Fate/make heroes (志樹)
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00.除幕-プロローグ-

 幾多にもわたり交差する剣閃。

 衝突の度に大気震わす二本の槍。

 玉響に撃ち合われたそれですら、既に数えきれるものではない。

 

 ――否、人の目に捉えられないものを如何様にして数えようというのか。

 

 常人であれば、恐怖に震えるだろう。

 常識人であれば、こんなもの現実ではないと拒絶する。

 一般人であれば、関わるべきでないと忌避すべき光景だ。

 

 眼前にいる二人の槍兵。

 青鎧を身に着け赤い槍を振るう英雄と、地面に届くほどの長髪で武骨で古めかしい槍を振るう少年。

 

 一閃。

 眼にも留まらぬ速度で振るわれた赤槍は、紛れもない必殺の一撃。その一撃は、達人をもってしても放つことは不可能な一閃。しかし不思議なこと等何もない。全ての攻撃が必殺にして最速なればこそ、彼は槍兵の英霊と成り得たのだ。

 

 しかし――。

 

長髪の少年は、同じく常人では不可能な速度を持ってその一撃を逸らし、そのまま攻撃に転じる。槍兵に相対する彼は、いかなる理由であの場に立ち続けられるというのか。同じ槍使いである英霊を前にして怖気づくことなく、怯むこともなく、唯前を見据えて戦い続けられる彼は、如何様なる理由であの場所に在り続けられるというのか。

 

 理解のできない状況。

 理屈のつけられぬ現象。

 

 しかし、そこには確かに英霊と渡り合う少年の姿が存在した。

 

 ――閃――

 

 何合目かの攻防。一瞬にして永遠を錯覚させる攻防の内に、けれど英霊と少年には明確な差異が生まれ始める。

 押され始める少年は、次第に防戦一方となっていく。辛うじて攻撃を逸らし、避け続けるも、明らかに傷が増え始めていた。

 

 もとより少年のそれは対人を想定したものでなく、其れ故の不利もあることだろう。しかし、それよりもなによりも、彼はまだ子供なのだ。それに対して相対する英霊は大人。しかも生前の全盛期の姿である。身体的な差異も、体力的な差異も、改めて考えるまでもないくらいに大きなものだ。

 

 それでも、彼は決して引かない。

 身体が傷つこうと、骨が折れようと、例え、己が信念を否定されようとも。

 必ず立ち上がり、正面を向き、笑う。

 

 ――何のために?

 

 他の何ものでもない。唯、己が決意した想いがために。

 

 ――何のために?

 

 他の何ものでもない。唯、己が貫き通す信念がために。

 

 ――何のために?

 

 他の何ものでもない。唯、己が笑わせたいと思った人がために。

 

 故に、練達した強靭な槍を前にして、未熟な一本の槍はされど折れることはなく――。

 

 翳りないその瞳は、闇照らす太陽を想起させた。

 

 




うしおととらは旅してるときに関西に行ってない気がするけど気にしない。
旅してる途中設定だけど原作終盤くらいの強さを想定。
獣の槍は現存する宝具的扱い。
とらは今を生きる幻想種的扱い。
とらはサーヴァントと同等の強さ。ただし化物退治の逸話持ちの相手が苦手。
うしおはサーヴァントには劣る、ただし化物系には有利、UBW士郎には勝てる。
くらいを想定してるけど、うしおは士郎並みの主人公補正持ち。


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01.逢着-クロス-

 空の最も高い位置で、街行く人々を見下すが如く太陽が照りつける。夏であればうだる様な、とでも表現されるような強い日差しだが、幸いにもこの冬木市の地はまだ冬とされる時期であり、むしろ過ごしやすいと言えるだろう。さらに、冬にしては比較的気温の高い冬木の土地柄もあって多少薄着でも平気な気温と言えるだろう。

 

 そんな冬木の電車の駅構内に、不可思議な少年がいた。

 かの少年の名前は蒼月潮。14歳という年齢にもかかわらず、日本を横断するような一人旅をしているその途上である。

 

「だってよ~、都会の電車とかいっぱいで何がどこに行くとかわかんねえんだよ……」

 

 そのような少年を不可思議と称す理由としては、まず一つとしてその姿が問題だった。冬であるにもかかわらず薄着であり、長袖でこそあるものの布地は薄い。比較的暖かい今日のような日でなければそれだけで補導されてもおかしくない。

 二つ目の理由は、彼の持ち物だ。彼が肩に担ぎ持つ、2メートルを超える長柄物。一応は布に包む形で誤魔化そうとしているが、傍目からもそれが槍であることは一目瞭然だった。彼を不可思議な少年として目立たせている一番の理由は、ほぼ確実にその槍が原因と言えよう。

 

「それにしたってもう少し人に聞きゃいいだろうが馬鹿もん」

 

「だってよ~……」

 

 三つ目の理由としては、独り言。否、正確には独り言ではないが、周囲の人間から見れば独り言以外の何ものでもない。もっとも、独り言と見なされていない方がこの場合に限れば問題であることを考えれば、“幸いにも”独り言に見えているというべきなのかもしれないが。

 

「普段は無神経なくせに、どうしてそういうときだけ小心者になんだよおめぇは……」

 

「とらぁ~」

 

 実際には二人――もとい、一人と一匹。

 一般人に見られないように姿こそ消しているが、そこには確かに存在した。

 蒼月潮がとらと呼んだそれは、人に仇成す妖。化け物と呼ばれる存在である。3メートルにも届かん巨体は全身が金色の体毛に覆われ、特に頭から伸びる毛は全身を覆うように長い。名前の通り虎を連想させる体躯に、長い爪と牙、強暴そうなその顔にはくまどりが浮かび上がっている。そんな彼は2000年を生きる大妖怪であり、伝説にもなるほどの存在――。

 

「気持ちわりぃなうしお!シャンとしねぇと喰っちまうぞ!」

 

