十傑集が我が家にやってきた! (せるばんてす)
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少年は十傑と出会う

 ある日家に帰るとおじさんがいた。それも何人も。都心の外れで四畳半、月4万のボロボロアパートだから部屋の中は差し詰めサウナ状態と化していた。

 

 何人かはおじさんというには若い人物もいたが、お爺さんと呼んでいいような人もいて平均的にはおじさんと言ってもいいだろう。ともあれ今はどうしてこんな状況になったかを知るべきだ。

 

……果たして誰に声をかけるべきだろう? 

 

 僕はいわゆるぼっちというやつで、人に話しかけるとどうしてもあがってしまって冷たい態度しかとれず、録に友達もできたことがないという筋金入りのコミュ障だ。そんなコミュビギナーどころか万年落第生の僕に目の前の面々は少々――いやかなりきつい。

 

 右目に眼帯を着けたハートの髪形のおじさん、赤いマフラーに仮面を着けた忍者、白目むき出しの蟹頭。ザッと見ただけで個性と身体がビリビリと震えるような歴戦の威圧を感じる。言葉どころか悲鳴すら出ない。家の中に不審者がいるのに逃げだそうにも足は地面にひっついたかのように動かなかった。ほとんど諦めの境地で、どうしようもなくおじさんたちを眺めているとあることに気付いた。

 

 居直り強盗にありがちな部屋の乱れはないし、おじさんたちの表情はただただ驚きの表情。突然家主が帰ってきたことへの驚きではなく、僕の顔を見て驚いているようだった。

 

「失礼。あなた様のお名前は?」

 

 おじさんたちの中から一人。白髪のお爺さんがそう尋ねた。他の誰かならきっと僕の口は固まったままだったろうけど、見た限り温厚そうな爺様って感じだ。言葉づかいも丁寧で、すぐさま暴力で返されるってこともないだろう。震える肩を押さえながら恐る恐る口を開いた。

 

「山野 浩一です」

 

 

 

~~十傑集が我が家にやってきた! ~~

 

 

 

「すみません。人数分のコップがないので紙コップで我慢してください」

 

「いや御手を煩わせるなど恐れ多い。この素晴らしきヒィッツカラルドにお任せ下さい」

 

「貴様十傑集のリーダーを置いて点数稼ぎに走るとは、これはいったいどういうことだ!?」

 

「十傑集裁判にかけられぬ内に全てを明らかにしたほうが良いぞ」

 

 なんだか自分の名前を名乗ると急にひれ伏して、恭しい態度をとりだしたおじさんたち。十傑集と呼ばれる集団らしい。結局どういう人たちなのかさっぱりだ。白目のカニ頭、ヒィッツさんを囲んで指先にレーザーらしきものを溜めている辺りから危ない人種であるのは間違いないだろう。

 

 ともあれ何故ここまで持ち上げられるのか? 僕の顔を見て驚いていたのと何か関係があるのだろうか? 名前を聞いてあの反応だから、どこかで僕のことを知っていたのだろうか? とはいえあの濃い面子なら一度見たら間違いなく忘れないだろう。 疑問は尽きないばかりだ。

 

とりあえず、

 

「あ、あの。すみません。どうして家にいたんですか?」

 

 一番の疑問を投げかけてみる。随分大人しくはなったものの、そもこの理由如何によっては国の取締機関に通報せざるを得ない。僕の質問に答える為か、狭苦しい部屋の奥からピンクのマントにスーツという異色の服装の人物が現れた。40代ぐらいのダンディなおじさまという風貌だが、この人物の放つプレッシャーは集団の中でも一番強いような気がする。クラスで平穏に過ごすために鍛えてきた僕の強者レーダーがそう反応しているからだ。……悲しい。

 

 少し仲良くなった爺様が彼は十傑集のリーダーである混世魔王 樊瑞さんと耳打ちしてくれた。さもありなん。

 

「うむ。まずは何から話してよいか」

 

少しの逡巡の後、樊瑞さんは静かに話しだした。

 

 

 

 

 

 BF団ペンタゴン地下基地。かの大国の国防総庁の地下を支配下においているということは実質的にその国を支配しているのに等しい。BF団の中でもやはりその基地の重要性は高く、時折最高幹部である十傑集が集まることもある。

 

その重要施設に甲高い警告音が鳴り響いていた。

 

『第一級緊急態勢、全員各部署を動くべからず。第一級緊急態勢、十傑集といえども動くことは許させない』

 

 暗く長い通路をシズマドライブの赤い警戒色が照らしだしている。そこを硬質な革靴の音を響かせながら件の現場へ向かう人物が一人。いや二人。

 

 二人目はまるで幽霊のように静かな足取りで前を行く人物にピッタリと着いていく。まるで生きた影のようだ。警告をまるで意にも介さずに自信を持って進む様はそれなりどころではない地位を予感させる。やがて二人の前、通路の先に光が漏れだす。

 

 一人目の姿が見えると、現場で作業を行っていた全身黒タイツの団員の手は一斉に止まり、片膝を地に付け頭を下げようと身構える。

 

「止めよ。今は事態の究明が何よりも先決。現場責任者以外の者は皆作業に戻りなさい」

 

 そう重々しく命令したのは孔明。片手に羽毛扇を持ち、口角に髭を蓄えた細身で長身の男性。年の頃は30は過ぎているだろうがそれ以上は分からないことの方が多い謎の人物。BF団の全ての作戦を計画・立案している稀代の策士であり、それゆえに最高幹部である十傑集を凌ぐ権力を持っている。BFが基本不在である現状、実質的な最高権力者といってもよい。その彼が現場にいる。そのことが事態の大きさを強調していた。

 

「報告します」

 

 基本黒タイツが団員の制服の中、白衣に身を包んだ美しい女性が孔明の前に出て厳かに告げた。孔明は静かに頷いて先を促す。

 

「昨日1400(ひとよんまるまる)、最高会議場に突然発生したテレポートエリアに十傑集御仁が巻き込まれ依然行方不明となっている件についてですが、わずか数秒の出来事で調査は難航しています。鑑識班、化学班、超能力班共同で原因調査を続けていますが有力な手掛かりは未だありません。御方達の行方の唯一の手掛かりは十常侍様の残された命鈴鐘(めいりんしょう)のみ。どうぞご覧ください」

 

ハンドベルのような鐘を手渡された孔明は二度ほどそれを振った。すると澄んだ鐘の音とともに光の粒子が天井近くまで登っていくではないか。そのまま粒子が一点に集まると何かの陰影を生み出していく。いつの間にか周囲はすっかり暗くなっていた。

 

 色つきの影はよりリアルな現実の映像へと変わっていく。場面は十傑集が集まっているという違いはあるもの、部屋や椅子の配置から間違いなくこの場所だ。残念ながら音声はないものの、一人ずつ青いテレポート光に消えていく異常な事態への対応から場面の緊迫は十分伝わってくる。ある人物は驚異的な身体能力で範囲外へ脱出しようとし、あるものは身代わりの術で逃げようとするがその全ては尽く失敗した。十常侍は逃げられないと悟ると、自身の命を操るという特性上、例えどこに飛ばされても命の確保はできるという計算から保身ではなく、情報の収集に全てを注いだのだ。そして映像が途切れる瞬間、僅かに空間の切れ目から奥の屋内らしき映像が垣間見えた。

 

「さすがは十傑集が一人、十常侍。あの一瞬でそこまで判断するとは……」

 

孔明は羽毛扇で口元を隠しながら、それでも隠しきれない笑顔に目じりが上がる。

 

「先ほどの転移先の映像の解析を急ぎなさい。必要ならA級エージェントの招集も許可します」

 

「はっ!」

 

 それだけ言い残すと孔明は踵を返して歩き出した。後に続くは呼延灼。赤い大鎧を身に纏い、顔全体を覆う面頬から容貌を推測することさえできない。ある意味孔明よりも謎に満ちた人物だ。普段は影に潜み十傑集の監視・援護・陽動など様々な仕事に駆り出されているが、今は孔明をより専属的に守るため、影から姿を現している。十傑集にあのような事件が起こったならば、次はより上位の孔明にも牙を剥かれる可能性は高い。唯でさえ今回の事件は孔明の予想外の出来事なのだ。十傑集がいない今、国際警察機構にその所在を問われることになればGR計画の成功は遠のくことになるだろう。

 

「これも全て我らがビッグ・ファイアのため――さて、草案を練り上げますか」

 

二人の影は静かに通路の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり結局何故ここにいるのかわかってないってことですね?」

 

「誠に情けないですが、そういうことになりますな」

 

 さすがリーダーらしく堂々としている。その方向が少し情けないけど、自分に何の自信も持てない僕からして見ればとても羨ましいものだ。

 

 とはいえ、これは予想外だ。怪しい犯罪集団なら警察を呼べばすむが、この人たちは威圧こそすごいもののこちらに対する敵意はゼロ。むしろ崇められているような気さえする。そうして油断させる手口なのかもしれないけど、もしそうならコミュ障で対人関係のほとんどない僕にそんなこと分かるはずがない。かと言って現在身の置き所がないこの人たちに出て行ってくれ! なんて言ったら逆上されるかも? 実はヤのつく自由業でこの後事務所に連れてかれるかもしれないし、はたまた怪しい宗教団体で、怪しげな壺を買うまで居座る気なのかも? いかん、考えたら怖くなってきた。――つまり、僕には対処できそうにない。

 

 その結論に達した時、急に目の前の景色が歪んできた。うっ、気持ち悪い。

あれ? 十傑集さんが2重に……これ以上は、もう勘……弁、してくださ…………い。

 

「ビッグ・ファイア様っ!」

 

ビッグ・ファイアって……誰?

 

 

 

 

 

 

 

浩一が倒れてから数分。

 

 今は布団に寝かされて安らかな寝顔を浮かべている。それをとり囲むように十傑集が深刻な顔で思案に暮れていた。幸い浩一の気絶はただの疲労で命に関わるようなものではなかったが、それで一安心と考える人物はこの場の何処にもいなかった。浩一を寝かしている今、さすがに全員が入る余裕もなく幾人かは部屋の外でこれからの事について議論を交わす。

 

「どう思う?」

 

 樊瑞の視線の先には衝撃のアルベルト。ハート形に固められた髪形、右目に眼帯を着けたミドルエイジが葉巻を燻らせながら口を開いた。

 

「どうしてこんな所にテレポートさせられたか――そんなことが聞きたいわけではないようだな」

 

「確かにそれも我らの帰還の為には必要なことだろう。だが、アルベルト。お前はあの御方を置いて本当にこのまま帰れるのか?」

 

その問いに答えを返す者はなく、ただ葉巻の煙が空に漂う。

 

「あの御姿。あまりにも似すぎている。十傑集が突然謎のテレポートを受けて、その先には我らがBFの幼名と容姿を同じくする人物の存在が。余りにも出来過ぎているとは思わんか」

 

 言葉には出さないがアルベルトも考えを同じくしていた。髪の色こそ黒と違うが、あの深淵をのみ込むかのような深い瞳。そっくりだけの人物なら他にもいるだろうが、確かにアルベルトはあの少年からBFの存在を感じ取ったのだ。しかし、同時にそれを否定する自身も存在する。あの少年は人との接触に怯えているように見える。そこに我らがBFの威厳はなく、なにより本物のBF様はバベルの塔でGR作戦の進捗を静かに待っているはず。とはいえ――

 

 

「――全くの無関係ということは有り得ないだろうな」

 

「うむ。セルバンテスはどうした?」

 

「私はここさ。全く爺様も人使いの荒いことだ」

 

 空間から音もなく姿を現したのはこれもまた中年の男性。アラブの石油王が身につけていそうな白い服、カンドーラを白いスーツの上から着こみ、サングラスをかけている。その名も眩惑のセルバンテス。名前の通り幻術を主に使い、多重世界を自由に行き来できる能力を持つ。衝撃のアルベルトとも親しく、互いに盟友と呼び合うほどの仲だ。

 

「それで調査の結果は?」

 

「結果から言うと調査で得られた情報は分からないの一言だ」

 

「何? どういうことだっ!?」

 

 樊瑞から普段聞くことのない驚きの声が上がる。さもありなん、現状からセルバンテスの能力が帰還する唯一の方法だとばかり思っていた為にその落胆も大きかった。

 

「そもそも多重世界とは、一つの世界から可能性の数だけ広がった世界のことだ。わたしはその可能性の中を自在に行き来できるが、この世界のように、一つの世界として独立した世界では身動きがとれない。つまりそういうことだ」

 

「つまり我々は今までの世界から隔絶された異世界に飛ばされたというのか?」

 

「有り体に言えばそういうことだ」

 

「ふむ、弱ったことになったな」

 

 行き詰まりの状況に自然と視線が一人に集まる。

待っているのだ。命令ではなく許可を――リーダーに。

 

樊瑞は一つ咳払いをすると、改めて口を開く。

 

「各々方。これより我らは情報収集班、工作班、“護衛班”の三班に分かれ、帰還の方法が見つかり次第撤収する。それまではこのアパートを本拠地とし、逐次作戦を遂行していく所存だ。よろしいな?」

 

「うむ」

 

「了解だ」

 

「全ては――我らのビッグ・ファイアの為に!!」

 

 

同時期、世界の到る所で異変が起きる。

 

聖杯を求め集うサーヴァントとマスター

 

人知れずAKUMAを増やし勢力を増やしつつある千年侯爵

 

生徒と賑やかな日常を送る魔法先生

 

聖域にて女神アテナを守る為に闘う聖闘士

 

あるいはまだ見ぬ新興勢力

 

 

その全てが真っ赤に熟れて今にも落ちそうな、大きな紅い月を空に見たという。

 

 

 

 

 



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悪の秘密結社……秘密?

日常回は楽しいな(白目)


 

朝。

 

 それは一日の始まり。憂鬱な仕事や学校を思い浮かべて、嫌な気持ちになる人も多いが僕は嫌いじゃなかったりする。日の出の淡い光は胸の内に溜まった穢れを浄化し、空気は澄んで肺の空気を綺麗なものに入れ替えてくれる。

 

それに人が少ない。何より人が少ない。

 

 人見知りの激しい僕にとって日中はまさに地獄。明るく美しい景色を楽しむにはこの時間(午前五時)がベストなのだ。いつもならこの光景を見て一日の活力源にするのだが、どうも嫌な予感がしてならない。昨日酷い悪夢を見たような? それのせいかな。

 

 

「随分お早いお目覚めですな」

 

 

まぁ――うすうす気づいていたけど。やっぱり昨日のあれは現実だったみたいです(絶望

振り返るとアパートの屋根の上に颯爽と佇む樊瑞さん。いい大人がピンクのマントを風になびかせていると普通なら通報ものだけど、この人がやると違和感ない。

 

「――っていうかまだいたんですか!?」

 

 思わず口走ってしまって後悔した。急いで謝ろうと震える体に活を入れ、口を開きかけた時

 

「うん? まだ報告していませんでしたかな? 今日からこのアパートに我ら十傑集も入居させてもらうことになりましてな。これからもなにとぞよろしくお願いします」

 

 

 衝撃的な事実に固まった。え? つまりこの人たちがアパートの同居人になるってこと? わざわざ人気の少ない路地奥でボロボロのアパートを借りているというのに――嘘でしょ? いやこれはきっと白昼夢を見ているんだ! 学校へ行き、アパートに帰ってくればいつもの平穏な日常が戻ってくるはず。

 

 有無を言わさず部屋に戻ってカーテンを引き、すぐさま制服に着替える。朝食なんてとっている場合ではない。10年物の年季チャリに乗っかり、フレームが曲がっているせいで少々ふらつきながらも登校。

 

 時刻は6時過ぎ。私立穂群原高校に到着。

郊外に位置するこの学校では弓道部が有名らしく、立派な弓道場が設けられている。こんな早い時間だというのに既に弓道場からは弓の弦が弾く音が聞こえる。朝から大変だなと呟きながら誰もいない教室に入った。

 

 時期は春。高校生活も3年目に入りだんだんと授業にも慣れてきたけど、未だ友達らしい友達というのは一人もいない。クラスメイトが賑やかに話しているのを見て少し憧れの気持ちもある。けれどそれ以上に怖い。幼少の頃から人の視線が、考えが何となく悪意に感じてしまうのだ。勿論考えすぎだってのは分かっている。僕が本当に恐れているのは嫌われることだ。好きの反対は無関心というけど、無関心なら別にいい。下手に交流して嫌われてしまったら? そう考えると怖くて仕方ないのだ。

 

 だから学校での基本的なスタンスとしては寝る→授業を受ける→寝るだ。誰にも関わり合いにならないし、先生に怒られることもない。そんな味気ない毎日がこれからも続くのだと思っていた。

 

「何やら浮かない顔をしておいでだな」

 

 目の前の机にいつの間にか誰かが腰をかけていた。ヒッと魂の抜ける様な声が口から洩れる。あれ? 股間濡れてないよね?

 

ん? そういえばこの人どこかで見たような?

 

「これは申し訳ない。挨拶が遅れましたな。私は暮れなずむ幽鬼。以後お見知りおきを」

 

 濃緑のシャツに藍色のジャケットを着こなし、人の顔色を心配するよりまず自分の心配をしたほうがいい程顔色が悪いおじさん。そういえばこの人十傑集が集まっていた時にいたような気がする。

 

 ハッ!? いかんこれは夢だ! 自ら認めてどうするんだよ。……とはいえ、この威圧感。コミュ障のみが感じ取れる第六感、それが僕に間違いなく目の前の人物が現実の存在だと教えている。この感覚を疑うべきではない。今まで人との接触を避けるのに頼ってきたこの相棒を疑ってしまっては僕に信じることのできる相手がいなくなってしまう。

 

悔しいが……認めよう。しかし僕の理想郷を奪った彼らにこれから一歩たりとも引く気はない!

