憑依者がいく! (真夜中)
しおりを挟む

プロローグ

「……うーん、これで終わりだな」

 

噎せ返るような血の臭い。辺りを汚すのは危険種の成れの果て。

 

俺が作り出したものだ。その中で佇みながら空を見上げる。

 

未練がましく未だに唐突に考えてしまう……俺が俺になる前のことを。その事に苦笑しか出来ない。

 

「……何処だろうと空は変わらないか」

 

今でも鮮明に思い出せる。

 

自分が……この世界に来てしまった日のことを。

 

背後から誰かが近いて来る気配を感じる。

 

()()……死者0、負傷者は38人です」

 

「分かった。なら、負傷者の手当てが終わり次第撤収すると伝えておいてくれ」

 

「はっ!」

 

俺の言葉に返事をするとすぐに去っていった。

 

「…………さて、俺も戻るか」

 

俺は空を見上げるのを止めて、自軍の陣地へと戻る。

 

思えば……かなり慣れてしまったものだな。―――血生臭い……この光景にも。

 

この世界に来て……早数年か。

 

 

 

 

始まりは何てことはない。ただ、テレビでDVDを再生していたら眠くなったので眠っただけだ。

 

そして、気がつけば―――家の中ではなく外だった。

 

一気に覚醒して思考がグチャグチャになり、纏まらない。

 

そんな中、自分の見た目が変わっていることに気がついた。

 

狭い視界に、さらには腕を見ればそこには見慣れない黒い金属製の籠手。動く度に金属の擦れる音がする。

 

そして、一本の剣が傍に刺さっていた。

 

それは……俺がこうなる前に見ていたDVDのある凶戦士の宝具だった。

 

――― 無毀なる湖光(アロンダイト )

 

何故これが無毀なる湖光(アロンダイト)だと分かったのかは自分でも分からない。ただ、見た瞬間に分かってしまったのだ。

 

異常……それ以外に言葉が出なかった。

 

心が軋みを上げる。

 

それから俺は……ほとんどのことを覚えていない。

 

分かるのは自分がよく分からない叫びを上げながら暴れまわっていたことだ。

 

おそらく……そうすることで心が崩壊するのを防いでいたのだろう。

 

次に俺が明確な意思を取り戻した時には地面にうつ伏せの状態で倒れていた。

 

「…………」

 

誰かが俺のことを呼んでいるようだが、当時の俺にはよく聞こえていなかった。ただ、身なりのよい小さな少年であった。

 

それは運命の出会いと言っても過言ではない。その時はまだ知るよしもなかったが。

 

そして、また意識を失った。

 

次に目覚めたときは寝台の上であった。木製の天井が目に映り、小鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 

 

 

「……将軍。いつでも発てます、ご命令を」

 

「ああ、これより……帝都に帰投する!」

 

自陣に戻り、昔のことを思い出しているうちに準備が終わっていたようなのですぐに命令を出した。

 

「……ふぅ」

 

「どうしましたか?」

 

どうやら溜め息が聞こえていたらしく、近くにいた副官が訪ねてきた。

 

「いや……まさか、異民族が危険種を飼い慣らしているとは思わなくてな」

 

「確かに帝具も無しに数十匹の危険種を飼い慣らせるとは思いませんでした」

 

帝具―――それは約千年前に大帝国を築いた始皇帝が絶大な権力と財力を元に帝国を永遠に守るために生み出させた、現代では到底製造出来ない48の兵器。

 

それらの能力はどれも強力で中には一騎当千の力を持つものもある。

 

だが、現在は五百年前の大規模な内乱によって、その半分近くが各地に姿を消してしまった。

 

「まあ、それでも……怪我人だけで済んでなによりだ」

 

「ええ、そうですね。彼らは貴重な人材ですから」

 

陛下からの命令で帝都近郊に潜んでいる異民族の部隊を殲滅しに向かったら、まさかの危険種を飼い慣らして自軍の戦力としていたのだ。

 

これで、死者が出なかったのは副官である……ランの働きが大きい。

 

万里飛翔"マスティマ"それがランの持つ帝具である。

 

その力は使用者に空を飛ぶ翼を与えるだけでなく、その翼から羽を飛ばして攻撃することも可能とする。

 

それにより、空中からの援護を任せたら殺られそうな兵士たちを殺られないように援護して死者0の結果を出した。

 

「そうだな」

 

「ところで、ランスロット将軍」

 

ランスロット……この名前は元の自分の名前が思い出せないから、咄嗟に名乗ってしまった名前であり、無毀なる湖光(アロンダイト)の本来の持ち主の名前だ。

 

「どうした」

 

「最近、帝都を騒がせている集団ナイトレイドはご存じですね」

 

「……ああ」

 

ナイトレイド―――富裕層……それも悪い噂しか聞こえてこない富裕層や悪辣な輩をターゲットにしている暗殺者集団であり、現在は4人ほどメンバーが判明している。

 

俺の知り合いもその中にいる。

 

「……実はまた一人、国の重役が殺られたそうです」

 

「……そうか」

 

国の重役が殺られたと言うのにランは嬉しそうだ。殺られたのが腐っていた重役だからだろう。

 

国を内側から変える……それを目標としている男なのだから、膿が消えれば嬉しいのは当たり前か。

 

それは俺も同じだ。

 

陛下は俺にとっての恩人。その陛下を腐らせていく害虫共が消えるのならば全然問題ない。

 

助けられ、自暴自棄になりかけていた俺を救ってくれた陛下への恩を返す。それが俺の今を生きる目的。

 

嘘で塗り固められた俺の中での数少ない真実。

 

もう、顔すら思い出せなくなった父と母が言っていた「助けられたならその分助けなさい」という言葉。

 

だからこそ……俺は陛下を支え続ける。例え誰も味方がいなくなっても、最後まで陛下の味方であり続ける。

 

 

 

 

「将軍!」

 

帝都の姿が遠目に見えてきた頃に前方から一人の伝令役が走ってきた。

 

その表情には明らかな焦りが見てとれる。俺の隣にいるランも兵士の様子からただ事ではないことを感じたのだろう。真剣な表情になる。

 

「どうした?」

 

「申し上げます! 前方に一級危険種"土竜"の群れです!」

 

一級危険種"土竜"の群れか……。

 

俺は顎に手を当てながらふと考える。

 

「気付かれているか?」

 

「いえ、気付かれていません」

 

「そうか……」

 

異民族との戦闘からあまり時間が経っていないから、兵士たちも体力的に厳しいだろう。

 

そもそも、こちらは怪我人もいるならば戦える人数もさらに少なくなる。

 

怪我人も含めて軍勢は百。怪我人は38。戦えるのは62。その62の約半分は怪我人の護衛に回すとして……。

 

「正確な数は分かるか?」

 

「おそらく……10から20の間かと」

 

それならば……三人一組で組ませて防御主体で確実に仕留めるようにして、俺とランの二人で一体づつ始末していくしかないな。

 

「……よし! 兵士30名を三人一組で10組。残りは怪我人の護衛だ。それと、俺とランが着いたらすぐに動けるように準備しておけ」

 

「はっ!」

 

伝令役は短く返事を返すとすぐさま前線に戻っていった。

 

「……土竜程度なら私か将軍のどちらか片方が出向くだけで済むでしょう。何故です?」

 

「決まってるだろ……せっかく死者0で任務を終えられたんだ。それ以外で死者を出すのはバカらしいだろ」

 

「まあ、それもそうですね。彼らはこの国に必要な存在ですし無駄に散らせるのは愚策ですね……腐っていない貴重な人たちなんですから」

 

腐っていたら明らかに捨て駒にする発言だな。

 

俺もそうするだろう。味方の足を意図的に引っ張るような奴は邪魔でしかないのだから。

 

ランと共に前線に向かう。

 

すでに三人一組になった兵士たちが揃っていた。

 

「将軍……いつでも行けます」

 

俺はその言葉に満足気にうなずくと号令を出した。

 

「総員……俺に続けぇぇぇッ!!」

 

「オオォォォッ!!」

 

兵士たちが雄叫びを上げながら俺の後に続いて走り出す。

 

既に上空に上がっていたランが"マスティマ"の羽を先制として土竜たちに放っている。

 

「ヴォア"ア"ア"ア"!」

 

突然の不意打ちに土竜が怒声を上げた。

 

「お前ら! 防御主体で一体づつ確実に仕留めるようにしろ! いいなッ!」

 

「はい!」

 

ちゃんとした返事だ。これなら特に気後れもしてないだろう。

 

俺は腰に携えていた剣を抜くと走る速度を上げて土竜に斬りかかった。

 

 

 

 

 

一級危険種"土竜"を斬りつつ思い出す。

 

あの空虚な時間を……当時は夢ではなく現実であることに絶望していた。

 

思い出せない自分の名前に家族の名前。すでに顔すらも思い出せなくなっていた。自分が消えていることに嘆き悲しむことしか出来なかったあの日々。

 

そんな日々の中で毎日のように顔を出しては少しだけ話すとすぐに帰ってしまう少年との会話だけが楽しみであった。

 

傍には必ず護衛がついていた。なので、身分の高い子なのだろうと思っていたが、まさか……後の陛下であるとは思っても見なかったが。

 

普通に動けるようになったある日。

 

俺はこれからどうするのかと聞かれた。

 

それに対して俺は……何も決まってませんと答えた。それ以外になかったから。

 

目的も希望もない当時の俺にとって何をすべきなのかすら考える力が萎えてしまっていたのだ。

 

「なら……余に仕えろ。何も決まっていないのであろう。なら、余が決めてやる」

 

初めは何を言われているのか理解できなかった。

 

だが、先程の言葉を反芻するうちに自分の居場所が出来たのだと理解した。

 

周りの者たちが騒いでいたがそれも耳に入らず、俺は膝を着き頭を垂れた。やったこともないのに自然とその動作が出来てしまう。

 

「よろしくお願いいたします」

 

「そう言えば……名前はなんと言うのだ?」

 

名前……自分の名前が思い出せない。

 

何かないかと必死に頭を働かせていると咄嗟に口が動いてしまった。

 

「……ランスロットとお呼びください」

 

「うむ。ランスロットだな」

 

「はい」

 

俺はこの時のことを忘れない。あらゆるものを失ってしまった俺に手を差しのべてくれたことを。

 

それから1ヶ月はブドー大将軍の元でこの"身体"の力を十全に生かせるように訓練に明け暮れた。

 

2ヶ月経った頃には初めて人を殺した。相手は殺人犯であったが決して気持ちの良いものではなかった。

 

何よりも……殺してもそれだけの感情しか抱けなかった自分に嫌悪感を抱く。

 

そして、半年が経った頃には次期将軍候補の一人となっていた。

 

理由はバン族との争いの時に相手の部隊長クラスの首を多数、さらには敵の拠点を複数陥落させたからだ。

 

その頃には人を殺すことにもある程度慣れてしまった。

 

バン族との争いから3ヶ月後には年齢を理由に将軍職を辞した人が出たので俺はその日に将軍となった。異例のスピード出世に嫉妬されたがブドー大将軍と模擬戦をしたら黙った。模擬戦とは言えブドー大将軍と互角に戦ったのだからそれもしょうがないだろう。

 

あの人は本当に強いのだから。

 

「ん? ああ、終わりか」

 

昔のことを思い出しているうちに土竜の群れを殲滅し終えていた。

 

剣を軽く左右に振って、血を飛ばす。

 

「将軍……殲滅完了です」

 

伝令役が素早く駆け寄り状況を報せてくる。

 

「ああ、被害のほどは?」

 

「怪我人が出ましたが重傷者はいません。死者も0です」

 

「わかった。では、怪我人の手当てをした後に帝都に戻るぞ」

 

「はっ!」

 

敬礼をすると伝令役は素早く戻っていった。

 

「どうだった?」

 

空から降りてくるランに問いかける。

 

「兵士たちの方ですか? それとも……」

 

「両方だ」

 

ランはうなずくと地面に降り立つ。その際に音は立てずに、さらには血溜まりの無い場所を選んでいる。

 

「では、先ず兵士たちの方から……幾人かは一級危険種を一人で仕留めることが出来るくらいの実力はあります」

 

それはなによりだ。次期小隊長に丁度いい。適正を踏まえてこれからの伸び次第では昇格だな。

 

「次に土竜の群れから逃げたものはいません。また、付近に危険種の存在はありませんのでこの付近はしばらくの間は安全でしょう」

 

「わかった。それと、後で焼却部隊に処理を頼まなくてはな」

 

土竜の死体を放置していてはおけない。

 

「そうですね。血の臭いで他の危険種を呼んでしまうかもしれませんしね」

 

他にも野犬とかな。

 

それよりも……大臣と会うんだよな。

 

焼却部隊の隊長であるボルスと会うのは大歓迎なんだけど……大臣はな。

 

また、グチグチ小言でもいって地味に嫌がらせしよ。陛下の成長の妨げになってる存在だし。

 

帝都の方を見ながら俺は内心で溜め息を吐いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話 帝都をいく

「異民族の討伐を終えました」

 

帝都に戻ってきた俺は宮殿の大広間で陛下へ報告にきていた。

 

「さすがだな、ランスロット将軍。大義である」

「はっ!」

 

「将軍とその部下たちに2日の休暇を与えよう。しっかりと英気を養うように伝えてくれ」

 

「はい。しかと伝えておきます」

 

皆も喜ぶであろう。久しぶりの休暇なのだから。ここ最近は訓練、実戦、訓練、実戦の連続でこれといった休みを与えられていなかったからな。

 

「これで良いのであろう大臣」

これさえなければどんなに良かったことか。

 

「ヌフフ、お見事です」

 

グチャッ、グチャッと肉を摘まみながらでっぷりと肥満体の身体を動かしながら大臣が現れた。

 

「お久しぶりです大臣。今日も相変わらず不健康そうな身体ですね。それと、陛下が食べていないのに自分だけ食べるとか、何処の国でもやってませんので即刻止めていただきたいのですが」

 

「不健康ではなく私は健康です。それと、ちゃんと陛下から許可を頂いているので問題ありませんよ」

 

「そうですか。それと、陛下」

 

俺は大臣に返事を返してから陛下へと話しかける。

 

「どうした」

 

「大臣の体型は基本的に病気と何ら代わりありません。もし、汗が臭くなったら教えてください。消臭剤を用意いたしますので」

 

「将軍……それは薬を用意すべきではないのか?」

 

ピクピクと目元をひきつらせる大臣に内心で笑いつつ、陛下と話を続ける。

 

「いえ、薬では治りません。一時的には治せるでしょうが……本人の生活習慣を変えなければ根本的な解決にはなりませんので」

 

そうか……、とうなずくと陛下は隣に立つ大臣を見上げる。

 

「大臣よ……やはり食べる量を減らすべきではないのか? この手のことでランスロット将軍が間違えたことはないぞ」

 

「急な病死をしたくなければ今すぐにでも運動してその肥満体を健康体に戻すべきです。手伝いますよ?」

 

新兵を鍛える時のメニューその8……帝都の外周を走るで。

 

「いえいえ将軍も暇ではないでしょうし遠慮しておきます」

 

チッ……まあ、嫌がらせは出来たしいいか。

 

「そうですか……健康体になりたければいつでも言ってくださいお手伝いしますので」

 

「何度も言いしたが、これでも健康体です」

 

「ご冗談を」

 

はははは、と軽く笑う。

 

その度に大臣の目元がひきつるので気が晴れる。

 

「それと、陛下……帰還途中に危険種の群れと遭遇し、殲滅したので焼却部隊へ死骸の始末の命令をお願いします」

 

「わかった。余が命令を出しておこう」

 

「はい。それでは失礼します」

 

俺は深々と陛下に頭を下げると大広間から退出した。

 

 

 

 

宮殿の外へ出ると今回の異民族の討伐に連れていった兵士たちが整列して待っていた。

 

「将軍、陛下はなんと?」

 

宮殿から出てきた俺にランが近寄りつつ聞いてきた。

 

「陛下からの言葉を伝える。2日の休暇を与えよう。英気を養うようにとだ。それと、せっかくの休暇なのだ少し早いが今月の給料を支給する」

 

給料の支給と言う言葉を聞いた瞬間兵士たちがざわめきだした。

 

皆、金が好きだなあ、と思いつつランを見るとランはやれやれといった様子で首を軽く笑っていた。この光景にも慣れたのだろう。

 

給料を早めに支給すると本気で驚かれたし、古参の兵士たちはすでに慣れたもので仲間内で何に使うかを話している。

 

それから、隊舎に戻ると金庫から今月分の給料を出して、兵士一人一人に渡していく。

 

それを受け取ったそばから兵士たちはそそくさと帰っていった。

 

最後の一人に渡し終えると、ランがお茶を用意していてくれた。なんともまあ気のきく副官だ。

 

「どうぞ」

 

「すまんな」

 

ランから湯飲みを受け取り一口飲む。

 

お茶特有の苦味が口内を満たす。濃いめのお茶が好みな俺にとって丁度いい感じだ。

 

「焼却部隊の方はどうです?」

 

「陛下にお願いしておいたから問題はないだろう」

 

「大臣が何か言うかもしれませんよ」

 

「それこそしないだろう。危険種の死骸を燃やすだけで……俺の()が増すわけじゃないんだからな」

 

仮に焼却部隊の隊長であるボルスを部下にしようとしたら確実に妨害があっただろう。

 

ただでさえ、ランが俺の副官になっているのも俺が帝具を持っておらず、帝具の代わりに帝具持ちの部下を欲したからに他ならない。

 

多分、俺が帝具を手にいれたらランは何らかの理由をつけて他の場所へ移されるだろう。

 

全く……大臣も困ったものだ。

 

「そうですか……でも、あまり無茶なことをしてると大臣も強引な手段を取るかもしれません」

 

「それもそうだな。それは大きな手柄を立てれば問題はないと思う……例えばナイトレイドのメンバーを捕らえるとかな」

 

「はぁ……そんな簡単にいくと思っているのですか?」

 

「まさか、全員が帝具を持っているのに簡単に捕らえられるわけないだろ。もっとも相性や状況によるがな」

 

事実……この円卓最強と言われる"ランスロット"の身体と互角に戦えるブドー大将軍が色々とおかしいだけだ。

 

ブドー大将軍並みのがポンポンいたら今頃帝国は滅ぼされている可能性もある。

 

「そうでしたね……白兵戦に関してあなたを越えるものは帝国にいませんでしたね」

 

「そういうことだ。遠距離なら近づいて白兵戦に持ち込めばいいし、近距離ならよっぽどの達人ならいざ知らず大半は問題ない。奥の手もあるしな」

 

奥の手……無毀なる湖光(アロンダイト)

 

超級危険種を相手にしたとき以外に使っていないこの剣を使えばいい。

 

「そうですか……それと、手紙が来てましたよ」

 

「手紙? 誰からだ」

 

大半の手紙が縁談や賄賂についてなのでほとんど無視しているのだが、とりあえず名前だけは確認するようにしている。

 

相手によってはちゃんと返事をしなければならないからだ。

 

「元大臣であるチョウリ様、それとスラムにある孤児院からのお礼のお手紙です」

 

チョウリ様と孤児院からか……チョウリ様からのはちゃんと返事をしなければならないな。孤児院からのは一応、返事と一緒に食べ物と寄付金を送ろう。

 

「チョウリ様か……ラン、これは使えると思わないか」

 

ニヤリと口元を歪ませる。それだけで俺が何を考えたのか理解したのだろうランは呆れたような表情で俺を見てくる。

 

「恩人も利用するつもりですか……悪い人ですね」

 

「ランも俺と同じ立場だったらそうするだろうに……それに政治について勉強出来るいい機会だぞ」

 

帝国を内部から変えようとしているランならこの機会は絶好の機会だ。元大臣であるチョウリ様から政治について教わることが出来るかもしれないのだから。

 

俺も一時期世話になったことがあるのでこの人の頼みは無下には出来ない。

 

大臣と真っ向から政治という舞台で戦える数少ない人物。上手くいけば陛下にとって毒でしかない害虫らを消せるのだから支援しないわけにはいかない。下手したら暗殺される可能性のある方だ。

 

「綺麗事だけじゃ世の中やっていけないですしね」

 

「その通りだ。清濁併せ飲むことが出来ないとな」

 

本当なら綺麗事だけでやっていけるような世の中なら簡単なのにな。

 

早々上手くはいかないか。

 

手紙の内容はある程度予想通りのものであった。大臣の悪政の噂が地方の方にも流れ、さらには重税で日々を生きるのすらも難しい村の数が増えてきたことが書かれていた。

 

そして、近いうちに帝都に来ると。

 

近いうちといっても日程もまだ決まっていないらしくもうしばらく先になるそうだ。

 

これなら近いのか遠いのかわからない。でも、これは朗報だ。大臣にとっては凶報ともとれるが。

 

「顔見せも兼ねてランがチョウリ様の護衛に行くか? 多分、刺客が現れると思うが……どうする?」

 

「そうですね……刺客が来る可能性を考えるなら私よりも将軍が行ったらどうです? 大半の刺客は逃げますよ」

 

ランはニッコリと笑いながらそう言ってきた。

 

「俺は危険種か何かか?」

 

「人型危険種ですね。新種ですよ」

 

「人を勝手に人外にするんじゃない」

 

全く……失礼なやつだ。超級危険種を単身で討伐したくらいで人外扱いはないだろうに。

 

手紙の返事を書く準備をしつつ、ふと気になったことを聞いてみる。

 

「ランは休暇中はどうするつもりなんだ?」

 

「休暇中ですか……私は孤児院の子どもたちに勉強を教えに行きます。元とはいえ教師でしたから」

 

元か……あんなことがなければ今もランは教師を続けていただろう。

 

―――()()()()が当時ランが教師を勤めていたジョヨウに現れなければ。

 

子どもは国の宝。無限と言ってもいいほどの可能性を秘めている。だからこそ……子ども殺しの凶賊は始末しなければならない。

 

未だに行方は掴めていないのが残念極まりないが、そればっかりにも集中していられないのが現実だ。

 

「なら、しっかりと教えてこいよ。もしかしたら将来その子どもたちが国を動かしているかもしれないんだからな」

 

俺がそう言うとランはくすくすと笑いながら言った。

 

「そうなると嬉しいかぎりです。教え子が立派になった姿を見れるんですから」

 

そんな未来を作るためにも帝国に巣食う害虫たちの駆除は必須だな。

 

綺麗なままでやっていけない世界だが汚くして良いわけではない。

 

……一応、大臣にも陛下にも知られていない俺の切り札とも言えるあいつに連絡をとっておくか。

 

あんまり連絡をしないでいるといつかみたいに任せたことをほっぽり出してこっちに来かねないからな。

 

「……そうか。なら、行くついでに返事の手紙とお土産を持っていってくれ」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

俺は手紙を書く準備を終えたので孤児院向けに返事を書き始めた。

 

 

 

 

「うーん……」

 

目覚めとともに上体を起こして首を軽く回す。ゴキゴキと骨が音を立てる。

 

それから起き上がり、布団を畳んでから着替えると俺は軽く朝食を食べてから外へ出て帝都の外へと向かう。

 

昨日書いた手紙を届けるためだ。

 

チョウリ様や孤児院宛にではなく切り札とも言えるあいつ宛にだ。あいつ宛には鳥型の危険種であるマーグファルコンで手紙を送る必要があるのだ。

 

2級危険種であるマーグファルコンであるが俺が手懐けたわけではなくあいつが手懐けられたやつを俺との連絡ように勝手に使っているのである。

 

バレたら俺も色々と困ることになるのだが……あいつなら大丈夫だろうという確信がある。戦闘能力には期待してないが。

 

それはともかくとして……。

 

「頼んだぞ」

 

マーグファルコンの足に手紙をくくりつけて、一撫でしたのちに空へと放す。

 

すぐにその姿は小さくなり、見えなくなった。

 

この休暇中に返事はまずないだろう。

 

なので、それを見越した上で動かなくてはならない。

 

チョウリ様宛の手紙は普通に送れるのでそれを生業としている人に任せればいいので、後はどうするか。

 

部下たちは休暇を思い思いに過ごしているだろう。殉死者がいないので遺族への報告などもないから俺も完全に休暇と言える。

 

友人に会いに行こうにも仕事の最中だろう。夜になったら家族との時間だし邪魔をするのも悪い。

 

こんな日は散歩にかぎるな。

 

馬鹿がいたら捕まえればいいし、帝都の治安状況をこの目で確かめておくのも悪くない。

 

あと、明日は大丈夫か聞きに行くことにしよう。

 

それに……久しぶり酒を飲みに行くのも悪くない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 休暇をいく

帝都を散歩していると目に入る人々の顔はあまり良いものではなく、元気のない表情であった。

 

全員が全員そうではないが……5人に一人の割合で見かけるぐらいには多かった。帝都がこんな現状では地方や辺境はもっとひどいことだろう。

 

それでも、人は生きていけるのだからすごい。

 

こんな現状を憂う人がいることにこの国がまだやり直せることを感じさせる。

 

現在の帝国の兵士たちも腐っている輩が大勢いる。同時に腐らずに真面目な輩も存在しており、その大半がブドー大将軍が率いる近衛兵に所属している。

 

後は俺のところもしくは肩身の狭い思いをしながら他の将軍らの配下にちらほらといるぐらいか。

 

全く……嘆かわしいことだ。

 

権力者が腐るとどれだけ厄介が簡単にわかる。

 

それだけ……今の帝国は危ない状況なのだと理解させられる。これを危ないと感じないのはこんな現状で甘い蜜を啜れる一部の輩のみ。

 

散歩をしているうちにお昼になったので軽食屋による。その軽食屋はまだ開店したばかりなのか中にあまり客の姿はなかった。

 

「いらっしゃいませ! お一人様でよろしいですか? 」

 

「ああ」

 

「では、こちらの席へどうぞ」

 

案内された席へ座ると俺は早速注文をした。

 

「オススメのものを頼む」

 

「かしこまりました」

 

そう返事をすると従業員は厨房の方へと向かっていった。

 

その際、駆け足だったが埃が舞い上がらなかったのでちゃんと店内の掃除がいきとどいているらしい。

 

ひどいところだと埃は舞う、変な臭いがするで食欲すら落ちてしまう。

 

元気なところは元気だが……それもいつまで続くか。

 

元気のない表情をした人の大半は帝都に来て旗揚げをしようとして失敗した人の末路で元気なのは元から帝都に住んでいるかそれなりの仕事に就けている人だけだろう。

 

「お待たせしまた」

 

従業員が頼んだ料理を運んできた。

 

それはステーキだった。厚さは見た感じ……3センチ。大きさは大体……10センチぐらいである。あと、スープとパン。

 

パンは焼きたてのものらしくホカホカとしている。スープはシンプルに玉子と野菜しか入っていなかった。

 

それらを並び終えると従業員はごゆっくりどうぞ、と言って去っていく。

 

「……いただきます」

 

道行く人々の様子を観察しながらお昼を食べた。

 

ちなみに味は上の下だったのでたまに食べに来てもいいかなと思ったぐらいだ。

 

 

 

 

お昼を食べ終わると古本屋で小説を一冊買い公園のベンチに座りながら読んだ。

 

近所に住む子どもたちが遊んでいる様子を見てるとどうしても考えてしまう。

 

陛下にも年の近い友達と呼べるような人がいればいいのにと。

 

立場の問題もあるが何よりも大臣が問題だ。大臣、大臣言っていると名前を忘れそうだがオネストという名前がある。

 

オネスト大臣と呼ぶ人は少なく基本的に皆、大臣と呼ぶ。

 

たまに大臣の名前がわからない人もいるくらいだ。

 

「……こんなものか」

 

読んでいた本をあらかた読み終えたので閉じる。

 

内容もそこまで面白いものではなかったのが残念だ。これを新品で買っていたらショックを受けていたぐらいに面白いものではなかった。

 

中古でよかったと心の底から思った本に初めてであった。これはこれで一種の奇跡と呼べるだろう。

 

タイトルはそれなりに興味をそそったのだが……タイトル負けし過ぎだ。

 

「あら? 今日はお仕事お休みなんですか?」

 

「ん? ……ああ、ボルスの奥さんじゃないですか。買い物の帰りですか?」

 

そろそろ公園から出ようとベンチから立ち上がったタイミングでボルスの奥さんに出会った。

 

今日は娘さんと一緒ではないから多分、娘さんはお留守番なのだろう。

 

「はい、そうなんです。今日は夫が帰ってきますので彼の好物を作ってあげようと思って」

 

本当に出来た奥さんである。さすが結婚六年目にして未だにラブラブなだけはある。

 

この家族を見てると羨ましくなるくらいだ。

 

それに今日帰ってくるなら、すぐに危険種の死骸の焼却を命じられるか。

 

なんか……悪いことしたな。

 

変なところで重なってしまった。死骸の焼却は明日になるだろうけど……もし、明日に休みを取ってたらと考えると罪悪感が。

 

「それは喜びますね。彼は家族と一緒に過ごす時間が何よりも好きですから」

 

本当に……軍人なんか止めて他の仕事をすればいいのに。

 

温厚な上に優しい性格なのにこんな時代じゃなければとつくづく思う。

 

「はい! 私も娘も夫のことが大好きですから」

 

いやぁ……本当、目の前でそんなキラキラとした幸せオーラを放たれると彼の仕事を増やしてしまった罪悪感が胸の内から溢れてくるので辛い。

 

「いやぁ……本当にボルスは幸福者ですね。あんまり話してると夕食を準備する時間もなくなっちゃいそうですかそろそろ失礼します。ボルスによろしく伝えておいてください」

 

「いえ、こちらこそ主人のことをよろしくお願いします」

 

お互いにペコリと頭を下げてから別れる。

 

これはますます大臣をどうにかしなければならないな。陛下のためだけではなく友人の幸せのためにも。

 

改めてそう決意すると俺は家に戻っていった。

 

 

 

 

翌日。

 

仕事もなく今のところ特にやることのない俺は帝都から出て、帝都近郊にある村の中でも危険種の被害が多い場所に危険種狩りに来ていた。

 

「しかし……良いのですか……この村にはお金は」

 

言いづらそうに村長がそんなことを言ってくるが俺は首を横に振る。

 

「かまわない。今日は休暇の上に勝手にやっているだけだからな」

 

「ありがとうございます!」

 

今にでも土下座をしそうな勢いの村長。

 

こんな様子を見ると辺境の方はかなり酷いことになっていると予想される。

 

帝都の近くでこの有り様なのだ。もう、あまり時間がないのかもしれない。

 

あと数年したら陛下の妻のことも考えねばならなくなる。そうなると必然的に大臣が陛下を飼い殺しにするために大臣の息のかかった者を推してくるだろう。

 

その前になんとしても帝国に巣食う害虫を駆除しなければならない。

 

「気にする必要はない。さっきも言ったが俺が勝手にやっているだけだからな」

 

俺はそう言って村長に背を向けると、危険種の縄張りとされる場所へと向かう。

 

鬱蒼とした森の中を進んでいく。

 

「……狩った危険種はあの村にやろう。俺には必要ないし、あの村の生活が少しでも楽になるのならばそれでいい」

 

これで、少しでも陛下への心象が良くなれば万々歳だ。

 

こんな打算もある。完全に親切心でそんなことをやれるほど俺は優しくない。

 

少しでも俺をいい人に見せて、そんないい人が皇帝に仕えているんだから皇帝はいい人なのだろうと少しでも思ってくれればそれだけでやる価値はある。

 

例え、大臣の傀儡にされていようともその命令を出しているのは陛下なのだから当然、陛下に怨みなどが向かない可能性は0ではない。

 

確実に怨まれているはずだ。それをほんの少しでも払拭出来れば……陛下の安全へ繋がる。

 

もし……革命軍が陛下の命を奪うつもりなら俺は革命軍を潰すために全力を尽くそう。その後に大臣を始末すればいい。

 

今はまだ大臣に生きていてもらわなければ困る。

 

大臣のお陰で駆除すべき害虫が見つけやすくなっているのと、大臣が保有する個人戦力を完全に削り切っていないからだ。

 

下手をしたら陛下に危険が及ぶ。いくらブドー大将軍であろうとも並み以上の使い手に多方向で暴れられると鎮圧に時間がかかってしまう。

 

「……こいつか」

 

考え事をしているうちにターゲットである危険種を見つけた。

 

―――ランドタイガー。虎型の2級危険種であり、鋭い牙と爪に加え、頭と脇腹にある鋭利な角状のものが生えているのが特徴。

 

一般人には確実に荷が重い相手だ。1級危険種である土竜よりも弱いが新兵では下手したら殺されてしまう相手。

 

「……まずは1匹」

 

俺は相手が気づく前に剣でランドタイガーの首を切り落とす。

 

それからランドタイガーの死骸を村へと持っていく。

 

道中、血の臭いに引かれて幾多の肉食獣や危険種に遭遇するもそれらを一刀のもとに切り殺して村へと戻る。

 

俺が通ったあとには幾多の血痕が残っていた。

 

血塗られた道……すでに俺が歩んでいる道そのものを連想させる。

 

「ふっ……今さらだな。今さら何を考える必要がある」

 

すでにやるべきことは決まっているのだ。ならば、それに向かって一直線に突き進めばいいだけ。

 

恩人も友人すらも利用して、そして俺すらも利用させて……。

 

陛下のために最良の結末へと持っていけるようにする。

 

そのために必要な手札はまだ揃っていない。

 

揃えようとすれば揃えられるだろうが時期尚早。大臣の権力がまだ大きいので揃えたところで意味がない。

 

むしろ……俺以外が消される。

 

それでは駄目なのだ。

 

すでに、陛下の大臣に対する信頼と好意を完全に無くすための手段は考えついている。

 

それにはあいつの力が必要になる。が、今は別命を与えているので決行できない。

 

どっち道今はただ俺が動き出せるようになるのを待つしかないのだ。

 

その時が来るには帝都を騒がす暗殺集団ナイトレイドに頑張ってもらうしかない。

 

彼らにも陛下のために俺の手のひらの上で踊ってもらう必要がある。

 

大臣側の戦力と権力を削るためにな。

 

こんなんじゃ……どっちの方が悪役だか。敵も味方も全てを利用しなければならないのだから。

 

本当……最低だな。

 

くく……笑うしかない。自分の最低さに……。

 

「……誰かがやらなければならないこと。ボルスならこんなことを言うだろうな」

 

私ではなく公で動ける彼のような人間は後の世に必要だ。

 

特に彼ならば他の誰よりも陛下のことを任せられる。

 

子持ちであり、まだ、幼い陛下に接してもきっと戸惑わないであろうから。

 

ブドー大将軍だと堅物過ぎてそこら辺は任せられない。護衛とか護身術の訓練をつけるなら最適の人物であり、最高なのだが。

 

それに……俺自身の評判を少しでも上昇させて陛下自身に俺を臣下にしたことを良い判断であったと認識させて喜ばせてあげたい。

 

自分の目は節穴でなかったと。これから俺が大臣を嵌めようとしている計画を実行すると確実に陛下がショックを受けることになるのだから。

 

少しでもそれに耐えられるようにしておきたい。

 

……前途多難ではあるがやりがいはある。

 

帝国の内部が完全に腐りきっていない今ならばまだ、チャンスはある! 時間はほどんど残されていないに等しいが……それでも帝国内の重鎮全員が腐っているわけじゃないのだ。

 

大臣と大臣に連なる帝国を腐敗させる害虫らを殲滅する!

 

「道半ばに死ぬことだけは絶対に出来ないな」

 

俺はずるずるとランドタイガーの死骸を引きずりながらそう呟いた。

 

今日も何処かで大臣が原因で帝国の未来を担う者が消されている。

 

そう思うと……帝国軍から革命軍へと離反してしまうのも仕方がないと感じる。真面目に働けば働くほど苦痛を感じるのだから。

 

せめて、1日でも早く大臣とそれに連なる害虫らを始末しなければ……もう、帝国に未来はない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 宮殿にいく

休暇も終わり、宮殿内の執務室で書類仕事をしていた。

 

今日はブドー大将軍が直々に兵士たちを鍛えてくれるそうなので遠慮なくお任せした。俺よりも遥かに軍歴の長いブドー大将軍なら安心して兵士たちを任せられる。

 

嬉々として俺は兵士たちをブドー大将軍に預けた。

 

兵士たちからの恨みがましい視線が集中したが兵士たちのためを思うとこの選択は間違えていない。

 

他の将軍に任せるよりもずっと安心なのだから。

 

今も……ギャァァァッ! 、ヒィィィィッ! 、助けてくれぇぇぇッ!! と言う悲鳴が聞こえてくるが悲鳴が聞こえてくるだけあってまだまだ余裕だな。

 

そのうち、悲鳴を出す力すらなくなるのは確定しているんだからな。頑張れよ……部下たち。

 

俺はお前たちの悲鳴を聞きながら書類仕事を終わらせるから。

 

「将軍……今期の武具の手入れ用品は入荷が少ないので節約しなくてはなりません」

 

「どれくらいだ?」

 

「普段の約3割減です」

 

3割も少ないのか……でも、3割ならまだ節約でなんとかなるレベルだな。

 

「分かった。節約して使ってもしも足りなくなったら俺に言ってくれ」

 

「わかりました」

 

ランに書類仕事を任せると早く終わるので助かる。

 

俺もやってはいるがランよりも書類を片付ける速度は遅い。

 

得意不得意の差だろう。

 

そんなことを思っているとコンコンと扉がノックされる。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

そう言いながら入ってきたのは―――覆面に拘束具といった不気味な出で立ちの巨漢である。そんな男が手にお弁当箱を抱えて部屋に入ってきたのだ。

 

当然、周りにいた一般の事務員は硬直する。

 

そんな事態を引き起こした本人は真っ直ぐに俺の方へと近寄ってくるスッとお弁当箱を差し出してきた。

 

「どうぞ、お裾分けです」

 

「お、悪いね。奥さんにお礼を言っておいてくれ。後で直接お礼を言いに行くのでそれもよろしく」

 

「ええ、妻も喜びます。それじゃあ失礼しますね」

 

ペコリと頭を下げて、律儀に驚かせてごめんなさいと一般の事務員に謝りつつ退出するボルス。

 

一般の事務員が硬直から解けたのはボルスが退出してから数分のことだった。

 

「あの……さっきの人は?」

 

恐る恐るといった様子で一般の事務員が話しかけてきた。

 

「ああ、さっきの彼はボルス。焼却部隊の隊長で帝具〈煉獄招致〉ルビカンテの使い手であり、俺の友人だ」

 

「本当ですかッ!?」

 

やはり、ボルスの友人だと驚かれる。彼は見た目はアレだが、実際に話したりしているととても良い人なのだ。

 

料理も上手いし、休日なんかはよく家族と一緒に過ごしている家庭的な男。

 

仲良くなるとさっきみたいにお裾分けとかくれるので仲良くなることをお薦めする。

 

この帝都で損得勘定なしで付き合える数少ない貴重な友人だ。

 

ああ、やっぱり俺の部隊に欲しいな。参謀ならランがいるし、白兵戦なら俺がいる。そして、ボルスが部隊の纏め役兼範囲攻撃役。

 

うん……かなりいけるな。

 

エスデス将軍の部下には3人の帝具使い―――通称、三獣士と呼ばれる部下たちがいるんだし俺のところにも2人ぐらい帝具使いがいてもいいだろう。

 

そうなると当然、大臣がネチネチと文句を言ってくるんだろうな。

 

そう考えると腹が立つ……いっそのこと陛下に言って無理矢理運動させてやろうか?

 

過労で死んだならしょうがないしな……。

 

まあ、そんなことが出来れば良いんだけどな。さっきまでの馬鹿らしい考えを捨てる。

 

「本当だ。人は見かけじゃないってのを実践している男だぞ」

 

そう言えば……兵士たちの悲鳴が聞こえなくなったな。

 

全員声を上げる余裕すらなくなかったかもしくはへばったか……どちらにせよ午前の部はこれで終わりだな。

 

そろそろ休ませないとお昼を食べる体力すらなくなりそうだ。

 

部下の健康にも気を使うのも上司の勤め。

 

俺はボルスからもらったお弁当箱を片手に執務室の扉の前に歩き出す。

 

「ある程度終わったら各自適当に休んでいいぞ。俺はこれからブドー大将軍の元に行って部下たちのことを聞いてくるから」

 

「わかりました。将軍の指示を仰ぐ必要があるもの以外は私の裁量で判断しても構いませんか?」

 

「構わないぞ。不正はしないと信頼してるからな」

 

ランなら問題ない。元々副官を決めるときに求めていたのは事務処理能力で戦闘能力はあまり求めていなかったが、大々的に公募したらランが自分を売り込んで来たので即決した。

 

帝具も所持しており、文武両道の活躍を見せた。なら、即決しかない。

 

だから、その際に俺が帝具を持っていないのと帝具持ちの副官を欲していると言うことを理由にしてランを副官に引き入れたのだ。

 

「ええ、そんなことをしたら将軍にバッサリと殺られちゃいますから」

 

冗談じみた物言いだが、ランは俺が実際にそうすることをわかって言っている。

 

かなり前になるが不正をした馬鹿がいたのでなんの迷いもなく処断した。ミスではなくわざとだったからだ。

 

ミスであれば、叱り今後間違えのないようにすればいいだけだがわざとやった奴には容赦しない。

 

ここで追放しても他の場所で不正を続けるだけだからだ。

 

だからこそここにいる一般の事務員は能力よりも真面目で不正をしないであろう人格者を集めている。

 

「ふふ……それじゃあ後は頼んだぞ」

 

「はい、お任せください」

 

生き生きとした表情で俺を送り出すあたり先日の休暇が良かったみたいだ。

 

こんな場所にいるよりも教師をしていた方が本人は楽しいのかもしれない。やりがいなら負けるつもりはないが……命の危険もあるのでお薦めは出来ない。

 

執務室からブドー大将軍が兵士たちの訓練をしている宮殿内の訓練場に向かう。

 

悲鳴や武器を打ち合う音すら聞こえないので完全にへばったのだと理解した。

 

そのまま歩いていると動きやすい格好をしたブドー大将軍の姿が見えてきた。腕を組み地面にへばりつく兵士たちを眺めている。

 

「お疲れ様です。どうですか、兵士たちの様子は?」

 

「思った以上に根性はあった。後、お前が目をつけていた兵士たちは部隊の動かしかたを覚えればすぐにでも隊長に任命しても構わない実力だ」

 

それは……良かった。ブドー大将軍のお墨付きをもらえた。

 

「そうですか……それなら、それようの訓練をつけ始めます。他にめぼしいのありましたか?」

 

「ふむ……伸びしろは今一だが、周りの状況をよく見ているのも何人か見かけた」

 

「なら、彼らは偵察と伝令を主体とした訓練をつけましょう。その方が部隊を効率よく運用しやすくなるでしょう」

 

ちょうど伝令役も不足してたしちょうどいい。渡りに船だ。

 

「そうか」

 

「はい。それよりも今日はありがとうございます。彼らにも良い刺激となったでしょう」

 

死屍累々といった言葉が似合うような状態になっている兵士たちを見ながら言う。

 

実際……ブドー大将軍に直接指導してもらえるのだ、かなり良い経験。

 

ブドー大将軍に指導してもらいたいと思っている者もそれなりに多い中で彼らはその指導を受けることが出来たのだから。

 

この経験は決して無駄にならない。俺よりもずっと長く軍にいる人の指導なのだ……それが無駄になるはずがない。

 

「構わん。私もそういう気分であっただけだからな。ただ……この者たちのように根性がある兵士は久々に見た」

 

「やる気のあるものだけを選抜してますから。いくら伸びしろや才能があろうともやる気がない輩は不要です」

 

例え弱くともやる気の有る無しではやる気の有る方を俺は選ぶ。

 

「私はそろそろ行く」

 

「はい……また、彼らを揉んでやってくれますか?」

 

去りゆくブドー大将軍にそう声をかけると、彼は立ち止まり少しだけ顔をこちらの方に向ける。

 

「……気が向けばな」

 

その声から判別するに彼らはブドー大将軍にそれなりに気に入られたらしい。

 

「……だそうだぞ? 」

 

ブドー大将軍の姿が見えなくなってから死屍累々となっている部下たちにそう言う。

 

「……勘弁してください」

 

その声に力はなく、本当に勘弁してほしそうであった。

 

「そうか? だが、ブドー大将軍はお前らのことをそれなりに気に入っているようだから諦めろ」

 

「…………本当ですか? 怒鳴られた覚えしかないのですが……」

 

信じられない様子でそんなことを言ってくる辺りブドー大将軍にさんざん怒鳴られたようだ。

 

厳しい人なので誤解されることも多いのだ。

 

だからこそ、この部下の様子にも得心がいく。

 

「あの人はお前たちになんの見込みもなかったらすでにここから追い出してるぞ。怒鳴られるってことはそれだけお前たちのことを見ているってことだ」

 

「……そうですかね」

 

「ああ……俺も少しの間世話になっていたからな。ブドー大将軍は自他共に厳しい人だから言葉こそキツいがそれもお前たちのためを思ってのことだ」

 

「……はい」

 

「だから……そう落ち込む必要はない。何を言われたのかはわからないが……その言葉はお前たちを馬鹿にした言葉ではないはずだ」

 

あの人はあの人で不器用な人間なのだ。

 

厳しさの中に優しさのある人。

 

俺はそうだと思っている。

 

「さて……午後は午後で訓練があるんだからもう休憩してもいいぞ」

 

俺は気分を変えるようにパンパンと手を叩いて注目を集める。

 

「……今日は何をやるんですか?」

 

よろよろと立ち上がりながらそう問いかけてくる。

 

「小隊ごとの訓練だ。小隊長に関してはブドー大将軍のお墨付きをもらえているので安心するといい」

 

その直前になるまで誰が小隊長をするか知らせるつもりはないがな。

 

誰が小隊長をするかについては察しの良い奴は分かるだろうし、選ばれる奴は普段の行動から大体推測できるだろう。

 

「それじゃあ、解散だ。しっかり休んで、午後の訓練に向けてしっかりと英気を養えよ」

 

俺はそれだけ言うと踵を返して彼らに背を向けると宮殿の中へと入っていった。

 

 

 

 

宮殿内にある中庭で昼食を食べようと思い、そこへ向かっていると陛下の姿が見えた。

 

「こんにちは、陛下」

 

俺はゆっくりとした足取りで陛下へと挨拶をする。

 

「おお、ランスロットか。ランスロットがこんな時間に宮殿内にいるのは珍しいな」

 

「はい、今日は宮殿内の訓練場で部下たちを指導する予定でしたが代わりにブドー大将軍が指導してくれましたのでこの時間帯にここにいられるんです」

 

俺が指導していた場合はもっと時間がかかる。

 

様々な武器を使い指導するのでその武器を使う兵士たちごとに教えなければならないからだ。

 

「そうか。これからお昼なのだろう? どうだ余と一緒に食べないか」

 

「喜んでご一緒させていただきます」

 

こうして俺は陛下と一緒にお昼を食べることとなった。

 

「そう言えば……大臣の姿が見えませんが、ついに病気にでもなりましたか?」

 

普段なら大臣が陛下の傍にいるのだが姿が見えない。俺としてはとても嬉しいことなのだが、いないといないで何かしているんじゃないかと不安になる。

 

「相変わらず大臣には辛辣だな、お主は。大臣なら今日は外せない用事があって昼は出かけているぞ。何か用でもあったのか?」

 

「いえ、特に用はありません。姿が見えないと見えないで気になったものですから。後、俺が大臣に辛辣なのは人としての相性が悪いからです」

 

本当は陛下が自分の意思で考えることを放棄させて意のままに操ろうとする大臣が嫌いだからなのだがそれは陛下に言う必要がないだろう。

 

幼い頃から大臣の言葉を聞いてきた陛下は大臣に絶大な信頼を寄せてしまっているので、それをどうにかしないかぎり何を言っても無意味とは言わないが陛下には届かない。

 

「そういうものか」

 

「はい。それと俺は中庭で食べるつもりでしたが……どうしますか? 陛下が場所をお決めください」

 

「そうだな……今日は天気も良いし、中庭で食べるのも良いかもしれないな」

 

「わかりました。では、料理を中庭まで運んでもらいましょう……そこのメイド、調理場に行って陛下がお昼は中庭で食べるので料理を中庭に持ってくるように伝えてくれ」

 

俺は陛下に返事をすると、通りかかったメイドにそう伝える。

 

「はい、ただいま!」

 

ペコリと頭を垂れるとメイドはすぐさま駆け足で調理場に向かっていった。

 

「それでは……参りましょうか」

 

「うむ」

 

俺は陛下よりもほんの一歩後ろを歩きながら中庭へと移動するのを再開した。

 

宮殿内の中庭は常日頃から季節ごとに花を咲かせる草花を植えているため一年を通して花が枯れることはない。

 

一般には解放されることなく宮殿に勤める者しか見ることの出来ないものだ。

 

「いつ来ても……ここは綺麗ですね」

 

「そうだな。余は毎日のように来ているからわからないが……ここはそんなにも綺麗なのか?」

 

宮殿の外へ出ることのない陛下はこの庭がどれだけのものか理解しきれていないようだ。

 

これも当たり前か……比較すべきものを知らないのだから。

 

やはり、どうにかして陛下に国の現状を直接見ていただかなくてはならないと感じる。

 

国家の平和と安寧を願っている陛下だからこそ見ていただかなくてはならない!

 

大臣が良識であったなら陛下の代の帝国は素晴らしい国となっていたはずだ。

 

だが、それも大臣が原因で腐りゆく一方で良識派たちは革命軍へと合流し、今や陛下の味方と真に言える存在はほとんどいなくなってしまった。

 

「はい。ですが……これは作られたものです。ありのままの自然とは言えません」

 

「むぅ……そうか。……なら、余がそのありのままの自然を見たいと言ったら見せてくれるか?」

 

「はい、必ずや。今は準備が出来ていないのですぐにとは言えませんが……必ず」

 

「ああ! 期待して待ってるぞ」

 

はい……必ず。俺の言葉を信じてくれる陛下のためにも……。

 

今はまだこちらの準備が終わってないが準備が終われば必ずや。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 会議にいく

陛下と共にお昼を食べた後は予定していた通りの訓練を行い、今日やることは終わった。

 

書類はすべてランが処理しておいてくれた。どうやら、俺が判断を下す必要があるものは無かったようだ。

 

そのお陰で今日は早めに終われたので、お昼のお裾分けのお礼用のお菓子を買いに帝都メインストリートにある有名な甘味処に来ていた。

 

「……では、季節限定ケーキを3つ頼む」

 

「はい! ただいま!」

 

いそいそと頼んだケーキを持ち帰り用の箱に詰めていく従業員。

 

「どうぞ、お待たせいたしました!」

 

それを受け取り、金を払う。と俺は店から出ていく。

 

そして、店の扉を開けて店の外へと出ようとする俺の背中に、「またのご来店をお待ちしてます!」と声をかけられる。

 

それに空いている手を上げるだけで返事をする。特に言葉はいらない。

 

顔馴染みの従業員なのだから。

 

俺はその足で帝都にあるボルスの家へと向かう。

 

3つ買ってしまったが……ボルスは今日は帰ってくるのだろうか?

 

それだけが心配だ。

 

ボルスの家に着くと俺は家の扉をノックした。

 

少しすると「ハーイ!」と元気な声が聞こえてきた。この感じは娘さんの方か。

 

ガチャリと扉が開く。

 

「どちらさまです……あ! 将軍さんだー!」

 

出てきたのは予想通り、ボルスの娘さんであった。

 

「や、こんにちは」

 

俺は手に持ったケーキの入った箱を目の前に持っていきながら気軽に挨拶をした。

 

「こんにちは! パパを呼ぶからちょっと待っててください! パパー! 将軍さんが来たよー」

 

大きな声でボルスが呼ばれた。今日は珍しく家に帰れたらしい。

 

家の奥から小走りでボルスがやってくる。

 

「お裾分けのお礼のケーキだ家族で食べてくれ」

 

やって来たボルスに早速ケーキの入った袋を差し出す。

 

「ケーキ……!?」と目をキラキラと輝かせる娘さん。

 

「しょ、将軍! お礼なんていいのに……」

 

「いやいや、気持ちの問題だから」

 

あくまでも気持ちの問題だ。俺がお礼をしたいからそうするのであって、誰かにやれと言われたわけじゃない。

 

「あら……どうしたの?」

 

次は奥さんがやって来た。

 

すると、ボルスは奥さんに俺から渡されたケーキの入った袋を見せる。

 

「将軍がお裾分けのお礼にって」

 

「うん! そうなの! ケーキだって、ママ!」

 

ボルスとその娘さんの言葉を聞いた奥さんが俺に頭を下げてくる。

 

「そんな……わざわざすいません」

 

「いえいえ、お礼ですから気にしないでください」

 

「いえ、でも……」

 

「こちらも結構お世話になってますから」

 

そうなのだ。ボルスと知り合ってから夕食をご馳走になったり色々とお裾分けを貰ったりしているのでこういうことも珍しくはない。

 

「それはお互い様ですよ」

 

「それもそうですね」

 

「将軍もお茶でもどうですか?」

 

「いや、せっかくだけど今日はお断りしておくよ」

 

せっかくの誘いではあるが今日は遠慮しておく。

 

残念そうにするボルスと奥さん。本当にいい人たちだ。

 

「何か仕事でも?」

 

「はい、私事があって」

 

「そうですか……それなら仕方がないですね」

 

奥さんはそれで納得してくれた。

 

「将軍もあんまり無理しないでくださいね。何かあれば私も協力しますから」

 

「ああ、その時はちゃんと頼むさ」

 

その時は必ず。

 

信頼できる仲間が必要になるのだから。

 

俺の考えている計画を遂行するために必要な存在。

 

俺の求めている役割にボルスの帝具は必要不可欠ではない。あくまでも必要なのはボルス本人。

 

腐っておらず、軍人として私情を挟まずに動くことのできる男。

 

やっぱり……少し無理をしてでも部下に欲しいな。

 

俺はそれから少しだけ立ち話をしたあと、その場から去った。

 

あまり長くいるのも悪いからな。

 

 

 

 

深夜。

 

人々が寝静まり、静寂が支配する中それはやって来た。

 

「……早いな」

 

2級危険種であるマーグファルコンが足に手紙を持った状態でだ。

 

手紙を受け取るとすぐさまマーグファルコンを放す。

 

バサバサと翼をはためかせて夜の闇に消えていくのを見届けてから手紙を読む。

 

「………………………………なるほどな」

 

地方の方は場所によっては今すぐにでも反乱が起きてもおかしくはないほどに追い詰められている場所があるそうだ。

 

それと、新興宗教として安寧道がその勢力を日に日に増大させているらしい。

 

手紙によって報告されるほどなのだ。この安寧道は侮ってはいけないようだ。場合によっては……矛を交える可能性もある。

 

そうなった場合……部下たちの士気は大いに下がることになるだろう。守るべき民たちに矛を向けねばならぬのだから。

 

……厄介だ。敵はいたるところにいる。

 

四面楚歌どころではない。

 

革命軍の中には確実に現在の帝国では上を目指せないから革命軍に所属し、大臣を討った後の帝国で成り上がろうとしている野心家もいるはずだ。

 

陛下を殺せと意見を言うやつも中にはいるだろう。

 

まあ……そいつにはこの世から去ってもらうとしてだ。

 

「……これは手紙の内容とは関係ないよな」

 

手紙の最後にはあいつの愚痴が書いてあった。

 

仲間の1人の口臭が酷いとか、酒癖が悪いとか、告白された等々……俺にどうしろと言うのだ。

 

でも、ちゃんと返事をしなければ……拗ねるからご機嫌とりをしなくちゃならなくて面倒だしなぁ。

 

しかもなるべく早く返事を出さないと確実に拗ねるので早さのみの適当な返事は出せない。

 

明日のこともあるのでちゃんと寝ておかなくてはならない。

 

身体が資本なので健康管理もしっかりとしなくては、部下に笑われてしまう。

 

それに明日は会議なのだ。

 

陛下に大臣、内政官や将軍が一同に集う。ただし、参加しない将軍がいる。

 

それはブドー大将軍。あの人は参加しない。

 

武官が政治に口を出すべきではないとのことだ。

 

俺は陛下のためにならないと感じたならば遠慮なく口を出させてもらうが。そのせいか大臣には毎回煙たがられている。

 

昔はそれなりに刺客も送られてきたのだが……変に武勇伝を作ったせいか送られなくなった。

 

森の中で盗賊に襲われた時にはそこら辺に落ちていた木の棒で盗賊を返り討ちにし、ある時は強盗に人質にとられた一般市民を助けるために下着姿になって犯人の元に人質交換を求めて、犯人が人質を解放した瞬間に鎮圧したりとかしたら刺客が来なくなった。送るだけ無駄だと感じたのだろう。

 

元々、刺客自体の質も微妙だったので俺としては大臣側の手駒を減らせるからそのまま刺客を寄越してくれてよかったのだが。

 

とりあえず、今日はもう寝よう。

 

明日は明日でやることがあるのだから。

 

 

 

 

翌日。

 

宮殿内の謁見の間に内政官らや将軍らが一同に集っていた。

 

皆、今日のためにあらかじめ時間を作り帝都に赴いている。

 

「皆、忙しい時期によくぞ集まってくれた」

 

陛下が入場と同時にそのような言葉を言う。

 

「これより会議を行う……大臣」

 

「はい。私から報告させてもらいます。では―――」

 

陛下に促されて大臣が報告を始める。

 

その報告を聞くと一部の内政官らが苦虫を噛み潰したような表情になる。彼らは大臣派ではなく良識派であるとすぐにわかる。

 

でなければ他の内政官のように澄まし顔をしているはずだ。

 

「―――以上です」

 

「ご苦労。やはり、賊が増えているか」

 

「はい。陛下のご威光が届いていないようです。まったく嘆かわしいことです」

 

どの口が言うか……ッ!

 

ストレスが溜まるので参加したくないが他の内政官に参加してくれと頼まれ、陛下になるべく参加してくれと言われていなかったら絶対参加したくはない会議だ。

 

大臣の報告すべてが大臣に都合の良いものばかりでは……。

 

「他にもかつてランスロット将軍に奪還していただいた北の地が再び北の異民族によって奪われました」

 

その知らせに内政官らがざわめく。将軍らは黙って続きを促す。

 

北の地か……。

 

「また、東の方では危険種が異常繁殖しており、それらを駆除するために兵を寄越してくれとのことです」

 

東では危険種が異常繁殖か。

 

部下のこともあるので北の地は無理だ。新兵では荷が重い。

 

新兵以外の部下は西の異民族を牽制するために西の地に残してあるから必然的に俺が行けるのは東しかない。それにボルスをこちら側に引き込むのは今がチャンスだ。

 

「では、陛下。東の方は俺が行きましょう」

 

「む、ランスロット将軍がか? 将軍は北の方にいった方がやりやすいのではないか?」

 

「北の地は現在の部下では不可能です。西の地に異民族を牽制するために古参の者たちを残してきているので」

 

「そうか……それならば仕方あるまい。では、東の危険種討伐にあたって必要なものはあるか?」

 

「はい、兵を千人と帝具使いを1人。焼却部隊の隊長であるボルスを俺の部隊の方に移動させてください」

 

ここで大臣が口を挟んできた。

 

「ランスロット将軍のところにはすでに帝具使いが1人いるのにまだ必要なんですか?」

 

「最も効率のよい危険種殲滅のためですが。まさか……大臣は時間をかけて殲滅しろと? 救うべき民たちを見捨てて」

 

「いえいえ、そんなわけありません」

 

「なら、口を挟まないでいただきたい。決定するのは陛下ですので……それで、陛下如何に」

 

俺は黙って陛下の返答を待つ。

 

「すぐに手配しよう。迅速に終わらせるのだぞ」

 

「はっ! 準備が出来次第すぐに東へと参ります」

 

これで……信頼できる帝具使いが2人。

 

後は時期を見計らいあいつをこちら側に呼ぶだけで俺の部隊は完成する。

 

「うむ。次に北の地だが―――」

 

それから北の地に向かう将軍が決められた。

 

その将軍は大臣の息のかかったものであり、能力的に将軍としては最低ランク。

 

あるのは権力のみの微妙な将軍だ。

 

終始……大臣から忌々しい者を見る目で見られていたがどうと言うことはない。

 

俺の陛下に対する忠誠は犬に例えられることもあるほどなのだから。俺が陛下にとって都合の悪いことをしないという信頼は宮殿に勤めるものならば誰でも知っている。

 

それに……俺は将軍である以前に陛下の臣下である。将軍の立場は何かと便利だからいるのであって陛下のためにならないのであれば俺は即座に将軍を止めるつもりだ。

 

 

 

 

会議が終わると俺はすぐさま帝都の外で訓練をしている部下たちの元へと向かった。

 

監督はランが勤めているのでそこに行けば西の地にいる部下を除いて俺の部下は揃う。

 

「……将軍、会議はどうなりましたか?」

 

現場に着くなり早速ランに聞かれた。

 

「東の地にいる異常繁殖した危険種を討伐しにいくことになった。後は部隊に帝具使いが1人増える」

 

「わかりました。伝えておきます。それと新しく帝具使いが配属されるそうですが……よく大臣が許しましたね」

 

「陛下が必要なものはあるか? と言われたのでな。渡りに船とばかりに要求させてもらった」

 

「なるほど……そうなると、さすがの大臣も将軍の要求を撤回させられませんね」

 

その通り、大臣が勝手を許されているのもすべては陛下の信頼を得ているため。

 

そして俺は将軍である以前に陛下の臣下。陛下の個人戦力でもある。それを縮小させようとはしないだろう。したら陛下に対して害意を抱いていると判断されかねないのだから。

 

それ故に大臣は表だって俺を排除できない。

 

「……まあな」

 

「訓練は終わりにして明日に備えさせましょう」

 

ランの言葉にうなずく。

 

明日の明朝に出発して、危険種を狩りつつ最大速度で移動する。

 

「ああ、明日は強行軍になるから早めに休ませないとな。出発は明朝だ」

 

「わかりました」

 

ランは短く返事をすると訓練をしている部下たちの元へと歩き出した。

 

俺は背を向けるとそのまま自宅へと戻る。

 

それから、異常繁殖した危険種についての資料に目を通す。

 

「……1級危険種マーグドンか」

 

統率者を頂点とした群れをなして行動している竜型の危険種。

 

特級でないだけましだな。もし、特級であったなら部下たちの何人かが犠牲になるのは避けられなかった。

 

1級と特級ではそれだけの差が存在するだ。

 

「……でも、問題はないな」

 

奴らの巣ごと焼き払う。焼くのはボルスであるがその前の露払いをするのは俺とその部下たちの仕事だ。

 

特に部下たちにはチームで動く重要性を再度理解させるのに役立つこと受け合いだ。

 

俺は資料をしまうと深夜に届いたあいつからの手紙の返事を書き始める。

 

書く内容に四苦八苦するはめになったが……。

 

元々、命じていたことの報告よりもあいつの愚痴の方に頭を悩ませることになろうとは梅雨とも思っていなかった。

 

だが……こんなことで悩めるだけ幸せな方かとも思ってしまう。

 

陛下に居場所を与えてもらう前と帝国の現状のことを考えるとこうやって悩めるだけ幸せな方であると理解できる。

 

「……たまには俺の愚痴でも書いていいかもしれないな」

 

あいつがどう返事を返してくるのか興味もあるしな。

 

ふと沸いた考えに従い俺は返事を書くと帝都の外へと向かいマーグファルコンを呼んで手紙を足にくくりつける。

 

飛び去っていくその姿を見ながら俺は自宅へと帰った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 東へいく

「出発する!」

 

翌日の明朝。

 

千の兵を率い、東へ向かって俺たちは歩み出した。

 

部下たちが異様に気まずい雰囲気の中……。

 

その理由もわかっている。

 

覆面に拘束具……そして、帝具を担ぐ大男であるボルスとどのように話せばいいのかわからないのだ。

 

ボルス自身も本人曰く人見知りしてしまうたちなのでそれが拍車をかけているのだろう。

 

どのみち時間が解決してくれる。

 

……多分、お昼頃には問題なく打ち解けると思う。

 

ボルス……料理上手だし。

 

「東の地の異常繁殖した危険種の討伐と聞きましたが場所は何処なんです?」

 

ボルスについて考えているとランが話しかけてきた。

 

ボルスはボルスで緊張しているようで黙って俺とランの少し後ろをついてきている。

 

「東の地全域だ」

 

「……全域ですか」

 

「そうだ。全域だ……なんでも東の各地で同種の危険種が確認されていて被害がかなり出ている」

 

部隊を分けなくては全滅させるのにかなりの被害と時間を要することになる。

 

「……となると、部隊を分ける必要がありますね」

 

ランも同じことを考えていたようだ。

 

「だからここでボルスの出番だ」

 

「え? 私ですか?」

 

急に話を振られて慌てるボルス。

 

見た目とそのリアクションのギャップが凄い。

 

「……なるほど」

 

ランは相変わらずの察しの良さだ。本当に有能な副官である。

 

「ボルスには部隊を率いてもらう」

 

「えぇッ!? 私ですか! 私今日配属されたばかりなんですけど……」

 

ちゃんと率いられるか不安なのだろう。だが、問題ない。ボルスの性格を部隊全員に知ってもらえれば大丈夫だと俺は思っている。

 

「無茶振りで済まないが、こうしないと民たちへの被害が大きくなっていってしまうからな」

 

「……わかりました。私も軍人です、命令には従います。正直不安はあります……でも、これで誰かが救えるならやります!」

 

ボルスのこの言葉はボルスの後ろをついてきていた部下たちにもしっかりと聞こえていたらしい。

 

さっきまでとは違いボルスに向ける視線が未知のものから仲間を見るようなものに変わり始めた。

 

人格重視で集めた甲斐があるというものだ。

 

それに……例え罪人であろうと人を殺すよりも人を助けるために力を使った方が部下たちにもボルスにも良いだろう。

 

言葉が通じてしまう故の葛藤がないのだから。助ければ助けたなりの満足感を得られ、それが次への原動力となる。

 

後の帝国にはそっちの方が必要なのだ。

 

今の帝国のままでは国が崩壊してしまう。

 

「それでは部隊の分け方だが……ボルスとランは部隊全体の4割の兵を率いて左右から危険種を討伐していって欲しい」

 

二人の顔を見ながらそう言うと二人はうなずく。

 

「わかりました。私は右側から行きましょう」

 

「なら、私が左だね」

 

ランが右へ、ボルスが左となった。

 

こうとんとん拍子に話が決まると楽だ。

 

そんな最中、俺は今回の危険種討伐を迅速に終わらせねばと秘かに焦っていた。

 

こうしている間にも大臣は自分の権力をより高くしようと動いているのだから。

 

 

 

 

「ヌフフ……」

 

上機嫌な様子でオネスト大臣は肉を食べていた。

 

上機嫌な理由は単純に自分のやることに表だってケチをつけてくる唯一と言ってもいいような存在が帝都からしばらくいなくなったからだ。

 

―――陛下に余計な知恵をつけさせようとするランスロット将軍も不在ですし、今のうちに目障りな文官たちを消す準備でもしますかね。

 

「……そうと決まればそれ用の書類を作らなければなりませんね。グフフ……前はケチをつけられて失敗しましたが今度はそうはいきませんよ」

 

肉を食い千切りながらせっせと書類を作り始める大臣。

 

以前、自分に反発する文官を処刑しようとするも、ランスロットの進言によって地方への左遷にすることしか出来なかった時のことを思い出しながら腕を動かす。

 

今度はそうはいかない。

 

ニヤリと凶悪な笑みを浮かべながら消すべき文官へ擦り付ける罪を記載していく。

 

「……後は証拠をでっち上げるだけです」

 

陛下が自分以外に心から信頼する忌々しいランスロット。

 

大臣はランスロットが自分のことを排除しようとしているのを理解している。

 

同じように自分もランスロットを排除しようとしているのだから。

 

「今度こそあなたの悔しがる姿を拝みたいものです」

 

大臣はそう悪意の籠った呟きをしつつ、肉にかじりついた。

 

 

 

 

帝都を出発してから数時間が経過した頃。

 

平原の街道では―――。

 

「……そっちに行ったよ。気をつけて!」

 

ボルスが1級危険種マーグドンの足を両手で掴み、飛びかかってくる他のマーグドンを弾き飛ばしながら自らが率いることになった兵士たちに呼びかける。

 

「はい!」

 

呼びかけられた兵士は力強く返事を返しながらマーグドンの口へ槍を突き刺す。

 

その一撃は頭を貫き、マーグドンを絶命させる。

 

「みんな、私の後ろに!」

 

ボルスはそう叫ぶように言いながら掴んでいたマーグドンを前方に投げると自らの帝具を構える。

 

「これで……確実に……仕留める!」

 

ボルスの持つ火炎放射器の帝具"ルビカンテ"の銃型のノズルから勢いよく炎が噴き出す。

 

ゴウッと凄まじい勢いで噴き出した炎がマーグドンを纏めて焼き殺す。

 

断末魔の雄叫びすらも焼き尽くすかのように……。

 

同時刻。

 

別の場所では―――。

 

「グルルゥッ!」

 

唸り声を上げながらマーグドンはポツリと周囲を森で囲まれた空き地に誘き寄せられて兵士たちと戦っていた。

 

その数は20匹程であり、その危険種故の力強さで各々の兵士たちを圧倒していたがそれは罠であった。

 

「今です!」

 

ランの鋭い声が上空から響く。

 

その声を合図に前の兵士たちの方に集中していたマーグドンへと後方とその左右から現れた兵士たちが剣や槍を持ちマーグドンへと襲いかかる。

 

予め防御の上手い兵士たちでマーグドンを足止めして、その群れのリーダーをある程度の位置まで引っ張り出すと同時に後方と左右からの挟撃によって包囲殲滅する作戦であった。

 

「オオオォォォッ!」

 

突然の奇襲によりパニックになったマーグドンが次々と討たれていく。

 

ランも上空からマスティマの翼から羽を飛ばして逃げようとするマーグドンを撃ち抜いていく。兵士たちはその撃ち抜かれたマーグドンへと止めを刺す。

 

やがて全てのマーグドンを討ち取ったのを確認するとランは地上へと降りてくる。

 

「お疲れ様です。殲滅完了です」

 

兵士たちを労うようにそう言うとランは他の部隊も順調に危険種を討伐しているか考えを巡らせるのだった。

 

 

 

 

「ふぅ……終わったな」

 

縦に真っ二つに切り裂かれて絶命したマーグドン。

 

ランやボルスと別れ、3方向からのマーグドン殲滅を開始したが、それを待っていたかのようにすぐに遭遇した。

 

数時間の間ですでに10匹から20匹の群れと数回も遭遇している。

 

明らかに異常な繁殖具合だ。

 

これは誰かが意図的にマーグドンを増やしている可能性も考えなくてはいけない。

 

もしくは誰かが飼っていたマーグドンが逃げ出したかを……。

 

前者だろうが後者だろうがどちらにせよ最悪とまでは言わないが……かなり深刻な状況だと言える。

 

こんな規模で大繁殖していると言うことはこの付近の生態系が著しく変わってしまっていることを差す。

 

狩りなどで生計を経てているところと家畜を育てていたところにかなりの被害が予想される。

 

「ランスロット将軍。兵士たちのほとんとが連戦の影響で深刻なまでの疲労状態です」

 

「わかった。今日はここで夜営をする。急いで準備に取りかかれ!」

 

俺はそう指示を出すと他の部隊の状況も同じようなものだと考える。

 

予想よりも東の状況は悪い。

 

いそいそと夜営の準備を始める部下たち。

 

明らかに覇気もなく、動きもとろとろしていた。

 

ここでの唯一の救いは平原のど真ん中であり、警戒がしやすいぐらいだ。

 

この分では確実に大臣に時間を与えてしまう。

 

帝都の方へと視線を向ける。帝都は見えないが俺には大臣が悪どい笑みを浮かべているのが幻視出来た。

 

正直……気分が悪くなる。

 

大臣の力を削ぐために腐敗した貴族の取締りもやりたいがそれも難しい。

 

故にナイトレイドに期待している。

 

腐敗した貴族や国の重役、そして悪人を消してくれるのだから。

 

本来なら国が取り締まらなければならないのに……。

 

それすらも出来ないからこそ次々と離反者が増えているのだろう。

 

それでも帝国を内部から変えようとする者もまだ存在している。

 

彼らを守れるような部隊を作らなければ。

 

今はまだ未熟ではあるが何れは……至ってみせよう。

 

「将軍! 夜営の準備、終了しました」

 

「わかった。では、半数に休むように伝えろ。後、酒は2杯までだともな」

 

最後の部分は強調しておく。

 

眠れない奴もいるかもしれないから寝やすいように酒を飲むことを許可したのだ。

 

寝れなければ明日に響く。

 

「将軍はどうするので?」

 

「俺は番をしてるさ。お前たちほど疲れてはないからな」

 

超級危険種を単身で倒せるような俺の体力はこの程度では全然余裕だ。だからこそ俺が番をするのだ。

 

他の部隊を率いているボルスやランも同じように最初は番をやるはずだ。部下たちは休むように言ってくるだろうがな。

 

俺には言われない。

 

俺の化け物じみた体力を知っているからってのもあるが、それ以前に命令なのだから。

 

休むように命令したから部下たちは休まなくてはならない。

 

俺は周りの警戒をしながら帝都で次に起こすべき行動について考える。

 

北の地へ送られた将軍はほぼ確実に負けるだろう。下手をすれば討ち取られる。

 

北の勇者……ヌマ・セイカ。

 

北方異民族の王子。彼は優秀だ。

 

だが……近いうちに確実に殺されることになるだろう。

 

俺かエスデス将軍の手にかかって。

 

此度、送られた将軍の失敗が原因でほぼ確実に起こりえることだ。

 

だが、俺は帝都からなるべく離れないように北の地には行かないつもりだ。故にエスデス将軍が北の勇者であるヌマ・セイカを殺すだろう。

 

俺はその間にナイトレイドを捕らえる。

 

他にはない功績が必要だ。俺の発言に力を持たせるには……後はチョウリ様を無事に帝都にお連れすること。

 

大臣に政治の面で対抗するにはあの方の力が必要だ。

 

チョウリ様に関しては時期がわからないので今はどうしようもないがわかり次第手を打たなければならない。

 

大臣相手に後手に回るとそれだけ不利になる。

 

手札の数ですでに負けているのだから。

 

俺の明確な味方と言えるのはランとボルスとここにはいないあいつと部下のみ。

 

陛下は大臣のことを信頼しているため中立。

 

ブドー大将軍はどちらかと言うと俺側といった感じである。

 

比べて大臣は腐敗した貴族や国の重役、さらには私兵まで持っている。

 

元々わかっていたことだが……改めて考えてみると対抗するのも馬鹿らしくなる。それでも……そんなことは出来ない。

 

陛下が国家の安寧と平和を願っているのだ。ならばそれを叶えられるようにするのが俺の役目。

 

「ふっ……初めの頃と比べると確実にマシだな」

 

まだ、誰も味方がいなかったときに比べれば今はとても味方が多いのだから。

 

俺は俺にできることをやるしかない。

 

強くなければ守れずに淘汰されてしまう。

 

今回の危険種討伐で今のところ死者は出ていないが時間の問題だ。

 

明日も同じことが続けば確実に死者が出る。

 

一応、予め決めていた合流地点があるがそこまで全員辿り着けるか……。

 

全員辿り着けるようにするのが部隊長や将軍の役割であるのだが、それも難しい。

 

生きてくれていれば……なんとかなるのだがな。

 

夕暮れになりゆく空を見ながらそんなことを考えていた。

 

急ぎ討伐を終えるために部下から死者が多く出るようなことはしたくない。

 

それ故に大臣に時間を与えてしまうことになっても、陛下の望む安寧と平和を守るための部隊にするためにも部下の安全を第一にする。

 

それでも……殉職者が出るのは避けられないな。

 

相手は東の地全域にいるのだから。

 

太守なども見つけ次第、討伐のために派兵しているがそれでも全滅に至れていない。

 

もうすでに幾つかの村が駄目になっている。

 

現在は太守などが派兵していない地点でマーグドンを討伐しているので、それなりに数は減らせているはずだ。

 

今、討伐しているのは別れた群れだと考えられるので本来の群れになるとその規模は数百を越えるものと考えられる。

 

そうなると部隊を合流させた上でボルスの帝具"ルビカンテ"が本領を発揮できるような状況に持っていかなければならない。

 

最低でも大元となった統率者だけは潰しておく必要がある。

 

でなければこの地から帝都に戻れない。

 

残党狩りであれば東の地の兵力だけでも事足りるはずだ。

 

すでに幾つもの小規模の群れを潰しているのだから。

 

なるべく早く終わらせて帝都に戻り、大臣の牽制をしたい。

 

少なくとも俺がいれば大臣の動きは遅くなる。

 

大臣が慎重に動くようになるからだ。

 

俺は夜営の準備を終え、食事を食べて仮眠する部下を少しの間だけ眺めると周囲の警戒へと戻るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 捕縛へいく

あれから一月が経過した。

東の地での危険種討伐は無事とは言えないが終了した。殉職者は1割、重傷者が3割、軽傷者が5割にも及んだ。

 

今回の危険種の異常繁殖の原因は秘密裏に危険種をペットとして飼っていた領主がその危険種に逃げられたことが原因だと判明。

 

逃げ出した頃にはすでに30を越える数となっていたようでそれが大繁殖したのだ。

 

その原因を作った領主はすでに死亡していた。

 

逃げ出したマーグドンに生きながらに喰われたらしい。

 

当然の報いだと思うと同時にこの手で裁くことが出来なかったことにやるせない気持ちになる。

 

「…………」

 

討伐を終えて、帝都に戻って来て陛下へと報告を終えた後、俺は墓地に来ていた。

 

この1ヶ月の間に俺に政治に関して教えてくれた良識派の文官が数人……大臣に消された。牛裂き、磔刑、打ち首などで処刑され無惨にも晒されていたのだ。

 

俺はすぐさまそれを回収して、彼らを埋葬した。

 

「…………」

 

彼らの墓にお供え物や花を贈るのはもはや俺と遺族の人しかいない。

 

中には一族ごと殺されてしまった人もいた。

 

皆……国を良くしようと大臣に屈することなく政治と言う戦場で戦う勇士であった。

 

磔刑に処されていた方とは最後にほんの数分であったが話すことが出来た。「先に逝ってしまうことを許して欲しい。そして……後を頼む」と最後に言うと彼は息を引き取ってしまう。

 

その時の彼の表情は苦痛に歪みながらも俺の心配をしてくれていた。

 

苦しい最中、俺の身を案じてくれたのだ。

 

その事に目頭が熱くなってしまった。

 

だが……彼らの犠牲を悲しんでいる暇があるのならば大臣側の力を削ぐために動かなければ……また、新たな被害者が出てしまう。

 

そして、今回……処刑されてしまった文官の1人が大臣側の文官や腐敗した貴族、悪徳商人を捕まえて、罰することの出来る証拠を掴んでいてくれた。

 

それを遺族の方から受け取った。

 

「……決して無駄にはしない」

 

眠ってしまった彼らに黙祷を捧げていると背後から複数の足音が聞こえてくる。

 

「将軍……準備が終わりました。いつでも行けます」

 

「わかった。これより……帝都に巣くう害虫を駆除する! 1人残らず引っ捕らえるぞ!」

 

「はい!!」

 

俺は対象となる腐敗した貴族の家へと部下を引き連れて向かう。

 

ランには悪徳商人の元へと行ってもらっている。

 

ボルスには現在新兵の訓練を任せている。新しく志願してきた兵士がいたからだ。

 

思考を腐敗した貴族の捕縛へと完全に切り替える。

 

大臣側の力を削ぐ。そして、大臣側の力が一定以下になった時そこが大臣の最期だ。

 

決して逃がしはしない。この帝国で陛下を操り、国を牛耳る大臣は必ず始末する!

