デート・ア・グリムロック (三ッ木 鼠)
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プロローグ 地球への道

 雲を優に貫きその先の遙か上空にまで上り詰める青い巨大な光線は、セイバートロン星の付近の宇宙空間に穴を空けていた。

 光線の正体はショックウェーブが作った宇宙空間跳躍装置、通称スペースブリッジの光である。長きに渡るセイバートロン星の戦争でトランスフォーマー達のエネルギーは枯渇する一方であり、戦いが終結する気配すらなかった。

 そこでディセプティコンを率いる破壊大帝メガトロンは他の惑星への進出を決め、目的地へ瞬時に移動が可能なスペースブリッジは早急な進軍が可能であった。スペースブリッジを支えるタワー、それを四人のトランスフォーマー等が見つめていた。

「グリムロック、見ろよあの光。それに凄まじいエネルギーだぞ」

 四人の一人、スワープは妙に気楽な口調で言った。ちょうど四人がいるのはショックウェーブのラボを抜けた先にある観察用デッキだ。

「ショック……ウェーブ……! 何を、考えている」

 やや片言で喋り方が覚束ないグリムロックは唸るように呟き、そびえ立つスペースブリッジのタワーを凶暴な目で睨んでいた。

「グリムロック、ディセプティコンは空間に別の宇宙へのワープゲートを開けるつもりだ。早く止めないと取り返しがつかなくなるぞ」

 観測デッキのコンピューターを操作してタワーのエネルギー反応をチェックしているスラッグは険しい声色で伝えた。

「オプティマスに連絡しよう」

「ダメだ……オプティマス、弱い。俺達でなんとかするんだ」

「けどよ、どうすんだよグリムロック! 俺達だけでなんとか出来るのかよう!」

 慌てた様子のスワープを無視してグリムロックは再度スペースブリッジのタワーを見た。そして振り返り、グリムロックに注目する仲間を見回す。スナールは負傷しておりダメージが酷い、回復に向かっているとは言え戦闘など出来る状態ではなかった。

「お前達――」

『グリムロック、聞こえるか? お前なのかグリムロック?」

 部下に何か司令を出そうとした時だ。通信機の先からオプティマスの声と共に立体映像となって観測デッキの中央へ出現した。

「オプティマス……」

「グリムロック電波の状態が悪い。話すなら早く話せ!」

「わかった。オプティマス。ショックウェーブ、別の世界にスペースブリッジを開いてる」

『何だと? それよりも生きていたんだな、よかった。ひとまず君達は基地に戻れ、協力してこれに対抗しよう。メガトロンの進軍を他の世界にまで広げる訳にはいかない!』

「同感だ……だが、協力するのは嫌だ。お前、弱い、俺達のリーダーに弱い奴、いらない。スペースブリッジは俺が破壊する」

『ま、待てグリムロッ――』

 オプティマスが止めようとしたその直後に通信は途絶えてしまった。同時にスペースブリッジが更なるエネルギーを放出、観測デッキの巨大な窓にクモの巣状にひび割れが発生してやがて割れた。デッキの中にとてつもない風が舞い込み、内部の機材や設置物を削り取るように持って行ってしまう。

「……!? スラッグ、スワープ! スナールを連れて、逃げろ! 俺は緊急シャッターを下ろす」

 指示を下してグリムロックは荒れ狂う突風の中をゆっくりと進み、緊急用シャッターのレバーに手をかけたる。しかし、あまりの風圧にグリムロックの巨体ですら軽々と持ち上げられレバーを下ろす前にデッキの外へと飛ばされてしまった。

 宙を舞うグリムロックの体は他にも舞い上がるガラクタと大差のない物に見えた。グリムロックの真下には酸の海と無数のインセクトロンが待っている。散々、風に乗って高く遠くへ飛ばされると遂に浮力を失い、そのまま落下を始めた。

 飛ぶ力を持たないグリムロックに落下から抗う術は存在しない。それでも当人の頭の中にはスペースブリッジの破壊だけが第一の目標として浮かんでいた。

 ひとまずどこかへ掴まるべく右腕をかざすと内蔵された柄が現れ、細かく折り畳まれた刃が広げられて剣を形作る。壁に突き刺して助かろう算段だったが、その必要はなくなった。

 グリムロックが崖に剣を刺そうとした瞬間にグリムロックの体は再び宙へ飛び立ったのだ。

「スワープ!」

 反射的に上を見たグリムロックは驚愕した。ビーストモードつまり機械のプテラノドンに変形したスワープがグリムロックを見事にキャッチしていたからだ。

「頭、おかしくなったか、命令聞け」

「水くさい事言うなよグリムロック、俺達みんなでチームじゃん! そういやボディーも一新したしライトニング・ストライク・コーリション・フォースって名前も変えちまおうぜ!」

「黙って飛べ」

 グリムロックを支えていると言うのに速度は殆ど減速しないスワープの恐るべき出力で徐々にスペースブリッジのタワーへと近づいて行く。

「なあ、やっぱり名前変えようぜ。ライトニング・ストライク・コーリション・フォースって十回言ってみ? 俺は言えないね」

「ショックウェーブと……インセクトロンは俺達、何て呼んでいた?」

「あ? えーっとダイノ……。ダイノボッ……ト? だったかな」

「ダイノボット……」

「それにしようよグリムロック! あの名前より断然覚えやすいしさ! おっと……」

 不意に下から警備のディセプティコン兵士の弾丸が飛来してもスワープは右へ左へ器用に体を傾けながら攻撃を回避していく。崖の上から狙って来るディセプティコンにスワープはロケット弾を見舞う。

 他のトランスフォーマーとは一線を画す火力を誇るダイノボットのロケット弾は重爆撃機編隊の猛爆に比肩する。崖の上に並ぶディセプティコンをスワープは楽々と粉砕して行った。

「タワーに突っ込んでショックウェーブをぶっ殺したら通信をくれ、また拾いに行くか――」

 スワープの言葉を遮り、スペースブリッジのタワーから再び膨大なエネルギーが宇宙へ放出された。エネルギーの波動が周辺に広がり、作りの弱い建造物や岩肌が崩れ落ちた。

 余波に呑まれたスワープ、グリムロックは空中で嵐のような風圧に晒された。

「またスペースブリッジの波動かよ、グリムロック悪い!」

 風圧に耐えきれず、グリムロックが足から離れてしまうが幸いにも落下した場所が目的地であるタワーの頂上であった。着地に失敗して背中から落ちたグリムロックは下敷きにしたディセプティコンを無視して立ち上がる。

 内蔵された巨大な剣を形成し、刃に高熱を宿すとグリムロックは光の塔を睨んで憤怒にまみれた声で呟く。

「ショックウェーブ……今、行くぞ」

 グリムロックの進行を阻止せんとディセプティコン兵士が立ちはだかるが皆、敵ではない。トランスフォーマーの合体兵士程ではないにしてもグリムロックは平均的なトランスフォーマーから見てもかなり大型だ。

 剣を振り下ろすとディセプティコンは容易く切り裂かれ、剣を叩きつけた衝撃で地面は割れ、脈打つかのように震えた。

 グリムロックが剣を薙ぐ所に断末魔が相次いだ。兵士を握りつぶし、踏み砕き、両断し、大挙して押し寄せるディセプティコンを相手にグリムロックは盛大に暴れまわった。

 兵士の攻撃を跳ね返しながらグリムロックは遂に光の塔の麓に到着した。そこにはスペースブリッジの管理をするショックウェーブの後ろ姿が見えた。己をダイノボットの皆を改造した張本人を目の前にグリムロックはゆっくりと歩み寄る。

「殺す……!」

 グリムロックが剣を持ち上げた時だ。

 突如、エネルゴンのチェーンがグリムロックの右腕に絡みついたと同時に左腕にもチェーンが絡みつき、グリムロックの体は強制的に転倒、身動きが取れない体となった。

「この私が君のような怪物を造った時に何の罠も制御も仕掛けていなかったと思ったのかね? 君はそこで見ていたまえ」

 単眼のマッドサイエンティスト、ショックウェーブはグリムロックの事など無視して通信先のメガトロンと会話していた。

「メガトロン様、スペースブリッジの準備は完了です後はネメシスを発進させていただければ……」

『よくやった、ショックウェーブ。ネメシスの発進の準備は直に整う。そこで儂が留守の間、セイバートロン星の防衛はお前に預けるぞ』

「了解しましたメガトロン様」

「殺してやる……」

 ショックウェーブの背後にはグリムロックがエネルゴンチェーンを引きちぎろうと暴れている。ショックウェーブの計算ではグリムロックのパワーでは引きちぎる事は不可能であろうとなっていた。

 しかし――。

「グゥゥ……! グリムロック、トランスフォーム!」

 エネルゴンチェーンをちぎりながらグリムロックは変形する。全身がパズルのように動き、複雑な変形プロセスを経て人の姿から機械のティラノサウルスへと変移した、鋭利な歯がズラリと並んだ強靱な顎を大きく開けて力強く雄叫びをあげた。

「――! ありえない……私の計算外だ」

 グリムロックは大きな口を開けながら迫り、ショックウェーブは僅かに後ずさりする。

 怒りに駆られながらショックウェーブの左腕を食いちぎり、そのまま飲み込むとグリムロックは体を捻って遠心力を乗せた尻尾でショックウェーブをスペースブリッジの制御装置ごと叩き飛ばした。

 制御不能となったスペースブリッジはやがて倒壊を始める。

 危機を察知して逃げようと走り出すがもう遅い、スペースブリッジは爆発と共にエネルゴンを撃ち出した後に崩れ去った。

 後にオートボットを乗せたアークとディセプティコンを乗せたネメシスがゲートが閉じる前に飛び込む事に成功する。

 そして、グリムロックの詳細はオートボットは愚かダイノボット達も知らない。

 

 

 

 

 

 五河士道は人生を無駄遣いしていると結論付けていた。士道の過去の記憶は極めてあやふやで小学校や幼稚園、それ以前の記憶がすっぽりと抜けている。

 士道が幼少期の事でかすかに覚えているのは白く巨大な光の球体が残っているだけでそれが何を示すかなど士道は、考えた事も無かったので記憶の片隅へ追いやっていた。

「おにーちゃん、おはよー!」

 明るく元気に漲る声が部屋の外からしたかと思うと、荒っぽくドアが開けられ声の主は士道の腹へと飛び乗って来た。

「ぐふっ……!?」

「あはは、おにーちゃん、グフだってさ陸戦用だね!」

「こ、琴里……腹に飛び乗るのだけは勘弁してくれ、腹の内容物が出る」

 青い顔をしながら布団から顔を出すと士道の視界には嫌でも琴里の純白の下着が入って来る。日常的に拝見するようになった士道は特に「隠せ!」とも言わない。

「琴里、とりあえず早くどいてくれ」

「うん、わかったぞおにーちゃん」

 琴里は足に力を入れて士道の腹を踏み台にしてそこからどいた。

「あぁ……腹いてぇ」

「おにーちゃん、早く! 早く! 朝ご飯早く! あたしお腹減ったぁー!」

「はいはい、すぐ作るよ」

 琴里に手を引かれて一階に降りると琴里は椅子に着いてナイフとフォークを握ってそれをカチカチと鳴らして朝食を催促する。

「行儀が悪いぞ琴里」

 家事担当の士道はフライパンに火を通してながらベーコンと卵を冷蔵庫から出す。

「おにーちゃん、朝ご飯何?」

「ベーコンエッグだ」

「えぇ~あたしハンバーグが良い!」

「朝から大層な注文だなあ、おい。朝から作るの面倒だろ」

「ハンバーグ良いの! ハンバーグ!」

「なんなら昼にでも食べに行くか?」

「さんせー! じゃあ昼はファミレスでハンバーグだね!」

「よーし、わかっ――ッ!?」

 その時である。

 士道の頭に頭痛が走り、瞳孔が広がると共に一瞬だけ髪が逆立った。

 頭を抑えながらふらつく士道に琴里は心底心配した声を挙げた。

「おにーちゃん!? 大丈夫?」

「う、うん大丈夫」

「あたしがお腹に飛び乗ったからかな?」

「違う違う、心配するなよ」

 士道には記憶が抜けているという点以外にもう一つ人とは違う所がある。士道に強い頭痛が起きた後は大抵嫌な事が起こる。

 頭痛を無視して士道は朝食を作り上げると皿に盛り付けてテーブルに持って来た。

「いっただきまーす!」

「いただきます」

 焼いた食パンにバターを塗りながら士道はリモコンのスイッチを押してテレビをつけた。テレビではちょうど朝のニュースがやっていた。

「ありゃりゃ……また空間震だって怖いね」「ついさっき起こったのか」

「そうみたい」

 発生原因不明、超常的天災である空間震は発生と同時に辺り一体の物を破壊するだけ破壊して消え去って行くという極めて厄介な災害だ。

「おにーちゃん、食欲ないの?」

 テレビを凝視していた士道はハッと我に帰る。琴里はフォークをくわえながら心配そうに士道の顔を見つめていた。

「大丈夫大丈夫、へーきだよ」

 士道はそう言って料理にがっつくように食べて朝食を平らげる。

 二人分の食器を水に浸けてから士道は鞄の中身を確認してから玄関で待っている琴里の方へ向かった。

「待たせたな琴里」

「うん、早く行こおにーちゃん」

 士道と琴里は家を出てからしばらくは通学路は同じだ。何回か信号を渡り少し歩道を歩いていると大きな交差点の一角に構えるファミレスが見えた。「昼間はあのファミレスで良いか?」

「いいよ、ハンバーグが食べれたらどこでもいいよ」

「ハハッ、じゃあ俺はあっちだから。車には気をつけろよ琴里」

「うん、わかった。あー!」

 元気よく分かれようとした時だ琴里は慌てた声を挙げる。

「どうした?」

「チュッパチャプスがない! あれがないとあたし三分しか動けないの」

「ウルトラマンみたいだな」

「家まで取って来る!」

「おい、学校はどうすんだ」

「大丈夫だよ、全力で走ったら間に合うからー!」

 苦笑いしながら士道は琴里に手を振って学校に向いて歩き出した。ボーっとしながら歩道を道なりに歩いていれば士道の通う高校が見えて来る。今年のクラスは一体どうなるのだろうかなどと士道は考えながら校門に片足を踏み込もうとしたこの時、士道の頭に今朝の強烈な頭痛に襲われた。

 強い吐き気と髪が逆立ち、脳裏に妙な少女の顔が映った。

「――!? ハァ……何なんだよ今の」

 ようやく頭痛が終わったかと思うと次に来たのは町全体に響き渡る警報音だ。空間震の発生の際に町には空間震警報が鳴り、住民はすぐに近くのシェルターに避難するものだ。

「空間震……!? まずい早く逃げないと。そういや琴里の奴、ちゃんと逃げてんだろうな」

 独りごちながら士道はケータイのGPSで琴里の居場所を調べる。本来ならば空間震警報が鳴ればシェルター逃げている筈だが士道はどこか胸騒ぎがしてならないのだ。

 GPSに琴里の居場所がようやく出て来た時、士道は青ざめた。琴里の反応がなんと士道の自宅から出ているのだ。

「あのバカ!」

 士道は即座に通学路を引き返して自宅へと向かう。常に耳に入って来る空間震警報が背筋に張り付くような恐怖感を煽り、額や首筋には夏場以上にぐっしょりと汗をかいていた。

 琴里は怖くて家で泣いていると思うと士道の足は徐々に速くなっていく。

 

 だが、警報が途端にピタリと停止して町に水をまいたような静けさが包み込む。

 轟音に次いで爆風が士道が立つ遥か北側で発生した。己の理解を超えた現象に士道は思わず膝を付き、未体験の風圧が家屋を瓦礫を大地を削り取って行った。

 ドーム状に広がる空間震は士道の自宅や近所のスーパーなども容赦なく呑み込んで行くのだ。

 やがて空間震が収まり、士道は強風に晒されただけに留まった。怪我と言えば少し肘を擦りむいたくらいで町の被害と比べればかなり軽傷だ。

 覚束ない足取りで士道は曲がり角を曲がるといつもなら活気づいた大通りがある筈だ。だが、空間震が起きた場所には大通りも町も無くただただ広い瓦礫の平原と化していた。

 瓦礫の平原の先には少女がいた。

 士道は一瞬目を疑ったが、間違いなく少女である。肩当てや篭手、鋼鉄のブーツにドレスのようなひらひらとした装飾がされた服装をしている。

 藍色の髪は驚く程に長く、リボンで束ねられている。目はぱっちりと大きく、鼻筋は綺麗に通っており全身程よく肉付き、スタイルや顔立ちどれを見ても端麗だ。

 惑う事なく美少女と断言出来る少女と士道、この両名の出会いは世界を数奇な物へと変えて行く。



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1話 十香×ロストエイジ

 天宮市の自衛隊AST部隊の基地のとある地下室はいつにも増して静まり返っていた。ASTの地下室は解剖や研究などにも使用される。地下室はかなり大きめに作られてはいるものの、元来の使用用途は解剖と研究な為、あまりに巨大な物が入れば窮屈を覚える程だ。

 地下室は定期的に機材のカチャンと言った音がするだけである。研究員と思しき人物が取り囲っている物には大きなシーツが被せられ、シーツは輪郭に沿うようテントを張っていた。

 静かな地下室の外からはガヤガヤと騒がしい足音と声が聞こえて来た。少しすると地下室のドアが開き中へ数人のAST隊員が入って来た。

 隊長、日下部遼子とAST隊員のエース鳶一折紙と以下数名の隊員だ。

「これが天宮市の外れに落ちていたの?」

 遼子が怪訝な表情で聞くと研究員の一人が解説を始めると同時にシーツを取り払った。

「説明させてもらいます」

 シーツが払われ、台の上に乗っている物が露わになりその場にいた隊員の殆どが目を疑った。

 鋼鉄よりも強固な金属の肉体を持ち、且つ巨大な人型に息を呑んだ。体の各所に少し焦げた後を残す、眠った状態となったグリムロックはあのスペースブリッジの爆発の際に地球へと移動していたのだ。両手と両足は念のために分厚い鉄板とエレベーター用のワイヤーロープで縛り付けられている。

「まずはこの機械、金属部分を解析した所、極めて頑丈でこの基地にある道具では削る事が出来ませんでした。更に詳しく調べましたが、この金属が地球には存在しない事もわかりました」

「つまりこれは何? 精霊か何かなの?」

「違います。精霊ならば魔術師ウィザードの使う兵装で傷付ける事が可能ですが、この機械はそれでさえビクともしませんでした。精霊の住まう隣界の兵器か、未来から来たか、宇宙人か……」

 遼子はどれも否定出来なかった。

 精霊という非現実的な存在が現れてそれらと戦っているのだ。宇宙人も未来人も非現実的だが、変な仮説よりもそう言われた方がしっくり来る物があった。

 白髪の美少女、鳶一折紙は凍りついたように変化の無い表情のままグリムロックの体にそっと触れた。

「それで、この兵器は使えるの?」

「本日中にはもっと大型の機材が届くのでその際に頭を開いてみれば……」

「これで精霊は殺せるの?」

「答えかねます」

「そう……」

 再びシーツをかけようと研究員が床に落ちたシーツを手にした時だった。台の上で横たわる巨人のバイザーが赤く光った。

 同時に体に体の各所がピカピカと赤いランプが鈍く点滅するとビクンと、体が弓なりに跳ね上がった。頭を台にぶつけたが気にせずグリムロックの体は痙攣したように震え続けた。眠りこけていたスパークが何かに触発されて目を覚ましたのだ。容易く拘束具を引き千切り、苦痛と怒りに溢れ返った咆哮を上げる。

 ダイノボットの抑え切れない獰猛な本能と常識外れの怪力が働き、特殊加工されたAST駐屯地の地下室の天井に穴を開けた。

「殺してやる! ショックウェーブ!」

 殺意の篭ったグリムロックの声が室内に反響する。それよりも部屋にいた隊員や研究員が驚いたのはグリムロックが人語を話した事である。

「何アイツ喋れんの!?」

「ここは危険、今すぐ退避すべき」

「言われなくても! 総員退避しなさい!」

 その場にいたAST隊員が地下室から離れるとグリムロックは腕から鋭利で巨大なブレードを突出させ天井を切り裂き、壁やドアを簡単に切断していった。

 

 

 

「つーかアイツ寝てんじゃないの!」

「隊長、CR-ユニットで殲滅を提案する」

 地下室を抜けた燎子と折紙等は走りながら暴れだしたグリムロックの破壊について考えていた。

「それがいいわね、得体の知れない奴だしそれにあんだけ暴れられたら基地が保たないわ」

 既にワイヤリングスーツは着た状態、後はCR-ユニットを展開すれば戦闘準備は完了だ。燎子は通信機を耳に当てると基地の司令室に連絡を取った。

「司令室、応答願います」

『日下部三尉か!? すぐに出動しろ、天宮市中央区で空間震が観測された』

「く、空間震ですか!」

 後ろには暴れたグリムロック、次には空間震と精霊、今日は厄日だと燎子は内心叫びたくなった。

「司令、昨夜に確保した例の機械兵器が暴れだしています」

『それは我々が対処する、ASTは直ぐに現場に急行しろ。これは命令だ!』

 上官の命令が通信機から漏れる程に強く響き、折紙にもそれは聞こえていた。

「さっきの機械はここで対処するってさ、あたし達は普段通り精霊の抹殺よ」

「了解」

 折紙の静かな声と隊員等の気合いの入った返事が折り重なった。地下室へ通ずる廊下を出て、CR-ユニットを展開する最中だ、燎子と折紙が目にしたのは地盤を砕いて這い上がるグリムロックの姿だ。

「嘘でしょ……地表まで何メートルあると思ってんの」

「今はあれに気を取られてはいけない。私達は精霊を殺す事に集中すべき」

「ええ……」

 AST隊員がCR-ユニットを装着、出動した後に基地に配備された兵器がグリムロックに襲いかかった。

 十メートルはある鋼鉄の巨人に対して横隊を組んだ戦車の一斉砲撃が見舞われた。人類の常識ならば精霊以外ならこれで破壊出来たと、勘違いするだろう。黒煙の中からはグリムロックが何気ない表情で現れた。

 顔には先ほどの怒りはいつの間にか消え去り、困惑の色が伺えた。グリムロックの記憶では戦車の姿を見てコンバットロンのブロウルや血気盛んなワーパスを思い出したかもしれないが、目の前にあるのはただの戦車だ。

 砲弾を受けながらグリムロックは記憶を辿ってみたが、ショックウェーブを尻尾で跳ね飛ばしてスペースブリッジが崩れる所までしか思い出せない。

 

 考えても仕方がない。グリムロックの知能はショックウェーブの改造によって知性などの力は全て戦闘力に回されてしまっているのだ、本来ならば会話さえ出来ない筈だ。

 戦車に加えて武装ヘリの攻撃も合わさったが、グリムロックの周囲に張られたシールドがそれらを皆打ち消して行く。攻撃ばかりされていても面白くない、そう思うとグリムロックは手近にあった戦車を持ち上げると砲塔と車体の二つに引きちぎって地面に落とす。

「何だ、コイツ等、何で攻撃する」

 未知の惑星で未知の存在からの攻撃、グリムロックはこれらの要素から出来るだけ穏和な解決法を導き出した。

 それは敵勢力の無力化だ。

 目的が決まれば行動は早い。ライトニング・ストライク・コーリション・フォース、改めてダイノボットの得意分野の戦いと破壊工作だ。

 

 付け加えて言うがあくまで無力化であり殲滅ではない。

 

 ソードを形成してまずは挨拶代わりに一振り、すると戦車は綺麗な切断面を見せて真っ二つとなった。グリムロックは少し驚いた。

 あまりの脆さに。

 次に戦車を持ち上げるとハッチをこじ開けて搭乗する兵隊をボトボトと払い落としてからグリムロックは頭突きで破壊して見せた。

「俺、強い、わかったか!」

 この様子を見る天宮市駐屯基地の陸将の桐谷公蔵は眉をひそめていた。グリムロックの予想外の強さになす術が無く困り果てていた。いつもは燎子等の精霊抹殺の失敗をいびるが、もしグリムロックを止める事が出来なければ普段の恨みも込めて十倍返しを食らうであろう。

「う~ん、この兵器は言葉が通じるのか……かなり拙いが会話が出来るならば手土産でも持って大人しくしてもらうか」

 公蔵はすぐに軍に攻撃の中止を命じて警戒態勢だけ取らせた。ASTがいない今、どれだけ足掻いても結果は見えている。公蔵は燎子に笑われない為だけに行動を開始した。

 

 突如、攻撃が止んで部隊が後退を始めるとグリムロックはより警戒心を高めた。高火力兵器を投入し、味方を巻き込まないように後退させているのかとグリムロックは推測した。

 盾を展開して攻撃に備えるグリムロックに一台のハンヴィーが近付いて来るのが分かる。機関銃くらいは装備してあるが、それでなんとかなるなど思っていない。ハンヴィーには二名の兵士と公蔵が乗っていた。

「ごきげんよう、私の言葉が分かるかね?」

「何だ、お前」

「私は桐谷公蔵、ここの司令官をしている」

 僅かな知能でも司令官という物の価値は分かっている。尤もセイバートロン星と地球では司令官という役職の重みがかなり異なっては来る。

「俺、グリムロック。ダイノボットのリーダー」

「グリムロック? それが君の名前だね? ダイノボットと言うのは君のメーカーか何かかな?」

 グリムロックは両手を地面に着いて大きな顔を公蔵に近付いて来た。恐ろしく威圧感のある姿に公蔵の隣にいた兵士が銃を構えた。

「銃を下ろせ……」

 公蔵は手で制して銃を下ろさせた。

「ここ、どこだ、お前達何だ……?」

「ここは天宮駐屯基地だ。私は軍人だ、分かるね? 軍人だ」

 公蔵は次にこの怪物が何を聞いて来るかを考えていた。得体の知れない金属の巨人と会話、報告書の文面がずいぶんとSF小説チックになりそうだ。

「うぅぅッ……考え、まとまらない、何かが、いる」

「何か? 何かとは何だね?」

 グリムロックは公蔵から顔を離すと頭を押さえながら絶叫し、格納庫の壁を力任せに殴りつけて壁を削り取った。そして立ち上がるとグリムロックは戦車を跳ね飛ばしながら基地の外へと走り去った。

「まずいな……あれが町に出たらシャレにならん」

 公蔵は通信機を取り、現場に急行する燎子に命令を付け加えた。

 

 

 

 

 士道の前にいる少女の表情は寂しさと怒りの混ざり合った物である。士道は少女の美しさに呆気に取られて言葉を忘れていた。

 夢から覚めたか如く我に返った士道を少女は敵意の眼差しで見ていた。

「お前も……私を殺しに来たのか?」

「へ……?」

 地面に突き刺さった大剣を軽々と引き抜き少女は威嚇のつもりで剣を振り落とした。切っ先の直線に風圧の刃が走り抜け、士道に吸い込まれるように向かっていく。士道は反射的に手で顔を覆ったその刹那、閃光が周囲を支配すると同時に少女の斬撃は光に弾かれて綺麗に霧散した。

 

「何!? 貴様、私の攻撃を……いったい何者だ。大方私の命を狙っているメカメカ団だろう!」

「ち、違う俺は殺そうなんて……!」

 確かに士道に迫っていた攻撃は士道を目前にして消えてなくなった。士道には何が起こったのかさっぱり分からないが一命を取り留めたのは確かであった。

「見え透いた嘘を吐くな!」

 瞳に殺気がこもり少女は剣を再度振り上げたと同時に数発のミサイルと銃弾の雨が少女に降り注いだ。

 士道がミサイルの煙を追って放たれた方向を見ると空には見たこともない装備で固められた女性の一団が滞空している。

「こんな物……」

 黒煙を振り払って少女は呆れた様子で次なる攻撃を鏖殺公(サンダルフォン)で振り払う。

「性懲りもなく私の命を狙うか……」

 空中には奇妙な兵士、目の前には規格外な能力の少女、士道の頭の中はパニック状態だ。

 そんな時だ、兵士の中から一人の少女が飛び出した。鳶一折紙である、射撃武装を投げ捨てて折紙は刃の無い柄を取り出したかと思うと柄から光刃が伸びて少女の鏖殺公と激しくぶつかり、拮抗する。

 状況が理解出来ない士道はとにかくその場から退散する。命が大切だし、不意に頭によぎった琴里の顔が士道の本来の目的を思い出させてくれた。

 

 一方、剣と剣で繋がった少女と折紙は一歩も退こうとしない。

「何故、私を狙う? 何故、私が死なねばならない!?」

「あなたが精霊、私がASTだから」

「意味がわからん!」

 少女の剣に霊力の渦が巻き付くと折紙の剣を押しのけて光波を叩き出した。寸での所でスラスターを噴射して上空へと逃げた折紙は光波を受けずに済んだ。

「無茶し過ぎよ、折紙」

 捨て身な行動を案ずる燎子は折紙を注意した。

「気をつける、でも銃弾やミサイルでは効果が薄い。近接戦闘も危険」

「どうしたもんかしらね……」

「隊長、南から未確認反応があります!」

 隊員の一人が叫ぶ。

「未確認反応? まさか精霊じゃないでしょうね?」

「わかりません、霊力反応がないので精霊ではないと思いますが……」

 随意領域(テリトリー)が展開されて視界が通常の何倍も透き通った状態の燎子は南方を肉眼で確認してみた。

 土煙を上げて重量感のある足取りで走って来る存在、燎子がそれが何かわかった時、愕然とした。

 未確認反応、それはグリムロックだ。

「くっそ、あの役立たず司令官め! な~にがこちらで対処するよ。全っ然出来てないじゃない!」

「どうしたの?」

「こっちに向かってるのはあの鉄人よ鉄人!」

「破壊する?」

「あ~! こっちは“プリンセス”で一杯一杯なのに!」

 精霊かトランスフォーマーかどちらを対処すべきか考えているASTを“プリンセス”と称された少女は眉をひそめながら睨んでいた。

 詳しい事はわからないが、ASTに混乱が生まれているのは把握出来た。邪魔な連中を一網打尽にするにはまたとないチャンス、“プリンセス”は大剣を振り上げて霊力の刃を放つ。

 真っ直ぐに空中のAST部隊に放射された斬撃だったが、斬撃の行き先はASTではなく黒い大きな腕にぶつかった。

 “プリンセス”の精霊の一太刀を受けて無事でいられる兵器は地球に数えるほども無いだろう。グリムロックの周囲を包んでいた膜のようなシールドは“プリンセス”の攻撃で少し削がれたが、直に再生する。

「グルルルゥゥ……!」

 グリムロックは喉を唸らせて“プリンセス”を睨み付けると腕からソードを突出させ有無を言わさず斬りかかった。

 ダイノボットの強力無比な一撃が大地に蜘蛛の巣状に亀裂を入れると次の瞬間には地盤が砕けた。

「お前も……私を殺すのだな」

「お前、匂う、グリムロック鼻とても良い」

「何が匂うと言うのだ!」

「お前から……ダークエネルゴンの匂い、する」

「だ、ダーク……何だって?」

 聞き慣れない単語に“プリンセス”は目を丸くした。グリムロックはソードを横薙に振り回し、少女の軽い体はガードした先から崩された。身を宙へと投げ出された所でグリムロックが追い討ちをかけようと踏み込むと、少女は消失(ロスト)した。

 グリムロックのソードは何もない空間を切り払うばかりであった。

 さて、精霊は隣界へ消えてASTの悩みの種がグリムロック一人になった。攻撃を加えるには絶好の機会であるが、グリムロックも瓦礫の平原から市街地へ入り込み、巧妙な動きでなんとかASTを撒く事に成功した。精霊もグリムロックも討ち損じたASTは仕方なく帰投していった。

 

 

 

 さっきまで人生で最も危険で濃厚な体験をしていた士道は先ほどの体験が頭の中でずっとこびりついている。それ以上に士道の頭には悲哀に満たされた少女の顔が気になって離れなかった。

 同時にいくら探しても返事さえ返って来ない琴里に士道は嫌な予想を掻き立てる。自宅のあった場所は空間震で消し飛び、琴里の居場所を最後に確認したのは自宅の前であった。

「琴里……」

 士道が大切な妹の名前を呟くと士道の視界がやけに歪み出す。

 いつもの現象か? 違う、ひとしきり士道の視界が歪むとやがて眩い閃光に満たされ、体が一瞬だけとてつもなく軽くなった。

 士道が眩しさに目を被っていた腕をどけて目に映ったのは全体が金属に包まれた部屋、それもただの部屋ではない。すぐに辺りを見渡せばSF映画の宇宙船のような巨大スクリーンと中央には艦長席と思しき椅子がある。

「へあ?」

「何素っ頓狂な声出してるのよみっともない」

 ウィーン、と重厚な自動ドアが横に開くとそこには琴里がいた。肩にはマントのように赤い制服を羽織り、口には大好物のチュッパチャプスがくわえられている。

 少し違うのは普段の甘えたな声色と髪をくくっているリボンが白から黒へ変わっている点だ。

「琴里なのか……?」

「当たり前でしょ、あんたは可愛い妹の顔まで忘れたわけ?」

「良かった、生きてて……」

「勝手に殺さないでよ」

 士道は琴里へ走り寄り、肩や腕を触り怪我が無いか確認した。

「怪我はないか? どこも擦りむいてないな? 一人で泣いてないか?」

「子供扱いしないでよ、士道。あたしは大丈夫だから」

 冷静な態度で琴里は髪をかき上げると艦長席に腰掛けて足を組んだ。

「ん……? そういや琴里、ここはどこ?」

「フラクシナスの中よ。あたし達“ラタトスク機関”は精霊を武力で殲滅するんじゃなくて愛を以て接する事をスローガンにしているの。とりあえずあんたには今から精霊との交渉役と封印役をお願いするわ。万が一の事を想定するけど士道はどこか生命保険に入ってたかしら?」

 士道は目が点になっている。

「まあ、良い保険屋さんに入れとくわ。今から説明するけど空間震ってのは精霊がこの世界に現れたら自動的に発生するスーパー災害、その精霊を倒すのが陸自のAST部隊よ。ここまでで質問あるかしら?」

「うん、全然理解出来ん」

 琴里は頭を抱えてため息を吐いた。

「一度お猿さんからやり直せば?」

「分かる訳ないだろ! つーかここは何? あの超人誰!? 空のメカメカ団何!?」

「神無月」

「はっ!」

 琴里がパチンと指を鳴らすと背中に忠犬と書かれた金髪のロングヘアーの中性的な顔立ちの男性が機械を操作した。

「見なさい士道」

 琴里が指差した巨大スクリーンにはあの寂しげな少女の姿が映し出されていた。

「あの子が精霊、空間震を引き起こしている原因よ」

「あ、うん……」

 士道は返事した。普段なら苦笑いする所だが人間離れした力を目の当たりに士道だから精霊という言葉もすんなり受け入れれた。

「今、世界にはこの精霊に対して二つだけの対処法があるの。一つ、精霊の抹殺。二つ、精霊をデレさせて力を封じる。あたし達は精霊をデレさせて封印を目指す“ラタトスク機関”の一員なの」

「んで、さっきお前の説明ラッシュの中でちょびっと聞こえた俺が交渉役がどうのって」

「そうよ、あんたには世界で唯一の精霊を封印する能力がある」

「…………どうやって封印するんだ?」

「精霊とデートしてメロメロにする」

 士道は頭の中身が弾けそうになった。混乱に混乱が続いた為、士道は半ば頭が麻痺してやけに理解が早くなっているものの遂に限界が来た。

「少し休んで良いか?」

「ええ神無月、休憩室まで案内しなさい」

「はい、司令!」

 神無月と呼ばれる男に連れられ、士道は艦橋から姿を消した。丁度それとすれ違いで入って来たのは眠たそうに目元にくまを作った白衣を纏う女性は解析官・村雨令音だ。

「司令、どうだい君のお兄さんの様子は?」

「ギリギリついて来れてるみたい。そっちはどう?」

「ああ、新しい映像データが入手出来た。見てくれ」

 令音は目をこすりながらスクリーンに映像を映した。そこには短時間だがグリムロックと交戦する“プリンセス”の姿がある。

「ASTの兵器かしら?」

「いや、“プリンセス”と交戦する前にこの兵器はASTの駐屯地で大暴れしている」

「精霊の攻撃を受けても無傷って凄い耐久力ね」

「ああ、人間の物じゃあない。かと言って精霊という訳でもない。この兵器からは霊力は一切感知出来なかった」

「ASTでも精霊でもない……か」

 琴里は真剣な眼差しでグリムロックの暴れる映像を凝視した。

「――!? 令音、映像を少し巻き戻して」

「ん? ああ、わかった」

 琴里が巻き戻しを命じて再びグリムロックが“プリンセス”に斬りかかる映像が再生された。

『お前から……ダークエネルゴンの匂い、する』

「ダークエネルゴン……?」

 雑音が酷い映像から琴里はその単語だけは聞き逃さなかった。

「うん、確かにダークエネルゴンと言っているね」

「令音、この間解析を頼んでいた物あったでしょ?」

「ああ……あの青色のクリスタルかとても綺麗だよ。硬度は高く、植物の花のように艶やかだ。でも極めて不安定で可燃性が高く爆発しやすい」

「そのクリスタルの名前は?」

「無い。初めて見る物だよ」

「……」

「難しい顔をしているね。まさかこの兵器も救う気かい?」

「気になるだけよ」

 琴里の懸念はグリムロックが士道が“プリンセス”との交渉中に現れるかも知れないという可能性だ。この未知の兵器が血も涙も無い殺戮マシーンならば先にこちらを対処せざる負えないからだ。

 平静を装う琴里だが、内心では若干の焦りもあった。

 

 

 

 

 AST部隊を撒いたグリムロックは市街地を離れて人里の離れた山奥にまで逃走していた。

 山奥にまで入るとグリムロックはティラノサウルスに変形トランスフォームする。

 ショックウェーブの実験で変形機能に制限をかけられていたグリムロック、それはビーストモードがあまりに強力過ぎるが故にかけられたプロテクトだ。しかし、今のグリムロックはそのプロテクトを破壊して変形機能を取り戻した。

 森林を押し倒しながらグリムロックは山の中腹にある少し開けた場所にまで出て来るとうつ伏せになって寝転んだ。

「俺、グリムロック腹減ったなぁ~」

 眠りに就こうとまぶたを閉じようするグリムロックを見つめる影が一つあった。

 その影が動き、パキッと枝を踏み僅かに音を立てる。

「誰だ!」

 グリムロックは巨体を起こして音の方向を睨むとのそのそと歩き出し邪魔な大木を頭で払いのけた。

「ひっ……」

 グリムロックの姿を見て何者かが尻餅をつく。今にも途切れてしまいそうな声を頼りにグリムロックは辺りを見渡してからふと、見下ろす。

 うさぎの耳のような装飾が取り付けられたフードを深々とかぶり、左手にはおちゃらけたデザインのパペットを着けた小さな少女が今にも泣き出しそうな目でグリムロックを見ている。

「こ、来ないで下さい……痛く、しないで下さい……」

「俺、グリムロック。痛い事しない、弱い奴に興味無い」

 グリムロックは小さな精霊、四糸乃を無視して寝転がる。

「お前、エネルゴン持ってないか?」

 グリムロックの問いに四糸乃はブンブンと頭を横に振った。

「そっか」

 四糸乃は木陰からグリムロックの様子をジッと見ていた。四糸乃もまた精霊という存在故に自分以外からは殺意しか向けられた事のない運命にあった。四糸乃に取ってグリムロックの見た目は当然ながら対応もイレギュラーなものであった。



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2話 フラクシナス爆発!?

 翌朝、地球生活で初めての朝を迎えたグリムロックはのそのそと大きな体を起こしてあくびを一つかいてから空を見上げた。青空にはまだうっすらとだけ月が見えている。ディセプティコンはどうなったか、オートボットは勝ったのか、ダイノボットの仲間達はどうしているのか。グリムロックは母なる惑星セイバートロン星に思いを馳せると同時に昨日の“プリンセス”から感じたダークエネルゴンの存在が気になっていた。

 グリムロックはダークエネルゴンの詳細は知らないが危険な物質という事くらいはオプティマスから知らされていた。

 元オートボットの航空参謀スタースクリームがディセプティコンに寝返る前にダークエネルゴンの管理人として守っていたが、スタースクリームの寝返りによってメガトロンの手に渡ってしまった。

 ――そのダークエネルゴンが地球に何故あるのか。

 

 改造前のグリムロックは“賢い脳筋”と言った様子だが“脳筋オブ脳筋”となってしまった今では深く思考する事が出来ない。

 とりあえず朝飯の確保の為に山奥の泉に入り魚を捕っていた。だがビーストモードの小さな手では魚を捕まえる事に苦労した。

「う~ん、魚捕れない……。でも俺、グリムロック頑張る。魚と肉しか食べたくない」

 根気強くグリムロックは短く小さな手を駆使して魚の捕獲に当たった。トランスフォームしてロボットモードになれば早いのだが、当のグリムロックは気がつかない。

 しばらく泉の魚達をひたすらに追い回しているがそんな事では魚は捕れない。グリムロックは泉から上がって頭をポリポリとかいてどうしようかと考えていると、遠くで爆発音と火薬の臭いに気付いた。

 森に住む小鳥や小動物は身の危険を感じたのかその場から即座に退去して行った。

 グリムロックはようやく捕まえた魚をポイと泉に捨てた。

「俺、グリムロック。三度の飯より戦い好き!」

 そう、グリムロックはこの爆発音に強者との出会いを予感して朝飯よりも戦いを優先したのだ。そうと決まればグリムロックはすぐに変形して剣を形成して爆音の方へと駆け出した。

 邪魔な木は押し倒し、払いのけ真っ直ぐに走る。徐々に爆発音が近付いて来るとグリムロックの獰猛な戦闘本能に歯止めが利かなくなって来る。

 森林を越えた先に待っていたのはさっきまでグリムロックが寝床に使っていた山の中腹にある拓けた土地だ。しかしそこには昨日、グリムロックをジッと見つめていた少女、四糸乃が頭を抱えて怯えるようにうずくまっている。

 四糸乃の周囲には結界のような不可視な膜が覆い被さっている所為か、空中から飛来するマシンガンの弾やキャノン砲、ミサイルを全て遮断していた。

「……?」

 グリムロックが空を見上げると空中には十数名のAST部隊が編隊を組み、四糸乃の討滅に当たっていた。

「あいつ等、見覚えある」

 

「固いわね“ハーミット”」

 反撃をせずに回避と防御に徹するハーミットもとい四糸乃はASTの中でも危険度の低い精霊として扱われていた。それでも精霊である事実に変化はない、抹消する以外に有り得ない。

「隊長、“ハーミット”以外にも別の反応がある」

「何ですって?」

 折紙の指摘に燎子はCR-ユニットのディスプレイに目をやると見覚えのある熱源反応が出ていた。それも四糸乃のすぐそばでだ。

「まさかこれって……?」

 眉をひそめながら反応が示す方向へ振り向くとそこにはやはりグリムロックが立っていた。

「ぐ、グリムロック!?」

 ダイノボットのリーダー、名前はグリムロック。これだけの情報は昨日、グリムロックと会話した桐谷公蔵から得ていた。昨日と全く同じシュチュエーションとなってしまった。精霊とグリムロックの両方が同時に出現、昨日の場合はグリムロックが“プリンセス”に攻撃を仕掛けた為、“プリンセス”を消失ロストさせるには成功したが。

 今日はどうやらグリムロックは“ハーミット”と戦う気は無いらしい。その証拠にソードの切っ先をASTの方に向けて、視線もそちらに向いていたからだ。

「何故かグリムロックの方はやる気満々ですよ隊長!?」

「どうしますか、流石に両方は相手出来ませんよ!」

 隊員達は燎子に次なる指示を待つ。

 

 現状で“ハーミット”は堅牢な守りだが時間をかければ倒しきる可能性はある。だがそちらに気が向いていればグリムロックが何をしでかすか分からない。

 グリムロックを相手にするとせっかくの“ハーミット”を倒すチャンスを失う事になる。燎子は苦虫を噛み潰したかのような表情を作り、部隊に撤退を命じる事にした。

「撤退するわ。グリムロックとの交戦に利益はないわ」

「了解!」

「了解……」

 折紙は憎い精霊を見逃す事に不満がある様子で返事をした。

 CR-ユニットのスラスターを噴射してAST部隊はその場から離れて行く。

「おい、待て! どこ行く、俺とたたかえ! おーい、おーい!」

 グリムロックからすればせっかく戦えると思い、ワクワクしながら来たが対戦相手がさっさと退散してしまい、すこぶる面白くない。

「俺、グリムロック……戦いたいのに……」

 ソードをしまい肩を落とすと、グリムロックは未だに地面にうずくまっている四糸乃を無視してビーストモードへ変形して魚捕りの続きをすべく泉へ帰ろうと背を向けた。

『いやぁ~、あっぶなかったよー、メカメカ恐竜さん、すんごい強いんだね~!』

 やけに元気な声とハイテンションな口調にグリムロックは驚いて振り返った。

「今の誰だ!」

『こっちこっち!』

 声はするが肝心の姿がない。グリムロックは首を傾げる。

『メカメカ恐竜さん、こっちだって! 下見てよ下!』

 方向を指示されてグリムロックが見下げると空のように青い髪にうさぎの耳の飾りがついたフードを被る四糸乃がいる。今は当人が喋っているのではなく、四糸乃の左手に着いているコミカルなデザインのパペットが身振り手振りで喋っている。

『メカメカ恐竜さん、さっきはありがとね。でもで~も、よしのんの存在には気付いて欲しかったな~! おっとっとミステイク、よしのんとした事が自己紹介を忘れていたね! よしのんの名前はよしのん、どう? 可愛いっしょ!』

「俺、グリムロック。ダイノボットのリーダー」

 互いに端的に自己紹介を交わす。

『そっか~、グリムロックくんって言うんだね! いやでもグリムロックくんが来た時のよしのんを苛めてた連中の顔ったら最高だったよん!』

「俺、グリムロック。あいつ等何?」

『もしかしたらグリムロックくんは~この世界ではビギナーなのかな?』

「この世界、初めて。俺、セイバートロン星いた」

『うんうん、セイバートロン星ね。グリムロックくん面白いね。そう言えば昨日からお腹をすかしてるみたいだしぃ~。よしのんと釣りでもしようよっ!』

「俺、グリムロック。釣り知らない」

『よしのんが教えてあげるよ』

 四糸乃の手に着いたよしのんは手招きしながらグリムロックの前を歩き始め、二人は泉の方へと歩いて行った。

 

 

 

 士道が目を覚ましたのはフラクシナスの休憩室だった。昨日に起きた出来事が全てが夢だとしたら士道はどれだけ気が楽であったか。だがフラクシナスの休憩室の風景を見ると今までの体験が全て現実であったと、再認識させてくれる。

 周辺は無機質な金属とコンクリートの壁で部屋の隅には自動販売機が設置されていた。士道の体にはいつの間にか風邪を引かないように毛布がかかっていた。

「精霊の交渉人ね……」

 士道は昨日、琴里にされた説明はある程度理解出来ていた。ただ現実として受け入れたくなかっただけだ。それに、士道は精霊のあの少女の寂しげな顔を思い出すとチクリと胸に刺さる物を感じた。

「おはようございます、士道くん。よくお休みになれましたか?」

 士道を気遣って声をかけて来たのはフラクシナス副司令官、神無月恭平だ。かすかに記憶にあるのは背中に『忠犬』と書かれた貼り紙だったが、今は貼られていない。

「はい、あなたは?」

「副司令の神無月恭平です。以後、お見知り置きを」

 神無月は紳士的に握手を求めると士道も自然と手を出して握手に応えた。

「えっと、この毛布は神無月さんが?」

「いいえ、私ではなく司令がです」

「琴里が……?」

「はい、司令が――」

「神無月、あんたこれ以上余計な事言うと口を縫い合わすわよ」

「し、司令!?」

 突如現れた琴里は神無月のすねを固いブーツで蹴り上げる。神無月は痛がると同時に『あふぅ……』と恍惚に喘いでいた。

「起きたわね士道。学校へ行くわよ」

「ああ、そう言えば学校だったな」

「何? 夏休みもゴールデンウイークもまだよ。ボケるにもまだ早いわよ」

 踵を返して休憩室を出ようとする琴里を士道は呼び止めた。

「琴里、登校前に聞いて良いか?」

「いいわよ」

「精霊は……あの女の子はその……ASTに殺されるのか」

「確率的に殺しきるのか難しいけどあたし達がしなければあの子は永劫、命を狙われるわ」

「封印すれば助けられるのか?」

「霊力探査機に反応が無ければ……ってか精霊と判断出来なければASTの出動理由はないわよ」

「わかった……。学校に行くから一旦家に帰してくれるか?」

「大丈夫よ、このままフラクシナスで学校まで送ってあげる」

「はい? こんな船で学校に行ったらみんなワニワニパニックだぞ」

 琴里は自慢気に鼻を鳴らしてから説明を始めた。

「このフラクシナスは光学迷彩から短距離転送装置から風呂トイレ付きのキッチンやダイニングも完備されたスーパー戦艦よ。そこらへんのキャンプカーと一緒とは思わない事ね」

「それはたまげたなぁ」

 学校まで転送装置を使えば今から学校まで一秒もかからず到着出来る。ひとまず士道はフラクシナスの浴室で体を洗う。空間震の風圧や“プリンセス”とASTとの交戦を間近に体験した所為で体中、埃と砂まみれで気持ちが悪かった。

 体を洗い流して新しいシャツと制服を着ると士道はフラクシナスの転送装置で屋上へワープしてもらった。

「ふう、ワープで登校っての楽だな」

 教室に士道が入り自席に着くと床を滑るように移動して一人の生徒が迫って来た。

「よお五河~昨日はどうしたんだ? 空間震があったのにシェルターじゃ会わなかったな」

「ああ、俺はまだ登校中だったからな。町のシェルターに避難してたんだ」

 精霊とASTの事は決して口外してはならない単語である。もちろんラタトスク機関もだ。学校へ行く前にそれは琴里に何度も何度も言い聞かされた。

「それと五河、最近俺の彼女がなかなかの困ったちゃんでね」

「彼女? ああ~あれね」

 殿町宏人が言う彼女とは彼のケータイの中にいる二次元の存在だ。

「五河、彼女のプレゼントをあげたいんだがな~にがいいと思う?」

「えぇ? プレゼントか……選択肢とかねーのかよ」

「鈴、万歩計、爪切りだ」

「……どれも微妙だなぁ、おい」

「さあ、さあさあ五河! どれが良い?」

「じゃあ爪切りで」

「よしわかった、万歩計にしよう」

「何で俺に聞いたんだよ!?」

「まあまあ、参考だって」

「五河士道……」

 不意に名前を呼ばれて士道は隣に目を向ける。その先には髪の色素が抜けきり、真っ白な髪をした折紙がいた。士道は折紙を見た際に思い出した。“プリンセス”と剣を交えていたAST隊員だ。

「えっと……俺に何か用?」

「何も」

 折紙はそれだけ言い残して着席した。

 士道は声をひそめて殿町に折紙について聞いてみた。

「殿町、あの子何さ」

「お前、超天才の鳶一折紙を知らないのかよ。成績は常に学年首席の容姿端麗のウルトラスーパーセクシー学生だぜ? 俺の知る彼女にしたいランキングからトップ3から落ちた事はないな」

「それは凄いな」

 

 ――そんな子が何故ASTに?

 士道は頭の中にそのような疑問が浮かんだ。チャイムが鳴り、全員が席に着くと前を向いて先生の話しを聞くが、折紙だけはずっと士道を凝視している。

 ――鳶一折紙、何で俺を見てる? 何で俺の名前を知ってんだ? 何だ、一体何なんだ……この娘は。

 思い当たる限りでは士道が折紙と会話らしい会話をしたのは今回が初めてだろう。折紙に対してほとんど情報を持っていないし、情報を与えた覚えもなかった。

 横の席から熱烈な視線を向けて来る折紙を士道は出来るだけ無視するようにした。見詰めると言うよりも観察している、と表現した方が的確かもしれない折紙の眼差しに士道の手のひらは、汗ばみ居心地の悪さを感じていた。

 授業終了のチャイムが校内に響き渡ると、折紙は士道から視線を外して机の中にしまっていた本を取り出して読み始めた。

「はぁ……疲れた」

「どうしたよ、五河。顔色悪いぞ」

「動物園の動物の気持ちになってた」

「は?」

 士道が机に突っ伏していると校内放送が入った。

『五河士道くん、五河士道くん至急応接室まで来なさい』

 放送で流れた声は妙に眠気に満ちたやる気を感じさせない声色である。

「五河何かやったのか」

「心当たりはナッシングだ」

 放送で呼び出された以上は行くしかない。士道はゆっくりと腰をあげて指定された応接室にやって来た。ドアをノックすると『どうぞー』と若く高い声がした。

 応接室に入ってみれば士道は驚いた。

「琴里! それと……」

「ああ、初対面だったね。フラクシナスの解析官の村雨令音だよろしく、五河シンタロウくん」

「あ、はい。よろしくお願いします。ってか俺は士道です!」

「そうか……愛称はシンでいいかな?」

「聞いちゃいないよこの人……」

「お話しはそれくらいで士道、訓練を始めるわ」

 士道は小首を傾げた。

「訓練?」

「あたし達は精霊のデレさせるのと力の封印。士道はピッカピカの童貞さんだから、女の子との喋り方なんて知らないでしょ?」

「し、失礼な奴だな!」

 反射的に反論し更に何か言おうとしたが琴里の言う通り、士道は女子との付き合いなど殆どない。強いて挙げるのであれば琴里くらいだが、家族はノーカウントだ。

「んん~? 何かしら、悔しいなら反論してみなさいよ士道」

 琴里はいたずらっぽく嗤いながら士道を見上げて来た。

「何でもない、訓練を始めてくれ」

「ふふん、じゃあ今からラタトスク機関が誇る最強最高最高峰のシュミレーションシステムがあるからそれをやりなさい!」

 ビシッと琴里が指差したのはパソコンのディスプレイ、令音がディスクを挿入すると画面に明かりがつき、フルスクリーンでソフトが起動した。

「ん……?」

 背景がピンク色でホーム画面には何人もの少女が現れた時、士道は確信した。

「恋愛シュミレーションゲームじゃねえか!」

「士道、シュミレーションゲームを舐めんじゃないわよ。“ファーミングシュミレーター”“ウッドカットシュミレーター”“テイクオンヘリコプター”名だたるシュミレーションゲームの前に膝を折ったわ、特にあたしが」

「恋愛シュミレーションゲームで女の子と喋れるようになんのかよ!?」

 ラタトスク機関が今ほど胡散臭く思えた時はない。精霊をデレさせる、それには恋愛経験の構築必要、それが恋愛シュミレーションゲームなどと言われれば誰もが疑わしく思う筈だ。

「まあグダグダ言ってないで早く始めなさい」

 士道はパソコンの前に座らされるとマウスを握った。

「つーかこのゲームのタイトルすげえな。“修羅場だ修羅場だ修羅しゅしゅ!”内容が掴めん」

「良いからやりなさい」

 士道はニューゲームと表示された個所をクリックしてゲーム開始した。

 暗い画面から一転して明るくなると主人公と思しき前髪で目が隠れた少年が十字架に張り付けられ、顔や衣類に血をつけて包丁を握る少女の絵が出て来た。

「……は?」

「凄い修羅場ね」

「シン、精霊の交渉に失敗したらこんなのじゃ済まないよ」

「やる前からビビらせないで下さいよ!」

 

 士道がクリックを続けて本文を読んで行く。女性キャラクターには声が入っているが主人公やナレーションには無い。そもそもテキストが声よりも早く表示される為か、セリフを最後まで聞いているのが面倒になって来る。

 話しを進めていると何となくこのゲームの主人公が張り付けになっているのがわかって来た。どうやらヒロインの嫉妬心からこのような事態になったらしい。

 

『公太くんにはあたし以外いらないの、公太くんに近寄って来る悪い女の二、三人は血祭りに上げるあげる。ね、公太くん嬉しいよね?』

 ヒロインのキャラのセリフが終わると恋愛シュミレーション特有の三択が出て来た。

 一、もういい! もうたくさんだ! 翔子を破壊する! と言って暴れる。

 二、翔子様、俺が大馬鹿でした。ですからお許しを~! と命乞いをする。

 三、この愚か者めが、と一蹴する。

 

「……どうしたもんかな……。やっぱりここは二かな」

 後ろで士道を観察する琴里と令音は一切口出しして来ない。

 士道はとりあえず二番を選択した。

『翔子様、俺が大馬鹿でした。ですからお許しを~!』

『あたしも今まで我慢に我慢を重ねて来たけどもう今日と言う今日は我慢出来ないよ!』

 そう言ってヒロインはポケットから拳銃を取り出して主人公を射殺、画面が暗転して『badend』と出て来た。

「ヤンデレは会話が成り立たないな……」

「ダメね士道、今のが実戦なら五回は死んでたわよ」

「わかるかぁ! 精霊があんなとんちんかんな奴だったらどうしようもないぞ!」

「だ~からゲームで一旦鍛えるんでしょーが。まあ良いわ、次は実戦編に入るわよ」

「たった今ゲームで失敗して次はいきなり実戦ですか、琴里さん」

「精霊はいつ来てもおかしくないのよ。はいコレ」

 琴里が士道に手渡したのは赤色のインカムだ。

「何これ?」

「士道一人に任せっきりじゃないわ。あたしや令音、他にもフラクシナスのクルーが精霊があんたへの好感度アップを目指してインカムを通して全力でサポートするわ」

「そりゃ助かるけどさ。何で今渡したんだ」

「だから今から実戦編をするって言ったじゃない。現実の女の子を口説きなさい」

「へぇ…………はぁ!? 無理だって!」

「無理じゃない、やるのよ!」

 琴里に尻を蹴られて士道は応接室を追い出されてしまった。士道は尻をさすりながらインカムの音に耳をそばだてた。

『この慈愛大帝の五河琴里の声が聞こえるかしら?』

「ああ、聞こえるよ」

『今からは授業があるから口説くのは良いから。放課後に訓練再開よ』

 それだけ言い残すと琴里に一方的に通信を切られてしまった。士道は放課後が来るのがここまで嫌だと感じたのは初めての体験だった。

 

 

 

『グリムロックくんって釣りの才能あるね!』

「ホントか、俺、グリムロック。そう言われると嬉しいぞ」

 グリムロックに釣りを教えるよしのん。なかなか理解が遅いグリムロックに釣りのやり方を懇切丁寧に五回も教えてくれたのだ。四糸乃は適当な棒に糸と餌を付けていたが、グリムロックにはちょうど良い棒が無いので尻尾の先に糸をつけて釣りをしていた。

 魚も取れてグリムロックの腹の虫も治まってくれた。

「ゲップ……俺、グリムロック。満足」

『凄く食べるね。このままじゃ三日くらいで泉の魚食べ切っちゃうよ~!』

「なあ、お前、アイツ等にやられて、何でやり返さない」

 グリムロックは四糸乃を見下ろしながら聞いた。

『それはね、よしのんが本気出したらみ~んなイチコロだからだよん!』

「お前、違う。俺、グリムロック。お前に聞いてる」

 よしのんは既にグリムロックの意識の外にいた。指はパペットの方でなくしっかりと少女の方をさしてグリムロックは聞いて来ている。

 四糸乃は困ったように目を泳がせたり、パペットのよしのんを見たりしている。他者との会話が苦手な四糸乃は今にも消えてしまいそうな声をやっとの事で出した。

「いたい事が嫌……だから……です。あの人達も……いたい事も……嫌だからです……」

 グリムロックは少し耳を疑った。

 戦う事を定めとして生まれて来るトランスフォーマーは苦痛に忍耐するのは当たり前であり、敵対者を破壊するのも至極当然の行為だ。

 グリムロックは荒くれ者のダイノボットのリーダー、グリムロック自身も強者との戦いが好きで力で相手をねじ伏せる事を喜びにしている。だからこそ四糸乃の言っている事が理解出来なかった。

「俺、グリムロック。戦い大好き、お前、臆病者」

「…………」

 グリムロックはゆっくりと巨体を起こす。両者の性格は驚く程に正反対、戦いが嫌いな四糸乃と戦いが大好きなグリムロックだ。

「四糸乃、魚、ありがとう」

 去って行く直前にグリムロックは礼を述べて四糸乃をそこに残して寝床へ歩いて行く。

「どう……いたしまして……」

 四糸乃はグリムロックに聞こえない声で返事を返した。

 

 

 

 

 放課後を迎えた士道の足取りは非常に重かった。インカムを通して琴里から下った口説く女性の第一ターゲットは鳶一折紙だったからだ。

『さあ士道! 訓練を始めるわよ!』

「はぁい……」

『何よ元気ないわね、さあさあさあ! 鳶一折紙を口説きなさい!』

「琴里、何でいきなり鳶一がターゲットなんだよ」

 インカムに手を当てて声に注目を払いながら士道は、廊下を歩き回って折紙を探した。

『あの気難しそうな性格で訓練すれば多少は肝が座るでしょ? それに彼女は言いふらすタイプでも無さそうだし』

「そりゃそうかも知んないけどよ」

 インカムの声に集中し過ぎた士道は曲がり角を曲がろうとした際に何者かと勢い良く衝突した。

「うっ……!? わ、悪い大丈夫か?」

 すぐに立ち上がって手を差し伸べようとする士道の視線先にあるのは豪快に倒れて、露わとなった純白の下着。

「――!? 大丈夫かな?」

「平気、あなたこそ大丈夫?」

 衝突した相手はなんと折紙である。

『チャーンス! 行きなさい士道!』

「わかったって……。鳶一、あの……怪我はないか?」

「平気、心配してくれてありがとう」

「う、うん」

 ここで会話が中断してしまった。

「何か用?」

 無表情のまま折紙は首を傾げた。

「あ、いや……」

『シン、私の言う通りに話すんだ。いいね?』

「はい、わかりました」

 詰まっていた会話に助け舟を出してくれたのは令音だ。

「鳶一、俺さ前々から鳶一の事を見ていたんだ」

「私も」

「前から鳶一が気になっていたんだ」

「私も」

「鳶一のいろんな事を想像してたんだ」

「私も」

「そうか、俺放課後に鳶一の体操服の匂いを嗅いでたりしてたんだ」

「私も」

「マジか、なんだか俺達気が合うな」

「そうね」

「良かったら、付き合ってくれないか?」

 士道の申し出に少しの沈黙が舞い降りた。すぐさま士道は振り返って声をひそめながらインカムに話しかけた。

「いくら何でもダメでしょうが!」

「良い」

「はい!?」

「付き合っても良い」

「――!? えっとそれはアレか? 買い物とかに付き合うって意味の……」

「私はてっきり男女交際かと。違うの?」

「えっ……違わない……かな」

「そう」

 折紙がスッとポケットから何か写真を出すと士道に手渡して「あげる」と一言残して去って行った。写真には制服姿の折紙が写っており直筆サインが書いてあった。

「…………何だコレ」

 折紙からもらった写真はひとまずポケットにしまうと士道の頭にいつもの頭痛が襲って来た。

「うっ……!?」

『大丈夫かしら士道?』

「ああ」

『たまに起きるあんたのその頭痛なんなの?』

「俺にもわからない……」

『一度令音に見てもらう?』

「あの人そんな事まで出来るのか」

『まあね。あたし達は先にフラクシナスに帰ってるから、帰る準備が出来たら連絡しなさい。拾ってあげるから』

「ありがと」

 通信を終了しようとスイッチを切ろうと手を当てると同時に校内全体に空間震警報が響き渡った。

『士道、空間震よ。精霊が現れるから直ぐに外に出て来なさい。フラクシナスで拾うから!』

「わかった。ってか今日の今日で実戦かよ」

『精霊を救うんでしょ?』

「わかってる!」

 校内に残っている生徒や教師達の流れに逆らいながら士道は校舎を出て人気の少ない体育館裏に到着した。転送は即座におこなわれ、士道が気がついた時にはフラクシナスの艦橋に立っていた。

「よく来たわね士道。これから本物の精霊をデレさせるわよ」

 艦長席に座る琴里はスクリーンを指差した。映像に現れたのは士道が初めて見た精霊の少女だ。恒例のようにASTに襲われて少女は対抗し、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 スクリーンの中で爆発が起こり“プリンセス”は煙を盾にして一度姿を隠した。

「士道、あなたは今からこの子をデレさせるの。幸いにもあの子は今あんたの学校に立てこもっているみたいだし」

「ああ、わかった」

「気をつけてね士道、あたし達は全力でサポートするわ」

 士道は頷いて深呼吸をして息を整えた。

「では、転送開始します」と、神無月。

 士道の姿は艦橋から消えると再び学校へと移された。

「上手くやりなさい、士道。あんたの力は人類を救うかもしんないのよ」

 琴里は呟いた。

 フラクシナスのスクリーンには士道の動向が如実に投影されて音声も明瞭に聞こえている。幸運にもASTは立てこもっている“プリンセス”に対して追撃はせずに出て来た所を狙うようだ。

 近くのビルに狙撃手を置き、主力部隊は空中で待機していた。

「さあ、あたし達の戦争(デート)を始めましょう」

 琴里が不敵に笑うと、艦橋に令音が入って来た。両手には金属製のトレーを持ちその上には青々と光り輝くキューブ状のエネルゴンが置いてある。

「司令、緊急事態だ」

「何よ」

「例のエネルギー物質の研究の続きをしていたんだがね。今はかなり不安定な状態でね、爆発寸前なんだ」

 冷静な口調で令音が言うとブリッジは水を撒いたように静かになり船員の注目はスクリーンから外れて令音の方へ向いた。

「よ、予想規模は?」

「この船くらいなら一発だ」

『おーい、聞こえてるか琴里? もう精霊と接触するぞ?』

 士道の声が響いていたが目の前爆発寸前のエネルゴンに意識が行って士道の声など入って来なかった。

「どうする、もう少しで爆発するんだが」

「は、早く捨てなさい!」

「しかしどうやって、まずどうやって捨てるか多数決を取ろうじゃないか」

「そんな暇ないでしょ!」

「司令! ではまず多数決で良いかを多数決で決めましょう!」

「ややこしい!」

 琴里が神無月の尻を蹴り上げて黙らせると普段の何倍も脳を働かせて対処法を考えた。爆発までの時間はわずかだとするならば、空中から放り投げても地上へ落ちる前に爆発すれば被害を減らす事が出来る。だが、もしも爆発規模が琴里や令音の予想を上回る物だとするとどうなるか。例え空中で爆発しても爆風で町に被害が出るかもしれない。

 既にエネルゴンはカタカタと震えだし本当に今にも爆発を起こしてしまいそうだ。琴里は命令を決めた。

「フラクシナスの天井を開放!」

 琴里の命令に急いで従い艦橋の天井が開放されていく。

「神無月!」

「はい!」

 エネルゴンをトレーごとパスすると神無月は飛び上がりフラクシナスの外装部分へ移動し、エネルゴンを力一杯に蹴り上げた。神無月を船内に戻してフラクシナスのシールドの出力を最高にして張る。その直後に琴里やクルー達の頭上では遠雷のような轟音が鳴り響いていた。シールドのおかげで船にダメージは無く全員無傷で済んだ。

「ふぅ……寿命が十年は縮んだわ」

 琴里は冷や汗を拭うと神無月がサッとタオルを手渡した。

「気がきくわね、ありがと」

 額や首の汗を拭き取り台の上に置くと神無月はすぐにタオルを片付けた。かに見えたが……。

「ん~……これが司令の汗の匂いですか~これがあれば百年は生きていけますね~」

「…………」

 真横で奇行に走る神無月を見て琴里はパチンと指を鳴らすと艦橋に黒い服を着たいかつい男が二名入って来ると神無月の両腕を掴んで引き連れて行った。

「司令~! お慈悲を~! お許しください司令~!」

「ったく…………あ、士道は!?」

「さっきの爆発で映像にノイズが走っています、ですがすぐに復旧します」

 フラクシナスのクルーの一人椎崎雛子がそう言って報告した。

「了解、わかったわ」

 

 雑音とノイズが走っていたスクリーンの映像は雛子の言うとおり数分後には回復した。映像には士道と対峙する“プリンセス”の姿がある。両者の雰囲気を見ている限りそれほどに険悪な物でもなく、“プリンセス”は話す度に驚きや困惑、興味や好奇心に溢れた表情を作った。

「士道、聞こえるかしら?」

『そんな顔をするなよ! お前がどんなに嫌われても、どれだけ否定されても俺はお前を絶対に否定しない! ――何だよ琴里、今言いトコなのに!』

「ごめん、続けて」

『嘘だ、私が出会った人間は皆私は死なねばならないと』

『そんな事はない! 戦いに明け暮れる日は今日で最後だ。お前がこの世界で存在できるチャンスの日だ!』

 映像の中で少女は頭をポリポリと頭をかいてしばらく夕日を見詰めると士道の方へ振り向いた。

『士道と言ったな。本当に私がここに居ていいのか?』

『当たり前だ』

『本当か?』

『本当だ』

『本当の本当のか?』

『本当の本当だ』

 気恥ずかしそうに視線を泳がせると少女はやや頬を赤らめると士道の目を見た。

『ふ、ふん! し、仕方ない奴だな。私がこの世界で暮らす為に利用してやる。うん、大事、情報超大事』

 士道と少女の空間に和やかさが生まれると琴里はホッと胸を撫で下ろした。全力でサポートをするつもりだったが、士道は意外にも一人でやってのけていた。

『そういや、お前は名前は何て言うんだ?』

『名か……お前は士道とか言ったな。では士道お前は私を何と呼びたい? お前に名前を決めてもらおう!』

『えっ!?』

 なかなか責任重大な要求をして来た。

『な、名前か……』

 士道は一通り思いつく名前を考えた。節子、緑、トメ、たえ、どれも一昔のような名前ばかりが思いつく。

「士道、手を貸すわ。今こそラタトスク機関の力を見せる時よ! 総員、候補を挙げなさい! 五秒以内!」

 クルー達が思いついた女の子っぽい名前を書いてスクリーンに映した。

 まず最初にスクリーンに出て来た名前は『春花』と書いてある。投稿者は川越恭二だ。

「川越、これあんたの昔の奥さんでしょ? それにありふれた名前過ぎ却下!」

「そんなぁ~」

 続いて出て来たのは『魂母威』とこれはまた奇抜な字面だ。書いたのは幹本雅臣だ。

「ん? これは何て読むの?」

「コンボイです!」

「却下! 却下却下却下! だいたいコンボイが女の子の名前として成立するかぁ!」

 フラクシナス内では予想外に名前を付ける事に苦戦していた。その間にも士道も目の前の少女の名前を考えていた。あまり待たせては悪いし、既に少女の表情には不機嫌なオーラが出始めていた。

『………………十香、どうかな?』

『う、うむ……とおか……私の名か……悪くない』

『良かった』

「ちんたらやってたらいつの間にか名前が決まっちゃったじゃない」

 精霊“プリンセス”にもう一つの名前、十香が与えられた。自分自身に名前がついた十香は屈託のない笑顔を作り、喜んでいた。

 しかし喜んでもいられない。待機中だったASTが建物ごと破壊して十香をあぶり出す作戦に移行した。

『建物を破壊する気だな。士道逃げろ、私なら平気だ』

『十香……』

「士道、彼女の言う通り逃げなさい。外に出たら直ぐにフラクシナスで拾うわ」

『十香、また会えるよな!? 次に会う時はデートしよう!』

 小さく首を縦に振ると十香は大剣を握り直してから空中へと飛んで行った。

 校舎は本当に倒壊しそうな勢いでぐらつき天井から瓦礫が落ちて来る。命からがら校舎を出た所で士道はフラクシナスの転送装置で艦内へ戻された。

「良くやったじゃない、士道。今度またあの子が出て来たら確実にデレさせられるわ」

「ああ、少し疲れた。休ませてもらうぞ」

「ええ、次は神無月に毛布を持って行かせるわ」

 

 

 

 地球の大気圏を奇妙な物体が飛行していた。飛行物は一見隕石に見えたが表面は金属製で綺麗な流線型の形をしており、機体の形を見るからに戦闘機や戦艦の類ではない事が予測出来た。飛行物は地球の大気圏に突入すると真っ直ぐに天宮市の外れにある山岳地帯へ墜落した。

 金属の物体は脱出ポットでも無く驚いた事に輸送機である。落下した輸送機のハッチが開くと中から一つの光源が生まれるとゆっくりと出て来る。

 光源はただの光ではなく眼球であった。それも単眼、月の光に当てられてその全容が明らかになる。単眼と左腕の大型のキャノン砲、間違いない、ディセプティコンの科学参謀ショックウェーブだった。



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3話 ショックウェーブの1日

琴里の特徴
色:赤
職:司令官
武器:斧

こんな人見たことあるな


 大昔、まだセイバートロン星での戦争が始まったばかりの頃、ショックウェーブがこの星に来た時は苛烈な食物連鎖によって成り立った世界観であった。恐竜と呼ばれる生物が大地を闊歩し、恐るべきパワーの持ち主であった。恐竜の力とトランスフォーマーの力を融合させれば最強のトランスフォーマーが完成するであろうと当時のショックウェーブは考えていた。

 しかし、今目の前に広がっているのは恐竜ではなく小さく弱々しい二本足が支配した星だ。直立二足歩行という点はトランスフォーマーに似ている。生物的には猿に近くその戦闘力は恐竜と比較すると取るに足らない物だ。

 墜落した輸送機を山の中へ埋め込み、自分のラボに改造したショックウェーブは金属のベッドから起き上がると頭をかいた。

「やれやれ、地球はいつまでも原始的だ」

 ショックウェーブは椅子に腰掛けると足下を小さな数匹インセクトロンが這い回り「キィィ、キィィ」と耳障りな声を上げて餌をねだる。

「ふふっ、可愛い奴らだ。エネルゴンかまぼこをやろう」

 胸の小さなハッチから数本のエネルゴンかまぼこを取り出すとショックウェーブはそれを適量に千切ってから床に撒いた。インセクトロン達はこぞってエネルゴンかまぼこに集り、床に撒いた分は一瞬にして無くなってしまった。

「ハードシェル、私の食事はまだか?」

「おう、むぐむぐっ! 今持って行くぜ! むぐむぐっ」

「……」

 大柄で太い肢体のインセクトロン、ハードシェルが皿の上にエネルゴン料理を盛り付けて奥の台所から出て来たが、至る所にかじった跡がある。

「げぷっ……」

 ショックウェーブの単眼が皿の料理を凝視してからハードシェルを睨む。すると左腕のレーザーキャノンをゆっくりとハードシェルの方へ向けた。

「ま、待て待てショックウェーブ! 食べたのは俺だけじゃないぞ! キックバックやシャープショットも食べてたし!」

 

「食い意地の張った奴らだ。これならグリムロックの餌になった方がお前達の為になったかもしれないな」

 グリムロックと聞いてハードシェルを含めてキッチンにいたシャープショット、キックバックは同時に嫌な顔をした。グリムロックの実験と称してグリムロックと戦ったこの三名、ハードシェルは頭を掴まれてスイッチに力任せに叩きつけられた。

 キックバックはドアの下敷きにされた。

 シャープショットに至ってはグリムロックに噛みつかれて最終的に体を踏み潰されてリペアに相当な時間がかかってしまった。インセクトロンの原種である彼等のスペアパーツはセイバートロンには存在せず、ショックウェーブだけが唯一彼等のスペアパーツを製作出来るのだ。

「私は君達を苦しめて殺す方法はいくらでも知っている。食事を作り直すか地獄を見るか諸君に選ばせてやろうではないか」

「わかったよ、今のはちょっとした冗談だって。すぐに作り直すさ」

 ハードシェルは苦笑いを浮かべてショックウェーブに媚びるように皿を下げて朝食の作り直すべくキッチンに走って行った。

 気性が荒く、本能の赴くままに行動して回路が完全にイカレた無法者だがショックウェーブの命令には決して逆らわない。

「困った物だ。研究材料の探索に来た筈がメガトロン様が目指していた星に私の方が早く到着するとは……」

 ショックウェーブの足をスリスリと頬ずりをして懐いてくる下等なインセクトロンを撫でながらメガトロンの行方を気にしていた。セイバートロンでの留守を預かった矢先にグリムロックが計画をメチャメチャにしてしまった。不安定なスペースブリッジに突入した両軍は行方知れず、メガトロンとも連絡が付かないでいた。

「メガトロン様……今どこへ」

 主人の心配をする忠君ショックウェーブにハードシェルが歩み寄って来た。手には金属製の皿が置いてあり皿にはエネルゴン料理を盛り付けてある。

 

 しかし、少しかじられてある。

 

「……君達はよほど私を怒らせたいと見えるな」

「違うんだってキックバックが毒味だって!」

「違げえ、違げえ、違げえ! 俺じゃなくてシャープショットだ」

「お前等、人の所為にすんじゃネー! 殺してやろうか。ンハハハハハ!」

 ショックウェーブは頭を抱えた。

「もう良い、私の気が変わらないウチに消えるんだ。ラボの周囲を探索して来い、飛行と戦闘は禁止する」

「うす!」

「ガッテンだ!」

「ミラクルOK!」

 ショックウェーブも朝食を済ませば探索に出掛けるつもりだ。あの三人では不安しか残らない。当初、私兵団として招いた際は社交性やコミュニケーション能力などを除外して残虐性や戦闘能力しか必要としていなかったが、しばらくは他の惑星で身分を偽って過ごす必要があるのだからある程度の常識は欲しい所だ。

「虫に論理的な行動は通用しないか」

 嘆くように首を横に振ってインセクトロン等の並外れた常識に失意する。

 食事を済ませるとショックウェーブは皿をキッチンの流し台に入れておきインセクトロンに床の掃除を命ずる。そして今や玄関となった輸送機のハッチを開けてショックウェーブは外に出た。

 ショックウェーブが腰に付けていた器具を手に取って電源を入れた。これはエネルゴン探知機で周囲に未精製のエネルゴンが眠っていないかを調べる事が出来る。

 インセクトロンやダイノボットはトランスフォーマーでありながらエネルゴン以外の物から養分を得られるが、通常のトランスフォーマーはエネルゴンを摂取しなければ生きていけない。

「有機物の多い星だ。しかし、やはり未精製のエネルゴンが無数に眠っている星だ」

 頭部の人間であれば耳に当たる所を指で押してショックウェーブは探索に出た原種の三人に無線で連絡を入れた。

「ハードシェル、シャープショット、キックバック、そちらはどうだ?」

『こちらハードシェル、辺り一帯エネルゴンの反応だらけだ!』と、ハードシェル。

『こっちもいっぱいだぜ、エネルゴン、エネルゴン、エネルゴン、どこもかしこも反応しやがる』と、キックバック。

『ンハハハハハ! しばらく空腹には困らネーぜ!』と、シャープショット。

 ショックウェーブの調べた通り、地球はエネルゴンが無数に溢れ返った夢のような星だ。幸運にも人類はエネルゴンに一切触れておらず、地球のエネルゴンは殆ど未精製の物ばかりだ。

 地球を目指して行ったメガトロンとオートボットは地球に到着していない。という事は今、地球にいるディセプティコンはショックウェーブとインセクトロンだけとなる。未精製の膨大なエネルゴン、これらをディセプティコンの物にすればこの戦争の勝利は揺るぐ事の無い物になる。

 お調子者のスタースクリームならば馬鹿笑いをしていた筈だ。

 ショックウェーブは直ちにエネルゴンの掘削作業をインセクトロンに命じた。

「ハードシェルはラボ付近のエネルゴンを掘り起こせ、シャープショットとキックバックは臨時基地の建設だ。今すぐ戻って来い」

 三人が戻って来るまでにショックウェーブはこの星の生物で新たな兵器を作れまいかと土を掘り返したり、木を揺さぶって生物を探していた。視線を落とすと木の根本にうねうねと体を動かしながら土の中に逃げようとする虫を見つけた。

 指先から小さなアームを出してムカデを掴むとショックウェーブはカプセルの中にムカデをしまった。

「素晴らしいフォルムだ。妖艶なボディを真似れば兵器とは思えぬ芸術品となるだろう」

 他にも昆虫を採取をしていると聞き慣れた二種類の羽音がした。音がした方向へショックウェーブが注意を注ぐと二方向からシャープショットとキックバックが飛んで帰って来ている。

「帰ったぞショックウェーブ!」

「飛ぶなと言った筈だが」

 ショックウェーブの単眼が点滅を繰り返すと二人は焦って言い訳をする。

「わ、悪いな。急いだ方が良いかなって、なって、なって」

「……。気をつけろ、ハードシェルが戻るまで邪魔な木を片付けろ」

 ショックウェーブは臨時基地の設計の為に一旦ラボに帰った。

「相変わらずおっかねーなショックウェーブは」

「感情があるかも怪しいぜ。まともなトランスフォーマーじゃねーナ!」

「馬鹿、シャープショットアイツに聞こえるだろ」

 愚痴をこぼしながら二人はシャベルとクワで木を取り除いていた。火器で焼き払いたいのが本年だがショックウェーブは見つかる危険性を考慮して許可しなかった。次にまた違反すればキツいお灸をすえられるのは間違いない。

「ハードシェルの奴遅せえナ」

「遅せえ、遅せえ、遅せえよハードシェル」

 飛行型の二人と違い、ハードシェルは変形しても飛ぶ力を持っていない。次はハードシェルの愚痴を良いながら作業をしていると騒がしい足音と共に木々を押し倒しながらハードシェルは戻って来た。

 鈍重な変形プロセスを経てカブトムシを連想させる姿からロボットモードに変移する。

「ふぅ~帰ったぞ」

「遅せえよ!」

 シャープショットとキックバックの声が重なった。

「お前等帰るの早すぎるだろ、どうせ飛んだんだろ。んでショックウェーブに怒られたってかダッセェな」

「ンだとコラ!」

 キックバックは軽く跳躍し体重を乗せながらハードシェルの顔面に綺麗な右ストレートをかました。

「やったなテメー」

 仕返しにキックバックの頭を掴んで地面に叩きつけ背中を殴りつける。しかしハードシェルの拳を足でガードすると立ち上がり、額に頭突きを見舞った。

「ンハハハハハ! ハードシェル! キックバック! やれやれー!」

 両者はもみ合い、地面を転げながらも優位な位置を取ろうと殴っては馬乗りになり殴っては馬乗りを繰り返していた。

 ハードシェルが上になり太い腕をキックバックの首に巻き付けて羽交い締めを決めた。

「降参かキックバック!」

「うぅ~! ギブギブ!」

 負けを認めた所でハードシェルは力を緩めた。

 ここぞとばかりにキックバックは肘を腹にめり込ませハードシェルを仰け反らせ、今度はキックバックが優位な態勢となった。

「遊んでいるという事は仕事が終わったと思って良いのか?」

 不意に聞こえて来た冷徹な感情の起伏を感じさせない声に三人の顔は青ざめた。人間なら血の気が引いて行っただろう。

 揉み合っていた方の二人は喧嘩をやめて立ち上がり、バツの悪そうにしながら言葉を詰まらせていた。

「い、いやショックウェーブ、遊んでいた訳じゃ……」

「では今の行動を論理的に説明してもらおう」

「ろ……え、何? ……ああ~悪いショックウェーブ、すぐ作業に入るよ」

 言い訳よりも謝った方が早いと判断したハードシェルが頭を下げ、他の二人の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせた。

「今更だが騒ぐなよ」

 ラボのハッチが閉じてショックウェーブが入って行った事を確認すると三人はホッと胸をなで下ろした。

「やっぱこえーヨ」

「寿命が四百年は縮んだぜ。ったく」

「メガトロンが怒鳴るよりも別の意味で迫力あるぞアイツ」

 無駄口を叩きながらも作業を再開した三人はブツブツと愚痴は多いが作業は実に迅速でありラボの近くにあった木や草は全て取り除き、三人の昼食となった。

「うふぇ~、単なる草や木は味が薄いナ!」

「薄い、薄い、薄い……嫌、ヘルシーな味わいだ!」

「俺はもっとガツンと濃い味が良い」

 文句を垂れるが食い意地の張った連中の三人は食料は質よりも量を重視している。

「しっかしよショックウェーブの野郎、もうかれこれ三時間以上はラボに立てこもってやがる」

「外では遊ばないインテリインドアキャラだな」

「ンハハハハハ! アイツぁ運動とか苦手そうだしナ!」

 インセクトロンの三人は次々とショックウェーブの事を好き勝手言っており、それは全て本人に聞こえていた。尤も、ショックウェーブはそんな事では腹を立てたりはしない。当のショックウェーブの頭の中はラボ付近の開拓と山から見える一帯の地域、天宮市を完全に掌握し、メガトロンへの手土産として差し出すつもりであった。町の情報は勿論の事、日本、地球の詳細な地理はワールド・ワイド・ウェブを通じて一寸の違いも無く習得した。世界の言語、僅かな方言もショックウェーブも知識を以てすれば実に簡単だった。

「んんっ……」

 喉の調子を整えるように咳払いする。

「何でやねん、おいでやす。…………奇妙な発音だ。サウンドウェーブならば上手くハッキング出来たのだがね」

 空中投影されたスクリーンの映像を見ながらショックウェーブは天宮市を支配した際に付ける新しい名前を考えていた。

「ハードシェル、作業の調子はどうだ?」

『オッケーだ。木は殆ど取り払ったぜ! でも南の方角から何か飛んで来てるぞ』

 ハードシェルの報告を受けて席を立つとラボのハッチを開けた。

「敵反応は?」

「あっこ」

 ハードシェルがセンサーで捉えた敵の方角を指で指し示す。人間の視力では視認不可能な程の遥か遠方であるが、ショックウェーブには鮮明に捉えていた。

「何だあれ?」

「ASTという地球の最先端技術を使用した部隊だ。原始的で論理的ではない姿をしている」

 敵が三葉虫でも原始人でも侮らず、手を抜かず、しっかりと観察してからショックウェーブは冷静に行動を起こす。“軽率な行動の前に明確な思考を先ずる”これはショックウェーブの信念だ。

「ハードシェル、森林で姿を隠し近付けば砲撃しろ。シャープショット、キックバック、お前達も森で隠れ接近した際に挟撃しろ」

「よっしゃぁー!」

「やろうぜ、やろうぜ、やろうぜ!」

「ンハハハハハ! 一匹残らず食い散らかしてやラぁぁ!」

 戦闘になれば三人の様子は一転、さっきまでの整地作業の時とは違って生き生きとしていた。ショックウェーブの指示に従い、三者は森の中に姿を隠した。ショックウェーブは周囲にジャミングを出し、敵のセンサーの類の妨害をする。

 敵がセンサーを持っているか否かは武装から判断し、もし持っていなくてめ無線を妨害する事も出来る筈だ。ラボのハッチを閉じて、シートを被せなんとか出入り口だけは隠した。

 ショックウェーブも急いで森に隠れてASTの様子を伺う事にした。連中を捕らえて武装を解析出来ればおよそ、この星の技術力は把握出来る。

 偵察に来た五人程のASTの部隊はショックウェーブ率いるインセクトロンが待ち伏せをしているなど知るよしもなかった。山中に墜落した落下物の調査に来ていた、その為武装も精霊と戦う時のような物は搭載していない。

 ショックウェーブが指定した地点をASTが通過するとカブトムシのような姿に変形したハードシェルは森林の中から正確に敵を捉え、大口径カノン砲が火を噴いた。

 砲弾は樹木を突き破り空中のAST隊員に命中、同時に大規模な爆発を巻き起こした。砲弾を受けた隊員は随意領域テリトリーのおかげで死亡はしなかったが、ダメージが酷く武装とスラスターが大破してゆっくりと落ちていく。

「何だ今の砲撃は!? どこからだ!」

「九時の方向からです! しかし大砲らしき物は見あたりません!」

「本部へ連絡しろ、正体不明の敵からの攻撃だ!」

 偵察隊の指揮官の男が命令を下すが、ジャミングの所為で連絡が取れない。その間にシャープショットとキックバックは木と木の間から騒がしい羽音を鳴らしながら飛び上がり、スラスターを噴かして接近を図った。

「ンハハハハハ! 逃げようたってもう遅いゼ!」

 気が触れたような奇声に近い笑い声をあげながらシャープショットは空中の隊員全てにロックオンしている。キックバックと殆ど同時に左右からミサイルを連射した。空に連鎖的に爆発が起こり黒煙がしばらくの間、宙を漂っていた。

 抵抗する間も無く偵察隊は簡単に壊滅した。敵の武装は壊れた物もあるが無事な物もある。それを操る人間は全員、一命を取り留めていた。

 地上に叩き落とされた隊員等にインセクトロンの三人は群がった。

「うへぇ……何て不味そうなんだベジタリアンの俺に生物は無理だ」

 ハードシェルは露骨に嫌悪感を出して言い放つ。

「食いてぇがオレも生物は遠慮するぜ」

「ンハハハハハ! それじゃあこのオレがいただくゼ! ヒャッハー!」

 ハードシェル、キックバックよりも雑食なシャープショットは横たわった無抵抗な人間を見て涎を垂らす。

「やめろ、シャープショット」

 まさに食らいつこうかとした際に止めたのはショックウェーブだ。

「ショックウェーブ……なあ、一匹くらい良いだろ味見も必要だロ?」

「いずれ好きなだけさせてやる。今は貴重なサンプルだ」

「…………」

 威圧的な声でシャープショットを黙らせ、ショックウェーブは気を失ったAST隊員を掴んでラボへと持って行く。

「くぅぅ……久々の肉が」

「気を落とすなよ、シャープショット。肉なんざこの星じゃわんさかあんだからよ」

 変形したハードシェルはシャープショットの肩をポンと叩いて慰めてやった。それに続いてキックバックも笑いながら背中をさすってやる。

「オメーもベジタリアンに目覚めてみろよ。ついでに涙ふけよ」

 ハンカチの代わりに千切って来た草の束を渡してやった。

「おう、ワリィなお前等……」

 千切って来た草で鼻をかみ、シャープショットはとりあえず立ち直ると整地作業を再開した。

 整地を終わらせた一向は次にようやくショックウェーブが与えた作業に取り掛かった。ハードシェルは掘削機を持ち出して地面のエネルゴンの採掘を開始した。

 ショックウェーブ監視の下、キックバックやシャープショットは懸命に作業に取り掛かり日付が変わる頃には岩山を模した臨時基地が完成していた。高度なステルス機能のおかげで周囲からは本物の岩山にしか見えない程にカモフラージュされている。

 司令室が設けられ、そこにはショックウェーブとインセクトロンの三人の姿が確認出来る。

「諸君には重ねて言っておく、目立った行動は起こすな。我々の使命はこの町をディセプティコンの補給路として開拓し、オートボットとの決戦の足がかりにする。私が命令を下すまで余計な事はするな」

 三人は臨時基地が完成して喜びを露わにしているがショックウェーブはそんな様子は一切無く、ただただ無感情で指令を出し、その後はラボに篭りっきりだ。

 しかしショックウェーブの天宮市支配の計画は始まった。膨大な数のインセクトロンは息を潜めて合図が来るまで地中にて待つ。その合図が出た時、連中は恐るべき暴虐の嵐となって町を、住民を襲うだろう。



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4話 不思議の国の四糸乃

 衝撃的な日だった。

 今でも士道は夢のような体験だったと思っているし、あの状況でよくスラスラと言葉が出て来たと自分自身に感心する程だ。精霊である少女に十香と名付けたのが数分前だと感じる程の衝撃だ。士道はいつもより惚けた表情で学校へ行く。

 昨日の十香と出会ったのが来禅高校だった。高校が戦地となりものの見事に破壊された跡地には黄色いテープが張られ、“立ち入り禁止”の看板が立っていた。士道は左右を確認してからテープを跨いで瓦礫の山と化した自分の通う学校へ寄った。士道は十香の痕跡を探しに来たのだ、あの少女が幻でもなく現実であるという証が欲しいのだ。

 瓦礫を歩いていると足に何かが当たった。見下ろすとそれは机の破片、それにしてはやけに綺麗に切り取られてある。不思議そうに首を傾げると士道は破片を裏返してみた。そこには、“とおか”と汚い字で書かれてある。

「十香……やはり夢じゃないな。…………買い物でもして帰るか」

 瓦礫に背を向けて士道は再びテープを跨いで家路を急いだ。空は曇天、今にも降り出しそうな天気だと見ているとポツポツとアスファルトに水滴が落ちて斑模様へ変わる。その直後には強い雨に曝され地面は濡れて行く。

 殆ど無意味だが士道は手で頭を隠して走る。途中、公園がありそこには大木がそびえ立っているのでそこを雨宿りに使った。

 雨は止む気配がない。士道はベランダに干してある洗濯物が気になっていた。他に今晩の献立を考えながら雨が止むのを待っていた。

 少しすると士道の目の前に雨を喜ぶようにはしゃぐ小さな少女を見た。うさぎの耳のような装飾のフード、足まであるコートを着込み左手にはコミカルなパペットをはめた四糸乃だ。

 四糸乃は士道の視線に気付きもせずにぴょんぴょんと飛び跳ねたりくるくると回って一人で元気よく遊んでいる。その矢先、四糸乃は自分の足を自分で踏み前のめりに転けた。

「大丈夫か、君!」

 士道は雨も関係なく四糸乃に走り寄った。優しく起こしてやり士道は怪我はないか確かめた。

「怪我はないか?」

 四糸乃を案じて声をかけると四糸乃は勢い良く後退りした。

「えっと……」

「こ、来ないで下さい……」

「いや、俺は別に変な事――」

 士道が四糸乃へ近付こうとしたと同時に二人の間に巨大な鋼鉄の拳が降って来た。衝撃と余波で士道は尻餅をついて見上げると赤々とバイザーを光らせたグリムロックが士道を見下ろしている。

「四糸乃に、手、出すな」

「ぐ、グリムロックさん、乱暴は……やめて……下……さい」

 グリムロックは拳を納めると四糸乃を掴んで肩に乗せると士道を威嚇するように唸った。それからグリムロックと四糸乃は雨の中を走り消えてしまった。

「俺よっぽど疲れてんのかな……」

 士道は目をこすってさっきまで拳が突き刺さっていた箇所を見直した。ひょっとすると工事中の穴か何かかもしれない、と信じて見直すがくっきりと拳の跡が深々と地面に刻まれていた。

 精霊の次は巨大ロボット、この町はどうなっているんだと市役所に疑問を投げかけたいところだ。士道の住む町はどうやら奇想天外の宝庫、いや魔窟と化してしまったらしい。

 士道の頭から制服はずぶ濡れになり、これ以上濡れまいと急ぎ足で家に戻った。士道が玄関のドアを開けようとドアノブに触れた時、士道の視界は歪み空から眩い光が降って来るのが分かった。

 有無を言わさず士道はフラクシナスのワープ装置で艦内へと転送されてしまった。転送したのは良いが、士道自身濡れた服を着替えたいのが本音だ。

「おかえり、士道。もっと早くフラクシナスで拾えばずぶ濡れにならなくて済んだわね」

「琴里、転送するんなら何か一言頼むぞ」

「善処するわ」

 恐らく善処する気はないだろう。

「それでいきなり呼び出して何の用だよ。まだ空間震も来る気配ないし」

「……? 何、あんたには事前に空間震が来るのが分かるみたいな言い方ね」

「――!?」

 流れるように士道は言ったがそれはとんでもない能力だ。確かに士道が頭痛に襲われて少しすると空間震が発生している。士道自身はこれが予知や虫の知らせと言った物の認識だった。

「何でもない続けてくれ」

「変なの。じゃあこの映像を見てくれるかしら」

 士道が話をはぐらかしたのをあえて触れず、琴里は艦橋に設置された巨大スクリーンに映像を映した。そこにはグリムロックと昨日の少女十香が激しく剣を交えた映像が記録されてある。

 士道はグリムロックの姿を見て反射的に「あっ」と声を出した。

「どうしたの、士道?」

「俺、コイツ知ってるぞ」

「当たり前でしょ? 昨日あんたが口説いた女の子よ?」

「違う、こっちのロボットの方だ」

「はぁ!? いつ? どこで!?」

「さっきだ。雨が降り始めた頃だよ」

「神無月!」

「はい、どうなさいましたか司令」

「一六時から現時刻までの町の監視カメラを調べなさい!」

「了解しました。それと司令、『巨大な鉄人が町を歩き回っている』という通報が三五件も寄せられています」

「わかったわ」

 雨で人通りが少ないと言えども住宅街をグリムロックのような巨大なロボットが歩き回っていれば嫌でも目につく。

「士道、その時の様子を詳しく」

「ああ、確か女の子がいたんだ。琴里よりも少し小さいかな。その子が転けたから助けようとしたらアイツが現れたんだ」

「女の子?」

「うん、仲良そうだったぞ」

「本当に何なのこのロボットは……」

「それでどうしてコイツの映像を俺に見せたんだ?」

「行動理念は分からないけどこの映像では十香を襲っていたわ。仮にコイツの狙いが十香ならあんたとのデート中に襲って来るかもしれないでしょ?」

「そうだな」

 琴里は一度チュッパチャプスを口から離して続けた。

「戦闘能力はとてつもないしね。精霊が吹っ飛ばされるなんて初めてよ」

「コイツに関して何も分からないのか?」

「シン、司令の代わりに私から分かった事を少し話そうか」

 眠たそうな声で艦橋に現れた令音の手には金属製トレーが持っておりその上にはキューブ状の物体エネルゴンが乗ってある。

「ちょ……! 令音、またそんな物!」

「ああ……心配しないでくれ。今は不安定ではない」

「令音さん、分かった事って何ですか?」

 令音はトレーを適当な場所へ置くと自席に着くとキーボードを打ち始めた。何の操作かは士道には分からないが、直にスクリーンにはエネルゴンと天宮市の外れにあるクレーターを投影した。

「あのロボットの墜落現場だ。その付近にこの物体が落ちていた。最初は液状化だったが時間と共に固形化した。ロボットとこの物体に深い関わりがあるだろう」

 士道も琴里も感心したように何度も頷いた。

「それで?」と、琴里。

「以上だ」

「えぇ!? これで終わりですか!」

 思わず士道はずっこけそうになる。

「情報が少なすぎるからね」

 進展したのかどうか分かりにくい所だ。

 トランスフォーマーが地球に訪れたのはショックウェーブが太古の恐竜等が闊歩する時代に来た時だ。文明など存在しないし、後世にトランスフォーマーの存在を記す者など一人もいない。

 雨で濡れた士道は一度フラクシナスで自宅にまで送られた。濡れた服を着ていた所為もあって体が冷え切っていた。風邪を引かないように士道は温かいシャワーを浴び、体の芯まで温もってから浴室から出て来た。

 士道がシャワーを浴びている間に琴里も帰って来ていた。リボンの色は黒、すなわちまだ司令官モードのままだ。

「おかえり、琴里。今日の夕飯は何にする?」

「士道の好きな物でいいわよ」

「じゃあ肉詰めピーマンでいいか?」

「うっ! ぴ、ピーマンは無し無し。それ以外よ!」

「この間、ファミレスに行き損ねたし今日はハンバーグにでもしようか」

 ぴょこんと琴里のリボンが逆立った。

「士道にしては良い案じゃない……。ほ、褒めてあげるわ」

 ――嬉しいんだろうなぁ……。

 そう心の中で呟くとソファでくつろぐ琴里の隣に座った。

「琴里、いつからフラクシナスの艦長をやってたんだ?」

「着任したのは最近よ。五年前は研修中だったし」

「五年ってまだ小学生じゃないか!」

「まあラタトスク機関があたしがニューリーダーの器だと判断したんでしょ?」

「納得できねぇ……!」

「士道こそ……あたしに何か隠してるでしょ?」

 隠し事と言えばさっきフラクシナスで士道がはぐらかした空間震の予知の話だ。琴里の反応からして精霊封印の能力と空間震発生前の頭痛は別の物のようだ。

「琴里……俺はさ空間震を察知出来るかもしれない」

 たったその一言で琴里の瞳には懐疑的な色が宿り疑るような半眼を作って士道を見つめた。

「多分な多分、そうだと思う……」

「うん、まあお兄ちゃんがそう言うならそーなんだよー。あたしは信じてるからね!」

「絶対信じてないだろお前」

「いきなり何言い出すかと思ったら空間震を察知? そんなの出来たら苦労しないわよ……」

「俺も分かってないんだよ。でも頭痛の後の数分後に空間震は発生しているし……」

「暇があったら令音に解析してもらうわ」

 ひらひらと手を振って琴里は士道の言う事をあしらうような仕草を取った。

「もう一つ聞きたいんだが」

「ん?」

 琴里はチュッパチャプスの包み紙を破り口にくわえると気の抜けた返事を返して来た。

「俺に精霊を封印する能力が何であるんだよ」

「ん~…………わかんない」

「引っ張っといて分からないのかよ」

「それは逆に士道に聞きたいなぁ。あんたがその……五河家に養子に来る前何してたのよ」

 母親に捨てられた事を濁しながら琴里は聞いた。

「母親と暮らしてたよ」

「その後よ後」

「………………わからん」

「引っ張っといてわかんないの?」

「全く覚えてない。親も居ないし養子に入る前、一人暮らしする経済力なんて無いし……誰かが育ててくれたんだと思う」

 士道が親に捨てられた時期と五河家に養子に来た時期の間には一年間の空間が空いている。士道はその事に関して一切の記憶が無い。

「何でこんな能力があるか知らないけど俺にしか出来ないならやり遂げるよ」

「その意気よ士道、あなたに与えられた使命よ」

「頑張るよ、出来るだけな」

 士道は自信が無いような素振りで苦笑いした。

 

 

 

 憎きショックウェーブが不時着している事など知るよしもないグリムロックはいつものように頭の上に四糸乃を乗せて散歩をしていた。四糸乃と共に過ごす際はグリムロックはビーストモードでいる事が多い。

「四糸乃、新しい泉、見つかったか?」

 グリムロックの頭の上から辺りを見渡す四糸乃だったが泉らしき物は発見出来ない。最初にグリムロックが見つけた泉の魚はこの大食らいの恐竜が全て食べ尽くしてしまった。

 そこで仕方なく新しい泉を探しに出たのだ。

「まだ……見つかりません」

『おんや~? 泉はないけど何だか~別の物は見えるよん!』

「何だ、それは」

『洞窟だね! 洞窟だよ洞窟! これは冒険の香りがするよグリムロック!』

「冒険? 強い敵……俺、グリムロック。冒険したい!」

『よしキタ! じゃあよしのんが指差す方向にダッシュだよ!』

「俺、グリムロック。ダッシュする!」

 背中の推進剤を噴かしながらグリムロックは走り出した。阻む大木をなぎ倒して岩石を踏み砕き、迂回など頭の中に存在しないグリムロックが通った跡は分かりやすく、森林に道路を作っていた。

 二人が洞窟前に到着するのにさして時間はかからなかった。

 洞窟の入り口は人間から見れば大きいがトランスフォーマーから見れば窮屈だ。

 グリムロックは頭を下げると四糸乃はぴょんと飛び降りた。

「凄い……大きな洞窟です」

「大きい? 俺に比べたら小さい。どれどれ」

 グリムロックは洞窟の中を見ようと体を前へ動かした。

「あっ……グリムロックさん、ダメッ、押さないで……!」

 四糸乃の声がグリムロックに届く前に四糸乃は洞窟の中へ滑って落ちて行く。

「四糸乃! 今助けるぞー!」

 グリムロックは洞窟の入り口を破壊しながら内部へ突入した。

 

 

 

 

 四糸乃の後を追って洞窟内に無理矢理に飛び込んだグリムロックは目を覚ました。いつの間にかロボットモードへ変形していたグリムロックは周囲を見渡し、四糸乃の姿を探した。

「四糸乃ー!」

 名前を呼んだが返事は無い。

 よく周りを見るとグリムロックが寝ていたのは祭壇のような場所だ。祭壇を取り囲むように柱が並び、祭壇を見下ろすように大きな竜の石像が建っている。

 いつまでも寝ていても始まらない。グリムロックは体を起こすと祭壇を降りて四糸乃を探しだした。倒れたグリムロックを置いて一人でふらつくとは考えられない。

 四糸乃なら起きるまでてこでもその場を動かないだろう。

 グリムロックは頭は悪いが勘は良い。それはセイバートロン星の戦争を切り抜けて来た戦士の直感だ。四糸乃が近くにいないのは何者かに誘拐された、グリムロックはそう判断した。

 祭壇を離れ、遺跡を後にするとグリムロックは変形(トランスフォーム)する。鼻をヒクヒクと動かし四糸乃の匂いを探る。ビーストモードでのグリムロックは嗅覚が格段に上昇する。

「グルルル……四糸乃の匂いする」

 グリムロックは力強く、雄叫びをあげると大気はビリビリと震え森にいる小鳥達が一斉に飛び立って行き、草食動物は逃げ出した。

 この咆哮は宣告。

 グリムロックは仲間と見なした者へ危害を加える者を許しはしない。四糸乃を誘拐した者に容赦ない報復を開始するという宣告の雄叫びだ。

 

 同時に奇妙な世界へ飛ばされた四糸乃はグリムロックの予想通り何者かに誘拐されていた。

 森の中に出来た道路を珍妙な姿をした一団が歩いていた。集団の中央には車輪のついた檻が置いてあり四糸乃はその中にいた。檻の中は四糸乃以外にも人間の姿が確認出来た。皆、ボロボロの服装で痩せこけて今にも倒れてしまいそうなくらいに衰弱していた。

 四糸乃等を誘拐した連中の外見は間違いなく人間ではなかった。全身が木製で下半身は四本の木の根を獣のように動かして歩いている。上半身はまだ人間に近く、細い両腕には槍が握られてある。

 四糸乃も非好戦的とは言え封印もされていない精霊、こんな檻とモンスターなど本気を出せば簡単に制圧出来る。だが今、天使を降臨させれば四糸乃の力ならば捕らえられた人にも被害が行く、怖くてどうしようもないが優しい四糸乃が他者を巻き込んで自分だけ逃げるなど出来なかった。

 モンスターの一団が順調に進行していると不意に立ち止まった。モンスター等は何か違和感を感じたのだ。それは得も言われぬ不安であり警戒状態に本能的に入った。

 四糸乃は檻から見える水たまりに注意を向けた。

 水たまりの水面は僅かに揺れて波紋を生む。ドン、ドン、とゆっくりとたが重厚な足音が遠くで聞こえる度に水面が揺れた。

「変なのが近付いてるぜ」

「ここで返り討ちにしてやるか」

 木のモンスター達はそう言い合い武器を構え直して未知の来訪者に備えていた。

 突然、ピタリと足音が止んだ。

「……足音が止んだな」

「へへっ、逃げやがったか」

 安堵の溜め息を吐いて一瞬だけ緊張感が緩んだ。その瞬間、森から巨大な熱線が木々を蒸発させながら突き進みモンスターを飲み込んだ。熱線の通った所にモンスターの影も形も残ってはいない。

「近くで四糸乃の匂いする」

 鼻を利かせながらグリムロックが姿を見せるとさっきまで強気だったモンスターは呆然とその巨体に圧倒されていた。

「あ、四糸乃だ! いたいた~」

 檻の中の四糸乃を見つけるとグリムロックは鉄製の檻を簡単に食い千切って他の人間もついでに解放した。解放された人間は歓喜しながら蜘蛛の子を散らすようにあらゆる方向へと逃げて行った。

「き、貴様! こんな事をして許されると思っているのか!」

「そうだ! この国の王が黙ってないぞ!」

 気圧されながらもモンスター達が抗議の声を挙げるがグリムロックは構わず口からレーザーファイヤーで返事を返しモンスターを灰にしてしまった。

「俺、グリムロック。王だか何だか知ったこっちゃない」

 残存する木のモンスターは撤退を余儀なくされ、大量に捕まえてきた人間をそこへ捨てて逃げ出して行った。敗走するモンスターを見てグリムロックはレーザーファイヤーで追い討ちをかけ、モンスターは一匹残らず消滅した。敵を全滅させたグリムロックは気分良く言った。

「怪我ないか、四糸乃」

 器用に尻尾の先端を駆使して四糸乃のフードに引っ掛けるとそのまま頭の上に乗せた。

「はい……大丈夫です……助けてくれて……ありがとうございます……」

「おやすいごようだ!」

『グリムロック、ここどこだろうね~! どうすれば帰れるかな?』

「俺、グリムロック。そんな事分かれば苦労しない」

「失礼!」

 四糸乃でもよしのんでもない声にグリムロックは耳を傾けると同時に下を見た。視線を少し下にするのでなく、四糸乃と話している内に足下まで見下ろす事に慣れてしまった。

 グリムロックの前には白馬に跨り、鎧を着込んだ騎士が佇んでおりその後ろには二十人の兵士を連れていた。

「誰だ、お前」

「先程はモンスターに捕らわれていた国民を救って下さいありがとうございます」

 騎士は馬から降りる。

「メノニアへようこそ私はフランシス。お若いの、あなたは?」

 フランシスと名乗る騎士は四糸乃の方を見て名前を尋ねた。

『よしのんだよ、よろしく~!』

 人見知りが激しいので代わりによしのんが応えてくれた。

「それでそちらの強いお友達は?」

「俺、グリムロック! 強いお友達!」

『グリムロック、あまりはしゃぎ過ぎないの!』

「俺、グリムロック。別にはしゃいでない」

「勇士グリムロック、もしよろしければあなたとそちらのお嬢さんを城へ招待したいのですが」

「俺、グリムロック、行く行くー!」

「グリムロックさん……そんな、知らない人について行っちゃ……ダメだと……思いますぅ……」

「四糸乃、ここじゃみんな知らない人、そんな事言ってるとどこも行けないぞ」

 グリムロックと四糸乃は、岬に構えた白亜の城へと案内された。グリムロックは体の大きさの関係で城門は簡単に入れたのだが、城内に入ってからはかなり窮屈な思いをしていた。

『わあ~お、凄いお城だねグリムロック! こんな絵に描いたようなありきたりな城に入るのは初めてだよ!』

「俺、グリムロック。ここ狭い」

「さあ、着きましたよ」

 グリムロック等は騎士フランシスによって玉座の間へと案内され、城内の最奥部に位置する立派な椅子には小太りな初老の男が座っている。頭には王冠が乗っており、王冠を見た時グリムロックは不意にスタースクリームを思い出した。

「ようこそメノニアへ、今回は我が国民を魔の手からお救いいただき感謝します」

 グリムロックは頭の上に乗っていた四糸乃を降ろすと変形し、ロボットモードへ姿を変えた。

 王はずいぶんと腰が低く二人に挨拶をした。グリムロックは特に何も気にしてはいなかったものの四糸乃は馬鹿ではない。小動物のような繊細さや敏感さを備える四糸乃は城門をくぐった時から妙な違和感を覚えていた。

「長旅でお疲れでしょう。すぐに寝室を用意させます。フランシス、お二人を寝室へご案内しろ」

「はい」

 玉座を後にしたグリムロックと四糸乃は寝室へ移動する。部屋の天井は妙に高く、部屋も全体的に広く造られておりベッドも用意されていた。

「ではごゆるりと」

 フランシスが部屋から見えなくなるとよしのんはすぐに話し出した。

『絶っ対変だよこの国! 何だよこの部屋! デカすぎぃ! それに来るとき住民らしい住民一人も見なかったよね!? 変だよ変変、絶対に変!』

 フランシスや王の手前、ずっと黙っていたよしのんはここぞとばかりに喋り出す。

「んあ? 変かな~?」

 やはりグリムロックは何も気がついていないようだ。

『グリムロック、逃げようよ! もしくはこの城を壊滅させようよ!』

「よしのん、せっかく、いろいろしてくれるし、何か食べてから考えよう」

 ぐるぐる、と四糸乃の腹の虫がここぞとばかりに鳴った。恥ずかしくなって四糸乃はフードのウサギの耳を掴んで深々とフードを被って顔を隠した。

『何か食べてから考えよう!』

「うん!」

 

 

 

 

 学校が壊れて二日目、修復はまだ完了していない様子だ。復旧作業にここまで手間取るのは少し珍しい。普段ならば一日もすれは壊れた建物は新品同然になって返って来る筈だが、来禅高校は未だに瓦礫のままであった。

 士道は制服姿で崩れた学校を眺めていた。

「今日もぶっ壊れたままか」

「シドー!」

「しっかし……わざわざ学校の様子を見に行くのは面倒だなオイ」

「こら、シドー! 無視をするな!」

「んん?」

 士道は耳を疑ったが眼前に起こっているのは疑いようもない事実だ。一昨日、この学校で会話を交わして士道が名前を与えた少女、十香がいた。藍色の濃い艶やかな髪に均衡の取れた顔立ちにドレスと甲冑が融合したような服装、忘れる筈もない。

「十香!? 何でここにいるんだ! それより空間震は……」

 今日は何の頭痛もなかった。しかし精霊が今ここに現れている。

「何でいるとは失礼だな。お前がデェトしようと誘ったのではないか、バーカバーカ!」

「そうだな、そうだったな」

「それでシドー、デェトとは何なのだ?」

「えーっとね、デートってのは……男と女がこう……一緒に出かけたりする事……かな」

「何だ簡単ではないか、ではさっそくデェトに行こう!」

 十香は士道の手を取り歩き出そうとするが士道は足を止めた。

「待て十香、その格好……どうにかならないかな?」

 士道に指摘されて十香は今一度、自身の服装を確認した。精霊の防御の要たる霊装は美しくも堅牢な衣装なのだが、普通に町を歩くには目立ち過ぎる。

「う~む、この格好変か? 私の機能性溢れかえるこの美しい霊装が」

「そうだな、この世界じゃあ変わってるな」

「ではどのような格好なら良いのだ?」

 士道は少し困った。ファッションなどにはあまり精通していないし、普通の格好と問われてもハッキリとは回答出来ない。顎をさすり士道は何かを思い出すとポケットに入っていた折紙の写真を十香に手渡した。

「こんな格好かな」

「むぅ~……わかった」

 不満げに目を細めたのは恐らく服装ではなく折紙を見たからであろう。十香が承諾すると片手を天にかざす。

 一瞬だけ霊装が発光し迸る光の流れは霊装を解除する。重々しい鎧から放たれた魅力的な体が垣間見えた頃には十香は来禅高校に酷似した服を纏っている。

「これなら良いだろう、シドー?」

「オッケーだ。似合ってるぞ」

 士道に褒められて十香は嬉しそうに笑い、指先に霊力を込めて折紙の写真を灰にした。

「何だか知らんがこの女、好かん」

 仕方がない、何度も命のやり取りをしている相手だ。何の因果も無くただただ一方的に命を狙って来ていたのだから。士道は特に咎めもせずに苦笑いをした。

「さ、シドー! デェトだデェト!」

 十香は既に走り出して離れた所で手招きしている。

「わかったよ、待てよ十香」

 

 

 

 

 謎の世界、メノニア王国で昼食をご馳走になっているグリムロックと四糸乃は中央に木のテーブルが置かれたしみったれた部屋で食事を取っていた。国王もそこで食事を取っており王らしい華やかさの欠片もない部屋だ。 出される料理はステーキやスープ、サラダと変わった所もなく確かに美味しく、空腹だった四糸乃は深くは考えずに食べていた。この城の外観は立派な物だし、玉座の造りも感心出来るのだがどうも生活感や生気を感じない。

「このメノニア王国を治めて何十年にもなりますが、ここ数年間で他国から激しい攻撃に晒されておる」

 食事をしながら国王は語り出した。グリムロックは大きな魚を自前のソードで切り分けながら食べる事に忙しく、国王の話は殆ど聞いていない。仮に聞いていても理解出来た怪しい所だ。

「かつてこの国は酷く衰退していた。わしは各地を旅する放浪の身であったが、メノニアの前国王はわしを受け入れて下さった。わしは兵士となり陛下の為に命懸けで戦った。しかし、ある日の事だ陛下は突然姿を消したのじゃ。指導者を亡くした王国、陛下に最も敬愛されていたわしに出来るのは陛下に代わって国を治めることじゃった」

 

 だが、この話は真っ赤な嘘。

「んあ? ああ、そう……この魚美味しいな!」

「勇士グリムロック、今は国家の一大事! あなたのお力をお貸し下さい。木の怪物を倒したその力で!」

「俺、グリムロック。わかった! ……あれ? お前、何で木の怪物倒したの知ってる」

「あ、いや……フランシスから聞いたのじゃ。四糸乃殿はもう疲れて眠っておられる。勇士グリムロック、四糸乃殿とこの国をどうかお守り下さい」

「俺、グリムロック! 四糸乃守る!」

 夕飯に混ぜられた睡眠薬によりぐっすりと深い眠ってしまった四糸乃を騎士フランシスが寝室まで運んで行った。

「四糸乃ー、おやすみー!」

「お嬢さんもお疲れのご様子ですな」

 念の為にグリムロックの食事にも睡眠薬が混ざっていたが効果は無いようだ。

「では勇士グリムロックも今夜はお休み下さい」

「俺、グリムロック! 今すぐにでも戦いたい!」

「それは心強い。ですが敵はまだ現れておりません。今の間に敵について説明致しましょう」

 そう言って国王が席を立つとグリムロックを連れて城を守る城壁の上へ通された。城壁からの眺めは良く、城が岬に建っているというだけあって敵の来る方向が絞れて守りやすい立地だ。

 グリムロックの目は丘の奥で進軍を試みようとする軍隊の姿がよく見えている。センサーの感度は高くないにしてもおおよその敵軍の規模は分かった。ダイノボットの指揮官という立場だが、作戦らしい作戦など立てた事はない。

「敵は太陽がここから見える城とだいたい重なった時に始まります」

 王は玉座のあった城を指差す。太陽はもう殆ど城と被さろうしているし、丘の向こう側には着々と敵軍が集結している。

「勇士グリムロックよ、この戦いで敵を壊滅させなければ我が国はもちろん、四糸乃殿も……」

 大袈裟に嘆かわしげな身振りで説明する。芝居掛かった言動だが、グリムロックを騙すくらいは造作もない。見る見るうちに表情に真剣さが滲み出て来るグリムロックを窺いながら、王は心の中で邪悪に嗤う。

「あ、そう言えばここ来る前、怪物が王がどうのって。あれ、お前の兵士か」

「え、いや……違う違う! あれば…………魔王だ! 魔王の手下だ。怪物が私の部下ならわざわざ国民を襲わせたりしないだろう?」

「うむ……確かに……」

 そうこう話している内に太陽は城と重なり、丘の上に無数の人が横隊を組んで現れた。歩兵の列より更に後方からは矢が放たれ、城を守る兵士に命中する。

 グリムロックにも当たりはしたが当然、効くはずがない。

「勇士グリムロック! 敵ですぞ! やっつけて下さい!」

「戦う、俺の友達、守る!」

 グリムロックは高熱を帯びたソードを腕から出すと左腕に内蔵されたシールドも一緒に構えて城門を飛び降りた。

 さあ、戦いだ。

 

 

 

 

 天宮市の繁華街は夜以外は常に人が賑わい、十香と士道は一応デートをしていた。絶世の美少女である十香が町を歩けば自然と注目を浴びるのは不思議な事ではなかった。

「シドー、シドー! 何だこれは!」

 十香がべったりと張り付いて離れないのはパン屋の窓だ。パンの良い香りに誘われて十香は先ほどからずっとパン屋の前から離れないのだ。

 士道はと言うとあまりにも腹の虫が鳴る十香を見かねてパン屋できなこパンとその他、菓子パンや惣菜パンを買っていた。

「おまたせ十香、ほら」

 士道は微笑みながらきなこパンを差し出すと鼻をヒクヒクさせながら警戒するようにきなこパンと士道を互いに見た。

「わ、罠ではあるまいな?」

「ここじゃ、お前の敵はいないよ」

 リボンをパタパタと動かしながら十香は差し出されたきなこパンにかぶりついた。

「む! うまーい! 何だこれは!? 美味すぎるぞ、これがシドーの言うデェトなのだな!?」

「ハズレじゃあないんだがな……正解とも言い切れないな」

「何故、これがデェトではないのだ!? まさかこれしきの美味さではデェトではないのか!?」

「……まあ、これがデートで良いのかな?」

 デートの定義は正直な所、士道にも分かっていない。最近になってデートという単語を良く聞くので士道はふと、辞書でデートという単語を調べたりもした。

 普段から当たり前のように知ってる言葉は調べる事はないので新鮮な物だ。

 

 デート:男女が待ち合わせて会うこと。

 

 これだけで良いのであれば大半の人間にデートが当てはまりそうだ。

 パン屋で買ったパンはもう全て食べてしまった十香は次なる食べ物を求めて鼻を利かしていた。

「シドーシドー!」

「どうした?」

 瞳をキラキラさせながら十香が指を差しているのはフランクフルトだ。士道は砕けたように笑ってフランクフルトを買ってやると勢い良く食べ始めた。幸せそうに頬張る十香を見て士道は安堵していた。

 初めて会った時の寂しい顔はもう見たくはない。

 他者の絶望に酷く過敏に士道は反応する。自身がかつて母と呼ばれる存在に捨てられ、たった一人という堪えようのない孤独に苛まれた経験からだ。

 孤独が嫌いな癖に少しの間だが士道は自分を育ててくれた恩人の事を一切思い出す事が出来ない。情けない話だ。

「おー! 見ろシドー! 何だこの人数は、総力戦か!?」

 通りを抜けると士道と十香を待っていたのは賑わいを見せる商店街だ。

「違う違う、商店街だよ。いろんな店があるん――」

 士道の話など聞かず十香は辺りを見回して指先に霊力を収束している。

「と、十香やめろ!」

「む? 何故だ、先制を許す前にやるのが当たり前だろう」

「十香、ここじゃお前を襲うような人は一人もいない。だから安心しろって」

 収束していた霊力の光球は徐々に収縮してやがては消えた。

「シドーがそう言うのなら、信じる」

「ありがとう、十香」

 フランクフルトを食べ終わった十香は包み紙と串を見てどこに捨てようかと周囲を見渡している。ちょうど良い時に小さな子供がゴミ箱にゴミを捨てて母親に褒められて、頭を撫でられる光景を目撃した。

 十香はピンと頭の上で何か閃くと小走りでゴミ箱へ向かい、包み紙と串を捨ててまた小走りで士道の下に戻って来るとねだるように頭を下げて来た。

「ハハッ……偉いぞ十香」

 士道が頭を撫でると十香は安心と歓喜で表情が緩む。

 どうやら十香の中ではゴミを捨ててから頭を撫でられるまでが一連の動作とインプットされたようだ。

 

 

 

 

 学校も終わり、休憩と話し合いを兼ねて琴里は令音と喫茶店で集合する事になっていた。店内は程良く静かで活気もあり居心地は良かった。琴里はコーラフロートを飲みながら令音を待っていると、カラン、コロンと出入り口のベルが鳴る。

 来店者は分かりやすい白衣を纏い眠たそうな目をした令音だ。琴里は目立つように手を上げると令音はそれに気付いて琴里と向き合うように腰掛けた。

「待たせたね、琴里」

「あたしも今来たとこよ」

「……デートで言うようなセリフだね……何かの為の練習かい?」

「変な勘ぐりはやめてよ」

「すまない。それで話とは?」

 チューとストローでコーラを吸い上げると琴里は頬杖をつくと結論から話した。

「グリムロックとコンタクトを取るわ」

「……グリムロックって?」

「ASTじゃああのロボットはそう呼ばれてるのよ。名前はグリムロック、役職はダイノボットのリーダーですって」

 グリムロック、ダイノボットという二つの単語から令音はあらゆる可能性を考える。

「役職、というのだからダイノボットという役職以外の物も存在しそうだね。だとするとグリムロックには仲間がいるだろう」

「あたしもそう思うわ。あんなロボットがまだゴロゴロいるなら精霊との対話どころじゃないわね。だから、グリムロックとコンタクトを取り、アレから情報を聞き出す」

 あわよくばグリムロックを味方に引き込むという所までが琴里の計画だ。士道が精霊との対話中にグリムロックがASTの露払いをする。

 そうすれば精霊の保護も多少なりともスムーズに進む。煩わしいASTに取ってグリムロックは目の上のタンコブだ。

「危険だね、相手は精霊を腕力だけで跳ね飛ばす怪物だよ? アイボやアシモとは訳が違う」

「危険なのは承知の上よ」

「それで……対話役はやはりシンかい?」

「お兄ちゃん以外いないわね。人外専門交渉人のね」

 再びコーラを口に含み飲み込む時だ。琴里の視線の先、喫茶店の窓を挟んだ奥には士道と“プリンセス”こと十香が二人仲良く歩いていた。

 琴里は驚きのあまりに勢い良く令音にコーラを吹きかけてしまった。

「ご、ごめん令音!」

「ああ、大丈夫だよ。冷たいね、どうしたんだい?」

 ポケットに入っていたハンカチで濡れた顔や首を拭きながら問うと琴里は、外にいる十香と士道を指差した。

 琴里の指した方向を見て令音は一度目を擦ってもう一度確認してみた。そこには間違いなく、精霊十香と五河士道の二人が和気藹々とした様子で歩いている。幻覚ならば、琴里と共に休暇を取る事を勧めようか考えたが、やはり幻ではない。

「十香のそっくりさんかな?」

「そっくりさんの可能性は低いわね……」

「精霊か?」

「精霊ね」

 急いで席を立ってから会計を済ませると即座に令音と琴里はフラクシナスに転送を頼んだ。空間震が発生していないのは奇妙だが、今回は好都合だ。士道が十香とコンタクトしているのならば封印のチャンスはいくらでもある。

 琴里と令音が消えた後に白髪の少女、折紙は喫茶店の前を通った。折紙の視線の先には十香がいる。鋭い眼差しと険しい表情を作った折紙は“プリンセス”と瓜二つの顔の人間を見て精霊の可能性があると予想したのだ。

 仮に精霊ならば一人でも折紙は戦いを始めるつもりだ。無線機を本部へ繋いで折紙は言う。

「AST、鳶一折紙一曹です。観測機を回して下さい」

 

 

 

 

 再び城。寝室へと連れて行かれる予定だった四糸乃はなんと地下の牢屋に幽閉されていたのだ。当人はぐっすりと眠っていたもののゴツゴツと固くてひんやりと冷たい床に寝かせられて四糸乃はゆっくりとまぶたを開けた。

 知らない天井だ。寝室はもっと小綺麗にして暖かみのある空間だったが、ここは冷え切って生活感の欠片もない。

『おんや~? ここどぉこだろ~?』

 四糸乃とよしのんはくるりと周りを見渡してここが牢屋だと分かるまで十秒も必要なかった。

「ゲホッ……ゲホッ……失礼、み……水を……水を下さい……」

 唐突に聞こえた老人の声に四糸乃は怖くなって足がすくんだが、良く見れば老人の両腕は縛られて身動きが取れない状態で酷く弱っていた。

 ほうっては置けなくなって、四糸乃は棚にある水の入った瓶を湯呑みに入れて老人に飲ませてやった。

「大丈夫……ですか?」

「ふぅ……助かりましたお嬢さん」

 四糸乃は安堵のため息を吐いた。

「どういたしまして……」

「こんな小さな子供も牢屋に閉じ込めるとは、あの男め必ず復讐してやる!」

『あの男って誰~?』

「国王じゃよ。この儂の真似しておるのだ」

 ハラリと老人のフードが取れると四糸乃は驚いて口を大きく開けた。よしのんも開いた口が閉まらない。

『よしのん、さっき君に会ったよ!?』

「そうじゃろう……あの男は儂の体を気に入っておる。ある日に儂をここへ閉じ込めてからずっと儂の姿になって皆を騙している。儂を慕う者は皆、城を去り戦いを挑んでいる」

 外から聞こえる兵士の雄叫びや爆発音を聞いて国王は悲しそうに顔をうつむかせた。

「しかし今日も敗北じゃろうな……」

 頭の中で四糸乃は閃いた。何か思いついたのではなく、思い出したのだ。今、外で戦っているのはグリムロックなら、国王軍に勝ち目は無い。おまけにグリムロックは騙され、間違った敵と戦っているのだ。

『王様、もし王様がここから出たらアイツを止められるの?』

「止められるとも。儂はキャンベル、お嬢さんと……そちらのお友達は?」

「四糸乃……です」

『よしのんだよー!』

「四糸乃殿、よしのん殿、まずは脱出せねばならない。何か切る物はお持ちかな?」

 四糸乃は首を横に振ると片手を振り上げて――。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 氷と水の天使が降臨する。四糸乃は指先から薄い氷の刃を形作り、キャンベルを縛る縄に切っ先が触れた途端、驚異的な速度で縄を凍り付かせた直後には脆く崩れ落ちた。

「おおぉー! 神の力じゃあ!」

『まあね! こんなもんよ!』

「これであの男を王座から引きずり下ろして細切れにしてやれるのお!」

 天使を出現させた四糸乃に取って地下牢の檻など何の拘束にもならない。約三メートルの巨大で凶悪な顔をしたうさぎに跨るとキャンベルを後ろへ乗せて地下牢を破壊して飛び出した。

 

 所変わって城外では戦いはなおも続いていた。

 城を落とさんと決起する魔法使いは城門を崩さんと次々と光弾を降り注ぎ、兵士を殺そうと次いで矢も絶え間なく放たれる。にも関わらず城門はビクともせずメノニアの兵士も矢を使って応戦している。

 防衛戦を破ろうと守りの弱い所を探し、波のように何度も何度も攻撃を打ち付ける。守りを破られないように攻撃を受ける場所の配備を強化する。そして敵はまた弱点を探して攻撃するのだ。普段ならこのやり取りの繰り返しで決着の着かない戦いをするのだが、今回の戦いはメノニアの勝利の可能性が確定的であった。グリムロックはカタパルトややぐらと言った攻城兵器を次々と破壊する。その為、城壁の下にたどり着いても進軍が出来ないでいた。

 弱いと言えども膨大な敵をグリムロック一人で止める事は難しい。グリムロックの目を盗んでキャンベルの配下が破城鎚を用いて城門の破壊に当たっていた。幸運にもグリムロックはその事には気付いていない。

 盾で矢と投石を防ぎながら盾を打撃攻撃として振り払い、兵士等はチリのように軽々と宙を舞う。グリムロックのソードがキャンベル軍の最後のカタパルトを両断したのと同時に城門はようやく突破された。

「――! 四糸乃……!」

 破壊された城門から次々とキャンベル軍の兵士が流れ込む。状況は良い展開なのだが詳しい事情など知るよしもないグリムロックは、ソードとシールドを格納すると体はパズルのように動きティラノサウルスへトランスフォームする。

 グリムロックは行軍を止める事よりも四糸乃を救う事を優先させた。鋭い爪を備えた強靭な足で大地を揺るがしながらグリムロックは強固な壁を頭突きを食らわせるといとも簡単に破壊され城内へ踊り込んだ。

 戦況はもうメチャクチャだ。キャンベル軍を殲滅しようとする偽の国王、それを狙うキャンベルと四糸乃、そして四糸乃とキャンベルを救わんと動くグリムロックと兵士達。

 

 よしのんの背に乗って城の屋根という屋根を飛び回る四糸乃は早くも玉座へ奇襲をかけていた。外壁を凍結させ、粉砕すると立派な椅子に座っているのはキャンベルと全く同じ顔をしている偽の王だ。

「ワルス! 貴様、よくもこの儂を幽閉したな!」

 浮浪者のような格好の真なる王、キャンベルは護衛の兵士から斧を奪い取り大きく跳躍してワルスへ斬りかかる。

 ワルスはその場から跳び退いてから隠し持っていたモーニングスターを振り回した。

「フランシス! この老いぼれを殺れ!」

「はい王様!」

 鞘から剣を抜きワルスを追い詰めるキャンベルの背後からフランシスが迫っている。途中、フランシスは足を何かに固定されて動きを封じられた。フランシスの足は太ももまで凍り付き、妨害を図ったのは四糸乃だ。殺傷は避けてあくまでも無力化を心がけている。

「くっ……老いぼれジジイが元気じゃないか!」

 ワルスは鎖で繋がれた鉄球をクルクルと回転させてから振り下ろすと鉄球は斧の柄を粉砕した。ワルスはキャンベルに掴みかかり、押し倒した。

「お前は年を取り過ぎた時代遅れの人間だ。隠居生活がお似合いだぞ!」

「黙れ、黙れ若造!」

「もう俺がメノニアの王だ、ニューリーダーはこの俺だ」

 言葉で罵り合いながらワルスはキャンベルを殴りつけ、お返しに腹にキックを受けた。年の差もそうだが、キャンベルはさっきまで死にかけていたのだ。戦いはワルスが優勢になっている。

 パンチをブロックし、キックを上手くいなし、掴み取れば振り払いワルスは遂にキャンベルを押し倒すと転がっていたモーニングスターを拾った。

「死ね、ジジイ!」

 確かに眼下のキャンベル目掛けて鉄球を叩きつけた筈であった。ところがワルスの持つモーニングスターは凍り付いて地面から伸びる氷の柱に絡め取られて空中で固められた。

「小娘め……まさか魔女であったか! 者共、であえ!」

 ワルスの声と共に玉座へ突入して来たのは四糸乃を襲って来た木の怪物だ。怪物はワルスの命令に従い四糸乃とキャンベルを排除しようと槍を突き立てて四方八方から歩いて来る。

「小娘は冷気を使う! 木の体には致命的なダメージだ気をつけろ、木だけにな!」

「ワルス様! 城門が突破されました!」

「まずい、あの恐竜が暴れてるぞ!」

「お助けぇー!」

 ブチブチと木の怪物を踏み潰しながらグリムロックは玉座の入り口を破壊しながら現れた。

「王様ー! 木の怪物が……あれ? 王様、二人いる……」

『グリムロック、キミは騙されてたんだ! 王様は偽物なんだよー! 本物はバッチイ格好した方だよぉ!』

 見覚えのない大きなうさぎがそう教えてくれる。見覚えが無くても声には聞き覚えがある。間違いなくよしのんの声である。グリムロックは足下に群がる木の怪物達を睨み付けて吼えた。

 耳を押さえたくなる大きな声に木の怪物は怖じ気づいた。グリムロックは足踏みで床を揺らす。

「何をしている怪物共! グリムロックをやっつけろ!」

 正体をバラされたワルスは舌打ちをして木の怪物達に命じるが、ワルスの命令を怪物は誰も聞こうとはしない。誰もグリムロックに向かおうと言う胆力を備えた者はいないのだ。

「グルルル…………ガアァッ!」

 再び大きな地鳴りを発生させてる。

「俺、グリムロック! やっつけるのはアイツ! でなければ、焼き払うぞ!」

 グリムロックが尻尾で指したのはワルスだ。木の怪物はグリムロックに焼き払われない為に急いでワルスの槍を向けて歩き出した。

「や、やめろお前等! 俺はこの国の王だぞ!」

「王はお前じゃあない。お前はただの裏切り者だ」

 怪物達はワルスとフランシスを持ち上げるとグリムロックの下に持って来た。

「どこかへ、連れて行け!」

「はい、グリムロック様!」

 怪物の声が重なりワルスとフランシスを抱え、長い行列を作って城を去り森の中へと消えて行った。

 一件落着と言いたい所だが城はメチャクチャ、城壁の修理や国家の建て直すにはまだまだ時間がかかるだろう。

 四糸乃は顕現化した天使を戻してよしのんもいつの間にか大きなうさぎからパペットへ戻っていた。

「ワルスは助からんだろう。四糸乃殿、こちらの……ドラゴンは?」

「俺、グリムロック。四糸乃の友達」

 四糸乃が説明する前にグリムロックが答えて見せた。

「そうですか、グリムロック殿、四糸乃殿によしのん殿。何とお礼を言って良いやら……ありがとうございます」

「照れるなあ~」

『敵の攻撃よりグリムロックが壊した物の方が多いんじゃないの~――むぐっ!』

 包み隠さずに言うよしのんの口を慌てて四糸乃が押さえた。優しげにキャンベルは笑って床に座って二人を凝視した。

「お二方、よろしければ……儂の国で過ごさんか?」

『えぇ~、面白い話だ・け・ど~、よしのん達は元いた世界に帰らないといけないんだよね~!』

「元いた世界?」

『そうだよ~、よしのん達はこの近くの森の祭壇に突然呼ばれたんだ!』

「祭壇……あそこは確かに奇妙な噂が多いですね。これから言ってみましょう」

 そうと決まるとグリムロックはいつものように頭の上に四糸乃を乗せてキャンベルを背に乗せ、祭壇に向かって駆ける。森は深く祭壇の場所も上手くカモフラージュされているが、来た時にグリムロックが木々をなぎ倒した跡がある。

 おかげで遺跡を見つけるのに苦労はなかった。遺跡から内部へ入ってからあの祭壇を目の当たりにすると例の竜の石像の瞳が赤く光っている。

『あの石像は?』

「メノニアの守護神でした。長きに渡ってメノニアを災害やモンスターから守っていた竜の石像です」

「俺に似たハンサムな動物だ」

 グリムロックから降りたキャンベルは祭壇に何か仕掛けが無いか探してみた。グリムロックと四糸乃はその間に祭壇に登って祭壇の上で跳ねたり、回ったたりしたが元の世界へ帰れる気配がない。

 頭を抱えながら帰れる方法は無いかと考えていた四糸乃は急にグリムロックの頭の上から背中をすべり台のように滑って器用に降りると竜の石像の手前に配置された石盤と向き合った。

 石盤には謎の文字が刻まれており四糸乃やグリムロックはもちろん、キャンベルでさえも解読は出来ない。

「変な、文字」

 四糸乃は興味本位で石盤の文字に触れた瞬間、刻まれた文字は青い輝きを放ちながら次第に光は強さを増して行った。

「何だこれ!」

『まぶしっ!?』

 眩い光が二人を包み込まれてようやく光が収まって目を開けると周囲は森である。祭壇は無くてあの奇妙な世界へ繋がった洞窟がある。

 グリムロックは変形して洞窟内をライトで照らしてはみたが滑り落ちるような坂も無く、奥行きも無いただの穴である。

「……戻ったんですか……?」

「多分、戻った。俺達が、いた世界だ」

『いや~ヘンテコな経験したね~! ちょこっとだけ人生観が変わったよん! でももう懲り懲りかな』

「俺、グリムロック。意外と楽しかった」

『楽しいなら良かったよ。じゃあ新しい泉探しを続けよっか!』

「わかった!」

 

 

 

 

 士道と十香のデートを成功させる為にラタトスク機関は協力は惜しまない。大食らいの十香を相手にデートをしていれば士道の財布は悲鳴を上げて一瞬で干からびる。二人は“ラタトスク商店街”と書かれた看板の前に立っていた。

 士道の記憶が正しければここに商店街は無かった。その筈なのだがいつの間にか現に目の前に商店街が出来上がっている。

 商店街の方からは十香を誘うかのように良い香りが漂って来る。

「シドー、あっちの方から良い匂いがするぞ! 行ってみよう!」

「ああ、うん」

 十香に手を引かれて商店街の敷居に踏み込んだ時、左右から軽快なクラッカーの音が鳴りどこからかくす玉が割れて垂れ幕が落ちて来た。クラッカーの音に十香は少しだけビクッとしていた。

 垂れ幕には“呪・一人目のお客様!”と書いてある。呪いと祝いの字が間違っているのはこの際無視する事にした。

「おめでとさんございまーす! 初めてのお客様に記念して、ラタトスク商店街の料理は全て無料で提供となりまーす! イェーイ!」

 活気のある声で現れた人物に士道はどこか見覚えがある。記憶の糸を辿り、誰であったか思い出そうと頭をひねる。薄ぼんやりとだが顔は思い出して来た。フラクシナスにいたクルーの一人だ。

「オォー! シドー、何かスゴいぞスゴいぞ!」

「良かったな十香」

『士道、聞こえるかしら?』

 インカムから聞こえる声は琴里だ。

「ああ、聞こえるよ」

ラタトスク機関(あたし達)が全力でサポートするわ。何としても十香をデレさせるのよ。題して! “若い男女がうっふん作戦”よ!』

「何つー作戦名だよ! もっとマシなの無かったのか!?」

「シドー? どうしたのだ、急に大声なんか出して」

「いや、何でもないよ」

「うむ、そうか」

「ではではお二方、一人目のお客様という事でこの抽選券をどうぞ」

 ガラガラの抽選券をもらった十香は士道の所へ走ると嬉しそうに見せつけた。

「何かもらったぞ!」

「良かったな、抽選券だよ」

「ちゅーせんけん?」

「くじ引きだな。あの六角形の取っ手が付いたのあるだろ? あれを回して色のついた玉が出たら景品がもらえるんだ」

 抽選会をしているガラガラを指差して士道は説明してやる。

「面白そうだな!」

 抽選会で並んでいる従業員も見た事がある顔ぶればかりだ。これからは見覚えがある顔があればフラクシナスのクルーと疑う事にした。何もかもが真新しい物ばかりで十香の興奮は止まない。

 抽選券を渡すと十香は取っ手を掴むと勢い良く回し始めた。ガラガラの出口からポトンと青色の玉が出て来た。

「おめでとうございまーす! 二等賞で~す! 二等賞は豪華ホテル“ワクワクパーク”一泊二日の無料券です! どうぞ」

「シドー、何かもらったぞ! ホテルの無料券だぞ!」

「おう、良かったじゃないか」

「早速行ってみよう!」

 無料券の裏には周辺地図が書いており士道等は地図が示す案内に従って目的地にまで来てみる。ホテルの外観はやけにキラキラと派手な仕上がりで看板には『休憩:九十分三〇〇〇円~五〇〇〇円』などと書いてある。

 士道はすぐにわかった。ここは大人達が利用する愛のホテルだ。

「“若い男女がうっふん作戦”ってコレの事かぁぁ~!」

「何だか分からないが面白そうだな、行ってみよう!」

「ま、待て十香! ここはダメだ! 今度にしよう」

「むぅ! 何故だ、せっかくの無料券だぞ!」

「とにかくダメだ。別にここに食べ物なんか無いぞ!」

『フランクフルトくらいあるんじゃない、士道?』

「ちょっと黙ってろ琴里」

 インカムの向こうで茶化して来る琴里に小声で怒鳴った。

『あ、ごめん。あんたのはフランクフルトも無いか』

 インカムの電源を切ってやろうかと思ってしまった。

「十香、こんな所よりも他に行けば美味い物はいっぱい食べられるぞ~」

 食への欲には打ち勝てなかったのか、十香は渋々ワクワクパークは諦めた。士道は胸をなで下ろすと同時に末恐ろしい妹だと心配になった。

 

 

 

 商店街の付近を一台の観測機が大きなアンテナを出して停車していた。観測機のパネルを険しい表情で鳶一折紙は凝視している。“プリンセス”と酷似した少女を観測機で調べた所、強い霊力反応が出ている。空間震を介さずにどの様にして出現したかは不明だが、精霊と酷似して霊力の反応があれば抹殺する理由は十二分だ。

 観測機のコントロールパネルを閉じて精霊という確信と共に殺意が沸々と込み上げて来る。自然と拳に力が入り、奥歯を噛み締めた。

「こちら、鳶一折紙一曹。対象から霊力が観測されました。攻撃を仕掛けますか?」

『待ちなさい折紙、一人で精霊を襲うなんてヒューズがぶっ飛んだの?』

 燎子は折紙が本当に単独で奇襲を仕掛けないか気が気でない。

『桐谷のおっちゃんから指示をもらうから、少し待ってなさい』

「了解、尾行はこのまま続ける」

『ええ、わかったわ。気をつけてね』

 

 

 

 デートは順調その物と言えた。ラタトスク機関のサポートもあって十香の底無しの腹はしっかりと満たす事が出来たし、その後はゲームセンターできなこパンのクッションを取る事に成功した。

 フラクシナスの観測では十香の士道への好感度は極めて高く、これなら封印する事も難しくはない。十香と士道は琴里等の指示で景色が綺麗な高台で町を一望していた。

『デートは順調ね、このままだったら力を封印出来るわよ! やったね!』

「あのさ琴里、まだ聞いてなかったけど封印ってさどうすんの?」

『あり? 教えてなかったかしら?』

「うん」

『キスするの』

「へ?」

「シドー、さっきから何をぶつぶつと喋っているのだ?」

 小首を傾げて十香が尋ねた。

「何でもない、それより……綺麗だな」

「ああ、綺麗だ。世界はこんなにも綺麗なのだな。それを私は……破壊しているのか」

 戦い以外と初めて触れたからこそ十香は自身が現れる度にこの世界を破壊していると思えば胸を締め付けられるような痛みが走った。

 存在理由など無く、ある朝目覚めた時に十香は戦う事を決められていた。

「やはり……私などはいてはならないのだ。そしたら世界は――」

「やめろ、それ以上言うな」

 士道は心底つらそうな顔をしている。

「居ていいんだ。お前はこの世界に居てもいい」

「しかし、私がいれば――」

「自由は全員に与えられた権利だ。十香、俺の手を取れ!」

 士道はそう言いながら十香の手を握り締める。

「俺がお前を救ってみせる。どんな嵐にも静けさは来る、戦いに負けもするさ、信念を貫けなくなる時もある、でも俺がお前を見捨てる時は永遠に来ない……!」

「シドー……信じて良いのか……? お前は私を見捨てない……?」

「当たり前だ!」

 殺意を向けられた事しか無かった十香には士道という存在はより強く光を放つのだ。暗い鬱蒼とした世界でただ一人手を差し伸べてくれた人だ。

 夕日をバックに二人の距離は次第に縮まる。それは心と心の距離も一緒にだ。

 だが、それを狙う者が遥か遠方にいた。

 ワイヤリングスーツを着て対精霊用大口径ライフルを置いて、スコープを覗く折紙は一刻も早く発砲の許可が欲しかった。

 折紙にも折紙の信念がある。

 どれだけ悲運に見舞われた存在だとしても仲間を失っても容認出来る事ではない。精霊は、一人残さず倒さなければならない。

『折紙、そうやって目を血走らせるのも分かるけど、今回は多分許可は降りないわよ。民間人も避難してないし』

「けれども警戒は重要」

 胸の中は高ぶっているが声はいつも通り静かである。敵は精霊だが霊装を展開していない精霊ならば、折紙の使うライフルで殺害は可能。

『聞こえる折紙? 折紙!?』

「何?」

『すぐ返事してよ。まさかの発砲許可が降りたわ。一発で仕留めなさい、ミスすればあなたの命は無いわよ』

「わかってる。この距離なら外さない」

 スコープを通して十香にしっかりと狙いを付ける。息を止めてブレを無くすと折紙は引き金を引いた――。

 

 銃声は二人の所にしっかりと轟いていた。弾丸は真っ直ぐに回転をかけながら十香に向かって吸い込まれるように飛んで行く。弾丸は十香に命中する筈であったが、反射的に違和感を感じ取った士道が十香を突き飛ばす。

 尻餅をついて非難の声を上げる十香の目の前で士道の腹が爆ぜる。大量の血液が花開くかのごとく、四散すると士道の瞳から生命力抜け落ちて一切の動きを止めてしまった。

「……シドー?」

 血海に沈む士道の体を十香は揺さぶって起こそうとするが反応は無く、傷口からは絶えず血が流れ出して血の水溜まりは徐々に広がって行くのだ。

 士道の死亡は決定的だと悟ると十香の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。ただしただの涙ではない、血涙だ。

 果てしなく憔悴した表情の十香からは憎悪と憤怒が取り留めなく流れ出す。

「士道、ありがとう。お前は最期まで私の為に……。しかし、世界は違う……私が精霊、あの女がASTである限り戦いは無くならない」

 十香は遠方の折紙を確実に視認すると睨み付け力強く大地を踏みつけた。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 十香の足下から玉座が浮かび上がって来る。

神威霊装・十番(アドナイ・メレク)

 紫色のオーラが十香を包み込み来禅高校の制服を引き剥がし、いつものあのドレスの姿へ変貌する。

 玉座の背もたれに立つ十香は鏖殺公の柄を握ると玉座から引き抜くだけには収まらず、細分化された玉座は鏖殺公と組み合いながら新たな剣を作り出す。

最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)!」

 創造されたのは十メートルはある巨大な剣、トランスフォーマーから見てもかなり大きな剣を十香の華奢な腕は軽々と振り上げた。

「私の手で、地に堕ちろォ!」

 十香が剣を振り下ろすと切っ先から出た余波は折紙の真横を走り、山の一部を削り取った。

 剥き出しの怒りの矛先を突きつけられ、折紙は絶対絶命だったが逃げる事が出来ない。

『折紙、何してるの!? 早く逃げなさい! 死ぬわよ! 折紙ぃ!』

 無線機を通して燎子の声が響いて来るが折紙には聞こえない。当の折紙はガクガクと顎が震えて混乱や恐怖や罪悪感などあらゆる感情が入り混じって逃走など頭に無かった。

 十香が言葉でなじりながら剣からエネルギーを飛ばし、折紙を殺そうとしている。精霊の怒りは到底鎮められる物ではなかった。

 

 

 

 フラクシナスの艦橋は大混乱だ。クルーは全員、慌てて士道の生命活動が残っていないか調べ、医療班を向かわせている。唯一落ち着いているのは妹の琴里だ。兄の死を目の当たりにしても動じず、自信に満ちた顔をしている。

「司令! どうします!? 士道くんが撃たれてしまったんですよ! 何とか精霊の気持ちを抑えなくては!」

「落ち着きなさい、慌てすぎよ。士道が死んだキャンペーンでも開催したいの?」

「ではどうするんですか!?」と、神無月。

「確かに1ドット弾にやられたら即死亡だけど大丈夫、コンティニューするわ」

「はい?」

「見なさい」

 琴里がスクリーンを指すとうつ伏せに倒れた士道がいる。貫通した腹の穴にはポツポツと炎が宿り出していた。傷口に光と炎とエネルギーがほとばしり、粉々に散っていった細胞を生成している。ガタガタと強く士道の体が震えだして横たわった体に瑞々しい生命力が蘇った。色を失った瞳に生命の輝きが取り戻されると士道は血まみれの服でゆっくりと動き、体を持ち上げた。

 やがて炎と光が消滅すると床に広がった血痕は綺麗に無くなり、あっけらかんとした士道が佇んでいる。

『あ、あれ……?』

「士道、聞こえるかしら?」

『ああ……俺、確か撃たれて――』

「今は撃たれた事は良いわ。あんたから見て右を見なさい」

 琴里に指示された方向を見ると怒り狂った十香が暴れているのが分かった。

『十香……!』

「あんたを撃った鳶一折紙にブチ切れて暴走状態よ、止められるのはあんたしかいないの」

『琴里、俺はどうすれば良い!?』

「私にいい考えがあるわ」

 チュッパチャプスを舐めながら琴里は不適に笑った。士道は背筋に嫌な寒気を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 折紙のテリトリーにはひびが幾つも入っていた。十香の攻撃をここまで耐えきれた事自体が賞賛に値する。

 十香が柄を両手で掴んでから垂直に斬り下ろすと折紙のテリトリーは遂に粉砕された。守りの壁は無く、武器を握る意思も闘志も死んでいる。

 十香が剣を突きつけて怒りに満ちた声で言った。

「最後に言い残す事は?」

 返答は無い。

 十香は再度、剣を持ち上げた時だった。

 十香より遥か上空、悲鳴のような声が響いて来る。上を向いて何事か確認した所、士道がすぐそこにまで迫っていた。

「シドー!?」

 反射的に士道をキャッチする。

「シドー、お前か? 本当にお前なのだな!?」

「タマヒュンした……。ああ、俺だよ」

 十香が抱きしめているのが正真正銘の士道だ。そう実感した時、頭の中を支配していた憎悪と憤怒の波は少しずつ鳴りを潜めて行った。

「シドー、良かった。良かったぞ、私はお前が死んだかと……」

「まあ死にはしたっぽいけど……」

 士道が帰って来た今、十香の怒りの表れでもある最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)は必要なくなった訳だが……」

「しまった、最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)を納めようにも力の制御を誤った。このままでは爆発してしまう! ええっと……とにかくどこかへ飛ばして……」

「ダメだ飛ばしちゃ! あのだな十香、えぇ~爆発を止める方法があるんだが、ちょっとな……」

「何だそれは、教えろ!」

「キスって言ってな……えぇ~……唇と唇を合わせて――。いや、忘れてくれ十――」

 士道の言葉を遮って十香はそっと優しく口を重ねた。士道は呆気に取られている隙に今にも爆発せんと強く脈打つ最後の剣(ハルヴァン・ヘレヴ)は鼓動を止め、切っ先から徐々に小さな光の粒となって消滅して行く。

 十香が唇を離すとゆっくりと下降して行く。直に霊力を失うので落ちる結果には変わりないが落下して死んでしまえば元も子もない。大地に足が着いた頃には巨大な剣は完全に消えて無くなり、遂には十香の霊装も塵になって行く。

「なっ、何だこれは!? 見るなシドー!」

 消えて行く服に驚いて十香が手で体を隠した。

「わ、悪い!」

 自分の目を覆う前に士道は制服の上着を脱ぐと十香に羽織ってやる。

「まさかな……まさか服まで消えるとは思ってなかったんだ」

「ありがとう、士道」

 精霊封印一人目は見事に成功だ。士道は安堵感から足腰の力が抜けてその場に寝転がった。一人を封印するだけで心身共にヘトヘトだ。

 だがこれは士道に与えられた使命だ。士道は既に日が落ちて暗黒の夜空に輝く月と月より奥で爛と輝く星を。

 



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5話 5人の五河士道

たまにはデアラのキャラをメインに書きました。


 度重なるASTの失態に桐谷は頭を痛めていた。今回の折紙は民間人を誤って撃つという大失態だ。肝心の士道は生きているので幸いにも弾は外れた、という処理で済まされた。

 ASTの隊舎では訓練を済ませて休憩を取る折紙と燎子、その他の隊員がいた。ASTが抱える問題は二つある。

 一つ、グリムロックの存在。

 二つ、消息を絶った偵察隊。

 消えた偵察隊は未だに見つかってはおらず、消えたその場を中心に何度も捜索は入ったが、偵察隊は影も形も残っておらず、捜査は困難を極めた。

 燎子はベンチに座ってジッとして動かない折紙を心配そうに眺めていた。助かったとは言え民間人を射殺しかけたのだ、折紙も傷心しても仕方がないだろう。燎子がそう言った予想をしていたが、実際の折紙の心の中は疑問の気持ちでいっぱいだ。

 弾丸は確かに士道を貫いた。だが生きている。ショックで記憶が曖昧になっている。

「折紙、本当に大丈夫?」

「平気」

「そういつまでも落ち込んでちゃダメよ。任務に支障を来すようなら休んだら?」

「本当に平気」

 折紙は知らなければならない。五河士道という人物を。

 

 

 

 

 フラクシナスの医療室で士道は昨日からずっと眠っていた。腹に風穴を空けられ絶命した筈の士道は謎の復活を遂げて、しばらくしてから気を失った。傷口は再生してはいるが、念の為に医療室で診察を受けていた。

 深い眠りについている士道は寝ている間に身包みを剥がされ、生まれたての姿で体を調べられていた。検査が終了すると破れて汚い服を着せる訳にはいかないので代わりに検診衣を着させられた。長い睡眠時間を挟んで士道はゆっくり目を覚ました。いつの間にか服が取り替えられている事に疑問を持ったが、寝起きの頭ではそこまで深くは考えなかった。士道はかけられた毛布をどけてベッドから降りようとする際に、突如令音に声をかけられた。

「良く眠れたかい?」

「わっ!? ええ、まあ……眠れました」

 一瞬、驚きの声を上げたが相手が令音だと分かると少しずつ落ち着きを取り戻した。

「お腹は痛まないかい?」

 低いテンションで令音は問う。

「はい、なんとも……」

「そうか、それは良かった……」

 令音はしきりに頭をかいたり、明後日の方を向きながらと普段とはどことなく落ち着きがなかった。

「シン、確か君は発作的な頭痛に悩まされていたね?」

「はい……それがどうしました?」

「私なりに調べさせてもらっていたんだがね……どうも問題が起こった」

 問題が起こった。それだけで士道の顔色は少し悪くなっていた。令音が言葉を濁して妙に遠回し気味に言うのだから士道の不安は募る。

「どんな問題ですか?」

「君をすっぽんぽんに剥いた後に医療ポットに入れたんだがね…………。シン、悪いが説明より見て貰おう。入りたまえ」

 令音が指示を送ると部屋の自動ドアが横に動き、ぞろぞろと四人の人影が入って来るのが見えた。ラタトスクの機関員でもフラクシナスのクルーでもない。

 人影が横一列に並んだ時、士道は心臓が飛び出す程驚いた。

「――!?」

 士道の前に並んでいるのは士道と全く同じ顔をした人間が四人いた。似ているどころではない同じ顔なのだ。

 一人はやや吊り目で口元がへの字に歪んで機嫌が悪そうな顔をしている。

 一人は眉がハの字に寄り、肩をすぼめておどおどして今にも泣き出しそうだ。

 一人は手を合わせもみもみしながら首をすくめて、媚びへつらうような顔だ。

 最後の一人はなんと女だ。元々中性的な顔立ちの士道は見方を変えれば少女にも見える。豊満な胸にくびれたウェスト、足は長く理想的な体をしている。士道と瓜二つの少女は妖艶な眼差しで見詰めていた。

「……何じゃこりゃ」

「何じゃこりゃたぁ失礼だなぁ、オイ!」

 目つきの悪い士道がオリジナルに突っかかる。

「お前がオリジナルらしいが、今すぐテメェをやっちまって俺がオリジナルになってやらぁ!」

「えっと……君は何て呼べば良いんだ?」

 同じ顔の人間に名前を聞くという奇妙な気分だ。

「俺は五河士竜! よろしく」

「よろしく。……ほ、他の人も名前があるなら教えてくれるか?」

「ぼ、ボクは五河心太郎だよ。士竜くんが怒鳴るからおしっこ漏れそうだったよぅ」

「わたしくは五河伸吾でありますですよ~、いやぁ~流石はオリジナルの士道さん! わたしくごときが及ぶ所などありませんですよ~」

「五河士織、よろしくね。あなたがオリジナル? アタシに似た可愛い顔してるのね?」

 士織は士道に詰め寄りながら頬から顎にかけて撫でて来る。

「シン、この子達は君の中にある潜在的な人格や元々あった人格が原因で現れたものだ」

「潜在的な人格って……俺の中に女の子がいたのかしら?」

「口調が変だよ、シン」

「ウオォォ! 俺様がリーダーだぁぁ!」

「こわいよー! ボク、泣きたいよー」

「わたしくが従うのは士道さん、あなただけでございますですよ~」

「士道くん、今夜……アタシの部屋に来ない?」

 分裂した人格は授かった性格が色濃く表面に出て来ている。

 傲慢の士竜。

 臆病の心太郎。

 ゴマするクズ野郎の伸吾。

 色欲の士織。

 以上の四名が士道の人格を元に出現した人々だ。唐突な出来事だが、士道はまだついて行けている方だ。助言を貰おうと令音に声をかけようとしたが、そこには空席となったパイプ椅子が残っているだけで令音の姿は無かった。

「あの人、逃げたなぁぁぁ!」

「オイ、心太郎パンとジュース買って来いやぁ。もちろんテメェの奢りな?」

「え、えぇ……わ、わかりましたぁ……だから怒らないでね……?」

「俺様の癇に触るような事をしなけりゃな」

「士竜! 心太郎をパシらせるな!」

 オリジナルとしてこの理解不能な事態に敢然と立ち向かう。士道が士竜を注意すると心太郎はビクビクしながらも表情は明るくなり、士道の背中に隠れた。

「ンだとこの野郎、俺様にはリーダーの資格がある。今が変革の時、俺様がオリジナルをぶっ倒してやる!」

「そう言う暴力的な話で解決させようとするな!」

「頑張って下さいですよ~、あんたが大将! 士道さ~ん頑張れー!」

 士道の後ろで手をもみもみさせながら声援を送る伸吾がいた。

 ちょうどその時だった。令音から報告を受けて琴里そして神無月が入って来た。部屋に入るなり二人は目を点にして思わず固まってしまう。本当に士道と全く同じ顔が並んでいたからだ。

「嘘でしょ? 本当に士道が五人になってるじゃない」

「あぁ~ん? 何だこのチビ」

 誰彼構わずに喧嘩を売る士竜が目を付けたのは琴里だ。理由は単純、女でしかも体が小さい、舎弟にするには絶好のターゲットだと踏んだのだ。

「ここの艦長よ」

 目を細めながら答えた。士竜は艦長と聞くと口元を歪めた。

「なら、テメェを倒せば俺様がニューリーダーって訳だ。覚悟しろチビがぁぁ!」

 構えてもいない年下の少女に躊躇い無く殴りかかる士竜だったが、そのパンチが振り下ろされる前に琴里の蹴りが鳩尾にめり込んだ。

「はうっ!?」

 急所を的確に打たれた士竜は見る見るうちに顔が青ざめてやがて気を失った。

「顔は士道だけどか弱いレディにいきなり殴りかかるなんて下品極まりないわね」

 士竜が一撃の下に沈められたのを見て真っ先に反応したのはゴマする伸吾だ。気味悪いへつらい顔と手を揉みながら伸吾は琴里にすり寄って来た。

「いやぁ~素晴らしい活躍でございますですよ琴里さん、流石は士道の妹様です」

 必死に媚びながら伸吾は琴里の肩を揉み始めた。薄気味悪いが従順なのには悪い気はしなかった。

「それで琴里、コイツ等はどうにかなんないのか?」

「令音が解決法を考え中よ」

「わかった、十香は?」

「まだ眠ってるわ。とりあえず、この量産型士道を家まで送るわ。そこで伸びてる士竜とこの伸吾は預かるからあんたは士織と心太郎をお願い」

「ああ、重荷が減って助かる」

 何かにつけて反抗的な士竜は適当な部屋に閉じ込め、媚びるだけで害の無い伸吾はそのまま琴里の側に置かれた。フラクシナスで転送された士道、士織、心太郎の三名は自宅へと入るとリビングのソファに掛けた。テレビもつけておらず、時計の針の音が普段よりも大きく聞こえた。

 士道は居心地の悪そうにしながら同じ顔の二人を交互に見詰める。士織はまだ髪が長いので見分けがつくが他は全く分からない。依然変わらずに心太郎は震えて、ソファの上で三角座りのまま膝に顔をうずめている。

「あ、悪いなお茶も出さずに」

「お気になさらずにね、士道くん」

 士織がニッコリと微笑むと士道は少しドキッと胸の高鳴りを覚えた。しかし即座に頭を振って我に返る。

 ――あれは自分。あれは自分。あれは自分。

 士道は胸の内でそう言い聞かせながら台所の棚にあるお茶葉を急須に入れてお湯を注いだ。心太郎は人畜無害と判断しても良いだろう。自分から何かを仕出かすタイプではない、問題は士織だ。

 士織は自身の性欲の部分が肥大化して出て来た存在だとすると、あれは性欲の塊だ。貞操観念の薄い性格ならば士道や心太郎の貞操は風前の灯火だ。二つの湯のみにお茶を注ぎながらそんな事を考える士道、一刻も早く令音に対処法を見つけてもらわねばならない。

「はい、どうぞ」

 おぼんに乗せた湯のみを心太郎と士織の前に出す。

「ありがとうございますぅ……」

「ありがとう、士道くん」

 士織はお礼を言ってから士道にそっとキスをして来た。

「何するんだよ士織!」

「あら? 嫌だった?」

 士織はいたずらっぽく笑ってみせた。気恥ずかしそうに士道は目線を逸らす。どうやら士織には恥らしいの精神がかなり抜けているようだ。何より悲しいのが、この士織が士道の潜在的な性格から来ている事だ。

「なあ、士織に心太郎は家事は出来るのか?」

「士道くん、アタシ達は君をベースに生まれたんだよ、君が出来る事は大抵出来るわ」

「そうか、そりゃあ助かる。テレビでも見るか」

 そう言って士道がリモコンのスイッチを押してテレビに映像が流れた。映像はホラー映画のCMで血まみれのゾンビが凄い速さで迫り来るシーンだった。士道も少しは驚いたが声を上げる程じゃない。

「うわーん! やめてよして、こわいよー!」

 臆病の心太郎はソファを飛び越えると泣き出してリビングから出て行ったかと思うとそのまま玄関のドアを開けっ放しにしてどこかへと消えて行った。

「心太郎ー! 戻って来ーい!」

 士道が声をかけたが、心太郎の耳には聞こえない。

「悪い士織アイツを探して来る。テレビとか適当に見ててくれ」

 心太郎の後を追おうとソファから立ち上がった途端、士織が裾を掴んで来る。

「士織?」

「いいじゃない、あの子の事なんて」

 士道に体重を乗せて無理矢理、ソファに押し倒すと士織は胸のボタンを一つ一つゆっくりと外して行く。艶めかしいその仕草に士道は固唾を飲んだ。焦らすようにしてボタンを外すと薄い青色のブラがシャツから僅かに覗かせる。

 熱っぽい息づかいで士道の耳元に口を寄せると小さく呟いた。

「士道くん、一線を越えようか」

「だ、ダメだ……一線を越えるのは」

「良いじゃない、アタシ達は別に兄妹でもないし、アナタはアタシ、アタシはアナタ。オナニーしてると思えば良いんじゃあないの?」

「どういう理屈だ。そこからどけって士織!」

「断るわ、アタシは今からアナタと一つになる」

 この士織の言う「一つになる」とは明らかに交尾の事を示している。

 危うし、士道。

 

 

 

 

 鼻をすすりながら町をとぼとぼと一人で歩く心太郎、さっきのホラー映画のCMを思い出すとまた泣き出したくなる。目頭と鼻先を赤くしながら歩いていると何者かとぶつかった。

「あ、すいません……」

 心太郎はぶつかった相手に謝るが相手は三人組、だらしない服装に一目で染めたと分かる不自然な金髪で機嫌の悪そうな目つきをしている。心太郎は関わらないように頭を下げながら通り過ぎようとする。

「おい」

 三人組の一人が心太郎を呼び止めた。

「はい……?」

「人にぶつかっておいてすいませんだけじゃあねえだろうよ」

 啖呵を切りながら心太郎の胸ぐらを掴んだ。この時点で心太郎はもう泣き出しそうだ。

「ごめんなさーい! いたいのやだよー! こわいよー!」

「ごめんなさいで済んだら警察はいらねえンだよォ!」

 胸ぐらを掴んでいた不良が心太郎を殴り飛ばす。塀に叩きつけられて心太郎は立ち向かうなど選択肢に存在しない。迷う事なく逃げ出そうとしたが首根っこを掴まれてすぐに捕まってしまった。

「テメェ、何逃げようとしてんだコラァ!」

 再び振り上げた不良の拳を見て心太郎は顔を覆った。だが、いつまで経っても殴られない。恐る恐る目を開けると振り上げた腕を掴む折紙の姿があった。

「大丈夫、士道?」

「へいへい、女だ。悪かねえぜ」

「だらしねえ男の為に女の子ちゃんのお出ましかよ」

「結構、マブイ顔してんじゃん」

 三人組の標的は心太郎から折紙へと変わった。かやの外となった心太郎は折紙を助けなければとは思うが、足がすくんで動けない。

「士道に手を出したら許さない……」

 折紙は掴んだ腕を捻り、顔面を手のひらで打ち一人をダウンさせた。それと同時に残りの二人が襲いかかって来たが、並の男では折紙には適わない。掴みかかる男の腕を叩き落とし、膝を蹴り上げ、態勢が崩れた瞬間に背後に回り込み胴体に腕を回して綺麗なジャーマンスープレックスが決まった。

 最後の一人を目視すると折紙は軽く飛び上がってから強烈なかかと落としが脳天に炸裂して動かなくなった。

「平気?」

「……はい」

 心太郎は内心、不良よりも折紙が怖かった。それに顔が一緒の所為か折紙は士道とずっと呼んでいる。

「怪我してる」

 心太郎の頬はさっき殴られた際に少し擦りむいていた。折紙が心太郎に手を差し伸べるとそれに応えるように手を取った。

「今、あなたの怪我を治す物を持っていない」

「あ、うん……気にしないでよ……」

「傷口から菌が入ると生命の危機に晒される。私の家に来て」

「いや、悪いよ。ホントに平気――」

「来て」

「うっ……わかりました」

 半ば無理矢理に家に連れ込まれる結果となった心太郎は怪我をしているという事もあってか手厚く歓迎された。

 折紙式手厚い歓迎とは……。

 

「むっー! むっー! むむっむー!」

 折紙の住む部屋は生活感が無くて必要最低限の物しか置いていない防音措置のされた部屋だ。そんな部屋の寝室からは心太郎の低い呻き声がした。

 白い布が両腕を纏めて縛りベッドに固定され、足は布でぐるぐると巻かれて胴体はベッドに直接固定されて殆ど身動きが取れない。そして口には猿轡がはめられて声を出せずにいた。

「士道、安静にしてて。怪我人が暴れてはいけない」

「むがっー! むっーむっー!」

「いいえ士道、そんな傷と油断していたら命の危険がある」

「むまむもっ!?」

 分かるの!? と言いたいのだが猿轡の所為で話す事が出来ない。

「それにあなたに私は謝らなければならない」

 折紙はベッドの前に座ると頭を下げた。

「あの日、私はあなたを撃った。謝って済む問題じゃないけれど……ごめんなさい」

 心太郎や分裂した他の連中は士道の記憶を持っている。心太郎も十香とキスをした日の記憶はある。だがあれは心太郎がやったのではない、記憶は共有しているがあれは士道の功績だ。

「お詫びとしてずっと私が養ってあげる」

「むっ!? むもっむっー!」

「いいの、私達は恋人」

 危うし、心太郎。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋で士竜の動向をチェックする琴里と肩を揉む伸吾、そしてその後ろでは神無月が恨めしそうに見詰めていた。

「くそ~、伸吾めぇ~私が何年も司令にお仕えしていると……! あんな士道くんそっくりの媚び媚び野郎にぃ~! だいたい何故彼は肩を揉むだけなのです! 司令の膨らみかけの胸部を誤って揉みさえすればキツ~いお仕置きが貰えると言うのに! あぁ~! 司令、お慈悲をお慈悲を~!」

「琴里さん、後ろの変な人どうにかならないんでありますですか~?」

「あれはもう治らないから」

 士竜のいる部屋から十香の眠る部屋にモニターを切り替えた。十香はまだ眠っておりよほど精霊の力が抜けた際の反動が大きかったと見える。

「琴里」

「ん? あ、令音どうしたの?」

 艦橋にシーツがかかったカートを押しながら令音が入って来た。

「シンから分裂した個体を戻す方法が分かったよ」

「って言うかそもそもの原因は何なのよ」

「……シンを医療ポットに入れていたんだ。その最中にね例のエネルギー物質とシンのDNA、もとい体毛を組み合わせていたらね、増えてしまったんだ」

「あのエネルギー物質本当に何なのよ」

「まあ今はそれは置いておこう。シンのクローンと言っても元は毛だからね、そこで私がこんな物を作ってみたんだ」

 令音はカートの上のシーツを取り払うとそこにはコンパクトな掃除機が置いてあった。ふざけているのかと琴里は怪訝な顔をしてみせた。

「吸引力が衰えないただ一つの掃除機だよ」

「言うと思ったわ」

 令音は掃除機の吸い込み口を伸吾へと向けた。

「どうしたんでありますですか、令音さん。わたくしは琴里さんの忠実な僕でありますですよ~」

「そうだね、でもダメだ」

 掃除機のスイッチを入れた途端、大きなモーターの駆動音と共に吸引が開始された。

「おわー! す、吸い込まれる~! 何をするでありますか~!?」

 その言葉を最後に伸吾は掃除機の中へと消えて行った。

「何それ」

「もちろんただの掃除機じゃないよ。元はただの掃除機だったが、以前にエネルギー物質のこぼした事があってね、あのエネルギー物質を吸い取る用の掃除機を作ったんだ」

「えぇ~……つまりどういう事?」

「つまり、エネルギー物質吸引装置だよ。シンの毛と融合した物質だけを吸い取って毛の状態に戻してやった」

「じゃあそのルイージマンションの掃除機みたいなの使えば全員を元に戻せるわけね」

「そうだ」

 理論は不明だがとにかく解決策があるのならばそれに頼るしかない。次は士竜を吸い込まんと令音が掃除機を構え直すと艦内がぐらぐらと少し揺れた。

「司令、大変です! 士竜くんが病室から逃走しました!」と、雛子。

「何ですって!? 神無月!」

「はい、何でありますか!」

「そこの掃除機を持って士竜を吸い込んで来なさい」

「分かりました」

 やることを伸吾に取られていじけていたが、琴里に名前を呼ばれると瞬時に元気を取り戻した。令音から掃除機を受け取り、ベルトにハタキを二本差すと艦橋を飛び出し、無線機を使って士竜の居場所が通達される。

 艦内をいくら逃げた所で士竜の行動はブリッジに筒抜けだ。神無月は通路を右へ左へと曲がり、士竜の行く先々を隔壁で邪魔をして遂に掃除用具室に追い詰めた。

「チィ……追い詰められたか」

「さあ、観念しなさい士道くん、いえ士竜くん」

「うるせえ、誰が観念するか」

 士竜はロッカーに入っていた箒を手に取ると臨戦態勢に入る。神無月はほくそ笑んで掃除機を投げ捨てると腰のハタキを器用に曲芸師のように回すと構える。

「どちらかが生き残り……」

「どちらかが倒れる。お前だ神無月!」

 士竜が突き立てた箒を垂直に下ろす。神無月は僅かに後退すると箒の先が鼻先をかすめる。打ち下ろした動作には大きな隙が生じる。神無月はハタキをがら空きの士竜の腹に叩き込む。士竜は躊躇わずに箒を投げ捨て、後方へ跳躍する。武器を無くした士竜に神無月は追撃を図る。

 縦、横と素早い連撃をかわしながら士竜は次の箒を握ると掃除用具室から逃げ出した。

「待ちなさい!」

 リーチのある箒の性能を遺憾なく発揮出来るのは広いスペースのある場所だ。掃除用具室では振り上げれば天井にぶつかるし、振り回せば何かにぶつかってしまう。士竜は逃げながら神無月のハタキの猛攻を受け、回避し、ブロックしながらもエレベーターに逃げ込んだ。エレベーターの行き先は上と表示されてある。神無月や琴里達がいる今いる階が最上階、それ以上の上と言えばフラクシナスの屋外観測デッキしかない。

『神無月、士竜は屋外に逃げたわ』

「分かりました。必ず仕留めてみせます」

『それより掃除機で――』

 最後まで聞かずに神無月は通信を切る。そしてエレベーターに乗り込み、観測デッキを目指して昇って行く。チーンと到着した事を知らせるベルがゴングに聞こえた。ドアが開くと神無月はデッキに躍り出た。

 すると待ち構えていた士竜の渾身の一振りが神無月のハタキを一本叩き落とした。ハタキが一本となったが神無月の表情にはまだ余裕が残っている。

「どこかに隠れたかと思ってましたよ」

「とんでもねぇ、待ってたんだ」

 士竜は箒を槍のように用いて振り回す、特定の流儀に則った作法ではなく暴れるかのように左右にぶん回し、接近すればハタキが有利であるにも関わらず、殆ど無謀な猪突を試みた。思いがけない気迫とパワーに神無月は防戦一方だ。乱暴な攻撃は全ていなし、確実にガードしながら士竜の体力が尽きる瞬間を待つ。かつてはASTのエースだった神無月、いくら凶暴化していようが士竜は所詮一般市民に過ぎない。通常なら防ぎようの無い脇下、内腿を狙って猛攻を仕掛ける。

 荒っぽい乱撃にも徐々に精度が付加されだした。今まで寸毫の隙も見せずに士竜の打撃を命中する前に叩き落していたのだが、意表外の方向からの打たれ、突かれて、神無月の表情に余裕が消えた。まぶたをすうっと細めると士竜の腹を蹴り、突き放した。距離が空くと神無月の反撃が始まる。ハタキを素早く扱い、士竜の腕や脚、横っ腹を叩き、威力が低いながらも的確なダメージを与えている。それに応じて士竜は攻撃を防御しながらも反撃に移る。強風に晒されながらも熾烈な攻防戦を繰り広げている。以外にも粘る士竜、腰巾着と侮られていた神無月、両者は睨み合い殺気をぶつけ合いながら、殺気を武器に伝えながら一進一退の駆け引きをおこなっている。

 箒とハタキがぶつかる度に周囲に軽い木の音が響き、風の音にかき消されて行く。ついさっきの激しい打ち合いは、ふとして無くなり代わりに慎重な足取りで士竜は、右へ右へと神無月を視野に入れながら移動する。神無月もちょうど対角線状になるように士竜と同じ動きをしながら決して、視野からは外さなかった。

 歯を食いしばり神無月はフェンシングでもしている調子で華麗に、軽快に踏み込み軽やかなハタキの先は士竜の手を叩いた。箒を握っていた手が痛みで緩むと神無月は好機と睨んで士竜から武器を奪い取る。丸腰でも士竜は焦りを見せずに上段回し蹴りが神無月のこめかみにヒットする。大きくよろめき、神無月は観測デッキの手すりから体が乗り出してなんとか足だけで手すりに掴まっているという逆さ吊りの状態となった。

『神無月! 何フェイント取られてんのよ!』

「すいません、司令。掃除機は今は士竜くんよりも他に使って下さい」

『もう、回したわよ! 待ってなさい、今助けに――』

 琴里が救援に来るよりも早くに士竜が近付いて来た。箒の先端をじっくり神無月に突き付けたかと思うと士竜は胸ぐらを掴んで引き上げると適当な所へ投げた。

「何故です。私を倒せたのに」

「いいかぁ! 滑ってこけた奴を倒したって言わないんだよ! 俺は実力で勝って副司令の座に着きてぇんだ! まあ、結局は俺はお前を叩き潰す……」

 箒を固く握り、取っ手がミシミシと鳴る。

「俺のやり方でな!」

 静けさから一転、再び箒とハタキの叩き合いが始まった。左から来る箒は右から打ち消し、右から来るハタキを左から打ち消し、両者は競り合う。

「ほう、ただの市民にしては見上げた根性をしているじゃないか」

「そっちこそ、俺は敵が強ければ強い程燃えるんでね、せいぜい副司令気取りで頑張るんだな!」

「いいだろう、だが勝つのはこの私だ!」

 フラクシナスの艦橋では士竜と神無月の壮絶な戦いが流されていた。

「何でこの二人はチャンバラごっこしてんのよ」

「どっちが勝つか賭けませんか」と、川越が提案する。

「私は副司令に賭けまーす!」

「どっちでも良いから早く事態を終息させたいわね」

「そう言えば司令、村雨解析官は?」

「ああ……今は士織と心太郎を吸い込みに行ったわ」

 

 

 

 

 士道の自宅へ来た令音はいつにも増してふらふらと覚束ない足取りで玄関に上がるとリビングの方向から短く呻く声が聞こえて来る。令音は声を頼りにリビングへ歩いて行き、そっとドアを開けて突入した先には奇妙な光景が広がっていた。

「士織ぃ……や、やめろよぉ。俺達はそう言う関係じゃダメなんだって!」

 シャツを脱がされて上半身裸の士道がソファに押し倒されて腕をシャツで縛られて今にも犯されそうな光景だ。

「令音さん、タスケテー!」

「あ、ああ……お楽しみだったかな?」

「違いますって! 襲われてんですよ!」

「邪魔が入ったわね士道くん、お楽しみは少し先になるね」

「君に先は無いよ。元の姿に戻ると良い」

 掃除機のスイッチを入れ強力な吸引力が士織に向けられる。最初は何をしているのか分からなかったが、士織は確かに引き込まれる感触を味わった。本能的に飛び引いて逃げようとしたが時既に遅し。

「な、何なのよこの家電製品は! あぁ~美少女台無しぃ~!」

 士織の体は掃除機の吸い込み口へと消えた。

「ふぅ……二人目」

「れ、令音さんすいませんがほどいてくれますか?」

「分かった。その前に一つ良いかい?」

「何ですか?」

「確認だが、このプレイは君の趣味かい?」

「違いますよ! 俺にこんな趣味はありません!」

「…………一応、信じておくよ」

 キツく絞められた手首を自由にした。

「って言うかそのルイージマンションみたいな掃除機何ですか?」

「琴里と同じ事を言っているね。やはり兄妹だからかな?」

「誰でも思いますよ」

「シン、ところで心太郎はどこへ?」

「そうだアイツ、ホラー映画のCM見てどこかに逃げて行ったんですよ」

「それは大変だ。彼ならあまり害のある事はしないにしても害に巻き込まれる可能性はある」

 士道は事態を収拾すべく令音から掃除機を受け取り家を出た。士道のクローン等はインカムもケータイも持っていないので電波の発信元から居場所を特定する事は出来ない。だからと言ってフラクシナスが手をこまねいている訳にはいかない、あらゆる情報を駆使して心太郎を発見せねばならない。厄介事に巻き込まれていないように士道は祈りながら掃除機を引っさげて町を走り回っていた。

 

 

 

 

 鳶一折紙に拉致、監禁された心太郎は拘束を解かれて居間に座っていた。折紙はと言うとシャワーに入って身を清めている真っ最中だった。逃げるには絶好の機会、これを逃すと永久にここから出れない気がした。物音を立てずに抜き足差し足とゆっくり一歩ずつ動き、リビングのドアを開けると玄関という名の逃げ道がある。

 玄関が確認出来ると心太郎は特に注意も払わずに一目散に駆け出した。玄関のドアノブを掴んで外に一歩踏み出そうとしたが、不思議な事に足が動かない。足下を見ると強力な粘性のとりもちが仕掛けられており、逃げ出せないようにするトラップだ。

「やだよー、ネバネバが絡みついて来るよー」

 とりもちに引っかかった事を知り、タオル一枚で体を隠した折紙が洗面所から出て来た。

「やめてよしてこわいよぉー! 何でボクを閉じ込めるんだよ」

「あなたが好きだから」

「じゃあボクを解放してよぉー!」

「それは承諾出来ない。悪い虫が付く」

 とりもちに引っかかった心太郎をもう一度監禁しようと器具を取りにリビングに戻るとテーブルの上に置いてあったケータイに着信が来ている。発信者には『五河士道』と表示されてある。怪訝な顔をしてとりもちに捕まっている心太郎を見てから折紙は、恐る恐る電話を取った。

「もしもし?」

『ああ、もしもし? 五河だけどさ』

「士道!?」

 折紙が士道の声を聞き間違える筈がない。さっきまで話していた士道と電話をかけて来た士道は全く同じ声だ。

「あなたは?」

『だから五河だって、鳶一は今空いてるか?』

「……大丈夫、用件は?」

『ちょっと人を探してるんだけどさ、俺にそっくりな人を見つけたら教えてくれないか?』

 折紙はもう一度、とりもちに捕まっている心太郎を見た。電話は持っていない、喋っている気配もない、それどころかとりもちから逃れようとずっとジタバタしている。

「…………」

『鳶一? 聞こえてる?』

「見つけた」

『は?』

「士道のそっくりさんは私の家にいる」

『ホントか!? 分かった、いきなりで悪いけど今から家に行っ――』

「構わない」

 やや食い気味で返答して来た。家に行く事を快諾してくれたのは士道としても嬉しい限りだ。心太郎が何故、折紙の家にいたのか疑問は感じたが。

 折紙はとりもちに引っかかった心太郎をリビングの隅っこに置いておきバスタオルを捨てて私服に着替えた。その間に何度も心太郎と盗撮した士道の写真を見比べていた。違いと言えば士道は普段から情けない表情はしていない事くらいか。

 インターホンのベルが聞こえると折紙は大きく飛び上がって喜びを露わにしてドアを開けた。ドアの向こうには掃除機を構えたもう一人の士道が立っており、実物同士比べても違いは分からない。

「悪いな鳶一、急に邪魔して」

 折紙に招かれてリビングに士道と拘束を解かれた心太郎が並んで座る。

「問題ない。それよりも……あなた達は何? 士道に双子がいるなんて知らない」

「えっとね……双子だよ、心太郎は地方の高校にいるんだ」

「初耳……」

「ああ、うん、それで何で鳶一の家に心太郎が居たんだ?」

「彼が不良に絡まれていた。それを私が助けた」

「マジか、それはありがとうな鳶一」

「お礼には及ばない」

 互いに頭を下げ合ってから少しの間が空いた。

「じゃあ、俺達はそろそろおいとましようか」

「うん、おいとましよう」

 士道と心太郎は立ち上がると折紙は士道の裾を掴んだ。つい一時間前にこれと似た経験をしている士道は背筋に嫌な汗が噴き出した。

「な、何かな鳶一さん……?」

 声が震えている。

「私はあなたに謝らなければならない。謝って済む問題ではないけれど……ごめん」 何の件について謝罪されているのか最初は分からなかったが、昨日の事が脳裏をよぎって行く。

 

「鳶一……そんなに気にすんなよ。なんつーかさ、こうして俺も生きてるんだし、良いじゃないか」

「これからも一緒に居ていい?」

「良いに決まってんだろ」

 掃除機を担ぐと士道は手を振りながら折紙の部屋を後にする。マンションのエントランスを出て周囲に人通りが無い事を確認してから士道は掃除機のスイッチを入れる。

「何で、掃除機をつけるんですか?」

「ええっとな……これはまあお前等を元に戻す為なんだ」

 そうして士道が吸い込み口を心太郎に向けた。

「やめて、吸わないで! やめてよしてこわいよー! あぁ~イケメン台無しぃ~!」

 士織と似たような断末魔を上げて心太郎も皆と同じ運命を辿った。士道はどこか胸に刺さるような気分だ。自分と同じ顔の人間を掃除機吸い込むなど人生で一回でも経験すれば多い方だ。

 

 

 

 

 士竜と神無月の戦いは終戦が近付いていた。二人の激しい打ち合いは静まり返って士竜は箒を垂直に突き立ててある種の威厳を放っている。箒の範囲のギリギリ外に位置する神無月はミシミシと力を込めて打ち振り下ろさんと待機する士竜を見て、ハタキの柄を人差し指と中指に挟み込んでから、他の指でしっかりと握る。ハタキの先を左手の人差し指と中指で摘み、ギリギリと力を込めた。

 士竜は神無月のハタキの射程と箒の射程を計算しながら勝利を確信していた。遠巻きから構えても肝心の技が当たらねば意味が無い、得物の長さはその射程を生かせる空間ならばその威力を遺憾なく発揮出来る。

 ――遠い、遠すぎる、そんな間合いから何が出来る。

 士竜は口元が歪み絶対的な勝利の自信を込めて一歩踏み込み、箒を振り下ろす。神無月も士竜と全く同じタイミングでハタキを横殴りに抜いた。上半身から右腕に伝達する蓄えられた破壊力は恐るべき速度で士竜の顎を狙う。確かに届かない間合いに居た士竜、しかし右手に握っていた柄はいつの間にか束尻にまで移動しており、ハタキは二本の指先だけで支えていた。

 ハタキの先端が士竜の顎と脳を揺らし、箒を振り下ろす前に気を失った。

「ふぅ司令、倒しましたよー! さあ今の内に掃除機で吸い取って下さい」

『んあ? やっと終わったの、はいはい。士竜をこっちに連れてきて』

「了解しました」

 気を失っている内にフラクシナスで士道を呼び戻し、士竜は掃除機で綺麗に吸い取られた。また暴れ出せば面倒極まりないからだ。

 エネルゴン掃除機の中に吸い込まれた四人は掃除機の中で元のサンプルである体毛とエネルゴンの二つに分別されて行き、奇っ怪な事件は終息を見た。ほんの数時間だが皆、普段の何倍も疲れた表情をしていた。

 自分の部屋のベッドに寝ころんだ士道は、今日は学校があった事に気付き明日はちゃんと行こうと決めて眠った。



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6話 グリムロックの怒り

 グリムロックが地球に来てからもう一週間は過ぎた頃だ。地球での交流は基本的に精霊である四糸乃だけである。ショックウェーブのようにインターネットを通じて情報を集めている訳でもない彼の主な情報源は四糸乃と自分が見た物だけである。それだからグリムロックは、この地球について殆ど知らない。精霊の脅威やASTの使命、この星での理の一切を分かっていないのだ。四糸乃が隣界へ消失ロストしている間は日々、強い相手を求めて山の中や町に顔を出してはASTに狙われる毎日だ。

 この星の兵器のレベルはセイバートロン星には及ばない。多少はマシなのはASTだが、グリムロックの相手にはならない。グリムロックが気になっているのは、地球初日に見たダークエネルゴンの反応を放つ少女、十香だった。今日も昼頃に目を覚ましたグリムロックはロボットモードに変形しながら起き上がって背伸びをした。

「四糸乃……? あれ?」

 名前を呼んでも居ないという事は隣界へ帰っているという事、だがそんな知識が無いグリムロックは町に遊びにでも行ったとしか思ってなかった。敵と戦う以外にグリムロックがしている作業は木を引っこ抜いて、削り、マイホームを作るくらいだ。雑で拙い造りではあるが、骨組みは完成している。破壊専門のダイノボットに建築はかなり厳しい、骨組みを作るだけで何本の木が伐採されたか分からない。

 あまりに上手くいかずに拗ねて中断した事もあった。八つ当たりで完成間近の家を破壊した事もあった。

「もうすぐだ」

 満足げに腕組みをして骨組みだけの家を見守る。接合しているのは木の枝で選んだ大木の大きさもメチャメチャだ。強風が吹けば一瞬で倒れてしまうだろう。一仕事終えた満足げな表情で何度も頷く。

 空から一粒の水滴がグリムロックの肩に落ちた。ポツポツと雨足が強くなって行く、骨組みだけの家をそのままにしてグリムロックは人里に下りて行く。

 

 

 

 

 昨日は無断欠席をした事を担任の岡峰玉恵、通称タマちゃん先生に怒られた士道は下校途中に突然、降り始めた雨に晒されながら家路を急いだ。雨宿りを考えたが、以前公園で雨宿りをしていたら謎の少女と遭遇し、危うく巨大ロボットに潰されかけた。その経験からか、今日は真っ直ぐに家に帰って行った。士道が家の前に着くと門の近くをあのウサギの耳の装飾のフードを被った少女を見かけた。

 今回はグリムロックが居ないのかちゃんと辺りを確認してから四糸乃に近付いた。

「そんなトコにいたら風邪ひくよ」

 膝を曲げて士道は四糸乃と視線を合わせた。

『お気遣いありがとー!』

「うわっ!?」

 四糸乃の代わりに左手のパペットが喋った事で士道は驚いて尻餅をついた。

『おんや~? だ~かと思えばラッキースケベのお兄さんじゃなぁい』

「誰がラッキースケベだ!」

『ラッキースケベだよ~、雨に濡れたよしのんの体を起こす時にさり気な~く、膨らみかけの胸を触ってたじゃん!』

「っつ……! あれは不可抗力だよ。えっと……」

『ありゃりゃ、よしのんとした事がまた自己紹介を忘れちゃったよん。よしのんの名前はよしのん』

「俺は五河士道、よろしく」

『しくよろ~』

「まあ、中にあがんなよ。体を濡らしてたらホントに風邪ひくしな。お茶くらいは出すぞ」

 玄関の戸を開けて四糸乃を招くが、急に黙り込んでその場から動く気配がない。遠慮しているのかと、士道は四糸乃の肩を揺すった時、足から力抜けて四糸乃の軽い体は前のめりに倒れた。反射的に士道は受け止めると額に手を当てた。

「よしのん! 熱があるじゃないか!」

 四糸乃を横抱きにして家の中へ連れて行くととりあえずソファへ寝かせた。濡れた服を着ていては体が冷えてしまう。ここは服を脱がせるのが得策なのだが、士道の手は止まってしまった。仕方がないとは言え自分よりも年下の少女の服を脱がせると言うのは、どこか犯罪的な臭いがする。

 しかし四の五の言っている猶予は無い、士道は洗面所からタオルを取って来ると目隠しをしてから脱がせる事にした。手探り状態でありながらも士道は、四糸乃の衣類を一枚一枚剥がして行き、下着だけにした。下着一枚で寝込んでいる四糸乃にバスタオルをかけてやる。

 一旦士道は目隠しを取り払って自室からシャツを持って来て着せてやった。琴里の服の方がサイズとしてはピッタリなのだが、妹の部屋に入って衣類を物色するのは気が引けた。

「危ない危ない、犯罪一歩手前だったな」

 冷たい水で絞った手拭いを額に乗せて体にはバスタオルではなく、押し入れから引っ張り出した毛布をかけた。

 時計に目をやって夕食の支度を始めた。鶏肉と卵が冷蔵庫に入っていたので今夜のメニューは親子丼に決まった。

「琴里はラタトスクの仕事か……」

 十香はフラクシナスの対精霊用の隔離部屋で今は過ごしている。士道の封印の欠点は精霊側の好感度の低下や不安感などで力が士道から逆流してしまう事だ。外の世界で何かショックな物でも見て力が逆流すれば大問題だ。

 親子丼以外のメニューを考えているとソファで眠っていた四糸乃が目を覚ました。額に乗せていた手拭いがポロッと床に落ちる。

「っ……?」

「ダメだぞまだ寝てなきゃ」

「……誰、ですか……」

 今にも消え入りそうな小さな声で聞いて来た。

「五河士道。さっき自己紹介したろ。よしのん……で良いのか?」

 四糸乃はぶんぶんと頭を横に振った。

「四糸乃……」

「よしの……?」

 士道が聞き返すと小さく頷いてパペットの方を指差した。

「こっちがよしのん」

「えぇ~君が四糸乃でそっちがよしのん?」

『理解が早くて嬉しいねぇ~!』

 四糸乃が黙り込み唐突によしのんが喋り出した。

『やっぱりお兄さん……じゃなくて士道くんはスケベだね!』

「スケベとは失礼だな、熱が出てたから脱がせたのに」

『キャ~、エッチスケッチワンタッチ! だからよしのんの服がこんなダボダボなのねん! な~んだがサイズの合ってないシャツを着る幼女って、ちょっと良くなぁい?』

「不可抗力だ。断じて悪意は無いぞ!」

『まあまあ、よしのんを看病してくれた事には感謝してるよ。でもあの場で放置されてもグリムロックが迎えに来てくれるしぃ~』

「グリムロック?」

『士道くんも知ってるよ! あの大きなよしのんの友達だよ!』

 大きな友達と言われて閃いたのは公園の地面に強烈なパンチを叩き込んで脅して来た巨大ロボットだ。危うく捻り潰されかけた経験が蘇り無性に怖くなって来た。仮に大きな鉄の拳を受けたら士道など跡形も残らずにプレスされるだろう。

「あいつ、グリムロックって言う名前なんだ」

『そうそう、乱暴で野蛮だけどぉ~根は素直で良い奴だよ! ちょっと敵に容赦がないから近寄りづらいと思うけど~』

「俺って敵視されてんの?」

『多分ね』

 会話が一区切りした所にちょうどラタトスクの仕事を終えた琴里が帰って来る。

「ただいま~」

「おう、遅かったな琴里」

 見知らぬ人の声に四糸乃は毛布をすっぽりと頭から被って丸くなった。

「四糸乃、どうしたんだ?」

 士道が声をかけたが四糸乃は毛布の中から新しく現れた琴里を警戒するような眼差しで見守った。

「あら、お客さん? 珍しいわね士道」

「違う、この子家の前で雨だってのに濡れてたからさ」

「ふぅ~ん」

 チュッパチャプスを舐めながら来客の顔を窺う。まさか年端もいかない少女だとは琴里も思っても見なかったし、それどころか琴里は四糸乃の顔を良く知っていた。四糸乃だと確信した時、琴里のツインテールはピンと針のように逆立った。未封印の精霊“ハーミット”が自宅に来ているのだ、驚くなと言う方が難しい。

 肝心の士道は四糸乃が精霊であるとは知らない様子だ。

「じゃあごゆっくり」

 琴里は大きなフリップを出すとマジックで文字を書いて、四糸乃から見えない方向から士道にフリップを見せた。

《その子、精霊よ》

「えっ!」

『どおしたの~士道くん! それよりあの子は誰なのかな~?』

「妹だよ妹」

 精霊だと正体が分かれば急に緊張感が出て来る。確かにパペットのよしのんはフランクで良く喋るのだが、四糸乃の方は先ほどから黙ったままで殆ど声を発しようとはしたがらない。再び、琴里がフリップを出して指示を送る。

《そのまま機嫌を損ねずに好感度をじゃんじゃん上げて!》

「よしのん、今度さ俺と……デートしないか?」

 あまりに段階を省略した誘いに琴里はずっこけそうになり、フリップに「バカ!」と殴り書きをして見せた。よしのんもポカンと口を開けて固まっていたが、口の両端がつり上がり笑い出した。

『キャハハハ! 士道くんてひょうきん者? それによしのんをデートを誘うなんてさ勇気ある~!』

「アハハ……どうかな?」

『う~ん』

 パペットが腕組みをして考えていると、微かにだが地面が揺れた。士道も琴里も特にはその揺れを気にしなかった。

「俺はもっとよしのんや四糸乃の事を知りたい」

 再び地面が揺れてコップに入った水の水面に波紋が起きる。ゆっくりとしかし確実に揺れは大きくなっている。流石に電球が揺れて食器がカタカタと音を立てた時は違和感を覚えた。

「よしのん、ちょっと待ってて。琴里」

「何よ?」

「さっきから何か揺れてないか?」

「そうね、地震ってわけでもないし」

 琴里がそう言いながら外の様子を見るべくリビングのカーテンを開ける。するとそこには巨大なグリムロックの頭があり、琴里の方を見ていた。

「キャァ!」

 ビーストモードのグリムロックを見て思わず琴里はひっくり返った。

「どうした、琴里! ――!? 何だコイツ……!」

 鋼鉄のティラノサウルは戦車をもズタズタにする鋭利な牙を備えて大きな口を開けている。

『あ、グリムロック!』

 よしのんがグリムロックと呼ぶと二人は目の前の恐竜を二度見した。映像ではグリムロックは大きな人型ロボット、こんなティラノサウルスではない。そんな事を思っているとグリムロックの体の各所が縮小と展開を繰り返して行き、ティラノサウルスからやがて巨人へと変形した。

 グリムロックは庭から見えるリビングの窓を壁ごと引きちぎって捨てると唸る。

「四糸乃、返せ!」

 グリムロックが人語を解するのは知っていたがいざ目の前で聞いてみると新鮮に感じた。

『グリムロック、ダメダメ乱暴は!』

 毛布から飛び出した四糸乃はよしのんを身振り手振りで暴れそうなグリムロックを止めた。

『この人はよしのんを助けてくれたんだよ!』

 よしのんが説得するとグリムロックは握り締めていた拳をほどいた。

「ありがと、四糸乃を助けて」

 意外と聞き分けが良くて助かった。士道は琴里を起こしてからグリムロックの目を合わせ、勇気を振り絞って聞いた。

「ぐ、グリムロック! 君は何者なんだ。何で十香を攻撃したんだ。何で四糸乃を守るんだ」

「俺、グリムロック。ダイノボットのリーダー、四糸乃は友達……」

「ダイノボット? 他に仲間はいないのか?」

 グリムロックはゴーグルから光が発射され、士道等三人の足下が崩れ落ちたように見えた。それはリアルな立体映像、およそ人類の技術とは思えないリアリティである。グリムロックが見せた映像はセイバートロン星での戦いの記録だ。そこにはグリムロック程ではないにしても人間から見れば十分巨大なロボット達が熾烈な戦いを繰り広げている。ありとあらゆるサイズが規格外の大きさでそれに伴って戦火も広く、行き渡っている。

 一見するとロボット達に見分けはつかなかったが、琴里は最初に肩や胸のエンブレムの違いに気付いた。よく見ればグリムロックも胸にエンブレムを刻んでいる。赤色のオートボットのマークだ。

 しばらく映像を見ていると奇妙な言語を話しだした。セイバートロン星の言葉で何を言っているのか分からなかったが、グリムロックがすぐに音声を翻訳した。

『オプティマス、どうしてこの星を離れなければならない』

『分かってくれグリムロック』

 グリムロックが出した映像に現れたのはオートボットの総司令官オプティマス・プライムだ。士道の意見としては誰が何なのか解説が欲しい所だが、グリムロックは黙って映像を流している。

『メガトロンがプライマスにダークエネルゴンを流し込み、シャットダウンした今、この星に居てはオートボットもディセプティコンも共倒れだ。逃げるしかないんだ』

『腰抜けめ!』

 グリムロックがオプティマスの肩を押して威圧的に見下ろし剣を突きつけた。

『俺はディセプティコンを一匹残らず狩り尽くす! この星をメチャクチャにしたメガトロンを俺がすり潰してミートボールにしてやる』

『待てグリムロック! 君はアークを守るんだ! アークが最後の希望なんだぞ』

 グリムロックは背を向けてオプティマスの命令を無視した。そして数名の仲間を引き連れてオートボットの基地を後にした所で映像は止まった。

「俺の星は、もう無い、仲間も」

 呑み込むには時間がかかったが、琴里は理解した。グリムロックは単なるロボットではない、機械だが感情が存在し心を持ったれっきとした生物だ。そして彼等は人間ように種族を持っていたのだ。グリムロックの口振りから戦争で故郷が滅んだと推測出来る。

 戦争で村や街が滅ぶの話は聞くが、戦争で自分達の住む星が滅ぶなど考えた事もなかった。

「グリムロック……」

 士道はどういう言葉をかけてやれば良いのか分からない。珍しくグリムロックは物悲しげな表情をしていた。性格は違えども四糸乃は地球に来て出来た初めての友達だ、そんな彼女に仲間意識が芽生えていた。グリムロックは四糸乃を肩に乗せて五河家の塀を踏み潰して路上に出た。

「グリムロック! その子はASTに狙われている!」

 振り返って足下で吼える小さな人間を見下ろした。

「知ってる、だから、来れば俺が、追い払ってる」

「その子がASTに狙われずに済む方法がある! グリムロック、お前も戦わずに済むんだ。平和な世界に戻れ――」

 士道の言葉を遮り、グリムロックの剣が真横を掠めて地面に深い堀が出来た。グリムロックの目が赤く光る。

「ぐ、グリムロックさん……止めて下さい……」

 四糸乃が止めようと小さな声で叫ぶ。

「俺は戦う為に生まれた。戦う事、それが、存在理由!」

 平和など考えた事も無い。戦う事が運命だと決められたトランスフォーマー、その中でも一際、戦闘と破壊に特化されたダイノボット、加えて知性の九割を戦闘力に割り振られたグリムロックは常に闘争心を抱えている。戦場こそがグリムロックの住処だ。 士道の説得は通じずグリムロックは帰って行く、潰れた塀と窓から冷たい風が吹き込む。

「琴里、あれどうしよう」

「宇宙人は専門外よ。それに十香みたいに戦いを嫌がる素振りも無いし。そもそも精霊じゃないから封印も無理かも」

「放っておいたらどうなると思う」

「アイツの口調からしてASTは何回か追っ払ってるみたいだし……。情報じゃあ先にグリムロックを見つけたのは陸自だしね。いつかはグリムロックから陸自を襲うんじゃあない?」

 グリムロックを人間の物差しで計ってはいけない。攻略は難しそうだ。

 

 

 

 

 朝礼が始まる前、窓際に席を持つ士道は学校の窓からボーっと空を眺めていた。頭の中は昨日見た精霊とトランスフォーマーの事で一杯だ。精霊はデートで救う事が出来る。だがトランスフォーマーを救う算段は思いついていない。チャイムが鳴って、士道が黒板の方に顔を向ける。そこには担任のタマちゃん先生と見慣れた顔があった。

「副担任の村雨令音だ……よろしく」

 フラクシナスの解析官がまさかの副担任として来禅高校にやって来たのだ。士道は思わず声を上げかけたが、新人の美人教師と知り合いと言うだけで怪しい香りがする。ついでに男子の嫉妬の的にされるだろう。

「では皆さーん! 村雨先生とも仲良くして下さいね~! 後ですねぇ、何と今日は転校生が来ちゃうのですー!」

 転校生と聞いて教室内が一気にざわついた。情報通の女子ですら転校生の話題を知らなかった。謎の転校生という響きが更に教室を色めき立つ。

「先生ー! 男ですか? 女ですか!?」

「それは入って来てからのお楽しみですー! では登場して頂きましょう! 夜刀神十香ちゃんです! どうぞー!」

 いつにも増して先生のテンションも高い。

 士道は十香の名を聞いて呆気に取られていると教室に長く艶やかな藍色の髪をなびかせて十香が入って来る。程良く肉付いた綺麗な足、引き締まった尻、くびれた腰にかけての完璧なボディライン、良く育った胸、わずかに覗かせる細い首はもちろんとても整った顔立ちとキラキラと何かに思いを馳せる用に輝いた瞳には男子を引き込む誘引力がある。

 性別を問わずに魅力する美少女の登場に教室は一瞬だけ静まり返った。次いで、歓声が教室を支配する。

「じゃあ夜刀神さん、自己紹介してみましょう!」

 おもむろに十香はチョークを取って汚い字で『夜刀神十香』と書いた。そしてポケットから何やらメモ帳を取り出して拙い音読を始める。

「ハジメマシテ、ヤトガミトオカデス、ミナサン、イチネンカン、ヨロシクー。うむ、完璧だ」

 ツッコミたいがここは我慢だ。士道は平静を装って十香に拍手を送った。

「では夜刀神さん、空いている鳶一さんの前の席で」

「うん!」

 折紙の前の席、それは士道から見て右下に当たる。十香が歩いて来るが士道はなるべる目を合わせないようにしていた。だが十香は目を丸くさせ、士道の存在に気付いた。

「あ、シドー! お前も私と同じクラスなのだな!」

 十香はそう言って人目もはばからずに士道に抱き付いた。その瞬間に全ての男子から殺気が女子からは嫌悪感が向けられた。

「五河! その子とどういう関係だ!」

「五河くんもう転校生に手を出してたの!?」

「まじひくわー」

「例えこの身が犠牲になろうとも五河を倒すしかない……!」

「十香、いきなり目立つような事するな。違うからな! みんな誤解だぞ! 俺と十香は変な関係じゃないからな!」

「うむ、そうだぞ! 私とシドーは変な関係ではない! もっと深い仲だ!」

 フォローのつもりだったのだろうがこれでは火にエネルゴンを注ぐような物だ。

「五河ァ! オレ……オレ、オレオォ!」

「まじひくわー」

「俺が死ぬか、お前が死ぬかだ五河……!」

 更に殺気立った時、スッと折紙が手を挙げた。

「夜刀神十香の言っている事は間違い」

 普段は無口な折紙の発言にクラスは少しだけ静まったかに見えた。折紙は士道の首に腕を絡めて強く抱き締めた。

「何故なら士道は私と付き合っているから」

「もういい! もうたくさんだ! 五河を破壊する!」

「五河を屑鉄に変えてやろうぜ!」

「選んだ学校が悪かったな! その顔を剥いでやる!」

「ご、誤解だ! 誤解なんだぁぁぁ!」

 授業が終了した後に士道がクラス中の男子に追い回されたのは言うまでもない。嫉妬に燃える男子等の消火剤は無い物かとコソコソと廊下を歩いていると背後から襟を掴まれた。そこから有り得ないバカ力で屋上へ通じる階段の踊場に引き込まれて行った。

「士道……」

「ゲホッゲホッ、何だよ鳶一」

「質問がある」

「質問?」

「夜刀神十香は精霊“プリンセス”に極めて似ている。夜刀神十香は精霊?」

 折紙の目は確信したような力強い眼差しをしており、そして士道は嘘が苦手な方だ。このままシラを切るのは難しい。

「十香は精霊だった……」

「だった……?」

「そうだ、今は力を失って普通の女の子だ。鳶一、それでもお前は十香を狙うのか?」

 折紙は首を横に振って否定する。

「観測機に精霊反応が無ければ出動する理由が無い」

 折紙の言葉を聞いて安心した。

「なあ、鳶一。何でASTに入ったんだ?」

「私の親は昔、精霊に殺害された。私は両親を殺した精霊に必ず復讐する。もう私と同じような人を生み出したくない」

 恐らく折紙の復讐心が鈍る事はないだろう。折紙が更に何かを言いかけたが、同時に士道に酷い頭痛が襲いかかった。痛みで少しフラついて手すりにもたれた。

「士道、大丈夫?」

 折紙は直ぐに肩を貸してやる。

「ああ、平気だ」

 頭痛がしばらくして収まると校内に全体にけたたましく空間震警報が鳴り響いた。これは折紙にしてみれば出動の合図でもあり、士道にとって戦争デートの時間でもある。

「仕事の時間」

 折紙は士道を人目のつく場所にまで運んでから人の流れに逆らって走って行く。士道も早急にフラクシナスに回収してもらう為にインカムを耳に入れながら走り始めた。

『士道、聞こえる? 四糸乃が現れたわ。幸いにもグリムロックもいないみたいよ』

「わかった、もう校舎から出るからフラクシナスで回収してくれ!」

『OK!』

 琴里と話しながら走っていると前方への注意が疎かになり、誰かとぶつかり士道はこけた。

「悪い! 前をちゃんと見てなかった!」

「シドー何をしているのだ?」

「十香?」

「このベルは何なのだ? まさか給食という奴か!? 皆食堂に向かって走っているのだな!?」

「違う違う、ちょっとしたトラブルだよ」

「トラブル?」

「詳しい事は後で話す! タマちゃん先生! 十香を連れて行って下さい」

 ちょうど通りかかった岡峰教諭を呼び止めて士道は十香を任せた。

「はい、先生に任せて下さい。皆さん! 押さない、走らない、死なない! さあ、夜刀神さんもシェルターに行きましょう! 押さない、走らない、死なない!」

 走り去る士道の背中を十香は物寂しい眼差しで見送った。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋にはクルーと琴里、神無月と令音のお馴染みのメンバーが士道を迎えてくれた。士道の心臓も最近の度重なる異常事態に強くなった。空間震警報では眉一つ動かさないくらいの肝は座って来た。

「士道、四糸乃は現れるなりデパートの中に立てこもったままよ。ASTは空中で待機しているわ」

「十香と初対面と似たシュチュエーションだな」

「そうも言ってられないわよ、四糸乃は気性の穏やかな精霊、反撃もして来ないから向こうも強気よ」

「ASTはあんな小さな娘にも……」

「形は関係ないの、彼女が精霊である限りね。士道、転送の準備は出来てるわ」

「いつでも行ける」

 転送を開始し、士道の体が光と共に艦橋から消えた。

 士道を転送した先はデパートの七階おもちゃコーナーだ。電気が落ちて視界は悪いが慣れれば問題なく見える。フラクシナスの追跡カメラでは至って普通に映っており、視界に難は無い。周囲はプラスチック製のジャングルジムや子供向けのおもちゃが数多く並べられていた。士道は四糸乃を探して歩き回っていると、突然目と鼻の先にあのおちゃらけパペットよしのんが顔を出した。

『君もよしのんを苛めに来たのかなぁ~?』

『――!?』

『むむ!? 誰かと思えばこの間のお兄さんじゃない!』

「でたわね、よしのん」

 チュッパチャプスを舐めながらフラクシナスの提示して来た選択肢を見詰めた。

 一、よう、風邪は治ったのか? 元気そうで何よりだ。

 二、今日はグリムロックと一緒じゃないのか?

 三、合いたかったよ、四糸乃。

「総員選択!」

 琴里が指示すると全員が最良と予想するボタンを押した。

「ふ~ん……一番人気は一番か……」

「やはり、先日風邪をひいていたんです。会って心配されて悪い気はしない筈です!」と、川越。

「二は四糸乃よりもグリムロックに焦点を当てているのでダメですね」と、箕輪。

「士道、一番よ」

『よう、風邪は治ったのか? 元気そうで何よりだ』

『よしのんの事、心配してくれるんだ~、士道くんは優しいねぇ!』

 好感触なようだ。ひとまず好感度パラメーターは下がらず、僅かに上昇はした。しかしまだキスをして封印出来る程の好感度ではない。

「司令、どうします。彼女はまだ穢れを知らないツルペタボディです。デートやキスについて大した知識を持っていないのなら口説けるチャンスです」

「……十香のように事前の知識が無いならホイホイついて来る……か」

 十香は積極的な性格だが四糸乃はそれに対して消極的な性格をしている。誘っても乗って来ない可能性がある。

「士道、四糸乃をデートに誘いなさい。出来るだけ優しく」

 優しく、と言われてもピンと来ないが士道は普段の琴里を相手にしているような口調で言った。

『四糸乃、デートって覚えてるか? そっちが良いならその、俺とデートしないか?』

 士道の視線はよしのんではなく、心を閉ざしている四糸乃の目を見て言った。パペットは急に黙り込み、四糸乃は目を泳がせながら言葉を詰まらせている。

『俺はお前が狙われているのを見ていられない。四糸乃、チャンスをくれ俺ならお前を救える』

『し、士……道……さん』

 沈黙からようやく声を絞り出す四糸乃、だがそれは一発の銃声に掻き消されてしまった。弾丸は真っ直ぐに四糸乃の左手に命中し、パペットが地面に落ちた。霊装を纏う四糸乃に怪我はないがパペットには穴が空き、中から綿がこぼれている。

『誰だ!』

 暗闇から放たれた銃弾の方向に向かって士道は叫ぶ。現れたのは対精霊用のハンドガンを構えた折紙だ。ワイヤリングスーツ姿で右手には白く光るレーザーブレードを握り、憎悪を込めた眼光が四糸乃に刺さる。

『士道、どいて。ソレは私が始末する』

『鳶一! やめろ! 四糸乃は悪い奴なんかじゃあない』

『空間震で死んだ人にあなたは同じ事を言えるの? 精霊は敵、人類のガン』

 突然の折紙の乱入に琴里は額に嫌な汗を流した。ASTの任務よりも自己の復讐を優先する折紙はラタトスクの予想を外れた行動をして来る。

「司令、大変です。四糸乃の精神状態が不安定になって行きます!」

 椎崎が叫んでスクリーンに四糸乃の現在の精神状態が投影された。

「マズいわね、見る見るうちに不安感が強くなっている。十香の暴走に似た数値よ」

 

 フラクシナス内で四糸乃の心配をしていると事態は次なる展開を迎えていた。

『ハーミットは比較的大人しい精霊、反撃もして来ない』

『じゃあ何で執拗に追うんだ!』

『精霊と人間は水と油、終生混じり合う事は無い』

『十香は違う、アイツは普通の女の子になったじゃないか!』

『例外もある。私達の使命は精霊の抹殺』

 折紙はブレードを両手で握り、打ち抜かれたよしのんを両手に抱く四糸乃の首に刃を当てた。

『鳶一、やめろぉ!』

 士道が抹殺を阻止せんと一歩前へ歩いた同時に四糸乃は片手を天にかざし――。

氷結傀儡(ザドキエル)!』

 三メートルはある大きなうさぎを出現させる。これこそ四糸乃の天使の顕現化だ。凶悪なうさぎは折紙に吼えると天井に穴を開けて飛び去って行く。折紙もCR-ユニットを展開して四糸乃が空けた穴から野外へ飛んで行く。

 早速、外がドンパチ賑やかになる。

「士道、引き上げるわ」

『ああ』

 目標を見失い士道はフラクシナスに転送された。戦闘になれば士道に出る幕は無い、戦いが起きる前に決着を付けたかったが今回は折紙の横槍によってそれは叶わなかった。その後もフラクシナスでは四糸乃と会話を出来る機会を探しては見たものの苦しい戦いの間に入り込む事は出来なかった。そして何よりも折紙と対面してからの四糸乃の不安感が上昇しっぱなしなのである。精神が乱れれば精霊は天使をコントロール出来ない。制御を失った怪物はやがて隣界へとロストした。

 

 

 

 

 最近は雨が多い。

 季節は五月、梅雨にはまだ早いのだが連日空は雨模様だ。それに天気予報では晴れと言っておきながらいきなりゲリラ豪雨に見回れる時もあり、士道は傘を持参するようにしていた。十香が転校して来た日からどうにも男子から嫉妬が凄まじい。十香との潔白はなんとか証明出来た。現在、十香は士道の家に寝泊まりしており一つ屋根の下で寝食を共にしている事がバレたなら今度こそ引きずり下ろして細切れにされかねない。

 毎日毎日一緒に登校していてはいずれバレてしまう。だから士道は十香と登校時間をズラして学校に行っていた。授業が終了して十香と共に帰っていると玄関の前に何かが立っている。

 何かなど曖昧な表現をしなくても良い正体はグリムロックだ。ビーストモードで地面をクンクンと嗅いでいる。

「シドー、何だあれは!? ジュラシックパークか!?」

「動物ランドは断固NOだ」

 士道は少し引き腰でグリムロックに近付いた。それもそうだ、この間はグリムロックの癇に触って殺されかけたのだ。

「ぐ……グリムロックゥ~」

 語尾に行くに連れて声が小さくなる。それでもグリムロックにはちゃんと聞こえており目を光らせながら振り返った。

「お前、四糸乃、助けた奴」

「そうそう、四糸乃の看病してた。五河士道だ。よろしく」

 名前を名乗る士道よりもグリムロックはその隣にいる少女、十香を見てグリムロックは威嚇するように唸った。地球初日に会ったあの少女にようやく出会え、歓喜の雄叫びを上げたい所だが、問題はあの頃の強さもダークエネルゴンの力も感じないのだ。グリムロックは鼻を利かせて十香をクンクンと嗅ぐ。

「ちょっ……もう、アハハッ! くすぐったいぞ!」

 ダークエネルゴンの嫌な臭いがしない。グリムロックはとりあえずは危険が無いと判断してトランスフォームを開始した。複雑な変形プロセスはいつ見ても大した物だと感心出来る。ティラノサウルスが瞬く間に鉄の巨人に変形した途端、十香の表情が変化した。

「お、お前……あの時のメカメカ団だったのかー! 別の姿に変わって私を欺いたな!」

 元来変形能力とはこういった物に使う。人間社会に溶け込むに最適な通常のトランスフォーマーのビークルモードなのだがグリムロックのビーストモードでは欺くなど出来る筈がなかった。今回は十香を欺く事に成功はしたが。

「お前、今、匂わない」

「シドー、私は臭いか?」

「多分体臭の事を言ってるんじゃないと思うぞ。グリムロック、ここで何してるんだ! 四糸乃は一緒じゃないのか?」

「四糸乃、居ない、よしのんが無くなって、悲しんでる」

 よしのん、あのパペットは折紙に撃たれてからどうなったか分からない。グリムロックはよしのんを探しに町へ来たのだ。

「グリムロック、四糸乃はどこにいるんだ?」

「四糸乃、消えた、居ない」

 隣界へ消えたと言いたいのだろう。グリムロックは精霊の存在についてあまり理解していない事が分かった。

「よしのんを探すの俺も手伝うぞ」

「おいシドー、コイツは危険な奴だ。パワーもすんごいんだぞ! 私がぶわーって吹っ飛ばされたんだ!」

「十香、俺はグリムロックと四糸乃を助けたい。あの子もお前と同じ精霊なんだ」

「精霊? 私以外にも精霊が……?」

「お前と同じような運命を背負った子が他にもいるんだ。俺はそいつ等を助けたい」

「シドー……」

 十香は真剣な眼差しへ変化して士道と向き合う。不思議と十香の胸の鼓動が大きな音に聞こえて来る。

「俺、グリムロック。いちゃこらするなら先に行くぞ」

「ごめんごめん、とりあえず琴里に連絡を取ってみる」

「ええい、まどろっこしい! 町中を片っ端から匂いを嗅いで探すしかないだろう!」

「俺、グリムロック。賛成、お前、話合うな」

「うむ! よしのんの匂いが分かるなら探すのは簡単な筈だ!」

「十香、お前、賢いな。俺に乗れ」

 グリムロックはすかさずビーストモードに変形して頭に十香を乗せるとアスファルトをえぐり走り出した。

「おーい! あまり目立つような事はするなよ! つーかフラクシナスで見つけるから待てよー!」

 大声で士道が呼ぶがグリムロックと十香は既に遥か遠くで士道の声は聞こえない。諦めた士道はインカムの方に注意して琴里が出るのを待った。三、四回のコールの後に琴里が出た。

『どうしたの士道? 今、町で金属のティラノサウルスが女の子を乗せて走る映像を見てるんだけど?』

「見えてるのか……」

『まあね、あれだけ派手に走り回れば嫌でも目に付くわ、それで用件はなぁに?』

「四糸乃が持っていたパペットがあったろ?」

『え~っ確かよしのんだったかしら?』

「それだ、フラクシナスで探せないかな?」

『任せなさい、スーパーウルトラセクシーエンジン搭載、耐熱性五年間保証付きの空中艦にかかればすぐに見つけるわ』

「助かる。ところで四糸乃はどうして急に暴れ出したと思う?」

 士道が問うと会話が一時的に止まり少しだけ沈黙が訪れる。士道も四糸乃が不安定になった原因は大方予想はついているが、琴里にも聞いてみる事にした。

『……よしのん、かしらね。あのパペットが外れてから急におかしくなったわ』

「やっぱりか」

『見つけ次第連絡するわ』

 通信を終了して士道も自分の足で探してみる。四糸乃が居たのはデパート、その付近には高いビルが並んでおり人通りも多い。あいにくの雨で歩行者は普段よりも少ないにしても車はよく走り、サラリーマンなどが歩き回っていた。天使を顕現させてから良く見えていなかったが、四糸乃がよしのんを抱えていたのは確認している。四糸乃ももしかするとよしのんを探しに来ているかもしれなかった。

 今は頭痛もしないので空間震は起こらない筈だ。傘を差しながらデパートと他のビルの間を通る道を歩きながらどこかによしのんが落ちていないか探していると。例のうさぎの耳のフードを被る四糸乃の姿があった。服装が他に比べてかなり目立っているので嫌でも目に止まる。四糸乃は落ち着きが無く、そわそわした様子で辺りを見回し、ゴミ箱の中や自販機の下を覗いてよしのんを探していた。

「また風邪ひくぞ、四糸乃」

 士道が声をかけたが四糸乃は急な出来事に驚いてビクッと体を震わせた。だが声の主が士道だと分かると強張った表情もいささか緩んだ。また傘も差さずに歩いている四糸乃を案じて士道は自分の傘を渡してやった。

「……?」

「傘の使い方が分からないのか? こうやって使うんだよ」

 士道は膝を折って目線を合わせると四糸乃の小さな手に傘を握らせて傘布を上に向ける。

「ほらな、これで濡れない」

「ぁ、ありがとう……ござい……ます……」

 よしのんとは対照的で物静かな性格と口調だ。

「何か、探しているのか?」

 答えは知っているが念のため尋ねてみる。

「よしのん……」

「俺も一緒に探してあげるよ」

 四糸乃は驚いたように顔を上げた。よしのんの捜索に入ろうと士道が意気込むもののぎゅるる、と大きな腹の虫が鳴いているのが聞こえた。士道は目を丸くしていると四糸乃は恥ずかしくなってフードを深々と被って顔を隠した。

「お腹、減ってるのか?」

 赤面しながらも四糸乃は激しく縦に頭を振った。士道は笑って四糸乃の頭を撫でてやり、背伸びをする。

「飯でも食うか、連れて行ってやるよ」

 四糸乃の手を握って士道は近くのファミリーレストランに入った。四糸乃は物珍しさに辺りをキョロキョロと見回している。

「お客様、二名様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「では、こちらの席へどうぞ」

 店員と席のやり取りをして二人用の席へと案内された。士道は財布の中身を確認して頷いた。一方、四糸乃は何をしたら良いのか分かっておらずまだ辺りを見回していた。

「ほら、このメニューで食べたい物を選ぶんだ」

 広げたメニューを凝視する四糸乃はしばらくの間メニューとにらめっこした後にデラックスキッズプレートを選んだ。琴里の好きな料理だ。それから呼び出しボタンで店員にデラックスキッズプレートとコーヒーを頼んだ。

「四糸乃、お前のあのよしのんはどんな存在なんだ?」

「……友達……よしのんはわたし……みたいにうじうじ……しない……理想の……わたし……」

「理想のわたしねぇ……俺は今の四糸乃の方が好きだよ」

 歯が浮くような台詞だが、当人は自覚はない。

「じゃあさ、グリムロックは?」

「いつも……わたしを守ってくれる……わたしの……もう一人の……友達、わたしのヒーロー……」

「ヒーローか。四糸乃はどうして反撃しないんだ?」

 四糸乃は言葉を詰まらせながらも答えた。

「……わたしは……いたいのや……こわいのが……キライ……です。……きっとあの人……達も……いたいのもこわいのも……嫌だと……思うから……」

 他者を傷付けるのも傷付けられるのも嫌な四糸乃の優しさには士道は胸に刺さる物を感じた。怪物でも何でもない、欲しくもない手に余る力を与えられた少女の心中は、果てしない優しさに満ちている。そんな子に一切の救いが無いなど悲しすぎる。今一度、士道は四糸乃を助けようと心に誓った。

『士道、聞こえる? よしのんの居場所が判明したわ。四糸乃とゆっくりご飯食べてて良いから良く聞きなさい』

「ああ」

『よしのんは今、鳶一折紙の自宅よ』

 

 

 

 

 グリムロック、十香の二名は現在走り疲れて人気の無い土手で休んでいた。

「見つからんな」

「俺、グリムロック。お前の勘、当てにならない」

 走り回った所為で腹が減ったグリムロックは昼飯用に持って来た串に刺さった焼き魚を取り出して食べ始めた。そんなグリムロックを横には涎を垂らしてまじまじと見詰める十香がいる。食い意地の張った十香が焼き魚の香りを逃す筈がなかった。

「美味しそうだな……ちょっとで良いのだがな……良い香りだな……」

「お前も、食って良いぞ」

「ホントか!?」

 瞳をキラキラさせながら十香は脂の乗った魚にかぶりついた。

「う~む! 美味い、美味いぞ焼き魚」

 何十本もあった焼き魚は大食らいの二人にかかればものの数秒で無くなってしまう。少しは腹が膨れて十香とグリムロックは土手で仰向けになって寝転んだ。

「十香、お前、何でダークエネルゴン、持ってた」

「前も言っていたな。そもそもダークエネルゴンは何なのだ?」

「危険な物」

 具体的に何が危険なのか知りたいがグリムロックはダークエネルゴンの詳しい事情は知らない。とりあえず危険な物質であると聞かされているだけだ。食後の休憩を終えると十香は立ち上がった。

「よしのんを探すか」

「そうだな、お前、当てにならないから匂い嗅ぐ」

 ビーストモードに変形して十香を頭に乗せて地道に鼻を利かせてゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 酷く気が進まない調子で折紙の住まうマンションの前にいた。このマンションを訪れるのは二回目だ。こんな短期間の間に二回も女子の部屋に上がるなど予想もしていなかった。四糸乃は、デラックスキッズプレートを食べ終えてからファミリーレストランを出てすぐにロストした。

 折紙の自宅は謎のとりもちが、部屋に散乱していた謎の拘束具を鮮明に覚えている。ついでに捕まっていた士道の分身体の心太郎もだ。インターホンを押す事にかなり躊躇うが、文句も言えない。恐らく折紙の家に行けるのは世界中探し回っても士道だけであろう。

 意を決してインターホンに指を近付けるとボタンを押す前にエントランスのドアが開いた。どこで士道を監視しているのかほとほと気になるが、なるべく意識はしないようにした。

 エレベーターで昇り、折紙のいる階に到着すると部屋の番号を頭に浮かべながら廊下を歩く。折紙の部屋の前までやって来ると同時に玄関のドアが開き、メイド服を着た折紙が出迎えてくれた。

「と、鳶一!?」

「何?」

 メイド服について触れて良いのか分からないまま部屋に上がると以前、来た時とは打って変わって生活感に溢れ、何故かベビー用品がいくつか置いてある。

「すぐにお茶を出す」

「お、お気遣いなく~」

 折紙に何をされるか分からない。そう考えると気が気でない。台所へ行った折紙がおぼんを持って帰って来る。

「どうぞ、粗茶ですが」

 そう言って出して来たのは紫色にブクブクと不思議な泡を立てる謎の液体だ。

「どうぞ」

「え、いや……どうぞって……」

「どうぞ」

 士道は断れず、恐る恐る湯のみに手をつけて紫色の液体の粗茶を飲み込んだ。一口だけで分かる異常な苦味に士道は耐えきれず吐き出した。

「ぶへぇッ!? 鳶一、お前何を入れたんだ」

 士道の質問に答える前に折紙は士道を押し倒し、馬乗りの状態となった。

「鳶一!?」

「一つだけ、無条件で呑んで欲しいお願いがある」

「な、何だ」

「私の子孫を残す手伝いをして欲しい」

「子孫を残すって……」

「セックス」

「ダメだ! それはダメだって!」

「だめ?」

「それは……まだお互い良く知らないし、もっと深く知り合ったりじゃないとさ……ダメ……かな」

「ではまた今度。もう一つ無条件で呑んで欲しいお願いがある」

「あなたは夜刀神十香を十香と名前で呼ぶ、対して私を鳶一と苗字で呼ぶ、これはたいへん不公平、私の事も折紙と呼んで欲しい。だめ?」

「それは……ダメじゃあ……ないかな、折紙」

 折紙の頬はほんのりと赤らみ、士道の腹の上から退くと軽やかにジャンプして喜びを表す。

「どこに行くんだ?」

「シャワー」

 それだけ言い残して折紙は風呂場へと行ってしまう。士道にしてみればまたとないチャンスだ。折紙がシャワーに行った隙に士道は部屋の中を探し出した。リビングはいくら探しても見つからない。次に士道は寝室を探る事にした。

 女子の寝室を物色する背徳感は凄まじいが四の五の言っている場合ではない。

「くっ……何なんだこの部屋、妙な香りがするしさっきから顔が熱いし……」

 ふと折紙のベッドに目をやるとそのベッドのサイズがやけに大きい事が分かる。嫌な想像が脳裏を駆け巡るが、全て無視した。しばらく寝室を探した後によしのんはタンスの上で発見出来た。撃たれた腹は綺麗に縫合されて以前と変わらない程に修復されていた。よしのんを持って来たバックに詰め込み、目的を達成した士道は汗を拭った。

 ちょうど折紙もシャワーを終えて出て来た。その格好は裸体にバスタオル一枚だけ巻いたというなんとも無防備な姿だ。

「オアッ!? 折紙ィ!?」

 思わず声が裏返った。折紙はちょこんと士道の隣に座る。それも嫌に距離が近い。士道が少し離れると折紙は即座に近付いて来る。

「……なあ折紙、お前精霊は殺さなくちゃいけないかな?」

「当然、精霊は私達の敵、どういう意思か何て関係ない。やらなければ私達がやられる」

「折紙、俺は精霊と話した事がある。十香も最初は精霊だ。でもアイツは破壊とか大嫌いなんだ。持ちたくもない力の所為で戦わねえといけないんだ」

「大いなる力には大いなる責任が伴う。破壊が彼女達の意思ではないしても代償を支払う義務がある」

「折紙、考え直してくれ。十香や四糸乃は本当に良い奴なんだ! お前もスゲェ良い考えしてるさ! お前にあんな良い奴らを殺して欲しくない……」

「いくらあなたのお願いでも、容認出来ない」

「そんな――」

 士道は更に何かを言おうとしたが頭痛に見舞われた。こんな時に空間震の発生とはタイミングが悪い。警報が鳴り、折紙のケータイに出動要請が出た。

「私はこれから仕事、あなたは早くシェルターへ逃げて」

 折紙はバスタオルを払いのけてワイヤリングスーツに着替えると出動した。士道も折紙の後に続いて部屋を出るとインカム越しに琴里の声が聞こえて来た。思い返せば通信を切った覚えはなかったが、折紙の家に来た時から琴里の声が突然聞こえなくなった。

『士道!? やっと繋がったわね! あの鳶一折紙って人何なの? 凄い妨害電波で通信が出来なかったのよ』

「妨害電波って……」

『まあその件は後回し。四糸乃が現れたわ。ASTの戦力も今までの何倍も増強しているし、四糸乃の方も力の制御が全く出来ていない暴走状態よ』

「了解、こっちもよしのんを見つけた。アイツを助けに行く」

 

 

 

 

 何もない空間から現界した感触は慣れた物だ。出現した時に四糸乃の目に映るのは無数の銃口だ。今回はその銃口が普段よりも何倍も多かった。四糸乃が姿を現したのをきっかけに空中のASTはガトリングやミサイル、ライフル、大砲というありったけの砲火を浴びせた。爆発と鉄の雨を凍らせて四糸乃は逃げ出す。四糸乃に下手に近付けば肉体を凍結されるのは、皆知っており接近を避けていた。

 その中で折紙だけは抜きん出て攻撃を仕掛ける。隊長の燎子は軽率な行動に目を剥いたが折紙も単に捨て身の特攻などではない。勝算があっての行動だ。

 四糸乃が逃げ行く方向に先回りし、折紙はガトリングを掃射しながら迎え撃ち逃げる方を予想してブレードで切り落とした。固い地面に叩きつけられた四糸乃は、痛みで泣きそうだ。目頭が熱くなり精神の寄りどころであるよしのんを頼るが、よしのんは今はいない。

 折紙はスラスターの噴射を緩めながら下降して来る。ガトリング砲の弾を再装填した。ブレードを握る手は精霊を斬れるという喜びに震えている。

「ようやく……私達の反撃……!」

氷結傀儡(ザドキエル)……」

 天使の顕現など想定の範囲内だ。だが今回の四糸乃の天使の威力は、今までのそれとは全く別の物であった。四糸乃の体には紫色のオーラが包み込み、天候が雨から雪へ雪から吹雪へと変わった。

 折紙が持っていたブレードも四糸乃の冷気によって見る見るうちに凍り付いて行く。氷結の浸食はテリトリーを展開している腕にまで及んだ。その瞬間に折紙はスラスターを噴射して急上昇で事なきを得た。

「あんたって、本当に死に急ぎ野郎ね」

「隊長、“ハーミット”は随意領域テリトリーごと氷結させて来る」

「ますます近距離戦は厳しくなったわね」

「今回は戦力が違う」

 ASTの戦力は普段とは違って明らかに多い。自走砲や空中には攻撃機、爆撃機までもが飛んでいた。ASTの撃破目標は四糸乃以外にもう一人いた。

 

 

 

 

 グリムロックが町の外れから帰って来た時、中央区は氷の世界となっていた。頭に乗せていた十香を安全な所に置いてからグリムロックはロボットモードに変形する。ゴーグルは吹雪で視界が悪くなっていても鮮明に景色を捉えており町で何が起こっているのかを容易に確認出来た。

 少し高いビルによじ登り、空中にASTの大部隊がいるのを確認した。そしてもう一つ、尋常ではない霊力を放ち堅牢な氷の城がある。それが四糸乃の物である事は察せる。

「四糸乃……!」

 本能か、勘か、グリムロックには四糸乃の叫びが良く聞こえる。こんな感情は覚えがある。ショックウェーブに仲間を改造され、シャープショットにスナールが拷問にかけられていた時の怒りだ。今度こそ、グリムロックはASTを一匹残らず叩き潰すつもりだ。巣穴である駐屯地も全て影一つ残らない程に破壊する。

 グリムロックは怒りに身を震えさせ、肉体は溶岩のように赤熱し、赤い蒸気を炎のように体から湧き上がらせた。怒りが頂点に達した際に見せる膨大なエネルゴンの燃焼によりグリムロックにかけらた枷は完全に外れる。

 腹の底から怒りの叫びを上げてグリムロックは、ソードと盾を出して家屋や店やマンションを突進で破壊しながら突き進む。

「俺の、友達、俺が、守る!」

 グリムロックが瓦礫を掴むと四糸乃への攻撃に気を取られていた隊員に投げつけ、命中した。瓦礫をぶつけられた隊員は多少は揺らいだが、流石にグリムロックの投擲力でも単なる瓦礫ではテリトリーは破れない。

「隊長、来ましたグリムロックです!」

 飛来して来た瓦礫の方向を指して一人が叫ぶ。

「待ってました。グリムロック、本命はあんたよ! 総員、グリムロックが現れたわ標的変更! AST、アタックだぁー!」

 燎子の指示に従い、大勢の隊員がグリムロックを空中で取り囲み持てるだけの弾を叩き込み、遠方からは綺麗な放物線を描いて自走砲の砲弾が飛んで来る。猛烈な爆発と風圧がグリムロックを飲み込む。段違いの防御力で全ての攻撃を弾いて大量の火花を散らした。人類の火力で迎え撃たれグリムロックは衝撃でよろめきはした。

 のけぞった所にブレードで斬りつけようと近付く隊員をグリムロックは睨んで荒っぽく掴み取り、力を込めて握りつぶした。目の前で仲間を失った瞬間を目撃して隊員等は血の気が引いた、瞬きをする間に二、三人がソードによって切り裂かれた。

 相手がトランスフォーマーでも怯まずに先行したのは折紙だ。怨みは無いが、敵対するなら容赦はしない。両腕にガトリング砲を携えてグリムロックの足下を狙い大量の薬莢を排出しながら弾丸を撃ち込む。ちょろちょろと鬱陶しい折紙を叩き斬ろうとソードを振り下ろし、水平に切り払い、うるさいハエを叩き潰すようにソードをデタラメに振り回した。

 やはり的が小さい所為もあってグリムロックの攻撃は当たらず、楽々と回避した折紙はガトリングを捨ててミサイルポットに持ち替え、六発のミサイルを発射。灰色の煙が整った軌跡を描きながらグリムロックの立っている地盤を粉砕した。

「うっ!?」

 足場は簡単に崩落を開始しグリムロックは抗う間もなく下半身全てが地面の中に埋まった。動きを封じ込めて燎子は「しめた!」と言い、対精霊用ネットをグリムロックに被せて動きを更に制限する。猛獣のように暴れているが、体が満足に動かないのであればどうしようもない。ネットを引き千切り、暴れるが次から次へとネットをかけられて動きが徐々に鈍くなっていった。

 対象は拘束した。ポイントをロックし、自走砲や爆撃機、攻撃機の支援を要請する。遠方から飛来する榴弾と頭上から撒かれる爆弾の雨、三〇ミリ機関砲、ASTも負けじと引き金を引き続けて周囲のビルは爆発に巻き込まれ、倒壊していく。瓦礫の落下場所はグリムロックの頭上だ。瓦礫が降り注ぎ、埋められてしまったグリムロックはそこで動きの一切を止めてしまった。燎子のセンサーにも熱源反応は無く、対象が停止したと確信した。

「撃破完了」

 折紙が静かな声で言う。

「ようやく折り返しって所かしらね」

 燎子が四糸乃の方にむき直した時だ。残るは精霊“ハーミット”だけだと燎子はいささかの安堵感を味わっていると――。

「隊長、あれを!」

 隊員の一人が近くにまだ建っている六階建ての雑居ビルを戦慄した表情で、恐怖で震えた指で差していた。最初は何を示しているのか理解出来なかったが燎子は目を凝らしてそのビルを注視する。

 なんとそのビルは動いていたのだ。

 燎子の背筋に嫌な脂汗が流れ、全身から血の気が引いて行くのを感じた。背筋が凍るとはこの事か、と燎子は改めて認識した。

 ビルの一棟の下、それを持ち上げて支えているのは紛れもなくグリムロックだ。更に体は赤熱して蒸気は益々迫力を増して吹き上がっている。背負っていたビルを時計回りに振り回し低空を飛んでいたAST部隊を巻き込んで振り回すビルの餌食にされた。そして上空にいるASTに向かってグリムロックは力任せにビルを投げつけ巨体と重量のパワーで押しつぶしていった。

 多くは回避が間に合わずに撃墜されてしまった。

「総員、グリムロックはまだ生きている! 攻撃開始ぃ!」

 再び砲火が向けられる。この時、グリムロックにも変化があった。剣を地面に突き刺してから両腕を殴りつけるように着いて、体が縮小と展開を繰り返してロボットモードからビーストモードへと変形した。

「なっ……!? 何なのあの姿は!?」

「恐竜と思われる」

 何だかんだでグリムロックのビーストモードを見るのは初めてのASTだ。その強さの深奥も初めて目の当たりにするのだ。

 空間をビリビリと震わせる程の音圧を持つ咆哮はガラス窓を割り、アスファルトの地面にクモの巣状に亀裂をいれた。更に何名かの隊員の戦闘意欲は萎縮してしまう程だ。口腔内に超高密度のエネルゴンを収縮、周囲の風がグリムロックを中心にして渦巻いて集まっている。瞳は赤々と輝きを増して肉体からもエネルゴンの光が漏れた頃だ、圧縮されレーザーファイヤーは燎子等ではなく、何もないビル群目掛けて放った。

 見よ、この破壊力!

 閃光、余波、熱量、爆発これら全ての出力が燎子達の未体験な物と断言しても良い程の規模だ。光で目を覆っていた手をどけると、グリムロックの前方に建っていたビル群は蒸発し、その先の小高い丘をぶち抜き、泉を干上がらせ、住宅街を薙払って陸自が配備した自走砲を消滅させたのだ。

 燎子はグリムロックの熱線が放った方向に本部がある事くらい知っている。燎子は素早く本部と連絡を取った。

「司令室、応答願います。司令室!」

『聞こえているよ』

 桐谷が応えた。

「司令室、そちらは大丈夫でしょうか!」

『自走砲がやられた。隊舎と倉庫もな』

 中央区の半分は四糸乃の氷で吹雪き、半分はグリムロックの攻撃で火災が発生している。

「無理よ……。止められないわ……こんなの」

 燎子は任務で初めて諦めの言葉を吐いた。普段の撤退命令とは訳が違う。中央区からAST本部までどれだけの距離が離れているか。最低でも一〇キロはある。その間にある障害物を破壊して自走砲だけを撃破したのだ。

 規格外にして桁外れ、凶悪にして情深く、過剰にして無謬。

 圧倒的戦闘力を誇るグリムロックは町をあっという間に凄絶な光景を作り上げた。

 気が付けば燎子の周囲には顔馴染みのメンバーだけで殆どはグリムロックにやられていた。

 グリムロックは口腔内からレーザーファイヤーを吐き出して撃墜を試みる。先ほどよりも出力を抑えて撃って来る。

「あの口腔内の熱線は命中すれば随意領域テリトリーごと破壊される」

「わかってる! でもアイツ変形してから一層固さが増してんのよ!」

「近接戦闘を提案する」

「死にたいの!?」

「体の大きさから見てスピードは無いと判断される」

 折紙と燎子が次の作戦を立てているとグリムロックはレーザーファイヤーから砲弾に切り替えて撃つ。巨大な砲弾をかわして折紙がスラスターを噴かしながら右へ左へフェイントをかけながら肉薄する。近付いて来た折紙に噛み付き、それを回避してはブレードで斬りつける。グリムロックは標的を折紙に絞って執拗に追い掛ける。口からの砲弾の発射先を正確に予測してかわしてながら折紙は次なる攻撃方法を組み立てる。

 折紙は持っていた発煙弾をグリムロックの周りにバラまいた。たちまち煙に覆われて互いに煙の壁が視界を遮った。巨体のグリムロックに素早さは無い、折紙がそう睨んだのが運の尽きだ。そもそも戦闘経験値が人間とトランスフォーマーでは天と地の開きがある。

 煙の中を動き回り、折紙はグリムロックの背後に回り込む。レーザーブレードを二本構えて折紙はスラスターを一方向に噴射し体を回転させながら斬りかかった。

 ブレードの刃は背中に触れる寸前で当たる事なく、折紙は尻尾で叩かれる。建造物を三軒ぶち抜きながら吹き飛ばされ、適当な家屋にめり込むと口から血を吐き折紙の意識は遠のいて行きやがて気絶した。

 残党の数を数えてグリムロックは勝利を確信している。基地の方もレーザーファイヤーの攻撃で被害が出ている。ASTも殆どが壊滅、四糸乃を傷付ける存在を絶滅させるのに大した時間は要らなかった。力強く一歩踏み込むと、燎子等は自然と後退した。残りの隊員だけでは四糸乃を止める事も怒れるグリムロックを倒す事も出来はしない。

 敗北が確定し、撤退も許されないこの状況で何をすべきか燎子には分からない。ただただ冷や汗がこめかみと頬を伝っていく。

『日下部一尉、防衛省に増援を要請した。諸君等は負傷者を回収し、緩やかに撤退しろ』

 通信から桐谷の声がした。撤退と言う言葉に燎子を含めて他のメンバーも内心では安堵している。

『日下部一尉、聞こえているのか? 負傷者を救助をしながら撤退しろ』

「は、はい! 了解しました!」

 残存部隊が撤退を始めるとグリムロックは目を見開いた。逃がしてはならないと思い、口からレーザーや砲弾を放ち燎子等を撃ち落とそうとする。回避に徹しながら退いていくASTを追撃せんと走り出そうとした時だ。

「グリムロッーク!」

 吹雪の中で己の名を呼ばれてグリムロックは踏みとどまった。周囲を目配りして声の元を探してから足下に視線を落とした。

「グリムロック、聞こえるか!? 俺だ、士道だ!」

「士道……」

 士道はバックからよしのんを取り出してグリムロックに見せた。

「グリムロック、よしのんは見つけた。俺はこれから四糸乃を助けに行く。グリムロック、お前も手伝ってくれ」

「嫌だ、よしのんを渡せ、俺が助ける」

「グリムロック聞いてくれ、四糸乃のあの力を封印する方法がある。俺にはアイツを救う手段があるんだ!」

 グリムロックは士道を睨み、四糸乃の居る氷の居城を見てから変形を始めた。ロボットモードへ姿を変えると手を差し伸べた。

「乗れ、四糸乃、助けに行く」

 いつしかグリムロックから溢れ出る蒸気は鳴りを潜めていた。

 士道は頷き、グリムロックの手に乗ると上から大きな手が被さり士道を保護するように包み込んだ。グリムロックが四糸乃の氷の城へと足を踏み入れた途端、吹き荒れる雹は鋭利に尖りグリムロック目掛けてあらゆる方向から飛来した。持ち前の頑丈さで傷は付かないにしても衝撃は並大抵の物ではない。

 士道一人なら不死身の力を以てしても再生が追い付かずに体を粉々にされていただろう。

「うっ、うぅぅッ!」

 ゆっくりと一歩ずつ踏みしめて確実に四糸乃の方へ歩いて行くグリムロックだったが、問題が起きた。四糸乃の所まで後半分という所で急激な冷却によりグリムロックの関節や駆動系が凍り始めたのだ。

「士道、足が凍った、動けない」

「嘘だろ!?」

 凍った足を無理矢理動かしてそこから何歩か歩いたが、遂に全身にまで凍結が及び、グリムロックは手が凍る前に士道を掴む。

「投げるぞ」

「え、は!? 投げる!?」

 有無を言わさずグリムロックは四糸乃の方角に向かって士道を投げた。

「うわぁぁぁ!? グリムロックゥゥッ!」

 鋭いナイフのような雹の嵐の中に士道は放り投げられた。グリムロックの手から出た瞬間から腹や胸、肩、顔に雹が突き刺さり、一瞬で衣服は血まみれになる。傷が出来れば炎で治癒してくれるが、痛みは消せはしない。皮膚と骨を貫かれる度に士道は悲鳴を上げるが足は止まらない。治りきらない傷口に再び雹が刺さる事もあった、雹が目をえぐる事もあった。士道が肉体を再生させ破壊されを繰り返している内にすすり泣く声を聞いた。

 四糸乃の泣く声が徐々にハッキリと聞こえる頃には雹は止み、外部の激しい抵抗とは打って変わって静かで音も風も無く、ただただ暗い空間がそこにあった。

「よしのん……グリムロック……」

「はぁぁい、よしのんだよ~」

 変な裏声を使って士道は真っ赤になった服で現れると力が抜けて四糸乃の前に倒れた。

「主役の五河士道が助けに来たぞ」

 手に持っていたよしのんを四糸乃に手渡してポンと頭を撫でてやる。四糸乃の顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。士道は自然に優しく微笑んで見せ――。

「今度は友達をなくすなよ、四糸乃」

「士道……さぁん……士道さぁん……。わたしの……為に……」

「お前に何かあったら俺がグリムロックにどやされるからな」

 四糸乃の体から滲み出していた紫色のオーラは時間が経つに連れて収まりを見せて行く。他者を拒絶する冷たい雰囲気は次第に淡雪のように溶けて無くなる。

「な、なあ四糸乃。一つだけ……お前の力を封印出来る手段があるだ。お前はもうその力で苦しむ必要はないんだ」

「……?」

 大きな目を開いて四糸乃は驚いたような表情を作る。

「え~……キスって言ってな……口と口を合わせ――」

 士道の説明も待たずに四糸乃はそっと士道と唇を重ね合った。心地良く柔らかいキスに士道は呆気に取られ、四糸乃は惚けている。その瞬間から四糸乃の霊装はゆっくりと光の粒子となって散り散りになり、消えて行く。

「きゃっ!?」

 突然、衣服が消え始めて四糸乃は両手が体を隠した。士道もすぐによそを見て目線を反らした。霊装が消え、氷と吹雪の城は激しさを止めてやがては霧散する。鉛色の空から太陽の光が差し込み、空は澄み渡った快晴となった。

 凍結されていたグリムロックは霊力が弱まり張り付いた氷を割って再起した。暖かい日の光を見上げてからグリムロックは四糸乃のいる方に歩み寄る。

「四糸乃、無事で、良かった」

「グリム……ロックさん……」

 四糸乃の安否を確認してからグリムロックは士道を手のひらに乗せた。

「な、何だグリムロック?」

「お前、勇気ある、強い、認めてやる」

「そりゃあどうも」

 霊力を封印した反動か士道はグリムロックの手のひらの上で気を失った。ASTの増援が来る前にグリムロックは二人を乗せてその場から退散した。

 

 

 

 

 士道が目を覚まして視界に入るのはもうすっかりお馴染みの医療室の綺麗な天井だ。しかし、今日は珍しく琴里の顔も映っている。

「琴里?」

「うわっ! 起きるなら言いなさいよ!」

「無茶言うなよ、四糸乃は? グリムロックは?」

「両方元気よ、特にグリムロックは四糸乃が寝たっきりだからって心配で暴れ出したのよ」

「暴れ出したってアイツ町に下りたのか?」

「違う違う、フラクシナスの屋上に飼ってあるのよ」

「放し飼いか」

「それより士道」

「ん?」

 名前を呼ばれたかと思うと琴里は急に士道の腹に顔をうずめるように抱きついて来た。

「アホ士道、何であんな無茶すんのよ……どれだけ心配したと思ってんのよ」

 司令官モードの琴里にしては珍しく感情を剥き出しにして目に涙を溜めながら士道の無事を喜んだ。

「あんたはあたしの言う事聞いていれば良いのよ……バカ……」

「ハハッ、ごめんごめん。司令官殿」

 そんな兄妹の抱擁をフラクシナスの窓からグリムロックは覗いていた。フラクシナスの外装に掴まりながら窓から覗くという奇妙な態勢だ。

「グリムロック!? 何見てるんだよ!」

 士道は窓の鍵を外して開けた。

「俺、グリムロック。四糸乃、まだ目を覚まさないのか」

「令音が診てるわ。安心しなさい。あ、そう言えば十香は?」

「あっ」

「アっ」

 グリムロックと士道の声は重なり、尚且つ全く同時に十香の存在を思い出した。

 

 

 

 

「シドーとグリムロックのバカー! お腹減ったぞー! みんなどこにいるのだ~!」

 日も暮れた土手に十香の声がこだました。



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7話 伝説(笑)のディセプティコン

 DEMインダストリー、イギリスに本社を置く顕現装置リアライザやCR-ユニットの開発をおこなう世界で最も有名な巨大企業だ。本社のビルは天高く屹立として建ち並ぶビル群の中でも頭一つ飛び抜けた高さをしている。最上階は驚く程に見晴らしが良く、イギリスの都市を一望出来る。社業務執行取締役アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは華やかな社長室ではなく、ヘリポートなどがある屋上にいた。白髪を風になびかせながら整った顔を上げて何かを見上げた。

「私は神の啓示を受けた身だ。私は人を見る目に関しては人後に落ちない。君の力は私達に大いに役立つだろうと思っている」

 アイザックの目線の先には鉄の巨人が堂々と立っている。赤と白色のカラーリングに背中には小さな翼があり、細身で格好の良いスタイルをしている。巨人と言えどもグリムロックに比べればかなり小さい。アイザックの言葉に気分を良くしながら口の端をつり上げて航空参謀スタースクリームは笑った。

 ディセプティコンのナンバー2にして最大の裏切り者である航空参謀スタースクリームが何故、地球にいたのかその経緯はずいぶんと遡る。

 

 

 

 

 セイバートロン星、ショックウェーブの研究所では捕らえられたグリムロック等を地球の恐竜と掛け合わせる実験をおこなっていた。

 メガトロンが戦闘で意識不明となりニューリーダーを名乗ってディセプティコンを好きにしていたスタースクリームだったが、メガトロンは復活、リーダーの座を追われたのだ。己の力に絶対の自信を持つスタースクリームはディセプティコンに刃向かう、その過程でショックウェーブのラボに侵入し、拘束されていたグリムロックを懐柔しようとするものの、聞き入れてもらえず体を掴まれてボールのように壁にぶつけられて気を失ったという訳だ。

 元オートボットだったが、スタースクリームはグリムロック等とは殆ど面識が無い。スタースクリームは打った頭をさすりながら目を覚ました。

「んっ……ここは……。あ、あの図体だけのポンコツオートボットめ! よくもこの俺の提案を無視して酷い目に合わせやがったな!」

 体の節々が痛むもなんとか起き上がって敵がいないか確認しながらすぐ近くのドアから通路を覗いた。その先には紙切れのようにひしゃげた鉄のドアや粉々に粉砕されたディセプティコン兵士の残骸が道を作るように散らばっていた。一度振り返って、グリムロックを捕らえていた拘束具に注意を注ぐと、やはり拘束具は引きちぎられてパチパチと火花を散らしている。

 グリムロックという強大な怪物を作り出したショックウェーブに呆れながら、スタースクリームは右腕を変形させて二連装のアサルトライフルを出すとディセプティコン兵士の死骸を避けながら歩いた。

 スタースクリームが寝ている間にセイバートロン星の状況は大きく変わった。何年か前にメガトロンがセイバートロン星の中枢、すなわちプライマスにダークエネルゴンを流し込んだ結果、この星は再起不能レベルの深刻なダメージを負った。オートボットとディセプティコンは、この星を去る決断をしたらしく両陣営のリーダーは今はこの星にいない。

「さてと……ショックウェーブのラボまで来たが、あのヤローはいったい何の研究をしていやがったんだぁ?」

 スタースクリームはショックウェーブのコンピューターを使い、彼の昔の研究などを見ていた。あらゆる生物兵器、各惑星の生物の研究データ、その中にはダイノボットの研究とスペースブリッジの設計図も乗っていた。

「スペースブリッジ? ああ、あのバカデカいエネルギーばっかり食らう無駄遣い建築か。ったく、あんなもんに時間を割くンならもっと別な物に時間を割きやがれ」

 ブツブツと独り言を言いながら他のデータを見ているとその中に地球のデータも見つかった。一切の手が触れられていない未精製のエネルゴンが無尽蔵に存在する星だ。当然、スタースクリームはこの星に目をつけた。

「地球だと、酷い名前だ。しかし……今やセイバートロンにゃあ俺様しかいないみたいだしな」

 メガトロンもオプティマスも居ない星、スタースクリームは既にこの星のトップになったつもりで口元が歪み、堪えきれずに笑い出した。

「アッハハハハ! 地球のエネルゴンと誰もいないセイバートロン、コイツぁ最高だぁ! 地球にはここを再建するに十分なエネルゴンが眠ってやがる! さて、じゃあまずはどうやってこの星まで行こうか……」

 そう言いながらスタースクリームはショックウェーブのスペースブリッジに目をつけた。巨大な塔と莫大なエネルゴン、大掛かりな仕掛けこれらをもっと効率的で尚且つエネルゴンの使用量を削減した物を作り出せば地球への道は開かれる。スタースクリームの科学者としての知識を活用しながら、普段とは大違いの手際の良さで設計図を書き上げて行く。

「見ていやがれメガトロン! どっちが有能な司令官か教えてやる。この星を俺が再建すれば誰もが俺に感謝せざるを得なくなる。正義面のオプティマス・プライムにも一泡吹かせられるってもんだ」

 昼夜を問わず、小さなエネルゴンをかき集めては実験を、かき集めては実験を繰り返してスタースクリームはスペースブリッジの改良に勤しんだ。

 ある日、スタースクリームはオートボットの首都アイアコンの上空を飛んでいた。普段ならば激しい対空砲火の洗礼を浴びる所なのだが、兵士の居ない町は非常に静かな物だ。ダークエネルゴンの爆撃やトリプティコンの砲撃で甚大な被害を被ったアイアコンにスタースクリームが立ち寄った理由は一つ。オートボットからも技術を盗もうというのだ。

 スタースクリームが訪れたのは前オートボットの総司令官、ゼータプライムの書斎だ。戦争の被害でかなり内部は痛んでいる。棚に収納されたデータを読みながらスタースクリームは神聖なるゼータプライムの書斎を歩き回っていると、赤色の赤外線がスタースクリームの頭に狙いを定め、光弾が空中を走る。

 身をかがめて敵の攻撃を回避して相手が何者かを確認した。

「あぁ? アイツはそうか、さてはゼータプライムの部屋を守るガードロボットだな?」

 右腕のアサルトライフルからスナイパーライフルへ変形してスコープを覗き、一瞬でガードロボットのスパークに狙いを定めて撃ち抜いた。ガードロボットはガクガクと体を震わせた後に爆発を起こして四散した。

「ガードロボットがいるってコトはゼータプライムの私室まで近いって事か」

 再びデータを読みながら歩いていると一際立派な扉にぶつかった。額にはゼータプライムと書かれてありスタースクリームはそこが私室であると判断して、ドアに爆弾を取り付けて破壊した。流石は総司令官の部屋、機能面以外にも華やかさを出す為に高級な品が置いてある。スタースクリームはゼータプライムの椅子に腰掛けてふんぞり返った。

「良い椅子座ってやがるじゃねーか。さぁてデータデータっと」

 ゼータプライムの机を漁っていると一枚の画像データが出て来た。ファイルを開いてみると小さな人間の男の子の写真だ。にこやかに可愛らしい笑顔をしている。

「人間かいらねーやこんなの。ゼータプライムのガキかぁ? タカミヤ……シドウ……ええい地球の字は読みにくい!」

 スタースクリームは画像を消去して他のデータを探った。

 しかし、技術的な内容出て来なかった。代わりにもっと重要なデータが手には入った。愚か者のスタースクリームでも理解が出来る。この星を救う事が出来る重大な秘密だった。

 ショックウェーブのラボへと帰って来たスタースクリームはそれから独自のやり方でスペースブリッジの改良に成功、晴れて地球へと現れたのだ。

 ついでにスペースブリッジ改良の際に会いたくもない連中とも再会を果たしてしまった。

 

 

 

 

 五河家の二階の部屋の前に士道は立ってドアをノックしていた。

「十香、悪かったって俺の話を聞いてくれよ」

「うるさい、私などより四糸乃といる方が良いのだろうあっちいけバーカバーカ!」

 グリムロックが四糸乃を助ける際に十香を安全な所に置いたは良いがそのまま夜遅くまで放置された十香は家に帰るなり、お菓子ときなこパンをかっさらった拗ねて、部屋に立てこもってしまったのだ。士道は「何で俺が」と思いながらも面倒を見切れなかった責任と気付いてあげられなかった罪悪感から十香に声をかけ続けている。

「う~ん、どうしたら良いのかな……」

「俺、グリムロック。女の子放置するの酷いと思う」

「お前が放置したんだろうがぁ~!」

 廊下の先にある窓から見ているグリムロックに向かってそう叫んだ。なんだかんだで二回程、グリムロックに殺されかけたが四糸乃の一件で認めてくれて士道に危害を加えるような事はしない。

「グリムロックもどうしたら良いか考えてくれよ」

「俺、グリムロック。女の子の気持ち分からない」

「だよね」

 現在、グリムロックは山奥で住んでおり毎日こうして四糸乃の様子を見に降りて来るのだ。今は急ピッチでラタトスクが五河家の隣にトランスフォーマーと精霊用の家を建設している。

「士道、十香をデートに誘えば良いと思う!」

「誘っても来てくれないよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ」

 どうすれば十香の機嫌が良くなるのか士道は何度も考えてみたが話を聞いてくれないのであればどうしようも無い。

「俺、グリムロック。食べ物でおびき寄せる」

「そんな単純な奴かよ」

「試してみる」

 グリムロックは今朝釣って来た新鮮な魚を取り出して微弱な火を吐いてじっくりと火を通して行く。廊下の窓を開けて匂いが入りやすいようにしてから士道は階段に隠れて見ていた。魚は焼けて皮がパリッと割れて美味そうな香りが十香の部屋に流れて行く。しばらく焼き魚の香り攻撃を続いていると固く閉ざされた十香の部屋が開いた。

「嘘だろ……」

 本当に食べ物で釣れて士道は内心かなり心配になった。

 辺りを警戒するようにして注意深く見回し鼻をヒクヒクと動かして部屋から出て来た。匂いを辿って行くとグリムロックが外で魚を焼いているのが見えた。十香は涎を垂らして物欲しそうに見詰めていた。

「美味そうだな……」

「と、十香」

「む、シドーか。ふん、お前は四糸乃と話していれば良いだろう」

 十香はそっぽ向いてしまう。

「なあ十香、悪かったと思ってるよ。ごめん、気付いてあげられなくて」

「そんな事は良いのだ! 私はお前が他の女に……」

 最後まで言葉を言い出せず、黙り込み部屋の中に閉じこもってしまった。

「魚で釣れたな」

「正直かなり驚いてる」

 グリムロックは尻尾を器用に使って頭をポリポリとかいた。

「俺、グリムロック。十香の事を任せて欲しい」

「え?」

 そう言うなりグリムロックは尻尾を壁に突っ込ませた。五河家の壁に大穴が空くとそこから襟に尻尾を引っ掛けて十香を持ち上げた。

「グリムロック、荒っぽいのはやめろよ!」

「何をするグリムロック!? 離せ、離さんかー!」

「俺、グリムロック。心配するな」

 心配するなと言われても心配しか残らない。十香を背中に乗せてグリムロックは玄関を跨いで出て行ってしまった。不安だが、グリムロックはあの人見知りの四糸乃が懐く程だ。士道はひとまず十香の事は任せる事にした。

 

 

 

 

 DEM社の特設の会議室は社員や幹部を集めて今後会社をどうして運営して行くかなどを話し合う場として設けられている。部屋の最奥部に腰掛けるアイザック、そしてその両脇には秘書のエレン・ミラ・メイザースとそしてスタースクリームが立っていた。アイザックがこの二人をここへ呼び出したのは、とある映像を見せる為であった。

 会議室には壁一面の巨大スクリーンにアイザックが用意した映像が映し出された。その映像とは天宮市のASTと四糸乃とグリムロックとの戦いを記録した物だ。最初は四糸乃とASTの小競り合いにスタースクリームはつまらなさそうに見ていたが、グリムロックが映像に出て来た時、目の色を変えた。

「グリムロック!?」

「おや、この恐竜と知り合いかい?」

「知り合い? んなもんじゃねえ、元同僚で俺様に襲いかかって来たイカレた野郎だ」

「スタースクリームはこのグリムロックって言うのについてどこまで知っているんだい?」

「色々知ってるぜ、アイザック。コイツは元々一つの部隊だ。それでコイツはそのリーダー。コイツ等に八つ裂きにされた俺の仲間は後を絶たねえ」

 アイザックとエレンはそのまま、グリムロックの戦いを見ていた。パワーも防御も桁外れ、そこからビーストモードに変形してからその強さに更に磨きがかかる。ビル群や山を貫いた様を見た時は、アイザックも感嘆の声を漏らした。

「エレン、これに勝てるかい?」

「……答えかねます。しかし、敗北だけはしないでしょう」と、うそぶいた。

「そんで、俺様にこの映像を見せてどうしようってんだ?」

「この映像は今度、天宮に送る部隊に見せる物だ。肝心なのはもう一つの映像だよ」

 次に映されたのはグリムロックの地球生活初日の十香と戦っている映像だ。グリムロックが戦っている映像などスタースクリームは一つも面白くもない。興味の無さそうな目つきで見ていた。

「エレン、映像を止めてくれ」

「はい」

「スタースクリーム、ここでグリムロックの言っているダークエネルゴンとは何だね?」

 ダークエネルゴンに関する知識で言えばスタースクリームはエキスパートだ。ダークエネルゴンがどれだけ危険な物かを目の当たりにしている。

「膨大なエネルギーを生み出す物質だ」

 殆ど嘘だ。スタースクリームはアイザックからメガトロン以上の危険な匂いを嗅ぎ取っていた。だからスタースクリームはアイザックにはダークエネルゴンの全容を教えなかった。本来のダークエネルゴンは死に絶えた物を復活させ生者に使えば死者への支配権が得られる。更に機械へ注入すれば自我に目覚め尚且つ、凶暴性が高くなり分別もなく暴れだすのだ。スタースクリームが研究の末に得た結果だ。

 危険過ぎるこの物質を同盟者とは言えアイザックのような人間に教える訳にはいかない。

 メガトロンは力とカリスマ性で部下を従え、それに心酔して部下はついて来る。

 アイザックは力と恐怖による支配で部下を押さえつける。それにアイザックにはメガトロン程の寛容さは無い。裏切り行為には絶対の報復をおこなう。

 メガトロンとアイザック、両者は共に組織を率いる者だし力による支配と似ているが、スタースクリームは明らかに両者の性質が全く別物だと評していた。

「スタースクリーム、ダークエネルゴンについて本当にそれしか知らないのかい?」

「ああ、知らねえな」

 嘘を吐く事を得意中の得意にしているスタースクリーム。アイザックは嘘を見抜くのが上手い。両者は互いの目を見つめ合い、真意を隠そうと、真意を探ろうとしている。少しの間、沈黙が続いてからアイザックは柔和な笑みを浮かべ、スタースクリームは下卑た笑みで応えた。

 同盟同士のアイザックとスタースクリーム、だがアイザックが簡単に他者を信頼する筈がない、スタースクリームも同じだ。笑顔で肩を組んでいるようですぐにでも首を取れるように刃物を忍ばせているような関係だ。

 

 

 

 

 グリムロックに無理矢理連れて行かれた十香は河辺に座って一緒に対岸を眺めていた。

「十香、士道悪くない、許してやって欲しい」

 元を辿れば放置して帰ったのはグリムロックだ。その事についてはグリムロックも悪く思っているようで頭を下げている。どうやら十香が機嫌が悪いのは放置された事ではないのだ。「う~む、私はもう怒ってない。何だろう、シドーが四糸乃と仲良くしていると、こう……胸の中がズキズキするというか……シドーがどこかへ行ってしまうような……」 嫉妬心から来ている感情だが、十香はこの気持ちを上手く言葉に出来ない。グリムロックも疑問符を浮かべている。恋愛感情に理解の無いグリムロックに十香の話はかなり難しい。

「俺、グリムロック。士道はどこかへ行くような奴じゃない」

「……しかし、私よりも四糸乃を気にかけているし……」

「士道は四糸乃を助けるのに、精一杯だった」

「うむ……私はどうしたら良いかな? 私も早く士道と仲直りしたいのだが……」

「俺、グリムロック! そう言うことなら任せろ!」

 グリムロックは立ち上がると十香をその場に置いてからどこかへと走り去る。そこからしばらく待っているとグリムロックに摘まれた状態でもがいている士道の姿があった。河辺に戻って来ると士道を十香の前に下ろしてやった。

「俺、グリムロック。ギスギスしたの嫌い」

 多少の無茶にも対応出来るようになった士道は十香の目を見た。

「し、シドー!」

「はい、十香!」

「私も小さな事で怒り過ぎた、すまん。シドー、こんな私を許して欲しい」

「十香……お前を気にかけてやれなかった俺も悪かったよごめんな」

 士道が手を差し伸べると十香はそれに応えるように握手を交わした。ひとまず二人の仲の壁は解消されてグリムロックは満足げに頷いていた。

 だが――。

「うっ……」

 グリムロックが珍しく脚をもつれさせた。ただ何かにつまずいた用にも見えるが、この時グリムロックの体内で異変が起こっていた。



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8話 とーかちゃんのはじめてのおつかい

メタトロン、メガトロン、メガロドン、字面が似すぎなんだよな


 AST駐屯地は先日のグリムロックのレーザーファイヤーの攻撃で大きな被害を出していた。死傷者一五名、重傷者二〇三名、軽傷者四〇名、迫撃砲三機大破という天宮市に駐屯地が出来て始まって以来の被害だ。責任者の桐谷は事後処理の為、不在で今は防衛省に戻っており、燎子からしてみれば愚痴を言われずに済むので一向に構わない。しかし、ASTはグリムロックの力を目の当たりにした。

 あの時、折紙がやられた時にホッとしていた自分が嫌になる。隊長として恥ずべき思惑だ。そしてその折紙はASTの病院のベッドの上で寝ており、受けた傷の治療に当たっていた。部隊がまともに成り立たない程の被害状態なASTは、補充要員として各地方から隊員を急遽招集していた。そんな中で怪我をした折紙の穴を埋めるかのようにDEM社から腕利きの出向社員が送られて来た。

 見舞いに来た燎子はフルーツの盛り合わせを片手に横になる折紙にこの事を伝えた。

「DEMから出向社員?」

「そう、名前は確か……嵩宮真那って言ったかしらね。あなたよりも年下よ」

「……」

 折紙はあまり興味が無さそうだ。

「確か精霊を殺した事があるらしいわ」

 燎子がその一言を口にするだけで折紙の瞳に興味の色が宿る。精霊を殺す事が目的の折紙にすれば是非とも話を聞いてみたいのだ。

「詳しく聞きたい」

「あたしもまだ合ってないから分からないわ」

「そう」

「リンゴ剥いてあげよっか?」

「いい、自分でやる」

「じゃあ、あたしは行くね。今はゆっくり体を治しなさい。無理は禁物よ、折紙」

「善処する」

 折紙の善処するは信用出来ない。燎子もそれは長い付き合いで分かっていた。ASTの病院の病室がパンクしたのは初めてだ。今回の大規模作戦でもグリムロックを仕留める事は出来なかった。燎子もどうすれば良いのか分からない、精霊のようにロストする訳でもなく制限無く暴れる怪物を倒す術がどこにあるのか。病院を後にしてASTの隊舎へ帰る途中、駐屯地の中を見慣れない顔の少女がうろうろとしていた。

 泣き黒子が特徴的で顔は凛然としているものの幼さが抜け切れていない容貌だ。背の低さがよりあどけなさを際立てていた。

「ちょっと君、ここは陸上自衛隊基地よ一般人は立ち入り禁止よ」

 ASTはあくまで極秘組織、形式的に陸上自衛隊駐屯地となっている。

「あ、すいません。でも私は一般人じゃあいやがりませんよ」

 変わった喋り方をする子だ。燎子の第一印象だった。

「申し遅れました。嵩宮真那三尉でいやがります! DEMインダストリーから配属されやがりました!」

「ああ! あなたが嵩宮真那さんね。はいはい、OK。隊舎に案内するわ」

 少女が出向社員の嵩宮真那である知った燎子は真那を連れて歩き出す。

「それにしても酷い有り様でいやがりますね」

「まあ、ちょっとね」

「グリムロックはやはり手強いですか?」

 燎子は足を止めて勢い良く振り返った。グリムロックの存在など防衛省と天宮市駐屯地しか知らないと燎子は思っていた。

「ハーミットの件の映像はDEM社にも届いてやがります。確かに手強そうですね私もあの迫力にはビビりやがりました」

 屈託の無い笑顔で真那は頭をかいて言った。情報提供は重要だ。今、何と戦い何故苦戦を強いられているかを知る必要があるからだ。真那もグリムロックの桁外れの力は映像で見ただろう。

「でもトランスフォーマーにも色々いやがるんですね」

「トランスフォーマー?」

 燎子は聞き慣れない単語に首を傾げた。

「知らないんですか?」

「初耳よ」

「もしかしてグリムロックとは喋った事ないんでやがりますか?」

「私は無いわよ。それに言葉を理解する程の知性があるかどうか。会話したのはうちの桐谷中将だけよ」

「会話して何を話したんでやがりますか?」

「名前はグリムロック、それとダイノボットのリーダーこれだけよ」

「ふむふむ」

「それより、トランスフォーマーって?」

「グリムロックの種族の名前でやがりますよ」

「どうして、それを?」

「すいません、これ以上は言えません」

 真那にも出向社員という立場がある。気になるが無理に問いただす訳にはいかない。

「ところで、グリムロックと戦ってみてどうでした?」

「どうって……ビルは持ち上げるわ、口からメチャクチャなモン吐き出すわ、おまけにカチカチ過ぎてダメージがロクに与えられないし」

 真那は興味深そうに聞いている。映像ではグリムロックの戦いを見たが、実際に戦った事のある人間の話も十分に参考になる。

「こっちからも聞いていいかしら?」

「はいです!」

「精霊を殺した事があるって本当?」

「本当です」

 燎子の問いに真那は即答した。

「詳しく聞かせてもらっても良い?」

「構いません。ま、まずは隊舎に荷物を置かせて下さい」

「ええ、どうぞどうぞ」

 燎子に隊舎のシステムを聞かされて荷物を部屋の中に置いて次に駐屯地内を案内してもらった。

「日下部一尉、そういえば他の隊員はどこにおられるのでいやがりますか?」

「今は殆ど入院中よ。元気な奴は自宅で待機してるわ」

「なるほど」

「基地がこんなんじゃあ歓迎会も開けなくて悪いわね」

「お気になさらず」

 本来ならば話をするなら隊長室でしたいのだが、爆発でヘリのプロペラが飛んで来て隊長室の中が悲惨な有り様になったので休憩室で話す事にした。自販機で缶コーヒーを二本買って燎子は一本を真那に手渡した。

「ありがとうございます」

「それで……あなたが倒した精霊ってのは?」

「はい、私が倒した精霊“ナイトメア”コイツは数々の精霊の中でも群を抜いて危険でいやがります。精霊は空間震を巻き起こし、意思と関係なく人を巻き込みますが、ナイトメアは自分の意思で一万人以上の人間を殺して来た最悪の精霊です」

「……よく倒せたわね」

「厳密には倒しきってはいやしません。ナイトメアは死なねーんです。殺しても殺してもまた生き返る。私はまた殺す。このやり取りを何年もやっています」

「ナイトメア……か」

「日下部一尉、ナイトメアが出現したら他に手を出すなと命じて下さい。ナイトメアは私の獲物です」

 折紙の突っ走りを良く見ている燎子にこの願いは聞き入れる訳にはいかない。それに燎子はまだ納得していない事が一つある。真那の実力だ。いくつ実績を並べられるよりもその力を目の当たりにした方が早い。

「嵩宮三尉、一つ私と勝負しない?」

「私の腕を見たいんでやがりますか?」

「ええ」

「良いですよ、ただ私は手加減のやり方知りませんからね」

 

 

 

 

 精霊を封印した後の琴里は事後処理で忙しくて二、三日家を空ける事があった。四糸乃の一件からグリムロックがラタトスク側に対して敵意を示さなくなった。その所為でトランスフォーマーの事情を詳しく聞く事が出来た。

 ――惑星セイバートロンでオートボットとディセプティコンの戦争が勃発、戦火の拡大により惑星に移住が不可能となり、両軍はその星を後にした。そしてオートボットの破壊と戦闘に特化したダイノボット部隊そのリーダー、グリムロックである。

 こんな報告書を書いていると琴里はSF小説でも書いているような気分になって来る。キーを叩いて報告書をなんとか完成させると琴里は大きく背伸びをしてパソコンを切った。部屋から出てリビングに降りて来ると士道が何やら紙を十香に渡していた。

「いいか、十香。肉は一キロ、肉屋さんに行ったらそう言うんだぞ」

「うむ!」

「よし、じゃあ一人でおつかい出来るな?」

「心配するな! 私に任せろ!」

「良いぞ、じゃあ行っておいで」

「行って来まーす!」

 士道が十香を見送ると後ろに琴里にいた事に気付く。

「おお、琴里いたのか」

「ええいたわよ」

 チュッパチャプスの包み紙を剥がして琴里は口に飴を放り込む。

「十香一人におつかい?」

「ああ、ちゃんと見張りをつけているぞ」

「誰?」

「グリムロックだ」

「見張りの見張りが必要ね。士道、二人の面倒を見に行きなさい」

「……やっぱ心配だよな?」

「凄く不安よ凄く!」

 心配はエプロンを外すと琴里に渡してすぐに十香の後を追いかけた。十香は見た目は高校生だが、この世界の知識に関してはかなりお粗末な有り様だ。幼稚園児におつかいを行かせるような物だ。士道は十香の後を追いかけるとようやく背中が見え始めた。ただし、見えたのは十香の背中だけではない。グリムロックと一緒に歩く十香の姿が確認出来た。まずい事をしたな、と士道は顔に手を当ててグリムロックを見張りに行かせた事を後悔している。見張り役の筈のグリムロックが仲良く十香と買い物をしているのだ。この際、グリムロックも一緒におつかいに行くのは良い。士道が不安なのはちゃんと買い物が出来るかどうかだ。

 不安を隠しきれずに陰から二人の姿を観察していると念のため持っていたインカムがけたたましく鳴った。

「はい?」

『こンのアホ士道ォォー!』

 通信開始一発目にこの罵声だ。

『あんたバカでしょ!? やっぱりグリムロックに見張りが出来る訳ないじゃない! 使えても番犬よ!』

「ワリィ、これは完全に俺のミスだ」

『人がいるのにグリムロックを歩き回らせたらダメでしょ! もういいわ、士道と十香がデートした時みたいにラタトスク商店街を作るわ。それなら目撃者も減らせるわ』

「あ、ああ。助かる、悪いな」

『あんたは十香達を上手くラタトスク商店街に誘導しなさい』

「上手くってどうすんだよ」

『それはあんたが考えなさい』

 かなり無茶な注文だ。士道は先にラタトスク商店街に先回りして変装道具を借りて付け髭とカツラを装着して服は商店街のはっぴに着替えた。見た目の完成度はかなり低いが騙せるだろうと士道は踏んでいた。

「グリムロックと会うとは奇遇だな」

「俺、グリムロック。買い物してみたい」

「何だ、グリムロックもおつかい初めてなのだな!?」

「俺、グリムロック。おつかいって何だ?」

「おつかいというのは、ここに書いてある紙の物を買って来るのだ」

「簡単だな」

「簡単だとも!」

「ちょっと、お二人さん。お買い物ならこの先の商店街を――」

「何故、ここにいるのだシドー?」

「コイツ、士道の匂いする」

 変装も虚しく一瞬でバレてしまった。十香に付け髭とカツラを剥ぎ取られ、素顔まで見られて言い逃れさえ出来ない。

「……」

「シド~……まさか私達がおつかい出来ないと思って付けて来たな?」

 言い訳が出来ない。

「うん、ちょっと心配だった。つーかグリムロック! 何でお前も一緒におつかいに行ってるんだよ!」

「俺、グリムロック! 士道が十香見てこいって言った!」

「言ったけど意味が違うんだよ!」

「もう! シドー、私はお前が思う程バカじゃないぞ! 全くぷんぷんだ、なあグリムロック?」

「そうだ、ぷんぷんだ、士道!」

 頭のレベルが一緒なのかこの二人は馬が合うようだ。

「わかった、わかったよ。信用して付けないけどこの通りの先のラタトスク商店街で買い物をしろ。グリムロック、お前が目立ち過ぎる」

 士道は十香達が向いている方向のずっと先を指差した。グリムロックと十香は顔を見合わせてから士道の頼みを承諾して歩き出した。二人の姿が小さくなって行くとインカムから琴里の声が聞こえて来た。

『結果オーライ』

「だな」

『士道はフラクシナスに戻って、こっち監視するから。変な事になったら直ぐに出動よ』

「変な事ってASTとかの襲撃とかか?」

『一概には言えないわ。十香を含めて四糸乃もそうだけど封印後の精霊は精神的に不安定になると封印した力が逆流するの。覚えておきなさい』

「さらっと超重要な事言ったなお前」

『他にも話したいし、回収するわよ』

 通信を切って、もうすっかりお馴染みとなった転送装置の光に包まれて瞬時に士道はフラクシナスに戻された。艦橋にはいつもの見慣れた顔ぶれがある。

「それで琴里、話したい事って?」

「私から説明しよう」と、令音。

「令音さん……」

「君は確か定期的な頭痛に悩まされていたね?」

「はい」

「そして君は頭痛を空間震の予知だと思っていたね?」

「はい」

 令音がスクリーンに出したのは士道の脳波の動きを観測した物だ。

「シンが五人に触れた事件は覚えているだろう」

「忘れたくても忘れませんよ」

「あの日から君の頭の様子を観察していた。見たまえ」

 令音が脳波の波長を士道に見せ、しばらく平静を保って水平だった波長に波が大きくなり始めた。そして、頭痛が発生した時、波長は激しく上下して乱れている。

「シン、頭痛から五分後に空間震は発生している。前兆の際にシンは頭痛以外にも髪がやや逆立つ、瞳孔が開くという症状が出ている。さて、本題はこれからだよ」

 士道は首を傾げた。頭痛の件が本題だとばかり思っていたのだ。

「シンが頭痛を訴えた時、微弱だが君からエネルゴンの反応があるんだ」

 面食らったのも無理はない。

「え、エネルゴン?」

「説明していなかったかい? エネルゴンはグリムロック等トランスフォーマーの命の源だよ」

 令音から次から次へと飛んで来る単語を頭の中で処理しながら一つ一つを解釈して行った。

「理解出来たかい?」

「一応は」

「理解出来たのなら、さっき私が言った意味が分かるだろう?」

「俺は……トランスフォーマー何ですか……?」

「いや……違う。シンの体に流れているのは温かい血だ。エネルゴンではない。とにかく、現段階で解明したのはここまでだ。それでも大きな進歩だ」

「確かにそうですね。とりあえずあいつの事は少しわかった」

 ここで琴里が口を挟んだ。

「士道もグリムロックの映像を見たでしょ? トランスフォーマーって種族は戦争で故郷を失ったのよ。グリムロックが何者でどこから来て、あいつの存在目的は何なのかあんたも聞いた筈よ」

 戦い、それが存在目的だとグリムロックは言っていた。たまたま士道は四糸乃を救ってグリムロックからの警戒を解いて話せるまでになったが、根本的な思考に変動は無い。グリムロックは敵が来れば戦う、何度でもだ。怒りを覚えれば抑えられない壮絶な暴力が堰を切って暴れ出すのだ。 それが特殊能力というのなら話は別だ。しかしそうではない、トランスフォーマーという種が武器と力の塊なのだ。封印によって力を抑える行為は出来ないとすれば、力をコントロールするように調教するしかない。

「グリムロックは力を制御しないとな」

「そうよ、一応あたし達の家の地下に巨大な訓練所も作ってるけどね」

 グリムロック専用の訓練所となればどれだけの敷地が必要だろうか。

 己の体からエネルゴンの反応が出たと聞いたらやはり変な気分だ。このエネルゴンの反応が精霊の封印と何か関わりでもあると言うのだろうか。士道は、自然と自分の両手を見てみた。折紙に撃たれた時に大量に流れ出た血液は士道が人間である証明、同時に生還を果たしたのは士道が人あらざる存在である証明にもなる。ボーっと自分の事について考えていると、琴里が強めに士道の名を呼んだ。

「士道!」

「っ!?」

「ボーっとしてんじゃないわよ。今は十香達のおつかいを見るんでしょ?」

「ああ、そうだった。ってかちゃんとあいつ等おつかい出来てんのか?」

 琴里が無言でスクリーンの映像を指差した――。

 十香は士道から渡されたメモ用紙を見ながら最初の食材を確認していた。

『十香、最初、何買う』

『肉だな。挽き肉一キロ』

 これは十香が大食らいで普通の人の量では十香はすぐに腹を空かしてつまみ食いを始めるので多めに買って十香だけ多めに作る事にした。

 ラタトスク商店街の肉屋を探して二人はキョロキョロしている。

「A班、肉の焼ける匂いを出しなさい!」

 通信機を使って素早く神無月は指示を出した。

「十香の食費をラタトスク機関が出すって知ってからずいぶんと思い切りの良い買い物するのね」

「あいつの腹を満たすような献立考えてたら俺等の朝昼晩の飯はお茶漬けとたくわんだったぞ」

「あたし、たくわん嫌い」

 商店街の一角に店を構える肉屋は十香等が気付くように肉を焼き始めて匂いを送り続けた。最初に匂いに気付いたのはグリムロックの方だ。

『俺、グリムロック。肉の匂いする!』

『おぉ、本当か!? では早速行くぞ!』

 匂いを頼りにグリムロックの後を追って二人が動き出した。

「目標が肉屋を目指して動き出しました!」

 川越が状況を報告する。

「グリムロック、食欲で興奮して家屋が二件破損!」と、椎崎。

 見ればグリムロックが喜びでふりふりと尻尾を振った所為で魚屋の二階と米屋の二階の窓に尻尾の傷跡が残っている。

「店と店の間隔をもっと広く取りなさい!」

「店と店の間隔を変更します」

 琴里の指令に椎崎が復唱してキーを叩いた。ラタトスク商店街は瞬時に動きを見せる。通りを広くなるように店は数メートル後退し、おかげでグリムロックの尻尾は当たらなくなった。

『むぅ……? グリムロック、さっきから道が広くなってないか?』

『俺、グリムロック。そんな変な事起こる筈ない』

『ま、良いか……』

 若干怪しまれながらもひとまずはクリアした。十香とグリムロックが肉屋に到着すると十香は店の店主に挽き肉一キロを注文した。

『肉一キロかぁ~シドーはどんな物を作ってくれるのだ』

 既に十香は今日の晩飯に胸を踊らせている。

「ちなみに今日の予定は?」

「五河流デラックスキッズプレートだ」

 士道の答えに琴里はわなわなと落ち着きが無くなった。横目で琴里の反応を確認すると少しだけ表情が緩んでいるのが分かった。

「へぇ~。し、士道にして珍しい物作るじゃない」

「琴里はお子様ランチとか大好きだからな。たまにはな」

 琴里がお子様ランチが好きと聞いて神無月は黙って艦橋を後にした。誰もその事を気にも止めなかったが、しばらくしてから艦橋のドアが開いて神無月が戻って来た。しかも全裸で。

「さあ、司令! 私自身がお子様ランチになりました! 食べて下さい!」

 テーブルに仰向けになった神無月のエビフライやコロッケなどが並んでいる。女体盛りならぬ男体盛りだ。

「神無月」

「はい!」

「名誉の仕事よ、穴を掘り続けなさい、穴が出来たらまた別の穴を掘りなさい」

「へ?」

 琴里がパチンと指を鳴らすとガタイの良い黒服を着た男達が神無月を持ち上げると連れて行ってしまう。

「司令~! お慈悲をお慈悲を~!」

 騒がしい声と共に神無月はどこかへと消えて行った。

「琴里、兄として神無月さんにガツンと言おうか?」

「心配してくれるのだ。ありがとう士道」

「大事な妹だし」

 神無月の邪魔が入っている間に映像の中では次のステップに移っていた。肉を無事に買った十香は次に魚屋で海老を買うようにメモ用紙に書いてあった。

『次は魚屋だな。一体何を買うのかな~……。うむぅ、かいろう……何て読むのだ』

 十香は「海老」を「えび」と読めないのだ。

『なあなあ、この漢字読めるか?』

 十香がメモ用紙に書いてある漢字をグリムロックに見せている。

『俺、グリムロック。こんな文字簡単、かいろうって読む』

『おぉ! やはりかいろうだな! そもそもかいろうって何なのだ?』

『魚の餌だと俺、思う』

『あり得る……かいろう何て魚聞いた事がない』

『海が、老いる、海を干上がらせる怪物に、違いない』

『何だその化け物は!? そんな物を食べられるのか!』

『士道が食えるって言うなら食える』

『ふむ……それもそうだな』

 次に目指すべき場所は魚屋だ。魚が大好物のグリムロックにとって魚屋を見つけるのは造作もない。敏感な鼻を使って数ある店の中から魚屋を探し出した。また美味そうな匂いに興奮して被害が出ないように道の間隔を広く取るように命令しておいた。

「グリムロックは魚が大好きだったのね」

「あいつはエネルゴンを摂取しなくて良いのか?」

「さあ? わかんない」

 おつかいは順調に進んでいた。その後もジャガイモとその他野菜を問題を起こさずに買っていた。

『ふぅ、おつかいは簡単だな! これはシドーに頭をなでなでしてもらえるぞ』

 十香はニコニコと機嫌良く笑っておつかいが上手く行った事を喜び家路を急いだ。

『グリムロック、お前の鼻は凄いな! 良い魚と良い野菜をしっかり嗅ぎ分けるとは羨ましいぞ』

 海老や野菜を選んだのは全てグリムロックだ。自慢の鼻は人捜しにも良い物を選ぶ時にも活用されている。

『どうした元気ないぞさっきから黙ってどうしたんだ。グリムロック? グリムロック?』

 名前を呼んでも返事が無い。

『グリムロック?』

 艦橋でも少し困惑した調子だ。グリムロックは直立不動でその場から一歩も動かないのだ。

『グリムロックどうしたのだ?』

 直立不動のグリムロックの目には光が無い。普段ならば燃えるように赤々と光っていた筈だ。体を走るラインも光を鈍らせておりグリムロックは、ゆっくりと横に倒れた。衝撃で地震のような揺れを辺りに与え、アスファルトは大きくへこみ土埃が舞い上がる。横たわったグリムロックはもはや生命体というよりも一つの金属の塊のようだ。

『グリムロック!?』

「グリムロック、エネルゴン反応消失しました!」

 箕輪が焦った口調で報告した。

「どうしたと言うんだ……!」

「やっぱエネルゴンを食ってないからか?」

「……ひとまずフラクシナスで回収するわ。士道は十香を迎えに行ってあげて」

「ああ」

 動かなくなったグリムロックをフラクシナスの転送装置で拾って艦の屋上に寝かせた。原因不明の活動停止を発症したグリムロックはまるで良く出来た模型だ。

 ちょうどその夜の空、天宮市の空に五つの流れ星が走って行った。



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9話 宇宙からやって来た赤い奴等

次回の投稿は12月22日です。


 宇宙空間を五つの小惑星が漂っていた。その小惑星等はまるで意思を持つように宇宙のゴミにぶつかろうとすると右へズレてかわし、左へ旋回して回避している。五つの小惑星は何か目的地へ向かっているかのようだ。その証拠に五つとも綺麗に飛来する隕石を避けながら蒼く宝石のようにポツンと宇宙に浮かぶ美しい星、地球を目指して飛んでいるからだ。地球の大気圏に突入するとその小惑星等は動きを止めて衝撃に備えていた。加速が付き、小惑星は恐るべき速度で地上へ向かって一直線に落ちて来る。小惑星の全体が摩擦で赤くなり高い熱を帯びている。

 小惑星が地上へ落ちた時、ある一ヶ所からスラスターを逆噴射させて衝撃と速度を緩和させながら落下した。一つは丘の上に一つは自動車メーカーの屋上にまた一つは民家の庭に一つは陸自の基地の近くにそして一つは天宮市の外れ、グリムロックが落ちた場所に墜落した。落下先は皆別々だが、五つの小惑星は同時にグラグラと動き出し張り付いた外壁を足で蹴り飛ばしながら中から出て来た。

 中にいたのは人間の何倍もある巨躯を持つ鋼鉄の巨人達だ。個体差はあるが全員人間よりも大きいのは確かだ。緩やかに落下したとは言え、それは隕石の落下で被害を被らない程度の話だ。巨人達は手短な人間の乗り物をスキャンする。

 目から青い光を放ち、気に入った乗り物を光で読み取りデータを自身の体に反映させるのだ。グリムロックが落ちた場所にいた一人のトランスフォーマーは、赤色のボンネットタイプのトレーラートラックをスキャンしていた。人気が無く、誰にも見られていない。

 ロボットモードからビークルモードへ変形して赤いトランスフォーマーは公道を人間達と変わらない調子で走って行った。

 またある別の場所、民家の庭に墜落したトランスフォーマーは酷く機嫌が悪かった。墜落場所が庭のプールで全身がびしょ濡れになったからだ。 プールから出て来ると彼は一つの視線に気付いた。それは小さな可愛らしい人間の少女でその子を睨むようにジッと見下ろしていると。

「歯が抜けると現れる妖精さん?」

 少女の問いを無視して彼は塀を乗り越えて行ってしまった。

 そして自動車メーカーに落下した一人は機嫌が良かった。人間達の格好良い車に囲まれながら自分に合う車がどれかとじっくりと選んでいる。しかし、先ほどから警報がうるさい、彼は右手からグラップルビームで警報機を引きちぎって静かにさせてから気に入った車をスキャンして颯爽と去って行った。

 陸自の基地の付近に墜落した不運なトランスフォーマーは大きな体ながらも素早く動いてたまたま見つけた戦車をスキャンした。自衛隊員が探しに来る前にさっさと退散した。

 丘の上に落ちた一人は近くにスキャン出来る物がなくて困っていた。とにかく何かに姿を変えなくては見つかってしまうと考えた彼は偶然、草むらに投棄されていた顕微鏡を見てそれに姿を変える事にした。

 

 

 

 

 グリムロックの容態は依然変化はない。固まったまま動かずに横たわったままである。令音が原因を解明すべくグリムロックの体を調べていると原因は簡単に発覚した。グリムロックの体内のエネルゴンが枯渇していたのだ。助けたい気持ちはあるが、令音はもちろんラタトスク機関にエネルゴンを精製する技術を持つ者はいない。今から研究に取りかかっていれば五年以上は掛かる。そんなに長い時間待っていられない。

「グリムロックの容態は?」

「変化なし、エネルゴンをどうにかして与えてやりたいのだがね……」

「でも令音、地球はエネルゴンがいっぱいあるんでしょ?」

「そうだ、精製方法も知らないし使用用途が見いだせていないから不要と判断されていた」

「何かとかエネルゴンをグリムロックに注入出来ないかしらね」

 パネル越しにグリムロックの姿を見て助け出す方法を思案するのだが、今の人間の技術ではどうしても時間がかかってしまう。

「未精製のエネルゴンではダメかもしれない。しっかりとトランスフォーマー用に加工してからではないと使えないと見て良いだろうね」

 琴里はチラッと横目で四糸乃を見守った。グリムロックが倒れたと聞いて泣き出しそうな程に心配していたのは四糸乃だからだ。精神的に不安定になれば精霊の力の逆流もあり得る話だ。一応ASTにバレる心配は少ない。

「今この星でエネルゴンはそうだが、トランスフォーマーについて知っている人間がどれだけいるか……」

 ラタトスク機関の上層部にはトランスフォーマーの事は伝えてある。皆、心底驚いた顔をして中には信じない者もいた。証拠としてグリムロックの映像を見せるが、出来の良いCGと言う者もいたくらいだ。ラタトスクの上層部もトランスフォーマーに関する情報は知らない様子だった。

「琴里、エネルゴンの解析はこちらで出来る限り進めておくよ。今は四糸乃の心を癒やす事を考えるんだ」

「ええ、そうね力が逆流されたらたまったもんじゃないわ」

 四糸乃を転送装置で家まで送ってやり、面倒は士道が見るようになった。グリムロックの次に懐いているのは士道だ。少しでもショックを和らげストレスを溜め込まないように士道は勤める事にした。

「よう、四糸乃」

 迎え入れた四糸乃に士道は気さくに笑って見せた。士道と顔を合わすとキスをした記憶が蘇り、顔から火が出る程恥ずかしくなって来る。フードで顔を覆い隠し、四糸乃は頬を赤らめてあがった。

 リビングに通されて適当な席に座っておいてもらうと士道はキッチンに入り、冷蔵庫から冷えた麦茶をコップに入れた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……ござい……ます……」

「何か食べるか?」

「いえ……大丈夫です……」

「そうか、麦茶でも飲んでリラックスしな」

 士道はテレビをつけて適当なドラマの再放送を見せてやった。内容は分からないが昼ドラの再放送だったのでドロドロした展開というのは予想出来た。しかし、四糸乃は意外と興味を持って食い入るように見始めた。

「シドー……」

 小さな声で十香はリビングの外から士道を手招きしながら呼んでいる。

「どうした、十香?」

 士道も十香に合わせて声を小さくした。

「四糸乃、やはり元気が無いな」

「ああ」

「せっかくだし三人でどこか遊びにでも行きたいのだが」

「そうだな……家にいてもしょうが無いか……」

「そ、そこでだな士道……温泉なんかはどうかな?」

「温泉?」

「そうだ。天宮温泉だ」

 天宮温泉と聞いて士道は相槌を打つ。温泉はリラックスにぴったりだ。それに十香のキラキラした目と背中に隠した温泉のパンフレットを見る限り、温泉にかなり興味があったのだろう。

「よし、琴里に連絡してみるよ」

「ホントか!? これで温泉に――ではなく、四糸乃を元気づけられるな」

 四糸乃を元気づけられるという建て前から単純に温泉に行きたいという欲が見え隠れしている。士道は苦笑いをしながらインカムから琴里へ繋いだ。

「もしもし、琴里ちゃん? おにーちゃんだけど、ちょ~っとお願いして良いかなぁ?」

『…………。何よ気持ち悪い』

 明らかに士道の口調も声のトーンも違い、琴里は警戒するように対応して来た。

「十香の案なんだがな、温泉でも行って四糸乃を癒やしたらどうだって話なんだがな」

『へぇ~、意外と良いじゃない。ちょっとした旅行ね』

「ああ、琴里も来るだろ?」

『あ、あたしは他に仕事があるから……。車は用意するから令音と行って来なさい』

「ラタトスクの仕事はまだ忙しいんだな」

『そうよ』

「うーん」

『どうしたのよ?』

「琴里も居た方が楽しいんだけどな。仕事が落ち着いたら来るってのはどうだ?」

『ふんっ、そんなに来て欲しいなら仕方ないわね。ある程度落ち着いたら合流するわ』

 温泉計画は快諾してくれた。後は着替えを用意する必要がある。四糸乃も霊装以外の服も用意してやらないといけない。と、なると今日中に町に買い物に行く必要がある。士道は廊下からテレビに没頭している四糸乃を見た。人見知りが激しい四糸乃を急に人気の多い場所に連れて行って良いものかと思考する。

 難しい顔で四糸乃を凝視していると背後から十香が声をかけてきた。温泉が楽しみで仕方がないと言った声色だ。

「シドー、どうしたのだそんな難しい顔して?」

「四糸乃の服のサイズっていくつかな?」

「何だそんなコトか! 私が聞いてきてやろう! 四糸乃ー!」

 一切躊躇いもせずに十香はリビングに入って行き、四糸乃に声をかけた。

「――! 十……香……さん?」

 まだ十香に慣れていないのか、四糸乃の声はかなり震えている。

「四糸乃、お前の服のサイズはいくつだ?」

「へ? 服……ですか?」

 霊装以外着た事がない四糸乃。霊装は自分の体にぴったり合わせて生成してくれる。どこかのメーカーのオーダーメイドではない。

 四糸乃が自分の服のサイズなど考えた事もない。

「わ、わかりません」

「わからんだと!?」

「ひっ……」

 十香が声を上げただけでも四糸乃の目は泳いで落ち着きが無くなっていた。直情的な十香にこれ以上任せておけない士道は、リビングへ足を踏み込んで仲裁に入った。

「十香、もういい俺から聞くよ」

 十香をなだめて士道は四糸乃の隣に座って頭を撫でる。

「なあ四糸乃、お前他の服とか着た事が無いんだよな?」

 そう聞くと四糸乃はぶんぶんと首を横に振って否定した。――はて、他に何か着ていたのか? 士道が頭の中で疑問符を浮かべていると小さな口をなんとか開いて答えてくれた。

「士道さん……の……ワイシャツ……」

「――!?」

「なっ!? 何故貴様が士道のシャツを着ていたのだ!」

「落ち着け十香! これには深い訳があるんだ!」

 士道もすっかり忘れていた。確かに四糸乃が風邪をひいた際に服を脱がせて自身のシャツを着せた事があった。サイズはかなりダボダボだったが。

「十香、とにかく四糸乃とはそんな変な関係じゃないからな?」

『いやぁ~でも士道くんってぇ、あの時寝ているよしのんを脱がせていたよね!』

 ここぞとばかりによしのんが喋り出した。しかもまた十香の嫉妬に引火しそうな言葉をつらつらと吐き出している。

「よしのん、少し黙っててくれ」

「おのれ、シドー……私が居ぬ間にそんな破廉恥極まりないない事をぉ~!」

「違うんだって、あぁ~話がややこしくなるぅ~!」

 四糸乃の服のサイズそっちのけで士道は十香に事情を説明して理解出来るまでに一時間以上もかかってしまった。

 結局、四糸乃も自分のサイズについて知らないので町に買いに行くという結論が出た。

 

 

 

 

 自衛隊天宮駐屯地のASTは訓練以外に全く、やる事がなかった。駐屯地の責任者の桐谷もいないし、最近は嵩宮真那という補充要員の相手をしている燎子は体のあちこちが痛くて仕方がない。今日は折紙の復帰の日だ、燎子は隊長室の机に突っ伏して温泉のパンフレットを眺めていた。

 そんな燎子の部屋の扉を何者かがノックした。

「どうぞ」

 投げやりな口調で入室を許可すると入って来たのは折紙だ。

「ああ、折紙復帰したのね!」

「少しの間、迷惑をかけた」

「気にしない気にしない。まだ殆どの奴が入院中だしね。真那にはもう合った?」

「いえ、まだ」

「一回、戦ってみなさい。メチャクチャ強いわよ」

 実際に戦ってやられた燎子が言うのだから間違いは無い。

 またドアをノックする音がすると燎子は入室を許可した。

「失礼しやがります!」

 奇妙な口調が特徴の真那が隊長室へと入って来ると見知らぬ顔があった。折紙の事だ。

「隊長殿、こちらの方はどなたでいやがりますか?」

「折紙、自己紹介しなさい」

「鳶一折紙一曹、よろしく」

「嵩宮真那三尉、よろしくお願いです」

 互いに握手を交わす。それだけで折紙は真那の現在の強大な力を感じた。刺々しく可憐な少女には計り知れない重みがある。この年齢でたどり着ける域の強さではないのは確かだ。真那もまた折紙の強さをある程度まで推し量れた。しかし、本当に強さを知るには直に、肌に感じる戦いをする必要がある。

「鳶一一曹、私と一回勝負しましょうよ」

「構わない。あなたが補充要員としてどれだけの力量がこの目で見てみたい」

 両者の同意と燎子の許可により早速模擬戦が開始された。

 フィールドは駐屯地の地下にある街並みを再現した。太陽光も精密に再現されて地下だと言うのに外にいるような感覚だ。街並みも天宮市を完璧なまでに作り上げており、訓練用フィールドというよりも一種の造形と見た方が良いかもしれない。

 折紙が装着するのは一般的なCR-ユニットだが真那が着けているのは見たことが無い物だ。DEMの新型と想定して構わないだろう。両肩には独立して動く広線形の葉のような形の肩当てが取り付けられておりそれがやけに目立って見えた。

「では、始めますよ鳶一一曹」

「いつでも構わない」

 模擬戦が開始され、早くも両肩の肩当てが動き、先端から三本の細い光線が折紙に目掛けて放たれた。脅威的なスピードだが、かわせない程ではない。真横へ飛んだ折紙だったが光線は突如として直角に曲がり、折紙を追撃する。レーザーとは思えない生き生きとした動きに驚かされる。

 ブレードでレーザーを防いでから持っていたハンドガンで真那の額を狙い撃つ。常人なら防御も回避も間に合わない筈なのだが、弾丸は空中で両断されあらぬ方向へと飛んで行く。真那を守ったのはもう片方の肩当てから伸びた三本のレーザーだ。三本束ねて運用していた真那のレーザーは散会して動き回り、三方向から狙って来る。

 上下左右、あらゆる方向へ逃げ回る折紙に対して真那は未だに一歩たりとも動いてはいない。背面のスラスターを切り、急激に減速したかと思うと別の方向に噴気口を向けて最大出力でスラスターを噴かした。鋭角な切り返しに真那のレーザーが折紙を捉え損なった。

 退院したてでも折紙は体の負担など考えずに急減速と急加速を利用して真那との距離を詰めて、二メートルの位置にまで近付くと真那を守っていた別のレーザーさえも折紙に牙を剥いた。

 前方と後方から迫る生きたレーザー、それをやり過ごすには更なる加速が必要だ。CR-ユニットの駆動系が火花を散らし、真横にスラスターの最大出力を使って飛んだ。

 燎子の目には折紙が消えたように映る。しかし、真那の目には折紙の性能に無理をさせた動きは鮮明に捉えられていた。

 高い精度を誇るレーザーは、折紙のスラスターを串刺しにして破壊する。機動力を失った折紙に勝ち目は無くなり、降参を余儀無くされた。

「強いですね、鳶一一曹。今まで会った魔導師の中でも五本の指に入るくらい強いです」

 機体性能だけではない。今回の戦いで分かったのは胴体視力が極めて高く、目に見える情報の処理速度が早い。身体的能力は見れなかったが、真那の実力は良く分かった。

 真那は手を差し伸べ折紙を引き立たせた。

「嵩宮三尉、あなたは精霊を倒した事があると聞いた。それは本当?」

「はい、本当です」

「詳しい聞かせて欲しい」

「はいです」

 模擬戦用フィールドを後にして一度二人は着替えを済ませると燎子と折紙を含めた三人は隊長室へ集まっていた。折紙は精霊を倒した事に関する話をとにかく聞きたいのだ。燎子は自分の席に着いてふと、温泉旅行のチラシが目に入った。本来ならば休暇で温泉旅行に行けた筈なのだが、度重なる事態の所為で休暇が無くなり、自動的に温泉旅行も消滅した。

「さあ、まだまだそのナイトメアって言う精霊について聞きたい事があるわ」

「ナイトメア?」

 折紙が尋ねた。

「嵩宮三尉が倒した精霊の識別名よ」

「はいです。まあ倒したって言えば微妙なトコですけど。ナイトメアについて分かっていやがるのは殺しても死にきらない事、自分の意思で人を殺す事です」

「具体的にどうやって――」

 折紙が最も気になる所を聞こうとした所で隊長室に一人の隊員がノックもせずに飛び込んで来た。

「隊長ぉ!」

「何?」

 話を中断されて燎子はムッとした表情を作った。

「隊長、朗報です!」

「だからな何なの」

「隊長、温泉へ行きましょう!」

「は?」

 燎子、真那、折紙の三者の声が見事に揃った。

「温泉ねぇ行けたら行きたいもんだわ~」

「いえいえですから行けるんですよ。嵩宮三尉の歓迎も込み込みで!」

 若いその隊員はどこからか持って来た休暇の許可証を三人に突きつけた。

「どうです!」

 許可証にはしっかり桐谷のハンコも押してある。燎子は表情が緩むと机を飛び越えて隊員の子をギュッと抱き締めた。

「やったぜベイビー! あんたは二階級特進よ!」

「あれれ? 私死んでます?」

「よっしゃー! 温泉だ温泉だ温泉だぁ!」

「陸自ってのは賑やかですね」

「私は反対」

 温泉と休暇に色めき立った空気を切って落としたのは折紙だ。

「そんな事に時間をつぎ込むならもっと訓練に励むべき」

「しょんな~折紙ぃ~あたし温泉行きたいのぉ~」

「そんな哀れっぽい声を出さないで」

 その時である。

 折紙のケータイに着信があった。発信者に五河士道と記されており折紙は嬉しくなって少し頬が赤くなる。

「もしもし?」

『あ、折紙か? ちょっと前に本借りたよな? あれ返すのもう少し後でいいか?』

「構わない。でも何故?」

『ああ、それがちょっとな』

『シドー、温泉だぞ温泉! しかも混浴だぞー! 楽しみだぞー!』

 電話の向こうから憎き十香の声が。

『士道さん、温泉ってどんなのですか?』

 更に四糸乃の声までもが。

『あ、悪いな折紙。ちょっと旅行中なんだ。また今度』

 そう言って電話は切れてしまった。ついでに折紙の中の何かもキレている。ミシミシっと握っていたケータイを握りつぶす。

 若い隊員も燎子も爆発寸前の折紙に恐れおののいた。

「隊長、温泉に行きましょう」

 折紙の同意によってASTの旅行は決まった。

 休暇を取ってリラックスしたいという思惑と士道の裸体を撮りたい思惑と、特にどうでも良いという考えが入り混じっていた。

 

 

 

 

 士道等は令音の運転するバンによって天宮温泉に向かっていた。十香も四糸乃も乗り物は初めての経験だ。いや、フラクシナスという空中艦には乗った事があるが民間車両は初めてだ。

 助手席にすわる十香は外の景色に釘付けだ。

「おぉーシドー! 車だぞ車! 景色も綺麗だな!」

「士道さん……温泉で……何するんですか?」

「そういや温泉は初めてだったな。家の風呂のデッカい版だ。でもいろんな風呂があるから楽しいぞ」

「どんな風呂だ!? 札束の風呂もあるのか!?」

「ねーよ! どこの大富豪だ!」

「私はきなこパンの風呂に入りたいぞ!」

「体ベッタベタだな。四糸乃、酔ったりしないか?」

「は、はい大丈夫……です」

「そうか、よしよし」

 士道は四糸乃の頭を優しく撫でると十香は膨れっ面で羨ましそうに睨む。

「シドー、私も私も!」

 十香が頭を撫でて欲しい様子だ。

「えぇ? こっからじゃあ届かないぞ」

 十香が助手席で士道はバンの後部座席に座っているのだ。士道がいくら手を伸ばしても届かない。

『士道くん士道くん、よしのんも撫でてよ』

「お、うん。よしよし」

「シドぉ~」

「だから届かないんだって」

「士道さん……あのクルクル回ってるの何ですか?」

「ああ、あれは床屋さんだよ。髪を切るんだ」

 後部座席では和気あいあいとしている。十香は更に頬を膨らませて不機嫌さを増している。

「四糸乃、あれは何だと思う?」

「美容院……ですか?」

「正解、よしよし」

 また頭を撫でられる四糸乃を見て十香はまたまた頬をぷくっと膨らませている。

「う、うがー! ズルいズルい、四糸乃だけズルいー!」

 十香が駄々をこね始め地団駄を踏む。

「おいおい、暴れるな――」

 地団駄を踏んだ十香はなんと、車の床を貫き勢い余って高速道路を蹴り、道路を粉砕した。道路が倒壊を始める。

「ホアアアアアアァ!」

 珍妙な悲鳴と共に士道等を乗せた車は瓦礫と共に落ちて行った。

 

 

 

 

 昼間でも人が少ない町の外れにある丘に三台の車と一機の戦車と一つの自走式顕微鏡が集合していた。赤いピックアップトラックが苛立ったように変形トランスフォームすると強靭な肉体と厳ついガタイの巨人へと姿が変わった。

 それに次いでボンネットタイプのトレーラートラックも変形を始めた。タイヤを格納し、運転席は胸に、無かった腕や足が現れて複雑に変形しながら堂々たる姿で真の姿を現した。

 一○式戦車から巨人へ、格好の良いポンティアック・ソルスティスから小柄な巨人へ、顕微鏡も変形を始めて巨人へ変わった。

「イェアアアア! やっと変形出来るぜ! 気晴らしにディセプティコンのヤローを八つ裂きにしてやりえてぇな!」

「騒ぐなワーパス、ったく若い奴は短気で叶わん」

 ひと暴れしたい血気盛んなワーパスを落ち着かせるのはオートボットの古参、歴戦の老兵アイアンハイドだ。

「ハハッ、見てくれよみんな。私が選んだ車はなかなか格好良いだろ?」

「イカしてるぜジャズ! 俺の大砲に並ぶぜ!」

「オートボット、騒ぐんじゃない。我々はこの星にピクニックに来たのではない」

 オートボットの総司令官オプティマス・プライムは皆を静めた。

「パーセプター、この星はディセプティコンが狙っていた惑星なのか?」

「はい、オプティマス。多くの仲間の消息がわかりませんが、ここがディセプティコンが狙っていた地球というのは間違いありません」

 オプティマスの記憶にはしっかり刻まれている。オートボットの希望アークとディセプティコンの最強の戦艦ネメシスとの激しい攻防戦を。両艦破壊されながらもスペースブリッジへ飛び込み、オプティマスはあの時生きている仲間に救命ポットに乗る事を命じた。

 親友ラチェットにメガトロンから受けた攻撃で瀕死の重傷を受けたバンブルビーを託し、オプティマスも救命ポットに乗った。あらゆる宇宙にオートボットは散らばって行った。生き残っている者が何名いるかも分からない。

 ディセプティコンも甚大な被害を被っているに違いないが、あのメガトロンは一度や二度殺されたくらいでは死にはしない。まだ生きていると判断して間違いはないだろう。母なる星、セイバートロンを去るという決断をした今、オプティマス等はこの地球で当分は暮らさなくてはならない。

 幸いにも地球にはエネルゴンが山ほどある。更にパーセプターというエネルゴンに関して心強い専門家に他も頼りがいのある仲間ばかりだ。

「オートボット、我々はセイバートロンが再び息を吹き返すまでこの星で生きて行くしかない。皆、波を立てるな。静かに人間社会に溶け込むんだ」

「クソォ、銃をぶっ放せないってのは辛いモンだぜ! ディセプティコンの一匹でもいたらサンドバックにして遊んでやんのによォ!」

「ワーパス、静かにしないと発声回路を切るぞ」

 一人前の戦士であるワーパスもアイアンハイドから見れば若造だ。猪突猛進なワーパスの面倒を見るのがアイアンハイドの役目になりつつあった。

「オプティマス、じゃあ臨時基地を作りましょう。ちょうどこの辺りは何もありませんしバレないでしょう」

「名案だなジャズ。早速取りかかろう、パーセプターは基地製作の指示をワーパスとアイアンハイドはパーセプターの指示に従って動け。ジャズ、君は偵察だ」

「了解オプティマス、誰でも良いからこのイカしたボディを見せてやりたいね」

 身軽なジャズはブレイクダンスでもするように軽快な動きで変形すると猛々しいエンジン音を鳴らして走り去って行った。

「ジャズの奴、すっかり地球の車を気に入ったようですね」

 楽観的なジャズの言動にやや呆れ気味のアイアンハイドだ。副官である以上、分析力や状況判断力には優れているのである程度、わきまえてはいる筈だ。

「爺さん、どうしたよ止まっちまってよ! 油でも差してやろうか!?」

 ジャズの走って行った方角を見詰めるアイアンハイドにせっせと作業をするワーパスの声が届いた。

「やかましい、小僧が! まだまだ若い奴には負けんぞ!」

 指示を下した後のオプティマスも臨時基地作成に加わって作業を始めた。

 既に天宮市には九人のトランスフォーマーが住み着こうとしている。イギリスのスタースクリームも合わせれば十人も地球に飛来しているのだ。

 天宮市のトランスフォーマー等は互いにオートボットが来ている、ディセプティコンが住んでいるという事を認知していない。顔を合わせたならさぞかし驚くだろう。

 

 

 

 

 十香が高速道路を破壊してしまい徒歩による移動となった士道等一行の最後尾をうつむき申し訳なさそうにトボトボと十香が歩いている。十香の歩調が少しずつ遅くなっていくのを見て士道はもう反省したのだろうと判断して振り返った。

「十香」

「すまんシドー、私を嫌いにならないでくれ」

「ならないよ十香」

『十香ちゃん半端ないよねー! 地団駄で高速道路を木っ端微塵なんて中々出来――むぐぐっ!?』

 また余計な事を言いそうなよしのんの口を押さえて黙らせると士道はうつむく十香と顔が合うようにしゃがみ込んで見上げた。

「構ってやれなくてごめんな。誰も怒ってないから元気出せよ。でも高速道路を破壊するのはもう勘弁な?」

「本当に私を許してくれるのか?」

「本当だ。本当と書いてマジだ」

 士道の言葉を聞いて十香の表情に明るさが蘇って来た。それを見て安心したように士道は笑った。十香程、ショボンとした顔が似合わない子はいない。士道も四糸乃の気持ちをリラックスさせる事に専念し過ぎて十香を見失う所だった。

「元気も戻った事だし、じゃあ行くか。目的地はすぐそこだしな」

 安心したのは令音もだった。十香の精神状態を観察しながらヒヤヒヤしていた所だ。

 もうしばらく移動を続けていると風景の中に土産物屋が点々と並び始めた。温泉まで近い事が分かるし、歩いている最中に店番をしている人間の何人かに見覚えがあった。とある土産物屋を横切った時、赤色のツインテールが目に入った。士道はその土産物屋に立ち寄ってみると店主としてやはり琴里がいた。

「琴里、仕事は終わったのか?」

「仕事中よ。このまま十香と四糸乃をエスコートしなさい。私もまだやる事あるから」

「ああ、頑張れよ。終わったら温泉集合な?」

「何? そんなにあたしの裸がみたいの?」

「はあ? 一緒に入る筈ないだろ」

「バカね天宮温泉は混浴よ」

「混浴……だと!?」

「知らなかったの?」

「俺が知ってる時は男女分かれてたぞ!」

「そんな事言われてもね~」

「さてはラタトスクが……!」

「どうかしらね~」

「おーいシドー! 早く来い置いて行くぞー!」

「あ、ああわかったすぐ行くよ!」

「ほら、早く行ってあげなさい。士道」

 混浴の件はうやむやにされて士道は土産物屋を出て行き十香の後を追った。

「さ、士道。戦争デート開始よ」

 何かを企むような表情で琴里は怪しく笑った。

『司令!』

 突如幹本から通信があった。

「何よ」

『緊急事態、ASTです!』

「何ですって!? チィ……朝シャンに朝風呂は大歓迎でも無断侵入はお断りよ! 厳戒態勢を敷きなさい! ASTのネズミを一匹も通すんじゃないわよ!」

『了解です!』

 予想外のASTの出現、当人等はただの温泉旅行というのに……。

 

 

 

 

 遡る事十香が高速道路を粉砕する前の話だ。名目は地下トンネル視察という目的で動いているASTだが、実態は単なる旅行だ。ついでに真那の歓迎会というのもある。

「そう言えば鳶一一曹、急に心変わりして。お電話の相手に何か言われたんでやがりますか?」

「士道に悪い虫がついている」

「士道? 五河士道でいやがりますか?」

「――!? 何故あなたが彼を知ってるの?」

「あなたこそ兄様に何なんでやがりますか?」

「兄様? 士道にこんな妹がいるなんて聞いてない」

「あなたは……もしや兄様のお友達か同級生ですか?」

 折紙は首を横に振った。

「違う、恋人」

 衝撃的発言だ。真那だけではなく、その場にいたAST隊員全員が驚愕の事実に顔を歪めた。

「折紙、恋人いたんだ」

「鳶一一曹ってそんなの全然興味ないと思ってた……」

「どんな人だろ……」

 ひそひそと折紙の恋人について憶測が飛び交っていた。

「兄様が……鳶一一曹の恋人?」

「そう」

「士道から告白して来た」

 その事を聞いて更に隊員等が色めき立った。

「鳶一一曹に告白!?」

「その子根性あるわね!」

「ハァ……良いな折紙は……私なんて恋人とかなんて遊びじゃなくて結婚よ結婚。人生の墓場を見つけないと……」

 そんな中、事件は起こったAST部隊を乗せた地下列車が急停止したのだ。十香が高速道路を破壊して地盤沈下を引き起こしたのだがAST等は地震か何かだと勘違いしていた。

 事件は更に事件を呼んだ。地下列車が激しい揺れで水道管を破壊したのだ。

 怒涛のごとく噴き出す水!