 

「あ、あの? 何で学校に来ているんですか?」

 

まずはジャブだ。これから放つ必殺右ストレートを見舞う前のほんの牽制であって、決してびびっているわけではない。

 

「同じアパートの同居人のよしみで貴方をお守りしていると言ったら信じられますかな?」

 

明らかに無理のある言い訳で真面目に答える気のないことはわかった。もし本当だとしたらそれは唯のストーカーだ。――いや、まさかね……

 

「むっ、樊瑞からの緊急招集か。それでは後は頼んだぞレッド」

 

「うむ」

 

 僕の影から赤いマスクをつけたおじさんが頭だけ出して現れ、幽鬼さんは二階の窓から颯爽と外へ飛び出していく。この集団に出会って直ぐの僕だけど確信できることがある。この人たちはきっといつもこうなんだろうな(レイプ目)

 

 そんな始まりだったけど僕の一日は今までと何一つ変わらなかった。

いつもと同じように授業を受け、いつもと同じように眠って、いつもと同じように一人ぼっちだった。

おじさんが隠れているはずの影にも特に変化はなく、僕の頭がおかしくなっているだけなのかもしれない。今までの平穏を享受することはできたが、その一方心の隅で少しばかりつまらなく思っている自分もいた。ひょっとして僕はこの日常をぶち壊してくれる何かを待っていたのかもしれない。

 

 暇つぶしにクラスメイトの会話を聞いてみる。恋愛、部活、遊び、最近の噂。どれも僕には縁のない話であって、どこのスーパーが安いだとかあそこの路地は悪い奴が溜まって危険だとか重要そうなところだけ頭の隅にメモしておく。

 

 一日の授業も終わり、噂のスーパーへ直行。野菜も安く、品ぞろえも中々。ここは贔屓にしようと思ったけど、偶然クラスメイトの衛宮君と出くわしてしまった。なんとか黙礼でことなきを得たけどもうここには行けないな。クラスメイトが話してたんだからクラスメイトがいるのは当然だけど、まさか衛宮君も帰宅部だったとは。基本的に部活所属を推している内の高校では珍しい存在だ。

 

 彼は悪い人ではない。むしろ俗に言う良い人すぎて一時期僕なんかに構ってくれた。でも話しかけられて僕がそれに答えようとおどおどしている間に、他の仲のいい友人に連れていかれてしまうというパターンが何回か続いた後は自然消滅してしまった。優しい人だからこそその気遣いがコミュ障の僕にとって重かったりするんだよね。まぁ悪いのは全部僕なんだけどさ。

 

 アパートに帰って電気をつけると四畳半がおっさんで埋め尽くされていた。それも土下座の状況で。一番前にいる樊瑞さんなんか玄関の靴に半分頭をつっこんだままだし、一番後ろのヒィッツさんはベランダにいる。なんかもうカオスだ。

 

「ビッグ・ファイア様! 今までの御無礼お許しください!」

 

 はい? 確かにいきなり現れて迷惑ではあったけど無礼という無礼をされた覚えもない。それにだいの大人に土下座させているこの状況は酷く居心地が悪い。ただでさえ暑苦しい恰好をしている人たちだ。何より近隣の住民に迷惑。もし苦情なんてかけられた日には僕のガラスハートはぶち壊れること必須だ。――それとビッグ・ファイアって誰? なんかデジャヴを感じる。

 

「す、少しだけでいいので静かにして貰えますか? あ、あと土下座なんて止めてくださぃ」

 

「ハッ! ×9」

 

 少し声量を下げて、頭を上げる十傑集。とはいえ正座のままでこちらに対して今まで以上の敬意を払っている。僕はむしろこうなった経緯を知りたい。

 

「樊瑞。まずはビッグ・ファイア様に我々BF団の事を説明しなければ」

 

「確かに、これではさすがのビッグ・ファイア様もご理解できないだろう」

 

 幽鬼さんと爺様が促して、所以を聞くこと一時間。ビッグ・ファイア様への熱い信仰心がほとんどだったが、なんと僕がそのビッグ・ファイアだったらしい(他人事)

 

 正直こんな人たちに信仰される覚えはないし、誰かと勘違いしているのだろうと思った。しかし今は違うが確かに我らの崇めるビッグ・ファイア様だと言われ、更に何を言っているのかさっぱりになってしまった。しかもそのビッグ・ファイア様率いるBF団だとかは世界征服を企む悪の秘密結社だというではないか。なんて悪い奴らなんだ!

 

 訂正。やはり今日という日はいつもと同じつまらない日なんかじゃない。

 

 

 

そう今日は悪の秘密結社が設立した日。

 

 

 

――やっぱ、それはないな

 

 




26.11.20 高校2年生→高校3年


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少年は休みを満喫する

 

 

 何の変哲もないアパートに続々と十傑が集結しつつあった。混世魔王樊瑞の突然の招集に疑問を抱きつつも幽鬼は民家の屋根を駆ける。その姿を見れば一般人が騒ぎそうなものだが、あまりにも素早く音も立てずに動いているので誰一人目を止める者はいない。

 

 

アパートには既にレッドを除く全員が集まっていた。樊瑞はこちらを見やると号令をかける。

 

「各々方よく集まってくれた! 急な招集で疑問に思っているだろうがまずはこれを見てほしい」

 

 樊瑞の手には十傑集が一人、命の鐘の十常侍の武器。命鈴鐘がそこにあった。ハンドベルのような見た目のそれとは違い、命その物への共振作用を増幅させる恐ろしい宝具だ。その命鈴鐘は樊瑞の手から宙に浮くと真昼だというのに部屋の中は薄暗くなっていく。それだけに留まらず古びた照明の下に

映像を投影し、やがてそれは人の姿へと変化していった。

 

「おおぅ、孔明」

 

からし色のスーツを着たBF団の策士は映像越しのこちらの様子を慮って軽く一礼した。

 

『十傑集の皆様はお集まりですか? ――そう、それは結構なことです。まずは突然の転移に大変驚きだったことでしょう。私の予想では生存が困難な宇宙空間や深海に突然飛ばされるといったことはないでしょうから、おそらく皆様方が無事だと信頼してこのようなメッセージを残させて頂きました』

 

「さすが策士孔明。まさに驚きだな」

 

 十傑集であろうとも肝心の計画の要を通達しないで作戦を進行させるのは実際かなりの不満だが、それすらも計画の内では? と思わせる辺り孔明の策謀への信頼は強い。事実彼の言葉を信じるなら十傑集が生きて同じ地にいるのを想定している節がある。

 

「十常侍殿のおかげでなんとかそちらと連絡が着きましたが、あまりにも遠方な為事実上この一度が最後の連絡だと思って頂きたい。よろしいかな?」

 

 皆自分たちの行動が孔明に届くはずは無いと理解しながらも首肯する。案の定孔明はこうした自分たちの行動を予期したのかよろしいと頷いた。

 

「さて。私が予想するに貴方達が転移した先には我らのよく知る御方がいらっしゃると推測します」

 

思わず唾を飲み込んだのは幽鬼だけでなく、部屋に集う十傑全員であろう。

 

「何故それを?」

 

 最年長である激動の爺様が小さくぼやく。その言葉さえも予期していたかのように孔明はしたり顔で笑った。

 

『十傑集の皆様の疑問も無理はない。しかし考えれば直ぐにわかることです。いやそれ以外考えられないというのが正しいですが、この際それはどうでもいいことでしょう。改めて、皆さん疑問に思われませんか? 今回の事件の犯人を』

 

――確かに

 

 幽鬼は思案顔で俯く。一番可能性としてはBF団の宿敵である国際警察機構の手の者による仕業が高い。しかしあの時十傑集がペンタゴン地下基地に集まっていたことを事前に知っているのは孔明のみ。BF団の警備を全てくぐり抜けてその情報を盗んだとは到底考えにくい。九大天王には全員マークをつけているし、そのようなことが出来る存在が無名であるはずもない。となるとBF団もおそらくは国際警察機構も知らない第三勢力の手による者か? しかもそれがBF団の誰一人知覚できないほど高い能力を持った実力者と、考えただけでも頭の痛くなりそうな発想に至った所で思考を停止させる。

 

 さすがにそこまでいくと非現実的な妄想だ。そのことを考慮するならばBF団全基地に隕石が落ちて壊滅することまで考慮しなくてはならない。

 

『どうやら思い悩まれているようですな。では私がその答えを教えてしんぜよう。犯人は――』

 

「犯人は――」

 

『我らがビッグ・ファイアその御方御自身です』

 

 驚愕。そして納得の答えであった。考えてもみれば当然である。ビッグ・ファイア様と十傑集の間には精神防壁はしかれておらず、位置を特定することもできる。何より十傑集でさえ逃れられない強制同時転移なんて真似ができるのはビッグ・ファイア様その御方以外に誰がいよう。

 

「問題は――」

 

『問題は――どうしてそのようなことをされたのかとおっしゃりたいのでしょう? それもビッグ・ファイア様のお姿をそちらで見かけたということがあれば答えは簡単明瞭。皆様はこれから先もビッグ・ファイア様をお守りし、成長を見届けてくだされば結構です。いずれ帰る日が来るでしょう。その間はこちらのことは御心配めされるな』 

 

「孔明! 答えになってないぞ。いったい何故ビッグ・ファイア様はこのようなことをなさったのだ? そして我ら十傑集はビッグ・ファイア様お一人に忠誠を捧げた身。主君に二心を抱けというのか!?」

 

『おそらく樊瑞殿なら今そうおっしゃっているのでしょうね。二心にあらず、かの御方はまさに我らが知るビッグ・ファイア御自身に他ならない。そう、これも全て我らがビッグ・ファイアの意思である!』

 

 孔明の羽毛扇から轟々と炎が噴きあがった。その言葉に誰もが口を閉ざす。孔明はこちらの光景が見えているかのように納得した様子で口元を羽毛扇で隠した。

 

『それでは皆様の変わらぬ忠誠心に』

 

その一言を残して映像は消えた。部屋の中は徐々に明るさをとり戻すが、日は既に傾きかけていた。

 

 

 

 

 

 翌日。何だか昨日一日が人生で一番濃い一日だったせいかすっかり忘れてしまっていたが、今日からゴールデンウィークだ。休日だし学校に行かなくてすむから家でゴロゴロしようとそう考えていたのだけど……すごくうるさい。あきらかにドリルの音や大勢の人が何かを運ぶ音でうるさくて眠れない。仕方なしに寝ぼけ眼で外を見ると宅配便のトラックが三台も家の前に停まって荷物の運搬をしているではないか。きっと十傑集さんたちの荷物なんだろうけど築40年のボロアパートにあんな量を詰め込んだら床が抜けてしまわないか心配だ。

 

――というかお金持ってたんだね。何よりそのことに驚きました。

 

「そこの君。この部屋の窓ガラスを防弾ガラスに変えておいてくれ」

 

「何っ!? シズマドライブが使えないだと? 骨董品で生活しろというのか!?」

 

「手伝ってやろうか? ただし真っ二つだぞ」

 

何だか物騒なことが聞こえる。宅配のお兄さん御愁傷様です。え? 何とかしてくれって? 知りませんよ。むしろ僕が何とかしてもらいたいです。

 

 午後からはうるさい我が家から抜け出して散歩に出かけた。当然の如く幽鬼さんが着いてくる。今日は濃緑のシャツに紫色のジャケットのスーツ姿。それにしても十傑集の人たちって結構な割合でスーツを着ているよな。大人のたしなみってやつなのだろうか?

 

 河原の散歩道はGWのせいかどうかは分からないがいつもより人が少なかった。天気もいいしまさにレジャー日和。レジャーシートを持ってくればよかったかな。

 

「あっ」

 

 目の前から隣のクラスの女の子がやってくるのに気づいてしまった。普通なら何の挨拶もしないまま通り過ぎていただろうが、どうやら今回は相手が悪かったみたいだ。

 

「こんにちは山野君。奇遇だね」

 

 無垢な笑顔が眩しい。隣のクラスの委員長、学年どころか学校で教員を含め有名な羽川 翼さんがそこにいた。品行方正、公明正大。言葉はあれど彼女程それを体現した完璧な人間はいないだろう。眼鏡に三つ編み、巨乳と委員長の三種の神器を揃えて颯爽と歩く姿はモデルも真っ青。休みだというのに制服姿な所がまたよく似あっている。

 

 僕のような人間の名前を覚えていたとは驚きだが、彼女なら全校生徒の名前を把握していてもおかしくない。まじパナイこの人。

 

「後ろのかたはお兄さん? には見えないね」

 

僕から何も反応が返ってこないことに焦れたのか? あるいはただ同級生の後ろを歩く不審な人物が気になったのか? 何にしろ矛先がずれたことに僕は安堵した。

 

「……私は幽鬼だ。山野様の護衛のようなものをしている」

 

 あきらかに普通の人ならそれは何? と聞き返しそうな幽鬼さんの返答も羽川さんはそうなんだと頷く。純粋だとか疑ってないとかそんな単純なことではなく、予め知っていたかのような反応に少し歪んだものを感じた。そんな下心を感じたのか羽川さんはこちらに向き直る。ヒィッ、ごめんなさい!

 

「山野君」

 

「な、何ですか?」

 

「私は山野君のことほとんど知らないけど、それでも挨拶が人とのコミュニケーションにおいて潤滑油になるってことは知ってるよ」

 

「……こ、ここんにちは。羽川さん」

 

「よろしい」

 

 したりげな微笑みを浮かべる羽川さんに不覚にも萌えてしまった。やばい、可愛い。

その後5分程どうでもいい話をした後別れた。僕みたいな口下手にそこまで付き合ってくれるなんてきっと暇してたんだろうな。それにしても久しぶりに人と話したのでのどがイガイガする。

 

「ご機嫌ですな」

 

あんな美人と話せて気分が悪くならない人間がいるはずがあるだろうか、いやいない(反語)

人と話すことは苦手だけど羽川さんの巧みなトークにのせられてしまっていつのまにか話していた。喋りたくないのに喋ってしまう、ビクンビクン。

 

「だがあの女只者ではないぞ」

 

なんだろう。自分の影から忍者が出てきてもあまり驚かなくなった自分が怖い。

 

「やはりレッドもそう思うか」

 

 確かに十傑集の皆さんの言うことも分かる。とてもあれが同級生のスタイルとは思えないよね。あれと比べたら学年のマドンナである遠坂凛さんでさえ霞んでしまう。

 

「ビッグ・ファイア様の影に潜んでいたにも関わらず、あの女こちらを察していた。さすがに正体には気づいていないとは思うが、何かいることは気付いていただろう」

 

「まさか十傑集が一人マスク・ザ・レッドの隠遁術を見破るとは。げに恐るべき女よ」

 

 うん。僕としては本人の知らないうちに影に潜みこんでいるこの人のプライバシー侵害ぶりが一番恐ろしいよ。ていうか羽川さんすごいのは天才的な頭脳とスタイルだけではなかったのか……

 

「早いうちに消したほうがよろしいかと。BF様、許可を」

 

怖い。発想が恐い。

 普段は優しい人たちなんだけど、ふとした瞬間悪の秘密結社の顔を見せる。そしてそれがいつ自分へと牙をむけるかと思うと…………考えても何も対処できないことに気付く。結局僕はいつも通り過ごすしかないのだ。と、その前に

 

「そ、それは止めて欲しいかな~……な、なんて思っちゃったりして」

 

 悪の芽を排除しなければ(必死)

 

「「それがビッグ・ファイア様の御意志ならば」」

 

地面に直接土下座とか勘弁してください。

 

 

アパートに帰るとドアの色が十色に変わっていた。それ以外は特に外見上変わった所はない。それが何より嬉しいです。

 

「おお! 我らがビッグ・ファイアがお帰りだぞ」

 

「それは盛大に出迎えなければ、この素晴らしきヒ――」

 

「ええい、うるさい! 貴様は座っていろ!」

 

「若かりし頃のビッグ・ファイア。実にいいぞ!」

 

「爺様の手作り肉じゃがはまさに絶品だな」

 

(コクッ)

 

「正に一味同心。響く鐘の音、激動大人上位に立つ者なきなり」

 

 この時、僕の永い長いGWが波乱に満ち溢れたものになるなんて――薄々気づいていた。

 

 



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少女と少年


展開が早い気がする(汗

また時間を見て書き直そうかな


 

 

 せっかくのGWだというのにその日は朝から雨だった。十傑集は朝から何処かに出かけていて久しぶりに静かな午後だ。こんな日は有意義に惰眠を貪るに限る。何度目かの二度寝で気付けば既に辺りは真っ暗だった。一日を無駄に過ごした後悔と十二分な睡眠による軽い酩酊感に包まれながらも、身体は食事を求めていた。ちょっと遠いけどご飯も炊いてないし、コンビニまで行こうかな。

 

 雨はやみ、霞んだ星空だが見慣れた景色にホッとする。少し冷えるが上着をとりに帰るのも面倒なのでそのまま自転車に乗りこむ。着くころには体も温まるだろう。

 

 交差点を曲がり坂道を立ちこぎで駆けあがると息も上がってくる。深夜も2時。人通りも少なく見慣れた景色でも不気味に思えてくる。早いところコンビニに行こう。途中、高架下の暗がりで悪そうな若者の集まりの姿も見つかり、ペダルをこぐ速度はどんどん速くなる。そういえばここらへんはクラスメイトが話してた悪の溜まり場ではなかっただろうか?

 

誘蛾灯のバチッという音も不吉な前触れに感じた。

 

 そこで僕は見てしまった。見るべくして見てしまった。何かの影が縫うように若者たちの集いへと一人一人接触すると不意に地面へと倒れていく姿を。何が起こっているのかは分からないが、『逃げなきゃ』それだけをただ思って足が動きだす。手汗でグリップが滑ってしまいそうになるが根性で握り続ける。不味い、拙い。

 

目で見なくとも、音を聞かなくとも背後からこちらを追っているのが分かる。粘着質な視線で絡みとられているかのように体が重く、手足の先が震えてきた。

 

「あっ!?」

 

 ついに手が滑って、体全体に走る衝撃。身動きどころか息一つできない。後ろの方から自転車のタイヤが空回りする音が妙に空しい。だがそれも謎の襲撃者の一撃で愛車は頭上を飛び越し、電信柱にぶつかってぺしゃんこになった。

 

「残念だったにゃ~人間。ま、お前は良く頑張ったよ。俺の存在を感じ取って直ぐに逃げ出す辺りは良い勘してるけど、何分相手が悪かったにゃ~」

 

女性の声が近づいてくる。恐怖は実体を持って現れた。

 

「た、助けて……お願い、します」

 

「何言っているのか分からないにゃ」

 

 歯茎が震える。今まで他人に恐怖を抱いてきた僕だが、自分の命が他人の手で握られているということをここまで強く実感したことはない。恐ろしかった。強く生を実感した。

 

そして生きたいと願った。

 

 ここまでの危機に際してようやく僕は生きたいと初めて思えたのだ。言ってしまえば今までの僕は死んでいた。日々をただ苦痛として生き、いつ死んでもいいとさえ思っていた。

 

 どこか他人事のように自分の人生を考えていたのだろう。そうすればあまり傷つかなくて済むから。命を強く感じ、自身という存在を強く認識できた僕の心に浮かんだのは後悔だった。あの時こうしていたら、今となっては取り返しのつかない話だが、それでも悔いることはあまりにも多い。日々がくだらないと文句を言う暇があるなら、まず何かしら行動に移してから不平をこぼすべきだった。僕にとってまずは――友達作りとか。

 

「委員長ちゃん。随分愉快な恰好しているね。おじさん正直ショックだな~、君みたいな子がそんなはしたない恰好するなんて。いや、君のような子だからこそなのかな?」

 

 目の前にサンダルにすね毛の生えた脚が現れる。見上げるとこれもまた最近見慣れてきたおじさんがそこにいた。おじさんとはいってもレッドさんぐらいの歳だろうか。短くツンツンに尖らせた金髪にアロハシャツ。見るからに怪しい、見る人が見れば一発職質コースって感じだ。ん? それは十傑集もか?

 

 なにはともあれこの人は襲撃者の知り合いらしい。もしかして助けてくれるかも? 見ず知らずの人に助けを求めるなんて今までの僕には出来なかっただろうが、今はとにかく生きて難を逃れたい。

 

「お、お願いです。た、助けて」

 

「嫌だね。そんなこと言ってる暇があるならさっさと逃げた方が賢明だよ少年」

 

ガーンだな……出鼻を挫かれた。

 

「またお前かにゃ? 飽きずに良くもまぁ、結局は暇人にゃんだろ?」

 

「女の子を落とすためには懲りずにアタックすることが大事でね」

 

 足は麻痺して動けないので手だけでこの場から急いで離れる。後ろからもはや人間の出す音じゃない破壊音が僕を急かす。足が動くと気付いた時には既にアパートが見えていた。

 

「……なんだかなぁ」

 

 アパートには僕の部屋以外全てに灯りがついていた。いつの間にか十傑集も帰ってきたのだろう。空も薄らと白けてきている。ジーンズの埃をはらって軋む階段を上ると、あまりにも日常的な風景に胸の内が暖かくなる。ああ、僕は生きているんだな。

 

「ふ~ん、ここがお前の住処か。貧相な見た目にそぐわずボロっちい小屋だにゃ」

 

「大きなお世話――って何故ここに!?」

 

「そんにゃの決まってるだろう? あの男をサクッと返り討ちにしてお前の後をついてきただけだぜ」

 

そこで僕は初めてその襲撃者を真正面から目視した。

 

一言で言うなら猫だ。というか猫の耳と尻尾を着けてコスプレした女性がそこにいた。しかも黒の下着姿で、しかも黒の下着姿で。

 

 なんというか、僕は命の危機にあって生きることの素晴らしさを実感したわけだが、この我儘ボディを目の前にして僕は再び生きることは素晴らしいと思った。結論:生きてればいいことある。

 

「隙だらけにゃ」

 

 気付けば目の前に女性の口が広がっていた。血の付着した犬歯が、生臭い匂いが死への現実味を僕に呼び戻す。そうだ彼女は紛れもなく化け物なのだ。人から一方的に搾取し、明確にどちらが強者でどちらが弱者なのか子供に諭す為の空想の存在。人というのは本当にか弱い存在だと気づかされる。

 

…………ん? 何も起きない?