 ――のはずなのだが、潮に対する粗暴な口調の中には優しさや面倒見の良さが見え隠れしている。

 

「いや待てよ……うしおがこの状態の内なら人間を喰い放題――っていてえいてえいてえって!喰わねえから槍でちくちくさすのをやめやがれ!」

 

「よし、折角来た街だしちょっと散策してみようかな。いくぞ!とら!」

 

「ったく、てめえはよぉ……」

 

 一転して気分を変えた潮は改札を出て、駅を出て街中を歩き始める。先ほどまでの奇行を見ていた人達が避けて歩いているが気にする様子もなく、周囲のものを物珍しそうにきょろきょろと見回している。その様子がさらに周囲の人々に不信感を与えているようで、もし彼が14歳の少年でなければ即座に警察に呼ばれていたことだろうことは想像に難くない。

 そんな頓着していないうしおに対して、いつも通りの言い合いをしながらも、とらはこの冬木の街に入ってから言いようのない“嫌な空気”を感じ取っていた。それは妖怪としての嗅覚であり、触覚であり、なにより長年生き続けてきた彼の経験によるものが告げていた。

 

「おい、うしお」

 

「うん、どうしたとら?」

 

「この街、嫌な感じがしやがる。さっさと出た方がよさそうだぜ」

 

「嫌な感じってどういうことだよ?」

 

「どうって言われても言い辛いが……この街に入った瞬間、急に空気が重苦しくなりやがった。こりゃあ、街全体で何か面倒なことでもやってやがるな」

 

「妖怪絡みなのか?」

 

「いや、どちらかといや人間っぽいが……どうも曖昧でわからん」

 

 そんな会話の最中、唐突に、うしおの背負う槍が警戒を促すかのように鳴いた。

 

「――っ!?まさか、近くに妖怪が!?」

 

 布から出すことこそしないが、槍を構え周囲を警戒する。気付けば周囲に人の姿はなく、同時に妖怪の気配すら感じられない。――ただ、その場所は冬木に住む者なら誰もが知っていて、極力近寄ろうとしない場所であるというだけだ。

 

 中央公園。別名、冬木大火災跡地。そこは10年前に大火災が起きて多くの人が命を落とした場所であり、公園となった今でも人が寄りつくことはなく、未だに怨霊が彷徨っていると噂される場所である。

 

 人気も無く閑散としたそこは、昼間であるにもかかわらず陰鬱な空気が漂っており、人が近づこうとしないのも頷ける。唯一、敷地内に作られた石碑は忘れ去られたかのように佇み、この場で何があったのかを主張している。

 

「ここで災害があったのか……」

 

「それでも間違っちゃいねえだろうが……ここの空気から察するにそんな生易しいもんじゃなさそうだぜ」

 

「どういうことだよ、とら?」

 

「さあて、人間がやったのか妖怪も絡んでいやがるのか……、まあ少なくとも普通じゃねえことは確かだ。それに……」

 

 不意に、とらは辺りを見回す。毛を逆立て、傍目からもわかる程に警戒している。

 

「今この街で起こっていることと無関係じゃあなさそうだ」

 

「……見られてる?」

 

 うしおも気配を察知して周囲を見回すが、霞みを捉えるような手ごたえしか感じられない。人間ではない。妖怪とも少し違う。普通の存在ではないことは確かだが、今までうしおが相対してきたどの存在とも違う何か。

 

「……ちっ、仕掛けてくるきはねえみたいだが、いやな気持ちにさせやがる。さっさとこの街から移動するぞ。何をしたいのかはわからんが巻き込まれるのは面倒だ」

 

「おい待てとら。ここで何が起こっているのかは知らんが、この石碑に書いてあるような大変なことが起きそうっていうなら、放っておけないぞ」

 

「まーたうしおの病気が始まりやがった!てめえにゃほかに目的があんだろうが!今までは妖怪絡みでいろいろやってきたが今回はそれすらわからんのだぞ!?てめえはてめえが持ってるもんが何かもう一度考えやがれ」

 

「俺は別に獣の槍を持ってるから妖怪と戦ってきたなんてつもりはねえよ」

 

「別にこの街に何か用があるってわけでもねえんだ。関わらなくていいならほっといて――ぐえッ!?」

 

 とらはもう知らね、とでも言うように駅の方へ帰ろうとして、その瞬間に首元に槍の柄を引っかけられて首が閉まった。

 

「いきなりなにしやがんだ!」

 

「この街でなにがあるのかはわからないけど、それはもしかしたら、この場所で昔あったみたいに人が死ぬようなことなのかもしれないんだろ?」

 

 そう言う潮の顔は、とらが今までに幾度も見てきたものだった。

面倒事に首を突っ込み、出会ったばかりの誰かのために戦う、そんな少年の表情。

 

「あーそうかいわかったよ!けどわしはなにもしねえからな!勝手にしやがれ!」

 

 そう言って、とらは潮を置いて飛び立ち姿を消す。

 

「お、おいとら!?……ったく、仕方ねえ。とりあえずこの街を歩き回ってみるか。見てたやつもいなくなっちまったみたいだし、な」

 

 先ほどまで感じていた気配がないことを確認しつつ、潮はその場を離れる。しかしこの街で何が起こっているのか探そうにも、とらほど街の異質な空気を感じ取れるわけでもなく、結局のところ槍の反応頼りとなってしまう潮としては、とらと別行動するのは正直辛いものがあった。

 

 ともかく、と悩むより行動の潮は中央公園を離れ新都を歩いた。駅にビル街に商店街、そして橋を渡った向こう側には居住区。何が重要で何が重要でないか、判断のしようすらなかったが、もし槍が反応すればそれでわかるだろう――と、歩き始めて数時間。それが甘い考えだったことを思い知らされた。

 

「まじかよ……」

 

