断罪のフラグメント (二区スミナオ)
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プロローグ 出会いは突然に

どうも二区スミナオと申します。亀の速度ですが、ちまちま書いていこうと思います。小説なんぞ書くのは初めてなので至らない点があるとはございますが、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。


学校の帰りのホームルームというものは、学生ならば大多数が待ちわびている時間だと俺は思う。なんせ1日の授業を終え、学校という鎖から解放される儀式なのだから。放課後…いやぁ実にいい響きの言葉だ。その先に待ちわびている様々なイベントを彷彿とさせてくれる。

そのような青春感溢れる事を考える私こと永ノ塚春ですが、特に本日の放課後の予定は無い。今日もいつも通り家に帰って、飯食って、風呂入って、宿題して寝るだけ。特に目標も持たず、ぼんやりしたまま高校生活2年目の春を迎えたわけですが、この生活サイクルを繰り返し過ごしてきた。いい加減何か新しい刺激が欲しい、なんて思いにふけりながら頬杖を付いて窓の外に満開に咲き誇る桜を見上げていた。

「うーしお前ら席つけー。帰りのホームルームはじめんぞー。」

ガラガラッと教室のドアを開けながら面倒くさそうに担任の赤松が入ってきた。教室内を歩いていた生徒はざわめきを収め、各々の席に着いた。

「今日の連絡事項はーっと…、もうニュースで見た奴もいるかもしれんが、昨夜、隣町の三崎町で殺人事件が起きたそうだー。」

早速新しい刺激がそこにはあった。

再び教室がざわつき始める。殺人事件?穏やかじゃねぇなぁ

「おい春聞いたか?殺人事件だってよ怖くねー?」

「大丈夫だ、直哉を襲うマニアックな奴はそうそういないさ。それにお前みたいなやつを襲う度胸のあるやつなんてそうそういねぇよ。」

「えー?何それ酷くねー?」

のんびりした雰囲気で話しかけてきた人物は俺の幼稚園からの悪友、狛沢直哉。齢17にして身長190cmを超えている高校生離れした屈強な肉体の持ち主。無造作な肩まで伸びた髪をゴムで縛っている。また若干強面の顔をしている。端的に言ってしまえば、長身の強面の男。堅気に見えたものではない。

だが、その外見と性格のギャップが激しい一面が彼の魅力だ。会話をすれば理解できる、彼はのんびり屋でマイペースなのだ。会話中にしばしば彼のペースに巻き込まれてしまう。

「おらいちいち騒ぐなー。だから部活と、学校に用がある奴以外はすぐ帰宅して、なるべく夜中の外出は控えるように。わかったなー、事が起きてからじゃ遅いんだぞ。はいそれじゃホームルーム終わりなー。」

そんな適当な感じでホームルームが終了した。ホームルームが終わると生徒たちの「やっと終わったー」「ねぇねぇ今日放課後どこいくー!?」「これから部活かよめんどくせぇー!」等のざわめきで教室が埋め尽くされた。

いやお前らすぐ帰れって言われただろ。人の話聞いてた?

俺は死にたくないからすぐ帰るぞ。

「おー春。今日は放課後どっかよ寄って帰んのかー?」

鞄を持って直哉が近づいてきた

「いや今日はやめておくよ。それに帰ったら飯の準備をしないと、うるさい奴が一人俺の家にいるからな」

「あぁ姐さんか…あの人いつも春の家に晩飯食いにくるよな。ま、春の作る飯は美味いからなー。仕方ないか。」

いや待て、飯がうまいと褒めてくれるのはいいがお前もそっち側なのか。

「いや仕方なくねぇよ!自分の家で食えといつも言うんだがなぁ。最近諦めつつある。」

そう直哉が姐さんと呼んだ奴、俺の家には生産性の全くない穀つぶしが居座っている。奴は飯を食うだけは飽き足らず。やれ構えだの、遊べだの、俺の貴重な時間を浪費させる。はぁ家に帰りたくない、あいつの相手は疲れる。