 

犠牲になった民や同僚、恩師のためにも……。

 

 

 

 

その日の夜。

 

昼間から始めた害虫駆除は残るところ一件となった。

 

「……ここはこれで終わりか。救出した人の手当てはどうだ?」

 

腐敗した貴族を引っ捕らえ、その際に救出した人の手当てをしている部下に訪ねる。

 

すると、沈痛な面持ちで答えが返ってきた。

 

「命に別状はありませんが…もう、心が死んでいます」

 

そう言われ、救いだした人の顔を見る。

 

能面のように変わることのない表情、感情を失ったかのようにぼんやりとした眼。

 

「……そうだな」

 

見た目からしてまだ10代の少女。

 

本来であれば沢山の未来があっただろうに……。

 

「他はどうだ?」

 

他の救出した人について聞くも返答は首を横に振るだけだった。

 

「そちらは……薬物漬けにされていたようで……もう」

 

命すら助かる見込みがないか……。

 

「わかった。辛かったら……この仕事を辞めてもいいんだぞ? 俺は咎めはしない」

 

俺は帝都の闇を見て悔しそうに歯噛みをする部下へとそう言葉を投げかけた。

 

この仕事は精神的に辛い。それこそ何かしらの支柱を持っていなければ出来ないほどに。

 

特に人格面で兵を採用しているので帝都の闇を見て、実際に辞める奴もそれなりにいる。

 

「なら、何故……将軍はこんなことを?」

 

「俺か……俺は陛下に忠誠を誓っているからだ。その陛下が願うのが国の安寧と平和だ。なら俺がやることはその望みが叶うように出来ることをするだけだ」

 

例え1人でも出来ることはある。だが、仲間がいればより大きなことが出来る。

 

大臣が強大な力を持っているのも大臣に賛同する仲間がいるからだ。

 

「…………」

 

「だからお前も考えるといい。自分がなんのためにこの仕事を選んだのかをな」

 

俺はそれだけ言うと今回捕らえた貴族の元へと向かう。

 

「貴様らッ! こんなことをしてただですむと思っているのか!」

 

縄で拘束された身なりのいい男がわめき散らしている。

 

「私のような高貴な者に逆らうのか……この平民風情が!」

 

この男を監視している部下の顔には不快感と共に嫌悪感が露になっている。

 

「黙っていろ……それ以上その汚い口を開くな」

 

殺気を乗せた声でそう言いながら目の前に転がっている男に冷たい視線を向ける。

 

「……将軍。この男はどうなりますか?」

 

「……死刑だ。どのような死に方になるかは不明だが確実にそうなるな」

 

部下の質問にそう答えると転がっている男が歯をむき出しにしながらわめく。

 

「何故だ! 何故私がこんな目にぃぃぃッッ! 貴様ら……絶対後悔させてやるからなぁぁぁ!」

 

「……その汚い口を開くなと言ったはずだぞ」

 

「ヒィ……っ!?」

本気の殺気とまでは言わないがそれなりに強い殺気を放ち黙らせる。

 

「気分が悪くなるだろうが……罪人が逃げ出さないように見ていてくれ」

 

「はっ!」

 

俺はここから離れると部下の1人にこの場の指揮を任せると次の場所へと向かう。

 

今日最後の仕事である大臣側の文官を捕らえるために。

 

 

 

 

大臣側の文官……確か名前はヒガンだったか? そんな名前の文官だ。

 

そいつが住んでいる屋敷の前にやって来た。

 

「…………」

 

警備の人間はすでに全員気絶させてもらっている。

 

警備の人間から屋敷の使用人に至るまで外道なのだ。容赦する必要はない。

 

辺境や地方からやって来た人間を誘拐して、痛めつけ、強姦し、薬漬けにして人の壊れる過程を見るのが楽しみな人間の集まり。

 

法で裁く必要は皆無。だが、今回は殺害するのではなく捕縛に来ているため殺しはしない。

 

俺は正面の入口から屋敷の中に入るとすぐに目の前に使用人の姿が見えた。

 

「あ……ッ!?」

 

「……」

 

俺は叫ばれる前にその使用人の口を塞ぐともう片方の手でその首を締め上げた。

 

首を絞めている手を外そうとしてくるがすぐに抵抗はなくなり、使用人はそのまま気絶した。その目に涙を浮かべながら。

 

それから次の標的を探して、屋敷の中を歩く。

 

気配を消して、音も出さずに1人1人確実に気絶させていく。最後に残るのがヒガンであるように。

 

「おーい……誰か、酒持ってこい!」

 

酔っぱらっているのか余り呂律の回っていない声が聞こえる。

 

この声は扉の開かれた部屋の中からだ。

 

その中を覗くと酒の入った瓶を片手に持っている男がいた。こいつがヒガンか。

 

「誰もいねぇのか……チッ、仕方がねぇ」

 

渋々と言ったようすでヒガンがお酒を取るために立ち上がった。

 

俺はゆっくりとヒガンに気がつかれないように後ろに立つと徐に首を片手で締め上げる。

 

「ア……ギァ……ァ……」

 

バタバタともがいていたがすぐに動かなくなる。

 

「…………行くか」

 

俺はヒガンを縄でがっちりと拘束すると肩に担いで屋敷を後にした。

 

この屋敷もすぐに取り壊されることになるだろう。

 

誰だって殺人事件のあった家に住みたくはないだろうしな。

 

「将軍。ご苦労様です」

 

「ん、ああ。どうしてここに?」

 

「いえ、何か手伝えることはないかと思ってきたのですが……衛兵や使用人が気絶していたのでそれを独断で処理してました」

 

俺が気絶させた衛兵や使用人は気を利かせた部下が処理してくれていたようだ。

 

「済まんな。助かった」

 

「いえ、勝手にやったことですので。自分としてはお叱りを受けるじゃないかと思ってました」

 

「そんなことはない。こいつを運ぶだけにしてくれたんだ。怒るなんて真似はしないさ」

 

肩に担いでいるヒガンを顎で差す。

 

「そうですか」

 

「戻るぞ」

 

「はい」

 

 

 

 

翌日。

 

俺は宮殿に行く前に墓地に立ち寄った。

 

「……あなたのお陰で救える命がありました」

 

墓前に頭を下げつつそう告げる。

 

大臣側の文官や腐敗した貴族、悪徳商人を捕まえて罰することの出来る証拠を掴んでいてくれたことに感謝を捧げながら黙祷する。あなたのお陰です、と。

 

例え助けても言われるのはお礼だけではない。

 

「なんで……なんでッ! もっと早く助けてくれなかったんだ!!」と被害者遺族の方や被害者本人に涙を流しながらやり場のない怒りをぶつけられることもある。

 

「…………今までありがとうございました」

 

陛下のために色々と覚えようとしていた俺に政治の知識を教えてくれたこと、この国の歴史を教えてくれたこと、そして何よりも……あなた方の教えのお陰で大臣に対抗出来ていることを忘れません。

 

「必ず……あなた方の名誉を回復させます。時間はかかるでしょうが……必ず」

 

俺は深く頭を下げると宮殿に向かって歩き出した。

 

 

 

 

宮殿内の謁見の間で俺は片膝をつき、頭を垂れていた。

 

「ランスロット将軍。昨夜、独断で兵を動かし……帝国の貴族、商人、そしてヒガン内政官を拘束したとあるが……間違いないか」

 

「はい。間違いありません」

 

俺は頭を垂れていたまま返事を返す。

 

「そうか。彼らは罪人ではないと大臣から報告されているが……」

 

「いえ、彼らは重罪人です。陛下が願う国の安寧と平和を乱した犯罪者です」

 

「と、申しておるが……どうなのだ大臣」

 

頭を垂れていたままなので想像でしかわからないが大臣は今やさぞ良い笑顔をしているだろう。

 

「ヌフフ……そんな報告はされておりません。彼らは帝国によく仕えてくれてますよ」

 

「……ついに耄碌しましたか? 大臣。本当にそうであれば捕まえたりなんてしてませんよ」

 

俺は下げていた頭を上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

「耄碌とは言ってくれますね……将軍」

 

「陛下……証拠は全てここにございます」

 

俺は懐から昨夜捕らえた犯罪者が行っていた罪の数々、それによる被害を記した紙を取り出す。

 

「まことか?」

 

「はい」

 

確かめるように問うってくる陛下に俺は真剣な目で視線を逸らすことなくうなずく。

 

「では、見せてくれ」

 

「どうぞ」

 

俺はゆっくりと立ち上がると懐から取り出した紙を陛下に渡す。

 

それを見ていくうちに陛下の表情が変わる。

 

「……これは事実か?」

 

「はい。被害にあった方からの証言が必要でしたら直ぐにでも呼べますが」

 

どうします? と陛下に訪ねる。

 

「いや……よい。……大臣、この者等にはどのような罰がいい?」

 

陛下は見ていた紙を大臣に手渡す。

 

「……死罪ですね。それ以外にはありません」

 

冷静な表情で言っているが少しばかり声が震えていた。

 

「であるか。ランスロットよ大臣すら見逃していた悪事をよくぞ見つけてくれた! さすが余の臣下である! 」

 

「はっ! ありがとうございます」

 

俺は陛下の傍で膝をつき、頭を垂れる。

 

「大臣は早速、やつらを死刑にする準備を整えてくれ」

 

「はい、陛下。すぐに準備いたします」

 

大臣がそそくさと死刑の準備をするために謁見の間から退出する。

 

これで先に逝ってしまった彼らが少しでも浮かばれるといい。

 

彼らのお陰で大臣側の力を削ることが出来たのだから。

 

「では、本日はこれにて解散する」

 

陛下の声により、この場に来ていた内政官や文官、将軍らが次々と退出していく。

 

そして、俺と陛下以外が全員退出する。

 

「助かったぞ、ランスロット。これで民が安心して生活出来る」

 

「いえ、当然のことです。陛下のために自分の出来うることをやったまでですから」

 

「そうか。そなたの忠義頼もしく思うぞ」

 

「はい。これからも変わらぬ忠誠を誓います」

 

一生変わることのない忠誠を。

 

 

 

 

その頃。

 

「チッ……ただでは転びませんか」

 

大臣は今回の逮捕劇の裏にはこの前処刑した文官らの影があることを見抜いていた。でなければ帝都に戻って数日も経っていないのに検挙できるはずもないからだ。

 

処刑したとはいえ、一矢報いてきた文官らに苛立ちが募る。

 

大臣はその苛立ちをぶつけるかのように捕らわれて死罪に処すしかない破棄すべき駒の最期を決める書類にサインを書く。

 

「まあ、いいでしょう。当初の目的は達成できてますし」

 

目障りな文官を消すという目的はすでに達成されている。

 

「フフフ……幾らでも替えの効く手駒ですから、全く痛くないですね」

 

ニヤニヤと笑いながら大臣は砂糖のたっぷりと入った飲み物を一口飲む。

 

「それでも……目障りな存在ですね。ランスロットは」

 

暗殺しようにもランスロットを暗殺できるような強者はおらず、お抱えの処刑人である皇拳寺羅刹四鬼もランスロットを暗殺するために一時期動いていたが……隔絶した実力差を感じ暗殺を諦めた。

 

「陛下のランスロットへの信頼は揺るがすのが難しいですし……どうしたものですか」

 

―――まあ、いいでしょう。どうせ、ランスロットに出来ることなぞ限られています。

 

「……せいぜい足掻いて。そして、絶望してください。次に消えていただくのは……この方にしましょうか」

 

大臣は醜悪なこと呟き、次に消す文官を決めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 森へいく

現状特にやれることのない俺は帝都の外へと出ていた。

 

ランには大臣がこれから起こすであろうことの内で最も高い可能性のあることを話し、それの対策のために帝都から離れてもらっている。

 

ボルスには変わらず部下の訓練をやってもらっている。同時に相談役もだ。

 

何でも恋愛相談や子育てのやり方について聞かれることが多く、休暇のとれた日は奥さん、娘さんと共に部下たちと家族ぐるみでの交流をしているそうだ。

 

本人の人間関係が良好でなによりだ。知り合いだけの場所でなら覆面も外して素顔のままでいる時もあるぐらいなのだから。

 

鬱蒼とした森の中を進む。

 

特注で造らせた武具であるパルチザンを背負いながら。

 

これは、斬撃と刺突に重点を置いた2メートルに満たない長さのショートスピア。材料に俺が昔に単身で討伐した亀型の超級危険種の甲殻を使用している。

 

完成まで一年以上かかった一品だ。

 

しばらく歩いていると川を見つけた。

 

「……上流に行ってみるか」

 

危険種が現れることなく俺は楽々と上流へと近づけていける。

 

そして、滝を発見した。

 

「……こんな場所に滝なんてあったのか」

 

意外な発見ゆえに俺はあることに気がつくのにしばらく時間がかかった。

 

そう……滝の傍の崖に大きな籠と畳まれた黒い服、刀が置かれていたのだから。

 

「まさか……ッ!?」

 

その刀を見た瞬間にある考えが脳裏を過り、口に出そうとした瞬間に滝壺から巨大な魚が飛び出してきた。

 

それも、1匹や2匹ではなく10匹以上だ。

 

飛び出してきた魚は全て籠の中に落ちる。

 

俺はこのような真似が出来る存在に心当たりがあった。それも、刀を見た瞬間に脳裏を過ったことに関係している。

 

滝壺から上がってくる、赤い目に長い黒髪の少女の姿を見て完全に確信する。久々の再会だ。

 

「久しぶりだな……アカメ」

 

「……なっ!? ラ、ランスロット……将軍」

 

全く予期せぬ再会であるがこんなこともあるのか運命の不思議さを再認識させられる。

 

水着姿のまま、俺を見て警戒体制をとるアカメ。

 

その反応は普通だろう。帝国を裏切った暗殺者と帝国の将軍が遭遇したのだから。

 

「……相変わらず、大食いのようだな」

 

柔らかい口調でそう言うもアカメは変わらず警戒体制を解かない。

 

まあ、元々解けるとは思ってもいなかったので予想通りと言えば予想通りだが。

 

「…………何故、ここに?」

 

「今日はやることが無くてな。すでにこの情報は知っているだろうが……数日前に俺とその手勢が帝都の害虫駆除をしただろう」

 

「……ああ」

 

「それで、帝都周辺の散策をしていたら、たまたま川を見つけたんでな、その上流へ行ってみようと思ったからここにいる」

 

こうやって話している間もアカメはジリジリと服と刀のある方へと下がっていく。

 

「服を着たいなら着ていいぞ。……その帝具……一斬必殺"村雨"を携えてもな」

 

俺は腕を組み、アカメの出方を伺う。

 

アカメは一応、警戒しつつも服を着て、村雨をいつでも抜刀できるようにしながら俺を見ていた。

 

完全に無表情なので、何を考えているか表情から全く読めない。

 

気配からしていつでも逃げられるようにはしているようだが。

 

「……何が目的だ? 」

 

「特に目的はないな。陛下からナイトレイドに対しての命令は受けていない。それに……今日はさっきも言ったが特にやることがない日……つまりは休みだ」

 

俺はアカメから視線を逸らして滝の方へと向ける。

 

「だから……アジトに戻りたければ戻っていいぞ」

 

こっちに向かってくる気配を複数感じる。

 

「―――はい、そうですかって……信じられると思ってるのか?」

 

背後から飛びかかってくる気配を感じていたので簡単に避けられる。

 

避けると誰が背後から飛びかかって来たのかすぐにわかった。

 

全身鎧にマント……悪鬼纏身"インクルシオ"……ブラートか。

 

「まあ、そうだろうな」

 

そのままアカメと合流するブラート。

 

まだ、他にも気配を感じる。誰か潜んでいるのだろう。

 

居場所が判別できない……相手も中々やるようだ。

 

「帰りが遅えから探しにきてみれば……ランスロット将軍と相対してたとはな」

 

インクルシオの副武装である槍……ノインテーターを構えるブラート。

 

本当に久方ぶりにまみえるが……強くなっている。……厄介なことだ。

 

ブラートには実力的にエスデス将軍やブドー大将軍ぐらいでなければ真っ正面から戦っても勝てない。例え同じ帝具持ちでも力量的に対抗できるのは搦め手や、特定の場所で圧倒的な力を発揮できる帝具持ちのみだろう。それでなければ確実にやられる。

 

今なお帝国に仕えていたのならば確実に将軍と成れるほどの力量を持っている。そんな彼が敵なのは非常に残念なことだ。

 

「休みの日にこんなことになるとは……俺も運がない」

 

背負ったパルチザンを手に持ち、構える。

 

敵は少なくとも3人。

 

そして、現在判明しているナイトレイドの構成員は4人。

 

あと最低でも1人。他にもまだ構成員がいることを考慮して置いた方がいいだろう。

 

人数的に不利だが俺も早々遅れをとるつもりはない。

 

白兵戦においては帝国最強と言われているのだ。

 

それが伊達ではないことはあちらも理解しているだろう。パルチザンが俺の本来の武器ではないことも。

 

そして、俺が本来の武器を出さずにいる理由を。

 

「……ブラート」

 

「……わかってる」

 

アカメとブラートは左右に俺を挟むように分かれる。

 

そのまま、挟撃してくるか? と思っていたが、俺は勘に従いすぐさま後方に下がった。

 

ほんの数瞬後、そこが狙撃された。

 

狙撃してきた場所に視線を向けると人影が見えた。だが、今いる位置からでは何もできない。

 

そこに少し意識を向けた隙をついてアカメとブラートが連携とれた動きで攻め立ててくる。

 

さらには遠距離からの狙撃による援護もあり、状況は悪い。

 

だが、それでも俺の命には届かない。

 

俺のパルチザンと村雨、ノインテーターが刃をぶつけ合い火花を散らす。

 

その合間合間に狙撃されるも変わらずに打ち合う。

 

そして、徐々にパルチザンに変化が起こる。

 

刃の部分が赤くなっていく。赤く赤く染まり、熱を持ち陽炎が見え始めた。

 

「帝具ッ!?」

 

変化の起こったパルチザンを見たアカメの警戒心が上がった。

 

「いや……帝具なんて強力なものじゃないさ。これは超級危険種の素材を使った槍なんだからな」

 

このパルチザンの材料となった亀型の超級危険種はある特性を秘めていた。

 

それは受けた衝撃を熱へと変換すること。

 

どういう仕組みでそうなっているのかわからないが、分厚い鉄の扉すら一瞬で溶断出来るくらいにまで熱が高まる。

 

難点は熱さ対策が必要なのと冷ますのに時間がかかるということだ。

 

「……むっ!」

 

突如、森の中から強烈な閃光が起こり視界が潰される。

 

同時にガサリと音がするとすぐに気配が遠ざかっていく。

 

「……逃げたか」

 

視界が回復した頃には誰もおらず、近くにはなんの気配も感じなかった。

 

いや……違うな。

 

俺はその考えを即座に捨て去る。

 

ブラートは「帰りが遅えから探しにきてみれば」と言っていた。となるとナイトレイドとして今日動くつもりなのだろう。

 

そして、俺との戦闘は俺から逃げ出すための囮。

 

ついてこられてアジトの場所がバレるのを避けるためか。

 

「……帰るか」

 

これ以上ここにいてもしょうがない。

 

でも、その前に……パルチザンを冷やさなければな。

 

若干赤くなり、熱を放っているパルチザンを背負いたくはない。

 

「……だが、中々に使い勝手は良かった」

 

超級危険種の素材を使っているだけあって帝具とまともに打ち合えるのだから。

 

普通の兵士たちが使っているような安物だと人は殺せても危険種や帝具が相手となると役に立たない場合がほとんどだ。

 

やはり部下たちの武器も安物ではなくそれなりの強度の高いものにするべきか……。

 

これはランやボルスと相談した方がいいだろう。俺の独断で決めてもいいのだが……その場合にかかる費用のことも考えると独断で決めるべきではないと判断した。

 

部下たち全員分となると莫大な金額となり、もし他に必要なものがあった場合にお金が足りなくなるかもしれないからだ。

 

西の地に残している部下たちの装備だけでも良い物に変えられるのであれば変えたいのだが。

 

ランはしばらくは帝都にいないからボルスと一緒に考えることになるな。

 

となると……多分、装備を変えることになるか。

 

反対なぞされないだろうし。

 

「まあ、それも……聞いてみないとわからないな」

 

俺はパルチザンを川の水で冷やしながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

帝都に戻る道すがら初めてアカメと会ったときのことを思い出す。

 

あの時からすでに大食いであった。

 

あれは……帝国を裏切って西の異民族に帝国の情報を流していた裏切り者を始末するためだったな。

 

その助っ人としてアカメが派遣されてきたのだ。

 

無表情でモグモグと大皿に乗った平らげていく様はその見た目からは想像できないものだった。

 

しかもその食事代を俺が払うことになったのだからよく覚えている。

 

思えばあの頃はまだナジェンダ元将軍やロクゴウ元将軍が帝国にいたな。他にも同時期に軍に入った者などが。

 

皆……今では革命軍に行ったり、死んでしてしまった。

 

それで、大半がいなくなった。……寂しくなる一方だ。

 

昔のことを思い出している間に鬱蒼とした森を抜けて、帝都へ続く街道に出てしまった。

 

俺としてはのんびり歩いていたつもりだが……思いの外早かったらしい。

 

「……それもまたそれで良しだな」

 

特に気にするべきことではない。

 

それで何が変わるわけではないし、始まるわけでもない。遅いか早いかの違いだけだ。

 

「いや……ロクゴウ元将軍の墓参りに行くか。帝国の裏切り者として暗殺されてしまったが……俺に酒の美味しさと将軍として何をすればいいのか分からなかった時に相談に乗ってくれたのだからな。お供え物はお酒の方が良いだろう。よく飲みに誘われたしな」

 

早めに帝都に戻らなければ店が閉まってしまう。

 

今回はアカメに会えたことに感謝だな。

 

しばらくロクゴウ元将軍の墓参りに行ってなかった。もし生きていたらロクゴウ元将軍に「この薄情者め~」とふざけながら肩をバシバシと叩かれてたと思う。

 

あの人はかなり気さくな人だったから。

 

 

 

 

帝都に戻り、酒を買った後にロクゴウ元将軍の墓参りに行ってから俺は自宅に帰った。

 

「……誰からだ?」

 

自宅に帰った折りに玄関に挟まれていた手紙。

 

それには送り主の名前がなく、誰が送ってきたのかわからない。

 

ただ単に俺宛としか書いてなかったのだ。

 

「……開けるか」

 

とりあえず、開けないことには何もわからないままになってしまうので封を切った。

 

中の紙は1枚。

 

「…………そうか」

 

俺は手紙の内容を確認するとそれをすぐに破ると燃やした。

 

手紙の内容は帝国を離れて革命軍に行くという部下からのものだ。

 

帝都の闇を見て決心したそうであり、同じように感じた数人の仲間と共に革命軍入りを決意したらしい。

 

こうやって報せてくる辺り律儀だが、それを俺に報せる危険性を考えてのことなのかが不安ではあるが、彼らが無事に革命軍に合流できることを今は祈ろうと思う。

 

元とは言え部下だったのだ。それぐらいは良いだろう。

 

彼らは彼らで帝国の未来を憂いその選択をしたのだから。俺はそれを尊重しよう。ただ、帝国を内側から変えようとしてくれなかったのは残念であるが

 

「……また、新人の募集をしなければな」

 

いい人材が現れてくれると良いのだが……腕もそれなりにあり、人格的にもなんの問題もない人物。

 

後……求めるとすれば伸びしろだな。できれば将軍に至れるもしくは将軍に近い位置までいけるぐらいの才覚の持ち主だとなお嬉しい。

 

そんな好条件に見会うような人物は滅多にいないだろうがな。

 

こんなことを考えた自分に少し自嘲してしまう。

 

そんな確率の少ないことを考えてしまうほど自分は詣っているのだろうかと。

 

でも、案外簡単に否定できない。肉体的な疲れではなく精神的な疲れなら。

 

ともかく……明日には新たな兵の募集をするための場所を確保して、それのために必要なことをしておかなければな。

 

遅くとも3日以内に募集をしたい。

 

幸いなことに毎度兵の募集を行うと行列が出来るので必ず人は集まるのが救いだ。

 

質はその時にならなければわからないが……旅の武芸者などがたまに募集に参加してくるのでそれを期待するとしよう。

 

後は辺境からのだな。

 

辺境からとなるとそれなりに腕のある奴がいる確率が高いからそれにも期待できる。

 

まだ、俺自身が20代前半なのに若く才能のある者を見つけるのが楽しみなのは正直、どうだろうとも思う。

 

俺もまだまだ若い部類に入るのにだ。

 

「ふっ……」

 

俺は小さく笑うと棚にしまってある酒の入ったボトルとグラスを取り出す。

 

「…………考えても仕方がないか」

 

俺はグラスに酒を注ぐとそれを飲むのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 呑みにいく

宮殿内にある執務室で俺は部下たちの装備を変えるとどれぐらいの出費になるのかを計算して、それを元にボルスと打ち合わせをしていた。

 

「それで……どう思う?」

 

「そうですね。ラン君はどう言うかわかりませんが、私は良いと思います」

 

ボルスは賛成してくれたか。

 

「そうか」

 

「はい。でも、全員分となると時間がかかるので少しずつ交換していくしかありません」

「だな。今までのも危険種などを相手に考えないのであれば十分なものだしな」

 

人相手であれば最低でも頑丈であれば十分だ。

 

また、新しい装備に使われる材料によっても金額は変わる。

 

今現在で俺が計算したのは鋼を素材に使ったものだ。

 

安物の方はあまり純度の高くない鉄を使用している。

 

個人的には危険種を素材とした武器にしたいのだが、如何せん……金額の問題で部下全員に渡せない。

 

渡せるとしても完全に西の地に残してきているまとめ役の部下の分ぐらいだ。

 

エクター、サフィア、ラヴェイン、ボールスの4人。

 

俺が将軍になる前からの付き合いであり、最古参の者たちである。その実力は帝具持ちにも匹敵する。

 

1人1人が将軍クラスの実力者でありながら俺の下についている。何度か将軍にならないかと誘いを受けているがそれをすべて断った上でだ。

 

「はい。他に案としては危険種の討伐時にのみ使えるものにすかですが……」

 

「それだと、使える人数が限られてしまうか」

 

「……ええ」

 

そうなると安くは済むが一度に戦える人数が減り、数が膨大であった時には焼け石に水状態になる。

 

「とりあえずは新たな装備に変えることは確実としてそれをどんなのにするかはランが戻ってから考えるか」

 

ちらりと異論はあるかと視線で問いかける。

 

「そうですね。ラン君にも聞かないと。私たちだけで決めてもしラン君が必要だと考える武器を用意出来なかったら困りますしね」

 

「そうだな」

 

ボルスの言うことはもっともだ。ランにはボルス同様に部隊率いてもらうのでそれに合わせた装備が必要となる。

 

これについてはランが戻ってくるまで保留にするしかない。

 

「では、次にだ。新たに兵の募集をかける」

 

「あれ? それってこの前募集したばかりじゃないですか」

 

「ああ。だが、帝都の闇を見て辞める奴がいたからな」

 

あえて革命軍に行ったとは言わない。

 

これは特に言わなくても良いことだからだ。

 

「そう……」

 

軍を辞める奴の理由のほとんどがこれなのだ。

 

夢や理想を抱いて軍に入るも帝都の闇を見てその心を折られる。

 

そして、軍を辞めて逃げるように故郷へと帰るのもいるぐらいだ。

 

それも1つの選択だ。逃げるのも立ち向かうのも自分で決めること。

 

そうでなければあっという間に淘汰されてしまう。

 

「ああ、だから新人用の軍服に武器を用意しなければならない」

 

「武器はいいとして、服は入隊が決まってから至急用意しないと……サイズのこともあるし」

 

「それは、希望者の体格によっても違う。故に完璧に合うサイズは無いがよっぽどのサイズ差が無い限りは余っているので我慢してもらおう。着れるのがなかった場合のみ新しいのを作ってもらう」

 

なるべく節約できるところは節約しておきたい。

 

いつ何が起こるかわからないのだからある程度の余裕を持たせておきたいのだ。

 

特に今期は普段よりも武器の値段や整備用品などが高騰している。

 

もし、必要となったときに買えないとなってしまえば目も当てられない。

 

「わかりました」

 

コンコン! と扉が叩かれる。

 

「失礼します!」

 

背を真っ直ぐに伸ばした状態で書類を持ちながら部下が部屋に入ってきた。

 

「どうした?」

 

慌てた様子もないので大きな事件でないことはすぐにわかった。

 

「はい。募兵のために使う場所の確保が終わりました」

 

「そうか。ご苦労」

 

「詳しくは書類に記してありますので」

 

「わかった」

 

返事を返しつつ部下から書類を受けとる。

 

すると、すぐに「失礼しました」と言って部屋から出ていった。

 

「……仕事が早いんだね」

 

「早く終わればそのまま、2日の休暇に入っていいって言ったからな」

 

「そ、そうなんだ」

 

しばらくまとまった休みをあげられてなかったから本人も休みたかたのだろう。

 

予想以上の早さで終わらせてきた。

 

「ああ……それと俺はこれから場所を直接見てくるがボルスはどうする? 早いが今日は帰ってもいいぞ」

 

「えっ!? いいんですか?」

 

「いいぞ。忙しくなると早々に休みはとれないからな。休ませられるときは基本的に休ませるようにしてるんだ」

 

驚いているボルスにそう伝える。

 

何かしらの事件が起きたり、忙しい時期には休みが全くとれないことも珍しくはない。なので、休ませられるときはなるべく休ませるようにしているのだ。

 

働かせ過ぎて倒れられるのも困る。

 

本当は適度に休ませられれば良いのだが……そうもいかないのが現実だ。

 

危険種の繁殖時期になったときの間引きや災害救援、罪人の捕縛と時間のかかる事が起こるとそれが終息するまで休ませることができない。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて帰ります」

 

「ああ……また、明日」

 

俺はそう言いながらパルチザンを背負うと執務室から退出して部下の確保した場所へ向かうのだった。

 

 

 

 

「……ここか」

 

宮殿より徒歩で10分ぐらいかかる位置が部下が募兵に使うためにとった場所であった。

 

近くにはこれといった店がないので営業妨害にならず、人通りは少ないわけではないが多いわけでもない。

 

本当なら募集は兵舎でも良かったのだが……そこに人が集まるといざ出動となったときに邪魔になる可能性があったために別会場にしたのだ。

 

「……悪くないな」

 

この場所は治安も悪くはないのでうってつけだろう。

 

だが、スリが出る可能性もあるので見張りの兵を何人かつかせるべきだな。

 

被害にあってからでは遅い。特に辺境からやってくる者がスリの被害にあい無一文となり、頼れる人がいなく野宿になったら大変だ。

 

スリにあったが故に空腹で犯罪を犯すかもしれないからだ。

 

悪いことは連鎖していくことを考えておかなければ。

 

「ふむ…………1階部分は広いから混雑はしないだろう」

 

混雑してもあまり問題ではない。

 

ここでやるのはあくまでも受付だ。

 

試験はその次の日。

 

人格面とどれぐらいの腕前を持っているのかを見させてもらう。

 

なのでその日は兵舎の近くにある訓練場を使う。そこで武の腕前を見せてもらうのだ。

 

強くても人格面が駄目だったら遠慮なく落とさせてもらう。

 

特にあからさまに人を見下す奴や自分が特別だと思っている輩は確実に落とす。

 

仮に弱くても人格面が優れていれば合格にする。

 

「おっ! 将軍さんじゃないか」

 

この声は……。

 

「……また、たかりに来たのか?」

 

「なんだよ……その言いぐさはー」

 

「お前はいつも俺に酒代を払わせているだろうに」

 

マフラーを巻き、上半身は胸元だけを隠した格好のスタイルの良い女性。

 

「いいじゃん♪ いいじゃん♪ お金稼いでんだからさぁー」

 

ニヤニヤとしながら完全に俺に酒代を払わせる気満々の女。

 

「……レオーネ。お前もお前で稼ぎはあるだろうに」

 

確か……マッサージ師だったはずだ。

 

「いやー……賭博で全部使っちゃった」

 

あっけらかんとした様子で笑いながらそんなことを言ってきた。

 

「はぁ~」

 

溜め息がでる。

 

毎度のことながらこいつはと思うがそれよりも先に呆れてものも言えなくなる。

 

「その溜め息はなんだよー! こんな美人と一緒に呑めるんだからそれぐらいいいじゃんかよぉーっ」

 

「相変わらずふてぶてしいな」

 

自らのことを美人と称するとは。

 

美人であることは認めるが……普通、それを自分で言うか?

 

「でも、事実だろ?」

 

「……そうだな。その図々しさ故に認めたくないものだがな」

 

「言ってくれるねぇ……でも、私が美人ってのは認めたな」

 

ニヤニヤしながら俺の腕を掴み、早速呑みに連れてこうとしてくる。

 

全く……俺に酒代を払わせる気満々じゃないか。

 

「……自分で払えよ?」

 

「フッフッフッ……」

 

意味ありげに笑うレオーネに嫌な予感しかしない。

 

ほどなくしてその予感は的中した。

 

「無一文の私に払う金なんてないぞ!痛ぁっ!」

 

それはそれはとても良い笑顔だった。

 

そんなレオーネの頭に拳骨を落とした俺は悪くない。

 

何でそんなことを自信満々に言うのか理解できないししたら駄目だ。

 

「……全く、お前というやつは」

 

「痛っぅぅ……なにも拳骨する必要はないだろぉー」

 

俺に拳骨を落とされた部分を擦りながら、恨みがましい目で睨んでくる。その目に少しだけ涙が浮かんでいた。

 

「だったら俺に払わせようとするな。賭博に使う金を飲み代に使えば良いだろうに」

 

「えぇ~~」

 

明らかに私不満ですという空気を出しているがそれは俺に関係ないだろ。

 

「えぇ~~じゃないだろ」

 

「いいじゃんか……私よりもずっと稼ぎが良いんだしさぁー」

 

「将軍なのに給料がマッサージ師よりも少ないなんて早々ないだろ」

 

そうだったらよっぽどの腕利きだろうに。

 

仮にも将軍の給料が低かったら他の将軍なんてほとんどが破産しているぞ。

 

愛人が10人もいるノウケン将軍は特に破産しそうだ。

 

「ケチ」

 

「お前は遊びすぎなんだ。賭博に使う金を少なくすればいいだろうに」

 

「それじゃあ……つまんないじゃんかよー」

 

「……だからって毎回毎回たかるな」

 

お金はかなり稼いでるとはいえ浪費したくはないんだが……。

 

「こんな美人と飲めるんだからそれぐらいいいじゃん」

 

「残念美人なのにか?」

 

「なんだとぉッ!? それはいくら私でも聞き捨てならないなぁ」

 

「人にたかる、賭博で金が無くなる……残念じゃない要素が何処にあるんだ?」

 

この2点を突くとレオーネは気まずそうに視線を逸らして頬をかいた。

 

「…………ほ、ほら……そんなことよりさ早く呑みに行こう!」

 

「……まあ、いいだろう」

 

明らかに図星を突かれたのがまるわかりだが……指摘しないでおこう。

 

藪をつついて蛇を出したら目も当てられない。

 

俺は意気揚々に腕を引っ張っていくレオーネに引きずられるようにしていきつけの酒場へと行くのだった。

 

 

 

 

「プハーッ」

 

いきつけの酒場に着くなりレオーネは遠慮なく酒を頼んだ。

 

「良い呑みっぷりだな」

 

「だろー。将軍は相変わらずちびちびとしか呑んでないけど」

 

「呑み方は人それぞれだ。俺はお前みたく一気に呑まないだけだ」

 

「それもそっか。あ、おかわり1つ!」

 

従業員が近くを通った瞬間におかわりを要求するレオーネ。

 

遠慮という言葉を知らないのではと思う。……すでに慣れたが。

 

「ついでに適当に摘まめるものも1つ頼む」

 

俺もついでに注文しておく。

 

「はい、ただいま!」

 

注文を受け取るとそそくさと従業員が厨房へと向かう。

 

「……少しは遠慮という言葉を覚えたらどうだ」

 

どうせ言っても無駄だろうが言っておく。

 

すでに何回も言っているのだから。

 

「そう固いこと言うなって」

 

「なら、自分の分ぐらい自分で払え」

 

「……後でサービスするから」

 

上目遣いしながら胸元を強調するレオーネ。酒が入っているからか若干顔が赤くなっている。

 

「……色仕掛けは通じないぞ」

 

「ちぇ~。そこら辺の奴らなら簡単に引っ掛かるのに」

 

お前は普段から何をしてるんだ? 盗みとかしているなら捕まえなくてはならないのだが……。

 

「お金を騙し盗ったりしてたら捕まえるぞ?」

 

「あははは、そんなことしないって!」

 

そう言いながら彼女はグビグビと瓶に入ったワインを呑んでいく。

 

「あんまり一気に呑むな。健康に悪いぞ」

 

そう注意するもあまり気にした様子はなくどんどん呑んでいき、瓶が物凄い勢いで空になる。

 

「大丈夫だって! 」

 

何処が大丈夫なんだ? 一気に酔い始めてるぞ。

 

そんな俺の心配を他所にレオーネは呑む速度を上げる。

 

「将軍も呑め呑め!」

 

「って、おい!? まだ呑みかけなのに別の酒を混ぜるんじゃない!」

 

こいつ……まだ3分の1しか呑んでないのに別物の酒を追加してくるとは……。

 

「あ、ほらあれだよあれ……カクテルってやつ?」

 

「お前……カクテルって適当に言ってるだけだろ」

 

しかも、変に混ざってるから不味い。

 

顔をしかめる俺を見てレオーネが笑ってる。

 

本当なら文句をつけたいところだが……まあ、良いだろう。

 

俺自身こいつと呑むのが嫌なわけではない。

 

俺のことを将軍と呼びながらも気安く話しかけてきたり、イタズラしてくるのは新鮮だからな。

 

こんな風に気安く接することができるだけでもいい気分転換になる。

 

大半の奴が立場的に恐縮してしまうしな。

 

完全に休みの人かなら別なのだが。そうでないとやっぱり……恐縮されてしまう。

 

「はははは! そんな細かいことは気にするな!」

 

またもや、酒を追加してくるレオーネ。だが、先ほど呑み終わり器が空になっていたので酒同士が変に混ざることはない。

 

「全然細かくないぞ。でもまあ……酒の席だから特には言わん」

 

酔っぱらいには言っても無駄だろう。

 

言ったところで忘れられるのが落ちだ。

 

「お待たせしました」

 

俺とレオーネが注文していたのが届く。

 

「待ってました!」

 

レオーネは即座に受け取るとそのまますぐに呑み始めた。

 

「そうがっつく必要もないだろうに」

 

俺はそんなレオーネのことを摘まめるものとして出てきたラスクを食べながら見ていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 募兵にいく

結局俺が酒代を払うことになった数日後の今日は募兵の日である。

 

それは部下に任せている。俺が行くと直接俺に入れてくれと話してくる奴もいるからだ。

 

出世欲が強いのか一兵卒からではなく最初から上の地位を欲する奴もいるのでそこら辺は注意しなくてはならない。

 

実力と上の立場になるは結びつかない。いくら実力があろうと下の者を纏められないと上の地位に上げるわけにはいかないのだ。

 

「…………」

 

募兵は部下に任せて、俺はある貴族についての調査資料を見ていた。

 

これは地方から来た人間を親切を装い捕らえていると噂をされている貴族のものだ。

 

「…………証拠が足りない」

 

資料を見るに明らかに何かあるのはわかるのだが……捕まえるに足るだけの証拠を掴めていない。

 

最低でも兵を動かすに足るだけの証拠が欲しいのだが……。

 

それが見当たらないのだ。

 

「……調査結果待ちか」

 

こういう調査を専門とした部下が欲しいのだが……如何せんあいつは動かせないし、ボルスとランはこういうのに向かない。

 

1から育てようにも時間がかかる。

 

それに、大臣に怯えて帝都に住む人から情報を得にくいのが痛い。

 

兵士が大臣と繋がっていると思われがちだからだ。

 

部下たちも悪条件の中で証拠を集めようとしているのだから褒められることはあれど責められることはない。

 

「……ふぅ、ままならないものだ」

 

これ以外にも帝都の艷町で密売されている麻薬の出所を探ったり、ランにとって忌むべき相手の児童殺人犯であるチャンプ、帝具を持つ元処刑人ザンク等も捜索しているが発見できていない。

 

特にザンクは帝具を所持しているので一般兵ではまず太刀打ちできない。遭遇しても逃げ切れるかすらわからない相手だ。

 

チャンプにいたっては完全に足跡が追えない。

 

とある場所での目撃以降誰もその姿を見ていないのだ。

 

その事からチャンプには協力者がいるのだと推測されている。

 

しかもその協力者はチャンプの足跡を消せるような立場またはそれができる方法を持っているということだ。

 

何者かは不明だが厄介なことにはかわりない。

 

「……とりあえず様子だけでも見に行ってみるか」

 

どれぐらいの希望者がいるのか自分の目で直接確かめるのも悪くない。

 

もし、何か問題が起きているのだったら俺が出ればある程度の問題はすぐにでも解決するはず。

 

もっとも……そんな展開にはなっていないだろうがな。

 

騒ぎを起こせば捕まることくらいはわかっているだろうし。

 

 

 

 

「……問題はなさそうだな」

 

募兵を行っている場所に来て、確認するも人が予想よりも多くいるぐらいで何かしらの犯罪などが起こっているわけではなかった。

 

少年から中年までと性別を問わずに人がごったがえしているのは中々に壮観だ。

 

自分の武器を持っているのはごく少数であり、大半の人は何も持ってはいなかった。

 

武器を持っているのは辺境から来たのと旅の武芸者だろう。帝都に住んでいて武器をこの場に持ってくるやつは多分いないはずだ。

 

「……期待できるかもしれないな」

 

志願者の数が予想していたよりも多く、思ったよりも賑わっていたからだ。

 

志願者が多ければ多いほど原石が混ざっている確率が高くなる。

 

だが、明らかに駄目そうなのもいるあたり……気分は盛り下がるがそれもしょうがないか。

 

良いのもいれば悪いのもいる。当たり前のことだ。

 

まあ、明日に期待するとしよう。もしかしたら思わぬ出会いがあるかもしれないしな。

 

そんなことを思いながら宮殿に戻ろうとすると道端で考え込む1人の少年の姿があった。その背には剣が背負われている。

 

「……何やら悩んでいるようだがどうしたんだ?」

 

声をかけるとその少年は俺の姿を数秒ほど凝視する。

 

それからおずおずとした様子で口を開いた。

 

「えっと……お兄さんってもしかして軍人?」

 

「そうだが?」

 

そう答えるとやった! とばかりに喜びを露にする少年。

 

そのまま興奮した様子で喋り出した。

 

「な、なら! 俺を推薦してくれないか! 俺は一兵卒からじゃなくて隊長クラスから仕官したいんだ!!」

 

普通なら笑われるか怒鳴られるかするくらいのことを言っているが真剣にそう言っているのがわかった。

 

「……まず、少年は部隊を率いた経験はあるか?」

 

「い、いや……ないけど」

 

この少年は焦っているようだから丁寧に説明して一旦冷静になってもらった方がいいな。

 

「なら隊長クラスからの仕官は無理だ。隊長クラスに必要なのは、武力よりも数十人って単位の人間を纏められる技量だ。高い武力を持ってるに越したことは無い。だが必須という訳じゃないんだ」

 

「そうなの?」

 

「知らなかったのか? 腕っぷしが強いだけじゃ隊長にはなれないぞ」

 

己の無知さにショックを受けたのか少年の雰囲気が明らかに暗くなる。

 

「誰でも最初から一兵卒ってわけじゃないが……それはあくまでも貴族や特殊な軍人の家系だったりするだけで、それ以外は基本的に一兵卒からだ」

 

「そっか……」

 

「ああ。だが、才能があればすぐに上に上がれるだろう」

 

「それは本当かっ!?」

 

暗くなっていた雰囲気が一気に明るくなる。なんともまあ……単純な少年だ。

 

だが、そんな単純さが眩しく見える。

 

「本当だ。才能があればの話だがな」

 

「おお! なら、俺に才能があるか見てくれ! これでも1級危険種の土竜を1人で倒せるんだ」

 

「ほお……」

 

これが本当なら、すでにこの時点で並の兵士よりも上なのは確実だ。

 

「それで……見てくれるか?」

 

期待したような面持ちで見てくる少年。

 

「ああ、いいだろう。場所を移そうついてきてくれ」

 

「よっしゃぁ!」

 

後ろで嬉しそうに声を上げる少年の姿に俺の頬が緩む。

 

今の帝都じゃまず見られないような単純さに裏表のない純粋さ。

 

本来ならそんなことはやらないのだが……やってもいいような気持ちにさせてくれたのだからやるしかあるまい。

 

少なくとも短い時間ではあるがな……。

 

 

 

 

帝都内にある人気のない空き地で俺と少年は向かいあっていた。

 

「いつでもいいぞ」

 

自然体で少年が向かってくるのを待つ。

 

少年は剣を構えてじりじりと俺との間合いを詰めている。

 

対人戦の経験が少ないのか動きにムラがある。これは経験を積めば解決できるだろう。

 

構えからしても皇拳寺や何処かの流派の構えではなく我流のように思える。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 

あえて隙を作っていたら素直に突っ込んでくるか。

 

やはり対人経験は少ないか……だが、動きに迷いがないのは良い!

 

「おっと……」

 

俺は少年の振るう剣にぶつかり合うように剣を振るう。

 

金属同士がぶつかるけたたましい音が響き渡る。

 

俺が今使っているのはパルチザンではなく一般兵が使っている剣だ。

 

パルチザンではそのうちに少年の剣を壊してしまう。

 

「ちっ……」

 

舌打ちすると少年が後退する。

 

「では……そろそろいくぞ」

 

俺は少年がギリギリで反応できそうな速度で斬りかかる。

 

「く……速え!」

 

ちゃんと反応したか。

 

それから少年へと上下左右様々な角度で、速度は少年がギリギリで反応できるぐらいに抑えて連続で斬りかかる。

 

「これは……」

 

少年は防戦一方ではあるがなんとか食らいついている。

 

……この少年は原石だ。

 

ギリギリで反応できる速度で剣を振るっているが徐々にそれに普通に反応し始めている。

 

まさか……期待通りのことが起こるとは……。

 

久々に嬉しいと思えた。

 

「だりゃあ!」

 

しまいには反撃までするようになる。

 

この短時間での成長……その将来性に嬉しくなり、つい……剣速を上げてしまった。

 

「……ここまでだな」

 

俺はピタリと少年の首もとに剣を突きつける。

 

「…………」

 

全く反応できなかった少年は目を見開き驚いていた。

 

大方、何が起こったのかわからなかったのだろう。

 

「……さて、少年の評価だが……対人経験の少なさが目立つな。これはこれから経験を積めば解決できるだろう。後はちゃんと鍛練を続けていけばかなり強くなれる。それこそ……将軍だって狙えるぐらいにな」

 

「え……?」

 

何を言われたのか理解できていないのか唖然とした様子の少年の肩を軽く叩くと俺はその脇を通り過ぎる。

 

「頑張れよ、少年」

 

俺はそのまま少年の返事を待たずにその場から去っていった。

 

 

 

 

宮殿まで戻り、残りの仕事を終わらせて帰路についているとそれなりに膨れた袋を持ったレオーネに遭遇した。

 

「将軍、今日は私が奢るからさ……1杯どう?」

 

膨れた袋を掲げながらそう言ってくるレオーネに俺は目を疑った。

 

あの、さんざん俺にたかってきたレオーネが奢るだと……何かの事件の前兆か?

 

「何かすっごい失礼なこと考えてるだろ」

 

「……これまでのお前の行動を振り返ってみろ」

 

「……………………」

 

「沈黙は肯定ととるぞ」

 

賭博などでさんざん散財しているレオーネが大金を持つなどまずありえない。

 

盗んだのか? もし、そうだったら俺はレオーネを捕まえなければならない。大変残念なことだが。

 

「ま、まあ……そんなことよりも」

 

こいつ……今までたかってきていたことをそんなことで片付けるか……いつものことながら図太い奴だ。

 

「まあ……少しなら付き合おう」

 

裏のない奴とは言えないが、気楽に付き合える。

 

それだけで十分だ。

 

「おっし、なら酒場へ直行だ!」

 

レオーネは勢いよく膨れた袋を掲げると空いている方の腕で俺の腕を掴むと意気揚々と歩き出した。

 

「わかってるから、そう引っ張るな。服が伸びる」

 

「平気、平気! 洗えば縮むって」

 

「……それは一時的にだろうが」

 

からからと笑うレオーネに俺は何を言っても無駄だと判断して、せめて服が伸びないように隣を歩くことにした。

 

「……それで、その金はどうしたんだ?」

 

「ん? ああ、これね……辺境から来た子に社会勉強を教えた授業料ってやつかな」

 

社会勉強……勉強だから盗みではないよな……多分。

 

色々と不安になってくるが……授業料だと言っていたし信じてみるか。

 

一応……自分が頼んだ分の料金だけは覚えておいた方がいいだろうがな。

 

完全に信じるなんて馬鹿な真似は出来ない。

 

前に金を返せと追いかけられていたところを見たことがあるからだ。

 

「今日は何を呑もっかなー」

 

「ほどほどにしておけよ」

 

酔い潰れられると俺がレオーネを運ぶはめになるのだから。

 

「もう、そんなこと言って……合法的に私の身体に触れるんだぞ」

 

「それは完全に酔い潰れたお前のことを運ぶってことだよな」

 

「そうとも言う」

 

全く悪びれた様子もなくそんなことを言うので、俺としては酒場にそのまま置いてきぼりにしたいのだが……万が一のことがあるといけないので置いてきぼりに出来ない。

 

「はぁ……まあ、酔い潰れないように見ておけば問題ないか」

 

俺は溜め息を吐きつつそんなことを言った。

 

そうやって話しているうちに酒場に到着する。

 

向かい合うように席に座り、早速注文する。頼むのは酒と摘まめるもの。

 

それ以外は注文しない。

 

「……何か良いことでもあった?」

 

「どうしたんだ? 突然……そんなことを言って」

 

「ん~……勘だね。何か機嫌が良さそうだったからさ」

 

「そうか」

 

そうしたら多分……あの少年と出会えたからだろう。

 

あれほどの才能の持ち主に出会えるなんて滅多にないのだから。

 

「で、どうなのさ」

 

「言うなら……良い出会いがあった。それだけだな」

 

「お! と言うことは……ついに好きな奴でも出来たのか?」

 

「そんなんじゃないさ……ただ、才能のある人物に出会えただけだ」

 

そう言うとレオーネはつまらなそうな顔をした。

 

どうやら俺を弄れるような話ではなかったのが不満のようだ。

 

「そう言うレオーネはどうなんだ? 結構誘われたりしてるんじゃないのか?」

 

「いや~、ないない! 誘ってくるのは私の体目当ての奴ばっかりさ」

 

「そうなのか」

 

「ああ、そうだよ。全くこんな美人なのにさ」

 

なんとなくではあるが俺はこいつがモテない理由は賭博や借金ではないかと思っている。

 

お金を賭博で使い、ツケがあったりと……思い返すとそれが原因以外に考えられないのだが。

 

「酒癖はともかく……賭博と借金が原因だろ」

 

「それぐらいで尻込みするような男なんざ……こっちから願い下げだね」

 

「いや、結構重要だろ……大半の男はそれで逃げてくぞ」

 

少なくとも一般人には重すぎるだろ。

 

「いいんだよ。そいつが根性なしなだけさ」

 

根性とかそう言う問題ではないだろうに。

 

「……逆だったらどうするんだ?」

 

「もちろん……付き合うわけないだろ」

 

ニカッと清々しい笑みを浮かべながらレオーネは否定した。

 

「……やっぱりな」

 

それしか言葉が出なかった。

 

レオーネらしいと言えばレオーネらしいので違和感はないが、これでもし、付き合うだったら俺はそっちの方に驚いていただろう。

 

「あったりまえだろー! そんな危ない奴となんて誰も付き合いたくはないさ」

 

「……それは暗にお前自身にも当てはまるぞ? いいのかそれは」

 

「ほら、よく言うじゃん。自分で言うのはいいけど他人に言われたくないって」

 

「……そうか。それでいいならいいさ」

 

俺はそれに関しては何も言わない。

 

酒を呑みながら雑談を交わしているうちに夜が更けていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話闇をいく

翌日。

 

帝都の練兵所で俺は集まった新兵候補たちを見ていた。

 

そのなかに昨日会った少年の姿を探していたのだが……見当たらない。

 

人畜無害で伸びしろの塊といった期待が持てる少年だったのだが……。

 

……探してみるか。

 

もしかしたら昨日、俺と別れたあとに何かあったのかもしれない。

 

無事だといいのだが……。帝都は広いのでうまく会えるかは運次第か。

 

「……ここは任せるぞ」

 

「はい」

 

俺は近くにいた部下にそう言うと練兵所から出て、少年を探しに行くことにした。

 

俺は帝都のメインストリートを歩きながら少年の姿を探す。

 

もしかしたら道に迷っている可能性もあるからだ。

 

それに初めて帝都に来たようなので帝都で一番賑やかな場所にいるだろうという予感もあった。

 

ここら辺は帝都のなかでも特に治安が良い場所なので少年の身に危険が迫っているとは思えないが……。

 

「……見当たらないか」

 

さすがに人通りが多いこの場所で1人の少年を探し出すのは難しい。

 

視線を左右に動かしながら、それも普通の人には真っ直ぐに歩いてるように見えるようにしながら少年の姿を探す。

 

そのまま歩いていると、あの少年の姿を見つけた。

 

「……これは調べる必要があるな」

 

だが、その少年と話している少女。

 

彼女は---現在、部下たちが調べている貴族の1人娘。限りなく黒に近く、近いうちに確実に捕縛の対象となる。

 

俺は少年に話しかけるのを止めるとすぐさま、あの貴族の1人娘の屋敷へと向かった。

 

……直接証拠を押さえるために。

 

護衛がいくらいようとも問題ない。あそこの護衛の力量はある程度把握している。

 

例え昼間からであろうと忍び込むのは容易い。

 

 

 

 

件の屋敷の前に来ると俺は人目がないことを確かめてからその屋敷に侵入する。

 

屋敷の中には入らずにその回りから調査を始める。怪しいのは屋敷から離れた場所にある倉庫らしき場所と屋敷の中の貴族の私室。

 

まずは倉庫からだ。

 

「…………」

 

倉庫の扉には鍵が掛かってなかった。

 

そして、中には何らかしらの気配を感じる。

 

中に誰かいるのだろう。鍵が掛かっていなかったのでこの屋敷の住人の可能性が高い。

 

そのため、扉に耳を当てて中の様子を探る。

 

最低でもこの屋敷の住人かそうでないかだけでもわかれば十分だ。

 

ガチャガチャと金属が擦れるような音しか聞こえない。

 

「入ってみるか」

 

俺は扉をゆっくりと開ける。

 

同時に戦場と同じような臭いを感じた。

 

そう……噎せ返るような()()()()を。

 

「これは……ッ!」

 

倉庫の中に入り、扉を閉めて、改めて倉庫内を見渡すと目に映るのは手足の欠損した人の死体に拷問器具の数々。

 

それと檻に捕らわれた人々。

 

しかも薬物の中毒症状のような痙攣まで起きている。

 

「だ、誰だ? 」

 

近くの檻の中からハチマキを着けた少年が鉄格子を掴みながらか細く震える声で話しかけてきた。

 

俺はその少年の近くによりながら答える。

 

「侵入者だ」

 

「はは……侵入者か。だったら頼む! 俺の友達があいつらに騙されてるんだ……ッ! ゴフッ」

 

急に咳き込むと少年は血を吐き出した。

 

明らかに少年の命はもう長くは持たない。いつ死んでもおかしくないほどだ。

 

「わかった。あまり無理するな」

 

「ありがとな。……後、サヨを助けてくれ!! 俺と違ってまだ助かるはずだ!」

 

少年が檻の外に腕を出して宙を指差す。

 

少年が指差した方を見ると片足を切断され吊るされている少女の姿があった。

 

かろうじて生きているがこのままでは出血死するのも時間の問題だ。

 

俺はすぐさま、少女を吊るしていた縄を切ると着ていた軍服の袖を千切り、止血を行うと袖の千切れた軍服を少女に被せる。

 

「……少年。この子はすぐに医者に見せよう」

 

「ああ……後、俺様は少年って名前じゃねえ……イエヤスって名前があるんだ!」

 

「そうか。俺はランスロットだ」

 

俺が名乗るとイエヤスは何が愉快なのか笑いだした。

 

「は、ははは……将軍様だったのか」

 

「そうだぞ。だから、安心するといい俺が責任を持って医者に見せる」

 

「……ああ」

 

「ではな、イエヤス。お前は……立派な男だ」

 

俺はイエヤスに託されたサヨと呼ばれた少女を抱えると素早く倉庫から出て駆け出した。

 

 

 

 

「わざわざ……すまないなドクター」

 

「いいわよ、アナタとアタシの仲じゃない」

 

パチンとウインクしてくるオカマ。

 

普通に医者に見せるのでは助からないと踏んだ俺はDr.スタイリッシュの手を借りることにしたのだ。

 

「酒呑み等のな」

 

「んもう! いけずなんだから」

 

腕は確かなんだが……この性癖がなければと思わずにはいられない。

 

精神的に疲れる。

 

「それで……あの娘は」

 

「あの娘ね……手術は成功よ。命に別状はないわ。全身に打撲と裂傷があったけどそれも時期に良くなるものだから問題なしよ」

 

「さすがだな」

 

「当たり前よ。アタシにとってこの程度の手術は片手間で出来るわ」

 

これもドクターだからこそ言える台詞だな。

 

帝国でドクター以上に人体に詳しい人なぞいないと言える。

 

「しかし……ただで良かったのか?」

 

「いいわよ、別に。アナタがくれた超級危険種の素材のことを考えるとこれぐらいなんともないわ」

 

「そうか」

 

今ほど超級危険種の素材をドクターに渡しておいて良かったと思ったことはない。

 

まあ、俺の使っているパルチザンもドクターお手製なのではあるが……。

 

「ええ……そうよ。特に帝具の素材となったタイラントの死体は最高だったわ! 頭を落としただけで傷が1つもついてなかったんですもの!!」

 

「どう使ったんだ?」

 

「私兵の強化に使わせてもらったわ」

 

「……拒絶反応はなかったのか?」

 

体に異物を組み込むのだから拒絶反応が出てもおかしくないのだが……。

 

「出たわよ。でも、すぐに解決したわ」

 

「さすがとしか言いようがないな。それと、副作用を弱めたドーピング薬入りのお菓子はどうなってる?」

 

「従来のよりも副作用を押さえた結果、若干強化率は落ちるけど……それもほんの少しよ。実際に使わせたけど特に問題は出なかったわ。それに前のよりも身体への負担は少なくしてるわよ」

 

「これで……クロメも少しは長生き出来る」

 

せっかく生きているのだから……少しでも長生きしてもらいたい。

 

帝国の都合で自身の命を削りながら暗殺者に育てられたのだからな。

 

「もう使わせてるのか?」

 

「ええ、駄目だったかしら?」

 

「いや……助かる」

 

「どういたしまして」

 

ドクターのお陰でわざわざドーピング薬入りのお菓子を届けずにすんだ。

 

帝都から離れた場所で任務に赴いているのでそれを届けるとなるとそれなりに帝都から離れなければならない。

 

そうなると大臣の動きが活発になるので、なるべく帝都から離れたくないのだ。

 

時と場合によっては離れる必要もあるが……。

 

「では、俺はそろそろ戻る」

 

「あら? もう少しゆっくりしていってもいいのに」

 

残念そうにドクターはそう言うが俺としては嬉しくない。

 

大の大人がそれも男が顔を赤らめながらそう言ったのだ。

 

俺にドクターと同じ趣味はないのでかなり反応に困る。下手なことを言ってドクターの機嫌を損ねてしまうとサヨがどうなるかわからない。

 

「俺も仕事が残ってるからな」

 

「そう残念ね……後、あの娘が目を覚ましたら使いを送るわ」

 

「わかった」

 

俺はドクターに背を向けるとそのまま歩き去った。

 

 

 

 

宮殿に戻った俺はあの貴族を捕縛するための資料作りに取りかかった。

 

下手な真似をすると大臣によって不当逮捕扱いされてしまうためどうしてもある程度の資料を作っておかなければならないのだ。

 

この時間が勿体ないが仕方のないことだと割り切るしかない。

 

「将軍。帝都での帝具の使用許可を得てきました」

 

「ああ」

 

今回の件はボルスの帝具の帝都での使用許可をもらう必要があった。

 

あの貴族の屋敷と倉庫を燃やして、更地にするためだ。

 

許可を取ったのはそのためであり、それを人の手でやると経費が嵩むのと……倉庫のあの惨状を見せなくてはならないからである。

 

倉庫の惨状を見た人は少ない方がいい。

 

「なら、ボルスは他に集団埋葬の手続きを頼む。それが終わったら兵の出動準備を」

 

「はい!」

 

そう命令を下すとボルスはすぐさま応え、行動に移した。

 

出来ることなら今すぐにでも、動きたいのだが……。

 

このような時は自らの立場が邪魔になる。

 

将軍でも平の兵士でもないのであればすぐに動けるのに……。

 

出来ることが多い代わりに制約も大きい。

 

「はぁ……」

 

せめて、今日の夜にでも捕縛へ行けるといいのだが……。

 

……遅くなりそうだ。

 

手遅れにならなければいいのだが……あの才能溢れる少年が帝都の闇を見て心を折られなければいいのだが。

 

イエヤスと名乗った少年の友達のようなのできちんと生きている間に再会させてやりたい。

 

あのような場所で最後を迎えるよりも友と少しでも話をしてから逝きたいだろうから。

 

助けてくれと言われたサヨという少女のこともあるしな。

 

「将軍」

 

「なんだ?」

 

「将軍宛にお手紙が届いております」

 

「わかった」

 

俺は手紙を受けとると封を切り、中の手紙を取り出す。

 

「…………そうか、上手くやっているか」

 

手紙はランからであった。

 

現在、ランにはある命を下しており、帝都から離れていたが、その命についての中間報告を兼ねた手紙がこの手紙だ。

 

俺が下した命令はチョウリ様の護衛。大臣は必ず自分にとって邪魔になる文官を消しに動く。となると当然チョウリ様が狙われるのはわかりきっていること。故に帝具使いであるランを護衛として派遣したのだ。

 

「護衛をやりつつチョウリ様から直接政治について教わっているか」

 

元教師であるランにはちょうど良かったようだ。

 

帝国を内側から変えるのを目的としているのだ軍に身をおいているのは文官よりも武官の方が手柄を挙げやすく、それ故に出世しやすいのが理由だったはず。

 

ランはある程度の影響力を得たら軍を辞めて文官になるかもしれないな。

 

そうなると……俺の仕事が増えそうだ。

 

「ふっ……」

 

そうなったらそうなったで良いか。

 

確かチョウリ様には1人娘であるスピアがいるが……ランとの関係はどうなのだろうか?

 

先日のレオーネとの会話を思いだし、考えてしまう。

 

まあ、出会ってからそんなに経っていないので特に変わった関係にはなってないだろう。護衛として派遣したことはあちらも知っているはず。

 

ならば帝具使いの護衛であるとして、そんな目で見ていないだろうな。

 

もし、恋仲になっていたらそれはそれで酒の肴にするのにはもってこいかもしれない。

 

「……次は帝都に来る前に連絡をするように書いておくか」

 

俺は手紙の返事を書くと、それを封筒に入れて部下の1人にラン宛に届けるように伝えた。

 

「さて……やらなくちゃな」

 

俺は思考を切り替えてあの貴族を捕縛するための罪状を書き記した資料の製作を開始した。

 

 

 

 

「将軍……準備が終わりました」

 

「ああ……すぐに行こう」

 

結局、資料製作の関係で深夜といえる時間帯になってしまった。

 

帝具"ルビカンテ"を背負うボルスに呼ばれた俺は宮殿の外で待機している20人の部下の前に立つ。

 

「これより……地方から来た身元不明者を誘拐し、殺害している貴族の捕縛へ行く!」

 

「はいッ!」

 

「行くぞ!!」

 

俺はあの貴族の屋敷へ部下たちを引き連れながら向かった。

 

深夜となると帝都も夜の闇に包まれる。

 

人々が寝静まった帝都に響くのは俺たちの足音。

 

静かだからこそ普段は目立たない音なのに目立ってしまう。

 

「ボルス……半分を率いての裏口から回り込め」

 

俺は目的の貴族の屋敷の近くに来るとそう指示を出す。

 

ボルスはコクりと無言でうなずくと近くにいた10人を連れて静かに、そして迅速に行動に移した。

 

「俺たちは正面から行くぞ」

 

正門をくぐり屋敷の敷地内に入る。

 

そして、屋敷を目指して進む俺たちの目に……事切れた護衛の姿があった。

 

「……これは」

 

倒れているのは3人。

 

1人は頭を撃ち抜かれ、もう1人は首を斬られ、最後の1人は身体を貫かれていた。

 

その3人の死体を調べていた部下が声をあげる。

 

「……どうやら、全員……一撃で殺られたようです。持っている武器に傷が1つもありませんでした」

 

「そうか……なら、ここでさらに半分に別れよう。俺は倉庫の方へと向かう。お前たちは屋敷の中を調べてくれ」

 

「了解です!」

 

「万が一の事態になったらすぐに笛を鳴らせ……すぐに駆けつける」

 

笛を鳴らすような事態にはならないと思うが……常に最悪の事態を想定して動くべきだ。

 

俺は5人の部下を引き連れてイエヤスのいた倉庫へと向かった。

 

「やっぱりか」

 

そこには貴族の娘の上半身と下半身の分かれた死体と1人の護衛の死体があった。

 

倉庫の扉は開けてあり、外から中の様子がうかがい知れる。

 

「将軍……」

 

「ああ、死体を運び出すぞ。せめて、死んでしまった彼らが安らかに眠れるようにするべきだ」

 

俺は吊るされた死体を外して倉庫の中から外へと出して地面に寝せる。

 

「……どうやら、最後はそこまで悪くなかったようだな」

 

俺は何かをやりとげたような顔をして事切れているイエヤスを見てそう呟いた。

 

これは完全に俺の予想でしかないが彼は友達に会えたのだろう。

 

でなければこんな何かをやりとげたような顔をしていないはずだ。

 

俺はイエヤスの死体を倉庫の外に運び出す。

 

それから部下に倉庫のことを任せると俺は裏口に回ったボルスたちを迎えに行くのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 いくもの斬るもの

「ドクター……例の少女が目覚めたそうだが」

 

翌日、昨夜はすでに護衛ごと一家殺害された貴族の屋敷と倉庫をボルスに焼却してもらい、これから昨日、倉庫の中で見つかった遺体を埋葬するために出かけようとしていた俺のところにドクターからの使いが来たのだ。

 

俺はボルスに埋葬関係を任せるとすぐさまドクターのところに向かった。

 

「そうよ……まだ、体力の方が回復してないからもう少し入院しててもらうわ」

「ああ、それに関しては俺よりもドクターの方が詳しいのだ。だからドクターに任せる」

 

素人があーだ、こーだと言うよりもドクターのような人に任せた方がずっといいだろう。

 

俺はドクターとの話を切り上げるとそのままサヨに話しかける。

 

「……調子はどうだ?」

 

「足が痛いです。それと体に上手く力が入りません」

 

サヨは義足を撫でながら元気のない消沈した声でそう言った。

 

「そうか。……それと、イエヤスについてなんだが」

 

「ああ、将軍。今はこの娘に人の名前を言っても意味ないわよ。なんたってその娘……記憶喪失になってるんだもの」

 

なんだと……記憶喪失になっているだと!

