男の娘アイドルによるスクールアイドル育成譚 (片桐 奏斗)
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第1曲目 アイドルってなんだろう
ちなみに作者が好きなキャラは、真姫ちゃんです。
携帯の待ち受けやLINEの画像を真姫一色にしたり、スクフェスでBiBi限定で大量に回すぐらいには。尚、結果は……。
アイドルってなんだろう――。
ここ最近、俺こと『
「……なぁ、アイドルってなんなんだろうな」
「俺に聞くよりは自分に問いかけた方が良くない? 現に蓮はトップアイドルの座についているんだから」
トップアイドルねぇ。
確かに今やテレビやラジオで『新垣 蓮』改め『REN』の名前を聞かない日はないよ。街へ出て買い物に行こうと思っても、「ちょっと近場に買い物行ってくる」ってな感じに家を出れない。気付かれないよう身なりに最大限の注意をしながら行かなければいけない。ホント、面倒くさい。
「そういわれてもなぁ」
ちなみに俺と今、会話をしている相手は『
今までに出したシングルの曲は全てネットで「私の曲、使ってください」という人達から正式に頂いたものをアレンジし、兄貴がそれに合う歌詞を考えて『REN』が歌うっていう流れだ。
「……だってわかんないし」
「で、いきなりそんな話を出したってことは、アイドル活動に飽きたか?」
「うーん。飽きてはいないと思うんだけど……。ただ、何かが足りない気がする」
俺一人のために何十万人が一同に集まってくれる。天候が雨だったとしても、雨具を着ながらでも楽しみにしてくれている。こんな子供に大舞台を用意してくれる大人の皆さんにも感謝している。
そんなファンの人達や協力的なスタッフが大好きで、一緒に盛り上がったり出来る仲間が大切だよ。……けど、何か重要なナニカが俺には欠落してる気がするんだ。
俺の真剣に悩む表情を読み取ったのか、兄貴は……。
「……仕方ない。来月から無期限で活動停止ってことにしとくよ」
「ありがとう」
「気にするな。……ただし、早めに見つけてくれよ。お前が活動しない限りは俺が無職なんだから」
「わかってるよ」
一応、両親にも一報は入れておかないとな。
正直何を言われるかわからないけれども、俺が考えていることはきちんと伝えておかないと後々面倒なことになるからね。
父親はまだ仕事中だろうからという理由で、先に母親にメールを送っておく。
タイトルは「重大発表~♪」と軽めにしておきつつ、本文で「アイドル活動、一旦終わります」と。
「これでよし、っと」
送信画面をきちんと見届けてからスマホをポケットに仕舞おうとした……その時。
手にしていたスマホから音が発せられる。
十秒経っても音楽が終わらない。その時点で嫌な予感がビシビシと来るが、おそらく着信が入っているのだろう。そして、相手はきっと……。
『
うちの母親の名前が発信者のところへ書かれていた。
やっぱりな。と思う反面、送ってすぐに電話をかけてくるなんて暇人かとすら思った。
発信ボタンを押し、スマホを耳に当てる。
「もしもし……」
『もしもしっ!? いきなりどうしたのよ。そんな兆候、今まで出さなかったじゃない? 病気、怪我!?』
「あ、いや、そんなんじゃないんだけど。えっと……」
兄貴に相談した内容に付け加えて俺が思っていたナニカが欠落しているような気がするって話も母親にしたら、ようやく合点がいったと納得するような声を出していた。
そして、その直後、驚愕の一言を告げる――。
『ねぇ、蓮。あなた、音ノ木坂学院に行ってみない?』
音ノ木坂学院――確かそこって、女子校だったはずだよな。どうやって通うんだよ。
『あ、ごめんなさい。言葉が足りなかったわ。私、そこの学院理事長と知り合いなんだけど、生徒が年々少なくなっていく一方で、廃校寸前っていうじゃない? そこで、彼女は外部の人の評価を聞きたいっていうのよ。だからといって、先生って役目じゃ目立つじゃない。だから、外部の生徒を招きたいっていうんだけど、あなた行ってみない?』
音ノ木坂学院か。
そういえば、そこってうちの母親の母校でもあったよな。
まともに親孝行出来てない俺だけど、少なくとも母校を救う協力をするぐらいはしてもいいか。
勿論、たかが俺如きが協力して評価したところで、何かが別段変わるってわけでもない気がしなくもないが、やらずに諦めるのは嫌だからな。
「わかった。行くよ。詳しい話はまた後日ね」
『りょ~かい!』
こうして、俺こと『新垣 蓮』は音ノ木坂学院へ編入という形で通うことになったのだった。
それが母さんの策略であったなんて知らず、廃校を救う協力なんて言葉に騙されたと嘆くのはそう遠くない未来の話だった……。
まず最初に、まだまだ小説を書き慣れてないので、うまく描写出来なくて申し訳ないです。
これからもこんな感じの文面になると思いますが、暇潰し程度にでも読んでいただけると嬉しいです。
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第2曲目 廃校になるなんて許せないよね
「確かに、テスターとして活動してもらうって話だったけどさ」
翌日ーー。
音ノ木坂学院の正式な制服を着て、軽く絶望していた俺がいた。
理由は簡単。音ノ木坂学院は生徒が少なく、今年いっぱいで来年受験予定の生徒がいなければ廃校が確定すること。つまり、生徒一人の編入にあまり時間をかけていられなかったこと。
これが何を意味するかというと……。
「きゃーっ! 蓮ちゃん、可愛いー!」
音ノ木坂学院の「女子」制服を着ている俺が、そこにはいた。
目前の鏡には、白のカッターシャツの上に藍色のブレザーを羽織り、青いスカートの裾を指先で持つ俺の姿が。
「なぁ、これ。スカートの丈が短くないか?」
「それぐらい普通よ。むしろ、それより短い子もいるわよ」
マジかよ……。てか、アンタはいつまでカメラを離さないつもりだよ。
女装した俺を嬉々としてカメラで捉え続ける母親に呆れを覚えつつも鏡を見る。
自分でいうのもなんだが、俺って女装しても似合うんだな。元々、中性的な顔だとは思っていたけど、まさかここまで合うとは。
これなら音ノ木坂学院に通っても違和感はないんじゃないかな。
「可愛いわぁ。許嫁に見せてあげたいぐらい」
「それは絶対にやめてくれ」
あいつにこんな姿見られたら恥かしくて死ねる。
ちなみに許嫁というのは、親同士が認め合った結婚相手みたいな感じで、俺ら的にはただの腐れ縁みたいな関係なのだが、向こうの両親は未来の旦那といって俺を推しまくり、反対にこっちの親は向こうの女の子のことを未来の嫁だなんて言っちゃって収集が付かなくなったので半ば諦めた感じかな。
「……って、もうこんな時間じゃん! 行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
左腕に内向きで着けた腕時計をちらりと視界に入れると、理事長との約束の時間まで数分しかないことに気が付いた。
朝から母親に弄られ続けていたのが仇となったか。なんてことを考えながら、前日に転入準備を済ませていた鞄を手に取り、急いで家を出る。
国立音ノ木坂学院――。
秋葉原と神田と神保町の狭間にある伝統校。だが、年々、入学希望者が少なくなっており、廃校の検討が発表されている。
受験者が少なくなり続けた結果だろうか、三年生は三クラス、二年生は二クラス、一年生はたった一クラスしかない。
「……こんな綺麗なままで、廃校になるなんて許せないよね」
ここ数年間の間に出来た新設校のように思えるぐらい綺麗な校舎が目前には聳え立っており、こうして見ると伝統がある学校には見えない。
綺麗好きな女子ばかりが集まっているお嬢様学校なら、何年経っても清潔にしているだろうしあり得るといえばあり得るが、俺がそんな学校に馴染めるかどうかといわれると微妙だな。
なんとなく予想出来ているだろうが、俺は結構ガサツな性格であると自覚している。家の片付けなんて出来ないし、日頃からごみを出さない努力をしないとどうなるかわからない。
だからこそ、俺は気を付けて学院生活を送らなければいけない。
「あなた、転入生?」
「え?」
背後から声をかけられ、体がビクッと跳ねる俺。
そのままゆっくりと顔を後ろに向けると、そこには見知った顔があった。
「絢瀬……絵里?」
顔立ちが良く、本人の意志の強さを強調している大きく蒼く澄んだ瞳。薄桃色の唇。そして、何よりも目立っている金色の髪。
本人に聞いた話によると、確かロシア人とのクォーターだったかな。
おそらく三年前ぐらいになるだろうが、俺は彼女――『
「あれ? なんで私のこと知ってるの?」
「あ……」
しまった。
思いもよらない再会だったから声に出してしまったけど、あっちからすれば見知らぬ少女が自分の名前を知っていた、という構図になってしまう。
何かいい案は……。
(そういえば、なんで絵里は俺に声をかけてきたんだ……。えっと、確か音ノ木坂学院の生徒会長って)
窮地に追い込まれた俺の頭はこれ以上にない程、全力で働いた結果。
俺は一つの結論にたどり着いた。
「えっと、学院長から『何か困ったことがあったら生徒会長を頼りなさい』って言われて、そのとき名前を聞いたんですよ」
「あぁ、だからフルネームだったのね。疑問形だったし」
本当はそんなこと微塵も言われてないし、語尾が上がってしまったのは普通に動揺してしまったってのと、本当にそんな名前だったか少しド忘れしまったからなんだけどね。
「じゃあ、改めて、ここ音ノ木坂学院の生徒会長『絢瀬絵里』です」
「『
玲奈というのは、完全な偽名だ。
うちの母親にそのままでも女の子みたいな名前だけど、変えておかないと知人に会ったときに困るからね。と勝手に作られた偽名。
知人に会うなんてないだろうし必要ないと思った俺だったが、まさかこんなにも早くに必要になるなんて。
「新垣……」
俺の苗字を聞いた瞬間に彼女は、苗字を呟いたまま怪訝そうな表情を浮かべた。
「ねぇ、あなた。もしかして双子?」
「え、な、なんでですか?」
「私の知り合いにあなたと同じ苗字で、アイドルをやってる人がいるのよ」
間違いなく俺のことですね。
アイドルとかに興味のなさそうな絵里ですら、活動中の俺のことを知ってるなんて意外だな。
「あ、もしかして蓮君のことですか?」
「やっぱり知ってるのね」
「ええ。でも、双子ではないですよ。あんまり人に話すようなことではないんですけど、蓮君は分家の息子で、私は本家の娘なんです」
「なるほど……。それで」
玲奈の言葉を聞いて、眉を歪めて苦痛そうな顔をしている。
――あれ、なんか盛大に誤解されてる気がする。
もしかして、蓮状態での初対面の際に結構大きめな悩み事を抱え込んでいたけど、その様子とこの嘘で塗り固めた事実を関連させて考えてるんじゃないよね。
確かに分家や本家で色々と苛めやなんやらがあったって考えると、あの腐った表情も出せる気がするし。まぁ、実際のところは面倒な現実に嫌気がさしてただけなんだが。
「……蓮君、元気にしてる?」
「うーん。最近、アイドル活動に悩んでて休止するって話は聞いたけど、元気にはしてたよ」
これは嘘ではない。紛れもない真実だ。
彼女が本当に知っているかどうかは定かではないけど、辛い顔を一切見せずに頑張っていたアイドル活動を休止というのは少なからず彼女の中で驚きがあったのだろう。
一瞬だけ表情に驚愕の文字が浮かび上がっていた。
「そっか……。彼も大変みたいね」
「ええ。なんでも、悩みが尽きないみたいで」
共通の話題がそれしかないので、その話を続ける俺達であったが、生徒会長が「あっ」と声をあげた途端に話は終わった。
「そういえば、理事長があなたを呼んでいるんだったわね。すっかり話し込んじゃったね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「お詫びと言ってはなんだけど、理事長室まで案内するわ」
「あ、それは助かります」
転入の話をした際に理事長室まで来いと言われたけど、場所を聞くの忘れてたんだよね。
絵里が歩く速度に合わせるように歩いてついていく。きちんと鞄の持ち手を両手で持ち、男らしく歩かないように気をつける。
さすがに女の格好しているのに、大股で歩くなんて違和感がありすぎると思うからね。特に相手が絵里だったならば、確実にその点を突っ込んでくる。
「……あ、えっと、絢瀬さん?」
「絵里でいいわよ。私も玲奈って呼ぶから」
「じゃあ、絵里先輩で」
「もうちょっと柔らかくても良いのだけど。で、何かしら?」
学院の中に入るまでの道程を歩いているときから感じていた視線の山。
校門を抜けた今ですら、ひたすらずっと大量の視線に晒される。この変装術に何処かおかしな点でもあるのかと自分に自信をなくす。
別に女装に関する自信なんて無くても生きてはいけるんだけど、バレたら社会的に生きていけなくなるから、もしもバレそうな点があるのなら改善したいし。
「……ほぼ全員から見られてる気がするんですけど、気のせいですか」
「え? あぁ、そういえば見られているわね」
普段から見られていることに慣れているのか絵里は、俺の問いに少々戸惑った後、周囲に視線を送った。
そこでやっと気づいたのだろう。
堂々とこちらの様子を疑う人達、物陰からそっとこちらを見てくる引っ込み思案な少女達の視線やらに。
「視線ぐらい気にしなくていいのよ。見かけない子がいるから気になってるだけだと思うわよ」
「で、でも、変なとこがあるから見てるって可能性も……」