「へぇー春も結構苦労してんだなー。」

苦笑しながら直哉はそう言ってきた。そうなのだ、俺は割と苦労者なのである。

「俺の放課後はこの通りだけど、直哉はこれからバイトか?」

「あーうん、今日もバイトだわ。店長が新メニューを開発しててさ、俺も手伝ってんだよねー。『俺はカレーを極める』とか店長言い出してさぁ、いや店長の作るカレーたしかにうまいんだけどさ、ウチラーメン屋だし…」

直哉はラーメン屋でバイトをしている。なんていうか、こいつは屋台とかラーメン屋等の屋台風の店が似合うような雰囲気を持っている。主に見た目のせいなのだが。

「春も今度姐さんと食べに来てくれよ。きっと店長も喜ぶぜー。安くしとくからさ」

「そういうことなら、今度暇なときにでもアイツ連れて行かせてもらうよ。」

「おー、楽しみに待ってるわー。あ、そろそろ時間だし、俺もう行くわ。じゃあなまた明日な。」

時計の針は3:50を示していた。直哉は俺に背を向けて片手を挙げ、すたすたと教室を後にした。

さて俺も帰路に着くとするかな。家で穀つぶしも待ってることだしな。

 

 

 

 

今日の夕飯は何にしようか、そういえばこの前買ったタケノコが余ってたっけか、じゃあ今晩は五目ご飯とかどうだろう。なんて事を考えながら校門をくぐるっていると永ノ塚の目は一人の少女の目と合わさった。

「あ…永ノ塚くん。こ、こんにちは…。」

そう俺にしか聞こえなさそうな声のボリュームで挨拶してきた鈴の音の様な声の持ち主は、同じクラスの文芸少女の大嶋優花。

黒縁メガネを装備しており、肌は透き通るように白く、その腰のあたりまでさらさらと伸びた髪は美しく艶やかだ。髪と眼鏡に隠れてあまり見えはしないが、人形の様に、端正な顔立ちをしている。例えるならばそう、大和撫子。

その綺麗な顔を覗こうとすると目があって大嶋は顔をかあああああっと真っ赤にしてしまった。そんな顔をされると、こちらも恥ずかしくなって目を合わせにくくなってしまう。

「こんにちは大嶋さん。こんなとこで会うなんて奇遇だね。どうかした?」

恥ずかしくて少し早口になってしまった。こんな事なら顔を覗こうとするんじゃなかった。

「ううん…永ノ塚くんがいたから、挨拶しようと思ったの…。嫌…だった…?」

大嶋は少し悲しそうな子犬みたいな顔をしながらこちらを見てきた。お願いだからそんな悲しそうな顔をしないでくれ、罪悪感に押し潰されそうです。

「いやいや!嫌じゃない嫌じゃない!む、むしろ嬉しいよ!ずっと挨拶されたいくらい!」

いや何言ってんだよ。ずっと挨拶されてたい奴なんて世界を探してもそうそういないわ。

「ふふっ、永ノ塚くんって面白いね…。それに同じ学校で同じクラスなんだから会うのは珍しくないよ…?」

くすくすと笑いながら大嶋はそう言った。その笑顔と仕草に少し不意にドキッとしてしまった。

「そ、それもそうだよねあはは。そうだ大嶋さん、大嶋さんの家って橋を渡る方面?」

「…?そうだよ…?それがどうかした…?」

「その方面だったら俺も途中まで同じ道だからさ、ほら最近何かと物騒だろ?送って行くよ。」

そう言うと大嶋はさらに顔を紅潮させた。

「え…!そんな、悪いよ…!永ノ塚くんに迷惑…掛けちゃうし…」

「いや、どうせ嫌でも途中まで同じ道だろ?それなら迷惑も何もないさ」

どうせ一人で帰っても退屈だしな

「そういうことなら…お願いしようかな…。それに…永ノ塚くんと一緒に帰れるのなんて…その…嬉しい。」

「え?なんだって?すまん後半なんて言ったか聞こえなかったんだが、もう一回言ってくれないか?」

「ううん!なんでもないよ…!じゃあ…いこっか…!」

大嶋はさらに顔を紅潮させスタスタと歩き出していた。

結局大嶋が何を言ったかわからずじまいのまま、永ノ塚は一緒に帰ることになったのだが、別れ道までの少しの間だが女子と下校する、なんていうシュチュエーションに少しドキドキものだ、と少し心を躍らせていた。

