新一と一緒に (井沢晴明)
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第一話 後悔と安堵
あの時、私が空手の都大会で優勝しなければ。
あの時、あの場所に行かなければ。
あの時、あの人たちに出会わなかったら、こんなことにはならなかった。
後悔と安堵。この思いは矛盾しているけれど、新一と一緒だから、私はこれで良かったんだ。
あの日。私は幼馴染の新一とトロピカルランドに来ていた。私が空手の都大会で優勝したお祝い。
それは楽しい一時だった。偶然乗車したジェットコースターで残虐な殺人事件が発生するまでは。
高校生探偵として有名だった新一がその事件を見事に解決した。卓越した推理力で犯人を追い詰めるその姿は格好良かった。
だけど、その事件の容疑者の中には、黒ずくめの男たちがいた。彼らが私と新一の運命を変える存在になるとは、あの時の私は思っていなかった。
夕暮れ時。私と新一は遊園地の出口に向かっていた。私は殺人事件のことが忘れられなくて、泣いていた。
「おいおい。もう泣くなよ」
私は殺人事件のことが忘れられなくて、泣いていた。そんな私のことを心配した新一が優しく声をかける。
「あんたはよく平気でいられるわね」
「俺は現場で見慣れているから。バラバラ死体とか」
その無神経な発言を聞き、私は涙を流す。
「最低!」
慌てた新一はフォローするように再度私に声をかける。
「早く忘れた方がいいよ。よくあることだから」
「ないわよ。こんなこと!」
フォローになっていないと思いながら私はいつまでも泣いていた。その間に、新一が別の人を見ていることに、私は気が付かなかった。
「ごめん。蘭。先に帰ってくれ」
突然新一が私に言葉を告げ、片手を挙げながら走り出す。その瞬間、私は新一と二度と会えないようなイヤな予感を抱いた。
だから私は、新一の後を追いかけたんだ。あんなことになるなんて知らずに。
路地裏のようになっていて、人気の少ない。普段は行かないような場所で、私は新一を探すために辺りを見渡す。どこに行ったんだろうと思い、探していると、物陰に隠れて何かを覗き込んでいる新一を見つける。だけど、次の瞬間、私は強い殺気を感じ、咄嗟に別の物陰に隠れた。
殺気を発していたのは、銀色の長髪の黒ずくめの大男。そういえば、新一はこの人のことを怪しんでいた。この人は私に気づいていないようで、私の前を素通りした。
一瞬ホッとした後で、私の心に得体の知れない恐怖が纏わりついた。
あの男が向かった先には、新一がいる。
また、イヤな予感が頭を過り、物陰から新一がいる方を覗き込む。
すると、黒ずくめの大男が気配を消し、背後から新一に近づいているのが見えた。新一はそれに気が付いていないみたい。
男の手には鉄パイプが握られている。その鉄パイプが大きく振り下ろされようとした直後、私は思わず叫び、物陰から前へと飛び出す。
「新一。逃げて!」
その行為が危険なことは分かっている。けれど、私は新一が殺される様子を、指をくわえてみることができなかった。
新一は私の声に驚き、背後を振り返る。だが、新一は身構える暇もなく、あっさりとその場に倒れた。
そして、銀髪の黒ずくめの男は、私の存在に気が付き、白い歯を見せ、鉄パイプを握りなおし、私の前に歩み寄った。
「まさか、仲間がいたとはな」
咄嗟に私は、黒ずくめの男を避け、新一に駆け寄り、思い切り体を揺さぶった。
「新一、しっかりして!」
頭から血が出てて、体が小刻みに震えてるけど、まだ息をしているみたい。安心したその時、空気が凍りついた気がした。
「お別れは済んだか?」
私の背後から聞こえたのは、黒ずくめの男の声。男は私に答える暇を与えず、返り血が付着した鉄パイプを振り下ろす。
頭に強い衝撃を受けた。全身に痛みが響く。
それに耐えられない私は、新一の右隣でうつ伏せに倒れた。
意識が朦朧とする私の耳に黒ずくめの男たちに声が届く。
「この女。警察を呼んでいるんじゃないですかい?」
「安心しろ。この女は警察を呼んでいない。警察を呼んでいたら、あんな危険なことはやらないだろう。だが、警察が来る可能性も否めないがな」
「じゃあ、さっさとこいつらを拳銃で殺しやすか?」
サングラスの男が拳銃を取り出し、銃口を新一の頭に近づける。しかし、銀髪の男はそれを静止した。
「まて。警察がうろついている。こいつを使おう。組織が開発した毒薬だ」
毒薬。
その言葉にゾクっとした瞬間、脇の下に手を入れられる。
真横に向いた視界に、新一の顔が飛び込んできた。
血が垂れる頬。虚ろな瞳。半開きの口。私の視界が徐々に霞んでいく。
仰向けに寝かせられてすぐに、誰かが私の前髪を後ろから掴み、顔を持ち上げた。
無理矢理起こされた上半身が後ろに倒れないように、両手が斜めに下され、手のひらが雑草に触れる。
前を向いた視線の先に、真っ直ぐ伸びた左足と曲げさせられた右膝が見えた。
そんな体勢になった私の顔を、黒ずくめの男は真横に向ける。
すると、同じ体勢の新一の横顔が見えてきた。
私と同じように背後から誰かに前髪を掴まれている。
多分、私と新一の間にサングラスの男がいる。あの男が私たちの前髪を掴み、無理矢理体を起こさせているんだ。
顔を前に向けている新一と長髪の黒ずくめの男の距離が近づく。
「死体からは毒が検出されないシロモノだ。まだ人間には試したことがない試作品らしいがな」
男は私たちに言い聞かせるように呟きながら、半開きになっている新一の口に何かを押し込む。
それから、男は筒を取り出すと、新一の唇に近づけた。
筒が傾けられるのと同時に、新一の喉が上下に動き始める。
間もなくして新一の口角から白い液体が溢れた。
その時、私は気が付いた。新一が液体を飲まされていることに。
何もできなかった。
体が動かない。
ただ、目の前で新一が毒薬を飲まされる様子を見せられている。
私は新一を助けたかった。
だから、あそこから飛び出したのに……
すごく悔しい。
手を伸ばせば届くくらい近くにいるのに、私は何もできない。
しばらくすると、新一の喉が大きく動き、黒ずくめの男が不気味に笑った。
そのあとで、私たちの後ろにいる男は、新一の顔を私の方に向けた。半開きの口から、白濁した液体が垂れ、苦しそうに咳を繰り返す。
虚な視線が重なった瞬間、雑草に触れていた私の右手の甲に何かが触れた。
ほのかに温かくて、安心できる感触。
新一は、すごく苦しいはずなのに、自分の左手を私の右手の上に重ねて、安心させようとしているんだ。
今度は私の番。顔が前に向けられ、新一の顔が見えなくなる。それと同時に、真横から視線を感じ取った。
新一は毒に苦しみながら、私が毒薬を飲まされるところを見せられているんだ。
目に映ったのは、紅白のカプセル。それを腰に跨った黒ずくめの男が摘み、半開きの口に近づけてくる。
唇を縦に押し広げ、男の大きな指が口の中に入っていく。喉の奥まで指を突っ込まれて、私は無意識に眉を顰めた。
舌の上にカプセルがある感覚がする。
毒薬なんて飲みたくない。今すぐ吐き出したいけど、体は思い通りに動いてくれない。
男の指が口の中から引っこ抜かれると、今度は筒が下唇に触れる。それが徐々に傾けられ、何かが口の中へと流し込まれた。
舌の上に広がるのは、無味無臭の液体。多分、新一が飲まされたのと同じ。
それが口の中に溢れるほど溜まっていき、カプセルが液体に浮いた。
無理矢理、薬を飲まされている。
分かっているのに、流れてくる液体を喉を鳴らして飲み込むことしかできなかった。
口角から頬を伝い、飲み込めなかった液体が垂れ流されていく。
喉が大きく動いて、黒ずくめの男の不気味な笑う声が聞こえてきた。
毒薬を飲み込んでしまったんだ。
重なっていた手が離され、体が真横に傾き、ふたり一緒に体をうつ伏せに寝かせられる。
また顔が雑草の中に埋まり、黒ずくめの男たちの足音が遠ざかっていく。
その直後、心臓が強く震え、大きく目を見開いた。
体が熱い。
骨が溶けているみたい。
全身の筋肉が無意識に収縮を繰り返す。
私は歯を食いしばり雑草を掴んだ。この苦しみに耐えるために。
押し寄せてくる高熱と激痛に苦しみながら、顔を真横に向けた。
右隣に倒れている新一は、私と同じように苦しそうな表情を浮かべている。
だけど、私たちは耐えられなかった。
徐々に息が苦しくなり、のたうち回る体。
心臓の鼓動が速くなって、全身から汗が溢れるように流れていく。
あの時、新一を追いかけなかったら、私は毒薬を飲まされなかった。こんなに苦しまなくても良かったけど、絶対に後悔していたと思う。
もしも私が新一を追いかけなかったら、新一だけが毒薬を飲まされて、苦しみながら死んでいく。そんなのイヤ。新一と一緒だから、これで良かったんだ。