 

嘘じゃないよなと確かめるようにじっとドクターのことを見つめる。するとドクターは何を勘違いしたのか顔を赤らめながら身体をクネクネと動かし始めた。

 

俺はドクターを無視してサヨに問いかける。

 

「自分の名前はわかるか?」

 

「いいえ」

 

サヨはふるふると首を横に振り否定した。

 

「そうか……お前の名前はサヨと言うらしい。俺がお前をここに運んでくるきっかけを作った男がお前のことをサヨと呼んでいたからな」

 

「サヨ……」

 

自分の胸を押さえながら噛み締めるようにその名を小さく言う。

 

「あの、その人は何処にいますか?」

 

「死んだよ」

 

「……そうですか。ちゃんとお礼も言えてないのに」

 

悲しそうに俯くサヨ。

 

「動けるようになったらイエヤスの墓の前にいって言えばいい」

 

身元不明者であったので共同墓地になっているがそこにイエヤスが眠っているのは確かなのだから。

 

「……はい」

 

俺はドクターの方に視線を戻す。

 

すでにドクターはクネクネとした動きを止めていた。

 

「後のことは任せてもいいか?」

 

「いいわよ。普通に動けるようになるまで面倒見てあげるわ」

 

「それで、十分だ。それ以降はこちらでどうにかしよう」

 

いつまでもドクターの世話になるわけにはいかないしな。

 

それにしても……記憶喪失か……記憶喪失でなかったら住む場所と職を斡旋してやればよかったのだがそうもいかなくなってしまった。

 

ここは……ボルスに任せるか? 正確にはボルス一家にだが。

 

俺が信頼でき、尚且つ面倒見の良いところと言えばそこしか思いつかない。

 

かかる費用は俺が出すのは当たり前として……だ。

 

ボルスに確認する必要があるな。駄目だったら駄目で別の方法を考えなければなるまい。

 

ボルスのことだから大変だからと気にかけてくれるはずだ。だから、面倒は見てくれると思う。

 

俺はそうと決めるとボルスがいるであろう練兵所へと向かうのだった。

 

 

 

 

地方から来た身元不明者を言葉巧みに騙し連れ去り、死ぬまで拷問を続けていた貴族が討たれて3日たった日。

 

帝都の外にある殺し屋集団ナイトレイドのアジトにはボスを含め7人がアジトの会議室に集まっていた。

 

この場所に3日前の件でナイトレイドのアジトに連れてこられ、今日はれて新メンバーになったタツミの姿はない。

 

メンバーになってから早々、異民族の傭兵によってアジトが嗅ぎつけられ、その傭兵を始末するために出動した疲れもあって現在は寝ている。

 

傭兵を倒しはしなかったものの見事に足止めはした。止めはアカメが刺したのだが……。

 

「私が留守にしていた間に無事に仕事を終えていて何よりだ」

 

右腕に義手、右目に眼帯を付けたナイトレイドのボスであるナジェンダがここにいるメンバーを見渡しながらそう言った。

 

するとメンバーはそれぞれ軽くうなずいたり返事をする。

 

「さて、ランスロットと遭遇して戦闘になったそうだが……」

 

ナジェンダがそう話を切り出すとメンバー全員が真剣な顔つきとなる。

 

「ああ……食糧の調達に行ったときに偶然に」

 

アカメが当時の状況を思い出しながら話した。

 

「アジトがばれた可能性は?」

 

「それは無いわね」

 

髪型をツインテールにした少女―――マインが答えた。

 

「そうか……レオーネ。お前は帝都でランスロットと会って話をしたんだろう? 何か変わった様子はあったか」

 

「いや、特にはないね。せいぜい才能のある少年を見つけたって喜んでたぐらいだよ。まあ、その少年ってのがタツミなんだけどさ」

 

「マジッ!? あの化物将軍にそう言われたのかよ……」

 

レオーネの言葉に驚いた少年―――ラバックは口をあんぐりと開けている。

 

ラバックだけでなくレオーネを除いた全員が反応に差はあれど驚いていた。

 

「マジマジ。タツミから金をちょろまかした時に言ってたんだよ「凄く強い軍人のお兄さんに鍛えれば将軍になれるかもしれないって言われたんだぜ!」って」

 

「その話が本当だと……かなり期待の出来る新人が手に入ったな」

 

ランスロットのお墨付きもあり、さらにはアカメからも鍛えていけば将軍級の器と太鼓判を押されている。故にナジェンダは本格的にタツミに帝具を与えるかどうかを考え始めた。

 

「なら、俺の出番だな。ビシバシ鍛えてやるぜ!」

 

リーゼントという特徴的な髪型をしたガタイの良い男―――ブラートが気合いを入れながらそう宣言する。

 

「待て、ブラートまずは私が教える」

 

「ははは、わかってるって。全員で教えて鍛えてやろうじゃねぇか」

 

「まあ、タツミについてはこの辺でいいだろう。問題はランスロットについてだ」

 

ナジェンダがランスロットの名を出すと途端に空気が重くなる。

 

「……革命軍はなんと?」

 

おっとりとした眼鏡をかけた女性―――シェーレが尋ねた。

 

「……半々だ。暗殺するべきと生かすべきの意見が未だに決着しない」

 

その言葉を聞いて明らかにホッとした様子のラバック。

 

「そのまま生かすってことになってくれないかな。俺はあんな化物将軍に挑みたくないんだけど……」

 

「怖じけづいたの?」

 

そんなラバックにマインが挑発するように言った。

 

「マインちゃんはあいつの戦ってるところを間近で見たことがないから言えるんだよ」

 

「確かにな……」

 

ラバックに同意するようにうなずくナジェンダ。

 

「え……そんなに」

 

「ああ、ランスロットは皇帝に拾われてから1年と経たないうちに将軍へと駆け上がった。それだけで普通ではないことかわかると思うが……あいつは帝具無しだとエスデスやブドー大将軍でも勝てないと言わしめた男だ。実際に帝具を使ったエスデスやブドー大将軍と互角以上に戦っている。しかも……本気を出さずにな」

 

煙草にライターで火を着けるとナジェンダは煙草をくわえて一服する。

 

「そしたら……直接戦って生き延びているアカメとブラートって」

 

「いや、あれは完全に手加減されていた」

 

「だな。あっちはまだまだ余裕があった」

 

アカメとブラートの2人は先日の遭遇戦を思い出す。

 

マインの狙撃による援護もあった状態でランスロットと戦ったが、完全に手加減されていた。

 

「ともあれ……ランスロットについてはレオーネに探りを入れてもらいつつ、大臣を牽制してもらっていたほうが得だな」

 

「ま……それが一番だな。ランスロットが帝都で目を光らせていれば多少は帝都の治安が良くなるしな」

 

ナジェンダとブラートがそれぞれそう言う。

 

「結局それが一番か……あの化物将軍だけだしね大臣に表だって反抗できるのって」

 

「そうですね」

 

ラバックの言葉にシェーレがうなずく。

 

「仮に……将軍を殺せたとしてもその後のことが怖い。若手の良識派の文官はランスロットによって大臣の魔の手から逃れているのがほとんどだ。ランスロットがいなくなるとその若手の文官が一気に危険に晒される」

 

「本当に……扱いの難しい相手よね。大臣を牽制できる数少ない人間であり、革命軍にとっても無視できない存在……」

 

アカメの言葉を聞いてマインはそう呟いた。

 

「そうだ。実際にランスロットの殺害を訴える理由があいつが本格的に革命軍を狙った場合に真っ先に狙われる連中だ」

 

「あ~……なるほどね。確かにそれは納得だ……あの化物将軍って部隊長とか人を纏める人物を最優先に狙って来るしね」

 

「……頭を失えば後は烏合の衆になっちまうからな」

 

革命軍にも、もちろん纏め役は存在する。

 

その纏め役が保身に走った結果がランスロットの殺害である。だが、それはランスロットを殺すことによって起こるであろうことを考えると例え狙われる身であろうと反対するものもいた。

 

故にランスロットは未だに革命軍では生かすべきか殺すべきか決まらないのだ。

 

「まあ……あいつに関しては進展があれば革命軍から何かしらの指示が来るだろう。明日のこともあるから今日は解散だ」

 

解散を宣言し、次々と私室に戻るメンバーたちを見送り、ナジェンダは1人会議室に残った。

 

「…………ふぅ」

 

ナジェンダは1度大きく息を吐くと椅子に深く腰をかける。

 

そのまま無言で煙草を吸い続け、1本吸い終わるとそれを灰皿に置いた。

 

「……望み薄だが本部に言って即戦力となる人材を回してもらう必要があるな」

 

―――ただでさえ規格外と言えるような人物が帝国側にいるのだ。それに対抗するためにはこちらも戦力を増やす必要がある。

 

そこまで考えるとナジェンダは座ったまま会議室の窓の外へと視線を向けて空を眺めるのだった。

 

 

 

 

ドクターのところから帝都の練兵所に戻ってきた俺は部下たちを鍛えているボルスを呼んで、練兵所の端に寄っていた。

 

「どうしたんです?」

 

「実は個人的に頼みたいことがあってな」

 

「珍しいですね、将軍が頼み事なんて……」

 

「ああ、これは俺だと対応しきれるかわからなくてな」

 

常に一緒に行動出来ない俺だと記憶を失ってしまったサヨの面倒を見きれるとは限らない。

 

「それで頼み事は……」

 

「実はこの前の貴族の屋敷の件があったただろう」

 

「はい」

 

「その貴族の被害者である少女が記憶喪失になっていてな。俺だと性別も違うし、何よりも一緒にいれないため面倒を見きれるとは限らない。それで、ボルスの奧さんにサポートを頼みたくてな。これもまだ先の事だし断っても構わないぞ」

 

あらかじめ断っても構わないと言っておけば駄目だったらすぐに断ってくれるはずだ。

 

「う~ん……私の一存では決められないので妻と相談します」

 

「ああ……本当に無理だったら断って構わないからな」

 

「ええ……わかってます。駄目だったときは私もその娘のサポートをしてくれる人を探すのを手伝います」

 

「その時はよろしく頼む」

 

ボルスの友人らであればそれなりに信頼できる。

 

なぜなら、その大半が俺の部下であるのと、家庭を持っているのもそれなりに多いためその中にはサヨの面倒を見てくれる人が出るかもしれない。

 

最終的には……俺が支援している帝都の孤児院で面倒を見てもらうことも可能である。

 

面倒を見てもらうといってもそれはサヨが1人暮らしを出来るようになるまでとの条件付きだ。

 

記憶喪失だが……どこまで記憶を喪失しているのかわからない。それゆえにサポートをしてくれる人を求めている。

 

だからこそ俺の身近で最も信頼できる友人の家族に頼んだのだ。

 

俺はそう言うと練兵所から出ていく。

 

「………………」

 

宮殿に戻る道すがら少年のことを考えてしまう。

 

イエヤスの友達である少年。イエヤスの友達であることからサヨとも何らかしらの関わりがあることは確実。

 

あのナイトレイドに始末されたであろう貴族のところに彼の死体はなかったのだから生きている可能性が高い。

 

だが、この広い帝都の中で少年1人を探し出すのは相当難しい。

 

少年のことを知っているのは俺だけで、部下はその少年の姿や容姿については一切知らないのだ。

 

「……だが、少年1人に時間をかけるわけにはいかない」

 

これはあくまで俺個人でやるべきことだ。部下たちは使えない。

 

こちらにかまけていると大臣が何をしでかすかわかったものではない……隙を見せればすぐにつけこまれてしまう。

 

……それに……そろそろあいつを本格的に動かす必要がある。

 

連絡をとり、すぐに動いてもらわなければ……革命軍の標的にされている人物のリストを送ってもらい、それを元にどう動くべきか算段をつけるために……。

 

「……帝国に巣食う害虫にも役に立ってもらうぞ」

 

……俺が陛下から大臣以上の信頼を得られるようにするためにな。

 

せいぜい残り少ない時間を楽しんでおくといい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 脅しにいく

「…………………………………………」

 

革命軍にスパイとして忍び込ませているあいつから届いた手紙には標的となっている人物の一覧が載っていた。

 

そこには俺の友人であるボルスの名も記載されていた。

 

「………………」

 

俺は載っていなかったが友人が革命軍の標的にされていると知り……少なからずショックを受けた。

 

命令に粛々と従い任務をこなしてきたボルスが標的にされるのはおかしくはない。

 

個人的には色々と文句を言いたいところだが……これはボルス個人との付き合いがないやつらが作ったものなのでしょうがないとも思う。

 

少なくともボルスは軍人として私情を挟むことなく任務をこなした。

 

そんな当たり前のことをやった結果がこれだ。

 

本人もこれは業だと受け止めるだろう。

 

ボルス以外にもクロメやドクターも標的になっている。

 

ドクターは私兵がクロメは帝具の力によって身を守ることが出来るのでそこまで心配はしてないが……というよりも殺そうとするなら帝具使いが複数いないと無理だ。

 

それこそ……ナイトレイドのような暗殺集団でないとな。

 

「……革命軍の標的となっている腐敗した貴族や文官や商人は俺の方で潰させてもらおう」

 

同時にあいつに革命軍の構成員で陛下へと害意を持っている存在を暗殺してもらう。

 

……無理はせずに確実に1人1人な。

 

それは出来るだけでよい。出来なくても名前さえわかれば……革命軍が動き出したときにそいつを俺が直接狙いに行くだけだ。

 

「陛下の評判を上げるための贄となると同時に大臣側の戦力を減らす絶好の機会だ……こればかりは感謝するぞ革命軍」

 

部下たちだけでは決して集められなかった情報もあるのだからな。

 

まずは……どこから捕縛していくか……。

 

だが……その前にあいつ専用の部下を見繕わなくてはな。

 

こっち側に戻ってきたときは諜報を任せる予定なのだ。

 

そのための準備もしておかなくてはならない。

 

大臣を相手にするのに遠慮なんてのはする必要がない。過剰でちょうどいいぐらいだと俺は思っている。

 

大臣のことだ必ず何か切り札を隠しているはずだ。

 

もっとも……俺はそれを切らせる前に潰すつもりだが、必ず潰せるとは限らない。

 

すべてが思惑通りにいくはずかないからだ。

 

「………………嫌になる行為だがやるしかないか」

 

俺は少しでも動かせる戦力を増やすために……あることを決めた。

 

それは―――記憶を失ったサヨを部下にすることだ。

 

選択肢のほとんどないサヨにとっては断れない話し。

 

ドクターが造る義足ならば生身の足と変わらない動きが出来るはずだ。

 

全身を機械化させたトビーの動きは並の人間を超越している。

 

そのことから俺はドクターが造るサヨの義足は生身の足と変わらない動きを保証すると考えた。

 

「はぁ……」

 

俺は眉間を指でほぐしながら溜め息を吐いた。

 

サヨはドクターのところで義足を本来の手足と同じように使えるように訓練されるとして……だ。

 

その事をドクターに頼まなければならない。

 

ドクター自身なら引き受けてくれるだろう。そして、その場合サヨの面倒を見ることになるのは多分トビーとなるだろう。

 

全身を機械化している彼だからこそ理解できることがあるはずだ。

 

サヨには悪いが職に関しては俺の方で決めさせてもらう。

 

すでにやらせる役割も決まっている。

 

「……本人に話をしておくか」

 

俺はサヨが入院しているドクターの研究所へと向かった。

 

 

 

 

「あら、 いらっしゃい。どうしたの今日は?」

 

「ドクターとサヨに用があってな」

 

ドクターの研究室に着いた俺は出迎えてくれたドクターと話しながら研究所内の通路を進む。

 

「何かしら?」

 

「サヨの義足を戦闘にも耐えうるものにしてほしくてな」

 

「……と言うことはあの娘を部下にするのね」

 

すぐに理解されるか。お陰で話が早く進む。

 

「ああ。記憶喪失になっているから帝都の現状は知らないだろうしな。ならば、俺の部下にして面倒を見た方がいいと思ってな」

 

本当はこんな理由ではないのだが……。

 

「わかったわ。戦闘にも耐えうるじゃなくて戦闘用にするわ」

 

「頼む。ついでに普通に動けるように訓練もつけてくれないか」

 

「それぐらいサービスしておくわ。それじゃあ、早速造り始めるから後は当人同士でお話しててね」

 

ドクターはそう言うとサヨの入院している部屋をスタスタと通り過ぎていった。

 

「……入るぞ」

 

俺は部屋の扉をノックしてからそう言うと、扉を開けて部屋の中へと入った。

 

「……えっと……何か?」

 

義足に慣れるためか立ち上がり歩いていたサヨが困惑した様子で伺ってきた。しかもその声からはあまり覇気をを感じない。

 

「ああ、今後についてな」

 

「私の今後ですか?」

 

「そうだ。普段の生活については俺の知り合いに頼んでいるので問題はないが……職に関しては俺が勝手に決めさせてもらった」

 

「えっ……でも、私は記憶喪失なんですよ? そんな私がお役にたてるんでしょうか……」

 

そう言いつつ俯くサヨに俺は言う。

 

「気にすることはない。わからなければ教えてやる。俺がどんな立場にいるかドクターから聞いているか?」

 

「はい、聞いてます。将軍っていう偉い立場にいる人だと」

 

かなりわかりやすい説明をされているな。

 

色々とはしょられているが全く教えられていないよりはいいか。

 

「そうだ。だから、ある程度融通を利かせることも可能だ。その……職は軍人だ。つまりは……俺の部下として雇うということだ」

 

「それって……大丈夫なんですか?」

 

「問題ない。見た感じ……記憶を失う前のサヨは何かしらの武芸をたしなんでいたはすだ。その証拠に手のひらの皮が厚くなり、マメの潰れた痕すらある」

 

サヨはじっと自分の手のひらを見つめる。

 

「……本当にいいんですか?」

 

「ああ」

 

「……お世話になります」

 

決心がついたのか頭を下げてサヨはそう言った。

 

「まずはドクターのところで問題なく動けるようになるのが先だ」

 

「はい。頑張ります!」

 

急に声に元気が出てきている。何故だ? と疑問に思ったが……1つの仮説が思い立った。

 

それは記憶喪失により何をするべきなのかの目標がなかったから覇気を感じなかったのであって、今はやることが出たので気力が湧いてきたのではないかということだ。

 

「そうか……」

 

俺の都合のいいようにことが運んだのに素直に喜べない。

 

内心で自嘲しながらサヨにこれからのことを軽く説明してから俺は部屋を出た。

 

 

 

 

革命軍の標的が記載されている手紙を見ながら俺は捕縛しやすそうなのをピックアップしていく。

 

ピックアップされたのは近いうちに捕縛する対象になるだろう。

 

ちゃんと何故、革命軍の標的となったのかその理由も記載されていたからだ。

 

「将軍……帝都警備隊の隊長が賄賂を受け取っているとの情報が手に入りましたがどうしますか?」

 

資料を作っていた手を休めて報告してきた部下へと返答する。

 

「裏はとれているか?」

 

「…………いえ」

 

裏がとれていないなら捕まえることは出来ない。

 

「なら早急に裏をとれ。裏がとれ次第捕まえにゆくぞ」

 

「は!」

 

敬礼をすると部下は駆け足で去っていった。

 

俺はそれを見送ると……革命軍の標的になっている大臣の親族であるイヲカルを使って連座制で大臣を処刑出来るかを考える。

 

「……………………無理だな」

 

大臣以外を連座制を用いて排除することは容易いが肝心の大臣は無理だ。陛下の大臣への信頼が大きいのとこれまでの功績がある。

 

今は無理だが……いつか必ず……。

 

そのための準備を怠るわけにはいかない。

 

「…………有効に使わないとな」

 

革命軍の標的となっている貴族や文官、悪徳商人のリストがあるのだから。

 

 

 

 

「お疲れ様です! 」

 

ビシッと敬礼をする帝都警備隊隊員。

 

俺は今、視察と言う名目で帝都警備隊の詰所に来ている。

 

「そちらもな。……帝都の様子は?」

 

「は! スラムの方でスリが数件あったぐらいです」

 

「わかった。隊長は何処へ?」

 

警備隊の詰所には警備隊隊長であるオーガの姿がなかった。

 

「隊長は現在、見回りに出かけております」

 

「……そうか。帝具使いの隊員は?」

 

「セリューでしたら、隊長と同じように見回りに出かけております」

 

「いないか……ならしょうがないか」

 

一応、帝具の性能を見ておきたかったのだが……いないのであればしょうがない。

 

これからやろうとしていることに協力してもらおうと思っていたのだが……。

 

またの機会でいいだろう。

 

今すぐにと言うわけではない。いつ決行するかも未定なのだから。

 

そう焦る必要もない。焦ってそれが原因で足下を掬われるとなった方が問題だ。

 

隙は見せず、相手の隙を突くように動かなくては意味がない。

 

「では……隊長であるオーガが戻ってくるまで待たせてもらおう」

 

俺はそう言うと近くにあった椅子に腰を下ろす。

 

警備隊隊員たちは緊張した様子で事務仕事を始めた。

 

自分たちのことを容易くクビに出来る立場の人間がいるからか張りつめた空気が詰所内に充満する。

 

ピリピリとした空気の中で必死に仕事をする警備隊隊員を眺めるていること数十分。

 

「戻ったぞ……って何だ? このピリピリとした空気は……」

 

詰所の中に入ってきたオーガがピリピリとした空気に驚きつつ、そうなっている原因を探すように中を見渡す。

 

そして、俺と目があった。

 

「し、将軍……ッ!?」

 

驚きに目を向くとすぐに直立すると、敬礼するをオーガ。

 

「少し……話があるのだが、いいか?」

 

「は、はい」

 

 

 

 

警備隊の詰所にある客間に通され、そこで俺とオーガは一対一でテーブルを挟んでソファーに座った。

 

「それで……話とは?」

 

「忠告をしておこうと思ってな」

 

「忠告……ですか」

 

何を言われるのか予想がついているのか冷や汗がオーガの額に浮いている。

 

「……ああ、そうだ。オーガ……お前は革命軍の標的の1人になってるぞ」

 

「……標的に? まさか……」

 

「本当だぞ。……隊長の権限を使って好き放題やっているようじゃないか? 冤罪に賄賂となあ」

 

軽く殺気を込めながらオーガに冷たい視線を向ける。

 

顔を青ざめさせオーガはガタガタとその身体を震わせた。

 

「……今はまだ証拠が揃ってないからお前を捕縛することは出来ないが……な」

 

比嘉の実力差を知りながらもオーガは俺に斬りかかるかそれともおとなしくしているか迷っているように見える。

 

そこで、俺はオーガにあることを言う。

 

「もし、お前が賄賂を渡してきた奴と冤罪の犠牲者、見逃した罪人のリストをこと細かく記した資料を提出するなら可能な限り減刑するがどうする?」

 

「…………………………それは本当か?」

 

うつむき数十秒ほど考え込んでいたオーガがそんなことを言った。

 

「本当だ。ただし……3日で用意出来ないのであれば……どうなるかわかるな」

 

「……わかった」

 

苦虫を噛み潰したような顔をするオーガ。

 

どう転ぼうとオーガはもう殺されるか捕まるかの2択しか残っていない。

 

仮にこの会話をオーガが風潮しても誰も信じない。むしろ、捕まりそうになったからあることないことをでっち上げて評判を落とそうとしているとしか思われないだろう。

 

「ではな、オーガ……ちゃんと仕上げておけよ」

 

俺はソファーから立ち上がりつつそう言うと客間から出ていった。

 

そして、客間の扉を閉めてから少しするとダンッ! と何かを強く叩いた音が聞こえた。おそらく、テーブルに拳を叩きつけたのだろう。

 

俺にぶつけられない怒りが代わりにテーブルにぶつけられたただそれだけのことだ。

 

オーガが真面目で誠実な人間であったならこんなことにはならなかったのだが……それは所詮もしものこと。

 

想像の域を出ないものでしかない。

 

……減刑するとは言ったが確実に減刑してもしなくても結果は変わらないだろうと俺は見ている。

 

革命軍の標的となっていたぐらいだ。かなりの罪状があるはずだ。

 

まあ、これで少しはやることが少なくなった。

 

その分、首斬りザンクやチャンプの捜索に力を注げる。

 

チャンプの件を片付けられればランも政界に行くための力をつけることに集中出来るだろう。

 

すでにチョウリ様という教師を得ているのだから、大臣や革命軍のことが終わり次第……退役だな。

 

そうなったら……ランの代わりになるような副官を探さなければならないか。

 

…………あまり、先のことを考えて目の前のことを見過ごして足を掬われるとなったら目も当てられない。

 

陛下の治める帝国のために清濁併せ飲む必要がある!

 

たとえ、それが原因で……大臣を排斥したあとに帝国での居場所を無くしても。

 

いつの日か報いを受けることになるだろうが……それでも構わない。

 

どのようなことだろうが俺はすでに人を殺しているのだから。戦争だから犯罪者だから、そんなの関係ない。……1度でも人を殺せば最後まで人殺しであることには変わらないのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 現場にいく

オーガに言い渡した期限の日からすでに1日経過している。

 

オーガは確かに自白書を仕上げて粛々と俺に捕まり刑務所に送られた。

 

その時に何かの間違いです! とオーガの弁明を行ってきた警備隊隊員であるセリュー・ユビキタスと会った。警備隊隊員であり、帝具、魔獣変化"ヘカトンケイル"の使い手だ。

 

だが、彼女にオーガのしてきた罪を教えると……ショックを受けたのか小声でブツブツと呟くとオーガを殺そうとしたので取り押さえて1週間の謹慎処分を言い渡した。仮に帝具を使っていたら謹慎では済まなかった。

 

そして、宮殿の執務室で事務作業をしていた俺の元にある知らせが届いた。

 

「今朝未明、帝都にある油屋ガマルの屋敷でガマルが死体となって発見されました」

 

くっ……昨日の今日で早速か……。

 

「わかった。犯人は?」

 

「目下調査中ですが……ナイトレイドの可能性が高いです。元帝都警備隊隊長オーガの自白書のことを考えるナイトレイド以外には考えられません」

 

「そうか……また何かあればすぐに報告をしてくれ」

 

革命軍の標的になっていたオーガの自白書に書かれていた1人なのだからナイトレイドが殺しても違和感はない。

 

ただ……これでオーガの作った自白書が少し使えなくなった。

 

何ともタイミングが悪い。だが、まだ捕まえるべき標的が残っているのでそれらを捕まえることにしよう。

 

「……少し予定を早めることになりそうだな」

 

俺は執務室の窓を窓を開けて外を見ながらそう呟いた。

 

 

 

 

帝都からかなり離れた北の辺境にある街の一角にある屋敷。

 

「父上、ランさん……お茶を持ってきました」

 

「おお、すまんな」

 

「ありがとうございます」

 

家主であるチョウリとその向かい側に座るランがチョウリの娘であるスピアに礼を述べる。

 

「どんな話をされてたんですか?」

護衛としてランが派遣されてからはチョウリとランは2人きりで話すことが多く、その内容も政治関連のことでスピアは話について行けないこともしばしばあったのだが……そこは時間を見つけてはランや父親であるチョウリに教えてもらうことでそれなりにではあるが政治に関して理解出来るようになってきていた。

 

「ええ、さっきまで帝都の話を」

 

「帝都の?」

 

「そうじゃよ、スピア。ラン君の上司にあたるランスロット将軍から手紙が届いてな。それに帝都のことが書いてあったんじゃよ」

 

そうなんですか、と父親であるチョウリに返事をしつつスピアはちゃっかりとランの隣に腰を下ろした。

 

―――ようやく……娘にも春が来たか。

 

と、チョウリはちゃっかりとランの隣に座る娘を見て嬉しくなり、あることを口走った。

 

「ところで、ラン君。……スピアを嫁にとる気はないかね」

 

「ブッ!? ゴホッ、ゴホッ……ち、父上……き、急に何をおっしゃるのですか!?」

 

チョウリの言葉にスピアは噎せ、咳き込むとあたふたとした様子でそう返す。チラチラと視線をランの方に向けながら。

 

そのことに気がついていたチョウリはスピアがランの嫁になること事態は満更でもないのを再確認した。

 

「チョウリ様……急にそんなことを言ったらスピアさんも困りますよ」

 

クスクスと微笑しながらお茶を飲むラン。だが、その心の内では……以外と悩んでいた。

 

―――まさか……チョウリ様からそんなことを言われるとは。私自身、スピアさんに悪い印象はなく好感を持っていますが……結婚となると。

 

ランの脳裏に帝具を手に入れたときのことが流れる。

 

そのことがランを悩ませた。

 

将軍だけでなく元大臣の後ろ楯を得られるなら迷うことなく受け入れるべきなのだが、ランは戸惑ってしまったのだ。

 

それに気がついたチョウリは小さく口元を歪めながら娘の淹れてくれたお茶を飲むのであった。

 

願わくば娘の恋が成就するようにと。

 

 

 

 

「…………殺されたのはガマルだけか」

 

あの後、殺されたのはガマルだけか捕まえにいって確認したところ殺されていたのはガマルだけだと判明した。

 

とりあえずガマルのところで働いていた従業員には死亡したガマルの私財から失業手当を渡すことになる。

 

そして、その残りが国になるのだが……この前の貴族のところよりは少なくなるだろう。

 

「……帝都警備隊の指揮権をもらえるように陛下に言わなくてはな」

 

本当であればもう少し先の予定だったのだが…オーガを捕まえたこともあり、今ならトントン拍子に話が進むと思っての行動だ。

 

オーガの後任候補はまだ決まっていないがそれは将軍である俺が警備隊全体を統括すると言えばさほど問題視はされまい。

 

何よりもオーガの頃よりも規律を厳しくしなくては。

 

その際に徹底的に警備隊の中にいる汚職隊員を全て処罰する!

 

上も根元も腐ってしまっては建て直しなど出来はしないのだから。まずは根元の方から腐った部分を排除するのだ。

 

「………………ナイトレイドの標的になりえる人物を常に見張っておく必要があるな」

 

警備隊にナイトレイドを止められるとは思っていない。

 

帝具を持っている故によほどの実力者か同じ帝具持ちでなければ対抗出来ないのにむざむざ警備隊隊員をぶつける必要などない。出来るとすれば援護ぐらいが関の山だ。

 

そんなことを考えていたら部下が執務室にやってきた。

 

「……将軍」

 

「どうした?」

 

「将軍にお会いしたいと言っている少女がいるのですが……」

 

俺に会いたいと言っている少女……サヨか?

 

「名前はわかるか?」

 

「はい、サヨと名乗っていました」

 

やはり、サヨだったか。だが、サヨだとすれば俺に何の用事があるんだ?

 

「そうか……通してくれ」

 

「はっ! 了解しました」

 

敬礼すると部下がサヨを呼びに執務室から出ていった。

 

それから数分後。

 

「失礼します」

 

部下がサヨを連れてきた。

 

「ああ、それでどうしたんだ?」

 

俺はサヨに椅子に座るように促しつつ尋ねた。

 

「はい、ドクターが私の義足を造るのに必要な材料があるそうなので将軍に用意して欲しいそうなんです」

 

そういうことか……確かに材料がなければいくらドクターと言えども無から有は造れないしな。

 

「わかった……それで何でそのことをサヨが?」

 

「リハビリの一環です。ドクターは私が今使っている義足と変わらない大きさで頑丈なやつを造るそうで今のうちに問題なく歩けるようにリハビリを兼ねて行ってくるように言ってました」

 

「そうか。……だったらリハビリを兼ねて周辺を散策してくるといい。ここが主な職場になるのだから、早めに知っておいても損はあるまい」

 

「あ、はい。それと、これが必要な材料のリストです」

 

サヨがポケットからメモ用紙を取り出して俺に渡してくる。

 

それを受けとるとサヨを連れてきた部下に声をかけた。

 

「では、サヨの案内をしてくれ」

 

「了解です!」

 

「よろしくお願いします」

 

敬礼しながら答えた部下にサヨがペコリとお辞儀をする。

 

それから俺の方を向くと失礼しました、と言って執務室から退出していった。

 

「……これか」

 

メモ用紙を見ると必要な材料が書いてあったがどれも危険種。それも……毒をもつタイプのものである。

 

それから推測するに毒針などを仕込むのだろう。

 

一応、解毒薬の用意をしてもらっていた方がいいな。

 

危険種の素材に関してはどれも西の地にいる部下たちに送ってもらえば揃うものだったので問題はなかった。

 

送ってもらうための手紙を書き終えると俺は西の地に送る物資と一緒に届けるようにとそれを運送する部下に言い含め、手紙を渡す。

 

「……現場を見にいくか」

 

……ガマルの死体が発見された場所へと。

 

 

 

 

「ここか」

 

ガマルの死体が発見された場所にはまだ、血痕が残っていた。

 

死体はすでに運ばれているので無いが、ガマルの死因は刺殺。しかも刺傷は1つ。このことから現在判明しているナイトレイドのメンバーであることはすぐにわかる。

 

アカメだ。帝具、一斬必殺"村雨"の力しかありえない。

 

彼女の実力や帝具のとなれば当たり前のことだ。

 

「……ふむ」

 

ナイトレイドの仕業と考えた方が納得がいく。……むしろこのガマルの死に方からして必然的にナイトレイドのことを考えてしまう。

 

だが、これで俺のやろうとしていたことが一部だが出来なくなったのは確かだ。

 

なんともまあ、タイミングの悪い……。それはそれで仕方がないと受け入れる他ないがナイトレイドに殺らせ続けると俺の立場も危うくなってくる。

 

帝都にいながら暗殺者集団に好きなようにさせているからだ。

 

警備隊は警備隊でパトロール体制を強化するだろうが……まず無理だろう。帝具を所持しているナイトレイドのメンバーを捕まえる、ましてや殺すなどは到底出来ない。実力からして違いすぎる。

 

少数精鋭といえるナイトレイド相手に数はいるとはいえ所詮は一般兵と変わりない警備隊隊員では確実に返り討ちにあう。

 

ボルスは標的にされているのであまりナイトレイドを相手にさせたくはない。

 

ナイトレイドが2人以上でボルスを狙ったらボルスが殺られる可能性は限りなく高い。1対1であれば話は変わるのだが……。

 

現在判明しているナイトレイド側の帝具は全て使い手を含めて強力なものだ。

 

並の者では例え帝具使いであっても確実に狩られる。

 

ボルスやランでもギリギリの相手だ。本格的にナイトレイドを狩ろうとすると他にも実力のある帝具使い、またはそれに準ずる力を持つ実力者が必要か。

 

陛下に頼めば用意してくれるだろうが……大臣がいるので人数を少なくさせられる可能性は否定できない。

 

最悪な展開はランやボルスが引き抜かれること。ここにいないあいつは俺だけが知っている秘蔵っ子。

 

もしもの場合は俺とあいつだけで動かなければならない。

 

直接的な戦闘能力に欠けるあいつだが、それを補って余りある暗殺技術や帝具を生かした潜入技能。

 

それは間違いなくこれから先も必要になる。

 

ある意味直接的な力よりも重要だ。

 

「おーい! 将軍(しょ~ぐん)! こんなところで何してるのさ?」

 

ガマルの屋敷から出て、思考に耽っていると背後から声をかけられた。

 

俺に対してこんな馴れ馴れしい声をかけてくるのは基本的に1人しかいない。

 

「…………なんだ、レオーネ」

 

俺は思考を一時的に中断して振り返った。

 

「いやいや、ここを通りかかったら将軍の姿が見えたから声をかけたんだよ」

 

そんなことを言いながらレオーネは近寄ってくると血痕の残る路地を見つめた。

 

「ああ……ここが油屋ガマルが殺害された現場かぁ」

 

「そうだ。この屋敷内で油屋ガマルの死体が発見された」

 

「ふ~ん……」

 

レオーネが来たせいで思考を中断してしまったが、後でクロメと連絡をとっておこう。

 

革命軍の標的リストに載っていた太守の暗殺を頼んでおきたい。

 

革命軍の本拠地がある南側の太守の暗殺で、革命軍側に有利なことだが空いた太守の座に革命軍側につかない大臣に疎まれている文官についてもらうためにだ。

 

レオーネとの他愛もない会話を続けながら俺は今後の行動について考えていく。

 

「そんじゃ、また会おうね将軍」

 

「ああ、またな」

 

レオーネと別れると俺は宮殿へと戻る。

 

クロメへと手紙を書くのと同時に他にもやることが出来たからだ。

 

焦る必要はない。小さなことから確実に積み上げていけばいい。

 

大臣から守るべき対象は決まっているのだ。

 

その守るべき対象に対して恩は売れるときに売っておいて損はない。

 

大臣の件が片付いた後にこそ売った恩が力を発揮するのだから。

 

 

 

 

「……」

 

宮殿に戻ってきた俺は今日やるべきことを黙々と終わらせてから帰路についた。

 

近いうちに行う危険種狩り。

 

帝都周辺の安全を確保するために必要なことだ。

 

本当は賊狩りも平行して行いたいのだが如何せん人数が足りない。

 

それによって危険種狩りが優先されるのだ。

 

賊よりも危険種の方が圧倒的に危険な存在だからだ。賊と危険種であれば危険種の方が強く特級となると並の者では歯が立たない。

 

それこそ超級となれば俺も全力を出さなければならない。

 

ここ最近は使うことのなかった……無毀なる湖光(アロンダイト)を。

 

バン族との戦い、単身で行った超級危険種のタイラント討伐。

 

今思って見ればそれぐらいでしか無毀なる湖光(アロンダイト)を使っていない。

 

以前クロメと一緒に超級危険種の討伐を行った時は無毀なる湖光(アロンダイト)ではなくただ頑丈に作らせた無骨な大剣だった。

 

それもその戦闘で壊れてしまったが……。

 

クロメが仕留めたことで帝具―――死者行軍"八房"の操り人形となった。

 

それでロクゴウ元将軍の死体を墓地に埋葬することが出来たのだ。

 

クロメが帝国を裏切り革命軍側に行こうとしたロクゴウ元将軍を暗殺し、骸人形として操っていたのを解放した。

 

それ故にクロメが操る骸人形の中には超級危険種が2体存在している。

 

一部の者しか知らない情報だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 逃がしにいく

ガマルが殺されてから幾日か経過したある日のことだ。

 

宮殿。謁見の間にて。

 

「―――内政官ショウイ。余の政策に口を出し、政務を遅らせた咎により貴様を牛裂きの刑に処す」

 

「ーーー!!」

 

陛下の言葉により沈黙を保っていた謁見の間にざわめきが生まれる。

 

「これで良いのであろう大臣」

 

「ヌフフ、お見事です。まこと陛下は名君にございますなあ」

 

そんなことを言いながら大臣が陛下の横に現れた。その手に肉を持って。

 

「大臣……このような時も食べてないと駄目なのか? それは子どもでも駄目だとわかるぞ。簡単なことすらもわからないのか?」

瞬間―――謁見の間の空気が凍った。

 

「ほう……そんなことを言うのはランスロット将軍ですか」

 

「ついに目まで悪くなったか。俺が俺以外の何かに見えるか……」

 

「まさか、そんなことはありませんよ。ちゃんと許可を得てます」

 

「許可以前の問題だ。人としてのモラルに欠けているんじゃないのか」

 

俺以外の誰も注意出来ないから大臣が増長するのだ。それも今の帝国ではしょうがないことで通ってしまう。

 

全く……嘆かわしい。

 

「……しょうがないですね」

 

「何がしょうがないだ? 大臣が陛下から信用されてなければ―――」

 

本気の殺気を込めた声音で告げる。

 

「―――今頃その首を斬り落としているぞ」

 

俺の殺気を感じとった何人かは小刻みに震えていた。特に武官は顔を青ざめさせている。

 

「……ランスロット」

 

「はっ!」

 

「今はショウイ内政官の件が先だ。それでショウイ内政官何か申し開きはあるか?」

 

「陛下は大臣に騙されております!! 民の声に耳をお傾けください!!!」

 

陛下の大臣への信頼が厚い今の状況でその言葉は陛下には届かない。

 

「あんなことを言っているぞ」

 

そう言う陛下に大臣はニコッと笑顔を見せる。

 

「気が触れたのでこざいましょう」

 

「そうか……ランスロット、お前はどう思う?」

 

「少なくとも……大臣の様に場をまきわえない行動をするよりもずっと正気でしょう。ただ、言うとすれば……ここは別のことを言うべきでした」

 

そう……ここは大臣に騙されていると言うよりも自身の潔白を証言するべきだった。であれば俺の方でどうにか出来たものを……。

 

「そうか……牛裂きの刑についてはどうだ?」

 

「それを決めるのは法です。ショウイ内政官の犯した罪が牛裂きの刑に該当するか否か……大臣、それは調べているのだろう? これで証拠が無かったりしたら……」

 

「ちゃんとございますよ。そこは抜かりなくね」

 

「だそうだ」

 

「そうであれば何もありません」

 

証拠となるものが例えでっち上げだろうが存在するのならもう言葉でいくら言っても無駄だろう。せめて、自身が潔白であると言ってくれればまだ方法はあったのだが……。

 

「陛下……途中ですが退出させていただきます。そろそろ帝都近郊の危険種の討伐に行かなければなりませんので」

 

「そうか。民のためによろしく頼むぞ」

 

「もちろんです。では失礼します」

 

陛下へと頭を垂れてから俺は謁見の間から退出する。

 

その際に良識派の文官たちに1度視線を向けた後にショウイ内政官に視線を移す。

 

それだけで俺が何を言いたいのか理解した文官たちはほんの少しだけ黙祷した。

 

 

 

 

帝都近郊の街道。

 

「…………とりあえずここは終わりだな」

 

「そうですね。偵察班が発見し、誘き寄せてきた危険種は全て討伐を終えました」

 

俺の1人言に答えたのは伝令役の部下である。

 

「では、帰投する。帝都に着き次第解散していいぞ」

 

「は! 伝えてまいります」

 

俺の言葉を伝えるために去っていく伝令役の後ろ姿を見送りながら俺は次にするべきことに思考を切り替える。

 

そう……次に俺がするべきことはショウイ内政官の救出と逃走の手助けだ。

 

今日すぐにショウイ内政官を牛裂きの刑に処すことは出来ない。

 

それは確実だ。

 

だからこそ今日のうちに救出と逃走の手助けをする必要がある。

 

救出は俺がショウイ内政官の捕らえられている場所に忍び込み救出すればいい話で特に問題はない。

 

逃走用の食糧などの、準備もあるのでそれも平行してやらなければならないのが大変だが……。

 

現状それしか手がないので仕方がない。

 

大臣お抱えの暗殺者……皇拳寺羅刹四鬼の邪魔が入る可能性もあるが、その時は……退場願おうと思う。

 

厄介な存在ではあるがそれだけだ。エスデス将軍やブドー大将軍並の実力者でないのなら強行突破は行える。

 

あの2人と同等の存在がいたらさすがに俺も強行突破は出来ないがそれはまずないだろうと踏んでいる。そんな凄腕がいるならばとっくに俺を殺しに来ていてもおかしくないからだ。

 

「……決行は日が沈んでからだな」

 

ショウイ内政官の妻を連れ出す必要もあるのだから。

 

何処にいるのかさえわかれば俺がそこに忍び込んで連れ出すのは容易い。

 

大臣の元に連れていかれるのではなく夫の元に連れていくのだから本人も協力してくれるだろうしな。

 

 

 

 

「……これを」

 

帝都に戻った俺の元に手紙の配達員を装った良識派文官からの使いから紙を渡される。

 

「わかった」

 

俺はそれに視線を落とす。

 

これにはショウイ内政官の妻が捕らわれている場所とショウイ内政官が拘束されている場所が記してあった。

 

「……これまた、面倒な場所にやってくれたものだ」

 

何が面倒なのかと言うとショウイ内政官とその妻がいる場所は正反対の位置にあったからだ。

 

ショウイ内政官の妻は美人らしく、大臣が面倒を見ると言っていたようなのでこちらの方を先に救出すべきだと判断した。

 

家で服装を地味で目立たない色合いのものにして、顔を隠すための仮面を持ち、短剣を懐に忍ばせる。

 

それらの準備を終えると俺はショウイ内政官の妻が捕らわれている場所に向かった。

 

「…………今回はタイミングが良かったか」

 

ちょうどショウイ内政官の妻が大臣の元へと連行されている場面に遭遇した。

 

連行している側の人数は3人。

 

俺は音も無くその3人に近くと後頭部を殴りつけて気絶させる。

 

「ひっ! だ、誰……なの?」

 

地面にへたれ込み、震えながらそう声をかけてくる。

 

その顔には明らかに怯えの色があった。

 

「……味方です。あなたをショウイ内政官と共に帝都から脱出出来るように手引きしてます」

 

「……本当なの」

 

「はい。立場上顔をお見せすることは出来ませんが」

 

俺はそう言いながらズボンのポケットから1枚の紙を取り出して渡す。

 

「これは……?」

 

「あなたとショウイ内政官の合流場所です。これから急ぎショウイ内政官を救出に行くので先に指定の場所へ行っていてください」

 

俺はそれだけ言うとショウイ内政官が捕らわれている場所に向かって駆け出した。

 

家々の屋根の上を移動しながら。

 

動く度に踏みつけた場所が破損するが、完全に壊れてはいないので多分大丈夫だろう。

 

雨漏りはしないはずだ。

 

「……次も上手くいくといいのだが」

 

ショウイ内政官の妻を助けたときはたまたま運が良かっただけで、ショウイ内政官はどうなるかまだわからない。

 

拷問等をさている可能性が少なからずあるからだ。

 

四肢の欠損がなければいいのだが……あった場合は馬車を使うことになる。

 

一応用意してあるが……そのまま馬に乗って逃げてくれた方が安全なので馬車を使うことになる様なことになってないことを願う。

 

「ったく……何でこんなことしなくちゃなんねぇんだよ」

 

「俺に言うなって……」

 

ショウイ内政官の捕らわれている場所の入口に2人の武装した門番がいた。

 

2人か……他に誰かいる気配がないかを探りる。

 

…………どうやらこの2人だけのようだ。

 

なので屋根の上からその2人を急襲する。

 

俺はその2人を気絶させると気絶した2人を物陰に隠してからショウイ内政官の捕らわれている場所に侵入した。

 

 

 

 

カツン、カツンと小さな音を響かせながら石造りの階段を下る。

 

この場所は死刑囚を収容しているところであり、酷く臭い。

 

この臭いの原因は拷問された結果、死亡した人間の死体が放置されているからだ。

 

「…………ついにか」

 

最下層の鉄格子のかかった牢の中には、上半身にミミズ腫れ、裂傷、火傷を負ったショウイ内政官の姿があった。

 

その表情には諦めの色が見えている。

 

「…………」

 

俺は無言で短剣を取り出すと牢の扉にかかっている南京錠を切断する。

 

「何をしているんだ?」

 

「あなたを逃がしに来ました。すでに奥様は逃がしています」

 

「本当か!? 妻は、妻は無事か?」

 

先ほどまでとはうってかわってショウイ内政官が詰め寄ってきた。

 

「はい。すでに合流場所に向かっているはずです」

 

「そうか……良かった」

 

「先導しますのでついてきてください」

 

「わかった。礼を言う」

 

俺はショウイ内政官の先を歩きながら地上を目指す。

 

上半身が裸の状態のままで忍びないが安全のためにショウイ内政官にはしばらく我慢してもらう他ない。

 

そして、地上に戻りショウイ内政官に簡単ではあるが怪我の手当てを行う。

 

「……ここへ」

 

俺はそう言いながらショウイ内政官に紙を渡した。

 

「これは?」

 

「奥様との合流場所です。そこに食料に金銭、馬を用意してあるりますのでそれで逃げてください」

 

「……そうか。何から何まで世話になった」

 

「いえ……ご武運を」

 

俺はそれだけ言うとショウイ内政官の目の前から立ち去る。

 

「……これでいいか」

 

ショウイ内政官とその妻はこれで帝都から逃れることが出来たはずだ。

 

俺は急ぎ自分の家に戻ると服装を部屋着に着替える。

 

明日は明日でやることがあるのだ。

 

 

 

 

翌日。宮殿内、謁見の間。

 

そこには不機嫌な大臣がいた。

 

陛下の姿はない。何故なら大臣が集めたからだ。

 

「今日……ショウイ元内政官がその妻と共に姿を消しました」

 

ジロリ、と集まった面子を流し見してから大臣は言う。

 

「……ランスロット将軍」

 

「何か?」

 

「帝都警備隊は何をしていたんですか?」

 

「膿を絞り出していた。不正を働いている馬鹿たちが思いの外多くてな。それらを捕まえるのに動いていた。お陰で2割も警備隊隊員が

減った」

 

すでに帝都警備隊は俺の支配下にある。

 

全員に不正や賄賂等をやった輩は問答無用で処罰すると聞かせてあるのでやる馬鹿はいないだろう。

 

いたら……見せしめになることは確定している。

 

「ほう……それはそれは大変ですねぇ」

 

「ああ、だが……それも終わった」

 

「と言いますと」

 

「そろそろ対ナイトレイドに向けて動く」

 

警備隊を掌握した今こそナイトレイドを捕らえるために動く時だ。

 

謁見の間にざわざわとざわめきが生まれる最中、大臣は動じることはなかった。

 

「勝算はあるのですか?」

 

「俺が直接ナイトレイドと戦闘になればな」

 

革命軍の標的になっているのが誰だかわかっているのでそれを元に革命軍の標的の側でナイトレイドが現れるのを待てばいい。

 

「……そうですか」

 

思案顔になる大臣。

 

大方、ナイトレイドと俺が相討ちもしくは俺が返り討ちになるのを期待しているのだろう。

 

「まあ、いいでしょう。将軍も自信があるみたいですし」

 

その後、ショウイ内政官に対する処置は賞金をかけて指名手配となった。

 

それで解散となり、俺は警備隊隊員にナイトレイドを捕まえるために動き出すことを伝えに警備隊の屯所に来ている。

 

「……それは、本当ですか?」

 

ナイトレイドを捕まえるために動き出すことを知った警備隊隊員が唾を飲み込みながらそう問うってきた。

 

「ああ……警備隊内の膿も絞り終わったから問題あるまい」

 

特に……謹慎期間が終わり俺の話を聞いていたセリュー・ユビキタスなんかは明らかにやる気に満ちていた。

 

「将軍! 悪を断罪せずに捕まえるのは何故ですか?」

 

セリューが腕を真っ直ぐに上げながら発言をしてきた。

 

「幾つか理由はあるが……1つはナイトレイドの構成員を調べるためだ。今判明しているだけでも4人だが、本当はもっと人数がいる可能性があるからな」

 

「なるほど……つまり、まとめて断罪するんですね!」

 

「アジトの場所さえわかれば軍を率いて殲滅にかかるか帝具使いを集めて少数精鋭で攻める」

 

最も……俺は今の段階でナイトレイドを潰すつもりはない。潰すとしたら大臣を完全に始末する準備が整う直前もしくは整ってからだ。

 

俺が簡単には手出しできないような悪党等を積極的に始末してもらえば、その分だけ他のことに時間を回せる。

 

そろそろ……あいつも動いている頃だな。

 

革命軍にいるあいつが。

 

 

 

 

帝都から可児市なり離れた南に存在する街。

 

そこのとある屋敷で1人の文官の男が使えているメイドによって首に針を打たれた。

 

「何……故……」

 

文官の男は信じられないと表情に表しながらそれだけ言うとガクンと首を垂らして死亡した。

 

「ふぅー……先ず1人目っと」

 

メイドは伸びをしながら軽い口調でそう言うと、死亡した文官に小さく「あの人に目をつけられた結果だよ。……ってもう聞こえてないか」とだけ言うと部屋から出ていく。

 

「さて……次に行きますか」

 

メイドはみるみるうちに姿を猫に変えると軽快な動きで屋敷を後にした。

 

その数時間後、文官の死体が発見される。

 

そして、その頃にはまた新たな被害者が出たあとであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 夜をいく

「……イヲカルが死んだか」

 

昨日に殺害されたらしく、死因は狙撃。

 

また、護衛に雇われていた傭兵も全員死亡。その中の1人は皇拳寺で師範代を勤めたこともある男だそうだ。

 

今日上げられた報告書をまとめてファイルに入れる。

 

大臣の遠縁にあたるイヲカルが殺されたことで大臣が動く可能性が出てきた。

 

どうするか……。

 

「失礼します」

 

イヲカルが殺されたことによりイヲカルを囮とした作戦が使えなくなったので代わりを考えているとサヨがやって来た。

 

「どうしたんだ?」

 

帝国軍の軍服に身を包み、背には骨で造られた弓を背負っている。

 

「はい。ドクターが「アタシの仕事はここまでよ。後は将軍に任せるわ」って」

 

と言うことはサヨの慣らしは終わったのか。

 

「わかった。見たところその弓が武器みたいだが」

 

「はい。ドクターが超級危険種タイラントの骨を削って造りました。弦はタイラントの筋繊維を使ってます。」

 

後は、とサヨは続けると背負っている弓を手に持ち、弦を外し、弓の真ん中部分を両手で握る。

 

すると弓が真ん中から2つに分かれて大きめの双剣のようになった。

 

「ほう……それなら接近戦でも使えるな」

 

「他にも……こんな風になります」

 

さらに柄の部分が動き、トンファーのようになった。

 

このようなギミックを思いつき実装するとは……。

 

ドクターはやはり凄い人物だ。……オカマであるが。

 

それが非常に残念でならない。

 

「住む場所についてだが……」

 

「あ、それならこの前決まりました。宮殿内の案内をしてもらっているときにボルスさんと奥さん、娘さんに会って。近場にちょうど空き家があるそうなのでそこになりました」

 

なんだ決まっていたのか。

 

「なら、生活については問題ないな」

 

「はい! 夕食に誘っていただいてますし。それに……その時に料理も教えてもらってますから」

 

俺の知らないところで色々進んでいたようだ。

 

オーガのことやショウイ内政官、警備隊のこともあったから気を利かしてくれたのだろう。

 

「そうか。それは何よりだ」

 

 

 

 

それからサヨを連れて俺は練兵場にやって来た。

 

弓の扱いについてはかなりのものらしく走りながらも的に当てられる腕前だ。

 

「……なかなか上手いな」

 

走りながらも体勢は崩さずにしっかりと的を見据えている。

 

サヨの腕を見るためにやらせてみたが思ったよりもずっと上だった。

 

これは嬉しい誤算だ。銃が主体となっている帝国で弓の扱いが上手いのは貴重だ。

 

「どうでしたか?」

 

息を切らせることなく戻ってきたサヨが感想を聞いてきた。

 

「ああ、思ったよりもずっと上手だったから驚いたぞ」

 

「そうですか」

 

ほっとした様子のサヨ。

 

意外と心配していたようだ。動かないとはいえ走りながらも的の真ん中に的中させる。これなら十分に誇っていいレベルなのにな。

 

「嘘は言わない」

 

嘘をついたせいで自惚れて足を掬われる事態になったら目も当てられないからだ。

 

「それと……その弓をすぐに分離させることは出来るか?」

 

「もちろんです。そこはドクターやトビーさんに言われて練習して、実戦形式の模擬戦で合格をもらいました。ドクター曰く「これぐらいのことはスタイリッシュなオトコのタシナミ」だそうです」

 

「……そうか」

 

今サヨが言った台詞を言いながらドクターがドクター的にスタイリッシュなポーズをとっている姿が軽く想像出来た。

 

あまり深く考えるのは止めよう。頭が痛くなりそうだ。

 

 

 

 

それからサヨと簡単に模擬戦をしてから俺は宮殿内の執務室にやって来た。

 

サヨは他の兵士たちと一緒に訓練を受けている。

 

「将軍! 大変です!」

 

「どうした?」

 

部屋の扉をノックすることなく帝都警備隊の隊服を着た男が焦った様子で部屋に駆け込んできた。

 

額からはびっしょりと汗を流し、息も絶え絶えである。

 

「ザ、ザンク……首斬りザンクの目撃証言がありました! 更に警備隊隊員からも犠牲者が……」

 

「わかった。警備隊隊員全員に通達しろ。夜のパトロールは10人体制に変更……更に全員に笛を携帯させろ。もし、ザンクに遭遇してしまった場合はすぐに笛を吹け。生き残ることを優先しろ……ザンクに遭遇したら逃げろ。あいつは俺が直接相手をする」

 

「は、はい! しょ、将軍が直々にてすか……?」

 

「……ああ。ザンクは帝具使いだ。ならば、同じ帝具使いか俺が直接相手をした方がいい」

 

大臣お抱えの皇拳寺羅刹四鬼のような腕利きならいざ知らず。ただの警備隊隊員や兵士にはザンクの相手は荷が重すぎる。

 

ボルスは帝具の関係上ザンクの相手には回せない。

 

広範囲殲滅ならいざ知らず……対人しかも帝都の中で使うのであれば家屋に被害が出る。

 

「了解しました!」

 

バッと身を翻すと警備隊隊員の男は駆け足で去っていった。

 

「これは一時中断だな」

 

ナイトレイドを捕まえるために動くのはザンクのことを片づけてからか……。

 

早めに片づけないと計画に支障が出る。

 

たかが殺人帝具使いに時間を割くのが惜しいのだ。

 

「……夜間の外出禁止令を出さないとな」

 

帝都に住む市民の安全を考えると出すべきだ。期限は首斬りザンクの死もしくは捕縛。

 

だが、ザンクの捕縛はやらないつもりだ。

 

すでに幾人もの犠牲者を出している凶悪犯。

 

ナイトレイドの様な暗殺集団ではなく個人での凶悪犯であるため捕縛するメリットがない。

 

「……それは部下たちに任せるとして」

 

広い帝都全域でたった1人を探すとなると、とても難しい。

 

これは長期戦になることも考えなければならない。だが、そうなると各所に様々な悪影響が出る。

 

となると……囮を使い誘い出すのが1番だろう。

 

そして、誰を囮にするかが問題だ。

 

下手をするとその囮がザンクに殺されかねない。

 

……仮に俺が囮役をやったとしてもザンクが引っ掛かるかは微妙だ。

 

奴の使う帝具は五視万能"スペクテッド"は洞視、遠視、透視、未来視、幻視の力を持つ。

 

そのため並の奴ではザンクに殺られてしまう。

 

だが、帝具を持っている凶悪犯であるためナイトレイドがザンクを討つために動く可能性がある。

 

革命軍からしたら帝具という強力な兵器は欲しいはずだ。

 

あればあるほど自軍が強化されるのだから。

 

「……場合によってはその場で鉢合わせの可能性もあるか」

 

そうなったらなったで面倒である。

 

まあ、考えても仕方がない。

 

現在優先すべきはザンクであり、ナイトレイドではない。ナイトレイドは後だ。

 

ザンクの件が片づけないと本格的に動けない。

 

いっそのことクロメを呼ぶか? そんな考えが浮かぶ。

 

……いや……止めよう。

 

ザンクがクロメを標的にするとは限らない。

 

仮に狙ったとしたらクロメが見ることになる幻はアカメになるはずだ。

 

そして、油断していると思い込んだザンクはクロメに殺されるだろう。

 

だが、それにはザンクが幻視をクロメに使うことが前提となる。もし、ザンクが逃走を選択したら一般人に成り済まして逃げるはずだ。

 

「……警備隊隊員だとセリューしかザンクの相手を出来ないだろうし」

 

セリューの生物型の帝具にザンクの持つスペクテッドの力がどれだけ反映されるかは未知数。

 

そこが勝負の分かれ目となるだろう。

 

仮にヘカトンケイルにスペクテッドの幻視が効果あった場合……その時の動揺した隙を突かれてしまう可能性がある。

 

だが、俺の権限で動かせる帝具使いはチョウリ様の護衛として派遣しているランを除けばボルスとセリューのみ。

 

ボルスはルビカンテの能力的に周りの被害が大きくなるので却下するしかなく、そうなると警備隊隊員のセリューしかいなくなってしまう。

 

ブドー大将軍がいるから宮殿内は問題なく、その周囲は近衛兵が固めている。

 

俺は地図をテーブルの上に引き、ザンクの目撃証言のあった場所と被害者の出た場所に標を付けていく。

 

帝都は広く、いちいち場所を変えるのは大変だ。

 

ザンクの被害が出た日も記入してザンクの行動範囲を確認する。

 

「……なるほどな」

 

移動しているがその先はある程度予想できるものであり、網を張ることは可能であると感じた。

 

俺は一旦部屋から出ると伝令のいるところに向かいこう言った。

 

「帝都警備隊隊員のセリュー・ユビキタスを呼べ」

 

 

 

 

「帝都警備隊所属セリュー・ユビキタス到着しました!」

 

部屋の扉を開けるとその外でビシッ! 敬礼をしながらセリューはそう言った。

 

その足元では彼女の帝具であるヘカトンケイルも同じように敬礼をしている。

 

その事から生物型の帝具はある程度自我というものがあるのかもしれないと思った。

 

「入ってくれ」

 

「失礼します」

 

きびきびとした動きでセリューが入室する。

 

「今回呼び出したのは他でもない……首斬りザンクについてだ」

 

「それって……」

 

「ああ。すでに聞いているだろうが……ザンクの目撃証言があり、さらには警備隊隊員が殺害されているのもあり帝都にザンクがいるのが確定している」

 

「それなら早く正義を執行しないと!」

 

今にでもザンクを探しに行きそうなセリュー。これは同じ立場であったら確実にザンクを探しに行っていただろう。

 

そんな確信が持てた。

 

「そう逸るな。先ずはこれを見てくれ」

 

俺はテーブルに広げている地図を指差す。

 

「これは……帝都の地図ですか」

 

「そうだ。そして、標が付いている場所がザンクの犯行現場、目撃証言のあった場所だ」

 

「……確実に移動してますね」

 

「ああ……そして、その移動距離から考えられる次に起こるであろう犯行現場は……この範囲内の何処かであると予想している」

 

俺は次に犯行が起こるであろう範囲を指定する。

 

「なるほど……」

 

「そして、セリュー。お前を呼んだのは他でもない」

 

セリューは自分が呼ばれた理由が確信に変わったのか、とても生き生きとしたやる気に満ちた表情となった。

 

「首斬りザンクを見つけ次第殺せ。奴は死刑だ」

 

「はい! セリュー・ユビキタス! 持てる力の限りを尽くして必ず悪を裁きます」

 

覇気に満ちた声で高らかと宣言するセリュー。

 

「基本的に深夜の時間帯になるから昼間は当分は休みとなる」

 

「了解です」

 

「俺もザンクの討伐に行くが……帝都は広い。そして、まともにザンクと単身でやりあえるのが俺とセリュー……お前しかいないから負担は大きいと思うがよろしく頼むぞ」

 

「おまかせください。悪に正義を執行します」

 

心底嬉しそうな顔でセリューはこの件を了承した。

 

 

 

 

―――深夜。

 

外出禁止令を出したことで、いつも以上の静寂に包まれた帝都。

 

警備隊の隊員は10人で1組としてザンクを捜索しており、セリューに関しては俺と同じで単独でザンクを捜索していた。

 

セリューや警備隊隊員たち全員にはザンクについての情報はあらかた教えてある。

 

わかっていても防げる類いのものではないが、あらかじめ知っておけば些細な違和感を感じることも出来るだろう。

 

それで笛を吹いてくれればすぐにそこに向かうことが出来る。

 

位置によってはすぐに駆けつけられるだろう。離れていたらザンクに逃走される確率が高いが……。

 

「……まあ、遠視の力で俺だけでなくセリューや警備隊隊員たち全員の動向を把握しているだろうから素直に出てくるか疑問だが」

 

もしかしたら遠視の力で虎視眈々と隙を伺っているかもしれない。

 

かなり長くなりそうだな。

 

俺はそんな予感を感じながら深夜の帝都を歩くのだった。

 

 

 

 

―――同時刻。

 

帝都の刑務所では1人の囚人と1人の白衣を纏った科学者のような者が面会していた。

 

「その話を受ければ俺は外に出られるのか?」

 

「ええ、もちろん。その代わりにこの条件なんだけどね」

 

白衣を纏った科学者のような男は契約書を囚人の男に見せる。

 

その契約書を睨むように見つめる囚人ではあるが……やがて、その契約書にサインをした。

 

「フフフ……これで、あなたは刑務所生活からオサラバよ」

 

囚人が契約書にサインをしたのを見届けると科学者のような男はパチンとウィンクをする。

 

「……そうだな、これでおさらばだ」

 

ウィンクする科学者のような男のことを無視する囚人。

 

「んもう! 無視は駄目よ」

 

「……ああ、わかった」

 

囚人は少しの間考えるとうなずいた。

 

ここで下手なことを言って牢の中に戻されるのが嫌だったからだ。

 

「それでいいのよ。それじゃ、行きましょ―――()()()()()()()()()()()

 

「ああ、世話になるぜ―――ドクター」

 

オーガはどす黒く染まった瞳のまま答えた。

 

その瞳には自分を刑務所(こんな場所)に入れる原因を作った男に対する憎悪が溢れている。

 

元帝都警備隊隊長オーガはDr.スタイリッシュと契約を交わし外の世界に戻ってきた。

 

―――必ず殺してやる!

 

その殺意を胸に秘めたオーガ。そんな彼の復讐対象にはランスロットだけではなくかつての部下であり、捕まる時に殺そうとしてきたセリュー・ユビキタスにも向けられていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 狩りにいく

首斬りザンクの捜索を開始してすでに2週間が経とうとしている。

 

今のところナイトレイドの目撃は無いがナイトレイドと思わしき暗殺は起きており、いつザンクを標的にするかわからないのが現状だ。

 

この2週間の間に犠牲者は何人か出ている。警備隊だけではなく地方から帝都に来た人たちもである。

 

その原因は地方から来た人たちがザンクについて知らないのと宿を取れなかったことが原因であると見ている。被害に遭った地方から来た人たちの死体が見つかる場所が帝都の中でも比較的に宿に泊まれなかった人間が野宿をする光景が見れる場所だったからだ。

「……ふぅ」

 

最近は寝不足になってきたのでほんの些細なことでさえ苛立つことが多くなってきた。

 

これではいけないとわかっているのだが……どうにも抑えきれない。

 

全く……情けない。

 

お陰で報告に来た部下たちがビクビクと怯えてしまった。

 

後で謝罪しなくてはな。

 

セリューは1度ザンクと交戦したそうだが……逃げられている。

 

どうにも奴の帝具の力によってヘカトンケイル―――セリューはコロと呼んでいる―――の動きが見切られて必殺の一撃が当たらなかったらしい。

 

トンファーに仕込んである銃による射撃も初めからそこを撃たれるのがわかっているかのように避けたと報告があった。

 

これは未来視の力だろう。

 

となると……ザンクを殺すには圧倒的な格上が一番だろう。エスデス将軍やブドー大将軍のような。

 

さすがにザンクも実力差がわかるだろうからこの2人のことは避けるはずだ。

 

無手でいけば俺を狙うだろうか? 武器を持った状態でなら強いと知られているはずだし、今さらだが試す価値はあるかもしれない。

 

引っかからなけれ引っかからないでその時はその時だ。

 

それに……下手に援軍を呼ぶとザンクは帝都から逃げ出して別の街にいく可能性が高くなる。

 

そうなるとさらに被害が広がってしまう。

 

ランがいれば多少楽になるのだが……。

 

主に書類の作成や報告書の確認が。

 

ボルスには部下たちの訓練を任せているのでこれ以上は任せられない。訓練といってもそれにかかる備品等の金額を書類として提出してもらったりしているからだ。

 

特に備品は毎日の消費しているのでこまめに調達しておかないと無くなって足りなくなってしまうこともある。

 

「……半分か……殺った方だな」

 

革命軍の中に存在する陛下に危害を加えることを考えている輩を始末するように命令を下したアイツから手紙が届いた。

 

「予想よりも多く始末出来ている」

 

せいぜい……3分の1ぐらいが限界かと思っていたのだが……どうやら革命軍側も動きの遅いやつはいるようだ。

 

「……ただ、これ以上は危険か」

 

俺ではなく革命軍に潜入しているアイツがだ。

 

とりあえず、暗殺は止めて情報収集に力を入れておくように命令を出しておこう。

 

無理をされて死なれたら困る。

 

それに……。

 

「クロメの方も無事に終わったようだしな」

 

クロメに頼んでおいたことはクロメがちゃんと達成してくれたので問題はない。

 

後は俺か……。

 

大臣からザンクが帝具を持っていることから早く回収するようにせっつかれている。

 

革命軍側に帝具が多く渡ってしまうと後が大変になるのは目に見えてわかるので、例え大臣の手に渡ろうとも回収する必要があるのは明白だ。

 

48しか存在しない超兵器。

 

ナイトレイドは今のところ判明してるメンバー全員が帝具持ち。判明してないメンバーも帝具を持っていると考えられる。

 

下手をするとナイトレイドのメンバーが増える可能性がある。それも、帝具持ちがだ。

 

そうなってしまえば、一般兵にかなりの被害が予想される。

 

そうならないように集めなくてはならない。

 

「……ものは試しでやってみるか」

 

ザンクが引っかかるかわからないがやってみなければわかるまい。

 

俺はザンクがどうすれば俺の目の前に現れるかを考えて、その時にふと浮かんだことを実行することにしたのだった。

 

 

 

 

深夜の帝都。

 

「…………ようやくか」

 

ザンクを探して帝都の路地を歩いているとガキン! と金属同士のぶつかる音が聞こえてきた。

 

誰かが戦っている。

 

外出禁止令のこともあるので戦っているのは帝都の住人ではないだろう。

 

早めにいかないとザンクに逃亡されてしまうかもしれない。

 

ようやく近くに来たのだ逃がすわけにはいかない。

 

「……これで外出禁止令を解除出来そうだ」

 

1週間を過ぎた辺りから不満の声が出始めていたので、ようやくそれを解消できると思うと足取りが軽くなる。

 

ガキン! ガキン! と徐々に大きくなっていく金属音。

 

そして、ついに見つけた。

 

両手に剣を装着した男と以前に1度だけ会ったあの才能の塊の少年を。

 

両手に剣を装着した男がこっちに気がつくと同時に少年の方も俺に気がついたようだ。

 

「おやおや……とんだ大物が来たようだ」

 

「あ! あの時の無茶苦茶強い軍人のお兄さん!」

 

ザンクはニタリと笑い、少年の方は斬られた傷口を押さえている。

 

「ようやく、見つけたぞ……ザンク。そして、少年は久しぶりだな」

 

少年がちゃんと生きていてくれたのは嬉しいが……その前にザンクを殺らなくてはな。

 

「くくく……俺を殺るつもりか? 武器を持ってないのに」

 

「……透視か」

 

「ご名答。さすがにスペクテッドの能力を知っているだけはある」

 

俺が喋らなくても心を読まれればそれだけで会話が出来そうだな。

 

「この状況でそんなことを考える余裕があるとは……俺もなめられたものだ」

 

「武器があろうとなかろうと俺がすることは変わらないからな」

 

ザンクを殺して……帝具を回収すること。ただそれだけだ。

 

 

 

 

「な、何が起こったんだ……?」

 

少年は目の前で起こった出来事に対して唖然とした様子でそう呟いた。

 

首斬りザンクが武器を持たずにただ立っている俺を斬ろうとして駆け出した瞬間……()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「……これはザンクぐらいにしか使えそうにないな」

 

自分からダメージを負うような無茶な倒れかたをしたザンクを見ながらそう呟く。

 

だが、そうしなければザンクは死んでいた。

 

「な、何なんだよ……これ……」

 

目の前で起きている出来事が信じられないのか少年は地面に座り込んだままだ。

 

俺は倒れているザンクにそれなりの速さで近づくとザンクは自分から自分の体を痛めつけるように無茶な回避行動をとる。

 

「ぐぉおぉぉぉ……」

 

そんなことを数回続けると俺が直接触れることなくザンクはボロボロになっていた。

 

そして、少年にもわかるようにゆっくりとザンクに向けて無造作に手を伸ばすと、それから逃れるように起き上がったザンクは俺の手から逃げるように頭から生垣に突っ込んだ。

 

「ふむ……中々にしぶといな。帝具がなければすぐに終わっていたんだが」

 

「……化物め」

 

苦々しげにそう言うザンク。

 

―――未来視。

 

帝具"スペクテッド"の持つ能力の1つである。

 

それは筋肉の機微で相手の行動を視るというものだ。

 

ザンクはそれにより視ているのだろう。自分が俺に体の一部を掴まれた次の瞬間に殺されるのを。

 

掴まった途端に殺しにかかる容赦のない必殺の一撃となる動きを。

 

だからこそザンクは自分の意思で頭から生垣に突っ込んだり、背中から勢いよく地面に倒れたりしたのだ。

 

ズルズルと後ずさるザンク。

 

ザンクはどうすれば俺から逃走できるかを必死に考えていることだろう。目が完全に逃走手段を考える賊と一緒だ。

 

「……これが、ラバックが化物将軍って言った理由かよ」

 

怯えるザンクを見ている少年の口から自然とその言葉が紡がれるのが見えた。

 

ラバックか……その名前は一応覚えておこう。

 

必死に逃走するための算段をつけようとするザンクに近づく。

 

1歩近づくと1歩下がる。

 

「タツミ、無事か」

 

「アカメ!」

 

少年の側にアカメが駆けつけた。となると……少年はナイトレイドか。

 

タツミということはサヨの同郷の人物であり、イエヤスの友か。

 

ザンクの方に集中しているうちにタツミの元にやって来たアカメは身体のあちらこちらに斬り傷があるタツミを見て一瞬心配そうな表情を見せるも、すぐにそれを取り払い逃走するための動作に入った。

 

「走れるか?」

 

「あ、ああ」

 

「なら……すぐに逃げるぞ」

 

「……な!? いいのか?」

 

コクりとうなずくアカメ。その視線の先に俺と何とか俺から逃げ出そうとするザンクの姿が映っていた。

 

「このままでは私たちまで捕まってしまう」

 

「……わかった」

 

そして、アカメの後に続きタツミは駆け出した。

 

「行ったか」

 

「……追いかけなくていいのか? あれはナイトレイド、捕まえる標的なのだろう?」

 

「そう言ってお前は逃げるつもりなのだろう」

 

ザンクはここで……始末する。

 

「……当ぜ……ん……っ」

 

ザンクが喋っている途中でザンクが反応しきれない速度で近づき、その首をねじ切る。

 

ブチブチッ……と力任せに肉を引き千切る音がする。

 

「済まないが……さよならだ」

 

ザンクの首のない身体が倒れる。

 

そして、俺の手には……ねじ切られたザンクの頭。

 

アカメが少年を連れて撤退したので本気で決めにいったのだ。

 

ザンクは反応出来ずに逝ったが……それもしょうがない。

 

「だが……まあ、これでザンクの件は片づいたな」

 

それにしても……意外とショックを受けていたんだなと思う。

 

「…………はぁ」

 

残念だ。見所のある少年だっただけに……。

 

サヨのこともあるからなおさらそう思う。

 

多分、同郷だと思われる2人を殺し合わせる羽目になったのだから。

 

直接ぶつかり合うのは当分先だろうが……いずれその時は必ずやって来る。最も少年がその時まで生きていたらの話だが……それも

 

ザンクの頭から帝具"スペクテッド"を回収すると、その頭を身体の側に置く。

 

「戻るか……この後は警備隊にザンクの死亡を知らせて、夜間外出禁止令の解除をしなければな」

 

帝具は明日、陛下の元に持っていこう。

 

適合する者が現れるまでスペクテッドは帝具専用の保管庫に保管されるはずだ。

 

心を読むことが出来るから尋問がものすごくはかどるだろうな。

 

拷問官が尋問のときには完全に不要になるだろう。

 

拷問なんてのは正常な人間にやらせるようなものではない。処刑人もだ。

 

確実に精神を病む。ただでさえ兵士になり命のやり取りをするだけでも多大な影響がある。

 

考えによってはザンクも被害者か……。

 

 

 

 

「……どうぞ、これがザンクの所持していた帝具、五視万能"スペクテッド"です」

 

スペクテッドを入れていた箱の蓋を開き、中にあるスペクテッドを陛下に見せる。

 

「ご苦労、ランスロット将軍。これで民も安心出来るだろう。大臣……この帝具はどうする?」

 

「はい、陛下。もちろん考えてます。軍に適合者がいるかを検査します。それで適合者がいないようであれば保管庫に入れておきます」

 

今回は食べていないなもし、飲み食いしていたらもう一度殺気を叩きつけてやろうと思っていたのだが。

 

「大義であるぞ。将軍は今後対ナイトレイドに力をいれるのだろう。何か必要なものはあるか?」

 

「そうですね……ナイトレイドのメンバーは判明しているほとんどが帝具を所持してます。目には目を歯には歯を帝具使いには帝具使いをということで帝具使いを援軍に欲しいですね」

 

どうせ無理なのはわかっている。大臣からしたら俺が力をつけるのは面白くないだろう。

 

「ふむ、そうか……大臣、誰か動かせないか?」

 

「ううーん……そうですねぇ」

 

アゴヒゲを擦りながら考える動作をする大臣。

 

思案顔をしながらもその目は明らかに、俺に対して帝具使いを回す気はないと物語っていた。

 

だったら、そんな悩んでますよという演技を止めてもらいたい。時間は貴重なのだ。こんなことで無駄にしたくない。

 

「時期的に厳しいですね。北の異民族制圧に行っているエスデス将軍が帝都に戻っていたら話は違っていたんですが……」

 

なるほど……エスデス将軍は何処にも属してないがどちらかと言えば大臣側。お互いに利用しあう関係。それを利用してエスデス将軍から俺の動きを探ろうとしたのだろう。

 

何か弱味を見つければそこを突いて俺の戦力を減らせるようにと。

 

武力で勝っているだけではいつ状況をひっくり返されてもおかしくはない。大臣は政治という面では完全に俺を越えているのだから。

 

お互いの土俵であれば勝つことが決まっている。問題はどうやって自分の土俵に連れ込むかだ。

 

チョウリ様が大臣の対抗馬として帝都に来られれば政治の面では何とかなる。

 

そうなるとエスデス将軍との対立は避けられない。それも大臣側と良識派側の最強戦力として……。

 

帝国最強の帝具使い。俺がいなければ帝国最強であったらしい。

 

「そうらしいが……何か他にあるか? 可能な限り叶えよう」

 

「………いえ、気にしないでください。試しに言っただけですので」

 

「む……そうか。それならばよいのだか……」

 

本当に試しに言っただけなのだ。要望が通ったら運が良かった程度の……。

 

「ええ」

 

それから、帝都の現状報告が行われた。

 

もちろん……大臣の都合の良いように改編された報告であるが。

 

やはり……政治の舞台で大臣と対等以上に渡り合える人物が必要だとつくづく感じる。

 

政治の面でも大臣にプレッシャーを与えることが出来れば……そう考えられずにはいられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 網を張る

ザンクの件が片づき、対ナイトレイドに集中して動けるようになった。

 

革命軍の標的になっているボルスは参加させずにいる。

 

この先、絶対に戦うことになるのだ。あまり情報は与えない方がいいだろう。

 

せめてナイトレイドとの対決が本格化するまで戦わせないつもりだ。

 

その頃にはランも戻ってきていることだろう。

 

問題があるとすれば……エスデス将軍。

 

彼女が帝都に戻ってくる。それはすなわち……大臣が動き出すということだ。

 

エスデス将軍は大臣の頼みを嬉々として聞くだろう。

 

部下に帝具使い3人。その内の1人は元将軍。

 

実力は保証されている。

 

おそらく……ナイトレイドでなければ止めることすら不可能だ。

 

今のうちに手を打っておく必要がある。

 

特に大臣に真っ向から対抗出来る上に戻ってこられると困る人物。

 

彼らを狙うはすだ。なればこそ、護衛を増やすべきだ。

 

ちょうど今回の対ナイトレイドに出番のない帝具使いのボルスがいる。

 

彼に行ってもらおう……チョウリ様の護衛として。

 

帝都から離れた場所にするでいるので帝都にくる道すがら襲撃をかけることは容易く想像できる。

 

ランとボルスの2人がかりなら大丈夫なはずだ。

 

兵も数十人とつければ賊に襲われたとしても問題ない。

 

……ただ、帝具使いが襲ってくれば話は別だが。

 

「とりあえず……護衛が終わったら1週間ぐらいの休暇を出しておくか」

 

それぐらいはしないとボルスの家族に悪いだろう。

 

仕事であれば私情を挟まないのがボルスという男だ。

 

例え不満があろうともそれが仕事であれば必ず引き受ける。

 

これで、護衛の件はいいとして……ナイトレイドを捕らえるためには待ち伏せが1番早い。

 

帝都の地図を机の上に広げて、革命軍の標的となっている貴族、文官等が暮らしている家に印をつける。

 

「さて……何処に警備隊を配置するか」

 

ナイトレイドが現れなければ……標的となっている者たちを捕まえて、ナイトレイドの標的を少なくすることで待ち伏せが成功する確率を上げることもありだな。

 

警備隊隊員にはナイトレイドを発見し次第笛を吹き増援を呼ぶように命令を出しておけばいいだろう。

 

ナイトレイドと正面から戦えるのはセリューと俺しかいないのだから。

 

だとすると……ナイトレイドが全員揃っているときや複数で行動しているときに遭遇すると危ない。特にセリューが。

 

セリューは性格上悪に対して異様なまでの殺意を抱いている。

 

その理由は父を賊に殺され、その父の遺言である正義は悪に屈してはならないという言葉が原因だ思う。

 

ナイトレイドは暗殺集団。暗殺集団と聞くと大抵は悪い方に見られがちだ。いくら悪人を標的にしていようとも。

 

故にセリューが俺の言うことをちゃんと聞くか疑問だ。

 

2人いたら尋問するのは1人でいいですよね、と1人は殺しそうだ。それだと俺が困る。

 

ナイトレイドにはしばらく欠員を出すことなく帝都の害虫を少しでも多く消してもらわなければならないのだから。

 

こちら側ではどうしても潰せないような害虫もナイトレイドなら潰すことが出来る。

 

「…………やはり、諜報に特化した集団が欲しいな」

 

後の帝国のことを考えると暗殺集団よりも情報を集めて、治安を維持することが重要だ。

 

情報があれば国内の状況を把握しやすい上に他国のスパイ捕らえやすくなるだろう。

 

国から民の心が離れ始めている今……他国が宣戦布告をしてこないとも限らない。

 

現在は3方面に敵がいる。北の異民族に西の異民族、南の革命軍。

 

何れも一筋縄ではいかない。

 

これも……大臣の責任だ。

 

「……民の心を国に戻すための方法も考えてあるがそれも上手くいくかどうか」

 

こればかりはわからない。

 

安寧道の教祖とは1度話しておきたい。俺がやろうとしていることには彼の協力が必要だと考えているからだ。

 

 

 

 

帝都宮殿―――謁見の間。

 

「申し上げます。ナカキド将軍、ヘミ将軍。両将軍が離反、反乱軍に合流した模様です!!」

 

帝国軍兵士の報告に文官らがざわめく。

 

「戦上手のナカキド将軍が……」

 

「反乱軍が恐るべき勢力に育っているぞ……」

 

「早く手を打たねば帝国は……」

 

口々に不安を口する文官たち。そこに陛下が立ち上がる。

 

「うろたえるでないっ!!」

 

バッ、と腕を振るいマントをはためかせる。

 

「所詮は南端にある勢力……いつでも対応出来る!」

 

この回答は……大臣の入れ知恵か?