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 

茜色に輝く夕焼けの光が二人の影を作っていた。2人は川沿いの土手の上を歩き、カツン、カツンと2人の革靴の足音だけが響いている。会話が全くない。こういうものって普通男がリードするものなのだろうか。いやでも俺も大嶋も進んで喋る方じゃないタイプだしなぁ、なんて迷いを頭の中に巡らせていた。何か会話しなくてはな

「「あ、あの」」

大嶋と声が重なってしまい、少し気まずい感じになってしまった。

「あ、永ノ塚くん…、お先にどうぞ…」

大嶋が先を譲ってくれたので先行をとらせてもらう、

「それじゃあそうだね、大嶋さんって何か好きな食べ物ある?」

何の変哲も捻りもないストレートな質問をしてみた。何?つまらない質問だと?王道と言ってくれ。

「好きな食べ物…?うーん…これと言っては無いけど…、和食とか…好きかな。あと和菓子…、どうして私の好きな食べ物なんて聞いたの…?」

「いやぁ、今晩の夕食のアイデアにしようと思ってさ。それにしても和食かぁ、確かに大嶋さん和食っぽい感じするよね。何ていうか、大和撫子って雰囲気してるし」

「や、大和撫子だなんて…!わ、私そんなことないよ…!」

またもや大嶋は顔を赤らめてしまった。

「あぁ、ごめんごめん、大嶋さんを困らせるつもりはなかったんだ。」

「ううん、大丈夫…。私こそ慌てちゃってごめんね…?それと…永ノ塚くんって料理するんだね…ちょっと意外かも」

「はは、それはよく言われるよ。実は父親が海外に単身赴任でいなくてさ。だからやむを得なく一人暮らしすることになって料理もするようになった、って話。」

というのも俺はイギリス人と日本人のハーフなのだ。父親がイギリス人で母親が日本人。俺の生まれはイギリスだが育ちは日本。

どうして目が碧いの?とよく周りから質問されるのはこのせいなのである。顔と碧い眼の色は親父から引き継いで、母からは黒髪をアンバランスに遺伝してきた。

「…あれ?じゃあお母さんは…?」

「母さんは俺が小さい時に亡くなってるんだ。母のことはまるで一つも覚えてない。」

母は俺が生まれて数年後事故で亡くなったらしい。父親曰く美人でお淑やかだったと聞く。母の記憶がないので悲しむにも悲しめないのだ

「あ…その…知らずに聞いちゃって…ごめんなさい…」

「あぁ、いいんだ気にしないで気にしないで。さっきも言ったけど母親のことは全く覚えていないんだ。だから悲しむ様な記憶も一切ないってわけ」

 

「…」

「…」

 

二人とも少しうつむき、アスファルトの方を見てしまい、また会話が途切れてしまった。これはだいぶ重い話をしてしまった俺のミステイクだ。そういえば先程、大嶋も俺に聞こうとしてたことがあったような

「大嶋さん、そういえばさっき俺に何か聞こうとしてたけど、何を聞こうとしたの?」

そう俺が切り返すと、大嶋はえ?という顔でこちらを見てその後あ、そうだったみたいな顔した。

「あ…うん、そう…だったね、じゃあ…質問しちゃおう…かな…」

大嶋も俺に何か質問するつもりだったらしい、先ほどの話題のせいで大嶋は少し、申し訳なさそうな表情をしながら申し訳程度の笑みを浮かべていた。

「その…永ノ塚くんって、休日とかって…何してるの…?」

「俺の休日?なんでそんなことに興味あるんだ?俺の休日なんて聞いても面白いことないぞ?」

「あ…!私もな、何となくだよ…!永ノ塚くんって…学校でよく窓の外を見てぼーっとしてる…から、お休みの日の姿が想像できなくて…何してるのかな…って」

あぁ、確かに窓の外を眺めていることがあったかもしれない。恐らくそういう時は「夕飯何にしようかなぁ」とか「家に帰りてぇ」とか割とそんなどうでもいいことを考えている時である。

