是非、ご感想、ご批評お待ちしております。
「おーい、田口ー! 次、缶蹴りやろうぜー!」
「いいよー。杉本もやるよなー?」
「やるやるー」
夕暮れ時の、とある団地近くの小さな公園で、今日も元気よく子供達がはしゃぎまわっている。
(……うるさいなあ)
正直、子供は苦手だ。というか嫌いだ。うるさいし、すぐピーピー泣き出すし。まだ犬っころのほうがマシかもしれない。まあ、あっちもあっちで吠えだすとうるさいのだが。
「うるせえぞ、クソガキ共」
俺は小声でそう呟き、右手に持ったライターで口に咥えたタバコに火をつけた。
「ふう……。やっぱり公園のベンチで吸うタバコは格別ですわ」
このベンチからはちょうど、西に沈んでいく夕日を真正面から堪能できる。遮る障害物も無し。絶景かな、絶景かな。
ただ一つ問題があるとすれば――。
「おっと、そろそろ宿り木に戻らねば」
俺が妖精であるということだ。
俺たち妖精は、その地域固有の大樹に宿り、その大樹の中で一生を終える。
俺の場合はこの公園にある古い御神木に宿っているという訳だ。
しかしまあ、よくこんなところに公園を作ろうと思いついたものだ。御神木だぞ、バチ当たりだと思わなかったのか。
おかげで公園ができたここ50数年、ガキ共の往来が激しく、ろくにゆっくり休めた試しがない。夜になればなったで、ヤンキー達の溜まり場になるしな。
それで話を戻すのだが、俺のような弱小妖精は、宿り木から離れられる時間が極端に短い。なので比較的妖力が高まる、この夕刻を狙って宿り木を離れるのだが……。
「あーあ。半分しか吸えなかったよ、畜生」
それでも短い。タバコが最後まで吸えないとか、ニコ中の俺にとっては致命傷だ。
仕方がないので、まだ吸えるであろうタバコの火を消す為、その場にしゃがみ込み、未練たらたらタバコを地面に押し付ける。
と、その時だった。
「おじさん、何してるの?」
背後から声が聞こえた。最初は何のことかよく分からなかった。だって俺ら妖精は、人には見えないから。いや、正確には存在してないってのが正しいか。
とにかく一般人からしてみれば、俺は空気同然。触れようが缶蹴りの缶ぶつけようが、何事もなかったかのように皆振舞う。
昔はそんなことなかったんだけどな。今の世界は濁ってる。少なくとも俺の周りは。
「ねえねえ、おじさーん」
それでも聞こえる背後からの声。俺はどこかで少し期待していたのかもしれない、少し高揚していたのかもしれない。また人と交わることができると思って。
「んー?」
俺は抑揚のない声で、ゆっくりと振り向いた。心が躍っているのを隠しながら。
「あっ、やっと気付いたー」
そこには満面の笑みを浮かべる、一人の少女が立っていた。
年は5、6歳くらいだろうか。長い黒髪を高い位置で一つに束ねて、ポニーテールにしている。
服装はフリルのワンピース。そして何より目を引いたのが――。
夕焼けの中、目映く光る紅い二つの瞳。
「? おじさん?」
俺がその瞳に見とれていると、急に少女の笑みが曇りはじめ、
「……やっぱり、気持ち悪い?」
小さな声で、そう言った。
「え?」
俺は少々戸惑い、とりあえず何故俺に話しかけたのか、というか何で俺に気付いたのか聞いてみる。
「えーと……、俺に話しかけてんのかな?」
「うん? うん!」
再び少女の笑みが戻ったことに安心して、俺はさらに質問を続けた。
「何で俺のこと気付けんの? てか何で俺に話しかけたの?」
「んんー? うーん?」
少女は少し困った表情を浮かべ、それから後者の方の質問に答えた。
「えーとね、なんかおじさん、ぽわあってしてたの! すっごい明るかったの! だからお話してみたかったの!」
「お、おう……」
ふむ、なるほどわからん。
別に俺たち妖精は、人間が見るのに特別不思議な力が必要ってわけじゃない。二百年ほど前は、俺もここらの住人と普通に接することができたしな。
まあ今となってはそんな面影もなく、誰も俺に気付いてくれない。時代の流れって悲しいなあ。
「それでおじさん、何してたのー?」
感傷に浸りそうになっていた俺を、少女の声が現実に引き戻した。
何していた、か……。困ったな、ただタバコ捨てようとしてただけなのだが。
「……あっ」
俺は羽織っているジャケットの内ポケットを探る。
確か禁煙用に、御神木様に頼んでチュッパチャップスを作ってもらっていたはずだ。ちなみに前述のタバコも、御神木様に作ってもらった物である。
「これ、いるか?」
取り出したチュッパチャップスを、少女に差し出してみる。
「あ! ななの好きな抹茶味だー! くれるの?」
「ああ」
抹茶が好きとはまた渋いな、この少女。
「ありがとー!」
少女――確か今自分のことななって呼んだな。ななは嬉しそうにチュッパチャップスを受け取り、紙袋を破いてペロペロと舐め始めた。
「やっぱり抹茶はおいしいな! この苦味が飴ほんらいのうまみをじょちょーしてるんだなー」