 

「反乱分子は集めるだけ集めて掃除した方が効率が良い!!」

 

ここまで力強く言い切ると陛下はくるっと体の向きを変えて大臣を見る。

 

「……で、良いのであろう大臣?」

 

「ヌフフ……さすがわ陛下。落ちついたモノでございます」

 

やはり、大臣の入れ知恵だったか。それでも、不安もなくおちついたものいいだったのは陛下の資質だろう。

 

「遠くの反乱軍より近くの賊。今の問題はこれに尽きます。ランスロット将軍」

 

「うむ……対ナイトレイドにはすでに動いている。同時に革命軍にはこちらのスパイを数年に渡り潜入させている。革命軍の中で特に陛下に対し害意を抱いている奴はすでに何人か暗殺した」

 

俺の言葉を聞いた文官が驚きの表情を浮かべた。

 

「すでに動いていたとは……」

 

「さすがとしか言い様がない……」

 

あらかじめ先手を打っておけば後が楽になる。

 

「ほう……将軍はもう動いてましたか。なら、北を制圧したエスデス将軍を帝都に呼び戻し、万全の体制を整えましょう」

 

エスデス将軍の名が出た途端に何人かの文官が焦った表情を浮かべる。

 

「て……帝都にはブドー大将軍、ランスロット将軍がおりましょう!」

 

「大将軍が賊狩りなど彼のプライドが許しないでしょうし、何よりもランスロット将軍は帝都警備隊の最高責任者も兼任してます」

 

エスデス将軍を帝都に呼び戻す口実に使われたか……。

 

「エスデスか……」

 

陛下が考えるようにその名を言う。

 

「彼女ならブドー、ランスロットと並ぶ英傑……安心だ! 異民族40万を生き埋め処刑した氷の女ですからな」

 

そんな物騒な女の何処に安心出来る要素があるんだか。

 

教えて欲しいくらいだ。

 

「将軍。生死は問いません! 1匹でも多く、賊を狩りだし始末するのです!!」

 

対ナイトレイドのついでに賊は排除しよう。

 

大臣に命令された感じてとても腹が立つが、それは我慢だ。

 

「もちろん……賊だけではなく帝都に住む犯罪者らも狩り出しましょう」

 

「うむ! ランスロット、裁量は任せる。民たちの安寧のために頼んだぞ」

 

「お任せください」

 

裁量を任されたこの機会を使わない手はない。

 

少し予定を繰り上げて、腐敗した貴族を狩らせてもらう。

 

 

 

 

「……と言うわけで、ボルスにはランの元に援軍として行ってほしい」

 

謁見の間での話とボルスにチョウリ様の護衛をしているランの援軍として派遣させてもらうことを伝える。

 

「はい。行かせてもらいます」

 

「助かる。ランだけでは対応出来ない可能性があるからな……帝都に戻ってきたら1週間の休暇だからその事も伝えておくといい」

 

「1週間もですか……」

 

「ああ、理由としては期間がどれぐらいになるのかわからないのと、道中に賊の襲撃がある可能性が高いからな」

 

帝都周辺の治安は多少改善されているがそれよりも外となると楽観視は出来ない。

 

各地を治める領主も大半が駄目な奴であるため賊が増えている。

 

しかも、滅多なことでは討伐に行かないからなおのこと賊が増長してしまっているのだ。

 

それらを狩るためにも大臣に真っ向から挑めるチョウリ様には無事に帝都に来てもらわなければならない。

 

そのための増援としてボルスを派遣するのだ。

 

「わかりました。出発はいつ頃ですか?」

 

「そうだな……家族に説明する時間も欲しいだろうから明日だな」

 

「了解しました」

 

「ああ」

 

失礼します、と言って退出するボルスを見送ってから俺は椅子に深く腰をかける。

 

次は……セリュー・ユビキタスだな。

 

言い方を間違えれば……命令違反を起こす可能性の高い……。

 

扱いにくいじゃじゃ馬と言ってもあながち間違いじゃないだろう。

 

ボルスが退出してから数分後にセリュー・ユビキタスがやって来た。

 

「失礼します、セリュー・ユビキタス&コロです」

 

帝都警備隊の制服姿でビシッと敬礼をするセリューとコロ。

 

「ザンクの件はご苦労だった」

 

「いえ、私は結局奴を裁けなかったので……」

 

「いや、実際にセリューがザンクの相手をしたことで犠牲者が減ったのだからそう悲観することもない」

 

「ありがとうございます!」

 

悪が絡まなければ良い人材なのだが……。帝都でも評判が良いし……これで完全にまともであったらと思わずにいられない。

 

「ザンクのことが片づいたから……対ナイトレイドに移る」

 

「はい。私に話が来たってことは私がナイトレイドを相手にするんですよね?」

 

確信しているがそれが間違いでないかを確認してくるような口調だ。

 

「その通りだ。前にも言ったと思うが他の構成員のことを吐かせる目的もあるので生け捕りだ」

 

「……2人以上いてもですか?」

 

「ああ。2人捕らえたのなら片方にはあまりやりたくないのだが……強力な自白剤を投与することになるだろう」

 

「なるほど……それで普通に吐かせた方が嘘をついてないか確認するんですね」

 

その通りだと俺はうなずく。やはり、悪を殺すという思考に囚われなければかなりまともだと判断出来る。

 

「取り調べが終われば……確実に処刑となるだろう。特に大臣がそうするはずだ」

 

「確か……遠縁のイヲカルがナイトレイドに殺されているんでしたよね」

 

「そうだ。予想でしかないが……大臣は公開処刑にするだろう。それもかなり残酷な……」

 

「悪には当然の報いですね」

 

笑顔でそう言いきる辺り歪みを感じる。

 

セリューが本気でそう思ってるのがよく理解出来る。これは価値観がすっかりと固まっているな。

 

「まあ、対ナイトレイドだけにかまけているわけにもいかない。それでだ……セリュー、お前は帝都に住む悪と帝都周辺の賊狩りどっちに行く?」

 

「……それは断罪しても構わないんですよね」

 

「構わない。裁量は俺に預けられている。このリストに載っている奴は全員殺しても問題ない」

 

俺はそう言いながら賊の拠点と帝都に住む腐敗した貴族、悪徳商人、薬の密売組織の拠点の載ったリストを机の上に置く。

 

「これ全部ですか?」

 

「ああ。この中から選んでくれ。これは一応、ナイトレイドの標的になり得る輩のリストでもあるからな」

 

「そうなんですか?」

 

「そうだ。ナイトレイドは殺し屋集団であり、主にこのリストに載るような輩の暗殺をしている」

 

今のところナイトレイドが良識のある文官を暗殺したとの話は聞いていない。

 

ナイトレイドに対する敵愾心を抱かせるための報道が流されるもそれが大臣からのものだと民は全く信じないので、民からのナイトレイドに対する心象は悪くないのが現状だ。

 

「全部の悪に裁きを下せないのが歯痒いです」

 

ギリリ、と歯軋りをするほど悔しそうにするセリュー。それに触発されたのかコロもウ~と唸っている。

 

「そう悔しがる必要はない。ナイトレイドの構成員を捕縛したらこいつらは一気に片づける」

 

「本当ですか!」

 

「嘘を吐いてどうする? 出来るだけ早めに片付けた方が民のためになるだろ」

 

「そうですよね! そうと決まれば……私はこれをやります!」

 

意気揚々とそう言いながらセリューが手に取ったのは……帝都の艷町で違法薬物を販売している組織の拠点だった。

 

「わかった。警備隊の隊員を30名連れていけ。拠点を制圧後は拠点にあった物のリストを作り、提出してくれ。それらは公共事業のための資金に使われる」

 

「了解です! セリュー・ユビキタス。早速、悪を断罪しに行ってきます!」

 

ビシッとコロと一緒に敬礼するとセリューは急ぐようにして退出していった。

 

「……ふぅ」

なんとか、セリューがナイトレイドの構成員を殺さないように誘導出来た。

 

それも今回だけだと思うがそれで十分だ。

 

ナイトレイドには帝都に巣くう害虫を出来るだけ始末してもらう。特にこちらが捕らえにくいのを始末してくれれば万々歳。

 

そうでなくても暗殺をしてくれるだけでこちらが他のことに手を伸ばす余裕が出来るので大助かりだ。

 

帝具使い同士が殺意を持ってぶつかれば片方が死ぬ、相討ちはあれど両者生存はあり得ないとされている。

 

それだけの性能が帝具にはある。それを無視して両者を生存させるには殺意を持ってぶつからないかもしくはどちらかが圧倒的に強いかのどちらかだ。

 

「さて……ナイトレイドを捕捉するまでどれぐらいの時間がかかるか」

 

標的が少なくなるにつれてナイトレイドの構成員が集団で動くようになってしまう。出来ることならなるべく人数が少ない状態のうちに捕捉しておきたい。

 

1人、2人ならば問題ないが……3人、4人となったら逃走される可能性が極めて高くなる。

 

そうなるとセリューが殺られる可能性も高くなる。特にブラートと出会ったらまず勝ち目はないだろう。

 

判明しているナイトレイドのメンバーの中で正面からの戦いで一番強いのはブラートで間違いないのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 潜み動くもの

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


ボルスが兵士を連れてランの援軍に向かってから数日。

 

その間にもナイトレイドによる暗殺があったがセリューは遭遇出来なかった。

 

俺の方も同じである。

 

それでも、リストに載っている標的はまだまだいるのでチャンスはまだ沢山残っている。

 

そう悲観することでもない。

 

セリューはむしろやる気に燃えている。心なしか警備隊の隊員たちも捕まえる相手や殺害する対象が極悪になので自分たちがやっていることが胸を張って正しいと言えるのが良かったのか、顔に自信が現れていた。

 

まあ、やる気があるのは良いことなので文句はない。

 

自分の仕事に自信を持って取り組めるそれが悪いことはないのだから。

 

「…………さて、どうするか」

 

俺は執務室の椅子に深く腰をかけ、目を瞑りながら革命軍にスパイとして潜入にしているあいつのことを考えていた。

 

陛下に仇なす考えを持っていた人物の暗殺をしたことにより革命軍の動きが少しばかり鈍くなったとの報告と同時にショウイ元内政官とその妻が革命軍によって保護されたとの報告があった。

 

ショウイ元内政官にはもしも本人にもう1度内政官をやる気があるのならオネスト大臣がいなくなった後に再び内政官として働いてもらいたいと思っているので、無事に保護されたとの報告は嬉しいものであったが、俺が考えていたのは別のことだ。

 

スパイであるあいつの所属している地方専門の暗殺チームが壊滅したらしい。

 

その報告はすでに革命軍に届き、近いうちにナイトレイドにも届くだろう。

 

自分が暗殺に行っている間に襲撃があり、潰滅したと書いていた。

 

幸い怪我などは無いようなので安心した本当に運が良かったようだ。

 

大臣を消すにはあいつの協力を得られないと始まらない計画があるのだから。

 

また、チームが潰滅したことにより一時的に革命軍の本部に所属するようだ。

 

そこで、ナイトレイドに増援が必要だと思わせることをやって欲しいとあった。

 

その増援としてナイトレイドに潜入するつもりらしい。

 

なので、こちら側に戻ってくるときはナイトレイドを利用するように書いておくとして……それまでは何をやらせておくか。

 

それが問題だ。

 

情報収集は基本として他には革命軍の主要メンバーと戦略を調べおいてもらおう。

 

革命軍がどのような戦略で来るかわかっていれば迎え撃つのは容易い。

 

何事もあらかじめ知り、それに備えていれば簡単に対応出来る。

 

「……送るか」

 

俺はあいつに向けての指示を書いた手紙を書き終えると、連絡用のマーグファルコンにくくりつけて飛ばす。

 

あまり上空を飛びすぎなければ帝都の空を守護する危険種に襲われることはない。

 

それに……俺が革命軍にスパイを送り込んでいることはすでにばらしているので、何処に手紙を出したのか聞かれても潜入させているスパイの元に送ったと答えるだけだ。

 

そろそろ賊の討伐に行くか。

 

俺はパルチザンを背負うと部下たちが集結している場所へと向かった。

 

 

 

 

帝都周辺の賊狩りを終えて帝都に戻ってくる。

 

賊狩りを終えてと言ったが、これは帝都周辺の賊の一部に過ぎず、狩るべき賊はまだまだ沢山残っているから本当の意味で終わりではない。

 

「……配置は済んでいるな」

 

帝都に戻ってきたからと言って今日やるべきことが終ったわけではない。

 

「ハッ! すでにセリュー・ユビキタスを含めた帝都警備隊隊員30名が配置についています」

 

「よし……深夜を過ぎて対象が現れなければ、餌さとして残しておいた輩を狩るぞ」

 

ナイトレイドを誘き出すための餌として処罰せずにいた文官や貴族らを始末するのだ。

 

ナイトレイドが来ればナイトレイドが始末をするだろう。仮に来なければ俺たちが始末をする。それだけの違いしかない。

 

ナイトレイドの構成員を捕らえてもエスデス将軍が帝都に帰ってきてからだと確実にナイトレイドの構成員を尋問するのはエスデス将軍になるだろう。

 

というか、自分からやらせろと言ってくる可能性が高い。

 

そうなったら確実に尋問の皮を被った拷問になったあげく飽きたら殺すだろう。

 

「はい!」

 

敬礼をすると去っていく警備隊隊員。

 

その後ろ姿を見送ってから俺は今持っている武器の確認をする。

 

投擲用短剣が4本、短剣が2本、そして……パルチザンが1つ。

 

パルチザン以外は安物なのですぐに壊れそうだが……何とかなるだろう。

 

確認を終えて、それらを装備すると俺は待ち伏せに向かった。

 

 

 

 

革命軍の本拠地。

 

そこの会議室には机の上にうつ伏せなっている1人の女性がいた。

 

普段から身に着けている赤いリボンの付いたヘッドホンを机の上に置かれ、舐め終わった棒つきキャンディーの棒も一緒に置かれている。

 

「新たに将軍が2人とその部下が加わり、ショウイ元内政官とその妻が革命軍に合流か」

 

身を起こして、ん~ッと伸びをすると彼女は新しい棒つきキャンディーを取り出して、その包みをとると口に含む。

 

「あの人は頼んだことは必ずやってくれるだろうし……後はいつものように行動して時が来るのを待つだけかな」

 

そんなことを口ずさみながら彼女は思い出していた。

 

自分が革命軍(ここ)にスパイとして潜入する切欠を作った人との出会いを……。

 

「……本当に遠くまで来ちゃったなあ」

 

彼女―――チェルシーは懐かしむように微笑を浮かべる。

 

太守を殺した時にスカウトされ、それから暗殺に必要な技術を教え込まれ、今に至るまでが本当にあっという間で……当時からは考えられないくらいの修羅場を潜り抜けた。

 

「全てが終わって2人とも無事に生きていたら俺の手でお前が願う望みを1つだけ叶えよう、か……たったそれだけの報酬のために働いてる私って端から見たらなんなんだろう?」

 

1人、クスクスと笑いながら何を叶えてもらおうかなと考える。

 

いつになるかわからないが考えるだけならタダだ。

 

捕らぬ狸の皮算用にならないように気をつけなきゃなと思いつつチェルシーは機嫌良さそうに立ち上がる。

 

「さ~て……無茶ぶりせずに安心と安全を心がけて頑張りますか!」

 

赤いリボンの付いたヘッドホンを頭に着けると、手鏡を取り出してヘッドホンの位置を調整する。

 

それから身だしなみを軽く整えてから手鏡をしまう。

 

「あなたの懐刀はちゃんと働いてますよ~と」

 

そんなことを口ずさみながら彼女は会議室から出ていった。

 

 

 

 

ザンクがランスロットの手により討たれたと公表された日。帝都から北の方にあるナイトレイドのアジトではザンクとの戦闘による怪我の治療を終えたタツミと他のナイトレイドのメンバーが会議室に揃っていた。

 

「あ~……やっぱりそうなってるかぁ」

 

レオーネがしょうがないかといった様子で言う。

 

ランスロットにザンクが討たれる。逆のことは絶対に起こりえないというのはナイトレイドに所属する全員が共通して認識していることだった。

 

特にタツミが目撃したランスロットによる一方的な展開。自らは攻撃する動作を見せずにザンクが自分からダメージを受ける話は全員に衝撃を与えた。誰もが予想出来なかった展開であったゆえに。

 

「もう……化物ってレベルじゃないだろ」

 

片手で頭をガリガリと掻きながらラバックはそう呟く。

 

「本当に人間なんでしょうか?」

 

「もう、新種の危険種でいいんじゃない? 超級の」

 

シェーレは顎に人差し指を当てて首をかしげながら、マインは天井に視線を向けながらそう言う。

 

そんな風に言っているメンバーを他所にアカメ、ブラート、ナジェンダの表情は優れなかった。

 

特にアカメとブラートはランスロットと正面からぶつかることが幾度かあり、もしザンクにやった技が自分たちにも使われた場合のことを考えると、とてもではないが軽口を叩けなかった。そんな凶悪な技にどう対処すべきかそこが問題である。

 

ナジェンダは革命軍の本拠地に行って至急戦力を増強すべきだと考えるが、すでにナイトレイドのメンバー自体が強力な戦力であることからそれも難しいと考えていた。

 

何かしらの切欠があればと思わずにはいられず小さく溜め息をこぼす。

 

周りがそんな状況の中タツミはランスロットのところにいるであろうサヨについて考えていた。

 

未だに会うことは出来てはいないが、向こうも俺に会いたいと思っているはずだと。

 

だが、サヨは記憶を失っておりタツミのことは愚か昔のことも覚えていない。

 

タツミはその事を知らずにいた。

 

「それよりも……タツミがナイトレイドのメンバーだってあの将軍にばれたんだろ。そうなると帝都に入り込んで情報収集が出来るのが俺とレオーネ姐さんとマインちゃんだけに戻っちまったわけだろ?」

 

せっかく少しは楽になったと思ったのにい~とぼやくラバックにアカメがしゅんとした様子で謝る。

 

「すまない。私が将軍の目の前に出たばかりに」

 

「いや、あれはしょうがないって。あそこでタツミを助けにいかなかったらあの将軍に連れていかれてたからね」

 

事実、あの場面ではアカメでなくてもタツミを助けにいっただろう。今回の件はたまたま顔ばれしているアカメがタツミを助けたからランスロットにタツミがナイトレイドのメンバーだとばれたのであって、運が悪かったしか言いようがない。

 

「なってしまったことはしょうがない。前と同じに戻っただけだ。それにあいつがタツミをナイトレイドの一員として手配する可能性は低い」

 

「え! そうなの?」

 

ナジェンダの言葉に何故かタツミよりも先にマインが反応した。

 

「ああ。理由としては幾つかあるが……1つはタツミが帝具を所持していない。後はタツミがアカメに連れられていくのを見ていたのがあいつだけだという点だ」

 

「なるほど。確かにあの化物将軍ならそうだろうね。もし、タツミをナイトレイドの一員として手配して一般人だったら大臣にみすみす隙を晒すことになるから」

 

「ラバックの言う通りだ。故に数日ほど様子を見てれば結果がわかるはずだ」

 

ナジェンダがそこまで言って言葉を切るとタツミが思い出したように言った。

 

「……あ、俺……将軍がザンクと戦ってる時にラバの名前言っちゃったんだ」

 

「おいぃぃぃぃぃ!? それはマジで洒落にならないからっ!」

 

若干泣きそうなラバックがタツミの服の襟元を掴んでガクガクと揺する。

 

「おいおい……何を慌ててんだ?」

 

ブラートがラバックの肩を軽く叩きながら落ち着けと諌める。

 

そこでナジェンダが思い出したようにポンと手を叩く。

 

「そう言えばラバックはランスロットの無茶ぶりに付き合ったことがあるんだったな」

 

「イイィィィィヤアァァァァァ!!」

 

これ以上言うなと言うように奇声を上げるとラバックはそのまま駆け出して会議室から出ていった。

 

…………無茶ぶりって何をやったんだ?

 

それが全員に共通した思いであった。ナジェンダも詳しいことは聞いたことがないので詳細は知らないのだ。

 

ただひとつ確定しているのは……それがトラウマになるような過酷なものであったのは言うまでもない。

 

 

 

 

「今日も……駄目か」

 

深夜の帝都でナイトレイドの標的になっているもしくはなっているであろう人物の住む家の近くで待ち伏せしていたが、時間が来てしまった。

 

「将軍……突入準備は出来ています。どうしますか?」

 

「……突入して身柄の確保だ……生死の有無は問わない」

 

「了解しました! 」

 

突入! と声を張り上げて兵士たちが裏で麻薬の密売をしていた商人の家へと侵入していく。

 

警備員として雇われた傭兵等が出て来るが、兵士たちの着ている鎧に刻まれた交差する剣の紋章を見ると途端に抵抗を止めるものと逃げ出すものに別れた。

 

その両者は共通してその紋章を持つ兵士が誰の手の者か理解しているようだ。

 

それは俺の部下たちである証。

 

これを見て逃げ出した者はほぼうしろ暗いことがあり、抵抗を止めたものは潔白もしくは諦めた者だ。

 

悪用などされないように鎧には特殊な金属を使用している。

 

故に1つ1つが特注品と変わらず、西に残してきた部下たちと古参の部下しか持っていない。

 

ランはいずれ政界に行くので必要ないのとボルスは帝具の関係上鎧が邪魔になるかもしれないからだ。

 

火炎放射気の帝具を使うボルスに鎧を着せたら、鎧が熱を持ち、内側が蒸し焼き状態もしくは肌が熱された鎧によって火傷する可能性がある。

 

それならば鎧なぞ最初からない方がいい。

 

身を守るためのもので負傷なんてするのは馬鹿らしいからだ。

 

「もうそろそろ……網にかかってもよいような気がするんだがな」

 

ナイトレイドが狙うような奴も少なくなってきたことだし……そろそろまみえることが出来る。そんな予感がしてる。

 

だが、予感がしているだけなので本当に会えるかはわからない。

 

予感はあくまで予感でしかない。期待せずに待つとしよう。

 

どうせ……いずれはぶつかることになるのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 鬼が来る

「………………」

 

深夜の帝都。今日も変わらずにナイトレイドを待ち伏せする。

 

数日前に捕らえた護衛として雇われた傭兵の半数は刑務所に送られ、残りの半数は帝都警備隊に入隊することとなった。

 

あのまま釈放してもよかったのだが、多少給金は少ないが帝都警備隊に入隊しないかと声をかけたところ全員が承諾してしまった。その結果に俺は少しばかりに驚いたが、理由を聞くと納得できた。

 

多少給金は低くとも安定した給金の職業であり、傭兵でいるよりも安心して生活出来るからだそうだ。

 

俺としては規則を守り、真面目に働いてくれるなら文句はない。

 

ある程度腕に覚えのある者らが入隊したのだから、人が減った警備隊の人数補充が出来たのでこれで少しは警備隊のシフトが回しやすくなったので大助かりだ。

 

シフトを確認して働きすぎていないかチェックをするのも俺の仕事の1つ。人が増えれば余裕を持ったシフトに出来る。

 

これで少しは楽になった。

 

中間管理者もだいたい決まってきたので帝都警備隊関連の仕事は書類の確認を行い、何かあればその都度命令を下すというものになるだろう。

 

「……来ないか」

 

待ち伏せしているがナイトレイドの構成員が現れることなく時間ばかりが過ぎていく。

今のところ笛の音も聴こえてこないので誰もナイトレイドを見つけられていないのだろう。

 

セリューはともかく他の警備隊隊員は上手く気配を隠せないのが多い。

 

「……ふむ、別の場所に行くことにしよう」

 

俺は金銭の横領をしている文官を捕らえるように連れてきた部下に命令を下すとセリューが潜んでいる場所へと移動を始めた。

 

信用していないわけではないのだが……暴走する可能性のことを考えると……今さらだが心配になってしまったのだ。

 

ナイトレイドの構成員がそんな簡単に殺られるとは思えないが、何事にも絶対はない。

 

それは強力な武器を持っていようと必ずだ。

 

 

 

 

「…………」

 

ナイトレイドを待ち伏せしているセリューは黙って周辺の気配を探っていた。

 

相棒とも呼べるコロ―――ヘカトンケイルもセリューにならい静かにしている。

 

セリューはナイトレイドの構成員を生け捕りにすると言っているランスロットの言葉に表面上は同意したが内心では不満だった。

 

―――将軍のいうことはわかりますが……私は……。

 

ギリィ……と歯軋りの音が風に揺れる葉の擦れる音に紛れて消える。

 

セリューにとって悪とは問答無用で正義を執行して断罪するべき対象。

 

今回はナイトレイドの構成員を生け捕りにして、そいつから情報を引き出すために殺さないようにすることを命令されている。

 

例え後に処刑されるとしても悪が目の前で生きていることを許せそうになかった。

 

「キュウウウン」

 

「……大丈夫だよコロ。今回だけなんだから」

 

そう、自身に言い聞かせるセリュー。

 

不満だが今回だけなのだ。

 

末端を潰していくのではなく末端から大本へたどり着き、その大本ごと末端を纏めて潰す。

 

そのための我慢なのだ。

 

それに自分が裁かなくとも必ず他の誰かが裁きを下すことがわかっている。

 

だからこそセリューは暴走せずに済んでいた。

 

そして……。

 

「来たか!?」

 

セリューの視界に明らかに怪しい2人組の姿が映った。

 

1人は大きな鋏を持ち、もう1人は巨大な銃を持っている。

 

大きな鋏を持っているのは手配書に載っている人物―――シェーレ。もう1人についてはわからないが一緒に行動していることからナイトレイドの一員だと判断出来る。それらを一瞬のうちに見定めるとセリューの動きは早かった。

 

勢いよく飛び出すと2人の間に降り立つ。

 

「夜ごとに身を潜めていた甲斐があった」

 

セリューはようやく巡り会えたナイトレイドの2人を前に歓喜していた。

 

セリューから距離をとりいつでも動けるように構えるシェーレとマイン。

 

これから始まるであろう戦いに自然と精神が研ぎ澄まされていく。

 

「手配書に記されている特徴と一致、ナイトレイドのシェーレと断定。その同行者も帝具とおぼしき銃を所持しているからナイトレイドと断定。これより……正義を執行する!!!」

 

セリューは狂喜の表情でシェーレとマインを指を指しながらそう宣言した。

 

 

 

 

その光景を少し遠くの建物の屋根の上から見ている男がいた。

 

月明かりをバックにしており、その男の容姿の全貌は見えないが片目が潰れているはわかる。

 

「くくく……」

 

何が愉快なのか凶悪な笑みを浮かべる男。

 

「……せいぜい仲良く潰し合うこった」

 

対峙するセリューとシェーレ、マインの様子を見ながらそう言うと男はその場に座り込み観戦の体勢をとるのであった。

 

 

 

 

セリューがナイトレイドのことを待ち伏せしている場所に向かっているとピイィィィィィッ!! と笛の鳴る呉とが聴こえてきた。

 

「……どうやらナイトレイドに遭遇出来たようだな」

 

これは急ぐ必要があるな。

 

援軍が呼ばれたとあればあちらも全力でセリューを殺しにかかるだろう。

 

1対1なら生物型帝具であるため2対1の状態で戦えるが相手が2人だと必然的に普通の装備で帝具を相手にしなければならない。

 

それはかなり辛いはずだ。

 

俺は問題ないがセリューには問題になる。

 

そして突然眩い光が発生した。

 

「む! これは……」

 

いつしかアカメと遭遇したときと同じような光が視界に映り込んだ。

 

急いだ方がよさそうだ。この眩さでは確実に目が眩んでいるはず。

 

そうなるとセリューが殺られる可能性が高くなる。

 

幸いなことに今はなら気配を隠さずとも気取られることなく移動を出来るだろう。

 

俺は光が発生した場所に向かって一気に駆け出した。

 

光が発生した場所に近づいていくと今度は大きな叫び声が聞こえた。耳を塞ぎたくなるような音だが超級危険種の叫び声と比べると超級危険種の方が煩いので耳を塞ぐことなく走る。

 

どうやら先程の叫び声はセリューの帝具であるコロが発したものらしい。

 

状況は今にも止めを刺されそうなセリューとコロに握り潰されそうになっている少女。

 

お互いに相討ちになりそうな状況であるが大きな鋏を持っている女性がコロに握り潰されそうになっている少女を助けに行った。

 

あの鋏は帝具で間違いないだろう。万物両断エクスタス。その使い手となるとナイトレイドのシェーレで間違いない。

 

「よくやったぞ……セリュー」

 

俺はナイトレイドのシェーレが仲間であろう少女をコロの手から助け出した時を見計らいセリューに話しかけた。

 

「……将軍」

 

両腕を失い座り込んでいるセリューが俺を見上げる。

 

「いたぞ! ナイトレイドだ!」

 

そこへ警備隊隊員たちが続々とやってくる。

 

「くっ……私が時間を稼ぎます。だから、逃げてください!」

 

シェーレがエクスタスを突き出すように構えながら走り出した。

 

「……っ……ごめん!」

 

そう言って大型の銃を持って少女がシェーレと反対側に駆け出した。

 

あの少女が持っていた銃には見覚えがある。あれはナジェンダ元将軍が所持していた帝具パンプキン。

 

使い手が変わっていたのか。

 

逃げ出したパンプキンの使用者は負傷しているから逃がさせたのは仲間意識が強いからか。

 

それともシェーレが甘いだけなのか。2人で組まされていたことから相性は悪くないのだろう。

 

「半数は逃げ出した奴を追え! さらに残りの半分はセリューを手当てするためにセリューを連れて引け……ナイトレイドのシェーレは俺がやろう」

 

俺は背負ったパルチザンの持ち手に手をかけながらシェーレに向かって駆け出す。

 

「……行かせません! エクスタスッ!」

 

シェーレがそう言った瞬間にエクスタスから眩い光が発せられた。

 

金属発光ッ!? これがエクスタスの奥の手か……。

 

なるほど、元々が万物両断と強力なエクスタスはすでに十分な破壊力を秘めている。故に奥の手はそのエクスタスの一撃を回避させにくくするためのものか。

 

正直に言って奥の手とは思えないが……虚を突くということならある種の奥の手だな。

 

「ぐわっ! 目がぁ……」

 

「うっ……!? この光は……」

 

警備隊隊員たちの動きが止まってしまった。

 

目を閉じていても眩しく感じるほどの光量なのだから仕方がないが、これでは逃げられてしまうかもしれない。

 

「目が見えなくても……大体の位置は掴める」

 

俺はシェーレの足音や気配から大体の位置を掴みパルチザンを振るう。

 

ゴオォォォンッッ!! と轟音と同時に手に衝撃が走る。

 

どうやら外したようだ。

 

だが、視界が回復したのでシェーレの姿が確認できた。

 

「…………」

 

エクスタスは閉じられてる。どうやら元々の硬度を武器として使うようだ。

 

万物両断だけあって帝具の中でも最高クラスの頑丈さを誇るエクスタスはその硬度だけでも十分な破壊力を持つ。

 

「すいませんが……時間を稼がせてもらいます」

 

シェーレが剣呑な目つきで自身の周りを囲む警備隊隊員たちを威嚇しながらそう言う。

 

逃走したナイトレイドの構成員を追わせるはずだった隊員たちは動けずにシェーレの雰囲気に飲まれてしまっている。

 

セリューはすでに警備隊隊員たちによって撤退を終えている。後はシェーレを捕まえるだけ。もう1人は一応形だけとはいえ追っておく必要があるだろう。

 

パルチザンの方は先程の一撃で完全に赤熱化しているため使えない。

 

だが、それも問題ない。生きて捕らえるのが目的なのだ。

 

「構わん……だが、お前は逃がさない」

 

パルチザンを地面に突き刺し、両手に剣を握る。

 

それから警備隊隊員たちに向けて言う。

 

「今から追いかけても追いつけないかもしれないが追っておけ。もしかしたらという可能性もあるからな」

 

「了解です! お前たち行くぞ!」

 

だっと駆け出す警備隊隊員たちを無視してシェーレは俺から視線を外さない。

 

「……私も運がないですね。帝国最強の一角と相対することになるなんて」

 

自嘲するようにそう言っているが諦めの表情ではない。

 

「たまたまだろう。そういうときもあるさ」

 

俺とシェーレは同時に駆け出す。

 

「っ……それも、そうですねっ」

 

「ああ、そうだ」

 

素早く槍のように突き出されるエクスタスと俺の操る双剣がぶつかり合う。

 

鳴り響く金属音に飛び散る火花。

 

そしてすぐに俺の持っていた剣が砕け散った。

 

「やはり……安物は脆いか」

 

その瞬間をチャンスだと思ったのだろうシェーレが奥の手を使用した。

 

「エクスタス……ッ!」

 

カッと眩い光が発せられるがすでに手は打っている。

 

この光は発生した瞬間なら使い手にも影響があるはず。つまり俺の行動も一瞬ならわからなくなる。その一瞬で十分だ。

 

……短剣2本を投擲するには。

 

視界が回復すると案の定シェーレの両足に短剣がちゃんと突き刺さっていた。

 

「……それでは一旦眠ってもらおう」

 

俺はシェーレが横凪ぎに振るってきたエクスタスを片手で掴むと力任せに引っ張り空いた片手でシェーレの首を掴み頸動脈を締め上げる。。

 

「ぁ……」

 

ガランとシェーレの手からエクスタスが落ちる。

 

「捕獲完了」

 

俺はシェーレの両手両足を紐で縛るとパルチザンを背負い、シェーレを肩に担いだ。

 

 

 

 

その光景を見ていた男は苦々しげに呟いた。

 

「チッ……ナイトレイドの暗殺者もあいつを傷つけるのは無理だったか」

 

だが、と男は思い直して同僚である複数の警備隊隊員によって運ばれるセリューの方に視線を向けるとニヤリと笑みを浮かべる。

 

「まあいいさ……チャンスはこれだけじゃねぇんだ」

 

男は立ち上がるとセリューがいる場所に向かって移動を始めた。

 

 

 

 

先ず最初に気がついたのはセリューだった。

 

建物の上から降りてくる筋骨隆々の隻眼の男。

 

その男によって次々と同僚である警備隊隊員たちが斬殺されていく。

 

コロを使おうともコロはナイトレイドのシェーレとマイン相手に奥の手を使い数ヵ月は起動出来ない状態となっている。

 

そして、自分以外の警備隊隊員が斬り殺される。かつて……鬼と呼ばれ恐れられた男の剣は錆び付いておらず、むしろ以前よりも動きが精練されていた。

 

「な、何故……何故貴様がここにいるッ……オーガ!!!」

 

「そりゃあ……もちろん決まってるだろう? 」

 

剣にこびり付いた血を剣を振るうことで払うとセリューに近づいていく。

 

「テメェを……殺すためだろうがぁぁぁッ!」

 

ザンッとセリューの両足が斬り落とされ、身体が地面に仰向けになる。

 

「ゴフゥッ! 」

 

オーガの足が両足を失い仰向けに倒れたセリューの腹を踏みつける。

 

「いい様じゃねえか……」

 

そう言いながらオーガはセリューの腹を何度も何度も踏みつける。

 

何度も腹部を踏まれ続けたことにより内蔵は破裂しか細い呼吸と同時に吐き出される血。

 

すでにセリューの視界はボヤけており痛みも感じていなかった。

 

感じていたのは……寒くなっていくことと死に逝くことへの恐怖。

 

「チッ……元々弱ってたからもう死にそうなのかよ」

 

つまらなそうにそう言うオーガの声はセリューに聞こえていない。

 

そして……セリューが最後に見た光景はオーガの持つ剣が自分に向かって降り下ろされる瞬間であった。

 

翌日。

 

セリュー・ユビキタス及び彼女を運んでいた警備隊隊員の斬殺死体が発見された。

 

セリューの所持していた帝具、魔獣変化ヘカトンケイルはその近くで斬殺されていた警備隊隊員の死体の下から発見される。

 

犯人は不明であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 Sの帰還

「…………犯人は不明か」

 

セリュー・ユビキタスが殺害されたと報告があり、その犯人を探していたが全く手がかりが掴めなかった。

 

帝都警備隊隊員の中では最強と言って間違いない戦力だったのだが……。

 

犯人は見つけ次第……始末させてもらう。

 

セリューは基本的に悪が絡まなければ良い子だったので帝都の子どもたちや老人らには基本的に人気だった。

 

葬儀には同僚だけてなくセリューを慕っていた市民らも大勢参加した。そして、当然のように仇をとってくれとの声が上がった。それは参加した市民共通の言葉である。

 

性格に難があり、扱いの難しい部下であったが殺されたとなると心中は穏やかにいられない。

 

その事は一旦置いておき、シェーレについてだ。ナイトレイドのシェーレは簡単な怪我の治療を終えた後は十数人の見張りのある拘置所に入れてある。そして、暇潰し用に本人が希望した天然を治すための方法百選という本を与えてある。

 

見張りにはただ見張るだけでよいと言ってある。どうせ逃げられはしないのだから。

 

ヘカトンケイルとエクスタスを持ち俺はこれから陛下に謁見しなくてはならない。

 

帝具を手に入れたから実物を持ってその事が嘘ではないと証明するためだ。

 

「将軍……そろそろお時間です」

 

「わかった」

 

迎えに寄越された近衛兵の言葉にうなずくと同時に俺はエクスタスとヘカトンケイルを持って待機していた部屋から退出する。

 

「ランスロット将軍。今回はブドー大将軍も参加します」

 

「珍しいな」

 

「はい。ブドー大将軍もそのように言われるだろうと言っておられました」

 

「そうか」

 

本当に珍しいこともあるな。

 

やはり帝都を騒がす賊の中で一番のナイトレイドを捕らえたからだろうか?

 

それとも別の何かか……どんな思惑があるにしろあの人は大臣側になることはない。

 

陛下の味方だ。俺にとって不利となろうとも陛下の味方であれば構わない。大臣と組まなければ問題なのだから。

 

「ランスロット将軍をお連れしました!」

 

「うむ。下がってよい」

 

陛下の声に無言でうなずくと敬礼して近衛兵は謁見の間から退出した。

 

謁見の間にいるのは陛下と大臣、ブドー大将軍を始めとする帝都にいる将官らである。

 

「ランスロットよ……ナイトレイドの構成員を1人捕らえたそうだが」

 

「はッ! 捕らえたナイトレイドは帝具、万物両断エクスタスの使い手シェーレです。現在は帝都警備隊の拘置所に逗留させております」

 

「おや、それだと逃げられるんじゃないんですか? ヌフフ」

 

大臣が嫌らしい笑みをしながらそう言ってきた。

 

「そうなったらそうなったで考える。帝具は取り上げているのだ戦力が格段に下がっているから警備隊隊員でも捕らえられるだろう」

 

「ぬるいな……いっそのこと足の健を切っておけばいいじゃないか」

 

この声は……戻って来ていたのか。

 

「エスデス将軍……戻ってきていたのだな」

 

「ああ。北の勇者とやらは完全に名前負けで些か拍子抜けした」

 

「そうだろうな。エスデス将軍が求めるようなレベルの相手はなかなかいないのだからしょうがないと思うぞ」

 

それこそ……ブドー大将軍か俺かブラートぐらいだろう。

 

ナイトレイド側だとブラート以外では純粋な技量でエスデス将軍と戦えないだろう。アカメは暗殺者としては一流であるが……正面からとなると無理だ。

 

暗殺者としてならそれなりのところまではいけるだろうが……。

 

「まあ、2人とも積もる話もあるだろうが……今はランスロットが手に入れた帝具だ。報告ではエクスタスだけとあったのだが……その犬? はなんなのだ?

 

「帝都警備隊隊員セリュー・ユビキタスが所持していた帝具の魔獣変化ヘカトンケイルです。彼女はナイトレイドと遭遇し戦闘にはいり、負傷。撤退させていたところを何者かの襲撃にあい死亡しました。犯人は不明です」

 

「……帝具使いが殺られたのか」

 

「はい。本人は両腕を失っており、後から調べたところ帝具は奥の手の影響により数ヶ月は動けないようなので」

 

これなら一般人に毛のはえた程度の賊に殺されたとしても不思議ではない。

 

ただ、傷の切り口からそれなりの腕前の賊であることは確かだ。

 

 

 

 

その頃。

 

帝都から北に10㎞離れたところにあるナイトレイドのアジトでは……。

 

「シェーレが……私を逃がすためにッ!」

 

アジトに戻ってきたマインが一緒に戻って来ていないシェーレのことを話す。

 

「そうか……奴が現れたか」

 

ナジェンダはくわえていた煙草を義手で握り潰すとレオーネに視線を向ける。

 

その視線を受けたレオーネはうなずく。

 

「今から帝都に行って調べてくる」

 

「あ、姐さん……俺も……」

 

すぐさま行こうとするレオーネにタツミが同行すると言う。

 

「いや……あの将軍に会うなら私だけの方がいいさ。タツミは顔を知られてるからね」

 

「だな。シェーレに関しての情報はレオーネに任せてタツミは俺と来い……なあに……心配することはねえさ」

 

「え……いや……」

 

途中まではよかったのだが、最後の方で猫なで声になったのでタツミに悪寒が走る。

 

気をつかってくれているのだろうと思うも……ホモ疑惑があるために素直に気をつかってくれているとは思えなかった。

 

「じゃあ……行ってくる」

 

そうしている間にレオーネが帝都に向かう。そして、タツミはブラートに引きずられるようにしてみんなの前から姿を消した。

 

残ったのはアカメ、マイン、ナジェンダ、ラバックの4人。

 

「アカメ……マインの怪我の手当てだ。ついでに風呂にも入れてやれ」

 

「……わかった」

 

ナジェンダに促されてアカメがマインを連れてアジトの中に入っていく。

 

それを見送りながらナジェンダは新しい煙草を取り出すと火を着けて口くわえる。

 

ふぅー、と白煙を吐き出すとラバックに指示を出す。

 

「お前も帝都に行け。レオーネとは別口でシェーレに関しての情報を探るんだ」

 

「了解。行ってくるよナジェンダさん」

 

「ああ。危ないと思ったらすぐに逃げてこい」

 

「もちろん」

 

レオーネに続き、帝都に向かうラバックを見送るとナジェンダはその後ろ姿が見えなくなると革命軍の本部に向けて現状を伝えるための手紙を書くためにアジトの中に入っていった。

 

 

 

 

帝具を保管庫に入れて、執務室に向かう。

 

「エスデス将軍……」

 

「ランスロットか……邪魔してるぞ」

 

そこには自分の部屋のように寛ぎながら紅茶を飲んでいるエスデス将軍の姿があった。

 

「はぁ……」

 

「なんだ? 人の顔を見るなり溜め息を吐くなんて」

 

溜め息も吐きたくなる。どうせ何を言っても無駄なのだろうが……。

 

「なんで……ここにいる?」

 

「それはお前に少し用があってな」

 

「用? 珍しいこともあるものだな」

 

面倒な予感が沸々と沸いてくるが……聞くしかあるまい。

 

陰鬱な気持ちになりそうだが、そうならないように気をしっかりとしながら耳を傾ける。

 

「単刀直入に言うとな……私は恋をしたいと思っている」

 

「………………すまん。もう一度言ってくれ」

 

今のは何かの聞き間違いだろう。

 

「だから……私は恋をしたいと思っているのだ」

 

「……ふぅ」

 

聞き間違いじゃなかったのか。

 

「正気か?」

 

「正気だぞ。と言うかそこは本気か? と聞き返すところではないのか 」

 

「そこはお前の好きなことを思い出してみろ。言わずとも誰もが正気かと疑うと思うぞ」

 

「そんなにおかしいか? まあ、私自身何故恋をしたいと思ったのかわからんが」

 

直感か何かで恋をしたいと思ったのか……。発情期の来た獣みたいではないか。

 

そんなことを言ったらこの執務室が使えない状況になるのでそんなことは思っても言えないが……。

 

「まあ、陛下にも渡したがこのリストの条件に合う奴はいないか?」

 

ぴらっと懐から紙を出すエスデス。

 

「…………なんだこの条件は厳しすぎないか? 」

 

「そうか? 私としてはこれぐらいじゃないと納得できないのだが……」

 

「いくらなんでもこれはないだろ」

 

1、将来の可能性を重視して将軍級の器を自分で鍛えたい。

 

2、肝が座っており現状でもともに危険種の狩れるもの。

 

3、自分と同じく帝都でなく辺境で育ったもの。

 

4、私が支配するので年下を望みます。

 

5、無垢な笑顔が出来る者がいいです。

 

これが条件だ。

 

なんともまあ……理想が高い。

 

「で……いるのか、いないのかどっちだ?」

 

とっとと答えろと言わんばかりの態度だ。

 

俺は仲介人ではないのだが……。

 

「心当たりがあると言えばある……特に条件の1から4までなら該当する」

 

「本当かっ!? それでそいつはどこにいる?」

 

「知らん。2度会っただけだからな。1度目は募兵の時、2度目は首斬りザンクを殺った時にな」

 

「チッ……使えん奴だ」

 

すぐに手のひらを返すか……さすがだな。

 

「だが……まあいい。いることさえわかればあとは自分で探し出す」

 

「そうしてくれ」

 

こんなことに警備隊隊員や兵士を使われても困る。

 

「名前ぐらいはわかるだろ」

 

「タツミだ」

 

「そうか……タツミか」

 

ふふふ……と機嫌よさそうに笑うとエスデスは執務室から出て行った。

 

すまんな、少年。あのまま居座られたり、ストレス発散の相手に時間を潰されることを避けるために売らせてもらったぞ。

 

からまれでもしたら一応助けてやるので……それで勘弁してくれ。

 

それしても……まさか……恋とは。正直思ってもみなかった。てっきり捕らえたナイトレイドのシェーレを拷問するから寄越せとでも言うのかと思っていたから余計に驚いてしまった。

 

「失礼しますよ」

 

今度は見慣れた肥満体型の大臣が現れた。

 

何しに来たんだ?

 

「将軍……捕らえたナイトレイドのことですが……」

 

「公開処刑にするのか?」

 

「おや、おわかりですか。でしたら話が早い。3日後にギロチンによる打ち首をします。ヌフフ……よろしいですね?」

 

「よろしいもなにももう決まったことなのだろう?」

 

どうせ決まっていなければ言いに来ないはずだ。

 

「ええ。もちろんですとも。陛下のサインもあります」

 

そう言って差し出された紙には確かに陛下のサインがしてあった。

 

「となると……護送のための兵が必要になるな」

 

「そちらはお任せします。私は処刑人を用意しておきますので……」

 

よろしくお願いしますねと念を押してから大臣が執務室から出て行った。

 

護送中に逃げられたら俺の責任にされてしまうから、護送は俺がやるしかないか。

 

「はぁ……」

 

溜め息を吐きつつ護送に割く人員のリストを作ろうとするとコンコンと扉がノックされた。

 

今日は珍しく連続来客があるな。

 

「どうぞ」

 

そんなことを考えつつ、護送用の人員をリストに書きながらそう言う。

 

「入るぞ」

 

今度は陛下だった。

 

マントや帽子は被っておらずに軽装であった。その背後には護衛の近衛兵が2人ほど直立不動で立っている。

 

俺は椅子から立ち上がり陛下へと近寄っていく。

 

「どうしました?」

 

「うむ……実は相談があってな……その、今は大丈夫か? 忙しかったらまた後でよいのだが……」

 

「いえ、大丈夫です」

 

陛下から相談があるとは……一体何の相談なのだろうか?

 

「そうか……実はな……エスデス将軍のことなのだが……」

 

何やら言いずらそうな陛下の様子にエスデス将軍関係で何か問題でも起こったのかと思っていると……。

 

「エスデス将軍がな……恋がしたいと言ったのだ」

 

それか…………。

 

「それならばエスデス将軍本人から聞きました」

 

「そうであるか。それでランスロットは人を紹介出来たのか?」

 

「ええ。一番厳しい条件である鍛えれば将軍級の器を持つをクリアしてます」

 

「なんと!? 」

 

驚きを顕にする陛下。廊下にいる近衛兵も同じように驚いている。

 

「なので気にしないでいいですよ、陛下」

 

「そうか。大臣もよい男だからオススメしたんだが断られてしまってな……どうしたらよいか悩んでいたのだ」

 

「なるほど。でも、陛下……大臣をオススメするのは間違いです」

 

「どうしてだ?」

 

きょとんとした様子で首を傾げる陛下。

 

何故大臣をオススメしてはいけないのか本気でわかっていないようだ。

 

「第1に年齢。2に立場。3に相性です」

 

「…………エスデス将軍と大臣は相性が良くないのか?」

 

「この場合の相性は本人たちの好みの問題です。エスデス将軍の恋人にしたい人物の条件に大臣は何1つ当てはまりません」

 

それに……確か大臣には息子がいたはず。

 

しばらく姿を見ていないが……。

 

「ところで話は変わるが……ランスロットに恋人はいるのか?」

 

「いません」

 

「好きな異性もか?」

 

「はい」

 

陛下の問いに答えながらも思った。

 

陛下も色恋沙汰に興味を持ち始めたのかと。

 

そうなると大臣が傀儡にするために大臣の息のかかった悪女もしくは身体が弱くいつでも始末出来る女をあてがう可能性が出てきた。

 

「聞いてくると言うことは陛下は誰か好きな娘でも出来たんですか?」

 

聞いておかなければ不味いな……もしかしたら大臣と俺で陛下の嫁探しが始まるかもしれない。

 

「いや……エスデス将軍が恋をしたいと言っていたからな。余もした方が良いのかと考えてしまってな……」

 

「陛下……聞いた言葉ですが、恋とは落ちるものらしいですよ」

 

「落ちるもの?」

 

「ええ、落ちるものらしいです」

 

とりあえず陛下の嫁探しはしばらく先と言うのがわかっただけよしとしよう。

 

「不思議なものだな」

 

「はい」

 

恋人か……そういえばランは……独り身だったはず。

 

そして、護衛対象のチョウリ様には一人娘がいた。

 

………………まさかな。

 

ふと浮かんだ考えに内心苦笑しつつ俺は陛下と会話を続けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 知らせ

「久しぶりだな……レオーネ」

 

「将軍こそ久しぶりじゃん。聞いたよ……ナイトレイドのシェーレを捕らえたんだって」

 

「ああ……。その直後に警備隊隊員が何者かによって殺害されてしまったがな」

 

「らしいね。セリューだっけ? 殺されたの」

 

「ああ」

 

そんなことを話ながら帝都の通りを歩く。

 

「3日後にシェーレが処刑されることが帝都中に大々的に知らされたけど……それって」

 

「……大臣の独断だろ。遠縁を殺された腹いせを兼ねてのな」

 

「ふーん……腹いせね」

 

「ああ」

 

それと同時にナイトレイドの構成員たちの動きがあるかを探っているのだろう。

 

きっと処刑人も失っても痛くも痒くもない大臣にとってようなどうでもいいような奴が送られてくるだろうな。

 

もしかしたらナイトレイドの構成員がシェーレを助けに来るかもしれないから。

 

「捕らえたってことは独房に入れてんの?」

 

「いや……帝都警備隊の拘置所にいる」

 

「聞いた私が言うのもなんだけどさ……そうペラペラと喋っていいの?」

 

「問題ない。帝都警備隊の拘置所は帝都中に約百を越える数で存在しているからな」

 

中にはその場所が秘匿されているところもある。

 

故に問題ない。

 

「それに今日は忙しくてな……呑みに行く余裕がないんだが」

 

呑みに誘いに来たのだろうと思いそう言うが、レオーネからの返答は違うものだった。

 

「いんや、私も予定があったから誘おうとは思ってなかったよ」

 

「店の予約でも入ったのか?」

 

「んまあ……そんなとこかな」

 

そういう時もあるか……。

 

真面目にやっているところは想像出来ないが。

 

「……何か失礼なこと考えただろ」

 

「よくわかったな」

 

やはり勘は良いようだ。

 

じと目で睨んでくるレオーネ。

 

「失礼な奴だな。私だってやるときはやるんだぞ」

 

「その機会は滅多になさそうだけどな」

 

本当……いつやる気になるんだか。

 

なにぉ! と憤りながら軽く俺の肩を殴ってくるあたり……やはりレオーネはアウトローというか自由人のように思える。

 

立場に関係なく自身の物差しで世界を見れている。なんとも羨ましいことだ。

 

地位があるその地位から見える世界が優先されて自身の物差しで世界を見ているのか自身の地位から世界を見ているのかわからなくなる。

 

それ以前に……こう立場を気にしないでいられる相手はそういないから、心が休まる。とても貴重な時間だ。

 

「なに笑ってんだこの野郎ーっ!」

 

「落ち着け」

 

殴る力が強くなってきたので灸をそえるためにでこぴんをした。

 

バチンといい音が鳴る 。

 

思ったよりも威力が出ていたようだ。

 

「ぐおぉぉぉ……」

 

大袈裟に両手で額を押さえるレオーネ。

 

そんなに痛かったのだろうか?

 

「……お、おのれぇ……よくもやってくれたなあ~!」

 

恨みがましい視線で睨んでくるも涙目になっているので迫力と言うものがまるでない。

 

「そんなに痛かったか?」

 

個人的にはそこまで強くした覚えがなかったので少しばかり心配になった。

 

「痛かったぞ! ほら、見ろ! 絶対赤くなってるって」

 

びっと赤くなってる箇所を指で指し示すレオーネ。

 

確かにそこは赤くなっていた。

 

綺麗にその箇所だけなのでよほどピンポイントに決まったのだとわかった。我ながら感心するような精度のでこぴんである。

 

「赤くはなってるが……頭蓋骨は無事なはずだ」

 

「怖ッ! なにその発言……」

 

ビクッと両腕で自分の身体を抱き締めながらレオーネが後ずさる。

 

「いや……少し前にな……」

 

「いや、いい! 聞きたくない」

 

両手で耳を塞ぎ聞きたくないと態度で示しているが、一応言っておこう。

 

「……でこぴんしたら……相手の頭蓋骨がその部分だけ砕けたんだ」

 

ピシリッ! と空気が凍ったような音が聞こえた。

 

「そ、それて……マジ?」

 

「ああ……あれは俺も少しばかり焦った。相手は賊だったのだが、あまりにも喚くものだから煩くてな黙らせようとでこぴんをしたら……その結果だ」

 

生かしておけと言った本人が殺してしまうとか……あれは本当に失態だった。

 

ランも唖然とした表情で俺を見てたしな。

 

まさか……でこぴんで人が死ぬとか誰も予想出来なかったはずだ。

 

「そ、そんな……危険なことを私に……」

 

「安心しろ……ちゃんと砕けないレベルの力加減は出来ているはずだ」

 

「安心出来るかっ!? 本当は将軍って超級人型危険種なんじゃないの?」

 

「…………」

 

1人で超級危険種を狩れるのでレオーネの言葉を否定できない。

 

「……え……否定しないの?」

 

「いや……否定できる部分が少なくてな」

 

並の帝具使い相手なら素手でも鎮圧可能な上に1人で超級危険種を狩れるのでな。

 

「ま、まあいいや……それじゃ!」

 

それだけ言うとレオーネは逃げるようにして俺の前から去っていった。

 

 

 

 

ちょうどその頃。

 

元大臣であるチョウリの屋敷ではーーー。

 

「スピアちゃん。お湯は沸いた?」

 

「いえ、まだです。沸騰するまではもう少しかかりそうです」

 

護衛として派遣されたボルスがエプロンを身に付けながらスピアと一緒に料理を作っていた。

 

「じゃあ、お湯が沸くまでにお魚のつみれでも作ろうか」

 

「はい! ご教授のほどよろしくお願いします!」

 

礼儀正しくペコリと頭を下げるスピア。

 

「いやいや、私なんてそこまで上手じゃないから」

 

そう謙遜しながらもボルスの包丁捌きは乱れることなく正確に魚の皮を剥いでいた。

 

「そんなことないです! 私なんて……」

 

スピアの目の前には中途半端に皮の剥かれた魚。

 

「大丈夫よ、スピアちゃん! 私だって最初は下手だったけど妻と一緒に料理をするために練習して上手くなったんだもの。きっとスピアちゃんも出来るよ」

 

「そうですよね……武芸と同じで積み重ねが大事ですよね!」

 

うんとうなずくボルス。

 

護衛として派遣されたはずなのに何で料理を作っているのかというと……理由は簡単だ。

 

いつも料理を作っているシェフが腰を悪くしたため他に誰かが料理を作らなければならなくなったのだ。そこで妻子持ちであるボルスの名が挙げられたのが始まりである。

 

ランスロットの部隊にはとりあえず何か困ったことが起きたらボルスさんに相談しましょうという暗黙の了解が存在していた。

 

「いや~、見かけに寄らずいい男ではないか」

 

チョウリはボルスのことをそう評している。

 

「ええ、実際に部隊の中で一番兵士たちに頼りにされていると思います」

 

「ほお……ラン君がそう言うとは」

 

そんなことを話すチョウリとラン。その視線の先にはボルスに料理を教わっているスピアの姿がある。

 

おっかなビックリしながら包丁を動かしていくスピアに持ち方からちゃんと丁寧に指導するボルス。

 

その姿は完全に料理教室の先生と生徒のようであった。

 

「……非公式でボルスさんの相談室なんてものが一時的に存在してましたし」

 

「なんじゃそれは」

 

「私はまた聞きなので詳しいことは知りませんが……何でも恋愛相談から子育て、さらには上手な買い物の仕方まで相談出来るそうです」

 

それは軍人としてどうなのだ? と思わずにはいられなかったがチョウリは深く考えようとはしなかった。

 

深く考えても無意味な気がしたからだ。

 

「はぁ……明日には帝都に向けて出発するのにこんなにゆっくりとしてていいんじゃろうか?」

 

「いいんじゃないんですか? 帝都に着けばこうゆっくりとした時間は作れないかもしれないんですから」

 

「……そうじゃな」

 

帝都に着けば大臣との戦いが待っている。

 

それはまさに命懸けのものであり、自分の娘であるスピアも間違いなく自分の戦いに巻き込まれていくだろう。

 

娘には人並みの幸せを掴んで貰いたいが、スピアはチョウリを支えることを選んだ。

 

その事を嬉しく思う反面、チョウリは娘を巻き込んでしまうことに対して深く後悔していた。

 

いくら皇拳寺で免許皆伝の槍術を誇ろうともそれだけで生き残れるかと聞かれれば生き残れるとは答えられない。

 

「大丈夫ですよ。彼女は私が守ります」

 

「そうか……そうじゃな。弱気になったらいかんな」

 

チョウリが小さく笑みを浮かべる。

 

例え自分が駄目でも自分の意思を継いでくれる者がいるのだ。

 

「孫の顔を見るまで死ぬわけにはいかんよな」

 

「は、ははは……それは……スピアさん次第です」

 

好色爺のようにニヤリとしながら言うチョウリにランはちょっと気まずそうにしながら答えた。

 

「ホッホッホッ、親公認なのだから遠慮なんて要らんのだぞ?」

 

チョウリはそう言いながら覚悟を決めていた。

 

次代の者たちのために例え命を失うことになろうとも最後の最後まで戦い続けることを。

 

それが動くのが遅かった自分に出来る償いだと。

 

 

 

 

「何か異常はあったか?」

 

「いいえ。ありません。シェーレは大人しく本を読んでいます。今はサヨが近くで見張っています」

 

「そうか。休んでいいぞ。これからは俺がやる」

 

「はっ! 了解しました! 失礼します!」

 

敬礼をしてから去っていく見張りの兵士。

 

彼がいなくなると俺はシェーレが逗留されている場所に向かった。

 

「あ……将軍! お疲れさまです!」

 

サヨが敬礼をしながらそんなことを言ってくる。

 

「ああ、サヨもご苦労だった」

 

俺はサヨにそう言葉を返すと椅子に座り本を読んでいるシェーレに話しかけた。

 

「……調子はどうだ?」

 

「体調は悪くないです。足は痛いですが」

 

「…………」

 

「どうしました?」

 

返事をしなかった俺にシェーレがそう言ってくる。

 

「いや……受け答えはするのだな。てっきり黙ったままで口を開くことはないと思っていたからな」

 

「そうですか? 話せないこと以外は話しますよ」

 

首を傾げながらそう言うシェーレを見ていると本当に暗殺者なのかと疑いたくなる。

 

「そうか。まず、お前の処遇が決まった……死刑だ。執行は3日後」

 

それを聞いたシェーレは、特に恐れた様子もなく、そうですかとだけ答えた。

 

「慌てたりはしないんだな」

 

「ええ、覚悟はしてましたから。いつか自分も殺される時が来るだろうって」

 

やはりそうか。覚悟が決まっているからこそ慌てることはない。

 

「そうか……」

 

尋問しても喋らないだろう。なら、その分別のことをやるべきだな。

 

「サヨ……シェーレの世話を任せる」

 

「はい。わかりました」

 

もしかしたらサヨの記憶を取り戻す手助けになるかもしれない。少年はナイトレイドの構成員となってしまっているのだから、同じナイトレイドの構成員であるシェーレがサヨの失われた記憶を刺激するようなことを言う可能性がある。

 

それでも、ほんの少しの確率でしかないがやらないよりはましだろう。

 

尋問の結果を問われたら……チェルシーから流された情報を使ってナイトレイドが革命軍と繋がっていることを言えば問題ない。

 

3日後はナイトレイドがどう動いてくるかわからないが、シェーレ奪還に動く可能性は否定出来ない。そうなると来るメンバーはブラートは確実だろう。

 

インクルシオには奥の手として透明化がある。それを利用してシェーレの傍まで誰にも気づかれることなく移動してくる可能性は高い。

 

新しいパンプキンの使い手は怪我をしているからナジェンダ元将軍が来る確率が高い。アカメに関してはわからない。陽動に出てくるかそれとも出てこないか……。

 

「俺はこれからやらなければならないことがあるから行かせてもらう」

 

「はい。了解しました。あの……帝具の適性検査はどうすればいいですか?」

 

そういえば……使い手のいなくなったヘカトンケイルの新たな所持者になれる奴がいないか検査をするようなことになってたな。

 

すっかり忘れていた。

 

「なら今から行ってくるといい」

 

「え……でも……」

 

「気にするな。足を負傷しているのだから逃げられることはない」

 

今さら逃げようなどとは考えないだろうしな。

 

 

 

 

その日の夜。

 

「……ついにか」

 

元大臣であるチョウリ様が帝都に向かうとランから手紙が届いた。

 

大臣のことだから暗殺者を仕向ける可能性が高いからランとボルスを護衛として送った。さらに兵士もつけている。

 

これでそうそう遅れをとることはないと思うが……。

 

俺の方でも少し釘を刺しておいた方がいいかもしれない。

 

大臣のことだから邪魔な相手を葬るために帝具の使い手を送り込むだろう。まあ、羅刹四鬼の可能性も否定出来ないが。

 

だが、今はエスデスが帝都にいる。ならば、その部下である三獣士が行く確率が高い。

 

全員が帝具の使い手であり、その実力も保証されている。

 

「……どうするか」

 

帝具使い同士が殺意を持ってぶつかれば必ずどちらかが死ぬ。もしくは相討ち。

 

…………俺が直接迎えに行くか。

 

多少道の整備が必要になるが……そうも言っていられそうにはないからな。

 

同じ帝国の軍人同士で争うことになるのは避けたいのだが。

 

すでに内乱に近い状況になってきているのだ。

 

あまり戦力を減らしたくはない。

 

「はぁ……」

 

溜め息が出る。

 

本格的に大臣を今すぐ斬り殺したくなってくる。だが、そうすると他の奴らが好き勝手やり始める。

 

すでに好き勝手やっているのに大臣がいなくなると、そいつらが個々に動いて余計に面倒なことになるから殺るに殺れない。

 

何度この考えに辿り着いたことか……。

 

まあ、それも我慢するしかないと溜め息を吐きながら俺は西で異民族に睨みを利かせている部外に西の地の現状を知らせるように手紙を書くのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 迎えにゆく

シェーレが処刑されるまで後1日となった日のことだ。

 

「……あの、将軍……どうしましょうか?」

 

おずおずとサヨが困り顔で聞いてくる。

 

その原因は……ヘカトンケイルであった。

 

そう、帝具"魔獣変化ヘカトンケイル"にサヨが適合したからだ。

 

今はまだセリューが使用した奥の手の影響で起動はしていないが、サヨがセリューの代わりに使い手となった。

 

「せっかくだから使わせてもらえ。それは生物型の帝具だからコアを破壊されない限り無限に復活する」

 

「……はぁ、そうなんですか。でも、私が使っても……」

 

「そう言うな。適合してしまったんだからしょうがあるまい。まあ、盾が手に入ったと思っていればいい」

 

コアを破壊されない限り再生されるのだから、優秀な壁役となる。

 

実際、弓を主武装としているサヨにはちょうどいいだろう。

 

「盾……ですか」

 

「そうだ。前任はコロと愛称をつけていた」

 

「前任者ってことは……」

 

そうだった。サヨはセリューのことを知らないんだったな。

 

それに前任者って言われたことである程度の予測が出来ているのか表情が暗くなっている。

 

「……前任者は何者かによって殺害された」

 

未だに犯人についての情報はなく捜査は全く進まない。

 

チェルシーからもたらされた情報を元に悪徳商人、汚職文官らは次々と捕縛出来ているが、セリューを殺した犯人の足取りは全くつかめないのだ。

 

「……そうですか」

 

「ああ、だがサヨが気にすることではない。気にするなら明日の護送の方にしておけ」

 

「……将軍は邪魔が入ると思いますか?」

 

「どうだろうな」

 

確率で言えばそれなりにあるだろうがエスデスが帝都に戻ってきている今、エスデスとぶつかる可能性を考えて救出に来ないかもしれない。

 

全ては明日わかる。

 

 

 

 

翌日。

 

シェーレを乗せた馬車を囲むように俺とサヨ、数十人の帝都警備隊員が道を進んでいく。

 

帝都に造られた処刑場へと。

 

「将軍……」

 

「どうした?」

 

「…………何かおかしくないですか?」

 

「……気がついたか」

 

意外ではあるがサヨは中々に気配を読むのが得意らしい。

 

まあ、弓をメインとして使っているのだから索敵能力はそれなりに高いか。

 

「と言うことはやはり……」

 

「ああ……見られているな」

 

どうにも複数の視線をさっきから感じているのだ。警備隊員は気がついていないようだが。

 

その視線はサヨと馬車、俺に集中している。

 

それも市民が向けるような視線ではない。

 

暗殺者や狩人などがする対象を注視するような視線だ。

 

「どうします?」

 

判断を仰ぐサヨ。

 

その目に迷いはない。命令があればすぐに動くと言っているようだ。

 

「そのままにしておけ。俺たちの役割はあくまでも()()だ」

 

「わかりました」

 

これがセリューだったらサヨみたく素直にうなずかなかっただろう。

 

部下は素直に言うことを聞いてくれる存在が好ましいな。

 

仕事に私事を挟んでくると本当に扱いづらいのだから。

 

まあ、それでもただ単にはいはいと答えるような思考放棄は困るが。

 

「それにしても、何で気がつかないんですかね」

 

「そういう機会に恵まれなかったからだろうな。気配を読む必要がない環境にいたということだ」

 

「それもそうですね」

 

納得したようにうなずくサヨ。

 

そのまましばらく黙って歩いていると、目的の場所である処刑場が見えてきた。

 

ここまで来ると視線が消えた。大方、やらかす準備をしているのだろう。

 

「将軍、賊の身柄を渡していただきたい」

 

「わかった」

 

処刑人が兵士を2人連れてやって来た。

 

その処刑人の目は血走っており正気ではなく狂気に彩られている。

 

とてもではないがこいつが本当に処刑人でいいのか不安になってきた。だが、大臣が選んだ人材であり、多分失っても痛くも痒くもない人物であるのはすぐにわかった。

 

俺は目だけで警備隊員にシェーレを出すようにと促す。

 

警備隊員が俺の意思を汲み取り動き出すのを確認すると俺は処刑場へと視線を向ける。

 

処刑台はいたってシンプルであった。

 

ギロチンのみ。

 

牛裂きを命じる大臣が命じたにしては……なんとも優しく感じる。

 

「将軍」

 

「ああ。シェーレを引き渡したら撤収するぞ」

 

警備隊員がシェーレを処刑人に引き渡すのを見届けると俺は撤収しようと背を向ける。

 

「将軍は見ていかないんですか?」

 

そんな言葉が投げかけられた。

 

「ああ」

 

そう答える。処刑を見ている暇があるのなら俺はその分の時間を別のことに使いたい。

 

「なんともまあ、残念だ。そこの嬢ちゃんはどうだい? 今日は関節を1つづつ斬り落とし、最後に斬首って感じなんだけど」

 

「い、いえ! 結構です」

 

引き気味の表情で首を左右に振るサヨ。

 

「そうかい……残念だねぇ」

 

ニタリと笑いながら処刑人はそう言うとシェーレを連れて処刑台へと向かっていった。

 

「俺たちの役割はここまでだ。各員撤収する」

 

「はい!」

 

一斉に返事が返ってくる。

 

まともな精神をしているなら処刑の現場を見たくはないだろうから当然と言えば当然か。

 

シェーレの処刑は失敗するだろう。

 

ここに辿り着くまでに感じた視線の正体がナイトレイドのものであればの話ではあるが。

 

その方が俺としても都合がいい。

 

今はまだなるべくナイトレイド側に死者は出ないでもらいたいからだ。

 

理由は簡単だ……ナイトレイドが帝都に巣食う害虫を減らしてくれているからだ。それも、まだこちらの方では捕らえることの出来ない奴まで。

 

それらが粗方片づいたら消えてもらいたい。

 

というよりも本格的に消しに行くといった方が正しいか。

 

こんな考えをしているなんて……ほとんど大臣と似たり寄ったり出はないかと思ってしまう。

 

全く嬉しくないことだから余計に腹が立つが……。

 

 

 

 

「やっぱりか……」

 

宮殿に戻り、いつものように書類仕事をしているとシェーレが助け出されたとの報告が届いた。

 

三獣士もおらず単なる処刑人とその護衛の兵士しかいなかったのだから当然と言えば当然の結果だな。

 

三獣士ならば処刑を見に来ると思っていたのだが……来なかったとなると、別の場所に行っている可能性が高い。

 

すでに俺の思考は処刑のことから三獣士に対してのものに変わっていた。

 

大臣の用意した捨て駒同然の処刑人などのことはこの際どうでもいい。大事なのは三獣士の同行だ。

 

エスデスの部下である彼らはエスデスに絶対服従であり、その忠誠心も凄まじいものがある。

 

故に大臣のお願いをエスデスが了承していたら真っ先に動くのは彼らだ。

 

「……これはどうするかだ」

 

今、俺が手にしている書類には護衛の依頼があった。

 

少し先の話になるが大運河に停泊する竜船でパーティーが行われるのだ。それに参加する古株の文官からの依頼である。

 

大臣に抵抗する文官の1人であることから狙われる可能性が高く、俺に護衛の話が来たわけだ。

 

この話は受けようと思っている。久しぶりにチェルシーと直接会えるからな。

 

手紙ではどうしても情報が少しばかり古くなってしまう。

 

生の情報を得られる数少ない機会だからこのような機会を利用しない手はない。

 

それにボルスはわからないが、ランなら確実に参加するだろう。いずれ政界に出ると決めているのだから、ここで顔や名前を売っておいて損はない。

 

チョウリ様の護衛もやっていたのだから歓迎されるだろう。

 

元大臣であるチョウリ様の影響力は高い。特に古株の文官であるならばなおさらだ。

 

故にチョウリ様には無事に帝都に来てもらわなければならない。

 

「……さて、俺もそろそろ行くとするか」

 

帝都警備隊には俺がいない間に何か問題が起こった時の対処のしかたはすでに指示を出しているし、サヨについてはドクターが新しい武器を造ったらしくそれのテスターをやっている。

 

まあ、ドクターのことだからサヨの体格でどうにかなるような武器しか使わせないだろう。

 

ただ……サヨが帝具使いになることが確定してしまったのでその事で何かしらあるかもしれないから注意する必要がある。

 

大臣に何か吹き込まれないとも限らないしな。

 

 

 

 

同時刻。

 

ナイトレイドのアジト。

 

「おかえり……シェーレ」

 

「はい、ただいまです。マイン」

 

足を負傷しているため座っているシェーレにマインが涙を浮かべながら抱きついていた。

 

シェーレはそんなマインを微笑みながら抱きしめる。

 

「アカメもブラートもありがとうございます」

 

「おう! いいってことよ」

 

「ああ」

 

礼を言うシェーレにブラートとアカメは気にするなとばかりに笑いながら答える。

 

タツミ、レオーネ、ラバックはシェーレ奪還後はそのまま帝都での情報集めのためにアジトに戻っておらず、帰還は今日の夜となっていた。

 

そのため、現在アジトにいるのは顔がバレているメンバーだけであるものの実力の高いメンバーが多い。

 

元将軍であるナジェンダ、ナイトレイド最強と言っても過言ではないブラート、暗殺技術においてはブラートをも凌ぐアカメ。

 

並の相手ではまず相手にならないであろう面子である。

 

「それでだ……あいつ(ランスロット)に関して何かあるか?」

 

「はい……彼の部下にタツミと同郷の少女がいます。そして、彼女は帝具使いになる可能性があります」

 

「そうか……タツミには聞かせたくはないことだが、言うしかあるまい」

 

憎く思っていない同郷の者と殺し合う可能性がある。それは憎く思っていないだけより辛く厳しいものになるとここにいる全員は思った。

 

最愛であるからこそ(クロメ)を殺そうとしているアカメは他の誰よりもタツミのことが心配になってしまう。

 

自分のようにその覚悟を決めていない彼にとってそれはどれだけの負担になるのか、想像するのが難しくなかったからだ。

 

「出来れば……こっち側に来てくれるといいのだが」

 

ポツリと言葉をこぼすアカメ。

 

ついこの前まで一般人であったタツミのことを思ったからこその言葉であった。

 

「ああ、そうだな。だが、それも難しい。少なくともランスロットが上司ならばこちら側に来る可能性は低い。これが悪どい卑劣漢だったら話は変わったんだがな」

 

煙草に火を着けながらナジェンダがそう言う。

 

「そうですね……帝国内で最も人気のある将軍ですし」

 

「大臣に対して表だって敵対しているから大臣を嫌う奴からは自分たちの代弁者のように感じてんだろ。不正を犯す文官や悪徳商人を捕まえて、そいつらが所持していた金は民に返すか国の公共事業用にしか使ってないからな」

 

シェーレやブラートが言った様に民からの人気は高い。

 

そして、そんなランスロットが忠誠を誓っている皇帝は幼さゆえに大臣に騙されているがすごい人物であると認識されている。

 

それはランスロットが皇帝が望んでいることを帝都から出た先々で話したりしているからであり、特にランスロットの部下である兵士たちが在中している西の地では、他の何処の地よりも皇帝に対して良い印象を抱いている。それこそ、革命軍が入り込む余地がないほど。

 

「それだけ聞くといなくなった時の反応が怖いわね」

 

「ああ。実際にランスロットがいなくなると奴の部下たちが暴走する危険性がある。あいつらは基本的にランスロットに心酔している。それも、奴のためなら命を捨てられるくらいにな」

 

マインの呟きにナジェンダは煙草の煙を吐き出しながら答えた。

 

「だな。帝国で最も堅牢な部隊であり、個々の技量も高く、弱兵が多い帝国軍内にて唯一末端の兵士ですら1人で最低でも2級危険種を狩れるぐらいの力量がある」

 

「革命軍にも大臣にも目の上のたんこぶのような厄介な相手だ」

 

ブラートとアカメは口々にそう言う。

 

わかっていることだが、口に出して再確認することでより厄介な相手であると認識を改める。

 

いずれは殺り合うことになるのだから。

 

 

 

 

「……こんなものか」

 

俺は襲いかかってきた土竜をパルチザンで縦に真っ二つにする。

 

チョウリ様たちと合流するために進んでいるところで襲われたので普通に返り討ちにしたが、その死体の処理に困る。放置しておくと他の危険種の餌となってしまうから処分しなくてはならないのだが……。

 

「……仕方がない。後でボルスに燃やしてもらうか」

 

合流したらまたここを通るのだからその時に処理しよう。これが特級危険種であるエビルバードだったら近くにある村などに持っていってもよかったのだがな。

 

俺はパルチザンにこびりついた土竜の血を払い落とすとパルチザンを背負って移動を再開する。

 

いつ合流できるかわからないが、焦ることなく気持ちに余裕を持っていこうと思う。

 

焦りなどは精神を追いつめ、視野を狭くするだけでなく思考すらも縛りつける。

 

平常心を保ち続けることこそ必要であり、必須。

 

そうでなければすぐに足元を掬われる。

 

「……竜船のことも伝えておくべきだな。そこならおいそれと大臣側の奴は侵入出来ないだろうしな」

 

油断せずにいかなくては。つ1つの油断が全てを無に帰すのだから。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話 せまりゆく

「わざわざ迎えに来てくれるとはな」

 

帝都を出発してから2日後に無事チョウリ様たちと合流することが出来た。

 

「いえ、万全を期しただけです」

 

「いや……ラン君にボルス君と護衛の兵士たち彼らだけでも十分じゃよ」

 

現在は近くの村に立ち寄りそこで休憩させてもらっている。

 

村長には手間賃として適当に狩ってきた2級危険種を数匹ほど渡してある。代わりに少しばかりの酒をもらったが。

 

「そうですか。……それにしてもランとスピアが結婚することになっているとは 」

 

まさか、結婚することになっているとは思いもよらなかった。付き合ってたりはするかなと思っていたのだが……。

 

「ホッホッホ……まあ、スピアの方は一目惚れだったようじゃがの。それからたどたどしいアプローチの末にラン君の気持ちをゲットしたんじゃよ」

 

髭を撫でながらそう言うチョウリ様の顔はおもいっきりにやけていた。

 

「そうですか。それなら俺も安心です。気づいていると思いますがランは復讐者でもあります。普段はそのような面を見せませんが」

 

「わかっておる。だが、その心配はあるまい……目標も定まっておるし、スピアがおる。復讐を終えたとて燃え尽きたりはせんよ。仮にそうなってもワシが背中を押してやるしの」

 

先ほどとは違いキリッとした表情。そして、その目に写る意志の強い輝き。

 

この人にランを会わせてよかったと心から思える。

 

「その時はお願いします」

 

「うむ。任せておくれ、それも義父の役目だ」

 

俺とチョウリ様の視線の先には炊き出しの指揮をとるボルスとその手伝いをしているランとスピアの姿がある。

 

休憩だけのはずだったのだが、いつの間にかそうなっていた。

 

痩せ細った子どもたちの姿を見て、動かずにはいられなかったのだろう。特にランは帝都にある孤児院で時折子どもたちに勉を振るっているのだから、その子たちのことが頭に過ったのだろう。

 

実際、この村は本当に寂れている。子どもだけでなく大人も痩せているのだから。

 

「時間がかかりそうですね」

 

「そうじゃの。だが、悪いことでない」

 

「ですね。……俺も少し貢献してきます」

 

俺は近くの兵にチョウリ様の護衛を任せる。

 

「どこへ行くのだ?」

 

歩き出した俺の背にチョウリ様がそう声をかけてきた。

 

「毛皮と肉の調達ですよ」

 

これからも寒さが続くのだから少しでも暖をとれるようにするために、同時に陛下への心象を少しでも良いものに変えるためにな。

 

それから、三メートル台の熊2匹と二メートル台の猪を5匹ほど狩ってから俺は村へと帰還した。

 

その際にはとても驚かれたが。村の人たちのみに。

 

 

 

 

結局、1日を村で過ごしてから出発となった。

 

「……またか」

 

そして、村を出てから数回目の襲撃。

 

「そのようじゃな」

 

隣に座っているチョウリ様も俺と同様の溜め息を吐いた。

 

護衛として同じ馬車に乗っているのだ。

 

ちなみにスピアとランは別の馬車だ。ボルスは外である。

 

さすがに大型の帝具であるルビカンテを馬車の中に入れるのは無理があったためだ。

 

外に目を向ければ……幾人もの火だるまが見える。

 

ルビカンテによって燃やされたのだ。

 

全身を焼かれ苦悶の声を上げながら息途絶えていく姿に賊と言えども、なんとも言えないような気持ちにさせられる。

 

燃やせと命令をしただけの俺でこうなのだから、直接相手を燃やしているボルスの心労は如何程のものか……。

 

常人であれば当に気が狂っているだろう行為を行いつつも、狂うことのない精神力の強さ。

 

だが、限界がないわけではない。いつかふとした切欠で崩れるかもしれない。

 

そうなる前に軍を辞めさせて、他の何か別の仕事をさせるべきではないかと考えてしまう。

 

友人としてなら辞めてもらいたいが、将軍としてなら軍人を続けてほしいと思っている。

 

……ままならないものだ。

 

 

 

 

「チッ……こりゃあ戻るしかねぇか」

 

「そうだな」

 

「仕方がないか。……あーあ、エスデスに何て言おうか」

 

チョウリ一行を乗せた馬車を見ながらそう話す3人組。

 

その3人は三獣士と呼ばれるエスデスの部下。

 

ダイダラ、リヴァ、ニャウである。

 

1番体格がよいのがダイダラ。最年長でまとめ役であるのがリヴァ。そして、1番小柄で少年のように見えるのがニャウ。

 

着ている服はお揃いのものであり、三獣士の制服でもある。

 

「ありのままのことを伝えるしかあるまい」

 

「だよね~」

 

「あの将軍を殺せれば間違いなく最強になれるだがなあ」

 

リヴァとニャウがチョウリ一行を見ながら話しているのに対してダイダラは無念そうにぼやいていた。

 

最強を求めているダイダラにとって人殺しは経験値集めと同義であり、膨大な経験値を稼げるであろうランスロットを討ち果たそうと思ってしまうのは仕方のないことなのだ。

 

そのことをよく知っているリヴァとニャウは特に責めることなくいつものことかと聞き流していた。

 

「我々も戻るぞ。このことをエスデス様に報告しなければならない」

 

「だね」

 

「そうだな」

 

リヴァの言葉にうなずき、ニャウとダイダラはリヴァを間に挟んで帝都に向かって歩み出す。

 

ニャウは愉快そうに笑みを浮かべながら、ダイダラは不完全燃焼故の釈然としない表情、リヴァは趣味である料理の隠し味は何にするかを考えながら。

 

背丈や歳もバラバラだが3人は確かな絆と呼ばれるもので繋がっていた。

 

エスデスという強大な存在に惹かれたもの同士としての……。

 

 

 

 

それから更に幾日か経過して帝都に辿り着いた。

 

チョウリ様はかつて帝都に住んでいたときに使用していた屋敷に立ち寄ってから宮殿に向かい、陛下と謁見した。その際に俺は同伴することなく代わりにランが同伴している。

 

スピアは元から連れてきた護衛の兵士たちと共にこれから住むことになる屋敷の点検を行っている。かつて住んでたとは言え、最低限の管理を行うに止めていただけなので、屋敷に何か欠陥が起きていないかを確かめているのだ。

 

そして、俺はというと……。

 

「将軍が帝都に戻ってくるまでの間にあったことを報告させていただきます」

 

「ああ」

 

帝都を留守にしている間に起こった出来事に対しての報告を聞いていた。

 

「それでは……先ず、将軍に指示されていた悪徳商人や文官の捕縛及び賊の討伐は全て終了しました。その時に死者は出ておりません。負傷者もほとんどが軽症で1番酷くても骨折です」

 

「そうか……ご苦労」

 

「続いて、治安維持のために帝都に出稼ぎに来る者や旅の武芸者、旅行客用に帝都の案内書を作成したので目を通していただきたいのですが」

 

「待て……これは俺の管轄なのか? 治安維持のためにならわかるが、案内となると別の部署の管轄だと思うのだが」

 

「はい、これは以前からあった話なのですが……初めての帝都に来た者たちのスリの被害や宿をとれずに野宿をすることとなる者たちが多く、そんな彼らからの陳情が重なり、今回の案内書のことが起こりました。そして、不正を行っていた文官らが少なくなったことで邪魔のいなくなったセイギ内政官らが話を内密で進め、ここまで作り上げ治安維持のために帝都警備隊の力を借りたいと、それで将軍の許可が欲しいそうなのです」

 

…………内密ということは陛下にも伝えていないことは確実だ。おそらく俺がこれを採用ないし認めたら、この話は通るだろう。

 

目を通した限り案内書には宿から飲食店、武具などを取り扱っている店の数々やその店ごと

紹介文が一言二言書かれている。

 

「書かれていることに不自然なとこはないか……広告料は取っているのか?」

 

「はい。これらの案内書の製作料は各店舗から少しずつ集めています。同時にこのお店はちゃんとした店であることの証明にもなりますので」

 

「……国からこの店は健全であると太鼓判を押されているようなものだから金を出し渋りはしないか」

 

「はい。むしろ金を多目に出すから掲載頁を多くしてくれとの声もありました」

 

上手く行けば出した金額よりも多く収入を得られるからか……。

 

「とらぬ狸の皮算用にならなければいいがな」

 

「それは運次第かと」

 

確かにそうだ。結果なぞ出てこなければわからない。

 

「……報告は終わりか?」

 

「はい。それで、案内書はどうしますか」

 

「特に問題はないからやるとしよう。警備隊の人数を増やす必要があるから隊員の募集をしなくてはな」

 

警備隊隊員は募集すれば応募者は簡単に集まるだろう。

 

スラム出身であろうとも構わないと明言しておけば確実に多くな。

 

後はその集まった中から選べばいい。

 

「了解しました。手配しておきます」

 

「ああ。セイギ内政官らにはよろしく言っておいてくれ。それと大臣には伝えているのか?」

 

「いえ、オネスト大臣にはこれから伝えるそうです」

 

「わかった」

 

伝えていたらすぐに潰されそうだしな。そして、これを大臣の都合のいい奴に改変されるのが目にみえてわかる。

 

だからこそ伝えなかったんだろう。

 

文官の連続殺人事件が起こる最中よくやったものだ。これについての報告は帝都に戻ってきてからすぐに知らされた。

 

ナイトレイドによる天誅と書かれた紙を犯行現場に残していることから犯人が別人であることはすぐにわかる。

 

今までナイトレイドに行った犯行の中に1度もナイトレイドによる天誅と書かれた紙を現場に残していくことなどなかったのだから。

 

大方、これでナイトレイドを釣ろうとしているのだろう。

 

ナイトレイドを狙えるとなるとそれなりの実力者……つまり帝具持ちに他ならない。

 

まあ、死した文官らの傾向から犯人は大体想像がつく。ブドー大将軍の庇護下にある文官が被害者なのだから。

 

殺れる人間は少数。そして、それが可能な人物は……。

 

 

 

 

革命軍本部。

 

「竜船に行くメンバーを募りたい。目的は新たな仲間を集めるのと情報収集だ。西側に我々の入り込める余地のない以上北と東は確実にこちら側に引き込まねばならない」

 

そう言うのは革命軍の幹部の1人であり、同時に革命軍の創設者の1人でもあった。

 

この場には現在革命軍が動かせる面子が揃っており、その中にはチェルシーの姿がある。

 

当然、竜船でランスロットと直接会う予定であるチェルシーは我先にと名乗りを上げる。今、ここにいる面子は帝具のことを抜きにしたら彼女にも負けず劣らずの潜入スキルを持っており、先に言わないと自分は別の場所に行かされる可能性があった。

 

「それなら私が行くよ。万が一があっても帝具があるからさ」

 

チェルシーは棒つきキャンディーを口に加えながら片手に持った化粧品箱を強調する様に掲げる。

 

変身自在ガイアファンデーション……それが彼女の持つ帝具。

 

帝具の中でも直接的な戦闘の無い物であり、一騎当千とは言えないが変幻自在の名が示すように使用者の姿形をあらゆる存在に変化させる。

 

それこそ本物と区別がつかないほど精巧に。

 

それにより彼女は幾多もの暗殺を成功させてきた。

 

故に彼女が竜船に乗り込むことに反対するものはいない。彼女以上の適任者はいくら帝国広しと言えど帝具の存在がある以上いるはずもないからだ。

 

「チェルシーは決定として他には……」

 

それから立候補者や推薦されるなどして次々と竜船に乗り込む者たちが決まっていく。

 

チェルシーは決まっていく彼らの顔を1人1人名前とともに鮮明に覚えていく。

 

―――普段は中々会う機会もないんだからこういうところで出来る女をアピールしないと。

 

もし、自分よりも能力が高く、使える人材がいたら? そのことを考えると気が気ではなかった。帝国は広い今なお在野には表にでないだけで優秀な者はたくさんいるだろう。

 

それこそ、自分の上位互換といえるような技術を持つ人物も。

 

帝具がなければ自分よりも上の人間はたくさんいる。そのことを潜入した先や革命軍の本部の中でたくさん見てきた。

 

だからこそ彼女は役に立たないかもしれなことでも知らせようとするのだ。

 

自分の価値を彼に認めさせ続けるために。

 

何よりも彼の懐刀は副官や西の地にいる部下たちではなく他ならぬ私であると。

 

そう胸を張って言えるように。

 

私こそが彼の懐刀。それだけは誰にも譲れない。

 

革命軍のメンバーを見渡しながらチェルシーは帝都にいるランスロットへと思いを馳せる。

 

―――ふふっ、あなたの懐刀は今日もあなたのために頑張ってますってね。

 

そして、彼女は竜船の中で語るべき事柄について脳内でピックアップし始めるのであった。

 

 

 




すいません、大幅に遅れました。これからしばらくの間更新が不定期なりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話 流れゆく

「おい、お前の部下である帝具使いを借りたいのだが」

 

エスデスが執務室の机の上に腰かけて、足を組ながらそう言ってきた。

 

「それだけではいと言えるわけないだろう。ちゃんと話せ」

 

「まあ、そうだな。……帝具使いには帝具使いをということで帝具使いを集めた部隊を設立することになった。そのメンバーにお前のところの帝具使いが欲しいのだ」

 

「……以前俺が言った時は大臣に拒否されたのだが」

 

「当然、お前も参加だ。断るわけあるまい」

 

俺が参加することは当然として話されていたのか。

 

俺は内心で小さく溜め息を吐いてから言う。

 

「……で、何人だ? 俺のところにいる帝具使いは3人。エスデス将軍のとこも3人。合わせて6人……それだけか?」

 

「いや……大臣が後、3人の帝具使いを集めてくれるから9人だ」

 

現在判明しているナイトレイドの帝具使いの3倍か。

 

シェーレの使っていたエクスタスはこちら側にあるから、戦力の低下したナイトレイド相手には十分だろう。

 

判明している6人の帝具はすべて戦闘能力のあるもの。そこにエスデスが加わるだけで完全に過剰戦力と言えなくもない。

 

事実、6対1であろうともエスデスが勝つ。

 

「……過剰だな」

 

「いいではないか。人数を少なくすると足元を掬われかねないのだ……相手にはナジェンダがいる」

 

「確かにナジェンダ元将軍なら予想外の手を打ってくる。人数が少なければ逆にやられかねないか」

 

「ああ……将軍としてのあいつは認めていたからな」

 

被っている帽子のつばを右手で掴み、位置を調節しながらエスデスはそう言った。

 

「……そうか」

 

その認めていた相手の腕を凍らせたあげく砕いた本人だが、何かしら思うことはあるようだ。

 

今なお帝国にいれば確実にナカキド将軍を越える戦上手であっただろう。

 

「とりあえず、用件はその新設部隊のことだけか」

 

「ああ。大臣が伝えるよりも私が言った方が良さそうだったからな」

 

「正解だ。俺と大臣は相性が悪すぎる……それこそ、今この場で殺そうと動き出したくなるくらいには」

 

「……物騒なやつだ」

 

少なくともお前にだけは言われたくない台詞だな。

 

拷問好きに物騒と言われるほど物騒なことは言ったつもりはない。

 

「…………」

 

「なんだ? その私だけには言われたくないって顔は」

 

「その通りだ。拷問よりも物騒なことではないぞ」

 

「……ふん」

 

そう言うとエスデスは拗ねたようにそっぽを向いた。

 

返す言葉がないのだろう。だからそっぽを向いたのだ。

 

これから行かなくてはならない場所があるからさっさと行きたいのだが……持っていくものがエスデスの下敷きにされているのでどうにも出来ない。

 

結局、俺が執務室から出ていけたのは約1時間後のことだった。

 

 

 

 

予定よりも時間が大幅に遅れたため結局行こうしていた場所には行けなくなってしまった。

 

行こうとしていた場所は竜船の定着する船着き場だ。

 

下見だけでもしておきたかったのだが……時間的に無理となってしまった。

 

「……仕方がないか」

 

溜め息を吐きそうになるが、それは内心だけに止めて外には漏らさない。

 

ランは当日、別の場所でやるパーティーにチョウリ様と婚約者のスピアと行くことになり、竜船には来ないことになった。

 

ボルス一家は劇を観に行くそうだ。

 

ランやボルスがいない方がチェルシーと会うのにはちょうどいいのだが……。

 

少なくともまだ2人に話す時ではない。

 

話すとしてもチェルシーが完全にこちら側に戻ってきたときだ。

 

あの2人の口から漏れるとは思わないがどこでチェルシーの存在がバレるかわからない。

 

俺の懐刀であるだけにその存在は悟らせたくない。特に大臣に知られると帝具のこともあり狙われる可能性が極めて高い。羅刹四鬼は対帝具戦を何度もこなしている。

 

そして、その技量も高い。まずチェルシーに勝ち目はない。

 

もっとも竜船には羅刹四鬼は来ないとみている。

 

大臣は彼らをこんなことには使わないからだ。他にも使い勝手のよい手駒ならいくらでもいる。それこそ使い捨ての駒などだ。

 

「……さて、パーティー用に服を用意しないとな」

 

今持っているの少し古くなっているので買い換え時だろう。

 

それに……少しでも見映えをよくしておかねばな。

 

大運河……全長2500㎞。

 

これを完成させるために帝国は100万人の民衆を動員し、わずか7年という短い期間で工事を終える。

 

本来であれば7年という短い期間ではなく何十年とかけてやるべき工事だ。

 

期間が短いほど民への負担は大きく、それが帝国への不満をさらに高めた。

 

長い目で見れば運河は流通の動脈として間違いなく機能する。

 

だが、それも帝国ありきのこと。

 

良識派は長い目で見すぎた。

 

大運河の工事が原因で革命軍側に行った者たちも少なくはないのに……。

 

無能な味方は時には強敵より厄介だ。つくづくそう思う。

 

今、良識派に必要なのはこれからの先のことを考える若者だ。

 

良識派の古株は高齢者が多く、いつ寿命を迎えるかわからない。

 

新しい風を入れなければならないのだ。

 

今こそ大臣のせいでそういう若者が少なくなっているが、きっと現状を打開しようと思っている者も多いはず。

 

そんな若者たちに見捨てられたらこの帝国は完全に終わりだ。

 

「……とうしたものか」

 

悪い未来しか想像出来ないことに対して溜め息を吐きつつ俺は呉服屋に向かうのだった。

 

 

 

 

それから数日後の今日。

 

俺は竜船の中にいた俺に護衛の依頼をした本人は数人の護衛に囲まれながらワイングラスを片手に商人と会話をしている。

 

「………………」

 

俺は船内ホールの全体を見渡せる場所の壁に背を預けながら護衛対象の周囲を見やる。

 

不自然に気配を隠している者や明らかに挙動のおかしい者はいない。

 

今のところは……と言葉の最後につくが。

 

袖口やネクタイに仕込んだ暗器の調子を確かめつつ接触があるのを待つ。

 

手に持ったグラスの中身を飲みつつゆっくりとした時間を過ごす。

 

ホール内に流れる音楽に耳を傾けながら今のことを考える。

 

思えばこんな風にゆっくりとしているのはいつ以来だろうか?