 反応がない……のではない。どこに行こうと、ここは危険だと槍が常に警告してくるのだ。今まで、妖怪や妖怪の残り香に反応することはあっても、こんなことは一度もなかった。とらはこの街でおこっている、と言っていた。そして、恐らくは妖怪の仕業ではないと。槍は中央公園から鳴りはしないものの、しかしそれだけで、妖怪と相対したときのような明確な信号が発せられることはない。それもそのはずで、獣の槍は元より妖怪を屠るための槍であり、それ以外の事象に対する“興味”は薄い。今でこそある程度自由に扱えるように放ったが、最初の頃はよほどのことがない限り妖怪以外が相手では、力を引き出すこと自体が困難だったほどだ。

 

「どうすっかなー。そもそも泊まるところを探さないと野宿になるし……かと言ってお金もあるわけじゃないし……」

 

 気付けばすでに夕刻に差し掛かっている。小遣い程度の持ち金はあるが宿泊施設に支払えるような額もない。今までは公園で睡眠だけとるというような生活をしているため、最悪それでも問題はないが極力避けたくはある。(警察に迷惑をかけるというのが主な理由である。今までに見つかって逃げたこと多数。)

少し迷って、新都の外れに見つけた教会に足を向けることにした。

また、潮はそれほど気にする方ではないが、それでも一応は寺に住む住職の息子である。厄介になるにしても、流石に全く違う宗教施設に行くのは抵抗もある。

 

「まあ、とりあえず行ってみるか」

 

 新都のビル街を抜け、丘の上に見える教会を目指す。ひっそりと外れに佇むそれは、馴染みのないものにとっては異様な印象を与えることだろう。教会とだけあって明るい雰囲気でないのは当然だが、周りに墓地があるというのが行き辛さに拍車をかけていた。陰鬱な雰囲気を醸し出し、来るものを忌避させるような空気を纏うその場所は、本当に印象だけのものなのか、それともそれ以外の要因が何かあるのか――。

 

「すみませーん、おじゃましま……は?」

 

 軋む音を響かせながら扉を押しあけると、豪奢なステンドガラスに十字架。綺麗に整列された木造りの長椅子。真っ直ぐに伸びる赤い絨毯と、教壇。そこは確かに教会で間違いはなかった。その凝らされた意匠だけで、初めて来た人間に息を呑ませるだけの完成された空間がそこにはあった。

 

――ただ、そこに立っている人間の姿がその場に似つかわしくないというだけで。

 

「あん?なんだ坊主、ここに何か用か?」

 

「いや、えっと……兄ちゃんはここの人?」

 

 その青年はアロハシャツを着ていた。

 教会でアロハシャツを着ていた。

 

 アロハシャツと言えばハワイで優雅に楽しんでいる人々が来ているイメージのある花柄の散りばめられたシャツで有名だが、しかしハワイのイメージ強いが強いからこそ日常的に来ている人を見ることはほぼ皆無に近いし、着ようとも思わない。そんなある意味非日常の象徴とも言えるシャツを着てさらには、教会にいるその姿と言うのは形容し難いにもほどがある。

 

 教会にアロハシャツでいてもいいのかどうかはおいておくとして、教会の荘厳な雰囲気を全て台無しにするようなその光景は、信仰する宗教の違う人間からしても冒涜しているんじゃないかと心配になる。

 

「いや、関係者っちゃ関係者だがここの人間ってわけじゃねえよ。エセ神父はまた別にいる」

 

 エセ神父って……苦笑いしつつも、彼が教会の人間でないことに安堵する。というかいてたまるか、こんな神父。

 

「おい坊主、それ槍だろ?良いもん持ってるな」

 

「え?あ、ああ。兄ちゃん詳しいの?」

 

「詳しいも何も、オレを誰だと思っていやがる」

 

 いや知らねえよ、と思いつつもさすがに口には出さない。ただ、彼の細かい所作や纏う空気から、只者ではないことは感じ取っていた。

 

「槍にしては珍しい形だな。柄に比べて刃の部分が厚いし幅広になってやがる。基本は突くことが主体の槍に対して、こいつは切ることが主体として作られている?いや、元は剣として作られようとしたのか?」

 

 当然だが、槍は布に包んだまま出してなどいない。それでもそこまで見抜けるのは、彼の観察眼か、経験故か……どちらにせよ、槍に詳しい人間が怪しくないわけがない。槍の警戒などと関係なく、潮は普通に引いていた。相棒として獣の槍を扱っている潮ではあるが、特段槍に詳しいわけでもなく、むしろ獣の槍以外の槍を見たことすらほとんどない。

 

「しかしこいつは……なかなかに古いな。下手すりゃ俺より――」

 

「そこまでだ、ランサー。裏に戻れ」

 

 アロハシャツの青年が獣の槍に夢中になり始めたその時、教会内にチューバの如き重低音な声が響いた。

 

「その少年はこの教会に訪ねてきた者だろう。そういう時はすぐに私を呼べと命じたはずだが」

 

 現れた声の主は、その声に相応しい風貌を備えた神父だった。ただし、本当にただの神父なのか疑問を抱くほどの体躯と、彼を神父足らしめる荘厳さを備えていた。

 

 教会内の空気がより一層重くなった気がしたのは、恐らく気のせいではない。

 

「ちっ、へいへいすいませんでした。……じゃあな坊主」

 

 そう言って、ランサーと呼ばれた男は教会の奥へと姿を消す。

 

(ランサー?……槍?外国の人かな?さすがに名前ではないだろうけれど……あだ名、とか?確かに槍に詳しかったし……)

 

「うちのものが失礼した。して少年、君はここに何用かな?」

 

「ちょっと訳あって旅してるだけど、あまりお金もないもんで、泊まらせてもらえないかなー、なんて思ってきたんだけど……」

 

「ふむ……」

 

 じっと、神父は品定めでもするように潮を見つめる。心の奥底まで見据えているようなその瞳と、直接圧迫されているかのような重圧。常人であれば贖罪を強いられている錯覚に陥らせるものであるが――。

