だけに特化した能力ではありませんよ?現実世界においても、相手を惑わし、幻覚を見せることは容易い……。

 あなた方は仮想世界という場所では、それなりに強いと見受けられますが、果たして……現実世界ではどうなのでしょうね?」

 

 「っ…………」

 

 「いずれまた合間見えることになるでしょうから、一応名乗っておきます」

 

 

 

 

少女は仕込み刀を鞘に納め、その場で少し膝を曲げ、両手でスカートの端を持ち上げて頭を下げる。

西洋の淑女がやる挨拶の作法だ。

 

 

 

 「私の名前はクロエ……。クロエ・クロニクル。本日の私の役目は、これにて終了致しましたので、これにて失礼致します」

 

 「待てっ!逃げられると思っているのかっ?!」

 

 「逃げるも何も……。この世界は私のISが作り出したもの……ならば、壊すのだって容易なのですよ?」

 

 「っ……!」

 

 「ご安心を。ここであなたを始末するのは、私の主人の意にそぐわないので」

 

 「さっきは俺を始末しようとか言ってたくせにか?」

 

 「それはそれ、これはこれ……というやつです。残念ながら、私ではあなたに敵わないようですから」

 

 

 

 

そこは素直に認めるようだ。

だが、安心したのも束の間、またしても世界が大きく揺れた。

大地は裂け、空は砕ける。

本当にこの仮想世界そのものが消滅しようとしているのだ。

 

 

 

 「くそっ、俺も脱出しなきゃーーーー」

 

 「では、私はお先に失礼致します」

 

 「なっ?!お、おいっ、待てっーーーー」

 

 

 

 

一夏が咄嗟に手を伸ばすが、少女はすぐにその場から消え失せた。

そして、とうとう一夏の立っていた場所まで砕けてしまい、一夏は暗闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうして目を覚まさないのかしら……」

 

 

 

一方で、IS学園の地下区画。

電脳ダイブを行うためのマシンが置いてある一室にて、刀奈は未だ目覚めない一夏の隣に座り込み、必死に手を握っている。

 

 

 

 

 「キリトとアスナちゃんはちゃんと目覚めたのに……!」

 

 

 

その隣では、先に目覚めていた和人と明日奈が心配そうに一夏の様子を見つめている。

 

 

 

 「チナツの奴は、敵と交戦しているのか?」

 

 「わからないわ……。ただ、超がつくほどのチートキャラ相手にしただけで、それも私と二人でなんとか倒しちゃったし……」

 

 「あぁ、さっき言ってた織斑先生を真似たNPCか?」

 

 

 

学園へと帰ってきた明日奈は、和人の奪還に成功し、二人で喜び合ったのも束の間……。

今度は刀奈が意識を回復し、和人と二人で、今回の敵の首謀者について話し合っていた。

明日奈もユイからの情報により、ある程度の事態を把握していたが、詳細なことは先程までのゴタゴタで聴きそびれてしまっていた。

 

 

 

 「でも本当なの?電脳世界……仮想世界でのみにその能力が特化したISなんて……」

 

 「アスナちゃん、“あり得ない”……なんて事はあり得ないわ。特に、この超常的兵器を開発した人自身が、すでにあり得ないもの」

 

 「…………」

 

 

 

刀奈の言葉に、明日奈は息を飲む。

既に三人は気づいていた。

今回の騒動の発端となっているのは、謎のISによる強襲に見せかけた、IS学園の中枢システムに対するハッキングである事を……。

そして、いまはその目的がなんなのかを考えていた。

 

 

 

 「カタナちゃん、このIS学園は……何か隠しているものがあるんじゃないの?じゃなきゃ、こんなに襲撃されるなんておかしいもの……。

 そりゃあ、世界で唯一ISの操縦や技術面の指導を行える機関ではあるけれど、それでも……」

 

 

 

あまりにも襲撃が多すぎる。

そしてそれは、篠ノ之束本人が嬉々としてしているようにも思える。

 

 

 

 「アスナちゃんの言い分はもっともね……。けど、ごめんなさい……それを一般生徒に伝える事は、禁止されてるの」

 

 「で、でもっ、私たちは既に被害を受けてるのよ?!」

 

 「それでもっ、よ……。それに、この学園の事を私も全て知っているわけではないわ」

 

 「え?それって……」

 

 「私も、一生徒の身分って事よ。IS学園の生徒会長は、ほかの一般生徒とは違い、所々は優遇されている物もあるけど、それでも私も生徒の一人に過ぎないの。

 それに、これは私たちの身を案じての事なの」

 

 「それは………」

 

 

 

 

刀奈の言葉に、明日奈は口籠る。

そう、IS学園は普通の学校のように生活できる。

ISの操縦技術や基礎知識を学ぶためのカリキュラムが組み込まれている以外は、普通の学校だ。

しかし、他の公立や私立、県立高校と違うのは、国家レベルの治外法権を持っている事。

それすなわち、日本という国に別の一国家があるような物だ。

IS学園での情報は、たとえ日本政府であっても許可なく得ることはできない。

ましてや、世界各国からの圧力に屈するわけにはいかないために、この措置が取られている。

 

 

 

 

 「カタナちゃん……それは、私たちに秘密共有ができないようにしているってこと?」

 

 「そう……知り過ぎてしまえば、今度は私たちに危険が及ぶから……」

 

 「「……………」」

 

 

 

 

刀奈の強い視線に、和人と明日奈は黙ってしまう。

世界各国が、ISについて欲求を露わにしている。

世界最強の兵器としての認識ながら『モンド・グロッソ』といった世界大会を開くことで、世界の人々にその認識を晒している。

そして、まだ十代の少女たちに、その兵器の扱い方を教えているのが、IS学園だ。

ただ、軍事施設のように徹底的に教え込むのではなく、生徒たちの自主性を思っての行動によるものだが、それでもその関係者を、世界が見逃すわけがない。

 

 

 

 

 「だから今回のことは、私と有事の際に指揮を取ることになっている織斑先生とで話し合って、伝えるべき事をちゃんと伝えるわ。

 私も、生徒会長としてみんなを守らなきゃいけないの……納得はできないかもしれないけど、今は……これで折れてくれないかしら、二人とも……」

 

 「…………わかった。今はそれで俺たちも納得しておくよ」

 

 「そうだね……あとの事は、先生たちに任せるしかないよね?」

 

 「ええ……前線で戦っているのは私たち生徒なんだから、そのくらいの事後処理は、教師の仕事でしょ……!」

 

 

 

 

 

後顧の憂いは無くなりはしたものの、やはり意識が戻らない一夏のことが心配だった。

 

 

 

 

 「チナツ……お願いっ……無事に帰ってきて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……んん?」

 

 

 

 

空間の崩壊に巻き込まれて、一夏は意識を失ってしまっていた。

どれくらい眠っていたのか……それはわからないが、唐突に意識が冴える。

 

 

 

 「ここは……?」

 

 

 

まぶたをゆっくりと上げていく。

ゆっくりと深呼吸をして、落ち着いて体を起こした。

 

 

 

(空気の匂い……あ、いや……なんだろう?自然の中にいるような……草原の匂いか?)

 

 

 

その場に座り込んで、辺りを見回してみる。

そこには一面真っ青な青空と、一面を覆うほどの広大な草原。

青と緑に包まれた、そんな世界だった。

 

 

 

(俺は……なんでこんなところに?なんだか、懐かしいような……?)

 

 

 

現実世界……ではないのだろう。

こんな景色を、一夏は今まで見た事はなかった。

世界初の仮想世界《ソードアート・オンライン》の階層ですら、こんな光景はなかったかもしれない。

一面が空と草原だけの世界……。

何もないのに、どこか落ち着くような……前にも来たことがあるような……そんな感覚だった。

 

 

 

 

 「そうだっ!あの女はっ?!」

 

 

 

 

こんな事になったのだって、銀髪ストレートのあの少女のせいだ。

周囲を見てみるが、やはり姿はなく、どうやら逃げられてしまったようだ。

 

 

 

 「くそっ……これじゃあ、出る方法もわからねぇじゃん……!」

 

 

 

 

ここが仮想世界だというのならば、なんらかの方法で脱出する事は可能なのだろうが、見渡す限りの草原には、コンソールの様なものは見当たらない。

ましてや、ここが仮想世界なのかも怪しく思っていた。

空気には匂いがある……。

時折吹いてくるそよ風が心地よく感じる……。

その風が届けてくる若草の香りは、大自然そのままの息吹だ。

しかし、ここで疑問が浮かぶのである。

 

 

 

(ここは……仮想世界……なんだよな?………なのになんで、こんなに感触がリアルなんだ?)

 

 

 

足元にある草に手を当ててみる。

自身の手に伝わってくるのは、心地よい草の葉の感触。

撫でれば流れる様に葉っぱが動き、手を通り過ぎると反発するかの様に元の姿勢に戻る。

匂いも、感触も、そしてこの目で見ている風景すらも、仮想世界のエフェクトにしてあまりにもリアルすぎるのだ。

仮想世界にあるものは、所詮はただの電子情報、またはポリゴン体、または数字の羅列によって生み出された仮初の形……。

だが、いま目の前にあるこの景色はなんなのだ?

ここがどこなのか分からず、一夏はとりあえず歩き出してみた。

先ほどの空間崩落の件があるため、いきなり足元が崩れるのではないかと心配はしたものの、どうやら崩れる気配はないため、そのまま歩き回る。

見渡す限りの青空と草原。

代わり映えのしない景色を見ながら、数分間の間歩き回った。

草原は現実世界の地形のように、隆起した形で小高い丘がいくつもある。

そんな中をひたすら歩いて、一番近くの丘を登り切った。

 

 

 

 「ぁ…………」

 

 

 

丘を登り切ったその瞬間、一夏は声を漏らした。

なぜなら、先ほどからずっと見てきた草原と青空以外のものが、初めて目に入ってきたからだ。

 

 

 

 「あ、れは……人……か?」

 

 

 

距離にして10メートル圏内。

しかし、先ほどから景色しか見ていなかったせいもあって、それ以外のものが急に出てくると理解に困る。

そう、人が立っていたのだ。

後姿だった……。

髪は長く、アジア人特有の黒髪……長い黒髪をポニーテールで結っている。

そして服装だが、これまた日本を代表する装束だった。

緋色袴に白衣と、巫女装束そのものだった。

だが、一夏の脳裏には、ある人物の姿が浮かんだ。

 

 

 

 「えっ……?箒さん?」

 

 

 

何故か敬語になってしまったが、思わず動揺してしまうのも無理はなかった。

巫女装束に黒髪、さらにはその髪をポニーテールで結っているのであれば、一夏の知り合いの中で、この条件に当てはまる人物はただ一人……。

そう、ファースト幼馴染みである篠ノ之箒その人である。

 

 

 

 「クロエ……なんとかじゃなくて、なんで箒がいるんだ……?」

 

 

 

外見的特徴は、箒と一致する。

しかし、彼女にあって、目の前の人物にはないものが……。

 

 

 

(俺のあげたリボンがない……)

 

 

 

ほんの数ヶ月前……。

IS学園に入学して初めての課外授業でもある『臨海学校』に行った時のことを思い出す。

あの時は、海辺の場所を貸し切って、初めての学園外でのISの運用授業をして、専用気持ちは各国の技術者たちによって製作された強化パッケージを装備しての運用データの収集が目的だった。

しかし、突如として起こったアメリカ製の軍用ISが暴走……。

授業は中断され、日本の自衛隊が所有しているIS部隊が現地に到着するのも時間的に間に合わず、その場で演習をしていた一夏たちで対処する事になったのだ。

結果から見れば、なんとか暴走するISを専用気持ち全員の総力を合わせて、なんとか抑える事に成功したが、一夏はあと一歩というところで死にかけ、他のメンバーも全員が危険に晒された。

その時だった。

以前付けていたリボンが燃えてしまって、彼女の誕生日と重なっていたため、一夏は前もって買っておいた白いリボンを渡したのだ。

それ以来、箒は毎日それを付けてくれている。

なので、彼女そのリボンを外しているというのはおかしいと、一夏は思った。

ならば、目の前にいる人物は一体誰なのか?

 

 

 

 

 「………………」

 

 「ぁ………」

 

 

 

 

などと考えていると、その巫女装束の人物はこちらを向いた。

ゆっくりと、穏やかな動きで、こちらを見てくる。

しかし、おかしな事に表情が全く見て取れなかった……。

顔がないとか、消えている………というわけではないのだが、前髪や影の指し方の問題なのか、口から上の顔のパーツが見えないのだ。

覗き込めば見えそうな感じなのだが、どうしてかそれはできないし、なんだか薄っすらと影がかかっているため、見えるようで見えない……そんな感じだった。

でも、何故なのかはわからないのだが……。

 

 

 

(あれ……?なんで俺、“懐かしい” とか思ってるんだろう……?)