「まずいわね水道管が破裂したわ。このままじゃあ列車の中まで水が入って来る……! 総員、武装を展開しなさい!」

 旅行気分でオシャレをして来た燎子は念の為、ワイヤリングスーツを下に着ていた。

「天井をぶち抜くわよ! ファイアー!」

 真那も宴会用の着ぐるみを脱ぎ捨ててCR-ユニットを展開した。列車の天井を貫き、次にトンネルのコンクリートの天井を真那が光線で豆腐のように楽々と切り裂いて行く。

 地上へと上がる事が出来たASTは一度整列して点呼を取った。

「隊長、全員いる」

「わかったわ折紙。これより我々は徒歩による進軍を開始する! いいわね、目指すは温泉!」

「隊長、温泉とは言え浮かれてはいけない。あくまでもこれは訓練の一環として考えるべき」

 確かに皆、ラフな格好の中で折紙だけは自衛隊の迷彩柄の訓練着を着用してカメラに三脚に録音テープとマイクを持っているのだ。何の訓練か疑いたくなる。

「念の為このままワイヤリングスーツで移動するわ」

 徒歩で温泉街を目指すAST、その先には士道達がいる。本来ならば琴里はグリムロックを投入してさっさと追い返すつもりだったが今はいない。琴里はラタトスクの軍事力を以てAST等と追い返す作戦だ。

 温泉街の街並みは刻々と変わって行き、ASTの迎撃態勢が整っている。

 所変わって、土産物屋の奥の和室では琴里が大きめのタブレット端末を二台置いて士道の動向とASTの状況を監視していた。

『司令、どうしますか? 即座に攻撃を仕掛けられますよ』

「まあ落ち着きなさい。たこ焼き弾をお見舞いしなさい」

『ハッ! たこ焼き弾装填!』

 中津川はハッキリとした威勢の良い声で指示を復唱した。

 地面のあちこちが左右に割れるように開き、そこからタコの絵が描かれたたこ焼き屋がいくつも出現する。たこ焼き用鉄板が起き上がり、何も知らずに歩いて来るAST部隊目掛けて次々とたこ焼き弾が放たれた。

『うわっ!? 敵襲よ! 前方一〇〇メートルたこ焼き屋から!』

 非殺傷兵器だが、当たればもちろん痛い。まだASTが随意領域テリトリーを発現させていないのでこの程度で済ませているが、もしも展開して来るのならもっと強力な兵器を投入する必要がある。

「お次は大根ミサイル、多連装ニンジンロケット、健康一番お野菜責めよ!」

『了解! 大根ミサイル、多連装ニンジンロケット。健康一番お野菜作戦発動!』

 温泉街の八百屋が移動を開始し、たこ焼き屋が後退を開始した。

『クソッ! 何なのよこの攻撃!』

『敵に殺意は無い。私達をどうにかして追い返したいと見える』

『反撃だぁ! 撃って撃って撃ちまくりなさい!』

 ASTも負けじと撃ち返す。真那は冷静に飛んでくるミサイルやロケットを空中で切り落としながら発射元である八百屋を粉々に裂いた。内部からは機械の破片ばかり人の姿は無い。

『日下部一尉、あれは人が乗ってねーです。遠慮なくぶっ放しても良いです』

『みんな嵩宮三尉の言葉は聞いたわね! テリトリーを展開した後にコイツ等をスクラップに変えてやりなさい!』

 ASTが随意領域テリトリーを展開した事を知ると琴里はニヤリとサディスティックに笑ってから次の作戦を命じた。

「幹本、川越、中津川、敵はテリトリーを展開したわ全武装の威力を引き上げなさい。それと例の物の使用を許可するわ」

『し、司令!? しかしアレは危険過ぎます!』と、幹本。

「命令よ!」

『は、はい。全武装の威力の上昇、それとエネルゴンボムの使用!』

 モニターの向こうでは面白いくらいに足止めを食らっているASTに笑いがこみ上げ来る。出来る事ならばこのまま諦めて帰ってもらうのが理想の形なのだ。けれどもASTは諦める気配が無い。よほど十香や四糸乃に用事があるのか、琴里は次なる作戦を考えていた。

「さあ、来るなら来なさいAST、歓迎してあげるわ」

 

 

 

 

 謎の襲撃に苦戦を強いられていたASTだったが、所詮は単純なハードウェアに過ぎない。攻撃パターンは読めてきたし、数と火力は脅威だが真那の的確なレーザー操作でミサイルや爆弾は全て目標に到達する前に迎撃出来ている。

「折紙、この攻撃は何だと思う?」

「精霊ではないのは確か、けどテロリストにしては武装が豊富過ぎるしコミカル過ぎる」

「正体は不明ですが、私等を邪魔するなら容赦はしねーですよ」

 真那が標準的なブレードよりも遥かに幅広のレーザーブレードを射出すると一刀の下に八百屋を叩き斬る。お野菜作戦を潰されて次なる魔の手は執拗に迫る。

「キャッァァ!?」

 ある一人の隊員が足を滑らせた途端に体は地面に撒かれた潤滑油の所為で洗濯屋へと滑って行った。燎子、折紙、真那の三者は瞬時にスラスターを使って飛び上がる。不意を突かれた他の隊員は見る見るうちに足を滑らせて洗濯屋へと吸い込まれて行った。

「特殊な潤滑油、恐らく対象との摩擦をほぼ完璧に無くしてしまう恐ろしい液体」

「しっかし……何なんでいやがるんですかね。私等をよっぽど温泉に入れたくねーんですかね」

「何者かは知らないけど。せっかくの休暇をメチャクチャにしてくれた礼は何倍にして返すわ」

 残ったメンバーで空中からの進行を開始するとやはり空中の対策が成されていた。物量に任せた圧倒的な野菜の対空砲火ではまともに飛ぶ事も出来やしない。空からの進行を阻止する為に戦力も何倍にも増強されていた。

 恐らく、真那と折紙ならばこの激しい対空兵器の中でも回避しながら進む事は出来る筈だ。だが後続の仲間がついて来れないのなら意味は無い。渋々、下降して地上から進む事に決めた。

「倒しても切りがねーですね」

「でも相手さんを倒しきる以外の選択肢は無いみたいね」

「即座に殲滅する」

 折紙は両腕にガトリングガンを一門ずつ構えてトリガーを引いた。銃身が回転を始めて少しすると弾丸の豪雨が建ち並ぶ店を軒並み蜂の巣に変えていく。何故こんな重火器を持って来ているかは不明だが、とにかく今は良い。

 地上はあちこちで爆発が巻き起こり、銃声は途絶える事なく鳴り響き、空にはミサイルやレーザーの対空砲火が躍る。

 

 

 

 

 温泉街をゆらりと歩いている士道達にこの爆発音は聞こえていた。令音は事の事態を知ってる、士道も何となく勘でラタトスク機関の仕業と決めて気にしないようにしていた。

「シドー、何かドカーンという音がしないか?」

「気のせいだ。気にしないの」

「そ、そうか?」

「そうだ。爆発何てしないしない」

 そう言った束の間、遠くから弾かれて流れ弾となった小型ミサイルがふらふらと奇妙な弾道で四人の頭上へと降って来る。

「っ!? 危ない避けろ!」

 ミサイルの存在にいち早く気付いた士道が声を上げると令音は四糸乃を抱えて走るが十香はまだ気付いていない。士道は十香を小脇に抱えて跳んで地面に伏せさせた。激しい爆発を覚悟していたが、いつまでも爆発は起こらない。

 そう、ミサイルはグラップルビームに絡め取られてどこかへと放り投げられた。

 爆発音を聞いて駆け付けたジャズはたまたま士道等を見かけた。それもちょうどミサイルが降って来た時だった。少年少女の無事を確認すると軽々と土産物屋の屋根から降りてソルスティスへと変形した。

「日常からこんな爆発が起きるのか、物騒な星だ」

 また流れ弾が飛んで来ないようにジャズは少し様子を見る事にした。

「みんな怪我はないか?」

 ゆっくりと起き上がって身を案じた。

「こっちは怪我は無いよシン」

「大丈夫……です……」

 令音の下から出て来た四糸乃には幸い怪我は無かった。十香にも怪我が無く、士道はホッと胸をなで下ろした。流れ弾としてミサイルが飛んで来るなど尋常ではない。士道は早歩きで先を急いだ。

「シン、結局さっきの流れ弾はどこへ行ったんだい?」

「俺にも分かりません。気が付けばどこかへ行ってましたね」

「……てっきり君のミラクルパワーかと思ったよ」

「俺はこれでも人間です」

 今日泊まる旅館は士道達がいる場所から坂を登った頂上だ。車があれば楽なのだがと思ったが口には出せない。車を破壊した事は十香はかなり気にしているからだ。今、言えばかなり嫌みになってしまう。

 旅館に入ると女将に部屋へと案内された。小高い山の頂上だけあって景色は絶景だと女将が話してくれた。それを聞いて士道は内心ワクワクしている。

「では、こちらがラタトスクの間でございます」

 女将から自然とラタトスクと言う単語が出て来た瞬間、士道は確信と共に不安が込み上げて来た。

「どうも……」

 女将に礼をしてから士道は部屋に入った。

「シドー! 中は綺麗だぞ! 広いぞー!」

「おお、良かったな十香」

 意外にも中は普通で士道は呆気に取られた。妙な仕掛けが無くて拍子抜けだったが、これで良いのだ。重たい荷物を置いて、士道は背伸びをしてから女将の言っていた絶景とやらを拝む事にした。

「さ、絶景ってのはどんなのか――」

 士道はふすまを開けるとASTとラタトスクの無人兵器軍団の戦いが繰り広げられている。士道から見れば遠い場所で戦っているので空中で幾重に折り重なった爆煙と真那のレーザーが空を綺麗に彩っていた。見ようによっては綺麗だが、純粋な気持ちでこの風景を綺麗とは呼べなかった。

「シドー、どうだゼッケーというのは!」

 背後から十香の声がするとピシャリとふすまを閉めた。

「何をするのだシドー! 私もゼッケーが見たいのだ、ゼッケーゼッケー!」

「ああ、絶景は無くなったみたい」

「な、無くなる物なのか!?」

「ああ、無くなる。とにかくここは開けちゃダメだ」

「むぅ……シドーがそう言うなら……」

 十香は聞き分けが良い。

「さ、まだ夜まで時間がある。ここで一つゲームをしようじゃないか」

 令音からゲームの提案が出て来た。五河士道は何のゲームか読めた。士道が他の女に欲情しにくくする為に今まで様々な性のトラップがあった。この状況で出て来るゲームと言えば王様ゲーム、野球拳、ツイスターゲームだ。

 ラブコメではお馴染みのエロい展開に持って行きやすい三種の神器だ。士道はそう考察しながらどのゲームが来るかを期待半分に身構えていた。

「今、持って来たのはドンジャラとバトルドームとドラえもんチクタクパニックがあるな」

「……」

 変に構えていたのが恥ずかしくなって来る。しかし懐かしの玩具の登場に興奮はしていた。

「シドー何だそのバトルドームという奴は」

「ん、ボールを相手のゴールにシュートするんだ」

「パチンコ……なのか?」

「……ちょっと違うな。四糸乃もルール知らないだろ、まずは練習からだ」

「ああ、そうそう普通にバトルドームをするだけでは面白くないから何か別の要素を追加しよう」

「別の要素ですか?」

「うん、バトルドーム、トランスフォーメーション! スーパーバトルドームだ」

 畳の置いてあるバトルドームが令音の声を聞いてガタガタと震え始めると近くに置いてあったドンジャラの駒を吸い込み、形を変えて行く。四本の足で固定されているバトルドームが二本足で立ち上がり、四糸乃よりも小さなロボットが完成した。

「…………え……ゲームは?」

「スーパーバトルドームくんは体の中にありとあらゆるゲームを詰め込んだ娯楽ロボットだ。エネルゴンが少し余っていたんでね使わせてもらった」

「令音さん……もしかしてこれを見せたかっただけですか?」

「まさか。スーパーバトルドーム、ツイスターゲームの用意を」

「バトルドームはやらないの!?」

 不意に士道が予測していたツイスターゲームを盛り込まれて面食らってしまった。すっかりバトルドームで平和的に遊ぶのだとばかり考えていたからだ。

「あ……シン、やはり体を密着させるツイスターゲームで耐性を付けるべきだと思うよ」

「思い出したかのように変な展開に持っていかないで下さいよ!」

「二人で何を話している、結局バトルドームかツイスターゲームのどっちをやるのだ」

「バトルド――」

「ツイスターゲームだ」

 士道の言葉を遮って令音がツイスターゲームの提案を押し切った。

 蛇足ながらツイスターとは、スピナーと呼ばれる、ルーレットのような指示板によって示された手や足を、シートの上に示された赤・青・黄・緑の四色の丸印の上に置いて行き、出来るだけ倒れない様にするゲームである。

 異性同士が行えば体と体が密接に絡み合うような展開、スカートなら下着が見えてしまうという展開が予想される。士道もツイスターのルールは熟知しているのでそうなるのは良く分かっている。

 見れば十香はいつの間にか浴衣に着替え、四糸乃は青色のワンピースを着ている。やましい事は考えまいと頭の中でグリムロックの事を考えていた。

 シートを敷いてスピナーの操作は令音が請け負い、ゲームは開始される。

 さあ、戦いだぁ。

 

 

 

 

 オートボット達の臨時基地の建設作業は驚く程早かった。人手もあるし優秀な科学者の指示のおかげで基地は完全間近である。何も無い丘に建てればたちまち見つかってしまうのでオートボットは丘をすり鉢状に削り取り、丘の中に基地を作り上に土をかけてカモフラージュするつもりだった。何度かオプティマスが機材の操作を誤って破壊した事と、アイアンハイドが力加減を誤って材料を破壊した事と、ワーパスが繊細な作業に苛立って完成品を破壊した以外は順調に事が進んでいる。

 パーセプターはこの三人に建設作業を任せる際に異様な不安を隠しきれなかった。それもその筈、三人共気質が荒っぽいからだ。

「そう言えばオプティマス、我々の正体が見つかった時、どうします?」

「着ぐるみって事にするか!」

「良い案だな、ワーパス」

「ジョークだぜ、オプティマス! はぁ~あ何でまたこんな星で生活なんだよ」

「文句言うな、私だってこんな原始的な星はヤだよ。でもこの星にはエネルゴンがゴロゴロしてる良い土地じゃないか」

「オレァよ、爆発に香ばしい硝煙の香りにディセプティコンのクソッタレを八つ裂きにしてる方が気楽だったぜ! 爺さんはもう隠居で良いじゃねえか」

「馬鹿者! 誰が隠居なんぞするか!」

 喋ってないでもう少しテキパキやって欲しいとパーセプターは心の中で呟いた。

「いやはや、これだけのエネルゴンを我々が先に見つけて良かったですね」

 地下を掘れば掘る程に湯水のごとく湧いてくるエネルゴンの鉱石にパーセプターは感嘆のため息を漏らすばかりだ。

「ディセプティコンがこのエネルゴンを手にしていれば私達に勝ち目は無かっただろう」

 戦争を左右するのは資源だ。

 トランスフォーマー等にとってエネルゴンは命の源であり兵器のエネルギー源でもある。あらゆる事にエネルゴンは使われるのでこの物質は戦争では必要不可欠だ。オートボットがこうして臨時基地を作っている間にもショックウェーブはエネルゴンを精製して戦いに備えている。

 両軍の戦火は地球にも広がろうとしていた。

「そういやジャズの奴が偵察に行って随分経つけどよ、何してんだろうな」

「まぁ~た何か音楽だの車だの見て油でも売っているんだろうよ」

 生真面目な性格なアイアンハイドは不器用ながらも仕事には真摯に向かい合う。ジャズは副官という立場だが、任務中でもフランクで砕けた調子で遂行し何だかんだで結果を出す。しかし、アイアンハイドはもう少し副官としての自覚を持って欲しいと思っていた。

「ジャズは有能な将校だ。私が最も信頼している者の一人、ただ遊んで帰るような奴ではない」

「分かってます、オプティマス。どこぞのイカレ暴走族と違ってアイツはわきまえている筈です」

「何だァ! イカレ暴走族ってオレかぁ!?」

「お前さん以外に誰かいるのかね?」

「爺さんの中古ボディもガタが来てやがるからオレの新品ボディに嫉妬する気持ちは分かるぜ! イェアアア!」

「一分、いや三〇秒で良いから静かに出来んのか、お前は」

「無理だ!」

 溜め息混じりに愚痴をこぼし、トランスフォーマーのコンピューターにして大戦時は武器販売と改造まで担当した優秀なシリーズ、テレトラン1を部屋の壁に沿わせるように置いた。電源を入れて動作を確認した所、ちゃんと起動してくれた。

「パーセプターやるじゃないか」

「見よう見まねで作ってみたがどうやら起動したようだね。良かった良かった、これが有ると無いでは便利さが違って来るからね。残念な事に武器販売はやっていないよ」

「分かってる。だが十分過ぎるわい」

 テレトラン1の起動に成功した時と同時にオプティマスにジャズから連絡が入って来た。

『こちらジャズ、応答願います』

「聞こえているぞジャズ」

『オプティマス、今町の中を徘徊してるんですけどね。人間達があっちこっちでドンパチやりやっていますよ』

 無線の向こう側では確かに爆音と銃声が絶え間なく聞こえていた。

「他に分かった事は?」

『私達がインターネットを介した情報より有益な物はなさそうですね。強いて言うならあちこちでエネルゴン反応がある事です』

 人間達が争っているならこれ以上ジャズを戦地に放置する訳にはいかない。オプティマスはジャズに次の命令を出した。

「よくやった、次は人間達の武装を見て来るんだ」

『わかりました』

 ワールド・ワイド・ウェブでは機密情報である精霊とASTについては掲載されていない。その星の技術力はその星の兵器の性能を見ればおおよその検討はつく。

 オプティマスはこの星の文明について考えながら最後の仕上げにかかっていた。

「ちょ……ちょっと司令官! その装置にはまだ触れないで下さい!」

「え――?」

 オプティマスが照明の電源と思い、スイッチを押した時、無人の丘にきのこ雲が上がった。

 

 

 

 

 ラタトスクの執拗な妨害はまだ続いていた。隊員は徐々に戦闘不能に追い込まれ、未だに無傷で応戦しているのは燎子、折紙、真那の三者だ。せっかくの温泉旅行だと言うのに最初は電車事故に始まり謎の機械軍団の妨害、燎子の頭にはかなりのイライラが溜まっていた。無機質な機械軍団をいくら破壊しても平気な顔をして向かって来ると考えれば忌々しい事この上ない。

 燎子は悲鳴や断末魔が聞きたくなって来た。

「クソッ……何で何で毎回、こう上手くいかないのかしらねぇ! あぁ~腹立つ! このふざけたメタルの屑め!」

 部下が運んでいた重機関銃を取り上げると燎子は単身、遮蔽物から飛び出して引き金を引いた。対精霊用重機関銃ヘビーマシンガンは火を噴きながら鉛弾が八百屋を破壊して回る。燎子の姿はさながらランボーかメイトリクス大佐だ。

「おい……」

 低くこもった声を漏らしながら振り向き、射撃を忘れた部下を睨みつけた。

「お前、何さサボってんの? 死ぬ気で撃てぇ! 敵を一匹残らず皆殺しにしろォ! 後で殲滅させて銃に弾残ってやがったらケツに弾ぶち込んでやらぁ! そんで溶岩風呂で永遠に休暇させてやっからな!」

 普段の態度からは想像も出来ない荒々しい燎子に部下達は怯えながらも引き金を引き続けた。もし弾が残っていたら本当に撃ち込まれかねない。

 最前線で戦う燎子は勇猛以上に無謀だ。的確に敵を撃破している最中、燎子の背後からミサイルが迂回しながら飛んで来ている。

「隊長、危ない!」

 一人の隊員が助けに入ったが――。

「誰が助けろと頼んだ!」

 サポートにやって来た隊員の腹を殴り飛ばし、向かって来るミサイルを撃ち落とした。

「ハハハハッ! 見なさい、破壊と殺戮こそが究極の美なのよ! 何が精霊だ何がASTだこの腐れ桐谷ィ! いつもいつもチクチク言いやがってヨォ! グリムロックもまともに制圧出来なかった癖しやがってぇ!」

「隊長さんなかなかファンキーじゃねーですか」

「鳶一一曹、日下部一尉を止めて下さいよぉ!」

 涙目で懇願するのは折紙と真那を省いたAST隊員達だ。

「あんなぶっ壊れた隊長を止められるのは鳶一一曹か嵩宮三尉だけですよ!」

 折紙は隊員達の声を聞いた後に暴れまわる燎子に目をやった。

「殺せ! ぶっ潰せ! 破壊しろォ!」

「確かに普段の隊長とはどことなく変」

(どことなく!?)

 隊員等は全く同じ事を思った。

「引き裂け! 殴れ! 踏み潰せぇ! こんなポンコツ兵器軍団の指揮官の首を引っこ抜いてサッカーボールにしてくれるわぁ!」

 燎子よりも敵を応援したくなる暴れっぷりだ。敵の屋台を破壊し尽くす寸前に強力な援軍がASTの前に立ちはだかった。黄色のカラーリングの車、屋根にはロケット砲やマシンガンが取り付けられた武装タクシー。名付けてこれ、タクシー破壊軍団と呼ぶ。

「隊長新手ですよぉ……」

「ンな事言われなくても分かっているわ! 構わん破壊してしまえ!」

「やっぱり、イカレてるんだ……」と、一人の隊員が呟いた。

 タクシー破壊軍団はASTを中心に円形にぐるぐると走り出し、包囲すると装備されたロケット砲とマシンガンを浴びせて来た。

 瞬時に肩のアーマーからレーザーを飛ばして真那は踊るように身を回転させて包囲していたタクシー破壊軍団を一流シェフのように三枚に下ろした。切断面からパチパチと火花を散らした次の瞬間に連鎖的にタクシー破壊軍団は爆発して言った。

「真那ァ! 余計な手出しはするな! 私に殺らせろ!」

「す、すいませんです」

「野郎共、手が止まってんぞオイ! 先にお前等を壁飾りにしてやろうか、あぁ!?」

 変に話を振られないように目は合わせずに援護射撃をして応えた。

「日下部一尉」

「どうしたの折紙ィ! 今最高にハイな気持ちなのよ邪魔しないでね!」

「上空から未確認飛行物が来ている」

「あぁ?」

 折紙の報告に頭上を見上げると直径五〇メートルはあろう巨大なカボチャが降って来ている。もちろんそれもラタトスクの兵器の一つだ。この降って来るカボチャに詰まっているのは爆薬ではないエネルゴンだ。これこそ琴里の言っていたエネルゴンボムの事であった。

「まずい……総員退避!」

 燎子が指示を出す前に既に皆逃げ出していた。燎子もスラスターを最大限に吹かしてその場から離れるのだが、とても逃げ切れない。

 エネルゴンボムの規模はまるで空間震だ。天宮市の地上に本日2度目のきのこ雲がモクモクと昇って行った。

 

 

 

 

 ゲームはなおも続いていた。

 ツイスターに勤しむ三人とスピナーを回す係りである令音にもエネルゴンボムの衝撃は微弱ながらも伝わっていた。令音は急にここから見える絶景について思い出して障子を開けて外の様子を見ると、綺麗なきのこ雲が上がっていた。令音は黙り込んでそっと障子を閉めた。

「十香、近い近い! もっと離れてくれ!」

「無茶を言うなシドー!」

「士道さん……か、顔に何か当たってます……」

「わ、悪い四糸乃!」

 状況はかなり切羽詰まっていた。十香は足を大きく開いた状態で四つん這いの態勢だ。士道はその下に潜り込むようにブリッジの姿勢を維持していた。そして四糸乃は士道の股の間に顔が近付いてしまうような位置にいた。

「この姿勢はキツい……」

「ひゃっ!? シドー、い……息を太ももにかけるな……くすぐったいであろう」

「ごめん、十香」

「ふぁあっ!?」

 これももし琴里の計画の一つなら兄として妹の将来が心配になって来る。時折、浴衣の隙間からチラチラと見えるピンク色の下着を見まいと視線を泳がせる。

『士道くん士道くん! さっきからナニか腫れてなぁい?』

「――!? そんな事ない!」

「どうしたのだシドー、怪我で腫れているのか?」

「わぁぁ! 十香、動くな見えるぞ!」

「何がだ?」

 士道の言っている意味が最初は理解出来なかったが十香はすぐに感づいた。

「シドー!? み、見るな!」

「分かってるって目は瞑ってるよ!」

「ほ、本当か? 薄目で見ていたら容赦せんぞ」

「シン、右手を緑の三番だよ」

「は、はい令音さん」

 士道が目を閉じたままで体をよじって手を伸ばした先に何か柔らかい塊をキャッチした。

「ああっ……! シドー何を掴んでおるバカ者ぉ!」

 士道が誤って掴んだのは十香の胸だ。恥ずかしくなって思わず手を引くとぷるぷると震えて突っ走っていた十香の足を弾いてしまった。

「あっ」

 令音が一言漏らすと全く同じタイミングで十香が崩れて士道が下敷きとなった。幸い四糸乃はズレた位置にいたので下敷きにはならなかった。

「うぅっ……いきなり何するのだシドー」

「すまん、変な声を上げるから焦ってさ……」

「みんなちょうど良く汗をかいたね。時間的に見てもそろそろ温泉に行こうか」

「おお! 温泉かすっかり忘れていたぞ!」

「温泉……楽しみ……」

 着替えとタオルを片手に準備を済ませると浴場へと歩き出した。再度言うがこの温泉は混浴だ。

 脱衣場の前で一度別れた士道は大きく背伸びをした。服を脱いでいると浴場の方からは何やら大きな声がした。団体客が盛り上がっているのだろうと士道は気にせずに服を脱いでいた。

 腰にタオルを巻いて恥じらいと緊張しながらも浴場へのドアを開けた。先に浴場にいたのはどこか見覚えのある面々だ。

「さあ、今日はみんな良く働いたわ! 存分に英気を養いなさい」

 小高い岩の上に立って話しているのは燎子だ。士道にはASTの隊長という認識だけで名前など知らない。その近くには折紙ともう一人かなり若い少女がいるのが確認出来た。

「シドー! 温泉はどうだ!?」

 ガラガラと女性用の脱衣場から十香と四糸乃が現れると自然とそちらの方に視線が注がれた。

 四糸乃はこの時、顔が青ざめて行く。それは少女の視線の先にいた怨敵の存在を確認してしまったからだ。よしのんを撃ち抜き、己を斬り殺そうと刃を向けて来た折紙がいたからだ。

「ん……? あれはハーミットに似ているような……」

「ぁぁ……あ……いやぁぁぁぁ!」

 四糸乃の精神状態が乱れて殆ど反射的に精霊の力を発動してしまった。

 疑いが確信に変わる前に四糸乃の氷はその場にいたASTを温泉ごと凍らせてしまった。白い冷気が温泉を包み込み、それが晴れた頃には氷付けとなった隊長等と温泉を目の当たりにした。

「ご、ごめんなさい……」

 四糸乃は申し訳なさそうに謝った。

「まあまあ、気に病むなよ。しっかし……どうしたもんかな」

『士道、聞こえる?』

「ん、ああ琴里かどうしたんだ?」

『温泉が凍って困っているならちょうど良い温泉があるわよ。神無月が見つけた温泉がね』

 神無月には穴を掘り、一定まで掘ればまた別の所を掘れという命令を下してあった。その神無月がどうやら穴を掘っている間に温泉を発見したらしい。急遽、天宮温泉から神無月温泉に移動をする事になった。琴里も仕事は一通り片付いたのでフラクシナスで合流する事になった。

 そのまま転送装置を使って神無月の下へと送られた。もはや旅行もへったくれもないが、目的の温泉には入るには成功した。『いやぁ四糸乃がちょ~っと迷惑かけちゃってごめんね!』

「ああ、気にしてないって気持ちいいか四糸乃?」

「はい……」

「良かったよ」

 なだめるように士道は四糸乃の頭を撫でた。

「シドー、シドー」

 十香が構って欲しそうに頭を出して来る。また地団駄で破壊されては叶わない。士道は砕けたように笑いながら十香の頭も撫でてあげた。

「シドー、温泉は気持ちいいな」

「ああ、そうだな。琴里も仕事が片付いて良かったよ」

「まあ、士道があたしとどうしても一緒に入りたいって言うから頑張ったのよ」

「ハハッ……温泉は最高だな!」

 疲れ切った体を存分に伸ばして士道は気分良く言った。

 温泉の効果で存分に体を癒やした皆の表情は自然と和らいでいた。

 

 

 

 

 体の疲れを飛ばした琴里は神無月を連れて今日の最後の仕事にやって来ていた。エネルゴンボムを落とした地点の視察だ。あの時、落としたカボチャのサイズは直径五〇メートルだったが実際に含まれていたエネルゴンは一〇〇キロ程しかない。それで小さなクレーターが出来るくらいの威力となると何としてもラタトスク機関の敵に渡してはならないと思っていた。

 着弾地点に近付くとそこには、場違いで何の統一感も無い車両達が並んでいた。一台だけ自衛隊の戦車という所がますます不自然さを際立てていた。

「何コレ?」

「乗り捨てでしょうか?」

「分からないわね。とりあえず邪魔だし処分しましょ」

 処分という言葉に気を悪くしたのか力強くエンジン音を鳴らして威嚇して来た。

「うわっ、まだ動いてる。神無月、フラクシナスに連絡してさっさと回収しましょう」

「了解しました」

 仲間を呼ばれるのはまずいと判断したワーパスはオプティマスの指示も待たずに戦車から巨人に変形した。アイアンハイドはワーパスの早とちりに心底呆れつつも彼に続いて変形した。戦車から人型へピックアップトラックから人型へ琴里と神無月はこの変形プロセスに見覚えがあった。鋼鉄の巨人に変形する存在と言えば彼女達の認識では一人しかいない。尤もその存在は車ではなく機械の恐竜に変形するのだが。それはさておき、彼等の変形する姿を見てグリムロックとは全くの他人とは思えなかった。

「――何コイツ等!?」

 ワーパスは琴里と神無月の乗っていたジープを踏み潰して退路を絶った。アリを踏み殺すと同じように軽々と粉砕され爆発の中へ消えたジープに二人の意識は行っていない。それ以上にインパクトのある存在が目の前に立って尚且つ銃を向けているのだから。

 暴れだしたワーパスを止めるべくオプティマス、パーセプター。ジャズは各々がスキャンした姿から変形してその真の姿を見せた。

「オプティマス、私達の姿を見られました、始末していいか?」

 オプティマスという言葉に琴里は聞き覚えがあった。どこで聞いたのか記憶の糸を辿っていると直ぐに答えに巡り合えた。そう、グリムロックが五河家に殴りこみに来た時だ。故郷セイバートロン星についての映像を見せた際にグリムロックが話していた相手の名前だ。良く見ればあの時の映像と今、見ているオプティマスの姿は僅かに変わってはいるが殆ど同じだ。更にみんな胸か型にオートボットのエンブレムが刻まれている。それがグリムロックと同じエンブレムだと気づくのに大した時間は要らなかった。

 問題はアイアンハイドが両腕のサーモロケットキャノンとパルサーキャノンを突きつけている事とワーパスが二門のガトリング砲を今にも撃ち出しそうなトコだ。

「やめろアイアンハイド、ワーパス。我々は殺し屋ではない、無益な殺生は控えるんだ」

 オプティマスの命令で二人が銃をどこかへと格納して普通の腕に戻ってしまう。オプティマスは腰を屈めて出来るだけ近くに顔を持ってくると巨大なレンズは琴里と神無月をスキャンして精神状態を的確に観察していた。

「我々を恐れていないようだな」

「え、ええ」

 単に肝が据わっているという言葉では片付けられない。未知との遭遇をすれば殆ど間違いなく取り乱すが精神に何か揺らぎが出るのだが、あまりに落ち着いた琴里の様子を見てオプティマスは顔をしかめながらもう一人の男性を睨むように見たが、こちらも恐れてはいない。

「精神的なショックの少なさに加えて、非常に落ち着いている。我々に会った事があるのか?」

 “我々”とはオプティマス達の事ではない。トランスフォーマーに会った事があるのかと聞いているのだ。オプティマスの問いかけに正直に答えるか否か、琴里は迷っていた。秘密の漏洩を防ぐ為に琴里達が目撃者と分かれば抹殺の対象にするかもしれない。言葉を詰まらせ、琴里はグリムロックと同じエンブレムであるかと再度確認する。

 神無月は苦い顔をしている。人間が相手ならばもしもの事があれば司令官琴里を守り抜く自信があった。それでも相手が十メートル近くはある巨人の群れなら琴里を守るどころか己の命すら危ういのだ。護衛という任務が全くの無意味、今の神無月には民間人程度の価値しかない。それでも何かあれば戦う覚悟はある。

 グリムロックの仲間、そして自身がグリムロックの知人であると明かせばこの鋼のエイリアン達も悪い気はしない筈だ。連中は知能の低い怪物ではなく、知的生命体だ。あまり長々と黙っていれば短気なワーパスが苛立ち始める。

 あらゆる思考が巡った後に遂に意を決して喉の奥から声を絞り出して言おうと小さな口を開く――。

「挨拶を忘れていたな」

 琴里が言い出す前にオプティマスは宇宙共通の挨拶をする事を忘れていた。喉の調子を整えるように咳払いをする。

「バーウィップ、グラーナ、ウィーピニボン」

「オプティマス、何だそれ?」

「宇宙共有の挨拶だ。昔言っただろう」

「そうだっけ?」

「宇宙共通の挨拶でもどうやら地球には通用しないみたいですね」

 初めて耳にする挨拶にポカンと呆気に取られた顔をする琴里を見てジャズが言った。

「ここは宇宙でも辺境の惑星、宇宙共通の挨拶も通用しないかも知れませんね」

「なるほど、そう言う星もあるか」

「お、オプティマス」

 トランスフォーマー達の会話に琴里の声が割って入った。

「あなたの仲間と会った事があるの!」

「何だと……!? 誰だ、名前は分かるか?」

「グリムロック。グリムロックが私達に星の事を教えてくれたわ。あなたがオプティマスね?」

「そうだ、私はオプティマス・プライム。オートボットの総司令官だ。さっき君はグリムロックと確かに言ったね? 確かに彼は私達の仲間だ」

 この五人のトランスフォーマーとグリムロックが仲間という確認が取れた。そうなれば話は早い。

「君は……」

「五河琴里、こっちは神無月恭平よろしくオプティマス・プライム会えて嬉しいわ」

「よろしく五河琴里」

 オプティマスは握手を求めるように人差し指を差し出すと琴里は両手で大きな指と握手した。

「我々の事はグリムロックからどこまで聞いた?」

「星が戦争で無くした事とグリムロックがオートボットを離れた事よ」

 グリムロックが改造される少し前の話だ。オプティマスを含めてオートボットはグリムロック等が恐竜に改造された事は知らないし、その姿をまだ見ていない。

「グリムロックが話した通り、私達は故郷を失っている」

 オプティマスは辛そうな表情を作った。

「あなた達は何なの、もっと詳しく聞かせて欲しいんだけど」

「我々は超ロボット生命体トランスフォーマー、この星の機械のように命令をただ遂行するだけのコンピューターではない。私達には特技があり個性がある。もちろん人間の概念で言う“心”も存在する」

 オプティマスはワーパスを指差した。

「彼は戦士ワーパス、このチーム一の怪力で勇猛果敢な若き戦士だ」

 ワーパスは頑丈そうな拳と拳をぶつけて火花を散らして力強さを見せつけた。。

「イェェイ! さっきの車は悪かったな。また適当などっかから持って来てやるよ!」

「あ、ええ……それは助かるわ」

 どこから持って来るのか気になるがそこには触れないようにした。

 次にオプティマスはアイアンハイドを示した。

「彼は兵器開発担当の技術兵アイアンハイドだ」

 彼もまた頑丈な装甲で全身を包んでおり厳つい風貌だが、対応はかなり丁寧であった。

「先程は失礼した。銃口を向けた事には謝罪させてもらう」

「う、うん。気にしないで」

「彼は副官、ジャズだ」

 次に指名したのは格好の良いスポーツカーから変形した小柄で身軽そうなトランスフォーマーだ。ジャズはリズミカルにステップを踏んでダンスを披露した。

「オートボットの副官をやらせてもらってるジャズだ、よろしくお嬢さんにお兄さん」

「よろしくジャズ」

 とりあえず琴里は笑顔で手を振って答えた。

「最後に科学者パーセプターだ」

 自走式の顕微鏡から変形したパーセプターは琴里と神無月に一礼した。

「パーセプターです。ミクロの世界について知りたいのであれば是非、この私に言ってくれたまえ」

「機会があればお願いするわ」

 トランスフォーマーは個性が強い種族だと言うのが分かる。確かにロボット生命体だ。喜怒哀楽の表現や仕草は人間と変わりはしない。彼等が単なるロボットではなく、生命体であるという証明でもある。

 琴里は次に気になっていた事を質問してみた。

「あなた達はどうしてこの地球へ来たの?」

「私達の星が住める状態ではない。私達は一時的に故郷を去ったその際にメガトロンの攻撃に合い、私達の乗っていた艦は深刻なダメージを負った」

 一拍置いてからオプティマスは再び話し出した。

「脱出用ポットでオートボットは艦から退避した。そこで流れ着いたのがここという訳だ。こちらからも質問させてもらうが良いかな?」

「ええ」

「グリムロックは今どうしている? 彼は感情に任せて大暴れする事がよくある」

 仲間というならグリムロックを助ける方法があるかも知れない。さっきの自己紹介から医術に長けている者がいるとは思えなかったが、それでも今琴里が知る人間よりも遥かにエネルゴンに対して理解出来ている。

「グリムロックは今……機能を停止して眠っているわ」

 オートボットは驚き顔を見合わせた。

「琴里、話したい事はあるだろうがまずはグリムロックを助ける事を優先したい。彼はどこにいる?」

「グリムロックはこっちで管理してるわ。ねえオプティマス、グリムロックを救えるの?」

「私は何も出来ない。パーセプターが何とかしてくれる筈だ」

「お安いごようです」

 グリムロックの状態を事細かく聞くとパーセプターはオートボットにエネルゴンを採掘を頼んだ。粗暴だがグリムロックはれっきとした仲間だ。それに恐らく合体兵士以外でグリムロックと戦えるトランスフォーマーはそういないだろう。

 いずれ来るべき時にグリムロックは必要不可欠だ。

 パーセプターは一刻も早くグリムロックを救うべくフラクシナスへと招待された。



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10話 学校に喋る車がついて来る

 時刻が零時を回った頃だ。ASTの温泉旅行を邪魔すべくあらゆる策を講じた琴里はエネルゴンの力のテストがてらASTを相手に試して周囲を何もない焼け野原へと変えた。オートボットが集まっていたのも膨大なエネルゴン反応を感じ取ったからだ。オートボットが感じたエネルゴンをショックウェーブが見逃す筈がなかった。

 夜空に線を描くように高速で進む飛行物は地球には存在しないフォルムだ。移動式砲台もといスペースジェットの姿をしたショックウェーブは目的地にまでやって来ると変形してロボットモードになる。焼け焦げた大地に計測器を向けると強いエネルゴン反応が検出出来た。他に何か手掛かりはないかと歩き回っていると、ふらふらと空中を蛇行しながらキックバックとシャープショットが飛んで来た。バッタとクワガタムシを模した二人は空中で変形して降り立った。

「ハードシェルの奴はお留守番か!」

「アイツは飛べねえからな、ンハハハハハ!」

「静かに」

 周りに誰もいないと言ってもあまり大きな声で喋っていては見つかるかも知れない。ショックウェーブは人間達に一切気付かれる事なく、完璧な奇襲作戦を実行しようと願っている。

 全ての正体を隠し、相手が油断していればしている程に奇襲の効果は計り知れなく大きくなっていくのだ。ショックウェーブは黒く焦げた土をすくい上げて大きな単眼から光を飛ばして何かをスキャンした。

 ショックウェーブはエネルゴン反応が検出されたこの土の成分を調べているのだ。

「……」

 難しい顔をしてショックウェーブは解析して出て来た成分の情報を見て、しばらく無言が続くと一人で頷いて納得していた。当然キックバックとシャープショットには何が何だか全く理解出来ていない。それでも詳しく聞く気にはならなかった。どの道説明されても理解出来てないのだから。

「オートボットでもディセプティコンでもないか」

 ショックウェーブが見たのは土の中に残っていたエネルゴンの成分だ。殆ど未精製のエネルゴンを爆弾として使っているのを確認してトランスフォーマーの仕業ではないと確信した。エネルゴンの爆弾を作るなら必ず未精製ではなく加工した方がより威力が出るからだ。

「人間達の技術ではやはりこれが限界か」

 既にショックウェーブは以前捕らえたASTの偵察隊のCR-ユニットの解析を済ませて人間という種族の観察も終わっている。人間の耐久力、人間のパワー、人間の頭脳、あらゆる実験を経てショックウェーブは人間は脆い生き物であると結論付けていた。

「シャープショット、キックバック引き上げるぞ。長居は無用だ」

 ショックウェーブが振り返ると二人は静かにしていろと命じているのにじゃれあって遊んでいたのだ。ショックウェーブは単眼を激しく点滅させながら怒り度合いを表すと二人は大人しくなった。

 スペースジェットへ変形して飛び去ると二人もそれに続いてロボット昆虫に変形してショックウェーブの後を追った。

 

 

 

 

 トランスフォーマー達の情報は秘密にするつもりだ。琴里はグリムロックの存在を知るラタトスク機関のメンバー、士道、十香、四糸乃には存在を明かそうと考えていた。士道等には隠していても仕方がない。オプティマスもそれに同意した。

 その際にオプティマスは琴里に条件を提示して来た。トランスフォーマーの技術はトランスフォーマーが管理する。兵器開発の手伝いや武器の譲渡には応じない、と。

 強力な兵器はより強大な戦争の火種になるからだ。琴里の目的は精霊の保護、世界征服などではない。琴里はオプティマスの条件を呑んだ。

 そして今、パーセプターはグリムロックの治療に励み、オプティマス等は士道等と対面していた。場所は五河家の隣のマンション、地上五階建てに地下五階まであるマンションだ。尤も、それは外観だけの話であり実際は精霊達の部屋とトランスフォーマーの部屋の二層の空間しかない。

 オプティマス達が作った臨時基地は爆発してしまったので今は無い。

「オプティマス、人間って言うのは信頼に置けますかねぇ?」

 訝しげにアイアンハイドは聞いて来た。

「信頼に足りるかどうかは我々のこれからの行動と相手の対応によるな」

「原始的な生き物が対応ねぇ」

「アイアンハイド、彼等をバカにするな彼等も私達と同じ知的生命体だ」

 やや語気を強くしてオプティマスは言った。

「私はこの星は大好きだけどね。センスの良い車に私の大好きな音楽まである。最高じゃないか!」

「ジャズ、オレもそれには同意見だな! 地球の戦車はイカしたフォルムしてやがる! どれにするか悩んだくらいだぜ!」

「人間と触れ合えるなら是非とも文化について学びたいものだよ」

 地球に否定的なアイアンハイドに対してジャズとワーパスはかなり気になっているようだ。

 トランスフォーマー用の出入り口ではなく、人間用の出入り口のドアが開くと最初に琴里と神無月が、その後に続いて士道、十香、四糸乃が入って来た。 四糸乃は十香の背中に隠れて離れない。グリムロックで見慣れてはいるとは言え初対面の相手には中々積極的にはなれない。

「グリムロック以外にもこんなにもいっぱいいるのか!」

 物珍しそうに十香は目をキラキラさせていた。

「まずは自己紹介から始めましょうか」

 仲介役の琴里が自己紹介を提案する。

「私はオプティマス・プライム、オートボットの総司令官だ」

 何となく士道は格好いいと思った。何か役職があると自己紹介をした時に威厳を示す事が出来るからか。

「五河士道、来禅高校の二年生です」

 負けじと今の肩書きを言ってみたがオートボットの総司令官程のインパクトは無い。琴里はやや呆れた様子で士道を見ていた。互いに挨拶を交わして名前を一回で覚える。オプティマス以外のみんなは名前だけで名字が無いので非常に覚えやすかった。

「えっと……オプティマス……さん? グリムロックは治るんですか?」

 自己紹介の後に投げかける言葉が見つからず、士道はグリムロックの事を持って来た。

「私から言えない。今ここにはいないパーセプターが診ている。修復不可能な段階まで破壊されていない限り大丈夫な筈だ」

「そう……ですか。良い報告って事で良いのかな?」

 グリムロックが倒れた際に体には修復不可能と判断される程のダメージはなかった。

「そうだろうね、グリムロックは私が知る中でも一位二位を争う程タフな奴だ」

 オプティマスの言葉を聞いて士道は胸をなで下ろした。四糸乃の方も少し安心した表情になっている。

 少しの沈黙の後に士道は次の質問をした。

「あなた達はどうして地球に来たんですか?」

「私達の住む星が戦争で住めなくなった。そこで他の星で一時的に住む為に艦を出した。しかし、メガトロンの妨害があった」

「メガトロン? また新キャラかよ。それは誰なんですか?」

 オプティマスはアイアンハイドとアイコンタクトを取ってからグリムロックがやって見せたように巨大なレンズからリアリティな映像を流した。目の前に実際に起こっているのかと錯覚しそうな映像を流した。そこにはオプティマスの視点でメガトロンと戦う映像だ。

『くたばるがいい、メガトロン!』

『くたばるのはお前だオプティマス! 最期の審判を下すのは儂なのだ!』

『いきがるな、お前の野望は私が粉砕してくれる!』

 殴り、蹴り、斬りつけ合い、撃たれたり轢き逃げたりと苛烈な攻防を繰り広げていた。映像に出ているロボットがメガトロンだと言うのは説明が無くても分かる。グリムロックもメガトロンの名前は出していたが、誰かまでは話してくれなかった。

 士道はメガトロンを見たとき、得も言われぬ恐怖感を覚えた。映像からでもリアルに伝わって来る芯の強さや邪悪さ、メガトロンの信念の強固さ。士道の見立てでは単純な戦闘力ではグリムロックに及ばないが、メガトロンには戦闘力以上に悪の魂を奮い立たせる誘引力があるのだ。

 映像ではやがてオプティマスが優勢になり、メガトロンの腹を剣で串刺しにしている。すると二人が戦っている艦が爆発と黒煙にまみれて徐々に船体の揺れが激しくなっている。

『おのれぇ! ここまで来て死んでなるものか!』

 腹の剣を引っこ抜きメガトロンは墜落寸前のアークでまだ戦いを続けようとする。アークがスペースブリッジのゲートを飛び込もうとしているのだ。お互いを蹴落とそうと船に掴まりながらも戦っている。

 少しすると映像にノイズが走り、すぐにブラックアウトした。

「メガトロンはディセプティコンのリーダーだ。私達オートボットの敵だ。彼はセイバートロン星の支配を目論んでいた。それに対抗したのがオートボットだ」

 士道はかなり理解が早い。十香はちんぷんかんぷんと言った表情をしている。後で噛んで含めるように説明してやらなくてはならない。

「船が破壊され私達は脱出ポットに乗り込んだ。そしてたまたま墜落したのがこの星だった」

 士道はチラッと時計を見て時間を確認するとそろそろ学校に行く時間だ。

「そうですか……。まあそろそろ俺等学校に行かなくちゃあダメなんだけど」

「確か君は来禅高校二年生だったね。学生は存分に学ぶべきだ。互いの自己紹介も済んだ、今日はここまでにしよう」

「そうね。オプティマス、それにみんな目立つ行動は避けてね」

「わかった、目立つ行動は慎もう」

「やっべえな……今から走って間に合うかな」

 朝早くに叩き起こされたとは言え、オプティマスとの会話や映像で時間がかかり朝礼までの時間に間に合いそうにない。

「シドー急ぐぞ、全力疾走だ!」

「ああ。じゃあな四糸乃、留守番頼んだよ。行ってきます」

「はい……行ってらっしゃい、士道さん」

 人間用の通路を通り、エレベーターで地上へ出て来るとマンションの前には一台のスポーツカーが停まっていた。スポーツカーは素早く踊るような軽快な動きで変形した。

「お困りのようだったね。良かったら私が学校まで送るよ」

 トランスフォーマーから見ればかなり小柄のジャズはノリの良い雰囲気で言った。

「えっと、ジャズさん」

「やめてくれよ、さん付けで呼ぶなんてさ」

「じゃあジャズ、送ってくれるのはありがたいんだけど少し目立つって言うか……」

「ハハッ、私に任せなさい」

 ジャズはまだ一台のスポーツカーに戻ると二人を乗せて力強いエンジン音を鳴らして発進した。

「素晴らしい走り心地だよ。地球とは良い所だね」

「ジャズは地球の文化に興味があるのか」

「そうだよお嬢さん」

「ではシドーはこの星について詳しいぞ!」

「ほう、それは良い事を聞いたよ。十香は確かまだ日が浅いだね?」

「うむ、だがシドーと一緒にいれば楽しいぞ!」

「十香、あんまりハードルを上げないでくれ」

 そうこう話している内に学校が見えて来た。

「もうここで停めて良いですよ!」

「まあそんな遠慮しなさんな」

 ジャズはスピードを上げてから変形(トランスフォーム)すると十香と士道を空高く飛び上げた。突然、視界が車内から青空になった時、士道は死を覚悟した。この短い人生にさようならを言わなくてはならないと思った時だ。ジャズは二人をすくい上げるように片手に抱えて左腕のグラップルビームを学校の屋上に引っ掛けて無駄の無い動きで飛び乗った。

「ハハッ、スリル満点だったろ?」

「満点越えてるよ! 本当に死んだかと思ったぞ!」

「シドー、今の最高だったな。またやりたいぞ!」

「お気に召してくれて良かったよ」

「って言うかジャズ、目立つ行動は慎もうってオプティマスが言っていただろ?」

「大丈夫さ、誰も私達を見ていなかった。じゃあ行ってらっしゃい、お二人さん」

 送迎を終えたジャズは笑顔で見送って屋上から飛び降りて変形した後に猛スピードで一般道を走って行った。

「楽しかったなシドー?」

「俺はもう一回やるって言ったら歩いて行く」

 士道はあのスリル満点さは要らなかった。目立つ行動はしたが、一応は見つかっていない。

 朝から疲れきった様子で席に着くと殿町が気さくに笑いながら話しかけて来た。

「よお五河、お前あの話っているか?」

「あの話って言われても分からん」

「フッフッフ……転校生が来るんだ。し・か・も女の子だ」

 この間、十香が来たばかりなのにまた転校生とは不思議なものだ。士道は怪訝な顔をしていた。

「俺は十香ちゃんは諦めた。だが次の転校生は俺の物だ!」

「わーったよ、勝手にしろよ」

 適当に殿町をあしらうとそれがやや癇に触ったのか殿町は膨れっ面で士道を凝視している。

「おうおう、随分と俺を見下すようになったじゃないか。確かに十香ちゃんは可愛いし性格も良い。だがなあの子をものにしたからってお前にデカい顔はさせないぞ五河!」

「デカい顔なんてしてないだろ!」

「いんやしてる! 最近のお前は反応が薄い!」

 反応が薄いのはこの短期間に精霊やトランスフォーマーという未知との遭遇を二回も経験したからだ。殿町の雑なイタズラに最近は一切動じない。殿町はそれが不満なのだろう。

「お前よ、まさかクールキャラで行く気かぁ? いずれ疾風に勁草を知るとか言い出す気じゃないだろうな?」

「どこのキザ男くんだよそれ」

「俺は認めないからな! 五河がクールなんざ俺が認めない!」

「はいはい」

「んがぁ!? その『はいはい』ってのクールキャラ気取ってるように見えるんだよ!」

「え、えぇ~何て言えば良いんだよ」

「もう良い、俺もクールキャラで行く」

 そう言うと殿町は足を組んで顎を引いて真剣な眼差しでうつむきだした。無口キャラとクールキャラは紙一重だ。ついでに根暗とも紙一重だ。

「殿町?」

「……」

「おーい、聞いてんだろ?」

 殿町は士道の方をチラッと一瞥して鼻で笑って来た。士道はピクリと目元が動き苛立ちを露わにした。

「クールと根暗を履き違えるなよ殿町」

「……フッ」

「殿町ー! 転校生が来るというのは誠か!」

「うん、そうだよ十香ちゃん! いや~またこのクラスに仲間が増えると思ったら楽しみだよね~!」

「テメェ……クールキャラはどうしたよ」

「止めだ止め、俺のアイデンティティが崩れる」

 士道にしてクールな殿町など見たくもない。チャイムが鳴って十香が元の席に戻った所で担任の珠恵が入って来た。

「皆さんおはよーございまーす! いきなりなんですが今日はですねぇ~、なんと転校生が来るんですよぉ!」

 転校生の情報はある程度は行き渡っているので十香が来た時程の衝撃はなかった。それでも学校で転校生が来るというのは一種のイベントだ。

「それでは、張り切ってどうぞー!」

 何故だろうか、転校生が来た時のテンションは珠恵が最も高い

 教室に入って来たのは十香と引けを取らない端整な顔立ちの少女だ。長く黒い髪を二つ括りにし、ブレザーからストッキングまで黒一色で統一している。少女の前髪は長く左目だけが髪に隠れてしまっている。逆にそれがミステリアスな雰囲気と妖艶さを醸し出している。

 士道は目を合わせるだけで吸い込まれそうな感覚を味わった。恐らく士道だけではない、教室の男子を虜にするような艶めかしい容姿をしている。

 少女はしっかりと士道の方を向き、目を見てから言った。

「わたくし、精霊ですのよ」

 大半は頭に疑問符が浮かんだが、士道と十香そして折紙の頭には感嘆符が飛び出した。

 少し夢見がちな子なのか? そう思う生徒が大半だが、可愛いからもう良いやと決める生徒もまた大半を締めていた。

「はい、なかなか個性的な自己紹介ですね!」

 静まり返った空気を沸き上がらせるように珠恵がフォローを入れた。

「ではまずお名前から聞いてみましょうか!」

「ええ、わかりましたわ」

 チョークを手に取りスラスラと綺麗な字で名前を書いて行く。

「時崎狂三、よろしくお願いしますわ」

 夜刀神、時崎、鳶一、こうして見るとこのクラスには変わった名字が多い。

「じゃあ時崎さん、今空いている席に座って下さい」

「はい、それと一つよろしいですか?」

「何ですか時崎さん、先生何でも聞きますよ!」

「わたくしまだこの学校には疎くて、誰か案内して下さいまして?」

 狂三の言葉を食い気味に士道以外の全ての男子が一斉に手を上げた。狂三はクラスを見回して可愛らしく微笑むと教壇を降りてゆっくりと歩きだした。狂三の行き先は士道の机だ。

「お願いできますか、士道さん?」

 狂三が士道を指名した瞬間に教室の男子の体が燃え上がったように見えた。そして男子達は血の涙を流しながら士道を見て来る。サイレンの屍人のようで正直な所、怖かった。

「お、俺で良いのか?」

「はい、お願いしますわ士道さん」

「いつかぁ……いつかぁ……いつかぁ……」

 何かの呪文のようにクラスの男子達は士道の名前を呼んでいる。ショックで半分くらいテラーコン化している男子等に気を取られて気が回らなかったが、士道は狂三に名前を名乗った覚えがない。にもかかわらず狂三は士道の名前を知っていた。

「わかった、案内するよ」

「ありがとうございますわ」

 狂三は笑顔で礼を言うが瞳には捕食者のような攻撃的な気配が潜んでいた。

「では時崎さん、そろそろ席に着いて下さい」

「はぁい、先生」

 狂三が空いている席に座るとさっそく授業が始まった。狂三の事を警戒心剥き出しで睨むのは折紙だ。精霊が大嫌いな折紙には最初の狂三の自己紹介は挑発と受け取っていた。真那から聞かされていた“ナイトメア”という精霊とこの時崎狂三は完全に一致している。ここに装備があれば発砲していたかもしれない。

 士道は狂三を見ていた。何故名前を知っているのか、間違いなく狂三とは今日が初対面だ。幼なじみにこんな可愛い子はいない。頭を悩ませていると耳に付けていたインカムから琴里の声がした。

『聞こえる士道?』

「琴里、学校に電話すんなよ」

『仕方ないじゃない、学校に精霊が転入するなんて夢みたいな話だし。接触し易くて助かったわ』

「やっぱりあの子は精霊なんだな」

『ええ、識別名はナイトメアよ。それよりトランスフォーマー用マンションからオプティマス達が消えたんだけど知らない?』

「知る筈ないだろ」

 コンコンと静かに窓を叩く音がしたが士道は無視した。再び窓が叩かれて士道はようやく外を見た時、開いた口が塞がらなくなった。

 屋上からジャズがグラップルビームでぶら下がって手を振っているのだ。更に外にはパーセプターを省いた全員が揃っているのだ。

 ――何やってんだよ! ここに誰もいなかったらそう叫んでいた筈だ。

「士道、大丈夫かい? 何か精霊って言う危ないのがいるらしいから見に来たのさ」

「大丈夫、大丈夫だからみんな帰ってくれよ」

「士道、精霊はどいつだ、私が始末してやる」

「オレもやっちまうぜ」

 ワーパスとアイアンハイドは武器を出して戦う気満々だ。

「二人ともやめないか。無闇に力を振るう物ではない。琴里は対話による解決を選んだ。私達も見習うべきだ」

 二人を鎮めてくれるオプティマスにはありがたいと思うが出来るだけ早く帰って欲しかった。

「コラ五河くん、授業中ですよ。喋っちゃダメです」

「は、はいすいません」

「もう、外を見ていましたけで外に何があるんですか?」

「え、いや……」

 珠恵が外を覗く。

「キャァッ!? 何ですかアレ! グラウンドはパーキングエリアじゃないですよ!」

 士道もグラウンドを覗くとオプティマス達が車モードになって横一列に並んでいた。

「もうっ……アイツ等あれで隠れてるつもりかよ……!」

 珠恵がグラウンドを見て騒いだ所為で教室の生徒等が窓から顔を出して覗いていた。

「何だ戦車もあるぞ!」

「スポーツカーにトラック? 何かの撮影かぁ?」

 誰もエイリアンが変形した姿などと誰も思わないだろう。それでも目立っているには変わりない。士道はあっちに行けと手を振ってジェスチャーする。

「随分と見られているな、司令官。私の美しいボンネットに見とれているようだね」

「どうやら注目を集めてしまったようだ。オートボット、基地に帰るぞ」

 エンジンをかけてオートボットは土煙を巻き上げてグラウンドから退散して行った。キャタピラやタイヤで走り回ったおかげでグラウンドの土はメチャクチャだ。

 士道は大人しく帰ってくれて良かったと額の汗を拭った。教室では正体不明の車両軍団に疑問の声を上げていた。ただでさえ最近、天宮市では恐竜が歩き回っているという噂が流れているのだ、そこに変形する車達まで追加されたら隠しようが無い。

 授業が終わって、士道はさっきの授業で使った教科書を机にしまっていると優雅な歩調で狂三が歩み寄って来た。

「士道さん」

「ん……ああ、時崎さん」

「あらあら、士道さん。そんな仰々しい呼び方なんてやめて下さいまし。気軽に狂三と呼んで下さい」

「……わかった、狂三」

 狂三は目を細めて嗤い、値踏みでもするような眼差しで士道の足先から頭頂部まで見詰めた。吸い込まれそうな瞳に見られ士道は気恥ずかしくなって来た。

「え~、要件は何かな?」

「士道さんったら酷いですわ。先ほど学校の案内をお願いしましたのにもうお忘れですの?」

「そうだったな、案内ね案内。するよ、ついて来てくれ」

「はい、士道さん……」

 インカムで琴里との連絡はいつでも可能にしてある。士道はどうも狂三に対して恐怖心を抱かずにはいられない。それでも精霊である以上、その力を封印する必要がある。狂三を連れて士道は教室を後にした途端に十香と折紙が席を立った。

 二人の思惑は同じ、士道を尾行するのだ。ちょうど教室の出入り口に差し掛かると十香と折紙は顔を合わせて睨み合う。

「どいてくれる、私は追うべき人がいる」

「どくのは貴様だ、私にも守るべき人がいるのだ」

「それは間違い、士道が助けを求めているのは私。白馬に跨った王子様になる」

「笑わせるな、貴様ごときがなれるものか。なら私はグリムロックに跨ったオプティマスになる!」

「……? あなたは鉄格子付きの病院に行く事をオススメする」

「何を~!」

 入り口の前で言い合いを続けている間に士道と狂三は先に進んでいた。

 フラクシナスにいる琴里と士道は通信を取って狂三についてどうやって情報を聞き出すか相談していた。まず真っ先に気になっていたのは狂三が士道の名前を知っていたかだ。学校の案内はそれを聞いてからでも遅くはない。士道の後を歩く狂三と向き合うように足を止めて振り返った。唐突に停止して不思議そうな顔をする狂三に士道は思い切って聞いた。

「なあ狂三、お前は何で俺の名前を知っているんだ?」

「士道さんったらわたくしの事、覚えていませんの?」

 狂三は物悲しげに肩をすくめる。

『士道、あんた何か心当たりないの?』

「無いよ。えっ、あのっ、もしかしてさ、俺と狂三って昔……会った事があるのか?」

「ふふっ、嘘ですわ。わたくしと士道さんは初対面ですわ。士道さんはからかいがいがありますわね」

『やっかいそうね……』

「さ、士道さん、わたくしを学校のどこを案内して下さいますの?」

 見事に話をはぐらかされた。

「うん、まずはそうだな……」

 一、保健室。

 二、体育倉庫。

 三、食堂。

『総員選択!』

 琴里のかけ声と共に乗組員等がボタンを押した。割合は保健室が一〇パーセントで体育倉庫が一〇パーセント、食堂が八〇パーセントだ。一番人気は食堂、それもそうだろう保健室と体育倉庫など怪しい事をする場に過ぎないのだから。

『士道、食堂よ』

「ああ。じゃあまずは食堂にでも行くか」

「はい」

 目的地が決まって歩き出すと狂三は士道の横に並んで歩いた。

「なあ、狂三はさっき自分を精霊って言ってたよな? あれってどういう意味だ?」

「意味もなにも……そのままの意味ですわ士道さん」

 狂三は士道の事を知っている。それは士道の能力も把握していると見ても良いだろう。最高に楽観的に考えるなら狂三は能力を不要と考えて士道に封印してもらう為に近付いた。もしもこの考えならばこれほど楽な話は無いだろう。

 しかし、人生はそんな上手く行くようには出来ていないものだ。狂三の雰囲気から察するに十香やグリムロックのような包み隠さず全てをさらけ出す直情的な人物ではない。何か企み、本心を悟らせないタイプだ。

「どうして学校に来た?」

「士道さん、精霊が学校に来ては変かしら?」

「変だけど悪い事じゃない」

『士道、あまり踏み込み過ぎて質問するのは今は止めなさい。とりあえず学校の案内をして好感度をガンガン上げちゃって』

「わかった。まあ、せっかくの学校だし楽しく過ごせるようにサポートするよ」

「お優しいのですね、士道さん」

 食堂に到着すると士道はメニュー表に書かれてある料理のオススメを教えた。

「やっぱ一番人気は焼きそばパンだな。俺はドリアンパンがオススメだ。食った後は歯磨き忘れんなよ」

 反応が薄い狂三に士道は気になって顔を横に向けるとうっとりとした目で狂三が見詰めている。

「く、狂三!?」

「失礼しましたわ、士道さんの横顔に見とれてしまって……」

「見とれ……!?」

『あんたが口説かれてどうすんのよ』

「士道さん」

 狂三は名前を呼びながら士道の手を取った。

「いきなりで申し訳ないのですけど、わたくしのお願いを一つ聞いてくれまして?」

「う、うん。けど物によるかな」

 狂三と士道の距離はもう鼻先がぶつかりそうな程に近い。士道の顔は赤らみ、思わず目を閉じた。

 狂三は舌なめずりをして邪悪な微笑みを作ったその直後、近くに置いてあった掃除用具のロッカーのドアが騒がしい音を立てて開き、中からは箒やモップの他に折紙と十香が飛び出して来た。

「なっ、お前等何してんだ!」

「助けに来た、士道」

「レスキュー参上!」

「時崎狂三、学校で手を握る必要はない筈、今すぐ離すべき!」

 折紙はビシッと狂三に向かって指差した。

「それはそれは、わたくし少し貧血気味でそこで優しい士道さんが手を貸して下さいましたのよ」

「……。私も貧血……」

「あ、私も貧血だ!」

「わざとらしいぞ二人とも!」

 監視を兼ねて学校の案内に折紙と十香もついて来た。授業も終わり、放課後にも案内出来なかった場所を狂三に教えてやった。十香と折紙がついて来てくれて士道は内心、安心もしていた。

 校内の案内も終わった頃には外は夕方、雲が夕日に照らされて茜色に染まっていた。

「今日はありがとうございましたわ、士道さん、十香さん、折紙さん」

「ちゃんと案内出来たかな?」

「ええ、また明日からよろしくお願いしますわ」

 狂三は丁寧にお辞儀をする。

「ああ」

 校門の前で四人は分かれたかに見えた。ただ一人、折紙は狂三の尾行を開始したのだった。

 狂三は精霊を自称した。折紙も手持ちの観測機を使って狂三を精霊と断定した。ならばASTのやる事と言えば一つしかない。仕留める。

 狂三は機嫌の良さそうな軽快なステップで人気が少ない道を歩いていた。折紙は気配を殺し、精霊用のナイフを抜いて坂手に握った。

 精霊は霊装という鎧が強固なだけで霊装を脱いだ本体はそこまで固くはない。今の狂三は霊装ではなく、どう見ても来禅高校の制服だ。

 ナイフで喉元を捌き、心臓に刃を突き立てれば殺せる筈だ。

 この世にいや、この宇宙に中枢部を爆発させられ、体をバラバラにされ、胸を貫かれても生きている者などいない、折紙はそう考えていた。

 足音も無く、風が吹き抜けるように折紙は走り出した。衣擦れの音さえも無く、ただただ無音だった。完璧な接近と言えたがナイフを振りかぶる動作に入ると――。

「見かけによらず、凶暴ですのね折紙さん」

「――!」

「きひひひ」

 押し殺したような怪奇な笑い声を上げ、折紙の足下の影から無数の腕が伸びる。両足を絡め取り、体を這うようして血の気が無い腕達は折紙からナイフを取り上げて腕を掴み、近くの壁へ押し付けられた。

「ダァメですわよ折紙さん、こんなナイフ一本で私を殺そうなんて」

 身動きの一切を封じ込めた狂三はナイフを慣れた手つきでくるくると回してから切っ先を折紙へ突きつけた。

「あなたは士道に何する気」

「どおしてそんな事を聞くんですの?」

「あなたは、士道に対する色目が異常」

 狂三は再び奇声にも似た笑い声を上げながら折紙の内股を撫で上げた。

「っ……!」

「あらあら、意外と初々しい反応ですのね。わたくしは、士道さんが欲しい、士道さんの全てをわたくしの中に納めたい……! 彼は至高ですわ、最高ですわ、彼は本当に美味しそうですわ」

 折紙はこの状況下で一つ誓った。必ず士道をこの女から守り抜いて見せると。真那の言った通り、最悪の精霊の名に恥じぬ危険性だ。

「さあ、まずはあなたから食べてさし上げますわ」

 狂三が奪い取ったナイフを突き刺そうと腕に力を込めた。折紙は反射的に目を閉じた。少ししても痛みが襲って来ない、ゆっくりと目を開けると狂三の持っていたナイフは吹き飛び粉々に砕け散り、狂三自身も何があったのか理解していない様子だ。

 だが何か弾が飛んで来たのは確かだ。狂三が弾道を予想して飛来した方向を見たが、小高い丘にスポーツカーが一台停まっているだけで異変は無い。

「何やら邪魔が入りましたので調理は止めですわね。もう直接食べてあげますわ」

 今度は狂三が吹き飛び、地面を何度か転げた。同時に折紙の拘束も解けた。

「無事で安心したです。ナイトメア相手にナイフ一本で殺ろうなんて無謀としか言えねーですけど」

 嵩宮真那はCR-ユニットを纏った姿で空中から舞い降りた。

「鳶一一曹、怪我はねーですか?」

「問題ない」

「なら下がってて下さい。これは私の獲物ですいやがります」

「きひっ、きひひひ! お久しぶりですわね真那さん、遙々こんな所まで追いかけて来ますなんて」

 起き上がった狂三は来禅高校の制服ではなく、赤と黒の混じり合ったドレス姿へ変わっていた。それが狂三の霊装というのは言わずとも分かる。

「いつも通り、殺してやりますよ」

「驕りは勝利の足下を突き崩しますわよ」

 狂三は旧式の歩兵銃を手に取り、銃口を真那に突きつけた。

 次の瞬間、空中に六本の光が走る。折紙も何とか目で追えたのは真那の最初の挙動だけだ。

 後の動きは全く見えなかった。真那の前でぶつ切りになった肉片が狂三だと解るまでに折紙は一〇秒も要した。

「凄い……」

 折紙は心から感嘆の念を漏らした。

「鳶一一曹は帰ってくれて大丈夫です。これは私が処理しますんで」

 精霊を討ったと言うのに真那の表情は芳しくない。むしろ、少し痩けているようにも見えた。

 

 

 

 

 フラクシナスの屋上では機能停止したグリムロックと四糸乃、そしてパーセプターがいた。四糸乃は何かとグリムロックの様子を見に来ている。彼がもし目を覚ました時に直ぐに会えるようにだ。

 パーセプターはグリムロックを近くで見守る四糸乃を気遣うように言葉を投げた。

「グリムロックが心配かい?」

 コクリと四糸乃は首を縦に振った。

「大丈夫、心配無用だ。このエネルゴンキューブを注入すればグリムロックは元気いっぱいだ」

 本音を言うなら目覚めて欲しくはないパーセプターだ。別にグリムロックが嫌いという訳ではない、しかしグリムロックはオプティマスと大戦時に意見が対立している。それにグリムロック自身もオプティマスを司令官と認めていない節がある。悩みの種は出来るだけ増やしたくはなかった。

 メトロフレックス、オメガスプリーム、彼等のような超大型のトランスフォーマーに次ぐ戦力だ。オプティマスはメガトロンがまだ生きていると考察していたが、パーセプターはそうは思わない。

 凄まじい悪運の持ち主でもメガトロンは深い手傷を負っていたし、アークやネメシスと共に別の空間へ消えて行ったのはこの目で見ている。

 もう、戦備を整えなくても良い。

 パーセプターはそう思いたかった。

「ところで君はグリムロックとはどう言う関係なのかね?」

 いつも動かないグリムロックの見舞いに来る可憐な少女が少し気になっていた。どう見ても乱暴者とは吊りあっているようには見えないからだ。

「と……友達……です」

「ほう、友達か」

 意外な回答にパーセプターは面食らった。オートボットきっての荒くれ集団ライトニング・ストライク・コーリション・フォースのリーダーを勤めていたのだ。身内でも手を焼いてオプティマスの言う事すらも聞かない問題児と友達という関係になれたのだからパーセプターは感心してしまった。

「ここに来てからのグリムロックについて教えてくれるかな?」

『うん、いいよー! ちなみによしのんの名前はよしのん、よろしくねー! 最近は自己紹介が遅れる事が多いから先にやっておくよ!』

 突如喋り始めた左手のパペットに驚いて思わず目を剥いた。

「わ、私はパーセプター、科学者をしている」

「四糸乃……です……」

『グリムロックはね~すんごく乱暴だけどぉ~いつもよしのんや四糸乃の事を気にしてくれてぇ~とっても良い奴だよ! 何度も四糸乃の事を守ってくれたしね!』

 意外な返答だった。

 足下にいるこの少女がグリムロックに仲間意識を持たれるような強さは感じられない。むしろ、グリムロックが嫌う弱き者だ。とことん仲間意識が強く、敵には徹底して容赦のない性格だ。認められているのならばどんな時でも守ってくれるだろう。

「グリムロックは私達から見ても、危険な男なんだがね」

『そうかなぁ~? 確かにおバカでやることなすこと荒っぽいし、よく物は壊したりするけど……』

「でもグリムロックさんは……本当は……優しい人です……」

「……。そうか……リペアを開始しよう」

 パーセプターは用意していたエネルゴンキューブを手にとってグリムロックの口の中へ入れた。

『そう言えばさ、結局グリムロックが止まっちゃった原因って何なのさ』

「エネルゴン不足だよ。エネルゴンは私達の命の源、彼の様子を見る限りでは地球に来てから十分なエネルゴンを摂取していないだろう?」

 不意に四糸乃はグリムロックを初めて森で見かけた時の事を思い出した。

 ――お前、エネルゴン、持ってない? グリムロックは腹を空かせながらそんな事を言っていた。

「グリムロックが地球に来て二週間。人間で言うなら二週間も飲まず食わずに過ごしているんだよ。一応、魚も食べているようだけど彼の巨体を維持出来るカロリーが無い」

 パーセプターはグリムロックが地球に来てからの映像を琴里の許可を得て見せて貰っている。戦うリムロックを見た時、パーセプターは目を疑った。パーセプターが知るグリムロックはまだティラノサウルスに改造される前の姿だ。オートボットはダイノボットが大戦時に行方知れずになったのは知っているが、改造された事は知らないのだ。同一人物かどうか怪しみながらもパーセプターは映像を見ていた。

 ロボットモードに変形した姿には確かにグリムロックの面影が残っていたので何とかこの恐竜がグリムロックだと言うのが解った程だ。

 姿に驚かせられたが、もう一つ驚いたのは彼の戦闘力の向上だ。パーセプターが知る限りではここまで化物染みた強さではなかった。

「更に言うならねグリムロックが君を助けようと怒りに体が赤くなった時、体内のエネルゴンを大量に燃焼させていた。それで力が尽きたんだろう」

 喋りながらも手を休めずに口の中にいくつもエネルゴンキューブを食べさせてやる。用意していたキューブを全て口に放り込んでパーセプターは少しだけ離れた。

「私の計算が正しいのならこれで起きる筈だよ」

 四糸乃の目により力がこもり祈るように手を合わせていた。

 グリムロックの体内に吸収されたエネルゴンは停止した機関に染み込み、体中の赤いラインが光りグリムロックの目も強めの赤色が灯る。巨体をガクガクと震わせながら体が弓なりに反ったり、くの字に折れ曲がったり激しい動きを繰り返し、やがて動きを止める。

「グリムロックさん……?」

「ふぁ~あ」

 大きなあくびをかきながらグリムロックはロボットモードに変形して背伸びをした。

「お、四糸乃、おはよう」

 いつもの調子でグリムロックが挨拶すると四糸乃は嬉しいさで目に涙が浮かんだ。

「グリムロックさん……! 良かったです……本当に……生き返って……!」

「あ? 俺、グリムロック。死んだ覚えない」

 四糸乃を肩に乗せてやった。

『グリムロック、キミは体のエネルゴンが切れて寝ていたんだよ!』

「俺、グリムロック。確か十香と買い物行った帰りにメチャクチャ腹が減った。でも今、腹減ってない。何でだ」

「グリムロック、私を覚えているかい?」

 何故、四糸乃が泣いているのか分からない状態でグリムロックはパーセプターに声をかけられた。視線を落とすと懐かしい顔があった。今後、オートボットと会う事はないだろうと考えていたグリムロックだったが、意外な所で再開を果たした。

「パーセプター……何で、お前がいる」

「話せば長くなるんだ。とりあえず、復活おめでとう。グリムロック、君に合わせたい人がいるんだ。来てくれるかい?」

 グリムロックはパーセプターを睨み付けると四糸乃を優しく地面に下ろしてついて行った。

「俺、グリムロック。四糸乃は、ここで待ってろ」

 フラクシナスの転送装置で二人は士道の家の隣にあるトランスフォーマー用マンションに送られた。グリムロックはマンションを見上げていつの間にか完成していた新たな住まいに期待していた。

 元々はグリムロックが住むように造られた家、スペースがかなり広めに取られており他のオートボット達が使うに不自由ない程だ。新しい住居に足を踏み入れ、オートボットのマークが刻まれた巨大なゲートがゆっくりと開く。

 パーセプターの後に続いてゲートの内側へ入った先には懐かしい顔ぶれが並んでいた。

 オートボットは変わってしまった大型のトランスフォーマーを見て一目でグリムロックだと認識出来た。馬鹿正直な荒々しいオーラはグリムロック以外のメンバーにもヒシヒシと伝わっている。

「グリムロック、治ったんだな。良かった」

「オプティマス……!」

 グリムロックは唸るようにオプティマスの名を呼んだ。

「俺は、お前、認めない」

「何の事だ」

「弱いお前、リーダーの、資格ない」

「バカモン、お前さんまだそんな事を言っているのか。オプティマスは正式な総司令官(プライム)だ。プライマスが認めているんだ」

 アイアンハイドが口を挟む。

「黙れ、老いぼれ」

「なっ……言うに事欠いて老いぼれだと!?」

「ブッー! 爺さんグリムロックにも老いぼれ呼ばわりたぁ情けねえな。そろそろ隠居かぁオイ!」

 ワーパスはこらえ切れずに吹き出しながら言った。

「やかましいワーパス! グリムロック、お前が強いのはみんな分かっている。だが強いだけじゃあリーダーになれないんだ」

「オプティマス、ショックウェーブの計画、見抜けなかった! メガトロンから、星を、守れなかった!」

 ダークエネルゴンの侵食の所為でプライマスをシャットダウンしなければいけない事態に陥った。メガトロンがプライマスに進軍していた際にオートボットの指揮をしていたのはゼータプライムだ。

 それからのゼータプライムの死へのショックや軍団を率いる責任、元は単なる書記官に過ぎなかったオプティマスにはかなりの重荷である。それでもリーダーが泣き言を言えば組織は容易く自壊する。

 新しい司令官としては良くやっている。だが、グリムロックはまだオプティマスを司令官として認めていない。彼の気質は、力を絶対視しているからだ。

「グリムロック、みんな君の部隊のような力任せのトランスフォーマーだけじゃない。戦う事を嫌うトランスフォーマーもいるんだ」

「トランスフォーマー、戦う為に生まれてきた! 何百万年も戦ってる!」

「力を制御せずに振りかざすのはディセプティコンと変わらない!」

 オプティマスの語気も強くなって来た。

「弱い司令官、いらない! お前、俺のリーダーに、相応しくない!」

「いい加減にしないか、グリムロック。まだメガトロンの死に顔を見てないんだ。戦争は終わっていない、仲間割れをしてどうする!」

 グリムロックとオプティマスの一触即発の状況にアイアンハイドが仲裁に入った。

 グリムロックは部屋にいたオートボット達を一瞥すると威嚇するように荒く、鼻息を鳴らして基地を出て行った。ゲートが開いてグリムロックが出て行ってゆっくりと閉じるとアイアンハイドは直ぐにオプティマスに詰め寄った。

「全く困ったものですね、アイツには一度お灸を据えてやらん事には収まりませんな」

 腕組みをしてアイアンハイドはグリムロックの態度に呆れるように首を振った。

「このまま彼が大人しくなるとは思えないが……」

「ですね」

「私も少しヒヤヒヤしましたよ。こんな所で喧嘩を始められたら基地が保たない」

 考える限り最も穏便な形で今日は収まってくれてパーセプターは安堵感に額を拭った。

「だがよオプティマス、あのヤロー絶対このままじゃあ引き下がらないぜ。事を起こされる前にオレが静かにさせてやるか!」

「やめんか、乱暴な考えは。それにワーパス、お前じゃあグリムロックに勝てんよ」

 ぐうの音も出ない。ワーパスもそれくらい分かっているが、いざ言われると胸に刺さる物がある。

「グリムロックが私を認めるまで諦めるつもりはない。何とか話し合いでの解決を考えている」

「話し合い……ねぇ」

 アイアンハイドは訝しげな顔をした。

 

 

 

 

 狂三と別れた帰り道、士道と十香を一台のスポーツカーが迎えに来てくれた。運転席には誰も乗っていないのですぐにジャズであると分かる。初見ならば気がつかないか、見間違いだと思って一般人は無視してしまう。

 ドアが自動的に開く。

「さ、乗りなよお二人さん」

「ありがとうジャズ」

 導かれるようにして二人は車内へ上がった。

「学校とは賑やか所なんだね」

「ジャズ、今日はあまりに目立ち過ぎだって」

「そうだったかな、今度から気をつけるよ。ところで精霊というのはみんなあんな可愛らしいお嬢さんなのかい?」

「ぬ? ジャズは誰が精霊か分かったのか?」

「ああ、わかったよ。センサーに異常な数値を叩き出している。人間には無理な現象さ」

 人類の天敵、精霊を尾行していて正解だと思った。その証拠に士道のクラスメートを一人助ける事が出来たのだから。

 危険極まりない生物だがジャズはみんながみんな狂三のような歪んだ思考とは思っていない。琴里から聞いた限りでは、今乗せている十香や四糸乃も精霊だ。少なくともこの二人は害はない。

「ところで士道。君の兄妹は一人だけなのかい?」

「うん、そうだけど。何でまたそんな事聞いたんだ?」

「ちょっと気になっただけさ」

 会話を交わしている間にジャズは五河家の門の前に到着した。

「ご乗車ありがとうございます。お忘れ物なさいませんようにお降り下さい」

「なんかバスガイドみたいだな」

「ハハッ、一度言ってみたかったんだ」

 車から降りて士道が家に入ろうとすると何か視線を感じた。咄嗟に辺りを見回すと見知らぬ少女が立っていた。いや、見覚えがある、確か温泉に行った時に燎子の隣に立っていた娘だ。

 泣き黒子が特徴的なその少女はジリジリと士道に詰め寄って来る。

「な、何かな?」

 真那はジッと士道を見てから笑顔になる。

「会いたかったですよ、兄様!」

「兄様!?」

「ビンゴォ! まさか本当に兄妹がいたんだな!? ――あっ」

 思わずジャズが喋ってしまい真那は車の方を見た。

「今この車喋りませんでした?」

「そんな筈ないだろ~、車が喋るなんてアニメの見過ぎだって」

 士道が言うが真那はジロジロとその車を見回した。

「それより君、さっき俺を兄って言ったけどどういう事だ?」

「私は嵩宮真那って言いやがります。私は五河士道の実妹でやがります!」

「ちょっと……詳しく聞かせてもらうぞ。まあ上がってよ」

「はいです!」

 真那を家に上げるとジャズは特設マンションへと帰って行った。リビングの椅子に座らせると士道はお茶を出してやる。そしてインカムを使ってフラクシナスの琴里に連絡を取った。

「あ、あの琴里?」

『もしもし? どうしたのよ士道』

「ちゃんと聞いてくれよ」

『うん』

「何か、家に実妹を名乗る娘が来たんだけど」

「何ですってー!?」

 士道が伝達してから約一秒、琴里は自宅にすっ飛んで帰って来た。リビングのドアを蹴飛ばして琴里は大きく跳躍して椅子に座った。

 なんとも器用な事をする。

「私は五河琴里、士道の妹よ! あんたは誰なの?」

「嵩宮真那でやがります。よろしくお願いです、姉様!」

「誰が姉様よ! そもそもあんた、何で自分が士道の妹って分かるのよ!」

 士道も席に着いて詳しく聞こうと身を乗り出していた。すると真那はおもむろにシャツの中に入れていたペンダントを取り出すと中に入っていた少年と真那の写真を見せた。

 その写真を士道と琴里は食い入るように見る。

「他人の空似じゃないの?」

「いいえ、兄様は兄様です。一目見た時に気付きました。この写真の頃から兄様は変わってやがりません」

「なあ真那、お前は昔の家族の事は覚えていないのか!? 何でも良い教えてくれ!」

「う~ん、それがここ数年の記憶は残っているんですが、それ以前の記憶はサッパリで」

「そうか……悪かったな」

「それで、士道をどうするつもり? 士道はもうウチの家族よ。今さら連れて行こうなんてさせないわ」

「いえいえ、姉様。私は兄様の元気な姿を見たかっただけです。今さらどうこうしようなんて考えていません」

「ああ、そうなのね……っか誰が姉様よ!」

『何だか面白い話になってるねぇ!』

「シドー! ところで義妹や実妹とはどういう意味なのだ!?」

『十香ちゃん、それはお米だよん。どんぶりにするのがオススメだよ』

「オォー! それは食べてみたいぞシドー!」

「俺を犯罪者にする気か! ところで真那、お前は今どうやって生活しているんだ? 養ってくれる人がいるなら是非、挨拶しないとさ」

「え、いえ! そんな兄様が気にする必要ねーですよ! じゃあ、私はこれにて失礼しやがります!」

 そう言って真那は逃げるようにして家を後にした。もう一人、妹がいたのは士道にしても琴里にしても意外である。

「やあ、士道! やっぱりさっきの子は君の妹だったかい?」

 庭先にはジャズが腰を曲げてリビングを覗き込んでいる姿がある。オートボットの中でもジャズは士道達にフランクに接してくれる。

「ああ、本当だよ」

「そうか、良かったよ。兄妹が再び再開出来て」

「なあジャズ、そう言えばグリムロックはどうなったんだ」

「グリムロックさんは……また……起きました」

 ジャズが答える前に四糸乃が言った。けれどもジャズは素直に喜べないような顔をしている。

「ああ~グリムロックね……彼は……まあ元気だよ」

 言葉を濁すようにしてジャズは明後日の方を向いた。

 

 

 

 

 一方、オートボットの基地もとい特設マンションの地下ではオプティマスはテレトラン1に届いたメッセージを睨むように見ていた。

 発信者はグリムロックだ。

 オプティマスはそのメッセージを読むと何度か頷いて画面を閉じた。

 そして、ジャズにグリムロックのメッセージを伝え、オートボットの指揮を任せるとオプティマスはトラックへ変形して基地を出て行った。

 



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11話 オプティマス・プライム VS グリムロック

 グリムロックからのメッセージ、それは指定されたポイントに来いという内容であった。グリムロックが指定して来たのは天宮市の西区、大規模な開発を進めていたが結局経営破綻に陥ってしまった人の住まない町、いわゆるゴーストタウンにオプティマスを呼び出していた。

 ゴーストタウンの一部には潰れた遊園地があり、グリムロックはそこで待っていた。ゲートを跳ね飛ばし、土煙を上げながら一台のボンネットタイプのトラックが走って来るのが見えた。

 グリムロックは腰を上げる。トラックは走りながら変形して真の姿を現した、オプティマスだ。

「オプティマス、勝負しろ。勝った方が、オートボットの、リーダー」

「聞いてくれグリムロック、私は君と戦うつもりは無いんだ。話し合おう」

「イヤだ! 勝負だ!」

 オプティマスの話など聞かずにグリムロックは真っ直ぐ突っ込んで来る。馬鹿正直なアタックを回避してグリムロックはそのままメリーゴーランドに飛び込み破壊した。

 恐らく、一対一でオプティマスがグリムロックに勝てる見込みは一〇パーセントだ。それはグリムロックが改造される前の可能性で、改造され更なるパワーアップを果たしたグリムロックにオプティマスが勝てる確率は一パーセントも無い。

 潰れたメリーゴーランドをを持ち上げオプティマスに投げつける。オプティマスは足や腰からバーニアを噴射して素早く真横に逃げる。

 パワーファイターのワーパスすらも赤子のようにあしらえるグリムロックをどうやって鎮めるか。

「お前とは戦いたくはないが……仕方がない」

 戦って勝つしか道は無い。

「弱いリーダー、いらない、俺がリーダーなる!」

 歩調を徐々に早めてグリムロックは走り出すとオプティマスは右腕から内蔵していたソードでグリムロックのパンチをかわしつつも斬りつけ、突き刺すが、外装に傷を付けられない。

 グリムロックの横薙の大振りのパンチが横っ腹にめり込み、オプティマスは踏ん張る間もなく空高く飛ばされた。

 視界が反転、デタラメなパワーに曝されたオプティマスの肉体は遊園地の観覧車にぶち込まれ、同時に観覧車も倒壊を始めた。

 オプティマス一人では勝てない。せめてアイアンハイド、ワーパス、ジャズが居れば戦況は変わっていたかもしれない。

 瓦礫へと変わり果てた観覧車から出て来たオプティマスは右腕はパスブラスターに変形している。そしてオプティマスは引き金を遠慮なく引いた。

 鋭い弾丸がグリムロックに撃ち込まれても一切の怯みも後退も見せない。グリムロックに接近を許し、オプティマスはグリムロックと両手を組み合い押し合う。

 オプティマスの足がアスファルトにめり込み、ジリジリと押されだす。規格外のパワーだ。単純な力押しを諦め、グリムロックの足を払おうと意識を下に向けた途端に野性的な勘がそれをさせてくれなかった。オプティマスを持ち上げると力任せに振り回し、地面に叩きつけ、頭を掴んで棒切れでも振るように軽々と投げられた。

 オプティマスは朦朧とする意識の中で立ち上がる。

「グリムロック……!」

 オプティマスの中に何か火が点いた。

 オプティマスは走り出すとトラックへ変形、加速を付けてビークルのままでタックルをかます。グリムロックの姿勢が崩れるとオプティマスは空中で変形し、身を駒のように回転させながら蹴りを繰り出し、グリムロックの首筋を的確にえぐった。

「ぐっ……!」

 よろめく姿に好機と思い、ストレート、アッパー、上段蹴りを駆使してグリムロックを追い詰める。

 負けじとグリムロックも拳を振るう。オプティマスのパンチがグリムロックの腹にグリムロックの拳がオプティマスの顔面にヒットし、両者は弾き飛ばされて遊園地内の空気が鉄と鉄がぶつかる音でビリビリと震えていた。

 耳をつんざく激しい金属音が絶え間なく聞こえ、その度に火花が散った。気迫ではオプティマスが勝っている。

 グリムロックが力でしか分からない奴ならば力で分からせる。

 オプティマスは右手首を変形させてソードを出すと真っ向からグリムロックの顔面を叩き斬った。呻きもよろめきもせずにグリムロックは冷静に巨大なソードを形成し、水平に切り払った。

 グリムロックの剣と交差するように受け止めると全身の関節や駆動系が悲鳴を上げた。トランスフォーマーの体や兵器さえもバターや果実のように切り裂くグリムロックの剣を止めて腕を破壊されない所を見るとオプティマスはかなり幸運に恵まれたと言えよう。

 オプティマスは受けた刃をいなすとバーニアを噴いてがら空きの胸に仕掛ける。

 オプティマスが隙を突いて来る事を予期していたようにグリムロックは盾を展開してシールドを用いて攻撃ごとオプティマスを弾き出した。

「意外と、強いな」

 ディセプティコンの雑兵やASTよりは遥かに骨があるのは認める。だが、まだ足りない。

「オプティマァァス!」

 咆哮のような迫力で名を叫び、グリムロックは剣を脳天から真っ二つに裂かんと打ち振り下ろした。

 半歩だけオプティマスが身を引くとマスクの先を僅かに切っ先がかすったのが分かる。刹那、地盤が粉砕されて爆発に匹敵する衝撃波が四囲に満遍なく広がり、オプティマスもその衝撃に転倒を余儀なくされた。

 スペースブリッジに構えていたディセプティコンの大隊を壊滅させてブリッジの破壊に成功したのも頷ける。

「何て力だ……」

 一個人の持つ力の領域を著しく侵害している。

「ショックウェーブめ……何て物を作り出したんだ」

「立て、オプティマス! まだ、俺、お前、認めてない!」

 グリムロックは剣を振り払い、斬り落とし、斬り上げ、オプティマスはその攻撃を回避しつつもグリムロックの体に乗り上げると顔面を殴り飛ばした。

 予想外の攻撃にグリムロックの体が初めてここで倒れた。

「立てグリムロック、その程度でオートボットの総司令官が務まると思うな!」

 凛然と声を張って言った。

 倒れたグリムロックは立ち上がると両腕を地面に付き、何を始めるのかと思うとビーストモードへ変形した。金属の恐竜へと姿を変えたグリムロック、彼も本気という訳だ。

「それが君の新しい姿か」

「グルゥゥゥ……!」

 プライムがプライムたる力を見せつけるか、グリムロックの野獣性がそれを凌駕するか。

 

 

 

 

 オプティマスとグリムロックが戦っている間、士道は朝早くからフラクシナスのいつもの艦橋へ呼び出されていた。

「ふぁ~あ。昨日も朝っぱらから起こされたような……」

「おはよう、士道。あなたに見せなくてはいけない者があるの」

「見せたいもの?」

「令音」

「ああ」

 いつも眠たそうにしている令音は素早くキーを叩いてスクリーンに映像を映し出した。それは折紙と狂三そしてCR-ユニットを装着している真那の姿があった。配置的にも折紙と真那が狂三と対峙しているのがよく分かる。

 少しすると真那はレーザーを駆使して狂三をバラバラにしていた。グロテスクが絶対に受け付けないタイプではないが、知り合いが見るも無惨な姿に散り散りにされれば誰もが嗚咽する。

 士道が手で口を押さえると令音は映像を切った。

「時崎狂三はASTの嵩宮真那に殺害された。疑いの余地もなく、完全に息の根を止められている」

「どうして俺に見せるんですか……!」

「次の映像を見てくれ」

 次はこんな凄惨な映像でないと祈りながら令音の言う通りに映像を見た。

「さっきのは午後十七時半頃に撮影された物だ。そしてこれは午後二〇時に撮影された映像だよ。日付も昨日だ」

 令音に出された映像には確かに狂三がスーパーで元気良く買い物をしている姿があった。そっくりさんではない、全く同じ顔なのだ。

「狂三も俺みたいに分身が出来たのか!?」

「う~ん、あの話ちょくちょく蒸し返すわね」

「蒸し返してる訳じゃないよ。ってかあんな体験すぐに忘れるか!?」

「あ~はいはい。狂三は多分だけど士道の時とは違う分身ね。言動や言葉遣いも全く一緒、あんたの時はそれぞれ性格が違ったでしょ?」

「確かに……」

「とりあえずはいつもの手段で行きましょう。士道、狂三をデートに誘いなさい」

 転向初日、脇目も振らずに士道へ接近して来た。狂三自身に士道に対して良くも悪くも特別な感情が働いていなければ出来ない行為だ。加えて言うなら以前から狂三は士道について調べていたと見える。でなくては名前を知るなど出来ない。

「士道、一つだけ言うわよ」

「何だ?」

「気をつけてね。狂三は十香や四糸乃とは全く違う存在よ」

「……? 肝に銘じておくよ」

 時計を確認するとちょうど良い時間になっていた。今から十香を起こして朝食を食べていれば十分に学校に間に合うだろう。

 

 

 

 オートボットの基地ではオプティマスがグリムロックと戦いに行った事で話し合いがなされていた。オプティマスから指揮権はジャズに渡されており、今はジャズの命令に従う必要がある。

「オプティマス、まさかグリムロックと戦うなんて」

 アイアンハイドは呆れたような口調で言った。

「ヤベェな。グリムロックはパワーじゃあ悔しいがオレ以上だ! 今頃、ミンチにされてんぜ!」

「オプティマスは来るな、と言っていた」と、ジャズ。

「助けに行かないと本当にオプティマスは殺されるぞ! グリムロックがディセプティコンを何人血祭りに上げたかお前さん方知っているのか!?」

「爺さん、オレ等が行っても勝ち目はあるかぁ?」

「おーおー、随分と弱気じゃあないかワーパス。グリムロックを恐れているのか?」

「誰がビビってるって! 笑わせるなよ爺さん! あんな不良、オレが乗り込んで痛い目に合わせてやらぁ!」

「オプティマス……すいません。私はリーダー失格です。私はあなたに背きます」

 ジャズは呟くように静かに言うと右腕を武器に変えて天井に掲げると威勢良く言い放つ。

「オートボット、出動だ! あの問題児をコテンパンにするぞ!」

「オォー! 燃えて来たァァ!」

「粉々にしてやる!」

 やや物騒だが、士気は向上している。三人は変形すると基地を飛び出して行った。

 置いてけぼりを食らったパーセプターは自分の存在について深い疑問が出て来た。ひょっとしたら戦士として見なされていない、そんな気がしていた。

 

 

 

 

 ビーストモードへ変形してからと言う物、形勢は完全にグリムロックに傾いていた。タックル一つで肉体がバラバラになりそうな衝撃、火炎はアスファルトの地面をタールに変え、強靭な顎でスクラップにされた機材は数え切れない。オプティマスのブラスターはビーストモードで装甲を強化されたグリムロックに全く歯が立たない。

 撃つだけ無駄である。

 通常火器が通じぬなら重火器の出番だ。ブラスターを一旦腕に戻すと腕が変形を再開して三角柱の形に発射口が三つ用意されたサーモロケットキャノンが現れた。

 グリムロックが離れた所から走り出すとオプティマスはミサイルを発射した。三発同時に放たれた先からミサイルは回転をしながら一つのミサイルに固まり、グリムロックの頭へ直撃する。濃い黒煙が空中に広がって、晴れて行く前にグリムロックは黒煙を切り裂き、向かって来る。

 突進から加速を付け、身を捻りながら長くしなやかな尻尾を横に払い、オプティマスの腹を捉えた。受け止めつつの反撃を想定していたが、オプティマスの体は軽々と払い飛ばされた。

 引き裂かれそうな一撃を耐えながらオプティマスはブラスターとミサイルを追撃態勢のグリムロックに叩き込む。爆発と光弾がミックスされた攻撃も通用せず、装甲にほんのりとだけ傷が付くだけであった。

 今度はグリムロックの砲撃だ。口腔内から吐き出す物をレーザーファイヤーから砲弾に切り替え、オプティマスに撃つ。オプティマスが右へ走り、前へ跳び、グリムロックの砲撃を紙一重で回避している。

 ようやくグリムロックの下にまでたどり着くとオプティマスを待っていたのは、牙と尻尾による洗礼だ。尻尾の先端を用いて串刺しにしようと振り下ろし、地面に無数の穴を空けている。

 オプティマスは直撃だけは避ける事を頭の中央に置いて動いていた。当たれば死か大きく飛ばされてしまうからだ。

 グリムロックの噛みつきを身を低くする事でやり過ごし、首に手を回すとオプティマスは背中に飛び乗った。すると背中にいる邪魔者を振り落とさんと、グリムロックは盛大に暴れる。

 オプティマスも振り落とされないように首に手を回して確実にホールドする。更に右腕をソードに変えて振りかざす。

「一度眠れ、グリムロック!」

 グリムロックの首筋にソードの一撃に叩き込まれる筈だった。

 オプティマスは見落としていた。グリムロックがロボットモードであればこの勝負、オプティマスの勝ちで幕を閉じていただろう。

 しかし、グリムロックの鋭利な尾はオプティマスの背後から装甲を貫き、串刺しにしていたのだ。

「うっ……! グリムロック……!」

 オプティマスは呻きながらグリムロックの尾から逃れんと抵抗をするが、深々と突き刺さった尻尾は抜ける気配がない。グリムロックはそのまま尻尾を自分の顔の前まで持って来る。

 口を開けて口腔内でエネルギーが収束を開始した。いくらオプティマスでもこの状況でレーザーファイヤーを食らえば命は無い。

「グリムロック……例え私がお前に殺されても私はお前を仲間として迎え入れる」

「弱い奴、消えろ!」

 グリムロックの口から破壊的なエネルギーの激流が放たれた。尤も、そのエネルギーの行き先はオプティマスではなく空だ。

 一体何が起こったと言うのか。

 オプティマスが注目したのはグリムロックの首だ。首に巻かれてあるのは間違いなく、ジャズのグラップルビームだ。鞭のように使ってグリムロックのレーザーファイヤーの軌道を変えたのだ。

「大丈夫か、オプティマス!」

 スポーツカーに変形し、加速を付けて更にまた変形をしてジャズはグリムロックの頭に跳び蹴りを見守った。

 体重の軽さ故にダメージにもよろめきにも繋がらなかったが、グリムロックは刺さっていたオプティマスを放り投げてジャズの方に意識を傾けた。

 腹を刺されたオプティマスの身を案じて寄って来たのはアイアンハイドだ。

「無茶し過ぎです、オプティマス」

「助かった、アイアンハイド。しかし何故ここにいる」

「我等がリーダーを放ってはおけんでしょう。それにあそこの不良のケツに一発蹴りでも入れないと気が済みませんよ」

 オプティマスもまだ戦える。当然アイアンハイドもだ。

 ジャズは軽快な動きや障害物、高低差を駆使してグリムロックの意識を向けさせながら徹底した回避行動を取っている。悔しいがジャズの持つ武器の火力ではグリムロックに傷は付けれない。近接戦闘では少し力が頼りない。

 そんなジャズの火力を補っているのがワーパスだ。戦車から変形したワーパスの腕には二門ずつガトリング砲が取り付けられた重火器、スクラップメーカーを両腕で振り回している。

「イェアアアア! 久々にぶっ放せるぜぇ!」

 ワーパスは銃の引き金を引ける事が嬉しいようだ。

「グリムロック、オレの弾で目を覚ましやがれ!」

「オレ、正常、お前、おかしい」

 グリムロックが火炎を吐くとワーパスはバックステップでかわしながらもガトリング砲の掃射は忘れない。

 アイアンハイド、オプティマスも戦闘に加わり、戦いは一層激しさを増して行った。

 銃声、爆音、咆哮、戦争でも始まっているのかと錯覚する程の戦いは閉鎖された遊園地を何も無いまっさらな焦げた大地へと塗り替えていた。

 戦いの終着は意外にも早かった。

 四対一という数的不利などものともしないグリムロックは屹立と立ち、空を向いて勝利の雄叫びを上げていた。

 そしてその周りには力尽きて動けなくなったオートボットの四人が仰向けになっていたりうつ伏せに倒れていた。

 グリムロックはその場にオプティマス達を放置するとゆっくり歩き出し、更地となった遊園地から姿を消した。

 

 

 

 

 学校で授業を受ける士道は狂三が至って普段通りに学校に来ていた。昨日、真那に殺された筈の狂三、トリックの類かもしくは死なない能力なのか。不気味な存在だが、士道には狂三の能力を封印する使命があるのだ。

 授業が終わって狂三が教室を出て行くのを確認すると士道は席を立った。ちょうどその時に十香が声をかけて来た。

「シドー! 今日のこの後なのだが――」

「悪い、後にしてくれ」

「シドー……?」

 十香を振り払って士道は狂三を追いかける。狂三の向かった先はトイレで士道は小走りで追った為、狂三に追いつけた。

「く、狂三」

「あら、士道さんどうなさったんですの?」

「狂三、もしお前が良かったら何だけど今週の日曜日、俺とデートしないか?」

「デート……ですか? ええ、構いませんわよ」

 快諾してくれて士道は内心ホッとしていた。

「今週の日曜日ですわね、楽しみにしていますわ、士道さん」

 自然な笑顔で手を振ると狂三はトイレへ入って行った。狂三をデートへと漕ぎ着ける所までは成功した。後は士道の腕と琴里の指揮に関わって来る。

 デートの約束も済ませて一安心で士道は教室で鞄を持って帰りの支度をする。教室を見渡して十香を探すが姿は見当たらない。先に帰ったのかと思い、士道はそのまま下校した。

 自宅に帰る前に士道はまずはトランスフォーマーの特設マンションに顔を出した。グリムロックの調子やもう一つ、自分の体について何か手がかりが見つかるかも知れないからだ。

 表向きはどこにでもあるマンションで入り口に入り、エレベーターに乗ると階が三つしかないのだ。士道は地下一階を押してドアを閉じるとしばらくの間、壁にもたれながら到着するのを待っていた。

 到着を知らせるベルが鳴り、エレベーターのドアが開きもう一枚重厚なゲートが開いて士道はようやくオートボットの基地に入れた。

 長めの廊下の天井には一定の間隔で蛍光灯が取り付けられ、廊下の両端にもランプが設置されてある。士道は廊下を歩き終えるとノブを捻って基地の中に入った。

「みんなこんにちワァッー!?」

 基地ではパーセプター以外の全員が酷い怪我を負っていたのだ。

「どうしたんだよみんな!」

「やあ、士道。大した事ないさただのかすり傷だよ、イテテ」

「どう見てもかすり傷レベルじゃないぞ!」

「正直に言うとグリムロックのバカと一戦やりやったんだぜ! サクッと傷を修理してあのヤローを今度こそ滅多打ちにしてやらぁ!」

「ワーパス、それにみんな次は来なくても良い」

 パーセプターにリペアされながらオプティマスが言った言葉にみんな耳を疑った。

「オプティマス、あなた何を言ってるんです!? その腹はグリムロックから受けた傷って事を忘れたんですか。グリムロックと一対一でやって勝てる筈がない!」

「みんなとグリムロックの間に何があったか知らないけどオプティマス、それは無謀だって」と、士道も口を挟む。

「数で勝って、奴は私をリーダーとは認めない」

「だからと言って限度があります! アイツは予想を超えて強くなっている!」

「オプティマス、私ならマインドコントロールの機械くらいなら作れますが?」

「操るなどもってのほかだ。ところで士道、私達に何か用でもあるのか?」

「え、いやあ……みんなの様子を見にね」

 予想外の惨状にパーセプターは多忙を極めて、自分の体の事について言い出せなかった。

「それと明日、デートがあるんだ」

「ほう! デートか、青春してるじゃないか」

 色恋沙汰に敏感に反応したのはジャズだ。

「人間のデートという物は一体何をするんだい?」

「まあ……一緒に映画見たり……ご飯食べたりとかかな?」

「セイバートロン星とそんなに変わらないんだね」

「ジャズってモテたの?」

「まあ、そこそこかな。それで明日のデートの相手ってどんな子だよ?」

「写真とか無いぞ。昨日転校して来た女の子なんだけどさ」

「……あの子!? 士道、君のヒューズはぶっ飛んでしまったのか!? 彼女は精霊だよ? 危険が多すぎる」

「ジャズ、彼はその精霊という存在の力だけを封印する能力があるのだ」

 オプティマスがここで説明を入れてくれた。ジャズが昨日、士道達を学校に送っている際に琴里が説明して聞けていないのだろう。

「それでも不安はある。オプティマス、私に彼のボディーガードをやらせて下さい」

「それは私でなく、士道に聞くんだ」

「良いかい士道?」

「え……」

 ジャズは車に変形出来るのでグリムロックより遥かに擬態に長けている。それに頭もそれなりにキレる。士道はしばらく考え込んでから答えを出した。

「じゃあ、お願いしようかなジャズ」

「よし、私にかかれば君の事をしっかり守ってやるさ」

 結局、士道は自分の体の事に対する話を切り出せず特設マンションを後にした。自宅のドアノブを回すと鍵は開いている。十香や琴里、四糸乃にも鍵は渡してある。三人の誰かが先に帰っている筈だ。

 玄関を上がってから士道はリビングに入ると室内のカーテンは閉じられ、ソファには十香がポツンと座っていた。

「十香?」

 士道が声をかけたものの十香は反応を示さない。士道は十香の肩をポンと叩いた。

 するとようやく十香はソファから立ち上がり振り返る。

「なっ!?」

 制服のシャツのボタンをお腹辺りまで外し、十香のブラは丸見えだ。やっている事に恥じらいがあるのか、十香の頬は紅潮し指先をもじもじとさせている。

「と、十香さん!? 何をしているんだ!?」

 十香はサッとポケットからメモ帳を取り出して何をするかが書いてあるかを読み、水族館のチケットを口にくわえると四つん這いになる。

 こういうのを雌豹のポーズと言うが、セイバートロン星ではラヴィッジのポーズとでも言うのだろうか。

 士道は状況が把握出来ず、力無く適当な椅子に座ると十香はそろりと近付き、今度は水族館のチケットを胸の谷間に挟み誘惑を続ける。

「っ……」

 十香は士道の体を登るようにして首筋や腰に手を回して谷間に挟まるチケットを差し出した。恥ずかしいから早く取ってくれ、という意図を察した士道は慌てて谷間からチケットを引き抜いた。

「あ、明日……デートがしたいのだ士道……ダメ?」

 断るというのは誇りを持てる勇気の一つだ。

 潤んだ瞳で羞恥心を煽らせながらの懇願にも似た誘いを断る勇気は士道には持ち合わせていなかった。

「うん、良いよ……」

 今、自分を殴りたい。大事なデートの前日で二股をかけたのだ。

「本当か士道! では明日、九時に集合だぞ!」

「あ、ああ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにする十香に対して罪悪感が積もって行った。

 そんな時に士道のケータイに一本の電話がかかって来た。

「はいもしもし」

『士道?』

「あ、折紙か?」

『あなたは一人では危険、明日の十一時に天宮公園まで来て』

 有無を言わさず約束を押し付けて電話を切る。高等テクニックだ。遠慮がちな四糸乃にはたまにならこれくらいの強引さがあっても許される筈だ。

 士道はケータイをポトンとソファに落とした。全く最低だと自嘲気味に笑う。この短期間に三股もかけてしまったのだ。

 士道はインカムを耳に付けると愛する妹に電話をした。

『もしもし士道、どうしたの?』

「琴里、緊急事態だ――」

 

 

 

 

 オプティマス達四人を退けたグリムロックは四糸乃と初めて出会った山にいた。グリムロックの頭には悔しさしかない。遠征でディセプティコンの軍勢と戦っていた所為でゼータプライムを守れなかった。あまつさえオメガスプリームの救出にも間に合わなかった。懐いていたゼータプライムを失い、オプティマスと対立した結果ダイノボットを率いて別行動を取った時だ。ショックウェーブの軍勢から仲間を守れなかった。どれだけ力を手にすれば何も失わなくて済むのか。

 結果的に強大な力を手に入れて仲間を救えたが、捕まって殺されていた可能性だってあった。この制御の利かない怒りの刃の鞘となるのは今は四糸乃や十香しかいない。

 グリムロックは更なる力を求めている。もう何も失わなくて済むだけの圧倒的な力が。

「きひ、きひひ、きひひひ」

「誰だ」

 神経を逆撫でするような笑い声にグリムロックは不満げな声で威嚇した。声はあらゆる方向から聞こえて来る。苛立ったグリムロックは鳴き声で威嚇して見せた。するとピタリと笑い声は止み、木陰から狂三が出て来た。

「これはこれは、見たこともない生き物ですわね」

「あ?」

「恐竜かしら、ですけど恐竜はここまでメタリックじゃあありませんわよね?」

「俺、グリムロック。お前誰だ」

「まあ、拙いですけど言葉も話せますの? 興味深いですわ」

 グリムロックは一度足で地面を踏みつけて地鳴りを起こした。地割れが無数に走り、狂三は裂け目に落ちてしまわないようにフワッと飛んで避けた。

「最後だ、お前、誰だ」

「怖いですわ、怖いですわ、そんなに怒らないで下さいまし。わたくしは時崎狂三」

「狂三……?」

「ええ」

 狂三はニッコリと笑う。グリムロックは警戒心を高めたまま狂三と向き合った。

「俺、グリムロック。ここは俺の縄張り、出ていけ!」

「冷たいですのね。わたくしはあなたに興味がありますのに」

「俺、グリムロック。お前に興味ない」

「可愛い動物を愛でたいのは当然の感情でしょう?」

「俺、グリムロック。可愛い違う。俺、強くてカッコイイ!」

 狂三はふわりと軽々しく飛んでグリムロックの背に乗った。自分が認めた相手しか背中に乗せたくない彼は目一杯体を揺さぶって狂三を落とそうとする。機嫌が悪そうなのを察した狂三は、グリムロックの背中から降りるとおどけたような仕草をする。狂三もトランスフォーマーは初めて見る生き物、どういう生態なのか気にはなるし餌として価値があるのか愛玩対象として見るのか見極める必要がある。

「あなた、本当に変わった方ですのね?」

「俺、グリムロック。お前の方が変わってると思う」

 警戒は解かず、グリムロックは鼻を使って狂三の体から怪しい匂いはないか嗅ぐ。少しくすぐったいが悪い気はせず、狂三はそのままグリムロックの鼻を撫でる。哺乳類のような毛並みも柔らかさもなく、固く無機質な質感だが強い生命力は感じ取れた。

「いいですわね、あなた。わたくしのペットにして置いておきたいですわ」

「俺、グリムロック。ペットは嫌だ。友達なら構わない」

「き、ひひひ。まあ、お友達でも良いですわ。いずれ士道さんを食べる時に他の邪魔者を払っておいてくれる役目になりそうですし」

 狂三は不敵に笑う。

「お前、何て言った?」

「いえ、お気になさらずに。こちらの話ですわ」

「士道、食う気か!」

 グリムロックは地面を踏みつけて地鳴りを起こした。

「あらあら、まさか士道さんのお知り合いとは思いませんでしたわ。残念、ペットもお友達もダメですわね。なら、あなたも食べて差し上げますわ」

 解かれつつあった警戒心は一気に怒りへ変換されてグリムロックの目は灼熱の炎を想わせる程に赤々と光を放つ。喉の奥で唸り、そして大きな口を開けて獰猛な声で相手を嚇す。

 己が認めた男、士道の命を狙う者はまごうことなく敵だ。口腔からは高熱の息吹を吐き出し、森林に自然と火がついた。

「わたくしは花も木も虫も動物も好きなんですのよ、嫌いなのは人間だけですわ。お出でなさい、刻々帝(ザフキエル)

「消え、失せろ!」

 

 

 

 

 九時に天宮公園に一台のスポーツカーが停まり、中からは士道が出て来た。一日に三股もかけた男はこれからどうした物かと悩んでいた。琴里は任せろ、と言っていたが不安しか残らない。三股をかけて護衛に喋る車が控えている。こんな体験をしている高校生など世界中どこを探しても士道しかいない。

『聞こえるかしら、士道? いや、三股おにーちゃん』

「その言い方やめろよ」

「私も最初聞いた時は驚いたよ。デートと言っていたが、まさか三股デートとはね」

「違うんだってコレには深い訳があるんだ」

『まあ良いわ。フラクシナスの力を使えば何でも解決よ!』

「本当に大丈夫かよ?」

『熱い心に不可能はない! さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう』

 センサーで十香を捉えるとジャズはさっさと退散した。

「待たせたな、シドー」

「平気、俺も今来た所だし。それより、その服似合ってるぞ」

 まず会えば相手の事を褒める、これは基本的戦術だ。

「じゃあ行くか」

「うむ!」

 行き先は水族館だ。ちなみに、十香に水族館のチケットを渡したのはクラスメートの亜衣、麻衣、美衣の三人組である事が判明した。

 水族館は士道も久しぶりであり内心、ワクワク感があった。水槽内の多種多様の魚は水中を彩るように泳いでおり、大きい物から小さな物まで様々である。

 人間という種は大きさには大した違いはないのに魚という種には何故ここまで何倍もの体格差が現れるのだろう。不意に士道の頭にそんな疑問がよぎった。

 トランスフォーマーも体格差にかなり開きのある種族だ。ジャズとグリムロックでは三、四倍の体格差がある。

「シドー、見てみろ! 鰯が泳いでいるぞ! 食べられるのか!?」

「食べれない事は無いが、食べちゃダメだからな!」

「いろんな魚がいるな、何だかお腹が減って来るぞ」

「よく水族館で食欲が湧くな」

 大きな水槽でジンベエザメを見ている時だ。インカムに琴里から連絡が入った。

『士道、そろそろ狂三とのデートよ』

「わかった、すぐ外に出るよ」

『いえ、そのまま中から転送するわ』

「……? 転送って天井とか障害物とかがあれば出来ないんだろ?」

『フッフッフ、パーセプターにその辺を改造してもらって士道の座標さえロックしていれば転送し放題になったのよ!』

 転送への制約が減ったのは確かに便利だ。

「十香、悪いがそのまま魚を見ててくれ。ちょっと腹が……」

「大丈夫なのかシドー、無理をしているなら少し休むが」

「平気平気、すぐ戻るよ」

 そう言ってから士道はトイレの個室に籠もるとトイレの壁に淡い緑色の光と共に円形のサークルが出現した。これが新しい転送装置というのは説明をせずとも分かった。士道は躊躇いもなく、そのサークルに飛び込んだ。

 光の円の中に入ったかと思えば出口に直ぐにたどり着き円を越えると天宮駅の前にある噴水の近くに到着した。そこには噴水の横にあるベンチに腰掛ける狂三の後ろ姿が見えた。

「狂三……」

 背後から声をかけると狂三は振り向いて嬉しそうに笑って見せた。

「こんにちは士道さん」

「ごめんな、待たせて」

「いえいえ、わたくしも今来た所ですわ」

 黒いゴスロリ風の服を身に纏う狂三は自然と周囲の視線を集めている。その美貌による所も大きく、それに狂三はその服を問題なく着こなしている。

「ところで士道さん、今日はどこに連れて行ってくれますの?」

 フラクシナスではここで選択画面が出ていた。

 一、映画館。

 二、水族館。

 三、ランジェリーショップ。

『総員選択!』

 一番人気は映画館、次いでランジェリーショップだ。水族館には誰も票を入れていない。当然だ、水族館には十香がいるのだから。

『どうした物かしらねぇ』

『オレはランジェリーショップを押すぜ!』

『私もワーパスに一票だ』

 インカムに突然、ワーパスとアイアンハイドの声が割り込んで来た。

「何でワーパスとアイアンハイドもいるんだよ」

『私達の回線はテレトラン1にも接続されているの。トランスフォーマーの意見も取り入れたいしね』

『ランジェリーショップ! これしかねぇ!』

「ワーパス、理由は?」

『オレが見てみたいからだぁ!』

「却下だ!」

『まあ待ちなさいよ、士道。ここはワーパスの意見に従いましょう。それに映画館は上映時間の都合で長居は出来ないしね』

 後には引けなくなった士道は渋々、狂三をランジェリーショップへ連れて行く事を決めた。

「じゃ、じゃあランジェリーショップでも行こうか」

 普通ならビンタか無視か炎神跳び膝蹴りを食らっても文句は言えないのだが――。

「ええ、行きましょうか士道さん」

 と、あっさり快諾してくれた。

「可愛いの選んで下さいね」

 自然な仕草で狂三は士道と腕を組んだ。狂三はかなり恥じらいの意識が薄いと見える。士道側からすれば事を進めやすいので都合は良い。

『青春だな、ボウズ』

『オレ等もよぉ、大戦が無けりゃあ女の子ちゃんとイチャイチャ出来たかもしれねえな!』

『お前さんはイチャイチャより銃をぶっ放す方が好きなんじゃないか?』

『それもそうだがよ、やっぱり青春してえじゃん!』

 さっきからワーパスとアイアンハイドの会話が騒がしくて仕方がない。彼等の音声だけ切ってやりくらいだ。

 二人がそんな事を話していると士道と狂三はランジェリーショップに入っていた。狂三は目に付いた下着を手に取って士道に尋ねた。

「士道さんは控え目な白い方がお好きですの? それとも明るい色が良いですの?」

『赤だろ赤!』

『そうだ、赤は情熱の色だ』

 やはりインカムの電源を切ろうか悩む。

 フラクシナスでは次の選択画面が出ていた。

 一、控え目な白が良いかな。

 二、もっとセクシーな黒で。

 三、ノーパンでオナシャス、ゲヘヘ。

 琴里の中で三は論外だ。神無月以外は三以外を選ぶだろう。

『二だな、アイアンハイド』

『同意見だな。私達に下着の概念は無いがこれは黒だろう。フェロモンレベルから見て士道は女性と交尾を望んでいる』

『あんた等、意外とノリノリね』

『人間という種族に興味が出ただけだ』

『オレは元からこの星を気に入ってたけどな!』

「俺は交尾なんて考えてないからな! えぇーっとそうだな……俺はそ、そっちの下着の方が良い…かな……」

 歯切れの悪い物言いで士道は狂三の後ろに飾られてある下着を指差した。黒色で生地は薄手、レースの刺繍で彩られており、更にガーターベルトも完備だ。どういった層に需要があるのか疑問を覚えるその一品である。狂三ならばこれを着こなせる筈だ。

「これ……ですの?」

「うん」

「ええ、わかりましたわ。せっかく士道さんが選んでくれたんですもの、試着させてもらいますわ」

 嬉々としてその下着を手に取り、嫌そうな素振りを一切見せて来ない。狂三は試着室へと入って行った。

「な、なるべく早めにな……」

 周囲の女性からの刺々しい視線が痛い。

『それでよこれからのデートプランはどうするよ!』

『ランジェリーショップの後に鳶一折紙という女のデートそして十香に顔を出す。時間的には昼食がちょうど良かろう』

『だな』

 エイリアンにデートプランを考えられるとは何とも不思議だ。エイリアンと言っても彼等はネチャネチャして血は強力な酸性で口から更に口を吐き出すようなタイプではない。

 人間のように感情がある。

 試着が終わり、試着室のカーテンが開くと士道は息を飲んだ。得も言われぬいやらしさ、男性の欲をダイレクトに刺激する出で立ちに士道の思考回路はショート寸前だ。

 なめらかな腰のラインは完璧の言葉しか出ない。抱き締めれば折れてしまいそうな華奢な体つきであるが程良く肉付き、尻は引き締まっており、そこに着用していたガーターベルトが僅かに食い込む。店内がざわめく美しさだ。

『イェア! オレ達の選択は完璧だぁぁぁぁ!』

 インカムの向こうからワーパスの歓喜の声と共に銃声が聞こえた。

『銃を撃つな馬鹿者! 危ないだろうが!』

『あんた達、少しは静かにしなさいよ!』

『はぁい』

『すまん』

「い、五河くんっ!? 何してんの!?」

 不意に声がすると振り返った先にはクラスメートの亜衣、麻衣、美衣の三人組が立っていた。彼女達三人と狂三を咄嗟に見比べるとやはり狂三は同年代とは思えない色気がある。

「な、何で時崎さんと……」

「まじひくわー」

『緊急事態、邪魔が入りました』と、川越。

『邪魔? 始末するか』

『そうだな、ワーパス』

「待て待て始末しなくて良いから!」

『士道、逃げなさい。あと狂三へのフォローも忘れずにね』

「うっ……腹が急に……。狂三、悪いけど少しぶらぶらしててくれ。それとその下着、可愛いぞ」

 逃げるようにして士道はランジェリーショップからいなくなった。トイレに駆け込むと転送装置で折紙との約束場である天宮公園に転送された。

 公園のベンチで折紙は腰掛けて士道を待っていた。集合時間にはまだ五分早いが、士道は駆け足で折紙へ近付いた。

「よう、折紙」

「おはよう」

「お、おはよう」

「今日は映画を見に行きたい。でもその前に少し早いけど昼食を取りたい。

「あ、ああ。分かった、じゃあ行こうか」

 先に士道が歩き出すと折紙は士道の袖を掴んで止めた。

「どうした折紙?」

「手、つなご?」

 折紙が差し出した手を繋いで士道は歩き出した。

『やはりこのフェロモンレベルから見て折紙は士道と交尾を望んでいるな』

 アイアンハイドは冷静な声で分析した。

『士道のデートの調子はどうだい?』

 会話の中にジャズが入って来た。

『完・璧だ! ジャズは今何してんだ?』

『士道の近くを走っている内に車屋でカッコイイのを探していたんだよ』

『戦車はないのか!?』

『無いね』

『ワーパス、パーセプターも呼んでこい。アイツの分析も聞きたい』

『OK、爺さん! インテリ野郎引きこもりを研究室から引っ張り出して来る!』

 琴里もワーパス達を会話に入れたのは間違いだと後悔していた。こんな騒々しいエイリアンは宇宙を探してもそう居ないだろう。

『あ、そうだ、少し辛気臭い雰囲気だし私がいっちょ軽快な音楽でもかけてやるか!』

 変な気を使って来るものだ。

 ジャズが地球に来てお気に入りの曲を大音量で流した。パチンコ店の比ではない大音量がフラクシナスとオートボット基地に反響する。

『どうだい、良い曲だろ。みんなノってるかい?』

『うるさぁぁぁい!』

『発生回路を切っちまうぞ!』

 フラクシナスとオートボット基地からは非難轟々だ。ジャズは仕方なく曲を止める事にした。

『何だよ、ご機嫌なリズムなのに』

 一応、人類の天敵をデレさせるという瀬戸際の状況なのだが、妙に緊張感が無い。この一連の会話を聞かされていた士道は、意外と世界は平和なんだな、と思えた。

 そんな士道は今、折紙とファミリーレストランで昼食を取っていた。二人切りの状態、折紙はパスタを食べる前に話したい事を言う。

「士道」

「ん、どうした?」

「あなたは狙われている。しばらく、私から離れないで欲しい」

「え……?」

「それからデートの後に私の家に来て欲しい」

「はい?」

「それからしばらく私の家にしばらく泊まって行って欲しい」

「待てよ、話がさっぱり飲み込めないんだが」

「あなたは一人でいるべきではない」

「だいたい誰が俺を狙っているんだよ」

 折紙の話の最も気になる所で琴里から指示が下った。

『士道、十香が不安に思ってるわよ。一旦、顔を出しなさい』

「了解。折紙、少し席を外す」

「問題ない」

 士道はトイレに入ると水族館へと転送された。

 それからという物、転送装置を使った移動で巧みに三股をかけてその間にトランスフォーマー達の会話で耳が痛くなりそうだった。更に十香の食事に加えて折紙や狂三との食事も入れて士道は昼食を三回も食べて腹周りが苦しかった。

「うっぷ……」

「士道さんったら意外と少食ですのね」

 食べる量は人並みだが、三回も昼食を取れば気分が悪くなってもおかしくない。

「うっぷ……ごめん狂三、ちょっとトイレ……」

 腹を押さえながら士道は近くのトイレに駆け込んで行った。

「士道さん、せっかくのデートですのに忙しないですわ」

 残念そうに眉をハの字にする。狂三はさっき買った過激な下着が入った紙袋をギュッと握って嗤う。

「でぇも……もう直ぐ士道さんはわたくしの物……」

 そんな事を呟いていると狂三はふと、近くの森に目をやった。目を凝らして良く見てみると数名の男子が何やら狂三の癇に触る事をしている。小さな子猫を取り囲み、エアガンを使って射的の的にしているのだ。悲しきか、散らばった弾を見る限り一〇〇発は撃っているが、子猫の傷は大した事はない。

 とんだクソAIMだ。

「クッソ、当たらねえな」

「すばしっこい奴だぜ、オイ」

「マジで当たらねえんだが……」

「的が小さいんだよ」

「あ~、やっぱ当たらん!」

「あらあら、皆さんずいぶんと興味深い事をしてますわね」

 唐突に聞き慣れない声が入り込み、男性達の視線は狂三に注がれた。

「何だお前?」

「そう構えないで下さい。ただわたくしも仲間に入れて欲しいだけですわ」

「どうするよ?」

「良いんじゃあない?」

「ありがとうございます。さしあたって一つ提案したいのですが」

「提案?」

「ええ、難しい事ではありませんわよ。ただ的を変えるだけ……」

 狂三は企むように妖しく笑う。赤い瞳には狂三本来の残虐性が宿った時、少女の表情には最悪の精霊の通り名に相応しく歪んで行った。狂三の足下からは暗い影が円形に広がると黒一色のゴスロリ風の衣装から深紅と漆黒を折り合わせた霊装が狂三の体を包み込んだ。

 霊装の展開と同時に狂三の手には短銃が握られている。男性達は目の前で起きた常識外れの現象に頭の中が真っ白になり、その後即座に視界は真っ赤に染まった。

 鋭い銃声と共に霊力で強化された弾丸が一人の男の腹をえぐった。花弁が綻ぶように鮮血は飛び散る。既に餌と見なされた彼等に逃げる術も逃げるという思考も持ち合わせておらず、正常な思考に戻った頃にはあの世にいる。

「た、助け――」

 かろうじて体が動いた者は腰が抜けながら地面を這いずり目の前の巨悪から離れようとするが狂三は逃がしはしない。最後の一人となった人間を撃ち抜こうとした時、狂三は顔を逸らしてさっき自分が歩いて来た方に目をやった。

「く、狂三……!」

 士道である。

 ニチャッと不気味な足音に震えながら視線を落とすと原型の無い死骸が散乱している。人生で初の死体に吐き気を催した。濃厚に漂う血と臓物の臭いはしばらく鼻に残るだろう。網膜に焼き付くような惨劇を前に士道は涙が自然と流れた。慈悲や怒りによる物ではない。果てしない恐怖感による物だ。

「狂三、お前は人間をどうして!?」

「きひひひ、士道さん」

 一拍置いてから最後の男性を射殺する。

「ここに人間はいませんでしたわ」

「どういう意味だよ!」

「士道さん、命を奪うなら対等であるべきですわよねぇ? 命を危険に晒す覚悟もないのに命を狩り奪るだなんて不公平ですわよね?」

 初めて士道は狂三が怖かった。十香と出会った時、士道はムシャクシャした。四糸乃と出会った時、優しく接したかった。初めてグリムロックと出会った時、士道は頭の中が空になった。

 だが今の士道を支配しているのは純粋な恐怖だ。

『逃げなさい士道! 早く!』

 インカムから琴里の声が絶えず聞こえるのだが、士道の体は動かない。

「楽しかったですわ、楽しかったですわ士道さん、あなたとのデート」

 狂三は舌なめずりをしてから士道の顔を両手で包むようにそっと触れた。

「もうそろそろ、食べて差し上げますわ。きひ、きひ、きひひひひ!」

 嬉しくて笑いが止まらない狂三は恐怖で顔が震える士道を楽しみながら眺め、地面から黒い影が広がると無数の白い手が飛び出して士道を拘束していく。

「では、士道さんさような――」

 まさに士道が影に取り込まれそうになった刹那、狂三の体は一台の車にぶつかられて大きく吹っ飛び、樹木に体がめり込んだ。スポーツカーから変形し、ジャズは瞬時に右腕をサブマシンガンに変えて待ち構えた。

「大丈夫かい士道?」

「ジャズ……? ああ、大丈夫……」

「どうやら間に合って良かった。…………いや、間に合ってはいないな……」

 ジャズは周囲の肉片を見てそう言った。

 ジャズに跳ね飛ばされた狂三はヨロヨロと覚束ない足取りで戻って来た。

「何ですの? 変形する恐竜に今度は変形する車ですの?」

「変形する恐竜? グリムロックに会ったのか」

 ジャズは狙いを狂三にしたままで通信機で基地にいるアイアンハイドとワーパスに連絡を取った。

「アイアンハイド、ワーパス、救援を要請したい」

『待ってなジャズ! ってかもう出動してるぜ!』

『出来るだけ民間人を巻き込まないようにしろよ。人間は我々と違って脆く壊れやすい』

「了解。士道、君は逃げるんだ」

「士道さんを逃がしませんわ」

 逃がさない為には死なない位置に弾を撃ち込む必要がある。狂三が短銃の銃口を士道の足に定めると、本日二度目の体が吹っ飛ばされて狂三は別の木へめり込んだ。

「間一髪でいやがりますね、兄様」

 CR-ユニットを着込んだ真那が士道の前に降り立った。ふと、ジャズの方に顔を向けるといつの間にか姿をくらませている。

「痛いですわね、真那さん」

「直ぐ楽にしてやります」

 真那が両肩からレーザーを放つと狂三はそれを難なくかわした。放たれたレーザーは真那の意思によって自由に動き回り、狂三を的確に追いかけ、追い詰める。

 短銃で真那を狙い撃ちながら逃げ回る狂三が空中へ飛び上がった時、どこからか一発の光弾が発射され狂三の脇腹を貫通して行った。

「くっ……!」

「今です」

 前後左右の方向からレーザーを撃ち込まれて狂三は力尽きて地面に落ちて来る。

「っ……! やはりお強いですわね」

「あんたに褒められても嬉かねーです」

 真那はバラバラだったレーザーを収束して一つのブレードに変えると切っ先を胸に突き立てた。

「真那、やめろ。殺しちゃダメだぁ!」

「士道さん……優しい……お方」

 背後からの士道の声も意に介さず真那は切っ先を狂三の胸に突き刺した。

「直に死体の回収が来やがります。兄様、まあ今日見た物は悪い夢だとでも思って下さい」

「真那、どうして躊躇いも無く狂三を殺せるんだ!」

「慣れていやがりますから」

 その一言を言った真那の目に生命力は感じられなかった。どこまでも果てしなく渇き切った目を見て士道は虚脱感に苛まれた。

「慣れじゃない、真那! 心をすり減らしているんだ! もう止めるんだ、もう戻れなくなるぞ!」

「心配してくれるのは嬉しいですが兄様、これは私にしか出来ねーんです」

 真那は狂三の死体の周辺に目に見えないシールドが展開され士道は近付けなくなる。妙な浮遊感と共に士道の体は浮かび上がって森から弾き出されてしまった。

 スナイパーライフルのリロードをしながら薬莢を排出し銃口から硝煙を上げながらジャズが歩いて来る。

「怪我は?」

「平気」

「十香や折紙の方に顔を合わせてから帰ろうか。今の君には心の安息が必要だね」

「ジャズ、助かる」

 

 

 

 

 グリムロックの後を追うオプティマスは何か手がかりは無いかと町中を走り回っていた。もう一度、あの廃墟に向かったがグリムロックはいなかった。グリムロックが行きそうな場所を考え、オプティマスは位置を絞って行く。騒がしい都会でも落ち着いた田舎でもない、人の気配を遮断した森林の中だ。

 オプティマスはトラックから変形するとエネルゴンの泉で腹を満たすグリムロックの背後に立った。オプティマスが近付いた事に気付き、グリムロックはエネルゴンを飲むのを止めてゆっくりと振り返って睨み付けた。

 オプティマス・プライムとグリムロックの決戦。

 第二幕が開始された。



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12話 炎の司令官、ファイヤー琴里!

 ラノベあるある。
 ラノベのタイトルをyahooで検索したらタイトルの後に一マス空いて「ぶひどう」って出てくる。


 時崎狂三は最悪の精霊、士道は頭の中でこの言葉が延々と繰り返し聞こえていた。日も沈みきった公園のベンチで士道はひたすらに考えていた。どうすれば狂三を封印出来るか。好感度を上げるにしても狂三の士道への好意とは恋愛の類ではない、人間が大好きな物を食べるのと同じ感情しかない。デレるなど夢のまた夢に過ぎないのだ。

 狂三を救えもしなければ真那も救えない。士道は無力を痛感していた。月明かりと街灯に照らされながら士道は自分の両手を見た。未だに震えている、膝は笑いっぱなしだ、胸の鼓動はやけに大きく聞こえていた。暗い表情で瞳には迷いの念が色濃く表れ、目は泳いで視線が定まらない。こんな経験は初めてである。

 初めて空間震を目の当たりにし、十香と出会った時は琴里の事で何も考えられなかった。これまで何度も死にかけた事はあったが、こんなにも恐怖を感じたのは今までに無い。

 これからやって行けるか不安になる士道の後ろからジャズが歩いて来た。人間より大きく重たいくせにジャズは足音を一切させずに動いていた。士道の座るベンチの隣に片膝を付くようにして姿勢を低くすると士道を一瞥した。未熟な少年にはあまりに衝撃的な映像だったろう。

 士道を気遣うようにジャズは穏やかな声で話かけた。

「まだ怖いかい?」

「うん……まだ怖い」

「しょうがないさ、狂三の行動はイカれてるとしか言えないしだいたい――」

「違う……狂三以上に……俺の無力が怖いんだ……。守れないかもしれない、十香や四糸乃に琴里も真那もだ。俺はグリムロックのように強くない! オプティマスのようにみんなから認められていない! 俺は弱い……」

 感情的な言葉を吐き出し終えるとジャズはすかさず言った。

「私も自分の弱さで多くの仲間を失って来た。私やオプティマスにも特別な所はない。みんな自分に出来る事を命を賭してやっているだけさ」

 飄々としたジャズからは珍しく真剣な言葉が出て来た。

「精霊を救う事が君にしか出来ないなら、最後までやり抜くべきだ。自分に出来る事をやり切るのは胸を張って誇れる存在意義だよ」

 ジャズの言葉には迷いが欠片も無い。長い生涯の中で既に見定めているのだ。自分に出来る事、自分にしか出来ない事を、そして自分には出来ない事をだ。士道の最大の目的は殺傷ではない救済だ。

「十香や四糸乃は私達がいくらでも守って見せる。でもね、あの子達の心を救えるのは君だけなんだよ」

「……!」

 士道は今日の十香の顔を思い出した。士道があまりに暗い顔をしている所為で十香は酷く心配していた。せっかくの楽しいデートだったが、余計な心配をさせて十香の不安を募らせていた。

「俺は精霊はみんな良い奴って考えてたんだ。十香や四糸乃みたいに持ちたくない力が暴れ出して誰かを傷付けているって……」

「狂三に何か目的があるにしても捨て置く訳にはいかないな」

「俺に狂三を救えるかな……?」

「随分と弱音じゃないか。ガールフレンドや妹さんに嫌われちゃうぞ」

「……。また俺らしくない事を言ってしまった……」

「じっくり、考えるんだ。私はもう行くからね」

 ジャズは車へ変形して夜の公園にエンジン音を響かせて去って行った。士道は一人だけ公園に残ると鈍く光を放つ月を見上げた。それから姿勢を変えたり、近くの自動販売機で缶コーヒーを買ったりと時間を費やしながら考えていた。

 やがて夜が明けて士道は寝不足の筈が、表情には眠気が無く、すっきりとした晴れ渡った顔つきで公園のベンチを立った。士道は一つの結論にたどり着いたのだ。

 見捨てる事も投げ出す事も逃げ出す事もしない愚直なまでの意思をぶつけて狂三と和解する。

 強さとは決意、意志の力は不可能をも可能とする。

 士道が自宅に着いたのは午前六時半の事で学校には間に合いそうだ。十香や琴里、四糸乃の朝食を作ってやらないといけない。士道は一度、シャワーを浴びてから体を綺麗に洗い流してから洗濯し終えたシャツの袖に腕を通し、身支度を完成させた。エプロンを巻き、士道はフライパンを片手に冷蔵庫から卵を取り出した時だ。

「おはよー」

 リビングに琴里が入って来た。

「おはよう、琴里」

「――!? 士道! 昨日はどうしたのよインカムにも出ないし、十香は心配で探しに行くし、ジャズやオプティマスもいなくなるし!」

「心配かけたな。でももう大丈夫だ。琴里、俺は狂三を救って見せるよ」

 琴里にも士道の変化に気付いた。以前の士道よりも更に定まっている。

「真那にもこれ以上心をすり減らして欲しく無いしな」

「良く言ったわ士道。ラタトスク機関は士道を全力でサポートするわよ。あと、はいコレ」

 琴里が士道に手渡したのはインカムである。昨日のゴタゴタの際にどこかで落としてしまい無くしたインカムの新しい物を持って来たのだ。士道は耳に着けてみてサイズを確認した。

「うん、ぴったりだ」

「良かったわ」

 琴里が部屋に来た数分後に次は十香が入って来た。

「おはよ――!?」

「シドー! 昨日はどこへ行っていたのだ!? 心配したのだぞ!」

 朝っぱらから濃厚な抱擁を交わす士道と十香。

「昨日は本当に心配かけたな、ごめんな」

「シドー……私もまさか昨日、狂三とデートがあると言うのに強引に誘ってしまって済まぬ」

「気にするなよ」

 十香の頭を子犬をあやすように撫でると士道は笑って見せた。

「さ、メシにするか。そう言えば四糸乃は? 最近、見ない気がするんだが」

「グリムロックも見ないぞ」

 グリムロックは現在、オプティマスといざこざを起こしている。詳しい事情にまで士道は首を突っ込んでいない。オートボットの事にまで気をかけていては過労死する自信がある。

「まあ、どこかで遊んでるんだろ。アイアンハイドかワーパスに探してもらうよ」

 気にはなるが、今は狂三が最優先なのだ。

 

 

 

 

 森林をなぎ倒しながらオプティマスはグリムロックの攻撃をギリギリでかわしながら反撃を試みる。パルスキャノンやミサイルが至る所に飛び、火災が発生している。前回同様にオプティマスにはグリムロックに傷を付けるすべがない。

 ブラスターを撃ちながら右腕は剣に変形していつでも斬り返せるように準備を整えている。そんな思惑を粉砕するようにグリムロックは真っ向から受けきり、頭突きを見舞ってオプティマスを跳ね飛ばした。

「グリムロック、君がゼータプライムを守れなかった事に負い目を感じる必要はない!」

「俺が、ゼータプライムの側、離れた!」

「遠征を指示したのはゼータプライムだ。それに君達がディセプティコンの大軍を壊滅させなければゼータプライムどころか、アイアコンのオートボット全てがやられていたんだ!」

 オートボットの首都アイアコンは大戦末期にメガトロンからダークエネルゴンの爆撃を受けて甚大な被害を出している。同時にアイアコンを壊滅させるべくディセプティコンの大部隊が向かっていたのだ。グリムロック等はその部隊を逆に壊滅させたのだ。

 剣を杖のように地面に突き立て、息もからがらに立ち上がった。グリムロックは重々しい足取りでオプティマスの前までやって来る。低く籠もった声で唸り鋭利な牙が並んだ口を大きく開いた。

「俺にリーダー、いらない。俺に、命令出せるの、俺だけ」

「グリムロック、何故分かってくれない! 戦争はまだ終わってないんだ」

 オプティマスは語気を強くして良いながらグリムロックの頬を殴った。パンチの応酬として尻尾で頭から殴りつけてからオプティマスの体に噛み付くと、そこからエネルゴンの泉へと叩き落とした。

「俺が、リーダー、俺が王だ。オプティマス・プラァァイム!」

 口腔内に蓄えられたレーザーファイヤーはオプティマスが落ちたエネルゴンの泉に向かって真っ直ぐに飛んで行く。レーザーファイヤーの火力に加えてエネルゴンの可燃性が加わればオプティマスの体など一瞬にして蒸発してしまう。皎々と光るグリムロックの炎を目の前にオプティマスは青ざめた。

 直感的に死を意識した時だ。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 突如、冷気と吹雪により泉が凍結し、オプティマスの前に形成した氷の壁は瞬時に破壊されたがなんとかグリムロックの攻撃を防ぐ事は出来た。

 グリムロックは水と氷が飛んで来た方へ目を向ける。誰が仕掛けて来たのか見ずとも分かる。三メートルはある巨大なウサギに跨っているのは四糸乃だ。争い事を嫌う四糸乃の唐突な介入に違和感を覚える。一命は取り留めたオプティマスは凍った泉を砕いて陸へ這い上がる。

「四糸乃……」

「グリムロックさん……喧嘩……やめて下さい」

『オプティマスとの間に昔何があったか知らないけどもう争いはやめようよ!』

 四糸乃が現れた事でグリムロックの目は幾分穏やかになるが、闘争心はまだ燃えている。

「グリムロック、聞いてくれ。私達の星は数百万年不毛の地と化した。別の惑星で生き延びる必要があるのだ。ディセプティコンもまだ生きている筈だ。私達は団結しなければ生きていけない」

「痛い事するのも……されるのも……それを見るのも……私は嫌いです……。グリムロックさん……もうやめて下さい」

 グリムロックの荒々しい闘気は穏やかに変化する。

 トランスフォーマーとは生来、戦う事を運命付けられた。本能と理性の狭間を歩くグリムロックの戦意が徐々に緩やかに下って行くかに見えたその時だ。

 グリムロックは直ぐに我に返った。

 我流が正道を打ち負かすには信念が要る。

 何故、戦い続けるのか? そうグリムロックに聞けば彼は笑いながら言うだろう。

 ――それが俺の生き方だ。

 グリムロックの穏やかな目つきと闘気は消え去り、全身が炎のように燃え上がりエネルゴンの過剰燃焼が始まった。計り知れない憤怒に全身を支配された時のみ発動するこの現象はグリムロックに常軌を逸した力を授ける。

 グリムロックはオプティマスに背を向けてゆっくりと歩いて距離を取った。

「オプティマス、最後だ」

「どうしても……戦うしかないのか」

 四糸乃を下がらせてオプティマスは背中から出た一本の柄を握ると引き抜く。単なる柄は伸びると先の方は鋭利な刃が形作られて一本の斧へと姿を変えた。刃に高熱が注入され赤々と光り出す。かつてトリプティコンを葬った際に使われたエナジーアックスを改良した物だ。

 アックスの柄をしっかりと握る。グリムロックはオプティマスの方を向いて戦いの準備を整えている。力では勝てない、ならば小回りで勝負だ。オプティマスの算段では突進をして来るグリムロックの攻撃をバーニアで回避、勢いを殺せずに突き進むグリムロックのがら空きの首を斬りつけて気絶させて勝利を得るつもりである。

 対してグリムロックには余計な作戦は無い。野性の速さと古代の破壊力でオプティマスを粉砕するだけだ。自分より強い戦士は一人もいない、傲慢とさえ受け取れるこの絶対的な自信こそがグリムロックが折れない理由の一つだ。メガトロンもオプティマスもコンバッティコンも敵ではない、太古の昔に生態系の頂点に君臨した生物とショックウェーブの科学力が集結した最悪の傑作品だ。

 足に力がこもり、地面にメキメキと亀裂が無数に入る。冷たい風が木々の間を吹き抜けて森林は両者の殺気に当てられてざわめいた。グリムロックとオプティマスの波長が重なった瞬間、攻撃は開始された。土を深くえぐりながらグリムロックは凄まじいスタートダッシュで加速を付ける。オプティマスはアックスに溢れんばかりのエネルゴンを込めて、猛進するグリムロックの顔面を力任せに横薙ぎにぶっ叩いた。巨体が目標から大きくズレてグリムロックは転倒、地面を何度も転げてから直ぐに立ち上がる。ダメージになったかどうかは不明だが、意外な力に面食らったのは言うまでもない。それにグリムロックもただで殴られた訳ではない。

 オプティマスは腕部に激しい痛みを覚え、レンズが痛む患部を見ると右腕は食い千切られ、グリムロックの口にくわえられていた。殴られた際、グリムロックは瞬時に目標をオプティマス本体から腕へと切り替えて食らい付いたのだ。痛みも感じぬ早業、腕だけを食らうのは簡単な作業に過ぎず力を出し切れないでいた。

 千切った腕をその場で吐き出してからグリムロックは力強い歩みでオプティマスに近づいてからロボットモードへ変形した。

 腕と同時にアックスも持っていかれたオプティマスにもう抗う力が一切残っていない。多量のエネルゴンの流出で意識はやがて遠のいて行った。

「思ったよりも、お前、強いな」

 グリムロックの胸には先ほど受けた攻撃の後があり、激しく火花を散らしていた。グリムロックは膝を付くと眠ってしまう。大量のエネルゴンをまた四糸乃の時のように消費して疲れ切って眠ったのだ。

 重傷者一名に軽傷者一名、四糸乃はこの事をパーセプターに知らせるべく急いで基地へと帰って行った。

 

 

 

 

「狂三」

 学校の玄関で靴を履き替える狂三に士道は声をかけた。

「あら士道さん、おはようござまいますわ。てっきり今日はお休みになられると思いましたが……意外とず太いんですのね」

 もう生きている事に疑問は感じない。けらけらと笑う様に違和感は無く、殺されたのはまるで嘘のようであるが士道の脳裏には鮮明に記憶されている。昨日の出来事、昨日の恐怖、昨日の覚悟が。

「狂三、俺はお前を救う事にした」

「面白い物いいですわね。このわたくしが何か危険に晒されているとでも?」

「もう真那にお前を殺させない。それにお前に人を殺させはしない」

 狂三も士道が冗談や嘘で言っているのではないと察した。目を見れば烈々と士道の重いが伝わってくるのだ。この眼前にいる男は本当に救うなどと考えているのだと。狂三は目を細めて薄ら笑うと士道の耳元まで近づいてから狂三は言う。

「言葉を選びましょうね、士道さん」

「諦めないからな狂三!」

「ええ、ええ、お好きにしてくださいまし士道さん」

 下靴を下駄箱に入れると狂三は軽やかなステップで歩いていく。士道の言葉など意に介さない様子かそれとも、言葉だけの虚構に過ぎないとあざ笑っているのか。どちらにしても士道は狂三を救い出すという意志を曲げるつもりは無い。自分も下駄箱に靴を入れると士道は教室へと入った。狂三の先ほどの表情はやや引っかかる物を感じたが、大衆の面前で事を起こすような真似はしないであろうと士道は予想していた。

 教室を見渡すと狂三の姿が見られない。どうしのか、少し気になって考えてからトイレにでも行ったのだろう判断した士道は席に着いた。随分と挑発的な言葉を受けてしまった物だ。狂三は必ず惚れさせて見せる。そう誓い一度目を閉じて意識を集中させた矢先、周囲が妙に暗く視界の悪い有り様になっていた。窓の外を見ても影のような幕はドーム状に辺りを包み込んでおり、範囲がどこまで及んでいるか分からない。そもそも、この幕の正体も分かっていなかった。

「と、殿町」

 こんな異常事態でも変に静かな殿町に声をかけて体を揺すると、殿町は糸が切れた人形のように全く抵抗もなく床に倒れ込んだ。再び教室を見渡すとあちこちで貧血のように転倒する生徒が見られた。

「シドー……」

 か細い声で求めるように士道の名を呼ぶ十香はまだ意識があるようだ。それでも衰弱しているのは変わらない事実だ。

「十香!?」

 士道は掃除用のロッカーにもたれかかって肩で息をする十香を抱きかかえた。

「大丈夫か、汗が凄いぞ!」

「息が……息が苦しいのだ」

 十香の言う通り、この黒い幕が張られてから空気が鉛のように重くのしかかるようだ。それに粘性でも帯びていると勘違いする程に体が動かし辛く、手足が普段のように思い通りに動いてくれないのだ。僅かに精霊の加護がある十香と精霊の力を封印された士道は完全に気を失わなくて済んだ。だが、そもそもこの幕を除去しなければ話は進展しない。

 こんなやり方が出来る力を持っているのは世界を探しても数えきれるくらいしかいない、それは間違いない。

「狂三の仕業だ!」

 士道がそう決めてから十香は楽な姿勢で寝かせてやる。

「十香はここで待っていてくれ」

「なっ、嫌だシドー。シドーと離れたくないのだ」

「この先は危険だから十香は待ってろ。なぁに直ぐに迎えに来るよ。約束だ」

「シドー……」

 訴えかけるような眼差しと手を伸ばして来るが士道はそれを無視して教室から飛び出して行った。足が思うように上がらないし、この息苦しさで持久力が低下しているようだ。走りながら廊下や教室に目をやると倒れた生徒しか映らず、誰一人として無事な者はいなかった。どういう効果がある幕なのかはあまり想像したくない。ただ単に息苦しくするだけの物とはとても思えない。

 三階に上って士道は屋上へと向かう階段にさしかかっていた。何故、屋上なのか、それは士道の勘だ。何度か深呼吸をしてからドアを開けると屋上には狂三が立っていた。空にはドーム状の幕が広がって学校の敷地を囲っている。狂三はしっかりと霊装を身に纏い、士道を視認するといやらしく笑う。

「士道さん、意外と早かったですわね」

「狂三……! この幕は何だ!? お前の仕業だろ!」

「“時喰みの城”……この中にいる間、生徒さんはみ~んな時間を吸い上げていますわ」

「時間……?」

「寿命、と置き換えてくれても構いませんわ」

 よく見れば狂三の左目、それはただの目ではなく短針と長針、そして秒針があり、現在は凄まじい勢いで全ての針が反時計回りに動いている。長く置いておけば来禅高校の生徒は皆、狂三の寿命の一部と化してしまう。

「みんな、健気で哀れで……わたくしの糧になりますのよ」

「やめてくれ狂三! 他のみんなは関係ないだろ。目的は俺の筈だ!」

「止めて欲しいですの? では一つ、お願いがあります。今朝、士道さんが放ったあのセリフ……あれを撤回して下さいまし」

「今朝……?」

「わたくしを救うなどという世迷い言を撤回してくれましたら……この結界を解いて差し上げますわ」

 士道に狂三を諦めろと言うのだ。だがそんな選択はしたくはない。目の前の精霊を止めなければ狂三は再び人を殺し、真那に殺され続ける。そして真那の精神は疲弊し、磨り減り、病んで行く。そんな結果は断じて許してはならないのだ。

 狂三は士道に詰め寄って嘲るように見詰める。

「ダメだ」

「――!? へぇ……士道さんは学校の皆さんを見捨てると言いますの? 酷いですわね……」

「お前は諦めない。救って見せる」

「こんなわたくしが救済に値しないのは分かりきった事……」

「違う。お前が手を伸ばせば俺がすくい上げれるんだ。また、学校に通える。平穏な毎日が送れるんだ」

「きっひひひ! 虫唾が走りますわ! わたくしに平穏は要りませんわ!」

 グリムロックと似た事を言う物だ。だが彼は戦う運命に生まれた戦士、精霊とは生まれた理由が違う。

『シン、聞こえるかい?』

「令音さん!」

『時崎狂三の精神状態が不安定だ。君の存在にどこか恐れているような現象が見られる』

「狂三が俺を?」

『そうだ』

「わかりました」

 士道を恐れる理由は何か。少なくとも力を恐れている素振りは無い。表情からそんな恐れは読み取れない。

『士道ォ! そっちは大丈夫かぁ!? このオレ、ワーパス様が今から助けに行ってやるから待ってろよ! 爺さん! ジャズ! 出動だぁ!』

 会話に入って来たのはワーパスである。

「待ってくれワーパス」

『んあ?』

「みんな、狂三は俺に任せて欲しいんだ。手を出さないでくれ、頼む」

『私からもお願いするよ、トランスフォーマー諸君』

『マジかよ! オレァ早く撃ちたいぜ!』

『ワーパス、黙ってろ。士道……もし危ないと判断したら私達を呼ぶんだ。いいな?』

 ワーパスを静かにさせたアイアンハイドは理解してくれた。精霊などやっつければ良いと考えているのは確かだが、協力者達であるラタトスク機関のやり方を尊重した。それに精霊の扱い方はトランスフォーマーよりも心得ていると判断したのだ。

「ありがとう、アイアンハイド」

『気にするな』

「どうなさいましたの士道さん?」

「狂三! お前は俺を食うのが目的なんだな!?」

「そうですわ」

「なら結界を解け! じゃないと――」

 士道は屋上の柵の上に上る。

「俺はここから落ちて死ぬ!」

「バァカじゃありませんの? そんな脅しがわたくしに通用するとでも?」

 自殺などしないと高をくくっている狂三であるが士道は本気だ。再生の力を持つ士道はこれくらいの高さから落ちても直ぐに回復出来る。

「やれるものなら是非やって欲しいですわね」

「ああ」

 士道は全くの躊躇いも無く、背中から倒れて気持ちの悪い浮遊感を味わいながら落ちて行く。狂三は苦い顔をすると落下して行く士道の近くにサークルを作るとそこを通って士道を上手く受け止めて再び屋上へ戻してやった。

「信じられませんわ! あなた本当にバカじゃありませんの!?」

「どうやら、俺に人質の価値はあるようだな。人質は生きているから人質だからな」

 いつでも命を絶てるという士道の意志に狂三は苦しげな表情で応えた。

「結界を解け狂三。目的の俺が死んだら、お前のやって来た事も無意味になるんだぞ」

 士道を狙う目的も今まで狂三が積み上げて来た事も知らないが、良い脅し文句だ。

「仕方ないですわね……」

 狂三に選択の余地は無く。渋々結界を解除した。学校を覆い隠していた暗い結界は取り払われ、体が軽くなる感覚がした。ようやくこれでまともに会話が出来る。これからが士道の腕の見せ所だ。

 

 

 

 

 士道に置いて行かれた十香は、重たい体で這って廊下まで出て来ていた。士道の力になりたいと言うのに体が動かない。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 天使の名を呼ぶが十香の声に天使は応えない。

鏖殺公(サンダルフォン)! くそっ何故だ。何故応えないのだ! 鏖殺公(サンダルフォン)! 士道の力にならなければいけないこんな時にぃ!」

 十香はゆっくりとだが確実に立ち上がる。

「力を……鏖殺公(サンダルフォン)……力をもう一度私に与えてくれ!」

 十香の心中に紫に光るオーラが炎のようにゆらゆらと蠢く。次いで体が発光すると同時に十香の手に大きな(つるぎ)が収まっていた。服装も制服に似てはいるが、所々に霊装を思わせる装飾が成されており十香の全身から猛々しくダークエネルゴンが溢れ出す。

「力が……応えてくれたのか鏖殺公!」

 突如銃声が聞こえ、十香は反射的に身を翻して弾丸を避ける。

「きひひひ、あらあら十香さん。力が少し戻りましたの? 厄介ですわね」

「時崎……狂三!」

 十香が身構える。すると先ほどから張り付くような感覚が消えて視界も良好になって行った。

「狂三、士道はどこだ!?」

「答えかねますわ」

 十香は切っ先を狂三に突きつけ、狂三は銃口を十香に向けた。

 

 

 

 

 十香と狂三が競り合う中で折紙はワイヤリングスーツ姿でレーザーブレードを片手に最愛の人を守るべく校内を奔走する。校内で起こったこの超常現象の犯人を時崎狂三であると断定するにさして時間は要らなかった。廊下を右へ左へ曲がり、自分の教室を目指して走っているとどこからともなく、銃声が聞こえた。飛来する弾丸をブレードで切り裂いて折紙は振り返った。

 振り向いた先には狂三が立っている。狂気に満ちた笑みを浮かべながら狂三は歩兵銃を折紙へ定めた。あちらから出迎えてくれるのは都合が良い。折紙はもう一本レーザーブレードを取り出し、逆手に握った。

「きひひひ、あなたも厄介者そうなのでここで止めておきますわ」

「押し通る!」

 折紙は走り出し、弾丸を弾きながら接近すると狂三は嘲笑うようにブレードを避ける。そして安直な攻撃で折紙を攻撃し、狂三は回避に徹していた。まるで時間稼ぎでもするように。

 

 

 

 

 そして問題の屋上。

「狂三、結果を解いたのともう一つ聞いて欲しい」

「っ!? まだありますの?」

 狂三は眉をひそめて言った。

「俺にもう一度チャンスをくれないか」

「チャンス?」

「お前に平穏な世界を送って欲しいんだ」

「またそれですの? そんな世迷い言には騙されませんわ」

「出来るんだ、俺にならお前を救える。世迷い言じゃない現実なんだ!」

「わたくしは救済に値しないと言った筈ですわ」

「そんな事、お前が決める事じゃない。やり直すんだ狂三! 戦わなくて良い、殺されなくて良い、殺されなくて良い、人生にやり直そう、罪を償いながら!」

 狂三の表情にやや変化があった。刺々しく他者を拒絶するような雰囲気が鎮まる。

「手を握れ狂三、殺し合うだけが人生なんて悲しいだけじゃないか!」

 この言葉に引っかかりを感じたのは言葉を放った士道自身であった。グリムロックを前に同じ事を言えただろうか。

「し、士道……さん。本当にやり直せ……ますの?」

「そうだ!」

 狂三の心は完全に傾いた。瞳には力強さも攻撃的意思も無く、ただただ普通の少女と化していた。士道は微笑んで狂三が手を握るのを待った。

 その時である。

 狂三の腹部を一本の腕が貫通した。温かい血がとめどなく傷口から流れ出ると狂三は膝を着き、口の両端から血を垂らしながら息絶えた。

「ダメですわよ、そんな言葉に惑わされちゃあ」

 突然現れたのは狂三はそれもさっき殺されたのと瓜二つの容姿をしたものだ。

「狂三!」

「この頃のわたくしは随分と純真でしたのね。言葉一つで惑わされるなんて」

 影の中へと吸い込まれていく狂三を見下ろしてからもう一人の狂三は士道を見た。

「随分とわたくし達をたぶらかせたようですわね、士道さん」

「狂三……!」

「あらあら士道さん、顔色が優れませんわね?」

「お前こそ、顔色が悪いぞ」

「心配して下さるんですの? 嬉しい限りですわ。デートをする暇があるのでしたらあのバカ恐竜の躾をもう少しすべきですわね」

 バカ恐竜と言われて思い付く相手はグリムロック以外いない。

「グリムロックはどうした」

「アレを心配するよりもご自分の心配をしたらどうですの?」

 狂三は手を突き出して士道を指差すと暗い影から白色の腕が何本も伸びて士道の腕や足を掴む。

「もうここで食べて差し上げますわ」

「ッ……! 待て狂三!」

「待ちません」

 ゆらりと歩み寄る狂三が手を伸ばせば士道を触れられる距離にまで迫ると空中に一本の線が閃き、狂三の腕が飛んだ。

「全く危ねー所でやがりましたね」

 士道の前に真那が降り立ち、大型ブレードを構えた。

「真那!」

「また助けましたね兄様」

「兄様? お二人がご兄妹とは意外ですわ」

「あんたには関係ねぇ話です。兄様に手を出す輩は木っ端微塵にしてやがります」

「へぇ、興味深いですけど……わたくしだけは殺させてはあげませんわ! お出でなさい刻々帝(ザフキエル)!」

 狂三は天使を顕現。すると背後からは巨大な時計の文字盤が影の中から生まれて出て来た。狂三自身からも紫色のオーラが噴火でも起こしたように天に吹き上がる。天使を出した狂三を相手にするなは真那も初めてだ。狂三は手負いだが、精霊本来の猛威を震えばその力は侮れる物ではない。真那は背面のスラスターを展開して身構えた。

「その顔を剥いでやがります!」

「きっひひひ! まァァだわかりませんの? あなたにわたくしを殺しきる事は絶ェェ対に出来ませんわ! 今度はわたくしが殺す番ですわ!」

 

 

 

 

 負傷したオプティマスとグリムロックの治療に駆けつけたパーセプターは息を呑んだ。二人の激しい戦いの傷跡が深々と刻まれ、オプティマスは腕を千切られて重傷を負っている。パーセプターは持って来たエネルゴンと医療器具を手に先にオプティマスの治療を開始した。 食い千切られた腕自体は傷が少なく、切断面も比較的綺麗でパーセプターは、神経コードやエネルゴンの管を丁寧に接続して行く。

「パーセプター……グリムロックは?」

「平気です。少なくともあなたよりは。それよりオプティマス、このままグリムロックをリペアしても良いんですか? また反乱を起こされたらたまりませんよ。ここで破壊する手もあります」

「ダメだ。グリムロックは我々の仲間、破壊は許さない」

 医療キットからエネルゴンキューブを取り出してオプティマスの体内へ注入すると千切れた腕に再び感覚が戻り、動くようになる。オプティマスの治療を手早く済ませてからパーセプターはグリムロックの前に立った。手に負えない暴れん坊を再び蘇らせるのは酷く気が進まない。

 だがオプティマスの命令とあれば受諾するしかない。

「……グリムロック」

「パーセプター……さん……。お願い……します。グリムロックさんを……治して……下さい」

「…………」

 パーセプターは黙り込んだままエネルゴンキューブをリペアキットから取り出して傷を負った胸の傷に注入した。大きな傷は塞ぎ、小さな傷はグリムロックの自己修復機能で治して行く。腕にチューブを差し込みそこから足らなくなったエネルゴンを流し込み輸血させる。

 気が乗らないが、最善の手は尽くした。グリムロックの回復力なら直ぐにでも目覚めるだろう。

「終わりましたよ、オプティマス」

 素っ気ない様子でオプティマスに報告した。

「ありがとうパーセプター」

「ありがとう……ございます」

 四糸乃もパーセプターに礼を言う。

「念のために拘束具を持って来たんですが、拘束しますか?」

「いや、必要ない」

 どうせ引きちぎられるのが落ちだと分かっているので拘束はさせなかった。腕の状態を自分で確かめながらオプティマスは立ち上がって手の上に四糸乃を乗せるとグリムロックを見守った。少し待っているとグリムロックの体の各所が激しく点滅を繰り返し、完全に光り出すとグリムロックは頭を押さえて起き上がった。

「うぅ……」

「気分はどうだグリムロック」

「オプティマス、俺、負けたのか」

 勝ち負けを決めづらい決着だ。引き分けと言いたい所だが、再戦を申し込まれると面倒なのでオプティマスは回答に困った。

「グリムロック、君は――」

 オプティマスが言いかけた時、トランスフォーマーのセンサーに強いダークエネルゴンの反応をキャッチした。三人共、全く同時に来禅高校の方角へ目を向けた。時刻からして士道や十香が学校に通っている時間帯だ。

 起き上がり様にグリムロックは嫌な予感がしていた。

「オプティマス、ダークエネルゴン反応です!」

「分かっている。しかし、何故地球にこんな反応が出るのだ。場所を特定しろ」

「やってます」

 センサーの感度を上げて詳しい場所を調べていると反応があるのは来禅高校からと言うのが判明した。

「場所は来禅高校の屋上です!」

 それを聞いて真っ先に立ち上がったのはグリムロックだ。こんな異常事態に巻き込まれていると言えば士道以外に考えられない。

「待てグリムロック、走って行く気か。時間がかかり過ぎる」

「待たない、俺、士道を、守る!」

「一度琴里に連絡を取るんだ」と、パーセプターが助言をする。

「うるさい、俺は行く!」

 パーセプターを押しのけてグリムロックは足に力を込めた。この森から来禅高校までジャズでも二時間はかかる。走って行っては間に合わないだろう。

 進化とは成し遂げんとする信念とそれを可能にするポテンシャルが合わさって初めて起きる。グリムロックの守るという意志を栄養分に新たなる成長を促す。

 ただの機械ではなく、生物であるトランスフォーマーだからこそ成長して強くなるのだ。

 グリムロックの足が接続を変え、パーツを組み替え、配線を繋ぎ直してエネルゴンを消費して脚部に新しい機能を加えた。ダッシュや加速、瞬間的な回避に使用するバーニアをスラスターへトランスフォームさせた。踵に炎が点火し、キィィッと甲高い音を響かせると地面を焦がしながら、衝撃波を周囲に放ち空高く舞い上がった。

「バカな……」

 オプティマスとパーセプターは信じられない様子で呟いた。

 空中に上がってからグリムロックは姿勢を変えて飛行機雲を残して来禅高校へ向かって飛んで行った。大ジャンプではなく、れっきとした飛行を可能にしたのだ。

 

 

 

 

 刻々帝(ザフキエル)を呼び出した狂三に勝利する事は極めて厳しい状況であった。普段通りにレーザーを手で操って狂三を仕留めにかかるが、背後の文字盤の文字から黒い塊が蠢いて銃へ吸い込まれる。その瞬間に狂三にあらゆる力を付与している所為で捉えきれないでいた。

刻々帝(ザフキエル)一の弾(アレフ)】」

 蠢く影を銃に装填すると己の頭に撃ち込む。次の瞬間には真那の真横へ移動しており腹部へ短銃の一発が放たれ、続けて傷口に固いブーツの蹴りを見舞った。激痛をこらえてブレードで切り払うが、高速化した狂三は真那の攻撃を容易くかわして見せた。前方からと思えば背後から、背後と思えば右側からと前後左右を自在に高速移動しながら銃弾を真那へ撃ち込んで行く。顕現装置リアライザのおかげでダメージは軽減出来るが、血は流れて酷く痛むし長く置いておけば出血多量で死に至る。

「面倒な能力でいやがりますね」

「誉め言葉として受け取りますわ」

「内臓をえぐり出してやります!」

 スラスターを真横に噴射させて脅威的な加速力で狂三の視界から消え失せる。また真逆の方へスラスターを噴射して左右に激しい動きを加えながら狂三を撹乱する。

刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】」

 また文字から影が蛇のようにうねりながら銃の中へと吸い込まれた。

「鬱陶しいので止めて差し上げますわ」

 狂三は真那に向かって弾丸を命中させると空中で真那は本当に止まってしまった。スラスターは噴射していると言うのに真那は固まっている。無防備な真那へ狂三は容赦なく弾を浴びせてから停止させた時間をもう一度と動かした。

 真那からしてみれば何が起きたのか全く理解出来ていない。肩や太もも、腹に銃弾を食らった真那は足に力が入らず、前のめりに倒れた。自動的に顕現装置リアライザが解除され、私服姿の真那が血を流して横たわっている。

「今回はわたくしの勝ちですわ、真那さん。きっひひひ、きひひひ!」

 勝利に喜び高笑いを上げる狂三を無視して士道は真那に駆け寄り、傷付いた体を抱きかかえた。

「真那!」

「すいません、兄様。ちぃーと休みます」

 それだけ言い残して真那は気を失い、腕に力が抜けてだらんと手を下ろした。

「邪魔者は消えましたし、これからいただきますわ士道さん?」

 狂三が舌なめずりをして歪んだ笑顔に満ちる。

「シドー!」

 ドアを開けるなどせず、足で蹴り開けて十香と折紙が屋上へと躍り出た。

「狂三……! 貴様、シドーに手を出すな!」

「時崎狂三、あなたをここで殺す」

「あらあら、か弱いわたくしに数で襲いかかるなんて恐ろしいですわ、恐ろしいですわ! だ・か・らわたくしも数でお答えしますわ」

 狂三の足下の影が屋上の床一面に広がり、影の中から白い腕が伸びてから何人もの狂三が這い出して来る。全く同じ顔、服装、髪型から長さまで完璧に一緒なのだ。

「きひひひ!」

「楽しくなって来ましたわね」

「みんなまとめて食べて差し上げますわ」

「何なのだこれは!」

「分身? 分裂?」

「さあ、わたくし達! 邪魔者は取り押さえなさぁい!」

 無数の狂三に命令を下す。一斉に複数の狂三はまず士道を取り押さえた。四人がかりで体重をかけて引き倒し、その上に乗れば男性でも払い退けれない。最重要目標の士道を易々と捕らえてから狂三は邪魔な残りを片付ける事にした。

「えぇい数が多すぎるぞ!」

 十香と折紙は背中を合わせてお互いをカバーし合っている。十香の頭上から襲いかかる狂三を折紙はマシンガンで撃ち落とし、その隙に折紙の背後から迫って来る狂三を十香が斬り倒した。絶妙なコンビネーションで二人は隙を作らず戦っている。

 十香に掴みかかるとすかさず折紙が斬り払い、羽交い締めされる折紙を十香が助けた。でこぼこコンビだが、妙に息が合っている。

 目で合図を送り、折紙がマシンガンを十香へパスすると十香は手当たり次第に弾をバラまいて狂三を撃ち落とす。

「あっち向いても狂三、こっち向いても狂三、上向いても狂三、下向いても狂三、もういくら撃っても切りがないのだから、いやいやいやいやいや~!」

「遊びはおしまいですわ!」

 先に折紙を引き倒し、頭に銃口を突き付けて五人がかりで体を押さえた。パートナーが消えて連携が取れなくなると直ぐに十香も捕まってしまった。

「戦いは数ですわよ、十香さん、折紙さん」

 全目標の無力化に成功。狂三は甲高い声で狂ったように高笑いを上げた。こうも簡単に進んで笑いをこらえようにもこらえ切れないのだ。

 だが不意に腹部にズキンと鋭い痛みを感じた。グリムロックから受けた傷がまだ痛むのだ。体を動かして傷口が少し開いたのだろう。長々と時間を費やす必要はないのだが――。

「この際、またわたくし達をたぶらかさないように士道さんに一生分の絶望を刻み込んで上げますわ」

 狂三は手を高く突き上げると士道は久しぶりに頭痛がした。少し遅れてから聞き覚えのあるサイレンが天宮市に響き渡った。空間震警報が鳴る、すなわち空間震が発生するのだ。突発的災害である空間震を狂三は自分の意志で発生させられるのだ。避難を完了していない学校、しかもまだみんな気を失って動けないのだ。もし空間震が起きれば間違いなく、全員が死ぬ。真那や十香、折紙も例外ではない。

「やめてくれ狂三! 俺はどうなっても構わないだから――」

「うるさいですわよ。あぁ……愛する人が目の前で消滅させられたら士道さんはどんな顔を見せてくれますの?」

 想像するだけで頬を赤くしてビクビクと快感が全身を駆け巡る。

「ジャズ!」

『何だい士道、もう出動している。他に言いたい事は? だが間に合う可能性は低い』

 オートボットも間に合わない。自力では解決出来ない。空間震は今まさに起きようとしていた。

「良い顔を見せて下さいまし。士道さん!」

 蓄積された膨大なエネルギー体が空間で爆ぜる時、突如として別のエネルギー体が現れて狂三の空間震を相殺した。空間震警報も鳴り止み、空には何もない青空が広がっているだけだ。

「知らなかった? 空間震ってのは発生と同時に同規模の揺らぎを与えると打ち消せるの」

 十香や折紙の声ではない声が空から聞こえて来る。その場にいた全員が見上げるとそこには炎を球体状に纏い、着物のような霊装を着た琴里がいる。こんな姿は今まで見たことが無い。

 琴里は手を天にかざす。

「焦がせ灼爛殲鬼(カマエル)!」

 柄を引き抜き、先端部分が刃を形作り火炎に彩られた斧を琴里が握っていた。

灼爛殲鬼(カマエル)、破壊ロケット弾!」

 斧の柄からいくつかハッチが開いてそこからロケット弾が山なりに発射される。屋上にいた狂三の半数を消し炭にして琴里は降りて来るなり本体へ斬りかかった。鈍重な動きな為、狂三は華麗に回避すると歩兵銃の引き金を引いて琴里の頭を狙い撃つ。

 力強く踏みつけると地面から炎の壁が噴き出して弾丸を溶かした。

「炎神跳び膝蹴り!」

 斧から炎を噴き、推進力を得て琴里は狂三の傷口に膝蹴りを叩き込む。体が大きく飛ばされ屋上の壁にめり込むと狂三は悶えながら怒りのこもった声で言った。

「あまり調子に乗らないで下さい。刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】!」

 七の文字から影が染み出し銃へ取り込み、弾丸を放つ。真那にもしたように琴里の時間を止めてしまったのだ。

「止めてしまえば全て無力ですわ!」

 残った狂三を呼び寄せて琴里を囲い込み、狂三達は一斉に射撃する。

「琴里ぃ!」

 全身に弾を受けてから時間が再び動き出すと琴里は血を流しながら倒れかかる。だが、瞬時に炎に身を包まれ琴里の傷は跡形も無く治ってしまった。

「なっ……! 何故、あれだけの傷が……」

「熱い心に不可能はないからよ! 覚悟しなさい狂三! 皆、灰燼と成せ灼爛殲鬼(カマエル)!」

 琴里を中心に大規模な爆炎が噴き上がった。膨大な熱量で空気は燃え、炎の荒波が立ち、狂三の分身という分身を悉く灰へ変えて行った。琴里の瞳が赤く光り、表情が普段とは違うサディスティックな物へ変化していた。息も絶え絶えな狂三を見下し喜悦し微笑む。

「さあ、立ちなさい狂三」

 よろめきながら狂三は肩で息をして琴里を睨み付ける。時間を使いすぎてこれ以上の戦闘は不利益しかもたらさない。狂三は【七の弾(ザイン)】と【一の弾(アレフ)】を使ってこの場から退散しようと考えていた。

「逃げ切れるとは思わない事ね。髪の毛一本たりともこの世に残らないと思いなさい! 私達の戦争はこんな物じゃないわ。灼かれて悶えて、死になさい!」

 琴里がトドメを刺そうと斧を振り上げる。そこへ空に飛行機雲を描きながら何者かが近付いて来るのが見えた。空中から現れた者がグリムロックだと気付くのに大した時間は要らなかった。脚部のスラスターを止めてグリムロックは地上に着地するとすぐさまビーストモードへ変形した。

「狂三!」

「……! こんな時に!」

 苦い顔をする狂三、前門の琴里に後門のグリムロックだ。

「ちょうど良いわ、精霊の炎と科学の炎に焼かれて消えなさい。灼爛殲鬼(カマエル)(メギド)】!」

 斧を狂三へ突き出し、刃を格納する代わりに巨大な砲身を展開した。一方グリムロックの方も口にたっぷりのエネルゴンを蓄えて発射準備が整っていた。

「琴里、グリムロック! やめろぉぉ!」

 士道が停止を呼び掛けたが二人の耳には入って来ない。この二人が最大火力で攻撃すればいくら狂三でも間違いなく死ぬ。士道は狂三を救いたいだけで殺す気などさらさらない。

「琴里、俺達は精霊を救うんだろ? 殺しちゃダメだろうが!」

 士道は肩を揺さぶって説得しても全く聞こえていない。砲身には炎が十分に蓄えられグリムロックと共にいつでも撃てる状態になった。変わり果てた残虐な表情の琴里を見て士道は、理性を失っていると判断した。狂三を守るべく、士道は狂三の下へ走り寄り抱き寄せて庇った。

 刹那、二方向から壮絶な炎の塊が発射された。霊力で生み出された殺戮の炎と計算し尽くされた破壊の炎がぶつかり合った。しかし、突然、目を覆いたくなる程の強烈な閃光が士道から発せられた。

 瞬きの光が収まった時、琴里とグリムロックの炎はどこかへと消え失せ、琴里の霊装もいつの間にか解除されていた。グリムロックも強制的にロボットモードにされている。

「何が、起きた」

 グリムロックが呟く。

 ただ一人、十香を除いた全員が唐突な事態に状況を把握出来ていない。

 そう、十香に今の光に見覚えがあった。それは初めて士道と出会った日の事である。十香が剣を振り抜き、士道を真っ二つにせんと剣から風圧の刃を飛ばした時に謎の光が発生して士道は身を守っていた。

 あの時は一瞬外したかと思っていたが、あれは間違いなく士道が出した光だ。当人も自分が何をしたのか分かっていない様子である。

 さっきまで士道の腕に抱かれていた狂三は姿を眩ませてしまった。

 その後、士道は意識を失い、同時に琴里も倒れた。グリムロックが十香を含めてフラクシナスまで飛んで行き送って行った。真那と折紙は後に駆け付けた隊員に救助されて病院へと搬送された。

 

 

 

 

 オートボットの基地ではパーセプターが難しい顔をしてディスプレイと睨めっこしていた。画面には四糸乃のデータが表示しれており、健康状態から体の内部の情報全てが表されていた。

「調子はどうだ?」

 研究室にオプティマスが入って来、パーセプターに精霊について何かわかったかを聞きに来たのだ。

「いくつかわかりましたよ、オプティマス」

「聞かせてくれ」

「精霊を動かす我々にとってスパークのような動力源を霊結晶と言うんですがね。この霊結晶におびただしいダークエネルゴンの反応が出ているんです」

 純度の高いダークエネルゴン。それはかつてオートボットの施設で研究していた物より遥かに危険な数値を示している。この宇宙全域を捜索してこれほどの強烈なダークエネルゴンが見つかる場所など限られている。

「推測ですが、精霊は皆、ユニクロンの子供と言っていいかも知れない」

 トランスフォーマーでユニクロンの名を知らない者は居ない。破壊の神、最大最強の全トランスフォーマーの敵である存在だ。

「まさか……」

「ですがオプティマス、霊結晶のような物質が作られる場所などユニクロンの体内以外に考えられません」

 オプティマスはマトリクスを収めた胸に手を添えた。精霊達がもしも本当にパーセプターの仮説通りならば手を打つ必要がある。どうやって対処するかはまだ分からない。士道に、もとい人間達にこの件を伝えるのをオプティマスは先延ばしにする事にした。



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13話 DEM崩壊の危機!?

 真那が日本へ移動する少し前の話、スタースクリームというトランスフォーマーが来てからという物新たな兵器開発や技術の進歩が進み、DEM社は更に時代の先駆けとして地位を確立していた。

 さて、今日の話はここDEM社から物語を始めよう。

 DEMの研究所では新型無人兵器“バンダースナッチ”の開発が進んでいた。魔力を搭載した自律人型兵器で次世代を担う戦力として期待が寄せられていた。バンダースナッチの試験として試作機一機と手合わせをするのはDEMアデプタス部隊のナンバー三、ジェシカ・ベイリーだった。

 傲慢、プライドが高くて他者を見下し、自分の力に絶対の自信を持つジェシカは控え室で机の上に足を乗せてと、かなり態度が悪い。新兵器のテストなど酷く気乗りしないが忠誠を誓うアイザックの命令とあれば断る事は出来なかった。

「あ~あ、こんなチンケな仕事カ」

「チンケでも仕事は仕事です。しっかりやってもらわねーとダメですよ」

 同じ控え室にいた真那がそう言い放つとジェシカは不機嫌そうな顔で真那を睨み付けた。自分より年下で経験値も低い真那が自身よりも実力と地位共に上に立っている事が腹立たしい事この上ないのだ。

「はいはい、やりますヨ」

 ワイヤリングスーツを着たジェシカは試験場へのゲートをくぐって控え室を後にした。真那は観覧席に移ってジェシカとバンダースナッチの戦いを観察する。新兵器の戦力はどのような物か、ジェシカがどれだけ実力を上げたか見れる為だ。

 試験場は全体を顕現装置(リアライザ)によって強化されたアクリル板でドーム状に覆い尽くされている。ベンチに座って待っていると背後からドシン、ドシンと荒っぽい足音を鳴らしてスタースクリームが歩いて来た。

「ったくよ、あのジェシカって女は何だ。偉そうでプライドが高いし、その癖大した実力でもねー奴が」

「ジェシカは弱くねーです」

「あ?」

「ジェシカは十分に強ぇーです」

 真那が指差すとジェシカは武装を展開してバンダースナッチと対峙している。両手が不自然に長く大きなその兵器はがに股で二足歩行という点以外はとても人間とは呼べない姿をしている。

 試合開始のブザーが鳴るとバンダースナッチはその大きな腕を突き出して手の甲から一門ずつレーザー砲を発射、明るいブルーのエネルギーがジェシカに向かって飛んで行くとそれを容易く回避したかと思うと、ジェシカはバンダースナッチとすれ違い様にブレードを振るい、頭を跳ね飛ばしていた。

 すると試合終了のブザーが鳴った。

「ね? 強ぇーでしょ?」

「ま、俺ならぁもっと早く始末してたがな」

 スタースクリームは軽く飛び上がって空中で変形すると社員達が通る通路を凄まじいスピードで飛んで行った。スタースクリームの所為でDEMの廊下には“飛行禁止”の貼り紙が出されている。しかしスタースクリームは守る素振りが一切無い。

 真那はポリポリと頭をかいてからバンダースナッチの開発部へ行った。現在、真那のCR-ユニットは調整中である。近々、日本へ出向するのでそれまでに間に合うかを確認しに来たのだ。

 開発部のドアの前まで来ると部屋の中何やら下品な声と口調が聞こえて来た。心当たりがある人物と言えば一人しかいない。分厚い自動ドアが開いて真那が入ると目の前には予想通りの光景が広がっていた。

 ジェシカは研究者の胸ぐらを掴んで迫っている。

「だーかーらー、そんなポンコツよりも私のCR-ユニットの新武装を開発しなサイ!」

「毎度毎度、子供のようでいやがりますねジェシカ」

「真那っ!」

「武装よりもまず実力を上げたらどうですかぁ?!

 ピクピクとジェシカは青筋を浮かべて真那を睨み、荒っぽい研究者を突き飛ばしてジェシカは去って行った。突き飛ばされてひっくり返った研究者に真那は手を差し伸べる。

「怪我はねーですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

「気にしねぇで下さい。アレを抑えるのも私の仕事です」

 ジェシカは真那に対して異常なくらいに嫉妬心と対抗心を燃やしている。真那も当然その気持ちには気付いているし、無視すれば直に収まると思っていたのだがジェシカの嫉妬は日に日に増すばかりであった。

 苛立ちを抑えきれない様子でズカズカと研究員や社員を押しのけながら鋭い目つきで威嚇して通路のど真ん中を歩いていた。自分の半分も年が行っていないような小娘に注意されてジェシカのイライラは加速する。前も見ずに歩いているとジェシカはガンっと何か固い物にぶつかって尻餅をついた。

「ッてぇな! 気をつけやがれ!」

「テメェこそ前見て歩きやがれ!」

 怒鳴り返して来たのはスタースクリームである。

「あ~、お前さっきのバンダースナッチと戦ってた奴だなぁ?」

 スタースクリームの存在を知らない者はいない。それでもジェシカはスタースクリームと実際に合って話すのは初めてである。

「イラついてどうしたよ?」

「お前に関係ない!」

「さては、嵩宮真那に何か言われたんだなぁ?」

 妙に勘が良いものだ。図星な為、ジェシカは言い返す言葉が見つからなかった。

「分かる! お前の気持ちは分かるぞ! 今が変革の時! ジェシカ、お前が更に力を求めてるなら俺ぁ協力は惜しまねぇぜ!」

 変にスタースクリームが協力的な発言をして来る。協力を無碍に断る程の余裕も無いのでジェシカはスタースクリームの力を借りる事にした。

「わかった、手を貸して欲しい」

 スタースクリームはニヤリと笑ってジェシカを手に乗せて研究室へ向かった。バンダースナッチにはエネルゴンが使われている。その他にも真那やエレンのCR-ユニットにもエネルゴンを使っており、これまでにない切れ味のブレードや強力なスラスター、高い防御力のアーマーなどを作れていた。しかし、ジェシカだけは従来型の装備だけで真那との力の差は開く一方だったのだ。

「で? 本当にお前が新武装なんか作れるのかヨ?」

「この俺様が信用出来ねえのか? 黙ってそこで見てろ」

「つーかここ、本当に研究室かァ? とてもそうには見えないネ」

「研究室? ちげえよ、ここは保管庫だ」

「保管庫?」

「機材やら人間やらのな。知ってんだろ、この会社がブラックって事をよ」

 スタースクリームは足で邪魔な機材をどけながら兵器に使えそうな物を探していた。保管庫には武器は勿論、試作段階のバンダースナッチや魔力処理に失敗した冷凍死体などが眠っている。

「それでどんな武装が良い? 銃か、剣か?」

「どちらにも対応出来る方が嬉しいナ」

 ジェシカの要望を聞いてスタースクリームは何度か頷いてから保管庫にある銃器類と刀剣類を引っ張り出して来た。トランスフォーマー用の作業台に持ち出した武器を置いた。首を傾げながら見上げるジェシカはテーブルの上によじ登った。

「さ、どんな武器を作ろうかな」

「それは?」

 ジェシカが指差した先には人間サイズの試験管に入った紫色の液体だ。

「ダークエネルゴンだ」

「ダークエネルゴン?」

「お前のお粗末な頭に説明しても無駄だ」

「何だト!?」

「まーた何か良からぬ事を企んでやがるんですかジェシカ?」

 小生意気で説教くさい喋り方、ジェシカは保管庫の出入り口に目を向けるとやはり真那がいた。

「スタースクリームも巻き込んで何するつもりでいやがりますか」

 真那も作業台によじ登ると呆れた様子で試験管に入ったダークエネルゴンを拾った。

「おい、それを素人が触るな!」

「大丈夫です。これでも危険物の取り扱いには慣れてやがります」

 真那はそう言ってジェシカの方を見た。

「真那ァ……」

「大方、スタースクリームに新武装の制作でも頼んだんでしょう」

「スタースクリームの方から話を持ちかけたんダ」

「そ、そんなの知らねえよ! この女が俺にせがんで来たんだ!」

「テメェ! アタシを売る気か!」

「とにかく! 上には報告しておきますんで覚悟しやがれです」

 試験管をくるくるとペンのように回した。

「真那、待テ取り引きしよう」

「取り引き?」

 真那は怪訝な顔をした。

「今回のコトを黙ってくれたら、スタースクリームにお前の新武装を作ってもらう」

「俺がやるのか!?」

「バァカでぇすかぁ? 話になりませんね」

 軽蔑の眼差しで真那は試験管をポケットにしまい、背を向けた時だ。ジェシカは真那の背中に掴みかかった。

「ダークエネルゴンをアタシに渡せぇ真那!」

「ちょっ!? 何しやがるですか!?」

「ダァァ! お前等、そのダークエネルゴンを雑に使うな!」

 揉め合う二人を掴み上げて引き離すが真那もジェシカもスタースクリームの手の中で暴れている。

「おい、試験管はどうした?」

「真那が持ってるでしょ?」

「ハァ!? ジェシカが私から奪いやがったでしょ!」

 どちらもダークエネルゴンを持っていない。スタースクリームはキョロキョロと辺りを見渡すと目を見開いて口を盛大に開けて驚いた。試験管は二人を引き離した時に手を離れて飛んで行き、試作バンダースナッチの頭部に割れた試験管とベッタリとダークエネルゴンが付着していたのだ。

「うぇっ!? まずい!」

「……?」

 真那もジェシカも何がまずいのか分かっていない。付着したのならタオルで拭けば良いくらいの考えだった。

 ダークエネルゴンは停止したバンダースナッチに染み込んで行くと機体の各部が紫色に鈍く光り出し動かない筈のバンダースナッチはガタガタと大きく震え始めた。

 ひとしきり振動するとバンダースナッチはその不自然に大きな腕を振り上げ、冷凍保存された死体のロッカーを殴りつけて破壊した。

「あれ、動くノ?」

「まさか……機能が停止している筈です」

 バンダースナッチは人間よりも少し大きいくらいのサイズだ。スタースクリームの上から見下ろせば大した迫力も無い。

 だが、そのバンダースナッチは破壊されこぼれ落ちた死体に飛びかかり、口を避ける程に大きく開いて食らい始めたのだ。

 しばらく死体を貪り食うとギョロりと一つ目がスタースクリーム等を視認すると口を開き、奇声を発して口から触手をチロチロと伸ばして見せた。

「えっ……」

「何あれ……」

「逃げよ」

 振り返り、スタースクリームは走り出す。真那とジェシカは肩にしがみついて一緒に保管庫から出て来た。ジェシカは肩から素早く降りると保管庫のゲートを閉じてバンダースナッチを閉じ込める事が出来た。ゲートの奥では力強く叩く音がしている。

「今の何だヨ!」

「何でいやがりますか!?」

「お前等が悪いんだぞ! ダークエネルゴンは死体を生き返らせたり機械に使うと凶暴化するんだ!」

「つまり……ゾンビってコト?」

 ジェシカと真那の顔が見る見るうちに青ざめて行く。だが、真那はふと気が付いた。

「スタースクリーム、あなたのサイズならあんなポンコツ、一瞬でスクラップでしょ?」

 バンダースナッチはせいぜい三メートルあるかないか、スタースクリームはその倍以上はある。蹴り飛ばすなり撃ち殺すなりするのは簡単な筈だ。

「そうだよスタースクリーム! あんなポンコツやってしまえヨ!」

「スタースクリームならきっと出来ますよ!」

「よせよ、期待されたらやる気出るじゃないか!」

 おだてられてスタースクリームはやる気を出した。右腕を二連装のアサルトライフル、ニュートロンアサルトライフルに変形させると意気揚々とゲートの前に立った。

「ハッ! あんなポンコツ兵器、俺様なら一発――」

「アァァァァ!」

 ゲートを突き破ってゾンビ化したバンダースナッチがスタースクリームに飛びかかって来た。バンダースナッチの大きさは何故か肥大化しておりトランスフォーマーと遜色ないサイズにまでなっている。

「何だよコイツゥ! 誰かコレをなんとかしてくれぇぇ!」

 巨大化したバンダースナッチに押し倒され頭を床に叩きつけられたりとメチャメチャに殴られるスタースクリームを助ける事は出来なかった。なんせ今の二人はCR-ユニットを持っていないのだ。

 バンダースナッチの腹を蹴って宙に浮かせ、なんとか拘束から逃れるとスタースクリームはアサルトライフルを弾が切れるまで撃ち込んでやった。弾丸が突き刺さり、バンダースナッチは仰向けに倒れるとそのまま動かなくなる。

「ハァ……ハァ……何だコイツ! さっきまでチビだったじゃねえか!」

「知らねえです。何か急にデカくなりやがりましたね」

「ゾンビは本当にコレだけカ? まだたくさんいるなら本当の本当にやっかいだゾ!」

「心配ないって俺様がたった今現況をぶっ倒したのを見てなかったのかぁ~?」

「そもそも真那! アンタが邪魔さえしなければ!」

「私ですか!? ジェシカがヘンテコなプライド持って訳わかんない事を始めようとしたのが発端でしょうが!」

 真那とジェシカの口喧嘩が始まり、スタースクリームはその間に挟まれていた。普段は事を起こす立場だが、起こされる側の立場に立ってみるとこんなイライラする事はない。と、言ってもスタースクリームに責任が無いとも言い切れない。

「喧嘩はよせよお前等!」

「うるさいです、ヘタレ野郎!」

「黙ってろクサレ戦闘機!」

「――!? 言うに事欠いてこの俺のジェットモードの美しさを愚弄した挙句、ヘタレだと!? テメェ等二人ともここで捻り潰してやる!」

 喧嘩が二人から三人へと拡大している最中、さっき倒した筈のバンダースナッチはのそのろと鈍い動きで起き上がっていた。しかし、そんな事に気付きもしない三人はずっとああだ、こうだと言い合っているのだ。

「ウゥゥゥゥッ……! ウゥゥゥゥ!」

「誰でやがりますか! さっきからうーうーうるさい奴――!?」

 真那が振り返って見るとそこには再起したバンダースナッチが立っており、スタースクリームの方を向いて触手を口から出していた。

「血ぃ……血ぃぃ!」

「…………。俺は逃げ――じゃなくて俺はコイツを引き付ける。じゃな!」

 かっこ良く空中でバク転してジェット機に変形するとDEM社の広い廊下をとんでもないスピードで駆けて行った。さて、スタースクリームは得意のスピードで逃げて行った。バンダースナッチも彼の後を追って行き真那とジェシカの安全は保障されたと、胸を撫で下ろした。

「ひとまず武装を取りに行こう」

「ですね」

「何としてもアタシ等だけでこの事件を収めるんだ」

 アイザックにバレたら自分の評価ががた落ちになってしまう。それを恐れているジェシカは出来るだけ内密に終わらせたかった。

「ジェシカ、やはり直ぐに警報をならすべきです」

「な、何を言っているの真那! これはアタシ達ノ問題、自分の始末は自分でつけるノ!」

「とか言って、本当はウェストコットさんにバレるのが怖いんでしょ?」

「いちいち腹立つナ」

「何です、やりやがりますか?」

「良いワ。ここでアタシとアンタの素の実力を見せてやろうじゃないノ!」

 顕現装置(リアライザ)の操作やCR-ユニットを使った戦闘なら真那が上だが生身の戦いなら勝つ自信があった。未成熟で筋力も大した事は無い。格闘技の経験があるジェシカなら勝機は十分だ。両者が睨み合い、バチバチと火花を散らして一触即発の雰囲気に包み込まれていた。

「うぅぅ……」

「一発でKOしてやるわ、真那」

「来やがれです、腕の関節を外してやりますよ」

「うぅぅ……!」

「うーうーうるさい!」

 ジェシカと真那の声が重なり、声の方向に目を向けると一人の研究員らしき人物が腕を前に突き出し立っていた。

「どうしました? 用が無いならどこかよそへ行ってくれやがりませんか?」

「うっ……ヴァァァァ! 血ィィィ!」

 研究員の男が口から触手を出して走って来るのだ。

「キャァァァァ!」

 二人は全く同じタイミングで逃げ出した。

「何でゾンビが人間にも増えてやがるんですか!」

「アタシが知る筈ないダロ!」

「ジェシカ、武器は何か武器はないんですか!?」

「えっと……拳銃が一丁だケ。そっちは?」

「私も拳銃が一丁だけです!」

「相手は一人、応戦する!」

 足を止めてジェシカは身を屈めるとゾンビの触手をかわして、足払いで転倒させた。

「ジェシカ! 頭を狙うです!」

「え、何で?」

「知らねえですか? ゾンビってのは頭を潰せば死ぬんですよ!」

 ここは素直に真那の助言を聞き入れてジェシカは拳銃のリアサイトからゾンビの頭を狙い済まし発砲する。弾丸を頭に受けて頭蓋は破裂し、ゾンビは倒れて体をビクビクて動かすだけでそれ以上の行動はしなくなった。

「ゾンビの弱点なんて良く知ってたネ」

「常識です。ジェシカも気張ってないでたまには映画でも見たらどうでやがりますか?」

「大きなお世話ヨ」

「この人が感染しているって事は、他にも被害が出ている可能性が高いですね」

「しらみ潰しにやっていくしかなさそうね」

 そうと決まればまずCR-ユニットが必要になって来る。ワイヤリングスーツを取りに行くには戦闘部隊専用の施設が備えてあるのでそこまで走らなければいけない。

「まだ感染体も少なそうだシ、サクッと武装してサクッと倒しわよ」

「そう上手く行くと良いですがね」

 寮は本社を一度出てからしばらく歩いた所にある小高いビルである。そこが真那やジェシカ等の今の住まいであり、仕事場でもある。

 二人は拳銃を片手に慎重な足取りで通路をゆっくりと歩く。二手に分かれた曲がり角を右に曲がると、三人の社員が横に広がって歩いている。

「邪魔よアンタ達! 道を開けなさい!」

 相変わらず横柄な態度で社員達に接している。ジェシカの声を聞き、その三人は道を開ける訳でもってなくただ振り向いて来る。

「うぅぅッ!」

「脳みそォォォ!」

「血を……ヨコセェェェ!」

 連中は既に感染体となっていた。その証拠に口から触手を伸ばしている。真那達は顔から血の気が引いて行くと反射的に逃げ出していた。獲物が逃げると感染体も走って追いかけて来るのだ。

「何でゾンビが走るのヨ!」

「知らないですか? 最近のゾンビは走る奴もいやがるんですよ!」

 とにかく振り切ろうと来た道を引き返そうとするとジェシカがさっき頭を吹っ飛ばした感染体に加えて新しい感染体が何十体も増えて道を塞いでいる。

 仕方なく残りの通路に向かって走り出し、適当な部屋に駆け込みドアをロックした。

「もうイヤ! 何よここ!」

「ヤベェですね。事態は私達が思っている以上に重くなってやがります」

「ハァァ~……長年、ウェストコット様に仕えて戦いの中で死んで行くのが夢だったのに……。まさか最期はゾンビの餌か……」

「私だって近々、日本に行けるのに……兄様に会えるのに……」

 真那は目頭を熱くしてやや涙目になっている。いつもの生意気な態度から一転してしおらしく、年相応のあどけなさを見せた。そんな真那の肩にジェシカは手を伸ばして優しく抱き寄せてやった。

 普段の荒い雰囲気は霧散して代わりに穏やかなオーラがジェシカから出ていた。

「ジェシカ……?」

「泣かないで真那、アタシ達は絶対に生き延びるのよ。そしてお兄さんに会いに行きなさい」

 声色もいつもより何倍も緩やかである。

「アタシ、アナタに嫉妬していたの。年下で新参のアナタに追い抜かれるのが悔しくて…………。でも、今は不思議とそうは思わないの。アナタの顕現装置(リアライザ)の扱いにはいつも感心していたわ」

「まさか、あなたとこんな話をするとは思わねえでした。私もジェシカのブレード捌きにはいつも感服してました」

「真那……」

「ジェシカ……」

 自然と手と手が絡み合った時、二人は正気に戻り手を離した。そして無性に気恥ずかしくなって互いに顔を逸らしていた。

「ジェシカ、いつでも行けますか?」

「ええ、覚悟完了してるわ」

「私達は誇りあるDEMの出向社員です」

「そうよ、あんな生ゴミに遅れは取らないわ! 行くわよ!」

「はいです!」

 ドアのロックを解除して真那とジェシカは部屋を飛び出し、角を曲がったその先にいた何者かとぶつかって二人は同時に尻餅をついてしまった。

「いてて」

「お尻がイテェです」

「おやおや、こんな所にいたのかい? お二人さん」

 誰とぶつかったのか確認すべく見上げると銀髪に冷酷そうな鋭い切れ長な目をした男性、アイザック・ウェストコットともう一人、秘書のエレン・メイザースがいた。

「全く君達には恐縮なんだがね。我が社で一体何が起きているのか教えてはくれないかい?」

 ニッコリと優しく微笑んではいるが、肝心の目が笑っていない。目を合わせれば殺されると言う威圧感に二人は体をビクッと震えさせた。

「い、いえ何も! 至って普通ですよウェストコット様! もうみんな死んだみたいに静かで……」

「ほう、死んだみたいにかい?」

「ジェシカ、真那、隠し立てすると私がアイクに代わって粛清しますよ?」

「わかりました……」

 ジェシカは一拍置いてため息を吐いてから一気に息を呑む。

「コイツです! 全部真那の所為なんです!」

「ええ、はい。全くもってその通――ハァッ!? このババア、私の所為にしやがりますか!」

「バッ……ババアですって?」

「ええ、ババアですよババア、ウルトラ級のババアです。私に何か対抗意識燃やしているんでしょうけど、無駄ですよ。若さには勝てねえですから! 私に勝ちたきゃあ、もう隠居して肌年齢キープしたらどうです?」

「こンの、ガキャ……! 言わせておけば調子に乗りやがって! 年上をなんだと……!」

「ジェシカが私に勝ってるのは無駄に重ねた年くらいですよね~。あんたのブレード捌きなんて水槽で死んで揺れてる金魚レベルですし」

「テメェ……無事に兄貴に会えると思うなよ……!? 再開の前に兄貴を八つ裂きにしてやる!」

「上等です。その前にあんたの首が私の足下で転がっているでしょうけど!」

「話しても良いかい?」

 アイザックは口喧嘩をしている二人を睨み付けて眼力一つで黙らせた。

「ジェシカ、説明しろ」

「は、はい……保管庫にあるバンダースナッチが急に暴走、冷凍死体を食って巨大化した後に謎の感染体がこの会社をうろうろしています」

 ジェシカの報告を受けてアイザックとエレンはキョトンとした顔を見合わせて苦笑いをした。

「どうしたらそんな作り話が思い付くかは知らないが、君は私をたった今大きく失望させてくれたね」

「違うんです! 本当に今の社員や研究員は謎の感染をしているんです! 信じて下さい!」

「ジェシカ、これ以上見苦しい嘘を言うのなら私が容赦しませんよ?」

 一歩前へ出てエレンが言い放った。そこへエレンとアイザックの背後から「うぅぅッ!」と言う独特のうなり声を出してゾンビ化した研究員が近寄って来る。

「あれ? 何ですか? 今、私達は取り込んでいます。直ぐに下がりなさい」

「アァァァァッ!」

 裂けた口を広げて触手を伸ばしながら研究員は走って来る。真那はホルスターから銃を抜くと正確かつ素早く、弾丸をゾンビの頭に撃ち込んだ。

「なっ……何ですかこれは!」

「だからさっきから説明してやがるでしょう。感染者です」

「真那の言う通り、今この会社でこんな奴がたくさん歩き回ってるんです!」

 豹変した研究員の姿を目の当たりにして真っ向から否定出来なくなった。一体何が原因でこうなってしまったのかアイザックには分からないが、尋常ではない事態であるのは把握した。アイザックは直ちに非常事態警報を鳴らした。ガスや生物兵器などの漏れがあった際に鳴らす用の警報が社内に鳴り響いた。

 感染者の詳しい特徴などを放送で流し、接触は避けるようにと警告をする。今のウチにDEM社の戦闘部隊を中に入れて即座に殲滅すれば無事に解決する筈だ。

「ところで、原因は何か心当たりが無いのかい?」

「原因……?」

「原因ですカ」

「何か、スタースクリームの奴がヘンテコな汁を持ってやがりましたね」

「あ、そうだ! ダークなんとかって言ってたな!」

「スタースクリームはどこにいる?」

「最初の感染体を引きつけるとか言ってどっか飛んで行きましたよ」

「わかった。ではその最初の感染体について教えてくれるかい?」

 以前、アイザックの目は笑っていない。

 真那は手短に巨大化したバンダースナッチの事をアイザックとエレンに伝えた。そのバンダースナッチがダークエネルゴンを受けて動き出した事全てを伝えた。

「なるほど……。エレン、直ぐに戦えるかい?」

「“ペンドラゴン”の調整は完了していますので物さえあれば直ぐにでも……」

 エレンの服装は誰がどう見ても単なるスーツでワイヤリングスーツではない。彼女もジェシカや真那同様に寮の方に置いているのだろう。

「“ペンドラゴン”さえあれば私は世界最強、もう何も心配する必要はありません」

 そう豪語するのは良いのだが、今のエレンは顕現装置(リアライザ)も無い単なる人間なのだ。それにここからが致命的欠点、エレンは顕現装置(リアライザ)の操作にかけては並ぶ者はいない。だが、顕現装置(リアライザ)の無いエレンはどうしようもない運動オンチなのだ。

 素の身体能力はジェシカや真那の方が圧倒的に高い。

「エレン、問題はその“ペンドラゴン”を取りに行けるかって話なんだけド?」

「へ……?」

「感染者がうろうろしている中をかいくぐってちゃんと寮まで辿り着けるノ?」

「当たり前ですよ! 私は最強ですよ!? バカにしないで下さい!」

「ではとっとと行きますよ。感染者に見つかりやがりました!」

 真那達が走って来た通路の方から何体もの感染者が歩いて来ている。

「走れ!」

 ジェシカがそう叫ぶと真那は先頭を走ってジェシカが最後尾を走ってアイザックを守る構えを取った。だが、走り出して直ぐにエレンは自分の足を自分で踏んで鼻から前のめりに転んでしまったのだ。

「ふんぎゅっ!?」

「あの運動オンチ!」と、ジェシカが毒づいた。

「アイク! 助けて下さい!」

 アイザックは足を止めてからエレンを抱きかかえるとそのまま再び走り出した。

「エレン、あまり心配をかけないでくれよ」

「すいません、アイク。それに助けは必要なかったですがね」

 ぷいと、そっぽを向いてエレンは言った。

「あ~はいはい」

「本当ですからね! 私は本当は強いんだからね!」

「知ってるよ」

「前からも来ました!」

 真那が叫ぶと門を曲がってちょうど良い部屋に隠れた。ちょうど良いとは言ってもそこは掃除用具入れの部屋である。四人も入れば満員でとても窮屈な思いをするハメになる。だが、感染者達は標的を見失って走るのを止めるとノロノロとした動きに戻り、徘徊を始めた。

「行ったカ?」

「まだです」

「窮屈だね」

「本当です、一体誰が場所を取ってるんです?」

「お前だよエレン! 無駄にデカい乳と尻しやがって!」

「デカいだけならジェシカもこの尻を私に向けるのを止めてもらいてえです」

「真那は良いわよネ、邪魔になるだけの胸も無い幼児体型で」

 ジェシカの一言に真那は火がついた。

「遺言はそれだけで良いですか、ジェシカ?」

「やろうってのカイ、真那ァ?」

「二人共、いい加減にしないと怒るぞ?」

 アイザックが喧嘩の仲裁に入った事でひとまず収まった。だが、その時である。掃除用具入れの異変に気付いた感染者が一人、走って向かって来るとドアを力任せに剥がして来たのだ。

「しまったバレた!」

「あれだけ叫べばそうなるさ」

 感染者の腹をアイザックが蹴って仰け反らすとどこからともなく、大きな弾丸が何発も撃ち込まれて感染者は肉片と化した。

「ふぅ~、危ねえ危ねえ」

 アサルトライフルをリロードしつつ歩いて来たのはスタースクリームだ。

「スタースクリーム!」

 四人の声が重なる。

「巨大バンダースナッチはどうなりました?」

「この感染の原因は何だ?」

 と、質問を投げかけられた。

「バンダースナッチは……まあ適当に撒いて来たぜ。感染の原因はそのバンダースナッチが感染者を作り出したな」

「スタースクリーム、ダークエネルゴンを持ち出したそうじゃないか。何に使う気だったんだい?」

 秘密裏に新武装の開発に手を出そうとしていた事がバレるのはジェシカにしたら非常にまずい。

「まあまあ、ウェストコット様! 今はその事よりも巨大バンダースナッチを倒す事を考えましょう」

「珍しいね、ジェシカ。君が他人をフォローするなんて。何か私に隠しているような事でもあるのかい?」

「けっ、決してそのような事は……!」

「そうかい、なら良かった。スタースクリームはまず彼女達を連れて寮に行ってもらう。そこで武装が完了させるとエレンはスタースクリームと共にバンダースナッチを撃破、真那とジェシカは感染者の排除だ」

「了解!」

「はいよ、わかった」

 スタースクリームは変形して空中に浮かぶとコックピットを開けてエレン達三人を乗せた。

「アイザック、お前は良いのか?」

「部屋までもう少し、私一人で十分さ」

「わかった」

 ロケットエンジンを噴かせてスタースクリームは狭い廊下を器用にぶつからないようにして飛んで行く。コックピットの中ではさっきの掃除用具入れ以上の窮屈さに不満が絶えないが、無視して飛んで行った。

 

 

 

 壁はミサイルで破壊して進み、外壁を粉々に吹き飛ばすとスタースクリームは外へと出て来た。空中で宙返りや旋回を使ってアクロバティックな飛行して、スタースクリームは寮と思しき場所を捉えた。スピードを緩めて下降すると寮の入り口付近で止まってコックピットを開けた。

 最も気分を悪そうにしているのはエレンである。アクロバティック飛行でもみくちゃにされて今にも吐きそうな顔をしている。

「うっぷ……吐きそう……!」

「はいはい、行きますよエレンさん」

「置いて行くヨ、エレン」

「ま、待ちなさ~い……私が一番……先輩なんだぞ!」

 覚束ない足取りでエレンは二人の後を追いかけて寮の中へ入って行った。その間にスタースクリームは別の悪知恵が働いていた。

「ふんっ……あのゾンビ軍隊をアイザックの野郎に黙って増やして上手く調教すれば俺様の軍団は直ぐに出来上がるな……! 新生ディセプティコン! 破壊大帝スタースクリーム! かっこいい~、最っ高の響きだぜ! いや……待てよ? アイザックの野郎は手駒や監視がやたらといやがる……! 狙うならあの野郎が留守の時だが……」

 アイザックが会社を空ける日は今のところ予定は無い。

「作戦を進めるにゃあ……やっぱり人手が欲しいな。アイザックに従うような好き者だらけとは限らねえし……。不満を持ってる奴もいる筈だ。何人か俺様の部下に引き込んでやろうか」

 スタースクリームの独り言を言う癖を直した方が良い。組織のリーダーにするには足らない物が多すぎるのだ。

「お待たせしやがりました。準備は完了です!」

 CR-ユニットを着用した状態で三人は玄関から出て来た。白銀の装甲に身を包み、大きな黄色く光るブレードを携えたエレンはもうすっかり顔色が良くなり、留めていた髪を下ろして自信に満ち溢れた顔をしていた。ジェシカも装備が無い時とは打って変わってギラギラと目を光らせて殺気に溢れた顔をしている。

「ではジェシカ、真那、通常の感染者の始末は任せますよ」

「了解です」

「はい!」

 白いカラーリングの真那と赤いカラーリングのジェシカはスラスターで浮遊すると噴射する向きを変えて一気に空へと飛び立って行った。

「さ、私達は元凶のバンダースナッチを探しますよ」

「まあ待てよ。バンダースナッチは凶暴化して手がつけらんねえんだ。それにあいつの血を浴びたらゾンビ化決定だ」

「スタースクリーム、そもそもどうしてバンダースナッチが動き出したんですか?」

「さあな」

 スタースクリームはシラを切った。今は元凶の破壊が優先なのでバンダースナッチが動き出した件について詳しく追求はしなかった。

「それでバンダースナッチの居場所は分かっているのですか?」

「分からん。とりあえず外には逃げていない」

 会社内だけで暴れてくれたのが不幸中の幸いだ。まずは外壁に穴を空けて社内に入ると多数の感染者が走って来た。先ほどの情けないエレンとは似ても似つかない冷静な対応で感染者の首を跳ね、胴体を縦に両断して動けないようにした。その際の返り血にも気を配って何十もの感染者を倒しておきながらワイヤリングスーツや武装の方にも全く血液が付着せず、美しい白銀を保っていた。

 エレンが戦う様を見るのは初めてで、普段の冷静沈着を気取っていた間抜けとは違う一面に驚きを隠せない。世界最強を自称し、いつも自信満々のエレンを下に見ていたが実力は本物だと分かる。出来るならエレンも味方に引き込みたいと考えるスタースクリームだった。

 今いる味方は強力だがスタースクリームに対して反抗的で懐疑的に思っている為か命令を聞いてくれないのだ。人間の手駒(・・・・・)もいずれは役に立つと踏んでいた。

「スタースクリーム、何をぼやぼやしているんですか。置いて行きますよ」

「おい、置いてくなよ!」

 室内で得意の空中戦がお披露目出来ないのが残念であるが、陸戦でも十分な実力はある。感染者の接近を許さずにアサルトライフルを掃射する。トランスフォーマーが使う銃は人間からしたら弾丸が大きく、一発でも直撃すれは即死だ。感染者の体は見事にバラバラになって吹き飛んで行く。

 順調に敵を倒していると明らかに大きな足音が通路内に響いて来る。荒々しい足音からして近付いているのがバンダースナッチだと容易に分かる。センサーの感度を上げてどこから襲って来ても良いように備えた。

 ピシッと、天井に何やら不穏な亀裂が入った。そう思った束の間、天井を破壊しながら瓦礫をスタースクリームにぶつけながら巨大バンダースナッチは襲いかかって来たのだ。エレンは後方へ跳んで瓦礫の下敷きににはされず、バンダースナッチと距離を取ると手中に魔力を圧縮し、一本の槍を形作った。濃密な魔力の塊の魔力槍をバンダースナッチへ投射、白銀の槍はバンダースナッチの右腕をもぎ取り、大爆発を引き起こした。槍は会社の壁を何枚も貫き外壁ごと吹き飛ばして行った。

「……。逃げましたか」

「テメェ!」

 瓦礫の中から這い出したスタースクリームは随分と怒っていた。

「お前、俺を殺す気か!?」

「生きていたなら良いじゃないですか」

「この野郎……マジで覚えてろよ……!」

「そんな事より、バンダースナッチはまた逃げましたね」

「ああ、でも、大丈夫だ。アイツの居場所は分かってる」

「追撃しましょう。どこです?」

「食材貯蔵室だ」

 DEMは巨大な会社だ。社内にも食堂を備えており大量の社員の腹を満たすべく食堂は大きく、同時に食材貯蔵室も大きく作られていた。

「……お腹でも空いているんですかね」

「知るかよ」

 居場所が分かっていれば追撃は容易い。それに食材貯蔵室は出入り口が一つだ。これでバンダースナッチはもう袋のネズミだ。スタースクリームは秘密裏に開発を進めていた武器があった。仮にエレンがバンダースナッチにやられても自分だけは助かる算段があった。腕を変形させ、アサルトライフルとは違った細長い銃身に加えてスコープが付いた銃を出した。元はスナイパーライフルだがそれをいじって、機械類を麻痺させるナルビームライフルに改造していたのだ。

 バンダースナッチもCR-ユニットも機械、例外なく麻痺させられるだろう。ニタニタと自分の武器を見ながら歩くスタースクリームを尻目にエレンは先々と食材貯蔵室に進んでいた。

 道中に感染者に何度か遭遇はしたが、数は確かに減少に向かっていた。真那とジェシカが奮闘しているおかげやアイザックの対応で無駄な被害を出来るだけ抑えられているからだろう。

 食材貯蔵室の入り口はひしゃげて力ずくで開けられた形跡が残っていた。エレンは易々と入るがスタースクリームは翼がつっかえて入れずにいた。

「あれ、おい! エレン、手を貸せ! 羽がつっかえてんだ」

 エレンを呼ぶのだが、肝心の彼女は眉をひそめて険しい表情のままでバンダースナッチを睨み付けていた。明らかにエレンは怒りに震えている。憤怒に支配されるエレンの視線の先はバンダースナッチの手に乗っている物。

 それはイチゴのショートケーキだ。エレンがいつも仕事終わりに食べている物で、ショートケーキを食べている時が至福の一時と感じていた。

「バンダースナッチ……貴様!」

 バンダースナッチは首を傾げると口から触手を伸ばしてイチゴをくわえた。

「やめろっ……! やめてくれバンダースナッチ! そのイチゴは私の大切な一口なんだ!」

 エレンの懇願も虚しく、バンダースナッチはイチゴを咀嚼。更に一口でショートケーキを食べ終えてしまった。

「――!?」

 取り返そうとかすかにブレードを動かした瞬間にエレンの動きより早くショートケーキを食べられてしまった。

「おーい! エレン! 早く手を貸せって! ショートケーキなんざどうでも良いだろうが!」

「スタースクリームと良いバンダースナッチと良い……私の好物を愚弄した罪は重いぞ! ゾンビ風情が私の……私のショートケーキを……! 許さんぞォォ!」

 スタースクリームなど放置してエレンはスラスターを最大出力で噴射して一直線に突っ込んで行く。理性が完全に失っており頭の中はショートケーキの怨みしかないのだ。

「バンダースナッチ! 貴様を八つ裂きにしても飽き足らん! お前の頭をサッカーボールにしてやる!」

 大型ブレードで斬り上げ自分より遥かに大きいバンダースナッチを軽々と弾き飛ばし、のけぞった瞬間に魔力槍を撃ち込む。残りの腕部を破壊に成功するとすぐさま顔面を斬りつけた。触手を使って反撃をして来るがバンダースナッチの前方には既にエレンは居ない。

 真後ろから斬られ、振り向いたと思うとまた背後から切り裂かれるのだ。バンダースナッチの周囲を飛びながらエレンは魔力槍を放ち、合計八本もの魔力槍でバンダースナッチを串刺しにして完膚無きまでに破壊した。

 五体を散り散りにされたバンダースナッチの破片が食材貯蔵室に雨のように降り注ぐ。

「幾分か気分が晴れましたよ」

 スタースクリームが引っかかっている間に元凶の抹消が完了してしまった。せっかくのナルビームライフルのお披露目はまだ先になりそうだ。

『こちらアデプタス2、感染者の殲滅に成功しやがりました』

『アデプタス3、こっちも完了ヨ』

「……お疲れ様です。こちらも元凶を排除しました」

 ショートケーキを食べられたのがショックだったのか、声に元気がない。ひとまずエレン達は任務の完了を報告すべく、アイザックの私室へと帰投した。

 

 

 

 

「さて、今回の件だが……詳しく聞かせて欲しいのだが?」

 アイザック・ウェストコットは無機質な声で聞いて来た。しかし、真那もジェシカも言葉を詰まらせていた。原因であるスタースクリームはさっさと逃げて今はいない。

 ジェシカはしきりに真那の方を見てアイザックの意識をそちらに行かそうとしている。

「私の予想だが……。ジェシカ、君が何かスタースクリームと企んでいたんじゃあないのかい?」

 ジェシカの背筋にひやりと寒気が走り抜け、脂汗が一気に滲み出して来た。アイザックの予想は的中だ。ジェシカがアイザックに絶対の忠誠を誓っているのは知っている。ジェシカが真那に異常な対抗心を燃やしているのも知っている。

 ジェシカは返答出来ずに黙り込むとアイザックは妖しく笑う。

「エレン、ジェシカに特別レッスンをしてあげてくれないか? それと真那は直ぐに日本へ出なさい」

「わかりました、アイク」

 エレンはジェシカを連れて部屋を後にして真那はアイザックに一礼してから出て行った。部屋で一人になるとアイザックは深いため息を吐いた。

「まったくあのスタースクリームめ……」

 アイザックは苛立ちながら呟いた。

 



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14話 デート前のいざこざ

 もうすっかりお馴染みとなったフラクシナスの医務室で士道は目を覚ました。重たい上体を起こしてから辺りを見回した。普段は令音か十香が心配して見に来ているのだが、今日はいないようだ。まずはこの間の出来事を思い出す事にした。琴里とグリムロックの攻撃から狂三を守ろうと走ったのは覚えている。

 二人の攻撃が放たれたのも覚えている。問題はその後からだ。何故か琴里の攻撃もグリムロックの攻撃も無かったかのように消えてしまったのだ。更に琴里の霊装はいつの間にか解除されて、狂三も消えてどこかへと行っていた。前にもこんな事があったと、士道は脳裏で閃いた。そう、十香と初めて会った時、士道は十香の攻撃を防いで見せた。

 だが、今回は以前よりも規模が違う。考えれば考える程に頭が痛くなって来る。一体自分が何者なのか分からなくなるのだ。精霊を封印する力を持っている時点で不思議な事なのに妙な防衛力を持っているのだから自分が人間かさえ疑いたくなる。

 かつて令音に士道は空間震を察知した際に微弱なエネルゴン反応を検出したのを思い出した。士道は地球人なのか、トランスフォーマーの一種なのか、それは自分自身も何も分かっていない。

 医務室のベッドからのそのそと出ると士道は用意されていたスリッパに足を入れて部屋を出ると、ちょうど様子を見に来ようとしていた令音と鉢合わせた。

「おはようシン、気分はどうだい?」

 眠たそうなまぶたに活気の無い声で令音は問うてきた。

「悪くはないです。令音さん、琴里は?」

「ああ……精霊用の隔離部屋にいるよ」

 精霊用、それを聞いて士道の思考は現実に引き戻された。あの折、表れた炎を纏う精霊はやはり妹の琴里だと言う事。

「令音さん、琴里はどうして精霊の力を持っているんですか」

 士道が詰め寄って聞くと令音はポリポリと頬をかいて、困ったように視線を逸らした。

「琴里に直接聞いたらどうだろうか? 連れて行ってあげるよ」

 令音の後に続いて士道は精霊用隔離室へと案内された。部屋には大きなマジックミラーがあり、中を覗くと五河家を模した部屋の中に琴里がポツンと椅子に座ってココアの入ったカップをスプーンでクルクルと混ぜている姿が見受けられた。

「琴里……!」

「こちらの声は聞こえていないよ。琴里は力を使いすぎてちょっと元気が無いだけで体には異常はない」

「令音さん、琴里と話をさせてもらっても良いですか?」

「ああ、構わないよ」

 令音はドアを指差してそこから入るように指示すると士道はノブをひねって部屋の中へ入って行った。

 立派な物だ。自分の家に帰って来たと錯覚する程に再現率の高い造りにただただ感心するばかりだ。

「よう、気分はどうだ琴里?」

「悪くないわ」

 士道が入って来ると琴里は熱いココアをゆっくりと舌を出して舐めるようにして飲んだ。琴里の向かえ側の席に着いて、士道はどうやって話を切り出そうか迷っていると琴里の方から話し出した。

「士道、あなたの回復力はあたしの力のおかげだったのに。あんたは本物のバカでしょ……。いくら回復力があっても死んでたかもしれないのよ?」

「琴里に目を覚まして欲しかった。それに俺達は精霊を殺すのが目的じゃあないだろ」

「分かってるわよ。でも……途中から頭の中がグチャグチャになって……何でも破壊しなきゃいけないような衝動に駆られて。あたしがあたしでなくなるような……」

 琴里は頭を押さえて弱々しく言った。士道はそれを聞きながら、一つ疑問に思っていた事を尋ねた。

「琴里、お前どうしてそんな力を持っていたんだ」

「……私にも分からない。私は十香や四糸乃みたいな最初から精霊じゃないの」

「……?」

「五年前に私は精霊になったの」

「まさか……」

 琴里はバツの悪そうな表情で首を横に振った。

「本当、五年前の八月三日、天宮市の大火災を覚えてる?」

 士道は無言で首を縦に振る。

「あの時に……私は精霊になった。私も記憶は曖昧で分からない事だらけで。精霊になると心が……赤色に染まって……破壊が楽しくなるって言うか……」

 琴里の話を聞く中で士道は五年前の出来事を思い出そうとしていた。大火災で確かに町は甚大な被害を被ったのはニュースで嫌と言う程聞いた。だが、士道も火災の時の記憶は薄いのだ。

「五年前……大火災……精霊……」

 士道の記憶は十年以上遡ればまったく思い出せない。それ以降の記憶はだいたい残っているのだが、大火災の時だけは記憶が断片的にしか残っていない。

「士道、こっちからも聞いて良いかしら?」

「う、うん」

「あなた……どうやって助かったの? 私は確かにあなたに攻撃した。間違いなく外さないように」

 その質問には士道も困った表情を浮かべた。士道もどうやって攻撃から身を守ったのか分からないのだから。

「俺にも良く分からない……」

「だと思った。今日はもう帰って十香達にご飯でも作ってあげなさい」

 そう言われて時計を見ると時刻は七時半を指し示していた。これから買い物に行くような元気も無いので余っていた挽き肉や野菜で夕飯をこしらえることにした。

「そうだな、また来るよ琴里」

「うん……おにいちゃん」

 

 

 

 

 オートボット基地は平和な物だ。グリムロックがオプティマスをある程度認めたおかげで基地内のギスギスした雰囲気も取り払われていた。

「ワーパスさん……頑張って……下さい」

「アイアンハイドも頑張るのだー!」

 基地の中ではある事で盛り上がっていた。十香と四糸乃も基地にいてその様子を面白そうに眺めて、応援の声をかけていた。

 アイアンハイドとワーパスの間には腰くらいの高さの台が置いてあり、向かい合っている。

「爺さん、俺にパワー勝負っつーのは命知らずだなぁ、オイ」

「ハッ! 笑わせるなまだまだ若い連中に遅れを取る程、錆びておらんよ」

 二人は姿勢を低くすると台に肘を付いて手を組んだ。ジャズから聞いた腕相撲という地球の文化、力と力の比べ合いと教えられてワーパスは興味を持った。ちょうどそこにアイアンハイドがいたので二人は腕相撲をするという流れになったのだ。

 手の甲が台についたら負けという単純ルールな為気軽に出来る。

「よし、手を組んだな。私が合図を出すぞ」

「おう、頼むぜ十香!」

 十香は息を吸い込んでから手を振り下ろした。

「スタート!」

「オォォォォッ!」

「ハァァッ!」

 凄まじい気迫と声を上げてワーパスとアイアンハイドの腕相撲が始まった。両者、全くの互角で二人の腕はどちらにも傾かずにいた。なかなか地球ではお目にかかれない迫力の腕相撲だ。

「アイアンハイドどうしたよ、お前の力はそんなもんか?」

「舐めるなよ、私はまだ半分も出していないぞ」

「あぁ? 俺は三割も出してねえけど」

「いや、私は三パーセントも出していかいがな」

 言葉で強がっているが、二人はどう見ても全力だ。ここでアイアンハイドの腕が台に向かって傾きだした。ワーパスは勝機と睨み、一気にたたみかけて来るがアイアンハイドも意地で傾きを戻してそこからワーパスの腕を台に叩きつけて見せた。

「ヨッシャァ!」

「クソッ、爺さんの癖に力つえな」

「情けないぞワーパス、訓練が足らんな! 私がしごいてやろうか?」

 日頃から生意気なワーパスを負かせてアイアンハイドは上機嫌で、冷静な彼は飛び上がって喜びを露わにしていた。

「アイアンハイドも強いのだな!」

「勿論、ワーパスとは経験値が違うからな」

『そう言えばさ、アイアンハイドやオプティマスは何歳なのさ?』

 パクパクと口を動かして四糸乃の腕に付いているよしのんが質問を投げかけた。

 するとアイアンハイドは顎に手を当てて渋い顔をした。年齢や寿命という概念が薄いトランスフォーマーは余りそう言った事を気にした事が無かった。

「そう言えば知らないな……」

『えぇ~知らないのぉ? 自分の年齢だよん?』

 ざっくりと十代、二十代と言った言い方は出来るが詳しい年齢までは覚えていない。

「我々に年齢という物は無意味な物だと長く考えられていた。我等トランスフォーマーは人間よりも遥かに長命だからだ」

 アイアンハイドの代わりに奥の部屋にいたオプティマスが代わりに説明した。そして、顔を十香や四糸乃に近付けると更に続けた。

「短命な生物ほど一年一年を深く大切にするようだ。人間はだから毎年、誕生日として生誕の日を祝うのだう?」

「オプティマスやみんなに誕生日は無いのか?」

「そう言う風習が無いだけだ」

 ふと、十香や四糸乃も自分の誕生日について考えた。不意に目覚めて最初の記憶は二人とも共通してミサイルと弾丸の雨である。

「私達も誕生日という物は……無いな……」

「はい、私も……です」

「無い事はないだろう。産まれた日は私やアイアンハイド、ワーパスにもあるぞ」

 トランスフォーマーの出生日時は一応記録はされているが、殆どが興味がないのだ。

「あ、そうだ! 十香も四糸乃もよ、誕生日が無いんだったら今から決めたら良いじゃんか!」

 ワーパスは閃いた事をそのまま言った。

『ワーパス、とんでもない発案だね』

「無いなら作るしかねえだろ!」

「確かに、ワーパスの言う通りかもしれないな」

『オプティマスもどうしたのさ。誕生日は作れないよ』

「私に良い考えがある」

 自信満々にオプティマスが言うと四糸乃と十香は顔を見合わせた。

「アイアンハイド、テレトラン1に今から言う事を調べさせてくれないか」

 オプティマスは小さく耳打ちするとアイアンハイドは首を傾げながらも素直に従い、テレトラン1を操作した。テレトラン1にはフラクシナスの映像情報や精霊の情報がダウンロードされており、十香が表れた日や今までの天宮市を襲った空間震の回数や細かく記録されているのだ。

 アイアンハイドはテレトラン1のキーを叩いて、欲しい情報だけを確認してからオプティマスへと伝えた。オプティマスは何度か頷いてから「わかった」と一言漏らした。

「十香、君は四月十二日だ。四糸乃、君は五月十三日を誕生日にしようと思う」

 オプティマスの意図を十香も四糸乃もいまいち理解しておらず、キョトンとした顔をするばかりだ。

「この日付は君達が士道に力を封印された日だ。君達の新しい人生の始まりの日だ、誕生日と言うに十分な記念日だと私は思っている」

「私の……誕生日か。うん、良いな。そうだその日が私の誕生日に相応しいぞ! なあ四糸乃」

「はい……私もそれが良い……です」

「喜んでもらえて、私も嬉しいよ」

「オプティマス、意外と洒落た事をしますね」

「別に特別な事はしてはいない」

 優しい表情でアイアンハイドの肩をポンと叩いてから、誕生日が決まって喜んでいる十香と四糸乃を見下ろした。微笑ましく、屈託のない笑顔を見せる少女達を見ていて、とてもユニクロンの子には見えない。混沌をもたらすトランスフォーマーの敵の子孫は最も警戒すべき存在だ。

 しかし、あの破壊神の血を受け継いでいようとも命ある生きとし生けるもの全てには自由という権利がある。

 その権利を踏みにじる事は誰にも出来ない。

『いやぁ~よしのんに誕生日が出来たって事だしぃ~来年辺りに何かお祝いを貰わないとね!』

「お祝い? 誕生日には何か貰えるのか!?」

『そうだよ十香ちゃん、年に一度の行事だし何でも言って良いんだよぉ~』

「おお! なら私はきなこパン一万個欲しいな」

『また来年にでも士道くんにおねだりしてみると良いよ』

 よしのんは両手で口を押さえて笑うのを押し殺していた。

「四糸乃は何か欲しい物はあるのか?」

 アイアンハイドは物静かな少女に聞いて見た。

「え……あぅ……私は……グリムロックさんと……一緒にいれば……良い………です」

「あのデカブツの何が良いんだろうな! アッハッハ!」

「彼女が良いと言っているんだ、変な口出しするなワーパス」

「わかったよ。それより四糸乃はもっと強欲に行かねーとな! なんか、こう……エネルゴンキューブで飲み会を開きたいとか」

「人間はエネルゴンを飲めないだろうがバカ」

 会話がひとしきり盛り上がった所で人間の通用口から士道がひょこっと顔を出した。

「二人ともこっちにいたのか」

「よう士道! 元気かぁ!」

「元気だよ、ワーパス。あれ? ジャズは?」

「ジャズには士道の護衛以外の時は街を見回って敵がいないか見張らしている」と、オプティマス。

「多分、アイツの事だから見張りより他の車に目移りしているんだろうがな」

 士道は小さく苦笑いをした。ビークルモードの車を気にするというのは人間の世界で言うファッションを気にする事なのだろう。

「あ、そうそう。十香、四糸乃、夕飯が出来たぞ」

「本当か! てっきり今日はシドーのご飯が食べれないと思っていたぞ!」

「ああ、俺もこんな早く目を覚ますとは思ってなかった。それじゃあ、みんなまた後でな」

「おう!」

「ゆっくり食べて来なさい」

 オートボットの基地を出て三人はそれから夕飯の親子丼とサラダにありついた。

 

 

 

 

 陸上自衛隊の備え付け病棟の前に花束とフルーツの盛り合わせを持った士道が立っていた。怪我をした兵士やAST隊員が入院や手当てを受けるこの病院は基本的には一般人の面会を受け付けており、機密すべき場所は目に見えない地下や重厚な施設に置いてあるのだ。士道がここに来たのは、折紙のお見舞いと真那がここへ搬送されたと聞いたからである。

 士道の後ろには送り迎えを担当したジャズがいる。

「くれぐれも気をつけるんだぞ、士道。間違ってもASTなんて単語は出すなよ」

「ああ」

 普段、家やフラクシナスで平気で使っているが本来ASTという存在は重要機密、一般人でその事を知っているのは大問題だからだ。ジャズがわざわざ心配しているのは、士道は熱くなると止まらないタイプと分かっているからだ。うっかり口を滑らせるだけでもアウトなのだ。

「じゃあ、私は駐車場で待っているからね」

「わかった、終わったら連絡をするよ」

 士道は病院へ入ると出入り口で燎子やその他AST隊員とすれ違った。互いに初対面であるが、燎子の方は士道が折紙の彼氏であると知っていた。

 受け付けで士道は真那の兄という身分を証明して面会の届けを出す。

「申し訳ありませんが、嵩宮真那は現在面会遮絶の状態です」

「面会遮絶? そんなに容態が悪いんですか!?」

「私からは何とも言えません。面会は出来ません」

 機械的な対応でその受付嬢は言った。まともな説明が無かった為、腑に落ちないが士道は冷静になって次は折紙の面会の届けを出すと今度はすんなりと引き受けてくれた。真那の事で頭がパンクしそうな状態で士道は教えられた折紙が入院している部屋に向かう。

「士道……」

 向かう最中に士道は折紙と遭遇した。看護衣を着て点滴を打っている姿で現れた。

「折紙、立っていて平気なのか?」

「平気。それは?」

 折紙は士道の持っている花束とフルーツに目が行った。

「あ、ああ……お見舞い」

「…………」

 折紙が花束を指差してから自分を指差して自分へのかを確認する。それに対して士道はコクコクと首を縦に振った。すると折紙は点滴スタンドを持ったままぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにした。折紙にして見ればただの見舞いの花束は、花嫁の持つブーケにしか見えていない。

「詳しい事は言えないけど、嵩宮真那は特別な病棟で治療を受けている」

「そんなに悪いのか!?」

「ごめんなさい……これ以上は……」

 力になれなくて申し訳ないと言った気持ちで折紙は言葉を搾り出した。

「わかったよ。まあお前も元気そうで何よりだよ、折紙」

 折紙は「うん」と言う寸前で言葉を飲み込み、ふらっとわざとらしく膝が砕けたようにその場にへたり込んだ。

「おい、大丈夫か折紙!」

「ううん、大丈夫じゃない。一人では動けない。誰かの手を借りる必要がある」

「おう、誰かナースの人を――」

 士道が人を呼びに行こうとすると袖を掴まれた。

「そこまでは必要ない」

「じゃあ車椅子を持って来るよ」

「車酔いが酷い為それはダメ」

「じゃあどうしろってんだよ」

「私にいい考えがある」

 折紙の良い考えなど決してロクな物ではないと覚悟はしていた。だが退く訳には行かず、士道は結局折紙の良い考えの犠牲となり、折紙を背中におぶっていた。

 士道の温もりを全身で感じられる折紙は、幸せそうな表情を浮かべて身を預けた。

「あ、あの折紙……何だか目、目立たないか?」

「問題ない」

 折紙はクンクンと鼻を使って士道の匂いを嗅ぐ。普段なら飛び上がって逃げるのだが怪我人を背負っている以上、逃げる事は出来ない。

「お、折紙!?」

「……」

 匂いを嗅いだ後にぴちゃぴちゃと首筋を舐め始めた。

「ひゃっ……! 折紙っ、やめっ……!」

「……」

 折紙をおんぶしたまま士道はエレベーターに乗った。

「何階だ?」

「六階」

 正直な所、折紙と二人でエレベーターもとい密室に居たくはなかった。一体何をされるのかわかった物ではない。今はおぶっているのでやれる事は限られて来る。

 もうさっきから当然のように匂いは嗅いで来るし、体をホールドする手つきが痴漢それだ。

「はむっ」

「んぎゃっ!?」

 素っ頓狂な声を士道は上げた。折紙は遠慮なく士道の耳たぶを甘噛みして来た。士道の顔は恥ずかしさで真っ赤で折紙はやや頬を上気させて続けて来る。

「お、折紙、やめて……」

 自分でも情けなくなるような声で折紙に懇願するのだが止める気配は微塵もない。病室までさんざん体を好きにされた士道はもう息も絶え絶えになっている。

「ありがとう、士道。ぜひ、休んで行って欲しい」

 折紙はベッドに入ると布団をめくってポンと自分の隣りを叩いた。

「結構です! 俺はもう帰るぞ」

 これ以上痴態に巻き込まれるのは御免だ。病室から出て行こうとすると何か倒れる音が聞こえた。敏感に士道が振り返ると折紙はベッドに伏している。

「折紙!?」

 士道は急いで折紙へ駆け寄ると何事も無かったかのように折紙は起き上がって――。

「リンゴを剥いて欲しい」

 折紙はナイフを突きつけてお願いして来た。士道は諦めたようにナイフを受け取り、器用にリンゴの皮を剥いて行った。均等に切り分けたリンゴを適当な紙皿へ乗せて折紙に差し出す。

「口移しで食べさせ――むぐっ!」

 余計な事を言う前に士道はリンゴを思いっきり口へねじ込んでやった。もぐもぐと口を動かしてリンゴを食べ終えると士道の指に吸い付き、口の中で丹念に舌で舐め上げた。

 士道は放心状態だ。何故、折紙はここまで出来るのかただただ疑問しか生まれない。

「ごちそうさま」

「は、はい……お粗末様です」

 単なるお見舞いでここまでドッと疲れたのは初めてである。 士道は一度冷静になる為に肺一杯に息を吸い込んでからさっきまでの事を忘れようとするべく別の話題を出した。

「折紙はいつ退院出来るんだ?」

「明日か明後日には復帰可能」

 入院とは言え真那以外はそこまでの重傷を負っていない。ただ気を失わされたくらいの物だ。十香にいたっては絆創膏を張ったら直ぐに元気になって炊飯器を空にするくらいにご飯を食べていた。

「良かったよ、明後日からは学校に来れるんだな」

「そう……」

 折紙はギュッとベッドのシーツを握り締めて無数のシワを入れた。折紙のその仕草に普段とは違った雰囲気を感じ取れた。士道は怪訝な顔をしながら折紙の体を揺さぶった。

「本当に平気か?」

「平気。それより士道、時崎狂三と戦っていた精霊……」

「あー、琴――。強かったな、炎の精霊」

 何故か。士道は反射的に琴里の名を伏せた。だがそれで良いのだ。もしこのまま続けていれは士道はとてつもない巨大な爆弾の導火線に火を点けてしまうような気がしたのだ。

「炎を纏った精霊……」

 自然と折紙の瞳に憤怒と憎悪にまみれたおぞましい念がフタを開けて飛び出していた。その迫力に圧されて自然は半歩後ずさりしてしまった。

「私の両親は精霊に殺された」

「ああ、聞いたよ。両親がいない気持ちは俺にも分かる」

「……? あなたには出張中の親がいる」

 折紙に親が出張中という事を話した記憶は無い。

「あの人は俺の本当の親じゃない。俺の本当の親は俺を捨ててどっか行きやがった」

 愛すべき親が殺された事、愛すべき親に捨てられた事、どちらも未熟な少年少女には癒えない傷を残していた。折紙は辛い事を聞いてしまったと思って申し訳ない気持ちになり、直ぐに自分の話に戻した。

「私の親は五年前の八月三日に炎を纏う精霊に殺された」

 折紙の発言に士道は目を見開いて驚愕した。それと病室の窓の奥でぶら下がってこちらを見ているジャズの行動にも驚愕した。

「天宮大火災。あれは謎の火災と世間で言われている。でも私は見た、炎を操りあらゆる物を焼き尽くす精霊の姿を……」

 折紙がうつむき、話している。士道はジェスチャーでジャズに「あっち行け」と手を振っているのだがジャズには伝わらず、立体映像を出してメッセージを浮かび上がらせた。

『まだかかる?』

 ジャズのメッセージを読んで力強く首肯してから心の中で早くどこかへ行ってくれと願っていた。ASTにトランスフォーマーを見られたら一大事どこの騒ぎじゃない。直ぐにこの辺りが戦場と化すだろう。

「士道」

「はい!」

「聞いてる?」

「うん」

 ジッと士道を見詰めてからクルッと背後を見ると窓には誰もいない。目立つ行動をする割にジャズは隠れるのが上手い。しかし士道の寿命が縮んでしまうので変な行動は控えて欲しかった。

「炎の精霊は私の仇、私はあの精霊を葬す為だけに生きて来た。鍛えて来た。ASTに入った」

「士道、炎の精霊について知っている事があれば教えて欲しい」

 炎の精霊が琴里と明かせば折紙は躊躇なく狙って来る。士道の妹であろうとそんな事関係ない。

「ごめん、俺も直ぐに気絶させられて……」

「そう……何か思い出したら私に教えて」

「ああ」

 暗い声で答えると士道は病室を出て行き、トボトボと重たい歩みで駐車場にまで戻って来た。停まっているスポーツカーのドアを開けて乗り込むと士道は暗い表情をしており、うつむいたまま動かない。

 最悪過ぎるケースが発生して士道の頭の中はこんがらがっている。

「元気ないな、士道」

「なあジャズ、もしもなんだけど、大切な人が大切な人の命を狙っていたらどうする?」

「私から見て大切な人で良いんだね?」

「うん」

「私なら命を狙う人を止めるな」

「それが復讐する為だけに生きていた人でも?」

「むしろ復讐が動機なら尚更止めるよ。復讐から生まれるのは破壊と死だけだ。何も生まれない、自分の心も死ぬだけさ」

 ジャズはエンジンをかけて動き出すと士道はまたうつむいたてシートに身を預けた。生きていて腹が立つ事は何度もあった。だが殺したい程に憎んだ事は今まで無かった。折紙は復讐に取り憑かれている、それだけが鳶一折紙という少女を動かしている原動力なのだ。

 一方、病室に残された折紙はやっと両親の仇を見つける事が出来て血が騒ぐ。復帰して一刻も早く討ち滅ぼしたいと憎悪が心の中が煮えたぎっていた。折紙が精霊を相手にここまで自信に満ちているのは、とある実験機体が天宮駐屯地に搬入されたという話を耳にしたからだ。聞けば嵩宮真那が“ナイトメア”を滅ぼす為に使う予定だったが真那がダウンした所為でASTの倉庫に保管されていると言う。

 計算では一個中隊の火力を凝縮した怪物兵器、単機で精霊を狩れるらしい。復讐が終われば後の事などどうでも良い。ASTから除隊されても構わない。病院のベッドで、滅多に笑わない折紙はニヤリと口の両端を吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 一度気持ちの整理と相談をする為に士道は自宅前でジャズと分かれてフラクシナスに転送してもらった。艦橋にはいつものクルーと神無月と令音がいて、艦長席は寂しく空いていた。神無月がその椅子に頬ずりをしているのが見えたが、今の士道はそこに触れる元気は無い。

「令音さん、琴里は?」

「回復に向かっている。顔色が優れないようだね、シン?」

「ええ……。琴里の事、令音さんはどこまで知っているんですか?」

「五年前に精霊になった……くらいだね」

「大火災について何か、分かりませんか?」

 何か手がかりが欲しいのだ。琴里が炎の精霊であるのは疑いようがない事実だ。しかし琴里が自らの意志で殺害したとはとても思えない。琴里が仇ではない事実を見つければ折紙は琴里を狙わない。士道はそう考えたのだ。

「よろしければ、当時の映像があるのですがご覧になりますか?」

 さっきまで鼻の下を伸ばして琴里の椅子に張り付いていた神無月はキリッと鋭い目をして声をかけて来た。

「映像には士道くんと司令らしき人物が映っていますので一度見てみては?」

「はい、お願いします」

 神無月に連れられてビデオルームへ行った士道は画面の前の椅子に座り、神無月は映像を記録されたディスクを探していた。映像は貴重な情報となるのでフラクシナスで厳重に管理してある。

「ありましたよ士道くん」

 神無月はディスクを持って来るとプレイヤーに挿入した。士道は再生ボタンを押してその映像を見た。町は焼けて辺り一体は火の海だ。その中で琴里らしき赤い髪の幼い少女と士道と思しき少年が確認出来た。パクパクと口を動かしているので二人が会話を交わしているのは分かるが、会話の内容までは把握出来ない。

「…………俺と琴里」

「司令ですね。若い頃も可愛い……!」

 映像を見続けていると不意に画面にノイズのような物が入った。

「あれ、おかしいですね。前はノイズなんて無かったんですが」

 琴里と士道が身を寄せ合うその背後に小さなノイズが入る。

「――!? 何だ……」

「すいません、プレイヤーの調子がおかしいみたいで」

 神無月の言葉はそっちのけで士道は画面を睨み付けている。

「誰なんだ……お前は!」

「え……神無月恭平ですけど……」

 思わず名乗ったが士道は見ている方を見れば神無月に向かって声を上げていないのは明確だ。

 神無月は眉をひそめて怪訝そうに画面を覗き込んだ。映像には士道と琴里、そして妙な小さなノイズが入っているだけだった。だがそのノイズは士道にはくっきりと人間に見えていた。

「コイツが……琴里にぃ……!」

 ノイズの人間、見た目は三十代の男性の姿をしており、首にかかるくらいの長さのくすんだ黒い髪をしたスーツ姿の男だ。背中からしかその姿を確認出来ない。それでも映像の中からこの存在の邪悪さが伝わって来た。

 するとノイズの男はハッキリと士道の方を向いて来た。切れ長で冷酷な印象を与える鋭い目をした男の顔が窺えた。しかし士道はその男の顔をどこかで見た気がしたのだ。再びノイズの男は背を向けた。

 この時、士道の脳内に邪悪で深淵、狂気と破壊に満ちた声が反響した。

 ――あの方の目覚めは近い……。宇宙は再びあの方が支配するのだ。

 何者か全く分からない声が士道の頭を支配すると、全身から力が一気に抜けて士道は机に伏すように倒れた。

「士道くん! 士道くん! 大丈夫ですか!?」

 尋常ではない事態に神無月は士道の体を揺すったりしたが、反応はなく神無月はすぐ医務室へ運んだ。

 士道が次に目を覚ましたのは翌日の朝である。短期間に二回も医務室で一日の始まりを迎えるとは思っていなかった。

 士道は部屋を見渡してからガリガリと頭をかいて昨日の声が言っていた事を思い出す。言っている意味が不可解な事ばかりである。

「起きたね、シン」

「令音さん?」

 まだ起きていない脳を無理矢理目を覚まさせて士道は白衣を着たその女性を見た。

「寝起きから突然で悪いのだが、君に言う事がある。琴里の件だ」

 琴里と聞いて士道の目がしっかりと開かれて、完全に目が覚めた。

「はい、聞かせて下さい」

「琴里は精霊の力を使えるだろう?」

「はい」

「だがね、その力を制御出来ていないんだ」

 制御出来ていないと聞いて、士道は別段慌てる素振りは無かった。それもそうだ、滅多に使わない力を制御出来ているなど最初から思っていない。

「本題はここからなんだ」

 令音はズレていたメガネを直してから言いにくそうに続けた。

「琴里の体に精霊の力はあまりにも強大過ぎるんだ」

「それで俺は何をすれば」

「単刀直入に言うと琴里の力を封印して欲しい。琴里の体が保つのは残り二日だ。それ以上経過すれば琴里は力の制御が利かず、自らの炎で身を焼く事になる」

「――!? そんな……。それに封印なんてどうすれば」

「いつも君は精霊に何をして来たか忘れたのかい?」

 令音の言葉で琴里に何をすれば良いのか全て察しがついた。

「き、キス……ですよね」

「そうだ」

「いやいやいや! 俺と琴里は兄妹ですよ!?」

「しかしやらなければ琴里が死ぬ。まあ安心してくれ、琴里にもこの事を伝えてある」

 ちなみにその時の琴里の反応と言えば、顔中を真っ赤にしてうろたえていた。

「今日はこれからデートの準備をする。明日は琴里とデートだ」

「わかりました」

 問題は山積みだ。折紙の復讐に琴里の封印にヘンテコなノイズ野郎と珍妙キテレツな事態が次々と発生しているのだ。

 

 

 

 

 本日のオートボット基地ではパーセプターが新しい道具を開発してそのお披露目会がおこなわれていた。参列者はオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ワーパス、十香に四糸乃と言うメンバーである。グリムロックは奥の部屋でまだ寝ている為、不参加である。

「さあ、さあ、みんな、これから私がお披露目する道具はだね私が何日もかけて計算や失敗を繰り返した物なんだ。この道具を上手く使えばありとあらゆる――」

「前ふりはいいから早く見せろよぉ!」

「そうだそうだ、私もその道具が気になるのだー!」

 待ちきれないワーパスと十香ははやし立てる。

「わかったよ、全く私の説明はこれからなのに」

 パーセプターは台の上に乗っていた小さなアンテナが特徴的で取っ手とトリガーがついた機械を見せて来た。大きさは人間で例えるとハンドガンくらいのサイズで意外と小さい方に驚いていた。

「マインド転送システムです」

 自信満々で誇らしげな顔をして見せるのだが、優秀な科学者の感性など持ち合わせていない他のメンバーは頭の上に疑問符が浮かぶだけで何の驚嘆も感動も湧き上がって来ない。それに“マインド転送システム”と聞いて良いイメージなど持たないだろう。

「パーセプター、それを何に使えば良いのか私達に分かるように教えてくれるかい?」

 パーセプターの科学者としての技量を信用しているオプティマスは説明を求めた。

「はいはい、わかりましたとも。この精神入れ替え装置、人間やトランスフォーマーから意識だけを引っ張り出して他の物に入れておく物です。引っ張り出されて抜け殻になった体は多少は無理な治療をしても平気なのです」

「我々は元から頑丈だが人間は柔らかく脆いぞパーセプター?」

「勿論、人間の耐久力を計算していますよ」

 奇抜な道具を作り出した物だ。

「まだこの道具には改良の余地があります。難点はマインド転送システムがまだ不安定な所があってね。しかしいずれ――」

 またパーセプターの長い説明が始まってオートボット達はやれやれと呆れながら首を横に振った。そんな所に基地の奥からひときわ大きな足音を響かせながら寝ていたグリムロックが起きて来た。まだ眠たいのか頭を押さえながら気だるそうな歩き方で姿を見せた。

「おはようグリムロック!」

「俺、グリムロック。おはよー。四糸乃もおはよー」

「おはよう……ございます」

「気分はどうだ、グリムロック?」

 グリムロックの身を案じるようにオプティマスは声をかけた。尤も、今の今までただ寝ていただけのグリムロックだ、体に何の問題もないだろう。

「俺、グリムロック。平気。お? パーセプターそれ何だ?」

 グリムロックの興味はパーセプターの持っていたマインド転送システムへと移った。不意にオプティマスやアイアンハイドは何か嫌な予感を感じた。

「これはだねマインド転送システムと言ってだねかなり高度な道具なのだよ」

「俺、グリムロック。面白そう! 俺に貸せ」

「ダメダメ、これは繊細なんだ。お馬鹿には扱えないんだよ」

「俺、グリムロック! バカじゃない! ダイノボットで一番頭良い!」

「かもしれないね。でも私から見ればダイノボットの頭がちょっと弱いからね~」

 科学者の目線ならダイノボットは確かにバカの集まりだ。グリムロックは気を悪くしてパーセプターに迫って、強引にマインド転送システムを取った。

「俺、グリムロック。ところでこれ何だ?」

「やれやれ、何かも分からないのに使おうとするなんて」

 とりあえずトリガーがあるのでグリムロックは引いて見た。しかし、アンテナから何か出るわけでも誰かの意識が転送された気配はない。

「コラ! デタラメに触るんじゃない」

「俺、グリムロック。これ壊れてると思う」

 何度も何度もトリガーを引くが確かにマインド転送システムが起動している気がしない。

「まさか、私の計算は完璧な筈だ。何故だろう?」

「俺、グリムロック。それはお前の頭がイマイチだから」

 そう言いながらもグリムロックはトリガーを引き続けているとベキッと嫌な音がした。グリムロックは手元を見てみると引き金を引きすぎて真っ二つに折れてしまったマインド転送システムが残っていた。

「何てことしてくれたんだ、グリムロック」

「俺、グリムロック。壊すつもりなかった、ごめん」

 壊れたマインド転送システムを台の上に置くとパーセプターは肩を落とした。壊された事よりも作動しなかった方にショックを受けているのだ。

「そう気を落とすなパーセプター。失敗は誰にでもある」

 オプティマスはそう言ってなだめた。気を持ち直して研究室で改良に当たろうと折れたマインド転送システムに触れた時だ。カタカタと二つに割れたパーツが震えだしたのだ。更に漏れたエネルゴンが光りだす。

「まずい、不安定な上に衝撃を与えたから爆発する!」

「何だって!?」

「みんな下がるんだ早く! マインド転送システムが爆発す――。ヴッア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァッ!」

 警告を促す最中に大爆発を起こし、オートボット基地の設備はメチャクチャだ。テレトラン1も余波で潰れてしまっている。黒煙が晴れると身を伏せていたオートボット達が警戒しながら立ち上がった。

「みんな怪我はないか?」

 ジャズは立ち上がりながら周りの心配した。

「私は大丈夫だジャズ。十香も無事です」

 アイアンハイドは手を開けると手のひらで十香が怪我一つない姿を見せてくれた。

「こっちも問題ないぜ!」

 四糸乃はワーパスが守ったようだ。

「私も平気です」

 伏せたグリムロックの下敷きになったパーセプターがなんとか這い出しながら言った。

「グリムロックが咄嗟にかばってくれたので助かりましたよ」

 グリムロックが退いて、パーセプターに手を貸して立たせてやった。

「改良は大前提のようだなパーセプター」

「すいません司令官、私のミスです。今度はグリムロックがいじっても壊れないように頑丈に作っておきます」

「ああ、頼むよ」

 

 

 

 

 琴里の封印までの時間は無い。令音からはデートの場所をオーシャンパークと設定されていた。プールから遊園地まで何でもある巨大娯楽施設である。プールに行くという事で士道は自分の水着のついでに十香と四糸乃も連れて行っていた。今回の封印作戦、実は十香と四糸乃も同行するのだ。

 フラクシナスから転送された士道はオートボット基地を見て、開いた口が塞がらなかった。オートボット基地に来れば大抵何か壊れてる、そんな気がしてならない。

 詳しい事情をオートボットと十香等に話すとみんなちゃんと理解してくれた。水着を買いに行くのにグリムロックがついて来ようとしたが、オプティマスやパーセプターがなんとか説得して止めてくれた。

 士道はインカムの状態を確認した。

「令音さん、聞こえますか?」

『ああ聞こえているよ。今回の作戦の意味は理解しているね?』

「はい、俺がその……他の人の水着を見てドキドキしないかの訓練ですよね?」

『そうだ、一回ドキドキする度に君の黒歴史が晒されて行く』

「何そのいじめ!?」

『まあ、多少は緊張感を持てと言う事だ』

 士道には人に見られたら外を歩けない黒歴史が山ほどある。中学の事は士道には全て無かった事にしたいのだ。

 目的の店に着くと十香はいち早く店内に入って士道を手招きして待っている。

「シドー! 早く早く~!」

 四糸乃の手を引いて士道も店に入る。十香や四糸乃は店内に広がるあらゆる水着を見てテンションが上がっている。

「いろんな服があるのだなシドー! ところでこれはどこで着るのだ? これだけでは町をあるけんだろう?」

「みんな、水着は初めてだっけか。水着ってのは――」

「略してMZG対精霊用殲滅兵装の一つ」

 士道の言葉を遮って聞き覚えのある声が大嘘を平静を保ったまま言った。

「正式名称はMZG(メガザラックグランド)着用者から霊波動を感知すると搭載された顕現装置(リアライザ)が駆動、精霊の肉体をズタズタに切り裂くシュレッダーとなってバラバラにする」

 現れた鳶一折紙の説明に十香と四糸乃は顔を青くした。四糸乃は十香の後ろに隠れると背中からチラッと顔を半分だけ出して見ている。 四糸乃は折紙によしのんを撃ち抜かれたトラウマがある。そう簡単に取り払える垣根ではない。十香は普段から折紙といがみ合っている所為か慣れている。

「折紙、もう復帰して大丈夫なのか? 復帰は明日だろ?」

「元々怪我は少ない。医者からも復帰を許可されている」

「そんな事よりシドー! 鳶一折紙が言っている事は本当なのか!?」

「ンなワケな――」

「本当、士道は隙があれば夜刀神十香とハーミットを抹殺する気でいた」

「嘘だ! シドーがそんな事する筈ない!」

「わたしも……そう……思います」

「士道は人間、精霊とは水と油。本心ではあなた達を殺す気満々」

「そんな……シドーが……嘘だ」

「だから、バレバレの嘘に騙されんなよ……」

 呆れながら士道が言うと十香は、ハッと我に返って冷静になった。

「おのれぇ鳶一折紙、私をたばかったな……!」

 これだけ簡単に騙せるのであれば容易く誘拐されないか心配である。

「騙されるそちらが悪い。ところで士道、私は学校指定の水着しか持っていない」

 来禅高校の水着はスクール水着である。あれはあれでそそられる物があるのだが、遊園地などのプールに着ていくような物じゃない。

「士道に私の水着を選んで欲しい」

「えぇ!」

 腕に絡みつくように寄って、慎ましい胸を押し付けて来る。士道の脈は上がり、フラクシナスにドキドキしている事がバレてしまう。

『シン、ドキドキしたね?』

「いや、今のは……!」

『とりあえずオートボットに君のポエムを送っておこう』

「――!?」

 殿町に送られるよりはマシだがよりによってエイリアンに黒歴史を暴露されるとは思わなかった。

「待て待て、鳶一折紙! 今日はシドーが私の水着を選んでくれるのだ。貴様はお呼びではないのだ!」

「あなたこそ、夫婦の間に入るような無粋な真似はやめて欲しい。葉っぱでも巻いていれば良い」

「いつから夫婦になったんだよ!」

 十香と折紙がいがみ合う中で士道は四糸乃に水着の説明をしておいた。

「あなたが退かないと言うなら私はあなたに勝負を挑む」

「受けて立つぞ鳶一折紙!」

「ルールは簡単、水着で一番ドキドキさせた方が勝ち。勝った者が士道とデートする権利を得る」

「望むところだ!」

 十香と折紙の間にはバチバチと火花が飛び交っており、互いに凄まじい気迫だ。面白い戦いになって来たと思うのはその場にいない者達でありそこにいる士道だけはチクチクと胸を刺されるような痛みが緊張感として出てきていた。

 二人は背を向け水着を探しに離れて行った。この間にも士道は自分の物を探しに行った。競泳用水着ではなく、士道はタボッとしたバミューダパンツを探していた。士道は何かこだわりがあったり、デザインなど気にしたりしないので欲しい物はすぐに見つかった。 そうこうしている内に折紙と十香は試着室へと入り、選んだ水着を着ていた。

「士道、出来た」

 そう言って折紙がカーテンを開けると白く肌を隠す面積が極端に少ないビキニを着て現れた。胸周りが少し貧相だが、ボディラインは美しく、スタイルは完璧としか言いようがない。自然と士道の心拍数が上がってしまった。

『シン、オートボットのみんな君の黒歴史に苦笑いが続出だぞ』

「なっ!?」

 ドキドキしないのが今回の訓練なのに普通にドキドキしてしまった。普段は髪を下ろしているのに今はくくっていると言う変化もポイントが高い。

『難敵だわい』

『士道、私がサポートしよう』

 インカム越しにオプティマスとアイアンハイドの声が聞こえた。またオートボット等の回線がフラクシナスの回線とリンクしているのだ。

『深呼吸だ。息を整えて冷静になるんだ』

「はい、オプティマス」

 顔の熱を冷やすように息を吸って吐くを何度か繰り返す。

「シ、シドー……着れたぞ……」

 恐る恐る十香がカーテンを開けると無地の紫色の水着であるが、ビキニではない。

「可愛いと思うぞ十香」

 士道の心拍数に変化はない。

「あまり……見るな、恥ずかしいではないか……」

 もじもじと恥じらいの仕草を見せると士道の心拍数は劇的に変化した。顔を真っ赤に羞恥心を煽るような仕草は士道の心を揺さぶるのだ。

『士道、君の過去のデータが次々と送られて来るんだが……』

「見ないで下さい!」

『いや、しかし……ふっ』

 鼻で笑われた。

『シン、オートボットの苦笑いが止まらない』

「じゃあ黒歴史の送信を止めて下さいよ!」

『まあ、隠したい過去は誰にでもある。気に病む必要はない。みんなもそう思うだろう?』

『うん……』

『え、ああ……良いんじゃないか』

『俺、グリムロック。士道は結構イタい奴だな』

 もうインカムの電源を切ろうかとさえ思ったその矢先。

「士道……さん……た、助けて……」

 今にも途切れそうな声で四糸乃は助けを求めて来る。

「四糸乃、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……です」

 二人の勝負を一度置いておき四糸乃の入っている試着室の前へ来るとカーテンの端を握った。

「開けるぞ四糸乃」

「あっ、待っ――」

 カーテンを開けるとそこには水着を上手く着れずに半分裸の哀れもない姿の四糸乃の姿があった。同時に士道の興奮度はフラクシナスのデータで最高値を記録した。

『デート権は四糸乃のようだねシン』

 士道はガックリと肩を落とした。まさかの伏兵に敗北した折紙は歯を食いしばり、去って行く。この屈辱をいつか晴らすと深く胸に誓って。

 ちなみに、オートボット基地に帰ってからのみんなの対応はどことなく遠慮気味で変な優しさがあった。まだまだ士道の黒歴史は残っているが、一部でも見られるだけでメンタルがズタズタだった。

 

 

 

 

 翌朝、いよいよ今日が琴里の封印作戦の日だ。なんとしても琴里をデレさせなければ琴里の肉体は自らの炎で焼かれる事になるのだ。

「ふぁ~、もう朝か……まずはベッドを出て顔を洗うのだ。それからシドーと朝ご飯を食べるのだ」

 まだまだ寝たりないが今日の事は聞いているので十香は大きく、丈夫な機械の体を動かした。

「まだまだ眠いが起きるしかないな――あれ? 私は寝ぼけてオートボット基地に来ていたのか?」

 十香は辺りを見渡して見慣れない風景に殺風景な金属の部屋を見てそう勘違いをした。背筋を伸ばして、腰の稼働範囲を確認してから十香は自然を落とした。腕は逞しく太い、赤いカラーリングに頑丈な金属の肌をしている。

 ようやく十香は異変に気付いた。

「むむっ!?」

 勢い良く立ち上がり、十香は金属のドアを開けて廊下へ飛び出すと同じタイミングでワーパスと出くわした。

「ワーパス! 鏡だ鏡はないか?」

「その話し方……十香……さん?」

 活きが良くて騒がしく、血気盛んなワーパスがヤケに内気な話し方をしている。途切れ途切れで臆病な性格が露わになった話し方はまさに四糸乃だ。

「ワーパス……いや、違う……まさか、四糸乃?」

 十香はワーパスから何故か四糸乃の影を感じ取ったのだ。

「十香さん……これ……」

 ワーパスもとい四糸乃は鏡を十香に見せる。

「アイアンハイドではないか、おはよう!」

 手を振り上げて挨拶をすると十香と同じ動きで鏡の中のアイアンハイドは手を挙げている。恐る恐る十香は手を降ろすと鏡に映るアイアンハイドも手を降ろした。頭は悪いが勘が良く察しの良い十香はこの瞬間に全てを理解した。

「…………トランスフォーマーになってるぅぅぅッ!」

「私もです十香さん!」

 十香の悲鳴がこだますると人間用通用口から十香と四糸乃の体がドアを蹴り破って入って来た。

「オレの体がどっか行ったんだが知らないか!?」

「私が十香になっているんだ!」

 通用口から飛び出して来たのは四糸乃の体に入ったワーパスと十香の体に入ったアイアンハイドである。

 そしてアイアンハイドの体には十香が、ワーパスの体には四糸乃の意識が入り込んでしまったのだ。こんな現象に心当たりがあると言えば、昨日のマインド転送システムが原因であるとしか考えられない。

「どうした、朝から騒がしいな」

 悲鳴やら叫び声がしたのでオプティマスとジャズは奥の部屋から顔を出して来た。

「大変なんだジャズ! オレの体が!」

「……おや、四糸乃はそんな荒っぽい話し方はしないんだがね。気分でも悪いのかい?」

「オプティマス、私の体がアイアンハイドになってしまったのだ! 助けてくれ」

「君がアイアンハイドで良いんだよ。いや、待てよ……喋り方が十香のようだ」

 まずは混乱した気持ちを落ち着けるように四人をなだめて、それから話を聞いた。四人の話で共通しているのは、昨日までは平気で起きたら体が入れ替わっていた。意識が入れ替わっただけで声や能力は肉体の持ち主が出来る範囲でしか使えない。

 つまり、トランスフォーマーが天使を呼び出したり人間がトランスフォームは出来ないのだ。むしろ人間がトランスフォームしたらかなりグロテスクな光景になるので出来ない方が良い。

 状況は理解した。するとジャズはパーセプターを呼びに行き、いち早くこの事態を収めてもらおうとした。マインド転送システムを作ったのは彼だし、もしもの事態くらいは想定している筈だ。パーセプターは連れてこられるなり頭を抱えた。

「なんて事だ! まさかマインド転送システムが働いていたなんて!」

「なんとかなんないかパーセプター」

 ジャズは参った様子で頼んだ。

「マインド転送システムは現在改良中なんだ。完成したら元に戻せると思う。開発段階でトランスフォーマーと人間の入れ替えも想定してるからね。ところで、オプティマスやジャズは異常はないのかい?」

「私は異常なしだ」

「ああ、私もだ」

「そうか、ではグリムロックはどうだ? 誰かグリムロックを見た人はいないか?」

 そう聞かれるとみんな互いの顔を見合わせて肩をすくめたり、首をかしげたりして見てない意思表示をした。士道も今朝、会った時は通常だったので大丈夫だろうし、琴里も平気だった。もしもグリムロックが誰かと入れ替わっていたら面倒な事になるのは火を見るより明らか。

「まずはグリムロックを探そう、オプティマス、ジャズ頼めますか?」

「お安いご用だ」

「わかった」

 ビークルモードに変形して二人はトランスフォーマー用の通路を走って基地を出て行った。さて、問題はこれからだ。今日はデートと言うのに中身が入れ替わっている。もちろんこの件は士道や琴里にも話すつもりだ。中身が入れ替わった以上、この状態で動向するしかないし、十香や四糸乃にはトランスフォームを今日中に覚えてもらう必要があるのだ。でなくては移動や擬態という面に支障を来たす。アイアンハイドとワーパスには、人間の立ち振る舞い、ワーパスは特に大人しくするという事を覚えてもらわなければいけないのだ。

 琴里とのデート、どうやら波乱はまだまだ続くようだ――。



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15話 折紙×リベンジ

 体が入れ替わったアイアンハイド、ワーパス、十香そして四糸乃はこの事をまず士道に伝えた。本来起きる時間よりも四時間も早くに起こされてまだまだ眠気が晴れない所だったが、入れ替わりの件を聞くと瞬く間に眠気は吹っ飛んだ。そして今、アイアンハイドとワーパスは少女の姿で五河家のリビングに座って朝食を食べていた。

 初めて食べる人間の料理にアイアンハイドもワーパスも感激の言葉が止まらない。ただの食パンと目玉焼きなのだが、二人は上質なエネルギーを摂取しているかのように喜んでいる。妙に落ち着きを払った十香と豪快な四糸乃、本人ではないにしても士道の目にはそう映るのだ。

「いやあ、士道は一流シェフだな! これが人間で言うほっぺが落ちる美味しさって奴か!」

「アハハ……これくらいで喜んでくれるなら嬉しいよ」

 男口調の四糸乃に違和感を覚えながらも士道はパンにバターを塗った。

「ところで十香と四糸乃は?」

「私達の体で今はトランスフォームの練習をしている」

 大人びた落ち着いた口調の十香に違和感を感じつつ、士道はまた質問を投げかけた。

「トランスフォームって練習がいるのか?」

「そうだ。最初のトランスフォーマーは変形を訓練して身に付けたそうだ。人間で言う所の……そうだな……」

 アイアンハイドはテーブルに置いてある物を見渡してから箸を手に取った。

「この箸を操るのは当たり前に使えるが、みんな当然のように訓練した筈だ。我々のトランスフォームもそう言った物だ」

「やりゃあ当たり前に出来っけどよ練習は絶対にいるんだ!」

 トランスフォームに練習がいるとは士道は思いもしなかった。単なる機能の一つだとばかり思っていたからだ。それにしてもワーパスもアイアンハイドも初めてナイフとフォークを使うというのにその扱い方は上手く、食べ方もとても綺麗だ。食べ終えた後なのに目玉焼きが乗っていた皿に食べカスは一切ない。朝食を終えた後の所作も上品であった。

「何か……丁寧だな」

「我々は地球に到着した際にあらゆる情報を仕入れている。地球人には地球人のマナーがあるのだろう?」

「う、うん。でもそんなに強く意識した事はないけどな」

 アイアンハイドは食べ終えると食器を流し台に持って行って水に浸けておいてから席に戻って来た。

「この件だが、琴里には伏せていようと私は思う」

 アイアンハイドが話を切り出した。

「え、何でですか」

「琴里には余計な心配をしてデートの気を散らして欲しくない」

「安心しろよ。オレ等は普段のアイツ等を完・璧に演じてやるよ!」

 ワーパスに関しては全く説得力がないが、琴里には確かにデートに集中して欲しかった。こんな珍事件が起こったと知ればそちらに意識が行ってしまうだろう。琴里の生死がかかったデートなのだからなんとしても成功させる必要がある。ワーパス等の心配よりも士道は自分の心配をすべきだった。兄妹間での恋愛的な愛情など滅多に発生しない。デレさせるとは少なくとも恋愛感情で“好き”と思わせるの最低ラインから“結婚したい”と思わせる最大ラインまで幅がある。

 士道は琴里が“結婚したい”とまでは絶対に行かないだろうと思っていた。背もたれに身を預けて今までのデートの経験を振り返っていた。好感度を上げるようなテクニックの基本は相手を褒める事だが、琴里は士道の小細工など見破って来るだろう。

「ごちそうさん!」

 ワーパスも朝食を食べ終わって食器を流し台に入れた。

「人間の文化にゃあいろいろ触れたけどよ人間になってから味わうと感じ方が違うもんだな!」

「食文化だけはこうした数奇な出来事に合わない限り触れる事は出来なかったなワーパス」

「トランスフォーム出来ねえのが気に食わねえが、意外と楽しいもんだぜ! 士道がいつにも増して身近だしよ!」

 こうも前向きに考えられるのは正直な所士道は羨ましかった。

「なあ士道、そういや今日はどこ行くんだ?」

「オーシャンパークって言っても分からないか。プールだよ」

「プールか! でもよオレぁ水着なんざ持ってないぞ」

「昨日買ってきてあるんだ」

 ふと、アイアンハイドは自分の胸を両手で掴んだ。

「この体に合う水着があるのか?」

「だ、大丈夫。十香の分も買ってあるよ」

 十香の体がいかに魅力的かアイアンハイドは分かっていない。突然、自分の胸を揉み初めて士道は顔を赤くした。

「デートまで時間があるが、私達は何をすれば良い?」

「テレビでも見ていたら良いんじゃないか?」

 テーブルの上のリモコンを取ってテレビの電源を入れた。ちょうど朝ドラが放映していたので二人はソファに移ってからドラマを見始めた。その間に士道は食器の片付けを始めた。食い入るようにアイアンハイドとワーパスはドラマを凝視してそこから動かない。ハマるとは思ってもみなかった。

 内心、本当に大丈夫なのか心配になる士道であった。

 

 

 

 

 昨日の話。

 水着対決で四糸乃に敗北した折紙は悔しさに打ちひしがれながらASTの駐屯地へと帰って来た。グリムロックの攻撃で破壊された施設は勿論、修理は終わって怪我を負った隊員の殆どは戻って来ている。

 タンクトップ姿に下は迷彩柄のズボンにブーツ姿の燎子は更衣室へとやって来た折紙を見て目を見開いて驚いた。

「折紙!? 退院したなら退院したって言いなさいよ!」

「謝罪します。今日から退院しても大丈夫と医者から言われた」

「そう、なら良いけど」

 燎子の首筋や背中はぐっしょりと汗で濡れて鎖骨から微かに汗が垂れた。たった今訓練が終わった所なのだろう。折紙も服を脱ぎ始めて制服へ着替えだした。

「ナイトメアにはまんまと逃げられたわね。あの炎の精霊が現れなかったらどうなってたか。精霊同士でぶつかってくれて助かったわ」

 水分補給をしながら燎子が言った。炎の精霊と聞いて折紙は途端に表情を変えて燎子の方を向いた。

「隊長、炎の精霊について教えて欲しい。それと最近、搬入された新兵器についても」

 燎子は眉をひそめてから、諦めたようにため息を吐いた。折紙が筋金入りの頑固者という事は最も理解しているし、部隊では無茶をするので保護者のような立ち位置の燎子は気になっていた事を聞いた。

「折紙、何でそこまで精霊を殺す事にこだわるのよ? ASTだからってあなたは異常よ」

 折紙は荒っぽくロッカーのドアを閉めると攻撃的なオーラを放ちつつ、憎悪に満ちた声で言った。

「私の両親は精霊に殺された」

 燎子がその件に関しては初耳だった。両親の仇の為に戦っている。確かに自暴自棄に似た戦い方も頷ける。他を圧倒する身体能力や実力はただ復讐を成就する事をエネルギーに努力で手に入れた物だ。

「ごめんなさい、悪い事を聞いたわね」

「構わない」

 止めても止まらないだろう。燎子は折紙の復讐の手伝いをしているようで酷く気が乗らないが、言って聞くタイプではない事くらい把握している。折紙を先に兵器庫のピットに向かわせて、燎子は一度シャワーを浴びた。全身の汗をお湯と共に流していきながら燎子は困ったように後頭部をかいた。

 シャワーを浴び終えた燎子は兵器庫のゲートをくぐって中でピットで待つ折紙の下まで歩いて行く。

「先に新兵器の方から話そうかしらね」

 燎子は大きなディスプレイに純白の装甲に二本のアームらしき装備が特徴的でそれ以外は一般のCR-ユニットとは思えない程の重々しい武装を背負っていた。

「“ホワイト・リコリス”AST一個中隊の火力を丸ごと一個に集めたような兵器よ」

 兵器とは思えぬ美しい装甲の斜面や直角、滑らかな造りに感動さえ覚える。

「これなら精霊に勝てる?」

「残念だけど、あんたに使用の権限はないのよ。本来は真那が使う筈だったんだけど肝心の真那が寝込んじゃってるし。それに“ホワイト・リコリス”はね何人ものテストパイロットを廃人に追い込んだ欠陥機でもあるの」

 ホワイト・リコリスは現在、調整中だ。もしも真那が起きた時に直ぐに稼働出来るように整備だけは完了させようとしているのだ。

「もう良い? 次は炎の精霊だけど、なにぶん映像が荒くてね」

 映像では炎の精霊が現れた所から屋上へ降りて来るまでの短い瞬間を記録されていた。幸いにも士道の映像は取られていない。炎の精霊を見た時、折紙の脳裏に電光がほとばしった。服装が違っても折紙にはちゃんと見破る事が出来た。炎の色や形から五年前の忌まわしき記憶が蘇って行く。町を焼き、人を焼き、大切な何もかもを灰にした怨敵をどれだけ探したか。怨恨に取り憑かれた折紙の心を満たすにはもう復讐しかない。

 それが最愛の人の妹であっても変える気はない。

「五河……琴里」

 驚愕と狂喜が混ざり合った声で折紙は名前を呼んだ。

 刹那、折紙の意識は不意に遠のき肉体はそのまま崩れるようにして倒れてしまう。咄嗟に燎子が体を支えてから大きな声で呼んだ。

「折紙!? 大丈夫! ったくまだ退院出来るような状態じゃあないじゃない!」

 燎子は医療班を呼んで折紙を医務室へ運ばせた。やれやれ、と首を横に振って呆れかえる。いくら仇の為とは言え折紙の無茶は度を超えている。一度、キツく叱っておく必要があると燎子は胸にそう決めた。ホワイト・リコリスが映っている画面を切って燎子は整備士に挨拶を言って兵器庫を出て行った。

「日下部三尉!」

 甘ったるい声で名前を呼ばれて声がした方向に目をやると、栗色の髪を黄色のリボンで可愛らしくツインテールに結った小さな女の子が慌てた調子で走って来ている。燎子の半分程の年齢の岡峰美紀恵は走っている最中に自分の足を踏んで、つんのめって倒れた。鼻を強く打って、涙目にしながら美紀恵は立ち上がると燎子の側まで走り寄って来た。

 およそASTとは思えぬほんわかした間の抜けた性格の美紀恵はASTに入ったばかりの新人であり、実力はお世辞にも優れていると言い難いが、根性と気合いだけは一流と燎子は見なしている。

「どうしたのミケ?」

「お、折紙さんが倒れたって聞いてあたし……いても立ってもいられなくて!」

 折紙を慕う数少ないこの少女を落ち着かせるように燎子は肩をポンポンと叩いてから折紙が安心であると説明した。

「折紙なら医療班に運ばれたから大丈夫よ。目立った怪我もないし平気」

「良かったです、折紙さんが死んだらあたし……どうすれば良いか」

「あれはそうそう死なないわよ」

 ちょっとやそっとで死ぬようなタマではないのは確かだ。美紀恵の表情はパァっと明るくなって行くのが分かった。年の割に子供っぽい所が多くて、からかってやると反応が面白くてやめられない時がある。

「あの日下部三尉! 折紙さんのお見舞いに行きたいんです」

「行くのか構わないけど、今は検査の最中だから会えないわよ? まあ明日くらいにしなさい」

「はいです! その時はあたし、お弁当とかいっぱい持って行きますね!」

 ピクニック気分なのか分からないが、無邪気で一途な美紀恵を見ていると燎子の固い表情も少しは緩んだ。

 

 ――と、これが昨日あった出来事である。

 

 そして今日。

 士道が琴里とデートをする日にASTでも事件が起こった。昨日は突然、意識を失ってしまった折紙はゆっくりとまぶたを開けて眠気の晴れない顔で起き上がる。目を開けた先には心配そうに瞳を潤ませて折紙を凝視している美紀恵の姿が確認出来た。折紙が起きた事に心底、大喜びして美紀恵はぴょんぴょんと飛び跳ねて回った。

「やったやった! 折紙さんが目を覚ましましたよ日下部三尉!」

「ええ、良かったわね。気分はどう折紙? 直ぐに復帰しろとは言わないから今日はゆっくり休みなさい」

 折紙の体を気遣ってそう言う。肝心の折紙はキョトンとした顔で周囲を見渡しており、普段の様子とは異なっていた。最初は何が起きたのか認識出来ていないのかと予想して気にはしなかったが、燎子が感じた違和感は異変へと変わる。

「お前、見覚え、ある」

「は? 当たり前でしょあなたの上官よ。それに上官にお前ってのは感心しないわね折紙」

「折紙? 誰だそれ」

 記憶障害かと思い、燎子は訝しい顔をした。美紀恵も普段とは違う折紙に心配そうな顔をした。

「折紙ってあなた名前でしょ? 忘れたの? 本当に大丈夫?」

「折紙、違う。俺、グリムロック」

 自分をグリムロックと名乗りだした時、何かのジョークかと思ったが折紙がジョークを言うなどあり得ない。

「グリムロック?」

 その忌まわしい名前に燎子は露骨に嫌な顔をした。

「折紙、休んでなさい。もう一度検査してもらうわ」

「折紙さぁ~ん! 良かったですぅ~! 元気そうで本当に安心しましたぁ~!」

 ぴょい~んとジャンプして折紙へ抱き付くと美紀恵は違和感を感じた。普段の折紙ならかわすなりカウンターを決めて来るなりするのだが、今日は無抵抗で美紀恵に抱きしめられていた。

「折紙さん?」

 美紀恵は首を傾げた。普段とは違っても今は構わないと美紀恵は更に力を入れてギュッと強く折紙を抱きしめてクンクンと匂いを嗅いだ。

「俺、グリムロック。お前誰だ?」

「へ? 嫌ですね~折紙さん、あたしですよミケです。折紙さんのパートナーですって!」

「俺、グリムロック。こんな弱そうなパートナーいらない」

 すっかり人が変わってしまった折紙、そしてこの頭の悪そうな喋り方はまさしくグリムロックだ。そう、マインド転送システムの影響はグリムロックにまで及んでいたのだ。

 グリムロックは医療班に電話をかける燎子を見ていて過去の記憶を振り返っていた。どこで見たのか、あまり思い出したくはないが気になるのでグリムロックは頭を抱えて記憶の糸を辿った。