でも、死ぬのは、すごく怖い。そんな時、どこかから声が聞こえた気がした。
「……らっ……ん……」
弱弱しく掠れたその声で新一は私を呼んでいる。
私は最期の力を振り絞った。
お互いに藻掻き苦しんだ所為で、少し離れてしまった距離を埋めるため、草むらの中を這う。
うつ伏せに倒れている新一へ近づき、焼けるような喉から声を震わせる。
「……だ……」
目の前で倒れている新一に向けて手を伸ばす。
だけど、私の声は届かない。息が苦しくて、最期に伝えたかった言葉が伝わらない。
大量の汗でびっしょり濡れた新一の手を掴んだ私は、静かに瞳を閉じた。
「おい。誰かが死んでいるぞ!」
真っ暗な中でそんな声を聞き、私は死を確信した。だけど、声の主が、私の背中を触っているような感触がある。
「イヤ。まだ息がある。救急車を呼べ!」
耳の届いた声を聞き、私は思った。あの薬は人間には効かなかったんだ。
もしかしたら、新一も……
懐中電灯で照らされ、眩しい光を浴びた私は、閉じていた瞳を少しずつ開いた。
同時に倒れていた体を起こし、その場に座り込む。
「立てるか? お嬢ちゃん? ボウヤ?」
警察官らしき男に声を掛けられた私は目をパチクリとさせた。
「お嬢ちゃん? 私は高校生です!」
「高校生って……お嬢ちゃんは小学生だろう? そうだ。お嬢ちゃんたち。こんなところで何をしていたんだい? 頭から血が出てるじゃないか?」
警察官の声を聞いた瞬間、急に頭が痛くなり、傷口を押さるため、右腕を挙げた。
だけど、頭の怪我は何かに防がれて、直に触れることができない。
よく見ると、ハーフコートの袖から手が出ていないことが分かった。それだけではなく、身に着けている衣服全てが大きくなっているような気もする。
その違和感は、得体のしれない恐怖と共に大きく膨らんでいく。
何かがおかしい。
目の前にいる男性の身長が異常に高く見える。
何かがおかしい。
声が幼くなっているような気がする。
不安に襲われた私の肩を誰かが叩く。
「えっ?」と驚き視線を右隣に向けると、ブカブカな新一の衣服を着ている小学生くらいの男の子がいた。
「新一なの? 良かった。私たち、生きているんだよ!」
なぜか隣にいる小学生の頃の新一にそっくりな男の子と顔を合わせると、なぜか安心感が生まれた。
その直後、ブカブカな新一の服を着ている男の子は、私の耳元に顔を寄せ、囁く。
「ああ、蘭、逃げよう」
警察官たちが私たちに背中を向けて、無線で連絡を取っている間に、私たちはその場から立ち去った。
あの時、私が空手の都大会で優勝しなければ。
あの時、あの場所に行かなければ。
あの時、あの人たちに出会わなかったら、こんなことにはならなかった。
後悔と安堵。この思いは矛盾しているけれど、新一と一緒だから、私はこれで良かったんだ。
突然体が子供に戻ったけれど、新一と一緒なら怖くない。
加筆修正しました。
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第二話 記憶
それから、私と新一は夜の街を走った。
服や靴がブカブカになっていて、走りにくい。
靴はすぐに脱げそうになるし、動こうとすると服がずり落ちそう。
体力も落ちているようで、今までなら何ともなかった距離を走っても、すぐに息切れを起こす。何度も歩いてきた道も、長く感じる。
「蘭。大丈夫か?」
隣を走る新一が心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
「うん。大丈夫。だけど、たったあれだけ走っただけでこんなに息が上がるなんて……」
「ああ。そうだな」と新一は私と同じように息切れを起こし、その場に立ち止まった。
すると、暗い空から雨がポツリを降り始める。
雨粒が小さな私の頭の上に落ちると、私は新一の小さな手を繋ぎ、近くに見えた商店街の軒下に入った。
シャッターが閉まり、誰もいない商店の下で新一は私の前で頭を下げた。
「ごめんな。蘭。こんなことに巻き込んで」
謝ろうとする新一に対して、私は優しく微笑む。
「いいよ。私が勝手に追いかけたのが原因だから。ところで、あの場所で何があったの? あの黒ずくめの男たちは何者?」
私が尋ねると、新一は頭から血を流した私の顔に視線を向けた。
「あの場所でサングラスを付けた黒ずくめの男と社長みたいな男が拳銃密輸の証拠フィルムを取引していた。その証拠を押さえようとしたら、背後から長髪の男に殴られたんだ。あの時は驚いたぜ。蘭が突然現れたから……」
一方、私は怪我を負った頭に触れながら、記憶を手繰り寄せた。
「あの時、私は新一のことが心配になって追いかけたの。それで新一に近づく銀髪の男に気が付いて、思わず叫んだら、私も見つかってあの男に殴られた。でも、なんで、私たち、小さくなってるの?」
「うーん」と唸りながら、新一は何重にも袖を折り曲げて出した自分の小さな両手を見つめた。
黒ずくめの男に殴られた後……
必死に思い出そうとすると、黒ずくめの男の声が頭に蘇る。
『組織が開発した毒薬だ』
冷酷な目をした男が、意識が朦朧としている私の口にカプセルの薬を押し込む。
それから、私はカプセルを飲み込むまで大量の液体を無理矢理飲まされた。
今まで体験したことがないような高熱と骨が溶けるような感覚に襲われて、気がついたら、体が小さくなっていた。
断片的な記憶が蘇り、私と新一は血で汚れた互いの顔を見合わせる。
「新一。もしかしてあの薬を飲んだから……」
「体が縮んだのかもな」
今の私たちには答えが分からない。でも、これ以外の原因は思いつかなかった。
「本当に逃げて良かったの? あのまま医務室で手当てを受けて、保護してくれた警察の人に事情を話した方が……」
不意に浮かんだ疑問を口にすると、新一はなぜか首を横に振った。
「いや、これで良かったんだ。子供の言うことなんて信じてくれないかもしれないからな」
「だったら、これからどうするの?」
「とりあえず、俺の家に行く。ここからだと蘭の家は遠いし、俺たちの体力は落ちているから、長距離を歩けば、疲れて、街中で倒れてしまうかもしれない。それに、あの薬を飲まされてから、汗をいっぱい掻いたし、雨も降ってきて、体も冷えてきている。このままだと風邪をひくかもしれないからな。ここは俺の家で汗をシャワーで洗い流して、着替えた方がいい。幸い、俺の家には、今の俺たちの体にピッタリな子供服があるから、それに着替えれば、今のブカブカな服よりも動きやすくなる。それから、その頭の傷を手当して、元の姿に戻る方法を考えるつもりだ」
「分かった」
私は小さく頷き、新一の意見に賛同する。
やっぱり、新一はいざという時、頼りになる。
突然、小さくなって、不安な私のことを真剣に考えてくれているんだ。
雨が少しずつ弱くなり、私たちはブカブカになったフードを被り、新一の家へと歩き始めた。
「そういえば、あの時、なんて言ったんだ?」
突然、小さな体で私の隣を歩く新一が尋ねてくる。その意図が分からず、私は首を傾げた。
「あの時って?」
「さっき、俺が毒で苦しんでた時に蘭の声が聞こえた気がしたんだ。確か、だ……って言ってたような……」
「だっ、だめって言おうとしたの」
慌てて新一の声を遮り、誤魔化す。それに対して、新一は腑に落ちないような表情で黙り込んだ。
大好き。
最期に伝えたかった言葉は、元の姿に戻るまで言えない。
そう誓った私は、真実を飲み込んだ。
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第三話 大人たちは小さな子供の話を信じない。
足が棒になりそうな道のりを二十分程歩き、私たちは新一の家の前に辿り着く。
その場所で私たちに立ち塞がったのは、鉄製の門扉。高校生の体なら楽に開けることもできるけれど、小さなこの体では手を伸ばしたとしても届かない。
何とか門扉を開ける方法を考えていると、突然、隣の家から爆音が響く。
その音を聞きつけ現場へと向かうと、白煙の中から白鬚に太った体型の男が出て来た。
私たちは目の前に現れた知り合いの名前を揃えて口にする。
「阿笠博士!」
個性豊かな発明品を作る阿笠博士だったら、私たちの体を元に戻す薬を作ることができるかもしれない。
私は藁をもすがる思いで、博士に駆け寄る。新一も同じ考えのようで、私たちは博士に事実を打ち明ける。
だけど、阿笠博士は、私たちの話を信じない。突然現れた見覚えのない小さな子供の話を、大人たちは信じない。
変な薬を飲まされて、小学生になったなんて、誰も信じるわけがないんだ。
これから、どうしたらいいんだろう?