 

「だめ?」

 

 鈍感なのか神経が図太いのか、潮は特に気にする様子もなく会話を続ける。

 

「いや、まあそうだな。常であれば寝床を貸していることもあるのだが、如何せんここ最近は急務で忙しくてな」

 

「急務?」

 

「……少年、君はこの街の空気に気付いているか?」

 

 少し躊躇した――かのように見せてから開かれた口から出たのは、そんな言葉だった。

 

「おっさん!この街で何が起こっているのか知っているのか!?」

 

「いや、現在どのようかことが起こっているかは知らん。……が、何かが起こり始めているということは知っている。私が関わっているのは一端だけでな。全容を把握しているわけではない」

 

 神父の言葉には潮を試すかのような響きが含まれていたが、しかし潮は気付かない。

 

「関わってるって、あんたは一体何をしているんだ?神父が必要とも思えねえけど」

 

「否、このようなご時世、悩みや不安を持った人々の話も聞かねばならぬし、本業としても忙しいのは確かだ。が、関わっている部分は本業とは離れた業務となる。この地に身を置くものとして援助を求められれば対処しないわけにもいかんなくてな。この空気に当てられて、副次的にガス爆発や殺人事件など物騒な事件が多発しているのだが、それら事件の事後処理を請け負っている」

 

「神父さんいろいろできんだなぁ」

 

「昔取った杵柄というものだ。……まあ、そういうわけで、申し訳ないが他を当たってはもらえんか」

 

「そういうことなら仕方ねえさ。……ただ、ほかに当てがなくてさ、どっか泊まれそうなとことか知らないかな?」

 

「そうだな、新都から冬木大橋を渡った向こう側、深山町に柳洞寺という寺がある。そこならもしや泊めてもらえるやもしれん」

 

「わかった、さんきゅなおっさん。世話になった」

 

 そうして、用は終わったとばかりに潮は神父に背を向けて扉に手をかけた。そのまま押し開こうとした直前――。

 

「ところで少年。この街の異様な空気に気付いていると言ったな?」

 

「うん?ああ、まあな。でもオレも何が起こってるのか全く知らないぞ?」

 

「それでかまわん。些細なことでいい、何か気付いたことがあれば話を聞きたいというだけのことだ」

 

「いいぜ、じゃあ何かわかったらまたここに来るよ」

 

今度こそと押し開いた扉の外、先程までは風前の灯の如く赤く染まっていた空には、既に闇の帳が下りようとしていた。

 

「言峰綺礼だ。少年、名はなんという?」

 

 出ていこうとする潮の背に向けて、最後の最後に名前を尋ねられた。

 

「蒼月潮ってんだ、じゃあまたな」

 

 “また”などないと拒絶するかのように音を立てて閉まった扉。

振り返るも、扉の向こうにあるはずの言峰綺礼の気配はすでに感じられない。

 

潮が今までに出会ってきた中で、言峰綺礼の様な人間は初めて見るタイプだった。暗闇に抱く不安ともまた違う、捉えどころのない感情。そこに形作り存在こそするが、いざ触れようとすれば不定形が如く崩れ去る。にもかかわらず、威圧されていると錯覚するほどの存在感を放つあの男はいったい何者何か。

 

 ランサーと呼ばれた青年を警戒する以上に、

 

獣の槍は、言峰綺礼を信用するなと訴えていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 教会を出た後、潮は柳洞寺を目指して歩いていた。

 あの神父の言った通りにするのはなんとなく不安もあったが、しかし実際に害のあることをされたわけでもなく、言葉だけを見ればただの親切な神父でしかない。今までずっと一緒に戦ってきた獣の槍のことは、もう一人の相棒であるとらと同等以上に信用しているが、かと言ってなんの理由もなく、言峰綺礼の言を疑うのは潮の性格上不可能であった。

 

 結局、今は警戒しつつも助言に従うというところで自分の気持ちを整理していた。現状は何もわからないんだし、もし何かあれば手がかりになるだろう――なんて言い訳をしながら。

 

「いやー、しかし困った」

 

 ところで、改めてになるが蒼月潮はこの冬木市に来るのは初めてだ。新都側はそれなりに歩き回ったものの、冬木大橋を渡ったこちら側、深山町に踏み入れるのも初めてとなる。そんな状況で当てずっぽうに歩き回れば……。

 

「迷っちまった」

 

 当然の帰結と言えよう。

全く土地勘のない場所で人に道を聞こうともせず歩き回るその度胸は大物か大ばか者か。彼をよく知る人たちに聞けば、どちらが正解かはすぐに答えが返ってくることだろう。

 

 すでに残り火すら消えてしまった空は黒く染まり、さすがにそろそろ寝場所を確保しないとまずいと思い始めたそんなときのことだった。

 どっちに行くべきかと迷っていた交差路、その先から学生と思しき少女の姿が見えた。

 

「あのー!すみませーん」

 

 ちょうどいいやと思い立ったが早いか、潮は少女に声をかけた。

 

「はい!……あれ?えっと、どちらさまでしょうか?」

 

「姉ちゃん柳洞寺ってお寺知らない?この辺にあるって聞いて探してるんだけど見つからなくてさ」

 

「えっと、迷子?」

 

 少女は一瞬戸惑ったものの、その内容を聞いて少し緊張を緩める。潮の姿と手に持つ長物に多少の警戒を抱いてはいるものの、柳洞寺については知っていた。もし柳洞寺のお客さんということなら、その長物も奉納品か何かなのかもしれない、とわずかながら警戒を緩めていた。

 

「迷子って言うかなんというか……迷子、かな?」

 

「ふふ、柳洞寺はあちらですよ。私も向こうですから、もしよければ案内しますよ?」

 

「いいの!?ありがとなねーちゃん!」

 