「酷いですよ折紙さぁん! 今は弱くてもいつかは折紙さんの背中を預けられるだけの立派なASTになってみせますです!」

 美紀恵の放ったASTという言葉を引き金にグリムロックの記憶は連鎖的にあらゆる事を思い出し、そして同時に燎子の顔も思い出したのだ。

「AST……!。俺、グリムロック。お前達許さない!」

 折紙の体と入れ替わったグリムロックは布団の上に乗っている美紀恵を軽々と跳ねのけてベッドから飛び降りた。ASTの隊長を葬らんとグリムロックはいつもの要領で尻尾を振る。ところが今は折紙の体、自慢の尻尾はなく、ただお尻を振っているようにしか見えない。

「あれ?」

「……寝ときなさい折紙」

 明らかにいつもと違う折紙に戸惑いながらも燎子は電話を続けた。

 今のグリムロックには強靭な顎も鋭い牙もないのだ。グリムロックは自分の格好をもう一度見渡してから人型であると確認して納得したように頷いた。

「ねえねえ、折紙さん! せっかく起きたんですからご飯でも行きましょうよ!」

 いざ、戦わんと意気込んだ矢先に美紀恵のご飯という誘惑にグリムロックは心を揺さぶられた。

「俺、グリムロック。お前ご飯持ってるのか?」

「はい、それより折紙さんさっきからその喋り方どうしたんですか? それよりグリムロックって誰ですか」

「俺、グリムロック! これが俺の喋り方! それより早くご飯よこせ」

「そうですね、今日はあたしがお弁当を作って来たんですよ!」

 嬉々として語る美紀恵よりグリムロックの意識は弁当の内容が気になってしょうがない。

「あ、ちょっと待て。俺、グリムロック。邪魔な奴やっつける」

 グリムロックは立ち上がるや否や燎子の肩を掴むとそのまま後ろに引き倒した。尻餅をついた燎子はグリムロックを睨み付けて語気を荒くして言った。

「痛いわね! 何するのよ!」

「俺、グリムロック。飯の最中に襲われないようにお前、倒す!」

 グリムロックが折紙の体で燎子に掴みかかると燎子もそれに応戦した。手と手を組んで力の競り合いをするのだが、仰向けの燎子は圧倒的に不利だ。体重をかけてグリムロックは燎子の腹に膝蹴りを入れて気絶させると布団のシーツで燎子を縛り上げた。

 意図も簡単に制圧された燎子は口にシーツを噛まされて声をまともに上げれずに鋭い眼光を向ける以外の抵抗が出来なかった。グリムロックは燎子を担ぎ上げてから掃除用具箱に放り込み、パンパンと手を払った。

「さ、ご飯よこせ。俺、グリムロック、腹が減ったぞ」

 唖然としながらも美紀恵は弁当のフタを開けて恐る恐るグリムロックへ差し出した。ふりかけのかかったご飯やタコさんウィンナーにからあげ、玉子焼きが入っていた。人間の料理は初めてのグリムロック、強いて言うならば焼き魚くらいしか食べていない。箸の使い方など知らないグリムロックはそのまま手掴みでウィンナーを口の中に放り込んだ。

「俺、グリムロック! 人間の料理美味い!」

「折紙さん、ダメですよ箸使わないと。それにさっきから自分の名前間違えてますし」

「折紙、違う。俺、グリムロック。ダイノボットのリーダーだ!」

 すっかり人が変わったように幼くなった折紙。美紀恵にはそう見えている。どうしたものかと勘考した末に美紀恵は、今のノリに合わせる事にした。燎子が縛られて捕まった今、抵抗しても無駄だと分かっている。それに既に医者を呼んであるので来たら診てもらえば良いと思った。

「うぅ~……何だこの棒」

 頭をひねりながらグリムロックは箸を太鼓のバチのように両手で握っている。

「えっと、折紙さんって……箸使えましたよね?」

「グリムロックだ!」

「ああ、グリムロックさん」

「俺、グリムロック。箸なんて知らない」

 美紀恵はピンと閃いた。箸の使い方を知らず、何故か人間の知識に乏しい今ならリード出来ると判断したのだ。美紀恵はグリムロックから箸を受け取ると玉子焼きを掴んだ。

「はい、グリムロックさん。あ~んってして下さい」

「あぁ?」

 何の事か分からずにポカンと口を開けた隙に美紀恵は玉子焼きを口の中へ押し込んだ。

「むぐっ、むぐっ、変な色、けど味美味い」

「喜んでもらえて嬉しいです」

「俺、グリムロック。次はその茶色いの食べたい」

「からあげですね、良いですよ」

 箸でからあげを挟んでからグリムロックの口へと運ぶ。もぐもぐと口を動かしてからあげの味をしっかりと味わって堪能している。美紀恵が作った弁当を綺麗に平らげたグリムロックは、ポンとお腹を叩いて満腹を意を示す。

「俺、グリムロック。お前、料理上手いな。名前何て言うんだ?」

「へ……岡峰美紀恵ですよ。私の事忘れたちゃったんですか!?」

「俺、グリムロック。お前の事知らない」

 いくらおかしくなっていると言っても折紙の姿で言われるとショックを隠せない。

「腹もいっぱいだし、行くか」

 グリムロックは大きく背伸びをしてベッドから立ち上がったかと思うと病室に白衣を着た医者と思しき男性が入って来た。燎子から折紙がおかしくなったと報告を受けてやって来たのだ。

「鳶一折紙一曹、怪我は無いにしても安静にしていて下さい」

「何だお前ッ!」

 グリムロックは威嚇するように怒鳴った。その時である。

 掃除用具箱に閉じ込められていた燎子は無理矢理飛び出して来ると腕力だけでシーツを引きちぎっていた。そして口を塞ぐシーツを剥ぎ取る。

「折紙ィ……!」

  怒りは頂点に達した燎子の迫力は美紀恵が血の気を引いて反射的に後退りする程だ。

「よくもやってくれたわね……ちょっと好きにさせてやったらつけあがりやがってぇ!」

 燎子が緊急用のワイヤリングスーツを展開、随意領域(テリトリー)を張り巡らすと跳躍して折紙の寝ていたベッドをパンチで粉砕した。グリムロックは軽々と避けてから美紀恵を小脇に抱えて病室から出て行ってしまった。

「待てぇ折紙ィ! どこまで追いかけてやるからな! お前の脳波を追ってどこまでもな!」

 

 

 

 

 デートの時刻、天宮公園の時計の下で待ち合わせをしている士道はケータイの時間を確認してから顔を叩いた。

「士道、待たせたわね」

 聞き慣れた声に士道は顔を上げて立ち上がった。目の前にはいつもと変わらぬ妹の姿が、いや、少し色気を出している。意識はした事がなかったが、琴里も十分に美少女の域にいる。

 ボーっとしている士道に琴里はイラッとして不機嫌そうな声で言った。

「女の子がおめかしして一言もなし? いの一番に教えた筈だけど?」

「悪い、見とれてて」

「見と――!? へぇ……妹に見とれるなんて大した兄ね」

「違う、変な意味じゃないからな!」

「おはよう士道」

 やけに落ち着いた調子の十香の声がした。令音に服選びを手伝ってもらって可愛く仕上げてもらったアイアンハイドとワーパス。

「士道、どうして十香と四糸乃がいるの?」

「えっと……今回はそう言う方針で」

 士道は震え声で答えた。それは琴里の背後に圧力のような威圧感が溢れていたからだ。

「オッス、琴里!」

 ワーパスはいつもの調子で挨拶した。

「え!? 今、四糸乃が言ったの?」

 アイアンハイドはワーパスを肘で小さく小突いて耳打ちした。

「バカッ、今は四糸乃を演じるんだよ」

「あ、ああ、分かってるさ。ってかよ四糸乃って琴里を何て呼んでんだ?」

「知るか、年も近そうだし……“こーちゃん”とかだろ」

「わかった――おはよう……ございます、こーちゃん」

「こーちゃん!? どうしたの四糸乃?」

 突然、愛称のような呼び方をされて琴里は声が裏返った。

「まあまあ、琴里……何か……四糸乃はちょっと驚かせたかったんだよ」

 士道はどうにかして出来るだけのフォローをして見せた。勘の良い琴里でも流石に中身が入れ替わっているなど予想もしていない。

「じゃあ、デートに行くか」

「そ、そうね」

「オーシャンパークまではアイアンハイドが送ってくれるからさ」

 もちろん、士道の言うアイアンハイドは十香の意識が入った方を言っているのだが、ついつい反射的にピクリと十香の体が反応してしまう。

 士道は公園の外を指差した。

「ほら、あそこに停まってるから乗ろう」

 公園の前にはピックアップトラックと戦車が停車している。

「シドー、私はいつでも発進出来るぞ! 行こう行こう!」

「…………。今日のアイアンハイド、十香みたいね」

 ギクリとしたが士道は苦笑いで受け流して車に乗った。トラックの中に乗るとアイアンハイドとワーパスは後ろについて来る戦車の方に乗った。

「なんつーか……自分に乗るって変な感覚だな」

 ワーパスは率直な感想を述べた。

「ワーパスさん……動いて……良いですか……?」

「おう、大丈夫だ」

「落ち着くんだよ四糸乃、焦る必要はないからね」

 四糸乃の口調でワーパスが喋っていると思えば内心、不気味さを感じるアイアンハイドであった。

 一方、十香に乗っている士道と琴里だが、普段はガラッと雰囲気が変わったアイアンハイドに琴里は怪訝な顔をせざるを得ない。

「シドーシドー! 次はどこを曲がれば良いのだ?」

「ああ、次は右だ」

「よし、右に左折だな!」

「どっち行く気だ!」

「…………。ねえ、本当にこれアイアンハイドなの?」

 琴里はコンコンと指で車内をつつきながら聞いた。

「もちろん、アイアンハイドだよ」

 ジッと琴里は訝しげに士道の方を見て来る。何とかごまかせないかと士道は密かに令音と連絡を取った。

「令音さん、すいませんがフラクシナスから十香に口調について指摘してくれませんか?」

『お安いご用だ』

 令音が注意をすると効果は直ぐに表れた。

「シドー殿、次はどこに向かうでござるでしょう」

 士道は再びインカムに声をかけた。

「すいません、令音さん十香に何て言ったんですか?」

『男らしくと伝えたんだが……』

「次はどこに曲がるで候!」

 士道は苦い顔をしながらもう何も言わなかった。

 

 

 

 

 オーシャンパークに到着した士道一行、十香と四糸乃は駐車場で待機を指示された。間違っても変形しないようにと十香に何度も念を押して伝えておいた。既に疲れ切った顔で更衣室のベンチに士道は座っていた。先が思いやられるとはこの事である。

 水着に着替えた士道はプールサイドに立って三人を待っていた。ドーム状の屋根にスライダーや流れるプール、子供用の水深の浅いプールや多数のプールが揃っていた。

「待たせたわね」

 士道が振り返ると水着に着替えた琴里、それとアイアンハイドにワーパスがいる。可愛らしい少女の水着姿だが、士道は不思議と琴里以外にドキドキはしなかった。それもそうだろう、中身がオッサンであると分かっていたら興奮も何も起きない。

「琴里、その……綺麗だし良く似合ってるよ」

 士道が褒めると琴里はまんざらでもない表情で頬を赤らめると、目尻と口を吊り上げて聞いて来た。

「へぇ、じゃあ具体的にどの辺が良いの?」

 この時、フラクシナスでは三つの選択肢が用意されていた。

 一、琴里なら何でも似合うよ。

 二、水着がセンス良いね。

 三、膨らみかけの胸がたまらないよ。

 指揮権の全てを任された神無月はインカム越しに指示を出す。

『士道くん、三番です』

「ふ、膨らみかけの胸がたまらないよ」

「ふぇっ!? いきなり何言うのよ!」

 琴里はなんだか恥ずかしくなって両手で胸を隠した。

『キタァァァ! 司令の恥ずかしがる姿がたまりません! ふっふー!』

 興奮した神無月の声がしてからインカムにノイズが入った。しばらく音が消えているとインカムからオプティマスの声が聞こえた。

『士道、神無月さんの代わりに司令官をして欲しいとフラクシナスのクルーが連絡があった。これから、私が指示を出す』

「は、はい、ありがとうございます」

 神無月よりは真剣に考えてくれるだろうが、問題はオプティマスに恋愛の何たるかを理解しているかだ。

「士道、私とワーパ――四糸乃は他を回って来ても良いかい?」

 アイアンハイドは気を利かせて士道と琴里を二人きりにしてやろうと考えて提案したが、ワーパスは――。

「えー、何でだよアイアン――ゴホッ!?」

 ワーパスが口を挟みかけるとアイアンハイドは思いっきり肘打ちを入れて黙らせた。二人きりの方が琴里も本当の自分を曝け出せると思ったし、何よりもワーパスがボロを出しそうで怖かったのだ。

「うん、自由に遊んでくれ」

「良いの? もし何かあって士道がいなかったら精霊の力が逆流よ?」

「心配ないよ。二人共、プールに興味津々だから」

 最もらしい理由を言ったが、今の二人に精霊の力はあれど意識がアイアンハイドの為、力を発動する事は無い。

「それで、これからどこへ行く気?」

 ここで選択肢が現れた。

 一、ウォータースライダーで吊り橋効果を狙う。

 二、琴里を浮き輪に乗せて流れるプールに行く。

 三、とりあえず、飯。

 オートボット基地ではオプティマスは画面を見つめながら唸った。フラクシナスのクルーは一と二を選んでおり、やや二に選択肢が集まっている。顔をさすりながらオプティマスはジャズとパーセプターに意見を求めた。

『ウォータースライダーですかね、私の見解では吊り橋効果というのが恋愛に強く結びついていると思っています』

『そうだな、私もスライダーかな』

 フラクシナス側とは逆の意見になり、オプティマスは少し考えると決断した。

『士道、ウォータースライダーだ』

「はい。じゃあウォータースライダーでも行くか」

「ふんっ、子供っぽいわね士道」

「行こうよ、琴里。ひょっとして怖いのか?」

「怖くなんかないわよ! 良いわ、そんなに乗りたいなら乗ってやるわよ!」

 やけになったように琴里は士道の先を歩いてウォータースライダーの頂上までの階段を登りだし、士道もその後に続いた。係員が人数を確認するとスライダーの入り口にまず、琴里を座らせてから士道が背中から被さるように座って来た。背後から抱きしめるような形となって互いに気恥ずかしい思いが芽生える。

 下から見たらスライダーの高さなど大した事はないと感じるのだが、いざ登ってみればその高さに驚いてしまう。士道の想像以上の急斜面に体が強張る。

「士道、引っ付きすぎよ、そんなに怖いの?」

「ちょ~っとな、琴里だってこんなの苦手だろ?」

「ふんっ……私は司令官よ? こんな高い所なんて怖――いぎゃぁぁぁッ!?」

 後がつっかえるので係員は琴里が喋り終わるのを待たずに士道の背中を押した。スライダーを凄まじいスピードで駆け抜け、右へ左へ通路を曲がりながら滑り、最後はガタンと急降下して水の中へと飛び込んだ。

 水面にぷくぷくと泡が立ちだすと士道が水中から頭を出して水滴を払おうと顔を何度も振った。

「やっべぇ! スライダー舐めてたわぁ、メッチャこえな!」

「っ……ぁぅ……っ」

 引きつった、嗚咽にも似た声を抑えながら漏らしている琴里は士道の体にしっかりとしがみついて――。

「おにいちゃん……おにいちゃん……!」

「琴里……泣いてるのか?」

 士道にそう指摘されると我に返ったように水で涙を流して士道から離れた。

「士道、リボン取って……」

「う、うん」

 着水の衝撃で外れて水面を漂っている黒いリボンを取って琴里に差し出す。リボンを奪うように受け取ってから髪を二つくくりにした。

「なかなか、面白いじゃない。この私をここまで驚かせるなんてね」

 と、琴里は強気に振る舞って見せた。

 プールサイドに上がると士道はフードコートのプラスチック製の白い椅子に琴里を座らせて、かき氷を買いに行っていた。メロン味とイチゴ味の二つを買ってからテーブルに持って来る。

「ほら、かき氷」

 士道は笑いながら差し出すと琴里は無言のまま受け取った。

「イチゴ味で良かったか?」

「うん」

「メロン味も食べたいなら一口あげようか?」

「良いわよ、そんなの」

 素っ気ない反応に士道は不安になりながらインカムに声をかけた。

「令音さん、琴里の精神状態は?」

『うん……平坦だね。上がりも下がりもしていない』

「冷え切ってるって訳か」

 どうしたものかと悩んだ時、琴里は不意に席を立った。

「どうした琴里?」

「レディが席を立つ時にそんな質問、あたし以外にしたら死ぬわよ」

 そう言い残して琴里は急ぎ足で去って行った。

 

 

 

 

 その頃、士道と琴里に気を利かせたアイアンハイドとワーパスは、流れるプールに身を任せて流れていた。ワーパスを浮き輪に乗せてアイアンハイドは後ろから押して緩やかな流れに乗って何周もしている。

「人間の体も悪かねえな」

「否定はせんよ、だが早く元に戻りたいものだ。さっきから男の視線が気になってしょうがない」

「そりゃあよ、俺等の姿は今は絶世の美少女の姿だぜ? 人間の男ってのは欲求に忠実だからな」

 アイアンハイドが不快な思いをしていた矢先、四人の髪を金色や茶色に染めた軽薄そうな男がアイアンハイドとワーパスを取り囲んで来た。

「ねえねえ、キミ達だけ? 他に男いないんならさ、俺等と遊ばなぁい?」

 この言葉をワーパスは宣戦布告と受け止めていた。

「いや、男は他にいる」

 アイアンハイドは冷静に断ってみせたが、連中が直ぐに引き下がるとは思えなかった。案の定、気安くアイアンハイドの肩に手を伸ばして来た。

「えぇ~良いじゃんよ、俺等の相手してくれてもさぁ~。どうせつまんねー男だろ?」

「ワーパス、言っても分からないようだ。始末するか?」

「ああ、やっちまおう!」

「今日はパンチだけで勘弁してやる」

 アイアンハイドは気安く触って来る手を払いのけるが、相手はしつこくベタベタと体を触って来るのだ。まずその男にアイアンハイドはアッパーを繰り出す。出来れば鋼鉄の拳で殴ってやりたかったのが本音である。

「よぉーし! オレも加勢するぜ――ってあれ!?」

 アイアンハイドが四人を相手に戦う最中、ワーパスも加わろうとするのだが尻が浮き輪にハマって抜けれなくなっていた。

「爺さん、手を貸してくれ! ケツが抜けねぇンだ!」

「ボウズはそこで見ていろ、こんなチンピラ共私一人で十分だ」

 ワーパスが浮き輪から抜け出そうとしている隙にアイアンハイドは既に四人の男を追い返していた。

「た、助けてぇー!」

「何だこの女!」

「正義の力を思い知ったか!」

 男を追い返してすっきりした様子で叫んだアイアンハイドはワーパスの乗る浮き輪に戻って来た。

「爺さんばっか楽しみやがってよ」

「お前さんがハマっているのが悪いのだろうが」

 ちょっとした騒動のおかげでアイアンハイド達を見る視線は多いに減った事で気を散らさずに遊ぶ事が出来た。

 

 

 

 

 いつまで経っても琴里が帰って来ない事に不安感が募り、士道は琴里を探しに近くのトイレまで走って行った。辺りをキョロキョロしながら歩いているととある休憩所の自動販売機の裏側からなにやら声がした。その聞き覚えのある声に吸い寄せられるように近付き、士道は耳をそばだてた。

「琴里、これ以上は危険だ」

「良いの……薬物くらいじゃあ……死なない……。お願い……おにいちゃんとのデートを最後まで……最後まで楽しみたいの……」

 途切れ途切れの言葉で令音に訴えかける琴里。令音は目を瞑って、ケースから注射器を取り出すと琴里に打った。額や頬の汗が引いて行き、酷い動悸は収まった。

「ありがとう……令音」

「すまない、私は見ている事しか出来ない」

「気にしないで」

 一時的な元気を取り戻して琴里は士道のいるプールサイドに走って行った。道具を片付ける令音の背後から士道は近付く。

「令音さん」

「シン……! まさか、見ていたのか?」

「はい。令音さん、琴里はいつからあの状態なんですか」

「力を取り戻した日からだ。琴里から君にこの件は黙っていて欲しいと希望があった。同情などでデートをして欲しくないのだろう」

「…………令音さん」

 スッと士道は令音の手にインカムを手渡した。

「シン、何を?」

「アイツが純粋な気持ちでデートをしたいなら俺もそのつもりです。サポートも作戦め要りません」

 そう言い残してから士道はその場を後にしてプールサイドのフードコートで待っている琴里の下へ急いだ。士道が戻った頃にはイチゴ味のかき氷は食べ終え、士道のメロン味にも手を出していた。

「琴里」

「あら、あなたもトイレ? さ、次はどこへ連れて行ってくれるのかしら?」

「琴里、直ぐに着替えろ。今から遊園地に行くぞ」

「――! へぇ……箕輪か椎崎の提案かしら?」

「バカ、俺の良い考えだよ」

 士道の耳にインカムが無いのを確認した琴里は、本当に自分の意志で決定したと分かった。

「じゃあ、遊園地の広場に集合な?」

「え、ああ……うん、分かったわ」

 士道はそう言って手を振って分かれた。

 

 

 

 

 AST駐屯地ではグリムロックと入れ替わった折紙が大暴れをし、燎子もここぞとばかりにキレて暴走していた。折紙捕縛用の部隊を編成した燎子は重機関銃を肩に担いで手榴弾を胸にぶら下げ、ナイフを腰に差して、レーザーブレードを片手に戦闘準備完了だ。

「良いかぁ! 今からあのひよっこ折紙の愚か者をとっ捕まえる! 死んでも捕まえろ、良いな!?」

 例の温泉での暴走から燎子がキレた状態を密かに“アングリーモード”と呼ばれていた。折紙はおかしくなるし、燎子のヒューズはぶっ飛んだ。唯一止められる可能性がある真那は入院中で隊員達は泣きたくなって来た。

「散会して折紙を捕まえろ! AST、出動!」

「はい!」

 形式的に敬礼をしてみたものの、殆どの隊員がもう帰りたそうにしていた。

 折紙の詳細は医療班の見解では何らかのショックで自分をグリムロックと勘違いしていると伝えられていた。

 燎子が血眼でグリムロックを探している最中、グリムロックは美紀恵を攫って厨房に来ていた。美紀恵の料理が気に入ったグリムロックは美紀恵にもっと料理を作ってもらおうと考えたのだ。

「俺、グリムロック。お前のご飯もっと食べたい、作ってくれ」

「は、はい。あのグリムロックさん?」

「ん? 何だ?」

「日下部三尉、メチャクチャ怒ってましたけど、大丈夫ですかね?」

 名前を言われてもグリムロックは誰か認識出来ていない。ポカンと口を開けてグリムロックは小首ををかしげた。

「日下部三尉ですよ!? 私達の隊長の!」

「俺、グリムロック。名前言われてもわからない」

「そんな……」

 美紀恵は折紙が記憶喪失に加えて人格が変わってしまったと思い込み、悲しくなってきた。憧れである折紙がいなくなった、そう考えると自然と目に涙を浮かべて大粒の雫が頬を伝った。

「折紙さぁん……忘れないで下さい……もう一度ミケって呼んで下さい……折紙さぁんっ……」

 グリムロックにぎゅっとしがみついた美紀恵は泣きながら懇願するものの、当のグリムロックは鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしている。何が何だか分からないまま、立ち尽くしていると厨房の外から鬼神の如き力強い雄叫びと荒々しいセリフが聞こえた。

「折紙のひよっこ野郎はどこへ行ったァ!? ぶっ殺してやるゥ!」

 物騒極まりない言葉を携えて厨房のドアを蹴り破って入って来た燎子はヘビーマシンガンを威嚇射撃として天井にバラまき、蜂の巣にした。

「ここに居たかひよっこ折紙ィ! ちょっと痛い目にあってもらおうじゃないの」

「俺、グリムロック。飯はまた後で、今はこの弱っちいのやっつける! ついでにこの基地もな」

「やれるもんならやってみなさい! あんたなんか素手で捻り潰してやる!」

 燎子はヘビーマシンガンを捨てると厨房の台を踏み台に飛び上がってから空中でクルクルと前転しつつグリムロックの背後を取ると右ストレートが炸裂、燎子の拳を受け止めると同時にグリムロックは横っ腹にキックを叩き込んだ。随意領域(テリトリー)の影響で蹴りの威力は極限まで弱められる。撫でられるように感じる柔いキックに燎子はほくそ笑みながら腹にパンチをめり込ませ、グリムロックの動きは止まる。

 勝機と睨んだ燎子は愚痴と共に連続的にパンチを繰り出す。

「中間管理職の苦労を舐めるなァァァ!」

 ワイヤリングスーツですらない看護衣姿のグリムロックは随意領域(テリトリー)を展開した燎子と天と地程に力関係が分かれていた。

「俺、グリムロック。あのヘンテコなスーツでアイツ強くなってる」

 攻撃を受けながらも敵の事を良く観察出来ている。頭が悪くなっても敵の観察は戦いの基礎としてスパークの芯まで染み付いているのだ。今は普段の強力なボディではないのを十分に理解しているグリムロックはまずはワイヤリングスーツを手に入れるべく燎子が破って来たドアから出て行った。

「待て折紙ィ! ミケ、あんたは消えなさい」

「へ? 隊長、折紙さんをどうす――」

「早く消えろ! すり潰してミートボールにされたいの!?」

 燎子の怖さに怖じ気づいた美紀恵は言われた通り、その場を離れた。燎子は床に転がしたヘビーマシンガンを担ぎ上げて厨房から出て来ると一人の隊員がうずくまっているのが確認出来た、しかも全裸でだ。歩み寄ってから燎子は事情を聞く。

「鳶一一曹が……急に私のワイヤリングスーツを……」

 グリムロックに無理矢理ワイヤリングスーツをはぎ取られたらしい。と、言う事は今のグリムロックは随意領域(テリトリー)を展開出来る状態にあった。

「……厄介なヤローだわね」

 衣類を剥がれた隊員を残して燎子は通路を歩いていると女性の悲鳴が響いて来たのだ。燎子は悲鳴に真っ先に反応して走り出すと、やがて通路に先ほどの隊員のようにスーツを剥かれた状態で放置されていた。事情はさっきと一緒、グリムロックが襲いかかってワイヤリングスーツを脱がして持って行ったのだ。

 燎子は疑問を感じた。ワイヤリングスーツは一着あれば問題ない。わざわざ複数奪う必要はない筈だ。しばし、グリムロックの行動に対して思案をめぐらしていた。マシンガンを杖のように付いて銃床に顎を置く姿勢で立っていた。

「……」

 もう少し考えていると燎子の脳裏に一筋の電撃が走り、何かを閃いた。

「分かった。奴は自分に合うワイヤリングスーツを探しているんだ……!」

「正解! 俺、グリムロック。今回は力負けしないぞ!」

 背後から声がしてそちらに目を向けるとグリムロックは自分のワイヤリングスーツを着ており、ちゃんと随意領域(テリトリー)を展開しているのだ。グリムロックはASTのCR-ユニットに詳しくないのでワイヤリングスーツを着るだけで武装は一切持ってはいなかった。

「自分をグリムロックと思い込んでいるんなら好都合、積年の怨みを今晴らしてやる!」

 燎子は駆け出してからのグリムロックの顔にパンチを打つ。鋭く素早いパンチをグリムロックはかすかに顔を動かすだけで紙一重で避け、腕に腕を絡みつけながら体重をかけて燎子を床に倒し、腕拉十字固めの態勢に持ち込んだ。抵抗すれば腕を折られる。痛みをこらえて燎子は随意領域(テリトリー)の影響力を固められた右腕に集中させて、十字固めの態勢のグリムロックを持ち上げた。

 宙へ浮いたグリムロックを燎子は地面へと墜落させ、床には蜘蛛の巣状の亀裂が入る。グリムロックは腕を解放した途端に足払いを仕掛け、それを読んでいた燎子はジャンプしてやり過ごす。立ち上がりながら後退するグリムロックに対して燎子は一歩も退かない姿勢で次から次へと打撃の嵐が降り注ぎ、グリムロックは的確に一発一発を防ぎ、払い落とし、防御を成功させる。

 一通りの攻撃が済むとグリムロックはたまたま隊員が持っていたレーザーブレードの柄を握り、白い刃を出現させた。

「へぇ……やる気満々ね。なら私もやってやる! 今日がお前の命日と思え!」

 燎子も標準形レーザーブレード“ノーペイン”を抜いて斬りかかった。グリムロックは燎子の斬撃を身を反転させて避けると束尻で腹に痛烈な一撃をお見舞いした。

 燎子が自然によろめいたと同時にグリムロックは一気にたたみかける。振り下ろされたブレードを防ぎ、燎子は床に転がったマシンガンを掴み、構わず引き金を引いた。グリムロックへ瞬間的に百発以上の弾丸が撃ち込まれるが、どうやら本能的に随意領域(テリトリー)の影響力を腹部へ集中させた所為で弾丸は殆どダメージになっていない。

 燎子が立ち上がる前にグリムロックは一時退散して別の武器を探しに行った。

「逃げるな折紙! お前を絶対にスクラップにしてやるからな折紙!」

 燎子の怒声を背後から浴びながらグリムロックは病棟を出て行って駐屯地の中を走り回っていた。爆弾、マシンガン、ミサイル、そんなありきたりな武器に目もくれずにグリムロックは強力な兵器を嗅ぎ分けるかのように兵器庫の整備所へ入って行った。整備所にはコードに繋がれて調整を完了させた超兵器“ホワイト・リコリス”が待っていた。グリムロックは顎をさすりながら感心した素振りを見せた。

「よし。俺、グリムロック、コイツかっこいいから乗ってみる!」

 後先考えない姿勢、それがダイノボットだ。

 前方へ突き出すブレードと思しき二本の突起の間にグリムロックは立つとなんとなくの要領でホワイト・リコリスを装備して見せた。子供が新しいゲームを始めても勘で操作が分かる、今のグリムロックの要領はそのような物だ。

 装着を完了してスラスターに火が点火すると整備所のゲートを突き破って燎子と美紀恵以下十数人の隊員が乗り込んで来た。

「ここにいたかひよっこ折紙――ホワイト・リコリスですって!?」

 グリムロックがホワイト・リコリスを起動したのを見て、燎子は怒り以上の驚愕に偶然、我に返った。

「折紙、何をしているの!? 直ぐに降りなさい!」

「俺、グリムロック。これでお前たちぶっ潰す!」

「総員退避! ホワイト・リコリスに太刀打ち出来ないわ!」

 スラスターを使って飛び上がったグリムロックは天井を貫き、空高くに浮遊しているのが見えた。詳しい操作は分かっていないので適当な武装を展開しては周囲にミサイルの雨を降らしていた。ASTの現在の兵力ではホワイト・リコリスは止める事も撃破する事も叶わない。兵器庫の外へと逃げた一行は空に浮く小さな要塞に諦めの意識さえあった。

「ミケ、スラスターを取り付けて」

「ほえ? でも隊長、駐屯地内で飛行は――」

「命令だッ!」

「そんな無茶ですよ隊長、倒せっこありませんです」

 そう言いながらも美紀恵はスラスターを取り付けた。

「やれるだけの事はやってみる」

 今はグリムロックがホワイト・リコリスの操作に忙しく背後から飛んで来ている燎子に気が付いていなかった。レーザーブレードを持ち出し、グリムロックに一太刀浴びせようとしたがホワイト・リコリスに搭載された後部レーザー砲が顔を出した。

 自動的に発射したレーザーは燎子に見事に命中して燎子は地上へ真っ逆様に落ちていく。

「隊長だ!」

「やられたんだ!」

「落ちて来る!」

 見事に迎撃された燎子は地面に激突してから何度も転げた。そこへ隊員達が駆け寄って来る。

「隊長大丈夫ですか?」

「ああ、何ともない」

「直ぐに医療班を呼びますよ!」

「大丈夫だと言ってるだろうがッ! 美紀恵はどうした!?」

 スラスターを取り付けてから姿を見ない美紀恵を探すように隊員等は辺りをキョロキョロとしていた。臆病な所はあるが逃げ出すような根性無しではない。

「あ、あれを!」

 一人の隊員が空に向かって指差すとそこにはホワイト・リコリスに真っ正面から向かって行く美紀恵の姿が確認出来た。

「あのバカ!」

 燎子は悪態をついた。直ぐに助けに行こうとしたが、スラスターは破壊されて追い掛ける事が出来ないのだ。

 そして、美紀恵はと言うと。

 ホワイト・リコリスの弾丸とミサイルの嵐に負けずに一発一発を的確に避けて、確実に近付いている。集中が増して、弾丸が腕や足を掠める事も少なくなった。尤もこれは美紀恵の操作技術と言うよりグリムロックが下手くそな所が大きい。反撃や攻撃という考えを一切排除して回避方法を頭の中で組み立てては実行する。下手くそ故に不規則なでどこを狙っているのか分からない為、避けるのが難しい。

 攻撃をかわし続けた美紀恵は遂にグリムロックの攻撃が出来ない領域まで接近に成功した。美紀恵を払いのける手段がないグリムロックは焦りを感じた。美紀恵には攻撃する物を持っておらず、そのままグリムロックに抱き付いた。

「折紙さん、もうやめて下さい! 正気に戻って下さい折紙さぁん!」

 美紀恵が言葉を投げかけると、グリムロックは引き金を引く事を止めた。ホワイト・リコリスは落下を始めて下に降りて行く。そのまま武装を解除してグリムロックは倒れて気を失った。

 端から見れば美紀恵の言葉に正気を取り戻したかに見えたが、実際にグリムロックが止まった原因は他にあった。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋では士道と琴里のデートを監視しており、指揮権をオプティマスに取られた神無月は暇そうにしながら床をゴロゴロと転がっていた。

「士道くん、インカム外してしまいましたね」

 椎崎は映像を見ながらポツリと呟いた。

「司令にはこれで良いのかもしれませんね」

 ジェットコースターやフリーフォールで叫びながらも楽しくやっている琴里を見て中津川は安心したように言った。 お化け屋敷に入って行った二人を見届けて暗い室内で手を繋いだ途端、神無月が飛び上がって叫んだ。

「んがぁ!? 何で手を繋ぐんですか!? ここは暗い場所を利用して司令の柔らか~い胸に触れて、あわよくばそのまま司令の素晴らしい蹴り跡をつけていただけるのに! あ~、司令、お慈悲を~お慈悲を~」 一人で勝手に暴走して床を転がる神無月にクルー達は声をかけようともしない。もう末期な人にもはや言葉は通じないからだ。

「そういえば、アイアンハイドとワーパスはどうなっている?」

 琴里の監視に気を使い過ぎてたった今、二人の事を思い出した。令音に言われて箕輪が映像を切り替えるとウォータースライダーで滑っている姿が確認出来た。

 完全にただ遊びに来ているだけになっているが、この二人がデートで手伝える事などかなり限られているので構いはしない。

 順調にデートは進み、日は沈みかけて空が茜色に染まり、ロマンチックな雰囲気が作り出された。久しぶりに遊園地で目一杯に遊んだ士道は楽しそうに笑っており、琴里もぶつぶつと言って大人っぽく振る舞うが、まんざらでもなさそうであった。

『遊園地なんて本当にいつぶりだったっけ?』

『士道が六年生の時よ』

『良く覚えてるな』

 一端、会話が止んで互いに別々の方を向いている。

「今です。キスするチャンスですよ士道くん!」

「キスだ、行け行け行け行けぇぇぇ!」

「キース! キース! キース! キース!」

 フラクシナス側の声は届かないと言うのに艦橋では熱烈なキスコールが始まっている。

 映像の方では士道が琴里をジッと見詰めている。

『琴里』

『な、何よ士道』

 士道の顔が少し近付き琴里は取り乱しだした。

『待って士道、こんな所で……それにまだ明るいし……その……』

『琴里、今は待てない』

『おにいちゃん……』

 いつになく真剣な眼差しに琴里は魅了されてゆっくりと目を細めて士道に身を任せようとした時だった。

 耳をつんざくような砲声と共に砲弾が真っ直ぐ琴里の方へ飛んで行くと座っていたベンチを半分に削り、砲弾と琴里は一緒にプールの壁にぶつかり、大爆発を巻き起こした。

「緊急事態発生! 高エネルギー反応確認! グリムロックです!」

 

 

 

 

 流れるプールに穴が空き、たまたま着弾地点にいたアイアンハイドとワーパスは空いた穴から吸い出されるように水に飲み込まれて外へ出された。

「イッテぇ~、爺さんさっきの音聞いたか?」

「聞き逃しようがないだろ、あんなもん」

「地球の兵器の音ではないな」

「ディセプティコンか?」

 アイアンハイドは首を横に振ってからそびえるように立っているグリムロックを指差した。

「グリムロック!? マジかよッ!」

 尤も、あのグリムロックの中身が本人かどうかは別の話である。

 

 

 

 

 妹を目の前で砲弾されて普通なら放心状態になってもおかしくないのだが、士道は困惑はしていたが混乱状態ではなかった。

「な、何を考えているんだグリムロックッ!?」

「士道、離れて。そして私はグリムロックではない」

 恐ろしく冷静で憎悪に満ち、徹底して無感情なその話し方は間違いなく折紙そのものだ。士道は直ぐに察した。マインド転送システムの最後の被害者、グリムロックはどういう経緯か折紙と意識を交換していたのだ。折紙にしてみれば嬉しい誤算であった。本来ならばホワイト・リコリスを無断で使用して琴里を始末する算段であったが、目が覚めたら何故かグリムロックになっていたのだ。

 前々から欲していた強大な力が手に入り、折紙はグリムロックの肉体を使って琴里を狙ったのだ。

「その話し方、お前折紙だろ! 自分が何をしたのか分かっているのか!?」

 話し方一つで正体を見抜いて来てくれた士道に対して嬉しく思いながら大きな口を開けて次の砲弾の用意をした。

「そう、私はグリムロックではない。どういう訳か鳶一折紙の、私の意識が入っている」

 琴里が向かって来るならば的確に仕留めるべく折紙はトランスフォーマーのレンズから煙の中を索敵して生命反応を確認した。

「あーあ、随分と行儀がなってないわねグリムロック? どういう訳が説明してもらおうじゃないの」

 味方から砲弾されたと思った琴里は炎を踊らせて煙を払いのける。怒りより困惑の色の方が大きな琴里は、手中に炎を溜め込んでバスケットボール程の球体を生成した。

「琴里! それはグリムロックじゃないんだ!」

「何言ってるの士道、どこからどう見てもグリムロックじゃない」

 士道は更に叫んだ。

「違う、グリムロックはパーセプターの発明品の誤作動で精神と肉体が折紙と入れ替わっているんだ!」

 必死に伝える士道の姿に琴里は嘘を感じなかった。それに士道は嘘が苦手な人間である。にわかに信じられないが、グリムロックの歩き方はぎこちないし、喋り方もいつもの馬鹿さがない。

「“神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)”!」

 琴里が唱えると、瞬時に炎は性質を変化させて精霊の身を守る鎧、霊装と化して少女の体を覆い隠した。着物も模した衣装に赤く巨大な戦斧が降臨し、琴里は精霊として威容を堂々と放つ。折紙もビーストモードに慣れないのでトランスフォームしてロボットモードへ移った。腕の内部から金属片を伸ばし、やがてそれは一本のソードに形作られる。琴里は未だに半信半疑で、目の前にいるのがトチ狂ったグリムロックだと思っており出来るだけ傷付けないようにと調整された火球を手に収束させた。

 炎の砲弾が折紙の胸に直撃したが、いくら霊力の込められた火球でもグリムロックの肉体と比較すればあまりに弱い豆鉄砲に過ぎなかった。折紙は巨大な剣を振りかざして、斜めから斬り落とす。咄嗟に斧でガードするものの敵はガードを容易く破壊して来たのだ。右から左から、大振りで抜群の威力の攻撃に晒されて、琴里は苦い顔をして反撃した。

 琴里の周囲にいくつもの光源を作りだし、光源からは勢い良く火炎が発射されて折紙を焼いた。装甲が少し黒くなるだけでダメージは望めない。防御力はピカイチ、攻撃力も群を抜いているが、肝心の操る者がそれを使いこなしていない。今のグリムロック姿は動いている、と言うよりも操縦している、と表現した方が的確に見えた。

 折紙が剣を再び振りかざすと琴里は跳んで顔面を斧で殴った。住民が悲鳴を上げて逃げる中で金属が弾ける音が響き渡り、折紙は衝撃に耐えきれずに転倒した。既に琴里に理性は無く、破壊と殺戮に心を奪われている。瞳は火のように赤く、残虐な笑みで折紙を見下ろしている。

「立ちなさい、まだ戦えるでしょう? 私に手を出した事を骨のずいまで後悔させてあげるわ」

「くッ――! 殺し慣れてるのね。そうやって笑いながら私の両親を……殺したの!?」

「――!? 言ってる意味が分からないわね」

「五年前の大火災を引き起こした精霊“イフリート”私はお前を許さない! 殺してやる!」

 抑揚のない平坦な喋り方と声の折紙が初めて感情という感情を剥き出しにして怒鳴った。

「お前は私が必ず殺す!」

 五年前、大火災、イフリート、このワードから琴里の精神が揺らぐ。斧を握っていた手が緩み、破壊衝動が鎮まって行く。激しい動揺と自分が無意識に誰かを殺してしまったという事を認識し、琴里は正気に戻った。集中を乱す隙に折紙の剣は琴里を肩から切り裂き、大量の血が噴き出る。イフリートの回復力で出血は止まり、大きな傷口は無かったかのように綺麗に塞がった。瞬間的な回復は厄介だが、今の再生で琴里は力を使い過ぎた。

 頭を押さえ、頭痛に苛まれながらなんとか耐えている。

「私が……あなたの親を殺した……?」

「そう、お前は私の仇! ここで殺す!」

 動きを鈍らせた琴里に再度、剣を振りかざした。その時、荒々しいエンジン音を轟かせ、一台のピックアップトラックが折紙に突進し、その巨体を揺るがせた。その後ろから更に戦車の突進が加わって折紙は転倒してしまった。

「トランスフォーム!」

 かけ声と同時に十香は車からロボットへと変形した。

「十香……さん、トランスフォーム……で、出来ません……」

「何だと、よーし」

 十香は横に並ぶ四糸乃を軽く蹴ってやると四糸乃は無事、戦車からロボットへトランスフォーム出来た。

「琴里は傷付けさせないぞ鳶一折紙! シドーも私が守るのだ!」

 状況は令音から聞いている。グリムロックが折紙と入れ替わった事を聞いて直ぐに飛んで来たのだ。オプティマスとパーセプターもオーシャンパークに向かっているらしい。マインド転送システムが完成して元に戻せるようになったからだ。

「くっ……その知性の欠片もない話し方……あなたはまさか夜刀神十香?」

「そうだ! 止めるのだ鳶一折紙! 琴里はシドーの大切な妹なのだ!」

「うるさい!」

「シドー、早く琴里を連れて逃げろ!」

「助かる!」

 そこへアイアンハイドとワーパスが登場した。天使を顕現出来ない二人は戦いに参加出来ないがアドバイスは出来る。

「ワーパス! 士道をサポートしろ!」

「わかった!」

「十香、四糸乃! 腕の武器を出せ! 変形するのと同じ要領でやれば出来る!」

 ワーパスは士道と共に琴里を救助に行き、アイアンハイドは十香等のサポートだ。

 折紙は逃げる琴里を追いかけようと走り出すと十香が見事なスライディングで足を崩して転かせると四糸乃は右腕に展開されたガトリング砲を放った。狙いは雑で銃の制御もままならないが、十分な牽制だ。起き上がり、十香を蹴飛ばしながら剣を抜くと十香は斧を腕から作り出してぶつかり合った。

「どけ、夜刀神十香ぁ!」

「どかない! もうやめるのだ鳶一折紙! 大切な人を失う気持ちは誰よりも分かっているお前が、シドーにも同じ気持ちを味わわせたいのか!?」

「黙れ!」

 説得が利くような状態じゃあないのは確かだが、それでも十香は折紙に対して言葉を投げかけ続ける。

「お前がシドーを撃った時、お前は後悔していた、悲しんでいた筈だ。私はお前が憎かった! 復讐に終わりはない!」

「救われなかった人の怨みはどこへ消える!?」

 十香はパンチで払い、背後から撃ってくる四糸乃の頭を掴んでから地面へ叩きつけてダウンさせて、琴里を連れて走る士道を追いかけた。

「イフリートォォォ!」

 飛びかかる直前に十香は腰にしがみついて止め、四糸乃が肩を掴んで体重をかけて折紙を仰向けに倒した。妨害する二人を力任せに払いのけて追撃を再開した。

 十香と四糸乃が足止めをしている内に士道は琴里を適当な遊具の陰に隠れた。琴里の呼吸は荒く、肩で息をしてかなり疲弊しているのが見て取れる。ワーパスが見張っており折紙が来れば直ぐに分かる。

 士道は衰弱して行く妹を見てありとあらゆる思考が巡る。後天的に精霊となった琴里の体内に居る精霊“イフリート”が折紙の仇だ。その仇を士道が受け入れれば折紙の標的は琴里から外れる筈だ。それにはまず封印する事が大前提で、封印出来る確証は無い。インカムを令音に渡してしまったので琴里の好感度を計る事が出来ない。

 士道は意を決してから口を開く。

「琴里、良く聞いてくれ」

「うん……。なぁに……?」

「琴里、お前は俺の自慢の妹だ最高の妹だ。もうどうしようもなくお前が好きだ! お前は俺が好きか!?」

 歯が浮くようなセリフにワーパスが半笑いになったが、気にせずに続けた。

「俺はお前を愛している琴里!」

「うぇっ!? な、何を言い出すのよ士道!?」

「答えてくれ、お前は俺が好きか!?」

「だ、大好き、おにいちゃん大好き! 世界で一番愛してるから!」

 それを聞いて士道はそっと優しく琴里と口を合わせた。士道と琴里の経路を熱い霊力が伝わって士道の体の中に流れ込んで行く。炎の精霊が琴里の体から消えて無くなり、元の普通の女の子になった。

 封印が完了した矢先、十香が投げ飛ばされてメリーゴーランドに衝突し、四糸乃はその上に放り投げられた。

「イフリートォ! 待てぇぇ!」

 剣を振り回しながら折紙が走って来ている。イフリートは既に士道の中にいる。琴里を狙う意味は無い。

「折紙!」

 喉が避けんばかりに叫び、士道は折紙の前に立ちはだかった。

「どいて士道、私はイフリートを……」

「殺す、か? なら俺を殺せ。お前の狙う炎の精霊は琴里の体には居ない。今は俺がイフリートだ」

 証拠を示すように士道を中心に足下から目を射すような眩く赤い光を放つ。

 もう何が何だか分からない折紙はどうすれば良いか分からない。

 琴里はイフリートでイフリートは士道の中にいる。夜刀神十香は何故かトランスフォーマーになって自分はグリムロックになっているのだ。混乱が頭を支配して決意と動きが鈍り出した。

 折紙を倒す絶好のチャンスに現れたのはオートボットの総司令官オプティマス・プライムと科学者パーセプターだ。

「オプティマス! やっと来たか!」

 ワーパスが歓喜の声を上げた。

「みんなよく頑張った。パーセプター、マインド転送システムで直ぐにグリムロックを元に戻すんだ!」

「はい! ちゃんと動くか自信ないけど」

 完全に修復され尚且つ改良されたマインド転送システムをグリムロックの肉体の鳶一折紙に向けると引き金を絞った。機械の先端から円形のエネルギー波が幾重も放たれてた。少ししてから反応は直ぐに出た。グリムロックの巨体が沈黙したと思うと昏倒したのだ。

「成功でしょうか?」

「待て」

 パーセプターが確認に行こうとしたがオプティマスは手で制した。

 失敗なら折紙はまだ暴れる筈だからだ。しばらく観察しているとグリムロックはゆっくりと起き上がってから頭をさすった。

「あ? 俺、グリムロック。今までASTにいたのに」

 馬鹿っぽい喋り方、間違いなくグリムロックだ。

「グリムロック!」

「司令官、俺、グリムロック今まで何してた?」

「説明は後だ。我々はかなり目立ち過ぎた。士道や琴里を連れて急いで退散するぞ。オートボット、トランスフォーム!」

 オプティマスの掛け声にグリムロックと十香、四糸乃は変形した。パーセプターは士道達をオプティマスに乗せて基地へと引き返した。

 

 

 

 アイアンハイドや十香等はしっかりと元の体に戻してもらい、傷付いた体をリペアし治療を受けた。琴里の方はと言うと安静の為に医務室にいた。琴里の無事を見届けてから士道は艦橋に入り、クルーを見渡した。

「シン、よく琴里を救ってくれた」

「お礼を言われる程じゃありません。ところで令音さん、琴里の好感度ってデート中にはぐらかした言い方でしたけど、どれくらいだったんですか?」

「うん、実は言うと琴里の好感度何だが最初からマックスだ」

「マックス!? 何でですか?」

「琴里も言ってただろう? 世界で一番愛してるって」

 士道は「あっ」と納得しかけた瞬間、艦橋のドアが開くと素晴らしい跳躍と蹴りが合わさり、士道の腹に刺さった。

「ぶへっ!?」

「いい加減な事を言うな! 機械のミスよミス!」

「いいや、フラクシナスの観測機はとても的確に――」

「『ラ・ピュセル』の限定ミルクシュークリーム十個」

 琴里がビシッと指を差す。

「シンすまない、機械のミスだ」

 令音はそれだけ言い残してやや嬉しそうに歩いて行った。

「琴里体は大丈夫か?」

「大丈夫よ、それに休んでなんかいられないのよ。トランスフォーマーが大暴れした所為でいろんな噂が流れてるの。ラタトスクはネットに上げられた映像や写真の削除に全力を注いでいるわ」

「そうか、大変なんだな」

「まあね、ところで士道……さっき言った言葉なんだけどね……」

「さっき言った言葉?」

「ほら、士道がわたしに言った言葉……」

 思い当たるのは好きだと言ったあの言葉だ。

「ああ、好きだよ琴里」

 再び面と向かって言われ、琴里の表情はこれ以上にないくらいに明るくなって行く。

「妹としてな」

 付け加えられた言葉に琴里はグサッと何かが胸に刺さった気がした。

「い、妹として……?」

「まあな、妹に欲情したら末期だろ?」

 琴里は士道の言葉を無視して「寝る」とだけ伝えて艦橋を出て行った。完全に拗ねてしまった琴里はそれから三日間口を聞いてくれなかった。

 




原作沿いは7巻くらいまでにしようかな


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16話 アトランティス浮上!

 日も落ちた町にいくつも建つビル群のある一棟の屋上に赤と黒を折り合わせたドレスのような衣装を着た少女が町を見下ろしていた。少女の足下には無数の蠢く影が集中しており、少女の体に集まっては溶けていくを繰り返していた。それに伴い、左目の時計の針が逆方向に急速に回転していた。

 ひとしきり影を吸い込んでからため息を一つ吐いた狂三は士道の事を思い出していた。あの時、士道が身を呈して守ってくれたおかげでこうして逃げる事が出来、今を生きている。狂三には腑に落ちない点もあった。士道がどうやって守ってくれたのかが未だに分からない。他者の時間を集めて補給を済ませると狂三の目の時計が正常な方向に再び動き始めた。

「まだまだ時間が足りませんわね。これでは始原の精霊を倒すどころか会えもしませんわ」

 狂三は残念そうに肩をすくめて町を見下ろすのを止めた。

「出て来てはどうです。盗み見とは趣味が悪いですわよ?」

 先ほどからチクチクと暗闇の中から視線を感じていた。狂三に言われて暗闇の中からゆっくりと何者かが顔を出して来る。カツカツとビルの屋上に靴音を鳴らして何者かの姿が出て来ると、月明かりに照らされて顔が露わになった。

「――!? まさか……」

 狂三はその顔を見て思わず息を呑んだ。

「アイザック・ウェストコット……?」

 

 確かに、顔は間違いなくアイザックなのだが、本来の彼はくすんだ灰色の髪をしているが、目の前にいるアイザックは艶やかな黒髪で鋭い眼差しに薄ら笑いを浮かべ、皆が知っているアイザックの何倍も不気味な雰囲気だった。

「私の事を知っているのか」

「当たり前ですわ」

「いや、“アイザック”は知っているだろうが“私”の事は知らないだろう?」

 怪訝に眉をひそめた狂三はこの得体の知らない存在を十分過ぎる警戒態勢を敷いた。アイザックは嘆かわしげに首を振ってから忠告を促した。

「始原の精霊を殺す事は諦めるんだな」

「あなたごときに心配される筋合いはありませんわ」

 狂三の反応を見てアイザックは押し殺したように笑う。神経を逆撫でして来る嘲笑に狂三は不快そうに眉間にシワを寄せた。

「君は理解していない。始原の精霊を殺せば全て解決すると? 自らの主を殺す事になるぞ」

「さっきから言っている意味が分かりませんわ」

「君一人の力ではもうどうにもならないんだよ。ユニクロン様はもう直ぐ目を覚ます。戦えば戦う程に憎めば憎む程にあの方の力は増すのだ」

 狂三はこのアイザックは極めて危険な存在であると判断し、歩兵銃を抜いて狙いを定めると全く迷いもせずに弾丸を放った。夜の街に銃声が轟き、アイザックと称した何かは頭を貫かれて倒れた。不可解なのは頭部からは流血は見られず、狂三は更に眉間のシワを濃くしてアイザックの死体を凝視した。

「ユニクロン……一体何者ですの?」

「直に分かるさ」

 頭を撃たれたアイザックは再び立ち上がるとその肉体は影のように蠢くだけの存在と化していた。液体のように形状を変えて、ぬるぬると床を這い回っている。

「あ、あなた本当に人間ですの!?」

「人間サ、だがだいぶお前達ヤ人間と作りハ違うがな。戦え……人も精霊もトランスフォーマーも……」

 薄気味悪い姿でアイザックは高笑いを上げながらビルの床に吸い込まれるようにして消えて行った。

 歩兵銃をしまった狂三は汗をぐっしょりとかいており、額を拭った。アイザックの姿でありながらアイザックではない。不可解且つ危険な存在に狂三は死に直面した時以上の恐怖を味わった。

 

 

 

 

「判決を言い渡す、鳶一折紙一曹を懲戒免職とする」

 シンと静まり返った会議室で桐谷公蔵陸将は折紙にそう告げた。罪状は乱心して基地に多大な被害を出した事、無断でホワイト・リコリスを使用した事なのだが、当の折紙はこれらの記憶が一切なくて困っていた。それもそうだ、折紙が大暴れしていたように見えても中身はグリムロックだったのだから。折紙にしてみればいつの間にか重罪人扱いで全くわけが分からない。

 折紙とグリムロックの意識が入れ替わっていたなどと言った所で信じてもらえる筈もなかった。上官の列座には燎子も出席しているが弁明の余地は無かった。

「君は優秀な魔導師(ウィザード)だった分、大変残念に思う。隊の規律を乱す存在は要らない、二度と顕現装置(リアライザ)に触れる事は無いと思え」

 会議が閉廷しようとした時だ。コンコン、とドアをノックする音がしてから少し間を開けて一人の秘書と思しき女性が入って来た。

「何だ君は大事な会議の最中だ、出て行ってもらおうか」

「大事な会議とは知らずに失礼しました」

 秘書の女性の後に入って来た者の顔を見た瞬間、室内の全員が驚愕と戦慄に身を震わせた。

「ミスター・ウェストコット?」

 桐谷は立ち上がった。

「どうして日本へ?」

「嵩宮真那のお見舞いと個人的な興味だよ。確か自衛隊のASTにとても優秀な子がいるそうじゃないか」

 くすんだ灰色の髪をしたアイザックは室内を見渡してから折紙を見下ろした。アイザックの瞳に見られて折紙は思わず息を止めた。そこらの不良や精霊、グリムロックに対しても恐れず立ち向かう勇気を備えた折紙が初めて恐怖を覚えた。爬虫類が獲物を捕食する時のようなおどろおどろしい眼差しに折紙は目を逸らした。

「まあ諸君、そう構えないで欲しい。ホワイト・リコリスを無断使用した事をネタに揺するつもりは一切無い。むしろ――」

 興味深く折紙を観察してから続けた。

「彼女のようなホワイト・リコリスを扱える魔導師(ウィザード)がいて嬉しいくらいさ」

 流暢な日本語で話し、アイザックは折紙の肩を持った。DEM社のトップがバックに居れば折紙の罪など楽に消してくれる。何の利益があって折紙の味方をすると言うのか。意図は不明だが、この場でアイザックに逆らえる者は一人もいない。

「ミスター・ウェストコット、これは我々の問題です。いくらあなたに口を出されても判決を変える気はありません」

 桐谷は泰然とアイザックの意志を跳ね返す。

「困りましたね……分かりませんか? 私がこんなに言っているのに」

「規律を乱す者には制裁を下すのは当たり前の事です。民間企業に口出しをされる筋合いは無い!」

 アイザックは不気味に笑うとポケットから携帯端末を取り出してから誰かに電話をかけている。少しするとアイザックは端末を桐谷に渡した。

「ん?」

 電話に耳を当てる。

「はい? これは大臣……はい、しかし我々の決定では……。わ、わかりました」

 桐谷は荒っぽく端末をテーブルに叩き付けるように置いた。

「傷を付けないで下さいよ、まだ買って一日なんですから」

「鳶一折紙一曹を懲戒免職から二ヶ月の謹慎に処す。以上だ!」

 悔しげな表情を浮かべて桐谷は真っ先に会議室を出て行き、何が起きたのか分からないままに折紙の謹慎だけを言い渡されて閉廷した。

「君は鳶一折紙と言うんだね?」

「はい」

 折紙は綺麗に敬礼して見せた。

「楽にしてくれ、軍人の敬礼は肌に合わない」

 アイザックはポンと折紙の肩に手を置いてから一言添えた。

「もしクビになれば内においで、私は協力は惜しまないよ」

 どうしてそこまでしてくれるのか、何故助けてくれたのか疑問に思えば切りがない。普通なら喜んでも良い状況なのだろうが、折紙はアイザックに対する警戒心でいっぱいだ。こんな危険な者は他にいない、そう思えた。

 アイザックとエレンも会議室を後にして折紙も部屋から出た。燎子は部屋から出て来た折紙の腕を掴んで壁に押し付けた。

「勝手な行動は慎みなさい。でも減免で良かったわ」

「善処します」

 燎子は腕を放して折紙の背中を押した。

「ミケに顔を出してやんなさい、あの娘あんたの事が心配で寝れないみたいよ」

「わかった」

 隊舎に戻ろうと歩き出そうとした時だ――。

「おーりーがーみーさぁぁぁん!」

 遠くから名前を叫びながら廊下を走って来るのは美紀恵であると分かるまで大した時間は要らなかった。美紀恵が両腕を広げて抱き付こうとするもの、折紙は横へステップを踏んで美紀恵をやり過ごした。折紙の代わりに燎子に抱きついてしまった。

「私にそんな趣味ないんだけどね」

「あ、違います! 私は折紙さんに抱擁しようと!」

 即座に離してから美紀恵は折紙に抱きつこうとして来るとまた横へ避けられ、遂には後頭部に肘打ちを入れられてしまった。

「んぎゃっ!? 痛いですぅ折紙さん……」

「いきなり抱きつこうなんて、あなたは変質者?」

「違います! もう折紙さんに会えなくなると考えたら辛くて辛くて! 折紙さんがASTを止めるなら私も止めるしょじょんです!」

 そう言いながら美紀恵はポケットにしまっていた辞表を取り出した。

「所存って言えてないよ」

 先走った美紀恵を追いかけて来た整備士、ミルドレッド・F・藤村は笑いながら指摘した。鼻先が少し黒くなっていたのでさっきまで作業をしていたのだろう。

「やめない、二ヶ月の謹慎になった」

「折紙さんの為なら私は火の中水の中――あり? やめない?」

「そう、やめない」

「えぇー!? あれだけ大暴れしたのにですか!?」

「残念ながら私には記憶がない」

 正直にその時の感想を言った。

「大暴れ具合で言えば隊長も大概――」

 ミルドレッドが言いかけた所で燎子は口を押さえつけて黙らせた。

「まあまあ、あの時の事は良いじゃない。若さ故の過ちって言うのかな~?」

 若くない、と言いたい所だが言えばどうなるか目に見えているのでミルドレッドも美紀恵も言葉を噤み、呑み込んだ。

「隊長は二十七歳、この中で言えば若いという表現は間違っている」

「――ァッ!?」

 踏んではいけない地雷を踏むどころかダイナマイトで起爆させたような発言だ。

 美紀恵とミルドレッドは言葉にならない声を上げて折紙がこれ以上爆弾発言を出さないように身振り手振りで指示する。

「若くない、か……そうよね」

 やけに静かな燎子が逆に怖い。トボトボと歩いてから美紀恵の背後に回ると拳で頭を挟み、ぐりぐりと捻る。

「いだだだだだだ!? 隊長痛いです! ミケは何も言ってないですぅ~!」

「折紙、あなたはもう少~し考えてから言いなさい」

「善処します」

 痛みに悶える美紀恵を無視して燎子はぐりぐりをしばらく続けた。

「それにしても良く二ヶ月の謹慎で済みましたね」

 頬に指を当てながらミルドレッドは折紙の減免に疑問を覚えた後、脳裏に電光のような物がよぎった。

「ま、まさか! あれだけの事態にこれだけの罪! 暗い部屋、這いつくばる折紙さん、首輪に下卑た笑いの上官、『クビになりたくなりのなら私を悦ばせるんだ』ってな具合で上官達は折紙さんの純潔さえも……!」

「妄想はそれぐらいにしなさい」

 美紀恵にぐりぐりを終えた燎子は次にミルドレッドにまで仕掛けた。

「アギャギャギャ!? 何するですかァ!? ミリィの頭は大天才ですよ! 潰れるぅ~!」

「ハァ……。何だかな……」

 脳天気なのかポジションなのか、良くも悪くも暗い雰囲気とは無縁なミルドレッドと美紀恵が羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 五河家の日曜日は忙しかった。二学期も始まって直ぐに学校では修学旅行があり、士道とそれに十香はその準備をしていたのだ。しばらくは四糸乃を家に一人で置いておく事になるのだが、オートボット達もいるので心配はない。しっかりと面倒を見てくれるそうだ。

「シドー! トランプやウノはどこにあるのだ? 持って行ってみんなと遊びたいのだ」

「はいはい、出しておくよ。それより十香、替えの下着は入れたか?」

「うむ!」

「パジャマは入れたか?」

「うむ!」

「制服も入れたな?」

「うむ!」

 士道の質問に全て満面の笑みで答えた。

「ほう、じゃあこれは何だ十香!」

 十香のシーツケースを開けて士道は中を見せつけた。下着は一枚、袋にも入れずスーツケースの端に置いてあり、パジャマもいつも家で着ている物だ。制服はクチャクチャに入ってあった。空いたスペースにはおもちゃやゲームがギッシリと敷き詰めてある。

「何泊すると思ってんだ。下着は一枚じゃ全然足らないからな?」

 そう言って士道は邪魔なおもちゃをポイポイとスーツケースの中から出して行く。

「あぁー! 何をするのだ士道! 私のおもちゃを出すな」

「持って行き過ぎだ。どうせ、全部やらないだろ? やる分だけ持って行きなさい!」

「う、うむ……」

 最近の士道は完全に十香の保護者のようなポジションという地位を確立していた。元々主夫の素質は十二分に備えていたし、グリムロックの面倒から四糸乃をあやしたり、十香の勉強を見たりとその兆候に拍車がかかっていた。スーツケースの半分だけを使って十香の衣類を綺麗にまとめた。

「ほら十香、後の半分は好きにおもちゃを入れて良いぞ」

 出来るだけコンパクトにまとめておもちゃを入れるスペースを増やしていた。

「うむ! ありがとうシドー!」

 何を持って行くか考える十香を見守ってから士道はリビングのソファーに座っている四糸乃に声をかけた。

「昼飯作るけど何が食べたい?」

 士道が聞いても四糸乃は反応せずにテレビのドラマに釘付けである。

「四糸乃」

 ポンと軽く肩を叩く。

「ふゃあ!?」

「驚き過ぎだって」

「士道……さん」

「お昼は何が食べたいんだ?」

「お……親子丼……」

『四糸乃は親子丼が食べたいんだってさ士道くん!』

「親子丼か……。わかった、材料を買って来るよ」

『えぇ~材料まで買って来てくれるんなら他の適当なので良いよん』

 遠慮したよしのんはそう言うが、士道はエプロンを外して財布をポケットに入れた。

「遠慮すんなよ、買って来るって」

「すいま……せん……」

「四糸乃はもうちょっとわがまま言って良いぞ」

 それだけ言い残して士道は家を飛び出した。修学旅行に合わせて何故か琴里もしばらく不在になるので明日から本当にしばらく四糸乃一人になるのだ。多少の面倒な要望も士道は快く受けるつもりだ。

 士道が買い物に行ったと同時に次のドラマが始まり、四糸乃はそちらに釘付けとなった。

『この後すぐ、台所ロマン劇場をお送りします』

 CMを挟んでいる間に冷蔵庫から麦茶を取って来てテーブルに置いた。

「おーい、四糸乃~士道はどこに行ったか知らぬか?」

 十香が軽く声をかけるが四糸乃はドラマに夢中で十香の声が届いていなかった。テレビの映像では男性がスーツケースを持って家を出て行こうとしていた。

『ごめんシェリル、僕はもう出て行くよ』

『ダメ! ゴードンどうして!?』

『僕はだらしない子がダメなんだ。服はぐちゃぐちゃお菓子しか食べないし、部屋の片付けはしないし』

 映像内で繰り広げられるこの一連の会話を聞いていた十香の胸にグサッと刺さる物があった。十香は直ぐに部屋に戻ってから床に散らかった衣服を自分なりに丁寧に畳んでからタンスにしまった。そして、棚に隠してあるお菓子を台所に戻して置いた。

 士道がもしだらしない子が嫌いだとしたら嫌われてしまうかもしれない、十香はそう考えたのだ。再びリビングに戻って来た十香はテレビの映像を見た。

『ゴードン、私に問題があるなら直すから! お願い行かないで!』

『シェリル、素直に言うよ。僕には好きな人がいるんだ……』

 俳優の演技が十香には演技に見えなくなって来た。もしも士道に好きな人が出来れば、士道と一緒に居れなくなる。十香の悪い妄想は加速度的に膨張して行く一方である。あまりにジタバタしているのでドラマに無茶な四糸乃も流石に気付いた。

『十香ちゃん、どうしたのさ?』

「よしのん……シドーはどこへ行ってしまったのだ?」

 泣きそうな声で十香は聞いて来た。

『用事があるから出て行ったよ』

 買い物と言えば丸く収まったのだが、意味深な言い方をした所為で十香は目頭に涙を溜めて家を飛び出して行った。

「シドォォ~!」

「十香……さん……どうしたんだろ?」

『さあね?』

 家を飛び出した十香が真っ先に向かったのがオートボット基地だった。士道の行き先の選択肢はそれほど多くない、オートボット基地が士道が自宅の次に立ち寄っているという事を知っていた。ドアも開けっ放しにして特設マンションの玄関に入ってからエレベーターで地下まで降りる。

 基地の中へとやって来た十香は内部を見渡した。士道の姿が無く、代わりにオートボット達がテレトラン1の前に並んでドラマを鑑賞していた。

「みんな!」

 十香の声に皆が反応した。

「何だよ~これからが良い所だったのに!」

 楽しみのドラマを邪魔されてワーパスは口を尖らせて文句を言った。

「大変なのだ! 士道が……士道が居なくなってしまったのだ!」

 泣きながら訴える十香を見て尋常ではない事態だと判断したオプティマスは直ぐに指令を下した。

「オートボット! 出動だ! 士道を探し出すぞ! パーセプターはテレトラン1を見てくれ!」

 オプティマスの号令と共に基地からジャズ、ワーパス、アイアンハイド、オプティマスそしてグリムロックが飛び出して行った。グリムロックの頭には十香が乗っており辺りを必死になって見渡していた。

「シドー! シドー! どこにいるのだー!」

「俺、グリムロック。士道は行き先言わなかったのか?」

「よしのんは用事と言っていたのだ」

「俺、グリムロック。士道は何か企んでる! 捕まえて聞き出す!」

「頼むぞグリムロック」

 住宅街をグリムロックが走り出し、そのまま通学路やらいつもの商店街を走り回っていた。ただの親子丼の買い出しがとんでもない大事になってしまった。士道の匂いを辿りながら動くグリムロックに一つの通信が入って来た。

『コラァァ! 何をしてるのよグリムロック!』

 通信を飛ばして来たのは琴里である。

「俺、グリムロック。士道を探してる!」

『士道を? って言うかまずどこかに隠れなさい! 話はそれからよ!』

 他のオートボットに比べてグリムロックはあまりにも目立ち過ぎる。というよりカモフラージュが全く出来ていない。琴里の指示に従ってグリムロックは走り、とりあえず、河川敷まで移動して鉄橋の下にうずくまって隠れた。

 頭を打たないように出来るだけ身をかがめるも鉄橋の下はグリムロックにしたらかなり狭かった。

「狭い……」

『我慢しなさい。それで、一体何があったのよ? パーセプター以外のオートボットが全員出動しているみたいだし』

 グリムロックは十香を見た。

「琴里、大変なのだ士道が行き先も告げずに家から出て行ってしまったのだ! もしかしたら私のだらしない所に愛想が尽きたのかも知れない」

 涙声になって言う十香をどう落ち着けようかと琴里は頭を捻る。

『フラクシナスでも探して見るわ。士道の行き先ならこれですぐ見つかるわ』

「ありがとう……琴里」

 琴里がクルー達に指示を出しているとグリムロックと琴里の通信にジャズの声が入って来た。

『やあ、たった今士道をとっつかまえたよ』

『おいジャズ! いきなり何だよ! 離せよ!』

『大人しくしろ、全く十香を置いて家出なんて。せめて行き先くらいは伝えるんだ!』

『ハァ? 何の話だよ俺は親子丼の材料を買いに行ってただけだっつーの!』

「親子丼?」

 グリムロックと十香は声を合わせて同時に首を傾げた。

『士道、あんた一体何したのよ?』

『だーかーらー! 四糸乃が昼に親子丼を食べたいって言ってたから親子丼の材料を買いに行ったんじゃないか!』

 この会話を聞いていたグリムロックと十香以外の面々は頭の中で納得した。

『あ~……』

 通信越しに皆の声がした。

 すぐに帰るつもりだからわざわざ行き先を告げずに出て行き、おおかたよしのんが感情を煽る物言いをし、結果的に十香が心配になって動いた。

 各々、解釈の違いはあれどだいたいこんな筋書きだろうと判断していた。とんでもない事態を引き起こしてくれた物だ。ジャズや他のオートボットも河川敷の鉄橋の下に集結する。オプティマスやアイアンハイドそれにワーパスも入ってよりグリムロックが狭そうにしていた。ジャズは鉄橋の骨組みに上手にぶら下がっていた。

「十香、ごめんな心配かけて」

「ううん、良いのだシドーが戻って来てくれたら良いのだ。シドー、お前は私が嫌いになってないか?」

「バカ、なるわけないだろ」

「本当か?」

「本当だ」

「本当の本当か?」

「本当に本当だ」

「本当の本当の本当か?」

「本当に本当に本当だよ十香」

「オプティマス、もう帰って良いか?」

 ドラマの続きが気になるワーパスはうずうずして落ち着きがなかった。

「まあ、待てワーパス」

「じゃあ十香、心配ごともなくなったみたいだし昼飯でも食うか」

「うむ!」

 すっかり元気を取り戻した十香はいつもの倍の量を昼に食べていた。その食べっぷりを見て士道はどこか安心したように微笑んでいた。修学旅行前の一騒動も一件落着に見えた、が――。

 

「クッソォォォ! ドラマが終わってんじゃないかよ!」

「テレトラン1! 巻き戻せ! テレビを巻き戻すんだ!」

「俺、グリムロック。DVD借りてくる」

 良いシーンを見逃したオートボット達は少し荒れていた。

 

 

 

 

 上空一〇〇〇〇メートルの空間にしっかりと制止する巨大な空中艦アルバテルはエレンが単独行動をする際にアイザックから渡された専用の艦だ。艦長はジェームズ・A・パディントンは数々の経験を味わった眼をした壮年の男性だ。しかし、最終的な指揮権はエレンにあるのでジェームズは副司令としての役回りにされていた。表には出さないが、エレンにこき使われる事に対して不満を抱いていた。そして、ぽっと出のスタースクリームにまで偉そうにされて、不満は溜まる一方だった。

 しかし、自分の役割を理解しているジェームズは取り乱さず、エレンの命令をしっかりと聞いていた。

『今回の任務は理解しているなエレン?』

「はい、アイク。夜刀神十香が“プリンセス”であるかどうかの確認、ですね?」

『そうだ』

 エレンはアルバテルに用意された私室でタブレットを開いてアイザックと今回のミッションについて確認していた。

『サポートにスタースクリームもつかせてある。もし“プリンセス”が暴れ出したら共同で大人しくさせてくれ』

「その必要はありません。私一人でも“プリンセス”の制圧は出来ます。なんせ世界最強ですから」

 自信たっぷりにエレンは言った。アイザックもエレンの実力は高く評価している。だがスタースクリームからはマヌケな女と言う認識がされていた。

「それでは時間ですので作戦行動に入ります」

『頼んだよ、エレン』

 通信を切り、エレンは荷物を確認して首からカメラを下げた。エレンの今回の作戦、それは来禅高校の修学旅行にカメラマンとして潜入して十香を捕縛する事にあった。この為だけに買ったカメラに“リフレクター”という愛称を付けてエレンは椅子から腰を浮かせた。

『エレン! おっせーな、何をチンタラやってんだマヌケ女!』

 エレンが耳に付けていた通信機からスタースクリームの苛立った声が響いて来た。アルバテルの外装の上で何度も踏みつけてスタースクリームは急かせる。エレンは呆れながら荷物を持って私室を後にして屋上へと上がって来た。そこには仁王立ちで待ち構えるスタースクリームの姿があった。

「遅い、この俺様を五分も待たせやがってこのウスノロめ!」

「ウスノロとは失礼ですね。あなたこそもっと我慢を覚えたらどうですか?」

 冷たくあしらうように言うとスタースクリームはエレンを荒っぽく掴み取り顔に近付けると睨んだ。

「な、何ですか」

「今度、偉そうな口を聞いてみろ俺様のナル光線であの世に送ってやるからな」

 そう脅したかと思うとエレンと荷物を上空へ放り投げて、スタースクリームは戦闘機に変形した。コックピットを開けて空中のエレンをキャッチする。

「スタースクリーム! 何するの!? 速いのとアクロバット飛行だけは止めてぇ!」

「うるせえやい!」

 ロケットエンジンに火が点き、瞬間的に音速の壁を超えてアルバテルのレーダーから消え失せた。

「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 エレンの悲鳴が聞こえたかも知れないが、ジェームズはキャプテンハットを深く被って聞かなかった事にした。

 広範囲に広げたアルバテルのレーダーから一秒足らずで消えるスピード、ジェームズはスタースクリームの事を良く知らないが速さだけは称賛に値すると思っていた。

 

 

 

 翌朝、士道と十香は修学旅行に行ってしまい、四糸乃は一人で起きた。士道がいないので料理は四糸乃がする事になる。作り置きも考えたそうだが四糸乃が料理をやる、と言い出したので任せる事にしていた。令音も士道の副担任として修学旅行に行っているのでフラクシナスには居ない。キッチンに入った四糸乃はキョロキョロと辺りを見ながら材料を探す。朝食は士道がよく作ってくれる目玉焼きを作ろうとしている。四糸乃は冷蔵庫から卵を背伸びしてなんとか取り出した。卵に油、フライパンとトースターに差し込まれた食パン、後一つは皿なのだがその肝心の皿は四糸乃が手の届かない棚の上にあるのだ。

『どうしよ四糸乃、グリムロックに取ってもらう?』

 よしのんはとんでもない提案をしたものだ。グリムロックなら皿ではなく棚ごともぎ取っていくだろう。

「脚立……持って来る」

『ダメだよ、危ないって! オートボットを呼ぼうよ』

 令音は修学旅行で出ているのでフラクシナスには居ない。他のクルーはまだ四糸乃が慣れていない。頼れるのはオートボットだけであった。

 その時である。

 何者かがインターホンを押して、チャイムが家に響き渡った。知らない人なら絶対に出ちゃダメだと、士道に言い聞かされている。まずは外にいる人を確認しなければならなかった。

 ゆっくりゆっくり、と四糸乃は廊下にインターホンの画面に誰がいるかを確認しに行った。

「誰も……いません」

『あるぇ~? 何でだろ?』

「四糸乃」

 ボーっとしていた四糸乃にグリムロックが庭先から声をかけて来た。今日は珍しくロボットモードでの登場だ。

『どうしたのさグリムロック』

 四糸乃は縁側にやって来てよしのんが聞いた。

「俺、グリムロック。四糸乃、海水浴行こう!」

「へ?」

 最近、グリムロックは四糸乃と一緒に過ごす時間が無かった。士道も十香もいないので誘う事にしたのだ。いつもグリムロックが過ごしていた山奥の泉の魚は食べ尽くしてしまったので海釣りで新たな珍味を味わおうという考えもあった。

 幸い水着は四糸乃も新しいのを持っているし旅行の準備くらいは一人でも出来る。ただ一つ、四糸乃には疑問があった。

『グリムロックってぇ海に入っても錆びないの?』

「俺、グリムロック。錆止めしてある」

 グリムロックの自信から錆びる心配は無さそうだ。移動も心配はない、パーセプターが作り上げた惑星内跳躍装置“グランドブリッジ”があるからだ。そして海水浴に向かう島も無人島に設定しているので人にも見つからない。

 ここまで全ての手筈を整えてくれたのはオプティマスだった。

『じゃあ、準備してくるね! 出来たら基地に行くよ!』

「わかった」

 

 約束を済ませてグリムロックは基地に戻って来る。ジャズは任務により基地を空けていた。それ以外のメンバーは基地にいる。今回、グリムロックと四糸乃の監視役はアイアンハイドに抜擢された。恐らくオートボットで最も面倒見の良い存在だ。なんせワーパスの相手をいつもしているのだから。

「グリムロック、四糸乃の調子はどうだった?」

「元気いっぱい」

「そうか、なら良い」

 監視係を与えられたアイアンハイドは内心不安がいっぱいだった。オートボットきっての問題児の面倒など殆どの連中は好き好んではやらない。オプティマスがどうやってグリムロックを手懐けたのか気になる所だった。

 四糸乃を待つこと三十分、オートボット基地の通用口のドアが開いてスーツケースを重そうに引っ張りながら四糸乃は現れた。

「遅れて……すいません……」

「ようし揃ったな。パーセプター」

「はいはい、それでは私の力作の一つである惑星内跳躍装置“グランドブリッジ”をお見せしましょう!」

 パーセプターが壁に取り付けてあるレバーを下ろすと普段オートボットのメンバーが出動に使っている巨大な通路に淡い緑色の光が渦を巻き、やがて一本の大きな光のトンネルが出来上がった。惑星間を移動するスペースブリッジの簡易版のグランドブリッジは地球のどこでも即座に人を運んでくれる。

 フラクシナスの転送装置とはまた違うワープ装置に四糸乃は口を大きく開けて驚いた。

「行くか」

 アイアンハイドはトラックに変形し、グリムロックはティラノサウルスに変形する。四糸乃はアイアンハイドには乗らずにグリムロックの頭の上に乗った。エネルゴンで出来た道に向かって走り、行き先には一点の光がある。そこを越えた途端、三人の視界には白い砂浜のビーチが広がっている。つい数秒前まで基地にいたが、グランドブリッジを使えば無人島まで一瞬で到着出来る。

 浜辺に着いたグリムロックは頭の上から四糸乃を下ろした。浜辺から見える景色は海と森林だけだ。

『おぉぉー! すんごい綺麗だね!』

「わあ……」

「よおし! 俺、グリムロック。釣りする!」

 大海には数多の魚がいるとなるとグリムロックの腹の虫は一層大きく鳴る。四糸乃は素晴らしい景色に感動を覚えているがグリムロックは魚の事で頭がいっぱいであった。さっそく尻尾に釣り糸と餌を四糸乃に付けてもらいグリムロックは釣りを開始した。その隣りで四糸乃も竿を握り、同じように釣り糸を垂らしていた。二人を見守るアイアンハイドは、少し方っておいても問題はないだろうと判断して森林の影に隠れて横になった。

 こうして二人でゆっくりするのは本当に久しぶりかもしれない。士道のお陰で四糸乃は狙われなくなり、ちゃんとした家にも住めるようになった。

「森で会った時のこと……覚えて……ますか?」

「覚えてる」

『いろいろ合ったねぇ~、個人的には変な世界に行ったのが一番印象が強いな』

「俺、グリムロック。この星に来たのが一番印象強い」

「お仲間に……会えて……良かったです」

 オートボットは仲間だが、より親交の深い仲間とは会えていない。ダイノボット達はどうしているだろうか、そんな事を不意に考えながらグリムロックは釣れた魚を一呑みした。

「俺、グリムロック。クジラ釣りたい」

「クジラ……ですか?」

『グリムロック~クジラは無理だよ。だってこんな所にクジラなんて住んでないって』

「じゃあシャチが良い!」

「シャチも……いません」

 グリムロック等のいる島、式美島は士道等が修学旅行で向かう或美島から二〇キロ離れた無人島である。その式美島の付近の海底で新たな勢力が力を蓄えていた。

 

 

 

 式美島の海底を歩く四つの影が確認出来た。先頭を歩いているのは単眼に左腕が大きなキャノン砲のショックウェーブだ。その後ろをハードシェル、キックバック、シャープショットの順に歩いておりインセクティコンの三人はさっきからぶつぶつと文句を言いながらもショックウェーブの後に続いていた。ショックウェーブが何も無い海底にわざわざ、原種の三人を連れ、基地を空にしてまでやって来るには理由がある。それは、偶然海上を飛ばしていた観測機が海底より膨大なエネルギー波を感知したからだ。火山によるエネルギーでもなく、ただただ強大な反応を無視する事は出来なかった。他のトランスフォーマーの可能性を考えつつ、ショックウェーブは探査機を片手に黙々と歩いていた。

「おーい、ショックウェーブ。何とか言ってくれよ~。どこに向かってるんだ!?」

 ハードシェルが聞いて来るがどうせ説明しても分からないだろうと決めてショックウェーブは無視してそのまま歩を進めた。探査機に目を向けるとよりエネルギー反応が強くなっている。ただでさえ有り余るエネルゴンに加えてこの膨大なエネルギーを手中に収めれば、現在進めている研究の大幅な前倒しと更にインセクティコンを大量に産み出せる。

 ショックウェーブの歩みが自然と早くなり、邪魔な海藻を払い、岩を踏み潰して海底に出来上がったクレーター、その中央に位置する金属製の要塞が見つけ出した。ショックウェーブは一目でその要塞が人間の物でもトランスフォーマーの物でもないと分かった。

「なな、何じゃこりゃあ!?」

「デッケー要塞だ!?」

「わお……」

「伝説は本当だったようだな。海底都市アトランティスだ」

「アトランティス!?」

 三人は声を合わせて言った。

 アトランティスの事はある程度は知っているがそれはおとぎ話の世界の物だとばかり思っていた。

「あれだけの規模、どうりで強烈なエネルギー反応があるわけだ……」

 当然、これが捨てられた無人要塞だとは思っていない。どうやって攻略するかショックウェーブが頭を悩ませているとシャープショットとキックバックは真っ先にアトランティスに仕掛けた。

「待てシャープショット、キックバック……!」

「こんなお宝を目の前に待てますかってんだァ!」

「俺が一番乗りだ! ンハハハハハッ!」

 ショックウェーブの命令を無視して突撃する二人はアトランティスの防衛システムを作動させた。要塞の周囲に目に見えないバリアが張られ、シャープショット達はそれに頭からぶつかり、落ちていった。

「だから待てと言ったのだ」

「何だよ、何だよ、何だよ~これちゃんと動いているじゃねぇーか!」

「君達の思慮の浅さに私は毎回驚かせられるよ」

「そう言う貴殿は何者かな?」

 聞き覚えの無い声がして、ショックウェーブ等四人はアトランティスの方に目を向けた。全身が緑色の鱗で覆われ、頭に王の証である王冠を乗せた人には到底見えない風貌の男が一人、それを守るように鱗を持つ人間が頑と構えていた。

「私はショックウェーブ、ディセプティコンの科学参謀だ。敵対の意思はない」

「私はナーギル、アトランティスの王だ」

「ショックウェーブが敵対の意思は無くても俺にゃああんだよ!」

 さっきの防衛システムで落とされた恨みを込めてシャープショットが銃を構えた途端、ナーギルの部下が先制して足を撃った。シャープショットがバランスを崩してその場に倒れる。

「口ほどにも無い奴に用はない。去るが良い屑鉄共」

「ならば私の攻撃を受けても同じ事が言えるかな」

 ショックウェーブのキャノン砲に瞬く間にエネルギーが圧縮されると極大のエネルギーが棒線状に放たれ、ナーギル等の頭上の巨大な岩盤を粉砕した。魚人達は魚人特有の言語で助けを求めながら叫び、落石に呑まれて行った。

 ナーギルが下敷きになった場所をサーモグラフィーで割り出すとショックウェーブは岩を除去した。

「口ほどにも無いのはどちらだ。あのシャープショットの無礼は謝ろう。どうだろうナーギル、ここはお互い歩み寄りという事に出来ないか?」

 穏やかな口調だが、ショックウェーブは砲口を突き付けてと明らかに脅しているようにしか見えない。ナーギルは歯を食いしばりながら悔しそうに睨むも、次第に表情を緩めて頷いた。

「分かったショックウェーブ」

 ナーギルは額からテレパシーを飛ばしてアトランティスの部下に命令を下した。

「君はテレパシーを使って交信しているんだな」

「そうだ、我等海底人はみんなテレパシーを使える。部下には手出し無用と伝えておいた。入れ」

 ショックウェーブはほくそ笑んだ。海底人の実力は大した事はない。徹底的に解析してナーギルを抹殺してこのアトランティスを乗っ取ろうと企む。

 そしてナーギルもまたショックウェーブを易々と仲間と受け入れはしないだろう。形式的とは言え二人が手を組み、アトランティスが浮上したとなれば世界は大混乱だ。

 邪悪な芽は海底火山を燃料に花開こうとしているのだ。



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17話 航空参謀と科学参謀

想像以上に夕弦と耶倶矢の口調を書くのが難しい。特に夕弦


 清潔感のある純白の壁に全面が覆われた医務室には大手術でもしていると勘違いする程に設備が充実していた。布団には手入れが行き届いており、シーツはしっかりと洗濯されているのでシミ一つ無い。そんな部屋で嵩宮真那は激しい頭痛と共に目を覚ました。頭痛は次第に落ち着いて行き、ボーっとしていた意識も正常に動き出す。

 くりくりとした大きな瞳をこすってから時計を見ると真那は目を疑った。日付も教えてくれる便利なその時計には七月十五日と表示してあるのだ。

 面食らったのも無理もない。真那は他のカレンダーや時計を見て日付を確認するがやはり七月十五日である。何者かの意地の悪い冗談なのかと疑う所だったが、これが夢でも幻でもない事は確かである。確か、最後に残っている記憶は忌々しい狂三が嗤いながら立っている姿が残っており、その後の事は覚えていない。本気を出して天使を顕現させた本物の狂三に手も足も出ずに完膚無きまでに叩きのめされた事を思い出すだけで闘争心をかき立ててくれる。

 最も腹立たしいのは、今まで殺していた狂三が全て偽物で本物に弄ばれていたに過ぎない事だ。そう思うと腹の中が煮えくり返る。ものの見事に真那は、狂三に自信やプライドという物を木っ端微塵にされたのだ。退院したらまずは砕け散ったプライドの欠片を集める作業から始める。失った自信は時と共に癒されるだろう。

 真那は私服に着替えてベッドから出ようとするとコンコン、とドアをノックする音が響き「どうぞ」と入室を許した。許可が下りてドアが開いたかと思うと黒いスーツを着用した屈強な男達がぞろぞろと入って来る。どうやら診察結果を言いに来たわけではないらしい。とても穏やかな状況ではなく、真那は臨戦態勢に入って威嚇した。

 この状況、普通ならばなすすべもなく男達に取り押さえられるだろうが、真那は自信満々に笑っていた。「嵩宮真那さん、私達と一緒に来ていただけますか?」

 スキンヘッドの男が威圧的に言った。

「あぁ? まずは名を名乗りやがれです」

「それは出来ません」

「話しになんねーです。むさ苦しい男はとっとと失せやがれです」

「こちらも手荒な真似はしたくありません」

 真那の目元がピクリと動き、ベッドから飛び上がって近くにいた男の首を刈るように空中から蹴りを入れた。体重が軽いし子供と言ってもその威力は侮れない。現に蹴りを受けた男は態勢を崩して床に倒れてしまっている。

「あんまり舐めた事言ってると容赦しねーですよ」

 真那が威嚇するように睨むとスキンヘッドの男は口元を緩めて笑う。

「今です」

 男が手を挙げて何かしらの合図を出した時、真那の体に光が差し込んだ瞬間に真那はベッドの上から忽然と消え失せた。

「転送完了しました、司令」

『ありがと、後はこっちでやるわ』

 真那の転送を終わらせた男達は蹴られた一人を回収して病室から出て行った。

 

 さて、転送された真那だが、突然の出来事に頭が処理が出来ていなかった。病室だと思っていると急に景色が変わり、廃ビルの中にいたのだから何が何だか分からないでいた。

「手荒な真似をしてごめんなさいね」

 廃ビルの奥、暗闇から現れたのは琴里だ。本来ならラタトスクの本部に出向している琴里だが、真那の用事を先に済ませるべく本部の出向の日をズラしたのだ。

「あなたは、兄様の……」

「少し話をしましょう真那」

 チュッパチャプスを口に含んで琴里は横たわるコンクリートの柱に腰掛けた。

「良いです、私もあなたに話したい事がありやがります」

 真那は私服の胸ポケットからインカムを取り出して見せた。そのインカムが士道が使っていた物だと琴里は直ぐに分かった。狂三とデートをした時に落としたインカムは真那が回収していたのだ。

「ナイトメアを倒した日、兄様の転んだ所に落ちていた物です」

「……。ええ、確かにそれは私が士道に渡した物よ」

「正気ですか?」

「何がよ」

「非武装の一般人をナイトメアにたった一人で近付けさせるなんて正気とは言えねーです。あなたは妹失格です!」

 ものすごい剣幕で言い放つ様子から真那が本当に士道を大切にしている事がよく分かる。だが、ラタトスクにはラタトスクなりのやり方があるのだ。

「士道には精霊の力を封印する力があるの」

「まさか」

「本当よ、だから私達は士道に精霊とデートさせてデレさせているの」

「バカバカしいです。アイツ等は世界の癌、殺すに限りやがります」

「過激ね、DEMらしい発言だわ」

「聞き捨てならねーですね。DEM社は身よりのない私に力と意味を与えてくれました。感謝しても仕切れねーです!」

「それ本気で言っているの? 正気がどうか逆にあなたに聞きたいわ! DEMがあなたの体に何をしたか知らない筈ないわよね!?」

 ここまで琴里は言うと真那の顔から怒りが消えて代わりに驚愕の表情が浮かんで来ていた。

「どういう事ですか」

「知らないの……?」

「だから何の事ですか!」

「DEM社があなたの体に大量の魔力処理を施している事よ」

 恐らく真那も知らなかった事実だろう。顔は引きつり、どうしたら良いのか分からない。そんな様子で体が震えていた。

「う……嘘です……アイザックさんが……」

「悪いけど、事実よ。あなたの命はこのままじゃ十年くらいしか保たないわ」

 たたみかけるように真実を突き付ける度に真那の表情に恐怖心が分かりやすいくらいに表れて来るのだ。信じていた存在に裏切られた気持ちとは計り知れないくらいに辛い、真那は親に捨てられ、恩人に裏切られ、心はもはやボロボロだ。

「嘘だ嘘だ! 私は騙されねえですよ!」

「ごめんなさい真那、全て本当なの。だから少しだけ眠っていて」

「何を言ってるでやがりますか!?」

 真那が吼えた後に腹にチクリと痛みが走った。腹部を見てみると一本の麻酔銃の針が刺さっているのだ。

「クッ……ソ……」

 急激な睡魔に教われて真那は足から力が抜けて行き、崩れて行く。琴里は頭を打たないように支えてやると真那が眠った事を確認してから通信機を使ってクルーに連絡した。

「もしもし、中津川、幹臣? 悪いけど今から真那を運んでくれる? ええ、お願い」

 指令を下すと琴里は真那をそこへ置いて本来の目的である本部へ出向した。

 

 

 

 

 或美島へ行く便の飛行機は快調に飛行していた。通路側から十香、士道、折紙という席順になり、士道は二人のいがみ合いの仲裁係りとして役割を果たしていた。大変なのは周りの男子からの嫉妬だ。十香や折紙は彼女にしたいランキングの一位と二位を常に争っている。そんな少女に挟まれるという状況がどれほど幸せなのか士道は分かっていない。

 士道自身もこの二人がもう少しで良いから仲が良ければ変な苦労もしなくて済むし、今の席にも喜びを感じれただろう。

「シドー! これが飛行機なのかー! こんな重い物がどうやって飛んでいるのだ?」

「羽があるからだよ」

 飛行機の原理に特別詳しくもない士道は適当な答えを十香に言った。

「羽があれば飛べるのか?」

「ま、まあ……後はエンジンとかジェットとか」

「シドー! 私も羽が欲しいぞ、どこで貰えるのだ?」

「レッドブルでも飲むと良い」

 士道の代わりに折紙が答えた。

「何なのだそれは?」

「翼を授ける飲み物、あなたはそれを飲んで崖から飛んで行くと良い」

「おいおい、嘘教えるなって……」

 士道は呆れながら言った。行きしなの飛行機を寝ていくという士道の算段はどうやら実現しそうにない。士道がいなければ折紙がどんどん適当な事を十香に吹き込んでしまうからだ。

 修学旅行の体力の殆どを飛行機の中で使い果たした士道は或美島に到着した時には既にふらふらの状態だった。しかし、或美島の空港から見える景色は絶景の一言で、美しく削られた三日月状の浜辺は太陽光で輝きを放ち、海も南国を思わせる程に澄んでいた。この美しい景色を見れば飛行機内での疲れも多少はマシになる。

「はーい、皆さーんちゃんと揃いましたか~? 今からホテルの方に行きますのでちゃんとみんないるか確認して下さーい」

 列の先頭で珠恵が慣れない具合で声を張り上げている。士道は真っ先に十香は探したが、なんと十香の姿がどこにもないのである。

「あいつ……どこに行ったんだ」

 荷物を一度下ろして殿町や亜衣、麻衣、美衣の三人、折紙に令音も十香を見ていないかを聞いたがいずれも飛行機を降りてから見ていないそうだ。十香にはまだ携帯電話を持たせていないので連絡が取れない。そんな時、士道に一人の女性が声をかけて来た。

「どうかしましたか?」

 エレンである。

「ああ……すいませんが女の子を見かけませんでしたか? 髪が長くてリボンを付けた子なんですが」

「プリンセ――その子でしたら飛行機を降りて直ぐにトイレを探しに行きましたよ」

 エレンはそう言ってバス停からずいぶんと外れた道を指差した。

「ありがとうございます」

 士道は礼を言ってから珠恵に声をかけた。

「先生、十香がトイレを探しに行ってどこかへ行ったので探して来ます」

「えぇー!? 夜刀神さんが迷子!? 大変です大変です!」

「岡峰教諭、落ち着いてくれ」

 慌てた珠恵を令音が落ち着けてくれる。

「岡峰教諭はみんな率いて先にホテルへ行ってくれないか。五河くんと私は後から追いかける」

「は、はい!」

 令音の指示通り、珠恵とその他の生徒は大型バスに荷物を積み込み、ぞろぞろと乗って行く。士道と令音、この二人が十香を探しに行くと知ったエレンは目を細めて睨むように観察し、後をつけて行こうとする。

 だが――。

「エレンさーん! バス行っちゃうよ~!」

「ほらほら~早く早く!」

「バスの中でコンボイの謎でもして遊ぼうよ」

 尾行を開始しようとした矢先、亜衣、麻衣、美衣の三人に肩と腕をガッチリと掴まれたエレン。

「え? え? いや、私は他に用事が――」

 有無を言わさずにエレンはバスの中に連れ込まれて尾行作戦は失敗だ。エンジンの音を上げてバスは出発した。

 空港のバスターミナルに残った士道と令音は早速、十香を探しにバス停から外れた道を行く。士道はインカムを耳に付けて常に令音と連絡を取れるようにすると二手に別れた。

 士道が人気のない土手をひたすらに歩き、十香の名前を叫びながら探した。小高い位置の土手からは海が見渡せて、意外にも景色が良い。そんな景色を眺めた後にふと土手の下に視線を落とすと草原に一台の高級車が停車している。自然が漲る空間に不似合いな格好の良いスポーツカー、しかもどこかで見覚えのある白いカラーリングだ。

 士道は頬からたらりと汗を流して恐る恐るそのスポーツカーに近付いて声をかけた。

「ジャ……ジャズ……?」

 端から見ればこんな奇っ怪な光景はない。車に話しかけてあまつさえ名前まで呼んでいるのだから変人と思われても仕方がない。

 名前を呼んでも返事がないので士道は少しホッとして踵を返して十香を探しに行こうとすると、背後では聞き慣れた音がした。接続を変え、パーツが組み変わり、変形する音が聞こえた。

「やあ士道」

「……」

「どうしたんだ士道?」

 やはり車はジャズだった。

「何してんだよジャズ! こんな所まで付いて来てさあ!」

「君が狂三とのデートをした時に私は護衛についただろう? 私の君への護衛任務はまだ継続中なんだよ」

「マジかよ……」

「マジだよ。それより君はここで何してるんだ? 本来ならホテルに行くバスの中だろ?」

「それがさ、十香がいなくなったからさ。探してんだよ」

「何、十香が? それは大変だな。直ぐに探しに行こう」

 ジャズは再びビークルモードになって運転席のドアを開けた。

「さあ乗るんだ」

「どこか宛があるのか?」

「ない」

 即答された。

「じゃあどうやって探すんだよ」

「私がスピーカーを出すから君が大声で名前を呼ぶ。私が島中を走り回る」

「選挙カーみたいだな」

 内心、こんな事したくはないが十香を見つける為だと思えば我慢するしかない。士道が片足を車体に入れた時だ――。

「シドー! それにジャズ!」

 土手の上では十香が手を振っている姿が見える。ジャズも十香の姿をカメラが捉えていた。

「十香!」

 士道は土手を駆け上がって十香に詰め寄った。

「何してたんだ、心配したんだぞ」

「す、すまんシドー……トイレが我慢出来なかったのだ」

「空港ですれば良いだろ」

「空港のトイレが全部閉まっていたのだ! だから……我慢出来なくて……」

 十香は顔を赤らめて士道から目を逸らした。

「しっかし……ここら辺にトイレがあるんだな、十香」

「……」

 十香は見る見るうちに顔が赤くなり、俯いたまま黙っている。何かよからぬ事を聞いてしまったと思い、士道はそれ以上は踏み込んで聞けなかった。

「まあ、見つかって良かったよ。直ぐに戻ろう」

「あ、待てシドー……」

「ん?」

 十香は言いにくそうに膝をもじもじとこすり、下を向いたままだ。

「どうしたんだよ十香」

「その……スースーするのだ……スカートの……中が」

 十香がそう言った時、ジャズのバイザーから青白い光が投射されてつま先から登頂までを軽くスキャンした。

「ふむ……どうやら君は下着を身に付けていないようだがどうしたんだ?」

「わぁぁ! 言うなバーカバーカ!」

 この会話で士道は現状を察した。

 トイレを我慢出来なかったとはどういう意味なのか直ぐにわかった。しかに士道はそれに触れなかった。

「一度、ホテルに行こう十香」

「うっ……済まぬ……」

 少女のデリケートな個所に踏み込むような勇気は士道にない。仮に迫られたとしてもそれに応える甲斐性も士道にはなかった。

 十香の手を繋いで土手から降りようとした時、綺麗な景色の奥で黒雲が立ち込めているのが確認出来た。雲の動きは異常に速く、士道達の方に向かって来ているのが一目で分かる。黒雲が瞬く間に島に上陸し、突風と雷が空を踊るように乱れ、士道と十香は耐えきれずに飛ばされそうになるとジャズが上手くキャッチした。

 しばらく風が吹き荒れて、ジャズは身をかがめて士道達が飛んで行かないように抱えていた。突風に飛ばされて来たバケツがたまたま十香の頭にぶつかった。

「あっふぅ!?」

 十香はそのまま目を回して気を失ってしまった。

 風はやがて収まり、黒雲は消え去り、日の光が差し込んだ。嵐が去ったのを確かめるようにジャズは空を見渡し、周辺の状況を確認した。ジャズに抱えられていた士道と十香も顔を上げると土手には二人の少女が対峙している。一方は目尻がつり上がり、胸は控え目なサイズである。もう一方は垂れ目で気だるそうな目つきをしている。胸のサイズはなかなかの物だ。両者の違いと言えば一見して分かるのはこれくらいで、顔は殆ど同じである。 手足に枷をはめて、レザー製のボンデージ風のきわどい衣装を纏う少女達からは霊力が漲り、ピリピリとした殺気をぶつけ合っていた。

「これで世界一周競争は我の勝ちぞ」

「否定。先にゴールしたのは夕弦の方です。耶倶矢は胸が小さい分、リーチが短いです」

「何だとコラァ! この陰険陰険陰険! 人の価値は胸じゃないし!」

「失念。確かに人の価値は胸じゃありませんでした。教養や品性と言った耶倶矢には致命的に欠けている物も価値の一つです」

「誰が教養や品性が欠けてるって!? 教養とかマックスだし! 品性とかイケイケだし!」

「質問。では教養マックスの耶倶矢に問います」

「な、何よ」

「アメリカの首都は?」

「はっ! 簡単だし、ニューヨークよ!」

 耶倶矢の回答を夕弦は鼻で笑う。

「いや、違う違う! えーっと……どこだっけ……」

「ヒント、大統領の名前です」

「わかった。リンカーンね!」

「嘲笑。教養マックスとは耶倶矢の限界値がマックスということでしょうか?」

「何よもう! 答え教えてよ意地悪!」

「あの……」

 夕弦と耶倶矢の口喧嘩に意を決して士道は口を挟んだ。精霊の心は分かりにくい、もしも狂三のような危険な性格ならばジャズはここで倒す事も辞さないつもりだ。

「ん? 何だこやつは」

 耶倶矢の口調がどこか芝居がかった物に変わった。

「今は余が夕弦と話しておるのだ。この無礼者め!」

「指摘。耶倶矢のキャラがぶれぶれです」

「うっせーし! で、あんたは何なの?」

「何なのって言われてもな……」

 士道は困ってしまい黙り込んだ。

 士道の事をジッと見ていた耶倶矢は何か閃いたように不適に笑う。

「なあ夕弦よ、我等は幾重に勝負を重ねて来たがまだやっていない勝負があったよのお」

「疑問。まだやっていない勝負とは?」

「ズバリ、色気対決だ」

「納得。確かにまだやっていませんね。してルールは?」

「ルールは簡単! 我と夕弦でそこの者をメロメロにした方が勝ちだ! そこの者、名を名乗れ」

「え……はい……五河士道です」

 何故か不思議と敬語になってしまった。

「よし、士道よ我等の勝負に協力しろ。嫌とは言わせんぞ」

 精霊側から士道にコンタクトを取ってくれるのは逆にありがたい話だ。接する機会が多ければ多い程に封印や好感度を上げる機会も多くなる。

 士道は頷いた。

「よろしいでは我等の色気対決スタートだ――ってかあのロボット何!?」

 どうやら耶倶矢はやっとジャズの存在に気付いたようだ。耶倶矢が言うと夕弦もジャズの方を見た。

「あ、私かい? 自己紹介が遅れたね私はジャズ、オートボットの副官をやらしてもらっている。よろしく」

 精霊を相手でもジャズはフランクに接して来る。人差し指を出して耶倶矢と夕弦に握手を求める。

「あ、どうもご丁寧に八舞耶倶矢です」

「八舞夕弦です」

 と二人も自然と手を出して握手を交わした。

「質問。ところであなたは何者ですか?」

「そうだ、我等は世界を駆け回って勝負をしたが、そなたのような生き物とは出会った事がない」

「まあまあ、いろいろ話す事はあるだろう。詳しい事は移動しながら話そうじゃないか」

 ジャズは踊るような華麗な動きでビークルモードに変形してドアを開けた。

「さ、どうぞ」

 人生で初めて見るトランスフォームに夕弦は感心し耶倶矢は目をキラキラさせて感激している。四人を乗せたジャズは走り出してホテルを目指した。

 

 

 或美島の士道達のいる地点から反対の森の中でスタースクリームは自作のハンモックに揺られながらエレンから“プリンセス”を捕縛したという報告を待っていた。

 DEM社の狙いは十香だが、スタースクリームの狙いは最初から士道にあった。

 ゼータプライムの私室で見た画像、それは紛れもない士道の幼い頃だ。

「へへっ、バカ共めあの十香って小娘より士道って人間のガキの方が価値があるってもんだ」

 士道の秘密を知るスタースクリームは既に勝ち誇った表情をしながらグラスに入ったエネルゴンを飲みながらハンモックの上で優雅に寝転がっていた。

 少し一眠りしてから行動を起こすつもりだったが目を閉じた時、スタースクリームのセンサーがある信号をキャッチした。

「味方の信号か……。って言う事は俺以外にディセプティコンがいるってのか!?」

 センサーではディセプティコンの反応は海中から来ている事が確認された。ディセプティコンを追放された身のスタースクリームはもはやオートボットもディセプティコンも敵だ。腕をスナイパーライフルに変形させて急速接近する信号を見逃さないように注意を払い、その方向に銃口を向けて待ち構えていた。

 水しぶきが水面から立ち上り、海中からスペースジェット機が現れると空中で変形しながら降りて来る。スタースクリームは先に狙撃銃の弾丸を放つ、しかしそれは回避された。

 海中から現れたディセプティコンが左腕のキャノン砲をスタースクリームの顔面に突き付けたのと、密かに用意していたニュートロンアサルトライフルの銃口が敵の方に向いたのが全く同じタイミングであった。

「君は……スタースクリーム!?」

「ショックウェーブ……テメェ……まさか地球に来てたとはなぁ」

 犬猿の仲だが、同じ幹部同士だ。二人は同時に銃を収めた。

「ディセプティコンの反応があると思えば君か……。こんな星で何をしているんだいスタースクリーム?」

「こっちが聞きてぇな、オイ。ラボにいないと思ったらこんな所にいやがったのか」

「まさか私のラボに入ったのか?」

「ああ、そうだとも。あんなスペースブリッジなんて言う無駄遣いを俺様が有能な建築物に変える為にな」

 ショックウェーブは少し俯いた。

「君はどうやって地球に来たのだ?」

「あぁ? テメェ聞いてなかったのかよ! 俺様がテメェのスペースブリッジを改良して地球まではるばるやって来たんだよ!」

 元科学者としての実力がこんな所で発揮されるとは思っても見なかった。スタースクリームはドジで間抜けで思慮の浅い奴、というのが一般的な認識だが能力だけは確かに高い。

 逆に能力が高い所為でタチが悪いが……。

「スタースクリーム、私と協力しないか?」

「ハッ! お断りだぜ! 誰がテメェと組むかよ変態科学者が!」

「君一人で何が出来る? 君も目的を成し遂げるなら手足が要るだろう?」

 それを言われると痛い。スタースクリームはDEM社と協力はしているが、スタースクリームの手足となる人間は殆どいないのだ。

「バカ言うんじゃねー! この俺様に部下がいないと思ってんのか?」

「ああ」

「いるに決まってんだろーが! ちゃんとディセプティコンのな!」

 ショックウェーブは首を傾げた。ディセプティコンでスタースクリームの言う事を聞く物好きがいるとは考えられなかったからだ。

「他にディセプティコンが来ていると言うのか?」

 コクコクとスタースクリームは首を振った。

「誰だ」

「テメェに何か教えてやんねーよーだ! ハッハッハッハッハ!」

 無性にイラッとしたショックウェーブは無言でスタースクリームの膝の関節を蹴り、「ウワァッ!」と悶えている隙に頭を掴んで腹を殴り、砲口を顔に近付けた。

「お、おい! やめろよ! 俺達仲間だろ! お前は仲間を撃つってのかよ裏切り者! なあ頼むよ、顔は、顔は止めてくれ!」

「なら答えろ、他のディセプティコンは誰だ? どこにいる?」

 低くこもった声で凄むショックウェーブの迫力は凄まじい物がある。今日のショックウェーブはどこか虫の居所が悪いのか随分と短気だ。

「ほら、どうしたスタースクリーム? このままじゃ君は大事な頭とお別れする事になるぞ」

「わかった! わかったから離してくれ! 言うよ、言えば良いんだろ!」

 相変わらずの命乞いと臆病な性格にショックウェーブは呆れながら手を離した。離してやるとスタースクリームは鬱陶しそうに手を振り払う。

「コンバッティコンだよ! アイツ等が地球で潜伏するように命令してあるんだ!」

 ポリポリとショックウェーブは頭をかいてから再びキャノン砲をスタースクリームに向けた。

「分かりやすい嘘だな、コンバッティコンは君を嫌っている。命令を聞く筈はない」

 そうだ、セイバートロンでの戦争末期、メトロフレックスのパンチでスクラップにされたメガトロンを見てここぞとばかりにニューリーダー宣言をしたスタースクリーム。その後にオートボットとのエネルギーの取り合いでスタースクリームの作戦は大失敗、その責任をコンバッティコンに押し付けていた。

 そのような経緯からコンバッティコン全員はスタースクリームが大嫌いなのだ。

「本当なんだ! 信じてくれよ!」

「詳しく聞こうか」

 ショックウェーブは腕組みをするとスタースクリームは嫌そうな顔をしながら話しだした。

 

 ――時は少しさかのぼり、それはスタースクリームがショックウェーブのラボにいた時だ。スペースブリッジの改良に勤しんでいたスタースクリームは、ある時近くで空から一人のディセプティコンが落下して来るのを見た。

「何だぁ?」

 スタースクリームは直ぐに墜落現場まで飛んだ。

 墜落現場で横たわっていたのは合体兵士ブルーティカスである。既に飛び去ったアークとネメシス、二機の艦が激しい攻防を繰り広げる中でブルーティカスはアークの戦力を壊滅させるべく放たれた。

 しかし、結果はジャズとジェットファイヤーの連携プレーにより艦から落とされてしまったのだ。

「ブルーティカスか……」

 そして今、再びセイバートロンに墜落という形で戻って来た訳だ。

「そういやコンバッティコン共はニューリーダーの俺様に対してピーチクパーチク言ってやがったな……」

 スタースクリームはいい考えが思いつき、ブルーティカスの合体を解除してからラボへと五人を運んだ。

 五台のベッドで寝ているコンバッティコンで最初に目を覚ましたのはリーダーのオンスロートだ。それからブロウル、ボルテックス、ブレストオフ、スィンドルと順番に目を覚ました。

「ここは? あぁ……頭が痛むな」

「良く目覚めたなコンバッティコンの諸君!」

 復活した瞬間に見た顔がスタースクリームだと思うと全員、目覚めが悪い。壁にもたれて何故か自信満々の顔つきでオンスロート等を見下ろしていた。

「スタースクリーム! よくも我々の前に顔を出せたな! お前をスクラップにしても飽き足らん!」

 ベッドから全員飛び起きてスタースクリームを取り囲むと皆、武器を取り出した。

「おいおい、俺様はお前達の命の恩人だぜ? 誰がリペアしてやったと思ってる。さあ、その見返りに俺に従え!」

「ざけんなよスタースクリーム!」

「その前にお前をスクラップにすると言ったらどうかね?」

 ブロウルとスィンドルが銃口を近付けて言って来るが、それでもスタースクリームは落ち着いていた。

「まあ、俺を殺すのは勝手だが、お前達のエネルギーアブソーバーを取り外したぜ。アブソーバーが無けりゃあエネルギーの補給が出来ずに死ぬだけさ」

 さっきから変に余裕なのはコンバッティコン等のアブソーバーを人質に取っているからだ。五人は撃ちたくても撃てない、アブソーバーの隠し場所も分からないし取り付けれるのはスタースクリームだけだからだ。

「さあどうする、この俺に従うか」

 コンバッティコンは一旦スタースクリームから離れて五人でひそひそと話し合った。そして直ぐに結論を出した。

「わかった、スタースクリーム。従おうとりあえず今のところはな」

 オンスロートは渋々そう答えたのだ――。

 

「ってな具合で連中は俺様の部下なんだよ!」

「最低だな君は」

「最低加減だけはテメェに言われたかねーよッ!」

 ショックウェーブも軍団内では避けられがちだが、コンバッティコンは二人のどちらに付くと言われると迷わずショックウェーブを取るだろう。なにぶんスタースクリームは引き時というのを知らない。

「とりあえず、君は私と一緒に来てもらうよ」

「あぁ? 何で?」

「君は放っておいたら何をしでかすか分からないからだ」

「待てよ! 俺は暇じゃねーんだ!」

「スタースクリーム、君はこの星でどうするつもりだ? DEM社につくのか?」

「バカ言うなよ。それを言うならテメェはどうするつもりだ?」

「私はディセプティコンだ。メガトロン様が生きていると信じて力を蓄えている」

 メガトロンがどうなったか、スタースクリームは知らないが今はいないのは確かだ。

「よーしショックウェーブ、そんなに言うなら協力してやろうじゃないか。この俺様がな」

 急に態度を改めて接して来るとショックウェーブは、また悪巧みでもしているのだろうと呆れながらスタースクリームをアトランティスに連れて行った。

 

 

 

 

 空中艦フラクシナスに今は琴里も令音もいない。そして琴里がいない所為で神無月はとても寂しかった。

 代理だが司令官という立場を預かる神無月は、完全にやる気が無く、艦橋の床にごろんと転がったり琴里の椅子に頬ずりしているのだ。

「司令~早く戻って来て下さいよ~。暇だな~暇だな~」

「どうします、あれ?」

 椎崎は座りながら神無月の痴態を眺めて他のクルーに意見を求めた。

「どうしようかな……」

 他のメンバーも口を揃えてそう言った。

「仕方ない……副司令が役に立たない今、この幹本がリーダーになろうじゃないか!」

「何を言うんです!? リーダーにふさわしいのはこの川越だ!」

「はいはい、おじさん達は引っ込んで下さい。時代は老いぼれじゃなくて新しいリーダーを必要としているんです!」と、中津川。

「リーダーをあなた達頼りない男に任せてられませんよ! この箕輪こそがニューリーダーにふさわしいのです!」

 突如、発作的にリーダーを名乗り始めたクルー達。副司令はやる気無し、クルーは暴走気味、まだ正気なのは椎崎だけであった。

「み、みんなどうしたんですか!? 急に変になって! 落ち着いて下さい! 副司令も何とか言って下さいよう!」

「やだ、司令がいないと動きたくない」

 椎崎は頭をかいてどうすべきかを考えた。何故、全員がニューリーダー病に目覚めたのか。指揮官を失った兵がここまで脆くなるとは予想外だ。

「あ、そうだ!」

 考えた結果、椎崎はいい考えを思いついた。

「司令がいないと動きたくないなら司令を呼んでくれば良いんです」

 椎崎は直ぐに回線をオートボット基地と繋いだ。艦橋にある空中投射された画面にオプティマスが現れた。

『どうしたと言うんだ?』

「大変なんです! みんな急におかしくなって! うちの司令がいないとみんな変なんです、特に副司令が!」

『わかった、少しの間は私が指揮を取ろう』

「はい、助かります!」

『私も直ぐに基地からいなくなる』

「へ? どうしてですか?」

『或美島付近に妙な信号をキャッチした。今から私とワーパスで調査に行くのだ』

「私達も或美島に行かなくちゃいけないんですが……」

 椎崎が見渡すと誰がリーダーになるか言い合うクルーにまるで液体のように体がだらんと椅子から垂れている神無月、とてもフラクシナスを動かせる状態じゃない。

『よし』

 オプティマスは発声回路にエネルギーを巡らすととてつもない大声で言い放った。

『目を覚ませッ!』

 フラクシナス中に響いた大声に椎崎は耳を押さえた。怒鳴り声のような迫力にクルー等はもちろん、神無月もピシッと姿勢を正して立っていた。

『少しの間、指揮は私が取る。いいな、諸君?』

「はい!」

 夢から覚めたかのようにクルー等はいつもの様子に戻った。

「ありがとうございます、オプティマス」

『お安いご用だ、椎崎。それではフラクシナスはこれから或美島の上空一五〇〇〇メートルまで移動しろ』

 オプティマスの命令でフラクシナスは動き出し、大型スラスターが点火して巨大な空中艦は移動を開始した。

『また何かあれば呼んでくれ。或美島に到着後はしばらく待機だ』

「はい!」

 

 所変わってオートボット基地。

「オプティマス、何してるんだ?」

「遅くなってすまない。フラクシナスで少しトラブルだ」

「なんかスゲェ怒鳴ってたもんな」

「では、行くとしようか。パーセプター、基地の留守は頼んだぞ」

「はい、わかりましたよ」

 パーセプターがレバーを下に下ろしてグランドブリッジを起動させた。ゲートが開いて、オプティマス等はゲートに飛び込みあっという間に基地から式美島へと移動した。グリムロック達には悪いが、緊急を要する事態なら出撃してもらう必要がある。

 式美島のビーチへ出て来るとロボットモードにトランスフォームする。周囲を警戒して人間やディセプティコンがいないかを確認する。センサーには反応が無く、周辺に敵らしい敵がいない事が分かった。

「安全みたいだなオプティマス」

「そのようだ。しかし警戒はしておくんだ」

「ところでグリムロックとかはどこだ? 海水浴に来てるんじゃないのか?」

「アイアンハイド、アイアンハイド聞こえるか? ――ダメだ、反応がない」

 ワーパスも通信をしてみるがアイアンハイドもグリムロックも反応がない。

「島の捜索をしよう」

 オプティマスは先頭に立ってビーチの反対側で生い茂る森の中へ入ろうとすると――。

「オプティマス!」

 ワーパスが呼び止めた。

「どうしたというのだ?」

「アレ」

 ワーパスが指差した先には大木が倒れ、踏み潰されたような跡があり深い森に刻み込むように倒木の道が出来上がっていた。

「……グリムロック?」

「グリムロックだ」

 誰の仕業かなど確かめるまでもないだろう。そしてその道を辿れば探している者に会える事も分かった。倒木の道をひたすら歩き、二人はグリムロックの居所を目指した。

「なあオプティマス、妙な信号ってよ具体的には何なんだァ?」

「巨大なエネルギー反応だ。海底から出ていたのでもしかするとディセプティコンが一枚噛んでいるかもしれない」

「考え過ぎだぜ!」

「だと良いんだがな……」

 しばらくして――。

「ん?」

「どうしたワーパス」

「センサーに反応ありだ。グリムロックとアイアンハイドのだ!」

「ようし、走るぞ」

 だいぶ二人が近くにいる事が分かった。その証拠にセンサーの反応だけでなくグリムロック等の声が聞こえて来ているからだ。道を走り、木をかわしながら突き進み、徐々に声が大きくなって行く。そして森を抜けた先で二人が目にしたのは……。

『ホント、良い湯加減だねい、四糸乃!』

「暖かいです」

「俺、グリムロック。温泉好きになった」

「あぁ~体の疲れが抜けて行くようだわい」

 四人は温泉に浸かって、のんびりとリラックスしていた。グリムロックは湯船から尻尾を出してふりふりと振って喜んでいる。頭にシャンプーハットを乗せてグリムロックとアイアンハイドは心ゆくままに温泉を満喫していた。

「オプティマス、あなたも温泉に来たんですか?」

 二人の存在に気付いたアイアンハイドは振り返って言った。

「私達は湯治に来たのではない」

 そう言いながらもオプティマスは湯船に浸かり、それに続いて入って来た。湯が溢れて波が起こり、四糸乃は危うく温泉の波に呑まれる所だった。

 グリムロックの背中によじ登り、四糸乃は皆を見下ろした。

「式美島と或美島の近海で特殊なエネルギー反応をキャッチしたんだ」

 ふう、と安堵のため息を吐いて肩まで浸かると話を続けた。

「あの……トランスフォーマーも……お風呂……入るんですね……」

 ロボットが湯船に皆して浸かっている異様な光景を見ながら四糸乃は首を傾げながら言った。

「我々に本来は入浴の習慣はない」

「まあオレ達ゃあ人間みたいな体臭とか気にしなくても良いしな!」

 一度、全員が黙り込み芯まで暖まってホッと一息ついた。

「そろそろ調査に行きましょうオプティマス」

「その方が良いな、だが十数えてからだ」

 

「ひとーつ、ふたーつ――」

 全員が口を揃えて数を数え出した。

「八つ、九つ、十!」

 

「よっしゃ! じゃあ調査に向かおうぜ!」

「やはりバカンスばかりじゃ体が鈍るな」

「オートボット、出動!」

 各々がビークルモードに変形してエンジンをかける。激しくタイヤを回しながらオプティマス達は出動した。

「俺、グリムロックはどうしたら良い?」

「君は待機だ、何かあれば呼ぶ」

「わかった。じゃあもう少し入ってる」

『そうだね、せっかくの温泉だしもっと楽しまないとね!』

 よしのんも温泉が好きなのか身振り手振りでコミカルに動いて見せた。

 出動した三人は来た道を高速で走った。倒木という倒木をワーパスがキャタピラで踏み潰しながら走る。

「ハハハ! 昔を思い出すぜ! セイバートロンの中枢に潜った時みたいだぜ!」

 オメガスプリームの救出に向かう為に編成された決死隊もこの三名であった。

 ワーパスはブースターを噴かして更に加速を付けてオプティマスやアイアンハイドを引き離す。

「おい、待たんかこのイカレ暴走族!」

「ヘヘッ! 爺さんがおせぇンだよ! 油でも差してもらいな!」

 先頭を突っ走るワーパスはビーチに出るとそのまま海中へと飛び込んだ。オートボットのビークルモードはいずれも超ハイパワーだ。水陸両用の機能を備えている。

 水中へ潜った三人はセンサーの示す方向に向かって真っ直ぐに突き進む。水深一〇〇〇メートルに達した時、センサーの反応がより強く現れだした。トランスフォームして岩陰に隠れて岩の隙間から海底にそびえ立つ建造物を見た。

「アトランティスだ!」

 アイアンハイドは目を見開いて驚く。アトランティスは地球の伝説でもとても有名な物だ。海底都市アトランティスが実在していたとは思いもしなかった。

「チンタラやってねーでさっさとあの都市を襲いましょうや!」

「待てワーパス、迂闊に近付くな。都市と言っても普通の都市じゃない。見てみろ」

 ワーパスを引き止めてアトランティスを良く見ると確かにただの都市ではない。大砲にミサイル、レーザー兵器は完備されているわ、無数のタレットが配備されて何人もの魚人が三つ叉槍を持って警備に当たっていた。易々と侵入出来るようなセキュリティーではない。

 重装備だが無敵ではない。必ずどこかに弱点がある。それでもこの三人では突破は不可能と考えて良い。

「まともに突っ込めば粉々にされますよ」

「……フラクシナスの魔力砲はここまで届かないだろう。仕方ないグリムロックを呼ぼう」

 オプティマスがそう決断するとどこからともなくレーザーが飛来し、顔を掠めて岩に穴を空けた。レーザーが来た方角を見ると警備をしていた魚人軍団にインセクティコンの三人が向かって来ていた。

「インセクティコンだと!?」

「侵入者め覚悟しろ! 攻撃開始!」

 魚人の将軍のかけ声でアタックは開始された。

 さあ戦いだ!

「オイ見ろよシャープショット、ハードシェル! オートボットだ! 八つ裂きにしろォォ!」

「ンハハハハ! 久しぶりのぞくぞくする戦いだゼ! オメー等、三次元攻撃をかけるゾ!」

 インセクティコン達は散会してトランスフォームしてミサイルやバルカン砲で攻撃をしてくる。それに加えて魚人の支援も加わってオートボットは危機的状況だった。

 岩を盾にガトリング砲“スクラップメーカー”を撃ちながらワーパスは魚人を撃ち落とし、肉弾戦を挑んで来る者はハンマーで殴り飛ばした。 全方位に注意を向けながら絶妙なタイミングでレーザーを回避しつつガトリング砲で反撃をする。僅かな隙を突いて来た魚人はアイアンハイドのサーモロケットキャノンにロックオンされ、回避が間に合わず撃墜された。

「イェア! この実戦の空気は最高だぜ!」

「みんな、退くな。撃って撃って撃ちまくれ!」

 魚人軍団にもオプティマスは果敢に挑み、ブラスターとロケットキャノンで応戦する。

「厄介だな、俺がぶっ潰す!」

 カブトムシに変形したハードシェルが目を付けたのはワーパスだ。海底を走ってガトリング砲の掃射を上手く切り抜けてロボットモードに変形したハードシェル。彼はワーパスに掴みかかると二人は倒れて海底を転がる。

 お互いパワーには自信がある。ワーパスの右フックがハードシェルの脾腹にめり込み、加えて頭突きを見舞った。立ち上がり様にアッパーが顎を捉えた。

「なかなかタフじゃねえか虫けらが」

「黙れオートボットのクズめ!」

 ハードシェルとワーパスは同時に振り上げた拳と拳をぶつけ合う。水中で大きな衝撃波が生まれ、両者は吹っ飛ばされる。即座に立ち直ってから取っ組み合い、一歩も退かずに押し合っていた。ハードシェルが先ほどのお返しと言わんばかりに頭突きを食らわせた。

 のけぞりながらもワーパスはハンマーでハードシェルを叩きのめし、ハードシェルは両腕を組んで頭を何度も打ちつけた。一発一発に込められた破壊的な威力の拳を二人は避けずに打ち合っている。ハードシェルのストレートをブロックし、腹を殴り、逆に顔面を殴られたりと攻防は激しさを増した。

 大きく振りかぶりながらワーパスにパンチを繰り出した直後、腕部をロケットキャノンに切り替えて爆風も省みずに発射した。ワーパスは爆風でぐるぐると水中を舞い、ロケットを受けた個所は黒ずんでいる。

 水中で戦車へと変形したワーパスは主砲の照準をハードシェルにロック、特大の砲弾を発射した。

 砲弾がハードシェルに命中した瞬間、海底を深く陥没させ、水面には大きな水柱が上った。何人かの魚人はバランスを崩して転けてしまった。

「ぶちのめしてやるのは気分が良いぜ!」

 ハードシェルを撃破したワーパスは嬉々として叫んだ。

「ほう、君のようなパワー馬鹿と私が意見が合うとはね」

 オートボットに苦戦していると見て、ショックウェーブが加勢しに来た。左腕のキャノン砲にはエネルギーが充填されておりワーパスは、逃げる間もなくショックウェーブに撃たれた。

「グァッ!?」

「インセクティコンにショックウェーブ……ディセプティコンがこの星にか……」

 オプティマスは慌てず冷静にワーパスの救出に向かった。

「オプティマス、私が囮になります。ワーパスを連れて逃げて下さい」

「馬鹿を言うな、そんな事出来ない」

「逃がしはしないぞオートボット」

 アイアンハイドは強引にオプティマス達を海底にある通路に押し込み、出口を爆破した。

「アイアンハイドォー!」

「じ、爺さん……!」

 瓦礫によってオプティマス達の追跡は困難となった。代わりにアイアンハイドが捕まるという形になった。

「仲間思いじゃないか、流石は古参兵。だが君の行動はいささか論理的ではない」

「黙りやがれ一つ目のガキが。引きずり下ろして細切れにしてやる!」

 両腕を重火器に変えて戦う意思を見せつけるも、アイアンハイドを魚人とインセクティコンが取り囲んでいる。多勢に無勢、更にショックウェーブにスタースクリーム、ナーギルまでいるのだからアイアンハイドの勝ち目はゼロだ。

「ショックウェーブよ、我に任せるが良い」

 テレパシーを使ってナーギルはショックウェーブに攻撃を止めさせた。ナーギルの手には一丁のビームガンを持っており、アイアンハイドに目掛けてビームを撃つ。

 へばりつくようにエネルギーの網がアイアンハイドを絡め取り、見る見るうちに力を削いで行く。

「ハッハッハ! ショックウェーブ、生け捕りでも構わんだろう?」

「ああ、構わない」

 ナーギルは交信の波長を変えると魚人の将軍と兵士に何かを伝えた。

「何と伝えたのだい?」

「危険な奴だから用心するようにと伝えたのさ」

 ナーギルは先にアトランティスへ帰り、アイアンハイドは魚人達が持ち上げて運び込んだ。ナーギルのやり取りを見て気に入らないような表情をしているのはスタースクリームだ。

「あの鱗野郎はどうも信用出来ねえな、おいシャープショット、さっきの言葉解読してくれ」

「お前さんに指図されんのハ酷く気が進まねーガ仕方なイ」

 シャープショットはさっきの波長をインセクティコンの波長に翻訳し出した。

「おい、まだかサウンドウェーブなら直ぐだぞ」

「待てよスタースクリーム、少しは我慢も覚えやがレ! ――よし、解読出来たぜ!」

「なあ、なあ、なあ! シャープショット、ナーギルは何て言ってたんだ?」

 キックバックも気になっているようだ。

「流すぞ?」

『この赤いのを解析してトランスフォーマーの弱点を知れ、そして奴等も抹殺するのだ』

「何だってぇ!?」

「やはり胡散臭い奴だと思っていたが正解か!」

「何をしているんだね?」

 ナーギルの本心を知って驚いている所にショックウェーブが近付いて来た。シャープショットはこの事を告げるとショックウェーブは驚いた素振りを見せなかった。むしろ分かっていたといった反応だ。

「まもとに協力するなど思っていないさ。まずはハードシェルのリペアを済ませる。三人ともくれぐれも怪しい行動を取るなよ。仲間のふりをするんだ」

 余計な事で身を危険に晒したくない為、三人には脅すような迫力で言いつけてアトランティスに帰還した。スタースクリームは或美島に用があるのでアトランティスには戻らずに島の方へ飛んで行った。

 

 

 

 

 ジャズの車内ではいろいろな話で盛り上がっていた。トランスフォーマーの事についてジャズは話してやったり、逆に八舞姉妹から精霊について聞いたりと流石に口が上手く、ジャズはすっかり二人と仲良くなっていた。もちろん、士道へのフォローも忘れていない。

「夕弦に耶倶矢、二人はこの世界についてあまり詳しくないんだろ?」

「首肯。私と耶倶矢は常に戦っています。他の者に目は行きません」

「そうであるぞ、ジャズとやら。いずれは真なる八舞となり我は暗黒の影となりて、地球を! 日本を! この島の支配者となるのだ!」

「何だか面白い事してるなー。私もこの星には詳しくなくてね、士道はいくらでも知っているよ」

「えっ!? う、うん!」

 急に話題を振られて少し焦りながら返答した。ちょうど令音と今後の予定を立てて、そのついでに八舞姉妹についても聞いていた。この少女達は風を司る精霊で特筆すべきは速さにあった。だから、現界してから追いかけても追い付けないし、仮に追い付いても吹き荒れる嵐に破壊されるだけだ。

 それと、困った事にフラクシナスと連絡が取れず、今回は令音の指示と士道の経験が物を言うのだ。

「質問。さっきからあなたは何を話していたのですか士道?」

「そうであるぞ、我等がジャズと談笑に興じている最中にぶつぶつと独り言を話していたであろう?」

「いや……これは……」

 後部座席で二人に挟まれる形で座っている士道はしきりに頭をかいた。そこへ左右から白くて華奢な腕が伸びると士道の腕を絡め、夕弦は良く張った胸で挟み込んで来た。対して耶倶矢は全身を使ってべったりと這わせて来るのだ。

「さぁ、士道よ選ぶが良い。我か夕弦かどちらが女として魅力を備えておるか?」

「懇願。私を選んで下さい。そうすれば耶倶矢よりも良い事をしてあげます」

 精霊から接近して来るのはありがたい、そう思った自分を殴りたい。こんな板挟みになるとは予想もしていなかった。ジャズがホテルの前で停車するとドアを開けて助手席で気を失っている十香をおぶった。

 ホテルの前では令音と折紙が待っていた。

 出来る限り、折紙に今の自身の姿を見られたくはなかった。背中に十香、左右に耶倶矢と夕弦がベタベタと引っ付いているのだ。折紙は見覚えのない顔を何度も見直し、来禅の制服を着ている事を確認して更にあらゆる可能性を脳裏で見つけては消し、の繰り返しをした末に聞いた。

「誰?」

 クラス、いや学年全員の意見を代表した質問だろう。尤も、今は折紙しか生徒はいないのでそこまで騒ぎにはならなかった。

 次に折紙はジャズに目を付けた。送迎バスでもないしタクシーでもないイカしたスポーツカーだ。折紙がジャズに向かって歩き出そうとした瞬間。

「彼女達は転校生だよ」

 令音が耶倶矢と夕弦の紹介をして折紙の注意をそちらに引き戻した。

「諸事情により到着が遅れてね。話したい事があるから私の部屋まで来てもらうよ」

 これ以上、折紙といると見抜かれる気がしたジャズはドアを閉めて退散した。

 折紙には自室へ戻ってもらい、十香は令音の部屋のベッドで安静にさせて士道は相変わらず、引っ付かれて困り果てていた。

「どうだ士道、我を選ぶ気になったか? 夕弦など我の足元にも及ばぬわ」

「反論。耶倶矢はどうしようもないバカです。胸や脳に行く栄養をどこかで排出しています」

「なあ二人共」

「言ったわね夕弦!」

「応答。何度でも言います」

「ちょっと聞いて――」

 士道の言葉は遮られる。

「バカってだいたいあんたもあたしと成績変わんないでしょ!」

「憤慨。成績で耶倶矢に負けた事など一度もありません」

「マジで一つ質問させてくれ!」

「なぬ?」

「了承。良いでしょう」

「何でお前等は争っているんだ」

「おっと、知らなんだか。良かろう決断を下す士道には知る権利がある」

「説明。私達は元より一つの精霊でした――」

 つまり、何らかの形で一つの精霊の人格が裂かれて新たな人格が二つ生まれた。耶倶矢と夕弦だ。

 一つになるとどちらかの人格は消えてなくなるのだ。

 それを聞いた士道はますます選ぶ気が無くなった。知り合って間もないが士道には二人の仲が悪くは見えなかった。喧嘩する程仲が良いの典型的な例と思った。だからこそ二人の人格には消えて欲しくはない。

 一通り話を聞いた令音は椅子から立ち上がると耶倶矢と夕弦に声をかける。

「話は理解したよ。でも今の君達じゃあシンは落とせない。彼は難物だ攻略法を教えてあげよう」

 令音の言葉に乗せられて二人は後について行った。

 眠った十香と二人だけの部屋で士道は頭を抱え込んで深く懊悩していた。最初の計画では二人を落とす予定だったが、そもそも二人の霊結晶は一つ。片方に霊力の封印に反応があればもう一方は直ぐに気付く。

 勘考の末、今回の作戦は二人が士道を落とすという計画に切り替わったのだ。しかし、あのような事情を聞けば士道の心中は穏やかではない。

 一人が犠牲に一人が助かる。誰かの犠牲の上に誰かが立つ、それは頭で理解しても心では理解を拒んでいた。拳に力が入りすぎているのに気付いて、士道は一旦息を整えた。

 リラックスも兼ねて士道は温泉へと向かった。

 

 

 

 

 温泉ののれんの前には耶倶矢と夕弦が頑と構えて士道は嫌な予感がしてならなかった。

「士道よ! 今こそ我が神聖なる絹を用いて貴様の不浄を取り除いてやろう!」

「翻訳。背中を流してあげると言っています」

「ああ、ってかここ混浴はないぞ」

「良いではないか良いではないか!」

「強引。早く入って下さい」

 強制的に男湯の中へ連れ込まれて士道は身ぐるみを全部剥がされ、湯船へと放り込まれた。

 なかなか乱暴な接待だ。

 白い湯気が空へ上り消えて行く。湯加減は良くて士道は温泉には大満足なのだが、なにぶん両方からの誘惑に辛いものを感じつつ、誰かが入って来ないかという緊張感もあってあまり温泉を楽しめなかった。

「……」

「……」

「……」

 三人は無言であった。こんな時、どうしたら良いのか実は耶倶矢も夕弦も知らない。男性の誘惑方法などに深い知識はなかった。

「ゆ……夕弦よ先に士道を籠絡させる事を許すぞ」

「懸念。実は耶倶矢は何をしたら良いのか分からないのでは?」

「はぁ!? 何言ってんの! あたしのテクニックとかヤバヤバだし! 超エロエロだし!」

「では見せて下さい」

「わ、わかったわよ」

 耶倶矢はぎこちない動作で腰に手を当てて無い胸を強調するようなポーズをした。

「あは~ん」

「……」

「嘲笑。幼児体型には無理のあるポーズですね。ぷっぷっぷ」

「何よあんただってどうしたら良いか分かんないんでしょ!」

「バカにしないで下さい」

「じゃあやって見なさいよ!」

「了承」

 夕弦はコクリと頷いて士道を見つめる。

「悩殺チュッ!」

 そう言って投げキッスをするが士道も反応に困ってしまい、耶倶矢は大笑いしている。

「アッハハハ! あー可笑し、何よ悩殺って! だいたいあんたの体じゃあ悩殺なんて無理無理」

「反論。耶倶矢の幼児体型よりまだマシです」

「何ですって、夕弦のデブチン!」

「憤慨。誰がデブチンですか。鶏ガラのような体で」

「誰が鶏ガラよ! ぶよぶよーぶよぶよー!」

「応戦。ペタペターペタペター」

 子供のような言い争いを続ける二人を遮るように男湯になんと十香が現れてそのまま湯船にダイブした。

「ぷっはー! 一番乗り!」

「おう、十香起きたのか――って。えぇぇぇぇ!?」

「きゃぁぁぁぁぁ! 何故士道がいるのだ! というより一番乗りじゃなくて四番乗りではないか!」

「待て十香誤解だ! だいたいここは男湯だろ?」

「ふっふっふ!」

 ここで耶倶矢が怪しく笑い出した。

「我が術中にハマりよったな」

「説明。のれんを入れ替えさせてもらいました」

 驚愕の事実を知って士道は急いで風呂から上がろうと立ち上がった。

 士道は足を止めて耳をそばだてると更衣室から声がして、ぞろぞろと女子生徒が風呂場に入って来た。士道はタオルを腰に巻いて直ぐに岩陰に隠れた。

 ここでバレたら士道は永遠にグッドナイトだ。

「シドー、私の影に隠れろ。シドーは悪くないのだろ? 協力するぞ」

「十香……本当にありがとう……」

 士道は十香の体に隠れて少しずつ横歩きで移動していると亜衣麻衣美衣のトリオが十香を見つけた。

「あー十香ちゃんだ!」

「うっは、肌キレー!」

「触らせろー!」

 三人が近付いて来ると十香はあたふたして手を振り、咄嗟に屋根の方を指差した。

「あーあそこにきなこパンが!」

 自然と意識がそちらに行くと士道は切り立った崖の方まで下がって身をかがめていると、濡れた足場でつるんと足を滑らせて士道は真っ逆様に落ちて行った。

「ウオォォォォォォ!」

 下は海と岩石で士道は諦めたように目を瞑ると岩肌にグラップルビームが刺さり、ジャズは空中で士道をキャッチしてぶら下がった。

「私がいて良かっただろ?」

「助かった」

 ホッと士道は胸をなで下ろした。そしてジャズは華麗に岩肌をグラップルビームを引っ掛けて空中滑空を繰り返して陸に戻って行った。

 

 

 

 

 カメラマンに扮したエレンはホテルを離れて人のいない森の中でアルバテルと連絡を取っていた。

「こちらはエレン、プリンセスを捕獲を明日の晩に決行します」

『了解、エレン殿』

 ジェームズは何も起きない作戦に暇を感じて、気の抜けた返事をした。

「念の為にバンダースナッチ隊を寄越して下さい」

『ずいぶんと慎重ですな、プリンセスがそんなに怖いのか?』

「冗談を言わないで下さい。私一人でも事足りますが、緊急を備えてです」

『そちらにはスタースクリームもいる。緊急事態など容易に対処出来るだろう。海から海底都市でも現れて襲って来ない限りな! まあ、向かわせておく』

 ジェームズは冗談混じりに言った。

「助かります」

 エレンは通信を終わらせてホテルに帰ろうとしていると空からスペースジェットが変形しながらエレンの隣に着地した。

「作戦は?」

「明日の晩に決行です」

 スタースクリームにしては珍しく愚痴もこぼさずに頷いた。

 アトランティスの攻撃も明日の晩を予定していた。この混乱に乗じてスタースクリームは士道を誘拐する計画を一人、立てていた。

 



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18話 士道の力

一週間でこんだけ書くのは疲れますね。
まあにじファンで書いてた頃より楽にやらせてもらってますが。


 負傷したワーパスを連れて帰ったオプティマスはアトランティスを攻める計画を立てていた。ワーパスのリペアは数時間で終わってまた元通りの元気な姿を見せてくれた。アイアンハイドが命懸けで二人を逃がした所為でアイアンハイドは捕らえられてしまった。最優先事項はアイアンハイドの救出にあった。

「アイアンハイドが捕まってしまうとは……」

 パーセプターは心配そうにリアクションを取った。

「オプティマス、アイアンハイドの救出ですが私に任せていただけませんか?」

「君一人でか?」

「はい」

 オプティマスは驚いた。パーセプターは大抵前線には出ずにオートボットの兵士からたまに臆病者呼ばわりされていた。オプティマスは彼は科学者という立場の為、前線に出る必要はないと決めていた。そんな男があの巨大な要塞に一人で立ち向かおうと言うのだから驚きだ。

「危険だ、許可出来ない」

「グリムロックに救出は無理でしょう? ジャズは作戦中、あなたやワーパスは後々戦う。ならば私が行きます」

 パーセプターがいなければオートボットのリペアは誰にも出来ない。その危険を承知でオプティマスは一つ付け加えて命じた。

「やはり一人は認められない、アイアンハイドの救出は君とジャズに任せよう」

「了解しました」

 

 

 

 

 ホテルの廊下をエレンは歩いていた。明日の晩に十香の捕縛作戦が決行されるのだ。十香を捕まえれば、アイザックの長年の夢を叶える事が出来る。アイザックの喜ぶ顔を見れるのならエレンは危険など怖くない。そう思える程に強くアイザックを想っていた。しかし、その肝心のアイザックが最近、どことなく変という心配事もあった。

 エレンは足を止めて考えた。アイザックが最近はおかしな行動に拍手がかかっている。独りでに笑い出したり、独り言を言って盛り上がったりと様々だ。その独り言に至っては誰かと会話でもしているような様子なのだ。

「アイクも目に見えない物が見える時期なのでしょうか」

 内心かなり心配しているエレンだった。

 各々の部屋からは女子生徒の盛り上がる声や男子生徒の笑い声を聞く度にエレンは「呑気な物だ」と呟いた。エレンが立ち止まっている所はちょうど十香や亜衣麻衣美衣トリオの部屋である。不用心にもドアが開きっぱなしで居間と外を遮るのは薄いふすまだけである。

 エレンは流石の軽い身のこなしでふすまに近付いて耳をそばだてる。重要な情報が得られまいかと盗み聞きしているのだ。

 部屋から聞こえて来るのは耶倶矢についての質問やら耶倶矢のイタい発言ばかりで有力な情報は無さそうだ。諦めて退散しようと立ち上がった途端、ふすまが突如として外れてエレンの方へと倒れて来る。逃げようにも間に合わず、ふすまの下敷きにされてしまった。

「ふんぎゃ!?」

「あれ? 今誰かの声したよね?」

 亜衣がふすまの上を歩き、エレンは下でじたばたしている。すると麻衣とが下にエレンがいる事に気付いた。

「あ、エレンさんだー」

 美衣が下敷きになっているエレンに。

「お邪魔します」

 と一言言ってから渡って行った。

 外れたふすまを元に戻したエレンそれから就寝時間まで枕投げに参加させられた。

 翌日のデートは士道を落とす為のデートでその旨を士道にはしっかりと伝えられているのだ。耶倶矢と夕弦がそれによって上手く誘惑して士道を落とすという計画が立てれていた。作戦の全容を知っているからこそ、士道は知らないふりをして二人に接するのだ。

 インカムを耳にセットして士道は人のいないビーチでパラソルの下で座って令音の指示を聞いていた。

『シン、彼女達にはいくつか君を落とす為の手段を伝授してある。ちゃんとリアクションするんだよ』

「はい」

 今までの経験からしてあまり安心出来るような手段ではない事は容易に想像出来た。

『君と八舞姉妹の会話を間違えないようにシンの会話は切っておくぞ』

「わかりました」

 通信を終わらせて士道は深呼吸をして気持ちを落ち着けた所で良い具合に耶倶矢の声がした。

「士道ではないか」

「感心。私達よりも早く来て準備を済ませているとは」

 振り返って二人の水着姿を見た士道は思わず息を飲んだ。その愛らしさに言葉は不要で士道はただただ見とれてしまった。

 士道が無反応だと勘違いした二人はひそひそと令音に連絡を取った。

「令音よ令音、士道が我が艶姿に一切の反応もモッコリも示さんぞ」

「疑問。我々に色気はないのでしょうか?」

『いやいや、シンは君達に見とれているんだよ。自信を持ってくれ』

 令音は通信をすぐに士道に繋いで耶倶矢と夕弦を誉めるように指示した。令音からの通信でようやく我に返った士道はしきりに頭をかいていた。

「二人とも良く似合っているよ。その……見とれててさ」

 令音が言った言葉とどんぴしゃりな回答に照れくさい感じながらも喜びの表情を露わにしていた。

「お主にしては良い答えだ。颶風の御子である我を表現するならばもっと多くの讃辞を述べるが良い」

「翻訳。もっと誉めて」

「耶倶矢はその水玉模様の水着が似合っているよ。何かもうメッチャメチャ可愛いぞ。夕弦だってスゲー可愛い、腰のくびれとかも最高だ」

 やけくそ気味に誉めたがそれでも二人には効果はあった。相手が琴里なもっと深く聞かれていただろう。

 二人がパラソルの下に入った途端、夕弦は胸の谷間に挟んでいたサンオイルをズイっと士道に差し出して来た。

「な、何?」

「懇願。サンオイルを塗って下さい」

「士道、我等に灼熱の炎から身を加護する事を許す」

 手渡されたサンオイル、水着の紐を解いてシートの上でうつ伏せに寝転がる二人、士道には塗る以外の道はない。 サンオイルのフタを開けて手に液を注いだ。

「さあ士道、我を先にするのだ!」

「催促。夕弦を先にして下さい」

「あんた何て後で良いのよ!」

「反論。耶倶矢など日焼けでスルメにでもなるのがお似合いです」

「夕弦なんて日焼けで焼き豚ね、デブチン!」

 また言い合いが始まってしまった。とりあえずこの言い合いを鎮める為に士道は液を両手に垂らしてヌルヌルと手に絡めてから耶倶矢と夕弦の背に触れた。

「ひぁっ!?」

「はんっ……!」

 なまめかしい声に反射的に士道は手を離した。

「士道、続けてぇ……」

「続行。止めないで下さい……」

 固唾を飲み、士道は両手にサンオイルを足してから八舞姉妹の背に手を滑らせた。

「あっ、はぁんっ……、ああっ……! ひぅっ……!」

 絶え間なく聞こえる甘い声に気恥ずかしくなるものの、士道もある程度耐性がついている。琴里の策略で十香と風呂で鉢合わせたり、狂三の下着選びをしたりと免疫力はだいぶ上がっている。それでも興奮しない訳はない。

 士道は無心でオイルを体に塗り終えた時、妙な達成感を覚えた。シートの上では耶倶矢と夕弦は白い液にまみれて息を荒くしながら横たわっている。何かいけない事でもしたような後になっていた。

「す、凄い……」

「驚嘆。片手でこれ……神の手です……」

 もう落とす側が落とされていた。しばらくは立てなさそうなので二人をそのまま休ませる事にしておいた。

 そんな時、茂みから十香と折紙が顔を出した。

「あ、シドー! こんな所にいたのだな!」

「十香それに折紙。どうしてここに?」

 人気のないビーチを選んだつもりが見事に見つかってしまった。

「シドーを探していたらここへついたのだ」

「私は士道の匂いを辿って来た」

 不思議と折紙なら本当に匂いで見つけかねないと思う士道であった。

「おお、我が眷属の十香よ、主君の為に馳せ参じるとは感心感心」

「感謝。マスター折紙、昨夜はあらゆる事を伝授していただきありがとうございます」

 士道の知らない所でこの四人は仲良くなっていたようだ。夕弦が折紙に何を伝授されたのか気になる所ではあるが。十香と折紙が現れたのは誤算だった。しかし、こうした緊急事態にも令音は解決策を考えてある。

 現場に直ちに現れた令音はジャズに乗って来ての登場だ。

「予想外に人数が増えてしまったね。諸君、どうだろうかビーチバレーでもしないか?」

「同意。私は構いません」

「ビーチバレーとやらは何なのだシドー?」

「詳しい事は今度暇な時に教えてあげるよ」

 組を分けるべく令音はくじの棒が入った紙コップを出して来た。

「みんな、好きなのを引いてくれ」

 令音の指示に従って士道達はくじを引いた。くじの棒にはトランプ絵に描いてありそうな洋風の男性が描かれている。

「シンと耶倶矢と夕弦は……左のコートだね。十香に折紙と私は右のコートだ」

 令音はあまり体を動かすのが苦手そうだ。 出来ることならばジャズが参加すれば良いのだが、折紙の認識はグリムロックの影響でトランスフォーマーは敵という認識の為、ここでジャズが出たら話がややこしくなる。

 精霊三人に超人一人に民間人二人というビーチバレーに参加したいという気持ちを抑えながらジャズは茂みの方へと消えて行った。

 しっかりと森の中に入ったらジャズは変形してロボットの姿になった。頭を指で押さえて、さっきから鳴り止まない通信に応答した。

「こちら、ジャズ」

『ジャズか、良かった私だ』

「お~パーセプター、どうしたんだ?」

『少し手伝って欲しい――』

 

 

 

 

 パーセプターに呼び出されたジャズはグランドブリッジを使って或美島近海の海中へとワープした。パーセプターが前線に出る事を珍しく感じながら、ジャズは海底に立っているパーセプターに手を振ってアピールした。

「私に手伝って欲しいコトってのは何だい?」

「ああ、まず詳しい話をしないといけないね。事態は至って深刻なんだ、こちらの戦力が心もとないに加えてフラクシナスと通信が出来ないやらと非常に困っていてね」

「相変わらずだな。もっとハッキリ伝えてくれよ」

「結論から言ってアイアンハイドがディセプティコンに捕まったんだ」

 ディセプティコンがこの地球に来ているのと、いつの間にかアイアンハイドがピンチになっているという二つの事実を突きつけられてジャズは驚きを隠せない。それからアトランティスの件など詳しい事情を始めて知った。

 思った以上に事態は深刻だ。アトランティスの戦力にディセプティコンが相手で貴重な戦力のアイアンハイドは敵の手に落ちている。任務中のジャズが呼び出されたのも納得だ。

「なるほどね、事態は急を要するな」

「そうだ」

「潜入なら私の得意分野さ、パーセプターが一緒に来なくても平気さ」

「いいや、アイアンハイドが怪我をして動けなかったらリペアが要る。彼を担いで脱出は無理だろう?」

「言われてみればそうかもな」

 しかし、パーセプターも潜入させるのは難しい。戦うだけなら勇敢に挑むだろうが、潜入は専門外過ぎる。

「わかった、私が先導して敵を排除する。パーセプター、君は出来るだけ隠れながら動くんだ」

「了解した」

 不安だらけだがやるしかない。ジャズは水中でも軽々と動いて先を歩き出した。しばらく移動すれば海底の大都市を目撃出来る。

 厳重極まる防衛兵器にジャズは息を飲んだ。それでもアイアンハイドを救出するには少々の危険には目を瞑らなくてはいけない。都市の周辺にはアトランティスを浮上させんと魚人やハードシェルがせっせとエネルゴンキューブを作っているのが確認出来た。

「ハードシェルはワーパスにやられて虫の息って聞いてたがもうリペアされたのか」

 岩陰で独り言を言っているとパーセプターも状況を確認しようと頭を出した。

「インセクティコンか、何度見ても気味悪いし虫唾が走るよ。ショックウェーブはどうしてあれを部下にしようとしたのやら」

「蓼食う虫も好きずきだな、ハハッ!」

「だいたい、ショックウェーブは科学者としても虫が好かないね、全く――」

 長くなりそうなのでジャズはパーセプターの話を無視してスナイパーライフルに腕を変形させてスコープを覗いた。

「何をするんだいジャズ?」

 シッとジャズは口に指を当てて静かにさせると今からやる事を簡潔に言った。

「連中の注意を逸らす」

 細いスナイパーライフルの銃口の狙いはどんどん生み出されて行くエネルゴンキューブにあった。チャージが完了して、ジャズは良く狙いを定めるとトリガーを引いた。弾丸は真っ直ぐ、ぶれずに誰にも気付かれずエネルゴンキューブへと命中した。

 同時に予想を超える大爆発が巻き起こり、地盤を砕き砂を大きく巻き上げて視界は遮られた。多くはエネルゴンキューブの不調で爆発したと勘違いをして機械の修復や仲間を助けたりしている。

「今だ」

 ジャズが走り出し、視界が悪いうちにパーセプターを連れてアトランティスの外壁を破壊して内部へ突入した。爆発が大きかった所為で外壁が破壊されても侵入者だとは誰も思わなかった。

 グラップルビームで天井に張り付き、ジャズは隠密作戦を開始した。パーセプターは敵に見つからないように警戒しながら歩いている。

「ジャズ、アイアンハイドの場所を特定する」

「ああ、わかった」

 通路の端で顕微鏡へトランスフォームしたパーセプターは仲間の信号を探り、アトランティスのどこから発信されているか解析していた。

「まだかパーセプター?」

「もう少し待ってくれ」

 発信源を探るには時間がかかる。そんな所に警備に回っていた魚人の兵士がパーセプターを発見した。

「な、何だ貴様は!」

「しまった、見つかった!」

「侵入しゃっ――」

 仲間を呼ぶすんでのところで天井からジャズが降りて来ると魚人は、そのままどこかへ連れ去られ、次の瞬間にはゴキッと嫌な音が聞こえた。

「助かったジャズ。それとアイアンハイドの場所がわかったぞ」

「どこだ?」

「アトランティスの独房というか研究室と言うか……とにかく急いでくれ! あまり身の安全が保証出来ない」

「なら、先に行く。後から付いてきてくれ」

 ジャズはダクトに穴を空けて入って行った。サイズがトランスフォーマー用じゃない為、かなり窮屈だが小柄なジャズならすいすい進んで行けた。

「汚い場所だ、私のボディが汚れてしまうじゃないか」

 小言を漏らしながらダクトを這っているとジャズはちょうどナーギルのいる玉座の上を通った。邪悪なテレパシーで仲間と会話を交わしており、ジャズは聞き耳を立てた。

「このアトランティスは直ぐにでも浮上出来るわい」

 ナーギルと話しているのは魚人の将軍だ。

「ナーギル様、最初の狙いはどこになさるおつもりで?」

「まずはこの近くの或美島を支配下に置くぞ。あそこはエネルギーに満ち溢れておるからな。邪魔な人間がいれば血祭りにあげてしまえ」

「逢瀬のままに……ナーギル様」

 偶然、ナーギルと将軍の会話を盗み聞きしてしまったジャズ。連中の目標が或美島と知ってなおさら急ぐ必要がある。魚人達に或美島の地を踏ませる訳にはいかない。ジャズは静かに、且つ素早くダクトを移動した。

 アイアンハイドのいる地点にまでやって来るとジャズはダクトの隙間から室内を覗いた。どうやらそこは解剖室らしく、アイアンハイドは台座で仰向けに寝てその周りを機材を持った魚人が取り囲んでいた。

 一刻も早く助けないとアイアンハイドの身が危ない。ジャズは通信で今、パーセプターがどこにいるかを確認した。

「パーセプター、今どこだ?」

『解剖室の前だ、君は?』

「解剖室の屋根裏だ」

『良かった。なら直ぐに突入しよう』

「ああ」

 ジャズは腕から剣を出してダクトを切り裂く。

 パーセプターはタックルでドアをぶち破った。

「ロックンロォォォール!」

 叫びながらジャズは魚人を二連装バルカン“サブソニックリピーター”で撃ちながら落ちて来る。綺麗に着地を決めるとアイアンハイドの手足の拘束具を剣で破壊し、バルカンで魚人等を撃ち抜いて行く。

「侵入者め! 覚悟しろ!」

「飛んで火にいる夏の虫だ!」

 ジャズに気を向けている隙にパーセプターは近接用ショットガン“スキャッターブラスター”で魚人を吹き飛ばし、または粉々にした。室内の魚人を全て倒した事を確かめるとパーセプターはアイアンハイドのリペアに取りかかった。アイアンハイドの傷は幸いにも浅く、ナーギルの持っていたビームガンで麻痺させられていただけに過ぎず、麻痺光線を除去するとアイアンハイドはたちまち元気になって起き上がった。

「んぁ? 私は……ジャズ? それにパーセプターもどうしてここに?」

「君を助けに来たのさ。ハハッ、元気そうでなによりだよ」

「アイアンハイド戦えるかい?」

 パーセプターの問いにアイアンハイドは笑いながら両腕を武器に変えて言った。

「もちろんだ」

 戦意を漲らせ、アイアンハイドは景気づけにグレネードを腕から何発か発射し、壁に付着させるとグレネードを同時に爆破した。外壁を破られ、怒涛のごとく噴き出す水。

「さっさと逃げるぞ」

 アイアンハイドが先行してアトランティスを飛び出し、パーセプターとジャズがその後に続いた。

 外では爆発した機材の修復を終えて作業をするハードシェルと魚人達の姿が見えた。

「おい、オートボットだ! 追え!」

 アイアンハイド等を見つけたハードシェルは指を差して叫び、魚人達は作業を止めて追いかけて来た。

 水中では魚人の方が速く、ただ泳いでいるだけでは追い付かれてしまう。泳ぎながらも三人は近付けさせまいと銃を撃つ。

「オプティマス! グランドブリッジを開いて下さい!」

 通信機に向かってジャズは叫んだ。

 数秒後、海中に緑色のゲートが出現すると三人はゲートに向かって一直線に泳ぎ、オートボット基地へと無事に帰還する事が出来た。

 オートボットを取り逃がした魚人は諦めてそのまま引き返して行った。

 

 

 

 

 ビーチバレーで何回顔面でトスをした分からない。士道は鼻をさすりながら手洗い場で鼻を冷やしていた。

 士道はここへ来た時から何回も深いため息を吐いていた。

「し、士道……? 今、いいかなぁ?」

 手洗い場の外でひょこっと顔を出しているのは耶倶矢だ。

「いつもの口調じゃなくても良いのか?」

「えっ! あっ! もういいじゃん! あたしって精霊じゃん? だからそれなりに威厳とか必要じゃん?」

「威厳ねぇ……。それで俺に何の用なんだ?」

「うん……士道にお願いがあるじゃん。明日さ士道はあたしと夕弦のどちらかを選ぶわけじゃん?」

「ああ」

「明日、士道は夕弦を選んでよ」

 耶倶矢の言葉に士道は一瞬だけ眉をひそめた。

「夕弦ってスタイル良いし一途だし、あたしよりもずっと良い性格だし、女の子としても完璧じゃん?」

「耶倶矢、お前はどうなる?」

「あたしは……消える……ね……」

「悪い、少し一人にしてくれ」

 士道は手洗い場を後にすると誰もいない浜辺で耶倶矢の申し出を思い出し、同時に夕弦の申し出も記憶から蘇らせた。

 そうだ、夕弦も耶倶矢に生きていて欲しいと願っている。耶倶矢も夕弦に生きて欲しいと思っているのだ。

 ――懇願。士道は明日、耶倶矢を選んで下さい。

 ――明日、士道は夕弦を選んでよ。

 互いに互いを生きて欲しいと願っているとしたら士道はどうやって決めれば良いか分からない。おまけに、二人は自分を選んだなら島をぶっ飛ばすと言い張っているのだ。士道はホテルへ帰ってからも元気が無く、更に思い悩んでいた。

 夕食に出た時も食事が殆ど喉を通らない。

 そして、夕食も終わって自由時間になると士道は外へ出て気持ちを落ち着けんとしていた。いくら考えても解決策が思い浮かばない。

 小高い丘から海が見渡せる。士道は月の光に照らされて鈍くキラキラと光る水面を見つめていた。

「シドー……」

「……」

「シドー……!」

 背後から十香が声をかけていた事に気付いて士道は振り返った。十香は風呂上がりらしく、浴衣を着ておりとても似合っている。月の光が十香をより美しく演出しているので少女はこの世の物とは思えない程であった。

「シドー、どうしたのだ具合が悪そうだぞ?」

「ごめんな、悪いが一人にして欲しいんだ」

 十香の心配を振り切って士道が背を向けると十香は慌てて手を握って来た。

「待ってくれシドー、私はお前の力になりたい……。シドーの支えになりたいのだ」

「十香……」

 十香の声には一種の焦りもあった。しかし、支えになりたいという言葉には偽りはなくどこまでも必死で思いを伝えようとする熱意を感じた。

「今のシドーは狂三の時に似ているのだ。あの時は私は力になれなかった。だから今回こそは力になりたいのだ」

 狂三の時と言われて士道はハッと我に返った。あの時は自分一人で背負って余計な心配もかけたし、自分の行動に迷い、自信を失っていた。

 重荷は自分だけで背負う物じゃない。

 士道は十香の肩をしっかりと掴んで、いつになく真剣な眼差しと表情になった。

「十香、聞いてくれ」

「う、うむ」

「実は――」

 十香に全てを話した。夕弦が耶倶矢に生きていて欲しいと願い、耶倶矢もまた同じことを願っているのだ。そもそも、二人が精霊と知って驚いている節があった。十香もどうしたものかと頭を悩ませた。

 最高のハッピーエンドは二人の力を同時に封印する事なのだが、今そんな芸当が出来る状態ではなかった。

「夕弦が耶倶矢を耶倶矢は夕弦を生き残らせたいのか……難しいなぁ……」

 十香が呟いた時、一陣の風が吹き抜けた。士道は直感的に嫌な予感が背筋を走り、振り返った。

「か、耶倶矢……夕弦……」

「二人ともさぁ、今の話本当なの?」

 士道は押し黙る。

「ってく舐めた真似してくれるわね、夕弦」

「失念。私は耶倶矢の馬鹿さ加減を忘れていました」

 最悪の話を最悪の状況で聞かれてしまった。耶倶矢と夕弦は互いを睨みつけてビリビリと殺気を飛ばしている。張り詰めた空気は刺々しく、肌に刺さる様だ。

「いつからよ夕弦? いつから手加減してたのさ?」

「応答。最初からです。あなたも最初から手加減して挑んでいたのですか?」

「あったり前でしょ! あんたに生きていて欲しいから!」

「拒否。耶倶矢が生きて下さい」

 耶倶矢は激昂の雄叫びを上げると同時に天使を降臨させた。

“颶風騎士(ラファエル)【穿つ者(エル・レエム)】!」

 耶倶矢の呼び声に応えて耶倶矢に翼と重厚長大な突撃槍を授けた。

「呼応。“颶風騎士(ラファエル)【縛める者(エル・ハナシュ)】」

 夕弦も同様に天使を降臨、片翼と共に刃のついた鎖をいくつも伸ばして威嚇している。

「最後はやっぱりこれか」

「同意。決着は死を以て!」

 士道が止めようと声を上げても怒りの引き金を引いた二人に声は届かない。空に舞い上がった耶倶矢と夕弦は空中に嵐の城を作って激突する。

「やめろぉ二人とも! どうしてお互いに好き同士で殺し合うんだァ!」

 喉が裂けんばかりに吼えても士道の言葉は嵐にかき消されるだけだ。嵐の中では力と風の応酬が繰り広げられて、二人とも相手を生かそうと手加減をしている。

 無意味な戦い、それでも止める力は士道に存在しない。狂三を守った力も発動する気配は微塵もない。

「シドー……二人を止めれば良いのだな?」

「ああ、でもどうやって?」

「私がもう一度天使を出す。それで止めてみせる!」

 地面を踏みつけて幅広の大剣鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出した。

「待て十香、相手は未封印の精霊でお前は力を制限されているんだ。行ったら死ぬぞ!」

 士道の忠告に十香は思いとどまった。今の十香に精霊本来の力は無い。止めるどころか近付いた瞬間に体をバラバラにされてしまいかねない。士道は何か策は無いかと頭をひねっていると十香が袖を引っ張って来る。

「シドー、シドー」

「何だ十香?」

「気を付けろ、何かいるぞ」

 十香が指す方向に目を向けてみるも何かいる気配は無い。だが、森の中で一つの光源が生まれ、光源はゆっくりと近付いて来た。森の影から現れたのは手が異常に長くてがに股の機械の兵器だ。トランスフォーマーのように直立二足歩行ではないし、彼等のように感情もない。

 不細工なデザインのロボットは一体だけではなく、五体程姿を見せてから士道と十香を取り囲んだ。

「何なのだコイツ等は」

「“バンダースナッチ”と言っても分かりませんか」

 暗闇から女性の声がした。スーツ姿に長い金髪を括らずに下ろしたエレンがバンダースナッチの後ろで立っている。

「あなたはカメラマンの……」

「ぬ……貴様は……」

 昼間や昨日会った時とは一転したエレンの雰囲気に十香は顔をしかめた。奇抜で感情の無いバンダースナッチよりもむしろ、エレンの方を警戒した。装備を一切持たない丸腰の女が殺人マシーンよりも重圧をかけて来るのだ。

 十香は鏖殺公(サンダルフォン)を構えて士道を守るように前に立った。本能的にエレンを危険だと感じている十香は、隙さえあれば今にでも飛びかかるつもりだ。殺気立つ十香を前にしてもエレンは鼻で笑うと挑発的な態度を取った。

「来ないのですか“プリンセス”。構えているだけでは私は斬れませんよ?」

 十香は歯を食いしばり、余裕綽々と見下して来るエレンを睨んだ。

「五河士道を守っているつもりでしょうが、私達は彼に興味がありませんのでご安心を」

 そう言った途端、風を裂く音と騒がしいロケットエンジンの轟音を轟かせて、空から見たこともない戦闘機が飛来した。その戦闘機は空中で変形を済ませるとエレンの隣に着地した。

「遅かったですねスタースクリーム」

「こっちにも事情があんだよ」

 初めて見るタイプのトランスフォーマーに二人は驚いていた。それでも目を少し見開くだけでリアクションとしては薄かった。

「スタースクリームを見てあまり驚いていない様子ですね? まさか、他のトランスフォーマーと面識が?」

 二人は答えずに黙った。

「まあ、良いでしょう」

 エレンは大型のレーザーブレードを抜いて切っ先を十香へと向けた。

「プリンセスを捕まえなさい。その少年はどうでも良いです」

「おいおい、エレン! あのガキは俺が使うんだひっ捕らえても良いだろ?」

「好きにして下さい。取り扱いには注意して下さい。一寸の虫にも五分の魂と言いますから」

 エレンの注意など無視してスタースクリームは士道へ手を伸ばして来た。

「シドー逃げろ!」

「逃がしゃあしねぇよ!」

 スタースクリームを止めようと意識をそちらに向けた瞬間、エレンは素早く踏み込みながら十香を斬りつけた。エレンの刃を辛うじて受け止めた十香は士道を守りに行けなくなった。

「どけ、エレン!」

「どきません」

 スタースクリームが士道を掴み取り、宙へ持ち上げられる。金属の手の中でいくらもがいてもスタースクリームの手は緩まりはしない。

 勝ち誇ったような顔で笑うスタースクリーム。

 そんな彼の目の前に突如、グランドブリッジのゲートが開けられて中から全速力で走るジャズがタックルを決めて来た。思わず士道を離してしまい、スタースクリームは木々を押し倒しながらひっくり返った。

「間に合ったか」

「ジャズ!」

 グランドブリッジのからはオプティマスやワーパス、アイアンハイドが続いて現れた。

「みんな、どうしてここに!?」

「話は後だ。ジャズ、君にここを任せるぞ」

「はい、司令官」

 オプティマス等は現れるなりビークルモードに変形してバンダースナッチを何体かひき殺しながら走り去った。オプティマスにも相当切羽詰まった事情があるのだと予想した。

「まさか、スタースクリームやグリムロック以外のトランスフォーマーがいたとは驚きです」

「貴様、グリムロックの事まで知っているのか!?」

「ええ、知っています――よ!」

 エレンが力を込めてレーザーブレードを振り抜くとなんと十香の鏖殺公(サンダルフォン)は意図も容易く砕け散り、破片は光の粒となって消滅した。思いがけない結果に十香は困惑を隠しきれず、後ずさりした。

 

 エレンと十香の競り合いの背景ではジャズとスタースクリームの戦いが開始していた。

「スタースクリーム、相手に取って不足はない。行くぞ!」

「うるせぇやいチビ助め!」

  アサルトライフルを撃ち始めるとジャズは即座に変形して森の中を高速で駆け抜けた。弾丸はギリギリ、ジャズには当たらずに樹木やジャズが走った直ぐ後の地面に当たっていくつも弾痕が残る。

 スタースクリームは空から片付けようと飛び上がった途端、加速のついた突進を浴びて地上へ叩き落とされた。起き上がってからスタースクリームは苛立ちで叫びながらアサルトライフルとナルビームをデタラメに撃ち出した。軽快なステップで的確に回避をしながら、ジャズはバルカンで応戦する。流れ弾が暗闇に光って流星のように空中を走り、時たま起きる爆発で火災も発生していた。

「射撃の腕はまだまだと見えるなスタースクリーム!」

 ビークルとロボットを使い分けながら接近に成功するとジャズは力一杯にスタースクリームの顔面を殴り飛ばした。

「ぐぁっ! よくも俺様の顔を! テメェを殴り返さなきゃ腹の虫が収まらん!」

「やれやれ、士道に悪い虫がつかないようにここで始末するか」

 激昂するスタースクリームを相手にジャズは冷静に腕から剣を伸ばした。

 

 剣を砕かれた十香は戦うすべがない。限界まで後に下がり、背中に大木が引っ付いてもう逃げられなくなった。エレンは切っ先を十香から外して、興が醒めたように首を横に振った。

「AAAランクの精霊とは私の聞き違いでしょうか? まさか、ここまで呆気ない存在だとは思いませんでしたよ」

「十香! 逃げろ! 早く!」

 バンダースナッチに取り押さえられた士道が絶叫している。エレンは必死に訴える士道を尻目にレーザーブレードの束で十香の腹を殴った。

「うっ……」

 低く呻き、嗚咽を漏らすと十香の意識は途絶えて崩れるようにその場に座り込んでしまった。

「十香ぁぁ!」

「やかましいですね。スタースクリームが何故、あなたを狙うか分かりませんが……念の為あなたも連行しましょう。抵抗は無意味とお考え下さい」

 両腕をバンダースナッチにホールドされて士道は動けない。せっかくジャズに助けてもらったがそれも意味がなくなった。士道に十香を救う力も八舞姉妹を止める力も存在しない。

 顎の筋肉が痙攣するくらいに士道は歯を食いしばる。どれだけ言葉を投げかけたり、気持ちを強く持ってもやはりエネルギーの(つるぎ)には勝らない。

 言葉で取り繕った鎧も無意味だ。

 士道は今までの人生でこれ以上ない程に力を渇望していた。

 ――力が欲しい、俺はどうなっても構わない。せめて、仲間を守れるだけの力を……。

 深遠な力を渇望する士道。強い信念と願いを持つ少年の心中で眠っていた存在がたった今、爆発的な目覚めをした。視界に赤いカーテンが降って来るように染まっていくのが分かる。

 ――五河士道。しばらく、私の意識を守る殻となってくれて助かりました。

 士道の脳裏に聞いた事もない男性の声が流れて来た。

「だ、誰だ……!?」

 士道の意識の中で直視出来ない程の強い光が澄み渡り、脳内はその光で満たされてしまった。そこから発せられる脳を揺さぶる声に士道は険しい表情で俯いた。光の中にあるのは声だけでなく、人型の外観が窺えた。壮大で優しく、士道を見下ろしているようだ。

 ――五河士道、プライムに託された者よ。私はあなたを見ていた。あなたが想像も出来ない程に長い時間を。

 その声が誰で言っている意味を理解するまでに多少の時間がかかった。光の外観は続けた。

 ――人類は素晴らしい生命体だ。あなたは自身の犠牲と勇気で私を眠りから覚まさせた。少し手を貸しましょう。

「何でも良い! 貸してくれぇ! 十香をみんなを救える力があれば良い!」

 ――叫びなさい、その剣の名は……。

 頭に響いていた声が鳴り止んだ瞬間、士道は目を見開き、バンダースナッチの拘束を振り切って立ち上がった。これにはエレンも驚きで、更にもう一つ驚いたのは士道を中心に激しく眩い光を円形に放っている事だ。

「力を貸してくれ、スターセイバァァー!」

 胸から突出した柄を握り、そして引き抜いた瞬間だ。光の刀身はその剣の範囲を大きく飛び出して刃先の直線状に膨大なエネルギーの波を解き放った。エレンの横を掠め、ジャズとスタースクリームの隣を駆け抜けて行き、やがてその斬撃は大地にクレバスを、山を二つに裂いて、空の彼方へと消えて行った。

 柄は金属製で刀身はエネルギーの刃、人類のレーザーブレードに酷似しているがその出力は天と地の開きがある。士道をスターセイバーを掲げるように持ち上げてから確信した。

「これで……十香を守れる!」

 

 

 

 

 空中艦アルバテルの艦長であるジェームズはレーダー・ディスプレイと常に睨めっこしているオペレーターから奇妙な反応を二つ確認したと知らされて、怪訝な表情をしていた。一つは空中で発見されて輪郭から空中艦というのが分かる。そしてもう一つは、海中から急激に上昇して来ており、解析用の画面に表示された輪郭から見て都市、城と表現出来る形をしていた。空中艦についてはジェームズは心当たりがあった。この世にDEM社よりも科学力が進んだ組織があると聞いた事がある。もちろん、それがDEMの最大の敵であるとも聞いていた。ジェームズは、都市伝説か何かの間違いだろうと結論付けて、さして思い留めもしなかった。

 が、今ディスプレイに映ったこの空中艦を見てジェームズは、記憶を掘り返してその組織の名前を思い出そうとした。その単語は意外にも早く脳裏で蘇った。ジェームズは呟くように一言漏らした。

「ラタトスク機関か……」

 船員の全員がその言葉を聞き流していた。

「総員、あの空中艦を叩き落す」

 ジェームズは命令を出した。あの空中艦を落とせばDEMでの立場も上がるし、十分過ぎる程の手柄になるからだ。クルーが返事を返す中でオペレーターの一人がジェームズに反対の意見を飛ばして来た。

「艦長、メイザース執行部長から何も指示を得ていませんよ。独断で行動を起こすのですか?」

「彼女は今は作戦中だ。第一にこの艦の艦長は私だ。今は私の命令に従ってもらう」

 アルバテルの指揮はジェームズにある程度は任せている。それに緊急時ならジェームズに指揮を一任もしている。オペレーターの女性は渋々、指示に従う事にした。

「本艦はこれより敵、空中艦の撃墜に移る! 魔力砲の充填を開始せよ! 敵艦にぶちかましてやれ!」

「魔力砲、充填開始します」

「“アシュクロフト-β”一〇機から二〇機を魔力生成に回せ!」

 クルーはジェームズの指示に従い、主砲はアルバテルの船首が展開して顔を出す。砲口には魔力が収束され始めていた。

「魔力砲の充填が完了しました」

「よーし、撃て(ファイア)!」

 

 

 

 

 アルバテルと同空域を浮遊するフラクシナスも敵艦とアトランティスの機影を捉えていた。アトランティスの存在は無視出来ないが、それ以上にアルバテルが既に魔力砲を発射しているのでそちらの処置に尽力せねばいけなかった。

「敵艦から魔力砲です!」

 椎崎は強大な魔力反応に焦りながら声を上げた。

「高度を下げ、船体を二〇度傾けて下さい」

 一切頼りにしていなかった神無月の指示が飛んで来、クルーは半信半疑ながらもその声に従った。フラクシナスは不可視迷彩(インビジブル)自動回避(アヴォイド)を解除、機体の操作を全てマニュアル操作に変えた。

 アルバテルの魔力砲を紙一重で回避してクルー一同は、胸をなで下ろした。

「副司令、第二撃目が来ます!」

 一難去ってまた一難、二発目の魔力砲が飛来していた。神無月はいつになく余裕の表情で自分の顔に手を這わした。

「さあ、皆さん、私の指示に従って下さいよ。あちらに私達の怖さを思い知らせましょう。基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)の魔力を随意領域(テリトリー)に回して下さい」

「了解!」

「防性の随意領域(テリトリー)を張ります。箇所を指定しますよ~? 座標は一三二-五〇-三〇」

 クルーは神無月の指示を復唱して限定的に随意領域(テリトリー)を展開した。僅かな範囲しか守れないが、防御力を格段に上げた小さな盾は、まるでどこに飛んで来るか分かっていたかのようにアルバテルの主砲を防いで見せた。

 偶然の一言では出来ない芸当を見せつけられてクルーは神無月は単なる変態ではないのかもしれない、と評価を改めつつあった。

「あぁ~何て破壊力でしょう。一度浴びて見たいものですねぇ~」

 身をくねらせて恍惚とした表情で指揮に当たる神無月を見て、やはりいつもの神無月だと思った。

 ただ違うのは普段とは思えない程に頼りがいがある事だ。

「次はもっと限定的に範囲を狭めますよ?」

「そんな副指令、無茶です!」

「無茶でやるんです。さあ、さっさと片付けましょうか……収束魔力砲“ミストルティン”用意――」

 

 

 

 

 十二分にエネルギーを蓄えた海底都市アトランティスは国王ナーギルに率いられて海底より浮かび上がっている最中であった。アトランティスも空中にいる戦艦には気付いていたが、両艦が激しく激突をしていたので攻防には参加せずに或美島の占拠に乗り出していた。

「諸君、アトランティスは蘇った。愚かな人間共め血祭りに上げてくれる」

 静かな口調でナーギルは手をかざしてインセクティコンと魚人達を或美島へとけしかけた。魚人はビーチから上陸を開始し、インセクティコンはハードシェルを二人で抱えながら空から進軍を開始した。

「ナーギル、人間達は生かして捕らえたい。後に実験にも使いたいからな」

「わかった、どうせ民間人しかいないのだ。捕らえるのは難しくないだろう」

 三日月状のビーチへ乗り上げた魚人はエネルゴンのタワーを突き立ててスイッチを入れた。ショックウェーブから手渡されたエネルゴンタワー、それは島全体を強力なバリアを張って包囲しようという作戦なのだ。

 このバリアが張られたら最後、空中艦の主砲でも破れないのだ!

 魚人の将軍はエネルゴンタワーによってバリアを展開した事を確認した。

「将軍、完了しました」

「よろしい、ナーギル様! バリアを張り終えました!」

 或美島の隔離が完了してショックウェーブとナーギルは悠々と島へと上がって来る。

「シャープショット、キックバック、ホテルに睡眠薬を散布しろ。起きていたら抹殺しろ」

『わかったぜショックウェーブ! アヒャヒャヒャ!』

『了解したぜぇ、ぜぇ、ぜぇ』

 ショックウェーブは通信を次にスタースクリームと繋いだ。

「スタースクリーム、君はどこにいる?」

『うわぁぁぁ! ショックウェーブ! 今オートボット戦ってる最中だ!』

 スタースクリームは手が離せない様子だ。それと、既にオートボットが島に入って来ていると分かり、まずはそちらを排除する事を優先させた。

 魚人と将軍をエネルゴンタワーの防衛につかせてハードシェルを呼び戻した。このバリアだけは何としても守らねばならないのだ。

 ナーギルもトランスフォーマーを麻痺させる“ディスファンクションビーム”を手に戦闘の意思を見せている。オートボットがどこから来るのか警戒し、ショックウェーブはセンサーの感度を上げて、範囲を最大限に広げた。

 兵士は陸を進み、ホテルへ向かう。シャープショットもキックバックも睡眠薬の散布を終わらせて浜辺へ帰って来た所だ。

「終わったぜショックウェーブ!」

「オートボットはどこだぁ、だぁ、だぁ」

 キックバックは腹を減らしながら獲物を捜した。

「ここにいるぞディセプティコン! とぅ!」

 オプティマスの声がしたかと思うと、何と砂浜の中からパンチが飛んで来て、キックバックをかち上げた。同様にワーパスやアイアンハイドも砂浜から這い出すなりハードシェルとシャープショットを殴り飛ばし、将軍を掴んで砂浜にねじ込んだ。

「オートボット! 今日こそあの蛆虫共をスクラップに変えて人間達を救うのだ!」

 リーダーが先陣を切って突撃すると部下もそれについて来る。

「何をしているインセクティコン、立て!」

 エナジーアックスを振り回してデタラメに斬りかかって来るオプティマスの攻撃をかわしつつショックウェーブは、レーザーキャノンでガードしたり、隙を見て腹を蹴り、逆に頭突きを食らったりもした。かつてはただの記録員に過ぎないオプティマスだったが、セイバートロンの長きに渡る戦いで戦闘力は研ぎ澄まされていた。

 少しの攻防でショックウェーブは、オプティマスの強さに納得した。

「確かに……メガトロン様と互角かそれに近い」

 エナジーアックスを縦に振り下ろし、ショックウェーブはすかさず剣で受け止めるが、あまりのパワーに片膝をついた。

「私の仲間を改造した代償は払ってもらうぞ……!」

 オプティマスは低くこもった声で怒りを露わにしながら力を込めてショックウェーブの剣にひびを入れた。体ごと両断されかねないとショックウェーブは刀身を外して勢いよく後退した。

 刀身を真っ二つにしたアックスは砂浜を陥没させた。追撃を図ろうとオプティマスは顔を上げて睨み付けた。

「今だナーギル、撃て!」

 ショックウェーブの指示でナーギルはディスファンクションビームをオプティマスに放った。ビームが全身に絡みつくように張り付いて、ギアや体を流れるエネルゴンを阻害して麻痺状態となり、オプティマスは倒れ込んだ。

「オプティマス!」

「司令官!?」

 インセクティコンと交戦していたアイアンハイドとワーパスは突然倒れたオプティマスに意識を傾けた。

「あの魚野郎、フライにしてやらぁ!」

 ワーパスがガトリング砲をナーギルに向けたが、先にディスファンクションビームの餌食となり、その場に倒れた。続いてアイアンハイドもビームを撃たれて身動きを封じられてしまった。

「クソッ……体が……動かない……」

 ワーパスは必死にじたばたと動かそうとするのだが無駄な足掻きに過ぎず、地面に縫い止められたように動けないのだ。

「ぐぅぅッ……仕方ない……」

 オプティマスは力を振り絞り、救難信号を発信した。

 その信号の行き先は、式美島だ。

 

 

 

 

 或美島が大変な事になっているとも知らずにグリムロックと四糸乃は呑気に森の中で丸まって眠っていた。

 グリムロックの背をベッド代わりにしてぐっすりと眠っていた四糸乃は、グリムロックから発せられる救難信号のけたたましい音で飛び上がって起きた。

『うわっ、びっくりした。目覚ましかと思ったよん!』

 パクパクと口を動かしてよしのんは喋る。

「な、何の……音ですか……?」

『グリムロック~、グリムロック~起きなよ~君から何か鳴ってるよ?』

 大きないびきをかくグリムロックの頭をよしのんはペシペシと叩いた。すると大きな口を開けてあくびをかきながらトランスフォームした。その際に四糸乃は地面に降り立った。

「んあ? 俺、グリムロック。眠たいしうるさい」

『うるさいじゃなくて、何か警報みたいなの鳴ってるんだって!』

 よしのんに指摘されてグリムロックはようやく救難信号の存在に気付いた。

「オプティマスの救難信号、みんな、危ない」

「グリムロックさん……あれ……」

 四糸乃が指を差した方向には或美島があり、その付近に何か都市のような物が浮いているのが見えた。更に八舞姉妹の暴風もあって訳が分からない。

「はぁ、オートボット、だらしない。いつも頼りになるの俺、グリムロックだ」

 グリムロックの脚部は接続とパーツを変形させながらロケットブースターに変わり、青色のバーナーが点火した。

「四糸乃は待ってろ」

『やだよ、グリムロック。よしのんも行くよ』

「グリムロックさんの……お仲間を……助けたいです。私も……力になりたい……」

 グリムロックは手を差し伸べて四糸乃を手に乗せると落ちないように両手で包み込んだ。

「行くぞ、四糸乃!」

 地面を波打つように揺らしながらグリムロックは甲高いロケットエンジンの音を響かせ、次の瞬間には土や砂を巻き上げて空高く飛び上がっていた。或美島までものの数秒で到着する。

 グリムロックは高度を高く取り、信号を頼りにオプティマスを捜した。早くも或美島の上空へやって来たグリムロックは三日月状のビーチを見つけて、レンズがオプティマスとその仲間を捉えた。

 しかし、グリムロックはオプティマスよりも別の連中に目が行った。ショックウェーブとインセクティコンがグリムロックのカメラに映った途端、沈んでいた怒りが一瞬にして頂点にまで届いた。

 ロケットエンジンを切ってグリムロックは落下しだす。手の中の四糸乃は氷結傀儡(ザドキエル)を一時的に顕現させて独自に降下を開始した。グリムロックは空中でティラノサウルスへと変形し、バリアと激突した。

「バリア、破壊する!」

 ショックウェーブへ見たグリムロックは怒りだけが頭を支配して肉体は赤熱して膨大なエネルゴンの燃焼が始まって、赤色の蒸気を放出している。

 グリムロックがバリアを尻尾で力任せに叩き、食らいつく。

「何だあのトカゲは」

「グリムロック……バカな……」

 頭上でバリアの破壊を目論むグリムロックを見てショックウェーブは息を飲んだ。

「ギャァァ!? 嫌な予感がすると思ったらグリムロックだぁ! ヤベェ、ヤベェ、ヤベェ!」

「虫の知らせって奴かぁ? アヒャヒャヒャ!」

「リベンジタイムだぜ!」

 三人は驚いてはいるが、勝つ気は満々だ。

「落ち着け三人共、グリムロックにバリアを破る力は無い」

 そうだショックウェーブの計算ではアトランティスの体当たりでも破壊されないように設計している。グリムロック一人では破壊出来ない。

 ところが、ショックウェーブの目に思いがけない光景が映った。グリムロックの噛みつきでバリアはなんと、粉砕されてしまったのだ。バラバラと島を囲うバリアは消え去ってしまった。

 浜辺へ着地するなりロボットへ変形してインセクティコンを睨み、真っ先に殴りかかった。

「パワー対決なら任せろ!」

 ハードシェルが一歩前へ出てグリムロックのパンチを受け止めるも、ガードは容易く破られハードシェルは大きく後退させられた。態勢を戻して反撃に移ろうと拳に力を込めたが、グリムロックの手がハードシェルの頭を掴み、適当な岩肌に叩きつけられ、体をめり込まされた。加えて腹にパンチを打ち込み、ハードシェルはぐったりとしながら四つん這いになって息を切らしている。

 根本的なパワーが桁外れだ。ハードシェル程度のパワーファイターなどグリムロックから見ればライト級ボクサーに過ぎない。

 キックバックとシャープショットは引き下がりながら銃を乱射したが、キックバックはグリムロックに足を掴まれてバットのように振り回し、ハードシェルを空高くかち上げた。素晴らしいホームランでハードシェルは地面に真っ逆さまに墜落して動かなくなった。バット代わりにされたキックバックも目を回している。

 シャープショットの射撃をを盾で防いでからグリムロックはビーストモードにトランスフォームして咆哮を上げる。

「ナーギル、ディスファンクションビームだ」

「分かっているショックウェーブ」

 ナーギルはビームガンをグリムロックに定めて引き金を絞る。トランスフォーマーを麻痺させるビームが見事に命中したが、グリムロックが倒れる素振りを見せない。

「バカなディスファンクションビームが効かないのか! 倒れろ原始の遺物が!」

 ビームを連続して当ててもやはりグリムロックはケロッとした顔でキックバックとシャープショットを尻尾で滅多打ちにし、執拗に踏みつけ、噛みついて岩に叩きつけている。

「よせ、やめろグリムロックゥゥゥゥゥ!」

「いぎゃああ!」

 悲痛な叫びがしばらく途絶える事なく浜辺を満たしていた。

 ディスファンクションビームをさっきからしつこく撃って来るので鬱陶しく思い、唸り声を漏らした。

「ビリビリする、くすぐったい」

 キックバック、シャープショットをあっという間にこてんぱんにしたグリムロックは、振り返ってショックウェーブに狙いを定めた。こんなにも簡単に戦局が逆転するなど考えてもいなかったショックウェーブは、冷静に怒りながらゆっくりと歩いて来るグリムロックを臆せずに見上げた。

「殺してやる、ショックウェーブ!」

 喉で唸るように怒りの声で吼えるグリムロックは、剣のような牙がズラリと並んだ大顎でショックウェーブを食い散らかしてやろうと噛み付いた。

 グリムロックの攻撃に合わせてショックウェーブは隠し持っていたEMPグレネードを投げつける。爆発の瞬間にグリムロックへ視覚センサーの麻痺と一時的な動きの鈍化を強制するのだ。動きが鈍り、目が見えずらくなったグリムロックは、めくら滅法に尻尾であちこちを叩き潰し、周辺を無闇にレーザーファイヤーを撒き散らした。

 隙を作る事に成功したショックウェーブはスペースジェットにトランスフォームして空へ逃げ出すとアンカーを三つ、射出してインセクティコンを釣り上げた。

「我々は撤退するとしよう……」

「待て、ショックウェーブ! 降りて、俺と戦え!」

「君のような怪物と戦う気は無い。君の相手はまた別に用意してある」

 ショックウェーブはアトランティスとナーギルを放置して天宮市の臨時基地へ帰投した。オートボットを倒す機会はまだある。

 今は無理に争う必要はない、そう結論付けてショックウェーブは夜の空へ消えて行った。

「ショックウェーブ……!」

 腹の虫が収まらないグリムロックは溜め込んだ怒りを吐き出すように空へ特大のレーザーファイヤーを放出した。

 ショックウェーブは取り逃がしたが、まだ肝心のナーギルとアトランティスが片付いていない。

「忌々しい恐竜め……。かくなる上は他の仲間を破壊して――」

 ナーギルが砂場に伏したオプティマスに向けてビームガンを向けた時、近辺の海水が氷り、氷柱となってナーギルに飛来した。氷柱はビームガンをナーギルの手から撃ち落とすとそこから集中的にビームガンに突き刺さり、爆発した。

「やった……」

『どんなもんだぁ!』

 氷の支援をして来たのは四糸乃とその天使だ。ビームガンが破壊された時からオートボットを苦しめた麻痺の効果が途切れて三人は動き出す。

「助かったぞ四糸乃、グリムロック」

「ナイスな支援だ!」

 ナーギルは苦虫を噛み潰したような顔をして島中の魚人兵に撤退命令を出した。ナーギルも我先にとアトランティスに向かって泳ぎだし、逃げ帰って行く。

 

「オートボット、戦いはまだ終わっていない。ナーギルとアトランティスを破壊する!」

「よしゃ! あの魚野郎を痛い目に合わせてやりましょうや!」

「逆襲だ!」

 かくして、オートボットの反撃が始まった。

 

 

 

 

 アルバテルの艦橋にはジェームズの苛立ちの声がこだましていた。先ほどから魔力砲や多連装ミサイルをフラクシナスに浴びせているが、ただの一発も命中しないのだ。嘲笑っているかと思える程に限定的で強固な障壁を張って、砲撃をやり過ごしているのだ。

「何故、当たらん! こちらの撃つ場所が分かるとでも言うのか!?」

 苛立ちを画面を叩く事でジェームズは発散しようとする。

「防御用の魔力生成も全て主砲へ回せ! 防御など貫通してくれる!」

 障壁無しの空中艦など丸裸に等しい。ジェームズは適切な判断が出来ていないと見ても良いだろう。クルーもジェームズに反論せずに素直に従い、防御用の魔力生成をシャットアウトし、主砲の魔力に回した。アルバテルの砲身が今にも融解しそうな程に魔力は溜め込んでいる。主砲はイカれるだろうが、限界を超えた砲撃ならいくらどこに飛んで来るか分かっていても防御を貫通してしまう。

「魔力砲の充填が完了しました」

「よーし、発射ァッ!」

 意気揚々と手を突き出して砲撃の合図を下した。

 主砲から膨大な魔力の奔流が流れ出し、余波でアルバテル自体も大きく揺れてクルーは必死にしがみついていた。

「どうだラタトスクよ!」

「敵艦の反応が消失しました」

 オペレーターからそう報告を受けてジェームズは固く拳を握ってガッツポーズを取った。

「館長! レーダーに熱源あり!」

「敵艦の残骸だろう」

「違います、これは魔力砲です!」

「何!?」

 防御や回避に移ろうにも主砲の発射で魔力が空なのだ。

 フラクシナスがレーダーから消えたのは咄嗟に不可視迷彩(インビジブル)で姿を消しながら高度を下げた。これによりジェームズはフラクシナスを破壊したと勘違いしたのだ。

 フラクシナスの主砲“ミストルティン”に抗うすべを持たないアルバテルは魔力砲を右動力部に浴びて、大型スラスターも破壊されてしまった。

「おのれラタトスク機関めぇぇ!」

 ジェームズは憎憎しい気持ちを込めた声で墜落を始める戦艦で怒鳴った。

 戦う力を失ったアルバテルは沈没を余儀無くされ、フラクシナスのブリッジでは難を乗り越えて盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 

 夜だと言うのに昼間のような明るさを放つスターセイバーを士道は軽々と振るい、エレンに突き付けた。尋常な力ではないスターセイバーを目の前に流石のエレンも頬に一筋の汗を流した。先刻、まざまざと見せ付けられたスターセイバーの破壊力、それは地形さえも容易く変化させられる物だった。

 精霊すらも凌駕するパワーとまともにぶつかり合う気にはなれなかった。スターセイバーの剣先をエレンに突き付ける士道の姿を見て、構えは全くの素人だと言うのが分かった。パワーは凄まじくてもそれを当てる力があるかと言われると、なんとも言えない所だ。

「五河士道、あなたは何者です」

「歯牙ない高校生だよ」

「人間ですか、本当に?」

「人間さ……一応」

 人間かどうか疑われてもおかしくはないだろう。ただの人間がこんな力を持っている筈がないのだから。

「十香から離れろ」

「お断りします。プリンセスの捕縛が今回のミッションですので」

「じゃあ力ずくででもどいてもらうぞ」

 エレンは見下すように笑いながらレーザーブレードを構え直して士道を敵と認識した。

「私に勝てませんよ、五河士――」

「うわぁぁぁぁ!」

 エレンの言葉を遮りながらジャズに殴られたスタースクリームはエレンに向かって倒れ込んで来た。

「ちょ……スタースクリーム! 私に倒れ――」

 避けとうとしたが、もう遅かった。エレンはスタースクリームの下敷きになってしまった。

「不利な地形で戦おうとするなんてバカな奴だ」

 ジャズはそう吐き捨ててから気絶した十香の介抱を引き受けて安全な場所へ運んだ。士道は耶倶矢と夕弦の戦いを止めるべく二人の姿が見えやすい海岸線の崖に走って行く。

「くっ……私は最強の魔術師……なのに……むきゅう……」

 スタースクリームの下敷きにされたエレンは変な声を上げて気を失ってしまった。

 士道が海岸線に出ると海上では確かに嵐が、更に上空にはフラクシナスと損傷した空中艦が、海面には何か良く分からない巨大な建築物が浮かんでいる。

 知らない所で或美島の近辺が想像も出来ないくらいに大変な事になっていたのだ。海に浮かぶアトランティス目掛けて三台の車と恐竜が立ち向かっているのも士道の位置からはしっかり見えていた。

「何やってんだ……アイツ等?」

 アトランティスも気になるが士道はそんな気持ちを押さえつけて八舞姉妹の嵐の城に向いて泰然と立つ。

 スターセイバーを振りかざしてから刀身にエネルギーを貯めて、一気に振り下ろす。スターセイバーからは半月状のエネルギー波が飛び、八舞姉妹の暴風に命中したがエネルギー波はすぐにかき消された。さっき撃った時より遥かに威力が落ちているのが目に見えて分かった。

「どうしたんだスターセイバー、何でさっきの威力が出ない!」

 力を込めるようにスターセイバーを持ち上げるのだが、刀身の輝きも次第に薄れて行く。

「こんな肝心な時に!」

 柄だけとなったスターセイバーを握り締める士道の頭上に一人のトランスフォーマーが飛来する。そのトランスフォーマーは変形しながら着地し、顔をさすっていた。

 スタースクリームだ。

 ジャズに殴られた顔の痛みを気にしながら士道に歩み寄る。

「お前は……」

「ディセプティコンのニューリーダー、スタースクリーム様だ」

 スタースクリームはふてぶてしく言い放った。大事な時に面倒な奴が現れた。士道は刃の無いスターセイバーをスタースクリームに向けて戦意を表現した。

「おい、小僧」

「何だ……」

「まあ、剣を下ろせよ。俺様はお前の味方だぜ?」

 作り笑いとワキワキと指を動かす素振りでスタースクリームは味方だと言い放つ。

「信じられるか!」

「まあまあ、士道。今はあの二人を止めたいんだろ? 俺様が力になってやっても良いぜ? 見返りは……俺様と一緒に来てもらう事さ」

 スタースクリームが士道の力になる保証はどこにも無い。ますます信憑性がなくなって来る。

「悪い話じゃないだろ? お前のルーツを俺は知っているんだ。お前の力についてもな」

 ルーツと聞いて士道の心は揺れ動いていた。スタースクリームは最初から十香ではなく、士道を狙っていた。理由もなくただの学生を狙うとは考えられない。少なくとも、スタースクリームは士道の力について何か知っているのは予想出来た。

「……。手を貸してくれスタースクリーム」

 助力を求める言葉に嬉々として頷いた。

「よし、じゃあその剣の力を取り戻すぜ。そいつは意志が弱かったら発動しねぇんだ」

 スタースクリームの言葉を信じて士道は一度、冷静になって今自分が最も成し遂げたい気持ちを心に描いた。

 耶倶矢と夕弦を止めたい。

 そう強く願い、柄を士道はギュッと握り締める。最初は小火のようにエネルギー体が滲み出るくらいの物だったが、スターセイバーは徐々に刀身を取り戻して行き、遂には皎々と輝く刃を蘇らせた。

「よーし、そのままぶった斬れ! 俺のナル光線ならアイツ等の力を弱められる!」

 無言で頷くと士道は力一杯に蓄えたスターセイバーのエネルギーを八舞姉妹の風の城に解き放った。それと同時にスタースクリームは右腕からナル光線を発射してスターセイバーの斬撃に麻痺効果を付加させた。半月状の斬撃は耶倶矢と夕弦の間を割って入り、強固な暴風を見事に消し去ってしまった。

「やったぜベイビー! さぁ士道、俺と一緒に――」

「戦いをやめろ二人共!」

 暴風を破壊された二人は下で叫ぶ士道に目をやった。

「何なのよ邪魔しないでよ士道!」

「憤慨。これは私達の決闘です、邪魔すると容赦しません」

「バカな事をいつまでも言ってるんじゃねえ! お前等、お互いに大好き同士なんだろ!? 何で戦ってんだバカ野郎!」

「だから……真なる八舞に夕弦をさせる為よ!」

「応答。耶倶矢を真なる八舞にする為です」

 二人の声は見事に重なり合って士道の耳に届いた。思い合う二人が戦うなんて、悲しい事だ。

「片方を真の八舞にしてお前等は満足か? 自分が消えた後に残された方の顔なんて悲しくて見てられねぇンだよ!」

 耶倶矢と夕弦は不意に迎え合って顔を見詰めた。片方が消えれば消えた方は満足だが、残った方には深い損失と悲哀だけが残るだろう。楽しい事も、嬉しい事も、二人で分かち合えなくなるのだ。

「耶倶矢、夕弦! 俺にチャンスをくれ! お前達が消えない代わりに精霊の力を封印する方法がある!」

「精霊の力を封印? 信じられないわね!」

「疑問。ただの人間がそんな事出来る筈ありません」

「ただの人間が、お前等の風をぶっ飛ばしたんだ。俺を信じろ!」

 確証は無い。だが、嘘だとも言い切れない。

 二人は再度見つめ合った。

「ね、ねぇ夕弦、もしもだけどアイツの言う事が本当だったらどうする?」

「返答。私は是非とも学校に行ってみたいです」

「学校かぁ~確かに十香達と一緒に行けたら楽しいだろうね」

「疑問。ジャズも学校に行くのでしょうか?」

「わかんない。ジャズと他の仲間も見たいし」

「同調。オプティマス・プライムという人がどんな方か拝見したいです」

「何か、愉快な人達みたいだよ」

「質問。耶倶矢はもし人間になれたらどうしたいですか?」

「アタシかぁ~アタシは十香達ときなこパンを食べたいな」

「説明。至高の美味と聞きました」

「喫茶店も行きたいし」

「肯定。私もです、是非とも一緒に行きましょう耶倶矢」

「そんときは割り勘だかんね?」

「告白。耶倶矢、私はまだ消えたくありません」

 夕弦は涙声で気持ちを打ち明けた。

「夕弦……アタシも……まだまだ生きていたいよぉ……」

 耶倶矢にいたっては鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

「耶倶矢……」

「夕弦!」

 武器を離して二人は篤い抱擁を交わしていた。それを見ていたスタースクリームは痺れを切らして士道に怒鳴った。

「もう良いだろ! さぁ士道、俺様と一緒に来てもらうぜ!」

「まだだ。待てよスタースクリーム、二人の封印がまだ終わってないんだ」

「関係あるか!」

 スタースクリームは士道を掴んでから空中へ放り投げると戦闘機に変形してコックピットに士道を入れて飛んで行く。

「夕弦……あれもジャズの仲間かな?」

「否定。あれは違うと思います。翼のマークがジャズの物と違いますから」

「じゃあ士道を誘拐したって事かな?」

「肯定。その可能性は大です」

「まだアイツには封印ってのをやってもらってないし……。やっちゃいますか?」

「やっちゃいましょう」

 二人の気持ちは同調し、耶倶矢の右肩の翼と夕弦の左肩の翼が同時に光り輝く。夕弦は巨大な弓を形成し、耶倶矢は突撃槍を矢として弓に装填した。

 

「――“颶風騎士(ラファエル)”【天を駆ける者(エル・カナフ)】!」

 吹き荒れる暴風を一つに圧縮された矢は計り知れない破壊力を持ってスタースクリームを追撃した。

「何だあの矢は!」

 逃げようとアフターバーナーを点火しようとしたが時、既に遅しだった。スタースクリームは八舞姉妹の最大の威力によって撃ち落とされ煙りを吹きながら墜落した。

 スタースクリームと一緒にいた士道は風圧の影響でコックピットが開き、スタースクリームとは別の方向の森へと落ちて行った。

 琴里の回復能力とそこまでの高度を飛んでいなかった影響で士道は無事だった。

「いってぇ~……」

 酷く尻を打った士道は臀部をさすりながら立ち上がった。そこへ耶倶矢と夕弦が降下して来、士道の身を案じた。

「怪我はないか、士道よ」

「心配。怪我はありませんか?」

「あ、ああ大丈夫だ」

「では士道よ、我等の力を封印して見せよ」

「え、いや、待て。まだ準備が……その……」

「何であるか、煮え切らぬな。まさか我等を騙しているのではなかろうな」

「違うんだ。準備っつーか動作がな……」

 好感度の状態も分からないままキスをしても封印出来る確証がないし、願わくば二人別々の所でキスをしたかった。歯切れの悪い言い方の士道を不審な目で見ていると耶倶矢はある事を思い出した。

「あ、士道。目を瞑れ」

「え?」

「命令。目を瞑って下さい」

 夕弦も耶倶矢と同じ事を言い出し、士道はそれに従って目を瞑った。次の瞬間には右と左からチュッと柔らかい感触を頬に受けた。士道は目を開けて顔を真っ赤にした。

「えっと……お礼よ……いろいろとね」

「感謝。ありがとう士道」

 士道が何か言おうとした所で耶倶矢と夕弦の封印が始まった。霊装である拘束衣や鎖は光り出し、見る見るうちに塵となって消えて行き哀れもない姿に二人を変えてしまった。

「キャッ!?」

「驚愕!」

 衣類を失った二人は手で自分の体を隠して羞恥に顔を赤らめた。士道も出来るだけ見ないように顔を背けていた。

「封印ってこんなやらしい事なのスケベ!」

「羞恥。もうお嫁に行けません。士道、引き取って下さい」

「し、シドー何をしているのだ!?」

 こんな時にタイミング悪く、ジャズと意識を取り戻した十香と出くわしてしまった。

「士道、君にこんな趣味があったのかい? かなり驚きさ、ハハッ」

「待て待てジャズ、十香! これは誤解なんだ! これはちゃんとした手続きなんだ!」

「シドー、私という物がありながら~! フンッ! 心配して損したぞバーカバーカ!」

 頬をぷくっと膨らまして十香はぷりぷりと怒って先に帰ってしまった。謝る用のきなこパンを買わなくては、と思いながら士道は十香を追いかけて行った。

 

 

 

 

 さて、アトランティスとオートボットの戦いはなおも続いていた。

 海水を四糸乃に凍らされてアトランティスは潜水出来ず、身動きが取れない状態で氷の上をグリムロックが走り、先行してアトランティスを攻め立てている。防衛兵器のギアも四糸乃は凍らせ、砲台の角度を変えられず、殆どの防衛兵器が役に立たないのだ。

「グリムロック、存分に暴れるんだ。有史以前の本能を蘇らせてな!」

「アトランティス、破壊する!」

 ショックウェーブに見捨てられ、頼みのビームガンも無い。アトランティスの防衛兵器は機能を停止させられた。アトランティスに建ち並ぶビルや貯蔵庫をグリムロックは、尻尾でなぎ倒し、または焼き払いながら盛大に破壊の限りを尽くす。「いいぞぉーグリムロック! バラバラにしてしまぇー!!」

 応援の声をかけながらワーパスもグレネードを投げたり、ガトリング砲で手当たり次第に攻撃をしている。

「撃って撃って撃ちまくれぇ!」

 グリムロックを止めようと出合う魚人兵を物ともせず、レーザーファイヤーでアトランティスを火の海に変えた。もはや、勝敗は見えていた。オートボットがアトランティスを破壊するのに大した時間はかからないだろう。

 ナーギルは悔しがる顔で最終手段の実行を決意した。

「アトランティスが沈められるのなら、余が自ら爆発させてくれる!」

 ナーギルはマントを脱ぎ捨てて動力部へと走る。

 その言葉を四糸乃とよしのんは密かに聞いていた。三メートルはある大きなうさぎの姿になったよしのんは戦闘中のオプティマスとグリムロックにナーギルが自爆を企んでいる事を伝えたのだ。

『大変だよオプティマス! ナーギルの奴がアトランティスごと自爆するつもりなんだよ!』

「ナーギルめ……勝てないと踏んで私達も道連れにする気か。わかった、四糸乃はアイアンハイドとワーパスを連れて逃げろ。後は私とグリムロックでやる!」

『オッケー!』

「はい……気をつけて……下さい……グリムロックさん……オプティマスさん」

 オプティマスの命令通りに四糸乃はアイアンハイドとワーパスに命令を伝えてアトランティスを先に脱出する。ワーパスが暴れ足りないと少しゴネただけでそれ以外はスムーズに事が進み、四糸乃等は或美島の海岸にまで避難した。

 いよいよ最後の決着をつけるべく、オプティマスとグリムロックはナーギルの始末に取りかかった。

「グリムロック!」

 オプティマスが呼ぶとグリムロックは頭を少し下げて、オプティマスは首に跨り、エナジーアックスを振りかざす。

「走れ、グリムロック!」

 号令がかかり、グリムロックは走り出す。動力部の位置は分からないが、ナーギルの臭いはグリムロックがしっかりと嗅ぎ分けて後を追った。

 壁が立ちはだかればぶち抜き、地下へ移動する時は床をぶち抜いて、ナーギルを追いかけた。臭いはだんだんと濃くなって来て、ナーギルの下へ近付いているのが分かる。

 床を何枚も貫通して下へ下へと降りて行くグリムロックとオプティマスは、ようやく動力部らしき部屋へと落ちて来た。巨大なエンジンや常にベルトコンベアでエネルゴンキューブがコアに運ばれ、歯車や重厚なハンマーがピストン運動を繰り返す。

 誰がどう見てもここは動力部だ。その証拠にナーギルがエネルゴンの溶鉱炉の梯子を登り、手には起爆剤を持っていたのだ。

「まずい! グリムロック!」

 オプティマスが何をして欲しいが察知してグリムロックは頭を振り上げてオプティマスを溶鉱炉のてっぺんにまで投げ飛ばす。

「自爆などさせないぞナーギル!」

 なんとか溶鉱炉の頂上に着地してナーギルを掴み上げる。

「もう遅いわ! 溶鉱炉は爆発する。アトランティスやお前等ももうおしまいだ! ワハハハハハハ!」

 爆発は動力部の各所で発生し、次第にその回数と規模が増して行くのがわかる。オプティマスはナーギルを放り投げ、グリムロックに命じた。

「手遅れだ。逃げるぞ!」

「わかった、壁、ぶち破る!」

 口腔内にたっぷりのエネルゴンを圧縮して、グリムロックは内壁に向けて渾身のレーザーファイヤーを撃ち、何層にも重なった強固な壁を溶解させて逃げ穴を作った。

「もう、間に合わんわい! 貴様等は余と死ぬのだぁ!」

 ナーギルの勝ち誇った声を聞きながらグリムロックは流れ込む水に逆らいながらアトランティスを脱出した――。

 

 

 

 

 或美島のビーチで三人はアトランティスを凝視し、海面から何か上がって来ないか今か今かと待っていた。海面は脱出した際に四糸乃がちゃんと溶かして水に戻しておいた。

 アトランティスからは黒煙が空に向かっていくつも昇り、燃え盛っている。と、そこでひときわ大きな爆発が起こり、アトランティスは真っ二つに割れて沈んで行くのが見えた。

「――!? オプティマァァァス!」

「グリムロックさん……!?」

 未だに海面から何も出て来ず、アトランティスが爆発し、三人は最悪の情景が頭をよぎった。

「そんな……オプティマスが……」

 アイアンハイドはガクッと膝を折って呆然と沈むアトランティスを睨む。四糸乃は涙目になりながら小さくグリムロックの名を呼んで生きている事を祈った。

「司令官……死んでしまった……」

 ワーパスが悲しみに顔を押さえた。

 

「私が死んだキャンペーンにはまだ早いぞ」

「俺、グリムロック。ピンピンしてる!」

「オプティマス!」

『あぁーグリムロック! 生きてた!』

 グリムロックに跨りながらオプティマスは少し離れた海面から上がって来て、元気な様子を見せてくれた。

「オプティマス、ナーギルはどうしたよ?」

「わからない。だが、生きてはいないだろう。仮に生きていても今回の件で懲りた筈だ」

『アトランティスもまだ伝説になっちゃったねぃ!』

 日の出の光に照らされた沈没を眺め、四人は朝を迎えた。

 長い長い夜が、ようやく明けたのだ。

 グリムロックは太陽に何度も吼えて、ショックウェーブに報復する事を誓った。

 



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19話 夏休みッッ!

次回から美九編です


「皆さーん、明日から夏休みでーす。浮かれすぎないようにぃ~、宿題もちゃんとやって遊ぶんですよ~」

 威厳のない声で岡峰珠恵は教壇の上から生徒に向けて注意を呼びかけるのだが、肝心の生徒は明日からの夏休みに何をしようかと考えて話など全く聞いていなかった。夏休みという実感がいまいち湧いて来ない士道はボーっと窓から空を眺めていた。

 手元には成績表があり、一学期の勉学の結果がそこに記されてある。士道の成績はと言うと中の上か、上の下あたりをうろうろとしている。今回は、十香に勉強を教えるのに専念した為、成績はやや下がってしまったが人に見せても恥ずかしくはない結果だ。

 隣の席に座っている十香に視線を傾けるとそわそわした様子でどこか落ち着きが無い。士道はいつものように鞄に荷物を詰め込んでから席を立ち、周囲に気が行っていない十香に声をかけようとすると、ビクッと体を震わせて十香は立ち上がり、何も言わずに走り去ってしまった。

「どうしたんだ十香の奴?」

 成績表が返って来てから十香の様子は随分とおかしかった。

「よう、五河。十香ちゃんはどうしたんだぁ~ん? フルスピードで逃げてったように見えたけど?」

「さぁな、俺にもさっぱりだ」

 親しげに肩を組んで来る殿町の腕を払って鞄を脇に挟む。

「修学旅行は五河は別行動が多かったしな~。最終日の夜、一線を越えたとか?」

「十香とはそんな関係じゃないから」

 修学旅行は波乱万丈だった。

 殿町も折紙も亜衣、麻衣、美衣の三人も修学旅行の最後の夜はシャープショットとキックバックの睡眠薬で死んだようにぐっすりと寝ていた。精霊の封印だの、トランスフォーマーが戦ってただの、アトランティスが出現しただの何も知らない。尤も、言った所で誰も信じないだろうが。

「十香ちゃんじゃないって事は~。さては隣のクラスの夕弦と耶倶矢ちゃんかぁ? あの二人もマックスに可愛いよな? 何・故・か、お前にベタベタしてるしよ」

「……」

 十香に折紙という絶世の美少女に思い寄られ、そこにまた双子の美少女が追加されたのだ。士道は今や全校生徒の男子の敵と言っても良い。

「とりあえず、俺は十香を追いかける。何かあったら話したいし」

「そうかそうか、我が友よ。しばらく会えないのが寂しいな。アデュー!」

「また二学期な!」

 殿町に手を振って分かれると士道は、家路を急いだ。

 一方、その頃。

 十香は士道から逃げるようにして家に帰り、オートボット基地兼精霊特設マンションのロビーに駆け込んだ。十香はエレベーターを上がり、自分の部屋のドアを開錠して中へ入った。そして、鍵とチェーンをしっかりとかけてから慌てた調子で靴を揃えずに脱ぎ捨て、鞄から成績表を出した時だ――。

「十香、成績はどうだ?」

 寝室へ向かう廊下を足早に駆ける最中にリビングの入り口では、柱にもたれかかった士道が声をかけて来た。

「ひぃっ!? シドー!」

 完全に撒いた筈の士道が何故か部屋に先回りしており、十香はその場にへたり込みガクガクと身を震わせていた。

「十香、逃げる事はないだろ? 俺は成績が気になるんだ。一応、お前の勉強の管理の一部を任せられてるんだし」

「シドー……私はお前や琴里や令音の期待に応えたい一心で……」

 いつもとは思えないか細い声で十香は言った。

「期待に応える……ね。十香はその一点を見たら十分過ぎるよ」

 士道は床に落とした十香の成績表を拾い上げた。

「あっ、待てシドー!」

 成績表を奪い返そうと十香が手を伸ばして来たがヒョイと持ち上げてかわして士道は成績表を開いた。

 そこに記された結果は――。

 古典……2。

 現代文……3。

 数学Ⅰ……2。

 数学A……2。

 生物……3。

 化学……2。

 日本史……2。

 世界史……3。

 英語……2。

 体育……5。

 十香の成績表にはこう記されてあった。十香は深く俯いて何も言えずにただただ震えるばかりである。期待に応えられなかったという点が十香にとって申し訳なくて仕方ないのだろう。

「……“5”なしか」

「いや――」

「体育はそうだろう!」

 先に言いたかった事を言われて十香は小さくなる。

「理数系が特に酷いな」

「いや、だがしかし――」

「しかし? まさか“1”は取ってないって言う気じゃないだろうな?」

 再び先に言われて十香は更に小さくなってしまった。世界中を震撼させる空間震の元凶、精霊とは思えないくらいに威厳も迫力もない。

「十香、少し机を見せてもらうぞ」

「へ?」

 士道は寝室にある勉強机を見て直ぐに悟った。そして、机の中を開けて中から袋に入った大量のきなこパンをポンと机に置いて縮こまった十香を見下ろしながら椅子に座った。

「これじゃあ勉強も出来ない訳だ。当然、これは没収だぞ」

 きなこパンを取られるのは堪らないが、十香には今言い返せる言葉が一つも無い。

「寝室は食堂じゃない。文机はテーブルじゃない。今更そんな事を言うつもりはない」

 士道は文机を叩いて語気を強くして言った。

「食べるのは勉強の後ッ!」

「ッ!」

 十香はどんどん小さくなる一方だ。

「でもな十香、所見欄は……凄く立派だぞ」

「え……?」

 十香が顔を上げると士道は感動したように涙を流している。成績表の下に書いてある所見欄には十香の日々の行動に対する評価が書いてあった。

『夜刀神さんは、周りによく馴染めています。日直の仕事も真面目に取り組んでおり積極性が感じられました。クラスのムードメーカー的な存在です』

「偉いぞ十香……」

「シドー……私がタマちゃん先生にこんな風に思われていたのだな」

「ああ、そうだ。立派な事だ」

「シドー、一緒にきなこパンを食べよう。この所見欄に乾杯しよう!」

「そうだな。………………勉強の後でな」

「……」

 

 

 

 

 来禅高校の夏休みが始まって皆、緊張の糸が切れてしまいだらけた生活になっている最中、オートボットの町のパトロールは一層目を光らせておこなってはいたのだが。

「さぁ耶倶矢、私からボールを奪えるかな?」

「応とも! 颶風の巫女である我からいつまでボールを保持していられるかを心配するのだな。オプティマス・プライムよ」

 人間サイズのボールをドリブルし、オプティマスはバスケットボールを楽しんでいた。

「夕弦も見ていないで私からボールを奪っても良いんだぞ」

「宣言。必ずやオプティマスからボールを奪ってゴールして見せます」

 特設マンションの地下を次々と増築してオートボットはコートを作ったりもしていた。耶倶矢と夕弦はオプティマスの周りを走り、地面に着く瞬間を狙って手を伸ばすのだが、どうにも上手くボールが取れずに悔しそうに歯を食いしばっていた。

「私のトラブルもなかなかの物だろう?」

「オプティマス、それを言うならドリブルだよ」

 耶倶矢達のバスケットを見ていた士道がそう言った。

「そうか、ドリブルか」

 オプティマスは話しながらでも耶倶矢と夕弦の妨害をかわし、ゴール下まで走る。

「私のレイカップシュートを見せてやる!」

「レイアップシュートですよ」

「たぁっ!」

 迫力あるかけ声と共にバックダンクでボールをゴールに叩き込み、ついでにゴールを引きちぎってしまった。

「ゴールが壊れてしまったな。また修理するか」

「オプティマス、ちょっと来てくれ!」

「耶倶矢、持っててくれ」

 指の上でくるくるとボールを回して、そのまま耶倶矢に手渡すと十香に呼ばれ、オプティマスはテレトラン1が置いてある広間に顔を出した。

 その後ろから耶倶矢と夕弦、士道も付いて来ている。

「どうしたんだ十香?」

 オプティマスは木槌と釘を使って何かを作っている十香を興味深そうに見た。

「学校の宿題の自由制作なのだが、手伝って欲しいのだ」

 宿題の自由制作、貯金箱などを作ったりするのが主流で自分の手で作る事がルールである。夏休みはまだ序盤、しかし士道や耶倶矢、夕弦も十香の自由制作という言葉を聞いて初めて思い出した。

「ほう、発想力を豊かにしそうな課題だ」

 オプティマスは顎をさすりながら十香が作っている物について聞いた。

「ちなみに……君は何を作っているんだ?」

「貯金箱だぞ!」

 胸を張って言うのだが、木の板の形もサイズも違う物を無理矢理、長方形に組み合わせて釘を打ち込んでいる。貯金箱と言うが、小銭を入れる穴もない悲惨な作品だ。

「十香、貯金箱にしても酷いな」

「我が眷属の造形に悲しみを感じるぞ」

「蔑称。これはゴミですか?」

 オプティマス以外の士道達も十香の貯金箱の出来に唖然とするしかない。

「う、うるさいバーカバーカ! まだまだこれからなんだぞ」

「士道達はどんな物を作ったんだ?」

 オプティマスが尋ねる。

「いや~俺はまだ作ってないんだ」

「我の頭には完成しておる。未だ不可視の存在としてこの世に居続けておるのだ」

「同調。私も作っていません」

「……。そうだな、どうだろう今日にその自由制作を完成させようか。私も協力は惜しまないさ」

 オプティマスが何か物作りが出来るかは分からないが、手伝ってくれるのならどこか心強い気もした。

「みんなは、何を作るのか決めているのか?」

「俺は……まあラジオ」

「計画。地球儀です」

「我に相応しき偉大なる物ぞ!」

 耶倶矢以外は何を作るかは決まっているらしい。ラジオに使えそうな材料はないかとオプティマスは保管室へ行き、もう使わなくなった電材や金属の塊を拾い集めて広間へ持って来て広げた。

「材料になるかは分からないが、この位の事はさせてもらう」

「ありがとう、オプティマス」

 礼を言ってからガラクタを漁り、ラジオや地球儀の制作に取りかかる。耶倶矢はジオラマという極めて難しい物を選択していた。

 十香は鼻歌交じりに木槌を叩いてガタガタの貯金箱を量産して行く。

 自由制作に取り組む様をオプティマスはジッと見守っていた。パーセプター以外のオートボットは町のパトロールに出てしばらく基地に帰って来ない。騒がしい基地はいつもよりズッと静かであった。

 しばらくしていると皆の手が止まり、制作に行き詰まりが出て来た。士道はラジオの音が出ない所で悩み、夕弦は世界地図を作る所で手が止まり、耶倶矢は最初から思考停止だ。十香はなおもガタガタの貯金箱を作っている。

 オプティマスが手伝おうと前へ出ようとした時、背後から肩を掴まれた。振り向いて見るとそこにはパーセプターがうずうずした様子で立っていた。

 どうやら発明家魂に火が着いたようだ。

「キミ達、見てられないよ全く」

「パーセプター……」

「オプティマス、素人は見てて下さい。私が彼等を手伝ってみせます!」

 パーセプターは自信満々になって近付き、まずは耶倶矢のジオラマ制作に取りかかった。

「あの、パーセプター。一応自分の手で作るのがルールなんだけど……」

「わかっているとも! ちょっと手を加えるだけさ!」

 ちょっとと言っているが、パーセプターは工具をしっかり揃えて準備万端だ。

「キミ達に見せてやろう! 本物の職人の技をね!」

 いつになく目がキラキラしているのは気のせいではない。早くも耶倶矢のジオラマ、もとい山の模型を作り上げていた。

「え、えぇーっとパーセプターさん? この模型さ、本当に大丈夫……かな?」

 金属の山の模型を触ろうと耶倶矢が手を伸ばす。

「コラコラ、触っちゃダメだ! まだ作っている最中なんだからな! 夕弦や士道、十香も安心したまえ。私がかつてない大傑作を作って見せるからな! ハッハッハ!」

 士道等には不安しかなかった。

 パーセプターのスイッチが入ってしまい、手がつけられない状態だ。工具箱から見たこともない機械を取り出し、エネルゴンを注入したりとやりたいほうだいだ。物作りに励むパーセプターにやや狂気を感じたが、科学者としての実力を信じて士道等は託した――。

 

 後に完成したのが、士道のラジオは謎の音波を出す兵器で生徒や珠恵を更に全校生徒を気絶させた。

 夕弦の地球儀は何故かセイバートロン星になっていた。

 十香の貯金箱は変形して暴れ出し、学校の壁に穴を空けたりと暴走した挙げ句に爆散した。

 そして耶倶矢の模型は、エネルゴンの波を纏っており今にも爆発しそうな禍々しい雰囲気を醸し出していた。模型にはビックリする仕掛けを施してあり、耶倶矢がスイッチを押すと山の頂上からレーザーが噴き出し、校舎を貫いて行った。そして最後に爆発した。

 来禅高校は二、三日休校となり、士道等の制作には『判定不可』という結果かが下されてしまった。

「何故だ! セイバートロンなら最優秀作品に選ばれるレベルだぞ!? エネルゴンの量を間違えたのか? まさか、火薬の加減を間違えたのかな? まあ良い、次回こそ優勝する作品を作ってやるぞ!」

 どういう訳かパーセプターは再チャレンジを誓っていた。

 同時に士道等も来年の自由制作はパーセプターに任せないと誓っていた。

 

 

 

 

 DEMインダストリー日本支社は天宮市の自衛隊駐屯地へCR-ユニットなどを譲渡したりと日本のASTがこうして精霊と戦い続けられる理由でもあった。その日本支社にDEMのトップであるアイザック・ウェストコットが来日したのは、ただの物見遊山などではない。

 アイザックは今、インペリアルホテル東天宮のスイートルームのソファーに腰掛けてタブレットを片手にその画面をジッと凝視していた。スイートルームのソファーは座ると体を飲み込まれるような柔らかクッションで尻と背中を癒やしてくれるのだが、アイザックが普段使っている椅子に比べれば雑な造りに感じる。その向かえではエレンがイチゴのショートケーキを幸せそうな顔で食べていた。

「エレン、或美島での件なんだが……」

 アイザックがそこまで言うとエレンはフォークを置いて改まった様子で頭を下げた。

「申し訳ありません、アイク。プリンセスを取り逃がしてしまいました」

「いや、その件については責めるつもりは無いよ。夜刀神十香は精霊、スタースクリーム以外のトランスフォーマーも地球にいる……。謎の力を使う少年、いろいろな発見が出来たじゃないか」

 エレンは顔を上げるとアイザックの後ろ、ホテルの外側をホバリングするスタースクリームに目が行った。

「ん? どうしたんだいエレン?」

 様子が変だと気付いたアイザックは振り返って、外で浮かんでいるスタースクリームを見て呆れたように首を横へ振った。アイザックは指を上に向けて『屋上へ来い』とだけジェスチャーをするとタブレットの電源を切って、ソファーに放置してエレンと共にホテルの屋上へ上がった。

「どこに行ったかと思ったらこんな所にいやがったのかテメェ等!」

「それは私のセリフだ。数日も姿を見せずに何をしていた?」

「俺にも俺の事情があんだよ。お前等と違って俺は結構、忙しいんだ」

 特に中身のない事だろうとアイザックは軽視して、深くは追求しなかった。スタースクリームの人格はだいたいわかって来た。自尊心が高く、臆病で、傲慢で、喧嘩好きでバカ。

 脅威にはならないと決め付けていた。とりあえず、トランスフォーマーの情報が少ないので体よく利用していた。

「スタースクリーム、あなたは隠れなければいけない存在です。むやみやたらにロボットモードで飛行しないで下さい!」

 エレンが怒って注意するが、明後日の方向を見て、聞く耳持たない。神経を逆撫でしてくるこの態度にエレンはますます苛立ちを募らせる。

「スタースクリーム。近々、私達はプリンセスと五河士道の捕縛に打って出る。その際はジェシカ達を率いて捕縛してもらうよ」

「カッ~……アイツとか!? やってらんねえぜ」

「文句を言うな。それとエレン」

「はい」

「君に少し休暇をあげよう」

「休暇……ですか?」

「羽を伸ばすのも必要だ」

 かくして、エレンは休暇をもらう事になったのだがただ一つ不満があるとしたらスタースクリームも一緒だと言う事だ。遠回しにスタースクリームの監視も兼ねている事にエレンは直ぐに気付いた。

 スタースクリームの方は気付いている気配はなかった。

 エレンとスタースクリームの休日。まず二人は天宮市にいればエレンはともかくスタースクリームが直ぐに見つかってしまうと考えてイギリス本社にまで引き返していた。旅客機なら十二時間はかかるが、スタースクリームなら数分で着く。何せ彼はスペースジェットだ、地球のあらゆる所へ即座に駆けつけられる。

 一人なら天宮市を見て回ろうと計画していたエレンだが、スタースクリームの所為でその計画も無くなった。イギリスで目立たずにやって行けるのはDEM本社かエレンの自宅しかない。休暇と言って職場に行く気にはなれないのでエレンはスタースクリームを自宅へと案内した。

 エレンの自宅は大層な邸宅で、その周りには民家は無く代わりに森が生い茂った所に建っていた。人気も人の視線も気にしなくていい空間だった。

 邸宅の広場にスタースクリームはゆっくりと降下し、風圧で草をなぎ倒し、小石や砂を巻き上げながら着陸した。スタースクリームのコックピットから出て来るエレンの顔は青く、今にも吐きそうな顔をしていた。

「オメェ乗り物酔いしやすいタイプかァ?」

「うっぷ……あなたの運転の時だけです!」

「世界最強が聞いて呆れるぜ」

 スタースクリームは広場から見える立派な豪邸を見てエレンに尋ねた。

「一人暮らしか?」

「そうです。掃除はたまに専門の人にやらせています」

「そうかい。んで、これから何すんだ? 俺様をわざわざ自宅に呼んでよォ」

 スタースクリームが移動しようと一歩、足を動かしたと同時に何か物が割れる音がした。

「あっ、わりぃ」

「ちゃんと下を見て下さいよ! その噴水高かったんですからね!」

 スタースクリームの足の下には無惨に粉々になった噴水があった。怒っているエレンを適当になだめて、手の上に乗せるとそのまま邸宅まで運んでやった。

「少し着替えて来ます。ちょっと待ってて下さい!」

 荒っぽくドアを閉めて、スタースクリームを玄関先に放置して屋敷に入って行った。

「あーあ、泣く子も黙る航空参謀スタースクリーム様が今やガキのお守りかよ。悲しいねぇ~。コンバッティコン共も日本に送っとく必要があるな」

 アイザックに顔を出しつつコンバッティコンの指揮、ショックウェーブと会っていろいろ作戦を練ったりとスタースクリームは確かに忙しい状態だ。これもスタースクリームがいずれこの星を支配し、セイバートロン星を蘇らせる計画でもあった。

「コンバッティコンのバッキャロー共め事あるごとに俺様に文句を言いやがるし、そろそろ素直に命令を聞く部下ってのが欲しいな。待てよ? 反アイザック派の連中を丸め込んで俺様の部下にしてやるのも良いな!」

 エレンが戻って来るまでの間、スタースクリームはずっと独り言を言って盛り上がっていた。ひたすら、独り言を漏らしたかと思うと、次に八舞姉妹の事を急に思い出して怒り出す。

「そういやあの双子のチビ共! 俺様のケツに妙な矢を撃ち込みやがってぇ! 許せねぇぇ! 日本に戻ったら真っ先にぶっ倒してやる!」

「よくそんなに独り言が言えますねスタースクリーム」

 着替え終わったエレンの格好は競泳用水着の上にパーカーを羽織って、脇にはビート板が抱えてあった。

「何すんだ? お前」

「泳ぎの練習です。せっかくの休暇なんで世界記録に挑戦しようと……」

 やけに自信たっぷりに言い放つが、この時スタースクリームは首を傾げていた。エレンは顕現装置(リアライザ)が無いと悲しいまでに運動音痴の救いようのないドジだ。疑問は残るが、水泳は得意なのだろう、と予想して邸宅の庭に配置された五〇メートルの屋外プールにやって来た。屋外プールというのに水は綺麗で清掃が隅から隅まで行き届いている。

 そして――。

「……」

「あっぷっ! す、スタースクリーム! た、助けて下さぁい! あ、足が足がつりました!」

 ちゃんと体操もしないで泳いだ結果、エレンは足をつってしまい溺れかけていたのだ。

 プールサイドにいたスタースクリームに引き上げられたエレンは咽せながら口に入った水を吐いて、深呼吸をして気持ちを落ち着けていた。

 危うく、世界最強の魔術師(ウィザード)の死因が溺死になる所だった。

「とことん運動の出来ない奴だなぁ」

「そんな筈ありません! 世界最強たる私が一五メートル泳ぐというのなら凡百の人間はせいぜい五メートルが限度です!」

「水の上を走って一五メートルならスゲェーだろうよ」

 ビート板有りで一五メートルしか泳げないのは余りに酷い。とりあえず、準備体操をエレンにさせてからもう一度プールに入れた。

「良いかエレン、人間は息を吸えばちゃんと浮くように出来てんだ! 変な泳ぎ方はするな!」

 スタースクリームがエレンの水泳のコーチとなって指導を開始した。せめて今日中には五〇メートル泳げるようにするのが目標だ。

 平泳ぎのつもりか、顔は水面から常に出て、尻は水中深くに沈んで全く上手く泳げていない。ジタバタとしているだけで水面を叩いてさっきから進めずにいた。

「エレン、息を止めて一度浮いてみろ」

「ずっと息を止めたら息出来ないじゃないですか」

「誰がずっとって言ったァ! ちょっとで良いンだ!」

 スタースクリームの指示を聞いてエレンはまず水中に浮こうと頑張るのだが、どうしても沈んでしまう。

「……」

「もう今日のプールは無しです! 次の趣味に行きます。ちょっと着替えて来るんで待ってて下さい!」

 見苦しい姿を見せてしまい、恥ずかしがるようにしてエレンはプールから出て屋敷の中へ帰ってしまった。

「アイツ、威厳ねぇな……」

 しばらく、プールサイドで揺れる水面を眺めながらエレンを待っているとドアが開いた音が聞こえてスタースクリームはそちらに顔を向けた。さっきの競泳用水着から着替えたエレンの今回の姿はなんと、狩人だ。茶色い服装に帽子をしっかりと被り、背中に猟銃を背負っている。

 多趣味なのだろうが、エレンは長続きしないタイプだ。殆どの原因が運動音痴という所から来ている。

「何だ、それ」

「ハンターですよ! この森にはたくさんの野生動物を放し飼いにしてあるんです! それを狩りに行きます」

 不安だらけだがスタースクリームはエレンの後に続いて敷地内の森の中へ入って行く。さっきのプールでの姿を見てスタースクリームはエレンに何も期待していない。銃くらいは撃てるだろうと言う認識だ。

「で? 一体何を狩るんだ?」

「やはり百獣の王、ライオンですね」

「ライオンがいるのか、この森に?」

「わかりません」

「ちゃんと放し飼いにしてる動物くらいわかってろよ!」

「だってだって、いっぱい放し過ぎてわからないんですって!」

 更にエレンが何か言っていたが、スタースクリームは森の中で動いた動物の影を察知してナルビームを放つ。

「あれ……?」

 光線は狙った方向とは随分ズレて飛んで行ってしまった。

「いやはや、見事な腕前でござんすねぇ~」

 下手くそな射撃を見てエレンは口を押さえて笑い声を押し殺していた。

「くっ、やかましいこのチビスケめ!」

 気を悪くしたスタースクリームはエレンにナルビームの銃口を向けた。

「あ、スタースクリーム。そのままそのまま、迫力満点の良い絵が取れますよ」

「あァ?」

 突如、森から巨大なアナコンダが降って来、スタースクリームの首や体に巻き付いた。

「ウワァッ! な、何だコイツ! おい、誰かこのおかしなのをどけてくれェ!」

「いや、でもその蛇はあなたを気に入っているみたいですよ。アハハハ!」

 笑っていたのは束の間、今度は別の蛇がエレンの体に巻き付いて来たのだ。

「キャァァ! 何ですかコレ! だ、誰か外して下さいィ!」

「ほら言わんこっちゃねぇ! お前がちんたらしているからだ!」

「ひぃ……蛇が服の中にぃ……き、気持ち悪い!」

「ハッ! その蛇野郎はテメェを気に入ったらしいな!」

「冗談言ってないで助けて下さいよォ!」

「俺も外れねぇんだ! 誰かぁ!」

「助けてぇ!」

「助けてくれぇぇ!」

 ――その後、たまたまエレンが持っていた蛇を追い払う殺虫剤が破裂して事なきを得たが、危うく航空参謀と世界最強の魔術師(ウィザード)が単なる蛇に絞め殺されそうになった。

 休暇の筈が二人はドッと疲れてしまい、スタースクリームとエレンは浜辺で座りながら沈んで行く夕日を眺めていた。

 

 

 

 

 オートボットの基地にはオートボットのメンバーが勢揃いし、珍しく十香達、精霊組の姿は無く士道と琴里そして令音だけが集まっていた。

 今日、集まったのはオプティマスから大事な話があると言われ、更に十香達には伏せておきたい話らしく、彼女達に声はかからなかった。十香等に伏せて、士道には言わなければいけない話と聞けばかなり深刻な雰囲気だ。

「皆、よく集まってくれた。まずは、十香達精霊の事で分かった事があるので君達に報告したい。パーセプター」

「はい」

 パーセプターはテレトラン1を操作して基地にある巨大なディスプレイ画面にデータを映し出した。そこには、十香や四糸乃そして八舞姉妹の画像データと事細かにステータスが記してあった。

「これは何?」

 一見しても何もわからない琴里はすぐに詳細を聞いた。

「これは彼女達のデータだよ。みんなに見て欲しいのはこの子達の左胸なんだ」

 画像データを切り替えて十香達は内面の画像を表示された。左胸の位置、そこには確かに紫色に光る結晶と思しき物がある。

「霊結晶ね……それがどうしたの?」

「この霊結晶は極めて純度の高いダークエネルゴンの塊なんだ」

「ちょっと良いかい?」

 令音は手を挙げて話を遮った。

「ダークエネルゴンとはそもそも何だ? あまり話したがらないようだが?」

「ダークエネルゴンはユニクロンの血の結晶と言われている」

 オプティマスは再び話し出す。

「ユニクロンは我々、トランスフォーマーの永遠の敵だ。破壊神と呼ばれるそのユニクロンはいくつもの惑星を食して来たと記されてある」

「……ユニクロンがメチャクチャな奴ってのは分かったわ。でもそれと十香達の霊結晶がなんだっていうの?」

「では説明させてもらうよ。この霊結晶はどれもこれも濃密なダークエネルゴンなんだ。そしてこの霊結晶は自然界には存在しない。つまりは、私の考えからするに十香達の生まれはユニクロンの体内と考えるのが妥当だろうね」

 聞きたい事はあるが、琴里は黙ってパーセプターの話を聞いた。

「十香達の検査をしているついでに士道の体も検査したのだが驚きの結果が出たよ」

「士道、スターセイバーを」

 オプティマスが言うと士道は頷いて胸に手を当てて体の中から引き抜くようにスターセイバーを出した。これには琴里も令音も驚きを隠せない様子だ。士道がいつの間にか変な力に目覚めていたのだから。

 スターセイバーには輝きがなく、ただの金属の剣にしか見えない。オプティマスはスターセイバーの刀身をジッと眺めてから二つの大きなレンズから光を投射して刀身に当てた。

 すると、刀身から大きな光が全体に放たれてそれはやがて立体映像として現れた。立体映像には見たこともないトランスフォーマーが一人映っている。

「ゼータプライム……!」

 グリムロックは感激と懐かしさで声を上げた。

「ゼータプライム? 誰それ?」

 琴里と令音は首を傾げながら尋ねた。

「オプティマスが司令官になる前に司令官を務めていたお方さ」と、ジャズが軽く説明した。

『この映像が見られた時、私は死に同様にセイバートロン星も不毛の地と化しているだろう――』

 ゼータプライムの話にはあらゆる謎の解明があった。

 士道が嵩宮家から捨てられ、五河家に養子に引き取られる空白の一年間、その一年間の面倒を見ていたのがゼータプライムであった。

「……」

 士道はいくら記憶を探ってもゼータプライムとの思い出が出て来ない。それもそうだ、別れ際にゼータプライムは士道に記憶の処理を施していたのだ。

『オプティマスがプライムの地位に着くのは分かっていた。彼はそれだけ高潔な男だ。マトリクスはプライマスのスパークの一部だ。プライマスを蘇らせる為にいつか必要になる。私は密かにプライマスの意識だけを切り取り、士道の体に宿した。それによりプライマスは肉体こそ死んだが、魂だけは士道の中で生き続ける』

 いつの日かセイバートロン星を蘇らせる為にスパークと意識の両方が必要になる。ゼータプライムはプライマスの意識まで破壊されまいと士道に託したのだ。

 

 何故、士道に精霊を封印出来る力があるか、これではっきりした。

「士道、君に宿ったプライマスの力がユニクロンの力である精霊を封印出来たのだ」

 士道はとりあえず黙って先に話を聞く。

『私は彼がこれから厳しい人生を歩むと予想して彼が死に直面した際に発動するプロテクトをかけた』

 恐らく、初めて十香と遭遇した時、十香の斬撃から身を守ったのも、琴里の炎から身を守ったのも全てゼータプライムの仕掛けたプロテクトの影響だ。

『このプロテクトは三重にして仕掛けてある。三回まで命を守るだろう。ディセプティコンにこの事を知る者はいない。もし、オートボットがこれを見たのならその時は、士道を全力で守って欲しい』

 ゼータプライムの映像はここで終わり、スターセイバーは元の鉄の剣に戻ってしまった。

「私達の戦いに君を巻き込んでしまった。すまないと思っている」

「……唐突過ぎてついていけなかったな」

 士道はそう一言漏らした。

 だが一つ安心した。こんな強大な力を使える自分がもしかしたら化物か何かではないかと不安だった。しかし、ゼータプライムの映像で良くわかった。士道はれっきとした人間であり、化物ではない事が。

 士道は顔を上げてオートボットを見回した。

「いろいろわかってスッキリしたよ。俺の第二の育ての親もわかった事だし」

 まだ脳がついていけてないのか、士道は意外にもすんなりと現実を受け止める事が出来た。

 今はこの力の責任を果たすのが目標だ。



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20話 士織、再び

 夏休みも終わってすぐに来禅高校には一大イベントが待っている。天央祭は天宮市から一〇校の高校が集まって開催される巨大なイベントである。そのイベントの実行委員はブラック企業も真っ青になる程の激務を押し付けられる。故に、実行委員に誰が選ばれるのか生徒達は戦々恐々としていた。

 今年の生け贄が決められるその日、来禅高校の生徒達は体育館に集まっていた。舞台の上には亜衣、麻衣、美衣の三名が並んで演説をしている。

「諸君! 今年は待ちに待った天央祭だァ! 我々は昨年は無惨な敗退を喫した! しかーし! 今年こそ我等が栄光を掴むぞ!」

 亜衣がマイクを使ってそう叫ぶと生徒も声を揃えて「オォー!」と声を張り上げた。どうしてここまで勝ちを確信しているか士道には分からなかったが、戦意を増幅するのは悪い事じゃない。

「だが一つ、天央祭を始める前にやるべき事がある。生け贄を捧げよ!」

「そして、今年の生け贄になるのはコイツだぁ!」

「ライトアップ!」

 三人は息の合った連携でセリフを終えると体育館が暗転し、士道の頭上から光が降って来た。士道が立っている所だけが明るくなり、自然とそちらに視線が集まった。

「今年の実行委員は五河士道くんでーす! よろしくぅ~!」

「なっ、何で俺が選ばれたんだよ!?」

「全校でアンケートを取ったらそうなったの!」

 士道は男子から嫉妬の的だ。アンケートを取ったらこんな結果になってもおかしくはない。決まった物は仕方がない、士道は渋々承諾した。すると、士道の隣でスゥーっと手が上がる。

 挙手したのは鳶一折紙だ。

「どうしたの鳶一さん!」

「私も実行委員をやっても良い」

 自ら実行委員を志願したのは折紙が最初だ。

「え、良いの鳶一さん!? そこのエテ公に任せれば良いのに!」

「士道がやるなら私もやる」

 志願するなら断る理由は無い。折紙も実行委員に仲間入りした。だが、まだ終わりではない。

「鳶一折紙とシドーがやるなら私もやるぞ!」

 士道は内心予想していた。十香も折紙に張り合うようにして手を挙げた。

「え、えぇ!? 十香ちゃんも?」

「うむ! で、実行委員とは何なのだ?」

 士道は苦笑いしながら言う。

「後で教えてやる」

 結果的に実行委員は亜衣、麻衣、美衣に加えて、士道、折紙、十香が実行委員として参加する事となった。

「じゃあ三人とも実行委員頑張って行こう! あたしの学年は出し物で全速前進だ!」

 亜衣がマイクを置くと麻衣がマイクを受け取って声を上げた。

「宇宙を一つに!」

 麻衣の声に応えるように生徒も声を上げる。

「宇宙を一つに!」

 それだけ言うと体育館に集まっていた生徒は解散した。帰りの廊下で士道は十香に天央祭と実行委員について細かく教えていた。十香の頭に疑問符がいくつも飛んでいたが、実際にやって見せればすぐに仕事を覚えるだろう。

 面倒な物を押し付けられたと、士道は深い溜め息を吐いていると亜衣達、三人が士道に声をかけて来た。

「よっ実行委員!」

「ああ、お前等か」

「十香ちゃんに鳶一さんも巻き込む結果になるのは私達としても不本意だけど本人の意思ならしょうがないもんねー」

「ところでお前等は来禅の出し物で何するつもり何だ?」

「あたし等は音楽部門で出る予定、出し物は殿町くんが考えるみたいよ」

「殿町か……」

 その名前を聞くだけで嫌な予感しかしなかった。ちょうどそこへ体育館から帰って来る殿町を発見した。

「おーい殿町」

「どうした五河?」

「お前さ、来禅の出し物で何を考えてるん――」

「メイド喫茶」

 士道の言葉を食い気味に殿町は答えた。

「メイド喫茶だぁ!?」

 あんなふりふりの衣装を好き好んで着て尚且つ「ご主人様」なんて単語を恥ずかしげも無く吐ける女子が一体何人いるのか分からない。亜衣麻衣美衣が嫌悪感丸出しの目で殿町を睨むがそんな事を気にせずに殿町は士道と肩を組み、ひそひそと声を小さくしながら言った。

「五河、メイド喫茶はただの趣味でも目の保養でもない。勝算がある」

「勝算?」

「来禅にゃあよ、鳶一や十香ちゃんそれに八舞姉妹の四人の超美少女がいる。あのレベルの子は悪いが他の学校にはまず居ない。そんな子等がメイド服でご主人様だぜ? 勝利は揺るがない!」

 チラッと士道は十香を見た。十香なら嫌がりもせずに着る様が目に浮かぶ、折紙に至っては着ている様子を一度見ている。

 八舞姉妹もなんとかなるだろう。

「えっと……」

「五河、勝利の為だ!」

 殿町の気迫に負けて士道は納得してしまった。

 結局、メイド喫茶で話は進んで今日中に出し物が決定した。放課後は実行委員としての激務をなんとかこなして今日の仕事はなんとか終了した。殿町から十香が家でご主人様と言えるように教育しておくように言われたが、やるつもりはなかった。

 校門前にはいつものようにジャズが待っており、士道と十香はそれに乗り込んだ。

「今日は随分と遅いじゃないか」

「ああ、天央祭の実行委員に選ばれてさ」

「天央祭?」

「学校でやるおっきな祭だぞ!」

「ほう、面白そうだね。文化祭って奴で良いのかい?」

「そうだな。天央祭は更に他の学校も集まって合同でやるから一大イベントなんだ」

「なるほどね、文化祭か……私も出て見たいな」

「ジャズ達が出たら大騒ぎだな」

「ハハッ、冗談さ」

 帰路を走っていると士道は不意に頭痛に苛まれた。久々のこの感覚、士道はジャズを呼び止めた。

「ジャズ、空間震だ」

「何!?」

「俺を下ろして十香を送ってくれ」

「待てシドー、私も連れて行ってくれ!」

「ダメだ」

 士道はジャズから降りると十香を任せてインカムをセットした時、空間震警報がけたたましく町中に鳴り響いた。

『士道!』

 インカムからは琴里の声がした。

「聞こえてるよ琴里」

『精霊の位置は特定したわ。天宮駅前の天宮ホールよ』

「分かった」

『士道、聞こえるか?』

「聞こえるよオプティマス」

『君の護衛としてアイアンハイドとグリムロックを向かわせた』

「ありがとう」

 精霊が出た時の対処はオートボットも慣れた物だ。士道も取り乱す事も無くなり、冷静に指示された場所に移ってフラクシナスの転送装置で天宮ホールへと移動した。

 どういう訳か空間震は起きずに、ただ警報だけが鳴るだけに止まった。人払いは完了しているのでアイアンハイドもグリムロックも大手を振って外を歩ける。士道が天宮ホールの中についた頃には二人共、変形して武器を取って警備に当たっていた。

「琴里、今回の精霊でなんか情報はないのか?」

『まだどの精霊が現れたか分からないからなんとも言えないわ』

「そうか」

『とりあえず接触を試みて、出来るだけ相手を刺激しないように』

 士道が忍ぶように歩を進めるとホールの中央から声がした。遠くからでも分かる綺麗な声であり、歌を歌っているのが分かった。

 明かりのないホールの観覧席から歌っている少女を見た時、琴里を驚いた様子で声を上げた。

『あれは“ディーヴァ”!?』

「ディーヴァ?」

『誘宵美九、この名前くらい聞いた事あるでしょ?』

「え?」

『……アイドル歌手よアイドル歌手!』

「マジかよ、そのアイドル歌手が何で精霊何だよ」

『そこが分からないのよ』

「アイドル歌手ね……」

 足下が暗く、注意を疎かにした士道は空き缶を蹴飛ばしてしまった。綺麗な声が響き渡るホールに空き缶が転がる音が反響した。

『バカ! 何してんのよ!』

「わ、悪い。足下が暗くて」

「あれぇ? 誰かお客さんがいたんですかぁ~? 出て来て顔を見せて下さぁい。お客さんは大歓迎ですよぉ~」

「どうする琴里?」

『コンタクトを取りましょう。相手の出方を窺うわ』

「分かった」

 ステージで歌う美九は歌うのを止めて確かにいる何者かを探し、キョロキョロと辺りを見渡した。すると影の中から士道がゆっくりと歩み寄る。

「あらぁ! ステージまで上がって来てくれたんですかぁ?」

「や、やあ君、さっきは綺麗な声だったね」

 士道が顔が見えると美九は笑顔は凍り付き、俯いたまま黙ってしまった。

『士道、美九の機嫌が急降下したわ!』

「えぇ!? 何で?」

『次の選択肢よ!』

「歌が凄く上手いんだね君」

 依然、美衣は俯いたままだ。それに加えて機嫌メーターは下がり続ける一方である。

『美九はあんたゴキブリと同等に見ているわよ?』

「嘘だろ!? まだ何もしてないぞ!」

「消えて下さい……」

 聞き取れないような小さな声で美九が呟き、士道が聞き返した。その次の瞬間だ。

「わんッ!」

 凄まじい音圧が士道の体をステージから弾き飛ばして士道はステージの端に片手でなんとか掴まっており、いつ落ちるか分からない。

「あれぇ? 何で落下して死んでないんですか? 何でまだ息をしているんですか?」

 美九の表情はさっきの明るさと愛らしさはどこかへ飛んで行き、嫌悪感と憎悪にまみれて士道を見下ろしている。この豹変に士道の頭は全くついて行けずにポカンと口を開けていた。

「どうして?」

「汚らしい声で喋らないで下さい汚物さん。何であなたをここから突き落とさないか分かりますか? 例え靴底でもあなたに触れたくないからですよ」

 士道が呆気に取られていると天宮ホールの天井は砕けてASTが突入して来た。ASTの少女達を見ると美九は別人のように表情を変えて歓迎するように笑顔となった。

「あらあらぁ! ASTのお客さんですねぇ!」

 士道に目もくれずに美九はASTと交戦を開始する。当の美九に戦っている気持ちは微塵もないが。

 ホールの壁を破壊しながらグリムロックが現れた。外でアイアンハイドが出来るだけ相手に気を遣って殺さないように戦っているのが見えた。 グリムロックが落ちそうな士道を手の上に乗せる。

「士道、大丈夫、か?」

「大丈夫だ。ありがとうグリムロック」

 間一髪助かって礼を述べた。グリムロックは頷くと外にいるアイアンハイドに向かって叫んだ。

「士道、助けた!」

「了解だグリムロック!」

 グリムロックは士道を乗せたままアイアンハイドと共に走り、タイミング良く現れたグランドブリッジのゲートの中へ飛び込んだ。市街地から一転してオートボット基地へと帰還した。グリムロックは士道を手から降ろしてやる。

 士道は腑に落ちない様子で考えていた。

「助かって良かったぞ士道」

「うん……」

「士道、あの誘宵美九という娘の事は一度忘れるんだ。今日は休んだ方が良い」

 オプティマスが士道の労をねぎらう。

「そうするよ。帰って十香の飯も作らなきゃダメだしな」

 精霊との接近には見事に失敗した。原因究明にはフラクシナスのクルーが全力を注いでいた。

 

 

 

 

 スタースクリームがショックウェーブ達の臨時基地に入れるようになるまでかなり時間がかかった。仲間とは言え一度はディセプティコンを裏切った男、警戒をするに越した事はない。司令室ではインセクティコンの三人がスタースクリームを気に食わない目で見ている。

 ショックウェーブに案内された先は彼の研究所である。液体が一杯に入ったカプセルが大量に並び、そのカプセルは研究所だけに収まらず、地下に作り上げた巨大なホールに収容されている。それが全てインセクティコンと考えるとスタースクリームは、寒気がした。

「スタースクリーム、君のおかげでスペースブリッジを極めてコンパクトに改良出来た。その成果を評して私の研究所に入れてやろう」

「そりゃどーも。ってかまだこんな気持ちワリィ連中を作ってやがんのか」

「気持ち悪い? 君は彼の美しいフォルムをバカにするのか? キックバック達は下手に頭がある分、憎たらしいがな」

 ショックウェーブの趣味を理解出来る者など全宇宙を探して見つかるかどうか分からない。スタースクリームはショックウェーブの変態趣味に呆れながら研究所を歩いていると黄色い培養液に入った生き物を見つけた。

 そのカプセルはひときわ大きく、スタースクリームは中に入っている生き物を見て驚いた。

「ショックウェーブ、コイツもお前の趣味かよ?」

 黄色い培養液が入ったカプセルをスタースクリームは指差しながら聞いた。

「そうだとも、それは新たな実験の成果だ。御披露目はまだ先になるだろうがな」

 スタースクリームはその大きなカプセルに入った見たこともない化物を気味悪そうに見回した。

 次に目にしたのは別の消毒液に浸かった人間のCR-ユニットや衣類を剥いで全裸のまま浸けられたASTの偵察隊の体が並んでいた。体の至る所に切り傷があり、解剖した後に再び接合したのが分かる。スタースクリームも顔を引きつらせて既に息絶えた人間を見ていた。

 この変わり者は研究の為ならやることなすこと全てを徹底して残酷におこなえる。当人はそんな気持ちなど持っていないだろうが。

「私の標本は素晴らしいだろう、スタースクリーム?」

「全くドン引きだ」

「一人一人偵察隊を生きたまま解剖した。痛みに対する耐性、どれだけの出血で死亡するか。血を完全に失った後に輸血すれば生き返るのか――」

「やめろやめろ! オメェの実験の話なんざ聞きたくねーな!」

「残念だ。悲鳴のサンプルがあるんだが聞いてみるかい?」

「いらん!」

「残念だ。まあ、掛けたまえ」

 ショックウェーブの実験体だらけのラボの一角にテーブルと机が置いてありスタースクリームをそこへもてなした。全くと言って良い程に落ち着けない空間だが、渋々座った。

「さっそくだがスタースクリーム、約束の物は手に入ったかい?」

「ん? ああ」

 スタースクリームは胸の小さなハッチを開けて中からデータの入ったディスクを出してそれを渡した。

「精霊のデータが一応入ってる」

「助かったよ」

「精霊のデータだの人間のデータなんざ集めて何するつもりなんだ?」

「君に関係のない話だ。しかし君にも有益なのは約束しよう」

 スタースクリームの目的はあくまでも士道だ。ショックウェーブが何をしようが、邪魔をしない限りはスタースクリームも口出しする気はない。

「お前、オートボットはどうするつもりだァ?」

「君はあの大量のインセクティコンのカプセルを見ていなかったのか? オートボットは数で押し込める」

「そうかもしれねぇけどよ、あのグリムロックはどうすんだ! アイツの部隊が昔、ディセプティコンの大部隊を壊滅させやがったんだぞ!」

「それを見越してあれだけインセクティコンをこしらえた」

 ショックウェーブは感情のない様子で足下にすり寄って来るインセクティコンにエネルゴンを与えた。また、別のインセクティコンがスタースクリームにも餌を貰おうとすり寄る。

「触るな、ゴキブリの出来損ないが!」

 幼体のインセクティコンを蹴り上げて追い払った。

「コラ! 何をするんだスタースクリーム」

 ショックウェーブは慌てて蹴られたインセクティコンに走り寄って蹴られた所を撫でて餌を与えた。

「これだけ可愛らしい子に暴力とは君の感性を疑うな」

「感性の話だけはお前にされたくねぇな!」

 スタースクリームは一刻も早くここから出て行きたい気持ちで一杯になり椅子から立ち上がる。

「頼まれたモンは渡したんだ。俺は帰るぜ」

「そうだな、ではまた」

「次はこんな気持ちワリィ所じゃなくてマシな所に呼んでくれ」

「では私が最高のスポットを用意しておこう」

 ショックウェーブの最高のスポットなど安心出来るような物ではない。スタースクリームは室内で変形するとロケットのバーナーが点火して勢い良く発進し、ショックウェーブの臨時基地から出て行った。基地内で飛ぶな、と言いたかったがスタースクリームは既に空の彼方にいた。

 

 

 

 

「これより鳶一折紙一曹の謹慎が解除となる。本日から訓練と任務に励むように」

「はっ!」

 折紙は綺麗に敬礼して女性自衛官、塚本三佐の言葉に返事を返した。二ヶ月の謹慎中も折紙は自宅で訓練に励み、体力は一切衰えていない。二ヶ月もの間、戦いから離れて折紙の体はムズムズしている。空間震警報が鳴れば、直ぐにでも精霊の二、三人を血祭りに上げたい気分だ。

「鳶一一曹、今度無断で行動したら次は無いと思えよ?」

「わかりました」

「よろしい、隊に戻――」

 上官が言いかけた所で部屋のドアを荒々しく開けてASTの隊長、燎子が乗り込んで来た。その燎子を行かせまいと美紀恵とミルドレットが腰にしがみついていたが、力負けして引きずられていた。

「塚本三佐!」

 燎子は手に持っていたファイルを塚本のデスクに叩き付けるようにして置くとものすごい剣幕で吼えた。

「外国人を大量に部隊に入れるってどういう事ですか!? だいたい独立した部隊として扱ってあらゆる権限も与えられるなんておかしいでしょ!」

 燎子の迫力に圧されて塚本はしきりに頭をかいて困ったような顔で言葉を詰まらせた。折紙も意外な事実を聞かされて塚本の反応を窺った。

「日下部隊長、だめですよぉ~! 一旦落ち着きましょうよ!」

 美紀恵が燎子の気持ちを抑えようと説得するが、そんな物では気持ちは落ち着かない。

「――あラ? 随分と大きな声ネ」

 やや不自由な日本語を話しながらDEM社の出向社員であるジェシカ・ベイリーと以下、十数名の女性隊員がぞろぞろと入って来た。

「あんた等がDEMの出向社員ね……?」

 いきなり敵意に満ち満ちた目つきで燎子はジェシカを睨んだ。ジェシカを含めて全員が只ならぬ雰囲気を醸し出し、美紀恵とミルドレットは燎子の背中に隠れた。

「そうヨ、隊長さん」

 一瞬にして部屋の空気が悪くなる。

「こっちでもあなた達は有名ヨ? 精霊の発生回数が一番多い地域で未だに一匹も精霊を狩れない無能集団ってネ」

「あぁ?」

 瞬く間に燎子の怒りが沸点に達した。折紙も燎子が大暴れしないか不安で、目の前の出向社員達より燎子の事が気になった。

「言い過ぎですよジェシカさん、見て下さいよ。後ろの彼女達はまだまだガキですよ」

 ジェシカの背後に立つそばかすが目立つ女が嘲るように言った。それに続いて何人も小馬鹿にした口調で燎子達を煽る。

「はぁ……」

 燎子は疲れたように溜め息を吐く。

「その顔を剥がれたくなかったら、失せろ」

 静かな口調だが燎子は鋭い眼光で威嚇した。さっきまで嘲笑っていたジェシカ以外の隊員達はピタリと笑いを止めて、額から汗を流す。

「まあ、仲良くやりましょう隊長さん。短い間だけド」

 ジェシカは隊員達を連れて部屋を出て行った。室内の緊張感が解かれて美紀恵はその場にへたり込んだ。

「日下部隊長、怖すぎですよ」

「自分でも良く抑えたと褒めたいわ。あの女、絶対にスクラップに変えてやる」

「日下部一尉、出向社員にはDEM社から権限が与えられているんだ。我々は逆らえない」

 塚本が諦めた口調で言うので燎子もこれ以上言っても無駄だと判断した。

「そもそも、アイツ等は強いんですか? 口先だけの奴に好き勝手されるなら私が排除しますよ」

「実力は分からないが、DEM社の魔導師(ウィザード)はみんな腕利きと聞いている。実力は間違いない筈だ」

 塚本の言葉は鵜呑みにはしなかったが、肝に銘じておくことにした。この時から既にジェシカ等に不穏な空気を感じ取れていたのは燎子と折紙だけだったのかもしれない。

 

 

 

 

 天央祭実行委員は土曜日にも学校に行かなくてはならない。士道は左右で休まず口喧嘩を繰り広げる十香と折紙の間に挟まれながら、嫌気が差した顔でトボトボと歩いていた。各学校の天央祭の実行委員を集めて今日は会議を開くのだが、会議を開けるだけの場所が無いので竜胆寺女学院の会議室を借りる事になった。

 竜胆寺女学院は天宮市屈指の名門校であり、名家の少女が数多く通う学校で、敷地面積も来禅高校とは天と地の差だ。物々しい外観は西洋の城を連想させる。赤レンガや鉄の柵を利用して造られ、日本とは思えない世界観を構築していた。

 竜胆寺女学院へと足を踏み入れた士道と以下二名は会議を執り行う場をメモを見て確認した。

「第二会議室ねぇ……」

 学校が広いので迷いそうになるが、土曜日に学校に来ている生徒の殆どは実行委員として来ている。その生徒について行き、無事に第二会議室へと到着した。早く天央祭が終わらないか、と願う士道はボーっと会議室の前に置いてある黒板を眺めていた。

 チャイムが鳴って、会議室に竜胆寺の生徒がぞろぞろと入って来る。制服からも漂う気品と優雅さ、その生徒達の列の先頭に立つ少女を見て士道は息を呑んだ。

 忘れようにも忘れられない。その少女は間違いなく“ディーヴァ”誘宵美九だった。

 会議が終了すると美九は会議室から出て行ってしまい、後を追えなくなった。折紙はこれからASTの仕事があるらしく、帰って行き、士道と十香は一度自宅に戻った。昼からは天央祭会場に向かう予定がある。

 昼食を作ってやった後直ぐに士道は、フラクシナスへ呼ばれた。琴里が美九に関する情報を掴んだそうだ。

 十香と四糸乃はテレビを見ているので放っておいても大丈夫と判断して、士道はフラクシナスに移動すると艦橋のドアが開き、迎え入れられた。

「美九に関してわかったのか?」

「まあね」

 艦長席に座る琴里は自信あり気に言った。

「中津川」

「はい、美九たんの秘蔵のライブ映像があるんで流しますね」

 スクリーンに画質は悪いが美九の映像が映し出された。ただのライブ映像にしか見えないが、士道は瞬時に異変に気がついた。

「あれ? 観客さ……男が一人もいないような……」

「良く気がつきましたね、士道くん! 美九たんは重度の男嫌い! 更に更にライブの後にお気に入りの女の子をお持ち帰りしたらしいですよ~!」

「おっぷ……」

「つまり! 誘宵美九は女の子大好きのスーパー百合っ子ってわけよ!」

「え~……それじゃあどうしようも無いじゃんか!」

「この際だからちょん切る? ぎっちょんちょんする?」

 琴里はハサミを取り出して見せた。

「するか! まだ使ってもないんだからな!」

「使う機会なんてあるのかしらねぇ……」

「い、いつかは……」

「ハッ! でも安心しなさい士道! 私にいい考えがある!」

「いい考え?」

 士道はその内容は聞く前に両腕を箕輪と椎崎にがっしりと掴まれて連れて行かれる。

「ちょっと待って! これからどうするんだぁぁ!」

「頑張ってね、おねーちゃん!」

「俺は絶対に切らないからなぁぁ!」

 一時間程か、士道がどこかへと連れて行かれてようやく戻って来ると士道の格好は士道ではなくなっていた。来禅高校の女子の制服に身を包み、頭にはカツラが乗っていた。その容姿は士道には見えず、普通の女の子同然であった。

「おぉ~」

 あまりの完成度の高さから男のクルーから歓声が上がった。琴里や令音も異常なまでに似合っている士道の女装に驚きを隠せない。

「っ……!」

 しかし、士道は複雑な気持ちだ。男で女装が似合うというのがとても複雑な気持ちだ。それに鏡を見れば、その顔はかつて士道から分離した女性人格、士織と瓜二つの顔だ。

「う~ん……これは……」

「何だよ」

 絆創膏形の変声機を首に付けているので声まで女性らしくなった。

「シンに女性の人格が反映された理由がなんとなくだが分かった気がしたんでね」

「じゃあ俺じゃなくて士織の方にやらせれば……」

「あれはシンの性欲の権化だ。何をしでかすか分からない」

「それじゃあ士道、早速だけで美九に接近するわよ!」

「うん……分かった」

 女装に乗り気ではない士道は口ごもったような返事をして、美九のいる天央祭会場へと転送された。

 フラクシナスから広い会場へ一瞬のうちに移動して士道は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。もし女装がバレたら変態野郎の烙印が押されるのは間違いない。そんな不安を抱えながら士道は天央祭会場を琴里の指示を聞きながら歩いた。

 何度から女子生徒や男子生徒とすれ違ったが変な顔はされずに済み、天央祭で使用するセントラルステージに向かっていた。 その最中、士道に声をかける者がいた。

「あれ? 来禅高校の制服だけどみたい顔だね」

 士道は足を止めて恐る恐る振り返った。するとそこには仲良しトリオの亜衣麻衣美衣の三人と更に十香もいた。

「実行委員の山吹さんに葉桜さんに藤袴さんですよね?」

「なぬ!?」

「どうしてそれを!?」

「敵国のスパイか!」

「い、いえ五河くんが用事で来れなくなったので代わりに私が来たんですが……」

「ンだと!? あの野郎逃げやがったな!」

「よし、焼こう!」

「次会ったら真っ二つにしてくれる!」

 目の前に士道がいるのだが三人は気がつかない。クラスメートの目も欺けるのなら安心だと士道はホッと胸をなで下ろした。

「シドー? 何をしておるの――」

 十香に一瞬で見破られてしまい士道は慌てて口を押さえたて静かにさせた。

「十香、深い事情があるんだ。悪いけど合わせくれ」

「深い事実だな? なら仕方ない。ではよろしいだぞ! シドーではない奴よ!」

「そう言えばなんだけど……あなたは誰なのかな?」

 亜衣が質問を投げかけた。

「えっと……私は……五河しど美……じゃなくて士織です。士道くんの従姉妹です」

「へぇ~従姉妹なんていたんだね」

「良く見ると五河くんに似ているような……」

「うんうん。でも実行委員を手伝ってくれるのはむしろ助かるで大歓迎だよ」

 従姉妹に疑問も持たず、すんなりと受け入れてくれた。

『士道、美九がセントラルステージから移動する前に早く接触しなさい』

「わかった。じゃあ、私はいろいろ仕事があるんでまた」

「うん、じゃあねー士織ちゃん!」

「五河くんには覚えてろって伝えてね!」

「またねー!」

 後々、士道として三人に会った時が恐ろしいが今は気にしてはいけない。士道は美九のいるセントラルステージへ急ぎ足で向かった。スカートというひらひらした走りにくい物の所為で普段通り走れずに不自由していたが、なんとかセントラルステージへ到着した。

 流石に広い。昨日の天宮ホールの倍はある広さだ。そのステージの中央に美九は立っていた。音楽も観客もいないが、美九がそこに立っているだけで十分過ぎる存在感を出していた。舞台裏で士道は呼吸を整えて琴里にもう一度確認した。

「本当に美九は男嫌いで良いんだよな?」

『それは間違いないわ。ただし“士織ちゃん”が彼女のお眼鏡に適うかは分からないわよ』

「失敗したら?」

『失敗してから考えるわ』

「ってことは……何も考えてないってことか!?」

 失敗しない事を祈り、士道は意を決してステージの美九へ声をかけた。

「や、やあ君」

「ん……?」

 ステージに立っていた美九は急に現れた少女をジッと見た。一瞬だけ険しい表情になったが、士道を女と勘違いした美九は笑顔になって応えた。

「あらぁ? どうしたんですか? 私のファンの方ですか?」

「う、うん……そんな所」

 機嫌値は良好、士道に敵意は感じていない。

「その制服、来禅ですよね? ここは立ち入り禁止の筈ですけどぉ~?」

「あ……そうなんだ……ごめん、気がつかなくて」

 美九はニッコリと笑って士道へ近付くとちょんと指で士道の唇を押さえた。

「私も入っちゃダメなんですけどね。私はステージが好きなんです」

 美九は観客席の方を向いて手を広げると天を仰ぐ。

「ステージに立っていると、私がこの世界の中心にいる。そんな感覚して……。あ、ここにいたのは二人だけの秘密ですよ? えっと……」

「士織。五河士織だ」

「士織さんですね。私は誘宵美九です。美九って呼び捨てで良いですよ」

「よろしく美九」

 二人は握手を交わす。

 美九の機嫌値は更に上昇して行き、士織を友好的に見ていた。まずは接触完了だ。このまま好感度を上げて行けば封印も簡単だろう。その時、士道の頭で一つの疑問が浮かび上がった。

「なあ、琴里。もし美九に男ってバレたらどうなる?」

『……。チョッキンかな?』

「おぉい!」

『わかったわ、それはちゃんと考えておくから!』

「士織さんどうしたんですか? 一人でぶつぶつ?」

「あ……いや、何でもない。じゃあ俺は失礼するよ」

「俺?」

 普段の感覚でいつもの一人称を使ってしまった。

「あ……これは……」

「珍しいですね! 女の子で俺だなんて」

 都合良く、美九はそう解釈してくれた。士道はこれ以上のボロが出ないうちに退散しようとすると、床に置いてあったセットに足を引っ掛けて転んでしまった。

「だ、大丈夫ですか士織さん!」

「イテテ……。大丈夫だよ」

「血が出ていますよ」

 転んだ時に擦りむいて手の甲から血が出ている。美九はポケットからハンカチを出すと士道の手に巻いた。

「応急処置です」

「ありがとう……美九」

「ふふ……ではまた会いましょう士織さん」

 美九は手を振ってステージを後にした。士道は美九の笑顔に少しドキッとしていた。

 

 

 

 

 美九を封印した後に男とバレたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。琴里は直ぐに対策を考えたが、名案はなかった。

「どうしようかな……」

 珍しくオートボットの基地にいる琴里、その理由はオプティマス達にも何か案はないかと聞きに来たのだ。「同性愛か……」

 オプティマスは困ったように俯いた。

「トランスフォーマーにも同性愛ってあるの?」

「あるとも、私は見ていないがね」

「そうなんだ。美九は男嫌いだから士道がそのまま接近したらダメだし、封印したらした後がややこしいし!」

「お題は同性愛を元に戻すで考えてみるとしようか、諸君はどうだ何か良い考えはあるか?」

 基地に残っているパーセプター、ワーパス、グリムロックに名案を求めた。

「こんなのはどうでしょうか。今、私は性格改変装置を作っているんですがね。ディセプティコンの連中をオートボットに変える物なんですよ。それをその誘宵美九に試してみるのは?」

「プログラムから書き換えるか……なるほど」

「何がなるほどよ! それは外道過ぎよダメダメ!」

「じゃあよ! 思いっ切り頭をぶっ叩いて記憶を飛ばすってのはどうだ? それなら同性愛も綺麗に忘れられるぜ! ハッハー!」

「あの、出来る限り乱暴な真似は無しで」

 ワーパスの意見も却下されてしまった。

「俺、グリムロック。そもそも何で男嫌いになったんだ?」

「うーん……確かにね。そこが謎なのよね。生まれつきか、何か原因があるのか」

「男、グリムロック。原因、聞き出して治してあげれば良い!」

「珍しく冴えてるじゃないかグリムロック」

「ホントね、驚きだわ」

「いや~照れるなぁ~」

 グリムロックは小さな手で頭をかいて照れくさそうにした。

「じゃあ月曜日にさっそく士道にもう一度美九に接近させて見るわ」

 男嫌いになった原因、そこを知り、もしその傷を癒やしてあげれば封印の糸口は掴める。恐らくそこが唯一の活路だろう。

 

 

 

 

 放課後、授業が終了して士道はトイレに隠れると士織にトランスフォームすると男子トイレから飛び出した。その時に殿町と目が合ったが向こうは士道が女装しているなど気付きもしなかった。元の素材も良いが、士道の化粧技術も相まって寸分の疑いものない女子生徒に仕上げていた。

 士道自身、なんだか悲しくなって来る。男に生まれてこんな短期的に化粧が上手くなるなど思いもしなかった。

 学校をいち早く出ると士道はインカムを耳に装着して琴里の声を確認する。手順は聞いている。美九の過去を探り、過去に傷があるのならそれを治す。

「美九はまだ帰ってないんだな?」

 スカートと言う事など気にせずに士道は竜胆寺に向かって全力で走る。

『ええ、美九はまだ学園の中よ。美九はお気に入りの女の子を集めてお茶会に行くのが習慣よ。学園を出て来たら声をかけて』

「了解」

 竜胆寺女学院の外観にはいつも圧倒されてしまう。士道は学校の壁に背中を預けて待っていた。

『士道、美九が出て来たわ』

「わかった」

 士道は美九とその取り巻きの女子達の一団が校門から出て来ると声をかけた。

「あの……」

「……? 何ですかあなた? これから私達は美九様と楽しいお茶会があるんです」

「用件なら手短にお願いしますよ」

「あ、うん」

 士道は口ごもりながらポケットに入っている一昨日にハンカチを出した。

「あらぁ? あなたは士織さん。また会えて嬉しいですぅ」

「美九様、この方とお知り合いですか?」

「ええ、少しね。すいませんが、皆さん今日は“帰って”くれますか?」

 美九の声が一瞬、脳裏に反響した。とろけるような甘い声に従うように女子達は文句を一つも言わずに帰ってしまった。

「さ、士織さん。私の部屋がありますんでそこでお茶でもしましょうよ」

「そうだね」

 名門校だけあって内装も素晴らしい。この間は会議室と廊下しか見ていなかったので詳しい内装は見れていなかった。美九に案内された生徒会室は士道の知っている生徒会室の内装ではなかった。

 まず天井からシャンデリアがぶら下がっている時点で住む世界が違うのだろうと感じていた所だ。高級感のあるソファーに腰掛けて士道は緊張した様子で下を向いていた。

 美九はもてなす為に紅茶を淹れてくれた。

「あの……良いのか? あの子達、君とのお茶会を楽しみにしていたみたいだし」

「大丈夫ですよ。みんな私の事が大好きですし」

 士道は悪い事をしたな、と思いながら美九の淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。

「あ、美味しい」

「ふふっ、良かったです」

 士道の口に合い、美九は微笑んだ。

 まずは美九と打ち解けるべく士道は純粋に会話を楽しんだ。話しをすればするだけ誘宵美九という子に好感を持ち始めていた。

 会話も弾み、美九の好感度はもはや封印可能の域にまで達していた。しかし、ここで封印しても士道が男とバレたら全て水の泡だ。士道はそのまま会話を続けた。

 美九と話すのは本当に楽しいと思えた。その所為で時間が過ぎるのが異常に早く感じたし、気がつけば夕日が山に隠れようとしていた。

 そろそろお茶会もお開きになろうとした所で美九は椅子から立ち上がり、パンッと手を叩いた。

「あぁ~士織さん、私、あなたを物凄く気に入っちゃいました。明日からこの学校に転校して下さい!」

「え、はは、それは出来ないよ」

「学費面なら私が援助しますよぉ?」

「俺はあの学校、結構好きだし」

 立ち上がった美九はゆっくりと士道に迫り、そっと耳元で囁いた。

「“お願い”です」

 さっきと似た感覚だ。脳裏で声が反響する感覚、しかし、今回はその揺さぶり方が大きかった。

「だからダメだって、俺はあの学校の生徒だから」

 美九は目元をピクリと動かした。

「私の声、効かないんですね。あなた、何者ですぅ? 大方、魔導師(ウィザード)の人でしょ? ただの人間に私の声が効かない筈ないですから」

 声、効かない、この二つのワードとさっきの経験から美九の能力が予想出来た。

「待ってくれ美九、俺は魔導師(ウィザード)なんかじゃない」

 美九は少しうんざりしたようにため息を吐いた。

「悲しいですよ士織さん、私に嘘だなんて」

「嘘じゃない」

『士道、危険な賭けだけと美九に正直に言いましょう』

「わかった。美九、間違いなく俺は魔導師(ウィザード)じゃない。でも、ただの人間でもない」

 美九は驚いたように顔を上げた。プライマスがどうのと言っても分からないだろうから士道は簡単に説明した。

「昔から俺には精霊の力を封印する力があった。俺は既に五人の精霊を封印している」

 美九は興味深そうに士道を見る。

「精霊を封印……ですか?」

「そうだ」

「私以外にも精霊がいたんですねぇ」

「そうなんだ。みんな良い奴でな。美九も力を封印すればASTに狙われる心配も無い。安心して過ごせるんだ」

「それは素晴らしいですね、私も私以外の精霊と会うのは凄く楽しみですぅ」

「だろだろ?」

「でも、封印は結構ですよ」

「え……?」

「だって、私は今で何も不自由してませんもの。ASTに狙われたら簡単に追い払えますしぃ~」

「ASTと戦ったら被害が出る。シェルターがあるからって住民が助かる保証は無いんだ。それに空間震を起こしてしまったらお前の友達に危険が迫るんだ」

「あぁ~そうですねー。お気に入りの女の子達が死ぬのは困りますねー」

「そうだろ? だから力を――」

「でも、死んだら代わりがいますし」

「は?」

 美九が一瞬何を言ったのか理解出来なかった。士道は素っ頓狂な声を出してしまった。

「みんな私の事が大好きですから。お友達の代わりは直ぐに見つかりますよぉー」

「何を言って……」

「私の事が大好きな子達は私の為に死ねるんですから本望ですよねー」

 士道の表情に見る見るうちに怒りの色が現れて来る。

「いつ死ぬか分からないしぃーお気に入りは多めにストックしておく必要――」

「黙れ」

 士道は力一杯に拳をテーブルに叩き付けながら立ち上がった。

「自分が好きだから死ぬのが本望だって? 笑わせるな!」

 面と向かって怒鳴られたのは初めての経験だったのだろう。美九は驚きを隠せない顔で士道を見返した。

「お前が人気者で全てがお前を肯定しても――」

『士道落ち着きなさい!』

 琴里が止めに入ったが士道はもはや止まらない。

「俺はお前を否定する!」

 見事に啖呵を切った。美九は驚きを超えた新鮮さに口の端を吊り上げて不敵に笑う。

「初めてですよぉ私にそこまで言った人は。逆に興奮しますねぇ、あなたが私の事を大好きって言うまでグチャグチャにいじめてあげますよぉ」

「随分と余裕だな、おい」

「否定するのは構いませんが、あなたは私の力を封印したいんでしょ~?」

 それを言われると弱い。

 威勢良く言い放ったが士道は後の事は何も考えていなかった。

「あ、士織さん一つ勝負しませんか?」

「勝負だって?」

「はいー。天央祭の一日目で私の学校とあなたの学校でどちらが高得点を取れるか勝負するんです。私が負けたら力を封印しても構いません。あなたが負けたらあなたとあなたが封印した精霊さんは私の物になってもらいます」

「……。そもそもどうして一日目何だ?」

 士道は質問してからすぐに美九の意図を理解した。一日目には音楽部門が存在する。亜衣達がバンドを組み、参加する音楽部門だ。

「まさかお前……!」

「分かっちゃいました? 久々にステージに出るんです。華々しくやりたいですね」

 美九は音楽部門に参加するのだ。つまりそれは完全に美九の土俵で戦う事になる。

「そんな……それじゃあそっちが有利過ぎるじゃないか!」

「えへへ、そもそも勝負してあげる事自体が特別なんですよー。文句は言えないんじゃないですかぁ~? まあ、私の一位は揺るぎませんけど。もし私が一位じゃなかったらその時も力を封印しても良いですよ~」

 かなりの大胆発言だ。それだけの自信が美九にはあるという事だろう。確かに音楽は美九の専売特許、霊力を帯びた声にかかれば一人残らず虜になるだろう。

 圧倒的に不利だが士道にやる以外の選択肢は無かった。

 

 

 

 

「んで? 何か弁明があるなら聞いてあげるわよ」

 オートボット基地に用意された椅子に座り、琴里は足を組んでいる。その足下で正座をして何も言えないのは女装を解いた士道がいた。

「バカやってくれたわね。あのままなら次からの接触が楽になったのに」

「悪い……。それより美九の好感度は?」

「意外にも下がってないわ。それより勝算はあるのかしら?」

「……」

 士道が無言で返すと琴里は呆れたように俯いた。

「士道、話は聞いたぞ」

「オプティマス……?」

 士道が振り向くとオートボット達もオプティマスの方を向いた。

「あの誘宵美九を一位にしなければ良いんだな?」

 オプティマスが問うと琴里は慌てたように椅子から飛び上がった。

「オプティマス! 乱暴はダメだからね!」

「人間を傷付けるつもりはない」

 オプティマスも美九に負けないくらいに自信たっぷりに士道と琴里に向かって言った。

「私にいい考えがある」

 果たして、オプティマスの作戦は功を奏するのか!?