頼りになるのは、私と同じように小さくなった新一しかいない。
だけど、お互いに見た目は小学生だから、何もできないんだ。
不安になっていると、隣にいた新一が私の右肩を優しく叩き、阿笠博士に推理を伝えた。
「博士。あなたはさっき、レストランコロンボから帰ってきましたね?」
直前の行動を言い当てられ、阿笠博士は驚き、目を見開く。
「どうしてそれを……」
阿笠博士が尋ねると、新一は推理の根拠を伝えていく。
「博士の服ですよ。前の方が濡れた痕がないけど、後ろはそれがない。雨の中走ってきた証拠です。それにズボンに泥が跳ねている。この近辺で泥が跳ねる道路は工事中のレストランコロンボの前だけ……」
その新一の推理に阿笠博士は図星だったかのように驚く。
そして、阿笠博士は納得したのか、急に目を丸くする。
「まさか。本当に新一君と蘭君なのか。まだ信じられんが、とりあえず話は中でゆっくり聞こう」
阿笠博士は疑いの目を私たちに向けつつ、新一の家へと私たちを招き入れた。
なんとか新一の家に入ることができた私が、玄関先でブカブカになった靴を脱ぐと、同じように靴を脱いだ新一が私に声をかける。
「蘭。手当が終わったら、適当に服を選んで、風呂場に行って、シャワーを浴びて来い。俺は書斎で博士に詳しい事情を説明するから」
「うん」
私が小さく頷くと、阿笠博士が救急箱を持ち、私たちの前に姿を現す。
そうして私たちは、玄関先で手当を受けた。私たちの頭に包帯が丁寧に巻かれ、傷口が止血されていく。
一分ほどで手当てが終わり、私は二階にある新一の部屋へと足を進めた。
私は新一の部屋のクローゼットを開ける。その中にある洋服タンスの棚、丁寧に『小学一年生』というようなシールが貼られていた。
その棚を開けると、大量の子供服が収納されていた。
どれも小さい頃新一が着ていたものばかりで懐かしい。
私はタンスから適当に長袖Tシャツと長ズボンを取った。
その瞬間、私はハッとした。
ここには男の子の下着しかないんだ。
あの薬を飲まされる前まで着ていた下着は大きすぎて、今の私には適していない。
仕方ないと溜息を吐き出した私は、顔を赤くしたままで、男の子の下着を着替えと一緒に掴み、浴室へと向かう。
それから、浴室へと辿り着いた私は、大きくなった服を洗濯籠に入れ、浴室でシャワーを浴びる。
目の前の鏡に映るのは、小さくなってしまった自分の姿。
これが現実だと思い知りながら、私は汗を洗い流した。
毛利蘭の偽名。まだ決めていない。次回には決めたいと思う。
次回は、感想をくださった方のご指摘を受けて、小五郎さんの所に挨拶に行きます。
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第四話 不安
予定では小五郎さんに事情を話す回にするつもりでしたが、諸事情により次回に持越しです。
お風呂から上がった私は、新一と博士がいる書斎へと向かう。
そこでは新一と博士が話し合っていた。新一はいつの間にかブカブカは服装から、赤い蝶ネクタイと青いジャケットに半ズボンをはいた服に着替えている。
「新一。どこまで話したの? 」
私は新一に近づきながら尋ねる。すると新一は私がいる方向へと視線を移す。
「俺たちを襲った黒ずくめの男のこと。その時に毒薬を飲まされ、副作用で体が小さくなってしまったというところまでは話した」
「そう。博士。私たちの体を元に戻す薬は作れないの?」
私は真剣な表情で博士に尋ねる。しかし、私の質問に答えたのは、博士ではなく新一だった。
「一通りの事情を説明した後で、博士に同じことを聞いたが、薬の成分が分からないことには不可能らしい。だから、俺はあの黒ずくめの男たちを見つけ出して、薬を手に入れる」
新一は当面の目標を熱い口調で語る。
私は知っている。新一の目標は薬を手に入れ体を元に戻すのではなく、持ち前の正義感で黒ずくめの男たちの悪事を暴くことであることに。
私は新一の言葉から、本当の目的を感じ取ってしまった。
その時、博士が私と新一の肩を掴み、鋭い口調で伝えた。
「いいか。新一君と蘭君。君たちが生きていると黒ずくめの男たちに知られたら、また命を狙いにくる。そうなったら周りの人間にも危害が及ぶかもしれん。このことはわしと君たちだけの秘密……」
博士は何かを言いかけ、少し考え込む。
その間、私の不安は増大していった。
黒ずくめの男が私たちを殺しに来るかもしれないという恐怖。
それを新一はチャンスと捉え、無茶な行動で黒ずくめの男たちを追い詰めようとするのではないかという不安。
それらが私を襲い、私の顔は次第に暗くなっていく。
すると、隣にいた新一が私の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ」
その一言を聞くと、なぜか安心できる。
それから、博士はなぜか首を横に振った。
「いや、やっぱり、毛利君にも事情を話そう」
「お父さんに? でも、そんなことをしたら、お父さんも黒ずくめの男に狙われちゃうよ」
お父さんを危険なことに巻き込みたくない。その想いから私は博士の手を振り払う。
しかし博士は私の肩を強く掴み、真剣な面持ちで私と顔を合わせた。
「いいか。蘭君。君が一夜明けても帰ってこないことを心配した毛利君は、娘が行方不明になったと思い、探し始めるじゃろう。その姿を見て、黒ずくめの男は、君が生きているかもしれないと疑うかもしれん。そうならないためにも、事情は話した方がいい。車で毛利探偵事務所まで送るから、そこで毛利君に事情を話したうえで今後のことを話し合おう」
私は博士の説得を聞き、首を縦に振る。
それから私は隣にいる新一の手を握った。
「新一も一緒に来て。一人だと不安だから」
新一の顔が一瞬赤くなり、手を握り返される。
「分かった」
新一の答えを聞き、私たちは玄関から博士の家に移動する。その後で私たちは博士が運転する自動車の後部座席に乗り込んだ。
次こそ小五郎さんに事情を説明する。
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第五話 帰宅
来週からは、一話ずつ投稿する。
自動車で五分程走った所に私の家、毛利探偵事務所がある。小さくなってから初めて帰った私の家は、どこか大きく感じた。
私は博士と私と同じように小さくなった新一に付き添われ、探偵事務所の階段を昇る。
何と説明すればいいのか。お父さんは私の話を信じてくれるのか。幾つもの不安が頭に浮かぶ。だけど、その不安は、新一と一緒にいると打ち消される。
何も怖くない。その思いが頭に浮かび、私は一歩ずつ確実に階段を昇る。
そうして私は、二階にある毛利探偵事務所のドアの前に立つ。
それから少し背伸びしないと届かないドアノブを握り、ドアを開ける。
ドアの先にある机の上には、缶ビールの空き缶が無造作に置かれていた。その席でお父さんは缶ビールを飲んでいる。