「私、間桐桜っていいます。お名前を聞いてもいいですか?」

 

「蒼月潮だ、よろしく間桐ねえちゃん」

 

 少女――間桐桜は部活動の片付けで少し遅くなってしまい、そのせいで帰りが遅くなってしまっていたらしい。現在、この冬木の街ではガス漏れ事件の多発や、殺人事件が発生している話は神父から聞いていた。その影響で、学校でも極力早く帰るように注意されているそうだ。同じ理由で近所の人々も暗くなるとあまり外を出歩かず、住宅街を歩いていても人とすれ違うことすら少ない状態だ。

 

「そんな物騒っていうなら、家の近くまで送ろうか?」

 

「ううん、大丈夫。柳洞寺の近くまで行けば家も近いし……。それより、蒼月くんはどうして冬木に?」

 

「この街に来た理由自体は特にないんだ。ちょっと訳あって旅をしててさ、その途中なんだよ」

 

「まだ中学生なのに偉いなあ……」

 

「いやいや、いろんな人に助けてもらってばかりだけどね」

 

「……私は多分、一生どこにもいけないだろうけれど」

 

 最後の呟きは、隣に歩く潮にすら届かない小さなものだった。けれど、同時にわずかに翳りを見せた表情は、辛うじて見て取れた。

 

「どうしたのさ、ねえちゃん」

 

「ううん、なんでもないです」

 

 しかし、その表情も気のせいだったのかと思うほど一瞬で隠れてしまう。

 

「あ、柳洞寺はこっちですよ。少し行ったら大きな階段が見えてきますから、それを登ったらお寺が見えるはずです。」

 

「そっか、さんきゅうなねーちゃん!助かったよ!」

 

「いいえ、どうせ帰る途中だったので気にしないで下さい。では、私はこっちなので」

 

「ああ、じゃあな!」

 

 手を振るうしおと、お辞儀をしてから去っていく桜。ほんのりと拒絶されていたことがわかったが故に強くは送ると言わなかったけれど、せめてもと、桜が曲がり角に姿を消すまで見送ってから柳洞寺へと足を向ける。

 

 彼女と話をしているとき潮は、壁を作り人と関わろうとしなかった、鬼に憑かれた少女のことを思い出していた。

 

 




桜「柳洞寺の近くまで行けば家も--」
家←衛宮家。本人の家とは言っていない。
あと、衛宮家と柳洞寺が地理的に近かったかは覚えてないです。
もし遠いのなら断るための嘘ってことで。


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02.一驚-ファン-

 

 その日、遠坂凛は学校を休んでいた。寝坊したからというのが最終的に休む決断をさせる要因であったが、主たる理由は別にあった。本格的な聖杯戦争の下準備である。

しかし、本格的な下準備と言っても召喚したサーヴァントに地理を覚えさせる程度のものだ。もちろん、売られた喧嘩は買うつもりでいたが、それでも積極的に戦闘を行う気など毛頭なかった。

 

 

 

 陽はとうに落ち切り、星々に変わり人口の光が輝く時刻。

一望せんとビルの屋上に佇む二つの影が在った。

 

言葉を交わし、改めて互いの意思を確認する。当然のことではあるが、これから命を預け合う関係において非常に重要なことである。古今東西、戦における仲間との不和は例外なく悲惨な最期へと導く。この聖杯戦争においてもそれは例外ではない。

その点において、この二人に問題はないだろう。性格上互いにぶつかり合うことはあろうとも、不信を抱いたまま戦いに赴くような愚行はしまい。

 

「――――ッ!!」

 

 最初に気付いたのはアーチャーだった。彼らが立つビルより遥か上空。本来、翼でも持たぬ限り辿り付けぬ先、そこに尋常ならざる気配を感じた。

 

「下がれ凛!!」

 

 その言葉に、凛は事態を把握こそしていないが、ただならぬものを感じ取り物陰に身を潜めた。

 アーチャーは素早く臨戦態勢に入り、どこからともなく取り出した黒弓を構える。弓自体に特筆すべきものはない。ただ、番えられたものが異質だった。構えられ、弦に掛けられたそれは剣だった。凛はその光景に目を見張るも、今は問いかけるような余裕はない。

アーチャーは感覚を鋭敏に、集中し、気配を感じた先、通常であれば見えようのない黒に紛れた空の上を見据え、そこに在ったモノに驚愕する。

 

「なんだ……あれは……」

 

 それは確かに其処にいた。金の毛を纏った、地上の何にも類さぬ姿の獣。驚愕するも、意識は逸らさない。その化物はこちらを見ていた。ただそこにいるだけで圧倒的な威圧感を放つそれは、英霊として呼び出された彼をして知らぬ存在。そして、過去の英霊を呼び出すという奇跡を起こす聖杯戦争をしてなお、そこに在り得ぬべき存在だった。

 

 いつでも反応できるよう、弓を引き絞る。

瞬刻すら見損じぬよう全神経を研ぎ澄ませ、そして――、

 

 放った。

笑った。

 

 ―――逡―――

 

 手から矢――剣――が離れた瞬間、アーチャーは外れたと悟る。刹那後には既に弓は手から消え去り、代わりに黒白二刀の中華剣を握り込んでいた。そして構えるとほぼ同時、中華剣越しにトラックにでも衝突されたと錯覚するほどの衝撃を受けた。脳で思考するより早く、体が経験として受け流す。一撃にて折れた片割れを再度手に出現させ、攻撃に転じる。

二射目をいるかどうか、もし迷っていればその時点で聖杯戦争の敗退を期していたことだろう。

真っ当な弓兵であれば、そも防ぐ手段すら持ちえなかったかもしれない。

故に、その瞬間を回避したというこの結果は、此処に現界するアーチャーだからこそ成し得た現実と言える。

 

――暴――

 