 

飲んでいるものは酒ではなく果実の生搾りだし、酒の入っていない飲み物はお茶や水以外ではかなり久しぶりだ。

 

今回のパーティー用に新しく用意した服は今度いつ着るのだろうか、と考えると本当にいつになるのだろうか?

 

着るようなことは中々に起こらないだろう。

 

パーティー用なので他のことには使う気が起きないし……。

 

そんなことを考えていたら俺の方に真っ直ぐに向かってくる人影が見えた。

 

ごてごてとした装飾の無い、シンプルな赤いワンピースタイプのドレス。

 

翡翠色の宝石の付いたネックレスを身に付け、髪をおろし、軽く化粧をした女性は俺の目の前に来ると小さく微笑んだ。

 

「久しぶり」

 

「ああ……手紙のやりとりをしていたがこうして直接会うのは本当に久しぶりだな……チェルシー」

 

「うん。名前で呼んだ方がいい? それとも役職?」

 

「そうだな……役職の方で呼んでくれ。プライベートなら名前でいいんだが……今は護衛の最中だしな」

 

最も……チェルシーと会うために利用させてもらってるが。

 

その事はチェルシーもわかっているから、クスリと小さく笑った。

 

「ふふ……悪い人ね」

 

「善人であるつもりはないさ……善人ぶったところで偽善者がいいところだ」

 

「そっか。それもそうよね……私たちは決して善人にはなれないもの」

 

「大を生かすために小を切り捨てる選択をしている時点でな」

 

自分の意思で切り捨てるものと生かすものを決めたときからすでに俺たちは善人にはなれなくなった。

 

「……何人来ている?」

 

「私を含めて5人。私は帝具の関係もあって将軍の目を引き付けておく役目。他は勧誘で1人はこのホール内にいるわ」

 

「そうか。……何か俺から聞いておく必要のある情報はあるか?」

 

そう聞くとチェルシーは少しばかり口を閉じて、考え始める。

 

「あんまり正確な情報過ぎても疑われちゃうから困るのよねぇ」

 

「確かにな……そうなると……」

 

帝具使いだけで構成された特殊部隊についての話がいいだろう。これはそう遠くないうちに発表されるはずだ。

 

「なら、帝具使いだけで構成される部隊でどうだ? これはそう遠くないうちに発表されるはずだからな」

 

「それか……それなら問題ないかな。人数は?」

 

「エスデスを含め帝具使いは10人だ。三獣士に俺の部下の帝具使い3人と大臣が集めた3人だ」

 

「うわぁ……過剰戦力……これじゃあナイトレイドが潰されそうじゃない」

 

軽く引いたような表情をしながらチェルシーはそう呟く。

 

戦力は現在判明しているナイトレイド側の帝具使いの人数の半分を軽く越えて3倍ほどだ。

 

パンプキン、インクルシオ、村雨、エクスタス、その四つのうちのエクスタスはこちら側にあるので3つしかナイトレイドにはない。

 

仮に他にも帝具使いがいるとしても10人を越えることはないだろう。

 

ナイトレイドは革命軍の中の暗殺チームの1つでしかない。

 

そこに一騎当千と吟われる帝具貴重な帝具の所持者を全部入れるかと言われたら否だ。

 

当然、革命軍の本隊に入れる分の戦力は残しているはず。

 

「……ナイトレイドのメンバーは全員把握しているか?」

 

「ううん。ナジェンダ、アカメ、ブラート、シェーレの4人だけしかわからない。私は別のチームだったから他のチームのメンバーまでわからないわ。チームが壊滅したとかの情報ならすぐに流れるけど」

 

「……となるとこちらが処理した方がいいか。エスデスには悪いが三獣士には消えてもらおう」

 

「三獣士を? 大臣が集める方じゃなくて?」

 

ああ、と俺はうなずくとグラスの中身を一気に飲み干してから言う。

 

「大臣が集めるとなると必然的に立場の低い者になる。一部例外も存在するがな」

 

「ふーん……でも、それなら三獣士を始末してエスデスと明確に敵対するのは今はマズイんじゃない」

 

確かにチェルシーの懸念は最もだが……エスデスとは大臣を本格的に討とうとしたときに確実に殺り合うことになる。

 

「先のことを考えるなら三獣士の方がナイトレイドよりも厄介だ。3人とも軍勢を率いることに馴れている。特に元将軍であるリヴァはエスデスの右腕と言っても過言ではない」

 

「ってことは最優先に消すのはそのリヴァ元将軍かな」

 

「ああ。他の2人はリヴァほど厄介ではない。ナイトレイドのアカメ、ブラートの2人のどちらかとぶつかった時点で終わりだ」

 

「100人斬りのブラートに帝国最強の暗殺者の2人が相手じゃそうなっちゃうか」

 

ナイトレイド側の最高戦力の2人だ。並みの者では勝つことは不可能。

 

「そうだ。だから、リヴァの暗殺を頼みたい。少しでも無理だと感じたらすぐに止めて構わない。お前を失いたくないからな」

 

「う~ん……その台詞は別の場面で言って欲しいかな。あなたの懐刀からの吉報を楽しみにしててね? 」

 

はにかむ彼女に俺は小さく笑みを浮かべる。

 

「……期待して待ってるぞ。我が唯一無二の懐刀」

 

そして、俺たちは近くを通りかかったウェイターから飲み物の入ったグラスをもらい、乾杯とグラス同士を軽くぶつけて話を先ほどまでのとはまったく違う一般的なものへと変えるのだった。

 

幸いにも久々の会話なので話の種に尽きることはない。

 

それに……パーティーはまだ始まったばかりなのだ。時間はまだまだある。

 

 

 

 

「もう少しで都市部を抜けるか……」

 

頬杖をついたリヴァが竜船の客室に備え付けられた窓から外を眺める。

 

「そっか。なら、そろそろ演奏を始めようか」

 

リヴァの対面に座っているニャウが笛を持ち、演奏を開始する。

 

その笛は聴いた者の感情を自在に操作する帝具。名をスクリームと言う。

 

戦場の士気高揚用ととして知られているが、実のところ操れる感情は数十種類に及ぶ。

 

何度も聴くことで曲に耐性は出来る。

 

当然、三獣士には耐性が出来ており効果がない。

 

「そんじゃ、俺は行くぜ! このまま隠れてるのもダルいからな」

 

客室から出て行こうとするダイダラにリヴァが待ったをかける。

 

「少し待てダイダラ。目撃者は少ない方が楽だ」

 

「チッ……しゃあねぇか」

 

リヴァの言葉にダイダラは舌打ちしながらも素直に従った。

 

明らかに不満そうだが、リヴァの言っていることは正しいので素直に従ったのだ。どちらにしろ自分は殺しによる経験値を稼げるのだからと。

 

ニャウの奏でる笛の音に耳を傾けながら静かに時が来るのを待つ。

 

欲望の炎を激しく燃やしながら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話 船上をゆく

ホール内に笛の音が聴こえ始めてきた。

 

それから徐々に異変が起こり始める。

 

乗客たちが次々と虚ろな眼で座り込んだり、床に倒れ出したのだ。

 

「っと……大丈夫か?」

 

がしゃんとグラスの砕ける音がする。

 

そして、チェルシーが俺の胸元に倒れてきた。

 

「あはは……少しばかりキツいかも」

 

「そうか」

俺の片手でチェルシーのことを抱き止めながら彼女の頬に手を当て顔を俺の方に向ける。

 

顔色は悪くない。

 

恐らくこの音色を聴いた者にしか効かず精神を蝕むタイプの力だろう。

 

床に座り込む人々が口々に「やーめた」や「どうでもいい……」と言葉を発していることから感情にも効果があるようだ。

 

これは帝具の力で間違いない。それも三獣士だ。

 

エスデスの目もなく三獣士が一般人を無力化してくれたので堂々と始末することが出来る。

 

そして、肝心のチェルシーだが……。

 

「っ! 耳を塞いでも聴こえてくるか……厄介だなあもうっ! 寄っ掛かってる私が言うのも何なんだけさ……何でそんな余裕なのよ……」

 

理不尽だとばかり訴えてくるチェルシーに俺は苦笑しか返せない。

 

「これでも一応、効いてはいるんだぞ? ただ、似たようなことをしてくる超級危険種を何度か討伐してるからある程度は耐性があるんだ」

 

「……ああ、うん……そうよね。元々理不尽の塊みたいな人だったから馴れてるのね。私が間違ってたわ」

 

「……それでだ……動けるか?」

 

「うん。一応ね……さすがに普段通りとまでは行かないけど」

 

俺から離れるとチェルシーは身体の調子を確かめるように手を握ったり開いたりしている。

 

「そうか……なら、今回は暗殺を見送るか?」

 

「いや、やるよ! エスデスが近くにいないこの好機を逃したくない」

 

「…………わかった。先ずは他の三獣士の誰かを仕留める。仕留めた方に変装してリヴァに近づけ」

 

「手伝ってくれるの?」

 

不思議そうに聞いてくるチェルシー。

 

「ああ、難易度の高いものを頼んだからな。それにこの場にある戦力を使わずしてどうする? 暗器だけでも十分仕留めることは可能だ」

 

「そっか……ならお願いしようかな」

 

「任せておけ。確実に成功させる」

 

三獣士は俺が竜船にいることを知らない。

 

「それじゃ、私も準備しなくちゃね」

 

ボンッ! と音がすると同時にチェルシーの姿が変わる。

 

金髪碧眼の少女のものへと。

 

「やはり……厄介な帝具だな」

 

「そお? 他にももっと厄介な帝具はあると思うけど……」

 

「いや、俺個人としてはガイアファンデーション以上に厄介な帝具はない。それは使い方次第ではそこら辺にいる浮浪者でさえも国を滅ぼすことが可能だ」

 

国のトップに変装すればそれだけでその国を手に入れたと同義だ。

 

「またまた~……そんなのほぼ不可能に決まってるじゃん! 」

 

「ほぼ不可能だからだ。完全に不可能ではない……もし、チェルシーがそれを手にしていなかったら俺は破壊する心算だった。大臣が手に入れていたら確実にもっと危険な事態になっていたはずだ。それこそ俺は革命軍に入ることも考えざるをえないぐらいにはな」

 

人と人との関係を容易く壊すことのできる帝具。俺にとっては直接的な破壊力を持つ帝具よりもこれの方が恐ろしい。

 

誰が味方かも完全にわからなくなる。これほど恐ろしいものはない……。

 

「……でも、そうしたら皇帝の臣下ではいられなくなっちゃうわよ」

 

「その時はその時だ。そうなっていたら革命が成功するようにフリーの殺し屋としてエスデスの首を狙っていただろうな。エスデスの首を対価に陛下の助命を嘆願するために……。まあ、これもチェルシーがガイアファンデーションを手にしていない上に大臣側にあった場合の話だ」

 

すでに起こりえないもしもの話でしかない。

 

「……想像するだけで狙われた人が可哀想になるわね。逆に他の暗殺者から狙われるんじゃない」

 

「そうなったらそうなったらで仕方があるまい。フリーの殺し屋として動いていたなら枷なぞ無いに等しいからな」

 

「そういえばそうだったわね。あの剣を使ってるのと使ってないとじゃ雲泥の差だものね」

 

「そうだな。……革命軍もしくはナイトレイドを本格的に潰すときは使うことになるだろう」

 

それ以外では超級危険種を相手にするときぐらいか。

 

ホールの出入口へと歩を進め、扉の取手を握る。

 

「……殺るぞ」

 

「勿論。将軍の懐刀は伊達じゃないってのを見せてあげる」

 

「ああ、期待してるぞ」

 

ガチャ……と静かに扉を開き俺とチェルシーはホールを後にした。

 

 

 

 

「う~ん……今回は外れかなぁ~」

 

手に気に入った人物の顔の皮を剥ぐために使う愛用のナイフを握りしめながらニャウは船内を歩いていた。

 

無気力になり、虚ろな表情をしながら座り込む女性や少女の顔を見ながら歩を進めていく。

 

「ん? ……へぇ、動ける人がいたんだ」

 

ガタッ! と物音のした方に視線を向けると金髪碧眼の少女。それも、ニャウ好みの娘だ。

 

そんな少女が不安を隠せずに怯えたような表情をして、体を支えるようにして壁に両手を預け少しずつゆっくりと歩いているのを見つけた。

 

ニャウがその娘に近づいていく。ナイフを背後に隠しながら。

 

「あなたは大丈夫なんですか! 綺麗な音が聴こえてきたと思ったら周りの人たちが……変な風に……。私以外の皆も周りの人たちみたいになって……」

 

少女はそう言いながらニャウに近づいていく。

 

純粋に自分以外にも大丈夫な人間がいたことに対する1人ではなかった安心感からくる笑みを浮かべながら。

 

「うん。……なんたってそれは僕の仕業だからね!」

 

「え? そんな……っ!?」

 

床に尻餅をつき怯えるように後ずさる少女のことを嗜虐的な笑みを浮かべながらニャウが1歩1歩近づく。

 

「ヒッ!」

 

そして、少女の目の前に屈みナイフを少女の顔の傍に持ってくる。

 

ニャウがナイフを動かす。まさにその瞬間……。

 

少女がニヤリと(わら)った。

 

 

 

 

船の広場にはインクルシオを纏ったブラートによって真っ二つにされたダイダラの死体とダイダラを援護しようとしたが蹴り飛ばされたリヴァ、そしてブラートのことを見ているタツミの姿があった。

 

「兄貴って……強いと思ってたけどめちゃめちゃスゲェんだな!!」

 

「おうっ! 俺の兵士時代のあだ名は100人斬りのブラートだぜ?」

 

「正確には128人斬ったな」

 

そう言いつつリヴァが立ち上がる。まるでダメージを受けた様子もなく。

 

「あの時は特殊工作員を相手に大活躍だった」

 

悠然とブラートの方に向けて1歩1歩進む。

 

「その帝具……その強さ……やはりブラートだったか……!」

 

「!!」

 

「リヴァ将軍……」

 

タツミはダメージを受けた様子もなく悠然と近づいてくるリヴァに驚き、ブラートは予想外な再会に驚いていた。

 

自分とは違い帝国から逃げていなかったのだから。

 

「もう将軍ではない……エスデス様に拾われてからはあの方の僕だ」

 

広場に風が吹く。

 

ブラートがノインテーターをくるくると片手だけで回転させる。

 

「味方なら再会を祝して酒でも飲んだろうが……」

 

パシッと小気味のよい音を響かせノインテーターを両手で握る。

 

「敵として現れたなら……斬るのみ!! 任務は完遂する!!!」

 

「こちらの台詞だ。絶対に任務は完遂する」

 

リヴァは左手の白い手袋を外し、左手の中指に付けられた指輪の帝具ブラックマリンをブラートの方に向ける。

 

「主より授かったこの帝具でな」

 

同時にリヴァの背後にあった樽から水が吹き上がる。

 

「もう始まってた? 」

 

リヴァの背後からニャウが現れる。

 

「遅いぞ」

 

リヴァはニャウの方に振り向くことなく短くそう告げた。

 

「ダイダラが殺られた」

 

ニャウはリヴァの言葉に答えず、ブラートとタツミの方に視線を送る。

 

「ちっ……増援か。タツミ……行けるか?」

 

「っ!? おう、兄貴!」

 

尊敬する兄貴分であるブラートに頼られたことでタツミの声に覇気が宿る。

 

「ニャウ……お前はあの少年を殺れ。私がブラートを殺る」

 

「すぐに終わらせて援護するよ」

 

「来るぞ、タツミ!」

 

「おうっ!」

 

ニャウとリヴァの纏う空気が変わったことでブラートとタツミが動き出す。

 

「水塊弾!!」

 

リヴァの操る水がブラート目掛け放たれる。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

ブラートはそれをノインテーターを風車の如く回転させることで防ぐ。

 

その後ろからタツミが出てくる。

 

―――ザシュッ!

 

そして……鮮血が舞った。

 

水の勢いが止まり、広場に落ちる。

 

「……ニャウ……お、前……」

 

ごふっとリヴァの口から血が吐き出される。

 

背後から胸まで貫くのニャウが愛用している顔剥ぎ用のナイフ。

 

ブラートもタツミも予想を越える展開に動きが止まる。

 

「任務達成……さよなら、リヴァ元将軍」

 

その言葉と同時にニャウの姿が変わり、リボン付きのヘッドフォンを付け棒つきキャンディーを加えた女性の姿になる。

 

背後から貫いていたナイフが抜かれリヴァの首を刈り取った。

 

「……帝具使い。それも変装用だと……まさか……」

 

「兄貴知ってるの?」

 

「ああ。一応な……俺がまだ革命軍の本部にいたときに聞いたことがある。ナイトレイドが発足される前の話だ」

 

「それって……」

 

タツミが何やら心当たりのあるブラートに話の続きを促すとブラートではなく女性の方が答えた。

 

「要するに味方よ。革命軍には幾つかの暗殺チームがあることは知ってるでしょ? 」

 

「あ……この前ボスが言ってた地方専門の暗殺チーム」

 

「そうだよ。それで私は別件でこの船に乗ってたんだけど三獣士がいたから殺ったのよ」

 

そこまで言ってからチェルシーが思い出したかの用に笛を取り出す。

 

「へい、パース。あ、それ帝具だからちゃんと受け取ってね♪」

 

「って、ちょっ!?」

 

突然放物線を描く用に投げられた笛が帝具だと聞かされ、慌ててタツミが受け止めに動く。

 

それを笑いながら投げた張本人―――チェルシーは見ていた。

 

「それが帝具ってことは……」

 

「そう……ここに来る前に船内で始末してきたんだよ」

 

それじゃ、後はお願いねぇ~と言ってチェルシーは船内へと戻っていった。

 

 

 

 

「三獣士の帝具……あげちゃってもよかったの?」

 

船内に戻ってきたチェルシーは俺の姿を見るなりそう言ってきた。

 

「構わない。犯人はナイトレイドであるもしくは革命軍だという事実さえあればな」

 

とりあえず、これで将来的な不安の種を1つ消すことが出来た。

 

「……将軍がそれでいいならいいけどさ」

 

「ああ。多少なりとも革命軍には大臣にとって完全に面倒な相手になってもらわないと困るからな」

 

そうなってしまえば俺も動きやすくなる。

 

「そうした方が都合がいいの? 革命軍が強くなると将軍の部下や友達がより危険な目に会うかも知れないのに?」

 

「そうだな……。本当ならここでナイトレイドの数を減らしておくべきなのだろうが……そうなるとエスデスを始末できなくなる可能性が高くなる」

 

「将軍が殺った方が確実なんじゃない? 実力的にナイトレイドだとキツいと思うけど」

 

「だろうな。ナイトレイドでエスデスの相手になるのはブラート以外は基本的にいないと考えてもいいだろう」

 

アカメは暗殺者であり、ブラートのようには戦えない。

 

それにエスデスは奥の手を持っていないがそれはあくまでも本人がそう言っているだけであり、何かしらの奥の手を持っていることは十分にあり得る。

 

「エスデスの手札を知るためには強者が必要不可欠だ。特に奥の手を使わせるような相手がな」

 

「だから、見逃すのね」

 

「そうだ。チェルシーもわかるだろ……相手の持ちうる手札を知っておくことの大切さを」

 

「まあね。特に私は必須だし」

 

舐め終わった棒つきキャンディーの棒を口から出してチェルシーが川へと捨てる。

 

そして、新しい棒つきキャンディーの包み紙を剥がしながら話を続ける。

 

「直接的な戦闘力に欠ける私は変身する対象と暗殺する対象のことを粗方知っておかないといけないもの」

 

「変身した対象に成り済まし、暗殺者する対象に違和感を抱かれないようにな」

 

上手くいけばかなりの脅威になる反面、上手くいかなかった場合の危険はかなり高い。

 

「本当……もう少し武力があれば話は変わるんだろうけど……そうなるとなるとで慢心から油断を招きかねないから嫌になるわ」

 

「確かにな……」

 

俺が剣を使わないのも慢心にあたるだろう。

 

もしかしたら……死にたいのかもしれないな。

 

誰かに討たれる可能性を上げているのだから……。

 

多分、疲れているのだろう。だから、そんなことを考えているのだ。

 

そんなことを考えている暇があるのなら先のことを考えなければ……。

 

すでにこの身は屍山血河を築き、今日もまた広げたのだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 もしも帝国側でなかったら

サブタイにありますように番外編となっております。

時系列的に言えばザンク戦の後になります。


「………………で? 何故メンバーが増えてるんだ」

 

俺はナイトレイドのアジトの会議室で椅子に座り、足を組ながら床に正座し額からダラダラと冷や汗を流すレオーネを冷たい目で見ていた。

 

「………………」

 

アカメやブラート、シェーレにマイン、ラバックは明後日の方を向いており、レオーネの方を決して見ようとはしていなかった。

 

そして、レオーネがブラートに拉致させた少年は何事!? と俺とレオーネに視線を交互に移していたって

 

「黙りか……、メンバーが増えたことはしょうがない」

 

一般人をアジトに拉致してきたあげく仲間にしてしまっている。もう過ぎてしまったことゆえにどうにも出来ない。

 

「あ、あの……」

 

「ん? 済まんな、少年。ところでレオーネに何かされてないか?」

 

おずおずと話しかけてきた少年にそう聞くと、少年は頬を人差し指で軽く掻きながら言った。

 

「……えっと……金を摺られました」

 

少年がそう口にした瞬間レオーネがライオネルを起動して逃げ出そうとした。

 

「逃げられると思うなよ……少しお仕置きする必要があるな?」

 

咄嗟に窓から外に逃げようとしたレオーネの尻尾を引っ張ることで床に引き摺り倒す。

 

そして、逃げられないように頭を片手で押さえる。

 

「イダダダッ!! ちょっ、頭蓋骨がミシミシ言ってる!!」

 

「少し……時間がかかりそうだな」

 

ボスは煙草に火をそう言う。ボスもレオーネを助ける気は無いようだ。

 

「いや……後でやる。逃げたら……三時間の間断続的に襲撃をかけて精神的に追いつめる」

 

「そ、そんなぁ……」

 

まるでこの世の終わりに遭遇したみたいに絶望した表情でレオーネはその場に固まった。

 

周りからは同情の視線が向けられているが誰も助けようとはしない。

 

ただ1人少年だけはオロオロと視線をさ迷わせていた。

 

「それで……本部からの呼び出しは何だったんだ? 」

 

そう、俺は革命軍の本部からの呼び出しで本部に行っていたのだ。

 

「北に行けとのことだ。何でも北にいた連絡員や協力者からの定期的な連絡が無くなったらしい」

 

「なるほどな。だが、ランスロットお前が行くほどのことなのか?」

 

「北にいたのは暗殺結社オールベルグの出身者だ」

 

オールベルグは俺が所属している結社であり、ナイトレイドには革命軍に雇われる時の条件であったゆえに所属しているのだ。

 

「わかった。……ここにはどのくらいいるんだ?」

 

「色々と準備する必要があるから数日だな」

 

少年の方を見ると俺が北に行くことぐらいしか理解できていないようだ。

 

元がただの一般人だった少年に暗殺結社オールベルグのことはわかるはずもない。

 

一瞬だが、アカメと視線がぶつかるもすぐにそれてしまう。

 

ナイトレイドの中で俺とアカメ以上に気まずい関係の者はいないはずだ。

 

お互いに命のやりとりをした仲なのだ。当然、自分の大切にしていた者たちの仇でもある。

 

表面上は仲間としてやっているが、それもナイトレイドの仲間としての話しかせず、プライベートでの会話はほとんどない。

 

周りにいるメンバーもその事は知っているので極力俺とアカメが2人になることを避けてくれている。

 

1度それで半日の間、何も喋ることなくピリピリとした空間になったからだ。

 

アカメはたまに俺の方を見るくらいで、俺はラバックが帝都からアジトに持ってきた小説を読んでいた。

 

 

 

 

あの後、レオーネにお仕置きをしてから俺は自室で荷造りを始めた。

 

コンコンと部屋の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

荷造りを止めることなく答えると、そう言いながら少年が入ってきた。

 

「少年か……どうした?」

 

「あ、いや……まだちゃんと自己紹介してなかったから」

 

そう言えばそうだな。

 

「そうだったな。俺はランスロット。暗殺結社オールベルグに所属し、革命軍との契約でナイトレイドにも所属している」

 

「俺はタツミです」

 

「よろしく頼むぞ、タツミ」

 

「こちらこそ」

 

その場でタツミが頭を下げる。

 

何故、頭を下げられているのだろう?

 

レオーネが意趣返しに何か入れ知恵でもしたのか……。

 

「頭を下げる必要はないぞ」

 

「え? でも、ラバと兄貴が挨拶はしっかりとやっておけって」

 

「兄貴?」

 

「ブラートさんです。ハンサムか兄貴って呼んでくれって言ってたんで兄貴って呼んでます」

 

なるほど。

 

一瞬ではあるが革命軍の中に兄弟がいるのかと思ってしまった。

 

「そうか。別に畏まらなくてもいいぞ。俺は気にしないから」

 

「あ、そうなの? ラバがやけに怯えてたから怖い人なのかって思ってたけど」

 

「ああ、そういうことか。ラバックは覗きの常習犯だからな、発覚する度にお仕置きとして簀巻き状態にして崖から吊るしてたから怯えられているんだろうな」

 

「あ、そうなんだ……」

 

タツミは右頬をひきつらせながら無理矢理笑っていた。

 

「そうだ……だから、タツミもそんなことするなよ?」

 

「は、はははは! あ、当たり前じゃないですか!」

 

少し、威圧感を込めながら言うとタツミは多少どもりながら返事をした。

 

「どもってるな……何か後ろめたいことでも? まあ、後で発覚したら吊るすが」

 

「スイマセンでした! この前の帝具の試着の時に女性陣の服を透視してガン見してしまいましたッ!!」

 

凄い勢いで土下座して自白した。

 

ラバックにはない新鮮な反応だ。ここでラバックだったら「後悔はしてねぇ!」と堂々言っていただろう。

 

痛い目にあっても覗きをする男だからな。

 

確か首斬りザンクを始末し、その帝具を回収したんだったな。なら、不可抗力と言えるか。

 

「……タツミがラバックみたいだったら確実に吊るしていたが、反省しているようなので……よしとしよう」

 

「ありがとうございます!」

 

「くれぐれも気をつけるように」

 

「はい! ランスロットさん」

 

「別に名前で言わなくてもいいぞ。ランスロットだと長いから適当に俺だとわかるように言ってくれれば問題ない」

 

「そっか……それなら」

 

そこで一旦言葉を切ってタツミは考え出した。

 

まあ、何て言うかは任せるとしよう。

 

「うーん……なら、師匠で」

 

「…………何故、師匠なんだ? 」

 

「いや、実はボスにランスロット以上に剣の腕が立つ奴は革命軍にいないから教えてもらえって」

 

「そうか。ボスがそう言ったか……まあ、今は時間が少ないが簡単に教えるぐらいなら出来るか」

 

いない間はブラートに任せっきりになるだろう。

 

槍をメインにしているが剣の腕もあるし、タツミも兄貴って呼んでいるぐらいに慕っているようだから俺が教えるよりもいいかも知れないな。

 

「なら、明日から始めるか」

 

「オッス! よろしくお願いします!!」

 

元気よく頭を下げるとタツミは部屋から出ていった。

 

 

 

 

深夜。

 

アジトの崖の上で1人……月を見ていた。

 

今日は雲がなく月と星が綺麗に見える。

 

「………………お前も月を見に来たのか?」

 

後方によく知っている気配を感じたので振り返ることなく言葉を紡いだ。

 

数秒ほど待てど特に返事は返ってこなかった。だが、ゆっくりとした歩調で近づいて来ているのはわかる。

 

その歩調は俺からほんの少し、離れた位置で止まった。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

無言のまま時だけが過ぎていく。

 

聞こえるのは木々と虫のざわめきだけ。

 

「…………綺麗だな」

 

「今日は天気がいい……だからだろ」

 

そう今日は本当に天気がいい。

 

「……用があるんだろ? アカメ」

 

月を見るのを止めて、振り返る。

 

「ああ……ランスロット。お前は何で何も言わずに私を仲間として受け入れたんだ? お前の妹分を殺し、何度も殺しあった相手なのに……」

 

「それを言ったらアカメ、お前はどうなんだ? お前のかつての仲間を殺したのは俺だぞ」

 

お互いにお互いの大切にしていた相手を殺している。

 

お互いに必要最低限のことしか話さなかったゆえにこのような機会は初めてだ。

 

「私は……()()は憎かった。家族のように過ごし、苦楽を共にした仲間が殺されたから」

 

「そうか。俺は……憎くはなかった。ただ、仇討ちぐらいはしてやろうと思っていた」

 

妹分―――タエコが死んだのは確かに悲しかった。だが、殺しに行って返り討ちあい死んだのだ。

 

殺しに行ったからそうなった。

 

それだけだ。殺しに行った側が憎悪するのは筋違いと言うものだ。

 

こちらは恨まれる側であり、恨む側ではない。

 

私情で殺さず、依頼で殺すから暗殺者であって、私怨で殺せば単なる復讐者もしくは殺人者でしかなのだ。

 

「……ランスロット。お前は今も私を殺そうと思っているか?」

 

「…………どうなんだろうな。俺はアカメがとりわけ憎いわけではない。殺しあったがそれはその当時の任務だったからであり、私情ではなかった……ただ、仇討ちぐらいは、とたまに考えてしまうがな」

 

「……私も似たようなものだ。完全に憎くはないと言えば嘘になるが……昔ほどではない。当時と今とでは状況が違う」

 

「そうだな」

 

臣具という帝具程ではないが強力な武具を使う帝国の暗殺チームとその暗殺チームを狙う革命軍に雇われた暗殺者としての殺しあいはすでに終わっている。

 

恩人が死に妹分も死んだ……あの時からすでに数年。

 

「私たちの出会いはかなり悪い部類だったが……今はこうして肩を並べている」

 

「当時であれば嘘だと言いたくなるような今だがな……決して悪い気はしない」

 

「同感だ」

 

フッとお互いに小さく笑うと手を差出し、握手する。

 

「今さらだが、よろしく頼む」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

こうして俺とアカメはようやく仲間となれたのだろう。

 

随分と時間がかかってしまっているが、元々敵対していた者同士だったのだ。

 

こうして仲間となれただけ、奇跡に近い。

 

それにしても……。

 

「皆……暗殺者とは思えないほどお人好しだな」

 

「ああ、だからこそのナイトレイドであり、大切な仲間だ」

 

俺とアカメの様子をずっと伺っている仲間たちのことを考えると2人して、小さく声を出して笑ってしまう。

 

「きっと、俺たちが気がついてるのも承知しているだろうな」

 

「そうだな。ランスロットと私の微妙な関係のせいで随分と気を使わせてしまった」

 

「だな。皆には礼を言わなくちゃならないな」

 

「うん……」

 

俺の真の任務は連絡の途絶えた者たちの確認ではなく……帝国最強の帝具使いの抹殺。

 

生きて帰れる可能性は今までの任務の中で1番低い。

 

本部で得た情報は古いものと考えて行動しなければならない。移動にかかる時間分、相手は変化しているのだから。

 

「そろそろ、戻るか」

 

「ああ」

 

俺とアカメは月明かりを背に受けながらアジトへと戻った。

 

 

 

 

翌朝。

 

「……これはやらんぞ」

 

広間に集まり、全員で朝食を取っているのだが……珍しく、いや、初めてアカメが俺の対面の席に座っている。

 

「そうではない。いつもの位置じゃないから珍しくてな」

 

「そうか……そうだな。確かにその通りだ」

 

「食い散らかすなよ?」

 

「問題ない! 全て食べるからな!」

 

キリッとした表情でそう言いつつ両手に骨付き肉を持っているので説得力がない。

 

「まあ、いいか。……ブラート」

 

「ん? なんだ」

 

「タツミを少し借りるぞ」

 

「わかった。……動けなくなったら俺が介抱するぜ?」

 

俺に返事をした後、ブラートに頬を染めながらタツミの肩に手を置きそう言った。

 

「……う、うん」

 

タツミから助けてと視線で訴えられる。

 

「安心しろブラートも本気ではない……はずだ」

 

「そこは言いきってよ師匠!!」

 

「新しい扉の1つや2つ……開けてみせろ。きっと新しい世界が見えるぞ」

 

「そんな世界見たくねぇよ! 後戻り出来ないじゃん!」

 

青い顔をするタツミにブラートがニカッと笑い歯を輝かせながら言った。

 

「安心しろ……俺が手取り足取り丁寧に教えてやるからよ」

「……あ、う、うん」

 

「…………タツミ」

 

すっかりと意気消沈したタツミをラバックが同情した視線で見ていた。

 

「はぁ……食事くらい静かに出来ないのかしら?」

 

「まあまあ、賑やかでいいじゃないですか」

 

煩いことに文句を言うマインをシェーレがなだめる。

 

ボスはボスでこの賑やかな状況を見て満更でもない表情をしていた。

 

レオーネはタツミから盗った分の金を稼ぎに帝都に行っているのでこの場にいない。

 

俺が北に行ったらアジトの方に戻ってくるだろうな。

 

全額を返済出来るかは怪しいが……多少は戻ってくるはず。

 

とりあえず、期待はしないでおこう。

 

俺はカップに入ったスープを飲みつつこの後にやることを考えるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話 結成

竜船の出来事から月日が流れて、ついに帝具使いを集めた特殊部隊が設立される日となった。

 

メンバーの資料はすでに届いており、それらには全て目を通してある。

 

俺が知らない人物は1人だけであり、それ以外は全員知っている。俺の部下を除いてもだ。

 

エスデスがこの部隊の隊長であるが同等の権限を俺も持っているので実質隊長が2人いるようなものであり、俺が指示を出すのはエスデスが指示を出せない場合においてだろう。

 

予定はメンバーが全員揃ったら陛下への謁見。その後は活動の拠点となる本部の案内となっている。

 

「時間的にそろそろか」

 

部隊のメンバー集合場所に集まる時間は本日の昼を少し、過ぎたあたり。

 

場所は活動の拠点となる建物の会議室。

 

宮殿から近い位置にあるので移動に時間はかからない。

 

そして、件の会議室に近づいてくると何やらドタバタと人が暴れているような音が聞こえてきた。

 

「何をやっているんだ?」

 

開いている扉から部屋に入り、室内を見渡す。

 

床に寝転がっている海兵が1人。八房を抜いているクロメにボルスとランの背後にいるドクター。両手に拳銃を握るサヨと氷づけにされているコロ。笑っているエスデス。

 

「あっ……将軍! 」

 

俺と目があうと八房をしまいながらクロメが飛びついてきた。

 

「おっと……元気そうだな」

 

飛びついてきたクロメを受け止め、俺の胸元に犬猫のように頭を擦り付けてくるクロメの頭を撫でる。

 

「うん! 」

 

元気のいい返事が返ってくる。

 

犬猫にマーキングされているようだなと思っていると海兵が起き上がった。

 

「いってぇ~………」

 

クロメを抱き抱えつつ、起き上がった海兵に近寄る。

 

「濃い面子が多くて災難だったな」

 

「いや、えと、その…………」

 

「答えづらいのはしょうがない。上司が1番濃いキャラをしているからな」

 

オカマであるドクターにガスマスクで顔を隠したボルス。コミュニケーションのとりづらいクロメ。そして、拷問大好きドSのエスデス。

 

「ほう……言うじゃないか」

 

「事実だろうに」

 

クロメを抱えたままエスデスの方を向く。

 

「ランスロット……お前も十分に濃いキャラをしているだろ。崖を駆け上がったり、飼い慣らした竜種の背から賊のアジトに飛び降りたりとな」

 

「……ああ、あれか……懐かしいな」

 

あの時はまだナジェンダ元将軍が帝国で将軍をしていた。

 

本当に懐かしい。

 

「顔も見たことだし俺はそろそろ戻るとしよう」

 

「なんだ……戻るのか」

 

「ああ、俺は俺で案外やることがあるんだ……ほら、クロメ」

 

「……ちぇ」

 

渋々といった様子でクロメが俺から離れる。

 

少しむくれているクロメの頭をワシャワシャと撫でながら言う。

 

「夕食は一緒なんだ。また、その時にな」

 

「……はーい」

 

「いい子だ」

 

クロメのことを知らない面々からは何やら色々と聞きたそうな視線が向けられるがそれを無視する。

 

話てもいいのだが、少し時間がかかる話であるのでこの場で話すことはない。

 

「……では、また後ほどな」

 

俺はそう言ってクロメの頭から手を離すと部屋から出て、宮殿へと戻るのだった。

 

 

 

 

コンコン、と執務室の扉がノックされる。

 

「失礼します。エスデス隊長がそろそろ来いと。食事をしながら自己紹介と部隊の方針について話すそうです」

 

「そうか。だが、わざわざサヨが呼びに来なくてもよかったんだぞ? 宮殿の警備員やメイドにその旨を伝えてくれれば問題なかっただろうに」

 

「いえ……お仕事の邪魔をしちゃ悪いと思って」

 

「そうか」

 

俺は治安維持の観点で幾つか気になった報告書をファイルに纏めてから立ち上がる。

 

「それでは……行くとしよう」

 

「はい」

 

俺はサヨの後に続き執務室から出ていくのだった。

 

「部隊名は決まったのか?」

 

「はい。エスデス隊長がイェーガーズと名付けました」

 

「なるほど……犯罪者は獲物というわけか。それで、サヨはしばらくの間ドクターのところにいたがどうだった?」

 

「そうですね……基本的に新武装のテストをしたり、コロちゃんに専用の武器を造ってくれました」

 

帝具に武器を持たせるか……その発想はなかった。

 

「ドクターらしいと言えばドクターらしいな」

 

「拠点強襲用の装備に対軍仕様の装備、近接特化の装備と色々と造ってくれました」

 

なんでもないかのようにサヨは言うが、ドクターは少し張り切り過ぎじゃないだろうか……。

 

「さすがとしか言えないな」

 

「ドクターも本当はここまでするつもりはなかったらしいのですが……造っているうちにインスピレーションが湧いてきて止まらなくなっちゃったそうで」

 

「そうか。……まあ、確かに調子が良いときはその勢いのまま突っ走ってしまうものだから、わからんこともない」

 

コロが強化されたのは理解した。……それも戦争で重宝されるぐらいに。

 

「凄かったんですよ! コロちゃんが両手に片刃の大剣を握って、それを豪快に振り回してワニ型の特級危険種を討伐したときなんて!!」

 

如何にコロが活躍したかを身ぶり手振り、効果音をつけながら説明するサヨはとても生き生きとしていた。

 

それだけ、コロのことを気に入っているのだろう。

 

戦闘時の見た目以外であればマスコットキャラにもなれそうな感じのコロだ。

 

ただ……戦闘時の見た目を知っているとマスコットキャラとして認め難いものがある。

 

「サヨはどうなんだ?」

 

「私ですか? そうですね、私はトビーさんに徒手空拳を鍛えてもらいつつ、ドクターの私兵の皆さんと一緒に訓練したりしてました。義足の方もより性能のいいやつに変わりましたし」

 

「……なるほど」

 

これもドクターからのサービスの一環として見ていいだろう。コロの件はドクターの悪のりと考えても、サヨの件は違う。

 

俺に対してのご機嫌とりとも考えられるが……。

 

まあ、悪いことではないので深く考えなくてもよいだろう。

 

実害があったわけではないのだから。

 

 

 

 

同時刻。

 

ロウセイ山脈。

 

そこにはロウセイキャンサーを始めとした危険種らの死骸が散らばっていた。

 

共通しているのはそれら全てがミンチにされたようにグチャグチャになり、原形を留めていないことだけだ。

 

この惨状を作り出したのは1人の男。

 

「まだだ……まだ、足りねぇ……」

 

口から溢れた言葉は自分の作り出したこの惨状に対するものではなく、自身へと向いていた。

 

筋骨隆々とした体躯。その身長は2メートルを超えている。

 

この男の名前はオーガ。

 

かつて帝都警備隊の隊長を勤めていた。

 

「こんなんじゃ……あの糞野郎を殺せねぇ……」

 

帝都警備隊隊長を勤めていた時とは体格、容姿を含め完全に変わってしまっているためこの男がオーガ本人であるとは思えないだろう。

 

鬼と呼ばれ、恐れられた男は復讐に燃える鬼となり…………人を辞めていた。

 

「もっとだ……もっと! もっと、もっと、もっとッ!! 」

 

血の臭いに惹かれ集まる危険種を鎧袖一触。薙ぎ払いながらオーガが吼える。

 

「かかってこいやあぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

全ては憎きランスロットを殺すため。

 

今は行き場のない身を焦がすような憎悪を危険種へとぶつけていた。

 

ぎらつく相貌に赤銅色となった肌。

 

ドクターの改造により、以前にもまして人道から外れたオーガ。

 

身体の大半を危険種の血肉で強化し、人の部分をほとんど無くした男。

 

「は、はは、ははははははははハハハハッ!!!」

 

狂ったように集まってくる危険種を殺していく。

 

返り血に濡れることも構わずにオーガは危険種を殺し続ける。

 

自分が……自分である時間が刻々と無くなっているのに気がつかずに……。

 

 

 

 

「あら? いらっしゃい歓迎するわよ?」

 

サヨに連れられイェーガーズ本部の会議室に入るなり、ドクターのウインクが飛んできた。

 

「遅かったな」

 

「……だが、始まる前には間に合ったぞ」

 

俺はドクターのことを無視して椅子に座って寛ぐエスデスに答えた。

 

んもぅ、いけずなんだからぁ~ともじもじしながら言うドクターの存在を視界から追い出しつつ、部屋を見渡すとボルスとウェイブ―――海兵の姿が見えない。

 

ランは何故かウェイターの格好をしている。

 

まあ、本人も満更ではなさそうなので気にしないでおこうと思う。

 

クロメは猫じゃらしでコロと遊んでいる。

 

「ふん……確かにな」

 

何処と無く機嫌良さそうに答えるエスデスに一抹の不安を感じるが……それよりも。

 

「将軍はここ」

 

クロメが隣の椅子を指差している。

 

「わかった」

 

俺はクロメに指定された椅子に座る。

 

「なら、アタシはここね」

 

ドクターが俺の対面の席に座る。

 

しかも忘れずにウインクを飛ばしてくるのだから質が悪い。

 

俺にはそっちの気がないので嬉しくもなんともない。

 

「コロちゃん」

 

「きゅきゅう」

 

クロメの対面の席に座ったサヨがコロを呼び、膝の上に乗っける。

 

生物型ではあるが帝具をペットの如く扱うサヨ。

 

犬? のような見た目をしているコロだから違和感はないが……どうしても戦闘時の姿を思い出してしまうため釈然としないモヤモヤを感じる。

 

それを振り払うように隣に座るクロメを見ると、モシャモシャとお菓子を頬張っていた。

 

「あまりお菓子を食べるなよ? 夕食が入らなくなるぞ」

 

「ん、大丈夫。ちゃんとそれとは別だから」

 

いつの間にか取り出した菓子を摘まんでいるクロメ。

 

別とは言うが、入る場所は同じなのだから別ではないだろうに。

 

どうせそんなことを言っても聞いてもらえないだろうことはわかっているので特に言わない。

 

「……食べる?」

 

かなり惜しみながらクッキーを差し出してくるクロメ。

 

未練たらたらにしながら渡そうとしてくるので素直にもらおうと思えない。

 

が、もらう。そして……。

 

「…………ほれ」

 

「あむ……っ!?」

 

もらったクッキーをクロメの口に入れた。

 

「無理してくれようとしなくていいからな」

 

とりあえず、ニタニタと笑うエスデスとアタシもと催促してくるドクターをどうにかしなければならない。

 

特にドクターだ。露骨にアピールしてくるので鬱陶しくて堪らない。

 

ランは我関せずとにこやかに笑みを浮かべているだけ、サヨはコロに干し肉を食べさせているため全く気がついていない。何気にうっとりとした表情でコロに干し肉を食べさせている辺り完全にペット扱いである。

 

どうするべきか悩んでいると、会議室の扉が開かれ、食欲をそそる匂いが漂ってきた。

 

「皆、夕食の準備が出来たよ 」

 

料理の乗ったお盆を持ったボルスが明るい声でそう言いながら会議室へと入ってくる。

 

その後ろからウェイブが両手に煮魚の乗った大皿を持って部屋へと入ってきた。

 

同時にランが会議室から出ていく。

 

「んん~……美味しそうな香りね」

 

ドクターが自分の目の前に置かれた料理の匂いを嗅ぎ感想を言う。

 

「ほう……確かに美味そうな匂いだ」

 

エスデスもドクターと同じ意見のようだ。

「いや~、これもウェイブ君のお土産のお陰だよ。新鮮な魚介類だったしね」

 

「そんなことないですよ。ボルスさんの腕が良かったからですって」

 

どうやらボルスとウェイブの2人で夕食の準備をしていたようだ。

 

何気にこの2人が1番打ち解けているように見える。

 

「話すのもいいですが、せっかくの料理が冷めてしまったら勿体ないので話の続きは食べながらにしませんか」

 

ワイングラスとワインの入った瓶を数本持ってランが戻ってきた。

 

「酒が飲めないやつはいないか?」

 

酒が飲めないのに無理して飲ませるつもりはないので確かめるために聞いてみた。

 

「いたとしても1杯は飲ませるさ」

 

エスデスは1杯は無理矢理にでも飲ませるつもりのようだ。

 

サヨ、ウェイブはエスデスの言葉に苦笑し、クロメは無反応。

 

「全員少なくとも1杯は飲めるようだな」

 

「嫌がるのを無理矢理飲ませることが出来ると楽しみにしていたのだが……残念だ」

 

「……そうか」

 

さすが人を苦しめて悦に浸る女だ。

 

これで恋をしたいと言っているのだから、とても信じがたい。

 

恋人に選ばれたらそれこそストレスで胃をやられそうだ。ターゲットとなっている少年に同情を禁じ得ない。そもそも少年を売ったのは俺なのだから同情する以前に諸悪の根源と言われても否定できないな。

 

まあ、そんな些細なことは置いておいてだ。

 

今はこの面子で初の夕食を楽しむことにしよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話 鬼の改造

イェーガーズが組織されてから、そう時が経たないうちにエスデスが帝都で武芸試合を主催したいと言ってきた。

 

「……金は?」

 

「私の私財だ。問題ないだろ」

 

「それなら構わない。ちゃんと自分で届け出ろよ」

 

「わかってる。私の暇潰しのようなものだ」

 

暇潰しで武芸試合を開くなと言いたいが、私財を使って開くと言っているので認める。

 

国の金を使うようであれば断固として拒否したのだが……。

 

「クロメ、判を押し終わったらサヨに渡してくれ。サヨはクロメから受け取った紙を内容ごとに分けてファイルに挟んでいってくれ」

 

「うん」

 

「わかりました」

 

クロメとサヨに手伝ってもらいながら俺は帝都の現状についての報告書に目を通す。

 

クロメにやってもらっているのは俺が確認した報告書に確認済みの判を押してもらうことで、サヨはそれを内容ごとに分けてファイルに挟んでもらうことだ。

 

「とりあえず、イェーガーズの仕事の一環にしておくぞ」

 

「……人件費を浮かせるためか……ケチなことをする」

 

「削れるものは削る。そして、浮いた分は他の所に回す」

 

「ランスロット将軍。帝都警備隊本部へと命令書を届けてきました」

 

お使いを頼んでいたウェイブが戻ってきた。

 

「ご苦労。少し休んでくれ。お茶を飲むなら部屋に備え付けられたキッチンの戸棚にお茶菓子が入ってるから食べてていいぞ」

 

「ウッス! いただきます。そして、隊長はどうしてここに?」

 

ウェイブは俺の言葉に返事を返したあとエスデスに話しかけた。

 

「ああ、暇潰しがてらに武芸試合を開こうと思ってな、その話をしに来たのだ」

 

「そうだったんですか。隊長もお茶飲みます?」

 

「いや、遠慮しておこう。私はこれから武芸試合を開催する準備があるからな」

 

「そうですか」

 

ウェイブとエスデスの会話に耳を傾けつつ報告書の確認を行う。

 

スリの被害届は毎月減少しているか。

 

「ではな」

 

扉を閉めることなくエスデスが部屋から出ていく。

 

「あ、ウェイブ。私にもお菓子ちょうだい」

 

「おう。何にする? クッキーとチョコレートがあるけど」

 

「クッキーで」

 

「ほら」

 

ウェイブがクッキーの入った小袋をクロメに向かって優しく投げた。

 

「ありがと」

 

クッキーの入った小袋をキャッチすると早速クロメは袋を開けてクッキーを食べ始める。

 

それでも判を押すのを止めていない。

 

ただ……微妙にクッキーの食べ滓が床に落ちているので後で掃除をする必要がある。

 

「サヨもいるか?」

 

「はい」

 

ウェイブがサヨにもクッキーの入った小袋を優しく投げた。

 

ボルスとランには各々20人の部下を連れて帝都周辺にいる危険種の間引きに行ってもらっているのでこの場にいない。

 

現在全く仕事をしていないのはエスデスであると言える。

 

ドクターは研究所で投薬実験のデータを解析しているらしい。

 

被験者はドクターの私兵。

 

イェーガーズの任務で使用する予定の薬。所謂、毒とその解毒薬の作成も平行してやっていると本人が言っていた。

 

「スタイリッシュな男なら幾つものことを平行して出来るものよ! 」 と最後に不可思議がポーズをとりつつ豪語していたが。

 

ドクターなので、奇抜な行動は当たり前だと思っているとこれが普通に思えるのだから不思議だ。

 

逆にもの凄く真面目でオカマではないドクターの姿が想像出来ない。

 

とりあえず、今はやっていることを終えたら手伝ってくれたウェイブ、クロメ、サヨにお昼を奢るとしよう。

 

 

 

 

「う~ん……どうしようかしら?」

 

自身の所有する研究所の人体改造専用の部屋で特殊な機器に繋がれ眠っているオーガを悩ましげに見ながらスタイリッシュは帝具パーフェクター越しに握っている丸みを帯びた機械を遊ばせる。

 

―――粗方の改造を終えて、もう弄ることの出来る部分がないのよね……。

 

本当はまだ改造を行える余地はあるのだが……素体となるオーガ自身がこれ以上の改造に耐えられないとスタイリッシュは判断したのだ。

 

現在、オーガの身体は超級危険種であるタイラントの血肉を筆頭に様々な危険種の優れた部位を移植している。

 

そのため人間である部分は重要な臓器などごく一部の箇所でしかなく、混合(キメラ)人間としか言い様のない存在とかした。

 

「もう少し頑丈だったらより強力に出来たんだけど……」

 

手で遊んでいた機械をデスクの上に奥とスタイリッシュは懐から複数の薬品の入った瓶と注射器を取り出す。

 

「まあ、これがオーガへの最後の改造になりそうだし少し派手にやろうかしら」

 

―――コロの武装に使う予定だった機械のプロトタイプの性能実験もまだだし、この際だからやらせてもらうわね。

 

眠りにつくオーガは知らない。

 

この時の改造により自身の運命が決まったことを。

 

素早く繊細かつ大胆にスタイリッシュの手が動きオーガの改造を開始する。

 

機械と危険種と人の融合。

 

拒絶反応を乗り越え、親和性を高め、第2の心臓と呼ぶべき機関をオーガの中へと埋め込む。

 

「ふふ……最後の最後まで役にたってもらうわよ。アタシの新たな私兵のプロトタイプの雛型としてね」

 

 

 

 

「今日は助かった。お陰で普段の倍の量を片付けることが出来た」

 

やることが終わったので手伝ってくれたウェイブ、クロメ、サヨの3人を連れて帝都のメインストリートにある高級レストランへとやって来た。

 

「あ、あの~……明らかに値段の桁がおかしいんですけど……」

 

メニュー表を見ていたウェイブが困惑した表情で言ってきた。

 

「気にするな。ここは帝都で1番料理の値段の高い店だ」

 

「…………たった1品頼んだだけで俺の給料の10分の1って」

 

…………意外と給料が低かったんだな。

 

帝具使いなのに低賃金とはこれまた珍しい。

 

サヨの給料は月に100万前後なのだが……。帝具使いなので、特別手当として数十万ほど加算されているが……。

 

「ウェイブって貧乏?」

 

「グハッ! そ、そう言うクロメはどうなんだ?」

 

「無いよ。だって申請すれば将軍がくれるし」

 

「お小遣いかよっ!? それでサヨはどれくらい貰ってるだ?」

 

ウェイブがサヨに話の穂先を変えた。

 

「私ですか? 私は月に100万前後です」

 

「な……なんだと……」

 

ピシリとウェイブが固まる。そして、ギギギと間接の錆びれたブリキ人形のように俺の方に首を向ける。

 

「将軍はどのくらいですか?」

 

「俺か……俺はこのくらいだな」

 

口に出すのを避けて紙に書き込みウェイブに見せる。

 

「……………………桁がおかしい」

 

そう言うとウェイブは両手で頭を押さえてしまう。

 

イェーガーズは基本的に危険手当てが他のことろと比べると格段に高いので危険手当てが多くもらえる。

 

自分が思ってたよりも薄給であったことを知りショックを受けているウェイブにイェーガーズの給料のことは言わなくてもいいだろう。

 

給料が貰えた時に知った方が嬉しいだろうしな。

 

「気にするな。それよりも値段のことは気にせず好きなものを頼むといい。俺の奢りだ」

 

「じゃあ、早速……ここからここまで」

 

クロメが早速近くを通りがかった従業員を捕まえ、メニュー表の1ページ目から2ページ目までのメニューを全て頼んだ。

 

「……はい? ………………はっ!? かしこまりました!」

 

あまりの量に信じられなかったのだろう。少しの間呆然としてから慌てて厨房の方に駆けていった。

 

「「……………………」」

 

クロメの注文した料理の量に唖然としたウェイブとサヨ。

 

「前よりも少ないな」

 

だが、今言った通り前よりも少なかった。

 

「「…………嘘だろ(でしょ)っ!?」」

 

「今回はウェイブとサヨがいるから。2人も何かしら頼むでしょ?」

 

「クロメ……前回メニューを全て頼んでただろ」

 

「あ、そうだった」

 

「あの時は数百万が昼代となったな」

 

料理の値段の高さは食材の希少性から来るものだからしょうがない。

 

怪魚であるコウガマグロに加え、エビルバードの希少種の肉にヘルジュラシック、ワイバーン、トリケプスなどの特級危険種、ロウセイキャンサーやマーグドンなどを食材として使っているので値が張っている。

 

特級危険種となると狩れるような人間が少ないのだからしょうがない。

 

「お待たせしました」

 

早速出来た料理が運ばれてくる。

 

……大皿に乗せられたマーグドンの頭が。

 

「………………」

 

絶句するウェイブ。

 

サヨも似たような感じである。

 

「これ……食べるところが少ないんだよな」

 

「うん。頬の肉はコリコリして美味しいんだけど量も少ないし、他の部位はもっと量が少ない……脳ミソは多いけど」

 

「だな」

 

俺はナイフでマーグドンの頭の肉を削ぎ小皿へと分けていく。

 

分けている間に次の品が運ばれてくる。

 

「ロウセイキャンサーの子どもの蒸し焼きが来たよ」

 

大きさは大体……人の頭2つ分である。

 

味は付けられていないのでテーブルに置いてある塩胡椒や特製のタレで自分で味付ける方式だ。

 

ホカホカと湯気を立てているので少し冷めるのを待つ必要がある。

 

「……さて、食べるか」

 

マーグドンの頭の肉を削ぎ終えたので、それを全部小皿に乗せ全員に配る。

 

「いただきます」

 

真っ先に食べ始めるクロメ。

 

「い、いただきます」

 

続くようにウェイブが食べ始める。

 

ただし……箸を持つ手が震えているが。

 

「いただきます」

 

サヨも食べ始める。

 

サヨはウェイブと違い箸ではなくフォークを使っていた。

 

俺も食べるとするか。

 

さて……今日のお昼代はいくらになるのだろうか。まあ、4人だからそれなりの値段はいくだろうな。

 

そんなことを頭の片隅で考えつつ俺はマーグドンの肉を食べ始めるのだった。

 

 

 

 

昼食を食べ終わり、そのままデザートを食べていると伝票に書いてある金額を見たウェイブが顔を青くしていた。

 

「俺の奢りだから気にするな」

 

「は、はは……わかってはいるんですけど……実際に金額を見ると 」

 

「ん、大丈夫。将軍の財布はそんなに軽くない!」

 

未だにモリモリと肉を食べているクロメがキリッとした顔でそう言う。

 

「ああ、ほら……食べ滓がついてるぞ」

 

せっかくキリッとした顔で言っているのに色々と残念だ。

 

紙ナプキンでクロメの口についた食べ滓を拭き取る。

 

「ん……ありがと」

 

「どういたしまして」

 

礼を言うとすぐに食べるのを再開したクロメに苦笑しつつ、水を飲む。

 

「あの……将軍とクロメちゃんはすごく仲良さそうですがどんな関係で?」

 

「あ、それは俺も気になってた。で、どうなんです?」

 

サヨに便乗してウェイブも聞いてきた。

 

「私の命の恩人で短い間だったけど師匠、それと超級危険種を狩りにくなか」

 

「……ふぅ……命の恩人と師匠なのはわかった。だけどな……超級危険種を狩りにいくってってそうピクニックに行くような軽いもんじゃねえだろ」

 

「ですよね……特級危険種でさえ小さな村では壊滅必至なのに」

 

「ま、普通はそうだろうね。でも、中々に迫力はあるよ怪獣大決戦とか」

 

「あれは確かに迫力があるな」

 

危険すぎて孤児院の子どもたちに見せられないのが残念だ。男の子辺りは絶対に喜ぶ子が多いはず。

 

逆に女の子には怖がられそうだ。

 

骸人形なら子どもたちの遊び相手に危険種が使えそうなのだが……さすがに街中に超級危険種を出すのは憚られる。

 

八房の平和的利用方なら他には超級危険種や他の危険種の移動博物館的なのが思いつくが……。

 

「か、怪獣大決戦……それって複数いるんだよな?」

 

「もちろん。……だって私は()()()()()()()()()()()()にしてるから」

 

「ちなみにその中の1体は2ヶ月かけて居場所を探しだし、虫の息にしてクロメにあげた」

 

……あの時は正体を隠して帝国のあちらこちらで不正をしている役人を始末していたな。

 

今になって見れば将軍という立場を使って視察と言う名目で不正を暴けばもっと他のことに時間を使えたと思う。

 

 

 

 

ウェイブは内心……頭を抱えていた。

 

―――エスデス隊長だけでなくランスロット将軍も色々とまともじゃなかった。

 

帝国海軍にも色々とランスロットの化物染みた噂は流れてきてはいたのだが、それは尾びれのついた噂であろうと冗談だと思っていたが、本当はもっとぶっ飛んだものだった。

 

―――こ、これが……都会の荒波ってやつなのかっ!?

 

イェーガーズのメンバー初の顔合わせの時に上司がやったことが可愛く見える。

 

そんなウェイブの救いは自分と限りなく近い感性を持つサヨの存在であった。……イェーガーズの中ではの話ではあるが。

 

それ故に密かにというか誰も知るよしもないがサヨはウェイブにとってのオアシスとなり始めていた。ウェイブの精神的な面で……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話 連れ去られる者

エスデス主催の武芸試合。

 

その開催が告知されてから開催される日までの短い間に試合に出たいと言う武芸者たちが殺到し、これまた大きなものとなった。

 

拷問好きという一般人からしたらかなり困る趣向のエスデスのファンが武芸試合の会場の観客席の一部を完全に陣取っている。

 

そして、その参加者の中には……。

 

「鍛冶屋か……嘘なのか本当なのかどうなんだろうな、少年」

 

鍛冶屋のタツミ。

 

エスデス主催の武芸試合の参加者として登録されている。

 

イエヤスに託されたサヨの同郷の人間であり、ざっと武芸試合参加者を見た限り参加者内で五指に入る実力を持っている。それも確実にエスデスに目をつけられるぐらいには。

 

それ以前にタツミというだけで目をつけられるだろう……俺のせいであるが……。

 

だが、今回の武芸試合はサヨの記憶を取り戻す良い切っ掛けとなる可能性が高くなったことに対して武芸試合を開催したエスデスに感謝しよう。

 

普段であれば決して感謝されるような人間ではないのだが、今回は滅多にない特例だと考えればいい。

 

「将軍どうかしたの? 何か楽しそうだよ」

 

クロメが俺の座っている椅子の右側から顔を覗かせる。

 

「そう見えるか?」

 

「うん。ナタラを鍛えていた時と同じ感じがしたから」

 

そう言って俺の手にしている武芸試合の参加者一覧表を覗き込むクロメ。

 

「そうか。なら、楽しいんだろうな」

 

ナタラの成長具合は俺の見立てた潜在能力からくる予想を何度も越えた。

 

あれは良い意味で驚かされた。だからこそあの時は楽しかったと言える。

 

さて、少年はあの日からどれほど成長しているのか楽しみで仕方がない。

 

エスデスに目をつけさせてしまったのは悪いと思うがそれも遅かれ早かれそうなっていたことだろうし、気にする必要はないとさえ思ってきた。

 

ただ……戦闘関連以外でエスデスが少年に迷惑をかけた場合は助けるとしよう。

 

かつてエスデスに少年の情報を売ってしまった詫びとして。

 

「……そろそろ行くか」

 

一覧表を机の上に置き、椅子から立ち上がる。

 

「うん」

 

クロメは俺の右隣に来ると俺の右手を左手で握り、引っ張るように歩き出した。

 

 

 

 

武芸試合の会場に着くと、ウェイブが司会をしているのが目に入った。

 

「……ふむ。当然の配置だな」

 

「だね。ドクターとかボルスさんに司会は無理だしね。ランはエスデス隊長の傍にいるし、サヨは司会は出来なくはないだろうけど……記憶喪失だから少し難しいかも。そうなるとやっぱりウェイブしかいないね」

 

それに武芸試合の参加者を取り押さえるなら体術に優れた人物を司会にするのは当然だ。

 

武芸試合であるのだから当然に事故は起こりえる。そんな時に真っ先に対処するのも司会を勤めるウェイブの役目である。

 

俺やエスデスのように人間を辞めていると言われてもおかしくない人間と比べると劣るが、それでもウェイブが体術に優れているのは本当のことだ。

 

「1度、ウェイブ自身の強さがどれくらいか判断するために手合わせするのも悪くないな」

 

資料からの情報でしかウェイブの実力を知り得ないのは流石に不味い。

 

部下であるのだから上司の俺がその実力を知らないのはいけないだろう。

 

普段の動きを見ればどれぐらいの実力を秘めているかはある程度わかる。だが、本当にある程度なのでいまいち信用ならないのだ。

 

「骸人形を使う?」

 

ちゃきっ! と八房の刀身を鞘から少しだけ出すクロメ。

 

「それでもいいが相手になるのはナタラぐらいしかいないだろう」

 

「うん。他のだと実力と大きさのせいであてにならない」

 

超級危険種だと周りの被害が大きくなってしまうし、ナタラ以外の人の骸人形は真っ正直からの戦いに特化していない。

 

1体だけいる特級危険種の骸人形だと役不足のように思うから却下だ。

 

「……戦力という意味でなら超級危険種3体は破格なんだがな」

 

「でも、加減が効かないのが難点。強すぎるのも困りもの」

 

「……そうだな」

 

己が無力を嘆く人が大勢いるなか力があることが悩みという贅沢。

 

強者故の悩み、弱者故の悩み。そのどちらかしか知らない者が多い中でどちらも知っている者には今の帝国はどう映るのだろうか。

 

強者の暮らしやすい国か弱者に厳しい国か……。

 

 

 

 

「はぁ……これは失敗ね」

 

武芸試合の会場にいないスタイリッシュは帝都にある研究所にいた。

 

「次の試験管を」

 

スタイリッシュがそう指示を出すとこの場にいる研究員が5本の試験管が纏めて入ったケースを持ってくる。

 

その試験管1つ1つに特殊な薬品を1滴1滴入れて経過を見る。そして、その結果が自身の望んだものてはないと悟るや次の試験管を持ってくるように指示を出す。

 

スタイリッシュが作成しているのは自身の作り出した毒薬の解毒薬である。

 

自分の私兵に使うなら多少副作用の強烈なのでもいいのだが、他の部隊で使うとなるとそうも言えない。

 

面倒に思いながらもスタイリッシュは研究資金が手に入るからと文句を内心で言いつつも作業を続ける。

 

「ん~……これも駄目ね。でも、別のものに使えそうだから残しておいてね」

 

そう言いながらスタイリッシュは次の試験管の準備を進めるのだった。

 

 

 

 

武芸試合が盛り上がりを見せるのと同時刻。

 

帝都の公園に家族3人でピクニックに来ているボルスの姿があった。

 

風もそよ風程度で天気は晴れ。ピクニックに行くのには良い条件だったからだ。

 

娘のローグに肩車をして、シートと遊び道工の入ったリュックを背負うボルス。

 

その右隣を歩くのはお弁当とお茶の入った水筒を入れた手提げ鞄を持つ妻である。

 

妻の歩幅に自分の歩幅を合わせ、追い抜かないようにしながら歩く。

 

「わぁ……」

 

自分の頭の上ではしゃぐローグに微笑みつつ、ボルスは妻へと視線を向ける。

 

「ローグ……パパが困ってるわよ」

 

「ハーイ」

 

こんな些細な家族間でのやりとりにボルスは幸せを感じる。

 

何よりも大切な宝物。

 

そんな家族がいるからこそ自分は今までやってこれたのだ。

 

改めて自分は幸せだと思う。

 

ボルスの脳裏を過るのは自分の手で焼き殺した人たちの叫び。

 

恨まれてるだろうし、憎まれているだろう。いずれ何かしらの形で報いを受けるかもしれない。

 

それでも、自分のことを愛してくれている家族のために死ぬわけにはいかない。自分は家族のために生きているのだから。

 

「……どうしたの、あなた?」

 

「私は幸せだなぁって思って」

 

「ふふ……私もよ」

 

微笑み、そっと寄り添う妻。

 

「私も幸せだよ! パパとママと一緒だから!!」

 

頭上から笑顔でそう言ってくれる娘。

 

自分の幸せは確かにここにある。

 

ボルスは改めて決意した。

 

どんなことがあっても必ず家族の元に帰ると……。

 

 

 

 

「退屈そうだな」

 

「ん? ああ、お前か」

 

椅子に座りながらながら退屈そうに試合を眺めるエスデス。

 

この様子からしてお目かねにかなう者がいないのだろう。

 

「このレベルでは帝具使いになれそうなのはいないな」

 

「実力だけで言うなればそうだろうな。帝具は基本的に第一印象らしいからチャンスがないわけではないが」

 

「ふん……実力のない帝具使いなどいらないだろ」

 

「ま、確かにな」

 

実力が伴わなければ単なる足手まといになってしまう。

 

いくら武器が強くてもその性能を引き出す使い手が弱ければ宝の持ち腐れでしかない。

 

「ラン……お前から見て見込みのありそうなのはいたか?」

 

「いえ、一般人にしては強いかな程度は何人か。それでも、帝都警備隊隊員よりも実力は下でしょう」

 

ランに聞いてみるも、その程度のレベルの者しかいなかったらしい。

 

「そうか……今回はめぼしい人材はいないか」

 

少年は除いてだが……。

 

「将軍……会場に何匹かネズミが入り込んでるみたいだけど処理してこようか?」

 

「いや……泳がせておけ。何か問題を起こすようであれば構わず殺れ」

 

「うん」

 

大方、革命軍の回し者だろう。

 

何か問題を起こしたらそれを使い革命軍の評判を下げることも出来る。効果があるかは不明だが。

 

それでも、革命軍への心象は確実に悪くなる。

 

それでもって少しでも状況が良くなっていく帝都を見て帝国につくことを選んでくれれば……。

 

まあ、革命軍の密偵も何か問題を起こすような馬鹿な真似はしないだろうがな。

 

ただ、西の異民族を利用して俺の部下の大多数を西側の防衛に当てさせられているのは苛立たしいが。

 

「次が……最後の組み合わせか」

 

今までの試合に少年の名前は出てなかった。

 

つまり……最後の試合に少年が出るということ。

 

「エスデス将軍……次は期待してもいいと思うぞ」

 

リングの上に上がる少年の姿が見える。

 

「ほう……理由は?」

 

「前に言った恋人の条件を満たす少年がいるからだ」

 

「何!? じゃあ彼処にいるのが」

 

「そうだ。条件は4つ満たしている。後はエスデス将軍が気に入るかどうかだ」

 

瞬間的に狩人の目になったエスデスは少年の挙動を一欠片も見逃さないとばかりに見つめている。

 

「将軍……例の彼は引き込みますか? 話を聞いている分にはイェーガーズに入るには十分な素養を持っていそうですが」

 

ランが小声でそう聞いてきた。

 

「引き込めるなら、な。無理強いをする必要はない」

 

ナイトレイドと関わりがある少年だ。帝国側につく可能性は限りなく低い。

 

「わかりました。そこは本人の意思を尊重しましょう……隊長が強引に引き込みそうですが」

 

「そうなったら俺が対処するから心配はない」

 

立場上同格でなければ話すら聞かなさそうだ。最悪……拷問されかねない。

 

「お願いします。私じゃとても止められそうにありませんので」

 

「ああ」

 

うなずきつつ、エスデスの動向を見やる。

 

真剣な顔つきで少年を見つめていた。

 

とりあえずまだ見定めている途中なのだろう。

 

「東方! 肉屋カルビ」

 

牛の覆面を被った肉屋か。体格からしてただの肉屋ではあるまい。

 

「西方! 鍛冶屋タツミ!!」

 

少年の方は以前と比べて大分隙が少なくなっている。良き師に出会えたのだろう。

 

ウェイブがリングの上にたった選手の紹介を滞りなく行った。

 

やはりウェイブに司会を任せて正解だった。

 

そして、すでに結果の見えた試合だ。

 

肉屋のカルビは完全に少年を舐めきっている。これではカルビに勝ち目はない。

 

少なくとも少年を舐めきっていなければ勝率は少しはあったのだが……。

 

「……この試合は少年の勝ちだな」

 

「うん、肉屋は隙がありすぎ。あれならすでに十数回は斬ってる」

 

そもそも肉屋では何をされたか理解したと同時に死ぬだろうけどな。場合によっては理解さえ出来ないだろうが。

 

「……一方的だな」

 

試合は肉屋のカルビがなすすべなく少年の攻撃にさらされるものとなってた。

 

「うん」

 

純粋な速度でカルビは少年に劣っている。力は確実に上なのだが、少年のことを捉えるには遅すぎる。

 

どんなに力があってもそれを当てられる速度がなければ意味がない。

 

技術はあるのだがな。

 

「勝者、鍛冶屋タツミ!」

 

少し目を離した隙にカルビは倒され、少年が勝者となった。

 

周りからの暖かい声援に少年が笑顔で応える。

 

…………これ、条件を全て満たしたのでは?