 

 これだけの時間があれば、あの化け物であれば僕の頭を丸呑みにしてもおかしくないというのに。恐る恐る目を開けてみるとそこにはかなりシュールな光景が広がっていた。

 

「女。筋一つでも動かしてみろ。生まれてきたことを後悔させてやるわ」

 

 女性は周囲を十傑集に取り囲まれており、首はアルベルトさんの今にも爆発しそうな赤黒い衝撃波に、上半身は七節棍、あるいは蟲、針、忍刀。とにもかくにもオーバーキルにも程があるんじゃないかと思うほど過大な戦力が一人に集中していた。

 

ウゴゴ、人とは一体? か弱い? 弱者? あれは一部の例外だから(震え声)

 

 猫さんはさすがにこの状況ではどうしようもできないと悟ったのか、冷や汗をかきながらも隙を見て逃げ出そうとしたけど、樊瑞さんが何か呪を唱えるとあっさり気絶した。それだけなら110番をして終わりだったんだけれどその後が事態を複雑にした。

 

 気絶した猫さんの白い髪の毛は根元の方から黒毛へと変わっていき、耳と尻尾も引っ込みただの女の子の姿へと変貌したのだ。いや、正確には戻ったのか。その子は長い髪の毛に黒の下着姿と普段見慣れない姿ではあったが、確かに僕の知る羽川 翼さんだった。

 

「猫の化生にでも憑かれたのでしょうな」

 

 樊瑞さんの顔には理解の相は見えたものの、助ける気は一切なさそうである。それは他の面々も同じようで、そのうち結局始末はどうするなんてことも聞こえてくる始末だ。僕としては……正直まだ心の整理ができていない。未だ襲ってきたのがあの羽川 翼さんであるとか、化け物が本当に存在するとか、非日常が一気に押し寄せてきて現実味があまり無くなっているのかも?

 

 けれど、これだけはハッキリ言える。僕の目の前で眠っているのは何の害もない女子高生だ。そんな彼女が猫の化生とやらのせいで人を襲う化け物と化しているのなら、助けてやりたいと思うのも実に人間らしい勝手な考えであって――僕はそんなエゴを……貫いた。

 

「ねぇ樊瑞さん。この子助けられないかな?」

 

「しかし、この女はBFを襲ったのですぞ!」

 

「そ、そこを何とか」

 

「う~む」

 

「樊瑞」

 

樊瑞さんに一声かけたのは幽鬼さん。最近常に一緒にいることもあってか心強い。

 

「我らがビッグ・ファイアがこの女を憎からず思っていることは分かります。だが、私は貴方様の為にあえて言いましょう。この女は始末するべきです」

 

「えっ? そ、それは何でですか!?」

 

「この女の思考は恐ろしい。私のテレパシ―に対応し疑似思考を3通り巡らすばかりか、十傑集が一人マスク・ザ・レッドの潜影術に気付く洞察力。今はまだ直接的な戦闘能力こそないものの、この者の下にそのような駒が出来れば面倒な存在になる。かの諸葛孔明を思わす策謀家よ」

 

「まさか、それほどの者とは……」

 

「そのような智力は子供の持つようなものではない」

 

 なんだかよくわからないが、とにかく羽川さんが凄いということは伝わった。突っ込みどころは色々あるが、まず始末とか戦闘とか物騒な発想しかこの人たちは出来ないのだろうか? うん、できないだろうね(自己完結)

 

「しかし、それだけの智力を持つのなら逆にこちらに引き込んでみるのはどうだ?」

 

 学帽とマスクを一体化させたような被り物を着けたおじさん:白昼の残月さんの発言に周囲がどよめく。

 

「到底上手くいくとは思えんが――」

 

「――しかし、ここで恩を売っておけば率先して敵対することもあるまい」

 

「それだけでは十分とは言えんな。何か釘を刺しておく必要があるだろう」

 

 議論が白熱する。僕としては羽川さんさえ助かればいいので後のことは十傑集に任せようと思う(丸投げ)

 僕も命の危機が間接的にとは言え羽川さんによって引き起こされたことに何も思わないことはないので、それが必要な処置だというのなら黙認するつもりだ。あまりエグイのは僕の精神衛生上NGだけど。勝手に救って、勝手に釘を刺して。全く人間らしくて嫌になるね。

 

ピンポ~~ン

 

 軽く鬱になっている所に拍子抜けする音が玄関からする。アパートの年季が入ってるので脱力するような上擦った軽い音しかしない。十傑集は議論に熱中しているので隙間を縫いながら玄関に向かう。

それにしても羽川さんが寝ているから余計狭く感じるな。

 

ピンポ~~ン

 

「はい、どちらさまで……すか?」

 

「やぁ、さっきぶりかな」

 

またオッサンかよ。

 

 

 

 

 

 例の金髪オッサン。僕が羽川さんに襲われていたところに現れた彼の名前は忍野 メメというらしい。見た目に反して随分可愛らしい名前だこと。何でも羽川に取り憑いた怪異と呼ばれる化け物の専門家らしい。何でも羽川さんの件で話があるとか。しかし唯でさえ狭い部屋にこれ以上の増員はアパートの床が抜けてしまう恐れもあるので、羽川さんが寝ている部屋とは別に爺様のお部屋に移動することに。爺様の部屋は新品の畳の良い匂いに包まれていた。部屋の中は桐箪笥に炬燵と実に落ち着く。

 

 爺様。今度個人的にお邪魔していい? 喜んで? ありがとう!

 

 部屋の中には羽川さんを治せるかもしれない樊瑞さん、部屋の主である爺様、僕の護衛を名乗り出た眩惑のセルバンテスさん、訪問者忍野メメさん、そして何故か僕。これ僕いらないよね。羽川さんと同じ学年だけど関係者ってほど親しくもないし。

 

「いきなりお邪魔して悪かったね」

 

「い、いえ。僕は構わないんですけど……」

 

チラッと爺様を横目に見ると、気にしてないと言わんばかりに黙礼で返してくれた。

 

「僕は回りくどいのが嫌いでね。単刀直入に言わせてもらうよ。あの委員長ちゃん。羽川 翼の身柄をこちらで預りたい。勿論謝礼は弾むよ」

 

何を言っているんだこのオッサンは?

 

「若造。目上の者にその口の聴き方は感心せんな。まずは礼を覚えて出直して来てもらおうか」

 

「生憎こればっかりは性分でね。気分を害したのなら謝るよ」

 

「……そうだね。こちらも何の説明もなしになんて虫がいい話だ。長い間生きているとつい簡単な方に靡いてしまう。説明させてもらえないだろうか?」

 

 

 

 忍野さんの言うところによると羽川さんは4月29日に一匹の猫の死体に出会ったらしい。それは怪異である『障り猫』であった。死んだ猫の姿をして埋葬した人物に取り憑き、宿主のストレスを人を襲うことによって発散・解消しようとするらしい。それだけなら本人にとっては良い怪異なのかもしれないが、憑依した状態は『障り猫』にとり込まれる恐れもあるらしく人格さえも無くなってしまうかもしれないそうだ。

 

「肝心の対処方法についてはストレスを発散させるか、『障り猫』の力そのものとなっているストレスを抜き取るしかないんだけど、僕にはその手がある――というかツテがあるというべきか。ここはどうか任せては貰えないだろうか?」

 

 忍野さんの言うことが本当ならば、任せてもいいんじゃないかと思う僕自身に驚いた。普通ならこんな怪しそうなおじさんを信じるのはおかしいのだろうけど――胡散臭くはあるものの、嘘はついていない。そんな気がする。しかし樊瑞さんはそうは思わなかったようで

 

「話にならんな。そもそもお前が術者であるかどうかも怪しい。それに例えお前の言うことが本当であったとしてもあの女を渡す理由にはならん。どうかお帰り願おうか」

 

「……最後に一つだけ聞いてもいいかい?」

 

「何だ?」

 

「君ならあの子の怪異を祓えるのかい?」

 

「それを聞いてどうする」

 

「オッケー。確信が持てたよ。じゃあね少年」

 

 そう言い残して煙草を咥えながら忍野さんは去って行った。結局あの人最後まで火を着けなかったな。苦虫をかみつぶしたかのような表情の樊瑞さんが印象的だった。

 

 結局のところ樊瑞さんの仙術とやらで一時的に『障り猫』を祓うことは出来たらしい。幸いなことに羽川さんは人間の姿に戻れたので『障り猫』に取り込まれるまでは行ってなかったみたいだ。だがそれも一時的な対処らしく、また過大なストレスを背負うと現れる可能性は十二分にある。ストレスの原因であるストレッサ―をどうにかしない限りどうにもならないので、結局彼女次第ってことだ。

 

 羽川さんが目覚める前に彼女の家の前まで幽鬼さんが連れていくのを見届けると、僕はドッと疲れが胸の内に溜まっていることに気付く。爺様がそれに気付くと僕の部屋まで送ってくれた。もう二、三度瞬きすれば完全に堕ちてしまいそうな眠気に包まれながら爺様が何か言っているのを聞いた。

 

「ゆっくりおやすみなさい。もう心静かに休める期間はあまりないのですから」

 

 

 



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少年と訓練

文量が減ってきている。なんとかしなければ……


 

突然だが僕こと山野 浩一はコミュ障である。もはや衆知の事実であるが、同時にこのことはあまり知られてない。自分で言うのも恥ずかしいが結構運動神経が良いということ。

 

 体育の時間でもバスケやサッカーでは素早くパスを回し、野球では毎回ヒットで一塁に出るくらいにはできる。決して目立ちはしないことが重要だ。処世術の一つとして身についたわけだけど、運動すること事態は嫌いじゃない。むしろ好きかも?

だけど決して自分を追い込むようなランニングとか地味な筋肉トレーニングを進んでやるほどアクティブな人間でもない。そう自負している。

 

「ビッグ・ファイア様。ペースが落ちていますぞ」

 

「何? それはいきませんな。まだたった15kmだというのに」

 

 何故休日に十傑集とトレーニングする羽目になったのか!? 十傑集が来てからというものの、なかなか気の休まる暇もなく今日こそはゆっくり過ごそうとしていたのだが、寝起きドッキリのようなタイミングで部屋に押し入られ、あれよあれよという間に外に連れ出されていた。あの一瞬で寝癖も直して服まで着替えさせられていたことに驚愕せざるを得ない。

 

 逃げようにも十傑集二人に囲まれた状況では諦めるしかないので渋々走っている。僕の左側でペースの指摘をしたのが眩惑のセルバンテスさん。スーツの上からカンドーラを着て真っ赤なサングラスをかけている。時々僕を見る目が恐ろしいので正直避けていたが、声色は爺様に次いで柔らかいので気分的には楽な方だ。僕の右側には衝撃のアルベルトさん。右目にメカメカしいモノクルをつけてハート形のオールバックに髪を固めているその容貌はとても堅気のものとは思えない(実際そうだけど)。自他共に厳しい武人肌な気質は、彼が十傑集の中でも一目置かれている理由も分かる。

 

「ハァハァ。あ、あの何で僕たちは走っているんでしょうか?」

 

「昨日の猫の化生への対応を見る限り、ビッグ・ファイア様のお力ではこの先不安に思えましてな。その為の基礎体力作りというわけです」

 

 無論我々も全力で守りますが、とセルバンテスさんが付け加える。一見なるほどと思わないこともないが、よくよく考えると昨日のような事件はそうあるものじゃない。唯でさえ平和ボケが酷いこの日本の地で『いつか強盗犯に襲われるかもしれないから鍛えよう』なんて発想を本気でする人はかなりの少数派だ。それに加えて十傑集の二人が護衛についている状況じゃ事故に遭う方が難しいだろう。無論彼らもいつも一緒にいるわけではないし、いつかは去ってしまうだろうが、それにしても杞憂に過ぎないと僕は考えている。

 

 そんな考えが表情に出ていたのだろう。アルベルトさんは葉巻を一気に根元まで吸うと靴で消化しながら呆れ顔で口を開く。

 

「この国の警察とやらではあまりに貧弱すぎる。せめて国際警察機構の下級エキスパート程の実力がなければビッグ・ファイア様を守るどころか日常の犯罪にすら対処できないでしょう。やはり例の計画を進めていくしかないようだな」

 

「うむ。その為にはまず潤沢な資金が必要だ。カワラザキの爺様が『創設時を思い出すわ』と張り切っていたが、我らも遅れをとるわけにはいかん」

 

 何やら怪しい会話が頭上で繰り広げられているが気にしてはいけない。短いながらも十傑集との付き合いの中でいちいちつきあっていたら疲れるだけだと学んだのだ。そして放置していても碌なことにならないことを後ほど僕自身が知ることになる(確信)。結局どちらにしろ碌なことにならないのなら楽な方がいいじゃん(真理

 

 ランニング開始後2時間。さすがにヘトヘトで地面に息を切らせながら休んでいるとセルバンテスさんが何処かから高級車に乗ってやってきた。あまり詳しくないけどこのロゴってもしかしてロールスロイス? そのまま高級ホテルに着くと、自分の部屋(畳四畳半)の十倍はありそうなスイートルームに案内される。

 

「いやっ、あ、ああああの。セルバンテスさん? いや、セルバンテス様? わたくしめの財布の中は漱石様以外年中欠席しているんですけども……」

 

「ビッグ・ファイア様、何も御心配めされるな。このホテルのオーナーは既に私でしてね。よろしければさしあげますが?」

 

「結構です!」

 

 さすがにセルバンテス閣下の言うことでもそれは聞けない。根っからの庶民である僕としてはあのアパートの狭さが一番落ち着くのだ。

 

「それは残念。しかし我ら十傑集の物はビッグ・ファイア様の物と同義。ビッグ・ファイア様はただ胸を張っていて下されば我らも安心致します。それをお忘れなきよう」

 

 これまた広いシャワールームで汗を流した後、真っ白なスーツをホテルのスタッフに着せられる。そして再びロールスロイスに乗ること30分。入口こそ少し狭くはあるものの歴史と格式が感じられる洋風のお店に到着。アルベルトさん曰く、なんでもドレスコードがあるらしくスーツを着たのはその為だとか。周りのお客はシックな色合いのジャケットだというのに僕だけ真っ白なのはとても恥ずかしい。すいません、帰ってお茶漬け食べていいですか?

 

「御予約されていたアルベルト様ですね。奥の部屋にどうぞ」

 

「うむ。御苦労」

 

 よくよく考えると僕以上に目立った二人がいるから気にする必要がないことに気付いたのは、店の奥に案内されてからだった。そして始まったのはフルコース形式の食事。フレンチどころかいいとこ中華料理が財布の限界である僕の身からしてみればそのほとんどが食べたことのない未知の領域だ。正直緊張してほとんど記憶がないのがもったいない程素晴らしい味だった。

 

「とっても美味しかったよ。今日はありがとう、アルベルトさん。セルバンテスさん」

 

「なんの。この程度のことなら何時でもおっしゃってください」

 

 夜の街は光で溢れ真昼よりも明るく感じる。ロールスロイスの後部座席で寝転びながら点滅する光を見つめていると妙な空しさに襲われた。今まで僕は一人暮らしを、学校でも一人だけの生活をしてきてそこそこ自分だけで生活できているという自負があった。それが十傑集が来てからはどうだ? なんというかつくづく自分が誰かの庇護を受けるべき存在ってことを痛感させられた。

 

『それでよいのです』

 

いや、そういうわけにもいかないでしょ。僕だって少しは自分のダメなところを治したいって気持ちはあるし、この間まずは友達を作るって目標立てたしね。

 

『私の国ではこのような言葉があります。【彼を知り己を知れば百戦殆うからず】と。ビッグ・ファイア様はその一歩を踏み出した。それは素晴らしいことではありませんか? 』

 

それは……そうなのか?

 

『そう。どれだけ小さな志でもまずは立てることそれが全ての始まりなのです。無欲でなければ志は立たず、穏やかでなければ道は遠い。お分かりですかな?』

 

うん。よく分からないけどなんか良い言葉な気がする。

 

『そしてゆくゆくは世界征服を目指す悪の秘密結社のボスになるのです!』

 

よし……決めた。僕は将来悪の秘密結社のボスにな――――んねぇよ!

あっっぶねぇぇ。なんか妙な方向に先導されてとんでもないこと口走るとこだった!? てかこの頭から聞こえてくる声の人物何者?

 

「ん? どうされたのですかビッグ・ファイア様?」

 

「い、いや。何でもないです」

 

「……そうですか?」

 

「はい。ただのうわ言ですから」

 

「…………」

 

ふぅ。何とかごまかせたみたいだけど問題は頭の中のこの人だ。――いかん、このような展開に対応するなんて大分十傑集の非常識に染まりつつあるな。僕の対応力、高過ぎ……!?

 

『これはこれは、私はBF団の軍師。姓は諸葛、名は亮。字は孔明と申します。諸葛亮とも孔明ともお好きなようにお呼び下さい』

 

あ、どうも。ご丁寧に。――ん? BF団の軍師ってことは十傑集とも知り合いなのかな?

 

『十傑集の皆様にはいつもお世話になっております』

 

それで? いきなり頭の中からどのような御用ですか? 

 

『まずは一つお願いがあるのですが、私がビッグ・ファイア様と会話できる状況にあることを十傑集の方々には内緒にして頂きたい』

 

それはどうしてですか? さっきは何となく事情を隠してしまったけど、知っているならそのほうがいいような気がするんですが……(そして早く十傑集を回収しに来てほしい)

 

『十傑集の方々が軍師の私無くしてどれほど行動できるか把握しておきたいという点もありますが、主に監視の意味合いが強いですな。残念ながら今はこちらとの接触も絶え、御仁達は独立した状況にあります。ビッグ・ファイア様がいらっしゃる限りそのようなことはないと言いたいですが、あれほどの力を持った方々が我欲で好き放題に動かれては困りましょう? その為にあえて今はこの孔明の存在を明かさず事態の進捗を見守って頂きたいのです。それに例えこの先何が起こるにしても第三者の視点から冷静に物事を見れば解決できる事案もあるはず。私の言葉ではなく、ビッグ・ファイア様のお言葉なら十傑集の方々も従うことに何の不満もございますまい』

 

 さりげなく十傑集の回収が拒否された……うん、理由は分かる。けど孔明さんのこのどうにもネットリした言い方で言われると何か嘘っぽい気がするんだよな~。はっ!? そういえばこの思考も筒抜け?

 

『この孔明。例えビッグ・ファイア様に偽りを述べようとも、それも全てはビッグ・ファイア様の為! その心に偽りなどあろうはずもございませぬ。それでも疑われるのならばこの場で首を差し出す覚悟です』

 

 は、はい。分かりました。暗に嘘言っているのを認めた気もするけど、やはり根っこの所では十傑集と同じなんだと言葉では無く心で理解できた。

 

『なおそちらの世界との接続が不安定なので、伝達は不定期なものに――ピピッ、ガーガー』

 

 図ったようなタイミングで会話にノイズが混じり、会話は中断された。有事に繋がるかどうかわからないのはネックだけどいつも繋がっているのもプライバシーの侵害だから使いどころを選ぶな、孔明通信(命名)は。

 

 

…………なんか、どっと疲れた。帰って直ぐ寝よう、そうしよう。

 

 

「ビッグ・ファイア様。明日のトレーニングの件なのですが――」

 

 

もう、好きにしてください。

 

 



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謎の犯人

 

 僕は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の十傑集を除かなければならぬと決意した。しかしここで我に返る。僕の実力(コミュ力)では彼らをアパートから追い出すなんてことはできやしない。ならば僕自身がここから出て行くしかない。それしかないのだ!