 瞬間にて交わされる数合の撃ち合い。剣と獣の爪のはざまで、逃げ遅れた空気が圧縮し炸裂する。唯の打ち合いですら爆発が如き衝撃を身に受ける。こちらが持つは剣で、相手は素手で相対しているはずである。それが如何様な理由にて、大斧と撃ち合っているような錯覚を覚えるというのか。

 瞬間全てが綱渡り。神経を一糸以下にまで研ぎ澄ませてなお十全と言えぬそんな状況においてなお、受け流し反撃の隙を窺おうとするは英霊7騎の内の1騎として喚ばれただけのことはあるのだろう。

 

しかし、そんな弓兵をしてさえこの化物は御し難いものがあった。

力、速度、瞬発力、それら全てが人間の到達し得る限界を超えていた。サーヴァントの呼び出されるクラスの中に、狂化する代わりに全ステータスを底上げするバーサーカーというクラスが存在する。そのクラスに召喚されることを想定してなお、人間である限り、ここまでの力は持ちえない。獣然とするその姿から予想される、あるいはそれ以上の能力を発揮し得るこの存在は、文字通り化物と称される存在で相違ない。

 

 永遠より長く感じた数瞬、けれど終わりは唐突に訪れた。

 

――琴――

 

 弾き飛ばされる黒剣。その瞬間を合図のように、金の獣はアーチャーから距離を取り動きを止めた。対して、有利であったはずの獣の動きに不審を抱きつつ、アーチャーも凛を庇うように距離を取る。

 

「なかなかつええじゃねえか、てめえ」

 

「――――ッ!?」

 

 言葉を発した獣に、凛とアーチャーの顔は今度こそ驚愕に染まる。

 そんな二人に対して、

 

「わしが話すのがそんなにおかしいかよ?」

 

 呵呵、と獣は嗤う。二人の反応を楽しむように。

 

「“今まだ”取って喰おうってわけじゃあねぇ。この街の空気に引き寄せられてきたはいいが、残されたわしは暇してんのよ。付き合えや」

 

「いいわ、アーチャー」

 

 凛を背に庇おうとするアーチャーを制し、のたまう獣に警戒しながらも、凛は前に出る。

 

「付き合えというけれど、一体何をご所望かしら?残念だけれど、お酒と言われても私は飲めないからパスよ」

 

「そりゃあ残念だ。しかしだな、月を肴に飲むのも悪かねえが……そもそもここにゃあ酒がねえ」

 

 人語を解する獣ということに最初こそ驚いたものの、それならそれでやりようはいくらでもある。むしろ、事ここにおいては本能が儘に襲われるよりやりやすい。どうやら相手はこちらを襲うことを目的としているわけではないようで、さらには談話を楽しんでいる節すらある。

 

「なに、聞きたいことがあるだけだ。この街のこと、そして――そこの赤い双剣使いのこと。……てめえ、存在が薄い。普通の人間じゃねえな?」

 

 会話ができるなら、意識を逸らせる。

 

「“そうね”。ところで……」

 

「あん?」

 

言葉が通じれば、ハッタリも通じる。

 

「その質問、答える必要はあるか?」

 

「Anfang――!!」

 

 一瞬、言葉を次いだアーチャーに気を取られ――、

 

同時、凛は宝石を取出し構えた。

 

即座、獣は流石野生の勘ともいうべき速度で反応し――。

 

「壊れた幻想――ブロークン・ファンタズム――」

 

 直後、獣の横で何かが爆発した。

 

「ガ――ッ!?」

 

 今の凛たちに目の前にいる化物と戦う理由は存在しない。場合によっては討伐対象となる可能性もあるが、それは今すぐ行うべきことではない。優先すべきは調査、情報収集、整理、判断。現状その全てが欠けており、目前の相手がどういう存在なのかすら不明。

 結論として、行う選択は一つしかなかった。

 つまり、撤退。

 

 爆炎に煽られた時点で既に、アーチャーは凛を抱えて屋上から飛び降りていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「なんなのよあれなんなのよあれなんなのよあれ!?」

 

 ビルから飛び降りた後、人目につかないよう地上に降り立ち極力目立たず、しかし迅速にあの場を離れた。追われる可能性を考慮して警戒しながら帰って来たが、杞憂で済んだようで、その後は特に問題なく自宅まで帰ってくることが出来ていた。

 

「落ち着け凛、気持ちはわかるが怒鳴っていても解決せん」

 

「そんなことは言われなくても重々承知よ!」

 

 家に帰って来た凛は荒れていた。その原因は言わずもがな金色の毛をもつあの獣。

 

「……はあ、一応確認するけれど、あれがサーヴァントって可能性は?」

 

「皆無だ。アサシンでもない限り、姿を消していようと近くにいれば気配で気づく。姿が見えていればサーヴァントかどうかの判断など造作もない」

 

「つまり、今この世に生きる正真正銘の化物――幻想種――ってことね」

 

 幻想種。

 神話や伝承などに見られる特異な生物の総称であり、幻想の中にのみ生存モノ、在り方そのものが神秘であるモノを指す。存在そのものが神秘であり、それだけで魔術を凌駕すると言われている。魔獣、幻獣、神獣の順に高位となり、1000年以上を生きる幻獣類においてはその神秘性から存在そのものが魔法と同格化されているほどである

 

「知識として知ってる中では人狼に近そうだけど……でも狼と言うよりは虎やライオンの方が近そうか。人語を理解してるだけでなく知能もかなり高そうだし、高位な存在であることは確かでしょうね。アーチャーは何かわかる?」

 

「いや、少なくともあのような存在と相対したことが初めてだ。高位の存在であるというのは同意する。数度撃ち合った感覚的に、恐らくはサーヴァントと同等かそれ以上の実力を持つことは確かだ」

 

 腕を組み思案するアーチャー。そこに普段の軽薄な笑みはなく、事態の深刻さを窺い知ることができる。

 

「そんなに強いの?」

 