鞄を持つ両手で小さく指を絡ませ合ったりと指遊びを行いつつ、落ち着かない仕草を周囲の人間に見せびらかせる。
実際に気にしている点を相手に聞かせて答えさせる理由としても、周囲にあんまりしつこく絡ませない為にも、気弱な性格を見せるのは良い。
自分は頼られているんだという気にさせて相談に乗らせたり、一定の境界線よりこちらへ侵入させないためにもね。
「……見たところ、変なところなんてないわよ。ただ可愛いから注目されているんじゃないかしら」
「か、かわいいっ!? わたしが?」
男だから仕方がないとはいえ、こんな長身の女の子に可愛いって言葉はないと思うんだけどなぁ。
どちらかといえばボーイッシュとかそっち系の言葉の方が嬉しいかも。
「冗談じゃない。わたしはかわいくなんてない」
――他の人より可愛げがあるわけでもないし、優れているわけでもない。だから、俺に関わるな。
幼い頃のトラウマを思い出してしまい軽く鬱になりかけたが、絵里の前でそんな姿を見せるわけにもいかず頑張って笑顔を絶やさないようにする。
「むしろ、絵里先輩の方が可愛いじゃないですか」
なんて、一刻も早くに自分の話題から他の話題に転換させるために、違和感のないよう会話を変える。
「そんなことないわよ」
「こらこら。何、転入初日からうちの生徒会長をナンパしてるん~」
外見を褒められた経験があんまりないのか、頬を赤らめながら否定的な言葉を放つ絵里だったが、満更でもない表情をしていた。
そんな絵里の姿を堪能していたのだが、絵里の後ろから現れた少女によって停止させられた。
凛々しい印象の強い絵里とは対極的で、物腰が柔らかそうな女の子らしい印象が強く、目尻は優しげに下がり、まるで紫水晶のような瞳をした美少女だった。
勝手に対極的と言ったが、絵里が女の子らしくないってわけでもないし、美少女じゃないってわけでもないからね。あくまで印象が真逆ってだけで、二人共、どちらも魅力的な美少女だ。
「希、別にナンパされてるわけじゃないわよ」
「ふーん。ウチには、ナンパされてるようにしか見えへんかったけどなぁ~」
「……わたしには可愛い女の子をナンパする度胸ありませんよ」
ヘタレ男ですから。という言葉を最後に付けそうになったが、今の状況で言ってしまえば意味がなくなるので、開きそうになる唇に必死に力を入れ塞いで言わないようにする。
「そう? あ、自己紹介がまだやったね。ウチは『
「わたしは新垣玲奈。よろしくね。東條さん」
「ウチのこともエリチと一緒で、名前呼びでええよ~。ウチも玲奈ちゃんって呼ぶし」
「じゃあ、希先輩って呼びますね」
私は転入生を理事長室まで案内しないといけないから、またあとでね。と希先輩に声をかけて先に校内に行ってしまう。
そんな素っ気ない態度に少し寂しさを感じてしまったのか、希先輩は頬を軽く膨らませていた。
「それじゃあ、希先輩。わたしもこれで」
我先にと歩いて行った絵里先輩についていくように歩き始めようとした瞬間――。
「秘儀・わしわしMAXっ!」
謎の掛け声と共に、後ろから抱き着かれ、胸を揉まれた。
「な、ななっ!?」
この胸が本物でない以上、そこまで恥ずかしがる必要はないと思うが、俺にはあった。
ここで反応が乏しかったりした場合、俺が女ではないのかなんていう疑惑が浮かび上がってくる。
そして、急いでこの魔の手から離れなければならない理由も……。
早く逃げないと、この胸に入れているのが偽物で、感触が本物と謙遜ない特注品とはいえ、紛い物の胸だとバレてしまう。
ましてや本物の巨乳少女を騙すのは至難の技だ。
自身がその豊満な胸を揉んだ過去があり、セクハラ親父のような真似を何度もしているのであれば違和感に気付くのも時間の問題かも知れない。
「なっ、何するのよっ!!」
彼女に怪我を負わせない程度に力を振り絞り、魔の手から離れる。
一定の距離まで離れた俺は両の腕を胸の前で交差させるようにして守る。
「……希、あなたねぇ」
新しく学院に来たばかりの転入生に容赦なくセクハラを仕掛ける生徒会の副会長に怒ろうとする生徒会長だったが、その言葉には呆れを隠しきれていなかった。
おそらくいつもやっていることなのだろう。
「希……?」
絵里先輩がいくら声をかけても、希先輩は呆然としていた。
揉んでいたときの感触を忘れないように、今でもモミモミと手を握っている以上、俺が心配することもないだろうが、絵里先輩的にはいつもと違う様子に驚いているらしい。
「ねぇ、どうしたのよ。希」
「……へ? あ、エリチ。どうしたん?」
「どうしたのはこっちの台詞よ」
「あはは。ごめんなぁ。今まで揉んだ誰よりも感触がよくて、ちょっと浸ってしもたわ」
ちっとも心配する必要はなかったね。
様子の違う希先輩を少なからず心配していた絵里先輩も、盛大に溜め息を吐いていた。
今度こそは転入生にセクハラ親父の被害を受けさせて溜まるかと考えたのだろうか絵里先輩は俺の腕を握って、早歩き気味に理事長室へと向かう。
その道中に俺は心に決めたことがある。
――絶対に希先輩に逆らってはいけないと。そして、隙を見せては絶対にいけないとも。俺は心に深く刻み込んだ。
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特別編 Eli Happy Birthday
本編の進行とはまったく関係がないため……。
・この話では既にμ'sが活動している。
・主人公の性別が数名にバレている。
等の要素がありますので、ご了承ください。
……それと言い訳ですが、三時間クオリティなので、矛盾点があったり、文章が支離滅裂かも知れませんがご了承ください。
「だって、仕方ないじゃない。仕事から帰ってきてスクフェス開いて、やっと絵里の誕生日だって思い出したんだもの」by.作者
「……ねぇ、これは何の罰ゲームなの?」
「さ、さぁ、穂乃果達が考えることだからわからないわ」
新曲をレコーディングするからと呼ばれた絵里こと絢瀬絵里と、俺……新垣玲奈はREN繋がりで仲良くなったスタジオのみなさんの異様なまでの協力体制によって、スタジオ入りしていた。
この場にμ'sでない俺がいて、絵里以外のメンバーがいないことに違和感を覚えつつも雑談を行っていた。
気を利かせてお茶や軽い茶菓子を置いていったスタッフの人がいなくなった際に俺はお淑やかな少女を演じるのをやめる。
既に絵里を含めた数名にはバレているので、隠す必要がないからだ。
「あいつら、俺がμ'sでないことわかってるんだろうな」
「……もしかしたら、穂乃果のことだから気にしてないのかも知れないわね」
その可能性が一番あるな。
俺はμ'sに入れないし、入った瞬間にμ'sじゃなくなるっていうのに。
九人の女神という意味でμ'sなのに、十人になったら変わるじゃないか。てか、女の子じゃないから女神の振りすら出来ないけど。
それから数十分程、雑談をしていたら、不意にコンコンとノックの音が響く。
「はい、どうぞ?」
入ってきたのはスタッフの振りをしているであろうことりと希の二人だった。
帽子を深々とかぶればバレないとでも思っているのかも知れないが、バレバレだ。
「何やってるの? ことりと希」
「ことり? 誰のことですか? 私はミナリンスキーですよ」
「巷で有名なメイド風アイドルやねんけど、玲奈ちゃん知らんの?」
「それはもはや、ただのアイドルじゃないのよ」
それを言うならアイドル風メイドでしょう。と付け加えた俺。
このどう足掻いてもことりにしか見えない人と、似非占い師は何を言っているのだろうか。
本来、頭にいくはずの養分が全部胸にいったんじゃないのか?
口に出さずに思うだけに留めたのだが、話題の女子の表情から笑顔が消えーー。
「……そんなにわしわしされたいの?」
――俺にとっては恐怖の一言を告げる。
目の前の女子は、口角を上げ、目もニッコリとしているのだが、笑顔ではない気がした。
「遠慮するわっ!」
急いで絵里の後ろへ隠れ、天敵から距離を取る。
「希ちゃん。そんなことしなくても、この後のことを考えたら……」
「せやね。この後はあれやもんね」
二人の思わせぶりな言葉を聞いた俺らは顔を見合わせながら困惑していた。
この後にいったい何があるっていうのだろうか。
一抹の不安感と何が待ち受けているのかという好奇心が混ざり合って俺の思考回路を麻痺させる。いつもの俺であったならば、後に起こることを少なからず予想出来ていたはずだが、真面目な絵里に対してそんな度の過ぎた悪戯をμ'sメンバーはしない。したら後が怖くなる。と考えてあっても軽い悪戯だろうと高を括っていたのも悪いかも知れない。
◇
「……はい。これが歌詞と音楽だよ」
レコーディングスタジオに入った俺と絵里に手渡されたのは、一つの音楽プレイヤーと歌詞が書かれている紙だった。
とりあえず、音楽を再生しようと俺は絵里に片方のイヤホンを渡し、もう片方のイヤホンを自分の耳に付ける。
彼女が耳に付けたのをきちんと視界に捉えた後、再生ボタンを押す。
「……こ、こんな曲歌えるかーーっ!」
音楽のみだとかなりいい曲なのだが、一番の問題は歌詞だ。
歌詞カードを見た瞬間に俺と絵里の表情が凍り付いた。絶句、と表現した方が良いだろうか。なんて言葉を放てばいいかわからなくなった。
渡された歌詞だが……、なんというか学生である俺らが歌うには不健全な感じだ。しかも、女同士の恋愛っぽい雰囲気が漂ういやらしい曲。
おそらく海未が歌詞を書いたのだろうが、彼女にこんな才能があったとは思わなかったよ。
「こんなのぜったい歌わないからな」
「えーっ! 歌ったらええやん」
作曲や作詞の出来ない俺はRENとして活動していた際、どんな歌詞でも曲でも我儘言わずに歌ってきたよ。でも、この曲だけは絶対に嫌だ。
いくら選り好みしない俺でも、これはさすがに無理だ。
俺と絵里の歌うパートが逆だったなら、まだ歌えるかも知れないけど。
「じゃあ、せめてオ……私と絵里のパートだけ変えてよ」
この曲のコンセプトは、十中八九『女同士の恋愛』……俗に言う『ユリ』だろう。歌詞の中でも「ユリの迷路」ってあるし。
その女同士のカップリングでも、俺は受けではない方がよかった。
勿論、俺と絵里でユリカップルになるなんてことは絶対にないし、あり得ない。けれども、せめて逆転だけはさせて欲しい。
曲の中で男役が絵里で、女役が俺だなんて。そんな逆転は誰も望んでいない。
「お断りやね」
「なんでっ!?」
「それは、メンバー全員の総意だからだよ」
パートを変えてくれたら歌ってもいいよと言っているのに、俺の意見を完全に否定する希に食って掛かる俺だったが、後ろから聞こえた拒否の理由に驚く。
「……ことり」
「あれを見て」
ことりが指差した方向を見た俺は言葉を失った。
何処のスタジオもそうだろうが、レコーディングを行っている歌手の様子を窺えるガラス張りのモニタールームと言ったらいいのだろうか、音響を弄ったり出来る部屋に絵里と首謀者であろう希とことりの二人を除いた他のメンバーがそろっていた。
「マジかよ……」
思わず女の振りを忘れてしまう程、その光景は異様であった。
「……ここまで来たらやるしかないようね」
歌詞がそういう系統のやつなので、歌うのを渋っていた絵里だったが、皆が期待している様子を見て決心が付いたようだ。が、俺的にはもっと渋っていて欲しかった。そしたら、もしかしたら歌う話がなくなるかも知れなかったのに。
◇
「ねぇ、玲奈。どうせだったら穂乃果達に仕返ししない?」
「え? どうやって?」
絵里につられて結果的に歌うことを決めた俺の快い返事を聞いた後、監視目的のために皆の待つ別部屋に向かったことりと希の後ろ姿を見届け、レコーディング準備をし始めた俺にだけ聞こえるような小声で絵里は呟いた。
「……私に合わせてくれたらいいわ」
そういって歌詞カードに目を通し、ある程度の歌詞を覚えようと努力する絵里の横顔を見て、俺は不意にかっこいいと思ってしまった。
こんな風について来いっていう雰囲気を出してくれる人は凄いな。俺には人を引っ張る力なんてないし、皆といるより一人でいる方がいいっていう一匹狼スタイルだからなぁ。
絵里は女の子なので、かっこいいって言われるのは嫌かも知れないけど、男前って感じがするよ。
『二人とも、準備はいい?』
部屋に付けられたスピーカーから穂乃果の声が響く。
おそらく彼女は巻き込まれた感じだろうけど、申し訳ないが、俺らは全員を対象としているので、俺らの仕返しを黙って受けてくれ。
「私はいいわよ。いつでも」
「……ん。いいよ」
許可を出した直後に俺らはヘッドホンをつけ、マイクの前へと向かう。
絵里と俺の了承の声を聞き届けた穂乃果は「じゃあ、いくよー。二人とも、ファイトだよ」と声を掛けてくれた後、デーデッデーという音楽がヘッドホンから流れ始める。
絵里がどういう作戦で、彼女達に仕返しを行うのかわからないけれども、俺はそれに合わせることしか出来ない。
俺にはどうやったら仕返しを出来るかわからないからね。むしろ、この状況になると、自然とアーティストとしてのスイッチが入るので、余計なことを考えられない。なので、俺が作戦を考えて実行しようとしても、音楽が始まると共にスイッチが入り、レコーディングが終わるまで何も実行出来ない気がするし。
◇
レコーディングを始めて、一分ぐらいが経っただろうか。
一番は何の変化もなく終わらせたので、おそらく一分ぐらいだろう。歌詞を間違えて録り直しなんていうトラブルもなく、ここまで順調に終わらせることが出来たのも、俺と絵里が単に努力家で頑張っているからかな。
自分で言うなって話かもだけど……。
(それにしても、絵里はいつ行動するのだろうか?)