 

 リュックに服と懐中電灯、寝袋、板チョコ等の食糧、カセットコンロに行平鍋を突っ込む。おっと、魔法瓶にライターも忘れてはいけない。深夜、十傑集が寝静まった時間にこそこそと家を出る。まるで夜逃げみたいだ。いや実際そうなんだけど……何故こんなことになってしまったのか?

 

 あのランニングの日以降、日々トレーニングに励むことになった。かなりキツイし、終わるころには体のあちこちが悲鳴を上げていたが、時々ご褒美で美味しい夕食にありつくことも出来るし、それになにより大好物であるチョコが家で待っていると思えば辛い日も絶えることが出来ていたのだ。

 

それがある日、疲れて帰って来た僕が冷蔵庫を開けるとそこには見るも無残なチョコレートの姿が……

 

包み紙は破られ、板チョコは残り一口。――むしろこの程度残すなら全部食べてくれ! その程度の気遣いなら無い方がまだ許せるんだよっ!

 

 しかし犯人はいったい誰だ? 鍵は閉めているし、窓から登って入るような高さでもない。つまり事件は密室で起きたということだ。普通なら事件は迷宮入りするところだが、このアパートには密室だろうが監獄の中だろうが関係ない超人集団が住んでいる。結論:犯人は十傑集。

 

単独犯か複数犯かは知らないがまず間違いないだろう。さすがに今回ばかりは僕の怒りも有頂天だ。

 

 僕にとってチョコとは唯の嗜好品でもなければ、単なる完全食でもない。納豆にとってのネギ。ペッシにとってのプロシュート兄貴と同じで無くてはならない存在。それなくては完結しない存在なのである! 僕がチョコなのか? チョコだから僕なのか? そんなアイデンティを奪われた僕は怒りに任せ、十傑集の部屋に殴り込みに行く――と見せかけて家出を決行したのだ。

 

 とはいえ行き先さえ決めていない流浪の旅(家出)。警察なんかに通報されるのも困る。僕に友人さえいれば頼ることもできたのだろうが――考えてもしょうがない。とりあえずは夜露をしのげる場所に避難しよう。

 

 探し続けて一時間。家から近すぎても遠すぎてもいけない距離を探し続けていたがそう簡単に見つかるものでもない。日々のトレーニングで体の疲労は知らない間に溜まっていたらしく太ももはパンパンになっていた。おまけにすごく眠い。次場所を見つけたら例え少々汚れていようがそこにしよう。

 

「うん? あそこなんかどうだろう」

 

 建設予定地、立入禁止と書かれた看板のある廃墟が視界の遠くに映っていた。普段なら背景の一部でしかなかった場所に今日お世話になることになるとは思いもしなかった。近づいてみると建設予定とは書かれているものの建物自体のつくりはそこそこ出来ているようである。少なくとも夜露は凌げるし、一日やそこらで崩壊しそうではない。僕にとってそれがわかれば十分だった。

 

しかし、近くで見ると夜であることを抜きにしても不気味だ。そう思いながらも外部階段の下、ちょうど階段自体が屋根になるスペースを今夜の宿泊地とすることに。何かあっても直ぐ逃げ出せるし、隠れるには良い場所だ。

 

「ここをキャンプ地とする!」

 

 続いてガスコンロに行平鍋をかけてお湯を沸かす。フリーズドライの味噌汁の上に注げば一品完成だ。

そして本日のメインディッシュは高級板チョコ。冷凍庫の下に隠しておいたので十傑集の被害を受けずに済んだ。パキッと心地よい音。口の中にゆっくり広がる苦みと甘みの奏でるハーモニー。鼻からはカカオの香ばしい香りが抜ける。その全てのバランスが互いを殺さないように調整されている。

 

なんちゅうもんを食わせてくれたんや……なんちゅうもんを……。

 

味噌汁とは些か合わなかったが、それは割り切ろう。板チョコだけに。

 

「あっ」

 

「お?」

 

向かいの建物の階段から人影が降りてくるのが見えた。これは先住人のお出ましかと急いで荷物を纏めようとすると、

 

「これはこれはあの時の少年じゃないか」

 

 羽川さんの件で遭った金髪のおっさんが月夜に照らされながら現れた。それだけならまだしもその後ろから鬼太郎のように片目が覆われるほど髪の毛を伸ばした青少年が着いて来た。どこかで見た覚えがある。おそらく同級生だろう。こちらを見る視線はまるで不思議なものでも見るかのような目だ。こんな時間にこんな場所にいたら普通そうなる。実際僕が彼に浴びせる視線も同じものだろう。

 

「何でこんな場所に……?」

 

「おっと先に言われちゃったかな。あとこんな場所だけど一応おじさんの拠点なんだ。それで君はどうしてこんなとこにいるんだい。一緒にいた怖いお守は? 見た感じ傍にはいないみたいだけど」

 

「えっと……」

 

「――おい忍野。僕はもう帰ってもいいか?」

 

「阿良々木君。見た感じ同学年位の子がこんな所にいるなんて不思議に思わないかい?」

 

「気にならないこともないけど明日羽川と会う約束をしているからな。今日のとこは早く帰っておきたいんだ。今日お前に呼ばれたのも予定になかったしな」

 

「それは悪かったね」

 

 阿良々木君は軽く手を上げて、MTBに乗り去って行った。そういえば僕の自転車壊れたんだっけ? ただでさえボロボロだったから買い替えの時期と諦めるしかあるまい。それに比べ阿良々木君のMTBは新品同様で羨ましい。

 

「で?」

 

いつのまにか忍野さんが目の前に座ってこちらの反応を促す。その割に視線が自分の手元から離れないので味噌汁をもう一杯作ってあげた。チョコ? 何調子乗ってんの?

 

「おじさんに話でもあるのかい? 恋愛相談以外なら聞くよ」

 

 なんだか涙が出そうになった。ここ最近十傑集に振りまわされて一人苦労してきたせいか人に話を聞いてもらうというこのシチュエーションに感動している。この人こんなにかっこよかったっけ? チョコ一かけらならあげてもいいよ(血涙) えっ? いらない? ヤッターー!

 

「聞いて、貰えますか?」

 

僕はアパートを出ることになった訳を拙いながらも忍野さんに愚痴った。それはもう愚痴った。僕にとってどれだけ大事なチョコだったか、あの味を夢想してどれだけの(鼻)血が流れたか。枯れぬことのない泉のように滾々と話が湧き出てくる。

 

「少年も大変なんだね~」

 

「そうなんですよ!」

 

「だが少年は何か一つ勘違いしているんじゃないか?」

 

うん? 何だろう? はらたいらさんの職業を最近までクイズ王だとばかり思っていたことかな? それともメンマとザーサイの原料を同じだと思っていたことかもしれない。

 

「多分チョコを食べた犯人は君の後ろにいる怪異じゃないかな」

 

 うん? 十傑集が後ろにでもいるのかな? 神出鬼没な彼らのことなら驚かない。振り向くと自分の影がユラユラと揺れ、形を変えていく。はは~ん、さてはレッドさんだな。前にも僕の影に潜んでいたこともあるし、この程度ではこの僕を……ん?

 

 そこには立派な黒豹がいた。艶やかな毛並みに、鋭い牙爪。瞳は白く淡く光っている。美術品のような完成された美しさがあるが、美しさとは切っても離せない繊細さや脆さというのは感じない。皮膚を下から押し上げている隆々とした筋肉が狩人の強靭さを表しているからだろう。

 

一度忍野さんに振り返って、思わず二度見した。するとそこには黒(ry

 

あかん。何度見ても黒豹がいる。

 

「最近疲れているからかなぁ」

 

「――現実逃避するなんて案外余裕あるね少年は」

 

 不意に黒豹が動き出した。思わずビビって反射的に逃げ出しそうになる体を抑え込む。ネコ科に限らず野生の動物は急に動く物を追いかける習性があるって聞いたことがある。ここはゆっくり距離をとって、

 

「ひいっ!?」

 

僕の動きに反応したのか、スンスンと鼻を鳴らしながら近寄ってくる。

 

「動くなよ少年」

 

 忍野さんの声に心の中で軽く頷き、黒豹が顔を寄せてくるのを黙ってこらえた。近くで見るとやはりでかい。動物園のライオンより大きい気がする。ツンとくるような獣臭さはなかった。

 

「ウゥウウウー」

 

体の芯が震えるような鳴き声。緊張で顔がカーッと熱くなった後、背中の汗が妙に冷たく感じた。黒豹は僕の手元辺りを何度も嗅いでいる。

 

「少年。チョコだよ、きっとチョコを狙っているんだ」

 

ヒソヒソ声で悪魔が囁く。

 

「でも確か猫にチョコって毒だったような?」

 

「普通の猫ならね。怪異にしろ何にしろこいつは普通じゃない。君が食われるのとチョコが食われるのどっちがいいかって話さ」

 

う~~~~~~~~~~~~~~~ん。悩む。でも……しょうがないよね。僕のチョコを渡しさえすれば助かるかもしれないんだから。断腸の思いでチョコを一欠けら割って放り投げる。手ごと噛まれたら大変だし。

 

「やっぱり君結構余裕ある? 見習いたいもんだね全く」

 

そんなものあるはずがない。僕にあるのは例えどんな不条理な相手にでも自分のチョコをみすみす奪われたくない、そんな気持ちだけだ。

 

 黒豹は旨そうにチョコをかっ喰らう。あぁ、もっと味わって食べてくれ(切実) そうでないと折角作ったチョコ職人に申し訳ないと思わんのかっ! ……ん? こいつ僕の影から出てきたよな。するとこいつが今回の真犯人じゃないかっ!! 十傑集はやはり悪くなかった。僕はずっと信じてたよ(白目)

 

黒豹は僕の怒りも知らず、もう少しくれとばかりに首をふる。忍野さんも顎で軽くこちらに指図する。さすがにもう我慢できん。トサカに来たっ!!

 

「いい加減にしないかっ黒豹! もう一個やったろ? それで我慢しなさい!」

 

黒豹は逆上して僕に襲いかかってくる――かと思いきやクーンクーンと子犬のように鳴いた。まるで飼い主に怒られた飼い犬のようだ。どうも可哀想になって毛並みを撫でてやると甘えるように寝転がった。なにこの可愛い生物。

 

『我々はアキレス様と呼んでおります』

 

げえっ、孔明!? 

 

『随分私の印象が良くないようですな』

 

いや何というか、様式美? 的なもので決して悪意はないんです。それでアキレス様って何ですか?

 

『……良いでしょう。アキレス様はビッグ・ファイア様を守り、手助けする三つのしもべの内の一つ。どんな姿にも変身でき、ビッグ・ファイア様のお傍で護衛するのにこれ以上の存在もそうありますまい』

 

ただ可愛いだけじゃないんだな。この可愛さだけでも傍にいてくれると嬉しいが。三つの内の一つって言ってたけど後二つは?

 

『既にビッグ・ファイア様にはアキレス様がいらっしゃるではありませんか。なにか御不満でも?』

 

不満はないよ。ただ後二匹もこんなに可愛いのなら知っておきたいじゃないか!

 

『…………いずれ必要な時が来れば自ずと姿を現すでしょう』

 

孔明さんは本当何でも知っているな。

 

『私など天と地の間にあることしか存じ上げていません』

 

謙遜しているようで全くしてない不思議。でも納得してしまう、ビクンビクン。

 

「何してんの少年?」

 

 どうやら現実世界でもビクンビクンしている所を見られてしまったようだ。クッソ恥ずかしい。呆れ顔の忍野さんはポケットから煙草を取り出して一服する。最近アルベルトさんと一緒にいる機会が多いから煙草の匂いにも慣れてしまった。一服するかい? と差し出されたが勿論ノーサンキュー。普通高校生に煙草勧めるか? そうですね。僕の周りは普通じゃない人ばかりでした(自己完結)

 

しかし、これにて今回の謎は解決。頼りになりそうな相棒も見つかった。

 

「少年。警告しておくよ」

 

こちらを指さしながら忍野さんがコンクリートの地面から立ち上がった。いつになくマジな顔だ。思わず背筋も伸びる。

 

「正直言って君たちは危険だ。でも僕が一番危惧しているのは山野浩一。君という存在なんだ」

 

「僕は唯の一般人ですよ。十傑集と一緒にしないでください」

 

「それは随分面白い冗談だね。あれほどの傑物を従え、おかしな怪異まで君の仲間。それでも君は唯の高校生だと、そう言い切れるかい?」

 

言い返そうとして言葉に詰まった。忍野さんにとってそれだけで十分だったらしい。

 

「今までに見たことがないよ君のような歪んだ人物は。修羅場を潜り抜けた空気もなければ、特殊な暮らしをしてきたわけでもないただの一般人だ。だからこそ怪しい」

 

 アキレスが僕の隣で忍野さんに向かって低く唸りだした。喉をさすってやると静かになる。そう僕は知っていた。そう知っていたんだ。奇妙に思いはするものの違和感はない。

 

「……忍野さん。どうもお世話になりました」

 

「待ちなさい」

 

「……何か?」

 

「荷物忘れてるよ」

 

「こ、これは失礼しました」

 

なんだか締まらないな~。第三部 完!

 




なんという雑なオチ。このオチを作ったのは誰だー!


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少年の始まりの日

今回は難産だった。真面目にプロット書く必要性があるな(今更


 

 僕にとって長いGWが終わった。しかしそのおかげで――というかそのせいでGW前の僕とはもう違う。まず第一に目標が出来た。友達を作るという大きな目標だ! もう高校3年で今更と思わないでもないが、高校最後の年だからこそ素晴らしい青春を送りたいのだ。

 

 幸いなことに今日は1限目から体育でドッジボール。休みの間に少しは鍛えたし、普段あまり目立たないようにして隠している実力を見せつければ→『おっ、あいつやるじゃん』→『キャー。山野君カッコいい。付き合って』→学生時代は酒池肉林のハーレム→成人後、彼女たちの家を回り養ってもらいながら過ごす。

 

おいおい。どうしよ僕に残されているのは栄光の道しかないじゃん。

 

困ったな~(棒読み)

 

「へぼぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 目立つということには成功した僕だが、これじゃない感が強い。頬にドッジボールの直撃を受けた僕は流れるように保健室へと連れられてしまった。そしてボールを投げた相手も付き添うようにして傍にいるわけだがものすごく気まずい。

 

「本当にすまなかった。え~と山里だったっけ?」

 

「い、いや山野です」

 

 何を隠そう阿良々木君だ。昨日の今日で阿良々木君にまた会うとは……昨日はスル―していたけど同じクラスだから羽川さんとも仲良いみたいだし、ひょっとして付き合っているのかな? 少し気になる。

 

「あのさ、昨日のことなんだけど……」

 

「うん?」

 

「……やっぱりいいや。それより忍野には気を付けろよ。あいつに関わると碌な事にならないぞ」

 

 その忍野さんと親しそうに深夜建物から二人で出てきたのは阿良々木君、あなたなのですがそれは? 字面だけだと犯罪臭が凄いな。ひょっとしてそっち側の人なのか!? 忍野さんに関わるなとは自身こそが真の恋人だから近寄って欲しくないというジェラシーなのか!?

 

 僕は神妙な心持ちで頷いた。安心して。僕は女の子が好きだから――でも決してそういう人たちを馬鹿にしてるわけでもないからねっ!

 

阿良々木君も満足そうにほほ笑む。

 

「ボールぶつけておいて言うのもなんだけど、山野って意外と丈夫なんだな」

 

冗談っぽく言う言葉に思わず苦笑してしまう。

 

「こ、こう見えても少しは鍛えているからね。まぁトレーナーに言わせれば話にならないレベルらしいけど」

 

トレーナー=十傑集。ドゥーユーアンダースタン? 彼らが言うには車に撥ねられてもケガ一つないのが最低限だ。ちなみに十傑集クラスになると轢こうとしたロードローラーの方が吹き飛ぶ。

 

「トレーナーなんているのか? 随分本格的だな」

 

「別にこっちから鍛えてとお願いしているわけでもないんだけどね」

 

「ふ~ん」

 

し、しまった。会話が途切れてしまった! せっかく阿良々木君と仲良くなれそうだったのに……

え、え~と話題、話題。ご趣味は? お見合いじゃあるまいし。

 

「じゃあ行ってくるよ。山野も平気そうなら戻ってこいよ」

 

「あっ、うん」

 

 行ってしまった。頬は痛くないが胸は痛い。あの時気のきいた一言でも言っていれば――いや、ネガティブになるのはよそう。今日こそは友達を作ってボッチ人生からおさらばするのだ! そうと決まれば行動あるのみ。残りの時間は作戦の計画に充て、次の数学で挽回する。自ら挙手して数式を華麗に解き注目を釘づけにするのだ。

 

「見える。見えるぞ。僕の青春が!」

 

 

 二時限目。髪を7:3に分け、厚いレンズの眼鏡をかけた教師の錦戸が教卓に立つ。声も小さいしどうも暗い印象が絶えない――と僕に言われるのは錦戸にとって不本意だろう。今までの僕ならそうだったかもしれないが今日からの僕は違う。残念だったな錦戸先生、一歩先に高みへ行かせてもらおう。授業は粛々と進んだ。錦戸の授業は教科書を淡々と読み上げて時折思い出したかのように生徒に問題を解かせる、どこぞの有名大学受験予備校の講師にこっぴどく叱られそうなタイプである。しかし世の中そういう教師がほとんどであることはもう全国的な共通認識であって、結局のところ生徒がどれほど自習できるかで成績は決まってくるわけだ。何を隠そう僕も自習タイプの人間である。

 

教師に分からないとこを聞きに行くのすら億劫な僕には自習という手しかなかったともいえる。

 

閑話休題

 

 まずは僕が錦戸の問題に答えられるか、それが問題だ。今の教科書の進行から問題に出されそうなところを計算して予め解いておく。すると「あ、この問題。進○ゼミでやったとこだ」と、安っぽい付録漫画のようにスラスラ答えられるわけだ。問題は緊張して頭の中が真っ白にならないかということ。誰も手を上げない中、自ら手を上げわかりませんではこの先学校生活では日の目も見れなくなる。

 

「では、この問題分かる人は?」

 

来た。震える手をもう片方の手で支え上げる。錦戸は珍しい物でも見たかのような顔をした後、

 

「では山野」

 

コツコツ

 

 ローファーが床に響く。教壇にまで立った僕の背中は既にじんわり汗ばんでいた。ズボンの裾で汗ばんだ手を拭い、チョークを手に取り黒板に答えを書き込んでいく。途中式が無いと減点される場合もあるので一つ一つ慎重にだ。そして何度も見返しておそらく完璧な答えを僕は完成させた。錦戸と目線が合うと静かに頷く。間違いない。

 

「はい。よくできましたね」

 

バーーンッ!

 

 突然校舎に鈍い銃声が響いた。それ自体は陸上部のスタートの合図でよく聞いているから特に何も思わなかったが、その後に響く甲高い叫び声が不穏なものにする。何が起きたんだろう?

 

 うちのクラスだけでなく隣のクラスでも騒ぎ始めているようで、隣からは教師の大きな声が聞こえる。そこで我に帰ったらしい錦戸も同様に生徒へ一言注意を促す。ことなかれ主義の錦戸らしく、教室の廊下の窓を隣の体育教師が駆けて行くのを見送ると再び授業を始める。この流れで僕の事はすっかり忘れさられてしまっているんだろうな。

 

 そんなわけですっかり不貞腐れてしまった。窓際の席であることを生かして外の景色を眺める。運動場のトラックには誰の姿も見当たらなかった。ん? じゃあさっきの銃声ってまさか……

 

再び銃声。今度はまるで機銃掃射のように長く続いた。教室は息を呑むような声で埋め尽くされ机の下に隠れる者もちらほら。僕? 固まってましたが何か?