 

そう思ってエスデスの方を見ると……少年に向けて熱い視線を送っていた。

 

「……見つけたぞ」

 

エスデスのその言葉を聞いたランが俺の方を向いた。

 

その視線で、恋人候補が確定したのでは、と訴えながら。

 

俺は無言でうなずく。

 

そして、目を瞑ると感慨深く感じる。

 

あのエスデスが本当に恋するとは、と。

 

明らかに貰い手のいないような拷問好きの性格なのに、好みのタイプが少年のような存在。

 

正直なところ恋なんて出来ないのではと思っていた。

 

「将軍……エスデス隊長が鍛冶屋を拉致しちゃったけど」

 

「…………」

 

感慨深くなりすぎて気がつかなかった。

 

クロメに言われなければこのまま数分は気がつかなかっただろう。

 

とりあえず、こんなアクシデントは想定外のはずだ。ウェイブのフォローに回るか。

 

このまま苦労させるのも悪い。

 

「クロメ、ランはエスデス将軍のあとについていってくれ。俺はこの武芸試合を完遂させる」

 

「わかりました」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

ランとクロメの返事を聞いてから階段を下りてリングの上でどうするべきか戸惑っているウェイブの元にいく。

 

「ランスロット将軍……これはどうすれば……」

 

「とりあえず、俺が対処するからマイクを貸してくれ」

 

「はい、どうぞ」

 

ウェイブからマイクを受け取り、会場全体に聞こえるように話す。

 

「突然のことに戸惑っていると思うが武芸試合は最後まで開催される。この度のエスデス将軍の行動は……まあ、あれだ……恋人候補が見つかったからだと言うことで納得してほしい。俺からは以上だ……同僚としては上手くいくように祈って欲しいとだけ言っておく」

 

本音としては少年を拉致したのは褒められた行動ではないが、サヨの記憶を取り戻す切っ掛けとなる可能性があるので多少大目に見るのもやぶさかではない。

 

それに、これでエスデスが大人しくなるのならばと淡い期待を抱いている。

 

多分、無理だろうが。

 

俺はウェイブにマイクを返すとエスデスのいた席の方へと戻るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話 気づきゆく

武芸試合を無事に終わらせて、ウェイブと共にイェーガーズの本部へと戻る。

 

そして、本部の会議室に入室すると椅子に縛りつけられ首輪を付けられた少年の姿が目に入った。

 

「………………」

 

俺は助けてくれとばかりに視線を向けてくる少年に無言で首を横に振る。

 

そのついでに部屋を見渡すとサヨを除いたイェーガーズ全員が揃っていた。

 

「すいません! 遅れました」

 

ゼェ、ゼェと息を切らしながらサヨが会議室にやってくる。

 

「……サヨ」

 

少年が茫然とした様子でサヨの名前を呟く。

 

「ん? なんだタツミ知り合いか?」

 

エスデスは少年の近くにいたから聞こえていたのだろう少年の頬を撫でつつ耳元に囁くように聞いた。

 

「あの……彼は?」

 

サヨが不思議そうに少年について尋ねてきた。

 

少年のことを見ても思い出さないか。少しは何かしらの反応があると思ったのだが……。

 

「ああ、少年はエスデス将軍が恋人にと拉致してきた武芸試合の参加者だ。そして……サヨ、お前と同郷の人物だ」

 

「え!? そうなんですか……」

 

サヨがまじまじと少年のことを見つめる。

 

両方の意味で驚いたのだろう。誰だって記憶を失なう前の自分の同郷の人物が今の自分の上司の恋人候補として拉致されているのだから。

 

「そうだ。ただ、当人同士だけで話した方が話しやすいだろうし、その時間は後でとろう……夕食の後で1時間ほどな」

 

あんまり、エスデスから少年を引き離すとエスデスに文句を言われる。

 

本当なら3時間ほど時間をとりたかったのだが……それは無理だと判断した。

 

1時間であれば仕事を押しつけることでなんとかなるがそれ以上だと、何かしらの要求がありそうだからだ。

 

いや……訂正する。1時間の段階で何かしらの要求があるな。

 

エスデスから向けられる視線に若干の殺気が混じってる。

 

エスデスにとって少年と過ごす時間が短くなるのはとても我慢ならないようだ。

 

下手したらサヨに被害が及ぶ。

 

さすがにすぐにそうなることはないだろうが……もしも、本当にもしもの事だが少年とサヨが恋人同士だった、もしくはそれに近い関係だった場合……。

 

確実にサヨの身が危ない。

 

エスデスのことだサヨを殺してでも少年のことを手に入れようとするだろう。

 

例えそれが原因で嫌われようとも、時間をかけて調教して自分の色に染め上げることで恋人に仕立てあげるはずだ。

 

はぁ…………エスデスが邪魔で仕方がない。

 

革命軍に対する抑止力になり得ている存在だから消すに消せない……今はだが。

 

一応始末する算段はついている。そのための準備は必要だが。

 

準備が必要と言ってもチェルシーと後は幾つかの仕掛けがあれば事足りるのだ。

 

時期を見計らって……暗殺する。これは前から決めていたことで変更することはない。

 

エスデスがいては陛下の望む安寧がこない。エスデスは争いを望んでいるのだから。

 

この食い違いがいずれエスデスに反旗を翻させる原因となるかもしれない。

 

故に早いうちにその芽を刈り取っておく。

 

どうせ大臣側であるのだからいずれ殺しあうことになるのだ。

 

エスデスと直接殺しあうなんて面倒で仕方がないようなことなど俺はしたくない。

 

故に暗殺するのだ。

 

今は……同じ帝国の将軍として利用させてもらおう。

 

革命軍に対する捨て札としてな……。

 

そう、捨て札となるときがエスデスを暗殺する時なのだ。

 

 

 

 

Dr.スタイリッシュの秘密の研究所。

 

そこの広く大きな実験施設の中にはかつての原型を失ったオーガと睨み合うようにしている異形の姿があった。

 

その異形はスタイリッシュに実験された人間の成れの果てである。

 

「ウオオオォォォォォォォォッッ!!!」

 

オーガが雄叫びを上げて、異形へ向かって駆けていく。

 

「ゴアアアアアッ!」

 

異形の方もオーガを迎え撃つように駆け出す。

 

オーガと異形の距離が瞬く間に縮まる。

 

異形の両腕が大きく上の方へと持ち上がり、それをオーガへと叩きつけるように降り下ろす。

 

当然、そんな見え見えの動きがオーガのことを捉えられるはずもなく、実験施設の床を砕く。

 

「……これで終いだぁぁぁぁ!!」

 

異形の背後へと回り込んだオーガが異形の肩甲骨の間と腰を掴み、上へと持ち上げる。

 

すると、オーガの手首から肘までパカリと開き、中から金属の棒が突き出された。

 

それは異形にぶつかるとバチッ……バチッ……と鳴った後に紫電がオーガの腕から迸る。

眼を眩ますような激しい光が実験施設に広がり、その光が収まると黒焦げになった異形を投げ捨てるオーガの姿があった。

 

「……チッ……こんなんじゃ暇潰しにもなりゃしねぇ」

 

金属の棒が収納され右肩を回しつつ、首を傾けるオーガ。

 

その表情は明らかに不満そうであり、苛ついているのが目に見えてわかる。

 

先ほど投げ捨てられた異形はスタイリッシュの実験により人が危険種へと変貌した者。

 

この実験施設の檻の中にはそれらが無数に蠢いている。

 

決して同族は襲わず、人間だった頃の名残なのか知能もそれなりに残っており、集団で連携しながら他の生物を襲う。

 

だが、そんな彼らもスタイリッシュにとっては実験体の1種に過ぎず、危険種となったことで頑丈になった彼らは毒薬の効き目を見るために重宝されていた。

 

その頑丈性を買われ、オーガの相手となっていたのだ。

 

もっとも……スタイリッシュによって強化改造を幾度となく行われてきたオーガには全く意味がなかったが。

 

オーガは自分が投げ捨てた人間から危険種へと変貌した存在を一瞥してからこの部屋をあとにした。

 

 

 

 

夕食後エスデスに仕事を押しつけて1時間ではあるがサヨと少年を2人っきりにすることが出来た。

 

「…………………………」

 

そわそわとした様子でサヨと少年がいる部屋の扉を見ては別の場所に視線を移すウェイブ。

 

ランは帰りを待っている妻(予定)のスピアがいる家に帰宅し、ボルスは帝都に夜のパトロールに出かけている。

 

そして……。

 

「…………」

 

俺の膝の上にはクロメが座り、黙々とお菓子を食べていた。

 

お菓子はビスケットなのでポロポロと食べ滓が床に落ちていく。

 

後で掃除をしなくてはならないな。

 

そんなことを頭の片隅で思いつつ、俺は少年とサヨについて考えた。

 

少年とサヨがどんな話をしているか気にならないと言えば嘘になるが積極的に知りたいとは思わない。

 

ただ、記憶が戻ったとしてもサヨは帝具使いになってしまったため帝国軍から抜けられなくなってしまった。

 

抜けようとすれば、それこそ帝国を裏切るしかないだろう。

 

……まあ、サヨが帝国を裏切ることはないと思うがな。恩師や恩人の敵になるような性格ではないのだから。

 

「ふむ、このまま黙っていても時間が勿体ないから少しだけ思い出話でもするか」

 

「思い出話ですか?」

 

唐突に呟いた俺の言葉にウェイブがそわそわするのを止めて首を傾げた。

 

「思い出話って誰の?」

 

口にビスケットをくわながら見上げてくるクロメ。

 

俺はクロメの身体を抱きしめるように抱える。

 

「俺のだ」

 

今でも鮮明に思い出せるあの時のことを。

 

「ランスロット将軍のですか」

 

「そうだ。まあ、面白いとは保証出来ないがな……あれは俺が将軍になってからすぐのことだった」

 

 

 

 

数年前。

 

帝都のメインストリートから少し離れた場所に位置する住宅街。

 

「……立地条件も治安も悪くない場所なのに何で人が少ないんだ?」

 

帝国の将軍となった俺は前よりも宮殿に近い場所に住居を移した。

 

不動産屋でこの場所を指定したときの店主の顔から何か問題があることはわかっていたが……これは……どういうことなんだ?

 

俺が予想した問題は治安が悪いことであるが、その気配はない。

 

人通りが少なく静かであるので、何か問題があればすぐにわかるはずなのだが……。

 

確か……店主は……「……ここに住んだ人はすぐに引っ越すんですよ」と言っていた。

 

すぐに引っ越したくなるようなことが起こるのか?

 

治安が悪いのでなければ……曰く付きの家か……。

 

これから俺が住まうことになる家を改めて眺める。

 

庭付きのそれなりに大きな一軒家。

 

「…………いたって普通だな」

 

見た感じ特にこれといった問題があるように思えない。

 

「……ふむ、まずは隣の家に引っ越しの挨拶をしておこう」

 

特に荷物があるわけではないのだから、先に挨拶を済ませておいて問題あるまい。

 

そうならばと引っ越しの挨拶用に買っていた菓子類の入った袋を持って隣の家に向かう。

 

家の扉の前に立つと軽く身だしなみを整えてから扉をノックする。

 

「はーい。どちら様ですか?」

 

中からは女性の声が聞こえてきた。

 

「今日隣に引っ越して来たのでご挨拶に」

 

「そうなんですか。今開けますね!」

 

そう声が少しすると扉が開く。

 

そして、中から現れたのは……エプロンを身に付け赤い液体の付着したガスマスクを着けた大男だった。

 

 

 

 

「……と、言うのが俺とボルスの出会いだ」

 

「………………何なんすか……その……夢に出てきたら確実に飛び起きるような光景は」

 

「まあ、確かにあれは俺もビックリした」

 

あれは本当にビックリだった。

 

数秒ほど思考が固まってしまったのだから。

 

「私だったら剣を抜いてる」

 

クロメだったらそうだろうな。

 

「ウェイブはもしそんな状況になったらどうする?」

 

「いや……そもそもそんな機会ってほぼあり得ないと思うんですが……」

 

「まあ、もしと言っただろ? 」

 

「そうっすね……」

 

う~んと腕組み、首を傾げるウェイブ。

 

「ちなみに俺とボルスはその場で5分ほど固まっていたぞ」

 

さらに言うと俺の動きを5分も止めたのはボルスが初だったりする。

 

「……俺だったら引っ越しの挨拶をとっとと終わらせて家に帰りますね」

 

「そうか……」

 

ウェイブは触らぬ神に祟りなしでいくか。

 

下手に関わってしまって変なことに巻き込まれたら嫌だしな。

 

「で、結局どうなったの?」

 

「ん、ああ……それはボルスの奥さんが中々戻って来なかったボルスを連れ戻しに来て、軽く自己紹介をしたあと帰った」

 

「そうなんですか。ところでボルスさんの奥さんてボルスさんが美人て言ってましたけど、どんな感じの人です?」

 

「……ウェイブ。もしかして人妻好き?」

 

クロメがジト目で言い放った。

 

「いや、違ぇから!? 」

 

即座に否定するウェイブ。

 

まあ、確かに見た目が完全に危険人物なボルスの妻だからどんな人なのか気になるのは理解出来る。

 

「俺から見てもかなりの美人だぞ。人妻とは思えないくらいに……ボルスが前に妻がナンパされたとか言ってたしな」

 

ボルスと奥さん組み合わせを見ると人は外見よりも中身なのだとつくづく理解させられる。

 

見た目の良し悪しで第1印象は決まるが長く付き合っていくなら男でも女でも外見ではなく中身を見る。如何に外見が良くても中身が自分と合わなければ必然的に長くは続かない。

 

「へえー……凄い美人な人なんですね」

 

「帝都で美人コンテストがあったら確実に上位に入れるぐらいにな」

 

「じゃあ……私は?」

 

こてんと首を傾げながら訊ねてくるクロメにどう返事をすべきなのだろうか?

 

下手な回答だと拗ねそうな感じがするのだ。

 

「ふ……後2年は待て」

 

俺はそう言って軽くクロメの額をこ突いた。

 

「む~……」

 

俺の回答が気に入らなかったようで頬を膨らませながら剥れるクロメ。

 

「なんか……将軍とクロメって仲の良い兄妹みたいですね」

 

「そう見えるか?」

 

「ええ、お兄ちゃん離れ出来ない妹と妹を甘やかしてる兄って構図に」

 

「そうか……」

 

今はすでに失われた過去となってしまった家族の絆というべき繋がり。

 

天涯孤独となり陛下の臣下であることで己を保っていた俺に家族に近い者が出来ていたか……。

 

今ならわかる。俺が1番求めているものが。

 

俺という存在を保たせているのが陛下の臣下であることならば、俺が欲しいと思っているのは家族。

 

妻でも子どもでも義兄弟でも何でもいい家族という繋がりが欲しかったのだ。

 

だからこそ、孤児院に寄付金を上げたり、教師をやっていたランを紹介して孤児院の子どもたちに勉強させていたのだろう。

 

全ては家族が欲しかった俺の無意識からくる本物家族の代わりに行った代行行為。

 

何で気がつかなかったのだろうか。

 

思い返せば幾らでも気づくことが出来たはずだ。

 

案外……俺は俺のことをよくわかっていないのかもしれないな。

 

「……どうしたの?」

 

「いや、何……案外求めるものは身近なところにあったのだと気がついただけさ」

 

きょとんとした様子で見上げてくるクロメの頭を優しく撫でる。

 

気持ち良さそうに目を細めるクロメ。まるで猫のようだ。

 

「礼を言うぞウェイブ。お陰で今まで気がつかなかったことに気がつけた」

 

「は、はあ……?」

 

何で礼を言われてるのかわからないようだ。

 

「自分の中でしっくりとする答えが出たのだ。……清々しい気分だな」

 

こんな気持ちは久しぶりだ。

 

全てが終わったら家族作りをしよう。

 

孤児院にいる子を養子にするか、はたまた婚活をするのもいいだろうな。

 

未来の目標が新しく出来た。

 

これは生きなくてはな。そうしなくては目標が達成出来ない。

 

ああ……予想外に今日は気分がいい日になった。

 




色々と忙しくなりれました。

こ5月中に後2回は更新したいです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話 とばっちり

将来の目標というか望みを自覚し思いの外気分が良くなっていた俺は1人イェーガーズ本部の俺専用の一室でワインを飲んでいた。

 

あの後、エスデスが予想よりも20分近く早く現れ、ちょうどそのタイミングでサヨと少年がお互いの手を握り見つめあっていたのでちょっとした修羅場になって大変だったのだ。

 

室内の温度が一気に下がり、窓が凍りついた。

 

頬を赤く染め照れたようにはにかむサヨのことを真剣な表情の少年が見つめる。

 

まるで劇の一幕を見ているようだった。

 

まあ、当然その事が気に入らなかったエスデスの近くにいたウェイブが被害を受けた。手足を氷づけにされたのだ。

 

完全なとばっちりである。

 

その時のウェイブの悲鳴で我に返ったサヨは慌てた様子でウェイブの元に駆け寄り、エスデスは少年に首輪を着けると少年のことを抱きしめながら自室へと向かってしまった。

 

それから慌てた様子で帰ってきたボルスにサヨがウェイブの手足の氷をルビカンテで溶かしてくれと言って、危うくウェイブが焼き殺されるところだったがボルスがお湯を沸かして溶かしてくれたので何とかなり、サヨがウェイブの霜焼けの治療を行っている。

 

クロメは眠いと言ってさっさと部屋に戻って寝ているので、今起きているのは俺とサヨとウェイブとボルスの4人だけのはずだ。

 

もっともサヨとウェイブの2人もそろそろ寝るだろうがな。

 

「……手紙でも書くか」

 

大臣を始末してからの俺の目標が決まったのでそれをチェルシーに報せておこう。

 

その事自体は最後に少しだけで、本文はナイトレイドに潜入してからやってもらうことの内容だ。

 

幾つかあるが1つはな安寧道の教祖と会えるように渡りをつけてもらうことだ。これは確実にやってもらわなければ困る。

 

陛下のために必要不可欠なことだからだ。

 

やってもらうことをこと細やかに書き連ねていると部屋の扉がノックされた。

 

「誰だ?」

 

書くのを一旦やめて、扉をノックした人物にそう声をかける。

 

「えと、タツミです」

 

「少年か……入っていいぞ」

 

俺は椅子に座ったままそう言う。

 

「……失礼します」

 

声を小さくしながら少年が部屋に入ってくる。

 

部屋に入ってきた少年の格好は……一言で言うと以前と言っても何年か前になるが大臣の息子だと威張り好き放題やっていた婦女暴行犯に襲われた婦女に似たような感じになっていた。

 

着ている服が不自然に伸び、首には首輪の痕が残っている。後、キスマークも。

 

ちなみに件の男は手足の関節を1つづつ増やしてから捕らえて、大臣の権力を削るために利用させてもらった。まあ、あまり効果はなかったが……。

 

所詮自称大臣の息子だ。

 

体型からして大臣の息子だとは到底思えなかった。大臣とは違い武闘だったから余計によう思ってしまった。

 

確か……し、シラ? だったかスラ? だったか忘れたが……まあ、そんな奴がいたのだ。

 

婦女暴行犯は一言で言えば雑魚。武の心得はあるようだが……如何せん当時は経験も何もかもが少なかったからだろうかがとても弱かった。

 

事実、指1本で顎を揺らすだけで終わった。その後、帝都警備隊の拘置所に運んだのだ。そいつは目覚めた後にそいつを見張っていた兵士へと暴行を加え拘置所から脱走しようとしたので抵抗することも逃げることも出来ないように両手足の関節を1つづつ増やさせてもらったのだ。

 

「やけにボロボロだな」

 

「……あの人に私の色に染めてやる! て襲われましたから」

 

少年はとても疲れた様子で乾いた笑みを顔に張り付けながらそんなことを言った。

 

「そうか……」

 

よく無事ったものだ。俺としてはそこに驚きだ。

 

てっきりそのまま性的に捕食されているとばかりに思っていた。

 

「今は……無事だったことを喜ぼう。少年だって始めては好きな相手の方がいいだろう?」

 

「ええ……まあ、そうですね……」

 

ふと思ったのだが……エスデスは少年が抜け出したことに気がついているのでは?

 

…………これってかなり危なくないか……主に見つかった後の少年の身が……。

 

まあ……俺の部屋にいるからサヨやウェイブが被害を被ることがないのが救いだから良しとするか。

 

少年は敵なのだから。

 

以前、首斬りザンクとの時に少年を発見したときは少年を助けるようにアカメが現れた。

 

仲間でなければ目撃者としてあの場で始末されていたはず。

 

だが、今は少年がナイトレイドだろうが気にする必要はない。

 

本格的にぶつかるのはまだ先のこと。今すぐではない。サヨのこともあるしな。

 

「明日は大変だろうな」

 

「ハハハ……そうすっよね……」

 

ガクッと肩を落として陰鬱な様子で少年は深く深く溜め息を吐いた。

 

その様子は売れない本屋の店主(40代)を彷彿させる。

 

店をたたんで新たな仕事をするかこのまま頑張って店を続けるかの瀬戸際で迷い苦悩している姿に似ているのだ。

 

「まあ、拷問はされないだろうからそこだけは安心するといい」

 

「うわぁ……安心出来る要素が全然ない」

 

仮にウェイブであった場合は完全に拷問だったな。

 

たまたま近くにいただけという理由で手足を氷づけにされたのだから、それだけエスデスの中ではウェイブは拷問しやすい相手なのだろうしな。

 

ウェイブにとっては完全に不運でしかないのだが……。

 

 

 

 

一方その頃。別室でサヨに手当てをされているウェイブはというと……。

 

「ふう……軽い霜焼け程度で済んでよかったです」

 

「……俺もそう思う」

 

安堵の溜め息を吐くサヨとウェイブ。

 

「本当……ボルスさんが来なかったらどうなっていたことか」

 

「その時はコロちゃんにバクッとやってもらってました!」

 

「きゅうぅぅ」

 

サヨの言葉に反応したコロが巨大化しグッと拳を握りサムズアップをする。

 

しかも、大きく口を開けているので中にある鋭い歯が見えているのだ。

 

「…………食い千切らないよな?」

 

冷や汗をかきながら恐る恐るサヨにそう尋ねるウェイブ。

 

若干ではあるがその声は震えていた。

 

「大丈夫です! 私の手は食い千切りませんから」

 

晴れ晴れとした笑顔でそう宣言するサヨだがウェイブにはこう聞こえていた。

 

―――私以外の手は食い千切る! と。

 

ボルスさん、急いで戻ってきてくれてありがとう……と、ウェイブは心のなかでボルスに感謝の念を送っていた。

 

「そ、それよりも……記憶の方はどうだったんだ?」

 

「……駄目でした」

 

「……そっか」

 

「でも、平気です。例え思い出せなくても新しい思い出を作ればいいだけですから」

 

目をつむりながら静かに……だが、しっかりとした意識を乗せてそう言うサヨ。

 

「俺も協力するぜ、忘れられないような思い出作りをさ!」

 

「はい! ありがとうございます、ウェイブさん」

 

「おう! 後、さんずけはいらないぜ。歳も近いしさ」

 

「わかりました。今からウェイブと呼ばせてもらいますね」

 

霜焼けにも効くスタイリッシュ作の万能塗り薬を塗り終わり、サヨは塗り薬の入っている小瓶に蓋をすると元あった戸棚にしまう。

 

それからウェイブがサヨをサヨの自室へと送る。

 

「それじゃ、また明日な」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

サヨはそう言ってから部屋の中に入っていく。ウェイブはそれを見届けると自分の部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

「………………………………………………意外と長くなってしまった」

 

あの後、少年を探しに来たエスデスによって少年が連れ去られ、俺は再び手紙を書き始めた。

 

そうしたら、思いの外永くなってしまったのだ。

 

大体4枚ほどだ。

 

「それしにしても……少年は無事だろうか?」

 

連れていかれる時に少年から助けてくれと視線で訴えられたが、気がつかない振りをして見送ってしまった。

 

まあ、命に関しては大丈夫だろうが……貞操が無事かはわからない。

 

仮に少年に恋人がいるなら悪いことをしてしまった。

 

まずは、そこを確かめるべきだった。だが、エスデスなら略奪愛も辞さないだろうという確信がある。

 

……今さらだな。

 

とりあえず、御愁傷様とだけ心のなかで言っておこう。

 

俺にはほぼ関係のないことだしな。

 

それよりも明日の予定についてだ。

 

明日はギョガン湖に最近出来た山賊の砦の破壊だ。イェーガーズ初の大きな仕事。

 

砦や拠点攻めは俺の得意とする分野だ。

 

本当なら今日のうちに行くはず立ったのだが、エスデスが少年を拉致してきたから急遽予定を変更した。

 

サヨの記憶を取り戻せる可能性も少なからずあっからという理由もあるが……。

 

それはともかくだ。……明日の昼にはギョガン湖にある山賊の砦をイェーガーズのメンバーで攻め落とす。

 

軍を使い攻め落とすのなら降伏すれば命をとらず、捕虜として連行し、強制労働に就かせるのだが……イェーガーズのメンバーだけで攻め落とすので山賊は皆殺しである。

 

実際、イェーガーズのメンバーならギョガン湖にある山賊の砦ぐらい単独で潰せるぐらいの実力はあるはず。ドクターを除いてだが……。

 

ドクターの帝具は戦闘用ではないからな。それを言ったらランの帝具であるマスティマも純粋な戦闘用の帝具ではないが、ラン自身が無手でもそれなりに戦えるので問題はない。サヨはコロがいるから問題ないし、クロメにいたっては骸人形、ボルスはルビカンテで一気に広範囲を殲滅出来る。

 

そして、ウェイブだが……鎧の帝具ということもありイェーガーズの中では最も防御能力が高い。

 

資料を見た限りでは、ウェイブ自身の腕も悪くないので山賊の砦ぐらいなら単独で攻め落とせるだろう。

 

「…………ふぅ」

 

軽く息を吐き出すと、俺は密かに部屋に持ち込んでいた剣をベッドのしたから取り出す。

 

鞘代わりに巻かれた布を取り払い、その全貌をさらけ出させる。

 

禍々しいオーラを放つ堕ちたる聖剣―――無毀なる湖光(アロンダイト)

 

「……久しぶりの出番だ」

 

ギョガン湖に砦を築いた山賊相手に使うにはもったいないが使うとしよう。

 

正直に言えばそこら辺に落ちている木の枝でも十分だと思っているが、ナイトレイドといつまみえてもいいようにこれからは常に持っていく。使うか使わないかは別としてではあるが。

 

俺が本気であることを知らせるのにはこれが1番手っ取り早いのだ。無毀なる湖光 (アロンダイト)を常に持ち歩くという行動で示すことで、俺が本気でナイトレイドを潰すつもりなのだと周りに知らせる。

 

当然、ナジェンダ元将軍は無毀なる湖光 (アロンダイト)のことを知っている。ならば、そこからすぐに想像がつくだろう。

 

俺やエスデスの様な革命軍にとって脅威となる存在は革命軍側のスパイによって行動を監視されいるのだから、そこから情報が行ったりもするはずだ。

 

そして、鞘代わりの布を無毀なる湖光(アロンダイト)に巻き付けて壁に立て掛ける。

 

「……さて、見直しておくか」

 

チェルシーから定期的に送られてくる手紙の内容を再確認する。

 

その中から今必要な情報のみを探す。

 

今必要なのは……チェルシーがナイトレイドに侵入することと安寧道の教祖と接触することについてだ。

 

犯罪者の情報については帝都警備隊の副隊長に渡してあるので問題はない。

 

捕まえるだけなら俺がいなくてもなんとかなる。でなければ情報は副隊長に渡はしない。その辺りはちゃんと自分で確認しているのだからな。

 

後は大臣の動向に注意しなくてはな。

 

チョウリ元大臣が政務に復帰したことで、反大臣側である良識派が力をつけ始めたが大臣が何の反応もしないので怖い。

 

チョウリ様も俺と同意見らしく、大臣の動向に気をつけている。

 

あの大臣がこのままなにもしてこないとは思えない。

 

絶対に何かしようとしているはずだ。

 

大臣のことだから絶対にろくなことにはならならいだろう。

 

このまま良識派が力をつけていくのを黙ってみているはずがない。

 

裏で何かしているはずだが……。

 

それが何かは不明だ。それゆえに手のうちようがない。

 

全く困ったものだ。

 

ただでさえ、幾人もの良識派内政官が大臣によって地方に送られ、その上で濡れ衣をきせて処刑されたりしているのだからそれを一気に行われたらとてもまずいことになる。

 

「……本当に面倒な相手だ」

 

やはり、大臣のことを考えると気分が沈んでくる。

 

この鬱憤は全部山賊へぶつけるとしよう。

 

八つ当たりで申し訳ないがな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話 殲滅戦

「今日はギョガン湖にある山賊の砦を攻め落とすぞ。イェーガーズ初の大仕事だ」

 

俺は朝食を終えた後、上機嫌なエスデスに連れられた少々窶れた少年がいるところで今日の予定を発表したのだ。

 

「おい……」

 

「どうしたエスデス将軍?」

 

「初耳だぞ」

 

「当たり前だろ。今初めて話したんだからな」

 

当たり前のように返す。

 

本来ならエスデスには話しておくべきだったが、わざと話さなかったのだ。

 

特に深い理由はない。些細な八つ当たりのようなものだ。

 

地図をテーブルの上に広げ、山賊の砦のある位置に丸をつける。

 

「最近、ギョガン湖に山賊の砦が出来たのは知っているな」

 

「はい。帝都近郊における犯罪者たちの駆け込み寺ですね」

 

「ああ、サヨの言う通りだ。ナイトレイドのように居場所のつかめない相手は後回しにして分かりやすいのから順に叩いていく」

 

イェーガーズのメンバーの連携を高めるにはちょうどいいからな。

 

「敵が降伏してきたらどうします?」

 

ボルスの問いにエスデスが不敵な笑みを浮かべる。

 

「降伏は弱者の行為……。そして、弱者は淘汰されるのが世の常だ」

 

「……と、エスデス将軍は言っているが……山賊は皆殺しだ。ただ、1人も生存者は残さない。これは決定事項だ。イェーガーズが相手にするのは基本的に凶悪な犯罪者だ。それも確実に処刑となるような犯罪者をな」

 

そう言いながらイェーガーズのメンバー全員1人1人に視線を向ける。

 

誰1人として不満そうな顔はしていない。

 

皆、それぞれ覚悟は決まっているらしい。

 

ランやボルスは当然と言える。なんせ俺の副官と部下だからな。

 

「ランスロットが言っているようにこれからはこんな仕事ばかりだ。きちんと覚悟は出来ているな? 」

 

エスデスがイェーガーズのメンバー全員にそう問いかける。

 

その問いに真っ先に答えたのはボルスだった。

 

「私は軍人です。命令に従うまでです。このお仕事だって……誰かがやらなくちゃいけないことだから」

 

続いて鞘に収まったままの八房を握りながらクロメが答える。

 

「同じく……ただ命令を粛々と実行するのみ。今までもずっとそうだった」

 

次はウェイブが答える。その手には片刃の大剣である帝具グランシャリオの発動の鍵が握られている。

 

「俺は……大恩人が海軍にいるんです……。その人にどうすれば恩返しが出来るかって聞いたら、国の為に頑張って働いてくれればそれでいいって……」

 

そこで一旦話を切るとウェイブは大剣を背に背負う。

 

「だから俺やります! もちろん命だってかける!!」

 

そして、次にランが答える。

 

「私は何れ政界に出ます。ですが、政界に出る前にやることがあります。それを終わらせないと政界には出られません。こう見えてもやる気に満ちあふれてますよ」

 

そうだろうな。ランはかつての教え子たちの仇を討つという目的がある。政界に出たら例え仇を発見しても自らの手で仇を討つことが出来ないからな。

 

それは、やる気に満ちあふれているはずだ。

 

次はサヨが答える。

 

「私の覚悟は決まっています。記憶喪失の私ですが彼らの様な存在は許せません! きっと記憶を失う前の私もそう答えるでしょう……。迷う必要などありません!!」

 

サヨも覚悟は十分か。

 

後はドクターだが……正直に言ってドクターのは聞かなくてもいいだろう。

 

「ドクターはどうだ?」

 

聞くのか……。

 

「フッ……アタシの行動原理はいたってシンプル。それはスタイリッシュの追究!!!」

 

カッと眼を見開くドクター。

 

……聞かなくてよかったてはないか、エスデス。

 

ドクターは軍人ではなく研究者だ。医者の様なことも出来るが、本職は研究者だ。

 

「お分かりですね?」

 

「いや、分からん」

 

そこはエスデスに同意する。俺にも全く分からん。

 

「かつて戦場でエスデス様を見たときに……思いました」

 

昔を思い出すように眼を閉じるドクター。

 

「あまりに強く……あまりに残酷……ああ……神はここにいたのだと!!!」

 

そう言葉を発しながら次々とポーズを決めるドクター。そのポーズはいちいちやる必要があるのだろうか。

 

「そのスタイリッシュさ! 是非アタシは勉強したいのです!」

 

床に膝を着き、悩ましげな表情をしながらエスデスを仰ぎ見るドクターにさすがのエスデスもかける言葉が見当たらないようで無言である。

 

「……皆迷いがなくて大変結構……そうでなくてはな」

 

ドクターの発言をまるでなかったかのように振る舞いつつ、エスデスは帽子のつばを掴み、位置を調節する。

 

「では、出撃だ」

 

「行くぞタツミ」

 

エスデスが少年を連れていくつもりのようだが。

 

まあ、いいだろう。

 

「え……俺も!?」

 

寝耳に水だったのだろうが、エスデスが少年を見逃すはずがない。

 

「補欠として皆の働きを見ておくのはいいことだぞ」

 

……少年はイェーガーズの補欠か。

 

エスデスの独断にも困ったものだ。

 

俺は内心で溜め息を吐きつつギョガン湖へと向かうのだった。

 

 

 

 

ギョガン湖周辺山賊の砦付近。

 

少年とエスデスは2人っきりで山賊の殲滅戦を観戦ずるそうだ。

 

砦へと上がっていく階段の前で一旦立ち止まる。

 

そして、ランが上にある山賊の砦を見上げながら言う。

 

「地形や敵の配置は頭に叩き込みましたが作戦はどうしましょう?」

 

皆で上にある山賊の砦を見上げる。

 

「ドクター以外なら1人でも殲滅できるような相手だから正面から行くとしよう」

 

「帝具の能力は使う?」

 

「いや、クロメは使わなくていい。使ったら山賊程度なら超級1体で殲滅できる。今回は全員がどのように動くのかの確認のためでもあるしな」

 

「ん、わかった」

 

コクリとうなずくクロメ。

 

「それでは……さっさと終わらせるぞ」

 

そして、俺たちは山賊の砦へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

山賊の砦の入り口が見えてくると、そこからぞろぞろと山賊が現れてくる。

 

その数は軽く数十人。

 

防具は顔を覆う鉄製のヘルム、服装は薄汚れた白いシャツの上に濃い緑色のジャケットを羽織ったものであり、器は拳銃とナイフ。

 

そんな集団が走ってくる。

 

そして、10メートルほどの位置まで来ると武器をこちらに突き出すように構えると話し出した。

 

「おいお前たちここがどこだか知ってて来てんのかぁ!?」

 

「正面からとはいい度胸じゃねぇか!!」

 

「生きて帰れると思うなよ!!?」

 

口々にそう言ってくる山賊の声には明らかにこちらを見下していた。

 

「うっはーっ、可愛い女の子もいるじゃねぇか」

 

「たまんねぇな連れて帰って楽しもうぜ」

 

ニヤァァ、と下卑た笑みを浮かべているのが声音からしてありありとわかる。

 

サヨもクロメも表情こそ動かしてないが、あの下卑た笑みを向けられては内心穏やかにはいられないだろう。

 

「さてと……門の破壊までは俺がやるとしよう」

 

背に背負っていたパルチザンを左手に持ち、右手に左腰に吊るしていた黒塗りの鞘から抜き出した無毀なる湖光(アロンダイト)を握る。

 

山賊の方に向かって歩き出すと俺に向かって山賊たちが武器を構えながら何の連携もなく駆け出してきた。

 

「…………」

 

俺は山賊たちとの距離を一瞬で詰めると左手に握っているパルチザン横凪ぎに振るった。

 

骨を砕く衝撃が腕に伝わりつつも左から右へと動かす。

 

その動作1つで目の前にいた山賊たちが10人以上吹っ飛んでいった。

 

「…………」

 

目の前で吹っ飛んでいく仲間を見ていた山賊が眼を見開き、口をあんぐりとしながら固まる。

 

隙だらけなので今のうちに門を破壊させてもらおう。

 

左手に握っているパルチザンを思いっきり投擲する。

 

砦の門にぶつかると、ゴオォンッッ!! と粉塵を巻き上げながら門が大破した。

 

「……脆いな」

 

溶断出来るほど赤熱化していないパルチザンを1回投擲しただけで壊れるとか……予想以上に門が脆かった。

 

ふと、背後に視線を移すと驚いているウェイブの姿があった。他の面子は普段と変わらぬ様子である。

 

そのうちウェイブも他の面子と同じようにこの程度のことでは驚かなくなるだろうと思う。

 

視線を前に戻すと腰を抜かして、四つん這いになりながら逃げようとしている山賊が数歩先にいた。

 

「ひ、ヒィッ!?」

 

俺が近づいてくるのを知るや否や顔を恐怖1色に染め上げてガタガタと震えてだす。

 

「……運がなかったな」

 

俺はそいつの足を左手で掴むと、そいつを砦の外壁に向けて投げた。

 

グシャリと潰れ外壁を赤く染め上げる。

 

目の前で起こった出来事に放心して隙だらけな山賊たちを次々と斬り捨てていく。

 

確実に殺すために首をはね飛ばし、胴体を両断する。

 

「こ、この、化け物め!」

 

少し離れた位置から拳銃を向けてくる山賊との距離を一瞬で詰めて、拳銃を握っている方の手首を斬り落とす。

 

その際に拳銃を左手で回収して山賊の頭に突きつける。

 

「へっ!?」

 

「その言葉は聞きあきた」

 

言うと同時に発砲。

 

その死に顔は自分の手が斬り落とされたことすら認識していなかった。

 

背を向け逃げ出す山賊たちに次々と発砲して仕留める。

 

特級危険種や超級危険種の動きと比べると動いていないに等しい。

 

……所詮は弱者しか狙わない賊徒か。

 

弾の切れた拳銃を足元に転がっている虫の息の山賊に叩きつけてから門の方へと歩を踏み出す。

 

「……なんだこれは?」

 

砦の外壁の上にいた山賊目掛けて高速で拳台の大きさの火を吹く何かが飛んでいった。

 

それは外壁にぶつかると同時に爆発。

 

振り返って見るとそこには二足歩行で両腕を真っ直ぐ伸ばし砲身の長い大筒を握っているコロの姿があった。

 

先ほどの何かはコロが握っている大筒から放たれたものだろう。その証拠にコロの握っている大筒の砲身からは煙が出ている。

 

この大筒はドクターの造り出した兵器で間違いあるまい。

 

視線を先ほど爆発のあった場所に戻すとそこは抉れていた。

 

威力も中々のものだと感じさせる。

 

量産したらコストのかかるものの防衛戦や攻城戦では使い方次第で無類の戦果を出すことだろう。

 

そんなことを考えているとクロメが1人砦へと駆けていく。

 

「行ってくる」

 

「ああ」

 

すれ違い様にそう言葉を交わし、クロメは砦の中へと入っていった。

 

 

 

 

それから数分もしないうちに山賊の殲滅は終了した。

 

ランが上空から逃げ出す山賊たちを羽根で撃ち殺し、ボルスが砦の外壁から弓で応戦してくる山賊たちを放たれる矢ごと焼き、クロメとウェイブは砦の中で山賊たちを斬り殺し、サヨはコロに跨がり弓で山賊たちを射抜いていった。ドクターは私兵で辛うじて生き残っている山賊を発見次第淡々と始末していたが。

 

大きな仕事ではあったが、イェーガーズ全員でやるような仕事ではなかったとつくづく思う。

 

だが、これでこの辺りの賊による被害は減少することは確実だ。

 

それだけでもやった甲斐はあるものだ。

 

これで商人や旅人たちも少しは安全にこの辺りを移動できるだろう。

 

山賊たちの死体はその砦ごとボルスに焼却してもらい、帝都に帰還。

 

今回の1件についての報告書をまとめ、ファイルに挟んでおく。

 

「結局……無毀なる湖光(アロンダイト)の出番はほぼなかったな」

 

イェーガーズ本部で無毀なる湖光(アロンダイト)の刀身を磨きつつぼやく。

 

無毀なる湖光(アロンダイト)についてこれは帝具なのか質問が来たが否と答えた。

 

無毀なる湖光(アロンダイト)の存在自体を知らないウェイブやサヨからは当然のように帝具でないなら何なのだと質問されたがその答えは内緒だと話して神造兵器であることは言わなかった。ドクターは調べたいから貸してくれないと言ってきたが……。

 

当然断ったが。その事もあらかじめわかっていたのだろうドクターは残念ねと肩をすくめていた。

 

ただ、例え神造兵器であることを素直に話しても誰も信じないだろうがな。代わりにドクターが物凄く興味を持ちそうではあるが。

 

ナイトレイドが相手であれば出番は少なからずあるだろう。

 

それ以外であれば滅多に出番はなさそうであるが……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話 鎧と鎧

ギョガン湖の1件が終わり、イェーガーズ本部に戻ってからしばらくするとウェイブと少年が一緒に出かけていくのが部屋の窓から見えた。

 

「……2人で何処に行くんだ? それ以前に……」

 

エスデスが少年と一緒にいないことに疑問を抱くのだが……。

 

「失礼しま~す」

 

窓から外を見ていたら気の抜けた声を発しながらクロメが部屋に入ってきた。その右手にはお菓子袋が握られていた。

 

「どうした? 」

 

「エスデス隊長が賊探しも兼ねてフェイクマウンテンに狩りに行くって。それで将軍はサヨ、ドクター、ボルスさん、ランと一緒に本部で待機しててだって」

 

「そうか。先ほどウェイブと少年が一緒に本部から出ていったのはそう言うわけか」

 

納得の理由だ。

 

「うん。宮殿前で合流してからフェイクマウンテンで2手に別れて行動することになってる」

 

「気をつけろよ」

 

「もちろん」

 

小さくうなずくとクロメは部屋から出ていった。

 

さて、本部に残る全員にいつでも出動出来るように万全の体勢を整えておけと連絡しておかなければな。

 

相手はナイトレイドだけではない。いずれは対革命軍のための部隊として動く可能性は少なくない。

 

革命軍側にも確実に帝具使いはいる。

 

そいつらと戦うことになるのは当然、帝具使いだ。

 

ナイトレイドが革命軍の暗殺集団の1つであることはチェルシーからの報告でわかっている。メンバー全員はさすがに把握出来ていないが……。

 

把握するのは時間の問題だ。

 

敵の敵は味方と言うが、俺からすれば敵の敵は敵だ。共通の敵を打倒し終えたら敵になるのだから味方ではない。

 

むしろ、利用するだけ利用して疲弊させて楽に潰せるようにすべき存在だ。

 

弱らせ過ぎてもいけないのが辛いところではあるが……。

 

徐々に疲弊させていくのはなんとも難しいことだ。

 

革命軍の内側も切り崩す必要があるがそれはチェルシーに任せている。ナイトレイドと合流する前にこちらに革命軍を内側から切り崩すための情報を送るらしいしな。

 

もっとも、こちら側に寝返るように仕向けることが出来れば一番いいのだが。

 

なんせ……膿を排除したら排除したで今度は人が足らなくなる。

 

まともな人材が少ない今、1人でも多くの人が必要だ。例えそれが革命軍側にいたとしてもだ。

 

真に帝国のことを考える人物なら大臣がいなくなり、陛下が革命軍が帝国の配下になるのであれば無罪放免とすると声明を出せば帝国側に寝返るだろう。

 

ただし、それが本当のことかは時間をかけて調べる必要があるが。

 

まあ、そこは常に監視しやすいポジションに配属させておけば問題はあるまい。

 

「……さて、無毀なる湖光(アロンダイト)を磨くとするか」

 

俺は黒塗りの鞘から無毀なる湖光(アロンダイト)を抜くと机の引き出しからタオルと研磨剤を取り出すと無毀なる湖光(アロンダイト)の刀身を磨き始める。

 

そのうち出番が来るであろう時を想像しながら。

 

 

 

 

「ああ! くそっ……タツミの奴、何処に行った?」

 

フェイクマウンテンで植物や岩などに擬態していた危険種からの襲撃によりタツミと離れてしまったウェイブ。

 

―――もしかして……逃げた?

 

その言葉が浮かぶと同時にウェイブの脳裏に怒れるエスデスの姿が過る。

 

「やべぇ……こりゃあ、なりふり構ってる場合じゃねえ!!!」

 

エスデスの怖さは帝国海軍にも伝わっている。

 

ウェイブはこのままタツミに逃げられてしまった場合の自分の末路を考えると迷わず帝具を使うことを決めた。

 

帝具の発動キーである大剣を地面に突き刺し叫ぶ。

 

「グランシャリオオオォォォッッ!!」

地面を砕き現れた黒き鎧がウェイブの身に纏われる。

 

同じ鎧型帝具であるインクルシオに見た目は似ているが、後継であるためパーツが多くデザインも近代的だ。

 

そして、マントのような感じで薄い半透明の防護フィルムを備えている。

 

帝具グランシャリオを身に纏ったウェイブはタツミを探しに凄まじい勢いで駆け出した。

 

 

 

 

その頃、タツミはと言うと……。

 

「なあ……兄貴」

 

「どうした、タツミ?」

 

帝具インクルシオを纏ったブラートと一緒に移動していた。

 

ただ、普通に一緒に移動していたのではなかったが。

 

「……何で……お姫様抱っこなわけ?」

 

「何でってそりゃあ……」

 

ここまで言ってブラートが言葉を切る。

 

そして、数秒してから言葉を続けた。

 

魔王の城(イェーガーズ本部 )に捕らわれた(タツミ)を救出したからに決まってるだろ」

 

鎧でブラートの顔が見えないのに頬を赤く染めている姿を幻視し、タツミは悪寒を覚える。それはくしくもエスデスに自分の貞操を狙われた時に感じたものと同一のものだった。

 

不意にレオーネの言葉が浮かび上がる。

 

「気をつけろ。コイツ、ホモだぞ」

 

同時に思い出されるのは否定の言葉を口にしなかったブラート。

 

―――これって……兄貴にも貞操を狙われてる?

 

いや、まさか……と頭を振って、そんなことはないと自分に言い聞かせるも1度抱いた疑念は消えることなく膨らみ続けていく。

 

そんな馬鹿なと必死に否定するも、もしかしたら本当かもしれない。聞いてもしそれが本当だったら自分はどうなるのか……。

 

―――あ、兄貴……!?

 

―――何も心配するな……全部俺に任せとけ、な?

 

「……………………」

 

一瞬ではあるが()()場面を想像してタツミの顔から血の気が引く。

 

「どうした?」

 

タツミの顔色が悪くなっていることに気がついたブラートが声をかける。

 

「……い、いや……なんでもないよ!」

 

左右にブンブンと頭を振って先ほど想像した場面を頭から追い出す。

 

「そう……っ!」

 

そうか、と答えようとしたブラートが背後から何者かが迫ってくるを感じ、言葉を切る。

 

「……兄貴」

 

ブラートの様子に追っ手が近づいてきたのを察するタツミ。

 

ブラートはタツミを降ろすと、タツミに背を向ける。

 

「俺が運んでやるのはここまでだ。追っ手の相手は俺がするからアジトに先に帰ってな」

 

インクルシオの副武装である鎗、ノインテーターを呼び出して追っ手を迎え撃つ態勢となる。

 

「……兄貴、ちゃんと帰ってきてくれよ」

 

「おうっ! 安心してアジトで待ってな」

 

ブラートに背を向け、走り出すタツミ。

 

河川を渡り、向こう側の森の中へと姿を消した。

 

「さて……来たか」

 

タツミが向こう側の森の中へと姿を消して数秒もしないうちに風を切り裂くようにして黒い鎧を身につけた存在がブラートの前に降り立つ。

 

「おいおい……とんだ大物に遭遇しちまったぜ……」

 

黒い鎧……帝具グランシャリオを身に纏ったウェイブは目の前にいるノインテーターを構えたインクルシオの姿を見据える。

 

その距離はほんの数メートル。

 

「知ってるぜインクルシオ……このグランシャリオのプロトタイプ……そして何より」

 

ウェイブがブラートを指差す。

 

「それを着てるってことはお前、ナイトレイドのブラートだな? なるほどな、うさんくさい山にはうさんくさい奴が潜んでるぜ!」

 

ウェイブは拳を構える。

 

―――目標変更。逃げたタツミより目の前のナイトレイドを優先する。

 

 

 

 

「将軍ちょっといい?」

 

「どうした?」

 

ボルスが夕食を作り始めたので、その手伝いをしているとドクターが厨房にやって来た。

 

「将軍が入手した帝具のメンテナンスをしたいから持ち出しの許可が欲しいのだけれど、いいかしら?」

 

俺が入手したとなるとエクスタスとスペクテッドの2つか。

 

俺は野菜を包丁で斬りつつ返事をする。

 

「わかった。だが、ちゃんとメンテナンスが終わったら帝具の保管庫に返却は必須だ」

 

「もちろんよ。アタシはアタシの夢のために色々な帝具の仕組みを知りたいのよ」

 

「……なら、夕食後に部屋に来てくれ。そこで必要な書類を渡そう」

 

「ありがと、助かるわ」

 

ドクターは礼の言葉を言うと厨房から出ていった。

 

「ドクターは夢のために頑張ってるんだね」

 

魚を捌きながらボルスが言う。

 

「帝具と並ぶ武具を造るのが夢だと言っていたからな……」

 

千年も前の武具である帝具。

 

当時よりも技術も進歩しているはずなのに現在の武具よりも圧倒的に優れている。

 

生活面では進歩しても武具に関する技術においては後退しているように思えてしまう。

 

「……ウェイブ君は大丈夫かな?」

 

「どうだろうな。ウェイブはイェーガーズの中で感性が一番一般人に近いから苦労するのは確実だ」

 

「無事に帰って来てくれるといいんだけど」

 

「だな。一応、エスデス将軍がいるから大丈夫だと思うが……」

 

そう言ってみるものの大丈夫だとは思えない。お遊び程度の拷問をされていそうで……。

 

エスデスのお遊び程度の拷問=普通の拷問と大差ないから余計に心配になってくる。

 

「それにクロメちゃんもいるしね」

 

クロメか……ウェイブが死にかけとかじゃなければ大丈夫だろうが……もし、死にかけていたら骸人形化が確定してしまう。

 

「……個人的にはそこが一番心配だ」

 

ポツリとボルスに聞こえないような声量で言葉を漏らす。

 

クロメの近くで死にかけたら骸人形にするとクロメ本人に宣言されている俺と違って、なんの前触れもなく止めを刺されることになればたまったものじゃないだろう。

 

そうならないことを切に願おう。

 

俺のようにクロメと話し合って決めたわけではないのだから。

 

 

 

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

ブラートの振るう(ノインテーター)とウェイブの拳がぶつかり合う。

 

積極的に攻めこむウェイブであるがブラートに蹴りや拳を悉く迎撃され攻めきれない。

 

逆にブラートから繰り出される刺突を防御フィルムで防ぐも、連続で繰り出されるとその全てを防ぐことは出来ずに何発かもらってしまう。

 

―――強ぇ……これがナイトレイドか……。

 

鎗と拳のリーチ差だけでなく、純粋な実力差を目の前にいるブラートから感じ取っていた。

 

帝都の治安と平和を蝕む大悪党、更には反乱軍と繋がっているという話のあるナイトレイド。そのナイトレイドを相手にするために組織されたイェーガーズ。

 

ウェイブはナイトレイドが如何に強敵であるのかを身をもって実感した。

 

同じ鎧型の帝具であるインクルシオ。その後継であるグランシャリオを使っているのに歯が立たない。

 

グランシャリオの方が後期型でインクルシオよりも基本性能が上という話なのにも関わらずだ。

 

防御に回れば確実に殺られる。それを直感で感じ取っていた故に積極的に攻めていたが終始攻めきれないでいた。むしろ、押されていた。

 

―――これが俺たちイェーガーズが倒すべき敵!!

 

鎧のあちらこちらに罅が入り、右肩に関しては鎧の一部が欠損して中身が見えており、そこから血が流れている。

 

隙なくノインテーターを構えるブラートは無傷。

 

ウェイブがブラートと戦闘を開始してから僅か数分でこの状態になった。

 

ウェイブは自分が目の前にいるブラートに勝てないのを改めて理解した上で戦闘を続行する。

 

自分が目の前にいる敵を足止めしていれば東側にいるエスデスとクロメが戦闘音を聞きつけ、駆けつけてくる可能性が時間が経過する毎に大きくなる。そうなれば3対1……仮に自分が戦闘不能になっても2対1だ。

 

そうなれば十分に勝機はある。

 

ウェイブはエスデスとクロメが駆けつけてくれることを信じ、全力をもってブラートの足止めを開始した。

 

 

 

 

ピシッ!

 

「…………不吉な」

 

ダイニングルームで本部に待機中のメンバー全員で談笑していると突如ウェイブが使っている湯飲みに罅が入ったのだ。

 

「大丈夫かな? ウェイブ君……なんともなければいいんだけど」

 

「……そうですね」

 

不安そうに表情を陰らすサヨにドクターが声をかける。

 

「怪我ならアタシがきちんと治すから安心してね」

 

不安そうなサヨを安心させるように決め顔で言うドクター。

 

「不安なら私が様子を見に行ってきましょうか? 」

 

ランがサヨに気を使いそう言うもサヨは首を左右に振る。

 

「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。ウェイブはきっと無事に帰って来てくれると信じてるので……だって、今度の休みに一緒に出かける約束をしましたし」

 

若干照れた様子で言うサヨ。

 

そして、サヨ以外の全員が顔を見合わせる。

 

「……ねぇ、これってデートの約束よね」

 

「いえ……純粋にサヨの記憶を取り戻すための手伝いの可能性もあります」

 

「でも、サヨちゃんの様子からしてデートに行くような感じがするけど」

 

「まあ、そこは本人たちの問題だ。とりあえず、本人たちにとってそれがいい思いでになることを願ってやるべきだろう」

 

男4人で小声でそんなやりとりをしつつ、次の休日が楽しみといった様子で表情を綻ばせるサヨを見る。

 

何事もなければ良いのだが……。

 

言い知れぬ不安を感じながら俺はサヨから視線を外した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話 鎧と氷

「カッ……ハ……」

 

ドゴォッ!! と音を響かせながらウェイブの身体が岩肌に叩きつけられる。

 

グランシャリオは両腕部分が全損し、半透明防御フィルムは半壊、鎧のいたるところが欠けており、そこからは血が流れ出ている。

 

鎧が強制解除され、傷だらけとなったウェイブが地面に倒れ込む。

 

鎧が強制解除されたのを見るとブラートはゆっくりと地面に倒れているウェイブに近寄る。

 

「まだお前のような奴が帝国にいたんだな」

 

「…………っ」

 

ゆっくりではあるが徐々に立ち上がるウェイブ。

 

満身創痍としか言えない状態でありながらその目は力強く輝いていた。

 

ウェイブとの戦いでブラートはウェイブが今の帝国ではあまり見なくなったタイプの真っ直ぐな人間であるのを感じ、止めを刺すことなく話かけた。これが性根の腐った奴であれば、既にブラートは止めを刺していただろう。

 

だが、ウェイブは敵であるが殺すのが惜しいと思ってしまえるような人物であり、出来ることなら仲間に引き込みたいとさえ思っていた。

 

それが難しいことはブラート自身よくわかっている。

 

自分と似たタイプの人間は自分の信念を曲げない。自分の信じた道を突き進む。

 

ブラート自身がそうであるように。

 

「……あんた……のような男が、何でナイトレイドに……」

 

ウェイブ自身もわかっていた。目の前にいるブラートと自分が似ていることに。

 

だからこそ、帝都の治安と平和を蝕む大悪党といわれるナイトレイドに所属していることに疑問を抱いた。

 

帝都の悪い噂は帝国海軍にいた頃から耳にしていた。だが、目の前にいるブラートは資料にあった通りの悪党かといわれると、はいそうですと、言い切れない。

 

確かに人殺しで暗殺者の1人だろう。だが、戦ったからこそわかる。

 

目の前にいるブラートは己が信念のために戦っているのだと。

 

其処(ナイトレイド)が俺の信念を曲げずに戦える場所だからだ!」

 

元々、帝国軍に所属していたブラートは帝国で暮らす民を守る軍人であった。

 

「悪党と罵られようと! 外道だと言われようと! それが帝国で暮らす民のためになるなら構わねえ!! 」

 

立場が変わろうともその気持ちに嘘はない。

 

帝都の腐った連中の元で働くよりもそっちの方が断然いい。

 

「お前のような仲間になったら心強い奴を殺したくはねえが……敵として厄介な奴を仲間のために生かしておくわけにはいかねえ」

 

ノインテーターを構えるブラート。

 

目の前にいるウェイブを殺したくないと思うも、それはブラート個人の感情。ここで見逃しては仲間の命を脅かす存在となるのは明白。自分の思いと仲間の命。それを天秤にかけ……ブラートは仲間の安全を選んだ。

 

「……ッ」

 

「じゃあな」

 

ノインテーターが振るわれる。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

イェーガーズ本部のダイニングルームは重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

そこにサヨの姿はなく、いるのは男のみ。

 

お互いに相手の表情の変化を読み合うこと十数秒。

 

沈黙が破られる。

 

「スリーカード」

 

「ワンペア」

 

「ツーペア」

 

「この勝負……アタシの勝ちね! フラッシュよ!! 」

 

決まったとばかりに決めポーズをするドクター。

 

ちなみに俺はワンペア。ランがスリーカード、ボルスがツーペアである。

 

暇をもて余した俺たちは普段絶対にこの面子ではやらないであろうことをやろうと話し、その結果ポーカーをやることになった。

 

やり始めると意外と白熱し現在は6戦目。

 

戦績ははランが2勝、ドクターが2勝、ボルスと俺が1勝づつである。

 

「それにしてもラン君にドクターも強いね」

 

「強いと言っても引きがいいだけですけどね」

 

「スタイリッシュな男は引きの強さも違うのよ!」

 

「では、次のゲームを開始しよう。10戦やって1番勝率の低かった奴が罰ゲームを受けるのは忘れてないな?」

 

俺が確認するように問うと全員がうなずく。

 

ちなみに罰ゲームはドクターの私兵が行っている奇抜なポーズをすることである。

 

ある意味で負けられない戦いがここにあった。

 

あと、ドクターの罰ゲームはスタイリッシュな行動全般の禁止である。

 

 

 

 

ノインテーターがウェイブの命を刈り取るべく振るわれる。

 

ウェイブの目にはゆっくりと自分の命を奪い去るであろうノインテーターが映っていた。

 

―――約束……破っちまったなぁ……。それに、まだ恩も返せてないし、母ちゃんを1人にさせちまう。

 

脳裏を過るのはイェーガーズに入ってから会った少女と交わした約束と帝国海軍にいる恩人と母親の姿。

 

「―――何を諦めている」

 

声がすると同時に辺りが氷の世界へと変貌する。

 

ウェイブの首をあと少しで斬り裂くであろうところでノインテーターが止まり、ブラートが氷の中に閉じ込められる。

 

声の聞こえた方へ振り向くとそこには、明らかに不機嫌そうなエスデスと我関せずとばかりにクッキーを食べているクロメの姿があった。

 

「……エスデス、隊長……」

 

「ふん……弱者は淘汰されるのが定めだが、部下を見捨てるのは忍びないのでな……それに、見殺しにするとランスロットの奴がうるさい」

 

明らかに後者の方が本音のような気もするがウェイブはそれでも力のない笑みを浮かべた。

 

援軍が来るまで相手の足止めをするという目的を達成出来たからだ。

 

「……大丈夫?」

 

いつの間にかウェイブの傍まで来ていたクロメが肩を支えながらそう訊ねる。

 

「身体中が痛えけど……何とかな」

 

「本当ならタツミを逃がした罰として拷問してやるところだが……」

 

クロメに肩を支えてもらっているウェイブへと近づいていくエスデス。

 

「ナイトレイドのブラートを足止めしていたのだから……特別に勘弁してやろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

た、助かった~! と内心で喜びの声を上げるウェイブ。

 

「……下がっていろ。どうせこの程度で終わるような奴ではない」

 

「当たり前だ! 俺の体に流れる熱い血はよ……凍らされた程度で鎮まるようなモンじゃねーんだよ!!」

 

氷を内側から砕き、ブラートがエスデスにノインテーターの穂先を向ける。

 

「ほう、言うではないか。なら、私がその血ごと凍てつかせてやろう」

 

好戦的な笑みを浮かべたエスデスがサーベルを抜きブラートへと向ける。

 

一触即発の空気が漂い、クロメとウェイブも不用意に動けない。

 

ほんのちょっとの切っ掛けがあればすぐにでもこの2人はぶつかり合うことになるだろう。

 

そして、溶け始めた氷がピシッと小さな音を立てた。

 

同時に動き出すブラートとエスデス。

 

ノインテーターとサーベルがぶつかり合い、激しく金属同士がぶつかり合う音を響かせる。

 

技量は互角。だが、力では完全にブラートがエスデスを上回っているものの速度では僅かにエスデスの方が上だった。

 

「……ウェイブが勝てないわけだ。帝国でも5指に入るような猛者とはな」

 

―――一方的な狩りになると思っていたがこれは楽しめそうだ!

 

久しく現れなかった自分と同レベルに近い相手の出現にエスデスは笑みを浮かべる。

 

「ハッ……そうかよ」

 

「む……なんだ折角褒めてやったと言うのにもう少し嬉しそうにしてもいいんじゃないのか? 」

 

「敵に褒められても嬉しくないんでな」

 

そんな言葉を交えつつも2人は休む間もなくノインテーターとサーベルを振るう。

 

「それは残念だ」

 

エスデスがパチンと指をならし巨大な氷塊を作り出しブラートに向けて落とす。

「チッ…… 」

 

避けるのは無理だと悟るとブラートはノインテーターの1突きで巨大な氷塊を破壊する。

 

砕けた氷の破片が散らばる中を高速で氷剣が突き抜けてブラートを襲う。

 

「しゃらくせえ!」

 

そう吼えながらブラートがノインテーターを横凪ぎにして氷剣を破壊し、同時に次の氷剣を生成しているエスデスに向かって駆け出す。

 

「……これはどうする?」

 

エスデスが腕を振り下ろす。それと同時に氷剣が一斉にブラート目掛けて射出される。

 

隙間なく放たれる氷剣がエスデスの視界からブラートの姿を隠す。

 

が、ブラートはそれを最小限の動きで破壊し、無傷の状態でエスデスの前に出る。

 

そして、ノインテーターがエスデスに向かって突き出された。

 

討ち取れなくとも確実に手傷を負わせることは可能。

 

それなのにエスデスの顔に焦りはなかった。

 

「―――グラオホルン!」

 

一瞬にして作り出された先の鋭く尖った氷がものすごい勢いでブラート目掛けて伸びていく。

 

「グオッ!?」

 

咄嗟にノインテーターを盾にして防ぐも一気に距離を離されてしまう。

 

「必殺技を防ぐか……なら、もう1つオマケしてやろう。―――ハーゲルシュプルング!!」

先ほどブラートがノインテーターの1突きで破壊した氷塊よりも巨大で密度の高い氷塊がブラートを押し潰した。

 

その余波で巻き起こる風に煽られ、木々がざわめく。

 

クロメは八房の骸人形であるナタラに気絶しているウェイブを担がせて巻き込まれないように離れた位置からその光景を目の当たりにしていた。

 

「……これに帝具なしで互角以上に戦える将軍って」

 

クロメはエスデスの実力からランスロットが如何に化物じみているのかを再度認識した。同時にブドー大将軍もその中に含まれているので帝国の将軍らは人間と認めていいのだろうか? と少し悩んでしまう。

 

「……ま、いっか。速さだけなら将軍や隊長に近い人もいるんだし」

 

エスデスやランスロットを除けばイェーガーズ最速。帝具を使えば空を飛べるランの方が速いが、それでも素の状態であればの話だ。

 

ポリポリとクッキーを摘まみながら、クロメはエスデスが戻ってくるのを待つのであった。

 

 

 

 

がらがらと音を立てながら氷塊が崩れていく。

 

「……呆気ない終わりだな」

 

エスデスが崩れた氷塊の間を進みながら押し潰したブラートの姿を探す。

 

それはもちろん……生きていたら止めを刺すためにだ。

 

仮に死んでいるのであれば帝具インクルシオの回収が目的である。

 

「……ッ!?」

 

突如として感じた悪寒。

 

それに従いエスデスがその場から跳躍する。

 

だが、少し遅かったようで左の太ももに斬り傷を負ってしまう。

 

「ようやく……1撃か」

 

ノインテーターを突き出した格好でブラートの姿が現れる。

 

インクルシオの奥の手……透明化。

 

これにより姿を消し、さらには暗殺者として鍛えた気配遮断。

 

この2つを組み合わせてブラートはエスデスに傷を負わせることに成功したのだ。

 

最もエスデスが奥の手である透明化のことを知らなかったのが大きい。でなければエスデスに傷を負わせることが出来なかったであろう。

 

ブラート自身がその事を1番理解していた。

 

「面白い……久々に負傷したぞ」

 

地面に着地するなりエスデスは自身の左の太ももから流れ出る血に1瞬だけ視線を向けるとその視線をブラートに移した。

 

ブラートも無傷と言うわけではなく、コートが半ば千切れ、鎧のあちらこちらに罅が入っている。

 

本来の目的である時間稼ぎはもう十分であろう。

 

これ以上はさすがに持たない。

 

ウェイブ戦から休むまもなくエスデスとの戦闘になったのだ。当然、体力をかなり消費している。

 

このままだとインクルシオが強制解除されてしまうのは確実だ。

 

故にブラートは透明化を使いながら、撤退を開始する。

 

左の太ももに斬り傷を負ったことにより動きの遅くなったエスデスは氷剣を周囲に放つも、ブラートに逃げられてしまった。

 

ブラートに逃げられてしまったにも関わらずエスデスの顔に不満の色はなく、むしろ狩り甲斐のある獲物を見つけた狩人のような表情をしている。

 

「……逃げたか」

 

 

 

 

翌日の早朝……足を負傷したエスデスとボロボロになったウェイブと無傷のクロメがイェーガーズ本部に帰ってきた。

 

ただ、ウェイブは怪我と疲労により現在はドクターの治療を受けているが……。

 

特にウェイブの疲労の原因が酷い。

 

フェイクマウンテンからエスデスの作り出した氷の馬車を1人で引いて走ってきたからだ。

 

少年を逃がした罰とナイトレイドに敗北した罰だそうだ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだろう。

 

ウェイブの今月の給料は少し上げておこうと思ったくらいだ。

 

「……なるようになるか」

 

エスデスの負傷という完全に予想外の出来事が起きたが、それは俺の計画に何の影響もない。

 

今、死なれたら困るが……結局時期が来たら死んでもらうつもりだ。

 

性格からして大臣のいなくなった後の帝国にはいらない存在なのだから……。

 

いるだけで害になるのは目に見えている。

 

はぁ……どこかに優秀な人材はいないだろうか?