 

 

 

彼女は箒ではないし、箒の巫女装束は、今年の夏祭りの時に既に見ている。

見てからそれほど経ってないため、“懐かしい” とは感じないはずなのだが……。

 

 

 

(そもそも箒じゃないかもしれないだろう……!何考えてんだ、俺はっ……?!)

 

 

 

なんだかよくわからないが、ここにいると変な感覚に陥る。

故に、ここから早く出ないと……。

 

 

 

 

 「あ、あのっ!」

 

 「………………」

 

 

 

 

いざ勇気を振り絞って声をかけてみたが、相手はこちらを見つめるだけで、大した反応はない。

 

 

 

 

 「あの、ここから出るには、どうしたらいいですかっ?!」

 

 「………………」

 

 

 

またしても無言。

もしかして、喋れないのだろうかと思ったのだが、口は見えるため、動けば喋れるのでは?っと思うのだが、相手は何も言葉を発しない。

 

 

 

 

 「えっと、あなたなんでここにいるんですか?」

 

 「…………………」

 

 「あなたは一体っ、どこからここへ来たんですか?」

 

 「…………………」

 

 「あ、あの……」

 

 「…………………」

 

 

 

 

 

清々しいほどの無言……いや、もう無視と言っておこう。

全く会話をする気がないのか、それとも、本当に喋らないのか?

 

 

 

(っていうか、なんか言ってくれてもいいんじゃないか?俺、なんかしたかな?)

 

 

 

出会ったばかりで、何か気に障るようなことをした覚えはないが、以前刀奈達からは、問答無用で怒られたことが2、3回あったため、自分のやった事が全て無実であるとも言い難い……。

とりあえず、何らかの話題に触れるまで、とりあえず喋ろう。

 

 

 

 「えっと、はじめまして……俺、織斑一夏っていいます!その、ここには、偶然……っていうか、よく分からずに来てしまってっ!それでぇ、あの……」

 

 「…………………」

 

 「その、あなたは、ずっとここにいるんですかっ?」

 

 「…………………」

 

 「ここって、どこの世界……っていうか、仮想世界……なんですか?」

 

 「…………………」

 

 「えっと……」

 

 

 

ヤバい……会話が底を尽きかけてきた。

 

 

 

 「えっと、ここ、とても綺麗な場所ですよねっ!なんていうか、あったかくて、とても落ち着くっていうか!」

 

 「っ……………」

 

 「ぉ…………!」

 

 

 

 

この世界のことについては、今は何も分からないが……それでも、率直な感想としては、懐かしく、暖かくて……そして、綺麗な場所だと思った。

そんな思いを伝えたのが功を奏したのか、巫女装束の人物は驚いたような様子だった。

そしてその後すぐ、表情を変えて、一夏を見下ろした。

 

 

 

 「…………フフッ」

 

 「っ……!」

 

 

 

 

笑った……。

確かに笑ったのだ。

短い……がしかし、微笑むように笑った。

するとどうだろう、その人物はゆっくりとした足取りで、こちらへと向かってくる。

足元は白足袋に黒漆塗りの白木の下駄と、これも巫女の履物だ。

手はぶらりと自然体に下げており、横から吹くそよ風が、白衣と黒髪を靡かせる。

そして、およそ半分くらいの距離に来た瞬間だった。

 

 

 

 

 「ソウ……アナタモ、ソウ言ッテクレルノネ……」

 

 「ぇ……あ……」

 

 

 

初めて、言葉を交わした瞬間だった。

若干声がダブってるような、誰か知らない人物の声とハモっているような感じの声ではあったが、不思議と不快感はない。

相変わらず顔全体を見ることはできないが、それでもこちらに対しての負の感情が向けられているわけでは無さそうだ。

やがて巫女さんは、一夏の目の前まで到達し、ジッと一夏を見つめている。

身長は、一夏よりも頭半分くらい小さいだろうか?

鈴やラウラよりかは背が高いようだが……。

 

 

 

 「あの、貴方は……?」

 

 「私ハ………」

 

 

 

名前はあるのだろうか、と思い、一夏は巫女さん、に尋ねてみた。

一瞬、答えに迷う巫女さんだったが、いったん息を整えると、確かに答えてくれた。

 

 

 

 「私ノ名前ハ……三春……」

 

 「ミハル……さん?」

 

 「エェ……三春」

 

 「そうなんですね。字はどうやって書くんですか?」

 

 「字?漢数字ノ“三” ニ、季節ノ“春” ト書ク」

 

 「へぇー!俺の一夏も、漢数字の“一” に、季節の“夏” で、一夏なんですよ!」

 

 「アラ、ソウナノネ」

 

 

 

 

普通に話せている。

声や顔が不透明なのは気になるが、害意が全く感じられない。

そんな風に話していると、三春という人物は、一夏の顔へと右手を伸ばした。

一瞬だけピクッと体が震える一夏……。

それを見て三春も腕を止めるが、一拍置いて、また腕を伸ばす。

一夏の左頬に触れる手は、とても柔らかく、暖かい感触が伝わってきた。

 

 

 

 

 「…………ナルホド、ココマデ使エルヨウニナッテイルノネ……」

 

 「え?」

 

 「デモ、マダ貴方ニハ早イワネ……」

 

 「えっと……なんの事ですか?」

 

 「コレカラ先……モット厳シイ試練ガ待チ構エテイル……」

 

 「…………」

 

 「ソノ試練二潰サレナイ様ニ、モット御剣流ヲ極メテオキナサイ」

 

 「ミ、ミツルギ流?」

 

 「ン?貴方ガ使ッテイル流派ノ名前デショ?」

 

 「ミツルギ……?俺が使っている?あぁっ、《ドラグーンアーツ》のこと?」

 

 「ドラ……グーン?」

 

 「え?違ったかな……?」

 

 

 

二人で全く会話が噛み合っていなかったが、巫女の方は左手を口元に持っていき、何やら考え込んでいるようだった。

そして、その考えが纏まったのか、再び一夏の方へと向く。

 

 

 

 「多分、時ヲ過ギテ、名前ガ変ワッタノカモシレナイワネ……ナラ教エテオクワ……。

 貴方ノ使ッテイル剣術流派ノ、本当ノ名前ヲ……」

 

 「本当の名前?」

 

 

 

《ドラグーンアーツ》は元々、《SAO》内のユニークスキル《抜刀術》の中に存在したサブスキルでしかない。

故に、剣術流派はなんだと言われると、《抜刀術》スキルと言うしか無いのだが……。

 

 

 「飛天御剣流……」

 

 「ヒテン……ミツルギ流……」

 

 「ソウ……ソレガ、本当ノ名前……」

 

 「ヒテンミツルギ流…………」

 

 「ソウ……天ヲ飛ブ御剣ノ流派……ナンテ言エバ分カルカシラ?」

 

 「天を飛ぶ……で“飛天”……“御剣”の流派……なるほど、それで飛天御剣流か……」

 

 「御剣流ハ、類似無キ最強ノ流派……神速ヲモッテ相手ヲ斬リ刻ム最速ノ暗殺剣……」

 

 「っ…………」

 

 

 

三春の言う言葉に、一夏は息を飲む。

SAOから今日まで、自分の力として振るってきた剣が、そこまで言わしめる流派なのだと改めて聞かされると、途端に畏怖の感情まで湧き立ってくる。

 

 

 

 

 「デモ、貴方ナラバ……」

 

 「ぇ…………」

 

 「御剣流ノソノ先……私ノ《御神楽》ヲ継承デキルカモシレナイワネ」

 

 「えっ?!」

 

 

 

三春の言葉に一夏は驚きを隠さなかった。

御剣流の先……つまり、ドラグーンアーツ……飛天御剣流には、まだ先の流派があると言うのだ。

一夏はドラグーンアーツとして、飛天御剣流を極めたと言っていいだろう……。

その最上位スキルである《天翔龍閃》を会得し、さらにはそれを使用出来るにまで至ったのだから……。

しかし、まだ先があると言うのならば……。

 

 

 

 「その流派……《御神楽》って言うのを、三春さんは極めたんですかっ?!」

 

 「…………エェ。デモ、極メタンジャナイ……ソコニ、至ッタノヨ」

 

 「っ!!?」

 

 

 

『極めた』……と言う言葉、その道の果てまでも知り尽くし、この上なしと言われるところまで登り詰める場所の事を指すが、『至った』とは?

意味としては『極める』とほぼ同じ意味合いのはずだが、それでも使い分けていると言うことは、何か別の意味を持つのだろうか?

 

 

 

 「俺も……そこへ至れますか?」

 

 

 

まだ先がある。

と言うのならば、後は精進するのみだ……。

その《御神楽》と言うものが、どう言ったものなのかは皆目検討もつかないが、それでも、まだ……。

 

 

 

 「俺は……俺はまだ、強くなれますか……っ?」

 

 

 

強くなりたい。

その思いだけは、あの頃と変わらない。

初めて自分の非力さを知った……あの頃からずっと。

 

 

 

 「貴方ハ、何ノ為二……力ヲ欲シマスカ?」

 

 「え?」

 

 「何ノ為二……?」

 

 

 

 

何だろう……以前にも、同じことを聞かれたような……。

 

 

 

 

 「何の……為にか……」

 

 「……………」

 

 「最初は……自分の非力さが憎かった……」

 

 

 

 

そう、憎たらしかった。

第二回モンド・グロッソの決勝戦。

日本代表として、日の丸を背負って戦いに向かった姉、織斑千冬と、その姉と第一回大会で熾烈な戦いを繰り広げたイタリア代表選手。

第二回大会も、その決勝カードでの戦いになった。

世界中が注目していた。

千冬は二連覇を賭けた戦い……相手のイタリア代表選手は、第一回大会のリベンジに燃えていた。

そんな中で、弟である自分が誘拐された……。

千冬は試合を放棄して、弟を助けに行った。

不戦勝として、イタリア代表選手が第二回大会の優勝者に……。

二代目《ブリュンヒルデ》の誕生だった。

しかし、当の本人は「千冬との決着が付けられなかった試合で、この称号を貰っても意味がない」といい、受賞を辞退した。

そう……結果的、世界が注目していた一戦は、そんな不完全燃焼極まる形で幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

 「自分の非力さを呪いすらした……だから、力を求めた……でも……」

 

 「……………」

 

 

 

三春は黙ったまま、一夏の話を聞く。

伸ばしていた手はいつの間にか離されており、三春はただ、ジッと一夏をみつめている。

 

 

 

 

 「俺は……間違えた。力を求めて……自分の信念や理想を追い求めて……結果、多くの人の命を斬り捨てた……!」

 

 

 

 

SAOに囚われてからの日常は、緩やかではあったものの、常に命のやり取りをしていた。

そんな中で、オレンジギルド……オレンジプレイヤーと呼ばれる存在が出てきて、さらにはその上をいくレッドプレイヤーまでもが現れた。

そんな連中と、血で血を洗うような戦いを送る毎日……その中で、自分の信念や理想が、どこかおかしいと思うようになった。

自分が戦う理由は、一体何だったのか?

自分が力を求めた理由は、こんな事をする為だったのか?

 

 

 

 

 「守りたいと思った人をこそ、この手で斬り捨てた……絶望だった……!死にたいとすら思った……!」

 

 

 

 

しかし、それを思いとどまらせてくれた人達が、すぐそばにいてくれたのだ。

たった一人の女の子と交わした、たった一つの約束。

 

 

 

ーーーー私の分まで生きて……そして、みんなの光になって……!

 

 

 

自分の帰る場所を作ってくれた……自分の帰りを待ってくれていた女の子がいた。

 

 

ーーーーチナツ。

 

 

 

命を託されて、共に歩んでくれる大切な人たちが、すぐそばにいてくれたから……だから……。

 

 

 

 「俺は、俺の大事な物をっ、場所をっ、人たちをっ、この手で守りたいんですっ!」

 

 「……………」

 

 

 

両手の拳を握り締めて、一夏は力強く三春へと言い放った。

 

 

 

 「まだまだ俺は未熟でっ、半端者でっ、これから先どうしたいとか、どう生きていこうとか、全然わからないんだけどっ……!