 

 さすがに今度ばかりはおかしい。生徒は未だ目に見えない恐怖が実体化する前に逃げ出そうとするものもいれば、緊急放送がないことはおかしいと訴える自称常識派もいた。焦りと恐怖、それを抑えつけようとする理性との板挟みでそろそろ収拾のつかない事態になっていた。

 

 こんな状況で言うのはあまりにも不相応なのは十二分に分かっているが、あの……催してしまいましてね。今朝食べた納豆が悪かったのか? アキレスとチョコを競うように食べたせいか? なんにせよお腹の具合がよろしくない。こっそり、ひっそり教室から抜け出した。普段から影の薄い僕だからこそできる技(ドヤッ

 

たしかっ三階のトイレは今故障中で使えないはず。二階に急ぐしかない。

 

お腹が痛い今あまり体に衝撃をかけるのも悪い。競歩の選手のようにゆっくりと、でも大胆に道を急ぐ。階段を駆ける足音が反響する程二階は妙に静かだった。廊下に出てその理由も分かる。

 

 小銃を持った軍服姿の男が2人廊下を巡回していた。咄嗟、頭が反応するより先に体が動いた。階段と廊下が垂直に交わり、ちょうど交差点で言う角に速やかに隠れる。

 

ゆっくり時間を数えて1、2、3、4、5。……ふぅ、幸い今の所は気付かれた様子はないが、いつまでもここにいるわけにもいかない。あいつらの正体、目的。色々と気になるところだがそれ以上に切迫した問題がある。奴らの先にトイレはあるのだ!

 

グーギュルルル

 

 ヤバい。もうヤバい。社会的尊厳を失ってしまいそうだ。例えこのまま隠れて生き残ったとしても精神的には死んでしまう。友達を作って遅い高校デビューを果たそうとしている僕にとってそれは何よりも避けなければならない! だったら――僕はこの命を懸けよう(キリッ

 

 床を強く蹴って僕は飛び出した。走る痛みを堪えながら奔る。もうこのシチュエーションだけで大作を一本書けそうな気持ちだ。相手方は最初こちらを見て驚いた様子だったが、線の細い少年が何の武器も持たずに突っ込んでくると知ると笑いだした。

 

聞いたことのないニュアンスの言葉だ。外国人だろうか?

 

 一人は銃を背にかけて僕を取り押さえる為に両手を突き出して待ち構える。僕一人に弾を使うのは勿体ないと考えたのか? それとも確実に仕留める為にあえて接近戦に持ちかけたのか? どちらにしろ侮ってくれるのはおおいに結構。しかし、ここで予想外なことがおきた。廊下の反対側から誰かが飛び出してきたのだ。あの特徴的な鬼太郎ヘアーは阿良々木君か!?

 

 あろうことかこちらに向かって突進してくる。阿良々木君の目的はこいつらなんだろうか? さすがにそれはあまりにも無謀だ(棚上げ) 僕を取り押さえようとしていた兵士はさすがに二対二の状況になるのはおもしろくないと考えたのか、背負っていた小銃を構えこちらに向ける。距離は7m。逃げようにも近すぎるし、飛び込みようにも遠すぎる。絶体絶命ってやつだ。

 

「アキレス!」

 

 僕の影から雄々しい黒豹が飛び出し、兵士の腕に噛みつき瞬く間に無力化する。全く僕には勿体ないくらい頼りになる相棒だ。阿良々木君の方も気を取られた兵士の頬を殴り抜いた形で僕達とすれ違う。その時一瞬目が合ったがお互い何も言わずに去っていく。これこそが男の友情ってやつだ。友情ってやつなのか? 友達がいないのでよくわからないがきっとこういうのが友情なんだろう(適当) まぁ僕の行き先はトイレなんだけどそれは気にしない方向性でお願いします。

 

 

 ……ふぅ。すっきりしたところで問題は山積みだ。トイレの窓から外を覗くと校舎を取り囲むようにカーキ色の軍服を着た兵士が押し寄せてくる。あまりの出来事に現実感が薄く、いまいち危機感がない。しかし響く地響きと怒号は間違いなく現実のそれで……アキレスどうしよう? 『俺に言われても知らんがな』みたいに顔を背けられた。そういうのマヂ傷つく。リスカしょ。

 

――本気で心配するアキレスが可愛すぎてやばい件について

 

『なにそう心配することもありますまい』

 

孔明通信の時間の始まりか。不定期とか言ってたけど随分都合の良い時にだけ繋がるんですね。助かるけど……

 

『これもビッグ・ファイア様の日ごろの行い故のこと。まことに感謝の念に尽きませんな』

 

お、おう。せやな。そ、それで?

 

『まもなく事態は収束するということです』

 

それはいったいどういうことですか?

 

『ご自身の目でお確かめください』

 

 とはいってもそんな大きな動きは見受けられない。相も変わらずゾロゾロと兵士が校舎に侵入してきているし、この二階に兵士が辿り着くのもそう遠くない話だろう。こんな高校を襲撃してきても何も良いことなどないだろうに。

 

「ハーハッハッハッハ!!」

 

 あの時代錯誤の笑い声はレッドさん!? しかし声は聞こえても姿は無し。いったい何処に?

ゴゴゴゴゴゴッ 突然の酷い横揺れに思わず地面に膝を付ける。グラウンドの兵士は更に酷いもので大地に伏せ、誤って引き金を引く者すらいる。

 

 ここでようやく目に見える異変に気付く。グラウンドのちょうど中央の地面から土埃が大量に舞い上がっている。上からだと良く分かる。あそこを中心に辺り一帯が大きく揺れているのだ。そして事態はそれだけでは収まらない。地面は隆起し始め、見る間に校舎の屋上と同じ高さまで達する。そしていったい何時からだろうか? 円形に隆起した天辺に複数の人影がいた。全員同じスーツに同じネクタイ、顔全体を覆う赤いロードコーンのような形に口の絵柄が描かれた揃いのマスクを被った十人。十人、そう十人なのだ。――なんだか猛烈に嫌な予感がするのう。

 

「何奴だ!?」

 

この光景を見た全員の声を代弁したかのような兵士の声に思わず頷く。というか孔明さん、事態が収束するどころか悪化しているんですがそれは?

 

『……これもビッグ・ファイアの日ごろの行い故のことです』

 

こいつ全部僕に投げやがった!

 

「我らは世界征服を策謀する秘密結社BF団である。全ては我らがビッグ・ファイアの御威光を世界に知らしめる為、まずは貴様らを掃除させて頂こう!」

 

 いったい何傑集かは知らないが、僕を担ぎあげて堂々と犯罪行為をするのはNG。そんな僕の気持ちなど知らず十傑集は辺りに散って次々と兵士たちを薙ぎ倒していく。小銃の十字砲火の中を散歩でもするかのように悠々と進み、衝撃波が奔ると次の瞬間には嵐が通り過ぎた後になる。まるで子供が紙で作った兵士を一息で吹き飛ばすかのようだ。前後左右上下。物理法則が何とやらと言わんばかりに縦横無尽に戦場を蹂躙する。もはや通常の現代兵器では太刀打ちできるようなものではない。

 

 ヒィッツさんが兵士に囲まれる中素敵なダンスを披露すると全てが真っ二つになる。爺様が指を振っただけで五人ぐらいが吹き飛んだ。怒鬼さんが一睨みしただけでバタバタと倒れて行く。銃弾の上に乗って辺りを針の山へと変えていく残月さん。

 

全盛期のネタが素で出来る恐ろしさ。確かに前々からおかしいとは思っていたけど、現代兵器相手に無双する様を見せつけられたらもう笑うしかない。ぐへへへへ。

 

「ここにいらっしゃいましたかビッグ・ファイア様」

 

 幽鬼さん、相変わらず顔色悪いですね。え? 僕の顔のほうが真っ青? ……ちょっと頭が痛くてね。いつの間にか校舎内の兵士も全員無力化したようで廊下は正に死屍累々といったところ。もう滅茶苦茶だよ。GWが終わり、僕にとっての日常が返ってくると思いきや、僕の日常までもが非日常に浸食されていた。今日はそんな少年の始まりの日。

 

 

 




戦闘描写とか細かく書くのはもうちょっと張り合いのある相手が出てきた時にします。

十人動かすと誰かの描写が足りないことが稀によくある。


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少年×友人?

タイトルは決して腐向きな意味ではない……はず


 遠坂 凛にとって魔術とは? 

 

 それは手段だった。幼いころから冬木のセカンドオーナーとして父に遠坂家として魔術の秘奥を叩き込まれた。一般的な家庭からしたら虐待扱いされるほど厳しい修行だが凛にとって父との触れ合いの時間の一つに過ぎなかった。凛が俗に天才と呼ばれる人材であったこともあり学べば学ぶ程達成感も父の優しい掌を感じることも出来る。父が無くなった後は魔術師としての最終目標である根源に至ることを夢見て研究する日々。今年は聖杯戦争の準備もあり研究の方にはあまり時間も避けなかったが聖杯を持ちかえる為に実践的な魔術の学習は欠かせない。――それら全ての目標を達成するためには魔術が必要不可欠だった。だからこそ人一倍魔術に対して誇りを持っていた。その点に関しては魔術師の鏡と呼ばれるような生き方をした父親以上かもしれない。

 

 そんな彼女も普段は普通の女子高生。魔術師という自負はあれど、いつものように周囲からのうざったい視線を感じながらも高校生活を送る大衆の中の一人に過ぎない。そこで突然の兵士の襲来。どこの国籍かも理由も分からないまま校舎に侵入する敵意。戸惑い、親友と声をかけ励まし合う高校生がそこにいた。正直魔術師として一般人を一人でも守ろうという気概が自分にあったとは思えない。数が数だし何より魔術は秘匿されるべきという言い訳を心中唱えつつ、事態が去るのを只管待っていた。

 

無理もない。今まで魔術で危険な目に遭ったこともあるが、それは安全が確保された工房の中のこと。

 

 実践経験もない小娘が本職の軍人相手に叶うはずもない。彼女が生涯を懸けて手にした手段はそれを振るう機会もなく細く綺麗な掌に納まるだけだ。

 

 急な地震が校舎を揺らして震える指先をそっと誰かの手が握る。顔を上げなくても分かる。こんなことをやらかすのは唯一の親友と言ってもいい相手、美綴 綾子の温かく大きな手だ。握った手も震えている癖に励ますかのように強く握りしめる。全く持ってこの親友には敵わないとひとりごちる。

 

「ん? ――ちょっと!? 外を見て凛ッ」

 

「な、何よ?」

 

 有り得ないことに地面が校舎の高さまで隆起しており、その上に怪しげな恰好をした十人組が現れたではあるまいか。口上から何やらBF団? という集まりらしく、凛としてはこれ以上兵士を刺激するような真似は勘弁してもらいたかったが、事態は凛の想像を遥かに超えた展開へと発展する。

 

 一人が指先から魔弾のようなものを射出して兵士を次々と吹き飛ばしていく。凛も初等呪術としてガンドを使うことが出来るので分かるのだが、あれは凛の使う物的破壊能力を伴ったフィンの一撃とは比べ物にならない程の威力を内包している。

 

上級呪術の一種なのだろうか? それにしてもノータイムであの威力と範囲が出るとは考えにくい。使っている本人の動きに疲れた様子は微塵も感じられない。

 

 恐怖すら忘れて食い入るように見る凛の姿に美綴は冷や冷やしながらも、無理やり頭を沈める。凛は散々抵抗したが向かいの体育館に流れ弾が跳んだのを見て、目線が通るギリギリの位置まで譲歩した。

 

 魔術の方に目が行って気付くのに少しばかり遅れたが、彼らの動きもまた素晴らしいものだった。凛にはほとんど残像しか見えないが、影が動き兵士が倒れればその関係性にも気づく。一体彼らは何者だろうか? あの魔術は? そういえば何処かの資料で見た覚えがある。魔術でも魔の力でもない、ヒトがヒトのまま持つ特異能力のことを。それは魔術ですら再現できない域に達することもあるとか……確かそれは…………超能力?

 

 凛の震えは一度治まったかのように思えたが、再び体全体が揺れ出した。恐怖からではない。怒りだ。怒髪天を衝かんばかりの心中穏やかならぬ心持に爆発しそうだった。自身の無力さに対して怒り、羞恥の念に怒り、理不尽だとは分かっていてもあの超人たちに怒った。

 

 自身の今までの努力の結晶である魔術では到底実現出来ぬであろう異常の数々。いったい今まで自分は何をしてきたのだろうか? 遊びたいざかりの高校生として魔術師の本分を本当に全うしてきたのか? もし魔術に研鑽していたなら、ここまで己の無力を感じずに済んだのだろうか?

 

 そして凛は認めないだろうが、十傑集の姿に憧れの気持ちもあった。魔術師にとって魔術は根源に至るまでの研究素材に過ぎないものの、彼らは一般人では起こすことのできない神秘を扱うことに誇りを持っている。しかし同時にその神秘は現代科学や兵器で実現可能なレベルに留まっている。魔術は現代技術の後を追いかけることしか出来ていないのだ。そんな現代技術を駆使する兵士を圧倒する彼らに、あの姿こそがこれから魔術師に求められる姿だと確信に近いものを感じた。

 

「絶対正体を暴いてやる。そしていつか私も……」

 

一人決意を秘めた瞳で凛は教室の天井を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 あれから二カ月と少し。あんなことがあった次の日はさぞ取材陣で大変なことになっているだろうと幽鬱な気分で学校へ出かけたところ、不思議な位いつも通りだった。十傑集が暴れまわった痕も綺麗に修復されており、闘争の名残はそこになかった。生徒も教師もまるで夢でも見ていたのかと納得のいかない顔をしており、僕もその中の一人だ。新聞にも地方の欄に高校に不審者が侵入したとあるだけでどうにも狐につままれた気持ちである。しかし死傷者こそいないものの怪我をして入院している教員や生徒もいることは確かでクラスで御見舞に行こうという話も出ていた。ま、おそらくは誰かの仕業だとは思うのだが……

 

「どうした山野?」

 

「ん、こっちのこと」

 

 阿良々木君ともあの日以来少しずつ話すようになった。今のところ僕がどもらず話せる唯一の友達だ。友達だって確認はとれていないけどもし聞いて違うと言われたらと思うと怖くて聞けない。僕が一方的に友達だって思っているだけなのかもしれないが、少なくとも話相手が出来たというだけで僕にとっては十分満足だ。

 

「山野君って時々そういうことあるよね。なんだかまるで自分を俯瞰してみているみたい」

 

 そうそう。羽川さんとも少し話すようになった。最も羽川さんとは二人っきりの状況は気まずくなるので、専ら阿良々木君といる時だけ話す。というかそういう時を狙って羽川さんが話しかけてくるといったほうがいいかも。もしかして阿良々木君と二人きりで話したかったのかな? と考えると胸が痛むのであまり長居もできない。

 

「そ、そうかな」

 

「確かにそうかも。僕も人の事言えた義理じゃないけど山野って自分のこと話さないもんな」

 

「自分のこと? えっと高校三年生で性別は男。好きな物はチョコ全般です!」

 

「いや、うん。そうだな。僕が悪かった」

 

「これから山野君は打ち解けてくれたらいいから、ねっ」

 

何だろう? 変に気を遣ってもらっている感がある。自分のことと言ったって後は僕の十傑集に苛まれる日常ぐらいしかない。話しても信じてもらえないので話さないのだ。いったい誰があの超人集団のことを信じてくれる? それになにより、

 

「じゃあ行ってくるよ」

 

「フフフっ、戦場ヶ原さんによろしくね」

 

「行ってらっしゃい」

 

 恋人が出来て幸せそうな阿良々木君に僕の不幸話を聞かせることもあるまい。それにしてもてっきり忍野さんと付き合っているとばかり思っていたのだが、まさかバイだったとは……たまげたなぁ。イケメンだし、話していて楽しいから阿良々木君はもてるのだろう。全く羨ましいばかりだぜ! 男にはもてたくないけど、女の子にもてる秘訣があったら今度聞いてみよう。 

 

「で、山野君は何を考えてたの?」

 

向かいの席から少し乗り出して腕組みをする羽川さん。擬音としてはたゆんが一番ふさわしい。ガン見しようとする男の本能を律するのに最大限努力しながら僕は震える声で答えた。

 

「こ、この間の事件のことだよ。何だか不思議なことが多くてよく考えるんだ」

 

「確かに衝撃的と言うより、まるで映画のワンシーンみたいに現実味が無い話だよね。私なりに色々調べたけど兵士の武器が実弾だったということしか分かってないの。あのマスクを着けた人たちのことは何にも……」

 

羽川さん。人にとって知らない方がいいこともあるんだよ。

 

「……山野君は超能力って知ってる?」

 

「はい?」

 

 いかん、思わず素で返してしまった。まさか毎日見てるよなんて答える訳にもいかず考えていると羽川さんが続きを話し始めた。こういう気遣いはコミュ障の僕には本当ありがたい。羽川さんの胸を本尊と見立てて深く感謝する。は~ありがたや。

 

「そもそも超能力の定義さえ曖昧なんだけど一般的に二つの能力が有名だね。物体を浮かばせたり干渉する念動力:PKとテレパシー等の情報伝達能力:ESP。この二つを合わせてPSIと呼ぶんだけど――山野君、聞いてる?」

 

「あ、うん。勿論」

 

「でね。あのマスクの人たちは明らかにそれと思しき力を使っていたと思わない? メディアでこの事件が取り上げられていないのも彼らのESPによるものだと考えたら納得がいくんだけど……」

 

つまり全ての事件は超能力によっておこされていたんだよ!