「寂しいのよ私と~♪ ここにいてよ、いつまでもっ!?」
これまでと同じように普通にレコーディングを続けるのだろうなと思い込んでいた俺の身に訪れたドッキリ。
急に隣で誰かが動くような気配を感じ、そちらに目を向けた瞬間――。
俺はビックリしてしまい、声を一部だけ荒げてしまった。
驚愕した理由は、何かが動いたなと視線を動かした場所にいたのは、紛れもなく一緒に録音をしていた相手である絵里だと確証はしていたので、人物に驚くことはなかった。けれども、その相手がいる場所に驚いたのだ。
彼女は俺のすぐ近くにおり、距離にして数十メートルぐらいしかなかった。
自分が何故、こんなにビックリしているのか疑問に思えてくるが、たぶん女性恐怖症だからだろうと思いながらも歌を止めることは決してしない。
歌に影響が出ない程度に力を入れて、絵里を離そうとする。
(えっ!? なんで、こんなに強いのさ)
――だが、決して動くことはなかった。
俺が抵抗するのを絵里は良しとせず、俺の腰に腕を回し、逃げ場を塞いだ後、正面から腰を引き寄せる。
後ろへ下がることが出来ない俺は、その力に抗うことも出来ず絵里の誘導のままに……。
「なぜ……、苦しくなるの?」
そりゃあ、力を出して逃げたら別室組に男だとバレる可能性があるから過剰な力押しは出来ないし、このまま超至近距離に絵里がいるという現状も恥ずかしくて死にそうだから苦しいんだろうね。と口に出して歌っている歌詞と今の心境を合わせたり、別のことを考えていないと歌に集中出来ない。
別室の方へ視線を向けて、助けを求めるも、彼女らも結構、大変な状況らしくこっちのヘルプ信号には気づいてくれなかった。
なんで、海未は自分で描いた歌詞なのに、鼻をずっと押しているのかな。なんか赤いの垂れてる気がするし。
そんで、ことり。穂乃果の目を閉じたのはぐっじょぶだ。このまま全員の目も塞いでくれ。本当にお願いだから。
「……玲奈」
「へっ?」
間奏が終わり、ラストサビへ入る前の盛り上がり場所を迎えるかと思った瞬間。
今まで耳に入ってきていた音楽が止まった。
俺が別室に意識を向けていた隙を狙って、絵里が俺の耳からヘッドホンを外したみたいだ。
――何故、この瞬間にヘッドホンを取ったのかと追求したい気ではいたが、今はレコーディングに集中しないと、とヘッドホンを再び付け直そうと手を動かした俺。
しかし、俺はヘッドホンを手に出来なかった。俺が掴んだのは虚空のみ。自分の首元に下ろされていたヘッドホンを取るのにどうして失敗するのだろうかと疑問に思ったのも束の間。
「ひゃうっ!?」
いつの間にか背後に待機していた絵里に腰を抱かれ、引き寄せられる。
その盛り上がるラストスパートを掛けるのは歌詞上でも絵里からだったので、次の歌い出しは絵里からだと覚悟はしていたものの、思いも寄らないスパートの掛け方だったので驚いて変な声をあげてしまった。
吐息混じりの歌声を耳元で浴びせられた俺は体に力が入らなくなり、所謂腰砕け状態に陥ってしまった。
(……こいつ、俺が耳が弱点だということを知ってて)
正しく人形と言ってもおかしくない力の入らない体を支えるために、絵里は後ろから足の間に自分の足を入れ、これ以上崩れないようにし、片腕で俺の手首を抑え落ちないようにしてきた。
挙句の果てには、歌詞通りに髪を撫でてくる。
その歌詞を歌うのは本当は、俺だったはずなんだが、ヘッドホンを取られて音源がない以上、俺が無暗に参加するのはやめておいた方がいいと本能が言っているので、歌うことはしない。現に絵里も自分がやったということもあり、俺のパートも歌ってくれているので、いいや。
力のないお前なんて余裕だといわんばかりに絵里の行動はドンドンとエスカレートしていき――。
『ストップストップ!!』
『ちょっと待ちなさいっ! アンタたち何やってんのよ!! 年齢制限を考えなさい。こっちには子供がいるのよ!』
別室にて待機していた他メンバーが、さすがにこれ以上はダメだと音楽を停止したみたいだ。
ヘッドホンを取られた俺には、音楽が止まった瞬間がいつかわからないけれども、絵里が歌うのをやめた瞬間だろう。
彼女達の反応が余程面白かったのか、俺を支えることをやめ、腹を抑え爆笑していた。
そんな彼女を横目で見ることしか出来ない俺は、地べたに座りながら苦笑を浮かべていた。まさか、絵里があんな行動に走るとは思いもしなかったよ。
生徒会長という役割についている以上、真面目でいやらしいことなんてしないと、こんなファンサービスなんてないと思っていた。
(アイドルとしての絵里を見縊っていた俺のミスか)
男子として、何か大事なものをなくしてしまったのも、絵里を少なからず生真面目で融通の利かない子だとバカにしていた俺への罰なのだろう。
(まぁ、でも……)
別室組に笑いながら謝っている絵里の楽しそうな姿を見ていると、俺はほっこりとした気分になっていた。
今まで気を張って、色んなものを溜めすぎていた彼女。
そんな彼女が自ら歩み寄っていける仲間がいて、その仲間と楽しそうに笑い合うことが出来ているんなら、俺が受けた些細なダメージぐらいいいかな。
途中で流れた曲なんですが、わかりますか?
ヒントは餃子です。
それと、希ファンの皆様、大変すみませんでしたっ!
希の誕生日の際はこれの反対Verも書く予定なので、許してください(泣)
このぐらいの歌詞なら大丈夫ですかね。ダメそうなら消すんですけど。
※とある手書きMADに影響されて書いたものなので、大まかなシナリオが類似していると思いますが、すみません。
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第3曲目 廃校を阻止出来る希望の光
音ノ木坂学院理事長室前――。
無事に案内を終えた絵里先輩は、自分の教室に行って自習しないといけないからと言い足早に去って行ったので、この場にはいない。
理事長に呼ばれたのは俺一人なので、他に人がいたら他言無用な話が一切出来ないからね。この学院内で俺の本当の性別や本名を知っているのは、理事長ただ一人なのだし。わざわざ、俺の秘密をバラす必要性が感じられない。
最悪、ねずみ算式に広まっていく可能性もあるのだからね。女子の情報網の広さや伝達スピードは痛いほど理解しているつもりではあるし……。
――面倒の種は根絶していくに限る。
理事長室の前にまで来た俺は、深呼吸を数回し、気分を落ち着かせる。
今から会う人は絵里や希と違って、元から俺が男だとわかっている人なんだ。そう考えただけで、さっきまでとは別の緊張感が俺の体を強張らせていく。
コンコンッ……。
理事長室の扉をノックした音が静かな廊下に響く。
もっとワイワイとした空間であれば、ここまで神経質になることもなかったのだろうが、逆にほぼ無音と言っても過言ではないこの空間ではネガティブな気持ちが前面的に押し出されてくるので正直怖くて仕方がない。
理事長以外の人にバレてしまっては、女装してまで女子高に侵入してきた変態男っていうレッテルを貼られてしまうからだけど。
『はい、どうぞ』
「失礼します」
中から入室を促す声が聞こえたので、ゆっくりとドアを開ける。
そして、不自然のない歩行を心掛けながら理事長の前まで慎重に歩く。
この人には既に話は行き渡っているだろうが、普段から気にしてないと不意に出てしまうかも知れないから徹底するに限る。
「母がお世話になってます。新垣蓮です」
「あなたが蓮君ね。……ここでは玲奈ちゃんって言った方がいいのよね?」
「ええ。ですが、あなたは事情を知っているので本名の方が良いかと思いまして」
正体を知っている人には、ちゃんとした礼儀を持って挨拶をした方が良いかと思ったんだけど失敗だったのだろうか。理事長の表情は硬かった。
「それはありがたいけど、誰かが何処かで盗み聞きしてるかも知れないのよ?」
「あっ……」
ついさっき外と中で会話した際も結構響いていたように思えるので、ここの壁はそんなに厚くない。つまり、外で耳を澄ましたら中の会話が鮮明に聞こえるというわけだ。
バレたら変態のレッテルを貼られると言ったばかりなのに、こんな失態をするなんて俺、かなり緊張してるのかな。
「壁に耳あり障子に目あり」
「え?」
「……っていうでしょ? 特に秘密は人の好奇心をくすぐる行動なのだから気をつけないと」
――確かにそうだ。
人の秘密は暴きたくなるし、密談や密会が行われていたら盗み見や盗み聞きをしたくなる。人の好奇心を甘くみてはいけない。
「そうですね」
「今は朝のホームルームの時間だから大丈夫だと思うけどね」
教員室にいる職員がこちらを通り過ぎる可能性が皆無とは言えないってことかな。
「それはまぁ、置いときましょう」
その問題を放置しても本当に問題ないのかと尋問したいところではあったが、おそらく追求しても快い答えが返ってこないことを既に把握しているので口にしない。
これは俺の極論なのだが、笑顔が素敵な女性は多かれ少なかれイジメ体質というか、エスっ気が強いと思っている。
(まぁ……、経験談でもあるんだけどね)
「……この後、事前に伝えた情報通りの教室に向かってくれる?」
あれ、俺が伝えられた教室ってどこだったっけ。電話で昨日、聞いてたはずなんだけどな。ま、思い出さなくても教室は二つしかないわけだし、わかんなくなったらどっちも寄ればいいだけだよな。
「了解です」
「そこにあなたが求めるモノを持っている人たちがいるわよ」
「人たち……ですか?」
「ええ。きっとあなたも気に入ると思うわよ」
あの子たち――
その言葉でだいたいの事情を理解出来た。おそらく、この環境でも男子が生活出来るのかどうかを俺で確認し、共学の目処を立てつつも、別の作戦として今、巷で有名なスクールアイドルを作ったのだろう。
理事長が言い出したのか、彼女らが言い出したのかは不明だが、UTX学院のアレを見て閃いたのだろうね。
「そこで、あなたに来てもらった理由なのだけど、その子たちのマネージャーになって欲しいのよ」
「……俺はテスト生をやれと言われた記憶があるのですけど」
思わず男言葉が出てきてしまったが、俺は元々、音ノ木坂学院を共学にしても大丈夫なのかというテスト生で来たはずだ。
いきなり共学にしても大量の男子が来るとは思えない。そこで、いっぱいの女子に囲まれながらでも問題が起きないか、女子の本当の生態を知っていても幻滅せずに生活を送ることが出来るのか。それらの情報を得るためにわざわざ女装してここにやってきたんだ。
アイドル業務から離れた直後にスクールアイドルのマネージャーをやれと言われても、間髪入れずに首を縦に振れるわけがない。
「それはそれ、これはこれよ。私はあなたに期待しているけど、あの子たちにも期待しているのよ。音ノ木坂学院の廃校を阻止出来る希望の光だと」
「……わかりました。その子たち――μ'sと会ってから考えます」
彼女たちの実力が音ノ木坂学院の廃校を阻止出来ると確証を持てるぐらい凄ければ、俺は全面的に協力をするだろうが実力が未知数な今の状態では何とも言えないな。
失礼します。と退室の意を伝え、理事長室を出る。
そのまま、自分の教室があるであろう二年生のエリアへ向かう途中、俺は先程聞いたばかりのグループ名に思いを馳せる。
――名前を付けたのが誰だかは知らないけど、μ'sか。
どういう意図でその名を付けたのかわからないけど、俺が考えている理由と一緒であるならば、そのグループはいずれ九人になるのだろう。
ギリシャの文芸を司る九人の女神たち――ムーサに由来するものだろう。
(……おそらく偶然だろうけど、皮肉なものだね。俺に付けられた渾名と関連する名称をこんなところで聞くなんて)
新垣蓮こと『REN』に付けられた渾名――。
それは、現代のオルフェウス。
この名が付けられるに至った理由だが、とある番組で人気絶頂中のアイドルとの距離がだいぶ縮まることがあった。だがしかし、俺は決してそれを許さなかった。
女性恐怖症で喋ることは出来ても触れ合うことが出来ない俺にしては、それは拷問に近かった。
その様子を見かけたスタッフは生放送であったにも関わらず俺に途中退室を促し、『REN』無しで番組を再開することとなった。
この出来事を見た世の男性からは何故か賞賛され、「こいつはいい奴だ。曲も聞いてみよう」みたいな感じで男性のファンも増えたらしい。
そして、歴史好きな人からは「妻を失い女性との触れ合いを断つオルペウスのような人だと」表された。
それからは俺に近づこうとする女性アイドルはいなくなり、近づいてきても会話だけで体を触れ合わせる的な行為は取らない。そんな規則が裏で作られているのではないかと不信に思えるぐらいの徹底具合だった。
そんなギリシャ神話に出てくるオルフェウスだが、ミューズとどんな関わりがあるのかと言うと――。
簡単に言えばミューズの由来となったであろうムーサの一人――カリオペーの子供がオルペウスだとされている。
オルペウスの最も有名な出来事といえば、体を裂かれたことだろう。
頭や手足といった部位を裂かれ、バラバラにされてしまった。そんな彼のバラバラになった部位をムーサの女神たちは集め、リベトラにて手厚く葬ったと聞く。
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第4曲目 なんで、やめてないの?