後……これは完全に余談ではあるがポーカーはドクターがビリとなりスタイリッシュではないドクター……いわゆる普通なドクターになっている。

 

本人の身体が時折、不自然に震えたりしているが……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話 目覚める者

お久しぶりです。

大変遅くなりました。


俺は今、イェーガーズ本部ではなく宮殿の中庭で陛下と一緒にいる。

 

陛下の手には帝国軍の一般兵士に支給されている剣の模造品が握られている。最も模造品であるが故に重量に関してはとても軽く身体の出来ていない陛下でさえも軽々と持てるほどだ。

 

俺が宮殿に来ることになった理由はドクターに帝具の引き渡しをするためだ。エクスタスとスペクテッドの2つである。

 

「く……鎮まりなさい……アタシの身体……スタイリッシュな男なら、罰ゲームの1つや2つ問題ないはずよ!!」

 

まるで薬物の禁断症状のように身体をビクンビクンと震わせながらドクターがぶつぶつと言っている。

 

スタイリッシュなポーズをとろうとする度に無理矢理変なポーズをするため、元々変だったポーズがさらに奇抜に変化してしまっている。

 

「な、なあ……ランスロット……その、ドクターはどうしたのだ?」

 

あまりにもおかしい様子のドクターに不安を覚えたのだろう。

 

「何か悪い病気を患っているわけではないのでご安心を。単に普段出来ていることが出来ないので少々おかしくなっているだけです」

 

「そ、そうか。何か悪い病気であるのかと心配になってしまったぞ」

 

ホッとしたように息を吐き出す陛下。

 

視線をドクターの方に移すと……。

 

「スタイリッシュな男なら……このくらい……」

 

震える左腕を右手で押さえつけるドクター。

 

……よし、見なかったことにしよう。

 

普通のドクターは罰ゲームが施行されてからわずか数分だけだった。

 

スタイリッシュを抜くとドクターが単なる薬物中毒者にしか見えなくなるので次からは別のにしよう。

 

「ドクターのことは放っておいて……陛下やりましょうか」

 

「うむ、よろしく頼むぞ」

 

コクリと小さくうなずくと陛下はは模造剣を正眼に構えて真っ直ぐに降り下ろした。

 

降り下ろした剣をまた正眼に構えると真っ直ぐに降り下ろす。

 

何度も何度も同じことを繰り返した。

 

その光景を見つつ、ドクターへと視線を向けると何かを悟ったような顔をしているではないか。

 

「そうだったのね……真のスタイリッシュとは内から溢れ出るもの、それに今さら気がつくだなんてアタシもまだまだね」

 

………………。

 

「ああ、今のアタシならわかる。人が内に秘めしスタイリッシュ度が」

 

どうやら、よくわからない謎の目覚めが起きているらしい。

 

人の内に眠る輝きなら未だしもスタイリッシュ度がわかるとは……。

 

ドクターが両手を広げ天を仰ぐ。

 

その動きは無駄に清廉されており、今までの奇抜なポーズよりも普通に決まっていた。

 

「新たな扉を開いたアタシはまさにスタイリッシュな男として1段階上に上がった」

 

…………俺は何も聞いてないし、何も見なかった。

 

何やら新たな扉を開いたドクターの邪魔をするのも悪いしな。

 

本音を言えば関わりたくない。それだけだ。

 

内なるスタイリッシュに目覚めたドクターなんか知らない。

 

 

 

その頃、イェーガーズ本部の医務室では……。

 

「コロちゃん、つまみ食いは駄目だからね」

 

「きゅ~」

 

コロが物欲しそうにお盆に乗っている炒飯を見つめている。

 

「あーん」

 

レンゲに乗った炒飯がウェイブの口元に運ばれていく。

 

「い、いや……自分で食べられるから」

 

「怪我人なんですから遠慮しないでください」

 

既に何度も行われたやりとり。

 

本来いるはずの医者も空気を読み、退出済みである。

 

退出する際に「……これが若さか」と哀愁の籠った言葉を口にしていた。

 

医者……37歳独身。過去に3人の女性とつき合うも全て破局。しかも、その内の2人美人局(つつもたせ)のため正確にはつき合っていた人数は1人と言える。現在、恋人募集中である。

 

そんな医者の事情など知るよしもないウェイブとサヨであった。

 

 

 

 

「…………………………なあ、ランスロット」

 

「どうしました?」

 

「…………いいのか?」

 

「ええ……構いません」

 

そう、何やらよくわからない悟りを開き、自称新たなスタイリッシュに目覚めたドクターは近衛兵のスタイリッシュ度を測りに行ってしまったのだ。

 

その先で幾つもの雷が発生しているが……。

 

ドクターのことだから無事だろう。

 

結構しぶとそうなキャラをしているからな。

 

「それよりも……陛下はチョウリ元大臣、いえ今はチョウリ内政官でしたね。彼の後ろ楯にブトー大将軍がついたのはご存知ですか?」

 

「知っておるぞ。大臣が時折、は~……頑固親父2人のせいでストレスが溜まりますねぇ、と愚痴をこぼしてるからな」

 

「そうですか」

 

とりあえず、大臣が嫌なめにあっているので気分が良くなる。

人の不幸は蜜の味というが正しくそれだろう。

 

あの2方が組んでいるのだから大臣の動きはある程度抑えられる。

 

後はこのチャンスをどう生かすかだ。

 

革命軍の戦力を減らすか、大臣側の権力を削ぎ落とすか悩み所だ。どちらを選んでも最終的には両方をやることになるのだからそこまで考える必要はないが、どちらを先に潰したかで取るべき手が若干変わる。

 

1番良い展開は大臣を排除した上で革命軍に身を寄せている内政官らをこちら側に引っ張ることだ。

 

革命軍側を下手に弱らせると大臣に対する圧力が弱まってしまう。

 

それは俺が困る。少なくとも革命軍にはこちら側の注目を集めていてもらわなければならない。

 

そうすることで俺が裏でこそこそと謀りやすい。

 

怪しまれても革命軍に対するものだと言えば強くは突っ込まれないからだ。

 

「……ランスロット。今亡き父上が帝国を見ていたらどう思うだろうか?」

 

「わかりません。陛下のお父上とは話したことは皆無に等しいので。ただ……悲しむとは思います」

 

「……そうか」

 

「ええ。ブドー大将軍やチョウリ内政官は陛下のお父上がご存命の頃から軍人、内政官として働いていたはずですので2人に聞けば詳しくわかると思います」

 

ここで大臣の名前を出さない。

 

帝国の腐敗を一気に進めた男に聞いたところで都合の良い嘘を吹き込まれるだけだ。

 

大臣が勢力を急激に伸ばしたのは先代が亡くなってから。

 

つまりは……それなりに知恵があったということ。

 

ただの愚か者であれば大臣の力は今以上に強大であったはずだ。

 

まあ、それでもこの有り様なのだから能力はたかが知れているのだろう。

 

……そういえば……先ほどからうるさいくらいに落ちていた雷が無くなったな。

 

 

 

 

「ンフフ……雷に対しての耐性もバッチリ! さすがアタシね」

そう喜びはしゃぐ、スタイリッシュの視線の先には銀色に輝く武骨な鎧を装備した体長2メートルを超える筋骨隆々な大男の姿があった。

 

「そうかよ」

 

不機嫌そうに呟くのは銀色に輝く武骨な鎧を着た男……オーガである。

 

既に帝都警備隊隊長だった時の面影はなく誰1人この男がオーガと気がつくことはなかった。それ故にこの男は宮殿に入れたのだ。

 

「ああ、オーガあなたにこれを渡しておくわね」

 

スタイリッシュがオーガに向けて()()を放り投げる。

 

「いいのか?」

 

帝具を受け取り、スタイリッシュに尋ねた。

 

「ええ、問題ないわ。あなたの新しい目になりそうだしね」

 

新しい目……帝具、スペクテッド。

 

それがオーガの手に渡った帝具の名称である。

 

「なら、ありがたく頂戴するぜ」

 

---これでまた、1つあいつを殺すための力が手に入った。

「さてと、そろそろ行きましょうか」

 

---エスデス隊長も最悪タツミを殺しても構わないって言ってるし、見つけたらオシオキして殺しちゃいましょ。危険な芽は早めに摘み取らないとね。

 

内心ほくそ笑むスタイリッシュは帝都の外へと向かうのだった。

 

オーガはスタイリッシュの後に続く、この後に起こる戦闘が自分の最後の戦いであることを知らずに。

 

 

 

 

夜。ナイトレイドのアジト。

 

そこではエスデスとの戦いでの疲れの大半を回復させたブラートを交えてタツミの帰還を祝い宴を開いていた。

 

「プハーッ! さすがブラート、あのエスデスを負傷させるなんてボスも知ったら大喜び間違いなしだ!」

木製のジョッキに入ったお酒を一気に飲み干してレオーネが上機嫌にそう言う。

 

「さすが兄貴だぜ!」

 

タツミは尊敬の眼差しをブラートに向ける。

 

ブラートが負傷しアジトに戻ってきてから、その負傷の理由を聞いてタツミはブラートに向ける尊敬の念がより一層高まった。

 

現在の目標はブラートと肩を並べられるほどに強くなることであり、普段の訓練にいつも以上に気合いが入っていた。それこそもうオーバーワークだと思われるくらいに。

 

「おうよ! 百人斬りのブラートの名は伊達じゃないぜ!」

 

ビシッと親指を立てて決め顔をするブラート。

 

「あとこの場にボスがいればナイトレイド全員集合でしたね」

 

シェーレが自分の食べる分の肉を切り分けながら言うとマインがうなずいた。

 

「そうね。革命軍の本部に戦力の補充に行ってるけど、どうなのかしら?」

 

「ナジェンダさんのことだからあてがないわけじゃないだろうけど……」

 

「うむ。ボスのことだからあてがあるのだろう」

 

ラバックの言葉にうなずくアカメ。

 

真面目な顔をしているが、その両手には手羽先が握られていた。

 

「それにしても……」

 

マインの視線の先には飲み比べをするブラートとレオーネ、そして……次々と酒を追加するタツミの姿が映っていた。

 

「……心配して損したわ」

 

エスデスに捕まり、同郷の者と再開するも相手は記憶を失っていた上に自分たちの敵となっていたのだ。

 

だからこそショックを受けているのではないかと心配していたのだが、それは杞憂に済みそうなので言葉ではそう言いつつも仲間として認めているタツミの普段通りの姿に安心していた。

 

そんなマインの内心をシェーレは察しており、クスリと笑みを浮かべている。

 

素直じゃないんだからと、妹を見守る姉のような暖かい視線をマインへと向けていた。

 

「…………」

 

ラバックはラバックでマインちゃんまで……と1人ショックを受けていた。

 

そして、悔しそうな顔をすると行き場のない思いを糧にやけ食いを始める。

 

「む!」

 

やけ食いを始めたラバックに自分の分まで食べられるのではと危機感を抱いたアカメが料理を食べる速度を上げる。

 

とても暗殺集団の一員には見えない光景であった。

 

 

 

 

深夜。

 

宴も終わり、皆が寝静まった頃、ナイトレイドのアジトから少しばかり離れた場所にスタイリッシュはいた。

 

傍にチームスタイリッシュの面々の中でもとりわけ贔屓にしている面子を置いて。

 

「このトローマが1人仕留めましたぜぇ! 引き続き任務を続行します! とのことです、スタイリッシュ様」

 

ナイトレイドのアジトに侵入を果たしたトローマの言葉を強化された聴力で聞き取り、伝える女装少年。

 

スタイリッシュからは耳と呼ばれている。

 

「上出来よ。さすが、桂馬の役割……敵地に飛び込んだわね」

 

自分たちの出番が来たことを察する強化兵たちが何時でも飛び出せるように四肢に力を込める。

 

「さあ、チームスタイリッシュ……熱く激しく攻撃開始よ!!」

 

その言葉を待っていたとばかりに強化兵たちが動き出す。

 

「いい!? なるべく死体は損壊しないで持って帰るのよ! 生け捕りなんか出来た人は一晩愛してあげるわ!」

 

普段のスタイリッシュならば確実にこの場面で自身がスタイリッシュだと思うポーズをとっていただろうが、そんなことはなかった。

 

スタイリッシュなポーズをやらないという約束を未だに守っているからだ。

 

スタイリッシュな男は約束を破らない。内なるスタイリッシュに目覚めた故の結果である。

 

やったことと言えば眼鏡を右手の中指でクイッと押し上げて位置を調節したくらいのもの。

 

「……しかし、いいのですか? エスデス様やランスロット将軍に賊のことをお知らせしなくて」

 

そうスタイリッシュに尋ねる男。

スタイリッシュに目と呼ばれる男だ。

 

「ふふ……ナイトレイドにその帝具……こんな最高の実験材料がいーっぱいなのよ。独り占めしなくてどうするのよ!」

 

「では、お嬢に声をかけなかったのも?」

 

そう尋ねるのは地面に四つん這いになった男。

 

スタイリッシュからは鼻と呼ばれている。

 

ちなみにお嬢とはサヨのことである。チームスタイリッシュの面々からはドクターの次に好かれているのだ。

 

それ故にお嬢。

 

もしウェイブがサヨを泣かせたらチームスタイリッシュ全員がウェイブを潰しにかかる計画を密かに立てていたのは言うまでもない。

 

サヨがチームスタイリッシュの面々から好かれている理由は単純に分け隔てなく接してくれたからに他ならない。

 

ホモだろうがレズだろうが元犯罪者だろうが見た目が変だろうが、サヨは一切偏見の目で見ることはなかった。

 

だからこそチームスタイリッシュの面々から好かれているのだ。

 

「あの子はウェイブの看病をしてるからね。それに、結果を出せばランスロット将軍は黙認するでしょう。香車(サヨ)がいなくても飛車と角行がいれば盤面はなんとかなるわ!」

 

---既にオーガはナイトレイドのアジトに向かってるしね。

 

「カクサン、トビー……アナタ達は大物相手よいける? 」

 

「ワッハハ!! 問題ないですぜ!」

 

「最高のコンディションです。誰にも負ける気がしません」

 

カクサン、トビーの両者とも各々返事を返す。

 

万物両断エクスタスを片手に持つカクサンと全身機械化したトビーはナイトレイドのアジトへと向かう。

 

己が狙う相手を仕留めるために。

 

「ああ……ショーの始まりね。ゾクゾクするわ」

 

チームスタイリッシュとナイトレイドの戦いが幕を開けた。

 

そして、ナイトレイドのアジトの方に2つの影が迫っているのだった。その距離は未だ遠く参戦の時までまだしばらくの時を有する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話 再び

ナイトレイドのアジトに襲撃をかけたチームスタイリッシュ。

 

「さすが……ナイトレイドと言ったところかしら?」

 

強化兵の侵入に気づくや否やすぐに対応しだしたナイトレイドにスタイリッシュは感心したように言葉をこぼす。

 

「スタイリッシュ様……トビーがアカメと接触、戦闘を開始しました」

 

「状況は?」

 

「はい。優勢に進めています……っ! 」

 

突如として表情を強張らせる耳。

 

「どうしたの?」

 

「カクサンがブラートと接触し即座に敗北しました。エクスタスはナイトレイドのシェーレの元に渡った模様」

「何ですって!?」

 

予想外のことに驚きつつも、スタイリッシュはその事実を即座に受け入れる。

 

ブラートはあのエスデスに手傷を負わせることのできる男。

 

強化兵であるカクサンが実力からしてブラートに勝てるとは思ってもいなかったが即座に敗北するとは思ってもいなかった。

 

「……どのようにして敗北したの」

 

「出会い頭に首を1突きです」

 

「……そう」

 

首は他の部位とは違い強化できる部分が少ない。

 

故に敗北したとスタイリッシュは考えた。

 

「……スタイリッシュ様。強化兵の20%がナイトレイドに討ち取られました」

 

目がナイトレイドのアジトの付近で倒れ伏す強化兵を見ながら言う。

 

そして、ナイトレイドのアジトの壁の一部が内側から壊れ、そこからマインと顔を隠した少年が現れた。

 

 

 

 

「って俺ごと射つなよ! お陰でまたハゲが出来るところだったじゃないか!」

 

自分の髪の毛を指差しながら文句を言うのは顔を仮面で隠したタツミ。

 

指差した部分の髪の毛は焦げていた。

 

「うっさいわね! アンタが隙を突かれるのが悪いんでしょうが、むしろ助けてもらったんだから感謝しなさいよ!」

 

「それについては感謝してるけど……それとこれとは話は別だ。射撃の天才を自称するなら余裕を持って当てろよ!」

 

「自称じゃなくて射撃の天才は事実よ、このヘッポコ剣士!!」

 

「誰がヘッポコ剣士だ! この射撃の秀才!!」

 

ガミガミと口論するタツミとマイン。

 

当然、その隙を逃すことなく2人の背後から強化兵が襲いかかる。

 

だが、マインの背後にいた強化兵はその首をタツミの剣によって斬り裂かれ、タツミの背後にいたのはマインのパンプキンによる射撃を額に受けて沈黙した。

 

例え口論していようとも2人は付近に気を配っていたのだ。

 

「ほら、相手はまだまだいるんだから……とっとと殺りなさい」

 

「わかってるって、そう言うお前こそちゃんと殺れよ?」

 

「フン……少なくともアンタ以上に戦果を出すから問題ないわ」

 

「おーし、言ったな……なら、どっちが多く敵を倒すか勝負だ! 」

 

売り言葉に買い言葉。少なくともアジトが攻められている時にこんな問答をしているのはおかしいのだが本人らはいたって真面目であった。

 

「返り討ちにして上げるわ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

フン! お互いにそっぽを向くとそれぞれ強化兵に向かっていくのだった。

 

それでも、お互いにすぐにカバーに入れる位置取りをしている辺りちゃんと冷静である。

 

 

 

 

アジトの正面。

 

そこには強化兵の死体が幾つも転がっていた。

 

「腕は鈍ってないようだな」

 

「はい。やっぱり私にはこれが1番しっくりきます」

 

アジトの正面で大量の強化兵を相手に一方的な蹂躙を行うのはブラートとエクスタスを取り戻したシェーレ。

 

「さっき出会い頭にぶっ倒した野郎がエクスタスを持っていたなんてかなりラッキーだったぜ」

 

「お陰で私も足手まといになりませんからね。包丁だとこの人たちを相手にするには荷が重かったですし」

 

エクスタスを自在に振るい次々と強化兵を両断していくシェーレ。

 

「そりゃあ、包丁は料理に使うための物だしな」

 

ブラートが振るうノインテーターが複数の強化兵を両断し、弾き飛ばしていく。

 

「うーん……普通の人なら包丁で十分なんですが」

 

「おいおい、コイツらを普通の奴らと一緒にするなよ」

 

少しずれたことを言うシェーレに苦笑するブラート。

 

ナイトレイド最強の白兵戦闘能力を有するブラートと絶対に避けなければならない一撃を放つシェーレを前に強化兵はなすすべなく倒されていくのだった。

 

 

 

 

「くっ」

 

「おわっ!? ちょ、危な!」

 

アジトの中をアカメとラバックが追われる形で走っていた。

 

銀色に輝く鎧を身に纏い、額に帝具スペクテッドを着けたオーガに追いかけられているからだ。

 

オーガの両腕には片刃の大剣が握られており、それを振り回しながら駆けている。

 

「オラオラ! どうした、逃げるだけかぁ」

 

嗜虐的な笑みを浮かべるオーガにラバックは明らかに嫌そうな顔をして、アカメはどうやってオーガを倒すかを考えていた。

 

スペクテッドにより動きは常に先読みされ、身に纏っている鎧のせいで村雨の刃が身体にとどかない。

 

「ったく……勘弁してくれよ」

 

足止めにと糸による妨害を行うもそれらすべてを無効化されてラバックがぼやく。

 

「ハーハッハッハ! 逃げてんじゃねぇぞ」

 

鎧の肩部分が開きそこから銃身が覗く。

 

「マジかよ!? 」

 

「…………」

 

アカメは窓を割り外へと身を投げ出し、ラバックは近くの部屋へと転がり入る。

 

その瞬間、けたたましい銃声が響き渡った。

 

 

 

 

「うーん……マズイわね」

 

耳から寄せられる報告にトビーの戦死、オーガがアカメともう1人に襲いかかっていると報告され、スタイリッシュは思案顔をしていた。

 

主戦力であったトビーとカクサンが殺られ、私兵も次々と殺られて急速に数を減らしている。

 

「……どうなさいます?」

 

目が戦場を見渡しながら尋ねる。

 

「……アレを使おうかしら」

 

「スタイリッシュ様! アレはまだ未完成です」

 

鼻がややオーバーアクション気味に驚く。

 

スタイリッシュの言ったアレとはスタイリッシュがランスロットから貰った危険種の素材や貴重な鉱石を使い作られている兵器のことである。

 

鼻が言ったように未完成であるがその性能は既存の兵器とは一線を画すものであり、その技術はオーガの着ている鎧にも使われているのだ。

 

「でも、そうも言ってられないのよね」

 

―――私兵を無駄死にさせただけだと将軍からの評価がさがるわ。そうしたら危険種の素材や貴重な鉱石を融通してもらえなくなる。

 

ギリッと奥歯を噛みしめながらスタイリッシュは次に打つ手を考える。

 

懐に忍ばせてある注射器を手に取り、使うべきが数瞬迷うも……使わないことにしてすぐに懐にしまう。

 

―――まだ、手は残ってる。慌てる時じゃないわ。スタイリッシュな男なら不利な状況で取り乱すことなんてないわ。冷静に最善の1手を模索し、それを迷わず決行する!

 

「……次の手の準備に入るわよ」

 

そうよ、使える手札はまだまだたくさんあるのだから慌てる必要は無いわね、内心でそう呟きながらスタイリッシュは近くにいる強化兵に指示を出す。

 

 

 

 

「ちっ……逃げられたか」

 

オーガは苛立たしげに右手に持った片刃の大剣を振るい、八つ当たり気味に壁を壊す。

 

だが、まあいいと思い直す。帝具スペクテッドの能力である遠視、透視を使えばどこにいるのか隠れていようともすぐにわかる。

 

「……トビーの野郎もカクサンの野郎も殺られやがって」

 

どうせ死ぬなら手傷を与えてから死ね、とオーガは内心で吐き捨てる。

 

窓から外を見れば強化兵相手に無双するブラートとシェーレ、そしてオーガから逃げたアカメの姿があった。

 

「どいつもこいつも使えねぇ」

 

ナイトレイドのメンバーが1ヶ所に集まり始めているのを視たオーガは舌打ちする。

 

スタイリッシュが次の手を打つことはわかっているがそれもどこまで通用するかわからない。

 

「……アレを使うか」

 

バキン、と音を立てて鎧の両腕部から細い鉄芯が3本づつ出る。

 

その内側ではオーガの腕から飛び出た5本の細い鉄芯がバチバチと帯電し始めた。

 

鎧の内側で作られるエネルギーが鎧の両腕部から出た細い鉄芯に集約されて火花を散らす。

 

武装名―――偽・アドラメレク。

 

ブドー大将軍の帝具であるアドラメレクをスタイリッシュが真似て作り出した物だ。

 

威力は当然本物に劣る。だが、それでも必殺の威力を備えている。

 

腰を落とし、両腕を真っ直ぐに伸ばし、それをアジトの正面にいるナイトレイドのメンバーに向けた。

 

続々と集まるメンバーに顔がにやける。

 

たった1度しか使えないが、その威力は本物にも劣らないと豪語するスタイリッシュ。

 

その言葉を真に受けているわけではないが威力は折り紙つきであることはわかる。

 

仮に避けられても最終兵器が残っているのだ。

 

オーガは待つ。

 

両腕を向けた先に生成されているプラズマ球が徐々に巨大化していくのを見ながら、偽・アドラメレクを

からプラズマ球を放つその時を……。

 

 

 

 

「スタイリッシュは何処に行ったんだ?」

 

「知らん。ドクターは帝具の実験をしに行ったから何処か広い場所にいるのだろう」

 

「まあ、サヨちゃんが探しに行ったからすぐに連れてきますよ」

 

「将軍やエスデス隊長を除けばイェーガーズ最速だもんね。ランが空を飛ばなければだけど」

 

「空を飛ばなければ普通に抜かされますけど」

 

イェーガーズ本部。ウェイブ、サヨ、ドクターを除いた全員で談話室に集まり、いつぞやのようにトランプをしていた。

 

前回とは違い負けたら箱に入っている紙を1枚引き、そこに書かれている服装に着替える罰ゲーム付きのトランプだ。

 

すでにボルスが1回負けて……ガスマスクを着けた筋骨隆々の男のナース服というとてつもなく恐ろしい状態になっている。

 

ランは2回負けているのでハゲかつらと鼻眼鏡を付けている。酷い有り様としか言えない。

 

俺とクロメ、エスデスはまだ負けていないから普段の格好のままだが……これもいつまで続くか。

 

前回の罰ゲームが可愛く見えてきた。

 

負けられない戦いというよりも負けたくない戦いだ。

 

ちなみにやっているのはババ抜きである。

 

ババは俺の手の中に存在している……早いところ他のやつに回さないと危険だ。

 

「ウェイブも怪我さえしてなければ参加させていたものを」

 

「次は是非とも参加してもらおう」

 

「うん、そうだね」

 

「ウェイブも災難ですね」

 

ニヤリとした笑みを全員で浮かべ、ゲームは続く。

 

「……上がりだね」

 

ボルスがランの持っているカードを1枚引き、上がってしまった。

 

俺の手札には未だにババが残っている。

 

未だかつてないピンチを迎えた。

 

 

 

 

「ハッ……ハッ……」

 

月明かりの照らす森の中をサヨが駆け抜ける。

 

「キューッ!」

 

「そっちですね!」

 

コロが指差した方にサヨが向かう。

 

コロがスタイリッシュの臭いを探し、サヨに伝える。

 

生物型帝具であるが故に本物の犬よりは嗅覚は劣るがそれでも人のものよりは断然上だ。

 

「キュキュー」

 

「はいはい、わかってますよ。帰ったら鳥の串焼きを20本あげますからね」

 

仕方がないなぁ~、と小さく微笑みながらコロにそう言うサヨ。

 

未だ、スタイリッシュのいるナイトレイドのアジトには程遠く、どんな状況にあるのかわからないがサヨのやることは決まっている。

 

それは、ランスロットに言われた通りにスタイリッシュを連れ帰って来ることそれのみだ。

 

 

 

 

月明かりを頼りにナイトレイドのアジトに向かって高速で飛行する特級危険種エアマンタ。

 

その上には3つの人影がある。

 

その内の1人はナイトレイドのボスであるナジェンダ。

 

残りの2人はフードを深くかぶり、外套を羽織っているためその性別すらもわからない。

 

「アジトの方で凶兆が出ているか……間に合うと良いのだが」

 

煙草を口に加えながら、呟くナジェンダ。

 

彼女の脳裏には仲間の姿が次々と流れていく。

 

高速で移動するエアマンタの上に仁王立ちしながら視線をアジトのある方角へと向ける。

 

―――着いたら……手紙、書かなくちゃなぁ。

 

風圧でバサバサと揺れ動くフードを片手で押さえるチェルシー。

 

めんどくさいなぁ、と小さく呟くも、少しワクワクしているのか楽しそうな顔をしていた。

 

新しい棒つきキャンディーを取り出して口に加え、視線を帝都の方へと向ける。

 

ほんの数秒ほどその方向を見つめるとすぐに視線をナジェンダの向いている方へと変えた。

 

各陣営に援軍が着くまでもうしばらくの時間が必要である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話 結果

「……………………」

 

…………負けてしまった。

 

「……将軍、元気出してこれ可愛いしふかふかしてて気持ち良いよ」

 

慰めてくれているのだろうが、この精神的ショックの前では意味がない。

 

「…………ぷっ!」

 

エスデスにいたっては腹を抱えて笑うのを必死に耐えている。

 

確かにクロメの言う通りデフォルメされているから可愛いと言うのはわかる。だが、いくらなんでもこれはないだろう。

 

狸の着ぐるみ。

 

それが俺の罰ゲームだった。

 

ただの狸の着ぐるみならよかったのだが……ポンポコおねすと君と名札を貼られた狸の着ぐるみは名前からして嫌だ。

 

しかも、このおねすと君……大臣そのままの体型をしているのだ。見ているだけでイライラが募る。

 

クロメがふかふかしていると言っていた部分は着ぐるみの腹の部分に当たり、そこは大臣そっくりに出っ張っていた。

 

これならまだ女装の方がよかった。

 

服装まで大臣と同じ着ぐるみ……余計に腹立たしい!!

 

「……さて、次だ」

 

ポンポコおねすと君着ぐるみの手はちゃんと5本指なのでトランプを持てるが、端から見たら確実におかしな光景だろう。

 

筋骨隆々のナース服を着たガスマスクを着けた男にハゲかつらと鼻眼鏡をかけた男性、ポンポコおねすと君着ぐるみとトランプをする少女と女性なのだから。

 

「……ほう、やる気になったか」

 

「ああ……全力で負けにいくつもりだ」

 

早くこの格好からおさらばしたいからな。

 

 

 

 

「散布完了ね」

 

逆転のための1手とスタイリッシュが打った手は痺れ薬を散布することだった。

 

これも当然改良が加えてあり、無臭で即効性のあるものになっている。

 

即効性であるが効果時間が短いという欠点があるため使いどころが難しい。

 

だが、強力な遠距離攻撃が可能な現在……この薬は凶悪な効果を発揮する。

 

ナイトレイドのアジト正面に集まっているメンバーはインクルシオを纏っているブラート以外は全員が地面に倒れてしまう。

 

「さすがスタイリッシュ様特性の薬です! ナイトレイドもインクルシオを纏っているブラート以外は全員に薬の効果が確認出来ます」

 

「当たり前よ。鎧を纏っているブラートには効果がないようだけど、たった1人で他のメンバー全員を守るなんて出来っこないわ」

 

ナイトレイドのメンバーが未だに無事である理由は1人を除き、全員が1ヶ所に集まっていたからに他ならない。

 

防戦一方となったブラートであるが、それを感じさせない動きで次々と襲いかかってくる強化兵をなぎ倒していく。

 

「トローマは? 最初の奇襲以降動きが無いようなのだけれど」

 

「トローマは現在……身を潜めているようです。おそらく奇襲をかけるタイミングを見計らっているのでしょう」

 

「そう」

 

目の報告にスタイリッシュはうなずくとナイトレイドのアジト内部に見える光源に視線を向ける。

 

―――あれを使うのね。これじゃあナイトレイドの死体を回収するのも難しそうね。

 

残念ね、と小さく溜め息をこぼす。

 

今回の件で失った強化兵はすぐに数を揃えられるからよいものの……トビーやカクサンのような元から並の使い手を凌駕する存在を失ったのは痛い。

 

将棋の歩のように数を揃えられる駒ではないからだ。

 

自分に心酔した忠実な駒を作るには数年単位の時間が必要だろう。

 

その事を考えるとスタイリッシュはトビーやカクサンを失ったのは痛いと感じるのだった。

 

情が湧いていたからではない。所詮、強化兵はすべて実験体兼駒なのだから。

 

 

 

 

「これで消えろやぁぁぁっ!!!」

 

偽・アドラメレクからプラズマ球が放たれる。

 

同時にオーガの両腕部の鎧がガラガラと音を立てながら床に落ちた。

 

放った時の反動で後ろに下がりつつも、スペクテッドの透視と遠視によりナイトレイドに向けて放ったプラズマ球の行方を見てとれる。

 

ナイトレイドへと向けて放ったプラズマ球がトローマを巻き込むのもだ。

 

「アァッ!? クソが! ふざけんじゃねぇぞ!! 」

 

トローマを消し飛ばしたプラズマ球は当然威力が幾ばくか落ちた。

 

トローマの存在を素で忘れていたオーガの失態であるが、オーガはその事を認めることなく射線に割り込んだトローマの失態であると決めつける。

 

そんなオーガの背後から1つの影が襲いかかった。

 

「ぬおっ!? 誰だ!」

 

完全にスペクテッドを使いこなしているわけではないオーガは背後から忍び寄っていた敵に気づくのが遅れ、右腕に裂傷を負う。

 

「ちっ……避けられたか」

 

残念そうに言いながらも、どこか嬉しそうな表情をするのは帝具ライオネルを発動し、獣化したレオーネ。

 

トーロマにやられた不意討ちの怒りをぶつけられる相手を見つけたことに対して気分が高揚しているのだ。

 

そんなレオーネを不愉快そうな表情で睨みつけるオーガ。

 

スペクテッドにより相手が自分のことをストレス発散用のサンドバッグと思っていることを知ったからだ。

 

ふざけやがって、その思いがオーガを支配する。

 

殺意が高まり、レオーネの存在以外がオーガの中から消える。目の前にいる奴をなぶり殺す、その思いに支配されていく。

 

「……テメェ……から……殺してやるよぉぉ!!」

 

片刃の大剣を両手に握りしめて、オーガがレオーネに襲いかかる。

 

 

 

 

「ドクター! 」

 

スタイリッシュの背後の森からサヨが飛び出す。頭にコロを乗せて。

 

「あら、サヨじゃないどうしたの?」

 

額から汗を流しているサヨにハンカチを渡しながらスタイリッシュが尋ねる。

 

「将軍が戻ってこいと」

 

スタイリッシュから渡されたハンカチで汗を拭いながら答えるサヨ。

 

「帝具を1つナイトレイドに盗られちゃったから、最低でもそれを取り戻しておきたいのだけれど」

 

そう言いつつも本音はナイトレイドのメンバーの死体もしくは生け捕りだ。

 

スタイリッシュはその事を言わずにこの場に残る理由を言った。普段のサヨであれば私も手伝いますと言うのだが、今回は違った。

 

「将軍が戻って来ないようであれば……超級危険種の素材で帝具クローステールにも使われている界断糸を物理的に処分するそうです」

 

「な、なん……ですって!?」

 

貴重で滅多なことでは手に入らない素材を処分されようとしていることにショックを受けるスタイリッシュ。

 

表も裏でも市場に並ぶことがまずないとされる貴重な素材。それの価値を知っているスタイリッシュからすればナイトレイドのメンバーの死体や生け捕りで得られるものよりも超級危険種の素材の方が重要であると即座に判断した。

 

「こうしちゃいられない! すぐに帰るわよ!!」

 

慌てて帰ろうとするスタイリッシュ。

 

「お待ちください、スタイリッシュ様。何か来ます!」

 

耳が帰ろうとするスタイリッシュにそう声をかけるとすぐに真上を特級危険種エアマンタが通る。

 

その時の風圧でドクターは空中をぐるりと1回転すると左手を顎に当て、右手を斜め上にビシッと伸ばして、華麗な着地を決める。

 

おぉ~! と鼻や目が拍手を鳴らす。

 

決まったわね……とドヤ顔のスタイリッシュはすぐに懐から注射器を取り出すとそれを目に渡す。

 

「これは切り札よ。いざとなったら使いなさい……アタシは戻らないといけないから後のことは任せるわ」

 

「任せてください、スタイリッシュ様! では、お嬢……スタイリッシュ様のことをお願いします!」

 

注射器を受け取った目がサヨに頭を下げる。

 

「任せてください! ちゃんと無事に連れて帰りますから……コロちゃん!」

 

「キュー!」

 

サヨに呼ばれたコロは巨大化して4足歩行状態になるとその背にスタイリッシュとサヨを乗せる。

 

それからすぐにコロは走り出した。

 

 

 

「アジトの方角で凶……さすが占いの帝具。的中だな」

 

襲撃を受けるアジトを特級危険種エアマンタの上から見据えナジェンダ。

 

その視界にはこの場から離れるように移動する影を捉えていたが目の前の状況を片付けるべきだと思い一緒にエアマンタに乗ってきた2人に声をかける。

 

「チェルシーは私と一緒にここで待機だ。今おりると何かヤバそうだ。スサノオ」

 

「分かった」

 

スサノオと呼ばれた男がエアマンタから飛び降りる。

 

チェルシーはエアマンタの上から下の状況を把握しつつ、ランスロットのためにナイトレイドのより詳しい情報を集めるために、その動きやちょっとした癖を把握するべく密かに観察を開始した。

 

すべてはより良い未来に辿り着くために。

 

 

 

 

「ぐあっ……クソが! クソが! クソが!クソがぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

レオーネに胸部を蹴られ壁に激突したオーガが吼える。

 

スペクテッドの力を使っているのにも関わらず、レオーネに対して攻撃を当てられないからだ。

 

獣の直感により、オーガが動きを読み攻撃しようともすぐに別の行動に移されてしまうため全く攻撃がレオーネに命中せず、オーガの体にレオーネの拳や蹴りが次々と命中していく。

 

だが、いくら命中しようともオーガに致命傷になるようなダメージを与えられるはずがない。

 

オーガの身体はスタイリッシュの改造により、耐久性だけでなく筋力、再生能力も危険種並みとなっているからだ。

 

「……頑丈なやつだな」

 

呆れたようにぼやくレオーネ。

 

思ったよりもオーガが頑丈でスカッとするような1発を決められないのが原因だ。

 

スペクテッドによる動きの先読みも獣の直感と反射神経を用いれば容易く、このままいけば時間はかかるも確実に勝利出来るだろうことは理解していた。

 

当然、オーガもその事は理解している。遠からず自分が殺られることを。

 

そんな結果に納得出来るはずもないオーガは鎧に仕掛けられた最後の仕込みを起動する。

 

「…………マジかっ!?」

 

それを見たレオーネはすぐに撤退。

 

オーガの着ている鎧に仕掛けられた最後の仕込みは鎧自体を高速で細かなパーツごとに分離させ、分離したパーツを砲弾のように飛ばすというもの。

 

そして、オーガを中心として小さな爆発が起こった。

 

 

 

 

「ぅ……グスッ……」

 

ゲームに負けたクロメがポンポコおねすと君着ぐるみを着た俺に抱きつき、哀しみの涙を流していた。

 

「…………」

 

ポンポンと背中を叩き、あやすもこれはしょうがないと思ってしまう。

 

クロメが罰ゲームで着ることになったのは純白のウェディングドレス。

 

ただのウェディングドレスなら問題なかったのだろうが……。

 

サイズがエスデス用だと話は変わる。

 

次に少年を捕らえたら一気に挙式まで挙げて、法的にも逃げられなくするために作ったウェディングドレスらしい。

 

身長差10センチ、胸囲の差……これは言わない方がいいだろう。

 

まあ、ともかくだ。胸囲の差によりウェディングドレスの胸元がダボダボになり、押さえてないとドレスがずり落ちてしまうのだ。

 

女としてショックだったのだろう。

 

俺にその気持ちを完全に理解することは出来ないがこうやって慰めることは出来る。

 

幸いなことにこのポンポコおねすと君着ぐるみは見てくれだけは可愛く出来ている上にそのさわり心地も悪くはない。

 

「にゃ~……いや、ニャン! の方がいいか?」

 

そして、エスデスは猫耳カチューシャに猫の手手袋、猫の尻尾のアクセサリーを身に付けている。

 

ついでに可愛いポーズを模索中、少年のハートを射止めるための努力だそうだ。

 

俺にはエスデスが猫ではなく雌豹にしか見えない。

 

性格的にも絶対に猫のような愛嬌のある動物よりも肉食系の捕食者だ。

 

「…………はぁ、良かった。これで帰れる」

 

ボルスはとても安堵した様子で溜め息を吐いていた。

 

それもそうだ……なんたって元の拘束具の格好に戻れたのだから。

 

「…………」

 

ランは金髪アフロにギラギラと光を反射するラミを付けられた目立つ金色のコートと星形のサングラスを身に付けている。

 

何とも酷い格好になったものだ。

 

口元が若干ヒクついているのは気のせいではない。

 

ぎゅうぅぅぅッッ! クロメに抱きつかれてポンポコおねすと君着ぐるみが圧迫される。

 

「ぅぅぅぅ……」

 

「はぁ……」

 

何とも言えない……この混沌とかした空間に溜め息が漏れる。

 

たまにはこんなのもいいだろうが……その度に普段よりも疲れそうだ。

 

そして……いい加減に蒸し暑い。

 

着ぐるみを着ているからしょうがないが、通気性が悪いため暑いのだ。

 

これを作ったやつはちゃんと通気性のことも考えて作ったのだろうか?

 

全くとは言わないが通気性が感じられない。

 

「おい、ランスロット」

 

「なんだ?」

 

エスデスに呼ばれたので返事をしながらエスデスへと視線を向ける。

 

「にゃん♪」

 

小さく首を傾げ、ウィンクしながら右手を頬の真横に置き、招き猫のようなポーズをとるエスデス。

 

「どうだ?」

 

自信ありげに訊いてくるエスデス。

 

「ああ、ポーズは可愛いな」

 

どうせならクロメにやらせた方が似合っているだろうと思ったのは内緒だ。

 

それから、数十分した後にドクターがサヨに連れられ戻って来るとさらに混沌とした状況になるのだが、まだ誰も知らなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話 帰還と目覚め

「……残るは4人だけか」

 

スタイリッシュがサヨに連れられ帝都に帰還すると同時刻には強化兵は目、耳、鼻を除き全滅。

 

オーガは上半身剥き出しの格好でナイトレイドの前に立っている。

 

目、耳、鼻の3人はオーガの背後におり、この絶望的状況を打開するためにスタイリッシュの残した切り札を使うかどうかの判断に迫られていた。

 

4人の前にいるのはブラートと途中からナイトレイド側の援軍として現れたスサノオ。

 

その2人により、強化兵は軒並み討ち取られた。

 

レオーネは未だにスタイリッシュの散布した薬の影響で満足に動けない仲間を守るようにブラートとスサノオの後ろで待機している。

 

決着の時は近い。

 

 

 

 

「……なんすか……この状況?」

 

この場の混沌した様子に意味がわからないといった様子のウェイブ。

 

「……急に部屋が磯臭くなった」

 

ウェディングドレスの胸元を片手で押さえつつ、クロメがそんなことを言った。

 

「酷っ!?」

 

部屋に入ってきてそうそうそんなことを言われると思っていなかったのかショックを受けた様子のウェイブ。

 

「気にすることはない。単にクロメの機嫌が少し悪いだけだ」

 

押さえてないとすぐにずり落ちてしまうウェディングドレスに涙目になっているクロメをあやしつつ言うとウェイブが2回目を擦った。

 

「…………何があったんすか? 」

 

その言葉に全ての疑問が集約されているように感じた。

 

「……色々あったんだ」

 

ただこの一言だけ言えば理解できるだろう。

 

状況が状況だけにな。

 

 

 

 

「…………何で俺まで」

 

ウェイブが部屋に入ってきてから約20分。

 

ウェイブはウサ耳ヘアバンドを付けるはめになっていた。

 

原因はクロメがウェイブを罰ゲームありのトランプに誘い、ランと共謀してウェイブをはめたからだ。

 

「イエーイ!」

 

クロメとランがハイタッチを交わし、ボルスがダンボール箱の中からピッチピチの黒タイツを取り出してウェイブに手渡す。

 

「これも着てね」

 

「…………マジっすか」

 

嘘ですよね、と黒タイツとボルスに交互に視線を移すも、ボルスはウェイブの言葉に首を左右に振るだけで答えた。

 

「ウェイブ―――」

 

俺は指で着替え専用のエリアを指差す。

 

「―――着替えてこい」

 

死刑宣告をされた無罪の人のようにどんよりとした空気を醸し出しながらウェイブがトボトボと着替え専用のエリアへと移動する。

 

ドクターとサヨが戻ってくる僅か10分前の出来事であった。

 

 

 

 

―――ザンッ!

 

夜の暗闇の中、首が1つ宙を舞う。

 

その首の持ち主の身体は仰向けに地面に倒れた。

 

「相手に切り札は使わせないようにするのは基本だろ?」

 

すでに事切れてしまったオーガに投げかけられた言葉。

 

首を飛ばされたのはオーガ。

 

目、耳、鼻もそれぞれ打ち取られてしまっている。

 

オーガは目からスタイリッシュの残した切り札を奪い、使おうとしたところをブラートによって殺られたのだ。

 

スペクテッドを使っていようと帝国最強格とも存分に戦える実力者であるブラートの動きに反応しきれなかった。

 

反応しきれていればこの薬を使うことが出来たのだが……それはすでにもしもの話であった。

 

「……皆、無事か?」

 

空からエアマンタが降下して、地面に着くとエアマンタの上から飛び降りたナジェンダがそう声をかけた。

 

チェルシーはエアマンタの上から降りることなく、身を乗り出すようにして下を覗く。

 

―――無傷とは言えないけど誰も軽傷以上の怪我は無しか……イェーガーズのメンバーの実力次第では確実にイェーガーズが全滅しそうかな。

 

いくらエスデスやランスロットのような破格の戦力がいようともナイトレイドにもその2人に対して真っ向から戦える実力者はいる。

 

「……やっぱり、百人斬り(ブラート)は別格かぁ~」

 

私じゃ相手にならないし、他のメンバーを殺るにしても不意討ちじゃないと絶対に無理そうだし……どうしようかな? と再会を喜ぶナイトレイドのメンバーたちを観察しつつチェルシーは新しい棒付きキャンディーを取り出す。

 

―――私も遠くまで来たもんだよね。

 

ランスロットと出会い、今に来るまでのことを思い返すとつくづくそう思ってしまう。

 

元々ただの地方の領内の役場に勤める一般人だったのに……今ではスパイ活動をする暗殺者。

 

人生どう転ぶかわからない。

 

ボスであるナジェンダとの再会を喜ぶナイトレイドのメンバーたちから視線を外して帝都の報へと視線をずらして想いを馳せる。

 

「……次はいつ会えるのかな」

 

何もなければ帝都にいるであろう人物のことを思いチェルシーは呟くのだった。

 

 

 

 

「…………ウェイブ」

 

「……サヨ、こんな俺を見ないでくれ……ッ!」

 

シリアスな雰囲気のウェイブとサヨであるが実際には全身黒タイツにウサ耳を着けたウェイブをサヨが憐れんでいるだけだ。

 

「……こうか?」

 

「いえ、もっとこう……腰を反らして」

 

そして、ドクターはエスデスに対して悩殺ポーズのレクチャーを行っていた。

 

戻ってくるなりこれだ。

 

確かに遊んで待っていたから俺にどうこう言う資格はないだろうが……ドクターはこの状況に順応するのが早すぎでないか?

 

戻ってきて早々……少年を悩殺するためのポーズを研究していたエスデスにポーズのレクチャーを始めたのだから。

 

サヨにいたってはウェイブの姿を見るなり……すぐさまウェイブを慰めに行ったのだから、ウェイブがどれだけどんよりとした空気をしていたのかがすぐにわかる。

 

「………………いつまでこれを着てればいいんだろうか?」

 

「わからない」

 

「…………はぁ」

 

俺はクロメを膝の上に乗せたまま溜め息を吐いた。

 

ポンポコおねすと君着ぐるみを早く脱ぎたいのだが……クロメも早く元の服装に着替えたいだろうし、遊びを終わりにしたいのだが……。

 

ボルスとランの2人は未だにトランプをやっているのだ。

 

ソリティアと呼ばれるゲームであり、何手で終わらせられるかを競っていた。

 

……ともかく、イェーガーズが全員揃ったのでこの遊びは終わりにしよう。

 

 

 

 

遊びを終わりにして、約10分。

 

罰ゲームの衣装から普段着に着替え、会議室に場所を移し、全員が席に着いた。

 

「……これより会議を始める。いくつか報告することがある。まず1つ……西部戦線において帝具使いが発見された」

 

「発見されたって味方じゃないんですか?」

 

「今なお戦争中の西の異民族の将が使い手らしい。帝具の形状は斧……おそらく二挺大斧ベルヴァークだ」

 

「……ほう」

 

エスデス直属の帝具使い三獣士の1人ダイダラが使っていた帝具だけあってエスデスの視線が鋭くなった。

 

「……確かその帝具は竜船での一件で革命軍に渡ったと考えられていたはずですが……まさか」

 

革命軍が西の異民族に帝具を流したのでは? とランが言うまでもなく全員の脳裏に考えが浮かんだのだろう。

 

特にウェイブとサヨは怒気を放っていた。ボルスやクロメはそこまでではない。

 

ボルスは軍人としてウェイブよりも長く勤めている故にこのような手段がとられることも理解している。

 

クロメは暗殺者だ。どのような事態が起こってもその都度臨機応変に対応出来なければ死ぬような任務についていたのだからこれくらいのことで慌てたりはしない。

 

ウェイブとサヨは革命軍が敵に帝具を横流ししたせいで死ぬことになった兵士たちのことを思って憤りを感じているのだろう。

 

俺もそのせいで部下が死ぬことになったので……腹に据えかねている。何かで気を紛らわさないと革命軍の本拠地を動員出来る最大限の兵力で攻め落としに行きかねないくらいには……。

 

そうなると大臣への牽制となる存在が消えてしまう。

 

故に……罰ゲームで気を紛らわしていたのだが……思い出すだけで再び怒気が再燃する。

 

これは俺の失策だろう。帝具を回収せずに革命軍に渡るのをよしとしてしまったのだから。

 

だが、帝具を回収していれば、その場にいたのに何故三獣士と共に賊を討たなかったのだと責められる口実を作ってしまう。

 

故に帝具を回収しなかったのだが……それが裏目に出た。

 

俺はこうなる可能性をもっと考えておくべきだった。革命軍が俺のことをどれだけ邪魔に思っているかを。

 

革命軍の本拠地に動員出来る最大限の兵力を率いて攻め落としに行こうと思うのは俺自身の失策に対する八つ当たりだろうな。

 

自覚しても抑えが効かない。

 

後悔先に立たずとはよく言ったものだ。今の俺がまさしくそうじゃないか。

 

だが、今は後悔している時じゃない……今は他のことが先だ。八つ当たりなどしている暇があるのなら……その分の時間を有効に使わなくてはならない。

 

「2つ目は革命軍のスパイが帝都で数十人ほど発見された」

 

「それについては私が拷問して、情報を吐かせている」

 

たいした情報は持ってなかったがな、とエスデスは肩をすくめる。

 

「3つ目は帝国の暗殺チームが幾つか壊滅。さらには革命軍に潜入していたスパイ数人からの連絡が途絶えた。おそらく始末されたのだろう」

 

チェルシー以外にも送っていたがそいつらからの連絡が無くなったので革命軍の動向を知るのが難しくなった。

 

元々チェルシー以外のは当たれば儲けもの程度のだったゆえにそこまで重要ではない。

 

革命軍のとれる手段はある程度想像がつく。

 

動向を知るのが難しくなろうがどうとでもなる。

 

打倒すべき相手は決まっているのだから。

 

「まあ、3つ目にいたってはイェーガーズに関わるようなことではないのでこれといって気にする必要はない」

 

イェーガーズの領分はあくまでも賊の討伐。

 

そこから大きく外れるようなことをする必要はない。

 

「最後にイェーガーズが最優先に狙う相手はナイトレイドだ。それ以外の賊も討伐対象ではあるが……ナイトレイドと賊の討伐が重なった場合はナイトレイドを優先することになる。その時は他の部隊もしくは帝都警備隊が賊を討伐する手はずだ」

 

ナイトレイドとイェーガーズの戦力はだいたい互角と考えていいだろう。ブラートはエスデスが相手をすれば問題ない上にアカメに関してはクロメもしくは相性的にウェイブ。

 

厄介な相手を押さえる人員は揃っている。

 

ナジェンダ元将軍も全盛期の頃の力はないはずだ。ランやボルスでも十分に殺れる。他にも注意すべき相手はいるが……それはドクターとサヨに任せれば問題あるまい。

 

「……でだ、ドクター……何をやっていた?」

 

俺はドクターがサヨに迎えに行かせるような時間まで何をやっていたか問いただすことにした。

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

ドクターの話を聞くと会議室が重苦しい沈黙に包まれた。

 

溜め息すら出ない。

 

帝具が2つナイトレイドに渡った。それだけでなく増援まであったそうだ。

 

しかも、偽・アドラメレクという切り札の兵器の1つがブラートに防がれたらしい。

 

一網打尽にするチャンスだったのだが、インクルシオの防御力が想像していたよりも高かったので普通に防がれたのが原因のようだ。

 

これで電撃も効果が無いに等しくなったか。

 

インクルシオの元となった危険種タイラントは適応力が高く、その特性が引き継がれているであろうインクルシオに同じものは効きにくい。

 

エスデスにより亀甲縛りにされているドクターが肌に食い込む縄に悶えているがそれは気にしない。

 

現にランやボルスは全く気にしていない。単に意識して見ないようにしているだけかもしれないが。

 

「ぁ……あっ……あっつ!?」

 

クロメは亀甲縛りされているドクターの背中に蝋燭を垂らしている。

 

これもエスデスの命令だ。

 

ウェイブとサヨは自室に帰らせた。

 

こんなものを見せる必要はない。

 

…………また新しい扉を開こうとしているドクターの姿なんてな。

 

「ウェイブと違って特に鍛えていたわけではないからこんなお子さまレベルの拷問で済ませているが」

 

ウェイブだったら完全に拷問だったんだな。

 

ここに本人がいなくてよかったと心から思う。

 

「まあ、ナイトレイドの戦力がより詳細に把握出来たことは唯一のプラスですね」

 

「そうだね」

 

ランやボルスの言う通りプラスがあるだけマシだと言えるな。

 

仮にドクターが討たれていたらそれこそ大損害だった。

 

帝国最高の技術力を誇るドクターは代えの利かない人材だ。

 

それも当然ナイトレイドないし革命軍も理解しているだろう。特にドクターはイェーガーズの中で1番戦闘能力が低いのだから、狙われる可能性はかなり高い。

 

「話を聞く限り……エクスタスについては元の使い手の手に戻っただけと言えるな」

 

スペクテッドは使い手がいるのか不明だが、いたとしたら面倒なことになりそうだ。

 

幻覚による同士討ちを狙うとかもありそうだから、そこに注意しなくてはらない。

 

「だね。でも、スペクテッドが奪われたのは痛いね。エクスタスのように当たらなければいいって訳にはいかないし」

 

「そうだな。いくら作戦を立てようが全て筒抜けになってしまう。これは軍隊レベルでの戦闘になった時はかなり痛いぞ」

 

エスデスの言う通り、軍隊レベルでの戦闘になった時はかなり痛い。

 

俺やエスデスのように多少の戦力差は個人でどうもでも出来るような存在は中々いない。故にスペクテッドが奪われたのは不味い。

 

「やっぱり今からでもナイトレイドのアジトに行くべきかな?」

 

クロメがドクターの背中に蝋燭を垂らしながら尋ねてくる。

 

ドクターの悶える姿を極力視界に入れないようにしつつ、首を1度左右に振る。

 

「いや、すでに移動しているだろう」

 

「だろうな。アジトが攻められたのだ移動しないはずがない」

 

最も……明日はそのアジトに行くことになるだろうがな。

 




次は番外である過去編になります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外過去編 出会い

思ったよりも早く書けました。


「ここか……」

 

帝国のとある地方都市。

 

黒い噂の絶えない太守の治める場所を丘の上から眺めていた。

 

「あれば……壊す。そのついでにここの太守も始末出来るなら始末しておくか」

 

ここに来た目的はとある()()があるらしいのでそれを見つけ次第壊すのと、大臣に目をつけられている良識派の内政官を逃がすための場所作りなのだ。

 

でなければここには来なかった。

 

俺はバン族の反乱時に幾多の部隊長クラスの首を討ち取り、複数の拠点を陥落させたことにより将軍へと登り詰めた。

 

これに胡座をかいてしまうと陛下の目は節穴だと思われてしまうので、これからも手柄を立てなければならない。

 

ただでさえ敵は多いのだから。

 

…………その敵の大半が同じ帝国に仕える者というのが辛いところだが。

 

まあ、近所に住む焼却部隊に所属するボルスという男は良い人だったのが救いだ。

 

あれこそ典型的な見た目で損をする人だろう。普段からガスマスクを被っている上に拘束具を身に着けているのだから。

 

それでも、美人の奥さんと結婚して子どももいる。さらに夫婦の仲も良いのだから不思議だ。

 

奥さんは人当たりが良く、人見知りしがちなボルスのことをよくフォローしている。

 

ボルスの良いところを然り気無く会話に混ぜてくる辺り、よっぽどのことがない限り喧嘩すらしなさそうだ。

 

まあ、それは今は置いておこう。

 

丘の上から見える一際大きな城。

 

役場としても使われているらしいが……周りにある家々の数十倍の大きさである。

 

崖の上にあるので攻められたら逃げようのない土地だな。

 

「……攻められた時のことは考えていなかったのか」

 

まあ、どうでもいいか。この辺りの危険種はそこまで強くはない。

 

せいぜい強くても2級止まりだ。これなら特に問題ないだろう。

 

街の衛兵でも十分だ。……ちゃんとした衛兵ならばの話だが。

 

 

 

 

馬を走らせること数分。

 

街の入口の前までやって来た。

 

そこには身なりの整った兵士たちが数十人とこの街の太守と役場で働いているであろう見栄えの良い女性が数人姿勢を正して立っていた。

 

「ようこそ、ランスロット将軍」

 

こちらに取り入るような明らかに作った笑みを顔に貼り付けた太守が近づいてきた。

 

「わざわざこのような出迎えをする必要などなかったのだが」

 

「いえいえ……そうはいきません。帝都から来た客人なのですから、これは当たり前のことです」

 

大方……俺を通して陛下への覚えを得ようという魂胆なのだろう。

 

「そうか……わざわざ済まないな、太守殿」

 

馬から降りて、したくもない握手をする。

 

ある程度、友好的に接して警戒心を解いておかねばこの後が動きにくくなる。こちらが友好的に接していれば向こうもそうせざるおえなくなるからだ。

 

下手に俺の不興を買い、陛下への覚えが悪くなったら困るだろうしな。

 

「ささ、私の屋敷へ案内します」

 

はぁ……精神的に疲れるから早く終わらせたいものだ

 

 

 

 

「……でありまして」

 

ここの太守の屋敷に着いて、談話室に通されるとそこで太守の自慢話を聞かされた。

 

自分はこんなに優秀ですよ、と明らかに誇張した話がちらほらと聞かされる。

 

内心でうんざりしながらも相づちを打つ。

 

それに気を良くした太守がさらに話を続ける。

 

「……と、いった具合でしてな」

 

「なるほど。ところで太守殿」

 

「なんですか?」

 

「この地の役場の中を拝見したいので誰か案内をつけてもらって構わないか?」

 

精神的苦痛な話はこれ以上聞きたくないのが本音だ。

 

「そうですか……なら、1人案内をつけましょう。彼女ならランスロット将軍の質問にもある程度答えられると思います」

 

そう言うと太守は部屋の外に控えていた使用人に案内の者を呼んでくるように伝えた。

 

彼女という言葉を使っていたので役場で働く女性の誰かなのだろう。

 

おそらく……案内として付けられる人物は見た目が良く、能力もそれなりにある存在なのだと予想出来る。

 

同時に俺の監視も含まれているはずだ。

 

さて……どうするか。

 

まず、殺すのは論外だ。もちろん薬を盛ってきたら別だが。

 

それは無いだろう。デメリットの方が大きすぎる。

 

とりあえずは様子見だ。使えそうな人物であるなら……太守の死亡後に雇うのもいいかもしれない。

 

「では、案内の者が来るまで話を続けましょうか」

 

…………はぁ。溜め息しか出ないな。

 

 

 

 

聞きたくもない話を聞き続けること約20分。

 

「失礼します」

 

1人の女性がやって来た。

 

「うむ。待っていたぞ、チェルシー」

 

太守はようやく来たかとばかりにその名を呼んだ。

 

「はい。お待たせしました」

 

そう言いながら太守に向けて頭を下げるチェルシーと呼ばれた女性。

 

街の入口で俺を出迎えたうちの1人か。

 

ほんの片隅にでも視界に入れていたならそこから話を広げることが出来るので、コミュニケーションがとりやすいようにとの配慮だろう。

 

そして、太守がその女性を自分の隣に立たせて、紹介を始めた。

 

「彼女がランスロット将軍の案内を勤めさせていただく」

 

「チェルシーと申します」

 

名乗るとチェルシーは慣れた動きで頭を下げた。

 

何度か同じようなことをやっていたのだろう。動きにぎこちなさがない。

 

「よろしく頼む」

 

「はい」

 

決まりきったようなやりとりに安息を感じるとは……。

 

 

 

 

「…………………………」

 

「どうかしました?」

 

「いや、なんでもない」

 

役場の内部を案内してもらっているが……明らかに手抜きの仕事をしているのがわかる。

 

一部は真面目なのだが……これは酷い。

 

遠目でもわかるくらいにだらけていた。

 

俺が来るのはわかっているのだろうが、文官と武官の領分の違いから文句は言えないとでも思っているのだろうか?

 

仮に自分の部下にこんなのがいたら即解雇して、新しいのを雇うな。

 

「……中庭は綺麗だな」

 

ふと役場である城の窓から見えた中庭にそう言葉が漏れた。

 

「…………そうですか」

 

「……ああ。次は……そうだな、資料室を頼む」

 

帝具を探すのは深夜。

 

今のうちに城の地図を見て、覚えておきたい。

 

俺が寝泊まりすることになっている場所は城のすぐそばの太守の住む屋敷なのだ。

 

これなら簡単に潜入することが出来るの。

 

滞在期間は短くチャンスは少ない。3日以内に見つけたいところだ。

 

 

 

 

「―――ふむ、そうか」

 

ランスロットの案内を終えたチェルシーは太守の私室でランスロットの行った場所やその様子について報告していた。

 

―――帝国って……人材不足なのかしら?

 

それはチェルシーがランスロットを見た時の正直な感想だった。

 

自分ではどう足掻こうとも、どうにもならないくらいには強いのだろう。事実、軍人が役場に勤める女に殺られるくらい弱いわけない。

 

少し前の自分なら玉の輿のチャンス! って色々とアプローチをかけたんだろうな。

 

将軍ともなればそれこそ高給取りだ。顔にも体型にも自信はある。自分よりも綺麗で可愛くてスタイルの良い女性はそうはいないと思っている。

 

でも、今はそんなことを考えようとも思えない。

 

帝国の役場は賄賂が当然の汚い世界。

 

そして、ここの太守は狩を獣ではなく人で楽しむような畜生。

 

秘密裏に行われる賄賂や狩り。次第にその光景を見ることに慣れていく自分に嫌気がさしてきた。

 

でも、女1人ではどうしようも出来ない。

 

虚無感で魂が死にかけていた。

 

―――でも、将軍が来ているなら好都合!あの将軍がここの太守のような畜生でないのなら……。

 

チェルシーの虚無感で死にかけていた魂。それが甦ろうとしていた。

 

そして、この後……太守に言われる言葉がチェルシーにチャンスを作り出すこととなる。

 

「チェルシー……お前は―――」

 

 

 

 

「……何か用か?」

 

夜。与えられた部屋の窓から外を眺めていたら、扉がノックされた。

 

なので、扉を開けて誰が来たのかを確認すると俺の案内をしたチェルシーが寝間着姿で部屋の前にいた。

 

その手には酒だとわかるラベルの貼ってあるビンと2つのグラスとビスケットの入ったバスケットを持って。

 

「よろしければ、どうです?」

 

明らかに何かある。

 

太守の命令かそれとも自分の意思でかはわからないが……。

 

あからさまな誘いであるがどんな思惑があるにせよ受けておくべきだろう。

 

「……入れ」

 

「失礼します」

 

チェルシーを部屋に招き入れ、扉の鍵を閉める。

さて……何をしに来たのか、それを確かめるとするか。

 

「それで……用件は?」

 

「…………単刀直入ですね」

 

「雰囲気が違うからな」

 

誘惑しに来たようには見えない。

 

格好は普通の寝間着。

 

誘惑ならもっときわどい寝間着姿で来るだろう。

 

「実は聞きたいことがあって」

 

「聞きたいこと?」

 

「ランスロット将軍……あなたはここをどう思いますか? 正直にお願いします」

 

「ここをか……」

 

果たして何が狙いなのだろうか?

 

何かにすがるように見てくるチェルシーに嘘は吐かない方が良いような気がするが……正直に話してそれが太守の耳に入るとも限らない。

 

監視の目は感じないので正直に言っても大丈夫なのだろうが、目の前にいるチェルシーを信じる要素は無いに等しいのも事実。

 

果たして……正直に言うか嘘を吐くか……どちらを選ぶべきなのだろう。

 

迷っている俺を見かねたのかチェルシーが口を開く。

 

「……ここの太守は秘密裏に人間を狩りの獲物にしてます」

 

「それは……本当なのか?」

 

「本当です。何度もこの目で見ました。それにこれも……」

 

チェルシーがバスケットの中にあるもの全てを取り出してバスケットの底に貼り付いていた紙を開いて俺に渡してきた。

 

「これは……」

 

渡されたのは脱税の証拠である。

 

「……これで正直に話してもらえますか?」

 

これを俺に見せるとは自分もこの脱税に関与していると言っているようなものだ。

 

そこまで、覚悟があったとは……。

 

「正直に言って……今すぐにでも太守を変えるべきだろう。ここの太守は太守に相応しくない……が、賄賂を渡しているなら他の誰かが太守の代わりに処刑されるだけだ。太守が死ねば……少なくとも今の太守よりは良い太守が来るだろう」

 

元よりここは良識派の内政官の逃げる場所にとも考えていたのだ。

 

新しい太守に困ることはない。

 

俺としては何故、そんなことを聞きに来たのかが気になる。

 

おそらく……何らかの手札があるのだろう。

 

それは俺がチェルシーのことを切って捨てられないくらい強力な札であることだ。

 

才能か能力か……はたまたその両方か。

 

「……将軍。見てほしい物があります」

 

「見てほしい物?」

 

「ええ、それは……城の宝物庫に保管されてます」

 

信用していいのかわからない俺がチェルシーのことを切って捨てられないくらいになるほどの物が宝物庫に保管されているのか。

 

「わかった。なら、すぐに城の宝物庫に行くぞ」

 

動くときは迅速にだ。

 

ここの警備は正直に言ってぬるい。

 

「……え?」

 

「見てもらいたい物があるんだろ? なら、さっさと行くぞ」

 

俺は部屋の扉を開けて、廊下に出るとすぐに屋敷の出入口に向かう。

 

そして、10秒もしないうちにタッタッタと小走りでかけてくる足音が聞こえてきた。

 

 

 

 

「……私……もしかして選択をミスった?」

 

片手にランタンを持ったチェルシーがランタンを持ってないほうの手で頭を抱える。

 

「ある意味選択ミスだな。俺に出会った人間の7割はそう遠くないうちに死ぬ」

 

「怖っ!? 何それ……何の呪い!!」

 

「実際にはその7割は戦場でだ。……普段は1割くらいか?」

 

「うん……戦場は仕方ないにしても、普段から1割は……ちょっと……」

 

これは打ち解けたと言ってもいいのだろうか?

 

そうだとしたら多分、チェルシーを抱えたまま城の窓まで駆け上がり、城の中に入ったのが原因だな。

 

「暗殺者に狙われたりしてる身だからな。大半は返り討ちにしてるから狙われなくなってきたが」

「うん。すごく物騒ね」

 

「まあな。でも、そのお陰で自重しなければならない技を覚えたが」

 

「自重しなければならない技?」

 

ああ、と答えつつうなずく。

 

あれは味方がいる場所では使えない上に周りへの被害が大きい。

 

「普通に剣は刃の届く範囲しか斬れないが……しばらく前に殺り合ったババア……じゃなくてババラという婆さんが包丁で斬撃というか真空の刃だかを飛ばす技を使っていたので真似て覚えた」

 

ほら、と銀食器のナイフを振るい再現して見せる。

 

ポトッと落ちるのは城の通路に飾られていた花。

 

その落ちた花は数メートル先の花瓶に生けられていたものだ。

 

「………………」

 

「とまあこんなものだ」

 

それにしても……滅多なことでは使わないから腕が落ちたな。

 

普段から使う機会がないからしかたがないか。

 

「……深く考えたら私の精神が別の意味で持たなさそうだから考えるのを止めるわ」

 

「そうか。これに関しては何で出来るのか俺自身にもわかってないからな。とりあえず出来るんだからしょうがないと考えないようにしている」

 

「あ……うん、そう。それよりももうすぐ目的の宝物庫に着くわよ」

 

「いよいよか」

 

さて、チェルシーは俺に何を見せてくれるのだろうか。

 

楽しみだ。




次はこの続きとなります。

次も10日以内を目指します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外過去編 勧誘

宝物庫の扉が開けられる。

 

チェルシーが宝物庫の中に先に入り、その後に俺が入った。

 

「宝物庫と言う割には……そこまで手入れがされてないな」

中に保管されている像は埃を被っているし、鞘に入っていない刃剥き出しの剣は若冠錆び始めている。

 

「まあ、それよりも私が見てほしいのはこれよ」

 

チェルシーがそう言いながらランタンを木箱の上に置いてクリアケースの中に入った化粧品箱を持って俺に見せてきた。

 

「…………まさか、これは……っ!?」

 

「気がついた? そうこれは将軍が察した通りの代物よ」

 

チェルシーの持っているクリアケースに入っているのは俺が探していた帝具に他ならなかった。

 

変幻自在ガイアファンデーション。

 

これこそ俺が発見次第破壊しようとしていた帝具。

 

「そして……私はこれを使える!」

 

チェルシーがクリアケースした中からガイアファンデーションを取り出す。

 

「…………」

 

使い手がいるのは想定外だった……。

 

これがチェルシーが俺にチェルシーを切り捨てることが出来ないようにする札だったのか。

 

確かにこれは切り捨てるには惜しい。

 

安全ということを考えるなら壊した方が確実……だが、使い手をこちらに引き込めるなら! 特に部下として欲しい。

 

そうなれば色々と仕込む必要があるが、情報を探る面では圧倒的なアドバンテージと潜入などの危険で難易度の高い任務を比較簡単にこなすことが出来る。

 

どう? としてやったりとした様子のチェルシーに思わず予想をいい意味で裏切ってくれた嬉しさが込み上げてくる。

 

「ああ……最高だ。最近の出来事の中で最もいい出来事だ。チェルシー……ものは相談なのだが……俺の元に来る気はないか?」

 

「……はい?」

 

「急にこんなことを言われても困るだろうから返事は後でいい。とりあえず、俺がチェルシー……お前のことを必要としているとだけ理解してくれ。嫌なら当然断ってもいい」

 

言葉には出さないが断られたら当然ガイアファンデーションは破壊する。

 

ガイアファンデーションは絶対に大臣側に渡してはならない帝具だからだ。

 

「ただ、返事は3日後で頼む。その日に俺はこの地から帝都に戻るからな」

 

「……3日後。なら、その日まであなたのことを色々と教えてくれる?」

 

「もちろん。そうじゃなきゃ困る。太守への目眩ましも兼ねてお互いのことをより深く知ろう」

 

お互いのことを知らなければ信頼関係は築けない。

 

特にスパイをやってもらうつもりなので信頼関係は強ければ強いほどいい。

 

ドロンとチェルシーの姿が猫のものに変わる。そしてすぐに元の人としての姿に戻った。

 

「ちゃんと使えてるでしょ?」

 

ふふ、と小さく笑うチェルシー。

 

「ああ……ますます欲しくなった」

 

するとポッとチェルシーの頬が赤くなった。

 

「……ま、まさか……そんなストレートに言われるなんて……ちょっと恥ずかしいわね」

 

単に俺の言葉が照れくさかったようだ。

 

「と、とりあえず……明日から人前では恋人……いえ、愛人? のように扱ってね」

 

恥ずかしさを誤魔化すように捲し立てて言うチェルシーの様子に新鮮な気分になる。

 

このようなやりとりは初めてだからだ。

 

「わかった。可能な限り善処しよう」

 

今こそロクゴウ将軍から渡された本の力を使うときだな。

 

まさか……役に立つ日が来るとは夢にも思ってなかった。

 

「ランスロ……これを読めば春はすぐに来るぜ!」と無駄に凛々しい表情をしていたロクゴウ将軍の姿が思い出される。

 

タイトル……あなたに春を呼ぶ方法~~~意中の相手を落とす手段編。

 

である。

なんとなく読んでみたが……意外と使えそうなものが幾つかあったのだ。

 

何故か……同性編というオマケがついていたが……。

 

それは気にしない方針で行こう。

 

それに今の帝国に普通の出会いを求めるのは間違っているしな。

 

 

 

翌日。

 

城の壁に不自然な壊れ方をした部分が発見されて、それを直すための職人が呼ばれた。

 

「それにしても……あの太守の下卑た顔……全く隠す気が無かったわね」

 

「だな」

 

今朝、太守は当たり前の如く「昨夜はお楽しみになられましたか?」といやらしい顔で聞いてきた。

 

「中々に楽しい時間だったと言うだけで勝手に邪推してくれるんだから楽ではあるが」

 

「まあね。私も深く聞かれずに済んだから楽だったわ。だって……」

 

照れたような表情になるチェルシー。

 

「こんな顔をして……軽く俯いて恥ずかしそうにボソボソとそれらしいことを言うだけで勝手に勘違いしてくれるからね♪」

 

照れたような表情から一変、してやったりとした顔になる。

 

「お陰でこんな風に街中に出ても監視の目がつけられてないんだからな」

 

勝手に邪推した太守が俺とチェルシーの2人で街に行ってきたらどうです? と言ってくれたお陰で街に出られたのだ。

 

「あと、今さらだが……言葉使いは好きにしていいぞ」

 

「あ!? 」

 

「意外と言うか……チェルシーは微妙に抜けているな」

 

「……不覚」

 

まあ、俺と同じような年齢なのだからしょうがないか。

 

まだ、20にはなっていないのだから。

 

「……くっ、まあ……いいわ。なら、私はあなたのことを将軍じゃなくてランスロって呼ばせてもらうから」

 

「いいぞ。好きにしていいぞと言ったのは俺だからな。ただし、公の場では呼ばないようにな」

 

「わかってるわよ。そんなヘマはしないわ」

 

意外と抜けているところがあるので今一信用できない。

 

「まあ、気をつけてくれ」

 

それだけしか言えない。

 

「……信用してないわね」

 

「つき合いが短いからな」

 

「ま、いいわ。それよりも今日はどうするの?」

 

今日の予定か……。

 

「そうだな……とりあえずは何処かゆっくりと座りながら話せる店に行こう」

 

「それなら行きつけのお店があるからそこにしましょ」

 

「なら、頼む」

 

地元の人間行きつけのお店ならハズレは滅多にないだろうしな。

 

ハズレたらハズレたらでチェルシーの味覚がどんなものか把握できる。

 

 

 

 

「中々に良い場所だな」

 

チェルシーに案内された店は外見こそ至って普通のそこら辺にある店と変わらないが、落ち着いた雰囲気がある。

 

「でしょ!」

 

得意気に微笑むとチェルシーはここよ、と店のテラスの右端の席に着く。

 

「……ほう」

 

チェルシーの座った席の対面に座るとテラスから城の姿が見えた。

 

「良い眺めでしょ?」

 

「確かに……良い眺めだ」

 

城を見ながら飲んだり食べたりするのは普段の食事とはまた違った感じだ。

 

さて、どう口説き落とすべきか……。

 

それが問題だ。

 

恋愛感情で相手を落とすのではなく、部下……それもかなり重要なポジションに就いてもらうためかなり身の危険がある。

 

これだとロクゴウ将軍に貰った本は役に立たないな。

「どうしたの?」

 

「いや……どう口説き落とすか悩んでた」

 

「……それ、口説き落とす本人が目の前にいるのに言っちゃう?」

 

「お前のことが欲しいと言ったが……結構身の危険があるしな。俺は敵が多い」

 

味方よりも敵が多い現実。

 

特に内側にいる敵が多い。

 

外敵と違って武力で解決出来ない故に難敵である。

 

「……やっぱり、危険なんだ」

 

「そうだな。元々ガイアファンデーションを破壊するためにこの地に来たからな。チェルシーと言う使い手がすでにいるとは思ってなかったんだ」

 

「そうだったんだ。じゃあ、もし私が帝具使いじゃなかったらランスロは私を口説き落とそうとはしなかったのね?」

 

「正解だ。一般人を厄介事に巻き込むのは本意じゃない……自ら厄介事に首を突っ込むようであれば自己責任だが」

 

帝具使いじゃなかったら俺はガイアファンデーションを破壊した後、この街から出ていくと見せかけてここの太守を暗殺するつもりだったのだから。

 

この身は一般人を遥かに凌駕する力を秘めているのだからそれぐらいは容易い。

 

でなければ無毀なる湖光(アロンダイト)を使わずとも幾多の戦場で武勲を上げることは出来なかったはずだ。

 

馬上槍を投擲して敵拠点で指揮を執る指揮官を討ったり、雨のように降ってくる矢の中を両手に持った槍で当たりそうなのを打ち払いながら敵陣に向かって駆けることなど出来なかった。

 

故に無毀なる湖光(アロンダイト)を使う機会はほとんどない。

 

使うような敵がいないのだから。

 

超級危険種には使うしかなかったが……。

 

普通の武器では武器がもたない。物によっては超級危険種の身体を斬りつけただけで刃が欠ける。

 

その点無毀なる湖光(アロンダイト)であれば刃が欠けることなく容易く超級危険種の身体を斬り裂く。

 

今のところ偶然に遭遇したタイラントと呼ばれる超級危険種しか倒していないが……そのうち他の超級危険種を狩る機会があるだろう。

 

まあ、それは置いておいてだ。

 

「これは昨日も言ったが別に断ってもいい。自分の命を賭ける事になるような場面に必ず遭遇するような危険な事だ。場合によっては命を失うのよりも酷い目に遇うかもしれない」

 

「そんな危険な事に私を誘うんだ」

 

「ああ……なら、始めに言っておくべきだろう。知らないでは済ませられないような事だ。必要であれば誰かを暗殺すらしてもらうつもりだ。自分の手を汚すのは嫌だろう?」

 

「……そうね」

 

大抵の人は誰かを傷つけることを恐れる。だからこそ人が人を殺す事に嫌悪感を覚えるのだと思う。

 

チェルシーは何処か遠くを見つめるかのように空へと視線を向ける。

 

「でも……ここの太守のような畜生を殺すなら良心は痛みそうにないわ」

 

「そうか。……だが、先達の言葉だから覚えておけ……善人であろうが悪人であろうが人を殺せば人殺しだ。そして、善人であればあるほど人を殺した時に苦しむ事になる。かつて同じ戦場で戦った兵士の1人がそれで自殺した」

 

「…………」

 

「だから、誰かを殺す事になったら覚悟しておけよ。人を殺すのとそれ以外を殺すのでは訳が違う。ここの太守のように人を人と認識せず狩の対象するような人物がいい例だ」

 

人を狩の対象としている時点で対象者はすでに人と認識していないのは確実なのだから。

 

「ねえ……これから口説き落とそうとしている相手にそんなこと言う? 普通ならいい点しか言わないわよ」

 

「俺は言うさ……対象は選ぶがな」

 

「……選ぶねぇ」

 

「ああ……本気で欲しいと思うなら言うさ。危険な目に遭うのは避けられない。人も殺す事になるだろう……それでも自分の意思で俺の部下……いや、仲間になって欲しいからな」

 

部下にも仲間にもなるべく死んで欲しくない。

 

危険な目に遭うのだから死は常につきまとう。

 

死なせるために仲間にしたのではない、俺が望む未来にするためにその力を貸して欲しいからこそ危険な目に遭うのも承知で仲間になってもらいたいのだ。

 

「だからこの話は断ってもいいんだぞ。その場合は帝具を他の誰かの手に渡らないようにするために破壊させてもらうが」

 

「ねえ……何でガイアファンデーションを破壊しようとするの? この帝具ってすごく強いってわけじゃないないわよね

 

「ああ。それは武器としては使えない。だが、単純に強力な武器などよりも恐ろしい。使い方次第では国を滅ぼせる上に戦場で使えば敵の伝令に扮して嘘の情報を流し続けることも出来る」

 

「……人を信じられなくする帝具」

 

「そうだ。ガイアファンデーションは人を信じられなくさせる帝具だ。人間関係の破壊……これほど怖いものはそうもないだろう」

 

味方が信じられなく恐ろしさは何とも言えない。

 

想像するだけで恐ろしい。だからこそその存在を知った時に破壊しようと思ったのだ。

 

「……まあ、こんな危険な事に付き合ってもらうのだから役目……と言うか全てが終わった後お互いに生きていれば俺の手で叶えられる願いなら何でも叶えようと思う」

 

一生働かずに済むような金ならそれに見会うような金銭を渡すし地位が欲しいのならその地位を得られるように陛下に交渉する。

 

「何でもねぇ……」

 

「ああ……俺の叶えられる範囲ではあるがな」

それしか俺には出来ない。

 

「…………考えておくわ」

 

「この場で断られるかと思ったのだが」

 

「ん~、まあ……断るのも手だけどさ。こう頼られるって言うのかな? よくわからないけどさ……私が必要とされているのって初めてだからね。私じゃなきゃ駄目なんでしょ?」

 

「そうだな。チェルシーじゃなきゃ駄目だな」

 

「そっか~」

 

嬉しそうにチェルシーが笑う。

 

「何で嬉しそうなんだ?」

 

「だってさ……私だけだから。他の誰でもない私じゃなきゃならないってことがね」

 

「そうなのか?」

 

「うん。だってさ……役場に勤めるなんてそこそこ頭が良ければ誰にだって出来ちゃうけどさ。ランスロの言っているそれって確かに危険だけど……私にしか、正確に言えば帝具を使える私だからこそ必要なんでしょ」

 

否定出来ない。

 

「……誰かの代用品じゃない私という個が必要とされる……それが嬉しかったの」

 

「本当ならこんな危険な事に必要とされない方がいいんだがな」

 

「それをあなたが言うの? 私をそんな危険な事に誘っておいて……」

 

「言うさ。本当なら誘うべきじゃないからな」

 

こんなことをするべきじゃないってのは誘っている俺が1番わかっている。

 

……それでも誘ってしまっている時点で俺も俺が思っているより追い詰められているのかもしれんな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外過去編 仲間

「とりあえず、この件については一旦終わりにしよう」

 

「へ? まあ、あなたがそれでいいならいいけど」

 

「ああ。受けるにせよ断るにせよお互いに何が好きで何が嫌いか趣味は何かを話して親睦を深めるのも悪くないだろ?」

 

お互いに好きなものや趣味が一致すればそれでコミュニケーションがとりやすくなる。

 

「それもそうね。言い出しっぺのランスロから教えて」

 

「好物は麺類だな。汁を変えれば様々な味が楽しめるし地方によって味も違う」

 

「へぇ……そうなんだ。私は紅茶が好きよ」

 

「紅茶か……香りが良いし客人をもてなすのにも使えるから中々に重宝している」

 

誰か訪ねてきたらとりあえず、香りの良い紅茶を出しておく。

 

苦手な人が少ないから問題なく出せるので重宝しているのだ。

 

「あの香りが良いのよね。趣味はヨガよ」

 

「健康的だな」

 

「でしょ。役場に勤めると運動する時間があんまりなくて肩こりが酷くてね。それに動かないから体重が……ね」

 

「確かに運動しない太りやすいからな。帝都にいる内政官も太ってるのが何人もいるし、大臣に関しては完全にタヌキ体型だ」

 

あのポッコリお腹で健康なのだから不思議だ。いつ急死してもおかしくないのだが……。

 

「へ、へぇ……そうなんだ」

 

「ああ……一目でわかるぞ」

 

「特徴的なんだね」

 

「特徴的と言うか……表情を見ればわかる。帝都に住む人間のほとんどは途方に暮れた顔をしているが富裕層はそんな顔をしていない。特に大臣となるとそれこそ違う」

 

余裕があるのだ。自分を害する存在がいないという。

 

武力ではなく権力で身を守っているのだ。

 

「やっぱり……帝都って危ないのね」

 

「貧しい地方から見れば帝都は栄えて見えるだろうがそれは所詮上っ面に過ぎない」

 

「上っ面ね……人も上っ面だけ良い人に見せるような奴が多いわよね 」

 

「それはしょうがないだろ。今の帝国は上っ面だけでもどうにかしておかないと暮らしにくい」

 

弱味を見せたらそこから喰われていく。

 

弱肉強食……それが今の帝国の現状だ。

 

それを変えようと戦う良識派に席を置く身としては1人でも多くの味方が欲しい。

 

良識派と言っても俺は陛下の臣下であることを重視している。

 

良識派に席を置く理由はただ1つ。陛下の理想とする国が大臣のやる政策と合わないからに他ならない。

 

「話だけ聞いていると……帝都に行くのが怖くなってくるわね」

 

おどけるように肩をすくめるチェルシー。

 

「実際に俺は帝都に住むのはオススメしない。今のままならな」

 

「今のままならな……ってことは何かやるつもりなの?」

 

「どれくらい時間がかかるかは不明だが帝都の治安維持に関する権限を手に入れようとは思っている。帝都警備隊と言う組織をな」

 

「うわぁ~……野心丸出し」

 

クスクスと面白そうに笑うチェルシー。

 

「仲間になってもらおうとしている相手に幾つかやろうとしていることを喋るのは当たり前だろ? 秘密主義過ぎても不信感を持たれるからな」

 

「確かに……秘密が多いと何かと勘ぐっちゃうのよね」

 

「だろ? 誰だって気になることはある。知りたいと思う欲求は中々に我慢がしずらい」

 

わかるわかるとチェルシーはうなずく。

 

「1度気になると結構引きずるわよね」

 

「そうなんだよな。特に知ったところで意味がないことだとわからないと特にな」

 

「だよね~。立場が違ってもわかり合える部分ってあるのね」

 

「そうだな……立場が違っても共通するところは少なからずある」

 

共通するものがあればそれが人と人を結ぶ。

 

立場関係なく繋がりが人の社会を造り上げている。

 

「ところでさ……しなくてよかったの?」

 

「どうした? 急に恥ずかしそうにして」

 

「いやさ……あの太守が馬鹿だったからよかったけどさ。もしだよ……もしも、その、 本当にヤったのかを確かめられたらさ……」

 

「ああ……そういうことか」

 

まあ、たしかに確かめられていたら危なかったな。……太守の身が。

 

「うん……だからさ……ヤっといたほうがいいんじゃないかなって」

 

「安心しろ。少なくとも俺にヤる気はない……」

 

「え? ハッ!? まさか……女よりも男好き?!」

 

「……何故そうなる? 」

 

本当に何故そうなる?

 

「だって……女の子に興味がないんでしょ?」

 

「…………いや、俺の場合は弱味が出来るからヤる気が起きないのだが」

 

もし、子どもが出来たら大臣に人質にとられるかもしれない。

 

それだけでなくもし相手が大臣の手駒だったら……。

 

それを考えるとどうしても男と女の関係を結ぼうと考えなくなる。

 

まあ、大臣はそんなの関係ないとばかりにヤってるんだろうがな。

 

「ふーん……じゃあさ、もしだよ……もしその弱味が出来ないのであればヤるの?」

 

「………………どうだろうか」

 

改めて考えてみると……自分がヤっている場面が想像できない。

 

何故だ?