 それでもっ、俺はみんなを守りたいっ!!俺を待ってくれていた千冬姉に、カタナやキリトさん、アスナさん、SAOで出会った人たちも、ALOで出会った人たちも、IS学園で出会ったみんなをっ、俺は守りたいっ!!」

 

 

 

 

強い眼差しを、三春へと向けた。

そしてその瞬間、三春は優しく微笑んだ。

 

 

 

 「ソウ……ソレガ貴方ノ想イナノネ」

 

 「………はいっ……」

 

 

 

力強く返事をすると、今度は三春が両手を伸ばし、一夏の頭の後ろへと手をまわして自身に抱き寄せた。

 

 

 

 「のぅ……?!」

 

 「フフ……緊張スルカシラ?」

 

 「ぁ……いや、あの……!」

 

 

 

 

何だか気恥ずかしい……。

刀奈からも似たような事をされてはいるが、見知らぬ人からされるのとでは訳が違う。

しかし、何故だかわからないが、とても落ち着く……。

 

 

 

 

 「ソノ想イガアルノナラ、大丈夫ネ……。デモ、マダ先ノ事ヲ教エルノハ出来ナイ」

 

 「え?」

 

 「マズハ御剣流ヲ極メルノ……ソウスレバ、貴方ハ《天翔龍閃》ヲ自在ニ操リ、アラユル困難ヲ打チ破レルカラ」

 

 「御剣流を……極める……」

 

 「エェ……。ソシテイツカ、貴方ニ私ノ《御神楽》ヲ継承シテ欲シイ……私ノ想イト共ニ……」

 

 「っ…………」

 

 

 

三春はそこまで言うと、抱きしめていた体を離して、両手を一夏の頬へと持っていく。

両手で優しく包まれる様な感触……暖かい温もりが感じられた。

 

 

 

 

 「私ハ貴方ヲズット見テイル……貴方ガ貴方ラシク戦イ、ソシテ……マタ私ノ元へト至ルノヲ、楽シミニシテイルワ……一夏」

 

 「………三春、さん……」

 

 

 

相変わらず三春の顔は見えない。

しかし、どうしただろうか、優しく微笑んでくれていると思ってしまった。

そして、その会話が終わったのとほぼ同時に、一夏の意識が白く染まり、この世界からの退去が行われたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん、んん……」

 

 「ぁっ……!」

 

 「ん〜……あれ、ここは?」

 

 「チナツっ!」

 

 「おわっ?!」

 

 

 

 

意識を取り戻して、真っ先に視界に入ってきたのは、目尻に涙を溜めていた最愛の少女、刀奈の姿だった。

起き上がろうとして、上体を起こした瞬間に刀奈が飛びついてきた為、一夏はそのまま元の体勢へと逆戻りだ。

 

 

 

 「よかったぁ〜!全然意識戻んないから、心配したのよっ!」

 

 「あぁ、うん……その、ごめん。なんでか、俺も脱出出来なくってさぁー」

 

 「ううん……無事に帰ってきてくれて、よかったわ……!」

 

 

 

頭を抱き抱えられる形で、ダイブマシーンに横たわる二人の男女。

当然、刀奈の豊満なバストが一夏の顔を押し付けるような形になっている為、心穏やかに非らず……と言ったところなのだが……。

 

 

 

(でも、まぁ……これはこれでいいかも……)

 

 

 

何だか、いつもの日常が戻ってきたみたいで、とても落ち着くし……。

 

 

 

(ん?落ち着く?)

 

 

 

その時だった。

不意に、なにかを思い出そうとしたのだが、一夏の脳内にはこの感情をついさっきまで体感したという感覚はあるものの、そのことに関する記憶が見当たらなかった。

 

 

 

(あれ?何で落ち着くなんて思ったんだっけ?)

 

 

 

自分の記憶を探ってみるが、どうにもあの歪な白雪姫の世界が崩れてからの記憶が曖昧だった。

 

 

 

 「あっ!そうだ、カタナっ、あの銀髪の女はっ?!」

 

 「へぇ?銀髪の女?」

 

 「そうそう!今回のこの事件の犯人かもしれない、ラウラ似の銀髪ストレートの女!」

 

 「っ!」

 

 

 

 

一夏の言葉に、刀奈は息を呑んだ。

そして、その後方からも声が聞こえる。

 

 

 

 「チナツ……その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 「ん?」

 

 

 

視線を刀奈の後ろへ向けると、そこにはISスーツに身を包んでいた和人と、その隣に立っている明日奈の姿を見つけた。

 

 

 

 「あっ、キリトさん!無事だったんですね!?アスナさんも!」

 

 「あぁ、とりあえずおかえり、チナツ」

 

 「チナツくんも戻ってきてよかった。これで、みんな無事生還だね!」

 

 

 

和人と明日奈の声を聞き、本当に今回の事件が終息したのを確認した。

そして、話は一夏の言った、今回の犯人の話になる。

今回の事件を起こしたのは、十中八九、天災科学者でおなじみの篠ノ之束による物だろうという結論に至った。

そして、今回、電脳ダイブによってIS学園のメインシステムに侵入して、そこから復旧を試みた和人と刀奈の邪魔したあの銀髪ストレートの少女の正体と、あの仮想世界の謎を、四人で話し合った。

 

 

 

 「あいつの名前は、クロエ……たしか、クロエ……クロニクル?だったかな?」

 

 「クロエ・クロニクル……うーんどうも偽名っぽいわね……たぶん人物調査をしても、どこの誰なのかは突き止められそうにないわね」

 

 「カタナの家の情報網でもダメなのか?」

 

 「調べられない事はないでしょうけど、相当時間がかかると思うわ。とりあえず、家の人間に調べられないか調査を依頼するわ」

 

 「あぁ、頼む」

 

 

 

そう言うと、刀奈はISの待機状態になっている鉄扇の要に付いている水晶体を起動させ、ホロウインドウによる通信端末を展開させ、更識家の者に通信を開始した。

その横では和人と明日奈が、一夏とあの仮想世界について話していた。

 

 

 

 「俺が囚われた仮想世界は、アインクラッド第49層《ミュージエン》の主街区だった」

 

 「第49層……たしか、氷雪地帯のエリアでしたっけ?」

 

 「あぁ、そこでサチ……」

 

 「サチ?」

 

 「ええっと……昔、俺が少しだけ所属していたギルドの………そこにいた女の子と、戦う羽目になった……」

 

 

 

 

少しだけ、悲しげな表情して語る和人。

そんな和人を見兼ねてか、和人の両肩に後ろから両手を置く明日奈。

優しく見守る彼女に、和人も優しく微笑む。

 

 

 

 

 「その、あの子とは似ても似つかないような化け物と戦っていたんだけどな、そんな時に、あいつが……ヒースクリフが手助けしてくれたな」

 

 「ええっ?!団長がっ?!一体、どうやってっ?!」

 

 

 

ヒースクリフ……現実世界での人物名は茅場晶彦。

SAO……ソードアート・オンラインを創り出し、人類初の仮想世界を生み出した天才。

そして、浮遊城アインクラッドの城主にして、ラスボス。

しかし、第75層のフロアボス攻略の後、和人によってその正体を看破され、なし崩し的にそのまま一対一のデュエルを行った。

結果からすれば和人は敗北したが、アバターが消滅する寸前で、和人がヒースクリフに剣を突き立て、互いにアバターが消滅……相討ちという形で、デュエルは決着。

そして、ラスボスであるヒースクリフを倒したことにより、ゲームはクリアされ、プレイヤー達は現実世界へと帰還したのだ。

その後のことは、和人からなんとなくだが聞いていた。

事件の首謀者である茅場晶彦は、すでに死んでいたこと。

その死因も、自身の作ったナーヴギアを被り、大出力のスキャンを行ったことによって、脳を損傷していた。

つまりは、ネット世界に自分の意識をコピーしたと言えるのだが、その成功率は限りなく低いものと教えてもらった。

だが、ALOでの《妖精王オベイロン》こと須郷伸之との対決直後に、和人は茅場晶彦と対峙していた。

 

 

 

 「じゃあ、まさかあの《神聖剣》で?」

 

 「あぁ……。でもまぁ、最後はアスナが駆けつけてくれなかったら、俺もヒースクリフもやられたたけどな」

 

 「本当にギリギリだったよー。京都から学園まで、本当に急いだんだからっ!」

 

 「京都から……だいぶ距離ありますけど、《閃華》って機動強化系のパッケージつけたましたけど、それでも結構時間かかったんじゃないですか?」

 

 「あぁ……それなんだけどね」

 

 

 

 

 

一夏の問いかけに難色を示す明日奈。

しかし、その理由も自ずと知れるだろうと思い、明日奈は自身のISが形態変化を起こし、二次移行を果たして、《閃姫》として新しく生まれ変わったのだと説明した。

 

 

 

 

 「マジですか……っ!機動系特化型のIS。テンペスタ系の機体の性能を上回ってるじゃないですか……」

 

 「うん。スピードだけならもの凄く速かったよ?」

 

 「ただ、二次移行したばかりの機体は、扱いが難しいですからね……」

 

 「そうだよねぇ……これからまた特訓の毎日かなぁ〜」

 

 

 

同じく二次移行を果たしている《白式》に乗る一夏だからこそ分かる悩み……。

一夏の《白式・熾天》もまた、二次移行を行った後は機動系統が大幅に性能が上がったため、その感覚に慣れて、制御するまでに結構な時間がかかった。

 

 

 

 「あっ、そういえば、ISの話で思い出しましたけど、今回の事件の犯人も、自身のISを使っていたみたいなんですよね」

 

 「っ……その能力は?」

 

 

 

話が脱線していたが、思い出したように一夏は話を続ける。

話題は、その件の少女……クロエ・クロニクルの持っていたISの能力についてだ。

 

 

 

 「詳しい能力は、俺もわかって無いんですけど……どうやら生体同期型のISで、精神干渉能力を持っているみたいなんです」

 

 「精神干渉系の能力……なるほど、電脳世界……仮想世界においては、これ以上にないほどの能力だな」

 

 「ええ……。ですが、どうも仮想世界にとどまらず、現実世界でも、その能力は使えるみたいなんです」

 

 「現実世界?一体、どういう原理で使うんだ?」

 

 「さぁ……でも、警戒しとくに越したことはないかと。容姿は銀髪ストレートに、ゴスロリ風のワンピースを着ていましたけど……」

 

 「でも、現実世界でもその能力が使えるのなら、俺たちの前だけ容姿を変えて現れる事もできるんじゃないのか?」

 

 「そうですよね……」

 

 

 

一夏と和人が、今回の犯人であるクロエのことについて話し合い、明日奈は刀奈の元へと向かい、今後のことを話し合っていた。

 

 

 

 「カタナちゃん、私のISの形態変化については、織斑先生に報告しておいた方がいいよね?」

 

 「そうね……それから、お父さんの会社《レクト》と《倉持技研》にも報告しておいた方がいいかもね。

 データの収集もそうだけど、整備の時には融通してもらえるから」

 

 「うん、わかった!」

 

 「それにしても、アスナちゃんまで形態変化とはねぇ……」

 

 「うーん、やっぱり早いよね?私も無我夢中だったし、戦闘中に起こった事だから、あんまり気にする時間すら無かったから……」

 

 「その相手は……やっぱり、《亡国機業》の?」

 

 「うん……コードネーム『L』って言ったけど……」

 

 「確か、機体には戦闘の時のデータが残っていたわよね?後でそっちの方も見せてもらっていい?」

 

 「うん。これに関しては、みんなに共有しておいた方が良さそうだよね」

 

 

 

指輪型の待機状態となっている《閃姫》のデータから、明日奈が交戦したと思われる人物の戦闘時の映像を解析にかける。

未だに《亡国機業》がどの程度の規模の組織なのかはわからないが、今後の展開如何では、何処かで全面戦争が起こってもおかしくはない。

 

 

 

 「まぁ、とにかく!今回はみんな、無事に生還、無事に任務完了って事でいいかしら」

 

 「だな……もう今日は帰って寝たい……」

 

 「俺も……」

 

 「ダメだよキリトくん。ちゃんとご飯食べて、お風呂入ってから寝ないと!」

 

 「わ、わかってるよ……」

 

 「チナツもよー」

 

 「わかってるって……汗かいてるからちょっと気持ち悪くてな……」

 

 

 

 

 

その後四人は、ユイ、簪に無事に任務を完遂したことを報告。

そのあと訪れた真耶に今回の事件の報告と、一夏の機体の整備・改修報告……明日奈の機体が二次移行を果たした事を報告し、表で戦っていた各国の専用機持ちの面々と落ち合う。