「少なくとも、正面からやり合えば押し負ける可能性は高いな」

 

「な――!?」

 

 そんなアーチャーの発言に、凛は驚愕する。件の魔獣の動きは見ていたし、アーチャーが多少押され気味であったことも理解していた。しかしそれでも、彼は英霊なのだ。生前に功績をあげ、人々の信仰の対象となり、世界と契約した存在。彼がどのような人生を送ったかは不明だが、アーチャーの座で喚ばれるだけの存在であることに変わりない。魔獣は、その彼が押し負ける可能性が高いと判ずるほどの存在だというのだ。

 

「英霊から見てそれってどんだけなのよ!?」

 

「正面からやり合えば、と言っただろう。呼び名通り、私の本質は弓だ。元来遠距離戦を主とするアーチャーのクラスに近接戦闘を求めるのが間違っている」

 

「言われてみればその通りね。……って、あんた剣で戦ってたじゃない」

 

「そういう戦い方もできるというだけだ。いつの時代だろうと遠距離武器を持つものは同時にナイフくらい装備しているものだろう?私の場合それが双剣であり、多少練度が高いだけに過ぎん。セイバーやランサーに比べ近接戦闘で劣ることは変えようのない事実だ」

 

 多少練度が高いとアーチャーは言うが、その実、彼の剣技は究極の一と言って過言ではない。ただそれは、凡人が辿り付ける極であり、弛まぬ努力で築き上げたものではるが、天才の其れに敵うものとは言い難い。

 

「つまり、あんたはセイバーやランサーと戦ったら負けるって言いたいわけ?」

 

「劣る、と言っただけだ。そうと理解していれば戦い方などいくらでもある。足りない部分があれば、ほかで補えばいい。劣るからと言って負けるつもりなど毛頭ないさ」

 

 足りなければ他で補えばいい。凡そ、その言葉はクラスに合わせて召喚されたエキスパートのものとは思えぬ発言でもある。弓で勝てなければ剣を使う。剣で勝てなければ魔術を使う。そこにあるのは弓兵としてのプライドではなく、相手が何者であろうと必要あらば相手を打倒するという信念だ。

 それはある意味、魔術師としての考え方に似ていると言える。

 

「それとも凛、君は君が召喚したサーヴァントを信用できないかね?」

 

「いいえ?それこそ、先の戦闘でしっかり見せてもらっているわ。ただ私は、私のサーヴァントが貶められているような発言に少し腹が立ったってだけよ」

 

「む……、浅慮な発言をしたのは私だったか。これは失礼したマスター」

 

 凛の返答が予想外だったからかアーチャーはわずかに怯み、しかし素直に謝罪する。凛は不機嫌そうに顔を背けるも、満更でもなさそうである。

 

「まあ、それはともかく問題はあの魔獣よ。聖杯戦争中だからこそ対処のしようがあるのは確かなんだけど、そもそもが聖杯戦争の空気に引き寄せられたとか言ってたわよね?」

 

「正確には『引き寄せられてきたが、残されたわしは暇してんのよ』だな。残されたというからには、恐らくやつ一匹というわけではなかろう」

 

「うわぁ……、最悪の場合、あんなのがもう一体いるってことよねそれ。……正直私個人としてはできるだけ関わりたくない。聖杯戦争参加者としても同様。魔術師としては、お誂え向きにサーヴァントという最高の使い魔がいるんだし標本としてとっつかまえるって選択もありだと思う。冬木の管理者としては、何もしないでいてくれるんなら関わらない、一般人に被害を出すというなら討伐する。ってところか……」

 

「で、結局君はどうするつもりだ?」

 

「……一先ず、嫌だけど綺礼のやつに連絡しておくか。引き寄せられた理由が聖杯戦争にあるなら、あいつにも対処義務はあるでしょ。とりあえず現状は様子見、一般人を襲い始めるようなら、討伐報酬でも出して聖杯戦争参加者に討伐要請をかける。平時ならいざ知らず、サーヴァントを連れてる現状なら対価次第では喜んでやってくれるでしょ。報酬は綺礼持ちにさせる。あくまでも聖杯戦争にちょっかい出してくるだけなら基本放置かな。ちょっかい出されたマスターには悪いけど自分で対処してもらいましょう」

 

「そういうことを言っていると、言った本人が一番被害を被ったりするのだがな」

 

「一番“に”被害を被ったけどね。まあその時は仕方ないわ、生け捕りか最悪剥製にして売ればいい値するでしょうし、それはそれで価値はある!」

 

「凛、君は……いや、何も言うまい」

 

 その時に骨を折ることになるのは自分なのだろうという予感をひしひしと感じつつ、そうならないことを切に願うアーチャーであった。

 




凛アーチャー視点にて説明回的な感じ。
とらに対する扱いとか、その辺の。
幻想種について調べ直してたら予想以上にとらの存在が神話寄りで驚いた。
1000年クラスだと魔法と同格とされてるとか。
型月的にどの程度の扱いが妥当かわからんので、
話の都合がいい程度にしてます。

ちなみに、とら誕生がおよそ2100年前。
シャガクシャ時から考えるとおよそ2500年前。
獣の槍ができたのはおよそ2300年前。
くらいのはず。


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03.序奏-ランアップ-

「おお、起きられたか蒼月殿」

 

「あ、どうも一成さん」

 

「うむ、昨日はよく寝られたかね?」

 

「もうグッスリ!それより昨日は急に来たのに泊めてもらっちゃってすんません」

 

「それは問題ないと言ったろう。それに、後から聞いたのだが蒼月殿のお父上はかの大宗門、光覇明宗の住職だと言うではないか」

 

「親父のこと知ってんのか!?」

 

「いや、私の兄、零観が以前お世話になったそうでな、その際の礼を未だ返していないと言う。むしろ今の今まで忘れていたらしく、こちらこそ申し訳が立たないと云うもの。こちらとしては此度の滞在に加えて何か礼をさせてもらいたいのだが……」