「は、初めまして。新垣玲奈です」
電話で聞いた教室を忘れてしまっていた俺だったが、無事に教室にたどり着くことが出来た。
教室前に着いた俺を迎えたのは、俺が所属することになったクラスの女性教員だった。
おそらく事前に理事長から体へ触れられることが苦手だという情報だけは聞いていたのか。俺を教室へ誘導しようとしていたが、決して体に触れることはなかった。
その様子から察するに、俺は他人に触れられることを嫌っているとだけ連絡しているのだろう。まさか、俺が男で女性恐怖症だなんて言えるわけがないので、そうとしか考えようがない。
そして、今……。
教員によって教室内に招かれた俺は絶体絶命とも言える状況にいた。
クラスメイトが全員揃ってこちらに視線を寄越しているのを目の当たりにして、早くも挫折しそうだった。
「知り合い」ならいいけど、「他人」と触れ合うのは正直堪える。
「え、えっと、音楽鑑賞が好きで、日ごろから聴いてます。趣味はカラオケで歌うこと。まぁ、そこまで上手くはないんですけどね」
頬を掻きながら恥ずかしげに当たり触りのない自己紹介を行う俺。
平々凡々としている紹介文なんて、テンプレート化しているだろうし、気にされないで済むと思う。
俺的には最初からツンデレ風口調で誰も寄せ付けないスタンスを貫いてもいいんだけども、それがキッカケでイジメに発達するのは面倒だし、ほんの少し人付き合いは苦手だし、人見知りだけど、歩み寄ろうとしている女の子ってのを目指そうかなと思っている。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるのを見計らった後、教壇前の教師が「新垣さんに何か質問がある人はいますか?」と問い掛けた瞬間、教室の所々から挙げられる手。
いきなり質問がわんさか湧いてくるとは思いもしなかったので、多少引いてしまったが、気にせず質問に備えることにした。
「はい、高坂さん」
手を挙げた少女たちの中で人一倍元気良く手を挙げた少女を当てた先生。
別に誰を当てようが投げかけられた質問に的確な答えを返すだけなのだから、構いやしない。
高坂……? 高坂って、どっかで聞いたことがあるような気が。
「えっと、玲奈ちゃんはアイドルに興味がありますか?」
「……どうして?」
「容姿が整っているし、そうなのかなぁって思って」
要するに俺の容姿が綺麗で、テレビでよく放送されるアイドルのそれと大差がないと思い、アイドル活動をしていると考えたのかな。
半分正解で、半分ハズレだけど。
確かにアイドル活動はしていたけど、それは男として……RENとしてなので、この容姿とはあんまり関係がない。あるとすれば、薄化粧から漂う微かな素顔から遡ること。この化粧した顔からすっぴんがどんな顔かをイメージ出来たならば、もしかしたら顔立ちがアイドルと変わらないかも知れない。
どちらにせよ、自分で言うと自慢しているようにしか聞こえないので、やめておこうか。
「別に、アイドルなんてしたくてしてるわけじゃないし」
ーーアイドルなんて、くだらない。
その一言が脳内を過った直後、教室内が騒がしくなる。
「え? な、何?」
「ほら、海未ちゃん。やっぱりそうだったじゃない」
「たまには当たるものなんですね。穂乃果の勘も」
海未ちゃんという少女から穂乃果と呼ばれ、先生に当てられ質問を行った高坂は嬉しそうに表情を綻ばせた。
さながらその様子は高坂の転入生がアイドルであるという予想が当たったみたいに。
ーーもしかして、俺、今のセリフを口に出して言ってしまっていたのか?
俺の馬鹿。と自分の軽率な行動に対し、悪態をついていると、今度は高坂の友人らしい女子から声をかけられた。
「では、あなたは本当にアイドルなのですね?」
一発で何でも信じる高坂とは真反対といっても良い態度を取る高坂の友人。
正直、いきなりアイドルだと言われたとして、ほとんどは「本当に?」「嘘でしょ」となる。
その反応は正解だと個人的には思う。
おそらく、高坂の反応がかなりおかしい。疑う素振りを見せないにしても、ちょっとぐらい疑う心を持とうよ。今のままだと、高坂の印象が騙し易く扱いやすい少女という情報が頭ん中にインプットされてしまう。
もしも、そんなことになってしまえば、俺は彼女を利用し続け、誰かを騙す際にはあいつから騙せばどうにかなるとすら思えるようになってしまう恐れがある。
「ま、まぁ、一応は。でも、まだ売れっ子ってわけでもないから見習いって言った方が正しいかもだけど」
なるほど、といった顔で納得する高坂の友人。だったが、ほんの少しだけ申し訳なさげな表情をチラリと見せた。
スクールアイドルとは違って気軽に始めることが出来ず、スタートラインに立てたとしても成功するかどうかなんて誰にもわからない。自分は成功すると考えて、いざアイドルになったが、成功しなかった女の子って認識してるんだろうね。まぁ、実際には女の子でもないし、アイドルとして一応成功してるんだけどね。
まぁ、誤解させといた方が話を進める上でもだいぶ楽になるから、撤回はしないけど。
「……玲奈ちゃんっ!!」
高坂の友人と話していると、机をバンッと勢いよく叩きながら立ち上がる少女と目が合った。その少女は高坂穂乃果。アイドルの話に異常なまでに食い付き、この音ノ木坂学院のスクールアイドル『μ's』のリーダー。
同じ東京地区のスクールアイドル――『A-RISE《アライズ》』と比べたら天と地ほどの差があるけれども、何故か目が離せないタイプのグループだと思う。
「『μ's』に入ってください!」
高坂の衝撃的な発言によって、周囲の空気が凍り付く。
それは単純に問題発言を聞いた俺の表情が一変し、険しい表情になったのを目視してしまった少女達が怯えてしまったが故にそうなったのかも知れない。
「なんで私を誘ったの?」
人によっては絶対零度と表されるであろう冷たい眼差しで、俺に取っては意味不明な提案をしてきた高坂を睨みつける。
テレビに映り、ファンの人々を幸せにするために、愛想良くしていなければいけないような類の職業につくアイドルとしての顔ではない表情を高坂に見せていた。
別にアイドルが気に入らないわけではない。ただ、純粋に俺はアイドルに興味がないだけ。
無関心といっても良いだろう。
アイドルをしてても何も楽しくないし、目標もない。単にファンの人達にREN《げんそう》を見せるだけ。
人当たりのよい笑顔を浮かべ、本当には笑わず。普段の性格を誤魔化して、他人が好みそうな人を演じる。
そんな行為をしているうちに、俺はアイドル活動に対し、やる意味を失った気がした。
いつもの自分を捨てないといけない分、嫌気がさしていた。
だからこそ、アイドル活動から一時的に離れたんだ。
――自分が本当にしたいことを見つけるために。
「玲奈ちゃんが実際にアイドルだから、力を貸して欲しいって意味でもあるんだけど。それよりも一緒にアイドルを楽しみたいなって思って」
アイドルを楽しみたい?
結果だけ言ってしまえば、そんなこと出来るわけがない。
俺だって最初は夢に満ち溢れたアイドル活動に想いを馳せながら、積極的に頑張っていこうと思ったよ。でも、そんなことは出来なかった。
最初はメディアに映る面しか見ていなかったので、楽しそうとしか思えなかった。一般の世界が自分に合わないなら業界の世界に入るしかない、と。
「……お断りします。アレは楽しめるものじゃないですから」
だから、俺は否定する。
少なからず冷ややかな雰囲気をまとっていると誰もが察したのだろう。俺の言葉を耳にしたクラスメイトと担任は口を開けずにいた。
おそらく全員が想像したはずだ。玲奈としてのプロフィールとしてはアイドルをしていながらも、名前が知れ渡っていない。つまり、アイドルになれたばかりの新人、或いはなったけれども底辺にいる存在だと。
あんだけ刺々しい口調で言い放ったのだし、誰も何も言ってこないだろうと高を括り、一ヶ所だけ空いている席へと向かおうと足を踏み出した瞬間。
唯一、空気を読まずに口を開いた少女がいた。
「そっか……。でも、諦めないからね」
「私の言葉をちゃんと聞いてた? アイドル活動なんてする気ないの。いくらスクールアイドルといっても。 だから、私は……」
行く手を阻むように目の前に立ちふさがり俺に「諦めない」と宣言した高坂に内心苛々してしまい、顔を顰めながら呟く。
「だったら、なんでやめてないの?」
アイドルをするつもりはないの。大嫌いだから。という続きの台詞が俺の口から放たれることはなかった。何故なら、高坂の一言が妙に心に突き刺さったから。
本当にアイドル生活に嫌気が差していたなら、アイドルをやめれば良かった。無理して続けることに意味はない。それは最初に兄貴から言われていた。何事にも挑戦するのはお前の良いところだが、本当は嫌なのに続けるのはお前の悪い癖だと。
「私は……」
俺はなんでアイドルをやめなかったんだろう。
冷静に考えても考えても、結論が出てこなかった。アイドルとしての活動が嫌いで、人前で愛想を振るなんて媚びを売るような行為、俺は大きっらいなはずなのに。なんで……。
「高坂さーん? あまり転入生をイジメないの」
「はーい。玲奈ちゃん、意地悪してごめんね」
教壇の前にいた担任からの叱りの言葉をいただいた高坂は、塞いでいた道を開け自分の席へと座る。
俺も高坂に倣うように空いている席へと歩みを再開し、着席する。
そんな俺らの様子を見届けた担任は、教壇の中へとしまっていた教材を取り出し、授業を始めようとしていた。
ちょうど俺が転入してきたこの日は、クラス担任の担当教科から始まるようだ。
チラッと見えた教材には『数学Ⅱ』と書かれていたので、今からやるのは数学なのだろう。何処まで進んでいるのか進行度が良くわからないし、俺の知識が中学校ので途切れているんだけどついていけるかな。
一応、高校には入らなかったけど、兄貴に色々と勉強は教えてもらってたので、たぶん大丈夫だと思いたい。
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第5曲目 何より、しつこいわよ
この年末年始の休みの間に書ける分書いておきたいと思っていますので、年明けからもよろしくお願いします。
授業は最初に心配していたほど、難しくなくて、勉強が正直に言って苦手な自分でもきちんとついていけるレベルだった。これなら家に帰っても復習や予習をする必要もないだろう。
もっと難しい問題などが出てくるのであれば、外見や仕草からでは予想も出来ないが名門校に通っていた兄貴に頼るところだったが、そんな面倒なことをしなくても良さそうだという事実がどれほどまでに嬉しいことか。
「えっと、玲奈ちゃんでいいんだよね?」
「ん?」
担任による授業を軽く聞き流していると、隣に座っている少女から声をかけられた。
なんて名称なのか髪型に詳しくない俺ではまったく理解出来ないのだが、独特な髪型とだけ言っておこう。
そんな髪型のたれ目少女が俺に何の用だろうかと疑問に思いながら、視線を彼女へと向ける。
「なに?」
「私から言うのもあれなんだけど、穂乃果ちゃんが失礼なこと言っちゃってごめんね」
「穂乃果……? あー、高坂さんのことね。別に気にしてないよ」
最後の一言は心に大きな棘のようなものが刺さったけれども、特にこれといって支障が出ているわけでもない。
別にこれからその噂のアイドルグループに関わるわけでもないし、気にする必要もないからね。
「……ただ、なんでそこまでアイドルに否定的な考えを持っているのか聞かせてもらえないかな?」
直後に続いた言葉が耳に入り込んだ瞬間に、こいつは高坂の友達っぽい雰囲気がしたので、回し者かなと一瞬思い込んでしまったが、そんな会話をする暇もなく、予め合図を決める余裕すらもなかった。よって、本心からの質問だと推測する……が。
「……別に気にする必要ないよ。ただ、甘い考えを持って始めようとする人らがたくさんいてイラつくから嫌いなだけ」
「……でも、穂乃果ちゃんは本気だよ」
「確かにそうかも知れない。けど、少なくとも“今は”」
アイドルに憧れ、なったばかりのときは俺もそう在った。
これから送るであろうアイドル生活に心を躍らせて、楽しい日常にしようと思ってたよ。
「今はそうだろうけど、これからもその気迫が続くとは到底思えないし」
「それじゃあ、どうやったら穂乃果ちゃんが本気だって信じてもらえるの?」
「……そんなの君が気にしても意味ないよ。あの子の頑張り次第じゃないかな」
それ以降、俺が口を開くことはなかった。
転入早々から先生の話を全然聞かずに、自由奔放とする問題児なんてレッテルを貼られたくはないし。何より、あの高坂と一緒にいる友人にこれ以上の情報を渡したくはない。
◇
「……面倒くさい」
放課後の音楽準備室――。
なんでこんな場所に俺がいるのかと数分ぐらい前に遡らなければならないのだけど、簡単に言ってしまうと高坂に追われたからだ。全課程を終えた瞬間に俺の席に集まった高坂を合図に隣の少女に腕を取られて逃げられなくされた。
それを上手く振り解き逃げ切った先がここだったわけだ。
本当なら校内から逃げ出した方が良いと思ったんだが、高坂の友人らしき人物が辺り一面を注意深く見渡していたので、仲間らしい少女によって張られていた。
そこまでして俺をアイドルグループに入れたいかと呆れながらも、校内に戻り、せっかくなら屋上で休むかと思っていたら、高坂を含め何人かが屋上に集まっていたのを目視してしまい、屋上で時間を潰すことも出来なくて最悪と思いながら何処かで空いている部屋がないかなと探索していた。
その結果、音楽室の鍵が開いており、その横の準備室でゆっくりとさせてもらうことにしたのだ。
当然、俺が寝ている間に扉を閉められては困るので、音楽室に自分の鞄を放置している。別に中に取られてはいけない重要な物は何も入れてないので平気だろう。教材も全て机の中にしまってあるし。
「……ちょっとだけ、寝ようかな」
窓から差し込む日差しが妙に心地よくて、横になっているだけで眠くなってきた。
上着をそっと脱いで、出来る限りしわにならないように綺麗に折り畳み寝転がった自分の頭の下に入れる。
それからほんの数分たっただけで、俺の意識は少しずつ白く濁っていき、春の陽気に促されるように眠りにつこうとした瞬間――。
「~♪」
隣の教室からピアノの音と誰かが歌う声が聞こえてきた。
たったそれだけの出来事なら、そこまで動揺することでもなかった。隣の部屋は音楽室だし、そこにグランドピアノがあるわけだしピアノを弾きたい少女達が集まってもおかしくはない。
ただ、問題があるとすれば、その演奏をしている曲と声の方だ。
「この曲は……」
曲と歌声が聞こえてからの俺の行動は早かった。
その場で勢いよく立ち上がり、隣の部屋へと繋がる扉を開ける。そこで目にしたものは、頭の片隅で想像していた光景とまったく同じだった。
「ま、真姫……」