私は静かに事務所の床は一歩を進めた。すると、博士は私より先に、酔っているお父さんに声をかけた。
「失礼するよ。毛利君。少し話を聞いてくれんか。大事な話じゃ」
お父さんは突然の訪問者に驚き、缶ビールを机の上に置いた。
「珍しいな。阿笠博士が来るとは。何の用だ?」
「まずは、わしの近くにいる女の子の顔を見てほしい」
博士に促され、お父さんは博士の近くに立っている私の顔を凝視する。私の顔がお父さんの目に映ると、驚いたのか椅子から転げ落ちた。
「お父さん。大丈夫?」
私は突然の出来事に思わず、お父さんの元に駆け寄る。そして、お父さんは再び私の顔を凝視する。お父さんの顔は酔いが急速に覚めたように、健康的な色になっていた。
「まさか。蘭か? 嫌。そんなことはあり得ない」
混乱しているお父さんに私はハッキリと伝える。
「そうよ。私は毛利蘭」
その後で、私たちは探偵事務所内の応接スペースに移動する。
大人用の椅子のスペースに私と新一が座り、その隣に博士が座る。そして私たちの正面の席にお父さんが座った。
その場で私は、自分の口で真実を打ち明けた。
「遊園地からの帰り道、新一は私を置いて、怪しい黒ずくめの男たちを追いかけたの。私は、新一と二度と会えないようなイヤな予感が過って、追いかけた。新一が言うには、黒ずくめの男たちは何かの取引をしていたみたい。だけど、黒ずくめの男に見つかっちゃって、新一は頭を殴られたんだ。そこに私が駆けつけて、新一を助けようとしたら、不意をつかれて、気絶しちゃったの。そのあとで、黒ずくめの男たちは、気絶している私たちに、毒薬を飲ませて、どこかに逃げたんだ。だけど、薬の副作用か何かで体が小さくなったの」
とても信じられない話を聞いたお父さんは、突然席から立ち上がり、私たちに近づく。
「その話が本当なら、お前は工藤新一だな。お前が黒ずくめの男なんかを追ったから、蘭がこんな体になったんだ!」
そうしてお父さんは、私の隣に座る新一の体を軽々持ち上げようとする。それを見て、私は思わず叫んだ。
「やめて。私が勝手についていったのが悪いの。新一は何も悪くない!」
お父さんは私の声を聞き、自分の手を止める。
「まだ信じられないが、娘が帰っていないのも事実だ。半信半疑だが、ここは信じよう」
お父さんは自分の席に戻る。すると、突然電話が鳴った。受話器を取った、お父さんの顔が徐々に青ざめていく。
「何? 黒ずくめの男。分かった。弥生町の谷という屋敷だな」
黒ずくめの男という言葉が聞こえ、私たちの目が大きく見開く。
お父さんは電話を切り、電話の内容を私たちに伝えた。
「弥生町の谷という屋敷に住む娘が、黒ずくめの男に誘拐されたらしい。話の続きは、誘拐事件を解決してからだ」
もしも誘拐犯が、私たちを襲った黒ずくめの男だったとしたら……
私は新一と顔を見合わせ、お父さんに声を掛ける。
「待って。お父さん。私と新一も一緒に行くから。黒ずくめの男が誘拐事件に関与しているんでしょう。もしかしたらこの事件を解決したら、私と新一が飲まされた薬が手に入るかもしれない」
「分かった。一緒に来い。その代り邪魔をするなよ」
お父さんが人差し指を立て、忠告すると、私たちは小さく首を縦に振った。
それからお父さんはタクシーを呼び、博士は自宅へと戻った。
十分ほどでタクシーが探偵事務所の前に停まる。私と新一とお父さんの三人は、タクシーに乗り込み、弥生町へと進む。
書いてるうちに、博士が黒ずくめの組織のボスではないかと疑ってしまった。
まだ偽名は決まっていない。
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第六話 誘拐事件①
弥生町の日本家屋で、私たちはお父さんと一緒に、黒ずくめの男に誘拐されたという娘さんの話を聞いた。
黒い髭を生やした如何にも社長といった風貌の男は、まず一枚の写真を渡す。
「誘拐されたのは、この家の一人娘、谷晶子さん。年齢は10歳。誘拐した犯人は、全身黒ずくめの大男だったということだな」
お父さんが依頼人に確認する。
「はい。私の執事が目撃者です。そうなんだね。麻生君」
依頼人の社長風の男は背後に立つ執事服を着た年配な執筆の顔を見る。
「はい。旦那様」
「他に犯人を見た人はいないんですか?」
お父さんが尋ねると目撃者の執事が答えた。
お父さんは手帳を開きメモを取っている。
「お嬢様の悲鳴を聞いて皆が駆け付けた時には、もう犯人は外に逃げた後でした」
「なるほどね」
突然私の隣にいた新一が声を出す。ふと隣を見ると、新一は手帳とペンを取り出しメモを取っていた。
新一は執筆に尋ねる。
「では、その時の様子をもっと詳しく」
執事は小さな少年の行動に驚いたような表情になり、聞き返す。
「誰ですか、この子は?」
その質問にお父さんがフォローする。
「私の知り合いの子でして」
その後でお父さんはしゃがみこみ、新一の顔を見る。
「俺の仕事の邪魔をするな」
お父さんは一言告げ、再び執事に尋ねる。
「その黒ずくめの男の顔は見てないんですか?」
「辺りが暗くて顔までは見えませんでしたよ」
黒ずくめの男と聞き、私は深刻な顔つきになる。
黒ずくめの男は、私たちの体を小さくした張本人。私は彼らを探し出して元の体に戻りたい。
そのように考えていると、執事は誘拐された時の状況をお父さんに伝えた。
「あれは学校から帰られたお嬢様が、庭で遊んでおられた時でした。突然庭の隅から黒ずくめの男が現れて、この家の主人に伝えろ。娘を返してほしければ、一ヶ月間、会社を閉鎖しろ。もちろん警察には知らせるな。と言い残し犯人は、あそこの木を登って逃げました」
「それでは、その男の声の特徴は?」
新一が懲りずに尋ねると、執事は曖昧に答えた。
「高かったような。低かったような」
「あまりハッキリしませんね」
その新一の行動に、お父さんは怒る。
「だからこれは俺の仕事だ。邪魔をするな」
新一を邪険にするお父さんは、近くにいる使用人たちにも尋ねた。
「君達は何も聞いていないんですか?犯人の声とか変な音とか」
「いいえ。私たちが駆け付けたのは、悲鳴が聞こえてから10秒ぐらいでしたが、その時は麻生さんが、お嬢様が誘拐されたと叫んでいるだけで、それ以外は何も静かな物でした」
それからお父さんは、依頼人に推理を伝えた。
「犯人はおそらくあなたのライバル会社の人間でしょう。その証拠は犯人からの要求です」
「娘をさらった上に、金まで要求するとは、卑劣な誘拐犯だ」
依頼人が言葉を溢すと、執事は驚いたように目を見開いた。
「犯人は会社を閉鎖しろって言っただけで、金までは要求していないのでは」
「ついさっき犯人から電話があったんたよ。使用済みの札で三億円用意しろってな」
「そんなバカな。旦那様。それは何かの間違いでは」
「うるさい。お前は黙っていろ」
私の隣で新一は、疑うような視線で執事を見つめている。
完全に蘭が傍観者になっている。
一人称だから仕方ないのか?