な……何だってーー!! AA略

 

――いや、AA略とかやってる場合じゃない。どうしよう。この推理力どこぞのハワイで親父に習った探偵ばりにやっかいだ。このままだと僕と十傑集の繋がりを暴きだして住所特定されそうな勢い。警察やらマスコミやら知らない人が家に雪崩れ込んだりしたらストレスで胃がマッハなんだが。

 

「そんな筈あるわけないよね。ゴメンね。下らない想像に付き合わせて」

 

「い、いやそんなことないよ。羽川さんの想像も現実的意見を加味しなければ筋が通るしね。アハハ」

 

 ふぅ、危なかった。これ以上羽川さんと話してボロが出るのも怖い。別れの挨拶を軽くすませて僕は教室から逃げる様にとびだした。校門までダッシュで駆けても息が上がってない辺りトレーニングの効果が出てるなと実感する。なんかスポーツにはほとんど影響ないのにこういう時だけポテンシャル見せるから本当困ったもんだよ僕の我儘ボディは……

 

 僕の愛車は不慮の事故で壊れてしまったので通学は専ら徒歩だ。最初は面倒だと思ったけど、歩いてみると普段は見逃していた物が多くあることに気付く。街路樹の横のモグラの空けた穴、猫が集う路地、その中に侍みたいな恰好をした人もいる。本当日常っていいですね(全力で目を逸らしながら

 

「怒鬼、こんな所にいたのか?」

 

 僕の影から自然に出てこないで下さいレッドさん。なるほど今日アキレスの機嫌が悪かった理由はこれか? 僕の狭い影に一人と一匹だからさぞ狭苦しい思いをしたに違いない。ともあれレッドさんの全体を見るのは久しぶりな気がする。日中もいないし、休みもどこかに行っているし、基本的に何かの影に入り込んでいる姿しかあまり見てないんだよな。なんというか鎖帷子をシャツに見たてて、忍び装束をジャケット風に改造した服装だ。レッドさんの名の通り真っ赤なマフラーとマスクが忍ぶ気を感じさせない。これがNINJAか(恍惚

 

 一方、怒鬼さんはレッドさんと真逆のイメージ。露草色の着物に山吹色の袖なし羽織。脚絆に草鞋といかにも侍といったふうだ。片目が不自由なのかいつも瞑ったままで寡黙な印象を受ける。現に僕はあれほどうるさい十傑集の中で怒鬼さんの声は聞いたことが無い。腰の辺りまで伸びた長髪は癖でも付いているのか妙な立体感がある。僕も癖っ毛なので怒鬼さんの気持ちはすごく分かる。悔しくて一度ストパーをかけたことがあるのだが一日も経たない内に戻ってしまった。

 

閑話休題。

 

 全く印象の違うこの二人だが案外仲が良いらしく、二人でいるところを見かけることもある。最もその時も怒鬼さんは首を振って頷くか、否定するかのどちらしかなかったのだがお互いが通じている雰囲気があった。

 

「俺はこれから用事があるから後は頼んだぞ怒鬼」

 

 

 そう言い残すとレッドさんは上空にあっと言う間に消えていった。相変わらずあれが同じ人類だとは思えない。さて僕も道草食ってないでそろそろ買い物にいかなくては。今日はタイムセールでチョコが半額だって聞いてたから買い溜めしておかないとね。

 

トコトコ

 

ザッザッ

 

トコトコトコ

 

ザッザッザッ

 

トコ……トコ

 

ザッ……ザッ

 

「あ、あの。怒鬼さんも一緒に行く?」

 

「コクッ」

 

 

 

 スーパーはかなり混雑していた。今までの僕ならこの時点で速やかに帰っていただろうが、十傑集と同じアパートで過ごしていく内に僕も我慢強くというかしぶとくなったというべきか、この程度のことは耐えられるようになった。ようは皆カボチャだと思えばいいのだ(白目

 

 それに今日は頼りになる助っ人も来ている。180オーバーの高身長で獲物を見つけ、長い手で速やかにハントする十傑集の中でもまともな希少的人材の怒鬼さん。そこいらのおばちゃん、お姉さんがたのハートももれなくハントする。ひょっとして僕は恐ろしい存在を世に解き放ってしまったのかもしれない……

 

『え~、ただいまより菓子コーナーで板チョコ一枚50円。大変お買い得となっております。限定300枚とさせていただきます。この機会にぜひ、お求めください』

 

ダミ声の館内放送が聞こえるやいなや駆けだした。既に菓子コーナーは人の群れで商品すら分からない程ごったがえしている。

 

いけない! 僕のチョコが無くなってしまうっ!

 

いや、落ち着くのだ浩一よ。ここで焦って不用意に飛び込めば波に流されて全てが台無しになってしまう。逆に考えるのだ……奪われちゃってもいいんだと――やっぱそれだけは許せんっ!

 

アキレスっ! 後は頼んだぞ!

 

グルルゥォーン!

 

 幸い人が多いので死角も存在する。アキレスが僕の影から離れて集団の影に入り込む姿も見られることはない。集団の影がアキレスの化けた影に入れ替わり、レジの方向に少しずつ誘導していく。あくまで自然な流れを演出しつつ、僕は無事大量のチョコをゲットすることに成功した! 後は食品やら日常用品のリストを渡した怒鬼さんを回収するだけなのだが、案の定直ぐに見つかった。豆腐コーナーの前でじっと佇み思案している様子だ。リストには載せてないし特に豆腐が足りないということもなかったと思うのだが……。声をかけようとした所で、

 

「おっ、山野じゃないか」

 

逆に声を掛けられた。振り返るとそこには日本人にあるまじき赤毛の同級生、衛宮士郎君の姿があった。そういえばこのスーパー、前衛宮君と出会ったとこだったな。

 

「や、やぁ。久しぶり」

 

僕が正面から返事を返したのが意外だったのか士郎君は目を丸くさせる。

 

「なんというか、変わったな山野。勿論良い意味で。前見たときより表情が明るいぞ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ああ。何か良いことでもあったのか?」

 

「……色々あったから」

 

「それは……良かった」

 

 ここ最近は良いことも悪いことも色々ありすぎて困るほどだったから。でも前よりも生きているという実感が強い。胃薬を絶やすことはなくなったけどね(ホロリ

 

「今日は晩御飯の食材でも買いに来たのか?」

 

「そ、そんなとこ」

 

「俺も食材買いにきたんだ。今夜は湯豆腐にしようと思ってな」

 

それは何というか少々時期外れではなかろうか? 普通湯豆腐っていったら冬とか寒くなってから食べるイメージがあるのだけど。7月の夏にわざわざ食べるようなものなのか?

 

それはともかく怒鬼さんが湯豆腐という言葉に反応して目をカッと見開いているのが恐い。

 

「その顔は何でこの時期に湯豆腐を食べるのか? といった顔だな。答えは簡単だ。夏になったら冷たい物ばかり食べてお腹壊したりするだろ? かといってスタミナの付くニンニクやトウガラシを使った熱い料理も弱った胃に優しいとはいえない。湯豆腐の暖かくて優しい味が一番この時期に嬉しいのさ」

 

 なるほど。実に的を射ている。湯豆腐って野菜も取れるし、肉が無い分純粋に豆腐の味を楽しめる良く考えられた料理だよね。士郎君に感謝の気持ちを込めてお別れの挨拶をする。あのエコバッグの膨らみようからしてかなりの主夫だな士郎君は。

 

「さて、今日の夕食は湯豆腐にしようか」

 

「コクッ」

 

いつものように表情には出ていないけど怒鬼さんの足音が心なしか楽しげな物に僕は聞こえた。

 

 

 

 




正直日常回が一番楽。あまり考えて書きたくない(本心)


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爆発する少年

 

 

 夏はいよいよ盛りを迎えた。ジトジトした梅雨のうざったらしさはすっかり姿を消し、随分雲も近く大きくなった。熱波で肌がじりじりするこの感覚。僕の心の海に沈んでいたやる気だとか青春がこの熱で干上がり表へと顔を出してくる。この時まではそんな物が自分にあったなんてとてもじゃないが信じられない。――そんな夏が。まるでカンフー映画を見た翌日のように何でもできる! とにかくやってやる! と方向性の全くないやる気に満ち溢れる――そんな夏が僕は好きだ。

 

 ただ……非常に熱い。勿論夏は暑いから夏だし、夏だから暑いのは百も承知だ。しかし、クーラー一つないまま夏を乗り切ろうとする一市民として「暑い」の一言愚痴ってもよいではないか。

 

 白いシャツは汗でびっしょり体に張り付く。熱風をかき回すばかりでほとんど意味のない扇風機で宇宙人の真似を三時間ほどばかりした頃だろうか。ドアをノックする音が聞こえたのは。

 

「どなたですか~?」

 

 ドアのすりガラス越しの特徴的なシルエットで既に誰かは分かっているが、一応聞いておく。自慢じゃないが十傑集シルエットクイズを出されたら全問正解できる自信がある(ドヤッ

 

「十傑集が一人。白昼の残月です。恐れ入りますが今よろしいですかな?」

 

「どうぞ」

 

 姿を現したのは学帽とマスクが一体化したような不思議な被り物をしている残月さん。常にふかしている煙管は後ろ手に回して畏まった様子だ。

 

「どうしたの? 今日はトレーニング無いって聞いたけど」

 

「実は……お話がありまして」

 

「えっ? 何か悪いこと?」

 

「そういう訳ではありませんが、ビッグ・ファイア様の許可が必要な案件です」

 

ほむほむ。一体何だろう? 正直僕の許可なんて今まで求められたことがない。事後承諾、いや事後報告が常だ。……本当に僕は十傑集の崇めるビッグ・ファイアなんだろうか? 今更ながら崇められている理由が分からない。なんでも十傑集が今までいた場所に彼らの崇めるビッグ・ファイア様がいたらしいが、全く持って関係ない僕を他人の空似というだけで崇めるのはどうなのだろうか? 直接は怖くて言いだせないけど……

 

「実は――」

 

「実は?」

 

「――ビッグ・ファイア様の夏休みを利用して少し遠出をしようかと思いまして。予定があれば日程を変更致しますが、如何ですか?」

 

 夏休みに予定? あるわけないじゃん(逆ギレ)

 

 こちとら長年ボッチ生活をエンジョイしてきた生粋のコミュ障。阿良々木君たちも何だか忙しそうで自分から遊びに誘うなんてことは出来ない。悲しいけど無駄にやる気のあるまま毎年夏は過ぎ去っていくものだよ。

 

それよりも、遠出? いったい何処まで行くつもりだろう? 僕は基本的に町内より遠くに行くこと事態が滅多にない。何処に行くかによって準備する物も変わってくるし、とりあえず目的地を知らなければ。

 

「予定ないから僕はいつでもいいよ。行き先はどこなの?」

 

「富士です」

 

 富士。富士山のことか……言わずもがな日本を象徴する火山だ。美しい稜線、山頂に積もった万年雪は圧倒される迫力と自然の美が一体化した奇跡の光景といってもいいだろう。……とは言ってみたものの、僕って生で富士山見たことないんだよね。温泉番組で富士の絶景がなんちゃらとか言っているのを見てふ~んなんとなく良い物なんだろうな~位にしか思わなかった。この際ちょうどいい機会だし日本人として生の富士を一度見るのも面白い。

 

「行こう」

 

「参りましょう」

 

そういうことになった。

 

 

 

 

 十傑集全員で行くのかと思っていたがそんなことはなかった。何やら最近忙しい様子でアパートにも全員の部屋に灯が燈らない日も珍しくない。今回のメンバーは残月さん、十常寺さん、ヒィッツさんの三人だ。麓まで車で向かう。運転手はこの中じゃ一番常識のありそうな残月さん。助手席にヒィッツさん、後部座席に十常寺さんと僕といった配置だ。途中パーキングエリアで軽めの食事とトイレ休憩を入れて休みつつ、午前10時ごろには富士山の全景が見える麓の駐車場に着いた。

 暑い日が続くので薄着で着たが、富士の麓は肌寒いぐらいだ。これならもう一枚何か着て来た方が良かったな。すると後ろから十常寺さんがどこからか赤いチェックの上着を恭しく渡してくれた。

 

「あ、ありがとう十常寺さん」

 

「否。我等BFの御為。投瓜得瓊。日々是返すこと難く、我が身尽くすのみ」

 

…………うん。何となく伝わるような、伝わらないような。

 

「ビッグ・ファイア様。十常寺は『我らがビッグ・ファイア様に感謝・敬愛の気持ちはあれど、私たちがそれに日々お返しできる事物は余りにも少なく、難しいことだ。これからも我が身を尽くして仕えます』とのことです」

 

「あ、ああなるほど。大したことなんてやってないし、むしろお世話になってばかりだからこっちからお礼を言いたいぐらいだよ。ちょっと遅れたけど、皆いつもありがとう」

 

ハハァーと土下座するいい年した大人三人。ちょっ、本当止めて! 何事かと周囲の人が集まって来たから! 起き上って!

 

 

 

 

「あ、あの一つ聞いていい?」

 

「何なりとこの素晴らしきヒィッツカラルドにお聞き下さい」

 

「何故僕たちはこんな所を歩いているのかな?」

 

「こんな所と申しますと?」

 

「いや確かに僕も富士山に来たから薄々登ることになるんだろうなとは予期していたけど…………何で富士の樹海? おまけに林道からもかなり外れている場所を歩いているんだろう?」

 

「当然ビッグ・ファイア様の為です!」

 

 でしょうね。鍛えることが出来るからという理由で夜通し耐久マラソンやらすような人たちですから僕ももう諦めましたよ(白目) そうそう、何故だか白目になるとヒィッツさんが凄く喜ぶ。仲間が出来たとでも思っているのだろうか? 勘違いも甚だしい(苛烈)

 

 樹海は昼間にも関わらず薄暗い。よくあるデマで方位磁石が使えないというのがあるが実際はそんなことはない。ただ周囲に木しかなく似たような光景が広がっていて、おまけに足元も悪いので迷いやすいのは確かだ。正直先導してくれる残月さんがいなければ確実に遭難する自信がある。

 

 不意に残月さんが止まった。何だろうと残月さんの進む先を覗き込もうとしたところ、伏せるように指で合図された。とりあえず従って身を隠すこと3分。ザッザッと人の歩く音が聞こえてきた。どうやら数人はいるらしく、草木を踏みしめる音もそこそこ大きい。その中の誰かが照らす懐中電灯かヘッドライトの灯りが僕らの隠れている辺りを一周する。吐きかけた息を呑みこんでじっと静止していると、満足したのか、異常はないと判断したのか、再び足音は進みだした。そのまま五分程してから残月さんがOKサインを出してようやく一息つく。

 

「一体何者なんだろう?」

 

 一般人ならこんなとこにいるはずはないし、自殺志願者にしては装備も人の数も不自然だ。そもそもそれならば残月さんが隠れるように指示する筈がないだろう。

 

「不可解也」

 

「うむ。この国の軍隊のような者たちがこの場所を訓練で使うと聞いたことはあるが、奴等は何かを警戒しているようであった」

 

「それにこの匂い。殺気のこもった汗の香りが空気に漂っているな。既に何人か殺った後か」

 

おいおいおいおい。話がきな臭いどころか完璧な黒じゃん。やべぇよやべぇよ。

 

やはり僕に遠出は早すぎた。さっさと帰って皆でチョコでも食べようよ(提案)

 

「これからどうする。尾行してみるか?」

 

と、カニ頭のヒィッツさん。髪形だけでなく頭の中までカニになってしまったのか。

 

「ビッグ・ファイア様がいなければ頷いていただろうが、さすがに危険な場所にお連れするのはあまり気が進まないな」

 

いいぞ、もっと言ってください残月さん!

 

「否。我等BF。斯様な些事にて気息奄奄。疑うは釈迦に説法これ真なり」

 

……うん? 何を言っているかはよく分からないけど、十常寺さんもその調子でヒィッツさんを止めてください!

 

「確かに十常寺の言うことも最もだ。では参りましょうか」

 

「参りましょう」

 

そういうことになった。……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 何故か追跡することになった一行。軽い気持ちで富士山に行こうなんて言わなければ良かった。――なんて今更思っても仕方がない。幸いなことに追跡は十常寺さんのお陰で随分楽だった。黄土色の道服を身に纏い、目が真っ赤に充血している見た目からして非常に怪しい存在ではあるがその能力は異端揃いの十傑集の中でもさらに異端。自他問わずに命を自在に操り、無機物に命を与えることも奪うことも可能。ローゼンさんも吃驚のとんでも能力だ。

 

 そんな能力を使って命の残り香を追跡していく。相手方も追跡を警戒しているのか罠や誘導もあったが十常寺さんの力で誘導に引っかかることもなく、罠は十傑集としての基本スペックで尽く無力化していく。もうそこにいちいち突っ込むのは野暮ってものだろう。それよりここまで警戒しているということはこの先相当ヤバいものが待っているのだろうか? 昔カッコいいとか思って手に様々な模様や漢字を悪戯書きしていたこととか、そういう感じの痛い思い出でも隠しているのかもしれない。何より僕が一番恐ろしいのはそういう思い出話で笑えないことだ。

 

随分話が逸れたが、いよいよ目的地に着いたらしい。

 

 ここまで蛇の尾のようにグネグネと歩いて来た。僕はてっきりこのまま山頂に向かうのかと思っていたがどうやら違うようで……。十常寺さんが指さす先には草木で入口を覆い隠された洞窟があった。そこにあると指摘されなければ気付かないほど周囲の景色と一体化している。なんだか秘密基地みたいでワクワクするな。

 

「あの先にいるの?」

 

「諾」

 

「どれ私が先陣を切ろう」

 

「うむ。任したぞヒィッツ」

 

 グッとサムズアップしてヒィッツさんはゆっくりと洞窟に向かって行く。見た限りでは人の姿は無いが、電子機器や洞窟の中に隠れている可能性も否めない。いや、ここまで追手を警戒しているのならば十中八九監視はいるだろう。

 

 ヒィッツさんは入口に向かって軽く片手を上げ、親指と人差し指の先を合わせる。そしてパチンッと指パッチンにしてはかなり高い音を出した。すると入口はまるでカーテンを勢い良く開いたかのように真っ二つに裂ける。ついでに入口の中でこちらを伺っていた着流しの侍姿の人物の持つ日本刀も柄から切っ先まで真っ二つだ。ヒィッツさんも凄いけど平成の世に侍がいることに驚いた。

 

「チッ、朱雀院の連中か!? 出会え出会えっ」

 

 洞窟の奥からぞろぞろと血走った眼の侍たちが現れる。腰には脇差と太刀の二本差し。あれよあれよという間に囲まれてしまった。まるで大河ドラマの撮影に巻き込まれたかのようで真剣を突き付けられているこの状況にいまいち危機感を感じない。僕を守るように残月さんと十常寺さんに囲まれて、ようやくこれは危険な状況だと察知できた。

 

「珍妙な恰好をしよってからに。だがここまでたどり着いた以上は始末させてもらうぞ。何か言い残すことは?」

 

 普通なら侍姿の男に言われたくないだろうが、今回においてはぐうの音も出ないほどの正論。全面的に完敗だ。

 

「フッ。そんなものはない」

 

とヒィッツさん。僕は最後に言い残すとしたらどんな言葉が言いだろう? やっぱり『なんじゃこりゃあ!』とか渋いのがいいな。そんなことを小声で呟いていたら縁起でもないことをと、残月さんに窘められた。

 

解せぬ。カッコいいじゃないか。

 

「随分諦めがいいじゃないか。我々の栄華の礎となれることを誇りに思うがいい」

 

「まさか三下風情に先に言われるとは……この素晴らしきヒィッツカラルド一生の不覚だ。――ならば証拠を消すしかあるまい」

 

「何を世迷い言――をっ!?」

 

 男は最後まで言い終わることも無く、地面に崩れる。頭頂部から股間までが綺麗に避けた死体は先ほどまで物を言っていたとは信じられないくらいに憐れなものだ。周囲に血の生臭い匂いが広がるまで辺りは妙に静かだった。だが一度現状を認識してしまえば侍たちの反応は素早かった。気合いと共に真剣を振りかざし、一足飛びに駆けよって来る。その統率力たるや、例え時計で合わしたとしてもこれ以上に揃うことなど出来ないだろう瞬間に息を揃えて立ち向かってきた。誰一人として怯えの表情は無く、白刃の一太刀は必殺のものに思えた。

 

――しかし逆に言うと、ここまで対処の早い彼らでさえ先ほどのヒィッツさんの一撃は衝撃的な訳であって。

 

 そんな彼らの反応も予想済みとばかりにヒィッツさんはその尽くを撃ち落としてゆく。

 

パチンッ、パチンッ

 

 命が無くなるとは思えない程軽い音で一人、二人。時には三人一遍に倒れる。さすがに戦況が明らかに押されていると知ると逃げ出す者も出てきたが、ヒィッツさんに優先的に狙われる結果になり、残った者は決死の面持ちでこちらへ向かってくる。一番手玉に取りやすそうな――実際そうだが――

僕を狙ってくる者も少なくはない。しかしある者は残月さんの目にも留まらぬ一撃で粉砕され、ある者は十常寺さんの鐘から放つ音波で苦しみながら倒れ伏す。

 

 こうも目の前で死体を量産されて、可哀想にとぐらいしか思えない僕は相当歪んでいるのかもしれない。勿論恐怖はある。しかしそれはもし僕が十傑集に攻撃されたら? とかあくまで保身の意味での恐怖であり、殺し自体に対する恐怖ではない。『人間問わず、生物は基本的に自己保身する生き物だから』とか弁護する訳ではないが、さすがに自分がここまで無感情な人間だったと自覚すると酷く気持ち悪い。