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21話 破軍歌姫(イカレサウンド)

 日下部燎子は激怒した。

 それはもうかつてない程にだ。この力を利用すればジェシカを血祭りに上げれるくらいだ。しかし、実力で勝ろうとも組織にいる以上は権力に勝つのは難しい。燎子は渡された資料を机に叩き付け、机を真っ二つに叩き折った。

「あんた等正気?」

 会議室は騒然となり、燎子の部下の隊員があたふたしている。ジェシカは驚く素振りも見せずに淡々とした口調で言った。

「正気よ」

 床に散らばった資料を拾い集め、燎子は椅子に座り直した。ジェシカから配布された資料には“プリンセス”の捕縛計画が書かれてある。夜刀神十香という生徒が精霊の可能性があるとしたら、確かに調査も必要だし捕縛する事に疑問は無い。だが、問題はその後に書かれている内容だ。

 捕縛対象に五河士道も入っている事だ。燎子は士道が折紙の彼氏であるという事を知っていたし、折紙の見舞いの帰りにすれ違いで顔を一度見ている。紛れもない一般人が捕縛対象に入っているのが、燎子には理解出来なかった。

「プリンセスの捕縛はまだしもどうして一般人が入っているのか説明してくれるかしら?」

「私達にハ使命があるノ。それをあなた達に言う必要はないワ」

「使命ですって?」

「首を突っ込まない方が身のためヨ」

「じゃあもう一つ、作戦領域が天央祭会場ってどういう事? 顕現装置(リアライザ)は秘匿情報よ。それを公衆の面前でお披露目なんてどうかしてるわ」

 加えて、作戦開始日はなんと天央祭の一日目なのだ。そこで精霊とASTが交戦すれば民間人に被害が行くのは確定だ。そもそもASTは影の存在、一般人に見られてはいけないのだ。

「あなた達は詳しい事を知らなくても良いノ。これは私達だけの任務だから」

「そんな言い分が許されるとでも?」

「許されるのヨ。日下部一尉、この事は極秘よ。特に鳶一折紙一曹にはネ。彼女は何をしでかすか分からないからネ」

 燎子に有無を言わさずにジェシカは会議を終わらせて、部下達を引き連れて出て行く。

 燎子の心は既に決まっていた。理不尽に耐えるのは御免だ。理不尽に立ち向かう。それが目的だ。そして住民を理不尽な暴力が守る、それが使命だ。会議室に取り残された燎子は渡されていた資料を破り捨てて出て行った。

 

 

 

 士道が美九に勝てなければ今まで封印された精霊は美九の物になる。そして、美九が士道に負けるか、一位を取れなければ精霊を封印させる。条件はかなり不利に仕上がっている。一位を取れなければ封印、という条件はかなり大きいが美九から音楽で一位をもぎ取れる物など簡単には現れないだろう。

 それでも戦わなくては勝利は来ない。

 ちなみにオプティマスはいい考えの内容を教えてはくれなかった。しつこく聞いたが、それでもダメだと跳ね返されてしまった。一体何を考えているのか気になるが、オプティマスの事を信用して士道も琴里も不安はなかった。

 さて、美九と勝負をするにはまずチームが必要だ。残念ながら士道の歌は可もなく不可もなく、と言った果てしなく普通の歌声だ。実行委員に参加する際は普通に女装して出て行く事になった士道は、バンドを組んでいる亜衣麻衣美衣トリオに無理を承知で頼み込んだ。

「誘宵美九と音楽対決をしたぁ!?」

 三人は事の顛末を聞くと目を丸くして声を揃えて叫んだ。

「うん……本当に無理かもしれないんだけど頼めるのが皆さんしかいなくて……!」

「引き受けた!」

 またもや三人声を揃えて今度は親指を突き立ててポーズも同じだ。

「え、良いんですか?」

「あの美九を倒す我等の念願を今、果たす絶好の機会!」

「それに士織ちゃんの貞操を守る為に一肌脱いであげなきゃね」

「うんうん!」

「おぉーシドーではない奴よここにいたのだな!」

 いろいろ腕に荷物を持っていた十香と折紙が士道とトリオを見付けて走り寄る。

「あ、十香ちゃんに鳶一さん。聞いてよ士織ちゃんがさ~何か一日目の音楽部門で優勝しなきゃ貞操が危ないんだってさー」

 亜衣が躊躇いなく話した途端、折紙は手に持っていた脚立をぐにゃりとひしゃげさせた。

「テイソー? 何だそれは?」

 十香には難しい単語だったらしい。

「まあ士織の身が危ないって考えてちょーだい」

「何っ!? 誰に狙われているのだ! さては鳶一折紙、貴様だな!」

 折紙が士道の貞操を狙っていると聞いても何も違和感を感じない。

「違うんだ十香、誘宵美九に……ちょっとね」

 バレた物は仕方がない。十香と折紙にも美九との対決に関して話す事にした。十香は三回話してようやく理解してくれた。話を聞いた後の折紙の全身からは恐ろしい程に闘争心が漲っている。

「士織の純潔は私の物……。泥棒猫には渡さない……。八つ裂きにする……」

 ぶつぶつと折紙が美九に対する敵意を漏らしていた。

「鳶一さんって女の子もいけたっけ?」

「さぁ? 五河性なら誰でも良いとか?」

「DNA狙いかもねー」

 ひそひそと三人は折紙に対して疑問の言葉を並べた。

「なあなあシドーではない奴、私は何の楽器を使えば良いのだ?」

「十香は何か楽器は出来たっけ?」

「ないぞ! そうだな……私はあのどんどこやる奴が良いぞ!」

「どんどこ?」

 十香が指差した先にはドラムがある。

「ドラムか……。でもなドラムはもう役が決まっているんだ」

「そんな……ドラムゥ……」

 楽器が一朝一夕で出来る程、簡単ではない。

「十香ちゃん十香ちゃん、はいコレ」

 亜衣が渡した物、それはタンバリンだ。どうしてか、タンバリンを見た途端に十香は頭に電撃が走り、何かを察した。

「タンバリンという楽器界の王様を十香ちゃんに託す」

「ほ、本当か?」

「もちのろん」

 タンバリンが楽器界の王様など聞いた事も無いが、嘘も方便と言う。この状況をスムーズに進める為に亜衣は良くやってくれた。

「で、鳶一さんは楽器弾ける?」

 麻衣の問いに折紙は無言で頷いた。

「平気、当日までに完璧にしてくる」

 全員、何となくだが折紙ならやってくれるだろうと確信出来た。

「じゃあボーカルなんだけど……士織ちゃんは歌はどう?」

「え……歌は……普通くらいです。一応ギターは弾けます」

 ギターには苦い思い出しかない。

「ボーカルがやっぱり問題よねー。いつもは三人の誰かが歌ってたんだけどあの誘宵美九を相手にするならもっと強力な戦力が――」

 亜衣が言い終わる前に折紙がスッとマイクとスピーカーにスイッチを入れた。

「鳶一さん……?」

 スピーカーから音楽が流れたと同時に折紙は歌い出した。

 固まってしまった表情から想像も出来ないくらいに表現力が豊かで普段たからのギャップもあってか、そこにいた全員が折紙の歌に聴き入ってしまった。

 歌が終わると同時に盛大な拍手が起こり、亜衣や士道は勝利の可能性を見た気がした。

「鳶一さん凄い! あの歌声なら優勝もイケるかもしんないよ!」

「だねー!」

「勝利は我に!」

 士道もこれだけ多くの仲間に支えられ、嬉しく思える。心強い彼女達となら優勝を目指せると思えた。

 本日の実行委員としての仕事が終わって士道は天央祭の会場から出るとビークルモードのジャズが待っていた。こうしていつも送り迎えをしてくれて士道は感謝していた。

 士道の護衛がオートボットの最優先事項となり、ジャズはいつも以上に目を光らせて見ている。車に入ると直ぐにカツラを取って喉に張ってある絆創膏形の変声機を剥がした。

「はぁ……。女装は疲れるな」

「そうだシドー、お前がその格好をしている時はなんと呼べば良いのだ? シドーではない奴は呼びにくいぞ」

「士織で良いよ」

「士織だな、わかったぞ」

「だんだん女装が板に付いて来たね」

 エンジンをかけて動き出すジャズはからかうように言った。士道も女装に早くも慣れを感じているのが複雑な所だ。

「やめてくれよ、ジャズ。なんつーか……辛い……」

「良いじゃないか、良く似合っているよ」

「誉められても素直に喜べないって」

「天央祭はもう直ぐだね士道。ところで音楽対決はどうだ?」

「ああ、順調かな。折紙がスゲェ歌が上手いんだ」

「ほう、彼女が? 意外だね」

 学校での出来事を話すとジャズは嬉々として聞いてくれる。ジャズは人間の学校という物に興味があるのだ。ワーパスやアイアンハイドが十香等と入れ替わった時も密かに羨ましく思っていた。

 人間の文化をもっと肌で感じたいのだ。

「なあジャズ、一つ聞いても良いか?」

「何だい? 私の答えられる範囲ならどうぞ」

「オプティマスの作戦って一体何なんだ? みんな答えてくれなくてさ」

「士道、悪いがそれは私からも言えない」

「どうしてだよ!」

「わかってくれ、美九の霊力を封印する為なんだ」

 オートボットは誰も答えてはくれなかった。グリムロックに聞いたが、まともな解答は返って来なかった。他のメンバーもこうして話をしてくれないのだ。味方にも隠さなくてはいけない内容、士道は変な深読みをしてしまう。

「言えないなら良いよ。仕方がない」

「ありがとう士道」

 天央祭の事から話題を変える。後部座席では十香が美衣からもらった使わなくなったバチを振り回して遊んでいる。

「ジャズ、美九はさ……こう、人の命を軽く見ているんだ。やっぱり何か原因があるのかな?」

「原因か……。時崎狂三は最初からイカレた女だったけどね。あの子はどうかな」

「何で男をあそこまで嫌うんだろうな」

「嫌う理由は間違いなくある筈さ。その原因は君が聞き出さないとね。人間は素晴らしい生き物なんだけどな……。現に私の親友は人間だよ、士道」

「ジャズ……。何かむず痒いな」

「そう言えば君はあまり学校に友達らしい友達が居ないね」

「うっ……」

 反論が出来なかった。殿町は確かに友達だが学校以外で遊びに行く事が無い。むしろどこか出掛けるならジャズと一緒にいる方が多い。

「俺……友達少ないのか……」

「関わりは多いけど、あまり男友達の話はしないね君は」

 ぐうの音も出ない。親友らしい親友がトランスフォーマーだけで士道に好意を寄せているのは精霊、士道はなかなか人外に好かれる傾向があるようだ。

 

 

 

 

 ASTの整備室にはあらゆるCR-ユニットが並び、整備士達はいつも以上に気合いを入れてメンテナンスに当たっていた。DEM社の出向社員が来ているのは知っているし、それによって格納庫や整備室には見たこともないワイヤリングスーツやCR-ユニットがズラリと並んでいた。基地内には活気に満ちている。折紙は、作業衣を着たミルドレットを呼び止めた。

「ミリィ」

「はいはい、何ですかオリガミ!」

「近々、何か大規模な作戦でもあるの?」

 基地内の雰囲気は作戦前のような空気だ。 折紙は肌で普段とは違う異変を感じていた。折紙に聞かれるとミルドレットは目を丸くして大げさに驚いて見せた。

「オリガミまさか聞いてないんですか?」

 整備士のミルドレットが聞いて隊員の折紙には何も聞かされていない。この状況に不信感を覚えた。

「何を? 私は何も聞いていない」

「近々行われる第三部隊――」

「待ちなさイ」

 ミルドレットが話しかけた所でジェシカが話を遮った。

「これ以上話す事は許さないワ」

 ミルドレットも一応はDEMの関係者、ジェシカの方が立場的に上である為、逆らう事が出来なかった。

「ジェシカ・ベイリー、あなた達第三部隊は何をする気?」

「あなたが知る必要はないノ。あなたは見てなサイ」

 当然、ジェシカも折紙に作戦の話をしたりはしないし、ヒントを与えるような事も話さない。去り際にミルドレットに高圧的に口止めをしてからジェシカは行ってしまった。

「すいません、オリガミ」

 ミルドレットは両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。折紙はそれ以上は問い詰めなかった。他の隊員に聞こうと基地を歩き回るが、他の顔馴染みの隊員も揃って口を噤み、折紙を避けるようにして歩くのだ。

 折紙を慕う美紀恵でさえもだ。

 全く状況が理解出来ない折紙は気分が悪く、自然と険しい表情になっている。味方内でも情報が遮断されており、折紙には天央祭会場に部隊が突入する話は入って来ないのだ。

 ロッカールームに入っていつものように訓練に励もうとすると中には燎子が着替えていた。恐らく、燎子も話さないだろうと諦めて考えた折紙はそのままワイヤリングスーツに着替えていた。

「はぁ~。あーあ、あの外国人部隊ったら好き勝手やって腹立つわねー、ちょっと独り言でも行っちゃおうかなー」

「……?」

 そう言って燎子はロッカーに仕掛けられてあったジェシカの盗聴器を指で握りつぶした。ベンチを見れば同様の機械が潰れた姿で放置されていた。

「天央祭当日、“プリンセス”の疑いのある夜刀神十香の捕縛作戦が決行される。作戦領域は天宮スクエア天央祭会場。更に捕縛対象に一般人の五河士道も加わっている」

 つらつらと極秘任務を折紙に話した。

「――!?」

「仕事がダルすぎて、第二倉庫の鍵とか閉め忘れそーだわー」

 燎子は折紙にすれ違う際にポンと肩を叩いて小声で呟いた。

「頼んだわよ折紙」

 天央祭会場での戦闘はなんとしても避けるべきだ。しかし、それ以上に折紙は士道を守るという使命に頭が一杯になっていた。今、動けるのは折紙以外にいないし、第三部隊を止められるのも折紙だけである。

 

 

 

 遂に天央祭が開催してこれが終われば長かった実行委員の仕事からも解放される。士道にすれば実行委員より厳しい激務が残っている。美九の封印だ。

 例によって士道は女装でメイド喫茶をしていた。十香や八舞姉妹もメイド服を着て接客をしており、殿町の読み通りの大盛況を呼んでいた。不安なのが、折紙がまだ来ていないという事だ。

 更に不安なのが、士道の女装が他校の男子や一般の男性にかなり人気が出ている事だ。男性に敏感な美九の目さえごまかせたのだから士道の正体を見抜けるのは事情を知っている者くらいだ。

 士道は長いスカートに歩きにくさを覚えながらオーダーを取っていた。

「やあ士織ちゃん! 五河の野郎の代わりに君が来てくれたお陰ですんごい助かってるよ!」

 殿町がやらしい目つきで士道を見回した。

「は、はぁ……ありがとうございます。殿町……くん」

 普段は呼び捨てなのだが今はくんを付けて呼ぶのが違和感があってしょうがない。

「あまりの大盛況ぶりにこの店だけじゃあお客が回らないからさ~外にも椅子とテーブルを出したんだ。悪いけどそっちも頼むよ」

「はい……」

 士道自身は言葉にしようのないこの状況に悩んでいるだけなのだが、他人から見たら気弱な性格に映り、男性の心を揺さぶるのだ。

「士織ちゃーん! 外のお客さんお願ーい!」

 クラスの生徒に呼ばれて士道は店の外へと出て行く。広いスペースに点々と椅子とテーブルが配置されて、その一角に手を振っている二人が見えた。

 その二人は四糸乃と令音である。

「大盛況だねシン」

『ぷぷっ! メッチャ似合ってるよ士道くん!』

「士道さん……綺麗……です」

 誉められても素直に喜べない。それより四糸乃にまで見られて士道は逃げ出したい気分だ。

「俺も好きでやってるんじゃないんだけどな」

「そうだよ四糸乃、化粧の仕方や仕草がとても女性らしいがこれも嫌々なんだ。わかってあげてくれ」

「意味深に言わないで下さいよ!」

「お待たせ、四糸乃! 俺、グリムロック。紅茶持ってきた!」

 分かりやすい口調が背後から覆い被さるように迫り、士道は振り向くとそこには間違いなくグリムロックがいたのだ。

 エプロンを付けておぼんとティーカップを二つ乗せてだ。

『ありがとーグリムロック!』

 よしのんは気にせずに礼を言い、グリムロックは指でカップを掴んでテーブルに置いた。

「グリムロック! 何してるんだ!」

「俺、グリムロック。“きゅうじ”をしてる。この意味分からないな」

「きゅ、給仕?」

 巨大なティラノサウルスが歩き回っていると言うのにみんな気にしないで列に並んでいる。

「令音さん、大丈夫なんですか!?」

「どうだろうね、祭の感覚で正常な頭になっていないのかもね」

 いざとなればグリムロックは立ち止まって模型の振りをしたりして上手くごまかしているつもりでいた。グリムロックは相変わらず呑気な物だ。グリムロックがここにいるとオプティマス達の動向が気になるが、周辺を見回しても飛び抜けて大きな巨人の姿は確認出来なかった。

 以前、学校にやって来た時のような無茶はしなくて士道は一安心だ。

「士織ちゃん、疲れたでしょ? 少し休憩に行っても良いよ」

「ホントですか、ありがとう」

 朝から働きづめだった士道に労いの言葉をかけた生徒に礼を言ってから士道はメイド役を交代した。

 少し時間が出来たとしても、十香や耶倶矢、夕弦はガツガツ働いている。仕方なく一人で回ろうと歩き出した所で、人混みの中で狂三と思しき人物が見えたが、直ぐに消えてしまった。

「……? 気のせい……か」

 他人がたまたま狂三に見えたのかもしれない。士道はそう割り切って再び歩き出すと今度は、美九が士道に声をかけてきた。

「士織さん」

「美九……」

 警戒するような声色で士道は美九の名を口ずさみ、振り向いた。

「まあまぁ士織さんったらぁー、そんな警戒しないで下さいよぉー。一緒に回りましょうよぉ~」

「ああ、構わない。いつもの子等は?」

「どこかへ行かせてますぅー」

 士道に厳しい言葉を言われたが美九の好感度はあれから一向に低下してはいない。美九が士道を求める気持ちはより強くなってもいた。歪んだ精神が生んだ情愛は単なる支配欲に通じる物がある。

 険しい顔で美九と店を回っていると琴里から言葉が飛んで来た。

『顔が怖いわよ士道! 相手は一応、あんたを好いてるんだからもっとニッコリしなさい!』

「わ、わかった」

「士織さん、もしかして私と回るのが……楽しくないですかぁ?」

「いや……そんなんじゃないよ。ごめん」

「士織さん何かやりたいゲームなんかありません?」

 美九に尋ねられたが、気持ちが一杯でゲームなど何も考えていなかった。仕方なく、士道は適当に目がついた輪投げ屋をそっと指差した。

「あれが良いんですか? 何か取って欲しい物はありますぅ?」

「じゃああのうさぎのぬいぐるみで」

「はいー」

 輪投げなどした事が無い美九は輪を持つと下手くそなフォームで輪を投げる。

「あれぇ? おかしいですね。ほいっ、よっ!」

 気の抜けた声で輪を投げるのだが全て外れてしまう。

「士織さんー、全部外れちゃいました~」

「ま、取れない時の方が多いから気にすんなよ」

「すいませんー、あそこのぬいぐるみを“取って欲しい”んですけど」

 美九の声が心を揺さぶり、店番をしていた生徒は美九の言う通りにして士道が指差したぬいぐるみを手渡した。受け取ったぬいぐるみを美九はさっと士道に差し出して来る。

「どうぞー」

「ぬいぐるみを返してやるんだ美九」

「何でですぅ?」

「ちゃんとゲームに勝たないとフェアじゃないだろ」

「じゃあ勝てないとどうするんですかぁ~?」

「勝てないのは仕方がないだろ。第一、そんなやり方だったら店の人が困るだろ」

「別に私にもらってもらえるんですから店も嬉しい筈ですよぉ」

「だぁぁ、もう、分からず屋だな。そう言う考えがダメなんだよ。絶対に負かして封印してやるからな」

「ふふっ、是非とももがいて下さい。出られたらの話ですけど。そろそろ、私も時間が来ますんでそれでは」

 美九は可愛らしくウインクして走り去った。美九からもらったぬいぐるみはちゃんと店に返してから士道も音楽祭の準備を整える為に教室に向かう事にした。教室には楽器が揃い、十香がタンバリンを叩いている。折紙の姿だけは見られない、それどころか亜衣麻衣美衣トリオもまだ来ていないのだ。

「士織! 私の準備は万端だぞ!」

 メイド服は脱がずに楽しそうにタンバリンをバシバシと叩く姿に士道の表情が幾分か緩んだ。

「なあ折紙や他のみんなは?」

「ぬ? 見てないぞ」

 まずは折紙に電話をしてみたが、連絡がつかない。次に亜衣に電話をすると繋がった。

「あ、もしもし? 亜衣さん? 本番まで時間が無いんですけどどこにいるんですか?」

『あ~士織ちゃん? ごめん、あたし等出るのやめるわー』

「え!? そんな急に困りますよ! 第一皆さんやる気満々だったじゃないですか!」

『だってさー“お姉様”が出るなって言うんだからしょーがないよねー。ほんじゃねー』

 一方的に電話を切られてしまった。亜衣達は美九の声を聞いて下僕と化していた。まさかここまで妨害をして来るなど思ってもいなかった。士道は電話を力強く握り締めてどうするかを考えた。

「士織どうしたのだ?」

 異変に気付いた十香が士道の顔を覗き込む。

「亜衣達は出ないって」

「な、何故だ!? どうしたと言うのだ!」

「美九だ。アイツに操られているんだ」

「よぉーし、では私がその美九に亜衣達を解放するように話して来る!」

 話して来ると言った割には腕まくりをして拳をガツンとぶつける仕草をしている。

「ダメだ。もう時間が無い。美九のステージももう始まるんだ」

 この日まで頑張って来たと言うのにこんな形で最後を迎えるのは悔しい。それでも人数が足りないのなら辞退せざるを得ない。

「クハハハ! どうやら困り果てているようだな。我を救った時とは思えぬ顔だぞ士道よ」

「幻滅。あなたは最後の一人になっても倒れた人の骨を拾って突撃するような人間です」

 突如、メイド喫茶にいた筈の八舞姉妹が教室の出入り口で待っている。それも二人とも楽器を持ってだ。

「耶倶矢、夕弦……どうして?」

「困っているようだから我、颶風の御子が手を貸してやろうと言うのだ」

「助力。ヒーローは遅れてやって来るものです」

「助かるけどさ、二人とも楽器なんて出来るのか?」

 耶倶矢は笑って見せると自前のベースを軽く弾いて見せ、夕弦はドラムを叩いた。どちらもかなり完成度が高い。

「我等の勝負に音楽に携わる物がいくつかあったのだ。これくらい朝飯前よ!」

「楽勝。八舞は全てにおいて完璧です」

 緊急で二人が追加されてどうにかなったが問題はボーカルだ。士道は琴里に連絡を取る事にした。

「琴里、緊急事態なんだ」

『見てたわ。歌は負かせなさい。上手く会場に私が歌ったのを流すから。あんたは口パクで良いわよ』

「助かるよ――ってかお前が歌ったの!? 大丈夫か?」

『失礼ね! 私は歌が上手いって有名なのよ!?』

「うん……まあ上手いなら文句ないけどさ」

 即興だが、崩れかけたバンドはどうにかして再編成するに至った。楽器を運び、控え室に移動してから士道達は美九のステージを見に行った。

 客席は全て埋まり、みんな両手のライトを振って、美九への応援の言葉を投げかけていた。士道等は座って見る場所がなかった為、デッキで立って見る事にした。

 ステージが暗転したかと思うと、舞台の一部がライトアップされそこには美九が堂々と立つ。曲と演奏が始まって、歌い出す美九は確かに美しい。

 会場のボルテージは上がり、熱気に包まれていた。

「強敵だな……」

「くっくっく、この程度の声で我の神聖な脳を揺さぶれはせんぞ」

「驚愕。この上手さは予想外です。

 歌がしばらく続いていると唐突に音楽が止まってしまった。アクシデント発生に観客は戸惑いを隠せない。

『どうかしら士道?』

「琴里、やっぱお前の仕業か」

『ええ、さんざんシラケさせて不完全燃焼で終わらせてやるわ!』

 なかなか恐ろしい妹だと士道は痛感していた。

 その時である。

  止まっていた音楽が再び動き出し美九はくるりと回ると衣装から霊装へと変化を見せた。こんな大勢の前で霊装を展開するという大胆な行動に出たが、観客はみんな何かの演出だと勘違いしてヒートアップしていた。

「さぁ、皆さん。これから上げて行きますよ~!」

 美九は完璧なアイドルだ。士道がそれを痛い程に思い知らされた。

 

 

 

 

 第三部隊を率いるジェシカは悠々と空を走っていた。バンダースナッチに選りすぐりのメンバー、いくら精霊が相手でも負ける気はしなかった。ジェシカは、楽な任務になるだろうと余裕綽々と進む。

「隊長、未確認機体が接近しています!」

「未確認? 良いわ、バンダースナッチに撃墜させなさい」

 自衛隊の戦闘機の映像か何かと判断してジェシカはバンダースナッチを偵察用に雲の中に潜り込ませた。

 すると、雲の中で爆発が起こり雲を散り散りに引き裂き、白い装甲に包まれた見慣れない兵器が第三部隊の上空から降りて来た。

 ぴったりと張り付き、その純白の兵器はガトリング砲でバンダースナッチを粉々にして行く。

「何だこの金属の塊は!?」

「回避しなさイ!」

 ジェシカ達は散会して一度、攻撃から逃れて襲撃者の正体を確認した。

「あラ、あなたが出て来るなんてネ。鳶一折紙と“最強の欠陥機”ホワイト・リコリス……!」

「照準ロック」

 折紙は視界に入る第三部隊の全てにカーソルを合わせてロックオンする。背面のミサイルポットが開き、白い軌跡を描きながら垂直にミサイルが大量に飛び立つと各々が目標に向かって飛んで行った。

「かわしなさい! 相手は一人ヨ! 囲んで倒しなさイ!」

「了解――」

 一人が動こうとしたが、折紙の随意領域(テリトリー)に拘束されて動きが鈍くなる。その現象は部隊の何人かに発生し、折紙の放ったミサイルは確実に命中した。自由に動ける者には命中しなかったが、確実に人数を減らせた。

「鳶一折紙一曹、気でも狂ったのカ!? 私達は味方だぞ!」

「士道に危害を加えるあなた達は味方ではない!」

 ポットから次なるミサイルの雨が降り注ぎ、第三部隊の隊員を減らして行く。バンダースナッチを突っ込ませ、ジェシカ達はアサルトライフルを連射してホワイト・リコリスの随意領域(テリトリー)を削った。

 向かって来るバンダースナッチを折紙は大型のレーザーブレードで追い払い、的確な射撃で撃墜して行った。空に無数の爆発が起き、レーザーやミサイルが激しく飛び交った。

 DEMのイカレた思考が作り上げた狂気の産物であるホワイト・リコリスをジェシカに止めるすべはない。

「くそっ、援軍ヨ! 今すぐに出動しなさイ!」

 予想外の戦闘力を発揮するホワイト・リコリスにジェシカは苦虫を噛み潰したような顔をして通信機に向かって叫んだ。しかし、そこから返って来る返事は間の抜けた声だった。

『はい、こちらはASTサービスです。ご用件は何でしょう?』

「今すぐ! 援軍を要請するワ! 早くしなさイ!」

『援軍の要請の前にID番号とパスワードをお願いします』

「IDとパスワード!? こっちは緊急事態ヨ! そんなの良いから早くしてよ」

『IDとパスワードをお願いします』

 通信機越しで計器に両足を乗せてくつろいでいる燎子は気分が良かった。鼻を摘んで声をかけただけでバレないのだら簡単なものだ。

 ジェシカは直ぐに近くの隊員にまで飛んで行き、IDカードを持っていないか聞いた。

「あなた! IDカードとパスワードをだしなサイ!」

「えぇ!? 今、緊急事態ですよ? どうしてですか!」

「援軍を要請するためヨ!」

「危ないっ!」

 折紙が放って来たレーザーをかわすべく、隊員はジェシカを抱えて横に飛んだ。

「助かったワ。それよりIDカードは!?」

「ポケットの中です!」

 そう言いながら女性隊員はアサルトライフルをホワイト・リコリスに向けて引き金を引く。

「ポケットってどこにあるのヨ!」

「何ですか!?」

 聞き取れなかったのでやや語気を荒くして聞き返した。ジェシカもその隊員の耳元で大きく叫ぶ。

「ポケットはどこにあるの!」

「左ケツです! 左ケツ! 左ケツ! 左ケツ!」

 ジェシカはその隊員からIDカードを抜き取ると再び通信機に叫ぶ。

「聞こえル!? 今からIDとパスワードを言うわヨ!」

『わかりましたぁ、それとお得な戦車の五パーセント割引券の抽選券への応募券はいかがですか?』

「いらんッッ!」

『では、お得なフルーツ盛り合わせの券はいかがですか』

「フルーツ盛り合わせじゃなくて援軍が欲しいのヨ!」

 燎子は鼻をほじりながら普段の声に戻った。

『まあ、私に援軍要請されても困るのよね。だって戦闘許可出てないし』

「お前、日下部一尉だナ! どういうつもりダ! お前の所の隊員が暴走してるのヨ! どう落とし前つける気ダ!」

『葬式を華やかに開いてあげるわ。ガーガー、おやおや? 回線がおかしいな、ピーピーガーガー』

 わざとらしく回線がおかしな振りをして通信を切られてしまった。

「あのアマァ! 総員、ホワイト・リコリスを命を捨てでも破壊しなさイ!」

 こうなれば折紙の首でも持って帰らなければ気が済まない。ジェシカも前線へと繰り出して小回りで翻弄した。

 強度と火力とスピードはあるが小回りが利かないホワイト・リコリスはもはや空中の固定砲台と化していた。上下左右のありとあらゆる方向から撃たれ、迎撃が追い付かない。

 何者かが放ったグレネードが折紙に命中し、機体が爆風で揺らめいた。折紙の額から血が流れ落ち、鼻先にまで伝って行く。

「くっ……。もう一度、照準ロック……! ミサイルポット展開……発射!」

 大量のミサイルを降らせた後、折紙に堪えようのない頭痛が走る。ホワイト・リコリスの唯一の欠点、着装者の脳にダメージを与え、最悪の場合は完全な廃人となる。

 既に折紙には限界が近付いていた。ジェシカは好機と思い、反撃を開始した。

「今よ、殺せぇ!」

 ジェシカと他の隊員が掃射する寸前で空中から新たな襲撃者が乱入した。

 

 

 

 

 士道等のバンド演奏も大した物であった。美九が一位になれなくても封印という条件があったにしても美九に勝る者がいるか、と聞かれたら答えにくい。やはり自身が勝ち取るしかないのだ。

 ラスト一組がまだ演奏を終えていないが、会場は満足した空気で美九の優勝は確定だろうと思っていた。

 士道も後は自分達の演奏が美九に勝てる事を天に祈るだけだ。

『いや~、どの学校も素晴らしい音楽でしたね!』

『私としては竜胆寺と来禅が学生レベルとは思えなかったですかね』

『私は竜胆寺が一歩上手な気もしますね』

 司会者が竜胆寺か来禅のどちらかが優勝するかで話が盛り上がっている。

『では最後の学校に登場していただきましょう! 本来なら三田村高校が出場する筈だったのですが急遽、出れなくなり代わりに別の学校が参加いたしました~拍手で迎えて下さい“王都没斗(おーとぼっと)”高校の皆さんでーす!』

 何やら聞き慣れた単語が士道や十香達の耳に入って来た。嫌な予感が全身を瞬く間に走り抜けた。オプティマスのいい考え、他のオートボットがここ最近、話をはぐらかした。嫌な心当たりが無数に見つかる。

「いや、まさかな……ないない……」

 流石に考え過ぎだろうと士道は首を横に振った途端、ステージの出入り口が無理矢理こじ開けられ、ズンズンと重厚な足音を響かせて五人の鋼鉄の巨人が入って来た。

 そのメンバーは紛れもなくオプティマス達だ。

「何やってんだアイツ等ァァァァァァァァ!」

『士道! 聞こえる!? オートボット基地と連絡が取れないの! オプティマス達を知らない?』

「ああ、知ってるよ琴里、今目の前にいる」

『何だそうか――って何!? 士道今、天央祭会場にいるのよね!?』

「そうだよ、オプティマス達は音楽部門に出る気なんだよ!」

『何ですって!?』

 琴里にも予想外の行動だ。

『おぉーっと王都没斗高校のメンバーはみんな着ぐるみ持参での登場ですね!』

『着ぐるみにはかなり気合いが入っていますね素晴らしい! それにメンバー全員はペンネームで書いてありますよ』

『気合いはバッチリ、その歌声が気になる所です!』

 司会者達はオプティマス達を着ぐるみと勘違いしてくれたのだ。

「着ぐるみ?」

「すごーい!」

「何アレめちゃ気合い入ってんじゃーん!」

「凄いリアルだねー!」

 会場からもオプティマスの姿を見て驚く声がするがみんな着ぐるみだと思ってくれていた。オートボットがステージに立つとパーセプターはドラムの席に座り、ワーパスはバイオリンを取り、アイアンハイドはアコーディオンを、ジャズはベース、ボーカルはオプティマスだ。

 オプティマスのいい考えとは自分達が出場して一位をもぎ取るという物なのだ。

「オプティマス、大胆過ぎですよ流石に」

 アイアンハイドは心配するような口調だが楽しそうにアコーディオンをいじっている。

「私達が一位を取れば問題ないのだ」

「オプティマス、士道が凄い睨んでますよ」

「心配はいらない」

「よぉーし! オレのバイオリン演奏で骨抜きにしてやるZE!」

 楽器のスタンバイが完了してオプティマスはマイクを握った。

『王都没斗高校の皆さんが準備が整ったようです!』

『王都没斗なんて面白い名前ですね。どこの地区何でしょうね?』

星刃斗論(せいばーとろん)って書いてありますね』

『日本には面白い地名があるんですね~!』

 何でもかんでも都合良く受け止めてくれるのでオプティマスもやりやすい。

「シドー、オプティマスも歌を歌えるのか?」

「わからない。あと今は士織な?」

「プライムの歌声とはいかな物か見ものだわい」

「驚愕。エキサイティングトランスフォーマー!」

 オプティマスは声帯回路の調子を整えるように喉を鳴らした。

「では、歌います。聞いて下さい。“ハートオブセイバートロン~金属の月、輝く故郷よ”です」

 そう言ってからパーセプターがドラムを叩き始め、ワーパスがバイオリンを弾き出した。

 演奏は完璧の一言だ。バンドをするにバイオリンとアコーディオンが少し気になるがワーパスとアイアンハイドの腕前で美しい音色を届けていた。

 音楽の分野であるジャズは気分良く、ハイテンションに且つ繊細にベースを弾きながら踊っていた。

 オプティマスの歌声は上手いとしか言いようが無い。聞き入って、観客が静まり返るくらいだ。士道もこれには呆然としてしまい、その歌に心を奪われた。

 伊達に一千万年以上も生きてはいない。 音楽が終わった時、しばらくの沈黙の後に凄まじい拍手が起きた。オートボット達の音楽はそれだけ完成度の高いものだと言えよう。

『さあさあ、全ての学校のお披露目が終わりましたね。特に最後の王都没斗高校の演出は特筆していましたね』

『では、審査員と少しの間、シンキングタイムとさせていただきます』

 歌も演奏も素晴らしかったが、まさか隠れもせずに乗り込んで来るとは思いもしなかった。

 ステージの上に出場した生徒が並ぶ中で明らかにオートボットが目立っている。

 しばらくして、審査が終了すると会場内のスピーカーから司会者の声が響きわたった。

『では結果発表です! 第三位は――来禅高校です!』

 三位という順位は悪く無い。だが、それでも美九に勝てなかったという事実は悔しくてたまらなかった。士道はギュッとメイド服のスカートを握り締めた。

『続いて二位は――竜胆寺女学院! そして栄えある一位は――王都没斗高校です!』

 竜胆寺を抜いてオートボットが一位の栄冠を勝ち取った。アイアンハイドとワーパスはハイタッチを交わし、ジャズは士道に向けてVサインを送った。

『竜胆寺か王都没斗か最後の最後まで悩みました。そして僅差により王都没斗が僅かに票数を獲得しました! 皆さん素晴らしい音楽をありがとう! 最後に総合成績で一位を叩き出したのは来禅高校だぁ!』

 俯いていた士道や十香等は顔を上げて電工掲示板を見た。そこには総合成績のランキング一位にしっかりと来禅高校の名前が乗っているのだ。

「う、嘘……嘘です……」

 音楽部門、総合成績共に二位という結果である竜胆寺の成績に美九は茫然自失だ。

「美九」

 士道が声をかけると美九は身を守るように両手で体を抱き、後ろへ引き下がった。

「嫌……嫌です……私の力を封印しようなんて……! 認めません!」

「美九、最後まで自分だけで戦おうとしたお前の負けだ。この戦い、俺一人じゃあどうにもならならかった。これはみんなの……仲間の勝利だ」

「ふざけないで下さい士織さん……仲間? 臭いセリフです! 反吐が出ます! もうルールなんてどうでもいいです! 破軍歌姫(ガブリエル)!」

 美九が天使の名を呼んだ瞬間、少女の周辺にピアノの鍵盤と背後からパイプが出現した。

 妖しい音楽が響き、会場の人間達は操り人形のようにふわふわと覚束ない様子で立っている。

「さあ、女の子達、まずはこの士織さんをひん剥いちゃいなさい!」

 士道の身の危険を感じてジャズは動き出したが、がっしりと腕や肩をオプティマスとワーパスに掴まれてしまった。

「オプティマス、ワーパス! 何をするんだ! 士道を助けるんだ!」

「ジャズ、お姉様は演奏中だぜ! 邪魔はさせないぞ!」

「そうだとも」

 既にジャズ以外のオートボットは美九の演奏で心を失い、奴隷と化していた。トランスフォーマーにも通用するこの音楽を止めようと二連装バルカン砲サブソニックリピーターをパイプオルガンに向けた。

「させん!」

 アイアンハイドがジャズを床に叩きつけて身動きを封じた。

 美九の演奏の影響はトランスフォーマーだけでなく精霊にも影響が発生していた。

 颶風騎士(ラファエル)の翼を出した八舞姉妹は士道の腕を片方ずつ絡めるように拘束し、助けに入ろうとした十香を四糸乃と巨大なよしのんがのしかかって動けなくなった。

「あらあらぁ……士織さんったら会場にこんなたくさんの精霊さんを隠していたんですね」

 美九は士道の体を指でなぞり、指先は下へ下へと下がって行くと、妙な膨らみにぶつかった。

「ん?」

 ちょうど士道の股間、そこに変な突起物が確認され美九は顔を引きつらせながら何度かつついた。

「あっ……美九っ……つつくな……」

「んんっ!? 女の子達、確認しなさい!」

「はい、姉上様!」

「了解」

 耶倶矢と夕弦はバッと士道のスカートをめくり、容赦なくパンツをズラされた。

「ぎゃぁぁぁ!」

「キャァァァ!」

 士道と美九は同じタイミングで悲鳴を上げた。こんな公衆の面前で下半身を公開されて士道の心はズタズタだ。

「あ、ああああなた! お、男でしたの!」

「うん……ごめん」

「へ、変態! この私の心を弄び……よくもよくもッ!」

 怒るのも無理は無い。明かすタイミングもかなり悪かった。

「この下衆を処分しちゃって下さい!」

 美九がそう命じた瞬間、ジャズは天井へ向けてグラップルビームを放ち、天井の機材に引っ掛けると思い切り引っ張って、天井ごとオプティマス等の上に落下させた。

「よしっ!」

 落下物に巻き込まれてしばらく動けない状態にし、ジャズはビークルモードにトランスフォームしよしのんをアクセル全開で弾き飛ばした。

『何すんのさ!』

「ごめんよ」

 ジャズは十香を抱え、バルカン砲を当てないように耶倶矢と夕弦に向かって撃って追い払うと士道も掴まえて、グラップルビームをデッキにまで伸ばして素早く移動した。

「助かったよジャズ」

「安心するのはまだ早いよ」

「何故、ジャズは平気なのだ?」

「それを言うなら十香、君もだろう? まあ、私は音楽慣れしているから……かな?」

「詳しい事は後だ。琴里、聞こえるか? 助けてくれ」

 インカムに向けて助けを求める士道。だが、その返答は意外な言葉だった。

『はぁ? 何で助けるわけ? “お姉様”の敵は溶鉱炉に溶かされて死んじまいなさい』

「琴里……?」

『士道くん、聞こえますか!? 椎崎です! 誘宵さんのライブ映像を見ていたら急におかしくなって――』

 

 

 

 

「ハーハッハッハ! 美九たんを辱めたんだから死んで詫びろォ!」

 洗脳を受けた中津川は両手を振り上げて天を仰いだ。

「どうしたんですか! みんなしっかりして下さい!」

「不味いな……みんな美九の声に洗脳されてしまっている」

 洗脳を受けていないのは席を外していた令音と椎崎だけである。

 神無月は四つん這いになり背中には足を組んで女王様の風格で座る琴里がいる。

「司令! どうしたんですか! 早く士道くんを助けないと!」

「助ける? あの豚野郎を?」

「その豚野郎という言葉をもっと私めに浴びせて下さぁい!」

 琴里は罵声の代わりに固いブーツの踵で神無月の腹を蹴った。もちろん、神無月は恍惚とした表情を見せた。

「“ミストルティン”発射用意」

「司令!?」

「琴里! 何をする気だ!」

「決まってるでしょ? お姉様の危険になる汚物を綺麗さっぱり蒸発させるのよ」

「やめて下さい!」

 椎崎が止めに入ろうとすると中津川と川越が掴みかかり、簡単に動きを封じた。令音も箕輪と幹本によって捕まってしまった。

「副司令も止めて下さい!」

「うるさい! ここが私のユートピア!」

「あんた絶対正気でしょ!」

 じりじりと発射スイッチに近付いて行く。もし発射されたら死傷者は数え切れなくなるだろう。

「やめて下さい司令ぇ!」

 不意に艦橋のドアが開くと高速で何か物体が入り込み、琴里の後頭部に打撃を与えて瞬時に眠らせた。そこから目にも止まらぬ速度で正気ではないクルー全てを気絶させてミストルティンの発射はなんとか阻止された。

「あ、あなたは!」

「はい、危ねー所でした。大丈夫でいやがりますか?」

「士道の妹さん……」

「ちぃ~とばかしCR-ユニットを借りていますよ」

 復活した真那の着装するラタトスク機関の新型CR-ユニット“ヴァルナルガンド”を身に纏い、フラクシナスを飛び去った。

 

 

 

 

 戦いはなおも続いていた!

 壮絶な空中戦ではジェシカの第三部隊はその数を大きく減らされながらも折紙のホワイト・リコリスを削っている。肝心の折紙も活動に限界が来て、銃の精度や動きのキレがかなり悪くなっていた。

 ジェシカはブレードを抜き、スラスターを最大出力で噴かしながら加速をつけてホワイト・リコリスの左腕部の切断に成功した。すぐさま右腕のブレードを振り払うがジェシカには命中しなかった。

「はぁ……はぁ……」

 額の出血や脳の酷使で意識が朦朧としていた時だ。

 レーダーに一つの機影を確認した。

「新手……?」

 雲を引き裂き、フラクシナスから放たれた崇宮真那は景気づけに左腕に搭載された(アギト)で適当な隊員のスラスターを握りつぶし、続いて別の隊員の背中を斬りつけた。

 瞬間的に二人を倒し、堂々たる参戦にジェシカは険しい表情で吼えた。

「どういうつもりだアデプタス2!」

「昔のコードネームで呼ばないで下さいジェシカ」

「昔だと!? あんたまさか……」

「ええ、DEMはやめやがります。さんざん人の体をいじくりまわした恩は必ず返しやがりますよ」

「裏切り者め……!」

「戦いが終わったらかつてはアイザックの頭だった塊でも蹴っ飛ばしてサッカーでもして遊びますよ」

「こンのガキぁぁ!」

「下がれ、ジェシカ」

 冷静さを欠いたジェシカを宥めるように声をかけて戦場へ現れたのはスタースクリームだ。

「第三部隊は撤退しろィ。もうエレンが向かったからな」

「何!?」

 ジェシカは苦々しい顔をした。この作戦で功績を上げてアイザックに誉めてもらう計画が水の泡だ。スタースクリームの指示通りに第三部隊は撤退を開始した。

「崇宮真那、この薄汚い裏切り者が」

 スタースクリームは吐いて捨てるように言った。

 真那はスタースクリームと対峙して気を引き締める。空中戦に自信のあるスタースクリーム、その実力はまだ見た事はないが真那は直感的に強いというのだけはわかった。

「まずはその邪魔なウスノロをやるか。ナルビームで大人しく眠っていろ!」

 ナルビームライフルを身動きが取れないまでに疲弊した折紙に撃ち込んだ。機械類を麻痺させるナルビームを受けてホワイト・リコリスは機能を停止し、折紙と共に地上へと落下して行く。

「鳶一一曹!」

 真那は折紙を受け止めるべく急いで下に先回りし、落下するホワイト・リコリスを受け止めながら地面に激突した。

「やったぜ! 流石の折紙もこれで永遠にgood☆night! ハッハッハッハッハ!」

 腹立たしい笑い声と共にスタースクリームはトランスフォームして天央祭会場へと飛んで行った。

 落下によるダメージが酷いが、あの時受けたナルビームのおかげでホワイト・リコリスは強制停止し、折紙は脳を酷使し過ぎずに済んだ。後、一秒でも遅れていたら折紙は脳死していた所だった。

 スタースクリームは折紙を仕留めたと勘違いして満足げに行ってしまった。

 

 

 

 

 なんとかミストルティンの発射が阻止されて士道はホッと胸をなで下ろしたが、最大の問題は目の前にあった。

 美九は士道に騙されていたと知って話を聞くような状態ではない。オプティマス等も洗脳されて敵となった。耶倶矢め夕弦も四糸乃もだ。

「どうするお二人さん、ここはひとまず私が時間を稼ぐか」

「いいや……そんな時間は無いみたいだぞ」

 ステージの屋根を壊し、白銀のアーマーを纏う最強の魔術師(ウィザード)エレンと航空参謀スタースクリームがゆっくりと降下して来た。

「久しぶりだなジャズ、或美島の借りを返すぜ!」

「プリンセスの回収に上がりました。抵抗は勧めません」

「スタースクリーム、悪いが今回も君の負けだ」

「エレン……今度こそケチョンケチョンにしてやる!」

 四人が睨み合い、殺気をぶつけ合い、全員の呼吸がぴたりと符合した。爆発と爆風そして斬撃と銃弾の嵐が会場を飛び出して開始された。十香は士道を守る為にデッキから外へ放り投げた。士道には琴里の能力があるので落下死はしなかったが、背中を強打してかなり痛かった。

 何もない近くの森にまで跳ね飛ばされた士道は会場からレーザーや銃弾が空に躍り、風圧の刃が屋根や壁をスライスしていた。

「十香、もうちょっと加減してくれよ」

 背中をさすりながら士道は森から顔を出すと会場では戦いが既に終着していた。

「静かだな……」

 よく目を凝らして見ているとステージの屋根から二つの影が飛んで行くのがハッキリと見えた。一つは十香を肩に担いで飛んで行くエレンの姿、もう一つはジャズを掴んで上昇しているスタースクリームだ。

「十香ぁぁ! ジャァァズ!」

 士道の叫びが空に虚しく響いた。二人は士道を逃がす為に戦い、敗れてDEMへと誘拐されたのだ。士道は二人の犠牲を無駄にしないように走ってその場から逃げた。美九の操る人間達からも逃げた。

 逃げて逃げて、操られた人間のタックルや腕をかわしながら士道が最後にたどり着いた先は人気の無い廃ビルであった。

 服はいつもの私服に着替え、カツラを外して士織から士道へと戻っている。

 美九を助けたい、十香を助けたいだが力が足りない。スターセイバー一本では覆らない戦力差だ。それに味方も少ない。ありとあらゆる戦備が今の士道には不足していた。

 無力感に苛まれ八つ当たりでもするように士道はコンクリートの柱を叩き、歯を食いしばった。

「どうしたら良いんだよ……! 俺は……!」

「きひ、きひひ」

 神経を逆撫でするような笑い声が無人の廃ビルに良く響いた。風の音ではない、それはれっきとした笑い声だ。

 士道は辺りを見回していると室内のある空間に影ではない黒い塊が円を描いて集まって来る。その塊から白くて細い手が伸びると次に肩、胸、顔と謎の来訪者の姿が露わになって来た。

 月明かりが雲の裂け目からビルの内部を照らし、しっかりと顔が見える。

「お前は……!」

「ずいぶんと浮かない顔ですわね……士道さん。少しお話でもしませんこと?」

 



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22話 天宮市制圧作戦

 いつも感想を書いてくれているみなさんにこの場でお礼を申し上げますってね。
 七罪を出すか否かメッチャ悩んでる最中です。一応原作沿いは7巻までにしたいんですがね。


 夜の廃ビルの中で一つの影がゆっくりと歩み寄って来た。その影が割れた窓から差し込む月明かりに照らされるとようやくその全容が窺えた。深紅と漆黒の色彩を折り重ねて作られたドレスを纏いながら、妖しげに口元を吊り上げて笑っていた。

 暗闇から出て来た少女を見てそれが最悪の精霊、時崎狂三であると気付くのに大した時間はかからなかった。どうしてか、あれだけ怖かった狂三なのだが今は狂三を見た時に真っ先に抱いた感情は安堵感だった。

「浮かない顔ですわね士道さん」

「狂三……」

 暗い廃ビルの中を足音も立てずに狂三は軽やかに歩いて見せた。狂三は士道との距離を徐々に詰めて来る。

「今日はあまり怖がらないのですのね」

「まあな、それより狂三、お前はあの音楽を聞いても大丈夫なのか?」

「お優しいんですわね、わたくしがあのような歌に心を惑わされる程に純真だと思って……」

 今、頼りになるのは目の前にいるこの少女以外にありえない。士道は意を決して口を開いて言葉を投げかけた。

「狂三! 頼む! 十香を助けるのを手伝って欲しい! お前が俺を狙っているのはわかっている! けど今頼れるのはお前だけなんだ!」

 狂三からしてみれば思いがけない士道の申し出にキョトンとした表情を作った後に笑いがこみ上げて来た。

「きひ、きひひひ! 可笑しいですわね士道さん、敵であるわたくしに助けを求めるなんてね、可笑しいですわ」

「俺はお前を一度も敵と思った事はないけどな」

「……」

 狂三は笑いを止めて士道をジッと見詰めるとその場でくるりと回って見せた。

「まあ、士道さんがそこまで言うのなら助けてあげますわよ。ただし……見返りはたっぷりと、ですわよ?」

 狂三の見返りがかなり怖かったが、そこは我慢して約束した。でなくては十香を救い出す機会は永遠にないのだから。協定が結ばれて早速、動き出そうとした時だった。廃ビルの天井から巨大な金属の拳が貫いて来、狂三の真横を通って下の階にまで届いた。

「――!」

「グゥゥ……! 士道に、手、出すなッ!」

 喉を鳴らして威嚇するのはすっかり忘れていた、グリムロックだ。ビルの天井に出来た穴からこちらを覗き込み、赤いバイザーを光らせて睨んでいた。

「ま、待てグリムロック! 狂三は今は味方だ! 俺達に協力してくれるんだ」

 士道がそう説得すると再び振り下ろそうとしていた拳を解いてからビルを降りた。

「まだあの恐竜を飼っていましたの?」

「まあな、アイツは根は素直で良い奴だよ」

「俺、グリムロック。助けてくれるのに攻撃した、許して欲しい」

 グリムロックはビルの隙間から人差し指を出して握手を求めて来た。狂三もその指を取って握手に応えた。 怒りとそれ以外の浮き沈みが激しい、それはショックウェーブの改造が原因なのだが。

「わたくしにグリムロック、戦備は十二分ですわね。今からでも十香さんを助けられますが、肝心の十香の居場所が割れていませんし、美九さんの方を先に片付けましょうか」

「そうしよう、早い方が良い」

 行き先が決まるとグリムロックはビーストモードに変形し、士道は窓から飛び出してグリムロックの背に乗った。

「今度はわたくしを乗せてくれますのね」

「士道に、協力してくれるからな」

 狂三もふわっと軽やかにグリムロックの背に乗った。二人が乗ったのを確認するとグリムロックは勢い良く走り出した。

「そう言えばグリムロック、お前もあの音楽を聞いても大丈夫だったんだな」

「俺、グリムロック。音楽好きでない、戦うのが好き」

 野生の戦士に音楽という芸術性は通用しないようだ。そもそも良し悪しも理解していないだろう。一歩一歩が大地を揺らし、アスファルトを砕いて足をめり込ませた。派手な移動だが、美九に操られる人間は天央祭会場に集結しており、生徒だけでなく大人も洗脳されてグリムロック達がいる地域には閑散とした無人の町と化していた。

 だから見られる心配は無い。それに洗脳された人間は意識がハッキリとしていないので見られても洗脳が解けた頃には記憶は操られていた時の記憶はさっぱり無くなっている。グリムロックが高級住宅街を走っていると一軒の豪邸を横切った。

「グリムロック、止めて下さい」

 狂三がブレーキをかけさせると士道は首を傾げて狂三を見た。

「どうしたんだ狂三?」

「美九さんを片付ける更に前に美九さんについて知る必要がありますわ」

 グリムロックは美九の自宅の門を破壊して入り込むと二人を下ろしてた。壁が破壊されて番犬が吠えていたが、グリムロックが吼え返すとせっせと犬小屋に逃げ帰ってしまった。

「俺、グリムロック。何してれば良い?」

「お前は適当に待っててくれ――あれ、鍵がかかってる」

 士道が玄関のドアノブをひねるが扉は固く閉ざされていた。

「俺、グリムロック。開けてやる」

 重々しい装填音がグリムロックから聞こえると士道は反射的に何をするのか察した。

「狂三、下がれ!」

 士道が狂三を庇って玄関前から離した途端、口から砲弾を放ち玄関ごと木っ端微塵に吹き飛ばし、瓦礫はエントランスにまで広がっていた。

「危ないだろグリムロック!」

「けほっけほっ……全くなんて乱暴ですの!?」

 何の前振りもなくいきなり砲弾を発射して危うく巻き込まれかけた狂三は少し怒ったように言った。グリムロックはしゅんっと俯いてから謝った。

「ごめん」

「……。まあ、良いですわ。行きましょう士道さん」

「俺、グリムロック。ついて行く!」

「あなたは入れないでしょう。そこでお座りして待っていなさい!」

 狂三の言われた通り、グリムロックは足をかがめてその場に座り込んだ。

「士道さん、彼はいつもああなのですの?」

「うん、そうだな……だいたいはあんな感じだな」

「大変ですわね」

 士道は苦笑いで応えた。良くも悪くもマイペースで自分より弱い者の命令は聞きたがらない、しかし頼み事なら聞いてくれるのだ。ちゃんと庭で待っている姿を確認してから士道は階段を上って二階へと上がった。

「なあ、狂三。美九の家に来てどうするつもりなんだよ」

「美九さんの“いろいろ”を洗い出しますわ」

 狂三の言ういろいろには本当に数々の意味が集約されていた。打算的な少女は、ただ単に士道の為ではなく自分に取っても有益な情報をかき出すつもりだ。

「美九さんは今は怒り狂っていますわ。何か弱みか秘密でも知っておいた方がいいですわよ」

「えげつないな」

「士道さんがした事もなかなかだと思いますわ。男嫌いの女の子に自分のアレを見せつけるだなんて」

「あれは耶倶矢達に無理矢理……つーか見てたのか……」

「わたくし、士道さんの事なら何でも知っていますわよ。例えば中学時代の二つ名が“混沌を齎す者(カオス・ブリンガー)”だとか……」

「やめてぇ! お前その情報をどこで……!?」

「ふふふ、秘密ですわ」

 いたずらっぽく笑い、狂三は美九の部屋のドアを蹴り破って入る。人の部屋を捜索するのは気が引けるが狂三は遠慮なくタンスから下着を引っ張り出してはベッドに放り投げていた。士道もここは覚悟を決めて部屋を漁り出す。

「見て下さい士道さん、このブラ! わたくしの顔が入ってしまう大きさですわ!」

「お、おい! 真面目に捜せよ!」

 目のやり場に困るように視線をあちこちに泳がせた。

「恥ずかしがらなくても良いではありませんの? 士織さんは着け慣れているんですから」

「ぐっ……それも……見てたのか」

 もうこれ以上の黒歴史を知られたくなかったが狂三には綺麗に細かく知られてしまった。

「わたくしが知らない事を探す方が難しいですわよ。どうです士道さん、少し着けてみません?」

「やだよ! 俺はもう女装なんてしないからな!」

「減る物でもありませんし」

「セクハラ親父みたいな事言いやがってぇ……!」

「天央祭ではじっくりと見れませんでしたのでちゃんと見て見たいのですわ。可愛い可愛い士織さんの顔が恥辱に震える様を見たいですわぁ」

「士織ちゃんに変な事しないでよ! 俺はどんな可愛い子ちゃんにお願いされたって女装はしないからな!」

「良いではありませんか、良いではありませんか」

 ブラを持ったままにじり寄って来る狂三に逃げるように後退りしていると狂三が何かにつまづいて、士道を押し倒す形で上に乗っていた。

「いてて……大丈夫か狂三」

「ええ、大丈夫ですわ。あら? 士道さんお怪我をなさっていますわね」

 狂三に言われて士道は頬をさすると指に僅かに血が付着していた。どこかで擦りむいて頬に小さな傷が出来ていたのだ。

「平気だ。適当に唾つけときゃ治るさ」

「ふぅん……」

 ゆっくり、狂三が士道に顔を近付けて来ると舌を出して頬の傷をチロチロと舐めた。

「な、なな何を……!」

「だって唾を着けておけば治るのでしょう?」

 士道は恥ずかしくなって顔を背けて小声で礼を言った。起き上がろうと床に手をつくと、手の近くに何か転がっているのに気付いた。どうやらCDケースらしくパッケージには少し幼い頃の美九が映っていた。

「宵待月乃……?」

 パッケージでの名前が違う事でそれが芸名であるのは一瞬で理解出来た。

「美九さんの昔の事のようですわね……」

 狂三はそのCDを拾い上げるとハイチェストに飾られた美九と両親の写真を手に取る。

刻々帝(ザフキエル)一〇の弾(ユッド)】」

 CDと写真を頭に当ててから狂三は銃口を同時に頭に向けて引き金を引いた。

「狂三!」

「心配ありませんわ。【一〇の弾(ユッド)】の力は回顧、撃ち抜いた対象の記憶をわたくしに教えてくれますわ。それより士道さん、なかなか面白い情報を得ましたわ」

「面白い……情報?」

「ええ――」

「俺、グリムロック。待ちくたびれた」

 ずっと座っているのに飽きたグリムロックは窓の向こう側で不満を漏らしていた。

「もう、あの恐竜ったら……! 仕方ありませんわ、移動しながら話しましょう」

「わかった」

 さあ、グリムロックと狂三に士道は美九の占拠する天宮スクエアの会場に乗り込むのだ。完全な要塞として作り上げられたその根城に。

 

 

 

 

 天宮スクエアのホールで演奏をしていた美九は一度、深いため息を漏らした。洗脳効果は時間と共にその効力を弱め、何度か破軍歌姫(ガブリエル)の音色で縛り直さないといけない。演奏を終えてた美九は疲れたような顔で下を向き、パイプオルガンの姿を模した天使は光と共に消えていった。

『やぁ! お疲れだねぃ!』

「お姉様……これを……飲んで下さい……」

 メイド服を着た四糸乃は恥ずかしそうに俯きながら美九へスポーツドリンクを渡した。四糸乃もよしのんも今や美九の可愛いメイドと化していた。スポーツドリンクを受け取り、美九は至福の思いでキャップを外してペットボトルを傾けた。

「美味しいですよぉ、四糸乃ちゃん。ありがとうございますぅ」

 美九は四糸乃の頭を優しく撫でてあげ、四糸乃は照れくさそうにしていた。そんな所に美九を探しに耶倶矢と夕弦が顔を出した。彼女達もまたメイド服を着用しているのだ。

「姉上、こんな所におられたか。長い演奏で疲れたであろう、我の特性スポーツドリンクを飲むが良い!」

「心配。無理な天使の使い方は体に毒ですお姉様」

「ありがとう、耶倶矢ちゃんに夕弦ちゃん。あぁ……こんな可愛い子達に囲まれて私はなんて幸せなんでしょう!」

「姉上よ、夜の宴を用意したぞ」

「案内。ホテルまで連れて行きます」

 耶倶矢、夕弦、四糸乃、どれも美九好みの少女で全員が頭に絶世のを付けても問題ない美少女であり、その少女達を奉仕させているのはたまらなく気分が良かった。三人に手を引かれて、美九はホテルの最上階へ移ろうと歩き出した所でホールの入り口から洗脳済みの亜衣麻衣美衣のトリオが走り込んで来た。

「てぇへんでさぁ姉様ぁ!」

「ヤバいでござんす!」

「ヤバヤバでありんす!」

「どうしたんですか騒々しい、まさかあの憎き五河士道が見つかったとでもぉ?」

「そうです!」

「へぇ……」

 美九の瞳に冷酷さが蘇り口元を歪めて残酷そうに笑った。

「それで誰が見つけたんですかぁ? 女の子なら特別可愛がってあげます。男なら……まあ金平糖の一粒くらいあげますけどぉ」

「そ、それが……」

「ねぇ……」

「見つけた人が多すぎて……」

「……どういう事ですか?」

 美九はホールの管理室へ四糸乃等を連れて走り、無数の監視カメラに映された映像を見た。カメラは会場の中央、大広場に堂々と立つ士道、狂三、グリムロックを見ており、当然モニターにも三者の姿があった。

 

 

 

 

「く、狂三流石に大胆過ぎだろ」

 周辺を生徒に囲まれた状態で美九のいる目的地までまだまだ遠いときた。

「心配ありませんわ士道さん」

『よく、ここまで来れましたわねこのゴキブリナメクジ野郎』

「美九……」

『皆さーん! そこのクズをボコボコのズタボロにして私の所へ連れて来なさい!』

 美九が指令を出すと操られた人間達は一斉に士道に向かって襲いかかって来る。スターセイバーを抜こうと胸に手を当てた時、襲いかかって来た人間達は力が一気に抜けたように前のめりに倒れた。既に周りは薄暗い幕が張られ、抵抗力の無い人間は次々と倒れて行く。

「時喰みの城……」

「覚えていてくれたんですのね」

「士道、まだだ、別の、来る」

 グリムロックはロボットモードにトランスフォームして辺りを警戒した。そうだ、人間以外にも妨害を働く者がいた。グリムロックを取り囲むようにオートボットがビークルモードから変形した。

「オプティマス……」

「グリムロック、大人しく投降しろ。これ以上お姉様の手を煩わせるな」

「黙れ!」

「分からないなら仕方がないワーパス、破壊してしまえ!」

「オッケー!」

 タンクモードへ変形したワーパスを主砲の照準をグリムロックに定め砲撃した。飛来した砲弾を片手で受け止めたグリムロックはそれを握りつぶし、爆発させた。黒煙が辺りに撒き散らされる。トランスフォーマー同士が戦っている隙に狂三は士道を抱えて美九のいるホールを目指した。

「お前の普段の素行の悪さに嫌気がさしてたんだ! くたばっちまえグリムロック!」

 あくまで洗脳を受けているのでアイアンハイドの言葉は本音ではない筈だ。

「私の発明品を散々壊した怨みを晴らさせてもらうよ!」

「今日こそオレがスクラップにしてやらぁ!」

 皆、洗脳の影響で口が悪くなっている。

 各々、両腕を火器に変えてグリムロックを狙い撃つ。爆発が次々と発生するがグリムロックはそれらを全て受けきり、まずパーセプターを狙った。腹部に強烈なパンチが繰り出され、パーセプターの体は軽々と吹っ飛んだ。グリムロックの背にアイアンハイドがのしかかり、斧を腕から出した所で頭を掴まれて力任せに地面に叩き付けられた。

 アイアンハイドがやられた直後にワーパスが正面からストレートを打って来た。グリムロックは拳を受け止めるとそのまま握り締めた。

「ぐぅッ……!」

 痛みで膝を着くワーパスを腕一本で振り回し、パーセプターの上に放り投げた。

「グリムロック……」

「オプティマス、目、覚ませ、お前、俺のリーダー」

「ここの防衛が私達の使命だ。お前をお姉様に近付けさせん!」

 オプティマスがエナジーアックスを片手にパスブラスターを向けた。

「グルルルゥゥゥ……!」

 グリムロックは威嚇するように低く吼えた。オプティマスと対峙している間に他の三人が再起してグリムロックの前に立ちはだかった。

「どけッ!」

「断る!」

 

 

 

 

 グリムロックが囮となってオートボットを引き付けている隙に士道達はホールの観覧席にまで侵入が成功していた。ステージには美九に四糸乃達がいた。

「美九……!」

「はぁ……全く汚い声で私の名前や私の可愛い精霊達の事を呼ばないでくれますぅ? 無価値を超えて害悪です。歩く汚物さん」

「美九、何でお前はそんなに男を嫌うんだ」

「黙ってって言ってるでしょ! 破軍歌姫(ガブリエル)行進曲(マーチ)】!」

 美九の天使が顕現して背後に巨大なパイプオルガンが姿を見せた。

「さぁ、精霊さん達。もうあのゴキブリの出来損ないを殺しちゃって下さい!」

「おやおや、随分と倫理観の破綻したお方ですわね。考えられませんわ」

「……」

 冗談を言っている場合ではない。美九の音楽に合わせて四糸乃達への拘束力が増した今、三人は精霊の力をある程度行使出来る。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

颶風騎士(ラファエル)穿つ者(エル・レエム)”!」

「呼応。颶風騎士(ラファエル)縛める者(エル・ナハシュ)”」

 冷気と突風が会場内に吹き荒れると狂三は余裕の笑みを浮かべ刻々帝(ザフキエル)を呼び出した。狂三の足下から黒い影が円形に広がると狂三と全く同じ姿をした狂三達が何人も這い出してくる。

「士道さん、美九さんと話をさせてあげますわ。でも話が出来る時間は少ししかないと思って下さいまし」

「助かるよ狂三」

「姉上に手出しはさせんぞ下郎め!」

「警告。これ以上は容赦しません。消えて下さい」

 耶倶矢と夕弦それに四糸乃に狂三の分身体をけしかけ、狂三は士道を抱えた状態で氷の弾丸や風の矢を悉く回避しながら宙を駆け巡った。相手は精霊が四人、数的不利は見て分かる。しかし、その内三人は力を著しく制限された状態だからこそ、狂三はこうして戦っていられる。

『ちょこまかと何なんだよ、君達はぁ!』

 よしのんは冷気を口から吐き出し、氷柱を地面から突き出して分身体を串刺しにしていく。

「その程度の分身体では颶風の御子の足止めにもならぬわ!」

 三人の奮闘と妨害の所為で狂三はなかなか美九の所へ近付けない。苦戦を強いられて次の手を考えていた時だ。ホールの壁が爆発でもしたように砕け、瓦礫と一緒にオプティマスが投げ飛ばされて来た。

「――!? グリムロック!」

 士道は驚いた調子で声をあげた。

 グリムロックの腰にはワーパスとアイアンハイドがしがみついているが、ホールド出来ずに楽々と引きずられていた。グリムロックの右手にはパーセプターが掴まれて、乱暴な手から逃れようとじたばたしている。

「オプティマス、思い出せ、オートボット、士道を、守る!」

「はぁ、王都没斗高校の着ぐるみさん達は見かけ倒しですねぇ。って言うかあれも同級生かしら?」

 美九はまだオプティマス達を着ぐるみと勘違いしている。

「耶倶矢、夕弦、四糸乃! オレ達じゃあ止められねぇ! 手を貸してくれ!」

「くっくっく、だらしない奴よのう」

「了解。止めます」

「お姉様の敵は……許しません……!」

「四糸乃、どうした、俺、グリムロック、分からない、のか?」

 精霊達の雰囲気もいつもと違う。 オートボットも精霊も辺りの人間も様子がおかしい。グリムロックはようやく状況が把握出来て来た。本能的に皆が口を揃えて言う“お姉様”が一体誰なのかグリムロックは分かった。ステージの中央、最も安全圏にいるのが司令官だと大抵は決まっている。オプティマスは例外だ。

『グリムロック~悪いけどよしのん達は身も心もお姉様に捧げちゃったんだよねぃ』

「そ、そうです……だから……私は……グリムロックさんを……殺します……」

「違う……! 四糸乃、そんな事、言わない。四糸乃、誰かを、傷付けるの嫌い、優しい奴!」

 グリムロックの体内でエネルゴンの大量燃焼が始まった。ふつふつと怒りのエネルギーが蓋を破りつつ沸きあがっているのだ。

「誰だ! 四糸乃、こんなに、したのは! 殺してやる!」

 怒りが頂点に達した際に発動するグリムロックの真骨頂、ただの破壊と殺戮の化物と化して敵対者を粉々に蹂躙する。燃え盛る炎のように赤々と肉体は染まり、体から赤色の蒸気を放出する。

「不味いな……」

「どうなさいました士道さん?」

「グリムロックが暴れるぞ」

「へ?」

 狂三が首を傾げた矢先、パーセプター達を払いのけて両腕を前につけて躍動感溢れる動きで鋼鉄のティラノサウルスへとトランスフォームする。巨大な顎を開いて天井へ向けて咆哮を轟かせた。耳を押さえたくなる雄叫びは壁や屋根に亀裂を入れて四糸乃達の戦意を萎縮させるに十分な迫力だった。

 士道がグリムロックが暴れる姿を見たのは一回、四糸乃を封印する際に見たのが最後だ。あれはASTが絶滅の危機に瀕した壮絶な戦いだった。

 地球に来て最初に出来た友を汚し、純潔な心を踏みにじった驕敵を討ち滅ぼす純粋なる報復者。何千万年という膨大な時間積み重ねた戦闘経験と作り上げられた破壊に特化した肉体は今、たった一人の少女に突き付けられたのだ。

 口腔内に蓄えたエネルギーを胸一杯にまで溜め込み、グリムロックは美九に向けて吐き出した。ここでワーパスが決死のタックルを見舞い、狙いはかなりズレて空の彼方へと消えて行った。もし、命中していれば精霊の生命力でも命はなかったろう。

「邪魔だ!」

 グリムロックはワーパスを尻尾を振るい、ホールの外まで叩き飛ばした。

「味な手を……じゃなかった尻尾を使うじゃないか!」

 アイアンハイドがグリムロックの尻尾を掴んで止めようと踏ん張るのだが、意図も簡単に投げられてしまった。一歩一歩の踏みしめがグリムロックの怒りの大きさを露わにしているようだ。

「狂三早くグリムロックを止めないと!」

「残念ですが士道さん、わたくしには無理ですわ」

「どうしてだよ、時間を止めたりしてさぁ!」

「あれは一時的な物、止めたとしても直ぐに動けますわ。第一、正面戦闘では彼に勝てませんわ。裏をかくなら別ですけど」

「じゃあ下ろしてくれ! 俺が止めて来る!」

 士道は無理矢理、狂三の手を振り払って観覧席へ降り立った。グリムロックはゆっくりとステージの方へ向かい、美九は自然と後ずさりしていた。

「グリムロックやめろ!」

 士道が叫んだがその声は届いていない。

「ちぃ……!」

 士道は舌打ちをしてステージに向かって走った。

「何なんですかあなた……! ただの着ぐるみでしょ……!? 何で、誰かの為に怒れるんですかぁ! 自分が傷付けられた訳でもないクセにぃ!」

「俺、仲間、大切。それ分からない、お前、消えろ」

 グリムロックは口を開いて美九に食らいついた時、鋭い金属音が響き、グリムロックの攻撃は美九に当たる寸前で止まった。グリムロックの牙は本当に美九の頭上、数ミリで止まり美九の前には光輝く剣、スターセイバーを握る士道の背中が見えた。

「グリムロック、やめるんだ! 俺達は精霊を殺すのが目的じゃない! お前が怒るのは分かる! けど今じゃないんだ!」

 重たい攻撃を受け止めて士道の全身の骨が悲鳴を上げるが驚くべき速度で治療されて行く。グリムロックは士道の存在を確認すると力を緩めて引き下がった。美九への怒りはまだまだ治まらないが、士道を食らうわけにはいかないのでグリムロックの体は普段の色へと戻って行った。

 一時はどうなるかと思ったが、狂三は胸をなで下ろして美九と士道の足下に影を作り出し、その中へ引きずり込んだ。

 狂三の影の中では一時的とは言え、美九の能力は完全に封じ込められる。なんとか二人きりで話す機会が設けられ、士道は声を出した。

「美九、聞いてくれ」

「嫌です。何なんですかぁ? さっきの恐竜に女の子は! ここじゃあ力は使えないし、暗いし最悪です!」

「騙していた事は謝る。すまない。美九、俺はこれから十香をあの時、連れ去られた女の子を助けに行かなきゃいけない! だから……手を貸してくれ! 狂三やグリムロックがいる。でも相手の戦力は未知数なんだ。でもお前がいてくれたら変わるかも知れない! だから――」

「うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつも……他人の為に怒るだの他人の為に命を懸けるだのみんな漫画の見過ぎなんじゃないんですかぁ!? どうせ本当に危なくなったら自分が一番大切なクセにぃ!」

「そんな事はない!」

「あるんですよ! あの恐竜だっていざ危なくなったら命乞いをしますよきっと! あなただって、あの女の子がどれだけ大事かは知りませんが、どうせ最後は自分ですよ!」

「そんな事はない!」

「はっ! じゃああの子の為に命を懸けられるんですか? 無理でしょう!?」

「懸けるさ、一つや二つくらいな! なあ教えてくれ美九、どうして人間を悪く言うんだ!」

「原始的で暴力的な種だからです! 誰にも裏があるんです!」

 心なしか、後になると美九の声は震えていた。ひとしきり叫んだ美九は肩で息をしていた。感情を剥き出しに叫んだのは久しぶりの事だった。

「少なくとも俺はお前を心から嫌ってない」

「……」

『失礼ですが士道さん、お時間ですわ』

 影の空間が解除されて士道と美九は妙な浮遊感に捕らわれると何もない真っ暗闇からステージへと帰って来た。ホールの惨状はさっきよりも酷く、屋根から壁が何もかも破壊されて野外ライブのようだ。

「士道さん、撤退ですわ」

「わかった、グリムロック行くぞ」

 狂三は士道を抱えると【一の弾(アレフ)】を自分とグリムロックに撃ち加速をつけて会場内から消え去った。

 グリムロックの咆哮に萎縮した四糸乃達は三人を追わずに影の中から帰って来た美九を案ずるようにして駆け寄った。

 オートボットは、グリムロックにコテンパンにされて今は動けずにいた。瓦礫の上で横たわるオプティマス、彼は仰向けになって空を睨んでいた。

 その目はどこか落ち着きのある物へと戻っていた。誰かに付き従う兵士ではなく、他者を導く司令官の目だ。

 

 

 

 美九からの追撃も無く、驚くほどすんなりと帰してくれて逆に不安だったが、運が良かった事にした。

 会場から随分と離れた倉庫の裏側でグリムロックはロボットモードで正座させられていた。その前で腰に手を当てて怒っていたのは狂三だ。

「あなた何を考えていますの!? 美九さんを殺そうとするなんて!」

「俺、グリムロック。反省してる」

「まあまあ、グリムロックも思いとどまってくれたみたいだし」

「士道さんは彼に甘いですわ。ちゃんと躾ませんとダメですわよ」

「何かお母さんみたいだな」

「わたくしは彼の為に言ってるんですわ!」

 どうもグリムロックと一緒だと狂三のペースが崩れてしまう。狂三は額に手を当ててから適当に転がっていた木材に座った。 狂三とグリムロックはかなり相性が悪いと判断した士道は、狂三対策にグリムロックを用意しようと考えていた。

「美九さんは別に十香さんを助けるのを無理してまで妨害するつもりは無さそうでしたし、大丈夫でしょう」

 狂三は木材から立ち上がってからくるりと回り、スカートの裾を軽くつまみ上げて礼をした。

「それと士道さん、十香さんの居場所が分かりましたわ」

「本当か!? 十香は今どこにいるんだ」

「DEMインダストリー日本支社ですわ」

 行き先は決まった。後は乗り込んで十香を救い出すだけだ。士道とグリムロックは同時に立ち上がり、今いる場所からでも見える巨大なビルを見上げた。十香が幽閉されたビルを。

 

 

 

 

 スタースクリームに敗れたジャズは十香と同じ階にてトランスフォーマー用の拘束具を巻き付けられて、一切の身動きが取れずにいた。ジャズのいる部屋からは十香の様子は分からないが、あまり手厚い歓迎はされていないのはわかった。ジャズの前には腹立たしい顔で勝ち誇ったように胸を張るスタースクリームが立っていた。

「なあスタースクリーム、その腹立つ顔を止めてくれないかい? 目覚め一発に見たら死にたくなるんでね」

「黙れこのチビスケめ! どうせお前には何も出来ねえンだ!」

 オプティマスから聞いた。スタースクリーム以外にショックウェーブにインセクティコンがいると。スタースクリームに大した警戒はしていないが、ショックウェーブは別だ。潜伏期間は分からないがこれだけエネルゴンが豊富な星で何もせずに待っているとは到底思えない。

「スタースクリーム、君はあの時ネメシスに乗っていなかったね。もしかしてディセプティコンを解雇されたのかい?」

「俺がディセプティコンを見限ったんだ! メガトロンに復讐する為にな! みんなもみんなだ俺を無視しやがる!」

「オートボットの時から変わらないなスタースクリーム、少しは自分のバカさ加減に気付いたらどうだ?」

「一言一言、腹の立つ野郎だなテメェは……。よぉし俺様が口を利けなくしてやる!」

 スタースクリームがナルビームを出して一発、見舞ってやろうとした時だ。二人のいる部屋に突如、レーザーファイヤーが飛来して部屋の半分を削り取ってどこか空へと消えて行った。爆発に巻き込まれスタースクリームは壁に頭からぶつかり、痛そうにさすった。

「一体何だ今のは!?」

 苛立った様子で観測員に聞く。

『わかりません、膨大なエネルギー体が天央祭会場から飛んで来まして――』

「天央祭会場だぁ? そんな所から何で砲撃されんだよ!」

『スタースクリーム、聞こえますか?』

「何だエレン」

『さっき凄い爆発音がしたんですが、問題でも発生しましたか?』

「問題なしだ。部屋が半分吹っ飛んだけどな」

『大問題ですよ! 原因は何ですか!?』

「こっちが聞きてぇよ!」

 グリムロックの流れ弾がこんな影響が出ているなど知るよしもない。スタースクリームは天央祭会場にもう一度出向いてみようと思っていると、何者かがスタースクリームの肩をツンツンと突いて来た。

「何だよこっちは忙し――」

 振り返った瞬間、ジャズの正拳がヒットした。スタースクリームは床を二、三度転がってからようやく止まった。拘束椅子を見れば、さっきの攻撃で拘束が緩んでいるのがわかった。

「ジャズ、テメェよくも俺様の顔を!」

「ハハッ、ごめんよ」

 出来るなら十香を救い出したいが、今のままでは不可能だ。ジャズは壁をもぎ取られて吹き抜けた空間にダイブする。頭から外へと飛び出してジャズは真っ逆様に落ちて行く。その背後からスタースクリームが追い、バルカン砲を撃ってジャズを撃ち落とそうとしていた。地面にはどんどん近付いて来る。当然、ジャズは飛行能力など持ち合わせていないので普通なら落下あるのみだ。

 だが途端に体を反転させて視線をスタースクリームに合わせると左腕からグラップルビームを放ち、スタースクリームの体へと巻きつけたのだ。

「うわっ! 何しやがる離せぇ!」

「一緒に落下したくなかったら頑張って飛ぶんだなスタースクリーム」

「ちくしょう! 離しやがれぇ!」

 焦りでデタラメな射撃をして来るがジャズは空中で体を上手く動かしながら弾丸を避ける。このままでは本当に落ちてしまうと不安を感じたスタースクリームは機首を上げて上昇した。すんでのところで二人は地面に激突せずに空中へと飛び上がれた。ある程度の高度を確保して、ジャズはスタースクリームに弾を浴びせた。

「な! やめろコラ!」

「もうお前には用はないな!」

 翼とスラスターに穴を開けられ、スタースクリームは落ちて行く。グラップルビームを解いて、ジャズは適当なマンションの屋上へ着地してから綺麗に転がり落ち、道路へ出て来た。

 空を見上げれば浮力を失ってゆっくりと墜落に向かうスタースクリームが見えた。

「ハハッ、これで死なないにしても良い薬になったろ」

 ビークルモードに変形し、ジャズは真っ先に士道を探し始めた。無人の町を遠慮なく全速力で駆け抜ける。激しいエンジン音が心地良く、交通法を気にせずに走れてスカッとする気持ちだ。天央祭会場からレーザーファイヤーが飛んで来たという事はグリムロックがそこにいる事を表す。まだいるかは分からないが、行ってみる価値はあった。

 景気良くアクセルを全開にしていると一台のトラックが停車して道を塞いでいる。暴徒と化した生徒へのバリケードとはとても思えない。ジャズはブレーキをかけて止まると変形して銃を構えた。すると、やはりトラックは変形して真の姿を見せる。

「オプティマス……」

 美九に操られているオプティマスや他のメンバー。ジャズを捕らえに送られて来たのだと思い身構えた。オプティマスは手を差し出した。銃口や切っ先でもなく手をだ。

「ジャズ、士道はどうした? みんなおかしくなっているんだ」

「オプティマス……? 洗脳は解けたんですか?」

「洗脳? 何のことかさっぱりだ」

「あなたは操られていたんですよ。覚えていないんですか?」

 オプティマスは首を横に振った。

「どうして洗脳が解けたかわかりませんが、とにかく良かった。オプティマス、十香がDEM社に捕らわれています。助けに行きましょう!」

「もちろんだジャズ。しかし……頭や体がやけに痛いな……」

「まずは士道とグリムロックと合流しましょう。彼等も十香を助けに行く筈です!」

「だろうな、私達も向かうぞ」

  オプティマスとジャズが同時に変形したかと思うと、町中に空間震警報が鳴り響いた。

「警報? 精霊が来るのか?」

「いいえ、霊反応は何も出てきませんよ。きっと誤報か……人払いでしょう」

「人払い?」

 人払いをして目撃者を無くす理由は簡単だCR-ユニットや精霊という秘匿情報を隠す為、となると今から何が始まるのかオプティマスは予想が出来た。

 遠方から爆発や銃声が聞こえ、オプティマスとジャズは小高いアパートへ上がるとDEM社から少し離れた所で壮絶な戦闘が開始している。

「ドンパチやっているな」

 オプティマスはカメラを拡大して戦況を確認する。

「見てみろジャズ、DEMの魔術師(ウィザード)とたくさんの時崎狂三が戦っているぞ」

「本当ですか」

 ジャズも戦場を拡大して見てみると確かに狂三と魔術師(ウィザード)が戦っているのが窺えた。

「狂三だけじゃないな。グリムロックもいるぞ」

「グリムロックと狂三が共闘? どういう風の吹き回しですかね?」

「士道もあそこにいるだろうな」

「間違いないでしょう」

 二人はトランスフォームすると戦場へと急行した。

 

 

 

 

 夕飯をまだ食べていなかった美九はホテルに用意された夜景が綺麗に見える席で料理を食べていた。今、頭の中にあるのは士道とグリムロックの事だけだ。偉そうに人間は悪い奴ばかりではないと言い放った士道、他人の為に怒れるという不可解な恐竜、どちらも今の美九の理解の範囲外だ。

 混乱が苛立ちに変わり、美九は唸るようにして士道の名前を口ずさんだ。

「五河士道……」

「ひっ……」

 憎悪に満たされた声と迫力に四糸乃は短く悲鳴を上げて僅かに下がった。

「皆さん……“正直に”答えて下さい。あの五河士道とあの恐竜、どんな奴なんですか?」

 美九の声に自白剤にも似た効果が付与されてメイド服を着た四糸乃達は話し出した。

「士道という男か? まあ我には劣る存在よ。だが、あやつは誰よりも人を優先する男だろう。グリムロックは付き合いが短いから良くわからん」

「説明。士道は自分の命に関してやや鈍感です。それだけ他人の事を想っていると思われます。グリムロックは付き合いが短いのでわかりません」

「士道さんは……優しくて……お兄さんのよう……です。グリムロックさんは……いつも私を……気遣ってくれて……絶対……助けてくれる……大切な友達です」

 正直に言うように命令したので三人の言葉には嘘偽りが無いのはわかった。美九は続いて次の質問をした。

「じゃああの男は命を懸けてまで十香って子を助けると思いますか?」

 美九の問いかけに三人は即答した。

「勿論であるぞ」

「確信。士道なら間違いなくやります」

「士道さんにとって……十香さんは特別だから……助けると思います」

「オレも士道の奴ァ十香を助けると思うぜ、いや絶対に助けるな!」

 ワーパスがホテルをよじ登って窓ガラスを割り、部屋に顔を突っ込んで来て答えた。その隣にはアイアンハイドとぱーせぷたーもいる。

「あのボウズの根気は一流だ。あの子を見ているとかつてのオプティマスを思い出す」

「私の計算では士道が十香を助ける確率はだね、一〇〇パーセントと断言出来るだろうし、助ける相手が十香以外でも私の見立てではその心理に変化はないだろうね。スターセイバーを持っているという強みはあるにしても無いにしても彼の気持ちは絶対にブレる事は無いに等しい。第一に――」

「話なげぇよインテリ野郎」

 美九は両手に持ったナイフとフォークを置いた。考えがまとまらずにイライラだけが蓄積されていくのだ。忌々しい男、口先だけに違いないと決めつけている筈なのに美九の胸にチクリと刺さって取れない。このもやもやを晴らす為だと、美九は心の中で割り切って力強い歩調で部屋を後にした。

 

 

 

 ASTの医療棟の一室で折紙は目を覚ました。スタースクリームに撃たれた事が幸いして脳が一命を取り留めたが、折紙はそんな事など全く知らない。備え付けられたベッドの隣には医療機械と来客用の椅子が置いており、椅子には美紀恵が座っていた。

「お、折紙さぁぁん!」

 目を覚ましたと知るといきなり折紙に抱き付いて来る美紀恵を避ける元気はなかった。

「ミケ……ここは?」

「医療棟です」

「ずいぶんと静かだけど……」

「はい、どうやら精霊が現れたらしくてですねぇみんな出払っているんです」

「……何故あなたはここにいるの?」

「隊長さんが見ていてあげろと仰ったのです」

 自分の体を見回して外傷が無い事を確認した。頭痛も感じないし体に気だるさも吐き気もない。自分の状態を見直すと脳裏に士道の顔が閃いた。

「士道……! 彼を助けなきゃ……」

 折紙は士道の無事を確認する為にベッドから降りようと体を動かした瞬間、激しい頭痛が頭を蝕み、全身を縛るような筋肉痛が走り回った。

「っあ!」

「安静にしてて下さい折紙さん、ホワイト・リコリスを使いすぎて折紙さんの体や脳は疲弊していますです! 無理はダメです!」

「どいて……! 士道が……士道の無事を確かめる。士道を守るのが私の……役目!」

「お願いです折紙さん、言うことを聞いて下さい。それに折紙さんのIDは凍結されています」

「なら一般兵装ででも駆けつける」

「死ぬつもりですか!?」

「士道は――」

 折紙は美紀恵の肩を掴んで感情を剥き出しにした表情で叫んだ。

「士道は私の最後の寄りどころ! もう大切な人は失いたくない!」

 頭や体は痛いし常人なら歩く事もままならない。しかし折紙の士道を想う気持ちは激痛を凌駕して全身を貫かれる痛みを麻痺させていた。美紀恵にはこの折紙を止められるだけの言葉は持っていなかった。

「折紙さん、CR-ユニット……一つ心当たりがあります。付いて来て下さい」

 美紀恵に出来る仕事は折紙を止めるのではなく、折紙に悔いを残さないようにサポートするだけであった。

 

 

 

 

 無数の狂三とグリムロックが囮となって戦っている隙に警備が手薄になったDEMを攻めるのが今回の作戦だ。狂三の読み通り、警備はかなり手薄となり狂三も潜入がしやすくなった。士道の前を歩き、DEM社の裏口に到達した所で不意に空間に一本の光が横薙に振るわれ、狂三の首を狙って来た。影の中に逃げ込み、何者かの攻撃をかわした。

「兄様!」

 久しぶりの実妹の声がこだまして、真那はフラクシナスで借りたCR-ユニットを纏い、士道の前に降り立つとギュッと体に抱き付いて来た。

「真那、今までどこに行ってたんだよ!」

「こまけぇこたぁ良いんです! それよりナイトメアと一緒だなんて危ねーです。粉々にしましょう!」

「あらあら、相変わらず怖いですわね真那さん」

 さっきの真那の不意打ちをかわした狂三は壁に影の渦を作ってそこから顔を出した。

「簡単に姿を見せて良いんですか? 直ぐに首を跳ねますよ?」

「あの時はわたくしの気まぐれで助かった癖に強気ですわね」

 今にも戦いだしそうな雰囲気に危機感を覚えた士道はすぐに仲裁に入った。

「二人とも今は戦いは無しだ。助け合った方が効率的だろ?」

「ふふっ、助け合いは性に合いませんの。士道さん、これからは別行動としましょう。真那さんがいれば平気でしょう」

 狂三はそれだけ言い残すと影の中へと消えて行った。壁にあった影の渦も狂三がいなくなると次第に消滅してしまった。

「ふんっ、やな女でいやがります!」

「まあまあ、今回は狂三の助けがあったから俺もこうしていられるんだ」

 やはり狂三と真那は水と油だ。

「んで真那、今までどこに行ってたんだ? 怪我が治ったんなら治ったで連絡の一本くらいよこしてくれないと困るじゃないか」

「はいです。これからは気をつけるつもりでやがります」

 立ち止まっていてもしょうがないので話しながら歩き出し、士道が裏口のドアに触れかけると真那は士道の手を取り、首根っこを掴んで勢い良く裏口から離れた。その直後、猛烈な爆風が壁やドアをガラクタに変えて何者かが粉塵の中からゆっくり歩いて来るのが分かる。

「何だあの爆発」

「気をつけて下さい兄様……!」

 真那はレーザーブレードを腰から抜き、姿の見えぬ敵を警戒した。やがて煙が晴れるとそこにいた人物と兵器に真那は目を丸くした。

 紅く美しい装甲、色さえ違えど基本的なデザインは全く同じだ。ホワイト・リコリスの姉妹機スカーレット・リコリスがそこにあった。そしてそれを操るのは先ほど真那に撃退されたジェシカ・ベイリーその人だった。

 ジェシカの顔には正気は無くなり、目を見開いて気でも狂ったかのように絶えず笑っていた。

「職場の人?」

「ええ、自尊心だけは一丁前なオバサンでやがります」

「マナァァ! あたしは遂にこれと一つになったァ! 殺してやるぜマナァ!」

「兄様は先を急いで! コイツは私が血祭りにあげます!」

 ジェシカを真那に任せると士道は散らばった瓦礫を乗り越え、崩れた階段から這い上がって二階へと上って行った。ジェシカに邪魔されないか心配だったが、このイカレた女の標的は真那一人で他には一切目もくれない。

「真那、真那、真那! お前の排気ガスを追ってどこまでも追い詰めてやるぅぅ!」

「しつけーですね!」

 スラスターを前へ噴かし、高速で後退しつつ真那は腰のホルスターに格納されたアサルトライフルをジェシカにばら撒く。回避行動を殆どしないジェシカへ弾は命中するのだが、なんせ威力が低すぎるのでダメージにはならない。

「逃がしゃしないぜマナァァ! ひよっこ野郎がぁぁ!」

 スカーレット・リコリスの巨大な二本のレーザーブレードを振り回し、真那はブレードで一振り一振りを正確に捌いて防御している。気は狂っていても操作技術は落ちていない。スカーレット・リコリスの性能も相まって極めて強敵となっていた。

 後退、射撃、斬り合い、この三つの動作を使って真那は互角の戦いに持ち込んでいた。それでも、時間を使いすぎるとジェシカの脳が危ないのだ。

「ジェシカ、今すぐスカーレット・リコリスを止めやがれです! それは本来あんた使える――」

「うるさい! いつもいつも、私の前に出ては手柄を立てやがって! もう我慢でけん!」

 スカーレット・リコリスの多数のロックオンが真那一人に狙いを付けると背面に搭載されたミサイルポットが開き、垂直に打ち上げられてから真那の方向へ豪雨のごとく降り注いだ。スラスターを真横に噴かし、急加速でかわし、アサルトライフルでミサイルを撃ち落とし、それ以上接近して来たミサイルはブレードで切り裂いてと絶妙な動きと胴体視力、反射神経がそれを可能にした。莫大なミサイル攻撃をした後の隙を狙って真那は空中を一直線に駆け抜けてジェシカを狙った。

 殺さない程度に加減したレーザーブレードがジェシカの腹を突き刺した。かに思えたのだが――。

「嘘……」

 強力な随意領域(テリトリー)を前面に集中して張る事で相手の威力を極限にまで殺したのだ。

「甘いわよマナ! 消えろぉぉ!」

 真那の周辺を重たく、どろっとした空間に包み込まれ、動きを著しく阻害されてしまった。その間にジェシカは魔力砲を充填して砲撃を開始したのだ。

 レーザーブレードに膨大なエネルギーをつぎ込み、刀身を巨大化させると周辺を包み込む空間を斬り払い、魔力砲を正面から受け止めてから空の彼方へと弾き飛ばした。

「忌々しい女、マナ! お前をバラバラにしてやる!」

「口の減らない女ですね、あなたは――うっ!?」

 突然、真那は背後から何者かに撃たれた。背中には前方以上の注意を払っていたのにもかかわらず真那の注意をかいくぐって奇襲を仕掛けて来たのだ。

「やれやれ、かつての仲間に随分と苦戦しているようですねジェシカ」

 真那に対して奇襲など出来るのはそう、エレン・メイザースしかいなかった。白銀の装甲、最新鋭のCR-ユニット“ペンドラゴン”を身に付けてエレンは現れた。普段はくくっている髪を今回は下ろしている。

 エレンは自信満々にレーザーブレードを振りかざした。今回はエレンの疫病神のスタースクリームがいないので自分のペースでやって行ける。

「エレン……!」

「裏切り者が今更ノコノコこと何の用ですか?」

「言う義理はねーです!」

「喋ってないで戦えマナァァァァ!」

 再びあのミサイル攻撃が降り注ぎ、真那はなんとかして今回もやり過ごした。スカーレット・リコリスを持つジェシカとエレンの二人を相手に戦闘を続ける事は、死を意味していた。

「あなたは生きていたらなにかと邪魔になります。ここで排除します!」

 早急に決着を着けようとブレードを構えたエレンの頭上から弾丸が撃ち込まれた。鈍足に等しい弾を華麗に避けたエレンは上を見上げると折紙が急降下しながらアサルトライフルを撃っていたのだ。

「鳶一一曹!?」

「真那、士道は?」

「ビルの中でいやがります」

「わかった」

 貧弱な装備でなんとか固めて来た折紙はビルへ突入を試みたのだがエレンがそれをさせなかった。

「行かせませんよ鳶一折紙」

「どいて」

「嫌です」

 折紙はブレードとサブマシンガンを手に最強の魔術師(ウィザード)と対峙した。折紙の視界からエレンが忽然と消え失せ、何が起こったのか全く理解出来ずにいると折紙は髪を掴まれ、獰猛な力でビルの壁に叩きつけられた。

「速すぎて見えませんでしたか? あまり速く動いたつもりはなかったのですが」

 エレンの動き、折紙には何も見えなかった。気がつけば壁に叩き込まれるという状態である。装備も実力も違う。歴然たる力の差でこれ以上の戦闘の続行は間違いなく死に繋がる。

 折紙はビルから出ようと腰を上げた途端、エレンの腕が折紙の首を掴んでビルから引っ張り出して宙へ放り投げた。朦朧とする意識の中で折紙はエレンからの攻撃に必死で抗った。

 火器という火器は構えた先からエレンに打ち砕かれ、ブレードさえも叩き折られ、折紙はたちまち武器を全て失ってしまった。

 腹に膝蹴りが入り、背中からパンチが打たれ、折紙は力を無くして腕をだらんと垂れ下がっていた。エレンは折紙の首を掴むと勝ち誇ったように剣を振り上げる。

「有能とは聞いていました。しかしあなたはアイクの野望の邪魔になるかもしれない。ここで死んでもらいます」

 ドクンドクンと心臓の音が折紙にはやけに大きく聞こえていた。死期が近いのかもしれない。武器は一つもない、抗う力は何も残っていない。

 いや、一つあった。最後の賭けだ。

 エレンが何か他にも述べていたが、折紙の耳には入って来ていない。最後の希望にすがるように力を振り絞って勝ちを確信したエレンを蹴り飛ばして折紙は距離を取った。

「まだ力が残っていたとは驚きですが、もう終わりです」

 折紙はホルスターからある武器を出した。残弾一発、使用回数一回、有効射程一〇メートル、殺傷力は無し。

 折紙がホルスターから飛び出した物を握りしめ、ゴム紐を目一杯引っ張った。ナルパチンコ、これが折紙に残された最後の武装だ。子供だましの武装にエレンは思わず笑ってしまった。

「実に面白いギャグですね鳶一折紙、そんなパチンコで世界最強が倒せるとお思いです――」

 相手のセリフなど無視して折紙はナルパチンコをエレンに撃ち込むとペンドラゴンに電流が走り、徐々に動きが鈍くなって来るのだ。

「何ですって!?」

 麻痺弾はエレンの動きを大きく阻害して、もはや戦闘どころではなくなった。

「おのれ……鳶一折紙! ふざけた武器を……覚えていなさい! この借りは返しますよ!」

 捨て台詞を吐き、エレンはふらふらと拙い飛行で撤退して行った。折紙はゆっくりと下降してビルに出来た穴に止まった。後は真那がジェシカを片付けるだけだ。

 

「マナァァ! アッハッハッハ! 強いでしょあたしは!」

 スカーレット・リコリスを動かしてからだいぶ時間が経過している。ジェシカの目や鼻、耳からも血が流れて、人としての理性の殆どが無くなりつつあった。

 真那もこれ以上は逃げるのではなく、早期に決着をつけてジェシカに引導を渡す必要があった。防戦一方だった真那はジェシカに向き合い、真っ直ぐに突撃して来た。

「バカめぇ死ねぇ!」

 ありったけのミサイルとビームが真那に襲いかかり、冷静にそれぞれを対処して行く。近付けば例の随意領域(テリトリー)で拘束される。真那はもう一本、ブレードを引き抜いてそれをジェシカに投げつけた。

 ジェシカはそれにつられて前面への防御を偏らせ、投げられたブレードを防ぐ。真那はジェシカの真横に回り込み、バックパックを切り落とし、左腕を両断、そして遂にがら空きのジェシカに一太刀浴びせたのだ。

 スカーレット・リコリスは損傷が酷く、屑鉄となった。爆発に巻き込まれない為にも真那はジェシカを安全な所へ運び出したのだが時既に遅し、ジェシカの髪は色褪せて、顔はしわぶいて老婆のような姿で朽ちていた。

「ジェシカ……忠誠心だけは立派でした」

 

 

 

 単身、DEM社へと乗り込んだ士道は警備部隊からの手痛い歓迎を受けながらも上の階へと進んでいた。スターセイバーを振るいながら警備部隊を潰して行くが、スターセイバーは人知や精霊の域すら超えた力だ。プライマスの加護があるとしてもその負担は計り知れない。

「いたぞ! 侵入者だ撃て!」

 警備部隊の男が狭い室内で銃を撃ち、士道の足や肩に弾丸が突き刺さる。

「邪魔をするなぁ!」

 光り輝く刀身にエネルギーを溢れさせながら士道は半月状の光波を飛ばし、目の前の警備隊を全滅させた。肩で息をして撃たれた個所はイフリートの炎で再生し、体から弾丸を押し戻した。

「くそっ……」

 ――士道くん、これ以上の無理は危険です。

「うるさい! 十香を助ける……それなら限界くらい超えないとダメなんだ!」

 ――このままでは命に関わります。

「十香の命の方が大事だ!」

 ――やはりあなたはプライムに相応しい。迷いなく、本心でそれが口に出来るのだから。

 士道はスターセイバーを引きずりながら更に上の階段を目指そうとすると、窓ガラスが割れて一人の少女が入って来た。

「本当に臭いセリフが好きですねぇ。それにあのキモい独り言何ですか? 痛々しくて見てられませんね」

 相変わらずの罵詈雑言、士道は声だけで美九だとわかった。

「美九……」

「名前で呼ばないでくれますぅ? あなたが名前を呼ぶ度に拭いようのない汚れが蓄積されるんですけど」

「はぁ……どうしたんだこんなところに来て……」

「無様なあなたが無様に逃げ帰る様を身に来たんですよぅ」

「悪いが……俺は逃げるつもりはない」

 ガリガリとスターセイバーを引っ張って士道は階段を上りだした。

「何でそんなに頑張るんですかぁ? もう正義のヒーローに憧れる歳でもないでしょう?」

「誓ったんだ……助けるってな……」

 美九は呆れたように首を横に振った。美九は士道の後ろを傍観するように歩いているとある事を閃いた。

「そうだ、あなた。今から十香さんを諦めるって言って下さいよ。でしたら私が好きな女の子をいくらでも――」

「黙れ……!」

「何です?」

「もう一度言う、黙れ! 十香に代わりはいない! どれだけ女や金を積まれても十香の代わりにはならない!」

「綺麗事言わないで下さい! どうせ男なんて別の子が出来たらすぐに乗り換えるんですよ!」

「美九! 何でお前は人間を嫌うんだ!」

「人間は醜い種族だって言ったでしょうが!」

「お前も人間だろうが!」

「――!?」

「人間のお前に……黒髪の男が力を与えた……違うか!?」

「あ、あなた……どうしてそれを……」

「知り合いに情報通がいてな。もう話してくれても良いだろう! 人間のお前が人間を嫌う理由をな!」

  美九はギリギリと噛み締めてからゆっくりと震えた声で話しだした。

 誘宵美九という存在についてだ。幼少期から歌以外の取り柄は無く、歌を褒められる度に美九は歌を皆に届ける思いが強くなった。

 そして――。

 

 全てを語り尽くした美九は目頭が熱くなり鼻先は真っ赤になっていた。辛く苦しい過去を勇気を出して告白した美九は異様に息を切らしていた。

 士道も全てを聞いた。

「私はね醜い男共の所為で声を無くしたんですよ! 私の存在価値を奪われたんですよ!」

「酷い手のひら返しだ。手首がねじ切れる程にな。お前の境遇は気の毒さ、でも……スキャンダルに踊らされずに待っていたファンもいた筈だ」

「わかった口をきかないで下さい!」

「いたぞ! 侵入者は二人だ!」

 別の警備隊が士道と美九を捕らえにまた現れた。

「この声があれば私は最高のアイドルなんです! 声のない私なん――てッ!」

 音圧で現れた警備隊を瞬時に吹き飛ばす。

「この力の無い私を一体誰が見てくれるんですか!?」

「少なくとも俺は見ている! 一曲だけどよお前の歌は聞いたよ。ひたむきで実直でバカがつく程に真剣で楽しそうに歌うお前は最高だ!」

「い、いい加減な事を言わないで下さいよ! 何ですかぁ? もし私が十香さんのような目に合えば助けてくれるんですか!? その場その場で綺麗事言わないで下さい!」

 スッと士道は手を差し出した。

「美九、俺の手を取れ!」

「――!?」

「俺はお前を見捨てない! 俺が俺である限りな!」

「う、嘘だ嘘です! そんな事ありません!」

「何なんだよお前はよー!」

 言い合い、警備隊を退けながら歩いていると重厚なゲートが姿を見せた。今まで見てきた部屋のドアとは明らかに雰囲気が違う。前方のゲートに目をやり、士道はスターセイバーを振りかざして躊躇いもなくゲートを斬り破った。

「乱暴ですね……」

 美九の言葉を無視して中へと突入すると室内の最奥部には椅子に拘束された十香ともう一人、アイザック・ウェストコットがいた。

「アイザック……ウェストコット?」

 名前や顔は良く見る。だが、士道はそれ以外でもアイザックの顔をどこかで見た気がしていた。

「あれぇ? あの陰険男どこかで見たような……」

 美九もアイザックの顔にどこか覚えがあるようだ」

「ようこそ、若い騎士くん。プリンセスはここだ。助けるなら私を殺してみるかい?」

「必要ならな!」

 士道はスターセイバーを構えるとアイザックは大げさに驚くような素振りで首をすくめた。

「やめようじゃないか、私はエレンのように強くはないんだ」

 アイザックはポケットに入っていたボタンを押すと十香の拘束を解いた。

「シドー!」

 十香が会いたかった士道に向かって駆け出すと士道と十香の間に分厚い強化アクリル板が出現した。二人の前に厄介な壁が出来てしまう。

「おい、あんた! 今すぐこのアクリル板を外せ! さもないとぶっ壊すぞ!」

「ぶっ壊す……か。どうぞやりたまえ、出来るならね」

「やってやるさ!」

 士道はスターセイバーをいつも以上に輝かせてアクリル板を叩き破ろうとすると――。

「シドー、危ない!」

 十香が叫んだが、士道が反応する前に背後からエレンが現れ、士道の腹を貫いた。レーザーブレードを引き抜くと取り留めなく血が流れ出し、士道は呻きながらゆっくりと倒れ、アクリル板には士道の血がべったりと付着した。

「さあさあプリンセス、ボーイフレンドを助けたいのだろう? 力を出したまえ、なんならその先の禁じ手さえも掴み取れ」

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 地面を踏みつけ、十香は鏖殺公を呼び出そうとするのだが、足音だけが虚しく虚空に響く。

鏖殺公(サンダルフォン)! 鏖殺公(サンダルフォン)! 頼む、応えてくれぇ!」

「アイク、やはり殺しましょうか?」

「ああ、そうだね」

 十香はアクリル板を力任せに叩き、必死に訴えた。

「頼むやめてくれ! シドーだけはシドーだけは殺さないでくれ! 何でもするからシドーだけは!」

 十香の頼みなどエレンの耳には入って来ない。切っ先を心臓に定めて、まさにブレードを突き下ろそうとした。

 十香の動悸が激しくなり、心がどす黒く汚れて行くような気持ちが十香を支配して行く。憎しみと負の感情だけが高まり、十香の体から紫色のオーラが溢れ出すとアイザックは口を大きく歪めて笑い出す。

「ハッハッハ! 良いぞ! 反転するんだプリンセスよ!」

 アイザックが喜びに悶えたその矢先、突如としてビル全館が奇妙な停電に陥った。

 それだけではない。十香の霊力が極めて弱まっていく、そしてエレンの“ペンドラゴン”がどういう訳か強制的に解除されたのだ。

「何だと言うんだ?」

 アイザックは眉をひそめていると、部屋にあるモニターに映像が映された。

 

『ようこそ、私の実験室へ。これからこの町は私の支配下になるのだ』

 単眼のトランスフォーマー、ショックウェーブを見てその場にいた全員がトランスフォーマーだとわかった。だがみんな初めて見るタイプであった。

「エレン、何が起きたんだ?」

「わかりません。あのトランスフォーマーが何か仕出かす可能性があります」

 そう言っていると急に何か地震のような揺れがビルを、いや天宮市を襲った。

 アイザックが強化ガラスの窓から外を見ると、そこには山の中から巨大な金属の柱が顔を出している。

 天宮市は山に囲まれた町、その山の山頂から一キロ間隔で金属の柱が続々と出現し、地面や山の中腹から無数のインセクティコンが這い出していた。

 

 ショックウェーブはラボの中でインセクティコン達に命令を下す。

「インセクティコンよ食い尽くせ、この町全てを!」

 



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23話 ダイノボット

 ラボの映像ではショックウェーブが丹精込めて育て上げたインセクティコンが町を這い出して、建造物やバンダースナッチ、ASTを襲っていた。天宮市の山から出現したタワーはただの飾りではない。既にタワーの登頂からエネルギー波を絶えず送り出している。

 このエネルギー波は、ASTのCR-ユニットを起動不能にするだけでなく、精霊の霊力を阻害する効果があった。捕らえたASTとスタースクリームがくれた精霊のデータを用いて、このエネルゴンタワーが完成したのだ。

 背の高いビルにはインセクティコンが集り、地球のムカデをモチーフにした巨大なインセクティコン“メガピート”はビルや大地を掘るように動き回って、目につく物を食らっている。

「メガトロン様、もう少しでこの星は我々の物です」

 ショックウェーブは不気味な笑い声を小さく漏らしながら言った。

「いってー、ショックウェーブ、お前はこんなところにいたのか」

「スタースクリーム? どうしたんだ?」

「ジャズを逃がしたからよ。ついでに怪我したから休もうと思ってな」

「休んでいる暇はない、見ろ」

 ショックウェーブがモニターを指差すとスタースクリームは覗き込むようにモニターに目をやった。そこに映っているのは光学迷彩が解けて姿を見せたラタトスクの空中艦フラクシナスだ。フラクシナスもショックウェーブのエネルゴンタワーの影響を酷く受けているのだ。

「あれを落として来い」

「人使いが荒い野郎だ」

 そう言うと被弾した足にエネルゴンを注入してからラボを飛び出して行った。

「グリムロック……これに対抗は不可能だ……!」

 

 

 

 

 突如、地上から溢れ出したインセクティコンにASTもDEMも混乱状態だ。ジャズとオプティマスは背中合わせになって襲って来るインセクティコンを撃ち抜き、叩き潰してと処理して行くが、相手は数が圧倒的過ぎる。

「まずいですねオプティマス」

「ああ……」

 数の暴力に押されているとインセクティコンの大軍に砲弾を撃ち込みながら前進して来る戦車が確認出来た。その後ろでアイアンハイドとパーセプターが構えているという事はあの戦車がワーパスだと言うのがわかった。

「オプティマス! 大丈夫ですか!?」

 アイアンハイドは駆け寄り様に二、三匹を撃ち殺しながら手を振った。

「アイアンハイド、ワーパス、パーセプター、お前達は平気なのか?」

「ええ、なんともないですよ」

「元気もりもりだぜ! ようやくディセプティコンの野郎をぶちのめせるぜ! イェェア!」

「私の予測ではあのエネルゴンタワーでしょうね。あれの影響でCR-ユニットや精霊の力が働かなくなったと思われます」

「なら人間達が危ない。オートボット、この町を全力で守るぞ!」

「はい!」

「各自、散会して撃ちまくれ!」

 オプティマスの命令を受けてオートボットはこの町を人間を救うべく各方面へと散った。だが、ジャズはまだ動かずにオプティマスの側に立っている。

「どうしたジャズ?」

「オプティマス、この戦い……援軍が必要です。グリムロックだけでは戦況をひっくり返せない」

「そうだ、だが我々に退く道は残っていない」

 ジャズは一拍置いて。

「私に援軍の心当たりがあります! グリムロックを連れて行ってもよろしいでしょうか?」

 今、グリムロックは戦力の要だ。戦場を離れるのは著しい戦力ダウンとなる。それでもオプティマスはジャズの目を見ながら答えた。

「許可する。私達とこの町の運命を君とグリムロックに託す」

「ありがとうございます」

 ジャズはビークルに変形すると一目散に走り出し、グリムロックのいる所へ向かった。流石のオプティマスも無策で許可を出した訳ではない。通信をオートボット基地に接続してオプティマスは命令した。

「テレトラン1、ジェットブースターを送ってくれ」

 オプティマスの指令を受け、オートボット基地、もとい精霊の特設マンションが左右に展開し、そこからジェットブースターをオプティマスのいる地点へ向けて発射した。

 到達まで十秒程だろう。

 その間にオプティマスは迫り来るインセクティコンを倒しながら無力化されたASTの援護をしながら一人でも多くの人名を救助していた。士道も気になるしフラクシナスも気になる。気にしていては切りがない。キィィッ、という風切り音が聞こえるとオプティマスは空を見上げた。ジェットブースターが到着したのだ。

 落下の衝撃を緩和するバーニアを噴かしながらオプティマスの背後に着弾し、オプティマスは自分の背丈よりも大きな箱に声紋と視覚を合わせて開く。箱の内部で待っていたのは巨大な二対の翼と大型ブースターだ。

 ジェットブースターは即座にコードを伸ばしてオプティマスの背中へと接続されて行き、顔や腕も飛行に適したシャープな姿へと配列を変えた。箱の中に入っているありったけの弾薬と武装を持ち出して、ブースターが点火する。

「さあ、出動だ!」

 とてつもない風圧と衝撃を吐き出してオプティマスは空へ駆け出した。

 

 

 

 

 士道は腹を貫かれた傷を押さえながらなんとか立ち上がって見せた。琴里の再生能力が働いたおかげであるが、これからはもうその再生能力に頼れない。スターセイバーを握り直し、士道は辺りを確認した。十香は気を失って床に伏せて、エレンはCR-ユニットは無し、美九は相変わらず堂々と立っている。何が起こったのか理解出来ていないが、一命は取り留めたのはよくわかる。

「はぁ……はぁ……撤退しろ、今すぐ」

 士道はスターセイバーをエレンに突きつけて言った。

「バカにしないで下さい。何の小細工か知りませんが、私をこの程度では止められない!」

 封じ込められた筈のペンドラゴンが再び始動した。白銀の鎧を装着したエレンはブレードを抜いて士道に突き付ける。

「待てエレン、ここは退こう」

 エレンを止めたのはアイザックだ。

「今回は邪魔が入ったが次は無い。それまでその命を取っておくと良い」

 アイザックがアクリル板を取り払うと士道は十香の下に駆け寄った。エレンはアイザックの隣に立つと目に見えない力が二人を包んで空中へと浮かび上がって行った。

「また会おう、五河士道。プライムが残した最後の希望よ」

「こっちは会いたかねーよ」

  アイザックとエレンが見えなくなるまで上昇してから緊急脱出用の小型船へ乗り込み、二人は去った。士道はスターセイバーを放り投げて十香を抱きかかえた。

「十香、十香! 大丈夫なのか、おい!」

 肩をパンパンと叩いて呼びかけていると十香は徐々に瞼を開けた。

「十香!」

「し、シドー?」

 いつもの十香だとわかると士道の表情に安堵の色が現れる。十香はと言うと腹の虫が鳴って、空腹であると訴えていた。

「シドー、お前は……平気か?」

「ああ、なんともない!」

「そうか……」

 腹の傷が塞がっている事を確かめて十香は安心してにっこりと笑った。十香を無事、取り戻したがさっきのショックウェーブの言葉が気になっていた。士道は外の状況を確認するべくスターセイバーを握り、分厚いコンクリートを切り刻み、壁に穴を空けた。

「さっきの放送なんだったんですかぁ? また変なのが増えてましたけど」

「下を見て見ろ」

 士道に言われて美九が下を見下ろすと地面には無数のインセクティコンが這い回っている。

「天央祭の生徒はまだシェルターに逃げてない。美九、みんなを避難させてくれ」

「ああ~避難なら私がここに来る時に邪魔なんでシェルターに放り込みましたよぉ~。まあ今は何でか知りませんけど私の能力が使えませんし」

「能力が使えない?」

「はい」

 士道はビルから見える巨大なエネルゴンタワーを見て、原因はあれだろうと考えていた。

「そうだ、四糸乃達は!?」

「あ、外で戦っていますね!」

「精霊の力が使えないんじゃあいつ等が危ない!」

『士道、士道聞こえる!?』

 インカムに琴里の声が聞こえて来た。

「琴里か? お前、もう平気なのか?」

『うん、さっきはあんな事言ったけど……本心じゃないから……』

「わかってるよ。それより四糸乃や耶倶矢達を助けないとダメだ」

『それなら大丈夫よ』

 琴里の声に元気が戻って来た。

『さっき、ジャズが四糸乃達を助けてくれたからもう回収したわ』

 士道はホッとして胸をなで下ろした。

『士道さん……私達は……大丈夫です』

『よしのんも元気いっぱいだよん!』

『士道よ、我は無敵であるぞ自分の心配がするがよい!』

『無用。私達は既に正気です』

『兄様! 聞こえやがりますか!? 真那も全然、傷なんてありませんからね!』

「みんな無事で良かっ――」

 安心したのは束の間、DEMのビルが大きく揺れている。いや、揺れているだけではない。徐々にビルが傾いているのだ。窓際に立ってバランスを崩した美九の手を直ぐに取って引き戻し、落ちないようにしっかりと抱えた。

「ど、どさくさに紛れて触らないで下さい!」

「悪かったな。でも、今は精霊じゃなくて普通の女の子だ。気をつけろよ」

 美九を窓際から離して士道はビルから下を覗き込むと巨大なムカデのロボットがビルを食い、縫うようにして上って来ているのが見えた。今まで見たどのトランスフォーマーよりも大きなメガピートに圧倒されながら士道は美九の手を引いて寝ている十香を背負った。

「直ぐにここから脱出するぞ!」

「脱出って……どうする気ですか!?」

「跳ぶ!」

「はぁっ!?」

 美九も驚きを隠せない。士道が手を引いたまま走り出そうとするが美九はこんな高さから跳ぶ事に尻込みして動こうとしない。

「頼むよ急がないとあいつが来るんだ!」

「あいつって誰ですか!」

 そう言っている内にメガピートは大きな顎で床を砕きながら長い胴体を動かしてうねる。メガピートの胴はこのDEM社のビル全体に巻き付き、締め付けている。直にこのビルは倒壊するだろう。士道は十香をまた床に下ろすとスターセイバーを握り、美九を庇うようにして身構えた。メガピートから見た士道等など蟻同然だ。視覚センサーが三人をスキャンすると一直線に食らいついて来た。

 スターセイバーにエネルギーを蓄積させてメガピートの顔ほどある光波を放ち、怯ませる。初めて使った時のようなパワーが出ず、士道は苦い顔をした。巨大なムカデは数え切れない足の内の一本を伸ばし、士道の死角から攻撃して体が弾き飛ばされてしまった。他の足も同時に攻撃すると士道は身をかがめて回避し、一ヶ所に集まった足をまとめて両断した。メガピートが腹を立てた様子で奇っ怪な声を上げた。

「美九、ついて来い!」

 士道は十香を小脇に抱え、美九を肩に担ぐとビルの外へ走り出した。

「ちょっと死んじゃう死んじゃう! 死んじゃいますぅ! ぺしゃんこですよ!」

 ポカポカと背中を叩いて逃げようとするが士道はそんなのはお構い無しに何もない宙へとダイブした。体全体が浮遊感に覆われ、股から頭にかけて気持ちの悪い感覚が駆け巡った。とんでもない速度で落下しだし、美九は「ひぃっ!」と短く呻いてから盛大に悲鳴を上げた。

「キャァァァァ! 落ちるぅぅ!」

「今だ琴里、転送してくれ」

 士道がインカムに向かって叫ぶと三人の体は上へ引っ張られる力が働き、気がつけばそこは何もない空中ではなく、フラクシナスの船内であった。

 放心状態の美九を優しく肩から下ろすが目に涙を浮かべてガクガクと膝が笑いっぱなしだ。

「危なかった」

「当たり前でしょ、アホ!」

 琴里が固いブーツで士道のスネを蹴り、思わず飛び上がって悶絶した。神無月は羨ましそうに指をくわえて見ている。

「よくあそこから飛べたわね! おめでとう士道、将来はスタントマンよ!」

「こう見えてビビってるんだけどな。あのムカデと戦うって考えたら飛んだ方がマシだな」

 大した奴だ、と褒めたい所だったが士道のビックリな行動に流石のみんなも呆れ気味だ。十香は呑気に寝ており、さっきのダイブでも目を覚ましていない。

「そういやフラクシナスは平気なんだな。今、精霊やらCR-ユニットが使えなくて大騒ぎなのに」

「ああ……魔力が生成出来ないのはやっぱり故障じゃなかったのね。でも大丈夫よ、フラクシナスはスラスターで飛行してるし。多分、普通の電子機器への影響は少ないんじゃないかしら?」

 士道はポケットからケータイを出すと画面が少しぼやけていたが、確かに使える事を確認した。

「そうなのかな」

 電気関係は士道はあまり詳しくないのでハッキリとした事まではわからない。そんなある時、フラクシナスの船体が大きく振動してクルーはどこかしらに掴まって倒れないように踏ん張った。

「今のは?」

「総員、原因を調べなさい!」

「ハッ!」

 スクリーンに映像が出るとフラクシナスの後方の装甲に穴が空いている。攻撃を仕掛けて来たのは、赤い見たこともない戦闘機だ。翼にはくっきりとディセプティコンのマークを刻んでいる。

「スタースクリームだ!」

 士道は声を上げてから嫌な汗が全身から滲んだ。防性の随意領域(テリトリー)を晴れないフラクシナスは自分の装甲だけで身を守る。ところが装甲の一部はスタースクリームに破壊されてしまった。

 つまり、スタースクリームに攻撃がフラクシナスに通用する。スラスターを狙われたらこの艦は落ちるしかない。士道はスターセイバーを片手に艦橋を飛び出した。

「ちょっと士道、どこ行くのよ!」

 琴里が呼び止めたがそれを無視した。エレベーターを上がるとデッキへ躍り出て空に向かって叫んだ。

「やめろ、スタースクリーム!」

 士道のいるデッキからはスタースクリームを叩き落とそうとあらゆる対空砲の洗礼が浴びせられている。それでも航空参謀の名に恥じぬスピードと小回りで弾幕を回避、一発のミサイルを発射してまた装甲を吹き飛ばした。

 士道はもう一度叫んだ。

「やめろスタースクリーム! 俺と戦え!」

 スタースクリームは笑うと士道の申し出を無視してフラクシナスの背後へ回り込むとスラスターにミサイルをたっぷり撃ち込み、破壊を成功させて空に高笑いを残してスタースクリームは去って行った。

 フラクシナスはぐらつき、操縦桿の操作に反して高度が下へ向いて行く。

「みんな、どこかに掴まりなさい! フラクシナスが墜落するわ!」

 脱出ポットには到底間に合わない。運が良ければ墜落でなく不時着して助かるかもしれない。

 フラクシナスが地面に向かって落ちて行く最中、また赤い飛行体が飛んで来るのが見えた。スタースクリームが戻って来たのかと思ったがそれは違った。

 オプティマスだ。

「今行くぞ!」

 ブースターが赤熱し、今にも焼き切れそうな程に火を噴き、遠くからならば流星のようにも見えた。オプティマスは落下していくフラクシナスの船体の下に潜り込み、更に強くブースターを噴く。せめて、不時着をさせるべくオプティマスはフラクシナスの向きを調整しようとするが、出力が足りない。

「動けェェェ!」

 オプティマスは体を軋ませ、琴里は操縦桿が折れんばかりに引いて吠えた。

 するとどうだろうか、フラクシナスの船体の角度が緩やかになり、真っ先に激突したのが地面でなく、ビルに突っ込みながら家屋を何軒も踏み潰してなんとか止まった。

「あ~いったー」

 不時着したフラクシナスの内部で琴里は小さな体を起こして頭をさすった。

「みんな怪我はない?」

「大丈夫です司令」

「中津川、破損状況は?」

「はい、スラスターが全て大破、主砲が中破、後各所に穴が空いています」

 主砲以外の防衛装置は奇跡的に生きている。それでもインセクティコンがはびこる地上で飛べないフラクシナスなど直ぐに食い散らかせられるだろう。

「総員、これからは防衛戦よ」

 琴里の声が艦橋へ響いたと思うとDEM社のビルが倒壊し、メガピートは続いての標的を一番目立っているフラクシナスに定めた。そこへ、オプティマスがビル群の間を飛行しながら現れると両腕を二連装バルカン砲へ切り替え、メガピートの大きな体に弾を撃ち込み、オプティマスを捕まえようと無数の足が迫ったが、悉くそれらを迎撃した。

 メガピートが巻き付いたビルにミサイルを放ちオプティマスは天高く舞い上がる。崩れた瓦礫に体の半分が埋まったのを見るとオプティマスは急降下しながらブレードを伸ばし、メガピートの固いの頭をブチ抜いて破壊した。頭部を破壊されればいくら体で巨大であろうと果てるしかない。メガピートは頭を割られて体をビクビクと震わせるとそのまま動かなくなった。

 オプティマスは続いての標的を目指して飛ぼうとするが、インセクティコンを率いているハードシェルは偶然にもオプティマスを見つけ、地上から良く狙いを定めた。

「くたばれ、オプティマス!」

 ハードシェルが放ったライフルの弾は飛行するオプティマスの足に命中し、バランスが崩れ、近くの建設用クレーンのワイヤーに絡め取られた。

 

 

 

 

 フラクシナスを撃墜したスタースクリームは戦況は有利だが、オプティマスの存在を警戒していた。それにフラクシナスはまだ完全に死んではいないし、人間もまだ現代兵器で抵抗をしている。臆病者だが、指揮官としてはある程度の実力はあるスタースクリームは、一切の不安要素を取り払うべく次の命令を出した。

「コンバッティコン、集結せよ!」

 

 

 

 

 天宮市の町外れの廃車場の中で一台の装甲車に光が灯った。地球上には存在しない装甲車は腹立たしそうに喋りだした。

「悲報だ。スタースクリームのバカから招集命令が来たぞ。コンバッティコン、天宮市に乗り込め」

 コンバッティコンのリーダーオンスロートはスクラップになった車達を跳ね飛ばしながら動き出した。

 

 

「こちらスィンドル、天宮市に入った。作戦を開始する」

 警察のバリケードを弾き飛ばしてスィンドルはいち早く戦場へ参加した。

 

 

 自衛隊駐屯地のフェンスを押し倒し、一台の鈍重なスペースタンクがキャタピラを動かして走り出す。

「ブロウルだ。これからぶっ壊しレースに参加するぜ!」

 

 

 天宮市の上空を飛ぶヘリコプター、最も地球の乗り物に近いがボルテックスのようなデザインのヘリは存在しない。

「ボルテックス、急行する。メガトロンに栄光あれ……!」

 

 

 一番、行動が遅れたのはブレストオフだ。しかしコンバッティコン一のスピードでその遅れを取り戻した。雲を切り裂き、空を駆けるブレストオフは空中へ変形し、足からブースターを噴射してスタースクリームの隣にゆっくりと降りて来た。

 その直後にボルテックスが到着しスィンドル、オンスロートと続き、最後にブロウルが参上した。

「オレ達を呼んだからにはひと暴れして良いんだよな!?」

 ブロウルは拳を握ってニヤリと不敵に笑う。

「そうだとも、あそこで寝転がっている戦艦があるだろ?」

 スタースクリームが指差すとフラクシナスの周辺にはインセクティコンに加えて原種の三人が攻撃を加えていた。

「あるな」

「あれをぶち壊せ! 中に人間の小僧がいるから丁寧に扱えよ?」

「了解した」

 オンスロートは一歩前へ出て、小高い岩の上に立つとメンバーに指令を下した。

「ブロウル、お前はここから砲撃だ」

「やりぃ!」

「スィンドル、お前は地上から防衛兵器の破壊だ」

「引き受けた」

「ボルテックス、ブレストオフ、二人は空からアタックだ。対空砲を破壊しろ」

「オートボットの輸送機の時を思い出すなボルテックス」

「だな、じゃあお先にどうぞブレストオフ」

「よし、ではコンバッティコン作戦――」

「作戦開始だテメェら!」

「……」

 オンスロートが指令を下そうとしたのにスタースクリームが見事に割り込んで来た。

 皆、呆れながらも作戦を開始した。ブレストオフが先行しボルテックスはトランスフォームして空へ、スィンドルは急斜面を難なく駆け下りて進み、ブロウルは砲台モードで狙いをつけた。

 

 

 

 

 時間は少しだけ遡ってジャズとグリムロックは四糸乃達をフラクシナスに届けた後だ。二人はある所に向かっていた。

「俺、グリムロック。ジャズ、どこに向かってるんだ?」

「スタースクリームの隠れ家さ」

「隠れ家?」

「DEM社のビルから抜け出す時にね、スタースクリームの翼に発信機を取り付けていたんだ。スタースクリームは山の中、本来は何もない筈の所にいる」

「……? 俺、グリムロック。わからない。何でそれが援軍になるんだ?」

「スタースクリームやショックウェーブはどうやって地球に来たと思う? アイツ等は飛べるがセイバートロンと地球の間を飛べる力は無い。考えられる線はスペースブリッジさ。この地球にはエネルゴンがゴロゴロしている。資源に技術が充実していればこの地球にもスペースブリッジを作っている。そう考えたのさ」

「……あ? まあいいや」

 グリムロックに理解させるなら後五回の説明は必要だろう。二人は山の中に入ると同時に変形してロボットモードになった。グリムロックに身を屈めるように指示してジャズは腕についた小型モニターでスタースクリームの位置を見ていると、綺麗にカモフラージュされた山の斜面がゲートになって開くとそこからスタースクリームが飛んで行くのが見えた。

「今だグリムロック」

 ゲートが閉じる前にジャズとグリムロックは滑り込む。内部は一目見るだけでトランスフォーマーが作ったと分かる造りをしている。丁寧に入り口のゲートの裏側にディセプティコンのマークを刻んでくれている。スタースクリームの隠れ家と読んでいたジャズだったが、通路を進んで行くうちにインセクティコンに関する実験室やラボが多く用意されているのに気付き、ここがショックウェーブの臨時基地だと確信した。

「相変わらず趣味の悪さだ」

 大量に並んだどのカプセルにもインセクティコンは一匹たりとも居なく、その全てが地上へ出て行ったのだ。一体いつのまにこの様な巨大なラボを建設していたか、検討がつかない。幸運にもラボは殆ど空っぽで二人は部屋を一つ一つ、念入りに調べていた。部屋の殆どがインセクティコンを育てるカプセルの置き場だった。多数、存在する部屋の中から二人は一際大きくて頑丈なゲートに守られた部屋を見つけ出した。

 侵入にはパスワードが必要で、更にディセプティコンの証明も必要だ。ジャズはなんとかしてシステムへのハッキングを試みた。ロックの解除に時間がかかっているとだんだんイライラして来たグリムロックは、ゲートを思い切り蹴ってヘコませると左右に割れたドアを引きちぎって中へ入った。

「相変わらず強引だ」

 重厚な部屋の中にはグランドブリッジの何倍もある大きな設備と円形に縁取られた門が頑として構えている。ジャズは制御装置をいじりだした。

「どんぴしゃだ。これはスペースブリッジだ」

「スペースブリッジ?」

 グリムロックもジャズもスペースブリッジと言われれば巨大なタワーで惑星の軌道上に穴を空けるという大層な装置だ。こんなコンパクトな形ではなかった。

「グリムロック、君に頼みがある。今からスペースブリッジを開く。君はセイバートロンに戻って援軍を連れて来るんだ」

「援軍? セイバートロン、オートボット、殆ど残っていない」

「確かにオメガスプリームは休眠、メトロフレックスはステイシス状態、残るオートボットも非戦闘員だ。でもまだいるだろ、君の部隊が」

 グリムロックはダイノボット達の顔が瞬時に頭をよぎった。

「アイツ等、会える?」

「会える。だから連れて来てくれ。連中に命令出来るのは君しかいないのさ」

 ジャズはスペースブリッジを起動させ、円形の門に光のゲートを作り出した。その先には懐かしのセイバートロンが待っているのだ。

「私はここでスペースブリッジを見張る。頼んだぞグリムロック」

 グリムロックはゆっくりと頷くとゲートを通り抜け、光の中へと消えて行った。ジャズは出来るだけ早く戻って来る事を祈り、グリムロックを見送った。ダイノボットがこの戦況をひっくり返す最後の希望なのだ。

 

 

 

 

 CR-ユニットを封じられたASTは、甚大な被害を受けていた。隊員の半数は負傷し、DEMの魔術師(ウィザード)を入れても大した戦力とはならなかった。自衛隊駐屯地を取り囲むインセクティコンの群れ、それらに抗うのは通常兵装を纏うAST隊員達だった。

「くそぅ! トランスフォーマーってのはこんなにいやがるのか!」

 燎子はグリムロックとは随分勝手の違うインセクティコンと戦いながら愚痴をこぼした。戦車を操り、主砲を叩き込むとインセクティコンはバラバラになって吹き飛んだ。

「よっしゃ! ブチのめすのは気分が良いわ!」

 砕け散った残骸をキャタピラで踏み潰しながら燎子は次の弾を装填し、側面から迫って来たインセクティコンにお見舞いした。標準型のインセクティコンは装甲が脆く、人間の兵器でも容易に破壊出来る。

『日下部一尉!』

「はい、桐谷陸将どうされましたか?」

『もうしばらく、耐えてくれ! 今町へ援軍を要請した』

「わかりましたよ!」

 援軍が来るまで保つか不安だ。燎子はのぞき穴からインセクティコンとは違う別のトランスフォーマーが見えた。顔馴染みの部下に操縦を代わり、ハッチを開けて顔を出した。その瞬間に空中から飛行型のインセクティコン“スピッター”が燎子を襲うが重機関銃を握りしめてスピッターを穴だらけにして返り討ちにした。燎子が見たのはビルの上、建設用クレーンのワイヤーに引っかかっているオプティマスだ。

 燎子の記憶にはオプティマスやその他のトランスフォーマーがインセクティコンと戦っているのを見かけているし、部下の何名かもオプティマスに救われているのだ。

「あんた達! あのビルのクレーンを狙いなさい!」

「く、クレーンですか?」

「そうよ、早く!」

 一〇式戦車の砲身が上へと傾き、オプティマスを捕まえるクレーンを良く狙った。距離は離れているが、問題なく当てられる距離だ。

「撃て!」

 燎子の命令で砲撃され、砲弾は真っ直ぐに飛びオプティマスが引っかかるクレーンを撃ち抜き破壊した。たわんだワイヤーを払いのけてオプティマスは自由になるとブースターを再点火させて自衛隊駐屯地の方へやって来る。

 燎子の乗る戦車に四方から集るインセクティコンをバルカン砲で粉々にしてから腕をミサイルに背中から多連装ロケットを展開して手の届かない空中からロケットを降らせた。ある程度、減らせはしたがまた湧いて来るだろう。その間に戦線を立て直す事を祈ってフラクシナスへ戻って行った。

 

 

 

 インセクティコンの大半はフラクシナスへ集まりつつあった。各地へ散ったアイアンハイド等もそこへ集結して苛烈な攻防戦が繰り広げられている。フラクシナスの内部では力を使えない十香達は身を寄せ合って怯えており、この苦しい状況に琴里は険しい表情をしていた。

「琴里さん、あの男は……?」

 やっと放心状態から解放された美九は真っ先に士道の事を思い出した。

「目が覚めたのね、美九。士道なら……わからないわ」

「わ、わからない!? フラクシナスが墜落した時にはもう……」

 士道の安否がわからないのは不安要素でもある。フラクシナスが落ちる際に士道はデッキにいた。琴里の能力があるなら死んではいないが、今は精霊の力を封じられている。

「琴里さん、私をデッキに出して下さい」

「はぁ!? 何を言ってるの!?」

「皆さんはあらかじめ、力を封印された状態で更にヘンテコな機械の所為で力が全く出せてないんでしょ? 私はまだ少しなら使えますぅ」

「協力的ね、美九」

「彼をまだ見届けていませんから。命を懸けて私を守ってくれるかどうか」

 また何か約束したな、と琴里は心の中で呟く。

「手伝うなら感謝するわ。でも出る必要はないわ。神無月!」

「はい!」

「スピーカーを用意しなさい!」

 フラクシナスに搭載された巨大スピーカーのスイッチを入れて、神無月は「あーあー」とマイクのテストをした。

「いつでもオーケーです!」

「だ、そうよ美九」

 スタンドマイクを置かれると美九は力を振り絞る。

破軍歌姫(ガブリエル)行進曲(マーチ)! 鎮魂歌(レクイエム)!」

 光の鍵盤を出現させて美九は美しい音楽を奏で、外にいるオートボットを支援した。

「オォウ! イェア! 何だか力がモリモリ湧いてくるぜ! サンキューな美九!」

「痛みが和らぐ……鎮痛効果とはありがたいな」

 ガトリング砲を更に軽快に撃ちまくり、ハンマーでインセクティコンを叩き潰しながら空から強襲を仕掛けるブレストオフを狙った。相手は速い為、スルリと弾を回避してフラクシナスに爆撃を成功させ、ボルテックスの機銃が対空砲を破壊して行った。そして、絶えず丘の上からブロウルがインセクティコンを巻き込みながら砲撃を仕掛けて来る。

「このままじゃ保たないよ! 司令官はどこにいるんですか!? う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

 果敢に戦いながらもパーセプターの絶叫が響く。

 

 

 

 

 別件でDEM社の中で士道と分かれた狂三も勿論、ショックウェーブのエネルゴンタワーの被害を受けていた。歩兵銃と刻々帝(ザフキエル)の能力を一つだけ残した状態で狂三はインセクティコンの執拗な追撃を逃れて、今も見つからないようにして逃げていた。【一の弾(アレフ)】で逃げるのが現実的だが、力を制御された状態ではその効果も時間も驚く程に弱まっている。かと言って【七の弾(ザイン)】は対象を一つしか止められない。

 ズキンと足の太ももに痛みが走り、狂三は建物の壁にもたれた。逃げる際にインセクティコンの牙が足に刺さり、足からはダラダラと血が流れている。

「まさか、こんな所でわたくしが……!」

 インセクティコンを憎々しく思いながら痛みを我慢して再び歩き出すと建物と道路を遮っていた塀を壊してインセクティコンが狂三を見つけて来た。

「っ……!」

 本能で動くインセクティコンは一目散に駆け出して狂三を食らおうとした――。

「狂三ぃぃ!」

 不意に聞こえた士道の声、それは幻聴でもない紛れもなく本人の声だ。士道は大きく跳躍するとスターセイバーをインセクティコンに投げつけて串刺しにしてから着地と同時に剣を抜いて刃にエネルギーを溜めて一気に解放した。狂三と士道の周りにいた敵を一掃すると士道は、負傷した狂三へ駆け寄った。

「狂三、怪我をしてるな」

「ええ、士道さん。へ、平気ですわ」

「バカ言うな」

 士道はシャツの袖を破ると狂三を座らせてスカートを少し捲って出血の酷い患部に当てて、ギュッとキツく縛った。

「んぁっ!」

「ご、ごめん。痛かったか?」

「お気になさらず……。それにしても士道さん、かなり大胆ですわね?」

「へ?」

 狂三の傷の方に気が行っていたが、士道の視線の先にはスカートを捲られてかすかに狂三のセクシーな黒い下着が見えていた。

「うっ……ごめん狂三! そう言うつもりはないんだ! お、俺は助けようって気持ちでやましい気持ちは一切無いぞ!」

「ふふっ、士道さんったらこんな時でもウブですのね……」

 縛り終わって士道は狂三に手を差し出そうとすると、フラッと足がもつれて自分の意思に反した方向へと倒れてしまう。直ぐに起き上がりはしたが、士道の傷はそろそろ命に関わるレベルまでに達していた。

「士道さん! あなた、ご自分の心配をしたらどうですの!? 傷だらけですわよ!」

「問題……ない」

「大ありですわ!」

 スターセイバーを長い間使い過ぎた反動で腕や足、全身の至る所の肉が裂けて赤黒い血が流れている。琴里の再生能力も働かず、このままでは死ぬしかない。狂三は歩兵銃を出すと今、使える刻々帝(ザフキエル)の力で何を使えば良いのかが決まった。

刻々帝(ザフキエル)四の弾(ダレット)】」

 銃口を士道に向け、弾丸を撃ち込む。反射的に目を閉じてしまうが、痛みは無くむしろ今までの痛みすらも感じなくなった。まぶたを開けると、自分の体がやけに軽い。それにさっき狂三の傷を塞ぐ為に使った袖も戻っており、体中の傷も綺麗さっぱり無くなっていた。

「狂三……何をしたんだ?」

「時間を巻き戻しましたの。今から五時間前、わたくしと士道さんが再開した頃に」

 あの時は確かに無傷だった。これで士道はまだまだ戦える。

「狂三、ありがとう」

 士道はまだ自由には動けない狂三を背負うとフラクシナスに向かって歩き出した所で瓦礫の中から腕が飛び出すと士道の足を掴んで来た。

「ひっ!?」

 何事かと思い、素っ頓狂な声を上げると瓦礫の中から衰弱した折紙が出て来た。

「折紙!」

「し……どう……」

 もはや声も出せぬ程にまで弱り、早く手当てをしなければいけないのは目に見えていた。

「狂三、さっきの弾を折紙にも使えないか?」

「申し訳ありませんが、士道さんに使ったのが最後の力ですわ。士道さん、わたくしよりも彼女を背負ってあげて下さいまし」

 狂三は士道から降りると瓦礫から折紙を掘り出して担ぎ上げると狂三の手を引いてフラクシナスに向けて全速力で走る。途中、妨害をして来るインセクティコンは全て斬り倒して行きながら空から降るスピッターの酸をかわし、ブルーザーという大型インセクティコンの突進を上手く避けながら逃げた。

 フラクシナスが見えると戦況が絶望的であるのが一目で分かる。複数回の爆撃でフラクシナスの上面装甲は焦げ、後一回でも爆撃されたら琴里達のいる艦橋が丸見えになってしまう。士道は空を見上げ、フラクシナスの上空のスピッターを排除していたオプティマスに助けを求めた。

「オプティマァス!」

 士道の声を聞き、オプティマスは急降下で地面に着地しながらインセクティコンを踏み潰し、身を回転させながらバルカン砲やミサイルを辺りに撒き散らして敵を破壊して行った。ジェットブースターをパージするとオプティマスは腕から剣を伸ばし横薙に振るい、目に見える敵を両断した。オプティマスを撃退しようと攻撃して周りに爆発や弾痕が残るもオプティマスは、構わず進軍を続けて手当たり次第にインセクティコンを切り裂く。

 オプティマスの目の前にハードシェルがいる。ハードシェルはサーモロケットキャノンで狙いを定めて来るが、オプティマスは前転してハードシェルの懐へ飛び込み、砲口を腕でかち上げてズラし、腹に強烈なパンチを繰り出してえぐった。

「ぐおぉッ!」

 体から部品が散らばるハードシェルに反撃の機会すら与えず、頭を掴んで地面に倒した。

「くたばるがいい!」

 怒りに満ちた声でそう言いながらオプティマスはハードシェルの顔面にパスブラスターの銃弾を撃ち込み、胴体から頭を引っこ抜いた。そして、力尽きたハードシェルの武器を使って丘の上に立っているスタースクリームを狙い撃つ。

 発射されたミサイルは呑気に戦場を眺めていたスタースクリームに見事に命中し、スタースクリームは吹っ飛ばされた。

「くっ……やりやがったなオプティマス・プライムめぇ!」

 不意打ちを受けて怒り出したスタースクリームはコンバッティコンに次なる命令を出した。

「コンバッティコン! もう手加減無用だ! やっちまえ!」

「手加減しているつもりはないんだが……」

 オンスロートは聞こえないように呟く。

「コンバッティコン、早々に決着をつける。ブルーティカスに合体だ!」

 オンスロートが指示を出すとまず、スィンドルとブロウルが変形し、両足の役目を担い、そこへオンスロートが胴体として乗ると複雑な変形プロセスにより三人の体がしっかりと頑丈に接続された。素早くブレストオフが右腕となり、最後にボルテックスが左腕となって繋がった。五人のトランスフォーマーが合体して出来る合体兵士ブルーティカスの誕生だ。

 グリムロックよりも大きなその巨人に味方のインセクティコンですら萎縮して道を開ける。

「さぁて、あの小舟を挨拶代わりにぶっ潰せば良いんだろ? オレの挨拶は手荒いぜ?」

 合体兵士ブルーティカスはフラクシナスの機銃やオートボット達の銃撃を避けもせずに悠々と受けきると勝ち誇ったかのように笑った。

 

 

 

 

 グリムロックを送り出したジャズはまだそれ程時間が経っていないのに早く帰って来ないかとそわそわした様子で制御装置の前をウロウロとしていた。

「おや、誰かが私のスペースブリッジを使っていると思えば……まさか君とはね」

 ジャズは入り口の方を見て、そこに堂々と立つ単眼のトランスフォーマーに対して恐怖心を感じていた。

「スペースブリッジを使い、仲間を呼ぶつもりだろう……。向かったのはオプティマス・プライムだろうな。だが、無意味だ。我々を止める事は不可能だ。お前も私の実験材料になれ」

 ショックウェーブを見て青ざめていたジャズは次第に口を吊り上げ、意味深ににやける。

「スペースブリッジは私が預かっている。なら、私が今すべき事は分かるだろうショックウェーブ?」

 両腕をサブマシンガンに切り替えてジャズはショックウェーブを撃ちながら接近した。ショックウェーブも左腕のキャノンをジャズに撃ち、かわされると隙を突いてジャズは腹にパンチを入れて来た。そこから続いて顎にアッパーをヒットさせた。

 のけぞりながらも、ショックウェーブは大きな左腕の銃身を棍棒のように振り回してジャズを殴りつけ、蹴り上げ、そして頭を掴んで無造作に叩きつけた。頭を踏み潰さんとショックウェーブは足を上げると、体を横へ転がし、ジャズはスポーツカーにトランスフォームした。

 ショックウェーブのキャノンを右へ左へと急なカーブで避けながら、距離を置いたかと思うとジャズは真っ直ぐ、ショックウェーブ目掛けて走って来、ビークルモードのまま体当たりをかました。ショックウェーブは呻きながら突き飛ばされるとジャズは再びロボットの姿にトランスフォームして、ショックウェーブに馬乗りになると顔を執拗に殴りつけた。

「このイカレた科学者め、覚悟しろ!」

 あらゆる方向からジャズのパンチが降り注ぎ、頭を掴んで何度も地面にぶつけたりと止むことのない打撃を浴びせられた。トドメを刺そうと右腕を剣に変えて顔を貫こうとした瞬間、ジャズは腹に走った耐え難い痛みに表情を崩した。

「くっ……ショックウェーブ……!」

 ジャズの腹、そこには深々とショックウェーブの剣が刺さって、傷口からはエネルゴンが流れ落ちていた。剣を抜き、ジャズを蹴り飛ばすとショックウェーブは手や体の埃を払い立ち上がり、傷を負って動けないジャズを見下ろした。ジャズの始末は後回しにして、ショックウェーブはオプティマスがセイバートロンから味方を引き連れて帰って来ると思っているので早急にブリッジを閉じようとした。

 

 

 

 

 スペースブリッジを抜けた先には視界の全てが金属に覆い尽くされる懐かしの光景が待っていた。グリムロックが現れた場所はオートボットの首都、アイアコンでありそこは未だにディセプティコンから受けた凄惨な攻撃の跡が残っていた。廃墟と化したアイアコンには死んだ同胞達や殺された敵が至る所に転がり、下半身だけ残ったゼータプライムの銅像も目に入った。

 グリムロックは自分の部隊の仲間を探すべくひたすら、アイアコンを歩き回りやがてはアイアコンを出て、錆の海を歩いていた。錆の海での出来事は、鮮明に覚えている。インセクティコンからの襲撃、スラージを失い、グリムロック達ダイノボットはそこでショックウェーブに誘拐されたのだ。グリムロックは何も考えず、センサーだけを頼りにただ歩いた。アイアコンや錆の海を抜け、そしてグリムロックはディセプティコンの領土へと足を踏み入れた。空を見上げれば、グリムロックが破壊したショックウェーブのスペースブリッジが見えた。全てはあのタワーから始まったのだと思えば感慨深い。

 早く帰らなければ士道や四糸乃、それにオートボットは忌々しいショックウェーブの餌食にされる。グリムロックは必死にセンサーの感度を上げて周囲に気を配っていると、グリムロックのセンサーに四つのオートボットの反応をキャッチした。

 故郷に帰ってから初の生命反応にグリムロックの心が躍らない訳がない。センサーの指し示す方角をひたすらに走る。邪魔な壁なんてパンチ一発で破壊し、崩れた金属の瓦礫も蹴っ飛ばして進むと、グリムロックの目に懐かしい顔ぶれが待っていた。同じ荒くれ者同士がチームを組み、苦楽を共にした生涯の仲間が見えた。

「スラッグ、スナール、スワープ!」

 グリムロックがそう呼ぶと三人は驚いたようにしてグリムロックを見た。

「ぐ、グリムロック!?」

「い……生きてやがったのかよう! 心配したよグリムロック!」

「また会えるとは思ってなかったぜ!」

 グリムロックは三人と力強く固い握手を交わして再会を大いに喜んだ。

「マジかー! グリムロック、お前が生きてて本当に嬉しいよ!」

 スワープはビーストモードに変形すると空を飛び回って喜びを露わにした。

「お前達、どうして、ここにいる?」

 グリムロックが気になったのはここ、ショックウェーブの研究所という思い出したくもない場所に三人が集まっていたからだ。研究所の入り口は、固く閉ざされて誰も寄せ付けない雰囲気が漂っていた。

「聞いてくれグリムロック、スラージの野郎が怒って出て来ないんだ」

「スラージ!? あいつ、死んだ筈だ!」

「まあまあ、それはこれから話すよう!」

 スワープはビーストモードのままでグリムロックの肩に留まるとスラージのこれまでについて話し出した。

 グリムロックが消え、オートボットやディセプティコンがこの星を残して去って行った後、残された三人のダイノボットはとりあえず、消息不明のスラージを探しに行っていた。スラージのボディは錆の海に沈み、引き上げるのにかなり苦労したそうだ。ボディはバラバラで劣化が酷くて風化していたが、奇跡的にもそのスパークだけは辛うじて生き残っていた。ダイノボット達は星に残っていたディセプティコンの研究所を襲い、科学者を連れて来ると彼等にスラージを治させたのだ。

 ボディのデータはショックウェーブのラボに残っていたし、スパークにも傷は無く再生は簡単に完了した。だが、問題はそれからだった。スラージは、怒っていた。

 錆の海で力尽きた自分を見捨てたと思い、スラージはグリムロック達に怒りを覚えるとディセプティコンの科学者を踏み潰し、スラッグ達を追い出してショックウェーブのラボに閉じこもり、話しすらも聞いてくれないのだ。

「ってな訳よう! スラージの奴はずっとだんまり状態で近付いたら撃って来るして酷いもんだぜぃ!」

 スワープが語り終わるとグリムロックは肩に留まっているスワープを払いのけてスラージのいるラボへのそのそと近寄って行った。

「グリムロック、危ないぞ!」

 スナールが注意したが、グリムロックは止まらずに進んでラボの入り口の前に立った。

「スラージ、聞こえてるだろ、俺はお前、見捨てたつもり、ない」

 グリムロックが声をかけてもスラージからの返事は無い。すると今度はドアを目一杯叩いて言った。

「スラージ! お前は俺の仲間、俺がお前、守ってみせる!」

『うるさいグリムロック! もうオレに構うな! オレなんて居なくても別に困らないんだろうが!』

「困る! スラージ、いなくて、俺、寂しい」

「なあスラージ、オレ達ぁお前を見捨ててなんていないんだよお! ショックウェーブの野郎の研究所に捕まってたんだ!」

「スラージ、拗ねてないで出て来い! グリムロックが戻ったんだ!」

 と、スラッグ。

「スラージ、オレ達はダイノボット、五人揃ってダイノボットだ。一人でも欠けたらダイノボットじゃないんだ!」

 と、スナール。

『……!』

「スラージ! 俺達、今から地球の、友達、助ける! ショックウェーブも叩き潰しに行く! スラージ、戦うか!? ここで死んでいくか!? 二つに一つ! お前が選べ!」

 グリムロックはそう言い残すとドアから離れた。そして、スラッグ達を連れて来た道を戻ろうとした時だ。 重く、固く閉じたドアがギギギッと錆びた音を轟かせながら開いて行く。四人はそのドアを注視していると大きく立派な姿となったスラージが重厚な歩みでゆっくりと出て来る。

「スラージ……!」

 スワープが喜びで駆け寄ろうとするのをスラッグが止めた。グリムロックはスラージと向き合うと徐々に距離を詰めて行く。

「なあなあ、まさかここで決闘とかないよな? よな?」

「黙って見てろ」

 グリムロックはガシッとスラージと厚い抱擁を交わす。そしてスラージは決意を込めた一言を放った。

「戦おう……!」

 グリムロックは頷くと歩き出し、金属のティラノサウルスに変形してメンバーに号令をかけた。

「ダイノボット、トランスフォーム!」

 リーダーの命令に従い、スラッグはトリケラトプスに、スワープはプテラノドンにスナールはステゴサウルスにそしてスラージはアパトサウルスに変形して大地を揺らしてスペースブリッジのゲートがあるアイアコンに向けて駆け出した。

 

 

 

 

 スペースブリッジを切らせまいと重傷を負いながらも奮闘するジャズだったが、とうとう力尽きて倒れていた。ショックウェーブの予想外の強さにジャズは太刀打ち出来なかった。

「よく保った方だ。メガトロン様には良い手土産が出来たな。オートボットの副官の首を持って帰ればメガトロン様もお喜びになるだろう」

 パンパンと手を払って、ショックウェーブはスペースブリッジの制御装置へ歩く。

「ま、待て……」

 ジャズが必死に手を伸ばすがショックウェーブはそれを無視して制御装置をいじり出した。

「さあ、邪魔なスペースブリッジをさっさと閉じ――。ん?」

 ショックウェーブはスペースブリッジの奥から何かが近付いて来ているのを確認した。数は五人、援軍とは呼べない数に呆れた様子で首を横に振った。

「援軍も大して呼べなかったようだな」

 ショックウェーブはここで片付けてしまおうとキャノンをブリッジに向けると、光のゲートからダイノボットが乗り込んで来た。

「な……! 何だ貴様等、帰れ!」

「嫌だ、俺達、帰らない!」

 グリムロックは吼えるとショックウェーブを踏み潰し、その後に続くスラッグやスナール、スラージに轢かれて行った。スラージは尻尾で負傷したジャズを背中に乗せ、グリムロックに続いてラボを破壊しながら出口へ向かい、カモフラージュされたゲートも突き破って外に出た。

「スワープ! あの、柱、壊せ!」

「お安いご用だぜぃ!」

 スワープは翼を羽ばたかせて空へ舞い上がると精霊やCR-ユニットの邪魔になっているエネルゴンタワーにミサイルを叩き込んだ。一本のタワーが崩れると隣りのタワーも巻き込んで行く。スワープはそのままエネルゴンタワーの破壊を続けた。

 山を下ったグリムロック達は目に映るインセクティコンを全て倒して行く。グリムロックは尻尾で体を貫き、持ち上げるとレーザーファイヤーで焼き払う。

 クワガタムシを連想させるブルーザーの突進をスラッグは正面から打ち負かす。

 スナールは飛び上がってからインセクティコンの群れに背中から突っ込んで串刺しにして行き、尻尾で何匹かを空中に放り投げ、そこへグリムロックが噛み付いて倒す。コンビネーションも抜群だ。

 スラージは歩くだけでもインセクティコンを十分に撃破して行ってくれる。長い首や尻尾を鞭のように振るい、スラージが暴れる所にインセクティコンが塵のように宙を舞った。

「一匹、残らず、殺せ!」

 グリムロックが突進態勢に入っていたブルーザーに食らいついて、そのまま体を食い千切った。遠慮もなく暴れまわり、五人はフラクシナスに向かう最中に遭遇したインセクティコンは全て狩り尽くした。

 

 

 

 

 合体兵士ブルーティカスの進撃にオートボットは止める方法が無い。ハードシェルの仇を討とうとキックバックやシャープショットはオプティマスが倒れた所を狙って攻撃をするつもりだった。

「ハードシェルの野郎を殺した罪は重いぜ! ぜぇ! ぜぇ!」

「ブルーティカス! 早くやっちまえ! ンハハハハ!」

「うるせぇ虫けらだ」

 ブルーティカスは鬱陶しく撃ってくるアイアンハイドやワーパスに目を付けると腕を振り、簡単に二人を黙らせると足下にいたオプティマスを掴んだ。

「さてどう料理するかー!」

 ブルーティカスが力を込めて握るとオプティマスの体が軋み、全身から火花が飛ぶ。

「ぐおぉっ!」

「じゃあコイツは虫けらに任せるぜ」

 オプティマスをキックバックとシャープショットのいる場所に落とすとブルーティカスはフラクシナスの装甲を掴み、楽に引き剥がした。中にいる琴里やクルー、十香達を見下ろしてブルーティカスは盛大に笑った。

「こんなチビ共が動かしていやがったのか笑えるぜ! まずはさっきから耳障りな音楽を鳴らすテメェからやってやる!」

「総員退避! フラクシナスから逃げなさい!」

 琴里が叫ぶとクルーはその場から逃げ出し、十香等も走り出すが狙われている美九は足が竦んで動けない。

(逃げなきゃ……逃げなきゃ……でも……足が、動かない! 動け動け動け!)

 美九は心で何度も動かそうと念じるのだが、足は凍り付いたようにピタリと止まって一歩たりともそこから動けないのだ。ブルーティカスが拳を振り下ろすのが異様に遅く感じた。美九の脳内では幼少時の頃から今に至るまでの短い人生を思い返していた。もう死ぬ、そう結論が出て美九が諦めたように手を降ろした――。

「美九ぅー!」

 士道は美九の名を叫びながら美九を押し倒しながら滑り込んだ事でブルーティカスの拳をなんとか回避出来た。

「ったく、諦めたような顔しやがってバカ野郎!」

「あ、あなた……どうして!」

「約束したし」

「んだ? このチビ野郎がスタースクリームのお目当てかぁ?」

 士道の顔とスタースクリームが見せた画像が一致するとブルーティカスは嫌々ながらも士道を捕まえる事にした。

 だがそこへ遂にダイノボットが建物を突き破り、インセクティコンの残骸の道を作りながら登場した。現れるなり、グリムロックはシャープショットに食い付き、下半身から上半身を食い千切る。

「シャープショット!」

 キックバックは奇声にも似た声で絶叫してグリムロックに向けて銃を撃つのだが、背後からスラッグがマンションを倒して来、キックバックはその下敷きとなった。

「ふう、お邪魔します」

 スラッグは下敷きにしたマンションの上を歩いていた。

「来たな雑魚共が!」

 ブルーティカスがグリムロックを殴り、少し怯むとその間にスラッグが突進してバランスを崩させる。グリムロックが至近距離から炎を吐いて顔を焼くとブルーティカスは、怒り狂いながら立ち上がってスナールを持ち上げるとスラッグへ投げつけた。

 スラージは巨体を揺らしながら馬鹿正直に真っ直ぐに突っ込み、ブルーティカスにタックルをしかけて鋼鉄の巨人が仰向けになって倒れた。

「マジでムカつくぜ恐竜野郎!」

 スラージの尻尾を掴み、ブルーティカスは振り回してジャイアントスイングでスラージを遠くへ飛ばし、グリムロックへミサイルを浴びせた。倒しても倒してもダイノボットは立ち上がり、ブルーティカスも飽くこと無く再起するのだ。

 トランスフォーマーの目線から見ても規格外の戦いであり、ブルーティカスとダイノボットの周辺にある建物は何も残らず、延々と焦土だけが広がって行った。

『グリムロック! エネルゴンタワーはばっちし破壊してやったぜ! 今からそっちに向かうよ!』

「わかった、スワープ」

 エネルゴンタワーが壊れて力が戻ったのには精霊達本人が一番に気付いていた。霊力がせき止められて内部が熱くなるような感覚が薄れ、美九や狂三に本来の精霊の力が戻り、十香等にはある程度の霊力が戻って来た。

「むむっ!? 夕弦よ何か感じたか?」

「同意。力がちょっと湧いて来ます」

「うむ、何やらドローンとした変なのがなくなって動きやすいぞ!」

『う~ん、よしのん達の霊力が回復したのかなぁ~?』

「かっかっか! 颶風の御子を相手に散々好き勝手やってくれたあのデカブツに灸を据えてやらんとなぁ!」

「同感。あの巨人をコテンパンにします」

 夕弦と耶倶矢はメイド服のまま天使を顕現させて飛び、四糸乃はよしのんに乗ってフラクシナスを出て行くと十香も鏖殺公(サンダルフォン)を抜いてブルーティカスに斬りかかった。

「神無月!」

「はい、司令!」

 琴里は新しいチュッパチャプスを口にくわえると神無月に命令を下した。

「十香達の霊力が戻ったって事は魔力がまた使える筈よ」

「そうですね」

「神無月、ミストルティンを用意しなさい!」

「ハッ!」

 神無月は綺麗に敬礼し、フラクシナスの主砲の準備に取りかかった。

 フラクシナスの外ではダイノボット、オートボット、精霊の三勢力がブルーティカスに絶え間なく波状攻撃を仕掛けているのだが、ブルーティカスはなかなか倒れない。四糸乃が足を凍らせても氷を直ぐに砕いて動き出す。

「オプティマス、あいつの攻略法はないのかよ!」

 士道もスターセイバーの光波を放ちながら聞く。

「ブルーティカスはいつもダイノボットが止めていた。未だに決着はついていない。だから攻略法はダイノボットだけだ」

 いつの間にかグリムロックに似た連中が増えて困惑したが、刻まれたオートボットマークを見ると安心出来た。

 ダイノボットが総出でブルーティカスをあらゆる方向から押さえつけ、拘束しようとしたが力任せに体を回転させてダイノボット達を払いのけた。グリムロックが肉体を赤熱させ、赤く燃え上がるような蒸気を発し、口腔内に大量のエネルゴンを蓄えた。

 火力全開、グリムロックのレーザーファイヤーが直撃してブルーティカスは転倒するとスラッグも続いて角からレーザーを撃ち、スナールのロケット砲、スラージの光線やスワープの爆撃を浴びせられた。

 流石に堪えたらしく、ブルーティカスの体の各所から火花が飛び散り、動きが鈍っていた。

『みんな、ミストルティンを撃つわ! 退きなさい!』

 フラクシナスのスピーカーから琴里の声がした。琴里の声に従い、ブルーティカスの周りにいた全員が引き下がった途端、フラクシナスから膨大なエネルギーの奔流が発せられブルーティカスはそれ受けると、強制的に合体を解除させられてしまった。

「ヤベェよオンスロート!」

「わかってる! 撤退だ撤退するんだ!」

 合体も出来ないコンバッティコンがダイノボットに勝てる見込みなど万に一つない。各々がビークルモードに変形して逃げ出すと戦いを傍観していたスタースクリームも一緒に逃げ出した。

「スタースクリーム! これからどうするんだ! 全くお前に付き合うとロクな事がねぇ!」

「やかましい! ショックウェーブの臨時基地まで帰るぞ! あそのスペースブリッジで逃げる!」

 スタースクリームの逃げ足を信じてコンバッティコンはついて行く。臨時基地はさっきダイノボットが暴れた所為でどこもかしこも穴だらけになっていた。スペースブリッジのある部屋にまで駆け込むとそこにはボロボロのショックウェーブが培養液の入ったカプセルを運んでおり、その周りにはありったけのエネルゴンキューブが置いてあった。

 どう見ても荷造りしているようにしか見えない。

「ショックウェーブ、テメェ一人だけ逃げる気か! 俺達はパートナーだろ?」

「パートナーになったつもりはない。それにこの基地はもうお終いだ」

「ショックウェーブ、どの道俺達は終わりだぞ」

 オンスロートが諦めがかった声色で言った。今からスペースブリッジを起動している時間は無いからだ。それでもショックウェーブは落ち着いていた。インセクティコンを全滅させられ、作戦が失敗し、臨時基地が崩壊寸前でもショックウェーブに焦りが全く無いのだ。

「そこまでだお前達!」

 オプティマスの凛とした声が室内に反響した。入り口や部屋の天井があった穴からオートボットやダイノボット、精霊が覗き込んでいる。

「みんなに迷惑かけた事を謝るのだ一つ目ロボー!」

 十香は剣を地面に突き立てて胸を張った。

「投降しろショックウェーブ、スタースクリーム。メガトロンがいない今、意味のない争いは止めよう!」

「メガトロン様が……いない? ふふ、ふふ、フハハハハハハハハハ!」

 初めて見るショックウェーブの高笑いにオートボット以上にスタースクリーム達が不気味に思って少し距離を空けた。

「笑わせるな、オプティマス・プライム!」

(こえー……)

 スタースクリームは心で呟くとまた少し距離を空けた。

「殺しはしない。投降するんだ」

 オプティマスが慎重に近付いて来た所で空から誰でもない謎の攻撃がオプティマスを襲った。一発のエネルギー弾がオプティマスを吹き飛ばし、その直後に見たこともないトランスフォーマーが降りて来た。

 いや、それ以前に空を見上げ時に気付くべきだったろう。月明かりを遮断している物は決して雲ではなかった。士道が山の上から空を見ても空中に浮いている物の全容が分からない。それ程に巨大でフラクシナスが哨戒艇に見える程のサイズの宇宙船だった。

 そして、突如として君臨した銀色のトランスフォーマー。彼が現れた瞬間に確かに場の雰囲気ががらりと変わったのだ。右腕に装着された大きなキャノンが特徴的で全てを威圧する圧倒的な大帝の風格。

 初めてアイザックを見た時よりも不気味で奥深く、冷酷で強い熱意を兼ね備えたそのトランスフォーマーは紛れもなく、ディセプティコンのリーダー“破壊大帝”メガトロンだ。

「メガトロン!?」

 オプティマスは身を起こしながら旧友であり仇敵であるメガトロンの姿に驚きを隠せなかった。

「オプティマス……こんな辺境の惑星で生きていたか」

 メガトロンは天井へ向けてフュージョンカノンを撃ち、山を崩して落石でオートボット達を生き埋めにした。

「サウンドウェーブ、こいつ等を回収する。帰還用ダクトを降ろせ」

『了解しましたメガトロン様』

 エフェクトのかかった声で情報参謀サウンドウェーブは答えると戦艦ネメシスからメガトロンやスペースブリッジをダクトで取り囲み、引き上げて行った。

 落石を勢い良くどけてグリムロックは天に向かって吼えた。

「あの狸め……今度は何を仕出かすつもりだ!」

 アイアンハイドは憎々しげに飛び去るネメシスを睨んだ。

「メガトロン……」

 オプティマスは考えたくなかった最悪の人物の登場に今以上に熾烈な戦いを予感していた。

 

 

 

 

 ショックウェーブとインセクティコンの攻撃はダイノボットの活躍により阻止する事が出来た。幸いにもシェルターの人間には被害は無く、人的被害はアイザックに見捨てられたDEMの魔術師(ウィザード)や自衛隊から僅かに出ただけであった。

 町の復興にかなりの時間がかかったのでその間はシェルターの人は窮屈な思いをしていた。

 天央祭は結局、中止となり残りの日は休日と化して士道は自宅にてその休日を満喫していた。

「あーあ、長い一晩だったなぁ~」

 週刊誌を読みながら士道はソファーに寝転がって完全にだらけていた。戦いが終わる頃には狂三は忽然と姿を消してしまい、ショックウェーブの臨時基地は爆破され、インセクティコンの死骸は時間と共に溶けてなくなり、トランスフォーマーの証拠が何一つ残らなかった。

「やっぱ休みは良いよな~」

「ダァァァリィィィン!」

 綺麗な声が玄関から聞こえたかと思うと美九はリビングを開けて士道にのしかかって来た。

「美九!? どうしたんだ。それにだーりん!?」

「はぁい! だーりんです! だってだーりんは私の約束を破らずに守ってくれた恩人ですぅ! だ・か・ら……だーりんにだけなら全てを委ねても良いんですぅ!」

 出会った時とは一八〇度反対な性格に士道は困った顔をしたが、心を開いてくれたので悪い気はしない。

「まあ、他の男……オートボットにもそう接してくれたらありがたいんだがな……」

「あ、オートボットの皆さんも平気ですよぅ!」

「え? 何で?」

「あの戦いの次の日に聞いたんです。オートボットの皆さんの事。私も辛い経験をしました。でもそれ以上に辛い経験があるオートボットの皆さんは明るく元気に生きている……あの人達みたいにくよくよしない様に生きようって決めたんですぅ」

 美九は士道から降りて続けた。

「みんな一人じゃあ生きていけませんし、自分の重荷を背負ってくれる仲間についてもグリムロックさんが話してくれました……オプティマスさんが通訳して、ですけど」

「そう言ってくれて嬉しいよ美――」

 士道の言葉を遮って、美九は唇を重ねた。柔らかくてとても良い匂いがした。そして次の瞬間には美九の服が光り輝き、粒子となって消えてなくなる。

「もうっ、だーりんのスケベ!」

「ち、違うぞ今のは通過儀礼というか……深ーい意味があるんだ!」

「見ろよグリムロック! お前の認めた男って昼間から女の子ちゃんを脱がしてっぞ!」

 士道はギョッとして庭の方を見るとスワープが指を差して見ており、他のダイノボット達もぞろぞろと集まって来た。

「うわーグリムロック、お前の友達は変態だな」

「士道の趣味が分からないな」

「うーん、オレもこれはないなー」

 スラッグ、スナール、スラージは順番に率直な感想を述べた。

「俺、グリムロック。士道が痛い奴なのは前から知ってる」

「お前等なぁ~! 言いたい放題言ってんじゃねぇ~!」

 泣きたくなりながら士道はやけくそになって叫んだ。

 



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武器紹介

トランスフォーマーアドベンチャー始まりましたね~。アンダーバイトへの無言の射撃から伝統を感じる。


 今更ですが武器紹介です。

 この作品にはTransformers: Fall of Cybertronに登場した武器をいくつか登場させています。プレイした事が無い人用に少し武器紹介を入れていきます。

 

・パスブラスター:セミオートのピストル、オプティマスが主な使用者でそこそこの連射力とそこそこの威力のある使いやすい武器。遠距離は狙えなくはない。

 

・ニュートロンアサルトライフル:名前の通りアサルトライフルだ。しかし、形状は二本の回転式の銃身があり弾を二発同時に発射しており見た目はむしろガトリングに近い。

 主にスタースクリームが使用者である。

 

・サブソニックリピーター:銃口が二つのバルカン。バルカンっつても威力はサブマシンガンみたいな物。

 主な使用者はジャズ。

 連射力があって威力は押さえ目、良く当てよう!

 

・X18スクラップメーカー:出ましたー! いかつい外見のガトリング砲。見た目はぶっちゃけニュートロンアサルトライフルのデカい版。これまた銃身二つの二発同時発射出来る。発射までにちょーっと時間がかかるが、撃ち始めたら止まらない! 他にもベビー級の敵も使っている。

 主な使用者はワーパスやハードシェル。ガチムチ御用達。

 

・サーモロケットキャノン:三角錐のぶっといミサイルランチャー、追尾性能が半端ない。小型のミサイルを3つ同時に発射した後に一つにまとまってから敵向かって飛んでく。 主な使用者はアイアンハイドとオプティマス。

 

・A―4パルサーキャノン:敵やら壁にくっつく粘着爆弾。撃ってから好きな感覚で爆破可能。使用頻度は低め、使い勝手は意外と良い。

 主な使用者はアイアンハイド。

 

・スキャッターブラスター:ショットガン。連射は効くほう。

 主な使用者はパーセプター

 

・ヌクロンチャージライフル:この作品では単にスナイパーライフルと表記されているが、一応これの事を言っている。

 主な使用者はジャズ。

 

・EMPグレネード:相手の視界をぐちゃぐちゃにする眼つぶし用のグレネード。相手に投げつけてつかう。閃光弾みたいなもん。

 主な使用者はショックウェーブ

 

・ギアシュレッダー:円盤状の刃物を発射する武器、壁や床に反射して閉所に強い武器。ゲームでは3発まで同時発射可能。ラチェット&クランク2のシュリケングラブをイメージすればいい。

 主な使用者はスィンドル

 

・ライオットキャノン:単発の光弾を発射するバズーカ的な武器、その割に連射力があり爆風にも優れる。FOCではメガトロンが使っているがフュージョンカノン砲と差別化する為に今作では別物扱い。

 WFCじゃあフュージョンカノンという名前の武器でそんな強くなかった。

 マルチじゃあマガジンの最後の弾を超強力にするアビリティがある。

 主な使用者はロックダウン。

 

 その他にもトランスフォーマーは腕をブレードやハンマー、斧などに変形させて近接攻撃が出来る。グリムロックはどデカイブレードと盾を装備、銃器関係は持っていない。ビーストモード時に口から砲弾を吐けるのはゲームのマルチプレイでDLCを買うとダイノボットが付いてくるので、ビーストになった際に口から砲弾を吐いているから。

 新武器が登場したちょいちょい追加して行きます。

 



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24話 シャッタード・グラス

今回は番外編です。本編とは関わりはありません。



 世界一の広大な大地として知られるオルレア大陸は北は凍土、南は砂漠と南北に過酷な環境を持っている。大陸の西や東、更に中央は温暖で植物にも優しく、家畜や人が生きるのにとても優しい環境が広がっていた。オルレア大陸はいくつもの国家が成り立ち、同盟や戦争を繰り返す過酷な大陸でもあった。

 大陸の南東部に位置するとある国家は、そんな戦争に参加はせずに平和な暮らしを送っていた。活気付き、常に賑わいを見せる城下の市場には常に笑顔に溢れて、そこから見える白亜の城の王室で一人の少年が目を覚ました。少年の眠る部屋の造り、ベッドの質、その他の装飾品は王に相応しい絢爛豪華な物であった。少年の名前は五河士道、ここテングウ国の若き国王である。

 士道はまぶたをこすりながらベッドから起き上がると、いつもの家でもベッドでもない事に気付いた。

「あれ……? ここは……どこ?」

 家のベッドで寝ていた士道はいつの間にか知らない所で目を覚まして、状況を上手く把握出来ていなかった。精霊やらトランスフォーマーに分身体という数多の奇想天外な経験をして来た士道でも現状を飲み込めずにいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。慌てて士道が寝た振りをすると、外からどこか聞き覚えのある声がしたかと思うとドアが開き入って来た。

「国王陛下、いつまで寝ておられるのです? いい加減起きて下さい」

 布団の中から士道は別の人間がいないかを見渡すが、士道以外の人間はいない。国王陛下とは明らかに士道に対して投げかけられているのだ。

「陛下、起きて下さい」

 男がそう言いながら士道の布団を優しく捲り、肩を揺すって来た。士道は渋々、ゆっくりと目を開けるとそこには、紛れもない殿町宏人がいた。それも執事を連想させる燕尾服を着てだ。

「殿町!?」

「はい、私はあなた様の執事の殿町です」

 殿町は胸に手を当ててゆっくりと丁寧に一礼をした。

「おいおい、何の冗談だよ。何でお前が執事やってんだよ」

 士道はいつもの学校で話している感覚で殿町に言うと、殿町は驚いたような顔を作った。

「私は代々、陛下の執事をやっている家計です。末代まであなた様にお仕えします」

 冗談ではないらしい。そもそも士道はこの世界観について行けてない。

「え……殿町、俺って国王なんだよな?」

「厳密にはまだですが、今日、国王に就任します。ご覧下さい」

 殿町が王室の窓を開けて城下を指差す。士道はその指の方向を見ると大量の国民が旗を振っていた。

「国王陛下ばんざーい!」

「キャー! 陛下ー! 結婚してー!」

「まじひくわー!」

 国民の最前列に亜衣麻衣美衣の三人が見えた。

「どうでしょうか? まだ王としての実感が湧きませんか?」

「うん……。っつーか前任者誰よ?」

「ご冗談を。あなたのお父上のハーネス・エル・カリオストロ様ですよ」

「誰!?」

「寝ぼけていらっしゃるようだ。昨日の夜にあなたのお母様と共に息を引き取られたじゃないですか。辛い気持ちも分かりますが」

 士道は頭の中で確信した。これからの人生でこれ以上のインパクトはもう無いだろうと。父親の名前がカタカナなのは、非常に気になるが一応、置いておき士道は母親の名前を殿町に聞いた。

「確認の為だけど、母の名前は何かな?」

「女王陛下は勿論、オルテシア・レイ・カリオストロ様ですよ」

「じゃあ何で苗字が五河になるんだよぉぉ!」

「陛下、本当にお忘れですか? 国民には内密に私に話して下さったじゃないですか。あなたの父、ハーネスは魔族、母、オルテシアは神族。陛下は半神半魔の混血児ですって」

 なかなかに香ばしい設定が飛び出して来た物だ。士道は過去の傷をえぐられるような痛みが胸に走っていた。

「では、陛下。あなたは今日から国王。それに当たって戴冠式をおこないますので」

「戴冠式?」

「メイド達、陛下の着替えを手伝いなさい!」

 殿町がパンッと手を叩くと部屋の外からメイド服を着た耶倶矢、夕弦の二人が入って来るなり士道の服を脱がせ始めた。

「おい、いきなり何するんだ二人とも!」

「ご主人様、着替えはこの耶倶矢めにお任せ下さい」

「専念。ご主人様を見違えるような格好にして見せます」

 夕弦と耶倶矢は慣れた手つきで士道の服を脱がして正装へと着替えさせて行く。

「陛下、戴冠式の後は結婚式がありますのでお忘れなく」

「結婚式!? 誰と!?」

「まだ寝ぼけていらっしゃるようですね。あなたの騎士、夜刀神十香様です」

「感嘆。騎士と王の異例の結婚とご主人様の心の広さに涙が出ます」

「ご主人様は身分にこだわらない所が素敵じゃん!」

 士道は一切、現状について行く事が出来ずに玉座へと移動させられた。そしてまずは士道の戴冠式を始めた。玉座の左右には重役や大臣の列座が、門の奥には国民が「ばんざーい!」と手を上げて喜んでいるのが見えていた。殿町からは戴冠式で何を言うかの台本を渡され、意外と短いセリフだったので直ぐに覚えれた。

 ラッパやドラムの演奏が鳴り響き、殿町が士道の頭に王冠を乗せた。そして、士道はマントを翻して凛と手を突き出して言い放つ。

「我がテングウ国の勇士達よ――」

 その時である!

 突如、天井が破壊され落下する瓦礫と共に四人のトランスフォーマーが入って来た。士道がその四人をオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ワーパスだと認識するまでに大した時間はいらなかった。

「陛下をお守りしろ!」

 殿町が叫び、衛兵達がオプティマス達に槍で立ち向かうが、アイアンハイドのサーモロケットキャノンで一瞬にして灰にされた。

「おいおい、この国の兵士ってのは犬死にが趣味なのかぁ? あぁ~ん?」

 ワーパスが下卑た嗤いで柱や壁を壊して遊び半分で衛兵を殺して回る。士道にとって信じらんない光景だが、叫ばずにいられなかった。

「何やってんだワーパス! おい、オプティマス、ワーパスをやめさせろよ!」

「オプティマス? 誰だそれは。私はサイバトロン軍団の破壊大帝コンボイだ! みんな、この城を破壊してしまぇ!」

「ッ!? ジャズ! お前もおかしくなったのか!?」

「ジャズじゃないでーす。私はマイスターだ」

 マイスターと名乗ったジャズはコンボイに続いて城にミサイルを叩き込み、持って来たカゴに人間達を詰め込み出した。

「コンボイ様! このマイスターが人間共をこんなに捕まえましたよ!」

「よろしいマイスター。城に帰って溶鉱炉で人間達を溶けて行く所を高みの見物と洒落込むか」

 一体、オプティマス達はどうしてしまったと言うのか。まるで別人である。破壊を楽しむ悪の王、コンボイは次に士道に目を付けたのだ。

「ようし、次はこの小僧を持って帰るか」

 コンボイは気分良く笑いながら手を伸ばして来るとそこへ鋭い斬撃が入った。顔をしかめて手を引っ込めて斬撃の来た方に目をやるとウェディングドレスを着、鏖殺公(サンダルフォン)を握る十香がいた。

「士道に手出しはさせない。私の夫であり主君は私が守る!」

 十香の口調には独特のバカっぽさが抜けておりとても凛々しかった。

「生意気な小娘が! このマイスターが相手だ!」

「待て、マイスター。俺に殺らせろ」

 コンボイはエナジーアックスを出すと勝ち誇ったような顔で闘志を燃やす十香を見下した。十香が地を蹴り、コンボイに向かって真っ直ぐに斬りかかると十香の体をコンボイは簡単に掴み、捕獲用のカゴに放り込んだ。

「ハッハッハッハ! 容易いな! どうだ五河士道よ! フィアンセが溶鉱炉で溶かされたくなければ、私から取り戻してみせるんだな!」

 挑発するようにカゴに入った十香を士道にまざまざと見せつけた。こんな非常事態でも士道の頭の中では、まだ夢の中にいると思い込んでいる自分がいた。破壊と誘拐を続けるサイバトロン軍団、それに抗う兵士は皆殺しにされて王国最大の危機に瀕していた時だった。

 空から三つの影が急速に降りて来る。その影の正体がトランスフォーマーだと瞬時に分かり、先陣を切って乗り込んで来た銀色のトランスフォーマー、メガトロンとサウンドウェーブそしてスタースクリームは暴れまわるサイバトロンを空中から攻撃を仕掛けた。

「くそっ! いつもいつも良い所で邪魔しやがる! くたばれデストロン!」

 ワーパスがガトリング砲を空に向けて撃っているがスタースクリームは弾丸を全て紙一重で避けるとワーパスの顔面を蹴り上げ着地、背後から掴みかかって来たアイアンハイドを軽くいなし、ナルビームの銃口をマイスターに突きつけた。

「デストロン自警団! 人間達を救うんだ! サウンドウェーブ、負傷した人間を運び出せ!」

「わかりました、メガトロン様」

 いつも人間に攻撃をして来るデストロンが人間を救い、人間の味方であるサイバトロンが人間を襲っている。何もかも反対だった、間抜けな殿町もピシッと凛々しく、十香も知的な顔をして、みんな性格が反転していた。

 そう、鏡写しのように。

 メガトロン、スタースクリームの二人が奮闘によりサイバトロン軍団は上手く攻撃や略奪が出来なくなり、コンボイは憎々しい顔をして部下に命令した。

「サイバトロン、引き上げだ! この借りは返すぞメガトロン!」

 コンボイ達サイバトロンは輸送機へ飛び乗って急いでそこから去って行った。士道はポカーンとした顔で襲撃から今までの流れを見ていた。十香が攫われて、いつもの士道なら迷わず直ぐに助けに行くのだが、今は現状把握を最優先にした。

 本当に今の状態を理解していないのだ。それにどうしてこうなったのか経緯も知りたい。まず士道は昨日の事を思い出していた。昨日は学校から帰り、十香がトンカツを食べたいと言っていたので士道は豚肉を買いに行ったのだ。豚肉を買いに行く時に商店街へ行き、その帰り道に胡散臭い露店の男に声をかけられてから、記憶がプッツリと途切れていた。

「うーん……」

「うーんではございませんよ陛下、お妃様が攫われたのですよ! しかも悪の帝王コンボイに!」

 コンボイは悪の親玉としてこの世界では浸透しているらしいが、これ以上余計な事を言って話を脱線させるよりもひとまず、全ての話を聞いてみる事にした。

「五河士道、あなたの妃は私達デストロン自警団が必ずや取り返して見せます」

「あ、うん。どうも。えっとちなみにデストロン自警団ですよ……ね?」

「そうです」

 メガトロンは紳士的な態度で言った。まだメガトロンは一回しか見ていないが他者を威圧する刺々しい雰囲気は無く、言葉や態度からは温かさを感じていた。

「ディセプティコンじゃなくてデストロンですよね?」

「よく私達の昔の名などご存知で。私達はかつてはディセプティコンと名乗っておりました」

 メガトロンの言葉を補足するように忠臣スタースクリームが続けた。

「ディセプティコンはメガトロン様が教鞭を取っていた学校の名前です。自警団を名乗る際に改名をしたのです」

 スタースクリームも士道の知っているスタースクリームとは程遠く、言葉遣いも丁寧であり嫌な雰囲気を感じさせない。

「メガトロン様、負傷者の治療を終えた」

「ご苦労だったサウンドウェーブ。さて、五河士道よ。我々は一度ケイオンに戻り、軍団を揃えてから攻める。あなたはここで待っていて下さい」

「いや、十香は俺の大切な人だ。俺も助けに向かう」

「コンボイは危険な奴ですのでお気をつけて」

 メガトロンが礼をしてサウンドウェーブとスタースクリームを連れて飛び去って行く。三人を見送って、次に城を見渡せば中はグチャグチャで玉座の間は穴だらけになっていた。

「殿町、十香を助けに行く」

「はい、では選りすぐりの兵士を集めます」

「頼むぞ」

 士道は内心、このファンタジーな世界を楽しみ始めていた。

 

 

 

 

 城の庭には士道と殿町、そして耶倶矢に夕弦、琴里と折紙がいた。耶倶矢はメイド服に槍、夕弦も同じくメイド服で武器は鎖を所持していた。琴里は魔法使いを思わせる大きな縁の広い帽子を被り、手には杖を持っている。

 折紙は実用性に疑いありのビキニアーマーと盾と剣を持って戦闘準備完了だ。

「お兄様……十香お姉様を……助けに……」

 ずいぶんと琴里の口調は大人しく、まるで四糸乃だ。士道はふと、四糸乃と美九をまだ見ていないなと思った。琴里は妹という設定が変わっていないのでありがたいが、いつもの強気でみんなを引っ張る琴里ではないので違和感があった。

「士道」

「ああ、折紙――!?」

 出会い頭に折紙は士道の唇を奪い、やけに体を密着させて来る。反転した世界でも折紙は全くブレない。

「折紙! 急になにするんだよ!」

「挨拶。私と士道は婚約者、キスなんて当たり前」

「婚約者!? 俺の嫁は十香じゃあ――」

「あれを処分すれば私が嫁になる」

「鳶一折紙、貴様は騎士の身分で何を言っている!」

 殿町の言葉で折紙も騎士というのが分かった。恐らく、士道の知らない所で折紙と十香の激しい争いがあったに違いない。

「じゃ、じゃあ五人で出発するから、後はよろしくな殿町」

「逢瀬のままに、陛下」

 このメンバーの中でまだ話しやすいのは折紙だ。折紙が最も士道の知っている存在に近いからだ。でも、自身を騎士と思っておりASTや精霊について何も知らないようだ。

 城を出た士道一行は、地図の通りに進み川や茂みを越えて今は森の中をさまよっていた。

 ビアード・フォレストはテングウ国を北に向かう際に避けては通れぬ森であり、様々な生き物が同居する世界だ。激しい食物連鎖が行われ、ヒゲのように垂れた枝や葉は視界を最悪な物にしていた。年間で多くの人間がここで迷い、命を落とす。オークやトロルもまた然り。この森には様々な凶悪な生物が秘められているのだ。

 列の先頭を折紙が勇ましく歩き、枝を切りながら進んでいる。

「提案。琴里様が火でこの森を焼き払うというのはどうでしょうか?」

「いいや、緑は大切しろよ夕弦」

「反省。申し訳ありませんご主人様」

 迷わずに歩いていた折紙が突如、足を止めて士道もその場に停止した。

「どうした折紙?」

「迷った。ここはさっきも通った道」

 そう言われても士道にはどこも同じにしか見えない。まだ自分の領土から出ていないにも関わらず、迷うとはなんとも情けない話だ。

「ぐっ……!」

 不意に士道の右腕が疼き、立っていられずにうずくまると耶倶矢と夕弦が直ぐに駆け寄って来た。

「大丈夫であるかご主人様!」

「ああ、少し……右腕が疼く……」

 右腕の疼きが治まると続いて士道の頭に声が響いて来た。

 ――士道、私の声が聞こえますか?

 それはプライマスの声だ。

「ああ、聞こえてる」

 ――落ち着いて聞いて下さい。もうあなたも分かっていると思いますが、ここは現実世界ではない。

 士道は黙ってプライマスの声を聞いた。

 ――ここは鏡の世界です。全てが反転した世界です。士道、早く“シャッタード・グラス”を見付けて破壊して下さい。でなければあなたや私は永遠にこの世界に閉じ込められる。

「そんな唐突だ……。大体シャッタード・グラスがどこにあるのかも……」

 ――破壊大帝コンボイが持っています。それとシャッタード・グラスを見つけても直ぐに破壊してはダメです。シャッタード・グラスを通り抜けて元の世界に帰ってから破壊して下さい。

「分かった。やってみる」

 頭の中に反響していたプライマスの声が無くなって士道はなんとか立ち上がって見せた。

「不安。大丈夫ですかご主人様?」

「お兄様……さっき独り言を……言ってました」

「大丈夫だ。それよりみんな、下で待っていてくれ。今から木を登って方角を確かめて来る」

 木登りなんてあまりやった事はないが、士道は幹を掴み、上手く足を引っ掛けてスムーズに木を登って行く。大木は広範囲に枝を張って隣の大木の枝と絡み合って人が一人くらい乗った程度では落ちない程にしっかりとした足場となっていた。士道が上へ上へと登る程に霧が濃くなっている、いや、これは霧ではない。士道が霧を払おうと手を横に振れば、腕にはネバネバとした白い糸が付着していた。

 絡みつく鬱陶しい白い糸、士道はこんな物に該当する物を直ぐに思い出す。

「蜘蛛の糸か……!」

 そう確信した時だ。

「キャァァァァッ!」

 下の方からとてつもない悲鳴が聞こえて来た。

「おい、大丈夫か!」

 士道はいつものように胸からスターセイバーを抜こうとしたが、全く反応が無い。

「な、何でだ! スターセイバーが出ないぞオイ!」

 ――士道、スターセイバーを出すには呪文を唱えて下さい。あなたが頭に思った呪文、それが答えです。

 士道が頭の中に真っ先に浮かんだ呪文。それは三日三晩考えた中学生時代の至高の呪文だ。しかし、今それを言葉にするのはかなり恥ずかしい。

「でも何つーか……恥ずかしいな」

 ――恥じている場合ではありませんよ。彼女達の命がかかっています。

「わかった………………」

 士道はすぅーと息を吸った。

「白き流星、黒点を切り裂く。我こそ天帝の遣い、天恵、大連、宝剣、漆黒の彼方。断罪者の名に於いて、汝を淘汰せん!」

 ――……。士道、全然違うんですが。と、言うより良く恥ずかしげも無く言えましたね。用意していたのですか?

「やめろよ! あーもう早く忘れてぇ!」

 ――分かりました士道。呪文は教えますので言って下さい。

 プライマスからスターセイバー召喚の言葉を聞いた。今度は言うのが恥ずかしくない、少なくともさっきの士道の考えた詠唱よりは遙かに良い。

「エボリューション!」

 士道の右腕が輝き出すとスターセイバーが顕現する。蜘蛛の糸と枝を切り裂いて降りると無数の巨大な蜘蛛が折紙達を糸で絡め捕り、どこかへ運んでいた。

「うひゃひゃひゃ! 久しぶりの女の肉ッスー!」

「アタチ等もようやくまともな物を食えるッスー!」

 蜘蛛の糸の中ではもごもごと四人が動いているのが分かる。士道は片手で枝に掴まりながら四人の生存を確認して胸をなで下ろして士道は、枝を離して蜘蛛の背中に飛び乗りスターセイバーを背中に突き刺した。

「ぎゃぁぁ! 痛いッスー!」

「うひゃひゃひゃ! また美味そうな肉ッスよー!」

 士道は突き刺したスターセイバーを抜かずに蜘蛛の頭の方へ斬り上げて胴体から頭までを両断した。この薄気味悪い喋る蜘蛛に対して嫌悪感剥き出しの顔をしながら士道はもう一匹の顔面にスターセイバーを突き立てた。

「気味悪りぃうひゃひゃ蜘蛛だ」

 士道は折紙達が捕まっている蜘蛛の糸を斬り、四人を救出した。

「大丈夫かお前達」

「うぇー、気持ち悪い」

「感謝。助かりましたご主人様」

「ありがとう……お兄様……」

「ッ! 士道危ない!」

 折紙が咄嗟に剣を抜くと士道の背後で牙を剥いていた蜘蛛の目玉を一突きする。蜘蛛は目を押さえて悶え、その隙に折紙は追撃し、急所を貫いて絶命させた。

「この森が完全に蜘蛛の巣になってるな」

 士道が上を見上げてそう言った。他の皆も見上げると、日を遮る程に密接に絡み合った枝には麻痺毒で動けなくなったオーク、ゴブリンが蜘蛛の巣に捕まってぶら下がっていた。

「士道、早く逃げなくては餌になる」

「分かっている。露払いをする」

 士道がスターセイバーを両手でしっかりと握り締めて刀身にエネルギーを出来るだけ蓄える。白いエネルギーがゆらゆらと炎のように揺らめいた瞬間、スターセイバーを振り下ろし、士道の直線上に巨大なクレバスを作り、森林を消し飛ばして行った。ビアード・フォレスト自体はそこまで大きな森ではない、ただ濃密な枝や葉の所為で見渡しが悪くて迷い易く、大きな森と錯覚するのだ。

 士道が地面ごと森を裂いたおかげでなんとかビアード・フォレストを攻略した。

 森を抜けてから次の人がいる村までかなりの時間がかかる。何も無い草原をひたすらに五人は歩いていた。

「なあ折紙」

「何?」

「お前はさ……そのぉ……昔の記憶ってのはちゃんとあるのか?」

「……? 当然ある。私は小さな村で産まれた。その村はコンボイの侵略によって無くなり、私はあなたに拾われた。私はそして騎士になった」

 生い立ちはどことなく似ているがこの折紙が元の世界の折紙でない事はなんとなくだが分かった。やはりこの世界でいつも通りなのは士道とプライマスだけのようだ。急に士道の頭の中でまだ出会っていない面々の事を浮かべた。四糸乃、美九、そしてダイノボット。彼等をまだ見ていないのだ。きっとこの世界のどこかにいると予想し、出来るならダイノボット達を味方に引き入れたかった。

 しかし、そう思った束の間、士道はある事実を思い出す。ダイノボットはオートボット、そうなればコンボイ率いるサイバトロン軍団の陣営にいてもおかしくはない。味方どころかダイノボット達を敵に回すハメになるのだ。そんな事を考えるだけでも恐ろしい。ダイノボット達が敵ならどうしようかと士道が考え込んでいると、琴里が袖を引っ張って来た。

「どうした琴里?」

「お兄様……あれ……」

 琴里は恐る恐る草原の彼方で土煙を上げながらこちらへ向かって来る何かを指していた。敵と考えて折紙が剣を抜き、耶倶矢は槍を突き出して夕弦は鎖を構えた。物凄い速さで迫り来る何かが士道達の前で停止するや否や三角形のテントを素早く張り、キラキラの装飾が飾られて瞬く間にサーカスが完成した。

「あれれ? ひょっとしてお客さんですか!?」

 そう言いながらテントの中から出て来たのは四糸乃だ。黒いウサ耳がぴょんと立ち、体に張り付くようにピッタリとフィットしたバニースーツを着た姿で現れた。

「四糸乃!」

「おっほー! こんな無名のサーカス団の私の名前をご存知とは嬉しい限りですね!」

 引っ込み思案でいつも歯切れの悪い喋り方なのだがシャッタード・グラスの世界の四糸乃は前向きで明るく、とてもハキハキと物を言うのだ。

「四糸乃がサーカス団? ちなみに四糸乃が団長でいいのか?」

「はい! 私と五人の従業員兼獣の六人でやっていますです! よかったら見ていって下さいよ! お代はいいですから!」

 そんな物を見ている暇はないのだが、四糸乃は返事も待たずに大きなテントに声をかけた。

「お客さんだよー! みんな出ておいでー!」

 四糸乃が呼ぶとテントの中から何かがやって来るのが分かる。どしん、どしん、と大きな地響きをあげながらテントの中から五人の金属の恐竜が顔を出して来た。

「ダイノボット!?」

「わーお、ダイノボット達の事も知ってるなんて! 意外と私達って有名なのかな?」

「グリムロック、何でお前もサーカス団にいるんだよ!」

「俺、グリムロック。この人、怖い」

 巨体に似合わずグリムロックは普段と違って臆病な性格に変わっていた。グリムロックだけではない、ダイノボット全員が臆病になっているのだ。

「ちょうど良いグリムロック、今から俺達はコンボイを倒しに行くんだ。グリムロック、お前も手伝ってくれ」

「俺、グリムロック……戦い、嫌い。痛いのもっと嫌い……」

「嘘だろ……。どうしたんだよグリムロック、お前は戦いが三度の飯より好きだったじゃないか」

「ちょーっとちょっと、お客さん。ウチの子は戦いなんてしませんよ。ダイノボットは番犬や警察犬の類じゃないんです! チワワとかトイプードルみたいなあっちのジャンルなんです! ねー?」

「ねー」

 戦いが嫌いで臆病。元の世界のダイノボットでは考えられない性格だ。

「とりあえず……始めましょうか。まずは火の輪くぐりから! ほらスラッグ!」

 巨大なフープに火をつけて、四糸乃は鞭を地面に打ってスラッグに飛ばせようとするが、スラッグは怖じ気づいてテコでも動かない。スナールやグリムロックが背中を押してもスラッグは微動だにしなかった。

「えーっと。今の無しで次はスラージの玉乗りです!」

 ダイノボット用の特注品の玉を持ってこさせるとスラージをそこに乗るように四糸乃が鞭で指示をした。スラージが指示に従い、玉の上に乗った途端に玉はぺしゃんこになってしまった。それどころか、バランスを崩してスラージはテントに倒れて何もかもメチャクチャだ。

「……下手」

 折紙は呆れたように半眼を作って率直な感想を述べた。

「が、頑張りは……見えると……思います」

 琴里がすかさずフォローを入れた。

「はぁ……私って調教師向いてないのかぁ……。動物のサーカスじゃあ目立たないからって恐竜を入れたけど……」

 四糸乃はため息を吐いて俯くとグリムロックが四糸乃をすくい上げるようにして頭の上に乗せた。

「俺、グリムロック。そんなに落ち込まないで欲しい。俺達、もっと頑張る」

「そうだよう、オレ等は四糸乃に拾ってもらったから楽しく暮らしてるんだって!」

「壊れた物はまた直せばいい」

「みんな……。うん、そうだよね、また一から練習しよう! そして世界一のサーカス団になろう!」

「俺、グリムロック。頑張る!」

 六人は笑い合い、元気を取り戻していたが、士道達は完全に蚊帳の外だ。壊れたテントを片付けると荷物をスラージとスナールの背中に積み込んだ。

「サーカス、見てくれてありがとうね! また縁があったら会いましょう。じゃあねー!」

「バイバーイ!」

 猛烈な土煙を上げてダイノボット達と四糸乃は草原を駆け抜けて行った。まるで嵐のような存在だった。

 士道達は先を急ぐ事にした。

 

 

 

 

 悪のサイバトロン軍団の根城がある帝国アイアコン。その中心には破壊大帝コンボイが住まう金属の城があり、コンボイは王座に腰掛けて、部屋の左右にはカプセルに収納されたデストロンの死体が入っている。そして、部屋の中央には大きな窯を置いてその中にはグツグツと溶けた金属が沸騰している。

「マイスター、今回捕らえた捕虜は?」

「各地方のデストロンの警備員が二十人に人間が四十人です」

「よぉし、では今日はデストロン共から処刑を始めようじゃないか」

 コンボイが手をスッと上げると、電磁檻に閉じ込められていたデストロンの一人をアイアンハイドが引っ張り出し、ワーパスと一緒に取り押さえて溶鉱炉の方へ連れて行く。

「おい、離せ! こんな事が許されると思っているのか!」

「私はコンボイだ。だから許される」

「コンボイ様、こいつはもうブチこんじまいますかぁ?」

「ああ、ワーパス。みんなにコイツのからだや顔がゆっくりと、ドロドロに溶けて行く様子を見てもらおうじゃないか。君の大事な士道もいずれこうなるんだ十香」

「くっ……!」

 鎖に手足をしっかりと繋がれた十香はコンボイを睨み付けた。

「この外道が! 恥はないのか!」

「恥だと? ハッハッハッハ! 面白い冗談だ」

 コンボイが笑うと周りの部下も合わせて笑った。そうしなければ撃ち殺されるからだ。

「早く見せてやりたいな、あの男の目の前でお前が溶ける様をな」

 コンボイはそう言いながら、手を振りアイアンハイドとワーパスに合図を送るとデストロンの戦士が溶鉱炉へと投げられた。

「や、やめろ! 助け――。ウギャァァァ」

 戦士の体が溶鉱炉に落とされると下半身が直ぐに溶ける。もがき苦しみ、溶鉱炉の中で暴れまわるが体は沈んで行き、徐々に顔が見えなくなり最後には腕が残りそれも溶けて無くなった。

「フッハッハッハッハ! 虐殺に勝る(さかな)は存在しないな」

 コンボイはエネルゴンを啜りながら残虐な笑みで言った。十香は思わず顔を背けた。

「さてと、次はどうするかな。バラバラにするか、歯車に巻き込んで殺すか、関節を逆にへし折るか。パーセプター、どれが良い?」

「どれも素晴らしいですねぇ。でも、私が開発した毒物の実験に使うのはどうでしょう?」

「毒など下らない。殺すなら自分の手を穢すのが一番だ。よし、決めた。関節をへし折ってやる」

 コンボイの無益な虐殺は続けられ、アイアコンから悲鳴が途切れる事は無い。魔族の首領すらもコンボイの残忍な行為に嫌悪感を露わにする。悪魔が慈母に見えるくらいに残酷な王だ。

 

 

 

 

 一方、士道等は急いでアイアコンに向かってはいたのだが、激しい吹雪に晒されていた。

「ちくしょー! 何で坑道に行かなかったんだ俺のバカ!」

 アイアコンに入るには過酷な環境に打ち勝つ必要がある。年中吹雪に見回れる山脈が連なり、山を越える事は極めて困難であった。しかし、坑道を行けばそれはそれで危ないのだ。坑道にはコンボイが放った無数のモンスターが住み着き、そのモンスターを率いる炎と闇を操る太古の怪物がいるのだ。山を越える方がまだ楽なのだ。

「ご主人様! 坑道に行きましょう! このままじゃみんな凍死です!」

「だ、だめ……! 坑道は……もっと……危ないの!」

 琴里は坑道の恐ろしさは知っていた。かつて読んだ本にこの坑道に巣くう魔物について記してあったからだ。山の主、炎と闇で肉体が構成された悪魔ベリアルはコンボイの従順なペットだ。

「否定。凍死よりはマシです。坑道ならバレなければ平気です」

「いいえ、琴里の意見に従うべき。敵の本拠地に行くのにバレずに進めるような防衛態勢とは思えない」

 その時、士道等の上空に謎の宇宙船が現れた。全体像が掴めない程に巨大な宇宙船から帰還用ダクトが降りて来ると士道等をダクトで取り囲み、宇宙船の中へ回収してしまった。アイアコンの領土の近く、そこでこんな巨大な宇宙船が来るという事はサイバトロンの物だと判断し、士道はスターセイバーを抜き顔を上げた。

「無事ですか士道?」

 士道を心配するように優しい言葉を投げかけたのはメガトロンだ。そう、この戦艦ネメシスに乗っているのはサイバトロンではなくデストロンだったのだ。

「私が来るのを待っていて欲しかったな」

 スタースクリームはとりあえず士道が無事なのを喜んでいたが、どこか呆れた様子だ。

「君達を探すのにかなり時間を要してしまいました。これから急ぎでアイアコンに奇襲をかける! デストロンよ! 覚悟は良いな!」

「おうッ!」

 ネメシスは雪山を悠々と乗り越えるとアイアコンの領土へ入り込む。すると、もちろん圧倒的な対空放火がネメシスに浴びせられた。ネメシスもシールドで防御し、自衛兵器で対空砲を破壊した。

「スタースクリーム、対空砲を排除するんだ!」

「了解いたしました!」

 ネメシスの滑走路からスタースクリーム率いる航空部隊が飛び立つ。

「サンダークラッカー、お前は東の対空砲をスカイワープ、お前は西だ。俺は正面をやる!」

「スタースクリーム! お前さんヒューズがぶっ飛んじまったのか? 正面はメチャクチャ危ねーぞ!」

 スカイワープは得意のワープを使いながらミサイルや機銃をかわしつつスタースクリームの言葉に耳を疑った。

「分かっている。だが俺はお前達のリーダーだ。部下に危ない所なんて行かせられないだろ!」

 飛来したミサイルをスタースクリームは機銃で撃ち落とし、瞬時に変形して落下しながらもスナイパーライフルで狙いをつけて対空砲を撃破する。そしてまたジェットモードに変形して飛び去った。攻撃と後退を巧みに扱い、引き際を見極めてスナイパーライフルは全く被弾せずに対空砲を壊して行く。

 順調に防御を削って行く様子を見て、メガトロンはネメシスを進めた。サウンドウェーブが偵察から帰って来たコンドルを肩に留めて、指先で頭を撫でた。そしてサウンドウェーブの胸のハッチが開き、その中へと戻って行った。

「コンドル、報告セヨ」

 アイアコンの偵察に行っていたコンドルは立体映像の地図を空間に投射した。立体映像にはコンボイのいる位置、十香のいる位置が事細かに表示されていた。

「十香がここにいるんだな!」

 位置の詳細が分かって士道は声を大きくした。

「そのようですが、コンボイは危険な男。奴は私が相手をします。その間に十香を救って下さい」

 ネメシスがアイアコンの防衛網を突破し、コンボイのいる居城へ突っ込むとメガトロンは先陣を切って飛び出して、真っ先にコンボイの城に乗り込んだ。

 サウンドウェーブは、ネメシスの甲板に移ると対空砲に指示を送っているアンテナを見つけると胸のハッチを開いた。

「フレンジー、コンドル、美九、イジェクト! 妨害作戦、開始セヨ」

 サウンドウェーブの胸から出て来たフレンジーとコンドルはアンテナの破壊を担当する。そして美九はサウンドウェーブの肩に乗ると二人の音波で信号を妨害した。

「サウンドウェーブの音色はやっぱりいつ聞いても素晴らしいですねぇ! 流石は私のパートナー!」

「美九の歌声は芸術的ダ。有用でそして美シイ」

 スタースクリーム達は今は航空戦力とぶつかり合い、有利に戦いを進めている。形勢はデストロン側に傾いていた。

 

 

 

 

 メガトロンはコンボイと対峙した。コンボイの足下には自らの手で引き裂き、砕き、ズタズタにしたデストロンの若い戦士の死体が無惨に転がっており、コンボイはタバコの火を消すように戦士の頭を踏みにじり、粉々に踏み潰した。メガトロンは悲しみと激しい怒りを覚えた。今日という今日こそ、世界の平和の為に決着をつけると決めた。

「コンボイ、貴様……! よくもこんな惨い事を!」

「惨いだと? ゴミの処分に惨いなどあるのか?」

「私が死ぬか、お前が死ぬかだコンボイ!」

「良いだろう、雌雄を決しようじゃないかメガトロン!」

 刹那、二人の拳はぶつかり合って空間を震わせて床には衝撃で蜘蛛の巣状の亀裂が入った。向かい合うメガトロンとコンボイは至近距離で銃を撃ち、相手の銃口を持ち上げて弾道を逸らし、身をかがめて避けてと一瞬たりとも休む暇がない戦いを続けていた。メガトロンの砲が外れるとコンボイは顎にアッパーを繰り出しよろめかせ、追い討ちをかけようとした所でメガトロンの蹴りが首に決まった。

 メガトロンはタックルをかましてコンボイを倒すと馬乗りの姿勢で顔面を何度も殴り、頭を掴んで床に叩きつけた。一方的にやられていたコンボイは背中と足にあるバーニアを噴かして体を持ち上げ、メガトロンの腹にパンチをめり込ませながら起き上がった。今度はコンボイがタックルをしたが頭を押さえられ顔面から床に打ち付けられた。

「命を弄ばれて死んで行った者達の報いを受けるが良い!」

 がら空きの背中に怒りとエネルギーを込めたフュージョンカノンを解き放った。

 すんでのところでコンボイは真横に転がってフュージョンカノンをやり過ごし、コンボイはエナジーアックスを持ち出してメガトロンの顔を斬りつけた。メガトロンは痛みでつんのめって倒れた。倒れ込んだメガトロンの背中に足をかけてコンボイは後頭部にパスブラスターを突き付けた。

「惨めだなメガトロン。死んで行った連中の無念も晴らせずに私に殺されるのだ。安心しろ、お前の死体は綺麗に飾ってやる」

「そうはさせないぞコンボイ!」

 ネメシスから降りた士道はスターセイバーの光波をコンボイの足にぶつけて切り傷をつけた。

「人間の小僧が!」

 コンボイが振り返って士道に銃口を向けると、その隙にメガトロンが復活して羽交い締めにした。

「今だ士道! 早く、早く十香を助けるんだぁ!」

「ありがとうメガトロン!」

 メガトロンが押さえつけている間に士道は十香を縛る鎖を切って助け出した。メガトロンは十香が救出されたのを見ると拘束を緩め、次の瞬間にはコンボイの腰に腕を回して体の反りと腕力を利用してジャーマンスープレックスを決めた。コンボイの視覚回路にノイズが走り、目を回している。

「士道、ネメシスに戻レ」

 サウンドウェーブがネメシスで手招きしている。

「メガトロンも退却して下サイ」

「分かっているサウンドウェーブ」

 メガトロンはフィージョンカノン砲をコンボイに突き付けてトドメを刺そうとした。砲口を向けられてもコンボイは落ち着き、あまつさえ不気味な笑みを浮かべるのだ。

「もう終わりだコンボイ」

「ああ、そうだな。だが一人で死ぬには寂しい。メガトロン、お前も道連れだ!」

 コンボイが胸を開くと内部には赤々と煌めく物体が見えた。

「私のコアを爆発させてやる。私がこの城で爆発すれば城やアイアコンに蓄えられた爆弾や弾薬に引火する。お前等もお終いだ! ハッーハッハッハッハ!」

 コンボイは気分良く高笑いし、メガトロンは仲間への犠牲を考えると顔を険しくした。士道もその言葉を聞き、真っ青にした。シャッタード・グラスはコンボイが持っているのにコンボイが自爆すれば士道は元の世界に帰れる手段を失う。士道はネメシスからこっそりと抜け出し、コンボイの城のどこかにある筈のシャッタード・グラスを探し始めた。

「全員に伝えろ! 今すぐ撤退だ!」

「もう間に合わないさ! いくら速くてもデストロンは私と滅びるのだガラクタのスクラップ共め!」

 それでも逃げない訳にはいかない。メガトロンはネメシスに乗り込み、発進した。ネメシスに任務を終えたスタースクリーム、スカイワープ、サンダークラッカーが戻って来るとネメシスは全速力で城を離れて行く。

「みんな、コンボイが爆発する! 衝撃に備えるんだ!」

 ブリッジにいるメガトロンが叫んだ瞬間、コンボイの体が光り出して莫大なエネルギーが放出され辺りを吹き飛ばし、コンボイは眩い閃光と共に爆発した。城は一瞬のウチに無くなり、爆発がネメシスを追って来る。

「もう終わりだ~! 死にたくないよぉー!」

「泣くなサンダークラッカー!」

「お、俺だけワープして逃げようかな……」

「スカイワープ、お前はなんて薄情な奴なんだ! 俺達ジェットロンは死ぬ時も一緒だ!」

 スタースクリームは二人の肩を抱いて互いに確かめ合っていた。

 ネメシスのスラスターが焼き切れ、エンジンが故障する程にまで噴かしたが爆発の方が遥かに速い。メガトロンは操縦桿を強く握り締めて死を覚悟した。

 皆、目を瞑って迫り来る爆発を覚悟したが、一向に船体は破壊されない。むしろ穏やかで激しい揺れは綺麗に無くなっていた。メガトロンはゆっくりと目を開けて艦をアイアコンがあった方向に向けると金属の街は、焦土と化して無くなっていた。本来ならば爆発に巻き込まれて艦はバラバラにされる筈だった。

「メガトロン様、あれを見て下サイ」

 サウンドウェーブが指を差す。ブリッジから一人の少年が浮いているのが見える。背中から翼が生え、その翼は左右非対称で天使を思わせる白い羽根と悪魔を連想させる黒い翼を生やしていた。少年が振り返ると真っ先に十香が反応した。

「士道!」

「久しぶり、十香」

 士道とは似ても似つかない風貌の少年、これが本来、この世界にいる筈の士道なのだ。ゆっくりと下降して士道はネメシスの甲板に降りると、さっきの爆発を切り裂いた剣を横に払うと光の粒子となって消えた。十香は急いで甲板まで走り、ガラス越しではない士道を見ると涙を流して抱き付いた。

「私を守ってくれたんだな士道」

「間に合って良かったよ十香」

 二人は抱き合い、そして自然とキスをした。

「ちっ……」

 折紙は無表情のまま舌打ちをした。

「ご主人様……やっぱりあなたは私達の陛下です!」

「称賛。ご主人様は偉大な王になると思います」

「お兄ちゃん……」

 琴里達が喜び、スタースクリームやサウンドウェーブ等も一安心していたがメガトロンは険しく顔をした。アイアコンに入るまでに一緒にいた元の世界の士道について考えていたのだ。今いる士道と元の世界の士道は顔は一緒でも出で立ちは全く違う。

 十香を助け、サイバトロンも滅んで一件落着したが、そこだけが唯一つの疑問だった。

 

 

 

 

 元の世界の士道はだが、コンボイが爆発する寸前に偶然コンボイの死体の飾りだらけの部屋を見つけて、そこにシャッタード・グラスがあると迷わずに飛び込んでいた。

 士道が目を開けると見慣れた自分の部屋だ。

「帰ったのか……?」

 頭をボリボリとかいて窓に目をやるとグリムロックが部屋を覗き込んでいる。

「うわっ!? グリムロック! 何だよ!」

「俺、グリムロック。琴里に起こして来いって頼まれた」

 直感で士道は理解した。ここが元の世界だと。

「なあグリムロック、お前は戦い好きか?」

「もちろん! 俺、グリムロック。三度の飯より戦い好き!」

「そっか」

 士道は安心したように笑い、ベッドから降りた。あまり朝食を待たせると十香や琴里がごね始めるからだ。

 

 

 

 

 シャッタード・グラス、鏡の世界で士道が唯一遭遇していない人物がいた。そう、狂三だ。

 温かい日差しの中、広い畑で麦わら帽子をかぶり、少女が一人で畑を耕していた。

「はぁー、疲れたっぺ。そろそろお茶にでもすっかなー。農作業は楽しいべー」

 額の汗を拭い、狂三はクワを担いで背伸びをした。鏡の世界では完全に戦いから無縁の所で狂三は畑を耕し、平和に暮らしていたのだった。

「あぁ~、普通が一番だべ!」

 



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25話 デート・デート・デート!

 あの天宮市攻防戦からもう一週間が経とうとしていた。人々の記憶にはあの激しい戦いはなく、ただいつもの空間震が長く続いたと思っていた。オートボットとダイノボットの活躍により、あの戦いは勝利を収めた。しかし、あの銀色のトランスフォーマー、メガトロンの登場によりオートボット達の表情が曇り、あれ以降のオプティマスはいつも考え込んだ顔をして、話しかけづらい。でも良いこともあった、ダイノボット達のおかげで基地の雰囲気がどことなく明るくなっている。

 戦う時は勇猛で果敢な姿だが、普段は陽気で気の良い連中だ。中でもスワープは人懐っこい性格で直ぐに精霊達にも打ち解ける事が出来ていた。オートボットと精霊の中は良好、それはとても良い事である。さて、フラクシナスの治療室では真那が椅子に座って惚けた調子で溜め息を何度も吐いていた。天宮市攻防戦が終わってから真那はずっとこの様子なのだ。

 琴里と士道はマジックミラーの裏側から真那のこの姿を見ていた。別段、落ち込んでいる訳ではなさそうだ。

「なあ琴里、真那の前に質問して良いか?」

「ええ、良いわよ」

「フラクシナスはいつ直したんだ?」

「あれ? ああ、そう言えば士道は寝込んでいたものね。戦いが終わって直ぐにパーセプターやラタトスクの隊員が急ピッチで直したのよ」

 あの戦いで墜落したフラクシナスはスラスターが大破し、その他防衛設備もやられて更にブルーティカスに艦橋を抉られてと酷くやられていた。もう飛べないかと思っていたが、パーセプターの指揮の下にフラクシナスの修理、改造が進められて無事に復活を遂げたのだ。

「このウルトラセクシーターボエンジン搭載のフラクシナスはそう簡単には落とされないわよ」

「そ、そうか」

 パーセプターが改造したと聞いて士道は不安しかなかった。士道は真那の方をむき直して相変わらず、溜め息ばかりの真那を心配した。

「ふむ、真那の健康に異常は無いし、別に不安を抱えている訳でもないんだがね……」

「あ、令音さん」

「シン、真那から直接聞き出せないか? 多分、君が行った方が一番確実だろうね」

「俺ッスか……。まあ、やってみます」

 士道は監視室を出てから真那のいる部屋をノックした。直ぐに「どうぞ」という返事が返って来ると士道は部屋に入った。

「よう真那」

「あ、兄様」

 士道の顔を見ると少しは表情に明るさが戻ったが、まだまだいつもの明るさが足りない。士道は椅子に腰掛けて真那とテーブルを挟んで向き合った。

「DEMから足を洗ったんだな」

「はい、もうあの会社には用はねーです……」

 ポーッとした真那は士道の顔ではなく、天井の方を見ていた。

「なあ真那、何か心配事でもあるのか?」

「はえ? ねーですよ。どうしやがったんですか兄様?」

「最近のお前、ちょっと変だからさ。相談にくらい乗ろうと思ってさ」

 すると真那は急に顔を赤らめてもじもじと足をこすり合わせた。士道は真那の顔を見て、異変に気付いた。今までの真那なら絶対に見せなかった恋をしている顔だ。

「兄様、私はあの人の事を考えると胸が締め付けられるような思いでいやがります」

『恋ねこれは』

『真那も恋愛するんだな』

 当然、琴里や令音も真那の言う症状を恋だと看破した。士道は黙ってそのまま話を聞いた。

「あの人の顔が忘れられなくて私は夜も眠れねーです」

「うーん、そのあの人の名前とか分からないのか?」

「はい……」

「じゃあ特徴とかは?」

 士道がそう聞くと真那は嬉しそうに話し出した。

「そうですね、身長は高いです! 兄様よりもずっと高いです!」

「ほう……」

 真那はイギリス本社のDEMに勤めていた。士道は恐らく外国人だろうと思った。

「それで色白なんです!」

(白人か……やっぱり外国の人か)

『外国人かしら?』

『多分ね』

 イギリス人はスラッと背が高く整った顔立ちをしている印象がある。いや、白人全般に士道はそう言ったイメージがあった。

「そんでもってスゲェ強いんです!」

 士道は聞きながら頷いた。

(真那が強いって言うんならかなりの手練れだな。やっぱりDEMの魔術師(ウィザードか)

『真那が強いって言うんならかなりの手練れかしら?』

『だろうね。DEMの魔術師(ウィザード)と考えるのが妥当だろう』

 今士道が思った事が同じようにインカムから聞こえて来た。

「あ、その人はですね足も速いし、紳士的でもう最高の人なんです!」

 真那はバカではないが、付き合う相手がDEMの関係者というと兄としてあまり良い顔は出来ない。

「そもそもさ、その人とはどこで知り合ったんだよ」

「はい、先週に天宮市を無数のトランスフォーマーが攻めて来やがったでしょ?」

「ああ」

「あの時です!」

 背が高くて白人で強くてあの戦いに参加していた人物。士道等は確信した。間違いなくDEMの人間だと。士道はお茶をすすって真那を応援しようかと考えていると、真那の口から驚愕の情報が飛び出した。

「ああ、カッコ良かったです。あのスポーツカーに変形して街をワイヤーで飛び回る姿……。真那は……もう胸が苦しいです」

「ブッー!」

 士道は思わずお茶を吹き出した。

 今まで士道等が予想していた人物像が一気にぶち壊されたからだ。

「真那、今何て言った!?」

「はい、自動車に変形したりワイヤーで街を飛び回ったりって……」

 もはや該当する人物は一人しかいない。ジャズだ。確かに背は高い、というか人間の常識ならトランスフォーマーは誰でも高い。色白、確かにジャズは白のカラーリングだ。そしてジャズは強い。士道は脳裏にある記憶が蘇って来た。士道がDEM支社からダイブする前にジャズが四糸乃等や真那を救出してフラクシナスに送ったと言っていたのを思い出した。

『まさかジャズが相手とはねー』

『良いんじゃないかい? 彼は優しく紳士的だよ。絶対に真那を大切にするさ』

「人間とトランスフォーマーですよ!?」

『愛に種族は関係わ』

「結構関係あるぞ!」

「あぁ……あの人は今どこで何をしていやがるのでしょう!」

 会おうと思えば一秒で会える。

「兄様、兄様はトランスフォーマーと仲が良いんでしょう!? あの方について何か知らねーですか?」

「あ、うん……知らないかな……」

『士道、交代よ。今度は私が真那と話すわ』

「わかった。真那が人並みの恋愛をしていて良かったよ。じゃあ、また来るな」

 士道は部屋を後にして琴里と入れ違った。真那の容態は変わらず、それに病気かと思っていたがそうではなく、ただ恋をしているだけと聞いて一安心だ。フラクシナスの転送装置はパーセプターの改造でグランドブリッジに置き換わった。転送装置よりグランドブリッジの方が何かと便利で大量の荷物や大人数を運ぶのに適していた。グランドブリッジで士道はオートボット基地の中へ送ってもらった。

「おかえり士道」

 声をかけて来たのはジャズだ。さっきの真那の話を聞いてジャズを見ると妙な気持ちになる。

「な、なあジャズはさ……人間をどう思うんだ?」

「……? 私は人間は好きさ」

 ジャズの好きは愛情というよりも友情や信頼としての意味が強かった。そもそもジャズも人間に好意を持たれているなど思いもしていない筈だ。士道はもっと分かりやすいようにハッキリと言った。

「ジャズ、もしだよ? もしも人間の女の子に好かれたらどうする?」

「人間の女の子?」

 ジャズは少し考えてから返事をした。

「好かれるのに悪い気はしないな、ハハッ」

 まだジャズは恋愛話だと気付いていない様だった。人間とトランスフォーマーの愛情など士道は考えもしなかった。トランスフォーマーにれっきとした心があるのだから恋もするのは分かる。しかし、士道は実妹がジャズに恋をしているという事実が凄く複雑に感じていた。

 

 

 

 

 DEMインダストリー本社はイギリスにある。先の天宮市攻防戦で十香の反転をまんまとショックウェーブに邪魔されて、作戦が全て水の泡となった。アイザックとエレンは久しぶりにDEM本社に帰って来た。アイザックは、いつも以上に暗い目をして自分の部屋に入ろうとすると中からどういう訳か、誰かの声が聞こえるのだ。

 ここは自分の部屋なのでアイザックは遠慮なくドアを開けると中ではDEM社の重鎮の一人、ロジャー・マードックが人一倍喜んで話している。

「アイザック・ウェストコットは悲運の死を遂げた今! このDEM社のニューリーダーはこの私だ!」

 前々からDEMの重鎮等がアイザックにやエレンに対して謀反を企んでいるのは知っていたし、アイザック自身は連中の実力を引き出す為にプライドや野心をくすぐって体よく利用していた。

「おやおや、私の部屋で社長ごっことは楽しそうじゃないか」

 アイザックが少し喋るだけで部屋の気温が五度は下がった気がした。マードック、それに秘書の女性達はアイザックの姿を見て凍り付いた。

「ミスター・ウェストコット! あ、あなたは死んだ……死んだ筈ではなかったのですか!」

「死んでいなくて悪かったね」

「いえいえ! とんでもありません! 生きていて本当に良かったと思っていますよ。なあみんな!」

「は、はい! と、とても、うう、嬉しいです!」

 分かりやすいくらいに震え声だが、こうでも言わなければ殺される気がした。

「そうかい、まあここはまだ私の部屋なんでね。出て行ってくれるかい?」

「わかりました!」

 マードックは秘書を連れて、急いで部屋を後にした。アイザックは久しぶりの自分の椅子に腰掛けた。

「アイク、あの連中はあなたの首を狙っていますがよろしいのですか? ご命令なら今すぐにでも始末しますよ」

「放っておいて構わないよ」

「あなたは組織のトップという自覚を少しは持って下さい」

「私の命を狙うしか生きがいのない愚か者共だからな。もしも私の計画を成し遂げたなら……ふふ」

 エレンはさっきよりも真剣な表情と眼差しでアイザックに向き合うと、常々気になっていた事を聞いた。

「少し聞いてもよろしいですかアイク?」

「何だい?」

「少し前から気になっていたのですが……。アイク、近頃はあなたに扮した男の目撃がされています」

 エレンはアイザックに降りかかる火の粉を全て払うのが使命である。僅かな疑問も見逃すことは無い。

「ほう……。エレン、そろそろ君にも教えておく必要があるね」

「何かご存知なのですか?」

 エレンは怪訝な顔をするとアイザックは薄ら笑いを浮かべた。

「彼が何者か私も知らない。名前は何と言ったかな……そうそうユニクロンと言っていたかな。三十年前だ。彼が私に精霊の反転について教えてくれたよ。人体への魔力精製、顕現装置(リアライザ)、他にもDEMの秘匿技術は全て彼が私達に教えたものさ」

「……。アイク、その男は危険です。何故かはわかりませんが、私の戦士の本能が危ないと思っています」

「信用はしていないさ、利用はさせてもらっているがね。それより、スタースクリームを見ないな」

「スタースクリームならあの戦いから見ていませんね」

「ふん……奴はあの単眼のトランスフォーマーの所にでも行ったのだろうね」

「どうして、そう思うのですか?」

「スタースクリームとあのトランスフォーマーが体に刻んでいたシンボルが一緒だからさ」

 元々、信用出来ずいろいろと引っかき回すし、腹の立つ事がたくさんあったが、スタースクリームがいなくなってエレンはどことなく寂しく思う所があった。それでも戦場でスタースクリームに会えば、普段の怨みも込めて戦う気は十分にあった。

 

 

 

 

 戦艦ネメシスは大量のトランスフォーマーを乗せた宇宙船だ。ディセプティコンが誇る最強の戦艦でその設備や兵器は人間の一国の戦力に比肩する程だ。それ故に動かし、維持するのに大量のエネルゴンが必要であった。ネメシスは成層圏を飛んでいる。高度なステルスは人間のセンサーには反応せず、ネメシスは快調に飛行を進めていた。

 ネメシスのブリッジではショックウェーブが片膝を付いて、メガトロンに敬意を表するように頭を下げている。スタースクリームも一応、頭を下げていた。

「顔を上げよ二人共。ショックウェーブ、お前にはセイバートロンの留守を預けていたな? 何故、地球にいた? 説明してみろ」

「ネメシスがスペースブリッジを越えた時、ネメシスと連絡が取れなくなりました。メガトロン様、あなたともです。それに、セイバートロンのエネルゴンは殆ど枯渇していました。救出と探査を兼ねて、私はセイバートロンを発ちました」

「その結果が、あの大量のエネルゴンキューブという訳か。あの町を落とせなかったのは気にくわないが、それ以上のエネルギーも手には入った。誉めてやろう」

「ありがとうございます」

 ショックウェーブが引き下がるとメガトロンは頭を下げるスタースクリームを見下ろすといきなり首を掴んだ。

「な、何をするんですメガトロン様!」

「やかましい! この裏切り者が! 何気ない顔で仲間に戻ろうとしよって!」

「待って、待って下さいメガトロン様! あの裏切りを分かって下さい!」

「何を分かれと言うんだ愚か者めが!」

 フュージョンカノン砲をスタースクリームの頭に突き付ける。

「こ、殺さないでぇ! 俺にはまだ利用価値がありますよ! セイバートロンを救う秘策もあるんですー!」

「下手な嘘を吐くな!」

「本当なんです! ゼータプライムの書斎で調べました! 本当の話なんです!」

 メガトロンもセイバートロンの復活は望んでいる。忌々しいが、スタースクリームの言うことがもしも本当ならばセイバートロンを救うチャンスを失う事になるのだ。スタースクリームを離したままフュージョンカノンを突き付けて語気を荒くしたまま言った。

「ではその秘策とはやらを言え! そうすればあの時の裏切り行為は忘れてやろう!」

「ハッ! あんたがディセプティコンのリーダーを俺に譲るってんなら教えてやっても良いぜ?」

「貴様ふざけた事を言うな!」

 少し身の安全が確保されたかと思うとスタースクリームは直ぐに調子に乗る。メガトロンは再び首を掴んで怒りを露わにし、今にも発砲しそうだ。

「何するんです!? 俺はセイバートロンを救う情報を持っているんですよ! もっと丁寧に扱って欲しいですね!」

「スタースクリーム……! ならお前の体をバラバラにして頭脳回路から直接情報を引っ張り出してやろうか!」

 メガトロンはスタースクリームの顔を力一杯殴り飛ばしてなんとか怒りを鎮めた。

「いってぇ……わかりましたよ。教えますって!」

 スタースクリームは殴られた場所をさすりながら立ち上がると目から光を発射して空中に画像を投影した。その画像には五河士道という名前が書いてあるだけだ。

「何だこの人間のガキは?」

「この人間がセイバートロンの命運を握っているんです」

 悪い冗談だと思ったメガトロンが砲口をスタースクリームの頭に合わせると慌てて詳しい事を放し出した。

「この人間はただの人間じゃないんです!」

「何?」

「ゼータプライムの書斎にコイツとの日記がありました。毎日毎日、詳しく書いた日記です」

 スタースクリームは士道の関する情報が入ったディスクを取り出すとブリッジの制御装置にディスクを挿入した。

「結局、そのガキの何が特別なのだ?」

「見てて下さい」

 スタースクリームが再生ボタンを押すとブリッジの内部にゼータプライムの声が響いた。この声を聞けば思い出す、メガトロンがアイアコンで腹を貫いてやりゼータプライムを殺した感触を。

『ディセプティコンは、想像以上の戦力だ。だが、私達オートボットは決して負けはしない。私の後をいずれ継ぐオプティマスも順調にプライムとしての頭角を表している――』

「長いんで早送りしますね」

「そうしろ。ジジイは話が長い」

 ゼータプライムの言葉が早回しになって余分な部分は次々に飛ばされて行く。ちょうど良い所で停止してまた再生を開始した。

『メガトロンはダークエネルゴンを手に入れたようだが、そう上手くは行かせない。私やオートボットの命運はたった一人のひ弱な種族に託された。五河士道に込めたプライマスの意識は来るべき時にセイバートロンを復活させる鍵となるだろう』

 その後からはオートボットの暗号化された言語に置き換わり、ここにいる皆は内容を知る事が出来なかった。だが暗号はいずれ解ける。それにわざわざ暗号化するという事は自ら大切な情報だと教えているような物だ。

「サウンドウェーブ、暗号の解読に当たれ」

「了解しまシタ、メガトロン様」

「ではスタースクリーム、重要な情報提供を評価して今回だけは見逃してやろう」

「はい、ありがとうございます」

「お前には元の役職でその腕を存分に振るってもらうぞ」

 意外にもあっさりと許されたスタースクリームだった。だが、メガトロンがいくら許したとしても納得が行かない連中がいた。

「待って下さいメガトロン様」

 戦術家オンスロートは一歩踏み出した。

「これでは我々の気持ちが収まりません! それにスタースクリームの奴にエネルギーアブソーバーを外されたままです!」

「ほう、スタースクリームよ。コンバッティコンのアブソーバーはどうした? 返してやらないと儂は構わないが、お前はバラバラにされるぞ?」

 コンバッティコンは一斉に武器を出すとスタースクリームへと向けて来た。

「お、おい……寄るなお前達。忘れたのか? お前達にエネルギーアブソーバーを取り付けられるのは俺様だけなんだぜ?」

「なら早くコイツ等に返してやらんか!」

 スタースクリームは歯を食いしばりながら渋々、持っていた五つのエネルギーアブソーバーをコンバッティコンに返した。

「よろしいスタースクリーム。変な気を起こすなよ? 所詮お前はナンバートゥーなのだからな」

「いつか破壊大帝の椅子から引きずり下ろしてやるからな……」

 スタースクリームは聞こえないように小声で言った。メガトロンはスタースクリームの言葉など耳に入らず、有力な情報と無事に戻って来てくれたショックウェーブとコンバッティコンに喜びを感じていた。

 話が一通り落ち着くとショックウェーブはメガトロンに声をかけた。

「メガトロン様、あなたはこの星に来てまだ地球について分かっておりません」

「そうだが、何が言いたい?」

「地球と精霊そして人間についてお話します」

 メガトロンはショックウェーブの地球での活動を聞く事にした。地球には精霊という生物が存在し、精霊は強大な力を持っているという事、精霊が発生する前に空間震が発生する事を細かく語った。メガトロンは興味深そうに聞いていた。

「私はあの戦いでインセクティコンという戦力を失いました。しかしインセクティコンは残念ながらダイノボットに対抗する力は持っていません」

 ショックウェーブのまた奇妙な実験体が出て来るのかと、コンバッティコンは嫌な顔をした。

「私はある二つの研究に着手しています。双方共に完成は間近です。グリムロックに対抗出来る戦力と邪魔な精霊とラタトスクを相手に出来る人工精霊が完成すれば奴らを倒す事が出来ます」

「人工精霊だと?」

「はい、しかしそれには宿主の人間が必要でして宿主を探しています」

 ショックウェーブの開発している人工精霊は人間に宿らなければ役に立たない。強い肉体と精神を持った器が必要だった。

「わかった。それは儂がなんとかしよう。ショックウェーブ、お前は引き続き実験を続けろ」

「逢瀬のままにメガトロン様」

「スタースクリーム、お前は直ぐに人工精霊の宿主になりうる人間を探して来い」

「はいはい、わかりやしたよ」

「何だその返事は!」

「天下の破壊大帝様が人間を頼るとは少しばかり情けなくないですかぁ? そろそろ新旧交代の時期かもしれませんねぇ」

「その減らず口を吹き飛ばされるか、直ぐに探しに行くかどっちが良い!」

「い、行けば良いんでしょ行けば」

 スタースクリームはブリッジから追い出されるように出て行き、ネメシスを発った。スタースクリームの対応でメガトロンのストレス値は上がりっぱなしだ。人間なら血圧が高くなりすぎて倒れるレベルだった。

 

 

 

「さあ、今日はラグビーだ!」

 大規模な増改築が成されたオートボット基地の運動場でワーパスはラグビーボールを片手に言った。ダイノボットチームとオートボット&精霊チームのラグビー対決がおこなわれようとしていた。ダイノボット等の合流で戦力が各段に増したが、基地は狭くなり、そこでラタトスク機関は五河家の周辺の土地を買い占め、特設マンションの裏に大きなグラウンドと地下の基地を大幅に広げたのだ。

 今日はその改装された基地を祝してのラグビー大会である。尤も、広くなったとは言えダイノボット達のスケールからするとまだまだ物足りない広さであった。精霊側からは十香、耶倶矢、夕弦が参加している。四糸乃や美九はスポーツは苦手なので不参加だ。オートボットからはパーセプター以外のメンバーが出場している。

「なあシドー、ラグビーとは一体何なのだ?」

「ああ、あの楕円形のボール持って相手の陣地まで走るんだ」

 士道も詳しいルールは知らない。

「ボールを持って走るだけなのか? バスケットはドリブルとかして面倒くさいのに」

「クックック、十香よ。ラグビーを甘く見てはならぬぞ。ラグビーは“闘球”と書く! 読んで字の通りこれは闘いなのだ!」

「説明。十香がボールを持って走ります。相手がそれを止めに来ます。私達が相手をしてその隙にボールを運びます」

「むぅ~……。何だか良く分からぬがやってみるぞ」

 動きやすい服を着た十香はストレッチをして軽く体を動かして温める。運動前の体操は重要だ。士道がチラリと相手側のベンチを覗くとダイノボット達はやる気満々で円陣を組んでいる。以前からマイペースなグリムロックだったが、仲間が戻って来てからより明るさが増していた。

「つーかアイツ等にぶつかられたらぶっ飛ぶんじゃね?」

 グリムロック一人でオートボット達は持て余していたのに似たようなタイプが四人も追加されたらどうなるか想像もしたくない。

「オートボット、何としてもダイノボットを止めるんだ!」

「オォッー!」

 オートボットも勝つ気満々だ。そして試合開始のホイッスルが鳴るとダイノボットは一斉にビーストモードにトランスフォームして突っ込んで来る。

「おいおいおいおい! いきなりズルいぞォ!」

「ワーパス、ビークルになれ!」

 アイアンハイドが言うとワーパスはそれに従い、戦車の姿へと変わる。

「耶倶矢、私にボールを!」

「よかろうアイアンハイド!」

 アイアンハイドへ耶倶矢がボールをパスするとそのままワーパスの砲口の中へと放り込んだ。

「撃てワーパス!」

「おうッ!」

 砲声と共にボールはダイノボット達間を抜けてゴールに叩き込まれ見事に木っ端微塵になった。

「イェェイ!」

 ワーパスはロボットに戻って両腕を高く上げて最初の得点に喜んだ。

「ほらほら耶倶矢、ハイタッチハイタッチ!」

 ワーパスが手を出すと耶倶矢は大きな鉄の手にハイタッチをした。

「驚嘆。あれをロングパス作戦と名付けましょう」

「ワォ、私が知らない間に点が入っているじゃないか」

 まだ一回しかゴールしていないのにどうしてかかなり盛り上がっている。モチベーションの向上に繋がるので悪い事ではない。先制を許してしまったダイノボットは身を寄せ合い、ひそひそと何かを話している。ダイノボットなりに何か作戦でも立てているのだろう。

「あいつ等でも作戦を立てるんだね」

「ジャズ、彼等をバカにしてはいけない。だが恐竜の考える小細工は知れている。ワーパス! ロングパス作戦を続行だ!」

「オーケー、オプティマス!」

 砲塔の角度を上げ、ゴールラインに狙いを定め発射。ボールはダイノボット達の遥か上空を通過してゴールを確信した。そこにスワープが飛んで来ると翼を羽ばたかせてボールを跳ね返した。

「よくやった、スワープ!」

「お安いもんよう!」

 ロングパス作戦が封じられた。ボールを持ったグリムロックが突進して来る。

「私に任せろ!」

 明らかにパワーで勝るグリムロックに対してアイアンハイドが一人で立ち向かった。叶う筈が無いと余り皆は期待していなかったが、アイアンハイドはホームベースに滑り込む野球選手のような見事なスライディングでグリムロックの足を払い、あの巨体を転かした。

「ハハハ! どうだ若造! 老兵を舐めるなよ! 十香パスだ!」

「わかったぞ!」

 ラグビーを始める前は一番乗り気ではなかったアイアンハイドは何だかんだで一番楽しんでいた。

 ボールを掴んで十香はスラッグの突進やスナールの尻尾を超人的な運動能力でかわし、スラージの体を悠々とよじ登り、背中から尻尾までを滑り降り、ゴール目指して走っていると空からスワープが急降下して来た。

「指示。十香、パスして下さい」

「うむ!」

 デタラメな投げ方だがボールはしっかりと夕弦の方へ飛び、上手くキャッチした。

「ヤロー! 絶対に捕まえてやんぜ!」

 スワープは低空を飛行して夕弦を狙うと耶倶矢が現れた。耶倶矢は手を組むと夕弦はそこに足を乗せて上空へ飛ばした。

「行っけぇ夕弦!」

 スワープをも回避した夕弦は守りの無いゴールにボールを叩き込み、再び得点が入った。

「っしゃー!」

 耶倶矢はガッツポーズを取った。

「やるじゃんか二人共! このままあの恐竜野郎を無失点で倒しちまおうぜ!」

 試合はオートボット側が先制している。ラグビーのルール的に怪しい物がいくつかあるが、細かい事は気にしてはいけない。士道が得点を入れた夕弦や耶倶矢、十香にスポーツドリンクを持って行こうとした時だった。士道の頭に久々の頭痛が走った。

「痛ッ!」

 プライマスの意識と力が宿る士道は強力なダークエネルゴンの反応に異常に過敏になる。この症状が、精霊の現界する直前に発症する事で空間震の予知にも役立っている。

「だーりん、大丈夫ですか!?」

「ああ、何ともない」

 士道の症状を見てオプティマスは精霊が久しぶりに現れるのだろうと判断し、残念だがラグビー大会を一度中断した。運動場を出て、広間へ移るとテレトラン1のモニターには琴里が映っていた。

「待たせたな琴里」

『オプティマス、そっちに士道はいるかしら?』

「ああ居るよ」

『……。何でみんな息切らしてんの?』

「少しスポーツをしていた」

『まあ良いわ。そっちから士道を今から送る地点に飛ばしてちょうだい』

「わかった。パーセプター、グランドブリッジの用意だ」

「分かりました司令官」

「ジャズはいつも通りに士道の護衛だ」

「了解!」

 パーセプターがグランドブリッジの起動レバーを下ろすと何も無い空間に淡い緑色のサークルが発生して光の道が作られた。士道はジャズに乗り込むと光の道を通り、瞬間的にオートボット基地から廃墟となった人気の無い遊園地へと移動が完了した。

 その遊園地はいつぞや、オプティマスとグリムロックが対決した地でもあった。士道はインカムをセットしてからジャズから降りると即座にロボットへトランスフォームして身を屈めた。まだASTは到着していない。

 グリムロックは今まで平気でASTを敵と見なし、攻撃を仕掛けていたがオプティマスの説得により“極力”攻撃は控えるようにしていた。オートボットも複雑な気持ちだ。ディセプティコンを倒すのに共に戦ったが、精霊の話になると意見の違いから敵対せねばならないのだ。出来る事ならば精霊を攻撃せずに済ませて欲しいが、精霊が現れ、それを攻撃するのはこの地球では常識なのだ。

「士道、精霊は?」

「待って、あれだ」

 士道が指す方向にはすり鉢状に削られた地面の中心に一人の女性が立っている。外見的には二十代と言ったところか。体に張り付くようなピッチリとしたスーツは女性の艶めかしい体を強調しているようで、明るい緑色の髪は腰まである。顔は縁の広い魔法使いのような帽子の所為で上手く見えない。

「あら? 誰かそこにいるの?」

 その女性は明らかに士道達が隠れている方を見てそう言った。士道が振り返ってみるとジャズは煙りのごとくその場から忽然と消え失せていたのだ。

「忍者かよ!」

『士道、もう観念して出なさい』

「そうするよ」

 士道はゆっくりと壊れたメリーゴーランドの陰から顔を出した。

「へぇ、坊やはどうしてこんな所にいるのかな? この世界じゃあ私が現れたらみんなシェルターに逃げるんだよ?」

 この世界についてはある程度は知っているようだ。

 ここでフラクシナスは士道の返しに三つの回答を設けた。

 

 一、ぼ、ぼくぅ~道に迷ってしまったんですぅ~。

 二、そんなバーガーな! ここがシェルターじゃないんですか!?

 三、逆に何であなたがここにいるんですか?

 

 提示された選択肢に琴里は首を傾げてどれにするか悩んだ。一番人気は三だった。二はただ頭が変な奴だ。

「三かしらねぇ……」

 琴里が士道に指示を出そうとすると一番に票を入れた箕輪と椎崎が猛反発して来た。

「司令! 絶対に一が良いですって! 士道くんは母性本能をくすぐる所があります! 見たところ相手は年上! 勝負をかけるべきです」

 箕輪の熱弁を聞き入れて琴里は士道に指示を下した。

 

『士道、一番よ。出来るだけ目を潤ませてね』

「えぇ~嘘だろ?」

 まだまだ若いと言っても良い歳をしてあんなセリフは恥ずかしかった。それでも言わなければ話が前に進まないので士道は目を潤ませ、やや上目遣いで先のセリフを言った。

「ぼ、ぼくぅ~道に迷ってしまったんですぅ~」

「あーあ、可哀想に。そうそう坊や、お姉さんを見てどう思う?」

「へ? どうって……凄く綺麗だと思います」

 その言葉を聞いてその女性はパァッと顔を明るくして士道を抱き締めた。豊満な胸に顔を押しつぶされて息がしにくいが悪い気はしない。

「だよねー! やっぱりこっちの方が良いよね! 私は七罪! 君の名前は?」

「五河士道です」

「士道くんかー。もう一度聞くけど私綺麗?」

「はい、綺麗ですよ。とっても」

『士道、七罪の機嫌メーターが良い感じに上昇しているわ。このままじゃんじゃん好感度上げちゃって』

「うん」

 事は順調に進んでいたが、何もかもが上手く行くなど有り得ない。これからという時にASTが駆け付けて来たのだ。士道は空を見て表情を険しくした。

「士道は下がっててね」

 七罪は士道を離すと箒型の天使を顕現した。

「ウィッチを確認、攻撃を開始する!」

 滞空するASTはミサイルを七罪に向けて撃って来た。依然七罪は余裕の笑みを浮かべたまま一切動じずに天使の名を口ずさんだ。

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪は箒の先からコミカルな形をした星を飛ばしてミサイルに当てるとそれらはたちまち柔らかな人参のクッションに早変わりだ。爆発しても小規模の煙りを発するだけで殺傷力は無いに等しい。

「そんな物騒な物飛ばさないでよね。もっと可愛い物じゃないと!」

 奇妙な能力にASTは苦い顔をしながら取り囲み、銃弾とミサイルを飽きずに撃つ。ふと士道はASTの中に折紙がいない事に気がついた。精霊とあらば真っ先に出陣する筈だが、彼女の姿はなく凡百な隊員が無意味な攻撃を続けているのだ。七罪は飛来する弾は全てお菓子なぬいぐるみに変えて行った。ちょうどそこへ、一発の人参のぬいぐるみが不規則な弾道で七罪の方へ飛んで来た。士道もその近くにいたのでジャズは颯爽と現れて士道を攫うと車体の中に隠して守った。

 七罪が殺傷力を極限にまで減らしたミサイルはさっきと同様に小さな爆発と煙だけを巻き上げるに過ぎなかった。

「おい七罪! 大丈夫か!」

 士道が叫ぶび、徐々に煙が晴れて行くと傷一つ無い七罪の姿が確認出来た。士道はジャズから降りて走り寄ると七罪は鋭い目つきで士道を睨んでいた。

「見たわね……!」

「はい?」

「この姿を……見たわね! 絶対に許さない! あんたの人生をメチャクチャにしてやるから覚悟するのね!」

 士道とジャズは頭に疑問符を浮かべている隙に七罪は箒に跨るとASTの追跡を振り切って空の彼方へ消えて行った。

「士道何かしたのかい?」

「ちんぷんかんぷんだ」

 一体どうして七罪が怒ったのか分からないまま二人は基地に引き返して来た。

 

 基地に帰るとジャズから降りた。士道が降りたのを確認してからロボットへトランスフォームした。

「精霊の方はどうだったジャズ?」

 オプティマスが聞くとジャズは肩をすくめながら小首を傾げた。

「良く分からない精霊でしたね」

「そうなんだよ。何か急に怒るし、俺の人生をメチャクチャにしてやるとか言い出すし」

 士道は冗談程度で聞いていたが、オプティマスは細心の注意を払う事にした。人生をメチャクチャにするとは、具体的どういう事を仕出かすか分からないが、精霊が本気で士道を殺しかかったらいくら再生能力があっても死んでしまう。

「注意が必要だな……。ダイノボットの諸君」

「あ?」

 オプティマスが呼ぶと一斉に振り向いた。

「士道が精霊に狙われている。明日から君達にしっかりと士道を見張るんだ」

「わかった。俺、グリムロック。見張る!」

「士道に手を出す輩ならオレがひき殺してやるさ」

「じゃあオレはこの背中でザックザクに切り裂いて避けるチーズみたいにしてやる」

「ん~と、オレは踏み潰すー!」

「精霊は殺しちゃダメって何回も言ってるだろ!」

 士道は呆れながら叫んだ。バカでは無いのだが、どうも喧嘩っ早い。真っ先に戦いで決着をつけようと考えるのがダイノボットの欠点だった。

 

 

 

 

 翌朝の学校。オプティマスの指令で士道の監視を実行しているダイノボットは学校の周りをうろちょろとして歩き回っていた。

「グリムロックだ。みんな、士道に、変わりは、ないか?」

『こちらスワープ! 快調に飛行中だぜぃ! そこのけそこのけお馬が通る、雲を引き裂くスワープ様だ!』

『スラッグだ。士道の見張りよりあのブルドーザーと突進対決がしてぇな隊長』

『スナァァァァルだ。特に異常無し、暇』

『スラージ。ん~と、士道は元気だぞ』

「お前等、真面目にやれ!」

 やはりダイノボットに見張りは無理だった。

 士道は今は少し席を外しており教室にいた十香は早く帰って来ないかとわくわくしながら待っていた。すると、教室に士道が入って来た。

「俺、グリムロック。士道を見つけたぞ。監視を続けろ」

 ダイノボット達が目を光らせて見ている。

『いや~悪い悪い待たせたな十香』

『うむ、ところで用事とは何なのだ?』

『あ、十香その前にちょっと良いか』

 会話を遮ったかと思うと士道が十香の大きな胸を鷲掴みにしたのだ。

『やっぱり揉み心地は最高だな十香』

『ひゃっ!? なっ!? 何をするのだシドー!』

 顔を真っ赤にする十香の事など気にせずに揉みしだいていると亜衣麻衣美衣のトリオが十香の手を引いて三人の後ろに隠すと士道を取り囲んだ。

『何をしてるのよあんた!』

『十香ちゃんとそういう関係は百歩譲って良いけど学校ではNGよ』

『まじひくわー』

「グリムロック、士道って日常的に女の子の胸を揉んだりする奴なのかよう?」

「俺、グリムロック。そこまではいつもしてない……多分」

 すっかり変わってしまった士道の観察を再び続けた。

 グリムロックが少し目を離している隙に士道は亜衣を壁に追い込み、顎をくいっと上げるとじっくりと目を見詰めて顔を近付けて行く。

『やぁ……私には……岸和田くんがぁ……』

 すると士道はふぅっと亜衣の耳に息を吹きかけ、亜衣は腰が砕けてその場にへたり込んだ。

『亜衣!』

『おのれ、淫獣め!』

 残りの麻衣美衣が士道を取り押さえんと手を伸ばして来た所で士道は華麗にかわして見せ、二人のスカートの裾を掴み一気に捲り上げた。教室から男子の色めき立つ声と二人の悲鳴が混ざった。

『可愛らしい下着を履いてるじゃないか、バイビー!』

 士道はキランっと歯を光らせてウィンクをして教室を出て行ってしまった。

「おいおい、士道の奴どうしたんだろ?」

 スナールは首を傾げた。

「士道も思春期だからな。こういうのもやるんだろ」

 と、スラッグ。

「ん~と、とりあえず捕まえるのはどうだ?」

「良いね!」

「じゃあ、ダイノボット、トランスフォーム! 士道を捕まえるぞ!」

 ダイノボットは各々が恐竜に変形して匂いを辿って士道を探し出した。

 

 

 

 

 教室に入って来た士道は入るなりギョッとした。士道が来ると殺気にまみれた目で睨み付ける亜衣麻衣美衣が走って来た。

「この野郎、よくも顔を見せられたわね!」

「変態糞淫獣が!」

「滅びよ」

「な、何だよ三人とも何にそんな怒ってんだよ!」

「くぅ~! とぼけるつもりか!」

「シドー……」

 か細い声で十香が呼んで来た。

「十香?」

「シドーは私にあんな事をするのは構わないのだ。でも……でも自分がやった事を認めないのは悪いぞ!」

 士道は何が何だか全く分からない。たった今、士道はトイレから帰って来たら何故か反感を買っていたのだ。士道はいたたまれなくなって教室から走って出て行った。

「逃げたな五河! 私を辱めた行為は必ず懺悔させてやるからなァ!」

 士道は頭の中が真っ白になりながら廊下を走っていると、自分の目を疑った。そう、もう一人の士道が遠くで口を吊り上げて怪しく笑ったのだ。

「……! アイツは何だ!」

 士道は逃げ出すもう一人の士道を追いかけた。まさかまた分身が出来たのかと思ったが、士道の分身は瓜二つな顔をしているが目元で見分けがつけられる。士道が見た士道は完全に一緒の顔をしていた。

 もう一人を追いかけ、たどり着いた先は屋上だ。

「追い詰めたぞ偽物!」

「くっくっく、言ったわよね? あなたの人生をメチャクチャにするって」

「――!? お前七罪か! どうしてこんな事をするんだ」

「私の姿を見たからよ!」

「何の話をしてんだよ! 俺は何も見てないぞ!」

「うるさいうるさい! もう後悔しても遅いわよ!」

「士道、発見!」

 空中から急降下して来た。スワープは屋上に降り立つと二人に増えた士道に目を丸くした。

「あり? 士道が何で二人いるんだ?」

 スワープに続いて他のダイノボットも到着して、事態はややこしくなる一方だ。

「俺、グリムロック。士道は理由も無しに変な事しない、信じてる!」

「グリムロック、コイツだ。この士道は偽物だ!」

 偽物の士道が本物を指差して言った。

「何!? 違うぞグリムロック! 偽物はこっちだ!」

 グリムロックを含め、ダイノボットは困ってしまった。どっちが本物の士道なのか分からないのだ。そこへ士道を心配して追いかけて来た十香と折紙が駆け付けた。二人は士道が二人になっていると知り、心底驚いた顔をしていた。

「十香、本物は俺だよな? 折紙も俺が本物だって証明してくれよ!」

 偽物がそう言うと、十香と折紙は即座にもう片方の士道を指差した。

「こっちがシドーだ」

「こっちが本物」

 あっさりと二人は見抜いた。偽物は度肝を抜かれたような顔をした。

「な、何故……わかったの?」

「なんとなくだ!」

「本物の士道とあなたは脈のタイミングが全く違う。それに一分間におこなう平均点まばたきの回数をあなたは大きく上回っていた。見比べれば一目瞭然。……それよりどうしてグリムロックがいるの?」

 当たり前のように折紙の前に姿を見せているが、グリムロックと折紙の関係はどちらかと言うと悪い方だ。

 グリムロックは折紙からぷいと顔を背けるとロボットへ変形して指を鳴らした。

「偽物。俺、グリムロックが叩き潰してやる!」

 士道の偽物は悔しそうに顔を歪めると箒型の天使を呼び出し、グリムロックのパンチを避けた。

「こんな屈辱は初めてよ! あんた等全員、死ぬほど後悔させてやるんだから!」

 そう吐き捨てると偽物、もとい七罪は空に消えて行った。

 

 

 

 

 七罪が士道に化けた事件からかれこれ一週間が経とうとしていた。五河家のリビングのソファに士道と琴里が仲良く座っている。七罪の言葉には厳戒の注意を払って、オートボットは見張りを欠かさない。

「七罪が何を仕掛けて来るか分からない今、こっちは守るしかないか……」

 テレビドラマを見ていたら家にインターホンの音が聞こえて来た。琴里がソファから立ち上がって家の前にいる人物を確認しようとモニターを覗くが、外には誰もいなかった。ピンポンダッシュか何かと思ったが、念の為にポストを確認すると中には封筒が入っている。

「何かしら?」

 封筒を手に取ると黒い字で小さく『七罪』と書いてあると琴里は僅かに眉をひそめた。

「士道、ラブレターよ。七罪からね」

 リビングに戻って来ると琴里は封筒をテーブルに置いた。

「七罪から?」

 封を切ると中から十二枚の写真が出て来た。琴里、耶倶矢、夕弦、十香、四糸乃、美九、折紙、ジャズ、スラッグ、スナール、スワープ、スラージの写真だ。どれもこれも視線は明らかに別の方を向いており、記念撮影には見えない。隠し撮りというのは火を見るより明らかだ。「何だこれ?」

 封筒の中にまだ何か入っている。

 士道は中から手紙を出した。

 ――この中に私がいる。私を見つけられる? みんなが消える前に。

 不可解な言葉を残した手紙だけがその中に入っていた。

 



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26話 救世主グリムロック

雑な作りですまない……。
ちょっと疲れてんだ。


 天宮市の中で特に人の少ない倉庫は誰も使う人がいない単なる空き部屋と化していた。その倉庫には多数の機材が並び、歩道橋のような形をした背の高い建物の上には車椅子に座り、柔和な顔をした初老の男性が倉庫の管理をしていた。白く綺麗に整えた髭には不潔感は無く、染めたような真っ白な髪を後ろで束ねている。紳士的な男性、エリオット・ボールドウィン・ウッドマンは子供がおもちゃを買ってもらう時のように胸を躍らせて待っていた。

 ラタトスクの創設者、ウッドマンがいるこの倉庫は天宮市の臨時基地だ。顕現装置(リアライザ)によって倉庫は透明化して外界からはその姿を確認する事が出来ず、完全に隠れていた。

「ついに私達も見れると思うとわくわくするね、カレン」

 カレン、そう呼ばれた彼女は小さく頷くだけだ。その顔は世界最強の魔術師(ウィザード)エレン・ミラ・メイザースと瓜二つの顔をしていた。尤も、エレンよりは大人しそうな顔をしている。

「ウッドマン卿、目標が近付いて来ました」

 デッキの下では白衣を着た研究者の一人が言った。

「よし、ゲートを開放。入れてあげるんだ」

「はい、ゲート開放。オプティマス・プライムを補足」

 赤いボンネットタイプのトレーラートラックは開放された倉庫の入り口へ徐行で入って来る。オプティマスの周囲には銃器で武装した兵士やASTのようなCR-ユニットを装着した者もいた。ウッドマンは、ラタトスクの最高権力者、そのトップを守る事が彼等の使命だ。最高権力者の護衛にはいささか防備が貧弱な気もしたが、それはラタトスクがオプティマスを認めているという事だと認識した。ウッドマンと会う際にオートボット側から一人だけしか来る事が許されなかった。

 ラタトスクからすれば今ここでオプティマスが暴れた場合、とてもじゃないがウッドマンを守りきれない。そんな奴を何人も呼んでウッドマンの身を危険に晒すのは得策ではない。

 オプティマスがウッドマンのいるデッキの前まで来ると噂のトランスフォームを見せた。完全なトラックから手足が現れ、タイヤは位置を変え、複雑で精巧な変形を繰り返し、窓はいつの間にか胸の位置へ行き、気がつけば頭が出て来てトラックからロボットへと変わっていた。

 ウッドマンは初めて目の当たりにするトランスフォームに思わず拍手をした。目の前にいる鋼鉄の巨人を恐れもせずにウッドマンは、良くオプティマスの顔を見た。

「初めまして、ウッドマン卿。私はオプティマス・プライム、オートボットの総司令官(リーダー)です」

「エリオット・ボールドウィン・ウッドマンです。お会いできて光栄ですオプティマス・プライム」

 オプティマスが人差し指を出すとウッドマンはそれに応えて握手を交わした。互いに自己紹介を終える。

「何から話そうか悩みますね、プライム」

「私から話せるのは今、地球がかつてない脅威に晒されているという事です」

「琴里から少し聞いたユニクロンという存在ですか?」

「それもありますが、先日天宮市に大規模な侵略行為を行った連中です。ディセプティコンは我々以上の科学力を保有しています」

 ウッドマンはしばらく押し黙った。

「琴里は君達、オートボットを深く信頼しているようです」

「はい、私達も彼女達を信頼しています」

顕現装置(リアライザ)、聞いた事くらいあるでしょう?」

「人類が三十年前に生み出した奇跡の機械、そう聞きました」

「そう、そうなんだ……。しかしねそれには裏話があります……」

 裏話と聞いてオプティマスは気を引き締めた。ウッドマンはメガネを外すと疲れたように目をこすり、再びメガネをかけた。

顕現装置(リアライザ)やここ三十年以内に完成した技術はね。とある男から教えてもらった技術なんだよ。男の名前は分からないし、目的も分からないが、とにかくその技術は利用させてもらった。だが――」

 ウッドマンが顕現装置(リアライザ)を手に入れた時とかの有名なユーラシア大空災が起きた年がぴたりと符合する。人類側に抗う術をわざと与えたようにオプティマスには見えた。長い年月、精霊と人類は互いを憎み合い、殺し合い、終わりが見えない殺伐とした道をひたすらに歩いていた。

「私はね。もう争いは止めにしたいと思ったんだ。だからラタトスク機関を創立しました」

 顕現装置(リアライザ)は少なくともトランスフォーマーの技術などではない。一体何の目的で人類に高度な技術を与えたのか不明だ。

「あなたの話を聞かせてくれませんか、プライム?」

「わかりました」

 オプティマスは目の大きなレンズからリアルな立体映像を投射すると倉庫内はたちまち現実と間違える程の綺麗な映像の空間に変わり、そこにはオートボットとディセプティコンの戦いの歴史が映っていた。言葉で説明するよりは分かりやすい。

 映像が終了すると倉庫内は先ほどの機材などが並んだ殺風景な部屋に戻った。

「ディセプティコンは我々の敵です。今までは大した行動こそ起こしませんでしたが、リーダーのメガトロンが戻った今、ディセプティコンは地球にとって脅威です」

「ディセプティコンはどうして地球を狙うのです?」

「エネルゴン、我々の力の源です。エネルゴンは地球には溢れかえっています」

「資源が目的か……。しかしプライム、あなたはオートボットの総司令官なのでしょう?」

「はい」

「もしも敵の目的が君の首なら……君達が地球にいるだけで危険という事にならないかい?」

「私達が地球を立ち去り、人類がディセプティコンとこれから現れる精霊の両勢力を相手に出来るなら私達は去ります。ですが、敵はそれだけですか?」

 オプティマスは顔を近付けて続けた。

「メガトロンは支配以外の結論を認めない。よく覚えていて下さい」

 会談の時間が迫るとオプティマスは背を向けてトラックへトランスフォームする。

「さっきは意地悪な質問しましたプライム。…………頼む!」

 何を頼むのか、それはフラクシナスや琴里や士道を守ってくれ、という意味が集約されていた。

「引き受けました」

 オプティマスは倉庫のゲートが開き、出て行った。

 

 

 

 

 七罪から仕掛けて来た勝負はこうだ。期限までに写真の中にいる誰かを七罪だと見抜く。零時に誰が七罪かを言い、外れた場合、その中の一人が消えてしまう。

 もし七罪と見抜く事が出来れば消えた仲間は全て返してもらえる。というルールだった。 このルール、琴里は直ぐに穴を見つけた。誰かさえ見抜けば全員を返してもらえる。ならば当てずっぽうで全員を選び切れば絶対に七罪に辿り着く事が出来るのだ。七罪が十香クラスのバカなら安心だが、まだまだ素性が分からない。少なくともこんな勝負を仕掛けて来たのだから何か狙いはある筈だ。

 士道はリビングにいた。リビングには琴里と士道、令音が座っていた。

「この写真のどれかが七罪なんだね?」

「そうよ」

「みんなが消える前に……か。とにかく写真から霊反応がないかフラクシナスで解析をしてみるよ。その間にシンはこの十二人とデートをしてもらう」

「デート?」

「付き合いが長ければ、デートの最中に普段の彼女達にはない違和感を感じると思ってね」

「そうですね。あ、でもスラッグ達はどうするんです? 正直言ってアイツ等の詳しい所なんて分かりませんよ」

「ダイノボット達にはグリムロックに相手をしてもらうさ」

 グリムロックの方が遥かに士道より付き合いが長い。ダイノボットはグリムロックに任せた方が賢明だろう。

「デートは明日からやってもらう」

「わかりました」

 

 

 

 

 七罪とのゲーム開始一日目、最初のデートの相手は十香だ。士道からのデートを断る理由などない十香は直ぐに誘いに乗って来た。いつものパン屋できなこパンを買ってあげた。

「うむ、美味い! やはりきなこパンは美味いぞシドー!」

「良かったな十香」

 一見すればいつもの十香だ。

「なあ十香、俺達がさキスした場所って覚えてるか?」

 十香は急に顔を真っ赤にした。

「何を言うのだシドー! は、恥ずかしいではないか……」

 十香はゆっくりと見晴らしの良い丘を指差した。正解だ。十香にとって思い出の場所だ。

『十香の愛情を調べるならプランBで行くしかないな』

 インカムから令音の声がした。士道はそのプランBに酷く気が乗らない。だが、このまま普通のデートでは相手も十香を装いやすい。

「と、十香あのだな……」

「む?」

「ごめん」

 士道が謝ると十香はうとうととしてやがては眠りについた。

『さあ、シン、これからは十香のご主人様だぞ』

 士道は眠った十香を令音の指示した場所へと運んだ。

 

 

 

 

 薄暗い部屋、ひんやりとした床や壁が室内を肌寒く感じさせる。十香がゆっくりとまぶたを開けると驚いた。自分の両手は鎖に繋がれて天井から吊され、首には首輪がはめられ、スカートは無く、ブラウスのボタンはへそ辺りまで外されていた。

「目が覚めたようだな十香」

「シドー! 何なのだこれは! 早く外すのだ!」

「まあ十香、別に痛めつける気はないさ。ただ……お前の気持ちを確かめるのさ」

 喉を低く鳴らして士道は不敵に笑った。内心胸が痛いが、士道は心を鬼にした。

「私の気持ち……?」

「そうだ。十香は俺が好きか?」

「う……うむぅ……」

「ほらほら、どうなんだ十香?」

「す、好きだ……」

「何ぃ~よく聞こえないぜ?」

「好きだ!」

「よーし良く言った十香、では今からお前は俺の事をご主人様と呼ぶんだ!」

「何を言っているのだシドー?」

 シュッと霧吹きを十香の服にかけた。

「きゃっ!? 何をするのだシドー! 冷たいではないか!」

「ご主人様だ。シドーじゃないぞ」

「ご……ご主人様……」

「良く言えた。ご褒美だ」

 またもや霧吹きを十香にかけた。

「うぅぅ~……どうしたのだシド……ご主人様。いつもと違うぞ?」

「お前の愛を確かめるんだ。じゃあまずは……クイズでも出そうか。正解すればお菓子をあげよう」

「お菓子だと!? 早く問題を出すのだご主人様!」

「よぉーし、第一問。パンはパンでも食べられないパンは?」

「何? パンでも食べられないのか? う~む…………わからない……わからないぞ」

「はい、ペナルティ」

 二回程、霧吹きの引き金を引いて水をかけた。

「冷たっ! いじわるは良くないぞシドォ~!」

「答えられないと水をどんどんかけられるぞ。第二問!」

 士道は小さく『帽子』と書かれたフリップを見せた。

「さあ、この職業は?」

「わ、わからないぞシドー」

「はい、ペナルティね」

 また水をかけられてシャツは体に張り付き、下着が透けて見えて来た。十香は恥ずかしくなって俯くと首輪の鎖を掴んで無理矢理、顔を上に向けさせる。

「ほら十香、鏡にお前の哀れもない姿が映っているぜ? 恥ずかしいだろ? 一問でも正解したらお菓子は食べ放題で解放もしてあげるぜ」

 頬を赤らめ抵抗も出来ない少女は次から次へと出題された問題に答える事が出来ずにいた。シャツはスケスケになり霧吹きも飽きて来たので猫じゃらし型の玩具で敏感な部分をコショコショと撫でた。

「アッハハハハ! イヒッ……! シド……! やめるのだ……! くすぐったいぃ~!」

「くすぐったいなら俺の問題に答えるんだ。早くしないと無回答でお仕置きだぞ」

「イヒヒ! シドー! このままじゃ……答えられないアッハハハハ!」

 さんざん、全身をくまなくくすぐってやり、十香は笑い疲れてぐったりとしていた。士道の愛情を確かめるという作業は終了して十香は疲れた様子でお菓子を食べていた。

「何かごめんな十香」

「良いのだ……。あんなシドーも……悪くない……」

「え?」

「いや、何でもないぞ!」

 とりあえず、十香は七罪ではないというのはわかった。偽物なら流石に嫌になる筈だからだ。

 

 

 

 続いてのデートは夕弦だ。

 夕弦とは喫茶店で待ち合わせをしており、士道は先に喫茶店にいた。

「はぁ……良心が痛むな」

『さっきの十香の事をまだ引っ張ってんの!?』

「そりゃな」

『でも十香はまんざらでもなかったでしょ?』

「それが救いかな」

 琴里と話していると今回のデートの相手、夕弦が現れた。

「デートを始めるぞ」

『頑張りなさい』

 通信を終了して士道は席を立った。

「よう夕弦」

「挨拶。こんにちは」

「何か飲むか?」

 席についた夕弦に士道が聞くと夕弦はメニュー表を開いて迷わずに指を差した。

「提案。このマンゴージュースが良いです」

「ああ、わかった」

 士道は既にコーヒーを頼んでいたのでウェイターに夕弦の言ったマンゴージュースをオーダーした。

「質問。どうして私をデートに誘ったのですか?」

「ああ……二人で出掛ける事なんてなかったろ? だからさたまにはって思ったんだけど」

 夕弦はほんのり顔を紅潮させると視線を泳がせた。眠気が残っているようなやる気の無い半眼が特徴的な夕弦は感情的になる事は滅多にないが、デートとなればその心情にも変化はある。

「お待たせしました。“若い男女がうっふんマンゴージュース”です」

 ウェイターが恥ずかしげもなくその商品をテーブルに置くとグラスにはストローに二本刺さっているのに気付いた。

「んん?」

「疑問。どうしましたか士道」

「何でストローが二本?」

「説明。片方を士道がもう片方を夕弦が使って飲みます。マスター折紙からの指導です」

 折紙にしては軽めの内容だと思っていた。しかし、折紙から教えを乞うという事は十中八九、後々にろくでもない事を仕掛けて来るに違いない。士道は警戒しながらもストローに口をつけてジュースを飲んだ。

 少しだけ飲んで口を離した途端に夕弦はグラスの向きを変えてさっきまで士道が使っていたストローに吸い付く。

「何をしてるんだ夕弦!」

「確認。こうしてお互いの愛を分け合うとマスター折紙は言っていました」

「夕弦、折紙を恋愛の師匠にするのはやめようか」

「拒否。マスター折紙は最高の恋愛マスターです。彼女を手本にしなくて誰をするのです」

「うーん、少なくともアイツの肉食っぷりは真似ない方がいいな」

 喫茶店で休憩を終わった頃には外は日が暮れようとしていた。十香のコミュニケーションに時間を使った為、今日のデートは二人が限界だった。

 士道は見晴らしの良い丘に夕弦を連れて行く事にした。士道はその丘から見る天宮市の町がとても好きだった。

 丘の上に行った頃には日は山の向こうに沈んで空には月が上っていた。

「せっかくのデートなのにいろいろ連れて行けなくて悪かったな夕弦」

「遠慮。そんな事はありません。私は夜景を一度見てみたいと思ってました」

 町はキラキラと小さな光の集合体だ。士道と夕弦はベンチに座ると自然と体が寄り添い合った。

「懇願。士道、もしも私か耶倶矢を選ぶとしたら耶倶矢を選んで下さい……」

「おいおい、そう言う話は無しって言ったろ?」

「懇願。お願いします。もしも私を選んだのなら…………。それは、嬉しいです」

 夕弦は小さな途切れそうな声で言うとベンチから立ち上がって夜道を走って行った。呼び止めようとしたが、足の速い夕弦は既に暗闇の中に消えて行った。

 

 

 

 

「女の子を一人で家に帰すなんて感心しないわね」

 琴里はソファで足を組みながら言った。

「うん、でも夕弦が走って行っちゃったしさ」

「今回は仕方ないから許すわ。それと士道、そろそろ時間よ」

 琴里が時計に目をやると七罪の言っていた零時に針が届こうとしている。秒針を目で追いながら一分一秒を数えながら約束の時刻を待っていた。時刻が零時を迎えた瞬間を知らせるベルが時計から鳴った。すると五河家のリビングの何もない壁に影が滲み出し円を描くと七罪が顔を出した。

「久しぶりね士道くん。さあ、誰があたしか分かったかな? 張り切って答えをどうぞ!」

 今日は十香と夕弦しかデートをしていない。その二人はどちらも怪しい所など無かった。しかし、誰かを指名しなければいけない。

「士道、早く答えて!」

「ああ……。ゆ、夕弦だ」

「ぶっぶー! 残念でした~。ああ、それとルールだけど一日に何人でも指名しても良いわよ? それとゲームの時間は三日間ね。三日以内に見つけられなかったらみんな消えちゃうから、バイビー!」

 七罪はそれだけ言い残し、士道や琴里の質問すら受け付けずに影の中に帰って行った。

 

 

 

 

 翌日の事だ。士道がいつものように朝早く起きた。いや、いつもより少し早かったかもしれない。それは、家の中にしつこく鳴り響くインターホンの音がうるさかったからだ。士道は玄関のドアを開けると血相を変えた耶倶矢が押し入り、士道の肩を掴んだ。「夕弦が……! 夕弦がいないの!」

 耶倶矢の言葉に士道の中でドクンと強く鼓動が鳴る。

「とにかく落ち着け耶倶矢、昨日の事を詳しく話してくれ」

 耶倶矢曰わく、夕弦は昨日はちゃんと家に帰って来た。その後にいつも通り、何気ない会話を交わしてから眠ったそうだ。そして起きれば夕弦は忽然と消えていたのだ。

 士道は耶倶矢を何とかして落ち着けるとマンションまで送ってあげた。

 琴里を起こし、昨日の夕弦の様子をカメラで確認した。

「面倒ね。これは、七罪に人質を取られた事になるわ」

 映像には黒い影が部屋に現れると夕弦を呑み込んで行きそのまま消えてなくなった。

「一刻も早く見つけないと……」

 夕弦を案ずる気持ちでいっぱいだったが、士道は次のデート相手との待ち合わせがあった。

 家の前で待っていると、白いスポーツカーがゆっくりと迫って来ると士道の前で停車した。

「おはよう、士道から町を回りたいだなんて珍しいじゃないか」

 今日一番の相手はジャズだった。士道はジャズに乗り込むとまずはドライブに出掛ける事にした。

「たまにはさ、普通に会ってみたいかなって思ったんだけどさ」

「私はいつでも大歓迎さ」

 ジャズはゆっくり発進して徐々に加速をつけた。士道はしきりに車内を見渡し、変な所はないかと確認していた。七罪の変身の能力は凄まじい、どんな物にも精巧に変身して見せる。トランスフォーマーに変身するのはどういう気持ちかは分からないが、七罪がしっかりとトランスフォームも真似出来るなら厄介極まりない。

 七罪がそこまで出来ないと信じて士道はドライブを続けた。

 

 

 

 

 士道がデートをしている間にグリムロックはダイノボットの中に七罪が紛れ込んでいないか、確かめるのだった。最初に呼び出されたのはスラッグだ。グリムロックが不在の際にダイノボットをまとめるサブリーダー的存在だ。

 スラッグが呼び出されたのは人のいない採石場だ。トリケラトプスから変形するとスラッグはグリムロックと対峙した。

「何の用だグリムロック? 二人で話したいなんて珍しいじゃないか」

 スラッグは喧嘩好き。本物かどうかを調べるにはやる事は一つだ。グリムロックは剣を盾を作り出してスラッグを睨んだ。「どうしたんだよ。……ああ、さてはオレと久しぶりに喧嘩したいんだな? 行くぞ!」

 物分かりの良いスラッグは一対の短めの剣を両手で握りしめ駆け出した。グリムロックは剣を振り下ろし、スラッグは体を反転させて避けると空振りした刃は大地に亀裂を入れた。

 隙を突いてスラッグは両手の剣でグリムロックを斬りつけた。スラッグの剣を盾で防ぐと盾を振り払い、スラッグを殴り飛ばした。のけぞり、姿勢を崩されてもスラッグは果敢に爆発的に嵐のような激しい攻めを見せる。二本の剣は連続で閃き、グリムロックを翻弄するとグリムロックは大剣を投げ捨ててビーストモードに変形した。

「そっちがその気なら……!」

 スラッグも変形して二人は真っ正面からぶつかり合う。突進力ではスラッグに分がある。グリムロックは少し押されはしたが、右足を軸に勢い良く回転して太い尻尾をスラッグの頭に叩きつけて転倒させた。

「やっぱり強いなグリムロックは」

「俺は、最強だ」

 倒れたスラッグを起こしてやってグリムロックはロボットに変形するとその場に座り込んだ。スラッグの実力は本物だった、ダイノボットらしく力強く、豪快で通常のトランスフォーマーとは一線を画す。それにスラッグの独特のクセも確認出来た。グリムロックは自信を持ってスラッグを本物だと言えた。

「それで、突然どうしたんだ? いくら何でもオレと喧嘩なんて急過ぎるだろ?」

「俺、グリムロック。新しい精霊が誰かに化けてる」

「七罪か。オレが本物かどうか確かめたってわけか?」

「そうだ」

「スワープもスナールもスラージにも化けてる可能性があるんだよな?」

 グリムロックは頷く。他の三人も地道にぶつかり合えば本物か偽物か見分ける事は可能だろう。しかし、無駄に以上に時間を割くのは良くない。グリムロックは何かいっぺんに本物かどうかを見抜く方法を考えていた。

「あ、そうだグリムロック、今から三人を呼ぶんだ」

「何だ?」

「良いことを思いついたぞ!」

 スラッグは何か名案があるらしい。一度二人は採石場を後にして一時間後に再集合をする事にした。スラッグは準備があると言って行き先も告げずに一人、森の中へと消えて行った。

 グリムロックは一度基地へと戻って三人を呼びに行った。この三人の中の誰かかもしれない、そう思うと顔つきも自然と険しくなって来る。グリムロックが考えている最中もスワープ達は陽気な会話を交えて、密かに起きている事件など知りもしなかった。

 そして、問題の谷。

 グリムロック等四人が到着するとそこにはスラッグが準備を整えて待っている。何の準備か? テーブルに椅子、大量のエネルゴン、スラッグはここで酒盛りをするつもりなのだ。いくら綺麗に化けても精霊にとってもエネルゴンを飲むと体に有害な反応が出る。

 ここで飲めない奴は偽物という訳だ。

「突然こんな良いエネルギーを用意してくれるなんてスラッグは太っ腹だなぁ!」

「みんな遠慮しないで飲んで良いぞ」

 大きなビンに並々にエネルゴンを注いでメンバーに回して行く。

「じゃあ、みんな、乾杯!」

 グリムロックがビンを両手で掲げると皆も同じくビンを掲げた。ダイノボットは同時にビンに入った大量のエネルゴンを一気に飲み干してしまう。

「あぁ~! 体に染み渡るねえ!」

「良い物を用意した甲斐があるな」

「セイバートロンが戻ればこのエネルギーも腹一杯に味わえるだね」

「ウハハハハ! 気分あげあげだ!」

 盛り上がる部下の反応を見ながらグリムロックは七罪らしき影は無いと判断した。全員、このエネルギーを心底美味いと感じているし、飲む時に躊躇う仕草を一つも見せていなかった。

「アァァッー! 漲って来たぜぇ! エネルギーだぁ!」

 グリムロックも七罪がいないと判断して遠慮なく飲み始めた。景気良くエネルギーを飲むのは良いのだが、飲み過ぎはいけない。ダイノボット達は徐々にテンションが上がって来ている。

「何だが、何かに突っ込みたい気分だ! うぉぉぉぉ!」

 スラッグはビーストモードになってから木々や岩石を突き破り、際限なく何かに突進する。

「ん~この木は邪魔だな!」

 スラージも変形して長い首や尻尾を振り、生い茂る大木をなぎ倒し、スナールは所構わずミサイルを発射している。

 全員、エネルゴンの飲み過ぎで酔っ払っているのだ。このままでは森が危ない。それどころか、町にも危機が迫っていた。

 

 

 

 

 士道がジャズとデートもといドライブをしている間、不本意ながらもデートを士道の分身体に手伝ってもらう事になった。最近、七罪が士道に化けたというのに自ら同じ顔を増やすのは妙な気持ちであった。

 折紙には臆病の心太郎が。

 琴里には傲慢の士竜が。

 耶倶矢にはゴマすりクズ野郎の伸吾が。

 美九には士織がつく事になった。

 そして、折紙をデートを誘う事になった心太郎は待ち合わせのファミレスで膝をもじもじとこすり合わせながら困ったような顔をしながら、辺りを見回していた。折紙には士道のいとこという風にごまかしてあったのだが、心太郎とデートをしてもらう条件に心太郎の素性をしつこく聞かれた為、士道は渋々、自分の分身体という事を話していた。

 意外にも折紙は驚いていなかったが……。

 心太郎は一度折紙と接触をしているし、まだ話しやすいと判断したのだ。

 ファミレスのドアが開く音がすると心太郎は顔を上げた。入り口に折紙がいる事を確認出来、折紙も心太郎を見つけると席の方まで歩いて来た。折紙は心太郎の向かえの席ではなく隣に座り、心太郎は窓際に追い込まれて逃げられない。 こんな美少女と同じ席というのに緊張する反面、かつて折紙邸で拘束された記憶が蘇って来て恐怖感もあった。

「心太郎」

 名前を呼ばれて心太郎は驚きで背筋をピンと伸ばした。

「ハイ!」

「心太郎、あなたは精通している?」

「はえ?」

「射精は出来る?」

 唐突にぶっ飛んだ質問に心太郎は顔を真っ赤にしていた。

「あなたは士道のクローン、士道の体の一部。士道はとてもシャイ。あなたの成分を取り込みたい」

「い、いいい意味が分かりません! ひゃぁっ……!?」

 折紙は人目をはばからずに心太郎の手を掴み、足に足を絡めて動きを封じると心太郎へともたれかかり、少し汗ばんだ首筋をペロリと舐めた。

「士道と同じ味……」

「わかるんですか!? こ、こんな所でやめてよしてよ~!」

「良いではないか良いではないか」

 折紙は構わずペロペロと心太郎の首筋やうなじ、耳たぶを甘噛みしたりと存分に変態行為を試していた。

「何でこんな事するんですか!?」

「やがて本物とやる為の練習」

「僕でしないで下さい!」

 涙目で懇願する心太郎を見て、折紙はサッと離れた。

「ごめんなさい」

 分かってくれたと心太郎はホッと一安心した。

「続きは家でする」

 分かってはいなかったようだ。

「いやぁぁ~!」

 折紙は心太郎を引っ張って店の外へと連れて行ってしまった。

 強制的に折紙の自宅へ連行された心太郎に逃げ道は無い。ついでにコレは間違いなく本物の折紙だと確信出来た。折紙の自宅に連れて行かれた心太郎は室内に散乱している怪しげな器具に嫌な予感を感じざるを得ない。

 バラ鞭から一本鞭、ロウソク、手錠。その他、多数の大人のおもちゃが博物館のように並んでいた。

「あ、あの、折紙さん? こ、これは?」

「士道とやる前にあなたでテストしたい。クローンの弱い所と本物は同じだと判断した。そして士道の趣向も把握しておきたい」

 そう言いながら折紙は無表情でバラ鞭を手に取り、風を切る音を響かせた。

 危うし、心太郎。

 

 

 

 

 琴里の相手は士竜だ。かつては神無月と互角に戦うという活躍を見せ、それ以外は琴里にパンチ一発でノックアウトされたくらいだ。

「オレァよ、チビ。お前が本物か偽物かなんざどうだって良い。あの時、オレ様に一発入れた仕返しを今してやらぁ! ヒャッハー!」

 士竜が箒を片手に殴りかかって来るが琴里は楽にかわして士竜のみぞおちに強烈なパンチを入れた。

「腹がぁ!」

 士竜はのた打ち回り膝をついて憎々しく足組みをして見下ろす琴里を見上げた。

「相変わらず良いパンツ――しゃなくてパンチだ」

「どこ見てるのよスケベ士竜!」

 琴里の蹴りが士竜の顔面に入りかけた所で上手くガードして琴里の足をしっかりと掴み、動きを封じた。

「反撃だチビ娘!」

 士竜が拳を振り上げた瞬間、琴里はリモコンのボタンを押すとテレビ画面が回転し、そこからパイが投げ飛ばされて士竜の顔面に命中した。生クリームで士竜の顔は真っ白だ。

「ぐぬぬ……! 小癪なぁ!」

「力には知恵で勝つのよ覚えておきなさい士竜!」

「徹底的に戦ってやるぜぇ!」

 家中に張り巡らされた罠を駆使して琴里は士竜の進行を全て阻んだ。

「一応デートなのにね……」

 琴里はうんざりしたように首を振り、本を読んだ。

 士竜は琴里にとにかく一発入れたい一心でデートの事など頭に無い。

「ちくしょー! 何だこのパイの散弾はぁ! うぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 耶倶矢の相手をするのはゴマすり伸吾だ。伸吾は耶倶矢と初対面であるが、士道と記憶を共有してある。他の分身体もそうだ、士道の経験、記憶は持っている。プライマスの力までは共有はしていない。

「くっくっく、お主が颶風の御子たる我と共に過ごしたいとはな!」

 相変わらず芝居がかった話し方だ。いつもの士道のなら、苦笑いでなだめて来るだけだが、相手は伸吾だ。

「いよっ、大将! 流石は颶風の御子でありますですね。威厳のある話し方、わたくし、感動いたしましたです!」

「む? 今日の士道はノリがよいな」

 士道が伸吾に入れ替わっているなど気付きもしない。七罪に騙されているのか、七罪を騙しているのか分からなくなってくる。

「おおっ! 耶倶矢殿、今日のファッションは特別良いですね~! その腰からぶら下がったチェーンがクールです! 奇抜な背中のドクロのロゴもセンスを感じますです!」

 とにかく伸吾は耶倶矢を褒めた。普通なら悪趣味と言われかねない服装を良く言われて耶倶矢は悪い気はしない。

「よろしい、我が眷属に相応しいぞ士道よ。我の威厳が示されて来たようだな!」

「ははあ!」

 伸吾は大げさに平伏した。

 中二病と言うよりも段々、時代劇に近い関係になりつつあった。

 

 

 

 

 続いて美九と士織だ。危険そうな組み合わせだが、他の分身体をぶつけるよりも遥かに上手くやりそうだ。そもそも美九は士道以外の人間の男は認めていない。それはいくら士道の分身体でも変わりはしない。そこで美九の相手は士織という事になった。

 美九には琴里から士道が女装癖が目覚めたので止めて欲しいと伝えられていた。美九自身、女装した士道は嫌いではないのでそのままでも良いのだが、琴里の頼みという事で受け入れた。

 美九は自宅の天蓋付きベッドに座り、士織が来るのを待っていた。その間に美九はあのディセプティコンの襲来があった日の後の事を思い出していた。

 家に帰ったら玄関が吹き飛び、敷地の塀が何者かに踏み潰されていたのだから。全部、グリムロックの所為だが当人は知らない。

 ドアをノックする音がした。

「どうぞぉ~!」

 美九は綺麗な声で言うとドアが開いて士織が入って来た。

「あらぁ、だーりん……! 今は士織さんって呼んだ方がいいですかぁ?」

「ええ、その方が私としても嬉しいわ」

 美九はなんとなく違和感を覚えた。美九の知る士織は初々しい少女でどこか男性的な雰囲気を醸し出しているのだが、この色欲の士織は立ち振る舞いからあらゆる物が熟達した女性のようだ。

 士織は美九の隣にそっと座ると大胆にも肩に手を回して来た。

「大胆ですねぇ、士織さん。私も本気出しちゃいますよぉ?」

 士織は手に力を込めて美九をベッドに引き倒すとその上に士織が覆い被さって来た。そして、士織は美九の衣服のボタンを一つ一つ、じっくりと焦らすように外して行く。

「あなた、こういうのされるのは初めて?」

「へ……? はい……」

「そう……いつもはあなたがしていたのね?」

 士織の甘い雰囲気に呑まれそうだった美九は、ある事に気付いた。今、士織の股の間に美九の足が食い込んでいる。しかし美九の足にはもっこりした感触はない。美九は恐る恐る、士織の股に手を持って行った。

「あっ……! 焦り過ぎよ美九……」

「だーりんがハニーになってるぅ!? 待って待って士織さん!? って言うかはにー! まだ時期が早いですぅ! とにかく、ギッチョンした物を付け直ししましょう! ほらトランスフォーマーの技術でもう一回ね!」

「もう無理よ。私の心はイグニッション!」

「ダメですよぉ! 私とあなたじゃあスーパーリンク出来ませんよぉ!」

 士織はしっかりと美九を押さえつけ、髪を乱しながら服を脱ぎだした。

「リンクアップ……しよ」

 危うし、美九。

 

 

 

 

 エネルゴンの飲みすぎで暴れまわるダイノボットを止めるべくオートボットは敢然と立ち向かった。今はワーパス、アイアンハイド、パーセプターの三人しかいない。圧倒的戦力不足だが、酔いさえ覚ましてしまえばなんとかなる。

「あの不良軍団め、あれだけ飲み過ぎには注意しろと私が言ったのに!」

「今日という今日はアイツ等に説教かましてやんぜ!」

「意気込むのは良いが、何か策はあるのかい?」

 ワーパスに運んでもらっていたパーセプターが聞くと二人はそこで立ち止まり、ロボットの姿に変形した。パーセプターも顕微鏡からトランスフォームする。

「まともにやり合ってもダメだ。こっちがバラバラにされてしまうだろうな」

「そうだな……まずは様子を見てみるか!」

 再度ビークルにトランスフォームしてからダイノボットが寄って暴れているという問題の谷へとやって来た。そこは、火やミサイルが飛び交い、何が起こっているのか分からない程だ。

「水を頭にかければ目が覚める筈だよ」

 パーセプターの提案は正しいが、問題はどこからその水を持って来るかだ。池も川も海も無い山奥に水らしい物は無い。

「地面をぶっ飛ばして地下水でも汲み上げようぜ!」

「残念ながらワーパス、その方法は難しい。地下水を汲み上げる道具が無い」

「水……水……」

 アイアンハイドはどうにかして大量の水がないかと考えていると、思い付いた。

「四糸乃に雨を降らしてもらおう!」

「ナイスアイデアだ! でもよ、一応封印されてるんだぜ? そんな雨なんて降らせるかァ?」

「四の五の言っている暇は無さそうだよ」

 パーセプターは震えた声で前を指差した。ワーパスもアイアンハイドもそちらに視線を注ぐと酔って興奮状態のダイノボットがジッとアイアンハイド等を見ているのだ。

「ヤベ……」

 そう呟いた瞬間、スラッグは口から火を吐き三人は各々、飛び散ってかわした。

「みんな、逃げろ! バーベキューにされてしまうよ!」

「私が四糸乃に連絡を取る! とにかく逃げろ!」

「頼むぜアイアンハイド!」

 三人が逃げ出すとダイノボット達は一斉に追いかけて来た。

「俺、グリムロック! アイツ等俺達のエネルゴン盗み食いに来たに違いない! やっつけろ!」

 アイアンハイドは走りながら通信機を使って四糸乃に電話をかけた。何度かコールをした後に気弱な声で四糸乃が出て来た。

『はい……四糸乃……です』

『ついでによしのんもいるよん!』

「四糸乃! すぐに今から送る地点に来てくれ! ダイノボット達が酔っ払って大変なんだ! 雨を! 雨を降らしてくれぇ!」

 効かないと分かっていながらもアイアンハイドは度々、振り返って銃を撃ち、応戦した。

『わ、わかりました……。グリムロックさんを……止めに……行きます……』

『ダイノボットくん達には困ったねい! よしのんが行ったら一瞬で止めてあげるよ――』

 やや食い気味に通信を切り、アイアンハイドはビークルに変形して逃げた。追いかけて来ているのはスラージなので直ぐに振り切れるだろうと思っていたが、スラージは立ち止まると力強く地面を踏みつけた。地面を激しく揺らし、大地に亀裂が入り、アイアンハイドのタイヤが地割れにハマってしまった。

「くっ……!」

 仕方なくロボットに変形して、また逃げた。

「アイアンハイドォ!」

 ワーパスがパーセプターを連れて合流して来た。その後ろにはスラッグとスナールもいる。

「お前等、私の所に連れて来るんじゃない!」

 アイアンハイドはまた別の方向に向いて走り出すとその後にワーパス達がついて来た。

「何で私について来る!? あっちに行け!」

「仕方ないだろ! 成り行きだ成り行き!」

 追いつかれるのも時間の問題だ。そう確信した直後、ポツリ、ポツリと水滴が地面を濡らす。空もさっきまで晴れ渡っていたが、不自然な雨雲が空を覆い隠してしまった。小雨は大雨に大雨はやがては豪雨へと変わった。

 今日の天気は晴れ、こんな豪雨など有り得なかった。森やオートボット、ダイノボットに激しい水の洗礼が浴びせられた。

「四糸乃……ついにやってくれたか!」

 アイアンハイドはホッとして肩の力を抜いた。そこへふわりと軽快な動きで四糸乃は空中から降りて来るとアイアンハイドの肩に乗った。

『どうよどうよ? よしのんの実力!?』

「グリムロックさん……これで……目を覚まして……欲しいです……」

 ひとしきり雨を浴びせて、雨雲はまた不自然な動きで霧散し、日の光が差し込んだ。雨が止んでグリムロック達は酔いが覚めたようで、少しボーっとしている。

「あれ? 俺、グリムロック。何してた?」

「酔っ払ってたんだよお前等は!」

 アイアンハイドは一歩前へ出た。

「エネルゴンの一気飲み過ぎは危険だと言っただろう!?」

 ガミガミと次から次へと説教の言葉が飛び出し、ダイノボットはしょんぼりと頭を下げている。

「俺、グリムロック。仲間かどうか確かめたかった」

「すまん、アイアンハイド。この提案はオレがしたんだ。エネルゴンを飲んでこの中に偽物が紛れ込んでないか確かめたかったんだ。七罪が紛れてるかもしれないから」

「偽物!? スラッグ、そんな話はオレ達聞いてないよう!」

「そうだ、オレはエネルギーがたんまり飲めると思ったんだ。まあ、美味かったけどな」

「ま、待て待て! 私はそんな話しらないぞ!」

「俺、グリムロック。士道から話聞いてないのか? 詳しい事は俺も知らない」

 事態を収拾し、アイアンハイドはまずは今、どういう状況なのか士道から問いただす事にした。グリムロック以外のオートボットに秘密にする理由をだ。

 

 

 

 

 ジャズからのドライブに帰って来た士道はリビングに入ると横一列に並んだ士道の分身体を見た。

 士竜は顔は生クリームで真っ白で服も何かのインクでビチャビチャだ。

 心太郎は少し虚ろな目だ。

 反対に士織はうっとりとやり切った目をしている。

 伸吾は随分と耶倶矢に感化された服装に変わっていた。

「……。結果は?」

「リベンジを決めてやる!」

「折紙さんは本物の本物です……」

「美味しかったわ……」

「我が主人のセンスは世界一でございますです。あ、もちろん、士道さんはそれ以上ですよ~」

 これと言った収穫は無さそうだ。タイムリミットまで余裕は無い。士道は大きく首を横に振った。

「士道、今日はもう遅いし、彼等には退散してもらってまた明日、やりましょう」

「そうだな」

 分身体は元の士道の髪の毛に戻した。消した分身体は、士道の記憶の一部となるので全くの無駄という訳ではない。

 今日は四糸乃とのデートもやる予定だったが、四糸乃とはどうしてか連絡が取れなかった。七罪との約束の時間まで待っていようとしているとアイアンハイドから基地に来て欲しいと連絡が入った。

 

 

 

 

 オートボット基地に向かった琴里と士道。二人が到着するとずぶ濡れのダイノボットやオートボットに今日会う筈だった四糸乃がいた。乾いているのはさっき帰って来たジャズだけだ。

「士道、私達に何か隠しているんじゃないか?」

 アイアンハイドが腕組みをして聞くと士道は、グリムロックを一瞥した。どうせグリムロックがポロリと口を滑らせたのだろう。琴里は士道に目で合図を送ると士道は七罪の件と十二人の容疑者について話し出した。

 全ての事を話し終えるとアイアンハイドは何度か頷いて、内容を理解した事を示した。

「出来るだけ内密にしたかった。七罪の力は未知数だしみんなを巻き込みかねないし」

「なるほどな。それでグリムロック、ダイノボットに怪しい奴はいたか?」

「あ……? いない……」

 グリムロックの返答は怪しいが、ここはグリムロックを信用してダイノボットには化けていないと判断した。

 話している内に約束の刻限、オートボット基地の適当な壁に影が生まれると一日ぶりの七罪が現れた。

「こんばんは~、夜分遅くに失礼しま~す。さて、士道くん。どれが私か分かったかな?」

 士道は考えた。士織の記憶では美九にいろんなコトをしている。美九が女子を相手に受けに回るなど想像も出来なかったが、相手は色欲の士織だ。

 心太郎の記憶では、確かにいつもの折紙だ。

 士竜の記憶、伸吾の記憶を見ても普段の琴里、耶倶矢に違いなどない。そして今日、ジャズとのドライブを思い出していた。

「なあジャズ」

「何だい?」

「トランスフォームしてみろ」

「ど、どうして?」

「今日のドライブ、ジャズは一回もトランスフォームしていないだろ?」

 ジャズは小さく頷くと踊るような華麗な動きでスポーツカーの姿に難なく変わって見せた。

「なっ……!」

「今日は人が多い所を走ったんだトランスフォームは出来ないよ」

 士道は悩みながら自信の無い声で名前を上げた。

「美九だ……」

「へぇ、他には? 別に一人ずつじゃなくても良いのよ?」

「士道、何でも良いから言いなさい! 十二人全員を言えば七罪は見つかるんだから!」

 琴里がはやし立てるが士道は後一歩、勇気が湧いて来ない。

「キャハハ、誰が十二人の中に紛れてるって言ったのかしら?」

「何!?」

「私は十二人の写真を出して“この中”としか言ってないわよ? それと時間オーバーよ。今回もハズレ、残念でした~!」

 七罪は影の中へ消えた。士道は強く目を瞑り、歯を食いしばった。

 その日夜、十香が消えた。

 

 

 

 

 写真は十二枚、士道はその背景にも注視した。琴里の背景には足だけのクラスメートやスラッグの背景には鳥が飛んでいたりと、そこにも七罪の可能性があるとなればますます難しい。士道は連日、消えて行く少女達を救えずにただ見ているしか出来ない自分を責めていた。オプティマスが不在でオートボットを纏めるアイアンハイドは、士道にどう声をかけてあげれば良いのか分からなかった。

 残された子ともデートをしたが、みんな本人に思えて仕方がない。

 

 

 

 

 ゲームの最終日、残ったのは折紙、耶倶矢、美九、四糸乃の四名。琴里のサポートも無い。パーセプターが写真から手かがりは無いかと調べたが見つからなかった。

 士道はリビングに座り、四人を凝視した。

「あのだーりん……じゃなくてはにー」

「だーりんで良いから美九」

「だーりんはその女装癖は治ったの?」

「女装癖!?」

「はい、琴里ちゃんから治して欲しいって聞きましたよぉ?」

 士織を向かわせる時に琴里はとんでもない嘘を吹き込んだ物だ。

「士道、女装しても問題ない。私は全てを受け入れる」

「俺は女装癖なんてないからなぁ!」

 士道が叫ぶと零時を知らせるベルが鳴った。最終日、今日見つけなければ士道の負けだ。

「ちわ~、七罪屋で~す。さあさあ士道くん、見つけられたかな?」

 七罪に問われ、士道は苦い顔をしながら一人、指名した。

「耶倶矢だ」

「残念、ハズレ」

 外れた瞬間から耶倶矢の足下から黒く蠢く影が体を上り詰め、耶倶矢を一瞬にして包み込み、どこかへと誘拐してしまった。

「耶倶矢!」

「へぇ!? な、何ですか何が起きたんですかだーりん!」

「落ち着け美九。七罪、理由くらい聞かせろよ! 何でこんな事をするんだ!」

「言った筈よね? 私の秘密を知ったって……」

「秘密って何だよ!」

「とぼけないで! ほら、次の子を指名しなさい!」

 士道は言葉が喉に詰まって出て来ない。自分の選択が少女達に怖い思いをさせてしまうのだから。

「士道。あ、ここにいたのか」

「グリムロック!」

 士道が庭の方を見るとグリムロックの顔が室内を覗き込んでいる。グリムロックが登場した事で折紙は反射的に拳銃を抜くが、直ぐに諦めたように銃を下ろした。

「俺、グリムロック。七罪とのルールまだ分かんないから教えて欲しい!」

「昨日、三回も説明しただろ? 七罪、少し時間をくれないか」

「良いわよ。どうせみんな消えるんだし。また来るわよ」

 七罪からの許可が出た。七罪は影の中へと消える。

「良いかグリムロック、この写真が十二枚あるだろ?」

「うんうん」

「この中に七罪がいるんだ」

「はあ?」

「だから、この写真の中に七罪が誰かに化けているんだよ」

「……はあ?」

「だ・か・ら……。そうだ、昔、間違い探しの本を見せたろ?」

「うんうん、覚えてる」

「それ一緒だ。琴里に変な所はないか? スナールに変な所はないか? 四糸乃にも変な所はないか探すんだ」

 グリムロックはポンと小さな手で相槌を打った。

「何だそうか。俺、グリムロック。もう分かったぞ。答えは――」

「待て待てグリムロック! 間違えたら誰かが消えるん――」

「いいや、俺、グリムロック。待てない! 答えはよしのんだ! よしのんの雰囲気がいつもと違う! 七罪はよしのんだよしのん!」

「違っ! やめろよグリムロック、いい加減な事言うのは! 七罪待て! 今の無しだ無し!」

「どうして……?」

 聞こえて来たのは七罪の声だ。人を嘲笑うような軽い声ではない。戸惑いと驚愕が混じり合った声を七罪が発したのだ。

「どうして、私が分かったの!」

 四糸乃の左手のパペットが普段とは明らかに違う声色で吠えるとよしのんは姿を変える。正体を看破されて、七罪の霊力は弾け、今まで捕らわれていた子達は突如として何も無かった空間から出て来た。スラッグとスラージもその中にいたが、この二人は庭に落とされた。

「スラッグ、スラージ! お前等、どこ行ってた!?」

「七罪に攫われてたんだ! そのルール知らないのか?」

「何?」

 どうやらようやく、グリムロックはこのゲームの内容を理解したらしい。グリムロックは七罪に化けたよしのんを睨むが、既によしのんはよしのんではなかった。そして、七罪でもなかった。

 枝毛が多いボサボサの髪に誰もを魅力する妖艶な体と雰囲気は消え去り、幼い少女がいた。

「俺、グリムロック。お前、チビの癖にでっかい問題起こした。許さない」

 グリムロックは小さな手をもみもみしながら歩き出した。

「この……この姿を……! みんなに見られるなんて……! 屈辱! 贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪の天使である箒を顕現させると七罪は部屋を煙幕に包み込み、煙が晴れた時には七罪の姿はなかった。

「けほっけほっ! みんな怪我はないか?」

 士道が安全を確認する為に立ち上がり、全員の人数を数えていると、明らかに異変があった。

 みんな、どう見ても小さい。士道の方が背が高いので当たり前だが、そうではない、明らかに幼体化しているのだ。

「シドー! シドー! おなかが減ったぞ!」

「士道、おしっこがしたい」

「士道さん……何か……体が……」

「耶倶矢、あたしのチュッパチャプスを返しなさい!」

「やだよー!」

「しんぱい。体が縮んでいます」

「だーりんだーりん!」

 士道は固まった。そして、今も誰かに袖を引っ張られて名前を呼ばれている。

「士道!」

「はい?」

 士道が視線を足下に落とすと見覚えのない少年がいる。目つきは悪く、黒い髪に顔や腕に傷跡が残った少年だ。士道には見覚えが全くない。

「えっと……君は……誰?」

「士道、俺、グリムロック。忘れたのか?」

「…………は?」

 士道は再び固まってしまった。

 グリムロックは七罪の能力で人間へと変わっていたのだ。



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27話 プレダキングの初陣!