原作5ページしか進んでない。
かなりのスローペースです。
このペースだと灰原でるのが、いつになることやら。(笑)
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第七話 誘拐事件②
新一は私から離れて、黒ずくめの男がよじ登ったという木の前まで歩いている。その時番犬が吠えた。新一は番犬の鳴き声に驚き、木から離れる。
その後で新一は、庭に転がっていたボールでリフティングを始める。
私は新一が考えごとをしている時にリフティングをすることを知っていた。ここは話しかけるべきではないと思った私は小さくなった新一のリフティングを見守る。
五十回ほどリフティングを繰り返した新一は、何かを思いついたかのように、ボールを落とした。
ちょうどその頃、執事が静かに依頼人から離れようとしていた。
その執事に新一が駆け寄り、無邪気に尋ねた。
「どこ行くの?もしかして女の子を隠しているところ?」
その質問を聞き、執事は驚いたように目を見開かせ、沈黙した。
私は改めて新一の顔を見る。その顔は真実を見抜いたように頬を緩ませた表情だった。
それから新一は依頼人に近づく。
「ねえ。この屋敷の番犬って他所の人なら誰でも吠えるみたいだね」
新一が依頼人に尋ねる。
「ウチの番犬は優秀だからね」
新一と依頼人の会話を聞いたお父さんは、何かを思いつく。
その直後、再び執事が静かにお父さんたちから離れようとする。
「どこに行くんですか、麻生さん?」
お父さんがどこかに行こうとする執事を呼び止める。執事はその声を聞き、立ち止まった。
「何か変ですな。あなたが言っていることは。犯人があの木を登って逃げたのなら、番犬が吠えるはずだ。だが後で駆けつけたお手伝いさんは、あなたの叫び声以外何も聞いていない。それに犯人を見たはずのあなたの証言は曖昧だ。そもそも黒ずくめの男なんて最初からいなかったんじゃないですか?」
お父さんの推理を聞き、執事は突然その場に座り込み、土下座した。
「申し訳ございません」
執事が謝ると依頼人にが怒鳴った。
「何のためにこんなことをした。誰かに頼まれたのか」
「これは私が一人でやったことです」
事件はこれで解決するはずだった。この誘拐事件に私と新一を襲った黒ずくめの男は関与していなかったことを知り、私は肩を落とす。
その時、一人のお手伝いさんが受話器を持ち、慌てて依頼人の前に現れた。
「旦那様。大変です。電話に出てください」
お手伝いさんが依頼人に受話器を渡す。
『三億円は用意できたかな?』
このような声が受話器から漏れて、依頼人は目を大きく見開いた。
「誰だ。お前は」
依頼人の大声が屋敷中に響く。
事件はまだ終わっていなかった。
私の隣で新一は、険しい顔つきになる。
前回より短くなったかな?
一部原作の描写を割愛したけどね。
案外近日中に改稿するかも。
あれ?
今回は蘭ちゃんのセリフがなかったような。
そもそも前回もあったっけ?
これでいいのだろうか?
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第八話 誘拐事件③
多忙のため間が開いてしまいました。
続きは近日中に更新します。
前回同様原作を端折っています。
もしかしたら今回はキャラ崩壊があるかも。
『何を言っている。あんたの娘を誘拐した男だよ』
「バカな」
突然誘拐犯と名乗る男から電話がかかってきて、依頼人は驚いている。
その隣でお父さんは執事の胸倉を掴んでいた。
「やっぱり仲間がいたのか」
「お嬢様を誘拐したのは私だけです。信じてください」
二人のやりとりを聞いていた新一は、険しい顔つきになっている。
その時受話器から女の子の声が漏れてきた。
『パパ。助けて。私がいるのは学校の倉庫よ。窓から大きな煙突が見える』
受話器から殴ったような音が聞こえ、誘拐犯の声が流れた。
『とにかく早く金を用意するんだな』
電話が切れると、新一は私から離れ犬がいる方向へ歩いていた。その時私は、また新一が危険なことをするのではないかと不安になる。
その後の私の行動は決まっていた。何処かに行こうとする新一の背後から声をかけると。
「新一。どこに行くの?」
「誘拐犯の居場所を探さないと危険だ。犯人は居場所を知られて焦っているから何をするか分からない」
「だったら私も行く」
「俺はお前を危険な目に遭わせたくない。だからお前はここに残れ」
「嫌よ」
それがワガママなのは分かっている。まだ新一と会えなくなるような嫌な予感が治らない。
危険なことは分かっている。だけど危険なことをやろうとしている新一を見過ごすことができない。それによって命を落としかけたのだから。
新一は仕方ないというように肩を落として、犬に跨る。私は新一に抱き着くようにして、犬に跨ってみた。その犬は二人の子供が跨ることができるほど大きい。
それから私たちは犬を走らせた。その道中新一は私に推理を伝える。
「犯人はまだこの辺りにいる。女の子を連れてあまり時間がたっていないからな。煙突といえば工場か銭湯。この近辺で煙突が見える学校は五ヶ所しかない」
しかし新一の推理は空振りに終わった。なぜならその五ヶ所全ての学校に誘拐された女の子の姿はなかったのだから。
私たちは息切れを起こし、学校の前で立ち止まる。犬に跨ったとはいえ、五ヶ所の学校を回った私たちは疲れきっている。
その学校からは大きなビルが見えた。新一はそれを見つめると何かを閃いたのか、再び犬に跨った。私も続けて犬に跨る。
「新一。何か分かったの?」
「右の方向に大きなビルが見えるだろう。あのビルを真横からみて煙突と間違えたとしたら、誘拐犯の居場所を特定できるかもしれない」
説明しながら犬をしばらく走らせると、ビルが大きな煙突のように見えた。
それを見て新一は確信する。
「誘拐犯がいるのは二つ橋中学だ」
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第九話 誘拐事件④
かなり駆け足だけどね。
原作改変ありですが、よろしくお願いします。
二ツ橋中学校の校門は、夜にも関わらず開いている。校門から堂々と潜入する新一の後ろを私は歩いた。
私の目の前を歩く新一は、何かを警戒するように周囲を見渡しながら、倉庫を探していた。
一分程歩くと新一は立ち止まった。その先には体育館の倉庫らしき建物がある。しかもその倉庫のドアは少しだけ開いていた。
そのドアの隙間から男の声が聞こえる。
「金は百神井公園のベンチの上に置け」
声は電話から漏れた誘拐犯の物と同じ。監禁場所が目の前にある倉庫だと確信した新一は、静かに倉庫の方向へ歩き出す。
不安になった私は、咄嗟に新一の上着の裾を掴む。
「どうするの?」
「あの倉庫に監禁されている女の子を助ける」
「監禁場所が分かったんだから、このことをお父さんに知らせた方が……」
「そんな時間はない」
「そうやって自ら危険な所に行くから、こんなことになったのよ。今度同じことをやったら死ぬかもしれないのに」
「目の前で誘拐された女の子が殺されるかもしれない。それでも……」
新一は何かを言いかけ、目を大きく見開く。気がついたら私たちの前に緑色の帽子をかぶった長身の男が金属バッドを持って立っていた。
「ガキども。どこで誘拐のことを知ったかは知らないが、ただでは帰さない」
興奮している男は私たちに向かい、金属バッドを振り下ろした。
私はそれを受け止めて、男の軸足を蹴ろうと思い、新一の前に立った。
だけど私にはそれができなかった。何とか受け止めた瞬間、体全体に痛みが走り、私は金属バッドから手を離した。そのあとで金属バッドが私の頭に直撃する。
頭を殴られた衝撃に耐えることができず、私はその場に倒れた。
立ち上がろうと目を開けると、新一が男の足を蹴っていた。だけど男はビクともしない。