「なっ、い、いきなり何よ。ビックリさせないでよ」
急に現れた俺に驚いたであろう赤毛の少女。
まるで少女の強気な性格を現したかのようなツリ目が特徴的で、華奢で綺麗な指はピアノの鍵盤の上に置かれていた。
その光景を目の当たりにした結果、おそらくこの少女がさっきの曲を演奏し、歌ったに違いないと確信した。
現状を見ていなかったとしても、俺はきっとこの少女が歌いピアノ伴奏したと考えていただろう。だって、今の曲は……『愛してるばんざーい』と言って、中学ぐらいから疎遠になった幼馴染が幼少期に演奏していた曲だったから。
そう、今、目の前にいる少女――『
「それに誰よ、あなた。なんで私の名前を知ってるのよ」
「……あ」
ずっと頭の片隅に残っていた曲を耳にし、多少興奮していたせいで、いつも冷静であり、常に先を考えて行動していた俺が初めて失態を犯してしまった。しかも、どう立ち回れば上手くいくのかわからない。
「え、えっと……、わ、わたしは……」
「……あれ、あなた。何処かで」
超至近距離にまで詰め寄られて、真っ直ぐと俺の目を見つめられ、瞳の奥に隠していた感情や過去が全て読み取られているようで絶句してしまう。
数秒が経った後、このままでは気付かれてしまうと、さっと顔を背けようと首を動かそうとするが、真姫の「逸らさないで」の一言で動きを止めてしまった。
過去に俺がやらかしてしまった罪の意識からか、真姫の言葉には何故か逆らえない。逆らってはいけないのだと本心で思ってしまっているからかも知れない。
「……やっぱり。あなた、蓮?」
「な、何を言ってるのかサッパリ。確かに新垣蓮の親族ですけど。別に私は……」
「私は別に新垣って苗字は言ってないんだけど。それに、あなたが蓮じゃないって言うのなら、その右目尻の泣き黒子はどう説明するのかしら?」
蓮という名前に敏感に反応してしまい、誰も口にしていない『新垣』という苗字を口にしてしまった俺のミスだ。
こいつがもしも、二年生で俺のクラスであったならば、自己紹介の時に聞いてたでしょ。という理由に逃げることが出来たんだけど、一年や三年にまで俺の名前が伝わっている可能性はない。転入生が来るという情報だけは伝わっていると思うけど。
『愛してるばんざーい』を聞いた後からの俺は、自爆してばっかりだ。というのも、俺は過去に真姫に対して酷い行いをしている。そして、それに対して謝罪することもなく、アイドル活動に逃げ隠れ、会うことを否定していたのだ。疎遠になったのも正直に言うと、俺が原因であり、俺が距離を取っていただけ。
「……参りました」
「ってことは、やっぱりあなたがあの新垣蓮なのね?」
「うん。こう見えてもね」
女装姿だから男に見えてないかも知れないけれどね。なんてあり得ない一言が口から漏れそうになるが、必死に堪える。
「……あ、あのね。本当に色々とあって、すぐに謝りにいくことが出来なくて」
「別にいいわよ。そこまで気にしてないし。ただ、元気にしてるかなぐらいには思ってたけど」
「それは勿論、元気にしてたよ。そこらを歩くだけで自分の広告を見つけて吐きそうになるぐらいには」
元気だと言っているのに吐き気を覚えると言い放った俺に対して適切なツッコミを入れつつも話を進める真姫。
そんな彼女の姿を見ていると、俺がアイドルになる前の若干引き籠りがちだった時代の俺を思い出す。
何かと俺の家へと上がり込み、一緒に話したり、音楽を演奏したり、色々とやったそんな昔のことを。
「……それにしても、最初はあなたがアイドルなんて出来ると思わなかったわ。テレビであなたの姿を見た時はびっくりしたもの」
「それについては俺も同感だよ。ほんの思い付きみたいな感じで始めたら結構いい感じに嵌っちゃったし」
ただ、芸能界の裏の事情ってやつを知ってしまって嫌気がさしたけれども。
俺はただ楽しみながらアイドル活動を行って、ファンのみんなに喜んでもらいたい。その一心で頑張ってきただけなのに。
「その割りにはμ'sのメンバーにアイドルなんて嫌いだなんて言ったらしいじゃない」
「……誰から聞いたんだ? って聞くまでもないな」
俺と同じクラスの誰か……おそらく高坂か南のどちらかだろう。園田はあまりそういう行動を積極的にするタイプではなさそうだし。
「てか、お前もμ'sに入ったのか?」
μ'sのメンバーからこんなにも早く連絡がいくということは、ただの顔見知りというわけではない。深く関わることになるメンバーか、メンバーではないが作曲家として関わっているかのどちらか。
「ええ。今は一年生三人、二年生三人でμ'sよ」
“今は”か。
真姫ほど賢ければミューズの意味を知らないわけがないか。
この名前を考えた人が誰か知りたいよ。現μ'sの誰かがこれからの行く末を想像して付けたのか、或いは、今はまだ外部の人間だけどもやけにμ'sに協力的な人が将来の夢みたいに考えて付けたのか。
でも、前に会った時の真姫とはだいぶ違うし、μ'sと出会えて良い影響を受けたのだろうな。
俺には逃げるしか出来なかったことをいとも簡単にμ'sのメンバーは実行したんだ。あのリーダーには、人を集める力があるからね。
「そっか。……なぁ、真姫」
「お断りよ」
「まだ何も言ってないよ」
言葉を発する前に却下されてしまった。おそらく俺が言おうとした言葉がわかったのだろう。
「どうせ、自虐するでしょ。あなたの考えそうなことなんて、想像がつくわ」
確かにそうだし、言おうとしてた言葉もそんな感じだから否定は出来ないけれどもなんか酷くないか。その言い方だと俺が自虐しか出来ない人みたいになるじゃないか。
「……ホント、ごめん」
「いいわよ。でも、本当に悪いと思ってるのなら、あなたもμ'sに協力してあげてよ」
「そ、それは……」
「まぁ、私はあなたに無理強いはしないわ。でも、これだけは覚えておいて」
俺自身がμ'sに積極的に関わろうとしていないことを理解してか、彼女は俺を無理に入れようとはしなかった。最悪、女装していることを脅迫しメンバーに加入させるっていう手もあるのに。
そう思っていた俺の考えを根本的に覆すようなコメントが真姫の口から零れた。
「μ'sのリーダーはどれだけ辛く当たられても、絶対に挫けないし。何より、しつこいわよ」
真姫のその言葉は俺の心に深く突き刺さった。
今でも授業が終わった瞬間に追われたりと、結構しつこいアプローチを掛けられているのに、これ以上酷くなるのかとほんの少しだけ憂鬱になった。
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第6曲目 あってたまるか、そんなこと
年始から仕事が急激に増えまして、時間を見つけながらちょくちょく書いていたのですが、今やっと出来ました……。
「……はぁ」
学校で真姫と想像もしなかった再会をした次の日。
俺は兄貴の車で事務局へと向かっていた。正式に『REN』としての活動を中止する旨を報告するためだ。
別にスランプだなんて勝手に言いふらして抜けてもいいんだけども、それを行うことでまたしても芸能界のゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだからね。きちんと行っておくことにする。
「なんだなんだ。物憂いな溜め息を吐いてさ」
「いや、別に大したことじゃないんだけど」
「大したことじゃない割には、結構参ってるじゃないか」
車の運転をしながら俺の話し相手にもなってくれている兄の姿を横目でチラッと見てみる。
顔は良し、性格も良い。器量もあって、会話に置いては凄く聞き上手。ちなみに家事も全般的にいけるし、意外と家庭的。こんだけ出来てる人間なのに、どうして兄貴はモテないのだろう。
――っと、話が逸れてしまった。
「それがさ、学校で思わぬ人物に再会してさ」
「思わぬ人物って、真姫ちゃんか?」
「……なんで、知ってるのさ」
実際に名前を出さずに、思わぬ人物と形容したのにも関わらずいきなり答えを出す兄貴を見る。怪訝そうな表情で見つめてしまっているかも知れないが、それは気にしないで欲しい。
「あー、いや、お前は怒るだろうから言わなかったんだが、俺や母さんは最初から知っていたんだ。お前らは疎遠になったかも知れないが、俺らはずっと関わってきたからな」
「それを最初に言ってくれよ……」
思わず兄貴を睨み付けてしまう俺。
兄が悪いわけでも、母が悪いわけでもないのだが、結果的にあの学校に真姫がいて、あいつに女装がバレてしまった。……けど、あいつは言いふらすことはしない。だからこそ、安心して学校に行けるのだけど、問題はそこじゃないんだよなぁ。
「……まぁ、いいや。んでさ、その真姫が属しているスクールアイドルグループを『
「へぇ。もしかしたら、その子、お前の中にある才能を見抜いているんじゃないか?」
「それこそ、まっさかーだよ」
あの高坂にそんな力があるなんて考えられない。
勉強面でバカ丸出しで、スクールアイドルだって思い付きでやってそうなあんな単純な奴に……。
「……あってたまるか。そんなこと」
小さく口を動かし、呟く。
兄貴とは反対の方向を見ながら発した言葉故に、聞こえなかったようだが、窓に映る俺の微妙な表情や雰囲気でわかってしまったのだろうか、話を変えるように今日の予定を話し始める。
「蓮。今日の予定だけど、これから事務所に行って打ち合わせ、それが終わり次第、生放送な」
「……了解。生放送については予想ついてたし。んで、何曲か歌えば良いって感じでしょ?」
「ああ、そうだ」
短く肯定を示す返事を聞いた俺は、即座に曲はと問い掛ける。
それによって、曲の歌い方や振り付け、歌う順番などを考えなければいけないからだ。
「任せる。蓮の好きなように、好きな曲を歌えって踊ればいい。ただし、時間は限られているから三曲までな」
「……へぇ。じゃあ、本当に俺の好きな曲でいいんだな」
それにしても、三曲も歌っていい時間を作ってくれるなんて随分と事務所は俺を買っているじゃないか。聞いた話によると、某人気動画サイトやとある大通りの大モニターすらも使って配信するらしいし。
引退ってわけじゃないけど、活動を休止する間にもCDやDVDがバカ売れしてくれたら万々歳ってやつかね。
そんなくだらないことを脳裏で考えながらも、自分の曲で特に気に入っている曲をリストアップしていく。
(この中から二曲を選ばないといけないって、結構しんどいなぁ。一応、デビュー当時から人気なあの曲を入れると考えると、あと一曲になるしな)
……っと、大切なことを忘れていた。
俺の後ろで演奏してくれる人達のことを考えて、先に連絡しておかないとな。
「兄さん。俺の演奏を担当する人達って?」
「あ、あぁ、いつもライブでお世話になっている『
「なるほどね」
それから無言で俺はスマホを弄り、ある人物に電話を掛ける。
そいつは今、ちょっとだけ忙しかったのか何回かコールした後に電話に出た。このコールで出なかったら一旦切ろうかなと考えていただけに助かった。
『もしもし?』
「あ、急に電話ごめんね。忙しかったりした?」
『あー、いや、ちょっとな。リハーサルのリハーサルをやってただけだから気にしなくていいよ。それに、メインは君だし』
「……その話なんだけどね。ちょっと無茶を言ってもいいかな?」
今まで、ライブや生放送などで一度も我が儘を言わず演奏に合わせた計画をしていた俺なだけに、今の言葉は相手側にとっては軽く衝撃的だったようだ。
通話中の彼の後ろからカランカランという何か物が落ちたような音が聞こえた。
「ん? 今、何か落ちた?」
『んー、あぁ、気にしないで。ドラムを担当する彼がスティックを滑らせただけだから』
「そうか」
電話中の彼の声に混じって、ドラムの彼から物凄く動揺したような声が発せられているが、気にしたら負けな気がするのでスルーに徹した。
そう。俺が電話を掛けたのは、今さっき話題に出た『Starlight』のリーダー兼ギタリストの『
『で、その無茶の内容はどんな感じなんだい?』
「今は簡単にしか言えないけど、他のグループの曲を演奏して欲しい。アカペラだけなら叩かれるのは俺だけだが、演奏が出来ているってことになると、そっちも叩かれるかも知れない。けど、お願い出来ないかな?」
『別にいいよ。俺らはまだ名も通ってないグループだし』
「ありがとう」
『んで、曲は? 君がそんなことを言うってことは、音源は用意してるんだろうね?』
「あぁ、用意してるにはしてるけど。準備までには時間が掛かるから、打ち合わせ行く前と、二曲やった後にサプライズで一曲アカペラで入れるから、それでいける?」
『十分だ』
「……頼りにしてる」
そういって通話を切る。
スマホをポケットに入れようと手を懐に突っ込んだ際、不意に高坂の姿を思い浮かべた。
今、俺がしようとしていること。それを彼女らに見せつけて、それでも尚、玲奈を勧誘するのであれば――。
(手を貸してやらなくもないかな)
きっと、それは挫折せずに精一杯努力して、頂点を目指す者の気持ちだから。
彼女らにとって目指すのは、頂点ではないかも知れない。でも、本気でやろうとする気持ちがなければ、俺がやることにショックを受けて意気消沈するかもだろうし。
そう考えた俺は、仕舞おうとしたスマホを取り出し、ある人物に向けてメッセージを送る。
内容はこうだ――。
『今から俺は生放送をする。自惚れではないけど、かなりの番組で取り上げられるかも知れないから問題はないかも知れないが、君の仲間に伝えておいてくれ。絶対に見ること』
このメッセージを送り、目を通したことを確認出来る既読マークが付いた直後に俺は一言付け加える。
『……フォローは君に任せるよ。真姫』
おそらく今の時間だと放課後――。
理事長に一応、話は通しているから今回の休みは正当な理由になるだろうから安心だけど。他の連中が不思議に思わないかが不安だ。
親族って設定の玲奈が休んだ日の夕方ぐらいから、蓮の活動中止を報告する生放送が行われるなんてね。
改めてスマホをポケットに仕舞うと同時に兄貴が口を開く。
「まったく……。三曲だと言っただろうに」
「あ、あはは……。ま、まぁ、いいじゃない。アカペラなんて一曲に入らないって……たぶん」
今回の生放送ライブで俺が一番大事にしているのは、ファンの皆には申し訳ないけど、最後の一曲だ。
これを歌えなければ意味がない。
(……これが俺なりの試験。これをクリア出来ないと絶対に手を貸さないからな。高坂さん)
あ、今更ですが、タイトル変えました。
とりあえずスクールアイドルと入れたらラブライブ関連だとわかるでしょうし、タイトルを長くしてもなぁと思ったので、短くしました。
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第7曲目 不思議と安心出来るものね
もしかしたら彼女やμ'sのメンバーの口調や対応に違和感を感じるかも知れませんが、ご了承ください。
……今更ですけどっ!