 

「ほう。あの若造なかなかやる」

 

 残月さんの感心したような声に項垂れていた顔を少し上げる。見れば僕たち以外にもはや立っているのは一人しかいなかった。他の侍たちに比べてやや痩せ形の眉目秀麗な優男といった風貌だ。脇差を片手に息も荒く、随分怪我している様子だがその目には闘志が未だ宿っている。

 

 ヒィッツさんが実に楽しそうな笑みを浮かべて指を鳴らせば、男は空を斬るように脇差を振るう。すると男の腕の周りから血飛沫が上がる。そして少し遅れて男の斜め後ろの木が鈍い音を立てながら地面へと轟音を響かした。

 

「ビッグ・ファイア様を気遣ってかなり威力と速度を落としているとは言え、ヒィッツの斬撃を逸らすとは……」

 

「――全く持って驚きだよ。お前のその小刀、なかなかの業物と見た」

 

「賊に答える言葉なぞ持っておらぬわ。玄武派の名に懸けて貴様らを討ち取るのみ」

 

 よろよろと立ちあがる姿は見るのも痛ましい。しかし手負いの体の心身に意識が充実しているのだろう。彼の姿はその細身よりもはるかに大きく見えた。おそらく今の彼にヒィッツさんが先ほどの斬撃を飛ばしても同じ結果になるだろう。

 

「よかろう」

 

「――えっ?」

 

 男が脇差を力強く握りしめていた片手がそこにはなかった。本人も何が起こったのか信じられないらしく、何度も勢い良く血の吹き出る肘から先を探していた。

 

「左足」

 

ヒィッツさんの宣言通り今度は左足が斬れて、木々の奥に吹き飛ぶ。

 

「右手、右足」

 

「ウワァァアッーーーーーー!? 止めろっ、止めてくれーーーーっ!」

 

 恥も捨てて、泣き叫ぶ彼に先ほどまでの雄姿はない。当然だ。四肢が落とされてまで動じないのはもはや単なる勇ではなく蛮勇でしかない。そんな彼の姿を見て笑みを深めるヒィッツさん。戦意を失った相手にそれはさすがに悪趣味と言わざるを得ない。

 

「落葉帰根、命の鐘の響きあり!」

 

 そんな時十常寺さんの鐘が木々に反響して安らぎの音を奏でる。まるでこの場だけ花畑に包まれたような思わずうっとりするイメージだ。男の苦痛と恐怖に満ちていた顔も静かに和らぎ、僅かに頬を緩めるとゆっくり瞳を閉じた。死には均しく尊厳を、命を操る彼だからこその見送りだろう。

 

 ヒィッツさんは少し不満そうだったが、十常寺さんにジッと見つめられると両手を広げて何でもない振りをした。残月さんも十常寺さんの行動に納得して頷いているので、状況が悪いと判断したのだろう。

 

「ビッグ・ファイア様。彼らがここまでして何を為そうとしたか気になりませんか?」

 

 明らかに話を逸らすことが目的のヒィッツさんの提案だが、確かに気になる。まず彼らが何者なのかさえもよく知らないのだ。襲われたから一応正当防衛という名の過剰防衛が成り立つ……筈。

 

 確か朱雀院だが、玄武派とか言ってたような。随分厨二心擽るネーミングだけど、あの動きからして子供の遊戯の集まりじゃないだろう。そんな彼らが富士の樹海の奥で何を企んでいたのか――確かに気にならないこともない。明らかに一個人が知るべき秘密じゃないと思うけどね。

 

 こういう時幽鬼さんがいてくれたらな。常識枠としても情報収集にしても凄く頼りになる。今一番信用出来る人だ。

 

閑話休題

 

とは言ってもヒィッツさんのことだ。きっとなんだかんだ言い訳をつけて残ろうとするに違いない。僕の目の届かない所でとんでもないことをされるよりも僕の目の届く所で満足させて、これ以上事を荒げない内にさっさと帰るに限る。いや、もうこの手しかない!

 

「と、とりあえず行ってみる?」

 

「我らがビッグ・ファイアの為に!」

 

 

 

 

 

 洞窟の奥は意外と快適だった。侍姿の人達のいた場所だったのでてっきり行燈や松明が灯り代わりに使われていると想像していたけど、LEDの照明が配置されている。

 

最近の侍は進んでいるな(錯乱)

 

 先ほどの侍たちが駐屯していたであろう広間にはキッチンや寝所等生活感を垣間見える物もあり、よほど長い期間ここで生活してきたことが伺える。残月さんはまだ内部に侍がいる可能性は十二分にあるとのことだったが、外の警備が全滅した時点でどうやら随分手荒く物を纏めて運び出したらしい。書類の山が崩れたまま、PCの配線の切れ端、データを消すために残骸と化した筐体。

 

何処かに脱出口でもあるのだろう、人の気配は全く感じられなかった。

 

 ただ長く続く洞窟にもようやく終わりが来た。そう瓦礫と土砂での行き止まりという結果で。ここまで来て行き止まりというオチはひっじょ~~うに残念だが仕方ない。さっさと帰るとしよう!

 

「いや、この匂いは火薬を使っていますな。この瓦礫の先に見せたくないものでもあるのでしょう」

 

「で、でもこう塞がれてたらどうしようもないよね? ねっ?」

 

「否。吾が力にお任せあれ」

 

 十常寺さん。今日だけでも凄く頼りになるのは分かったから、そんなに自信満々な表情やめて! このままだと……

 

 そんな僕の意思とは逆に事は奇妙なぐらい順調に進んでいく。十常寺さんの鐘の音で命なき無機物の瓦礫は一体の大きなゴーレムへと変貌する。誘うように差し出されたそのゴツゴツした手は、まるで僕を地獄に誘う悪魔のものと何ら相違なかった。

 

道は下へ下へと続いていた。僕の気分もそれに合わせて下降していく。

 

それにしても深い。重機の手があったとしてもここまで掘るのに一体何年かかったのだろうか?

 

心なしか暑くなってきた。確かここって富士山の地下だよね。周囲に温泉も湧くからマグマでも近いのかもしれない。――いや、まさかな?

 

 

ようやっと辿り着いた先には何やら大量の筒のようなものと、後は何やらデジタル表記の時計がっ!?

 

 僕は最後まで見ることも無く、何かとてつもない勢いで引っ張られた。正面からの突風に髪の毛はまるで生き物のように後ろ後ろへと流れて行く。背中と膝の裏に逞しい腕を感じた。僕はどうやら誰かに運ばれているらしい。それもお姫様だっこでとてつもないスピードで! 風に逆らいながら上を見上げるとそこには残月さんの顔が。

 

「何が~~~起こっているのっ!?」

 

 風に負けないように出来る限りの声で叫んだが、普段滅多に大きな声を出さない僕だ。僕自身でさえも途中で何を言っているのか分からなくなるほどのか細い微かな声になった。それでも残月さんには聞き取れたらしく説明してくれる。それほど大きな声には聞こえないけど不思議とハッキリ聞きとることができた。

 

「奥に大量の爆薬があったのです。時限式のようで小細工する時間も余りありませんでしたので撤退しているところです」

 

なんですとっ!? 富士山の地下に爆薬? ひょっとしてそいつは本当にヤバいんじゃなかろうか、いやかなりヤバい(反語) だって確か富士山って活火山だったような……

 

「早く逃げよう!」

 

「委細承知」

 

 口だけの僕は何もできないまま焦りで急かされるよりも周囲の状況の把握に努める。どうやら先頭にヒィッツさんがいるようで下半身が残像に見えるほど素早いスピードで走っている。後ろには十常寺さん。先ほど造ったゴーレムを元の瓦礫に戻して洞窟の途中を塞いだようだ。途中見知らぬ誰かの声を聞いた気がしたか、『車は急に止められない』もとい、『急ぐ十傑集は止められない』。

どうやら轢いてしまったようで人影が転がってゆくのを目の端で捉えたような気がしたが、それはおそらく気のせいだ(冷や汗)

 

 ようやく洞窟の出口の明かりが見えて来る。先頭のヒィッツさんが更にスピードを上げると、僕を抱える残月さんにもグッとGがかかって景色が霞んでゆく。背後からの爆風に巻き込まれながらも、それすらも加速の足場にしながら青空へと舞う残月さん。普段ならとても絵になったであろう富士山の壮大な景色は山頂から立ち上る黒煙でそれはそれは台無しだった。

 

僕は悪くねぇっ! わ、悪いのは全部十傑集だ! 僕は悪くないぞ!

 

 

 

 

 





それでも僕はやってない


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訪問先は気になるあのこの部屋


説明回です。


 

 

『緊急ニュースです。本日午後二時頃、富士山近辺の観測所で山頂から噴煙が観測されました。そして午後3時26分噴火。未だ火山灰とスコリアの噴出が確認されており周囲5kmに避難指示が出ています。登山客の安否は山頂付近の山小屋にいまだ閉じ込められているかたが数十人いる模様です。ここで中継の大槻さんに代わってみましょう。大槻さ――プチッ』

 

 聞くに耐えなくて僕はTVの電源を直接手で消した。振り返ると狭い部屋いっぱいに十傑集が密集している。皆重々しい顔で思案顔だ。さもありなん。正直僕たちがやった訳ではないけど、全く関係ないわけでもない。むしろ不用意に相手方を刺激した結果こうなったと言っても間違いないだろう。

 

その沈黙を破ったのは十傑集のリーダー樊瑞さんだった。

 

「さて残月、十常寺、ヒィッツカラルド。十傑集が3人もいながらここまでの失態を犯した訳を話して貰おうか」

 

 語気も強く明らかに今回の件に納得のいって無い様子。僕は何だか凄く申し訳なくなって、樊瑞さんに呼ばれた3人に謝罪の意思を込めた視線を送った。正直僕が庇えば一番いいのだが、怒った樊瑞さんが予想以上に怖くて部屋の端に体育座りで目立たないようにしている。

 

「ビッグ・ファイア様を危険な目に遭わせたのは確かに我等3人の責任だ。しかし今回のことは私たちの予想を超えた事態だった。それだけだ」

 

 残月さんはそれだけ言うと沈黙を守った。ヒィッツさんも今回の件で反省しているのか、頷きながら項垂れている。十常寺さんも追従する。

 

「我等この国来りて尚早。井の中の蛙大海を知らず。知小謀大なるも仕方無きこと」

 

「言い訳はそれだけか? 我等十傑集は例えどんなことがあろうともビッグ・ファイア様をお守りし、その意思を遂行するものだと思っていたのだがな……」

 

 比喩ではなく空気がピリピリする。早くこの場から出て行きたい。

 

――そういえばこの部屋僕の部屋じゃん。つまり逃げ場はないってことですねわかります。

 

「樊瑞、気を静めよ。ビッグ・ファイア様が気に中てられているのが分からないわけではあるまい」

 

「しかしカワラザキの爺様……」

 

 さすが十傑集の良心。爺様の言葉に空気が少しだけ軽くなった。

 

「今回の件で分かったではないか。我等BF団も今や少数手勢。幾ら個の力が強かろうと情報収集等、力の及ぶ範囲は限られている。今回の件もビッグ・ファイア様がご無事ならそれ以上追及する必要はあるまい」

 

「うむ、爺様の言うことは正しい。今回はという条件付きだがな……」

 

 続いて幽鬼さん。何やらまだ不満そうだが今回は許されたらしい。少し空気が和んで来たところで僕は台所に立つ。道中人の間をコソコソと動きながらやっと辿り着くとお茶を入れる準備をする。セルバンテスさんに代わりましょうと言われたが、普段何もやってないのでこれぐらいはお世話したいではないか。そう断ったら、せめて湯呑だけでも用意しましょうと甲斐甲斐しく手伝いしてくれた。

 

 十傑集の議論は白熱する。前回現れた学校を襲ったテロリスト、今回判明した朱雀院、玄武派という二つの組織。お互いが調べた情報を出し合って不明の部分を埋めようとするが、あまりにも分からないことだらけなので補完しようにも出来ない。十傑集はそもそも戦闘畑の人間が殆どで情報は別の諜報員や孔明さんによって伝えられる物でしかなかったようだ。知らないものは知りようがない。

 

『全く情けない限りですな』

 

突然の孔明通信にお盆の上の湯呑をこぼしそうになったけど、何とかバランスをとる。

 

『お久しぶりですね。その感じだと孔明さんは既にどんな組織か知っているんですか?』

 

『幾ら私が稀代の策士だと言っても、碌に把握できない土地の情報などある筈がないでしょう』

 

相変わらずのねっとりした口調に少し安心してしまう僕。これはだめかもわからんね。

 

『ですよね~。さすがの孔明さんでも分からないですよね。一瞬期待していましたけどそれは酷ってもんですもん。あっ、別に孔明さんを責めてるわけじゃないですからね!』

 

『…………かといって心当たりがないわけでもないですが』

 

『いや、別に無理しなくていいんですよ。分からないなら分からないと言ってくれたほうが安心しますから』

 

『あの忍野メメという男です! あの男に聞けば何かしら情報が得られるかもしれません!』

 

 普段冷静な孔明さんが声を張って主張するなんて、たまげたなぁ。とはいえ確かに良い案だ。あの怪異博士なら社会の裏にも精通していそう。この間真正面から危険て言われちゃったから何かしらの対価は要求されそうだけど、このまま何も分からないまま次の事態に巻き込まれるよりはマシだ。

 

 

 

 そういうわけで忍野さんの住む廃墟、学習塾跡に行くことになったのだが……

勿論、お守が付きます。僕としてはあまり忍野さんを警戒させたくなかったから僕+アキレスで行こうとしたのだがさすがにそれは認可できないと一同に拒否された。そして選ばれた一人の護衛が、

 

「ビッグ・ファイア様とこうして出歩くのも久しぶりですな」

 

「ん。た、確かにそうかもね」

 

 ピンクのマントにスーツ。整った渋い顔立ちに顎鬚のTHE おっさんと言っても過言ではない十傑集のリーダー樊瑞さんです。正直さっきの怒りの表情が未だ忘れず内心ちょっとびびってます。正直この人選はどうかと思う。だって樊瑞さん人一倍ならぬ十傑集一倍僕に仇なす存在に厳しいじゃないか。こっちは冷静に情報を聞き出さなくてはならないというのに……。あまり熱くなってもらっては困るな。

 

「あ、あの樊瑞さん。今回はあくまでこちらがお願いする立場だから冷静にね」

 

「相手の態度次第ですが、努力致しましょう」

 

 なんだろう、言い表せない不安が胸を覆う。相手の態度次第ってあたりがこっちの状況を把握してない気がするんだけど……後は神に祈るしかないか。

 

 学習塾中は雨漏りでもしているのかところどころ地面から苔が生えている。本当にここに人が住んでいるかも疑わしい程だ。探索すること数分、かつて教室として使われていたであろう部屋の奥に忍野さんはいた。錆だらけで台座から中の生地が破れ出ているパイプ椅子に座りながら煙草をふかしている。

 

「やぁ待ってたよ少年」

 

「い、意外ですね。次会った時はもっと敵対されていると思ってたんですけど」

 

「それはまた自意識過剰だね。危険だからといって君はナイフを手荒く使ったりするかい?」

 

たしかに、最もな意見だ。しかしこちらに敵意がないのならば僕としては好都合でもある。

 

「正直僕としてはそろそろここから出てゆくつもりだったんだけど、いろいろあってそうもいかなくなってね」

 

「その点においては残念だが、今回ばかりは間が良かったな」

 

「ちょっと、樊瑞さん!」

 

言った傍からじゃないですか! ええぃ、こうなることは予想出来ていたはず。何とか僕が舵を切ってこの場を乗り切らねばっ。

 

「す、すみません忍野さん、今回はお話に来たんですよ」

 

「それはまた奇遇だね。僕も君と、君たちと話したいと思ってたところさ」

 

 わざとらしく口角を上げてにやけ面でこちらを眺める様子はいかにも胡散臭い。こちらを舐めているようにも見える。――いや、これは策略なのだ。余裕のある表情でこちらの感情を逆撫でして、交渉の場で優位に立とうとしているに違いない。孔明さん、あなたは僕の純粋な感情を犠牲に人を疑う心を与えたんだね(悟り

 

「では先に忍野さんからどうぞ」

 

「いいのかい? こう見えて僕は結構の修羅場をくぐって来たからね。自慢じゃないけど話のネタに尽きたことはないんだよ」

 

「ええ、構いませんよ。何時までも付きあいましょう。その代わり僕と樊瑞さんがここにいる間決して逃がしませんけどね」

 

「……少年も何時までも少年じゃないんだね。頼むから、からかい甲斐のないつまらない大人にだけはなって欲しくないな」

 

「だ、大丈夫ですよ。目の前に立派な反面教師がいますから」

 

「――参った。降参だよ。こうして下らない掛け合いに時間を取られている暇は無い筈だ、お互いにね。ここは腹を割って話そうじゃないか」

 

 ふぅ、なんとか立場をイーブンまで持ってくることが出来た。やはり人と話すのは苦手だな。正直気疲れしてしまったので後は樊瑞さんに任せよう。なんだかんだ言って十傑集のリーダーだ。忠誠心が暴走することもあるけど思考力、判断力等は僕を遥かに上回っている。

 

「それでは聞かせて貰おう。朱雀院、玄武派。この二つの名に聞き覚えはあるか?」

 

「まさか君達からその名前を聞くとはね。君たちだからこそと言うべきかもしれない。――おっと話が逸れたね。答えは……Yesだ」

 

「それで詳しい情報は」

 

「――その前に何故、何処でその名を聞いたのか教えて貰ってもいいかい?」

 

 樊瑞さんがこちらに視線で同意を求めたので僕は軽く頷いた。そもそも富士山の件はこちらも分からないことばかりなので、事情を説明してこうなった訳を教えて欲しいぐらいなのだ。隠す必要などあろうはずもない。

 

樊瑞さんの口から語られる内容は当事者の僕からしても明らかに疑わしい類の話だったが、忍野さんの表情は真剣で時折納得がいったとばかりに頷くこともあった。

 

「なるほど。ここ数年で大分状況が進んでいたみたいだ。それにしても君は次々と厄介事に巻き込まれるな。阿良々木君といい君といい、ひょっとして勝負でもしてる?」

 

 するわけねーだろおっさん。大体僕は被害者なんだっ! 阿良々木君みたいに毎回何だかんだ可愛い女の子と親しくなるような嬉しいご褒美なんてものはないし、大抵十傑集に巻き込まれているだけだから! あ~どっかに可愛い女の子でも落ちてないかな(清廉潔白

 

「事情は説明した。次は貴様の番だ」

 

「分かったよ。どうやら今回の件においては、君たちは被害者のようだ」

 

 

 

 朱雀院と玄武派。

 

この二つの組織の歴史は長い。まず朱雀院。

 

 名前の通り元々は平安時代に天皇の累代の後院として有名な建物だ。天皇の住まう大内裏に次ぐ大きさから転じて天皇の右腕として政治、宗教、戦争、それらに干渉していたと言われるのが朱雀院と呼ばれる組織。現代でも強い影響力を残しており、報道機関や警察機構にも関係者が多くいる。

 

 主に京の陰陽師や公家の流れを汲む者たちによって構成され、その秘伝は絶えることなく継承され続けている。

 

 それに対して玄武派。

 

 こちらも四神繋がりなのは一緒だが、創設者が朱雀院とは異なっている。全ての武人のトップである征夷大将軍が影から朝廷を支配することを目的に設立された。政の側面が強い朱雀院に比べ、玄武派は実動部隊としてより特化している。忍や武士を中心に幾人の権力者を暗殺し、徳川の世には確固たる地位に着いたが、近年その力は衰退しつつある。

 

 

「風の噂で玄武派の残党が何やらきな臭いことを企んでいるとは聞いてたけど……まさかここまでするとはね」

 