頭から血を流しながら立ち上がった私は、男の前に駆け寄り、誘拐犯の軸足を蹴る。
思い切り蹴ったつもりだったのに、男は痛がる素振りを見せない。
この瞬間私は理解した。幼児化によって体力や筋力までもが年相応な物になっていることに。
高校生の私だったら、楽に誘拐犯を制圧できたと思う。しかし弱い子供になってしまった私にはそれができない。
「クソガキ」
男は絶望感で一歩も動けなくなった私に対して容赦なく金属バッドを振り下ろす。
その瞬間新一は私を突き飛ばした。私を庇った新一は何もできず男に殴られる。
「バカなガキだ。自ら殴られにくるとは。どこのガキだか知らないが、何人殺しても変わらない」
黒ずくめの男たちに襲われた時と同じ。何もできない私は、また新一が殺される瞬間を見せられる。
それが嫌で新一と行動を共にしたのに。
一瞬このまま新一と一緒に死ねるのなら良かったという考えが頭を過ぎる。
金属バッドが風をきる音が聞こえる。このまま殴り殺されると感じながら、静かに瞳を閉じると、何かが壁に激突する音が聞こえた。
瞳を開けると誘拐犯がなぜか頭に大きなたんこぶを作り気絶していた。
「俺の娘かもしれない女の子を傷つけるなんて許さん」
呆然と立ち尽くす私も前には、お父さんが立っていた。
「お父さん。どうして……」
目を丸くして尋ねるとお父さんは、血塗れになった私の顔をハンカチで拭く。
「直感でここにやってきたんだ」
「直感かよ」
新一が起き上がりながら呟く。その後でお父さんは倉庫へ視線を移した。
「あそこから依頼人のお嬢さんを助けないとな。お前らはそこで待ってろ」
お父さんは倉庫の中から縛られたお嬢さんを助け出した。
その後でお父さんが警察に通報して、誘拐犯の身柄を引き渡す。
それから私たちはお屋敷に戻り、手当を受けた。その最中お嬢さんは、依頼人に真実を告げていた。
「この誘拐事件を考えたのは晶子よ。パパはいつも仕事ばかりで晶子にかまってくれないから麻生さんに頼んで誘拐事件を起こしたの。パパの会社が休みになったら一緒に遊んでもらえると思ったから」
依頼人の娘さんの告白を聞きながら私は同じように手当を受けている新一の横顔を見た。
いつもなら事件を解決して喜んでいるはずなのに、今の新一の顔は深刻な物になっていた。
偽名決めずにここまでやってきたけど、そろそろ限界ですね。
次回までに決めます。
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第十話 毛利蘭の証明
誘拐事件が無事に解決した翌朝、私は布団の上で目を覚ました。起き上がって体を確認した私は、深く溜息を吐く。目に飛び込んでいたのは、幼い小さな手。
朝起きたら体が元に戻っているのではないかと、淡い期待を抱き目覚めても、小学生のような体は変わらない。
周囲を見渡すと、私が眠っていた部屋は、お父さんの部屋であることが分かった。その部屋に布団が敷かれていて、そこで眠っていたらしい。
誘拐事件が解決した帰りの車内で眠って、そのまま小さな体を、お父さんの寝室に運ばれたのだろう。そんな時、私は思った。新一はどこにいるのだろうと。室内にはお父さんの姿はない。
不意に私が眠っていた布団の方へ視線を向けた私は、顔を赤くする。私が眠っていた布団の中に、新一の眠る横顔が見えた。
つまり同じ布団で新一と……
私はお父さんの寝室を飛び出し、顔を洗うために洗面所に向かう。洗面所のドアは大きく、背伸びしなければドアノブまで手が届かない。早速私は、この小さな体が不便だと思った。
苦労してドアを開けると、目の前に白い手袋を填めたお父さんがいた。よく見ると、お父さんは私が使っている櫛を持っていた。それと洗濯機の上に置き、ズボンのポケットから取り出したチャック付きの透明な袋を開ける。それから、櫛に付着していた髪の毛を袋の中に仕舞う。
その一部始終を見ていた私は、お父さんの歩み寄りながら尋ねた。
「お父さん?」
私の声を聞き、お父さんはしゃがんで私と顔を合わせる。
「何だ?」
「どうしてお父さんが私の櫛を持っているの?」
「そのことか。俺はまだ、お前が毛利蘭だと信じていない。蘭は昨日帰ってこなかったというのも事実だが、やっぱり信じられない。だから、証拠が欲しい。この櫛は、蘭しか使っていないから、こいつに付着した毛髪は蘭の物だ。さらに、この櫛を調べたら、蘭の指紋が検出されるだろう。つまり、指紋と毛髪が娘の物と一致したら、お前は毛利蘭ということになる。知り合いの鑑定業者に頼めば、一週間で証明されるだろうよ」
お父さんの説明に私は納得できた。突然体が小さくなった私と高校生の毛利蘭が同一人物であると最初から思う人は少ない。疑問に感じたとしても、半信半疑になるのが普通。
突然体が小さくなったということを証明するには、こうするしかない。
「分かったわ」
私は頷き、自分の髪の毛を一本抜く。それをお父さんに渡すと、Bとプリントされた透明な袋に入れた。その後でお父さんはズボンのポケットから小さな紙を取り出す。
「この紙を触れ」
私はお父さんから渡された紙に触れた。それをDと書かれた透明な袋に入れる。
櫛をCという透明な袋に入れ、四種類の証拠を手にしたお父さんは、洗面所から離れた。
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第十一話 これからのこと
約5年ぶりに連載再開です。
それから簡単に朝食を済ませると、インターフォンが鳴り響いた。お父さんや新一と一緒に玄関へ向かうと、その先で、紙袋を抱えた阿笠博士が佇んでいる。
「おはよう。新一君。蘭君。朝早くからすまないが、今後のことを話し合おう。あれから徹夜で作ったプレゼントもある」
「プレゼントって……」
そう呟きながら、私は博士が抱えていた紙袋を見上げた。博士は、そのまま居間まで足を踏み入れる。
居間にあるテーブルの前に博士が腰かけると、その右隣に、お父さんも座った。
そんなお父さんたちの前に、新一と並んで座り、四人でテーブルを囲む。
まず、博士は自分が抱えていた紙袋を開け、中から何かを取り出し、私と新一の前にそれぞれ置いた。
レンズの大きな黒縁メガネのように見える。
「話し合いの前に、ふたりにプレゼントじゃ。素顔で出歩くと、正体がバレるかもしれんからな。これで簡単に変装すると良い。もちろん、度は入っておらんよ」
「ありがとうございます」と博士に頭をさげて、目の前に置かれたメガネをかけてみる。
メガネなんて、かけたことがないから、新鮮な気分がする。
なぜか、心がウキウキとしてきて、私は隣に座る新一に視線を向けた。
私と同じメガネをかけている新一は、ジト目で博士を見つめている。
「博士、これ、ただのメガネじゃないだろ?」
「流石じゃな。左のフレームのボタンを押せば、アンテナが伸びて、発信器を追跡できる。また、特殊な音波で鼓膜を刺激して、メガネをかけたままで盗聴することもできるんじゃ!」
「なるほどな」と新一が呟くと、博士は両手を叩いた。
「さて、そろそろ今後のことを話し合おう。まずは、どこに住むのかじゃな」
「えっ、私、小さくなる前みたいに、ここに住むつもりだった」
最初の議題に、私は驚いた。すると、博士は優しく微笑む。
「蘭君。キミの遺体が見つからなかったことは、いずれ、あの黒ずくめの男たちにもバレる。そうなったら、真っ先に疑われるのは、この家に出入りする人間じゃ。キミが薬を飲まされた直後に、毛利君が小学生の女の子と一緒に住みだしたと知ったら、すぐに疑われるじゃろう。そして、最悪、正体がバレて、命を狙われるかもしれん。辛いかもしれんが、ここに住むわけにはいかないんじゃ」
「はぁ」と溜息が漏れ、涙が溢れてくる。
私の所為で、家族がバラバラになるんだ。
今日からお父さんは一人になる。そう思うと、寂しくなる。
そんな気持ちを察したのか、新一は私の隣で慌てたような顔になった。