「そうだなぁ…これといって特別なことはしてないぞ?基本家でごろごろしてるし、強いて言うなら、先週の土曜日直哉とボウリングに行ってくらいかなぁ…」

「そ、そうなんだ…基本家にいるんだ…よし…」

少し嬉しそうな表情をした大嶋、はて何が嬉しいのやら

そんな他愛のない世間話をしていると、別れ道に到着してしまった。多少名残惜しいがここでお別れだ

「じゃあ俺はここで、大嶋さん気をつけて帰ってね。」

「あ…うん、ここまでありがと…ね。また明日学校で…」

そう俺は注意を促すと、大嶋は手を振ってきたので、俺もそれに合わせて手をふり返し、大嶋に背を向けあと残り僅かの通学路を歩き出した。なるほど和食ね、たしかフキノトウがあったはずだ、フキノトウの天ぷらを作ってみようかな。と俺は溢れ出る料理のアイデアで頭の中で充満させていた。

このとき俺は忘れていたのだ。家で俺の帰りを待っているだろうめんどくさい奴を。このとき忘れていなければ、多少なり覚悟はできたものを。

 

 

我が家の構造は一般家庭となんら変わらない二階建ての一軒家。親父が俺に残していったものだのだが、一人暮らしの俺には有り余るもので、使ってない部屋が2〜3個ある。掃除や洗濯といった家事の類は得意な方なので、掃除だけは行き届いている。

「ただいまー」

ガチャリと家のドアを開けて我が家に帰宅すると。ドタドタドタドタ‼︎となにやら居間から玄関に向かって走ってくる人物がいた。

「もう春!帰ってくるのおっそーい!おねぇちゃん春が帰ってくるの待ってたんだからね!春お腹減った!早く晩御飯作って!」

会うや否や飯を要求してきたのは、我が家の大飯食らいアンドMr.穀つぶしこと桜咲琴音。大学2年生である。

長く尻まで伸びた赤色の髪をポニーテールで結っており、歩くたびにポニーテールが揺れる。揺れるのは髪だけでなく、彼女の持っている豊満な胸もだ。桜咲の身長は170cmでモデル顔負けのスタイルの持ち主だ。モデルをしています、と言われても、あぁなるほどやっぱりか、と頷ける。

「帰ってきて、いうことがいきなりそれか‼︎他にもっと言うことあるんじゃないのか」

と俺が呆れながら言うと、桜咲は、はて?と顎に手をやり、うーん…と5秒弱考えると、はっ!と何かに気づいたようだ。そうだ家の主が帰ってきたんだ、言うことがあるだろう。すると、桜咲は此方に手を出して

「おみやげちょーだい!」

とんでも無いことを抜かしやがった

「ねぇよ‼︎おみやげなんてねぇよ‼︎学校に行ってきただけだっつーの‼︎」

「えー!?じゃあ言うことってなんなの!?他に何かある?」

「あるだろ‼︎お帰りなさい、とか‼︎何だよ、おみやげって!」

そう言うと桜咲は、あーなるほどー、みたいな顔をした、全く年上とは思えない振る舞いだ。

「なぁんだそんなこと?そんなのいくらでもいってあげるよー。何ならお帰りのキスしてあげよっか?ほら、んー」

とか言って俺向かって唇を突き出し抱きついてきた。やめろ‼︎うっとうしい‼︎あと、柔らかい二つの何かが俺に押し付けられている。俺のような健全な男子ならドキドキしてしまう。うっとおしさとこの柔らかさが融合してなんとも言えない気持ちになった。