Maki side
これは、いつも通り『μ's』としての練習をしていた際のこと。
毎日飽きずに彼女の勧誘に行っていた穂乃果先輩から、「今日は玲奈ちゃん休みで勧誘出来なかったよ~」なんて台詞が飛び出したものだから心配で家にでも訪ねようと思ったけど、今は『μ's』としての活動を優先しようと練習をしていた。
そして、一旦休憩となった際に、自分の携帯に連絡が入っていたことに気付き、メッセージアプリを起動する。
そこに書いてあったのは、つい先ほどまで噂になっていた玲奈――ではなく、蓮からのメッセージだった。
『今から俺は生放送をする。自惚れではないけど、かなりの番組で取り上げられるかも知れないから問題はないかも知れないが、君の仲間に伝えておいてくれ。絶対に見ること』
どれだけ自信過剰なのよ。とツッコミを入れたくもなったけれど、今の彼にはそれほどの知名度がある。
会わなかったほんの数年間で、彼は遥か高みまで上り詰めていった。今やトップアイドルと言っても差し支えないだろう。
そんな彼が『μ's』に対して、何かを行おうとしている。
昔っから悪戯っ子だった彼が、真面目に生放送を行うわけがない。心の片隅で彼の行動に警戒心を抱きながら、私は口を開く。
「ねぇ、皆。ちょっと話を聞いて欲しいのだけど」
「どうしたの、真姫ちゃん?」
「……えっとね。今、蓮から『今日の生放送を絶対に見ること』っていう連絡があったのだけど」
携帯片手に言葉を発する私の姿を見て、それが本当のことだと信じたのか口を挟む人はいなかった。……と思っていたのだけど。
「ちょ、ちょっと待って。あ、アンタ、蓮って……。もしかして、あの『REN』のこと!?」
「え、えぇーーっ!? ま、真姫ちゃん、『REN』さんと知り合いだったのぉっ!?」
最近、『μ's』に入ってきた……というか、入れた三年生の先輩。にこ先輩と花陽には効果覿面だったみたい。
そういえば、彼女達は根っからのアイドルオタクだったわね。
彼からの連絡で驚き過ぎたせいで、面倒なことを引き起こすキッカケを作ってしまったわ。
「ま、まぁ、それは置いといて。……真姫ちゃん。その『REN』さんからの連絡ってそれだけ?」
「ええ。もう少ししてから生放送をするから、それを『μ's』の全員で見ろって」
簡略化して伝えたけれども、何も問題はないわよね。
かなりの番組で取り上げられると思うから問題はないはずだけど、なんて伝えても意味はないでしょうし。
「……おそらく、あの蓮のことだから。何かしらのアクションをしてくるわよ。それでも見る?」
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果……」
もしかしたら、今の『μ's』の空気がなくなるかも知れない。
その一言を付け加えなくて本当に良かったと安堵する。
今の穂乃果先輩達の様子を見ていて、そう確信を持って思った。彼女達は今、最初のライブのことを考えていたのかも知れない。
今の自分達と彼の地位や知名度の違い。そして、そんな彼から何かしらのアクションが行われる。それが何かなんて想像は付かない。けれど、嫌な予感しかしない。
そんな私の心境が彼女らにも伝わってしまったのかも知れない。
「見るよ」
「……穂乃果先輩」
「だって、あの『REN』さんから直接指名があったんだよ? もしかしたら、真姫ちゃんの言う通り何かしらの行動があるかも知れない。けど、今は見ないといけない気がするの」
「それは……何故?」
私は何故、そうしなければいけないのか気になった。
今の『μ's』の良い雰囲気がなくなる可能性があるのならば、それは絶対に避けるべきだと。
「今の私じゃあ、何を言っても彼女に何も届かない気がするの。だから、彼女のお兄さんでもある『REN』さんの行動を見届けることが彼女ときちんと話をするキッカケになるんじゃないかって」
自分でもなんでそう思ってるのかはわからないんだけどね。
なんておどけた一言を付け加える穂乃果先輩だけど、当たってる気がする。
彼はその行動を私達に見せ付けた後、玲奈として姿を現して、決断をするのではないだろうか。『μ's』に深く関わるのか否かを。
おそらく、その行動に掛けられたものは『μ's』解散の危機。
(――けど、不思議と安心出来るものね。穂乃果先輩の言葉には)
「そうね。じゃあ、今日のところはこれで切り上げて、私の家に来る? 皆で生放送見れるぐらいのスペースはあるけど」
「真姫ちゃんの家に!? 行くよ。行くったら行く!」
「行く。絶対に行くにゃーっ!」
「穂乃果!?」
「凛ちゃんっ!?」
私の一言を聞き終えた瞬間に帰り支度を始めた穂乃果先輩と凛を止めることが出来なかった海未先輩と花陽は申し訳なさげに私の方を向く。
「すみません。穂乃果を止め切れませんでした」
「ごめんね。真姫ちゃん」
「別にいいわよ。それに、いつかは皆を呼ぶつもりだったし。それが少し早くなっただけ」
自分がそんなに気にしてないという言葉を言うと、安心したかのように海未先輩に花陽。それに、ことり先輩も先に走っていった彼女らを追い掛ける。
そんな彼女らに急かされるように私も着替えようと荷物を持って、部室へ向かおうとした際。にこ先輩に引き留められた。
「……ねぇ。一つ聞いてもいい?」
「何よ。蓮の連絡先なら教えないわよ?」
「そ、そんなんじゃないわよ。い、いや、欲しいか欲しくないかなら、間違いなく欲しいって選ぶけど」
一拍置いて、彼女は口を開いた。
「……片やトップアイドル。片やまだまだ底辺レベルのスクールアイドルなのに、彼は何を考えているのだろうって。アンタなら知っているんじゃないの?」
「私も確証はないわ。ただ、穂乃果先輩が最近熱心に勧誘している女の子知ってるでしょ?」
「え、えぇ。知ってるけど」
「あの子が『REN』の義理の妹なのよ。あ、養子って意味じゃないわよ。私も少し聞いたぐらいなんだけど、本家の娘があの子で、分家の息子が『REN』なんだって」
これらはすべて蓮の口から聞いた物語。
実際はそんなことない。初めてこの話を蓮本人から聞いた際には、思わずドラマやアニメじゃないんだし、こんな話を信じてくれるかしら。なんて言葉が出てしまったが、音ノ木坂学院の生徒会長に会った際にそう口走ってしまったらしく、今さら別の理由を言っても矛盾点しか見つからないから、多少不自然に思われようと通すしかないんだ。と言われてしまった。既に生徒会長と接点があったことにも驚きだが、彼女がこんな与太話を信じたことにビックリした。
「大方、彼女から話でも聞いたんじゃない。それで、こんな試験みたいなことを実行したんだと思う」
私の話を聞いたにこ先輩は、考え込む仕草をした後、「まぁ、いいわ。本当のことなんて、彼以外にはわからないだろうし」とお礼を言い放ち、部室へと戻る。
そう、彼が本当に実行した理由はわからない。こんな突拍子もないことを考え付くのは彼が異色な人間であり、尚且つ、彼が実行出来る地位についているから。
犯罪でない以上は、周囲の人達がどうにかしてくれそうな立場に彼は立っている彼の考えることを、スクールアイドルである自分達が一生懸命に思考を凝らしても理解出来るはずがない。
それだけ彼が、既存のアイドルとは一線を超えた異彩を放っていることを現している。
(だからこそ、彼が人気になった。とも取れるけど)
この地位にたどり着くまでにどんな経験をしたのだろうか。
今までと同じ――オーソドックスでない者らがどんな扱いをされるのかは、考えがつく。異色を放つということは、他の誰とも思考回路が似ていない。つまり、孤立するということ。
「……おつかれさま。とだけでも言ってあげようかしら」
この学院に転入してから『REN』がテレビやイベントに現れることはなくなった。要するに、彼はここへ転入すると同時にアイドル活動を一時的に休止するつもりなのだろう。
その結果、何かしらのアクションだけは起こしておかなければいけないからこその生放送での発表。
だから、私は今まで苦労してきた蓮に「おつかれさま」と一言掛けてあげよう。その前に『μ's』のメンバーをどうやって励ますかを考えながら、部室への道程をゆっくりと歩く。
――が、私のフォローはきっといらない。と思い至った。
何故なら、皆の想いがこれぐらいの障害で挫けないと思ったから。
誰か一人でも挫けそうな人がいたら、他のメンバーが支える。ほぼ全員が挫けそうになっても、絶対に諦めない無邪気なリーダーもいるから。だから、平気。
(このグループはあなたが思っている以上に、強いわよ。蓮)
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第8曲目 否定しなくもないけど
「……こんなところかな」
幾度となくライブなどを経験している俺であったが、いつまで経っても緊張だけは解れないため、何度もリハーサルを行っていた。
後ろで演奏してくれる人達ですら「もういいんじゃないかな」と一言漏らすぐらいには数をこなしていた。
「……そだね。これくらいにしておこう」
本番もこの調子でよろしくお願いします。とその場にいるスタッフ全員に聞こえるような大声を出し、スタッフはそれに答えるように笑顔を浮かべる。
『
君達が笑顔なのは、俺が慎重派過ぎて笑いが堪えられないとか、スタッフみたいに愛想ではなくて、絶対にこの何度も行っていたリハーサルがやっと終わったと喜んでるからでしょう。
「そういえば、蓮。アカペラで歌うっていう曲は大丈夫なの?」
リハーサルを終え、水を飲みながら椅子に座って試し撮りをしてもらっていたビデオを確認しながら休憩を行っていた俺の下へ来た理央はそう声をあげた。
「んー。あぁ、あの曲なら大丈夫だよ。昔っから歌ってた曲だし」
「昔?」
「俺が音楽への道を考え始めた純粋な頃、かな」
「それはまた……。だいぶ、年季の入った曲だね。今、その曲を売れば絶賛間違いなし。じゃない?」
確かにそう考えたことがなかった、とは言えない。一度や二度はお金に困って、そういう策略を取り売ってやろうかと。
ーーけど、出来なかった。
あの頃、純粋に音楽を楽しんでいた過去にしがみついて、過去と現在を決別出来ていない少年だと思われようと、歌手活動の一環では歌ってはいけない。
そう、心に決めて頑張った。
その曲を歌手活動に使ってしまうと、楽しい音楽が楽しくない仕事へと変わってしまう。それが嫌で出来なかったのかも知れないな。
好きな曲が嫌いな曲へ変わるのが、とても嫌だったから。
特にあの曲は、あいつとの思い出の曲だから。
「俺はその曲を稼ぎの種にするつもりはないよ。たとえ、それが大きな金の木に育つ可能性があるとしても」
「幸せ者だね」
「何が?」
「そんなにも大切に想ってもらえる曲を作った作曲家はさ」
あんなにも幼く小さかった少女を捕まえて作曲家なんて言ってもいいのかと脳裏に思いながらも、否定的な言葉を口にする。
「……別に。ただ、あまりにも粗末な仕上がりだったからだよ」
「またまた~。照れちゃってさ」
自分でも理解出来る程、凶暴な獣のような眼差しを彼に向けると、まったく怖がる素振りも見せないで、怖い怖いなどと退散していく。
言いたいこと全部言った後、逃げやがった。
こっちは既にステージ衣装に着替えてるから身軽に行動出来ない状況だっていうのに、後ろで演奏するあいつらは私服でいいなんて不公平だと思うんだよ。
俺だって事務所の許可さえ得られたら絶対に衣装に袖なんて通さない。私服でも結構、そういう系統の服があるから平気だろうし。
「まったく……」
「今回もまた、彼らに緊張を解いてもらったクチかな? 結構、落ち着いてるよな」
俺が本気で彼らを怒らない理由は、彼らに……特にリーダーである彼の言葉に悪意が微塵も感じられないからだ。
トップアイドルと色々な人に言われているみたいだけど、俺はそんなに立派な人間じゃない。
「……まぁ、否定しなくもないけど」
彼らほど、お節介な演奏グループは見たことがないが故に、何度も彼らに演奏を頼んでしまうんだよね。最初の方は、俺から「この人たちなら安定して歌えるから、彼らがいい」と一言声を掛けていたが、ここ半年の間では、俺がライブを行うことが、彼らを呼ぶことに繋がっている。
まぁ、最もこんなにも彼らを信頼する事態を兄貴は好ましく思っているのだろうな。と他人事のように考えていた。
「さて、そろそろ本番が始まるけど。準備はオッケーか?」
「ああ、大丈夫だよ」