 

その原因は何だろうかと、腕を組み考える。

 

………………………………もしや。

 

「……興味を惹かれないからか」

 

「枯れてるの? 」

 

「いや、年齢的には枯れていないはずだ。たぶん……相手に惹かれないからだと思う」

 

「惹かれないから?」

 

首をかしげるチェルシーに俺はうなずく。

 

「ああ。何かしらの魅力を感じれば人は何であれ惹かれるだろ? あれが欲しい、これが欲しいと」

 

「うん。欲しいって思うような魅力があるからね」

 

「そうだ。だが、俺はそれを言い寄って来た者たちに全く感じなかった。扇情的な格好をしていようともだ」

 

酷い言い方だが魅力を感じなかったのだ。

 

「へぇ……変わってるわね。身体的特徴ってわかりやすい魅力の1つよね? それに魅力を感じないだんて信じれないわ」

 

「だろうな。それでチェルシーはどうなんだ?」

 

「……私は元々玉の輿を狙ってたから。相手の容姿や内面は最低限まともだったら良いな程度でしか考えてなかった」

 

チェルシーはそこで一旦言葉を切ると棒つきキャンディーをポーチの中から取り出して口に加えた。

 

「玉の輿して景気よく暮らそうなんて……もう考えられないけどね」

 

「そうか」

 

「ええ、そうよ。これで国がまともだったら未だに私は玉の輿を夢見てたかもしれないけど」

 

「まともでも俺は陛下の臣下であることは変わらないな。周りの状況が好転してるぐらいの変化しか思いつかない」

 

大臣がまともだったらそれだけで革命軍は存在せずに帝国の人材は潤っていたはずだ。

 

そして……俺は将軍になっていなかっただろう。

 

功績を上げる機会も少なかっただろうしな。

 

それはそれで帝国が平和なのでいいことだが……。

 

「となると……私たちがこうやって会うこともなかったのよね」

 

「そうだな。こんな世の中だからこその出会いだろう」

 

「何がきっかけになるかわからないから不思議ね」

 

「それは沢山いる人々の行動1つ1つが密接に絡み合った結果だからな。例え未来を予想してもその予想が全部当たるとは限らないのと同じだ」

 

現に俺がガイアファンデーションの使い手がいると予想していなかったからな。

 

 

 

 

時は進み……夜となった。

 

部屋には当然のようにベッドの上に寝転がるチェルシーの姿がある。

 

そして、俺はワインの入ったグラスを片手に窓から外を眺めていた。

 

「はぁぁ……太守の視線が嫌らしいったらありゃしない」

 

「あまり気にするな。所詮……後数日の命だ」

 

「……………………マジ?」

 

「ああ、嘘を吐くつもりはない」

 

この地から出ていく時にここの太守は始末する。

 

正確には出て行った後、駆け足で戻って太守を殺す。

 

それから再び駆け足でその場を離れるだけだ。

 

「……そうなると私仕事なくなるじゃん!?」

 

ヤバい! どうしよう……、と頭を抱えるチェルシー。

 

太守の命<自分の仕事、という構図が出来上がっているようだ。

 

「大丈夫だろ? 新しい太守が来るまではな」

 

不正を犯していた奴はクビにされるだろうが。

 

チェルシーはクビにされはしないだろう。

死亡予定の太守に俺の案内役を任されるあたりここの役場内ではかなり能力があることは証明済みだ。

 

腐っていようが太守。自分の部下の能力ぐらいは把握しているはず。

 

「……何かすっごい不安になってきた」

 

うぅ~、とベッドの上で寝転がりながら唸っている。

 

「俺と一緒に行くなら仕事は今のよりも危険で大変なものになるぞ? 革命軍にスパイとして潜入してもらうつもりだからな」

 

俺の言葉を聞いた途端にチェルシーは動きを止め、固まった。

 

ギギギと錆びたブリキ人形を彷彿させるような動きで俺の方へと振り向く。

 

「……………………」

 

言葉に出していないが雰囲気から本気? と訴えているように感じる。

 

「……まあ、俺と来ないのであればガイアファンデーションを破壊してチェルシーはこのまま役場で働くことになるだけだぞ?」

 

「……もしかして私ってかなり期待されてる?」

 

「期待か……まあ、スパイとして革命軍に潜入してもらうのには期待してるな。ガイアファンデーションは情報収集や暗殺などの裏方で力を発揮するタイプの帝具だしな」

 

「…………期待されるのが嬉しい反面……失敗した時の恐さが……」

 

悩んでくれるだけありがたい。

 

普通なら真っ先に断られてもおかしくないことなのだから。

 

自分の命を賭けてまで何かをやってくれる人は数少ない。

 

口でこそ言えるがいざその場面に遭遇すると何も出来ない奴は何人もいる。

 

「まだ時間はあるから答えを早急に出す必要はない。これから先のことを決める重要な分岐点だからな」

 

そう……重要な分岐点だからこそ自分で答えを出してもらいたい。

 

俺は誘いはするが強制はしない。

 

何事も自分で決めた方がちゃんと覚悟を持てるからだ。

 

「それもそうよね……でも、悩んじゃうもんなのよ……はぁ…… 」

 

チェルシーは深く悩ましげに溜め息を吐く。

 

それもしょうがないと思う。

 

20に満たない歳で今後の人生を左右する選択を迫られているのだから。

 

仲間になって欲しいが……断られるならしょうがないと素直に諦める。

 

縁がなかったそれだけの話なのだから。

 

 

 

 

そして、俺がこの街から出て行く日がやって来た。

 

今日までにしたことはチェルシーと話す、太守の行動パターンの把握、ガイアファンデーションをチェルシーに持たせるだけだ。

 

「…………それでどうするか決めたか?」

 

見送る役割を与えられたチェルシーが俺の左隣を歩く。右隣は馬だ。

 

「うん……決めたわ。ランスロ、あなたに着いていく」

 

「……後悔するのは確実だぞ……それでもか?」

 

「ええ、もちろんよ! 後悔するのはわかってる……でもね、私は私にしか出来ない事をやりたいの。例えそれがイバラの道でもね」

 

「そうか……なら、ようこそチェルシー。俺は歓迎しよう」

 

仲間が増えた。

 

これは嬉しいことだ。

 

「うんうん……歓迎してくださいな♪ 後、ちゃんと全てが終わった後は私のお願い叶えてね?」

 

念を押すように言ってくるチェルシー。だが、笑顔だった。

 

「もちろんだ……約束を破るつもりはない。ただ、もう1度言うが俺に叶えられる願いだからな」

 

「当たり前よ。そうじゃなきゃ意味がないじゃない!」

 

チェルシーが話のわかる女でよかった。

 

「…………ねぇ、次はいつ会えるんだろうね」

 

「……だな。わからんがチェルシー次第だな」

 

「私しだい?」

 

「ああ。そうだ……ガイアファンデーションの能力を使えば俺に接近出来るだろ?」

 

ガイアファンデーションの能力ならば可能だ。

 

誰にも悟られることなく俺と接触出来る。

 

チェルシーは革命軍の構成員にガイアファンデーションを使って俺に接触して情報を引き出すためと言えば容易く俺と接触することが可能だ。

 

ただその場合は俺が接触してきたのがチェルシーであると理解する必要がある。

 

まあ、それはおいおい決めればいい。

 

今は先に太守を始末する事が優先だ。

 

街の門の前まで来ると一旦立ち止まる。

 

見送りはここまでだ。

 

「それじゃ、また後でね」

 

「ああ、また後で」

 

短く別れを告げると馬に騎乗する。

 

どうせほんの少しの別れ。

 

俺は馬を走らせ街から出て行った。

 

 

 

馬を走らせること10分。

 

「このあたりでいいだろう」

 

俺は馬を止めると馬から降りる。

 

馬が逃げないように近くの木の幹に綱を括る。

 

それから服を着替えて軽く変装すると街に向かって駆け出す。

 

今の俺の格好は旅人を彷彿させるようなモノにしてある。

 

フード付きのローブを身に纏い、腰に護身用の剣を帯剣。

 

街の近くまで来ると走るのを止めて、歩く。

 

「…………」

 

門番がいないことはすでにわかっている。

 

門番はサボりだ。

 

故に簡単に街に侵入することが出来る。

 

そして、城の中庭に着くと……。

 

「……殺ったわ」

 

そこには返り血が頬に付いているチェルシーの姿があった。

 

傍には首のはねられた太守の身体が転がり、凶器となったサーベルが落ちている。

 

「……そうか。なら、この場を離れるぞ」

 

「うん」

 

チェルシーが姿を小動物に変えると俺の肩の上に乗る。

 

「しっかり掴まっていろよ」

 

そう言ってから俺はこの場から急いで離れた。

 

街の外に出て馬を置いてきた場所に戻る。

 

「………………」

 

チェルシーが元の姿に戻る。

 

「まさか……太守を殺してるとは思わなかったぞ」

 

「けじめをつけようと思って。さっきまでの私とこれからの私のね」

 

「けじめか」

 

「ええ。私はもう無力ではなくなった。なら、無力だった私とさよならしないとね」

 

頬に付いた返り血を拭いながらチェルシーは空を見上げる。

 

「……踏ん切りがつくと案外清々しい気分になるのね」

 

「それは1歩踏み出したからだろうな」

 

もう後戻りは出来ない。

 

1歩間違えれば破滅の道へと一般人を引きずり込んでしまった。

 

……後悔はあるが、それは今は心の内に閉じ込めよう。

 

仲間になってくれてありがとう。そして、済まない。

 

これから危険な目に遇わせてしまう俺を許してくれとは言わない……ただ、生き残ってくれ。

 

口には決して出来ない。

 

「改めて、よろしく頼むぞ」

 

チェルシーに手を差し出す。

 

空を見ていたチェルシーがこちらの方に向き、俺の手を見るとそこに手を差し出す。

「うん。こっちもよろしくね」

 

握手を交わし、俺はこれからのことに思考を切り替えた。

 

仲間を1人でも多く集めるべきだと。

 




これで過去編は一旦終わりです。

次に過去編をやるとしたらクロメとの出会いになると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話 選択

「ふぅーッ!……ふぅ―ッ!……」

 

ギラギラと目を輝かせ、興奮して呼吸が荒くなっているドクター。

 

「……な、何があったんですか?」

 

ウェイブが戸惑いながら近くにいるボルスに小声で話しかける。

 

「さ、さぁ? 私にもよくわからないんだ。何かあったのは確かなんだろうけどね」

 

「そ、そうですよね。出ないとドクターもあんな風にはならないはずだし」

 

こそこそと話すウェイブとボルス。

 

そこにコロを抱き抱えながらサヨがやって来た。

 

「皆さんおはようございます! あれ? ドクターどうしました?」

 

明らかに様子のおかしいドクターにサヨが動じることなく心配そうに話しかけた。

 

「……フフフフフフフフ……よくぞ! 聞いてくれたわね!!」

 

ビシッ! と左手で前髪をかき上げて、椅子の上に右足を乗せ、右腕を鳥が翼を広げたように上げる。

 

「……いつものドクターか」

 

テンションが無駄に高いだけだったようだ。

 

「…………そうだね」

 

クロメが同意した。

 

ドクターが見つけたナイトレイドのアジトの調査を終えて、1週間。

 

その間にナイトレイドと思わしき暗殺事件は1件も起こっていない。

 

故にナイトレイドは現在帝都付近にはいないという見解になっている。

 

なのでイェーガーズは賊の討伐が主な仕事となった。

 

ランはエスデスと一緒に帝都付近の賊の討伐に出かけているのでこの場にはいない。

 

「……レーザー発射よ!」

 

ドクターの左人指し指が一瞬だピカッと光るとドクターが指指していた場所が焦げていた。

 

「「「「……………………」」」」

 

全員が言葉を失った。

 

だが、ただ1人サヨだけは違った。

 

「す、すごい! すごいじゃないですか、ドクター!」

 

称賛するサヨに満更でもない様子のドクター。

 

満更でもない以前にすごい誇らしげだ。

 

「フッ……当たり前よ! アタシを誰だと思っているの?」

 

「帝国1の科学者であり医者だろ」

 

「うん」

 

俺の言葉にクロメが同意した。

 

「でも威力がイマイチなのよねぇ。やっぱりふとした思いついきで徹夜で造ったからかしら」

 

…………これを思いつきでしかも、徹夜でここまで造り上げたドクターには驚くしかない。

 

以前に新しい扉を幾つか開いていたがそれが原因なのだろうか?

 

「……何かドクターが1番変わったよね」

 

「新しい扉を幾つか開いた影響だろうな」

 

「いやいや!? そんな新しい扉を幾つか開いただけでこれって……」

 

ウェイブが俺とクロメの会話に加わってきた。

 

「……ウェイブは変わってないよ。やられ役のまま」

 

「オイィィィッ!? クロメから見たら俺ってそんなのかよ!!」

 

「うん。だって……ナイトレイドのブラートにたいしたダメージを負わせることなく負けたから」

 

「ぐはっ……」

 

胸を押さえて床に崩れ落ちるウェイブ。

 

「……クロメ。もう少し言葉オブラートに包め。いくら自分がブラートを倒せる可能性を持っていてもな」

実質イェーガーズの中でブラートを殺しうる可能性を持っているのがクロメとエスデス、そして……ボルスの3人。

 

ボルスに関しては完全にルビカンテによる一撃必殺を狙えるからだ。

 

クロメは超級危険種3体でごり押しすれば勝てる。

 

エスデスは言わずもがな。1対1なら負けることはない。アカメやアカメに準ずるような実力者と同時に相手をしたら危ういがな。

 

「はーい」

 

「……母ちゃん……帝都の荒波はいつも厳しいぜ」

 

「……ウェイブ君」

 

ボルスがポンポンとウェイブを慰めるように肩を優しく叩く。

「……マザコン」

 

ウェイブの様子を見ていたクロメがボソリと呟く。

 

「グハッ!?」

 

胸を押さえてウェイブがガックリと床に崩れ落ちる。

 

「ウ、ウェイブ君!?」

 

大丈夫! とボルスが床に崩れ落ちたウェイブを起き上がらせる。

 

「……だ、大丈夫っす……ただ、心にグッサリと言葉の刃が刺さっただけなんで」

 

「あらん? なら、アタシが慰めてあげようかしら」

 

そこへドクターが襲来。ウェイブの顔が真っ青に染まる!

 

「ウェイブ……そんなにお母さんが恋しいのなら……その、わ、私がお母さんがわりになっても……いいですよ」

 

さらにサヨが恥ずかしそうに視線をチラチラとウェイブに向けたり逸らしたりしながら大胆発言をかます。

 

しかも、抱きしめられるように両腕を広げている。

 

恥ずかしそうに言いつつもサヨ本人はウェイブを抱きしめる気が満々のようだ。

 

前門のドクターに後門のサヨか。

 

前者を選べば……ホモ。後者を選べば……恥ずかしい思い。

 

「クロメはどっちを選ぶと思う?」

 

「ウェイブはヘタレだから……逃げる」

 

「なるほど……逃げるという選択肢もあったな」

 

クロメの言葉にうんうんとうなずいているとウェイブから声がかかった。

 

「ちょ!? 変なこといってないで助けてください!」

 

助けを求めるウェイブ。

 

「む……そろそろ時間だから俺は出かけてくる」

「ん。いってらっしゃい」

 

俺はウェイブを無視してクロメに見送られながら部屋から出ていった。

 

その時にウェイブから向けられた視線は俺も一緒に連れていってくれと言うものだったことは確かだ。

 

 

 

 

アカメたちがアジトを放棄し、やって来たのは帝都から南東へ800㎞離れた場所に位置するマーグ高原。

 

垂直に切り立ったテーブルマウンテンが数十種点在し、独自の生態系を形作っている。

 

危険種のレベルも高く人間が住むには適さない……秘境であった。

 

この場所に来てから1週間が経過した現在。各々のレベルアップを図るためナイトレイドのメンバーは各々が修行に励んでいた。

 

中でも最も……厳しい修行に励んでいるのがタツミである。

 

帝具を所持していないのはタツミのみ。

 

帝具を持っているメンバーは各々の帝具の持ち味を生かせるように修行するれば良いのだが……帝具を持っていないタツミは違った。

 

「いつでもいいぞタツミ!」

 

「オッス!」

 

ブラートの組手だ。

 

たまにスサノオとの組手。それとブラート対スサノオの組手の観戦である。

 

今回の修行で1番ボロボロになっているのはタツミ。同時にメキメキと腕を上げているのもタツミだ。

 

インクルシオを発動していないブラート相手に毎日組手、たまにスサノオと組手。そして、ブラート対スサノオの組手の観戦。

 

自分よりも圧倒的な経験値を持つ凄腕の戦士の直接指導と強者同士の戦いを見ることによりタツミの潜在能力は一気に開花することとなった。

 

タツミ自身は気がついていないがすでにマーグ高原に来る前の自分と今の自分では明らかにレベルが上がっているのだ。

 

タツミの使用している剣もスサノオが新しく打った剣に代替わりしているのがその証拠である。

 

前から使っていた剣はタツミの力に耐えられなくなりその役目を終えた。

 

「……毎日毎日よくやるわね」

 

「ええ、そうですね」

 

タツミを鍛えるブラート。その修行の様子を遠目から見ているのはマインとシェーレ。

 

「それにしても……ブラートはノリノリね」

 

「フフ……ブラートにとってタツミは弟のようであり弟子見たいなものですからしょうがないですよ」

 

「それを言ったらシェーレにとってもじゃないの」

 

「まあ、確かに弟みたいな感じです。そう言えば……最近抱きしめてあげられてないから久しぶりに抱きしめましょうか?」

 

シェーレの言葉をたまたま通りかかったラバックが悔しい涙を流しながらその場から走り去ったのは当の本人しか知らないのであった。

 

「……シェーレ、タツミに甘くない」

 

「そうですか? 私はそうは思いませんが」

「いいえ! 絶対に甘いわ!」

 

ビシッ! とシェーレに人差し指を突きつけながらマインは断言した。

 

そんな自覚のないシェーレは首を傾げる。

 

ナイトレイドはある意味平常運転であった。

 

ちなみにマインとシェーレがこの会話をしている間にタツミは10回ほど宙を舞ったとだけ明記しておこう。

 

 

 

 

「…………ふむ」

 

破棄されたナイトレイドのアジトを訪れるも、そこはすでに帝国軍によって調べ尽くされた後である。

 

俺がここに来た理由はナイトレイドが再び帝都の付近にアジトを構えるのではないかという予感があるからだ。

 

革命軍の保有する暗殺者集団であるナイトレイドは今まで帝都で何件もの暗殺を成功させてきた集団だ。それを今から他の場所へ移すなど考えられない。

 

特にブラートやアカメといった実力者がいるのだ。彼らをエスデスにぶつけないでどうする。

 

いずれ帝都の付近にアジトを構えるのは確定しているのだ。

 

今のうちに候補地だけでも確認しておいた方がいいだろう。

 

このアジトの位置は帝都から約10㎞離れた場所に位置している?ならば次のアジトも似たような距離に設けられるのは確かだと見ていい。

 

革命軍の密偵も馬鹿ではない。アジトに相応しい見つかりにくい場所を幾つか検討をつけているはず。

 

おそらく……ナイトレイドとイェーガーズがぶつかる日はそう遠くない。

 

これは確信している。

 

西の異民族に帝具を渡したのは俺を西の地に一時的に行かせるためだ。

 

革命軍は俺とエスデスが同じ戦場に揃うことがないように手を打っているだろう。

 

俺とエスデスが同じ戦場に立てば大半の戦なら確実に勝てる。

 

エスデスが広範囲を凪ぎ払い、俺が敵本陣へと突撃する。それだけだ。

 

個人の力量に左右されるようなものではあるが単純な力押し。

 

単純であるが故に対抗手段がない相手ならば一方的に蹂躙出来る。

 

それ以前にエスデス1人いれば大半の戦で勝利を掴むことが出来るので俺とエスデスが同じ戦場に立つことはよっぽどのことがなければないだろう。

 

そのよっぽどの事態が起きることは現状ではまずありえない。

 

少なくともブドー大将軍が健在であるうちはだ。

 

 

 

 

「……ふむ」

 

すでに調査が終わっているナイトレイドのアジト内部に足を踏み入れる。

 

通路には戦闘痕が残っており、ドクターの私兵がナイトレイドのアジトの内部にまで侵攻したのが伺えた。

 

私兵の死体は全てドクターが引き取っている。

 

おそらく埋葬はされていないだろうと俺は考えている。死体は死体で使うのがドクターという人間だ。

 

多分……実験材料の一部という認識だろうな。

 

強化兵の損傷具合から何処が脆いのかを把握して、新たな強化兵はその弱点たる部分を無くした、もしくは何かで補強した状態に仕上げるはず。

 

だが、ナイトレイドと決着をつける時には間に合わないだろう。

 

圧倒的に時間が足りない。

 

より強化されたドクターの私兵ならばこの先数多くの出番があるだろう。

 

「私兵がいなくなったがドクターを失わなかった大きい。サヨを迎えに向かわせた判断は間違えではなかった」

 

ドクターにはイェーガーズの縁の下の力持ちとして活躍してもらう。

 

医療だけでなく薬を使ったサポート等が期待できる。

 

何よりもドクターの造り出す兵器の数々はイェーガーズだけではなく異民族との戦争にも使われるはずだ。

 

むしろ、異民族との戦争での使用がメインとなるだろう。

 

敵の心を折り、戦争の早期終結に結びつけるのに役立つ。

 

ドクターがコロ用に造った装備も一般の兵士たちが使えるようになればそれこそ帝国にかなう相手はいなくなりそうだ。

 

そうなれば俺やエスデスのような個人の力量によって戦局が左右されるような場面も少なくなる。

 

だが、兵器を奪われた時の危険度がはね上がるか。

 

強力であればあるほど自分たちに牙を剥いたときの被害は大きくなる。

 

それも踏まえた上での運用方法を確立しなくてはならない。

 

となると……やはり、実験部隊が必要だ。それこそドクターの私兵となりそうだが。

 

その方が安全という意味では最上だろうな。

 

制作者がいるのだから。

 

ドクターがコロに持たせてる装備として開発したガトリングガンにはかなり心惹かれるものがあった。

 

製作を依頼すれば造ってもらえるだろうか?

 

サヨの件もありドクターに作っていた貸しはもう無さそうだが……西の地にいる危険種の死体を何体か送ってもらえば、それを報酬に造ってもらえるか……聞いてみる必要があるな。

 

まあ、あれだ……超級危険種の素材を要求されたらクロメの死体人形の超級危険種を渡そう。

 

クロメなら言えば渡してくれるだろう。代わりの死体を用意する必要があるが。

 

「……本部に戻り次第早速打診してみるか」

 

帝国周辺の土地の調査をするための部隊を編成する必要もあるから、そのついでにな。

 

出来れば西の異民族に攻め込む時までには欲しいが間に合うかどうかはドクター次第か。

 

依頼すればドクターは報酬さえ前払いすれば確実に造ってくれる。

 

その点では信頼出来る。スタイリッシュな男を自称するドクターは出来ないことは言わないしやらない。

 

「……戻るとするか」

 

早めに依頼するのと部隊を編成する必要があるからな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話 荒ぶる最強

イェーガーズの本部に着くと目を疑うような光景が広がっていた。……というか目に入った。

 

「…………何があったんだ?」

 

ウェイブがコロに恐喝? をされている。

 

コロが巨大化してウェイブの襟元を握って宙に浮かせているのだ。

 

サヨは顔を真っ赤に染めて、胸を押さえている。

 

クロメはやけに冷たい目でウェイブを睨み、ボルスは助けようとはしていない。ドクターに関してはやれやれといった様子。

 

本当に何があったんだ?

 

ゆっさゆっさと襟元を捕まれ抵抗することのないウェイブの姿に余計にそう思う。

 

「あ! 将軍お帰り~」

 

俺に気がついたクロメが手を振ってくる。

 

「何をやらかしたんだ?」

手を振り返しながら尋ねる。

 

「やけになったウェイブがサヨの胸に顔を押しつけて床に倒した」

 

「……………………ふぅ」

 

聞き間違いか? そうであってくれと思いつつもう一度言ってもらう。

 

「ウェイブがサヨの胸に顔を押しつけて床に倒した」

 

「……聞き間違いじゃなかったか」

 

まさか、イェーガーズの中から痴漢が出るとは思ってもみなかった。

 

「なんだ、戻ってきていたのか」

後ろからエスデスが現れた。

 

「ああ」

 

「これからウェイブを借りていくぞ」

 

「わかった」

 

「私はウェイブを鍛えなおす。だから、ランスロットわかっているな」

 

ブラートに負けたからエスデスによって鍛えなおされることになったウェイブには同情するしかないな。

 

「ちゃんとわかっている。殺すなよ」

 

「ふん……それはあいつ次第だ」

 

ウェイブ……本当に頑張らないと死ぬぞ?

 

エスデスの部隊は訓練だけでも死人が出ることで有名なのだ。

 

コロから投げ渡されたウェイブを引きずっていくエスデス。

 

それを見ながらクロメがドナドナと呟く。

 

「……ドクター、ちょっといいか?」

 

エスデスがウェイブを連れていなくなってからドクターに声をかけた。

 

「ん? 何かしら」

 

「造ってもらいたい物があってな」

 

「何を造って欲しいの?」

 

「ドクターがコロ用に造った装備でガトリングガンがあっただろう。それを造ってもらいたいのだが」

 

それね……とドクターがうなずく。

 

「いいわよ。期限は?」

 

「そうだな……大体1ヶ月ほどだな」

 

「あら? そんなにゆっくりでいいの」

 

「ああ、別に急ぎというわけでもない。それに……ドクターもドクターでやりたいことがあるだろう?」

 

ドクターは多忙と言っても過言ではない。

 

帝国で最も忙しい人物リストがあれば確実に10指に入る。

 

新兵器の開発、新薬の開発、さらには医者としての役目もあるのだ。

 

これで忙しくないと言えば嘘になる。

 

「そう言えばサヨ。今さらだが……ウェイブとかなり親密なようだが何かあったのか?」

 

「……へ? あ、はい! 」

 

少し間を開けてから慌てたように返事をしたためかサヨの声が若干上擦っている。

 

3回ほど深呼吸して落ち着きを取り戻すとサヨが話始めた。

 

「えっと……私って記憶喪失じゃないですか。そのせいで常識が欠けてたり結構わからないところがあって……」

 

恥ずかしいな、と曖昧な笑みを顔に浮かべつつ話を続ける。

 

「それで私が悩んでるのを察したのかウェイブがわからないところを教えてくたんです。自分のやっていることが終わってないのに」

 

「なるほど」

 

ウェイブらしいな。

 

「はい。それに……記憶が無くなっても先が無くなったわけじゃねぇんだからさ、新しい思い出を作ろうぜ! 俺でよければいつでも力になるからさ! って言ってくれました」

 

……仲間思いだな。

 

今の帝国には珍しいほどの好青年ではないか。

 

「いい子じゃない! そんなウェイブにはアタシから良いものをプレゼントしてあげなくちゃね。何が良いかしら?」

 

「う~ん……ウェイブは勉強したいみたいですよ。この前、俺は俺の出来ることをする。まだ戦うことしか出来ない俺だけど……それ以外でも帝国に住む1人の人間として出来ることを増やしたい! って言って帝国の歴史書とか政治について書かれた本を読んでました」

 

「ウェイブ君……頑張ってるんだね」

 

「ランみたく政治家を目指してるのか?」

 

政治家の方が軍人であるよりも多くの人に影響を与えることが出来るが……。

 

「……ランに家庭教師でもさせるか? 教えることは教える本人にも復習になるし」

 

「そうね……でも、無事に戻ってこられたらの話だけどね」

 

…………一応、準備だけは進めておくか。

 

今の帝国の有り様を正確に理解できる人材は1人でも多い方がいい。

 

何事も知っているの知らないでは雲泥の差がある。

 

ものによっては知らない方がいいものも多数存在するが……。

 

「……どうかウェイブ君が無事に戻って来ますように」

 

「ウェイブが無事に帰って来ますように」

 

ボルスとサヨがエスデスに連れていかれたウェイブの無事を祈っていた。

 

毎日様子を見に行くか。

 

さすがに心配だ。

 

 

 

 

「………………ふむ、砕くか?」

 

「止めろ」

 

巨大な氷の塊に右手を添えながら恐ろしいことを平然と呟くエスデス。

 

本当に様子を見に来てよかった……。

 

エスデスが右手を添えている氷の塊の中には黒い鎧の人物が閉じ込められている。。

 

「ふ、冗談だ」

 

「……嘘を吐くな」

 

俺の言葉にやれやれと首を左右に振ると、氷で椅子を作り出してエスデスはその上に腰を下ろした。

 

「氷を砕いてもこいつなら死なんだろ」

 

「確かに死なないがそれでは本人のためにならん。これぐらい自分でなんとかできなくてどうする?」

 

「……ランスロット、お前も大概スパルタだな」

 

「出来ないことはやらせん。鎧型の帝具を使っているのだからこれぐらい余裕だろ」

俺は絶対に出ないことはやらせない主義なのだ。

 

挑戦はさせるが……。

 

「確かにブラートは簡単に砕いてたな」

 

「まあ、そうだろうな。ブラートなら当然だろう」

 

それで終わるような男ならすでに俺が殺している。

 

何度も偶発的な戦闘をしているのだからある程度実力は把握済みだ。

 

「そうだ。この程度で殺られるようじゃとてもではないがブラートと相手は任せられん」

 

「……だな。クロメもターゲットがいるからそっちにに集中させたい。となるとウェイブしかいないか」

 

サヨ、ボルス、ラン、ドクターではチャンスを掴める可能性が低い。

 

ドクター以外は各々自己鍛練をおこなっているがどうしても才能の差というものがある。

 

ウェイブと同程度の実力ならば特に問題はなかったのだが……ナイトレイド最強のブラートが相手だとエスデス以外は全員殺られる可能性が高い。

 

少なくとも同じ鎧型のウェイブが足止め出来るぐらい強くなってもらわなけらば困るか

 

ウェイブも決して弱いわけではないのだが、ブラート相手だと分が悪い。

 

「まあ、ウェイブが駄目でも私かお前がいれば問題あるまい。ということで、少し付き合え」

 

言うと同時に俺の両側のから先の尖った丸太サイズの氷柱が飛び出してきた。

 

「手が早いな」

 

飛び出してきた氷柱を後ろに跳躍することで回避すると同時に腰に付けていた短剣を2本投擲する。

 

「ふん、実戦でわざわざこれから攻撃するぞと丁寧に教えてくれるわけないだろう」

 

俺の投擲した短剣を座ったまま両手の人差指と中指で挟むエスデス。

 

「確かにそうだな。わざわざこれから攻撃するぞというのは単なる馬鹿だ」

 

エスデスが両手の人差指と中指の間に挟んだ短剣を放り投げる。

 

それはウェイブが入っている氷の頂きに刺さった。

 

「だろ。それに多少のことで私とお前が怪我をするなどほぼない」

 

「あの程度で怪我してたらとっくに死んでるしな」

 

俺は背負っているパルチザンを右手に持ち、穂先をエスデスに向けて構える。

 

「まさしくその通りだ。あの程度で死ぬような弱者ならイェーガーズには不要だ」

 

エスデスが椅子から立ち上がり右手にサーベルを持つ。

 

俺と接近戦をやるつもりか?

 

まあ、エスデスのことだから接近戦をこなしつつ帝具を使って氷を操って来るのは当然と考えて間違いない。

 

「……それじゃあ、軽くやるとしようか」

 

「別に本気でも構わないぞ?」

 

「それだと今後に支障が出るから断る」

 

「ふん……つまらん奴だ」

 

地面に足の跡がくっきりと残るほどの踏み込みでエスデスに向けて突きを放つ。

 

突きはエスデスの縦に振るったサーベルとぶつかり、火花を散らす。

 

赤熱化を始めるパルチザンに対抗するようにサーベルを氷が覆う。

 

「ふっ」

 

一息に3回の突きを放つ。頭、胸、腹と穿つも頭は当然のように回避され、残りの胸と腹は咄嗟に作り出された氷によって防がれた。

 

やはり、数を増やすと威力が下がる。

 

一撃のみであったならその氷ごと貫けたのだが……。

 

模擬戦みたいなものなので本気で貫く気はなかったのだがな。

 

それでもエスデスの闘争心に火を着けるのには十分事足りたみたいだ。

 

「ああ……楽しいぞ! 弱者を蹂躙するのもいいが自分と互角以上に戦える相手との闘争は心が踊る!!」

 

猛獣を連想させるような獰猛な笑みを浮かべながらエスデスがサーベルを振るう。

 

突きや蹴りなどを織り混ぜながらサーベルを縦に横にと流れるように振るってくる。

 

そこに組み合わせるように人の頭サイズの氷塊を上から降らし、地面から突き出てくる幾多の氷槍、前後左右からも氷の刃が飛んでくる。

 

それを時に砕き、弾き、避けながらエスデスと斬り合う。

 

「以前よりも大分手数が増えたな」

 

以前は斬りあっている最中にここまでの弾幕はなかった。お陰で中々攻められない。

 

「それはいつの話だ? 私は常に進歩しているぞ」

 

左右から大量の刺のついた氷の壁が俺を挟むように迫ってくる。

 

「……さすが帝国最強の帝具使いか……っと」

 

迫ってきた氷の壁を後ろに跳躍して避けるも着地地点からは巨大な氷槍が飛び出してきていた。

 

下から飛び出している氷槍の先端より少し下をパルチザンで叩き、先端を弾き飛ばして平らとは言えないが着地するには問題ないようにしてその上に立つ。

 

「当たり前だ。この程度のことをやってのけずに帝国最強は名乗れん」

 

帽子の位置を調整するエスデスを見つつ、周囲を警戒しながら考える。

 

俺自身全力を出せずとも手加減を緩めて動くことが出来るのは楽しい。

 

同時に現在のエスデスの実力を知ることが出来るのは何よりも大きいがどうにも歯止めが効きにくくなってくる。

 

まだいける、まだいけると力を抑えようとする気持ちが薄れてくるのだ。

 

お互いに自重することなく戦ってもすぐに勝敗が着かない。自分と同格の数少ない相手。

 

自重することなく戦えること事態が心を奮わせる。

 

自分でもわかる。俺は今、楽しんでいると。

 

目つきは鋭くなり、口は弧を画く。

 

「久々に見たぞ……そんなに楽しそうにしているお前の姿は」

 

「……そうだろうな。久々に心が昂っている。だから、今しばらく自重は止めることにする」

 

俺はパルチザンを大きく縦に振るい、斬撃を飛ばす。

 

無毀なる湖光(アロンダイト)を持ってこなくてよかったと思う。

 

持ってきていたら今の自分は絶対に使っていた。

 

パルチザンを縦横無尽に振るって斬撃を飛ばしつつ、エスデスに接近する。

 

エスデスが放ってくる氷の刃を斬撃を飛ばすことで破壊。

 

幾度となくパルチザンとサーベルがぶつかり火花を散らし、氷の刃、斬撃が飛び交う。

 

お互いの身体に徐々にかすり傷が増えていく。

 

それにより更に闘争心が際限なく昂る。

 

周囲の環境を破壊しつつ、戦いは続く。

 

時にはへし折れた大木を蹴り飛ばし、時にはボコボコになった地面をパルチザンでスイングして飛ばしたり、時には落ちている片手で持てるくらいの重さの岩を投げたりと自重することなく使えるもの全てを使った。

 

この時にはすでに俺とエスデスの中からあることが完全に忘れ去られていた。

 

お互いがお互いのことしか目に入っていなかったのだ。

 

「ヴァイスシュナーベル」

 

無数の氷剣が俺の視界に広がる。それが一斉に向かってきた。

 

「この程度っ!」

 

飛んでくる氷剣全てを払いのけるように横凪ぎにパルチザンを思いっきり振るう。

 

砕かれて散った氷の欠片が降るなかを駆ける!

 

そして、再びパルチザンとサーベルが火花を散らす。

 

パルチザンは今までにないほどに真っ赤に染まり、サーベルが纏っている氷を解かしていく。

 

シュゥゥゥッ! と白い湯気がパルチザンとサーベルの触れている位置から出ている。

 

また、俺とエスデスの距離を離すように幾多の氷の柱が地面から飛び出す。

 

「大盤振る舞いだ、死んでくれるなよ?……グラオホルン!」

 

地面から飛び出した幾多の氷の柱から木の枝を連想させるようにして鋭く尖った氷の槍が生成されて伸びてくる。

 

「オオオオオオオオオッッ!!」

 

伸びてくる氷の槍を1つ1つパルチザンを振るって破壊しながら前進する。

 

そして、伸びてきた氷の槍を全てを破壊し終えると、上体を大きく後ろの方へと仰け反らせて、しっかりと地面を踏みしめ、全力で投擲する。

 

目の前にある氷の柱を穿ち、貫通。

 

そのまま速度が落ちることなくエスデスへと吸い込まれるように真っ直ぐ飛んでいく。

 

「……こんなもの!」

 

エスデスは飛んでくるパルチザンを地面から氷の柱を出すことで上へと弾き飛ばした。

 

弾き飛ばされたパルチザンはぐるぐると勢いよく回りながら俺の元に返ってきた。

 

ぐるぐると回るパルチザンの柄を持ち、斬撃を飛ばすべく腰だめに構える。

 

エスデスも無数の氷剣を自身の周りに作り出している。

 

ガラッと氷が崩れる音がすると同時に俺はパルチザンを振るい斬撃を飛ばし、エスデスは無数の氷剣を放った。

 

斬撃と氷剣がぶつかるその瞬間―――ちょうどその場所の砕かれた氷と土砂の中から黒い鎧が出てきた。

 

「……あ」

 

この声は自分が出したのか、それともエスデスが出したのか、はたまた黒い鎧の人物が出したのか……俺にはわからなかった。

 




久々なのもありますが、やっぱり戦闘描写は苦手です。

お待たせいたしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話 計画

「………………」

 

「………………」

 

横凪ぎに飛ばした斬撃と無数の氷剣が黒い鎧を中心にぶつかり、その場所の視界が斬撃と無数の氷剣のぶつかりあった衝撃で出来た土埃と氷の欠片が入り交じった煙によって見えなくなる。

 

「………………」

 

「………………」

 

言葉が出なかった。エスデスも俺と似たような状況だろう。

 

あの黒い鎧は完全にウェイブだった。

 

昂っていた心はすでに消沈し、俺はヤバくないかと内心焦りながら煙が晴れるのを待っていた。

 

「……ウェイブ、貴様のことは忘れん」

 

「おい」

 

「冗談だ。グランシャリオを身につけていたんだ生きているだろう」

 

「確かにそうだが……」

 

それでも冗談にすべきことではないだろうに。

 

ガララッ!! と氷の欠片で出来た山の中から黒い鎧が出てきた。

 

「おお!」

 

「生きていたか」

 

黒い鎧―――ウェイブは氷の欠片で出来た山から出てくるとグランシャリオを解き、地面に座り込んだ。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

すまん。本当にすまん。途中から完全に存在を忘れていた。

 

 

 

 

同時刻。

 

帝都のメインストリート。

 

人通りの多い道に1人の男性と4人の女性が今日の夕食について、話し合いながら話していた。

 

「今日は鶏肉にしよう!」

 

「いえ、今日はコウガマグロが売られるそうなのでコウガマグロがいいです」

 

「ちょっと、2人とも! 旦那様と奥様の意見を聞かないと」

 

使用人服を着た彼女たちが2歩ほど後ろから歩いてくる、彼女たちの雇い主である2人の意見を聞こうと、旦那様と奥様は何がいいですか? と訊ねた。

 

「そうですね……スピアさんは何かありますか?」

 

使用人たちに訊かれ少し悩んでから男性―――ランは妻……正確には将来の妻にであるスピアに訊ねた。

 

「奥様……は!? そ、そうですね……父上が魚が食べたいと言ってたので今日は魚にしましょうか」

 

奥様という言葉に娘息子に囲まれて過ごす自分の姿を想像していたスピアがランに話しかけられたことで現実に帰ってくる。

 

そして、慌てた様子で取り繕うように言う姿に使用人たち―――ファル、ルナ、エアの3人はまたかと小さく笑っていた。

 

「そ、そんなに笑わなくても……」

 

「いいじゃないですか。下手に畏まられるよりも暖かみがあって」

 

「確かにそうですけど」

 

笑われていることに気がついたスピアが拗ねるも、ランに慰められると不貞腐れながらもすぐに機嫌が良くなってしまう。

 

「いや~、ラブラブだねぇ」

 

「うん」

 

「そうだね」

 

何度も似たような光景を見たことのあるファル、ルナ、エアの3人はそのまま話を今日の夕食に戻す。

 

「それで今日は大旦那様が魚がいいって言って奥様から聞いたからコウガマグロだね」

 

「あ~あ、私は鶏肉がよかったのになあぁ」

 

「文句を言わない。大旦那様たちは優しいからある程度私たちの意思を尊重してくれるけど、他のところじゃそうはいかない」

 

エアの言葉にファルが愚痴をこぼし、それをルナがたしなめる。

 

性格的に似ていないこの3人はこれでバランスがとれていた。

 

3人がチョウリ内政官、スピア、ランの住む屋敷としか言い様のない家に使用人として雇われたのは三獣士が死亡した竜船の一件から1週間も前のことだった。

 

元々、商人のところで働くはずだったのだが、帝都に到着した時には雇い主となるはずの商人が犯罪者として捕まった後だったのだ。

 

その事を知り、危なかったと安堵するも、持ち合わせも少ない。

 

ならどうする。そこで彼女たちは行動した。

 

私たちを雇ってください、と。

 

当然、上手くいくはずもなく何十件と断られ続け、途方にくれていたところをスピアに拾われたのだ。

 

帝都についてからまだそんなに日が経ってなく使用人を募集しなくてはならない状態だったのでスピアにとっても3人を雇うのは渡りに船だった。

 

何よりもこの3人が元から帝都に住んでいたのではなく、地方出身であったのもスピアにはちょうどよかったのだ。父の敵である大臣側の人間である可能性が低い地方出身者。

 

元から帝都に住んでいる者を雇うよりも安心出来るからだ。帝都に住んでいる者は完全に信用出来ない。

 

それに……歳の近い娘の方が気が楽なのもあった。

 

スピアは現状の生活には満足していない。将来の旦那であるランは命の危険のある仕事で毎日心配が絶えない。すぐに今の仕事を辞めて父と同じ政治家になって欲しいと思っている。

 

でも、そんなことは思っても口に出せない。

 

まだやるべきことがあると、ランの口から直接言われているからだ。

 

だから、スピアはランが無事に帰ってくることを信じて待つことにした。

 

幸いなことにランの同僚も妻子持ちであり、その同僚の奥さんに相談できたことが支えになっていたのだ。

 

自分の知らないうちに先に逝ってしまうかもしれない不安。

 

それは心の内で常に燻っている。

 

でも、今は……この思いに蓋をしておく。そして、いつか言うのだ。

 

私がどれだけ不安を感じて、心配していたのかと。

 

きっと彼は困ったような感じでの笑顔で微笑みつつ話を聞いてくれるだろう。スピアはそんな予感を感じていた。

 

 

 

 

イェーガーズ本部会議室。

 

夕陽に照らされた室内で俺とエスデス、ドクターの3人はホワイトボードに書かれた議題について頭を悩ませていた。

 

『ウェイブ強化計画』。

 

でかでかと書かれたそれは目下最大の問題であった。

 

正直に言ってしまうとナイトレイドのような強力な敵は中々いない。

 

普通の賊程度なら正規軍の一部を動かせば事足りるのが現実だ。

 

「ここはやっぱり……改造しかないわよ! 私の手で最高にスタイリッシュなウェイブにして上げるわ」

 

「……確かに強化改造すればすでに完成されているウェイブの伸びしろを増やせるだろうな」

 

「それだと、増した身体能力に振り回されないように1から鍛え上げる必要があるな。だが、そんな時間はないと見ていいだろう」

 

上がった能力に今まで研鑽した技量が追い付かなくなってしまえば、以前よりもある意味弱体化してしまう。

 

戦いは単純な身体能力だけでなく戦いの巧さも必要だ。

 

実力の差は技量の差でもある。

 

「そうだな。私とランスロットの2人がかりでやっても時間がたらん」

 

「なら、いっそのことグランシャリオ専用に外付け装備を造るのはどうかしら? すでにヘカトンケイル用に装備は造ってるしやろうと思えばいつでも出来るわよ?」

 

「外付け装備か……これが1番妥当か」

 

ウェイブはグランシャリオを装備している時は徒手空拳。格闘をメインとしている。

 

そして、長らくその戦闘スタイルで来ているため、下手に武器を持たせるのはよくないだろう。

 

持たせる武器もウェイブ本来の持ち味を殺さないような物にする必要がある。

 

「それで何を装備させるかだ。あいつの動きはすでに完成されたものだ。それを損なってしまっては意味がないぞ」

 

「……う~ん、そうなのよねぇ。格闘が主体となるとやっぱりトンファ―、パイルバンカー、仕掛け籠手、着脱可能なショルダーキャノン、使い捨ての単発式の大型ライフル、切れ味のよい片手剣、他にも色々とあるのだけれど」

 

悩むわねえ~、と口ずさみながらドクターはどれにしようか考えているのだろう。

 

顔がおもいっきりにやけている。

 

「まあ、どんな武器であろうとウェイブのもつ本来の動きを損なわないものであれば、何とかなるだろう」

 

エスデスと俺で集中的に鍛えて習熟度を上げさせる。

 

鬼畜仕様の訓練になるだろうが、そこは耐えてもらうほかない。

 

これも、イェーガーズのメンバー全員のためだ。

 

命はとても安いが1つしかないもの。それをいくら安いからといって無駄には出来ない。

 

「あら? 将軍、やる気みたいね」

 

「ああ、全員の命がかかっているからな。出来ることはやっておくべきだろう」

 

人が考えられる最悪の状況は考えることが出来ている時点で対策はとれる。

 

問題なのは予想外であることそれのみだ。

 

考えて思いつくような最悪の展開は対策することが出来るが、予想外の事態は対策不能。何よりもそこで咄嗟に動けるか動けないかで命運がわかれる。

 

「ランスロットがやる気なら私は近隣の賊討伐を優先しよう。ウェイブを鍛え直すのもいいが、やはり私は蹂躙する方が性にあう」

 

「それなら賊の討伐は任せる。サヨとラン、ボルスの3人を連れていけ。サヨには実戦経験、ランには偵察、ボルスは討伐後の後始末をだ」

 

「クロメとウェイブ、スタイリッシュはお前のところか」

 

「ああ、ウェイブを強化するにはドクターとウェイブは欠かせない。それにクロメの骸人形ならウェイブの相手にピッタリだろう」

 

すでに死んでいるのだ。ウェイブが思いっきりやっても問題ない。

 

それに、超級危険種1体でもウェイブにはキツイ。

 

いい経験になるはずだ。

 

ドクターの造る兵器の実験も同時に行えるしな。

 

「んん~~、腕がなるわねぇ」

 

何処から取り出したのか紙とペンを持ったドクターがペンを素早く動かしている。

 

何を書いているのか覗けば……武器の大まかな形と材料、どんな機能を加えるかなどがびっしりと書き記してあった。

 

もう、全てドクターに任せておこう。素人がとやかく言うようなものではない。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

西の地は異民族に帝具が渡った関係で異民族の攻勢が強まっているか。

 

イェーガーズ本部の自室にて西の地から送られてきた報告書に目を通していると真っ先にそこの部分が目に入ったのだ。

 

「これはやはり……そう遠くないうちに俺が直接出向く必要があるかもしれないな」

 

イェーガーズの戦力を減らそうとするならば確実に邪魔になるであろう俺とエスデスの2人を一緒の場所にこれないようにするのは読める。

 

俺は確実に西の地に行くことになり、エスデスは……イェーガーズのメンバの何人かと引き離されるのは確定と見ていいだろう。

 

何度考えてもこの結果にたどり着く。

 

イェーガーズにとってナイトレイドは討ち果たすべき賊だ。ナイトレイドからすればイェーガーズは目の上のタンコブ。

 

加えて革命軍のターゲットにされている人物が所属している組織だ。狙われないわけがない。

 

今しばらく現状が維持されるだろう。

 

動き出したら戦況は一気に変わる。

 

イェーガーズとナイトレイドに大きな戦力差はない。俺とエスデスの2人がいる分の勝っていると言える。だが、俺とエスデスの2人がいなければ負けているのだ。

 

ブラートはクロメ、エスデス、俺の3人以外では止めることすら不可能。

 

「……さて、どうするか」

 

チェルシーに暗殺させようにも……それは確実にチェルシーの死を意味する。

 

それは何としても避けるべきなのだ。故に論外に他ならない。

 

取れるべき手は俺とエスデスが殺しにかかることぐらいだろう。

 

同時にかかれば確実にいけるのだが……あのナジェンダ元将軍がそれを許すはずがない。

 

となれば……こちらが用意した舞台へと上がらなければならない状況にする他に手はないだろう。

 

少し時間はかかるが出来ないわけではない。

 

手回しが面倒であるだけだ。

 

本来守るべきではない人物を守る必要が出てくる。

 

要するに足手まといを抱えた状態になってしまうわけだ。

 

多少反感はかうだろうが言っておけばいい。「本気で守る必要はない」とな。

 

戦力もエスデスとクロメの組み合わせか、エスデス1人とそれ以外のメンバー全員の方が都合がいい。

 

エスデスは単機で使った方が本人の能力的に強い。特に相手を誘き寄せる場合はな。

 

2方面、3方面と戦力を分散してくるなら、この方がやりやすい。

 

だが、それは革命軍にとって都合のいい状況を作り出してしまうという欠陥がある。

 

目前の危険を排除しようとすると後の危険が強くなるのは本末転倒だろう。

 

だが、俺のやろうとしていることをやった場合でも似たような展開にはなってしまうのだ。

 

………………仕方がないか。

 

考える時間すらおしい。多少強引な手段でも部下の危険を減らすのは大切だ。

 

「やるしかないか」

 

工作に必要な時間はまだある。人の作り出す闇の深さは底知れないのだ。

 

安寧道も例外ではない。大臣が雇っている羅刹四鬼も利用し使い潰そう。

 

ナイトレイドにも大臣側にも同様に痛手を受けてもらう。戦力のバランスをとるためにな。

 

俺の元々考えていた計画に変更はない。

 

反乱が起きること前提で考えているのだから。反乱は起きてもらわなければ困る。

 

この反乱を陛下自身の手で治めることが出来れば……。

 

そのための準備は今も進んでいる。大臣側の力を削ぐのもその一貫であるのだ。

 

 




お久しぶりです。

遅くなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話 蠢くもの

ウェイブ強化計画の会議から約2週間が経過した。

 

「…………」

 

帝都にあるドクターの研究所の実験室には大量の兵器が並べられていた。

 

この兵器群を一般兵1人1人に持たせ、戦場に送り出せばどれ程の戦果を上げるか……。実際にこれらを西の地に送れないか、そんなことを考えてしまう。

 

帝国軍は3方面から攻められても負けはしないほどに強大だ。だが、それも現状はだ。

 

2方面なら確実に勝てる。3方面なら時間はかかれど勝てる。時が経つに連れて弱体化していくのは帝国で強化されるのは革命軍。

 

戦力の差は次第に埋まっていく。

 

この差を埋められないようにするには誰でも使える兵器や策謀によるものしかない。

 

俺自身の知名度や人望では敵対者に威圧感を与えるぐらいしか出来ず、よくて相手を怯えさせて本来の動きを出来ないようにするぐらいだろう。

 

撤退は絶対に無いだろうから、本来の動きを出来ないようにするだけでも十分な戦果だと思うが、やはり欲が出てしまう。

 

「……安くしてあげるわよ? もちろん、お代はいただくけどね」

 

「…………いくらだ?」

 

「ナイトレイドの死体でいいわよ」

 

「どんな状態でもいいのか?」

 

これは確実に確認しておかなければならない。トラブルの元となるからだ。

 

「そうね……最低でも四肢欠損ね。本当なら五体満足がいいのだけれど。それも、難しそうだから妥協して四肢欠損ね」

 

「わかった……」

 

四肢欠損ならまだ何とかなりそうだ。

 

だが、優先順位を間違えてはいけない。1番に優先するのは部下の命。

 

味方は得難いものだ。それは頼れる味方ほど得難い。

 

信用に信頼とこれらは築くのに相当な時間を必要とする。

 

相手を知り、自分を知ってもらわなければいけないからだ。

 

西の地にいる部下は信用し信頼している。ブドー大将軍率いる近衛も信頼出来る。

 

だが、エスデスとエスデス軍は信頼も信用も出来ない。エスデスの信奉者であるエスデス軍はエスデスの命令1つで陛下に牙を剥くのは確実だ。

 

大臣の次に厄介な存在である。大臣の次な理由はいざとなれば俺自身の手でエスデスを葬るからに他ならない。

 

今はまだ利用価値があるから手は出さないが……場合によっては暗殺も視野に入れている。

 

革命軍の仕業に出来る間にしか暗殺は決行できないのが難点ではあるが、不可能ではない。

 

ただ、暗殺するならもう少し待ってからの方が都合がいい。動乱の気配が濃ければ濃いほどやりやすくなる。

 

「楽しみに待ってるわ!!」

 

「ああ……俺の方も部下の命がかかっているも同然だからな。手を抜くような真似はしない」

 

ただし、時期は図らせてもらうがな。

 

俺にとって事が最も運びやすい時を……そこを狙わなくては後の計画に支障がでる。

 

エスデスには早々とは言わないが中盤には退場してもらおう。

 

死体は残ったのならドクターに渡す、残らなければそれはそれでよしだ。

 

「ええ……本当に楽しみにしてるわ」

 

俺は実験室から出て行こうとドクターに背を向けて歩き出すと同時にドクターのウキウキとした声を耳にした。

 

ああ、俺も楽しみだよ。

 

内心でそう答えつつ、俺は誰も見ていないのをいいことに小さく笑う。

 

「……今のところは全てとはいかないが概ね計画通りに進んでいる。一番の不安要素は味方なのが残念ではあるがな」

 

 

 

 

「あ! 将軍!」

 

ドクターの研究所から出て、イェーガーズ本部に向かっていると片手にクレープを持ったクロメが駆け寄ってきた。

 

「クロメか、今日は休みの日だったな」

 

「うん、だから帝都のメインストリートのお菓子屋さんの食べ歩きしてるの」

 

俺の隣に来るとクロメがクレープを口にしながらそう言った。

 

「そうか。まあ、ほどほどにな」

 

「もちろん、まだ腹八分目には程遠いから問題ない!!」

 

キリッとした表情で言われても、口端に着いたクリームがあるせいでなんとも締まらない空気を醸し出している。

 

「そ、そうか……」

 

甘いものばかりで飽きないのかと思うもそれは口に出さなかった。口に出したところでクロメが食べるのを止めることはなく、飽きないと返事が返ってくるのは明白だったからだ。

 

それに……せっかく美味しそうに食べているのだから、それに水を指すのは無粋だろう。

 

「一口食べる?」

 

すっと口元に寄せられるクロメの食べかけのクレープ。

 

「なら、いただこう」

 

クレープを一口食べる。

 

口の中には生クリームの味と酸味の効いた苺のような果実の味が広がる。

 

「……うむ、中々に旨いな」

 

「でしょ!」

 

嬉しそうに笑みを浮かべるとクロメはクレープを食べ始めた。

 

パクパクと幸せそうに食べる姿を見ると今の環境が異常でしかないと認識させられる。

 

本来であれば今のような姿が年相応なのだろう。それを殺し殺されが当たり前の環境に身を置かせてしまう不甲斐なさをいつになく実感させられてしまう。

 

陛下の望む、帝国の未来図にクロメと同じような歳の子を戦場に送り出す帝国の姿はない。

 

あるのは帝国に暮らす民の安寧。

 

故にそれを脅かすであろう存在を生かしておくわけにはいかない。エスデスに心酔するエスデス軍もだ。

 

彼らはエスデスからの命令があれば帝国に牙を剥くだろう。

 

「……クロメは平和になったらどんな暮らしがしてみたい?」

 

「平和になったら? う~ん……とりあえず、美味しいものが食べたい!!」

 

「そうか……美味しいものが食べたいか」

 

「うん! 今も美味しいものは食べられるけど平和になったらゆっくり気ままに食べられるから」

 

……本当、こんな些細な願いが難しい世の中は間違っている。

 

「なら、その時が来たら皆で美味しいものを食べに行くか」

 

そう言いながらクロメの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「本当?」

 

俺に撫でられたせいで髪がボサボサになったクロメは髪を手櫛で整えながら聞き返してくる。

 

「ああ、本当だ。その時は俺の奢りだ」

 

クロメの言葉に俺は小さくうなずきながら答える。

 

その皆の中にエスデスの姿がないのは内緒だ。それに、イェーガーズ全員が全員とも無事でいられる可能性は限りなく低く、それを実現するはものすごく難しいのはわかっている。

 

だが、それでもそんなことを考えてもいいだろう。

 

「やった! 約束だからね!」

 

「ああ、約束だ」

 

こんな些細なことしか出来ないが、それで喜んで貰えるなら十分だろう。

 

少しでも幸せを感じれる時があれば、それはそれでよい人生であったと言えるかもしれない。

 

幸せとはなにかを理解する前に死ぬ人も多くいるのだから。

 

 

 

 

「………………厄介だな」

 

イェーガーズの本部に着いた俺は俺の部屋の窓枠に手紙が置かれているのを発見した。

 

手紙には封がしてあり、それはチェルシーからの連絡であると一目でわかるように印がついてあったのだ。

 

何か問題が起こったのかと心配になり、風を開けて内容を確かめる。

 

そして、口に出してしまった厄介という言葉。その理由は……ナジェンダ元将軍が生物型の帝具の使用者であるということだ。

 

その強さはブラートに近く、ナイトレイドの中ではブラートに次ぐ戦力であるらしい。名は【電光石火】スサノオ。

 

となると、ウェイブがブラートに対抗できるだけでは駄目だな。

 

パンプキン、エクスタス、インクルシオ、村雨。この4つはナイトレイドが保持していると確定していた帝具。そして、ドクターが得た情報では肉体を変化させるタイプの帝具が1つ、チェルシーから得た情報でスサノオ、クローステールという帝具も保持していることがわかっている。

 

計7つの帝具がナイトレイド側に存在してる。これは存在してるしている帝具の約7分の1を持っていることになる。

 

それはイェーガーズの持っている帝具の数と同じ。

 

ただでさえ、ブラートというエスデスか俺でなければ確実に勝てないであろう戦士がいるのに、それに近い実力をもつ存在が増えたのだ。

 

これは、楽観視出来ない。ほんの少しの選択ミスでイェーガーズのメンバーの半数は確実に討ち取られる。

 

向こうはこちらと違い足を引っ張る味方がいない。

 

その差は大きい。いくら、スパイであるチェルシーがいるという有利な点があってもそれを生かせなければ意味がない上に無駄になる。

 

それに、イェーガーズの持つ帝具の情報はすでにナイトレイドに伝わっていると考えて間違いない。

 

ナイトレイドが持っている帝具の情報を一旦まとめて、イェーガーズのメンバー全員が集まったときに伝えるべきだ。

 

知っていれば不意を突かれた際もすぐに体勢を立て直せる。

 

予め知識があるのとないとでは雲泥の差がある。知らなかったのが原因で部下を失うなどはしたくない。

 

エスデスは別だ。あいつだけは絶対に死んでもらわなければ困る。オネスト大臣同様にだ。

 

次の大臣には一時的にチョウリ内政官にやってもらえればよし、仮に駄目ならセイギ内政官にやってもらおう。

 

改めてそう考えつつ、紙にナイトレイドの情報を書き込んでいく。

 

それと、同時にチェルシー宛の手紙を書くのも忘れない。

 

これからの予定の変更点の有無やイェーガーズの現状等も伝えておかなければならない。ある程度戦力バランスはこちらでコントロールしておきたいからだ。

 

「……次に打つべき手は」

 

そろそろ、帝国各地の太守の粛正対象の選別をする必要もあるな。

 

同時に軍部のもだ。膿はまとめて処理した方がよい。下手に残しておくとそこからどんどん悪くなっていく。

 

そうならないようにまとめて処理出来るように下地を整えておく必要がある。

 

なら、次に打つべき手は……。

 

 

 

 

「…………もう、日が沈み始めたか」

 

一息つこうと思い、窓から外を覗くと日が傾いていた。

 

思ったよりも集中していたらしい。

 

集中すると時間を忘れる事があるのは何とか改善すべきだな。

 

客人が来ていたらを待たせてしまうし、会議等があったときに遅れてしまう可能性も少なからずある。

 

そうなってしまったら時間が勿体ない。

 

「……ん? 何かあったのか?」

 

足に紙をくくりつけてある鳥が窓枠に降りてきた。

 

しかも、くくりつけてある紙は何か急を要する問題が起こった時に使うように指示している赤色の紙だ。

 

鳥の足にくくりつけられている紙をほどき、広げる。

 

「……新種の危険種」

 

突然変異の可能性も疑ったが、紙には簡潔に限りなく人型に近く知能もそれなりであると記載されている。

 

帝国各地のいたるところで突如として出現。一応、出現した場所の近くにある村や町で見たことがあるかの確認をしたところ、初めて見たと証言された。

 

「……色々と怪しいが、新種であるのは間違いない」

 

むしろ、問題なのは……これらの存在が今まで全く確認されていなかったとこだ。

 

突如として出現したこの新型危険種は……通常の危険種とは別の何かであると考えた方がいいな。

 

下手すると新種の危険種であることすらも怪しい。かつて、この手で潰したプトラを思い出す。人の身体の一部を危険種のものに変える秘術をもつ一族を。

 

その秘術がまだ何処かに残っていて誰がそれを使って実験をしているのか?

 

だが、それはありえるのか? プトラの地は赤子すら残さず、根絶やしにしたはずなのだが……。

 

2、3体ほどサンプルとして捕らえるべきだな。毒を持っていないとは限らない。毒持ちであるなら解毒薬が必要になる。

 

ドクターに調べてもらうように手配しなくてはならないな。

 

対応としては普段の危険種討伐時と変わらず、死体の焼却は徹底しておくこと、遠距離から確実に仕留めるとこぐらいか。

 

何かしらの特殊な能力があるとの報告はないので、普段の危険種討伐と同じように動けば問題ないはず。

 

ただ……知能がそれなりにあるというのが厄介なところか。

 

それなりということは個体差はあるが知能の高いやつがいるということだ。

 

あまり楽観視は出来ない。

 

「……次から次へと問題が起こるな」

 

たまたま、巡り合わせが悪いのか……それとも誰かが裏で手を引いているのか。

 

「まったく……先が思いやられる」

 

大臣だけに注意を向けていられるような環境には中々ならないか。

 

やることが増えるのは困るのだがな……そうも言ってられない。

 

せっかく部下が報せてくれたのだ。それを無視しては悪い。部下の行いを完全に駄目にしてしまう行為だ。

 

「……これのことも書類にまとめておくか」

 

やることが増えた。

 

まあ、帝都付近にナイトレイドがいないのでやることが少なくなっていたのが唯一の救いか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話 引き入れる

翌日。イェーガーズ本部の談話室にメンバー全員を呼び出した。

 

内容はもちろんのこと……ナイトレイドと新型危険種についてのことだ。

 

ナイトレイドについての話しは、トントン拍子に進んでいった。すでに、わかっていることの方が大半を占めているのだから。

 

だが、新型危険種となると違った。

 

新型危険種が人型であるのと知能がそれなりにあるのを知るやいなや……ドクターの表情が変わったのだ。

 

ほんの少しの変化であり、すぐにいつもと同じような表情に戻った。故に俺とエスデス以外には気づかれていない。

 

「……怪しいですね。何者かの仕業と考えた方がよさそうですね、これは」

 

「うん。私もそう思う。これは明らかに何者かの仕業……でも、この出現地点のまばらさが作為的なのか無作為なのかわからない」

 

「そうだね。表れた場所に共通点はないし……それに、こうも表れた場所がまばらだと複数犯もしくは帝具使いの可能性が高いね」

 

ラン、クロメ、ボルスが次々と意見を出していく。若干くたびれた様子のウェイブは共通点を探しているのか机の上に広げられた地図を見ている。

 

「でも、離れた場所に移動する帝具ってあるんですか? あったら帝国もしくは革命軍が探していそうですが」

 

「サヨの疑問に答えるなら、離れた場所に移動することの出来る帝具は存在している。一応、帝具の中でも5指に入るぐらい強力なものだ……」

 

そのまま、続けてその帝具は何処にあるのか不明だがなと言おうと思っていた所でドクターが珍しく神妙な様子で口を開いた。

 

「……この件についてはアタシに少しばかり任せてくれないかしら」

 

「ほう……何か宛があるのか?」

 

エスデスが興味深そうに問う。

 

「ええ……アタシの勘違いだったらそれで構わないのだけれど、そうでなかった場合を考えるとね」

 

「期間は?」

 

「1週間……それだけ確認できるわ」

 

1週間か……些か長いと感じるが、これでもし当たりを引いたならば、それは大きな1歩となるのは間違いない。

 

「なら、1週間で確認してくるといい……ランスロット、別に構わんだろ?」

 

「ああ、構わん。これで当たりが出れば犯人は確定するんだ。反対する理由はない……それと、護衛は必要か?」

 

エスデスの意見に答えてからドクターにそう言うとドクターは少し悩むような素振りを見せた。

 

「…………そうね。お願いするわ、将軍に」

 

「……他の誰かでは駄目なのか?」

 

「駄目と言うことは無いんだけれどもね……それに将軍に少し相談事があってね」

 

相談事か……ドクターに発注したガトリングのことだろうか?

 

「わかった。1週間も時間があるのだ当然、帝都から離れた場所に行くことになるんだな?」

 

「ええ、何てたってアタシの秘密の研究所だからね」

 

 

 

 

3日後。

 

俺はドクターの秘密の研究所に訪れた。

 

私兵がいた頃は私兵に護衛を任せながら来ていたらしい。

 

だが、その私兵もナイトレイドとの戦いで全滅した。

 

周りは鬱蒼とした森であり、決して一般人が立ち入れないような場所である。

 

「……鍵が開いてる。壊されてない所を見ると単なる閉め忘れね」

 

「ドクター以外にこの場所を知ってる奴が来ていたようだな」

 

「ええ……ますますアタシの知り合いの線が濃くなってきたわ」

 

ドクターが研究所の入口の扉を開き、中に入っていく。

 

俺もその後に続いて研究所に入り、ドクターの少し後ろを歩く。

 

通路は明るく、1本道であり、等間隔で左右に扉がある。

 

その扉を一別もせずにドクターは歩き続ける。突き当たりまで行くとドクターが隠し扉のスイッチを押し、扉を開くと下へと続く階段が現れる。

 

下へと続く階段を降りていくとドクターがこの研究所についての説明を始めた。

 

「ここは……人に危険種の因子を埋め込む実験をしていた研究所の1つなの。何故、この研究が行われたのか……その理由は」

 

この後に続くドクターの言葉はとてもではないが信じられないようなものであった。

 

「安寧道の教祖が……人と危険種のハーフなのよ」

 

「……それはあり得るのか? 生物としての規格が違うのだぞ」

 

「ええ、アタシも最初は驚いたわ。こんなこと実際にあり得るのかってね。でも、調べていくうちにそれが安寧道の教祖が不思議な力を振るえる理由であることがわかったわ」

 

「なるほどな」

 

恐らくその力は危険種の持つ力の劣化したものである確率が高い。

 

それよりも人の姿であることの方が奇跡だ。

 

力の方が遺伝しているだけだから、今まで生きてこられた上に教祖となることが出来たのだろう。

 

「だから……アタシは人工的に同じような存在を造ることが出来ないか実験を始めたわ」

 

「ふむ」

 

「結果は失敗。1000を超える実験を行っても成功はしなかった。身体は人型だけれど知能は駄々下がりの上に見れたもんじゃなかったの」

 

会話をしながら進んでいくうちに厳重に閉ざされた金属製の大扉の前に着いた。

 

「……やっぱりね。怪しいと思ってたのよ」

 

その言い方からしてドクターの予想は的中したらしい。

 

「犯人は誰だ?」

 

「犯人は大臣の息子……シュラよ。だってここの鍵を持ってるのはアタシとシュラしかいないもの」

 

ドクターが大扉を1回ノックする。

 

すると扉が独りでに開く。

 

その扉の奥には…………。

 

「……なるほどな。新型危険種が人型と報告された理由がすぐにわかるな」

 

そう、扉の奥には身体の1部が異形となった男女の死体だけでなく、8割型異形となっている人の死体があった。

 

「これを俺に見せた理由はなんだ?」

 

「簡単なことよ……保険よ、保険。今回の件でアタシの立場は非常に不味いことになるわ」

 

確かにそうだろう。当然、ドクターの才に嫉妬していて、機会があればドクターを害そうとしている輩はいる。

 

「私兵もいなくなっちゃったし、アタシの身を守るものが減ってしまったわ。だから、アタシはアタシの身を守るために最善であろう行動をしたのよ」

 

「そうか……正直に言えばドクターが味方になるのは心強い」

 

だが、幾つばかりか心配なことがある。

 

それは、後にしよう。ドクターが味方になることで俺も手札を1枚増やせた。

 

懐刀(チェルシー)を自由に動かせる算段がつけられた。何時、ドクターに協力を求めるかについてまだ決まっていなかったので、今回のこれは渡りに船だ。

 

「……少し先の話になるが手伝ってもらうぞ。その代わりに俺もドクターの身の安全と立場を守るために尽力しよう」

 

「勿論よ。ギブアンドテイク。将軍ならアタシと手を組んでくれると思ってたわ」

 

「渡りに船だったからな。この帝国にドクター以上に様々な技術を持っている人物はいないと断言出来る」

 

性格に難があろうが他に変えがたい才能の持ち主。敵であれば恐ろしいが、味方であるならば大変心強い。

 

毒を持って毒を制すようなものなので、色々と注意する必要があるが。

 

 

 

 

ドクターの研究所から帝都に戻り、明日……結果を報告するための資料を作成しながら考える。

 

内容は次に打つ手についてだ。

 

この手は切り時がまだ先になることが確定している。

 

犯人である大臣の息子のシュラを捕まえるなりしてからだ。

 

大臣を失脚させるには、これだけでは不十分。実の息子だろうが切り捨てるだろう。

 

だが、切り捨てなかった場合は何らかの功績を与えて、それをもって相殺してくると予想される。

 

それでもチェルシーがいれば如何様にも嵌められる。その事を考えるとガイアファンデーションは味方であれば頼もしく、敵であれば恐ろしい帝具だ。

 

「……………………」

 

今思ってみれば、味方は敵にしたら恐ろしい能力、技術を持っているのが多いな。

 

ドクター、クロメ、チェルシーと……。

 

内部の不信を煽り、理不尽と言うしかないような技術に骸を操る八房。

 

敵の指示系統をズタズタにした上にドクター作の爆弾、それを骸に持たせて特攻させる。

 

地獄絵図になりそうだ。我ながら惨いことを考える。例え死体といえども仲間を撃つことを選べる人がどれだけいるか。

 

それだけに敵の士気を低下させ、怯ませる効果は高い。逆に怒り、士気を上げる場合もあるだろうがな。

 

ガイアファンデーションによる指揮系統の破壊工作と八房による骸操作にドクターお手製の爆弾がなければ打てない手だが、準備する時間はあるからやろうと思えば出来るのは間違いない。

 

「…………確実に内外共に非難されるな」

 

だが、有効な手であるのなら使うのに抵抗はないのも事実。

 

使える手なのに使わないのは怠慢だろう。それで、負けたら話にならない。

 

勝たなければ己の望むモノは得られない。例えどのような手段を使おうとも勝たねばならぬのだ。

 

陛下には明るい道を突き進んでもらい、暗いものは俺が処理するればいい。

 

ただ、陛下の望む国の為に。

 

 

 

 

「……ん~、何か暇ねぇ」

 

フェイクマウンテンにあるナイトレイドのアジト。その屋根の上に座っているチェルシーは棒キャンディーを口に加えたまま空を見上げる。

 

ナイトレイドの面々が自身の持つ力や技術を磨いているのにも関わらず、チェルシーは退屈そうにしていた。

 

風が吹き、髪の毛がばさつく。

 

それを手で押さえつつ、溜め息を吐いた。

 

「本当に暇ね。マインでも弄って遊ぼうかしら……でも、今のタイミングでやるのもねぇ」

 

邪魔をするような行動をとれば、自由に動きたいときに動けなくなる恐れがある。

 

そうなってしまえば、ランスロットの期待を裏切るような形になってしまう。

 

今まで成してきたことを考えれば罰せられたり、見放されるなんてことはあり得ないと断言できる。

 

ただ、ふざけすぎたな、と小言をもらうくらいだろう。

 

でも……そんなことになると、どんな形であれ悪く見られる。

 

それは嫌だと思う。要するに格好いいと言うか出来る女として見ていてもらいたいのだ。

 

駄目な所よりも良いところを見ていて欲しいのは誰だって同じだろう。

 

チェルシーにとってそう思わせる相手がランスロットだっただけのことなのだ。

 

長い付き合いの中で芽生えた想いは決して漏らさずに自らの内へと閉じ込めてきた。

 

「はぁ……」

 

溜め息を吐いた。

 

―――会いたいな。

 

溜め息を吐いた後に小さくこぼれ落ちたチェルシーの言葉は風に揺れる木々のざわめきによってかき消された。

 

 

 

 

帝国各地に出現した、新型の危険種たちは日を追う毎にその活動範囲と生息圏を拡大させていった。

 

幾つもの町や村が新型の危険種たちによって滅ぼされていく。

 

ついに……帝都周辺にも現れるようになった。

 

この事態にブドー大将軍が動き出す。

 

全軍にこの新型の危険種討伐の指令を正式に出したのだ。

 

当然、反発する者はなく帝国の各地に出現した新型の危険種を討伐すべく各地に軍が派遣された。

 

これはシュラという大臣の息子が今回の件の黒幕であることをイェーガーズのメンバー全員に伝えてから1ヶ月後に起こって出来事である。

 

その事を脳裏に思い返しながら、地方から帝都に続く道の1つをイェーガーズ全員で進む。

 

他の道は帝都警備隊、近衛兵が新型危険種を討伐すべく動いている。だが、数が多く中々殲滅しきれないのが難点だ。

 

流石に1000超える数の実験をしていただけはある。

 

エスデスから大臣にシュラの情報が流れている可能性は大いに高いが、それも俺の計画には含まれている。計画は単にきめ細かく作るのではなく、如何様にも柔軟に対応出来るようにしながら求める結果を出せるように作るべきだ。

 

少なくとも俺はそう考えている。

 

「……っ!? いけない、助けないと!」

 

突如としてウェイブと一緒に前方を進んでいたボルスが駆け出した。

 

走り出したボルスに一瞬戸惑うもウェイブはすぐさまボルスの後を追いかけだす。

 

「…………客か」

 

「ああ……あちらはボルスとウェイブに任せておけばいい」

 

こちらはこちらで新型危険種に囲まれ始めていた。

 

「囲まれましたね」

 

悲観した様子もなく、段々と状況を述べるラン。

 

イェーガーズの相手はこの新型危険種よりも強いはずのナイトレイド。

 

この程度の相手に悲観していられない。

 

「……だが、問題ないな」

 

奴等は自分たちが狩る側だと思っているだろうが、それが間違いであることを教えてやるとしよう。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話 行方

特にこれと言ったような被害もなく、俺たちは新型危険種の討伐を終えた。

 

エスデスが周囲にいる新型危険種を全て凍らせたからだ。お陰で周囲は氷に包まれており、真冬のような寒さとなっている。

 

これまた、派手にやったものだ。そのお陰で早く終わったのだが……周りの環境が大きな被害を受けた。

 

「……もう少し周りの環境に配慮出来ないのか?」

 

「面倒だ」

 

その一言で俺の苦言はバッサリと切って捨てられた。

 

ただでさえ、今回の件で狂ってきている生態系が余計に狂ってしまうのではないかと心配になる。

 

定期的にやっていた危険種討伐がやり難くなってきているので困るのだが……。

 

危険種も湧いてくる時期があってそれが狂うと商人らが非常に危険なことになる。

 

この手のことにも人員を割かねばならないのは痛手だ。

 

帝都での就労を求めてくる地方出身者を雇って、一定期間この仕事をこなせば、帝都警備隊もしくは帝国軍に入るための推薦状を渡すとすれば人は集まるだろうか。

 

少なくとも自分の腕に自信のある輩は来そうだ。給料は少し安めにする代わりに武器の支給と整備費の無料。

 

西の異民族のこともあり、増えた給料に帝都内で捕らえた悪徳商人や貴族、汚職政治家から押収した金を使えば問題ないな。

 

「……はぁ。そうか……とりあえず、本部に戻るぞ」

 

これ以上ここにいたところで特にすることもない。ならば、することのある本部に戻った方が良いだろう。

 

少なくとも先ほど考えていたことを実行に移すための準備という有意義なことがあるのだから。

 

 

 

 

イェーガーズの本部で新型危険種の討伐後に思いついた案についてまとめていると来客があった。

 

「……どうした?」

 

「ハッ! 将軍宛にお手紙が届いておりました。こちらです」

 

手紙を受けとると持ってきた兵士はそのまま去っていった。

 

袋の封を切り、手紙を取り出して確認する。

 

「……戻ってきたのか」

 

それはチェルシーからのものであり、ナイトレイドの帰還を報せるものだった。

 

だとすれば……近い内にナイトレイドによる暗殺が再開されることになる。

 

そうなれば、イェーガーズとナイトレイドの戦いも秒読みの段階となるだろう。ナイトレイドが革命を成功させるには確実に潰さなければならない組織のはずだ。

 

標的となっているエスデスやボルスのこともあるしな。

 

エスデスを葬る分には一向に構わないが……ボルスは別だ。

 

私情を混ぜることなく任務を遂行させることの出来る数少ない人材だ。こんなところで失うのは惜しい。

 

そして、何よりも友人である。

 

友人の身を案じて悪いわけあるまい。

 

イェーガーズとナイトレイドで争うことになれば、その時は向こうが罠を張ってこちらを待ち受けているはずだ。

 

エスデスと俺を同時に相手取るようなことはナジェンダ元将軍がするはずない。

 

彼女のことだ。確実に分断して各個撃破を狙ってくる。

 

ブラート、スサノオ、アカメ。この3人を同時に相手に出来るのはエスデスか俺、クロメだけだろう。

 

そして、俺が西へ行くことになるのは目に見えている。異民族の手に渡った二挺大斧の回収に行くことになるはずだ。

 

革命軍もその為だけに異民族に帝具を流したのだろうしな。

 

基本的に帝国の人間よりも異民族の方が力が強い者が多い。それは帝国の技術が発展したことにより、軽くて強力な武器が増えたことが原因だろう。

 

個人用火器の発展につれて剣や槍などの使い手の数が減少傾向にある。

 

それでも、帝国軍は剣や槍なども使えるように訓練するが……。

 

まあ、今は関係ないことだ。

 

「…………さて、どうするか」

 

机の引き出しの中から黒と白の駒を取り出して並べる。

 

黒はナイトレイドで白はイェーガーズだ。

 

黒の駒は9個。白の駒は8個。

 

その駒のなかで上位の実力者の駒は黒白共に3つ。

 

ブラート、スサノオ、アカメと俺、エスデス、クロメ。

 

総合的にはこちらが勝つ。

 

だが、あちらの方が自由に戦場を選択出来る上に罠を張って待ち構えることが出来る時点でこちらの不利は否めない。

 

俺とエスデスが抜けると……白の駒は6。

 

チェルシーを含めるならば7だが、今はまだその時ではないのでチェルシーの分の駒はない。

 

ナイトレイドの保持する帝具はどれも戦闘向けのものだ。

 

だが、イェーガーズのはドクターの帝具が戦闘向けのものでないため