内定をもらいました。少し気が楽になったよ。


 何もない荒涼とした大地には草木は一本も生えず、空気も無い。よって生物の生存は有り得なかった。荒れた大地から空を見上げると、青く美しい星が見える。月面、そこはかつて人類が希望や夢を描いて新たな新天地として目指した空間だった。そんな月の地表には紫色のディセプティコンの臨時基地が建っている。

 その臨時基地の外れにはディセプティコンの戦艦ネメシスが停まっており、ディセプティコンの整備士が点検をしている。

 臨時基地の司令室へショックウェーブが歩いていた。ドアが自動的に開き、ショックウェーブは司令室に入った。そこにいるのはメガトロンとサウンドウェーブだ。

「メガトロン様、少しよろしいでしょうか?」

「何だショックウェーブ?」

「メガトロン様にお見せしたい物があります」

 メガトロンは椅子から立つとサウンドウェーブを連れてショックウェーブの後をついて行った。ショックウェーブの行き先はラボではなく、外だった。トランスフォーマーに酸素は必要ない、その為宇宙空間でも問題なく活動が出来る。ネメシスからも臨時基地からも離れた地点には黄色い培養液が入ったカプセルが置いてある。周辺には兵士が警備を固めて、ただならぬ緊張感があった。

「あれは何だ?」

「しばしお待ちを」

 ショックウェーブは顔を強ばらせもせずにカプセルに近付き、いくつかボタンを押して何かを入力している。入力を終えるとカプセルに付いていたアラームがけたたましく鳴り響き、兵士は銃を構えてカプセルに向けた。

「銃を下ろせ!」

 メガトロンが命令すると兵士達は互いに顔を見合わせながら恐る恐る銃を下ろした。

 何か巨大な物が入ったカプセルは大きく揺れ、ガクガクと音を立てていた。培養液の排出が開始し、内部の生物にドクン、と鼓動にいた反応があった。培養液はもう半分も流れてその生物の体の各所に生命力が宿る。培養液の排出が完了した瞬間、内部の生物はガラスを割り、暴れ出した。

 見た目は人類の観点で言うと西洋のドラゴンだ。四足歩行に背中の翼、トランスフォーマーらしく金属の肉体を持ったその生物は近くにいた兵士に食らいつき、強靭な顎と牙でズタズタに引き裂く。これを止めようと兵士達は銃を乱射するが、通常火器では傷一つ付ける事が出来ないのだ。

「やめろ、プレダキング!」

 ショックウェーブが叫ぶとプレダキングは兵士達への攻撃を止めてショックウェーブの下にすり寄った。

「これがグリムロックに対抗出来る戦力、プレダキングです」

 メガトロンはプレダキングを目の当たりに萎縮などしない、それどころか不敵に笑って見せた。確かに、プレダキングの体躯はブルーティカスには及ばない。だが、グリムロック同様に他のトランスフォーマーとは一線を画す体格とパワーを備えている。

 メガトロンが手を差し伸べるとプレダキングは自然と頭を下げ、メガトロンは頭を撫でた。

「プレダコンはご存知の筈ですメガトロン様」

「もちろんだ。儂に知らぬ物はない」

 プレダコン、かつてはセイバートロンに無数にいたドラゴンに酷似した姿をした生物だ。しかし、ディセプティコンとオートボットとの大戦でその数を減らした。最終的には、プレダコンを危険と判断したゼータプライムはライトニング・ストライク・コーリション・フォース、今で言うダイノボットに攻撃を命じ、絶滅させられたと記録されている。

 ショックウェーブは残ったプレダコンの化石から再び作り上げたのだ。プレダコンの長たる存在、プレダキングを。

「プレダキングには大いなる憎悪と怒りを植え付けています」

 確かに禍々しい。死んで行ったプレダコンの無念の結晶とも言えるプレダキングはメガトロンと比肩する威容を備えている。

「では期待に応えてもらおうかプレダキング」

「プレダキング、手始めに力を示すんだ。我等の主に」

 プレダキングに最初の指令を与えた。それは、精霊を一人血祭りに上げてここへ連れて来るという事だ。プレダキングは背中から翼を大きく広げると土埃を巻き上げて飛び上がる。

 プレダキングは地球を目指して飛んで行った。

 

 

 

 

 人間となったグリムロックや幼体化した精霊達はリビングでさっきからずっと騒ぎっぱなしだ。

 耶倶矢にチュッパチャプスを取られてさっきから琴里はずっと追いかけ回している。十香はずっとお腹が減ったと訴え、折紙はトイレに付いて来て欲しいとねだる。

 四糸乃は泣いてばかりで美九は「だーりんだーりん」と袖を引っ張って来るのだ。

「何てこった……」

「本当に何てこった、だね」

「令音さん!? いつからそこにいたんですか!?」

「ついさっきだよ」

 令音は騒ぎ回っている子達をあやして大人しくさせて見せた。鮮やかな手並みでさっきまで騒がしかったみんなは、すぐに大人しくなった。

「助かりましたよ令音さん。まるでお母さんですね」

「お母さん……そうか、なるほどなるほど……悪くない」

「あれ、令音さんグリムロックを見てません?」

 人数を数えるとグリムロックが足りない事に気付いた。

「見てないね」

「その恐竜のグリムロックじゃなくて人間の方ですよ?」

 令音は首を傾げて士道を見た。令音はグリムロックが人間になっている事を知らないのだ。

「彼なら一人でも心配ないはずだよ? 夜はもう遅いしシンはとりあえず、あの子達を見てあげるんだ」

「そうですけど……」

 やはりグリムロックは気になった。少年のグリムロックが夜道を歩いていて誘拐されても抵抗出来ない。まだそう遠くに行ってないと考えて士道はスラッグに探すように頼み、士道は小さくなった十香達の面倒を見に行った。

 

 

 

 

 一人で勝手に出歩いたグリムロックは新鮮な気持ちで一杯だ。普段は見下ろすのが当たり前の風景を見上げるだけでも世界観はだいぶ変わって見えるのだ。ただ夜道を子供一人で歩くのは危険な行為だ。

 グリムロックは突然、今の自分のパワーがどうなっているのか気になった。グリムロックは軽い気持ちで電信柱を殴った瞬間、根本からへし折れて電線を千切り、民家の屋根へと倒れてしまった。

 パワーが衰えている事を感じたグリムロックは、やはり元の体の方が良いと思いながらふらふらと歩く。

「そこの君!」

 大声だがどこか弱気な語気でグリムロックを呼び止めた。グリムロックは振り返ってみると、来禅の女子生徒の制服を着た少女がいた。コンビニ袋を片手から下げているのでコンビニからの帰りだろう。

 グリムロックはその少女、岡峰美紀恵に見覚えがあった。しかし、どこで会ったのか思い出せず、首を傾げていた。

「こんな夜、遅くに歩いてちゃ危ないですよ! お母さんはどこですか? 何なら私が探してあげますよ。私は頼りになるお姉さんですから!」

 美紀恵の身長とグリムロックの身長に大差はない。少しグリムロックが低いくらいだ。

「……俺、グリムロック。別にお前に頼らなくてもいい」

 美紀恵など気にもかけずにまたふらふらと歩き出すと美紀恵はグリムロックの肩に手を伸ばした。

「ダメです。子供はこんな時間に歩いちゃ!」

「俺、グリムロック。お前も子供だろ!」

「なっ……失礼な! これでも高校一年です! 飛び級ですけど……。あれ、そう言えば君はグリムロックって言うんですか!?」

「うん」

 美紀恵はちゃんと覚えていた。折紙の人格がすっかり変わってしまい、グリムロックの人格が乗り移っていた時の事を。だが、あれは折紙の発作のような物と判断されていた。それでも、美紀恵は発作などではなく、生き霊に取り憑かれたと信じていた。

「グリムロックくん、今から私の家に行きましょう! 家の帰り方が分からないなら私も手伝いますよ~」

 だがグリムロックは興味を示さない。

「お、お菓子やご飯もありますよ!」

 何だか誘拐でもしているようだが、これはれっきとした保護だと自分に言い聞かせた。

「俺、グリムロック。ついて行く!」

 お菓子やご飯でグリムロックはホイホイとついて行ってしまった。普段はトランスフォーマーなので誘拐などそうそうされないだろうが、人間でこの様はかなり心配になる。そうしてグリムロックは美紀恵の家に呼ばれた。美紀恵はマンションに住み、部屋の中は明るめの色で造られ、折紙の部屋よりは遥かに少女らしさや可愛げがある。

「ソファーにでも座ってリラックスして下さい」

「うん」

 グリムロックは部屋をキョロキョロと見渡して士道の家とは違う雰囲気を感じていた。ソファーの端にはビーバーのぬいぐるみが置いてあり、他にもタンスの上には可愛らしい小物がある。

「グリムロックくん、お待たせ。ご飯ですよ!」

 美紀恵は朝に作っておいた弁当のおかずの余りを皿に乗せて、電子レンジで温めた。余っていた茶碗にも白米を盛り、グリムロックの前に出した。グリムロックは鼻をひくひくさせて食欲をそそる匂いに涎を零す。いざ、飯にありつこうと普段の感覚で手掴みで口に持って行く。

「グリムロックくんお箸を使いましょうね~」

 美紀恵が箸を手渡すがグリムロックは箸など使った事が無い。何か分からないこの二本の棒を両手に持つとグリムロックは、茶碗や皿を叩いてチン、チン、と音を出して遊んでいる。

「グリムロックくんはもしかして箸を使った事ありませんか?」

「ない!」

「わかりました。じゃあこの頼りになるお姉さんが食べさせてあげるです!」

 グリムロックから箸を受け取ると皿の卵焼きを摘み、口元へ運んであげるとグリムロックはそのまま食べた。こんな行為にグリムロックはハッと思い出した。

 肉体の入れ替わり事件で美味しい弁当を提供してくれた人間だ。

「美紀恵、お前美紀恵だな!」

「はえ? そうですよ?」

 念の為、鼻を使って本人かどうか確かめてみる。クンクン、と美紀恵の首筋や耳元に顔を近付けて鼻を利かす。

「ちょっと……グリムロックくん、くすぐったいですよ」

「確かに、美紀恵だ」

「私の事を覚えていてくれるのは嬉しいですけど……」

 美紀恵の出してくれたご飯を平らげてグリムロックはソファーに横になった。横になっていると満腹感からかだんだん眠たくなり、グリムロックはそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 DEM社から出立の準備を進めているアイザックとエレン。先日、アイザックを解任しようとマードックが部下に手回しをしたりと少々、ややこしい事態があったばかりなのにまた本社を空けて日本に行くのはエレンとしては、かなり気が進まない。アイザックはマードックが何か策を立て、仕掛け、結果的に失敗するのを見て楽しんでいるようだ。

 アイザックの私室の出入り口にはスーツケースが置いてある。その横には白衣を着た老人が立っていた。髪はボサボサで根本から毛先まで真っ白だ。腰は曲がり、頭には金属製のヘッドギア、右腕を機械に改造した老人は気分良く、アイザックに挨拶した。

「お前さんがアイザック・ウェストコットだな。思ったよりだいぶ若いじゃないか」

「ようこそ、天才科学者Dr.アーカビル」

「違う違う、超々々絶大天才科学者Dr.アーカビル様だ!」

「肩書きは置いておいて、私は君の力に期待をしている。学界から追放されて行き場のないマッドサイエンティストよ」

「儂を拾った事は必ずお前達の為になるぞ」

 アーカビルは不気味な笑い声を漏らした。

「Dr.アーカビル、私達はしばらくDEMを空ける。君には新型のCR-ユニットの開発を頼むよ」

「はいはい、わかっておるわ。儂の手にかかればそんな物ちょちょいのパーじゃ!」

 Dr.アーカビルは一癖も二癖もある科学者だ。それに世間から忌み嫌われるような存在はDEMの力になりやすい反面、謀反を企む可能性もあった。アイザックはアーカビルの肩に手を置いて、

「期待しているよ」

 と、一言告げると出て行ってしまった。

 アイザックとエレンがDEM社を出て行き、アーカビルは与えられた研究室に向かう途中にある男に呼び止められた。

「Dr.アーカビル」

「何じゃ、今儂は忙しいんだが?」

「失礼、だが話を聞いて欲しい」

 アーカビルを呼び止めたのはロジャー・マードックだ。その片腕は切断されたような痕が見え、マードックは右腕を包帯でぐるぐる巻きにしていた。

 マードックを胡散臭い人間だと思いながらもアーカビルはマードックの話を聞く事にした。マードックはDEM社の幹部格、彼専用の部屋を持っており、アーカビルはマードックの私室に案内されると中にいる人間は皆、マードック同様に右腕を切り落とされ、上手く接合して包帯で固く固定されていた。

 これらはみんなDEM社のマードック派の人間である。マードックが丹念にアイザックへの反抗心を育て、地道に作って行った同志達である。DEMの魔術師(ウィザード)は残念だがアイザックを崇拝しているので仲間への勧誘は出来なかった。

「Dr.アーカビルはまだこの会社について知らないだろう。そしてウェストコットという男についても」

「興味がないわ。儂はただ儂の研究が出来れば良いわい」

 アーカビルの原動力は野心だ。マードックもそれは同じだろう。

「Dr.アーカビル、君は何が望みだ? 何が欲しい? 私がこの会社を支配すれば何でも願いを叶えてやるぞ」

 アーカビルは顎をさすりながら考えてみた。

「儂はこの世界征服じゃ」

「世界征服? おふざけは嫌いなんだが?」

「いいや、儂は本気じゃよ。儂の優秀な頭脳とDEMの科学力が合わされば十分に世界征服を狙えるぞ」

 マードックはまだ現実味のない話に険しい顔をしてアーカビルを睨むように見ていた。部屋の後ろで待機しているマードックの部下や同志も顔を見合わせて、ひそひそと話し合っていた。

「何じゃ~? まさかこんな会社を支配するだけの小さな目論見を儂に話す為だけに儂を呼んだのか? やれやれ、態度はデカいクセに野望が小さい男だわい」

「聞き捨てならないなDr.アーカビル!」

「思った事を言って何が悪い? やはり儂の理想のパートナーはアイザックじゃな。会社の支配は好きにやっとくれ」

 アーカビルは踵を返して出口に向かって歩き出すとマードックは反射的に立ち上がって呼び止めた。

「待てDr.アーカビル、協力してくれ。この会社を支配すれば世界征服だろうが付き合ってやる!」

「本当じゃな?」

「本当だ」

「本当の本当じゃな?」

「本当の本当だ!」

「本当の本当の本当じゃな?」

「本当の本当の本当だと言ってるだろ!」

「よろしい!」

 ようやく話が前へ進める。マードックは疲れたような素振りを見せながら今回、同志達を集めた理由を話し始めた。

「今回、諸君等に集まってもらったのは他でもない。アイザック・ウェストコットの最近の傍若無人な振る舞いに皆腹を立てている筈だ」

 同志達は黙ってマードックの話を聞き、アイザックやエレンの事を思い出すだけでも切断された腕がうずく。

「アイザック・ウェストコットの解任はあの忌々しい女によって阻止された。そしてまたあの男は会社を放って日本へと行ったのだ。この際、アイザックにはしっかりとやめてもらう必要がある」

「何か計画はあるんか?」

 マードックは待ってましたと言わんばかりに野心に満ちた目を輝かせて話し出した。

「我々が保有している人工衛生が何機かある。そのいくつかはもう役目を終えてただのゴミとなった。偶然それが天宮市に落ちれば……」

 前代未聞の大被害だ。天宮市はほぼ壊滅状態に陥るだろう。

「待った!」

 アーカビルはここで手を挙げる。

「まさか人工衛生をポンと落として終わりじゃないじゃろうな?」

「……ならどうする? 念の為に爆破術式も施すつもりだが?」

「爆破術式など甘い甘い。ここはエネルゴンを使う」

「エネルゴンだと?」

「エネルゴンを人工衛生の中にたっぷり詰め込み、爆破させればその破壊力は数十倍! 随意領域(テリトリー)をも容易く貫通する」

 エネルゴンを仕込み、爆破術式を施してと手間はかかるが、成功すればアイザックなど影も残らないだろう。エネルゴンは地球上を少し深く掘ればいくらでも出て来る。しかし、今までそれの使い道が分からないでいた。

 可燃性が高く、爆発がしやすい素材の為、今回の作戦にはちょうど良い。

「よし……天宮市もろともアイザックには消えてもらおうか」

 

 

 

 

 朝早くに目を覚ました美紀恵は大きなあくびをしながら背伸びをした。昨夜はグリムロックが寝てしまい、美紀恵もそのまま一緒に寝たのだが、起きた時既にグリムロックは美紀恵の隣には居なかった。

 グリムロックは早起きだ。日の出と共に起きてそのまま家を出て行くとふらふらと町を歩き回って時間を潰していた。人間での生活も意外と悪くないな、と思うグリムロックは記憶だけを頼りに士道の通う来禅高校へ行った。

 普段とは歩幅が違うので来禅高校への道が遠く感じていた。

 いつもの倍以上の時間がかかりながらもようやく来禅高校の校門の前に到着した。校門の前には厳しそうな先生が立っており、すぐに入るのは難しそうだ。

「どうしようかな……」

 人間に手は出してはならない、オプティマスに散々言われた言葉だ。人間に手を出していけないならそれ以外には構わない。グリムロックはピンと頭の中で何か閃くと校舎を仕切る壁に向かって一直線に突進すると壁を突き破って校内に侵入した。

「何だ今の音は!?」

「ギャッ!? 何だ壁に穴が空いてるぞ!」

 グリムロックが突き破った穴で先生達が大騒ぎしているが、気にせずに校舎の壁も砕いて入ると階段を駆け上がった。士道のいる教室は知っているので迷いはしない。

 人間になっていざ校舎を歩いていると不思議な気分だ。おもちゃの家にでも紛れ込んだ気持ちだった。士道のいる教室が見えて来ると、教室の中は何やら騒がしい。

「士道ー! 俺、グリムロック。学校に来たぞ!」

「うわっ! 五河の奴がもう一人子供を作ってたぞ!」

「ち、違うこれは俺の子じゃない!」

「パパ……」

 士道をパパと呼ぶのは幼体化した折紙だ。彼女が著しく話をややこしくしていた。

「パパじゃない!」

「パパは……私を捨てるの?」

 折紙は瞳を潤ませながら言うと教室中から野次が飛ぶ。

「五河、ちゃんと責任持って育てろよ!」

「そうだよ」

 士道は周りの奴を一旦無視してグリムロックと折紙を連れて教室から出て行こうとした所で珠恵と鉢合わせた。

「あ、五河くん。ちょうど良かったですよ五河くんの妹さんか姪が会いに来てますよ」

 士道が嫌な予感を全身に走らせながら見下ろすと珠恵の後ろから十香と耶倶矢、夕弦がひょっこりと顔を出した。

「子供増えたー!?」

 教室は騒然だ。

「シドー学校に来たぞ! 岡峰先生が酷いのだ私達は教室に行っちゃダメと言うのだ!」

「あれ? あの子達、夜刀神さんや八舞さんに似てない?」

「本当だ。じゃああの白い髪の子は鳶一さんの子!?」

 士道の評判が見る見るうちに地に落ちて行く。

「もう嫌だぁぁぁぁぁ! うぉぉぉぉ!」

 遂にいたたまれなくなって士道は廊下を走って逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 折紙以外の小さくなった精霊とグリムロックを家まで連れて帰った士道はドッと疲れを感じていた。二年生になってから完全に変態キャラが根付いてしまった。

 士道は疲れ果てベッドに寝ころぶとそこから動かなくなる。士道には負担をかけているのでオートボットが小さくなった精霊達の面倒を見る事にした。予想以上に士道の精神は衰弱している、義務と責任に挟まれてどうしようもない。部屋のドアを開けて、十香達が顔を出してベッドでうつ伏せになっている士道を見ていると突然、起き上がった。

「もうたくさんだ! 俺は好きなように生きてやるぜ! アハハハ!」

 いきなり元気になったかと思うと士道はベッドから起き上がり、部屋を覗き込む十香達を見た。

「何覗いてんだよ」

「士道、七罪の件だけど――」

「あーあー! 聞こえません! 何で俺の所に毎回、厄介事を持ち込むんだよ! 俺はもうおさらばさ! じゃあな、I'll be back!」

 窓ガラスに飛び込み、士道は二階から飛び出してどこかへと消えて行った。

「こんな時に士道の奴……!」

 琴里は苦虫を噛み潰したような顔で士道が出て行った窓を見た。

「琴里、シドーはどうして怒ったのだ? もしかして私がいるから……」

「違う違う、安心しなさい十香」

「彼は疲れているんだろ」

 不意にアイアンハイドの声がして自然とみんなの視線が窓際へと向いた。

「疲れてる?」

「責任と義務の重さに耐えられないんだ。オプティマスもかつてはそうだった。重すぎる使命はみんなで背負ってあげるものだ。だが、今は一人にしてあげた方が良いだろう」

 助言はしておいた。でもみんな、特に十香は士道の事が気になって仕方がない様子だ。頼りすぎるとそれは依存関係となる。士道のメンタル面でのケアを怠っていたと、琴里は胸にチクリと刺さる物を感じた。

「シドーを探して来るぞ!」

「待ちなさい十香、士道は今は一人に……!」

「私はシドーに二度も救われたのだ。今、私がシドーを助けてあげたいのだ」

 十香は一目散に駆け出して行った。七罪の事はとても放置出来ないが、士道がいなければ何もかも始まらない。琴里も他の皆も十香を呼び止めはしなかった。

「四糸乃! せっかく同じサイズになったし、遊ぼー!」

 自分のペースを一切乱さないグリムロックは四糸乃をデートに誘って来た。

『グリムロック、それってよしのんをデートに誘ってるの?』

「ん? うん」

「えっ……と……」

 四糸乃は人目を気にしながら、周りの反応を窺っているたら琴里は「行って良いわよ」とだけ漏らした。四糸乃は頭を下げるとグリムロックと一緒にデートに出掛けてしまった。

 

 

 

 

 四糸乃と一緒に出掛けたグリムロックはまずは喫茶店に行った。喫茶店には前々から興味があり、八舞姉妹からも話を聞いていた。喫茶店のメニュー表に目を通し、グリムロックは何を注文しようか悩んでいた。

「俺、グリムロック。四糸乃は何食べたい?」

「あ、あの……。私は……紅茶と……ショートケーキが……」

「そうか~、じゃあ俺はショートケーキと……何だこの……コーヒーにする!」

 注文を取り、品が到着するまで待つだけだ。四糸乃は顔を上げるとグリムロックと目が合い、即座に視線を逸らした。トランスフォーマーから人間になり、より親密度が増した気がする。やはり、同じ目線になると見え方も変わって来るものだ。

「四糸乃、さっきから落ち着かないぞ?」

「何でも……ないです」

『しょうがないよ~。四糸乃はグリムロックとのデートでドキがムネムネ何だからさ!』

 パクパクと口を動かして四糸乃の気持ちをペラペラ喋ってしまうよしのんの口を押さえて四糸乃は黙らせた。

「あ? 楽しいなら俺は良い!」

 グリムロックは恋愛には鈍感な方だ。そもそも恋愛の感情まで戦いに塗りつぶされているような男だ。

 そこへウェイターが現れるとグリムロックと四糸乃が頼んでいたコーヒーと紅茶、ショートケーキをテーブルに置いた。グリムロックはケーキもコーヒーも初体験だ。

 鼻を使ってコーヒーの香ばしい香りを嗅ぎながら一口、口に含んだ。

「ぶへっ!? 苦い!」

「コーヒーは……苦いです……だから……砂糖とミルクを使って……下さい……」

『砂糖を入れずに飲むのをブラックって言うんだよ!』

 四糸乃は紅茶にたっぷりのミルクと砂糖を入れて飲んでいる。そして、トイレの為に少し席を外した。

 グリムロックは小さなカップに入ったミルクをいろんな角度から見詰めると恐る恐るミルクをコーヒーに入れた。

「お~!」

 黒い液体の中に溶け込む白い液体は混ざり合って色を変えて行く。グリムロックは物珍しそうに声を出した。そして、砂糖を入れて飲んでみると、程よい甘さになっていた。

「うん、美味しい!」

 続いてグリムロックはショートケーキの方に目をやった。スポンジケーキの周りを生クリームを塗り、イチゴを一つ置いてある。

 ここでグリムロックはよしのんの言葉を思い出していた。

 ――砂糖を入れずに飲む事をブラックと言う。

 すなわち、ケーキを砂糖やミルクを入れず食べる事をブラックと言う、ブラックとは苦い物。グリムロックの頭の中でそう言った流れが出来上がると迷いもなく、ケーキの上からミルクと砂糖を振りかけた。

 そこへ四糸乃が帰って来た。

「お待たせ……しました」

『何だグリムロック、先に食べてて良いんだよお?』

「じゃあいただきまーす」

 グリムロックはフォークでケーキを切って口に運ぶとあまりの甘さに顔を歪めた。酷く甘い、なんとかして口の中を洗い流すべくコーヒーを飲むが、こちらも甘い。

「うぐっ!?」

「どうしました……? グリムロックさん……」

「よ、四糸乃……。ケーキはブラックが良いな」

「はい?」

 人生初のケーキの感想はケーキに砂糖は入れないという斬新な結論が出た。

 

 

 

 

 士道が一人でどこかへ走り出し、士道は公園の前で立ち止まった。

「言い過ぎたかな……。いや、俺は俺らしく生きるんだ! そうだな……せっかくのスターセイバーだ。孤高の戦士……いや、孤高の漆黒の騎士として邪魔者をバッサバッサと切り裂く! 違うな……この際、正義の味方って言うよりも金で動く……傭兵……? 違う違う、傭兵はありきたりだ!」

 士道は案外、形から入るタイプかもしれない。好きに生きる為にまずは自分のキャラ設定を念入りに考えていた。

「魔王の一人娘を妹にして……勇者の里から追放された俺……右腕に特別な力が。違うな……こんな設定どこかで見たぞ」

 木の棒を拾い、地面につらつらと設定を書いてみる。

「待てよ? そもそも、俺を勇者にするのかダークヒーローにするかだな……。ダークヒーローだな。ダークヒーローって事は……自分の芯を曲げない……嫌われながらも動く……」

 士道は足で地面に書いた設定を消すとまた一から考え出した。

「そうだ、賞金稼ぎにしよう。宇宙を股にかける賞金稼ぎ。体に仕込んだ武器で確実に敵を仕留める! 格好良いじゃん。あ、でも体に仕込んだ武器ってスターセイバーしかないからな~。どうすっかな~。じゃあ、敵から奪った武器で武装している設定も追加するか。そっちのがダークヒーローっぽいし」

 自分なりに設定が決まり、士道は元気よく立ち上がる。

「やっぱし、二つ名は欲しいかな」

 中学時代の二つ名を思い出すと嫌な気持ちにしかならず、参考にはならない。

「こういう二つ名ってのは特徴から来るもんだよな。賞金稼ぎで敵の武器を奪うって設定にしたからな……。“アームズ・メーカー”……違うな。英語ってのはダサいな。でもドイツ語は安易に使いたくないし……。ここは日本語がしっくり来るかな」

「シドー!」

「“人斬り”……これは賞金稼ぎ感がないな。“Shinobi”ダサいわ」

「シドー! おい、無視をするな!」

 我に返った士道は顔を上げて、声がした方を向いたが誰もいない。そのまま下を見ると小さくなった十香が、ぴょんぴょんと跳ねて自分の存在をアピールしている。

「何だよ、俺は一人が良いんだ! 今日から俺は賞金稼ぎの“掃除屋”五河士道だ! お、掃除屋って良いな。裏世界の掟に反した奴を切り刻む冷酷さが出てるな」

「シドー、すまない。私がお前の気持ちを知らないで頼り過ぎたからおかしくなったのだな?」

「これは元々だ! 十香、家に帰れ」

「シドー……お前を助けたいのだ」

「助けたい? なら助けてくれよ。毎日、やれ精霊だやれDEMだと息つく暇もない。俺はもうごめんなんだよ!」

 士道を呼び止めようと手を伸ばしてその背中を掴もうとしても士道には届かない。どんどん離れて行く士道と十香の間を裂いて、とある巨大な物が落ちて来た。爆発と聞き間違える程の轟音と衝撃は周囲を巻き込み、さっきまで座っていたベンチがひっくり返り、十香も地べたを転げた。

「十香!?」

 士道は思考するよりも早く十香の身を案じた。眼前にそびえるのはただただ巨大でその全容を認識した瞬間に士道はドラゴンを思い浮かべた。

 プレダキングは鋭い爪や牙、槍のように鋭い尻尾を振り、士道の存在など無視して十香を見下ろした。精霊を倒してメガトロンへの手土産にするのが初めてプレダキングに与えられた任務だ。思っていたよりも遥かに小さな十香を捉えると胸から喉にかけて高密度なエネルギーが上るのが分かる。十香が避けようとした時にはプレダキングの火炎が吐き出され迫っていた。

 火炎は十香を焼き払い、骨すら溶かして地面を焦がす筈だった。攻撃が終わって赤く溶岩のように光る地面には十香を倒した気配が残っていない。プレダキングは直ぐ横に顔を向けると十香を抱えて、間一髪、プレダキングの炎をやり過ごした士道が片膝をついて睨んでいる。

 小さく、弱々しい肉体でありながら勇敢な心だとプレダキングは思った。士道はスターセイバーを抜き、切っ先をプレダキングに突き付けるのだが、爪楊枝のような小さな剣を見てもプレダキングは怯えはしないのだ。インカムは置いて来た、仲間との連絡の手段は無く、助けを呼べない。それでも十香を守る気に揺らぎは無く、胸据わって進むのみだ。

「見たことないトランスフォーマーだな」

 見た目からしてグリムロックの知り合いを期待してたがオートボットは素行が悪くても無意味に人を傷付けはしない。

 プレダキングがまたエネルギーを胸から喉に伝わらせて口腔内に蓄積し、炎を吐き出すのと士道がスターセイバーから光波を撃ち出したのが同時に怒った。ある程度までは炎を切り裂いて突き進むも、プレダキングの火炎に押し負けた。十香を抱えて、真横に飛び、プレダキングの側面に位置した。こちらを振り向く前にスターセイバーで斬りつけたが、頑丈な装甲を切り裂くのは愚か、傷さえも付けられなかった。

「十香、早く逃げろ」

「だ、ダメだシドーお前一人に任せられないのだ。私も戦うのだ」

「居ても戦えないだろ。オプティマス達に助けを呼んで来るんだ!」

 十香は酷く躊躇いながらプレダキングと戦う士道に背中を向けて走り出した。振り返らず、ただ一目散に。

 プレダキングは目標の精霊がいなくなった今、士道と戦う理由は無い。それでも、未知な力を振るう少年とじゃれてみたいという気持ちも強かった。プレダキングにしてみればこれは戦いというよりも遊びに近い感覚だ。

 人間が百キロを超える猛獣と遊ぶと死に繋がる。士道は命懸けでその遊びに対抗していた。

 

 

 

 

 グリムロックと四糸乃は喫茶店を出てからは次の目標が定まらずに商店街を歩いていた。グリムロックはデートで行くような場所は分からないし、四糸乃も詳しい訳ではない。それに人混みは苦手である。四糸乃としてはどこか落ち着いた雰囲気の所でゆっくりと話したいのが本音である。デートと言って無理に出掛ける必要は無い。

「四糸乃、どこ、行きたい?」

「え……それは……その……」

『四糸乃はやっぱり、お部屋でお話したいんだってさ! 二人きりになりたいなんて焼けちゃうねい!』

「よ、よしのん、やめて……!」

「俺も、別に、構わない」

 双方の気持ちは一致して、特設マンションの方に歩き出すべく方向転換した矢先、グリムロックは慌てて走って来た十香とぶつかった。二人とも転けると打った尻をさすりながら立ち上がった。

「十香さん……?」

『どうしたの、そんなに慌ててさ!』

「大変なのだ! 空からブワッーと羽を広げたドラゴンがズドンと出てブハーっと火を噴いてドンバンドンなのだ!」

 必死に身振り手振りで伝えて来る十香なのだがあまりにも説明がアバウト過ぎてグリムロックも四糸乃も首を傾げるばかりだ。

「とにかくシドーが危ないのだ! ――!?」

 ふと、十香は自分から出た声が今の幼く甲高い声ではなく、普段の声が出た事に驚きを感じた。見れば、四糸乃とさっきまで目線が一緒だった筈が、十香の方が見下ろすようになっていた。

 どうやら七罪のかけた能力の効果が切れ始めているらしく、グリムロックには尻尾が生えていた。四糸乃も元々小さいが、徐々に以前のサイズに戻ろうとしている。

 ここである事実に気付いた。体が元に戻れば今着ている服とサイズが合わなくなり、大変な事になる。グリムロックの姿も商店街の真ん中で見られる訳にはいかない。とにかく、ここは一度人目につかない所に移動した。グリムロックは尻尾や手が戻り、体格も徐々に良くなって来ている。

 グリムロックは体が戻るのは時間の問題だ。

 

 

 

 

 プレダキングの相手をする士道はもはや攻撃などしていない。回避と防御だけに専念して仲間が助けに来るのを願いながら待っていた。何回かはプレダキングの攻撃を受けて常人なら死に至るが琴里の再生能力のおかげでなんとか動いていた。

「出来るだけ早くしてくれよ十香……」

 士道はプレダキングの腹の下に潜り、足下をちょろちょろと動き回る事で炎を吐かせない。いい加減、遊ぶのに飽きて来たプレダキングは翼を広げ、空に舞い上がる。

 火炎を吐き出す動作に入ると士道は脂汗を額から流した。

 プレダキングが口を広げて口腔内が赤く光り出した瞬間、プレダキングの側面からグリムロックが猛烈な突進を決め、二人は空から落ちて地面を転がり、公園の公衆トイレをバラバラにして立ち止まった。

「キッチリ、ケリを、付けるぞプレダコン」

 グリムロックを直視した時、プレダキングの目は憎しみに満ちてギラギラと煌めく。

「士道、離れてろ」

 グリムロックが来たおかげでひとまず安心した。少年からちゃんとティラノサウルスの姿なので七罪の効果は切れたと判断した。

 プレダキングの脳裏には数多のプレダコンの無念が蘇り、強い怒りと憎悪が渦巻く。喉を鳴らして唸り、プレダキングは地面をえぐる程に足に力を込めて駆け出した。グリムロックも同時に飛び出し、両者は頭を強くぶつけ合った。轟音が草木を震わせ大地にひびを入れた。ビリビリと強い衝撃で士道はひっくり返った。

 互角に見えた突進はプレダキングに軍配が上がった。グリムロックが押し負けてのけぞった隙に体を捻り、力が集中した尻尾を顔面に命中した。グリムロックはふらつき、倒れかけるが同じように太い尻尾でプレダキングを殴り返した。

 プレダキングがグリムロックの首に食らいつき、グリムロックは体を揺すって振り切ろうともがく。プレダキングは体重をかけて押し倒すと顔と体に前足をかけてホールドした。暴れるグリムロックを地に縫い止めたプレダキングはグリムロックに向けて炎を噴射した。

 気が狂ったかのようにもがき、遂にプレダキングの拘束から逃れるとグリムロックもプレダキングにレーザーファイヤーを吐きかけた。炎を振り払い、プレダキングはグリムロックに頭突きを入れ、その攻撃は戦いの決定的な一撃となりグリムロックは倒れ込んだ。

「グリムロック! 嘘だろ!?」

 グリムロックの敗北を士道は予想出来なかった。プレダキングは自身の強さや存在を示すように雄叫びを上げた。憎きダイノボットのリーダーを仕留めようとプレダキングは鋭い爪が並んだ前足を振り上げたが、グリムロックの首を落とさず、どこか遠くを眺めると翼を羽ばたかせてトドメを刺さずに去ってしまった。プレダキングが消えた直後、スラッグとスワープが到着した。プレダキングはこの二人までも相手にする気はなかったのだろう。

「グリムロック、おいしっかりしろ!」

 スラッグは変形してぐったりするグリムロックを抱えた。

「怪我は無いかい士道よう」

 スワープは士道の方を先を気にかけた。「ああ、平気……グリムロックは大丈夫なのか?」

 スラッグに尋ねると難しい顔をしてグリムロックを横にすると深く俯いた。

「どうなんだよスラッグ! グリムロックは大丈夫なのかよ! 何とか言っ――」

「よし、第二ラウンド、開始だ!」

 グリムロックはすんなりと起き上がり、元気良く吼えて見せた。顔は少し焼けたが、エネルギーは有り余ってまだまだ戦えそうだ。

「……。心配して損した……」

 士道は呆れたように首を振った。

「そうでもない。グリムロックを負かすような奴だ」

「そもそも、あれは何だ? お前等の仲間か?」

 士道の質問にグリムロックに代わってスラッグが説明を始めた。

「プレダコンだ。トランスフォーマーより前にオレ達の星にいた生き物だ」

「お前達と良く似てるような……」

「オレ達は元は普通のトランスフォーマーだ。ショックウェーブに改造されてこうなったんだ」

「え? 改造?」

 士道はキョトンとした顔で聞いた。

「知らないのか? オレ達は改造された。だから恐竜にトランスフォームするんだぞ。中でもグリムロックの改造は酷かったからな」

「知らなかったのかあ?」

 士道は頷きスラッグとスワープはチラッとグリムロックを見た。そして少し黙ると詳しい事を話すと面倒になりそうなのでここで切り上げ、プレダコンの説明をした。

「プレダコンねぇ……」

「プレダコンもどうせショックウェーブが再生したに違いない。それもとびきり強力にな」

 険しい顔で公園を見渡すと遊具は溶けて無くなり、地面は穴ぼこだらけの荒れ地になっていた。プレダキングは本気で戦っていた、だが士道は何となくだがあれが全身全霊の力には見えなかった。まだ、プレダキングの底は見えない。

「ところでさ士道、聞いたぞお~疲れてるんだって? 良かったら相談に乗るぜ?」

「いや、いいよ」

「話してみなって。チームの重荷はみんなで背負う、それがオレ等の方針だよ!」

 ボリボリと頭をかきながら士道は語る。

「少し疑問なんだ」

「疑問?」

 三人は同じように聞き返した。

「俺のやり方に疑問があるんだ……。三人ともごめん、もう少し一人にしてくれ、俺だってこんな事している場合じゃないってわかってるんだ……」

 ダイノボット三人に背を向けると士道はそのまま歩き始める。スワープは心配で呼び止めようとしたが、グリムロックはそれを制して士道を一人にさせてあげた。

 士道を見送るとスラッグはプレダキングについて聞いた。

「グリムロック、プレダコンの強さはどうだった?」

「強い」

 悔しくない筈はない。今度はリベンジをしてやると誓うグリムロックの隣でスラッグは酷く不安に見回られていた。ブルーティカスに加えてプレダキング、その他雑兵を含めてオートボットとディセプティコンの戦力差は開くばかりだ。

「基地に、戻るぞ、人に、見られる」

「わかった」

「飛ぶのは控えようかな?」

 

 

 

 

 町の剣道場には若い剣士が何人も集まり、自身の腕と精神を磨くべくして通い、力を高め合う。その多くは強くなる、試合に勝つ事が最高の結果だと信じて疑わないのだ。剣道場の師範である六十を越した辺りの男性はいつものように防具を身に着けて、生徒が来る前の道場で練習と清掃をしている。

「君は……」

 その男性がいざ清掃をしようとした時、道場の隅で正座をして思い悩む士道を見つけた。門下生ではないし、体験入門というわけでもなさそうだ。

「悩みがあるようですな」

「はい……」

 士道は素直に答えた。

「話さなくてもよい、内容は分からないが君は自分の行い、自分のやり方に疑問を持っている、違うかね?」

「その通りです……」

 男性の中で士道にかけてあげる言葉はもう見つかっていた。

「君はスポーツの経験はあるかね?」

「いいえ」

「では何か、勝敗に関わった経験は? 学校のドッジボール、テスト何でも良い」

 そう、言われて士道がまず最初に思い出したのが天央祭の事だった。士道の中ではかなり大きな勝負をしたと思っている。

「天央祭で音楽の部門で……」

「勝とうとしたか?」

「当たり前です!」

「“なら負けたらどうしよう”とも考えた筈だね?」

「はい……考えました」

「結果はどうだね?」

「負けです」

「君は音楽の経験はどれくらいだね?」

「中学に少し……」

「たったそれだけの期間しかやっていないのにあの天央祭の音楽部門に挑むというのはただの無謀か、何か訳があった筈だ。君はチームを率いる人間かい?」

「いいえ、楽器の腕は下から数えた方が早いし、もう一人楽器が出来ない子は歌がとても上手でした」

「つまり君はその舞台に立つレベルではなかった、しかし自ら立った。その時君は勝とうという気持ち意外に何かあるかね?」

「いいえ、ただ勝とう精一杯で……」

 男性は深く頷く。

「勝とうとするからダメなのだ。勝とうとすれば反対も考える」

「確かに敗北も考えました」

「敗北をイメージすると自身のモチベーションや自信が揺らいでしまう」

「ではどうすれば良いのですか!?」

「無の境地で運命に従うのだ」

 男性はここぞとばかりに語気に力を込めて続けた。

「自らの果たすべき義務を捨てる者は、その時既に敗れておる!」

 士道の登頂からつま先までを妙な感覚が走り抜けた。頭で理解したのではない、もっと奥深くの心に響いた。そういう感覚だった。

「ありがとうございます、先生。おかげで迷いが晴れました」

 士道は深々と礼をすると道場を去って行った。

 

 

 

 

 七罪の行方は分からず困り果てていた琴里はもう元のサイズに戻っていた。士道もいない今、七罪を見つけたとしても動けないのだからどうしようもない。何が悪かったのかと琴里は今までの事を振り返っていたら玄関のドアが開いた音がした。十香か四糸乃が来たのだろうと特に気にもかけずにテレビを見ていた。

「ご飯もちゃんと食べないでチュッパチャプスばかり舐めてるのか琴里?」

「おにーっ――。士道!?」

「ただいま、直ぐにご飯を作るよ」

「士道、もう……平気なの? その……気持ちの方は」

「問題ない。いつでも動けるぞ」

 安心と喜びに満たされた琴里はそれを表情に出さずに普段通りに振る舞った。

「良かったわ士道、七罪を野放しには出来ないわ。居場所は早急にフラクシナスで特定するわ」

「助かる。さあ、俺達の戦争(デート)を始めよう」

 士道も元に戻り、次は七罪を救うだけだ。だがこの時、天宮市の遥か上空、成層圏よりも上でDEMの野心に満ちた塊が天宮市に落とされようとしていた。



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28話 天宮市を守れ!

 七罪は意気揚々と箒に跨って空を飛んでいた。今の姿は二十代程のグラマラスな女性で一瞬だけ見せた小さな七罪ではない。あの姿は七罪のコンプレックスの塊であり今の姿は七罪が思い描く理想の自分の姿なのだ。どこへ行くか目的は無いが七罪はひたすら、高速で飛行しておりジェット戦闘機でも持って来なければ追いつけない程の速度だった。

 七罪は先程から何かに付けられている気がしていた。流星のごとく空を駆け抜ける速さに追い付ける筈がないと振り向いてみると、七罪の直ぐ後ろにプレダキングが追って来ていた。

「なっ……何あの竜!?」

 撤退はしたがプレダキングの任務は終わっていない。精霊を倒しプレダキングの実力を主人のメガトロンに力を示す任務は続いている。 プレダキングを振り切ろうとスピードを上げる七罪に問題なく追い付いて来る。プレダキングは火を噴き、七罪は攻撃をかわした瞬間にバランスを崩して地面へ真っ逆様に落ちて行く。地面に激突した七罪を空から強襲をかける。贋造魔女(ハニエル)の力でプレダキングをぬいぐるみに変えようと霊力の塊を放つ。巨体でありながら意外と身軽でプレダキングには一発も当たらない。

 プレダキングが急降下した。真っ直ぐ、一直線に落ちて来るので七罪は狙いやすくなったと箒を空に向けた途端、翼を広げてプレダキングは力強く羽ばたき、暴風を巻き起こして七罪を転倒させた。転げる七罪にプレダキングは尻尾を叩きつけた。

「い、痛い……!」

 大木に背中を預けて七罪は腕や足が切れて血を流す。経験をしたことが無い痛みに七罪はもがいていると、プレダキングはゆっくり、警戒を怠らずに近付いて来た。生かしたまま連れて行く事が先決だと考え、プレダキングは動けなくしようと足を狙う。

 振り上げた尻尾を目の前にし七罪は目を覆ったその時、ギィンッと鋭い金属音が響き渡る。我に返ったようにハッと前に顔を向けるとプレダキングの尻尾をグリムロックが受け止めていた。周辺を見渡せばグリムロックだけではない。他のダイノボットも士道も精霊もみんないるのだ。

「七罪、大丈夫か!?」

 七罪の身を案じたのは士道である。既にスターセイバーを構えて、いつでも七罪を守れるようにしている。

破軍歌姫(ガブリエル)鎮魂歌(レクイエム)!”」

 ここで美九の沈痛作用により負傷した傷口から来るズキズキとした痛みが徐々に和らいで行く。

「ど、どうして……私を?」

「理由なんてない。琴里、直ぐに俺と美九と七罪を回収してくれ」

『わかったわ』

「パーセプター、グリムロック達の回収をお願いします」

『了解したよ』

 即座に転送が始まり、士道達はフラクシナスへグリムロック達はオートボット基地へと転送された。獲物を目の前にして取り逃がしたプレダキングは怒りのこもった雄叫びと共に炎を空へ打ち上げた。精霊の反応が完全に消えたのを確認するとプレダキングは忌々しく思いながら空の彼方へ消えた。

 

 

 

 

 七罪の傷は思ったよりも深く、霊力を維持出来ない程であり大人の姿や変身能力を行使出来ないでいた。これは、士道達からしてみれば好都合である。逃げられない今ならば、攻略をする機会は十分にある。「いいかしら士道、七罪は今はすごく気持ちが弱っているから気をつけるのよ」

「わかってるよ」

「霊力が爆発する事は無いにしても回復させたら手の施しようがないわ」

「それまでに封印……か」

「そうよ」

 士道は固唾を飲み込んだ。

 艦橋を後にして現在、七罪が保護されている精霊用隔離部屋に行くと、内部の様子を観察出来るマジックミラー越しに士道はベッドの上でうずくまる小さな少女を見ていた。

 士道が数回ノックをすると甲高い声で叫んで来た。

「面会遮絶! 断固お断り!」

 無視してドアを開けると部屋からいくつものぬいぐるみが飛んで来た。

「入ってくるな! あっち行け!」

「おいぬいぐるみを投げるなよ!」

「うるさいうるさい!」

 聞く耳など持たず、布団を頭からすっぽりとかぶってしまう。目も合わしてくれない。

「どうしてそんなに他人を拒絶するんだよ七罪」

「当たり前でしょ! 世界はそういう物なのよ! いいから私に構うな!」

 話もまともに聞いてくれない。これはかなりの難物だ。しかし、士道もあらゆる難物を攻略して来た、ここでくじける筈がない。

「七罪、一度ちゃんと話をしよう」

「いや!」

「困ったな……」

「あんたも綺麗な方の私だから近付いて来たんでしょ!?」

「それは違う!」

「違わない!」

「違う! 悲観的過ぎるぞ七罪! みんなお前の事を嫌いなんて思ってない!」

「私の本当の姿なんて誰も見てないのよ! 綺麗が一番! 本質より建て前の方が何倍も綺麗なのよ! もう私に構うなバカ!」

「七罪、布団から出て来いよ。お前に素晴らしい世界を見せてやるから」

「嫌だ、素晴らしい世界とかなんとか言って私を笑い物にする気なんでしょ! いやだぁぁぁ!」

 こんなにも話が通じない相手は厄介極まりない。士道は仕方なく実力行使に打って出た。七罪が深々とかぶる布団を一気に引っ剥がす。

「キャー! 何すんのよこのロリコン高校生! 助けてポリスメーン!」

「誰がロリコンだ、失礼な!」

 布団の中から出て来たのは確かに綺麗とは違う少女だが、愛嬌はある。ただし、あまり手入れを施していない髪や不機嫌そうな目つきがその愛嬌を殺している。

「私は変身さえすれば良くなれるの! 私はそれで良いの!」

 今の姿にコンプレックスを抱いている。七罪は士道から布団を奪い返すとまたベッドの上にうずくまってしまった。

 ここは変身のスペシャリスト達に頼むしかなさそうだ。

「琴里、転送頼む」

『転送?』

「ああ、オートボット基地にだ」

 素直に士道の言葉に従うと士道と七罪の寝るベッドにかぶさるようにグランドブリッジのサークルが頭上から降りて来た。たちまちサークルに飲み込まれたかと思うと、二人はいつの間にかオートボット基地にいた。

「急に来るとビックリするじゃないか」

 突然の士道達の登場にジャズは少し驚いた調子で言った。

 七罪は恐る恐る布団の中から外の様子を窺った。ダイノボット以外に初めて見るタイプのトランスフォーマーが何人かいる。

「何よコイツ等、私に何する気!?」

「悪いようにはしないよ。話は琴里くんから聞いているからね。私達がちょこっと君を変えてあげるのさ」

 パーセプターが言うと怖く聞こえる。

「変えるって具体的に何をするんだ?」

 パーセプターは顕微鏡へトランスフォームすると七罪の観察を始めた

「ふむふむ、さあ七罪怖くないよ私にちゃんと見せてごらん? 布団なんて取って、さあ」

「うるさい、あっち行け!」

「素材は悪くないと思う。やり方によればそっちの趣味の人に受けが良いだろうね。よし、ワーパス」

「何だ?」

「彼女を変身(トランスフォーム)だ。大改造! 劇的ビフォーアフターだ」

「大改造?」

「ビフォーアフター?」

 ジャズと士道は訝しげな顔でパーセプターを見つめた。一体何をしでかすのか不安で仕方がなかった。

「さあ、こっちへおいで七罪」

 パーセプターが手を伸ばして来ると七罪は震えながら布団を投げ捨てた。

「嫌だ、変身させるとか言って私をバラバラにするきなんでしょ!? やられてたまるか!」

 ベッドから飛び降りて七罪は出入り口に向かって走り出して逃げてしまった。

「ああ、待つんだ七罪!」

「みんな、私に構っている振りなんだ! 私はのけ者なんだぁぁぁ!」

「何というネガティブ思考だ。早く探さなくては!」

 まだ霊力が回復していないのがせめてもの救いだ。

「オートボット、出動! 今すぐ七罪を探し出すのだ!」

 オプティマスの号令と共にオートボットはビークルモードにトランスフォームした。各々が個性のある車に姿を変えるとオートボット用の通用出入り口が開放されて出て行った。

「まだ遠くには行っていない筈だ。散会して捜索しろ!」

 

 

 オートボット達から必死の思いで逃げる七罪は細い路地に来ていた。キョロキョロと見回してどこか隠れる所を探していた。

「七罪、こっちだ」

 どこからか声がして七罪はその声に従うようにして薄暗い倉庫の中へ入って来た。 どこの誰だかわからないが、今はその声に従うしかなかった。倉庫の中に完全に入った時、倉庫の出入り口が突如閉まった。

「なっ……何!?」

「慌てるなよ、俺は味方さ」

 暗闇から現れたのはスタースクリームだ。

「お前もアイツ等の仲間だな! よくも私を騙したな!」

「おいおい、俺様をオートボットと一緒にするなよ。俺はお前の味方だぜ?」

「味方? はっ! 味方とか言って後ろからとっつかまえて私をロボットに改造するんでしょ!?」

「後ろから気絶させれた。でもしなかった」

 言葉巧みに七罪を誘い、落ち着かせると倉庫に積み上げられた鉄パイプの山に座らせた。スタースクリームも七罪の隣に座って興奮した気持ちを落ち着かせてあげた。

「みんな、私をバラバラにする気なんだわ! 口では良いように言ってるけどみんな私を下に見てるのよ!」

「ああ、分かるぜ七罪」

「みんなみんな、私の本来の姿を無視する。世界はそういう物よ!」

「その通りだ七罪。世界はそういう物だ」

「……」

「優秀過ぎる奴を妬んで凡人が追い落とそうとするのさ。俺様も仲間から優秀過ぎる能力を妬まれてるのさ」

「私なんて……そんな能力もないし……」

「逆だ七罪。優秀だから無視されるんだ。みんなお前に嫉妬しているだ」

「嘘だ。ある人にはチビとか汚いとか言われた!」

「天才と凡人の価値観は違うんだぜ? 見る人が変われば結果も変わるさ」

「じゃあどうして良くしてくれる人がいないのよ!」

「過ぎた秀才は孤独なもんだ。でもな俺は違う。同じ高みにいる者同士で手を組もうじゃねーか」

 ベタベタに褒められるだけでは信用などしないが、無視され続けた理由が自身の才能が溢れかえり過ぎている、と褒めると七罪でも多少は自信がつく。

「見返してやろうぜ。お前をバカにしたり、無視して来た凡人共を蹴散らそうぜ。このスタースクリーム様とな!」

「よぉ~し、何だか元気が湧いて来た! 見てなさいオートボットに士道め! 私の本当の力でコテンパンにしてやるんだから!」

「その意気だ! スタースクリーム様の右腕にしてやろう。はい、あとこのスタースクリーム王冠を仲間の印にやるよ」

 七罪の頭に王冠を乗せる。ただの王冠なのだが、どこか勇気が湧いて来る。力と威厳を示しているようで七罪は鼻を鳴らして、鏡の前でポーズを取ったりしていた。

「ところでスタースクリーム、アイツ等を見返すって何すんの?」

 スタースクリームはメガトロンを倒すだけの軍隊が欲しかった。その為に精霊である七罪を味方に引き入れただけに過ぎない。悪知恵を働かせて何か任務を与える事にした。

「よし、じゃあ最初の任務だ」

「OKスタースクリーム!」

「最初はだな。オートボット基地とフラクシナスの情報を持って来るんだ」

「どうして?」

「敵を知る為だ!」

「うん、わかった。行って来る!」

 倉庫のドアを開けてやり七罪を見送るとスタースクリームは陰でこっそりと笑っていた。

「よしよし、バカとなんとか使い用だ。見てろよメガトロン、今すぐこの俺様が目に物見せてやるからな。ざまーみろ、ハッハッハ!」

 メガトロン失脚を企むスタースクリームを監視している者がいた。

 レーザービークだ。

 スタースクリームの声をしっかり録音すると倉庫の小窓からレーザービークは飛び立つとサウンドウェーブの下へと帰還した。

 

 

 

 

 自宅にて読書をしていた折紙は不意に己の体が元に戻った事に困惑していた。少々の頭痛とバランス感覚の乱れに見回られたが直に戻った。やはり幼体では本来の力は発揮出来ないし、CR-ユニットの操作もままならない。尤も、今の折紙にCR-ユニットを動かす権限はなかった。

 それはと言うと、先のDEMの攻撃部隊への攻撃、討滅兵装“ホワイト・リコリス”の無断使用、数えれば後を絶たない軍規違反の数々で折紙のCR-ユニットの使用権限を封印すると同時に自宅で謹慎状態にあった。折紙は猛省する素振りも無く、ただ次の有効な殺傷手段を考えていた。

 精霊を死滅させる手段……。

 どういう訳か、折紙は精霊を殺す事を考え、精霊の死に様を脳裏に思い浮かべるとドクン、と心臓の音が強く聞こえ、チクリと胸を刺すような痛みを感じるのだ。平和でじゃれあい、夜刀神十香とバカな言い争い、夕弦と買い物、それらは有意義な記憶として脳に保管されていた。

 正直に言って、心に潤いが取り戻されていると折紙自身も認めざるを得ない。だが、ぽっかりと空いた心の穴を満たす物は復讐という結果でしか果たせないと折紙は信仰している。

 五年前の記憶を思い出せば、焼け付くような感覚も共に浮かび上がる。

 今を生きるか、過去に決着を付けるか、折紙はこの選択に揺れ動き、頭を捻り、懊悩し、悶える。

 自分の中で答えを吐き出す直前、折紙はピクリと眉を動かし、違和感を覚えた。ポケットから携帯端末を出して画面を切り替えると、マンションをドカドカと何名もの黒いスーツを着用した男達が上がって来るのが確認出来た。穏やかな話ではなさそうだ。

 戦っても確実に勝てる見込みは無いと察知して直ちに逃げる準備を整えると折紙はベランダのドアを開けた。

 携帯の画面で大家に内緒でマンションの至る所に配置された超小型カメラで男達の居場所を確認している。相手はもう折紙の部屋の前まで来ている。男達はノックもせずにドアノブに手を伸ばすと、鳶一家の罠の一つ、催涙スプレーが噴射された。

『ぐわっ!? 何だこれは!』

 一般的なマンションにこんな罠が仕掛けられているとは思いもしない筈だ。折紙はベランダからロープを下ろして外へ逃走を図ると外で待機していたメンバーに見つかった。

「窓から逃げたぞ、追うんだ!」

 どうして謎の人物に追われているのか理解に苦しんでいる最中、携帯に着信があった。画面には『日下部燎子』と表示されており、折紙は電話に出た。

『折紙!? 良かった、まだ無事みたいね!』

「どういう事? どうして私が追われているの?」

『ショックな話だけど良く聞いてね。たった今、あなたの懲戒処分が決まったわ』

 確かにショックな話だ。これで折紙は精霊と戦う手段を完全に失った事になる。懲戒処分という話を聞けば、追って来ている連中の正体も分かる。ASTや精霊は秘匿情報、その存在を知る者はASTや自衛隊を止める際に記憶を消去される。

 忘れた方が楽かもしれないが、折紙は腑抜けの考えと判定している。

『本当はあなたの懲戒処分は無しに謹慎処分の筈だったんだけど、上層部に誰かが手を回したらしいの』

「誰か?」

 燎子も折紙もその存在は十中八九DEMだと思った。

『私も上層部に掛け合ってみるわ。絶対に捕まらないでよ』

「もちろん」

 電話を切り、折紙は道路を走り、塀を飛び越えて、人の屋根を走ってとまるで忍者のような身のこなしだ。

 連中の追跡は執拗であり、折紙はやがて人気のない倉庫へと追い込まれていた。

「手こずらせてくれたな鳶一折紙」

「お前はもう終わりだ」

 逃げ道を失い、折紙はホルスターに収められた銃に手を伸ばすとまたもや着信があった。

『もしもし、お久しぶりですね鳶一折紙』

 エレン・メイザースだ。

「何の用?」

『こちらでもあなたの動きを観測していまして、とてもお困りの様子で。ASTを除隊されて行き場の無いあなたに手を貸したく……』

「士道を危険に晒す相手に借りる手はない」

『ご安心下さい。五河士道には当分手は出しません』

「それを私に信じろと?」

『はい。あなたも困っているのでしょう? 精霊を討つ力は無い、記憶の消去寸前。四の五の言っている場合ではないでしょう?』

 折紙は奥歯を噛み締める。折紙の悲願を達成するにはもう迷ってはいられない。

「わかった。手を貸して」

『良いでしょう』

 電話が切れた時と全く同時に折紙の前に並ぶ男達は肉片に変わった。そして空中からふわりとエレンが降りて来る。

「ようこそ、DEMインダストリーに。あなたは今すぐイギリスに向かってもらいます」

 

 

 

 

 スタースクリームにそそのかされた七罪はこそこそと再び、オートボット基地であり精霊の特設マンションにやって来ていた。

「見てなさい、私は有能、私は最強なのよ!」

「戻って来たのか七罪」

「ひゃっ!?」

 潜入前に士道に見つかってしまった。

「ちょうど良かった、来いよ。お前に教えてやるさ、ちゃんとした変身の仕方ってのをな」

 七罪はジリジリと引き下がろうとしたが腕をしっかり掴まれて、オートボット基地へと連れ込まれてしまった。七罪の頭の中はぐるぐると回り、改造されたり、笑い物にされたりと嫌な妄想がよぎる。だが、ここは潜入出来たと考えた。

 基地の広間に連れて来られるとそこにはオートボットがスタンバイしている。

 七罪は威嚇するように睨み付ける。

「七罪、君をトランスフォームさせる」

 オプティマスは指を差して自信満々に言う。オートボットが何をするのか士道も知らない。だから、かなり不安があった。天央祭の音楽部門の件もある。

「よし、かかれ!」

 オプティマスが指示を出すとパーセプターは七罪にすっぽりと何か金属の鎧を着せてしまい、頭からつま先全てが隠れた。

「自分に自信がないのならその鎧を使うのだよ。戦車砲さえ退けるスーパースーツなんだ。パンチはゴリラ百頭分、伸縮性を意識した寝間着にも使える一品だよ」

 バトルスーツの胸のボタンを押すと背中から羽が飛び出して両端がピカピカと光っている。

 とりあえず士道はコメントを控えた。この年の男の子なら喜ぶかもしれないが、七罪は女の子だ。

「あの、一つ良い?」

「何だね?」

「ダサい」

 パーセプターが丹精込めて作り上げた強化スーツはダサいの一言で切って落とされてパーセプターは傷心気味だった。

「女の子にそんな物騒なモン渡すたぁ、やっぱインテリ野郎は乙女心ってのを分かってねぇな!」

 続いてワーパスが七罪を自信がつくような姿にコーディネートした。乙女心など何一つ分かっていなさそうだが、とにかく黙って見てみる。

「よし完成だ!」

 ワーパスが七罪を隠していた手をどけると、そこには竹刀、丈の長いスカート、マスク、鎖などと時代錯誤した姿になり果てていた。

 一瞬の間が空いたが、ここで黙ってはダメだと士道が必死に褒める。

「似合ってるよ七罪!」

「ワーパス、乙女心なんぞどこにあるのだ?」

 アイアンハイドは呆れてこれ以上、何も言わなかった。七罪はプルプルと体を震わせて鼻先を真っ赤に涙目でオートボットを睨んでいた。

「やっぱり、私を笑い物にする気だったんだ!」

「待て、落ち着くんだ七罪、私は笑っていないぞ」

 と、オプティマス。

「オレはギリ耐えたぜ!」

「ワーパス、もう喋るな」

「許さない、このメタル野郎! 私を理解してるのなんて誰もいないのよ!」

 いくら自信がつく姿に変えても意味がない、それは今までの変身能力と変わりがない。七罪本来の姿を使って変えて行く必要がある。

 一度、作戦を練り直すべく五人は円陣を組んでゴニョゴニョと話した。

 しばらく、話し合いが続くと円陣が解かれてオプティマスは目から光を放ち、七罪の体をスキャンした。他の四人も七罪をスキャンすると各々は黙り込む。

「手荒だが、始めよう。セイバートロン式健康美容法を」

 オプティマスの言う“手荒”は本当に大丈夫なのか心配になる。パーセプターは七罪をつまみ上げる。

「はな、離せ離せ離せ! 私をどうする気よ!?」

「やれ」

「はい」

 パーセプターが七罪を小さな水槽の中に入れるとスイッチを入れた。すると水槽の中の水が流れ出し、七罪は渦巻きの中に吸い込まれて行った。

 少ししてパーセプターは水槽の中に手を突っ込みビチャビチャになった七罪を引っ張り出した。息苦しそうにせき込んでいる。

「し、死ぬかと思った……!」

「セイバートロン式美肌水洗風呂だ。流れたら体の隅から隅までピカピカだ」

 オプティマスが鏡を使って七罪に向けるとさっきまでの自分の変わりように七罪は驚いた。ピチピチの肌に艶々の髪、それだけで雰囲気は一変する。

「これが……私?」

「そうだ。さあ、まだまだ続けるぞ! 覚悟するんだ七罪!」

 セイバートロン式健康美容法は本当に手荒だ。歯車の中に放り込まれて体を矯正したり、棒で体の凝りをほぐし、何やら溶岩やら針山やら大きなハンマーやらを持ち出しいるが、全て健康道具だ。

「次はぐるぐるサイクロンマシーンに入ってもらうぜ! その次は溶岩風呂だ!」

 七罪はオートボットに任せるとして、士道は自宅に帰った。これから十香達の夕食を作る為だ。士道の夕食の団欒の中に既に七罪は存在している。何を作るか迷いながら玄関の戸に手をかけると、鍵が開いている。

 閉め忘れはしていない。玄関の靴を見ても琴里はまだ帰っていないし、十香や四糸乃達でもない。士道は携帯端末を片手に握り、すぐに連絡を取れるようにしながらリビングに行く。そして、リビングのソファーにはエレンが座っている。士道の背筋にひやりと悪寒が突き抜け、逃げようとしたがエレンは呼び止めた。

「待って下さい」

 言葉だけでなく、体もしっかりと止められてしまった。随意領域(テリトリー)の力が働いた所為だろう。体はピクリとも動かず、エレンは見えない力で携帯を奪う。

「一応、預からせてもらいます。五河士道、座って下さい」

 全身を押さえ込む拘束が解かれ、士道は自由になるがエレンがいる以上、完全な自由ではない。ソファーを指し示すエレンに従って士道はそこへ座った。

「良い家ですね。手狭ですが、清掃も行き届き、温かな雰囲気を感じます。ここで毎晩、楽しい団欒があるのが目に浮かびます」

「そうかい……。土足で上がり込んでいるとは失礼な人だな、あんた」

「失礼、外国育ちなもので」

「日本の礼儀ってのも叩き込んでおいてくれ」

 士道はゆっくりと立ち上がる。

「逃げるのは諦めて下さい」

「逃げないよ。どうせ逃げらんないし」

「理解が良くて助かります」

「お客にお茶も出さないのは失礼だからな」

「ご丁寧にどうも」

 士道はキッチンに行くと来客用の湯のみにお茶を入れてお盆に乗せるとエレンの前に置いた。

「あまり使っていない食器……来客用ですか」

 士道はエレンの言葉を無視して座り直した。そして、エレンは出されたお茶を冷ましながら飲んだ。

「それで、わざわざ人様の家に乗り込んで何の用だ?」

「単刀直入に言います“ウィッチ”を引き渡して下さい」

「何?」

「“ウィッチ”を引き渡す、もしくは居場所を教えるのであれば夜刀神十香、四糸乃、八舞姉妹、誘宵美九の安全を保証します。どうです、最高の条件でしょう?」

「ふざけるな! 精霊を救うのが目的だ。一人も危険な目に合わせない!」

 士道が断るのは分かっていたようにエレンは再び湯のみを口にする。そして、部屋の中を見渡してじっくりと観察した。

「……この平和、誰のおかげで実現出来ているかお分かりでしょうか?」

「ラタトスクや琴里――」

「違います。私やアイクが手を下さないだけです。だから平和に暮らせるのです。ここであなたを殺すのは造作もない。ですが、スタースクリームがやけに気にかけていました。安易に殺傷するのは得策ではない、そう考えました」

 エレンはスーツの内ポケットに手を入れるとナイフの柄だけを取り出した。刃の付いていない柄をどうするつもりかと思うと、淡い光の刃が出現した。

「手荒に行きましょうか」

 エレンは目を細めて、士道のどこを斬ろうか思案していた。拷問に口を割らない保証はないが、士道は最大限に抵抗をするつもりだ。

「痛いのは嫌いですよね? 早めに白状すれば済みますよ?」

「俺はアイツを売らない」

「そうですか、では耳を……落としましょ――うっ……!?」

 光刃で士道の耳を切り落とそうとした時だった。エレンはとてつもない腹痛と尿意に襲われ、股に力を入れた。

「ようやく効き目が出たか」

「き、貴様……! お茶に何を入れたのです!?」

「うちは女子が多いからな、便秘対策はバッチリだ。便秘薬と利尿剤をたっぷりと入れてやったぜ!」

「姑息な手をよくも……! ハゥゥッ!?」

 ぎゅるぎゅると腹が音を立ててエレンは額から汗を大量の漏らした。

「と、トイレはどこです……!」

「七罪から手を引け、なら教えてやる」

「出来ますか! トイレの場所などだいたい分かります!」

 漏れないようにちょこちょこと指先だけで動き出すと士道は目を見開き、トイレには行かせまいと勢い良く駆け出し、エレンの前に立ちはだかる。

「バカ、やめなさい!」

「七罪から手を引けぇぇ!」

「男として恥ずかしくないのですか!?」

「うるさい、世界最強なら一般人をどけてみろ!」

「くそぉ……!」

 随意領域(テリトリー)を使い、士道を床に叩き付けリビングを出て行く。

「待てぇぇ!」

 今のエレンに強力な随意領域(テリトリー)を維持して発生させられるだけの集中力は無い。士道は拘束から簡単に解放されて地面を必死に這い、エレンの足に掴みかかる。

「離しなさい変態! うっ……お腹がぁ……!」

 士道の顔面を蹴り、再びトイレに向かって動き出す。リビングを出た廊下の角を曲がったエレンの目にはトイレというオアシスが見えた。心から安堵した瞬間は今以外に無いだろう。

「行かせるかぁぁぁぁぁ!」

 士道の猛烈なタックルを受け、エレンは廊下の奥、洗面所へと押し込まれた。

「うぐぁぁぁ……! あっ……」

 不意にエレンがやり遂げたような顔になった瞬間、士道は身を引いた。だがこれはフェイントだ。

「騙されましたね! 世界最強がお漏らしなどしますか!」

 士道が引いている隙に遂にエレンはドアに手を伸ばした。そこへ士道の魔の手が執拗に迫る。

 エレンの足にロープを投げ、両足を縛り上げると士道は一気にロープを引き、エレンを転倒させた。後、一歩の所で邪魔が入った。

「うがぁぁぁぁ!」

 エレンの悲痛なる叫びが五河家にこだました。

 そして、ウィッチの捕獲から手を引く事を約束したエレンはなんとかトイレへと行かせてもらえた。トイレから出たすぐの廊下で壁にもたれながら士道は待っていると水が流れる音がした。

 ドアを開けて出て来たエレンの顔には怒り意以外存在しない。

「よくもやってくれましたね五河士道!」

「おい、待てよ七罪には手を出すなよ」

「ええ、出しませんよ。代わりにあなたを徹底的にいたぶります!」

「何!? あれは不可抗力だ!」

「どこが不可抗力ですか!」

 ナイフではなくレーザーブレードを展開したエレンは士道を切り刻もうと振りかざす。だがその時、エレンの電話に着信があった。電話をかけて来たのはエレンの部下だ。

「何の用ですか?」

 エレンは苛立ちながら電話に応対した。切っ先は士道の胸に当てられ、随意領域(テリトリー)の効果で逃げられぬように固められていた。エレンは部下からの連絡を耳にすると眉をひそめた。

「本当ですか……! わかりました、すぐに行きます」

 通信を終えるとエレンは再び士道を睨み、剣を引いた。

「全くもって腹立たしいですが、あなたは運が良い」

 エレンは切っ先を下ろしてレーザーブレードの光刃を消すと家を出て行ってしまった。エレンがいなくなると体にのしかかっていた重さがなくなり、体の自由が利く。

 それと同時にインカムから琴里の声が聞こえて来た。

『士道、今どこにいるの!?』

「え、自宅だけど?」

『いるなら早く出なさいよ!』

「仕方ないだろ、こっちもいろいろあったんだし」

『連絡出来たならいいわ。よく聞いてね士道、今から数十分後、天宮市に人工衛星が落ちて来るわ!』

「何だって!?」

 士道は戦慄した。

『士道、聞こえるか!?』

 インカムにオプティマスの声が加わった。

『七罪が逃げ出した。どこに行ったか知らないか?』

「こんな時にもう……!」

 人工衛星墜落と七罪の逃走が同時に起きてもう頭の中が大混乱だ。

「わかった。俺が探す!」

 話はわずかに遡る。オートボットにありとあらゆる美容法の餌食とされた七罪は今までのボサボサな髪やカサカサの肌、衣服からメイクからを一新し、本来の姿を残しつつ変えてしまった。

 鏡の前に立つ七罪はその変化に惚けて立ち尽くした。

「これが……私?」

「そうだ、人間の化粧という概念を利用した。我々と違って塗装による着飾りは出来ないようだからな」

 七罪をスキャンしたのは、七罪のコンプレックスとなる個所を検索する為だ。そして、インターネットを介して人類の化粧という物について調べたのだ。

 部族風だとか、儀式のような化粧などを試して試行錯誤の末に一般的な化粧に行き着いた。

「これが君の可能性だ。悲観的になる事はないんだ」

 七罪は嬉しくなったが、まだ何か裏があると考えて素直に喜ばなかった。

『七罪、テメェ何してんだ! 早くオートボットの情報を持って来やがれ!』

「は、うん……」

 基地を出たいがいきなりここを後にするのは不自然だ。何か良い手はないかと考えると七罪は腹の底から力を感じた。全身を活き活きとしたエネルギーが走り回り、気持ちが良い。霊力が回復したと分かった七罪はボフン、と大きな煙を発生させて脱兎のごとく逃げ出した。

「違う違う違う! アイツ等の口車に乗っちゃダメなんだ。私を理解してくれるのはスタースクリームだけよ!」

 自分にそう言い聞かせて力が戻った七罪はスタースクリームの下へと帰って来た。待ち合わせは倉庫の中だ。

「ウスノロが。一体何をしてやがった」

「ごめんって、ちょっといろいろ……」

「で、肝心の情報は手に入ったのか?」

「えっと……何かマンションがあって、そこをぐわーってなってて――」

 分かりにくい説明に痺れを切らしたスタースクリームは怒りながら言った。

「この役立たずめ! お前に期待した俺がバカだったぜ! ナルビームで眠ってやがれ!」

 スタースクリームのナルビームを浴び、七罪は倉庫の中で倒れた。全身が痺れて動かない、意識はハッキリとしているのに体は凍ったように動かないのだ。天井に穴を空けてスタースクリームは本来の任務である人工精霊の素体探しに向かった。

 

 

 

 

「た、大変じゃ!」

 Dr.アーカビルは血相を変えてマードックの私室に乗り込んで来た。ノックも無しに入って来られてマードックは少し腹が立ったが表情に出さずに聞いた。

「何が大変なんだ?」

 アーカビルの表情から尋常な事ではないと察したマードックは机から身を乗り出す。

「投下する筈の人工衛星なんじゃが、詰め込むエネルゴンの量を誤った。今すぐロケットで宇宙へ逃げよう大変じゃ!」

「待て待て、エネルゴンの量と宇宙へ逃げるのがどう大変なんだ?」

「分からないのか、エネルゴンの量が多すぎて爆発したら天宮市だけではない、この地球が消滅するんじゃ!」

 マードックの顔は死人のように血色を無くして行く。 アイザック抹殺ついでに自分の命まで危ういのだ。マードックは心のどこかで少し期待していた。日本が吹き飛んでもまさかイギリスにまで影響など出ないだろうと。

 だが万が一、本当ならどうする? 今からロケットを手配しても遅い。最悪の事態をいくつも考えるとマードックは落ち着いた様子でタバコを吹かした。

「終わった……」

「諦めるなマードック~!」

「終わったよ……最後に何か好きな事をして終わろうかな……」

 マードックはもう完全に諦めていた。

 

 

 

 

 月面のディセプティコン基地へと帰還したレーザービークはサウンドウェーブの胸の中に収まって、地球での情報を再生した。もちろん、その中にスタースクリームの反逆の意を示す言葉も入っていた。

「スタースクリームめ! また儂を裏切る気だな! こうなったら儂が自ら地球に乗り込んで粉々にしてくれるわ!」

 コンピューターを叩き、怒り出すメガトロンをサウンドウェーブが呼び止めた。

「お待ち下サイ、メガトロン様。今、地球へ向かうのは危険デス」

「危険? 何が危険だと言うのだ」

 サウンドウェーブは基地の巨大ディスプレイに地球に向かって飛来している人工衛星を映し出した。

「人工衛星に大量のエネルゴンが含まれていマス。地球を消滅させる程デス」

「何地球を消滅だと!?」

 メガトロンも地球の征服は望んでいても崩壊は望んでいない。まだたっぷりのエネルギーが詰まった宝庫をみすみす潰れるのを見ていられない。

「サウンドウェーブ、コンバッティコンを呼べ。人工衛星を宇宙空間で消滅させてくれるわい! ショックウェーブ、お前はプレダキングを今すぐ呼び戻せ」

「了解しまシタ」

「御意」

 

 

 

 

 フラクシナスもこの地球の緊急事態に気付いている。落下する人工衛星は二機ある。一機は爆破術式と適量のエネルゴンを含み、天宮市だけを吹き飛ばす破壊力を備えた物、その後に控えているのが地球を消滅させるだけの人工衛星だ。

 パーセプターの改造で主砲のミストルティンの威力は上昇している。人工衛星の破壊には出力不足と予測した。その理由は、人工衛星に施された防衛シールドの所為だ。フラクシナスの解析では人工衛星には三重のシールドが張られ、用意に破壊されないように守られていた。

 ミストルティンでは一枚剥がせるかどうか分からない。破壊を考える先で琴里は精霊達や士道を回収しようとしていた。

「士道、すぐにフラクシナスで回収するわ。十香達も連れてきて」

『ああわかってる。けど七罪を見つけないとダメだ。琴里、少し時間をくれ。七罪を探して来る』

「はぁ!? もう今にも人工衛星が落ちて来るのよ!?」

 怒気を孕んだ口調で琴里は怒鳴った。

『ギリギリまで頼む。俺はアイツを置いていけない』

 心配で胸が張り裂けそうな気持ちを必死で押し殺した。士道は頑固な性格、もう言っても聞かない。

「七罪をお願い士道。でもギリギリになったら問答無用で連れてくからね」

『ありがとう、琴里』

 七罪を託しだ琴里は肩に羽織った上着を脱ぎ捨て、艦長席を立つ。琴里にはこれからやる事があるのだ。

「神無月、“グングニル”を用意して」

「はい!」

 琴里は艦橋での指揮を一度神無月に任せるとエレベーターで屋外のデッキに上がった。デッキにはスラッグがスタンバイしていた。

「スラッグ、頼むわよ」

「わかっている琴里」

 スラッグがビーストモードにトランスフォームして琴里を背中に乗せる。すると琴里の足下から炎が燃え上がり、制服からイフリートの霊装が構築された。白い衣を炎で彩り、巨大な斧を豪快に振り回す。フラクシナスはもう船首を向かって来る人工衛星の方に狙いをつけた。

『司令、グングニルの準備が完了しました』

「OK」

 琴里と接続されたフラクシナス、それは琴里の霊力を何倍にも増幅して放つフラクシナス最強の砲撃を放つ為だ。フラクシナスの砲口には莫大なエネルギーが蓄積されていつでも放つ事は可能であった。スラッグの方も普段以上にエネルギーを口腔内に溜め込み、放出するのを今か今かと待ち望んでいた。

「グングニル、発射!」

 神無月の声と共に船体が大きく揺れた。クルーは皆、どこかにしがみつき、膨大なエネルギーの奔流を目を細めて見ていた。光の柱の直径はフラクシナスよりも太く、その周辺をスラッグの火炎が螺旋状に巻き付いて威力を付与させていた。

 迫る人工衛星に命中すると圧倒的な物量を押し返そうと光の柱はぶつかり、キラキラと辺りに光を飛ばす。グングニルとスラッグの砲撃が第一のシールドを貫通した。

 すると館内に歓喜の声が上がり。第二のシールドも突破だ。このまま押し込めと、心で念じたがグングニルの威力は徐々に弱まって行く。

「不味い……本体にすらダメージが行ってない……」

 グングニルとスラッグの力を以てしても人工衛星の破壊には至らない。一体どんなシールドを積んでいるのかぜひ見てみたいものだ。

『琴里、残りは我々がやる。エネルギーの充填に専念してくれ』

 通信を送って来たのはオプティマスだ。

 

 

 フラクシナスが滞空する地点から少しズレた位置にオプティマス率いるオートボットはいた。グリムロックも直ぐにレーザーファイヤーを撃てるが、シールドを破るには威力不足だ。

「オプティマス、どうするんです」

「みんな、撃って撃って撃ちまくれ!」

 やはりそれしかない。

 オートボットは全員、上を向くと頭上に差し迫る人工衛星に向かってありったけの銃弾を撃ち込んだ。

「なあオプティマス、オレ達だけじゃ威力が足らねえよう」

「スワープとグリムロックは人工衛星に直接近付き、バリアを破壊しろ」

「よし来た!」

「わかった」

 スワープはビーストモードになり翼を羽ばたかせ空中へ舞い上がる。グリムロックはロボットモードで足からブースターを噴射して二人は空の人工衛星に向かって一直線に飛んで行った。一つ目の人工衛星が着弾まで五分も無い。

 人工衛星を目前に控えるとスワープは自慢のミサイルを一点に集中して打ち続け、ビーストモードに変形し、人工衛星の上に乗ったグリムロックはシールドに噛み付き、尻尾で叩き、踏みつけてとシールドの破壊に専念した。

「グリムロック、どけ!」

 スワープの言葉に従い、さっきまで攻撃していた所から退くとスワープの強烈な爆撃が開始された。スワープの猛爆はシールドにピシッとひびを入れる。

 グリムロックは肉体を赤熱させ、大量のエネルゴンを燃焼させて莫大なエネルギーを生み出し口に含む。渾身のレーザーファイヤーをそのひびに撃ち込むと人工衛星を守る最後のシールドは破られ、バラバラになって空に消えた。

 グリムロックも今のをもう一度は撃てない。グングニルもまだ充填出来ない。この本体は精霊と士道に託すしかなかった。

 

 

 

 

 体が動かない。スタースクリームが空けた天井から巨大な人工衛星が落ちて来るのが七罪からも良く見える。ナルビームの麻痺効果で全身はビリビリと痺れて指一本たりとも動かせないのだ。

「だっ……! あっ……!」

 助けて、と叫びたいが麻痺した体では声もまともに上げれない。死にたくない、死にたくない、そう願いながらずっと声を出そうと必死に腹に力を入れた。オプティマス、アイアンハイド、ワーパス、ジャズ、パーセプター、誰でも良いから来てくれと天に祈りを捧げていた。

「七罪! どこだ返事をしてくれ! 聞こえているならすぐに町を離れるんだ七罪!」

 士道の声だ。七罪は涙と鼻水を流しながら助けを求める手段を探していた。

「七罪! 俺が嫌いなら嫌いで構わない。せめて逃げてくれ!」

 七罪は必死に今出来る最大限の事で自分の居場所をアピールしようとした。体の霊力を阻害するナルビームの効力を無理矢理に振り払い、手に霊力を込めると倉庫をカボチャのぬいぐるみに変えてしまった。倉庫を丸々、変えたのでもしかしたら気付いてくれると七罪は期待した。

 後は士道が気付くかどうかだ。七罪は目を瞑り待った。

「七罪!」

 士道の声が壁越しではなく直接聞こえた。七罪は目を見開くと入り口で士道が立っている。

「七罪大丈夫か!? これは……ナルビームか……」

 七罪の動きを止めている物がナルビームと分かると士道はスターセイバーを呼び出し、体に纏わりつくナルビームを切り裂いた。

 体への重圧が一気に消え去り七罪は勢い良く立ち上がった。

「し、しどお……!」

 涙で顔がぐちゃぐちゃになった七罪をあやすように頭を撫でると軽々と抱きかかえてカボチャのぬいぐるみの中から出て来た。

「次はあれを潰すのか……」

 空を見上げて士道は人工衛星を睨み、スターセイバーから光波を撃ち込んで見たが、効果は今ひとつのようだ。

「シドー、ここにいたのだ!?」

「クックック、こんな緊急事態で女人と逢い引きとはやるではないか」

「提案。さっさとあの人工衛星を潰しましょう」

 士道のスターセイバーの光が見えたのか士道の下に十香達が参上した。今は士道達が人工衛星を潰さなければ天宮市は消滅するのだ。

 ズズズ、と鼻をすすり泣き止む七罪は箒を振ってニンジンミサイルを撃ったが壊れない。

 スターセイバーは意志という力に反応する剣。士道は守るという意志に力を注ぎ、刃を光らせる。十香は鏖殺公(サンダルフォン)から風圧の刃を飛ばし、四糸乃は氷の弾丸を絶え間なく放っている。

 耶倶矢や夕弦も風を操り人工衛星の破壊に励み、美九は歌声で支援する。

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪は今ある霊力を全て使い、人工衛星という巨大な物体をぬいぐるみに変えてしまった。

「七罪……」

「勘違いしないでよ。士道にいたずらして良いのはあたしだけなんだから!」

 人工衛星がぬいぐるみに変わり、内部のエネルゴンも単なるクッションになった。

「ありがとう。準備完了だ」

 スターセイバーの光は通常の何倍も膨れ上がり、数十メートルの刃を形成した。

 士道はスターセイバーを振り抜き、巨大な光波を人工衛星に向けて飛ばした。人工衛星とほぼ同じ光波に飲み込まれ、天宮市の空から綺麗に消え去った。

 士道は力を使いすぎでふらつくと十香がすかさず支えてあげた。

「サンキュー十香」

「お安いご用なのだ」

 士道は自力で立つと七罪と向き合った。七罪はバツが悪そうにキョロキョロと目を泳がしていた。

「な、何よ」

「無事で良かった」

「――!? 何よみんな格好つけて……みんなして構ってくれて……みんな……ぐっ……」

 七罪の目から大粒の涙がポロポロとこぼれた。

「ごめんなざい……いたずらしてごめんなざいぃ……。素直になれなくて……!」

 今までの嬉しかった気持ちを跳ね返していた分が堰を切って溢れ出し、七罪は泣き出してしまう。士道は優しく、抱き締めて感情のままにさせてあげた。

「七罪」

「……? うぷっ!」

 唐突に士道と唇が重なり、驚きはしたが抵抗はなかった。七罪の霊装は剥がれ、いつも通り、一糸まとわぬ姿になった。士道もこれには慣れた対応で上着を貸してあげた。

「何これ!?」

「まあ……仲直りの証って言うのかな……」

「だーりんまた他の人とキスしたー! 言い方私として下さいよ~!」

「そんなポンポンやる物じゃないからな!」

「シドー、あれは?」

 十香が指差した空の彼方には小さな点がある。士道は目を凝らすとそれが人工衛星だと分かった。

「……! 琴里、人工衛星はまだあるのか!?」

 士道はインカムに向かって叫んだ。

『ええ、この地球をぶっ飛ばすくらいのね』

「嘘だろっ!?」

『本当よ』

 珍しく琴里の声には諦めに近い物を感じられた。

『士道、琴里、諦めるにはまだ早い』

 オプティマスが通話に参加した。

『琴里、自信の消失や諦めは禁物だ。司令官は最後の最後まで自信を持て』

 クルーが最後にすがるのは琴里だ。その琴里がくじければフラクシナスはただの棺桶と貸す。

『私がなんとかしてみる』

 根拠は無いがオプティマスがそう言うと士道は少し安心出来た。この土壇場、今頼りになるのはオプティマスだけであった。

 

 

 

 過剰にエネルゴンを注いでしまった人工衛星が地球に飛来するまで十分。だが地上スレスレで破壊しても意味は無い。遥か上空で破壊しなければならないとしたら、もう三分も無い。戦艦ネメシスは人工衛星から少し離れ大砲やミサイルを撃ち、衛星の破壊を試みる。ネメシスの甲板にはメガトロンとその後ろにコンバッティコンが並んでいた。

「コンバッティコン、ブルーティカスに合体しろ!」

 メガトロンの命令に従い、五人は各部分を担当し、合体兵士ブルーティカスになる。

「ブルーティカス、あの人工衛星を止めろ!」

「はいよ、メガトロン様」

 宇宙空間という事あってブルーティカスは足から出すブースターだけで容易に巨体を動かした。人工衛星が落下する方向に先回りするとブルーティカスは人工衛星をその身に受け止めた。

 とてつもないショックがブルーティカスを襲うが一切、へこたれずにブースターが焼き切れんばかりに噴射した。

 人工衛星の落下速度は僅かにだが弱まっている。だがブルーティカスだけ止められるような質量ではない。ブルーティカスには時間を稼いでもらうだけで構わない。

「ぐうぅ……体がバラバラになりそうだッ!」

 ブルーティカスのブースターは少しずつ出力を低下させていると彼をサポートをするべく成層圏から一匹の竜が飛び抜けて来た。プレダキングは全力で人工衛星にぶつかり、ブルーティカスと共に時間を稼ぐ。

「プレダコンか、助かるぜ!」

 プレダキングが抜けて来た成層圏からもう一つの機影が確認された。メガトロンはレーダーなど見ずとも影だけでその正体を見抜いた。

「オプティマス……」

 ネメシスの機銃や対空砲はオプティマスを撃ち落とそうと弾幕を張った。逃げ場など無さそうな弾の豪雨をオプティマスは右へ僅かに体を傾けたり、頭を少し下げたりと紙一重で全て回避して防衛兵器が届かない甲板に着地した。

「メガトロン……お前の仕業か」

「濡れ衣だ。儂等もあの人工衛星を破壊するつもりだ」

 メガトロンは手を差し出した。砲口でもなくただ手を差し出した。

「一時休戦だオプティマス」

「良いだろう」

 メガトロンも地球を壊す訳にはいかない。オプティマスはもちろん地球を守る義務がある。二人の利害は一致した。

「オプティマス、これを持っててくれ」

 メガトロンが渡して来たのは小規模なブラックホールを発生させる爆弾、セイバートロンの戦時中もオートボット、ディセプティコンの両軍が使用し、効率的に敵を殺した兵器だ。

 メガトロンはタンクモードに変形し、オプティマスは指示を聞かずともメガトロンの意図を理解して爆弾を砲口に装填した。

「ブルーティカス、プレダキング、もう良い撤退しろ」

 仲間が退避したのを確認したメガトロンは力一杯叫んだ。

「今だオプティマス、撃て!」

 タンクモードのメガトロンで狙いを付けたオプティマスはトリガーを引く。爆弾は人工衛星にコツンと当たるとそこから黒い渦を呼び出した。小規模とは言えブラックホールは危険に変わりない。人工衛星はブラックホールに飲み込まれ、甲板にいたオプティマスとメガトロンは凄まじい吸引力で二人を引き込もうとして来る。

 ネメシスは全速力でブラックホールから離れようとしていた。

 甲板にいたオプティマスはこらえられないブラックホールの吸い込みに誤って掴んでいた手すりから手を離してしまった。

「……!?」

 オプティマスの体はこのままブラックホールに吸い込まれ、バラバラにされる筈だった。しかし、オプティマスの体は宙に留まり、その体を飛んで行かぬようにしっかりと掴んでいたのはメガトロンだ。

「メガトロン……!」

 ブラックホールは周辺の物を吸い込むと自壊した。

「ふんっ!」

 メガトロンは荒っぽくオプティマスを甲板に叩き付けた。

「どういうつもりだメガトロン?」

「勘違いするな、これで休戦は終わりだ」

 メガトロンはフュージョンカノン砲をオプティマスに突き付けると砲口をキックでかち上げ、オプティマスはジェットブースターでネメシスを飛び出し、地球へと落下して行った。見る見るうちに小さくなるオプティマスをメガトロンは甲板から見下ろして薄ら笑いを浮かべた。

 地球の危機は救われた。少なくとも今は。

 メガトロンはネメシスに月面基地に帰還するように命じた。

 



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29話 グリムロックの最期

 地球の危機はいつの間にか起こっていつの間にか去っている。多くはその危機を知らずに明日を迎えていつもの日常を繰り返すのだ。

 鳶一折紙はDEMが手配した旅客機に乗り、今はイギリスに向かっている所だった。小さな島国日本に残った士道に思いを馳せ、己の悲願を成就すべく折紙はDEMに入ったのだ。

 ファーストクラスの席に座る折紙は、座り心地の良い椅子に深々と腰掛けていた。DEM社の技術力が高いのは折紙もよく知っている。この会社を利用すれば復讐が完遂出来ると折紙は信じていた。

 その時である。

 折紙が乗る旅客機の屋根が突如として引き剥がされた。随意領域(テリトリー)も張っていない折紙の体に凄まじい突風が襲いかかり、椅子にしがみついてこらえた。

「いたいた。テメェは確か俺がぶっ殺した筈なんだがなぁ……。まあいい」

 折紙は突風に抗いながら天井に目を向けるとスタースクリームが腰に手を当てて見下ろしていた。

「あなたは……」

「お前は確かASTだったよなぁ? 何でDEMの旅客機なんかに乗ってんだ? まあいい、お前俺様と一緒に来てもらうぜ」

「断る」

「良いのか断っても? 短期間だけと言っても俺はDEMにいたんだぜ? とてもDEMに精霊を倒す技術力は無いな。それなら俺のディセプティコンに来い」

 スタースクリームは折紙についてもしっかりと調べている。折紙が復讐に取り憑かれて周りが見えていない事も全てだ。

 人類の科学力の最高峰のDEMよりも先の科学力を誇るディセプティコンの力なら精霊を倒す確率は増す。折紙の目的は精霊の絶滅、その過程は気にしない。

「分かった、あなたと一緒に行く」

「良い答えだ」

 スタースクリームは折紙をつまみ上げて空中へ放り出すとジェット機に変形してコックピットに乗せるとDEMの旅客機をミサイルで撃ち落としてようやく月面基地へ帰投した。

 

 

 

 

 ロジャー・マードックの謀反を知ったアイザックは意外にも冷静で怒る素振りもせずに不気味にただ笑っていた。アイザックとエレンが本社に戻るとマードック以下反乱分子は全員、DEMの監禁室へ送られていた。その反乱分子の中にDr.アーカビルは含まれていない。アイザックから見てもアーカビルにはまだ利用価値があるのでここで処刑するのも監禁するのも自身に利益が無いと考えたからだ。

「Dr.アーカビル、今回の君の裏切り行為と地球を滅ぼしかねないミス……特別に見逃そう」

 アーカビルは何も言えない。裏切り行為は完全にアイザックに筒抜けで言い訳のしようがないのだ。アイザックは心を読ませないような笑顔でいたがエレンは違った。アーカビルの胸元にレーザーブレードを突き付けてドスの利いた声で言う。

「もしも、次に同じ事があれば容赦はしませんよ」

「わ、分かっておる。早速なんじゃが、北極大陸で興味深い信号を発見した」

 アイザックが日本にいて、マードックが反乱を起こしている最中でもアーカビルは自分の仕事は全うしていた。

「北極大陸だって?」

 アイザックは机から身を乗り出して聞き返した。

「そうじゃ」

「エレン、すぐに準備だ。アーカビルを連れて北極大陸に行く」

「正気ですか? ついさっきまで反乱があったばかりですよ?」

「ラタトスクが発見する前に回収したい。アーカビル、その信号の詳しい事は分からないのかい?」

「間違いなくトランスフォーマーじゃ」

 トランスフォーマーの信号なら一刻も早くに向かいとアイザックは思った。出来れば機能が停止していれば嬉しい。本来はスタースクリームからトランスフォーマーの情報を得るつもりだったが、上手い具合に逃げられてしまった。

 トランスフォーマーの構造を解析してエレンの“ペンドラゴン”や他の魔術師(ウィザード)のCR-ユニットを強化を成功すれば今後の任務もスムーズに行く。エレンは不服ながらも北極大陸に出向く準備を始めた。

 

 

 

 

 月面基地に帰還したスタースクリームは真っ先にメガトロンから顔面へパンチをもらって床を転げ回った。

「イッテェ! 何するんです!?」

「何するんですじゃないぞスタースクリーム! 貴様また儂を裏切る腹だったろう」

 メガトロンが言うとサウンドウェーブはレーザービークが回収したスタースクリームの独り言を流した。

「め、メガトロン様、それは何かの間違いなんです!」

「スタースクリーム、儂から一つアドバイスをくれてやろう。独り言を言う癖、直した方がいいぞ」

「お、お許し下さいメガトロン様、二度と、二度と逆らいません!」

「貴様の謝罪は聞き飽きたわい!」

「そんなメガトロン様、あれはほんの冗談でさぁ!」

 またも顔にパンチを受けた。

「今回はこれで勘弁してやる! それで人工精霊の素体は見つかったんだろうな?」

「当たり前ですよ。これを見て下さい!」

 スタースクリームは折紙の背中を押してメガトロンの前へ押し出す。小さな人間の女が出て来るとメガトロンは腕のカノン砲をスタースクリームの頭に向けた。

「儂は冗談が大嫌いだ」

「冗談じゃありません。本気ですって!」

「貴様のおふざけはもう我慢ならん! やはりここでバラバラにしてくれるわ!」

「や、やめてメガトロン様ー!」

「お待ち下さい、メガトロン様」

 フュージョンカノン砲にエネルギーが集束した所でショックウェーブから声がかけられてメガトロンはカノン砲を下ろした。

「何だショックウェーブ?」

「その少女は人間にしては強靭な肉体と精神力を兼ね備えており、人工精霊の素体には打って付けです」

 メガトロンは再度、折紙を見下ろす。目を合わせている内にメガトロンは不敵に笑う。折紙の瞳の奥から感じられる禍々しくねじ曲がった憎悪は気にくわないが、目的を成し遂げようとする信念は大いに気に入った。

「鳶一折紙、儂は破壊大帝メガトロン様だ。ここに来たという事は儂に誓うのだ。忠誠をな。そうすればお前の望む力、武器、全てを手伝おう」

 折紙は躊躇わず、片膝をついて頭を下げた。

「私は……精霊を倒したい……。その為に力が欲しい。何でもする。私に力を貸して欲しい」

 メガトロンは満足げに頷く。

「スタースクリーム、丁重にもてなしてやれ」

「うぇ? 何で俺が……?」

「ゴタゴタ言わず行け!」

 スタースクリームは折紙を手に乗せるとメガトロンに指示された部屋に連れて行った。あいにくネメシスに人間用の部屋は無く、空き部屋も無いので相部屋となった。

 折紙が部屋に連れて行かれるとスタースクリームは足早にその部屋を去って行った。やけに広く、他の部屋とは段違いに頑丈に作られた部屋の主はゆっくりと四本の足で動き出した。プレダキングは喉を鳴らして威嚇した。

 ここはプレダキングの縄張り、今の折紙は縄張りを侵す無法者という事だ。プレダキングは咆哮を上げて室内をビリビリと震わせた。

 折紙は動じる様子も見せずに反対にプレダキングを鼻先を撫でてみせた。プレダキングは目を細めて、折紙と同じ位置に頭を持って行く。プレダキングの目は大切な人を失った目だ。折紙も両親を失った。プレダキングも同胞を失っている。人間とトランスフォーマー、人間と獣、姿形や種族に違いはあれど同じ境遇の者と会えば自然と惹かれ合う。

『折紙、時間だ。力を今からくれてやる』

 室内にショックウェーブの声が響くとプレダキングは尻尾を振って喜びを表現した。ディセプティコンの兵士が恐る恐る部屋に入ると折紙を連れて出て行ってしまった。

 ショックウェーブの研究室には人間用の実験台が用意されてある。折紙はそこに横になるとギュッと目を瞑った。

「ショックウェーブ、これから何をするの?」

「新しいCR-ユニットや武器の類をキミに付けるのではない。人工精霊をキミに備え付ける」

「人工精霊?」

 精霊と聞いて折紙は吐き気がした。己が最も忌み嫌う存在に今からなってしまうのだ。それでも折紙はこらえてショックウェーブの手術を受ける事にした。

 手術の時間は三時間程、その間にショックウェーブの部屋から悲鳴が途切れる事は無かった。

 ゆっくり、目を開けた折紙の目の前には鏡が置いてあり、自分の姿が殆ど変わっていない事に驚いた。姿は醜悪なバケモノくらいになるのを覚悟をしていた分、拍子抜けだ。唯一変わったとしたら、折紙の右肩に紫色で刻み込まれたディセプティコンのエンブレムだ。スタースクリーム、ショックウェーブ、サウンドウェーブそしてメガトロンにもあるディセプティコンのシンボルを折紙はその身に宿したのだ。

「気分はどうかな?」

「変わりない」

「それは良かった」

 手術が無事に終わって研究室にメガトロンが入って来た。

「大事ないな折紙?」

 過酷な手術を遂げた折紙にメガトロンは労いの言葉を投げかけた。

「平気」

「そうか。ショックウェーブ、あの人工精霊の名前は何だ?」

「まだ決まっておりません」

「なら儂が決めよう。ダーク――」

「ダークは止めましょうメガトロン様」

「何故だ?」

 ネーミングセンスをとやかく言うと何をされるか分からない。

「せっかくですのでメガトロン様の名前から参考にさせてもらいまして…………ギガ――いや、メタトロンというのはどうでしょう?」

「メタトロン? 儂の名前と似すぎてないか?」

「メガトロン様の威厳も残った良い名前です。メガトロン様から文字ってメタトロンに。メタトロンは人類の天使の名前であるらしくメタトロン様の威光が良く浴びています」

「ショックウェーブ、貴様名前を間違えんかったか?」

「気のせいでございますメタ――メガトロン様」

「どうやら名前を間違えかけられているらしいじゃないですか。名前も覚えてもらえないような奴がリーダーというのはおかしな話ですねぇ? という事はリーダーはこのスタースクリーム様になるな!」

 何故かいつの間にかスタースクリームも研究室にいる。

「黙れ、黙れ若造。リーダーはこの儂メガトロンだけだ!」

「あの、メガトロン。早くこの力を試したい」

 様を付けないのは気にくわないが、メガトロンはそれを聞き逃した。

「早速、力を振るいたいのだ? 良いだろう、プレダキングと共に地球に行き、精霊を倒せ!」

「分かった。精霊は一匹残らず血祭りにあげる」

 プレダキングに跨り、折紙はスペースブリッジを使って地球に送り届けられた。

 

 

 

 

「私は飛びながらネメシスから飛んで来るありったけの弾を全部かわした。そう、全部だ。そこから回転したり旋回したりしながらネメシスの甲板に着地したんだ。メガトロンと手を組み、最後は人工衛星をドカンというわけだ」

 オプティマスは宇宙空間であった事を土産話としてオートボットや精霊達に語っていた。

「俺、グリムロック。戦いの話もっと聞きたいの!」

 オプティマスは自分から戦いの活躍を話すタイプではないが、十香に耶倶矢に宇宙での戦いの話をせがまれて話していた。

「宇宙とはどんな所なのだ? 私も一回行ってみたいぞ!」

「特別面白い所ではないな。無重力と言って体がふわふわするが」

「むじゅーりょく?」

 十香には難しい言葉だったのでパーセプターが説明をした。

「地球には重力が働いているので私達は地面に立っていたり出来るんだよ。つまり我々は地球に引き寄せられているんだ。そして無重力とは特に遠心力と地球引力が平衡している人工衛星の内部などに現出するんだ」

「……?」

 十香はますます混乱している。

『体がふわ~って浮かぶ空間だよん』

 よしのんが適当に説明すると十香はようやく納得した。

「うむ……宇宙とは謎が深いな……。では星は、あれは何なのだ?」

 パーセプターは十香の頭のレベルを考えて適当に説明した。

「あれはホタルだよ。宇宙ホタルが至る所で光っているのである」

「おぉー! あれはホタルだったのか! てっきり私は何億光年も向こうで地球と同じような固まりが燃えた光が何百年もかけて地球に見えるようになっていると思っていたぞ!」

 大正解だ。十香は頭は悪いが勘は良い。

「俺、グリムロック! 星の話なんかいい! 戦いの話聞かせろ!」

 興奮したグリムロックが尻尾をブンブンと振り回してそれがスラッグの頭に当たった。

「イテッ! グリムロック、何するんだ!」

「スラッグ、お前、そこにいるから悪い」

 怒ったスラッグはグリムロックに体当たりすると姿勢を崩されてグリムロックはパーセプターの機材の上に倒れた。

「私の発明品がッー!」

「やったな、スラッグ!」

「何々、喧嘩か? キャッホー! 俺も混ぜてくれよう!」

 スワープも無理矢理二人の喧嘩に参加した。グリムロックとスラッグが狭い基地で喧嘩をしているとグリムロックは近くにいたスナールの尻尾を踏んでしまった。スラッグはスラージの尻尾を踏み、更に二人も追加で喧嘩を始めた。

「まずい、このままじゃ基地をバラバラにされてしまう!」

 パーセプターは焦ったように叫んだ。

「コラッ、グリムロック! 喧嘩はやめろ!」

 士道が声をかけてもあっさり無視されてしまった。グリムロックが火を吐くとスラッグは身をかがめてやり過ごすと、グリムロックの火炎はテレトラン1に命中した。

「大変だ。テレトラン1が爆発する! 逃げろ!」

 皆に逃げるように士道が促した。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 爆発の寸前、四糸乃の氷がテレトラン1を凍らせて何とか爆発せずにすんだ。そしてダイノボットの頭から水を降らしてみんなの目を覚まさせた。

『キミ達一体何回、基地を壊す気なの! よしのんもそろそろ怒っちゃうよん!』

「ごめん……」

 ダイノボット達は大人しく反省した。

「やはり、増改築してもダイノボットにこの基地は狭いかもしれないね。もっと広々とした所で訓練出来れば良いかもしれないね」

 ダイノボット達が好きに暴れられて、更に人間に見つからない場所などそう都合良く見つかるとは思えなかった。

「ちょうど良い訓練場ならあるよ」

 ジャズは何か思い出したかのように言うとみんな、初めは疑わしそうに考えた。

「最近、日本近海にね謎の大陸が出現したらしいんだ。そこは強力な磁気嵐の所為で飛行機やヘリは近付けないそうだよ」

「なるほど、無人島か……そこならダイノボットの訓練にもちょうど良いな」

 オプティマスもそこでダイノボット達が力を調節させて帰って来れれば毎回、基地を壊される心配も無いのだ。

「さっそく下見に行ってもらおう。ジャズ、君は士道と共にダイノボットを連れてその島に行くんだ」

「わかりました」

「あ、はいはい! その変な島あたしも行きたい!」

 同行を希望したのは七罪だ。その隣で本当に小さく手を挙げた四糸乃もオプティマスは見逃さなかった。七罪が行きたがるのは皆、予想外だ、

「お前が行きたがるとは思わなかったぞ」

「うん、どうせ私なんてあれだけ迷惑かけたし。ちょうどその島に左遷出来てみんなもせいせいするかなって」

 ネガティブ思考はまだ治っていない様子だ。

「そんなせいせいする何て思わないから!」

「そうであるぞ七罪、我や夕弦ももう貴様には怒っておらぬ」

「杞憂。考え過ぎです」

「まあ……新居の見学以外にちゃんと興味本位って言う理由もあるから」

 七罪が言うと本当に新居を探しに謎の大陸に行ってしまうのではないかと怖くなる。

「話は済んだな。ジャズはジェットパックで飛行してダイノボットをその島まで案内するんだ」

「了解しました」

 ジャズはビークルモードになると士道と四糸乃、七罪を乗せると車体の上部にジェットパックを取り付けてもらった。ダイノボットの中でも飛べない者は背中にジェットパックを背負って九人は基地から飛んで行った。飛行中を誰かに見られるか心配だが、深くは考えないようにした。

 ビークルモードで空を飛ぶというのは慣れないとジャズは感じていた。そもそも空を飛ぶ事自体が初めてであるが、そつなくこなして見せた。飛ぶという感覚をジャズは好きになりそうだった。

 士道は時々、後ろを振り返ってダイノボットがちゃんと付いてきているのを確かめた。

「な、なあジャズ」

「どうしたんだい?」

「一つ聞きたいんだけどさ。グリムロック達って昔から恐竜の姿じゃなかったんだろ?」

「……そうだ」

「グリムロック達に何があったのか教えてくれるか?」

 チラッと後部座席に目をやり、外の景色に夢中になっている四糸乃を意識した。

「どうしてまた、そんな話をするんだい?」

「スラッグがさ、俺達は改造されたって言ってさ」

 ジャズは口を紡ごうと一瞬、躊躇ったが話す事にした。

「特に、四糸乃には内緒だよ士道。グリムロックもあまりみんなに話したがらないんだ」

「分かった」

 士道が承諾すると車内のラジオの所から一本のイヤホンが伸びて来た。士道はそれを耳に当てて、話を聞いた。四糸乃や七罪に声が聞こえないように配慮したのだ。この世には知らなくて良い事もある。この話を聞いたからと言ってグリムロックと四糸乃の関係に亀裂が行くとはとても考えられないが、グリムロックが話したがらないのなら無理に辛い話を四糸乃に聞かせる必要は無い。

「グリムロックがかつてオプティマスと対立していたのは知っていたっけ?」

「知ってるよ」

 その件については昔、グリムロックがセイバートロンに関する動画を見せてくれた際に知った。

「グリムロック達が対立して彼等はオートボットから離れて別行動を取り始めたんだ。その際にインセクティコンの集団に襲われ、ショックウェーブに捕まった」

 ショックウェーブがイカレた科学者という事はこの間の天宮市の事件で良く分かっている。

「ショックウェーブに捕まってグリムロック達は実験の材料にされたらしい。元々、彼はティラノサウルスじゃなくて戦車に変形していたんだ」

「……改造、か」

 当人達はどう思っているのか知らないが、士道は酷く胸が痛くなった。

 尤も、全員今の姿は何かと気に入っているが。

 結果、みんなダイノボットとして強く生まれ変わり、当人達は今の姿を気に入り、ショックウェーブをいつかぶちのめすと意気込んでいるので何もなかったように進んでいるが、士道はもしも知り合いが同じような目に合えば、どう思うか想像も出来なかった。

 怒り狂うか、消沈するか、どこか頭のネジが外れるか……。

「士道、見えたぞあの島だ!」

 ふと我に返るとフロントガラスの向こうに島が見える。ほどほどの大きさがあり、これならダイノボットが暴れても心配ないと安心出来た。

 ジャズを先頭にして高度を下げるとグリムロックもそれに合わして高度を下げ出した。途中、スワープが渡り鳥と一緒にどこかへ行きそうになった以外は順調に進んでこれた。

「はい到着~皆様、お足元にお気をつけてお降り下さい。ジャズ航空からでしたってね」

 ジャズから降りた士道達は目の前に広がる現代とは思えない太古の景色に息を呑んだ。およそ今の時代では見られないような昔の草木が生い茂っていた。

「この地層からして数千万年前の地層だね」

 ジャズは土を手ですくっていつの物なのか解析した。地上に降りたグリムロック達はさっそくビーストモードに変形して背伸びをしたり、翼を遠慮なく広げて伸び伸びとしていた。

「凄い……タイムスリップしたみたいだな」

『わぁーお、これならいくら暴れても平気だねい!』

「あたしの物件にしたらちょっと荒いかな……」「タールの沼地、爆薬の草原、エネルゴンの溶岩、無数の火山に可燃性の湖、ここには全てが揃ってるな!」

 感心したようにジャズは何度も頷いた。これだけ高密度なエネルギーがもしも丸々手に入ればセイバートロンを満たすのは楽勝だ。

「素晴らしい! なあ、士道? あれ……士道? 士道どこに行った!」

 気が付けば士道がいない。四糸乃はグリムロックと一緒だし、七罪もそこにいる。しかし士道の姿は確認出来ない。

 珍しい空間に胸を躍らせた士道は探検したくてたまらない気持ちになり、単独で歩き回っていた。

「恐竜までいるのか。本当にここは面白い島だなぁ」

 初めて見る草や大人しそうな小さな恐竜に触れてみたりと観察を続けていると頭上で甲高い鳴き声を響かせて一匹の恐竜が飛んで来た。

「あれはスワープそっくりだな」

 呑気にそんな事を思っていると一匹の翼竜は急降下して士道を掴み、飛び去った。

「おい、離せよ! 助けてー! スワープ!」

 士道の言葉など理解出来ないプテラノドンは士道を巣にまで運ぶと荒っぽく巣の中に落とした。巣にはたくさんの大きな卵が置いてあり士道は身震いした。この卵からあの翼竜が産まれると思えばゾッとする。

「士道、今助ける待ってろよー!」

 さっきの士道の声を聞きつけてスワープが空からアタックを仕掛けた。スワープと本物のプテラノドンの珍しい戦い! 果たしてどちらに軍配が上がるのか。

 見たこともない金属の翼竜にプテラノドンは声を上げて威嚇し、スワープは躊躇いなくミサイルを撃ち込んだ。当たらないように手加減をしてプテラノドンの付近でミサイルが爆発すると慌てて逃げて行った。巣から見事、士道を救出するとスワープはどこか、近くの地上に下ろした。

「今度は気をつけろよう! またなー!」

「ありがとう、助かったよスワープ!」

 間一髪、助かって士道はホッと一安心したそんな彼の背後、湖の中から長い首を伸ばし、一頭の首長竜が現れると士道の襟首を口でくわえて、持ち上げた。

「うわっ!? 俺は餌じゃないぞ! だ、誰か、助けてー! スラージ!」

 首長竜に持ち上げられた士道は湖の中央にまで連れて行かれ、空高く投げ飛ばされて水面ギリギリでキャッチされたりと恐竜のおもちゃにされていた。

「離せ! 体がバラバラになりそうだ!」

 士道の危機、湖の岸には士道を探しにみんながやって来ていた。

「士道! ダイノボット、士道を、助けるぞ!」

 スラージが先に湖に入り、スワープが空から士道の救出を開始した。

 ダイノボットに不可能はないのだ! 首長竜がスワープに気が行っている隙にスラージが士道を取り返すと背中に乗せてやり岸へ引き返して行った。

「ハァ、ハァ、ありがとうスラージ。この島は俺には荒々し過ぎる」

 力のコントロールをこの島でしてもらうという理由でダイノボットにはここに留まり、士道は見送りが終わったという事でそろそろ帰ろうとしたが、四糸乃と七罪はまだ残りたいと言い出したのだ。

 無理に連れ帰る理由は無いので士道は夕方に迎えに来ると告げて、ジャズと共に帰って行った。

「オレはここ結構気に入ったな。どんだけ突進してもぶっ壊れないしな」

「オレも体重を遠慮しないで歩けそうだ。基地の床はオレにしたら脆すぎる」

「あぁ~、伸び伸び出来るのは最高だな」

 スナールは体を伸ばし、肩の力を抜いた。

『ねえねえ、みんなは今日はどこに寝るの?』

「俺、どこか、洞穴、探す」

「うげっ、洞穴かぁ~、熊とか出るんじゃない?」

 七罪はそう言ってから思い出した。この島で熊など小動物に過ぎないと。

「ごめん、今のなし」

「グリムロックさん……今から……何かするんですか?」

「うーん……」

 力をコントロールしろと言われたが、具体的に何をすれば良いか分からない。

「よーし、射撃訓練だ!」

 グリムロックは号令をかけてロボットモードに変形して各々、飛び道具を用意した。グリムロックは銃を所持していない。

「じゃあ、あの、岩を撃て!」

 剣を振り下ろす合図と共に一斉に発射したが、銃弾は岩に一発も命中していない。

「ひどい射撃です……」

 四糸乃がそう漏らした。

「次は――」

「グリムロック、あれを見ろ!」

 射撃訓練は諦めてお次にする事を言おうとした瞬間にスラッグは空を指差した。このダイノボットアイランドの上空、大きな翼を広げて何か竜のような生物が降下して来た。グリムロックはそれがプレダキングだと分かった。

「散会!」

 グリムロックが命令したが、もう遅い。プレダキングは落下の力を利用してスラージにのしかかり、あの巨体を楽々と投げ飛ばした。

「スラージをよくも!」

 スナールはロケット砲を撃ち込み、そこから単身で仕掛け、体を高速で前転させて背中の板でプレダキングに連続的に斬りつけ、トゲのついた尻尾で顔面を狙ったが、プレダキングは前足で尻尾を受け止めると片腕だけでスナールを持ち上げ、宙に投げ出されたかと思うと地面に叩きつけられた。

「このぉ……!」

 スワープとスラッグが同時に仕掛けようとした時だ。

「やめろ!」

 グリムロックが怒鳴った。

「スラッグ、四糸乃と七罪、頼む」

 手の上でしっかりと守っていた二人をスラッグに託すとグリムロックは変形しながら前へ進み、ティラノサウルスの姿になった。

「プレダコン、俺と、戦え」

 プレダキングは低く唸る。そして、プレダキングは立ち上がった。肉体を構成する金属の配列を変え、翼を格納し、前足は腕になり完璧に人型となって立ち上がったのだ。

「私の名前はプレダキングだ。覚えてもらおう」

 プレダキングが喋った。その事にその場に皆は驚いた。プレダコンは動物のような物で人語を解さない生物として見なされていた。だが、プレダキングはしっかりトランスフォームも会話が可能なレベルにまで進化していた。この短期間に驚異的スピードでだ。

「憎き、ダイノボットのリーダー。お前を倒してみせる!」

 プレダキングはビーストモードに変形して襲いかかった――。

 

 

 

 士道がダイノボットアイランドから帰って来る随分と前になる。十香、耶倶矢、夕弦、そして美九は買い物の帰りだった。士道がダイノボットアイランドに行っている間に十香にお使いを頼んでおいたというわけだ。しかし、十香一人では酷く心配なので後の三人にも同行をお願いしていた。

「うむ! 我ながらなかなか買い物が上手く行ったぞ。これは士道に頭を撫でてもらわねばならぬな」

「指摘。ぶっちゃけほとんど十香は遊んでいただけです」

「ぬ!? 違うぞ、私はただ試食して欲しいと店員さんにお願いされたのだ!」

「十香ったら全部食べちゃったもんね」

「店員さん、呆然としてましたよぉー?」

 四人が和気藹々と話していると、その道の先で白髪、無口無表情、鳶一折紙が佇んでいる。その目は前以上に沈み、ドロッと感情が濁っていた。

 殺気に漲り、復讐に心を操作された折紙は俯いたままだ。

「鳶一折紙。貴様、私に何か用なのか? 残念だがシドーは遠くに行って会えんぞ。残念だったな。ワッハッハッハ!」

「そう、それは好都合」

 折紙が顔を上げた。その瞬間、四人は全身をおぞましい感覚が駆け抜けた。折紙が笑っている。それも優しい微笑みではなく、狂気の孕んだ笑みだ。

 僅かに萎縮した隙に折紙から何か攻撃が放たれた。謎の遠距離攻撃を受けた美九は吹き飛び、地面を転がり、民家の壁に打ち付けられて止まった。

「何をする鳶一折紙!」

 十香が怒って抗議の声を上げた。折紙は構わずにその身に宿した人工精霊の力を解放した。

「メタトロン――」

 折紙を中心に凄まじい閃光と突風が吹き抜けた。十香や耶倶矢と夕弦は足に力を入れて踏ん張り、なんとか転けずにこらえた。光が収まると折紙の姿は変わっていた。ASTのワイヤリングスーツでもCR-ユニットでもない。しかし、全体に金属質な衣装だ。

 白を基調に折紙は金属製の袖の無いロングコートのような物を着込み、頭全体は保護シールドで守られている。手足も金属のグローブを装着していた。メタリックだが、これが折紙の霊装である。

 露出した肩にはディセプティコンのエンブレムが鈍く光り、十香や皆はそれを見ると驚愕の表情を作った。

「鳶一折紙、貴様……ディセプティコンに!」

「懇願。マスター折紙、あなたと戦いたくありません退いて下さい」

「うるさい」

 肩のパーツが変動し、スピア型ミサイルが六発撃ち出された。夕弦の逃げ場を無くすように包み込むように上下左右から迂回するミサイルを夕弦は寸での所で天使を限定的に解放し、無数のチェーンで叩き落とした。

「やめて下さい。マスター――!」

 ミサイルが撃ち落とされた瞬間には折紙は夕弦の目の前に移動していた。折紙の左腕が変形すると内臓されたモーニングスターが持ち出され、夕弦の腹にヒットした。

「ぐっ!?」

 短く呻き、夕弦は民家の壁を貫き、何軒かの家を貫通した所でようやく止まった。

「夕弦に何するんだぁ!」

 激昂した耶倶矢はランスを折紙の頭上に突き下ろす。折紙は耶倶矢の動きを見ずに右手首から射出された肉厚のブレードで防いだ。耶倶矢を弾き返すとロングコートの内側に隠し持つグレネードを耶倶矢に投げつけた。

 爆発を直接浴びて意識が飛びそうになり、耶倶矢は力を振り絞ってランスを突き出す。十香も鏖殺公(サンダルフォン)を振るう。

 両者の同時攻撃、折紙は表情一つ変えずに耶倶矢をモーニングスターのチェーンで絡め、腹を切り裂いた。十香の足下を肩のミサイルで破砕して転倒を誘発した。

 夕弦、耶倶矢は戦闘不能。十香は剣を杖のようにして突き立てながらなんとか立ち上がった。想像を絶する力だ。普段ならばこうして立っているのが十香で地べたを這いつくばっていたのが折紙だったからだ。

 折紙は動けない十香を無視して横たわる耶倶矢へ歩み寄った。

「何をする気なのだ……! 耶倶矢から離れろ!」

 右腕がブレードになり、その切っ先が耶倶矢に向いた途端、十香の脳裏に最悪の情景が浮かんだ。

「やめろ折紙!」

 沸々と湧き上がり、流れ込む力の感覚に身を任せて十香は駆け出した。瞬きの間に十香は現在の服装を破り、あのドレスと甲冑を混ぜたような完璧な霊装と本来の力を手にして折紙へ斬りかかった。

 自身と同じくらい強大な力の復活を折紙は喜んだ。そうだ、この最高潮の十香を倒さねば意味が無い。

「徹底的に行く。死ぬなよ折紙……!」

 十香の斬撃の直線上にエネルギーの刃が発生した。折紙はブレードで防ぎはしたが、その体は踏ん張り切れずに吹き飛び民家を超えて無人の工業エリアまで飛ばされて止まった。本来の力に目覚めて十香は不思議な気持ちだが、これで折紙の頭を冷やせるならそれで良かった。本来の力が戻った所為で自衛隊に霊力を観測され、空間震警報が鳴った。

 住民は近くのシェルターに逃げているので存分に暴れても問題ない。十香は剣を握り直して折紙が飛ばされた工業エリアに足を踏み入れた。

「一対一で勝負だ折紙! 出て来い!」

「夜刀神十香ぁぁ!」

 折紙は建物の上にいた。そこから飛び降り、工場と工場を繋ぐ渡り廊下に着地してミサイルを撃ち込み、足下を崩して爆炎と共に落下して来る。

 落下物に気を向かせている間に折紙は十香に蹴りを入れてよろめかせる。左手はフックに変化して十香の襟に引っ掛けると軽々と振り回し、適当な壁に頭からぶつけた。

 額から血を流し、十香は自分の周辺に霊力の光球をいくつも浮遊させてそれらを一斉に起爆した。一軒の工場が崩れ去る。折紙はマスクのサーモグラフィーで煙の中であっても十香の姿を視認していた。

 そして、折紙が被っていたヘルメットが変形して行く。見れば顔面はロングレンジの大きなライフルの姿を取る。緑のレーザーサイトが十香を捉えて弾丸を放った。

 精密な狙いと高火力のライフルの巨大な弾は折紙を見失っていた十香を撃ち抜いた。

「うあッ……!」

 十香は前につんのめって転び、連続して飛んで来る弾丸を必死によけた。弾を弾き、よけながら十香は地面を力任せに斬りつけて、とてつもない風圧と衝撃で煙を払い、十香は霊力の光球を握り、もう一本の剣を作り出した。鏖殺公(サンダルフォン)と霊力の剣の二本で折紙に苛烈な猛攻撃を与えた。

 怒涛のごとく降り注ぐ斬撃の嵐を折紙は冷静に一振り一振りをガードしたり、かわして隙を探った。

 折紙はロングコートの内側から再びグレネードを取り出して両者が向かい合う中心で爆発させた。折紙にもダメージは行くが十香程、酷くは無い。

「チィ……! この……!」

 十香は周辺に光球を呼び出してそれらを全て剣の形に形成して折紙との周りに千本の剣の壁を作った。

 完全なる包囲網に折紙は逃げようとしたがもう遅い、いくら折紙でも千本の剣の攻撃全てを避けるのは不可能であった。

「少し眠れ!」

 剣が何かに触れる度に大爆発が起こった。十香は息を切らしながら連鎖的な大爆発が終わるのを待っていた。

 攻撃が止み、黒煙が消え去ると折紙はぐったりとして横たわっていた。

 折紙の心は屈辱と復讐と怒り、ありとあらゆる負の感情に満ち足りている。憎み、憎み、精霊の存在という物を徹底的に憎みきった。

《メタトロン、最適化完了。メタトロン、第二形態に移行》

 折紙の頭の中で声がした。

《メタトロナス、起動。パワー、最大》

 倒れていた折紙は意識を取り戻した。メタトロンの力はまだ不完全だった。今の今までは調整段階であり、戦闘経験値を貯めた事でメタトロンは本来の力を発揮する。

《メタトロナス、最終形態に移行。ミッション、プリンセスの抹殺》

 追加の武装として錫杖のような杖が折紙の右手に握られている。

堕落せし者(ザ・フォールン)、起動》

 折紙が腕を振り上げるだけで周辺の民家は持ち上げられ、あらゆる物が重量に逆らって浮かび上がった。十香も例外ではなく見えない力に持ち上げられ、更に体を拘束されると折紙は肩のミサイルを十香に命中させた。

 トドメを刺そうと錫杖をくるくると回すが、ここで折紙は耐えられない頭痛に苛まれた。ザ・フォールンの力は強大だ、折紙の肉体ではメタトロンは制御出来てもザ・フォールンまで行くと活動に限界が来る。

 歯を食いしばりながら折紙は撤退を余儀なくされた。

 

 

 

 

 ダイノボットアイランドの中央には大きな火山が存在感を主張している。山頂の火口からは黒煙をモクモクと吹き上げている。その火口付近にはグリムロックとプレダキングの両雄の激突が見えた。

 プレダキングの力は圧倒的だ。グリムロックが初めて戦った時よりも遥かに強くなっている。グリムロックは生涯で初めて敗北を意識した。自己の勝利こそが絶対に生み出される結果であり、傲慢なまでの自信で敗北など考えた事が無かった。

 だが今、予想を超えて進化するプレダキングにグリムロックは防戦一方だ。

 グリムロックが噛み付こうとプレダキングに迫る。それを阻止せんと後ろ足で立ち上がり、プレダキングの前足からパンチが頬に決まった。グリムロックが倒れると首に噛み付き、持ち上げると投げ飛ばした。

 グリムロックは空中からレーザーファイヤーを吐き、プレダキングはその炎にもノーガードで耐えて余裕を見せる。既にグリムロックは体内のエネルゴンの異常燃焼を続けずっと戦っている。全力で戦えるのも時間の問題だった。

 プレダキングは変形して人型になった。

「この程度の男が……私の仲間を絶滅させたのか……!」

 プレダキングは悔しく思いながらギリギリと歯を食いしばった。グリムロックは土を蹴り上げながら突進する。

 プレダキングはグリムロックの攻撃を僅かに体をズラしてかわして見せるとがら空きの顔面に裏拳が炸裂した。グリムロックはバランスを崩して火口へと落ちた。

 プレダキングが火口を覗き込むとグリムロックはロボットモードでなんとか岩肌に掴まっていた。

「仲間の仇だ」

 プレダキングはグリムロックの掴んでいた岩をブラスターで壊した。

「ッ――!?」

 グリムロックは落ちて行く。掴まる物がなく、そのままエネルゴンの溶岩の中へと沈んで行った。

 プレダキングはビーズモードになると勝利の雄叫びを上げた。そして、山のふもとに待機している残りのダイノボットを片付けようとプレダキングは火口に背を向けた。すると、プレダキングの前にはスラッグとスワープが立ちはだかる。いちいち山を降りる手間が省けたとプレダキングは喜んだ。

「よくも……グリムロックを!」

「オレ達の隊長をやってくれたな! 覚悟しろ!」

 プレダキングが身構えた。そして炎を吐こうと腹に力を込めると。

『プレダキング、帰還しろ。折紙が任務を続行出来なくなった。回収してネメシスに戻って来い』

 メガトロンから帰還命令が下った。最優先に排除すべきグリムロックは倒したのでプレダキングは我慢して空に炎を吐いてダイノボットアイランドを出て行った。プレダキングが撤退するとスラッグは急いで火口を覗き込んだ。

「グリムロック、今助けに行くからな!」

 スラッグがロボットモードに変形して火口の縁から水泳選手のような綺麗なフォームで飛び込んだ。その瞬間にスワープに足を掴まれて縁に戻された。

「何してんだようスラッグ! 死にたいのか!?」

「けどよグリムロックは溶岩の中なんだぞ! 早く助けないと!」

「もう遅いんだ……グリムロックは……」

「言うなスワープ! オレ達はまだ良いけど四糸乃には秘密にするんだ」

「四糸乃に? 何で?」

「琴里から聞いた。精霊は精神的に不安定になると力が逆流するんだ。四糸乃にショックが大きすぎる……」

「うん」

 いつかバレてしまう。グリムロックは簡単に死ぬような奴ではない。それでも溶岩に落ちてしまったら生きている望みは絶望的だった。

 四糸乃にはグリムロックの事を出来るだけ言わず、七罪と一緒に今日は帰ってもらった。四糸乃は心配していたが、グリムロックは溶岩風呂で傷を癒やしている、とスワープがなんとなくごまかした。

 ダイノボットアイランドに残されたスラッグ達はまずはスラージとスナールの傷を癒やしてからプレダキングのリベンジを誓った。

 その夜、ダイノボットアイランドには度々、地震が発生していた。

 

 

 

 

 折紙がディセプティコンに行った事を知った士道は言葉を失った。更に人工精霊を身に宿していると聞いて更に言葉を失った。折紙の境遇は気の毒だと士道は思っていたし、折紙は精霊を倒して自分と同じ人間を作らないようにしたいという考えにも尊敬していた。けれども結果はただの復讐鬼に成り下がった。

 十香、耶倶矢、夕弦、美九はフラクシナスの医務室にいる。十香が精霊としての本来の威力を示したので士道は再封印し、医務室のベッドに寝かせておいた。

 そして士道はオプティマスの所にいた。オプティマスなら折紙の目を覚まさせる何か答えをくれるかもしれないと考えたからだ。

「オプティマス……今、いいか?」

 オプティマスは広間でコンピューターを操作していた。

「ああ、良いぞ」

 キーを叩く手を止めてオプティマスは士道を見た。

「折紙の事なんだけどさ」

「君の級友だね?」

「うん。あいつがディセプティコンに入ったんだ」

「聞いている」

「あいつは復讐しか頭にないんだ。どうすれば良いんだ……。俺にはわかんないんだ」

「復讐も生きる原動力の一つだ。折紙はその生きる原動力が復讐以外に無い。復讐を止めさせたら折紙は最悪の場合……生きる事を断念するかもしれない」

「じゃあ……十香達の命を差し出せって言うのかよ!」

「復讐以上に生きる目的を与えてやるか……あるいは記憶を消すか……」

 後者は選択したくない。前者は難しいが、それしか無い。でもどうやって? 士道はそんな疑問が浮かんだ。五年間、復讐だけを考えて生きてきた折紙をどうやって元に戻すのか。

「一人で考えさせてくれ」

「ダメだ。私も一緒に考える。君一人の問題じゃないんだ」

「…………わかった」

 

 

 

 

 北極大陸に乗り込んだアイザック達は全員、防寒服をしっかりと着込み、作業員はアーカビルの指揮の下に動き、氷の大地を掘り進めていた。

「うう……寒っ!」

 アーカビルは身震いしながら探査機を見た。作業員の場所からして信号が出ている地点にはもう少しだった。

「まだですかアーカビル」

「まだじゃ、少し待っとれエレン。というか、そんなに腹を出して寒くないのか?」

 エレンのワイヤリングスーツは防寒服より遥かに薄手でボディラインを強調するように作られている。それでも随意領域(テリトリー)があるので寒さ対策はされている。

「私の随意領域(テリトリー)があれば寒さなんてへっちゃらです」

「ほうほう、儂もそのテリトリーだか照り鳥だか欲しいもんじゃな」

「改造しますか? 老体にはかなりキツいと思いますが」

「改造は結構じゃ」

 そう話していると地上に出来た大きな穴の下から作業員の声がした。

「Dr.アーカビル! 見つけましたトランスフォーマーです!」

「よし来た! へっけー!」

 アーカビルは叫びながら氷の穴の中へと飛び込んで行った。年齢に似合わぬ果断な行動にエレンは呆れたように「はぁ」とため息を吐いてからアイザックを呼びに行き、安全に降下用の簡易エレベーターを設置してから下へと降りて行った。

 氷の大地の地下は空洞でいくつもの氷の柱によって支えられている。作業員が集まっている所へアイザックは足を進めると作業員は身を案じて止めるが、構わず氷漬けのトランスフォーマーに近付いた。足下にはアーカビルがとっくに調査を始めていた。

「どうだねアーカビル?」

「いや、素晴らしい! 本物だ! これを持って帰れば研究に使えるぞ!」

 大量の金と人員を割いた甲斐はあったようだ。アイザックは不気味に微笑んで今回の結果に満足した。氷漬けのトランスフォーマーの肩には赤色のオートボットのエンブレムが刻まれていた。




※フォールンは別にリベンジのあいつじゃありません。マイ伝に出てきたウルトラマグナス的な道具としての役割で出てます。


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30話 ディセプティコンハンター

 堕落せし者(ザ・フォールン)を呼び起こした折紙は月面基地に帰るなり、頭や肉体を蝕む痛みを追い払おうと手当たり次第に物を壊し、月面の荒野を切り刻み、いくつものクレーターを生み出した。

 そんな痛ましい折紙をメガトロンは両脇にスタースクリームとサウンドウェーブを置き、腹立たしく思いながら観察していた。人間一匹がどうなろうと知った事ではないが、基地を破壊されてはかなわない。

「ええい、やめんか折紙!」

 メガトロンが怒鳴ったが折紙は獣のように暴れて話など聞こうとしない。仕方なくメガトロンはスタースクリームに命じた。

「スタースクリーム、ナルビームだ」

「おまかせ下さい。そこらへんの原始的な兵器と俺様のナルビームと一味違う所を見せてあげます。受けてみろぃ!」

 スタースクリームのナルビームが折紙に当たると麻痺効果によって折紙は動けなくなった。しかしそれでも激しい痛みは残るので人とは思えぬ声を上げて悶えた。

「スタースクリーム、ショックウェーブを呼んで来い。サウンドウェーブ、折紙を連れて行け」

「はいはい、わかりやしたよ」

「了解シタ、ランブル、イジェ~クト」

 サウンドウェーブの胸が開くとランブルが変形しながら飛び出して来た。

「はいよ! 呼んだサウンドウェーブ?」

「あの人間を連れてイケ」

「おぉ~こりゃまた美人さんでござんすねぇ~。まあ、このランブルにお任せ!」

 ランブルはちょこちょこと歩いて折紙の所まで歩くと軽々と持ち上げてから基地の中に連れて行く。

「ふんっ……復讐にしか生きられない愚か者めが……」

 愚かな行為と思うがメガトロンに止める義理は無い。ただ利用出来ればなんでも良いのだ。

 メガトロンとサウンドウェーブが基地へ帰ろうとした時、プレダキングがのそのそと巨体を揺らして近付いて来た。

「どうした、早く基地に戻れプレダキング」

 プレダキングの報告を聞きたいが、コイツは喋れないと思っているので期待はしていなかった。だがプレダキングはメガトロン達の前で変形して獣から人の姿を取った。

「報告いたします。メガトロン様」

 メガトロンを凌駕する体躯に威圧的な出で立ち、それでいてプレダキングの話し方はとても紳士的だ。落ち着いた声色でイカレた獣性など微塵も感じさせない。本当にあのプレダキングなのかと疑いたくなるくらいだ。メガトロンは驚愕を隠しきれずにプレダキングを見上げていた。

「ショックウェーブとスタースクリーム、すぐにここに来い」

 メガトロンは二人にそれだけ連絡を入れて折紙の事は後回しにして呼び出した。少ししてから二人は慌てたように走りながらやって来た。スタースクリームはプレダキングが変形している姿を見た途端にメガトロンの後ろにサッと隠れた。

 ショックウェーブも己の計算を超えて進化するプレダキングを嬉しくも怖く思えた。それはグリムロックの一件で思い知らされたからだ。

 プレダキングは生みの親であるショックウェーブを見ると近付き、片膝を付いて頭を下げた。

「私に力と命を授けたマスターには感謝してもしきれません。これからも私はディセプティコンに忠誠を尽くします」

 プレダキングは反旗を翻すつもりは無いらしい。だが、スタースクリームは突っかかった。

「騙されちゃダメですメガトロン様! こんな奴信用出来ませんよ! いつ裏切るか分かりゃしない!」

「黙れ愚か者! 少なくともお前よりも信用出来るわ!」

 スタースクリームは押し黙った。

「プレダキングよ、解せない点が一つある。変形能力があるなら何故、今まで隠していた? 話せるならコミュニケーションをもっと上手く取れた筈だ」

「説明します、メガトロン様。私が知能に目覚めたのは昨日、一昨日の事です。変形能力と会話能力に目覚めたのは今日、グリムロックを倒してからです。決して隠していた訳ではありません、ただ自分でも短期間にあらゆる力が伸びてどうすれば良かったのか整理がつきませんでした」

「ほう……。ところであのグリムロックを倒した、そう言ったな?」

「はい」

「詳しく聞かせてくれ」

 ディセプティコンの目の上のタンコブであるグリムロックを撃破したという話ならメガトロンも嬉しくて聞きたくなる。

「もはや、ダイノボットは私の敵ではありませんでした。そのリーダー、グリムロックも私はエネルゴンの溶岩に叩き落としてやりました」

「何、エネルゴンの溶岩だと!? それでは無限のエネルギーが手に入るではないか! 場所はどこだ!」

「ダイノボットアイランドにあります。案内します」

「よろしい。ショックウェーブ、お前は留守を任せた」

「わかりました」

 次にメガトロンは基地にいるコンバッティコンを何人か呼び出した。

「ブロウル、ボルテックス、お前達もすぐに来い」

『うわぁぁ! ババじゃねぇか! お? メガトロン様のお呼びだぜ!』

 コンバッティコンはどうやらババ抜きをしていたらしい。ブロウルがババを引いた声はメガトロンに良く聞こえていた。

 メガトロン率いる以下、サウンドウェーブ、スタースクリーム、プレダキング、ブロウル、ボルテックスはダイノボットアイランドへと向かう為にネメシスに乗り込み、月面を飛び立った。

 ネメシスを見送ったショックウェーブは基地に帰って折紙の面倒を見に行く。ベッドに横たわる折紙を見下ろすショックウェーブは増大し続けるその憎悪に一つコメントを残した。

「醜いな」

 感情論はショックウェーブに肌に合わない。ただ復讐や怒りは戦闘力に大きく影響を与える為にプレダキングに備え付けた。プレダキングはビーストとロボットの姿を行き来する事で本能と理性の両立をしている。本来ならば復讐などという論理的ではない思考の持ち主を仲間にしたくはなかった。

「ショックウェーブ……」

 折紙が目を覚ました。その表情は疲れ切っていた。

「どうした?」

「もっと力が……力が欲しい!」

 このまま力を与え続けるのは危険であった。折紙に対してもディセプティコンに対してもだ。折紙の今を例えるなら抜き身の刀だ。それを収める鞘が無い。

 インセクティコン達はショックウェーブが鞘の代わりだった。

 グリムロックは四糸乃が鞘だ。

 プレダキングはロボットモードが鞘だ。

 そして折紙には何もない。精神的に抑制出来る物がない折紙をショックウェーブは危険視していた。

「ショックウェーブ、私は精霊を絶滅させる力があれば私は――」

 ショックウェーブは頭に電気ショックを浴びせて眠らせると掴み上げて部屋を移動した。

「ショックウェーブ、ブロウルとボルテックスを見てないか?」

 部屋を出た時、オンスロートが声をかけて来た。

「二人はメガトロン様と共に作戦中だ」

「そうだったのか、わかった。その人間は?」

「新しい実験体だ」

 実験体と聞いてオンスロートは嫌な気持ちになった。プレダキングは成功例だが、ダイノボットやインセクティコンに散々痛い目に合わされたオンスロートは、正直にショックウェーブの実験を喜べなかった。

 オンスロートは、万が一プレダキングや折紙が手が付けられない程に暴走した際にブルーティカスとなって止めるようにとメガトロンから伝えられていた。

「用はそれだけか? なら私は失礼する」

「ああ」

 ショックウェーブを見送り、オンスロートは厨房の冷蔵庫からエネルゴンの入ったボトルを三本、かっぱらうと自室に戻ってトランプの続きをした。

「遅かったなオンスロート」

 スィンドルがボトルを受け取るとフタを開けてエネルゴンを飲む。

「ショックウェーブと少し話した。ブロウルとボルテックスは作戦らしいぞ」

「おいおい、俺達はお呼びじゃねぇのか?」

「ブレストオフ、俺達はここを守る為に残っているんだ」

「守るって何だよー! オートボットも人間もこの基地には手を出せないぜ?」

「連中じゃない。鳶一折紙という人間からこの基地を守るんだ」

「鳶一折紙……? あぁ~最近、入ったあの可愛い子ちゃんか」

 ブレストオフもボトルを傾けてエネルゴンを飲んだ。

「んで、あの子がどうって言うんだよなぁ?」

「ショックウェーブの実験体だぞ?」

「何ィ!? それはまずい! まずすぎるぞ!」

 ディセプティコンの大半はショックウェーブの実験体と聞くだけでロクな物ではないという認識なのだ。

「あーあ、可哀相に……。あの年で実験体か……流石に相手が人間でも同情するよ全く」

 スィンドルはボトルを掲げて生存を祈るような口調で言った。

 

 

 

 

 ダイノボットアイランドでは未だにグリムロックの引き上げ作業が続いていたが、ちゃんとした成果は出せずにいた。グリムロックが火口に落ちてからと言う物、何度も地面を叩くような振動が地中から発生している。

「なんかこのダイノボットアイランド、不安定じゃないか?」

 スラッグは周期的に起きる地震や小山の噴火を見ながら言った。

「このままじゃ、アイツが溶けてなくなっちまうよう!」

「グリムロックはもうダメなんだ……データバンクがそう知らせてる……」

「スラッグ、グリムロックは平気だよな?」

「俺には分からんよ!」

 ああでも無いこうでも無いと言い合っているとダイノボット達の前にグランドブリッジが展開された。グランドブリッジからは四糸乃が出て来るのを確認するとみんな、わざとらしく普段通りを装った。

『おんや~? グリムロックはまだいないのお?』

「おう、四糸乃達か! グリムロックならその……まだ治療中さ!」

「そんなに……酷いん……ですか?」

「まあ……治療と休憩を兼ねてるって言うか……。まだ引き上がってないと言うか……」

 スラージはごにょごにょと歯切れの悪い口調でごまかした。みんなあまり嘘が得意ではない性格なのだ。

「そんな悲しい顔するなよう四糸乃、大丈夫! グリムロックはちゃんと戻って来るって!」

 スワープが励ましの言葉を投げかけると四糸乃の表情からほんの少しだが、不安が抜けて行くようだった。

「溶岩にドロドロに溶かされたような奴がどうやって生き返るのかね?」

 威圧的な言葉と共にメガトロンが地上へ降り立つとその後ろにディセプティコンの幹部達も参上した。スラッグが空を見上げると巨大空中艦ネメシスが浮遊しており、日の光を遮ってスラッグやメガトロン達がいる所が薄暗く曇った。

「溶岩……と、溶かされた……?」

 四糸乃の声が震えだした。スラッグは四糸乃の精神状態が不安定になるのが分かると焦りを感じた。

「嘘……グリムロックさんは……負けません……」

「嘘ではない。グリムロックは私が溶岩の中に叩き落とした。間違いなく奴は死んだ」

 プレダキングがたたみかけるように真実を突き付けて来る。

「おい黙れプレダキング! 四糸乃、聞くな! あんなのハッタリだ!」

 スラッグが怒鳴り、四糸乃が不安にならないようにした。

「嘘はどちらだ。グリムロックの死は事実だ。忌々しいダイノボット! お前達も直ぐにグリムロックの所に送ってやる!」

 プレダキングは怒りに身を任せてビーストモードへトランスフォームして大きな雄叫びを上げてスラッグに飛びかかった。しかし、プレダキングはスラッグを襲う前に氷の壁によって阻まれた。

「四糸乃!」

 ダイノボットは四糸乃を見ると彼女を中心に紫色のオーラが包み込み、深遠でどこまでも悲しみに溢れた瞳からは涙を流し、プレダキングを睨み付けた。

「四糸乃、やめろ! プレダキングはオレ達が倒す! 落ち着くんだ」

 大量のダークエネルゴンを暴走させて手当たり次第に攻撃を開始するその姿、それはまさしく反転体の精霊だ。

氷結傀儡(ザドキエル)

 四糸乃が短く言うと四糸乃を中心にして円形に大地が凍り付き始めた。

「メガトロン様、コイツは私がやります。行って下さい」

「任せたぞプレダキング。ディセプティコン! この島のエネルギーを吸い尽くせ!」

 プレダキングを残してディセプティコンは全員、エネルギー搾取に向かった。そして、反転体を目の前にしてもプレダキングは全く呑まれていない。ロボットの姿で身構え、プレダキングは右腕をブラスターに変えた。

 四糸乃は氷の壁を何層も生み出すがプレダキングのブラスターによって全て粉砕された。四糸乃は次に島の半分はある巨大な吹雪のドームを作り上げた。

 トランスフォーマーは強烈な冷却を短時間に与えられると関節が凍り付いて動けなくなる。プレダキングもそれは知っているので即時、決着をつける事にした。

 吹雪のドームの外ではダイノボット達がどうやってこの戦いを止めようかと言い合っていた。

「おいおいおい! やべぇよ! 四糸乃が反転しちまったよう!」

「念の為、士道に連絡しておいたぞ」

 スナールの迅速な判断に拍手を送りたくなる。

「スワープ、スナール、スラージ、お前達はディセプティコンを止めろ。オレはプレダキングと四糸乃を止めて来る」

「バカか! お前が行ったら一瞬でスライスだ!」

 スラージが声を荒げて言った。

「でも止めないと。グリムロックと顔を合わせた時、四糸乃に何かあったらオレがどやされるからな」

 スラッグは身震いさせて地面を何度も足でこすり、突進の予備動作を取った。すると次の瞬間、吹雪のドームが弾け飛び地面を凍結させていた氷が徐々に溶けて行っている。吹雪が晴れて、視界が明快な物になって行くとプレダキングの前足に組み伏せられた巨大なうさぎ、よしのんとその近くには四糸乃が横たわっていた。

「四糸乃!」

 スラッグは迷わずプレダキングに突進し、二本の角で突き刺したが分厚い金属の皮膚に弾かれて火花が僅かに飛ぶだけに過ぎなかった。

 プレダキングは吼え、スラッグも威嚇するように咆哮を上げる。よしのんから手を離すと標的をスラッグに切り替えた。

「スワープ、早く行け! ディセプティコンを止めるんだ!」

 残りの三人はスラッグの命令に従いメガトロンのエネルギー略奪を止めるべく駆ける。

 プレダキングは突如、ロボットモードに変形した。

「我が種族の最大の報いを受けろ、ダイノボット」

 スラッグもロボットモードになると腰から二本の剣を引き抜き、プレダキングに斬りかかった。プレダキングは長い腕で剣が届く前に力強いアッパーでスラッグをかち上げ、吹き飛ばした。

 鋭利な爪にエネルギーを流し込み、プレダキングの両腕から爪にかけて光り輝くと空中で身動きが取れないスラッグに致命的一撃を加え胸を抉り、大量の部品やエネルゴンを垂れ流し、スラッグは地面に落下すると動けなくなった。

 プレダキングは火山の方を睨み、残りのダイノボットを排除しようとビーストモードへ移行して翼を羽ばたかせて飛んで行った。

 スナールから救難信号をキャッチしてダイノボットへとグランドブリッジでやって来た士道とジャズは、四糸乃やスラッグがやられてた光景を見て卒倒しそうになった。

「四糸乃! おい、返事をしろよ!」

 士道は四糸乃を抱きかかえて必死に声をかけた。

「士道……さん?」

 四糸乃の綺麗な顔は涙と鼻水でグチャグチャで士道の袖をぎゅっと握り締めてすすり泣いた。

「士道さぁん……グリムロックさんが……グリムロックさん……」

「グリムロックがどうかしたのか!?」

 尋ねても四糸乃は泣くばかりて答えられない状態だ。

「士道! スラッグは無事だぞ!」

 ジャズの報告を聞いて士道はホッとした。だが、重傷には違いなく、ただちに治療が必要であった。

「ま、待て……! ディセプティコンが……この島のエネルギーを……狙ってる……」

「おいおい、喋るな。死んじまうぞ」

 スラッグと四糸乃をグランドブリッジで基地に戻してパーセプターと令音に治療を頼むとジャズと士道は再びダイノボットアイランドに帰って来た。

「敵はディセプティコンの幹部達か……」

「オプティマス達はどうしたんだ? 何でまた俺達だけなんだよ」

「オプティマスは町で起こっている騒動の鎮圧さ。恐らく、ダイノボットアイランドのエネルギー略奪が影響だろうね」

 空には黒雲が立ち込め、落雷が降り注ぎ、地震の発生頻度も増していた。

「急ぐか」

 ジャズが車モードにトランスフォームした時にタイミング良くインカムから琴里の声がさた。

『士道? 聞こえる? バカおにーちゃんがまた無茶やってみたいね』

「無茶で悪いな」

『そっちにはジャズとあんたしかいないんでしょ? 今から真那を送るわ』

「ああ、助か――何!? 真那だって!?」

『そうよ』

「真那はジャズに恋してるんだぞ! ダメダメ! 真那以外で頼む!」

『しょうがないわね。神無月!』

『私は幼女の為にしか動きません! アァ~! 司令、お慈悲を~!』

『やっぱり真那を送るわ』

「うん……」

 通信を終了してからすぐにグランドブリッジが開かれて緑色の光のゲートから最新鋭のCR-ユニットを装着した真那が出て来た。その姿は以前、天宮市の攻防戦で見せた物ではなく、更に新しいCR-ユニットをもらって現れた。

 全体的に赤を大部分を占めるカラーリングに加えて身の丈はある大きな盾を腕に取り付け、背中には二枚の金属の羽のような物が垂れ下がっていた。それ以外の武装は見受けられなかった。

「兄様! お久しぶりです!」

 真那はまず真っ先に士道へと抱き付いた。

「ぐぇっ! 真那、無事だったんだな」

 CR-ユニットを着たまま抱き締められて腹の内容物が飛び出しそうになる。真那は士道から離れると次にゆっくりと視線を上にしてジャズを凝視した。

「あ、あなたは……! 私の初恋の人……!」

 真那がジャズを認識するとトクン、と堪えようの無い高鳴りを覚えた。この感情は兄と再開した時よりも激しく起こり、顔が熱くなるのを感じた。

「あ、あの……これ……」

 もじもじとしながら真那が手紙をジャズに渡した。封筒にはハート型のシールで封をされて、ジャズもこれが“ラブレター”という人間が愛する人に送るメッセージと言うのは知っていた。

「私にかい?」

「はい、ジャズ様。読んで下さいです」

 士道は兄として複雑な気持ちだ。まさか実妹の初恋の相手がエイリアンになるとは思いもしなかったからだ。ジャズはラブレターを受け取るとその場では開封せずに胸にしまい込んだ。

「後で読ませてもらうよ」

「はいです……。ところで兄様、これから何をしやがるんですか?」

「琴里から聞いてないのか?」

「聞いてねーです」

「この島にいるディセプティコンを全員、ぶっ倒す、もしくは追い出すんだ」

 ディセプティコンと聞いて真那はインセクティコン達を思い浮かべた。虫の大群など見て、気持ちの良い物ではない。真那は嫌な顔をしたが、仕方なく任務を開始した。

「さっさと行きやがりましょう」

 真那は一本の柄を手に取ると背中に付けられた羽は実は抜き身の刀身であり、柄と接続させる事で柄の左右に刃が取り付けられた。以前よりも大振りな武装が増えた物だ。

 真那は先に空から奇襲をかけるべく先行し、ジャズは士道を乗せて地上からメガトロンのいる地点を目指した。

 

 

 

 

 メガトロン一味のエネルギー略奪により島に影響を与えていただけでなく、それはオプティマス達のいる町にも被害が行っていた。

「オートボット、止まれ!」

 オプティマスが号令をかけてアイアンハイド、ワーパスが止まり、ロボットにトランスフォームした。

「何だあの変な穴はよ!」

 三人の目の前に現れた物、それは謎の穴。

 そしてその謎の穴からはなんと大量のマンモスと原始人が現れたのだ。

「マンモスだ! オートボット、アイツ等をあのゲートにもう一度押し込め!」

「ヨッシャ! オレ様の完璧な射撃でアイツ等を蜂の巣にしてやんぜ!」

「待てワーパス、相手は温かい血が流れた生き物だ。ディセプティコンのような蛆虫共とは違う。優しくやれ」

 オプティマスが火器の使用を禁じるように言うとアイアンハイドもワーパスも両腕に展開していた重火器を格納して素手で相手をした。マンモスを取り押さえようとワーパスは掴みかかり、鼻を鞭のように使ってワーパスを振り払うとアイアンハイドが仕掛けた。

 荒っぽく皮や毛を掴んでアイアンハイドはゲートへ投げつけて帰してやるとワーパスの手を引いて起こしてやった。

「だらしないぞワーパス」

「いやぁ悪いな爺さん」

 体勢を立て直してワーパスはまた別のマンモスを持ち上げた。

「こりゃあ良い。重量上げでもして体を鍛えるか!」

 持ち上げたマンモスをゲートに投げ、また帰してやった。

「稲妻を切り裂き! 骨をも砕くお手手! 今のがディセプティコンならバラバラにしてやったぜ!」

 マンモス、原始人の追い返し作戦は順調とは言えなかった。たった三人では人数が足りないからだ。

「仕方ない。威嚇射撃だ!」

 オプティマスが火器を出現させてマンモスや原始人に当てないように足下を狙った。銃声に驚きながらマンモス達は慌てて逃げて行く。行き先をワーパスやアイアンハイドが防ぎ、マンモス達を取り囲みながら距離を詰めて行くと辛抱出来ず、マンモスはゲートの中へと帰って行った。その直後、ゲートは閉じてなくなった。

「一件落着だ」

『オプティマス、聞こえる? 大変、また別の所でゲートが発生したわ!』

「わかった。すぐに向かう!」

 琴里が代わりにグランドブリッジを開くとその中へ飛び込み、町という風景から一変して浜辺に到着した。

 

「琴里、異変はどこにあるんだ?」

『海上よ。船を手配するわ』

「いや、いい……」

 オプティマスはビーチに突き立てられたサーフボードを見た。

「私にいい考えがある!」

「え?」

「オプティマス、まさか――」

 

 海上を行く三人のサーファー。それは人間ではなくトランスフォーマーだ。

「オプティマス! サーフィンで海を行くなんて無茶ですよ!」

「問題ない! それはそうと皆、どこで使い方を習ったんだ?」

「説明書、読んだんだ!」

 波に乗った三人は沖へ沖へと進んで行くと一隻の大きな帆船が見えた。マストの天辺にはドクロが描かれた黒い旗が見える。それは間違いなく海賊船だ。

「オートボット、散会しろ!」

 海賊船はオートボットを見つけた瞬間に大砲で攻撃を仕掛けて来た。船の上から何人もの海賊が古式のピストルを撃って来ている。

「オプティマス、これは沈めても良いだろ!」

「ダメだ。手荒にするな。彼等を元の世界に戻すんだ!」

 さっき同様に威嚇射撃を試してみたが海賊達は怯む様子を見せず、ますます抵抗が激しくなって来る。敵の武装を無力化する為に大砲を破壊してみたが、効果は薄かった。

「私が直接、船長に交渉して来る。サーフボードを頼む!」

 オプティマスは海賊船に乗り込んだ。

「化物が! くたばれぇ!」

「コイツ、銃が効かねぇよ!」

「抵抗をやめろ。船長はどこだ!」

 オプティマスはマストを蹴り上げてへし折る。ここで海賊船の船長が現れた。左腕はフックで右目に眼帯を付けており、金銀財宝を身に付け、着ている服からも持ち主の威厳を表している海賊船の船長はオプティマスを目の前にして萎縮する船員の間を悠々と歩き出て来た。

「化物、俺に何の用だ?」

「あのゲートに入れ。お前達はこの世界にいるべきじゃない!」

「指図は受けない。俺達は海賊だ自由にやれなきゃ意味ねぇんだよ!」

 オプティマスはもう一本あるマストを叩き折った。

「この海では好きにさせない! 早く行け!」

 最後のマストを折って威嚇すると海賊達は仕方なくオプティマスの命令に従ってゲートへと行ってしまった。

「なんとか穏便に済ませられて良かった」

「オプティマス! 早くこの異変を突き止めねえと!」

 ワーパスがサーフボードを持って来、オプティマスは海から這い上がってそれに乗った。

「メガトロンの仕業だ! みんなこのままダイノボットアイランドへ向かうぞ! メガトロンめ今度こそ覚悟しろ……」

 

 

 

 

 メガトロン達のエネルギー略奪はなおも続いていた。エネルゴンキューブが面白いくらいに生産されてメガトロンは上機嫌である。

「エネルゴン、見る見るうちに、生まれてく」

 メガトロン、渾身の一句だ。

「大量のエネルゴンが生まれていますが、どうも不安定なのが気になります」

 スタースクリームはキューブ状に精製されたエネルゴンを見て不安を漏らした。溶岩のエネルギー源は強力で少量からでも多くのエネルゴンキューブを作れるが、いつ爆発してもおかしくない程に不安定だった。

「この大量のエネルゴンを前に臆しているのかスタースクリーム? エネルギーがいらんなら結構、儂がお前の分ももらってやろう」

「いえ、そう言う訳では……」

「だったらさっさとエネルギーを吸い尽くせ!」

「は、はいメガトロン様」

 メガトロンが他の部下の様子を見に行き、離れて行くとスタースクリームはエネルギーを吸い取りながらほくそ笑んだ。

「メガトロンめ……まあ、この作戦が失敗したら奴は信用を失う。そうなるとニューリーダーは俺様の物だ……!」

 順調にエネルゴンキューブを作り出し、全てが上手く行っていたかに見えた。すると島全体が大きな地震に見舞われ、積み重ねていたキューブの山が崩れ、いくつかが爆発した。

「何事だ!」

「キューブが爆発シタ」

 サウンドウェーブが淡々と報告する。

「爆発だと? 一体何故だ。それにこの揺れは何だ。どんどん大きくなっているぞ!」

「島のエネルギーのバランスがおかしくなっているんです! この島は本来、この時代の物じゃない。既に時空に歪みが生じているんです!」

「ええい、構わん! 吸い尽くして撤退すれば済む話だ!」

 黒雲から稲妻がほとばしり、雷が森に落ちた。

「メガトロン様、雷です! これぞ不吉の前兆!」

「黙らんか!」

 スタースクリームを殴り飛ばし、メガトロンはとりあえず今あるだけのエネルゴンを持ち帰ろうとした。そこへ、空中からスワープのミサイルが撃ち込まれ、サウンドウェーブとスタースクリームは爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。

「ダイノボットか……! プレダキング、奴等を片付けろ!」

「わかりましたメガトロン様」

 ディセプティコンの兵士をなぎ倒すスラージとスナールに目を付けたプレダキングはビーストモードに変形して飛びかかる。鈍重なスラージはプレダキングと真っ正面からぶつかり合い、互いに一歩も退かない押し合いを開始し、スナールは側面からロケット砲を浴びせた。

 プレダキングは吼えると尻尾でスラージの首を叩いて横転させ、スナールに標的を変更した。走りながらプレダキングは右腕から爪にかけてエネルギーを流し込み、輝きを放つ。スラッグを一撃で沈めたこの攻撃も使えるようになったのはついさっきの出来事だった。

 スナールが距離を置きながらロケットを撃ち、後退をしたがプレダキングに距離を詰められエナジークローの餌食にされた。空中に残った最後のダイノボット、スワープも火炎に迎撃された。

「いやはや、素晴らしい実力だわい」

 厄介なダイノボットを処理するプレダキングにメガトロンも大満足だ。

「プレダキング、奴等にトドメを刺せ!」

 そう命令を下した直後、メガトロンに通信が入って来た。

『メガトロン様、助けて下さい!』

 相手はディセプティコンの兵士だ。

「どうした。そっちにはブロウルとボルテックスがいるだろう」

『メガトロン様、ブロウルです! 援軍――』

 ブロウルからの通信が途絶えた。ブロウルとボルテックスは火山のふもとでエネルギー強奪をおこなっていた。

「オプティマスか……?」

「きっと祟り神ですよメガトロン様! 自然がお怒りなんです!」

 スタースクリームは慌てたように忠告したがメガトロンはそれを無視した。

「プレダキング、謎の敵だ。始末しろ」

 メガトロンの命令を受けて頷き、動き出す。そこへ、一人のディセプティコンがどこからか投げられて来た。兵士は下半身がなく、無惨に引き裂かれている。

 次いで、サウンドウェーブはもちろん、他のディセプティコンが強い生命反応を山のふもとから感じ取り、臨戦態勢を取った。

「プレダキング、迎撃の準備だ。サウンドウェーブ、レーザービークを偵察に出せ。スタースクリームは空からアタックだ」

 指示を出したメガトロンはレーダーの方角にカノン砲を向けた。

「レーザービーク、イジェクト。偵察を開始セヨ」

 サウンドウェーブの胸から飛び出したレーザービークは山を降りて行った。レーザービークの姿が見えなくなった瞬間にふもとから激しい銃撃が聞こえ、レーザービークは必死に戻って来る。

「何があったのだ!」

 メガトロンの腕にレーザービークが止まる。

「メガトロン様、あれを」

 サウンドウェーブが指差した先にはプレダキングに比肩する巨躯の何者かが歩いて来る。灼熱の肉体は溶岩のように赤く、目を刺すような赤い光と熱を全身から放っていた。体にはまだ多量の溶岩が付着してその全容を確認出来ないが、その怪物の右手はブロウルの頭を掴み、引きずっている。左手にはボルテックスがぶら下がっていた。

 二人が手痛くやられたのは目に見えて分かる。

「ウォォォォォッ!」

 怪物が咆哮と共に二人を投げ捨て、全身の溶岩を振り落とした。

 そして怪物はトランスフォームする。

 赤い体はトランスフォーマーの機構通りに接続を変え、格納と展開を複雑に繰り返した。前傾姿勢で怪物の太く強靭な足が大地とディセプティコンを踏みしめ、太く頑丈な尻尾はピンと伸びている。少し逞しくなった腕、頭には二本の角、鋭利極まる牙、その威力を最大限に発揮する大きな顎を備えた古代の力の結晶を進化させた純然たる力の化身だ。 進化した赤きグリムロックは再度、咆哮を上げ、音圧は木々を揺らして大地に深い亀裂をいくつも入れた。空間はビリビリと震えてスタースクリームはひっくり返った。

 プレダキングも負けじと吼えた。

 エネルゴンの溶岩を存分に吸ったグリムロックは景気づけに口腔内に莫大なエネルギーを溜め込み、背中や腰のコンバーターから大気中からもエネルギーを吸い込み、体内でレーザーファイヤーと織り交ぜ、グリムロックは発射姿勢を取ると口から膨大なエネルギーの奔流を吐き出した。

 プレダキングはなんとかかわし、サウンドウェーブも真横に飛んで避けた。メガトロンはスタースクリームを蹴り上げてどかしてから自身も回避に成功した。

 グリムロックの攻撃が山頂を易々と蒸発させて空の彼方へ消えるとその余波が嵐のように吹き荒れた。

 空に消えたので威力が分からなかったが、DEMが以前落として来た人工衛星を瞬間的に消滅させる威力はあっただろう。

「リベンジだ、プレダキング!」

 グリムロックが言うとプレダキングは当然、それに応じた。

 二人は吼えながら威嚇を続け、迂闊に踏み込まぬようにした。グリムロックが側面を取ろうと右へ横歩きするとプレダキングはそうはさせまいと常にグリムロックを正面に置くように移動した。

 睨み合いを続ける二人。その間にエネルゴンキューブを運び込もうとメガトロンは動きだした。

「そこまでだメガトロン!」

「お?」

 声がした方を振り向くとサーフボードに乗ったオプティマスが飛びかかっていた。悲運にもサーフボードがメガトロンの顔面に直撃して倒れ込み、オプティマスはパスブラスターの銃口をメガトロンの額に突きつけた。

「エネルギーの略奪はさせないぞメガトロン」

「邪魔をするなオプティマス!」

 メガトロンは足払いでオプティマスを転かせると立ち上がった。オプティマスもすぐに持ち直してメガトロンと向き合った。

 

 

 

 

 ジャズと士道がオートボットとディセプティコンの戦地へ既に足を踏み入れていた。真那は空からアタックを仕掛けるつもりだったが、真那の進行を阻む者が上空からゆっくりと降下して来るのが見えた。

 白銀の装甲を持つCR-ユニット、それを見た時に真那は足を止めて即座に戦闘態勢に入った。

「お久しぶりですね崇宮真那。行方を眩ましてどこへ行ったのかと思えばやはりラタトスクにいましたか」

「エレン……。一体、何の用でやがります? ここにはDEMの好きな精霊はいやがりませんよ?」

「今回は精霊の捕縛が目的ではありません。私の機体のテストです」

 真那は腐食砲を構えた。

「良いです。私の“センチネル”とあなたのペンドラゴン、どっちが上か試してやるです!」

「今までのペンドラゴンと思えば怪我をしますよ」

 エレンが背面のスラスターを噴射して躊躇いもなく真っ正面から突撃すると真那は腐食砲を撃った。エレンは一切の回避行動を取ろうとした。

 腐食砲の腐食液が命中する寸前、エレンの肉体は一瞬にして細かな粒子と化して細分化されて腐食液を避ける。粒子となって拡散した体は再び結合を始めて瞬時にエレンに戻った。

「今のは……!?」

 真那は驚きを隠せないような顔をした。

 エレンは大振りのブレードを作り上げ、真那を斬りつけた。盾で受け止めたが、エレンの攻撃は重く、受け止めきれなかった。

 地面へと叩きつけられた真那は腐食砲をしまって二ヶ所に刃が付いたブレードを振り回し、エレンの剣と競り合った。CR-ユニットの性能では両者は同等と見て構わないだろう。

 その性能を生かすも殺すも装着者の実力に左右される。

 盾でエレンを押し込み、姿勢を崩すと横っ腹に蹴りが入った。同時にエレンの切っ先が真那の頬を掠める。

 後退などしない。真那もエレンも痛みを押し殺してスラスターで前進した。真那の剣が先に振り抜かれるとエレンは粒子化して背後を取る。

「もらった!」

 攻撃が来る方向を予想していた真那は盾で防御し、腕を引いてブレードで突き刺した。だがエレンは剣で防いでから退いた。

 CR-ユニットはエレンに対して撤退の命令を出していた。未だテスト機体である所為か活動時間を制限されているのだ。

「良い勝負でした。再開が楽しみです」

「これで人生終了にさせてやります!」

 真那が斬り込んで来るとエレンはまた肉体と細分化して真那の剣は空を打った。

「チッ……逃げましたね」

 真那は切り替えると火山を目指した。

 

 

 

 

 グリムロックとプレダキングの戦い。

 地形に影響を与える激突は山のふもとの森を瞬時に焦土に変えて小山は更地になっていた。

 プレダキングは翼を広げて空から仕掛けようとするとグリムロックは背中のハッチが開き、そこからスラスターの噴気口を突出させ、土煙を吹き上げグリムロックも空に舞い上がる。

 ロボットモードだけでなくビーストモードでも飛行が可能となった。それでも空中戦は苦手らしく、空中のプレダキングに突進して迎撃して、地上へ叩き落とした。

 

 上手く着地したグリムロックへプレダキングの牙が首に迫る。地面に固定して首をねじ切ろうとするプレダキングだが、相手の装甲は予想以上に固い。

 その隙にグリムロックの尻尾が腹を貫き、引き剥がすと全身を使って身を捻り、突き刺さったプレダキングを岩盤に叩き付けた。

 プレダキングが悲鳴を上げ、鋭い爪でグリムロックの胸を切り裂いていた。プレダキングは右腕にエネルギーを溜め込み、エナジークローを発動させる。歩調を早めて加速を付けるとプレダキングは前方へ飛び込みながら前足を振りかぶった。

 ただでさえ赤いグリムロックの肉体が光を帯びた。全身が炎のように燃え上がり、グリムロックはプレダキングを迎え撃った。

 激しい金属音が轟くと二人は交差し終えていた。

 グリムロックの横顔から足にかけて切り傷が生じている。手痛い傷だがグリムロックの口にはプレダキングの右翼がくわえられている。どちらが重傷かは一目見れば分かる。

 プレダキングは倒れ込んだ。

「プレダキング!」

 メガトロンは思いもよらないプレダキングの敗北を目にして悔しいが撤退を指示した。

「撤退だ。サウンドウェーブ!」

「ハイ」

 ネメシスに連絡を送ると帰還用ダクトが降りて来た。

「待てメガトロン!」

 オプティマス達がダクトに向かって乱射したが、弾は全て弾かれた。ディセプティコンの幹部達が回収が完了するとネメシスはあっという間に宇宙空間まで飛んで行ってしまった。

「オプティマス」

 グリムロックは変形するとオプティマスに声をかけた。

「無事だったんだなグリムロック」

 戦いが終わった所へジャズと士道が乗り込んで来た。

「お待たせしたねオプティマス!」

「ディセプティコンはどこだ!」

 ロボットの姿になったジャズとスターセイバーを構えた士道がポーズを決めた。

「おせぇよ二人とも! ディセプティコンならあっこだぜ!」

 ワーパスが空を指差した。

「え、戦いはもう終わったのか!?」

「そうだ。グリムロックが勝利を収めたおかげだ」

 グリムロックは誇らしげに胸を張った。

「グリムロック? お前本当にグリムロックかよ!?」

 知らない間に赤いカラーリングに変わったグリムロックを見て士道は目を疑った。

「それよりもこの島が自壊しようとしている。あのエネルゴンキューブを早く島に戻すんだ!」

「戻すって……どうやるんだよオプティマス!」

 士道が疑問の言葉を述べた。

「こうするんだ!」

 山積みになったエネルゴンキューブをオプティマスは火口に蹴落とした。吸い上げたエネルギーを元の場所に戻すというのは間違ってはいない筈だが、何か違う気がした。

 しかし、四の五の言っていられないのでみんなキューブを火口に叩き落とした。

 するとどうだろうか、地震や地割れは収まり、空を覆い隠す黒雲は霧散して皓々と太陽の光が差し込んで来た。

「助かったようだ」

「ああ……うん……」

 

 

 

 

 ダイノボットアイランドは救われた。数日後には日本近海にあったその島は消えてなくなり、元の時間へと帰っていたのだ。

 さて、医務室で目を覚ました四糸乃はまず先によしのんを探して左手にハメた。四糸乃は今、フラクシナスの医務室で治療を受けていた。

 あの時、意識が全て負の感情に支配され反転したが、その被害を最小限に抑えられたのはプレダキングが即時、四糸乃を撃破したからだろう。

「四糸乃……グリムロックさんは……?」

『わかんない』

 プレダキングの言葉を思い出して四糸乃の目頭が熱くなった。そして目に涙を蓄えた時だ。

 医務室の壁を金属の腕が突き破り、四糸乃が座っていたベッドごとフラクシナスの外に引っ張り出して来た。

「な……何ですか……?」

「四糸乃、俺、グリムロック。強くなって復活した!」

 グリムロックはフラクシナスの外装に張り付いている。

「グリムロックさん……本物……?」

「本物だ」

 さっきまで泣き出しそうだった感情が嬉しさに変わり四糸乃は涙を流し、風で涙は流れて行く。

「良かったです……生きてて……生きてて本当に……良かったです……!」

「泣くな、俺、生きてる。ピンピンだ!」

『コラ、グリムロック! フラクシナスの外装に穴空けたでしょ!』

 通信で琴里の怒鳴り声が聞こえて来た。

「ごめん、俺、早く会いたかった」

『わかったから外装から離れてちょうだい!』

「うん」

 グリムロックはフラクシナスから離れ、落下と同時にビーストモードになると四糸乃をくわえ、背中のスラスターを使って基地へと飛んで帰って行った。

 基地に戻ると改めてグリムロックの復活を喜んだ。

「やっぱりダイノボットは五人じゃないとダメだな!」

 重傷だったスラッグはすっかり元気になっていた。

「俺、グリムロック。ヒーロー! 俺、最強のロボットだ!」

 ダイノボットアイランドが無くなってしまったので五人は再び基地に住まう事になった。基地は前よりも頑丈に大きくなってだ。

 今回の一件でグリムロックはオートボットの切り札としての存在を確固たる物にした。

 次こそ宿敵、プレダキングを討つとグリムロックは己に誓った。

 



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31話 二人はまず歩み寄らないとね

まさか狂三と真那で一話使い切るとは・・・。



 グリムロックが復活と進化を得てからダイノボット達は自信をつけて自分達も常に訓練に励んでいた。

 そんな暑苦しく、激しい連中とは離れて士道は買い物に出掛けた帰り道だ。いつも通る交差点を渡ろうと信号で立ち止まっていた。腕時計で時間を確認し、向かい側の歩道の信号の色が変わり歩き始めると士道の前に突如、狂三が出現した。

「ごきげんよう、士道さん」

 ミステリアスな雰囲気を醸し出すゴスロリ衣装を身に纏う狂三を見て、士道は驚いた。

「狂三、足の傷はもう良いのか?」

「心配して下さるなんて嬉しいですわね」

 どうしてか、不思議と士道は狂三に対しての恐怖感という物を感じなかった。初めて会った時は不思議な子と思い、人を殺す様を見た時は純粋に怖かった。美九の時は頼りになると安心し、あの天宮市での戦いで傷を負った狂三を見て士道は、彼女も守るべき存在であると認識したのだ。ただ単にそれだけが理由ではないだろう、士道には自信がある、信念がある、目的がある、だから軸はズレないし、狂三を恐怖の対象としてでなく見れるのかもしれない。

「そうだ、狂三。あの時はありがとう、お前の力を俺に使ってくれて」

 あの時とは狂三が士道に【四の弾(ダレット)】によって傷を元に戻してくれた時だ。

「お安い御用でしたわ。そうだ、士道さん。これからわたくしとデートをしませんこと?」

「デート?」

 これからの予定は特にない。断る理由はなかった。

「ああ、良いぞ」

 狂三はにっこりと笑うと士道に腕を絡めて来た。

「狂三!?」

「士道さん、デートでしたらこうするのが普通ではなくて?」

 士道は困ったように鼻の頭をかいてデートを始めた。

「なあ、どこか行きたい所はあるのか?」

「そうですわね……。まずはランチにでもしません?」

 時間的にもちょうど良かった。士道と狂三はすぐ近くにあるファミリーレストランで昼食を取ることに決めた。店内に入れば、店員に人数を確認してから案内され、二人は窓際の席に座った。

 士道はハンバーグセットを頼み、狂三はパスタを注文した。水の入ったグラスを傾けながら士道は久々の狂三をまじまじと見詰めている。

「あの、士道さん。そんなに見られたら恥ずかしいです」

「悪い。こうして再開出来て俺は嬉しい」

「あらぁ? 士道さんはもうわたくしが怖くありませんの?」

「そうだ。怖かったらこうしてデートなんてしねえよ」

 クスクスと狂三は笑った。

「変わりましたわね士道さん」

「俺は変わってないよ。肝っ玉がついただけさ」

「ところで士道さん、窓の外で怖~い方が見ていますわ」

「怖い方?」

 狂三が指を差す方に顔を向けると窓の向こう側でガラスに張り付き、真那が血眼になって狂三を睨んでいる。

「おあっ! 真那!?」

 真那は一旦、ガラスから離れるともの凄い勢いで店内に駆け込んで来た。そして、士道の隣の席を陣取った。

「何をしてやがるんです。ナイトメア……!」

 声を細めながら真那は怒鳴った。

「真那、ちょっと待ってくれ」

「兄様は黙ってて下さい。ここで会ったが百年目! ナイトメア、覚悟しやがれです!」

 真那は腕まくりをして今にも仕掛けそうだ。

「怖いですわ。町中でこ~んなか弱いわたくしを襲おうなんて」

 狂三も狂三で挑発的な言動を取るので真那の怒りのボルテージは上昇し続ける。

「今、この場で戦えば市民に被害でます」

 冷静さを取り戻した真那は椅子に座り直し、真那もハンバーグセットを注文した。狂三は残念そうに首を横に振った。しばらくしてから注文した品が届き、無事に昼食を迎えられた。

「で、狂三。お前は今まで何してたんだ? いきなりひょっこり顔なんて出してさぁ」

 狂三は横に並ぶと士道と真那は本当に良く似ていると思いながら答えた。

「人捜しですわ」

「人捜し? なら手伝うぞ」

「兄様! どうせコイツは適当な事を言ってるだけです! 忘れてませんか? ナイトメアは一万人以上の命を奪った『最悪の精霊』です」

 士道は徳の高い僧侶のように落ち着きを払い、安心させるような声で真那を諭す。

「それは分かっている。狂三の罪は永遠に消えない。でも狂三を殺しても死んだ人は帰って来ない」

「何ですか、それなら死んだ人の無念はどこへ行きやがるのですか!」

「互いに分かり合わないといつまでも憎しみの連鎖が続くだけだ。真那、狂三、お前達はまずは歩み寄らないとな」

 幾度となく殺し合った者同士が歩み寄り、仲良くするなど出来る筈がない。真那には到底出来ない事だった。

「兄様は甘すぎるんです」

「わたくしは好きですわよ。士道さんの甘っちょろい戯れ言は」

「戯れ言をいつか実現させるさ。そうだ、今から飯を食ったら三人で遊ぼうか!」

「はぁ!?」

「えぇ~」

 二人は顔を合わせると露骨に嫌そうな顔をした。しかし、士道はやや強引に二人を連れて行き、ファミレスを出て行くとゲームセンターに行った。

「士道さん、今日はわたくしとのデートでしょう? どうして三人ですの?」

「このままじゃあ真那が黙ってないだろ。それに……狂三はもちろんとして、真那も友達いなさそうだし。年相応の遊びってのをやってないんじゃないか?」

 二人は少しムッとした。

「わたくしがどうして一人なんて言うんですの!?」

「友達っつっても分身した自分は無しな?」

「わかってますわ!」

「兄様、流石に私も友達はいますよ」

「本当かぁ? DEMの仕事仲間とかは無しだぞ?」

「ぐっ……」

 どうやら真那の言う友達とはDEMの仕事仲間だったらしい。それも見栄を張る為だけに言った友達だ。

「狂三の友達ってのはどんなだ?」

「ああ、よろしければ今から会いに来ます?」

 士道と真那は頷いた。狂三の友達というものが一体どんな人なのか気になった。狂三の後に続いて二人はひそひそとどんな友達が出て来るかを予想した。

「狂三の友達か……」

「きっととんでもない奴に違いねえです! あのナイトメアの友達ですよ!? きっと血祭りとか好きな筈です!」

「全く想像出来ん……!」

 狂三の後を歩いているとやがて、三人は大きな噴水がある公園へとやって来た。

「着きましたわ」

「……どこに友達がいるんだ?」

 士道の質問を無視して狂三は一気に走り出した。すると狂三は噴水の前に貯まる猫を拾い上げて膝の上に乗せて可愛がりだした。

「あぁ~、このもふもふたまりませんわぁ~。よしよし、寂しくないようにまた来ましたわ」

「……まさか狂三の友達って」

「猫でいやがりますね」

 猫を愛でる様は最悪の精霊という肩書きの狂三とはリンクしない。

「見て下さい士道さん、これがわたくしの友達のタロ、ミケ、タマですわよ」

「う~ん……」

 狂三のまた別の一面が見れた気がした。

「狂三、お前の友達はよくわかった。ちなみに人間の友達は――」

「いませんわ」

「だよなー」

 狂三が猫と存分に遊んだ後にゲームセンターやショッピングモールなどを回ってみたが、やはりそう簡単に狂三と真那は混じり合う事はなかった。士道がいたからこそ、戦いには発展しなかったが、真那の方は終始殺気を放っていた。

 

 時間をかけて士道は二人の垣根を取り払いたいと士道は考えていた。

「今日はありがとうございますわ、士道さん。次回は二人きりが良いですわね」

「ナイトメア、兄様を狙うなら容赦しねぇです」

「真那、だから戦う事は忘れろって。こっちこそ楽しかったよ狂三」

「ふふ、ではまた」

 狂三はスカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をすると士道達とは別の方向を歩いて行った。

「俺達も帰るか」

「はいです! あ、いや兄様は先に帰ってて下さい。私は少し用事がありやがりますんで」

「ああ、あまり遅くなるなよ」

「わかってます」

 士道は真那と分かれると家路を急いだ。士道の姿が見えなくなると真那はセンチネルを起動、赤いCR-ユニットを展開すると腐食銃を取り出した。

 真那はゆっくりと上昇し、移動していると狂三を発見した。すぐに斬りかかろうとしたが、真那は足を止めた。狂三の前には黒い髪の男性が立っている。狂三は刻々帝(ザフキエル)を権限させていたが、深手を負っているように見えた。

「あの男……何者?」

 真那はこのまま傍観していようと思っていると男の顔がハッキリと見えた。髪の色は黒だが、アイザックの顔に違いなかった。

「アイザック!」

 真那の怒りは瞬く間に限界に達してスラスターで加速をつけてアイザックの姿をした何者かを蹴り飛ばした。

「真那さん……?」

「あんたを助けた訳じゃねーです」

「真那さん、気をつけて下さい! あいつはまともじゃありませんわ!」

 狂三の言ってる意味が分からないので首を傾げているとアイザックの姿をした何者かは腕を軟体に変えて真那の首に巻き付けた。

「まさか私を攻撃するとは。君は狂三と戦って憎しみを振りまけば良いのだ」

「ナイトメア、こいつは!?」

「精霊の祖ですわ!」

 狂三は真那を捕らえる腕に銃弾を撃ち込んで千切る。

「始原の精霊? なら何であんたを攻撃しやがるんですか!?」

 狂三は答えなかった。

「崇宮真那、君は狂三を狙うが良い。手負いの彼女なら簡単に殺せるぞ」

 その男の言う通りだ。狂三を殺したくば今の狂三を攻撃すれば問題なく息の根を止められる。だけども真那は酷く気が進まなかった。それどころか、真那の切っ先はその男に向いた。

「アイザック、いつイメチェンしたかしらねえですが、私の今の目的はお前です!」

「アイザック? ああ、この男はそう呼ばれているんだったな」

 男の姿がドロドロの黒い液状となり、真那と狂三は同時に身構える。黒い液状は徐々に人の形を作り上げ、その肉体は人間のサイズを大きく超えてトランスフォーマーと同等のサイズにまで膨れ上がった。

 黒い液体が取り払われると二人は息を呑んだ。その姿は色こそ違えど見た目はオプティマスと瓜二つだった。

「ネメシスプライムと覚えていてもらおう」

 真那は腐食銃を迷わず撃ち込んだが、ネメシスプライムは弾速の遅い腐食銃を避けると両腕にダークエネルゴンを圧縮して刺々しい砲門を形成した。

刻々帝(ザフキエル)七の弾(ザイン)】!」

 ダークエネルゴンの砲弾を撃つ前に狂三の時間を止める力のおかげでネメシスプライムは停止した。

「今です!」

 狂三が叫ぶと真那は剣を振り上げてスラスターの出力を全開に一直線に突き進んだ。

 その時である。ネメシスプライムの目が紫色に光り、停止していた筈のネメシスプライムの体が動き出した。瞬時にダークエネルゴンの鎌を作り、真那を叩き落とし、続いて狂三をダークエネルゴンの大砲で吹き飛ばした。

「人間はいらないな。時崎狂三は回収しよう」

 ネメシスプライムは胸のハッチを開き、内部には禍々しく光るダークエネルゴンの結晶が置かれ、狂三を拾うと突如ネメシスプライムは激痛に顔を歪めた。

「ぐぉぉッ!? 何者だ!」

 ネメシスプライムの胸から光り輝く刃が突き出している。その刃は間違いなくスターセイバーの刀身だ。

「真那と狂三に何しやがる! リペイント野郎!」

 ネメシスプライムは激しく体を動かして背後から刺して来た士道を振り払い、乱暴に狂三を地面に叩きつけて痛みに吠えると足下に影を作り、その中へと逃げて行った。

「二人とも大丈夫か!?」

「は、はい……大丈夫ですわ」

 狂三は肩口を斬られ、体の各所に打撲の痕があった。真那は額を少し切り、体を強く打っていた。

「兄様……どうしてここへ?」

「どうせお前は狂三を狙う。そう思ったんだが、アタリだったな」

「すいません……」

 士道が真那と向き合っている間に狂三は足を引きずりながらその場から逃げ出そうとしていた。しかし、士道は逃がさず、肩を掴んだ。

「待てよ狂三」

「ひゃっ!?」

 傷に手が当たったらしく狂三は声にならない声を上げた。

「し、士道さん……!」

 狂三はキッと涙目になりながら睨んだ。

「ごめんって」

 士道が狂三と話している隙に今度は真那がどこかへ行こうとしていた。

「真那! どこ行く気だ!」

「に、兄様……」

「仕方ない……」

 士道はため息を吐くと真那と狂三の手を握るとポケットから手錠を持ち出すと二人の手に手錠をはめた。

「何をするですか!?」

「士道さん、何の真似ですの!?」

「二人とも仲良く出来なかった罪で逮捕しちゃうゾ!」

 二人を繋ぐ手錠にもう一つ手錠をかけて士道は自分の手にはめた。

「ふ、ふざけねえで下さい!」

「ふざけないで下さい!」

 二人の声は重なった。士道はそんな二人の抗議など無視して強引にオートボット基地へと戻って来た。帰路を行く間も真那と狂三は常にいがみ合っていた。

 フラクシナスに連れて行く方が本来なら良い筈なのだが、あそこの精霊保護部屋は隔離され過ぎている。今、二人に見せてやりたい物は別にあった。

 特設マンションに入り、地下へ行くエレベーターに乗ると階を決めるボタンの一つにオートボットのエンブレムが記されている物がある。そのボタンを押して三人を乗せたエレベーターが勢い良く降下して行く。エレベーターが停止してドアが開くと少し廊下を歩いていると重厚なゲートが見えて来た。

 士道が近付くとゲートは自動的に開き、中へ入った。

「グリムロック! お前真っ赤っかになっているぞ! 強そうだぞ!」

「俺、グリムロック。パワーアップで最強になった!」

「グリムロックよ、おぬしがその身を紅蓮の業火に焼かれたと知った時はひやりとしたぞ!」

「驚嘆。溶岩からの復活は胸熱です」

 グリムロックはエネルゴンの溶岩に落ちてから見事に復活を遂げた時の話を自慢気にみんなに話している。十香は結果的にグリムロックが生きていたので大して気にはしていない。

「あの凶暴なグリムロックくんが更に復活ってぇ~凄く心強いですよねぇ!」

 精霊達はみんな勢揃いしていた。

「グリムロックがパワーアップ……ますますあたしなんていらないじゃん……もうダメだ……死のう」

 相変わらず七罪がネガティブな事を言っている。

「七罪ちゃん、大丈夫ですよぉ、ちゃんと七罪ちゃんも必要ですからね!」

 美九が慌てて励ましている。

「まあ、チーム最強の、俺みたいな、理想には、なれないぞ!」

 空気もへったくれもないグリムロックの発言に七は更に落ち込んだ。

「コラ、グリムロックくん! そんな事言っちゃダメでしょ!」

「俺、グリムロック。反省」

 みんな折紙から受けた傷は完治しておりいつもの元気な姿を見せてくれている。そこには殺伐という単語が最も不似合いで呑気で陽気な空間が出来上がっていた。

「おぉ、シドー帰っていたのだな――ぬ! 時崎狂三! 何故貴様がここにいる!?」

「来たくて来たんじゃありませんわ」

「俺、グリムロック。狂三、俺、強くなった!」

 自慢の赤いボディーを狂三に見せるグリムロック。

「はいはい、凄いですわ」

 なるべくグリムロックとは相手をしたくない狂三は適当にあしらっておいた。

「やりぃ! 俺、凄い! 俺、最強!」

「士道さん、彼はいつもあんなのですの?」

「まあな」

「それより早く手錠を外して下さい」

「そうですよ兄様!」

 士道は首を横に振った。今ならまだ逃げられるかもしれないからだ。

「二人はさ、この部屋に入った時何も思わなかったか?」

 真那も狂三も頭に疑問符を浮かべた。

「トランスフォーマーも精霊も種族なんて関係なく笑い合い、互いを理解し合っている。それに真那なんてジャズを想っているんだろ? 人間とトランスフォーマー、精霊とトランスフォーマーが分かり合えるなら……人間と精霊も分かり合えないか?」

「人間は嫌いですわ。暴力的で原始的な種族……」

「そうは思わないね」

 三人の会話にオプティマスとジャズが入って来た。すると真那は頬を赤らめて視線を泳がせた。

「かつて我々も同じだった……。人間は幼い種族だ。まだ学ぶべき所がある」

 オプティマスは続けた。

「私達は人間の良い面を見た。重厚は全ての生き物が持つ権利だ」

「確かに人間は荒いけどみんな最低とは思わないな。現に私の親友は人間さ」

 ジャズはポンと士道の肩に手を置いた。「狂三、お前に消えて欲しくない。このまま一人で行動したら……アイツにやられる」

「バカにしないで下さいまし……わたくしは――」

「みすみす死ぬのを分かって外に出したくはない。狂三、せめて傷が癒えるまでここにいろ!」

 狂三は諦めたようにため息を吐いて承諾した。士道は手錠を外してやった。

「耶倶矢、夕弦。狂三と真那の手当てを頼む」

「引き受けた」

「了承。わかりました」

 会話が一段落するとオプティマスが顔を近付けて士道に聞いてきた。

「士道、“アイツ”とは誰だ?」

「オプティマスにそっくりの敵が現れたんだ。ネメシスプライムとか名乗ってたぞ」

 ネメシスプライム、そう聞いてもオートボットは誰もピンと来ない。プライムを名乗っているがみんなの記憶にそんなプライムは一人もいない。傷の手当てを受けながら真那も会話に参加して来た。

「ネメシスプライムは最初は人間でいやがりましたよ」

「何だと?」

 オプティマスは驚く。すると狂三も語り出した。

「真那さんの言う通りですわ。ネメシスプライムは最初はアイザック・ウェストコットの姿をしていましたわ」

 真那は急にCR-ユニットの腕部だけを展開すると空中に映像を投影した。それは黒い髪のアイザック・ウェストコットだった。しかし、その目や表情には人間的成分を排除されて人間とも精霊ともトランスフォーマーとも違う独特の雰囲気を醸し出していた。黒い髪のアイザックを見て、士道と美九は同時に「あっ!」と声を上げた。

 自然と二人に視線が集まる。

 士道と美九は黒髪のアイザックは初見ではなかった。士道はかつて天宮市の火災の映像で琴里に精霊の力を与えた存在を見た時に確認した。そして美九は声を失った時に精霊の力を与えて来た男の顔と一致したからだ。

 二人ともアイザックと会った時、違和感を覚えた理由はこれだった。ネメシスプライムと名乗る黒髪のアイザックが全ての元凶だ。琴里、美九に力を与え、三十年前に巨大な空間震を発生させた存在だ。

「コイツが……琴里に精霊の力を持たせた……!」

「私はこの人から精霊の力をもらっちゃいましたぁ~」

「アイザック・ウェストコットはDEMの社長だぞ? どうして精霊の力を与えられる」

 オプティマスは疑問を投げかけた。

「それはアイザック・ウェストコットの顔を借りただけの別人ですわ。何かを復活させようとしているみたいですわ」

「何か?」

 狂三に聞き返した。

「確か……ゆ……ユニクロン……でしかね」

 狂三がユニクロンと言った途端、基地内の雰囲気はガラリと変わり、一気に緊張感は最大になった。十香達、精霊はユニクロンから生まれた、その事実は隠してある為、その名前を聞いても何の事か分かっていない。

「ユニクロンとは何なのだ? お洋服屋さんかシドー?」

「まあ近いな」

 ネメシスプライムはユニクロンの眷属というのは分かった。けどもまだ分からないのはどうして精霊を産み出したり、精霊の力を与えているかだった。

 ユニクロンはもちろん、ダークエネルゴンでさえも伝説の存在と信じられていたが、大戦時スタースクリームとジェットファイヤーの研究ステーションでダークエネルゴンの研究が進められ、それがユニクロンの血液である事が判明している。

「みんな、そろそろ寝る時間だろう。マンションへ戻るんだ」

 オプティマスが部屋に戻るように促すと全員素直に従った。真那は五河家の自宅に戻り、狂三は特設マンションに行く予定だ。みんながゲートを通って部屋に帰ろうとする最中、士道だけがオプティマスに呼び止められた。

「士道」

「何だ?」

「少し話がある」

 士道は黙って頷き、踵を返す。

「シドーどうしたのだ? エレベーターに乗らないのか?」

「ああ、先に行っててくれ」

「うむ! おやすみシドー!」

「おやすみ十香、みんなもおやすみ」

 エレベーターのドアが閉まるのを確認してから士道は基地へ入ると手すりに手をついた。

「話ってなんだ?」

「もう一度、スターセイバーを見せてくれないか?」

「スターセイバーを?」

 疑問に思いながら士道はスターセイバーを出す。

「私の手に置いてくれ」

 オプティマスの指示に従って士道はスターセイバーを差し出された手の上に置いた。するとどうだろうか、人間が扱えるサイズであったスターセイバーは展開と拡大を繰り返していき、徐々にそのサイズをトランスフォーマーに合った物へと変えて行く。やがて、スターセイバーは巨大な剣へとなった。姿は同じでも大きさは普段のスターセイバーよりも何倍もある。

 そして、スターセイバーは眩い光を放つ。士道は目を見開いた。まさかスターセイバーがオプティマスにも反応するとは。てっきり士道だけに反応する力とばかり思っていたからだ。

「オプティマスもスターセイバーを使えるのかよ」

「オプティマスはプライムだぜ? 使えて当然よ!」

「本来はだな、この剣はプライムの資格を持つ者にしか反応しないんだ」

 意外な事をアイアンハイドから知らされた。

「じゃあ俺はどうして」

「君はプライマスに認められ、先代プライムに託された。スターセイバーを扱うに十二分の資格を得ている」

 そう言われると少し照れくさくなる。さて、そのスターセイバーを巨大化させて一体何をしようと言うのか。士道や他のみんなも注視しているとオプティマスは目から光を放った。

「オプティマス、何をしているんだ?」

「依然、君が持った時に同じような事をしたのを覚えているか?」

「ああ」

「あの時、ゼータプライムからのメッセージが一部、映像化されなかった所があった」

 今度はあの時のようにゼータプライムの映像は出て来ず、オプティマスはジッとスターセイバーと向き合い、何かと対話をしていた。しばらくしてから輝きを放つスターセイバーから光が消えて実体剣になるとスターセイバーを士道に返した。

「どうだった? 何かメッセージはあったのか!?」

 ワーパスは急かすように聞いて来た。他のオートボットも真剣な眼差しでどういう言葉が出て来るのかをジッと待っていた。ユニクロンの話になるとやはり、緊張感が違う。

 ダイノボットは普段通り陽気で話など聞いてもいない。

「惑星が直列した時、暗黒の王は蘇る。そう言っていた」

「惑星の直列? 太陽系の惑星の事ですか?」と、パーセプター。

「違う、正確な日時は分からないがメッセージにはそう書いてあった」

「ふむ……太陽系の直列なら明後日に置きますよ」

「明後日!?」

 士道は驚愕した。

「まだ、明後日と決めるのは早い。パーセプター、君は太陽系以外で起きる惑星の直列を調べてくれ」

「わりました」

「士道はこの事を十香達には内緒だ」

「よし、じゃあ琴里に伝えておくよ」

「いや琴里には私から話しておく。士道は狂三と真那の事に専念してくれ」

 コクリと頷いてから士道は基地を後にした。ユニクロンの存在は冗談では済まされない域である。けど士道に出来る事などたかが知れている。士道が優先すべき相手は狂三と真那の関係を取り持つことだった。

 

 五河家の自宅に戻る時に琴里とすれ違った。適当に挨拶を交わして、オプティマスが呼んでいる事を伝えると士道は家の中に入った。リビングに行くと真那がソファーに腰掛けてドラマを見ている。

「これからはウチで暮らすか真那?」

「考え中です」

 真那はテレビの電源を切ると士道と向かい合った。

「考えるも何も……DEMから足を洗ってるんだし帰る所がないだろ?」

「はい……そうなんですが……」

「とりあえず、飯にしようか。お前はまだ食べてないだろ?」

 士道が時計を見て時間を確認してから腰にエプロンを巻いた。腕まくりするとキッチンに入って今日使う筈の食材を冷蔵庫から出して並べた。

 三十分程で真那の分の料理が完成し、テーブルに並べた。兄の手料理など初めてである真那は気持ちを少し高ぶらせながら食べ始めた。兄妹の二人きりの時間など今まで無いに等しい。士道は料理を頬張る真那を嬉しそうに眺めながら、言葉を切り出した。

「真那、ずっとここにいてくれ」

「はい?」

 神妙な顔で急に思いも寄らないセリフを言われて真那は戸惑ってしまった。

「俺は兄妹で暮らしたい。俺を捨てた奴なんて知らないが……妹は違う」

「でも私にはやる事がありますんで」

「狂三か?」

 真那はゆっくり首を縦に振った。

「ナイトメアは世界に有害な存在です。だから私がこの手で――」

「やめろ! そんなに戦いたいのか? 何の為に? お前の“自分”はどこにいる? 狂三はお前だけ使命じゃない。俺が助け出す義務を背負っているっ! だからもう……殺そうとしないでくれ……!」

 士道の必死の思いを伝える。真那も兄の言葉が自身を揺れ動かしたのを感じたが、まだ心につっかえる物があった。

「ナイトメアを助ける、一体どうやってやりやがるんですか?」

 真那はまだ士道の力に関して全くと言って良い程知らない。

「真那、俺は――」

 士道はそのまま自身の力について話した。十香や他のマンションに住まう少女達が元々は精霊であり、それを封印出来る力を有している。それはプライマスの力によるものだと、士道は打ち明けた。

「ラタトスクは対話で精霊を解決しようと考えている。だから……狂三も俺がデレさせてみせる」

「わかりました、兄様の言う事は信じます。ナイトメアも任せてみます。でもあいつと馴れ合うつもりはねえです」

 真那は食事を済ませると二階に上がって空き部屋に駆け込んで行った。

 

 

 

 

 翌朝、狂三は起きるとまずは身の回りの事を確認した。次に自分の手足を確認した。そして、狂三はほくそ笑んだ。まさか拘束もせずにしかも部屋に霊力を封じる細工もしないで時崎狂三を放置するなど思っても見なかった。舐めているとも取れる相手の対応だが、ここは一つ感謝した。

 看護衣の姿で体の傷はちゃんと治っている。狂三は片手を天に向けて突き出すと霊力を溜め、赤と黒を交互に折り合わせたドレスのような霊装を身に纏う。再び、単独で例の始原の精霊もといネメシスプライムを討ち滅ぼそうと部屋を出た矢先、士道と対面した。

「よ、狂三。傷はもう良いのか?」

「心配をおかけしましたわ。でももう平気ですわよ士道さん」

「昨日は途中からデート出来なかったろ? 良かったら今日はその続きでもしないか?」

 狂三は目を細め、士道の様子をじっくりと観察した。

「面白い提案ですわ。上の命令……でも無さそうですし」

「嫌々この使命を全うしてる訳じゃない」

 狂三はさっきまで自分がいた部屋のドアを開ける。

「着替えてきますわ」

 そう言って部屋へ入って行った。

 士道は壁にもたれて狂三の事を待った。狂三が逃げようと思えば簡単に士道から逃げられるが、士道は信じてただジッと待った。

 ようやくドアが開くと狂三は相変わらず、黒を基調としたフリルのついたゴスロリ衣装を着ていた。

「お待たせしましたわ士道さん」

「待ってないよ。さ、行こうか」

 士道はの手を握ると歩き出した。狂三には士道がここまで積極的に近付いて来るのかが理解出来ない。狂三という美少女と仲良くしたいという下心だけならとっくの昔に離れている筈だ。ただの義務感で動いている節はない。

 まさか、本当に狂三を救おうと考えているなどと当人は予想だにしていなかった。

 さあ、デート開始だ。

 今回はフラクシナスからのサポートが無い。士道はこれまでの経験を活かして狂三をデレさせる作戦を立てる。

 スタンダードに映画に行く事を考えて、すぐにケータイを開き、今やっている映画を調べた。

 一、トランスモーファー。

 二、メタルマン。

 三、ほぼ300。

 選出された映画を見て思い止まった。映画という選択そのものを無しにした。

「狂三はどこか行きたい所はないか?」

「そうですわね……」

 狂三は人差し指を唇に当てて考えるとピンと何かが閃いた。

「そうですわ。わたくし、プラネタリウムに行ってみたいですわ」

 プラネタリウム、悪い所じゃない。むしろロマンチックだ。

「良いなプラネタリウム、俺も行った事なかったし」

 狂三の案を受け入れて天宮市に一ヶ所だけあるプラネタリウムに行った。ジャズに送ってももらえたが、ここは電車を使い、じっくりと移動も楽しみつつ目的地へ向かった。プラネタリウムのチケットを買ってから施設に入るとシートに腰掛け、背もたれが倒れてほぼ仰向けになる。

 会場内にアナウンスが流れてから消灯した。

「楽しみだな狂三」

「そう……ですわね」

 天井のスクリーンに無数の星が映し出された。士道はセイバートロン星がどこかにないか探したが、見つからなかった。

 星の説明をアナウンスでやっているが士道は内容のほとんどが耳に入っていない。意識はプラネタリウムよりも狂三に行っていた。

「士道さんは時間を巻き戻したいと思った事はありますか?」

「何だよ急に……。あるな、でも巻き戻せないしな」

「もしも巻き戻せるなら?」

「巻き戻さない。昔の恥も失敗も今の俺の一部だから」

 

 狂三は士道の横顔を見ながら最初に士道を見た時の記憶を思い返していた。ただの少年で容易く籠絡出来ると思っていた。

 今はどうだろう、以前よりも自分の軸が強まり、頼りがいのある雰囲気を作り上げていた。

 顔を星空に向けて、アナウンスでは今は季節外れの織姫と彦星の天の川について話していた。

「士道さん、織姫と彦星は年に一度しか会えませんのよね?」

「そうだな」

「もしもその一回の機会に雨が降ればまた一年先延ばしになりますわ」

 傘させよ、と士道は思ってしまったが口にはしなかった。

「時間は優しく、残酷ですわ。見送ったたった一年の損失をいつしか癒やしてしまうでしょう。永久に愛を誓い合った二人を風化させてしまうでしょう」

「何だか難しいな」

 一年なんて士道からしたら長く感じるが何千万年も生きたトランスフォーマーからすれば瞬きの時に過ぎないのだろう。

「まあ、織姫や彦星はイチャイチャしまくって引き離されたんだろ? そんな二人がお互いを忘れてるとは思えないな。それに、連絡する手段なんていくらでもあるしな。禁止されたら悪知恵なんていくらでも湧くもんだ」

「ぷっ、くっふふ、アハハハ!」

 狂三は笑いをこらえられず吹き出してしまった。

「お、おい狂三、シッー! あ、いや……一旦出よう」

 笑う狂三を一度場内から出した。少し笑い過ぎて狂三は目に溜めた涙を拭いて、息を吸った。

「士道さんは面白い人ですわ」

「笑わせるつもりはなかったんだがな……。中に戻るか?」

「いえ、十分に堪能しましたわ」

「そうか、何か飲み物でも買って来るよ」

 狂三は近くのベンチに腰掛けて士道を待つ事にした。ふぅ、っと息を吐き、狂三は我に返ったような感覚に陥った。今の今まで狂三は算段など抜きで士道といる瞬間を楽しんでいた。狂三は首を振り、士道を食べる事に意識を切り替えようとした。

「狂三、ほら」

 声がしたので見上げてみると士道が缶コーヒーを渡している。狂三はそれを受け取ると冷たい缶を首に当てて、顔や体の火照りを静めようとした。士道は狂三の隣りに座り、缶コーヒーを飲んだ。

 士道は頭の中で選択肢を作った。

 一、水族館。

 二、景色の良い所。

 三、ラブホテル。

 三は除外として一か二で迷う。今はまだ三時、景色の良い所はやはり夕暮れの方がロマンチックだ。士道が水族館に決めようとした時だった。

「おや、君は確か……」

 声をかけて来た方に顔を向けるとそこにはいつぞやの剣道場の師範がいた。胴着を着ていたので稽古の終わりか、休憩中か。

「先生……! あの時は本当にお世話になりました」

 士道は立ち上がると真っ先に礼をした。

 老年の男性は笑いながら困ったような顔をした。

「そんなに改まらないでくれ、私は大した事はしていないよ。それよりもあの美しいお嬢さんは君の彼女かい?」

 狂三はサッと恥ずかしそうに顔を背けた。

「い、いえ! そういう訳じゃ……」

「なるほど……」

 力強い目で二人を観察して男性は納得した。

「ところで、ちょうど私はたまたま、どういう訳か天宮動物園のチケットが二人分、あるんだ。君達で行って来るといい」

「そんな悪いですよ!」

「良いんだ。私に行くような相手はいない。それに私にはまだ稽古がある」

 その男は士道に動物園のチケットを渡すと足早にその場から去って行った。

「狂三、動物園でも行くか」

「良いですわね!」

 心なしか狂三の声は弾んでいた。動物好きな狂三にとって願ってもない場所なのだろう。ただ一つ不安なのは、天宮市にいつ動物園が出来たかだった。

 

 

 

 

 天宮動物園に着いてもやはり、その動物園に全くの見覚えがなかった。いつまでも疑っていては始まらないので士道は動物園に足を踏み入れた。受付にチケットを二枚渡して中に入ると狂三の目はキラキラとしていた。

「士道さん士道さん! 見て下さいまし、白いライオンですわ! ほらほら、タスマニアデビルもいますしマンドリルやバッファローもいますわ! ゴリラですわゴリラ!」

「狂三、動物園は初めてなのか?」

「……。ま、まあそう言われればそうですわね」

 我に返って狂三は冷静さを取り戻したが、早く次も見たい様子でうずうずしていた。士道は狂三と手を繋ぐ。

「行こう。どんどん見ようぜ」

「はい!」

 動物に触れ合う時の狂三は純真無垢で済んだ瞳をしていた。今は、自由に猫に触れるコーナーに夢中になっているので士道はそっとしておき、近くの柵を見渡して他にどんな動物がいるのかを探した。

 周辺を見渡しているとある柵に目が止まった。札には『恐竜ゾーン』と書いてあり士道は興味深い反面、嫌な予感がしていた。

「スラッグ! それ、俺の、餌!」

「うるさいグリムロック、早い者勝ちだ!」

「ん~。首が長いと高いところも届いて便利だな」

「スラージ、オレにも木の実を落としてくれよ!」

「スラージ、スナール! やっぱり空が一番だぜ! フッフー!」

 予想通りだった。

「あ、士道だ!」

 グリムロックが士道を見つけ出し、指を差して来た。その瞬間に他のダイノボットも士道の方をじろりと見る。

「ヤバし……」

「士道ー!」

 グリムロックが柵を越えようとすると即座に赤い髪の飼育員が飛んで来た。

「コラコラ! 柵超えちゃダメでしょ!」

「こ、琴里……」

「あ、士道。聞いたわよ狂三とデートですって? ラタトスクの支援無しにやろうなんて良い度胸だわ」

「この動物園はもしかしてラタトスクが?」

「当然!」

 無い胸を張って答えた。

「じゃああの剣道場の先生もラタトスクが……!」

「剣道場の先生? それは知らないけど」

 どうやら違ったらしい。

「しばらくの予算を稼ぐ目的もあって開園させてみたけど絶好調よ。グリムロック達をみんなが出来の良い模型と勘違いしてくれるし」

 まさか超ロボット生命体とは思わないだろう。

「さ、狂三を連れてデートを続けなさい。次は――」

「悪い琴里、次に向かうスポットは考えてんだ」

「ふんっ……言うようになったわね。良いわ! 信じてあげる」

 一通り、狂三と動物園を回り終わった頃には日は山の向こうに沈みかけ、雲は茜色に染まっていた。狂三は士道に行きたい所があると言われて素直について行った。場所は十香とキスをした思い出の場所であった。人はいなく、今は二人きりの空間だ。

 美しい景色にときめく程、狂三は素直な性格ではない。それでも士道はここを選んだ。

 手すりに手をついて士道は夕日を眺めている。狂三は疲れたと、木のベンチに腰掛けてその無防備な背中を見つめていた。今なら士道を食べる事は出来る。いや、元々食べようと思えば簡単に出来た筈だった。狂三は足下から影を自由に動かして士道に迫って行く。

 後少し、狂三の影が士道に触れようとすると――。

「綺麗だな狂三」

 景色の事を言ったつもりだったが、狂三は勘違いをしてしまい、戸惑いから影を引っ込めた。

「狂三……それと真那! そこにいるんだろ?」

 士道が声を大きくすると、真那は木の陰から顔を出した。

「気付いてやがりましたか」

「ああ。俺は二人に殺し合って欲しくない」

 士道は振り返ると二人を見た。

「お前達――」

 士道が何か言いかけた所で狂三とは違う影が地面で蠢いた。その影は地面から飛び出すと人の形となり、黒髪のアイザックとなった。

「ネメシスプライム!」

「忌々しいプライマスの力を宿した小僧……!」

 ネメシスプライムは顔を険しくして士道を睨んだ。

「傷も治った事だ。時崎狂三を処分しようか。主人に逆らう者は排除だ」

 ネメシスプライムは再び液体のように形をぐちゃぐちゃに崩して黒いオプティマスに姿を変えた。

「ちっ……! 刻々帝(ザフキエル)!」

 狂三は!刻々帝《ザフキエル》を呼び出し、歩兵銃と短銃を手に取り銃口をネメシスプライムに向けた。

刻々帝(ザフキエル)一の弾(アレフ)】」

 巨大な文字盤の1の文字から影が蠢きながら短銃の中に吸い込まれ、狂三は自分自身に弾を撃ち込む。一の弾(アレフ)の高速移動で狂三はネメシスプライムの視界から消え去り、真横に回り込み、蹴りを見舞う。ネメシスプライムは堪えた素振りも見せず、ダークエネルゴンを腕に溜め込み、砲身を形成した。

「弱々しい!」

 砲弾を回避した狂三はネメシスプライムの頭上から銃撃した。

「さあ、わたくし達!」

 影の中から何人もの狂三が現れるとネメシスプライムを完全に包囲し、前後左右から銃撃が浴びせられ、鬱陶しそうに目を細めた。

「真那、加勢するぞ」

「気乗りしねぇですが……」

 真那はセンチネルを起動。身の丈はある盾と剣を握るとスラスターで飛び上がり、盾でネメシスプライムの顔面を思い切り、ぶん殴る。

「小娘……!」

 ネメシスプライムは両腕を合体させて巨大な砲身を作り、ダークエネルゴンを蓄積させると特大の砲撃を放った。

 そこへ士道はスターセイバーで砲弾を切り裂き、狂三を守る。

「助かりましたわ……!」

 狂三は歩兵銃でネメシスプライムの目に狙いを定めると引き金を引いた。弾丸は真っ直ぐ、舞い上がる粉塵を切り裂くように進み、見事にネメシスプライムの目を潰した。

「目がぁ……! 目がぁぁ! うわぁぁ!」

 ネメシスプライムは怒り、気が狂ったように手を鎌にしてデタラメに振り回してアスファルトや木を切り裂いて暴れた。

「一応、ナイスとだけ言ってやります狂三!」

 スラスターの突進と体を回転させた遠心力を用いて真那はブレードを振り払った。ネメシスプライムは面白いくらいに吹き飛び、木々を押し倒して地面を転げた。

「人間と精霊風情が……!」

 ネメシスプライムはよろめきながら立ち上がると地面を踏みつけ、影を円形に広げた。影は士道達の足下にまでやって来るとそこから無数に鞭のようにしなる影が真那と狂三を絡め取った。

 影は士道の持つスターセイバーを嫌がり、掴みかかろうとしない。だがそれでも地面に広がる影に足を取られてある程度自由を制限された。

「こざかしい精霊め」

 ネメシスプライムは絡め取られた狂三を顔の近くまで寄せると勝ち誇ったように笑った。

「最期に言い残す言葉は?」

「わたくし一つの命であなたを倒せるなら安い物ですわ……!」

「何?」

 ネメシスプライムは訝しげな顔をするとすぐに狂三が何をしようとしているのかを悟った。

「貴様……!」

 狂三を良く見ると、大量の霊力が左胸にある霊結晶に集中して行くのが見える。

「自爆か……! アッハハハ! 神をそれで殺せる筈はない! 余は無敵の存在!」

「でもただでは済みませんでしょう? 瀕死なら真那さんか士道さんのどちらかが仕留めてくれますわ」

 狂三の体が紫色に光り出した。自爆までそうかからないだろう。

「やめろ狂三! そんな事したら死んじまう! 止めてくれ!」

「兄様!」

 真那が叫び、士道を見た。

「さようなら、士道さん……」

 狂三が目を閉じた。体が膨大なエネルギーによって大爆発をする筈だった。だが、爆発は起こらない。代わりに唇に柔らかい感触が伝わった。

 狂三は目を開けた。そこには士道の顔が間近にあり、優しい口づけがされてあった。刺々しい霊力は体の中から取り払われて溢れた力が抜けて行く。

 

 士道の手にはスターセイバーは無い。一体どこに行ったのか。

 それは、士道が狂三の下に走る最中に真那に向けてスターセイバーを投げつけていた。スターセイバーの刃は真那の拘束を切り払い、自由になっていた。

「くたばれネメシスプライム!」

 影を振り払った真那はブレードをネメシスプライムの顔面に突き刺し、傷口に腐食銃を叩き込んだ。

「グギァァッ!? おのれ、おのれおのれ! 崇宮真那! 人間ごときがぁ!」

 顔面が腐敗して行くネメシスプライムは悶え苦しみながら影の中へ帰って行った。ネメシスプライムが居なくなると足下に広がっていた影も消えてなくなっていた。

 さて、士道とキスをした狂三。その封印は完了していた。その証拠に狂三の霊装が光と共に消えて行っている。

「きゃぁ!? 士道さん! 何ですのこれ!」

「ごめん、これは通過儀礼なんだ!」

 狂三の封印の完了、それは一つの事実の証明でもある。

 あの最悪の精霊がデレたのだ。

 服が無い狂三の頭にふわっと上着が投げられた。真那の上着だ。

「着やがれです」

「真那さん」

「霊力も無い奴を殺そうとは思わねーだけです。精霊なら容赦はしねーですが、人間なら……歩み寄っても構わないです、狂三」

 真那は狂三と顔を合わせず、逃げるように去って行った。士道は嬉しくて頬が緩んだ。対極だった二人の垣根を少しは取り払えた事を……。

 



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32話 虫の王

 アークはオートボット最後の希望だ。そのアークはディセプティコンの戦艦ネメシスと交戦し、ボロボロになって傷付き、至る所が破壊されていた。そんなアークの船体後部ではメガトロンが立ち、オプティマスが片膝をついて息を切らしていた。

 メガトロンは勝利を確信したように墜落していたディセプティコンの降下シップからエネルギー砲を剥ぎ取った。

「エネルギーを無駄にしたくないからな。コイツに手伝ってもらうか」

「メガトロン……!」

 エネルギー砲をオプティマスに向け、大きなエネルギー砲弾を発射した瞬間、オプティマスを援護する為に隠れていたバンブルビーが飛び出し、オプティマスを庇った。 エネルギー弾を直撃したバンブルビーは吹き飛び、オプティマスにぶつかったがしっかりと受け止めてくれた。

「バンブルビー!」

 ぐったりと力が抜けたバンブルビーの手をオプティマスはぎゅっと握った。

「メガトロン、お前の言葉から真理を見いだしたぞ」

「ほう? それは何かねオプティマス?」

 メガトロンは手から一本の柄を出し、それを剣に変形させながら歩み寄った。

「この宇宙がどれだけ広くなろうとも、私とお前が共存出来る広さには断じてなり得ないという事だッ!」

 オプティマスは力任せに拳をかち上げ、メガトロンをアッパーで殴り飛ばした。メガトロンが転んだ所に剣を突き立てたオプティマスが落ちて来る。急いで避けるとさっきまでメガトロンが倒れていた場所にオプティマスの剣が突き刺さっていた。顔を上げ、宿敵を睨み付け、剣を引き抜くとオプティマスは怒りのこもった声で叫んだ。

「決着をつけるぞメガトロン!」

 

 

 

 

 オプティマスは顔を上げ、セイバートロン星を脱出した時の記憶を掘り返していた。あの時、メガトロンに投げかけた言葉は間違いなく決別の言葉だった。それはオートボットとディセプティコンが永遠に交じり合わない事も意味していた。

 士道が狂三を封印し、真那との関係を少し改善したと聞いてオプティマスは驚いた。

「オプティマス? どうされました?」

 いつも以上に険しい顔をしたオプティマスにアイアンハイドは心配そうに声をかけて来た。

「いや、人間は幼い種族と言ったが……私達も見習わなくてな」

「ああ、狂三と真那の件ですか? やはり士道は大した男ですよ。あの狂三さえも信じた愚直な少年、素晴らしい扇動者で空想家、昔の誰かさんにそっくりですね」

 オプティマスは少し顔を背けながら首肯した。

 

 

 

 

 ディセプティコンの月面基地、ショックウェーブの研究室では珍しく改造や研究はおこなわれていなかった。気を失っていた折紙が起きるとトランスフォーマー用の椅子に座っている事に気付き、そして頭にはいくつものコードが取り付けられている。隣にはショックウェーブが同じような椅子に座っている。ショックウェーブの他にもメガトロンと他に情報参謀も確認出来た。

「何をする気?」

「私の開発した脳内侵入プログラムを使う。キミの頭の中を少し覗かせてもらおう」

 記憶が無い、と言っても消えた訳ではない。うろ覚えと言っても記憶されていない訳ではない。ただ本人が思い出せないだけだ。折紙の復讐心は明らかに常軌を逸している。ショックウェーブは、診断も兼ねて折紙の頭の中を覗こうと言うのだ。

「私の頭の中を?」

「そうだ。では始める」

 折紙に有無を言わせずに脳内侵入プログラムを起動した。ショックウェーブの意識は折紙の記憶の中へと転送されるのだった。

 折紙の記憶は研究室の画面に表示されている。

「どんな記憶が飛び出すのでしょうカ、メガトロン様?」

「さあな……」

 メガトロンはつまらなそうな目で画面を眺めていた。そこへ、研究室のドアが開くとスタースクリームとコンバッティコンの五人もぞろぞろと入って来る。

「おい、ショックウェーブ! インセクティコンの観察室にいないと思ったらこんなトコにいやがったのか……。何してるんだ?」

「これから、鳶一折紙の記憶を覗くんだ」

「脳内侵入プログラムか……あんまり感心しねぇな~おい。それで、コンバッティコンは何してんだ?」

「俺達も興味があるんだ。メガトロン様、我々も同伴しても良いですか?」

「好きにしろ」

 ショックウェーブの研究室にはディセプティコンの幹部格が勢揃いし、折紙の頭の中の内容を見ているという光景が出来上がっていた。

 

 記憶へのダイブが完了した折紙は目を開けると天宮市のある病院にいた。病院の廊下にいつ移動したのか考えてみるが、折紙の最後の記憶はショックウェーブの研究室にいた事しか思い出せない。

 ひとまず移動しようと歩き出した所で折紙は立ち尽くした。折紙の視線の先、そこにはスーツ姿の男性が急ぐように早足で向かって来ていた。

「誰だあれ?」

「さあ?」

 画面を見ているディセプティコンは首を捻った。

 折紙にはその男性が誰なのか一目でわかった。

『お父さん……!』

 折紙が手を伸ばして父に手を伸ばしたが、掴む事が出来ずにすり抜けてしまった。まだまだ若いが自分の父親に出会えたのに触れる事が出来なかった事がとても虚しく感じていた。

『そんな……どうして……?』

『これは過去の記憶だ。記憶を見れても触れる事は出来ない』

 折紙の背後からショックウェーブが現れると淡々と説明した。

『キミの産まれてすぐの様子を見ようか』

 ショックウェーブの後に続いて鳶一夫妻がいる病室に行くと、そこには産まれて間もない折紙とその生誕を心から喜ぶ両親の笑顔が見えた。最大に愛をこの子に注ごうと両親は誓い、産まれたばかりの折紙の頬をプニプニと触ったり、あやしたりしていた。

「こりゃ驚きだ。人間ってのは産まれたては戦う事も出来やしねぇな」

 スタースクリームは小馬鹿にしたように笑った。

「儂も孫が欲しいな……」

「メガトロン様!?」

 ボソッとメガトロンが言うとコンバッティコンやサウンドウェーブが驚いたように声をあげた。

「なら、俺様がディセプティコンのリーダーになれば万事解決だぜ!」

「撃たれたいのか? スタースクリーム?」

「あ、い、いえ……でしゃばり過ぎました。お許し下さい」

 メガトロンにフュージョンカノン砲を向けられるとスタースクリームは大人しくなり、黙り込んだ。

「しっかし……折紙は母親似か」

「そうだな、親父の面が遺伝していたら大変だったろうな、ハハハ!」

「この母親もこれだけ美人でよくアレと結婚しようと思ったなァ、おい」

 コンバッティコン達は口々に両親の容姿を評価していた。

 折紙はと言うと、久しぶりに見る両親の姿や生活、当時の無邪気な寝顔を作る自分をぼうっと見ていた。記憶を少し早送りにして、三歳の時の折紙と両親の姿が確認出来た。

 この時も、やはり折紙に愛情が両親から注がれて幸せそうな暮らしがあった。

「メガトロン様、コレをドウゾ」

 サウンドウェーブはお盆にたくさん乗ったエネルゴンが入ったボトルを差し出した。

「悪い」

 メガトロンはボトルを取ってごくごくと飲み始めた。

「お前達も飲め」

 メガトロンから許しが出てコンバッティコンやサウンドウェーブが各々、一本ずつボトルを取った。

「おい、俺様の分は無いのか!?」

「アッハハ! 残念だったなスタースクリームさんよ!」

 ケラケラとランブルは笑って自分には少し大きいボトルを両手でがっちりと抱くようにして持っている。

「テメェ、チビ! 俺様の分だ返せ!」

「やだよーだ! これは俺のさ!」

 ランブルの後をスタースクリームが追い回すが、すばしっこく動くのでなかなか捕まらない。

「静かにせんかスタースクリーム! 続きが始まってるぞ」

 メガトロンに怒鳴られ、渋々スタースクリームは大人しくした。

「何で俺だけ……」

 映像の方では折紙が小学生になっており、今の人形のような無表情を貫いた少女ではなく良く笑い、泣き、喜び、悲しみ、感情の豊かな女の子だった。密かに男子に人気があり、密かに想いを寄せる男の子もいた。

「あの子がこんなにも表情豊かとは思いませんでした」

 いつの間にかプレダキングも鑑賞会に参加している。

「どうも嫌な予感しかしませんねぇ。両親が死ぬ様をもう一回見たらどうなるやら」

 スタースクリームは率直に感想を述べた。

 しばらくその平和な映像を見ていると問題の時に近付いて来た。その日、折紙は公園で一人で遊んでいた。友達は用事や塾で遊べず、仕方なく公園に来ていたのだ。

『ッ……!』

 折紙は忌まわしい記憶が蘇ったのか眉間にシワを寄せた。次の瞬間、町は真紅の炎に包まれた。熱い筈はないが、折紙は反射的に顔を覆った。

『キミの家の方に行ってみようか』

 ショックウェーブと折紙は鳶一邸の前で待っていると幼い折紙が両親を求めて走っている。

『折紙! 無事だったか。早く逃げるぞ!』

 家を出て来た両親は折紙の方を見ると心底安心したような顔をして腕を広げた。折紙も両親の胸に飛び込む寸前だった。黒い影が地面を伝って広がり、影はたちまち折紙の両親や家屋をバラバラに切り裂き、肉片へと変えてしまった。

 恐ろしい早技、意識していなければ見逃す所だった。

 悲しみと怒りで血涙を流す幼い折紙、その近くには黒い髪のアイザックが立っていた。

「アイザック?」

 唯一アイザックと面識のあるスタースクリームは首を傾げた。

「知り合いか?」

「はい、私が地球で一人で活動していた時にDEM社にいたんです」

 DEM社くらいならメガトロン達も知っている。

「そのDEM社の社長です。でも奴とは髪の色が違う。それに外見が全く変わっていない……」

 分からないのは彼が折紙の両親を殺した理由だ。ネメシスプライムは右腕にダークエネルゴンを蓄え、折紙の頭に触れると呪文のように言葉を投げかけて来た。

『憎め……憎め……精霊を抹殺しろ。お前の仇だ』

 それだけの言葉を残し、ネメシスプライムは消えてなくなった。その時、今の折紙にも変化があった。アラームがけたたましく鳴り響く。

「ほら、言ったじゃないですか! あんなショックな映像を見たら絶対、異常が出ますよ!」

「早く接続を切れ!」

 このまま折紙が暴れると脳内にショックウェーブの意識が置いてけぼりにされてしまう。スタースクリームは正常に脳内侵入プログラムをシャットアウトとするとショックウェーブは起き上がる。

「早く折紙を拘束しなくては……!」

 ショックウェーブが折紙に触れようとするや否や目に見えない力が働き、ショックウェーブを押し返し“堕落せし者(ザ・フォールン)”を起動した。

 暴走した折紙、だが暴走したのは折紙だけではなかった。メガトロンは息を切らして片膝を付き、全身から紫色のダークエネルゴンの障気を放っていた。

「メガトロン様、大丈夫デスカ!」

 サウンドウェーブがすぐに肩を貸したが、メガトロンはサウンドウェーブを突き飛ばし、フュージョンカノン砲をあちこちに撃ち研究室をメチャクチャにした。

 折紙は錫杖を振り回し、天井を切り刻んで外へ飛び出した。

「スタースクリーム、ナルビームだ」

 ショックウェーブに言われて渋々スタースクリームはメガトロンにナルビームを放ち、大人しくさせたが折紙はどこかへ飛んで行き、行方をくらませた。

「全く仕方ないな、よし、ここは俺様が指揮を取る」

 スタースクリームが指揮を取ると聞いて皆、嫌な顔をしたがメガトロンとスタースクリーム以外に指揮出来る人材いない。

「ブレストオフ、ボルテックス、二人は折紙を探して来い」

「気に食わないが、わかった」

 メガトロンは医務室に運ばれ、ブレストオフとボルテックスは折紙を探しに出動するとプレダキングは不機嫌そうな顔でスタースクリームに詰め寄った。

「スタースクリーム、私にも折紙の捜索に加えてくれ」

「ダメだ。十中八九、折紙は地球へ向かった。お前はグリムロックのヤローと戦いたいだけだろ」

 プレダキングはギリッと歯を食いしばった。グリムロックとは早く決着を付けたいプレダキングは出撃したくてしょうがない。

 ショックウェーブからも説得されてプレダキングは引き下がった。

「メガトロン様の容態は随時、俺様に報告しろ、ショックウェーブ」

「何故だ? 医術に詳しくはないだろう?」

「詳しくなくても主人の容態を報告するのが当たり前だろ」

 ショックウェーブはとりあえずは「うん」と言ったが、スタースクリームは何か企んでいると決めて動く事にした。

 

 

 

 

 DEM社のCR-ユニットは北極で見つかったオートボット、ジェットファイヤーを解析したおかげで飛躍的な進歩を遂げた。肉体の粒子変形は回避や攪乱にも有効な手段で複数の武装を手軽に保有出来るのだ。

 体を解析を進められるジェットファイヤー、彼は既に北極の冷凍保存状態から解凍されていた。

「おはよう、ジェットファイヤー。気分はどうだね?」

 かつてはスタースクリームがいたDEM社だ。トランスフォーマーに対する設備が充実していた。ジェットファイアーは、ガラス張りの私室を用意されており手厚く保護をされている。

「ああ、私の体はいつも通りだ」

「それは良かった」

 アイザックは笑顔で言った。ところが、その瞳の奥は笑っておらず、常に何かを企んでいた。ジェットファイアーを解析したおかげでDEM社の技術力は目に見えて伸びているのが分かるし、当のジェットファイアーは随分とお人好しな性格でアイザックやエレンに対しても友好的な対応をして来た。

「それにしても、ここは私に合った設備がとても充実しているね」

「ああ……以前は君に似た男が住んでいたんだ」

「私に……?」

 ジェットファイアーは不思議に思った。

「スタースクリームという忌々しい男がね」

「スタースクリームだって!?」

 その名を聞いてジェットファイアーは思わず立ち上がった。

「おや? 知り合いかい?」

 アイザックの問いにジェットファイアーは苦々しい顔をしながら視線をそらし、呟くように言った。

「旧友だ……」

 あのスタースクリームに友達がいたとは驚きだった。

「彼は、彼は今どこにいるんだ」

「私にも分からないさ。単眼のトランスフォーマーと密通していたとか」

「ショックウェーブ……! ディセプティコンがこの地球にも来ているのか!」

「ジェットファイアー、聞きたい事がある」

「聞いてくれ」

「トランスフォーマーについて詳しく教えてくれないかい?」

 生真面目なジェットファイアーはオートボットの使命としてディセプティコンから人類を守ると心に決めてから、セイバートロンやオートボット、ディセプティコンについてアイザックに話した。スタースクリームはアイザックを信用していなかったのであまりちゃんと話さなかったので、ジェットファイアーから聞く情報がスタースクリームの物と違う所が多分にあった。

 最も意外だったのはディセプティコンのリーダーはスタースクリームではなくメガトロンと知らされた時だ。

「あの二枚舌め……。いや、ありがとうジェットファイアー」

「どうという事は無いよ。アイザック、私をここから出してくれないか。私はディセプティコンから君達を守らなければいけない」

「それは出来ないな」

 ジェットファイアーの頼みをアイザックはあっさり拒否した。

「どうしてだ」

「君は勘違いしているようだ。君はモルモット、自由はない」

 ジェットファイアーはまだアイザックを悪人と認識していない。恐らく、トランスフォーマーを見て動揺と恐怖からこうした発言をしているのだろうと考えた。

「アイザック、私は君には何もしない。ディセプティコンから人類を守るのが私の使命なんだ」

「その使命は私達が全うしてあげよう」

 アイザックはポケットからスイッチを出し、それを押すとジェットファイアーのいる室内に高圧電流が流れた。

「うぁッ!」

 全身が痺れ、ジェットファイアーは力無く倒れた。

「や、やめるんだ……」

 ジェットファイアーが止めさせようと手を伸ばしたが、再び高圧電流が流れ、ジェットファイアーは気を失ってしまった。

 

 

 

 

 暗黒の空間には何も無い。重力も空気も光も無く宇宙でもないその空間に三人のボロボロになった無惨な姿のトランスフォーマーが当て所なく漂っていた。キックバック、シャープショット、ハードシェルはダイノボットの猛攻をその身にたっぷりと浴びた所為で体は破壊され、再生不可能なレベルのダメージを受けていた。

 ショックウェーブに見切りを付けられ、戦場に放置されていた。

 ――インセクティコン。

 暗闇で誰かが三人を呼ぶ。だが三人は既に機能を停止しているので動く気配は一切無い。

 埋められていた筈のインセクティコン達はどこか分からない空間で横に並べられていた。

 ――余の忠実な下僕となれ。マトリクスを破壊するのだ。

 闇から聞こえる声。その声の主がどこにいるかは分からないが、三人の胸にダークエネルゴンが埋め込まれると傷付いた肉体は徐々に再生を始め、それだけに留まらず、三人の体は一つに集まると複雑に絡み合い、一つの姿へと変形していくのだ。

 ――お前はヴェノム。“合体昆虫兵ヴェノム”だ。

 三人が新たな肉体となると暗黒の空間が取り払われ、そこは天宮市の端の山頂に立っていた。

 ――良いか、マトリクスを破壊す――。

「ンハハハ! 完全復活だぜ!」

「おい、シャープショット! これは俺の体だ! 黙ってろ!」

「まずはショックウェーブに復讐だァ、だァ、だァ」

 肉体の合体は成功したが、どういう訳か精神まで一つにする事に失敗したらしく、三人の人格が出てしまっている。三重人格だ。

 一つの体で三人分喋るとなるとうるさい事この上ない。

 ――ヴェノム、マトリクスを破壊するのだ。

「何だァ? 今の声はよ!」

「ヴェノムって誰だよ」

「ンハハハ! テメェ等幻聴でも聞こえてんじゃん!」

 闇の声の主はやれやれ、と諦めたように首を振り、次回再生をする時にしっかり精神も一つに纏めようと決めた。今のままではうるさすぎるからだ。

「とりあえず……」

「ああ!」

「ショックウェーブのヤローをぶち殺す! ンッハー!」

 ヴェノムの中の三人の意見は合致した。ヴェノムは昆虫モードへとトランスフォームした。

 バッタのように長く曲がった足に頭には触角が二本生えている。胴体はハードシェルのように太くがっちりとして重量感がある。キックバックの特徴である強靱な足はこのガタイでも高く飛ばす事が出来るだろう。

 次にシャープショットの特徴のクワガタムシを彷彿とさせる大きなアゴとハードシェルの長く逞しい一本の角が生え、アゴと角で左右と下の三方向から敵をホールド出来る。

 三人の体の特徴が出た混合虫の姿になったが三人はこれはこれで嬉しく思っていた。

 硬い背中の羽を広げ、そこから薄い羽が飛び出すと羽ばたかせながら尻からスラスターを噴射して飛び立った。

 ――アイツ等で大丈夫かな……。

 

 

 

 

 メガトロンの突然の暴走は意外な物だった。ショックウェーブはネメシスプライムについていろいろと考察していた。メガトロンが眠る医務室へサウンドウェーブが入って来た。

「どうしたサウンドウェーブ?」

「メガトロン様はダークエネルゴンを取り込んでイル」

「そうだな」

「ダークエネルゴンはユニクロンの血ダ」

「……。何が言いたい?」

「ユニクロンが目覚めようとスルト、メガトロン様にも悪い影響が出ル」

 メガトロンはかつてスタースクリームが管轄するダークエネルゴンの研究所を襲った際に大量のダークエネルゴンを自身の身に宿し、強大な力を奮った。ユニクロンが目覚め、メガトロンが支配下に置かれてしまえばディセプティコンは大ピンチだ。

「そうだな……」

 ショックウェーブが何かを言いかけた時だ。医務室に一般のディセプティコンの兵士が血相を変えて走り込んで来た。

「ショックウェーブ! どうなってる! インセクティコン共が暴れ出したぞ!」

「何?」

 ショックウェーブはすぐに雑多なインセクティコンにテレパシーを送って止めるように命令を送ってみたが、言うことを聞く気配が無い。

「ショックウェーブ! 虫だ虫だ! 早くなんとかしやがれィ!」

 自称ニューリーダーのスタースクリームもショックウェーブの下へ駆け込んだ。

「おかしい……インセクティコンが私の命令を聞かない筈はない」

「人望ないんだろ?」

 スタースクリームが鼻で笑いながら言った。

「お前が言うな」

 もう何回かテレパシーを試したが、インセクティコン達にはより強力な命令で動いている。

「強力な指導者がどこかにいる。それを倒さなくてはダメだ」

 スタースクリームが銃口をショックウェーブに向けた。

「私じゃない。もう一度、私に銃を向けたらお前をインセクティコンの餌にするぞ」

「この俺様がディセプティコンのニューリーダーになったらお前を絶対にクビにしてやるからな!」

「あの、あの何でも良いんで指示を下さいよ!」

 兵士が二人の喧嘩に割って入って叫んだ。

「インセクティコンはすばしっこい、天井にも張り付くから気を付けて対処しろ。全員にインセクティコンの排除を命じろ」

「ショックウェーブ! 何でテメェが仕切ってんだ。俺様の方が先輩なんだぞ!」

 ショックウェーブの肩を掴み、スタースクリームが突っかかるとショックウェーブは首を掴み、スタースクリームを片腕だけで持ち上げると単眼をピカピカと光らせながら顔を近付けた。

「私は今、機嫌が悪いんだ。分かるかね?」

「はい、すいません」

 スタースクリームを乱暴に降ろすと月面基地内にインセクティコンを排除するように命令を告げた。

「サウンドウェーブ、キミは医務室でメガトロン様をお守りしろ」

「了解シタ」

 サウンドウェーブは胸のハッチからランブルとレーザービークを出し、戦闘態勢に入った。

「オレとサウンドウェーブにここは任せろよ! メガトロン様はし~っかり守るぜ!」

 三人にその場を預け、ショックウェーブとスタースクリームは廊下を走りながら向かって来るインセクティコンを撃ち殺した。スタースクリームは普段から嫌な気にさせられていたので嬉々として銃弾を放つが、ショックウェーブの方は少し躊躇っている節があった。

「これからどうするんだ!」

「私は指導者を探す。キミはこのままインセクティコンを排除しろ」

「ケッ! わかったよ」

 スタースクリームは廊下で突然、変形するとジェットを噴き、高速で飛んで行ってしまった。インセクティコンの数はおびただしい、ディセプティコンの今の兵力を上回る数がこの月面基地に住んでいる。

 荒っぽいがショックウェーブは壁をぶち抜き、外へ出て来る。何もない月面の荒野をショックウェーブは見渡し、指導者と思われる存在を探した。インセクティコンを惑わす悪しき電波は外から出ていた。

 左腕のレーザーキャノンを構え、慎重な足取りで一歩、また一歩と歩いていた。ショックウェーブの中ではあの黒いアイザック、ネメシスプライムがメガトロンの暗殺として送り込まれて来たと予想していた。

 オートボットはこの基地に来る手段もなければこの基地の存在も知らない。

 突如、トントンと肩を叩かれショックウェーブは振り向き様にレーザーキャノンを放ったが砲身の向きをパンチで変えられ、青い光線はあらぬ方向へ飛んで行った。

 次の攻撃をさせる前にショックウェーブの腹に強烈なパンチが繰り出され、体は弧を描いて飛び上がり、態勢を立て直す前に空中で再び腹を殴られ月の大地に叩きつけられた。

「ぐっ、おぉ……」

「よくも俺達を見捨ててくれたなァ、ショックウェーブ!」

 現れたのはロボットモードのヴェノムだ。体は標準的なトランスフォーマーより一回りも大きく、プレダキングやグリムロックに次ぐ体躯を誇っていた。

 バイザー型の目はショックウェーブを見下ろした。

 ヴェノムは腕をクワガタムシの大きなアゴへ変形させる。

「ぷちッと捻り潰してやんぜ!」

「待てよ! オレの電気攻撃でじっくりといたぶってやらぁ! ンハハハハ!」

 一人で三人分喋るヴェノムを見て、ショックウェーブは怪訝な顔をした。少し考えるとショックウェーブはその特徴な声や喋り方から気付いた。

「シャープショット、ハードシェル、キックバック……! お前達か!」

「今は三人揃ってヴェノムだ!」

 声も三人バッチリ揃って言った。

 ショックウェーブは隙を見てヴェノムの顔にレーザーを浴びせ、怯んだ所で足払いで転倒させると、ヴェノムにのしかかり、マウントポジションで力任せに殴った。

「品性の欠片もない不細工なデザインだ。製作者の神経を疑うぞ。虫の出来損ないめ。本来の美しさなど見る影もないな」

 言葉でなじり、手を止めずに殴る。

 ヴェノムも負けてはいない。ショックウェーブの頭を掴むと軽々と引き剥がして体を地面に何度も叩きつけた。そこから三人の意識は不平不満を口にした。

「オレ達を捨てやがって!」

「どんなに寂しかったか!」

「お前にぁ分かんねーのさ!」

 レーザーキャノンの砲口にありったけのエネルギーをチャージし、ショックウェーブは悶えながらヴェノムの胴体に撃った。ヴェノムの体が仰け反り、ショックウェーブを手放した。その間に距離を取り、態勢を立て直した。厄介な刺客が送り込まれた、とショックウェーブは心の中で呟いた。誰が何の為に三人を蘇生させたのか考えたい所だが、ヴェノムを相手に戦闘以外に思考を使っている余裕はない。

 ショックウェーブはレーザーキャノンをヴェノムに突きつけた。この怪虫を叩きのめしてもう一度部下になるように頭の中をいじくりまわしてやろうと決めた。

 

 

 

 

 基地内では暴れ出すインセクティコンの掃討に手を焼いていた。それでも、今まで散々好き勝手やられたインセクティコン共を公然と始末出来ると知ってディセプティコンの兵士達は嬉々として引き金を引いた。

 仲間や友人の遺体がインセクティコンに食われた光景を目にした者は数知れず、それでもショックウェーブのペットと言う理由で殺せずにいたのだ。

「やっちまえあの虫けらを!」

 スタースクリームは後方で威勢はたっぷりに指示を出していた。前線ではオンスロート、ブロウル、スィンドルが敵を迎撃している。

「スタースクリーム! 威勢が良いのは構わないが、インセクティコンをどうやって根絶やしにする! 数はあっちが圧倒的だぞ!」

 決して広くはない廊下を走り回るインセクティコンに重厚長大な二門のガトリング砲が火を噴き、次から次へと湧いてくる機械の虫を片っ端からスクラップに変えて行く。オンスロートもブロウルもスクラップメーカーの名に恥じぬガトリング砲の威力には大満足だ。

「ブロウル、天井を崩せ!」

「オッケー!」

 オンスロートの指示を受けてブロウルはビークルモードになった。続いて砲塔の向きを天井に変え砲撃した。爆発で天井が崩れ、何匹かが下敷きになったのが見えた。

「これでしばらくは進行を止められる」

 オンスロートは一安心して顔を拭った。

「そもそも、どうしてインセクティコンが逃げ出したりしたんだ?」

 スィンドルが疑問に思った事を口にした。

「何だかショックウェーブ以上にインセクティコンを操る力が強い奴がいるらしい。ショックウェーブの奴はそれを始末しに行ってる」

 スタースクリームは一仕事終えたような顔をした。

「……インセクティコンを収容しているカプセルがそんなにヤワな作りなのか? それにインセクティコンが暴れ出しても防衛設備が働いていない」

「観察室に不備があったのかもしれないな」

 オンスロートとスィンドルが言い合っているのを見て、スタースクリームはバツの悪そうに顔を歪めた。

 ショックウェーブを訪ねて観察室に行った時だ。スタースクリームは床に何本も散らばっていたコードに足を引っ掛けて転んでしまった。その際に、ベキッと何かを折った音がしたが気にしなかった。スタースクリームがその時に防衛システムの制御装置を壊していた。

 付け加えて言うなら足の引っ掛けた時にコードを引っこ抜き、インセクティコン達の睡眠状態を解いていたのだ。

 

 まだまだ心当たりはある。スタースクリームの顔が徐々に青ざめて行く。今回の騒動の直接的な原因ではないにしろ大きな原因である事は確かだ。

「スタースクリーム!」

 オンスロートに呼ばれて思わず背筋をピンと伸ばして驚いた。

「な、何だよ……」

 声が震えている。だが、みんなスタースクリームが今の状況に脅えていると勘違いしてくれた。

「お前も考えろ。あの大量の虫をどうするか」

「あ、ああ……」

 もしも、スタースクリームの失態がバレたなら何をされるか分からない。このままミンチにされてもおかしくはない。

「スタースクリーム、顔色が悪いがどうした?」

 さっきから落ち着きが無く顔色も悪いスタースクリームをオンスロートは心配した。

「いや、何でもない……何でも……」

 オンスロートは少し黙り込み、スタースクリームを少し観察した。どうにもさっきから様子が変だ。スィンドルが原因について話し出した時から、そわそわしている。こんな緊急事態でスタースクリームが大人しいのも気がかりだ。普段ならもっと騒ぐ筈だ。

「スタースクリーム、まさか、まさかとは思うが、お前何か知っているのか?」

「え、は!? 何をい、言ってるんだオンスロート! 俺は何も知らないぞ!」

「うーん、やはり観察室の不備かもな」

「そうだ! 観察室の不備に違いねぇ! あの部屋はコードがぐっちゃぐちゃで俺も転けたくらいだ――。あ……」

 スタースクリームの失言にオンスロート、スィンドル、ブロウルは一斉に彼の方を睨んだ。

「今日、観察室に行ったのか!?」

「ち、違う違う! 見ただけだ! 中には入ってねぇんだ!」

「今、転んだって言っただろ!」

 ブロウルは拳と拳をぶつけ合ってからスタースクリームの首を掴み、乱暴に持ち上げ、壁に叩きつけた。

「やってくれたなスタースクリーム!」

「ブロウル、まだ破壊するな」

「ま、待てよお前等! 俺はナンバー2だぞ! それにインセクティコンを全員倒す方法はあるんだ! だから――」

「お前の嘘は聞き飽きたぜ!」

 ブロウルは手に力を入れてぎりぎりと首を絞める。

「ケホッ……待て。ロボット昆虫殺虫剤があるんだ!」

「ロボット昆虫殺虫剤だって!?」

 三人は声を合わせて驚く。ブロウルは手を離してスタースクリームを解放した。

「よしスタースクリーム、そのロボット昆虫殺虫剤の所まで案内しろ」

「オンスロート! まさかコイツの言葉を信じんのかよッ!」

「どの道、それしか助かる方法はない。仕方ないだろ、ブロウル?」

 納得せざるを得ないブロウルは黙って従った。スタースクリームを先頭にブロウルが天井を崩した通路の逆を歩き始めた。一般の兵士もブラスターやマシンガンを構えていつインセクティコンの襲撃が来るか分からず、ビクビクと震えていた。

 スタースクリームは早くショックウェーブが元凶を倒してくれる事を願った。

 基地の通路にはインセクティコンの死骸やディセプティコンの遺体が転がっており、壁や天井が割れて瓦礫も散乱していた。ここで激しい戦闘があったのがよく分かる。

「それで、ロボット昆虫殺虫剤なんざどこにある? 武器庫にはそんな物はなかったぞ」

「俺様の部屋だ」

「何で貴様の部屋にそんなものがあるんだ」

「いつかインセクティコンが危険になる前に俺様が密かに用意しておいた訳さ」

「インセクティコンを危険にしてくれたなスタースクリーム?」

「うるせぇ! 観察室を整理整頓しないショックウェーブが悪いんだ!」

 ちなみに観察室は関係者以外は立ち入り禁止の警告がされてある。

 スタースクリームの部屋まで今いる地点からそう離れてはいない。インセクティコンには出くわす事もなくたどり着けるだろうと高をくくっていた矢先、スタースクリームが角を曲がると、インセクティコンの群れがスタースクリームの部屋の前を占拠していた。

「あ……ぅ……」

 壮絶な光景にスタースクリームは声にならない声を洩らした。インセクティコンは床や壁をかじるのを止めて、じろりと複眼がスタースクリームを捉えた。

「逃げろオンスロート!」

「何がだ!」

「インセクティコンがいっぱいいるぅ~!」

「邪魔だ! ディセプティコン! 応戦しろ!」

 スタースクリームをどけてオンスロートはガトリング砲を発射し、インセクティコンを迎撃した。スィンドルもギアシュレッダーと呼ばれる武器を出し、丸鋸状のディスクを連射し、インセクティコンを切り刻む。

「ブロウル、お前はビークルモードで砲撃しろ! 奴らを跡形も無く消し飛ばすんだ!」

「おう!」

 大火力を発揮するタンクモードへトランスフォームしたブロウルは車体を床に固定し、自慢の大砲がうなり声を上げた。砲声に次いで爆発音が轟き、インセクティコンの群れの殆どが炭となった。

「次弾装填までちっとかかる」

「大丈夫、もう片付く!」

 ガトリング砲で始末しきれなかったインセクティコンを素手で捻り潰し、銃身で無理矢理突き刺し、スィンドルは近接ブレードでなぎ倒して、二人は残ったインセクティコンを撃破した。部屋にいた分を全て倒し終えるとスタースクリームは、また元気を取り戻した。

「よくやったテメェ等!」

 調子良くスタースクリームは部屋の中へ入って行き、その姿にオンスロート達はイラッと来たがまだ耐えた。

「メガトロン様に絶対、言いつけてやる」

「だな」

「もちろん」

 個人的に叩きのめしたいが、私刑は許されていない。

 スタースクリームの部屋は言うだけあって整理整頓されている。彼は意外に綺麗好きなのだ。ところが、インセクティコンに部屋を荒らされており、いつもの綺麗な部屋が無惨な姿で確認されスタースクリームは悲鳴をあげた。

「あの虫けらめぇ! よくも俺の部屋を!」

 瓦礫を足でどけながらロボット昆虫殺虫剤を探すと意外にすぐ見つかった。

「あったあった」

 両手で抱えなければいけない程に大きな缶を引っ張り出し、ノズルを伸ばしていつでも使えるように準備した。

「まさかそれでチマチマと潰して行く気じゃないだろうな?」

「……。そんな訳ないだろ! え~……とりあえず基地の消化装置のタンクにこれを流し込んで一気に散布するか」

「消化装置で散布しようにもパイプがあちこちかじられてるんだ。上手く働かない」

 と、スィンドル。

「そうだな……」

 スタースクリームとオンスロートは上手く一網打尽に出来る方法はないかと必死に頭を捻った。ああでもないこうでもないと言い争って、一向に話が前に進まない。どうすれば良いのか、決定的な打開策が思い付かないままだったが、スタースクリームは、ふと閃いた。

「おい、あのインセクティコンの餌はどうなってるんだ?」

「餌? あいつ等は基本的に何でも食べるだろ」

「そうだけど、ちゃんとした餌がある筈だそれにコイツをくくりつける」

 殺虫剤の缶ををこんこんとつついて見せた。

「なるほど、餌で釣る訳だな? 確か地球にも似た罠があったな。なんとかホイホイという名前だったな」

 やる事が決まれば行動は早い。ディセプティコンの兵士に囮を託し、四人は急いで観察室を目指した。途中、少数のインセクティコンに遭遇したが問題なく倒して全ての元であるショックウェーブの観察室の前まで来た。ドアは歪んで自動的には開かなくなっている。

 ブロウルが前へ出るとドアを蹴り力任せに左右へ開いた。

 中にはインセクティコンは一匹もいない。好都合と睨み、室内の至る所を見て餌を探した。

「おい、これじゃないか?」

 スィンドルがロッカーの中から引っ張り出したのは小さなエネルゴンの欠片が入った袋だ。ロッカーの中にはその袋がぎっしり敷き詰めてある。

「でかした! 早くそれを撒け!」

 餌の匂いが伝わるように袋を破り、床にエネルゴン片を撒き散らしてその中に小型爆弾を仕込んだロボット昆虫殺虫剤を置いた。

「なあスタースクリーム、これはトランスフォーマーに影響は無いのか?」

「無い……筈だ」

 不安だが信じるしかない。

「お前等! 匂いにつられて大量にこっちに向かってくるぜ!」

 ブロウルの報告を聞いて、オンスロートは天井に穴を開けて逃げ道を作った。

「全員、逃げろ!」

 スィンドルがグラップルビームで天井に引っ掛け、軽々と外へ飛び出し、屋根から三人を引き上げた。穴から観察室を覗くとそれはおぞましい光景だ。インセクティコンの群れで床は見えず、みんな必死に餌を取り合っていた。

「スタースクリーム、スイッチを押せ」

「言われなくても!」

 小型爆弾の起爆スイッチを押し、次の瞬間、観察室に殺虫剤が散布された。

 インセクティコンが室内に溢れかえる殺虫剤に悶えて次々とひっくり返って倒れてしまう。白い煙が晴れた頃には部屋に生き残ったインセクティコンは一匹もいなかった。

「やったぜベイビー! あの虫野郎を根絶やしだ!」

 基地に数匹、残っていたがそれもすぐに掃討され、インセクティコンの暴動はなんとか鎮圧出来た。

 

 

 

 

 ヴェノムは左手の角と右手のハサミでショックウェーブを追い詰めていた。角を振るって殴り飛ばし、倒れた所へ電撃攻撃がぶつけられた。

「かなり、強化されたな」

「余裕こいてるヒマはねぇーぜ!」

 ハサミでショックウェーブを押し倒し、しっかりホールドすると電撃で体を痺れさせ、顔に角を向けた。レーザーキャノンを腹にぶち込もうと砲口の狙いを定めるも、角で砲身を叩き、向きを変えるとヴェノムは足でショックウェーブの腕を踏みつけて、攻撃をする手段を封じた。

「あばよ、ショックウェーブ! ンハハハハ!」

 勝利を確信した顔を作り角でショックウェーブの頭を貫かんと振りかざした。いざ、振り下ろそうとするとヴェノムの腕はピタリと止まって動かない。

 ヴェノムの腕は何者かに掴まれていた。

「私の主人に何をする!」

 腕を捻られ、同時に顔面に痛烈な一撃を受けたヴェノムは地面を盛大に転がり、月面の岩に頭を打った。

 プレダキングはショックウェーブを起こすとヴェノムを睨み付け、鋭利な爪を剥き出しにして低く唸った。

「いってて……! ショックウェーブ、次はそいつがペットかよ! 俺達がいなくなりゃあすぐに次のペットを飼いやがって!」

「そうだそうだ!」

「ドラゴンの方がカッコイいからって酷いぜ!」

「ショックウェーブ、あれと知り合いですか?」

「昔の話だ。プレダキング、始末しろ」

 ショックウェーブの命令を受けてプレダキングは駆け出し、ヴェノムに殴りかかる。先が読めない奇抜な動きでプレダキングのパンチを避けると口から酸を吐き出した。濃度の高い酸を受けてもプレダキングのボディーには傷一つ付かず、大きく開けたヴェノムの口に拳をねじ込み、地面が深く陥没するほど叩きつけた。

 頭の中の回路がいくつかショートし、ヴェノムの平衡感覚がエラーが生じた。ふらふらと覚束ない足取りのヴェノムにプレダキングは一気にたたみかける。

 ストレート、フック、アッパーあらゆる殴打の嵐に体が火花を散らし、へこみ、破壊されて行く。上段蹴りが首を狩るように入り、ヴェノムの視覚センサーにも異常を来した。

「コイツ……強ぇ……!」

 助走をつけながら渾身の一撃がヴェノムの顔面を捉え、吹き飛ぶ瞬間に足を捕まえ、地面に打ちつけた。

 プレダキングはビーストモードに変形するとヴェノムをくわえて、振り回してから炎を吐き出し、月面の空に撃ち上げた。

 反撃などさせない圧倒的、実力でヴェノムを撃退したプレダキングは傷だらけのショックウェーブを心配するように歩み寄り、鼻先で体を揺すった。

「助かった。礼を言うぞプレダキング」

 ショックウェーブが顔を撫でると目を細めてプレダキングは嬉しそうな反応を取った。

 

 

 

 

 インセクティコンの騒動は片付いたが月面基地はメチャメチャだ。メガトロンが目を覚ました時、あまりの惨状に卒倒しそうになった。

 インセクティコンの全滅は手痛い戦力ダウンである。

 基地の司令室には画面に向き合うメガトロンとダウンしたシステムの復旧を急ぐサウンドウェーブにスタースクリームとコンバッティコンがいた。

「なるほどな……オンスロート、ブロウル、スィンドル。三人は下がって良い」

 事の顛末は全て聞いた。ヴェノムという謎の襲撃者にくわえて、スタースクリームの失態だ。

「では失礼します」

 三人が司令室を出て行くとメガトロンはスタースクリームを見下ろした。

「スタースクリーム!」

「は、はい、メガトロン! 聞いて下さい!」

「やかましいわ! 今は貴様の声など聞きたくもない! 儂のミスは貴様の存在そのものだ! 今日という今日は許さんからな覚悟しろ!」

 スタースクリームの頭を掴むとメガトロンはズルズルと司令室の外へと引きずって行った。

「お許し下さいメガトロン様ァ! 助けて! やめてぇぇぇぇ~!」

 



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33話 過去も今も未来も変えろ!

 人の気配などすっかり無くなってしまい閑散とした路地にはネズミや野良猫一匹も見当たらない。元々、人通りが多いような場所ではなかったので夜中になればこうして生物の息遣いなど一切聞こえてこない寂しい空間になっていた。

 路地の空間に一筋の稲妻がどこからともなくほとばしった。また一筋稲妻が走り、周期的に発生する稲妻は徐々にその数を増やして何もない空間に集まって行きやがて、目を覆いたくなるような白い光が辺りに広がった。

 昼間よりも明るく感じれるその光が収まると閑散とした路地の中央に人が一人、片膝を付いて待機している。アスファルトの地面はその人を中心に綺麗な円形に削り取られてある。片膝を付く姿勢から動きだし、直立した。長い夜色の髪をリボンで一つに束ね、月明かりに当てられその艶がより綺麗に映る。

 その女性は体に衣類を何も着けていない。その為、豊満なバストやヒップは露わになってしまった。その女性の顔は少し大人びた十香と言った顔で体も良く成長している。

 十香は今の自分が何も着ていないと認識すると顔を赤らめ、手で胸や股を隠し、何か衣類を調達出来る物はないかとキョロキョロと見渡した。残念だが、人気のない路地に服など落ちている筈がない。

 とにかく移動を開始しようとしたまさにその瞬間だった。十香は急に背後から羽交い締めにされ、首もとにナイフを突きつけられた。普通なら怯えて声も出せないが、十香は反射的に背負い投げで背後から襲って来た悪漢を地面に打ち付けてナイフを奪って悪漢に突きつけた。

「わ、わかった。俺が悪かったよ、だからやめてくれよぉ!」

「今日の日付は!? 言え!」

「じゅ、十一月十一日……」

「何年の!?」

「えっ? 二〇一五年……」

 それだけ聞くと十香はナイフを遠くに投げ捨て、悪漢の首に強烈なチョップを打ち込み、気絶させた。そして、丈の長いコートだけを奪って十香は走り去ってしまった。

 大人になった十香が真っ先に向かった先は士道の自宅だ。自らの記憶を頼りに士道の家を目指すと十香の記憶はしっかりした物で迷う事もなくたどり着けた。

 十香は躊躇いもなくインターホンを押した。

『はい?』

 対応したのは士道だ。

「私だ。シドー」

『ああ、十香。インターホンなんてよそよそしいな入って来いよ』

 それだけ言って士道は切る。少々躊躇いながらも玄関のドアを開けると中には士道が立っていた。

「こんな夜遅くどうした? それに何だよその格好? 寝間着は出しておいてやったろ?」

 妙な格好をする十香を気遣いながらリビングまで案内する最中、十香は急に士道を背中から抱き締めた。

「と、十香……?」

「黙って、私の言葉を聞いて欲しいのだシドー」

「ああ、聞くよ」

「私はこの時代の十香ではないのだ」

「は?」

 何を言い出すかと思えば十香はこの時代の人間ではないと言い張り、士道は困惑してしまった。だが、その困惑もあっという間に静まった。最近の士道の順応性は恐ろしい、もう心霊写真やUFOくらいでは眉一つ動かさない。

「なるほどな、時間を遡って来たんだな?」

 一度十香から離れて彼女の顔を良く見てみると確かに顔立ちに幼さが抜けて、成長を感じる顔をしていた。最初にこの十香を見た時に感じた違和感は間違いではなかった。

 とりあえず詳しい事情を知る為に十香をリビングのソファーに座らせた。話に突入する前に士道は心苦しいが寝ている琴里を起こした。まぶたをこすって眠たそうにしているが、黒いリボンで髪を結ぶと突然、人が変わったようにシャキッとした。

「人をこんな遅くに起こして何の用かしら? 士道」

「ちょっと問題なんだ」

 精霊に関する事だろうと判断した琴里は頬を叩いて気合いを入れると士道に連れられてリビングに入った。

「十香? どうしたのよ」

「おぉ! この琴里は懐かしいな!」

 十香の言っている事が理解出来ず、琴里は疑問符を頭に浮かべた。バカとは思っていたが、とうとうここまで来たのかと内心不安になる。

「琴里、この十香は未来から来たらしい」

「へぇ、未来からね…………未来から!? 嘘ッ!? だいたい士道は何でそんなに冷静なのよ!」

「私は今から十年後の十香なのだ」

 口調は変わらないが、どこか雰囲気が違うというのは琴里にも伝わった。頭の中を一度整理して脳を本格的に動かすと琴里もソファーに座った。

「詳しく聞きましょう十香」

「うむ……」

 十香は俯き、何を話すのかじっくり整理してからゆっくりと口を開いた。

「まず先に伝えたいのがシドー、この時代の折紙を救ってくれ」

「まあ、そのつもりだ」

「折紙はディセプティコンにいて人工精霊を宿しているのは知っているのか?」

「ああ、知ってるよ」

「何故、そうなったか私にも分からない。この時代の折紙を止めないと大変なことになるのだ」

「十年後の世界はどうなってるのよ十香? オプティマスは? 精霊は? 地球はどうなってるの?」

 十香は言いづらそうに顔を歪めつつも話し出した。

「オプティマスはメガトロンと相討ちで死亡。リーダーを失ったオートボットは散り散りに、ディセプティコンは折紙が指揮をしている。美九も耶倶矢も夕弦も狂三も……みんなやられたのだ……」

「……!」

 信じたくない未来の事情に士道も琴里も絶句した。DEMがディセプティコンの傘下となった話、ラタトスクはその時代には存在しない事、何よりも衝撃的なのは士道は行方不明という事だ。

「シドー、私の時代の折紙はもはや話など聞かない。人間も精霊も何もかもを憎しみの対象にしている。だから、今すぐ折紙を助けて欲しい」

「今の折紙を救えば未来は分岐するのか?」

 十香はまた暗い顔をした。

「それがちょっと違うのだ。令音やパーセプターの計算ではこの時代の折紙を救えば最悪の結果を回避出来る可能性が五〇パーセント下がるらしいのだ」

「まだ、最悪の結果に行く可能性が五〇パーセントもあるのね」

 時間はいくつもの分裂と統合を繰り返して複数の可能性を生み出している。今を変えてもまたどこかで悪い方向へ進むかも知れない。

「今から更に五年前に戻って過去を変えるのだ」

「今と五年前、同時に折紙にターニングポイントを与えてやれば、最悪の結果へ更に遠ざける事が出来る、そういう事か?」

「そうだ! でも、少し問題があるのだ……」

「何だ?」

「未来のDEMが今の士道を抹殺しようと刺客を送って来る筈なのだ。私は伝言役とシドーを守る為に過去に送られたのだ」

「ちなみに十香にその指示を出したのは誰よ」

「琴里だ」

「私かぁ~……」

 琴里は額に手を当てた。

「つーか誰かが俺を狙ってんのかよ!」

「シドーは私が守る! 今日はゆっくり寝るのだ!」

 自信満々にドンと胸を叩いて見せるが、誰かに狙われていると思えば枕を高くして寝れない。未来の十香を以前まで住んでいた十香の空き部屋に案内し、士道は床に就いた。

 

 

 

 

 誰もいない公園に稲妻がほとばしった。一定の感覚で空間を走る稲妻が増えて行き、眩い閃光と共に遊具の一部や公園のフェンスの一部が綺麗な円形にくり貫かれ、切断面は赤くなっていた。

 公園の砂場にも同様の現象が起こっており、僅かにくぼんだ砂場には一人の女性が片膝を着いていた。その女性の顔は間違いなく折紙だった。だが、その顔は十代の頃の物で顔に人間味など全くない。元々、感情の起伏の少ない少女だったが、今いる折紙は機械と変わらぬ無感情さだ。

 それもその筈、折紙の姿を真似て記憶をプログラムされたDEM社製人型暗殺兵器、ロボ紙だ。

 時間を遡って現れたロボ紙は衣類を全く着けていないが、恥ずかしいという感情など無い。ただ命令された事を実行する殺人マシーンに過ぎないのだ。

 視覚センサーが起動して今いる場所が公園だと認識するとロボ紙がまず優先したのは、衣類の確保であった。全裸だと何かと不都合があるとインプットされてあるからだ。

 ロボ紙は早速行動に移った。近くにある服屋の窓ガラスを素手で破り、鍵を開けると任務遂行に有効な服を手に取り、おもむろにそれを着た。

 スクール水着に犬耳と尻尾という格好になり、ロボ紙は士道を抹殺すべく次に武器の調達を開始した。

 ここがアメリカならガンショップを狙えば良いが残念ながら日本には無い。となると武器が手に入る場所と言えば自衛隊の駐屯地しかなかった。

「折紙!? ようやく顔を出したと思ったらなんて格好よ!」

 燎子はいろんな感情が混ざって声を荒くした。

「日下部一尉、私を中へ入れて欲しい」

 駐屯地の入り口で止められたのは間違いなく服装の所為だろう。

「ごめんなさい。あなたを入れる訳にはいかないわ」

「何故?」

「私の力不足、あなたの懲戒処分を止められなかった。あなたはもうASTじゃないの。だから帰りなさい、じゃないと記憶を消しに処理班が来るわ」

「わかった」

 ロボ紙はきちっとした回れ右をして駐屯地を去って行く。聞き分けの良い折紙に燎子は変な感情を抱いていた。もっと無理を言うと腹をくくっていたのに何も言い返さずに帰ってしまい、肩透かしを食らった気分だ。

 程なくして燎子は帰宅した。ロボ紙はそれを待っていたかの用に動き出し、駐屯地の高い壁を人間離れした跳躍力で飛び越えて侵入した。まんまと入り込まれた駐屯地だが、いかんせん燎子がいないとASTはシャキッとしていない。それに最近は精霊の現界も無いので気も抜けていた。

 際どい格好をしているが、鮮やかな隠密能力で誰にも発見されず、ロボ紙は適当な隊員を気絶させてIDカードを抜き取り、銃器と弾薬を持てる限り奪って基地を脱出した。

 上手く武器を確保して弾倉に弾を詰め込み、装填が終わった銃を背中や足、腰に巻きつけて見たが、スクール水着しか着ていないので銃が目立ってしょうがない。

 ロボ紙は記憶からもっと有効的な服を検索し、メイド服を発見した。早速メイド服の調達に向かった。

 スクール水着と犬耳と尻尾を調達した店でメイド服も調達してようやく本格的に任務開始だ。

 

 

 

 

 宇宙空間に突如、激しい稲妻と共に空間が切り裂かれ、紫色の流星が暗黒の空間を走って行った。流星の行き先は青く美しい星、地球だ。

 流星を追うようにして空間の裂け目から一隻の戦艦が飛び出して来た。流星が地球へ向かって行くのを確認すると戦艦は地球の軌道上に留まった。戦艦の大きさはネメシスの半分以下で武装も大層な物ではなかった。その戦艦はトランスフォーマーの物であるのは間違いない、しかし船体のどこにもオートボットやディセプティコンのエンブレムが刻まれておらず、どちらの軍団なのか判別が出来なかった。

 艦長席を立って黒いトランスフォーマー、ロックダウンはデッキから地球を見詰めていた。

「オートボットもディセプティコンもいつまでも子供のように戦争を繰り返しているな。だが、それで良い」

 両軍の気が遠くなる程の長い長い戦争に呆れながらもロックダウンは肯定的な目線で見ていた。

「親方~! 着陸の準備が出来ましたよ!」

 ロックダウンの私兵が報告にやって来るとゆっくりと頷き、戦艦を地球に着陸させるように命じた。

「艦を降ろせ! タイムブリッジも忘れずにいつでも使えるようにしろ!」

「アイアイサー!」

「オプティマス・プライム……貴様は俺の利益の為、この時代で殺す」

「親方、着陸地点はアメリカの人のいない所で良いですかい?」

「ダークスパークの落下地点に出来るだけ近付けろ」

「うす!」

 

 

 

 

 早朝から士道は目を覚まして、未来の十香と琴里と共にオートボットの基地に行くと、基地内は基地内で慌てた空気が流れていた。

「オプティマス、アメリカのネバダ州に高濃度のダークエネルゴン反応がありますな」

「間違いないねぇ、メガトロンの仕業だァ!」

「いや、ワーパス。そう決め付けるのは良くないぞ。パーセプター、その話は少し後にする」

 そう言ってオプティマスは朝早くからやって来た士道達を見下ろした。

「おはようみんな。十香、少し雰囲気が変わったようだな?」

「オプティマス聞いてくれ!」

 手すりから体を乗り出して士道は十香とその未来について説明した。

「信じてやりたいが、信じられない話だな」

 いきなりは飲み込めないだろう。十年後にはオートボットは散り散りになってオプティマスは死亡しているなどあまり受け入れたくない話だ。とにかく、士道の隣にいる女性が十年後の十香であると証明するべく、マンションで寝ている十香を起こしに行こうとすると、素晴らしいタイミングで十香が基地へ入って来た。

 十香が二人、オートボット達はそれを見て信じざるを得なくなった。

「なぬ!? わ、私がもう一人いるぞ!」

 事情など全く分からない現代の十香は未来の自分を見て警戒心を剥き出しにして睨んだ。

「シドー! その偽物から離れろ!」

「いや、違うんだ十香。これは十年後のお前なんだ!」

「何を言っているシドー! タイムスリップなんて漫画の世界だけだぞ!」

 話す事はまだまだあるのに余計な時間は取っていられないので十香への説明は琴里が担当した。きなこパンを餌に十香はホイホイと琴里へついて行ってしまった。

「話を戻すぞ。つまり現代の折紙を救って過去の折紙にも何かしらのターニングポイントを与えないと、未来は最悪の結果になるんだ」

 オプティマスもグリムロックも皆も難しい顔をした。

「十香、未来の、お前達は、無事か?」

 グリムロックが精霊の事について聞くと十香は胸が苦しくなりまた暗い顔をした。

「私と琴里、四糸乃以外はみんな……ディセプティコンやDEMに狩られた」

 まずい事を聞いたと皆が思い、押し黙った。グリムロックは喉を鳴らして怒りに唸った。

「未来のディセプティコンは人員がかなり変わっているのだ。少なくとも……今いるメンバーの大半は消えている」

 オプティマスはポリポリと頭を掻いてから尋ねた。

「十年間の主な経緯で良いから話してくれないか? 今のままでは結果しか分からない」

 十香は頷き、説明を始めた。

 今から三年後、ディセプティコンとDEMが手を組み、DEMは本格的に精霊を狩り始める。

 五年後、オートボットとディセプティコンの最終決戦が起こり、両軍のトップや幹部は殆ど死んだ。スタースクリームが三十秒程、ディセプティコンのニューリーダーになるが、即座に折紙にその地位を追われる。

 六年後、ダイノボットと四糸乃が別行動を開始し、残存するオートボットから離反。

 八年後、士道がジャズと真那と共に行方不明、次いでラタトスクも活動不可能なレベルまで追い詰められる。

 そして十年後、過去をもう一度やり直さんとパーセプターが開発したタイムブリッジで十香を現代へと送った。

 

「――と、言う訳だ」

「それは何としても折紙を止めなくてはな。それにメガトロンもだ」

「なあパーセプター、タイムブリッジなんて今から作れるか?」

 士道が問う。

「いいや、今から急ピッチで大量の資源と土地を使っても何十年もかかる」

「でも十香の話じゃあパーセプターがタイムブリッジを作ったって」

「それなんだがシドー、パーセプター以外にもいろいろオートボットの科学者がいたのだ」

「一人じゃあ無理だ」

「じゃあ……どうやって過去へ……」

「そんな時こそわたくしに任せて下さいまし」

 うねうねと壁に出来た影が蠢くとヌルッと狂三が出て来た。霊力は封印した筈なのだが、狂三は影の中を移動したりとある程度の人間離れした行動が取れる。

「未来のわたくしがDEM風情に殺されるのは気に食いませんわ。わたくしも積極的に助力いたしますわ」

 狂三には話が筒抜けだったようだ。

「だぁぁぁぁりぃぃぃぃん!」

 基地のドアを跳ね飛ばして美九が士道に抱きついて来た。

「嫌ですぅ嫌ですぅ! 私、まだ死にたくないですだーりんと綺麗な教会で結婚式を挙げるんですぅー!」

「シドー! 未来は大変な事になってるらしいぞ!」

「誓願。マスター折紙がディセプティコンとは許せません。弟子として目を覚まさせる時です」

「あの鉄仮面の所為で夕弦と離ればなれなんて嫌だし」

「あぁ……あたしって死ぬんだ……もうマヂ無理、遺書書こ」

「兄様と私が何で行方不明なんでいやがりますか!」

「ごめん士道、十香だけに話すつもりだったんだけどみんな聞いてて」

 テヘッと琴里が自分の頭をコツンと叩いた。

「四糸乃、未来でも俺達、友達みたい」

 グリムロックは四糸乃をすくい上げてポンと肩へ乗せた。オプティマスは困ったように頭をかいてから、何かを閃いた。

「どういう訳か全員、揃ってしまったようだ。せっかくだ今からチームを編成して各々、任務を達成しよう!」

 オプティマスが全員を見て三チームに分ける事にした。

 現代チーム、士道、未来の十香と今の十香、八舞姉妹、美九、七罪だ。

 過去のチーム、ダイノボットと四糸乃だ。

 そして、先ほどから反応があるダークエネルゴン反応の調査にはオプティマス、ジャズ、ワーパス、真那、狂三が行く事になった。

 留守番チームはパーセプターと琴里だ。

「一つ質問ですわ。どうして過去へ行くチームに士道さんがいませんの?」

「それはな狂三、今と五年前の同時に折紙にターニングポイントを与えないとダメなんだって」

 折紙にとって五年前のターニングポイントは両親の死だ。ダイノボットの役目は両親の死を阻止する事にあった。

「グリムロック、後で五年前の天宮市の火災の映像を送るわ。役に立つように使うのよ」

「わかった、琴里」

「よし、オートボット――。いやここは全員、出動だ!」

 

 

 

 

 アメリカ、ネバダ州に広がる広大な砂漠地帯にロックダウンの戦艦が着陸した。煙突のように地面から突き出す岩山の陰に隠れ、ロックダウンは艦からタイムブリッジを出すように指示し、適当な岩山の内部にタイムブリッジを隠そうと考えた。

「ダークスパークまで随分と離れた所に着陸してしまったな」

「親方! タイムブリッジを引っ張り出しやしたぜ!」

「わかった、ならあの岩山をくり貫いてタイムブリッジを隠せ」

 ロックダウンが指差した先は戦艦から見て最も近い岩山だった。内部を切り刻んで早急に要塞化する事を命じ、ロックダウンは寂れた無人のスクラップ工場へ出向き、廃車となった格好の良い車をスキャンした。

「俺はダークスパークを回収して来る。そのまま、臨時基地の作成に当たれ」

「了解、親方~! お気をつけて!」

 私兵達は手を振って見送った。

 艦の格納庫に入っている大型の削岩機や工業用ノコギリを持ち出し、私兵達は岩山へ穴を空け、そこから中の岩を切り刻み空洞化させて行く。人間なら何十日もかかるであろう作業を彼等は一、二時間で終了させて岩山は要塞化された。

 工事が終わって程なくして、何もない空間に光の道が出来上がるとオプティマスやグリムロック達が通って出て来た。過去へ行くチームの筈だが、行き方がまだ分からないのでオプティマス達と同行したわけだ。

 四糸乃を頭に乗せた状態でグリムロックは初めて見る土地を物珍しそうに見渡した。

『ねえねえ、すんごい風景だねい四糸乃!』

「そう……だね。初めて……見ます」

「これだけ、広かったら、暴れられる」

「間違いないなグリムロック、岩山にオレの突進でドデカい穴を空けてやりたいぜ」

 暇があればダイノボットは力を制御する訓練をしたり、更なる力の向上を目指して戦ったりするが、やはり思う存分に暴れられないのは結構なストレスを感じていた。

「お前さん達、これはピクニックじゃないんだぞ。私達の今後がかかっているんだ」

 と、アイアンハイドは年長者らしくグリムロック達を注意した。

「オプティマス、聞いてもよろしいかしら?」

「何だ狂三」

「ここへは何をしに来たんですの? 過去へ行く方法があるとは思えませんし。わたくしの【十二の弾(ユッド・ベート)】を使うだけの霊力が確保出来るとは思えませんわ」

「ここは全くの別件だ。しかし、放置すれば世界の危機に関わる」

 オプティマスが高濃度のダークエネルゴン反応を見た時に嫌な予感がした。それは精霊の霊結晶よりも濃度が高く、よりおぞましいものだ。

「全員、ダークスパークを探せ。人間の手に触れさせもするな」

「了解!」

「ねぇ、オプティマス。ダークスパークって言うのは何でいやがりますか?」

「純粋な闇のエネルギーの塊だ。ユニクロン復活のキーでもある。私達のような正義の戦士が使えば一気に堕落の道を行く」

 真那は一応、兄士道からユニクロンの事を聞いている。でも殆ど信用していなかった。惑星サイズのトランスフォーマーなど自身の持つ常識外れ過ぎて信じ切れなかったのだ。

「ちなみにダークスパークを見つけたらどうすればいいんですか?」

「私を呼んでくれ」

「了解でいやがります。では、ジャズ様! 私とダークスパーク捜しに行きましょー!」

 真那はジャズの下へ行ってしまった。

 いざ、ダークスパークを探しに行こうと全員がビークルやビーストにトランスフォームするが、グリムロックだけはとある岩山の方角をジッと見ていた。

「どうしたんだグリムロック? いくら過去チームと言っても今はダークスパーク捜しを手伝ってもらうぞ」

 アイアンハイドがグリムロックの尻尾を掴んでグイグイと引っ張るが、一切反応を示さず岩山を睨み付け、遂には口から砲弾を吐き出した。グリムロックの砲撃で岩山の一部が少し崩れた。

「何をしておるんだグリムロック!」

「グリムロック、目立つ行為はダメですわよ?」

 アイアンハイドと狂三が注意をした瞬間だ。岩山からグリムロックの攻撃に対して反撃をして来た。

 何十発のミサイルの発射を確認するとグリムロックは四糸乃と狂三を手の中に収めて屈んだ。

「ミサイルだ!」

 オプティマスが叫ぶと全員、散会して物影へ隠れた。スラージはのそのそと前へ歩み出て、自らミサイルの標的となって仲間の盾となった。

 攻撃が止み、物影に隠れなかったグリムロックとスラージは何事もなかったかのように顔を上げた。

「当たった所でどうと言う事はない」

「明らかに人間の施設ではない! ディセプティコンの臨時基地の可能性もある! 構わん、破壊してしまえ!」

 パスブラスターを岩山へ突きつけオプティマスは力強く命令を下した。

「破壊ぃ、大好きィ」

 スラージは嬉々とした声を洩らした。

「ダイノボット、岩山を更地に、変えろ!」

 グリムロックは四糸乃と狂三を下ろしてから攻撃を開始した。

 岩山にいたロックダウンの私兵達は大慌てで迎撃態勢を取り、通用口を通って物影に隠れながらレーザーやマシンガンを撃った。ダイノボットに飛び道具は通用しない。

「ダイノボットだ! 誰かなんとかしろ!」

「早く、早く大砲の準備を!」

 口々に言い合い、基地に存在する高火力兵器の準備を急いだ。そんなダイノボットの奮闘を少し離れた所でワーパスが見ていた。

「どうしたワーパス」

「あ、いや、オレ達の出る幕はあるのかと思ってな」

「ハハッ、珍しいじゃないかワーパス、君が弱腰なんてさ」

「そうだ、目の前には楽しい楽しい戦いだ」

「ワーパス、チェーンガンをバックから出しなよ」

 ワーパスは肩に担いでいた武器箱をドンと地面に置き、フタを開けるとスクラップメーカーよりも巨大なガトリング砲が姿を見せた。銃身三本、そこから伸びる長い弾帯を体に巻き付け、巨大なチェーンガンを右腕と一体化させた。

「ひと暴れするか!」

「その意気だ!」

 最前線、最も弾丸とレーザーが飛び交う場で指揮官のロックダウン抜きでも私兵は奮闘し、ダイノボットの猛攻をなんとかして防いでいた。

「大砲の準備が出来た!」

「よーし、ダイノボット共にぶちかましてやれぃ!」

 岩山の臨時基地の一際大きな砲門が開いた。そこにはもうエネルギーが蓄積されており撃てる準備が万端だ。いざ撃とうとすると、なんと大砲の角度を変えるギアが凍り付いて動かない。

「やべぇ、大砲がう、動かねえ!」

 グリムロックは近くをキョロキョロと見渡すとよしのんに乗る四糸乃がホッとした顔をしている。

「四糸乃、でかした」

 グリムロックは大股に足を開き、地面に足が埋まる程に踏み込むと口にエネルギーをチャージし、レーザーファイヤーで大砲を破壊した。

 大砲だけではない。チェーンガンを乱射して敵をなぎ倒すワーパスに弾丸の雨をかいくぐりオプティマスは肉薄し、拳で叩き潰し、オートボットは岩山のふもとに到着した。

「ドアをぶち破れ!」

「私に任せて下せぇです!」

 真那は腐食銃を手に取り通用口に撃ち込み、瞬時に腐らせた。

「オプティマス、妙ですね」

 ジャズは怪訝な顔をした。

「相手はオートボットもディセプティコンのエンブレムを付けてませんね」

「確かにそうだ……」

 ディセプティコンならそれ相応の対応だが、所属不明のトランスフォーマーとなればまずは身元を確認しなければいけない。

 連中がどこから来て、何の目的があるのか。溶解したドアから中へ入ろうとすると、新たな脅威が通路を破壊しながら現れた。戦車の姿をした大型のトランスフォーマー、デストロイヤーはグリムロックに比肩する体躯を誇り、彼等がなんと三人も出現した。

 三人のデストロイヤーはロボットモードへ変形し特徴的な右腕の巨大なスクラップメーカーを向けた。

「グリムロック、片付けろ!」

 オプティマスの命に従い、グリムロックはデストロイヤー達のガトリング砲の掃射をものともせず、頭突きで押し倒した。ダウンしたデストロイヤーの頭に食らいつき、頭部は簡単に粉砕された。

 デストロイヤー二人は顔を見合わせてたじろいだ。だが、ここを突破されるわけにもいかず、ガトリング砲を捨てて近接戦闘を仕掛けて来た。

 一人目のタックルを真っ正面から崩し、デストロイヤーの腹に食らいつき、乱暴に振り回し、宙へ投げ飛ばし、落下地点に尻尾を突き立て、串刺しにするとレーザーファイヤーで消し炭にした。

 攻撃が終わった瞬間を狙って最後のデストロイヤーがグリムロックを殴り飛ばしたが、金属の恐竜は微動だにせず、殴られた所を手でポリポリとかいて、デストロイヤーを見下ろした。

「やべっ」

 逃げようとした刹那、グリムロックの体に走るラインが光を放ち、後ろに向いて生えた角が前へ向いて倒れた。ズラリと並んだ牙にエネルギーに満ちた時、デストロイヤーの体は半分に食いちぎられて体の部品が飛び散って下半身だけが無惨に立っていた。

 くわえていたデストロイヤーの上半身を噛み砕き、グリムロックは雄叫びを上げて勝利を鼓舞した。デストロイヤー三人を相手に苦戦していてはプレダキングに永遠に勝てない。

「目覚ましいパワーアップだな本当に」

 オプティマスは先行して基地内に突入した。中にはまだ兵力が残っているようだが、すぐに制圧出来た。大掛かりな設備が配置され、オートボット達はこれが何なのかは分からない。

「パーセプター、目の前に見たこともない機械がある。調べてくれないか?」

『了解、司令官』

 パーセプターに画像のデータを送ってから少しすると返事が返って来た。

『ダメです。検索しても見当たりませんな』

「新兵器か……?」

 用途が分からないなら下手にいじらないようにしていたが、ダイノボット達は違う。

「これ、何に、使うんだ?」

「適当にスイッチでも入れてみるか?」

「あ、グリムロックさん……その……勝手にいじっちゃ……だめです……」

 グリムロックやスラッグが適当なスイッチを押したり、レバーを引いたりして遊んでいる。

「グリムロックよせ!」

 オプティマスがいったときタイムブリッジは中央の高いタワーの登頂から眩い光を放ちダイノボットと四糸乃達に浴びせた。

「うわぁぁぁぁ!」

「きゃぁッ!」

 悲鳴が止んだ時、彼等はそこにはいなかった。攻撃を受けて消滅した様子もない。ただ、その場から消え失せたのだ。

「彼等は……彼等はどこへ行った……?」

「グリムロック、聞こえるか? グリムロック、応答しろ! チッ、ダメです通信も出来ません」

 オプティマスはタイムブリッジを見上げた。

「パーセプター、至急こちらに急行してくれ。緊急事態だ」

『はいはい、わかりましたよ司令官』

 程なくしてパーセプターがやって来た。現物のタイムブリッジを見てパーセプターも首を傾げながらも機械をいじって見た。言語はセイバートロンの物だったし、操作事態は難しくはなかった。トランスフォーマーが作った物だと認識し、パーセプターは難しい顔をした。

「ふむ……」

「何かわかったのか?」

「分かりました。結論から言ってこの装置は時間を行き来出来る装置ですね。グランドブリッジやスペースブリッジの一種ですな」

「時間の行き来だと? ではグリムロック達はどこに飛ばされたんだ」

「落ち着いて下さい司令官。グリムロック等は今から二百万年前にいるようですが、ここからでも行き先を変更出来ます…………多分」

「彼等は別の時間にいるんですの?」

「そうだよ狂三」

「わかりましたわ。わたくしも手を貸しますわ。刻々帝(ザフキエル)九の弾(テット)】」

 狂三は自身に弾を撃ち、ぐったりとなっている。

「ええ、そうですの。わかりましたわ」

 何やら独り言を呟いてから狂三は顔を上げた。

「グリムロックさん達は確かに二百万年前にいますわ」

「ほうほう、それが君の能力かい? おもしろいね」

「【九の弾(テット)】は異なる時間軸の相手と会話をする能力、今回はぴったりな能力ですわ」

 狂三がグリムロックと会話をし、こちら側から時間を変更して上手くその時代に飛ばされていれば万事解決だ。パーセプターは機械をいじり、戻す年月と日付を設定してレバーを下げた。タイムブリッジ自体に何のアクションも無いのでちゃんと作動したのか不安になって来る。

「どうですグリムロックさん? まあ、そうですの。じゃあお願いしますわ」

 電話や無線機も持っていないので他からは独り言に見えて仕方がない。

「朗報ですわ。彼等はちゃんと五年前に転送されましたわ」

 その瞬間にいささかの安堵感が生まれた。とんだアクシデントだが、これで全員が作戦を開始出来た。

「タイムブリッジを破壊されないようにパーセプターは見張りを頼む」

「はい司令官」

「ジャズは私と来い。他はここの防衛だ」

 命令を伝え、オプティマスとジャズはビークルにトランスフォームし、要塞化された岩山を後にした。二人はダークスパークの回収に向かったのだ。

 走行中、黙って走るのは気分が乗らないのでジャズが声をかけて来た。

「今回の敵は誰だと思います?」

「いや、私にはさっぱりだよ。何にせよダークスパークは回収し、厳重に保管すべきだ」

「破壊しないんですか?」

「後にどんな影響が出るか分からない。無闇に破壊はしない」

「敵が既に回収していた場合は?」

「敵を破壊しろ」

「了解」

 ダークスパークの反応は無人の採石場から発信されていた。人がいないのは戦いやすくありがたい限りだ。

 採石場に着くとトランスフォームしてロボットの姿になり武器を取った。山の中腹に大きな穴が空き、中腹からふもとまでを段々形式で作業場を作っている。

「反応は山の中だな」

「そう見たいですね」

 音も無くジャズは動き出すとオプティマスは呼び止めた。

「待てジャズ、私が見に行く。五分経って戻ってこなければ突入しろ」

「いいえ、潜入なら私の方が得意ですよ」

「相手の目星は誰かもう分かっている。それにローラーを探査に出す」

「わかりました。ではお気をつけて」

 ジャズはスナイパーライフルを出して中腹の穴に狙いを付けておいた。パワフルな走りでコンテナを牽引するオプティマスは穴の入り口で停車し、小型探査機のローラーを出した。

「よーし、ローラー。中の様子を見てこい」

 コンテナから四輪の小さな探査車両が勢い良く飛び出し、ローラーは山の中へと入って行った。ローラーに搭載されたカメラの映像はオプティマスやジャズにも送信されている。

「ほほう、完全に作業が止まってしまった採石場のようだな」

『みたいですね。ところでオプティマス、さっき目星はついているって言ってましたけど誰なんですか?』

「恐らくは――。お、ローラーが何か発見したぞ」

 映像にはロックダウンが映っている。少し高い壁に引っかかったダークスパークを取ろうと手を伸ばしたり、よじ登ろうとしているが、上手くいかないようだった。

「やはり……ロックダウン……」

『なるほど、無所属のトランスフォーマーなら奴が妥当ですね』

「ローラー、近くに爆弾をセットしろ。ロックダウンを閉じ込めてやるんだ」

 ピピッと電子音で返事をしてローラーは入り口付近からロックダウンのいる作業広場までに爆弾を並べた。

『くそ! 取れないな、危ないが少し荒っぽくやらせてもらうか』

 ロックダウンは腰のグレネードを地面に複数個セットして離れた岩陰に隠れた。

「壁を崩してダークスパークを取る気だな? まずいぞローラー、戻って来い!」

 ローラーに急いで帰還の指令を出したと同時にロックダウンのグレネードが大爆発を起こした。ローラーの仕掛けた爆弾にも誘爆し、想像以上の破壊で山は崩れ、その爆発は外で待っていたオプティマスにも被った。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 爆発で吹き飛ばされ、オプティマスの車体は斜面を転がり落ちた。

「オプティマス! オプティマース! 大丈夫ですかァァァ!?」

 

 

 

 所変わって天宮市、勢い余って全員で街に繰り出してはみたが、具体的に折紙がどこにいるのかをここにいる全員が知らなかった。とりあえずは作戦を練る為に公園に集合した。

「さてと十香」

「どうしたのだ?」

「何なのだ?」

 未来と今の十香が同時に振り向いて来た。

「あ、いや……未来から来た方に聞きたいんだが、折紙はディセプティコンに行ったんだよな?」

「そうだぞ」

「ディセプティコンの臨時基地とかの場所は分からないのか?」

「む~……それは私にも分からないぞ」

 一番の難題だ。手がかりもなくどうやって折紙を見つけると言うのか。フラクシナスでは折紙の姿を全力で探している。人工精霊を宿していると言っても、霊力が発生する訳でもないので精霊用の探査機でも見つける事が出来ないのだ。

 無駄足になる確率は高いが、折紙が立ち入りそうな所を念入りに回って行くしかなさそうだ。友と認めた十香も折紙は引っ張ってでも連れて来させたい。耶倶矢や夕弦も折紙をれっきとした友達と認識している。皆、将来の危険性うんぬん以前に友達を助けたいという気持ちで挑んでいた。

「じゃあ、各々で分かれて探そうか」

 士道がそう提案し、棒を拾って二人一組に振り分けた。耶倶矢と夕弦は自然と決まり、美九は七罪と、士道は今の十香となった。

「十香、お前は俺達と来い」

「いや士道、すまないが私は少し準備があるのだ。だから後で合流する」

「何をするんだ?」

「買い物だ」

「買い物?」

 何を買う気は知らないが、十香は一時的にその場を離れて行ってしまった。

「我等はどうする士道よ? 我等、颶風の御子が天空を駆り、迷える子羊を見つけてみせるぞ」

「空を飛んだら目立つからな。耶倶矢と夕弦は折紙の家を見てきてくれ」

「了承。任せて下さい」

「そなたの願いを聞き入れよう」

「美九と七罪は……」

 士道は気恥ずかしそうにメモ用紙に何かを書き込み、用紙を固くなるまで折りたたんで美九に手渡した。

「そこに書いてある所を見てくれ」

「はぁい、わかりましたよぉ、だーりん!」

「何のメモよコレ?」

 七罪は訝しげにメモ用紙を開こうとすると士道は必死に止めた。

「そのメモは後で開けろ!」

「あ、うん……わかった」

「じゃあみんな、折紙を探しに行こう!」

 三方向に分かれて移動しだす。当然、士道と十香も動き出すのだが、十香はどこに行けば良いのかまだ士道から聞いていない。

「シドー、私達はこれからどこに行くのだ?」

「墓だ」

「墓?」

「死んだ人が入る場所だよ」

 折紙の両親は天宮市の墓地に埋葬されている。折紙が墓参りをするかは知らないが、両親をあれほどに愛しているのなら無縁な所ではない。普通ならASTの基地などを考えるが、ASTは秘匿情報であり折紙がそこに所属しているのは極秘である。もし行ったとしても門前払いされるのは目に見えている。

 学校には来ていない。他に考えられる場所は他に思い付かなかった。

「琴里、天宮霊園まで転送してくれ」

 インカムに喋りかけた。

『OK、すぐに転送するわ』

 グランドブリッジが開き、士道と十香は瞬時に空間を省略して目的地へと転送された。一瞬で風景が切り替わり、別の場所へ移動するのは何度体験しても不思議な物だ。顔を上げると『天宮霊園』の看板が置いてある。

「行くか」

「うむ」

 墓場はやはり閑散としている。今日は墓参りをする人はいなく、軽く見回しても人影が見えない。それでもせっかく来たので折紙の両親の墓の前で手を合わせて帰る事にした。

「シドー、人は死んだらこの中に入るのか?」

「そうだな、いずれ入る。でも今日じゃないから安心しろ」

 結局、折紙は見つからなかったので二人は次へ行こうとすると、なんと折紙が霊園の入り口の方から歩いて来るのが見えた。

「折――」

 名を呼び、近付こうとするも士道は反射的に立ち止まって口を紡いだ。姿形は間違い無く鳶一折紙だ、そうなのだが折紙とは違う雰囲気を醸し出しているのだ。この違和感の正体を発見出来ないまま、折紙に接近を許してしまった。

「士道、ここにいたの?」

「あ、うん……」

 メイド服という所にツッコミたかったが、そんな余裕は無い。

「折紙、ディセプティコンに入ったんだってな? どうしてだよ」

 ロボ紙は士道の顔を認識し、過去へ送られる前にプログラムされた士道の画像を照らし合わせて行く。画像と本人が一致した瞬間、ロボ紙は有り得ない力で士道を軽々と持ち上げた。

「かっ……折紙なにを……!」

「あなたを抹殺する」

「シドーを離さんか折紙!」

 十香が飛び蹴りを入れたがロボ紙はビクともせず、まるで分厚い壁を蹴っているような感覚だった。ロボ紙がスカートを持ち上げ、隠し持っていた拳銃を取り出すと、墓場に未来の十香が乗り込み、ロボ紙の頭にショットガンを撃ち、至近距離から発するその威力にロボ紙は横転した。

「シドー、今のうちに逃げるぞ!」

 転んだ士道の手を引いて十香は外に用意していた車に乗って逃げて行った。気持ちが落ち着いた所で士道はさっきのロボ紙について聞いた。

「さっきの何なんだよ十香!」

「暗殺用兵器だ。多分、折紙の姿をしてシドーを油断させる気だったのだろう」

 違和感は覚えたが、まさか刺客と疑う事はなかった。

「あれの撃破とあれからシドーを守るのが私の命令だ」

「…………あの、十香さん……後ろ」

「ぬ?」

 二人の十香が振り返って見ると、メイド服を着たロボ紙が全速力で走り、この車に追い付こうとしているのだ。

「うわぁぁぁ!」

 驚きと恐怖でアクセルを限界まで踏み込んで車は加速した所でロボ紙が車に飛びついて来た。後ろのトランクに掴まり、顔色も変えずに力任せに車の屋根を引きちぎった。

 強制的にオープンカーにされて車に乗っていた全員の顔が引きつる。咄嗟の判断で十香は急ブレーキをかけ、ロボ紙は掴まる物はなく、勢い良く前へ飛んで行き、地面を転がった。交差点へ飛ばされたロボ紙は直後に大型トラックに跳ねられた。

「琴里、今すぐ転送してくれぇ!」

『わかった。場所は?』

「どこだって良い、人がいない所だ!」

 グランドブリッジで車ごと三人を人がいない工業地帯へ転送した。転送された先で士道は車を降りて、深く息を吸った。

「なあ十香、あれの説明をもう一回してくれるか?」

「うむ、人型暗殺兵器だ。表面は人間と同じ細胞で覆い、中は金属の骨格で作られたロボットなのだ。DEM社製だぞ」

 折紙を救う時に厄介な物を送り込んで来た物だと士道はため息を吐いた。

「一度みんなと合流しよう」

 士道はインカムから美九に電話をかけ、公園に集合するように伝え、夕弦に電話をしたが、妙な事に夕弦と耶倶矢は電話に出ないのだ。

「変だな……二人が電話にでんわ……」

「何かまずい事に巻き込まれているかもしれんぞ」

 考えたくはないが、その可能性も否定しきれない。もう何度か試してみてもやはり、耶倶矢と夕弦は通話に応じない。二人はフラクシナスで探してもうらう事にしてまずは合流を約束したので美九と七罪がいる筈の公園へと向かった。

 グランドブリッジで集合場所へ行くと美九は手に色の付いた袋を持っており、七罪は紙袋を持っていた。その袋の中身を士道は聞く気にはなれなかった。

「だーりん、まさかあんなトコに興味があったなんて……!」

「士道のドスケベ!」

 やはり、美九と七罪には刺激が強すぎたかと士道は後悔していた。二人をどこへ向かわせたのかと言うと、折紙が利用する怪しげな薬屋さんと怪しげな服屋さんだった。尤も、そんな所に折紙がいる筈はなかった。

「ちなみに二人とも……その袋は?」

「秘密です、だーりん」

「教えてあーげない」

 後々、あれが士道に使われると考えたら不安を感じざるを得ない。

『士道、耶倶矢と夕弦は見つかったわ!』

 インカムから焦った声で琴里が叫んだ。

「本当か!? 今どこにいる!」

『二人は今、空の上よ。それと鳶一折紙も見つかったわ』

 

 

 

 

 ショックで頭がおかしくなりそうだった。折紙は人工精霊の発動を抑えた頃には基地でも月のどこかでもなく地球に戻っていた。帰省本能か、折紙は天宮市にいる。それもいつも通る通学路だ。頭を蝕むような声、両親を殺した忌々しいネメシスプライムを折紙は探していた。

 ふらふらと覚束ない足取りで折紙は塀にもたれた。

「マスター折紙」

 不意に聞こえた夕弦の声に折紙は殺気を剥き出しに睨み付けた。

「停戦。あなたと戦うつもりはありません」

「どうしてまだ……私を追いかける」

「決まってんじゃん、あんたが私等の友達だからよ」

「私はあなた達を殺そうとした。今でも殺してやりたい!」

「懇願。もうやめて下さいマスター折紙、あなたは目的を見失っています」

「見失っていない! 精霊を絶滅させるのが私の目的!」

「違うでしょ! 今のままじゃ……ただの……破壊者じゃん!」

 折紙は頭を押さえて頭痛に苦しむ。

「黙れ黙れ黙れ!」

 もう一度、メタトロンを発現しようとエネルゴンを循環させた。そんな所に空中からブレストオフ、ボルテックスから急降下し、折紙をエネルゴンのネットで取り押さえた。

「ようやくじゃじゃ馬を捕まえたな」

「早く連れ帰ってメガトロン様に報告だな」

「ちょっと待ちなさいよ!」

「憤慨。マスター折紙を返しなさい!」

「ボルテックス、おめーの衝撃波アタックでうるさい人間を吹っ飛ばせ」

「お安いご用だ!」

 ボルテックスは身を回転させ腕を突き出すと手のひらから空間を震わせる凄まじい衝撃波を浴びせた。近くの塀や家屋も耶倶矢も夕弦も軽々と吹き飛ばした。

「便利な能力だなァ、おい」

「いいだろ~? もっかい使えるまでインターバルがあるんだがな」

 網に入った折紙を掴むとボルテックスはさっき吹き飛ばした二人へ注意を注いだ。刹那、嵐のような風が吹き荒れ、ブレストオフとボルテックスは顔を覆い、センサーの感度を上げた。

「へぇ……まだ死んでねぇのか」

 瓦礫から二個の光源が浮かび、それが夕弦と耶倶矢であるのは明白だ。本来の力、二人の精霊は十香と同様に力を取り戻していた。

「やっこさんはやる気満々だぜブレストオフ?」

「ハッ、任務の障害は叩きのめすぜ!」

 折紙を捨てて二人は走り、助走をつけてからトランスフォームした。

颶風騎士(ラファエル)! 穿つ者(エル・レエム)!」

「呼応。颶風騎士(ラファエル)縛める者(エル・ナハシュ)

 ランスとチェーンを操り双子の精霊はコンバッティコンの空軍コンビと激しい空戦を開始した。

 夕弦は手を突き出し、無数のチェーンをブレストオフにけしかけた。上下左右が囲い込むようにしてチェーンが迫り、ブレストオフはロボットへ変形し、ブーストも切って自然落下で地面へ近付いて行く。夕弦のチェーンもそれを追う。

 地面がもう目前にまで迫った瞬間、ブレストオフはジェットモードに変形して驚きの加速で空へ舞い上がった。ブレストオフを見失い、チェーンは誰もいない地面に突き刺さった。

「戦いの経験値が違うぜ!」

 平均的なトランスフォーマーなら全開時の精霊には叶わないだろう。ブレストオフはデタラメな力を発揮する夕弦を征するべく、データバンクにある今までの戦闘で得た知識、経験を組み合わせて、戦術を作り上げる。

「警告。これ以上私と戦えばあなたはバラバラです」

「冗談キツいぜ、こちとら任務失敗したらメガトロン様にお尻ペンペンされちまうんだぜェ?」

 夕弦は両手を広げ、手中に風の塊を圧縮して行き、本人の周りではチェーンが這い回り、いつでも仕掛けられる準備が出来ている。ブレストオフは変形してアサルトライフルを撃ってみたが、チェーンと風の壁で弾が弾かれた。銃が効かないならと、ジェットモードに変形、何を血迷ったからブレストオフは夕弦目掛けて真っ正面から突っ込んだ。

「嘲笑。度しがたい愚かさです」

 初撃よりも大量のチェーンがブレストオフを捕らえようと襲いかかってくる。

「へへっ、こんな鎖、オートボットの対空砲の砲火に比べりゃあ屁でもねェ!」

 紙一重、圧倒的な物量のチェーンを僅かに体を傾けたり、少し上を向いたりと必要最小限の動きでかわしている。夕弦の方からすれば自分よりも大きく的になりやすい相手にチェーンがかすりもしないので、すり抜けているのかと錯覚してしまう。

 それでも直線を進む相手ほど撃ち落とし易い物はない。両手を前へ突き出して風の砲弾を放つ寸前、ブレストオフは消えた。

「――!?」

 いや、消えた用に見えたのだ。ブースターを下へ最大出力で噴かし、かなり無理を強いて夕弦の視界から忽然と消えたのだ。

 周囲を索敵し、ブレストオフを見つけて圧縮された風の塊を放ったのとEMPグレネードを投げたのが同時。

 夕弦は視界を乱され、慌てて所構わず攻撃をした。ブレストオフの方は直撃は避けたが、台風の威力を受けたような物で地面に叩きつけられ、間接から火花を散らしていた。

 

 夕弦とブレストオフの戦いと平行してボルテックスと耶倶矢の戦いも熾烈を極めた。風の加速と持ち前のランスで恐ろしい突進力を誇っている。当たれば穴くらいは空く。

「ボルテックス様の突風攻撃を受けてみろぃ!」

 ビークルモードになりプロペラを回転させてボルテックスは凄まじい風を発生させた。

「ふんっ、そのような物が颶風の御子に通用すると思うなよ!」

 耶倶矢も負けじと風を起こし、ボルテックスの突風を易々と押し返してみせた。風の精霊だけあって、ボルテックスのプロペラくらいではビクともしない。暴風に晒され、ボルテックスは体の制御に意識を傾けている隙に耶倶矢がランスを構えて突進して来た。

 分かりやすい突進攻撃を衝撃波アタックで容易く押し返し、耶倶矢は空中でバランスを整えて、次の攻撃方法を考えた。攻撃ヘリだけあって、ボルテックスの武装は多彩だ。

 耶倶矢の放つ風の矢をプロペラを高速回転で防ぎ、ブラスターやマシンガン、ミサイルが耶倶矢を押しつぶして来る。大量の弾を防ぐべく、耶倶矢は己の周辺に強固な風のシールドを張り、爆発や爆煙を跳ね返した。

 僅かに視界が遮られた時、ボルテックスの手が耶倶矢の目の前に迫っている。あの衝撃波アタックが来ると感じ、耶倶矢はランスに風を纏わせ、突き刺した。

 衝撃波と風圧がぶつかり合い、互いの体が反発して吹き飛ばされる。ボルテックスはブレストオフの上に落ち、耶倶矢の体は夕弦が受け止めた。

「ブレストオフ、撤退すんぞ!」

「その方が良いな」

 ビークルに変形してコンバッティコンは撤退を開始する。夕弦も耶倶矢も追撃はしなかった。

 吹き荒れる風はやがて止み、黒雲は消えて晴れ渡る。そこへ士道達がかけつけた。

「クックック、遅いではないか士道よ。悪の軍勢は我等が退治してやったぞ」

「ディセプティコンか? それより二人とも……その姿は……?」

「説明、敵の攻撃を受けた瞬間、腹が立ったら力が湧いて来ました」

 本来の力を取り戻した耶倶矢と夕弦を再度封印する為に士道はキスをした。霊力が二人から抜けて行き、士道の体へと流れ込んだ。

「あぁー! シドー私もキスゥー!」

「だーりん、耶倶矢ちゃんと夕弦ちゃんだけズルいですぅ!」

「いやぁ、また今度な今度」

「だーりん、前もそんな事言ってましたぁ」

「ま、あたしなんてキスする価値もないナメクジみたいな女だけど……鬱だ……」

 ぶーぶーと講義をする十香や美九を未来の十香がなんとかなだめてくれた。士道達の前には網にかかって動けずにいた。

「折紙……」

 スターセイバーを引き抜いて士道は網を切り払い折紙を自由にした。スターセイバーをしまい、折紙を見下ろす。復讐に取り憑かれた目は恐ろしく、まずどう声をかけようか悩んでいると士道達の来た道から騒がしいバイクのエンジン音がする。未来の十香は振り向き、確認するとそれはメイド服を脱ぎ捨ててスクール水着に犬耳と尻尾を生やしたロボ紙だ。

「へ、変態だぁー!」

 七罪が叫んだ。

「こんな時に邪魔な……。シドー、奴は私が倒す! 折紙は頼んだぞ!」

 十香は乗って来た車のトランクからロケットランチャーを持ち出し、肩に担ぐ。ロボ紙は片手で機関銃を撃っている。だが狙いは雑で命中はしなかった。十香はトリガーを引き、煙が綺麗な軌跡を描きながらロケット弾はロボ紙に命中し、爆発が巻き起こった。当然、誰の物かわからないバイクも廃車確定だ。

 ロケットランチャーを捨て、十香はトランクの中に詰め込まれたショットガンやサブマシンガンやらを装備して燃え上がる炎の方を見た。ロボ紙はここで倒さなければ邪魔になってしょうがない。炎の中から人型の何かが歩いて来、それはもはや折紙の姿すらしておらず、ハッキリとその姿が見えた時、十香は固唾を飲んだ。

 全身が金属の骸骨、とでも言おうか二個の赤い目がギラギラと光り、機械の筈だが明確な殺気を感じた。

《障害確認。夜刀神十香。抹殺開始》

 ロボ紙は歩き出し、十香はサブマシンガンをマガジンが空になるまで撃つ。それでも、金属の体は弾丸を弾き返すだけでダメージにならない。格闘戦に持ち込めば間違いなく十香の負けだ。

 精霊の力がなく、ただの人間に過ぎない今ではロボ紙に勝つのは難しい。

「何て固いんだ! これでも食らえ!」

 グレネードランチャーを当てて爆発に晒されるとロボ紙も流石に怯みはしたが、胸は黒く焦げているだけで、無機質な機械は任務の障害になるようなダメージではないと判断し、一気に駆け出して十香の胸ぐらを掴んで放り投げる。

 塀に体がめり込み口から血を吐いた。落ちていた鉄パイプでロボ紙を殴るが逆にパイプの方が折れ曲がっていた。

 十香はズキズキと痛む胸を押さえながら走り、ロボ紙を人の少ない所へ誘い込むように誘導した。通学路で戦っては、誰かに被害が出るかもしれない。

「グレネードが四個にショットガンとハンドガン……鏖殺公(サンダルフォン)があれば楽勝なのに!」

 後ろからはロボ紙が早足で追いかけて来ている。度々、振り向いてショットガンで時間を稼ぐうちに弾も切れてしまった。弾切れと同時に十香は製鉄工場へ逃げ込み、身を隠した。

 障害物の多い所で攪乱しつつ、ロボ紙を破壊する算段だった。入り口のドアを蹴り破り、中へ入る。その後にロボ紙は壁を破壊して侵入して来た。

 やはり施設内はごちゃごちゃしている。それにこの製鉄工場は稼働しており、白い蒸気や溶鉱炉の熱気が発っていた。ロボ紙は、顔を右へ左へ向けて赤いレンズが十香を探していた。

 十香は息と髪を乱しながら階段を上り、管理室に入って溶鉱炉のフタを閉じた。

「後はこれを……」

 次の作戦に移ろうと一度、自分の頬を叩いて気合いを入れて管理室の出口へ走るとバッタリとロボ紙と出くわした。次の瞬間、ロボ紙はナイフを十香の肩に突き刺した。

「うっ、あぁぁぁッ!」

 叫びながらロボ紙を払いのけようにもピクリとも動かない。

 十香は痛みで暴れながらホルスターに入っていたハンドガンを抜き、ロボ紙の目を撃った。カメラが片方破損してナイフにかかった力が抜けた。

《右カメラ破損。視覚、異常発生。情報収集能力低下》

 自分の状態が淡々と文字として表示されていく。また階段を上る十香をロボ紙は追いかける。段差に躓いたりと目が破壊された影響が分かりやすいくらいに出ていた。

 十香は肩からとめどなく流れ出る血を必死で押さえて階段を上がり、手すりを飛び越えて、少し広めの場所に降りた。そこでロボ紙を迎え撃つのだ。

 ロボ紙も手すりを越え、足を手すりに引っ掛けてボトッとだらしなく落ちてから再び立ち上がった。

「ヘンテコロボめ、私が倒してやる来い!」

 言われるまでもなく、ロボ紙は大振りのパンチを繰り出して十香は瞬時に身を低くして、足を払った。

「いだぁ!」

 蹴った十香の方に被害が出てしまった。ロボ紙が十香の傷口を狙って蹴りを入れ、十香は苦痛に顔を歪ませ、反撃をしたがした方が体を痛めてしまう。

 二人は広めのフィールドのほぼ中心にいる。今しかない、十香はそう判断して一目瞭然に逃げ出し、手すりを上ってハンドガンを抜いた。

「下を見ろメカメカ!」

 十香の言葉など聞かず、ロボ紙が一歩前へ踏み込むと十香は銃弾を発射した。弾丸は吸い込まれるようにしてロボ紙の足下に転がった四つのグレネードに当たり、爆発が起きた。

 当然、これでは破壊出来ない。十香の狙いは他にあった。爆発でロボ紙の足下に穴が空いた。その下には溶鉱炉がある。十香とロボ紙が戦っていたのは、溶鉱炉のフタの上だったのだ。

 ロボ紙は真っ赤な溶鉱炉へ落ちて行った。

《システム、異常発生。視覚回路、異常発生。メイン動力部、出力低下》

 ロボ紙のコンピューターには無数のエラーの文字で覆われているだろう。システムの回復などあり得ず、ロボ紙は溶鉱炉の中へと消えて行った。

「ハァ……ハァ……よくやったぞ私。後でシドーに頭を撫でてもらわなくてはな」

 

 

 

 

 爆発に巻き込まれ、瓦礫と共に転がって来たオプティマスはどうなったのか。ジャズは慌てて駆け寄り、オプティマスの体を起こした。

「オプティマス、トランスフォーム出来ますか?」

「あ、ああ……やってみよう。あっ……あああッ! も、もうひとイキなんだッ……ああ!」

 苦しいがなんとかトランスフォームしてロボットモードになれてジャズはホッとした。

「オプティマス、さっきローラーから送られて来た映像にロックダウンがいましたよね?」

「そうだ。あ、ローラー! 彼は……彼は無事なのか!?」

 崩れた山の隙間からローラーが元気な姿で出て来た。それを見てオプティマスはホッとしてローラーをコンテナに戻してやった。

「ローラーはチビですがタフな奴ですねまったく」

「ロックダウンも自分のグレネードにハマるとはマヌケな奴だ」

 その時である。

 崩れた山を吹き飛ばして濃い紫色の光線が空の彼方へ消えて行った。

「フフフフハハハ! 素晴らしい力だぜ! こいつを使えばまた戦争を起こせる!」

 姿を現したロックダウン。その胸にはダークスパークの禍々しい光が漂っている。リーダーのマトリクスと対をなすダークスパーク、マトリクスが英知をもたらすならダークスパークは破壊をもたらす。

「ロックダウン、それを渡せ! お前が扱えるような代物じゃない!」

「ほう……プライム、プライム。さっそくだがァ……くたばれ」

 ライオットキャノンの光球を撃ち、オプティマスは空中でそれを迎撃した。

「やめるんだロックダウン。そもそもダークスパークが何なのか分かっているのか」

「当たり前よ。コイツァ、俺の利益になる。未来に戻ってもその先もな」

「未来だと?」

 ロックダウンは嘲笑い肩を震わせた。

「プライム、テメェをぶっ殺しにわざわざ未来から来てやったんだよ! まあ、ダークスパークを追っていたのも事実たがなァ!」

「私を殺してどうする気だ!」

「未来のディセプティコンは腑抜けだァ。メガトロンの野郎がいた時代はよく俺に大枚をはたいてくれたもんだぜ。おかげで俺の財布は潤う一方だ。折紙とか言う女が率いるディセプティコンはもはやディセプティコンじゃない! オートボットの連中はテメェが死んでもディセプティコンを絶滅させようと張り切ってやがる」

「何が言いたい」

「プライム、テメェを殺し、オートボットの怒りに火をつけてやる。メガトロンの無しじゃあ動けないディセプティコンよりも遥かに戦争屋だぜテメェ等はよぉ!」

「お前の利益の為に……戦争を長引かせる気か!」

「下らねー争いをいつまでもしてるオメー等が悪い。セイバートロンの戦争じゃあたっぷり稼がしてもらったぜェ。このダークスパークを火種に全宇宙を戦争に巻き込んでやらァ!」

「そうはさせん!」

 オプティマスとジャズが二人して飛びかかるとロックダウンは胸のダークスパークに力を込めて四囲にエネルギー波を送った。それは衝撃波でもなく、吹き飛ばされるような事はなかったが、代わりにオプティマスとジャズは空中で静止して動かなくなっていた。

「なあプライム、未来の世界は不景気だぜ? テメェを殺せば景気回復よ。その所為でどれだけのテメェの仲間が犠牲になるかな?」

 ロックダウン高笑いを上げ立ち去ろうと背を向けた。オプティマスの目には強い怒りと共に胸のマトリクスが光り出し、ロックダウンの時間の停止から逃れて動き出した。勢い余ってオプティマスはロックダウンを殴り飛ばして憤った。

「ロックダウン! 貴様一人の利益の為に仲間を死なせはしない!」

「へっ……なら守ってみろよプライム! 俺から仲間とテメェの未来をな!」

 右腕のフックでオプティマスを引き倒してから肩に引っ掛けて頭から岩に突っ込ませた。がら空きの背中にライオットキャノンの光弾が無慈悲に瓦礫ごと吹き飛ばした。ブラスターではなくオプティマスはエナジーアックスと剣を握り、ロックダウンを斬りつけ、腹を蹴り上げて壁に打ち付けるとそのまま、串刺しにした。だがロックダウンに取って大したダメージではなく、頭突きをお見舞いされ、オプティマスは怯んだ。その隙を突いてダガーで体を切り刻まれ、オプティマスは唸る。

「俺はメガトロンみてぇに独裁に興味はねぇ! テメェみてぇな平和にも興味はねぇ!」

 一拍置いて、ロックダウンは薄ら笑いながら言った。

 

「ああ、テメェは平和なんか望んでねぇよなァ?」

 

 ロックダウンのその一言でオプティマスの動きは止まった。

「気ぃ抜いてんじゃねぇよプライム!」

 回し蹴りがオプティマスの首に決まり、鋼鉄の巨人はふらっと気が抜けたように倒れた。

「私が平和を望んでいないだと?」

 朦朧とする意識で頭をさすりながらロックダウンの顔と向けてくる銃口を睨み付けた。

「そうだろうよ、プライム。何が間違いだァおい。いつまでもいつまでも……何千万年もトランスフォーマーは戦ってやがる。生まれたての奴も老兵もみんなだ! 誰も不思議に思わねー。それが常識と思ってやがるからだ! オプティマス、テメェの事は特に気に入らねえな」

 オプティマスが腰に力を入れるとロックダウンは踏みつけて、体を押さえ込んで来た。

「テメェは理性で戦っていやがる。理性で気持ちを押さえて理性を最優先にしてやがる。違ぇだろォ? トランスフォーマーは戦う生き物だ! それがトランスフォーマーの生きる意味だ! 戦う事が体や心より深い深い、スパークの奥底の原初に刻み込まれた行動理念だ! 平和だと? 寝言を言うなよオプティマス。テメェも……一枚剥いだらメガトロンや俺みたいなんだぜ?」

 本能。

 戦いを求め、力を求め、敵を討つ。本能的にそれを求めている。オプティマスは震える手を見て、メガトロンの幻覚がフラッシュバックした。

 戦って、戦って、戦って、敵を幾度となく殺して来た。

(プライマスよ……どうして私を選んだのです)

 力を持つ者は戦いに身を投じる。戦う為に生まれて来たトランスフォーマーならそれは逃れられない宿命だ。戦いを嫌う者も結局、戦っている。

 平和、プライム、司令官、マトリクス、使命とオプティマスが“プライム”としての責務を果たす中で敵と戦う最中、オプティマスは悪しき考えだと縛り付けていた物があった。

 戦いが楽しい。それもどうしようもなく楽しくて仕方がないのだ。

 戦いを素直に楽しもう。

 オプティマスが己の中で封印して来た感情と向き合い、それを解き放った瞬間だ。

 ロックダウンの足を払いのけて、目にも止まらぬ正拳が顔面にめり込んだ。体が後ろへ飛ぶ前に胸を掴んで地面へめり込ませ、すかさずサーモロケットキャノンに腕を切り替え、発射した。爆発が大地をめくり上げ、ロックダウンは重傷ながらもオプティマスを押しのけ足へ光弾を見舞った。

 片足が損傷したが、気にせずオプティマスは肘でロックダウンの顔面を打ち、足払いでバランスを崩しながら、顎をかち上げ頭から地面に叩き落とす。

「これがテメェの本当の力か!」

 ロックダウンが吠えるもオプティマスは無言で頭をホールドし、岩に顔面を打ちつけた。ショックでジャズへの時間停止が消えて通常通りに動き出した。

「オプティマス……?」

 普段とは明らかに違うオプティマスの戦いにジャズはキョトンとした。

「弱いぞ!」

 ロックダウンを罵りながらオプティマスは横っ腹を抉り込むように打つ。

「役立たずのメタルのクズめ! ガラクタのスクラップめ!」

 下段、中段と蹴る位置を切り替えながらオプティマスはロックダウンの注意が足へ向いた途端に顔を殴り、同時に腹にブラスターを当てた。ロックダウンの頭を鷲掴みにし、持ち上げた。ロックダウンは地面を探すように届かない足をバタバタとさせていた。

 オプティマスのギアが音を立てて力強く動き、それに伴って手に力がこもった。このまま頭を握り潰す気なのだ。

「オプティマスプライム……!」

 ロックダウンは胸のダークスパークでオプティマスの時間を停止させ、なんとか手の中から抜け出せた。

「やってくれたぜ……。テメェは殺せなかったが、ダークスパークが手に入っただけでも儲けもんだぜ」

 ロックダウンはビークルモードになり土煙を巻き上げてタイムブリッジが設置されている岩山へ帰還した。程なくしてからオプティマスの時間停止の効果が切れて動き出した。

「――!? ロックダウン……あいつは!」

「オプティマス、大丈夫ですか?」

「私はなんともない。ロックダウンを早く始末しなくては」

「は、はい」

 

 

 

 

 ロックダウンの一団が緊急で建てた臨時基地の中では特にやる事もないので各々でヒマを潰して遊んでいた。アイアンハイドは表で一人で警備に当たっている。

「それでそれで、ジャズ様のお話は他にないのでいやがりますか!」

 目をキラキラさせながら真那はワーパスからジャズの話を聞いていた。

「ああ~他にか。そうだ、飛びっきりカッチョイイ奴があるぜ。あれはオレも見たがハンパねぇぜ!」

「何です何です! 早く聞かせて下せぇ!」

「ジャズがブルーティカスを一人で相手しやがったんだ。右ヒョイ、左ヒョイ、あっちこっちに飛び回って攪乱して爆弾使ってたぜ!」

「キャ~! たまんねーです!」

 年相応にはしゃぐ矢先、アイアンハイドが戻って来た。

「謎の機影を確認した! ワーパス、真那! 迎撃するぞ!」

「ハッハッハ! やってやらぁ!」

「ようやく私にも出番でやがりますか」

 真那はCR-ユニット“センチネル”を起動し、アイアンハイドとワーパスの後に続いて表へ出た。地平線の先から黒いスポーツカーが走って来るのが見える。カメラで拡大してそのスポーツカーを見るが、オートボットもディセプティコンのエンブレムを付けていない。

「いたぞぉ! いたぞぉぉぉぉ!」

「ああ! 二人とも撃て撃て撃てぇ!」

 持てる火器を使って遠方のロックダウンに攻撃を開始するとロックダウンから何やらエネルギー波が飛んだ。その瞬間に三人の動きは止まり、ぼうっと立っていた。

 ロックダウンは動きを止めた三人を素通りして臨時基地へ入って行った。ゲートを開けて、中を見渡して部下が全てやられている事に気付いた。そして、真っ先に視界に入ったのは、パーセプターだった。

 ロックダウンはライオットキャノンでパーセプターを撃ち、接近して腹に膝蹴りを入れて怯んだ所で頭に踵落としを食らわせた。

「君はロックダウンか……!」

「タイムブリッジをいじったのはお前かパーセプター。俺は元の時代に帰るぜ」

「待て!」

 ロックダウンの足にしがみついて、行かせまいとしたが、もう一方の足に蹴られてパーセプターは敢え無く倒れた。

「ふんっ」

「オリャァァ!」

「うおおおお!」

 ワーパスとアイアンハイドは叫びながらビークルモードで突っ込んで来る。ロックダウンの時間停止の持続力も明らかに短くなっていた。二人に跳ねられてロックダウンは宙を舞った。上手く受け身を取り、ロックダウンは見事に着地した。

 そこへオプティマスとジャズも着いた。

「オートボット、手を出すな! ロックダウンは私が片付けるぞ! とう!」

 一足飛びでロックダウンへ詰め寄り、拳を振るう。ロックダウンも拳を繰り出した。両者の鋼鉄の拳がぶつかり合い、衝撃波が施設内を震わせた。

「一対一でカタをつけるぞロックダウン!」

「いいだろうオプティマスプライム!」

 ロックダウンは床に落ちていた鉄板をすくい上げつつ前方へ投げるとオプティマスは鉄板を手で払った。そこへロックダウンがタックルを決めて押し倒した。金属の巨人はもつれ合い、殴り合い、激しい攻防を繰り広げていた。

 そんな様子を見るオートボットはオプティマスの様子が普段から明らかに違うのが分かった。オプティマスが戦いを楽しんでいるように見えたのだ。

 オプティマスは鉄パイプを拾い上げて、ロックダウンの体の至る所を打ち込み、トドメを刺そうと腕から剣を出した。

「うっ!」

 オプティマスが苦痛に顔を歪めた。見ればロックダウンのつま先、そこにはナイフが仕込まれてあり、オプティマスの腹に深々と刺さっていた。

「テメェはこれで最後だ!」

 オプティマスは膝を折り、壁にもたれかかった。

「ハハハ! 気分良いぜ!」

 がら空きの背中をパンチをめり込ませ、脾腹を蹴る。

「これから死ぬ気分はどうだプライム!」

「ふざけやがってぇ!」

 奮起したオプティマスのアッパーが顎を捉え、右フックが頬を砕き、連続したパンチがロックダウンの顔面を悉く打った。ロックダウンはふらつきながら、壁にもたれた。

「くそ! テメェの大事な物を守ってみせろ!」

 ロックダウンはそう言い、狂三に目掛けて飛びかかった。体で狂三を押し潰すつもりだ。

「狂三、逃げろ!」

 アイアンハイドが叫んだ。

「ぁ――!」

 ロックダウンが狂三に届いたかに見えた。だが、ロックダウンの腹にはオプティマスの腕が貫いていた。パチパチと火花を飛ばし、口からエネルゴンを吐き出し、ロックダウンはそこから手を伸ばして来たが、オプティマスは更にもう一方の腕も傷口に押し込み、腕を開いた。ロックダウンの体は左右泣き別れとなって息絶えた。と、同時に紫色の光が天井を突き破って飛んで行ってしまった。

「ッ!」

 顔をしかめたオプティマスにオートボットの皆が走り寄って来た。

「やりましたねオプティマス!」

「スゲー戦いだったぜ!」

「みんな……すまない……」

 オプティマスは胸を開き、光り輝くマトリクスを手に取った。

「今の私にこれを持つ資格は無い」

「冗談でしょ司令官? どうしてそんな事を言うんです!」

「私はプライムだ。しかし、今の戦いで私は戦いを心から楽しみ、更に戦いを求めていた……」

「オプティマス、あなたがそれを捨てるなら構いません。私はそれでもあなたを司令官と呼びます」

 アイアンハイドは言いながらオプティマスの手を包むように握った。マトリクスはオプティマスの手中で輝きを失わず光り続けている。

「あなた以外に司令官はいません。資格に無い者なら狂三を無視していた筈です」

 オプティマスはマトリクスとゆっくりと胸へと戻した。再び、マトリクスの保持者としての認識を取り戻した。

「私は特別じゃない。ただ、みんなより少しお兄さんなだけだ。オートボット! グリムロックが戻るまでタイムブリッジを見張れ!」

「はい!」

 全員が声を揃えて言った。

 

 

 

 

 五年前へ送られたダイノボットと四糸乃は五年前のネバダ砂漠にいた。五年前では砂漠に変化は無く、ベージュの大地が延々と広がっている。さて、問題はそこではない。今彼等がいる場所はネバダ州、天宮市まで相当な距離離れている。

 もたもたしていればネメシスプライムが折紙の両親を殺してしまう。

「とりあえずオレとグリムロックで天宮市まで飛ぶか」

「待てよスワープ、オレ達がいつまでも飛べないと思ってるのかよ?」

 スラッグ、スナール、スラージはロボットの姿になると不適に笑った。何をするのかと見ていると三人の脚部が細かな変形を経て、踵部分にブースターが出現した。そして三人は軽くホバリングして見せた。

「どうだよ、オレ達も飛べるんだぜ?」

 スナールは浮いた声で言った。飛べるようになったのが余程嬉しかったのだろう。

「五人とも、飛んで、行ける」

『じゃあよしのん達はグリムロックの上にでも乗って行こうかなぁ~?』

 四糸乃がグリムロックの肩に乗ったのを確認すると四人は足からジェットブースターで飛び上がって行った。空中で待っていたスワープが先頭を行き、アメリカの大地を去って行った。

 

 ダイノボットが天宮に到着したのはアメリカを発って五十分後だった。静かなその町に降り立ったグリムロックはさっそく折紙の家を探した。

『グリムロックさん、聞こえますか? 琴里さんからもらった映像は確認しましたわね?』

「うん、確認した」

『では、紙さんのご両親が死んでしまう前に見つけて下さいまし』

「俺、グリムロック。了解した」

 いざ行動を起こそうとした時、町の公園の方で火が上がった。業火は天に登り、天宮市の空を焦がした。赤く染まる町と強烈な熱にグリムロック達は顔を手で隠した。

「琴里の、炎!」

『四糸乃さんにお伝え下さい。せっかくですので雨を降らせてみては、と』

「伝える。四糸乃、狂三が雨を降らせて、みろって」

「は、はい……わかりました……やってみます……」

「ダイノボット、トランスフォーム! ネメシスプライムをボコボコに叩きのめすぞ!」

 グリムロックのかけ声をかけるとダイノボットはビーストにトランスフォームしてアスファルトの地面をえぐる脚力で走り出した。士道や琴里の事も気になるが、今は折紙とその両親を優先した。

 炎の中を駆け抜けるグリムロックは折紙の家までのルートを狂三から聞いて道を曲がったり、進んだり、家を吹き飛ばして突き進んだ。

 全力で走るグリムロックは、とある一軒家の上で人が立っているのを見つけた。黒いスーツに黒い髪、この大火災で悠長に家の屋根に立っているなどまともとは思えなかった。グリムロックは急ブレーキをかけて減速するとネメシスプライムのいる家屋へ突進して建物を吹き飛ばし、同時にネメシスプライムを天高く、舞い上がると近くの家の庭に落ちた。

「折紙の親、大丈夫か!」

 壊した家から覗き込むと折紙と両親は、固く抱き合っている。グリムロックはホッとした。そこへ四糸乃が降らせた雨が炎の勢いを弱めてくれる。

 これで一件落着、と行く筈はなく。ネメシスプライムは去り際に紫色の障気を放つ卵を落として撤退して行った。卵はすぐにひび割れて内部から黒い液状の物体が溢れ出すと形を気付いて行く。

 人型で中世の騎士を思わせる風貌の黒いトランスフォーマーは手にメイスを握り、ネメシスプライムが飛ばされた所から現れた。

「スラッグ、スナール、折紙達を、避難させろ」

 グリムロックも変形し、ソードと盾を掴んだ。ネメシスグリムロック、黒い騎士の名前だ。

 メイスを振り上げ、ソードを下段に構えて両者の武器がかち合い、ギリギリと金属の軋む音をさせながら競り合った。グリムロックは武器を投げ捨てて赤いティラノサウルスへネメシスグリムロックは黒く刺々しいティラノサウルスへ変形した。

 グリムロックの宿敵はプレダキングだ。己の紛い物に苦戦などしている暇はない。お互い吼えながら接近し、先にネメシスグリムロックが首に食らいついて来、家の塀や壁をグシャグシャにしてグリムロックを倒す。引き剥がそうと尻尾で顔を叩いて顎の力が緩んだと思うと、ネメシスグリムロックを振り払って頭突きで怯ませ、炎を吐いた。

 レーザーファイヤーに炙られてネメシスグリムロックは悲痛な叫びを上げながら黒い炎を吐いてレーザーファイヤーを相殺した。

 グリムロックは重々しい足取りで後退するとネメシスグリムロックはグリムロックが怖じ気づいたと思って吼え続け、威嚇をする。

 しかし、グリムロックの方は当然、怖じ気づいてはいなかった。己の最大の武器が牙でプレダキングが爪だ。リーチでプレダキングに分がある。グリムロックは、この牙をしっかり当てられるようにしなければいけない。

 体が燃え上がり、グリムロックの牙が赤く光を帯びる。

 ネメシスグリムロックはその態勢のグリムロックに警戒心を払い、尾の先端に黒く揺らめく炎のような気を纏わせた。グリムロックが狙うべきは確実に息の根を止められる首だ。対してネメシスグリムロックはバカ正直に向かって来るグリムロックを尻尾で叩き潰せば良いのだ。

 尾と牙ではリーチでどれだけ差があるかは言わずとも分かる。グリムロックは足に力を蓄え、ピシピシっと地面にひびが入った。バックで炎と雨が入り乱れるステージで睨み合いが続き、ある瞬間を境にグリムロックはアスファルトを破砕して駆け出した。一歩一歩が重くそれでいて速い、やはりバカ正直に向かって来たとネメシスグリムロックはほくそ笑んで目にも止まらぬ速さで尾を振り抜いた。

 が――。

 ネメシスグリムロックに手応えはない。カウンター攻撃は虚しく空を打った。その時既にネメシスグリムロックの首は決定的な一撃と共にゴロンと足下を転がった。

 グリムロックの野生の反応が尾によるカウンターを回避して首を食いちぎったのだ。

 ネメシスグリムロックの肉体は、ドロドロと溶けて水と共に消えてなくなった。

「狂三、折紙の親、救った」

『そうですの、これで少しは運命が変われば良いですわね』

 ネメシスプライムを撃退し、ネメシスグリムロックも倒したダイノボット一向はそれから現代へと呼び戻された。

 後は士道に託された。

 

 

 

 

 折紙とはゆっくり話がしたいと、士道は十香達を遠くに置いて折紙と天宮市の町が一望出来る丘の上にいた。

「気分は落ち着いたか折紙?」

 自販機で缶コーヒーを買って来た士道は折紙にそっと手渡した。

「折紙、お前はどうしてASTに入ったんだ?」

「そんなの精霊を殺す為……」

「本当にそれだけか? 恨み辛みを抱えて生きて来たのか?」

「あなたは私の事をよく知っている筈。私は……」

 精霊が憎い、そう言うつもりだった。しかし折紙は口を紡いだ。あの時見た、ネメシスプライムが両親を殺した様を。本来の憎むべき相手は奴だ。

「折紙、人間にも精霊にもなったお前だから分かるんじゃないか? 両方の生命に身を置いたからこそ、弱い奴の気持ちが分かると思ったんだが……」

「精霊が私の仇ではないのは分かった。だから私はあのネメシスプライムを討つ」

「折紙、憎しみを晴らせば前へ進めるのか!?」

「立ち止まるよりマシ」

「立ち止まって自分を良く見ろよ! 今のお前は嫌いだ」

 ドクンと士道の言葉が折紙の胸を打った。折紙はぎゅっと袖を握り締めて身を寄せた。

「どうして……?」

「折紙、オートボットもみんなも今は仲間以上の物になりつつある」

「仲間以上? それは?」

「家族だ。折紙もその一人と俺は思っている」

 折紙は胸板に顔を沈め肩を震わした。士道はしばらくそのままでいた。

「訂正するよ折紙。今の今の折紙は好きになれそうだ。ちゃんと表情を剥き出しに出来るお前はさ」

「私にはわからない……! 憎いのに倒せない! 憎いのに近付けない!」

「俺が支える。お前の傷が癒えるように俺はお前を全力で支えてみせる!」

 士道は折紙から離れると、少女の鼻先が赤くなっているのが分かる。

「折紙、決めろ。このまま憎しみを背負って戦うならディセプティコンに行け。もし、俺を頼るなら明日、俺の家に来い」

 士道はそう言い残して行ってしまった。

 既に空に月が登っていた。折紙は肩に刻まれたディセプティコンのエンブレムを触りながら紫色に鈍く光るそれを見た。

 

 

 

 

 折紙にチャンスは与えた。士道は後は彼女がどういう選択をするのかを待つのみだ。

「何だか短い期間だったが、凄い長く感じたぞシドー!」

 今、未来の十香を元の時代へ戻すべく士道や精霊達はネバダ州の岩山に来ていた。

「ロボットの折紙はちゃんと倒したんだよな?」

「うむ!」

 そう言って十香は頭を差し出して来た。士道は他の目も気になるが十香の頭を撫でてやった。

「シド~! どうして未来の私ばかり……」

 十香は頬を膨らませながら拗ねた。

「ごめんって後でやってあげるからさ」

 機嫌を取り戻そうて士道は言った。

「では、みんな! バイバイ! 未来の世界で土産話にでもするぞー!」

 タイムブリッジが作動し、十香は元の時代へと帰って行った。ロックダウンが残したタイムブリッジと宇宙船はしっかりとオートボットが保管をする事になった。

 そして肝心のダークスパーク、あれはロックダウンを倒した際に空へと打ち上げられ、どこかへと飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 朝、士道はあくびをかきながら目を覚ました。

 すると、目の前には折紙の顔があったのだ。

「うおっ!? お、折紙! 何をしてるんだ!」

「あなたが昨日、お嫁に来るなら俺の家に来いと言った」

「都合の良いように解釈するなよ!」

「士道」

「ん?」

 突然、折紙は頭を下げた。

「ありがとう。こんなにどうしようもない私に最後の最後まで手を伸ばしてくれて」

 その時、折紙の見せた笑顔は芯から笑っている物と士道には分かった。グリムロックが過去を変えたらしいが、その影響はそこまで大きくなかったのか、折紙は透き通った目をしている。

 昨夜、折紙も真剣に悩み苦しみ、答えを出したのだ。

「それに士道は私を家族と言った。だから今日からここに住む」

「言ったけど都合良すぎだろぉ!」

「これから私は士道とみんなの為に戦う。だから近い方が良い」

 こうなったら絶対に意見を曲げないだろう。士道がポリポリと頭をかいていると――。

「おっはよーシドー…………折紙! 貴様何でシドーの部屋にいるのだ!」

「新婚生活をあなたに邪魔されたくない!」

「し、新婚生活!? ってどういう意味だ? そんな事はどうでも良い! シドーから離れろ!」

 朝っぱらから十香と折紙のいつもの見慣れた言い合いが始まった。

 いや、いつもではない。普段より二人の表情が確かに柔らかかった。

 



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34話 オプティマス、怒りの鉄拳!