衣装のほつれなどがないか確認しながら、兄貴にオッケーを出す。元々、兄貴の準備はって問いは衣装云々ではなく、気持ちの整理であるために、こんな適当な返事をしているのだ。
「衣装の準備も……オッケーだな」
今回の衣装は珍しくロック系の格好ではない。
曲が結構、激しい感じの曲が多かったために、派手な衣装に袖を通すことが多かった俺だが、今日は違う。おそらくRENの曲を歌うときには違和感が生じるだろうが、俺の目的はあくまで最後の曲なので自分の中性的な顔立ちを十分に活かせるこんな衣装にしてもらった。
現場の端っこに置いてあった鏡に映る白のドレスシャツのうえから灰色のカーディガンを羽織り、紺色のジーンズを穿いた俺の姿を視界に捉え、何かおかしな点がないかをチェックする。
「さてと、本番を始めようか」
生放送であるため、失敗は許されない。
けれども、俺はすでにそんな心配はしていない。俺の心中にあるのは、未来あるアイドルグループへ真剣な想いを込めて歌わなければという一種の使命感だ。
「本番三十秒前です。出演者の皆さんはポジションについてください!」
スタジオに何十人といるスタッフの一人が声をあげる。
その声に従い、『Starlight』も、俺もセットポジションにいく。散々やったリハーサルを想起しながら本番開始の合図を待つ。
行ったリハーサルでは、開始時刻と同時に簡単な紹介を行い、すぐに一曲を歌い上げる。そして、またしてもちょっとした小話を入れつつ、もう一曲だ。
という、三曲目に入るまでも早いし、生放送の時間が物凄い短くなるという仕上がりだった。そのため、スタッフからはそこまで急がなくともと言われた。
俺もそう思わなくもない。こんなに急いだら三曲全部歌ってもそこまで尺は稼げないと。
――そのリハーサルの通りにいけば、だけどね。
「本番十秒前……九、八……」
スタッフの一人がカウントダウンを始めていく中、俺は言い忘れていた一言を告げる。
「あ、そうそう。今回はリハーサル通りに進まないんで、よろしくです。てか、進ませないんで」
「え、あ、ちょっと! それ、どういうこと!!」
番組スタッフ陣が慌ただしくなったが、俺らは関係ないと言わんばかりに本番を開始する。
さてと、RENとしてのひとまず最後の仕事をするとしますかね。スタッフに対しての嫌がらせも兼ねた最後の仕事をね。
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第9曲目 アイドルはただの偶像
「……生放送をご覧の皆さん。こんばんは、『REN』です」
赤く小さな光を出しながら正面に佇むカメラに視線を向けながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
一言ずつ丁寧にしっかりと発音し、噛まないように気をつける。今までであれば、ライブのノリであったり、収録番組であったりとどうにかなったけれど、生放送はさすがにこのようにはいかない。
「この場に現れたのは、とあることを告げるためです。最近、ネット上で話題になってるみたいですが、俺こと『REN』は無期限で休暇をいただきたいと思っています。理由はぶっちゃけていいますが、スランプです」
別に曲を作っていたり、歌詞を作っていたりするわけではないけども。と付け加えて俺は告げる。
「根本的な問題が解決するまではアイドル活動を休暇しようと思っています。問題が早期に解決した場合はその時点でまた、再開しましたと連絡させていただきますのでよろしくお願いします」
深く息を吐き、もう一度口を開く。
「そういうわけで、関係者のみなさんやファンのみなさんには申し訳ないですが、俺……『REN』は暫くの間、お休み。ってことになるわけだけども、ついてきてくれるか!!」
俺の言葉の後に、会場にいる観客の声に満足し、続けて「テレビの前のみんなは?」「ネットで見てくれてるみんなは?」と聞くと、ほぼ全員が肯定の声を聴かせてくれた。
否定的な人や批判する人も多々いるが、そんなことは関係ない。十人いて十人ともおんなじ考えを持っているとは到底思えないからだ。
特にネットだとそういう人が多い傾向もあるから、気にしてない。
「では、そんな皆さんのために今日は四曲披露させていただきます! あ、勿論、この放送的には二曲が限界だと事前に聞いてるけれども、、んなもんは知らねーよってことで」
バックで演奏を始めた『Starlight』に合わせるように、俺は言う。
「では、聞いてください。『パラドクス』」
見かけ上の真偽と本当の真偽が矛盾していることを唄う曲。
この曲を選んだ理由は、結構な人気を誇っていると同時に俺が好きな曲だからだ。『パラドクス』は俺がアイドルを始める前に憧れを感じていた見かけ上の仕事、そして、アイドルを初めて感じた本当の仕事の辛さ……表と裏のギャップを矛盾とし、気持ちを込めて歌えるから好きな曲として選ばせてもらった。
ステージから見る小さな観客席や、某ネット動画でコメントが流れている画面が目に入るが、みんなして盛り上がってくれているようだ。
「続いて『
直訳すると失われた世代と訳せるこの曲名だが、俺がこの歌に込めた意味は『迷子世代』。
アイドルを初めてすぐに迷子に陥った時に思い付き提案した曲だ。俺以外にもかなり今の選択に間違いはなかったのかと思考回路が迷子になっている人達が多かったみたいで、その人達に結構な人気を誇っていたし、今も誇っている。
事実上、この曲がデビュー曲になるわけだが……。最初から何を病んでるんだよ。というツッコミはなしで頼む。
これ以外にも大量のネガティブ思考な曲が多いわけだが、良く事務所やらに気付かれなかったなと思うよ。
これほどまでにマイナス思考かつ今の選択肢を後悔するような曲が多いのに、何故気付けなかったのかと本当に思う。バカだろって。
――アイドルはただの偶像。
人々の憧れを形作っただけの存在。そこに個人の感情は一切入っていないただの人形。
ファンがそうあることを望んでいるという声だけで、キャラさえも勝手に決められてしまう。変更も辞さない。いわば着せ替え人形。
そのキャラという服を着ることがいやで、俺はアイドル活動に不満を感じていた。
他人に縛られたレールをただ歩くのみ。そんなのは絶対に嫌だから。
「続けて二曲聞いていただき、ありがとうございました」
二曲目が終わり次第、後ろで演奏していた彼らは慌ただしく次の次の曲のセットに取り掛かる。
そんな彼らの前で俺はマイクを持ちナレーションをする。
カットやらを繰り返して番組を作っていくパターンではなく、生放送なので時間のロスも減らしたいからだ。
「えっと、自分の曲で人気があった二曲を聞いていただきました。一曲目の『パラドクス』に二曲目の『ロストジェネレーション』。一曲目は長期に渡ってかなり人気がある曲で、二曲目はデビュー曲ですね」
曲の紹介やらを行っていると視界の端でディレクターがカンペに「三曲目にいってください」と書いていた。
それを目に入れた直後、俺は三曲目にいくための用意をする。
「……さて、ここから三曲目四曲目となるのですが、実はこれらの曲は自分の曲ではありません」
この言葉を聞いた会場やコメントが流れる動画サイトで生放送を見ている人らに動揺が走った。
急にざわざわしだしたのだ。観客だけでなく、スタッフ一同も。動揺しなかったのは事前に打ち合わせをしていた兄貴と演奏グループのみ。
「そんなわけだけど、よろしくね。えっと、この曲は大事な幼馴染が作って聴かせてくれた曲です。俺はこの曲に何度も助けられて、アイドルを目指したのもこの曲と幼馴染が理由なんです。今の俺を作ってくれた幼馴染に届けたいと思います。では、聴いてください」
――『愛してるばんざーい』。
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第10曲目 やるったら、やる!
キャラ崩壊していたらすみません……。
特に地の文だと崩壊している可能性が……。
うーん、なんだろ。
好きなんだけど、地の文を書く際にはいつもの癖が出てしまう。
……まぁ、気付かなかった振りをしましょう。うん。
そんなこんなで十話をお送りします。どうぞ!
――Maki side
「愛してるばんざーい」
モニター越しに聴こえる彼の声――。
いつもは普通に聞こえる彼の歌なのだが、今日はいつも通りに聞くことが出来なかった。
「え……」
「これって、真姫ちゃんの」
自分が作詞作曲した自作の曲を生放送で歌い始めた蓮、改め『REN』。
私の曲を音楽室で勝手に聴いていた穂乃果先輩は歌を聴いた瞬間に気付いたみたい。
視線を私に向け、表情を驚愕に染めていた。
「……そうくるわけね。あなたは」
幼い頃に聴かせた後、いっさい聴かせてないはずなのに歌詞が完璧なことや、絶賛アイドル中なこともあり、歌唱力はとても良くて、ずっと聴いててたいぐらい凄かった。
自分が作った曲を完璧に歌い、我が物のように見ている観客全員を魅了するその姿や歌に感動し。
――そして、悔しかった。
そこで気付いてしまった。
彼がやろうとしている
「みんな、『REN』の曲を聴きながらでもいいから聞いて」
視線や耳はステージ上で輝きながら歌っていた蓮に持っていかれているけれども、私は告げる。
彼の目的を――。
「おそらくだけど、蓮はきっと……」
『みんなー。急な四曲編成且つアカペラってことになったけど、声援ありがとー!』
「私達を精神的に」
『じゃあ、時間もおしてるってことで、最後の曲にいきます。聴いてください』
――つい最近、聴いたことのあるイントロがロック調で流れ始める。一応、アレンジはされているけれども、私達にはその曲が流れ始めた際、一同が目を見開いた。私は予想がついていたので、驚かなかったが、穂乃果先輩達にとっては驚きを隠せなかったらしい。
「う、うそでしょ」
誰かが口にした台詞。
そう言ってしまうのも無理はない。たかがスクールアイドルの曲を好んでライブの締めの曲にしてしまう破天荒な人は彼ぐらいしかいない。
私達『μ’s』のスタート地点。
私と凛と花陽とにこ先輩は当時、『μ’s』に加入していなかったけど、穂乃果先輩達が率先して結成し、ゼロからのスタートを経験した『μ’s』にとって大切な曲。
――START:DASH!!。
「す、すごい……」
「私達と全然違う」
自分の曲ですらない曲を見て覚え、作曲家や作詞家、振り付け師の誰にも相談することなく既に自分のものだと言わんばかりに披露するダンスパフォーマンス、歌唱力、表情の作り方。全て負けた。
ダンスはとてもキレがあり、動きの一つ一つが大きく大胆に見せつけていた。かといって、動きが遅れるわけではなく、動くところは動く、止まるところは止まるときっちりと行っていた。
歌唱力は元々あったので、アイドルになってボイストレーニングを普段から行っているおかげかトップアイドルの名に相応しい歌声だった。
何を取っても、敗北感を感じてしまった私達の表情に影が差していた。
トップアイドルに私達の曲を歌ってもらえた。そういう見方もあるけど、感動を覚えたのも束の間。尊敬しても、驚愕しても。
そのあとに残るのは辛い気持ち。
自分達との差はなんなの……。私達が努力した結果っていったい。
私だけでなく、誰もがそう思っているはず。
特にファーストライブでこの曲を披露した穂乃果先輩達には、測り知れないダメージがあってもおかしくはない。
あんなにも頑張って練習して、基礎体力も上げてと頑張っていた穂乃果先輩達を嘲笑うかのように簡単に行ってしまうのだから。
「穂乃果先輩……」
モニターを真剣な眼差しで見つめる先輩らだったけど、その瞳の表面に映っているのは尊敬心、けれども、奥底に秘めているのは悔しいという感情だった。
手をギュッと握り締め、堪えるようにしている先輩の姿を見て、私は声をかけた。
辛いのならもう見なくてもいいのよ、と。
それでも、彼女は……彼女らは見ることをやめることはなかった。
自分達に足りないものは何なのか。それは今でもわからないけれども、これを見続けることで何かわかるんじゃないかと皆、心の奥底で思ってしまったから。
『今までありがとうございましたー! ですが、これで終わるわけではありません。俺に足りないモノを探して戻ってきます。この曲はその想いを込めて歌いました。最後ではなくて、最初なんだという意味を込めて……。『START:DASH』ってね』
本当にそういう意味で歌ったの……?
