FAIRY TAIL~風の巫女と異邦人~ (匿名希望者)
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プロローグ

 今日も雨が降っている。降り注ぐ雨で深々と冷え込み、強く叩き付ける雨が身体を体力と体温を容赦なく奪っていく。

 視界が霞む。身体が寒い。道なき道を歩いてきた足が悲鳴を上げる。足を上げる度、足を動かす度に鈍痛が襲う。顔を伝う雨を拭うのすら億劫なほど意識が朦朧としている。

 

「どうして……、こんなことになってんだよ……」

 

 それは心の底から吐き出した嘆き。理解出来ない状況へ放り込まれた怒り。朦朧とする意識の中で自分を保つ為に現状を整理する。

 

 ベッドで寝て、朝起きた時には知らない場所だった。森ともジャングルとも判らない場所は広大で、見渡す限り木と今までの人生で見たことのない大きな葉っぱが生い茂っている。

 

 起きたら知らない場所にいた。意味不明な状況に思考停止していた俺は色々な可能性について考えてみた。誘拐などの犯罪に巻き込まれたとか、ドッキリを仕掛けられたとか。意味不明で理解不能な状況。それでも目を覚ましたばかりの俺はこの状況を心の何故か楽観視していて、なんとかなるか、と考えて森を抜け出す為に歩き出した。そこ頃はまだ、意味不明過ぎて夢だと思っていた。だって、平均的な男子高校生くらい体格だった俺の身体が某名探偵のように縮んでいたから。

 

 それが大体、三日ぐらい前の出来事だ。そう、三日前だ。俺は既にこの森ともジャングルとも判らない場所を三日間も彷徨っている。それも飲まず食わずで。いや、正確には違う。残念ながら野草の種類なんて知らないのでその辺に生えている草を採集しても食べられるかどうか判らない。いきなりこの場所で目覚めたから靴も履いてなければ、携帯も持っていない。身に着けているモノと言えば、寝る時に着ていたパジャマだけだ。そのパジャマも身体が縮んでいるせいで明らかに丈が合ってない。

 

 身体一つで自然へ放り込まれた俺は無力で、一日中彷徨い歩いて小川を見つけた。食べ物は持っていないので川に流れている水を無我夢中で飲んだ。気持ち悪くなるまで水を飲んだ後、水面へ反射して映る自分の姿に覚悟していたとはいえ唖然とした。

 

 若気の至りというか、茶髪に染めていた筈の髪は地毛の黒髪に戻っていて、男らしくなってきた顔は小さい時の写真で写っている童顔に戻っている。手足は見事に縮んでいた。水しか飲んでいないので顔色は悪い。川を泳いでいる魚を捕まえようとしたけど、何度やっても捕まえられることはなくただ体力を消耗しただけだ。

 

 なにより最悪だったのは魚の捕獲に夢中の俺は近付いてきた野生動物に気付かなかった。虎とも狼とも言えないその動物は低い唸り声と共に鋭い牙を見せて姿を現した。

 

 俺はもう、一目散に逃げ出した。森などで熊と遭遇した場合のセオリーなどを聞いたことがあったけど、そんなことは一瞬で頭から吹き飛んだ。無我夢中で逃げ出した俺は足を止めた時、何処にいるのか判らなくなっていた。それが二日前。

 

 そして昨日、当てもなく森を彷徨っていると雨が降り出した。雨宿り出来るような場所もなく、俺は歩き続けた。縮んでしまった四肢のせいで身体を動かす感覚は可笑しく、息はすぐに弾む。いくら歩いた所で進んでいる気がしない。雨によって体温は奪われ、意識が朦朧とした。勝手に閉じてしまいそうになる瞼を無理やり開けて、意識を強く持つ。寝たらそれが最後だと本能的に理解したからだ。それからずっと歩き続けている。途切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、当てもなく森を彷徨う。それを一日以上続けている。

 

「もう、いいかな……」

 

 とうとう俺はその言葉を口にした。つらい、もう歩きたくない。俺は精一杯努力した。訳の判らない場所に放り込まれて、それでも生きる為に歩いた。身体は寒い、腕はもう感覚が無い。もう色々と投げ出してしまえば、それはそれで楽になれる。

 

 勿論、俺だって死にたくない。それでも生きることがこんなに大変なことだったなんて初めて知った。雨風をしのげる家においしいご飯、温かい服。数日前まで当たり前だったモノが本当に尊いモノだったと理解出来た。

 

「――っ!」

 

 そう思った瞬間、地面が揺れた。いや、違う。無理やり動かしていた足がとうとう限界を迎えた。雨に濡れて、ぬかるんだ地面に顔面から突っ込む。反射的に受け身を取ろうとして腕を上げようとする。でも、腕は動かなかった。体力の限界だった。

 

「あは、あハハハハハ!」

 