「はーなーれーろ‼︎唇を突き出すんじゃねぇ‼︎早く離れてくれ‼︎」

「ほれほれそんなこと言って〜!本当は嬉しいんでしょー?春がおねぇちゃんにおっぱい当てられて、ドキドキしてんのわかってんだから〜‼︎」

な、なんて奴だ‼︎わかっててやってるのか、尚更タチが悪い…!いい加減離れてもらわないとこっちも身動きができん‼︎

「ド、ドキドキなんてしとらん‼︎いい加減離れないとお前の分の夕食作ってやんねーぞ‼︎」

「わ、私の分の夕食がない!?そ、それは死活問題ね…、わかったわよ、離せばいいんでしょ離せばー」

そういうとちぇっ、と桜咲はつまらなさそうな顔をして渋々俺の体から離れてくれた。あぁもう帰ってきて早々体力を使ってしまった。

玄関でのやり取りを終え、靴を脱いで居間に向かった。

ドスンとテーブルの上にスクールバックを下ろし、ふーっと息を吐きながら居間のソファーに腰掛けた。

「ねぇねぇ春今日の晩御飯何?私焼肉がいいな〜‼︎」

口を開けば飯のことばっかだなコイツ。

桜咲は毎日欠かさず俺の家に飯を食いに来る。どうしてそんな仲なのかというと、話せば少し長くなるので簡単に言えば、

桜咲の親父と俺の親父が高校生時代からの友人らしい。両親父はその後各々家庭を持っても付き合いが続いてる。まぁ平たく言うと家族ぐるみのお付き合いだ。

親父ががアメリカに単身赴任へ旅立った5年前、つまり俺が小学校6年生の時だ。親父はアメリカへ旅立つ前日中学3年生の桜咲琴音に「琴音ちゃん、春のことよろしく面倒見てやってくれ」と言っていたらしい、それ以降琴音は俺の面倒を見るべく毎日永ノ塚家に足を運んでいるわけだ。いやもう、面倒見てるのこっちじゃね?って言いたくなる。まぁそんなこんなで桜咲琴音は我が家にいるのである。

 