今回の事の情報を共有したあと、それぞれの部屋へと戻り、今回の戦いの疲れを癒すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、一夏達が部屋で寛いでいる時間……今回の事件の首謀者たるクロエ・クロニクルは、街中にあるオープンカフェの店にて、束と通信を行なっていた。

自身のISの能力を使い、通信の音声を完全にシャットアウト。

画像も『SOUND ONLY』の文字だけで、束の顔が映し出されているわけではない。

それに、IS《黒鍵》の能力により、クロエ自身が、ISで通信している姿すらも、他人には映ってすらいない状況だった。

 

 

 

 

 「束様……。今回の任務、無事完遂致しました」

 

 『お疲れぇ〜!クーちゃ〜ん!色々と大変だったでしょう〜?帰ってきたら、いい子いい子してあげるからねぇ〜!!』

 

 「いえ、そんな……。当然の事をしたまでです」

 

 『うんうん!クーちゃんはとっても優秀だった事は、束さんよぉ〜く知ってるからねぇ〜。

 この後も、気をつけて帰るんだよぉ〜?寄り道せずに、まっすぐ帰ってきてねぇ〜?』

 

 「はい、かしこまりました」

 

 『と、言うわけでぇ〜。ちーちゃん、束さんの大事な愛娘に酷いことしないでよねぇー!!』

 

 「え?」

 

 

 

束の言葉に理解できず、クロエは思わず変な声を出してしまった。

その直後、自分の座っている席の前にある椅子がガガガッと引かれて、コーヒーが入ったマグカップを片手に持つ黒いレディーススーツを着た人物が座り込んできた。

 

 

 

 「それはお前の出方次第だぞ?束……」

 

 「っ?!!」

 

 『おおっと、クーちゃん。あまり大きい音を立てると、周囲にバレちゃうよぉ〜?』

 

 「た、束様……っ!」

 

 「安心しろ。別にお前に危害を加えるつもりはない……。ただ、忠告をしにきただけだ」

 

 「……………」

 

 

 

目の前に座った人物。

そう、世界中の人間が、その存在を知っているであろう超有名人。

IS学園教師であり、世界最強《ブリュンヒルデ》の称号で呼ばれる最強のIS乗り……今年入学したイレギュラーである織斑一夏の姉である織斑千冬その人だった。

 

 

 

 「どうして、ここが……?」

 

 「………………」

 

 

 

突然のことに混乱していたクロエは、一旦深呼吸をして、再び先に座った。

自分はいま、自身のISの能力によって、周囲の人間からは見えないようになっている筈だ……。

にもかかわらず、この女は的確に自分の座っている席を見つけ出し、堂々と座り込んだのだ。

一連の動きには無駄がなく、自然体の動きで席に座った。

クロエはなんとか落ち着きを取り戻し、千冬に問いかけた。

しかし当の千冬は、優雅にコーヒーを一口啜る。

中身は完全なブラックコーヒー。

口の中に残る香りと後味の余韻を楽しんだ後、余裕の笑みを浮かべてクロエに視線を送る。

 

 

 

 

 「言っただろう?忠告をしにきたと……おい、束」

 

 『はいはい〜?』

 

 「お前、アメリカ軍の特殊部隊が強行突入するのを知ってて、学園のメインシステムにハッキングをかけたな?」

 

 『ハッハッハ〜!!さっすがっ、ちーちゃんだねぇ〜!その通りっ!おかげで事は上手く運べたよぉ〜!』

 

 「全く……お前はいつもいつも余計な事をしてくれるっ……!」

 

 『だってさぁ〜!“アレ”が無いと、ちーちゃん戦えないじゃん?』

 

 「………………」

 

 『ちーちゃんさぁー……もうそろそろ動いてもいいんじゃな〜い?っていうか、ちーちゃんが動いてくれないとさぁ〜、束さんがつまんないんだよぉ〜!』

 

 「お前……私がアレを動かす意味が、わかって言っているのか?」

 

 『………ふふふっ』

 

 

 

もはや完全に二人の世界だった。

間にあるクロエは、ただ額から冷や汗を流すことしかできなかった。

優雅にコーヒーを飲んでいるように見せて、こちらがなんらかの動きを取れば、即座に反撃できるように警戒をしている。

そして、千冬とクロエの戦闘能力の差は歴然だ……。

今回、一夏と刀奈にぶつけるために用意した千冬のアバター『黒刃』よりもはるかに高いはず……。

 

 

 

 「第一、アレを使用不能にしたのお前自身だろう……。まぁ、お陰で私も日本代表の座をキッパリと捨てることができたわけだが……」

 

 『うーん……でもあそこまでの力を発揮するとは思ってなかったからねぇ〜……あの実験については、束さんの落ち度だったね』

 

 「それで?わざわざこんな大ごとにしてまで、お前は何がしたかったんだ?」

 

 『そんなものただひとつだよ……』

 

 

 

 

何を今更……と言いたそうな口調で、束は答えた。

 

 

 

 『ちーちゃんの専用機……《暮桜》のISコアを完全に目覚めさせるのが、今回の目的だよーん』

 

 「だから、それがなんで必要になった?」

 

 『そんなの当然じゃーん!これから起こる出来事に、ちーちゃんの存在も必要になってくるからだよぉー』

 

 「お前は、何を企んでいる?」

 

 『………そうだねぇ〜……大袈裟に言っちゃうと、世界転覆?』

 

 「……………」

 

 

 

冗談のつもりなのか、はたまた本気で言っているのか……。

篠ノ之束という人物は、本当に規格外の事を思いつき、それをやってのけるのだから、冗談のつもりはないのだろう。

 

 

 

 

 「全く笑えない冗談だな……昔、お前が私に話した夢の実現のためには、それが必要だと言うのか?」

 

 『ハッハハッ!懐かしいねぇ〜……そうだねぇ〜、でもそれは最後の手段になっちゃうけどねぇ〜』

 

 「この世界は楽しいか?……と、以前聞いてきたな?その質問と、関係があるのか……」

 

 『うん……まぁね』

 

 

 

 

まるで昔話を語り出すのを楽しんでいるような雰囲気。

だが、その内容は気が重くなるようなものばかりだ。

束が何を考えているのか、それ自体はクロエもわかっていない。

しかし、彼女の行う事を信じて疑わないのは確かな事だ……。

自分を救ってくれたただ一人の存在……妹が既にいるから、自分のことは娘なんだと、優しく迎え入れてくれた。

そして、この世界を良く思っていない……その思いだけは、自分と束の共通認識だと言うのも知っている。

 

 

 

 

(故に、この女も束様にとっての障害っーーーー!!!)

 

 

 

 

一か八か、クロエはISの能力を解放した。

千冬の視界が、突如として真っ白に包まれる。

その光景に、千冬もより一層の警戒心を顕にする。

 

 

 

 「ほう、これが生体同期型のISの能力か……」

 

 

 

辺りは一切の視界を塞ぐように、真っ白に染まっている。

ついでに言うと、音も遮断されているためか、何も聞こえてこない。

つまり、人間が仕入れる情報網の約9割近い能力をここで奪っていることになる。

人間が情報を仕入れるのに、視覚が8割ほどあるらしい……その次が聴覚、嗅覚、触覚と続くわけだが……。

 

 

 

 「視覚と聴覚を奪う……確かにこれならば、人間相手に使えば手も足も出ないな……これを仮想世界では相手の脳を直接干渉すればそれでいい。

 現実世界でならば、大気にある成分に干渉することで、変質させて幻覚を見せている……と言うことか……。

 中々に厄介なものを作ったものだな、束」

 

 

 

いかに世界最強と謳われる千冬であっても、今はISや武器を持たない生身の人間だ。

ならば、この奇襲に乗じて、即座に剣を突き立てれば……。

 

 

 

 

(取れるっ!!)

 

 

 

クロエは確信して、仕込み刀を抜き放ち、その鋒を千冬に向けて放った。

だが、鋒が頭部に当たる寸前で、千冬が体を傾ける。

無情にも刃は空を斬り、代わりに千冬は、クロエが飲んでいたカップのそばに置いてあったスプーンを取ると、思いっきり振り抜いた。

 

 

 「おい……」

 

 「っ………!」

 

 「今は私と束が話している、邪魔をするな……っ!」

 

 

 

振り抜いた瞬間に、千冬の周りを囲っていた白い景色が斬り裂かれた。

そして、クロエの前髪が数ミリ単位ではあるが、何本か斬り落とされていた。

 

 

 

 「な……なぜ、私の攻撃が……?!」

 

 「視覚と聴覚を塞いだ程度で、私を殺れると思っていたか?舐められたものだな……」

 

 「ぅぅ、くっ……!!」

 

 

 

振り抜いていた仕込み刀をもう一度振りかぶる。

しかし、それよりも速く千冬のスプーンがクロエの喉に当てられる。

 

 

 

 「抉るぞっーーーー!!!」

 

 「ヒッ………!!?」

 

 

 

鋭い目つき……そこから放たれる強烈な殺気。

おそらくクロエは、自分の喉をスプーンで貫かれた幻覚を見たはずだ。

その瞬間に全身から汗が流れ出し、閉ざされていた両眼がしっかりと開かれた。

本来白目の部分が黒く染まり、瞳は鮮やかな金色。

それが両眼共に染まっている。

それを見た千冬は、一つの事実に気づいた。

 

 

 

 「その髪っ……その目っ……なるほど。お前は、『遺伝子強化試験体』(アドヴァンスド)の生き残りか……!」

 

 「うっ……!?」

 

 

 

千冬の言葉に、クロエは我に返って咄嗟に距離を開ける。

それと同時に、千冬から両眼を隠すように目蓋を閉じて、その上から左手をかざす。

この目を見られたのが、それほど嫌だったのだろう。

 

 

 

 

 「よもや、あの時の生き残りが居て……尚且つお前が保護していたとはな……」

 

 『もうー!クーちゃんをいじめないでってばぁー!ちーちゃんは加減を知らないんだからぁー!

 大丈夫、クーちゃんっ?!とりあえず何もしなければ襲わないから、そのままジッとしててねぇ〜!』

 

 「は……はい」

 

 「私は狂犬か何かか?まぁいい……とにかく話の続きだ。お前、今後は世界そのものを巻き込むつもりか?」

 

 『………………』

 

 

 

 

脱線していた話を戻す千冬。

それに対して、いつになく真面目な態度で話を返す束だった。

 

 

 

 『ねぇ、ちーちゃん』

 

 「なんだ?」

 

 『この世界はもう、ダメだと思うんだよねぇ〜』

 

 「藪から棒になんだ?まさか、世界を救済でもするつもりか?」

 

 『まさかっ……そんな面倒なことを束さんがするわけないじゃーん!』

 

 

 

口調は朗らかで笑っているが、その心根はどうだろう。

千冬も珍しく、額に冷や汗を浮かべた。

 

 

 

 『この世界を壊すんだよ…………束さんと、その愉快な仲間たちがね♪』

 

 「っ?!仲間だとっ?!」

 

 

 

 

束の言葉に驚愕する千冬。

よもや、人間嫌いの束が、仲間という存在を作るとは思いもよらなかったからだ。

束は自分の興味の対象にしか好意を持たない。

以前で言えば、千冬や一夏、妹の箒にぐらいしか好意的な反応を見せなかった。

子供の頃ならば、まだ反抗期の少女として捉えられていたかも知れないが、それが大人になっても……となると、もはやその人物の人間性とも言えるだろう。

故に、この天災科学者が、他人と足並みを揃えると言うのには驚きしかなかった。

 

 

 

 

 「お前が誰かと手を組むと?それでこそ冗談と言うものだろう……」

 

 『まぁ、仲良くやって行こうってわけじゃあ〜ないけどねぇ〜。それぞれの利害の一致ってやつさぁ〜』

 

 「…………《亡国機業》か?」

 

 『フッフッフ……それはまだ教えられないよぉ〜ん♪』

 

 

 

 

《亡国機業》という組織も、なんらかの理由で各国の軍事施設を襲撃しては、そこにある新型のISを強奪したりしている。

現に、イギリスの第三世代機である《サイレント・ゼフィルス》や第二世代機の《メイルシュトローム》が強奪され、ここ最近では、アメリカの軍事施設にも強奪に入ったとか……。

特殊部隊との戦闘で、両者ともにかなりの徹底抗戦になったようだが……。

 

 

 

 

 『まぁとりあえず、ちーちゃんももう傍観者でいる事は出来ないって事さ♪

それに、このまま若き少年少女たちを戦場に行かせてもいいのかい?せーんせい?』

 

 「っ……束……!」

 

 『まぁまぁ、そんなに怒んないでよ!そう言えばクーちゃん?《暮桜》の凍結解除プログラムはどこまで浸透できたのかな?』

 

 「………申し訳ありません、束様の作ったプログラムでも、二割程度しか……」

 

 『ほほう〜♪二割も行ったんなら、上出来ってやつだねぇ〜!正直、一割にも満たないんじゃないかって思ってたし♪』

 

 「束っ……!」

 

 『つーわけでさぁ〜、ちーちゃん?もう、応援するだけなのはお終いだよ……。

 束さんと一緒に、この世界の行く末を見守る義務があるのさ……ねぇ、白騎士のパイロットさん?』

 

 「っ……………」

 

 

 

 

苦虫を噛んだような表情の千冬。

そうだ……あの事件こそが、今の世界を作り出した原因なのだ。

その責任は、今ならば感じ取ることはできよう……しかし、それに弟や生徒たちを巻き込むのは、あまりにも筋違いだ。

 

 

 

 

 「お前は……母さんのっ……あの人の望みを、拒むと言うのかっ……!」

 

 『何を言ってるんだい?その望みを拒絶したのは、“世界” の方じゃない?』

 

 「っ……!」

 

 『束さんはチャンスをあげたよ?476個のコアを作って、それを世界中にばら撒いてあげた。

 そこから得られる技術の恩恵を、誰彼問わず与えたはずだよね?けどさぁ〜、その結果がこれなんだよぉ〜?