 さて、今日のデート・ア・グリムロックは五河士道の通う来禅高校から物語を始めよう。

「よお五河、最近お前って学校をサボるからもう止めたのかと思ったぞ」

 士道の席にまでやって来たのは友人の殿町だ。ここ最近は確かに士道は学校を休みがちであり、それはトランスフォーマーや精霊やディセプティコン関連で休んでいた。もちろん、学校の皆は天宮市が何度も危険に晒されたなど知るよしもなくいつも通りの生活を送っていた。学校の件をオプティマスに相談すると士道は叱られてしまった。精霊の件ならまだしも、トランスフォーマーの件で大事な勉学を休んではいけない、と。

 どこか吹っ切れたオプティマスは、前のような重苦しい雰囲気は払拭されて接しやすい人物となっていた。今は、基地で真那とバスケットをして遊んでいる。

「ここのところ確かによく休んでたな」

「ま! 休むのは良いんだけど。一つ腑に落ちない事があるんだが?」

「ん? 何だ?」

 殿町はガシッと肩を組んで来て顔を近付けると小声で聞いて来た。

「なあ五河ぁ~。お前が休む時は決まって十香ちゃんも休んだるんだよなぁ~。怪しい」

「あぁ……きっと偶然が重なったんだろ」

「偶然~? お前、絶対十香ちゃんや他の子とも何かやってるだろ? 来禅高校の女たらしランキングじゃあ一位はお前だからな」

 気付かぬ間に士道が謎のランキングの一位に祭り上げられていた。それもそうだろう、転校をしてくる美少女達が悉く士道の周りに寄って来るのだ。人畜無害そうな顔したゲス野郎と密かに囁かれつつあった。

 十香に耶倶矢、夕弦、折紙は来禅高校を代表する絶佳の美少女だ。士道が女たらしと噂されるのは、折紙の変化も原因であった。士道はうっとうしく迫る殿町を適当にあしらい、その視線の先にはクラスの子と仲良く話す折紙が見えた。今までは一人でいて、話しかけるな、と言うオーラを発していたそんな子が急に屈託のない笑顔になれば周囲もさぞかし驚いただろう。

 士道の視線に気付き、折紙はハッとして振り向き笑顔で手を振った。無意識に士道はドキッとした。

「お熱いな五河、今まで冴えない野郎がどうしてこんなになるんだ?」

「頑張ってるからな」

 頑張っている、にはありとあらゆる意味が込められていた。

 折紙と士道がいたあの夜景が美しい高台、あそこで分かれてからグリムロックの過去の改変の影響が出たらしい。

 グリムロックが救った両親は今から三年前までは生きていた。しかし、ネメシスプライムによって両親を惨殺された。それから、時間の流れは今までと殆ど同じだ。

 一つ、違うのは士道と十香が折紙の両親の墓を見に行った所が士道達は行っておらず、折紙が行っていたのだ。

 

 

 そこで折紙はある少年に出会っていた。少年の名前は分からないが、彼も両親を亡くしていた。死因は事故、とされているが少年は確かに見たのだ。剣や火器を使ってぶつかり合う二人の少女の姿をだ。それは初めてメタトロンを発現した折紙と十香の戦いだった。

 折紙が工場の屋上から渡り廊下を崩しながら落ちて来た際に落下物に巻き込まれて死んだようだ。両親の墓の前にいた折紙は、隣で狂気と憤怒に満たされた少年の目を見て、折紙は果てしない焦燥感を覚えた。 自分は何をしているのか分からなくなった。

 精霊を憎む心の根幹にあったのは悪を憎む心、二度と自分のような悲しい子供を作りはしない、という固い決意だった。

 人工とは言え精霊という圧倒的な存在になり、小さな人間の事を忘れていた。二つの存在を行き来する事で折紙は自分の存在のあり方を思い出したのだ。恐らく、人間から精霊に転生した琴里も元人間だからこそ、両者の気持ちを理解出来たのだろう。

 それから、折紙は士道と話し、分かれてから結論を出したのだ。ちなみに少年と折紙はだが、なんとか少年を正常な道へ戻す事は出来たらしい。

 と、過去の時間の差違は小さいが影響は大きかった。

 肩のディセプティコンのエンブレムは目立つのでパーセプターにちゃんと消してもらった。人工精霊の取り外しも勧められたが、折紙は一生涯、人工精霊という重荷を背負うことにした。

 なにはともあれ折紙も元の優しい子に戻ってくれて士道は安心した。以前からの淡々とした口調はあまり変わらないが。

 学校が終わって士道は十香にきなこパンを食べに行こうだの、夕弦に喫茶店を誘われたり、耶倶矢の痛いファッション選びに付き合わされかけたり、折紙にベビー用品を買いに行こうと言われたが、士道は全て断って校門へ急いだ。

 校門にはお迎えにジャズが来ている筈だが、今日はいない。代わりに美九がいた。今日は美九とデートをする約束をしていたのだ。最近は、コミュニケーション不足と士道も薄々自覚していた。そんな時に琴里にデートに行くように命令が下ったのだ。

 特に学校が違う美九や学校にも行っていない七罪だ。狂三は近々、来禅高校に復学するようだ。四糸乃は、グリムロック達といつも何かをして遊んでいるので平気だ。

「だーりん、珍しいですね。私をデートに誘ってくれるなんて!」

「たまにはな、それにお前とはちゃんとデートした事なかったしな」

 美九は人差し指を頬に当てて記憶を掘り返したが、確かに士道とデートした事はない。士織の方はあるが。

「それにしてもだーりん、遅いですぅ! 私、スッゴく待ちましたよぉ?」

「え? 竜胆寺も来禅とじゃあそんなに時間割変わらないだろ?」

「違うんです違うんですぅ、今日は学校に変態が現れてそれで途中でなくなったんですぅ」

「へぇ、そりゃあ物騒な話だな」

「全くです! 女子校に女装して入って来るどうしようもない変態の人間のクズです。人としてどうかと思いましたよぉ、本当に最低最悪です」

 ズキズキと士道は良心が痛んだ。古傷をほじくり返されるような感覚だった。次から次へと罵倒を続ける美九は、ハッと我に返ってから思い出した。

「だ、だーりんも変――」

「ダァァ! それ以上言うな! 言わないで下さい!」

 デート開始早々、士道はがっくりと肩を落とした。

「ごめんなさいだーりん。だーりんは可愛いから許しますよぉ! 可愛い変態さんです!」

「フォローになってないぞ美九」

 可愛いを付ければ何でも許されるなんてことはなかった。気を取り直して士道はデートを再開した。

「それで、美九はどこか行きたい所はあるのか?」

「よく聞いてくれましただーりん! 実はですねぇ、じゃじゃーん! ここへ行ってみたいんですぅ!」

 携帯端末を開いて美九はカラオケのページを開いてみせた。

「どうしてこんなところに行きたいんだよ? なんつーか結構庶民的なトコ」

「あら? 私が庶民的って変ですかぁ?」

「少しな」

「こう見えて実はカラオケは未経験なんですぅー! 今までは破軍歌姫(ガブリエル)で人を操って適当にステージを借りてましたしぃ~」

 未封印の頃ならば確かにしていそうだ。現にまだ使った事のないステージを使う為に空間震を起こそうとするくらいだった。士道もカラオケに行くなんて久しぶりだったので快く受け入れ、この辺りで一番近いカラオケ店へと行った。

 受付で機種を選んでから少し狭めの個室へ入ってドリンクバーでグラスとジュースを取って来て、いざカラオケ開始だ。

「だーりんは普段は何を歌うんですかぁ?」

「え……まあ、流行りの曲をチラホラと……」

「そう言えば、あの音楽祭でだーりんの歌を聞けませんでしたねぇ、一回聞いてみたいですぅ!」

 美九にそうせがまれては歌うしかなく、酷く気が進まないが士道は歌う事にした。全国採点もちゃんと入れて、曲がスタートした。

 キラキラと美九が期待の眼差しで見て来るのがとてもツラい。それでも士道は、意を決して口を開いた。

 数分後、歌い終わってマイクをテーブルに置いた。点数の方は七六点、下手でも上手い訳でもない何とも言えないラインだ。美九も少しコメントに困っている様子で、間を置いてから「良かったですよ!」と、フォローを貰えた。

 次は美九の番だ。選曲は自身の曲で、歌い出すと士道は美九の雰囲気に呑まれてしまった。流石、聞く麻薬とさえ言われる人を虜にする歌声だ。士道は、曲が終わるまでの数分間、ポーッと惚けて聞いていた。

「やっぱり美九の歌は凄いな……」

「へへぇ、だーりんもだーりんで素敵ですよぉ! 素朴で」

 楽しい二人のデート、その隣の部屋で邪悪な存在が動いていた。

 

 

 

 

 サウンドウェーブだ。

「今日は、我がディセプティコンの親睦会だ。遠慮せず歌え!」

 破壊大帝メガトロンはソファーから立ち上がって言った。だが、この親睦会に参加しているのはサウンドウェーブだけであった。

「メガトロン様~、ジュース持って来ましたよー!」

 ランブルがおぼんを頭の上に持ち上げて、人数分のグラスを持って来た。

「ご苦労ランブル。しかし、何故親睦会に誰も来んのだぁ!」

「ショックウェーブはヴェノム対策デス、スタースクリームは仕事中デス。コンバッティコンも同ジク。プレダキングは寝てマス」

「仕方あるまい……今日は二人だけだ」

 先にメガトロンが歌い始めた。メガトロンは地球の演歌に興味があるらしくそれらを歌い出した。メガトロンは意外に歌が上手い。初めて歌う筈だが、そうには見えない程に歌い慣れた様子だ。

 点数が画面に出る。八九点、良い点だがメガトロンは納得がいかない素振りでサウンドウェーブにマイクをパスした。

「メガトロン様、上手ですね!」

「褒めても給料は上げてやらんぞ」

 続いてサウンドウェーブが歌った。これまたやはり上手く、それはメガトロン以上の物を見せ、ランブルやレーザービークは何故だか自分の事のように胸を張って誇らしく思っていた。

 得点は一〇〇点。メガトロンもこの結果には驚きを隠せない。

「やるではないかサウンドウェーブ!」

「流石はオレ達のボスだ! イェイイェイ!」

「お褒めいただき、ありがとうございマス」

 

 

 

 

 隣の部屋で美九はピクリと眉を動かした。その理由は、先ほど美九が歌い一〇〇点を獲得し全国一位に美九の名前が刻まれたのだが、そこに別の誰かが一位を塗り替えたのだ。

 ペンネーム『音波』なんとこの人物は美九が一位を取った曲を悉く塗り替えているのだ。

「だーりん、少し連続で歌っても良いですかぁ?」

「ん? ああ、好きなだけ歌ったら良いよ」

 この『音波』と名乗る謎の人物の記録を再び美九が塗り替えて行く。

 一体、音波とは誰なのか?

 

 

 

 

 サウンドウェーブだ。

 サウンドウェーブは機械を持ちながら少し目を細めた。サウンドウェーブが歌って勝ち取った一位を次々と塗り替えて来る者がいた。ペンネーム『ディーヴァ』、これがサウンドウェーブの邪魔をしており、これは徹底的に倒さなくてはとサウンドウェーブはマイクを握り締めた。

「サウンドウェーブの奴、本気だわい」

「一体どうしたんですかねぇ~?」

 壁を一枚挟んだカラオケボックスで壮絶な音楽対決が繰り広げられていた。メガトロンと士道はかやの外でジュースを持って来るかトイレに行くしかやることがなくなっていた。

 

 

 

 

「ぐぬぬ……なんてしつこい人……! しかもこの私と歌で張り合って来るなんて!」

 美九はマイクを置きかけた、その時美九の脳裏には音楽祭の事を思い出した。あの時、自己を任した存在、オプティマス・プライム。彼に歌の指導を受け、更に歌声に深みが増した。オプティマスの指導に恥じぬ為、美九は今一度マイクを握り直した。

「だーりん……きっと……きっと勝ちます!」

「うん、まあ、頑張って」

 

 

 

 

「……」

 サウンドウェーブは押し黙った。常に邪魔をして来るこの相手、ただ者ではないと警戒し、胸や腕からケーブルを伸ばしてカラオケの機械に接続した。

「サウンドウェーブも本気ですねメガトロン様!」

「あ、ああ……サウンドウェーブ?」

 データを発信している場所、その発信者がいつ入って来たのか、その店舗の監視カメラの傍受していく。膨大な情報をサウンドウェーブは的確に恐ろしい速度で処理し、遂に『ディーヴァ』正体を割り出した。

「メガトロン様、五河士道と誘宵美九が隣の部屋にイル」

「何ぃ!?」

 その一言にメガトロンは立ち上がり様に壁を破壊した。しかし、その部屋には誰もいない。

「メガトロン様、逆デス」

「そうか!」

 メガトロンはたった今破壊した壁の反対を向き、壁を殴り、破壊するとそこには確かに士道と美九がいた。

「な、何だ!? め、メガトロン!?」

「そんな……ディセプティコンがどうして……!」

「でかしたぞサウンドウェーブ。ランブル、あの小僧を捕まえろ。サウンドウェーブはあの小娘を始末だ」

「了解シタ」

「はい!」

 ランブルが士道を押し倒して掴みかかり、士道も必死に抵抗を試みる。人間とほぼ同サイズのランブルだがそれでも力は人間より遥かに上だ。

「だーりん! 破軍歌姫(ガブリエル)独奏歌(ソロ)】」

 一本のスタンドマイクが床から伸びると美九は肺一杯に息を吸い込んで声を上げた。

「あぁぁぁぁぁッ!」

 音の衝撃が断続的に部屋全体に広がり、ディセプティコン達はその破壊力に怯み、身をかがめて耐えていた。ランブルは壁を貫いて外へと放り出された。

 更にボリュームを上げてたたみかけようとした時だ。美九の音がかき消された。サウンドウェーブの胸から発するサウンドブラスターにより美九の音が相殺されているのだ。

「くっ……相手も音楽ですかぁ」

 美九はカラオケのマイクのボリュームを最大にして【独奏歌(ソロ)】を歌った。何倍にも音が倍増されて士道は耳を押さえたが、それではどうにもならない音だ。

「お次はコレだ!」

 サウンドウェーブのレゾナンスブラスターが美九の独奏歌(ソロ)をまたかき消し、更に美九を吹き飛ばした。

「ハハハハハハハ! ドウダ!」

 珍しくサウンドウェーブは笑っている。

「良くやったサウンドウェーブ。では奴を連れて行くぞ」

 メガトロンはつまみ上げ、ジタバタとする士道の額にデコピンで気絶させた。

「士道は連れて行かせないぞメガトロン!」

「今のはオプティマスの声!? どこだ! どこにおる!」

「私ならここだァ!」

 店外と部屋を遮る壁、そこからオプティマスの腕が貫いて来ると思うや否やメガトロンの頭を掴んで壁を破壊しながら表へ引っ張り出した。メガトロンの手から上手く逃れた士道はソファーの上に着地した。

「大丈夫かい士道?」

「俺は平気だよ。それより美九を!」

「わかった! ジャズ!」

 オプティマスが呼ぶと激しいエンジン音を響かせながら一台のスポーツカーが変形しながら士道のいるカラオケの二階へ突入した。

 突入の瞬間に肩を展開させて得意のノイズアタックをサウンドウェーブに浴びせた。

 サウンドウェーブの体は吹き飛び、店から追い出され、ジャズがそこへ追い討ちをかけた。サウンドウェーブに馬乗りになりジャズは執拗に顔を殴る。

「サウンドシステムの面汚しめ!」

「黙れ、にわかサウンドが!」

 サウンドウェーブも殴り返してジャズをどかす。

「サウンドウェーブ! 手を貸すぜ! ランブル様のハンマーアームだ!」

 ランブルが腕の腕が変形するとそのハンマーのような腕を地面にぶつけて人工地震を引き起こした。

 その近くではオプティマスとメガトロンの苛烈な殴り合いが続いていた。二人の拳が互いの頬を捉え、同時に仰け反り、同時に再起して取っ組み合う。

「くたばれメガトロン!」

 オプティマスがメガトロンの懐に入り込むと腰を使って体を持ち上げて背負い投げで頭から地面に叩き付けた。

 そこから追い討ちをかけようとしたが、ランブルのハンマーアームに気付き、オプティマスはメガトロンを無視して士道と美九のいるカラオケ店へ走った。

「士道! 美九!」

 部屋へ入り、二人を確保した瞬間に店は半壊しオプティマスの足場が崩れる。

「ほおおおッ!」

 次いで落石に見舞われたがオプティマスは士道と美九をしっかりと抱えて瓦礫から守り抜く。

「バカモン! あの小僧は捕獲対象だぞ!」

「す、すいません」

「メガトロン様、東からオートボット反応アリ」

 メガトロンはランブルを厳しく叱責してから撤退を命じた。ディセプティコンの撤退を確認してからジャズは瓦礫を払いのけてオプティマス達を救出した。士道にも美九にも幸い怪我は見当たらない。

「良かった。三人とも怪我がなくて」

「ああ良かった。メガトロンの首を持って帰れなかった以外はな。私達も引き上げるぞ!」

 とんだハプニングでデートは中断された。美九とはまた別の日に仕切り直すことを約束して今日は我慢してもらった。

 

 

 

 

 ある日の日曜日、フラクシナスの艦橋では最近の精霊の状態の管理をしていた。それの次いでに琴里はウッドマン卿へのオートボットの観察記録も書いていた。カタカタとキーを叩きながら琴里は文章を頭に描いて行く。

『オートボットは精霊にとってこの上ない保護者です。常に彼女達の身を案じ、彼女達に教育し、彼女達からも知識を得ています。姿形や大きさも違いますが、オートボットは心から精霊と接しています。精霊達の保護者であり、兄弟であり、仲間であり、そして家族です』

 頭にまとめた文章を書き、ある程度進むと琴里は背伸びをした。疲れた琴里を労うように神無月はお茶を持って来た。

「ありがとう神無月」

「いえいえ、司令の為です。士道くん、逞しくなりましたね」

「そうね……」

 度々、神無月も士道と顔を合わす事が何度もありその都度、最初に会った時を思い出して成長したな、と思うのだ。琴里もやがて成長とすると思うと神無月は涙が止まらない。琴里の穢れを知らないツルペタボディが無意味に豊満になると考えただけで嫌になる。

「……神無月、余計な事を考えてるでしょ?」

「いいえ、決してそのような事は! ただ司令のツルペタボディがやがて成長すると思うと辛くて辛くて」

「……」

 琴里は無言で固いブーツで神無月のスネを蹴り、当然神無月は恍惚とした表情を作った。

「あぁ~、久しぶりのこの感じ……イイ!」

「はいはい」

 

 

 

 

 暇な時はだいたいみんなオートボットの基地に集まっている。基地が賑やかなのは悪い事じゃない。オプティマスが精霊達の学校の宿題に積極的に参加して教えている姿は、今までのイメージからは少し想像出来なかった。

 戦争で乾き切った心は戦いのスリルで潤す。オプティマスは何か吹っ切れたようにも見えた。

「七罪は学校へ行かないのか? きっと楽しいぞ。安全に学べるというのは恵まれた環境だ」

「え……いやぁ~あたしはいいかな学校とか。友達とか出来なかったらボッチで便所飯で、頭から水とかぶっかけられて……。あぁー! いやいや学校なんて絶対いやぁ~!」

「ネガティブじゃなくてもはや妄想に近いかもな。出来れば四糸乃と一緒に行かせてやりたいんだがな」

「俺、グリムロック。四糸乃と学校行きたい!」

『君は無理だよーグリムロック!』

「え? どうして?」

「グリムロックさんは……大きすぎるし……教室に……入りません……」

「グリムロックじゃあクラスメート全員の給食を食べかねないな」

 オプティマスは冗談を飛ばし、一笑い生まれると一人足りない事に気が付いた。

「十香、士道はいないのか?」

「む? シドーは朝から見てないぞ」

「具合が悪いのか?」

「むぅ~、少し見て来る!」

 十香が立ち上がる瞬間に折紙が肩に手を置いて来、折紙が代わりに立ち上がった。

「士道の容態を確認するのは嫁である私の役目」

「嫁!? 何を言っておるのだ! シドーは結婚などしていないぞ!」

 また言い争いが始まりそうなので始まる前にオプティマスは止めに入った。

「私にいい考えがある。二人で見に行くといい。士道の容態が気になる子は今から行ってやるんだ」

 オプティマスの案に二人は乗り、そこに美九も加えた三人で士道の様子を窺いに行く事になった。他の子達は、あまり大勢で行くのも迷惑だろうと遠慮した。

 耶倶矢と夕弦が宿題をしている間にオプティマスはさっきから一人で何かを考えているグリムロックに声をかけた。

「珍しいな何か悩み事か?」

「う? オプティマス、今、名前に、悩んでる」

「名前?」

 まさか改名でもするのかと驚いた口調で聞くとどうやらそうではない。グリムロックの最強の武器である牙に名前が欲しいと悩んでいたのだ。

 プレダキングならエナジークローという武器がある。必殺技兼武器名、こういった物を求めていた。四糸乃やよしのんからも意見を取り入れてはみたものの、しっくり来る名前は出て来なかった。

「なるほど武器名か……」

「クックック……なるほどなるほど、名に困っておるようなら我が力を貸してやろう」

 なにやら決めポーズを取りながら耶倶矢は宿題を放り出してやって来た。同時に夕弦も会話に入って来る。

「そうだな……よし、カオス――」

「提案。かみつく攻撃でどうでしょう?」

「ちょっと夕弦、話を遮らないでよ!」

「指摘。耶倶矢のネーミングセンスは酷いです」

「夕弦だって酷いじゃない! かみつく攻撃って!」

「なにやら面白そうなお話をしていますわね? グリムロックさんの武器名でしたらわたくしにお任せ下さいまし」

 気品ある所作でスカートの裾を軽く持ち上げて一礼すると、しばし思考してから狂三は閃いた。

「テュランノス! これですわ!」

 狂三の案に皆の反応はイマイチだった。気まずい間が空いた所為で狂三はなんだか恥ずかしくなり、視線を横へ逸らした。

混沌の王(フロル・レックス)。これでどうであるか! う~ん、我のセンスに脱帽するであろう?」

「提案。では噛み砕く攻撃でどうです」

『あのさー三人共。技名にも武器名にも使えそうなのだよ?』

 よしのんが忠告を入れると再び三人は考え出した。何度も名前を出すが、これと言ってしっくり来る物が一つも挙がって来ない。それもその筈、よしのんの忠告など全くの無視で各々のスタンスを崩さずに名前を出して来るのだ。

 狂三はどうも小難しい単語を使いたがる傾向にある。

 耶倶矢はルビを振りたがる。

 夕弦は和名にしたがるが少しズレている。

 名前が決まらず、言い合っていると基地のドアが乱暴に開き、また同時に基地の奥のゲートが開放され十香とパーセプターが全く同じタイミングで叫んだ。

「オプティマス!」

 どっちを向けば良いのか分からず、一瞬オプティマスはキョロキョロとした。まずは十香の要件を聞いた。

「パーセプター、少し待っててくれ。それでどうしたんだ十香?」

「シドーがシドーが大変なのだ!」

「どう大変なんだ?」

 十香がドアの方を見ると必然的に全員がそちらに視点を合わせた。そこからは、折紙と美九の肩を借りて意識が殆どない士道が運ばれて来た。意識が無いだけではない、士道の右半身は濃い紫色に変色している。変色した個所を押さえて士道は苦しみ、悶えていた。

「オプティマス、士道を助けて欲しい」

「だーりんが……こんなに……」

 オートボットは息を呑んだ。こんな症状は見た事が無いからだ。しかし、その中でもパーセプターは冷静だった。

「士道くんを私の手に乗せてくれるかな?」

 パーセプターが手を差し伸べると折紙も美九も指示に従って士道をそこへ運んだ。士道を手に乗せた途端に素早く顕微鏡へシフトすると大きなレンズを体に合わせて診察を始めた。

「ふむふむ、士道くん。さあ、この色の正体は何なのかな? ほうほう……なるほど……う~ん!」

 原因が分かったのかパーセプターは一人で納得してロボットの姿を取って、士道を人間サイズの担架に乗せた。

「結論から言うと治せます」

 パーセプターが自信満々に答えると基地内の空気も幾分か和らいだ。

「オプティマス、そろそろ彼女達に本当の話をしてあげましょう。でなくては、士道くんの容態の説明がしにくい」

「そうだな、自分が何者かを知ってもらおう」

 気持ちを切り替え、オプティマスは精霊達を一瞥した。精霊達も固唾を飲んで一体、どんな言葉が飛び出すのか分からないが、覚悟を決めてギュッと手を握った。美九は元人間なのでさして聞く事に覚悟を要しはしない。

 問題は出生が不明な十香、四糸乃、狂三、八舞姉妹、七罪だ。

 主にその六人を見ながらオプティマスは話し始めた。

「君達、精霊とは――」

 ユニクロンの存在は精霊の観点から聞いても常識外れでイマイチ実感が湧かない。ネメシスプライムが始原の精霊と言われていたが、更にその大元がいるなど狂三には予想を裏切る結果だ。

 しかし、オプティマスの話を聞いて狂三はしっくり来た。かつてネメシスプライムが言っていたユニクロンの復活や「自らの主を殺すことになる」この言葉の意味を理解した。

 他の皆も産まれた時、どこにいたのか分からない。気が付けば戦いに巻き込まれ、ASTに命を狙われ続けていたのだ。ユニクロンの子供である精霊は、恐らくは世界に混沌をもたらすべくして産まれたのだろう。

「以上だ」

 オプティマスが語り終えると狂三や四糸乃は全て理解したようだが、他の子達は半分くらいしか頭に入って来ていない。

「質問はしても良いが、答えられる事は少ないぞ」

「じゃ、じゃあ……」

 四糸乃がそっと手を挙げた。

「この話と……士道さんの体と……何の関係が……あるんですか?」

「ここからは私が説明しましょうかね」

 パーセプターへバトンタッチした。パーセプターは分かりやすいようにスクリーンを出して、そこに士道の画像が表示された。

「士道くんが精霊を封印出来るのは、我々の創造主プライマスの力によるものだ。プライマスの力が精霊の力を抑えているが、ユニクロンの力が増し、今のプライマスでは精霊の力を抑えきれなくなっている。何人もの霊力が士道くんの体を壊そうとしているんだ」

 このままでは士道の命が危ない、とパーセプターが更に付け加えて言う。

「で、でも治せるのだな?」

 十香はさっきのパーセプターの言葉を思い出して聞き直した。

「治せるとも。さあ、今からは私の話です司令官」

 テレトラン1のディスプレイには何故か見たこともない天体の映像が現れた。

「いつの間にか太陽系の直列が過ぎていましたが、どうやら予言の書にある惑星の直列とは太陽系ではないようです」

 映像には四八個の天体が直列しようとしている。そして何の偶然か、直列する惑星の両端にはセイバートロン星と地球があるのだ。すごい偶然、という言葉では済まされない話だ。

 予言には破壊神が目覚める時、弱き者は滅び去る、強き者が生き残る、という一文がある。

「予言などどうだって良いがユニクロンの復活は絶対に阻止だ。この予言を信じるバカも排除だ。今にとち狂って何をしでかすか分からないからな」

 

 

 

 

 一方、月面基地。

「フハハハハハ! 漲る、漲るぞ! 闇の力が儂の体を巡る! 予言が儂を選んだのだァ!」

 メガトロンの体を走るラインが紫色に光り、瞳の色もダークエネルゴン色に変わって来ている。いつになくハイテンションでコンバッティコン達やプレダキングはメガトロンの容態を内心で案じていた。

 スタースクリームは仕事中と言い残して不在。サウンドウェーブとショックウェーブはいつも通りに仕事をしていた。

「メガトロン様、スタースクリームがゼータプライムの書斎から得たデータからですが、惑星の直列は今日、明日中に起きる筈です」

「よろしい、フフフ。コンバッティコン!」

 荒っぽくコンバッティコンを呼びつけると五人は一つの重厚な造りの大きなケースを五人がかりで運んで来た。ケースをメガトロンの前に置いてから足早にそこから退いた。

 ケースを開けるとメガトロンはニヤリと笑った。そのケースの中身を取り出して皆に見えるようにかざすとメガトロンの体からはおびただしいダークエネルゴンのオーラが噴き出している。

 ケースの中身、それはダークスパークだった。メガトロンはダークスパークを胸へとはめ込んだ瞬間に月面基地は地震のように揺れ、メガトロンはダークエネルゴンの光に包まれた。

「フフフ、ハハハハハハ! 我は支配者! 我は破壊者! 我は……破壊大帝だ!」

 ダークスパークの力をものにしたメガトロン。ショックウェーブは体を検査する機械とにらめっこしてメガトロンの調子が安定している事に安心した。

「直に惑星の直列が始まる! 弱き者は滅び、強き者が生き残る。儂は暗黒の王となり、全宇宙は余の物となるのだ!」

「すげーテンション高いなメガトロン様」

「ホントだぜ、なんか危ねーもんでも食ったのかよ」

 コンバッティコンは口々に今のメガトロンを心配していた。ダークスパークを宿して高揚感に浸っていると、メガトロンに激しい頭痛が襲いかかった。耐えられない痛みにメガトロンは膝を着いて、頭を抱えながら悶えた。

「ぐっ、うおぉぉッ!」

 オンスロートがメガトロンに肩を貸そうとしたが、逆に突き飛ばされてしまう。

「儂に触るなッ! 声がっ……声がする……! 忌々しい声がァァ!」

 天井へ向けてフュージョンカノンの砲撃でぶち破り、何発も大砲を乱射した。ここ最近のメガトロンの乱暴さと情緒の不安定さに心配する者は少なくない。感情など表に出さないショックウェーブですらその異変には怪訝な顔をするくらいだ。

「メガトロン様はどうなさったのだ」

 オンスロートはショックウェーブに聞く。

「ダークエネルゴンの影響なのは間違いないだろう」

 メガトロンはひとしきり暴れると意識が途切れ、倒れてしまった。

「メガトロン様を医務室へ運ぶんだ」

 ショックウェーブが指示を出すとブロウルとスィンドルは呆れたように首を振り、メガトロンを抱え上げた。その拍子にメガトロンが目を見開き、ブロウル達を軽々とはねのけた。

 メガトロンの目からもダークエネルゴンのオーラが揺らめくように上がり、体全体から嫌な障気を発しているのだ。姿はメガトロンだ、ところがディセプティコンの重鎮達は、即座にこのメガトロンがおかしいのに察した。

「メガトロン様……?」

「余はメガトロンではない」

 メガトロンの声で何者かはそう名乗った。

「余はユニクロン……」

 破壊神の名を耳にしてその場にいた者、全員が戦慄した。ダークエネルゴンはユニクロンの血液、それを元に復活し、更にダークスパークまでも取り込んだメガトロンがユニクロンの影響を受けない筈はない。

 ショックウェーブは相手がメガトロンの体であっても冷静にレーザーキャノンを構えた。プレダキングも爪を研ぎ澄まして腕を振り上げる。刹那、ディセプティコンの精鋭達は床から幾本も生えるダークエネルゴンのトゲに体を貫かれ、戦闘不能に陥った。

 プレダキングには効かず、一切怯みもせずにユニクロンに強襲するとロックダウンがやって見たように時間を停止させてユニクロンは月面基地から飛び去って行く。

 しばらくしてプレダキングの時が進み始めると基地内に生い茂るダークエネルゴンの結晶を忌々しく思いながら砕き、まず先に主人たるショックウェーブを救出した。 それからサウンドウェーブ、コンバッティコンと順番に助け出す。

 プレダキングに傷を治すすべなど知らず、ショックウェーブにデタラメにエネルゴンをかけて傷が癒える事を祈った。一時間くらい経過した頃か、光が灯っていない大きな単眼が光り出した。体を軋ませながら起き上がるとプレダキングの頬を撫でた。

「良かった、目を覚ましましたねショックウェーブ」

「目覚めは悪くない。持つべきは役に立つペットだ」

 ショックウェーブが起きれば後は残りのメンバーを治療してくれる。プレダキングはショックウェーブの指示に従って機材を運んだり、汗を拭いたり、精一杯尽くした。

 その甲斐あってかディセプティコンの精鋭達はたった二時間で元通りに戻った。スタースクリームがいない事に感謝してショックウェーブが今のディセプティコンの指揮を取る事になった。サウンドウェーブは優秀なスパイだが、指揮は全くの専門外だ。

「ディセプティコンよ、ユニクロンが目覚めた原因は十中八九、ダークスパークだ。だがまだ奴は完全には目覚めてはいない」

「どうしてそれが分かるんだ?」

「良い質問だオンスロート、目覚めていればわざわざメガトロン様を乗っ取るなど回りくどい事はしない。殺したいなら直接、月を破壊すれば済む。それに私達を殺さずに放置したという事はユニクロンの目的は他にある筈だ」

「他の目的……そうだな」

「マトリクスだろうな」

 ユニクロンがマトリクスを破壊し、ダークスパークを取り戻せばいよいよ手が付けられない。全宇宙の危機だ。

「メガトロン様を探せ」

 コンバッティコンとプレダキングにそう命令を下した。

 

 

 

 

 フラクシナスでの今日の仕事が終わり、琴里は艦長席で大きく背伸びした。

「今日も一日お疲れみんな」

「司令の労いの言葉で自分は元気いっぱいです!」と、中津川。

 それに続いて他のクルーも、

「司令こそお疲れ様です」

「今日は早めに帰って士道くんの看病をしてあげて下さい!」

 と口々に言った。

 士道が倒れたと聞いて珍しく琴里が取り乱していた。オプティマスやパーセプターになだめられてようやく落ち着きを取り戻したが、心の内側では居ても立ってもいられなかった。クルーは帰るように促したが、変に頑固な琴里はそのまま仕事を続けたのだ。

 琴里が席を立っつとフラクシナスの警報がけたたましく艦内に鳴り響いた。

「どうしたの!?」

「わ、わかりません。ディセプティコン反応です!」

 ディセプティコンが一人、単騎でこのフラクシナスに向かって来ているのだ。今までのディセプティコンとは全く違う攻め方だ。以前はスタースクリーム一人に落とされたが、今回はそうはいかない。

「総員、警戒態勢! オートボットに連絡よ!」

 敵の姿をカメラが捉えた。メガトロンだ、いや厳密にはメガトロンの姿をしたユニクロンなのだ。

「敵はメガトロンです!」

 箕輪が叫んだ。

「メガトロン、右翼に回り込みました!」

「サイドガンをぶちかましてあげなさい」

 フラクシナスの船体側面から数十門のプラズマ砲が顔を出し、ユニクロンを狙った。プラズマ砲に対してユニクロンはダークエネルゴンの膜を作り出して全て、その膜の前でかき消された。

「敵は尚も健在!」

 小さく小回りの利く相手に主砲は当たらない。無数の防衛兵器で撃ち落とすしかなかった。

 ユニクロンがフラクシナスの正面に立つと挑発的に手招きした。

「誘ってるわね、なら後悔させてやるわ。ミストルティン、用意!」

「既にやっています」

 神無月は魔力を充填させて砲口に膨大な魔力を圧縮させている。ミストルティンの一撃はトランスフォーマーのボディーにも通用する破壊力だ。

「良くやったわ神無月、メガトロンめここで蒸発しなさい! ミストルティン、発射!」

 フラクシナスの主砲から放たれた魔力の奔流とユニクロンが拳に溜め込んだパンチがかち合い、太い魔力の光線が切り裂かれて行く。ミストルティンの出力が徐々に低下したのを見計らってユニクロンは更に勢いを増し、その拳は主砲を破壊した。

 琴里は歯を食いしばってユニクロンを睨みつけた。

 

 

 

 

 フラクシナスから連絡が入って十五分、オートボットは救難信号を出す地点へと到着した。フラクシナスは地上に横たわり、原型は留めてはいるものの、メインブースターは大破、船体にはいくつもの穴が空いている。

「あのたぬきめ……やってくれたな」

 アイアンハイドは怒りを抑えきれずに言った。

「ようやく来たか、オプティマス・プライム」

 メガトロンもといユニクロンの手には琴里やクルーが握られている。

「オプティマス、逃げて! コイツは相手しちゃダメ!」

 逃げてと言われてはい、そうですかと逃げる程、聞き分けは良くない。

「琴里を返せメガトロン!」

「近付くな。近付くとこの虫けらを握り潰すぞ。それに余はユニクロンだ」

 ユニクロンは力を込めてギリギリと琴里達を締め上げる。苦しい嗚咽を漏らした。

「わかった。何が目的だ」

「マトリクスを渡せ」

「マトリクス? マトリクスが欲しいのなら良いだろう! たっぷりと受け取れ!」

 胸を開きマトリクスを表したと思うとマトリクスから出たレーザーがユニクロンを吹き飛ばした。手から琴里達が離れると、既にジャズが地上を駆け抜けて全員を見事にキャッチした。

「ふぅ、間一髪!」

「良くやったジャズ。悪いが全員、直ぐに退避してくれ。メガトロンは私がやる」

「あなた一人でですか?」

「そうだ」

「無茶ですよオプティマス!」

「命令だッ!」

 オプティマスは怒号で皆を黙らせる。これ以上は聞かないだろうとオートボット達はオプティマスを心配しつつも帰投した。

 オプティマスとユニクロン、そして墜落したフラクシナスが背景にある。

「立てユニクロン、破壊神が誰かに取り憑くとは惨めだな」

「プライム、貴様からマトリクスを剥ぎ取ってやる!」

 両者の戦いの火蓋が切って落とされた。

 




やや最近コマンドーネタを使いすぎか。
シュワちゃんが好きなのか玄田さんが好きなのか自分でもわかんない。


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35話 最強タッグ! こいつはすごいぜ!

 辺りが燃え盛り、砕けたフラクシナスの破片や壊れた機材が散乱している。放っておいてもフラクシナスがこのまま爆発を起こしたりはしないだろうが、この空中艦を人の目に晒すわけにはいかない。炎の中でつんざくような鋭い金属音が響き、時には鈍く震えるような音もした。

 二人の鋼鉄の巨人は殴り合い、斬り合い、撃ち合いと刻々と間合いを変化させながら一瞬も気の抜けない攻防戦を繰り広げていた。ユニクロンに乗っ取られたメガトロンはダークエネルゴンを自在に操り、腕をダークエネルゴンの鎌や砲口に変形させて多彩な攻撃を仕掛けて来る。

 二人の拳がかち合い、空間が震え、散らばっていた残骸が何度か転がった。オプティマスはユニクロンを睨み、ユニクロンは悠々と見下ろして来た。

 腕を払い、ユニクロンの懐に入り込むと顔面に頭突きを入れ、よろけながらも鎌を振り回すが咄嗟に身をかがめられて空ぶった。

 ブラスターを撃つ寸前、ユニクロンに頭を捕まれ、地面に転がらされたオプティマスは直前に既に迫っていた鎌の切っ先を紙一重で避けた。禍々しい鋭利な刃は、顔の横に深々と突き刺さっている。

 腰を上げる勢いと共にユニクロンの顔面に蹴りを決めてオプティマスは、一度距離を置いて休まずにブラスターとロケットを叩き込んでやった。

 火器が通用しないのはすぐにわかった。ユニクロンの周りには火器に反応して薄いダークエネルゴンの膜で覆われて射撃武器を無効化していたのだ。

 火器が通用しないなら話は早い。オプティマスは即座に武器をエナジーアックスに変えて斬りかかった。鎌で防御に出たがオプティマスは容易くダークエネルゴンの鎌を両断してから腹を蹴り、身軽な動きでユニクロンの腕に乗って首に回し蹴りがヒットした。

 更なる追撃を試みたが、ユニクロンも意地で反撃をして来た。鎌から砲へ形態を変化させてオプティマスの真正面にダークエネルゴンの砲弾を炸裂させた。爆風で吹き飛ぶついでにエナジーアックスでユニクロンの顔を僅かに斬りつけ、頬に薄い傷が入った。

「メガトロン、聞こえるか!? ユニクロンに体を乗っ取られるとは呆れた破壊大帝だな!」

 オプティマスは意識の無いメガトロンをなじった。

「無駄だプライム。メガトロンは余の物となった。貴様の声は届かぬ」

「誇りも根性も失ったか? 今がお前の限界なら興醒めだ。その程度で宇宙の支配を目論むなど笑い話にもならないぞメガトロン!」

「何度言っても無駄だ。メガトロンには聞こえない」

 今度は鎌でも砲口でもなくダークエネルゴンの鞭を形成し、離れたところからオプティマスに絡みつかせた。力ずくでほどこうとしても鞭は千切れず、離れず、体を持ち上げると地面へと叩きつけ、岩や残骸など障害物に手当たり次第にぶつけた。

 視界が乱れる程に振り回される中でオプティマスはなんとか片腕だけを自由にし、剣を伸ばして鞭を斬った。もう一本がすかさず飛んで来るがロケットで撃ち落とし、着地する瞬間にトラックへトランスフォームした。

 アクセル全開、道を蛇行しながらユニクロンの砲撃をかいくぐってそのまま突進した。横転すると同時にロボットへトランスフォーム、オプティマスは顔面を踏みつけ脚部のホイールを高速で回転させて顔面を削る。ユニクロンは悶えながら地面を叩き、地中から無数のトゲを発生させてオプティマスを退かせた。

 よろめきながら立ち上がるとオプティマスの拳は目の前にあり、何も出来ずに殴られ、腹や胸やらと体の至る所を滅多打ちにされた。

 腕に力を込め、オプティマスは怒りに満ちた声を発しながらユニクロンを思い切り殴り飛ばした。息を切らしてユニクロンは起き上がろうと上体を起こすが、オプティマスの足に踏まれて地面に固定された。

 オプティマスはエナジーアックスを出して振り上げる。この頭を斧でかち割ろうと決心したのだ。

「プライム……!」

 憎々しげにユニクロンは睨んで来る。決着をつけるために斧を打ち下ろすと、オプティマスは目を見開いて驚いた。エナジーアックスを片腕で受け止められたからだ。

「いちいち勘に触る奴だオプティマス」

 斧を払いのけるとメガトロンは顎に強烈な一撃を見舞った。

「ずいぶんと好き勝手言ってくれたな。ユニクロンもこの儂の体を好き勝手使いよって腹立たしい事この上ないわい」

 メガトロンは既に破壊大帝としての威厳を取り戻していた。乗っ取られた意識をメガトロンは奪い返し、本来の状態へと戻る事が出来たのだ。そして、尻餅をついたオプティマスの下にゆっくりとした歩調で歩み寄り、メガトロンは手を差し伸べた。オプティマスは不信感を抱きながらもその手を取って起き上がった。

「不思議な物だ……さっきまで殺し合っていた我等がこうしているなど」

「そうだな。どういうつもりだメガトロン?」

「儂と手を組もうじゃないかオプティマスよ。今はオートボット、ディセプティコンと言い争っている時ではない。この地球、いや宇宙に関わることだ」

「そんな話に私が乗ると思うのか? 私の仲間を砕いたお前の話を!」

 アックスの刃が赤々と光り、オプティマスは身を乗り出したがメガトロンは落ち着いた調子で言った。

「ユニクロンがどこにいるのか、お前は知っているのか? 知らなければ倒しも出来ないだろう?」

 メガトロンに指摘され、オプティマスは踏みとどまった。確かにユニクロンが今どこにいるかを知らない。居場所もわからない敵を倒すなど不可能だった。この銀白色のトランスフォーマーはかつてセイバートロンを滅ぼした。地球さえも己の支配下としか考えていない。そんな奴を信用など出来ないはしない、いくらかつての友であってもだ。

「お前にユニクロンの居場所が分かるのか?」

「もちろんだ。儂の意識に入り込んだユニクロンだが、逆に儂も奴の意識に入り込んでやったわい」

 回答を渋っているとメガトロンの頭上からディセプティコンのエンブレムを付けた者が六人、降って来た。プレダキングにコンバッティコンだ。

「メガトロン様! 力ずくで戻しに来ましたよ」

「この儂を力ずくだと?」

 オンスロートの発言に気を悪くしたメガトロンはコンバッティコンに睨みを利かせると五人は縮こまった。

「ユニクロンの呪縛など儂には恐るるに足らん。よく覚えておけ」

 オプティマスの方を向き直し、メガトロンはより強気で言って来た。

「儂と手を組もうオプティマス」

 七対一、これは殆ど脅しと取っても良いだろう。

 だがオプティマスの背後、遥か先から土煙を上げながら何者かが近付いて来る。地面を揺らしながらオプティマスの身を案じてダイノボットとオートボットが駆けつけたのだ。

「プレダキング……!」

 赤いボディーのグリムロックは牙を剥くとプレダキングも爪をギラリと光らせて互いに威嚇し合った。

「オートボットも勢揃いか。ならばちょうど良い。我等と手を組もうじゃないか」

 メガトロンの一言にアイアンハイドとワーパスは怒り狂ったように怒鳴った。

「なんだとクソッタレ! お前の所為でどれだけのオートボットが死んだ!?」

「お前がくたばればディセプティコンの野郎に総攻撃をかけて一つにまとめてやらぁ!」

 二人が声を荒げるのも仕方のない事だろう。メガトロンに捻り潰された者は少なくない。その中に知人、友人はいた。

「血の気の多い奴等だ。儂を殺したくてしょうがないだろうが、今はそう言っている場合かね? オプティマス、少し時間をやる。決断しろ」

 メガトロンはコンバッティコンとプレダキングを引き連れて月面基地へと帰って行く。残されたオートボットは、オプティマスへ視線が注がれた。

「我々も基地へ帰るぞ」

 帰路を行く最中、誰も殆ど言葉を口にしなかった。

 

 

 

 

 何もない暗黒の空間には一匹の奇怪な姿をした虫のロボットがいた。クワガタムシ、カブトムシ、バッタの三種類の虫の特徴を合わせた混合虫は全身の浅い物から深い物までとあらゆる傷を負っていた。古代の王たるプレダキングを相手をして五体満足で帰ってこれたのだから、多少の痛ましい傷も軽傷と映る。

 ヴェノムはロボットモードに移行し、何もない空間をよたよたと歩いていると、暗闇からネメシスプライムが顔を出した。真那にかけられた腐食銃の傷も完治しており、元通りになっていた。

「ヴェノム……お前はどこへ行っていた? あの方はマトリクスを持って来いとおっしゃった筈だが?」

「おう、でもよ! リベンジしときたかったんだ!」

「そうだぜ、そうだぜ! 次はちゃんとやるって!」

「次はちゃんとリベンジ――じゃなくてマトリクスを持って来るゼ!」

 三人の人格が口々に話してかなり騒々しい。ネメシスプライムはヴェノムの肩にそっと手を触れた。

「マトリクスはもう良い。次はメガトロンが持っているダークスパークを持って来い。いいな?」

 ネメシスプライムに肩を触れられたるとヴェノムの体躯はさっきよりも大きくなっている。今のままでは常に恐ろしい早さで進化を続けるプレダキングに勝てない、だからダークエネルゴンの力でヴェノムを強化してやったのだ。ついでに従順になるように頭のプログラムも書き換えておいた。

 ヴェノムは混合虫の姿を取ると耳を塞ぎたくなるようなやけに甲高い鳴き声を上げながらその何もない空間から出て行った。

「さあ、次はお前だ。ネメシスグリムロック、お前はマトリクスを潰せ」

 何もない空間の奥で黒い肉体のネメシスグリムロックは頷き、持っていたメイスを肩に担いで消えて行った。ネメシスグリムロックに過去でグリムロックに敗北した記憶はある。

 今回は違う。トランスフォーマーのボディーに霊結晶を埋め込み、三日三晩寝かせて出来た。過去の天宮市で緊急で産み出されたネメシスグリムロックとはわけが違う。感情らしい感情と言えば全て負の感情だ。ネメシスグリムロックもヴェノムも障害を排除する為のただの戦闘の道具に過ぎないのだ。

 

 

 

 

 基地に戻るとパーセプターは普段通りに作業をこなしていた。基地を見渡すと十香達の姿が見られない。

「司令官、お帰りなさい。ちょうど十香達がいないので話をさせて下さい」

「何だ」

「士道くんの容態は悪くなる一方です。ユニクロンの力が強くなっているからでしょう。霊力の侵食が酷い」

 パーセプターの発言に一同を驚きを隠せない。グリムロックはパーセプターを持ち上げて思い切り体を揺らした。

「士道は、助かるのか!? どう、なんだ!」

「何とも……。ユニクロンを倒すか……また眠ってもらうしか……。出来るだけの事はする」

 パーセプターを下ろすとグリムロックは怒りに身を震えさせた。あの場でパーセプターが嘘を言ったのは正解だったろう。でなくては少女達の不安を掻き立てることになった筈だ。

「パーセプターは士道についていてくれ。今は君しか頼れない」

「尽力します」

 士道にしても地球にしてもやはり問題の根幹はユニクロンだ。奴を止めなければ明日は無い。オプティマスはオートボット全員の方を向いて本題に入ろうとした。そこへ、琴里と令音が士道の様子を見に入って来た。

「二人とも怪我はないか?」

「ええ、平気よ」

「私も問題無しだ」

「フラクシナスは一応、持って帰ってある。修復にはまだまだ時間がかかる」

「艦はまた直せば良いわ。クルーが助かって本当に良かった。それで、何の話をしていたの?」

 精神面では、琴里はまだ未熟だ。年相応だとオプティマスは思っている。十香達に比べれば安定はしているし、話を良く聞けるだろう。本来なら傷を治す筈の琴里の霊力すらも士道を侵食する毒となっているのだ。 オプティマスは現実を話した。

「士道の話だ。琴里、士道に封印された霊力は今、抑えきれずに士道の体を侵食している」

「え?」

 やはり琴里は呆気にとられたように表情から思考や意識が飛んだのがわかった。

「質問を良いかい?」

「ああ、どうぞどうぞ」

「シンと精霊は経路のような物で繋がっている筈だよ。霊力を抑えられないなら普通は霊力が逆流する筈だが?」

「私が説明しよう」

 と、パーセプターが言い出した。

「士道くんの中にプライマスの意識があるのは前に話したね? ユニクロンの力の増大で霊力が高まる一方でプライマスは衰弱している。その所為で抑える力や経路も薄れ、逆流が出来ない状態なんだよ」

 説明を聞いて、令音は何度も頷き琴里を心配するように肩にそっと手を置いた。

「気持ちの整理は出来たかい琴里?」

「え、ええ! もちろんよ。私の事よりも士道や他のみんなよ!」

 声が震えている。オプティマスは琴里の襟をつまんで持ち上げると士道が横たわる担架の隣へ置いた。

「今の君は司令官じゃない。ただの妹だ。泣くという動作も人間には必要だ」

 琴里は士道にしがみついて体をぷるぷると震わし、泣いている事を悟られないように取り繕っていた。感情を吐き出せば、また元に戻るだろうというオプティマスの考えだ。

 さあ、ずいぶんと遠回りしたが、これからが本題だ。ディセプティコンと手を組むのかどうかだ。話し合いを始めようとした時、令音がふと気になった事を口にした。

「おや、グリムロックはどうしたんだい?」

 その一言に全員が見回し、グリムロックを探したが、見当たらない。

「ちょっと見て来ます」

 ジャズは素早く変形して基地を出た所ですぐにグリムロックを発見した。

「おいおい、グリムロック。どうした? 早く基地に戻るよ」

「俺、グリムロック。奴を倒す」

「奴?」

 グリムロックの体から顔を出して前を見ると、黒い中世の騎士を彷彿とさせるトランスフォーマーが立っていた。メイスを肩に担ぎ、全身からはもやもやと怪しげなエネルギーを放出している。

「ジャズ、基地に、いろ」

 グリムロックに基地の防衛と奴の排除を託し、基地の中へと入って行った。加勢しても良いが、巻き込まれたら粉々にされてしまいそうで大人しく引き下がった。基地へ向かうハッチが固く閉じ、グリムロックは腕から大剣と巨大な盾を出してゆっくりと、そして徐々に歩調を速めてネメシスグリムロックに近付いて行く。

 ネメシスグリムロックの方もただ待ち構えるだけでなくメイスと盾を持って一直線に走って来るグリムロックに立ち向かった。一歩一歩が重く、アスファルトの地面が割れて僅かに足が埋まる。十分な助走とチャージが完了した二人は全く同じタイミングで盾を突き出した。

 衝撃、轟音が天宮市に轟いた。近隣の家の屋根が剥がれ、塀や道路は衝撃波でバラバラになってしまった。オートボットのいる基地では、地震のような揺れを感じていた。強烈なぶつかり合いだが二人は一歩も引いていない。盾を引っ込めてネメシスグリムロックのメイスがグリムロックの胸を叩き、大剣は腹を斬りつけた。一撃必殺クラスの攻撃力の筈だが、二人の装甲が固すぎてどちらも傷一つついていない。

 グリムロック、ネメシスグリムロックは全くのノーガードで大剣とメイスを力任せに振り回し、互いに体を打ちのめし合ったが、一向にダメージが通らない。

「ウオォォォォッ!」

 グリムロックが気合いを込めて斬ると遂には根本からポッキリと大剣が折れてしまった。そこへネメシスグリムロックのメイスが頭に落とされたが、こちらもメイスの先端が砕けて武器として使用出来なくなった。

 武器がなくなったのなら五体を武器にするしかない。二人はビーストへトランスフォームし、グリムロックは喉に食らいつき、家屋を破壊しながら押し倒した。ネメシスグリムロックは必死に逃れようと暴れて尻尾で顔面を叩くと首への顎の力が緩んだ。

 グリムロックは叩かれた鼻先を手で押さえながら憤慨した。

「俺、グリムロック。痛い、怒ったもんね!」

 ネメシスグリムロックの鼻先に頭突きをお見舞いし、怯んだ瞬間に口から砲弾を発射した。相手も同じように砲弾を撃って、空中で迎撃した。基本的な所はグリムロックの模倣(コピー)だ。だがスパークを核に動くグリムロックと違ってネメシスグリムロックは霊結晶を核にして動く。

 すなわち、体を流れるのはエネルゴンではなくダークエネルゴンだ。ネメシスグリムロックには一つ、グリムロックには出来ない事が出来るのだ。

 ネメシスグリムロックが天を仰ぎ、雄叫びを上げると天宮市の町に空間震警報が発令された。人々がシェルターへ逃げ込むという何度も見た光景だ。そう、ネメシスグリムロックは意図的に空間震を発生させられるのだ。

 空間震くらいではやられはしないが、その発生ポイントが十香達の特設マンションなら結果は最悪だ。

「四糸乃が……みんなが……!」

 グリムロックは足を大きく開いて固定すると口を開けた。背中と腰のコンバーターからエネルギーを吸収して体内ではレーザーファイヤーと混ぜ合わせ、グリムロックの口には高密度なエネルギーが圧縮されたスフィアが形成されていた。空間震が起きる寸前、ネメシスグリムロックに膨大なエネルギー激流が襲いかかった。極大に照射されたエネルゴンファイヤーは、ネメシスグリムロックを飲み込み、彼方へと消えて行った。

 空間震はすんでのところで阻止出来て、グリムロックは四糸乃が守られたと安堵したが、肝心のネメシスグリムロックを倒した手応えは無かった。照射が終わり、体の各所から蒸気を放出して熱を吐き出した。

 そんな所にグリムロックの側面からネメシスグリムロックの顎が首に噛みついた。グリムロックは激しく抵抗してちょうど近くにあった敵の小さな手を食いちぎった。

 痛みを感じないのか、悲鳴も上げずネメシスグリムロックは力も弱めない。グリムロックの背面のハッチが開き、二基のスラスターを展開して噛みついているネメシスグリムロックごと空に飛び上がった。

 上空へ舞い上がってからグリムロックは弧を描いて方向転換し、道路へ激突した。その弾みでネメシスグリムロックは離れ、下顎からすくい上げるようにしてグリムロックの頭突きが炸裂した。

 クラッとネメシスグリムロックの足がもつれたが、意地で大地を踏みしめて態勢を保つと口から黒い炎を吐いてグリムロックの体を焦がした。

 炎から逃れようとグリムロックは背後へ飛び退いた。

 ネメシスグリムロックは長い尾の先端から中ほどまでにエネルギーを溜め込み、色が濃い紫色へと変色して行った。過去の時代で見せたネメシスグリムロックの最大の攻撃だ。

 グリムロックは相手のその仕草を見ると、それに応えるように最大の攻撃で奴を撃破する事にした。

 肉体がエネルゴンの燃焼で燃え上がるように見えた。後ろを向いた二本の角が前を向き、赤い目は青色へと変化するとグリムロックの口に並んだ無数の牙はエネルゴンの光を宿した。この世に存在する物全てを例外なく切り裂き、噛み砕く。

 先にグリムロックが仕掛けた。その脚力は相変わらずの力でアスファルトの道路は土か砂を巻き上げるように軽々と剥がしてしまう。荒々しいグリムロックに対してネメシスグリムロックは待つ、ただ静かに待ち、限界まで脱力をして時が来るまで息も殺して待つ。

 グリムロックが射程に入った。当然、グリムロックの牙はまだ届きはしない、先に攻撃出来るのはネメシスグリムロックの方だった。最大の一撃を放てば、グリムロックの胴体から二つに裂いてやる事が出来た。

 鋭い金属音が一瞬だけ、町に響いた。

 ネメシスグリムロックがグリムロックを裂いたのか? いや、違った。そもそもネメシスグリムロックの尾はグリムロックに届いてすらいない。

 代わりにグリムロックの顎がネメシスグリムロックの首を食いちぎって足下を転がった所を足で踏み潰した。

 ネメシスグリムロックが尾を振り抜こうとした際、グリムロックはかわすわけでも耐えるわけでもなく、背面のスラスターで一気に加速をつけてバーテックスファングによって自己に勝利をもたらした。

 耶倶矢と夕弦と狂三の意見をグリムロックなりに解釈して名付けた名だ。

 ネメシスグリムロックの体が横に倒れ、ふつふつと沸騰でもするように体が泡を立てて肉体がドロドロに溶けてなくなってしまった。過去も現在も変わらず、グリムロックの勝利だ。

「俺、グリムロック。俺、最強ッ!」

 グリムロックは空に向かって勝利を示すように咆哮を轟かせた。

 

 

 

 天宮市の上空でディセプティコンの空中艦ネメシスが待機していた。艦長席に座るのは当然メガトロンで彼の表情には余裕に満ち溢れ、まるで相手の答えがわかっているようだった。月面基地にサウンドウェーブとショックウェーブの二大参謀に任せているので問題はない。どこかの愚か者が何故か今は不在だからだ。

 大事な時期にストレスの種が無いのでメガトロンも解放感がある。

「メガトロン様、ネメシスに向かって何か飛来して来ますぜ」

 ボルテックスが報告するとメガトロンは「撃ち落とせ」とだけ命令した。ネメシスの対空砲火を変則的な飛行で避ける巨大で奇怪な虫を見た瞬間、プレダキングは進言した。

「メガトロン様、あの虫けらは私に任せて下さい」

 プレダキングの申し出にメガトロンは黙ってすぐに許可をした。メガトロンもプレダキングならば仕留めるだろうと、確信にも似た期待を寄せている。プレダキングはブリッジを後にし、ディセプティコンの兵士達とすれ違いながらネメシスのデッキに出て来た。プレダキングを視認した途端、ヴェノムは散々に痛めつけられた記憶が蘇り、任務そっちのけでプレダキングに向かって来た。

 ヴェノムの行動はプレダキングにしてもありがたい。奴が賢くネメシスを集中的に狙って来るならプレダキングはネメシスを守りながらも戦うハメになっていただろう。だが、今は一対一に持ち込めた。混合虫からロボットの姿を取ると、プレダキングはヴェノムの大きさに違和感を覚えた。

 以前は見下ろすくらいだった背丈が今は同じ目線で立っている。大方、無理な強化を強いられたのだろうとプレダキングは考えた。

「ショックウェーブはいないのかよプレダキング!」

 キックバックの人格が喋る。

「主に貴様等のような気色の悪い奴とは会わせない。私が排除する」

 ディセプティコンとは思えぬ丁寧な口調だが、全身から吐き出す殺気は流石の一言だ。ショックウェーブがエネルゴンもオイルもない外道というのは知っているが、プレダキングにはどうだって良い事だ。力とチャンスを与えてくれたショックウェーブには死ぬまで尽くすつもりだ。

 獣性を剥き出しにプレダキングはヴェノムに掴みかかった。このまま押し倒してマウントポジションを取るつもりだが、ヴェノムの思わぬ力が発揮され、両者の力は拮抗していた。ヴェノムは頭突きを顔に入れ、プレダキングを転倒させた。

「イェーイ! どうだ!」

「弱ぇ、弱ぇ、弱ぇ!」

「立ちやがれ、動物野郎! 俺達が八つ裂きにしてやんぜ!」

 プレダキングは以前のヴェノムではなく、全く新しい敵と対峙したと心得て気持ちを切り替えた。

「貴様等はショックウェーブの実験材料にしてくれる!」

 下手な脅し文句よりゾッとしたヴェノムだ。

 両手を合わせ、ヴェノムは電撃を放出し、プレダキングは横へ走りながらブラスターで電撃を迎撃した。ヴェノムが引き下がりながら電撃を広範囲に放つ直前にプレダキングが足下にブラスターを撃って来た。小規模な爆発だが、ヴェノムが姿勢を崩し、そこへプレダキングのタックルが見事に決まった。

 二人はもつれ合いながらネメシスから落下して行った。二人とも空は飛べるので普通なら墜落はしないだろうが、高速で落ちながら殴り合っているので飛ぶどころの話ではない。

「離せぇぇ!」

 ヴェノムの全身から電気を発してプレダキングを追い払おうと必死に攻撃をし続けた。電撃などダメージにもならないプレダキングは頬を殴ってからヴェノムを踏み台に飛び降りると空中でドラゴンにトランスフォームした。大きな翼を広げて空を舞い、いまだに落下を続けるヴェノムを火炎放射で火だるまにした。

「熱っちぃぃぃ!」

「許さねぇ、許さねぇ、許さねぇ! 電気バリバリだ!」

「いいや、強酸でドロドロに溶かしてやらぁ! ンハハハハハ!」

 ひとまずヴェノムも昆虫形態で飛行し、後ろから吐いて来る炎弾をよけつつ地上に下りようとした。濃い雲を突き抜けて二人はやっと地上が見えて来た。プレダキングはロボットに変形してヴェノムの背中に飛び乗ると手当たり次第に殴り、ヴェノムも必死にプレダキングを落とそうと乱暴な飛行を繰り返した。

 殴る事に夢中になっていたプレダキングはふと顔を上げた時、目の前には岩肌が迫っていた。そのまま岩に叩きつけられ、地面に墜落した。ヴェノムはまたロボットになると左右の腕を大きなハサミと強酸を吐き出す銃に変えていた。

「虫にいっぱい食わされたな。やるじゃないか腹立たしい」

 プレダキングはドラゴンに変形してからあの大きな翼を小さく格納して地上戦をやりやすいようにした。二人が落ちて来たのは谷底で、這い上がってもまた似たような谷が延々と広がる特殊な地帯だ。ヴェノムが強酸を撃った。

 プレダキングは崖を駆け上がった。強酸が当たった所をみると、地面の一部がドロドロに溶けていた。大した武装だ、決して当たる訳にはいかないと自分自身に言い聞かせた。

 プレダキングは炎弾を吐き出し、谷底をデタラメに撃った。

「どこ狙ってやがんだぁ! ハハハ! 降りて来やがれェ!」

 炎弾で余計な土埃が舞い上がり、ヴェノムは手を振り払っていると煙の中からプレダキングが突如現れた。右腕のエナジークローを発動させてヴェノムの腹を貫く。

「これを狙ってたんだな?」

「ッ……!」

 プレダキングが目を見開いた。エナジークローはヴェノムの腹で止まり、貫通していない。徐々にエナジークローの光が爪から消えて行くとプレダキングは一度、引き下がって距離を置いた。

 ヴェノムの方は考える暇など与えず、巨大なハサミでプレダキングをホールドしてから電撃を流しながら強酸を放とうと砲口を突きつけた。ところが、武装から火花が弾け、一部を食いちぎられたような跡があった。

「コイツッ! いつの間にィ!」

「ハサミで切り落としちまおうぜ!」

 プレダキングを持ち上げた所で顔面に炎を浴びてヴェノムは思わず拘束を緩めた。

 尻尾でヴェノムを叩き、壁に打ち付けるとプレダキングの右腕はより強い輝きを放ち出した。

「こンの……! インセクティコン魂を舐めるなぁ!」

 ヴェノムの体からダークエネルゴンのトゲが無数に生え、ダークエネルゴンを圧縮して剣を作り上げると、飛びかかって来ているプレダキングに突き出した。

 エイペックスクローはヴェノムの剣を易々と砕き、腹へ到達した。エネルゴンが流れ出し、ヴェノムが力尽きる寸前、折れた剣をプレダキングに突き刺して、息絶えた。

 ダークエネルゴンの剣を抜いてプレダキングはロボットの姿になる。

「根性は認めてやろうヴェノム」

 ヴェノムを破り、プレダキングは悠々とネメシスに帰還した。

 

 

 

 

 フラクシナスが墜落していた現場には先にディセプティコンがいた。と、言ってもメガトロン一人でプレダキングやコンバッティコンの姿は見えなかった。対するオートボットはダイノボットさえいないが、パーセプターを省く他のメンバーは勢揃いしていた。精霊達も同行を願ったが、やはりオプティマスが許さなかった。

「他の連中はどうした?」

「この作戦には儂一人で十分だ。それで、答えを聞こうかオプティマス?」

 メガトロンの目を見てオプティマスは一歩前へ出る。

「手を組もう。ユニクロンを倒すまでな」

「良いだろう。奴を倒せばまた敵だ」

「ああ」

 ピリピリとした空気が突如、解消された。

「じゃあメガトロン、お前はユニクロンがどこにいるか知っていると言っていたな。どこにいる?」

「地球だ。正しくは地球がユニクロンだ。大戦よりも遙か前、プライマスとユニクロンの戦いが宇宙の歴史だった。次第に追い詰められたプライマスは、今のセイバートロンの姿になり、自身の眷属を創造した。それが最初の十三人じゃった。

 それからまたまた長い年月、戦い続けユニクロンは深刻なダメージを負った、スリープモードで体を休めていた。それが今の地球というわけだ」

 メガトロンが語り終えると一同は唖然とした。この美しい星が破壊神など考えたくもない。

「儂は奴の居場所が手に取るように分かる。奴の中枢まで案内してやろう」

「よし、ではすぐ行こう。早い方が良い」

 それには全員、同意だ。

「パーセプター、グランドブリッジで今からメガトロンが送る座標に転送してくれ」

『分かりましたオプティマス、気をつけて。それと……十香達がグランドブリッジで地球の内部に行った記録が残っているんですが……』「何だって!? どういう事だ!」

『わかりません! ただ私がトイレに行っている隙に……』

『パーセプター大変よ! 十香達がいなくなってるわ!』

 無線機の向こうからは琴里の声もして来ている。パーセプターは地球の内部と言ったが、それはもう明らかにユニクロンの中に突入した事になる。

「二人共、落ち着くんだ。誰がいなくなったか言ってくれ」

『えぇ、十香、四糸乃、狂三、耶倶矢、夕弦、七罪です』

「わかった探しておく。パーセプター、転送してくれ。ユニクロンとの決着が遅れれば地球は本当に危ない」

「ちょうど儂のプレダキングが邪魔者を排除した所だ。警備が整う前に行くぞ」

『では、グランドブリッジを開きます!』

 パーセプターがオプティマス達の足下にグランドブリッジを展開した。そんな所に作れば当然、落ちる。

「ウワアアアアア!」

「ほああああああッ!」

 叫び声と一緒に五人はユニクロンの体内へと転送された。

 

 

 

 

 薄暗い空間にグランドブリッジの淡い緑の光が生まれるとトンネルから五人のトランスフォーマーがぼとぼとと落ちて来た。

「ったく! パーセプターの奴、荒いな!」

 ワーパスが悪態を突いた。

「酷い転送だ。それでメガトロン、気付かれずに行けるのか?」

「勘違いするな。奴はもう気付いている。儂等にな」

 メガトロンを先頭に橋を歩き出す。オプティマスが見上げて見ると橋は毛細血管のように張り巡らされていた。

 これからトランスフォーマーと地球の運命に関わる戦いが始まる。

 



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36話 星帝

 ユニクロンの体内へと先に侵入した精霊達一向は共通して懐かしい気持ちに捕らわれていた。初めて来た筈なのに、何故か一度は来たと感じられる。全体的に薄暗く、深い紫色の空間で巨大な橋が無数に至る所に見えた。

 自らの父であるユニクロン。ここにいる皆が破壊神の子であるのは間違いない。自分のルーツがこんな強大な化物など信じたくはないが、十香達もかつては化物のような力を奮っていた。

 六人がここへ来たのはもちろん、観光旅行などではない。ユニクロンを止める為だ。父なる存在だが、自分達の平和を脅かす存在は捨て置くわけにはいかないからだ。それに、どうして産み出したのかも聞かなくてはいけない。

 ユニクロンの体内は驚く程に静かで逆に不気味に感じていた。橋の中心にまでやって来ると同時に微かにだが何か音が聞こえた。最初に気付いたのは四糸乃だ。

 小動物のような繊細さが敵の襲来を察知したのだ。何かが羽ばたくような音は徐々に大きな騒音になって耳に届いた。

「敵だ! 鏖殺公(サンダルフォン)!」

 体内に残っている微かな霊力を使って十香が剣を抜き、横一文字に振り払うと切っ先の直線上に三日月状の光波が放たれた。コウモリを彷彿とさせる翼を持った機械の生き物は、たったの一撃で数十匹が吹き飛んだ。

「ユニクロンの免疫機能ですわね。わたくし達も敵と判断してますわ」

 狂三は説明しながら歩兵銃を手に、飛び回る機械のコウモリを撃墜していく。狂三が言う前に他の者もあの大群が免疫機能と言うのは無意識のウチに理解していた。それに全員、どこへ向かえば良いのかここへ入ると同時になんとなく分かっていた。まるで導かれているような、そんな感覚だった。

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪が箒を向けると大群は一斉に可愛らしくデフォルメされたコウモリのぬいぐるみに変化して底の見えない橋の下へと落ちて行った。

「ふぅ~! また来る前に早く行くよ!」

 いつになく張り切っている七罪は箒に跨って先を急ぐ。全員、全力で走っていると七罪の言う通り、また膨大な数のコウモリが近付いて来たのだ。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 四糸乃が床を叩くと大群が向かって来る方向に重厚長大な氷の壁を形成し、大群をせき止めてその間になんとか通路へと入り込む事に成功した。皆が通路に入り込むと入り口は固く閉ざされた。

 通路の内側は機械の壁と生物の臓腑のような柔らかい肉質の触手が生えていた。

「進む道はみんなわかっているのだな?」

「うむ、わかっておるぞ。破壊神の悪しき魂までの道は我には手に取るように分かる」

「それにしてもさ、ユニクロンの攻撃って意外と緩くない?」

「指摘。それは恐らくはオプティマス達が別の所で戦っているからと思われます」

「あたし等の優先度は低いって訳ね、ハイハイ」

 七罪は急ぐように先々進もうとすると十香は呼び止めた。

「七罪、急ぎ過ぎると危ないぞ」

「もしもオプティマス達が到着出来なかったらあたし等が止めるしかないのよ!」

「オプティマスさん達は……きっと……到着します」

 喋りながらも歩いているとさっきまで無害だった触手は突如、先端を十香等に向けて襲いかかって来た。狂三が片腕を絡め取られると瞬時に十香が触手を切り裂いた。

「助かりましたわ」

「お互い様だぞ!」

 触手もまた免疫機能である為、十香達を敵と見なして攻撃をして来るのだ。並み居る触手を四糸乃は凍らし、耶倶矢と夕弦は風の刃を周囲へ飛ばして砕いて見せた。

 一掃したかに見えたが、触手は次から次へと生えて来る。

「きりがないぞ!」

贋造魔女(ハニエル)!」

 七罪の天使が触手をただのヒモに変えたが、無力化された触手はすぐに切り捨ててまた新たに生えた。

「手洗いが、これでどうだ!」

 刀身に霊力を溜めて十香は壁へ渾身の一撃を放ち、重厚なユニクロンの壁を破って別の通路へ飛び込んだ。だが、飛び込んだその先もさっきと同様の通路だった。更に数を増やして触手は少女達に襲いかかって来る。最初に四糸乃の体に絡みつき、助けようとした十香も対処仕切れぬ方向からの触手に拘束された。

「くっ……! 気持ち悪いっ!」

 悔しげな顔で十香は剣を振り回すが、逃げる事は出来ない。遂には全員が、ユニクロンの触手によって捕まってしまった。

 危うし、精霊。

 

 

 

 

 オートボット基地で待機と防衛の任務を任されたパーセプターとダイノボットは、どんどん容態が悪くなる士道を見守っていた。原因が分かっているのに治せない。パーセプターにとってこれ以上ない屈辱だった。なるべく進行は抑えているものの、タイムリミットまで時間はなかった。

「士道……」

 グリムロックは心配するようにベッドの上で眠る士道を見詰めた。

「パーセプター、俺達もユニクロンの体内に送ってくれ!」

「そうだよう! 士道をこんなにしたユニクロンの野郎をぶちのめさないと気が済まねえ!」

「オレも指をくわえて見てるのはごめんだな」

「ユニクロンを破壊したい」

 スラッグ、スワープ、スナール、スラージと口々にパーセプターに抗議したが、パーセプターは首を立てに振らなかった。

「君達にはここを守る任務がある筈だ。オプティマスの命令だよ」

 グリムロックも何か言いたかった。いや、むしろひと暴れしたかった。このどうしようもない怒りに任せてユニクロンを破壊してやりたかった。せっかくの切り札であるダイノボットを防衛に回したのもそれだけ士道が重要な存在だからであろう。

「あ、あのぉ~……だーりんは治せるんですよね?」

 置いてけぼりをくらってしまった美九は最初はスネていたが、士道専属のナースになれると前向きに考えた。どこで買ったかは内緒のナース服を着ている。置いてけぼりと言えば、真那や折紙も美九と一緒に座っていた。

「もちろんさ、ただ極めて困難な治療だからね? 分かるだろう?」

「は、はい……」

 今、十香達は士道から霊力を逆流させられない。体内に残った本来の五パーセントにも満たない霊力を活用するしかない。まだ士道が健在ならば最悪、以前の十香や八舞姉妹のように封印を解放して全開状態で戦えなくもない。しかし、今はどうやっても霊力の逆流が発生しない。

「しかし困りましたね。フラクシナスが落とされては支援が出来ませんね」

 神無月は俯いて何か十香等やオプティマスの為に出来る事はないかと思案した。

「フラクシナスがあってもどうせ何も出来ないわ。今回はそれだけの相手よ」

 琴里にしては弱気な発言、と感じるだろうがそれは揺るぎない事実だ。

「私達は周辺に気を配って敵の襲来に備えるのよ」

「司令、敵って誰です?」

「わからないわ。でも警戒はしときなさいって事」

「はい!」

 パーセプターの代わりにテレトラン1の操作をフラクシナスのクルーが行っている。

「あの、何か見つけたら報告は誰にすればよろしいのですか?」

 椎崎の質問にパーセプターと琴里は顔を見合わせた。確かに今、この基地を預かっているのはパーセプターだ。だがクルーの上官は琴里だ。

「指揮は琴里に任せてもいいですかな? 私は科学者だからね」

「引き受けたわ。何か発見したら私に知らせなさい!」

「じゃあ、あの、私達のいる基地から半径四〇〇メートル以内に未確認の反応があります」

「ダイノボット、出動よ!」

「俺、グリムロック。戦えるぞぉ!」

 琴里の指示に従いダイノボット部隊はグリムロックを先頭に基地から出て行くと散会した。先のネメシスグリムロックの発生させた空間震警報のおかげで町の住民はシェルターに逃げてくれてある。

「スワープ、偵察しろ!」

「アイアイサー!」

 大空を飛行してスワープは敵がいないかを確認していた。一見すると何も起きていないように見えたが違った。地中から何か生まれている。

「グリムロック、琴里! 地中から何か出て来てる!」

「スワープ、破壊しろ!」

『スワープ、様子を見なさい』

 食い違う指示を受けて混乱したが、ここの総司令官は琴里だと思い出してスワープは琴里の命令を聞いた。土から生まれるトランスフォーマーと同サイズの人形の上を旋回するスワープ。その様子はスワープを通して映像が送られていた。

 土の巨人は頭に角が二本生えて、瞳はダークエネルゴンの色をしているし、全身から禍々しい障気を放っている。ただの土と岩石は驚く程怪しげな物に作り替えられていた。手らしい手は無く、右腕は太いランスと一体化してその対照の左腕は手首から綺麗に反った刃になっている。

 一体ならただの雑魚だが、それが地中から数え切れないくらいに湧いて出て来るのだ。

『スワープ、攻撃を許可するわ!』

 ユニクロンの姿だけを真似た土の巨人はオートボットの基地がある方を見ると一斉に動き出した。スワープの絨毯爆撃が土の巨人の軍勢を焼き払った。無人だが家屋も跡形もなく炭に変えた。それでも巨人は絶え間なく生み出され続けて爆撃を浴びながら進軍をする。

 連中の狙いは十中八九士道、もとい士道に宿るプライマスだろう。士道の肉体を破壊し、プライマスの意識を消滅させれば忌々しいユニクロンの宿敵を倒せる。士道を守らんと抵抗を試みるダイノボットなどユニクロンにしたら大した障害ではない。さっさと押しつぶしてやりたいが、グリムロックが猛威を振るった。パンチ一発で巨人は土に返る。ランスや刃で攻撃しても逆にダメージを受けてしまう。元々の素材が軟弱な為、戦闘力は極めて低いがそれをカバー出来るだけの圧倒的な物量が存在する。人はいないのでダイノボット達は、周辺の家を持ち上げては投げつけて、五河邸とオートボット基地を囲うようにして防衛戦を敷いた。スワープの航空支援もあって数では明らかな劣勢でも優勢に戦いを進められていた。

「インセクティコンの大群の方がまだ骨があるな、グリムロック?」

「黙って、倒せ、スラッグ!」

『グリムロック、今からそっちに折紙が行くわ。スナールには真那が行くから』

「俺、グリムロック。了解した」

「オッケーだ」

 琴里の懸念は防衛が上手く行っているという事だ。琴里は積み上げられていく土塊を見ながら、無駄に味方を死なせるのが攻撃ではないと呟いた。攻撃は固められた防衛ラインに波のように押し寄せては退却し、防衛の薄い個所を探るのだ。人類やトランスフォーマーの戦争では惜しみなく兵士を向かわせて死なせるなどという戦術は有効ではない。しかし、相手はただの土の巨人だ。何度もぶつかり、破壊され、攻撃は緩やかな波のように続き、防衛ラインの穴を探す。

 仕掛けるなら、出来るだけ防衛の穴に意表を突いた形が崩しやすい。琴里達はユニクロンの予想の上を行く防衛をしなくてはいけない。折紙や真那も出して、何が来ても良いように万全の態勢にして挑む必要がある。

 琴里にはもう一つ、懸念があった。ユニクロンの雑兵の波状攻撃は止まらないのでは? という事だ。オプティマスがユニクロンを止めない限りはこの攻撃はずっと続くと考えた方が良さそうだ。

「よろしくグリムロック。士道を一緒に守る」

「うん、守る」

 グリムロックは折紙に良い印象がなかったのは折紙がASTにいた時に戦ったり、四糸乃を狩ろうとしたからだろう。今は他のみんなとも仲良くやっているし、そもそも目的は一致しているので気にしていない。

 メタトロンを起動、肩のスピア型ミサイルは巨人達を粉々に粉砕した。折紙と真那が加勢してから少しすると、ユニクロンの雑兵は立ち止まり、次々と自壊して行く。オプティマスが任務を達成したのかと期待したが、その期待はすぐに打ち砕かれる事になった。

 地面を埋め尽くしていた大群が消え去ると地中から巨大な腕が出現した。その腕はグリムロックの目から見ても巨大で、全身が現れた時、折紙や真那は口をポカンと開けて間抜けな顔を作った。

「デカくなりやがりました……!」

 一〇〇〇メートル級、こんな巨人はメトロフレックスくらいしか見たことがない。グリムロック等はビーストにトランスフォームした。

「驚くな、体は、土だ!」

 グリムロックは皆が萎縮しないように言い放ち、大股に足を開いて発射姿勢を整えると空気中のエネルギーとレーザーファイアーを体内で混ぜ合わせ口から照射し、超大型の土の巨人を粉砕して見せた。だが破壊してもまた別の巨人が数体出現した。こちらも一〇〇〇メートル級の怪物だ。

 突然、グリムロック達の背後、基地と五河邸の方から爆発のような轟音が聞こえ、全員がそちらを振り向いた。ユニクロンを模した巨人はオートボット基地をすくい上げている。その中には当然、パーセプターや琴里、美九、令音にクルー、そして士道がいる筈だ。

「士道ォ!」

 基地を持ち上げた腕にスワープのミサイルやロケットが撃ち込まれ、片腕は簡単に砕けた。バランスを崩しながら巨人は基地を片手に握るとミシミシと音を立て、握り潰そうとしている。

「スワープ! もう片方、破壊しろ!」

「分かってる!」

 旋回しスワープはもう一方の腕をロックオン、翼や口から出た百発近くのロケットが巨人の最後の腕を砕いた。基地は真っ逆様に落ちて来る。

「スワープ! キャッチしろ!」

「無茶言うなよう!」

 無茶でもやるしかない。地面に目掛けて落ちて行く基地を足で掴み、スワープはブースターが焼ききれんばかりに噴射し、翼を必死になって羽ばたかせた。

「ふんがぁぁぁぁ!」

 どれだけ気張っても、ダイノボットのパワーがあっても流石に基地を持って飛ぶのは不可能に近い。スワープの抵抗も虚しく、基地は地面に落ちてしまった。

 落下地点に集まってグリムロックは壁を引き剥がして中に入ると、案の定基地はメチャクチャだ。

「いてて……みんな怪我は無いかしら?」

 琴里が頭を押さえながら倒れた機材の下から顔を出すとグリムロックはホッとした。

「琴里、みんな、どこだ?」

「私はここだよー! 士道くんも無事だ」

 パーセプターがコンクリートに埋もれていたが、自ら這い出して来た。手の中には士道と美九、令音の姿があった。

「司令、私達も無事です!」

 神無月もどこからか姿を見せ、その背後にはクルーの姿があった。

「ひとまず安全な所へ避難するんだ」

「安全な所? そんな所なんてあるのかしら?」

 パーセプターを見上げて琴里が問うとパーセプターには一つ心当たりがあるらしい。

「ロックダウンから回収した船がある。あれに乗るんだ」

 パーセプターはまだしも、他の面々に直接的な戦闘は期待出来ない。琴里も美九も霊力はほぼ無いので出来る事も知れている。

「俺、グリムロック。みんな、船に乗るまで、援護する」

「お願いするわ」

 崩れた基地を出て、パーセプターに連れられて引っこ抜かれた基地の跡に急いだ。外では皆が奮闘し、ユニクロンの化身と戦っている。

 さっきは景気付けにグリムロックが一発で敵を消滅させたが、他はそう上手くはいかないものだ。

「士道達が、船に乗るまで、踏ん張れ!」

 背面のハッチを開き、スラスターを展開するとグリムロックはロケットのように一直線に突き進み、巨人の顔面を貫いた。巨人は悶絶もせず、簡単に崩れ落ちて行く。どうやら頭部を破壊さえすれば簡単に倒せるようだ。グリムロックがそれに気付くと大声でそれを伝えた。

「みんな、頭狙え! そこが弱点!」

「頭って……高すぎるだろ」

 真那や折紙は飛行が可能なので早くも頭部に集中砲火を浴びせている。

「どうやって攻撃するんだ?」

「ん~、俺達も飛べたらな~」

 スラージの一言にスラッグとスナールはふと思い出した。

「俺達も飛べたじゃないか!」

「あ、忘れてた」

 三人はロボットの姿になり足からスラスターを噴射して巨大の頭辺りまで高度を上げてからビーストにトランスフォーム。スラッグは角で顔を貫き、スナールは体を丸めて回転しながらの体当たりで頭を割った。スラージは体重に身を任せて、ぶつかり砕いて見せた。

 一〇〇〇メートル級の巨人でも仕留められないと見て、再び自壊して落ち着いた。なんとかパーセプター達はロックダウンの船に乗り込めたようだ。

 地面が揺れ、シンと静まり返った所に響き渡るような重い音がした。

「次が来る。気を引き締めて」

「はいです」

 大地に亀裂が入った。そこから大量のダークエネルゴンが溢れ出したかと思うと地表に無数のダークエネルゴンの結晶が形成されると、結晶を砕いて中からはインセクティコンの大群とバンダースナッチ、既に死に絶えたDEMの魔導師《ウィザード》も現れたのだ。

 ダークエネルゴンは死体に与えればゾンビのように蘇生出来る。かつてのショックウェーブが仕掛けた天宮市の制圧作戦でおびただしい数のインセクティコンとバンダースナッチや魔導師《ウィザード》が倒れた。

 インセクティコンの死体は溶けてなくなりはしたが、蘇生するのは難しくはない。

「前にも似たような光景を見たような……」

 呟きながら、真那は剣を握り直した。

 足音と土埃を上げながらインセクティコンは走って来る。地面を縫うようにしてオプティマスが倒したメガピートも蘇生されて牙を剥く。

「インセクティコン……。グルル……!」

 インセクティコンは見ているだけでグリムロックの怒りを刺激してくれる。生き返ったならまたあの世に送り返してやろうと一歩前へ出た時、空から炎の塊が降り注ぎ、バンダースナッチと魔導師《ウィザード》を灰に変えた。自然と空中に目が行くと、そこにいたのはプレダキングだ。ドラゴンからロボットへ移行しながら着地すると、グリムロックの方へゆっくりと歩いて来る。グリムロックもロボット携帯になって迎えた。

 十分に攻撃が出来る範囲まで近付くとプレダキングはチラッと折紙を一瞥してからグリムロックの睨んだ。

「何だ、プレダキング!」

「手を貸しに来た。不満だがな」

「お前の手、いらない」

「なら好きにしろ。けれども私はメガトロンに仰せつかった事を実行するだけだ」

 グリムロックとすれ違い、プレダキングは歩きながらインセクティコンを踏み砕きつつロックダウンの船の方に行く。

「命令ってなんだよ?」

「五河士道を守り抜く事。任務が完了すれば私はお前達をバラバラにしてあの子供を連れ帰るだけだ」

 メガトロンが士道を守るような命令を下すなどとても思えないが、メガトロンも士道の価値について分かっている。

「本当ならお前達ダイノボットと共同戦線などごめんだが、メガトロン様の命令だ」

 任務は私怨よりも優先される事項だ。プレダキングはドラゴンになって船の前に立ちはだかる。厄介な敵が味方になってくれた。グリムロックはプレダキングが変な気を起こさないか疑いながら戦闘を開始した。

 

 

 

 

 ユニクロンの体内を行くオプティマス達は案の定、免疫機能による攻撃を受けていた。

「何だよこの世にも邪悪な免疫機能はよ!」

「うっぷ……吐きそうだ」

 周辺は薄いダークエネルゴンだらけの空間だ。アイアンハイドは気分を悪くしながらも撃ち落としていた。

 メガトロンの背後から迫って来たコウモリ型ロボットをオプティマスが撃ち落とし、身をかがめるとメガトロンがカノン砲でオプティマスに迫るコウモリを一掃した。

 背中合わせに戦い、お互いを絶妙なコンビネーションでカバーし合い、コウモリを追い払っていた。

「メガトロン!」

 オプティマスが叫ぶと瞬時に何をするのかを察知してメガトロンは手を組んで待ち構えると、オプティマスが組んだ手に足を乗せると同時に空中へ投げ飛ばし、近くの橋に渡らせた。

「お先!」

 ジャズはアンカーで自由に飛んで行き、メガトロンの手を借りてアイアンハイドとワーパスも飛び移った。メガトロンはジャズのアンカーで回収した。

「オプティマス、通路が壁で塞がってますよ!」

「破壊する!」

 助走をつけてオプティマスは壁を蹴り破って通路に力技で入り込んだ。コウモリ型の襲撃を何度も退け、かなり体内を移動している筈だ。

「十香達はどこにいるんですかね?」

「レーダーはダークエネルゴン反応だらけで使い物にならん! とりあえず、耳をそばだてながら行こう」

「あまり余裕が無いのは分かっているだろうなオプティマス?」

「分かっているとも。だが、あの子達を見捨てられない」

「世話の焼けることだわい」

「メガトロン、お前のディセプティコンは何をしている? 一緒に来させなかったのか?」

「ディセプティコンはお前達を叩き潰す準備だ」

「宇宙の運命がかかっているのにお気楽だな」

 メガトロンが壁をへこませ、配管が切れてパチッと火花を散らした。

「こんな屑鉄、すぐに終わらせる。お前と手を組んだのもオートボットを殲滅する下準備に過ぎん」

「戦いたいならいつでも引き受けよう。だがまた人間達を巻き込む気なら容赦はしないぞ」

 言い争いが始まりそうな雰囲気だったが、ジャズが会話に割って入った。

「ストップ! 十香達の声です!」

 それを聞いて一度立ち止まり、耳を澄ますとかすかにだが確実に少女らしき声がした。

「こっちだ!」

 オプティマスは壁にタックルでぶち抜き、何枚か壁を破って突き進むと遂に発見した。壁から生えた触手に絡まれる少女達は顔を赤らめて、必死に抵抗をしている。

「何だこの触手は!?」

「お……オプティマス……た、助けてくれなのだ……」

「よーし、すぐに助けてやる!」

「やれやれ情けない事だわい」

 メガトロンは首を横に振って呆れたような態度を取った。

「懇願。この気持ち悪い触手をなんとかして下さい」

「コイツ等服の中を這い回ってくんのよ!」

「そんな哀れっぽい声を出すな、聞き苦しい」

 オートボットが触手を引きちぎっているのを尻目にメガトロンは手にダークエネルゴンを圧縮してから地面を殴りつける。殴った先から無数の亀裂が入り、ダークエネルゴンの鋭い結晶が地面から突き上がり、触手を一気に切り裂いて見せた。

 触手がたわんで拘束力が無くなるとみんな体の触手を取り払った。

「ふう、助かったであるぞ。誉めて遣わすメガトロン!」

「あ……?」

「……さん」

「まあ、良いだろう。先を急ぐ。そこの小娘のお守りをしながら進めるかどうか怪しい物だがな」

 メガトロンは先を急いだ。オプティマスは少女達の方を向いて怪我はないかどうかを確かめた。

「ところで、どうして無断でやって来たんだ? ここは危ないからすぐに帰るんだ」

「お断りですわ。わたくし達を産み出したユニクロンに聞きたい事がありますの」

「少しでも……皆さんの……役に立ちたいんです……」

 問答無用で送り返してやりたかったが、今は通信機でパーセプターと連絡が取れない。グランドブリッジが開けないなら送り返す事は出来ない。

「ワーパス、アイアンハイド、この子達をしっかり見てやってくれ」

「うす!」

「わかりました。とりあえず、みんな私かワーパスの肩に乗るんだ。歩幅が違い過ぎる」

 少女達を肩に乗せてしばらく移動をしているとどこか緊張感が抜けている十香や耶倶矢を見てメガトロンは小馬鹿にするような口調で言った。

「お気楽だな。これは子供をピクニックに連れて行くのとはわけが違うのだぞ?」

「わかっているさ。置いてもいけないだろう、メガトロン」

「好きにするが良い。それと……ここがユニクロンの中枢部だぞ」

 ユニクロンの中枢部、基本的に金属質な空間に生物的な細胞が張り巡らせ、部屋の中央には巨大な卵のような塊が安置されてある。

「丸裸だ早く破壊したらどうだオプティマス?」

「それは出来ない。破壊してユニクロンが死ねば地球は終わりだ」

「ここまでたどり着いたのは、不思議ではない。しかし余をまだどうにか出来ると思っているのは実に心外だ」

 卵の中、そこからネメシスプライムがゆっくりと現れた。姿は紫色のカラーのオプティマスだ。

「ネメシスプライム。いや、ユニクロン。もう一度眠ってくれ、この星の生き物達の生活の為に」

 ネメシスプライムはユニクロンの脳細胞だ。オプティマスは無駄だと分かっていたが、一応交渉をしてみた。

「答えはNOに決まっているだろう。憎きプライム」

 片足で力強く床を踏みつけた途端、部屋の四方八方から触手が放たれてメガトロンやオートボット、精霊達も瞬く間に絡め取られた。

「余はマトリクスに触れれないが、他人に破壊をさせられる」

 ネメシスプライムがメガトロンの方を見た。

「儂をまた操る気か!?」

「そうだな――」

「ユニクロン! どうして私達を産み出したのだ!」

 十香の声が飛んで来た。ネメシスプライムはメガトロンから視線をズラしてアイアンハイドの肩で吠える十香を凝視した。

「確かお前は最初にほだされた精霊だったな。お前達を産み出した理由か? それは簡単だ。余の復活の為だ。人間と精霊、この二つは憎み合い、戦い合い、多くの憎みを生産してくれた」

 勝ち誇ったように悠々と歩き、ネメシスプライムは続けた。

顕現装置(リアライザ)もCR-ユニットも余が人間に与えた。精霊に対抗して戦いを長引かせる為にな。お前達を送り出して人間と戦う事で憎みをばらまき、余を復活させるに十分なエネルギーを与えてくれた。感謝するぞ、愚かな娘達よ」

「ゴチャゴチャと……オプティマス! ネメシスプライムを倒すぞ!」

「わかっているが……この拘束を解かなくては始まらない」

「メガトロン。貴様は宇宙の支配者になるなど世迷い言を抜かしていたな? 破壊大帝などと笑わせる……。見せてやろう本当の破壊を」

 ユニクロンの中枢部にまで歩き、卵の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 ロックダウンの宇宙船を発進させた琴里は、サイズの合わない艦長席に座って指示を出していた。防衛兵装で船体を守りながら搭載された火器で地上を援護していると、突如空間震警報が鳴り響いた。

 ディスプレイとにらめっこしていた椎崎は顔を青くさせながら報告した。

「司令、空間震です!」

「空間震? 発生源は!?」

「その……広範囲過ぎて特定出来ません!」

「ならもっと探査範囲を広げなさい!」

「は、はい!」

 椎崎は急いでキーを叩いて空間震の発生元を探った。探査範囲を広げるうちに椎崎の顔から見る見るうちに血の気が引いて行く。

「どうした椎崎?」

 あまりの様子の激変に幹本が尋ねると椎崎は震えた声でなんとか言葉を吐き出した。

「空間震の発生源はこの……地球全域です」

 そこにいた全員が耳を疑った。かつて起きたユーラシア大空災はユーラシア大陸を大きく削る未曾有の大被害だった。そして今、地球全域から空間震が発生しようとしている。規模が違い過ぎて琴里の頭の中が一瞬、空っぽになった所で空間震警報は鳴り止んだ。

 いつまでも経っても空間震は起こらない。不発かと思い、全員の顔色が元に戻ったその矢先、空にうっすらと見えていた月が瞬いて消えた。惑星が消える瞬間を目撃した琴里は目をこすりながら箕輪に指示をした。

「箕輪、月の位置情報を出してくれない?」

「月の位置情報ですか? わかりました」

 不思議に思いながらも箕輪は月を調べていた。

「あれ? おかしいですね」

「どうしたの?」

「月のデータが出てきません。故障かな?」

 やはり間違いではない。さっきの空間震は月を消滅させたのだ。常識外れ過ぎて逆に何も感じない。惑星を消すなどフィクションの中だけと思っていたからだ。

 士道を安静にさせたパーセプターは椎崎が使っているコンピューターを使って空間震の探査範囲を更に広げた。

「この空間震は地球全域なんて規模じゃないね。範囲が広すぎてどこが発信源か分からないくらいだよ」

 破壊神の名に恥じぬ攻撃だ。再び空間震警報がけたたましく鳴ると椎崎の代わりにパーセプターが報告した。

「今度は普通規模の空間震が世界の至る所で同時に発生している!」

「これが宇宙船なら宇宙まで退避するわ。グリムロック達を呼び戻して!」

「琴里、残念だがその案は推進しかねる。私達はユニクロンの体の近くにいるから安全なだけで下手に離れると、あの月のようになってしまうよ。空間震を回避しながら士道くんを守る。私達に出来るのはこれだけだ」

 

 空間震の連続的発生で世界各地で地面が抉られ、多くの大都市から町に被害が出ていた。

「やめろユニクロン!」

「そうだ、怒れ、怒りや憎しみが余の糧となるのだ」

 触手に自由を奪われ、アイアンハイド、ワーパス、ジャズは目から光が消えて行く。メガトロンも引きちぎろうと抗ったが、徐々に力を失って行く。

「みんな……!」

 ネメシスプライムはメガトロンからダークスパークを奪って自分の胸にハメた。

「奴等は余に対する怒りや憎悪を抱いて余の糧となる」

 卵の中からネメシスプライムが出て来ると動けぬオプティマスに迫った。

「オプティマス、腹立たしい事にお前はプライム以前にトランスフォーマーとして大きく成長し過ぎた」

 腕をダークエネルゴンの鎌でコーティングし、オプティマスの首に刃を当てた。「ユニクロン、まだ終わりではないぞ!」

 鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出し、十香が触手を切り裂きネメシスプライムの鎌を叩き折った。

「ほう……まだ動けるのか? お前達に何が出来る? 余はお前達の父だ。子が親を超えるなど出来はしないのだ」

「私を産み出したのがただ憎しみを振り撒くだけなど絶対に違う! 私は私の意志で動いていたのだ! お前の手で躍らされていたわけではなぁい!」

「それで? お前一人で余に何を出来るのだ?」

 腕を組み、ネメシスプライムは十香を見下ろした。十香ははぁ、はぁ、と息を吸っては吐いてを繰り返す。精霊の源であるダークエネルゴンは無数にある。十香は体内からではなく体外から霊力を供給して行く。どす黒い空気が十香の周辺を取り巻き、ピリピリと空間が張り詰めていく。

「なるほど、反転か。しかしその力は余の復活を早めるだけだ」

 十香が反転する瞬間、捕らわれていた四糸乃、狂三、耶倶矢、夕弦、七罪にも反転と同じ現象が起こっている。

「わたくし達にユニクロンはいらない」

「あんたが父ちゃんなんてごめんよ!」

「愚かな……しかしもう遅い。余の復活の時は来た!」

 ネメシスプライムがまたも卵の中へ入り込むとユニクロンの中枢であるコアを繋いでいたケーブルが切れる。コアが自由になると、衝撃波を周辺に撒き散らして十香達を追い払った。コアが自律するとさっきまで拘束していた触手が千切れ意識を失っていた連中の目に光が灯る。

「ユニクロン! 貴様ァ!」

 起き上がりにフュージョンカノン砲を見舞ったがコアを覆う膜はメガトロンの砲撃すらも軽々と弾いた。

「余は新たな肉体を得る。こんな古びた肉体ではなくな」

 コアは天井を貫いて空の彼方、宇宙空間へと飛び去って行った。

 

 

 

 

 ユニクロンが地球を離れ、地上で暴れまわっていた空間震やゾンビの群れは突然、機能を停止して不気味な程にあっさりと力尽きた。

「ん? 何だコイツ等」

 グリムロックは口に加えていたインセクティコンが急に大人しくなって不思議に思った。プレダキングは口にくわえたメガピートの頭を吐き出してロボットに変形した。さっきまで病的に活発だったインセクティコンが地面に伏して溶けて行く。

「不自然だな……」

「みんな、あれを見やがって下さい!」

 真那が指差したのは地中から飛び出す謎の光の塊だ。驚くべき速度で飛んで行く。

『ゾンビの群れが急に倒れたわね。空間震も止んだ事だし。オプティマスが勝ったのかしら?』

「俺、グリムロック。わからない」

 

 

 

 

 宇宙船の中では急な反応の消失に不安と歓喜が入り混じった複雑な気持ちになっていた。

『パーセプター、聞こえるか!』

 通信機からオプティマスの声がした。

「やった! 司令官だ! 司令官、遂にユニクロンの封印に成功したんですね!」

 パーセプターが嬉々とした声を上げるがオプティマスの声色はそこまで明るい物ではなかった。

『詳しい事は帰ってから話す。グランドブリッジを開いてくれ』

 ロックダウンの艦にもグランドブリッジは搭載されてある。一度宇宙船を地上に着陸させてグランドブリッジを開く。淡い緑色の道からはオプティマス等とメガトロンが出て来た。

 艦から降りて、パーセプターや琴里は真っ先にユニクロンの結末について問う。さっきの妙な光源も気になるしで何もかも気になる事だらけだ。

「オプティマス、ユニクロンはどうなったの!?」

「結論から言って倒せていない。というよりユニクロンの復活を許してしまった」

「でも司令官、ユニクロンは地球そのものでしたよね? 復活すれば地球はもうただの土塊ですよ?」

「ユニクロンの力を見くびっていた。ユニクロンはコアに十分な力を貯めて自身のボディーを捨てたんだ」

「じゃあさっきの光は!?」

「ユニクロンのコアだ」

 愕然とした。ユニクロンの復活を阻止出来なかっただけではない。ユニクロンは新しいボディーを形成しようとしているのだ。

「私達の力不足なのだ……」

 十香が済まなそうな顔を作った。

「どうした十香、泣きそうな顔してさ」

 不意に聞き慣れた声が耳に入って来た。十香はハッとして顔を上げるとナース服を来た美九の肩を借りて士道が宇宙船から降りて来た。

「シドー……体は……体は平気なのか!」

「ユニクロンが地球を出て行ってくれたおかげでなんとか。美九、もう肩は大丈夫だぞ」

「私はだーりんの専属ナースですぅ! 片時も離れませーん」

「弱ったなぁ」

「これから、何をするか考えているのかオプティマス?」

「もちろんだ。ユニクロンを叩く!」

「単純明快だな。しかし儂もそれには同意見だ」

 メガトロンの頭上にさっきまでどこにいたのか、あの巨大空中艦ネメシスが浮かんでいた。

『メガトロン様、お迎えにあがりました』

 ショックウェーブの声がスピーカーからするとダイノボットはいきり立った。士道もショックウェーブが折紙にした事を思い出して嫌な顔をした。帰還用ダクトをメガトロンとプレダキングに下ろして回収した。

「私達も出動だ。十香――いや、来るなと言ってもついて来るだろう」

 同行は止めず、その場にいた全員が艦へと乗り込んだ。艦長席にオプティマスが座り、琴里は座る所がないのでとりあえずオプティマスの膝の上に座っておいた。

 

 

 

 

 ネメシスとロックダウンの宇宙船デスヘッドは並行してユニクロンに向かっていた―ユニクロンは既に新しいボディーが完成している。コアを中心に驚異的な速度で生成したのだろう。ボディーは完成しているが、意識はまだはっきりしていない。

 人間で言う所の目覚まし時計が鳴って頭は冴えているのに気持ちがまだ寝ているような感じだ。

「あまり近付き過ぎるな。何をしてくるか分からないからな」

 デスヘッドとネメシスが停止すると遠距離からレーザーやプラズマ砲でユニクロンの外装を攻撃したが、ダメージは一切通っていない。

「小型船で近付くのはどうかしら?」

「小型船か……難しいな」

「俺、グリムロック。ダイノボットに任せろ!」

「任せろって……おい、待てグリムロック!」

 オプティマスが呼び止めたがそんなの聞いていない。デスヘッドの降下用のハッチを開けるとダイノボット達は勢い良く宇宙空間へ飛び出して行った。

『すぐに戻れダイノボット! これは命令だぞ! おい!』

 通信機からオプティマスが怒っている声がしているがそんな事、気にもしていない。ダイノボットがユニクロンの肩へ着地するとグリムロックのバーテックスファングがユニクロンの首の外装を噛み砕いた。

「よーし! スラッグ様の突進だ!」

 バーテックスファングで砕いた所にスラッグの突進で首が大きくへこんだ。

「どけどけ! 爆撃するぞぉ!」

「オレのテイルアタックでも食らえ! この、この!」

「極めつけはオレだァ!」

 爆撃とテイルアタックそしてスラージのタックルでユニクロンのほぼ無敵に近い装甲に穴が空いた。

「乗り込むぞ!」

 オートボット切っての不良部隊もとい切り札達は命令も聞かずにさっさとユニクロンの内部に突入した。

 ダイノボットが通過した所に降下船でプレダキングとコンバッティコン、メガトロンとサウンドウェーブが降り立った。

 まずはブルーティカスに変形して穴をより大きく広げてから中へ入って行った。 その直後、オートボットと精霊等がユニクロンの内部へ突入した。

 

 オプティマス、メガトロン、士道の三人はユニクロンのコアへ急いだ。トラックとスペースタンクになった二人。トラックに士道が乗り込んでエンジン全開で突っ走った。新生ユニクロンの体内で侵入者を阻む存在はいくらでもある。グリムロックの背中に十香と四糸乃が乗り、各々自由にダイノボットの背に乗って暴れながらコアを目指す。

 ダイノボット等の行く手にはずんぐりむっくりな不細工なロボ、シャークトロンの群れが待ち受けていた。十香はグリムロックの背から飛び降り様に鏖殺公(サンダルフォン)を投げつけてシャークトロンを串刺しにした。地面に刺さった剣を抜いて坂手に握ると振り抜き、前方の敵を両断した。

「良いぞグリムロック、踏み潰せ!」

 火を吐き、焼き払いながら敵の中を減速もせずに突き進んだ。順調に進撃が続いていると、ユニクロンの体の中が揺れ出した。これはユニクロンの意識も覚めて完全復活を果たしたという事だ。

 張り手一つで周辺の惑星を消滅させ、ユニクロンは体の中の防備に力を注いだ。その間に手近な惑星を破壊して行くつもりだった。

 

 

 

 

 ユニクロンに侵入したプレダキングは頭部のエリアにいた。地球がどうなろうと知った事ではないが、ユニクロンの戦闘力を大きく削ぐ為に視覚を潰すべくやって来たのだ。ユニクロンは辺りの惑星を消滅させながらどこかに向かっている。プレダキングはショックウェーブを守れるなら他はなんだって構わない。ユニクロンの目の内側にまでやって来るとプレダキングはビーストモードになって腕にエネルギーをチャージした。

 まずは右目だ。

 エイペックスクローはユニクロンの眼球と網膜を貫き、プレダキング自身も外へ飛び出してしまった。破壊神でも目を潰されれば黙ってはいられない。狂った獣のように手を振り回し、胸を開き、巨大なビームを水平に照射してのた打ちまわった。ユニクロンから出たプレダキングはもう一度、中に入った。今度は左目からの突入だ。

 視界を奪われ、ユニクロンの動きが止まった。

「任務完了」

 

 

 

 

 オプティマスとメガトロンのタッグはネメシスプライム一人と互角の戦いをしていた。かつて真那や狂三に撤退を余儀無くされた時とは比較にならない戦闘力だ。士道のスターセイバーの光波を片手で握りつぶし、オプティマスの不意打ちを見ずにブロックすると、メガトロンの足を払って転かした。

 ネメシスプライムは常に二人を視界に入るように的確な足捌きと軽捷な身のこなしで立ち回っていた。拳と蹴り、弾丸が飛び交い、流れ弾があちこちを粉々にした。オプティマスが突進した。ネメシスプライムと絡み合い、壁に激突するとオプティマスは軽々と投げられてしまった。立ち上がろうとネメシスプライムが膝に力を入れた所にメガトロンが襲いかかる。

 顔面に拳がめり込み、ネメシスプライムはさっきよりも深く壁に打ちつけられた。そこまでしてもネメシスプライムは瞬時に再起して二人を翻弄した。

「士道、コアを破壊するんだ!」

「え……? それはマトリクスじゃ出来ない筈じゃあ」

 オプティマスは続けて叫んだ。

「君のスターセイバーなら出来る!」

 その言葉を受けて士道は頷くとスターセイバーに力を蓄えた。

 ――士道、全力で打って下さい。ユニクロンを倒すのです。

 プライマスの言葉に士道は頷く。ネメシスプライムは標的を士道に切り替えて走って来た。

「させるかぁ!」

 ネメシスプライムの足にメガトロンが滑り込んで転かすと頭を乱暴に掴んで振り回す。そのままオプティマスのいる方へ突き飛ばすと首にオプティマスのラリアットが決まった。

 強力なラリアットによろめくネメシスプライムの腰にメガトロンが手を回してバックドロップで後頭部を強打した。

 ネメシスプライムが士道へ手を伸ばしたが、手をオプティマスが踏み、ネメシスプライムはゆっくりと見上げると手にはエナジーアックスが握られている。

「私の手で、地に堕ちろォ!」

 ネメシスプライムの頭部が真っ二つに割られた。

 急いでコアの方を向くと士道はありったけのエネルギーを貯めて光波を放った。プライマスの加護がある光波はコアの周辺の膜と本体を斬りつけた。そこへオプティマスのマトリクスの光が浴びせられ、ユニクロンのコアは機能が停止した。

 機能停止後まもなく、肉体の崩壊が始まった。

「逃げるぞ!」

 オプティマスは士道を抱えてトラックに変形した。

「メガトロン、何をしてるんだ! 逃げるぞ!」

「わかっておるわ。ディセプティコン、ユニクロンは破壊した。全員、ここから退避しろ!」

「オートボット、こちらも退避だ!」

 肉体のあちこちから光や炎、爆発が漏れている。身が滅ぶ苦しみに悶えながらユニクロンという強大な存在は宇宙の塵となって消えた。

 

 

 

 

 無事に艦へ帰投した両軍。オプティマスとメガトロンの休戦協定はここで終わりだ。甲板に立って二人は睨み合う。

「まさか今から戦い、何てことないよな?」

 心配そうに士道がジャズに聞いた。

「多分な」

「オプティマス、今回ばかりは戦いは無しだ。だが、また明日からは敵同士だぞ!」

「望むところだメガトロン」

 トランスフォーマー最大の脅威であるユニクロンは滅び去った。それでもオートボットの脅威であるメガトロンは生きている。

 戦いはまだまだ続くだろう。

 

 

 

 

「…………おい! 月面基地はどこに行きやがったんだ! そもそも月はどこだ!?」

 しばらく不在だったスタースクリームは空間震で消えた月の跡地を見て呆然としていた。

「俺様のディセプティコンはどこだどこ行っちまったんだぁぁぁぁ!」

 スタースクリーム、長らく不在で以前は赤いカラーリングだったが、今はどういうわけか深い紫色のカラーリングに変化していた。

 




ロストエイジでロックダウン戦でケイドがロックダウンの攻撃をかわす時にレンガの壁に隠れるんですね。その時にケイドの右側に人影らしき物があるのですが、あれは撮影ミスか、はたまた作画ミスか。

執筆 学校 バイト 就活 ゲームこれらをバランス良く回したいね。


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37話 ライズ・オブ・ダークスタースクリーム

 月の消滅は世界的な大ニュースで連日、テレビを賑わせていた。月が消えて最も困っていたのはディセプティコンで、月面にあった基地はもちろん、あらゆる機材や設備を一瞬にして失う結果となった。仕方なくディセプティコンの面々は、ネメシスにて活動をしていた。

 脅威であるユニクロンを倒し、メガトロンはオートボット等との戦いに専念出来るわけだが、何か大事な事を忘れている気がした。

「……スタースクリーム、そう言えば奴はどこへ行ったのだ?」

「見ていませんね。メガトロン様とサウンドウェーブがカラオケに行った時に彼は出掛けて来ると言って出て行きましたね」

 基地にいたショックウェーブもスタースクリームがどこに行ってしまったのかは知らない。コンバッティコンやプレダキングも同様にスタースクリームの所在は知らなかった。

 その時である。

 ネメシスのブリッジと通路を分けるドアが爆発した。散り散りになったドアを通って何者かがブリッジに入って来る。

「お前は……!」

 スタースクリームだった。

「ようメガトロン、勇気があるなら俺と戦え! 破壊大帝の椅子は俺様の物だ!」

 ショックウェーブやコンバッティコン達が火器をスタースクリームに向けるとメガトロンが手で制した。

「フッフッフ、どうやら本当に懲りていないようだなこの愚か者めが。お前なんかにディセプティコンを引き入れるものか」

「やかましい老いぼれ。お前の時代は終わりだ! 時代は新しいリーダーを必要としている!」

 スタースクリームの顔には自信に満ち溢れている。自分が勝てると確信を持っている顔だ。

「良く聞け愚か者、例え儂を倒してもまた次の者がお前を倒そうとするのだぞ」

「蹴散らしてみせるさ! くたばれィ!」

 ナルビームがメガトロンに向かって飛んだ。メガトロンはシールドを張り、ナルビームを防ぐと一直線に走り、殴りかかった。

「待ってたぜ!」

 スタースクリームは天を仰ぐと全身からダークエネルゴンのオーラが噴き出した。するとメガトロンもダークエネルゴンを活性化させて拳に力を蓄え、スタースクリームの拳とかち合い、両者は衝撃で跳ね返された。

「お前、そのオーラは……!」

「ハハハ! メガトロン! テメェの負けだ!」

 スタースクリームが胸を開いた瞬間、ブリッジにいた全てのディセプティコンが震撼した。胸の中で鈍く光を放っている物、それはダークスパークだ。

「ありえない、ダークスパークは確かに……」

 ショックウェーブは目を疑った。そしてメガトロンの方に視線を注ぐ。

「そのダークスパークをどこで手に入れたは知らないが、所詮は粗悪品だ! 儂の物がオリジナルだ!」

 メガトロンも胸を開くとそこにもダークスパークが設置されてある。ダークスパーク、この世にそれが二つもあるなど絶対にありえない筈だった。

「誰が粗悪品だ! お前のが粗悪品だぜ! 本物は一つ!」

 メガトロンとスタースクリームのダークスパークに膨大なエネルギーが圧縮され、同時にダークエネルゴンの光線を放った。二つのダークスパークの光線は空中でぶつかり合い、どちらも退かない。全くの互角でそれを有利に持ち込むには所有者の意志に左右される。

 光線を撃ちながら両者は一歩、一歩と前に進む。歯を食いしばり、ギアを軋ませる。

「うぉぉぉッ!」

「おらぁッ!」

 二人が吼え、力強い一歩を踏み込むとブリッジを包み込む程の大爆発が起きた。メガトロンは尻餅をついて倒れ込むとすぐにサウンドウェーブが手を貸した。煙が晴れるとスタースクリームも倒れている。

「儂と互角に張り合うとは生意気だな」

「へっ! 腰が悪いのかァ? 立てやしねーじゃないか」

 スタースクリームがもう一度ダークスパークのブラスターを放とうとしたが、エネルギーが切れたのかダークスパークが反応しない。オーラも消えてしまった。

「エネルギー切れか? ちょうど良い。ディセプティコン! 奴を捕まえろ!」

 メガトロンの命令を聞いてブロウルとスィンドルが真っ先に動いた。スタースクリームを捕まえた暁にはセイバートロンでの一件の恨みを込めて散々、痛めつけてやろうと考えていた。

「汚ねぇぞメガトロン!」

「力だけじゃリーダーは務まらんのだ。頭が良くて格好良くてずる賢くないとな」

 スタースクリームは華麗にトランスフォームしてブロウルとスィンドルから距離を離してネメシスの廊下を飛行した。

「ブレストオフ、ボルテックス! スタースクリームの奴を捕まえろ!」

 スタースクリームのすぐ後を二人が追いかけた。通路という狭い空間にブレストオフはミサイルを三発発射した。スタースクリームは瞬間的にロボットに戻り、勢いがついている間にナルビームライフルでミサイルを狙い、不安定な態勢から精密な狙撃でミサイルを撃ち落とした。

 背中が床につく寸前にスタースクリームはジェット機にトランスフォームした。爆煙を身代わりにスタースクリームはアフターバーナーを点火、ブレストオフとボルテックスに一気に差をつけて隔壁を破壊してネメシスの外へと逃げて行った。

 もはや追い付けないと悟った二人は着地してメガトロンに報告した。

「申し訳ありませんメガトロン様、逃げられました」

『仕方がない。だが所詮、奴一人では何も出来はせんわ』

 スタースクリームの始末はまたいつか付けてやるとメガトロンはそう決めた。

 

 

 

 

「兄様、真那は悲しいです」

 ソファーに座ってテーブルを挟んで向かい合い、真那は唐突にそんな事を言い出した。

「何がだよ」

「兄様はいつの間にかとんでもない女たらしになっていやがりました。十香さんや四糸乃ちゃんに狂三、耶倶矢さんに夕弦さん、美九さん、七罪ちゃん。これだけの女の子とチューの経験があって女たらし以外の何があるですか!」

「そう、とても不満。私だけしてもらっていない。とても不公平」

「折紙!?」

 兄妹での一対一の会話だと思っていると知らないうちに折紙が士道の隣に座っていたのだ。当然のように腕を絡めて。

「兄様それです! それが女たらしなんです!」

「違う! これは折紙が勝手にっ……!」

「士道は私と腕を組むのは嫌?」

「あ、う……そう言うわけじゃあないんだ」

「ならもっとこうしておく」

「折紙さん、あなたも兄様に引っ付き過ぎです!」

「私は彼の婚約者。現に私を家族と言った」

 言ったには言ったが、まさかここまで折紙の発想が爆走するとは思わなかった。いや、折紙を甘く見ていたと言うべきだろう。

「朝から真剣な話ってのはそれで良いのか真那?」

「まあ、そうですけど」

 士道が折紙の拘束を逃れてソファーから立ち上がった。

「どこへ行くのですか?」

「今日はジャズとハイキングでも行くかって話をしててさ」

 ジャズと聞いて真那はわかりやすいくらいに反応を示した。

「ジャズ様と二人きりででいやがりますか!?」

「うん、そうだぞ」

「あの、私も行っても良いですか?」

「良いよ、折紙も来――」

「行く」

 やや食い気味に返事をした。

「じゃあ、準備しておいで。ジャズには少し待ってもらうから」

 真那と折紙はすぐに準備に取りかかった。動きやすい服と履き慣れた靴、そして大きな登山用のリュックサックさえあればハイキングスタイルは完成だ。士道は家の前に停まっている一般の住宅街に不釣り合いな高級なスポーツカーに乗り込んだ。

「おはよう士道! 今日も良い天気だね!」

「いつも以上に元気だなジャズ」

「そうりゃそうさ、ハイキングだよハイキング! 地球の文化には一通り触れたつもりだったけど季節ごとの行事もあるなんて最高だよ!」

「喜んでくれるなら良いけどさ。あ、それと今日は真那と折紙も来るんだけど良いか?」

「もちろんOKさ」

 車の中でしばらく待っていると五河邸と特設マンションから真那と折紙が出て来た。どうしてか二人ともは自衛隊の迷彩服を着ている。動きやすい服だろうがハイキングというより今から訓練にでも行くような格好だ。

「えっと……ハイキングだよな?」

「士道はハイキングを甘く見ている。山は危険」

「低い山だからって油断していたら怪我しますよ兄様」

 確かに二人の意見は正しい。しかし今日行く山は標高も低く初心者向けのハイキングコースなのだ。ジャズはエンジンを動かして力強い騒音を響かせながら走り出した。

 

 

 

 七罪は基本的に部屋で遊ぶ事が多い。仲が良いのは四糸乃と美九だ。四糸乃からの繋がりでグリムロックともよく喋る。けれどもいかんせん超ネガティブ思考な為か、他の皆と比べて圧倒的に会話量が少なかった。最近入って来た狂三という少女に七罪は親近感が湧いていた。何故か、それは簡単、一番浮いているように見えるからだ。

 十香、八舞姉妹、折紙、この辺りは学校も一緒なだけあってとても仲が良い。四糸乃はダイノボットとよくいる。美九は一時期は荒れていたが元来、明るく誰にでも分け隔てなく接する子なのでオートボット達とも仲良くしていた。

 しかし、狂三は明らかに一人でいる事が多い。真那や士道、オートボットとは話しているのは見かけるが、他のメンツはほぼない。

「あの子ならまだ話せる筈……!」

 徐々に友達を増やすつもりの七罪はすぐに行動に移した。何やら警戒でもするように周囲をキョロキョロと見回しながら部屋を出ると、狂三の住む部屋の前まで来た。

 人差し指を突き立ててインターホンを押そうとするが、七罪は躊躇う。

「いきなり尋ねて大丈夫かな……。手土産の一つでもないと嫌われたり……! あたしなんかが来たらキモがられたり! いやいや、大丈夫! あたしなら出来る!」

 インターホンを押すか押すまいかと頭をかきむしりながら悩んでいる七罪に狂三が声をかけて来た。

「あらぁ、あなたは七罪さん?」

「ひっ!?」

 七罪は背筋をピンと伸ばして声を裏返させた。唐突に声をかけられてかなり驚いたようだ。七罪は狂三を足から見上げるように全身を確認した。相変わらず、フリルの多い黒いゴスロリ衣装を身に纏っている。自然と似合っているから良いもののもしも似合っていない人が着れば目も当てられない服装だ。

「珍しいですわね。わたくしにお客さんなんて」

 そう聞いて七罪はパァっと顔を明るくした。やはりボッチだ。そう確信出来たからだ。

「七罪さんから尋ねて下さるなんて嬉しいですわ。ささ、上がって下さいまし」

 鍵を取り出してドアを開けると中は至る所に猫のぬいぐるみが散乱している。部屋の全体的な印象は、暗いと思った。カラーリングは黒を基調にして、なんとなくだが七罪はこの部屋から耶倶矢と同じ匂いを感じていた。

「ね、猫好きなの?」

「ま、まあ嫌いではありませんわ」

「好きなのね」

 狂三に椅子を勧められて七罪はゆっくりと腰を下ろした。

「外出してたみたいだけど、何してたの?」

「少し、買い物をですわ」

 狂三の持っていたビニール袋に目を落とすと中にはニンジン、大根、キャベツと野菜がたくさん入っているのが確認出来た。夕飯の準備だろうと判断した。

「えっと……」

 七罪が呼びづらそうにもごもごとしていると狂三は優しく笑顔を作った。

「遠慮せずに狂三、と呼んで下さいまし」

「んじゃあ狂三」

「はい、七罪さん」

 何故だか狂三の笑顔に七罪はドキッとしてしまった。

「ご飯は狂三が作ってるの?」

「いいえ、だいたいは士道さんのをご馳走になっていますわ。でもたまには自分の手料理を士道さんに食べて欲しくて」

「手料理か……。狂三は料理出来るんだね」

 七罪は料理が全くと言って良いほど出来ない。

「そうですわ! せっかくですので七罪さんにわたくしの手料理の味見をして下さいませんこと?」

 手をパンと叩いて狂三は閃いたような顔をした。狂三の案に七罪は別段、悪い気はしなかったし、むしろ断っては友人作りに支障が出る。

「うん、食べたい!」

「では準備しますわ」

 狂三はふりふりの付いたエプロンを腰に巻いて鼻歌混じりに袋から今日使う材料を取り出した。テーブルに並んだ食材は、ジャガイモ、挽き肉、油、パン粉と今からでも何を作るのかなんとなく分かった。

「狂三、今日は何を作るの?」

「麻婆豆腐ですわ!」

「へ……?」

 豆腐なんてどこにもない。ついでに麻婆も無い。本当にどうやってここから麻婆豆腐を作るつもりなのか。包丁をうっとりとした眼差しで見つめる狂三に七罪は思わずたじろいだ。

 どうやってこの食材から麻婆豆腐を作るのか覗こうとすると――。

「ダァメですわ七罪さん。あなたは座ってて下さいまし」

 そう言って半ば無理矢理に椅子に座らされてしまった。料理の内容が不安で仕方がない七罪だった。

 狂三が料理をしている様を落ち着かない様子で見ていた。基本的に精霊達に料理が出来るというイメージがない。朝昼晩の料理全てを士道に一任しているからだ。トントン、とリズムの良い音がキッチンから聞こえて狂三は手際良く、麻婆豆腐を作っていた。少しだけ安心した矢先、キッチンからドリルの駆動音がした。

「――!?」

 更に火花が立ち、鋭く耳に響くような金属のぶつかり合う音も聞こえて七罪はゾッとした。料理だが工事だかわからないが、最後にボンッと小さな音がして終わったようだ。

「さぁ、出来ましたわよ七罪さん」

「あぁ~……あたしちょっと用事を思い出しちゃったかな? また、後で来るよ!」

 一刻も早く逃げようと席を立つが、肩を掴まれてそのまま椅子に座らされた。

「遠慮しないで下さいまし。はい、あ~んして」

 テーブルにあるのは何故かちゃんとした姿の麻婆豆腐だ。あの工程からどうやって産まれたのかは謎のままだ。

「う、うぅぅ……やだよぉ、やだよぉ……」

「き、きひひ、さあ七罪さん、あ~ん」

 その日の夜、食卓で七罪を見た者はいなかった。

 

 

 

 

 捕らわれたジェットファイアーの体をアーカビルが解析して、従来のCR-ユニットを改良に成功していた。トランスフォーマーの技術を着々と吸収して行っているが、アイザックはまだ満足に至ってはいなかった。社長室のソファーで足組みをしながら、開発された兵器を確認していた。

 崇宮真那もセンチネルというCR-ユニットを纏っているとエレンから聞いている。ラタトスク側も技術力を向上させている。ラタトスクがオートボットと手を組んでいる所為もあって、五河士道と夜刀神十香の捕獲は困難であった。

 エレンも士道と二人きりというチャンスを作ったのにまんまと一杯盛られて撃退された。

 コンコン、とドアをノックする音がした。アイザックの部屋を訪れるのはエレンかアーカビルしかいない。

「入りたまえ」

 許可を出した途端、社長室のドアごと破壊してスタースクリームが顔を出した。無駄に肝が座っているアイザックは、驚きもせずにスタースクリームを見上げた。

「久しぶりだねスタースクリーム。君の軍団はどうしたんだい?」

「ディセプティコンは止めたぜ。今日からはまたDEMだッ!」

「面白い冗談だ」

 こんな口先だけの男をアイザックが信用する筈が無い。

「アイク、何ですさっきの音は!? って……スタースクリーム!?」

 駆け付けたエレンの視界にまずスタースクリームの姿が入って来た。瞬間的にペンドラゴンを装着、問答無用でスタースクリームに斬りかかって来たのだ。

「おい、エレン!」

 ギリギリでエレンの斬撃を回避した。

「何するんだよ! パートナーだろ!?」

「誰がアナタのパートナーですか! ここで潰します!」

 勢い良く踏み込んだ所に運悪く、砕けた壁の破片が落ちていた。エレンは足を引っ掛けて前のめりに転んでしまった。

「……相変わらずドジだなテメェはよ」

「う、うるさいですね! だいたい何の用ですか!」

「またDEMに戻りたいそうだよ」

 と、アイザックが簡単に説明するとエレンの顔は見る見るうちに赤くなり怒りのメーターが上昇して行く。

「ふ……ふざけないで下さい裏切り者! やはりここで殺すべきです!」

「まあまあ、落ち着けって。何もただで戻ろうなんて思ってねぇよ?」

「何です? 手土産の一つや二つはあるんですか?」

「ディセプティコンの技術くらいは教えてやるぜ? 悪い話じゃあねーだろ? トランスフォーマーの技術をわざわざ俺様が教えてやるんだからな」

「悪いが、トランスフォーマーの技術なら間に合っているよ」

「なぬ!? どういう事だ!」

「君に話す必要は無い」

 ここでエレンをけしかけてスタースクリームを討ち取るのは容易いが、スタースクリームにはまだ利用価値があるかもしれない。アイザックはそう考えた。

 エレンは一度裏切ったような相手をまた迎え入れるなど大反対だ。とりあえず、仲間の振りだけして用済みになれば消そうという結論に至った。

「よしスタースクリーム、君を特別に大目に見て仲間に入れてやろう」

「やったぜ!」

「正気ですかアイク!?」

「正気だ。彼の能力は利用価値がある。君は以前の通り、スタースクリームとパートナーだ」

 エレンは心底嫌な顔をした。スタースクリームと一緒にいるとどうも調子が狂うからだ。それにロクな目に合わないからだ。膨れっ面を作り、エレンはスタースクリームを睨んだ。

「ところでスタースクリーム。どうしてまたDEMに戻って来たんだい?」

 

「今のディセプティコンをぶっ倒す! メガトロンの野郎~自分が有能で寛大な上司と勘違いしやがって~! 老いぼれを追い落として俺がニューリーダーになってやらぁ!」

「ニューリーダーね。スタースクリーム、ディセプティコンについて教えてくれるかい? それと君に合わせたい人がいる」

 スタースクリームは押し黙ってから直ぐにハッとした顔をした。

「よーしディセプティコンの事なら何でも話してやる。俺に合わせたい奴ってのは誰だ?」

「ついて来るんだ」

 エレン、スタースクリームを引き連れてアイザックは壊れた壁を通ってエレベーターに乗った。エレンがすかさず、目的の階のボタンを押した。エレベーターが下に下がり、どんどん地上が近付いて来る。

「そういやジェシカはどうしたんだ? 左遷でもされたかァ?」

「彼女は死んだよ。単眼のトランスフォーマーが天宮市を攻めに来た時にね」

「ショックウェーブのあれか。あれだけ用意周到にして負けるんだからな! 笑っちまうぜ! ハハハ!」

「どうせあなたは何もしてないでしょ?」

「バッキャロー! 俺様はフラクシナスを撃墜したんだぜ?」

「ほう、君があのラタトスクの空中艦を?」

「にわかには信じがたいですね」

「何を!? 俺様の有能さを妬んでやがるなァ?」

「はいはい、つきましたよ」

 エレベーターのドアが開くと地下の巨大な研究施設が広がっていた。スタースクリームも存分に飛べそうな施設だ。巨大な通路が部屋の中心を走り、そこを起点に左右にあらゆる部門のスペシャリストが機械をいじっている。そして、広大な研究施設の最奥部にはこれまた巨大な強化アクリル板の正方形の部屋が建っていた。

 中で捕らわれた住人、それはジェットファイアーだ。スタースクリームは彼を見ると驚きと懐かしさが同時に湧き上がって来た。

「以前、北極で捕獲したトランスフォーマーだ。エンブレムからしてオートボットだろう」

 アイザックはアクリル板を軽く蹴った。

「起きろジェットファイアー」

 椅子に腰掛けてうなだれていたジェットファイアーは顔を上げた。またあの悪に満ちた人間の顔が待っているのかと沈んだ気持ちでアイザックの、更に後ろにいる者を見た。

「君はスタースクリーム!」

「よおジェットファイアー」

 思わぬ所で再開を果たした。親友であり同僚であり怨敵だ。

「再開出来て良かったじゃないか」

「良いものか! この裏切り者! オートボットもディセプティコンも裏切って次はDEMか!」

「正確にゃあオートボット、ディセプティコン、DEM、ディセプティコン、DEMの順番だがな」

「順番なんてどうでも良い!」

 ジェットファイアーがアクリル板を強く叩き、怒りを露わにしている。想定ではこれくらいでアクリル板は割れないが、念の為にアイザックは高圧電流を流して黙らせた。

「ぐあぁっ!」

 短く呻いてジェットファイアーは片膝をついた。

「うひゃ~痛そ。ってかお前等はコイツから技術を盗んでんだな?」

「その通りだ。君達はダークエネルゴンの研究者だったそうじゃないか。ダークエネルゴンの研究は上手く進まなくてね。手を貸して欲しいんだ」

 アイザックが片手を上げると、さっきまで施設内のどこにもいなかったバンダースナッチ、魔術師(ウィザード)が次々と体を粒子に変えるという奇妙な変形をして現れたのだ。スタースクリームも初めて見る変形方法に戸惑いを隠せない。アイザックの“手を貸してくれ”とは明らかな脅しである。

「おい、待てよ。わかった、何でも教える! 教えてやるから撃たないでくれ!」

「君はとても狡猾だからね。前よりも自由を制限させてもらうよ」

「ぐぬぬ……!」

 言葉でも態度でも反抗出来ず、スタースクリームは仕方無くアイザックに従う事にした。トランスフォーマーの技術から改良された兵器はスタースクリームの体をバラバラにして見せるだろう。悔しく、俯いて絶対にいつかやり返してやると考えていると、一つ良い考えが閃いた。

「自由の制限くらいしてくれて構わないぜ。ダークエネルゴンについてはちゃ~んと教えてやるさ」

「スタースクリームッ! ダークエネルゴンは危険な物質なんだぞ! 我々でも扱いが難しい! ましてや人間に扱い切れる筈がないんだ!」

 ジェットファイアーの抗議を尻目にスタースクリームはアイザックの方を向いた。

「ジェットファイアーの野郎はどうする? 今のうちにバラバラにしちまうか?」

「いいや、まだだ。まずは君からいろいろと聞こうか」

 バンダースナッチと魔術師(ウィザード)達に銃を突きつけられてどこかへ連行されて行った。

 

 

 穏やかな山道を三人の人間と一人のトランスフォーマーが歩いていた。士道にべったりと張り付く折紙、ジャズと歩調を合わせて恋心を露わにする真那、どうしたものかと悩む士道、楽観的に真那との会話を楽しむジャズ。

 一見、穏やかなハイキングに見えたがこの後、四人に悲劇が待ち受けていたのだ。

「ジャズ様は趣味とかありやがりますですか!?」

「趣味かい? そうだな、カッコイイ車を見たり音楽を聴くのが趣味かな」

「音楽でいやがりますか! どんな音楽です?」

「地球の音楽なら大抵聴くよ、だって素晴らしい出来だからね」

 士道は後ろ話すジャズと真那の事が気になってしょうがない。トランスフォーマーと人間の恋。兄としてどういうアドバイスをしてやれば良いのか分からなかった。

「な、なあ折紙。一つ聞いても良いか?」

「構わない」

「人間とさ……他の種の恋愛ってありかな?」

「それは異種姦の事を意味しているの?」

 折紙の頭には触手で無惨に全身を犯される図が浮かんでいた。

「違う違う! だから……人間とトランスフォーマーの恋は成り立つのかなって」

「一定以上の知能があるなら私は成り立つと思う」

「成り立つか~」

 グリムロックと四糸乃は仲の良い友達と言った所か。仮に四糸乃の方から特別な感情を抱いてもグリムロックにはのれんに腕押しだろう。他の皆も仲良くやっているのは見るのだが、恋愛とはまた違う。

「士道、急にどうしてそんな質問をしたの?」

「気にしないでくれ」

「わかった、気にしない」

 コースを確認するべく地図を開くと今はだいたい折り返し地点にいた。

「ふんふん……今はこの辺りか。なあジャズ、お弁当は山頂で良いよな?」

 ジャズからの返事は無い。

「おいジャズ」

 振り返るとジャズと真那が忽然と姿を消していた。ポロッと士道は地図を落としてしまった。一本道のハイキングコースでまさか道に迷うなど考えられない。きっとトイレか何かだろうと士道は自分に言い聞かせた。

「士道、真那は案外方向音痴。気をつけて」

「そう言うのは早く言ってくれよォ! 探しに行くぞ!」

「待って、今は二人きりを楽しみたい」

 ギュッと折紙が背中から抱き締めて来た。華麗に折紙をかわしてインカムに通信が来ていたのでそれに応答した。

『よぉ士道! ハイキングは楽しいかオイ!』

 相手はワーパスだ。

「ワーパス、どうしたの?」

『いやぁ何でもよオプティマスとアイアンハイドが任務行くし、グリムロックは四糸乃と遊びに行くし、十香達はフラクシナスで身体検査、七罪は呼んでも出て来ないしで暇なんだよ』

「パーセプターは?」

『十香達の身体検査のお手伝い。珍しくオレがお留守番だ!』

「それで、オプティマスは何の任務に行ったんだ?」

『それがよォ! パーセプターがラタトスクの科学班と一緒に何か研究してたらしんだ。それが逃げ出して大騒ぎだ』

 実はかなりとんでもない大事では? と内心思っていたが口には出さなかった。

「パーセプターは何を作ったんだ?」

『何て言ってたかな……? トランスなんとか……そうそうトランスオーガニックとか言ってたな! ハイキングも楽しいだろうけど気ぃつけろよー!』

 ワーパスが通信を切ろうとすると、ふとまた言いたい事を思い出した。

『あ、ジャズと連絡が取れねーんだけど知らない?』

「ジャズは真那と一緒に迷子だよ」

『迷子かよ。どうすっかな。わかった、オレもそっちに行くぜ!』

 有無を言わさず通信を切られた。留守番はどうするのか知らないが、士道達のいない所で大変な事になっているらしい。

「士道どうかしたの?」

「何か実験動物が逃げ出したらしい」

「実験動物?」

 トランスオーガニックと言われたが名前だけではどのような外見か想像も出来ない。

「ジャズにもこの事を知らせるか。ってか繋がるかなぁ」

 インカムを使ってジャズと通信を試みたがワーパスも繋がらなかったように士道もジャズと交信が出来なかった。

 真那達の心配やトランスオーガニックの件が気になってきた。今までの士道の経験上、オートボットの問題は自分にも降りかかる災いと考えて行動すると決めていた。トランスオーガニックは決して他人事ではない。

「士道そろそろ」

 折紙が裾を引っ張って来、山の山頂を指差した。早く行こう、という意思の現れだ。

「ああ、ハイキングを続けよっか」

「うん」

 

 

 

 

 士道からはぐれたジャズと真那のコンビは深い森の中で適当な岩に座っていた。

「完全にはぐれたね」

「申し訳ねーです」

「いやいや、気にする必要はないよ。すぐに見つかるさ」

 ジャズも通信機が使えなくなっているのは知っている。はぐれてまず士道に連絡を取ろうとしたが、繋がらなかった。ここは山と言っても厳しい環境の山ではない。それに遭難者が出た事など一度もない。

「ま、何とかなるって。ハハッ」

「ですよね! 私達はここから山頂を目指しましょう!」

 山頂は見えているので最終的に山頂で落ち合えば良いだろう。ジャズもその考えに至り腰を上げると雑木林の方から何かが蠢く音がした。

 素早くジャズが真那の前に立って庇うと二連装サブマシンガンを構えて、銃口を突き付けた。張り詰めた空気が流れていると雑木林から一頭の熊が顔を出した。

「何だ熊じゃないか」

「熊でも危ねぇです! 死んだふりですよ死んだふり!」

「まあまあ、熊くらい平気だよ真那」

 スキンシップを図ろうと熊に近付くと雑木林から金属の触手が飛び出して来た。

「な、何!?」

 金属の触手は熊を串刺しにして血を吸い尽くし、カラカラに干からびさせた。邪魔な木々をなぎ倒して姿を見せた。

 ソレはおよそ見た事が無い生き物だった。どんな陸生生物より大きく、ジャズやオプティマスよりも巨大な体格を誇っていた。足らしい足は無い、四角い柱のような胴体にタコのような多くの触手を持ち、触手の先端はハサミのようだ。口は筒状で鋭利な牙が無数に並んでいた。全身を金属の細胞で構成されてトランスフォーマーと同じ体を備えていた。

 トランスオーガニックに知性は無い。ただただ暴力的な食欲に支配された恐るべき怪物だ。話など通じる筈はないし、動く物を全てを反射的に襲いかかる。ジャズもこれほどにおぞましく醜い生き物は初めて見る。

 オプティマスならなんと命令するだろうか? まずは人間を守れと言う筈だ。そして二言目はきっと――。

「よし、破壊する!」

 真那を抱えるとジャズはトランスオーガニックに銃撃を浴びせてやった。細かな弾丸を大量に受けたがトランスオーガニックの皮膚に損傷は愚か、傷一つ無い。その結果はある程度予想出来てはいた。

「真那、CR-ユニットはあるかい?」

「すいません、持って来てねえです」

「だよね。じゃあ逃げよう!」

 グラップルビームを射出、ジャズは木にアンカーを巻き付けて飛び上がり、EMPグレネードで目潰しをするとスポーツカーの姿を取り、森の中を走った。

「ジャズ様、ありゃ何でいやがるんです!」

「私にもさっぱりさ。あんな怪物は見たことがないな」

「ディセプティコンの兵器ですかね?」

「どうだろうね」

 悪路もなんなく突き進み、ジャズ達はやっとの事で見覚えのある道へ出て来た。

「ジャズ様これは私達のいた道に違いねーです! あっちへ行きましょう!」

 真那が指しているのは山頂とは真逆の道である。

「真那、そっちは反対だよ。おや?」

 真那を降ろして、ロボットの姿に戻るとジャズは地面についたキャタピラの痕をジッと見詰めた。

「キャタピラの痕ですね」

「……。先を急ごう」

 

 

 

 

 山頂付近を歩く二人の男女、折紙の方は士道と二人きりで願ってもないシチュエーションだ。

「あの……折紙? もう少し離れて歩いてくれないかな?」

「拒否する」

「はい……」

 地面の下から微かな揺れが二人に伝わった。地震かと思ったが、揺れはすぐに収まると同時に地中からトランスオーガニックが現れた。見たこともない化物の出現に士道は呆気に取られた。そして、士道はこれがパーセプターの作ったトランスオーガニックだと分かった。

 士道と折紙を視認すると金属の触手を振り下ろした所でトランスオーガニックの体が突然、爆発して倒れた。振り返り、来た道を見ると、一機の赤い戦車が砲口から硝煙を上げている。戦車はやがて鋼鉄の巨人の姿になり、親指を立てた。

「ナイス射撃だろ?」

「ワーパス! 助かったよ!」

「このオレの超完璧な腕前に嫉妬しな!」

「ワーパス、あれは何なのか説明して」

「オレもよくは知らねえんだがよ、パーセプターのインテリ野郎が作った兵器だとよ」

「やっぱりあれがトランスオーガニックか」

 仰向けになって倒れたトランスオーガニックは触手をバタバタと暴れさせながら再び動き出した。

「マジかよ! オレの砲弾が直撃したんだぜ!?」

 ワーパスはケースからチェーンガンを掴み取ると右腕と一体化させて迷わず引き金を引いた。大量の薬莢が勢いよく排出され、弾丸は絶え間なく、トランスオーガニックの体にぶつかり、弾かれていた。通常のガトリング砲よりも弾丸の量も回転数も高い特注のチェーンガンの掃射を受けてトランスオーガニックの触手が一本、千切れて地面に落ちた。

「おいおいおい! 何て固さなんだよ!」

 銃弾が殆ど効いていないというのにワーパスは退かず、チェーンガンを撃ち続けた。弾丸を浴びながらトランスオーガニックは近付いて来ると触手を伸ばし、ワーパスの手足に絡めて来た。

「離せこのバケモノ!」

 鋭利な牙を生やした筒状の不気味な口がワーパスの顔にゆっくりと近付いて来る。士道はスターセイバーを、折紙がメタトロンを顕現しようとした時、二人の後ろからクラクションを鳴らしながらスポーツカーが突っ込んで来た。ジャズはビークルのままトランスオーガニックへ体当たりした。そして、同時にロボットにトランスフォームして乗っていた真那を空高くへ放り投げた。

「ワーパスを離せ!」

 グラップルビームをトランスオーガニックの首に巻き付けて、背中から引き倒した。スナイパーライフルを展開、触手の装甲の薄い関節を狙撃して見事にワーパスを解放した。

 すかさず上を見て落ち着いて来る真那をキャッチしてスポーツカーの姿になった。

「ジャズ様! 今のはもう二度とやらないで下さいよ!? やるならやるで言って下さい!」

 突然、宙へ投げ出された事で頭は混乱状態、いつも以上に呼吸を荒くして言った。

「ハハッ、ごめんごめん。今度からは気をつけるよ。士道と同じ事を言うんだね。昔、十香は喜んでくれたんだけど」

 

「ジャズ! 助かったぜ! トランスオーガニックの事は何も聞いてないよな?」

「そうだね何も聞いてないね」

「どうもさっきから通信がまともに出来ねえんだよ」

 オプティマスやアイアンハイドと連絡が取れずにワーパスは困り果てていた。

「もしかしたら、あれが妨害電波を出しているのかもね。それでアイツは何者なんだい?」

「トランスオーガニック、パーセプターとラタトスクの科学班が作った兵器だ。それが今日、逃げ出したんだ」

「パーセプターは?」

「十香達の身体検査の手伝いだ」

「呑気だな。まずは妨害電波の範囲から出て、パーセプターと連絡だ」

「おう!」

 ワーパスは折紙を拾い上げると戦車にトランスフォームした。砲塔を回転させてトランスオーガニックに砲弾を叩き込んで怯ませるとその場から一目散に逃げ出した。ジャズも士道と真那を乗せてワーパスを追い越し、山を下って行く。

 ハイキングコースを抜けて一般道を走る戦車とスポーツカーという奇妙な二両。トランスオーガニックからずいぶんと距離を離したと思われたが、通信はまだ回復していない。

「あの野郎どんな妨害電波出してやがんだ!」

「パーセプターもとんでもない物を作ってくれたね。トランスオーガニックについて他に何も聞いていないのかい?」

「何でもかんでも食う奴って。特にエネルゴンが大好物らしい」

 エネルゴン、体にそれが流れているのはトランスフォーマーだ。トランスオーガニックの餌は十中八九、トランスフォーマーだろう。

「トランスオーガニックは多分、地中から俺達を追いかけるな」

「本当かい士道?」

「ああ」

 足下には車の揺れではない、地面の底から響くような揺れも感じる。

「市街地で暴れたらダメだ。どこか人のいない所に誘い込まないと」

「人のいない所なら知っていやがりますよ!」

「ナイスだ真那、それでどこなんだい?」

 真那はジャズの中にあるナビをいじり、天宮市の地図を見ながら、人がいなく、トランスオーガニックを仕留められる場所を指定した。真那が示した地点を見てジャズは無言で納得し、ワーパスに座標を送った。

「おぉ!? 真那! ここはベストポジションだぜ!」

 ワーパスはアスファルトをえぐり、急カーブで車体を傾けて進路を変更した。

「トランスオーガニックは破壊して良いよな、副官?」

「許可するよ」

「っしゃぁ!」

 

 

 

 

 ジャズ達が向かった先とは、それは洞窟だった。それもただの洞窟ではない。未精製のエネルゴンの結晶が大量に埋まっている洞窟だ。洞窟の前で停車すると士道達を降ろした。

「君達はここで待ってるんだ」

「危ねーからちゃんと隠れてろよ?」

「二人とも気をつけて」

「ジャズ様無事を祈りやがります!」

 折紙と真那から言葉を送られて洞窟の入り口で待機していると地盤を破砕して地中から醜い姿の生き物、トランスオーガニックが現れた。地中を進んでいたのは本当だとそこで分かった。

 土煙をあげて、触手をくねらせながらワーパスとジャズをロックした。士道達の事は目もくれずに二人のトランスフォーマーを執拗に狙った。

「今だ! 中へ入るぞ!」

 ジャズの合図と共にワーパスは洞窟の内部へ逃げて、トランスオーガニックは追って来る。洞窟の壁に埋まっているエネルゴンの結晶を拾い集めながら二人は洞窟の最奥部までトランスオーガニックを誘い込んだ。最奥部は広く、戦うにも最適な空間に仕上がっていた。

「触手に気をつけるんだよワーパス」

「わかってらぁ」

 ジャズ、ワーパスは左右に分かれて迂回してトランスオーガニックを挟み撃ちにした。背後からワーパスの強烈なパンチが体にめり込む。前へ転びそうになった所にジャズの蹴りが顔面に入った。トランスオーガニックは触手でジャズの足を捕らえると死角からチェーンガンを撃って触手を粉々にした。おぞましい悲鳴を上げながらトランスオーガニックは標的をワーパスに変更した。

 好機と睨み、ジャズはアンカーを上顎に引っ掛けて口が閉じないように固定した。

「ワーパスやれ!」

「おうよ!」

 入り口からずっと集めていたエネルゴンの塊を閉じられない口に押し込んだ。ジャズはトランスオーガニックの足下にエネルゴンの破片を散りばめるとグラップルビームを口から外して天井にくくりつけ、力任せに引っ張った。

 天井が崩れ、落石が発生した。

「撤退だ!」

 ジャズが叫び、ワーパスも落ちて来る岩を避けながら洞窟の外を目指して走る。振り返り様にワーパスは戦車に変形、砲口をトランスオーガニックに定めてミサイルを発射した。落石をかいくぐりながらミサイルは目標に向かって飛び、口に放り込まれたエネルゴンを大爆発させた。

 

 

 洞窟が揺れる音を聞いて士道は立ち上がって入り口を注視した。緊張感を漲らせて待っていると煙を切り裂きながらスポーツカーと戦車が脱出して来た。

「ふぅ、助かったぜ!」

「二人とも! 怪我はないか?」

「この通り元気さ」

「パーセプターの野郎が基地に帰って来たらとっちめてやる!」

「何だか、ひどい休日になっちゃったね。また来週にでもハイキングは仕切り直そうか」

「だな」

「はいです」

 トランスオーガニックはなんとか破壊出来た。パーセプターの変な研究がどうにかならないものかと士道は思った。

 



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38話 大陸横断レース

 その日、ジャズは血相を変えて基地に帰って来た。士道達を迎えに行っていつものようにパトロールを済ませた後の事だった。基地にはいつもの顔ぶれがあり、人間用のスペースには十香と四糸乃と琴里が座っていた。いつも冷静沈着なジャズがここまで慌てた様子に基地内には変な緊張感が生まれていた。オプティマスも作業を止めてジャズの方を向いて尋ねた。

「珍しいなジャズ。君がここまで取り乱して、緊急事態か?」

「いいえ、違うんです!」

 ジャズは人間サイズの貼り紙を見せつけてやった。当然、その貼り紙に全員が注目する。

「たいりく……これは何と読むのだ?」

「おうだん……です……十香さん」

「おぉー! 四糸乃は賢いな!」

「大陸横断レース……。これがどうしたんだ?」

「大陸横断レースですよ!? 世界で一番パワフル且つ、速くてタフな車とレーサーを決める大会ですよ!」

 オプティマスはまだジャズが何を言いたいのか察していない。

「オプティマス、このレースに私を出させて下さい!」

「出させて下さいと言ってもその間の君の任務はどうなる? ディセプティコンの事も気になるぞ」

 それを言われると辛い。基本的に少人数のオートボットに一人でも欠員が出ると苦しくなる。それは分かっているが、ジャズはこの大会への参加を諦め切れなかった。

 大会のチラシを受け取り、琴里はチラシに書いてある内容を見ていた。

「あ、この大会、うちも出るわね」

「琴里が運転するのかい!?」

 ジャズは驚きの表情を作った。

「違う違う。ラタトスクで開発中の新型の魔力生成機を搭載した車の試運転で出るのよ」

「新型の魔力生成機?」

「将来的にフラクシナスを強化する為って言うのもあるわ」

「オプティマス、その車を守る為に私は大会に出ます!」

「うーん、メガトロンがもしかしたら狙って来るかもしれない。よし、私にいい考えがある」

「え……?」

「みんなでその大会に出よう!」

「マジかよ!? オレも出て良いのか!?」

 真っ先に食い付いたのはワーパスだった。戦車に擬態するワーパスは出場は難しいと思われたが、チラシには“とんな車両でも走れれば可”と書いてあった。

「もちろんだワーパス。チラシには“戦車はダメ”なんて一言も書いてないからな」

「やったぁ! オレの走りを見せつけてやるぜ!」

「普通に考えてダメだと思うんですが……」

 アイアンハイドは指摘したが残念ながら皆の耳には届いていない。

「俺、グリムロック。俺達もレースに出れれる?」

 ダイノボット達もレースに出だそうな眼差しでオプティマスを見て来た。

『キミ達、まず車両ですらないじゃな~い。レースは車だけだよん!』

 返答に困っていた所をよしのんがあっさりと言ってくれた。よしのんに指摘されて、ダイノボット達は凄くショックを受けたように口をポカンと開けて驚いていた。

「レースとは私も出られのか? 私も出たいぞ!」

 十香も大陸横断レースに興味を抱いた。

「あのだな十香、君は車を持っていないだろ?」

「大丈夫、走るぞ!」

 アイアンハイドはポリポリと頭をかいて苦笑いした。

「走ったら陸上競技になるだろう? レースは車に乗らないとダメなんだ」

「うむぅ~そうなのか……。あ、なら私はアイアンハイドに乗る!」

「私も出るのか?」

 当人は出場するつもりは無かったようだ。

「良いじゃないか、アイアンハイド。十香を乗せてあげれば。きっと楽しいレースになるぞォ!」

「…………。オプティマス、何だかんだで一番楽しんでません?」

 ジャズ以上に張り切っているオプティマスは今からレースのイメージトレーニングを始めていた。アイアンハイドは溜め息を吐いた。当日はゆっくりと走ってのんびりとゴールでも目指そうとした。

 ダイノボット達が駄々をこねずに珍しく大人しくなっている事に不思議に思い、アイアンハイドはグリムロックの様子を確かめると、ダイノボットの姿は無かった。

「四糸乃、ダイノボット達は?」

「はい……何だか……準備するって……」

「準備?」

 レースには出られないのに一体何の準備をしているのか疑問を感じていると、直ぐに答えがやって来た。

「みんな、見てくれ!」

 グリムロックの声に反応して彼の姿を見た。ダイノボットは全員、腕や足に余っていたタイヤ、バンパー等のパーツをつけて登場した。

「ほいっ!」

 グリムロックはうつ伏せになり、頭をかがめると出来るだけ四つん這いになった。

「ほら、完璧。俺、グリムロック。レース出る!」

「良いだろオプティマス! オレ等の完璧な擬態!」

「本気かしら?」

「さぁ?」

 琴里とジャズは余りにバレバレなダイノボット達の擬態に本気で言っているのか分からなくなった。

「まあ……良いだろう」

「良いの!? オプティマス、これ絶対擬態じゃないわよ! バレバレよ!」

「いざという時はこういうデザインという事にしようか」

 いささか強引だが、天央祭では姿を晒してもみんな着ぐるみと勝手に勘違いしてくれた。今回も行けるだろうとオプティマスは判断したのだ。

「ところで琴里、その試運転の車には誰が乗るんだ?」

「神無月よ。彼はASTのエースだった経験があるの。車の運転くらいちょちょいのぱーよ」

「ほう、それは凄いな。仲間でも負けられないな」

 皆、レースに向けて気合いが入っていた。

 

 

 

 

 ロシアの北側、ノリリスクから何十キロも離れた人っ子一人いない閑散とした寂れた町には十数人の魔術師(ウィザード)の姿がある。町を包囲するように陣形が組まれて、外部から人が来ないようにと厳重さを極めていた。

 町の中に入っている者に防護服を着ていない者はいない。魔術師(ウィザード)は自身の随意領域(テリトリー)のおかげで防護服は必要ない。アイザック・ウェストコットは簡易用基地の司令室の椅子に座りこみ、外で指示を出すエレンやスタースクリームの様子を眺めていた。ここの町へ来た理由、それはこの地に埋まっているダークエネルゴンを回収する為である。スタースクリームにかつて、DEMの旅客機を破壊して鳶一折紙を横取りをした件を咎めると、簡単に情報を吐いてくれた。圧縮されたダークエネルゴンを使って人工的に霊結晶を作り出せるという話だ。作り出したのは、あの単眼のトランスフォーマー、科学参謀ショックウェーブだ。アイザックは極めて純粋な気持ちでショックウェーブの腕を評価していた。出来るのならば捕まえてその頭の中を覗きたいと願う程だ。

 願う、と言ったがアイザックはまさにショックウェーブをどうにかしてDEMに招待しようかと思案に暮れていた。彼の所業はスタースクリームから聞いた。人間やASTのCR-ユニットを解剖、解析をして作り出したエネルゴンタワー、天宮市への侵攻、ダイノボットへの改造だ。話を聞くだけでもぞくぞくしたものだ。ショックウェーブの捕獲は進めるとしてまずはこの町に眠るダークエネルゴンの回収が最優先であった。

『キャァ!? スタースクリーム! 雪をぶつけないで下さい!』

『おいおい、その装備をして避けらんねーのかよ! ハハハハハ!』

 外ではエレンとスタースクリームの声がしたのでまた喧嘩でもしているのかと思い、止める為にアイザックは腰を上げて司令室を出た。司令室を出た所に警備に当たっていた二人の女性魔術師(ウィザード)が敬礼をした。

「お疲れ様ですウェストコット様」

「ああ、楽にしてくれ」

 この町にいる人員全てはアイザックに心底、心酔した連中ばかりだ。マードックのようなこそこそと裏切り工作を企てる狡猾な者を評価しているのだが、これ以上の価値はないとも言えた。まだアーカビルやスタースクリームには謀反の疑いがあるが、存在価値は十二分にある。

 防護服を着て基地の外へ出てくるとアイザックの方に雪玉が飛んで来た。雪玉は真っ直ぐにアイザックの顔に命中した。幸い防護服のマスクのおかげで顔は濡れなかったが、少しだけイラっとした。

「おーおーエレン、アイザックに雪ぶつけちまったなぁ!」

「違っ……! スタースクリーム! 私になすりつけないで下さい!」

「隙ありじゃ!」

 アーカビルの投げた球がエレンの顔に命中して顔が雪まみれになってしまった。エレンは雪をぬぐい、アーカビルを睨み付けてからアイザックの下に走りよるとマスクについた雪を拭いた。

「大丈夫ですかアイク?」

「あ、ああ……平気だよ。ところで、遊んでいるという事はダークエネルゴンは見つかったのかね?」

「い、いいえ……まだです」

「では、早くしたまえ」

 エレンは無言で頷き、作業員に急ぐように指示を出した。

「君達! バカな事は止めるんだ! ダークエネルゴンを扱えば待っているのは破壊と死のみだ」

 厳重なカプセルに閉じ込められたジェットファイアーを一瞥してアイザックはジェットファイアーの発言を無視した。ここまで来て止めるなど考えられない。皆に作業を続行するように指示し、ダークエネルゴンの採掘を進めていた。

「君に言われなくても大丈夫だ。ダークエネルゴンの専門家がいるんだからね」

 スタースクリーム、ジェットファイアーは過去にオートボットのダークエネルゴンの研究ステーションにいた事がある。あのステーションをメガトロンに攻めと落とされ、スタースクリームがオートボットを裏切ったのは今でもジェットファイアーの記憶にはしっかりとこびり付くように残っている。

 スタースクリームの野望はどうだって良いが、ジェットファイアーはせめてアイザックやエレンと言った人間をダークエネルゴンの脅威に気付かせて被害が出ないようにしたかった。

「スタースクリーム、君はダークエネルゴンの研究をしていただろう。何故止めないんだ! あれがどれだけ危険か知らないのか?」

「知ってるさ、だがテメェはちょっと慎重過ぎだぜ。リーダーたるもの少々の危険くらい目を瞑らないとな」

 スタースクリームに言っても無駄だった。頭の中にはニューリーダーの事しか入っていない。

 採掘の為に地中深くに掘られた穴をジェットファイアーは注意深く見ていた。会話が無くなり、少し無言の時間が続いていると穴の奥底から作業員の悲鳴が聞こえた。周辺に緊張感が走る。

 エレンはペンドラゴンの大型ソードと魔力槍を同時に発現。アーカビルはそっとエレンの背後に隠れた。

 スタースクリームはナルビームとアサルトライフルを穴の入り口へ向けて狙いを定めた。悲鳴が収まってから直後、地中に轟く地鳴りがした。何名かの魔術師(ウィザード)がキョロキョロと見渡して警戒をしている。

 どんどん地鳴りが大きくなっていき、揺れも激しくなって来ている。その瞬間、DEMの臨時基地が吹き飛んだ。爆発ではなく、地中から何かに押し上げられてバラバラに崩れたのだ。

 地中から飛び出ているのは太い金属の触手だ。触手の直径はスタースクリームの身長は程ある。採掘していた穴から触手の本体らしき物が現れた。本体にはコックピットがあり、ハッチが開くと中には左腕に大きなキヤノン砲と単眼が特徴のショックウェーブが乗っていた。

「DEMの作業場に出たらしいな」

 相変わらず、抑揚も感情もない声で独り言を呟いた。アイザックやエレン、更にはジェットファイアーの存在さえ無視してショックウェーブはスタースクリームを見下ろしながら言った。

「やはりDEMに戻ったのか」

「だから何だ! 一つ目野郎! メガトロンの脅威の俺を始末しに来たかぁ?」

「私はキミに興味はない」

 ショックウェーブはこういう人物だ。他者への興味は薄く、命令と研究以外に動こうとしない。ドリラーに乗っているという事は、戦闘ではなく何かを探しに来たのは明確だ。

「私の目的は他だ」

 ショックウェーブがドリラーの座席へ腰掛けるとエレンは素早く斬り込み、ショックウェーブの前まで迫っていた。ドリラーの巨大な触手でガードしたが、エレンが剣を振るとドリラーの触手は宙を飛んだ。ドリラーから見てエレンなど人から見たアリに等しい大きさに過ぎない。

 人がアリを潰すのは造作もない。けれどドリラーはエレンの存在を恐れて萎縮していた。ショックウェーブはハッチを閉めて再び地中へと潜って行った。

「スタースクリーム、あなたの同僚が余計な事をしてくれましたね」

「元同僚だ」

「ショックウェーブを捕らえられなかったのは残念だ。それにしても彼は何を狙っていたんだろうね?」

「ショックウェーブを……捕まえる?」

 スタースクリームは困惑した表情でアイザックを見た。アイザックの一言からスタースクリームはピンと一つ良い考えが閃く。

「その案、良いな。捕まえた暁にはショックウェーブの無表情を歪ませてやるぜ!」

 アイザックは笑顔で頷き、声を張った。

「作業を続けるんだ」

 長い付き合いのジェットファイアーにはスタースクリームが何を考えているのかなんとなく分かった。

 

 

 

 

 大陸横断レースのスタート地点に無数の車が並んでいる。全体的に車高が低くシャープなボディーをしており、トラックなのはオプティマスとアイアンハイドくらいで戦車で参加しているのはワーパスだけである。

 恐竜のような車が四台いるが、誰もそれがダイノボットだと気付いていない。派手な車としか認識していない。

『さあ、大陸横断レースが間もなく始まりますが、今年は奇妙な車が何台か紛れて面白いですね』

 実況者にも気付かれいない。

 三つの赤いランプに光が灯る。緊張感を誘う音と共にランプの色が緑色になって行く。皆、固唾を飲んで見ている。

 ランプが全て一色に統一されるとブザーが鳴り、一斉に並んでいた車が動き出した。

 雪を巻き上げて勢い良くスタートダッシュを切ったのはワーパスだ。

「イェアッ! このままぶっちぎるぜ!」

 先頭を走るワーパスの後ろから二台のスポーツカーが迫って来た。ジャズと神無月だ。二人は並行して突き進み、ワーパスを追い越して行った。

「マジかよ!? ジャズの奴、気合い入りすぎてんぜ!」

 ワーパスは加速を付けて二人の後を追った。

 さて、全ての車がスタートしてしまい、その最後尾を走っているのはダイノボット達だった。体のタイヤは付けているだけで走る事など出来ないし、手や足を動かして進むしか方法がない。それに体の下に敷いているキャスター付きの板も雪に埋もれてなかなか進めないでいた。

「俺、グリムロック……進めない」

「走るのはダメなのか? スワープに運んでもらうとか」

『ダメだよん。それはルール違反だからね!』

 擬態してレースに出る事態がルール違反なのでは? と、四糸乃は思った。

 四糸乃は一度、グリムロックから降りて尻を押してみたが当然、ピクリとも動かない。

「これいつ動くんだ?」

「レースって暇なんだな」

 スナールとスラージは口を尖らせて言った。

 

 

 

 

 レース全体を見て、やや前の方を走るオプティマスは周囲の車を避けながら追い越したり追い抜かれたりを繰り返していた。

「うむ……オプティマスよ、さっきから一位になれぬではないか。そんな速さではトップなど永劫叶わぬぞ」

「苦言。もっと気合いを入れて走って下さい」

「しかしこの雪道では思うようにタイヤが動かないんだ」

 レース参加の際、アイアンハイドに乗っているのは十香でオプティマスに乗っているのは八舞姉妹だ。

「この雪道さえ通り抜けたら一気に追いつけるんだがな」

 とは言えしばらくは雪原地帯が続く。道路らしい道路はヨーロッパ方面に入ってからだ。

「ん~! 遅いよオプティマスゥ! あたし等ならぴゅーんとひとっ飛びよ?」

「そんな事言われてもな……」

「質問。オートボット最速は本当にジャズですか?」

「陸上なら彼が一番だな。エアーボットというチームがいたが、彼等ならもっと速いぞ」

 順位を争いながらオプティマス達は左右を森林に覆われた一本道を走っていた。

「人がいないね……」

「疑問。今何番目なのでしょう」

 先の車も追いついて来る車も見えない状況で夕弦はバックミラーに一台の装甲車が接近しているのに気付いた。

「報告。背後から車です」

「うん。装甲車……? レースには不似合いな車だな。そうか! 分かったぞディセプティコンに違いない!」

 オプティマスが気付くと急カーブで道を外れて森の中に入った。その直後にさっきまで走っていた道をミサイルが通り抜けた。オプティマスの追跡者、それはオンスロートだ。

「逃がさないぞオプティマス・プライム!」

 オンスロートも同じ様にカーブを切って追って来る。

「コンバッティコンのオンスロートか……。よーし来いメタルの屑め! オートボット流のレースを見せてやる!」

 オプティマスは急ブレーキをかけながら車体を一回転させて来た道に向き直るとアクセル全開で突っ込んで来るオンスロートに向かって真っ正面からぶつかり合った。

 オプティマスのアタックはオンスロートを弾き飛ばしただけでは留まらず、横転までさせたのだ。

「ハッハッハ! 突進で私に勝つならスィンドルとブロウルを連れて来るんだな!」

 横転したオンスロートをバックにオプティマスは悠々と走り去って行った。

「ぐぐぐっ! 忌々しいオプティマス・プライムめ! サウンドウェーブ、オプティマスに逃げられた。頼む!」

『了解シタ』

 

 

 

 

 通信機の向こう側で返事をしたサウンドウェーブは早速、胸のハッチを開いた。

「ランブル、レーザービーク。イジェ~クト!」

 小型の人型トランスフォーマー、ランブルとタカ型トランスフォーマー、レーザービークはサウンドウェーブの肩に止まった。

「はいはい、呼んだかよボス?」

「オートボットの妨害工作を開始セヨ。レーザービークは、オプティマスを狙エ」

 主人の命令を聞いてすぐに行動に移した。ランブルは飛び上がって先頭のジャズやワーパスをリタイアさせるべく動き出した。

『聞こえるかサウンドウェーブ?』

「はい、メガトロン様」

『報告せよ』

「オンスロートは現在、行動不能。ブロウルがワーパスを、スィンドルがジャズを狙っていマス」

『なるほど、今回の作戦は我々ディセプティコンの今後の戦力増強に繋がる重要な一歩だ。失敗は許されんぞ』

「はい、メガトロン様」

 サウンドウェーブは装甲車へトランスフォームして傾斜を駆け下りた。坂道の下の道路をオプティマスが力強いエンジンの音を上げて走行している。サウンドウェーブがオプティマスの背後にぴったりとくっついた。

「警告。新手です」

「私に任せろ!」

 サウンドウェーブのロケットを紙一重で避け、反撃をする機会を窺っていた。攻撃は空からも来た。レーザービークがパルスキャノンを降らし、背面と上面の攻撃をなんとか凌いでいた。

 左右に森林が広がる一本道を抜けた先には道幅が急に狭まり、カーブの多い道に入り込んだ。片側は海、片側は切り立った崖スリル満点のカーチェイスだ!

「うるさいハエを撃ち落としてやりたいが……」

 気を抜けば落ちかねない場で戦う訳にはいかない。オプティマスもミサイルで撃ち返したがレーザービークは華麗に回避してしまう。

「オプティマス! 橋だよ!」

 耶倶矢は普段の口調も忘れて叫んだ。

 サウンドウェーブやレーザービークもその橋の存在は知ってる。前へ進むにはその橋を通るしかない事もだ。オプティマスの行き先を先回りしたレーザービークは口から光線を吐いて、橋を支える柱を紙でも裂くかのように切断した。重力に従い鉄橋は崩落した。

 するとオプティマスは止まるどころか更に加速した。

「ちょっとちょっとちょっと! ストーップ! 危ないし!」

「危険。止まって下さいオプティマス!」

 少女二人の言葉を一切無視してオプティマスは何もない空間へとダイブした。

 落ちる。

 そう確信して二人は身を寄せ合うとガンッと車体に強い衝撃が走り、オプティマスは強引は唸りながら強引に谷を渡って見せた。

「落ちると思ったのか? 信じてくれないと流石に傷付くな」

「オプティマス、前前前ェェェ!」

「お?」

 気が付いた時にはオプティマスはカーブを忘れて宙に浮き、落下を始めていた。

「ホアアアアアアア!」

「キャァァ!」

 オプティマスが落ちて行った崖をレーザービークは何度か旋回してからサウンドウェーブの下へ帰って行った。死んではいないが、当分は邪魔しに入る事は不可能だろうと判断したサウンドウェーブは今回の狙いである神無月の乗る車に搭載された魔力生成機の強奪へ向かった。

 

 

 

 

 先頭を走るジャズと神無月は雪原は抜けて冷たい風が吹き抜ける平原を進んでいた。今大会で優勝しか頭に無かったジャズだが、突然停車してロボットの姿に戻った。神無月もジャズが急に立ち止まって、尋常な事態でない事を察したのか車を停めて窓を下ろした。

「どうしました?」

「敵の気配だ。君は先に行ってくれ」

「はい。……でも良いのですか? 優勝から離れますよ」

「任務が最優先だよ。早く行け!」

 神無月を先に行かせてジャズは接近して来る敵を迎えた。周辺には大きな岩と草、隠れられる場所は無いと断言しても良い。センサーの感度を最大に辺りを探知した。

 センサーに反応があった。ジャズはサブマシンガンを転がっている岩に撃ち込んで粉々にした。砕けた岩からグラップルビームが伸び、ジャズの体を締め上げるとスィンドルは腕を振り、ジャズを地面へ叩きつけた。

 動けないように拘束を強くしてスィンドルはアサルトライフルを向けながらゆっくりと歩いて来る。同じグラップルビームを操る者に対してスィンドルは僅かな対抗心を抱いていた。

「すぐにトドメを刺してやる」

 十分にスィンドルがジャズの射程圏に入って来るとニヤリと笑い、肩に仕組まれたノイズアタックがスィンドルを攻撃した。騒音と衝撃波にたまらずスィンドルは拘束を解いて頭を押さえた。

「ぐっ……この音は……!」

 ノイズアタックに悶えているとジャズのアッパーカットが顎を捉えた。立て続けに上段、中段、下段と蹴りを受けてスィンドルはよろめきながら腕から伸ばした剣を抜いてジャズの胸を掠めた。

「危ないじゃないか」

 身を屈めてからタックル。もつれ合いながら拳を繰り出して激しい攻防を繰り広げていた。両者は互角の戦いを展開してジャズが引けばスィンドルがすかさず攻め立て、スィンドルが怯めばジャズが苛烈な一撃を加えた。

「サウンドウェーブもオンスロートもまだ到着しないか……。ブレストオフ、ボルテックス!」

『聞こえてる。ついでに目標には向かっている他に何か言う事は?』

「無い!」

 ブレストオフとの通信を切るとスィンドルは目の前の敵を叩き潰す事にした。そこへ砲弾やエネルギー砲を撒き散らしながら一台の戦車とスペースタンクが砲撃し合い登場した。ブロウルのエネルギー砲がワーパスの足下を吹き飛ばし、ワーパスは変形しながら体を転がして受け身を取った。

 ブロウルの砲口がワーパスの額に照準をロックした時、ジグザグに走りながらジャズはブロウルへ肉薄した。素早い変形からブロウルの車体に跨った。

「来い、ディセプティコンの野郎!」

 体重をかけて砲身を別の方角へ強制的にズラすとブロウルは変形した。

「チビが!」

 ジャズの足を掴んで叩き落とし、そこへブロウルの踏みつけが加わる。ジャズは手を伸ばして抗い、ブロウルがジャズに気を取られている好きにワーパスが殴りかかった。

 ブロウルを殴り飛ばしたワーパスの首にスィンドルのグラップルビームが巻き付き、引き倒されてしまった。四人の絶え間ない攻撃と防御はまばたきをする暇さえない。

 アイコンタクトを送り、ワーパスが頷くと一気にスィンドルとブロウルと距離を空けた。ジャズの肩のパーツが変形しノイズアタックが発せられた。強烈な音と衝撃波が襲いかかる筈だったが、後方から到着したサウンドウェーブのサウンド攻撃でノイズアタックを相殺した。

「サウンドウェーブか助かったぜ!」

「こんな所で油を売っている暇はナイ。早く魔力生成機を回収シロ」

 サウンドウェーブが語気を強くして言うとスィンドルもブロウルも言い返せずにたじろいだ。そこへ、大きく遅れてオンスロートが到着して二対四という極めて劣勢となってしまった。

「どうするジャズ」

「やるしかない」

「だよな」

 不利は承知の上だ。今はオプティマスやアイアンハイドが辿り着くまで耐えるしかないのだ。

 

 

 

 

 崖から見事な転落をしたオプティマスはビークルモードを維持して乗っていた耶倶矢と夕弦の身を案じて声をかけた。

「二人とも怪我はないか?」

「うぅぅ……頭打った」

「激痛。お尻が痛いです」

 とりあえず大きな怪我は無いようだ。二人を下ろしてオプティマスはロボットモードになって上を見上げた。ずいぶんな高さから転落してしまったようだ。自力で登しかなく、オプティマスが肩に二人を乗せて岩肌に手を触れた所でパーセプターが通信が入った。

「どうしたパーセプター?」

『レース中申し訳ありません。少し良いですか司令官』

「ああ、どうせディセプティコンにメチャクチャにされたレースだ」

『ディセプティコンが現れたんですか!?』

「そうだ。それはこちらでなんとかする。君の話はなんだ?」

『ああ、すいません。それがですね、極めて興味深い信号をキャッチしたんです。あなたのいる座標から北側ですね。これはなかなか見逃せない反応です』

「早く要件を言え」

『オートボットの反応があるんです』

「オートボットの? 分かった。私が行く」

 通信が終わり、オプティマスは肩に乗る耶倶矢達に申し訳なさそうな顔で言った。

「残念だがレースは終了だ。すまない」

「かっかっか。聞いておったぞ、そなたの同胞(はらから)が見つかったそうだな」

「驚愕。まだ仲間がいたとは思いませんでした」

「我等、八舞の速さに並べる者を期待しているぞ」

「私も友と会えるのは嬉しい限りだ。パーセプターにグランドブリッジを開いてもらう」

 少しすると近くにグランドブリッジが展開された。オプティマスに乗り込んで光の道を進むと谷底の深い森から一瞬にして景色が銀世界へ一変した。

「エアコンの温度はこれで構わないか?」

 さっきいた地域よりも北に来たので念の為聞いておいた。

「我に適した灼熱ぞ」

「適当。言うことありません」

 オプティマスはヘッドライトを消して目立たなくした。雪原に分かりやすく人間の施設が立っているのが三人から良く見えた。

「オートボットの反応はやはりあそこか……」

 雪原に建つ施設から反応が出ている。オプティマスはゆっくりとゆっくりと、息を殺して足を忍ばせて駐屯地へと近付いた。耶倶矢と夕弦を下ろしてから変形し、建物に隠れながら駐屯地の中の様子を見ていた。

 アイザック、エレン、スタースクリーム、捕らわれのジェットファイアーが確認出来た。

「確認。あのカプセルにいるのがオートボットですか?」

「そうだ。名はジェットファイアー、空中の戦士だ」

「誰かそこにいるのか!?」

 何者かの声がしてオプティマスは反射的に車に擬態して中に二人をしまった。建物の影からはアーカビルが現れて真っ赤なトラックを不思議そうに眺めていた。

「はて? どうしてトラックなんかがあるんじゃ?」

「どうしたジジイ」

 粗暴な口調でスタースクリームまでもがトラックに近付いて来た。

「んあ? トラック? 何でこんなもんが。それに真っ赤なトラックって言えばあのオプティマス・プライムを思い出すじゃねーか縁起悪りぃ!」

 軽く足でトラックを蹴ってから離れようとすると、スタースクリームの目にオートボットのエンブレムが止まった。

「…………」

「どうしたスタースクリーム?」

「あ……いや……もしかしたらコイツ本当にオプティマス・プライムなんじ――」

 スタースクリームの言葉を遮り、オプティマスは変形と同時に殴り飛ばした。

 オプティマスは兵舎を踏み潰して駐屯地の中央へ躍り出ると全員が顔に驚愕の色に染まった。驚愕したのはオプティマスもだ。何トンものダークエネルゴンが発掘されと地表に置いてあるからだ。

「仲間を返してもらうぞ!」

 オプティマスはアイザックに銃を突き付けて怒鳴った。アイザックは依然として変わらぬ表情でオプティマスを見上げていた。

「オートボットの司令官か。ククク……素晴らしい、キミも私達のテクノロジーになってもらうよ」

「我々はテクノロジーではない、生き物だ!」

 怒り狂って近くの採掘機器を蹴り飛ばし、またも施設とぶつかりバラバラになった。目標を見もせず、背後に銃を撃つとジェットファイアーが入っていたカプセルがバラバラになった。

「助かりましたオプティマス・プライム。心から感謝します。ですが、いささか乱暴です。もう少し穏便に」

 ジェットファイアーが注意した矢先、エレンは肉体を細分化しながらオプティマスに迫り、ソードで斬り上げオプティマスはよろめいた。

「ジェットファイアー、あそこにいる女の子を連れて逃げろ。そして、今から送る座標に行け!」

 夕弦と耶倶矢を指し示し、座標データをジェットファイアーに転送した。黙って指示を聞き、ジェットファイアーは二人をコックピットへ乗せて一瞬のうちに空の彼方へ消えて行った。そして、取り残されたオプティマスは背後からじっくりと近付いて来るスタースクリームの腕を掴み上げた。

「撃ちなさい!」

 エレンが周辺の魔術師(ウィザード)に命じて一斉掃射が始まるとスタースクリームを盾に使った。

「俺は味方だ!」

 盾として用済みになりスタースクリームを捨てるとオプティマスは前へ飛び込んで転がり、エレンの斬撃をやり過ごしながら腕をロケットキャノンに変えてダークエネルゴンの塊にロックした。

「撃たせるな!」

 珍しくアイザックが叫んだ。だがもう遅い。ロケットはダークエネルゴンの塊を木っ端微塵にしてしまった。オプティマスの足場にグランドブリッジが展開された。吸い込まれるようにしてオプティマスは逃げ、現場には壊れた施設と粉々のダークエネルゴンだけが残っていた。

 

 

 

 

 快調に走っていた神無月、だが行く手にはもちろん障害はある。片側にそびえ立つ崖があり、その上にはランブルが待ち構えていた。

「さあ、人工地震の出番だ!」

 両腕のハンマーアームを動かして崖崩れを起こした。神無月の行く手に岩が転がり落ち、瞬く間に壁となってしまった。車を止めたランブルは傾斜を下って車のドアを引き剥がすと神無月を車内から引きずり出した。

「何をするんです! 離しなさい!」

 引きずり出された神無月はランブルを羽交い締めにした。

「この車は絶対に渡しません! 本気と書いてマジでいきますよ!」

「うるせぇやい!」

 神無月を背負い投げでボンネットに叩きつけ、ランブルがマウントポジションを取った。神無月は歯を食いしばり、力を足に入れて顔を蹴り上げた。相手も怯むがそれ以上に足が痛い。

「おい、チビ野郎! 人間相手に何を手間取ってやがんだ?」

 ここへブレストオフとボルテックスが到着した。武装もない神無月など敵とさえ認識していない二人が降下を始めた。

「見つけたぞコンバッティコン!」

 車の回収をさせまいと空からジェットファイアーの声がした。車を離して一度ジェットファイアーを叩こうとしたが、上を取られて更に先制も許したのだ。いくら二人でも勝ち目はない。

 ミサイルがブレストオフとボルテックスを撃ち落とし、体から煙を噴きながら二人は悔しげにトランスフォームした。

「奇襲とは卑怯だぞ!」

「そうだそうだ!」

 地上から非難の声がしたがジェットファイアーは構わず空中からミサイルとマシンガンを降らせて黙らせた。

「連中は出来れば我等が相手をしたかったのだが、今回は花を持たせてやるぞジェットファイアーとやら」

「それはありがたい」

 車から魔力生成機を引っこ抜いたランブルがジグザグに走って逃げているとジェットファイアーはブラスターの照準を合わせてランブルの足下を撃ち、転ばせた。

「任務はこれで完了なのか?」

 奇襲から制圧までがあまりの早技だったのでジェットファイアー自身も作戦をやり遂げた気にならない。

 ホッと一息ついたまさに同時期、ジャズ達が戦っている森の方角で激しい爆発音がした。まだ戦いは終わっていない。ジェットファイアーは魔力生成機をしまい、ジャズ等の援護に向かった。

 

 戦地まであっと言う間に移動し、上空から見ているとそこにはジャズやワーパス、アイアンハイドと十香、オプティマスが抵抗を続けている。

「何てことだ人間もいるじゃないか!」

 ジェットファイアーが急降下でディセプティコンの頭上から仕掛けた。

「ジェットファイアーまでいるなんて聞いてねーぜ! オンスロート、合体しようぜ!」

「ああ、コンバッティコン、合――」

「待て」

「何だよサウンドウェーブ」

 サウンドウェーブは目をこらしてブラスターで旋回するジェットファイアーを狙うと引き金を引いた。光弾が命中したが大したダメージにはならない。

「何を考えているのかね?」

 サウンドウェーブの行動を不思議に思っているとジェットファイアーから魔力生成機が落ちて来た。

「しまった!」

「オレが取る!」

「私だ!」

 全員がこぞって落下予測地点に集まるとサウンドウェーブだけは遠くで眺めていた。いや、眺めていたのではない。

 オートボットが手を伸ばすすぐ上にディセプティコンのグランドブリッジが展開された。魔力生成機はオートボットの手に行かずそれは、メガトロンの手中に収まってしまった。

「任務、完了。帰投スル」

 撤退は驚くほどに迅速で弾を当てる暇などなかった。

「ところでさっきはみんな何を拾おうとしていたのだ?」

 十香の質問にアイアンハイドが答えた。

「魔力生成機。凄い機械だよ」

「凄いのか!? どれくらい凄いのだ!?」

「PS4より凄い」

「何だってー!?」

 十香は驚いて顔が固まった。間違いなく魔力生成機の本来の凄さは伝わっていない。空中で変形しながらジェットファイアーは手に耶倶矢達を乗せて降りて来た。

「すいませんオプティマス、私のミスです」

「君一人の責任じゃない。私にも勿論、責任はある。しかし、まずは再開を喜ぼう」

 オートボットに新たに加わった戦力、ジェットファイアー。DEMから解放されて遂に仲間と会えたのだ。ジェットファイアーの存在はオートボットに取って重要だろう。

 

 

 

 

 大陸横断レースのゴールはフランスの凱旋門だ。

 その凱旋門にいたのは――。

『やったねい! よしのん達一番だよ!』

「私が一番……変な……気持ちです」

「やりぃ! 俺、グリムロック。一番一番! 俺、最強で最速!」

 今回はアクシデントの相次ぎでゴールする車が無く、グリムロックが繰り上げ一位となったのは彼等に対しては秘密であった。

 



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39話 パーセプターの発明品 PART1

こんな小ネタ回に二回分も話を使うのかという事に関しては突っ込まないでくれよ!


 例のごとくその日、士道等はオートボットの基地に集まって雑談をしたり、学校であった楽しい話、テスト、来月のクリスマスと話題は尽きない。そんな会話に参加せず、一人黙々とゲームに夢中になっている少女がいた。細い手足にボサボサの髪を手入れもいれずに放っておき、気だるそうな目をした七罪だ。

「ゲームに夢中ですわね七罪さん」

 トン、と狂三が肩に手を置くと七罪は思い切りソファーから飛び上がって脱兎のごとく逃げ出して士道の後ろに隠れた。狂三の料理がよほど酷かったのだろう、七罪は狂三が近づくとすぐに逃げてしまうのだ。

「おいおい、狂三。何したんだよ」

 困ったように頭をポリポリとかいて狂三に聞いてみたが、狂三は首を横に振って――。

「わかりませんわ」

 と、述べるばかりだ。

 七罪はあの恐ろしい料理を思い出すとぶるぶると震えが止まらなくなるのだ。

「弱ったな……」

「みんな、聞いてくれ!」

 七罪の狂三恐怖症をいかに解決するか今まさに考えようとした時だ。パーセプターの声が割って入って来た。パーセプターは両手を皿のようにして人間の頭サイズのヘルメットと思しき物を持っていた。背後にはトランスフォーマー用のヘルメットも用意されてある。また、変な発明品かと疑っているとパーセプターは説明を始めた。

「人間のゲームから学んで私も一本作ってみたんだ」

 ゲーム制作。そう聞くと至極真っ当に聞こえる。

「このゲームのジャンルはRPGだね。今から配るヘルメットを装着すると電脳世界へダイブ。リアリティ満載のゲームを体感出来るんだ」

「へぇー」

 士道は感心した声を上げた。

「タイトルは……ソウル・アンド・オフラインとでも名付けようか」

「何か聞いた事ある響きだけど!?」

「まあまあ、君達には是非やってもらいたいんだ。司令官達も良いですよね?」

「私は構わない。むしろ面白そうだ」

「俺、グリムロック。これ、頭に入らない」

 グリムロックはビーストモードのままヘルメットを被ろうとしているが、それでは当然入らない。

「こらこらグリムロック、ロボットモードで装着するんだよ」

「あ、そっか」

「では、みんなヘッドオン!」

 パーセプターのかけ声と共にその場にいた全員がヘルメットを装着した。装着と同時に士道の視界は全面青空という空間が映し出され、体には素晴らしいまでに再現された浮遊感があった。

 空に浮いた士道の前にカタカナで『ニューゲーム』『コンティニュー』『オプション』と三つの項目が出て来た。コンティニューなどデータが無いので出来はしない。士道はゲームをする際にオプションはあまり開かない。自然と指はニューゲームを押した。

 ゲームを始めるに当たってキャラクリエイトが可能だ。顔を変えられるが、皆が分かりやすいようにこのまま手を付けずに進んだ。

 次は職業選択だ。

 出て来た職業一覧を見て士道は感心した。さっきのキャラクリエイトでも思ったが、選択肢が広すぎて困るのだ。ヘアースタイルから髪の色、髪質、皮膚の色、皮膚の質感などと本当に細かく設定出来て、感心する反面面倒くさいと思う所もあった。

「……職業何種類あんだよ」

 いくらスクロールしても出て来る職業に目がチカチカして来る。

「やっぱり……」

 士道は普通に剣士を選びたいが勇者という職業に目移りしてしまう。勇者、その単語に士道は飽くなき憧憬を禁じ得ない。他の人が見ていないか周辺をチラチラと確認して、士道は勇者の項目を押した。

 

 職業選択を完了した途端、士道の視界はグニャグニャに折れ曲がり、渦を巻いて行く。昏倒でもするような気分で意識が遠のいて行った。

 ハッと夢から覚めたように目を開くと士道は森の中にいた。他の皆はいないかと見渡したが、やはり見つからなかった。士道は自分の衣類を見て驚愕した。ファンタジー物の創作物に出てきそうな典型的な格好だ。

 腰に剣を背中にマント、革製のグローブと靴、青色の無地の服、茶色のズボンという姿に士道は興奮しっぱなしだ。服の質感や剣を握った際の重みなど現実のそれと同等だ。とてもヴァーチャルとは思えない。

「かっ、かっけぇぇぇぇ! 俺、勇者になったのかよ!? 最高じゃねーか!」

 士道は悠々と剣を引き抜いた。しかし、意外と本物の剣は重たく驚いた。普段から振り回しているスターセイバーの半分くらいの剣だがかなり重たく感じた。いつもはプライマスの加護もあってあれだけ振り回せるのだと理解した。

「テンション上がって来たぁぁぁぁ! 行くぜ! 奥義! 瞬・閃・轟・爆――波ぁぁぁぁぁッ!」

 おもむろに士道が剣を振り下ろした。士道の思惑ではここから剣先から光波が出る筈だが、これはスターセイバーではないのでそんな物はでない。

「おっかしいな……。まあいいや、とりあえず俺の剣に名前でも付けてやるか」

 普段の士道ならここで思いとどまっていたが、勇者の姿という興奮にあらゆる思慮が欠け始めている。後で思い出して枕に顔をうずめてバタバタするタイプだ。

「今までスターセイバーってあらかじめ名前が付いてたしな……。ラタトスクならこんな時……」

 デートの経験を生かし、ここで三つの選択肢を設けた。ゲームが始まってから選択ばかりだ。

 一、つらぬき丸

 二、オブスキュア

 三、神滅の遺物(レガシィ・レイ・レーヴァテイン)

 名前の候補は和名、横文字、ルビを振るタイプの三つに絞った。

「さぁて……どうすっかな……。三つともイケてるしな」

 少し悩んだ後に士道は名前も無いただの剣に名前を付けた。剣をかざすように持ち上げて士道は誇らしければな顔でその名を呼んだ。

「今日から俺の相棒だ。神滅の遺物(レガシィ・レイ・レーヴァテイン)

 どこで鍛造されたのかも分からない剣にはあまりに大それた名前だ。だがもう歯止めが利かない。剣を鞘へと収め、士道はまずは村を探した。だいたいのRPGの定石は村人に話を聞いて情報を集める。そして、おおよその目標を決めるのだ。

 大抵は魔王を倒してハッピーエンドだが、実際どうなるかは分からない。予想していたより浅い森を抜けてから士道はステータス表に目を通した。

 ステータスにはレベル、HP、MPと職業とその横に特性という項目があった。職業を選んだ際に受けられる恩恵だろう。

 勇者の特性は何かと、見てみると“集団行動”と記してある。特性に説明は無く、一体どういう特性なのか全く分からない。

 ゲーム関係はWikiが無ければなかなか特性の優位性を掴めない。士道はオプション画面に行ってから何か解説はないかと探してみたが、それらしい物は見当たらない。仕方なくオプションを閉じようとすると、ふとある項目が目に留まった。“パーセプペディア”という項目だ。

「……パーセプペディア?」

 士道はその項目を押すと職業の解説から特徴の説明などが目眩がしそうな程に書いてある。

 一応、勇者は剣と魔法をバランス良く使える事が特徴で、武器に特別な制限は無く何でも使える。士道は小首を傾げた。この特徴が良いのか悪いのか判断しにくい。

 さて、次は“集団行動”の説明を読んだ。

 

 ――“集団行動”は仲間と一緒にいると本人と周囲の人間に力を増加させる。人数が増えれば増える程に効果は大きくなる。

 

「後々、みんなと合流するし……良いのかな……?」

 更に読み進める。

 ――ただし、一人の時は驚く程に弱くなりスライムにも勝てない。

 最後の一文を読んで士道はサーッと血の気が引いて行くのを感じた。とんでもない職業を選んだかもしれない。今すぐにでも村に入って誰かと合流しなくてはならない。

 士道が歩き出した矢先、背後から足音がした。士道は振り返って剣を抜くと視線の先には三体のオークが斧やいびつな形をした剣を持っており、明らかに士道を狙っている。

 スライムにも勝てない士道がオークを相手に出来る筈がない。

「ヤバい……!」

 士道は走って逃げ出すとオーク達は士道を追って来た。

「おいおいおい! 勝てるわけねーだろ! 村はないのかぁぁぁ!」

 息を切らして必死に逃げる士道を追うオーク達の首が突然飛んで宙を舞った。三つの頭がゴロンと転がり、切断面からは噴水のように血が吹き上がって残された体は倒れて動かなくなった。

「危ない所だったなシドー」

「と……十香?」

 オークを切り倒して士道を救ったのは十香だ。十香もまたキャラクリエイトで何もいじっていない。いじる所がない完璧な美貌というのもあるが。

 士道が驚いているのは十香とこんなにも早く会えた事ともう一つ、明らかに十香の方が装備が充実している事だ。士道のしょぼくれた鉄の剣ではなく、オーラを纏う大剣を担いでいた。鎧から装備品の全てが士道より遥かに上の物だ。

「あの……十香、何でそんな装備なんだ?」

「む? 始めた時からこれだったぞ! 凄いのか?」

「凄いよ。めちゃくちゃ凄い」

「本当か!? 頼りになるか!?」

「頼りにしかならないな」

「やった!」

 十香はサッと頭を差し出して来た。士道は何をして欲しいのかを悟り、頭を撫でた。十香が満足してくれた所で士道はさっそくパーセプペディアを開いてレベルについて調べて見た。

 ――レベルは最大で一〇〇。その後、名前が金色になってプライムモードに入ります。プライムモードでレベル一〇〇になって初めてカンストになります。初期レベルはプレイヤーのデータから力を計り、初期ステータスに反映されます。

 十香のステータス表を見せてもらうと、十香のレベルの文字は金色で七〇と書いてある。精霊の力を持って産まれた十香から初期レベルがここまで高いのも納得出来るが、レベル差がありすぎて自分の存在価値に疑問を覚える。

 十香が選んだ職業は“騎士”。特性は“忠誠心”勇者、司令官、将軍、王の四つの職業のどれかを選んでいる者がいる際に自身の力が増大する。

 士道は勇者を選んでいるのでこの二人の相性は抜群に良かった。

「なあ、十香。他のみんなは見てないよな?」

「うむ! 見てないぞ!」

 スタート地点は各々、違うようだが少し進めれば大きな街へ行ける。そこに皆がいるだろう。まず最初に向かうのは村だ。かなり小規模な村である。

「十香はさ、武器も最初からそんなのだったのか?」

「そうだが……シドーの武器はどんなのを貰ったのだ?」

 士道は見せるのが恥ずかしいが、名もないただの鉄の剣を見せた。十香の武装と比べればただの小枝に過ぎない。これに大それた名前を付けていたとなると士道は恥ずかしくて死にそうだ。

 ついでに十香と会ってから冷静さを取り戻したのか、さっきまで一人でやっていた行為を思い出し、胸がチクチクと痛くなって来た。

 このゲームの完成度は大した物だ。風が肌を撫でる感覚や草木が揺れる様子、野生の動物の動きなど現実と見分けがつかない。士道はボーっと景色を眺めながら草原を歩いていると、ようやく村のような輪郭が見えだした。

「シドー、村だぞ!」

「そうだな。みんながあそこにいれば良いんだけどな~」

 やや急ぎ足で村へ向かうと村人達さえも本当の人間のように再現されており士道は驚くばかりだ。こういうRPG系のゲームでは勇者は勝手に人の家に入って勝手に物色して出て行くのだが、リアリティがありすぎて人の家に勝手に入る事に躊躇いを持ってしまう。

 村に入ってまずは何をすべきか? それはまずは村長の話を聞くのが最優先事項だ。十香は初めての村に興奮して視線をあちこちに向けて商人が開く店にも興味津々だった。

 その間に士道は村を徘徊して村長の家を発見していた。何故、村長の家だと分かったのかと言われると、ご丁寧に家の看板に『村長宅』と書いてあったからだ。

「十香、もう行くぞー!」

「あ、うぅ……。分かった、すぐ行く」

 十香と共に村長の家へと入ると、そこには先客がいた。他のNPCとは思えないし、他のプレイヤーは士道の顔見知りの筈だ。しかし、村長と話しているのはつるりと髪を剃ったガタイの良い黒人男性。

 それと、もう一人も筋骨隆々で真っ白な髪と髭を整えた老紳士だ。二人の顔を見ても該当する知り合いにこれと似ている顔は無い。

 すると――。

「お、士道じゃんか! それに十香も! 二人ともここがスタート地点か! 奇遇だよな!」

 豪快に笑いながら一人の黒人男性が気さくに話し掛けて来た。明らかに二人を知っているような口調だが士道も十香もきょとんとしている。士道は失礼を承知して尋ねた。

「あの……二人は……どなたですか?」

 大男二人は顔を見合わせるとゲラゲラと笑ってからステータス表を見せた。

 ステータス表には黒人男性の方はワーパスと名前が書いてある。そして老紳士はアイアンハイドだった。

「えぇぇぇ!?」

 意外な二人の姿に士道達は飛び上がって固まった。

「二人はどうして人間なのだ!? 姿が変だぞ!?」

「アバターにトランスフォーマーの姿が無かったんだ。だからとりあえず人間の姿に設定した」

「おぉ! そうなのか! む……あばたーとは何だ?」

「ゲーム中の姿だよ十香」

「そうなのか? てっきり青色の人がドンパチする方かと思ったぞ!」

「そっちは知ってるのな……」

 アイアンハイドとワーパスのステータス表を見せてもらったが、名前は金色に光りプライムモードに突入しているし、レベルは二人とも六〇だ。

 アイアンハイドの職は“警備員”。特性は“頑強なる魂”基本防御力上昇と前面に透明なバリアを張る事が出来る。

 ワーパスの職業は“戦士”。特性は“バーサーカー”基本攻撃力上昇に加えて、敵に近づけば近付く程に攻撃力が上がる。

 ここまで出会って名前が金色になっていないのは士道だけで少し悲しくなって来る。

「それで村長の話は聞いたか? クエストクリアしないと町には行けないぜ?」

「あ、うん。分かった」

 アイアンハイド達には家の外で待っていてもらい、士道と十香は村長の話を聞いてクエストを受諾して来た。

 最初のクエストは『恨みの王・ラウル』と、表示されている。詳細にはこの辺を仕切るオークの首領を討伐しろ、というクエストだが、何故か最初の任務の筈なのに推奨レベルが五〇と高い。

「何だこの難易度! クソゲーじゃねぇか!」

「シドー、むやみやたらにクソゲーと言うのは良くないぞ。これはムリゲーと言うのだ」

 既にプライムモードに突入している三人からしたらただのレベル五〇など雑魚に過ぎないが、士道からしたら雲の上の存在だ。どう足掻いても勝てない。

「まあまあ、オレ等がしっかり守ってやっからよ!」

 ニカッと笑って肩を叩くが士道は不安しかない。恐らく、一発でも食らえば死だからだ。

 

 

 

 

 グリムロックは強い日差しの影響で嫌々、目を覚ました。まぶたを開いた先には四糸乃の顔がある。

「お、おはよう……ございます」

「おはよー、四糸乃」

 四糸乃に膝枕されるというかつて無い違和感。グリムロックは自分の手や体を見た後に顔を触って確かめた。人間の姿になっている。トランスフォーマーの姿が無く、仕方なくティラノサウルスを探したがそれも無くグリムロックは以前、七罪の影響で変身した格好をアバターに使ったのだ。

 四糸乃の姿形は変わらないが、服装が違った。左手に付けたパペットよしのんはそのままにサイズの合っていない黄色いヘルメットにダボダボの耐火服を着ている。

「四糸乃、何だ、その格好」

「え、えーっと……」

『消防士だよ! グリムロックも職業を選んだでしょ?』

 喋り慣れない四糸乃の代わりをよしのんが勤めてくれた。よしのんに職業の事を言われてもグリムロックは思い出せないでいた。頭を抱えて記憶を振り絞る様子を観察していたよしのんは四糸乃のステータス表を見せた。

『ほら、グリムロックもこうやってステータス表を見せて』

「うん」

 よしのんの指示に従い、ステータス表を開いて見せる。

『ふむふむ……』

 話が進まない二人の代わりによしのんが徹底してサポートをした。

 四糸乃のレベルはプライムモードの五〇。職業は“消防士”。特性は“鎮火”炎攻撃を無効、炎属性に対して攻撃力が二倍付加される。

 グリムロックはレベル九〇。職業が“タイタン”。特性は“二面性”特定の条件を満たすと強大な力が発揮可能。

 

 自分達の力を把握した二人はお決まりの村へと向かった。

 士道達がいた村とは違ってグリムロック達がいる村は南国という言葉が当てはまり、村人も季節に合わせて軽装で村には港があった。

「暑い……」

「はい、暑い……です……」

 日差しが強い環境で四糸乃の耐火服はかなり辛く、だらだらと汗が流れ出る。しかし、服はこれしかなく脱ぐわけにもいかない。

『ねぇねぇ、四糸乃!』

 よしのんが指差した先には服屋がある。この熱帯地方を耐火服で挑むのは自殺行為だ。ここで通気性のあるコスチュームチェンジしようという考えだ。

「グリムロックさん……少し……着替えて来て……良いですか……?」

「良いぞ。俺、グリムロック。ついてく」

 村の服屋に入店した瞬間に二人は見慣れた顔を発見した。無表情で服を選ぶ折紙は顔を上げて四糸乃とグリムロックを視認すると、服を手に取って詰め寄って来た。

「四糸乃、これはあなたに似合う」

 有無を言わさず折紙は服を押し付けて来た。一体何なのかと四糸乃は服を見えやすいように広げてみると、顔を真っ赤にして服をクシャッとたたんでしまった。

「何か不満?」

「え……いや……不満というか……過激というか……」

 折紙から手渡された服。もはや服と言って良いのか分からない程に布の面積が狭く、胸の谷間からへその下までを大胆に開き、生地はお尻に食い込むように作られてある。恥ずかしがり屋の四糸乃にこんな大胆な服を着れる筈が無い。そもそも普通の女性も着れる勇気は無いだろう。

「私はコレを着る」

 折紙はその過激なレオタードを平然と着用して見せる。そうだ、折紙は変態的な格好でもなんなく着る度胸を備えているのだ。

「士道はこの服を望んでいる。あなたも好きな人の為ならここまですべき」

 好きな人、そんな言葉に四糸乃はチラッとグリムロックの方を見た。脳天気そうな顔で店の中を徘徊している。そもそも、グリムロックに対して色仕掛けが通用するのかどうかも怪しい。

 普通の男ならイチコロだが、グリムロックは少なくとも普通の男ではない。

 決断を出来ずにいる四糸乃を見下ろしている折紙は真顔でポンと相槌を打ち、過激なレオタードをしまって来てからまた何かを持って来た。

「あなたは初心者。だから上級者向けから中級レベルに下げてみた」

 中級者向けでもまだまだ不安があるが、四糸乃は折紙から服を受け取ってから意を決して来てみる事にした。試着室に入って行った四糸乃に折紙は親指を突き立てた。

「頑張れ、四糸乃」

 試着室で着替えをしている間に折紙はグリムロックを引っ張って来た。普段なら体格の差から有り得ないが、今のグリムロックは折紙よりも遥かに小さいので連れて来るのは簡単であった。

「グリムロック、四糸乃が出て来るまでここで待っていて」

「俺、グリムロック。どうしてだ?」

「どうしても」

 何をしているのか分からないグリムロックはジッと薄く外と中を遮るカーテンを凝視していた。

「俺、グリムロック。まだ?」

「まだ。もう少しの辛抱」

「俺、グリムロック。辛抱する。この意味分からないな」

 着替えにはあまりに時間がかかっていた。ようやくカーテンが開くと四糸乃は体をぷるぷると震わせ、頬を赤く染めながら折紙が選んだ服を着て登場した。マイクロビキニにふりふりのエプロン。とてつもない背徳感のある姿だが、折紙は満足げに頷き、グリムロックは「どうしてこんな格好をしているのだろう」と、不思議そうに見ていた。やはり色仕掛け作戦は無駄だったようだ。

 折紙は肘でグリムロックを小突いてから耳元で小さな声で言った。

「褒めてあげて」

「褒める……? 四糸乃! 涼しそうで良いな!」

 折紙はずっこけそうになる。グリムロックに乙女心を理解させるには後、四百万年は要りそうだ。

 ボロボロの布を纏った少年と過激な格好の美少女という奇妙な三人組みは村長からのクエストを受けた。

 クエスト内容は、洞窟に住まうトロルの集団を殲滅する事だが、これまた推奨レベルが七〇と高かった。

 

 

 

 

 八舞姉妹の職業は“女王様”と“メイド”という関係だった。特性は同じ物で“相乗効果”とある。

 これは片方だけの職業では真価を発揮せず二人合わせて初めて効果を得られる物だった。まるで二人の為だけに用意されたような職業と効果である。村には首輪をはめられて、ずいぶんと露出度の高いメイド服を着せられている耶倶矢とボンデージ姿に革製の鞭を片手に持つ夕弦が確認出来た。

「ぐぬっ……何で私がメイドなのよー!」

 勝手にメイドという職を当てはめられてしまった耶倶矢は怒って両手をぶんぶんと振り回す。夕弦は首輪に付いた鎖を引いて耶倶矢を寄せる。

「解説。耶倶矢の羞恥心満載の姿が見てみたかったからこんな格好にしてみました。ほら、どうですか? 天央祭のメイド服とは違って丈が短く、ちょっと前屈みになると中が見えますよ」

「うぐっ……」

 耶倶矢が恥ずかしさから見る見るうちに赤面させて行き、夕弦は恍惚とした表情で白昼堂々と羞恥心を煽るような言葉を投げかけた。

「耶倶矢の息が荒くなっています。こんな格好を見られるのを興奮しているんですか?」

 夕弦は顔を寄せ、耶倶矢の耳たぶを優しく噛むと耶倶矢から「あっ……!」と甘い吐息が漏れ、ピクンと水から出した魚のように体が跳ねた。耳からうなじへと舌を這わせながら、鞭の先は耶倶矢の白い肌をした内股をなぞり、息を切らせながら夕弦にもたれかかり、なんとか立っていた。

「ゆ……ゆづるぅ……!」

「命令。しっかり立ちなさい。お尻に鞭のお仕置きを与えますよ」

 いくら周囲がNPCとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。夕弦に体の至る所を責められて息も絶え絶えになって耶倶矢はへたり込んだ。

「夕弦、お……覚えておきなさいよ!」

「了解。覚えておきます。耶倶矢の恥ずかしい姿を」

「んがっ!?」

 電脳世界から戻ったら散々恥ずかしい目に合わせてやろうと耶倶矢は誓った。さて、本題の村長からクエストを受注しに行こうとすると村長の家からは驚く程、背が高くて白衣を着用した中年男が出て来た。年は年だが、若々しくただひょろりと長いだけではなく、それなりに体格もしっかりしていた。

「おや、もう済んだのかい? 耶倶矢、夕弦」

「考察。その声はジェットファイアーですか?」

「そうだとも」

「えぇー! いつ村に来たんじゃん?」

「ついさっきだよ。君達が何やら作業中だったら止めなかったんだが」

「止めなさいよ!」

 耶倶矢はプリプリと怒って言った。

 ジェットファイアー、この白衣の姿から分かるように職業は“サイエンティスト”だ。サイエンティストの特性は“技術依存”タレットを生み出したり、ヒーリングビームで味方を回復させたりとサポート的な面が強い。

「人間の姿は新鮮だけど不便だね。トランスフォームして飛んで行けないんだから」

「説明。RPG物で飛行系の乗り物で地図を行き来出来るのは終盤です」

「序盤から飛べたらマップの端っこにでもありそうな最強武器の探索に行くんだけどな~」

「なるほど、人間のゲームにはある程度の定石と言うものがあるのか。飛行系は終盤、マップの端に最強武器か」

 生真面目な性格のジェットファイアーは耶倶矢と夕弦が言う事を逐一記憶していた。

「あ、早くクエストを受けて先へ進もう。きっとみんなどこかにいる筈だからね」

「疑問。そもそもこのゲームは何をすればクリアなのですか?」

「私より君達の方がゲームには詳しいだろう?」

「普通なら魔王を倒してスタッフロールだけど……」

「魔王か……魔王の本拠地を一気に攻め落とせば全て解決じゃないかい?」

「肯定。それもそうですが、何か反則っぽいです」

 相場としては魔王の城に入るには鍵が必要だったりするので結局は地道に進めて行くしかないのだ。

「じゃあ、クエストを受注して来るから待っててね!」

 八舞姉妹もクエストを受けに村長の家へと入って行った。

 

 

 

 

 クエストを受注し終えて現在、クエストの真っ最中である狂三、七罪、美九の三名は尾根を歩きながら、クエストの目標である火竜を探していた。最初からやたらと難易度が高く、ゲームとしてどうなのか疑わしい物だ。

「パーセプターはとんでもないムリゲーを作ってくれたわね」

 七罪は呟いた。クエストの推奨レベルはこちらも最初期のクエストだと言うのに八〇もある。尤も、こちらの三人も初期レベルが高いので問題は無いが、普通の人がプレイしたらまずクリアは不可能だろう。

「いや~でもこれは本当に凄い出来だと思いますよ~」

 派手な舞台衣装を着た美九は言った。美九の職業は“アイドル”と現実の職業をそのまま持って来たようだった。

 七罪は大きな尖り帽子がトレードマークの“魔法使い”が職業で狂三は“ガンナー”だった。

 “アイドル”の特性は“声援”周囲の仲間からの声援に反応して能力が向上。

 “魔法使い”は“友の火”という特性があり、味方の攻撃に自身の魔法を付与出来るのだ。

 “ガンナー”の特性は“集中砲火”ガンナーが撃った敵はあらゆる味方の攻撃からのダメージが倍になる。

「七罪さん、魔法使いでしたら魔法で目標地点まで移動とか出来ませんの?」

「あたしの魔法は火、水、風、土の四つを使う魔法なの。魔法だったら何でもかんでもやりたい放題な力じゃないのよ! 魔法は意外と不便なんだからね! 本人の防御力は低いし――」

「ああ、はいはい。分かりましたわ。魔法使いの事はよーく分かりましたわ」

 ゲームの事になったからかいつもの七罪とは違ってかなり熱が入っている。

「でも竜なんてどこにいるんでしょうね~。あ、逆にこっちから誘き出せないんですか? 狂三ちゃんや七罪ちゃんが目立つような攻撃をして」

「美九、これはゲームであって遊びじゃないんだから。もしも目立つ事をして山のオークに場所を知られたら面倒なの」

「七罪さん、美九さん。あれを」

 狂三が指差した先、それは赤い鱗に大きな翼を羽ばたかせて巨大な竜が飛んで来ている。

「グリムロックさんの親戚ですの?」

「いや、違うと思いますよぉ? どっちかと言うとスワープの親戚じゃないですかぁ?」

「二人とも違うよ! あれが火竜よ!」

「グッドタイミングじゃないですかぁ! あれをさっさと倒しましょうよ!」

 飛んでいた火竜が三人を視認したかと思うと火竜は突如、空中で悶え始めて体をうねらせ、遂には羽ばたく力を失って狂三達の目の前に墜落してしまった。

「え……バグですの?」

「まあ、基本仕様からバグってたようなものだし」

 いきなりのクエストクリアに困惑していると三人の背景にゆらりと透明に何かが蠢いた。最初に狂三が気付き、迷わず引き金を引いたが弾丸は命中せず、近くの岩に当たった。

「どうしたんですかぁ狂三ちゃん」

「何かいますわ。邪悪な何かが……!」

 三人は背中を合わせて各方向の敵に対応出来るように陣形を組む。

「邪悪って言われるのは凄く傷付くよ狂三」

 声がしたのは三者の背後、陣形の真ん中からだ。一斉に振り向くと見覚えのない男性がいた。にこやかに笑って見せる中性的な美しい男性を見ても、誰もこれがジャズだとは分からない。

「私だよジャズだ」

「嘘ぉ!?」

 三人とも声を揃えて叫んだ。

「さっき竜を倒したのは真那さ」

 ジャズが指し示した方向には大きなライフルを持ち、ゴーグルを外しながら真那が坂を登って来ていた。

「任務完了ですねジャズ様!」

「そうだね、早く町へ行きたいね」

 “スナイパー”の真那と“スパイ”のジャズによって火竜は打ち倒された。一応、クエストは完了だが、あっさりし過ぎてどこか納得のいかない所もあった。 スパイの特性で姿を消して火竜に近付き、スナイパーの特性は敵から離れた分だけ攻撃力が増す。これにより、ライフルの最大射程から一発で火竜を仕留めたのだ。

「ところでみんなは士道は見たかい?」

 ジャズの問いに全員が首を横に振った。

「じゃあオプティマスは?」

 この質問にも全員、首を横に振った。

「とにかく、町へ移動してみようか。みんないるかもしれないしね」

 最初のクエストをなんなくクリアしてジャズ等は村長に報告へ行き、そこから町へと向かった。

 

 

 

 

 深い山奥には一軒の家が建っていた。庭では一人の男性が薪を斧で割って作業に集中している。男の身長は一九〇センチ、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。

 男は斧を振っていると背後から誰かが近付いている事を察知した。斧の金属の表面を鏡代わりに後ろを見て、気付いていない振りをしていた。何者かが十分に接近した時、男は斧を置いて背後に立っていた琴里を持ち上げた。

「琴里、気配でバレバレだったぞ。アハハ!」

「ちょっとオプティマス、くすぐったいわよ」

 オプティマスは琴里を下ろしてやった。

「ハハハ、それでどうした? もうご飯かい?」

「ええ、準備が出来てるわよ」

「それは良い」

 オプティマスは琴里に手を引かれてキッチンへ行くとオプティマスは適当な椅子に腰掛けて新聞紙を開いた。

「電脳世界はリアル過ぎて怖いな」

 自分の腕や腹をつまんで人間の皮膚の質感を感じながらオプティマスは呟いた。人間の体とはこんな脆い組織で出来ているのかと、オプティマスは心配になった。鉄で簡単に貫かれ、簡単に切れてしまうような細胞で人間は常に戦っているのだ。

「はい、サンドイッチおまちどお」

 琴里が二人分のサンドイッチを持って来たが、どうやって食べるのか分からず、琴里の動作を観察していた。

(手で食べるのか。なるほど)

 オプティマスは琴里特製のサンドイッチを頬張ると予想もしない食感に眉間にしわを寄せた。

「中身は何だ?」

「知らない方が良いわ」

 サンドイッチを食べ進め、琴里とこれからについて話し合っていると琴里の頭に赤い一点の光が当てられていた。ゆらゆらと光るレーザーをオプティマスが見た時、琴里を勢い良く突き飛ばした。

 直後、木製のテーブルがバラバラになって崩れた。

「敵襲だ!」

 オプティマスも身をかがめて琴里を太い両腕で抱え込むと窓ガラスを破って、室内に絶え間ない弾丸が飛び込み、カーペットやソファーをボロボロにして行った。

「何よアイツ等!」

「私にはさっぱりだよ。だが大丈夫、こっちが風下だ。近づけば分かる!」

「どうやってよ。匂いでも嗅ぐの?」

「ああ、そうだ。武器を取って来る」

「分かったわそれまで時間を稼いでおくから」

 オプティマスは琴里を離し、リビングを駆け抜けるとやはり外から大量の弾が飛んで来た。琴里が応戦している間にオプティマスは階段を上り、屋根裏へ上がると重厚な鉄のドアと向かい合い、暗証番号を入力した。中から持てる分だけ武器を持って行き、階段を下りるとリビングに琴里の姿は無く、汚らしい姿の男が崩れかけの椅子に座っていた。

「琴里はどこだ?」

「まあ、落ち着け。銃を突きつけられちゃびびって話も出来ねえ。あの子供は無事だ。少なくとも今のところはな。あの子供を返して欲しかったら俺達、魔族に協力しろ。OK?」

「OK!」

 トリガーを引き、目の前の魔族と名乗る男を撃ち殺した。

 外に出ると琴里は既に竜に連れ去られて追跡が困難な状態だった。

 ここからオプティマス・プライムの冒険が始まる。

 



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40話 パーセプターの発明品 PART2

好き放題やった結果がこれさ☆


 さて、パーセプターの発明品 PART2を始めよう!

 パーセプターの作ったゲームにより電脳世界へとダイブしたオートボットと精霊達。各々、最初のスタート地点からの近くの村にて初期クエストとは思えない高難易度のクエストを受注していた。

 そんな中、オプティマス・プライムと琴里は平和に暮らしていたが、ゲリラ豪雨のごとく現れた魔族の襲撃を受けて琴里を誘拐されてしまったのだ!

 

 横一閃、一筋の光が流れた。スライムの体は二つに両断されて生命活動が停止すると腐れて地中へと溶けてなくなって行った。刃についたスライムの体液を払い、士道は剣を鞘へ収めた。これで一〇〇体目のスライムを撃破したわけだが、士道のレベルはようやく三になった所だ。これだけ敵を倒しても貰える経験値は微々たる物だ。ここまでレベル上げが苦痛なゲームも珍しいかもしれない。

 士道の中でこのゲームはクソゲーに認定していた。現在の士道のHPが二〇〇あるがオークの一撃で一五〇も持っていかれる。オークの王のラウルの一撃を食らえば士道は即死だ。せめて一発は耐えれるようにと十香達がレベル上げを手伝ってくれている。今のところは目に見える成果は無い。

「想像を絶するレベルの上がりにくさだな」

「シドー、次のレベルまでどれくらいだ?」

「後……二〇〇〇ポイントくらいだな」

「スライムだけじゃあ何年かかるか分からないぞ。オークやトロルとかも倒したいが……」

 肝心のレベルが足りないので士道では太刀打ち出来ないのだ。

「仕方ない。私が士道を守る。十香とワーパスでオークの王を倒そう。私達のレベルならこれくらい簡単だ」

「何か……凄い世話をかけてるな。ごめん」

「良いのだ良いのだ。気にするなシドー」

 レベル上げは完全に諦める方向で進み、オークの王が統べる領土へと足を踏み入れた。その地に木々は無く、原始的なからくりと歯車が回り、大地は枯れて死に絶えている。空気は淀み腐った臭いが立ち込める酷い地域だ。時々、ゲームの世界だと言う事を忘れてしまいそうになる。

 流れる川もどす黒く濁って、厳しい生存競争に負けたオークの死体がぷかぷかと浮いて、水面を当て所なく漂っている。名もない荒野をワーパスが先頭を行き、最後尾をアインハイドがついて行く。マップには行き先が光って表示されているので余程の事が無い限り道に迷う事は無い。

 荒野の空には雲に隠れた太陽が浮かんでおり、地面を曇らせている。しかしどうしてか体を襲う熱気は凄まじく、額や首筋から汗が滲み出る。辺りにはオークの無惨な死骸が転がっていた。その死骸には禍々しいカラスがたかり、肉をついばんでいる。

 黙々と歩を進めているとワーパスは頭を撫でて汗を拭うと元気の良い声を出した。

「おい! この小山を越えたら目的地だぞ!」

 ワーパスが指した山は確かに斜面はなだらかで山という程の高度も無く、みんな安堵のため息を吐いた。

「士道平気か? ここの空気は本当に悪いからな」

 ステータスには状態異常のような物は確認出来ないが、リアリティのある臭いや暑さに参ってしまっている。アインハイドに背を押されながら、更には十香に手を引かれながら山を登った。ワーパスは大股で山を駆け上がり、いち早く小山の頂に辿り着くと両手を挙げて盛大に叫んだ。

「イェェェイ! 待ってろよオーク野郎!」

 簡単に蹴散らしてやろうと背負ったハンマーを用意した。意気揚々と準備を進めるワーパスの意気込みに水を差すようにアインハイドは指摘した。

「…………。ワーパス、良く見ろ」

「あぁ?」

 アインハイドの言葉にワーパスと十香は首を傾げた。

 ラウルの居城の前と士道達の小山の間には広大な荒野が広がっている。荒野の色は黒く薄汚れて見えていたが実は違うのだ。荒野が黒いのは汚れているからではない。オーク達の戦列、数え切れない程の膨大な量のオークの兵士が大地を黒に染め上げていたのだ。

 その事に気付くと全員、揃って肩を落とした。オークは雑魚に過ぎないが万を越える数がいれば面倒にも程がある。ここは正面から行くのではなく迂回してこっそりと忍び込むのが得策だろうとアインハイドは発案した。

「忍び込むか」

「忍び込む? オレ達が?」

 士道は戦力外としてここで揃っているメンツは誰がどう見ても忍び込むようなスパイのようなタイプではない。正面切って突撃するタイプだ。

 突撃タイプとは言ったものの流石に大地を埋め尽くすような数のオークを相手には出来ない。

 

 ちなみに付け加えて説明するがこのクエストは最初期のクエストである。

 

 攻め方について思案に暮れていた。ついと、十香は浮かび上がって来た疑問を口にした。

「オークはあれだけ集まって何をするのだ?」

 十香の一言にその場は一度水を撒いたように静かになった先で叫び声が小山の尾根に轟いた。

「それだぁぁぁぁぁ!」

 声を発したのはさっきまで死にそうな顔でぐったりと横たわっていた士道だ。あまりの大声に三人とも反射的に耳を塞いでしまった。一体何にそこまで過剰に反応したのかアインハイドは尋ねた。

「いきなり何だ騒々しい」

「オークの大群があれだけ武器を揃えて……うっぷ……戦争の準備を……うっ……吐きそ……。戦争の準備を整えているんだったら……ぁぁ……」

 やはりレベルに合っていない領域に踏み込んだ所為か、士道は全てを言い終える前に大の字になって倒れてしまった。

「シドー!? シドー大事ないか!?」

 戦闘不能の士道を十香が介抱してやった。膝枕で士道に対応しているが、鎧のゴツゴツした感触が邪魔で十香本来の太ももの柔らかな感触は味わえなかった。

 士道が途中まで話した所でアインハイドは何が言いたかったのかしっかり把握していた。

「オークがどこかに攻める準備をしているって士道は言いたげだったな」

「ゲームってそんな勝手にイベントが進むのかよ?」

「分からん。だがあのパーセプター製作だぞ?」

「インテリ野郎に作らせたらどこまで作り込むか想像も出来んな」

 パーセプターの作り込みはどれほどの物かは今まで見てきた風景を思い出せば分かる。ほぼゲームバランスなんて考えていないだろう。

「オークの進軍を止めるならやはり……頭を取るしかないな」

 軍団の奥にそびえる崩れかかった居城に目を向けた。

「作戦は私とワーパスが注意を引く。十香はその間にラウルを討て」

「うむ! 了解したぞ!」

 

 

 

 

 オークの群れは列を作り、鎧兜や武具の整備に忙しい。これから近くにある例の村を攻め落とす手筈になっていた。互いに装備を確認し合っていると、目の前の小山を勢い良く下って来る黒人男性と背の高い老紳士が映った。アインハイドは背中にふらふらの士道を背負いながら走っている。

 敵と判断したオークは弓矢を構え、弦を引き絞り、一斉に矢を放つ。

「矢だぞアインハイド!」

「止まれ!」

 腕を前へ突き出しアインハイドは透明なシールドを展開した。シールドの範囲は二人を矢の雨から守り抜くのに十分な範囲であり、飛来した矢はシールドにぶつかると折れて、次々と足下に転がった。シールドを取り払い、オークが構える盾を砕きながら大群に突っ込んだ。

 一方、十香に与えられた使命はオークの王・ラウルを討伐する事にあった。崩れかかった城の外壁を駆け上り、防衛に当たっていた兵を簡単に切り捨てて、勢いを殺さずに展望台へと躍り出た。

 展望台に巣くっていた弱々しいオークは十香を恐れて逃げ出して行く。

 ラウルは振り返り様にいびつな形をした剣を引き抜いた。顔や体には無数の傷跡があり、皮膚は死人のように白くて血の流れを感じなかった。

 十香は紫色のオーラを放つ剣を片腕で掴み、振り上げた。

 歩調を早める。

 ラウルもどっしりと力強い歩みから走り出し、二人の距離は徐々に縮まって行く。

 戛然、空中にラウルの折れた刀身が舞った。刃はクルクルと回りながら石材の床に突き刺さった。飛んだのは刃だけではない。胴体からズルッとラウルの首がズレたかと思うと、その巨大な頭部は床を転がった。

 とても呆気ない決着に見えたが、二人のレベル差を考えれば当然の結果だ。相手はただのレベル五〇、十香はプライムモードのレベル七〇。実に一二〇のレベル差なのだから。

 ボスを倒すと自然とオークの大群も消滅してしまった。

 

 

 

 

 何もしていない士道だったが、さっきのクエストクリアのおかげでなんとレベル十五まで上がったのだ。

「ふぅ~! いやあ助かったよみんな! ありがとな!」

「意外と簡単なクエストで助かったわ」

 オークの領地から戻った士道はすっかり元気を取り戻していた。最初のクエストが終わって、ようやく町へ行く権利を手にし、村長の家の地下に用意されてある転送装置を使って町へと転送された。

 トランスフォーマーのグランドブリッジというよりフラクシナスの転送装置に似た感覚だ。景色はがらりと変わり、四人の目に入って来た光景は壮大な物だった。白亜の城が一際目立ち、町の広間には噴水が作られてそこを中心に店が並び、活気に溢れている……筈だった。

 実際にオンラインゲームなら他のプレイヤーが見られただろうが、残念ながらこのゲームにいるプレイヤーは総勢、二十人にも満たない人しかいない。最低限のNPCばかりでサービス終了寸前のような過疎状態だった。

「誰もいない……。俺達が一番乗りなのか?」

「フィールドが壮大な割りにプレイヤーがオレ等だけだからスゲーしょぼく見えるぜ」

 町の転送装置は一個所、つまり士道等はここで待っていれば他のメンバーが次々と送られて出会える筈だ。一番乗りと思って待っていた四人、ところが一人のプレイヤーが近付いて来た。

「士道、十香! 君達もやっと来たのか!」

 声をかけて来たのはオプティマスだが、人間の姿をしている所為かだれもオプティマスだと気付かない。全員、顔を見合わせながら該当しそうな人物を頭に浮かべていたらオプティマスが先に答えを明かした。

「私だオプティマスだ」

「あぁ、オプティマスか!」

 ワーパスは納得したように相槌を打った。

「見慣れない二人はワーパスにアインハイドだな?」

「よくわかりましたねオプティマス」

「当然、雰囲気で分かる。ところで君達はプレダキングは見ていないか?」

「プレダキング? まさか、ディセプティコンがいる筈ないですよ!」

「そうだが……確かに見たんだプレダキングを」

 オプティマスやアインハイド、ワーパス等三人がプレダキングの存在を危惧して慌ただしい空気が流れていたが士道は、少し考えるとオプティマスの言うプレダキングが分かった気がした。

「オプティマス、それってドラゴンじゃないかな?」

「ドラゴン?」

 オートボットの三人は一斉に首を傾げた。

「羽が生えた火を吐くトカゲだよ」

「やっぱりプレダキングじゃないか!」

「だから……えぇ~っと……プレダコンみないなのを地球じゃあドラゴンとか竜って言うんだよ!」

「う~ん、なるほどな」

 オプティマスは顎をしゃくって納得した。

「竜がどうしたの?」

「そうだ、大変なんだ私は家で琴里と二人で過ごしていた……。だが魔族の一団が家に攻め込み、琴里を誘拐した……」

「琴里を……!?」

 士道の目の色が変わった。ゲームであっても琴里が誘拐されたと聞いては穏やかではいられない。

「助けに行きたいが、場所が分からない。手がかりは竜が誘拐したくらいだ」

「手がかりが少なすぎるな」

 琴里の救出は困難を極めるだろう。

 その時である。

 突然、空からのアタック。

 降り注いだ火炎を十香が切り払い、全員事なきを得た。大空を巨大な翼を持った生き物が飛んでいる。強固な鱗が全身を包んでいた。太古から生き延びていたのだろう、長い首をゆっくりと動かしてプレイヤーを索敵している。

 邪悪で黄金に輝く二個の目はオプティマス達を発見すると、一気に高度を下げて火を吐き出した。

「伏せろ!」

 アインハイドがシールドを張って防御した。

「剣や斧じゃああんな竜、どうしようもないですよ!」

「私に任せろ」

 オプティマスが一歩前へ出た。オプティマス・プライムの職業は“コマンドー”。その特性は多彩さにあった。

 腕時計を確認、何やらボタンを押している。その間にも竜は旋回して向かって来ているのだ。

「危ないオプティマス!」

 士道が叫ぶと、オプティマスは竜の炎に包まれた。いくらプライムモードのレベル八五と言ってもイベントボスキャラの竜の炎を受ければただでは済まない。

 ちなみに死ぬとゲームから強制シャットアウトされて現実に戻される。

 

 まとわり付く炎を払いのけ、オプティマスは変わり果てた姿を現した。全員を纏うのは迷彩柄の衣類ではなく赤い装甲が首からつま先まで余すことなく守っている。直にヘルメットが装着される。顔にバイザーが降りて戦闘準備完了だ。

「あ、アイアンマン?」

「違う、ターボマンだ!」

 士道の間違いにオプティマスは直ぐ訂正して来た。似ていない事はないのは確かだ。腕からブースターのスイッチがスライドされてオプティマスの手に収まるとスイッチを押した。

 背中のアーマーが展開、変形を経て鉄の羽とロケットブースターを出した。

「行くぞ、ターボタァァァイム!」

 二基のブースターが点火しオプティマスの体を勢い良く空へと持ち上げ、飛行機雲を引いて大空を舞った。

「良いなぁ、私も飛びたいぞ」

「飛ぶのは危険だから止めとけ十香」

 壮絶な空中戦が展開された。空には炎が躍り、オプティマスは両腕に装着されたターボディスクを飛ばした。丸鋸状の刃は鱗に命中しても鱗の硬さに負けて跳ね返されてしまうのだ。

 小バエのように鬱陶しく飛び回るオプティマスを睨むと竜は特大の炎を吐く。炎の大波が押し寄せるとオプティマスはブースターを切り、重力に従い落下を始めた。オプティマスのいた地点が炎が通過し、もしもまだそこにいたらと想像するとゾッとする。

 再度、ブースターを点火。竜の懐に飛び込むと渾身のパンチが竜の頬にめり込んだ。バランスを崩してよろめく竜の胸にターボブーメランを投擲、ついに鱗を剥がす事に成功した。

「やったぞ!」

 喜んだ束の間、竜が振った尾がオプティマスのロケットブースターを叩き、衝撃で動作不良を起こした。

「ほおおおおおおお!」

 真っ逆様に地面へ向かって行くオプティマスを地上から四人が見ていた。

「あれは司令官だ!」

「やられたんだ!」

「落ちてくる!」

 墜落したオプティマスは地面を何度も転げ、ようやく止まった。背中の壊れたロケットブースターは壊れてターボマンの装備もバリバリとノイズのような現象を起こしてスーツの姿を維持出来ず、消え去った。

 下で見ていた士道達が駆け寄って来た。

「オプティマス、回復しますか?」

「ああ、大丈夫……問題ない……」

「士道に回復してもらっては?」

「大丈夫だと言ってるだろうが!」

「まあまあオプティマス。精一杯やったんだからさ」

「しかし、結果がこれでは……」

 空を見れば竜はまだ暴れて町を攻撃している。ある程度、破壊されればゲームオーバーになってしまうので竜の迎撃は極力、急がねばならない。ちょうど、困っていると転送装置が起動し、一斉にジャズ、真那、狂三、七罪、美九が送り込まれて来た。

「いざ、町へ進出でいやがりま――えぇ!? 何でやがりますか!?」

 送られて来たメンバーは仰天した。てっきり美しい町並みが歓迎してくれると思っていたが、五人を待っていたのは燃え盛る町に空を舞う竜なのだ。

「みんな! 手を貸してくれ!」

「あ、だーりん! 会えて良かったですぅ!」

 美九だけ他とは違って戦うような格好には見えなかった。

 

 可愛らしい装飾が施され、スカートの丈はかなり短い。

「美九、その格好は?」

「はい、私の職業はアイドルですから! 私のスマイルにお客さんのハートキャッチ! 会場のテンションをマックスハートにしてやります!」

 おもむろにマイクを取り出して歌い出すとその場にいた全員のステータスに回復力上昇の効果と防御力上昇が付加された。サポート役に特化された美九の能力はパーティに一人いればありがたい存在だ。

 真那、狂三は竜を撃ち落とそうと弾を撃ち続けている。弾は確かに命中している。しかし、竜にダメージが行っている気配が一切無い。

「おかしいですわ」

「あんたもそう思いやがりますか……」

「どうかしたのか?」

「兄様、ありゃ特殊なアイテムでなければ倒せないパターンじゃないですか?」

 特定の武器を使わなくてはダメージすら通らないという特殊な敵だとしたら鱗が硬い柔らかいどこの話ではない。今までの攻撃は全て無駄なのだ。

「特殊なアイテム? あれか?」

 オプティマスが指差した先を当然、皆注目した。町の外を見渡すやぐら。オプティマスが見つけたのはやぐらではない。そのやぐらの上に乗っているものだ。

「ホタルだ!」

 ジャズが叫んだ。やぐらの台座の上に乗っている美しくも妖しい、巨大な光るホタルだ。

「ジャズ、あれで撃ち落とす!」

「分かりました!」

 木製の不安定なやぐらの足下へ急いで向かい、急なハシゴを登りながらやぐらの上へ上へと上がり、レーザーホタルが置いてある見張り台までたどり着いた。ジャズが困惑したようにレーザーホタルを触った。

 引き金も作動スイッチも無いこのレーザーホタルをどうやって撃てば良いのか分からないのだ。オプティマスはアサルトライフルでやぐらから竜を撃って抵抗を続けた。

「ジャズ、何してる! 早く撃て!」

「こんな兵器、見たことないですよ! 普通の大砲と何もかもまるで違うんです!」

「どけ!」

 ジャズをどかせるとオプティマスはレーザーホタルを力任せに叩いた。

「動けこのポンコツが! 動けってんだよォ!」

 オプティマスが叩く事で何かに当たったのかレーザーホタルは羽を広げ、触覚が突き立ち、触覚の間にエネルギーを蓄えた。

「この手に限る」

 ジャズは羽の中に隠れていたトリガーを握り、レーザーホタルの照準を覗き込んだ。

「危ない!」

 オプティマスが叫び、ジャズを地面に伏せさせると竜のタックルがやぐらの屋根を吹き飛ばした。同時にオプティマスはやぐらから落ちて行った。

「くそっ……早く倒さないと」

 レーザーホタルを台座に置き直して照準を覗き込んだ。飛んでいた竜は羽ばたきながらゆっくりと降り立った。そこに向けてジャズは引き金を絞り、レーザーが竜の羽を撃ち抜いた。本来なら胴体を貫くつもりだったが外れてしまった。 ジャズは舌打ちをして狙いを定めた。

「ジャズ様! 手伝いに来ました!」

 ひょこっとハシゴを登った真那が顔を出した。

「すぐに逃げるんだ。ここは危険だ」

「狙撃なら私に任せて下さい! 私の専門ですよ」

 真那の職業はスナイパー、狙撃に関しては右に出る物はいない。

「一発で仕留めるんだ。いいね?」

「はいです」

 トリガーは真那に譲られて照準を覗いた。竜は首を真那達の方を向けると、家屋に手をついてゆっくりとだが重々しい歩調で迫って来た。

「そのからくりで我を倒す気だな。我を倒せても我の火からその子供は救えぬ。我の鱗は十重の盾、牙はつるぎ、爪は槍、尾の一振りは雷を起こし、翼は嵐を呼び、吐き出す息は、すなわち死だ!」

 喉から腹にかけて赤い光が漏れだし、竜が大きな口を開けると火炎が津波のごとく押し寄せた。

 ジャズは真那の手を握り、急ぎ、トリガーを引くと触覚の間にため込まれた凝縮エネルギーが竜の炎を口を喉を胴体を貫いて遥か、空の彼方へと消えて行った。体を一直線に貫通させられた竜は倒れ、その死体はすぐに消えて行く。

 町を包んでいた炎も不自然な勢いで消えてしまった。

 レーザーホタルがオーバーヒートを起こして機能が停止してしまっている。真那は発射の衝撃に耐えかねてひっくり返る所だが、ジャズが受け止めていた。

「初めての竜退治を採点してあげようか?」

「採点でいやがりますか?」

「一〇〇点だよ」

 

 

 

 

 クエストを終えて次は町へ向かう筈のグリムロック一向はどういう訳かまだ、初期の開始地点にいた。特にゲームなどをしなさそうな折紙はこのゲームについて深く考えてみた結果、別段何かストーリーがあるわけでもなくただ淡々とクエストを遂行して最後のボスを倒してエンディングを迎えるのがこのゲームの結末と予想していた。ストーリー性が皆無なのは四糸乃も薄々感づいていた。という訳で三人はこの世界のボスを直接倒しに行き、エンディングを迎えようと考えたのだ。自由度が高すぎる為、通常のRPGでは絶対に出来ないような事も出来てしまうのだ。

 グリムロック達がいるのは大陸の南側、魔王は東の側の海岸付近を領土としている。

「俺、グリムロック。作戦考えるの面倒」

「グリムロック、あなたはもう少し頭を使うべき」

「頭? 俺、グリムロック。頭突き得意!」

「そういう意味じゃない」

 きょとんとした顔でグリムロックは考え込んだ。頭を使うという本当の意味を考えているのだ。そうしながらも三人は東へ東へと歩を進めていた。途中、とある遺跡を発見してそこで休憩を取る事にした。南の大陸は日差しが強く、たびたび休憩を取らないとばてて来るのだ。石造りの壁には蔦が張り付き、コケやカビがしっかりと再現sれている。本当に古代の忘れられた遺跡にやって来たという気持ちになる。遺跡の階段に腰かけていたグリムロックは急に石の壁に頭突きを見舞った。

 がらがらと音を立てて壁は崩れるの見て得意げに鼻を鳴らした。

「うん、頭、使えてる!」

 そんな様子を見ながら折紙はため息を吐いた。やはり意味を理解していない。

「四糸乃、あなたは良く彼と一緒にいる。疲れない?」

「私は……疲れません……平気です」

 今まで会話らしい会話はしたことがない二人だ。思い出せるのはまだ未封印の頃、攻撃をしかけていた時の記憶だ。

「あなたに一つ謝っていない事がある」

「はい?」

「以前、あなたのよしのんを撃った事がある。許してほしい」

 未封印の時代、士道が四糸乃と接触を図った際に折紙は一度、よしのんを撃ちぬきその所為で四糸乃が暴走状態になった事があった。

「気……気にしてません……今は……もう」

 折紙は四糸乃の手をギュッと握ると身を寄せて来た。

「許してもらった所であなたに聞きたい」

「は、はい!」

「士道はロリコン?」

「へ?」

「あなたを封印する際、あなたともキスをした筈。士道がロリコンなら私もそれなりに覚悟を決めるつもり」

 覚悟を決めてどう行動に出るのか知りたい所だ。

「い、いいえ……違うと……思います……」

 否定の言葉を述べた瞬間。四糸乃達の耳にとてつもない轟音が届いた。折紙が立ち上がって様子を確認しようとすると、二人の前に白衣を着た長身の男性が弾丸のような勢いで飛んで来たのだ。男性は頭をさすり、細長い体を起こした。

「いきなり攻撃をするな君!」

 男性が怒鳴った先にはグリムロックがいる。大方、確認もせずにいきなり攻撃を仕掛けたのだろう。

「グリムロックさん、ダメ!」

 四糸乃が急いで止めに入り、大人しくなった。

「グリムロック、他人をいきなり攻撃してはダメ」

「うん、わかった」

「おや? 君たちは四糸乃に折紙だね?」

「……?」

「……誰?」

 白衣の汚れをはたきながら自己紹介をした。

「私はジェットファイアー、最近オートボットと合流したんだ。君たちとは仲良くしていきたい。ところでグリムロック、セイバートロンの時と相変わらず乱暴な奴だ」

「ごめん」

「おーい、ジェットファイアー! 我をおいて先へ行くでない!」

 耶倶矢と夕弦は大きな穴が開いてしまった壁を通り抜けてジェットファイアーの後を追って来た。先に進みたくてここまで来たのではない。グリムロックに吹っ飛ばされたからだ。

「驚嘆。マスター折紙! こんなところで会えるとは!」

「あ、四糸乃じゃーん! ってことはこの目つきの悪い子供はグリムロックか」

 思わぬところでばったりと出くわした。

『やあ、すごい偶然だよね~。どうして三人はここにいたのさ』

「私から説明しよう。三人で話し合ってみたんだがね。このまま魔王の領土に乗り込んでしまおうという結論に至ったんだ」

「私たちと同じ」

「補足。最初はカギ的な物がいると思われましたが、このゲーム、全オブジェクトの破壊が可能なんです」

「つーわけで魔王の城の門も壊せるんじゃね? って話になったの。一緒に行こ!」

 これで戦力は二つに分けられた。

 

 

 

 魔王の城は固く堅牢な守りだ。城の周りには広大な荒野が広がりそこにはオークが常に動き周り警備は厳重だ。

その城の最上階、そこは牢屋になっており琴里はそこに幽閉されていた。魔王の目的は基本的には勇者の抹殺と世界征服だ。このゲームの魔王もそうプログラムされている。琴里の部屋の様子を確認し終えた魔族の傭兵はナイフをちらつかせながら魔王スイフトに報告した。

「小娘の喉を切るのは、温かいバターを切るようだぜ」

「……ナイフは縛ってろ。その口も閉じとけ」

 スイフトは呆れながら言い、傭兵の肩を押して荒っぽくどけた。そして傭兵の軍団長を睨みながら小言を言い始めた。

「口だけは達者なトーシローばかりよく集めたものだな。まったくお笑いだ」

「スイフト、彼等は皆忠誠心の塊だ」

「俺なら瞬き一つする瞬間に皆殺しに出来る。奴等はきっと来る。だが、ここに攻め込んで来た時が最後だ。こっちには人質がいる」

 魔王達も戦備は整いつつあった。

 

 

 

 

 木で出来たテーブルに世界地図が広げられ、閉じないように地図の端をナイフで突き刺して固定した。

「まずここが魔族の領土だ」

 オプティマスが地図のある一点を差した。

「そして領土の反対側は海と切り立った崖で入り込むのは難しい。だから警備は薄い。私はここから潜入する。合図が聞こえたら君達も突入だ」

「合図? 合図は何ですの?」

「領土がドンパチ、賑やかになる」

 

 

 

 

 難攻不落の崖を攻めるオプティマス・プライムはカヌーを運転しながら浜辺へと近付いていた。高い崖だがオプティマスなら容易に入り込む事が出来る。ブーメランパンツ一枚の芸術的な筋肉を搭載したオプティマスは浜辺へ乗り上げると防弾チョッキを着込み、ブーツを履き、靴ヒモをしっかりと結んだ。

 ナイフを胸に携え、グレネードを防弾チョッキに引っ掛ける。拳銃にマガジンをはめ込み、アサルトライフルのコッキングレバーを引いた。そして、草木に紛れるように顔や体にインクを塗る。

 ロケットランチャーをカバンのように携え、アサルトライフルを肩に担いだ。

「さあ、出動だ」

 崖を易々と登るとまず見張りの魔族を静かに素早くナイフで仕留めた。敵を欺き、見つからぬように動き、オプティマスは魔族が住まう兵舎の一軒ずつに爆弾を仕掛けていた。

「動くな、手を上げろ」

 最後の爆弾を仕掛けて離れた所で魔族に見つかってしまった。剣を首に突きつけられてはいるが、オプティマスは平然としている。

「何者だ。人間だな?」

「いや、魔王様の同盟者だ。召集があって呼び出されたんだ」

「召集? 入国証はあるのか?」

「もちろん、入国証はこれだ」

 ポチッとボタンを押した瞬間、魔族の兵舎は炎に包まれて吹き飛んだ。背後から起きた巨大な火柱に魔族の男は振り返った。オプティマスは男の首に手を回してへし折った。

「敵襲だ! 撃退しろ! 血祭りだ!」

 

 兵士が動き出し、オプティマスの下に突撃を仕掛けて来た。アサルトライフルの引き金を引き、魔族の傭兵団、オークはバタバタと面白いくらいに倒れて行く。空のマガジンを捨てて腰のバッグからマガジンを持ち出し薬室に装填、コッキングレバーを引くと再び弾の嵐が吹き荒れた。

 アサルトライフルが弾切れを起こすとロケットランチャーを担ぎ、背後から向かって来た槍騎兵の一団を一瞬にして焼き払った。

 前方へ向き直り、ロケット弾がオークをまとめて消滅させるとオプティマスはロケットランチャーを捨てて軽機関銃を握った。

 

 

 

 

 オプティマスの宣言通り、魔族の領土が賑やかになって来た。士道等は魔王の領土の前まで来てはいたが、案の定鍵が必要で入れずにいた。

「鍵がいるみたいだけど誰か持ってないか?」

 士道が尋ねると全員、首を横に振った。

「ぶっ壊すしかねぇよ!」

 ワーパスがハンマーで門を叩いたが当然、ビクともしない。

「グリムロックがいればな……」

 士道は未だに合流していないグリムロックのパワーをねだったが、無いものは仕方がない。別の手段を考えだした。

「俺をお探し?」

 士道の服を引っ張って来たのは紛れもなくグリムロックだ。人間になっていてもグリムロックだけはわかる。

「グリムロック!? 四糸乃! 耶倶矢、夕弦、折紙まで!」

「俺、グリムロック。こんな門、頭使えば、大丈夫!」

 士道は一瞬でもグリムロックに何か策があるのかと期待したが、次の瞬間にはそんな期待は城門と共に粉砕された。グリムロックの頭突きは城門を突き破り、中へ突入。

 それだけでない。魔族の領土に侵入した瞬間にグリムロックの体に異変が起きた。小さな子供の体は真紅の色に染まり、肉体から赤い蒸気を放つと人の腕や足は張り裂けて中から太く、黒い手足が見えた。全身は黒く分厚い皮に覆われ、長い尻尾を振る。

 背中から尻尾にかけて透明な結晶が生え揃い、グリムロックの全長は一〇〇メートルにも達した。

「あれは……ゴジラ!?」

 十香は初めて見る怪獣に目をキラキラさせながら言った。

 士道と狂三はどうしたら良いのか分からない。というか、ツッコミが追い付かない。

「もう、勝手にしてくれ……」

「何でもありですわね」

「だな」

 魔族の領土は東側はオプティマス、西側は黒い大きな怪獣もといグリムロックに攻め込まれていた。

「シドー! 私も変身したいぞ! 変身変身!」

「十香はありのままで良いの!」

 

 

 

 

 魔王スイフトも敵が侵入したのは知っている。オプティマスが来る前に琴里を殺そうとスイフトはナイフをホルスターから抜いた。廊下を曲がり、琴里が幽閉されている部屋のドアノブを捻るとドアを開ける感触は無く、ドアノブはポロリと外れてしまった。

「……っ!? あのクソガキ!」

 ドアを破壊して部屋を見渡すとベランダの扉が開いているのが分かる。更にカーテンが破られてそれを使って下へ逃げた事もだ。

「逃げたかあのガキ!」

 ベランダから下を覗き込むと琴里が塔の下まで降りて逃げて行くのが確認出来た。

 スイフトもカーテンを伝って素早く下へと降りて行った。

 

 

 

 

 軽機関銃で魔族をなぎ倒すオプティマスは琴里がどこにいるのかを探しつつ敵を撃破した。

「オプティマス、助けて! 魔王がすぐそこに!」

 塔から逃げて来た琴里がこちらに向かって走って来ているのが見えた。オプティマスは兵士を片付けながら琴里を確保しようと走るとスイフトが琴里の襟を掴んで持ち上げた。

「キャァァッ!?」

「悪いなオプティマスじゃなくてな」

 拳銃を抜き鉛弾は左腕を撃ち抜き、オプティマスはよろめきながら大木に隠れた。

「勇者、腕はどんなだ?」

「こっちへ来て確かめてみろ」

「遠慮するぜ」

「魔王、その子は関係ない。離してやれ」

「ヘハハハハハ!