 地面に突っ込んで顔が痛い筈なのにその痛みすら判らない。うつ伏せから身体を転がして、仰向けになる。曇天の空に降り注ぐ雨。何が可笑しいのか判らない。それでも俺は耐えきれず笑った。ただ狂気的に笑った。ひとしきり笑った後、少しずつ瞳を閉じていく。雨の音が耳に届く。風の音が耳に届く。がさがさと葉の擦れる音が耳に届く。

 

そして――――。

 

「……大丈夫……ですか?」

 

 人間の――小さな女の子の声が聞こえた気がした。

 

 既に焦点すら定まらない瞳を声の聞こえた方へ向ける。ぼんやりとした輪郭が見える。むしろ、それだけしか判らない。ただ背丈と声の幼さから縮んでしまった俺の歳と同じくらいの女の子。

 

 限界を超え、意識を手放そうとしたその時、駆け寄ってきた女の子が握ってくれた手が温かくて、動かなかった筈の手でギュッと握り返した。

 



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化猫の宿

 化猫の宿(ケット・シェルター)。カズマが身を寄せる魔導士ギルドは広大な森と大きな泉に囲まれた場所にある。立地の関係上、人知れず運営されている無名の魔導士ギルドだ。一番の特徴は一つの部落が魔道士ギルドを名乗っている為、魔道士でない人間も所属しているし、主な稼ぎは依頼報酬ではなく、衣服・織物類の生産である。

 

 無名である為に化猫の宿に貼られた依頼クエストは簡単なクエストが大半。元々、無名なので難しいクエストなど化猫の宿には回ってこない。若干、12歳にして魔道士として化猫の宿へ所属するカズマは忙しなく聞こえてくる衣服を生産する音や人の行き来をBGMにギルドの片隅で肘を突きながら退屈そうにイスへ座って、手元にある雑誌を熟読していた。

 

「やっぱ良いよな。ミラ・ジェーン」

 

 魔法専門誌――週刊ソーサラーのページをパラパラと捲っていたカズマはあるページで手を止める。そこには健康的な水着姿で輝く笑顔を振り撒いているモデル――ミラ・ジェーンのグラビア特集が組まれていた。大きく実った二つの果実にカズマの視線は釘づけだ。

 

「むう、また始まった」

 

「いや、そう拗ねるなよ、ウェンディ。今は小さいかもしれないけどウェンディだって成長すればおっぱいくらい大きくなるって。他人に揉まれた方が大きくなるって言うから俺がおっぱいを揉んでやろうか?」

 

「その噂を流しているのはアンタ自身でしょうが!」

 

「ったく、冗談なんだから、シャルルもマジになるなよ」

 

「アンタの場合、止めなかったら止めなかったで本当にやるでしょうが……」

 

「そりゃあ、おっぱいに貴賤は無いからな。ウェンディのようなロリおっぱいでも、ミラ・ジェーンのような爆乳おっぱいでも、おっぱいはおっぱいだからな。俺は貧乳に始まり、巨乳まで全てのおっぱいを守備範囲に収めたおっぱいマスターだぜ!」

 

 カズマと寄り添うようにイスへ座っていたウェンディは鼻の下を伸ばしてだらしない表情を浮かべているカズマの表情に憮然とした態度を見せる。そんなウェンディに苦笑しつつ、両手の指をワキワキと動かしているカズマ。手を伸ばせば触れられるような位置に腰掛けていたウェンディに魔の手を伸ばした所、思いっきり頭を叩かれた。頭を叩かれた衝撃を受けてカズマは不服そうにつぶやく。カズマの魔の手からウェンディを守ったのは猫でありながら人間の言葉を話すシャルルだ。

 

 カズマが妙なことを言って、シャルルがカズマへ苦言を呈す。今まで何度も目撃してきた光景に苦笑しながら、ウェンディは心の中で小さく溜息を吐く。その溜息の原因は化猫の宿において一人しかいない同い年の魔導士にして、仕事上の相棒(パートナー)であるカズマのことだ。

 

 ウェンディとカズマの出会いはある意味で運命的なモノだった。まだ、シャルルと出会ってすらいない約七年前。前日から雨が降り続いていたあの日、ウェンディはよく判らない必要性に駆られて周辺の森を散策していた。広大な森の中で迷子になっていたのか、瀕死の状態で気絶していたカズマは妙な必要性に駆られて森を散策したウェンディと遭遇することで一命を取り留めた。

 

 当時のカズマは子供にしては妙に礼儀正しく。同時に錯乱状態でもあった。ウェンディによって担ぎ込まれた化猫の宿が魔導士ギルドだと知ったカズマは皆が使っている魔法を見て、ポカンと口を大きく開いていた。

 

 少しの間、茫然としていたカズマは自分の中で折り合いを着けて、自身の身の上を語った。

 

 カズマはニホンと呼ばれる異世界から来たこと。ニホンに魔法は存在しない代わりに機械が生活の基盤になっていること。自分の部屋で寝ていたらいつのまにかこの世界へ来たこと。16歳ぐらいだった元の身体から若返って5歳くらいになっていること。他にも色々なことを語って現実逃避していた。