「蘭、泣くなって。元の姿に戻ったら、また一緒に暮らせばいいんだ」
「うん。そうだね」
流れ落ちる涙を指で拭う。
その間に、博士はジッとお父さんと顔を合わせた。
「そこで、ふたりをわしの家で預かろうと思うんじゃ」
「そうだな。ここは、事情を知っていて、信頼できる大人と暮らした方が良い。この家ではダメだって言うんなら、そうするしかないな。博士、蘭のことを頼む」
博士の家で新一と暮らすことになった。
一瞬で結論が出て、面食らいながら、隣を見ると、顔を赤くした新一がボーっと私の顔を見ている。
「新一、今、変な想像したでしょ?」
「そんなわけないだろ!」と新一はなぜか慌てて、両手を左右に振った。
「次はお互いの呼び方だな。いつもと同じように、名前で呼びあってたら、すぐに正体がバレる」
顎に手を置くお父さんの隣で、博士が頷く。
「そうじゃな。ここは別人を装った方が良い。この場で新しい名前を考えよう」
「つまり、偽名を考えろってことか?」
新一の声に博士が頷く。
「そうじゃ。なるべく身元を特定されにくいものが良い」
「うーん。いきなり偽名を考えろって言われても……」
どう考えたらいいのか、分からず、私は首を傾げた。そんな私の隣で、新一は首を縦に動かす。
「蘭、そんなに難しく考えなくていいぜ。俺は江戸川コナンって名乗るつもりだ」
「ああ、分かった。江戸川コナンくんじゃな?」
「ああ。蘭。俺みたいに好きなことから考えれば良いから」
「……聡……美?」
不意に浮かんだ名前を口にすると、お父さんたちが首を捻った。
「聡美。いい名前だ」
そんなお父さんの答えに、私は眉を顰めた。
「憧れてる前田聡選手の名前を拝借して、女の子っぽく美しいって漢字を合わせてみたんだけど、苗字は……佐倉……佐倉聡美にしようかな? よく分からないけど、佐倉って苗字が浮かんだから」
「江戸川コナン。佐倉聡美。今からこれが君達の名前じゃ。さて、最後は明日からの学校をどうするか?」
「そうだよね? こんな小学生みたいな体だと、高校にも通えないし」
博士の話に頷くと、博士はお父さんと顔を合わせた。
「毛利君。ここからはキミの協力が必要じゃ。急な話で申し訳ないが、無期限の休学届を提出してほしい。新一くんの方は、ワシが手続きするから」
「分かった。そういうことなら、任せてくれ」
「それと毛利君。もう一つ頼みがある。新一くんと協力して、この探偵事務所を有名にしてほしいのじゃ。そうしたら、黒ずくめの男の情報が入ってくるかもしれん」
そんな博士の頼みを聞き、お父さんは頭を掻きながら、視線を新一に向けた。
「あんまりお前のチカラは借りたくないが、蘭のためだ。協力してやる」
「ああ、分かった。よろしくな」
こうして、話し合いは終わった。
元の姿に戻るまで、長年暮らしたこの家を離れて暮らす。
それはとても寂しいことだけど、元の姿に戻ったら、すぐに元通りになる。
そんな希望を私は抱いた。
別に読み飛ばしても構わないあとがきコーナー!
約5年ぶりに最新話を投稿しました。
毛利蘭も新一と一緒に薬を飲まされて幼児化する話を考えるにあたって、最初の難関といっても過言ではない、毛利蘭の偽名問題。
感想で読者の方にヒントをいただきましたが、苗字が思いつかず、時間だけが過ぎていきました。(お仕事や他のサイトでの執筆活動で忙しかったからというのも休載理由なのだが……)
そして、2021年10月。悩み続けた偽名問題を解決し、連載を再開します!
投稿していたエピソードも納得できる内容に加筆修正しているので、第一話から読み直してほしいものです。
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第十二話 安心させたい
体が小さくなってから初めての月曜日の夜、私は居候先の博士の家の受話器を取った。
そこから聞こえてくるのは、お父さんの声。
「ちゃんと休学届、提出しておいた」
「うん、ありがとう」
「それと、放課後、事務所に園子が尋ねてきた。突然、蘭が休学したから、驚いて、事情を聞きに来たんだ」
「えっ」と驚き、私は目を丸くした。
「安心しろ。あの秘密は誰にも話してないからな。俺が伝えたかったのは、それだけだが、そっちの生活はどうだ?」
「ちゃんと自宅学習もしてるし、いつも通り、家事もやってるから」
「ああ、そうか。じゃあ、また連絡する」
電話が切れると、私は受話器を握り締めたまま、溜息を吐き出した。
そんな時、風呂から上がってきた新一が、濡れた髪をタオルで吹きながら、私がいるリビングに顔を出す。
「蘭、どうしたんだ?」
心配そうに顔を覗き込まれると、私は首を縦に動かした。
「さっき、お父さんから電話があって、放課後、探偵事務所に園子が来たみたいなの。突然、休学した私のことを心配して、事情を聞きに来たんだって。まあ、私と新一が子どもになってることは、バラしてないから安心だけど……私、どうしたらいいんだろう? 私が生きていることが黒ずくめの男にバレたら、殺されるってことは分かってるけど、突然、親友がいなくなった園子の気持ちを考えたら、安心させたいって思うの。すごく心配してるみたいだから、直接会って、元気な姿を見せたいけど、今の姿だと、それもできない」
「蘭……」
「どうしよう。新一」
「じゃあ、手紙を書くのはどうだ? 筆跡は高校生だった頃の蘭と同じだったからな。それを読めば、園子も安心するはずだ。住所を探偵事務所にしとけば、俺たちが子どもになって博士の家に住んでるってこともバレないだろう」
「うーん。園子に手紙を送ったことがないから、逆に心配させちゃうかも。わざわざ手紙を書いたってことは、余程のことが起きてるんじゃないかって。例えば、難病に入院してるんじゃないかとか」
ふたり揃って考え込むと、博士が私たちの元へ歩み寄った。
「何か悩んでるようじゃな?」
「あっ、博士も一緒に考えて。どうしたら、突然休学した私のことを心配している園子を安心させることができるのか」
顔を上げて、白衣姿の博士の顔を見る。そのあとで博士は腰を落とし、私たちに視線を合わせた。
「そういうことなら、今、開発中の発明品が役に立つかもしれん」
「発明品って?」
「変声機じゃ。それを使えば、子どもから大人まで、ありとあやゆる声が出せる。もちろん、高校生の蘭くんの声もな」
「えっ!」と私は驚きの声を出した。そんな私の隣で、新一は首を縦に動かす。
「じゃあ、それを使って、電話すればいいんだ。もちろん、非通知にして」
「博士、いますぐそれをここに持ってきて!」
真剣な表情で博士の顔を見つめる。だけど、博士は首を横に振り、両手を合わせた。
「悪いが、まだ開発中なんじゃ。一週間、いや、三日もあればできるから、待ってくれんかの? 出来上がったら、すぐに教えるから」
「……うん、分かった」と明るく答えてから、三日後の夕方、その発明品は出来上がった。
リビングの机の前に、蝶ネクタイのような見た目の変声機が置かれ、私はそれを手に取る。
一方で、私の前に座った博士は首を縦に動かした。
「いいか、蘭くん。その青いボタンを押したら、高校生だった頃の蘭くんの声が出せる。そして、ここに予め非通知設定にしておいたスマホがある。それを使って、電話するんじゃ」
「ありがとう。博士」
言われるまま、ボタンを押して、声を出すと、高校生だった頃の私の声が発せられた。
それから、すぐに電話番号を入力し、スマホを左耳に当てる。
電話はツーコールで繋がり、蝶ネクタイ型の変声機を握り締めて、声を出す。
「もしもし、園子?」
「蘭! 蘭なの?」
スマホ越しに驚いた親友の声が聞こえてきて、私は頷いた。
「ごめんね。驚いたよね? 急に休学しちゃって」
「そうだよ。蘭。今、どこにいるの? 探偵事務所にもいないみたいだし……まさか、新一君と駆け落ち!」
「そっ、そんなんじゃないから!」