テレビでも見て覚えたのだろうか。年の割には難しい言葉でチュッパチャップス抹茶の魅力を語る。
無心にペロペロ舐めているななを横目に、そういえば、と俺は辺りを見回す。
「そろそろ帰ろうぜー!」
「姉さんに怒られるしなー」
時刻は午後6時を回る。良い子はそろそろお家に帰る時間だ。
ましてやななは外見上、5、6歳。側に母親か父親でも付いているのだろうか。しかしだったら一人にしとかないよなあ。何処から手に入れたかも分からん飴持っちゃってるし。
「なあ、ママやパパは一緒じゃないのか? そろそろお家に帰ったほうがいいんじゃないか?」
子供嫌いなのに子供の心配をする俺。いや、俺が気付けるなら特別だ。
「……ん」
俺の投げかけた問いかけに対し、ななはなかなか返事を返してくれない。チュッパチャップスを舐めるのをやめ、俯いたまま表情を隠している。
「…………るいんだって」
「え?」
ようやくななが言葉を発した。しかし声が小さすぎて聞き取れない。俯いている所為もあるかもしれない。
「わるい、もう一回言っ――」
「ななのおめめ、気持ち悪いんだって!」
俺の言葉を遮り、ななが今度ははっきりと大きな声で、俺の問いに答えた。顔を上げ、真っ直ぐと俺の目を見ながら。
泣いていた。
ポロポロと大粒の涙を零し、悲痛な表情を浮かべていた。
「なな……、いらないんだって……」
ウッウッとしゃくり上げながら、ななは言葉を続けた。
「もう、帰ってこなくていいって……」
いらない? 帰ってこなくていい?
俺は動揺し、泣き続けるななから目を逸らす。
困った、子供に泣かれてしまった。幸い妖精と接触している人間は、普通他の人間から気付かれない、俺が泣かしたことにもなってないし、ななが勝手に泣いている事にもなっていない。
いや、問題はそこじゃない。何故ななが泣いてしまったかという事について、だ。
保護者の話を切り出した途端に泣き出してしまったのだから、やはり両親といざこざでもあったのだろうか。
だとしても、いらない、帰ってこなくていいとは……。
そして何より気になったのが――。
――ななのおめめ、気持ち悪いんだって!――。
俺は再びななに視線を戻す。ななは先程から変わらず、一直線に俺を見つめていた。
(こんなに、綺麗な目をしているのにな)
気持ち悪い、か。やっぱり俺が妖精だから、人間の感性とはズレているのだろうか。人間からしてみれば、この紅の瞳も、異端に映ってしまうのだろうか。
「……」
俺は少し考えたあと、らしくもない行動を実行に移すことにした。
「両親と何があったか知らないけどさ」
しゃがみ込み、ななと視線を並行に合わせる。そして、
「俺はそのおめめ、すっげえキレイだと思うよ」
ぎこちない手つきで、ななの頭を撫でた。
「え?」
最初は戸惑っていたななだが、次第に顔を綻ばせ、少し頬を赤らめる。
「ほん……と?」
「ああ、あの夕日に負けないくらいキレイだ」
俺がそういうと、ななは初対面のときのような、満面の笑みを浮かべた。
「えへへ、やっぱりおじさん良い人だ!」
ななの笑顔を見てると、案外子供も悪くないなと思えてくる。
と、ななが今度は不思議な表情で、俺の顔を見つめてきた。
「あれ? おじさん、なんかさっきよりぽわあってしてない。どうしたの?」
「ん? あ、ああ!?」
そうだ、すっかり忘れていた。俺は宿り木に戻る途中だったではないか。まずい妖力が尽きるまずい。
「すまん、おじさんもういかなくちゃいけないんだ」
「どこ行くの? ななも行くー!」
「子供が行っちゃいけない場所なんだ」
「ええー! やだやだななも行くー!」
駄々をこね始めるなな。しかしそんなことに付き合っている余裕は、今の俺にはない。
「わかった、今度連れてってやるから」
「今度っていつー?」
うーん、やっぱり子供は面倒くさい。
「わかった明日、明日」
「明日? 明日もおじさんとお話できるの?」
うっ……。そうか、家に帰りづらいんだったか、これは困った。
暫し考え込む俺。だがそんな思考を遮るように、ななは言った。
「うん! じゃあなな頑張る!」
そういうとななは、若干俺と距離を空け、両手をブンブン振りながら、
「ばいばい、おじさん! また明日!」
そう言って元気よく公園を走り去った。
「…………」
大丈夫だろうか。いや、大丈夫だろう、あの子は強い。元気に走るななを見送りながら、俺はそう思った。
「さて、戻るか」
久しぶりに人と話せた興奮を忘れないうちに、今日は眠りに就きたい。明日はななと遊ばなきゃいけないしな。
……御神木様におもちゃでも作ってもらうか。あ、でも今月タバコ作ってもらい過ぎちゃったからなあ。
……禁煙しよ。
如何でしたでしょうか?
個人的にはあまり納得していない作品なのですが、今後の精進の為、上げさせて頂きました。
最後に、読んで下さった読者様、ありがとうございました。
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