 そんな世界を、どうしてちーちゃんは守ろうとしているわけ?束さんには理解不能なんだけど?』

 

 「私たちはこの世界で生きているっ!世界そのものをひっくり返したところで何になるっ?!」

 

 『けどこのまま行っても、何も変わらないよ?むしろ悪化していくだけさ……そうでしょう?

 《亡国機業》然り、クーちゃんのような存在然り、息巻いて新しいものを作ろうが何の成果もあげられない……いつまで経っても停滞している……。

 進化を嫌うのは “臆病な人間らしい” とは言ってもさ、それにも限度というものがあるよ……もう正直なところ、束さんはうんざりなのさ』

 

 

 

 

ため息混じりに吐露する束。

いつもお調子者のようにハイテンションで話している束だが、ここに来て真剣味を帯びた声色をしている。

それだけ、今後の事については冗談の入る余地はないという事なのだろう。

 

 

 

 『いずれ解凍プログラムは、『暮桜』のシステムすべての機能を回復させるよ……それがいつ、どのタイミングなのかはわからないけど、完全に解凍する……だからちーちゃん……ちゃんと準備しておいてね?』

 

 「束……」

 

 『私もあの人の……三春さんの意思を継いでいるつもりなんだよ?これでもさ……。

 だから、もうちーちゃんの言葉にも従う気は無いし、もう必要はない』

 

 「おいっ、束!」

 

 『いつか決着をつける時が来るよ……だから、それまでにちゃんと準備しておいて……。

 そして、私を殺す覚悟がないとダメだからね?束さんは “本気” で殺りに行くからさ………!』

 

 「くっ………!」

 

 『そんじゃあ、クーちゃん!ちゃんとまっすぐお家に帰ってくるんだよ〜♪』

 

 「はい、束様」

 

 

 

 

そこまで言って、束は通信を切った。

その場に残るクロエは、未だに千冬への警戒を怠っていないが、当の千冬は、そのまま席に座り、またしてもコーヒーを一口啜る。

 

 

 

 

 「……はぁ………どうしていつもこうなるんだ……私とアイツは……」

 

 

 

 

アイツ……というのは、おそらく束のことだろう。

クロエはそんな千冬を見ながら、ふと考えてしまった。

幼い頃……つまり、自分の知らない束と、織斑千冬はどんな少女だったのか?

束が初めてIS……インフィニット・ストラトスを生み出し、世界で初めて登場した《白騎士》のパイロットが千冬だということはすでに把握している。

そんな二人は、なぜあの事件を起こしてしまったのか……。

何が目的で、あのような自作自演の大事件を生み出してしまったのか……。

その鍵を握るのは、話の途中で出てきた『三春』という人物……。

話の流れから、千冬の母親ではないかと推測されるが、現状では確固たる証拠はない。

とりあえず、今回の任務は無事終了している……ならばとっととここを離れるに越したことはない。

クロエは体を反転させて、その場を離れようとする。

すると、その直後に千冬から話しかけられた。

 

 

 

 

 「お前の妹には、会っておかなくていいのか?」

 

 「っ………………」

 

 

 

その問いかけに、クロエは固まってしまう。

妹……その言葉には、何故か自然と苛立ちや憎悪が湧いてくる。

 

 

 

 「私に妹などいません」

 

 「そういうな……同じ遺伝子を持って生まれている……ならば姉妹といって差し支えはないだろうに」

 

 「私はあの子になれなかった者ですから……」

 

 「だが、同じ遺伝子を持つ者に変わりはないだろう」

 

 「それをあなたが言うのですか?《亡国機業》にいる工作員……コードネーム『M』」

 

 「……………」

 

 「詳しい情報などは仕入れていませんが、あの者はあなた方とは無関係ではないはず……。

 その事を、織斑一夏には伝えていないのですよね?」

 

 「それは織斑家の問題だ……他所の問題に口出しはしないでもらおうか」

 

 「ならばそのお言葉、そっくりそのままお返しします。私の事情に首を突っ込まないで頂けませんか?」

 

 「ふん……屁理屈を……」

 

 「お互い様です」

 

 

 

 

 

そう言って、クロエは本当にその場を離れようとする。

すると、またしても千冬に声をかけられる。

 

 

 

 「おい」

 

 「なんです?しつこいでね……」

 

 「伝票、そこに置いていけ」

 

 「は?」

 

 

 

伝票?何のことだろうとクロエは首を傾げたが、即座に自分がいま右手に持っている白い用紙の事だと気づく。

 

 

 

 「……一体、どういうつもりですか?」

 

 「なに、アイツの大事な娘を脅してしまった詫びだと思え……。コーヒー一杯程度、普通に奢っやれる」

 

 「はぁ……」

 

 「いいから置いていけ……私もあまりこういう事はしないんだ。気まぐれに起こした好意なんだ……素直に受け取っておけ」

 

 「…………」

 

 

 

クロエは警戒心を顕わにした状態で近づいていき、伝票を千冬の座っているそばに置いた。

そして今度こそ本当にその場から消えていったのだった。

 

 

 

 

 「ふぅ〜……さて、とっとと飲み干して学園に戻らんとな……んっ?」

 

 

 

コーヒーを少し含んだ後、クロエの残した伝票に視線を向ける。

そこには、コーヒー以外の品物が表示されていた。

 

 

 

 「くそ……ケーキ二個にトッピングまで加算していたか……クソガキめ……!」

 

 

 

 

ちょっとした腹いせだったのか……。

クロエの仕返しに歯噛みする千冬……しかし、一度言ってしまった手前、文句も言えず、渋々全額を支払ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




毎度亀更新で申し訳ないです。

とりあえずワールド・パージ編はこれにて終了という形になります。
これから先の展開は、ちょっと閑話を挟みまして、京都編に行こうかと思います^_^

感想よろしくお願いします!

PS
この章で新たに出たソードスキルや剣技などは、『ソードアート・ストラトス設定集Ⅱ』に追加記載しましたので、そちらで確認をお願いします!






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閑話章 秋の恋路
第114話 秋の恋路Ⅰ



今回からは、ちょっと閑話的な感じで行きます。
原作ではあまり触れられていなかった弾と虚の物語を描いていこうと思います。
少し長くなるかもですが、どうかお付き合いください。




 「さて、今後のお前の処遇についてなんだが……」

 

 「…………」

 

 

 

 

IS学園地下区画の一部……。

そこは一般生徒はおろか、教職員ですら滅多に入らない区画であった。

そこがどういう場所なのかというと、いわゆる『牢屋』と言われる場所なのだ。

今回IS学園では、二重の襲撃事件が重なってしまった。

一つは、天災科学者・篠ノ之束によるIS学園メインシステムへのハッキングに加え、新型の無人機《ゴーレムⅢ》による物理的な襲撃。

そしてもう一つが、表の騒動に乗じて密かに侵入していたアメリカ軍特殊IS部隊の潜入……。

表の事件は、専用機持ち達による迎撃と、一夏、刀奈、和人、明日奈の4名による電脳ダイブからの内部調査とハッキングシステムに対する対処によって難を逃れ、裏の事件では、真耶と千冬による対抗戦力によってなんとか迎撃できた。

そして今、そのIS部隊の隊長と思しき人物と、千冬の二人が牢屋の柵越し会話を行なっていた。

 

 

 

 「さて、どうしたものか……」

 

 「……考えるまでもないだろうに……」

 

 「ん?」

 

 「私はそちら側の許可なく学園へ侵入し、それを貴様らに阻まれ、無様に負けてしまってここにいる……。

 ならば、やるべき事は一つしかないだろう……?」

 

 「ふむ……」

 

 「私をこのまま捕らえ、裏のルートで交渉材料にすれば、圧力をかけられる。その上、うまく取り扱えば向こうの情報もある程度ならば手に入れられるだろうさ」

 

 「確かに……それはそれで魅力的な提案ではあるが……」

 

 

 

 

何やら言い淀む千冬。

それに対して隊長は、すかさず後押しする様に告げる。

 

 

 

 「悪いが、取れる情報は多くないと思う……。向こうにとって私はパーツの一部でしかない。

 まぁ、専用のISとパイロット……その二つを共に奪われてしまっている状況ならば、痛手と言ってもいいだろうが……。

 だが、向こうにとって大事なのは機体の方だろうから、私のことは即座に見捨てる……その事を加味すれば、交渉材料は私ではなく私の乗っていた機体の方だろうな」

 

 

 

自嘲するような声色で、淡々と話す隊長。

千冬はそれを卑下するわけでも、嘲笑うこともなくただ淡々と聞いていた。

 

 

 

 「私は敗者だ。敗者は勝者に従うものだ……私の事をどう扱うのかは貴様たちが決めろ。

 こうなってしまった時点で、私には “価値なし” という判断が下されているはずだ」

 

 「…………」

 

 

 

千冬を見上げる隊長の目には、一切の恐怖はなかった。

むしろ何も感じない。

いや、何も感じないように教練を受けているのだろう。

機械のような人間……兵器として育てられた人間……。

それをいうならば、ドイツで行われていた人体実験もそうだ……その成功体として生み出されたのが『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という少女。

凄まじい戦闘能力をあらかじめ付与され、兵器としての人間という立ち位置にいた少女だ。

そして、この隊長も同じだろう。

アメリカの特殊部隊……それも学園に侵入させるほどの人間が、ただの軍人なはずはない。

おそらくは人権無視の過剰な訓練を受けさせているに違いない。

そうでなくては、もはや人とも思えないほどに“感情が揺らがない人間”が出来るわけがないのだ。

それに、この女は死をも望んでいるのだと、千冬は解釈した。

 

 

 

 「さぁ、早く私を終わらせろ……貴様に負けて死んだとしても、後悔はない」

 

 「お前を殺せば、お前の仲間や家族が私を殺しに来るのではないのか?」

 

 「家族などいないし……仲間などいるはずもない」

 

 「貴様一人で侵入してきたわけではないだろう……。現時点でアメリカ軍の隊員と思しき人物8名を拘束している。

 いずれも男で、ISは装備していなかったが、特殊部隊が装備している武装を所持していたのでな、学園の教員たちにもISを装備したうえで制圧してもらっていた。奴らは仲間ではないのか?」

 

 「彼らと私とでは指揮系統が全く異なる。彼らは今回の作戦に乗じて、私に貸し与えられた補給要員でしかない。

 例え彼らを交渉に使って軍を脅したとしても、向こうは大した傷は受けないはずだ」

 

 「なるほど……蜥蜴の尻尾切りか」

 

 「そうなるな……」

 

 

 

だからこそ、自分にこそその価値があるのだと、隊長の女は言うのだろう。

そしてそれが、世界最強の女に敗れての事だと言うのならば、それは悔いではなく誉れであると……。

 

 

 

 「だから、さっさと終わらせてくれ……か……」

 

 「そうだ……終わらせてくれ、ブリュンヒルデ。貴様になら、私は負けてもいい……」

 

 「ふん、そんな大層な身分でもないさ、今のわたしは……」

 

 

 

 

ようやく、静観していた千冬が動いた。

コツコツと固い超合金のような廊下に響くヒールの音。

ここで命を散らす事に悔いはない……隊長は静かに目を閉じて、来るであろう決断を待っていた。

 

 

 

 

 

ピピッーーーカシャンーーーー

 

 

 

 「ん…………?!」

 

 

電子錠の開く音。

そして、自分が投獄されていた部屋に、一着の服が投げ込まれた。

 

 

 

 「そいつに着替えろ。サイズは私のと同じものだが、問題はないだろう?」

 

 「…………は?」

 

 

 

投げ込まれた服は、いま目の前にいる千冬が来ているものと同じレディーススーツ。

中に羽織るブラウスと上着になるジャケットに、千冬のはスカートタイプだが、投げ込まれたのズボンタイプのものだった。

その行動の意味が分からず、隊長は投げ込んだ千冬の方を見る。

 

 

 

 「悪いが、私は人殺しなどする気はない。それは私がそうする必要があると判断した時だけやる。

 それに、私はこう見えても教師なのでな……。一教師が思春期真っ盛りの学生たちの集う場所で殺人を犯すなんてあり得ると思うか?」

 

 「なっ……?!一体なにを言っている?!」

 

 「分からんのか?お前は釈放だと言っているんだ……どこへなりと好きに行けばいい。

 通信機器も返してやる。それでお仲間に合流できるだろう……あぁ、生憎だが、お前の機体はもらっておくぞ?