動揺して顔が赤くなると、園子はクスっと笑った。
「その反応、ホントに蘭みたいね。まあ、いいわ。それで、どこで何やってるの? 新一君も休学してるから、どうせ、一緒にいるんでしょ? 」
「……ごめん、園子。今は何も言えないの。話せるようになったら、ちゃんと話すから」
園子も危険なことに巻き込みたくない。そう思った瞬間、声が震えた。そんな私の心を察したのか、園子は私に優しく語り掛けてくる。
「よく分からないけど、ちゃんと待ってるから」
「うん、じゃあ、また連絡するね」
「はぁ」と溜息を吐き出し、通話ボタンを切る。
元の高校生の姿に戻って、いつも通り高校に通えるようになったら、休学中に何をしていたのかを伝えよう。
そう決意した私は、変声機を机の上に置いた。
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第十三話 離れたくない
黒ずくめの男に薬を飲まされて、体が小さくなってから一週間経過した日の午前九時、博士の家にやってきたお父さんは、リビングにいる私に頭を下げた。
「疑って悪かった。子どもになっても、蘭は蘭だったんだ」
唐突なことに、私と近くにいた新一が目を丸くする。そんなお父さんを、博士はテーブルの前に座って、コーヒーを飲みながら、見ていた。
「えっと、頭を上げてよ。いきなり謝れても困るから」
「ああ、そうだな。ついさっき、例の鑑定結果が届いた。これによると、高校生の毛利蘭と……この場合は、佐倉聡美って呼べばいいのか? 兎に角、子どもになってウチに帰ってきた女の子の指紋とDNAが一致したそうだ。民間の鑑定業者に頼んで、調べてもらったことだから、間違いない」
「なるほどな。俺が知らないところで、そんなことをしていたわけか」
「あっ、そういえば、言ってなかったね」
思い出したように、私は両手を叩いた。
それから、机の上に書類を置いたお父さんは、真剣な表情で私と向き合う。
「それと、今、ちょっと困ったことになっているんだ」
「困ったことって?」
「英理のことだ。ここ一週間、娘と連絡ができないって、昨晩、怒鳴り込んできた。いつも家にいる時間に電話しても、話せないし、高校の前で待ってみても、会えない。それから、蘭のクラスメイトたちに話を聞いて、蘭が無期限で休学していることを知ったらしい」
深刻な話に、私は眉を潜めた。
「うーん。どうしよう」
「そうだな。英理も危険なことに巻き込みたくないから、ここは黙っておいた方がいい」
「だったら、昨日、博士に貰った変声機を使って、電話してみようかな? 私は元気だから安心してって……」
「えっと、蘭。英理って誰だ?」
置いてけぼりにされた新一がキョトンとした顔で私に尋ねてくる。
それに対して、私は溜息を吐き出した。
「十年前にウチを出て行ったお母さん。そういえば、新一とはこの十年間、一度も会ってなかったっけ?」
丁度その時、インターフォンが鳴り響いた。その音を聞き、博士はコーヒーカップを机の上に置き、玄関へと向かい歩き出す。
それから数十秒後、博士は見覚えのある女性と共に、リビングに戻ってきた。
その瞬間、空気が冷たくなり、私は咄嗟にお父さんの背中に隠れた。
一方で、私のお母さん、妃英理はジッと、近くに見えたお父さんの顔を見る。
「あなた、これはどういうことかしら? 何かコソコソとしていると思って、尾行してたら、阿笠博士の家に来るなんて、おかしいわね。あなた、博士とはそんなに親しくないじゃない?」
「それは……」とお父さんが口ごもる。
「それと、あなたの背中に隠れているその女の子は誰?」
「ああ、偶然、博士の家に遊びに来てる女の子だ。名前は、佐倉聡美ちゃんで、その近くにいる小僧が、江戸川コナンだ。そっ、そういえば、知らなかったか? 最近、博士と仲良くなったって」
笑って誤魔化そうとするお父さんに、お母さんは疑惑の視線を向けた。
「まあ、いいわ。それより、蘭に会わせてもらおうかしら。実の母親なのだから、会う権利があるはずよ」
「じゃあ、今晩、蘭に電話を……」
顔を引きつらせたお父さんの声を遮り、お母さんはお父さんの顔をジッと怖い顔で見た。
「あなた、何か隠してない?」
「なんでもねーよ」
ギクっとしたお父さんが背中を真っすぐに伸ばす。そのあとで、お母さんは机の上に置きっぱなしにされていた書類に視線を向けた。
「これは何かしら?」
お母さんは素早く机に手を伸ばし、書類に目を通す。
その瞬間、お父さんの顔が青くなった。
「なぜ、ここにDNA鑑定書があるのか、説明していただけるかしら? 娘の蘭と誰かの毛髪のDNAが一致したと書いてあるわ」
完全に追い詰められている。もはや打つ手はない。
このまま正体を明かすしかない。私は不安になりながら、近くにいる新一に視線を向けてから一歩を踏み出し、小さな子どもの姿をお母さんに見せた。
「お母さん、心配かけてごめんなさい」
メガネを外し、素顔を晒した私は、顔を上に向けた。
一方で、驚いたような表情で腰を落とし、私の顔を覗き込んだ。
「あなた、本当に蘭なの?」
「うん、その鑑定書の通りだよ。私は毛利蘭。お母さんの娘だから」
「でも、こんなことって……」
「一週間前、私は怪しい黒ずくめの男を尾行していた新一を心配して、追いかけたの。そうしたら、新一が黒ずくめの男に見つかっていて……新一を助けるために思わず飛び出したら、不意打ちで気絶して、新開発の毒薬を飲まされたんだ。でも、その薬は未完成で、私と新一は体が子どもになっちゃった。信じてくれないかもしれないけど、これが真実だよ」
動揺するお母さんと向き合い、あの日のことを話す。
すると、お母さんは私の小さな両肩を強く掴んだ。
「蘭、あなた、どうして、そんな危険なことしたの? もしかしたら、死んでたかもしれないのよ!」
「もちろん、分かってる。このまま死んじゃうんだって思ったから。でも、私は新一を失いたくなかったの。それに、私と新一が生きていることを知ってる人は、みんな命を狙われるみたいだから、お母さんに危害が及ぶのを防ぐために、今まで秘密にしてた。本当にごめんなさい!」
ちゃんとお母さんと向き合った私は両手を合わせた。
それから、お母さんは私の近くにいる新一に視線を向ける。
「どうやら、そっちの男の子が新一くんみたいね。まあ、いいわ。蘭、ここを出て行きましょう」
「えっ」と驚く私の近くで、お父さんはお母さんに視線を向けた。
「お前、何言ってんだ?」
「今日から、蘭は私と一緒に暮らすの。セキュリティの観点を重視した、ここより安全な場所で。もちろん、蘭を危険なことに巻き込んだ新一くんと縁を切って」
「何もそこまでしなくても……」
今まで黙って傍観していた博士の声に、お母さんは首を横に振る。
「蘭、今回は奇跡的に助かったみたいだけど、今後同じようなことが起きたら、死ぬかもしれないのよ! ここは、新一くんと縁を切って、お母さんと安全な場所で暮らしましょう」
そんな提案を耳にして、私は思わず叫んだ。
「イヤ! 離れたくない!」
本音が爆発して、お母さんに反発してしまった。
新一と二度と会えなくなるなんて、絶対にイヤだ。
だから、あの日、私は新一を追いかけた。
このままお母さんと暮らしたら、あの日の気持ちがウソになる。
「俺からも頼む。もう二度と蘭を危険なことに巻き込まないから……」
私の右隣に並んだ新一がお母さんに頭を下げる。
私のために頭を下げてくれるなんて、初めてのことで、とても嬉しくて、頬が緩んでしまった。
そんな姿を見て、お母さんは溜息を吐き出した。
「はぁ。今日のところはこれで勘弁してあげるわ」
お母さんは博士に会釈をしてから、リビングから出て行く。
こうして、私たちの正体を知る人が三人に増えた。
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