「焼肉?お前昨日肉食べたばっかじゃねぇか。肉ばっか食ってると太るぞ。」

「いいですよーだ。私の食べた物の栄養はほとんど胸にいくもんね」

こいつのスタイルがいい原因は大食らいにあるのかもしれない。普通食べたら太るが、おそらくそういう性質なのだろう。

「今日は和食だ、五目ご飯とおひたしとフキノトウの天ぷらと焼き魚」

「なんだ魚かー、じゃあ私鯖がいいなー」

おぉ、桜咲にしてはいいチョイスだ。この時期の鯖は脂が乗っていてておいしいからな。

「よし、じゃあ準備するとするかね。琴音、皿を出しといてくれ」

「了解〜♪」

よし、それじゃあいっちょやるとしますかね。

「はー!食った食った!ご馳走様〜。やっぱり春の作る料理は美味しいねぇ〜♪将来はきっといいお嫁さんになるよ」

俺たちは食事を終え、俺はキッチンで食器の後片付けをしていた。

「嫁なんていかねーよ、つかいけねーよ男だし。」

「じゃあ婿かぁ、なんならどうどう?私の家に来ない?今なら特典いっぱいつくよ〜?」

ソファーに腰掛けた桜咲は冗談っぽい感じで顔だけを振り向かせてそう言ってきた。嫌だねお断りだ、ちなみに特典が何なのかは知らない。

「やめとく、それに婿に行く予定もない。俺は気が向くままに生きるんだ。」

「あらそう残念、でも気が変わったらいつでも言ってね〜♪お姉ちゃん、いつでも大歓迎だから〜♪」

そんなこと、天がひっくり返らない限りありえん。飯食ったなら、くつろいでないでさっさと帰れよもう。

皿洗いを終えたので俺も居間のソファーへと向かい、腰を下ろす事にした。ふと時計を見ると、時が流れるのはあっという間なもので、7時30分を指していた。

「琴音、そろそろ帰らなくていいのか?今日は稽古じゃなかったのか?」

既に太陽は落ちもう街は暗闇に支配されていたので、そう桜咲に尋ねてみた。

「稽古…?あっちゃー‼︎完全に忘れてた‼︎今日は稽古の日だった‼︎春、今何時!?」

「7時半」

そう桜咲に伝えると、桜咲の顔はヤバいという顔をした後、みるみる青くなっていったき。ドタバタと自分の荷物を鞄に突っ込み始めた。

「7時半!?もう稽古30分も遅刻じゃん!あー!もう!絶対妹に殺される!もーやだぁー!」

泣き言を言いながら荷造りをする桜咲。

今から自分の家に怒られる為に帰る、と言うのを想像すると少し哀れに思う。桜咲は荷造りを終えるとダッシュで玄関へ向かい

「春、夕飯ご馳走さま!じゃあまた明日来るから‼︎風呂入って歯磨いて、ちゃんとお姉ちゃんとのこと考えながら寝るんだよー!じゃまた明日!」

俺に何も言わせないまま、砂埃を立てる勢いで桜咲は走って自分の家に帰っていった。ホント慌ただしい奴だな、それに最後の一言は余計だ。

 

 

 

 

それから俺は洗濯を終わらせ居間でバラエティ番組をを見た後、自室へ行き明日の学校の授業の予習をしていた。

「えっと…ここは因数分解か…これでグラフを書いて…っと…」

現在俺は二次関数と格闘している。二次関数はやっていることは簡単だがいかんせん計算が面倒だ。二次関数が一体生活のなんの役に立つのだろうか、とか学生なら多分誰しもが抱えたであろう疑問を抱きながら次の問題へ向かおうとするが、ここで一つ重大なことに気付く。

「やっべ、シャーペンの芯切れてんじゃん…替えは…クソ、ないか…」

シャーペンの芯を切らす、という深刻な事態に見舞われてしまった。このままだと明日の学校での勉強にも支障をきたすので、仕方ない…買って来るかぁ…

そうぶつくさと文句を言いながらスウェットからジャージへ着替え、音楽プレイヤーと財布を装備し外へ向かった。

時は20時45分ごろ、外へ向かうと既に外は真っ暗で、電灯の明かりが道を白く照らしていた。少し冷たい風が俺を吹き抜け、少し男子にしては長めの髪の毛が靡く。春とはいえまだ夜は冷える。多少の寒さが身にしみて、思わず肘を抱いてしまった。

俺の住んでいる一崎町は都会よりの田舎だ。この町には商店街等の個人経営店が多く、大型チェーン店が存在していない。なので、ここから一番近くの大型本屋までおおよそ歩いて30分、隣の三崎町まで行かないといけないのだ。そういえば最近身体が鈍っている、と身体が訴えてきているので自転車は使わないことにし、俺は本屋への道を歩みだした。

ここで俺はホームルームに担任が言っていた三崎町で起きた殺人事件を思い出す。時間が時間なので少しは警戒することにしよう。

 

 

 

一崎町と三崎町の名前がシリーズ物のようになっているのは気のせいではない。実はこの他に二崎町と四崎町と五崎町がある。この五つの町は一つの市を囲むように円形で隣接しているのだ。そして忘れちゃいけないのがこの五つのの町に囲まれた王崎市俺たちの通っている私立王崎高等学校がある場所だ、王崎市は町とは違い栄えている。割と都会って感じの場所だ。ここいらで遊ぶって言ったら恐らくみんな王崎を答えるであろう。町に一つ一つ神社があるらしい。その神社には何が祀られているのかは俺も知らないが、遥か大昔に、この地を焼き尽くすほどの戦いがあったと俺のお婆ちゃんが教えてくれた。

 

 

 

まぁそんなこんなで俺はこの辺鄙な片田舎から隣町へ行かなければならないのだ。

歩くこと20分弱、近くに自動販売機とベンチがあったので休憩することにした。

「よし、少し休憩するか」

130円で買った缶コーヒーの暖かさが俺の体に染み渡る。ベンチの背にもたれかかり夜空を見上げて、親父のことを思い出す。

親父の職業は研究者らしい。らしい、というのも親父がなんの研究をしているか知らないのだ。親父に教えてくれ、と聞いても何故か「それだけは教えられない」と言ってはぐらかされた記憶がある。親父は男手一つで俺を育ててくれた、再婚を考えしなかったらしい。死んだ母の事を今でも愛しているのだろうか。