 お前の言う通り、アレはいい交渉材料になるだろうからな……もしもの時のために利用させてもらう」

 

 「き、貴様っ?!何をふざけている!今更そんな冗談がーーーー」

 

 「冗談で人の命を決めるわけがないだろう…………!!!!!」

 

 「っ……!」

 

 

 

静かに、ただただ低く響くような声色。

同じ人間が発している声とは思えないほどに体の奥から震えがこみ上げてきた。

 

 

 

(これは……殺気か……っ?!)

 

 

 

こちらをチラリと見ている眼光は鋭く、少しでも動けば斬られるような錯覚を見せられる。

 

 

 

 

 「お前がどう生きようがどこで死のうが勝手だが、ここで死ぬのはよしてもらうか?

 ここは学び舎だ……。これから先の未来を生きる子供たちの集う場所だ。そんな場所を血生臭くしたくはないのでな」

 

 「何を……っ、何を今更……!ここも同じ、最強の兵器を扱う者たちを育てている場所だろうっ!

 今更なに甘い事を言っている!血生臭くしたくないだとっ?!ここを出た者たちは、文字通り血生臭い戦場に出ていく者たちにもなり得るんだぞ!

 そんな者たちを教育している貴様がっ、そんな綺麗事をーーーー」

 

 「綺麗事なのは承知している。だが、ここを卒業していく者たちは、それぞれの意思を持って出て行っている。

 それが例え戦場に出る選択だったとしても、それはそいつらが自分の意思で決めた事だ。

 私はそれを在学中に考えさせ、本当にその道に進むのかを問いただし、導くことしかできん。最終的に決めるのは本人たちだからな。

 だが、まだ在学中の者たちに……自分の意思を決めてもいない者たちに、その是非を問わせる形を強要してはならない……それでは『教育』ではなく『洗脳』だ。

 貴様が受けてきた数々の教練と同じようにな……」

 

 「くっ………!!」

 

 

 

隊長は強く噛み締める。

そうだ……気づいた時にはそうしていた。

昔の記憶など……いつの間にか摩耗して消えてしまっていた。

自分が何者で、何のために生きているのか……。

その答えとなるのが、自分を育てた者たち存在……。

 

 

 

ーーーー君たちは『兵器』だ。

 

 

 

その考えただ一つ。

世界にまだIS……インフィニット・ストラトスが存在しなかった時代。

曲がりなりにもそこに平和はあった。

いや、今も平和な時代ではあるが、それでもなお、世界のどこかでは争いが続いている。

民族同士の対立、宗教間での相違、過去の出来事からそれを諫めるような発言から始まった対立。

どれだけ時代が変わろうとも、人々から争いが無くなる事はない。

大国は表立った争いは起こすまいとしていたが、裏では日陰の存在である者たちが動き回り、世界の裏側で激しい駆け引きという名の戦争が起こっている。

どちらかの均衡が崩れれば、容易く世界は大戦を引き起こすだろう……。

そんな時、稀代の天災科学者によって生み出された最強の兵器が誕生し、一瞬の膠着状態を保ちはしたが、それでもまた、世界は元通りになってしまっている。

それがこの世界の現状だ。

 

 

 

 「それを言うなら、私はこの世界しか知らん!生きるか死ぬかの瀬戸際をひた走るだけっ!

 今までそうやって生きてきたっ!そして今日という日に、私は貴様に負けたのだ!敗者には死あるのみだ!

 それがっ、私の生きている世界だ!」

 

 「知るか。それはお前の世界だ……私の教育方針にそんな世界などいらん。そんなに死にたいなら海に身を投げたりすればいいだろう」

 

 「なっ……貴様っ……!!」

 

 

 

 

この女は何を言っているだと言わんばかりに、隊長は崩れかかる。

詭弁を言っているかと思いきや、今度は屁理屈を立てるのだから……まるで子供の言い分だ。

 

 

 

 「ふざけるなっ!!おめおめとそのまま帰れるわけがあるかっ?!!調子に乗るのもいい加減にーーーー」

 

 

 

怒りが頂点に達し、隊長は千冬に向かって駆け出した。

牢屋の檻を抜けて、今もなお廊下で平然と佇む千冬の胸ぐらに、伸ばした右手が到達した。

襟首を握りしめて、左手を強く握って作った拳を千冬の顔面に向けて放とうとした、その瞬間……。

 

 

 

 「ぇ…………」

 

 

 

隊長の視界が揺らいだ。

先ほどまで目の前にいた千冬の姿が忽然と消え去り、その代わりに、逆さまになって見えている光景。

体が浮いたような感覚を体中に感じたあと、すぐに強烈な痛みと衝撃が伝わってくる。

 

 

 

 「ガハッ………!!?」

 

 

 

背中に感じる強烈な痛み……。

そして手足や脳が麻痺してくる……超合金製の床に思いっきり叩きつけられたのだろう。

襟首を掴んでいた手も、自然と離れていき、床に落ちる。

 

 

 

 「くっ……!うぅ……」

 

 「全く、シワになったらどうする……このスーツも結構高いんだぞ?」

 

 「な……にを、言って……」

 

 「はぁ……やれやれ……」

 

 

 

痛みは堪えられる……。

しかし、まだ脳や体が痺れているので、まともに立つこともできない。

そんな隊長を尻目に千冬は回り込んできて、隊長に覆いかぶさるようにしゃがみ込むと、今度は千冬が隊長の胸ぐらを掴む。

隊長はいま、ISスーツを着ているため、超薄手のピッタリスーツを掴み上体だけを引き上げる。

 

 

 

 「何故そんなに死にたがる?」

 

 「ぐっ……それは……」

 

 「それは?」

 

 「私の命は国の物だ……そしてその国からの使命を果たせなかった……果たせなかった道具は捨てられる……当然の結果だ……!」

 

 「ならば死ねばいい……そんな下らない事に命をかけるしかないような命ならば、さっさと死ねっ!」

 

 「ぐっ……!だから、最初からそう言ってーーーー」

 

 「そして今度はっ、貴様自身の生き方を見つけてみろっ!」

 

 「っ………?!」

 

 「貴様ここで破れ、ここで死んだ。死んだ人間ならば、後はどうなろうと勝手だ……何もかもを捨て去って、どこへなりとも消えればいい。

 さぁ、どうする?第二の人生を歩むか、それともこのまま永久退場するか……」

 

 「な……なにを……?」

 

 

 

 

何を言っている……?

と言いたそうに隊長は目を見開いた。

あれほどまでに殺気全開で戦っていた相手とは思えないような言葉。

それはまるで、現実を知らない子供の戯言のようにも聞こえる……。

 

 

 

 「私はもう、帰る場所などない」

 

 「ならば自分で見つけろ」

 

 「私には……名前もない」

 

 「ならば新たな名を持って、その名に恥じない生き方をしろ」

 

 「私……には、何もない……」

 

 「ほう?この学園の生徒では、到底相手にできないほどの操縦技術を持っているのにか?」

 

 「私は……」

 

 

 

まっすぐ見つめてくる瞳は、全く動じていない。

ここが死場所にふさわしいと思っていた……ここで死んでも後悔などあろうはずもないと……。

しかし、目の前にいる女は違うと言いたいのだろうか……。

私にはそんな価値はない……任務に失敗し、専用機を持っていかれ、ただの戦闘技術を持った、名無しの人間が一人……ここに残っているだけだ。

そんな自分に……一体なにが……。

 

 

 

 「お前は……私にどうしろと言うんだ……?」

 

 「それは、自分の意思で決めろ……」

 

 「私の……意思……」

 

 「言ったはずだ。私は教師だと……自らの行い、目標を決め、そこに向かう意思を問いただし、その覚悟を決めて進める……生徒たちにしていることと同じ物だ。

 だからこそ、貴様にもそれを問おう……」

 

 

 

 

握っていた襟首を離し、千冬は隊長の上体を立たせた状態で問いかける。

 

 

 

 

 「お前はどうしたい?お前の命は、ここで尽きるには惜しいものだと思う。これまでの任務や人生が、お前の命をかけるに値しない者たちによるものならば、これからはもう違う。

 お前は、自分の意思で行動できる……一人の人間だろう」

 

 「私が……自分の意思で……」

 

 「貴様はもうパーツでも武器でもない……一人の人間として、貴様は生きられる」

 

 「人間……人間としての生き方なんて、私には……」

 

 「分からないか?ならば、これから学んでいけばいい……なんせここは『学校』だからな」

 

 「っ……………!」

 

 

 

この女は、まさか自分をここで雇うつもりなのか?

そんな疑問が頭に浮かび、目を点にしていると、千冬がニヤリと笑いながらその疑問に答えるように言う。

 

 

 

 「ここも何かと面倒ごとが多くてな……教師陣もそれなりにISの操縦技術を持った者たちだが、それだけでは手が回らんことも多い。

 特に、今年の一年は例外的な存在が二人もいる……そいつらに関する厄介事を処理するのだけでも苦労が絶えないんだ」

 

 

 

不適な笑みを浮かべる千冬。

その表情、その姿に、隊長は見惚れてしまった。

 

 

 

(な、なにを考えているっ……!コイツは敵だ……そう敵なんだ!今ここで私の存在が明るみになれば、この学園にもう一度くらいは特殊部隊を派遣できる……)

 

 

 

そうなれば千冬だけでなく、周りにいる生徒や教員たちも犠牲になりかねない。

向こうとして事を穏便に済ませたいはずだから、無理無謀なことはしてこないはずだが、依然としてこの学園が標的になる格好の餌を与えているに過ぎない。

 

 

 

 「私を雇うつもりなのか?そんな事をすれば、事実を隠蔽した容疑、さらにこの学園が攻め込まれるんだぞ?」

 

 「ふむ……そうだな」

 

 「私のISを奪った事についてもそうだろうが、この学園には男の操縦者と、そのIS……さらに、篠ノ之博士が製作したであろう新たな実戦型のISのコアがある……!」

 

 「確かにな……」

 

 「っ……それらの不安定要素を抱えているのに、私まで取り込むつもりかっ?!

 それでは、貴様たちにも被害がーーーー」

 

 「ほう?私たちの心配をしてくれているのか?お優しい事だな……」

 

 「っ〜〜〜!!私は真面目に言っているっ!話を逸らすなっ?!!」

 

 

 

 

適度に話をはぐらかしていく千冬に、隊長は顔を赤くして叫んだ。

自分も知っている最強の称号を持つ女は、まるで子供のような笑顔と、幼稚にも思える屁理屈を交えて話す。

その姿が意外であり、驚きであり、そしてなんとも愛らしいとも思った。

だが、そんな条件で軍を抜けるなんて言えるはずもない……。

自分がここに身を寄せるというのは、それだけ危険な事故に……。

目標としているのは、無人機のコア……そして、あわよくば《白式》のコアの奪取。

それができなかった上に自分の機体も奪われれば、何度も言っているように学園自体が標的になるのは目に見えている。

だからここは、千冬の提案を跳ね除けるのが正解なのだ……それが、正しいはずなのに……。

 

 

 

 

(なんで……私はこの手を取ろうと思っているんだ……?)