「スイフト、銃なんか捨ててかかって来い。ナイフを突き立て、私がもがき苦しむ様を見るのが楽しみだったんだろ? どうしたスイフト、怖いのか?」

「ぶっ殺してやる! ガキなんて必要ねぇ! ガキにはもう用はねぇ! ハジキも必要ねぇや。誰がてめぇなんか、てめぇなんか怖かねぇ! ……野郎、ぶっ殺してやぁぁる!」

 スイフトがコンバットナイフが抜き、オプティマスはテメノスソードを背中から抜いた。

「テメッ……! リーチが……!」

「はあぁッ! くたばるがいい!」

 テメノスソードの切っ先がナイフをスイフトの手から叩き落とし、スイフトの腹を蹴り上げた。完全に隙が出来た所にオプティマスはテメノスソードを投げつけ、土手っ腹に突き刺さった。

 地面に転がっていた斧を足で蹴ってスイフトの頭にめり込ませ、高速で肉薄すると後頭部に回し蹴りを入れられ、スイフトはつんのめって倒れた。

 頭にめり込んだ斧を引っ張り、スイフトの頭を脊髄ごと引っこ抜いて絶命させた。

「終わった。これで世界は救われたな」

 一瞬の決着に琴里は目が点になっていた。ゲームのプレイをほとんどが待機だけだった琴里は酷くつまらない思いだ。何故か怪獣が火を噴いて暴れまわっていたりと、質問をしたいが、そんな時間も無いままスタッフロールが始まった。

 

 

 

 

 ゲームクリアによりヘルメットが自動的に外れて、ソウルアンドオフラインをやっていたプレイヤーは解放された。

「おはよう、気分はどうだいみんな!」

「最高のゲームだよ」

「最悪な気分だ!」

 対極な意見が飛んで来てパーセプターは困った顔をした。

「おや? おかしいな、どこかでゲームバランスを間違えたかな? それともラスボスが弱かったかな? 次は裏ボスも作っておくべきかな?」

 パーセプターはぶつぶつとゲームの反省点を探し始めた。この調子ならまた作りそうだった。

 ヘルメットを外した狂三は隣にいた七罪に声をかけた。

「七罪さん」

「はひっ!? な、何よ。あたしを毒殺する気ね!?」

「意外とゲームも面白いものですわね。七罪さん、わたくしと今度、何か一緒にやりませんこと?」

「へっ……?」

 狂三の意外な申し出だ。

「うん、じゃあまずはフレンド登録からね! 部屋に溢れかえってる奴、一緒にやろ! 狂三!」

 七罪、友人三人目。時崎狂三、初の友達が出来た。

 



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41話 捕らわれの士道

 十二月中旬、寒さも強まり冷たい風から身を守るように肩をすくめ、自然と体は丸まるような姿勢になっていた。今日の士道はいつもと違った。それは性格的な意味ではない。朝、早くに起きてから十香達の勉強を作り、寝坊助な十香や耶倶矢を起こしてとそこはいつもと変わりない日常だった。

 ただ、違うのはいつもは皆と登校していたが今日は偶然が重なって共に登校が出来なかった。自分の弁当を忘れた事、ストーブをつけっぱなしにした事、鍵を閉め忘れた事、これらの理由で士道は一度家へ戻って十香や耶倶矢、夕弦には先に行ってもらった。己の弁当を鞄に押し込み、つけっぱなしのストーブは切った。後は何か漏れがないかと目を光らせて確かめてリビングを出て行く。靴を履きながらも士道は、何も忘れていないかと脳を動かした。

 何もないな、と安心すると自宅のドアに鍵を閉めた。ケータイの時計を覗くと時間はギリギリだ。それでも急げば問題ないだろうと決めていつもより歩調を早めて歩いた。見慣れた風景は冬という季節を付け加えるだけで多少の寂しさを覚える。

 白い息を吐きながら、交差点を渡ったところで士道が歩く歩道に白いワゴン車が士道の速さに合わせて並行して動いている。ワゴン車はそこから徐々に路肩へと近付いて来るのだ。士道も車の不気味な挙動に違和感を覚えている。横目でワゴン車を意識しつつ、いつでも走って逃げられるように足に力を込めた。ピリリと鋭い視線を感じ、士道の中の本能が危機を知らせた。同時にワゴン車のドアが開き、中から黒一色のスーツを着た男達が士道を捕らえに来た。一気に駆け出し、士道は逃げ出すと男達は足を早く動かしてぐんぐん加速する。追っ手はまるでスポーツ選手のような足の速さで士道に追い付き、肩や腕を掴まれた。

「おい、離せよッ!」

 予想以上に暴れて抵抗する士道の力が入っていない腹部に痛烈な一撃がヒットした。今朝食べた物が逆流しそうになり、息苦しさを覚えていると口と鼻に何か布を当てられ、頭に痺れを感じた。程なくして士道は立つ力さえも失って正体不明の襲撃者の腕に抱えられ、ワゴン車の中へと運び込まれた。

 ワゴン車は低くエンジンを響かせて発進した。車を運転する男性はインカムを耳にはめてから喋り出した。

「対象を捕獲しました」

『よぉーし、良くやったテメェ等! そのまま適当な所でグランドブリッジしちゃって、DEMに戻って来い!』

 インカムの向こう側からした声の主はスタースクリームだった。士道はメガトロンやオプティマスからも必要とされる存在、というよりセイバートロンの復興に必要な存在だ。士道を手に入れてスタースクリームがセイバートロンを復活させる。

 車は何度か角を曲がり、だんだんと人通りの少ない方へと進み、やがて細い路地へと入り込んで停車した。しばしの沈黙の後にグランドブリッジの光がワゴン車の前に発せられた。光は円形に形作られ、光の道が完成しアクセルを緩く踏んでワゴン車はグランドブリッジの中へと入って行った。

 町中の路地から一瞬にしてDEMインダストリーの地下研究所へと転送された。黒服の男達が車を降りるとドアを開けて拘束された士道を担ぎ上げ、固い床に転がした。

 衝撃で士道は目を覚ました。しかし、頭には黒い袋が被せられて今どこで何時なのか一切、情報が入って来ていない状態だ。立ち位置が分からないと無性に怖くなって来る。ズキズキと痛む腹をさすってやりたいが、手は動かないし、足も動かない。意識も再生して体がどうなっているのかも分かって来た。

「ようやく連れて来やがったか。ったく手間かけさせやがってよォ」

 男の声だ。暗闇から音を頼りに情報を集めようとした。その声にはどこか聞き覚えがあり、不安や恐怖と言った負の気持ちが湧き上がって来る。今は気を失ったふりをしている方が賢明だろうと、士道は動かずにただじっと待っていた。脳裏には己を狙う組織はどこなのかという疑問、己を狙う理由だ。他者から見て士道は、中性的な顔をした少年というくらいの認識でそれが理由で攫う事は無い。

 士道を狙う組織など知る限り二つしか知らない。ディセプティコンとDEMだ。誘拐に人間を使って来た事から犯人はDEMだろうと予測した。

 ここで頭に被せられていた布の袋が取られた。

「狸寝入りはよせよチビスケ」

 スタースクリームは士道を掴んで顔を寄せた。寝たふりはバレていたらしく士道は潔く目を開けた。ライトの光が目に刺さって眩しさからしかめっ面を作って前にいる鉄の巨人を見た。

「スタースクリーム……あんたか」

「そうだ。いつ以来だァ?」

「さあね」

 士道は素っ気なく答えた。スタースクリームが士道を床に置くと、地下研究所のゲートが開いた。カツカツと靴の音を鳴らしながらエレンが顔を出した。研究員が頭を下げるのをほとんど無視して士道の下へ近付くと鬼のような形相に変貌した。鋭い眼光が士道に刺さる。

 エレンの記憶には屈辱的な五河家での一件だ。

「覚えていますか。世界最強の私に泥を塗ったあの一件! その屈辱を今、晴らします!」

「塗ったのは泥じゃなくて糞だろ。うんこたれ野郎」

「んぐッ……!?」

 エレンの怒りのゲージが一瞬にして頂点に達した。反射的に腹を蹴り上げた。士道は痛みで呻き、エレンも当たりどころが悪かったのか足を押さえて悶絶していた。

「何やってんだお前等……」

「うるさいですね! この男が寸前で随意領域(テリトリー)を張ったんです!」

「コイツ、随意領域(テリトリー)張れないし……。お前の蹴り方が悪いんだろ?」

「世界最強の蹴り方が悪い……? そんな筈ありません!」

 このまま話していても埒が開かないだろう。スタースクリームは無理矢理話を中断してから士道を監禁室へ連れて行かせた。

「あれは置いておくとして……。エレン、呼んでも無いのに何で来たんだ?」

「ああ……連絡ですよ。目標が見つかりました。これから捕らえに行くのであなたも同行願います」

「ケッ……面倒くせぇ。でも行ってやるか」

 スタースクリーム、エレンはDEMの魔術師(ウィザード)を何十名が引き連れて本社を出発した。

 エレンの言う目標、それはショックウェーブだった。

 

 

 

 

 地中深くを高速で掘り進めるドリラーは乗り物としても削岩機としても家畜としてもとても優秀な生物だとショックウェーブは結論付けていた。古くからセイバートロンでは鉱山でエネルゴンの採掘に使われるのが目的のドリラ―だが、ショックウェーブが駆るこのドリラーはメガトロンの指示により、邪悪な思考と戦いを好む品種に改良され通常よりも大きく逞しい体格を得た忠勇無双の戦士として生まれ変わったのだ。元来、彼にもディセプティコンに適した素質を持っていたのか洗脳と改良は容易に行えた。ついには地中に潜る生物の中ではのど生物よりも大きく強力になってショックウェーブの忠誠を誓ったのだ。

 無数に伸びる触手により固い岩盤も易々と削って行く。コックピットの中でショックウェーブは大量に並ぶ計器の中から探知機とマップを見つめて目当ての物がもうすぐそこにまで近づいていると判断した。ショックウェーブの手に握られてあるのは、武器でも遺品でもない何か生物の顎の骨格のようなパーツだ。決して新しくはないこのパーツが化石であるのは言うまでもない。ただ、この地球上にいるどの恐竜にもその化石と同じ顎を持つものは存在しない。

 ショックウェーブは眠るようにシートに身を預けて、ネメシスでのメガトロンとの会話を脳内で再生していた。

『ショックウェーブ、今回のプレダコン計画、そしてトリプティコン計画の両方は貴様が鍵だ。良いな?』

『All Hail Megatron わかりました。プレダコンの化石はわたくしめが。しかしこのネメシスをもう一度、あの化け物へトランスフォームはほぼ不可能です。ジェネレーターの修理、全身へエネルゴンを循環、コアの復旧、やる事は山積みです。それでも復活が可能かどうか……』

『儂がやれと言ったらやるのだ。この者が既に本来の使命を終えた愚物ということくらいわかっておるわい。エネルゴンの受給だけではステイシスモードから復活させるのは不可能じゃ』

『ではどうするのです? まさかダークエネルゴンを使うとでも?』

『いや、ダークエネルゴンは止そう。安心しろ、材料はサウンドウェーブとコンバッティコンに取りに行かせるわい』

 トリプティコンの再生、これは大きな難題だ。ネメシス・プロトコルの発動でトリプティコンはトランスフォーマーとしての機能を一切捨て去られ、ただの戦艦となり余生を送っている。戦艦の姿になったが最後、永久のトランスフォームが出来ないのだ。

 かつて、オプティマスに敗れ、甚大な被害を受けてから体を分断され体内のエネルギーをオートボットに散々搾取されたのだ。瀕死の重傷から無理な変形、そこからのアークとの大激闘。元気に見えるネメシスの体は予想を越えた損傷なのだ。まずはその傷を全て癒してやらねば話は前に進まない。これから大仕事が二つも控えているとなると今は少しでも多くの休息が必要だ。どこかの航空参謀を違って科学参謀はやる事が多いのだ。

 目標地点までの時間を計算して、ショックウェーブは休もうとシートを後ろに倒した。すると、地中で大きな振動が起きた。倒していたシートを急いで元に戻し、原因を探った。ドリラーには構わず掘り進めるように命令した。振動が再び発生してショックウェーブは頭上を睨んで何者かの攻撃を予想した。すると、探知機が溶岩の反応を訴えた。今まで溶岩などなかった、更に探査機はデタラメな反応を示しているのだ。何者かの妨害工作、そう思ったショックウェーブは邪魔な存在を排除すべくドリラーを地上へと向かわせた。

 地中とは思えぬ速度で上昇を始め、ものの数分で深い地中から地上へ飛び出した。ドリラーは触手を振り回しなが土砂を巻き上げて出現すると上空からレーザーやミサイルが浴びせられドリラーは悲鳴を上げた。

「目標を発見しました。全員、あの触手に気を付けて下さい」

「了解!」

 エレンと彼女に従うDEMの魔術師(ウィザード)達だ。アーカビルの発明の新型CR-ユニットにより従来の何倍にも戦闘力が高められた魔術師(ウィザード)はエネルゴンを使った銃や剣を用いてドリラーにあらゆる方向から攻撃を仕掛ける。触手があると言ってもその本数には限りがある。何名かは触手をおびき寄せる囮となり残りの者はドリラーを撃ち、着実なダメージを与えるのだ。

「手こずっていますね」

 ダメージは与えているとは言え、ドリラーは巨大だ。その圧倒的な体格と装甲で倒し切れずにいる。エレンは右手を優雅にかざして手中に魔力のスフィアが形成される。魔力の塊は槍へ形作られた。魔力槍“ロンゴミアント”をドリラーの触手へ投げつけ、槍を飲み込んだと思うと金属の太い腕がぶくぶくと膨れ上がった途端、破裂してバラバラになった。背後から忍び寄って来た触手を見もせずに巨大レーザーブレード“カレドヴルフ”を振るってざっくりと切り落とした。

「さあ、もう一息ですよ。中の奴を引っ張り出しましょう」

「ドリラー、潜れ。撤退だ」

「させませんよ」

 肉体を量子化してドリラーの反撃の網を掻い潜ってエレンはブレードでコックピットを叩き割った。その瞬間、ショックウェーブのレーザーキャノンが飛来し、寸での所で体を反転させて避けれたので無傷で済んだが、命中していたら今頃はこんがりエレンの出来上がりだ。コックピットを飛び出してショックウェーブが周辺に群がる魔術師(ウィザード)を灰に変え、レーザーキャノンの発射形式を変えて光弾から光線にして魔術師(ウィザード)をなぎ払った。

 この調子で魔術師(ウィザード)達を始末して行こうと思った矢先、ドリラーの悲鳴が耳に入り、ショックウェーブが振り返るとドリラーの胴体に縦に一筋の光が走り、次の瞬間、分裂と爆発が同時に起こった。恐るべき巨体を誇るショックウェーブのペットが無惨な金属片と化したのだ。

「そんなバカな……」

 ショックウェーブが撤退を始めたがエレンは量子化を駆使しながらレーザーを上手く避けてショックウェーブに接近すると足下に魔力槍ロンゴミアントを投げ、地盤を破砕してえぐり出し、バランスを崩してショックウェーブは転んだ。エレンの攻撃の先はショックウェーブの弱点である単眼に向かった。振り抜いた剣が単眼を割り、ショックウェーブは大きく呻いて狂った獣のように腕を振り回して暴れた。

「おのれ、忌々しい人間め……!」

 なんとかトランスフォームして飛んで逃げようとしたが、そんな彼を遠方からスタースクリームが狙っていた。ナルビームライフルのスコープを覗き込み、スタースクリームはナルビームを放った。

 空中を駆け抜け、細い光線は魔術師(ウィザード)等からぐんぐんと距離を離して行くショックウェーブに命中し、体のシステムが一斉にエラーを起こした。

「これはナルビーム……。くそっ……」

 

 スラスターも麻痺し意識さえも痺れさせショックウェーブは全身から力が抜けて真っ直ぐ、地上へと落ちて行った。地面に体がめり込み、ショックウェーブの周りに魔術師(ウィザード)が集まって来ると鉄で編まれた網をかけられて身動きの一切を封じ込められた。

「本部へ運びます。細心の注意を払って運搬しなさい!」

 指示を出しているエレンの背後からスペースジェットが飛来し、一瞬にしてロボットの姿を取った。

「ナイスだなエレン」

「そうですね。あなたのスナイプもなかなかの腕前でしたよ」

「へへっ、さあてこの無口無表情で気に食わねえ野郎を徹底的に痛めつけてやるぜ!」

「スタースクリーム、あなたはあれとどういう関係なのです?」

「あぁ? 同僚さ。前言わなかったか?」

「かつてあなたはあのトランスフォーマーと密会をしていましたね」

「まあな、天宮市を乗っ取る計画を立ててたし」

 酷い噂を耳にした事がある。ショックウェーブが自衛隊のASTを捕らえて惨たらしい人体実験をおこなっていたと。エレンやアイザックはトランスフォーマーをテクノロジーの糧としてか見ていない。ジェットファイアーを捕らえて虐待をしたが、反対に人間側がそんな目に合っていたと思うとゾッとする。

「ショックウェーブは普通のトランスフォーマーとは違うぜ? 頭のイカレよう、冷酷さは並外れてやがる」

「ええ……忠告ありがとうございます。でも、こうなっては無意味です」

 ショックウェーブの積み込みが完了して巨大なプロペラを二基備えた輸送機が飛び上がり、DEM本社の方へ向かって飛んで行った。

「俺等も帰るか」

「ですね」

 スタースクリームが瞬時にスペースジェットに変形した。

「ほら、乗り――」

「いえ結構です」

 スタースクリームの申し出をやや食い気味にエレンは断った。気を悪くしたスタースクリームは不機嫌そうな声音で言った。

「ぐだぐだ言わずにとっとと乗れィ」

 ジェットモードのまま一部だけ変形させて腕を伸ばすとエレンを摘み、コックピットの中に無理矢理乗せた。

「ちょ……スタースクリーム! 安全運転で! 安全運転でお願いしますよ! あなたの運転は荒いんですから!」

「わかってらぁ! マッハで行くぜ!」

「スタースクリーム! いやぁぁぁぁぁ~!」

 エレンの願いは聞き入れて貰えず、アクロバット飛行を繰り返され、本社に到着した時はエレンはしばらくトイレにこもりっぱなしだった。

 

 

 

 

 オートボット内では士道が消えて大騒ぎだ。来禅高校の一時間目が始まっても士道は現れず、二時間目といくら経っても士道が来ないので十香と折紙は流石に変だと思ったのだ。士道のケータイにも通じないので十香は琴里に折紙はオプティマスに連絡を送った。

 フラクシナスから士道の行方を探ったが、見つかる事は無かった。オートボットも必死の捜索を試みたが士道の手がかりは何一つ見つからなかった。グリムロックも士道の捜索に参加していた。頭に四糸乃を乗せて、手には狂三が摘まれている。狂三はかなり不服そうに頬をぷくっと膨らませている。

「グリムロックさん、どうしてわたくしも捜査に参加ですの? それと……わたくしも頭に乗せて欲しいですわ!」

「ダメダメ。俺、グリムロック。頭は四糸乃の席」

「あ、あの……グリムロックさん……狂三さんも……乗せてあげて下さい……」

「ホントに、良いのか?」

「はい……」

 四糸乃が言うので渋々、狂三を頭に乗せた。グリムロックはくんくんと鼻を利かせて士道の匂いを探した。

「う~ん、こっちだ」

 そう言ってグリムロックは何の迷いも無く進んで行く。この迷いの無さが狂三からしたら逆に怖い。そもそも鼻がちゃんと当てになっているのかも怪しい所だ。

『こちらスラッグ、士道は見つからない』

『こちらスワープ、空を飛び回るのは最高だよう! ついでに士道は見つかんない』

『こちらスナール、こっちも見つからないな』

『こちらスラージ、右に同じ』

「スワープ、ちゃんと探せ! 士道の匂い、手がかりにしろ。もう一回、探し直せ!」

「士道さんの手がかりならわたくし達にも探させてみますわ」

 左目の時計の長針が逆に回り始め、アスファルトの地面に影が蠢き、広がって行く。影の中から出て来た三人の狂三に本体の狂三は士道の通学路、周辺の人物への聞き込みを依頼した。

「俺、グリムロック。狂三はもっと人出せてたぞ?」

「霊力を封印されたわたくしにはこの人数が限界ですわ。さ、捜索を続けますわよ」

 グリムロックはコクコクと首を振って、先を急いだ。匂いを頼りに動いているとグリムロックは道端にある物が転がっているのに気が付いた。グリムロックの代わりに四糸乃がそれを拾う。

「インカム……ですわね?」

 恐らく、もみ合いになった拍子にポケットから落ちてしまったのだろう。

「俺、グリムロック。これから士道の匂いがする」

「事件の匂いですわね」

『士道くん、まさか誘拐されちゃったとかぁ~?』

「俺、グリムロック。犯人を粉々にする!」

『ちょっと落ち着こうよん! う~ん! これは事件の匂いだねい!』

「事件の匂い? どんな、匂いだ?」

『満員電車のすかしっぺみたいに漂ってくる感じ!』

 ズイっとよしのんはグリムロックに顔を寄せて説明した。

「うっ……臭そう!」

 顔をしかめてグリムロックは首をぶんぶんと横に振った。インカムは見つける事が出来たのは幸いだ。とりあえずこの事を琴里とオプティマスに報告し、テレトラン1とフラクシナスの両方から探った。結果が出るまで待機を言いつけられたグリムロック等三名はインカムを拾った所からすぐ近くの公園で一休みしていた。

「四糸乃さん何か飲み物はいりませんこと?」

「ええ……はい……お願いします……」

「俺、グリムロック。買ってくる!」

 尾を振りながらおつかいを買って出ると狂三がキッパリと断った。

「いいえ! わたくしが行きます。あなが行けばトラブルが増えますの!」

「狂三、俺、行きたい!」

 グリムロックが食い下がって来るので狂三は仕方なく、おつかいを了承した。近くの自動販売機から二本、ジュースを買ってくるだけだ。流石のグリムロックもこれくらいは出来るだろうと狂三はほんの少し気を許してしまった。

「では、千円札を渡しますわ。ペットボトルのジュース一本は百六十円、二本では何本です?」

「えー…………千円?」

「三百二十ですわ! 良いですの!? 小さい穴にこの紙を入れてジュースを買っておつりをもらってくるんです!」

 グリムロックの頭にはまだ疑問が数多く残っていそうだ。それでも何故か元気よく頷いて自動販売機へ行ってしまった。狂三は不安を抱えながらも平静を装い四糸乃の隣へいつものような余裕のある仕草で座った。

「士道さん……どこへ行ったんですかね……」

「彼には狙われる理由はいくつかありますわ。狙ってくる組織なんて二つくらいしかありませんわ」

『DEMにディセプティコンだよね~』

「ご名答。ディセプティコンならまず見つけるのが大変ですわ」

 常にネメシスで移動して強力なステルスで身を隠しているネメシスはその位置を掴む事すら難しい。

「うっほ! キミかわいいね~」

「誰かと待ち合わせ? いないならオレ等と遊ばね?」

 四人程の若い男性が狂三と四糸乃に声をかけてきた。いわゆるナンパだ。狂三はまだしも四糸乃もナンパの対象としているなら何かと問題だ。断りも無しに一人の男性が四糸乃の隣へドカッと音を立てて座った。四糸乃はギュッと狂三のスカートを握り締めた。

「二人ともかわいいけどこっちのちっこいお嬢ちゃんに手ぇ出したらオレ等捕まっちまうな!」

 狂三は飽き飽きした様子でため息をついた。以前なら今頃、この辺りが血の海と化していただろう。多少、丸くなり我慢を覚えた狂三は暴力以外での解決策を考えていた。

「キミは年はいくつよ? オレ等ロリコンじゃあねえからよ!」

 男性に絡まれ四糸乃は指先を震わせながら勇気を振り絞って言った。

「わ、私……二十歳なんですけど!」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 四糸乃は嘘をついた。

 その場が驚愕と興味の色に変わり、四糸乃へ次々と質問が飛んで行く。狂三は頭を抱えて、そろそろ実力行使に移ろうと考えた時、男性の一人が持っていたペットボトルの水の表面が揺れた。

 微かにだが確かに揺れた。そしてまた揺れた。今度は目に見えるくらいの揺れだ。一歩一歩と刻むように水面の揺れは大きくなり、男性達も地面から伝わる揺れを感じていた。

「んあ? 何だ? 地震か?」

 ぬぅっと大きな影が伸び、男性達を覆い隠す。雨雲か何かかと空を見上げるとナンパを仕掛ける彼等を巨大な機械のティラノサウルスが見下ろしていたのだ。

「ぁぁっ……」

 理解不能な光景に魂が消え入りそうな悲鳴を小さく上げて男性達はふわっと気を失って倒れた。

「ただいま」

「お帰りなさい、グリムロックさん。ナイスタイミングでしたわ。でなければ……ふふっ、ここは真っ赤になっていましたわ」

 グリムロックの到着が遅ければ地面で伸びている連中に夜明けは来なかったろう。

「それでジュースは買えまし――」

 狂三と四糸乃の前に引っこ抜かれた自動販売機が突き立てられた。

「小さい穴、お札入らない。だからこれごと、持って来た」

「だ・れ・が! 自動販売機ごと持って来いと言いましたの!? 小さい穴はこれですわ!」

 狂三はお札を入れる方を示して叫んだ。

「あなた小銭を入れる所にお札を差していますわよ!」

「く、狂三さん……あんまり……怒らないであげて……下さい……」

「この恐竜にはもう少し強く言ってあげないと聞きませんわよ?」

 

 とは言え、グリムロックはオプティマスの言うことさえ聞かない事がある。

「オプティマスさんの苦労が目に見えますわ」

『そう言えばさ~グリムロックはセイバートロンの時から恐竜なわけ? そもそもセイバートロンに恐竜なんかいるの?』

「俺、グリムロック。最初、デッカい戦車だった。でもショックウェーブに捕まって、改造されたんだ」

 明るい口調で重たい話題が飛び出して来た。初めて聞く真実に二人はショックで少し固まってしまっている。悪いことを聞いてしまったような気がしてばつが悪い。

「ごめんなさい。グリムロックさんに……そんな辛い過去があったなんて知らなくて……」

「俺、グリムロック。この格好のが気に入ってる、気にするな。前の俺強い、今の俺、もっと強い!」

「グリムロックさん、大変だったですのね」

 当人は今の姿が気に入ってるし、底抜けに明るいダイノボットの面々を見ていると悲壮感は感じられないが、残酷な話だ。グリムロックは決してショックウェーブをズタズタに引き裂くまで内に潜む怒りを忘れない。重苦しい空気を切り裂くようにグリムロックに通信が入って来た。連絡先はフラクシナスからだ。

「俺、グリムロック。どうした?」

『グリムロック、今から座標のデータを送るわ。見て欲しいの』

 ティラノサウルスからロボットモードへ移行して片膝をつくと二個のレンズから光を投射した。四糸乃達の目の前で光の窓が形成されて琴里が映し出された。

『聞こえるかしら?』

「聞こえますわよ」

『グリムロックに説明しても多分、理解出来ないだろうからこうした手段で二人に伝えるわね』

 琴里は指揮棒を握ると琴里の隣に別のウィンドウが出現し、とある地点が赤く光っている。

『今、光ってる所が士道が誘拐されたと思しき場所よ』

「その根拠は?」

『この地点からエネルゴンの反応が検出されたわ。グランドブリッジを使った可能性が高いわ』

「グランドブリッジ? という事はディセプティコンで良いですの?」

 琴里は頭を悩ませながら言った。

『それがね。そうとも限らないのよ。DEMはジェットファイアーを解析したり、スタースクリームとも手を組んでいるわ。連中もグランドブリッジを持っている可能性が高いのよ』

「厄介な事ですわ……」

『とりあえず基地に戻って来て』

 狂三が頷くとグリムロックは接続を切り、ウィンドウも消えてなくなった。

「琴里、何て?」

「帰ったら説明してあげますわ」

 呆れたように狂三は首を横に振った。

 

 

 

 

 ショックウェーブの単眼に光が蘇った。割られた目だけは治療されて視界はとてもクリアだ。手や足を動かそうと力を入れたが、ショックウェーブの五体は念入りに拘束されており、身動き一つ取れないのだ。それでもショックウェーブには驚き、焦り、緊張は無く、平常心でいつもと変わらぬ様子で寝て手足から力を抜いた。

 首だけはほんの少し動かせるので周囲を可能な範囲で見渡すと、一人の少年が寝ているのに気が付いた。見覚えがある、しかしこんなにじっくりと見るのは初めてだ。スタースクリーム曰わく、最重要目標だがショックウェーブはメガトロンの命令の方が優先度は高い。

 士道は不意に目を見開いた。ハッと意識が戻った士道の視線の先にはショックウェーブが横たわっている。

「こうして会うのは初めてだね。五河士道」

 単眼、片腕のキャノン砲、それらの特徴が脳裏で火花のように弾け、ショックウェーブがダイノボット、折紙にやって来た残酷な所行の数々を思い出す。心の内側が燃え盛る炎で満たされ、一瞬にして怒りの感情で頭がいっぱいになった。

「ショックウェーブ! お前が、お前がグリムロックや折紙を改造した奴だな!」

 目の前で怒り狂う士道を見てもショックウェーブの心に変化は無い。淡々とした様子で答えた。

「いかにも、ディセプティコンの科学者だ。鳶一折紙という人間はどうだ?」

「元気さ。お前に改造されさえしなけりぁ――」

「メタトロンの移植は彼女が望んだ物だ。望んだ力を与えただけに過ぎない。復讐心だけで生きるのは論理的ではないが」

 ショックウェーブに罪悪感など存在しない。

「鳶一折紙は手綱も無い獣だ。放っておけばメタトロンの過負荷で肉体が消滅したか、復讐を果たせない無力感で精神(こころ)が死んだだろう」

「お前達は……そこまでわかっていて折紙を……!」

「実験動物の観察は私の仕事の一部だ。生きるも死ぬもどちらも実験の結果に過ぎない。人間の言う“思いやり”“親切心”は科学の邪魔だ」

「ショックウェーブ……! 俺はお前を許さない! 必ず、殺してやる!」

 士道とは思えぬ粗暴な口調、それだけ怒りも大きいという事か。

「復讐を止めろと鳶一折紙に説いて、キミは私に復讐の刃を向けるのか? 非論理的だ」

 士道はギリギリと歯を食いしばっていたが、途端に顎から力が抜けた。手や全身を強ばらせていたが次第に力が抜けて怒りに支配された頭に冷静さが戻る。

 ちょうどそこへ重厚な金属のゲートが低い音を立てながら開いた。外からは何名かの魔術師(ウィザード)が入って来ると室内の安全を確認し、アイザック・ウェストコット、エレン・メイザース、Dr.アーカビルの主要の三人が入って来た。

「やあ、ショックウェーブ。ご機嫌はいかがかね?」

 不気味な笑顔を作ってアイザックはショックウェーブに問いかけた。

 ショックウェーブはこのピンチというのにさっき士道と話していた時と変わらぬ調子で答えた。

「悪くない。人間側にこれほどの設備が整っているとは驚きだ。しかし、所詮は我々の真似事をしているだけだ」

「随分と余裕だね? まさか、仲間が助けに来るのかな?」

「メガトロン様は私に救援は寄越さない」

「おやおや可哀想に冷酷な上司だね。部下を見捨てるなんて私には考えられないよ」

 アイザックはおどけたようにそう言い、手で何か指示を出すとアーカビルと科学者数人が大型の機材を持ち込み、目が回りそうな数の配線をショックウェーブの体や頭に接続した。

「いろんなタイプの実験をしてみようか。キミ達トランスフォーマーはどんな痛みが辛いのかな? しばらくすればまた来るよ」

 ショックウェーブに高圧電流、高熱、冷却、純粋な打撃とあらゆる攻撃がなされた。士道はその姿から目を逸らした。

 

 

 

 

 ネメシスの艦橋はいつになく慌ただしかった。それもその筈、プレダコン計画、トリプティコン計画の両方の要であるショックウェーブが突如、行方が掴めなくなったのだ。サウンドウェーブが急いでショックウェーブの位置を探っているが、発見には時間がかかりそうだ。

「ショックウェーブの野郎、やっぱ人間に捕まったんじゃあねぇのか!」

「落ち着けブロウル。メガトロン様、我々にショックウェーブの救出のご命令を」

「ダメだ」

 オンスロートの進言をメガトロンは一瞬にして切り捨てた。

「人間に捕まるなどディセプティコンの恥以外の何者でもない。それに奴は自ら脱出するだろう」

 メガトロンの発言にプレダキングは険しい表情を作り、踵を返してブリッジの出口に向かって歩き出した。

「どこへ行くプレダキング」

「主を助けに行きます」

「貴様の主は儂だ」

「あなたの命令、今は聞き入れられない」

 プレダキングの頑とした態度にメガトロンは気を悪くしたのか見る見るうちに表情に苛立ちが現れる。

「頭の方はまだ獣のままか? 命令を聞け」

 自己の勝手な行動で主人であるショックウェーブに責任が行くと考えたプレダキングは不服ながらメガトロンの命令を聞いた。一触即発の空気に艦内はヒヤリとした。プレダキングを止める為にブルーティカスに合体するにしても艦内では不可能だ。二人の喧嘩が無く、無事に終わったのでコンバッティコンはホッと胸をなで下ろした。

「サウンドウェーブ、場所の特定を急げ。見つけ次第プレダキングを派遣する」

 メガトロンはサウンドウェーブにソッと告げた。

「了解しまシタ、メガトロン様」

 

 

 

 

 士道の行方が掴めないままただ手をこまねいているオートボットではない。士道を誰が誘拐したのか知るすべは一つある。グリムロックは普通のトランスフォーマーなら一人では運べないような大きな機械を軽々と担いで広間へ持って来るとそっと置いた。その機械を一目見ればオートボットの面々は納得と不安の表情が現れた。

 精霊等はイマイチ、ピンと来ていない。

「これは何ですの?」

「覚えていないか、タイムブリッジだ。今朝まで時間を巻き戻して何人を見て帰って来る」

「なるほど、名案ですわね」

『そんでぇ~誰が行くのさ』

「私が行こう」

 オプティマスが真っ先に買って出た。

「はいはい! 私も行きたいぞ!」

 ぴょんぴょんと跳ねながら十香は手を挙げた。

「よし、では十香と私だ」

「俺、グリムロック。ついて行く!」

「タイムブリッジは膨大なエネルゴンを消費する。グリムロックは現代でお留守番だ」

「嫌だ! 俺も行く!」

「グリムロックさん、聞き分けというものを覚えて下さいません?」

 狂三は静かながら目を細め、語気を強くして言うとグリムロックは素直に従った。

 些かの過去へ飛ぶ事になった十香はオプティマスに乗って、わくわくしながら待った。タイムブリッジの光を浴びて時空のトンネルをくぐり抜けて今から六時間前の今日へとタイムスリップするのだ。過去の滞在時間は一時間と設定してある。

 

 気がつくとオプティマスと十香は外にいた。たった六時間なのでタイムスリップをしたという気がしない。

「本当に過去なのか?」

「シッ、静かに」

 オプティマスが促すと十香は黙り込んだ。二人がいるのは五河邸の近くの道路で下手に動けばバレてしまう。少しすると士道が一人で出来た。家で忘れていた事を全て済ませた後、家を再出発したのだろう。

「シドーだ!」

「ところで士道はどうして一人で登校したんだ?」

「確か……忘れ物があると言っていたぞ」

 一人になったのは偶然であり、絶好の機会に士道は狙われたのだ。士道の後をゆっくりとつけていると誘拐されたと思しき、道路にさしかかった。士道は寒そうな仕草をしながら歩いているとワゴン車が士道の方に向かって移動している。端から見ればかなり怪しい動きだ。

 そのまま監視を続いているとワゴン車から数人の男が飛び出して士道に襲いかかっている。

「オプティマス! 大変だシドーが襲われている! 助けねば!」

「待て十香。過去に下手に干渉するのはダメだ。それにあの士道を助けても士道が戻って来る保証は無い」

 そして、ワゴン車に連れ込まれてオプティマスはその車の行方を追った。そこは確かに琴里が割り出した地点と一致している。ワゴン車内の通信を傍受し、オプティマスの車内には運転手とスタースクリームの会話がしっかりと聞こえて来る。もうどこが誘拐犯かは分かった。

 DEM社が士道を誘拐したと知ると同時にタイムブリッジの効果が切れて二人は元いた時間へと戻されたのだ。

 

 突然の発光の後、オプティマスと十香は基地に召喚された。オプティマスから降りると十香は階段を昇って人間用のデッキに戻った。十香が降りたのを確認してからオプティマスはロボットへトランスフォームした。

「犯人は誰なんです?」 パーセプターは早急に答えを求めた。

「背景にスタースクリームが隠れている。だからDEMだ」

 答えを聞くとグリムロックは拳をガツンとぶつけ合って戦闘態勢に入った。

「士道、助ける。DEM、破壊する!」

「よぉし! オプティマス、場所が分かれば話が早い! さっそく奴等の会社を襲いましょうや!」

「待て二人とも、人間は傷付けないのが我々の信条だ。ここは穏便に潜入だ」

 ダイノボットが行けば間違いなくあの会社は更地に変わる。そんな事態を許す訳にはいかない。

「オプティマス、士道の救出には私に行かせて欲しい」

「なっ……! ズルいぞ折紙! はいはい! 私もシドーを助けに行くぞ!」

 DEMにどんな危険があるか分からない。でも止めて聞くような子達ではない。

「人員を選定しよう。ジャズ、折紙、真那それと十香だ」

 オプティマスが以上のメンバーを示すとジェットファイアーが一歩前へ出た。

「オプティマス、私にも同行の許可を」

「ダメだ。君は目立ち過ぎる」

「しかし――」

 食い下がるジェットファイアーにパーセプターが声をかけた。

「君はスタースクリームと因縁があったね。任務は私怨より優先されるべき事項だよ」

「っ……」

 スタースクリームの裏切り、その代償を支払ってもらうつもりだ。だがそれは今ではない、今は戦いの時ではない。ジェットファイアーは理性で自身を押さえつけると肩の力を抜き、引き下がった。一応、理解してくれたと一安心した所でグランドブリッジを展開、オプティマスは腕を突き出して声を張り上げた。

「オートボット、出動!」

 真那、折紙、十香を乗せたジャズはエンジンをかけてグランドブリッジを通り抜けて行った。

 

 

 

 

 もうすっかりお馴染みのグランドブリッジは地球のどこへでも一瞬にしてワープさせてしまう道具だ。ジャズ達はグランドブリッジを抜けるとすぐ近くにDEMの本社が建っている。天を貫かんとするビルを守るように高い塀が築かれ、ゲートには警備員が徘徊し、庭にも重武装の警備員が歩き回って、厳重な警備体制が敷かれていた。真那は元DEMの社員、内部の事ならよく知っている。だから彼女が抜擢されたのだ。

 ジャズは道路から外れて茂みに入ると全員を降ろしてトランスフォームした。これからどう忍び込むかを考えるのだ。士道が捕らわれ、十香が助ける。奇しくも日本で起きたDEMとの戦いと真逆の構図となってしまった。

「真那、何か抜け道みたいな物はないのかい?」

 ジャズの問いに真那は難しい顔をしてから長考した末に首を横へ振った。抜け道など簡単に見つかるほど雑な警備ではない。

「やはり警備員を一人一人、始末していく」

 折紙が物騒な事を口にするのでジャズは苦笑いで答えた。

「警備員を倒していたんじゃ日が暮れちゃうよ」

「私にいい考えがある」

 折紙は何か思い付いたように立ち上がるとその場を離れてどこかへと行ってしまった。一体何が思い付いたのか聞く間もなかった。

 そして折紙がいなくなってから五分程、すると一台のスクーターがDEM社のゲートの前に停まった。スクーターから帽子を深く被り、髪を後ろで纏めた少年と思われる人が降りるとピザの箱を片手に堂々とゲートに向かって行くが、当然警備員に止められた。

「待て、何の用だ」

「ピザの配達、早くしないと冷めてしまう」

 ピザの配達人の格好をしているのは折紙だ。変装して紛れ込むつもりらしい。

「帰れ、今は立ち入り禁止だ」

「それならこのピザはどうすれば良い? 注文をキャンセルにするにしても唐突過ぎる。人を呼びつけておいてキャンセルなんてあまりにも酷い」

「うるさい、さっさと帰れ!」

 警備員が折紙の肩を押した瞬間、折紙は口に仕込んだトマトジュースを一気に吐き出した。それだけに留まらず、そのまま倒れてピクピクと体を動かして痙攣しているように見せかけたのだ。とんでもない演技力だ。

「お、おい大丈夫かキミ! 参ったな……」

 警備員は無線機に声をかけた。

「執行部長、応答願います」

『何です?』

 相手はエレンだ。

「ピザの配達人が来たんですが、追い返そうと肩を押したら負傷させてしまい血まで吐いたんです!」

『外での厄介事は面倒ですね。さっさと医療班に治させて記憶を処理しましょう』

 程なくしてビルからやって来た医療班が折紙を担架に乗せて連れて行ってしまった。

 その様子を茂みの中から見ていた三人は感心した眼差しをしていた。

「上手いなあの子」

「ふん、わ、私ならもっと上手くやれたぞ!」

「なるほど、私も良い手を思いつきました! 十香さん一緒に行きましょう。ジャズ様はそこで待っていてくれやがって下さい」

 そう言い残して十香と真那もどこかへ行ってしまいジャズ一人が取り残された。

 少しするとナース服を来た十香と真那が担架を持って走って行き、警備員に止められたが何やら話をしていると直ぐに通してもらえた。

 

 

 

 

 担架に乗せられた折紙は手術室に運ばれてた。薄目で室内の様子を確認しつつ、黙って体にコードを取り付けられていた。

「まずは電気ショックだ!」

 一人が除細装置を手に取ると折紙は起き上がり様に近くにいた看護師や医師を蹴り飛ばし、瞬く間に手術室を制圧した。帽子を脱ぎ捨て、士道という名の捕らわれの姫を救いに折紙は顔を叩いて気合いを入れ直すと手術室のドアが開いた。

 折紙はメスを手に投げる姿勢まで入っていたが、相手が十香と真那と知り、寸でのところで止まった。

「何故、あなた達が?」

「兄様を助けるためでいやがります。黙って見てるだけなんてごめんですよ」

 真那はこのビルについてはかなり詳しい、道案内には打ってつけだ。

「行きましょう。兄様は恐らく地下にいやがりますよ。地下は巨大な研究所なんで。そこは対精霊設備もばっちりでやがります」

 意気揚々と手術室のドアを開けると目の前の通路には大量の警備兵、それにエレンがいた。

「まさかこんな易々と入り込まれるなんて警備員の教育はもっと入念にやるべきでしたね」

「エレン……」

 真那はエレンを睨み、苦々しい表情を作った。

「プリンセスも一緒とは好都合です。大人しくついて来て下さい」

 銃を突きつけられ、連行された。

 

 

 

 

 地下の監禁室では士道の前でショックウェーブがあらゆる苦痛を受けて苦しむ様を延々と見せられていた。散々、グリムロックや折紙に酷い事をしたのだからざまあ見ろと思うかもしれないが、士道はそんな気持ちにはなれなかった。やはり自分の手で一回はぶん殴らなければ気が済まない。

 士道の手足の拘束具は外されており監禁室の中を自由に徘徊出来るが、嬉しくもなんとも思わない。

「五河士道」

 弱った口調でショックウェーブは士道を呼んだ。

「私をここから救い出すなら一緒にキミも助けてやろう」

「ふざけんな! お前の提案なんて聞くかよ!」

「ふざけてはいない。お互いにメリットがある。我々にキミをDEMに取られるのは気に食わない。キミはここら抜け出せる」

 ショックウェーブを解放すれば抜け出せる。それは間違いないだろう。しかしショックウェーブが助け出した後、そのまま士道を帰す保証はどこにもない。

「断る! お前の言う事は信じられない!」

 士道が言い切ると監禁室の外から単調な拍手の音がした。ショックウェーブと士道が音の方向を見るとアイザックが拍手をしながら歩いて来た。

「良いことを言うね五河士道くん」

「アイザック・ウェストコット……! 何の用だよ」

「まあそんなに邪険にしないでくれたまえ。せっかくお友達を連れて来たのに」

 アイザックが指をパチンと綺麗に鳴らすと大きなカートに乗せられた巨大なケースが運ばれて来た。対精霊用強化ガラスケースに入っているのは十香と真那それに折紙だ。

「お前等!」

「いやいや、感動的な再開だね。そう言えば以前も似たような光景を見た気がするよ」

 アイザックは士道を指差した。

「以前はそこにプリンセスがいたね。さあ、プリンセス。彼をどうやって助ける? 反転してそのガラスを破るかい? でもそうするとキミの仲間はガラスの破片と霊力の余波でズタズタさ」

 高揚感に溢れた高笑いが研究所に響き渡った。士道はギュッと拳を握り締めてアイザックを睨みつけた。十香を助け出すには士道の細腕は無力だ。

「シドー、シドー! おい、お前! 私の事は良い! だからシドーを見逃してくれ!」

「クックック……たまらないね、その必死な叫びは。アハハハハ!」

「悪趣味め……」

 ショックウェーブは毒づいた。

「なあショックウェーブ、お前を解放したら手を貸すか?」

 士道は静かな声で言った。

「論理的な申し出だ。約束しよう」

 士道はコクリと頷き、胸に手を当てた。

「スターセイバァァァー!」

 伝説の星の剣を手にしよう胸から出た柄を握った。だが同時に士道の腹を深々と剣が突き刺さっている。見ればエレンがいつの間にか士道の前に現れ、強化ガラスを貫いて士道の腹を刺していたのだ。

「以前はそこのトランスフォーマーに邪魔されましたが、今回は邪魔は入りません」

「貴様……! シドーにシドーに手を出したら許さないぞ! やめろぉぉ!」

「兄様! エレン、兄様から離れやがりなさい!」

「エレン・メイザース……殺す……!」

 三者の怒りの言葉が次々とぶつけられるがエレンは気にせず、嘲笑いながら剣を振り上げた。そこはまるで断頭台のようでエレンの剣はさながら、ギロチンだ。士道の腹から取り留めない出血、死亡するまでにもう一分もかからないだろう。

「助けは来ませんよ」

 エレンのレーザーブレードが振り下ろされた。ガラスを切り裂きながら切っ先は士道の首筋に向けて落ちて来る。

 レーザーブレードの切っ先が首に触れようとした瞬間、エレンの刃は突如眩い発光と共に弾かれた。

 初めて十香と出会った時、狂三を守った時と二度も士道を救ったプロテクトだ。ゼータプライムが仕掛けたプロテクトは三回まで士道を命の危機から救ってくれる。

 剣を弾かれ、エレンはたじろいだが直ぐに自信を取り戻して士道に斬りかかると今度はエレンの体ごと弾かれてしまった。

 士道の体の周りには膜が張ってある。その膜の中心に士道は眠るように横たわり、膜は赤く点滅を繰り返していた。

「エレン、膜を破壊しろ。スタースクリームも他の魔術師(ウィザード)やバンダースナッチ呼ぶんだ」

 士道の膜が点滅を繰り返すのは信号を送っているからだ。

 

 

 

 

 地球より遥か遠く遠く、そして深い深い位置に守護者は眠っていた。

《オメガ、起動》

 大きな二個の目に光が灯る。

《パワー、最大》

 左腕のドリルのような腕にエネルギーが行き渡り、動作を確認する。

《作戦目的、アイザック・ウェストコットの破壊》

 オートボットのエンブレムに輝きが戻る。

 山のように巨大な物体はセイバートロンの瓦礫を跳ね飛ばし、宇宙へと飛び立った。



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42話 進撃のオメガ

 宇宙空間を一隻の戦艦が巡航している。地球上には絶対に存在しない形状の戦艦は地球から発せられる救難信号を追って移動をしていた。戦艦と勘違いする程に巨大な体躯を誇るこの巨体はトランスフォーマーが保有する戦艦でも、DEM社の空中艦でもない。単一のトランスフォーマーなのだ。その大きさはグリムロックを優に超えて山と形容した方が適格と思える程だ。

 かつて、プライマスへ通ずるオメガゲートを守る存在であった筈のオメガスプリームはメガトロンを破壊すべくセイバートロンの空を駆けた。オメガスプリームが発動したという事はゼータプライムが死んだと同義だ。ゼータプライムの死にオメガスプリームは一見すると悲しむ素振りは見せていない。感情を剥き出しにするのは任務を成し遂げた後だと、決めていたからだ。

 メガトロンを追い回し、そのスパークをすり潰そうとした時、オートボットの所有するイオンタレットをメガトロン等一行に奪われてしまった。形勢逆転、オメガスプリームは撃墜された。それでも奮闘する巨大な戦士にメガトロンはダークエネルゴンを浴びせ、重傷を負わせた。

 オメガゲートを守る事が存在理由だった筈がそのオメガゲートを突破させあまつさえ、プライマスの汚染も許してしまった。

 オメガスプリームはディセプティコンに拷問を受け、後にオプティマスに救出されて長い休養を取った。

 任務中は感情と自身を乖離させて、敵を容赦なく屑鉄に変えてしまう強力無比の戦士だが、ひとたびプライベートに戻ればオメガスプリームの心に悲しみが一気に溢れかえって来る。自分の存在理由に自問自答を繰り返す毎日だったが、オメガスプリームに一通のメッセージが渡されていた。

 ゼータプライムのメッセージは一つの画像と共にオメガスプリームの回路に送信された。幼い頃の士道の画像、それともし宇宙の果てでシグナルを感じれば守りに行け、という内容だ。

 宇宙空間を巡航しながらオメガスプリームは士道の画像を確認し、シグナルが送られて来る正確な位置を割り出した。

 破壊目標は人間という種、士道の画像を見つつ人間の存在に関する情報はないかとデータバンクから検索したが、長命なオメガスプリームにもデータは無かった。スラスターを最大限に噴かせ、巨体により加速を付けた。五河士道を守る事、それがオメガスプリームに今ある唯一の存在理由だ。

《目的地。DEM社》

 既に太陽を横切り、DEM社の全体を把握していた。

《アイザック・ウェストコット。覚悟しろ》

 

 

 

 

 士道を守る透明な膜は極めて堅牢でエレン達はあらゆる攻撃を試みたが、その膜は平然とした様子で全ての兵器を跳ね返していた。

「スタースクリーム、あれはなんとかならないのかい?」

「俺様もありゃあ見た事がねえ」

「厄介だな。プリンセス達は別の監禁室へ連行しろ。また対策を練ってから攻撃を再開しようじゃないか」

 アイザックはエレンとアーカビルを連れてエレベーターの方に向かって歩く。スタースクリームを警備に置いて三人はエレベーターで地上へと上がって行った。ぐんぐんと地上へ近付き、次は地上から離れて上へ上へと昇って行く。

「アーカビル、早急に膜の分析に取りかかるんだ」

「そうじゃな。だがどうした? 急いでいるように見えるぞお?」

「ディセプティコンは分からないが、オートボットは必ず助けに来る。それまでに欲しい物は手に入れ、彼等にあの子達のバラバラになった体を届けてあげないとね」

「やれやれ、悪趣味な奴じゃ。エレンもよくコイツについて行くのお」

「アイクを悪く言うと寿命を縮めますよ」

「やめたまえエレン。まあ、オプティマス・プライムには借りを返さないとね。どうせオートボットの連中が気付いて攻めて来るのはまだまだ先の――」

 アイザックは突然、声を失ってしまったかのように黙り込んだ。

「どうされましたアイク?」

 アイザックを案じてから彼が見つめる先に視線を移動させると、エレンすらも言葉を失った。二人が石化したように固まるのを見て不思議に思い、アーカビルも景色が良く見えるエレベーターの窓の外を覗くと血の気が引いた。

 三者がまるで死人ように血色を無くして固まった理由、それは――。

《ターゲット確認。ミッション開始》

 見たこともない戦艦の船首に膨大なエネルギーが一瞬にして凝縮されたかと思うとオメガスプリームは極大のレーザーキャノンを躊躇いなく放ち、DEM社のビルの半分を消し飛ばした。エレベーター内が大きく揺れて立っている事が困難な程だ。その破壊力はフラクシナスのミストルティン、いやグングニル以上の物だ。

《警告。即刻、降伏せよ》

 オメガスプリームの最後の通告だ。

「デカブツめ……! 降伏するのはキミの方だ!」

 割れたガラスから見えるオメガスプリームに目がけてアイザックは吠えた。

《武装展開。作戦、開始》

 オメガスプリームのミサイルポッドが開き、そこから無数の白い軌跡が生まれた。一定まで上昇したミサイルは向きを変えてアイザック達が乗るエレベーターに目がけて降り注ぐのだ。死の雨を目の前にエレンは瞬時にペンドラゴンを装着すると魔力槍をエレベーターの天井に向けて投げつける。鋼鉄の天井を貫通してエレベーターを吊るすワイヤーを断ち切ると三人が乗る箱は地下に向けて落下を始めた。三人のすぐ頭上では、身の毛もよだつ爆発音が聞こえてきた。このビルはもう持たないのは明白だった。だが、地下へ逃げてから地下通路を通じて逃げ切れば勝機はある。何もかも一切合財、灰と塵に帰す凶悪な火力と剛腕を目の前にすれば人類最強という肩書きはあまりにも……貧弱だった。

 生涯で初めて無力感を全身で感じたエレンはグッと歯を食いしばり手に握り拳を作った。改良に改良を重ねた最強のCR-ユニット、誰もが認め味方でさえ恐れを抱くまでに鍛えられた戦闘能力はアイザックを守る為、アイザックの願いを成就する為に作り上げた。だが、今はそのどちらも叶わないのだ。エレベーターは地下に入り、随意領域(テリトリー)で全体を保護するとなんとか安全に着地出来た。

「これからどうするんじゃ!? 外には化物! 中は逃げ場なし! あぁ~! おしまいじゃ、おしまいじゃ~! 儂等は全員ミートボールかソテーにされるんじゃぁぁ~!」

「うるさいですね! 少し黙ってて下さいよ!」

 ドアを蹴り破り、エレベーターの外へ脱出が成功した。

「エレン、バンダースナッチや魔術師(ウィザード)であれの迎撃に向かわせろ」

「本気ですかアイク? 到底適いませんよ」

「時間を稼ぐだけだ。DEMの第一支部まで退避、そこで奴を迎撃する!」

 アイザックに何か勝算があるのか。オメガスプリームが強襲した際には走馬灯のように記憶が蘇って来たが、その走馬灯がアイザックにあるものを思い出させてくれた。

 

 

 

 

 オメガスプリームの容赦ない攻撃の所為で地下の研究所は大きく揺れ、研究員達はよろめきながら近くの重い機材に手を伸ばして身を支えた。スタースクリームはひっくり返り、尻餅をついてしまい腰をさすりながら立ち上がった。

「上がやけに騒がしいな。おい、テメェ等! まさかオートボットを呼んだんじゃねぇだろうな!?」

 ガラスケースにいる十香達にナルビームを突きつけてスタースクリームは怒鳴った。

 だが相手はスタースクリームと思ってかろんじているのか、銃口を突き付けられても皆怯えた様子は見せなかった。それどころか真那はスタースクリームに対して警告をして来たのだ。

「上が騒がしいって事はオートボット、もしくはディセプティコンが来たって事ですよ。スタースクリーム、あんたにゃあどっちも都合の悪い存在じゃありませんかねぇ?」

 真那の言うとおりどちらの勢力も今やスタースクリームの敵であるのは間違いない。ギリッと歯を食いしばり憎々しげに真那を睨むと即刻、この場を離れる事を選択した。最も欲しい五河士道は残念ながら、膜の所為で捕まえる事は出来ないし、破壊も不可能だ。そしてこのガラスケースを持って逃げるのも出来ない。ショックウェーブなど人質にしたらいつ寝首をかかれるかわかったものじゃない。己の保身を最優先にした結果、スタースクリームは単独で逃走を考えたその時だった。研究室のゲートが引き剥がされてゲートを縁取っていた壁はひしゃげている。煙を切り裂き、一台のスポーツカーがスタースクリームを跳ねると変形してサブマシンガンを突き付け、自分の顔面にもアサルトライフルを突き付けられた。

 ジャズとスタースクリームの状況は互角と言えよう。いや、十香達を守らねばならないジャズの方がいささか不利だ。それでもオートボットの副官に退く事は許されない。銃口を見詰め、スタースクリームはゆっくりと腰を上げた。

「そこをどけよジャズ、俺様はまだ死にたくはねえ」

「彼女達を見逃す保障はあるんだろうな?」

 口調には余裕たっぷりで問う。

「それはそっちの出方次第だぜ。テメェが俺を殺すってんならこっちにも考えがある」

 不敵に笑うとスタースクリームは紫色に鈍く光る物体を楕円形の物体を取出してこれ見よがしに見せつけた。セイバートロンでの戦争を体験した者ならばよく知っているその物体は一口に言うと爆弾だ。エネルゴンを詰め込んだその爆弾はドアの破壊などに主に使用された。スタースクリームと十香等の距離までおよそ一〇メートル、問題なく爆発の範囲内だ。

「爆弾……。でもお前にそれを起爆する勇気と度胸があるのかい? 臆病なスタースクリーム」

 

 ジャズの挑発にスタースクリームは酷く気を悪くしたようで爆弾を握り締めて、表情に険しさと焦りの両方が出て来た。スタースクリームに自爆の覚悟が無いくらい分かっている。愚か者でも自暴自棄な行動を取るタイプでもない。スタースクリームは、爆弾のスイッチを入れてガラスケースに向かって投げた。

 そして己はジェット機にトランスフォームしてジャズが破ったゲートを通り抜けて地上へ飛んで行った。

 ジャズにしたら最悪の選択を取られてしまったが、この行為は予想出来ていた。

「みんな、伏せろ!」

 ガラスケースにいる十香達はもちろん、まだ残っているDEMの研究者達にも呼びかけた。グラップルビームを爆弾に巻き付け、ジャズは起爆寸前の爆弾を空中高くに放り投げた。

 研究所の天井にコツンと爆弾が触れたと同時に爆発が起こり、その場にいた全員が爆風に体を揺られた。間一髪でジャズはホッとして額のオイルを拭った。

「無事かい? 今出してあげるからね」

「大事ないぞ。でもシドーが……」

 やはり皆、士道の様子が気になっている。ジャズは腕から剣を伸ばしてガラスケースを綺麗に切断して三人を解放した。

「士道の事は私にも分からないな。パーセプターに救援を呼んでおいた。後……」

「後? 何かあるの?」と、折紙。

「大きいお友達が外で暴れているんだ」

 折紙や他の二人は首を傾げた。ひとまずは安心した空気が流れる中、ショックウェーブだけは違った。さっきの爆風や度重なる振動により手足の拘束が外れている事に気付いた。脱出の叉とないチャンスだ。士道もこのまま連れ去れれば最高だが、欲張りを言っている余裕は無い。むくっと上体を起こし、左腕のレーザーキャノンをジャズの背中に狙いすます。砲口にエネルギーが圧縮され始めるとショックウェーブの行動に気付いた真那が叫んだ。

「危ねぇですジャズ様!」

 その声のおかげかジャズは振り返り上体を立ったまま思い切り反らして避ける。高密度のエネルギーはジャズの鼻先をかすめて行き、目標には当たらず壁に命中し、融解させた。

「腰の稼働範囲ギリギリだな」

 次弾が放たれるまでの隙を突いてジャズのスナイパーライフルの弾丸がショックウェーブに何発も撃ち込まれ、体をよろめかせた。

「今日こそケリをつけてやる。グリムロックと折紙の分を受け取るんだな!」

 サイト越しにジャズの目がショックウェーブの脳天にロックオンした。この距離ならまず外す事は無い。

 引き金を引く直前、ジャズの視界が突然、上下が反転した。一体何が起きたのか全く理解出来ない。ジャズの体はビキビキと悲鳴を上げているのと両足を安置させていた筈が今は空中に吹き飛ばされている所までは理解出来た。

 ジャズを吹き飛ばした犯人がさっきまでジャズが立っていたとこにいる。

 プレダキングだ。

 天井にめり込んでからジャズは落下した。

「迎えに来ましたショックウェーブ」

 離れた所からプレダキングは言った。

「迎えを頼んだ覚えはない」

「メガトロン様の命令です」

 ショックウェーブは納得したように首を縦に振った。到着したプレダキングは足下にいる十香、真那そして折紙を一瞥した。

「復讐は……もう良いのか?」

 その言葉は折紙に向けられた。互いの辛さを理解し合えた筈の二人だが今や折紙は復讐より大切な事を思い出した。

「私には復讐以上の物がある」

 プレダキングは目を瞑り、長い沈黙の後にまぶたを開けた。

「なら構わない。断念でなくそれ以上の物を見つけたのなら構わない」

 プレダキングが長い沈黙を空けてから絞り出したたった一言の言葉にはありとあらゆる感情がこもっていた。折紙を復讐を止めた事を遺憾に思ったり、逆にこれ以上自分を傷付けずに済み良かったという気持ちと正と負の感情が同時に湧き上がっていた。

 同族への深い愛情があるからこそプレダキングはそれを絶滅させたダイノボットを許せない。

 心の内側で折紙の決断を賞賛しプレダキングは三人には手を出さずにショックウェーブに向かって歩き出した。

「待ちやがれです! ジャズ様をぶっ飛ばしておいてただじゃ済まねえですよ!」

 真那は赤いCR-ユニット“センチネル”を身に纏いプレダキングを呼び止めた。真那の声に少し振り返ってからまた歩を進めた。

「この場で戦うのは無益だ」

 プレダキングが体のパーツや接続を変えて腕や足が変形を繰り返し、ビーストモードになるとショックウェーブを前足で掴んでから翼を生やし、地上までの何十メートルはある地盤をぶち抜いて彼方へと飛んで行った。ディセプティコンがこうもあっさりと撤退したのは逆に不気味に思えた。

 プレダキングが撤退をした後にグランドブリッジが開き、パーセプターとジェットファイアーが研究所に到着した。

「酷い有り様だ。士道くんは私が診よう」

 パーセプターは顕微鏡に変形して士道を包む膜を調べ始めた。ジェットファイアーは十香達を基地へ帰してやってからジャズの体を診た。

 吹っ飛んだジャズを抱えて酷い損傷はないか目から光を飛ばして一瞬だけ体をスキャンした。

「イテテ、もっと優しく抱えてくれよジェットファイアー」

「それはすまない。ところで、士道くんはどうしてああなっているんだ?」

「私にもさっぱりだよ。どういう訳か外にはオメガスプリームがいたし。私も目を疑ったよ」

「何だって!?」

 パーセプターとジェットファイアーは声を揃えて驚いた。アイアコンの守護者オメガスプリームがどういった経緯で地球へ飛来したか聞きたい所だがオメガスプリームはアイザックを追いかけ回す事に忙しかった。

 ジェットファイアーはジャズの治療を済ませるとくず鉄、スクラップ、ガラクタになった機械の数々の中から一つのカプセルを拾い上げた。

「それは何だい?」

「ダークエネルゴンだよ。DEMはダークエネルゴンを使って現存する兵器に組み込む研究をしていた」

「わお、よく知っているな」

 ストレッチをしてジャズは体をほぐしながら言った。

「当然さ、私はかつてあそこに閉じ込められていた」

 ジェットファイアーは研究室の最奥部、ショックウェーブや士道が捕らえられていた監禁室を指差した。今はそこには士道が膜を張ってふわふわと浮かび、パーセプターが診ている。

「連中の研究はずっと見ていた。彼等はダークエネルゴンを原動力にCR-ユニット、バンダースナッチ、その他兵器に使用していた」

「ヤバいのは分かるけど……どうヤバいんだ?」

「死んだ奴……つまり意思がない者に投与すれば凶暴性が増す。そして生きた物に投与すれば意思がない者に対して支配権を得る」

「なるほど……ってことはDEM社の兵器全てが操られる危険性があるんだな」

「そういう事だ」

 

 

 

 

 オメガスプリームの攻撃はなおも続いていた。迎撃の出てきたバンダースナッチの部隊は悉く破壊されて行き足止めにもならない。空に躍るミサイル群、レーザーは大地を穴だらけにしたり何か巨大な剣で斬られたのかと錯覚するような切り傷が走っていた。地下へと逃げおおせたアイザック達の追跡を諦めるつもりは一切ない。オメガスプリームの目から光が投射されて地中を列車で逃げる者を鮮明に捉えた。

《ターゲット再確認。逃がしはしない》

 左腕がドリルのように回転し尖った先端からエネルギー砲を撃ち、地面を粉砕し右腕の四基の爪から吸引ビームを発射して地盤を持ち上げるとアイザック等が乗る列車が見え、体の各所に備わった砲塔が線路を爆破した。列車は強制的の止まり、中からはアイザックやエレン、アーカビルの三名が這い出して来る。右腕をえぐった地盤に差し込み、吸引ビームで連中を吸い上げる。

「な、何じゃこれは! 体が持っていかれるぅぅぅぅ!」

 列車は既にオメガスプリームの右腕に飲み込まれドロドロに溶かされてその原型は留めていない。

「エレン、攻撃だ! 早く!」

「わってますよ! ロンゴミアント!」

 何かに掴まりながらエレンは魔力槍を形成する。ロンゴミアントを投げつけるとオメガスプリームの腕は爆発してほんの少しだけ怯んだが、ダメージはささやかな物だった。オメガスプリームが宇宙船にトランスフォーム。ハッチを開き、エアーボットを排出した。オートボットのジェットファイアーとは違い、彼らは意思のない自律兵器に過ぎない。

《指令。最重要目標を抹殺せよ》

 オメガスプリームの中から次々と出てくるエアーボットは未だに尻餅をついて立てずにいるアイザックに銃口を向けて迫った。後、少し……少しで第一支部にたどり着き、この眼前の怪物を倒すだけの兵器を起動出来る筈だった。アイザックはギリギリと顎が痙攣するほどに噛み締めた。この日より屈辱的で腹立たしい日は後にも先にも来ないだろう。勝利は目前で潰え、野望も果たせなくなる。アイザックが怒りに身を震わせ、エアーボットの餌食になると覚悟を決めた時だ。一筋の線が空中を走り、それに次いで凄まじい風が吹き荒れ、身を屈めた。視界を埋め尽くす程のエアーボットの大軍は次々と爆発を起こして黒焦げになって撃墜された。

「おい、生きてんのか!」

 空中で宙返りをしてロボットモードに変形して三人の前に着地、憎たらしい口調で声をかけて来たのはスタースクリームだ。

「ええ、助かりましたスタースクリーム」

「はいはい。おいアイザック! 何か策は!?」

「ある」

「わかった」

 スタースクリームはジェットモードに変形してオメガスプリームの巨体にミサイルでつつく。うるさいハエを叩き落とすべくオメガスプリームは標的をスタースクリームに移した。

《ニューターゲット。破壊開始》

 スタースクリームに戦う気など毛頭ない。

「パワーはないけどよォ、俺にはスピードがあるぜ! 威張るんじゃねぇやこの木偶の坊が!」

 へなへなレーザーで攻撃して反撃があると全力で回避して上手くヒット&アウェイでオメガスプリームを引き付けていた。

「どうしたデカいの! テメェの弾なんざ一発も当たりゃしねえぜ! ハッハッハッハッハ!」

 だが、調子に乗った時だ。撃墜されたバンダースナッチがスタースクリームにぶつかりバランスを崩した。それと同時にオメガスプリームのミサイルが命中。

「うわああああああああああッ!」

 絶叫と共に空中に大きな花火が咲いた。

《排除完了。ミッション再開》

 オメガスプリームは再度、目標を設定し直した。

 

 

 

 DEM社第一支部の主な用途は宇宙開発である。人工衛星の打ち上げや宇宙ステーションの開発が進められていたが、今は打ち止めになりアイザックの指示により兵器開発に従事していた。第一支部には大きなビルはなく、二、三階建ての建築物がいくつも並び広大な敷地に敷き詰められていた。大きなパラボラアンテナが印象的だ。スタースクリームという尊い犠牲の先になんとか第一支部にたどり着く事が出来た。本社から線路が引かれてあるので順調に行けば数分で到着出来たのだが、列車は破壊されて徒歩になりかなり時間がかかってしまった。それにあのオメガスプリームに追われ、いつまた襲撃されるか分からない状況ならば一分がまるで一時間のように感じる。今日は本当に生きた心地がしない日であった。

「アイク、結局ここに何があるんですか?」

「ダモクレス……そうじゃろうアイザック?」

「アーカビル、キミの言う通りだ。オートボット、ディセプティコンにも通じる兵器を作成させていた。衛星兵器ダモクレスは衛星軌道上からレーザーを発射して地球上のどこへでも攻撃が可能だ。しかしまだテストもまだな未完成品だ」

「……。それよりアーカビル、どうしてあなたがそれを?」

「ダモクレスを提唱したのはキミだからだろう? アーカビル。同時に学界から危険視されて追放された。違うかい?」

「その通り、衛星兵器ダモクレスの案はあったが作らせてはもらえなかった。だから儂はDEMで力を振るう事にしたのじゃ」

 アイザックは乱れた髪を直した。

「それで、現段階でダモクレスは使えるのか?」

「作動はする。連射は出来ないぞ一発で仕留めろ。でなければ儂等はあの怪物にパテにされしまうわい」

「わかっている。エレン! ここの職員に命令だ。今すぐ、ダモクレスの起動に入れと! 管制室には私が向かう」

「了解しましたアイク」

 アーカビルとアイザックはダモクレスの管制室へエレンは第一支部の面々にダモクレスを起動するように言いつけてからアイザックの下へ戻った。この作戦が成功すればオートボットには甚大な被害だ。反対にDEMにはとてつもく大きな功績になる。エレンは歩きながらスタースクリームに通信を送り続けているが、反応は返ってこない。ノイズのザー、ザー、という音がするだけで憎たらしい声は全く聞こえないのだ。

 エレンは固唾を飲み、通信を諦めると管制室のドアノブを捻り中へと入った。既に何十人の職員がダモクレスの起動に取りかかり、カタカタとキーを打っている。準備前にオメガスプリームに攻め込まれた場合、エレンは一秒でも多く時間を稼ぐ為にこの身も投げ出すつもりだ。

「ダモクレス、起動しました」

 職員の一人が状況を報告した。宇宙に浮かぶダモクレスにエネルギーが行き渡り、ようやく動かせるようになったのだ。後はダモクレスを頭上に持って行き、パワーを充填すればいつでも撃てる。

 いつもは余裕に満ち溢れて常に何か裏があるようなアイザックだが、普段とは明らかに違った。ダモクレスが最後の希望、唯一オメガスプリームにダメージを与えられる可能性がある兵器だ。もう後が無い、そう考えると自然に目に力が入り、拳を固く握ったまま呼吸も荒くなる。

「バンダースナッチ隊は見事に全滅しました、アイク」

「分かっていたよ。私がネズミのように穴を潜り、必死になって逃げる……か。全く思い出せば出すほど腹立たしい」

「ウェストコット様! 未確認の機影が確認されました。それもバカみたいに巨大です!」

 職員からの報告を受けてアイザックは声を張り上げた。

「うろたえるな。作業を続けるんだ。ここの防衛兵器で出来るだけ多くの時間を稼げ!」

 ダモクレスのエネルギー充填率は二〇パーセント、まだ支部の頭上には来ていない。

 

 オメガスプリームはロボットの姿に戻ると施設への立ち入りを拒むフェンスなどまるで元からなかったのように跨いで入って来る。オメガスプリームが踏み込んだ瞬間にピピピッとアラームが鳴り、気付かない程の小さな爆発した。足下で地雷が反応したのだ。オメガスプリームは地雷の攻撃を受けると突然、うろたえた。

《視界最悪。EMPの可能性大》

 トランスフォーマーの視覚センサーに一時的な不具合を起こすEMP、巨体のオメガスプリームにも効果はあった。センサーによる索敵が出来ず、オメガスプリームは手当たり次第に施設を持ち上げては落として、中にアイザックはいないかと調べて回った。

 エネルギー充填率は四〇パーセントだ。

 オメガスプリームは右腕からビームを放ち、横薙に払うと無人の施設は次々と炎上した。EMP地雷のおかげで時間はかなり稼げている。

「ダモクレスは!?」

「ようやく支部の頭上です。ですがまだ六〇パーセントしかたまっていません」

「急げ!」

 EMPの悪影響が少しずつ治って来た。

《視界回復。索敵再開》

 オメガスプリームの目が管制室に向いた。大きな地響きを立てながら巨躯の戦士は力強い歩みで迫る。

 

 エネルギー充填率八〇パーセント。

「エレン、足止めしろ!」

「了解しました、アイク!」

 宇宙船へと姿を変えたオメガスプリームは管制室から飛び出した一つの影に全砲塔の照準をロックさせた。狙うはただ一つ、エレンだ。プラズマ弾やロケット、パルスキャノンが邀撃にやって来たエレンに目掛けて遠慮なく浴びせられた。

 剣で落とし、シールドで弾き、量子化で避けてみせた。圧倒的な火力、人間の入り込める隙間など与えない攻撃の雨にエレンはゆっくりと堕ちて行った。

 

 エネルギー充填率九〇パーセント。

 

《敵武装。排除確認》

 オメガスプリームは管制室の大きなガラス窓の前で停滞してアイザックの顔を確認した。船首に小さな光の粒が圧縮され始めた。あの極大のレーザー砲撃の準備をしているのだ。

 エネルギー充填率九五パーセント。

 逃げるすべなど存在しないアイザックの顔にはまだ諦めの色は無い。

 ダモクレスが撃つか、オメガスプリームが蒸発させるか。どちらが先にエネルギーを溜め、死の一撃を放つかは検討もつかない。だが、ここでアイザックが死ぬという事はDEM社の崩壊、そして長年アイザックが描いていた野望は全て消え去るのだ。ここまでで犠牲になったスタースクリーム、エレンも無駄になる。

《アイザック・ウェストコット。破壊開始》

 オメガスプリームの充填が完了したらしい、間もなく苦痛もない死が船首から放たれるであろう。

 アイザックが瞳を閉じた。

 だが、次の瞬間だ。一筋の細い光線がオメガスプリームの胴体を貫いた。爆発もなくただ貫いた。

《オメガ。パワー低下》

 ダモクレスの熱線がオメガスプリームの体を射抜いたのだ。安定性を失い、オメガスプリームは有らぬ方向へとレーザーを撃つ。

《オメガ。制御不能》

 オメガスプリームは自身の状態を淡々と報告した。

《オメガ。機能停止》

 ダモクレスの一撃がオメガスプリームを機能停止にまで追い込み、巨体は力無く、地面へと堕ちて行った。

 管制室に歓声が湧き上がった。

「やったやったぁー! やったぞ儂等!」

 アーカビルは飛び跳ねて喜び、職員等一同も席を立って拍手をした。あのオートボットの怪物を撃破したのだ。アイザックは心底安心したような顔を作り、アーカビルと握手を交わした。

 そして、アイザックは職員等を横一列に並べるとガラス窓を背にして高く手を挙げた。

「諸君は英雄だ。この日我々はトランスフォーマーを仕留めた――」

 アイザックは快く演説をして皆が心酔したような顔で話を聞いていた。オメガスプリームの撃破、これはオートボットの心を折る事にもなるだろう。同時にラタトスク機関はDEMに恐れを抱くだろう。オメガスプリームという強敵を倒すに至ったのだから。

 

 が――。

 

 管制室のドアが突然、巨大な台風が来たかのような勢いで引き剥がされた。落ちてくる瓦礫に悲鳴をあげる者もいたが、アイザックはその悲鳴さえ出なかった。

「何故だ……」

 アイザックはそんな疑問を飛ばしたが返事はない。

 管制室を見下ろすのはアイアコンの守護者だ。ダモクレスのダメージは決して弱くは無い。

 倒した筈のオメガスプリームは、堂々と山のごとくそこに立っているのだ。四基の爪を備えた太い腕を振り上げた。そこから振り下ろすまでに大した時間はかからない。

「ぁ――」

 轟音と爆風、この二つが第一支部を支配した。管制室は倒壊し、守護者の前でたった今、一つの命が消滅したのだ。

《オメガ。ミッション完了》

 オメガスプリームは任務が終わり、士道が眠るDEMの本社まで戻って行った。

 

 

 

 

 DEM本社の周りは焼け野原だ。重爆撃機の大編隊がここを通過したような有り様だ。地下はなんとか無事だが、いつ倒壊するか分かった物ではない。士道を見守るのはジャズ達三人に加えてオプティマスもいた。

「オメガスプリームが来ていた……か。詳しい事は彼に聞かないとな」

 と、オプティマスが言った矢先、ひときわ大きなスラスターの噴射音がしたかと思うと地下室にオメガスプリームの腕が入り込み、士道をすくい上げた。

「オメガスプリーム! おい、待て!」

 オプティマスの声を聞き、オメガスプリームの手が止まった。

「お久しぶりですね。どうしましたかプライム」

「聞きたい事が山ほどある。だから、一度私について来てくれ」

 オプティマスの言うとおりにしてオメガスプリームは指定された座標へ来るようにと言われた。流石にあの巨体はグランドブリッジを通り抜ける事が出来ないからだ。

 

 

 

 さて、指定された座標。それはフラクシナスの隣だ。

「し、司令……あの……」

 震えた声で椎崎が言う。

「どうしたのよ報告があるなら早くしなさい」

「はい、えーっとフラクシナスの隣に何かいるんですけど……」

「はぁ!? 映像を出して早く!」

 フラクシナスのクルーがカタカタとキーを叩いて映像をだすと宇宙船の姿のオメガスプリームがフラクシナスに横付けしているのだ。

「何よこのデッカいの! 駐車違反もいいとこよ!」

「攻撃なさいますか?」

 神無月が確認すると琴里はチュッパチャプスを口から出して目を細めた。

「いや、良いわ」

 フラクシナスよりも大きな船が突如現れて琴里もさぞ驚いただろう。

「どうしてだい? ディセプティコンの可能性もあるだろう?」

 眠たそうな目で令音は聞いた。

「オートボットのエンブレムが書いてあるわ」

 いきなり発砲はせずにオートボットのエンブレムを確認したのは冷静な対応だったと言える。

『琴里、聞こえるか? オプティマスだ』

「はいはい、聞こえてるわよオプティマス」

『そちらにオメガスプリームという奴が向かっただろう?』

 琴里は別の映像を見て隣の巨大な宇宙船を見て確信した。

「デカいの?」

『デカいのだ。彼に詳しい話を聞きたい。だから今からフラクシナスのデッキに私が転送される』

「分かったわ。士道は、士道は見つかったの?」

『大丈夫だ』

 程なくして、オプティマスがフラクシナスのデッキに転送されて来た。琴里もそこで待っており、強風に揺られ手すりに掴まっていた。

「久しぶりだなオメガスプリーム」

「そうですね、本当にお久しぶりです」

 ミッション中の機械的な喋り方とは違い、オメガスプリームは流暢な口調で会話した。ミッションの間、徹底的に集中する為に自ら切り離した本来の優しい心が戻って来たのだ。

「あなたは彼の妹さんですね。五河琴里」

「え、ええ。良く知ってるじゃない」

 オメガスプリームからダクトがフラクシナスにかけられたかと思うとハッチが開き、胸に開いた穴が塞がった士道が渡って来た。

「ただいま……ってのはみんなの前で言えば良いかな?」

 士道は笑いながらフラクシナスにまで移ると琴里は人目もはばからずに士道に抱き付いた。

「もう……何回死にかけんのよ!」

「ごめんって心配かけて」

 兄妹の厚い抱擁をしばらく見守り、オメガスプリームは良いタイミングで話を切り出した。

「五河士道、あなたにはゼータプライムより三つのプロテクトが用意されています」

「はい、知っています」

 オプティマスには普通の口調だが、初対面で更に巨大なオメガスプリームに士道は反射的に敬語になった。

「今、あなたはそのプロテクトを使い切りました。これからはもっと己をいたわって下さい。五河琴里の再生能力があるとは言え不死身ではありません」

「気をつけます。オメガスプリーム……さん」

「オメガスプリーム、君こそもっと己をいたわるべきだ。体はもう大丈夫なのか?」

 メガトロンの攻撃でかなり体を痛めて、治療は終わった筈だが病み上がりにかなりの大仕事をした。

「大丈夫……ではありません。DEMの衛星兵器に攻撃を……攻撃を……受けました……受け、受け……治療を――」

 回路がイカレたような喋り方になり、オメガスプリームのスラスターはプスンっと止まり、真っ逆様に落ちて言った。

「オメガスプリームゥゥゥ!」

 オプティマスは即座にパーセプターとジェットファイアーを呼び出して治療を受けさせた。

 

 

 

 

 海岸の切り立った崖には大きな波や小さな波が打ちつけられ、跳ね返される。崖の下には海だけではなく、波に削られた鋭い岩が並んでいた。スーツ姿のエレン・メイザースは崖の先で立ち、茫然自失といった様子だ。オメガスプリームの攻撃に合い、奇跡的に生き延びたが、エレンに残された物は何も、何一つ残ってはいなかった。何もかもが終わっていた後だ。

 泣きつかれて、もう涙も出ない。エレンの存在価値はアイザックの野望を叶える事、アイザックを守る事だ。その守るべき存在はもういない。

「アイク……すぐにそちらへ向かいます」

 自信しかない人類最強の魔術師(ウィザード)とは思えない弱々しい声だ。

 エレンはまぶたを閉じて崖から飛び降りた。

 浮遊感があるが、慣れた物だ。死とはどんな痛みか? あらゆる記憶が蘇り、そして消えて行った。

 少しして、まだ痛みは来ない。死とはここまであっさりしているのかと少し拍子抜けだ。エレンが目を開けて、見えたのは三途の川でもあの世へ行く階段でもない。見たこともない計器に囲まれ、更に操縦桿まである。あの世とは近代的なのだと考えていた。

「おいおい! 何飛び降りてんだよ! CR-ユニットも付けずにどんくせぇな!」

 いちいち勘に触る声、聞き間違えようもないスタースクリームだ。

「スタースクリーム! スタースクリームですか! あなた……生きてたんですね」

「当たり前よ! 死んでも幽霊になって出て来てやるぜ! ハッハッハッハ!」

「スタースクリーム、降ろして下さい! 私にはもう生きる意味なんて無いんですよ! アイクを守れなかった私に!」

「はぁ~? 落ち込んでる暇なんざ俺様にゃあ一秒たりともねぇんだよ! どうせ死ぬしか用事がないんなら俺様の右腕にしてやるぜ! スタースクリーム様の快進撃だ!」

 コックピットを閉めた。

「死んだら元も子もないぜ、エレン! 俺様はメガトロンの野郎をぶっ倒すまで死んでも諦めないからなぁ~! 待ってろよメガトロン~!」

 エレンの意見など一切無視。スタースクリームはエレンを乗せたまま飛び去って行った。

 



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43話 恐怖のミニコン

 雲を切り裂き、およそ地球上には存在しない形状の戦闘機が恐るべき速度で飛行していた。この戦闘機の速度に追い付ける航空機もまた地球上には存在しない。大気圏さえも楽々突破出来る出力を持つスタースクリームはイギリス政府からはロシアが開発した偵察機、と予想して戦闘機を向かわせたがあっさり振り切られてしまった。トランスフォーマー、精霊、この二つの存在は地球上で知る者はほとんどいない。が、しかしオメガスプリームの一件により隠す事が殆ど不可能になっていた。

 目撃者は相次ぎ、ネット上でオメガスプリームの画像や動画がアップロードされるとラタトスク機関が即座に消して回っていた。メガトロン討伐以外頭にないスタースクリームは自分が映っていようが関係ない。

 スタースクリームは空中で格好良く変形し、宙に放り出されたエレンをキャッチして着地した。そこは一面が焦土と化したDEM本社跡地だった。

「こんな所に来てどうするつもりです?」

「まあ見てな」

 スタースクリームは胸のダークスパークをここぞとばかりに光らせ、全身を紫色に変色させると両腕を地面に向けてダークスパークのエネルギー波を放った。焼けた大地には紫色の光がひび割れのように無数の線を刻み込み、染み渡って行った。ダークエネルゴンの力が地中で永遠に眠る者に半端な命を与える。

 エレンは顔をしかめて紫色に変わって行く地面を見つめていると何者かの腕が突き出した。腕がエレンの足を掴むと思わず声を上げて蹴り飛ばした。

「スタースクリーム、何ですこれは!」

「ダークスパーク、そんでもってコイツ等はテラーコン、俺様の軍団さ」

「軍団って……この壊れたバンダースナッチやCR-ユニットがですが!?」

「おうよ」

 自信満々に言うスタースクリームを見てエレンは何歩か後退りした。

「ダークエネルゴンの効果、それにあなたのダークスパークの力……最初からこうやって操るつもりだったんですね! アイクにダークエネルゴンを兵器に使わせて、全部横取りする気だったんですね」

「ああ、そうだぜ。結果的に廃物利用になったんだ良かったじゃないか」

 エレンはペンドラゴンを展開すると魔力槍を手にした。

「おいおい、俺達はパートナーじゃないか!」

「何がパートナーですか!」

「俺を殺してどうする気だァ、おい。テメェはオメガスプリームに負けっぱなしで終わりかァ?」

 負けっぱなし、その一言がエレンに堪えようのない屈辱的な言葉になった。野望は成就出来なかったが、生き延びた今、オメガスプリームに一杯食わしてやる事は出来る。エレンは魔力槍を形成していた魔力を霧散させて、ペンドラゴンも光と共に消した。

「少しはあなたに協力します」

「へへっ、利口だぜ」

 

「一体誰じゃ! 上で騒がしくしているのは!」

 そんな怒号と共にマンホールくらいのサイズのハッチを開いて悪の天才科学者Dr.アーカビルはひょっこりと顔を出した。

「アーカビル」

 スタースクリームは無造作にアーカビルを引っ張り出すと地面に落とした。

 

「やいアーカビル、お前は俺様の手伝うんだ良いな!」

 随分と高圧的に命令した。

「それが人に物を頼む態度かスタースクリームよ」

 スタースクリームの態度に気を悪くしたアーカビルは当然反抗的な態度を取る。

「生い先短い爺さんならせめて人の役に立つんだな!」

 テラーコン化したバンダースナッチがアーカビルの肩を掴んだ。

「お、おい! やめるんだスタースクリーム! 分かった分かったからコイツ等を離すよう言ってくれぇぇ!」

「ふん、最初からそういう態度を取っていれば良いんだ! さてと……」

 手を頭に当ててスタースクリームは考え込む仕草を取った。このテラーコン軍団ではディセプティコンには到底太刀打ち出来ない。エレンの戦力は十分だが、まだまだ心もとない。

「スタースクリーム、何を考えているんですか?」

「メガトロンの野郎の首を取るにはどうするか考えてるんだよ、少し黙ってろ」

 スタースクリームに今ある戦力はテラーコン、エレン、アーカビルだ。

 対するメガトロンの戦力はプレダキングにプルーティカス、サウンドウェーブ、ショックウェーブ、一〇〇〇を超える兵士だ。

「戦力が足らないな……。まずは戦力増強と……」

 スタースクリームはエレンを見下ろした。

「コイツの強化だな」

 エレンのペンドラゴンの強化だ。

 

 

 

 

 北極の寒さはトランスフォーマーの駆動系をも凍らせる。北極での長居は死を意味する。北極大陸で妙な信号をキャッチしたオートボットは、オプティマス・プライムとアイアンハイドが探索に出掛けていた。

「信号はもう直ぐだ!」

 吹雪を避けるように顔を手で覆いながらオプティマスは先頭を歩いていた。視界も悪く、もしディセプティコンが攻め込んで来たらひとたまりも無い。施設も山もない白の平原の中にポコッと地表から盛り上がっている物を発見した。

「あれですオプティマス!」

 アイアンハイドが叫んで早足で隆起した場所へ急ぎ、雪を払いのけると金属が顔を出した。オプティマスがペチペチと叩いて見る。

「……地球の物ではないな」

「なるほど、ではセイバートロンの?」

「だろうね。引っ張り出してみよう」

 オプティマスとアイアンハイドは氷のような雪を手でかき出してから地中に埋まっている金属の塊を引っ張り出した。

 塊の正体はポットだ。しかし、アークの脱出用ポットではない。

「何ですこれ?」

「私にもさっぱりだよ。とにかくパーセプターに調べてもらおう。そろそろ私達の活動時間も限界だ」

 オプティマスはパーセプターにグランドブリッジを開いてもらうと球体のポットを玉転がしのように二人で押してグランドブリッジの中へ消えて行った。光の道を通って北極大陸からオートボット基地へと帰還したオプティマス達が持って帰って来た金属の球体を見て、その場にいた面々は首を傾げた。

「何ですかそれは?」

 ジャズはアイアンハイドと同じような質問をした。

「不明だ。パーセプター、済まないがこれを調べてくれ」

「わかりましたよ司令官」

「頼んだよ」

 とりあえず保管庫に球体ポットを持って行かせた。

「おや、ダイノボット達は?」

「四糸乃と出掛けたぜ。あぁーあ、目立つような行動は控えねーといけねえのによお!」

「そうだな。オメガスプリームの件で人間達が多く見かけるようになった」

 真剣な声で言いながらオプティマスはトラックの姿へとトランスフォームした。

「オプティマス、どこへ?」

「ラタトスク機関のウッドマン卿と琴里とこの後、会う約束がある」

「お気をつけて」

「ありがとう」

 基地の出口までのゲートを開放してオプティマスは通路を抜けて外へと出て行った。

 

 

 

 

 その巨体故に基地へは入れないオメガスプリーム。ずっと空中を浮いているのも不可能ではないが、ラタトスク機関はオメガスプリームにも休める住居を用意してくれた。天宮市を取り囲む山の一部を買い取り、山腹をくり抜き、オメガスプリームが寝られるだけのスペースを作ったのだ。寝る以外出来ないが、オメガスプリームは大層喜んでいた。

 ベッドに横たわり、オメガスプリームはあくびをかいた。

「オメガスプリーム!」

 遥か足下で声がしたのでオメガスプリームはゆっくりとした動作で下を向いた。オメガスプリームにすれば狭い寝室だが、十香や士道等からすれば巨大な広場になる。

「やあ、君達ですか」

 足下には士道、十香、真那、折紙がいた。

「新居が見つかったみたいですしちょっと顔を出しに来ました」

「さっきも私の寝室に遊びに来てくれましたよ。双子の子や片目が文字盤の子に根暗そうな子、綺麗な声をした子がね」

 特徴だけで一体誰なのかすぐに分かる。

「誘宵美九からお茶の煎れ方を習いました。今から是非ともあなた達に振る舞いたい」

 オメガスプリームの申し出を断る理由はないので来客用の椅子に腰掛けた。オメガスプリームから見た人間はアリ同然の小ささで。人間が使う食器など掴みようがない程に小さいが、オメガスプリームは鼻歌を歌いながら器用に人間用のカップをテーブルに並べて、巨大なポットで紅茶を注いだ。

「デカい割には器用でやがりますね」

「全く驚き」

 オメガスプリームの煎れた紅茶を飲むと皆、驚きと同時に感嘆の声が上がった。

「美味しいですねオメガスプリームさん」

「私などの紅茶で喜んでもらえるなら光栄です」

 背もたれに体を預けてオメガスプリームはくつろいだ。

 

 カチャンとカップを置き、十香はオメガスプリームを見上げた。本当に山のような大きさだが、今の彼には優しさに満ちており威圧感は感じられなかった。

「あのだな、オメガスプリーム……シドーを救ってくれて……ありがとう」

「そんな事ですか。私は私の使命を全うしたに過ぎません」

「兄様を助けてくれたのは感謝してもしきれねえです。それと……アイザックを倒したのもあんたって聞きましたよ? 本当でやがりますか?」

「本当です。彼の生命活動の停止を私は確認しました」

 出来れば自らの手でカタをつけたかったが、結果的にアイザック・ウェストコットという巨悪を滅ぼしたのだからこの守護神にはその件についても感謝したい真那だった。

 オメガスプリームへの挨拶も終わって士道達は新居を後にした。高層ビルのような高さのテーブルに置いていたタブレットをオメガスプリームは手に取り、今日までのディセプティコンとの戦いをチェックした。特に最初に地球へやって来て人間や精霊とコンタクトを取ったグリムロックの事は念入りに調べた。

 オートボット内でも凶悪で暴力的な集団の筆頭であるグリムロックの評判はオメガスプリームがいた時代からでも芳しくはない。グリムロックが敵を粉々にする様を見ればディセプティコンと勘違いするだろう。

 ゼータプライムを慕い、グリムロックは唯一命令を素直に聞いた。

 オプティマスやアイアンハイドよりも長く生きているオメガスプリームの記憶にはセイバートロンの戦争が良く記録されてある。プレダコンとダイノボットの争いは古くから運命づけらていたのかも知れない。

 オメガスプリームがそう考えていると新居に新たな来客が来た。一台のトラックに黒いバンが十数台も並んだ。それでもスペースは有り余っている。

 赤いトラックはトランスフォームして見事な変装を解いてオプティマスとしての姿を現した。黒いバンからはまずは数十人の魔術師(ウィザード)が出てから厳重な警備を固めた。その後から赤い髪をツインテールにした琴里とその琴里に介抱されるようにウッドマンが車を降りて、車椅子に乗せた。

 人間一人に随分な警備だとオメガスプリームは思った。そもそもこれが警備になっているのかオメガスプリームから見れば疑問だ。吹けば飛ぶような存在を吹けば飛ぶような存在が警護をしているのだから。

 また後からバンを降りてウッドマンの車椅子を押す少女を見て、オメガスプリームは少し困惑した。エレン・メイザースと極めて似ていたからだ。一瞬でカレンの肉体をスキャンして姿形は似ているが、エレンとは別人であると看破した。

 

 話す準備が出来たらしく、ウッドマンは柔和な笑みを浮かべた。接触回数が圧倒的に琴里よりも少ない割にトランスフォーマーを恐れぬ胆力は大した物だ。

「初めまして、オメガスプリーム」

「初めまして、エリオット・ボールドウィン・ウッドマン卿。私にこれほどに素晴らしい住処を提供して下さったのはとても感謝しています」

「いえいえ、あなたの巨体には狭すぎますね。これで満足してもらえるなら私も嬉しいですよ。早速、本題に入りましょうか」

「そうですね、私も今回何を話すのか何も聞いていない」

 オプティマスはそう言いながら琴里を一瞥した。

「以前のオメガスプリームのDEM社への攻撃、及び崩壊はトランスフォーマーの存在を隠しきれないレベルにまで達している」

 今までラタトスク機関とDEM、そして自衛隊くらいがその存在を知っていた。しかし、月の消滅に続いてDEM社の崩壊、人類には不可能な事象が相次ぎ、一部オメガスプリームの映像が各国の首脳陣に出回っている。既に先進国ではエイリアンの地球の乗っ取り作戦と囁かれているのだ。

「人間達は我々を恐れる筈だ」

 と、オプティマス。

「せめて地球上の首脳陣だけに情報が止まって欲しいわね」

 地球人はトランスフォーマーを恐れるだろう。突然、鋼鉄の巨人達が町を歩いていれば地球はパニックに陥るかもしれない。

 だから身を隠す手段として車の姿を取ったのだ。

 今回の会談はトランスフォーマーの今後の生き方が分かれる。

 

 

 

 

 ネメシスをトリプティコンに目覚めさせるべく治療と改造に忙しいディセプティコンはあの巨大な艦を火星に置き、ショックウェーブの指揮の下に活動をしていた。さて、メガトロンを含むショックウェーブ以外のディセプティコン達は地球の海底に臨時基地を構えていたのだ。

 トリプティコン計画に加えてプレダコン計画が同時に進められて普通なら過労死をしかねないが、ショックウェーブは顔色一つ変えずに淡々と作業をしていた。

 海底臨時基地のブリッジではメガトロンが巨大スクリーンと向き合いながらショックウェーブと話していた。

『メガトロン様、トリプティコンを蘇らせるにはまだまだエネルギーが必要です。魔力生成機のメカニズムを利用したエネルゴン生成機を各パーツに取り付けてもピクリとも動きません』

「エネルギーが足らないだと? 分かった、それは儂がなんとかしよう」

 ショックウェーブの通信を切り、次にサウンドウェーブとの交信が始まった。

『メガトロン様、ちょうど良いエネルギー元を見つけまシタ』

「ほう、映せ」

 サウンドウェーブから送られてきた映像を見てメガトロンは目を見開いた。

「こ、これは……!」

 それは、滝だ。

『ナイアガラにも匹敵スルこの滝ハ半永久的に流れ続ケマス』

「良くやったサウンドウェーブ。ディセプティコン出撃だぁ!」

 ただちにディセプティコンの強奪作戦が始まったのだ!

 海底基地をメガトロンとコンバッティコンが飛び立ったのだ。

 

 

 

 

 そして、その問題の滝。

 滝に隣接した発電所では何にもの作業員が仕事に取り組んでいた。

「ふぅ~疲れたな。今夜飲みにでも行くか?」

「あ、良いですね!」

「よーし、後少しだな!」

 その時である。

 上空からメガトロン率いるディセプティコンが発電所を襲来したのだ。

「な、何だありゃぁ!」

「巨大なロボットだよ!」

「みんなで追い返しちまおうぜ!」

 作業員は口々で上げてから近辺に転がっている鉄パイプや屑鉄を掴んではメガトロンに投げつけた。

「帰れ帰れ~! 巨大な化け物め!」

「お前達の居場所じゃねぇんだよ! ハハハハ!」

「消えろぉ~!」

 足下からする罵詈雑言に加えて鬱陶しく飛来するパイプにメガトロンは苛立ったような顔をしてから落ちていた土管を拾って作業員達へ転がした。

 慌てて作業員は滝へ飛び込んだり、真横へ飛んで逃げた。

「ランブル、レーザービーク、イジェクト」

 サウンドウェーブの胸のハッチから小さなロボットが飛び出した。

「よし、総員発電所を乗っ取れぇ!」

 ディセプティコンの略奪が開始された。発電所の壁を破壊して乗り込み、発電所の機械を分解して水力発電によりエネルゴンを生み出す生成機を作っていた。作業員はあっさりと発電所を放棄して逃げ出し、ディセプティコンはあっと言う間に占領をしたのだ。

「いや、実に愉快だわい」

 メガトロンは嬉しくて笑いが止まらなかった。滝による水力発電で大量のエネルゴンキューブが生成されて行くのを見て爽快な気分だ。いつものオートボットも邪魔をしに来ないし、スタースクリームが余計な事はしないしでメガトロンのストレス値も平均にまで下がっていた。次々と生み出されるエネルゴンキューブをコンバッティコンの面々やディセプティコンの兵士が運び出し、グランドブリッジで海底臨時基地へと転送されて行った。この水力発電所だけでも十分なエネルギーを生産してくれるが、メガトロンは欲を剥き出しにして、もっと効率よく水力発電出来る方法はないかと、滝を眺めながら思案に暮れていた。この水量を増やし、且つ流れを大きく出来れば今の十倍のエネルギーを生産可能だ。水、水、っと頭の中で言葉を反芻させていると、メガトロンはピンっとある事を思い出した。そうだ、あるではないか、水を生み出す存在が……。

「サウンドウェーブ、今からコイツを連れて来い!」

 画像データを見せつけるとサウンドウェーブは頷きすぐさまレーザービークに命令した。画像データに乗っていたのは四糸乃だった。果たしてメガトロンは一体何を企んでいるのか。

 

 

 

 

 狙われているとも知らずに四糸乃はダイノボットと散歩の最中であった。ダイノボット達の健康の為、ストレスが溜らない為に定期的に外を歩かせて散歩をする必要があった。でなければダイノボット同士がぶつかりあって基地をメチャメチャにされてしまうからだ。

「やはり外は気持ちが良いな」

 スラッグは身震いさせて自然の空気を楽しみ、他の面々も賛同するように頷いた。

『キミ達ってぇ~ずっと中にいたら暴れるじゃない? だからこうしてお忍びでお散歩してるんだよん』

 よしのんがお忍びとは言ったが、全く忍んでいない。むしろ注目を集めていた。

「俺、グリムロック。基地が狭いから悪い」

「やっぱりダイノボットアイランドが消えたのが惜しいな」

 スナールは残念そうな声で言った。事件は多かったが、あの島は皆気にっていたのだ。落着きのないダイノボットが唯一暴れまわっても怒られない島だからだ。

「最近は、体が鈍ってしょーがねーよな! どっかにディセプティコンの基地でもあればぶっ壊してやるのによう!」

「あ、あの……壊すのは……可哀想です……」

「俺、グリムロック。あんな連中に同情してやる必要ない。俺なら笑う、ハハハハハ!」

 河川敷を歩いていると、怪鳥のような奇声が空から聞こえて来た。カラスがヒステリックでも起こしたのかと誰も反応しなかったがスワープだけが、周囲を見渡して警戒をした。するとどうだろうか、スワープの視界にシャッと何か黒い影が高速で通り抜けたのだ。

 レーザービークだ!

 空中から奇襲を仕掛けて来たレーザービークは光弾を放ち、ダイノボットを撃ったが当然のごとくダメージは無い。しかし、レーザービークの狙いは他にあったのだ。スワープも降下して加速をつけてレーザービークを叩き落とそうとビームを放ち、地上からは変形したダイノボット達が銃を撃って来て援護射撃をしているが誰も一発たりとも命中しない。命中さえすればレーザービークは大破して任務を遂行出来なくなるのだ、必死で避けるのも頷ける。カラカラ、と喉を鳴らしながらレーザービークを四糸乃へロックオンすると、急降下して真っ直ぐ一直線に地上を目指して落ちてくる。

「撃ち落とせ!」

 グリムロックの命令でより一層弾幕に厚みが増したが、下手糞な射撃では何万発撃とうともレーザービークには当たらない。グリムロックの陰に隠れる四糸乃をレーザービークの鋭い爪が捕え、EMPを破裂させて全員に目晦ましを行うとさっさと退散してしまった。

「グリムロックさん! 助けてー! 助けてー!」

「よ、四糸乃ぉぉぉぉぉ!」

 四糸乃が誘拐されてしまった。グリムロックは怒りに任せて地面を殴るとアスファルト舗装をされた道路に拳がめり込み、バリバリと音を立てて砕け散った。赤い肉体のグリムロックに更に赤く燃えがるとスラッグは冷静な態度で肩に手を置いてグリムロックに冷静になるよう説得を始めた。

「待てよ隊長、怒るのは分かるがまだだ」

 グリムロックはスラッグの手を払う。

「四糸乃を、助ける!」

「そうだ、だけど一旦冷静になれって。四糸乃はディセプティコンに誘拐された。その理由を考えるんだ」

「理由?」

 スワープはグリムロックの肩に止まる。

「あいつ等の考えそうな事か……何だろ? 分からないな」

 スナールは首を傾げた。スラージも同様の仕草をした。

「グルルルル……! 考えても、仕方ない、匂い、辿れ! 見つけて、あいつ等を破壊する!」

 四糸乃の匂いはよく覚えている。全員ビーストモードに戻ると鼻を利かせて匂いを頼りに追跡を開始した。

 

 

 

 パーセプターは北極から持ち帰った球体のポットの調査をオプティマスから頼まれていた。しかし、ますそれには固まった氷を溶かす必要があり、保管庫を温かくして気長に待っている事にしていた。今日は特別、やる事もなくオートボットはオメガスプリームと会って帰って来た狂三、七罪、美九。耶倶矢と夕弦の相手をしていた。冬場でも暖房の利いた部屋でゆっくりせずに運動がしたい八舞姉妹はバスケをしようとせがんで来たが、運動が苦手な美九はパス、ゲームに熱中している七罪もパス、狂三も七罪とゲーム中なのでパスした。耶倶矢と夕弦は口を尖らせながらジャズやアイアンハイドにバスケをせがんで来た。

「かか、ジャズよ。我らとバスケをする権利をやろう!」

「懇願。バスケをしましょう。トランスフォーマーのバスケです」

「バスケかい? でも人数が足りないな」

「私は遠慮するよ。代わりにワーパス、お前さんがやってやれ」

「OK、爺さん! 俺様がバスケの激しさをタップリと教えてやるぜ!」

 とりあえず、二対二でも始めようとしたと同時に広間の奥、基地の保管庫がある方から重たい何かが倒れたような轟音が響いて来た。あまりに大きな音だったので全員がビクッと背筋をピンと伸ばして驚いた。

「嘲笑。やーい、耶倶矢がビビってます」

「はぁ!? ビビってねーし! 夕弦の方がビビってたし!」

 二人の可愛らしいやり取りを微笑ましく見ていたが、パーセプターとジェットファイアーは怪訝な表情で通路を睨んだ。

「変だね……。見て来よう」

 パーセプターがテレトラン1から離れようとすると、狂三がゲームのコントローラーを置いた。

「わたくしが見て来ましょうか? ちょうどゲームにも一区切りつきましたし」

「ああ、助かるよ」

 オートボット基地の巨大な通路を狂三は一人歩いて行く。思えば、基地の中を詳しく見た覚えがない。運動をするグランドとかはよく立ち入るが基本的には広間に集まっている。小型の無線機を渡されて狂三はスイッチを入れた。いつのまにここまでドックを増設したのかと思える程に今のオートボット基地は広い。総面積はそうとうな物だが、一部屋が小さく区切られているので、これではダイノボットが狭い狭いと文句を言うのは頷けた。

 とにかく何か異常を発見してパーセプターに伝えてあげようと保管庫へ続く道を急いだ。その道中でカツン、カツン、と何か金属の転がるような音を耳にした。狂三が振り返って床を見渡すと、ボルトが一本外れてしまい転がっていたのだ。流石はトランスフォーマーサイズのボルトだ。狂三が広いあげると、手にひらを優に超える大きさをしてまるでバトンのようだった。小首を傾げてとりあえずこれもパーセプターに連絡しようとした。まずは保管庫のチェックを急ごうと再び歩き出したと同時に狂三は何かに躓いて転んだ。

「痛いですわ……」

 膝をさすりながら一体何に躓いたのかを確認すると、狂三の足下には大きなくりくりとした目を二つ、頭は大きく、小さな足を4本と前足をすりすりと合わせながら非常に愛らしい小さなロボットが姿を見せた。大きさは狂三の膝までもない、小さなこの生物を見て狂三はパアっと顔が明るくなる。

「まあ! 何ですのこの可愛らしい生き物は!」

 小さなそのロボットは狂三をよく観察して匂いを嗅ぐような仕草をした。

「どうしたんですの? あ、まさかこれで遊びたいんですの?」

 さっき拾ったボルトをロボットの前に出して振ってやるとぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにして円を描くように走り回った。その様子にも狂三は心をときめかせて、癒された気持ちになった。快くボルトを投げると小さなロボットは元気よくボルトに飛びつき、激しいドリルのような音と共に食べてしまった。

「あらあら、お腹が減っていましたの?」

 ロボットはボルトを食べ終えると狂三に近づいてから頬を足にすりつけて甘えたような行動を取った。行動がいちいち可愛らしくつい表情が緩んでしまう。狂三はロボットを抱きかかえるとそのままみんなのいる広間へと帰って行った。

 広間では天井のライトがパチパチと点滅をしたり、テレトラン1の動作不良を起こしたりと基地内には明らかに不具合が多発していた。

「やはり変だな。今朝、調べた時は異常がなかった筈なんだが……」

「パーセプターさん、ボルトが外れていましたわよ」

「ああ、おかえり狂三――って、ヴォワァァァァァァァァァァァァ!?」

 パーセプターはひっくり返り、必死の思いでジェットファイアーの後ろに隠れた。

「どうしたと言うんだいパーセプター――。うわあああああああああッ! み、みみ! ミニコンだぁぁぁぁぁぁ!」

 ミニコン、その言葉を聞いて基地内は騒然となった。

「きゃああああ! ミニコンだ!」

「た、助けてくれぇぇぇ!」

「は、早く始末するんだぁ!」

 いつも勇猛果敢なワーパスでさえ大きく取り乱して逃げ回った。ミニコンと比較すれば十数倍はあるトランスフォーマーが揃って怯えるのは中々、見れたものではない。

「えぇ~どうしたんですかぁ、みなさん。こーんなに可愛いんですよ?」

 狂三が持ち帰ったミニコンに精霊達があつまり、つついたりして反応を窺って楽しんでいた。

「だ、ダメだぜ! 早くそいつをどうにかしてくれよぉ!」

「一刻も早く潰すんだ!」

「ぷすー! 大きいナリしてだらしないな~もう。これの何が怖いのよ? 可愛さで負けて人気取られるのが嫌なんでしょ?」

 七罪は冗談を言ったがオートボット達に冗談を言っている暇はなかった。

「そいつらの餌は金属なんだ。特に超ロボット生命体の金属は大好物なんだ!」

 必死の形相でパーセプターは説明した所でミニコンが起き上がり、大きな瞳がオートボットを捉えると突如、口を大きく開き細かく鋭い牙を並べた口を動かしてジャズに食らいついた。

「う、うわああああああああああ! 助けてぇぇ!」

 足の表面を食らいつき、素早く足を上ってくるミニコンを見て初めて精霊達はゾッとした。そして狂三は歩兵銃を構えると躊躇いなくミニコンを打ち抜いた。力無く、地面へ落ちるとミニコンは火花を散らし、動かなくなる。

「これは大変な事態だぞ!」

 ジェットファイアーがスペースジェットに変形して基地の中を飛行して急ぎ、保管庫へ向かうと予想した通りの光景があった。壁は食い破られ、保管庫の中に置いてあった球体のポットも同様中から食い破られた形跡があった。間違いない、ミニコンを保管していたポットだ。どういう経緯で地球に流れ着いたかは不明だが、この緊急事態を一刻も早く収拾をつけねばオートボットに明日は来ない。

 

「こちらジェットファイアー、やはりあのポットはミニコンを格納していたみたいだ」

『分かった、ジェットファイアー。直ぐに戻ってくるんだ』

 単独行動は死を招く危険がある。ジェットファイアーは寄り道はせずに保管庫を出ると変形して広間へと戻って来た。

「ミニコンがこの基地を食い荒らしていたら大変だ。せっかくの基地が餌場になってしまう。私達も含めてね!」

「パーセプターさん、ミニコンは何匹いるんですの?」

「わからない……けど数万といる」

 数万のミニコンを想像してパーセプターは身を震わせた。考えたくもない光景だからだ。

「質問。ミニコンに弱点はないのですか?」

「弱点かい……? 構造はサイバトロニアンだから急激な寒さには弱い筈だ……」

「ほほう、極寒の魂まで凍てつく氷であるか」

「四糸乃ォォー! 早く帰って来てくれぇ!」

 アイアンハイドはみっともなく叫んだ。だけども仕方がない。人間で言うならピラニアの群を相手にしているようなものだ。「ミニコンの排除はともかく、まずは基地の復旧を急ごう! ジェットファイアー、君は耶倶矢と夕弦と行くんだ」

「分かった」

「心得た!」

「了解。ジェットファイアーは夕弦が守ります」

「ジャズは美九と、狂三はアイアンハイドと七罪はワーパスとだ」

 そしてパーセプターは一人で広間に残って手が届く範囲で修復作業に取りかかった。

 

 

 

 

 発電所でエネルゴンキューブを生み出してレーザービークの帰還を待つメガトロンはサウンドウェーブにレーザービークが早く帰って来るようにと命令した。

「サウンドウェーブ、レーザービークにもっと急がせろ」

「ご安心ヲ。到着シタ」

 サウンドウェーブが指を差すと四糸乃を運ぶレーザービークの姿が確認出来た。

「おぉ! 良くやったレーザービーク」

 甲高い声で鳴き、四糸乃をゆっくりと降ろすとレーザービークはカセットの姿となってサウンドウェーブの胸の中へ帰って行く。

「ようこそ、四糸乃。儂にはお前の力がいる。協力してくれるな?」

 突如、ディセプティコンの大帝の前へ引き出された四糸乃は頭を抱えて小さくなり、怯えてしまっている。

「怯える必要はない。儂等はお前に乱暴するつもりで呼んだのではないからな」

 メガトロンは右腕のフュージョンカノン砲を外すと四糸乃を出来るだけ優しくつまみ上げた。

「お、降ろして……下さい……」

「では、儂の申し出を受け入れるんだ。ここの滝の水量を増やせ、そうすればいつでも帰って良いぞ」

「へ……?」

『いが~い、もっとよしのん達に乱暴してああ、もうめちゃめちゃにするのかと思ったよん!』

「だから乱暴する気はないと言っただろう。ほら、この滝の水量を増やして流れを激しくするだけてお前さんは自由だぞ」

 メガトロンの言葉を完全に信じ切るのは危険だが、四糸乃に他に取れる選択肢はなかった。

 

 メガトロンの申し出を受け入れて四糸乃は発電所の屋上へと降ろされた。そこからはよく滝が見えて壮観な眺めだ。

「ほら、早くやらんか」

 せかされて四糸乃はおどおどとしながら霊力を発動した。流石は水と氷の精霊と言うべきか滝の水量は目に見えて分かる程に増幅し、エネルゴンキューブはどんどん生産されて行く。

「いやはや、実に愉快な眺めだわい」

『ほら、よしのん達の仕事は終わったよ。帰ってもいいよね?』

「ああ、そうだな」

 メガトロンが四糸乃を掴む。

「帰れるならな」

 サウンドウェーブが用意した小瓶に四糸乃を放り込み、きっちり蓋を閉めた。

『騙したな悪のロボット!』

「フハハハ! 頭を使え頭を。妙な事を考えるなよ? さもなければ――」

 落ちていたフュージョンカノン砲を取り付けてブロウルが持って来た作業員がたくさん詰め込まれた入れ物に砲口を突き付けた。

「人間共を木っ端微塵にしてやるからな!」

 高笑いを上げ、メガトロンは四糸乃に更に水量を増やすように命じてエネルゴンキューブの様子を見に行った。

 

 

 

 なんとかして基地の破損個所を見つけ出してテレトラン1を稼働させる必要があった。原因は分かっている。エネルゴンを循環させるパイプがどこか食われてしまってまともに機能していないのだ。

 冷静沈着、勇敢なる空の戦士ジェットファイアーは姿勢を低く取ってやや引き腰で銃を構えていた。

「耶倶矢、夕弦! そんなに先々行かないでくれよ。いつ連中が襲いかかって来るか分からないからね!」

「かか、情けないぞジェットファイアー。天空の騎士がそれではみっともない」

「安心。ミニコンなど私達の力で蹴散らします」

「そうは言っても……怖いんだよ……! 君達も虫に肌を食い破られて体の中を食い散らかされるのは嫌だろう?」

「イッー! やめてよジェットファイアー! そんな痒くなるような事言うの!」

 想像したらとても恐ろしくなって背筋に汗が滲み出した。不意にどこかでカチャンと音が聞こえるとジェットファイアーは飛び上がってパルスショットガンを出鱈目に発射した。そして天井が破れて大量の切れたコードが垂れた。

「うわああああ! いやだぁぁぁ! うわ、うわああああ!」

 ジェットファイアーはコードをミニコンと勘違いして手をバタバタさせて暴れまわっている。

「ジェットファイアー! ちょっと落ち着いて!」

「安静。それはミニコンではありません!」

 二人に言われてジェットファイアーは落ち着きを取り戻した。

「はぁ……何だコードか」

 しかし、天井に隠れていたミニコンが転がり落ち、ジェットファイアーに襲いかかった。

「いやあああああああ!」

 危うし、ジェットファイアー。

 

 

 

 アイアンハイドと狂三ペアもまたミニコンに怯えるアイアンハイドを宥めながら破損個所を探していた。

「あーあ、まさかあんなに凶悪だなんて残念ですわぁ」

「そうだろそうだろ! まだダイノボットの相手をしている方が遥かにマシだ!」

「それは、何とも言えませんけど……。あ、あれを!」

 狂三がエネルギー漏れを起こしているパイプを見つけ、アイアンハイドは少しホッとした。それと同時にダクトから顔を出すミニコンも発見してしまった。

「く、狂三! 奴だミニコンだぁぁぁぁ!」

 両腕を重火器に変形させてアイアンハイドは狂ったように爆弾とロケット砲を発射して壁ごと吹き飛ばした。壁に穴を開けた結果、大量のミニコンが這い出して来た。

 危うし、アイアンハイド。

 

 

 

 

 七罪とワーパスは既に漏れていたエネルゴンの循環パイプの修復を完了させて広間へ帰ろうとしていた。ワーパスは自分より遥かに小さな体の七罪を前にして隠れるように縮こまって歩いていた。

「あの、どんなに頑張っても隠れるのは無理だと思うんだけど?」

「お前達はミニコンに襲われないからそれだけ余裕なんだって!」

「まあ、ちょっとゾッとはしたけどさ」

 ミニコンがジャズを食べようとしたのは確かに恐ろしい光景だ。七罪が工具箱を誤って滑らせて通路に落とした瞬間だ。

「きゃぁぁぁぁ! ミニコンが来たぞぉぉ!」

 ワーパスは狂乱してガトリング砲を所構わずに撃ちまくる。

「ワーパス、ワーパス! 大丈夫だって工具箱落としただけだから!」

「はぁ……はぁ……何だ……工具箱か」

 ワーパスが安堵の溜め息を吐くと大量の金属の歩く足音がした。ワーパスと七罪の先にある分かれ道、そこを曲がってトランスフォーマーの匂いに誘われてミニコンの群が到着したのだ。ワーパスは血の気が引き、ガトリング砲を発射した。

「きゃぁぁぁぁ! 来るなあぁぁぁぁ!」

 危うし、ワーパス。

 

 

 

 

 ジャズと美九のペアも破損個所を見つけて帰る途中だ。既に何回か襲撃を受けておりジャズはへろへろだ。インセクティコンの群にも合体兵士にも恐れず立ち向かったジャズも今回は怯えきっていた。

「あのぉ、ミニコンってセイバートロンにもいたんですかぁ?」

「いたよ! でも殆ど見かけなくなったね。噂では天敵がインセクティコンとか……」

「インセクティコン? ああ、あの大きい虫さんですよね?」

「そ、そうだよ」

 何とか平静を保とうとしているが、落ち着いていないのは目に見えて分かった。

「見た目は可愛いのに」

「君はハムナプトラの虫が人間を食べるシーンは見たことあるかい?」

「ありますよ。止めて下さいよジャズさん。気持ち悪い」

「私達からしたらそれと一緒なの!」

「まあでも広間に帰ってしっかり守りを固めましょうよ!」

 帰るまでの道、既に悪夢は直ぐそこにまで迫っていた。独特な駆動音に大量の足音をジャズは聞き逃さなかった。スポーツカーにトランスフォームして美九を乗せると一目散に逃げ出した。

 逃げる最中、広間の方から悲鳴がした。

 

『オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!』

 

「パーセプターの悲鳴だ!」

 ジャズはエンジンを更に噴かして広間へと突入すると既にそこはミニコン地獄となり果てていた。

「た、誰かぁぁぁ! 助けてくれっ――ヴォワァァァァァァ!」

 美九はジャズから降りるとくるりとターンをしてから空間にパイプオルガンを呼び出した。

破軍歌姫(ガブリエル)輪舞曲(ロンド)!」

 物理的な音波破壊攻撃はパーセプターに群がるミニコンを一掃、広範囲且つ高威力な有効打だ。全身傷だらけのパーセプターは地面を這いながらテレトラン1のスイッチを入れた。テレトラン1が上手く起動して少しは安心出来た。

「た、助けてぇ~……」

 もう叫ぶ力もないのかワーパスにアイアンハイド、ジェットファイアーのチームも破損個所を直して無事に帰還した。全身に噛みつかれた傷がある時点で無事とは言い難いが死人が出ていなければこの際構わない。

 もう殆どフラフラで全員元気は無い。次の襲撃が来れば持ちこたえられる自信はなかった。精霊達は各々、武器を構えたが数万のミニコンからオートボットを守れるとは思わなかった。

「パーセプター、な、何か良い案は無いのか?」

 アイアンハイドは息も絶え絶えに聞いた。

「私も思いつかない……」

「あ、わたくしにいい考えがありますわ!」

 狂三のいい考えにパーセプターは興味を示した。

「グランドブリッジを開いて北極に送り返すのですわ」

「いい考えだね。でも誰が誘導するんだい?」

「オレ等の中から餌を出せってのか! 狂三の鬼!」

 そうこう言っている内にあのカタカタと気持ち悪い足音と共にダクトを突き破ってミニコンの大群が広間へ乗り込んで来た。

「四の五の言ってられないな。グランドブリッジを開く!」

 パーセプターは最後の力を振り絞りグランドブリッジのレバーを下げた。いつもの場所に光の道が形成される。精霊達がミニコンを撃ち落としているが、早くも攻撃を突破してオートボットに襲いかかっている。

「ヴォワァァァァァァ!」

だが、誰も誘導出来る力は残っていない。

 危うし、オートボット!

 

 

 

 

 トリプティコン復活までの十分なエネルギーを蓄えたメガトロン一行。オートボットも邪魔しに来ず、こんな嬉しい日は無い。

「ハッハッハ! 素晴らしい! これほどのエネルゴンキューブは見たことがない! 貴様にも感謝するぞ四糸乃! さあ、この愚かな作業員共を殺されたくなければ働け!」

 ケースに押し込まれた作業員達はギリギリと奥歯を噛み締めた。自分達の所為で何だか良く分からないが、とりあえず小さな女の子が苦しんでいると思えば腹が立った。

「この、この! みんなこんなケースを割っちまおうぜ!」

「おうよ!」

 作業員はケースに体当たりをかまして破ろうとした。メガトロンやサウンドウェーブは笑いながらそれを見た。

「ハッハッハ、バカ共めが。それは儂等を閉じ込めるようの強化ガラスケースだぞ。貴様人間共に破れる筈が――」

 バリィンと音を立てて作業員達のガラスケースが砕け散ったのだ。

「そんなバカな!? サウンドウェーブ! 奴等を捕まえろ!」

「ハイ」

 サウンドウェーブが手を伸ばして作業員を捕まえようとすると背後からブロウルが投げ飛ばされて来た。

「気をツケロ!」

「わ、ワリィなサウンドウェーブ。ってかメガトロン様、大変でさぁ! ダイノボットが!」

「何ぃ!? ダイノボットか!」

 メガトロンが忌々しくその名を口にすると森林を突き破ってダイノボットが発電所前へと乗り込んで来た。

「四糸乃、助けに来た!」

 ディセプティコン兵士のブラスターなと全く利かず、巨大な顎で食いちぎり、グリムロックはメガトロンの場所を目指した。

「何だあのバカでかい恐竜軍団は!」

「でもあの邪悪なロボットをぶっ倒してるぜ! きっと味方だ!」

 作業員は口々にそう言ってダイノボットの応援をした。

「コンバッティコン、ブルーティカスに合体しろ!」

 オンスロートの代わりにメガトロンが命令を下した。スィンドル、ブロウルが素早く脚部を形成、胴体部分にオンスロートが乗り、ブルーティカス誕生まで後僅か、その時、スラッグの強烈な突進が未完成のブルーティカスに激突した。ブルーティカスへの合体がキャンセルされてコンバッティコン達は尻餅をついたり、頭から落下したりと散々な目にあった。

「ぐぬぬ……ブルーティカスまでもか! ディセプティコン、撤退、撤退ぃ~!」

 メガトロンの指示で撤退を始めようと立ち上がるコンバッティコンにスラージは尻尾と首で叩き、谷底へと叩き落とした。

「メガトロン! お前も、落ちろ!」

「黙れ、時代遅れの生き物めが!」

 フュージョンカノン砲をグリムロックへお見舞いしたが、グリムロックの装甲には利かず胴体を噛みつかれそのまま滝壺へと落とされ、サウンドウェーブもスワープに掴まれてから真っ逆様に落ちて行った。

「ワハハハ、水泳でも、楽しめ! 悪いことした罰だ! 四糸乃」

「は、はい……」

 グリムロックの言いたい事を察して四糸乃は滝の水量を増加させてディセプティコンを押し流してしまった。

 グリムロックは変形してから四糸乃が閉じ込められたビンを裂いてから中から出してやる。

「あの……やっぱり……可哀想……じゃないですか?」

「メガトロンの野郎にはあれくらいでちょうど良いのさ」

 ビーストモードに戻るとグリムロックは四糸乃を頭に乗せた。

「おいおい! 恐竜軍団達! ありがとうな俺達と仕事場を守ってくれて!」

 作業員は嬉々とした声をあげて走り寄って来た。バッチリ姿を見られてもう言い逃れは出来ない。

「最っ高にクールだぜ! 恐竜がロボットに変形!? 格好良すぎだろ! 君達何者!? サインくれよサイン!」

「俺、グリムロック。オートボット、正義の戦士。あいつ等ディセプティコン、悪いロボット」

「分かりやすい!」

 どこまでも恐れを知らない作業員達はグリムロック等に分かれを告げた。ダイノボットもまた手を振って基地へと帰還した。

 

 

 

 ミニコンの攻撃を凌ぎ、耐え、オートボットは嵐のような猛攻に必死で抗っていた。塗装は剥げてジャズの美しいボンネットには穴も空いていた。

「警告。もうダメです。押さえ切れません!」

「死に場所は地球か……悪くない」

 ジェットファイアーが諦めの言葉を口にした。

氷結傀儡(ザドキエル)!」

 基地内に体の芯まで凍りつきそうな風が吹き抜け、さっきまで暴れまわっていたミニコンがたちまち氷結してその動きの一切を止めてしまった。

「はあ、はあ、四糸乃!? 四糸乃かぁ!? 助かったぁぁぁぁ! お前を待っていたんだ!」

 ワーパスは飛び上がって喜ぶと力尽きてひっくり返ってしまった。

「四糸乃ちゃん、もっと早く来て下さいよぉー! 基地では大変だったんですからね!」

 美九はぷくっと頬を膨らませて言った。

「き、基地の外から……パーセプターさんの……絶叫が聞こえて……急いで戻りました」

 四糸乃の他にもダイノボットが帰還している。あのダイノボットがミニコンを目の前にした時の反応も気になるが、何はともあれ基地はすんでのところで救われた。

 



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43話 グリムロック/怒りのタイムトラベル

 士道は朝一番に大きなあくびをした。連日の波乱万丈な出来事に疲れを感じている、その所為か士道にとっての安らぎの空間は学校に行っている時であった。学校の時だけはディセプティコンの戦いも無く過ごせる。授業はいつも通り始まって珠恵はあどけない口調とのんびりとした声で話している。ぼんやりと黒板の文字をノートに写していたら授業は終わった。

 次の授業の準備をしようと席を立とうとすると士道の肩にガシッと腕を組まれた。

「よお五河、今日暇?」

 唐突な質問をされて困惑したが、今日の予定を思い出した。何もない、琴里からも急いで帰って来いとも言われていない。

「うん、暇だぞ」

「よし! 良かった。ちょっと放課後付き合ってくれよ山吹等も一緒なんだけどさ」

「あいつ等も?」

 殿町と亜衣、麻衣、美衣の三人という組み合わせが珍しく思えた。例の仲良し三人組は殿町を殆ど汚物として見ている節がある。

「ハァーハッハッハ! 五河くん! 君の協力には感謝するぞ!」

「感謝するぶ~ん!」

「感謝するギョエ!」

 各々今にも変身でもしそうなポーズを揃えて勢いよく登場した。

「え~……具体的に放課後何をするのか教えてくれるか?」

 どうやらカラオケや映画やボーリングと言った普通の学生がしそうな類ではないのは士道は本能的に察知していた。

「よくぞ聞いてくれました!」

「私達は放課後にぃ!」

「天宮市の恐竜探しに行くのでーす!」

 天宮市の恐竜と聞いて士道はタラリと嫌な汗を流した。

「天宮市に恐竜だって? 居るわけないだろ」

 士道は焦る気持ちを押さえつけてから恐竜の件を否定した。願わくば、天宮市の恐竜博物館に行く、というオチであって欲しかったが……。

「違うんだよ違うんだよ! 五河はアンテナひっくいな~。今、話題の金属の恐竜が天宮市を徘徊してるって話だぜい?」

 アンテナが低いどころかデータの発信元にいる士道だ。冬場というのに熱帯地方にでもいるような大量の汗が顔中から吹き出していた。何かの見間違いであって欲しいと願ったが、金属の恐竜などこの地球、この宇宙を探してもダイノボットしかいない。

 この世には神も仏もない。

 士道の願いは完全に打ち砕かれた。

「五河くんも来るよね?」

「え……ちょっと……」

「よし決定! 俺と五河と山吹達だろ? 十香ちゃんや鳶一とか隣のクラスの耶倶矢ちゃん達も誘っちゃうか?」

「良いねー!」

「賛成!」

「大賛成!」

「あ、いや~……あいつ等は今日は七時半から空手の稽古があるんだ。付き合えないんだ」

「今日は休め」

「そんなぁ……」

 とりあえずの嘘でやり過ごそうとしたが無駄だった。しかしなんとしてもダイノボット達を隠しておく必要があった。琴里からオメガスプリームが各国で見られているのは聞いた。

 ラタトスク機関とオプティマスの方針では首脳達と話す場を設けて、オートボットが人類に無害であるという事を証明するつもりだった。出来るだけ、今は余計な問題は起こしたくない時期だ。

「じゃあ、着替えてから……五河の家の前に集合で!」

「えっ!? いや、俺の家は……!?」

「OK、決まり~!」

「血潮が騒ぐわい!」

「恐竜を捕まえるぞ~!」

 全員意気込んでいる。各々が席に戻ると士道はインカムを付けると廊下へ出て琴里へ連絡した。

『はぁ~い、私のいとしいしと。何か用?』

「大変なんだよ琴里! 俺の同級生が町でダイノボットを見つけたらしいんだ! それで放課後にダイノボットを探そうとしてるんだよ!」

『はぁ!? 放課後に!? わかったわダイノボットには一切基地から出させないようにするわ!』

「しかも俺の家に集合になったんだよ!」

『まあ、それは良いんじゃない? 家には基本的には私か真那しかいないし』

「義妹、実妹がいたら複雑じゃないか? 気を遣わせたりしないかな?」

『ん~……大丈夫でしょ』

 とりあえず琴里にダイノボットの件は任せて士道はそろそろ授業が始まるので教室へと戻った。

 

 

 

 

 フラクシナスの艦長席に座り、足を組みながら琴里はチュッパチャプスの包み紙を剥いてから口へ入れた。フラクシナスの通信機をテレトラン1に繋ぎ、オートボット基地に呼びかけると通信にはオプティマスが出て来た。

『こちらオプティマスだ。何か問題でも発生したのか?』

「ええ、そうよ。士道の同級生がダイノボットをどこかで目撃したらしいの。それでダイノボットを放課後に探すらしいわ。だからダイノボットを基地から出さないで欲しいのよ」

 琴里の言葉を聞いてオプティマスは少しだけ押し黙ると言いにくそうに話し出した。

『あぁ……琴里、ダイノボットは今朝から出かけていて今も探している最中なんだ』

「連絡がつかないの!?」

『そうだ。四糸乃も一緒らしいがどこに行ったのやら』

 なんというタイミングの悪さか、神のいたずらか。とにかく、ダイノボットの捜索をフラクシナスでも全力を注いだ。

 

 今日の授業が終わり、士道は急いで家に帰った。まだダイノボットが見つかっていないらしく士道は殿町達が来る少しの間を使ってもダイノボット達を探していた。だが、その努力も虚しく見つけ出す事は出来なかった。士道は家の玄関で私服に着替えて頭を抱えた姿勢がずっと動かない。今の今まで見つからないにしても何かの拍子に発見される可能性は十分にあるのだ。

 ピンポーン、とインターホンの音が聞こえて士道は家を飛び出した。家の前には殿町達が来ている。全員、探検隊のようなベージュの服を着込み、お揃いの帽子に虫網と虫かご、そして美衣は恐竜図鑑を抱えていた。しきりに士道は精霊の特設マンション兼オートボット基地に目をやりながら出来るだけ平静を装った。

「みんな来たか。じゃあ行こうか」

 今すぐにでも自宅から離れてオートボットから遠ざけようと背中を押す。すると、曲がり角から何やら大きな影がぬぅっと姿を見せた。オプティマスとジャズの二人がグリムロックや他のダイノボットの首に紐を引っ掛けて無理矢理連れて来ているのだ。「頼むから大人しくしてくれよ!」

「士道の友達が来る前に君達を隠さないといけないんだ」

「俺、グリムロック。まだ外いたい!」

 士道はギョッとした。目を見開いて震えながら振り返るとダイノボットを連れたオプティマスを確認して全身から冷や汗が流れた。殿町達は前を向いて後ろのオートボットに気付いていない。その間に早く連れて行ってくれと願っていると殿町がゆっくりと顔を後ろに向けて来た。

 バレる! そう確信して士道は思わず殿町の顔を張り倒そうと手を伸ばした。だが、不意に背後、つまり特設マンションの方から眩い光が発せられ士道達を包み込んだ。一瞬で光は消えてなくなると、五河邸の前にいた士道等に加えて、オートボットの姿も綺麗になくなっていた。

 そして、先程の光を放ったのは特設マンションの地下、オートボット基地からであった。広間にドンと置かれたタイムブリッジの前にはパーセプターとジェットファイアーの二人が立っていた。

「いや、危なかったね」

「まさかタイムブリッジが誤作動するなんて。我々だけで助かったよ」

「全くだねジェットファイアー。もしも今の光に当たっていたらどこに飛ばされたか検討もつかないよ。ハッハッハ!」

 

 

 

 

 士道や殿町に亜衣、麻衣、美衣が気が付くとそこは天宮市ではない。それは瞬時に理解出来た。住宅街から突然ジャングルに切り替わっていたのだから。何が起こったのか理解が追い付かない殿町達だが、士道は慣れた物だ。グランドブリッジの誤作動か何かでどこかジャングルにも飛ばされたのだろと予測していた。

「何コレ!」

「さっきまで住宅街だったじゃん!」

「まじ引くわー!」

「五河、どうなってんだよ。俺達はワープ能力に目覚めたのか!?」

「違うだろ……」

 ジャングルを見渡すと士道の記憶には何か見覚えのある風景に思えた。ジャングルなど人生で一度も行った事が無いのだが、このジャングルだけはどこかで来たような気がした。

「変な草木だよねー。ってかホントここどこよ?」

 亜衣は見たこともない木の幹を撫でてみた。

「見ろよみんな! この大きな葉っぱ!」

 殿町はどこからか引っこ抜いて来た傘のような葉を持って来て嬉しそうに振り回している。

「殿町くんの葉っぱ何それ!」

「どこに生えたの!?」

 脳天気な連中で良かったと士道は一安心した。

 この瞬間、士道は何かの拍子に思い出せなかった記憶が突如として蘇った。そう、見覚えがある草木、それは確かに士道が見た物だ。ダイノボットアイランドに生えていた物と酷似しているのだ。と、なると士道はあの光と今何が起きているのか全てを理解した。

「タイムブリッジかよ……」

 もうすっかりお馴染みのタイムブリッジ、時間を巻き戻す兵器だ。士道達は、今は古代の地球にいるのだ。

「なあなあ五河! 何一人でしょぼくれてんだ。こんな滅多にない体験なんだぜい?」

 殿町は手に着いた木の樹液を士道に投げた。咄嗟に身をかわして樹液をやり過ごした。

「何すんだよ!」

「へへっ! ネバネバをつけてやるぜい!」

「口調が変だぞぉ!」

 ふざけて飛びかかって来た殿町を回避しきれずに士道は殿町に押し倒されてしまった。

「いってて……。どけよ殿町」

「ああ……悪いな五河、悪ふざけが過ぎたな――アレ?」

 殿町の表情に焦りの色が見えた。

「何だよ、早く手を離せって男二人が両手を繋ぐなんて気持ち悪いだろ」

「え……いや……あ、はな……離れないんだけど……」

「は?」

 士道と殿町の両手は取っ組み合うように繋がっており、二人は向かい合う以外の姿勢が取れないのだ。とりあえず立ち上がり、士道は力任せに引っ張って見たがビクともしない。

「…………。いやだぁぁ! 五河なんかと手を繋ぎたくない~! 十香ちゃんが良い十香ちゃんが!」

「俺だって嫌だって! でも……さっきのネバネバが取れないんだ!」

「どうしたの五河くん、殿町くん!」

 二人がもぞもぞとしていたので亜衣が心配して様子を窺いに来た。

「ゲッ……。何してんのよ! 二人とも!」

「え~……やっぱり二人はそう言う関係だったんだ!」

「おめでとさん。まじ引くわー」

「ち、違うぞ! 俺と殿町はそんな関係じゃないからな! なあ殿町!」

「……」

「殿町? おい、嘘って言えよ」

「なあ五河、言いにくいんだけど……トイレに行きたいんだぜい」

 士道は顔面蒼白になった。

「トイレ?」

「そうトイレ」

 チラッと横目で亜衣、麻衣、美衣を見ると既にひそひそ何か話している。あちらの誤解を解きたいが、こちらも大ピンチだ。

 

 わ、わかった。あの茂みで済ませるぞ!」

「悪いな五河」

 士道と殿町は茂みに入り大木の前に立つと繋がった手の僅かに動く指先を使って殿町はチャックを下ろした。

「殿町! そんな俺の指を近付けるな! お前の汚いモノなんか触りたかねぇ!」

「違うって! 繋がってるから動かしにくいんだ!」

 士道は目をつむって顔を背けた。するとピトッと何かに触れる感触がした。

「ギャァァ!」

「五河暴れんなよ! 大人しくしろ!」

 涙目になりながら士道はギュッと再び目をつむった。

「はぁ~」

 殿町は安心したようにため息を吐いた。その直後、殿町の腹がギュルギュルと嫌な音を立てた。

「あの五河……」

「嫌だ」

「聞く前から断んなよ! 五河、大きい方もしたくなったんだが……」

「後で四百万発殴らせろ」

「煮るなり焼くなりして良いから頼む! もう……腹がぁ」

 まだトランスフォーマーの戦場を走り回る方がマシだと何度思った事か。士道は殿町のズボンとパンツを下ろす作業を手伝わされた。大木に背を預ける殿町、その前には士道が被さるような姿勢で待機していた。

「あぁ~助かった。悪いな五河」

「ホントだよ! 何が嬉しくて野郎のトイレの手伝いをしないといけねえんだ!」

 沈黙が舞い降りて二人の間に気まずい空気が流れた。

「五河ってさ……士織ちゃんと顔が少し似てるよな?」

「はぁ!? いきなり何を言うんだよ!」

 唐突に言われて士道は慌てて身を引いた。

「あ、おい! 動くなよ! こぼれるだろ!」

「うるさい! もういくぞ!」

「いや、まだだって!」

 

 茂みの中へ消えて行った士道と殿町を汚らわしそうに見つめていた亜衣、麻衣、美衣の三人は一体茂みで何がおこなわれているのかを予想していた。

「きっと五河くんの愛が暴走したのよ!」

「あぁ~、いつも女の子ばかりだから本性を剥き出しにしたのね!」

「っことは殿町くんが受け! おぇ~」

 好き勝手に言っていると茂みの方から大きな声が聞こえて来た。

『おい、五河そんな激しく動くなって!』

『うるさい!』

『無理矢理、動いたらその拍子に出るって!』

『大声を出すなッ!』

『あぁ! 出る出る!』

『いくぞ殿町ー!』

『五河~!』

 茂みから聞こえた声に三人は絶句した。

「マジじゃん……」

「うわ……」

「まじ引くわー」

 

 

 

 

 海岸には流木や大小、あらゆるサイズの石が散乱している。その中に空き缶やビニール袋といった人間が捨てたような物は一切無く、水も澄んでどこまでも透明だ。そんな最高のビーチでまず目を覚ましたのはオプティマスだった。転送された場所が悪かったのか、凄まじい勢いで頭を打ったのは覚えている。首や腰の稼働範囲は正常かを確かめて隣で倒れているジャズやダイノボット、四糸乃を起こした。

「頭がガンガンしますね。ところで一体何が起きたんですかね? 予想はつきますけど」

「多分ジャズの予想通りだよ」

 オプティマスはザクッと土をすくい上げて目から光を放ち、土の成分を調べた。スキャンして解析したデータを読み取るとそれはダイノボットアイランドと同じ地層だと判明した。

「かなり古い時代に来たようだ」

「恐竜が生きた時代ですね」

「俺、グリムロック。ここ、好き!」

「ふぃ~、やっぱりこういう時代のがオレ等に合ってんのかもな!」

「呑気な連中だな。オプティマス、私達も来たという事は士道達もこの時代に流れ着いているかもしれませんね」

「そうだな。ダイノボットは置いておいて私達は士道を探そう」

 オプティマスは振り返りグリムロックを見上げた。

「ダイノボットを頼んだぞ。私とジャズは士道を探して来る」

「うん、任せろ」

 トラックとスポーツカーへとトランスフォームして浜辺の砂を巻き上げて走って行く。

「んで、オレ達は何するグリムロック?」

「俺達も、士道を、探す」

『でもでも、オプティマスとジャズが探しに行っちゃったよお?』

「手伝って、効率、上げる!」

『士道くんのお友達に姿見られたらヤバいんじゃない?』

「う~ん」

 それを言われると弱い。グリムロックは何をしようか考えているとスワープが提案した。

「じゃあさ! 適当にこの辺でも回って散策するってのはどう?」

「よし、そうしよう」

 グリムロックの後に続いてダイノボット達は浜辺から目の前に広がる森へと入った。すると、入った瞬間に全員が何か違和感を覚えた。グリムロックは鼻を利かせると険しい顔を作る。森の空気は淀み、明らかに変だ。うっすらとだが、血の臭いもした。

「臭うな」

 スラッグやスナールも同じく顔をしかめた。グリムロックの背中に止まって翼を休めていたスワープが飛び立ち、邪魔な枝や葉を切り裂いて空中から周辺の様子を探った。

「スワープ、何か、見えるか!」

「ああ、見える! 酷い有り様だ」

 スワープの後を追ってスラージを先頭に大木を蹴散らして森を抜けた先は広い草原だった。グリムロック達のいる場所からなだらかな坂が出来て、その坂には無数の恐竜の死体が横たわっていた。

「オレと同じ連中が死んでるって思えば……良い気分じゃないな」

 スラージは怒気を孕んだ口調で言った。

「酷い……誰が……」

 四糸乃は声を震わせた。無惨な首長竜の死体に哀れみを覚えているのだ。スナールは変形してロボットモードになると、息絶えた恐竜の体の傷や状態を調べていた。

「おかしいな……」

「おかしい、何が?」

「爪痕や牙の痕はあるけど恐竜達の肉を食いちぎったような形跡がない。多分、捕食していない」

 スナールは他の倒れた恐竜の傷も見てみた。やはりどれも酷い爪痕や鋭利な牙を連想させる歯形が深く刻み込まれていた。スナールが腑に落ちないのは、倒れた恐竜は殆どが急所に一撃を加えられて息絶えている。

「みんな、爪を見せてくれ。四糸乃とよしのん。あと……スワープ別にもいい」

 全員の爪をまじまじと観察し、スナールはグリムロックの顎の形にも着目してみた。考え込むように顎をさすった。

「誰のとも一致しないな」

「そりゃそうだろ! 第一、オレとスラージは爪とか使わないし! オレの武器は角だし!」

「これは臭うな……」

「事件の、臭いか?」

「そうだよグリムロック。食べる為に殺されたんじゃないとすると……。遊びか、力試しだな」

 恐竜にそのような知能があるとは考えにくい。食べる為に殺し、狩りに娯楽性を求めるような頭は無い。一つ、目的が出来た。未知の捕食者の酷い慰み物になった恐竜の無念を晴らす事だ。

「グリムロックさん……あれ……見て下さい!」

 四糸乃が指差した先、それは丘の下で喉を鳴らして唸る一頭のティラノサウルスだ。

『グリムロックの親戚じゃん!』

 よしのんは冗談を口にした。そのティラノサウルスは若く、まだ成長途中だろう。グリムロックと比べてかなり小さい。ティラノサウルスは吼え、威嚇するとグリムロックはその何倍もの音量で威嚇し返した。木々が揺れ、小動物達は危機を感じて一斉に森を発ち、逃げて行く。

 ティラノサウルスが再び吼えると走り出して丘を駆け上がる。四糸乃をスラージの頭の上に移してやりグリムロックも口を大きく開けた。頭ごと噛み砕く事も出来る大顎には刀剣のように鋭い牙が並んでいた。

 グリムロックの噛み付きをティラノサウルスは避けてがら空きの首に食らいついた。だが金属の体を持つグリムロックには傷一つ付かない。それどころか、鋭利な牙が何本か砕けてしまった。ティラノサウルスは口を離すと小刻みに吼えた。グリムロックも同じようにして声を上げて唸る。

『何してんのアレ?』

「会話だよう、グリムロックの奴あの若いティラノサウルスと何か喋ってるな!」

 グリムロックとティラノサウルスの会話が終了して、グリムロックはくるりと振り返って仲間の方を向いた。

「その子、何て言ってた?」

「俺、父親らしい」

「はぁ!?」

 その場にいた全員、顔一面に驚愕の色を浮かべ声を揃えて驚いた。

「グリムロック、お前子供いたのか!?」

「いるはず、ない。でも、コイツ、俺を父親って呼ぶ」

「どう見てもトランスフォーマーと恐竜なんだがな……」

 若いティラノサウルスは殺気立った様子から一転してグリムロックに懐いたようにさっき噛み付いた首をペロペロと舐めていた。

「ん~……」

「スラッグさん……難しい顔してどうしたん……ですか?」

「引っかかるな。グリムロックが親父な筈ないし、形は似てるけどそもそも体の作りが違うし……」

 スラッグは何か気になっているようだが、肝心な事は思い出せない。すると、若いティラノサウルスが歩き始めてグリムロックもその後について行く。

「どこに行くんだ?」

「コイツ、案内したいとこ、あるらしい」

 とりあえずはティラノサウルスの案内したいという場所について行く事に決めた。丘を下り切り再び森へと入ると全員、一列に並んで進んだ。ティラノサウルスとグリムロックの鳴き声による会話を見つめて、四糸乃はダイノボットに質問した。

「皆さんも……恐竜と……話せるんですか?」

「まあな、喋れるぞ」

「うん、翼竜限定だけど」

「オレは首長竜限定だな」

「オレもな」

「四糸乃はうさぎと喋れたりしないのお? 動物系だしイケるじゃね?」

「私は……そんな器用な事……出来ません」

「そーなんだ」

 深い森をまだしばらく歩いていると先頭のティラノサウルスが立ち止まった。同時にダイノボットも止まる。グリムロックの背中から先頭を覗き込むと老いたティラノサウルスが傷だらけで横たわっている。まだ息はあるらしく、スナールは瞬時に変形して重傷のティラノサウルスの応急処置を始めた。やはり、この老いたティラノサウルスも先程首長竜の死体同様に全身が鋭い爪で裂かれたような傷があり、噛まれた痕が数ヶ所にも及んだ。応急処置が完了し、スナールは重々しく首を横に振った。

「グリムロック、あの人は傷が酷すぎる。長くは保たない」

 スナールの申告を受けてグリムロックは横たわるティラノサウルスの下へ歩み寄り、グリムロックが近付くのを知ると老いたティラノサウルスは顔を上げた。二人は鼻をすり合わせて、お互いを感じ合う。老いたティラノサウルスもまた、グリムロックを夫と認識しているのだ。メタルのボディーは冷たいが、心は燃えるように熱い。ひとしきり、再開を感じて老いたティラノサウルスは力尽きた。

「グリムロック、あの若いのから何か聞けないか?」

「アイツの、父親、何年か前、消えたらしい」

「消えた?」

「変な船に、連れて行かれた」

「変な船……消えた……」

 スラッグは遂に閃いた。モヤモヤとしていた違和感の正体がやっと見つかったのだ。

「わかったぞ! グリムロック! あの子の本当の父親はショックウェーブに連れてかれたんだ!」

「おいおい、どうしてショックウェーブが出てくんだ?」

「アイツのラボを忘れたか?」

 スラッグに言われてスワープとグリムロックはラボの事を思い出していた。

 シャープショットの拷問を受けて満身創痍のスナールの回復をする為にスペースブリッジの観測デッキに入った。その観測デッキに配置されたコンピューターをいじった時にショックウェーブの恐竜の観察日誌のような物を発見した事まで思い出せた。

「ショックウェーブの捕まえたあの子の親父サウルスのデータをグリムロックに使ったって事?」

「詳しくは分からない。でも、グリムロックを父親と認識するならそれくらいしか検討がつかない」

 グリムロックにすれば今はこの若いティラノサウルスのルーツなどどうでもいい。最も肝心なのはこの時代の恐竜に対して暴虐を働いた者への報復だった。グリムロックは鳴き声で会話を始めた。何度かそのやり取りを繰り返すと、若いティラノサウルスにここにいるように言い付けた。

「行くぞ」

 そう短く言い、ダイノボットを引き連れて親子の元を離れた。

「なあグリムロック! あの子は何て言ってたんだよう!」

「俺達以外に、機械の化物が、いる」

「オレ達以外に!? まさかダイノボットが!?」

「違う。機械のドラゴン」

 グリムロックの声に怒りと憎しみの念がありありと出ている。復讐などは士道は否定的だが、やられておいてその相手を許す程グリムロックは出来た性格では無い。捨て置けば生態系に影響を及ぼす。仲間に降りかかる災厄はその一片までも絶滅する。

「プレダコン、この時代にいる」

 その一言にダイノボット達の血が騒ぐのを感じた。

 

 

 

 手がぴったりと張り付かせていた粘液は時間の経過と共に外れて問題が解決したと思えたが、亜衣、麻衣、美衣の三人にあらぬ誤解をされていた。士道と殿町は完全に出来上がっていると認識されていたのだ。この誤解はしばらくは取れなさそうだ。

「どっちが受けかな? やっぱり殿町くん?」

「今日は趣向が違っただけかもよ」

「あ、そうかも! 野外で合体するくらいだしね」

 士道と殿町の関係性についての話は尽きる事を知らない。

「あのさ、殿町」

「何だよ……」

「絶対、誤解されてるよな?」

「うん、されてる」

「お前が変な粘液飛ばして来なきゃこうならなかったんだぞ!」

「変な粘液だって!」

「やっぱりそーいう事なのね」

「まじ引くわー」

 天宮市へ戻るのが最優先の目標だが、戻る手段など知らない五人は当て所なく歩き回っていた。不意に森から肉食恐竜の雄叫びが聞こえて来た。

「ライオンの声にしたら凄い大きいよね」

「ジャングルにライオンいたっけ?」

「多分トラだよトラ」

 ライオンでもトラでもない。ぬっと森林から大きな頭が飛び出して士道達を見下ろしている。ポカンと口を開けて初めてみる恐竜に他の四人は驚いて空いた口が閉じなかった。美衣が恐竜図鑑を開いて一体何の恐竜かを即座に調べる。

「あ、アルバートサウルス……」

「な……何だそれ? もしかして肉食? 違うよな?」

 震えた声で殿町が問うと美衣は首を横に振った。

「思い切り肉食よ!」

「逃げろ!」

 亜衣の掛け声と共に全員が来た道を引き返す、アルバートサウルスも折角みつけた新鮮な肉をこのまま見逃す筈はなかった。 アルバートサウルスは木を押し倒して士道達を追い始めた。逃げる士道の先にグリムロック達の姿が見えて来た。

「グリムロッ――」

 咄嗟に叫ぼうとしたが、ここでグリムロックとの関係性を知られると学校では更に変人扱いだ。

「キャァ! 前から真っ赤なティラノサウルスだ!」

 士道は横道にそれて殿町や亜衣達を誘導した。しかし、その時美衣が転がっていた石に躓いて前のめりに転んだ。アルバートサウルスは口を開けて、食らいつく準備をしている。士道が足を止めてスターセイバーを抜くよりも先にアルバートサウルスの顔面に強力な鉄拳が浴びせられた。獲物を目の前に退散を余儀無くされ、悔しそうに悲鳴を上げてアルバートサウルスはあっさりと退いて行く。

 美衣の窮地を救ったのはオプティマスだ。だが頭や腰には草や枝が巻き付けられてジャズも同じ様な格好に仕上がっていた。

「美衣、大丈夫!?」

「危なかったね、あの先住民が助けてくれなきゃ、今頃エサだったよ!」

 どうやら亜衣達はオプティマス達を先住民と勘違いしてくれているらしい。

「ハロー、ネアンデルタール! 助けてくれてありがとう! あなたは命の恩人です!」

 美衣が挨拶をするとオプティマスとジャズは顔を見合わせた。

「怪我がなくて何よりだ」

「喋ったぁ!? しかも日本語!」

「って言うか大きくない?」

 オプティマスは膝をついた。

「私はオプティマス・プライム、こっちは私の右腕のジャズだ」

 ジャズを指差して紹介した。

「よろしく」

「あれは私の……仲間だ」

 次にダイノボットを指し示した。

「我々はオートボット、地球から離れた遥かなる星、セイバートロン星からやって来た」

「へぇー、宇宙からか。凄くない?」

「凄い凄い! あたし等って人類史で初めて宇宙人と喋った人間じゃん!」

「うわー、みんなに自慢できるし!」

 呆れる程に順応性が高い。

「宇宙人か……何か恐竜以上にラッキーなもん見つけたな五河。それに恐竜型の宇宙人って一粒で二度美味しいじゃねえか」

「う、うん……」

 持ち前の接しやすさでジャズに亜衣達の相手を任せてオプティマスはグリムロックと話を始めた。

「オプティマス、この時代、プレダコンがいる」

「プレダコンが? そうかこの辺りの恐竜を無差別に殺していたのはプレダコンか」

「俺、今からプレダコン、退治する!」

「ねぇねぇ! 何で君達は恐竜で宇宙人なの!?」

 グリムロックが会話の最中に亜衣達が食いついて来た。オプティマスとは違って人型ではなく恐竜型に疑問を持ったのだ。その質問には答えず、グリムロックはロボットモードに変形した。

「おぉー! カッコいい!」

「私達は二種類の形態を持つトランスフォーマーだ」

 オプティマスはいつものようにトラックへジャズはスポーツカーへ変形した。

「さあ乗って」

 オプティマスに亜衣達と殿町が乗り込み、四糸乃と士道はジャズに乗った。プレダコンがいる今、オプティマスとジャズの任務は士道とその級友を守る事が任務だ。

 士道はジャズの中で思い切り叫んだ。

「正体バラしてんじゃないかァ! どういうつもりだよ! 近々、人類側との首脳会談があるから問題は起こさないって言ってたじゃないか!」

「私に言われてもね……。オプティマスが急に行動を起こしたし……」

『君の言う通りだ士道、正体をバレるのは避けたかったが、君の友人を犠牲にしてでも貫くことじゃない』

「それを言われるとなあ……。ところでグリムロックは?」

『彼等はプレダコン退治だ』

「プレダコン? あのドラゴンみたいな奴だよな? 何でこの時代にいるんだよ」

『プレダコンはオートボットとディセプティコンの大戦時期にダイノボットに絶滅させられたらしい。だが、何匹かは星を捨てて地球に流れ着いたのかもしれない』

 そして今、プレダコンの所為で恐竜は絶滅の危機に瀕している。どちらが悪いなど自分の判断で軽率に結論付けてはならない。士道は押し黙ってから話題を変えた。

「四糸乃は今回はグリムロックと一緒に行かないのか?」

「はい……グリムロックさんがダメって……」

 四糸乃を連れて行かない、とすると余程の激しい戦いが予想されるか、あるいは――。

 

 

 

 

 プレダコンを狩る作業は慣れた物だ。この恐竜の姿になる前から何匹ものプレダコンの頭をねじ切り、その死体を積み上げた。いかなる理由であれ、仲間を傷付けた者を許しはしない。ダイノボットは五人別々に分かれる。グリムロックはロボットモードのままで鬱陶しい木の枝を払いのけて突き進んだ。すると、グリムロックのセンサーが二つの反応を嗅ぎ付けた。かなり近くだ。グリムロックの目が光り、二つの影を発見した。

 プレダコンだ。四足歩行で翼を持ち、鳥のようなクチバチを携えた標準的な姿、名もない雑兵だ。二人の体には生物の血が付着しており、ひと暴れして来た事が窺える。

「プレダコン……!」

 怒りに漲り静かに怒鳴るとプレダコン達は数歩、後退りして戸惑ったように仲間同士で顔を合わせたりした。だが二対一という状況に有利と判断したのかプレダコンは左右に分かれて二つの方向から挟み込むようにタックルを仕掛けた。恐竜でも全身の骨を砕いてしまう強烈なアタックをグリムロックは軽々と受け止め、素早く盾を展開して一方を殴りつけた。

 多少、怯んだがプレダコンは態勢を立て直して二人同時に口から炎を吐いた。火柱が空高く昇り、その周りをプレダコンが徘徊して丸焦げになって倒れるグリムロックが出て来るのを待っていた。

 炎から突如腕が伸び、プレダコンの首を鷲掴みにしたと思うと手に持っていたソードでプレダコンの首を切り落とした。炎を浴びても一切怯まぬグリムロックは、逃げようとするもう一人も捕らえて真っ二つに切り裂いた。剣を担ぎ、盾を握り直してグリムロックはセンサーを頼りにプレダコンの狩りを進めた。

 

 

 

 

 早くも十匹以上のプレダコンを狩るスラッグは昔を思い出していた。かつてもセイバートロン星のプレダコンを狩る事で野蛮な連中、オートボットのはみ出し者と敬遠されて来た。スラッグ自身も野蛮なのは認めるが。

「おうおう、やってくれたなオイ。オレの部下をこんなにしてくれやがって」

 声がした方に顔を向けるとスラッグはロボットモードに変形した。

「スカイリンクス!」

「ん~? ひょっとするとスラッグか? いや……まさか……あの野郎がこの地球にいる筈……ええい訳がわからん! だがトランスフォーマーには違いねぇぶっ倒す!」

 スカイリンクスと呼ばれるプレダコンは変形し、人間で言うグリフォンのような姿になりスラッグを頭突きで吹き飛ばした。

「やっとセイバートロンから逃げて来たんだ。テメー等、ライトニングなんとかに殺されてたまるか!」

「今はその名前じゃない、よく覚えておけ、ダイノボットだ!」

 トリケラトプスに変形したスラッグはさっきの頭突きのお返しに強烈な突進を見舞った。スカイリンクスは起き上がり様に火炎を放ち、スラッグも同じく口から火を放った。空中で二種類の炎がぶつかり合い、大爆発が巻き起こった。匂いで敵を探り、黒煙に向けてスラッグが突進した。二本の鋭い角が突き刺さり、確かな手応えを感じ取る。

「仕留めた!」

 そう確信し、煙が晴れるとスラッグの角は木に突き刺さり幹にはスカイリンクスの羽が一枚付着していた。

「ちっ……!」

 舌打ちをして木から角を引き抜くと空からスカイリンクスの奇襲が仕掛けられた。スラッグの体を持ち上げて空へ飛び上がり、難なく巨体を空輸する。

「近くのマグマにポチャンと行ってやらぁ!」

 スラッグを運ぶスカイリンクスの更に上空からミサイルが飛来した。避けるスピードは流石に無く直撃してスラッグもろとも地上へ落ちて行く。

「おーい、スラッグ!」

 空からの援軍はスワープだ。真っ逆様に落ちて行くスラッグを見事にキャッチして下ろしてやろうとすると、今度はスカイリンクスの援軍が来た。ダークスチールというこれまたグリフォンの姿を模したプレダコンがスワープをレーザーで撃墜し、スラッグと共に落ちて行った。

「へへっ……油断大敵だぜ」

 空中から追撃を図るダークスチールはスラージの森林からの精密な狙撃により撃ち落とされた。

 スカイリンクスの上にスラッグにスワープそしてダークスチールまでがのしかかり、中身が出てしまいそうだ。

「ぐぅ……!」

 スワープごとダークスチールをはねのけてスラッグは立ち上がった。スラージも到着して三対二と有利に見えるが、スカイリンクス、ダークスチール、この二人はプレダコンの中でも知性を身につけてトランスフォームも可能になった種だ。ただの雑多なプレダコンとは違う。

 

「ケッ……揃いも揃って恐竜ごっこかよ!」

「セイバートロンの流行りかそれは」

「こっちも事情がある。それにこの姿は何かと気に入っている」

 スカイリンクスとダークスチールは左右同時に分かれて走り出す。スラージの側面からスカイリンクスが飛びかかり、首に食らいついて引き倒した。ダークスチールはスワープもスラッグも飛び越えて、倒れたスラージにトドメの一撃を加えんと前足を振りかぶった。

 ダークスチールの爪が致命的な一撃を与える寸前、どこからか飛来したロケットを受けてダークスチールは転倒した。

 騒動を聞いてスナールも参戦したのだ。

「スナール、スラッグ、スラージ、スワープ、ああ忌々しい連中だ!」

 怒鳴るスカイリンクスは転倒しているスラージを口にくわえて強靱な顎と首の力で振り回し、スナールへ投げつけた。スナールは避ける間もなくスラージの下敷きにされた。

「うっぷ……スラージ、早くどけ!」

 スナール達が隙を見せているとダークスチールが口を大きく開いて火炎を放つ準備をしている。だが、そう易々とは発射させない。スワープは空からミサイルを降らせる。ダークスチールの首が動き、狙いをスワープに変更し高密度のエネルゴンが解き放たれ、スワープの翼を射抜いた。

「へへっ、どうだダイノボッ――うっ……!」

 スワープを倒した。しかしダークスチールの体を二本の角が深々と突き刺さっている。傷口からはダラダラとエネルゴンが流れ出ている。最後の抵抗を試みようと指先を微かに動かしたが、更に深く角を刺されてダークスチールは体の機能の全てを停止させた。

「ダークスチール……おい、冗談だろ! くそっ!」

 スカイリンクスは尻尾を振るい、隙だらけのスラッグを叩きのめし、力任せに食い付き、乱暴に振り回した。もはや勝ち目は無いがせめて一人でもとスラージやスナールの火器をまともに受けて身が剥がれる痛みさえも意地と怒りで打ち消した。

 

 スカイリンクスが力尽きた頃、スラッグは瀕死の重傷を負い、トランスフォームも出来ない程に弱っていた。

「スラージ、スラッグとスワープを背中に乗せてやれ」

「ああ。グリムロックは?」

「後はオレ等のボスがやってくれるさ。今はスラッグの治療が先だ」

 

 

 

 

 グリムロックのセンサーはとある一つの強い反応を頼りに歩を進めた。その強い反応の下に近付けば近付く程にプレダコンの数は増し、プレダコンの死体も増える。木も生えぬ、岩と砂だけの荒れ地を行くグリムロックはそびえ立つ崖にたどり着いた。

 切り立った崖には半円形にくり貫かれた洞窟があり、反応はそこから出ている。グリムロックは洞窟の中へ入ろうと一歩前へ出るとセンサーに高エネルギー反応が出た。次の瞬間、とてつもない規模の炎が放たれ、グリムロックは盾で防ぐものの盾は溶けて使い物にならなくなってしまった。

「グリムロック……私の同胞をよくもここまで殺してくれたものだな」

 洞窟の中からズシン、ズシン、と一歩一歩が重々しく、地面を揺らした。洞窟の中、潜んでいたプレダコンは確かに四本足に翼を備えた西洋の竜と言った姿をしている。しかし、決定的な特徴は長い首を三つ備えている事だった。

「ペイトリアーク、お前、地球に逃げたのか!」

「そうだ、そうだとも。お前達に行き場を追われていつ復讐してやろうか考えていた。しかし……変だな、そんな話し方だったか?」

 グリムロックは剣を一度地面に突き刺すと両腕をついて複雑な変形プロセスの後にビーストモードとなった。

「恐竜?」

 グリムロックを超える体躯を誇る太古のプレダコンの長、ペイトリアークはグリムロックの今の姿を見ると笑い声を上げた。

「ハッハッハ! ティラノサウルスは狩り飽きたぞ!」

 ペイトリアークの三つの首が口を大きく広げて、同時に炎を放つ。グリムロックの盾を溶かしたエネルゴンの炎を受け止め、グリムロックは後ろ向きの二本の角が前へ倒れ、目の色が青く変色した。肉体は赤い輝きを放ち、グリムロックは最初から全開で挑む。

 四糸乃を連れて来なくて正解だとつくづく思う。巻き込まずに戦う自信は無い。それ以前にプレダコンを狩り尽くす様を見せたくはなかった。

 地球に来て多くを学んだ。特に社会性についてはグリムロックは学んだつもりだ。

 ダイノボットとプレダコン、彼等の因縁は過去や現在、星が違えども切れる事は無い。

 先に仕掛けたのはグリムロックだ。得意の噛み付きでペイトリアークの首を捕らえて爆発的な脚力とブースターを使って倒し、敵をホールドする。ペイトリアークも黙ってはいない。空いている二つの首を自在に操りグリムロックの背中や腕に噛み付いた。分が悪いと判断し、グリムロックは至近距離でレーザーファイアーを撃ち込み、爆発を利用して引き下がった。その間にペイトリアークは態勢を整えて、身を回転させて尾の痛烈な一振りがグリムロックの頭を打った。

 足がもつれたが怯みはせずに口から砲弾を発射し、ペイトリアークの真ん中の頭を爆破した。

 だが、もはや砲弾ではダメージにならない。背面のハッチを開き、スラスターで加速をつけてペイトリアークの懐に入り込む。流れるように首に噛み付いて放り投げた。地面を転がり、ペイトリアークは踏ん張ってすぐに姿勢を戻すと頭上からグリムロックが背中にのしかかり、レーザーファイアーを放った。背中を焼かれてペイトリアークは怒り、長い首は容易にグリムロックを捕らえて背中から引き剥がした。

 ロボットモードに変形し、グリムロックは腹に食らいついて来る右側の首をざっくりと切断した。首を斬る為とはいえロボットモードに変形した事で腹と背中に深い傷を負ってしまった。ビーストモードに戻ると下からすくい上げるように頭を振り、ペイトリアークの下顎を捉えた。

「お前達は何故、私の同胞を襲う」

 グリムロックはペイトリアークの問いを無視した。

「お前達は何故、私達の生活を脅かす」

 再び来る問いもグリムロックは無視した。

「私達は何故、居場所を追われなくてはならない!」

 ペイトリアークの肉体にも変化が生まれた。グリムロック同様に体が赤く変色し始めたのだ。

「戦い好きのトランスフォーマーが、お前達が戦争などしなければ!」

 グリムロックは議論をする気は無い。

 勝利と敗北、生と死、これが究極の回答だ。

 何故、戦うかと何万と問われてもやはりグリムロックにはこう答えるしかない。

 ――それが俺の生き方だ。

 バーテックスファング、起動――。エネルゴンの過剰燃焼によりゆらゆらと体から炎のような現象が現れた。計り知れない憤怒に支配されてグリムロックの視野がぎゅっと狭まり、ペイトリアークしか見えなくなる。

 ペイトリアークも己の体に普段の何倍もの力が湧き上がるのを感じていた。牙や爪、火炎、グリムロックを葬るには十分な力を備えていた。ペイトリアークは堂々と立ち、グリムロックを真っ向から迎撃するつもりだ。

 地面にメキメキと亀裂を入れて枯れた大地を破砕して強烈なスタートダッシュで猛進する。ペイトリアークも真っ直ぐ、グリムロックへ目掛けて走り両雄は力と力で激突した。

 左側の首が食いちぎられたがペイトリアークは冷静だった。グリムロックがロボットモードに変形するとペイトリアークも変形して組み合った。

 膨大なエネルギーを消費するバーテックスファングの囮に首を一つくれてやったのだ。力を使いすぎたグリムロックは明らかに弱っている。ペイトリアークは好機と睨んでグリムロックを叩きつけ、顔面をぶっ叩き、頭を掴んで大地に深くめり込ませた。

「お前を倒すのに首二つは安いもんだ」

 ペイトリアークは足を上げてグリムロックの頭を踏み潰そうとしたその時、ペイトリアークの片足が思うように動かず、転倒してしまった。パイザー型の目を足に向けるとペイトリアークの片足が凍っている事に気が付いた。

「氷?」

 ペイトリアークが呆気に取られていると小さな影がすばしっこく走り回り、横たわるグリムロックの側へと寄って来た。

「グリムロックさん……グリムロックさん! 起きて……下さい! 死なないで……!」

 言葉を話す人間、それはペイトリアークもまだ知らぬ存在であり、奇異な眼差しで見ていた。

「邪魔だ、小さき者よ」

 ペイトリアークは低く唸って威嚇した。けれど四糸乃は動かずにグリムロックにしがみついた。

 エネルギーの使いすぎで倒れたグリムロックをどうやって起こすか四糸乃は記憶を巡る。

 ――寝込んだら裸で温める。起きなかったキスをする。これは常識。

 不意に折紙が言っていた事を思い出し、四糸乃は藁にも縋る思いでグリムロックの頬にキスをした。

 ペイトリアークは斧を取り出してグリムロックの頭に叩きつけた。顔面を粉砕する筈の斧が反対に砕け散った時、ペイトリアークは驚愕で言葉が出なかった。

 寝転がっていたグリムロックはペイトリアークの頭を掴む。

 そして――。

 ペイトリアークの頭から徐々に凍結が始まった。

「グリムロック、グリムロック! 勝ったと思うなよ! 私はお前を許さないィ!」

 ペイトリアークが言い終わると全身が凍り付き、氷の像が誕生した。凍ったペイトリアークを砕き、一時的に発動していた氷結能力は次第に消えてなくなった。

「四糸乃、どうして、来た」

「友達のピンチに……何か……してあげたい……です」

 スラッグ等が重傷で帰って来たのを見て四糸乃は胸騒ぎがし、慌てて飛び出して来たのた。ビーストモードへの変形が出来ないグリムロックは四糸乃を肩に乗せた。

「帰ろう」

「はい……」

 

 

 

 

「今日は何かこう……暇でしたね」

 オートボット基地でジャズが呟いた。

 結局、タイムブリッジの効果が切れて現代へ戻る事が出来た訳だが、ジャズは予想外に出番がなく少し不満を覚えていた。

「良いじゃないか、結果的に我々のイメージアップにも繋がったんだ」

「イメージアップ……ですか?」

「そうだとも、地球侵略のエイリアンより正義のロボットヒーローの方が消費者受けが良い」

「宣伝っぽくなってますよオプティマス!」

 過去のプレダコンとは決着はついた。だが、まだ現代にはプレダコンの王がいる。プレダコンとダイノボットの因縁が絶たれるのはまだ先になりそうだ。

 




 ダイノボットメインになっちまったな……。


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44話 プレダコン計画

 スタースクリーム軍団の本拠地は今までDEM社だったが、焼け野原と化したそこにはもう用は無くDr.アーカビルがかつて使用していたラボを拠点と使っていた。アメリカ、テキサス州に存在する人里から離れた煙突型に地面から隆起した岩を綺麗に内部だけをくり抜いて、表面はそのまま自然のままを残していた。人がいない閑散とした荒れ地にラボを構えたのは、人目につかない事も理由に挙げられるし、何か大規模な実験をするにも都合が良かった。

 政府や学界に頼んで作らせたのではない非合法なラボは見つかれば即撤去されてしまうだろう。元来、人間しか使用が想定されていない為トランスフォーマーにはかなり窮屈な空間に仕上がっていた。鋼鉄の何やら大層なアーチ状の装置がアーカビルのラボの三分の一を締めており、アーチからは無数のケーブルがエレンとその少女が着装するペンドラゴンに取り付けられていたプラチナの外装は相変わらずの美しさで兵器とは思えぬ芸術性が光る。

 だが実に三十回以上のアップグレードを繰り返したペンドラゴンはとても洗練されていた。身を守るのは不可視のシールド、武器はトランスフォーマーの技術から応用して打ち上げた西洋風なロングソード、そして盾だ。火器も全て盾に搭載されてあらゆる物が簡略化、強化に成功した。

 歪みし希代の天才科学者アーカビルが考える限りの知恵を絞り出して作り上げたペンドラゴンだ。

「調整終了じゃ」

 アーカビルの報告と同時にエレンは目を開いた。ペンドラゴンはエレンに応えて思い通りに動く、寸毫の誤差も存在しない。

「生まれ変わったようです。流石はDr.アーカビル」

 謀反の疑いがあったが、そんな企みなどもう何でも構わない。アーカビルの技術力にエレンは純粋な気持ちで感心した。

「ハンッ! やっと終わりやがったか。おせぇんだよアーカビル」

「少しは褒める事が出来んかのぉ?」

「そうですよスタースクリーム、彼は随分と力になってるじゃないですか」

 そんな事はわかっている。しかしスタースクリームは中腰に首を曲げていなければラボには入れず、極めて劣悪な環境で過ごしているが辛抱出来ない段階だった。

「チビ共の部屋は俺には狭すぎるんだよ!」

 窮屈な空間に悪態をついた。

「外で少しテストをしても構いませんか?」

「ああ、大丈夫じゃろう」

 アーチ状の装置がペンドラゴンに取り付けていたケーブルを巻き取り、ペンドラゴンを解放した。エレンが天井を見上げると幾層にも分かれたゲートが開き、青い空を覗かせた。

「ペンドラゴン、発進」

 四枚の羽を展開し、小型だが高出力の六基のスラスターが耳を塞ぎたくなるような轟音を慣らし、衝撃波と爆風をラボに撒き散らして一瞬の間に上空へと飛び去り、エレンの姿は見えなくなった。

「大した加速だな、アーカビル」

「当然じゃ、儂の発明に間違いはないわ」

 スタースクリームにも匹敵する速度で飛行を続けるエレンは雲を突き抜けてからロングソードを抜いた。エクスカリバーと命名した剣の刀身から黄色い光が放たれ、高密度なエネルギーソードが出来上がり、軽く一振りすると半月状の光波が雲を切り裂いて、彼方へと消えてから大爆発を起こした。暴風に美しい金髪を揺らしながらエレンは満足げな表情を浮かべた。

「素晴らしい……!」

 続いて左の盾を展開すると蒼白の膜が盾に張られた。真ん中から裂けるように展開された盾からは銃身が現れるとエレンは何もない空に向けてトリガーを引いた。するとどうだろうか、かつては集束と発射に時間がかかっていた魔力槍を連射し、横に線を引くように撃ち込む。爆発により空は茜色に染まった。

「これほどの力が……」

 エレンは本当に自分の力なのか疑いたくなるような威力にほくそ笑んだ。精霊はもちろん、反転体すら凌駕する力を手に入れた。どれだけ通用するかは分からないが、オートボットの巨神にも立ち向かえる気がした。テストが終了してエレンはラボに戻って来る。ペンドラゴンはエレンの意思に反応して光の塵となって消えた。

「最高の出来でしたよアーカビル」

「よしよし、儂も作った甲斐があったわい」

 アーカビルも満足がいったように笑うとラボに取り付けられていた警報装置が突然、けたたましく鳴り響いた。

「敵か!?」

 スタースクリームが慌てて出向こうとしたが、狭さが邪魔して動く事が出来ない。

「お、時間じゃな。安心しろ、敵じゃないわい。スタースクリーム、お前さんが味方が多い方が良いと言うから儂が手配をしてやったぞ」

 ラボの入場ゲートから数台の機関銃を備えた装甲車が入って来た。装甲車のドアが開くと自動小銃を構えた兵士が勢いよく出て、素早く陣形を作り上げた。

「何モンだコイツ等はよぉ?」

「スタースクリーム、スタースクリーム、何度聞いてもその名には怒りしか湧いて来ないな」

 装甲車から最後に出て来たのは真っ白な短髪に軍人らしく全身くまなく鍛え上げられた肉体を有した中年男だ。顔にはいくつもの傷が残り、戦国時代の荒武者を彷彿とさせる。瞳の奥は濁り、スタースクリームはアイザックと同じ雰囲気を感じ取っていた。

「サイラス、よく来たな。歓迎するぞ」

 サイラスという男、しかしスタースクリームはこの男に全く見覚えがない。だがサイラスの方はスタースクリームにかなり怒りや憎しみを抱いているようだ。

「スタースクリーム、何かしたんですか?」

 エレンがこっそりと聞く。

「知るか! こんな奴初めてだ!」

「“初めて”か。確かに私と貴様は初めてだが、私は“スタースクリーム”にこれ以上ない程に苦しめられた!」

「やっぱり何かしたんじゃないんですか?」

「だから知らねえって! やい、サイラス! あんまりワケの分からん事ばっかり言っていると俺様のミサイル攻撃で吹き飛ばすぜ!」

 と、言いながらスタースクリームはナルビームの銃口を突き付けた。スタースクリームの銃口に恐れもせずにサイラスは鼻を鳴らした。

「ふん……まずは自己紹介からしようか」

 目出し帽にウェットスーツを着用した戦闘員を指差した。

「我々はM.E.C.H(メック)

 メックの名を聞いた時、エレンはどこか聞いたような気がして額に指を当てて思い出す仕草をした。

 メックはアメリカ合衆国に拠点を置く巨大な民間軍事会社だ。世間には報道されないが、横暴な行動が目立ち、頭のイカレた連中だと囁かれている。DEM、ラタトスクと比べれば技術力は幼稚な物でCR-ユニットを保有していない点、精霊に興味が無い点、これらから大した組織ではないと判断されていた。

「スタースクリーム、私はディセプティコンを憎んでいるのさ。心の底からね」

「だから、お前と俺は初対面だろ?」

 サイラスはゆっくりと首を横へ振り、それから部下に下がるように命じた。装甲車に乗り込んだ戦闘員はサイラスを残し、外へと出て行った。

「どうやら私は次元の壁を超越したらしい……」

 突拍子もない発言にスタースクリーム、エレン、アーカビルは素っ頓狂な声を上げた。

「次元の壁だぁ?」

 スタースクリームは口を曲げた。

「かつて、私はメックの司令官だった。民間軍事会社ではなくテロ組織のな」

 聞きたい事は山ほどあるが今は黙って聞いた。

「人造トランスフォーマーの研究を推進していたメックはオプティマス・プライムによって挫かれた! 瀕死の重傷を負った私だが……一命を取り留めた。トランスフォーマーの肉体を得てな」

 一拍置いて。

「ディセプティコンと結託した私はメガトロンに無惨に裏切られた! 貴様等の実験台にされんだ! ディセプティコンめ……! 死んだ私の魂はそのまま消える筈だった。しかし、何かの手違いで次元を超越して今に至る」

 どうやらこのサイラスは平行世界で死んだサイラスらしい。多少無茶だが、まだ話が分かる。

 スタースクリームはニィィっと笑うと唐突に優しげな声色に変えた。

「分かる。分かるぜサイラス!」

「本当はスタースクリームも憎しみの対象だが、こちらのスタースクリームは不問にしてやろう」

「サイラス、メガトロンの野郎は俺様の実力に嫉妬してやがる。だから、こうやって俺様を追い出したり意地悪するんだ。お互い、打倒メガトロンを目指そうじゃねえか」

「そのつもりだ」

 サイラスはディセプティコンの壊滅を。

 スタースクリームは新生ディセプティコンの結成を。

 目的がズレているような気もしたが、打倒メガトロンという点では一致している。

「それで、スタースクリーム。ディセプティコンを倒す為の何か算段があるのか?」

「当然!」

 スタースクリームは動きにくそうにしてラボから出るとジェットモードへ変形した。

「じゃあちょっくら行って来る!」

 作戦も告げずにスタースクリームは轟音を残してテキサスの空へと消えて行った。気が付けばもう空の彼方だ。

 

 

 

 

 火星にてトリプティコンの治療を続けている筈のショックウェーブは今は火星からトリプティコンごと引き上げて、ディセプティコンを海底臨時基地の隣に置いていた。スペースブリッジがあるとは言え、プレダコン計画にトリプティコン計画の二つの指揮をおこなうに当たって火星と地球を行き来するのはかなり手間だ。

 その日、ショックウェーブに呼ばれてメガトロン、サウンドウェーブ、プレダキングはとある洞窟に来ていた。

 巷ではトランスフォーマーの存在で騒がれているがディセプティコンにすればそのような事はどうだって良い。この計画が完成すれば人類がどう文句を言って来ようともたちまち黙らせられるのだから。銀色のスペースタンクからロボットへ変形し右のフュージョンカノン砲が光る。メガトロンの後にサウンドウェーブとプレダキングが各々のもう一つの姿からロボットの姿に戻る。メガトロンは洞窟の入り口を見上げた。入り口はそこまで大きくはないが、中に入ってみるとショックウェーブが三日三晩、寝食を忘れて作り上げたトランスフォーマーでも通れるような大きな通路がある。そこを抜けると次は、大きな広場に出た。やがてはこのサッカー場よりも遥かに広大なスペースもプレダコン計画に活用するのだろう。広場を更に抜けて奥へと突き進むとようやくショックウェーブの姿を確認出来た。

 ショックウェーブは舞台のような小高い足場に立っており、大型コンピューターの前に立ってカタカタとキーを叩いていた。プレダキングはショックウェーブよりも先に目に入ったのは、入り口から部屋の最奥部にかけて左右に均一に並べられた黄色い培養液が入ったカプセルであった。カプセルの中身は見間違えようもないプレダコン達だった。常日頃から怒りと憎しみを抱くプレダキングは出生から初めて喜びを感じた。家族との再会、プレダキングの兄弟となる子達が今まさに生まれる瞬間を目の前にして待っているのだ。

「ようこそメガトロン様。プレダキング、これがキミの種族だ」

「あんたには感謝してもしきない、ショックウェーブ」

 メガトロンは十数体はいるプレダコンを見て感心した。ここにいる全員が恐るべき戦闘力を誇る生物だとするとディセプティコンには強大な力となる。思わず息を呑む光景だ。

「いや、実に素晴らしい眺めだわい。完成はいつだ?」

 ショックウェーブの回答をプレダキングは楽しみにして待った。

「意識はもうあります。今日か明日には彼らは生誕を迎えるでしょう」

 その言葉にプレダキングは飛び上がって喜んだ。負の感情以外見せないプレダキングには珍しい行動で、少し微笑ましかった。ショックウェーブはその行動に内心驚きもしていた。怒り、憎しみしかプログラムしていない筈のプレダキングに喜びの感情が芽生えている事だ。グリムロックの件もそうだった。野生の獣性は悉くショックウェーブのプログラムをひっくり返して成長して行っている。

「ショックウェーブ、もし無事に彼らが生まれたのならば私に彼らの教育と指導を一任して欲しい。同じ種族だ、連中がどういう思考でどういう奴に従うか私の方が理解している」

 凶暴極まるプレダコン、恐らく殆どが生まれたばかりのプレダキングのような獣としての性質が全面的に押し出されて話も聞かないような奴だ。メガトロンもショックウェーブもプレダキングを教育係りに任命する事を反対する気はなかった。

「私は構わない。メガトロン様、あなたの意見をお聞かせ下さい」

「儂も賛成だ。プレダキングにはその資格は十分にある。ただし、生まれてくるプレダコンに儂の命令を聞くようにしっかりと教育をするんだぞ」

 プレダキングは深々と頭を下げた。

「ありがとう。しかし生まれて来るのが楽しみだ」

「私も楽しみだプレダキング、教育係しっかりやるんだよ」

 プレダキングは力強くと頷いた。新戦力、兄弟誕生に和気藹々とした雰囲気だが、サウンドウェーブ一人は違っていた。バイザーが来た道をジッと観察して拡大やサーモグラフィーによる熱感知やエネルゴン反応を検出して違和感の正体を掴もうとした。けれどもこれといった反応は出て来なかった。

「どうしたサウンドウェーブ、めでたい日だぞ」

 サウンドウェーブは変わらぬ表情でメガトロンに耳打ちした。

「何かいマス。ここの見張りを強化して下サイ」

「何かだと?」

 メガトロンもセンサーを働かせて反応を読み取って見たが、それらしい結果は出て来なかった。

「見間違いではないか?」

「間違いありまセン。誰かいたのは確かデス」

 サウンドウェーブは優秀な部下だ。これがもしスタースクリームの発言なら蹴り飛ばしていた所だ。サウンドウェーブの忠告を聞き入れて、メガトロンはプレダコンの研究所にディセプティコンの兵士を数人配備してその場を後にした。ショックウェーブは次にトリプティコンの治療がいる。プレダキングは助手としての手伝いも残っている。武装した兵士は警備の任務を受けながら愚痴をこぼした。

「あーあ、ショックウェーブの野郎また気味悪いもん作ってやがんな」

「そうだよ、セイバートロンにいた虫に比べれば見た目はマシだけどよ。やられるオレ等の身にもなって見ろってんだ」

 全員、ショックウェーブの実験には反対な所があり、故郷にいた時からも敬遠されていた。いつ食らいついてくるか分からない実験動物を警備するのは酷く気が進まない話だ。銃を構えてセンサーを働かせていると、フラッと何かが動いた気がした。

「お?」

「どうしたよ?」

「あ……何だろ。今何かいたような気がしたんだが……」

「よせよ、まさか幽霊じゃないだろうな?」

「幽霊!?」

 兵士達は幽霊と聞いて震え上がった。

「確かにトンネルは霊が集まり安いって見たぞ!」

「怖ぇぇ~!」

「もう帰ろっかな」

『幽霊より怖い奴がいるって知ってるか?』

 不意にどこからか声が聞こえた。洞窟内に響く声で兵士達はみんな顔面蒼白で銃を落として身を寄せ合った。

「だ、誰だよぉ!」

 そう叫んだ一人の胸から突如として剣が飛び出した。背中からひと突きされてたちまち一切の動きを止めてうな垂れると、死に絶えた兵士はどこかへ投げ飛ばされた。目に見えない敵は一人、また一人と兵士を貫き、頭を跳ね、背中に爆弾を張り付けて殺して行く。最後の一人となった兵士はぶるぶると震えて泣きそうな声を上げていた。

「誰なんだよ! 姿くらい見せろよぉ!」

 すると誰もいなかった空間がぐにゃりと曲がり、スタースクリームが現れた。

「ス、スタースクリーム!?」

「へえ、やっぱり俺様の読み通りだ。ショックウェーブの野郎が持っていやがった化石はプレダコンか。って事はまたプレダコンが複製させられるって訳かい。おい」

 スタースクリームは腕から剣を伸ばして兵士に突き付けた。

「他に知ってる情報はねえのか? もしあるなら生かしてやっても良いぜ?」

「わかった、わかった言うよ! トリプティコンだ! ショックウェーブの野郎はネメシスをもう一回トリプティコンに戻す計画を進めてやがんだよ!」

「ほう……なるほどな……。あの怪物をか」

 スタースクリームはまた何か閃いたような顔をした。

「ありがとよ!」

 残された最後の兵士の腹に風穴を空けてスタースクリームは手をパンパンと払った。

「さあて、良い情報も手に入れたしな。勝ちを掴むのは俺だ。しっかしあっさり口を割るたぁ、メガトロンの野郎も忠実な部下がいなくて悲しいなぁ」

 ぶつぶつと独り言を言いながらスタースクリームはさっきまでショックウェーブがいじっていた大型コンピューターの前まで行くとエネルゴン反応を遮断する装置を切り、スタースクリームはジェットモードへ変形して飛び立った。

 

 

 

 エネルゴン反応を遮断していた装置の電源が切れたという事は当然、テレトラン1に嗅ぎつけられるという事になる。年中、テレトラン1と向き合っているパーセプターがその反応を見逃す筈がなかった。

「おや? エネルゴン反応?」

「どうしたパーセプター。ディセプティコンか?」

「う~ん、そうでは無いんですが……どうも強力なエネルゴン反応が出ているんですよ」

「なるほど、偵察を出そう。ワーパス、アイアンハイド」

 オプティマスが呼ぶとちょうど十香と折紙と遊んでいた二人はパッと切り替えてゲームを中断してやって来る。

「ディセプティコンか!?」

「わからない、だから調査をして来て欲しいんだ。頼んだよ」

「今度はどこへ行くのだワーパス!」

「ああ? アメリカ、ネバダ州だっつても十香はわかんねーか」

「むう、失礼だそワーパス!」

 十香は頬を膨らませて怒ると笑いながらなだめた。

「ついて行きたいのか十香? でもダメだぞ、危険が多すぎる」

 アイアンハイドは頼まれる前に断っておいた。だが、ワーパスは十香の肩を持ってくれた。

「まあまあ、今回はディセプティコン反応もないんだろ? 偵察と社会見学だと思ってさ」

「十香は私が面倒見る。平気、これが何かしても私がしっかり止めてみせる」

「こら折紙! 人を子供扱いするな!」

 二人の親のようにアイアンハイドは喧嘩を仲裁した。もうこの手の事には慣れた。

「連れて行ってやるが、危ないと判断したらすぐに帰ってもらうからな」

「うむ!」

「了解した」

 話はまとまり十香と折紙がアイアンハイドへ乗るとワーパスを先頭にしてグランドブリッジをくぐった。一瞬で景色は切り立った崖と洞穴へと切り替わる。十香達が降りるとアイアンハイドはトランスフォームした。

「うーん……ディセプティコン反応無しだぜ?」

「そのようだな。ただエネルゴンの反応はバカみたいに大きい」

 トランスフォーマーも楽々入れるような大きな洞窟の入り口を睨み、アイアンハイドは呟くように言った。

「どうやらこの中からだな」

「オォー! 洞窟洞窟! 何か冒険が待っていそうだな!」

 注意も聞かず十香は一人洞窟の中へ走って行く。その後ろを折紙がスタスタとついて行った。

「こら、十香それに折紙。待つんだ!」

 アイアンハイドとワーパスは二人を追った。洞窟の内部がとても自然現象とは思えぬ程に整っており、用心深いアイアンハイドは早くも腕を重火器に変形させていた。それに倣ってワーパスも重火器を出してみせた。気をつける事に越した事はない。アイアンハイドはセンサーを頼りに広間を確かめるような慎重な足取りで進み、再び狭い通路に入った。

 狭いとは言え、トランスフォーマーが並んでも楽に動けるので十香達から見れば十分巨大だ。岩の通路を抜けてラボらしき広間へ到着するとアイアンハイド等は一斉に顔をしかめた。黄色い培養液に入ったプレダコン達が目覚める段階だった。

 カプセルから培養液が排出されて中のプレダコンがカプセルを割ろうと暴れている。

「ディセプティコンよるヤベェのを見つけちまったな」

「ワーパス、あれは何なのだ? 前見たプレダキングの仲間か?」

「その通り」

 ワーパスは至急、基地と連絡を取った。

「オプティマス、どうやらディセプティコンはいないみたいだぜ」

『おお、それは良かったワーパス』

「代わりにプレダコンの養成所を見つけた。奴等が目覚める前にぶっ放そう」

 プレダコンというワードが聞こえたからか無線の向こうではガシャンと何か割れるような音に加えて荒っぽい騒音がした。

『ワーパス、もう一度連中を化石に戻してやれ!』

 オプティマスの命に従いワーパスはガトリング砲をアイアンハイドは、サーモロケットキャノンをカプセルに向けた瞬間、まだロケットを放ってもいないのにカプセルは次々と爆発を始めた。機械の誤作動だと思い、十香と折紙を抱えて出口を目指した。

「何だ何だぁ!? 急に爆発したぜ?」

「機械の動作不良だろう。手間が省けて良かった」

 トラックと戦車が洞窟の通路を引き返していると広間を出た所でグランドブリッジが展開された。オートボットのグランドブリッジではないと察して立ち止まるとグランドブリッジからは威風堂々、王者の風格を見せ付けてプレダキングが登場した。

「警備隊の連絡が途絶えて胸騒ぎがしたと思えば……。オートボット、貴様等に私の兄弟をやらせない」

 生誕間近の兄弟達をオートボットの魔の手から救うべく出動したプレダキング。だが、一足遅かった。兄弟達が眠るラボから炎が噴き出し、爆発は洞窟内を大きく揺るがした。プレダキングの表情に驚きと悲しみが同時に現れた。

「兄弟達が……!」

 説明などせずとも分かる。間違いなく、兄弟達は死んだ。その事実を認識した瞬間、プレダキングは復讐の悪鬼と化す。

「そうか……これが……」

 プレダキングはアイアンハイドやワーパス、十香でもなく折紙を見た。

「鳶一折紙、これがお前が味わった苦しみか! 家族を目の前で殺された怒りかァ!」

 プレダキングは感情の赴くままに駆け出した。それを迎え撃とうと構えた重火器を同時に使用し、ロケットや銃弾の嵐が吹き荒れたがプレダキングはものともせず突進し、四人が立っていた地面に拳をめり込ませた。

 ロケットを放ちながら後退をするアイアンハイドを平手打ち一発で洞窟の天井へと跳ね飛ばし、背後から殴りかかって来たワーパスの右フックを見もせず受け止め、腕を掴んで豪快に振り回した。

「メタトロン……!」

 人工精霊メタトロンを発現、折紙はマスクを装着してから頭部を砲台へ変形させてプレダキングに砲撃をおこなった。飛来する鋭い砲弾を避け、プレダキングは真っ直ぐ折紙へ接近する。 次弾が発射されブレない弾道はプレダキングの目へと向かって行った。弾丸の軌道を読み、折紙の砲弾を腕で弾く。大きく振りかぶって折紙を叩き潰すように拳骨を落とす。片足を軸に身を反転させてプレダキングのパンチを避ける。スピア型の細長いミサイルを肩から出した所でプレダキングのもう一方の手が折紙を叩き、真横にぶっ飛ばした。

「鳶一折紙、貴様はこれだけの怒りを許したのか!」

「復讐に勝るものを見つけただけ……」

 吹っ飛ばされ折紙へ更なる追い討ちをかけるプレダキングは横から強烈な力が加えられ、追撃が中断した。

 鏖殺公(サンダルフォン)を構えた十香だ。剣を両手でしっかりと握り、プレダキングとの距離を詰めて再び大剣を振り抜き、巨体を飛ばす。空中で態勢を立て直したプレダキングは壁を踏み台にして十香へ一直線に突進。

 幸い突進は当たらなかったが衝撃で十香は転倒した。精霊の力が完全でない十香には少しのダメージも致命傷になりうる。転んだ十香を拾い上げてギリギリっと手に力を入れた。

「アアッ……! うっ……ぐぅッ!」

 腹の中身が出そうな圧迫感、ゆっくりと十香を圧殺しようと言うのだ。

 重厚な砲弾の装填音がした。その直後、プレダキングにワーパスの砲撃が命中して十香を落とした。砲撃を受けてもなおも無傷、プレダキングは立て直したアイアンハイド等を睨み付けた。

 種を失い世界でたった一人の孤独、遂に兄弟が出来る瞬間に目の前で殺された怒り、それは計り知れない。負の感情が溢れれば溢れる程、プレダキングは強くなる。

 チラッと天井に目をやりプレダキングはブラスターを撃ち、落石を引き起こす。散会して散り散りになった瞬間を決して逃さず襲った。

 渾身のストレートを打ち、ワーパスは両腕でガードして耐えたが体は勢い良く後退した。プレダキングとワーパスが組み合い、純粋な力比べに入るとワーパスを軽々とねじ伏せ、起き上がれぬように足で踏みつけてから何度も殴った。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 十香が刀身に霊力を込め、三日月状に霊力の刃を飛ばした。霊力の刃を片腕で防ぎ、プレダキングは十香を殆ど無視してまずはオートボットを葬る事に専念した。

「ワーパスから離れろ!」

 アイアンハイドの飛び蹴りがワーパスからプレダキングを引き剥がした。よろめいた先には折紙の腕に装着された剣に叩かれ、倒れる事も出来ずに十香から霊力の刃を受けた。アイアンハイド、ワーパスを含めた四方向からのパンチやキック、斬撃に砲撃が重なり、プレダキングは足がもつれて壁に寄りかかった。

 折紙はプレダキングの頭上を見上げてミサイルを撃った。十香は折紙の意図を瞬時に察して鏖殺公(サンダルフォン)の斬撃でプレダキングを壁から離れられないように連続して刃を飛ばした。

 プレダキングは刃を振り払って力任せに暴れた所で巨大な岩が降って来た。見事、プレダキングは巨大な岩石の下敷きとなったのだ。

「完・璧! やるな二人とも!」

「うむうむ! まあ、私が奴に合わせてやったんだがな! 感謝するのだぞ折紙!」

「ええ、そうね」

 否定もせずかといって心底肯定している訳でもない。折紙の意識は落石の下の者に行っていた。プレダキングの境遇は確かに気の毒だとは思うが、折紙は士道から復讐から何も生まないと学んだのだ。

 大量の落石を受けて身動きなど取れない筈のプレダキングは動き出した。砂利でも払う、そんな仕草で岩石を押しのけた。それだけには留まらず、ビルような高さの柱を引っこ抜き、アイアンハイドを押しつぶした。

 スケールが違う戦い方だ。

 暴れるワーパスを鷲掴みにし、地面へめり込ませた。

 次なる標的である十香、折紙に狙いをつける。晴れる事のないこの憎悪、それがプレダキングに力を常に与え続けるのだ。希望、夢、優しさだけが強くなる手段ではない、負のエネルギーが己を奮い立たせる時もある。

 一瞬で肉体を滅ぼしてやろうと脇を締めて腕を引いた。腕武が少し変形して肘からスラスターが拳は鋭利に尖る。プレダキングの腕はまるでパイルバンカーだ。

「オオオォォ!」

 雄叫びを上げるプレダキング。十香に向かう鋭角な突きは、意外にも外れた。いや、正確には外してはいない。

 グリムロックの腹に突き刺さっていた。

「お前、ここで、消す!」

 十香を庇い、深手を負った状態からグリムロックの盾を用いた殴打がプレダキングを仰け反らす。

「今のうち、逃げろ!」

 グリムロックがプレダキングを引きつけている間にワーパスやアイアンハイドはなんとか再起し、十香達を連れて洞窟から避難した。

「目障りだグリムロック!」

「お前達、俺の仲間を、傷付けた許さない!」

「私の兄弟の無念を晴らす!」

 

 

 

 Dr.アーカビルのラボに帰還したスタースクリームはラボ前に待っていたエレン達に誇らしげな顔で言った。

「メガトロンはやっぱりプレダコンの増産をしてやがったな」

「ほう、それで?」

 サイラスは鋭い眼差しで聞いた。

「プレダコンの研究所にちょーっと爆弾を仕掛けてやった。俺の計算じゃあこれを引き金にディセプティコンとオートボットが小競り合いを起こすぜ」

「その小競り合いが何の意味があるんです?」

「プレダコンの研究所からエネルゴンの反応をだだ漏れにした。つまりオートボットが調査に来る。プレダコンのピンチにあのアホんだらプレダキングが動かない筈がねえ。プレダキングがオートボットの何人かを潰す、理想はグリムロックとかち合って二人とも疲弊する事だな」

「そんなに上手く行きますかね?」

「行くとも! この作戦を成功させる為にサイラス、テメェにコイツを渡しておく」

 スタースクリームは胸を開けると何やらディスクを手渡した。

「これは?」

「へへっ、じゃあ作戦を話すぜ――」

 スタースクリームは作戦を告げるとまだ一仕事があると言ってまた飛んで言ってしまった。スタースクリームが考案した作戦、そう言われば不安しかない。サイラスもかつての次元でスタースクリームと手を組んだ思い出があるが、ロクな事はなかった。

 一つ分かるのはスタースクリームが本格的に反逆に乗り出した瞬間、妙に生き生きしている事だ。

 

 

 

 

 プレダキングが帰還した先は海底基地ではなく海底に設置されたトリプティコンに戻る寸前のネメシスだ。その肩にはグリムロックが背負われており、プレダキング自身もかなりの重傷で二人の戦いがどれほど壮絶だったかは語るまでもない。

 紙一重の決着だ。もしも何か違えば今立っているのはグリムロックの方だったろう。

「ショックウェーブ、ラボはオートボット共に落とされました」

「遅かったか。だが、また作る。ところでそれは」

「グリムロックです」

「手土産と取って良いのかい?」

「はい、ショックウェーブは常々大きなエネルギーを探していたのでコイツを解剖してみては?」

「……。監禁室に入れておくんだ」

 プレダコン計画がスタースクリームの手で破綻したが、ディセプティコンは皆オートボットの仕業と決め付けていた。プレダコン計画が潰された今、最後の望みはトリプティコン計画だ。

 ショックウェーブは地球人から奪った新型の魔力生成機のメカニズムを盗んで作ったエネルゴン生成機のサンプルを手に取り、小瓶に入った赤い結晶を揺らしてみた。

 小瓶に入っているのはレッドエネルゴンだ。極めて純度の高いエネルゴンだ。未だに解明されていない点が多く不安定なエネルゴンだが、大きな力を備えているのは分かる。魔力生成機のメカニズムから希少なレッドエネルゴンの大量生産させたまでは出来たが、使い道が分からず困っていた所だった。

 使い方も分からない爆弾を大量に所持しているような物だ。

「ちょうど良い実験体がいたな」

 レッドエネルゴン、これをグリムロックに使ってみよう。と、ショックウェーブはそんな思惑が湧き上がった。だが、かつて腕を喰われた記憶がある。下手な力をつけて反逆されては以前と同じ結果になる。今回はオートボットをディセプティコンに変換する装置を同時に使うつもりだ。

 この実験が始められれば最悪の場合、その者は死ぬだろう。生きていてももはやグリムロックではかもしれない。

 



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45話 ディセプティコン達の仲間割れを高みの見物と洒落込むか

 デート・ア・ライブの映画見たぜ!


 プレダコンの研究所が破壊されたと知ってメガトロンは憤慨して壁を叩いた。貴重な戦力を削がれて今まで費やした時間と苦労があっさりと無駄になったのだ。怒るメガトロンにコンバッティコン。しかし、深呼吸をして冷静さを戻すとメガトロンは、納得のいかない点があった。

「メガトロン様、オートボットの連中に負けっぱなしは気持ちが収まりません。しっかりと報復を!」

「待たんかオンスロート」

 エネルゴン反応遮断機を使っていたのは確かだ。けれどオートボットに位置を特定されてしまったそこが納得がいかない点だ。

「メガトロン様? どうしたんです難しい顔して」

「プレダコンの研究所を襲撃したのは本当にオートボットか。それを考えておった」

「そんなのオートボット以外にありえませんぜ!」

 ブロウルもオートボットだと思っているようだ。メガトロンはジッと黙り込むとサウンドウェーブにグランドブリッジを開くように命令した。

「どこへ行くんですかメガトロン様!」

「確かめたい事がある」

「一緒に行きます」

 メガトロンはオンスロートを引き連れてあのプレダコン研究所に移送された。グランドブリッジを抜けてかつては洞窟としてカモフラージュされていた研究所の外観は酷い有り様だ。グリムロックとプレダキングがかち合い、地面や岩肌が溶けたり、深く陥没して戦争でもあったのかという惨状だ。

「よくもまあ、あれだけ暴れられるものですね」

「洞窟が崩れて入れんな、他のコンバッティコンも呼べ」

「はい! コンバッティコン、メガトロン様がお呼びだ。早く来い」

 気だるそうな返事が聞こえたかと思うとグランドブリッジが直ぐに開き、ブロウル、スィンドル、ボルテックス、ブレストオフが横に並んで出て来た。

「コンバッティコン、この瓦礫を撤去しろ」

「はい!」

 全員がハッキリと返事をして作業に取りかかる。ボルテックスとブレストオフは終始ぶつぶつと文句を言っていた。

「あーあ、何で久しぶりの出番で瓦礫撤去なのかね」

「だよな、もっと派手にやり合いたいよな。こんな地味な作業は向いてねぇよ」

「ボルテックス、ブレストオフ! 愚痴ってないで手を動かせ手を!」

 オンスロートに叱られて二人は渋々黙って竹箒で砂利を払ったり大きな岩を持ち上げた。

「オレの砲弾でぶっ飛ばすのはどうだ?」

「元々、研究所があった場所だからな。爆発と同時に何かに引火したら大変だ許可出来ない」

「オンスロート、どこまで片付ければ良いんだ?」

「なあオンスロート、運んだ岩はどこに置いておく?」

「オンスロート! 何か研究所らしい目印ってあるのか?」

「うるさいなお前等! 少し待ってろ! 俺も一度に指示出来ないからな!」

 作業が一向に進まないコンバッティコンにうんざりしながらメガトロンも瓦礫撤去を手伝っていた。

「コンバッティコン、ブルーティカスに合体しろ。そして早くこの落石をどけるのだ!」

 メガトロンから命令が下り、コンバッティコンはブルーティカスへ合体を始める。スィンドル、ブロウルが両足を形成し、胴体を担うオンスロートと接続される。ブレストオフが右腕、ボルテックスが左腕を担い、最後に頭部が現れた。二つの眼が光り、ブルーティカスは完成すると同時に腕を薙払い、平均的なトランスフォーマーくらいはある大岩を蹴散らし、さっきとは別格の働きっぷりを見せる。ブルーティカスになってから仕事は早く、岩の中からプレダコンが入っていたカプセルの破片が見つかった。

「よし、もうよい!」

 

 ブルーティカスを止めさせてメガトロンはカプセルの破片を拾うと付着していた培養液がポタポタと滴り落ちた。もう少し掘り起こしてみればバラバラになった機材やカプセル以外の破片も見つかった。

 ――やはり、オートボットなのか。

 そう決めようとした時だ。メガトロンは破片の中にある違和感を見逃さなかった。粉々で元が何かすらも分からない砂のように小さな欠片をつまみ上げた。ブルーティカスは合体を解除してメガトロンが険しい顔つきで睨んでいる欠片に集まった。

「何ですそれ?」

「爆弾の欠片だ」

「爆弾? じゃあやっぱりここを爆破したのはオートボットのヤローか!」

「いや……これはディセプティコン製だ」

「えっ……!?」

 メガトロンの言葉に一同が驚きの声を漏らした。

「ディセプティコン製の爆弾など持っている奴はそう多くありませんね」

 もっと手がかりはないかとコンバッティコンが掘って行くと次はディセプティコンの兵士の死体が見つかった。傷口の大きさや切断面、体に残った銃弾から犯人を割り出した。

「メガトロン様、もう犯人は分かりましたね」

 怒りが一瞬にして頂点に達したメガトロンは適当に転がっていた岩を叩き潰して感情を表現した。

「スタースクリーム……! 今度という今度は奴を八つ裂きにしても飽き足りんぞ!」

「スタースクリームには散々邪魔されましたね。セイバートロンでの礼もしてやらなくては」

 今まで多目に見ていたメガトロンが遂に我慢の限界を迎えた。

「これまで儂も我慢に我慢を重ねて来たがもう今日という今日は我慢出来んぞ!」

 早速、スタースクリームを探し出してやろうと海底基地に帰還したメガトロンは、ブリッジに立ち、サウンドウェーブにスタースクリームの捜索に取りかからせた。

 世界中の監視カメラやネットワークをハッキングしてでもあの裏切り者を捕まえようと言うのだ。

「サウンドウェーブ、出来るだけ早く見つけろ!」

「了解シタ、それとメガトロン様。以前、スタースクリームが我々ニ見せた、ゼータプライムのメッセージノ暗号が、解読デキタ」

 スタースクリームがディセプティコンに復帰の条件と同時に見せたゼータプライムのメッセージ、しかしあれはオートボットの言葉に暗号化されており、途中から内容を知れなかったのだ。その暗号が最近、サウンドウェーブの手によってようやく解読されたのだ。

「お、本当か! だが今はそれよりもスタースクリームだ!」

 スタースクリームを懲らしめる事で頭がいっぱいのメガトロンがもう少し冷静になるまで待とうと判断し、サウンドウェーブはハッキングを始めた。

 だが、この時何者からメッセージを受信したのだ。

「メガトロン様、メッセージデス」

「開けろ」

『よぉメガトロン! 俺様のプレダコン研究所の爆破のプレゼントは届いたかよぉ!? アッハッハ! 俺様を処刑したくてたまらねえンだろ? メガトロン、俺様と勝負しろ! 一対一だ! セイバートロンの掟に則ってだ。負けた方は暗黒の宇宙に消えて己を破壊する! どうだ! 座標はどうせサウンドウェーブが逆探知してるから分かるだろぉ?』

「スタースクリーム、儂の怒りに遂に触れてしまったのだ。その報いは絶対に受けさせてやる」

『ハッハッハー! メガトロン! そろそろ新旧交代の時期だ! それにテメェは俺様の軍団を人間とバカにしてやがるが、痛い目を見る事になるぜ! あばよ!』

 スタースクリームからのメッセージはそれだけであった。

「おのれ愚か者めが! よしよし、良いだろう! 儂等の戦争(デート)を始めてやろう! ディセプティコン、儂に続けぇぇ!」

 メガトロンのかけ声と共にサウンドウェーブやコンバッティコン、後からプレダキングも出撃した。スタースクリームという最悪の反逆者に制裁を加える。サウンドウェーブを省いて、スタースクリームに礼をしなくてはもう収まらない。

 

 

 

 

 スタースクリームに作戦を伝えられて待機しておくようにと指令を受けたエレンにアーカビル。本来ならアーカビルのような非戦闘員が前線に出るべきではないが、アーカビルはいつも白衣、それにサングラスをかけていた。アサルトライフルらしき改造銃を抱えている。エレンの方は既にペンドラゴンを展開している。二人が待機しているのは深い森が広がり、ポツンと森の真ん中に広場がある。木々を押して盛り上がった岩山が森からは何ヶ所か見えた。スタースクリームは単独で任務を、サイラスも武装を取りに行くと言い消えた。

 エレンもアーカビルも作戦は聞いているが、今までのスタースクリームのおこないを見ていると成功するとは思えなかった。

「大丈夫ですかね?」

「……わからん。じゃがスタースクリームを信じるしかあるまい。せめてサイラスが到着するまで保たなくてはな」

「ええ……」

 

 ディセプティコンの到着を待っているとエレンは空の向こうから飛来する機影を見つけた。

「アーカビル、あれを!」

 飛行物は見る見るうちに近付いて来る。それがメガトロン率いるディセプティコンだと分かるまでに大した時間はかからない。

「ディセプティコン、降下、降下しろぉ!」

 メガトロンのかけ声と共に軍団は着地した。

「スタースクリームはどこだそこの人間、怪我をしたくなければ下がるが良い。命は取らん」

「残念ながらこちらも退く気はありませんよ。初めましてメガトロン」

「様をつけんか、小娘」

 エレンはメガトロンを見下ろした。軍団の首領としての風格を醸し出すメガトロンとその背後に並ぶ幹部クラス、そして百人以上のディセプティコンの兵士が控えている。

「一つ、質問に答えろ。スタースクリームはどこだ。隠れているなら出てこい!」

「スタースクリームはここには居ませんよ」

「何……? やはりあの腰抜けめ……セイバートロンの掟とぬかしておきながら人間に任せるとは……!」

 メガトロンはエレンに背を向けて軍団に退却を命じた。

「ディセプティコン、引き上げるぞ!」

「どこへ行く気です? ディセプティコンの破壊大帝が逃げるのですか?」

 と、エレンは挑発した。

「人間に用はない。儂等はスタースクリームに用がある」

「スタースクリームの計画はあなたがたを殲滅する事。メガトロン、あなたにはここで死んでもらいます!」

 エレンが手を上げると地面からくたびれた腕が這い出したかと思うと土を払いのけながらテラーコン軍団が姿を見せた。その瞬間、ディセプティコンは発砲を始めた。

 それだけではない、森に隠れていたメックの部隊も攻撃を仕掛けたのだ。

「ディセプティコン、応戦しろ!」

 メガトロンは叫び、フュージョンカノン砲をテラーコンに見舞った。脆い体のテラーコンは簡単に破壊出来る。

「儂等も行くぞエレン!」

 アーカビルは岩山を滑りながらアサルトライフルで狙い、ディセプティコンの頭を狙撃した。弾丸は爆発し、兵士は一撃で倒れた。

「よし、まずは一人!」

 年に似合わぬ動きで先陣を切るアーカビルに続いてエレンは盾を展開して魔力槍を撃ち込んだ。メガトロンのフュージョンカノン砲のエネルギー弾と激突し、大爆発を引き起こして森の木々がうねる。

「ランボル、レーザービーク、イジェ~クト」

 サウンドウェーブが二人のカセットロボットを射出、レーザービークは空中を飛ぶエレンを追従した。

「ブレストオフ、ボルテックス、あの女を迎撃しろ!」

「おう!」

「任せろ!」

 ボルテックスの衝撃波アタックが炸裂し空間を震わせた。強力な衝撃波を受けてエレンがバランスを崩すとブレストオフは照準を全てエレンにロック、六発のミサイルが白い軌跡を描いて真っ直ぐ飛んでいく。

 ミサイルを剣で切り落とし、防ぎきれない分は盾を防いだ。ブレストオフのミサイルに気がいっているとレーザービークのブラスターが背中に被弾した。

「ちっ……! デカい割に素早い、それに連携も出来ている!」

「おうおう、そんなモンかよ世界最強の人間ってのは! 風使いの双子の方がまだ骨があるぜ!」

 ブレストオフのそんな一言にエレンは腹を立てた。チャージが終了したボルテックスは再び衝撃波アタックを放ち、今度こそ仕留めるつもりで撃った。エレンは衝撃波より早い反応で剣にエネルギーを溜め、ボルテックスの衝撃波アタックを真っ向から斬って落とした。

「私を舐めないでもらえますか、ディセプティコン。世界最強を倒したいならせめてオメガスプリームクラスを連れて来て下さい」

「減らず口が……!」

 苛烈な空中戦と地上戦が繰り広げられていた。形勢は圧倒的な程にディセプティコンが有利だ。プレダキングがいる、合体すればブルーティカスもいる。テラーコン、メックの兵士では相手も出来ない。

 

 

 

 

 海底基地とトリプティコンの防衛を勤めるショックウェーブは息抜きとしてグリムロックの改造に取りかかっていた。ショックウェーブの研究所からグリムロックの叫び声が響いて来、その周辺にはディセプティコンの兵士は近付こうとはしなかった。何故なら、前のようにグリムロックが暴れ出してしまっては手がつけられないからだ。

「素晴らしい……!」

 ショックウェーブは感嘆の声を上げた。

「レッドエネルゴン……これほどとは」

 今まではグリムロックの知能の分を攻撃性に向けてパワーアップを図った。レッドエネルゴンは当人の持つ特徴をより劇的に尖らせる。攻撃力に特化したグリムロックを更に攻撃的に伸ばす事に成功した。

 ただ投与するだけではレッドエネルゴン切れを起こすが、体を流れるエネルゴンを全てレッドエネルゴンに変換されたグリムロックは常に攻撃的で有り得ない力を発揮する。

「さて……この攻撃性は危険極まりないな」

「ショックウェーブ、殺す! 殺してやる! これを外せぇ! 殺してやる!」

「ふぅん……。キミは私を殺す前に処分する。レッドエネルゴンの有用性も分かった事だ。次の実験に移ろうか」

 また何やら大掛かりなセットを持ち出す。グリムロックの方へ向けて三つの砲口が向けられた。耐久力の実験かとグリムロックは身構えた。

「そう構えなくても良い、痛くはない」

 ショックウェーブがレバーを下ろすと砲口からエネルギーの奔流がグリムロックをたちまち包み込んでしまった。

「ぐ……ウオオオッ!」

 エネルギーを払おうと暴れるが両腕の拘束具は外れない。エネルギー波が体にまとわり付き、グリムロックは悶える。

 その時である。

 グリムロックは拘束具を引きちぎり、機械を破壊するとショックウェーブ目掛けて突っ込み、拳を振り上げた。ショックウェーブは防御姿勢を取ってグリムロックのストレートを受け止めようとする。

 当然、防げる筈が無い。唐突に暴れ出したグリムロックに出来る事はそれくらいだった。

 破壊的なストレートが腕を折り、鉄のひしゃげる音と共にショックウェーブの腹をえぐる筈だった。しかし、グリムロックの腕はショックウェーブには届かず、寸前で止まっていたのだ。

「失礼、ショックウェーブ」

 声、口調の穏やかさ、それらがいつものグリムロックとはまるで別人であった。ショックウェーブは恐る恐る、防御を解いてそびえ立つ巨躯を見上げる。グリムロックの赤いカラーリングが濃い紫色へと変食している。

 グリムロックは手を差し出してショックウェーブを立たせた。

「どうかしましたか、ショックウェーブ。僕の顔に何かついていますかね?」

「グリムロック? 本当にキミかい?」

「マスター、噛んで含めるように説明しなければならないとは困りますな。僕はグリムロック、ディセプティコンに仕える戦士、あなたは僕を作り上げたマスターですよ」

 ショックウェーブの実験は大成功だった。あの乱暴者が穏やかで紳士的、しっかりと言葉を話せるようになったのだ。荒々しく今にも獲物に飛びつかんとする猛獣の気配が消えてなくなったのは不思議だが、大人しく、理知的になったのならまだ扱いやすい。

「よろしい、ではキミは私の手伝いをしてもらおうかな」

「トリプティコン計画ですね? トランスフォーム不可能になった戦艦ネメシスをもう一度、トリプティコンとして蘇らせる作戦。成功すれば対オメガスプリームとして切り札になりますね。で・す・がエネルギー面で大きな問題を抱えているのでしょう?」

「その通りだ」

 実験室を出てグリムロックとショックウェーブは並んで歩きながら話を進める。

「マスターの知識と私の計算ではレッドエネルゴンをもっと増やして体に循環させなくてはいけませんね。何せこの巨体ですから」

 あの頭が弱いグリムロックとはまるで別人、ショックウェーブと比肩する知識を得たグリムロックは進んでトリプティコンを手伝った。

 グリムロックが計算した通り、レッドエネルゴンをエネルゴンの代わりにトリプティコンの体内に流す事で徐々に意識と体を取り戻しつつあった。

「いやはや、キミの頭脳には感心するよまったく。キミの活躍によってトリプティコンの目覚めはもう一息となった」

「マスター、僕の計算なら当然の結果です。あなたのイマイチな頭脳とは出来が違います」

 単眼をピカピカと点滅させてショックウェーブは苛立ちを表現した。ついさっきまで殆ど喋れもしなかった恐竜ロボに頭脳をバカにされて腹が立たないわけがない。

「キミにここまでしてもらったんだ。後は私がやろう」

「わかりました、マスター。では僕はここのみんなに挨拶と早く慣れるように基地を見回ります」

「そうしてくれ」

 部屋を後にしてグリムロックはトリプティコンの内部を歩き出す。流石は戦艦として使われていただけあって広さはグリムロックの予想外だ。スタースクリームを討つべく兵士は殆ど出払っているので艦内には少数の戦闘員と雑務をこなす大勢の非戦闘員しかいない。

「ここがキッチンか、ネメシスはなかなか充実した設備だな。ふむふむ」

 キッチンの中では料理の担当をするディセプティコンの兵士が大鍋の前に立ち、お玉を鍋に突っ込んでクルクルとかき混ぜている。グリムロックは笑顔を作り、キッチンへ足を踏み入れると料理担当の兵士に労いの言葉を投げかけながら歩み寄った。

「料理、ご苦労様です」

「ああ、そんな言葉かけてくれるのはあんた――グリムロック!? た、助けてぇ!」

「落ち着いて下さい。僕はディセプティコンの戦士ですよ」

 グリムロックの口調がいつもと違うのはすぐに分かった。こんな知性的で穏やかな話し方は以前のグリムロックなら絶対にしない。それに体のカラーリングを見てみればグリムロックはディセプティコンのような深い紫色、おまけに胸にはディセプティコンのエンブレムが刻まれている。

「でぃ……ディセプティコン? 本当にディセプティコンなのか?」

「ええ、僕はディセプティコン。あなた達の仲間ですよ」

 粗暴なグリムロックなら既に掴みかかって鍋の中に押し込まれていただろう。しかし、それをしない所を見ると少し信用が出来る気がした。

「まあ、労いの言葉ありがとうな」

「いえいえ、料理担当とは必要で素晴らしい仕事です。戦うだけが軍団ではありませんから」

 兵士は目からオイルを流した。

「ううっ……わかってくれるかグリムロック。ありがとよ、ディセプティコンの奴等、オレが料理担当で戦場へ行かない臆病者って言いやがんだよ! 兵士の飯作りがどれだけ大変か知らねえんだ!」

「それはそれは、かわいそうに……。大変な苦労をされたでしょうに」

 グリムロックは兵士の肩を両手でしっかりと握った。そして持ち上げる。

「え……? 何すんの?」

「この苦しみから解放してあげます」

「えっ……?」

 グリムロックは持ち上げた兵士をそのまま煮えたぎる大鍋へと頭から押し込んだ。

「ギィヤァァァァァァァッ!?」

 体を二つに折ってから鍋に沈め、悲鳴が聞こえないようにグリムロックはフタをしてキッチンを出て行った。

 

 

 

 

 例の過去へのタイムスリップ事件から亜衣、麻衣、美衣と殿町はどこか浮かれた雰囲気が漂っていた。トランスフォーマーについては他言はしていないようだし、士道はそれだけで安心した。

「やあ、五河くん。最近のオプちゃんどうしてる?」

「オプティマスの事だよな?」

「そうだよオプちゃんの事!」

「あれから見かけないよねー」

「ジャズっちも見ないし二人とも元気してるのかな~?」

 何やら愛称が出来ているらしい。

「まあ……二人とも元気してるよ」

 オプティマスやジャズの事よりも士道は行方知れずになったグリムロックが気になってしょうがない。

 十香、折紙、アイアンハイド、ワーパスを助けるべくプレダキングに挑んだグリムロックが帰還しないとは十中八九、プレダキングに敗れたと考えるのが普通だ。しかし、パワーアップをしたグリムロックを破るプレダキング。短時間とは言え士道もプレダキングと戦った事はある。

 ショックウェーブの改造を受けて、大量のエネルゴンを吸収して、まだ勝てない。士道はにやはり、信じられない。

「シドー、昼餉にしよう!」

 ボーっとしていた士道の机に十香が机を合わせて来た。

「あら、ごめんね十香ちゃん。五河くんとの昼ご飯の邪魔しちゃ悪いしね!」

「良い昼ご飯を!」

「永久に幸あれ!」

 十香の邪魔をしないように亜衣等はすぐに身を引いて自分の席へと戻って行った。

「なあシドー、グリムロックはまだ見つからないのか?」

「そうみたいだな、四糸乃も心配しているし早く見つけるか、戻って来て欲しいんだがな」

「士道、お昼を食べよう」

 士道の反対側の机を折紙が寄せた。

「ああ、一緒に食べようか」

「グリムロックの所在はまだ分からない?」

「何でみんな、俺に聞くんだよ。まだ分からないよ。パーセプターがテレトラン1とにらめっこしているから何かあったらすぐに分かるんじゃないか?」

 二人とも自身を守ってくれたグリムロックが帰って来ないので随分と心配してくれていた。

「士道、士道!」

 窓の方から小さな声で士道を呼ぶ声がした。十香や折紙も窓に目を向けると、ジャズが学校の壁に掴まって頭だけ出して士道を呼んでいる。

「ジャズ……! 何してるんだよ!」

 士道は小声で叫んだ。

「急用でやがります兄様、グリムロックらしき反応が見つかったそうでいやがります」

「グリムロックの?」

「とにかく、来てくれ」

 士道は教室を見渡してから殿町の席に『早退するから』と書き置きをしてから窓から飛び出してジャズに飛び乗った。

 士道達が窓から飛び出す瞬間に隣の教室の外から八舞姉妹も同じように窓から飛び降りているのが見えた。耶倶矢と夕弦は空から伸びるハシゴに掴まってそのままどんどん上空へと昇って行く。

 ハシゴの回収先にはジェットファイアーがいた。

「かか、士道よ。我等は先に帰るぞ!」

「警告。耶倶矢、早く登って下さい。パンツ丸見えです」

「ちょっと、見んなし!」

「耶倶矢、私も人目を忍ぶ身だから早く乗って欲しいんだが……」

「うぅ……ごめん」

「感嘆。ヘコむ耶倶矢も可愛いです!」

 スカートの裾を気にしながら耶倶矢はジェットファイアーの操縦席へ夕弦が後部座席へ座った。ジェットエンジンが点火、青い炎が噴き上げ、同時に耳をふさぎたくなるような音が学園に響き渡り、生徒が窓から顔を出した時にはジェットファイアーは肉眼では見えない地点まで上昇していた。

 他の皆を乗せたジャズは既に発進して姿を見られる心配はなかった。

 

 

 

 

 早めに学校を切り上げて基地へ戻って来た士道達を見てオプティマスは目を丸くした。

「士道、それにみんな学校はどうしたんだ?」

「え……? オプティマスの指令じゃないの?」

「何の事だ?」

「ジャズとジェットファイアーがグリムロックが見つかったからって迎えに来たんだよ」

「私は学業に支障をきたすような命令はしない。君達は学生だ」

「指摘。耶倶矢は勉強がサボれて良かったと考えているのでは?」

「ギクッ……。かっかっか、そんな筈がある訳ないぞ! 完璧にして至高の存在である我が勉学など怖い筈ないわ!」

 強気な発言の割に声が震えていたのは誰も指摘しなかった。したら泣いてしまいそうだからだ。

「すいません、オプティマス」

「グリムロックの反応が見つかった事を知らせるだけのつもりでしたが、つい。耶倶矢と夕弦の勉強は私が責任を持って教えます」

「あ、あのジェットファイアー! そんなに無理しなくても良いし! ね? ね?」

「耶倶矢は勉強が足りないならもっとしなきゃダメだぞ!」

「十香にだけは言われたくねーし!」

「はいはい、もうそれくらいにしてオプティマスの話を聞こう」

 耶倶矢と十香を宥めてやり話の軌道を修正した。

「では話を進めるぞ。グリムロックの反応はだが、どうしてか海中から出ている。しかもその反応は移動している」

「反応の行き先はどこに向かっているんだ?」

「ここだよ」

 パーセプターが予想目的地を点滅させた。その目的地とはメガトロンとエレン等が交戦している地域だ。オートボットは連中が交戦中など知るよしもない

「グリムロックが護送されている可能性を考えて、我々はここで待ち伏せしてディセプティコンを叩く! オートボット、出動だ!」

 オプティマスのかけ声を合図にビークルへトランスフォームし、士道と真那はジャズへ十香はアイアンハイドに折紙はワーパスに搭乗した。耶倶矢と夕弦はいつものようにジェットファイアーに乗り込む。全員の準備が完了すると、グランドブリッジが開き、オートボットは出動した。

 

 

 

 

 トリプティコンの内部を悠々と闊歩するグリムロックの手には真っ二つに引き裂かれた無惨な姿と化した兵士がぶら下がっている。ゴミのように投げ捨ててグリムロックはまた別のディセプティコンの兵士を見つけると柔和な笑顔で迫った。

「お勤めお疲れ様です」

「ああグリムロック。そういえば、見張り役の連中を見てないか?」

「見ましたよ。すぐに合わせてあげます」

「え? どういう……」

 グリムロックの腕が兵士の腹を貫く。

「ウッ……!? グリムロック……何でぇ……!」

「間抜けな兵士ですね」

 剣を抜き兵士の頭は宙を飛んで地面を転がった。

「ある程度は排除したか。次はショックウェーブと取れば、僕がこのディセプティコンを支配出来る!」

 グリムロックは笑い、ショックウェーブのいる研究室を目指した。兵士とすれ違う度に手刀で兵士の頭を潰して股までへこませる。またある者は五体を引きちぎられるなど、静かながらグリムロックは残虐な本能のままに暴れまわっていた。

 音もない暗殺者のように静かで、猛々しい狂戦士のように力強く、高名な科学者のような頭脳を持つグリムロックはあっと言う間に研究室のドアの前まで来ていた。

 恐竜狂戦士の後ろには砕かれたディセプティコンの死体が延々と並んでいる。

 グリムロックは研究室の分厚いドアを引きちぎり中へ入る。

「――!?」

 研究室の中にはショックウェーブはいない。

「ショックウェーブ、どこへ行った!?」

 逃げたのだと思いショックウェーブを探そうと室内を見渡した。突然、どこからともなくフープが飛んで来るとグリムロックの両足から腕、胴体を締め上げた。

「また私が同じミスをすると思ったのかい? キミが賢くなったのは予想もしなかった。だが、反乱は警戒して正解だったようだね」

 

 電磁フープを引きちぎろうと暴れてみるが、グリムロックの凶悪な力を以てしても解除するのは困難であった。ショックウェーブは淡々とグリムロックを足で転がしてどけると顔面に左のレーザーキャノンを突き付けた。

「キミは処分だグリムロック」

 ショックウェーブは感情のない単眼で見下ろして砲口にエネルギーを圧縮して行く。

 エネルギーの充填が済むとショックウェーブは突如、横から見えない何かに殴られた。レーザーキャノンは明後日の方へと飛んでいき、足がもつれるショックウェーブに追い討ちをかけるようにボディーブローが打ち込まれた。何もない筈の空間からスタースクリームが現れるとショックウェーブはうろたえながらも反撃に移る。

 剣を腕から伸ばしながら縦に斬りつけるショックウェーブを軽く避け、至近距離からのナルビームでショックウェーブを麻痺させた。

「手こずらせやがって」

 スタースクリームはショックウェーブを足でどけると研究室のコンピューターをいじり、トリプティコン計画の進行度合いを調べた。

「よし、このトリプティコンはボディが殆ど戻ってやがる。後はパーソナルコンポーネントにエネルゴンを流し込めば……」

 カタカタとキーを打ち、操作する。

「やったぜ、ベイベー! これでトリプティコンは復活だッ!」

 歓喜の声を上げるとスタースクリームは急に揺れる船内にたじろいだ。戦艦ネメシスは本来の姿に戻ろうとしているのだ。巨大な宇宙戦艦は、体を大きく変形させ、細部は小さな変形がいくつも重なり、強靭な両足、小さな腕、山のようにどっしりとした不動の胴体、恐竜のような動物的な顔を取り戻した。深海に眠るトリプティコンが海を割って現れる。

「オレを眠りから覚ましたのは……誰だ……!」

 野太く低い声が船内や外に響き渡った。

 スタースクリームは不適に笑うと電磁フープで拘束されたグリムロックをナルビームで眠らせてからトリプティコンの口を通って外へ出た。

「よお、久しぶりだなトリプティコン。俺は航空参謀スタースクリームだ」

「スタースクリーム……? あの臆病なナンバートゥーか」

「まあな、でも元ナンバー2だ。メガトロンを倒し、俺がディセプティコンを率いるのさ。その為にはトリプティコン、お前の力を貸してくれ。メガトロンにあんな居心地の悪い姿にされたんだ。テメェも腹が立つだろ?」

「メガトロン……メガトロン……。ウォォォォッ! 俺はメガトロンを許さない! 俺をあんな姿に閉じ込めたメガトロン!」

 トリプティコンはかなり根に持っているらしい。そうなればトリプティコンを抱き込むのは難しくない。

「俺もメガトロンに恨みがある。一緒に奴を倒そう! 俺とお前でディセプティコンを支配するんだ!」

「やってやる! やってやるぞ!」

 トリプティコンは足と背中から巨大なスラスターを展開するとゆっくりと飛び上がり、スタースクリームの後を追った。

 

 

 

 

 戦いはなおも続いていた。

 テラーコンの部隊が全滅寸前にまで追い込まれた所でサイラスが率いるメックの本隊が救援に来たのだ。武装ヘリから飛び降りたサイラスはメガトロンの姿を見て、ピクピクっと青筋を立てた。

「メガトロン……!」

 サイラスは鋭い眼光で睨み、メガトロンは堂々とした態度で見下ろした。

「何者だ人間」

「貴様は知らないだろう。だが、私は知っている。忌々しいディセプティコン!」

 サイラスの腕と足、そこには細いリングが装着されている。リングが素早く点滅すると先ほどまでサイラスが搭乗していた武装ヘリが細かく分解された。それはエレンの量子化と酷似しており、細分化されたヘリはサイラスの体にまとわり付き、鋼鉄の五体を手に入れた。

 プロペラが背中で折りたたまれ、左の手首は小型のローターが回転して丸鋸の役割として出来上がっている。黒色の鋼鉄のボディを手にしたサイラスに続いてエレンの量子化と同じ動きで人間の兵器達が奇抜な変形を見せる。

「人造トランスフォーマーはキミ達と違って痛みや恐怖のない純粋な殺戮マシーンだ」

「儂等はマシーンではないわッ!」

 憤ったメガトロンはサイラスを蹴り上げ、反撃として頬にフックをもらった。背面のバーニアを噴射してサイラスにタックルを決めて押し倒すと頭を掴んで地面に何度も叩きつけた。猛攻の中、サイラスはパルスキャノンをメガトロンの腹に放って吹き飛ばすと間髪入れず、顔面に膝蹴りがヒットする。

 サイラスの膝蹴りもものともせずに腕を顎に引っ掛け、力任せになぎ倒した。

「人間がトランスフォーマーの真似事とは笑わせる!」

 背後から奇襲した人造トランスフォーマーをメガトロンは気配だけで察知してフュージョンカノン砲で吹き飛ばした。

「フハハハハ! スタースクリーム! いるのなら出て来い! この程度の相手、このメガトロン様には何千いようと相手ではない」

 メガトロンにとってサイラスが眼中にない。そう分かるとサイラスは歯を食いしばり、胸や腕からポットを展開し無数のミサイルを放った。不意を突かれてメガトロンはミサイルをまともに浴びてしまう。

「敵を倒さないウチに他を気にするとは愚かだ」

「愚か者はお前だ。このガラクタめが」

 メガトロンはケロッとして立っている。手から片刃の大刀を展開、それをサイラス目掛けて投げつけ大刀は体を貫いてサイラスは壁に張り付けにされた。

「コンバッティコン! ブルーティカスに合体しろ!」

 メガトロンの命令が下り、コンバッティコンの五人は慣れた手順で合体兵士としての姿を作り上げた。

「スタースクリーム、出て来い! いるのはわかっているぞ!」

「スタースクリームはいませんよ」

 

 エレンの言葉にメガトロンは眉をひそめた。

「ディセプティコンに送ったメッセージはスタースクリームの録音音声です」

「何だと……?」

「スタースクリームが来るまで私達は耐えるだけです」

「ほう、あの愚か者が何が出来るか知らんが奴が来るまでにお前達は消滅する」

 エレンは地上に視線を落とすとプレダキングに破壊されたテラーコン軍団、ブルーティカスに一捻りにされる人造トランスフォーマーの光景が広がっていた。

「スタースクリームのバカについた自分達の軽率さを呪うがいい!」

 

「誰がバカだってメガトロン!」

 騒々しいエンジン音を響かせながらスタースクリームはブルーティカスにロケットを叩き込んで空中で変形すると足からブースターを噴射しながらゆっくりと降下して来る。ブルーティカスに撃ち込んだロケットはやはり効いていない。

「スタースクリーム、よく来たなこの愚か者めが。降伏か処刑か最後に選ばせてやる!」

「へっ、ここまで来て降伏とかやるかよ! 俺様の切り札を紹介するぜ! 来いトリプティコン!」

 スタースクリームの合図と共にトリプティコンはゆっくりと降下し、メガトロン達の背後に立った。その巨体を目撃するとエレンはオメガスプリームの恐怖がフラッシュバックした。

「トリプティコンだと……!? 貴様まで儂を裏切る気か!」

「俺を見捨てたメガトロン、ここで潰す!」

「メガトロン様、トリプティコンはネメシスに改造サレタ事を恨んでイマス」

 サウンドウェーブは冷静な分析で導き出された回答を口にした。

「ええい、裏切り者は破壊してしまえ!」

 ディセプティコンは全ての火力をトリプティコンに集中した。スタースクリームは意気揚々とトリプティコンの肩に乗り、高らかに笑う。

「ハッハッハ! どうだメガトロン! 降伏する気になったか!」

 と、そこへ少し離れた所にグランドブリッジが開き、オートボットが到着した。

「既にパーティーが始まっているみたいですね」

 ジャズはカメラで戦場を拡大して様子を見た。

「なるほど、メガトロンとスタースクリームの権力争いか」

「オプティマス、グリムロックの反応はあのトリプティコンから来てます」

「トリプティコン……再生されたのか」

「うわー、オメガスプリームみたいにデカいなアレ」

「そうだな士道。あれはディセプティコンの決戦兵器でもあった。さ、我々はグリムロックを救出してディセプティコン達の仲間割れを高みの見物と洒落込むか」

 

 ブルーティカスやプレダキングの力を以てしてもトリプティコンという桁違いの怪物には通用しない。エレンやアーカビルはいい気な物で勝利を確信してハイタッチをしている。

「メガトロン、降伏かそれともディセプティコンのリーダーを俺に譲るか?」

「誰が譲るものかッ!」

 苦し紛れにフュージョンカノン砲を撃つがトリプティコンには蚊でさされたような物だ。

「トリプティコン」

「うん」

 尾の一振りで兵士の半数をスクラップに変え、トリプティコンは小さなてでメガトロンを掴み上げた。

「ぐおおッ! 離せ、離せスタースクリーム!」

「さあ、メガトロン。ディセプティコンの新しいリーダーは誰なんだァ?」

「お、お前だ……」

「何ぃ~よく聞こえないぜ!」

「お、お前だぁぁぁぁ!」

「みんな聞いたな、今日から俺様がニューリーダーだ!」

 ニューリーダー誕生か、そう思われた時だ。トリプティコンの様子が変だった。自分の意思に反してメガトロンを手放した。

「どうしたトリプティコン!」

「体が……お、おかしい!」

 見ればトリプティコンの尾が縮小を始め、勝手に手足が変形をしているのだ。

「なんだこれ!」

 瞬く間にトリプティコンは戦艦の姿に戻されてしまった。ネメシスに戻り、ハッチが開くとショックウェーブの姿があった。

「でかしたぞショックウェーブ!」

 メガトロンが賞賛の言葉を投げかけたがショックウェーブは反応がない。そして、次の瞬間ショックウェーブは前のめりに倒れてその後ろにはグリムロックが立っていた。ディセプティコンのエンブレムが消え、体が限界まで赤熱した姿だ。

 主人であるショックウェーブを倒されてプレダキングはグリムロックに殴りかかるとプレダキングの腕を払いのけて強烈なアッパーカットでプレダキングを殴り飛ばし、足からスラスターを噴射して去って行った。

「メガトロン様、グリムロック追撃の命令を」

「放っておけプレダキング、儂等が探していた奴はこっちなんだ」

 トリプティコンの突然の変形でバランスを崩して肩から落ちてしまったスタースクリームは強く打った尻をさすっていた。

「と、トリプティコンが……」

「そうだ、トリプティコンは無力化されたわい。そして儂はメガトロン、お前の指揮官だよ!」

 スタースクリームの首を掴み、メガトロンは怒りに満ちた声で怒鳴る。

「め、メガトロン……お許しを……! 命だけは……!」

「いいや、今回は本当に最後だ!」

 メガトロンはスタースクリームの胸からダークスパークを抜き取り、荒っぽく投げ捨てた。

「ブレストオフ、コイツ等を地球から永久追放しろ!」

「はい、メガトロン様」

 

 

 

 

「メガトローン! 必ずまた戻って来るからな! 覚えやがれよ!」

 小惑星に乗せられスタースクリーム、エレン、アーカビルの三人は宇宙へと放逐されたのだった。

 

 

 

 

 ブレストオフが三人を宇宙へと放ち、メガトロンはスタースクリームから奪った二個目のダークスパークを手にじっくりと眺めていた。

「さてと……結局、奴がどうしてダークスパークを持っていたのか分からずじまいだったが……この二つ目のダークスパークで余は無限の力を手に入れるのだ。オンスロート、あそこで伸びているサイラスという男を連れて行け。何故、儂を知っているかじっくり調べてやる」

 ショックウェーブの治療を始め、スタースクリームの反乱によって発生した被害は計り知れない。

 

「待てメガトロン!」

「お前は、オプティマス!」

「ディセプティコンの仲間割れなら放っておいたが、ダークスパークが絡むなら私も黙って見てはいない」

「フハハハハ! 二つのダークスパークは余の物だ! そんな事よりも貴様の仲間がどうなっても良いのか?」

「どういう事だ」

「グリムロックの奴が暴れてどこかへ飛んで行ったのだ。儂よりもそちらを優先した方が良いと思うぞ。ハハハ!」

 メガトロンはカノン砲をオートボット達の足下に放ち、足止めをするとネメシスに乗り込み、いそいそと撤退を始めた。

「オプティマス、ダークスパークが二個もメガトロンの手に渡ったのはまずいですね」

「ああ、そうだ。だが今はグリムロックだ。ダークスパーク……。もう一つは恐らく未来の物だ」

「未来?」

 その場にいた全員が首を傾げた。

「以前、ロックダウンがタイムブリッジとダークスパークを未来から持ち込んだ。ロックダウンを倒すと同時にダークスパークは宇宙へ飛んで行った。それが偶然スタースクリームの手に渡ったのだろう」

 

 

 

 森を駆け抜け大木をへし折りながらグリムロックは己の身の内側を焼く痛みに耐え、悶え苦しんでいた。レッドエネルゴンの異常な力に体が耐えきれないのだ。指先を見ると溶けているのが分かる。グリムロックはビーストモードに変形して痛みを追い払おうと岩に頭突きをかまし、尻尾で崖を削った。それだけ大暴れしているのであればセンサーを使わなくてもオートボットに位置が知られる。

 赤熱したグリムロックを発見したオートボットは体から出る異常な熱気に顔を覆った。

「グリムロック……!」

「来るな、士道!」

 吼えるように叫んだ。

「士道、俺、もう止まらない。四糸乃、悲しませる、ごめん」

「何を言ってるんだよグリムロック。パーセプターに診てもらおう。うるさいけど絶対治してくれるって!」

 士道の言葉にグリムロックは首を横に振った。

「時間、ない」

 ドロッと腕が溶けて落ちた。尻尾から鼻先にかけてグリムロックは融解が始まっている。周囲の地面や岩はグリムロックの異常高熱の影響で溶けており、グリムロックは足が崩れ、徐々に姿が認識出来ない程に崩していく。

「おい、冗談よせよ。グリムロック! なあ、お前は世界最強のロボットだろ!」

 熱気の中を進もうとする士道をジャズが掴んで行かせようとしなかった。

「俺、みんなの、力になれない」

 その言葉を最後にグリムロックの体は完全にドロドロの熱い液体となった。溶岩のような液体を押しのけて、グリムロックのスパークが浮かび上がる。

 トランスフォーマーの世界で言う魂であるスパークは光と共に消えてなくなった。

 野獣戦士の命はその日、瞬いて消えた。

 



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46話 エボルヴ

 地球を追放され小惑星の上でスタースクリームは頭を抱えていた。

「もうどうにかなりそうだッ! ここは宇宙の刑務所とおんなじだ!」

「やっぱりあなたと手を組んだのが間違いでしたよ!」

「全くじゃ! お前さんの作戦が成功した試しなんてろくにないじゃないか!」

「うるせえやい! だいたいお前等が頼りないからこんな事になったんだろうが!」

 地球人がエイリアンに地球を追放されるなど笑い話にもならない。エレンとアーカビルはどうにかして地球へ戻ろうと思案にくれていた。スタースクリームも地球に帰るのは目的だが、メガトロンを倒すのはまだ諦めていない。

「はぁ~……何であんなのについて行ったんだろ……」

 かつては世界最強の魔術師(ウィザード)と謳われ、部下から尊敬と畏怖の眼差しを向けられアイザックの右腕として動き、精霊にも互角に戦い、ラタトスク機関からも警戒されていたエレン・メイザースは今やただのホームレスだ。いや、家ではなく地球さえ追われたのだからもっと酷い。

「もう儂は嫌じゃ! スタースクリーム、どこでも良い! どこか惑星に運んでくれぇ! 儂は隠居するからな!」

「早まるなよ爺さん。俺様にいい考えがあるんだ」

「お前のいい考えなんて聞きたくもない!」

「あなたのいい考えなんて聞きたくもないです!」

 エレンとアーカビルは声を合わせて叫んだ。

「まあ、落ち着けよ。もうそろそろなんだがな……」

 スタースクリームがレーダーを見ながら表面が平らな小惑星の中でも出来るだけ高い所を選んで暗黒の宇宙を見渡した。黒の背景にキラキラと光る星々が幔幕のように広がってとても幻想的な空間だ。こんな事が無ければエレンは素直にロマンチックな景色に心が揺れただろう。星達の中からスタースクリームはとある一つの惑星を見つけ出した。

「あれだ!」

 スタースクリームが指を差した。エレンやアーカビルも目を凝らしてスタースクリームの指先にある星を確認すると、小惑星から遙か先に金属に輝く星を発見した。

「何ですあれ?」

「セイバートロン星、俺等トランスフォーマーの故郷さ」

「あれが……セイバートロン……。随分とボロボロですね」

「そりゃ戦争で滅んだからな」

 戦争で滅んだ。その一言にエレンは不意を突かれたような気持ちになった。

「すいませんスタースクリーム、悪い事を聞いて」

「気にすんな、セイバートロンを蘇らす手立てはある」

 スタースクリームは変形するとエレンとアーカビルを乗せて小惑星を飛び立つとセイバートロン星へ向かった。途中、宇宙空間に戦争の傷跡である金属片が漂っていた。大きな物から小さな物、戦艦やステーションの残骸を避けながらセイバートロンへ着々と近付いていると、ディセプティコンに乗っ取られた元・ダークエネルゴン研究ステーションが見えた。思えばあのステーションから全てが始まったのかもしれない。

 オートボットのはみ出し者にされ、ステーションでダークエネルゴンの研究に従事し、しまいにはオートボットに裏切られた。唯一の友、ジェットファイアーをも捨ててスタースクリームはディセプティコンに入ったのだ。

 ステーションを見送り、スタースクリームはセイバートロンへ突入した。灰色のいささかの煌びやかさもないくたびれた金属の大地は長い長い戦争の爪痕だ。初めて他の惑星にやって来た二人は年甲斐もなく胸を躍らせていた。

「酷い……全て焼け野原か廃墟ですね」

「ああ、そうだな。ずーっと戦争していたからな。生まれたての奴も何百万年も生きた奴もずーっとさ」

 

 エレンより何倍も大きいトランスフォーマーが焦げて横たわり、バラバラになって吹き飛んだ者も数多く見かけた。

「で、これからどうするんじゃい?」

「ディセプティコンの首都ケイオンにならまだ動く動力がある。それにスペースブリッジを使ってメガトロンに一泡吹かせてやるぜ」

「この執念だけは凄いですね」

「諦めの悪さは宇宙一じゃよ」

 と、二人は呟いた。

 鉄の荒野を歩いていると空高くそびえ立つ巨大な壁が見えて来た。その壁こそディセプティコンの領地とオートボットの領地の境界線であり、地平線まで伸びる壁には大きな穴が空き、所々崩されていた。

「老朽化が酷いから気をつけろよ」

 注意を促し、三人は壁を抜け、しばらく行くとディセプティコンの首都へ帰って来た。ケイオンの入り口にはメガトロンの銅像が建っている。

「ちっ……」

 一時期はスタースクリームの銅像だったが、またメガトロンの銅像に戻されてしまった。舌打ちをしてスタースクリームは銅像へミサイルを撃って破壊した。

「見てるだけで腹が立つぜ」

 ディセプティコンの本部は壊れてはいないが、長い間放置されて殆どの機械は動かなくなっていた。

「エネルゴンがまだ残っていたら良いが……」

 コンピュータールームでスタースクリームはトランスフォーマー製のコンピューターを慣れた手つきで入力した。

「エレン、そこのレバーを引いてくれ」

「わかりました」

 ペンドラゴンを纏い、ふわっと飛ぶと大きなレバーを全身の体重を使って下に下ろした。

 レバーが下に落ちると暗い部屋に電気が流れて明かりに照らされた。

「よし! エネルギーが残ってるならこっちのもんだ! エレン、アーカビル、スペースブリッジの所に行くぞ!」

 有無を言わさず、二人を乗せてスタースクリームはスペースブリッジを保管場所へ飛んで行く。ショックウェーブが考案したスペースブリッジは莫大なエネルゴンを消費と巨大な建造物が必要だが、スタースクリームが改良を加えた物はその二つの欠点を改善されてある。

 地球へ来る前にせっせと下積みをしたスタースクリームの努力の結晶がまだこのセイバートロン星に残っている。

 スペースブリッジの下へたどり着いたスタースクリームはさっそくスペースブリッジの更なる改造を加えた。

「スタースクリームは何をする気なんですかね?」

「さあな、儂はもうお手上げじゃよ」

「スペースブリッジがあるならそれで地球に帰れるでしょう? ねぇスタースクリーム?」

「あ? 地球に帰ってもメガトロンがいりゃあまた追放だ。だからメガトロンに消えてもらえば万事解決ってわけよ」

「スタースクリーム、スペースブリッジを改造して何をするんじゃ?」

「隕石をアイツ等の基地に落としてやるのさ。座標はわかってる。基地の頭上に隕石を降らせてディセプティコンは一網打尽だ!」

 胸を張ってスタースクリームは作戦を口にした。

「上手く行くんですか?」

「バカヤロー! 俺様を誰だと思ってるんだ!」

「ヘタレ」

「バカじゃろ」

「何ィ! ボケ老人にどんくさい女が!」

「言いましたね!? どんくさいとは何ですか!」

「ボケ老人じゃと!? 口の減らないロボットめ!」

「言われたくなかったら、手伝え! エレン、このプラグを差してこい!」

 スタースクリームが足下に転がっていたプラグをエレンに投げる。いくらペンドラゴンを着用していても不意に自分より巨大なプラグを投げられてエレンはキャッチ出来ずに潰されてしまった。

「急に投げないで下さい!」

「悪かった悪かった。アーカビル、テメェはここらを掃除しろィ!」

「ったく人使いが荒い奴じゃわい」

 着々とスタースクリームはメガトロンへの大逆転作戦を進めている。

 果たして、スタースクリームの作戦は功を奏するのか!?

 

 

 

 

 グリムロックのスパークが消えたのを見たのはオートボット以外では士道、十香、折紙、そして八舞姉妹だった。スパークの消失とはすなわちトランスフォーマーで言う死を意味する。グリムロックが融解して死んで行ったのは士道の網膜に今でも焼き付いている。五河邸のリビングではグリムロックの死を目の当たりにした士道達に加えて四糸乃を省いた全員がいた。

 グリムロックの件は皆には話してある。全員ずいぶんとショックを受けていたが、すぐに立ち直った。狂三は俯いて、表情には出さないが何とも言えない喪失感に襲われていた。言うことを聞かないバカな恐竜だが、悪い奴ではない。狂三自身もどうしてこの様な気持ちになるかは分からなかった。

「四糸乃にグリムロックの事、どうやって話すの?」

 沈黙を破って琴里は口を開いた。琴里の質問に皆、口ごもり視線を泳がせるだけで反応は帰って来ない。グリムロックとは誰よりも仲が良かった四糸乃だ、もしも彼が死んだと聞けば精神的な暴走は目に見えている。最悪、反転する事も考えられた。

 だがいつまでも隠しておける事ではない。

「四糸乃ちゃん……絶対に悲しみますよねぇ」

「それで済んだら良いけど。一番仲良かった人が死んだんだよ。あたしなら発狂ものね。まあ……こんなあたしと仲良くなれる人なんていないけど……」

 最後の七罪のネガティブ発言に苦笑いで応えた。

「七罪さんの言う通りですわ。四糸乃さんが悲しんで枕を濡らすだけならマシですわ」

「戦慄。暴走した場合の事を考えると震えが止まりません」

 口々に話し出すのを見て十香は不意にズキンと胸が痛んだ。士道という大切な人を目の前で失いかけた記憶は二度もある。その度に視界や頭の中が真っ黒に塗りつぶされていくような感覚ともうどうにでもなれという自暴自棄に陥りそうになる。四糸乃もきっとそんな気持ちになるのだろう。

 心が闇に落ちて行くのを見ると思うと十香は胸に痛みを覚えたのだ。

「やはり正直に話すべきと思いますよ」

 壁に背を預けてもたれかかっていた真那が意見を述べた。

「隠していても始まらねえです。死んだ奴は生き返らない。仕方のない事です」

「真那、四糸乃がもしも反転したらどうするのよ!?」

「琴里さん、気にするのは暴走した後の町の被害ですか? それとも四糸乃の心ですか?」

「じゃあどうすれば……」

「その為の兄様でしょうが」

「へ……?」

 突然名指しされて士道は気の抜けた返事をした。

「何、素っ頓狂な声をあげていやがるんですか。四糸乃を封印しているって事は兄様も四糸乃に取って十分に大切な人でいやがりますよ」

 そうだ、四糸乃の士道への好感度は下がった事は無い。グリムロックがいない今、四糸乃の心を癒せるのは士道しかいない。

「四糸乃か……そうだなグリムロックがいつもいたからあんまり構ってあげれてなかったな」

 士道は席を立つ。

「どこへ行くんですかだーりん?」

「ああ、ちょっとトイレ」

 そう言ってリビングを後にして廊下へと出る。

「プライマス、なあプライマス。聞こえてるんだろ?」

 ――はい、士道。

「トランスフォーマーの創造主ならまたグリムロックを蘇らすなんて出来ないのか?」

 ――私は力を殆ど失っています。だから出来ません」

「力があれば出来るのか?」

 ――可能です。それよりも、一つ不可解な出来事があります。

「不可解な出来事?」

 ――トランスフォーマーのあの世、オールスパークの泉にグリムロックのスパークが還っていない。

「どういう事?」

 ――人間で言う天国や地獄、そのどちらにも行っていないという事です。

「死んでないって事か?」

 難しい話に士道は眉間にシワを作った。

 ――死んだのは確かです。死んだ魂が死後の世界へ送還されていない。

「プライマスでも分からないのか?」

 プライマスは答えようとしたが、黙り込んでしまい士道の質問には答えなくなった。

「あの世に行ってない……か」

 士道は呟くとまたリビングに戻った。

「おかえり。士道、今はあんただけが頼りよ。四糸乃の悲しみを癒やしてあげて。ラタトスクも全力で協力するわ」

「ああ、サポート頼む。今から四糸乃の所へ行って来る」

 士道はインカムを耳にセットして精霊用特設マンションへ踏み入れた。四糸乃の事は気になるがそれ以上にプライマスの言葉が気になっていた。グリムロックのスパークがどこへ行ったのか、ただそれだけが気になってしょうがない。

 死んでいて、あの世にいない。

 士道は考えると頭をかきむしった。

「わけが分からん」

 とりあえずは深く考えるのは止めにした。今は目の前の難題に取り組む事が先決だ。

 表札に『四糸乃』と書かれた部屋がある。士道は固唾を飲んでインターホンを押した。

「は、はい……」

 気弱そうな声がして少しするとドアが開いた。可愛らしいフリルの付いたワンピースを着た四糸乃がドアから覗き込むように顔を出し、士道だと分かるとパァっと顔が明るくなりドアを全開にした。

『やあやあ士道くん、どしたのん? 士道くんから訪ねて来るなんて珍しいじゃなぁい?』

 左手のパペットがパクパクと口を動かして喋る。

「そうだな、たまには四糸乃と二人でいたいかなってさ」

 士道は笑顔で言いながら四糸乃の頭をポンと撫でた。

『四糸乃ちゃんの好感度上昇!』

『士道くんなら士道くんならやってくれる!』

 フラクシナスの箕輪と中津川がインカムから聞こえた。

「士道さん……どうぞ、入って……下さい」

「じゃあ、お邪魔しますっと」

 四糸乃の部屋に入ると内装はやはり女の子らしく、ベッドの枕元に恐竜のぬいぐるみが置いてあった。

『じゃあ士道くん、適当に椅子に座っててよん!』

「お茶を……煎れます……」

「四糸乃、お茶を煎れれるようになったのか凄いな」

「い、いえ……大した事じゃあ」

『良い調子よ士道』

『士道! 今いいか!』

 士道とフラクシナスの通信にオプティマスの通信が割って入って来た。

『四糸乃の事で我々でも考えてみたんだが――』

『オプティマス、もうその件で動いてるわ。そっちはどう? ダイノボット達は……』

『心配しなくても大丈夫だ。ダイノボットは――』

『ディセプティコンめぇ! ぶっ殺してやるぅ!』

『奴らの残骸を積み上げろォ!』

『溶鉱炉で溶かしてやるぜ!』

 士道のインカムからダイノボットの怒り狂った声がよく聞こえた。

『大変だ、テレトラン1が破壊されてしまう!』

『落ち着けスラッグ! 誰かぁ! 誰かコイツ等を止めてくれぇ!』

『ホアアアアアアアアアアアッ!』

『オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ ゛ァ゛!』

 オプティマスとパーセプターの叫び声は良く聞こえた。それを最後に通信が途絶えてしまった。

 基地がどうなっているかなど士道も琴里も想像がしやすかった。荒れ狂うダイノボットはオートボットに任せておくとしよう。

「士道さん……どうぞ……」

 四糸乃はおぼんの上に乗ったティーカップを士道の前に丁寧に置き、それから砂糖とミルクを横に添えた。四糸乃も自分の分を用意して士道が飲むをもじもじと膝をこすり合わせながら待っていた。カップに入っていた紅茶を一口、飲むと士道は少し目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

「お、美味いな四糸乃。いつ紅茶の淹れ方なんか習ったんだ? 令音さんか?」

「い、いえ……本とか……パソコンで……。グリムロックさんは飲めないから……いつか……士道さんに飲んでもらおうって……」

 相変わらずいい子だな、と思い士道は微笑む。

「ありがとう四糸乃、本当に美味しいよ」

『四糸乃の紅茶美味しいでしょ!? もっと感謝ていいんだよ!』

「ハハッ、感謝してるって」

 

 ここに来てフラクシナスのAIが三つの選択肢を用意して来た。

 一、そっと頭をなでなで。

 二、さりげなく額にキス。

 三、熱くて白い液を放出する。

『総員選択!』

 琴里が力強く言い放つとフラクシナスのクルーはこれぞと思った番号のスイッチを押した。結果はすぐに出た。三は論外としておいて、一の人気はいまいちで二が最も人気が高かった。

『やはり一は普段からやってる事ですし、ここは意外性とプレミア感を突いて二でしょう!』

 幹本が握りこぶしを作って訴えると中津川、川越、箕輪も同意した。

『そうです! 士道くんの好感度なら問題ありませんよ!」

『いいえ! ここは三でしょう!』

『副指令は黙って下さい!』

『いいえ、幼女の琴は私が一番わかってます! 本気と書いてマジです! ――グハッ!』

 インカム越しから何やら痛そうな打撃音がした。

『司令! 司令! お慈悲を~!』

『士道、二番よ。神無月は今度から名前を逆から読むという罰を与えるわ」

 

 指令が届き、士道は困惑して蒼く美しいつぶらな瞳の少女を見た。士道はまた固唾を飲み込み、ゆっくりと席を立った。そして四糸乃に被さるような姿勢でそっと四糸乃のでこにキスをした。

「紅茶、美味しかったよありがとう」

 士道にしては大胆な行動に四糸乃は一瞬で顔が真っ赤に染まり俯いて頭から湯気が出そうな程に恥ずかしがっていた。

「は、あぅ……」

 ちょっと強引だったかと心配したが、四糸乃の好感度がまた上がったと聞いて士道はホッとして席についた。ここまでは好感度は全く問題なく上昇中だ。しかし、令音は暗い顔で精霊の数値を見ていた。四糸乃の士道へ抱く好意に偽りはないが、まだ不安値が許容範囲を超えているのだ。やはり、グリムロックの事が気になるのだろう。明かすタイミングは士道に委ねている。最も親しい者の死を告げるのは慎重さを極める。

「なあ、四糸乃。デートに行かないか?」

「え? あ、はい……行きたいです……」

 士道は四糸乃の手を優しく包み込むように握った。

 

 

 

 

 一つの魂が発光と共にとある空間に召喚された。周囲には何もなく光だけの世界であり、景色と呼べるような物は何もない。そんな世界でグリムロックは目覚め、自分の両手を覗きこむ。

「グルルルル……! ウォォォォォォォォッ!」

 ロボットモードのグリムロックは大きな雄叫びを上げた。そして何もない空間を切り裂くように拳を振り下ろす。己の無力に対して怒りを抑えきれないのだ。グリムロックの肉体には赤さが抜けて溶岩に落ちる前の姿、いやショックウェーブに改造される前の本来の姿に戻っている。純粋なセイバートロニアンの時代の肉体だ。

「グリムロック」

 光の中からグリムロックを呼ぶ声が聞こえた。

「誰だ! 俺を呼ぶのは!」

 肉体が戻ったからか、頭がずいぶんとすっきりして言葉も話せる。グリムロックが吼えると今立っている場所を中心に取り囲むようにして十三の強い光が人型のイメージを作る。顔は見えない。だが、それらが高貴で偉大な存在であるのはグリムロックにもよく分かる。生まれたてのトランスフォーマーでもその存在は知っているであろう、最初の十三人の事を。眩い光の像の内の一人が声を話し出した。

「きみの魂はオールスパークの泉へ行くには早い」

「どういう事だ! 俺は死ぬ事にすら値しないのか!?」

 また別の光が話す。

「そうだとも。きみの魂は満ち足りる事なく無様な最期を迎えた」

「我々は多くの死を見て来た。戦いの中で死ぬ事を望んだ者、一人でも多くの敵を倒す事を望んだ者。彼らは己の生涯に満足して死んで行った。彼らのスパークは満たされた」

 光の像の中で一際、威光を放つ者が一歩前へ出た。

「現世に未練を残した者に最後に機会を与えよう。きみの使命はまだ終わっていない。我々が課す試練に失敗すればきみの魂は永遠に消え失せる、そしてきみの存在はデリートされ全ての者の記憶から消される」

「考えるまでもない。早く試練をよこせ!」

 グリムロックは躊躇いのネジを外してある。十三の光は互いに見つめ合い、頷くとグリムロックを全方向から光のケーブルが伸びる。ケーブルが体に絡みつきグリムロックを包み込んでしまう。トランスフォーマーの転生と呼ばれる物だ。肉体を作り変え新たな肉体を得る工程、グリムロックの肉体を改造ではなく純然たる獣にする。古代の純粋な獣プレダコンであるようにグリムロックもまた混じり気のない野生へとなる。

 微睡むようにグリムロックの意識が途切れると次の瞬間にはグリムロックは地球のコロッセオに酷似した円形闘技場の中心に佇んでいた。観客などいなく、転生により以前の倍の体躯を得たグリムロックはこの円形闘技場を見て試練の内容を理解した。最も単純で危険な試練だ、戦い抜けという内容は純粋な獣性を得たグリムロックには持って来いの内容だった。

 何のゴングもなく、グリムロックの足下からドリラーの触手が伸びた。巨大な触手を掴み取り、グリムロックは規格外な力を以てドリラーを地中から引きずりだすと剥き出しの頭部に剣をぶっ刺して命を絶った。ドリラーを下し、次に出現したのは大量のインセクティコンだった。

「インセクティコン……! グルルルル……!」

 転生したグリムロックにはドリラーもインセクティコンも敵ではなく。あっという間に壊滅させた。

「これが試練か? まだ何かある筈だ。揃いも揃って弱すぎる」

 次の出現したのは単眼のトランスフォーマーだ。グリムロックはショックウェーブだと思い、喉を鳴らした。出現したショックウェーブを見た時、グリムロックは違和感を覚えた。今まで見て来たショックウェーブとは違い、全体をメタリックなカラーでグリムロックが恨みを抱くショックウェーブとは共通点はあるが、どこか雰囲気が違う。ショックウェーブは何も言わずに左腕の巨大なプラズマ砲にエネルギーを充填して宣告も何もなくグリムロックにプラズマ弾を放った。青い光の弾を直撃して少し仰け反ったが、体には傷一つついていない。

「くたばれぇ!」

 グリムロックは走り、プラズマ弾を盾で弾きながら突き進みショックウェーブの首を掴んで持ち上げる。このまま縊り殺そうとするとグリムロックの腕に数発のミサイルが命中した。ミサイルが飛来した方向を見ると一機のF-22が滞空しており、そこから逆三角形のボディのトランスフォーマーに変形した。ショックウェーブをエイリアンのF-22に投げつけると、背後からパルスキャノンを受けた。振り返ると、メルセデスベンツが停まっている。その高級車も当然のように変形して真の姿を見せた。

 ショックウェーブ、スタースクリーム、サウンドウェーブ。三参謀が揃っての登場だ。だが、その姿はグリムロックが見たこともないフォームだ。いろいろな仮説を立てたが、すぐに考えるのをやめた。どの道、ここで始末するのだ。

「敵は巨大なオートボットだ」

 サウンドウェーブが喋る。

「見たことがないタイプだな」

 甲高い声でスタースクリームは言った。

「連携して始末する。我々には時間がない」

 こちらのショックウェーブもかなり愛想がない話し方だ。

 グリムロックは剣を地面に突き刺し、土砂を巻き上げて目晦ましをするとスタースクリームは真っ先に安全な上空へ飛び上がり、残りの二人も接近を許すまいと後退した。目晦ましの土砂の煙幕を裂いて、グリムロックはサウンドウェーブに殴り掛かり、振り上げた破壊的なパンチが命中する前にショックウェーブのプラズマ弾が横槍を入れた。二人に意識が行っている隙にスタースクリームが背後から機銃掃射とミサイルの猛爆を見舞い、三人は絶妙な連携プレーでグリムロックを翻弄する。ダメージは無いに等しいが、このまま攻撃を受けるばかりは腹立たしい。グリムロックは地盤の一部を引き剥がす。

「化物かよ!」

 金切り声でスタースクリームが叫んだ。

 引き剥がした地盤をサウンドウェーブへ投げつける。当然、そちらに皆の意識が行く。グリムロックは走り、ショックウェーブへ目掛けて助走を加えた強烈な一撃を見舞い、砲撃のようなストレートがショックウェーブを粉々に砕いた。地盤で押しつぶされたサウンドウェーブを引っ張り出すと剣で縦一閃、その体を真っ二つにした。巨大な体でありながら脅威的な跳躍力でスタースクリームの頭上を取り、叩き落とす。落下に合わせて切っ先を墜落したスタースクリームへ向け、胴体を貫いた。

 唐突な敵に混乱したが、何とか乗り越えた。グリムロックは盾と剣を握り直して次なる敵に備えた。

 

 

 

 スペースブリッジの改造を終えたスタースクリームは安堵の溜め息を吐いた。これで第一目標は達成、これで後は適当な隕石をメガトロンのいる海底基地へぶつければディセプティコンは何もしなくても壊滅というわけだ。あまりに簡単過ぎてスタースクリームは笑えてきた。

「楽な仕事だったぜ、メガトロンの顔も今日で最後か。へへっ!」

「ホント楽観的ですね」

「よーし、管制室に行くぜ! これでメガトロンを慌てさせてやるからな! はっはっは!」

 ディセプティコンの管制室へ行くと通信機を起動させてスタースクリームはドカッと椅子に座り管制台に両足を乗せて海底基地へ通信を繋いだ。

「んんっ! よぉメガトロン様よ。これは警告だぜ、今すぐディセプティコンのリーダーを俺様に譲りな!」

『ママ! 変な人から電話だよ! 何か言ってる!』

「あ、すまん。繋げる場所を間違えたわい」

「今すぐ切れ!」

 慌てて通信を切り、もう一度仕切り直した。次はスタースクリームが直々に確認してディセプティコンの海底基地に繋げた。

『誰だ、我々へ通信を送る愚か者は』

「よぉメガトロン様よ、警告するぜ。今すぐディセプティコンのリーダーを俺様に譲りな。そうしたら命だけは助けてやるぜ?」

『ほう、スタースクリーム。まだ懲りておらんと見えるなこの愚か者めが。追放された貴様に何が出来るというのだ』

「今からテメェの海底基地に隕石を降らせる。命が惜しいなら即刻武装解除して俺様に許しを乞うんだな!」

『ハハハ! ハッタリはよせ、貴様一人に何が出来る』

「なら、サウンドウェーブかショックウェーブに大気圏を観測してもらえよ。良い返事を期待してるぜ?」

 スタースクリームは通信を一方的に切った。

「メガトロンがあんな交渉を呑むとは思えませんよ?」

「呑まないならこのままディセプティコンは消滅するさ」

 スタースクリームはセイバートロンの近辺を浮遊している小惑星を見つけると座標を海底基地にロックオンした。

 

 

 

 

 理不尽な要求を突き付けられたメガトロンだったが、スタースクリームの要求を呑むをつもり一切ない。ブリッジに皆を招集するとサウンドウェーブに大気圏を観測させると確かに地球に飛来する隕石が発見された。

「スタースクリームの大馬鹿者は無駄に頭が回る。だが稚拙だ。あの隕石はトリプティコンの力を以てすれば破壊は容易だろう」

 トリプティコンの内容を出した所でショックウェーブがゆっくりと手を挙げた。

「メガトロン様、一つ報告があります」

「何だショックウェーブ」

「トリプティコンの件ですが、彼のパーソナルコンポーネントがスタースクリームに改造されていました。仕方なくパーソナルコンポーネントを破壊しました。トリプティコンの修復を試みましたが残念ながらスタースクリームにしか修復は出来ないでしょう」

「と、いう事は今あれは戦艦にしかなれないのか」

「はい」

「あの愚か者め! どこまでも余計な事をする!」

「隕石は我々、コンバッティコンがなんとかします。メガトロン様はスタースクリームのバカを捕まえて来て下さい」

 オンスロート率いるコンバッティコンは自信を持って隕石落下の阻止に名乗りを上げた。

「任せたぞコンバッティコン。ショックウェーブ、基地の留守は任せたぞ」

「了解しました」

「プレダキングとサウンドウェーブは儂と共に来い。スペースブリッジでセイバートロン星へ向かう!」

 

 

 

 

 隕石が降ってくるなど知るよしもない士道は四糸乃とのデートに忙しかった。四糸乃には行きたい所があるらしく、あまり意見しない四糸乃の珍しい願いだ士道は快く受け入れた。

「ところで四糸乃が行きたい所ってなんだ?」

「あ、あの……これです……」

 そう言って四糸乃はチラシを見せた。

 チラシには雪まつりと書いてある。天宮市の雪まつりは自衛隊がとても素晴らしく精巧な雪の像を作るというイベントであり、夜はライトアップされてとてもロマンチックになる。

『へえ、雪まつりね。いいじゃない』

「まあ、な」

 士道は四糸乃の手を引いて雪まつりのイベントが開かれている会場へ向かった。今年の天宮市は例年よりも降雪量が多く、イベントには打って付けである。流石に外はかなり冷え込んでいる。士道はマフラーでも持ってくるべきだったかと後悔していた。

「しっかし今日は冷え込むな」

「は、はい……でも、温かいです」

 ギュッと士道の手を握り四糸乃は消え入りそうな小さな声で言った。

 イベント会場は歩いても行ける距離だったので到着までに時間はかからなかった。だだっ広い平原に動物や城の形をした雪の像が並び、その精巧さに士道は思わず感心した。中でも突出して大きな雪だるまが士道の目についた。そびえ立つ雪だるまを見上げ、士道と四糸乃は驚きの声を漏らす。

「わあ、こんな大きな雪だるま初めてだな」

「は、はい! すごいです!」

「士道、聞こえるかい?」

 次へ行こうとするとそっと何者かに声をかけられた。聞き覚えのある声だ。士道は雪だるまの方を向くと確かに雪だるまから声がしている。

「まさか……ジャズ?」

「そうだ、キミと四糸乃が上手くやっているかを見に来たんだよ」

「バレたら大変だぞ、早く基地に戻って」

「グリムロックの件でもしもの事があれば私も行動しなきゃいけないからね」

 オートボットもグリムロックの死で心配していたのは四糸乃の事だった。

 

 雪まつりを堪能した後は既に夜を迎え、ライトアップされた雪の像も見て四糸乃や士道は大満足だった。

「士道さん、今日はありがとうございます」

「いや、良いんだよ」

「こんな……私を慰めて……くれて」

「慰める?」

 四糸乃は士道に抱き付くとコートの裾をギュッと握り締めて震えた声で言った。

「弱い……私を助けてくれて……。グリムロックさんが……死んだ事を知ったら……私が……悲しむから……。慰めてくれた……ありがとうございます……士道さん」

 いつから気付いていたかは知らないが、少なくとも四糸乃は、グリムロックに何かあったのは最初から感づいていたのだろう。

「グリムロックはまだ死んでない!」

 士道は思わず叫んだ。

 しかし四糸乃はすすり泣きながら士道の胸板に顔をうずめて首を振った。

「もう……隠さないで下さい。私……泣きませんから……」

 士道は四糸乃を抱き締めた。

「グリムロックは死んでない。でも今は会えない。四糸乃、俺は嘘は言わない! 信じてくれ、アイツは最強のロボットだ。だから絶対に戻って来る!」

 プライマスの言い放った意味深な言葉が何の意味もなさないとは思えない。

「士道さん……」

 涙と鼻水で濡れた顔で士道を見上げた。士道は涙を拭ってやる。

「希望を持って待とう」

 四糸乃はなんとか泣き止み、そのままマンションへ送ってやった。マンションを出るとそこには琴里が立っている。

「あんな嘘言っていいの?」

「嘘じゃない。プライマスは言った。死んだがあの世にはいないって」

「まさか、戻って来ると思ってるの?」

「ああ」

 琴里は呆れたように溜め息を吐いた。信じらんない選択をしたが、無意味な選択をするような兄ではない。琴里もグリムロックが戻って来る、そう願った。

 

 

 

 

 ブルーティカスに合体したコンバッティコンはスペースブリッジにてショックウェーブが計算した隕石の予測通過ポイントに転送された。かつて天宮市に飛来した人工衛星に比べれば今回の隕石はまだ小さい。

『ブルーティカス、隕石が来たぞ。到着まで十秒』

「OK、了解した」

 秒を刻んで隕石の飛来を待つと宇宙の果てから隕石が飛んで来るのが見えた。ブルーティカスの三倍はある隕石でこれを受け止めるのは難しい。だが、破壊するのは可能だ。

 全身が兵器の塊であるブルーティカスはプロペラを回転させて推進し、隕石とぶつかる瞬間に拳を叩きつけた。

「――!」

 右腕がイカレそうだが加えて左ストレートもかまし、遂には隕石を粉砕した。粉々になった小さな破片は大気圏で燃え尽きるだろう。

「任務、完了」

 

 

 

 

「あれ、おかしいな」

 鼻歌を歌いながらディセプティコンの消滅を待っていたスタースクリームだが、途中で隕石がマップから消えて唖然とした。

「な、何だ!? 何が起きたんだ!? 待てよ……? マップの故障か、ああそうだそうに違いない。隕石の落下を確認する。一緒に来い!」

 スタースクリームはエレン達を無理矢理乗せるとセイバートロン星を飛び立った。

「おかしいな。今ごろ隕石はこの辺り何だが……」

「隕石はきっと何かにぶつかってなくなったんですよ。戻ってやり直しましょう」

「そうじゃ、あのサイズの隕石くらいゴロゴロしているわい」

 二人の意見を聞き入れてセイバートロンへ戻ろうとするスタースクリーム、そこへ――!

「うわっ!」

 小さな隕石がスタースクリームのスラスターにぶつかった。

「くそっ! 上手く飛行出来ない! 不時着する! ウワァァァ!」

「何やってるんですかスタースクリーム! キャァァ! 落ちるぅぅぅ!」

 

 

 

 

 セイバートロン星にいるスタースクリームを捕まえるべくスペースブリッジを開き、今まさに出撃しようというメガトロン。

「メガトロン様、アレヲ」

 サウンドウェーブが空を指差す。その先には煙を吹いたスペースジェット機があり、一目でスタースクリームだと分かった。

「ウワァァァァァァ!」

 叫びながらスタースクリームは不時着し、ゆっくりと変形した。

「イテテ……。大丈夫かエレン、アーカビルよぉ」

「大丈夫じゃないですよ! やっぱりあなたといたらろくな事にならない!」

 スタースクリームとエレンが口喧嘩を始めようとするが、スタースクリームの背後からメガトロンがゆっくりと迫る。

「スタースクリーム、宇宙旅行の旅はどうだった。楽しかったか?」

「め、メガトロン様、私その……てっきりあなたがその……つまり……」

「この愚か者めが!」

 メガトロンはスタースクリームの頭を鷲掴みにした。

「貴様というバカを野放しにするより手元にいた方がまだマシだ! 良いな! 今回が最後だ! 今日は特別に大目に見てやる! そこの人間二人もだ! 良いな!」

 奇しくもディセプティコンへの復帰が許されたスタースクリーム、そして新たに加入する事が決まったエレンとアーカビルだった。



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47話 クリスマス

今回はネタ回です。


 季節は冬、十二月も中旬を過ぎてもうじきクリスマスがやって来る。士道はジャズの中のシートに身を預けてクリスマスの事について考えていた。

「どうしたんだい士道? ずいぶんと深刻な顔をしているね」

「ああ、そろそろクリスマスなんだ」

「クリスマス? ああ! サンタクロースという髭のお爺さんがプレゼントを配り歩くんだろ?」

「そう、それ」

 人間の文化にはオートボットの誰よりも敏感なジャズはクリスマスやサンタクロースという情報は頭に入っている。

「実はさ今朝、十香達にもクリスマスの事を聞かれてさ。プレゼントの事を話たら凄く期待してたんだよ」

「ふむ……。でも何で士道が悩むんだい? プレゼントはサンタクロースが持って来るんだろ?」

「いや……サンタクロースは……」

 ジャズはサンタクロースは本当にいると思っているので士道は口を噤んだ。ジャズにサンタクロースなんていないなど言えなかった。五河邸の前まで来ると基地への隠しゲートが開き、ジャズは基地へ向かう通路へと入って行く。通路を抜けて広間に出るとジャズはトランスフォームした。

「みんな、クリスマスはサンタクロースに何を願うが決めたかい?」

 基地に戻るなりジャズはオートボットの皆に尋ねた。オートボット以外には琴里と令音が来ている。

「そうか、人間にはクリスマスという物があったな」

 オプティマスもクリスマスという物は知っていたらしく、ハッとした顔をして何か欲しい物を考えた。

「オレは新しい重火器でも欲しいぜ! 思い切りぶっ放してぇ!」

 と、ワーパス。

「私はそうだな……皆が健康なら何もいらんよ」

 アイアンハイドは年寄りくさい事を言った。

「私は平和……だな」

 オプティマスの願いに基地内は一瞬にしてクリスマスのムードから一転して暗くなってしまった。クラスメートが言っていたら「臭いこと言うなよ~!」と茶化したり出来たが、オプティマスが言うとかなり現実味が出て来る。

「パ、パーセプターは何かないの?」

 士道は無理矢理、パーセプターに話題を振った。

「クリスマスかい? あんなのは巨大なおもちゃ業界の策略だよ。何億というお金をCMにかけて子供達にサブリミナルメッセージを刷り込んでいるのさ。イベントに合わせて生産者側が効率良く消費者に上手くお金を使ってもらう良い機会だ。メーカーの稼ぎ時に躍らされる世のお父さんお母さんは大変だよ、まったく」

「……」

 また基地内の空気が沈んでしまった。

「ジェ……ジェットファイアーは何か欲しい物は!? 欲しい物!」

「そうだな……」

 ジェットファイアーは何かに思いを馳せるように上を向いて静かな声で呟いた。

「かつての友が戻ってくれれば……ね」

 先ほどまでクリスマスと和気藹々としていたが、今はもう葬式の会場のように暗い雰囲気に包まれてしまった。琴里は精霊達がいなくて良かったとホッとしてソファから立ち上がって手すりに手をついた。

「はいはい、暗い話は禁止ね。精霊達はサンタクロースとクリスマスとメチャクチャ楽しみにしてるんだから」

「間違ってもサンタクロースなんていないなんて言ったらダメだよ」

 付け加えて令音が念を押した。

「しかし、実際にサンタクロースは――」

 パーセプターがまた何か言おうとしたのでワーパスが口を手で押さえて黙らせた。

「パーセプター、サンタクロースはいる。はい、復唱」

「サンタクロースはいる」

「よし、十香や他のみんながクリスマスを楽しみにしてンだ。夢をぶち壊すような事は禁句だぜ」

「な、なあジャズ」

「ん? どうしたの? 流石にサンタクロースの事やクリスマスの企業の事情くらい知っているよ」

 士道は少し安心した。

「でもね。どこかに一人くらいは本物のサンタクロースはいると思うんだ」

 トランスフォーマーやら精霊がいるのだからサンタクロースが今さらひょっこり出て来ても士道は不思議には思わない。

「確かに……」

「士道、クリスマスに備えて十香達が何が欲しいか聞いて来るのよ」

「あ、ああ。任せろ」

 クリスマスを心から喜び、サンタクロースの存在を信じているのは十香、四糸乃、八舞姉妹だ。狂三や七罪、美九は流石に純真な子供のような幻想は持っていない。きっと七罪ならパーセプターと同じような事を口にするだろう。基地を出て、自宅に戻った士道はリビングに真那と十香、四糸乃、耶倶矢に夕弦がいるのを確認した。

「お帰りなさい兄様!」

「シドー! 帰ってたのか」

「遅いではないか、おやつのプリンは我の腹へ堕ちて行ったぞ」

「ただいま。プリンは別に食べて良いよ。それより真那」

 廊下から真那を手招きすると真那は首を傾げて席を立った。

「ちょっと待ってて下せぇ」

 真那は廊下に出るとリビングのドアを閉めた。

「真那、今度クリスマスがあるだろ?」

「ええ、ありますね」

「一つお願いなんだが、十香と四糸乃それに耶倶矢と夕弦にはサンタクロースがいない、とかクリスマスは玩具メーカーの策略だ。とか言わないでくれないか?」

「ふふっ、兄様は十香さん達に夢を守る為に凄く頑張りますね」

「まあな。ちょっとハードル上げちゃったからな」

「ちなみに何を言ったんですか?」

『シドー! シドー!』

 リビングの中から十香が士道を呼ぶ声が響いて来た。士道が顔を出すと――。

「シドー! クリスマスにはサンタクロースが何でもくれるのだな!」

「あぁ~楽しみだなぁ! 何お願いしようかな!」

 テレビにはクリスマスに関するCMがやっており十香と耶倶矢はそれだけでテンションが上がっていた。

「こりゃかなり楽しみにしてますね……」

 これだけ無邪気にクリスマスを喜べる事が真那は羨ましく思えた。

「そうだな、クリスマスまで良い子でいたらプレゼントがもらえるぞ」

 そう言って士道は首を引っ込めてまたドアを閉めた。

「この通りだ真那。十香達の夢をぶち壊すような発言は禁句だ」

「わかりやしたよ、任せて下さい兄様」

「ちなみに真那、お前はサンタさんに何か頼まなくても良いのか?」

「子供扱いしないで下さい」

 真那はそう言ってそっぽを向くとリビングの中に戻って行った。士道も制服から着替えるべく自室へ戻ってから私服に着替えるとリビングのソファに座った。

「はあ……」

 学校も終わって一息吐くとジッと十香達が士道の方を凝視しているので目を丸くするとどうしたのか尋ねた。

「何だ? 俺の顔に何かついてるか?」

「い、いや……あのだなシドー。サンタクロースは何でもプレゼントをくれるのだな?」

「そうだよ、だから手紙を書いたりする子供もいるんだ。寝る前に枕元にメモを書いたりもするな」

「疑問。サンタクロースとはどのような方なのでしょう」

「え……。やさしい長い髭のおじいさんかな」

 実際、サンタクロースのイメージなどそんなものだ。

「士道……さん。サンタさんは……どうやって私たちの所へ……来てくれるんですか?」

 全員にキラキラとした純真な眼差しを向けられて士道は答えた。

「いい子にしていたら……かな」

 

 

 

 

 

 フラクシナスの艦橋にてワイヤリングスーツを着込み、CR-ユニットを装着した神無月恭平はいつになく真剣な眼差しをしていた。肩まである長い髪を邪魔にならないように髪留めで束ねて鋭い眼光はフラクシナスのスクリーンを睨んだ。

「副司令、間もなく作戦領域です」

 中津川は報告した。

「ご武運を副司令」

 川越は神無月の無事の帰投を願い、他のクルーも同じように祈った。

「任せて下さい皆さん。サンタクロース捕縛作戦を開始します! レーダー範囲を最大に! 反応があれば直ぐに報告しなさい!」

「ハッ!」

 神無月恭平、以下フラクシナスのクルーはサンタクロースを捕縛し琴里に本物のサンタクロースを見せてやろうという作戦を考案したのだ。

 琴里のいない時に密かに進められていたサンタクロース捕縛作戦。相手は得体の知れない男、トナカイとソリで武装し、天を翔る頂上の存在だ。何を仕掛けて来るか分からない。フラクシナスは最大の警戒態勢でサンタクロースに挑んだ。そして、サンタクロースの捕縛を引き受けたのは元・自衛隊ASTのトップエース神無月恭平だ。

「サンタクロース……どこです……」

 いつも以上に緊張感を持ちクルー達も飛行物の反応を探していた。小鳥一羽たりとも逃さない気持ちで意気込んだ。サンタクロースは未知の生命体だ。誰もが知っていて誰も見たことがない。

「――!? 副司令! 未確認飛行物体、発見しました!」

 静まり返った艦橋に箕輪の声がこだました。

「解析を急ぎなさい!」

「はい!」

 椎崎や幹本はコンソールを操作して飛行物の外見を読み取り、スクリーンに映した。

「なっ……!?」

 神無月は喜びと共に驚愕した。スクリーンにはそりとそれを引く数匹のトナカイと思しき四足獣、そして大きな人が座っているのが見えた。

「さ……サンタクロース!?」

 驚喜した神無月はフラクシナスをそりに近付けるように命じた。相手は何を仕掛けてくるか分からない以上、近付け過ぎるのは危険と判断した。

「皆さん、後は私がやります! 私がいない今は椎崎、あなたが指揮をして下さい」

「はい、了解しました」

 フラクシナスから一筋の光が流星のごとく夜の空を駆けて行った。恐るべき速さで移動するトナカイとそりに接近した神無月はスラスターを切り、そりの上に立った。

「何者だ。人のそりに無断で乗るのは何者だ」

「ラタトスク機関、副司令官神無月恭平、あなたをサンタクロースとお見受けします」

「左様、わしはサンタクロース。世界の子供達に夢を与える者」

「一緒に来てもらいます」

「断れば?」

「力ずくでも連れて行きます」

 老齢な男は小さくこらえるように笑っていると遂に堪えきれずに声を上げて笑い出した。そりからゆっくりと立ち上がったサンタクロースを神無月は見上げた。背は二メートルを超え、肩幅の広さ、分厚い胸板、大木のように太い肢体に神無月は冷や汗を流した。

 最新鋭の武装で固めているのは神無月だ。対してサンタクロースは丸腰で厚手の赤いコートを着込むのみ。武装の差は歴然、それでも威圧されているのは神無月の方だった。

 右目は失明し、顔の半分には大きな切り傷が残り、頬と頬を横断するように長い縫い痕がある。額には深いシワが何本も刻まれて険しい表情に拍車をかけていた。

 印象的な長く真っ白な髭は胸まで伸びている。サンタクロースというより荒武者と言った方が的確かもしれない。

「もう一度聞こうか、同行を拒めばどうすると?」

「力ずくでも連れて行きます!」

 姿に威圧されたが神無月は恐怖心を泰然と跳ね返した。

「行くぞッ!」

 サンタクロースは上方から拳を打ち下ろすと神無月は身を低く構えてこれをかわし、スラスターを最大出力で噴射してタックルを決めた。まずはそりから落としてやろうと考えた神無月だが、スラスターを噴射して押していた筈がいつの間にか逆に押し返されていた。

「手加減は無用だぞ。若い戦士」

 サンタクロースの手刀を神無月はレーザーブレードで受け止めた。その瞬間、神無月の足下がひび割れ足首までがそりに埋まった。

「ぐっ……! この力はッ!」

 神無月はサンタクロースの手刀を側面から叩いて軌道をズラす。神無月では何もない空間を打った手刀は衝撃でサンタクロースを中心に円形の波が走って行った。ふくらはぎのスラスターの推進力を利用した大加速の蹴りをサンタクロースの足に打つ。

「軽い!」

 神無月の攻撃などものともせずにサンタクロースは振り返る。

「ぐあぁッ!?」

 サンタクロースに蹴りを入れた神無月は突如足を押さえて悶え苦しんだ。

「鋼鉄の壁を叩けば砕けるのは己だろう」

「……! 本当に生身ですか……」

 ドシン、ドシン、と重たい歩みと共にサンタクロースは迫る。

『副司令! 逃げて下さい!』

『死にますよ!』

「黙りなさい……!」

「今なら見逃してやろう神無月恭平、このままやれば死ぬぞ」

 麻酔薬は既に足に投与済み、常人なら立てぬ痛みも消えて神無月の顔に溢れた汗も引いて行く。

「これから幼稚園の子供にプレゼントを配らなくてはならないというのに……」

 サンタクロースは嘆かわしげに首を振る。神無月はレーザーブレードを抜き隙を突いてサンタクロースの胴体を両断しようと試みる。

 レーザーブレードの刃を素手で掴み取りサンタクロースは不適に笑うと神無月のレーザーブレードをへし折った。

「無力」

 傲岸不遜な態度で言い放つ。神無月はミサイルをサンタクロースへ撃ち込んだ。ミサイルは目標へ命中する前に爆発し中から煙幕を撒き散らした。視界を極端に悪くなりサンタクロースは舌打ちをした。

 ゆらりと煙幕の中で何か動くとサンタクロースはその方向に向けて回し蹴りを入れた。しかしサンタクロースの蹴りは空振りした。

 目標を見失ったサンタクロースの背後から神無月が現れると首に腕を絡めて締め上げる。

「強靭な肉体があっても酸素供給を絶てば生けてはいけな――」

 不意を突いた神無月だが、これはサンタクロースに読まれていたらしく、背中にしがみつく神無月の頭部を挟み込むように拳を打ち込まれた。

 目や鼻、耳からも流血して神無月は力が抜けてそりの上に落ちた。

「諦めろ。神無月恭平」

「いいえ……」 神無月はもう一本のレーザーブレードをそりに突き立てた。

「私の主人はサンタクロースを見たいと願っているんです。今年、やっと接触出来ました! 死んでも連れ帰ります!」

「サンタクロースは誰かの物ではない。わしは信じる者の前に現れる」

 大量の出血で意識が鈍り、手に力が入らなくなって来る。止血剤が投与されて血は徐々に収まるが満身創痍なのは変わらない。

「右足完全骨折、肋骨のひび六ヶ所、左腕筋肉断裂、大腿骨にひび1ヶ所、出血多量、脳内出血および両鼓膜の破損。だから何ですか。これが司令から受けた傷ならむしろご褒美だったんですがね」

 重傷も意に介さぬ面もちで神無月はレーザーブレードに持ち得るパワーの全てを注ぎ込んだ。

「何人にもサンタクロースは止められん! プレゼントは必ず届けてみせる!」

 サンタクロースを腕を振り上げる。全身から力強い生命力を漲らすとサンタクロースの元に黒雲が立ち込めた。黒雲から稲光がほとばしり、一筋の(いかづち)がサンタクロースに落ちた。

 右前腕が稲妻に満たされサンタクロースは踏み込み、巨体に似合わなぬ速さで神無月に殴りかかった。

 神無月はレーザーブレードの切っ先を拳をぶつけ、一瞬の拮抗状態が生まれた。拮抗はすぐに崩れ、サンタクロースの前腕が真っ二つに裂けて鮮血が噴き出した。神無月の全身全霊を込めた一撃がサンタクロースの必殺の正拳突きを打ち破ったのだ。

「ッ……まだだぁ!」

 退く事を知らぬサンタクロースは残った左腕を突き出し指先が神無月の肩に突き刺さる。それと全く同じ瞬間にレーザーブレードがサンタクロースの心臓を貫通していたのだ。

 よろめき胸に刺さったブレードを抜き捨てると険しい顔で神無月を見た。

「……名は何といったかな……」

「か、神無月恭平……」

「神無月、貴様に約束しよう。だからわしとも約束しろ」

 サンタクロースの爪先から光となって消えて体の消滅が始まった。

「プレゼントを……わしの代わりに配れ……そうすればわしは来年、必ず会いに来る」

 サンタクロースと共にそりも消滅を始めた。神無月はなんとか立ち上がり、頷いた。

「はい、約束は守ります」

「ははは……約束したぞ。メリークリスマス!」

 サンタクロースの全身が消えた頃には神無月にはプレゼントが入っているであろう袋を受け取った。崩れ行くそりから戻り神無月はフラクシナスに帰投し、約束を果たすべくフラクシナスを走らせた。

 

 

 

 

 皆が寝静まった深夜、士道の戦いは開始される。耳にインカムを装着してサンタクロースの服を着込み、琴里が用意してくれた袋を手に取った。窓から特設マンションの方を覗くとちゃんと部屋の光が消えているのがわかる。“いい子”にするべく今日は早く寝たのであろう。士道は音を立てないようにそろり、そろりと忍び足で玄関までやって来るとどてらを着て琴里が待機していた。

「準備はいいかしら?」

「問題ない」

 外へ出ると琴里は士道にプラスチック製のケースを手渡した。

「入る時はこれを使うのよ」

「了解、ってかピッキングで部屋に入るなんて……妙な罪悪感があるな」

「気にしない気にしない」

 士道は苦笑いを浮かべるとふわりと頬に何か冷たい物が当たり、消えて行った。空を見上げると白い氷の結晶が降って来ている。

「雪……珍しいわね」

「そうだな。もしかしたらサンタからお前へのプレゼントかもな」

「くさいセリフね、そういうのはあの子達に言ってあげなさいよ」

「へへっ、じゃあ琴里、メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 マンションのセキュリティーはラタトスク側で全て解決してくれている。深夜だと言うのにエントランスへ入る自動ドアはロックもされずにいた。エントランスを抜けてエレベーターに乗るとまずは十香の部屋を目指した。チン、と到着した音がするとドアが開き士道は廊下を歩いた。表札を確認しつつ十香の部屋の前まで来ると先ほど琴里から手渡されたピッキングセットを床に置いてマニュアルを見ながら細い針を二本鍵穴に突き刺してカチャカチャと静かなマンションの廊下に響かせた。施錠された鍵が外れ、士道はゆっくりと中へ入る。ベッドではきなこパンの抱き枕を抱えて毛布を蹴っ飛ばし、枕も床に落ちた状態で眠る十香の姿があった。

「ったく……風邪ひくぞ」

 士道は落ちた枕を頭の下へ戻し、蹴っ飛ばした毛布を再びかけてやる。そして枕元に置かれたメモを広げてみると――。

『サンタさん、スーパー大きなハンバーグが食べたい』

 十香らしい内容に思わず笑い、琴里にプレゼントの内容を報告した。

「十香はメチャクチャ大きなハンバーグが食べたいらしいぞ」

『OK、今食材を送るわ』

 グランドブリッジを使って食材が転送されてくると士道はすぐにハンバーグの調理を始めた。直径六〇センチの巨大なハンバーグを完成させると士道は保温用の容器にハンバーグを入れて部屋を出て行った。

 次の相手は四糸乃だ。マニュアル片手にピッキングで開錠して士道は中に入ると枕元の置いてあるメモを拾って中を開いた。

『可愛い帽子が欲しいです』

『新しいお洋服が良いな~士道くん!』

 よしのんはサンタの正体に気づいているらしい。ポリポリと頬をかいて士道は四糸乃達の願いを琴里に言うとすぐに転送されて来た。枕元にプレゼントを置いてやり二件目もすんなりとクリアして廊下に出てくると屋上からぶら下がったジャズが顔を出した。

「こんばんは士道」

「お!? ジャズ? 何してるんだよ」

「オートボットもプレゼント大作戦を決行中なんだ。ジャズが指先で下を差すと士道は手すりから顔を覗かせて下を見ると超巨大なダンプトラックと比肩するそりにオプティマスが座り、それをダイノボット達が牽引しているのだ。

「オォウ……」

「今、アイアンハイドが十香の部屋にプレゼントを届けている筈さ」

「ちなみにプレゼントの中身は?」

「エネルゴンソーセージ」

「腹壊すぞ!」

「ワーパスが四糸乃に所に確か……服だか鎧だかを届けたって言ってたな」

「鎧……って」

「次はどこへ行くんだい?」

「耶倶矢と夕弦だ」

 ジャズはジェットファイアーに連絡を取った。

「こちらジャズ、次は耶倶矢と夕弦だジェットファイアー」

『了解した。でもあの子達はまだ眠っていないようだよ』

 ジェットファイアーの報告を聞いて士道は頭を抱えた。大方、サンタの正体を見破ろうと起きているのだろう。ジェットファイアーに乗り込み士道は玄関からではなくベランダからの侵入を試みた。ベランダに上手く着地するとカーテンの隙間から居間でFPS系のゲームをやっている二人の姿が見えた。居間の隣の寝室へ移り、グランドブリッジで室内へ転送してもらい誰もいない寝室のベッドの枕にあるメモを開いた。耶倶矢はアクセサリー、夕弦はデジタルカメラと書いていた。

「ふむ、アクセサリーか……」

 ジェットファイアーは胸の中に格納していた物を取り出す。きらきらと宝石のように光るアクセサリーをペンダントに加工されており、士道はそれが何の石なのかは分からなかった。

「それは?」

「火星の石だよ。それと……」

 またジェットファイアーが胸のハッチを開けて何かを出した。取り出したのはデジタルカメラである。

「用意周到だな」

「まあね」

 寝室の外から耶倶矢と夕弦の声が聞こえた。

「何かさっきから寝室から変な音しない?」

「推察、きっとサンタです」

「よーし、捕まえるぞ!」

 士道は慌ててジェットファイアーに乗ってその場を後にした。

 

 

 

 残すのは後は美九、七罪、狂三だ。士道はすぐには部屋へは向かわずに待機を命じられていた。三人の願いは偵察のプロであるジャズが見に行っている。願い事が書かれたメモを回収して直に戻ってくるだろう。

「士道、ただいま」

「おかえりジャズ」

「はい、これ」

 三枚のメモを受け取るとまずは美九のメモに目を通す。

『ヤンデレすぎるだーりんCD。ツンデレすぎるだーりんCD。クーデレすぎるだーりんCD以上三種! だーりんの女装姿のブロマイド!』

「…………琴里、女性物の服と録音機を頼む」

「ハハッ、士道も大変だね」

 準備が出来るまでの間に七罪の願いを見てみると“化粧セット”と殴り書きされてある。相当書く事を躊躇っていたのかがよく分かる。続いて狂三の願いだが、メモには何も書かれていなかった。

「ん? 何も書いてないね」

「そうだな……いや、待てよ……」

 士道はメモを月明かりに照らしてみせるとメモに見えない塗料で書かれた文字が浮かび上がり、そこにはかなり小さな文字で“ペット”と書いてある。

「ペットか。琴里、ペットだってさ」

『わかったわ、狂三ならきっと子猫でしょう。餌やケージとかも用意しておくわ』

「助かる」

 その後、士道は恥ずかしい思いの中女装姿での撮影とアフレコを済ませて自宅へ帰った。サンタの服を脱いで士道は琴里の部屋に入るとそっと密かに用意しておいたプレゼントを置いておいた。そして、真那の部屋へ忍び込むとベッドで眠る実妹の姿がある。真那にも用意しておいたプレゼントを置くと既に真那の枕元には一つの小包が置いてある。誰からの物かは一目でわかった、封にオートボットマークのシールが張ってあったからだ。

 プレゼント作戦を終了した時には深夜の三時を回っており、士道が自室に帰ると小包が届いていた。

「オプティマス達、俺にまで……」

 士道が笑いながらプレゼントの箱を見回すとオートボットのマークがどこにもない。

「あれ……?」

 よくよく見れば包装も丁寧でさっき真那の部屋にあったような物ではなく、クリスマスらしい包装とリボンが施されていた。

「誰だろ……」

 中を開けるとマフラーが入っていた。マフラーが欲しいなど誰にも言った覚えはなかった。

「まさか……な」

 サンタが本当にいるはずないと言い聞かせて士道は床に就いた。



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48話 ターゲットは士道

 世界最強の戦闘機と言われれば思い浮かべる機体はF-22だろう。雑誌やドキュメンタリー番組でも世界最強の戦闘機として大々的に宣伝しているからもあるだろう。先に索敵して先に攻撃して先に離脱する、全てに置いて先制し、高いステルス性、アフターバーナーを使わずに超音速での巡航が可能な速度を備え、過去の反省からミサイルだけでなく機銃も備えた最高の一品だ。

 そんなF-22は試運転として地上より遥か上空三〇〇〇メートルを飛行していた。

「こちらアルファ、機体に異常なし。旋回行動に移ります」

「こちらブラボー、同じく機体に異常なし」

「こちらチャーリー、異常なし、旋回行動に移る」

 三機のF-22が綺麗な弧を描いて旋回し複数の飛行機雲を残した。

「快調だな。この機体に乗ってると心底安心するぜ」

「ブラボー、私語を慎め。実戦ではないにしても試運転だ。墜落させたらお前では一生かけても返せない金がパーになるんだ」

「はいはい、分かってるよ」

 これまで実戦を想定した訓練は幾度となく繰り広げ、F-22は従来の主力戦闘機F-15に勝利して来た。ピッチ、ロール、ヨーどれもをしてもパイロット達は満足がいった。試運転を済ませ、基地へと帰投しようと操縦桿を操作すると三機のF-22が雲の中に飛行物を確認した。

「何だ? ロシアの連中か?」

「領空侵犯も良いとこだ。そんな事ロシアでもしない」

 アルファ、ブラボー、チャーリーの三機は美しい連携で雲から出現した飛行船を三角形に取り囲んだ。

「おいおい、タイガーモス号かよ」

「大きさ的にはゴリアテだな」

 アルファとチャーリーが調子よく言うとブラボーは呆れたように唸った。

「バカ共め、そこの未確認飛行物体に告ぐ。所属組織を明かし我々に同行せよ、さもなくば撃墜する!」

 いくら巨大でも飛行船は飛行船だ。ミサイルと機銃を使えばオーバーキルだ。チャーリーの警告にも飛行船は答えない。三人は操縦桿のトリガーに指をかけた。撃ち落とす準備は万端だ。鈍重な飛行船では絶対にF-22からは逃げられない。

「警告する! 所属組織を延べよ! さもなくば撃墜する!」

『ハンターと呼ぶ者もいるがね、主にこう呼ばれているチャムリー卿とな』

 飛行船から突如、三本のアンカーが飛び出し、F-22を三機同時に捕獲すると飛行船の中に引き込まれて行く。

「メーデー、メーデー! 機体の制御が出来ない! 飛行船だ! 飛行船が我々を――」

 助けを求める声を上げたが遅かった。搭乗員は脱出し、三機のF-22の捕獲に成功したチャムリー卿は満悦したように高らかに笑った。執事のディンスモアはいささか心配した口調で言った。

「お見事ですチャムリー卿、しかしこれが原因で戦争にならないか心配ですよ」

「ディンスモア、バカを言うな。戦争になろうとわしの知った事か。勝手にやればよい」

 最新鋭戦闘機を捕らえたチャムリーは早速、それをアジトである城に持ち運んで壁に飾ろうと考えた。

 周囲には寂れた工場地帯、枯れた大地などと閑散とした風景が広がる空間にポツンと城が建っている。城の近くにある滑走路に飛行船を着陸させるとチャムリーはディンスモアに捕らえた戦闘機を城内に運び込むように指示をして、先に城へと入って行った。

 チャムリーの城の内部には実用的な部屋は殆ど無く、城の大半は捕らえた獲物を飾る部屋として作られている。檻の中のボルネオの秘境に住む伝説の恐竜、保護動物の剥製、未確認生物と獲物は様々だ。赤い高級感の漂う椅子に腰掛け、最近捕まえた伝説の恐竜を眺めた。

「いや……実に見事な生き物だ」

「チャムリー卿、あたしゃもう年の所為かくたくたですよ。戦闘機を運び込むのを私一人に任せないで下さい」

「ディンスモア、何を弱音を吐いておるのだ。狩りはこれからもっと大変になるのだ」

 

「と、言うと? 一体何を捕らえるのでしょう? 航空母艦ですか?」

「それは捕まえた」

「ではロケットですか?」

「それも半年前に捕まえたわい」

「あとは……UMAとかしか……」

「そんな連中、張り合いが無さ過ぎるわ! わしが捕まえるのはこやつ等じゃ!」

 リモコンを操作してチャムリー卿とディンスモアの前にスクリーンを降ろすと映像が再生された。「ウゥゥゥゥ!」という空間震警報の音が聞こえ、ディンスモアは首を傾げた。

「空間震警報? これが何なのです?」

「まあ見ておれ」

 スクリーンを凝視しているとやがて空間震が発生、辺り一体の建築物や地盤をえぐり取り甚大な被害を出した。チャムリー卿が着目したのはこの空間震ではない。もう当然ご存知だろう、空間震の発生原因である“精霊”特殊災害指定生命体にハンターの眼が向いた。入手された映像はまだ士道やグリムロックと会う前の十香だ。圧倒的な強さで且つ美しく、鬱蒼とした表情と虚しい眼差しをしていた。

「精霊……ですか」

「そうだ。政府の連中は最重要秘匿情報として隠していたようだがこのチャムリー卿にかかればあっという間じゃ」

「それでチャムリー卿、この少女を捕らえるのですか?」

 チャムリー卿は首を振り同時に人差し指を振り子のように揺らして「チッチッチ」と舌打ちした。

「この子供は餌じゃ、本来の目的はやはりこの小僧!」

 またスクリーンの映像が変わり、次に姿を見せたのは士道だった。視線はカメラの方を向いておらず、周りには十香や耶倶矢、夕弦、それに折紙が一緒に映っている。恐らく、登校中にこっそりと撮影した者なのだろう。

「この少年が何なのですか?」

「わしのここ数日の調査によると精霊はあの小娘一人ではない」

 チャムリー卿は葉巻を口にくわえるとディンスモアがすかさず火をつけた。鼻から煙を吐き出し、チャムリー卿はリモコンを操作して更に何人かの美少女達の画像が出て来た。四糸乃、琴里、美九、狂三、七罪だ。

「さっきの双子に加え、こやつらも精霊の可能性がある」

「何故、分かるのですか?」

「勘だ。ハンターとしてのな」

 チャムリー卿に何十年も仕えているディンスモアもチャムリー卿のハンターの勘がいかに鋭いかは重々、承知している。だがまだ腑に落ちない事がある。

「この少女達が精霊なのはわかりましたが、何で少年まで狙うのです?」

 チャムリー卿は自分の鼻をトントンと叩いて見せた。

「匂いだ。あの小僧から明らかに人とは違う匂いがした」

「匂い……ですか?」

 ディンスモアには分からない感覚だ。カップに紅茶を注ぐが紅茶は全ておぼんにこぼれてしまっている。

「んお……? ディンスモア、紅茶が入っとらんぞ!」

「そんな筈は……」

 

 

 

 

 今日はオートボットにとって重要な日だった。オプティマス・プライム率いるオートボットが人類にとって無害であり有益な存在であると各国の首脳陣に主張する日だ。オートボットの有用性についてウッドマン卿も主張してくれる訳だが、トランスフォーマーを受け入れるのは厳しい話になりそうだった。

 第一にエイリアンが不法滞在している事。

 第二に同じトランスフォーマーでも悪の勢力が存在し、初見の人間側からは誰が味方で誰が敵か分からない事。

 第三にオートボットが今まで隠れて過ごして来た事に対する不安があった。

 オートボット達はラタトスクが用意した巨大運搬船に乗り、会議場まで向かう。開かれるのはアメリカ、テキサス州に急ピッチで作ったトランスフォーマーとのサミット用の施設だ。

「ったく何でノロい運搬船になんか乗らなきゃいけないんだよ!」

 ワーパスは口を尖らせて言った。

『済まないね、窮屈な思いをさせてしまって』

 モニターにウッドマンが映り申し訳なさそうに謝った。

『キミ達の科学力は人類を遥かに凌駕しているのは疑う余地もない。でもね、行き過ぎた科学力を警戒状態の者に見せるのは得策ではないと私は思う』

 サミットにグランドブリッジで現れたならさぞ驚くだろう。しかし、同時に更なる警戒心を抱かせてしまう可能性があった。ワープ技術などラタトスクも一応は完成させているがトランスフォーマーのグランドブリッジ、スペースブリッジとは比較にならない。

 ワープ技術は物資の運搬の早さ、進軍の早さ、撤退の早さを大きく省略出来る。また敵陣に爆弾をワープさせれば一瞬にして敵を倒せるのだ。

 そんな恐ろしい兵器を持った相手に心を開くかと言われれば答えはNOだ。ひょっとしたら怖がって下手に出て来るかもしれないが、オプティマスが求めるのは支配ではなく対等の関係だ。

 武力に物を言わせるのはディセプティコンのやり方だ。

「腰が痛くなりそうだよ」

「ああ、まったくだ!」

 ちらほらと抗議の声が上がるがオプティマスは静かにビークルモードで待った。

「ダイノボット達、よく聞けよ。これはオートボットが地球にいられるかどうかの大事な会議だ。くれぐれもいつもの調子で暴れたり、力を見せたりするような事は絶対に控えるんだ!」

 口が酸っぱくなるまでアイアンハイドはダイノボット達に今のセリフを言い続け、かれこれ十回以上は聞き、スラッグ達も嫌になっていた。

「分かってる分かってる」

「心配すんなって! オレ等は猫かぶっとくからよう!」

「あまり良い表現じゃないぞ、それ」

 借りてきた猫のように、ならまだ良かったろう。

「もし、私達がこの星にいられなくなったらどうしようかね、また地球に似た星を探すかい?」

「おいおいパーセプター、縁起でもない事言うなよ。そんときゃ……オレがこう……ガーッて言うから」

「人間達の決定には逆らうな」

 静かに待っていたオプティマスは運搬船に乗ってから初めて喋った。

「ここは彼等の星だ。彼等の領土である以上、彼等の決定には従おう」

 オプティマスが言うなら皆、それに従うつもりだった。オプティマスがいるなら例えどんな星でもきっと導いてくれる。そう信じていた。

 

 

 

 

 グリムロックの足下には無惨なスクラップが広がっていた。皆が生きようともがき、試練に挑みグリムロックは自分の願いを叶えるべく他者の願いを踏み砕く。生前のグリムロックなら何も思わなかっただろう。だが、思考が蘇り、今まで地球で過ごした経験がグリムロックの拳や剣を鈍らせた。

 グリムロックに倒された敵にも帰るべき場があった筈だ、待っている仲間がいた筈だ、想ってくれる愛しい者がいた筈だ。

 考えないとはなんと気楽なのだろう。グリムロックはそう思った。

「俺、俺がやっているのは……正しいのか……?」

 また新たな敵が出現した。工業用クレーン車とパトカーだ。当然、その二人まトランスフォーマーだ。クレーン車からボーンクラッシャーにパトカーからバリケードに変形した。ディセプティコンのエンブレムを見るとグリムロックは少し安心した。

 世界は違えども同じオートボットを倒すのは心苦しい。だがディセプティコンなら容赦なく倒せるからだ。

 ボーンクラッシャーがアームを伸ばしグリムロックの腕を掴んで来た。そのまま引き寄せようと踏ん張るがグリムロックはビクともしない。

「邪魔だ!」

 アームを掴んで逆にボーンクラッシャーを引き寄せると顎に強烈な一撃を見舞った。目玉が飛び出そうな衝撃にボーンクラッシャーは目眩がした。

 無数のスタッドがついた棍棒を振り回してバリケードがボーンクラッシャーを助けに来た。棍棒を容易くガードしてバリケードを頭突きで突き飛ばすと壁に打ち付けられ、そのまま事切れた。ダウンしたボーンクラッシャーの頭に剣を突き立ててグリムロックは勝利の雄叫びをあげた。

「次だ! 次を出せ! 誰でもかかって来い!」

 自暴自棄気味にグリムロックは吼えた。

 コロシアムのゲートが開くと青いカラーリングの戦闘機が入場と同時にロボットに変形してみせた。どこか見覚えのあるフォルムだが、その顔つきや凛然とした表情は初めて見る。ディセプティコンのエンブレムにグリムロックは険しい表情を作った。

「お前が私の相手か。初めて見る奴だな、貴様もトランスフォーマーか?」

「俺はれっきとしたトランスフォーマーだ。俺はグリムロック、お前は?」

 グリムロックはそのディセプティコンの名を聞いた。ディセプティコンは嫌いだ。しかし今目の前にいるディセプティコンはいつもと違う。

「スタースクリームだ」

 その名を聞いて嫌な顔をしない者はいない。評判の悪さ抜群のスタースクリームだったがグリムロックと対面しているスタースクリームはグリムロックが知るスタースクリームとは似ても似つかぬ精悍さだ。

 スタースクリームは左肩の翼を変形させてウィングブレードを取るとエネルギーを流し込み、赤く光り出した。

「剣を構えろ。御託は抜きだ。私は貴様を倒して帰らねばならない。仕えるべき主の元に、私を信じた子の元に」

 スタースクリームにも譲れない物はあるらしい。それはグリムロックも同じ事。

 両雄心はここに一つ。

 グリムロックは剣を構え、先制した。全てを一刀の下に斬り伏せて来たグリムロックの一撃をスタースクリームは受け止め、あまつさえ弾き返した。

「はぁッ!」

 気迫の籠もったかけ声と共にグリムロックとすれ違う。甲高い金属音が鳴り響き、グリムロックの頬に傷が、スタースクリームの翼にも切り傷が生じた。

「どうしたよデカいの。パワーだけか?」

 スタースクリームの挑発に乗り、グリムロックは剣で地面を叩き斬り、衝撃で直線状に割れた。地割れを避けてスタースクリームは肩からブラスターの連射を浴びせた。だが流石の防御力と言えよう、グリムロックはブラスターではビクともせずにスタースクリームに突っ込んだ。

 バカ正直で真っ直ぐな突進を避けるのは容易い。スタースクリームは隙だらけの背中を斬りつけた。

「パワー、防御は一級品だな。こんなのがオートボットにいたとはまったく驚きだ」

「一つ、聞きたい」

 グリムロックはスタースクリームの斬撃など意に介さず振り返る。

「何だ?」

「お前は何で戦ってる?」

「難しい質問だな。もう何万年も戦っている。私も分からなかったさ。でも今は私の信念の下に戦っている!」

 スタースクリームはウィングブレードを水平に払い、グリムロックはカウンターとして数に任せて素早く剣を振って猛攻を仕掛けた。連続の突きをウィングブレードで的確に切って落とし、グリムロック斬撃は一発もスタースクリームの体には当たらなかった。

「甘いぞ! 信じる物が一つあれば数など無用!」

 体を前に屈め、一足飛びでグリムロックとの距離を詰めるとスタースクリームはウィングブレードを突き出して腹を貫く。

 体を貫通したウィングブレードの刃を握り、スタースクリームが逃げられないように固定するとグリムロックの強烈な右フックが顔面を捉えた。音を上げて手を放すかと思いきやスタースクリームはウィングブレードから決して手を離さず、背面のパーツが変形し、スタースクリームの両肩にキャノン砲が現れる。

「ナル光線キャノン!」

 至近距離からのスタースクリームのとっておきの一撃、腹から剣が抜けたがグリムロックは吹き飛ばされてコロシアムの壁に叩きつけられた。休ませる暇も与えずすぐさまスタースクリームが仕掛け、グリムロックは攻撃に耐えた。突きをかわしてスタースクリームの腕を掴むと力任せに引き倒して首に目がけて剣を振り下ろす。背面からスラスターを噴射してスタースクリームは上手く逃げると、さっきまで寝転がっていた場所に刀身が深々と切り込まれている。もしも反応が一瞬でも遅れていたならスタースクリームの首はグリムロックの足下に転がっていた筈だ。

 グリムロックは強い。スタースクリームは正直にそう思った。だが、負ける気はしなかった。現に気迫ではスタースクリームが上回っているし、グリムロック自信には迷いが剣を鈍らせていた。トランスフォーマーではなく一人の戦士としてスタースクリームは確立された存在だ。洗練された剣はグリムロックを徐々に追い詰める。

 何が足りない? 思いか、信念か、決意か。今まで制限されて来た思考が戻り、グリムロックは頭の中の整理がつかない。

「思考が止まっているぞ!」

 迷いが剣を鈍らせ、迷いが動きすらも鈍らせる。スタースクリームにとってそれは付け入るに十分な隙だった。鋭く肩口を切り裂かれるがグリムロックは唸り声も上げない。

 

 体に多くの傷を負いながらグリムロックはスタースクリームの剣撃をその身に受け続ける。記憶が、グリムロックの何百万年の記憶が走馬灯のように頭を過る。するとグリムロックの脳裏に目覚ましく火花のように閃き、一瞬にして胸の中に曇っていた心の闇が淡雪のごとく溶けてなくなって行く。傷だらけの体でスタースクリームの剣を素手で払うとグリムロックは笑い出した。

「何が可笑しい?」

「俺らしくもない事だ。俺は何を無意味に悩んでいたんだ。帰るべき場所があるのに、待ってる連中がいるのに」

 グリムロックは剣を掲げた。死んだ後の四糸乃の悲しむ顔なんて見れたものじゃない。これから戦う者、オートボットもディセプティコンにも帰るべき場があるだろう、そんな事は知った事ではない。相手の夢を粉砕する覚悟はもう出来た。覚束ない心は一つの目的に向けられた。

 スタースクリームは、グリムロックの内面の変化を瞬時に察知すると早急に決着をつけようとウィングブレードにエネルギーを込めると記憶に残る地球の子の顔を思い浮かべた。その顔を思い出すとスタースクリームに無類の勇気を与えてくれる。

 スタースクリームとグリムロックは互いに間合いのギリギリ外に位置している。一歩踏み込み、剣を振るうだけで勝敗は決する距離だ。グリムロックは剣を担ぐように振り上げて胴体を限界まで捻る。スタースクリームはウィングブレードを正眼に構えて目の前の相手に意識を極限まで集中する。二人の視界は狭まり、目の前しか見えてこない。

 しんと静まり返ったコロシアム。緊張が張り詰め殺気が充満した空間で二人の戦士の息が合う。

 僅か先にスタースクリームが仕掛けた。天高く突き上げられた剣を真っ直ぐに振り、グリムロックは上半身の捻りを使って横薙ぎに振りぬいた。カツン、と小さな金属音がしたかと思えば二人はもう剣を振り終えていた。グリムロックの胸のエンブレムには確かに縦一筋に傷痕がある。対してスタースクリームは、腕ごと胸まで剣が食い込んで重傷なのは目に見えて分かった。

「……ッ……!」

 スタースクリームは声にはならない声で何かを口走った。途切れたように口を開けて致命的な一撃を受けたスタースクリームは仰向けに倒れるとゆっくりと目を瞑り再び眠りについた。

 思わぬ強敵に苦戦を強いられたグリムロックだが、得た物は大きい。もう何が来ても一片の後悔なく打ち倒せる。

 

 

 

 学校の帰り道、耶倶矢と夕弦は士道がよく通う商店街を歩いていた。普段なら士道や十香と一緒に帰るのが常だったが、今日は十香の居残りがあり士道が待ってあげる事になった。

 士道が買い物に行けなくなったのでこうして耶倶矢と夕弦が買い物役を担う事になったのだ。

「かかか、士道め我等颶風の御子にお遣いを任せるとはしょうがない奴よ」

「不安。耶倶矢がお菓子ばっかり買って予算が足らなくならないか心配です」

「そんなバカじゃねーし! 士道は余ったらアイス買って良いって言ったしぃ! 夕弦はアイス食べ過ぎたらぷよぷよになるんじゃない」

「憤慨。ぷよぷよじゃないですー肉付きがいいのです。抱き枕にするのなら夕弦の方が最高です」

 他愛もない言い合いを交えつつ夕弦は士道から受け取ったメモを読んだ。

「まずは牛肉三キロです」

 三キロの肉の内、二キロは十香の取り分だ。

 肉屋へ行く途中、耶倶矢はソフトクリーム屋に目を奪われていた。物欲しそうな眼差しで完全に足を止める耶倶矢を夕弦は半眼を作りジッと見ていた。

「耶倶矢」

「ハッ……!? 何でもないわよ!? べ別にソフトクリーム食べたいとか思ってないし!」

「そうですか、では行きましょう」

「えっ……ああ……ぅ……」

 さっさと行ってしまおうとする夕弦の袖を摘み、耶倶矢はソフトクリーム屋と夕弦を交互に見て眉をハの字にした。

「質問。どうしました耶倶矢? 欲しいのならおねだりして下さい。財布の紐を握っているのは夕弦です」

 夕弦の目にサディスティックな色が宿る。

「あ、あの……ソフトクリーム……買って下さ――。あれ?」

 夕弦から向こう側を覗き込み、耶倶矢はソフトクリームの事をすっかり忘れて口を開けて驚いた。耶倶矢の表情の変化に気付いて夕弦は振り返ると耶倶矢と同じく驚愕の顔を作った。

「ねえ、夕弦。あれ士道よね?」

「同感。士道です」

 商店街の先。そこには十香と歩く士道の姿があった。十香の居残りに付き合っていてはこんなに早く帰れる筈がない。

「士道、まさか十香がいちゃこらする為にあたし等に嘘を!?」

「詰問。とっつかまえて問いただしましょう!」

 二人は士道達を追いかけた。路地を曲がり、更に角を曲がって行く。

「おかしくない? 何であたし等が追い付けないの!」

 足の速さには自信がある二人が全力で走っても耶倶矢と夕弦は追い付けず、士道達が曲がった角を飛び出して人気の少ないT字路に出る。

 周りを見渡すと二人は見あたらず首を捻るばかりだ。

「見失った……?」

「疑念。あれは本当に士道達だったのでしょうか?」

 腑に落ちない様子で戻ろうとした矢先一台のトラックが停車すると荷台からアームが射出されて夕弦を掴んだ。

「ッ!」

 アームを引きちぎろうとしたが先に夕弦に電流が流されて気を失い荷台に運び込まれて行く。

「夕弦を返せぇ!」

 発車しようとするトラックを止めようと耶倶矢は運転席に回り込むと突如、アスファルトに仕掛けられてあった落とし穴に落ちて行った。二人を罠に嵌めたのはあの召使いだ。

「チャムリー卿、楽勝でしたな」

『よしよし、では次だ次を捕まえるぞ!』

「かしこまりました」

 ディンスモアは軽くお辞儀をしてトラックを走らせた。

 

 

 

 

 十香が居残りを受けている間、士道は図書館にいる。

 十香の成績はかなり悪く珠恵は少しでもよくなるようにと授業をしてくれている。小休止として十香はトイレに行った。出来るだけ早く終わらせて士道と二人きりで帰る、そう考えると自然に笑顔が出来た。トイレを済ませて出てくると天井からきなこパンがまるでパン食い競争のように釣られてある。明らかに不自然な光景だが、疲れた体を元気にするのはきなこパンしかない。十香は何も考えずにきなこパンに食らいついた。もぐもぐとたちまち食べつくしてしまうと数メートル離れた先にまたきなこパンが垂らされた。

「おぉ! 今日はきなこパン祭りか!?」

 垂らされればきなこパンを食べ、また天井からきなこパンが吊るされ十香は何の疑問も持たずに食べて行く。周りの事など見えずにきなこパンを食べているといつしか校舎の外に出ており、グランドにいた。指についたきなこをペロリと舐めてもうきなこパンは出て来ないのかとキョロキョロと周囲を見渡した。しかしこれ以上出てくる気配はなく、十香はポンとお腹を叩いて帰ろうとするとグランドが突如、真っ二つに割れて底の見えない暗闇からゆっくりと巨大な皿に乗せられたきなこパンの山が出現した。十香は涎を垂らして目をキラキラと輝かせている、まるで財宝でも見つけた、そんな顔をしていた。

「いっただきまーす!」

 食欲の赴くまま、十香はきなこパンの山に飛びつく寸前、どこからともなくネットが飛来して十香を捕獲してしまった。

「何なのだ!? だ、出せ! 私を解放せんか! きなこパンの山がきなこパンがぁ!」

 ネットに絡み取られたまま十香はトラックに荷台に乗せられて連れ去られてしまった。

「おーおー何と簡単だ。これはライオン狩りより軽いわい」

 チャムリー卿はあまりに上手く行きすぎて少し肩すかしをくらった気分だった。

 

 

 

 竜胆寺女学院の一日の授業が終わった美九はこれから真っ先に来禅高校に行く予定だ。今日は十香が居残りで愛しの士道が十香を学校で待っているのは把握済みだ。仲の良い子達にお茶を誘われたが丁重に断り、スキップをして校舎を出た。

「るんるるんるる~ん」

 鼻歌を歌いながら美九は校門前に停車している自家用車に乗ると運転手に女性に命じた。

「今日もご苦労様ですぅ、では来禅高校に一直線でお願いしますぅ~!」

「はい、お嬢様」

 返って来た声を聞いた瞬間に美九は露骨に眉をひそめた。士道以外に男の声、そもそも普段からいる運転手の声ではない。

「誰ですか?」

 美九の質問に運転手は答えず、車のカギをロックした。そして後部座席と運転席の間に強化ガラスの仕切りが出来る。明らかにおかしな状況に美九は車のドアを叩いて外に助けを求めたが、その願いは叶わず車内に睡眠ガスが噴射されて美九は意識を遠のかせた。

「チャムリー卿、まだやるんですか? もうあたしゃ疲れましたよぉ!」

『ディンスモア! まだ精霊は四人もいるのだぞ! 全員狩るまでは帰らないぞ!」

「はぁ~い」

 

 

 

 

 八舞姉妹、十香、美九の消息が消えたのはすぐに琴里の下に情報が行った。今はオートボットもいないので頼れるのはラタトスクだけだ。学校が終わった琴里は白いリボンから黒のリボンに切り替えてインカムを耳にはめて神無月からの報告を聞いた。

「どういう事よ神無月? 十香達の霊反応が消えたって?」

『私どもでも調査中ですが、八舞姉妹は商店街で十香ちゃんは学校のグランドで美九さんは学校の前で消息を絶っています。いずれも人に見られてもおかしくない場所です』

「ASTかしら?」

『いえ、ASTよりも圧倒的に手際が良いです。こんな事私も初めてです」

「目的は精霊かしら?」

『もしそうなら司令、あなたも気を付けて下さい』

「わかってるわ、私がそんなドジを踏まないわよ」

 フラクシナスとの通信を切り、琴里は難しい顔を作った。一体誰が何の為に精霊を誘拐するのか。DEMなら分かるが、DEMはもう無い。もし仮にその意思を継ぐ者が現れたとしても行動が早すぎるし、精霊を相手に上手すぎる立ち回りだ。

 あれこれと頭を働かせていると不意に大きな声が聞こえた。

「大変だー! 交通事故だぞ!」

「来禅の男子生徒が車に撥ねられたらしい!」

 考え事をしている最中、周囲から聞こえた野次馬の言葉に琴里は僅かな不安がよぎった。来禅の男子生徒など山ほどいるが自分の兄もその来禅の男子生徒に該当するという事だ。琴里は野次馬のいる方へ走り交差点の回りに集まる人混みを潜り抜けると驚く事に人混みの中心には誰もいない。それに加えて野次馬達はぐにゃりと折れ曲がり一瞬のうちに霧散してしまった。

「まさか、ホログラム!?」

「その通りだよマヌケな小娘」

 どこからともなく鉄骨が降り注ぎ、空中で檻を形成すると琴里を閉じ込めてしまった。

「神無月! 助けて! 犯人が見つかったわ!」

 通信機に向かって叫んだが、その声は届かない。チャムリー卿が設置した強力な妨害電波の所為で通信が不可能だった。琴里は自力で檻を破ろうとしたが、無駄な努力で檻ごとトラックに載せてそのまま連れ去ってしまった。

 

 

 

 

 五河邸で四糸乃は士道がおやつとして用意してくれたクッキーを食べながらドラマを見入っていた。

『ねえねえ、今日は士道くぅん遅くなぁ~い?』

「士道さんは……確か……十香さんの居残りに……付き合ってます……」

『放課後の学校で男女が二人……。キャー! 絶対何かあるね!」

「え、え……二人はそんな事……しないと思います……」

 放課後の男女、それだけ聞いて四糸乃はボンッ! 顔を赤くしてカップの牛乳を一気に飲み干して顔をぶんぶんと横に振って変な想像を追い払った。

 四糸乃はふと琴里の帰りも遅いなっと思った。時計を見て本来なら琴里が帰って来ている時間を確認する。何かあったのだろうかと心配になってよしのんに話しかけた。

「よしのん、琴里さん……遅くないですか……?」

『んん~? まあまだ誤差の範囲内だよ~』

 まだ十分か二十分くらいの差しかない。少し寄り道でもしているのだろう判断して四糸乃は皿に乗るクッキーを一枚つまんで食べた。四糸乃しかいない家にインターホンの音がして四糸乃はビクっと体を震わせると、モニターを覗くと白衣を着た男性と救急隊員の恰好をした男性が門の前に立っていた。

「病院の人……ですか?」

『そうみたいだねい』

 四糸乃は恐る恐る玄関から顔を出す。白衣を着たのはチャムリー卿で救急隊員の恰好はディンスモアだ。

「初めまして、天宮病院の者ですが五河士道さんの妹さんですか?」

 妹ではないので友達という事にしておいた。

「え……いえ、お友達……です」

 四糸乃がそう反応すると二人は顔を見合わせて話し出した。

「困ったな、親族に連絡が取れないですね」

「ええ、困りましたね」

「あ、あの……何か……あったんですか?」

「実は今日、五河士道さんが図書館の本棚の下敷きになって病院に運ばれたんです」

 だが、それはチャムリー卿の真っ赤な嘘。

 四糸乃はそれを聞いて顔を強張らせた。

「あ、あの……私を病院に……連れて行って……下……さい」

 士道が病院に運ばれたと聞いて四糸乃はいても立ってもいれなくなりチャムリー卿にそうお願いするとすぐに救急車へ乗せられた。救急車に乗ったのを確認するとディンスモアは美九の時と同じように催眠ガスを噴射して眠らせた。

「残り二人だ。なんと楽勝なことか。ハハハ!」

「旦那様、もう二人くらい良いじゃないですか」

「いいや、コンプリートを目指す!」

 残るは七罪と狂三だ。

 

 

 

 

 七罪は血相を変えて狂三の部屋にノックもせずに乗り込んできた。

「大変よ狂三!」

 ドアを開けると黒いゴスロリ衣装でクリスマスに貰った愛猫を愛でる狂三がいた。

「いい子いい子、顎を撫でられると気持ちいいんですにゃ~。あぁ、この子最高ですわ、最高ですわ」

 いつもの雰囲気とは打って変わって猫に夢中な狂三に七罪は戸惑い、突然乗り込まれて狂三はそっと猫をケージに帰してやった。

「コホン、今何か見まして?」

 目の奥は笑わず、にっこりと笑顔を作る狂三に睨まれて七罪は無言で全力で首を横に振った。

「イイエ、ナニモミテマセン」

「よろしいですわ。それで、何の用ですの?」

「えっと……そうだ! 大変なの! 四糸乃が士道の家の前で誘拐されたのよ!」

「誘拐? 随分と堂々としてますわね」

「悠長に紅茶なんて飲んでる場合じゃないわよ! 早く助けに行こうよ! こんなあたしみたいなぺちゃぱいナメクジならまだしも女神四糸乃を変態親父の毒牙にやられたら大変よ!」

「とりあえず手がかりがないか、見てみますわ」

 椅子かた立って靴を履いていると廊下の方から悲鳴がした。狂三は歩兵銃を手に廊下から飛び出すと七罪は謎のアームの襟を掴まれて輸送ヘリの中へ引きずり込まれている。

「七罪さん!」

 七罪はアームを霊力で綿菓子に変化させると何とか逃げ出す、だがまた別のアームに掴まってしまった。狂三が助けようと歩兵銃を構えると空間に幾筋の線が閃き、狂三の銃はバラバラになって床に落ちた。

「誰ですの!?」

「外したか。ディンスモア、チャムリー卿の執事です」

 チャムリー卿の指先からは鋼鉄の糸が伸び、軽く手を振るうだけでコンクリート製の壁をチーズのように切り裂く。狂三はもう一丁銃を出してディンスモアに向けて発砲した。空中の弾丸を鉄線でバラバラにし、狂三の足下を糸で切り崩す。足場を失ったかと思うと、狂三の下にはとりもちが用意されねばねばの床に絡め取られてしまった。

「旦那様、ミッションコンプリートです」

『素晴らしい! では帰って来い」

「はい」

 

 

 

 

 士道が異変に気付いたのは珠恵が戸惑ったように十香を探していた所からだ。聞くところによると十香はトイレに行ったきり帰ってこなかったそうだ。十香はバカだが居残りをすっぽかすような子ではない。士道も珠恵もそれはよく分かっていた。電話もつながらないし、十香と連絡を取れずにいるとフラクシナスから通信が来ていた。神無月の焦った声で琴里と連絡が取れないという内容だった。

 ひとまず士道はフラクシナスに回収してもらい艦橋で真那と折紙と落ち合った。

 艦橋に皆が揃い普段琴里が座る椅子に神無月が頬ずりしている以外は異常はない。

「ハッ! 司令がいなければ司令のお仕置きが受けられない! あぁ~でもこういう焦らしプレイも……なかなか!」

 神無月が暴走しているので代わりに令音が状況を説明してくれた。

「シン、琴里も含め精霊達は唐突に反応を消してしまっている。四糸乃はシンの家、七罪や狂三に至ってはマンションで消息を絶っている。怖い事に目撃者が誰もいないんだ。オートボットは今、サミットに向かっている」

「目撃者がいねーとは大した奴です。ディセプティコンですかね?」

「それは考えられない。ディセプティコンの襲来ならもっと大騒ぎになる。今回はあまりに静かすぎる」

 手がかりも残さす鮮やかなハンティングにフラクシナスの機能を以てしても場所が割り出せずにいると中津川が目を丸くして声を上げた。

「村雨解析官! 何者からのメッセージです」

「繋いでくれ」

「ハッ!」

 通信を繋ぐとまず最初に出てきたのは捕えられた精霊達は妙に露出が多い水着や衣装で動物を模した耳や尻尾をつけたあられもない姿になっていた。十香と七罪は犬耳に尻尾、四糸乃はうさ耳、琴里と狂三は猫、八舞姉妹は猿で美九は牛だ。スクール水着にニーソといったオーソドックスな物からバニーガール、スリングショットなど際どい物などを着ている。そんな少女達がマジックハンドでくすぐられたり、変な触手で体をまさぐられるという映像に反射的に男性クルーは「オォー!」と声を上げた。

『ごきげんよう諸君! 私はチャムリー卿、ハンティングが趣味だ』

 あの映像からのハンティング発言を聞けば変態親父にしか見えない。

『私の狙いは五河士道、キミだ! 私の挑戦を受け、見事私に勝てばこの子達は帰してやろう!』

「シン、こんな挑戦を受けるつもりはないよね?」

「令音さん、狙いが俺ならもちろん受けて立ちますよ。チャムリー! 十香達をこんな目に合わせたんだ許しはしない!」

『挑戦に受けると言うのだな?』

「ああ! 受けて立ってやる!」

『素晴らしい! では座標を送る。待ってるぞ!』

「だがその前に……」

 士道は司令席のレバーを下すとチャムリー卿が見ている画面を爆破した。

「良い啖呵を切りやがりましたね兄様! こうなったらあの爺さんの所に乗り込んで痛い目にわせてやりましょうや!」

「あの老いぼれの顔の皮を剥いでみせる」

「二人とも発言が物騒だぞ。俺はあのチャムリーに挑まれたんだ。俺一人で行く。令音さん、転送お願いします」

「わかった。気をつけるんだよ。オメガスプリームが言った事を忘れるんじゃないよ。キミには琴里の再生能力があるとはいえ、もう身を守るプロテクトがない」

「はい、気をつけます」

 フラクシナスの艦橋にグランドブリッジを開けられると士道は光の道を通ってチャムリー卿が指定して来た地点へと向かった。

 

 

 

 

 精霊捕獲作戦、その一部始終を見ていたのはレーザービークだ。自分の目で見た情報の記録を取り主人の元へと帰投する。海から突き出した帰還用ダクトに入り、レーザービークはサウンドウェーブの胸にしまわれた。

「メガトロン様、レーザービークが帰ってキタ」

「よくやったサウンドウェーブ、では再生しろ」

 レーザービークが捉えて来た映像を流すとチャムリー卿とディンスモアに二人が精霊を次々っと見事に捕えている映像があった。

「何者ですこれは、封印済みとは言えこれだけ手際よくやるなんて」

 同じ人間のエレンはチャムリー卿という名も知らないハンターを称賛した。

「この老いぼれを味方につければ事をうまく運べるかもしれん」

「ハッ! 情けねえまさかあんたが人間を頼るなんてな――」

 メガトロンはスタースクリームを突き飛ばした。

「何するんです!?」

「面倒ばかり起こすくせに口だけは達者な奴だな! おい、エレンこのチャムリーとか言う老いぼれと手を組むように言って来い」

「了解しましたメガトロン」

「じゃあなエレン、頑張れよー」

「貴様も行ってこんかぁ! スタースクリーム!」

「はいはい、わかりやしたよ。あんたの命令は絶対ですからね~。行こうぜエレン」

 

 

 

 

 チャムリー卿の領土へと転送された士道は、さっそくスターセイバーを構えた。

『よく来たな士道! ではすべての難関を越えてたどり着いてみせよ!』

「どこだチャムリー、姿を見せろ!」

『ハンターは獲物の前に姿を見せんのだよ。狩りの常識じゃ常・識』

「チャムリー、果たして狩られるのはどっちかな?」

『強気な発言だな。ああそうだ、後ろを気をつけた方がいいぞ』

 士道が振り返ると獰猛な二足歩行の恐竜が士道の肩口に噛み付いた。二メートルはある恐竜は士道に噛み付いたまま振り回し鉄塔にぶつけた。背中と肩に計り知れない激痛だが、もう痛いのは慣れっこだ。スターセイバーで恐竜の尾の一振りをガードし、肺一杯に息を吸い込み声を張り上げた。

「アァァァァッ!」

 士道の口から発せられる音圧は恐竜を跳ね飛ばした。美九の声の力だ。傷を負った体を琴里の力で再生され、その間に恐竜は再起して士道を獲物と判断し襲う。手に霊力を蓄え、士道は突っ込んで来た瞬間に身をかがめてつつ横へ飛び、恐竜の体に触れるとその恐竜は大きな可愛らしい象のぬいぐるみに変化した。七罪の力で無力化された恐竜を士道はスターセイバーで両断して先を急いだ。

『ブラボー、ブラボー。ボルネオの秘境で三年かけて捕まえた伝説の恐竜をこうも容易く撃退するとは。だが、こちらもキミが精霊の力を使ってくるのは予測済みだ。くらえ!」

 先ほどぬいぐるみにした恐竜が発光したかと思うと爆発を起こし、士道は爆風に巻き込まれた。全身が痛み、爆風の破片で体を切られたがそれもなんとか再生させた。

「さっきの爆発がどうした。俺は元気だぞ!」

『そうかい? では次なる試練だ』

 チャムリー卿が次に仕掛けて来たのは、それは巨大なタコだ。

 士道を絡め取ろうと八本の足を延ばして上下左右と多方面からけしかける。

『それは太平洋で捕えた巨大タコだ。それくらい倒せなくては相手として面白くないわ』

 士道は足をスターセイバーで斬り落としてからまた七罪の能力で無力化しようと胴体に肉薄し霊力を込めて触れると巨大タコは何にも変化せず長い足で士道を振り払った。

「何でだ……まさかさっきの爆発で……」

『その通り! さっきの爆発で霊力を一部制限された! さあどうする!?』

 士道は舌打ちをして横薙ぎに払われる足に飛びつく。

氷結界隈(ザドキエル)!」

 士道の全身から冷気を帯び、巨大タコの足、そして胴体から他の足までを瞬時に凍結させた。またさっきのような爆発が予想されるので士道は急いでタコから離れたがもう既に遅く、タコの体内に仕掛けられた爆弾が起爆し、士道は爆発に巻き込まれた。数秒、気を失ってから目を覚まし、士道は手に霊力を集めてみた。冷気は出る。風も出る。再生は可能、狂三の歩兵銃も出る。試しに喉に霊力を溜めて見たがさっきのような音圧は発せられなかった。

『またもや力を失ったようだな! 次、ネットだぁ~!』

 士道の頭上からネットが降って来ると士道は風の力で推進力を得てネットを回避した。

「チャムリー! こんな子供だましな罠に引っかかると思うなよ!」

 その時である。地面に仕掛けられていた罠が起動し、士道は粘着ネットの餌食になった。

「くそ! 何だこのネットは! 絡みつく!」

 絡みつくだけではない、この粘着ネットにより霊力が徐々に吸い取られているのだ。もがきながらなんとか左手だけを自由にすると狂三の短銃を生成した。

刻々帝(ザフキエル)四の弾(ダレット)!」

 弾丸をネットに撃ち込み、時間を巻き戻す。そうすると体に張り付いていた粘着ネットは罠が発動する前、地面の中へと戻って行った。士道の手元から短銃が消えてなくなった。こうも三つの力を短時間で奪われるとは思いもしない。まだチャムリー卿のいる城は先にある士道の前途は多難であった。

 傷は琴里の力で再生されているが、無理な霊力の酷使により士道の体はかなりの負担となっている。更なる困難が待ち受けるとわかっていても士道は立ち止まる事は許されない。城へと向かう士道の背後、そこには二つの影があった。エレンとスタースクリームだ。

「何だぁ? ありゃ人間の小僧じゃないか」

「そうですね。どうします、捕えますか?」

「いや、まずはあのジジイと手を組むのが先だ」

 士道の動向を監視していると士道の前に囚われの身の女性が見えた。士道は助けそうになったが、こんな見え見えの罠には引っかからない。

「見え透いているぞ」

 士道はその女性を無視して行ってしまう。

「あれ? あのお人よし少年が女性を無視するなんて変ですね。何かあったんでしょうか?」

「罠に決まってるからだろ。ほら、行くぞ道草くってる暇はねえんだ」

 スタースクリームの忠告を無視してエレンが女性の足に繋がれた鎖を切断すると女性のホログラムが消え、大量の粘液がエレンにかぶさった。

「す、スタースクリーム! た、助けてぇ!」

「だから言っただろうが! ちょっと待ってなすぐ自由にしてやるよ」

 何やら後ろが騒がしいので振り向くとエレンがあの罠に引っかかっている。

「おいおい、あんな罠にかかるMA・NU・KEがいるとは思わなかったぜ」

 と吐き捨てて先を急いだ。十香達を誘拐されて温厚な士道は表情には出さないが内心かなり怒っていた。

 次なる刺客が士道の前に立ちふさがった。巨大なハサミと毒を操る殺人マシーン“サソリ”。その毒を注入されれば琴里の回復力があっても命があぶない。風で編み上げた防壁を形成した士道はサソリの毒針を防ぐと同時に左手に鏖殺公(サンダルフォン)を呼び出した。スターセイバーとの二刀流でサソリのハサミを凌ぐ。

『わしの最新の科学の結晶サソリのお味はどうだね』

 サソリの頭部のディスプレイにチャムリー卿の顔が映った。

「こんなポンコツ、すぐに破壊するさ!」

 霊力を纏った足で地面を踏みつけ、氷の柱が何本も突出してサソリの下腹部を貫く。動きを封じ、士道は風の力で一気に加速しサソリのハサミを切断し、スターセイバーと鏖殺公(サンダルフォン)を体に突き刺した。爆発が来るのはわかっている、だから瞬時に風の防壁を形成してこらえた。爆風から身を守れても力を奪われる事までは防げなかった。

 士道の顔から一気に滝のように汗が流れ出た。今まで霊力の酷使で傷ついた体を琴里の力で修復していたが、さっきのサソリの爆発で琴里のイフリートの回復能力を封じられてしまった。

「やべえ……頭がくらくらするぞ……」

『う~ん、まさかサソリまで倒すとは思いませんでしたねチャムリー卿』

 はたきで展示品の埃を取りながらディンスモアは感心しながら言った。

『じゃが、ついにあの妙な回復能力を封じたぞ。奴め力尽きるのも時間の問題だな』

 城門前まで来る士道はスターセイバーで閉ざされた門を切り倒し、遂にチャムリー卿の根城へと突入した。だが、安心はできない士道の行く手には蜘蛛ロボットが待ち受けていた。回復能力がない今、もうダメージを許すわけにはいかなかった。スターセイバーと鏖殺公(サンダルフォン)の光波を同時に飛ばし、遠距離から蜘蛛の破壊を試したが俊敏な動きでそれを避けると瞬く間に距離を詰められてしまう背中に回り込まれ、()られる寸前に太い氷の柱を生み出しで蜘蛛の牙から身を守った。霊力で強化された氷柱を噛んで牙が無惨に折れた所で士道は蜘蛛の胴体を縦に斬りつけ、左右泣き別れとなった。

 霊力の使い過ぎで何もダメージを負っていないにもかかわらず、士道の腕の肉が裂けて血が噴き出した。

「痛っ……!」

 出血を防ごうと手で傷口を押さえると腕の傷が塞がっていた。

「……!?」

 ――傷が……治ってる?