 

…………あれ? ビックリカメラのプラカードを持った人がまだ出てこないな。救いを求めて樊瑞さんへと視線を向けると真剣そうに何やら考えていた。そういえば貴方もそっち側の人間? でしたね。いや、待てよ。普通に考えると忍者や陰陽師、侍なんてもういないが、十傑集という非常識が現実存在するなら十分実在していてもおかしくない。エイリアンや吸血鬼も実在するかもしれないし、下手をすると二次元の存在すら……夢が広がって来たな。むしろもう社会の底辺である僕の時代だな(過信

 

「忍野とやら。貴様の話が本当なら納得のいかないことがある」

 

「なんだい?」

 

「目的は違えど奴らの護国の意思は共通だろう。何故日ノ本の象徴たる富士を噴火させようとした?」

 

これは憶測でしかないけどと、忍野さんは前置きして説明した。

 

「明治維新で権力争いに敗れた玄武派は関西圏に左遷され、朱雀院は現代の中心地である東京等の関東圏を勢力地にしているらしいんだ。つまりそういうことだよ」

 

「なるほど」

 

ん? どういうこと。樊瑞さんは分かったようだけど誰か僕に分かりやすく教えてプリーズ。何度もチラ見を繰り返していると、さすがに見るに見かねて樊瑞さんが説明してくれた。

 

 まず単純に東京と富士山の距離は近いということ。偏西風によって火山灰も首都圏に降り注ぐこともあり、首都機能の麻痺も狙える。実際麻痺とまではいってないが、東京の交通機能はかなり停滞している。それに朱雀院の立場と取って替わろうとしている玄武派からしてみたら国家転覆の狼煙としては最適だ。

 

「ということは?」

 

「近くこの二つの組織が激突することになるだろうね。君達も血気盛んな玄武派にあれだけのことをやらかしたんだ。何か動きがあってもおかしくないかもよ」

 

「我々のビッグ・ファイアには指一本触れさせんわ」

 

「そう期待してるよ」

 

「あ、あのもう一つ聞きたいことがあるんですけど……」

 

 僕は学校を襲ったテロリストの話をした。意外なことに忍野さんは困ったような顔で頭を掻く。頭垢がこっちに落ちないか不安で仕方ない。

 

「阿良々木君も同じようなことを言ってたけど、その件については僕も語ることはそうない。なんせ仕事で出かけていたからね」

 

「え~。忍野さんにしては抜けてますね」

 

「僕の本業は情報屋じゃないからね。餅は餅屋さ」

 

 さりげなくこれ以上は頼るなとのお言葉。確かに僕も敵意が無いことに甘えて頼り過ぎていた節がある。十傑集然り、そろそろ自立しなきゃな。チョコとアキレスの毛並みからは何時まで経っても自立できる自信は無いけど。

 

 さて結構長居したからそろそろお暇しようか。いつまでも廃墟に居たくないってのもあるけど、前会った時以来忍野さんはあまり一緒にいたいキャラでもない。名前の通り可愛い幼女だったら少しは考えるが、もう僕の中では忍野メメって名前から可愛い印象は浮かんでこないしね。

 

「そ、それではそろそろ失礼します。色々とありがとうございました」

 

「今度会う時は怖い付き人は抜きがいいかな」

 

「――抜かしおって。貴様はビッグ・ファイア様によって生かされているに過ぎん。それを忘れないことだな」

 

「どうだかね。年をとると忘れっぽくなってしまって――困ったもんだよ」

 

 いい大人がいがみ合うのを横目に僕は帰路を急いだ。これ以上ここにいても得るものはない。むしろ濃い男に囲まれて、僕が学校生活で溜めてきた癒しの羽川成分が失われていくだけだ。

 

「あ、少年」

 

後ろで僕を呼びとめる忍野さんの声がしたが勿論無視。

 

「貸し一つだよ」

 

 耳元でそっと言われたような気がして思わず身震いした。ゆっくり振り返ると胡散臭そうな笑みでご満悦の様子。本当どうも忍野さんとは合わない。きっと相手も同じことを思っているのだろうけどさ。

 

 



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友人が言うことには

 

 

 

 あの限りなく迷惑な詐欺師、貝木泥舟がこの街から去って数日。僕の影に忍が住みだしたり、富士山が噴火したりと忙しい日々が続くものの、学生の本分からは逃れられない。高校3年の夏と言えば受験に向けて多くの学生が本格的に勉強しだす頃である。かくいう僕も大衆の中の一人であって、特に何も考えずガハラさんと同じ大学を志望して日夜勉学に勤しんでいる。

 

 とはいえ、人は弱い。幾ら僕が鋼の神経の持ち主でも何時間も一人で集中し続けていては熱疲労でポッキリ折れてしまう。僕の彼女もそうなることを予想していたのだろう。今日はお父さんが家にいるらしく学校で勉強会という運びになった。早速綺麗なままのノートと参考書を鞄に詰め込み、MTBのギアが外れそうな勢いで学校への道を急ぐ。途中厄介な浮幽霊に嫌々絡まれていた為1~2時間程時間を無駄にしてしまったがそれは社会奉仕としてのコラテラルダメージなので仕方のない犠牲だ。

 

 

 夕暮れ、ガハラさんとの楽しくも厳しい濃密な勉強も終わり。センター試験まであと何日という思わず息の詰まる電光掲示板を背にしながら僕らは校舎から出た。ガハラさんのほうはお父さんに迎えに来て貰うらしく別々の帰路となったが、充実した日にもはや何も惜しくはなかった。僕と彼女は何時でも会えるのだから。

 

 帰り道。急に喉が渇いて道端の自販機でジュースを買っていた時だった。同じ高校の制服を来た二人組の女子が僕の横を通り過ぎて行く。

 

「それにしても警察が学校に何のようなんだろ?」

 

 

 両親が警察官をやっているということもあるが、学校に警察が来たということに純粋に気になった。僕が校舎を出た時にはそんな姿を見なかった。きっとその後にでも来たのだろう。普段ならそれで聞き流してお終いだった。そう、その後に良く知る名前を聞かなければ……

 

「あれ知らないの? 確か山野とかいう名前の子について知りたいって話だったけど」

 

「知らない。まず誰それ?」

 

考える前に体が動いていた。見知らぬ女子高生の行く先を塞いで詰め寄る。

 

「なぁ、さっき山野って言ってたよな? それは後ろ髪が妙に逆立っている地味目な何考えているのか良く分からない男のことか?」

 

「えっ……見たことないのでよく分からないですけど――というかその言い方はあんまりじゃ」

 

「――じゃあ3組の山野 浩一って言えば分かる?」

 

「あっ…………確かそんな名前だったような」

 

「サンキュー! いきなりで本当ゴメン。お詫びにこの小銭でジュースでも買って」

 

 無理やり女子高生に小銭を押し付けてMTBに跨る。山野が警察に訪ねられるようなことをするはずがない――といい切れるほど長い付き合いはしていないし、断言できるほど奴の人柄を理解しているわけでもない。ただ僕はいつも無口でちょっと抜けている山野を信じてみたい。なにかの勘違いだってこともあるかもしれないだろうし。

 

 山野はこの時代には珍しく携帯を持っていない人間なので電話番号すら知らない。家も知らないが羽川ならと電話を掛けてみるものの生憎繋がらなかった。

 

そこで以前学習塾跡で山野と出会ったことを思い出す。忍野なら何か知っているのかもしれない。

 

MTBを学習塾跡に停めて階段を上がると、案の定そこに忍野がいた。

 

「やあ阿良々木君。随分息が上がってるね。何か良い事でもあったのかい?」

 

「僕がここに来て何か良い事でもあったパターンはあったか?」

 

「うん? そういえばあったようななかったような……まあどっちでもいいか。それでどうしたんだい阿良々木君。また怪異か何かかい?」

 

「残念ながら今回は違う。今は山野を探しているんだ。ほら、前ここにあいつもいただろう? だから忍野なら山野のいる場所が分かるんじゃないかなって」

 

「……ふーん」

 

「なんだよ忍野。その口ぶりは何か不満でもあるのか?」

 

「いやいや。そのことに関して僕は返すべき答えは持っている。けど阿良々木君、僕も忙しい身でね。いつまでも力を貸すということにもいかないんだよ。それに――」

 

「――それに?」

 

「人の付き合いにどうこう言うつもりはないんだけど、少年と、山野浩一とこれからも関係を続けるのなら、阿良々木君はどういう立場で彼と付き合うか決めたほうがいい」

 

「お前が忙しいのは分かったが、山野のことはどういうことだ?」

 

「それはこれから付きあっていたら分かるさ」

 

 とりあえず分かったということにしておこう。その辺の件は本人と話し合ってみるしかない。あいつも自分のことをなかなか話さないからな。よく考えてみると僕の知り合いは色々素性の知れない輩で構成されていた。

 

「それで、山野の家は何処だ?」

 

「家は分からないけど、さっきまで少年たちはここにいたよ。ここに来るまでに会わなかったということは逆方向じゃないかな?」

 

「それを先に言え!」

 

 太陽はもう沈みかけて、濃い影を大地に落としていた。ふと自身の影から金髪幼女が現れる。最近ようやく倦怠期が過ぎた忍だ。こう聞くと熟年夫婦みたいで嫌だな。長い付き合いになるだろうことは間違いないだろうけど。

 

「どうした忍。まだ起きるには早い時間だったと思うが?」

 

「なに。たまには夕涼みもよいかと思っての」

 

 忍もずっと僕の影の中ばかりにいても暇だろうし、人通りも少なくなってきたので特に文句はない。ないのだが……

 

「どうして忍野の前で出なかったんだ?」

 

「主様よ考えても見ろ。儂はあのアロハとほぼ毎日顔を合わせておったのじゃぞ、しばらく顔もみとうないわい」

 

「なるほど」

 

 無駄話をしている暇も勿体ないのでMTBに乗り込んだ。忍は前の籠の中にすっぽり嵌り込んでいる。どうでもいいけど僕は嵌って抜け出せなくなっても助けないからな。

 

 そこから10数分後。ようやく道路の先に見覚えのある後ろ姿があった。だが隣にもう一人随分と背丈の高い男性の姿が、父親なのだろうか? だとしたら警察関連の話はしにくい。いや、どうせ知られることなら話しておいたほうがいいのかもしれないな。心の準備があるのとないのじゃ大違いだし。

 

「おい山野!」

 

 MTBで一度追い抜いて正面に停める。山野は想像以上に驚いている様子で『ヒィッ!?』なんて声を出している。なんというか共和国の外務大臣から筆頭政務官へと任命されそうな雰囲気を醸し出している。その隣の顎鬚が立派な黒髪のナイスミドルは見知らぬ僕に警戒している様子だ。そりゃ突然MTBの籠に幼女乗せた男がいきなり話しかけでもしてきたら警戒もするはず。――だろうが今回はどうやら違うみたいだ。男の視線は怪しそうな人物に対する不信感というより、敵意に近いものだった。

 

「なっ、なんだ阿良々木君だったのか。てっきりメソ――っと危なっ。ゴメン何でもない」

 

「何それ!? 普通メソって言葉出てこないぞ」

 

「そんなことないメソ。結構使うメソよ」

 

「今更何処ぞの地方のゆるキャラみたいに語尾を特徴付けてキャラ立てしようとしても無駄だ!」

 

閑話休題

 

 これが学校生活ならばもう少し付きあっても良かったが、状況が状況だ。警察沙汰でもあるし、日も暮れかけている。それに先ほどからナイスミドルの視線が強まりつつあり大変居心地が悪いのだ。目を一度当の人物へ向けて含むような視線を山野に送ると、ようやく山野も気付いたらしく額を手で打った。

 

「そういえば紹介が遅れたね。こちら樊瑞さん、親戚のおじさんみたいな人。でこちら阿良々木君、僕の…………友達? でいいのかな?」

 

「おい。あまり悲しい事を言ってくれるな。僕には男友達は一人しかいないんだぜ」

 

「……ヤバい。ちょっと今阿良々木ハーレムなら入っていいかもって思った」

 

「いったい何時から僕にハーレムが出来たと言うんだ!?」

 

「それマジで言ってんの? ――いやっ言わなくていい! 本人の口から聞いてしまったら僕の中の何かが弾けそうになるから」

 

「弁護士を呼んでくれ。法定で決着をつけよう――ってさっきから話が進んでないじゃないか!? …………いいか。山野落ち着いて良く聞くんだ。警察がお前の事について学校で事情聴取していたらしいぞ」

 

 

 その時の山野の顔といったらまさに『山野が静止する日』というタイトルの絵画があったら相応しい表情だった。続いて大量の冷や汗を掻きながら考え事をして自身の世界に閉じこもると、普段から白い顔だというのに更に生気を抜き取られて真っ白に燃え尽きてしまった。――いや更に状態は悪化していた。口の端からは泡を吹き、終には『オクレ兄さん……』と謎の一言を残して白目を剥いてしまった。

 

 膝から先を折られて地面に倒れそうになる所を僕が助ける前に、樊瑞という中国人? のおじさんが脇を抱えて抱き上げる。まるで羽化したばかりの蝶の羽でも扱うかのように丁寧に抱き上げたので、こちらが手を貸す隙すらなかった。

 

「山野は大丈夫ですか?」

 

「ビッ…………山野様は気を失っていらっしゃるようだ。おそらく血管迷走神経反射性失神だ。しばらくすれば目も覚ますだろう」

 

 病名を聞いたところでどんな物かはさっぱり分からないが、そんな病名が出てくる人物の判断なら少しは安心できる。それでも心配なことには変わらないが逞しい腕に抱きあげられているだけで大丈夫だろうと楽観視できる力強さと包容力がその姿にはあった。

 

樊瑞さん……日本語ペラペラなんだな。

 

 しかし、おじさんみたいな人と言う割には山野のことを様付けで呼んでいるとは、察するところ山野は俗に言う富豪でその執事か専属のボディガードなのだろうか? あまり山野が家や自分のことを話さないのはそういう理由があってのことかもしれない。

 

「すみません。僕が急にこんな話をしたばかりに」

 

「いや。いずれにしろ知ることになるだろう話故に仕方あるまい。それより先ほどの警察の詳しい話を――むっ、時機が悪いか。伏せろっ坊主!」

 

 気付けば目の前にアスファルトの壁があった。いや、違うなこれは地面だ。口の中の石粒という違和感が意識を現実へと引き戻す。うつ伏せで頭上を何かが飛び交う気配を感じながら現状の把握に専念していると透き通った声が聞こえる。

 

『主様よ。また面倒事に巻き込まれておるようじゃな』

 

『――忍。僕はいいから山野達を守ってくれ』

 

『はて? 果たして本当に助けが必要じゃろうか』

 

「なにっ?」

 

 一度吸血鬼の眷属になった時の後遺症で今でも視力はそれこそ野球のボールの縫い目を余裕で追える程度の筈なのだが、頭上を行き交う苦無や手裏剣といった時代錯誤の武器は見えるものの、それを撃ち落としている何かが見えないのだ。ちょうど僕と山野、樊瑞さんの周囲1mに入って来た瞬間に

武器はまるで何かに弾かれたように明後日の方向へ飛んでいくことでそこに何かの存在を知覚できる。まるで無色透明のバリアにでも包まれているかのようだ。全盛期の忍ならこんなことも出来たかもしれないが今は吸血鬼としての力を殆ど失い、なれの果てまで落ちぶれてしまった今の忍にここまでの力はない。助ける理由すらない。

 

「噂をすれば玄武派の連中か、小僧。死にたくなければそこで伏せていろ」

 

 原因はすぐ側にあった。山野を抱えた樊瑞さんが手印を切ると宙から銅銭が現れ、闇に紛れた襲撃者のもとへ疾走する。闇を斬る一閃は攻撃対象でない自身すら背筋が寒気に襲われる鋭さ。あれをまともに喰らってしまえば怪異であろうと唯ではすまないだろう、況や人ならばをやである。

 

 思わぬ好戦、圧倒的と言ってもいい状況に呆然と周囲を見渡していると突然背後から獣の唸り声がした。

 

 振り返った先には周囲の闇を吸い取って生まれたかのような漆黒の毛並みを持つ黒豹が当然のようにいた。そのことに体が反応するより先に忍が動く。影から姿を現し片手をチョイチョイとカンフー映画でよく見たような古臭い挑発で黒豹を煽る。もっともこういった単純な挑発だからこそ効果も高い。黒豹の意識が忍に向いている隙に樊瑞さんに警告を発しようとしたのだが――

 

「忍ちょっと待ってくれ。どうやら敵対する意思はないようだ」

 

 件の黒豹――おそらく怪異と思われる何かがあまりにも丁度いいタイミングで現れた。そのせいで襲撃者の手によるものかと勘違いしていたが、こちらに襲いかかる様子もなく、どうやら樊瑞さんと知らない仲でもないようで恭しく平伏している。いや、これは誤解を生じる言い方だった。平伏してるのは人間の樊瑞さんのほうだ。何時の世でも宮仕えというのは辛いものだ。

 

「おおぅ。アキレス様。山野様は任せましたぞ」

 

 樊瑞さんはアキレス――というらしい黒豹の足元に未だ意識が戻らない山野をゆっくり置く。すると堅いアスファルトはまるで粘度を持った液体のようにズブズブと沈んで終には見えなくなってしまった。もうそこには無機質なアスファルトで舗装された道しかなく、先ほど確かに山野がいたと断言できる痕跡はなかった。

 

「な、何ということじゃ!?」

 

「忍がそんなに驚くことなのか。お前なら出来るだろ?」

 

「あの黒いの、わしとキャラが被っておる!?」

 

「そっちかよっ!」

 

 当のアキレスは忍を見て馬鹿にしたようにフスッと息を漏らすと、襲撃者に向かって飛び出した。こちらが謎の障壁に守られている今、攻撃が通じる唯一の相手に一斉射撃が集中することになる。しかしアキレスは焦る様子もなく全身に張り巡らせた筋肉を弓のようにしならせていく。そして手裏剣が当たる直前、跳んだのだ。恐ろしい勢いで縦回転しながら一人、二人とその爪牙に掛けていく。電柱の影に隠れようとも、電柱ごと貫き、死角であるはずの地面に伏せようが、地を蹴り、壁を蹴り、方向転換して正確無比に執拗につけ狙う。まさに夜の狩人だ。

 

「黒豹かと思っていたがどうやら熊犬だったらしい」

 

「むむむ。生意気に――そうじゃ、それならわしは赤カブトといったところかのう」

 

 どうじゃと言わんばかりに勝ち誇ってご満悦の様子の忍に真実を伝えるのはあまりにも酷だった。その流れなら二人が闘えば濃厚な負けフラグが漂っている。元々は怪異の王といえど弱体化した忍ではいささか分が悪いと言えよう。

 

 気付けば甲高い金属音も止み、周囲の殺伐とした気配も霧散していた。忍の言った通りだった。自分なりに友人を守ろうとせめて再生能力の高いこの体で肉盾ぐらいにはなれるだろうと考えていたが、思い上がりも甚だしい。そして忍野の言ったことの意味が少し分かった。

 

 

『人の付き合いにどうこう言うつもりはないんだけど、少年と、山野浩一とこれからも関係を続けるのなら、阿良々木君はどういう立場で彼と付き合うか決めたほうがいい』

 

 

 人ならぬ怪異が付き従い、人として最高の戦力を持つ協力者が傍にいる山野。

 

 それは僕にとっての忍、何でも知っていてあの地獄から助けてくれた友人である羽川だったかもしれない。世はこの出会いを運命と呼ぶのだろう。

 

 だが、境遇こそ似ているものの僕と山野の歩く道は違っていた。きっとこれから先も混じることはないのだろう。むしろ有り得ない。何故だかその時感じた確信は僕の中で揺らぐことはなかった。

 

 



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