 

 

 

 

強く跳ね除ける事を拒んでいる自分がいる。

 

 

 

 

(なんで……私は……?)

 

 

 

 

どうしてなのか、自分でもわからない。

でもこの提案を、自分は望んでいたかの様な心地にもなっている……。いや、正確にはわからないしかし、不思議と不快感がない。

 

 

 

 

 「別に強制はしない。しかし、ここで自決するのだけはやめておけよ?後処理が面倒で仕方ない上に、生徒たちに悪影響がないとも限らん。

 亡霊だの幽霊だのとオカルト方面に持っていった挙句に、こちらの警告を無視してこの辺りを徘徊する奴らも出てくるだろうからな」

 

 「私はもはやこの世に未練など残していない」

 

 「本当に?」

 

 「あぁ……いや、少し違うかな……」

 

 「……………」

 

 「そんな風に考えた事なんて、一度もない。幼い時には訓練の日々で……今の今まで、自分でどうしたのかなんて考えた事なんてなかった………。

 だがら、どうしたらいいのかなんて、私には見当もつかん……」

 

 「なら、ここでそれを見出せばいいだろう」

 

 「……………」

 

 「さっきも言ったが、ここは学校だ。これから先、どんな道に進むのか……どんな未来を歩んでいくのか……それに悩んで、苦しんで、それでも答えを見出して歩き出そうとする若者達の集まりだ。

 それで失敗することもあるだろうが、ここでの経験が、少なくとも若者達の中で役に立てば上々と言ったところか……。

 貴様も、迷っているのならここにいる生徒達と変わらんだろう……」

 

 「っ……………」

 

 

 

 

もう一度、人生をやり直す。

そんなことが可能なのだろうか?

何も知らずに、ただ訓練だけを受けてきて、考えることをしなかった自分が、こんな平和そうな場所に居てもいいのだろうか?

でも、かつては思っていたかもしれない……もしも、自分もみんなのように……学校に行っていたなら……。

もしも、自分の生き方が少しでも違っていたのなら……。

 

 

 

 「私は……」

 

 「迷ったのなら、とりあえず過ごしてみたらいいんじゃないか?途中でドロップアウトしたところで、我々は咎めないさ。

 それも、貴様が決めたことだからな……。

 但し、その時はISは置いていってもらうぞ?」

 

 「随分と勝手だな」

 

 「あぁ、勝手だとも。何せ、私はお前に勝った側の人間だからな。敗者であるお前を好きにできる権利があるんだ……。

 それに私はここの教師でもある……この場のやり方には口を挟まないでもらおうか?」

 

 

 

ニヤっと笑う千冬に、隊長は今度こそ白旗を上げた。

 

 

 

 「完敗だ……。貴方に従おう………《ブリュンヒルデ》」

 

 「その呼び名は好きじゃないんだ。織斑千冬……それが私の名前だ。『織斑』でも『千冬』でも、好きに呼べばいい」

 

 「わかった……従おう」

 

 「それで?お前は何と呼べばいい?この学園にいる以上、名前で呼ばなくてはいけないからな……流石に『女隊長』ではマズイだろう?」

 

 「………ない」

 

 「ん?」

 

 「名前は……ない」

 

 「なに?」

 

 

 

視線を千冬から外し、隊長は表情を曇らせる。

そんな隊長の言葉に、千冬も怪訝そうな表情を見せる。

 

 

 

 「私に名前など無い。あるのはコードネームと、所属していたチームの『隊長』という肩書きだけだ」

 

 「…………はぁ……なるほど。軍の……とくに表沙汰にできない出来事に対して暗躍する部隊にとっては必要な措置か……」

 

 「あぁ、私はそのために育てられ、そして訓練を受けさせられてきた。今の私が本当はどんな人間だったのかなんて、知るわけもないし、知っている者もいない」

 

 「なるほど……」

 

 

 

アメリカ軍特殊部隊『名もなき兵たち』(アンネイムド)

風の噂で聞いたが、戦災孤児や親無し、軽犯罪などを犯した若者達を一同に集めて、特殊訓練を受けさせているとか……。

初めから名前を持たない者もいれば、過酷な訓練を受け続けて、精神的にヤラレてしまった者たちも多いと聞く。

目の前にいる隊長は、おそらく親無しか戦災孤児だったか……。

とりあえず、あまりいい話では無い。

 

 

 

 「しかし、名前がないとこれから先は不便だしな……どうしたものか……」

 

 「貴方が付けてくれ」

 

 「なに?」

 

 

 

突然の提案に、千冬は少し驚いた。

よもやそんな事を言い出すとは思わなかったからだ。

 

 

 

 「私がお前に名付けろと?」

 

 「あぁ……。敗者である私は、勝者である貴方に従うと言っただろう。ならば、私の名前も貴方がつける権利がある……違うかな?」

 

 

 

まるで挑発的な物言いに千冬は多少顔を顰めたが、ため息を一つこぼして、了解した。

 

 

 

 「わかったわかった。しかし、あまり期待するなよ?そういうのは苦手なんだ……」

 

 「まぁ、そこまで真剣に悩むほどのことでは無いと思うがな……」

 

 「何を言う……名前とはその存在を示すものだ。適当に付けられるか……」

 

 「………」

 

 

 

 

存在を示す……。

名もなき兵士として、存在を明かすことができなかった自分が、今度はその存在を証明するために名前を得ようとは……。

そう考えると、少し笑えてきた。

 

 

 

 「ふふっ……はははっ……!」

 

 「ん?」

 

 「いや……すまない。名前は考えておいてくれ……私も私で、対応しなくてはならないことがあるんだ……また後で名前を聞かせてもらう」

 

 「事後処理か?」

 

 「あぁ……失敗しようが成功しようが、報告だけは行くように設定されているんだ……コイツは」

 

 

 

そう言って、隊長は髪の中に手を突っ込むと、黒いヘアピンのようなものを取り出した。

 

 

 「ほう……発信機……だけじゃないか。それには生体情報を逐一受信できる様な機能が組み込まれいるわけか?」

 

 「あぁ……私の心臓の近くにはマイクロチップが埋め込まれている。そこから得ている心臓の鼓動……強いては心拍音をこのヘアピンに転送し、そこから信号を送って私が生きているのか、死んだのかを常に監視している。

 幸い盗聴器などは仕込まれてはいないから、ここでの会話は聞かれてはいない」

 

 「この場で壊す……というわけか。しかし、そんな単純には行かないと?」

 

 「あぁ、我々が自身の手で破壊することはできない様になっている。もしも破壊するとなれば、それは自決用の爆弾になってしまうのでな」

 

 「なるほど……用意周到なわけだ。戦いに敗れても死……生き残ったとしても、復隊できなければ自決せよ……。

 そこら辺は隙がないほどに徹底しているな」

 

 「情報を外に漏らすわけには行かないからな……当然と言えば当然の措置となる。

 なので、これを破壊するための準備がある」

 

 「あぁ、それはこちらで手伝ってやろう。真耶ともう一人……裏工作が得意な面子に心当たりがあるのでな……。

 破壊後の後始末はそちらに任せる……」

 

 「了解した」

 

 

 

 

そこまで理解・納得した上で、隊長は千冬の目の前で膝を折り、頭を下げる。

 

 

 

 「これからは貴方が私の主だ。貴方からのオーダー……恙無くこなして見せよう」

 

 「ふむ……いいだろう。お前の実力、これからこの学園の為……そして、私のために使わせてもらう」

 

 「了解した」

 

 

 

 

後に、女隊長の名前は『カレン・カレリア』となった。

理由として、まず『カレリア』の方は、女隊長が元の国籍や出自を出来るだけ思い出した時に、ロシア連邦に所属している一国家であるカレリア共和国辺りの出である事で、カレリアと名づけ、『カレン』の方は、カレリア共和国は地理的に河川や湖が多いと言うことが分かり、その事から湖や池などで自生する花である『蓮の花』からカレンとした様だ。

最初は千冬も安直過ぎたかと思っていたのだが、本人は意外とその名前を気に入っている様だったので、そのまま名前とした。

こうして、アメリカ軍特殊部隊隊長の女は、晴れて『カレン・カレリア』としての人生を歩む事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ〜〜……報告書がめんどくせぇ〜」

 

 「愚痴ってないで、さっさと手を動かす」

 

 「だってさ……ようやく事件の片付けが終わったのにさぁ〜」

 

 

 

 

 

一方、千冬が地下区画で女隊長……後のカレンと話をつけている時と同じ頃……生徒会室では生徒会長の刀奈、副会長の一夏、会計の虚の三人が作業を行なっている。

といっても、刀奈と一夏は先日の学園のシステムハッキング事件の実行犯と思しき人物に関する報告書や、一夏にはそれに付け加えての倉持技研での整備報告プラス、学園への帰還時に倉持技研の研究所の扉を破壊したことによる報告書を書かされているところだ。

虚はその近くで、二年生達が行う学園行事『修学旅行』の日程調整や会計処理を行なっていた。

 

 

 

 「学園に侵入して来た奴の事なら、昨日散々話したってのに……」

 

 「そうねぇ〜……結局、目的が何だったのかは分からずじまい……学園のシステムに介入されたにしては、荒らされたり改竄された形跡は無かったのよね〜」

 

 「ますます狙いが分からん……」

 

 「まぁ、何事もなくってよかったじゃない?」

 

 「何事もなくは無かったろ?カタナとキリトさんは敵が仕掛けたトラップに引っ掛けられたんだ……。

 文句の一つや二つ、仕返しの一つくらいはバチは当たらんだろう」

 

 「まぁ……うん……そうね」

 

 

 

あの事件から、学園では特に変わった様子などは一切ない。

襲撃してきた新たな無人機……コアデータによれば、機体名が《ゴーレムⅢ》となっていた事。

そして、ISの特徴とも言うべき『絶対防御』を無効化する様なシステムが組み込まれていた事がわかった。

絶対防御の無効化……それは奇しくも、一夏の白式の武装であった《雪片弐型》、千冬の暮桜の唯一の武装である《雪片》と同じバリアー無効化攻撃と同じ効果を持つ物だ。

いわば、対IS戦用に組み込まれたシステム……。

他の国にはこの様なシステムや、システムを組み込んだ武装などは開発されていない。

バリアー無効化……絶対防御を越えての攻撃を可能するのは、後にも先にも《雪片》とその名を冠する《弐型》だけなのだ。

その観点から見ても、今回の襲撃事件の犯人は自ずと知れている。

対応に当たった専用機持ちの面々や、システムクラックに当たっていた電子戦担当の生徒たちも、口にはしないが犯人の目星をつけている。

そのため、関係者である箒を見る目が、少しだけキツいものになっているのは言うまでもない……。

しかし、当の箒だって、そのときはゴーレムⅢの対応のために出撃し、第四世代型の性能を駆使して戦っていた。

そんな姿を前にして、箒に対する罵声などは一切ない。

ただ、身内がいるにも関わらず、新型のISで襲撃してくる姉は一体何を考えているのだろうか……と言った、疑問の念を抱いているのだろう。

 

 

 

 「全く、あの人の考えてる事はいまいち良く分からん……」

 

 「まぁ、天災科学者だしね……」

 

 

 

その襲撃のおかげで、こちらは報告書が倍に増えてしまったのだから……。

刀奈も今回の事件では、カウンターシステムに囚われてしまった被害者だ。

相手の姿を見ている上に、今までにないトラップの為、学園側からはその時の状況や、その時に何を思っていたのか、どんな作用が体に働いていたのか……などなど、未知のシステムトラップの仕組み解明に躍起だった。

刀奈も事情聴取と、体に異変がないかの検査や脳のスキャンを行ったが、異常は見られず、一夏も同様に検査を受けたが、何事もなかった。

 

 

 

(にしても……なぁーんか思い出せないんだよなぁ〜)

 

 

 

体や脳には異常は無かった。

しかし、一夏にはどうしても思い出せないことがあった。

 

 

 

(あの人の名前……なんだったかな?)

 

 

 

現実世界へと帰還してから、何度も思い出そうとしたのだが、まるっきり思い出せない。

ただ単に、誰かと会っていた様な気がする……そして、何かを話していた。

その何かとは、剣術の話……。

そこまでは思い出せた……自分が使っている剣術、SAOの中で培ってきた生きるための術、今の自分を構築している物。

ユニークスキル《抜刀術》……そして、サブスキル《ドラグーンアーツ》。

その《ドラグーンアーツ》は、本来あるべき名前があった。

その名は……。

 

 

 

(《飛天御剣流》……だったか……そこは覚えているんだけどなぁ……何で他の事が思い出せないんだろう?)