 琴里の再生力は発揮していない。だが、傷は治った。不思議な現象に戸惑いを隠せないが士道は先を急いだ。

『ぐぬぬぬ! 蜘蛛ロボットまでもか!』

 流石のチャムリー卿もまさか士道がここまで来るとは思ってもなかった。士道は螺旋階段を上り風の力を利用して大きく跳躍して屋根を伝う。城壁を斬り破り、士道は十香等が囚われている部屋へと辿りついた。

「みんな助けに来――」

 士道は皆の姿を見て赤面するとそっと目を逸らした。

「だーりん! 早くこの変態装置を止めて下さいぃ!」

「あははは、士道さん! わたくし、イヒヒ、もう……笑い疲れて」

 マジックハンドでくすぐられっぱなしの狂三はもう限界だ。士道は氷柱を飛ばして機械を停止させた。

「何とか……止まったか……。ごめん、みんなすぐに解放するよ」

「シドー、やっぱり来てくれたのだなすまん。私がきなこパンに目がくらんだばっかりに……ううう」

 士道は疲れていたが笑って済まし、拘束を解こうとスターセイバーを振り上げた。

「士道! 危ない!」

 琴里が叫んだ。士道は「へ?」間の抜けた声を出した時、銃声と共に胸から大量の血が吹き出し士道の手からぽろりとスターセイバーが零れ落ちた。膝から崩れ落ち士道は穴の空いた胸に手を当てたが取り留めなく流れ続ける鮮血は士道から生命力を奪って行く。

「仕留めたぞ! ディンスモア」

「チャムリー卿、そんな事をしてはせっかくの獲物が台無しですよ」

「構わん、医療技術でなんとかしてやるさ」

 チャムリー卿はライフルを肩に担ぎ士道を仕留めたと思い大喜びをしている。

 

 

 

 

 城の外ではエレンについた粘液を取り終えてスタースクリーム達はやっと任務が再開できそうな所だった。

「ったくよ、何であんな見え見えの罠に引っかかるかね~」

「罠だと思わなかったんですからしょうがないでしょ! あ~スタースクリームは卑怯な手に慣れてるからわかったんですね~」

「何ぃ! 助けてもらっておいてその口調か! もっと俺様に感謝ってものをな――」

「あなたとつるんでから私の人生設計台無しですよ! 昔は執行部長とか言われて恐れられ、尊敬されてたのに!」

「頭からっぽで体にしか栄養行ってなさそうな奴がな~にが人生設計だっつーの! どうせアイザックの腰巾着くらいにしか――」

 そこまで言いかけた所でエレンは体を強張らせながら必死で涙をこらえていた。

「うわ~ん! アイク~何で死んだんですか! 私を一人にしないでくださいよぉー!」

「ええい! 泣くなよ! 悪かったって、もう腰巾着と言わないから!」

 と、痴話喧嘩の真っ最中、チャムリー卿の城の大半が一瞬にして膨大な霊力に飲まれて消えた。

「何だ……ありゃ……。メガトロン様、大変です! チャムリーというジジイの城からいきなり大量の霊力が!」

『こちらでも確認した。精霊の反転、そうであろうエレン?』

 さっきまで泣きっ面だったエレンが一転して深刻な表情を作った。

「精霊の反転、それで間違いありません。中で何が起きたかはわかりませんが、この霊力は異常です」

 空へと一直線に放出される精霊の霊力。だがもっと恐ろしいのはこれからだ。

 空間震警報が鳴り響きエレンは空間震の範囲を測定した。

「――!? えっ……!」

「どうだ、空間震の範囲はどんなもんだ?」

「えっと……ユーラシア大陸から北アメリカまでを丸ごと……です」

「ん? よく聞こえなかったぞ」

「ですから……ユーラシア大陸から北アメリカまでをまるごと消し去るレベルです!」

「……」

 

 

 

 

 

 

 士道が撃たれた。回復力も持たない士道が、目の前のハンターに撃ち殺された。士道は動かない、目は半開きで何かを言いかけたままのように口を開けたままで血を流して倒れている。

 視界がどろどろに黒く塗りつぶされるような感覚だ。絶望の中から手を差し伸べた、最後まで見捨てなかった、大切なたった一人の兄、人生に新たな選択肢をくれた、バカみたいに優しく頼りになる心のより所。

 それを奪われたのならこの世界はもういらない。

 紫色のオーラが放出され、破壊衝動に心が染まっていく感覚だ。人も建造物も木も大地も鳥獣も全てを破壊してしまいたい。チャムリー卿の精霊への知識はとてもよく収集できたと褒めるべきだろう。唯一の誤算は精霊の反転をしらなかった事だ。

 夢から覚めたように士道はまぶたを開いた。意識を途切れさせていたのは一分もないだろう。その間に城は壊滅、二つの黒い影が残り、宙には反転した精霊、空いた胸はどういう訳か塞がっている。

『もしもし、士道くん!」

「あ、はい……」

『よかったようやく繋がりましたね。あなたがグランドブリッジで敵地に入ってからずっと連絡が取れなかったんです。それより、司令達は一体何があったんですか?』

「俺にもさっぱりです。でもなんとか止めてみせます!」

 手に力を込めてスターセイバーを出現させると士道は上を見上げた。スターセイバーにありったけのエネルギーを注ぎ込み、士道は三日月状の光波を空へと打ち上げた。光波は十香達が張る霊力の膜を切り裂いた所で消える。

「十香! 四糸乃! 狂三! 琴里! 耶倶矢! 夕弦! 美九! 七罪!」

 士道はそれぞれの名前を叫んだ。

「聞こえているか!」

 ほんの僅か、士道は霊力の弱まりを感じた。

 暗い暗い絶望の中で精霊達の胸には確かに士道の声が届いている。士道は構わず声を張り上げて名前を呼ぶ、反転してどこかへ行ってしまいそうな意識を呼び止める、そんな感覚だ。士道は心の内で戻って来いと願いながら声をかけ続けた。

 空を取り巻く紫色のオーラが少しずつだが薄れて行く。その中で邪なオーラはガラスのように割れて十香等はが目を覚まして士道の頭上に降って来た。

「シドォォォォォ!」

「ぶっ……!?」

 十香をキャッチすると同時に下敷きになり、次から次へとのしかかり士道は昼に食べた物が逆流しそうになった。

「お……重い……!」

「シドー無事か! 本当にシドーなのだな!?」

「士道さん……生きて……ます」

「無茶し過ぎよ士道! 何で折紙と真那を連れずに一人で挑むのよバカ兄!」

「だーりん、いぎででよがっだですぅ! 私ったらもう死んでしまったと死ぬほど悲しかったんですよー!」

「感動。士道が無事で夕弦は何も言うことはありません」

 どうやら全員、意識は戻った。十香達を取戻しはしてひとまずは安心して笑顔を作った。

 ただ一つ、士道は胸に手を当ててどうやって回復したのかが疑問だった。

 

 

 

 

 

 海底基地へ急いで逃げ帰ったスタースクリームとエレンには特にお咎めはなかった。チャムリー卿と接触する前に消えてなくなったのだ。それよりもメガトロンは新たな作戦を思いついた。

 精霊全員が反転した際の膨大なパワー、レーザービークが捉えた映像を見ながらメガトロンはほくそ笑んだ。



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49話 スピリットキャノン

※冒頭の変なのは伏線でもなくただのおふざけです。


「起きなさいエレンや、可愛いエレン。起きるのです」

 沈みきった意識の中でエレンは己の名を呼ぶ声を聞いた。まぶたの上から当てられる光に眩しさを覚え、ゆっくりと徐々に目を覚ます。最初はぼやけた視界だったが、その視界も鮮明になって行った。

「目が覚めましたねエレン」

 数センチ先に極めて濃い顔をした男の顔があった。太い眉毛、ゴツゴツと岩のように厳つい顔が迫り、エレンは一拍置いてから叫び声をあげた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 尻餅をつき、エレンは勢い良く後退りして男の全容を把握した。筋骨隆々、頭の頭頂は禿げて、胸毛は生えっぱなしの暑苦しい男、そして着ている衣装はバニースーツと網タイツという吐き気を催す出で立ちだった。もちろん、うさ耳と尻尾も完備だ。

「うっぷ……吐きそ……。何なんですか変態!」

 男は小指で鼻をほじりながらエレンの下へ近付いて来る。

「変態ではありません。私はあなたの、ペンドラゴンの精ですよ」

「イヤァァ! 最強のCR-ユニットの精がこんなの何て嫌ですぅぅぅ!」

 自称ペンドラゴンの精から逃げ出すエレン。

「あぁ! 待ちなさい! エレン! わかったこの正装を止める! 普段着に戻すから!」

 逃げるエレンを追いかけながらペンドラゴンの精はバニースーツからセーラー服に着替えた。

「…………。やっぱり無理です!」

「エレンや、私の話を聞きなさい! 大事な事なのです!」

 ペンドラゴンの精が呼び止めるとエレンは警戒しながらも足を止めた。ついでにやっと頭がパニックを受け入れて脳が働きだし、周りの風景が見えて来た。クレヨンで書いたようなデタラメな太陽が空に浮かび、不細工なカラスが飛び、子供の絵の中のような世界観が構築されていた。

「大事な事……とは?」

「知りたい? ならヒントあげようか?」

「答えを下さい」

 目元をピクリと動かしてエレンは苛立ちを露わにした。

「ペンドラゴンの精である私はぶっちゃけ最近、不遇な扱いとあなたの情けなさにご立腹なのです! にぱー」

「……ムカつく」

「エレン、卒業式だ。キミはペンドラゴンを卒業して人工精霊になるのだ! 今日はねキミにお別れを言いに来たんだ」

 ペンドラゴンの精は涙が落ちないように上を向いた。

「私がいなくなっても立派にやるん――」

「待ちなさい! 嫌ですよ人工精霊なんて! って言うか話を勝手に進めないで下さい! 私は人間です! 化け物には死んでもなりませんからね!」

「えぇー……」

「えぇー……。じゃないですよ、私は人類最強なんです。人間を止めてまで力はいりません!」

「良く言った! 嬉しいぞエレン! 長い付き合いだ。何でもお願いしてみろ!」

「じゃ……じゃあイチゴのショートケーキが欲しいです! ディセプティコンに入ってからまともなご飯を食べれてないんですよ! ショートケーキのエネルゴン味とかエネルゴンキューブりんご味とかロクな物がない」

 ペンドラゴンの精は脇をかきながら耳をほじる。

「買って来なさいよ」

「何でもって言ったじゃないですかー!」

「願い事が小さいよ」

「では、ビルくらいのイチゴのショートケーキが良いです!」

「夢、ありますね~」

 ペンドラゴンの精はパチンと指を鳴らしたかと思うとクレヨンで書いたような雲が浮かぶ青々とした空から本当にビルのようなイチゴのショートケーキが落ちてくるのがわかる。エレンの目の前に落下し、その壮大な存在に歓喜に震え上がる。

「こ、こんなショートケーキが……。いただきまーす!」

 エレンは幼い子供のようにはしゃぎ、人目もはばからずにショートケーキへかぶりついた。次の瞬間、ガリッという固い歯ごたえに加えて「イテッ!」とどこか聞きなれた男の声が飛んで来た。ケーキが喋った、そう最初は思ったが噛みきれないケーキをモニュモニュと咥えていると頭にコツンと鈍い痛みが走った。

「んあ……?」

 重い瞼を開けるとエレンの顔の前にはスタースクリームの顔があり、エレンの口にはわざわざ起こしに来てくれたスタースクリームの指が咥えられていたのだ。

「んぺッ! ペッ、ペッ! いきなり指を入れるなんてなんてことしてくれるんですかスタースクリーム!」

「おーまーえーがー噛みついて来たんだろうがァ! 寝ぼけてんのかトロ女!」

「寝ぼける……? あれ? ペンドラゴンの精は? 巨大なショートケーキは?」

「どうやら本当に寝ぼけているらしいなコイツ……。とりあえず招集がかかってる早くブリッジに来い」

 それだけ言い残し、スタースクリームは部屋を出て行った。

 布団も枕もないただの鉄のベッドから起きたエレンはズキズキと痛む腰をさすり、いつでも出陣出来るようにワイヤリングスーツに着替えた。ディセプティコンに入団してからまともな食事と睡眠を取れていない。たまには人間らしい食事がしたいと願いながら身支度を済ませると大きな基地のドアを開けて廊下に出た。エレンのサイズではディセプティコンの海底基地はサイズに合わない。あまりにも巨大過ぎる。トランスフォーマーが働く場なのだから大きいのは当然と言えば当然である。徒歩での移動では遅いのでエレンはペンドラゴンを展開して空中に浮かび上がると海底基地の広い廊下を駆け抜けた。途中でディセプティコンの兵士の足下や腕をすり抜け、何の障害物にも当たらずブリッジに到着した。

 ブリッジでは既にディセプティコンの幹部達が揃い、メガトロンも着いている。アーカビルはまだ来ていないようだが、後々ショックウェーブと共にブリッジに入ってきた。

 ショックウェーブとアーカビルは同じ科学者なだけあって馬が合う所がいくつかあった。それはただの科学者ではなく、マッドサイエンティストという点でも極めて似ている。作業中だったのかアーカビルの白衣にはぽつぽつと鮮やかな液体が付着している。ショックウェーブはアーカビルを肩に乗せたまま幹部達の列に並ぶと一言謝罪した。

「遅れて申し訳ありません、メガトロン様」

 ショックウェーブの少々の遅刻くらいではメガトロンは腹を立てたりはしない。ディセプティコンに必要な事を進めているのは分かっているからだ。

「構わん、では始めるとしようか」

 メガトロンの合図と共にサウンドウェーブはブリッジの大きなスクリーンに画像を映した。サウンドウェーブはスクリーンに表示するとすぐに身を引いた。

「皆、手元のしおりの一ページ目を見ろ」

 メガトロンがしおりを取り出すと幹部等もメガトロンと同じしおりを手にページをめくった。その様子を見ていたエレンは奇異な眼差しで見詰め、尻や胸、腹をさすって確かもらっていないしおりを探してみた。もちろん、見つかる筈もない。

「どしたエレン? しおり忘れたのか、俺のを見せてやるよ!」

 エレンより少し背の高い小型のトランスフォーマー、ランブルはしおりを広げてエレンが見えやすいように下げてやった。

「あ、助かります」

「お安いごようさ」

「一ページ、スピリットキャノン作戦。サウンドウェーブ、映像を」

 スピリットキャノン作戦とデカデカと書かれた画像からサウンドウェーブは映像に切り替えた。その映像は、空間震が鳴り響きチャムリー卿の城から紫色の光の柱が天に向かって一直線に昇っている。膨大なエネルギーの放出に皆が目を見開いた。やはり複数の精霊が同時に反転した際の姿は凄まじい、ユーラシア大空災を超えるだけの力が出ていたのだから当然と言えば当然だ。

「スピリットキャノン、それはこやつら精霊を捕え、そのエネルギーを利用する事。砲撃に使用する砲弾の弾薬となってもらう」

「メガトロン様、またまた突然ですね。だいたい、どうやって捕まえるんです? 町はオートボットが住み着いていますぜ? どっかの誰かさんは不意打ちでも失敗したんですよ」

 スタースクリームはショックウェーブを挑発的に一瞥したが、スタースクリームの行動などほとんど無視だ。

「レーザービーク、映像を出せ」

 メガトロンは指示を出すとスクリーンに接続されたコンソールにレーザービークがカセットに変形しながら飛び込み、また別の映像を流した。それは士道等を捉えた物で一日の行動をずっと監視していたのだ。

「ホームビデオですかい?」

「この愚か者めが。わからんか? この映像にオートボットが一度も出ていないつまり今奴らは不在なのだ」

「不在? じゃあどこへ?」

 スタースクリームの疑問に優秀なスパイ、サウンドウェーブはすぐに回答した。

「オートボットは現在、地球ノ人間トノ会談に出席シテイル」

「会談?」

「詳しい事は知らんが……トランスフォーマーの存在がバレて人間どもが慌てているのだろう」

「今更バレたんですか、案外人間の情報収集力ってのはスカスカなんですね~」

「話を戻すぞ、天宮市は今はオートボットがいない。つまり我々が付け入るチャンスは十二分! 精霊の力は警戒すべきだが、あんな力をそう何度も震える筈がない! ディセプティコン、精霊共および五河士道を捕えるのだ! 決して殺すではないぞ! それ以外は消しても構わん! ショックウェーブ、貴様は留守を頼んだぞ」

「了解しましたメガトロン様」

 しおりを畳んで胸にしまい、メガトロンは堂々とした態度で腕を突き上げた。

「ディセプティコン! 儂に続けぇ!」

 海底基地の出撃用ダクトが海面から現れるとハッチが開いてディセプティコン達が一斉に出撃した。

 

 

 

 アメリカにはオートボットは何回か来た。よく覚えているのはロックダウンのダークスパークの事件だ。あれはネバダ州で今回会談を開くのはテキサス州、各国の地理の情報はワールド・ワイド・ウェブを通じて知っているが、実際に己の目で見て確認したのとではだいぶ印象が違ってくる筈だ。大型輸送船で移動したオートボットは久しぶりに地面を踏み、そこでトランスフォームして背伸びをした。ずっと同じ姿勢で疲れてくる。

「あぁ~! 腰の可動範囲も問題なし、こんなに長い間ジッとしているのは久しぶりですね」

 ジャズは軽い運動をして身をほぐしながら言った。オプティマスも体をある程度動かしてから頷いた。

「意外と疲れるなグランドブリッジを使わないで長距離の移動は久しぶりだ」

「お疲れかい? でもね少し言いにくいのだが……まだ移動が残っているんだよ」

 車椅子に座るウッドマンはオートボットを運ぶ用の巨大なトレーラーを指した。

「ええー……また移動かよ。オレ等で走るのはダメなのか?」

 もう窮屈な場所はこりごりなスラッグを含めたダイノボットは口を尖らせて言う。

「ダメだ恐竜が走っているのを見られるのは大問題だ」

 聞き入れてもらえず渋々、ダイノボットは一際大きなトレーラーに乗り込んだ。オートボットは一人一人が違うトレーラーに乗せられると念の為に電磁ロックをされた。政府が用意したトレーラーはもてなすと言うよりも隔離する檻のような役割に近い。オートボットが全員乗り込むのを確かめるとウッドマンは時計を見た。

「この会談でオートボットの滞在が許されるよう我々も全力を注ごう」

「はい、ウッドマン卿。ですが……」

 カレンが言いかけた所でウッドマンはそっと唇に指を当てた。

「マイナスな発言は控えよう、カレン」

「申し訳ありません」

 オートボットを乗せたトレーラーが重そうにタイヤを回して動き出すのを確かめるとウッドマンは黒い服に身を固めたボディーガードに車を出すように指示をした。国の首脳はもちろん、巨大な軍事企業の代表も顔を揃える。 ウッドマンは度々跳ねる車内で身を揺られながら会談で話す内容を考えていた。

 

 

 

 僅かな草と砂利しかない薄い茶色の風景が延々と続く何も建造物が存在しない荒野に場違いな存在感を放つドームが建っていた。そのドームが今回の会談で使われる施設である。人類も顕現装置(リアライザ)という禁断のテクノロジーを手にしている。巨大なドームくらいなら一晩もあれば建設可能だ。

 オプティマスはいかに自分達の存在を認めてもらえるかを思案した。ジャズは音楽を聴いてリラックスしている。聞いているのは美九が最近出したばかりのCDだ。ワーパスは特に何も考えていない。たまに「腰が痛ぇ」と悪態をつく事が暇つぶしになっていた。アイアンハイドもオプティマスと同じような事を考えている。だが、熱くなりやすい性格の為、なるべく今は心を落ち着ける事を徹底した。パーセプターは自分の発明品や技術を披露したくてたまらなくうずうずしているが、そんな機会は来ないだろう。

 スラッグは窮屈なトレーラーに文句を言いながら時間を潰した。スワープは周りから聞こえる苛立ちの声を抑えてやり、体の大きなスラージの尻尾が頭に当たり、スナールはイライラを募らせていた。

 トレーラーが停車して電磁ロックが解除されるとトレーラーのドアが開き、まずは最初にダイノボットが出された。

 象を超える陸生生物を見たことがない首脳陣や企業連の代表は大きな金属の恐竜の登場に息を呑んだ。それと同時に一つの疑問も浮かび上がった。オートボットは車に変形するのでは? と皆が疑問符を頭の上に浮かべているとオプティマスを始め、オートボット等もトレーラーの電磁ロックを解除されて降りてきた。オプティマスが最初にトランスフォームして見せ、真の姿を露わにした。さっきまで赤いトレーラートラックだった筈なのに難しい部品の移動や変形を繰り返して鋼鉄の巨人としての首脳達の前に立った。ドームの内部で待機している重装備で固めたボディーガードは苦い顔を作った。重役を守り抜くのがボディーガードの仕事で存在理由だ。オプティマスの姿を見て思わずたじろいだり、身を引いたり、銃を構える事も忘れて茫然としてしまった。オートボットを止められる自信がボディーガード達には少しも沸いて来なかったのだ。

 オプティマスに続いて全てのオートボットが変形した。スポーツカーからロボットへ、戦車からロボットへ、顕微鏡からロボットへ、恐竜からロボットへ、多種多様の姿から一つのロボットという姿へトランスフォームする様に感心すると同時に恐怖と警戒心を煽った。

「初めまして、私はオプティマス・プライムです。オートボットの総司令官(リーダー)です」

 オプティマスは皆を代表して挨拶をすると一人の男性が席を立った。オプティマスを恐れずに手を差し伸べて握手を求めた男はアメリカの大統領だ。その証拠に大統領の紋章をつけている。ダグラス・フィリップス大統領と握手を交わしたオプティマスはサッと辺りを見渡してみるが、フィリップスのように握手を求める者は誰もいなかった。国のトップの顔と名前くらいは頭に入っている。中でもアメリカの軍事産業の柱とも言えるショーン・バーガー、そして岡峰重工の岡峰虎太郎は極めて大きな存在感を放っている。バーガーの顔はとても険しく面白くなさそうな様子でオートボットを睨んでいた。指折りの野心家でもあるバーガーはオートボットとウッドマンが協力関係にある事が自信の妨げになると考えて、鬱陶しく思っていた。

 岡峰はオートボットをただただ危ぶんでいた。裏切らない保障はどこにもない。セイバートロンの科学力とアスガルドの科学力を以てすれば一週間も経たないうちこの地球を制圧出来る。

「では、そろそろ始めましょうか」

 ウッドマンが柔和な笑みを浮かべて言い、会談は始まった。

「まずは、オートボット諸君に問いたい。キミ達は何故この地球へ? 何の目的がある」

 岡峰の質問にオプティマスは士道達にやってみせたような映像を出そうとしたが思いとどまった。

「我々の故郷セイバートロンは戦争で滅びました。我々オートボットとそしてディセプティコンという組織による永きに渡る戦争で――」

 星は機能を停止してトランスフォーマーは故郷を捨てるという決断を余儀なくされた。目的地は新天地を探し、そこで人知れずに生き延びる事だったが、この地球にオプティマス達が到着した頃には既にグリムロックが人間とある程度の関係を築いていた。

 隠す事は何もない。手の内をすべてさらけ出さなければ分かり合える日は来ない。オプティマスはそう考えていた。

「で、そのグリムロックとやらは誰だ?」

 バーガーが問うとスラッグは一歩前へ出て答えた。

「グリムロックは戦死しました。もういません」

 戦死、という事は何者かと戦い死んだ訳だ。地球のどこかで、目に見えぬディセプティコンという勢力と人知れずに戦っていたのだ。

「半年前、天宮市で大規模なディセプティコンの侵攻がありました」

 不意にウッドマンはショックウェーブが仕掛けた天宮市での攻防戦の話を持ち出した。オプティマスは付け加えるようにしてディセプティコンの説明をする。

「多くのディセプティコンが町に押し寄せ、天宮市は制圧される寸前でした。しかし今あの町が人の住む町として存在しているのは影で彼らの抵抗があったからです。私の部下に何か月もオートボットの記録を取らせていました」

 琴里が書いた報告にはオートボットのこれまでの活躍の数々が記されてある。

「彼らが町を守り、そのディセプティコンという組織から守ったのはわかった」

 ダグラスは険しい顔のまま続けた。

「オプティマス・プライム、キミ達の目的はわかった。それでディセプティコンの目的は何だね?」

「この星に眠る資源でしょう」

「資源? ではもしも我々が資源の支援をすれば彼らは帰るのか?」

「いいえ、それは考えられません」

「ならば資源以外にここに残る理由がある、そうだね?」

「そうでしょう」

「私はセイバートロンという星の文化はわからないが、司令官であるキミやキミの軍隊がここにいる以上は地球が安全になるとは思えないのだが?」

「私たちが立ち去れば地球は平和になると? それは私は正しい決断とは思えません。ディセプティコンの首領であるメガトロンは強い支配欲に支配されています。我々がいなくなれば連中は意気揚々と乗り込んで来るでしょう」

 地球の人間はディセプティコンをどういう存在かは知らない。もしもオートボットと同じような対応をしようと思うならそれは間違った考えだ。ディセプティコンが素直に話し合いに応じる可能性は極めて低いだろう。人間からすれば永遠とも感じれるような長い間戦い続けていた間柄、相手の事はよくわかる。

「フィリップス大統領、ディセプティコンを話しの通る相手とは思わない事です。先ほど言ったように不意打ちを仕掛けて町を乗っ取ろうとした連中です」

 話は進み、その間オプティマス以外のオートボットは基本的には黙りっぱなしであり、聞いているのが殆どだった。張り詰めた空気から一度解放されて少しの休憩を挟んだ。ドームを出た入り口でウッドマンは深いため息をついた。

 カレンから手渡された水を一口飲み、ペットボトルをカレンに渡す。

「気分はいかがですかウッドマン」

 オプティマスは心配するように声をかけた。

「ああ。平気だよ。なかなか話を進めるのが難しいね」

「人間は他の惑星との交流に慣れていない。警戒して当然です」

 カレンは時計を確認して休憩時間の終了が迫るとウッドマンに耳打ちをした。

「ウッドマン卿、そろそろ……」

「ああ、わかったよカレン。オプティマス、そろそろ時間だ行こうか」

「はい」

 短く返事をしてオプティマスは再びドームの中へ入り、トイレやタバコを吸いに出ていた重鎮達が席に着くのを待った。アイアンハイドはオプティマスに聞いた。

「何か他に案はあるんですか?」

「信頼関係は時間と共に刻む物だ。今日中に築けるものではない。まずは私たちが無害である証明をしなくてはならない」

「……ですね」

 

 

 

 

 数多くの勇士を破りグリムロックの試練もずいぶんと長く耐えたものだ。今が試練のどの辺りでいつ終わるのかも分からない。十三人のプライム達はただ戦い抜けと言った。グリムロックはその言葉を信じて剣と拳を振るった。何時間も何日も戦い、記憶の中は無数の戦闘の経験に埋め尽くされていた。オートボットもディセプティコンもそれぞれが何かの為に戦っている。自分の命を賭けるに値する物だ。ゲートが開く音がしてグリムロックは気を引き締めて顔を叩いた。

「ダァッー……」

 低い声で唸りながら一人の戦士はゲートを潜って入場する。赤い目をした戦士の手には早くも一本のサーベルが収まっている。ゆっくりと刃が回転するサーベルを肩に担ぎ、全身がシマシマの柄をしたボディーの戦士はグリムロックの前に立ちはだかった。生前、その戦士は人類の祖を悪の手から守るべく戦い、死を迎えた。

「よお、ドデカいの。オレの名はダイノボットだ。ダー」

「グリムロック」

 と、短く自己紹介をした。ダイノボットと言えば自身の部隊の名だが、その者は個人名として使っている。グリムロックは別段、気にする事もなく剣を構えてその戦士と挑む覚悟を決めた。

 ダイノボットもサーベルをもう一本出して逆手に握ると戦闘態勢に入る。身を深く屈めてグリムロックの懐に入り込み、腹に最初の一撃を入れるイメージを構築する。

「お前に聞きたい」

 グリムロックは戦う前の戦士に戦う理由というのを聞く事にしていた。

「何だ……?」

「何で戦ってるんだ」

 グリムロックの問いにダイノボットはいくつもの戦う理由が頭に浮かんだ。憎い破壊大帝を打倒する為で仲間の為、戦士としての誇りの為。すべて浮かんでは消えて行った。

「戦う理由なんざ、時と場合によるもんだ。ただ一つ、オレは卑劣な手は嫌いだ。正々堂々と戦わねえとその時点で戦士として死んだも同然だ」

 グリムロックは深く頷くと改めて剣を構え直した。途端にダイノボットは低空を跳び、グリムロックの足を狙って切り払った。軽く跳躍してかわしたかに見えたが、もう一方のサーベルがグリムロックの腹を突いたのだ。グリムロックの体を貫いたサーベルは唯では済まず、根本からポッキリと折れてしまっている。ダイノボットは柄だけのサーベルを捨てるとまた新たなサーベルを出して素早くそして鋭い連続攻撃を仕掛け、グリムロックは後退も防御もせずにボディーアタックを決めた。押し倒した形から先にグリムロックは姿勢を整えるとダイノボットの頭を掴んだまま壁へと投げつけた。宙を舞うダイノボットは空中で姿勢を上手く制御して壁に着地すると、壁を蹴り上げてグリムロックへロケットのような速度で猛進した。

 グリムロックは剣で叩き落とそうと縦に振りぬくとダイノボットのサーベルとかち合い、その瞬間グリムロックの剣は驚く事に砕けてしまった。武器の損失などグリムロックにすれば何の戦力ダウンにもならない、二本の嵐のような斬撃を耐えながらダイノボットの頬に渾身の一撃を見舞い、体は空中高く放り投げられた。落下の力を利用してダイノボットはサーベルを両手でしっかりと握りしめるとグリムロックの頭から股まで深く斬り付けた。

 よろめく様子を見送るのでなくダイノボットは果敢に攻めて見せた。グリムロックの半分もない小さな戦士だが心意気は合体戦士よりも大きい。低く唸り声を上げてサーベルを突出し、前へ体重を乗せる事で硬いグリムロックの肩を貫き、手首から無数のサーベルを発現させると一斉にそれを投げつけてグリムロックはそれをまともに受けた。荒々しい、ダイノボットの名に相応しい戦い方だ。戦士としても一流の気迫を放つダイノボットはグリムロックが未だに倒れずに堂々と立っている事に驚愕の気持ちを隠せない。

「タフだな。ボロボロにやられてどうして立っていられるのかはオレには分かるぜ」

 と経験者は語る。

「俺は生涯を戦いに捧げてきた。これまでもそしてこれからも。俺はあいつを守る剣、例え首が落ちても死ぬ筈がないッ!」

「そこまで吼えやがるか……!」

 ダイノボットは再びサーベルを出す。この目の前に立ちはだかる巨大な戦士を見ればはっきりとその生前の様子が見えてくる。グリムロックから放たれる気魄からダイノボットの戦士の本能が奮い立たされ、全身全霊を以て挑んでみたいという抑えがたい欲望が頭頂からつま先までを支配するような気持ちだった。ダイノボットは地を駆けてサーベルを前へ突出し、地面をえぐる脚力で飛び出した。グリムロックも待つだけでなく拳を繰り出す。

 正拳突きを受けたダイノボットは胸がえぐれている。対してグリムロックもサーベルの突きを脇下に貰い、今まで蓄積されたダメージと合わせて膝を着いた。

「強えじゃ……ないか……」

 ダイノボットはえぐれた胸を抑えて口角をつり上げた。

「あばよ……」

 ダイノボットが消える間際に笑みを見せると体は光の塵となって消えた。

 

 突き刺さったサーベルを抜いて少し休もうと座り込んだ瞬間、グリムロックの背に炎の塊がぶつけられて前のめりに倒れた。休む間もなく次の敵が闘技場へと入って来る。四足歩行、伝説上の生き物であるグリフォンを彷彿とさせるその姿は紛れもなくプレダコンだ。スカイリンクス、それにダークスティールの二人は雄叫びをあげるとビーストモードからロボットの姿へ変形した。

「へへっ……テメェもここにいやがったのか」

「満身創痍、これならやれそうだぜ」

 数々の戦いで傷を負ったグリムロックはなんとか立ち上がって見せた。

「戦士としての誇りは獣にはないのか」

「綺麗事はやめようぜ、なぁ」

「さっきまでは戦士同士の小奇麗な戦いだったかもしんねーけどよ。オレ達にゃあそんなの通用しないぜ」

 二人は下卑た笑い声をあげた。戦士としての在り方、それは数多の戦いを通じ、数多の戦士の心意気を目の当たりにして多くを学んだ。

 なら次は、次はなんであろうか。

 戦士としての面ともう一つ、転生し紛い物のビーストではなく純然たる獣の肉体と本能を得たグリムロックが次に課せられるのは野生としての戦いだ。誇りや信念も必要のない生と死というシンプルな世界観だ。

「トランスフォームしろよグリムロック、何もかもここで終わらせてやるぜ」

 スカイリンクスは変形し炎を天井へと放った。ダークスティールもスカイリンクスと同じようにトランスフォームして喉を鳴らして怪鳥のような声をあげた。グリムロックは遂にビーストモードへとトランスフォームを始めた。今までの戦いをビーストモードを使えばもっと楽に攻略出来ただろう。だが、グリムロックは使う事を躊躇った。

 スムーズにギアや部品が組み変わり、グリムロックのもう一つ顔を見せる。変形の瞬間に頭から尻尾までを溶岩を連想させる灼熱の赤色へとカラーリングが変わる。重厚な音を轟かせてティラノサウルスへと変形したグリムロックは口から火を吐き、ダークスティール達を見下ろした。

 以前のように声を発しようとするとグリムロックは雄叫びをあげてしまう。純粋なビーストロボットへ転生したグリムロックはビーストモードの際は野生が前面に押し出される。

 腹の底から漲る異常な力を制し、グリムロックはさっき腹から引き抜いたサーベルを口にくわえた。ダークスティールとスカイリンクスは二手に分かれてグリムロックを囲むと同時に炎を吐いた。業火に包まれて見えなくなり、その周りを歩いていると燃え盛る炎の中からサーベルが飛び出し、スカイリンクスの翼を貫く。

「キィィィァッ!」

 痛みで声をあげてからスカイリンクスはクチバシを巧みに使ってサーベルを抜いているとプレダコンの吐く炎をものともせずにグリムロックは業火の中から飛び出して来た。

 炎をまき散らしてスカイリンクスの視界を塞ぐとグリムロックは忽然と消え失せてしまった。スカイリンクスは左右を見渡してグリムロックを探しているとダークスティールが先に見つけ出した。

「スカイリンクス上だ!」

 ダークスティールのに反応して顔を上げた時、もう直前にはグリムロックの足が迫っていた。顔面に蹴りを貰ってからスカイリンクスの翼に食らいつくと負けじとグリムロックの尾に噛み付いた。ダークスティールも激しい巴戦に割り込んでグリムロックの首を捉えるも獰猛な雄叫びと共に暴れられ、がっちりと食いついていた二人は振りほどかれてその際にスカイリンクスの翼を食いちぎり吐き捨てた。赤色の体を更に赤く燃え上がらせてグリムロックは鋭利な牙をぎらつかせて対象を手負いのスカイリンクスに絞ると腹を空かせた獣のごとくなりふり構わず飛びついた。

 甲高い鉄が切れる音がしてゴリゴリと砕かれる低い嫌な音がする。スカイリンクスの頭をまるまる噛み砕いたグリムロックはバラバラの原型が分からない程に細かくされた金属片を吐きだした。後はダークスティールのみだと視線を移すとダークスティールの隣には無傷のスカイリンクスがいる。

 再度、噛み砕いた対象に目をやると確かに頭はなく完全に息絶えているが、それはただのプレダコンだ。スカイリンクスは攻撃される寸前でプレダコンを身代わりにして生き延びたのだ。一足飛びでコロシアムの観客席に移動すると、二人の間にもう一人のプレダコンがいる。三つの首を持つ転生前のグリムロックを凌駕する巨躯を持つ古代のプレダコン、ペイトリアーク。太古の地球で凍らせたペイトリアークと再び死後の世界で会うとは思いもしなかった。

 グリムロックの前には無数のプレダコンの大群とスカイリンクス、ダークスティールそしてペイトリアークだ。

「勝機は尽きたなグリムロック?」

 ペイトリアークの三つの首がグリムロックを見下ろし笑っている。

「まだ尽きてない。力と牙があれば俺には十分な勝機だ」

「減らず口が……」

 

 

 

 

 トランスフォーマーの存在が知れたのならもう隠す必要はない。ディセプティコンは来禅高校へ向けて侵攻を開始していた。潜める素振りも見せない攻撃的な反応をフラクシナスがすぐにキャッチした。山を越えて乗り込んでくるエネルゴン反応を見た神無月や琴里はそれがオートボットではないのは一瞬で見抜けた。

「エネルゴン反応ですね、ディセプティコンでしょうか?」

「それを知るには映像を出すしかないわ、急いで!」

 反応を指し示す地点を映像化してみると案の定、ディセプティコンが我が物顔で侵攻をしていた。悠々と空を飛びどこかへ向かっているのが分かる。こんな大勢でまさかピクニックなどではないだろう。

「どうします?」

「撃ち落としなさい、ディセプティコンにはこの天宮市からさっさとお引き取り願うわ」

「了解しました。総員、戦闘態勢です! 小うるさいハエを叩き落としなさい!」

「ラジャー!」

 光学明細で巧みに姿を消したフラクシナスをスタースクリームはいち早く索敵して天宮市へ侵攻する部隊と別れてエレンを引き連れ別行動を開始する。

「スタースクリームは我々の存在に気づいたようです!」

「全防衛火器の照準をスタースクリームへロックしなさい!」

 圧倒的対空砲火の網を掻い潜ってスタースクリームは六発のミサイルを発射して対空砲の射程外へ逃げて行く。ミサイルはフラクシナスの防御膜で十分に守り抜ける。対空砲のすべてがスタースクリームに向いている時、エレンはフラクシナスの対空砲が撃てない射角に入り込むと盾を展開し魔力槍“ロンゴミアント”で防御膜を貫きフラクシナスの外壁に穴を空けた。

「第七セクションで火災発生です!」

「ちっ……スタースクリームめ自分を囮に使うなんて……。らしくない」

 琴里が舌打ちをして次なる手を考えている隙にスタースクリームは対空砲を避けつつ機銃で的確に破壊して回っていた。

「鈍い艦ほど落としやすいものはないぜ!」

 ブリッジを探し当て、ミサイルを発射した。白い煙を残して一直線に飛んでいくミサイルは空中で謎の爆発をして無くなった。

「な……何だぁ?」

《ミッション開始》

 無機質な声がスタースクリームとエレンに聞こえた。

《目標:スタースクリーム及びエレン・メイザース》

 オートボットの守護神オメガスプリームは自分の部屋に籠っていたが、騒ぎを聞きつけて起き上がったのだ。

「お……オメガスプリーム……!?」

 スタースクリームは迷わず、我先にと逃げ出した。分が悪いどころではないスパークの欠片も残さず消滅させらるのが目に見えている。エレンもフラクシナスの外壁を破壊して乗り込もうとした矢先、最大にして最強の怨敵を目の前に歯を食いしばり、心底悔しそうな顔を作ると急いで撤退を始めた。

《覚悟しろ:逃がしはしない》

 戦闘モードに入ったオメガスプリームはもう止まらない。

「オメガスプリーム! お願い、ディセプティコンを止めて! 今はあなたしか頼れないの!」

 琴里の頼みを快く引き受け、オメガスプリームの目はメガトロン率いる部隊を正確に補足した。

《了解:ディセプティコンを壊滅させる》

 山のような巨体が歩き出したかと思うと突如遥か空の向こうから一発のレーザー砲がオメガスプリームの胴体を射抜いた。

《腕部損傷:索敵開始》

 高性能なレーダーで不意打ちを仕掛けてきた者を探すがもはやレーダーなど必要ない。トリプティコンが背面をスラスターを吹かしながらゆっくりと降りてきた。オメガスプリームと比肩する体格の恐竜型のトランスフォーマーはビルのような尾を振ってオメガスプリームをなぎ倒した。

「トリプティコン、お前を粉砕する!」

《目標変更:抹殺対象、トリプティコン》

 

 

 

 

 

 ディセプティコンの魔の手が伸びている事も知らずに十香達は呑気に出来たてのたい焼きを頬張りながら家路を行く。

「うむ! たい焼きとやらはうまいなシドー、きなこパンの次に好きだぞ!」

「気に入ってくれてよかったよ。耶倶矢、夕弦も美味いか?」

「我を唸らせるとはこのたい、なかなかやりよるわい」

「同調。とても美味しいです。人間の世界はまだまだ美味に満ちています」

「大げさだな~ホント」

「楽しい楽しい帰宅中悪いなお若いの」

 空から機械の巨人が降って来てアスファルトの地面がえぐられる衝撃で四人はひっくり返った。メガトロンとそれにコンバッティコンが士道達の前に立ちはだかり、立ち上がる前にボルテックスの衝撃波アタックで更に吹き飛ばす。電信柱やブロック塀に身を叩きつけられて意識が朦朧とする四人をオンスロートは持ってきた強化ガラスケースに十香と耶倶矢と夕弦を詰め込み、士道だけは別のケースに押し込んだ。

「まずは三人ですね、残りはどうします? オートボットがいない今なら奇襲を仕掛けて――」

「儂にいい考えがある」

 メガトロンは士道が入ったガラスケースを掲げるように持ち上げる。そしてフラクシナスへ通信を繋いだ。何度かのコールの後に空中に投影された映像に琴里の顔が出てくるとメガトロンはこれ見よがしに士道の入ったガラスケースを見せつけた。

「ごきげんよう若い司令官、このガラスケースに入ったコイツが誰かはもちろん分かるな?」

 琴里は平静を装ってはいたが、士道がここまで早くに捕えられたと知って内心焦りもあった。

『で、何のようかしら?』

「よせよせ、実の兄が捕えられて平常心でいるのは不可能だ。我々の要求はただ一つ、精霊をこちらによこせ」

『精霊ですって? メガトロン、あんた達はエネルゴンが目的でしょ? それがどうしていきなり精霊なのよ?』

「話す必要はない。さあ、どうする? オートボットに助けを呼んでも無駄だ。サウンドウェーブが常に見張っているぞ。断るのなら力づくでやるだけだ。コイツの学校の友を目の前で殺し、貴様の友を殺す。女も子供も関係ない、救えた筈の命として小僧の頭に刻み込んでやる。さあ、選択するのだ」

『時間を考える時間をちょうだい』

「ならんな。時間をかけて作戦を考える気だろうが我々に情けなどありはしない。貴様の決断が多くを救い、多くを死なせる。決断しろ、いますぐに」

 

 

 

 

 天宮市にはロケットの打ち上げ施設はない。あらゆる物が揃う町でも流石に大規模な実験施設は設立されなかったのだ。町を囲う山から一隻の船がロケットのように垂直に飛び立って空を、宇宙を目指して飛んで行く。町からディセプティコンがいなくなると同時に特設マンションに住む住人達も天宮市から消えてなくなった。 

 

 

 

 本日の会談が終わったのは夜も更けて来た頃だった。またトレーラーの中で明日まで居心地の悪い思いをするのかと考えるだけでワーパスは文句を言った。アイアンハイドはしょうがないと、言って収めてトラックへ変形するとどこかと通信をするオプティマスの姿が映った。奇妙だと思いアイアンハイドはトラックから再びロボットへ変形し、立ち上がるとオプティマスに声をかけた。

「どうしましたオプティマス?」

「アイアンハイド、すまないしばらく指揮をきみに預ける。私は行かなくてはならない」

「何かあったんですか?」

 慌ただしい雰囲気を感じ取って他の者も集まって来る。オプティマスは神無月から天宮市で起きた事を話した。

「メガトロンが私たちの留守を狙って襲ってきた。精霊達と士道をさらってそのまま宇宙へ飛んで行ったらしい」

「何ですって!?」

 パーセプターはヒューズがぶっ飛ぶくらいの勢いで驚く。

「すぐに救出に行きましょう! オメガスプリームを使って!」と、ジャズ。

「残念だがオメガスプリームには補給がいる。ジェットファイアー、きみが私を運びトリプティコンまで近づき、救出作戦を行う」

「無茶ですよ! トリプティコンの対空砲に落とされて終わりです!」

「それしか方法はない。ロックダウンから奪った船では余計に的になる。懐に入るそれだけで良い、あとは私がやる」

 戦艦と大軍相手に二人で突っ込む、そんな無謀な事が出来るのはオプティマスしかいない。止めて止まるような性格ではない、ジェットファイアーは了承してオプティマスをケーブルで繋いだ。

「すぐ戻る、ウッドマン卿にはそう伝えてくれ」

「わかりました」

 ジェットファイアーに括り付けられたオプティマスはゆっくりと浮上して行き、一定の高さに入るとブースターから青い炎を吹き土煙と爆音を残して飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

 戦艦ともう一つトリプティコンには本来のもう一つの姿である軌道レーザーキャノンの姿がある。かつてはその姿で軌道上からの砲撃でオートボットの領地を焼野原にした。さて、メガトロン考案のスピリットキャノンとは反転した精霊のエネルギーを一つに凝縮して弾を作り上げ、砲弾にして発射するという物。その為にはトリプティコンの軌道レーザーの形態はこれ以上ないくらいに打って付けであった。トリプティコンがその反動に耐えるべくメガトロンは海底基地を呼び寄せ、トリプティコンとドッキングが終了した所だ。

 あとは上手く精霊達が反転してくれるだけで地球は消し飛ぶ、その際に発生するエネルギーを回収すればセイバートロンの復興はもちろん、かつて華やかしい黄金時代の時のように栄えるまで生き返らせる事が出来るのだ。メガトロンの計算では。

 精霊達はカプセルのような入れ物に閉じ込められている。それは効率よく霊力をかき集める機械で、ショックウェーブが作った物だ。大きな広間にはそのカプセルが扇状に並んでおり、カプセルの上に太いケーブルが天井に向かって伸びて一本に集約されている。部屋の中央には士道が鉄のベッドに横たわり、手足を固く拘束されていた。

 ドアが自動的に開くとメガトロンが入って来る。すると真っ先に琴里が叫んだ。

「この卑怯者! 士道まで誘拐して!」

「この儂がいつ見逃すと言ったのかね? 命の保障をしているだけありがたいと思うんだな。ショックウェーブ、任せたぞ」

「了解しましたメガトロン様」

 ショックウェーブはカプセルの横にあるレバーを一つずつ下して行くと内部では鉄のヘルメットが少女達の頭に被せられた。

「何をするつもだショックウェーブ! そいつらに変な事をしたら容赦しないぞ!」

「キミは私に対してかなり怒っていたね。鳶一折紙の改造の件、ダイノボットの件、そして今回だ。黙って見ているのだキミに出来る事は少ない」

 レバーを下してから次に何個もあるボタンを押していく。静かなカプセルの周りの機械が起動してやかましく駆動音を鳴らした。何をするのか分からない機械の駆動音が恐怖心を煽る。

「これから諸君の楽しかった事、五河士道の事、嬉しかった事の記憶を消去する。気持ちに絶望だけが残れば嫌でも反転するだろう」

 ショックウェーブの言葉に一同の顔面は蒼白に変わった。この数か月という短い期間で精霊達の心情は大きく変わっている。戦いしか知らない十香は温かさを知り、四糸乃は他者から向けられる優しさを知った。耶倶矢と夕弦は二人が幸せに過ごす選択が出来た。美九は閉ざされた心に光が差し込んだ。七罪は必要とされる喜びを知り、狂三は士道という一人に人間に惹かれる。

 それらの記憶が全て消える。

「い、嫌だ……シドーとの思いでが消えるなんて嫌だ!」

「ならばカプセルを破壊すると良い、反転した力があれば破壊可能だ」

 これはショックウェーブの真っ赤な嘘。反転しても壊れないように設計されている。ショックウェーブは記憶の消去を始めるレバーを掴んだ。

 

 

 

 

 トリプティコンを軌道上で発見するのはさして難しくはない。あの巨体だ見失う方が難しい。オプティマスとジェットファイアーがトリプティコンを見つけた瞬間、やはりレーザー砲を撃って来た。ジェットファイアーが回避行動を取るとケーブルに繋がったオプティマスの存在までを計算には入れておらず被弾した。

「ホォッ!?」

「すいませんオプティマス、ちゃんと回避します!」

「ホアッ! オォッ! ほああああああ!」

 やはり誰かをぶら下げての戦闘は慣れていないジェットファイアーは敵の弾にオプティマスを悉く命中させていた。

「もういい! 私を下せ!」

「はい、では私はあの子達の救出に向かいます!」

 オプティマスは腕からエネルゴンのソードを伸ばしてケーブルを斬ると甲板に着地した。そこではメガトロンにコンバッティコンとスタースクリームが待ち受けていた。

「単身向かって来るとはバカなや――」

「邪魔だぁ!」

 オンスロートの言葉を遮ってオプティマスの怒りの鉄拳が顔面にめり込んだ。跳躍してから体を回転させて蹴りを放ちスィンドルの首を狙い、力任せに倒した。標的を定めようとする瞬間にフュージョンカノン砲の砲弾が眼前まで迫っている。腕を変形させてパスブラスターの弾丸で砲弾を四散させ、掴みかかってきたスタースクリームを盾に銃を連射する。コンバッティコンは遠慮なく火器を撃ち、その殆どがスタースクリームに被弾していた。

「よせ! 俺は味方だ!」

 盾として役割を終えたスタースクリームの顔面を蹴り、前方へ飛ぶと甲板の上をローリングしてメガトロンとの距離を詰めた。下からのアッパーとボディブローがメガトロンに決まり、倒れる間もなく顔面に頭突きを入れた。

「くたばれ時代遅れのロボットが! 私の手でスクラップにしてくれる!」

「スクラップになるのは貴様だ!」

 メガトロンは殴り返し、パンチを受け止めると背負い投げでメガトロンを地面に叩きつけた。

「おのれぇ……! ショックウェーブ! スピリットキャノンはまだか!?」

『ご安心ください、メガトロン様。スピリットキャノンはもう少しです』

「スピリットキャノン!? 何だそれは!」

 オプティマスは両手を組んでメガトロンの頭に叩き落とす。昏倒しそうな衝撃だがなんとか持ちこたえた。

「精霊の霊力を使った大砲だ。もう貴様には止められん。お仲間と今生の別れだ! そしてオプティマス、貴様はここで死ぬ!」

 メガトロンを守るようにブルーティカスが立ちはだかる。オプティマスは視線をトリプティコンの砲口へ向けるとエネルギーの充填は既に始まっているのがわかった。

「勝ち目はないオプティマス」

 ブルーティカスはオプティマスが立っている地点を殴りつける。爆発のような衝撃が甲板を走り抜け、オプティマスはトラックに変形してブルーティカスの股の間を通り抜けると逆変形してブルーティカスの背中にある三つのボタンを打ち抜いた。すると泰然と構える巨人は意図も簡単に転倒してしまった。

「戦いは大きさではない!」

 

 

 

 

 精霊達がショックウェーブから記憶を守る手段はカプセルを破壊することにあった。だがカプセルは易々と壊れはしない。効率よく連中が反転の準備をしてくれてショックウェーブは助かっている。ショックウェーブの言葉の通りに破壊しようと必死にもがき、最初に十香が紫色のエネルギーを発し始めた。

「十香! おい、自分を見失うな! ショックウェーブ、いつかお前の目に剣を突き刺してやるからな!」

「出来るならばな」

 次に反転したのは美九だ、そして琴里と次々に紫色のエネルギーにカプセル内が満たされていく。チャムリー卿の屋敷で起きた事と全く同じだ。

 その時である!

 自動ドアを破壊してジェットファイアーが突入して来た。

「パーティーにお邪魔するよ。生憎招待状は持っていないがね」

 招待状の代わりにショックウェーブへレーザーライフルを突きだしてやり、ショックウェーブはレバーから手を放す。左腕のキャノン砲で反撃しつつショックウェーブはプレダキングを呼んだ。

 ジェットファイアーは士道を縛る拘束具をレーザーライフルの精密射撃で壊してやり、カプセルを制御しているコンピューターに向けて最大出力でレーザーをぶち込んだ。

 

 制御装置が壊れてカプセルが開いた。

「みんな!」

 ぐったりとした精霊達を案じて士道が駆け寄った。

「早く逃げなさい! プレダキングが来る前に!」

「制御装置を破壊されたのは誤算だが、もう遅い。エネルギーの充填は完了した」

「何だって!?」

 

 

 

 

 メガトロンとの激しく交戦するオプティマスは砲口を見てもう時間がない事を察していた。

「地球は吹き飛ぶ、そのエネルギーとあの人間のガキを使ってセイバートロンは甦るのだ」

「人間の? 士道の事か?」

「あの小僧からプライマスの意識を引き剥がすだけだ。後はどうなるかは知らんがな」

 光弾を避けるとオプティマスは膝でメガトロンの腹を蹴り上げた。

「何を企んでいる!? 答えろ!」

「フハハ! 知る必要はない。ショックウェーブ、発射しろ! プライムに絶望を叩きこめ!」

「いかん……!」

 オプティマスはメガトロンを投げ飛ばし、甲板を飛び出した。地球だけはプライムの名にかけて守り抜かなくはならない。第二の故郷、友の住処を。オプティマスは両手を広げてトリプティコンの砲口の前に立つと胸を開いた。そこにはマトリクスの輝きがある。

 ――我が魂なるスパークよ、精霊達の力を押しとどめよ!

 オプティマスを光が包み込む。眩しい太陽のような光だった。もう止められないスピリットキャノンはありったけ溜めこまれた力を一気に解放した。目標地球、その間にはオプティマスがいた。精霊の荒れ狂う力をその身に受けてオプティマスは徐々に押される。

「愚か者、このまま塵に還るが良い!」

 ――止まれ! スパークよマトリクスよ魂よ!

 トリプティコンから一直線に地球に向けて撃たれた霊力の本流は押し戻されトリプティコンの前で大爆発を引き起こした。

『メガトロン様、わが軍ハとてつもない被害を受けマシタ。撤退ヲ』

「くっ……オプティマスめ……! バカ者が!」

 甚大な被害を被ったディセプティコン。スピリットキャノンの破壊は大きな戦果と言えたが、オートボットはそれ以上の物を失った。

 

 

 

 

 精霊達を士道に託してスペースブリッジまで保護した。ジェットファイアーは妙な胸騒ぎがしていた。ディセプティコンが撤退した宇宙空間でオプティマスを探していたのだ。通信を試みたが何故かつながらない。通信を受けないのではなく接続もされない。そもそも通信先が存在しないのだ。

 宇宙空間を当て所なく漂う何かをジェットファイアーが見つけた時、言葉は出て来なかった。黒く変色したオプティマスは人型を保っている。

「オプティマス!」

 ジェットファイアーが抱きかかえようとすると目の前でオプティマスは塵となって消えた。

「オプティマス……バカな……くそぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 その夜、地球の空に無数の流れ星が確認された。それが何で誰なのかを知った時、オートボットには怒り、それだけしか沸いて来なかった。



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50話 One shall stand, one shall fall PART1

 オプティマス・プライムはかつてはただの記録官だった。記憶の始まりはまだ戦争さえ起らない程の昔。セイバートロンの歴史とは戦争の歴史とさえ言われる程に永きに渡ってオートボットとディセプティコンで戦って来ている。戦争が起きるセイバートロンの黄金期、そこには先人達が作り上げた美しいクリスタルの町や金に光る道、精巧な偉人達の像がいくつも並んでいた。自分たちを称えるモニュメントもいくつかあった。戦い方はもちろん、戦争という物は創作物の中にしか存在しない物だとこの時は多くのオートボットが思っていただろう。

 オプティマスもその一人だった。熱意と正義感に満ち溢れた若者だった。疑うよりも先に信じる事が多く、困っている者、悲しむ者を放ってはおけない心優しい性格だった。記録員になったのは歴史に興味があったからである。偉大な者は皆、過去から学ぶ。ならば最初の者はいったいどうしたのだろう? 初めて事を成し遂げた者は何から学んだのだろう? オプティマスは常々そういった考えにふける事が度々あった。いくら勘考しても答えは出ない、歴史書にはオプティマスが求める回答はなかった。

 回答のない回答を探す、それが回答なのかもしれない。一日、何があったのかを歩いて回り記録を取りそれを補完する。それが記録員の仕事だ。そんな仕事をしている所為かある時妙な噂を聞いた。セイバートロンのどこかで邪悪な反動勢力が動いていると。噂は所詮は噂に過ぎないとオプティマスは気にかけなかった。

 だが日を追ううちに噂の数や内容も濃くなっていった。

 噂はやがて事実へと変わる。

 オプティマスが住まう領土に何者かが武装をして現れたのだ。何の宣告もなくその銀色のトランスフォーマーは遠慮も容赦もなく自慢のカノン砲を撃ってモニュメントを吹き飛ばして住民の何人かを瓦礫に沈めた。メガトロンというトランスフォーマー、オプティマスはその名を聞いたのは初めてで無名のトランスフォーマーが反動勢力を組織し、彼に付き従う兵士がセイバートロンの各地を襲っては略奪と支配を繰り返していた。オプティマスは話し合いを求めたがメガトロンのカノン砲に倒れた。

 黙って支配を受け入れる程、セイバートロンの住人は穏やかではない。正義と平和を愛する者はゼータプライムの下に集結しメガトロンの率いるディセプティコンとの壮絶なる大戦が始まったのだ。それがセイバートロン崩壊の始まりでもあった。

 オプティマスはゼータプライムに救われ、オートボットに入団を決意した。ただ早く戦争を終わらせて元の平和なセイバートロンを取り戻したかった。燃え上がる熱意は誰よりも熱く、強い。だが戦争はそんな情熱を忘れさせてくれる。

 オプティマスが一人前の戦士になった頃、まだ士道等生まれる前どころの話ではない。まだ地球に生物が誕生した時期だ。オプティマスの正義感は衰えてはいないが戦争を終結させるという思いはなくなり、心の奥底で戦いを渇望する気持ちが見え隠れし、対照的に早く戦争を終わらせたいという気持ちも存在した。

 戦争と破壊がメモリーバンクを埋め尽くす。果てしなく続く戦争の中でも死にたいとは思わなかった。きっといずれは生きていれば終わりが来ると信じていたからだ。

 ――オプティマス。

 何者かが呼んでいる。懐かしい声だ。オプティマスの師であり先代の指導者の声がする。頭にダイレクトに響く声にオプティマスは視覚センサーをオンラインにして視界に映った光の肖像を目視した。光を纏った肖像から一人の男性が出て来る。ゼータプライムだ。先代プライム、オプティマスが尊敬する者だ。

「オプティマス、さあ来なさい。お前は地球を救った英雄だ。オールスパークの泉へ還るのだ」

 ゼータプライムは手を差し伸べてオプティマスは自然と腕を持ち上げてゼータプライムの手を取りそうになる。だけども直前でオプティマスは手を引いた。

「私はまだ……還れません……。オールスパークの泉に行くに値しません」

「あるとも、お前は地球の無数の命を守ったのだから」

 そうかもしれない、だが――。

「今は守りました。ですがディセプティコンはまだ地球を狙っています」

 安らぎは目の前、手を伸ばせば手に入るのだ。オプティマスは安らぎより、背後に残る戦地を取ろうとしていた。

「私にはやる事があります」

「戦場へ戻りたいと言うのだな?」

 ゼータプライムは険しい顔を作った。共に平穏を分かち合おうと言うのに愛弟子は戦場へ帰りたいと願うからだ。

「仲間が待っています。地球の子等もです。彼等を放って私は安らぎの地へは行けない」

 手を伸ばしていたゼータプライムは腕を下ろした。

「死んだ者は蘇らない。オプティマス、こっちへ来るんだ」

「何か、何か方法はあるはずです」

「いい加減にしろオプティマス、死んだ者はオールスパークの泉へ還るのだ」

 オプティマスはゼータプライムの肩を掴み否とは言わせぬただらぬ気迫をたぎらせて言った。

「ゼータプライム、知っている事があれば教えて下さい! 私達の戦争の犠牲者に地球の人を入れたくない」

 ゼータプライムは目を逸らさずにオプティマスの目を見た。そしてオプティマスの手を肩から離すと二人の間に少し距離が生まれた。次の瞬間、雲も空も存在しない上空から一本の剣が落ちて地に突き刺さった。二人の間に落ちて来た剣をゼータプライムは指し示す。

「マトリクスセイバー、剣を取れオプティマス」

 ゼータプライムに言われた通りに剣を手に取った。マトリクスセイバーはプライムにしか扱えぬ武器、オプティマスはそれを軽々と持ち上げて見せた。

 オプティマスの発言には全て魂がこもっている。偽りのない言葉と断言出来よう。だがゼータプライムは今からやる方法は酷く気が進まなかった。

「マトリクスセイバーをどうするのです」

「オプティマス、ここで腹を切れ」

 ゼータプライムが発した一言にオプティマスは耳を疑った。

「今、なんと?」

「腹を切るのだ。死と決別せよ、さすればお前の魂は再び元に帰る」

 オプティマスは躊躇いもなくマトリクスセイバーを坂手に持った。

「ただし、生き返ったら最後、もしも次に死ねばオプティマス、お前の存在は消滅する」

 ゼータプライムが付け加えた一言にオプティマスの手は止まった。

「よく考えるんだ。次に死ねば、お前の存在は記憶から完全に消える。お前はいなかった存在となる。オールスパークの泉へも還れない」

 出来るならオプティマスにはここで踏みとどまって欲しいと思うゼータプライムだった。

「わかりました……!」

 と、発したかと思うと済んだ顔でマトリクスセイバーを己の腹へと突き刺した。

「オプティマス!?」

 ゼータプライムの忠告を聞いてからでもオプティマスに迷いはない。胸据わって突き進むのみだ。マトリクスセイバーを腹に突き刺したオプティマスはそこから力を入れて思い切り自分の腹をかっさばいた。ゼータプライムは立ち尽くし、弟子の体が爪先から徐々に粒子となって消えて行くのを見ているしかなかった。

「さようならゼータプライム」

「さらばオプティマス・プライム」

 感傷に浸る間もなくオプティマスはゼータプライムの前から消えてなくなり生の世界へ送還される。ゼータプライムは消えて行ったオプティマスの事を考え上を見上げた。

「プライム、その称号は奴にこそ相応しい」

 

 

 

 

 ジェットファイアーに救出された士道達はスペースブリッジを開いてあとはスペースブリッジを通って逃げるだけの筈だった。反転を使おうとした反動の所為か精霊達は皆、歩く体力が殆ど残っていなかった。士道はスペースブリッジの向こうに十香達を送り、自分もスペースブリッジへ逃げ込んでなんとか脱出に成功したのだ。

 士道が死なず、皆が死なず良かったと心の底から安心した。全員に怪我がないかと体の状態を確かめて再度安堵した矢先、ジェットファイアーから信じらんない、いや、信じたくない事実が耳に飛び込んで来た。オプティマスの死、それを聞いて士道達は耳を疑い、ジェットファイアーにもう一度聞き返す。

 けれど回答の内容は変わらない。

 ジェットファイアーはオプティマスの死をオートボットにも伝えると先に悲しみという感情よりも怒りという感情が吹き上がった。

「ジェットファイアー、本当にオプティマスは死んだの?」

『間違いない。オプティマスは……もう』

 ジェットファイアーは涙を飲んだように声を絞り出した。士道はギリッと強く噛み締め、握り拳を作った。見渡せば皆、俯いた状態で手を握り締めて震えている。こらえている様が士道に取って胸を貫かれるように痛むのだ。

『士道、私はひとまず地球に帰還する。まだサミットは終わっていないからね』

「はい、オートボットを頼みます」

『キミもあの子達を頼んだよ』

 通信が切れると次にインカムから別の通信が入って来た。

『私だ』

 発信者は令音だ。

『彼女達の救出は出来たのだろう? ならば早くに回復させる必要がある。反転の反動で思った以上衰弱している』

「わかりました。フラクシナスへ送ります」

『頼んだよ。こちらからもクルーを向かわせる』

 令音と連絡を取り終えて士道は少女達をグランドブリッジでフラクシナスに送って行った。クルー達が手伝ってくれたのもあって精霊達をスムーズに運ぶ事が出来た。一段落して士道は休憩室のベンチに腰掛けると何者かから缶コーヒーを差し出された。

「ありがとうございます」

 お礼を言って顔を上げると令音が立っていた。

「キミも疲れただろう?」

「ええ、ちょっと……」

 士道は実際、疲れてなどいなかった。いや、疲れたと感じなくなっていた。

「シン、最近体でおかしな所はないかい?」

「はい……大丈夫です」

「本当に?」

「ええ……」

 令音は士道の隣に腰掛けた。

「単刀直入に聞かせてもらうよ。シン、キミは本当に人間で良いのかい?」

「言っている意味が分かりません。俺は正真正銘、人間ですよ」

 士道は語気を荒くして言い放つと令音は士道の頭を撫でてなだめる。そうしてから腕を引っ張り令音は隠し持っていたナイフで士道の腕を突き刺し、そこから深く肉を裂いた。

「ァッ……!?」

 痛みで眉間にシワを寄せて険しい表情を作った。令音の顔を睨むが令音の注意は士道の傷口に行っていた。

「見たまえ」

 令音に促され、腕の傷口を覗くと深い切り傷はまばたきをした後には治っている。さっきまで傷があった個所をなぞるが全く痛くない。

「琴里の再生能力でしょ?」

「いや、琴里の力ならまず炎が発生して傷を癒やす。それにしてもおかしい。再生の速度が異常だ。狂三のように時間を戻したわけでもない」

 さっきの士道の再生能力は琴里のとは桁違いだ。琴里の能力が発動する前に再生した。

「それに報告によればキミはチャムリー卿の屋敷で殆どの精霊の力を失い、再生能力もない状態でチャムリー卿に急所を撃たれて再生したね?」

「それは……」

 押し黙る士道に令音は決定的な証拠を突き付けた。

「キミはラタトスクや精霊、そしてトランスフォーマーと出会った頃に体から微弱なエネルゴン反応があると言ったね?」

「はい……でもそれは俺の体にプライマスの意識が宿っているからって……」

「そうだよ。でも、ここ数日は変だ。キミから出るエネルゴン反応はトランスフォーマーと遜色ないレベルだ。シン、何か心当たりはないかい?」

 令音に問われたが士道には心当たりが全くなかった。プライマスが精霊を封じ込め、士道自身は単なる器に過ぎないと今まで思っていた。プライマスの意識がなければただの人間だと。

「ありません。心当たりは一つもありません」

「そうか……」

 令音は席を立ってから休憩室を後にした。一人残された士道はプライマスに声をかけた。

「プライマス……」

 士道が呼んだがプライマスには反応がなかった。

「プライマス、聞こえてるんだろ?」

 もう一度呼んでみるもやはりプライマスからの応答はない。いくら呼んでも返事をしないのであればしょうがない。士道は諦めて手に霊力を集めると小さな炎や氷、風を呼び出して今の状態に異常はないかを確かめた。

 力に異常はない。

 ただ異常なまでの回復力を得た。死ににくいのは結構だが力の正体が分からないのは不気味で仕方がない。士道は休憩室を飛び出して医務室でみんなが眠っているのを確かめてフラクシナスでオメガスプリームの寝床へ転送してもらった。

 “オートボットの守護神”や“賢神”と渾名されるオメガスプリームはオプティマスやゼータプライムよりも昔からセイバートロンにいた。オメガスプリームならば何か答えもしくはヒントを知っているかもしれない。士道はそう考えたのだ。

 ミサイルも容易に弾き返す重厚なゲートをくぐってから長いエレベーターを数分もかけて降りると椅子に腰掛けて背もたれに身を預けてくつろぐオメガスプリームの姿があった。

「オメガスプリーム!」

「どうしました五河士道?」

「今聞けるのはあなたしかいない。だから俺の質問に答えてくれ!」

「わかりました。何です? 私の知識が手助けになれば良いですが……」

「オメガスプリーム、俺は本当に人間なのか? 俺の体で常に何か変化を繰り返しているんだ。こんな俺は本当に人間か?」

 士道の必死の思いで叫ぶ姿にオメガスプリームは目から光を投射してたちまち体をスキャンしてしまう。士道の体のデータを詳しく解析してオメガスプリームは入って来る膨大なデータを読み取った。

 しばらくの間、二人に長い沈黙があり士道は気まずさを感じていた。

「オメガスプリーム?」

 話しかけはしたが反応はなく目を青く光らせてただ山のごとく立ち尽くしてデータの解析に当たっていた。オメガスプリームの答えをただじっと士道は待っった、どんな回答でも受け入れる覚悟はあった。

 しばらくの沈黙の後にオメガスプリームはようやく動き出した。

「解析が済みました。まずは五河士道の健康状態は良好です」

「あ、はあ……どうも」

「体には何も異常は見られません。ですが……五河士道、あなたにとって辛い話を私はしなくてはならない。それでも聞きますか?」

 どうやら士道の睨んだ通り、穏やかな状況ではないらしい。固唾を飲んで汗だくの手のひらをズボンで拭いてから意を決して頷いた。

「そうですか、わかりました。ではお話しましょう」

 一拍置いてからオメガスプリームは話を始めた。

「かつてゼータプライムはあなたにプライマスの意識を移した。それは当然ご存知ですね。ゼータプライムがどうしてこうした事をしたかは私は知りません。どうしてこうなってしまったのかも」

「オメガスプリーム、もったいぶらないで教えてくれよ。俺に何が起こっているんだ」

「あなたの中にキラキラと圧倒的な光を放つ存在がかつてありました。ですが、今は存在しない。プライマスはあなたの中にいた、ですが今はもう違います。プライマスはあなたの中に眠るのではなく、あなたと融合したと言っても構わないでしょう」

「融合だって!?」

 士道は声を大きくして驚いた。五河士道は五河士道であって五河士道ではない。プライマスであってプライマスでもない。

「何で融合なんかしてるんだよ! プライマスは俺の中に宿っていただけだろ?」

「その筈です。ですが事態は急変しました。私が初めてあなたと会った時はこんな事にはなってはいなかった。五河士道、気をつけて下さい。ディセプティコンはあなたを狙っているのは確かです。いつ仕掛けてくるかもわかりません」

「……わかった。気を付けるよ」

 オメガスプリームがわからないのであれば他のオートボットも分からないであろう。士道は疑問を募らせながら自宅へと戻った。自宅へ帰るとリビングには折紙と真那がソファに座っており、士道の顔を見るなり真那が叫んだ。

「捕まえろー!」

 自分よりも小さな少女だが軍隊にいた為、かくも容易に組み伏せられて両腕を縛り上げられた。そしてソファに乱暴に放り投げられる。

「目標の保護を確認」

「保護!? これじゃあ捕獲だろ!」

「兄様!」

 ビシッと指をさされて士道は黙り込む。

「最近の兄様は明らかに命を大事にしてねーです。死んでもおかしいような事の連続ばかり、いくら十香さん達が大切であっても自分を労わって下さい!」

 実の妹として士道の行動を見ていると危なっかしくて心配だらけだ。士道がいくら再生能力で死ににくいと言っても軍人でもない一般人というのは忘れてはならない。

「士道、ディセプティコンからあなたを守れなかったのは私の監視不足の所為、だからこれから二四時間態勢であなたを見張る。体の隅々まで」

「目が怖いぞ折紙……!」

 ギラギラと餌を目の前にした肉食獣のような目で士道を見ている。

「大丈夫ですよ兄様! オートボットが戻るまでは私たちががっちり警護しやがります! ネズミ一匹逃しません!」

「士道、警護は常に一緒でなくはダメ。だからお風呂とトイレを一緒に行く許可を求める」

「却下だ!」

「あなたは拒否できる立場にない」

「許可を求めておいてそれかよ! つーか早く縄を解いてくれよ」

「それは出来ない相談ですね~。こちとらチャムリーの爺や先日の兄様の誘拐事件で凄くハラハラしたんですから。少なくとも数日は大人しくしてもらいますからね!」

 折紙はキッチンへ入ると小さな鍋をコンロの上に乗せて怪しげな薬品を混ぜ込んでグツグツと煮込み始めた。

「おり、折紙さん? な、何をしているのですか?」

「気にしないで。士道の為」

 真那に目線を移せばテーブルに多数の銃器を並べてそられの点検をしている。

「おーい、真那?」

「どうしやがりましたか? ああ、この辺の武器は気にしねーで下さい。女の子のアクセサリーだと思って」

「アクセサリーにしては物騒すぎー!」

 団欒で盛り上がるリビングはいつしか殺気と邪念がうずまく魔窟と化していた。

 

 

 

 

 スピリットキャノン計画は失敗に終わったが、オプティマスを倒せたのは大きな収穫だ。オートボットはリーダーさえいなければただの口の悪い雑兵の集まりに過ぎない。メガトロンの計画に今のところ支障はない。スピリットキャノンは破壊されたがトリプティコンは無事だし、地球は壊せなくてもオプティマスを葬れた。むしろ計画は順調と言える。

「サウンドウェーブはどこへ行ったんですかいメガトロン様?」

 サウンドウェーブ、ショックウェーブと違って特に仕事がないスタースクリームは作戦開始まで待機を命じられていた。

「奴は作戦中だわい。お前と違って優秀な奴だからな任務を任せやすいわい」

「ハッ! どうですかね~俺ならあんな奴よりもスマートにやってませますよ」

「相変わらず口だけは達者な奴だな。では貴様に任務を与えようか」

「お任せ下さい、何でもやってみせますよ」

 スタースクリームの能力の高さはメガトロンはよく知っている。だがその能力をスタースクリームの傲慢な性格が殺してしまっているのだ。スタースクリームという男を上手く扱うにはその高いプライドをくすぐってやるのが一番だとメガトロンは知っている。

「これからお前に託す任務はそれはそれは重要な物だ。失敗は許されんぞ」

「わーかってますって。で、何をするんです?」

 スタースクリームがやる気を見せたのでメガトロンはほくそ笑んでからスクリーンに地図を映した。それは天宮市全体の地図であり、町を囲う山に九つの赤い点が記してあった。その赤い点が今回、スタースクリームに命じられた重要な作戦区域となる。

「スタースクリーム、お前にこれを渡そう」

 メガトロンがスタースクリームに手渡したのは九つの手のひらサイズの球体だった。

「何ですかこれは?」

「まあ、説明してやるから慌てるな。お前の作戦は一つだスタースクリーム、その球体を地図に示した地点に埋めてくるのだ」

「それだけですか? まァなんとも、子供のお使いみたいな任務ですなァ!」

「そうだろう。だが、重要な任務には変わりない。スタースクリーム、もしも失敗すればその時はわかっておるな? 容赦なく粉々に吹き飛ばしてくれるからな!」

「わかってまさぁ。それでこの球体の正体は何なんです?」

「それか? それはな赤外線照射機だ」

「赤外線照射? 何でそれを地中に九つも埋めるんです? 何かを落とすんですか?」

「その通り、赤外線を放つ地点に塔を落とすのだ」

「ショックウェーブも前、エネルゴンタワーを建てて似たような事をしてましたね~。…………まさかメガトロン様、あの町をまた乗っ取るおつもりで!?」

「そうだ」

 メガトロンは頷いた。

「無理ですよ。作戦は一回失敗してるんですよ」

「天宮市での作戦は内部にオートボットを残していたのが敗因だ。今回は連中を外へ放り出す」

「ど、どうやってです?」

「その作戦をサウンドウェーブが進めておるのだ」

「そんなにこの町が気に入ってるんで?」

「ここには五河士道がいる。それに地下にはそれは大量のエネルゴンが眠っている。ショックウェーブが持ち帰った分はその上澄みに過ぎぬ。あのカラカラの故郷を十分に甦らせるだけのエネルギーだ」

「メガトロン様、ですがそれだけのエネルゴンをどうやってお運びに?」

 メガトロンは喉を鳴らして笑う。

「スペースブリッジがあるだろう」

「まさかセイバートロンを地球の近くまで持ってくる気――。そんな事をすれば地球は木っ端微塵です!」

「そんな事わかっておるわい。エネルギーのパイプでこの星のエネルゴンを吸いつくしセイバートロンを潤せばすぐに儂等は故郷へ戻る。そうなればこんなチンケな星が消えてもどうって事はないだろう? ああ、そうだお前に一つ渡し忘れていたわい」

 メガトロンは十個目の球体をスタースクリームへ渡した。十個目は他の球体よりも明らかに大きく両手で持たなくてはならない程だ。

「それは天宮市の中心地に埋めて来い。良いな?」

「はい、メガトロン様」

 スタースクリームは格好よくジェット機へとトランスフォームして飛行を禁止されているのにも関わらずトリプティコンの内部を飛んで地球を目指して行った。ブリッジのモニターでスタースクリームが地球へ行く様を眺めた。コンバッティコンは忠実で優秀な部隊だが、今回の作戦は任せられない。個々の能力で言えばスタースクリームよりも低いと判断したからだ。それは戦闘能力ではなく任務達成への執念と卑怯さや姑息さが欠けていると思っていた。正々堂々とは綺麗な言葉だが、ディセプティコンの理念で言えばバカと同義語だ。勝てなくては意味がない、どんな美しい最後でも負けは負けだ。惨めでも最後に勝てばその者には価値がある。

 スタースクリームとの話が終わったのを見計らってショックウェーブがメガトロンの元へ歩み寄って来た。

「メガトロン様、お話があります」

「どうしたと言うのだショックウェーブ? 何か問題か?」

 相変わらずの無表情でショックウェーブは首を横に振った。

「いいえ、私たちの目的である五河士道の件です」

「ほう……それがどうかしたのか?」

「スピリットキャノンの際に彼を拘束し、同時に彼の体の事を調べて見た結果、興味深い内容でした」

「話せ」

「プライマスの意識が士道に宿っていた筈でした。しかし彼の中にプライマスの反応がない。彼自身からプライマスの反応を放っています」

「何故、そんな事が起きた? それでは意識だけを引き剥がせないではないか」

「そのような事態になったかわ不明です。ですが、プライマスの力は未だ残ったままです」

 それを聞いてメガトロンは一安心した。これでもしもプライマスの力が削がれていたのなら永遠に祈願が果たせなくなるのだ。

「スタースクリームがかつて持ち帰ったゼータプライムのメッセージがあります。途中の暗号化もサウンドウェーブの手で解読されています。再生しますか?」

「よし、再生しろ」

 ショックウェーブは精密な機械を操作してゼータプライムのメッセージを流した。

『ディセプティコンは、想像以上の戦力だ。だが、私達オートボットは決して負けはしない。私の後をいずれ継ぐオプティマスも順調にプライムとしての頭角を表している――』

「そこはもう良い、早送りしろ」

「はい」

『メガトロンはダークエネルゴンを手に入れたようだが、そう上手くは行かせない。私やオートボットの命運はたった一人のひ弱な種族に託された。五河士道に込めたプライマスの意識は来るべき時にセイバートロンを復活させる鍵となるだろう』

 と、ここまで流れた所から音質が悪くなりゼータプライムの声が聞き取りにくくなった。

『しかし……早く……せねば……五……士道の中…………プライマスとの……一体化』

 解読が上手くいっていない場所なのだろう。すると次の瞬間から突然、綺麗に音声が聞こえ始めた。

『然るべき者が士道と出会った時、彼の中のプライマスの意識を外してセイバートロンの中心に還すのだ。そうすればセイバートロンは甦る。だが、それほど長い間は彼の体に留めてはいられないだろう。もしもプライマスとの一体化が完全に果たされれば、士道はもう二度と人間には戻れない』

 メッセージが終了してメガトロンは何度も頷いた。

「酷い奴だわい。あんなひ弱な存在に全てを丸投げするとはな」

「大戦末期のオートボットにはそれほどに余裕がなかったのでしょう」

 メガトロンは鼻を鳴らして呆れたように首を横に振った。

「狡猾なジジイだ。ショックウェーブ、持ち場へ戻れ。儂等の最大の勝機なのだ。力ばかりのバカばかり、司令官のいないオートボットを今度こそ叩き潰す」

「かしこまりました」

 ショックウェーブは一礼する。そこから踵を返してブリッジの通路へ向かって歩いて行くとプレダキングとすれ違った。最大級の怨敵、グリムロックが死亡して本来なら喜ぶべきだが、プレダキングは二つの理由から喜べなかった。

 一つ、同族を皆殺しにされた事。

 二つ、グリムロックをこの手で葬れなかった事だ。

 同族を皆殺しにしたスタースクリームにはその代償を命で払ってもらう事になるだろう。この大戦が終着すればプレダキングは奴を八つ裂きにするつもりだ。

 怨敵でも唯一、互角に戦える相手だったグリムロックを自らの手で決着をつけられなかったのは戦士としてとても残念に感じている。プレダキングが来たのは今回の作戦での自分の役割の確認だった。

「メガトロン様私はこの作戦で何をすれば良いですか?」

「お前は作戦開始と同時に五河士道を捕縛しろ。精霊共には構うな、殺しても構わん」

「フラクシナスという艦、あれもですか?」

「あの艦は別の者に任せてある。プレダキングよ、同族の死への悲しみは取っておけ。決戦が終わればまた作ってやろう」

「はい……」

 プレダキングがブリッジを出て行ってから少ししてからエレンがふわふわと浮遊してメガトロンへ近付いて来た。エレンも作戦の役割の確認だ。

「エレンか……」

「私の仕事は何ですメガトロン……様」

「ある一個所の防衛だ。ショックウェーブに対艦・対精霊戦闘の装備を準備させてある。フラクシナスを叩き落とす事、防衛地点の死守だ」

「了解しました。メガトロン、この作戦が終わればあなた達はどうする気なのです?」

「セイバートロンへ帰るだけだ」

「ならば、私も連れて行って下さい」

「ほう? 金属だけの星に行きたいと。何故だ?」

「私の生きる意味は失われました。オートボットを倒せば復讐という目標もなくなります。どうせ拾われた命、最後までついて生きたい」

「セイバートロンへ来るのは構わないが、貴様はディセプティコンから離れてもらう。貴様はもう少し自分で考える事を覚えるんだな」

 エレンはひとまず納得した。

 作戦の確認が終わり、メガトロンはコンバッティコンを引き連れてトリプティコンを出る。その行き先はもちろん地球だった。

 

 

 

 

 ショーン・バーガーは明日にもやるサミットでいかにしてオートボットを追い出す方へ持って行くかを思案していた。バーガーだけではない、サミットに参加した各国の首脳や財界のトップ達もオートボットに不信感を抱いていた。まだオートボットの滞在に賛成してくれる者は三割もいないのではないだろうか。

 バーガーは高そうな椅子に深く腰掛けてテレビをつけているだけで見てはいなかった。バーガーの野望の先はアメリカ合衆国という国の頂点に立つ事。すなわちアメリカ合衆国の大統領になる事だった。

 大統領だけでは満足しない財界でのトップを取ろうとしていた。それにはまずはアスガルドとオートボットという大きな壁を排除せねばならない。

 しかしどうやって? と何度も自問自答を繰り返していると零時を回っている。明日もサミットがあるのでもう寝ようかと椅子を立った矢先、テーブルに見覚えのないカセットテープがあるのに気付いた。

「何だこれは?」

 いつ誰が置いたか分からないカセットテープに手を伸ばすとカセットテープは激しく跳ねてから猛禽類の姿にトランスフォームした。

「何者だ貴様ァ!」

 助けを求めようと叫ぶがレーザービークに襟を掴まれるとバーガーは宙に浮き、窓ガラスを突き破って夜の闇の中へバーガーを誘拐して行った。

「離さんかコイツめ! 焼き鳥にしてネギの間に挟むぞ!」

 バーガーの罵倒など意に介さずレーザービークが飛んで行ったのはバーガーの住まう高級マンションから随分と離れた丘の上だった。雑に落とされてバーガーは強く尻を打ち、腹立たしく感じていた。

「こんばんはバーガー氏。夜分遅くに失礼します。レーザービークの非礼は指揮官である私が心から謝罪申し上げます」

 バーガーの頭上から威厳に満ちた声がした。顔をずっと上に向けてみるとメガトロンが頭を深く下げている。メガトロンの右側にはサウンドウェーブがレーザービークを格納している。

 その二人の後ろではコンバッティコン達が横一列に並んで待機していた。

「お前達……オートボットの仲間だな!?」

「私達をあのようなインチキ集団と一緒にされては困ります」

「インチキ集団だと? では貴様等は何者なんだ」

「ディセプティコン、オートボットの悪行と影で戦って来ました。しかし、連中は地球の中でも発言力のある者に取り入り、我が物顔で地球にのさばり、遂には滞在する権利さえ訴えてますね?」

「その通り、私はオートボットの連中を追い出したいと考えておる」

 メガトロンは内心、笑っていた。しかしそれを決して表情には出さなかった。

「“あなた達”ですよオートボットを快く思っていないのは」

 メガトロンが言うと木陰から何者かが出て来た。月明かりに照らされて顔がハッキリして来る。

「あなたは岡峰重工の……」

「バーガー氏、私もオートボットを信用しろと言われても出来ませんね」

「そうだろ――」

「ただし、このディセプティコンもですが」

 メガネの奥から鋭い二個の目がメガトロンを睨んだ。岡峰虎太郎はオートボット、ディセプティコンも隔たりなく危険因子と決め付けている。出来るなら両方が出て行って欲しいと願っているくらいだ。

「メガトロン、何か証拠はあるのですか? オートボットが悪でディセプティコンが善である証拠が」

「もちろんです。サウンドウェーブ、お見せしろ」

「ハイ、メガトロンサマ」

 エフェクトのかかった声でサウンドウェーブは胸から光を放つと空中にスクリーンが作り出されて映像が流された。その映像は昨日のトリプティコンのスピリットキャノンの映像だった。

「オートボットはあれだけではありません。奴らは狡猾にも火星や他の惑星に軍団を隠しています。この映像はオートボットの最新最悪の兵器、スピリットキャノンです」

「スピリットキャノン? 精霊が何か関係しているのか?」

 虎太郎は訝しげに尋ねるとメガトロンは力強く頷いた。

 昨日のスピリットキャノンの映像はただ流すだけではなくディセプティコンが巧妙に改竄しており、トリプティコンやドッキングした海底基地のディセプティコンマークはオートボットのエンブレムに書き換えられていた。

「オートボットのオプティマス・プライムは言葉巧みにアスガルド・エレクトロニクスのウッドマン卿に取り入り、ウッドマンもまた利益を求めてオプティマス・プライムに協力したのです」

「……。それで精霊は何の関係が?」

 バーガーも虎太郎もそこが気になっていた。

 メガトロンはわざとらしく渋い顔を作った。

「サウンドウェーブ、あれを……」

 メガトロンに指示を出されてサウンドウェーブはまた別の映像を流した。

「サウンドウェーブは優秀な情報収集員です。彼に掴めない情報はない」

 サウンドウェーブが流した映像は士道が精霊を封印している映像だ。

「にわかに信じられませんでしょうが、この少年には精霊の力を封印する力があります」

「嘘だ……そんな話聞いた事がない」

「バーガー氏の言う通りだ。メガトロン、お前は自分が何を言っているかわかっているのか?」

「もちろんですとも。少年が何度もオートボットとコンタクトを取り、アスガルド・エレクトロニクスの艦に出入りしているのは何故だと?」

 サウンドウェーブはまた映像を切り替え、グランドブリッジで移動、ジャズで移動している姿が映された。

「もちろん、精霊を封印する力はありません。ですが“精霊を封印する機械”はあります。それはオートボットが作りました」

「封印する機械?」

「セイバートロンの科学力は地球の遥か先を行きます。オートボットの科学者パーセプターがそれを作り、適当な少年を捕らえて埋め込んだ。少年には妹がいます。万が一少年が逃げたり自殺しないように妹の命を人質にしたのです」

 メガトロンは身振り手振りで説明し、ベテラン俳優顔負けの演技力で徹底的に聖者を演じた。力の入った声色やぎゅっと握り締められた自然な拳に虎太郎もバーガーもメガトロンの言葉を信じていた。

 無機質な体でありながら強い信念と感情を露わに深い慈愛の心を感じさせるメガトロンの名演に二人は食い入って聞いた。

「では、話を戻しましょう」

 またサウンドウェーブに命令して映像をスピリットキャノンに変える。

「オートボットは精霊と少年を映像にある船に監禁し霊力を無理矢理、搾取してあのスプリットキャノンの弾にしたのです。スピリットキャノンで……地球を威嚇する為に」

 上手く改竄された映像ではオートボットに似せた兵士がスピリットキャノンの発射を指示して膨大なエネルギーの奔流が地球に放たれていた。エネルギーの波をスタースクリームが受け止め、そして塵となって消える所まで映像が流れていた。

「あの戦いで私は勇敢で偉大な勇士を失いました……。連中は! 命を弄んでいる!」

 熱の入った演技にバーガーも虎太郎もすっかりのめり込み、メガトロンの言葉を信じてしまっていた。

「申し訳ない。少し熱くなりました。我々を信じなくて結構です。ですがオートボットには騙されないで下さい。

それともう一つ」

 映像をまたも切り替え今度は天宮市にショックウェーブが乗り込んでいる時の映像だ。

「半年前、私の部下が天宮市の人間たちを解放すべくオプティマスに奪還を挑みました。しかし結果は……」

またも偽装された映像を流した。今度はスピリットキャノンの時とは違い、一から作り上げた捏造映像だ。

「この映像データを渡します。好きに使って下さい」

 メガトロンはたっぷりと偽の情報が詰め込まれたデータをバーガーに手渡した。

「ブレストオフ、バーガー氏をお送りしろ。ボルテックスは岡峰氏をだ」

「了解メガトロン様」

「はいでさぁ」

 バーガーと虎太郎は二人に乗り込む。

「メガトロン、あなたを信じ切れはしないが、あなたの言葉は肝に銘じておく」

 虎太郎はそう言い残してボルテックスと共に空へと飛んで行く。

「お前のデータは有効に使わせてもらうよ。おやすみメガトロン」

「おやすみなさい」

 ブレストオフはゆっくりと離陸してバーガーを自宅のマンションへと運んだ。二人が見えなくなるまで遠くへ行くとメガトロンは堰を切ったように笑い出した。

「ワハハハハハハ! あの愚か者めが、ウジ虫共め儂の演技にまんまと騙されておるわい!」

「名演ですなメガトロン様」

 オンスロートは拍手をしながら賞賛した。

「あんなに演技が上手いなんてオレ、初めて知りましたぜ!」

「そうだろうブロウル。人間はお涙ちょうだいや悲惨さを前面に出せば直ぐに情に流される。バカな生き物だ」

「メガトロンサマそれでは我々はこれからどうしますカ?」

「トリプティコンにて待機しろ。スタースクリームが上手く事を運べば全ての勝利条件が揃う」

 暗躍するディセプティコン。戦いは既に始まっているがオートボットはディセプティコンが裏で動いている事を知らない。ラタトスクも人類もだ。

 

 

 

 

 

 スタースクリームに与えられた任務は赤外線照射機を決められた地点に埋め込み帰還するだけだ。オートボットの巡回もなくフラクシナスだけが厄介な存在だがレーダーの網目をかいくぐって任務を実行する。

 天宮市を囲う山脈に降り立ったスタースクリームは腕を覗いて地図と座標を確認、そしてまずは一つ目の球体を埋めた。

「まずは一個っと。ハッ! ラクショーだな」

 濃く茂る森林の中でスタースクリームはセンサーの感度を上げて空を見上げた。不可視迷彩(インビジブル)で姿を隠しているフラクシナスを微かに輪郭だけ捉えると今自分とフラクシナスとの距離を割り出し、飛行しての移動は出来るだけ控えようと判断した。

「ったく……何で俺様が飛ばないで地面を歩かなきゃなんねえのかねー」

 ぶつぶつと文句を言いつつもスタースクリームは歩き出して腕のマップで次の座標を確認しながら先を急いだ。もしもこの任務が失敗すればメガトロンから無能の烙印を押されそれどころか処刑という可能性もある。他の連中にも自身の任務失敗がバレるのは我慢ならない。プライドが高いスタースクリームは何としてもこの任務だけは遂行せねばなるまいと言い聞かせた。

 ところがである。スタースクリームのセンサーに五つの敵反応がキャッチされた。慌てて周辺を警戒し見渡すと空の向こう、滞空するフラクシナスから五機の偵察機が飛来して来た。バレたのかと思い、背筋に凍るような寒気が走りスタースクリームは急いでクロークで体を透明にして隠して見せた。五機の偵察機はスタースクリームの頭上で旋回を繰り返し、さっき球体を埋めた地点も旋回してから何もないと判断したのか、偵察機達は周辺を調べただけですぐに引き返して行った。クロークを解いてスタースクリームは深い安堵の溜め息を吐いた。

「ビビらせやがって……バレたかと思ったじゃねーか……」

 気を取り直してスタースクリームは球体を山に埋めて行く。フラクシナスはスタースクリームが侵入している事を知らない。敵の侵入を許しているのはあまりに致命的だ。天宮市の周囲に連なる山々に球体を埋め込む事に成功したスタースクリームは最後の球体を手に取って難しい顔をしていた。一回り以上に大きなこの球体、それを埋める場所は天宮市の中央。

 その場所とは来禅高校だったのだ。

 学生が山ほどいる学園、人通りが少なくなるのは放課後だろう。スタースクリームはポリポリと頭をかいて悩んだ。放課後を狙うなどという発想を持ち合わせていなかったスタースクリームはこの難題にどう立ち向かうかを勘考した。

「おいおい……学校って……どうやんだよ」

 空にはフラクシナス、地上は学生の大軍団。この難題をクリアしてこそディセプティコン№2、航空参謀スタースクリームだ。

 しばし、思考を巡らせるとスタースクリームは脳裏に何かが閃いた。そして邪悪に微笑むと既に勝ち誇ったような顔をして立ち上がった。

「何だァ簡単じゃねェか。アハハハ! 俺様は天才だッ! 行くぜぇ!」

 クロークで姿を消し、スタースクリームが先に向かったのは陸上自衛隊駐屯地だった。透明化したスタースクリームの明瞭さは高く動いていても気づかれないレベルに確立されていた。

 ASTに今、ほとんど仕事は無い。ユニクロンの消滅で新たな精霊が生まれなくなり、現存する精霊は封印済み、となると仕事がないのは当然の結果だった。空間震警報もここ最近は誤報以外は鳴らず、今は体を鍛えるしかやる事はない。もちろん、ASTは精霊がもう生まれなくなったという事を知らないので常に精霊を警戒しているわけだが。

「はぁ~暇ですね~」

 と岡峰美紀恵もといミケは机に突っ伏して呟いた。その隣ではミルドレッド・F・藤村、通称ミリィがミケの言葉に同意した。

「ですねー。精霊が出なかったら整備士も気合入れて整備出来ませんよー」

 完全にだらけ切っている二人の頭にパンッと平手打ちが落ちて乾いた音を響かせた。

「いたっ」

「うぐッ!」

「ミリィ、ミケ。二人ともだけれ過ぎよ。いくら最近は精霊の出現がないからって言ってもね常に出撃出来るようにしとかなくちゃダメでしょ!」

 ASTの隊長日下部燎子は何もない毎日でもこうして気を抜かずに凛然と任務に従事していた。

「だってだって、日下部隊長! こんな平和なんですよ。だけたりもしますって」

「あーのーね! 私らは軍人って言うのを忘れちゃダメよ? 常にキビキビと! 時間通りに! テキパキ動くの! ハイ、ミケはグラウンド五十週! ミリィは腕立て百回!」

「えぇ~! ミリィもですか!? 私整備士ですよ!?」

「暇なんでしょ? 暇なら動きなさい、さもないと将来、胸が垂れたりお腹周りに贅肉がついたりと美容と健康の大敵になるわよ」

「流石! 経験者は語りますね!」

「あ?」

 思わず口を滑らせたミリィは言ってからしまったと思い、口を噤んだがもう遅い。燎子は青筋を立てて目元をピクピクと動かして静かな怒りを露わにしている。明確な殺気でテーブルに置いてあるコップの中にあるスポーツドリンクの水面が震えたのが見えた。

「まずいです……!」

 ミケは小動物のような繊細さで猛獣燎子の殺気を感じ取り、勇気を出して踏み込んだ。

「ミリィさん! 行きましょう! 腕立てしにね! ね!」

 半ば強引にミリィを連れて休憩室で出て行った。ミケは休憩室のドアを閉めてホッと安堵の溜め息をついた。その直後、部屋の中から大きな笑い声が響いてきた。

『フハッハッハッハッハッハッハ!』

「ダメですよ! ミリィさん! 年に関わる単語は隊長の前では厳禁なんですー!」

「すいません、つい反射で……」

 

 ASTの隊員達が話している隙にスタースクリームは既に基地へ侵入を成功させていた。この基地には霊力の反応を探知する機械はあってもエネルゴンを探知する装置はない。そもそもそのような装置を人類が持ち合わせていない。スタースクリームは基地を軽くスキャンする事で内部の様子を探り、目当ての物を探していた。

 スタースクリームが探している物は意外にも早く見つかった。

「よぉ~し」

 静かに屋根を伝い、透明化で姿を消した状態を維持してスタースクリームはナルビームを展開し、空間震警報の装置に目がけてビームを発射した。

 それと同時に天宮市全域に空間震警報が発令され、駐屯地内は一気に慌ただしくなる。空間震警報の発令はいくら精霊がもう出ないとわかっていても恐怖心を揺さぶってくれる。今頃は士道や琴里が慌てた表情を作っているに違いない。

 スタースクリームは飛び上がると変形し、来禅高校へと飛んで行く。

 空間震警報のおかげでスタースクリームが到着した頃には既に来禅高校の校舎はもちろんの事、その周りの道には人など一人もおらずゴーストタウンのようなありさまだった。スタースクリームはクロークを解き、悠々と校内へ入り、グラウンドに最期の球体を埋めて腹立たしいくらいに勝ち誇った顔で天宮市の空へと消えて行った。

 

 

 

 

 突然の空間震警報でフラクシナス内はスタースクリームの読み通り、慌ただしくなっていた。琴里は気合いと根性で復帰して艦長席で座っている。

「霊力の計測を急ぎなさい! もしも万が一新たな精霊なら放ってはおけないわ!」

 クルーが精霊の霊力の計測を行っている間に自宅からグランドブリッジで士道と真那それに折紙がフラクシナスへとやって来た。

「琴里! もう平気なのか?」

 艦橋に入るなり士道は琴里の身を案じた。

「大丈夫よ、私は司令官だし」

「司令官は関係ないんじゃ……。それで空間震警報の詳細は? 新しい精霊はもう出ないんじゃ?」

「それを今調べているわ」

 解析はすぐに済んだ。

「琴里、どうやらこれは誤報だね。精霊の霊力はどこを探しても見当たらないよ」

 令音は淡々と状況を報告し、誤報という結末に琴里は眉間にシワを寄せた。空間震警報の誤報などそんな何度もあってはいけない。

「令音、本当にただの誤報なの?」

「間違いないよ、現に精霊の反応は無い」

 どこか腑に落ちない所があったが琴里はとりえずは納得した。

「ところで士道、何で縛られてんのよ」

 一度冷静さを取り戻して士道を見てみれば士道はさっきリビングで捕えられた時と同じように縛られたままの状態であった。

「兄様が最近は特に危なっかしいので少し縛らせてもらいやがりました」

「士道の身の回りは私たちがやる」

「さっきからこればっかりでほどいてくれないんだよ」

「へえ……てっきりあんたの趣味かなって」

「俺はいじめる趣味もいじめられる趣味もねえ!」

 

 

 

 宙に一閃、唸るように剣が振り抜かれてプレダコンの胴体が分かれ、残骸が散った。グリムロックは変形から大きな顎で押し寄せるプレダコンを砕き、尾を振って薙ぎ払う。プレダコンの軍団はまだ多く残っている。

「満身創痍だな。どうしたダイノボット? プレダコンの首領はここにいるぞ。私を倒さねば終わらぬ、私を倒さねばあの小さき者にあえぬ」

「首領? 違う、お前は敗残兵だ。俺達を恐れて逃げた臆病者だ」

 グリムロックの挑発をペイトリアークは涼しい顔で流してみせた。

「すぐに行く、もう一度殺してやるからな!」

 怒りの火をつけて口から炎を吐きだしてプレダコンを焼き払い、グリムロックはひたすらに前へ向かって走り続ける。噛みつかれても体を焼かれてもグリムロックはただただ走り、獣性に満ちた目にはペイトリアークしか映っていない。怒りに満ちた頭には牙をペイトリアークの首に叩きつけるしか無い。

 全身、赤色に染まったグリムロックは雑多なプレダコンを轢殺し乱舞する。手当たり次第に噛み砕き、口から炎と砲弾を撒き散らす。

「ダイノボットは! 決して! 歩みを止めない!」

 正面に頭突きをいれてプレダコンは将棋倒しに倒れ、そこに炎の波が流れ込み灰燼と化す。

 左右から仕掛けても体を暴れさせてプレダコンを寄せ付けず、例え近付けても大顎と牙が待っている。嵐のような暴虐に晒され、プレダコンは数を確かに減らしつつあった。

 決死の覚悟で一人のプレダコンがグリムロックの足下へタックルを決めた。問題なく踏み砕かれたかに見えた。ところが、グリムロックは足を踏み外し、そこへ一斉にプレダコンが飛びかかり、のしかかった。

「終わったな、ダイノボット」

 引き倒され、後はグリムロックが餌になるのを待つのみだ。

 そこへ、突如としてあらぬ方角から大きなエネルギー砲が降り注ぎ、グリムロックにまとわりついていたプレダコンをまとめて消滅させてしまったのだ。突然の出来事にプレダコン達は目を疑った。当然、視線はレーザーを放って来た方へ向いた。

「何者だ!」

 ペイトリアークは叫んだ。コロシアムの入場門に一台の巨大な戦車が停車している。キャタピラを持ち分厚い装甲で覆われたボディの上に塔のような大きな砲塔が乗っている。ペイトリアークの言葉に応えるべくコックピットが開いた。

「吾輩をお呼びかね? 醜い生き物さん達、人に名前を尋ねる時はまず自分から、これは吾輩の挨拶代わりだ。受け取ってくれやー!」

 白いトランスフォーマーは再び巨大な戦車ネガベイターに乗り込みエネルギー砲を発射した。

「はっはっは! どうだね吾輩のネガベイターのお味は!」

「グルルル……誰だお前は」

 急に現れ、助けてくれたは良いがグリムロックは警戒心を忘れていない。

「吾輩はホイルジャック! んん~お前さんが吾輩の知人と良く似ていてね。つい手助けしてしまった。お前さん名前は?」

「俺はグリムロックだ。ダイノボットのリーダーをしている」

 グリムロックと名乗られ、ホイルジャックは度肝を抜かれた。

「待て待て、もう一度名前を頼んます」

「グリムロック」

 ホイルジャックは目をごしごしとこすり、目の前にいるグリムロックを凝視した。少なくともホイルジャックの知るグリムロックはまともに会話など出来ないし、ここまで大きくはない。ホイルジャックの知るグリムロックの二倍はある。

「グリムロック……見ない間に大きくなったもんだなー」

「俺はお前を知らない、人違いだ」

 会話をしながらグリムロックとホイルジャックは並み居る敵を倒し続けた。

「グリムロック、覚えとらんか? お前さんを造ったのは吾輩なんだぞ。いやしかし、グリムロックがここにいるという事は……つまり……」

 つまり死んだという事になる。そう思うとホイルジャックは悲しくなって来た。

「お前が……俺を造った? そんな筈はない」

「いいや、お前さんは吾輩の最高傑作。自慢の子だ。ちょっと乱暴だがね。スワープもスナールもスラッグもスラージもだ」

「な、何故その名前を……という事は俺の……父さん?」

「じゃがそう考えるよりは同じサイバトロン戦士と考える方がいいな」

 ホイルジャックは胸のエンブレムを見せた。グリムロックの背後から迫るプレダコンをホイルジャックはドロップキックで蹴り飛ばした。

「舐めたらいかんぜよ!」

 ホイルジャックはどこからか小さなアンテナがついた銃型の装置を手にした。

「グリムロック、先を急げ! こいつらは吾輩がやる」

 イモビライザーを手にし更にネガベイターに搭乗する。

「さぁ、やったるでぇ!」

 ホイルジャックはプレダコンを次々に灰に変えて行く。ホイルジャックが作った物はどれも危険極まる物ばかり、その証拠がネガベイターだ。射角の関係で上を狙えないという弱点があるが、ホイルジャックは頭上から飛んで来たプレダコンを自慢のマグネット砲弾で迎撃、イモビライザーの力もあってか一人でも十分に戦える戦力を備えていた。

 だが、数の暴力にはそう持ちこたえられはしない。プレダコン達はネガベイターの懐に入り込む事で強力無比のレーザー砲をやり過ごし、一方向から絶え間なく押してネガベイターの車体を傾けた。

「おぉ!? 何すんねや!」

 ネガベイターを倒されてコックピットから放り出されてしまいそこを狙ってプレダコンが押し寄せた。ネガベイターがなくともホイルジャックにはイモビライザーがある。光線を発射してプレダコンの動きを止め、倒れたネガベイターの車体をよじ登り、なるべく高い位置に逃げた。

「これやから野生動物は……。おい、グリムロック! まだか!? 早く決着をつけなさい! コイツ等は引きつけている間に!」

 ホイルジャックを一瞥してプレダコンの多くがそこへ集まっているのは分かった。グリムロックがやるべきはプレダコンの敗残兵の首領を落とす。足に力を込めてスラスターの噴射と同時に大ジャンプでコロシアムの客席に乗り込むとスカイリンクス、ダークスティールの二人が迎撃に打って出た。始めはスカイリンクスの突進をあえて受け止めてロボットへ変形すると両手で頭を目いっぱい殴って叩き潰す。スカイリンクスに気を取られている間にダークスティールが空中から奇襲を仕掛けて来た。前足と後ろ足でグリムロックを捕まえると楽々持ち上げて見せて観客席に叩きつけながら低空を飛んだ。岩や大きな椅子が顔や頭にどんどんぶつかり、グリムロックは鬱陶しく思い無理矢理、態勢を立て直し、ダークスティールの足を掴むとそこからジャイアントスイングで遠方へと投げ飛ばした。

 スカイリンクスが既に迫っているのは察知している。グリムロックは再びティラノサウルスへと戻ると背後から噛み付いて来たスカイリンクスの頭を尾の一振りで跳ねた。プレダコン二人を圧倒してついにその首領の眼前へと立った。

「本当にここまで来るとは思いもしなかったぞグリムロック?」

「ペイトリアーク、諦めろ。一人のお前に勝機はない」

「諦めろ? 諦めろだと? 舐めるなよダイノボット! 数多くの同胞を屠った貴様を殺す事を諦めると思うなァ!」

 三つの首が口を大きく開けると三方向から火炎を放った。グリムロックも負けじとレーザーファイアーで対抗し、ペイトリアークの火炎を相殺した。続いて砲弾がグリムロック目掛けて撃ち込まれると弾道を見切って一発、二発と腰を低く取ったり、身を翻して避ける。三発目の砲弾は口で受け止め、噛み砕いて爆裂させそれでもなお元気な様を見せつけてグリムロックは重々しい足音を轟かせ、喉を震わせて咆哮を上げた。

 ペイトリアークも同じく雄叫びで威嚇し、その数瞬後、二人は激しく頭と体をぶつけ合った。尾を使ってペイトリアークの前足を払い、バランスを崩した拍子にグリムロックは首に噛み付き、デタラメな怪力でペイトリアークの巨体を投げ飛ばす。土煙が舞い、ペイトリアークは顔を振って煙を払った。顔を上げてグリムロックを視認しようと瞬時に索敵したが巨体には不釣り合いな速度で接近し、ペイトリアークの目先には牙が迫っていた。

 一瞬、死を意識したが、プレダコンの無念、怨敵への復讐心が無意識に体を後退させてグリムロックの牙を避けて見せた。あらぬ空間を噛み砕き、鉄を力いっぱいに叩いたような鋭い音が聴こえた。

 巧妙な足取りでペイトリアークの三つの首を避けては砲弾や火炎を用いた消極的な攻撃かと思えば牙と爪、尾を使った怒涛の肉弾戦を仕掛けて来る。

 もはや明らかに昔日のグリムロックではない。

 セイバートロンにいた頃は賢かったが、力はなかった。

 地球にいた時は知能はないが、バカ力が備えられていた。

 そして現在、セイバートロンにいた頃の知能に加えての多くの戦闘経験、そして磨きかかった強靭な肉体。ペイトリアークに勝機はなかった。

 大きな体躯でぶち当たり、体をよろめかせてからグリムロックは小さいながらも屈強な腕でペイトリアークの首をホールドし、頭からかぶり付き首の関節をへし折った。手負いの獣は死力を尽くして悶え、生きようと暴れまわる。グリムロックは腕や首を噛み付かれはしたが、怒りが痛みを麻痺させてくれる。

 ペイトリアークは前足の爪でグリムロックの顔を切り裂き、長い首を鞭のようにして払ってグリムロックを退かせた。距離を置いてまた仕掛けてやろうという算段だが、この時、グリムロックの尾から口にかけて光を放ち、空気を吸い込むように胸を張った。

 刹那、グリムロックの口腔内から特大のレーザーファイアーが発射され、ペイトリアークは防御も回避も間に合わず、司令塔たる中央の首を飛ばされてこと切れた。

 

 プレダコンの残党も全て絶たれ、戦いでボロボロのグリムロックとホイルジャックだけが闘技場に残った。

「試練っちゅーからどんなもんかと思ったらとんでもない。酷い内容だ」

 ホイルジャックは額を拭ってネガベイターにもたれ掛った。グリムロックは次なる敵に備えたが、いくら待ってもゲートは開かず新しい敵が来る気配はなかった。

「敵は全員倒したのか?」

「どやろか? 吾輩もこの場所はよう分からん」

 それからホイルジャックとグリムロックはどれだけ待ったかはわからない。なんせここには時計という物、そもそも時間という概念が存在しない世界なのだ。すると、闘技場の内部に響き渡る声がした。

 ――敵は後一人だ。グリムロック、ホイルジャック。キミ達、どちらかが生き残れば生還を許そう。

 そんなアナウンスに互いに驚愕の色に支配され顔を見合わせた。さっきまで共闘した者を殺す。グリムロックには生き返る為なら何でもするつもりだ、しかし生みの親と名乗る者をこの手で叩き潰すのは流石に躊躇う。ホイルジャックもそうだ。グリムロックは別人だが、ホイルジャックにはどうも赤の他人とは思えなかった。ホイルジャックにしてみれば、己の最高傑作を破壊しろと言われているような気分だった。

 グリムロックはロボットモードでホイルジャックを見下ろし、剣の柄を握りしめた。四糸乃の元へ仲間の元へ帰るべく戦い抜いて来たのだ。ここで止まるわけにはいかない、しかし、剣を振り下ろせない。

 残酷な二択だ。

 沈黙が続いた。時間制限はないので何時間でも何週間でも何年でも思い悩める。いつまでもそうしている時間は無い。

「よっこいしょ……」

 静寂を叩き割るようにホイルジャックの気の抜けた声がグリムロックの耳に届いた。ネガベイターにもたれていたホイルジャックは立ち上がるとグリムロックの前に立つ。

「グリムロック、お前さんが生きなさい」

「え……? ホイルジャック、お前にも仲間が……」

「いいや、いいよ。吾輩の老い先短いスパークよりもお前さんの方が大事や」

 ホイルジャックは傾いたネガベイターの車体をなんとか正常に戻すとリモコンを使って遠隔操作を始めた。

「なぁにまたすぐに会えるさ! ほな、元気でなグリムロック」

「ホイルジャック……! まて何する気だ!」

 グリムロックが止めに入ろうとした瞬間、リモコンのスイッチを入れてネガベイターの光線がホイルジャックを包み込んだ。レーザー照射が完了するとそこにはホイルジャックの姿はなく、ただ黒い影だけが地面に残っていた。

「グググ……! ウオォォォォォォォォォォォッ!」

 止む事のない慟哭はグリムロックがその世界から消えて地球へと送還されるまで続いた。あらゆる次元に位置するディセプティコン、オートボット、戦士や獣との戦いを経てグリムロックは彼らの命の犠牲の先に生きていく。

 ホイルジャック、偉大な科学者であり戦士に敬意を表す。ホイルジャックのした犠牲は無駄にはしないと誓った。

 

 

 

 

 

 朝日がオートボット達が寝るトレーラーに降り注いだ。オートボットの中で一睡でもした者は誰一人としていない。オプティマスが死亡したという事が未だに信じられず、ディセプティコンの連中を今度という今度は叩き潰してやろうと憤ったり、サミットの結末を心配したりと不安要素がありすぎて眠れないのは当然だった。

 オプティマスがいなくても自分たちをPRしようと思えば出来るが、そういったものはあまり慣れていない。

 ガンガンッとやかましくトレーラーのドアを叩かれてオートボットに朝が来た合図を送られた。開錠される音がしてドアが開くとビークルモードはたまたビーストモードのトランスフォーマー達はゆっくりとトレーラーから降りて来た。

 オートボットの視線の先にはウッドマンが車椅子に座っている。高そうなスーツを着こなしてびっしりと決めている。後ろで車椅子を押すカレンも昨日とは違うスーツを着用していた。アイアンハイドが先にトランスフォームしてそれに続いて他の皆も車や恐竜、スペースジェットからロボットへと形を変えた。

「オプティマス・プライムの件はジェットファイアーから聞かせてもらったよ。とても……残念だ。私がなんとかしてキミ達が味方であると証明してみせる」

「あなたお一人ではありません。私たちも精一杯証明しますよ」

 と、副官ジャズは片膝をついてそう言った。

「アイアンハイド、オプティマスはキミに指揮権を譲渡した。頼むよ年長者さん」

「あ、ああ。わかっている、ちゃんと果たしてみせる」

「おいおい、こんな短気な爺さんで大丈夫かよ? 癇癪を起こして会場を爆破しなきゃいいけどなー」

 緊張を緩めようとワーパスが冗談を口にした。

「お前こそ何をしでかすか分かったもんじゃない、勘に触るような事を言われて口より真っ先にガトリングが飛ばないか心配でならないぞボウズ」

「何を~!」

「なあなあ、オレ達ダイノボットは今日も黙ってればいいのか?」

 不意にスラッグ達の質問が飛んで来てアイアンハイドは首肯した。

「余計な事は喋らない、喋って良い時は私が言う。OK?」

「OK!」

 適度に緊張感が払拭されて凝り固まっていた表情にいささかの明るさが復活した。ウッドマンは内心、オプティマスが死んで意気消沈しないか心配だったがそれは杞憂だったようだ。トランスフォーマーはオートボットはウッドマンが考えている以上に強く逞しい存在だ。

「はいはい、話は済んだかい? それじゃあ会場へ行こうか」

 ウッドマンを先頭にドーム状の会議場へと入って行く。トランスフォーマー用にも作られた通路は広く設計されてウッドマンは巨人の世界にでも迷い込んだかのような錯覚に囚われそうだ。短い廊下を抜けると昨日会った面々が変わらず揃っている。

「おはようございます、ウッドマン卿にオートボットの諸君」

 フィリップス大統領は挨拶した。

「おはようございます」

 と、ウッドマン。

「バーウィップ、グラーナ、ウィーピニボン」

 緊張したアイアンハイドがつい宇宙共通の挨拶を述べてしまいジャズは肘で小突いた。

「あ、いや。おはようございます」

「アイアンハイド、宇宙共通挨拶は地球人には通じないんだよ? 忘れたのかい?」

「すまんジャズ、緊張してしまった」

 奇妙な言語に一同は眉をひそめた。挨拶のつもりで言ったが、理解不能の言葉に不信感を覚えた。恐らくここにいる皆は脳内で『皆殺しにしてやる』とか『地球は我等の物』などとマイナスなイメージに取られてしまったに違いない。

「まあ、昨日の続きから始めようか」

 フィリップス大統領達との会談を皮きりにショーン・バーガーが真っ先に手を挙げた。

「皆さん! このような会談はもはや無意味です!」

 世界有数の巨大企業のトップであるバーガーは極めて発言力があった。

「何を言い出すのかねバーガー君?」

「バーガーめおつむの方がオムツになったのか?」

「もうろくしたなバーガー」

 と――あちこちから不審な声が上がった。

「バーガー君、少し落ち着きたまえ。キミらしくない」

 フィリップス大統領がなだめようとしたが、バーガーは止まらない。

「大統領、私は昨夜、重要な情報を掴みました。昨日はオプティマスがディセプティコンという悪の組織がうんぬんなどと言っておりましたがインチキもいいとこ! オートボットこそ真の悪! 正義面したペテン師の集まりですぞ!」

 唐突にいわれもない暴言にオートボットは腹が立ったが、何とか落ち着いた。少なくともジャズとパーセプターは。

「何だと!? もう一回言ってみろ! ジジイ!」

 アイアンハイドはそうではなかった。

「聞こえなかったのか? ペテン師だ、インチキロボット、宇宙のクズ、チンピラ、ゴロツキ、侵略者だ!」

 バーガーは畳みかえるように罵倒した。

「セイバートロンじゃそれは喧嘩を売る言葉だぞ」

「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって!」

 ワーパス、アイアンハイドは身を乗り出して今にも飛びかかろうという勢いだ。

「やめろ! 二人とも! 冷静になれ!」

 熱くなった二人を鎮めたのはウッドマンだった。相変わらずの冷静さで眉一つ動かさず静かに言い返した。

「バーガーさん、そこまで言うからには何か証拠でもあるのでしょうね?」

「あるとも、決定的な証拠がな」

 バーガーは自分の部下に命じて誰にでも見えるくらいのとても大きなモニターを持ってこさせると再生機などを置いて準備を進ませた。

「皆さん! それでは決定的な映像をお見せしましょう! オートボットがいかに極悪非道な連中かこれで一目瞭然です!」

 バーガーがリモコンの再生ボタンを押すとメガトロンが巧妙に細工した例のスピリットキャノンの映像が流れた。もちろんオートボットはポカンと口を開けており一体何をしているのか理解が追い付かなかった。

「見てください、あの大きな宇宙船を。そして船体に刻まれたエンブレムを!」

 バーガーに指示されてトリプティコンの体を注視すると本来ならばディセプティコンのマークが刻まれている所にオートボットのエンブレムが描かれていた。トランスフォーマーについてまだ詳しい事を知らない人間達はざわめき、嫌な事を囁き始めた。それに対してオートボットは猛反論した。

「こんなインチキ映像をよく流せたな! ペテン師はどっちだ!」

 アイアンハイドは感情を露わにして叫んだ。

「黙れ悪の軍団め! お前たちはここに全ての戦力を持ってこずに宇宙や火星にまだ戦力を隠しているのだろう! どうですウッドマン卿、あなたまだこのような連中の肩を持つのですか!?」

 ウッドマンはアイアンハイドの顔を見上げた。

「まさかあんな戦艦、持ってはいないだろう?」

「当たり前です。あれはディセプティコンのトリプティコンという化け物、私たちじゃない! あの映像は細工されている……! そしてあんな映像を撮れるのはディセプティコンしかありえない! あのたぬきめ、よくもこんなデタラメを!」

「見苦しい言い訳だ。よく見ていろ!」

 映像はまだ続き、見覚えのないオートボットの戦士がスピリットキャノンを発射してそれをスタースクリームが受け止めている。スタースクリームの死と引き換えに地球が救われた映像になっていたのだ。オプティマスの死を冒涜された気になりオートボットは激しく怒った。

「でっち上げです! オプティマスは自分の命と引き換えに地球を守った! 彼はもういない!」

「オプティマスがここにいないのとこの映像がお前たちでない事と何の繋がりがある? 大方、オプティマス・プライムは兵力でも集めているのだろう? この地球を植民地化する為にな!」

 続いてまた別の映像、本来ならばショックウェーブが士道や精霊達を捕えて無理矢理に反転させようというシーンだったが、ショックウェーブは編集でパーセプターに変わっていた。琴里は人質という体なので映像には映っていない。

「何だ? 何で私が映っていると言うんだ? これは何かのジョークか?」

「ジョークなもんか、お前たちはここに映っている少年を拘束して体を改造した。少年の妹を哀れにも人質として取ってな。そして精霊達の霊力を無理に搾取してあの最悪の兵器を作った。そうだろ!」

「少し待ってもらえますかなバーガー氏」

 先ほどからずっと話しっぱなしのバーガーを虎太郎は止めに入った。

「オートボット、この映像が偽物であれ本物であれ、私はキミ達の滞在を否定するだろう。もちろん、ディセプティコンもだ。私たちに関わらないで欲しい。キミ達の戦争はキミ達だけでやってくれ。ここは地球、キミ達の戦場ではない」

「私たちも地球でドンパチするつもりは無いんだよ」

 ジャズは一歩前へ出て話を始めた。

「ディセプティコンがこの星を狙っている以上は捨て置けないんだ」

「嘘に決まっている! お前たちはアスガルドに取り入り、技術の提携をしている筈だ。ウッドマン卿、あなたもオートボットから利益を得ているのでは?」

 再びバーガーが吠え始めた。

「根も葉もない話です。憶測で語るのはやめていただきたい」

「ほう? ならば何故、DEMにオートボットを襲わせた?」

 バーガーはボタンを押して次にオメガスプリームによるDEM侵攻の映像を流した。その瞬間、ウッドマンの額にじわりと汗が滲んだ。オメガスプリームの件は正真正銘、事実だ。しかし、ここでいくらDEMが極悪な企業だと訴えても逆に怪しまれるだけだ。

「DEM、三歳児ですら知るこの巨大な企業は地球の科学技術の父です。オートボットの戦士はここを突如襲った。エリオット・ボールドウィン・ウッドマン、あなたはライバルたるDEMを潰したかったのでは?」

「アイアンハイド、命令してくれよ。そうすれば――」

「やめろワーパス、手を出せば終わりだ。ウッドマン、何か言い返せないのですか?」

「DEMの悪行を知るのは極々僅か、私たちが言い返しても怪しまれるだけだ……!」

 バーガーはニヤリと口角をつり上げた。

「大統領、それに各国首脳の皆さん。ご決断の時です。オートボットを追い出すか否か、そして人類を売り、エイリアンに加担するこの男を処断するか選んでください」

 会場にいる大勢の重鎮は顔を見合わせたり、ひそひそと小声で話し合った。

「さァ! ご決断を――」

 

 

 

 

 

「うっぷ……気分悪ー」

 最悪の目覚めを迎えた耶倶矢は頭を押さえてうな垂れた。反転の影響で体に負荷がかかりだるくて重い、そんな感覚に陥っていた。

「おぉー! 耶倶矢! 目が覚めたのだな! シドーが私の為に軽食を用意してくれていたのだぞ!」

 軽食の超デカ盛りトンカツ定食を凄まじい勢いで食べ進める十香を見て一瞬で元気だと分かった。起きて一発目からそんな胃もたれしそうな物を食べれるのは元気の証だ。いや、バカの証かもしれない。

「よくそんな重たーいの食べれるわね」

「む? そうかそんなに重たいのか、私はへっちゃらだぞ? 耶倶矢も食べるか?」

「いらないし! あんたの人間離れした胃袋とあたしの胃袋は違うの!」

 耶倶矢の枕元にはサンドイッチが置いてある。本来ならこういったのを軽食と呼ぶのだ。けれど耶倶矢には小さなサンドイッチを食べるだけの食欲もない。

「食欲湧かないな~……」

「あらあらダァメですわよ耶倶矢さん、食べれる時にしっかり食べておかなくては」

 目を覚ましたばかりの狂三、その手にはクロワッサンが収まっている。

「グリムロックさんに続いてオプティマスさんの死は辛いでしょうが、悲しんでいる暇はありませんわ。ディセプティコンはきっと仕掛けて来ますわ」

 クロワッサンを頬張りながら言うと残念ながら緊張感に欠ける。

「またシドーを狙って来るのであればもう今度はコテンパンにぽっこぽこのケチョンケチョンにしてやるぞ!」

「本来の精霊の力があれば、ですわね」

「……多分、ううん絶対ディセプティコンは士道を狙って来るよ」

「同感。夕弦もそう思います。或美島でスタースクリームが士道を連れ去りかけた件」

 のそっと夕弦も起き上がった。

「DEMへ誘拐されたし。ディセプティコンは士道を変に注目してるよね」

「答えは簡単ですぅ! だーりんが可愛いから誘拐されるんですよぉ!」

 美九が飛び跳ねるように上体を起こして声を張った。

「士道ってピーチ姫ポジなわけ? まあそりゃそうよね~。女装したらそんちょそこらの女より断然可愛いし~。あたしなんて良いとこナメクジよナメクジ」

 起き上がるなり七罪はネガティブな発言をしたかと思うとすぐに布団にくるまっていじけてしまった。

「七罪さんの情緒はどうなってるんですの?」

「シッー! 狂三ちゃん、それは言ったらダメなの! ――ハァ~イ、七罪ちゃん、いい子でちゅからお布団から出ましょうね~」

 ミノムシのようにして布団にくるまる七罪を美九は体を揺すって赤ん坊をあやすような口調で七罪の警戒心を解こうとした。

『あらぁ~七罪ちゃんってばネガティブモード突入だねい!』

「う~ん、じゃあ強行手段で引っ張り出しましょう!」

 美九は体をくねらせて七罪のベッドへと侵入すると固く閉ざした布団をこじ開けて中へと入って行く。

『わっ!? 何よ美九!』

『七罪ちゃんを光に解き放ちに来ましたよぉ~。お布団の殻から早く出ましょうよ~!』

『HA☆NA☆SE!』

 七罪の抵抗も虚しく、布団のから引っ張り出されてしまい、無理矢理美九の膝の上に座らされると逃げられないようにぎゅっと背中から抱き締められていた。七罪は酷く不満そうだが、美九は七罪にスリスリと頬ずりしたりとスキンシップが激しかった。

「げぷっ……よぉし! もしも次にシドーがさらわれるような事がないように私達は全力でシドーを守るのだ!」

「士道さんをお守りするのは構いませんが、どうしますの? まさか体を縄で戒めるなんて言いませんわよね?」

「――それは既に実行済み」

 冷淡な声が医務室に響き、自然と視線がそちらの方へ注がれた。出入り口には折紙と真那が士道を持ち上げて運んでいた。

「シドー!? おい折紙、シドーを離せ、嫌がっているではないか!」

「これは士道が望んだ事、士道はこういう趣向にチェンジした」

「人をMみたいに言うな!」

「驚愕。やはり士道はそっちでしたか」

「何がやはり何だ夕弦!?」

 

 士道を空いているベッドに置いてようやく縄をほどいてもらった。ずっと同じ態勢だったので肩や腕に痺れるような感覚が残っている。腕を回したり、軽い運動で体をほぐすと士道は真剣な顔つきになった。

「ディセプティコンが本気になればフラクシナスも長く保たせられないと思う」

「ですわね、オメガスプリームさんがいますが、相手もオメガスプリームさん並みの敵がいますわ。そちらの相手で護衛どころではないですわ」

「オートボットも弱っている。そちらを当てにするのは危険」

「逃げるというのはどうなのだ? この町の外にシドーを出す。もっともっと遠い所へ」

「遠い所か……。まさかエジプトまで逃げるハメにならないよな?」

「そこまで逃げてもらった方が良いかもしれませんわね」

 話し合いが続いている最中、医務室のドアが開いて琴里と令音が顔を出した。

「お取り込み中悪いけどオートボットが帰って来たわ。出迎えに行きましょ」

 

 

 

 オートボットが帰って来た事が分かったのは基地のテレトラン1が知らせてくれたからである。オートボットとそれに見慣れない人間達の姿もだ。

 オートボットが一度基地へと戻ったのはこの星を去る為の宇宙船を取りに来る為である。地球の原始的なロケットは信用出来なかった。オートボットの追放が決まり、かつてロックダウンが乗っていた宇宙船“デスヘッド”をまたまた利用する事になる。

 ユニクロンと決着をつける際に使ったくらいだ。オートボットはデスヘッドを天宮市の市街地の外れにまで運んでいた。人気のないだだっ広い平野でデスヘッドを発進させるに十分なスペースがあった。

 着陸用のバーが船体から四本伸びて地面に突き刺さっている。船体下部からは乗船用のダクトが降りて、オートボットはまさにそのダクトに足を乗せようとしていた所だった。

「みんな! どこへ行くのだ!」

 十香の声にオートボット、それにバーガーと彼が率いる私設軍隊が振り返った。

「何だ、あの小娘は?」

「バーガーさん、あれは例の精霊達とオートボットに操られている子供達ですね」

「何と!」

「おい、貴様! オートボット達をどうするつもりなのだ!」

 十香は噛み付くように叫ぶ。

「心配しなくても大丈夫だよお嬢ちゃん。悪の軍団オートボットは無事に地球から排除される」

「――――ッ!?」

 士道一同は驚愕で目を見開き、口を大きく開けた。

「オートボットが……追放? アイアンハイド、何で言い返さなかったんだよ!」

「すまない士道、私の力不足だ。それに地球の決議には従うと。オプティマスも言った。例えそれがどんな結末でも」

 これがオートボットとの最後、そう思うと胸が苦しくなってくる。

「耶倶矢、夕弦」

 ジェットファイアーは二人を呼ぶと片膝をついて、二人に顔を近付けた。

「短い間だったがキミ達といた時間はかけがえのない時だった」

「ジェットファイアー……やだよぉ、どうにか出来ないの?」

「出来ない……。耶倶矢、火星の石を忘れないで欲しい」

「火星の……石?」

 ジェットファイアーはクリスマスに渡した火星の石を指差した。耶倶矢と夕弦はそれはサンタクロースからもらった物だと思い込んでいるので言っている意味が分からなかった。

「早く艦に乗れ!」

 バーガーに言われ、オートボットはデスヘッドに乗り込んだ。ダクトとバーを格納してデスヘッドはゆっくりと浮かび上がる。スラスラーに青い炎が点火、そしてオートボットを乗せた船は気が付くと空の彼方へと消えていた。

「オートボットを追い出して何をするつもりなのかしら? バーガーさん。それとウッドマン卿は?」

 琴里は不機嫌そうな声で尋ねた。

「ウッドマン卿は地球をエイリアンに売りかけた者として拘束している。安心したまえ、キミ達の安全は私が保証する」

「ふざけないで! ウッドマン卿を拘束!? 一体なんの権限があって――」

「全ては議会の決議だ」

 バーガーはそう言い残して自家用車に乗り、私設軍隊を率いて行ってしまった。

「いよいよ、逃げないとダメみたいね」

「ああ……なるべく人が少ない所だな。すぐに準備する」

 

 

 

 

 デスヘッドで大気圏を突破した所でオメガスプリームと合流を果たした。これからどうするかを皆で話し合うのだ。セイバートロンは不毛の地、他の仲間とは連絡が出来ない。

 オートボットを乗せた艦を観測する者がいた。

 エレンだ。ただしエレンはペンドラゴンを纏うのでなく、更に巨大なユニットを装着していた。ホワイトリコリスよりも二回り大きなショックウェーブお手製の拡張ユニット“アルテミス”はデスヘッドに向けて宣告も無く両腕の巨大アームから極大のレーザー砲を発射した。

 レーザー砲は命中、船体は傾き、黒煙を吐き出している。スラスラーを一基破壊されてスピードは大きく減衰してただでさえ狙いやすい大きな的が更に狙いやすくなった。

「オートボットの皆さん、聞こえていますか?」

 エレンはデスヘッド内のオートボットに通信を飛ばした。

『だ、誰だコイツ!』

『不意打ちとは卑怯だぞ!』

「エレン・M・メイザース、あなた達に未来を潰された者ですよ。覚悟して下さい」

 デスヘッドと平行して巡航していたオメガスプリームはスペースシップからロボットに形を変えるとエレンをロックオンした。

《ターゲット:エレン・メイザース》

 口調が機械的な冷淡なものに切り替わる。

《ミッション:DEM残党、完全破壊》

 オメガスプリームは全身のポットからミサイルを発射、灰色の煙が弧を描いてエレンの頭上や左右、下部からと四方から包み込む形で迫って来た。

 二本の巨大アームと護衛艦並みの大きなバックパックを備えたアルテミスはそのバックパックからオメガスプリーム同様にポットを開放、圧倒的な数のミサイルを放った。

 オメガスプリームとエレンのミサイルが宇宙空間でかち合い、爆発の幕が両者との間に形成された。

《警告:逃げろ》

 オメガスプリームはオートボット達を逃げるように促した。傷付いた艦ではまともに戦えない。それにアルテミスを纏うエレンの戦力は桁違い、オメガスプリームはそう判断した。

「逃がしませんよオートボット!」

 エレンは巨大なユニットを背負っているにも関わらず、メインブースターを噴かしてデスヘッドを追いかけた。エレンやオートボットが交戦しているのは地球から離れ、太陽の付近だ。

 オメガスプリームはエレンを止めようと腕からレーザーを照射したが、アルテミスのアームに蓄積された極大の光線がオメガスプリームのレーザーを相殺した。

 今度は体内に収容されたエアーボットを向かわせたものの、アルテミスのバックパックから無数のビットがエアーボットとかち合った。

「太陽に消えなさい!」

 対艦ミサイル、大口径機関銃が逃げるデスヘッドを穴だらけに変え、船体の破片が舞った。

『う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

 通信越しにオートボットの悲鳴が聞こえて心地いい気分だ。四基あるスラスラーの内三基は大破、並行装置も破損、デスヘッドはゆっくりとだが確実に太陽目掛けて傾き始めた。

「さあ、さあ! オメガスプリーム! 仲間は太陽目掛けてまっしぐら、私を攻撃している場合ですか!?」

 そうまくし立てるエレンの言葉などオメガスプリームの耳には入っていない。エレンへの攻撃を中断してオメガスプリームはデスヘッドの救出に向かっていた。太陽に真っ直ぐ落ちて行く船体をオメガスプリームはしっかりと抱えて背面のスラスラーを最大出力で噴射した。

 船を軌道上に乗ればなんとかなる。だが、船は落下の勢いが収まらず、オメガスプリームも太陽という煉獄へ向けて押し込まれ出した。

「終わりです! オートボットォ!」

 アルテミスのアームから長いバレルが伸びると砲口はバチバチと電気を帯び、次の瞬間、レールガンは発射と共にオートボットの船を粉々にした。

「アイクの仇、討ち取りましたよ……!」

 エレンは腹の底から高笑い、帰投した。

 果たしてオートボットの運命はいかに……?

 

 

 

 

 

 トリプティコンのブリッジでは各々、任務を完了したディセプティコン達が戻って来ている。スタースクリームも任務を完遂して腹立たしいくらい堂々とした顔でブリッジに立っている。

「いやはや、すまないスタースクリーム、お前の実力を疑っていたがよくやったぞ」

「え……あ、はい……あの……はぁ、ありがとうございます」

 意外にも素直に褒められてスタースクリームはむず痒く感じていた。褒められるなど本当に久しぶりの経験でどういう反応を取っていいのか分からなかった。

「無事の帰還を喜ぶ前にだな――」

 メガトロンは水色の塗料が入っているバケツを手にヘラを使ってスタースクリームに塗料を塗り始めた。

「何するんです!? 俺の美しいボディに!」

「黙っておれ、人間にはお前は死んだという設定になっておる。だから別人にならんとな」

 コンバッティコンも手伝って、スタースクリームは瞬く間に水色のカラーリングに変えられてしまった。

「酷い……これではサンダークラッカーですよ!」

「少しの辛抱だ。我慢しろ。サウンドウェーブ、スタースクリームは儂と共に来い。トリプティコンは衛星軌道上で待機、人間が行軍する気配があれば教えろ」

『へあ? わかりました』

「ショックウェーブ、お前は儂の合図で天宮市にエネルゴンタワーとダークマウントを落とせ」

「御意」

「エレン! エレンはどこだ!」

 メガトロンが叫ぶとたった今帰還したエレンはブリッジに入って来た。

「お呼びですか?」

「エレン、貴様はダークマウントが降りた際にフラクシナスを落とせ」

「プレダキング、コンバッティコンは残りの敵勢力の排除、及び五河士道の捕縛だ」

「了解しました」

「コンバッティコン、やるぞォ!」

「ディセプティコン! これが最後の戦いだ! 地球を乗っ取り、セイバートロンを蘇らせるのだ!」

 メガトロンの声にディセプティコン達は士気が高まって行く。メガトロンの声に応えて兵士達も声を上げて戦意を奮起させた。

 行軍開始は明朝。午前五時。

 平和が欲しければ、敵を殲滅せよ。

 

 

 

 

 

 ストレスで死にそうだ。燎子はそう思い、朝を迎えた。オートボットを追い出したという報道はエイリアンを撲滅して平和を確立したかに見えるだろう。だが燎子はもちろん、天宮市で戦った自衛隊はディセプティコンの驚異を知っている。

 例えどれだけ正しい事を言っても一介の兵士に発言力も説得力もない。燎子や他の隊員の声は上層部に受け入れてもらえなかった。

 燎子の出来る事は戦いに備える事に尽きる。今やショーン・バーガーの名を知らない者はいない。エイリアンを追放して、地球を目に見えない驚異から救った英雄扱いだ。

 ただの欲の皮が突っ張ったマヌケが一夜でこの有り様だ。

 テレビを付ければ燎子はいつも腹立たしく思う。まずバーガーの何が気に入らないと言うと体型だ。

 醜く太った様で寒気がする。次に高圧的な態度だ。英雄扱いから英雄気取り、まるで世界のトップにでも立ったという程の威張りっぷりだ。

 日課のトレーニングを自宅で済ませ、職場へ足を運ぶ。そしてASTのトレーニングを終了して終わった頃は昼過ぎだ。

 午後一時、休憩室で昼食を取る燎子はいつも頼むサバの味噌煮定食の前で手を合わせていた。

「いただきます」

「いただきまーす! 日下部隊長はサバの味噌煮が好き何ですね! いつも食べてますよ!」

「ええ、大好きよ」

 燎子は休憩室にあるテレビをつけるとバーガーが映っていた。

「ちっ……」

 燎子は軽く舌打ちした。

「ショーン・バーガーですね。トランスフォーマーとの会談でオートボットの悪を見つけ出したって言う……」

「オートボットが悪……ねえ。ミケ、あなたはどう思うの?」

「ふぇ? 私ですか? あんまり面識ないですし……」

 ASTの敵、しかし人間の敵ではない。燎子の見解はこんなものだ。

 不機嫌極まる表情で燎子はテレビの画面を睨みつけていた。

『皆さん、オートボットを追い出す事に成功した我々人類ですが、次なる進化のステージに立つ時です。エイリアンの出現は宇宙にまだまだ可能性があるという事、その進化を手助けしてくれる力強い味方を手にしました!』

 燎子は嫌な予感がした。燎子だけではない、このテレビを見ていてトランスフォーマーを良く知る人物はとてつもなく嫌な予感がしていた。

『では私達の良き協力者であり同盟者、ディセプティコンの皆さんです!』

 バーガーの後ろの赤いカーテンが取り外され、現れたのはメガトロン、サウンドウェーブ、そして色違いのスタースクリームだ。

 燎子は口に含んでいた水を吹き出した。

「何ですってぇ!? ミケ、バーガーはどこでこの放送をしているの?」

「えぇ? 多分天宮テレビ局だと思うんですけど……」

『地球の皆さん、初めまして私はメガトロンです』

 メガトロンが話し始めた。優しい口調でテレビ局や大多数の人間の警戒心を解いて、メガトロンの言葉や話し方はどこか説得力を感じさせる妖しげな魅力があった。それは演技でもなく彼が本来持ち得るディセプティコンを束ねる者としての才能だろう。

『今やオートボットという巨悪は去り、地球の平和が保たれ私は本当に嬉しく思っています』

 テレビをつけっぱなしで燎子は兵器庫へ走って行き、美紀恵もその後を追った。

『ではミスター・メガトロン、オートボットがいない地球で何をするおつもりですか?』

『よく聞いてくれたなウジ虫共』

『は?』

 スタジオにいた人間は一瞬、耳を疑った。今、言ったメガトロンのセリフが聞き間違いであって欲しいと願った。

『儂の目的はな、このちっぽけな星のエネルギーを吸い上げて空っぽにする事なんだよ』

『何だって!?』

『何ですって!?』

 驚きを隠せない人を尻目にメガトロンは続けた。

『我が友、ミスター・バーガーがオートボットを追い出してくれたおかげで儂等は楽に侵略が出来るのだ。バーガーには感謝だ』

 放送事故どころではない。

 ディセプティコン達が寝返った瞬間のバーガーの顔は後生にもずっと残していける程、驚きを体現していた。

『そんなバーガーな!』

『バーガー! この裏切り者!』

『貴様こそ人類を売ったな!』

『くたばれバーガー!』

『バーガー! 恥を知れ! 恥を!』

 騒ぎ立て罵詈雑言を浴びせるスタッフ達、まんまと騙され、最悪の敵を敵と知らずに招き入れてそして同じ人類には売国奴と罵られる。この場合は売星奴と言うべきか。

『ショックウェーブ、始めろ。まずはこの天宮市を陥落させるのだ』

 メガトロンの命令でショックウェーブは宇宙空間のトリプティコンを操作して九本の柱を射出、精霊の霊力、CR-ユニットの使用を大きく制限するエネルゴンタワーだ。

 天宮市を囲う山脈、そこからはスタースクリームが仕掛けた球体が赤外線を発し、その地点へとエネルゴンタワーが突き刺さった。

 そして、ディセプティコンの新たな拠点となるダークマウントが来禅高校を踏み潰して打ち立てられた。ダークマウントを中心に九本のエネルゴンタワーは天に向けてエネルギー波を放ち、瞬間的に不可視のドームを作り上げてしまった。

 ディセプティコンのあまりの手際の良さを疑問視する者は殆どいない。天宮市に住まう住人は生きて日を拝む事はないだろうと諦めていたからだ。

 

 

 

 

 

 非常事態ではやはりラタトスク機関は動くのは早い、フラクシナスのやるべき事はエネルゴンタワーの破壊、一刻も早くに町のシールドを除去して軍隊の助けを求める事だ。

「司令、被害は恐ろしい速度で広がっています!」

 神無月は偽りの仮面を脱ぎ捨てて動き出したディセプティコンが出した被害報告をした。

「被害報告はいいわ! メガトロンは今どこにいるの!?」

「天宮テレビ局にまだいます!」

 箕輪が答えた。

「天宮テレビ局へ急ぎなさい! この艦の火力ならメガトロンは問題なく潰せる筈よ!」

 フラクシナスの船首を傾けて船体を天宮テレビ局へと向けた。ミストルティンの砲撃ならトランスフォーマーのボディも簡単に融解させる事が出来る。それに今はメガトロン以外にサウンドウェーブにスタースクリームがいる。二人の参謀も葬れれば勝機はある。ディセプティコンの致命的な弱点は指揮官がいなければ烏合の衆に過ぎないという事だ。フラクシナスが不可視迷彩(インビジブル)を解除、大きな空中艦がその身を現した。

 メガトロンはテレビで公然と人類に対する明確な敵対を意味する言葉を放ったのだ。メガトロンを倒しても文句は言われないだろう。住民の避難は思ったよりも進んでいる。空間震警報がなくとも空から巨大な柱が降って来たのだから本能的に危機を察知してシェルターへと逃げているのだ。

 まもなくテレビ局だ。

「テレビ局の人間は既に退避が完了しています。バーガーも逃げていますよ」

「好都合よ、あの男には正式に裁かれるべきね。それにウッドマン卿を裏切り者扱いした事を謝ってもらわないとね」

 琴里は足を組み直した。フラクシナスの船首に長大な砲身が出現した。魔力砲、ミストルティンの充填完了までもう間もなくだ。

「ミストルティン、魔力充填、完了!」

 報告が聞こえ、琴里は思い切り声を張った。

「撃て――――」

 フラクシナスの主砲が今まさにテレビ局を消滅させ、メガトロンを焼き尽くす寸前だ。レーザー砲が横殴りに降り注ぎ、フラクシナスは船体を平衡に維持出来ずにあらぬ空間に向けて主砲を放ち、エネルゴンタワーの幕に当たり消えてしまった。

「何なの!?」

『ごきげんよう、ラタトスクの皆さん」

 艦橋の大型スクリーンにエレンの顔が表示された。邪悪な目に満たされてDEMにいた頃以上に禍々しく、強さの深奥にまだ底が見えない。それはエレンが装着する巨大な拡張ユニットの影響も強いであろう。琴里はエレンの顔を見て露骨に嫌な顔をした。こんな時にとんだ邪魔が入ったものだ。

「ごきげんよう、エレン・メイザース。邪魔しないでもらえるかしら? 余計な事をすると怪我をするわよ」

『強気ですね。良いです、その方がやりがいがあります。一つ、あなた達に悲報があります。オートボットは呼んでも来ませんよ』

「私たち人間が彼らを追い出しものね」

『そういう意味ではありませんよ。オートボットが乗る戦艦は私が撃墜しました。今頃太陽でドロドロに溶けてなくなっている筈です』

「精神的に揺さぶりをかけようって魂胆? そんなのお見通しよ」

『どう考えようと勝手ですが、オートボットが来る事はない。その結論に変わりはありません。そして――』

 エレンのアルテミスが武装を展開、全ての武装の照準をフラクシナスにロックオン。バックパックのポットが開放されると多連装ロケットが次から次へと絶え間なくフラクシナスに死の雨と化して降り注ぐ。

『あなた達の死も変わらない』

 船体が大きく揺れて船員達は適当な物にしがみついてなんとか姿勢を保持していた。

「こちらからも打ち返しなさい!」

 怒声にも似た琴里の声にクルーは慌ててキーを叩き火器を働かせた。対艦ミサイルを数十発、灰色の軌跡を残してアルテミスへ向かって行った。高度な迎撃システムはフラクシナスから飛来する対艦ミサイルを機関砲で叩き落とし、エレンは多少の被弾を覚悟してフラクシナスに肉薄した。フラクシナスには及ばずとも十分に大きなサイズを誇るアルテミスのタックルは強烈だ。側面に回り込まれたがサイドガンが展開されてアルテミスの装甲に穴を空けた。

 距離を詰めてからエレンは膨大な火器に晒されつつも至近距離で二本のアームを砲身に有りっ丈の量を凝縮し、溜めこんだエネルゴンを解き放ち、フラクシナスの船体をぶち抜き、とてつもない風穴を空けたのだ。

「司令! この船はもうダメです!」

「墜落します!」

「中津川、ミストルティンの準備をしなさい……。後は機体の姿勢に努めなさい」

「琴里、悪いがミストルティンを撃っている余裕はない。今もこの艦は墜落に向かっているんだよ?」

「自信の消失や諦めは禁物よ。司令官は最後の最後まで自信を持つ。司令官は私よ、私を信じなさい」

 クルーは固唾を飲み、琴里の指示に従った。司令官ならなんとかしてくれる、司令官ならこの状況を打破してくれる。クルーは琴里への期待を本物にすべくカタカタとキーを叩き、ミストルティンの準備そしてボロボロの船の姿勢をなんとか保持しようとした。

 墜落に向かうフラクシナスを見てエレンはトドメを刺そうと落ちていく船を追いかけた。

「フラクシナスもラタトスクもこれで終わりです!」

 二本のアームはレールガンの銃身に切り替わり、ロックオンサイトがフラクシナスに狙いを定めた。トリガーを引きレールガンが発射されると背中を見せていたフラクシナスがその時大きく旋回、その際に一発は外れ、もう一発はかすっただけであった。次弾を発射しようと準備を進めているとエレンにはそのような余裕はなかった。フラクシナスは落ちながらもミストルティンの魔力を蓄えていた。フラクシナスに飛ぶ元気はないが、エレンを撃ち落とす事くらいは出来る。

「ミストルティン、発射!」

 轟音と共に巨大な魔力砲は天を貫かんと撃ちだされる。エネルギーの本流にエレンのアルテミスは船体の半分を消滅させられエレンは悔しさに顔を歪めながらアルテミスを放棄した。ペンドラゴンを纏うエレンはなんとか逃げ出し、フラクシナスが墜落して行く様をじっくりと眺めていた。

「最後の攻撃……侮れませんね」

『よくやったエレン、フラクシナスを見事に落とすとはな』

 メガトロンが気分よく、賞賛の通信を送ってきた。

「いいえ、アルテミスが破壊されました」

『構わん、それよりもフラクシナスが消えた方が連中としては大きな損失の筈だ。これより、コンバッティコンやプレダキングが町の制圧に向かう。貴様は言われた通り、エネルゴンタワーの制御装置の防衛に努めるのだ』

「了解しましたメガトロン様」

 その日、ディセプティコンは天宮市を支配した。町では自衛隊の抵抗もあったが、戦いと呼べるような物は何一つ起こらなかった。戦いはあまりに一方的で圧倒的だった。政府は天宮市の奪回を諦めた。

 そうだ、この町は地球から見捨てられたのだ。

 高くそびえ立つディセプティコンの本拠地、ダークマウント。そこからはメガトロンの邪悪で残酷な笑い声が聞こえ続けていた――。

 



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51話 One shall stand, one shall fall PART 2

次回で最終回です。
複雑な気持ちですね。


 天宮市がディセプティコンの手に落ちてから早くも三日が経った。初日の襲撃で見事に陥落したこの町を奪回しようと自衛隊基地から何機もの偵察機、戦闘機、攻撃ヘリコプターがやって来たが全てたたき落とされてしまった。航空自衛隊の戦力もスタースクリーム、ショックウェーブ、ブレストオフ、ボルテックスの四人に遮断されて町に寄り付きも出来ない。

 機甲部隊の進撃もプレダキングが排除してくれた。最高級戦車をおもちゃのように投げ、踏み、粉砕して回った。時間が経てば町にトランスフォーマーの対空砲が設置され、町の防衛は更に堅牢なものとなった。

 ダークマウントの頂上には王座があり、そこに座するのはもちろんメガトロンだった。町の制圧を完了して地下から大量のエネルゴンを吸い上げて本来なら笑いが止まらない状況だった。だが、メガトロンの顔は険しく、ディセプティコンの兵士はその様子にビクビクとしていた。

「まだか、まだ見つからんのか五河士道は!」

 怒声と共に肘置きを叩いた。

「申し訳ありませんメガトロン様、捜索が難航しております」

 メガトロンが怒っていようともショックウェーブは一切ぶれない。普段と同じ声音で話した。

「人間一匹見つけるのに何故三日もかかるのだ!?」

「なにぶん、小さな種族ですので」

「ハァ~、やっとペンキが取れた。ようやく美しいボディが戻ったぜ」

 張り詰めた空気の玉座に気の抜けた声が響きわたった。水色に塗られた体を落とすべく仕事を放ってシャワーに行っていたのだ。

「スタースクリーム、五河士道の捜索はどうしたのだ?」

「はい? ああ、これから行きますよ――。げっ! まだ腰回りにペンキが残ってる!」

「この愚か者めが!」

 怒りいっぱいのパンチがスタースクリームに炸裂した。思い切り殴り飛ばされてスタースクリームはひっくり返り、尻餅をついた。

「何するんです!?」

「貴様のカラーリングなどどうでも良いわ!」

 倒れ込むスタースクリームをメガトロンは踏みつけて叱責した。

「人間を探せ! 人間一匹をだ!」

「とは言っても何十万人のウチの一匹ですよ!?」

「……」

 メガトロンは何かを閃くとスタースクリームから足をどけた。

「では人間共に探させれば良い。フハハハハ! サウンドウェーブ! カメラを用意しろ!」

「ハイ」

 メガトロンは王座に座ると王者たる堂々と胸を張った。そして少し待っていると中継用のカメラをサウンドウェーブがマイクをランブルが、スピーカーをレーザービークが運んで来た。メガトロンがこれから放送される映像は天宮市全域に流されるのだ。

 サウンドウェーブはカメラを構え、指でサインを送った。

「天宮市にはびこるウジ虫共よ。貴様等に命令を下す」

 映像では士道の顔が出ている。

「この小僧を探し出せ、期限はない。五河士道を捕らえた物には褒美をたっぷりとくれてやろう!」

 高圧的な放送はそこで終わった。

「なかなかの出来ですねメガトロン様?」

「ふん、これで少しは探しやすくなるだろう。サウンドウェーブ、今はどれくらいの人間が作業に従事し、どれくらいの人間がまだ逃げ回っている?」

「人口の九割ハ工場で奴隷トシテ働いてオリマス。僅かに抵抗シテイマスが、抵抗トハ呼べまセン」

「ほう……抵抗勢力か。我々に逆らう愚か者は叩いて潰せ」

「了解シマシタ」

「メガトロン、スペースブリッジの配置はもう完了したのだがスペースブリッジを何に使うんだ?」

 戦いには参加せずにアーカビルはメガトロンにスペースブリッジの大型化を命じられたアーカビルはそろそろスペースブリッジの使い道を知りたかった。

「スペースブリッジを何に使うかだと? ははは、もちろんセイバートロンを地球の隣に持って来る為だ」

「惑星を運搬するのか!? そんな事すれば地球はどうなる!?」

「もちろん地球はただでは済まんだろうな。しかしカラカラにエネルゴンを吸い上げてしまえばこんな星、どうなろうと知った事か」

「メガトロン! 地球のエネルギーを吸うのは構わない! だが地球の破壊は思いとどまってくれ! 儂が育った星が無くなるのは辛い!」

「何を言うか老いぼれ、ここまで手を貸しておきながら。そうだ、貴様にはもう用はないショックウェーブ、こやつを独房にたたき込め」

「はい、メガトロン様」

 ショックウェーブが手を伸ばすとアーカビルは白衣の裏側からレーザーガンを撃ち、ショックウェーブの手を火傷させた。殆ど効果がなくアーカビルは走って逃げ出したがサウンドウェーブが向かわせたレーザービークに呆気なく捕らえられてダークマウントの独房へと叩き込まれた。

「メガトロン様、アーカビルはどうするんで?」

 と、スタースクリームが尋ねた。

「地球と共に消えてもらうだけだ」

「エレンは、あいつはどうするおつもりです?」

「そうだな……人間にしては利用価値が高い。お前が好きにしろ」

「わかりました」

 

 

 

 

 

 遡る事三日前、フラクシナスが撃墜されて戦力の中核を失った。燃え盛る船体の中、クルーは奇跡的に全員生存していた。神無月は頭から軽く血を流していたが問題ない。他のクルーも体を負傷している。

 いつ爆発するか分からないフラクシナスからなんとか這い出した琴里以下数名。これから何としても士道達と合流しなければいけない状況だった。まともに動けるのは琴里だけで令音や神無月を率いてディセプティコンから逃げられるとは思えなかった。

「司令、早く逃げて下さい!」

 神無月が叫んだ。既にディセプティコン達が琴里達を捕らえに接近している所だ。

「バカ言わないでクルーを置いて司令官が逃げられるもんですか!」

「琴里、キミまで捕まればフラクシナスが払った犠牲は無駄になるッ」

 珍しく令音が声を張った。

「行くんだ。シンや他の子達にはキミが必要だ」

「行って下さい司令!」

「捕まらないで司令! ゴーゴー!」

 琴里はギュッと目をつむりクルー達に背を向けて走った。必ずディセプティコンから救い出してみせる。必ず、ディセプティコンを打ち倒す。琴里は心の中で何度もそう言った――。

 

 琴里が士道達と合流するとまずは作戦を考えた。士道をいかにしてディセプティコンの手に落ちないようにするかだ。それにはまずチームを分ける必要があった。

 士道、四糸乃、琴里のチーム。

 十香、耶倶矢、夕弦のチーム。

 狂三、七罪、美九のチーム。

 最後に折紙と真那のチームだ。現状、この二人が戦力の中核だ。人工精霊メタトロンとパーセプターお手製のCR-ユニットセンチネルはエネルゴンタワーの影響を受けずに行動出来るのだ。

 全員にインカムをセットして全てのチームには士道のクローンが投入されていた。

 クローン体でディセプティコンの目を欺くつもりだった。

「なあ琴里、三日もディセプティコンから逃げたは良いけどさ……これからどうするんだ?」

「予定では真那と折紙にあのエネルゴンタワーを破壊してもらうわ。でもタワーにもシールドが張ってあるから通常兵器がどうにもならないの。だから制御装置を見つけ出して破壊するのが最初の課題ね」

「エネルゴンタワーの破壊か……」

「防御膜が剥がれたら後は地球の軍隊がなんとかしてくれるかもしれないわ……」

 語尾に行くにつれて聞こえないくらい声が小さくなる。琴里にも正直な所、自信がない。地球の軍隊が総力を挙げてもディセプティコンが排除しきれるのか。もしかするとまだどこかに兵力を温存しているかもしれない。あらゆる考えが頭を巡ると琴里は少しずつ顔色が悪くなって来た。

「琴里、あまり一人で考え込むな」

 琴里の肩に手を添えて士道は身を案じた。

「ごめん……」

「折紙と真那が制御装置を破壊するまで逃げるしかないか……」

「今の私達じゃ……その……何にも出来ません……」

「エネルゴンタワーの所為で霊力が全く使えないんだったな」

 

 士道はふと空を見上げてると有無を言わさず琴里と四糸乃を突き飛ばした。強く尻を打ってしまい何か言おうとするもさっきまで琴里と四糸乃が立っていた場所にディセプティコンの兵士が着地した。

 強烈な衝撃と土煙で士道はひっくり返りながらも態勢を整えた。

「五河士道を確認しました。捕縛開始」

 ディセプティコン兵は士道へ手を伸ばして来るとそれをかわして足下へ潜り込み、未だに倒れている琴里と四糸乃の手を引いてひたすら走った。

 兵士はブラスターをしまい、大股開きで士道達を追いかけた。隆起したアスファルトを乗り越え、堀のようにえぐれた道に入り込んでと整地されていたいつもの道は酷い悪路と化していた。ディセプティコン兵は悪路をものともせずに歩き、徐々に士道達との距離を詰めて行く。

 逃げ切るのは無理か、そう考えて士道はスターセイバーを抜こうと胸に手を当てたと同時にディセプティコン兵の体を横一閃、更に縦に一筋閃いた。ディセプティコン兵の体は四つに分断され、立派な鋼鉄の体は無惨に瓦解した。

「大丈夫かね?」

 胴着を着込み、老いを感じさせる白髪頭にややしわぶいた顔をした六十を越えた辺りの老年の男性は日本刀を鞘に収めると琴里と四糸乃に手を差し伸べて起こしてやる。

「キミと私は何か縁があるのかな?」

 士道は男性の顔を見るとすぐに何者かを思い出した。いつぞやの剣道場の師範だ。

 狂三とのデートを動物園のチケットで支援してくれた事もある。

「先生……!?」

 士道は驚いた声を上げた。あの先生と再開を果たしたという事にだ。まだディセプティコンに捕まっておらず士道は安心もした。

「無事だったんですね先生」

「君もね。それにしても君も隅に置けないね。また美しいお嬢さんを連れて」

 親しげに話しかけて来る男性を見て琴里は肘で士道をつついて耳元でひっそりと尋ねた。

「士道、あの人誰? ってか何者?」

「ちょっと前にお世話になった先生だよ。俺を何度も助けてくれたんだ」

 名前も知らぬ剣道場の師範、士道が信頼を寄せているのなら大丈夫かと琴里は納得した。今はディセプティコン以外なら誰でも信用出来そうな気もする。

『いやぁ~すんごいね! 日本刀でぴゃぴゃっと片付けちゃうなんて! お爺さん何者?』

「ただの町の道場主ですよ。この町は想像以上に危険だ。それに君」

 その男性は士道を指差すとタブレットを投げた。タブレットを受け取ると電源を入れてみる。すると強制的にディセプティコンが流している映像に切り替わった。

『天宮市の愚民共よ! この少年を探せ! 捕らえた者にはたっぷりと褒美をくれてやる!』

「え……士道……さん?」

「ディセプティコン……人間に士道を探させるつもりね……」

「その通りだよ。くれぐれも気をつけるんだよ」

「ありがとうございます。あの――」

 士道はせめて名前だけでも聞こうとしたが、既にその男は走り去り、居なくなっていた。

「変な人」

「それでも俺の恩人だ。しかし参ったな~ディセプティコン以外に人間からも逃げなきゃいけないとはな……」

「出来るだけ人との接触を避けましょ」

「うん」

 

 

 

 

 十香、耶倶矢、夕弦そして士道のクローン体である心太郎のチームにはディセプティコンの魔の手が執拗に迫っていた。スタースクリームの直轄の航空部隊が十香達を発見し、空中からブラスターで威嚇しつつ迫っていた。

「無理無理無理無理~! もうダメだよぉ~! 捕まっちゃうよ~! やめてよして怖いよ~!」

「うっせーし! 士道はこんな弱音吐かないし!」

「耶倶矢、これはくろーんとか言う士道の偽物なのだ。士道ではないのだぞ」

「わかってるけどさぁ~」

「提案。心太郎が叫べないように口を縫い合わすというのは?」

「怖い!」

「乱暴過ぎるぞ夕弦!」

 航空部隊のブラスターは家屋に命中すると十香達の進行方向に瓦礫が落ちて道を塞がれた。

「危機。これはまずいです……!」

「じゃあ、こっちよ!」

 耶倶矢は心太郎の手を引いて家の塀を飛び越えようとジャンプした。力が少しでも行使していた頃の感覚で跳んだはいいが、見事に顔から塀にぶつかり、鼻を強く打ち目には涙が浮かんでいた。

「痛い……」

「忠告。夕弦達は霊力を完全にカットされています。耶倶矢の自慢のジャンプも今はへっぽこ丸です」

「誰がへっぽこ丸よ!」

 シーカー達は変形すると瓦礫で逃げ場を失った十香達にジリジリと歩み寄り、距離を詰めて行く。

「一瞬で足の下に潜り込んで逃げるか」

「同調。ナイスな提案です十香」

 シーカー三人はブラスターを展開した途端、先頭にいたシーカーの目に弾丸が撃ち込まれた。

「目がぁ! 目がぁぁぁ!」

 撃ち込まれたのは人間の武器の弾丸だ。対物ライフルの大口径弾丸に目を破壊されて一人が悶えている隙に二つの影が素早く動き、未確認の敵からの狙撃に怯える残りの二人のディセプティコンシーカーの足にC4を設置、その直後に爆発が起こった。

 足を吹き飛ばされ、目を撃ち抜かれ、冷静さを失った三人の頭に的確に五〇口径弾が撃ち込まれ、ディセプティコンシーカーは力尽きて倒れた。

「危ない所だったね十香ちゃん!」

「ぬ? 何者だ! いや、待てよ? その声……聞いたような」

 十香達を助けた者はフードを脱いでその素顔を晒した。

「あ! お前は、亜衣!」

「亜衣だけじゃないよー」

 更に麻衣、そして見事な狙撃で敵を倒した美衣が姿を見せた。

「怪我はない!?」

「夕弦ちゃんに耶倶矢ちゃんも平気!?」

「間に合って良かったわ!」

 亜衣、麻衣、美衣の三人は十香達との再開を喜び抱きしめあう。十香も亜衣達が無事に生き延びていて安心していた。

「質問。その様な武器をどこで調達したのですか?」

「ん? 美衣のお父さんってヒットマンだからさ家にいっぱい銃があるんだよね」

「詰問。何故そこまで使い慣れているのです?」

「そりゃあ私はCall of Dutyで二千時間くらいやりまくってたしね?」

「私はバトルフィールドを主に」

「私はOperation Flashpointで鍛えてあるから狙撃は自信あるよ」

 全てゲームだ。

「納得。ゲームで鍛えたのですね」

「いやいや、納得出来ねーし」

「嘲笑。耶倶矢のようなヌルゲーマーには理解出来ない境地です」

「む~話についていけん。心太郎、何の話をしているのだ?」

「FPSの事だと……思う……」

「えふぴーえす?」

「今度暇な時に教えてあげる」

「それでさ、あの変なロボットが五河くんを捕まえろとか言ってたけど五河くん何したの?」

「え、僕は何にもしてないよ~」

「本当ぉ?」

「絶対恨まれてるよね?」

「まじひくわー」

 窮地を救ってくれた亜衣、麻衣、美九の三人組と分かれて再び移動を開始した。

「……オートボットがいてくれたならな」

 十香がポツリと呟くと耶倶矢と夕弦は顔を暗くした。十香達に責任はない、しかしオートボットが追放される際に何も出来なかった事が悔しいのだ。

 耶倶矢は火星の石のペンダントを見てジェットファイアーの事を思い出していた。

「ジェットファイアー……」

 耶倶矢はジェットファイアーの事を想いながらペンダントをなぞったその時だった。

 ペンダントは赤く点滅を始める。そして小さいながらも良く響く音を空高くに轟かせた。

「詰問。耶倶矢、何をしたのですか!?」

「え? え? いや、わ……わかんないし!」

「ペンダントが光っているぞ」

「わかってる、わかってる!」

 音を止めようとペンダントを振ったりしてみたが、耶倶矢のペンダントは音は鳴り止まず、しばらくしてからようやく止まった。

「点滅して変な音が鳴っているから爆発するかと思ったぞ」

「怖い事言うの止めてよ……」

 

 

 

 

 

 地球から離れてエレンの追撃を受けて宇宙船ごと太陽に突っ込んだオートボット一行。普通ならば太陽の熱に体を焼かれ、溶かされ、今頃ならばただの溶けた鉄と化していただろう。

 その太陽の業火の中、一つの煌めく星のごとく何かが光を発して太陽の炎の中から脱出をしている。

 パーセプターを中心にしてオートボット達を覆い隠す膜が張られており、その膜のおかげで全員事なきを得た。

「パーセプター! お前は天才だぁ!」

「はぁ……はぁ……フォースフィールド発生装置を持って来ておいて本当に良かったよ」

 デスヘッドに積まれていたパーセプターの発明品の数々、中からフォースフィールド発生装置を探して太陽と衝突する寸前になんとか張る事が出来た。

「あと一秒遅れていたらボンッ! だったよ」

「いやはや、危ない危ない」

 アイアンハイドはひとまず安堵のため息を吐いた。

「ジェットファイアー、どうしたんだい?」

「ああ……耶倶矢から救難信号が出ているんだ」

「何ィ!?」

 オートボットは声を揃えて言った。

「耶倶矢に渡していた火星の石はもしもあの子達が危ない目にあった際に直ぐに助けに行ける為に救難信号を発生させられるようにしているんだ」

「ディセプティコンの連中、やっぱり攻めて来たってワケだな」

「オレ達を追放した人間を助けるのか……」

「スナール、そうマイナスに考えるなよう! 友達を助けるだ!」

「キミ達、フォースフィールド発生装置は長くは保たない。オメガスプリーム、早く私達を地球へ運んでくれ!」

《了解。ディセプティコン殲滅ミッション、再開》

「今度という今度はディセプティコンを細切れにしてやる!」

「逆襲だァ! 奴らを絶滅させてやんぜ!」

 血気盛んに声を上げ、オメガスプリームの背に掴まってオートボット達は地球を目指して行軍を開始した。

 

 

 

 

 士道や十香等が激しく攻撃を受けて逃げ回っている間、狂三達への攻撃は極めて少なかった。狂三のチームがする事はエネルゴンタワーの制御装置を見つける事だった。

「制御装置を見つけろって言ってもねぇ~。どうやって見つけんのよ」

「前は中ににダイノボット達がいましたので無理矢理、柱を折ってなんとかしていましたねぇ」

「前は? え、こんな絶対絶命的なの前にもあったの?」

 七罪は顔をひきつらせて聞いた。

「ありましたわ。そう言えば、あの時はまだ七罪さんはいませんでしたわね」

「うぅ……! やっぱりあたしはのけ者なんだぁぁぁ!」

「七罪ちゃん、落ち着こ? あんな経験、味わわない方が絶対いいからね!」

「そうですわ。わたくしですら死ぬ一歩手前でしたのよ」

「そう? のけ者じゃない? その話題で盛り上がってる最中にあたしだけ『ああ』『へへ』みたいな愛想笑いと相槌だけ打って蚊帳の外みたいにならない?」

「大丈夫ですよ! ……きっと」

「これからわたくし達でたくさんの思い出を作りますわ。そんなの些細な物ですわ」

「うん、わかった……」

 霊力を完全に封じられているのでいくらネガティブになっても力を行使出来ないだろうが、沈んだ気持ちでは作戦の進行に弊害が生まれる。

「制御装置の件ですけど、防御の要であるエネルゴンタワーの制御装置となればやはり……」

 狂三はダークマウントの方を見上げた。ダークマウントともう一つ、スペースブリッジの塔がそびえ立つ。最も戦力が集中しているその場所が怪しい、そう睨んだのだ。精霊の力があれば分身体に探させてやるのだが、今はそんな便利な能力は無い。

「あの大きな塔、そうかも知れませんね。だとしたら折紙ちゃんと真那ちゃんだけじゃあかなり厳しいですよね」

 制御装置はダークマウントにある。そう考察する狂三と美九だが七罪は違った。

「制御装置でしょ? そもそも見つかりにくい場所に置いてあるとか。例えば森の中、みたいな」

「森……」

 もしも見つかりにくくするべく森へ制御装置を隠したとしたら見つけるのはかなり骨が折れる作業だ。天宮市を覆う山々にはびっしりと木々が生い茂っているのだから。

 唐突に狂三は美九と七罪の頭を下げさせて近くの家の塀の陰に隠れた。その直後にエレンが高速で上空を通過して行った。

「エレン・メイザース……。彼女を追いかけてますわ」

「えぇ? 何でですかぁ?」

「彼女もディセプティコンの主力戦力、それなりの任についている筈ですわ。後をつける価値はあると思いますの」

「狂三ちゃんがそう言うなら良いですよぉ。狂三ちゃんは賢いですから」

 偵察の任務に美九と七罪はかなりのミスだと狂三は思っていた。かく言う狂三も特別運動神経が良いわけではない。十香や八舞姉妹のように日頃から体を動かしているアウトドア派と比べれば一段落ちる。

 狂三等の頭上を通過したエレンは山の中腹まで飛んで行く所まで観測出来た。

「真那さん、聞こえますか?」

『はいはい、聞こえてやがりますよ。どうしやがりました?』

「エレンさんが山の中腹で消えるのを確認しましたわ。今から偵察に向かうのでバックアップ、お願いしますわね」

『……いや、座標だけ送って下さい』

『今のあなた達は霊力が一欠片もないただの人間、エレンに見つかれば簡単に殺されてしまう』

 折紙も偵察を止めるように狂三に言い聞かせた。

「あそこに制御装置がある確証はないんですわよ?」

『その時はエレンを叩いて場所を吐かせます』

 通信を切り、狂三等はまた別の場所の捜索を始めた。

 

 

 

 

 

 スペースブリッジに大量のエネルゴンが流し込まれ、天を貫かんと立つ塔に無数の光の線が走り、頂上から淡い緑の光が成層圏を打ち破って宇宙へと飛んで行った。その光景は神々しくも禍々しい。これから何が起きるのか分からない、そんな不安が恐怖心をかき立てるのだ。空でエレンの後を追う真那や折紙もその光の柱はよく見えている。光の行方を目で追っていると空の彼方、何もない空間に大きな穴が空くのが見えた。グランドブリッジが開かれた際と同じ現象だが、その規模は圧倒的にスペースブリッジの方が大きい。空間にこじ開けられた光のゲートの先は暗く、何も見えてこない。その光景を目にしている者全てが固唾を飲み、体を強張らせて穴の行く末を眺めていた。真那や折紙も同様にゲートを睨んでいると何か丸い表面が確認出来た。あまりに大きく、一体それが何なのかもわからない。町の人間は唖然として言葉を失い、幾多の苦難を切り払って来た二人も不可解な情景に口をポカンと開けていた。

 ゲートを通過して来た存在に気付いたのは物体が半分まで姿を見せた時だった。巨大過ぎる存在を認識するまでかなりの時間がかかってしまった。セイバートロン星が地球の隣にまでやって来ている。そんな事、一体誰が理解出来ただろう。惑星を丸々、転移させるという人智を超えた所業、戦う前から戦意を叩き折る策略だ。『こんな連中と戦える筈がない』という思考を人類の脳の奥まで理解させるに十分な演出だった。真那は顔を何度か叩いて正気を取り戻した。そして自分に言い聞かせる。

「そうです。連中がバカげた科学力を持っているのはわかってやがります……。ビビってる暇はねーです!」

「真那ッ!」

 折紙が叫んだ。鼓膜を震わせる絶叫に真那は振り返ると遠方からエレンの魔力槍“ロンゴミアント”が眼前にまで迫っている。

 ――しまった! 真那が心の中で後悔と屈辱にまみれた声を上げると魔力槍は直撃する寸前で破裂した。強い衝撃波で態勢を保っていられず、真那はきりもみしながら頭から真っ逆さまに落ちていく。地面がどんどん近づき、寸での所でスラスターを最大出力で噴射してかろうじて墜落は避け、空中へ復帰した。

「サンキューです折紙さん!」

 魔力槍を迎撃したのはやはり折紙だ。メタトロンを起動し、金属質の袖の無いロングコートを着込み手を金属のグローブで守っている。頭を覆う保護シールドをロングレンジライフルに変形させて魔力槍を叩き落としたのだ。

「気にしないで。それより――」

「よく迎撃したと褒めてあげます。私を追っている事くらい気づいてましたよ。嵩宮真那、それに鳶一折紙ここから先は行かせません」

 ロングソードの刀身は黄色く煌めき、濃密なエネルギーが刃をコーティングした。エレンが戦闘態勢に入ると折紙は腕から肉厚のブレードを出し、真那は身の丈はある盾と左右に刃が取り付けられた剣を手にした。

 エレンの体が細分化され、粒子となって姿を眩ませた。真那は目で追ったが、折紙のメタトロンは早くもエレンを突き止めその方向にスピア型のミサイルを発射した。体を再構築すると同時に盾で身を守り、反撃へ転じると黒煙を目晦ましにして真那が速攻で剣を振るった。頭をかち割ろうとする大振りの斬り落としを僅かに身を引いて避け、切っ先がエレンの金髪を掠め、宙に舞った。

 反撃などさせぬように真那は休む事無く剣を振り、エレンは盾と剣で凌いだ。大きな盾を構える二人は自然と視界を盾に奪われて周囲に目がいかなくなる。エレンが真那の相手をしている隙に折紙は素早くエレンの背後を取り、がら空きの背中から襲いかかった。

 たった二方向からの同時攻撃で殺れる程、世界最強は甘くはない。折紙の殺気を感じ取り、真那の脇腹を蹴り、怯ませた所でブレードを受け止めた。すかさず膝で折紙の腹を打ち上げ、身を回転させしなやかな長い足で折紙の首を蹴り、折紙は真っ直ぐ一軒家に激突した。

「エレン! 食らえぇぇ!」

 盾を使った特攻を盾で相殺したかと思えば、真那は至近距離で腐食砲の引き金を引いた。腐食液が放たれるとエレンは粒子化して難を逃れていた。体を再構築してエレンが不敵に笑った瞬間、ロングレンジライフルの鋭い弾丸がエレンを吹き飛ばした。

 狙撃したのはもちろん、折紙だ。

「油断とは良い度胸」

 飛ばされた先で折紙は呟いた。エレンのアーマーにフックで引っかけて力任せに地面へと叩きつけた。

 巻き上がる土埃でエレンを肉眼では確認出来ないが、折紙のサーモグラフィーならば相手の位置が手に取るようにわかる。休む間も与えず腰回りのグレネードを取り、安全ピンを抜き投げつけて一気に上空へと退避した。直後、手投げ式とは思えぬ爆発と爆炎が無人の住宅街を火の海に変えた。

「人工精霊ってわりには精霊らしくねー戦い方ですね」

「この方が板についている」

 爆炎から魔力槍が放たれてそれは二人の間を掠めて飛んで行った。

「戦闘中にお喋りですか。いい気にならないで下さい」

 空中でエレンの体が構築されて行く。体が出来上がると額からかすかに血を流しているのが確認出来た。エレンは体を粒子化、再構築が可能だがダメージを受けない訳ではない。

 粒子化をする前に攻撃さえ当てれば手はある。エレンの隙を突き、粒子化される前に決定的なダメージを与える、そんな所だ。

 対峙した三人は睨み合い、緊迫した空気が張り詰める。

 拮抗状態を切り裂いたのは折紙だ。モーニングスターを投げつけ、相手がどうするかを見る。エレンは盾で払いのけると折紙は続いてブレードを変形させて大口径のブラスターで攻撃した。

 眼前に迫る光弾、その後ろにはブレードを構える折紙がいる。そして更に後ろを追従する真那、冷静に状況を分析してエレンは即座に魔力槍を光弾に撃ち込み、紫色の弾は破裂し、魔力槍は突き進む。

 真那と折紙は左右に分かれて回避した。あのままだと二人は串刺しになっていただろう。

 左右から迂回する形で肉薄するとエレンは盾で真那の剣を受け止めてから粒子化で折紙をいなす。背後から剣を振り、折紙は背中を斬られ鮮血が舞った。

 傷は浅く済んだがエレンの次の一手は真那へと進んだ。肩口を斬られて血は腕を伝って滴り落ちる。変形と構築を繰り返し、エレンは上下左右のあらゆる方向から切りかかり、二人は次第に傷を増やしていった。殺気を組み取って真那が剣を横薙ぎに振るうともうそこにはエレンはおらず、代わりに腹を斬られる。エレンをロックオンしてミサイルを放つも変形して逃げられるとミサイルは目標を見失ってどこかへと飛んで行き爆発した。

 エレンは刀身にエネルギーを溜めこみ、一気に半月状のエネルギー波を飛ばした。散会して避けたは良いがエレンは分かれたのを見計らってまずは面倒な折紙を狙った。剣を投げつけ、エレンは粒子と化す。飛んで来た剣を腕のブレードで上へ弾くとエレンは弾かれた剣をキャッチした。完全に背後を取られ、折紙は防御をしようとした。もう遅い、背中から串刺しにされた折紙は口から血を吐きだした。腹から飛び出したエレンの剣は折紙の血で濡れている。

「折紙さん!」

 明らかな重傷を負い、折紙はゆっくりと地に落ちて行く。介抱してやりたいが、そんな事をしている内にエレンに八つ裂きにされてしまう。真那は加速をつけてエレンに迫り、怒りに満ちた拳で頬を殴った。エレンはよろめくと魔力槍を発射しようと盾を構えた。そんな行動を予測していたように砲口に腐食銃を突っ込み、盾を一瞬で錆の塊へ変えた。盾を投げ捨てエレンは剣を掲げると黒雲が立ち込めると剣にエレンに雷が落ちた。落雷を浴び、エレンの剣に稲妻が帯びる。

 柄を両手で握り、ビュッと低い風切り音をならして稲妻を纏う剣を抜いた。すかさず盾でガードしたが、なんとエレンの剣は重厚な盾を真っ二つに両断してしまし、さらにう踏み込んで真那の五体をも裂かんとした。刃が体を斬る間際、真那もブレードでブロックした。それでも防御を押し切られ、真那の剣も根本からポッキリと折られてしまった。

「嵩宮真那! これで終わりです!」

 避けれない――。そう悟ると真那はスラスターを噴射して思い切りボディアタックを決めてエレンをよろめかせた。

「小賢しいッ!」

 パンチが顔にヒットし、真那の肩から脇腹にかけて切り裂き、真那は力を失い落ちて行く。トドメを刺さんとエレンが追撃を開始するとどこからか、ロングレンジライフルの弾がエレンの飛行ユニットを撃ちぬいた。

「何!?」

 片方のスラスターを破壊されて飛行が困難になった。飛来した方に目を向けてみると顔色が悪く、腹から取り留めなく血を流す折紙がビルの上から狙撃していた。

「鳶一折紙! おのれ! 死にぞこないめ! 覚悟して下さい!」

「覚悟すんのはあなたですよ、エレン」

 落下しながらも真那は腐食銃を構えている。行動が困難な時に折紙のライフル、真那の腐食銃の両方に狙われていた。エレンは剣を真那へ投げつけるが、それは頬をかすっただけであった。腐食液は最後のスラスターを腐らせてエレンは地上へと墜落した。

 飛行が不可能だが、最悪地上戦で決着をつけられる。エレンが落下した先は幸運にも自分が投げた剣が突き刺さった場所だったのだ。剣を抜き、強く打った左肩の痛みに顔をしかめ、受け身を取りそこなって横たわる真那の元へゆっくりと歩を進める。この状態なら仕留めるのは容易い、エレンは息を切らしながら剣を振り下ろすとギィンッと耳をつんざくような金属音が響く。

 真那の窮地を救ったのは折紙だった。エレンの剣撃を押し返して負傷した左肩に蹴りを入れ、反対に腹にパンチを貰った。真那はなんとか意識を回復し、ボロボロながらも腰に差した柄を手に取り、レーザーブレードを発現させた。真那と折紙は並び立ち、エレンと対峙する。

「アイザックからメガトロンへ乗り換えるとは尻の軽い女でやがりますね」

「めぐり合わせです。私の意思ではありません」

「それを良しとして協力したのはあんたでしょう」

 真那が仕掛けた。重傷であるにもかかわらず先ほどよりも鋭く速く剣を振るっている。エレンや折紙もそれに合わせて速く打つ。双方の剣の応酬が続き、エレンは二つの攻撃を正確に見切り、避け、的確な足さばきで戦いを有利に進めていた。

 ペンドラゴンの不調で粒子化が出来ない状況は絶好の機会だ。折紙はエレンの間合いに飛び込み、剣を握る手を掴んで離さない。すぐに引き剥がそうと帯電した剣を折紙に流し込み、折紙は電撃で気が狂いそうになる。真那は腐食銃の引き金を引いてエレンの剣を溶かした。全ての武装を失い、そこへ折紙のミサイルが全弾命中、爆発が収まった頃、エレンがいた所には何も残っておらず、CR-ユニットの破片だけが残っていた。

「はあ……はあ……なんとか、やりましたね……」

 真那は息を切らしている。折紙はその場で崩れ落ちると真那は急いで抱きかかえた。

「折紙さん!」

「私は問題ない士道のキスで蘇る。早く制御装置を……」

 真那は頷くと折紙の止血だけを済ませて士道に連絡を取り、制御装置の破壊へ向かった。

 

 

 

 

 

 ダークマウントの頂上から見えるセイバートロンの姿は壮観な物だ。セイバートロンから射出されたケーブルが天宮市の至る所に突き刺さり、そこからエネルギーを搾取している。錆びた色、灰色にまみれた星はほんの少しずつではあるが、地球のエネルゴンを吸って本来の姿を取り戻そうとしている。後は士道を捕まえてしまえばすべてが完了するのだ。

「どういう事だ!?」

 メガトロンは荒々しく叫んだ。エネルゴンタワーが張り巡らすシールドが解除されていってるのだ。

「エレンはどうした!? 何をしておるのだ!」

「メガトロン様、エレントハ通信が取れまセン」

「んぐぐ……! 使えぬバカ者めが! トリプティコン! 人間の勢力を見つけ次第、破壊するのだ! 良いな!」

 宇宙空間で戦艦モードで常に地球の軍隊の様子を見ているトリプティコンにメガトロンは命令を下した。しかし、トリプティコンからの返事はない。

「トリプティコン! 聞こえんのか!」

『メガトロン様! 現在交戦中です!』

「何!? 誰とだ!」

『オメガスプリームです!』

 

 

 

 

 地上より遥か上空、成層圏ではオメガスプリームがオートボットを乗せて地球へと戻る最中であった。耶倶矢からの救難信号やエレンからの攻撃がなければこのまま地球へ戻る事はなかっただろう。もう地球は間近に見えており、当然セイバートロンも見えている。

「スペースブリッジで惑星を運搬したのか……」

 ジャズはスコープでセイバートロンを観察し、更にセイバートロンと地球を繋ぐケーブルを確認した。

「まずいな……ディセプティコンはエネルゴンを地球から吸い出している!」

「オメガスプリーム、さっさとあのケーブルをぶっちぎっちまおうぜ!」

《障害確認:トリプティコン》

 ケーブルを守るようにしてトリプティコンは宇宙空間に浮いている。

《ターゲット:破壊する》

「待て待て! オメガスプリーム! 私たちをまず地球まで運んでくれないか!」

《了解した》

 オメガスプリームはロボットモードへ変形すると、手のひらにオートボットを乗せた。

「お前さん、何をする気だ?」

 アイアンハイドは何やら嫌な予感がしていた。そしてオメガスプリームはボールを投げるフォームを取った。どうやらアイアンハイドの嫌な予感は的中した。オメガスプリームはオートボット達を地球目掛けて思い切り投げた。

「うわああああああああああ!? オメガスプリームゥゥゥゥ!」

「おいおい、パーセプターそんなに叫ぶなって、地球に到着まで時間があるんだぞ。ゆっくりしようぜ」

 ワーパスは足を組んでくつろぎだした。

「何で余裕なんだお前は!」

「私とスワープは飛べるから良いが、この人数はちょっとね……」

「うん、オレならスラッグとスナールを持ち上げたらギブだな」

「でもこの調子だと海に落ちるね。それならまあ、なんとかなるかもね」

「何ともならないよ!」

 地球に向かって一直線に落下しているというのに妙に余裕のあるみんなにパーセプターはちょっとついていけなかった。最悪の場合はフォースフィールド発生装置でしのぐつもりだ。

 大気圏を貫き、宇宙からでなく地球の空から大地が見える。着地までもうあとわずかだ。ジェットファイアーとスワープは変形して出来る限り仲間を抱えたが、二人でも運べるのはせいぜい三人が限度だった。

「ヤベッ……下、海じゃねーじゃん!」

 予想よりかなり落下地点がズレており、真下は陸だ。ワーパスとジャズそしてアイアンハイド、スラージはまだ落下し続けていた。このままではぺしゃんこだ。ワーパスは急いでビークルモードに変形した。

「みんな! オレに掴まれ!」

「一体何をする気だ!?」

「任せろ!」

 ワーパスに何か考えがあるのか、とりあえず体にしがみつくと砲塔を真横に向けて砲弾を発射した。次弾を装填し、再び砲弾を発射、砲撃の衝撃でなんとか陸ではなく湖に落ちて難を逃れようというのだ。

「おいおい! 無茶だって! それよりオレに乗れ! 頑張ってみるからよう!」

「スワープ、お前は定員オーバーだ。乗れば真っ逆さまだ」

「かっこよく落ちてみるさ! 乗れ! スラージ!」

 落下まで時間がない。スラージは思い切ってスワープに飛び乗るとやはりスラージは重たすぎるのか、スラスターを噴かせ、力いっぱいに翼を羽ばたかせるが徐々に落ちて行っている。だが、スラージがワーパスから離れたおかげで車体は目に見えて分かるくらいに動き出した。

「あとちょっとだァァ!」

 砲弾を構わず撃ち続け、遂に三人は湖に突っ込んだ。その後にスワープ達ダイノボットが着水した。

 湖から這い出してまず目に入るのはダークマウントとスペースブリッジだ。

「何だあの違法建築は!?」

「冗談言っている場合じゃないぞワーパス」

 アイアンハイドが指をさすとダークマウントから大量の航空部隊が出撃しているのが見えた。エネルゴンタワーの効果が切れてASTの反撃が激しくなったのだろう。

 さあ、戦いだ!

 

 

 

 

 

 地球へと送り届けたオメガスプリームはトリプティコンと激闘を繰り広げていた。恐竜の姿となってオメガスプリームを迎え撃ち、ビルのように太い腕でトリプティコンを殴り、尾で叩かれ、その規模は他のトランスフォーマーとは一線を画していた。トリプティコンは噛み付き、オメガスプリームは顎をかちあ上げて腹に特大のレーザーを叩きこんだが、一切怯まずに肩と口から光線を吐き出し、オメガスプリームの装甲を溶かした。

「はっはっは! くたばれオメガスプリーム!」

 凶暴なモンスターは巨神と向き合い、低い声で笑った。尻尾のポットが開放、垂直にミサイルが打ち上げられ、オメガスプリームもミサイルで迎撃した。口からプラズマキャノンを吐き、オメガスプリームをよろめかせるが、姿勢を保持してトリプティコンの口に拳をねじ込み、頭を目いっぱい叩いた。

「グォオオオオオオオオ!」

 頭を押さえて悶え、トリプティコンは戦艦へと姿を変えると地球へ逃げ出した。オメガスプリームも戦艦へ姿を変えて追撃する。雑多な火器ではダメージすら入らないのは

分かっている。だからオメガスプリームはトリプティコンの真横に回り込み、体を思い切りぶつけた。トリプティコンも負けじとぶつけ、巨大な戦艦は火花を散らして地球へと降りて来る。海が間近に見えた途端、二人は同時にトランスフォームしてトリプティコンは尾をオメガスプリームに巻き付け、オメガスプリームはトリプティコンの首を締め上げて落下しながらも殴り、頭突きと熾烈な攻防を繰り広げながら海中へと落ちた。巨大な波が壁のように立ち立ったが、津波の心配はなかった。

 海中に沈みオメガスプリームとトリプティコンは取っ組み合い、一歩を引かずに力比べをしている。オメガスプリームは足払いでトリプティコンを転倒させると右手から引力光線で手頃な岩を引き寄せてトリプティコンにぶつけた。怒りを孕んだ唸り声を上げ、トリプティコンの尾はオメガスプリームを背中から突き刺した。串刺しになったじょうたいでトリプティコンはオメガスプリームを叩きつけ、なんとか尾を抜くとトリプティコンの頭と背中を持ち上げて海底の岩にぶつけ、尻尾を掴んで振り回した。

 海底での死闘は人間に被害はない。それでもこのままトリプティコンに気を取れれていてはオートボットの助けに行けない。

《索敵開始:海底火山、確認》

 オメガスプリームが早急に決着をつけるにはトリプティコンを海底火山に叩き落とすしかないと考えた。二人の立っている場所は海底火山地帯だ。

《トリプティコン:ここがお前の墓場だ》

「墓場? オレの? お前のだろッ!」

 挑発に乗ったトリプティコンは走ってくる。オメガスプリームはエネルギーをチャージしてトリプティコンの足下に大きなレーザーを撃ち、海底火山を噴火させた。地面が割れ、無数にひびが入ると割れ目から赤く煌々と光が見える。地獄の底の釜だ。トリプティコンは慌てて飛び上がろうとするもオメガスプリームの妨害があり、足を掴まれてひび割れた火山の中へと叩きこまれた。

「オメガスプリーム! オメガスプリーム!」

 復讐と怨念に漲る声と共にトリプティコンは火口へと消えて行く。オメガスプリームはオートボットを援護すべく地上を目指した。

 しかし、巨獣はこんなものでは終わらない。火口から飛び上がりオメガスプリームの体へ尻尾を巻き付け、両腕でオメガスプリームの腕をしっかりとホールドした。トリプティコンの体は溶けかけているが、邪悪なスパークだけは問題なく生きている。

「オメガスプリーム! お前も道連れだァッ!」

 トリプティコンの拘束は固いが、背負い投げで海底に叩きつけた。

《不祥:海底火山、活動停止》

 レーザー程度では火山は動かない。

 もっともっと強力な火器で大地を刺激しなくてはならない。起き上がろうとするトリプティコンを腕で押さえつけ、片方の腕でエネルギーをひたすらチャージする。ミサイル、ビーム、ブラスター、これくらいの物でなく特大のレーザーでトリプティコンごと体を貫き、火山と共に消す。

「死ぬ気かオメガスプリーム! はっはっは! 覚悟はあるのか? オレにはある!」

「いきがるな、私にもそんなものはある」

 トリプティコンはショルダーキャノンでオメガスプリームではないく海底を攻撃した。大地の変動を感じさせる地震が起こり、周りの火山が噴火を始めた。

「メガトロン様万歳! ディセプティコンよ永遠に!」

 蓄積されたレーザーがトリプティコンを貫通した。同時に火口から溶岩が噴火した。水面を破り、巨大な水柱が昇った。その直後には海面にトリプティコンと思しき残骸が浮かび上がって来た。その中にはオメガスプリームの物も存在した。

 ディセプティコンの最大の戦力トリプティコンとの勝利はほろ苦いものだった。

 

 

 

 エネルゴンタワーのシールドが外れたのは誰もが確認出来ていた。士道達からも、十香達からも、狂三等からも幕が消え去って行くのが見えていた。制御装置の捜索もしなくてよくなり、更にある程度の精霊の力が行使出来るとなるとまだ望みはある。

「ふぅ……お腹の底から何だか少し力が湧いて来るようですわ」

 狂三は足下から影を円形に広げるとそこから狂三の分身体達が這い出して来た。

「さあわたくし達、まずはあのスペースブリッジを破壊したいのですけど、弱点を見付けて来て下さる?」

「承りましたわ、わたくし」

 三人の分身体は丁寧にお辞儀してまた影の中へと消えて行った。

「便利な能力ですよねぇ、狂三ちゃん」

「美九さんの歌声も便利そうで羨ましいですわ。人を思いのままに出来ますし」

「うっ……。あの荒れてた時期の事はすごーく反省してますぅ……」

 士道に封印される前、自分の殻にこもって人を傷付けていた頃の事を思い出すと美九は胸が苦しくなる時がある。士道はもう気にするなと許してくれたが、生涯を賭しても返せない恩を感じている。

 不意に遠方から風切り音が聞こえて来た。見上げると一発の砲弾がこちらに向かって飛んで来ていた。

贋造魔女(ハニエル)!」

 箒を振って七罪は砲弾を大きなマシュマロに変えてしまい、狂三の歩兵銃で穴だらけに変えてしまった。

 その直後、上空から一人のトランスフォーマーが降ってきた。サウンドウェーブだ。

 着地するなり音波攻撃で三人を吹き飛ばし、サウンドウェーブは胸からランブルとレーザービークを射出した。

「ランブル、レーザービーク、精霊を破壊セヨ」

「了解でさぁ!」

「カァァァッ!」

破軍歌姫(ガブリエル)円舞曲(ロンド)”」

 美九の足下から一本のマイクが現れると肺一杯に息を吸い込み、声を張り上げた。

「ああああああああッ!」

 サウンドウェーブの音波攻撃を弾き返し、ランブルとレーザービークを跳ね返してサウンドウェーブを転倒させた。

「誘宵美九、小娘メ」

「気安く名前を呼ばないでくれます? サウンドシステムの面汚しさん」

「口先だけのイカレサウンドが」

 サウンドウェーブの前に泰然と立つ。

「狂三ちゃん! 七罪ちゃん! ここは私に! 私は決着をつけなくちゃいけないんです! あのカラオケでの借りを倍返しです!」

 七罪が何か言おうとするも狂三は七罪を抱えて美九にその場を預けて去って行った。

 

 

 

 

 

 折紙が負傷したと聞いて士道等は真那に知らされた座標へたどり着いた。折紙の傷は思ったよりも酷く、巻かれた包帯には血が滲んでとても痛ましい。琴里の力や四糸乃の力も使えるがこれでは治療が出来ない。琴里の炎は自身にしか発動しない。

「四糸乃、近くの薬局から新しい包帯と消毒液を拾って来て! 士道は綺麗な水をお願い!」

「は、はい……」

「いや……そんなのはいらない、多分」

「はぁ?」

 士道は折紙の体を起こしてやる。腕で上体を支えて士道は泥や血で汚れた綺麗な肌を手で拭うと健康的なピンク色の唇にそっとキスをした。琴里は顎が外れるくらいに口を大きく開け、四糸乃は思わず目を覆った。

 二人の唇が離れる。そして、瞬時に折紙の腹や背中に残る深い切り傷、肩や太ももの爆弾の破片で切った傷も全て無くなってしまった。治癒とは言えない、ただ無くなったのだ。

「ぐぅ……!?」

 そしてその傷、痛み、疲労は全て士道の体に還る。だが士道には琴里の回復力があり、瞬時に全てが再生した。

「……士道、一体何をしたのよ」

「何でもねぇよ……」

 プライマスとの融合は徐々に進んでいる。こんな力、以前なら出来なかっただろう。

 折紙は目を見開き、飛び起きた。

「今、とても惜しい体験を逃した気がした」

「逃してはないわね。士道の力で一命を取り留めたのよ」

 琴里の説明を聞き、折紙の目は士道に向いた。

「私に何をしたの?」

「え、え~……キス……かな」

 歯切れの悪い返事をした。すると折紙は力を失ったようにその場に倒れ込んだ。

「おい、折紙! 大丈夫かよ!?」

「キス」

「は?」

「力が足りない。もう一度お願い」

「傷はもう平気だろ?」

「お願い」

「あ、う……」

「お願い」

 士道は殺気立つ琴里やあたふたとする四糸乃に目を配りつつ諦めたように顔を寄せて行く――。

 ところがである。

 ブラスターがアスファルトを破砕し、地面が剥がされて土煙が舞い上がった。

「ラブラブ展開は止めてくれよミサイルぶち込みたくなるからよぉ」

 空にはスタースクリームが浮かび、道路にはディセプティコンの兵士がいた。

「俺様からのスペシャルプレゼントさ、受け取れ」

 空中からスタースクリームが士道等に何かを投げた。折紙はすぐにそれがフラッシュグレネードだとわかった。強烈な光と音が瞬いた。

 視界がようやく正常に回復した頃、士道は地上にはおらずスタースクリームの手の中に収まっていた。

「ハッハッハ! コイツさえ手に入れりゃあこんな薄汚ねぇガキにようはねーよ! 始末しろ、俺の無敵部隊!」

「スタースクリーム! 士道を返しなさい!」

「お断りだぁ!」

 スタースクリームは変形して自分だけさっさとダークマウントへと帰って行った。残された琴里、四糸乃、折紙は眼前に並ぶスタースクリームの部下のディセプティコン兵を前にして身構えた。霊装を限定的に解除、退く事は出来ない。進むしか道はないのだ。

 ディセプティコンの部隊がブラスターを構えて三人の少女に無数の銃口が向けられた。

 赤い点が最前列にいた一人の頭に浮いていた。他の兵士もその赤い点の存在に気付いた途端、その兵士の頭は粉々になって吹き飛び、その後ろにい何人かも巻き込んで行った。

 琴里等は弾丸が飛んで来た方向を追うように振り向く。

 三人は目を疑った。四糸乃は腹の底から歓喜がこみ上げ、不思議と涙が溢れかえった。

 巨大なライフルの薬莢を排出し、ゴォンという低い音が響いた。人くらいある弾丸を装填して銃口から硝煙をあげて立っている。

「奴らを生きて帰すな」

 オートボット総司令官オプティマス・プライムとそしてダイノボットのリーダー、グリムロックだ。

 生前よりも逞しくなったグリムロックは地面にひびを入れながら力強く歩み、オプティマスもゆっくりと歩を進めた。

 携えたマトリクスセイバーを横へ振る。隊列を組んでいた兵士は胴体から真っ二つに切り裂かれ、連鎖的に体は吹き飛んで行った。ディセプティコンの兵士はマトリクスセイバーの一振りで全て片付いた。

「オプティマス……?」

 琴里は確かめれるように尋ねた。

「そうだ、琴里、四糸乃それに折紙」

「四糸乃ぉ~!」

 大きな足音を立ててグリムロックは四糸乃と他に琴里や折紙ごとすくい上げて抱き締めた。

「ぐ、グリムロック! ぐるじい……!」

「グリムロックさん……生きてたんですね……!」

『嬉しいよグリムロック! でも苦しい……!』

「め、目眩が……」

「良いじゃないか、せっかく再開したんだ。しばらくこうしてたい」

 再開と同時にお別れになりそうなのでオプティマスは手を伸ばしてグリムロックの腰辺りをペンペンと叩いた。

「それくらいにしようか、みんながミンチになってしまうよ」

「お~、悪い悪い」

 グリムロックは三人を下ろすと懐かしい顔ぶれにどこか安堵した。

「ただいま、四糸乃」

「お帰りなさい……グリムロックさん」

「グリムロックっていつからそんな喋り方だったの? 前はもっとこう……バカっぽいって言うか」

「話せば長くなるんだ。それより他のみんなは?」

「琴里、状況を聞かせてくれないか?」

「状況はかなり悪いわ。士道がたった今、スタースクリームに連れ去られたの。十香や耶倶矢それに夕弦の三人と狂三、美九、七罪のチームの三人で分かれて行動しているの」

 オプティマスは顎をさすり、理解したように頷いた。

「なるほど。了解した」

「要するにディセプティコンの奴らを全員、ぶちのめしたら完了だろ? ダイノボットはどこだ? 俺の部隊なら一瞬だ」

「ごめんなさい、オートボットは地球の決議で追放になったの」

「そうか、サミットの結果はそうなったのか」

 オプティマスは残念そうに首を横に振る。

「サミット? 何だそりゃ」

「あんたはいなかったからね。ショーン・バーガー、彼がディセプティコンにそそのかされてオートボットを追放に追いやったの」

「そうか、皆がいないのならしょうがない」

 オプティマスは片腕を空に突き出すと背中から四枚の翼が生え、六基のスラスターが変形しながら形作った。

「とにかく士道を助ける。そしてメガトロンを倒す!」

「俺もケリをつけたい奴がいるしな」

 グリムロックは拳をぶつけて力強い音を鳴らした。気合いを入れて闘志を燃やすグリムロックに真横から突如、強烈な体当たりが決められた。ビーストモードのプレダキングはグリムロックを前足で掴んで引きずり回し、空中高く放り投げてから手を離して地面に真っ逆様に落とした。

 ロボットモードにトランスフォームしてからプレダキングは落下の勢いを利用し、拳を繰り出した。すぐさま立ち上がったグリムロックはプレダキングのパンチを受け止め、首を掴んで足払いと組み合わせ、後頭部から叩き落とした。

 プレダキングは一度退いて距離を置く。

 グリムロックは身構え、背後のオプティマス達に注意を払った。

「早く行け! 俺はコイツとカタをつける!」

 対峙した両名は視線と気迫がぶつかり合う。手が震えているが恐れから来るものじゃない、武者震いだ。殺気を漲らせ獲物に目がけてまさに飛びかからんとする獣のようだ。野生の本能には逆らえない。全身をめぐるエネルゴンが滾る、炎のように燃え、焼けつくような感覚だ。

 勝利か敗北か、生か死か、グリムロックにもはやそんな事は些細なものに過ぎない。

 怨敵を喰らう……それがすべてだ。

 

 

 

 

 

 十香達にもディセプティコンの魔の手は迫っていた。ASTの再稼働に当たってディセプティコンは完全に敵勢力を黙らせるべく動いていた。その際に十香達はディセプティコンと遭遇する結果となったのだ。限定的だが、霊力が戻り十香は鏖殺公(サンダルフォン)を手にディセプティコン兵を切り倒した。

「あ~もう! 何でいきなりこんな敵が湧いて出てくんのよ!」

「指摘。エネルゴンタワーがやられて防衛をしようと言うのでは?」

「このままではいくら倒しても切りがないぞ!」

 精霊の力は不完全な状態だ。一般の兵士くらいは問題なく倒せるだろうが、大挙して押し寄せられれば防ぎきれない。

「包囲して押しつぶせ! 目的は確保したそうだ!」

「撃て撃て撃て!」

 兵士達は大声で指示を出し、崩れかけの家屋や瓦礫に隠れながら十香達を包囲してブラスターを撃っている。十香も兵士と同じく物陰に隠れているが、ブラスターにより瓦礫が割れたりと徐々に隠れられる面積が狭くなっていた。

「シドーはもう捕まったのか?」

「ああ、言ってるけどどうだろうね。あやつがそれほど簡単に捕まるとは思えんが」

 このまま耐えていても助けは来ない。それどころか物陰がなくなって障害物のない状態で四方から飛んでくる光弾に晒される事になるのだ。

「瓦礫を破れ! もう少し――」

 兵士の声が不自然に途切れ刹那、上空から爆弾が投下されてディセプティコンを爆撃して行く。戦車の砲弾やロケットが遠方から撃ち込まれたかと思うとディセプティコンを撥ねながらトラックと戦車、それにスポーツカーが突っ込んで来た。その車達は当然のようにロボットへ変形し、武装を展開してディセプティコンを撃ち返した。続いて鋼鉄の恐竜が戦場に躍り出た。強靭な角や体躯を駆使して十香等を包囲していたディセプティコンを瞬く間に殲滅させてしまった。

 目の前に現れたその見慣れたロボット達。これは夢か何かか、そう感じずにはいられなかった。

「無事かね、耶倶矢、夕弦」

「怪我はねーか十香」

 ジェットファイアーは膝を曲げて二人の前に屈む。

「ジェットファイアー……本物?」

「本物だよ。人間にはまだ私を作る技術はないからね」

「驚嘆。どうして戻って来たのですか……?」

「耶倶矢、キミのペンダントが私達を呼んだ」

「え? これ?」

 先ほど点滅を繰り返してかなり驚かされたあのペンダントを見た。

「それには救難信号が組み込まれていたんだ」

「そうだったんだ!」

「安堵。自爆スイッチかと思いました」

「そんな危ないもの、持たせないよ。パーセプター、どうしたと言うんだ。さっきから難しい顔をして」

 立ち上がりジェットファイアーは腕のセンサーとずっと睨めっこしているパーセプターに声をかけた。

「いや、それがね。見覚えのあるオートボット反応が二つあるんだ」

「二つ?」

 オプティマスとグリムロックしか考えられなかったが、二人は死んだとここにいる皆は認識している。

「通信を繋いでみるよ」

 と、ジャズは疲れて眠っている真那を片腕で抱えて通信を繋いだ。制御装置の近くで倒れていた真那をジャズは偶然、回収出来たのだ。

「そこのオートボット、応答せよ」

 レーダー上では凄まじい速度で飛ぶオートボットの飛行体に向けて通信を飛ばすとジャズ達には最も愛され必要とされていた者から返事があった。

『こちらオプティマス。ジャズ? キミなのか?』

「オプティマス!? あなたは本当にオプティマスですか!?」

 ジャズがオプティマスという名を叫んだのでその場にいた皆がざわついた。

「おい、ジャズ! マジかよオプティマス・プライムが生きてんのか!?」

「待ってくれワーパス。オプティマス、私達はディセプティコンにこれまでのお礼をしようと考えてます。指示を下さい」

『わかった。すぐに降りる』

 レーダーに映る飛行物は自分達の頭の上まで来ると皆、顔を上に向けた。スラスターを切って着地するオプティマスを見てオートボットは確信した。間違いなくオプティマスであると。こらえ様のない歓喜がこみ上げる。これまでにない力が湧きあがって来るようだ。我らが司令官が戻って来た、そう思えば士気は極限にまで高まる。

「これから私は士道の救出に向かう」

 今からのおこなう事を仲間に報告し、オプティマスはダイノボット達の方を向いた。

「スラッグ、グリムロックも共に生き返った。キミ達のリーダーは今、プレダキングと戦っている」

「本当か!? あいつも生きてるのか!?」

「オレ達のリーダーもピンピンしてるのか! こりゃあ、俄然やる気が出てくるな!」

 グリムロックが生き返ったと知り、ダイノボット達は心に空いた隙間が埋められるような気持ちになった。やはり五人揃ってのダイノボット、一人でも欠ければ悲しい。

「ジェットファイアー、キミはあのセイバートロンと地球を結ぶケーブルを切り離して来い!」

「了解しました!」

 ジェットファイアーはふわっと浮かび上がるとスペースジェットに変形して飛行機雲を残して飛んで行った。

「町にはASTが抵抗を続けている。他の者は出来るだけ人間を救うんだ!」

 オプティマスはスラスターを展開して飛び上がる動作に入ると十香が走り寄って来た。

「オプティマス! 私も連れて行ってくれ!」

「危険だ。了承できない!」

「頼む! シドーを助ける手助けになる筈だ!」

 オプティマスは少しの間黙り込むと十香を掴んで両手で優しく包み込んだ。

「士道を見つけたらすぐに逃げるんだ。いいな」

「わかったぞ!」

「お待ちください」

 優雅な口調でオプティマスを呼び止めると円形に影が広がり、そこから狂三と七罪が出てきた。七罪はオプティマスがいる事にかなり驚いているようだが、狂三は別段それを表情には出さなかった。

「スペースブリッジの弱点を発見しましたわ」

「ほう、それは興味深いな」

 オプティマスはスラスターの出力を緩めてまた地上に足をつけた。

「あのスペースブリッジの制御盤はダークマウントにありますわ。構造は――」

「そうかスペースブリッジの中を循環するエネルゴンを逆に流してやれば良いんだね!」

 これから狂三が言おうとしていた事を先にパーセプターに言われてしまい狂三は頬をふくらませて酷く不満げな表情を作った。

「あ、すまないね狂三。私が説明してしまって」

「もういいですわ!」

「それではスペースブリッジはパーセプター、キミに託そう! ダークマウントで私が戦う間にスペースブリッジを破壊して欲しい」

 オプティマスは再びスラスターを点火して飛び上がりダークマウントがそびる方へ飛んで行った。

「皆、やる事は決まったね。私は真那を少し安全な場所に置いてから参戦する」

「え~っとあたしはスペースブリッジ破壊で良いのかな?」

「お願いしますわ七罪さん。わたしくはパーセプターさんを無事にダークマウントまでお運びしなくてはいけませんので」

「参ったな……ついてくる気満々じゃないか……」

 

 

 

 

 強烈な音波によって美九の体は容易く飛ばされてしまい、更にはランブルやレーザービークの援護もあって美九は先ほどから逃げるしか出来ていなかった。

「ハハハハハハハハハハハ! ドウダ!」

 普段と違い、妙にテンションの高いサウンドウェーブは連続で音波攻撃をまき散らし、逃げ隠れする美九をあぶり出そうと無駄な破壊で瓦礫の山を作っていた。運動が苦手な美九には追撃を避けながら足場の悪い戦場で戦うのは辛いものがあった。けれども美九には負けられない意地がある。なんとしてもサウンドウェーブにやられた借りを返さなくてならない。

追奏曲(カノン)!」

 音を一点に集めまるで砲のように美九は声の砲弾をサウンドウェーブに向けた。圧縮された音を浴びてサウンドウェーブは多少、揺らいだがそれでは居場所を教えるだけに過ぎなかった。

「逃がしハシナイ」

 ブラスターを撃ち、美九は足下の瓦礫を崩されて転がり落ちる。限定的な力ではサウンドウェーブに太刀打ちが出来ない。しかし、霊力を全て解放してはどうだろう。まだ足りないかもしれない。

「痛ッ……!」

 立ち上がろうとすると美九は足首に痛みを覚えた。瓦礫の山から落ちた時に足首を痛めてしまったのだ。泣きそうになるが、痛みを堪えて美九はある場所に移動していた。サウンドウェーブはレーザービークを呼び出して美九を探すように命じた。

 己よりも遥かに小さく武装もない。優秀なカセットロンも持たず攻撃の手段は弱々しい音波のみ。誘宵美九の歌唱力はサウンドウェーブは百点を付けても良いと認めている。だが音波対決、これだけはサウンドシステムとして負ける訳にはいかなかった。相手は音の精霊と言うならサウンドウェーブに気合いが入らぬわけはない。冷静に的確に美九の戦闘力を割り出すサウンドウェーブは淡々と美九を追い詰める。いつ封印を解き放ち、反撃に打って出るか密かに楽しみに感じていた。次は何をするのか、レーザービークの追跡を逃れたら何をするか、サウンドウェーブに見つかればどう攻撃するか、まともなダメージを与える為に何を工夫して見せるか。今の美九にはそれが求められていた。右足首を強打した美九は鎮魂歌(レクイエム)で痛みを和らげて天宮ホールに向かって移動していた。

 天宮ホールは初めて士道と出会った場所だ。ホール内はよく反響し、そして大きな拡声器がいくつもある。逆転を狙うにはそこしかないと判断したのだ。金切り声と共にレーザービークは目からビームを発射して空からアタックを開始した。美九は苦々しい顔を作り、息を吸って円舞曲(ロンド)を歌う。広範囲に破壊的な音波を発生させる円舞曲(ロンド)はレーザービークを撃ち落とした。

「ランブル、イジェクト。美九を破壊セヨ」

「お安いごようさ!」

 胸から今度はランブルが飛び出すと腕をハンマーアームに切り替え、人工地震を引き起こして積まれた瓦礫を倒壊させ、地割れを引き起こした。

破軍歌姫(ガブリエル)独奏(ソロ)”!」

 どこからともなく美九の声がし、ランブルの頭を揺さぶった。そして無性に美九を守りたくなる衝動に駆られるとブラスターを握るサウンドウェーブへいきなり飛びかかった。

「サウンドウェーブ! 美九たんに手を出すなァ!」

「オオォ! ランブル、リターン!」

 飛びつくランブルを平手打ちで目を覚まさせるとサウンドウェーブはランブルを再び胸へと戻した。一瞬でもランブルを洗脳し、主人に襲わせる極めて恐ろしい能力だとサウンドウェーブは認識した。また次にレーザービークに使われては厄介だとレーザービークもカセットに戻した。

 ランブルを洗脳して消しかけている隙に美九はなんとか天宮ホールへ入り込む事が出来た。奇跡的にもまだこの場所は戦いの戦火に巻き込まれずに済んでおり、壁の塗装が剥がれたり、ガラスが割れている程度の被害で済んでいた。

 美九が中央のステージに上がった所で壁を破壊してサウンドウェーブが突入して来た。美九は拡声器を起動させてマイクのスイッチを入れる。

破軍歌姫(ガブリエル)円舞曲(ロンド)”!」

 拡声器で何倍にも増幅された破壊音がサウンドウェーブへ襲いかかった。サウンドウェーブも当然、胸から破壊音波レゾナンスブラスターを使って応戦し、遂には美九の音波を打ち破った。ホールには虚しい残響が延々と聞こえていた。

「嘘……スピーカーで何倍にも増幅されてるのに……」

「誘宵美九、キサマはここでシヌ」

 サウンドウェーブはここぞとばかりに肩を変形させて細かなパーツが拡張して行き背負うような形で大きなスピーカーが出現した。ここにあるどのスピーカーよりも大きい、そんな物でさっきの音を受ければ木っ端微塵だ。美九はマイクを握りしめて敢然とサウンドウェーブを見た。

神威霊装・九番(シャダイ・エル・カイ)

 美九の足下から光の粒子が舞いあがりつま先から頭頂にかけて一瞬の内に霊装を纏う。精霊の最高の防具、そして最高の武器、天使を美九は顕現させた。背景にはパイプオルガンを連想させる天使“破軍歌姫(ガブリエル)”がいる。

 精霊として本来の力を取り戻した美九をサウンドウェーブは最大限に警戒した。一切の躊躇なくサウンドウェーブは全身全霊をかけて音の砲撃を美九に見舞った。

聖譚曲(オラトリオ)

 サウンドウェーブの破壊と殺意に満ちた音は歌う前に美九を飲み込んでいった。もやは影も残るまい、サウンドウェーブはそう確信したが、レゾナンスブラスターは美九を飲み込んだのではなく美九の周りに留まっていた。敵の攻撃を吸収して撃ちだす、それが聖譚曲(オラトリオ)だ。

「――!?」

 レゾナンスブラスターをそのまま跳ね返し更に美九の歌声を上乗せしてサウンドウェーブへぶつけた。壁はもちろん、美九の視界に存在していた有象無象は一切合財全て塵と化した。美九が歌い終わり、視線の先に残っていたのはかろうじて原形を留めるサウンドウェーブだ。

「見事だ……誘……宵……美九…………」

 全身にひびが入り、次の瞬間サウンドウェーブの体は爆発を起こし散って行った。情報参謀サウンドウェーブはここに眠る。

 

 

 

 

 ジェットファイアーはビークルモードで迫り来るディセプティコンの航空部隊と対空砲を避けながら壮絶な空戦を繰り広げていた。地球とセイバートロンを繋ぐケーブルはエネルゴンを送る管になっている。当然、防御は固い。機銃の掃射で対空砲を破壊しつつケーブルを守る装甲を剥がし、弱点となる節を探していた。

「ジェットファイアーを止めろォ!」

 ディセプティコンのシーカーはそう叫びながらジェットファイアーに捨て身の特攻を仕掛けて来る。華麗な変形でひらりと特攻を避けてからロケットでシーカーを爆散させて再びスペースジェットに戻る。

 アーマーをマシンガンで砕き、やっと節を見付けるとそこをミサイルで粉砕し、まずは一本目のケーブルを破壊した。

 残りは四本だ。

「ジェットファイアー!」

 どこからか甲高い声が名前を呼んだ。上空から急降下しながらレーザーを放つスタースクリームの攻撃を避けてジェットファイアーはロボットの姿を取った。スタースクリームも足からブースターを噴出して空中に留まっている。ナルビームとアサルトライフルを向けてくるスタースクリームにジェットファイアーもロケットキャノンを突き付けた。二人は睨み合う。かつての友、最悪の裏切り者、そんな言葉がジェットファイアーの脳裏をよぎった。

「決着をつけよう友よ!」

「ああ、そのつもりだ。ジェットファイアー、くたばれぃ!」

 スタースクリームが先にナル光線を撃った。ジェットファイアーはスラスターを真横に吹かして楽々と回避してからジェットモードにトランスフォームする。スタースクリームも変形してジェットファイアーの後を追った。

「逃げるな臆病者!」

「スタースクリーム! 聞かせてくれ! かつてキミ程名誉ある戦士はいなかった。何がキミを変えた!?」

 戦前、スタースクリームはゼータプライムの護衛を任させる程の誇り高いオートボットの戦士だった。そして戦争が始まるとスタースクリームはその護衛という栄誉ある地位から降格され、辺境のダークエネルゴンの研究施設へと一人、送られたのだ。孤独感と倦怠感、そして理由も知らされずに降格だけを突き付けられ、次第にスタースクリームは歪んだ性格へと変貌して行ったのだ。嫌な事を思い出してスタースクリームは苦い表情を作った。

「何が変えただと!? テメェに言う必要なんかねーな!」

 スタースクリームは複数のミサイルを発射し、ジェットファイアーは唐突にスピードを緩め、更に急旋回でミサイルをやり凄しスタースクリームの背後に回り込んだ。スタースクリームもすぐにジェットファイアーの背後を取ろうと急旋回する。相手の背を取ろうとする壮絶なドッグファイトが繰り広げられ、無理に機首を下に下げてスタースクリームは降下して加速し、ジェットファイアーと距離を離す。ジェットファイアーもまたすぐに後を追い、スタースクリームに機銃やレーザーを降らせた。絶妙な動きでジェットファイアーの攻撃を紙一重で避けつつ、スタースクリームは変形してジェットファイアーの体に飛び乗った。

「あばよ!」

 ナルビームを撃ち込もうとした所でジェットファイアーも同じくロボットの姿になり、スタースクリームを振り落した。顔面を思い切り殴り、スタースクリームは仰け反ると歯を食いしばり回し蹴りを首に当ててアサルトライフルでジェットファイアーの装甲を削った。

 瞬時に二人はジェットモードになり、赤と白の軌跡を空に描いて激しくぶつかりあい、カラフルな光弾が宙に躍った。音速を超えて円を描くようにまた巴戦を始めたかと思えばロボットモードで熾烈な肉弾戦を展開する。刻々と間合いへ変化し、戦闘の種類の移り変わりが激しい。空戦、接近戦、銃撃戦の三種を混じり合わせながら二人には誰も割り込めぬ、高度な戦いを繰り広げていた。ジェットファイアーはもちろん本気だ。だが、スタースクリームを仕留めきれない。スタースクリームも同じく本気だ。両者の傷は互いに浅いが、一つのミスが大ダメージと敗北に直結する。精神力をありったけ消費して集中力を保ち、戦いを進める。

「ジェットファイアー! 覚悟しやがれ!」

 音の壁を超え、スタースクリームはスラスターが焼き切れんばかりに吹かせて加速して行く。ジェットファイアーも同じだ。真正面から避けもせずに二人はありったけの火器を前方へ向けて発射し、ボディアタックを決めるのだ。無論、音速同士の衝突が起きればどちらもただでは済まない。スタースクリームの計算では直前で回避行動に移るジェットファイアーをナルビームで仕留める算段だった。

 両者の間隔はみるみるうちに縮まって行く。ジェットファイアーは回避は愚か、減速さえしようとはしない。更に加速をつけて来た。

「覚悟するのはキミだ!」

「う……うわあああああああああああああ!」

 限界まで回避行動を取らなかったスタースクリームは刹那、反応が遅れた。正面からミサイルを食らい、更にはジェットファイアーの突進を浴びてスタースクリームは勢いよくダークマウントの外壁を突き破って吹っ飛ばされてしまった。

 かろうじてスタースクリームを退けたジェットファイアーは全てのケーブルの切断に成功した。

「こちらジェットファイアー、ケーブルの切断、完了。――わっ!?」

 ジェットファイアーが驚きの声を上げたのは目の前をブルーティカスが通過したからだ。

 合体兵士ブルーティカスはダークマウントから放たれると大きな地響きを起こして着地、それと同時に肩のプロペラで戦車をバラバラにカットした。

 

 

 

 

 

 ブルーティカスが投下されたのは自衛隊とASTが展開する防衛線だった。合体兵士の登場に現場で指揮を執っていた燎子は顔色を悪くした。パンチ一つで強力な戦車が屑鉄に変わり、ASTが総攻撃を仕掛けてもブルーティカスはケロッとして蚊にでも刺された程度にしか認識していない。

「あのトランスフォーマー……!」

「日下部隊長! もう無理ですよ~! 普通に敵を止めるだけでも精一杯なんですから!」

 ブルーティカスを見て美紀恵は弱音を吐いたが、燎子は最初から圧倒的な不利な事くらいわかっている。

「美紀恵、少しここを預けるわ!」

 燎子はそう言って自衛隊の駐屯地がある方へ飛んで行き、美紀恵と他の隊員はブルーティカスの前に取り残された。

「どけ、人間のチビども!」

 ブルーティカスの剛腕が振るわれ、攻撃ヘリはその余波で制御を失い次々と墜落して行く。信じられない硬さと威力で自衛隊の防衛線を簡単に突破してブルーティカスは戦車をおもちゃのように持ち上げてから落とし、右手から炎を出して溶かしつくした。少しずつ機甲部隊は後退を開始し、ブルーティカスはここぞとばかりに拳に力を溜めて地面を叩いた。計り知れない衝撃波が前方へ飛び、戦車隊はたった一撃で壊滅した。守るべき兵器がなくなり、ASTも後退を始めた。

「ハハハハハ! こいつぁ、ちとアンフェアかぁ?」

 陸上自衛隊基地の前まで押し込まれるまでにさほど時間はかからなかった。ブルーティカスはただ歩いて目につく物を壊すだけで良いのだ。楽な作業だ。

「日下部隊長! まだですか! もうあの大きいのが基地をノックしてるんです!」

 通信機に向かって美紀恵が叫んだが、燎子からの返事はない。

「さっさとここをぶち壊すぜ。お邪魔しますっと!」

 基地の壁を蹴飛ばしてブルーティカスが乗り込んで来た矢先、体を妙な膜によってロックオンされた。

「照準ロック……発射……!」

 無数のミサイルが叩きこまれ、ブルーティカスは振り向いた。今までの兵装と段違いの火力を受けてブルーティカスはやっと戦う気になったのだ。白い硝煙を上げて燎子は気分の悪そうな顔で目元をぴくぴくと動かし、死人のような青白い顔をしている。

「日下部隊長……!」

 美紀恵は思わず口に手を当てて息を呑んだ。燎子が装着しているのは普通のCR-ユニットなどではなかった。最強の欠陥機ホワイト・リコリスだ。魔力砲を両腕のアームに蓄積、と同時に発射。図体が大きくて鈍重なブルーティカスには避けられぬ弾速だ。

 魔力砲が命中してもブルーティカスは活動を続け、背面の砲塔からミサイルが撃ち上げられた。燎子にホワイト・リコリスの操作はかなり無理があり、折紙のように素早く動く事は出来ない。朦朧とする意識の中でも燎子は引き金を引き、ホワイト・リコリスの膨大な火力をブルーティカスにぶつけ、それらのすべてを受け切り、ブルーティカスの肩のプロペラによってホワイト・リコリスは切り刻まれた。

 かろうじて燎子は脱出したので一命を取り留めはした。

「さぁて、後はここをぶっ壊しつくすだけだな」

 

 

 

 

 

 ブルーティカスの進撃は安全圏に真那を送り届けていたジャズがはっきりと見ていた。スポーツカーの騒がしいエンジンの音を鳴らしながら悪路を走り、変形と同時にグラップルビームを小高い建物に飛ばして瞬時に飛び乗った。屋根から屋根へと華麗なステップでジャズは進み、破壊を続けるブルーティカスの頭に飛び移った。

「やあやあ、ブルーティカスくん。少しおいたが過ぎるよ」

 ジャズはショットガンを取り出して顔面に数発叩き込むとブルーティカスは蚊を追い払うかのように腕を振り回し、ジャズはすぐに頭からどいてスポーツカーに戻った。

「ジェットファイアー! 空中から支援をくれないか!」

 ケーブル破壊の任務を終えたジェットファイアーはブルーティカスの上空を飛び、爆弾を落とした。

「了解した!」

 ブルーティカスがジャズを踏みつぶそうと片足を上げた時、ジャズは好機と睨んでもう片方の足にグラップルビームを巻き付けて引っ張り、転ばせた。転倒したブルーティカスへジェットファイアー、それにスワープの猛爆が加わる。戦場にはダイノボットにワーパスとアイアンハイドが駆け付けた。

「ダイノボット! ブルーティカスを片づけろ!」

 ワーパスの掛け声でスナールが先陣を切った。

「来たな雑魚ども!」

 奮起して立ち上がったブルーティカスはスナールを蹴飛ばし、その隙にスラージが突進した。両手を組んでスラージの手を叩いて怯ませると巨体を持ち上げてワーパスとアイアンハイドへ投げつけた。スラッグの頭突きがブルーティカスのバランスを崩させて、ジャズはアンカーを飛ばしてブルーティカスの顔へ飛び乗ると至近距離からショットガンを連射し、また退いた。

「このォ!」

 鬱陶しい攻撃が続き、ブルーティカスは怒りを増幅させてスラッグを殴って退かせ、尻尾を掴んでデタラメに振り回してオートボットを巻き込んで行く。ダウンしてもすぐに起き上がり、ダイノボットはブルーティカスを取り囲んで動きを封じ込めようするも、合体兵士のパワーには敵わず跳ね返されてしまった。地盤を引き剥がし、ブルーティカスは己の力を誇示するように見せつけてダイノボットへ投げつけた。

「生き埋めになりやがれ!」

「灰燼と化せ、灼爛殲鬼(カマエル)(メギド)】!」

 戦斧の先から膨大な熱の奔流が放たれてブルーティカスが引き剥がした地盤を一瞬にして跡形もなく消し去ってしまう。宙には霊装を纏う琴里に四糸乃、八舞姉妹が留まっている。美九が霊装を無理矢理、解放した為、たがが外れて士道に封印された霊力が持ち主に帰ったのだ。いきなり【(メギド)】を使用して琴里は頭痛に見舞われて顔色が悪かった。そのおかげでダイノボット達は助かった。

「チビ共が来た所で何になる!」

 ブルーティカスは足を上げるとパキパキッと凍りつく音がして足下に視線を移すとブルーティカスの両足は凍りついていた。

「えっと……その……今です!」

 何とか大声を絞り出し、四糸乃の声と共に爆撃と銃弾の豪雨がブルーティカスへ集中した。足を力任せに動かしてブルーティカスは氷を粉砕して再び動き出して肩のプロペラを回転させると夕弦のチェーンがローターに絡みつき、回転を止めた。真正面から耶倶矢がランスを構えて突撃してブルーティカスを押し倒す。頭上から四糸乃が凝縮した氷の塊が落とされ、ブルーティカスはその下敷きになった。

 沈黙が続きブルーティカスがどうなったのかは分からないが、少なくとも無傷では済まないだろう。警戒は解かずに銃口を向けていると山のように大きな氷塊を持ち上げてブルーティカスは再起動した。

「嘘だろ、無傷かよ!」

 ワーパスは舌打ちをして文句を言い、戦車砲を撃ちつつも後退した。氷塊をまずはダイノボットへ投げた。散会して避けようにも動きが鈍く、避けきれず氷塊の餌食となった。適当な長い瓦礫を掴んでチクチクと撃ってくるワーパスをホームランして、アイアンハイドを掴んだ。そのまま投げ捨てて次に精霊を始末しようと動き出した。

「あの装甲を破る攻撃……ジェットファイアーの爆撃じゃあ無理か……」

 ジャズはギリっと歯を食いしばって次の策を考える。

「破る方法ならあるぞ、ジャズよ!」

 芝居がかった口調で耶倶矢は言った。

「懇願。私達の為に時間を稼いで下さい」

 夕弦と耶倶矢、この二人には何か考えがあるらしい。

「わかった。出来るだけ私が足止めをする」

 ジャズはスポーツカーになりマシンガンを撃ってブルーティカスの注意を引いた。

「こっちだブルーティカス! またアークの時のように退治してやる!」

「小うるさいチビスケが! スクラップにしてやるぜ!」

 ジャズの挑発に乗り、ブルーティカスは精霊からジャズの方に意識が向いた。

 ジェットファイアーも援護して出来るだけ、耶倶矢と夕弦の為に時間を稼ぐ。

「EMPグレネードを投下する!」

 ブルーティカスの足下にグレネードを落としてジャズはそれを踏ませるように誘導した。足下で大きな爆発が起こり、ブルーティカスが転ぶ。怒りに駆られて力は大きくなるにつれてブルーティカスの思考は粗末な物になっていく。強烈なパワーでジャズを追い回し、ビルとビルをアンカーで駆け抜けて逃げ、ジャズが通った場所をブルーティカスは悉く破壊して行った。小さなオートボット戦士は巨大なディセプティコンの兵士を相手に大立ち回り、弱いサブマシンガンで挑発して常にブルーティカスの注意を己に任せた。

「無駄だ無駄だ! そんな小火器じゃあブルーティカスはやられない! 諦めろ雑魚め!」

「諦めるのはキミだよ。今謝れば許してあげよう!」

「その生意気な口を二度と聞けなくしてやる!」

 全身が兵器の塊であるブルーティカスにはジャズを殺す手段などいくらでもあった。左腕を射出、ボルテックスだけが合体を解除してジャズに掴みかかった。ボルテックスの攻撃を避けてジャズはビルの上に立つとボルテックスの衝撃波アタックがビルを倒壊させた。

「くっ……!」

 バランスを崩して次の建物に飛び移るタイミングを逃すとブルーティカスはジャズを乱暴に掴んだ。左腕はもう合体を済ましてある。ギリギリと締め上げられてジャズは苦しそうに顔を歪めて悶える。ジェットファイアーが空から火力支援したが、ブルーティカスは全く堪えていない。

「くたばりやがれ!」

「もう、遅いよブルーティカス」

「戯言だ!」

 握りつぶそうと力を込める寸前、ブルーティカスは振り返った。本能的に何か恐ろしいものを察知したのだ。背後には耶倶矢と夕弦が天使を顕現させて構えている。

「行くよ夕弦!」

「応答。いつでもOKです」

 二人の気持ちは重なり合い、耶倶矢の右肩の翼と夕弦の左肩の翼が輝きを放った。夕弦は巨大な弓を形成し、耶倶矢は突撃槍を矢として弓に装填した。八舞としての真の力が発揮される。

 

「――“颶風騎士《ラファエル》”【天を駆ける者(エル・カナフ)】!」

 

 風の精霊の吹き荒れる嵐を一転に集約された最強の矢は恐るべき速度で突き進み、周りの瓦礫を塵埃のごとく跳ね飛ばしてブルーティカス目掛けて一直線に突き進む。風の矢はブルーティカスの堅牢な装甲を貫き、胸のスパークを射止め、それでもなお威力を弱めることなく飛んで行き、山の山頂をえぐって彼方へと消えて行った。

 力が緩み、ブルーティカスの手からジャズが離れる。命の源、スパークを貫かれブルーティカスの全身から色が抜けて行き、大きな巨像と化してやがて突っ伏して倒れ込んだ。

 颶風騎士《ラファエル》の力を限界以上にまで引き出して使った二人も全身から力が抜けて落ちそうになった所をジェットファイアーがキャッチした。霊力を使い果たして二人の霊装は自動的に解除され、今は手の中で眠っていた。

 

 

 

 

 

 玉座に座るメガトロンは飽きれていた。そして怒っていた。とても静かにだ。その事を察している兵士は出来るだけその怒りの矛先を向けられないようにと必死で自分達の務めを果たしていた。トリプティコン、ブルーティカス、サウンドウェーブからの連絡が途絶えてメガトロンは握りこぶしを作って肘置きを叩き、ひびを入れた。玉座から立ちあがり、ダークマウントの頂上から天宮市という名の戦場を見下ろした。

「メガトロン様! 何かエアーボットがこのダークマウントに接近しています!」

 観測デッキにいた兵士の一人がそう言い、メガトロンはカメラの倍率を上げてエアーボットが飛んで来る方向を睨んでいた。ジェットファイアーでもスワープでもないその飛行物体が何か分かった時、メガトロンは口角が吊り上った。

「フフフ……ハハハハハハ!」

 メガトロンは腹をゆすって哄笑し、フュージョンカノン砲をその飛行物に撃ち込んだ。右へ左へと避けるオプティマスは加速をつけてメガトロンを殴り飛ばし、手にひらにいた十香をそっと降ろすとメガトロンの顎をかち上げ、執拗に顔面を殴り、極めつけに腹にパンチを繰り出してメガトロンを玉座へと叩き込んだ。玉座は崩れて、その鉄くずの下敷きとなった。

「十香! 行くんだ!」

 オプティマスは叫び、マシンガンを取り出してその場にいた兵士を一人残らず弾丸の餌食にし、バラバラになった玉座を蹴り飛ばしてメガトロンはオプティマスの頭を掴んで壁に叩きつけるとトラックに変形してメガトロンを跳ね飛ばした。マトリクスセイバーを抜き、メガトロンに振り下ろす。光り輝く剣をエネルゴンの剣で防いだが、メガトロンの剣は容易く折れてしまった。

 胸に熱い痛みが走り、メガトロンは後退するとその手にはダークスパークが握られていた。

「ダークスパーク!?」

「そうだ、オプティマス。スタースクリームの奴から引き抜いたもう一つのダークスパークだ」

「やめろ、メガトロン! ダークスパークを二つも取り込むなど何が起きるか分からないんだぞ!」

「所有者の思うがままに事象を操るダークスパーク、それが二つある。すなわち勝利だ」

 メガトロンは二つ目のダークスパークを体内へ取り込む。

 直後、メガトロンから膨大な量のエネルギーがあふれ返り、紫色の光はダークマウントから空へ伸びて行った。

「ハッハッハ! 我は支配者! 我は破壊者! 我が宇宙の覇者だ!」

 ダークスパークの余波を受け、オプティマスは手で顔を覆ってなんとかこらえている。圧倒的なエネルギーの放出が終わり、メガトロンの全身は紫色に変化して、怪しげな瘴気を放出していた。

「お前がどんな姿になりどんな力を手に入れようとも、勝利はない!」

「勝利は儂にしかむかん!」

 オプティマスはマトリクスセイバーをメガトロンはダークセイバーを携え激突した。

 

 

 

 

 士道が幽閉されているのはアーカビルも閉じ込められている独房であった。簡単には突破出来ないだけの強固な造りである独房だが、幸運の女神がほほ笑んだのか外でジェットファイアーと壮絶な戦いを繰り広げたスタースクリームがなんと独房へ突っ込んで来、その為独房の頑丈なドアは破壊されて外へと出れるようになっていたのだ。

「スタースクリーム!? 何でコイツが……! いや、でも良いか」

 士道は壊れたドアをくぐって外へと出た。ダークマウント内のディセプティコンは出払って最低限の警備しかない。

「おい、お前。これからどうする気なんじゃ?」

 アーカビルもなんとかドアを潜って出てくる。

「え……?」

 どうするか、士道も考えていなかった。脱出したらしたでまた捕まる可能性もある。

「何も考えていないなら儂に手を貸して欲しい! スペースブリッジを破壊するんじゃ!」

「スペースブリッジをですか?」

「このまま、セイバートロンが地球の側に居続けたら地球は崩壊してしまう。儂はこれからスペースブリッジを壊しに向かう。お前もこれから地球に住むのじゃろう? 手を貸してくれ」

 地球が崩壊するのは絶対に避けなければいけない。士道は頷き、アーカビルに手を貸す事にした。

 その時である。

「シドォォォォォ!」

 長い廊下の向こう側から十香の声がした。幻聴かと思ったが、やけにしっかり聞こえてくる。暗い廊下を十香は猛スピードで駆け抜け、霊装を纏い、十香は士道を見つけるなり飛びつき、抱きしめた。

「シドー! シドー! ようやく見つけたぞ! 早く脱出しよう!」

「待て、十香。脱出よりも大切な事があるんだ」

「大切な事?」

 十香は首を傾げるとアーカビルが説明してくれた。

「お嬢ちゃん、今スペースブリッジによってセイバートロンは地球の衛星軌道上にやって来ている。このままだと地球は崩壊、儂等の住む所がなくなってしまうんじゃ」

「……?」

 説明しても無駄なようだ。

「え~そうだな……つまり、スペースブリッジとやらをぶっ壊せば良いのだな!」

「発想がダイノボットだぞ十香!」

 詳しい事を言っても仕方がないので十香にはスペースブリッジを壊すだけで良いと説明し、早速行動を開始した。アーカビルは元々はディセプティコンにいた。ダークマウントの中はよく知っている。もちろん、制御装置の場所もだ。

 アーカビルが先を歩き、制御盤への道を案内した。

「そう言えば十香、どうやってここまで来たんだ? ジェットファイアーに送ってもらったのか?」

「ううん、違うぞ。オプティマスが私をここまで連れて来てくれたのだ!」

「オプティマスが!? オプティマスがいるのか! 確か死んだ筈じゃ……」

「む~詳しい事は分からぬが生き返ったとかどうとか言っていたぞ」

「生き返ったって……無茶苦茶だぞそれ」

「まあ良いではないか。みんな戻って来たのだ」

「それとさ十香、何で霊装を使えるようになってるんだ?」

「これは……分からぬ。なんだかいきなり力がブワッーて湧いて来たぞ」

「またまたアバウトな……」

 十香と話していると前を歩いていたアーカビルの背中に士道がドンとぶつかってしまった。

「どうしたんですか?」

 士道が尋ねるが、アーカビルは何も言わず突っ立っている。自然とアーカビルが見ている先を見ると士道は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。動悸が激しくなる。心臓の鼓動の音がやけに大きく聞こえるようになり、士道は眉間にシワを寄せてその表情は険しさを増していった。

 暗闇に一つ言霊のような光が浮かんでいた。その光が単眼だと士道はすぐに気が付いた。ダイノボットを折紙を改造し、皆を無理矢理にスピリットキャノンの動力にしようとした狂気の科学者、ショックウェーブが現れるとアーカビルは顔から脂汗を流してたじろいだ。

「スタースクリームが捕まえた対象を連れてどこへ行くのかね? Dr.アーカビル?」

「い、いや……これにはだな……つまり……その……」

「アーカビルさん、あなたは早く行って下さい」

 士道は一歩前へ出るとスターセイバーを払う。十香も鏖殺公(サンダルフォン)を握り締めてショックウェーブと対峙した。

「ショックウェーブ……! お前はどうやっても許せない!」

「武器を下ろして投降しろ、人間」

 十香が動いた。低空を滑るように高速で駆け抜けてショックウェーブとの距離をたちまち詰めて行く。鏖殺公(サンダルフォン)を振り上げて一気に刀身にたまった霊力の刃を発射するとショックウェーブは、危険と見抜いて身を反転させて避け切った。十香の刃は廊下を突き抜けてダークマウントの外壁を破って消えて行った。

 ショックウェーブがかわした先には士道のスターセイバーが迫っていた。大きなレーザーカノンで士道を叩き落とし、それから光弾を発射した。光弾は十香が受け止め、明後日の方向へと流してくれた。

 異様な回復力を備えた士道はもはや易々とは死なない。ショックウェーブは空いた腕から剣を伸ばしてまずは十香を仕留めようと狙いをつけると、壁を破り、パーセプターがショックウェーブの腕に掴みかかって取り押さえた。

刻々帝(ザフキエル)一の弾(アレフ)】」

 対象を高速化させる弾丸を十香に撃ち、十香は目にも止まらぬ速さで突き進み、攪乱しつつショックウェーブの頭を切り裂いた。

 だが、寸前でなんとか避けた為、ショックウェーブは頭を微かに斬られるだけに止まり、パーセプターの下腹部を膝で蹴り上げ、太いレーザーカノンで殴り倒した。

「邪魔だ」

 狂三に対し、砲撃すると光弾はまたも空中で四散した。士道がスターセイバーで切り裂いたのだ。

「助かりましたわ、士道さん」

「お安いご用さ。パーセプター、立って! 立って制御盤を頼む!」

 頭をさすりながらパーセプターは意識を正常化させると七罪に襲いかかるショックウェーブに足を引っ掛けて転ばせた。

「そうだ、制御盤だ!」

 パーセプターは急いで制御室へ行こうとしたが、思い止まった。

 ショックウェーブを相手にこの子ども達を残して良いものかと。

「パーセプター! 早く行くのだ! ショックウェーブは私達で食い止める!」

 パーセプターは十香の言葉を信じ、アーカビルを連れて走り出した。

 狭い廊下では士道達に分がある。おまけに完全状態の精霊が三人に常軌を逸した人間が一人。

 鏖殺公(サンダルフォン)の斬撃を避け、狂三の銃弾から逃れながらショックウェーブは壁を破壊して広めの部屋に飛び込んだ。後を追い、するとショックウェーブはまた壁を壊して別の部屋に移動している。

「終わりだ」

 ショックウェーブがレーザーカノンをチャージすると十香と士道は剣を構えた。

「皆さん! 逃げて下さい!」

 狂三がそう叫んだのはこの部屋が弾薬庫だとわかったからだ。弾薬庫ごと全員吹き飛ばそうというショックウェーブの策略だ。最初から光弾は十香達ではなく、弾薬ケースに向いていた。十香が走って止めようとしたが間に合いそうにない。

贋造魔女(ハニエル)!」

 箒をくるくると回し、先端からコミカルな星屑を飛ばす。星屑の行き先は部屋にある弾薬ケースであり、それらはたちまちぬいぐるみへと変身した。

 爆発はなんとか逃れ、士道は【一の弾(アレフ)】で加速されてスターセイバーを振り下ろす。

 瞬間、ショックウェーブの単眼は割られ、ショックウェーブの視覚に多大な影響を及ぼした。

「ぐ、ぐぉぉぉ!? 視覚センサー、異常……!」

 ショックウェーブは気が狂ったかのようにレーザーカノンを乱射し剣を振り回して暴れまわる。狂三は七罪が変身させた巨大なぬいぐるみをショックウェーブへ投げ、ショックウェーブは微かな視力でそれを撃ち落とした。

鏖殺公(サンダルフォン)!」

 十香は足下を蹴り、玉座を降臨した。玉座は砕けると細分化されて十香の剣にまとわり付き、別の姿へ作り替えて行く。

最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)!」

 十メートルはある剣は十香の切り札だ。天井を突き破り十香は大きな剣を振り下ろす。

 轟音に次いで爆発がダークマウントを突き抜けて飛んで行く。ありったけの霊力を込めた十香の最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)はショックウェーブの体を左右泣き別れとなって果てさせた。

 以前は制御不能で爆発しそうになった最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)を上手く制御して十香は剣を光と共に消した。

 力が抜けて十香は膝から崩れ落ちると士道はその体を受け止めた。

「十香、頑張ったな」

 士道は頭を撫で、十香は体を士道に預けた。

 

 

 

 

 

 制御室へ突入したパーセプターは警備のディセプティコン兵をショットガンを打ち倒して早速キーを叩いた。

「何っ……!?」

「どうしたんじゃ!?」

「スペースブリッジが固定されて操作するにはパスワードがいる。Dr.アーカビル、そのパスワードはご存知かね?」

「いいや、儂もしらん」

 パーセプターは苦虫を噛み潰したような顔を作り、制御盤の分解を始めた。本の電源を切ってしまおうという魂胆だ。

 分解は簡単だったが、障害にぶつかった。

「赤と……青……か」

 赤と青のコード、どちらかを切ればスペースブリッジはシャットダウンする。しかし、もし間違った方を切ればセイバートロンと地球は衝突、地球は無くなるしセイバートロンもただでは済まない。

「赤だ。赤を切ろう」

 と、パーセプター。

「赤じゃと!? 青に決まっておろう!」

 二人の意見が対立した時、ショックウェーブを撃破した士道達が制御室へやって来た。士道は十香を背負っている。

「士道くん! 赤と青どちらかの配線を切らねばならないんだ」

「小僧、青だ。青が正しい!」

「青だって!? 赤に決まっているだろう」

「二人ともどいて下さい! 一か八か……俺は赤にかける!」

 士道は思いきり赤のコードを引っこ抜いた。

 一瞬の静寂が訪れ、パーセプターは反射的に士道達を庇う。

「見ろ!」

 アーカビルが指差すとスペースブリッジが閉じ、セイバートロン星が元に戻って行く。士道の強運は正解を引き当てたのだ。

「何とか……助かった……」

 パーセプターは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 太古の竜はたった一人きりだった。手を伸ばしても手に入れる事が出来ない。どれだけ敵を殺し、力を示してもグリムロックを打ち倒してもプレダキングは今後、永遠に一人なのだ。

 ドラゴンからロボットへ変形しながらグリムロックの腹を殴り、持ち上げる。自分よりも大きな体躯を手に入れたグリムロックを飛ばし、プレダキングはハイキックで首を狩る。

 後転してグリムロックはハイキックをやり過ごし、恐竜へ変形するとプレダキングに砲弾を撃ち込んだ。

 真っ向から砲弾を掴み、そのまま握り潰すと黒煙が充満した。煙の中からグリムロックの手が伸びると腕を掴んで引き寄せて来た。

 目前には剣先が迫り、プレダキングは強引に身を捻って顔面への直撃を避け、反対にグリムロックの胸を爪で切り裂いてやった。

 怯みもせずにグリムロックは頭を鷲掴みにすると地面にめり込ませ、そのまま走り出す。プレダキングの顔や体に岩や瓦礫がぶつかり、次の瞬間、グリムロックは大きく跳躍しプレダキングを頭から叩きつけた。

 プレダキングを叩きつけた時既にドラゴンの姿を取り、長い尻尾でグリムロックを叩きのめし、刃物のように鋭利な牙が噛み付いた。

 グリムロックもすぐに恐竜へ変形すると首を噛まれているにも関わらず、その圧倒的なパワーに任せてプレダキングを振り回す。

 背中から家屋にぶつけてプレダキングを離そうとグリムロックは力の限り暴れ、背面と足から炎を噴射して正面の家に突っ込み、プレダキングはやっと力を緩めた。

 今度はグリムロックの番だ。

 突っ伏したプレダキングを踏みつけて噛み砕こうと口を広げた。

 何もかもを砕いて潰す顎が迫っている。プレダキングは尻尾で適当な所に転がっていた瓦礫を突き刺してグリムロックの口にねじ込んだ。

「グゥッ!」

 うなり声を漏らし、瓦礫を噛み砕き、未だに地面に固定しているプレダキングに火炎を吐いた。

 烈火に包まれてプレダキングは反撃とばかりに業火をグリムロックに放った。二人の巨獣は炎に包まれながら変形、全く同じタイミングで拳を繰り出した。

 拳と拳がぶつかり、衝撃波が空間をビリビリと震わせた。

 両者は取っ組み合い、グリムロックは力のままに押し込むとプレダキングはその力を利用して巴投げで対応した。投げられたグリムロックはすぐに相手に向き直る。

 プレダキングは爪をぎらつかせて踏み込んで来た。グリムロックは剣を取り、手首を高速で回転させてプレダキングを跳ね返した。

 拳と武器を使った肉弾戦かと思いきや、獣同士の殺し合い、この二人も全く異なる二つの特性を生かして常に相手の命を取ろうと苛烈な攻防戦を展開していた。

 グリムロック、プレダキングの二人には会話はなかった。いや、喋る余裕などどこにもなかったのだ。精神を体の末端まで満たし、全神経を対象だけに絞っている。

 グリムロックは恐竜形態になってプレダキングを目指して走り出す。

「ハァァァッ!」

 気迫を込め、プレダキングは突進して来たグリムロックの頬を殴り飛ばし横転させた。

 グリムロックはトランスフォームして受け身を取った。そして再度、ビーストモードになる。プレダキングはゆっくりと体の細部を動かしてドラゴンモードにトランスフォームする。グリムロックの体は段々と赤みが強くなり全身から炎が立ち込め、牙から顎、首のラインにかけて煌々と眩い光を放っていた。バキバキっと地面に亀裂が入るのが分かる。足で大地を踏みしめるだけで地面は軽く割れる、それほどにまで力を込めているのだ。地球に来てグリムロックは多くを学んだ、それも人間や精霊達のおかげだろう、セイバートロンで戦い続けていれば手に入れられなかったものも手に入れられた。

 バーテックスファング、これを決めればグリムロックに、オートボットに、ダイノボットに勝利が来る。信頼を寄せる絶対の必殺技、愛しき怨敵を喰らう唯一無二の技だ。

 大股に前足と後ろ足を開き、プレダキングは顔を低く保った。右腕の爪からギア、前腕から肩へかけて黄金の輝きに満たされ、プレダキングは顎が痙攣する程に噛み締めた。これまで一人ぼっちでコイツを倒したこれからも一人ぼっちで生きていくだろう。哀れな己の宿命に自嘲的な笑いが込み上げる。けれど、どれほどに惨めでも兄弟を殺し、家族を奪った仇敵に負ける訳にはいかなかった。

 エイペックスクローはいつでも打てる。グリムロックも同様だ。睨み合い、仕掛けるタイミングを見計らう。

 二人の間をどこかで爆発した突風を吹きぬけて行き、壊れた店の旗が強く揺れた。いつ仕掛けるのか相手の意識の常に一手先、一手先を読み合い停止した状態から早くも三十分が経過しようとしていた。二人の心中の思惑が完全に符合した時にグリムロックは、プレダキングは、全く同時に攻撃を放った。

 地面が粉砕される脚力で前方へ跳ぶ、とてつもないスタートを切り、一歩一歩を鬼のごとく力強く踏みしめ、両雄の距離は瞬く間に縮まりそして――。

 

 金属音が辺り一帯を支配した。その後、衝撃にも空間を支配され何もかもを巻き上げて行った。

 勝負は一度、決着は刹那、二つの金属の巨獣は牙と爪で結ばれて一つの塊としてもつれ合っていた。グリムロックの牙は首に喰らいつき、プレダキングは傷口から大量のエネルゴンを流している。対するグリムロックも爪で胴体を串刺しにされ、その傷の深さは誰が見ても深刻だと判断出来よう。

 小細工なしのただ真正面からのぶつかり合い。グリムロックは力を振り絞り、脳裏に四糸乃を思い浮かべ顎に力を入れる。プレダキングも失いそうになる意識を呼び戻し、より深く刺した。

 スパークが力尽きるまで緩めるつもりはない。

 先に力を緩めたのはプレダキングだった。貫いた胴体から腕が抜け、プレダキングはゆっくりと崩れるように膝をつく。もうどこにも力が残ってはいない筈だった。だが、既に息絶えたプレダキングはグリムロックの足を死んでも掴んでいた。

「……」

 グリムロックは言葉を投げかけようとしたが、押し黙った。賞賛など意味は無い、野生の理に従い、より強い者が残った。それだけだ。

 

 

 

 

 

 この二人の戦いがトランスフォーマーの歴史と言っても過言ではないだろう。長きに渡る因縁、千万にも及ぶトランスフォーマーの戦いの歴史の中心にいつもこの二人がいた。

「くらえ!」

 メガトロンは吼えるとダークセイバーから光波を飛ばした。オプティマスも同じよう光波を飛ばして相殺した。

 剣を振り下ろす腕を掴んだメガトロンは横薙ぎにオプティマスを切断しようと考えたが、顔面に頭突きを入れられてよろめき剣は空振りした。オプティマスは瞬時にトラックへ変形し、突進してメガトロンを跳ね飛ばす。

「どうしたメガトロン! 時代遅れのロボットめ! スクラップが似合うぞ!」

「黙れ、黙れ! スクラップになるのは貴様の方だ!」

 メガトロンが戦車にトランスフォームして砲弾を撃って来ている。オプティマスはもう一度トラックへ変形して砲弾を避けているとメガトロンはタックルでオプティマスに激突し、車体は転がり、ロボットの姿に戻るとオプティマスは塔の端、落ちるかどうかという瀬戸際に立っていた。休む間もなくメガトロンがオプティマスに仕掛けて来た。メガトロンの剣をガードし、ジリジリとだが、確実に後ろへと押し込まれている。

「落ちろ、オプティマス!」

 オプティマスは足下にライフルの腕を向けて撃ち、爆発を起こしてメガトロンは後方へ飛ばされた。塔の中央へ戻るとオプティマスは剣を突出し、メガトロンも剣で突いた。二つの切っ先が衝突を起こすと刀身はなんと互いに亀裂が生じ、バラバラに砕け散ってしまった。

「剣が……! いや、貴様など素手で捻り潰してくれるわ!」

「お前が死ぬか、私が死ぬかだメガトロン! 雌雄を決するぞ!」

 メガトロンがフュージョンカノン砲を撃ってくるとオプティマスは横に転がり、上手く避けるとメガトロンは次弾を装填している。発射される前にオプティマスは転がっていた岩を拾って投げ、砲口の中に入り込むとメガトロンのフュージョンカノン砲は暴発してメガトロンはひっくり返った。立ち上がるとオプティマスの膝が顔面に決まり、えぐり込むようなパンチが腹に入った。ただやられているメガトロンではない。殴られてもすぐに反撃に出、軽く飛び上がり、かかと落としでオプティマスを昏倒させた。

 オプティマスの背後に回り込み、腰に腕を回すと体の反りを使ってバックドロップを成功させた。頭部に強烈なダメージを立て続けに受け、足下がおぼつかない。

 メガトロンは走り寄り、顎に腕を引っかけると胴体を捻り、同時に腕を振るってオプティマスにラリアットを叩き込んだ。

 倒れ込むオプティマスは膝から落下してくるメガトロンから逃れ、足払いした。メガトロンも何をして来るのか読んでいたのか足払いを避け、両腕からダークエネルゴンの結晶を生み出して鎌を生成した。

 鎌を振り降ろした先にはオプティマスはおらず、深く床を突き刺してしまった。そこへオプティマスの蹴りが顔面と鎌に入り、体は飛ばされ、鎌は砕ける。

 うつ伏せに倒れたメガトロンの頭を鷲掴みにすると何度も床に顔を叩きつけ、体を反対に向かせて右から左からと激しく殴りつけた。

「地球は貴様の物ではない!」

「世界は儂の物だ!」

 キックを受け、メガトロンから離れる。

 息もつかせぬ攻防と緊張が張り付いて取れない。場も煮詰まってきた所でダークマウントが急に大きく揺れ、オプティマスとメガトロンは何か適当な物にしがみ付こうとした。

『自爆スイッチが押されました。まもなく当施設は爆破します。自爆スイッチが押されました。まもなく当施設は爆破します。』

 館内にアナウンスが繰り返して流された。

「メガトロン、お前の負けだ」

「ディセプティコンに負けはあっても、儂に負けはない!」

 またも腕にダークエネルゴンの結晶が溢れて一本の槍を形成し、投射した。槍をかわしてメガトロンに仕掛けると床に突き刺さった槍は爆発し、更に頂上の床が崩壊を起こした。ダークマウントの内部はボロボロで、パイプが裂けてエネルゴンの溶岩が流れていた。二人が落ちた所は足場が少なく、落ちれば溶岩で溶かされてしまうような危険地帯だ。

「貴様の最後に相応しい場だろう、プライム?」

「お前の最後だ。間違えるな」

 オプティマスが背中のスラスターを展開して直線を高速で突っ込んで来る。メガトロンは高笑いをあげ、暗黒の剣を呼び出した。それを振るい、宙に羽が舞い溶岩に落ちて行った。

 背面のスラスターが爆発し、胸に深い傷を負うと膝をついて傷口を手で押さえた。

「長い間、儂はこの瞬間をずっと待っていた……。お前を殺しさえすればディセプティコンを再び創生し、オートボットを叩きのめせる。」

 暗黒の剣を構えて動けないオプティマスにメガトロンは歩み寄って来る。

「死ねぇ!」

 メガトロンは暗黒の剣を頭上へと持ち上げた。

「まだだぁ!」

 振り下ろされる前、オプティマスは力を振り絞って両手を組んでメガトロンの顎をかち上げた。予想外の力が発揮され、メガトロンの体は弧を描いて飛んだ。オプティマスは足を引きずって起き上がると、足下に砕けたマトリクスセイバーの柄が転がっていた。オプティマスはそれを不思議と拾い上げると強い光が瞬き、折れた筈の剣が再生を始めたのだ。

 甦ったマトリクスセイバーを見てメガトロンは全身から絞り出すように体を震わせ、先ほどの暗黒の剣よりも更に高密度な黒い剣を生成する。

 マトリクスセイバーの一撃を受け止め、メガトロンは踏ん張って持ちこたえる。今までとは違い、明らかにパワーが上昇している。ダークセイバーを持ち直し、気を引き締め、剣を低く構えた。まるで居合いでもするかのような姿勢だ。

 オプティマスは正眼が構えて真っ直ぐに突き進んだ。

「メガトロンッ!」

「オプティマァスッ!」

 ぐいぐいと踏み込み、二人は飛躍しながら剣を薙ぎ、突いた。メガトロンの一刀が胴を切断しようと伸び、吸い込まれるように進む。対してオプティマスの剣は槍の穂先のように伸びメガトロンの胸を貫き、ダークスパークに包まれた邪悪なスパークをそのまま一刺しした。

 メガトロンの剣もオプティマスにある程度切り込まれ、もしも一瞬遅れていたなら結果は変わっていた筈だ。

 胸に突き刺さったマトリクスセイバーをメガトロンは刃を握って引き抜こうとしたが、深く刺さって取れない。

「オプ……ティマス! 儂が……宇宙を……! 支配の先の……平……和を……!」

 敗北と死が目前でもメガトロンは悪鬼のごとき形相で戦意を剥き出しにし、腕を伸ばしてきた。

「さらばだ、我が友……」

 オプティマスはマトリクスセイバーを抜くとメガトロンは前のめりに倒れた。ちょうどダークマウントの自爆が始まり、瓦礫がメガトロンに落ちて来る。空からはジェットファイアーが救援に来てくれた。

 

 ディセプティコンはその日、司令官と幹部を失い、指揮能力のない軍団はオートボットに降伏した。直に散って行ったディセプティコン、オートボットにもこの事は耳に入るだろう。

 

 

 

 

 

 天宮市でのオートボットとディセプティコンの大決戦があってからかれこれ二週間が経過しようとしていた。ASTの復興能力は流石と言え、三日もすれば全ての建築物を元通りにしていた。伊達に精霊や空間震と長年戦ってはいない。

 ディセプティコンを招き入れた張本人、ショーン・バーガーはと言うとあれから法の裁きを受ける事が決まり、現在服役中だ。今回の一件でオートボットには地球への滞在の許可と資源の援助が約束され、オプティマス達はセイバートロンへ戻るつもりだった。

 いつものオートボット基地が懐かしく思える。そう、一番感じていたのはグリムロックだった。

「四糸乃! 何か暇だしバスケットでもして遊ぼうぜ!」

 以前とは違って流暢に話すようになってコミュニケーションが取りやすくなった。

「い、いや……体動かすの……苦手で……」

「しょーがねーな~。狂三――」

「嫌・で・す・わ!」

「ええ~」

「あなた大人げないんですもの! それに汗を流すような事、わたくしには似合いませんわ」

「何だよ何だよ~意地悪言うなよ! せっかく俺達の存在が認められて外を堂々と出られるようになったんだし、グラウンドとか公園で遊びたいんだよ!」

「今日も賑やかで良いな」

 奥の部屋からオプティマスが顔を出した。

「オプティマスか。今後、俺等はどうするんだ? 俺としては地球に残りたいんだが。オプティマスはセイバートロンに帰るんだろ?」

 すらすらと話すグリムロックにまだ慣れないのか狂三は微妙な顔を作ってそれを見ていた。

「復興には手がいる。例え壊し屋のダイノボットでもな。少しの期間、キミ達も来てもらう。スペースブリッジがあれば地球とセイバートロンの距離は大したものじゃない」

「帰るのか~。四糸乃、週五の頻度で地球に帰るからな」

『ほとんどじゃな~い。グリムロック、サボり魔だねぃ!』

「復興……頑張って下さい」

「おう!」

 グリムロックは親指を立ててサインを送った。

 いつもの風景が戻った。

 その夜、オプティマスはいる物といらない物を分けて荷造りに励んでいた。そこへ人間ようのエレベーターが動く音が聴こえて持っていた荷物を置いて出迎える準備をした。ゲートが開いて顔を出したのは士道だった。

「こんばんはオプティマス」

「ああ、こんばんは」

「オプティマス、話が、話があるんだ――」



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52話 Til All Are One

 約1年間ご愛読ありがとうございました。本作はこれにて完結になります。



「ジャズ様、結婚式の日取りはどうしやがりますか?」

 ベランダに置かれたガーデンチェアに腰を落として真那は結婚式のパンフレットを片手に突拍子もなくそんな事を口走った。結婚式と言われて流石のジャズも困惑し、隣にいるクリフジャンパーは腹を抱えて笑った。

「アハハハ! 結婚!? ジャズって人間と結婚するのかよ!」

「愛に種族は関係ねーですよクリフジャンパー!」

「あ~悪い悪い、別にバカにはしてないぜ?」

「そもそも真那、キミは適齢期に来てないだろ?」

「では適齢期が来ればしてくれやがりますか!?」

 キラキラと真那は目を輝かせて聞いて来る。ジャズは困ったようにクリフジャンパーに目をやるが、笑っているだけで助け舟は出してくれない。

「良いじゃないか、こんなに可愛い子がお嫁で」

「おいおい、他人事だと思って言いたい放題だな。じゃあ、適齢期が来たらね?」

「本当でやがりますか! その言葉を忘れませんよ」

「フゥー! マジかジャズ! 歴史上初だぜ!? こりゃあ盛り上がって来たぜ、ヒャッハー!」

「浮かれすぎだクリフジャンパー」

 やれやれとジャズは首を横に振っているとオプティマスから通信が入って来た。

「はい、こちらジャズ。はい……わかりました。すぐ行きます」

 通信を切りジャズは肩を回した。

「オプティマスから何て?」

「仕事だ。キミも一緒にだ。探索に行って欲しい地区があるらしい。じゃあ真那、また二、三日したら帰るからね」

「はい! お仕事頑張って下せぇ!」

「ささっと済ますか」

 クリフジャンパーは背伸びをしてから拳をジャズの方へ向けるとジャズも握り拳を作ってガツンとぶつけ合った。

 

 

 

 

 セイバートロン星が戦前の姿を取り戻すまで恐ろしく時間がかかるだろう。オートボットがディセプティコンに勝利したという情報は宇宙に散って行ったオートボットに伝わり、セイバートロン星へと帰って来ている。

 宇宙に散るディセプティコンは投降、もしくは隠れて小さな反動勢力として動いているもののメガトロンという偉大な司令官がいない今、ディセプティコンは烏合の集に過ぎなかった。

 オートボットの首都、アイアコンの再建工事の指揮を取るパーセプターは金属の輝きを取り戻しつつあるアイアコンを見て歓喜に満ちていた。

「アイアコンの再生ももう直ぐですな司令官」

「ああ……」

 首都が再建されるというのにオプティマスの顔は酷く沈んでいた。

 それは遡る事、一週間前だ――。

 

 

 

 

「オプティマス、話があるんだ」

 深夜遅くに基地に士道がやって来た。

「どうしたんだ?」

 士道はいつもみんなが座っているソファに体を預けた。

「セイバートロン星をこれから復興させるんだよな?」

「そうとも、私もこのマトリクスを外してプライマスに返す。プライマスが蘇ればセイバートロンに再びエネルゴンが溢れ出す」

「いや……それだけじゃあ戻らないんだ。オプティマス」

「知っているとも。キミにはプライマスの意識が宿っている。パーセプターに切り離す話を進めて――」

「ダメなんだ」

「何がダメだと言うんだ?」

 オプティマスは首を傾げた。

「プライマスは宿ってない。俺はだんだんプライマスと融合していた。オメガスプリームに診てもらった」

「プライマスと融合……!?」

「だからさ……」

 士道は手を広げるとそこに一瞬だけ小さな光が瞬いた。すると何のキャラクターかわからないが、可愛いらしいぬいぐるみが出現した。七罪の変身能力ではない。

「……」

 オプティマスには士道がやった行為が理解出来た。

「無から何の対価も払わずに創り出す事だって出来るんだ」

 創造主プライマスと融合を果たした士道はもはや人ではない。その融合の度合いは深く、切り離す事は出来なくなっていた。

 神の力、全知全能という言葉さえ安っぽく聞こえる絶対の力を一人の少年に託された。

「セイバートロンにはここよりも遥かに優れた施設がある。パーセプターや他のオートボットの科学者が解決策をあみ出せるかもしれない。士道はこのまま学生として――」

「良いんだ」

 オプティマスの言葉を遮り、士道は言った。

「俺はプライマスをセイバートロンに帰す」

「何を言っている。私達の星を救う為に人間を犠牲に出来る筈がない! キミは私達の友だ。友を犠牲になど……!」

「友達だから……。オプティマス、あなたは今まで地球のために何回も命をかけてくれた。人間が裏切ってもそれでも助けに来てくれた……。今、この恩を返したい」

「私達は見返りを求めてやってはいない」

「俺はみんなに何もしてやれなかった」

「キミは生きて、私達に元気な姿を見せているだけで良いんだ。キミの犠牲の先の復興など……」

「犠牲なんて言うなよ! これは俺の意志なんだ!」

「やはり……認められない」

 

 

 

 

 そんな会話を交わしてからというものオプティマスは毎日のように悩む日々が続いていた。

「司令官、顔色が優れませんな。どうしました?」

「何でもない」

 悔いはない。本人がそう言っているがオプティマスは胸に引っかかっていた。セイバートロンの戦争に地球を人間を巻き込み、士道のこのまま何十年もある人生を歩む筈がそれを断ち切る結果になる。

「パーセプター、この場を預けて良いかい?」

「ええ、構いませんよ」

 オプティマスは通信機を使い、誰かと話し始めた。パーセプターは何か打ち合わせでもしていると思い、気にせずに指示を送っていた。

 通信が終わってオプティマスはトラックへトランスフォームした。煙をあげてアイアコンを出て行き、まだ復興の手が伸びていない荒野を走行した。屑鉄の山を越えてオプティマスがついたのはダイノボット達の住まいだ。

 元々はオートボットの前哨基地だが、そこを改装してダイノボットが住み着いていた。人一倍大きな体躯を誇るグリムロックに合わせてドアも大きく作られて、オプティマスはドアを叩いた。

『すぐ行くぞ』

 中から声がした。グリムロックはドアを開けてオプティマスを迎え入れ、改装された前哨基地の内部は戦いの痛手がまだまだ濃く残っている。全体的に軋みが酷く、歩くだけで天井からパラパラと金属片がこぼれた。

「適当にかけてくれよ」

「わかった。スラッグ達はどうした? お前一人だけなのか?」

「俺以外は出払ってる。この前哨基地をもう少し改築する為にな」

「一から作った方が早そうだな」

「それは俺等には無理だぜ。それで話したい事は? 俺もあんたに言いたい事があるし」

「じゃあ話そう――」

 オプティマスは士道から聞いた意志、今の現状の全てをグリムロックに話した。グリムロックもあの頃とは違い、話をちゃんと理解出来ている。そもそもどうしてグリムロックにこんな話をしているかオプティマス自身も分からなかった。大抵の相談役はアイアンハイドで今なら親友のラチェットもいる。

 心のどこかで地球に最初にやって来たグリムロックなら何か良い答えを持っているかもしれないと期待していたのだろう。

 話が終わり、腕組みをして聞いていたグリムロックは腕をほどいた。

「びっくりした。まさか士道がそんな状態になったとはな」

「そうだ。だが私にはそんな事は認められないんだ」

「オプティマス、士道は昔のあんたにそっくりだ」

 グリムロックはふとあらゆる情景が脳裏に浮かんだ。

 初めて四糸乃の霊力が暴走した時、士道は命懸けて四糸乃を助けに行った。四糸乃に限った話ではない。十香も狂三も琴里も耶倶矢と夕弦も美九も七罪も折紙も、全て士道が命を賭して救い出して来た。

 自分の痛みより他者の痛みに苦しむ彼だからこそ皆、全幅の信頼を寄せているのだ。

 オプティマスも逆境でも折れずに輝き続ける。だから皆が集まるのだ。

「俺は士道の意志を邪魔したくない。アイツが本当にそう決意するなら俺は邪魔しない」

「それがキミの意見か」

「ああ。オプティマス、あんたは気負いし過ぎなんだよな。マトリクスがなくなっても俺達の司令官はあんたしかいない。みんな、あんたを支える。だからさ、たまには俺等に頼ってくれよな」

「お前とこうして話が出来るとは驚いたよ。後で士道と会ってくる。彼の本心をもう一度確かめる」

「おう!」

「それで、お前の話とは?」

 グリムロックもオプティマスに話があるのだ。

「俺達五人で考えたんだ。しばらくは地球にいるが、将来的には地球やセイバートロンを出て旅に出たい」

「理由を聞かせてくれ」

「戦いの無い世界じゃあ生きていけないからだ。俺達は自由と闘争の勝利を渇望してんだ」

 戦いが終わった世界でグリムロックは内心怖かった。自分の居場所を無くしたような気がしたからだ。賢くなり、情を知り、一度死に、それでも生来の戦い好きは治らない。

「自由と戦いか。それがお前の新たな生き方なら私は否定しない盟友よ。そもそも私が止めても聞かないだろ?」

「だな! 力づくでも出て行くぜ!」

 オプティマスは手を差し伸べた。

「んあ?」

「元気でなグリムロック」

「おいおい、俺はまだ地球に住むんだぜ? お別れ会には早いぜ」

 そう言ってグリムロックはオプティマスと握手を交わした。

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 深いため息をついて手元の不採用と書かれた紙を見て肩を落とした。これで何十社目か分からないバイトの面接、それでも数え切れないくらいの数を受けて落ちて来た。

 元世界最強の魔術師(ウィザード)エレン・メイザースは食い扶持を探す為にバイトを受けては落ちを繰り返していた。

 空腹で倒れそうなのでコンビニで何か買おうとしたが、財布の中に三十円しか入っていない。

 ボロボロのマントを身に帯びたエレンは本日何回目か分からないため息を吐いてからトボトボと家路を急いだ。

 エレンの家は家とは呼べない枯れ木で組んだ屋根と柱で作った出来の悪い工作の作品のような家だ。雨風も凌げない家で体育座りでエレンはもう人生のゴールを迎えようかと考えていた。

「お前さん何でそんなに落ち込んでやがんだ?」

「それはこんな生活を送ってるからですよ」

 エレンは答えると顔を上げて振り返った。だが誰もいない。あの聞き慣れた声が幻聴だと思うととうとう自分もかなり精神的に疲弊しているのかと心配になって来る。

「落ち込み過ぎだぜエレン」

 また幻聴がした。エレンは無視して俯いていると目の前にキラキラとした光と共にスタースクリームが出現した。

「す、スタースクリーム!?」

 エレンは立ち上がって驚愕の表情を作った。

「ん……? あなた少し透けてません?」

「ああそうだぜ」

 スタースクリームはまた姿を消すと再び出現して見せた。

「あのダークマウントでの戦いでダークマウントの倒壊と一緒に死んだのさ。つまり俺様は幽霊ってわけさ! ハッハッハッハ!」

「イヤァァァ~!」

「お前何を驚いているんだ? ロボットが幽霊になっちゃ悪いかよ?」

「幽霊なんて非科学的な!」

「そうじゃ! この非科学の塊を使えば儂等はまたやり直せるかもしれんぞ!」

 どこからともなくアーカビルが現れ、エレンはまた驚いた。てっきり二人とも死んだと思っていたからだ。

「本当ならスタースクリームなんぞと手を組むのは嫌じゃが……再就職が出来んくてな。仕方なくじゃ。別にスタースクリームと一緒にいたいという訳じゃないんだからね!」

「……。とりあえず俺はボディを取り戻したいんだ! 行くぞエレン! ジジイ!」

 霊体のスタースクリームは二人をつまみ上げてジェットモードに変形し二人を乗せた。

「幽霊に乗るって……」

「細けぇこたぁいいんだよ!」

「ああ、もう! 良いですよ! どこへだって行ってやりますよ!」

 エレンはやけになって叫んだ。言葉にはしないがスタースクリームの無事が嬉しかった。

 

 

 

 

 この学校にダークマウントがぶっ刺さっていたなど嘘のようだ。ダークマウント崩壊から数日で学校が元通りになり、みんなこうして通学が出来ている。

「ごきげんよう、士道さん」

 制服に身を包み、狂三はにこやかに挨拶をして来た。

「く、狂三!? どうしてここに!?」

「あらあら、わたくしも学生ですのよ? 本日から復学ですわ」

「おう、おめでとう」

「では……」

 狂三は士道の腕に腕を絡ませて胸を押し付けて来た。

「学園内を案内して下さいまし」

「学校の案内は昔しただろ!?」

「あの時は士道さんを食べる方に集中していましたので……」

「こら、狂三! 貴様何故シドーに引っ付いているのだ!」

「学校で抱き付く必要はない筈、今すぐ離れるべき」

「おはようございますわ。十香さん、折紙さん」

 狂三は士道から離れたかと思うと士道の膝の上に跨り、向き合うような形で座って見せた。

「そこは私の席」

 折紙は心底不機嫌そうに言った。

「狂三! それでは黒板が見えないではないか!」

「早い者勝ち、悔しいのでしたら明日からあなた達もしてみると良いですわ」

「なっ……!?」

「ハッ……!?」

 十香と折紙は「そうか!」と言いたげな顔を作った。

「やあみんな、朝から元気そうで!」

 窓ガラスを開けて黄色いカマロから変形したロボットが教室に頭を突っ込んで来た。

「バンブルビー! 学校の中には来ちゃダメって教えただろ!」

「いやでも学校が楽しそうだからさ、つい」

 士道は狂三を膝から下ろして席を立つとバンブルビーの顔を押して外へと出した。

「迎えに来て欲しい時は言うから! 基地で待っててくれよな!」

「うん」

 バンブルビーはカマロに変形して帰って行った。その直後、空から轟音が鳴り響き、三機のスペースジェットがゆっくりと降下して来ている。

 ジェットファイアー、シンバーボルト、エアレイドの三人だ。ジェットファイアーのコックピットが開くとそこから梯子が投下されて耶倶矢と夕弦が降りて来る。見ていてかなり危なっかしい登校だ。

「感謝。毎日助かります」

「かかか、空の騎士が三人とは大層な送迎であるな」

「二人共、教室に入ったな? よし!」

 真っ先にシンバーボルトが変形して地面に足をつけ、ホッとした顔をした。

「ハハッ、高所恐怖症はまだ治んねーのか!」

「私達は先に帰るぞ」

「ああ、私は歩いて帰る」

 シンバーボルトは耶倶矢達に手を振って、足下を気にしながら帰って行った。

 オートボットは町にかなり馴染んで来ている。馴染み過ぎて怖いくらいだ。空を悠々とエイリアルボットが飛び、変形する車が走り回る。

 姿を隠す必要が無ければトランスフォーマー達は遠慮なく歩き回れる。

「朝から賑やかで良いですね~。ハァーイ、ホームルームを始めるので席について下さいね~」

 気の抜けそうな声で珠恵が呼びかけ、ホームルームを始めた。

 

 

 

 

 コンサート会場は熱気に包まれ、美九の歌声が会場に響いていた。

「――――――!」

 静かな音色から激しい歌まで美九は様々な曲をステージの中央で歌っていた。美九の後ろには機材は無く、一人のトランスフォーマーが演奏をしているだけだった。

 コンサートは最初から最後まで熱狂的な盛り上がりを見せて終わった。曲を全て歌い終わった美九は演奏を務めていたブロードキャストとハイタッチを交わした。

「イェーイ! 今日もごきげんな音楽だったじゃない! ジャズの言った通り、最っ高の歌声だな!」

「ブロードキャストさんもここまで私の歌を理解してくれるだなんて思わなかったですぅ! だーりん以来ですよぉ!」

「美九なら音楽の惑星でもトップを狙えるぞ!」

 音楽の道を進む者同士、二人は予想通り意気投合出来た。

「あ、ブロードキャストさんこれから時間ありますぅ?」

「ああ、あるよ。戦いないと基本的にオートボットは暇なんだよな!」

「暇って……復興作業は?」

「復興支援で音楽を流したら司令官に怒られちゃったんだよな。それでこれから何するんだ?」

「カラオケに行きましょう!」

「ほー、勝負するか? 負けないぞ?」

 コンサートの後だと言うのに二人はまだ元気が有り余っている。美九と歌で張り合えるのはサウンドウェーブがいない今、ブロードキャストくらいだ。

 ブロードキャストはラジカセに変形し、美九の鞄に収まった。

 

 

 

 

 

 学校が終わればバンブルビーやラチェット、アイアンハイドにワーパスが迎えに来てくれ、今日あった一日の話で盛り上がり、家の前に到着すれば士道達は自宅へオートボットは基地へと帰る。

「夕飯になったら呼ぶからな! また後でな十香、今日はハンバーグだ」

「それは楽しみだぞ! 四十秒で着替える!」

 十香やオートボットを見送り、士道も玄関のドアに手をかけると士道の足下にポタポタ、と血が滴った。

「まずい……」

 士道は涙かと思ってシャツで拭うと袖には赤色の液体がシャツに染み込んでいた。怖くなり顔をさすってみると鼻や目から血が流れ出ていた。

 士道はハンカチで血を拭い、鼻をすすった。この現象は今に始まった事ではない。ここ二、三日の出来事だ。プライマスとの融合化は完全に達し、その融合化は未だに進んでいる。

 つまり、プライマスの力が士道を侵食していた。小さな人間に創造主の力は大きすぎるのだ。

 士道は皆に悟られぬように溢れる血を拭き取り、家に入ろうとすると背後にオプティマスが来ている事を察した。

「士道……きみは……」

「オプティマス、見たのか?」

「見たとも。だが知ったのは今だ」

 オプティマスは目から光を発射して士道の体をスキャンした。

「俺の体の事を知ったんだろ? もう時間がない。だから早くプライマスの意識を帰さないと……」

「士道!」

 オプティマスが大声で怒鳴り、士道は半歩引いた。

「答えろ。使命感で身を犠牲にするのか? それとも自分の意志、決意、信念からか?」

「俺の意志に決まってるだろ!」

 二人はしばらくの間、目と目を見つめ合い、それからオプティマスは納得したように頷く。それからゆっくりとトランスフォームして道路を走って行った。

 オプティマスが何をしに来たか今の士道には分かる。振り返り、士道はドアを開ける。

「おにーちゃぁん!」

 白いリボンをつけた琴里が士道に抱き付いて来た。

「おかえりおにーちゃん! 今日の晩ご飯はなぁに?」

「ハンバーグにしようと思ってる。挽き肉も大量に買って来たしな」

「わーい! ハンバーグ! ハンバーグだぁ! 嬉しいな。おにーちゃん? さっきから表情暗くない?」

「え? いや、いつも通りだって。さ、飯作るから手伝ってくれよ」

「うん!」

 士道は制服から部屋着に着替えると自室を出た。隣の真那の部屋からはジャズとクリフジャンパーとの話し声がした。内容は上手く聞こえなかったが、チラッと新婚旅行という単語が聞こえた。

「何の話してんだ?」

 無意識に呟き、士道は階段を下りてリビングのドアを開けるとキッチンに琴里と他にも十香と四糸乃が来ていた。

「どうした十香、晩飯になったら呼んだのに」

「何だか居ても立ってもいられなくてな」

「ハハッ、食いしん坊だなぁ」

 士道はポンポンと頭を撫でてキッチンに入った。

「四糸乃も手伝いに来てくれたんだな」

「はい……少しでも……お役に……立ちたいですから」

 四人は腕まくりをして今晩の夕飯のハンバーグ作りを始めた。

 十香が卵を下手くそに割ったり、挽き肉を生でつまみ食いしそうになったりとハプニングもあった。そんな無邪気な姿に士道は頬が緩む。

 夕飯にはみんなを呼んだ。全員が揃ってご飯を食べるのは珍しくはないが、士道には一瞬、一瞬が強く濃く、宝玉のごとく輝く。

 後片付けを終えて皆が寝静まった頃に士道もベッドに横たわった。

 士道はベッドのシーツを握り締めてシワを作る。目から大粒の涙が流れ出た。士道がセイバートロンに還る事は星を一つ救う偉業だ。

 だが、士道はこの家からいなくなる。みんな悲しむだろう。

 士道は胸が締め付けられるような気持ちに苛まれたが、決意に揺るぎはなかった。

 

 

 

 

 翌日、オプティマスにセイバートロン星に地球の子等は呼ばれた。久しぶりに会う面々もいて再会を喜んだりした。

 大型エレベーターに乗り、今はセイバートロン星の中枢部を目指して降りて行っている。

「四糸乃、久しぶりだな! 元気でやってか?」

「あの……グリムロックさん……一昨日……会いましたよ」

「気にすんなよ。みんな俺がサボろうとしたら怒るんだよな」

「当たり前だバカもん!」

 アイアンハイドが声を上げた。

「オプティマス、どこへ降りているんだね?」

 ラチェットが尋ねるとオプティマスは「プライマスの所だ」と短く答えた。

「とうとうマトリクスを返すんだね?」

「ねぇ、オプティマスがマトリクスを返したらどうなるの?」

 琴里の質問にラチェットが代わりに答えた。

「マトリクスはプライマスのスパークの一部、司令官の証だ。オプティマスはプライムの任から外れる事になる」

「オプティマスが司令官じゃなくなるの?」

「形式的にはね。実質的にはいつまでも私達の司令官さ」

 雑談を交えているうちにエレベーターはガタンッと重厚な音を響かせて止まった。目の前にはトランスフォーマーの視点でも頂上を見上げれない程のゲートが構えていた。オプティマスが認証コードを入力してゲートが開かれた。そこから長い通路を歩き続けると、エネルゴンの泉が発見出来た。泉の中央には一つの球体が浮かび、金属のパイプに繋がっている。

「あれが、プライマスだ」

 オプティマスは説明するとプライマスの前まで歩くと、プライマスから泉と岸を繋ぐ橋が展開されてオプティマスはその橋の上に立った。

「プライマス、今こそマトリクスを貴方に返します」

 オプティマスは胸を開くと太陽の如く光を放つマトリクスの輝きが周囲を包み込んだ。マトリクスをプライマスへ向けると光の塊が一気に解き放たれ、ダークエネルゴンに犯されたプライマスはマトリクスの光を浴びて再び躍動を始め、鼓動を繰り返す。突き刺さったダークエネルゴンの結晶は外れて落ち、紫色にひび割れた地肌は白い線がなぞられて元の姿を取り戻して行った。

「セイバートロンはこれで元通りなのだな! よかったなオプティマス!」

 十香はまるで自分の事のように喜んでくれた。

「いや、まだだ。士道」

「ああ」

 オプティマスが呼ぶと士道は橋の上へと歩いて行った。

「どうしたのだシドー? まだ何かするのか?」

 橋の上に立つと士道は皆の方を向いた。

「ごめん、本当にごめん……俺はみんなとここでお別れなんだ」

「――――え?」

 全員が疑問の言葉を口にした。グリムロックはそっと目を逸らした。

「どういう事よ士道!」

 琴里は怒って前へ出た。

「言葉通りだ琴里。俺の中にはプライマスの力がある。この力はもう俺から引きはがせない。だから俺はこのままプライマスの中で眠る」

 未だに理解出来ていない者もいたが、全員心でわかっていた。士道がいなくなると。

「嫌だ……嫌だシドー!」

 十香が士道の腕を掴もうと手を伸ばすと士道はサッと線を引くように腕を水平に振ると二人の間には薄い透明な膜が張られ、二人を遮った。士道の表情は申し訳ないという気持ちと、清々しく凛とした精神が混ざり合っていた。

「シドー! ダメだ! 戻って来い! 離れたくないッ!」

「十香、泣くなよ。死ぬわけじゃない。ただ眠るんだ。長い間。トランスフォーマーの観点から見ても長い時間を。みんなオートボットを恨まないでくれ。これは俺の決断だから……」

 十香は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃで我を忘れて叫んでいた。

「しどー! シドー……私はお前が大好きだ。好きで好きでしょうがないのだッ!」

「俺もだ。十香」

 プライマスの球体が開いた。士道は迷いもなくその光の中に歩いて行く。何もない光の空間で何かに身を預けると士道はまぶたを閉じた。

 ゆっくり、球体は閉じて行く。十香は泣き崩れ、皆も同様に頬に涙が流れた。

 オートボットは敬礼し士道を見送った。

 その日を境にセイバートロンは再び呼吸を始めた。乾いた大地は黄金に輝き、戦前よりも美しい姿を見せた。

 

 

 

 

 

 士道が眠り十年が経った。

 プライマスの球体の前に立派に成長した十香が立っている。その隣にはグリムロックと四糸乃がいた。

「シドー……まだ眠っているのだな」

「気持ちよさそうな顔して寝てるな」

「士道さん……」

「さ、俺等はそろそろ行くかな」

「グリムロックさん……遂に旅に出るんですね……」

「おうよ! 体が鈍っちまいそうだぜ。なんかあったらすぐに帰るぜ。宇宙なんて以外と狭いしよ」

 グリムロックは腰を回したり、軽い運動をすると四糸乃を肩に乗せた。

「十香、行くぞ。地球まで送ってやるぜ」

「う、うむ! すぐ行く!」

 士道は安らかに眠っている。士道が眠る姿をもう一度確認して十香はグリムロックの方へ歩いて行くと――。

 ――十香。

 名前が呼ばれた気がした。十香が振り返ると球体の前で士道がいつもと変わらない表情で手を振っていた。十香は笑顔を作り、手を振り返した。

「また来るぞ、シドー!」

 その時、眠っている士道の手がピクリと動いた――。

 

 

 

 

 

 ――人間は強い生き物だ。どんな時でも常に光を求めて歩く生き物だ。私はオプティマス。宇宙にメッセージを送ろう。

 我々を救ったのは一人の小さな勇敢な少年だ。



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