怪訝そうな表情を浮かべながら心の中で私は問い掛ける。
声に出していないので、返事が返ってくるわけではないけれども、私は違うと思った。これはやっぱり、私達『μ’s』に対する挑戦状。
ここで実力の差を知り、折れるか。より一層努力を積み重ねて追い越すか。
「……穂乃果先輩。どうします?」
モニターの電源を消し、未だにギュッと握ったこぶしから力を抜かない先輩に尋ねる。
やめると言ったらにこ先輩は怒るかも知れないけれど、私は怒らない。それはきっと、凛も花陽も、海未先輩もことり先輩もそうだと思う。
にこ先輩もいつもの元気で自信満々な態度を取らないことから、自分の頑張りを正面から否定された気分に陥っているはず。
「どうするって……。やるよ」
「穂乃果っ!?」
「穂乃果ちゃん!?」
幼馴染の決心が固いことを改めて実感したのか、二人の先輩は声をあげた。
「海未ちゃんにことりちゃんも大袈裟だよ? 最初から言ってるでしょ。例え、何があっても、やるったらやる! 」
あの宣戦布告同然の動画を見せられても尚、決心は揺らがず努力することを決意する穂乃果先輩の姿を見て、私達も気合を入れなおす。
「穂乃果先輩」
「ん? 何かな、真姫ちゃん」
「その気持ちをあの子にぶつけたら振り向いてくれると思うわよ。明日にでも行ってみたら?」
「え、ほんとに!? うーん、そうと決まったらテンション上がってきた。今からでも練習を……」
「やりません」
「えー。海未ちゃん、そこをなんとか」
「いけません。これ以上の練習は体に支障が出ます」
穂乃果先輩と海未先輩の言い合いを微笑ましく見ながら、私は今、遠くにいる幼馴染に向けて呟く。
「ほらね。『μ’s』は諦めが悪いわよ。私を含めて、あなたを逃がすつもりなんてないんだから」
――もう、昔のような二の舞は踏まない。
今度は振り解こうとする手をしっかりと握って、絶対に手放さない。もう二度とあなたを一人ぼっちにしないから。
(ねぇ、蓮。あなたは後悔してるかも知れないけど、私にとっては感謝してるのよ。今の私がいるのは、あなたがその道を選んでくれたから。だからこそ、今度は私があなたを助けてあげるから)
果たして、蓮と真姫ちゃんの過去に何があったのか……。
ちなみに詳しく書く予定はございません(笑)
もしかしたら、書くかも知れませんが今のところは予定がないですね。
気になるって方はコメントでお願いしまーす。気が向けば書きますんで(露骨なコメ稼ぎ乙w)
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第11曲目 『μ’s』に入ってください
真姫ちゃんファンとして、とてもいい結果でした。観賞用と保管用。うん、完璧!
……尚、一年生セットのときは凛と花陽しか出なかった模様。
今週の三年生セットは、にこ・希・絵里と三人とも出たんだけどなぁ。一年生セットはなんで、6個も買ったのに当たらなかったんだろ。
「玲奈ちゃん。『μ’s』に入ってください」
俺は今、大変困っていた。
絶対とは言い切れなかったけど、かなりの確率で諦めるかアイドル活動を挫折すると思っていたのだが、彼女らはそうはならなかった。
真姫が裏で色々と言ってたとしても、立ち直れないぐらいの怪我は負わせたつもりだったんだけど。
「……兄が昨日やったこと、知ってる?」
「うん。私達の曲を使ったことだよね」
「やっぱり、ちゃんと見てたんだね。でも、なんで? あれを見てもそう言えたの」
「……正直ね、私達の曲を私達以上の実力でライブをされて、悔しかったよ。でも、私達はまだまだなんだってわかった。今以上の実力をつけて、見返してあげようって思ったんだ。だって、諦められないから」
廃校のことも、アイドルのことも。
そう言い切った高坂と後ろに控えているμ’s一同。絶対に揺るがないと一目見ただけでもわかる決意のこもった表情を見て、俺は決めた。
「……いいよ。μ’sに入っても」
「そ、そうだよね。急に入ってもいいなんて言ってくれるわけ……え?」
入らなくてもいいんなら、入らないけど。
「だーかーら、入ってあげるってば。……あれを見ても、そう言い切れた時点で私の負けだし」
「やったーっ!!」
「よかったぁ」
μ’sの中心核とも言える高坂が真っ先に反応し、それに六人も続いて喜んでいた。
各々が喜びを口にする中、俺は冷静に次の言葉を放つために口を開く。
「あ、μ’sに入るとは言ったけど、メンバーにはならないからね? よくてマネージャーかな」
空気が凍ったというのは、こういう場のことを指すのだろうか。
俺がμ’sに入り、八人目と歓喜していた全員が口を閉ざし、目を大きく見開いていた。
「えぇーーっ! なんでよ、こんなに可愛いのに!!」
「可愛いいうな。高坂」
「穂乃果ちゃんの言う通りだよ。玲奈ちゃん、素材が良いから可愛らしい衣装着せて遊びたかったのに!」
「そーだよ。玲奈ちゃん、すっごく可愛いんだから!」
穂乃果とことりの連携を受けるも、俺の考えは一切変わることはない。
音ノ木坂が女子高である以上、絶対に入ることはないと言えるだろう。もしも、共学が決定するまでの間に、
テスターとして、男性の視線を感じていないありのままの女子の生活態度を見て、感じて、共学の制度を実際に行ってもいいのか悪いのかの検査の為に俺がここにいるわけで、μ’sの件はそれと関与していない。
「そうね。確かに玲奈は可愛いけれど、玲奈の言い分を聞いてあげてもいいんじゃないかしら?」
今はまだこの出来たばかりのグループを上手く纏められるメンバーがいないが、そこを補うのが親愛なる幼馴染だ。
俺のことをよくわかっていて、助けを欲しているのを雰囲気で察して助け舟を出してくれた。
「……まず最初に私がμ’sに入らない理由だけど、普通のアイドル活動をしてる人がスクールアイドルを始めましたって言っても、納得出来る人ばかりだと思う?」
「え、えっと、つまり……」
「要するにμ’sが批判の対象になるってこと?」
「正解。アイドルが本職の人を入れて、有名になってもおんぶに抱っこって言われるのが関の山だし。それだったら、マネージメントしてるって感じならいいかなって。いくらアイドルをしているとはいえ、マネージャーはそこまで表舞台に立たないし」
人間の嫉妬は恐ろしいものだ。
実際にアイドルとして活動しているアイドルがスクールアイドルとはいえ、グループに入ってしまうと他のスクールアイドルグループから文句を言われてもおかしくない。
今の状態で入っても無名のアイドルって設定だから大丈夫だろうけど。
そんな一言をこの場で言ってしまったら、高坂辺りがメンバーとして加入してもらうってうるさく言いそうだよね。
「うーん。そういうことなら仕方がないけど」
「まぁ、マネージャーとしての仕事は覚えてるし、任せといてよ。衣装のデザイン考えたり、振り付け考えたり、歌詞考えたりも出来るからね」
南に衣装のデザインを提案して一緒に議論したり、園田と共に歌詞を考えていくのが今のところ基本の動きになるかな。
後は良さげな企画を提案して、メンバーに実行してもらって順位を順当に上げていくぐらいしかないし。
「作曲は出来ないんだけど。真姫なら、心配いらないよね?」
「ええ、問題ないわ。でも、聴いてもらいたいときは聴いてもらうわよ? 感想も欲しいし」
「それは任せて。人気になった曲を何曲も聴いて研究してるから」
自分の歌で、だけどね。
「……むー。玲奈ちゃんって真姫ちゃんとだけは仲良いんだね」
「急にどうしたの。高坂」
「そう! その高坂って他人行儀で呼ばれるのがやだ。気軽に穂乃果って呼んで」
高坂の隣で園田が驚愕の表情を浮かべていたのが少し気掛かりであったが、別に気にしないことにした。おそらく、高坂の口から他人行儀なんて難しい言葉が出たことに驚いただけだろう。
短い間しか接してないのに、安易に想像がついてしまう辺り自分でも凄いと思ってしまった。
「はぁ。じゃあ、穂乃果だけ名前呼びだとアレだから、みんなのことも名前で呼ぶね。私のことも玲奈って呼んでくれていいから」
こうして、俺はμ’sのメンバーとして活動をすることになった。
ここでなら、俺の無くしたものが見つかる気がした。今はまだお世辞にも人気があるとはいえないμ’sだけど、人気が上がると同時に俺と同じ悩みを持つことになるだろう。
そこで、彼女はどうするのか見届けたい。それが俺の悩みを解決する答えになる。そんな仄かな予感がするんだ。
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第12曲 うるさい、です
「ワン、ツー、ワン、ツー。穂乃果、ちょっと動きが遅れてる。もっと動きを小さくして」
「はいっ!」
放課後の音ノ木坂学院の屋上に、『μ’s』の正式なマネージャーとなった俺の叱咤の声が響き渡った。
手には歌詞と振り付けを書き留めている紙をバインダーに綴じている。勿論、振り付けはメンバーのパート分け部分を含めてすべてだ。
七人全員分の目なんて俺にはないから、パート分けの部分は後で再度踊ってもらうけれども。パート分けの振り付けの際は動きが散らばり過ぎて統一されていないかどうかの確認をしている。
動くところは動く、止まるところはしっかりと止まる。静と動を上手く合わせなければ見栄えの良いダンスは出来ないからね。
ちなみにバインダーに綴じている振り付けや仮の歌詞カードは自作で、メンバーに注意してもらう点を纏めている紙も自作だ。
何となくこうなると思って、幼馴染の真姫に頼んで歌詞を教えてもらったり振り付けを教えてもらったりしてたのだ。……そこっ、最初から入る気だっただろう。なんて言ったらダメだから。高さ……穂乃果があそこで挫折をしなかったから、こうなっただけだし。
(ことりは体が柔らかいな。柔軟が行き届いている証拠だな。けど、逆に動きのキレに難があるな。逆に穂乃果や凛はキレはあって動きは大きいけど、柔軟が完璧とは言えないか)
注意点を書き記している欄に各々で気になった点を記入していく。
何に対して注意するかによって、俺は練習メニューを少し弄らせてもらうことにする。海未から貰ったこの練習メニューを参考にして新しいメニューを作るか。
「お疲れ様。十分間休憩ねー。今から個人的に対策して欲しい点と個人メニューを纏めるから、休憩終わったら集まってね」
お疲れな様子を全身で現しながら、メンバー全員が揃って日陰へと移動する。それを見届けた後、俺は少し離れた場所でメニューを考えていたのだが、目前にメンバーの数人が現れたことにビックリした。
「……なんだかんだ言って、やる気じゃない」
「うるさい、です。やるなら徹底的にと思っただけですし」
完全に人の話を聞かずに逃げ回っていた頃を思えば、今の全面協力体制や事前の準備が行き届いていることに自分でも驚く。
そりゃあ、愚痴を聞いてもらった立場でもある真姫からしたら、どう思うかなんて簡単に想像がつく。だが、突っ込まないで欲しかった。
思わず素の俺のまま、悪態付きそうになっていた。
「こんな本格的なメニュー、どうやって考え付いたのですが……」
「基本的なメニューは私が使っているメニューと同じだからね。後はことりから聞いた練習メニューと照らし合わせて考えたよ。ちなみにこっちが慣れてきたときの練習メニューだよ」
バインダーの下の方に綴じていた紙を一枚引っ張り出し、メニューについて質問してきた海未と付いてきたことりに渡す。
「あまり増えてませんね」
「これなら今からでも出来そう」
確かにね。
今の彼女達でも、やろうと思えば出来る内容の練習だろう。だが、俺は絶対にさせない。“やろうと思えば”ではダメなんだ。気軽に出来るぐらいのレベルにならなければこのメニューに移ろうとは思えない。
それは、無理をされて体を壊されても困るからだ。
自身の容量を超えた練習は、害しかない。限界を超えたからといって、上手くなるわけでもないし、成長するわけではないからね。
「今はあまり無理をする時ではないんだよ。だからって、手を抜いていいわけじゃないからね。振り付けをきちんと覚えて、実際に踊ったり合わせたりするのはメニューに入れてないから」
俺が『μ's』にしてやれることは、練習メニューを考えたり、作曲したのを聴いて意見を言ったり、作詞された歌詞を見て曲と合わせて考えてアドバイスしたり……嫌だけど、本当に嫌だけど、ことりのデザインした衣装を着て実際に踊って動きにくい点はないか、曲や歌詞に合った衣装かの確認をするのが主な仕事となった。
――俺には海未みたいに作詞の才能があったり、真姫みたいに作曲の才能もあるわけではない。ことりのように服飾の知識も何もない。
それでも、マネージャーらしい仕事が出来ないのは嫌だからと思い至ったのが、練習メニューだ。これなら実際にアイドル活動している俺がかなり目にしているものだし、応用出来るから自分なりのアレンジも加えて『μ's』用として作れる。
「色々と考えてくださっているのですね」
「……まぁ、やるからにはやらないと、ね。別に最初からノリノリだったわけじゃないけど」
「あー! さすが、真姫ちゃんの幼馴染だにゃー!」
「ちょ、ちょっと凛。それどういう意味よ!!」
休憩中の凛がこちらに来て、ツッコミを入れたことにより、練習メニューのことについての会話に参加していた真姫が反応し、少女二人の追いかけっこに発展していた。
「まったく……。そんなに元気なら休憩を早めに終わらせて練習にするよ?」
まだまだ元気いっぱいっぽいし、休憩を終わらせて振り付けの練習の準備をし始めて、数秒後――。
校舎から屋上に繋がる扉が勝手に開かれた。
「ちょっといいかな? 『μ's』の皆に提案があるんやけど」
「副会長?」
「希先輩?」
そこから現れた生徒会副会長の姿を確認した瞬間。
俺は真姫の後ろに身を隠した。自身を隠れ蓑にされた真姫は少し驚いていたが、真姫も経験済みだったのかは定かではないが、すぐに理由は察してくれた。
何故、一番近い海未の背ではなく、追いかけっこをしたが故に遠い場所にいた真姫の後ろに行ったのかは何となくわかるだろう。俺が男だと知っているのが真姫だけだから、真姫以外の彼女らは俺が女だと思い込んでいるから、彼女しか頼れる人がいなかったんだ。
「――部活動紹介の動画に『μ's』の取材を取り入れたいんよ」
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