そんな親父の教えは『誰かを守れる人間になれ。多くじゃなくていい、誰か大切な人1人を守れるような人間に』というものだった。妻を亡くしている親父のこの言葉はとても重みがある。自分にできなかったことを俺に託したのだろうか。だが、残念な事にまだ肝心な守りたい人がいない。まだこれから人生先長いのでゆっくりと自分の守りたいと思える人を見つけることにしよう。

 

 

何て思い出に感傷していると、気づけば缶コーヒーは空になっていた。よし、そろそろ再出発するかな、と腰をあげると、

『ギャアアアァァァアアア!』

という叫び声が聞こえてきた。

何事だ!?ホームルームで聞いた殺人事件が頭を過った。

「マジかよ…!」

と呟きなら、もしかして今ならまだ助けられるかもしれないという希望を抱き、永ノ塚は叫び声の音源の方向へと全速力で走り出した。

声の方へ駆けつけると、そこはすでに使われていない大型の倉庫だった。倉庫はフェンスに囲まれており、立ち入り禁止の札が建てられ入れない様になっていたはずだ。だがしかし入り口前のフェンスが『巨大な何か』で破壊されていたのだ。

「この中か…!」

永ノ塚はその破壊され入場が可能となったフェンスから倉庫の中へ向かった。ドアを開け倉庫の中へと入ると酷い何かの腐敗臭がした。

「う…っ!なんだこの臭いは…!」

1人の男性が倉庫の中心でうずくまっていた。永ノ塚はピシャピシャという水溜りの上を走る音をだしながら、すぐさま駆け寄り

「大丈夫ですか!?何があったんですか!?」

と確認した。すると男性は小さな声で何か言って事に気付いた。

「……ァ…ア……アア……」

「…だい…じょうぶ、ですか?」

少し違和感を感じた永ノ塚は恐る恐る再び男性に尋ねた。すると、男性はゆっくり、ゆっくりとこちらを向いた。その顔を見て永ノ塚は驚愕し恐怖した。

そう、その男性の顔には無くてはならないものが欠損していたのだ。そう『目』が抉られていたのだ。

「ひっ……!」

永ノ塚は堪らなく恐怖を覚え、尻餅をついてしまった。その時永ノ塚は気付いた。尻餅をついた部分のズボンから染み渡って伝わってくる生暖かい液体の感触。手をついた部分から伝わるドロドロの液体の感触。そう、その液体は『血』

辺り一面には血が広がっていたのだ。おおよそ一人分の血液の量ではない、恐らく十数人分程度の血の量。この倉庫で多くの人間が殺された事を理解するのは容易い事だった。倉庫に入った時には気づかなかったが、今は窓に差し込む月光のせいで自分の周りは『血の海』だということに気づいてしまった。そう、倉庫に入ってくる時踏んだのは水溜りではなく血だったのだ。すると、倉庫の暗闇からカツンカツン、とこちらに向かって歩いてくる人物がいる。

「おや、どうやら招かねざる客がいたようだ。誰かね?君は」

月光に照らし出され、その長身の男の姿が露わとなる。その姿はまるで死神を連想させるようだった。その男は生気を感じさせないほどの不気味な白い肌に、長髪の白髪をした、赤眼の男だった。漆黒のロングコートを身に纏っている。

「…ふむ、見たところただの人間のようだな。」

永ノ塚を見下す謎の男。永ノ塚を見る目は人間として彼を捉えてはいなかった。まるで、道具やモルモットを見るかのような目。この男からは『死』の匂いが漂っている。一般人の永ノ塚でも感じ取れる程の『死』の匂い。謎の男の目を見るだけで全身が震え出し、言葉さえ詰まってしまう。本能が叫んでいるこの男とは関わってはならないと。ここにいては駄目だ殺される。そう頭が体に向かって命令を送るが、身体はまるで動いてくれない。恐怖の余り、身体が硬直してしまっているのだ。