 

 

 

《飛天御剣流》という名前は聞いたことがない。

タッグマッチトーナメントの際に、一夏と剣術勝負を行った三年生の先輩、河野時雨にも聞いてみたが、その様な剣術は聞いたことがないと言われた。

その他にも、刀奈、箒にも聞いてみたが知らないと言われた。

結局の所、正式な名前がわかったと言う以外、何も思い出せないでいるのが今の現状だ。

しかし、これが思いの外しっくり来る。

今まで《ドラグーンアーツ》と呼んでいたが、これを《飛天御剣流》と置き換えるだけで、妙に合っている。

こればっかりはスキルを考案し、実装した茅場晶彦に聞かなくてはならない事案だろう。

そんな風に考え込んでいると、ふと、一夏と刀奈の前に現れる人影が……。

 

 

 

 

 「織斑くん、お嬢様も……そろそろ休憩にしませんか?」

 

 「あ……」

 

 「ふぅー、そうね。ここで一息入れましょうか」

 

 

 

布仏虚。

生徒会役員の一人。会計担当で、一夏のクラスメイトである『のほほんさん』こと布仏本音の姉。

整備科に所属しており、三年生内での成績もトップ……首席である。

そんな彼女は、刀奈とは主従関係にある。

刀奈の家、『更識家』の従者としての立場にある『布仏家』。

更識家の当主に代々仕え続けてきた一族であり、17代目楯無を襲名している刀奈の側付きである。

そんな彼女が、一夏と刀奈の前へティーカップを差し出す。

 

 

 

 「ふぅー……いい香りねぇ。虚ちゃんの紅茶は世界一♪」

 

 「飲む前に褒められても、紅茶が可哀想です。ちゃんと召し上がってくださいね?」

 

 「わかってるわよ。それじゃあ、いただきます」

 

 「俺も、いただきます」

 

 「はい、存分にお召し上がりください」

 

 

 

 

ミルクの入った入れ物……ミルクピッチャーと角砂糖の入った瓶が置かれる。

ミルクティーにしても美味いのだが、先程刀奈が言った様に、虚の紅茶は、誰が飲んでも美味しいと唸らせるほどに美味だ。

そんな紅茶を、初めからミルクティーで飲んでしまうのはもったいない。

なので、二人して初めはストレートで一口……。

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 「うーん……やっぱり美味しいわぁ」

 

 「恐れ入ります」

 

 

 

改まった一礼する虚。

やはり彼女の作る紅茶は世界一だと思わされる。

 

 

 

 「虚さんの紅茶、本当に美味しいです」

 

 「ありがとうございます」

 

 「この味、家でも作れないかなって思って、色々と試してみたんですけどね……。流石に、この味は出せなかったですよ」

 

 「うふふ、我が家に伝わる秘伝の技ですから」

 

 「秘伝ですか……。それはたしかに、簡単に真似できる様なものじゃあないですね」

 

 「はい。今後とも、飲みたくなれば私に言っていただけると」

 

 「あっはは」

 

 

 

 

個人の技量の差かと思ったが、よもや一族の秘伝ときたか……。

それはそう簡単に教える事はできないだろうな……。

そんな風に思っていると、唐突に刀奈がティーカップを置き、話題を変えてきた。

 

 

 

 「ふぅー……一息つけた所で、虚ちゃん」

 

 「はい?」

 

 「例の“彼” の件は、どうするのか決めた?」

 

 「……………」

 

 「虚ちゃん?」

 

 「……………」

 

 

 

例の彼……というワードに、虚は笑顔のまま固まってしまった。

例の……というは言わずもがな、虚が想いを寄せている人物の事。

そして、彼……というは何がどうしてそうなったのか、一夏の親友……というか腐れ縁である少年、五反田弾その人のことだ。

以前一夏がIS学園で開かれた学園祭に、ただ一人だけ招待してもいいという条件を出された際に、弾を招いたのだ。

その時、入り口で迷っていたところを虚に見られ、一夏が来るまでの間、少し話をしていたようだ。

接点はそれくらいしかない……弾の話を聞いても、虚の話を聞いても冗談や誇張もなく、ただ数分間話しただけだ。

しかし、本当にどう言う訳か、虚は弾のことが気になっているらしい……。

そして弾は弾で、美人で気立ての良さそうな虚に一目惚れしている。

実のところ、学園祭ではあまり話題に出さなかったが、その後《亡国機業》の襲撃の後に、学園祭後のちょっとした余興……つまりは後夜祭と、その翌日から行われた片付けに明け暮れていた一夏のスマートフォンには、ひっきりなしに弾からのメールや電話が届いたものだったが……。

 

 

 

 「おーい、虚ちゃ〜ん?」

 

 「………お嬢様、今季分の予算案の資料……ここにありますので目を通しておいてください」

 

 「あーうん、わかった、ありがとー……って、そんな事で私が騙されると思っているのかしら?」

 

 「…………お嬢様、今季分の予算案の資料がーーーー」

 

 「いやいやいや、同じ手で来ても流されないからね?」

 

 「お嬢様、修学旅行の自由研修中におけるトラブル発生の予測をまとめてみましたので、確認をーーーー」

 

 「虚ちゃ〜ん?そんな事で誤魔化せるほど、あなたの主人はおバカさんじゃないのだけど?」

 

 「…………お嬢様」

 

 「くどいっ!」

 

 

 

ビシッと虚の頭頂部にチョップをかます刀奈。

といっても軽くツッコミを入れる感じではあるが、当たったのがちょうど正中線上の為、虚も「うっ?!」といって頭を押さえる。

 

 

 

 「何をするんですかっ、お嬢様!」

 

 「虚ちゃんが現実逃避するからでしょう?いっつも真面目で、いっつも規則正しくて、いっても整然としている貴方はどこに行ったのよっ?!」

 

 「そんな私はこの間からどこかへ行ってしまいましたっ!!」

 

 「どっかに行ったんだっ?!!」

 

 

 

まさか逆ツッコミをされるとは思っていなかった為か、刀奈も虚の言葉に仰天する。

多少涙目になっている虚の側へと歩み寄り、虚を生徒会室にあるパイプ椅子に座らせた。

 

 

 

 「もう、いくら彼が気になるからって、思い詰め過ぎるのは良くないわよ?」

 

 「グスッ……そんな事、お嬢様には言われたくありません……っ」

 

 「なっ?!ど、どういう事よ……?!」

 

 「明日奈さんから聞きましたよ?織斑くんに想いを寄せていた時は、見てられないくらい身悶えしてたって!」

 

 「なっ?!」

 

 「え?」

 

 

 

虚の爆弾発言に刀奈だけでなく、対面にいた一夏も驚く。

刀奈は虚の両肩を掴み、満面の笑みで虚を見据える。

 

 

 

 「虚ちゃん?私のことはいいのよ……もう既に終わった事だし。問題なのはあ・な・た、の方なのよ?そこの所オーケー?」

 

 「お嬢様、ポーカーフェイスはお見事ですが、怒気を含んでいるのが丸わかりです」

 

 「うんうん、大丈夫全然怒ってないから。別に私はもうこの人掴んで離さないくらいのところまで来ちゃってるから別にいいのよ。

 さっきも言ったけど、問題なのは貴方よ?どうするの?彼とお付き合いしたいの?それとも友達から?決めるなら早めに決めておいたほうがいいわよ?

 何故なら貴方は今年卒業でしょう?貴方の進路のことを考えると、ここで確実にものにしとかないと中々男と知り合える時間はないのでは?」

 

 「うっ……」

 

 

 

主人の怒涛の攻めに、若干引き気味の従者。

しかし、問題なのはそこだ。

虚は今年来る誕生日で18歳になる。

誕生日は修学旅行の後……11月3日だ。

つまり10月の下旬に修学旅行が入り、それが終了次第すぐに誕生日がやってくると言うことになる。

そして11月ともなればすでに進学か、就職か……どちらにせよ自身のこれから先の事が決まってくる時期でもある。

そのため、そこから恋愛をしている暇はほとんど無いに等しい。

つまり、今が絶好の機会であり、最後のチャンスなのだ。

 

 

 

 

 「私はね、貴方の主人としても、家族としても、貴方に幸せになってもらいたいのよ。

 今までも、多分これからも、いっぱい迷惑かけちゃうと思うから……貴方には悔いのないように女としての幸せも矜持してもらいたいわけ」

 

 「……………お嬢様」

 

 「なに?」

 

 「そんな殊勝な事を言いつつ、実は楽しんでませんか?」

 

 「…………」

 

 

 

虚はジィーっと刀奈の顔色を見つめているが、当の刀奈は明後日の方向を見ながら否定する。

 

 

 

 「そんなわけないじゃない」

 

 「ではもう少しこちらを向いて答えていただいてもよろしいですか?」

 

 「とにかく……ここからが貴方にとっての勝負の瞬間なんだから、気を引き締めていくわよ!

 ちょうど弾くんは体育祭なんでしょ?なら、これを逃す手はないわね!」

 

 「やっぱり楽しんでるじゃないですかっ?!」

 

 「チナツ、弾くんの好きなものは?食べ物とか、あとはプレゼントできるような小物とか集めてるものとか?」

 

 「え?うーん……」

 

 

 

 

刀奈から急に振られて、考え込む一夏。

しかし、急に言われると「弾って、何が好きなんだ?」と一夏でさえもあまり弾の好みを把握できないでいる。

 

 

 

 「うーん……あいつ何が好きたんだっけ?」

 

 「えぇ〜……親友の好きなもの知らないの?」

 

 「うーん……ごめん」

 

 

 

弾との付き合いは、中学の時からになる。

同じ中学で、たまたま同じクラスの隣の席になったのがきっかけで、仲良くなったのだ。

それから一学期はよく連むようになって、何をするにも一緒が多かったため、自然と親友のようになっていた。

元々が真面目な性格故に、弾も弾で曲がったことは嫌いだ。

何もかもがダメだというわけではなく、そう、人として信用に足る人物だと、当時の一夏も思っていた。

それもそのはずだ……ある日、初めて弾の家に行った時、近所にある定食屋であることを知り、そこにいる店主の事も知っていたのだ。

生粋の堅物親父……と言った印象の店主。

弾の祖父にあたる五反田厳さん。

彼の作る定食の美味いこと美味いこと。

それからは、一夏自身の家の事情などをポロリと喋ってしまって、五反田食堂の定食を食べて帰ったらしていて、もはや家族ぐるみの付き合いになってしまった。

そこに小学校からの付き合いである鈴も呼んだりして、三人で……いや、妹の蘭も含めた四人で遊んだりしていた。

 

 

 

 

(そういえば、久しく行ってないなぁ……五反田食堂)

 

 

 

最近行ったのでも、シャルとラウラが編入してくる前だったので、もう数ヶ月は経っているか……。

 

 

 

(久しぶりに弾の所に行ってみるか……体育祭の事も聞いとかなきゃだし、なんなら、鈴も一緒に行けばいいか。

あいつも久しぶりに弾に会いたいだろうしな……うん、そうしよう)

 

 

 

どこかで一度話し合わなければと思ってていたのだが、立て続けに起こった事件のせいで、ろくに考える暇もなかった。

久しぶりに五反田食堂名物の業火野菜炒めも食べたくなってきたし。

 

 

 

 

 「いい、虚ちゃん?ここは年上女子としての威厳の見せ所よ!」

 

 「そうは言いますが、実際に何をしろと?」

 

 「貴方は弾くんとは二つ離れているわ。そして弾は妹はいるけれど姉はいない……そう、そこにこそアドバンテージがあるわ!」

 

 「な、なるほど………」

 

 「年上お姉さんの包容力と優しさ。長男といっても年下なんだからそこを突かない手はないわね。

 この路線で行くわよ……!確実に弾くんを落として、手中に収まるの。いいわね!」

 

 「は、はい……かしこまりました」

 

 

 

 

何やら画策している主従二人。

まぁ、ここは唯一無二の親友の恋路……応援しないといけない。

そう思い、一夏も刀奈の作戦に協力することにしたのだった。

 

 

 

 

 





閑話の章が終了次第、物語は原作9巻辺りの京都編へと移行します。
アニメ二期や原作9巻のストーリーを元にして、色々なキャラとの掛け合いを考えいこうと思います。
しばらくは閑話が続くと思いますが、どうか長い目でお付き合いください。

感想よろしくお願いします^_^



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