 

 しかし、現実から目を逸らした所で何も始まらない。自棄になり、生きる意志を失っていたカズマはギルドマスターであるローバウルに説得され、魔法を教わり、魔導士として化猫の宿で働きながらニホンへ帰る方法を探すことになった。

 

 この時にこの世界の文字どころか、常識すら知らないカズマに根気良く物事を教えたのがウェンディであり、それからは化猫の宿においてカズマとウェンディは二人で一人のような扱いを受けている。最初の頃は自称16歳であるカズマは5歳のウェンディと一緒にされると眉間に皺を寄せて嫌がった。だが、その内カズマも気にしなくなってきて、今では二人でいることが“当たり前”になっている。

 

 ウェンディの不満はその流れていく月日の中でカズマの性格が急激に変化したことだ。もっと判り易く言えば、子供っぽく、エッチになったことだ。出会った当初に比べて性格の劣化が激しい。それにはカズマが気付いていないだけで魂が肉体に合わせた精神構造に変化していたりと色々理由があるのだが、本人が気付いていないのにウェンディがソレを知る由もない。

 

 不服そうな態度のウェンディに苦笑いしているカズマ。当然のように寄り添っている二人のことをローバウルは微笑ましく見ているが勿論、本人達はそのことに気付いていない。

 

 いい加減に恨めしそうに視線を送るウェンディと小言が多いシャルルに耐えきれなくなったカズマはバツの悪い表情を浮かべて、名残惜しそうにミラ・ジェーンのグラビア特集から目を離す。次の瞬間、ビリビリと紙を破る音がカズマの耳に届いた。

 

「ちょ、おまっ、なにやってんの、ウェンディ!」

 

「もうカズマなんて知らないんだから!」

 

 カズマの顔が驚愕に染まる。頬を膨らませたウェンディの手には細々と破られたミラ・ジェーンのグラビア特集が握られていた。ウェンディが破いた紙は風に乗ってギルドの外へ飛んで行ってしまう。慌てて追いかけようとしたカズマはウェンディの風によって紙が外へ飛んで行ったことを確認すると両手と両膝を地面につけて絶望している。ウェンディは絶望しているカズマとは対照的に巨乳(ミラ・ジェーン)のグラビア特集が消えたことで何処か晴れ晴れとした顔だ。

 

(なんなのかしら、この三文芝居?)

 

 二人のやり取りを第三者として眺めていたシャルルは呆れながら内心で呟き、溜息を吐く。

 

「そんな事より早く仕事に行くわよ」

 

「分かったよ……」

 

「うん」

 

 地面に跪くカズマの頭をもう一度叩き、掲示板へ促すシャルル。まだ少し不服そうに頬を膨らませているカズマとウェンディはシャルルに続いて掲示板の前まで移動する。

 

「とは言っても、ほとんどの仕事は村の手伝いなんだよな~」

 

 掲示板に掲示されているクエストのほとんどは村の手伝いに関することであり、他の村や町に行くようなクエストはまだ若く実力もそれほどでしかないカズマ達が引き受けるには少し荷が重い。

 

「お、これなんてどうだ?」

 

 そんな中、色々とクエストを物色していたカズマは一つのクエストを発見するとウェンディとシャルルへ見せる。

 

「キリカ村の祭りの手伝い……ね。まあ、これくらいならいいんじゃない?」

 

「でも、これ条件付きだよね?」

 

 クエストの内容に目を通したシャルルはその難易度を確認して、ウェンディが補足する。ウェンディの言葉通り、このクエストには引き受ける為の条件が記載されていた。その内容とは『年若い少女必須』との事だ。

 

「いやいや、ここで子供って言ったら俺とウェンディしかいないだろ。マスターもそろそろ歳だよな~」

 

「そんな事、言っちゃだめだよ。カズマ」

 

 化猫の宿(ケット・シェルター)の魔道士で、『年若い少女』と言えばウェンディしかいない。逆に言えば、ギルドマスターであるローバウルもウェンディがいなければ引き受けなかったクエストである。言い換えてしまえばウェンディが引き受けるべきクエストという事だ。ローバウルも優しいだけのマスターではない。時折、今回のようにカズマが受けるべきクエスト、ウェンディが受けるべきクエストを用意しては二人の成長を促しているのだ。

 

 勿論、そんなローバウルの意図に気付いていないカズマはマスターにも困ったぜ、と知った顔を浮かべてクエストを受けに行き、ウェンディも苦笑しつつそれに付き添う。

 

「…………」

 

 一人、ローバウルの意図に気付いているシャルルは全く気付く様子の無い二人に呆れつつ、ローバウルへ視線を送る。

 

「まったく、私がいないとダメなんだから」

 

 無言で静かに頷くローバウルからの返事にシャルルは一人溜息を吐いた。

 



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