「黒髪に碧色の瞳…もしかしたら君が…いや違うか。まあいい、見てしまったんだ。君には悪いがここで死んでもらおう。」

そう言って男は指をパチンッ!と鳴らし、再び倉庫の闇の中へ消え去り

「ではな少年。自らの運命を呪うがいい」

そう言って男の気配は完全に消えた。

謎の男が消え去ったと同時に、首だけ振り向いていた男性がに立ち上がった。その立ち上がり方は異様で、まるで糸で吊るされたマリオネットのような立ち上がりだった。

「ウゥ…ヴヴヴヴゥゥ…アアアアアアアア!!!」

男の叫び声が倉庫内に響き渡り永ノ塚の耳を刺激する。すると、男の身体はボコッ!ボゴォ!と変形し始めたのである。皮膚は破け筋肉が丸裸になり、変形し、巨大化した身体は2m以上にまでになっていた。右腕が異様に巨大化しその先には何もかもを切り裂くような爪が生えていた。

ここから逃げなければ、と頭から全身に警告が送られているのに全く動こうとしてくれない。立ち上がれない。

「や、やめ…!」

その巨大な怪物はそのを大きく醜い腕を容赦なくなぎ払い、永ノ塚へ襲いかかった。

「がはっ…!」

その腕は永ノ塚の脇腹の肉を抉り取り、永ノ塚の身体を紙屑のように吹き飛ばし永ノ塚は5m先の壁に叩きつけられ、地面に落ちた。

「ウガアアアアアアアアア!!」

と咆哮し止めを指すべくゆらりゆらりと近づいてくる怪物。駄目だもう逃げられない、脇腹からは大量の血が溢れ出ている。体には力さえ入らなかった。意識が朦朧とする。あぁ、まぶたが重い。俺はここで死んでしまうのだろうか、不思議と焦りはなく、明日からは誰が琴音の飯を作るんだ、そういえば狛沢と遊びに行く約束してたっけなぁ…それも守れそうにないや…、親父、約束守れなくて…ごめんな…とかアイツらの顔が思い浮かんだ。これが走馬灯ってやつか…。

怪物は永ノ塚の前に到着していた。怪物は永ノ塚を殺すべく右腕を振り上げた。もうこれでもう俺はお終いか、と永ノ塚はゆっくりと目を閉じた。

 

 

「あなたはここで死んではいけない。」

 

 

突然、自分の目の前から少女の声が聞こえてきた。

俺はおそらく一生この光景を忘れはしないだろう。

目を見開くとそこには、怪物の巨大な腕を大剣らしき者で受け止める金髪の少女の姿があったのだ。

「ふっ…!」

そう少女は息を漏らすと化け物の右腕をその少女の体とは不釣り合いな大剣で弾き返した。

「ウガアアアアア!ウガアアアアアア!」

化け物の攻撃が第二撃、三撃と繰り返されるが、少女はそれを軽々と大剣で受け流し、四撃目が繰り出されると同時に彼奴の巨大な腕の脇の下を潜りながら、

一閃

奴の巨躯を二つに分けた。これで勝負はついた

「はぁっ…!」

否、少女の斬撃は止まってはいなかった。少女は怪物の頭上へ飛躍していた。宙に浮いた怪物の体が地面に崩れ落ちる前にその巨大な大剣を振り下ろし。剛ッ‼︎と脳天から岩をも砕くようなその斬撃が彼奴を4つに分けたのだ。

これで本当に決着がついた。

「目標の沈黙を確認。任務を完了します。」

そう少女は誰かに向かって言ったようだった。そう言った後永ノ塚の方へ歩み寄ってきた。意識が朦朧とする中彼女を見上げる。

「間に合ってよかった。永ノ塚春、これよりあなたと私の運命は共にある。末永くよろしくお願いします。」

少女はそう言い

俺の意識はここで無くなった。




自分の言葉の引き出しの少なさに驚きました。
勉強しようと思います。


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