 

「いやいや、そんないいって!おれとしちゃあ寝る場所と飯食わせてもらってるだけで十分ありがてえよ!」

 

 朝方から騒がしく聞こえてくる会話。普段から50人からなる修行僧が生活する柳洞寺であるが、騒がしいというようなことはそう在るわけでない。会話している片割れ、柳洞一成の父及び兄は割かし以上に声の通る人ではあるが、僧侶という立場上騒がしいと評されるようなことは然程しているわけではない。少なくとも朝から、という注釈は入るが。

 

 ともかく、朝からそのような騒がしくなっている原因は、昨晩突然に訪れた一人の少年である。名を蒼月潮というらしい。どう言い繕ってもみすぼらしい格好で、ただ一本の槍を携えてやってきた面妖としか言いようのない少年だ。会話を盗み聞く限りは、柳洞寺とは違う宗派ではあるものの、歴とした寺に住む住職の息子のようである。

 

 なるほど、そういうことであれば、ともすればあの槍はその寺に伝わる由緒正しき宝具と言う可能性もある。

 

 ――と、キャスターは思考する。

 

 昨晩、門番を任せたアサシンを素通りして結界内で宝具の気配を感知した時には敵サーヴァントの侵入を許したかと身構えたほどであった。しかしサーヴァントの気配はせず、伺い見ればそこにいたのは一人の少年。敵の罠なのか関係ないのか困惑しつつも、状況確認のためとアサシンに聞けば、サーヴァントでなかったから通したなどと飄々と言い放つ始末。キャスターがルール違反を犯してまで召喚したサーヴァントであったが、こいつはこいつで味方のはずがなかなかの曲者であり、戦力としては申し分ないがキャスターの頭痛の種となっている。

 

 そして、此度の蒼月潮なる少年もまた、新たな頭痛の種となっていた。

 結界内故に感知出来た槍の神秘性は、神代の魔術師であるキャスターをして驚愕させるほどのものであった。少なくとも、自身の時代より古くから存在していることは確実であろうことは感じ取れた。そして、恐らくは退魔の系統に属するであろうことも。最悪の場合には自身の魔術を無効化し、この柳洞寺に張られている結界ごと消滅させられることすら想定せざるを得ない代物。そんなものをよくわからない十半ば程度の年齢の少年が持ってきたことが、キャスターを困惑させていた。

 

 正直、利用できるものであれば利用したいと考えている。けれどそう簡単に手出しがし難いのもまた事実であった。かの少年が槍の担い手であった場合、下手をせずとも多少の損害が出ることが予想される故に。

 まだ幼いため、発展の途上であることは確かだろう。もし相応の実力を有していたとしても、少なくともサーヴァントのランサー以上の実力があるとは考えにくく、サーヴァント二騎で御せぬことはまずありえない。けれど同時に、槍の力は想定だけであり、どれほどの神秘を内包した宝具かわからない現状で、それだけの労力を割くべきかと考えれば答えは否。魔術により洗脳し操ることができればそれが一番であるが、槍が退魔の系統であることを考えると、洗脳が効かない可能性もある。洗脳が効けばそれはそれで御の字だが、効かなかった場合には問答無用で敵と認識されるのは確実だろう。そうなるとまた問題となるのがリターンとコストが見合うかどうかの話になってくる。

 

いや、そもそも手を出すことが前提となっているのがおかしいのだ。結局のところ、彼は聖杯戦争に関係のない存在。利用できれば手駒は増えるが、不確定な要素に余計な労力をかけるような余裕があるわけでもない。むしろ厄介な敵が増える可能性があることを考慮すれば、手を出さない方がいい。

 

――と、ここまでは自分たち側の都合の話でしかない。

 

 翻って見れば、そもそもあの少年は一体この場所に何をしに来たのだろうか。旅行途中にふらっと立ち寄り、少し滞在し、またすぐどこかにいってくれるのであれば、触れない方がいいかもしれない。

 けれどもし、聖杯戦争に関わろうとしてこの地に来たのであれば?

 その場合は非常に都合が悪い。いずれ何かしらの理由で関わることは確定であり、下手をすればこの柳洞寺に潜んでいることにすでに気が付いているかもしれない。……いや、その場合は気付いていると想定した方がいいだろう。

 

 結局のところ、情報が無さすぎるのだ。故に、聞き耳を立てる。

 ここ柳洞寺は既にキャスターの陣地と化している。柳洞寺内の出来事は手に取るようにわかるのだ。まだ慌てるような時間ではない。

もう少し情報を集めてからでも、判断は遅くはない。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 静寂が満たされた道場内。素手で対峙する男二人。

 緊迫した空気の中、先に動いたのは法衣の男だった。10メートルはあろうかという距離を一歩にて零に詰める。と同時に、攻撃の予備動作を始める。おそらくは掌底。真っ直ぐ一直線に少年に迫る其れは、実戦に向くものではないが、基本に愚直なまでに忠実な、綺麗なものだった。那由多と繰り返された動きなのだろう。全くのブレがないその所作は、男の身体の髄まで刻み込まれているに違いない。故に、速い。達人の域に達するだろうその動きは素早く、対峙者が素人であれば何が起こったかわからぬままに打ちのめされるだろう。素人では把握し得ぬ速度を――けれど、少年はむしろ遅いとすら感じていた。少年は今まで、人知れず妖怪を退治し幾多の死線を潜って来た経験を持つ。今までに戦った妖怪の中にはこの数倍の速さを持つものすらいた。何より、共に旅する相棒が出会う何モノよりも速いのだ。そんな妖怪と旅し、常に危険に晒されている少年にとって、この程度の速さを見切ること等造作もない。

 

「――――うがッ!?」

 

 けれど、見切れたからといって避けられるとは限らない。何より彼の真価は槍を持ち、妖怪を相手にした時にこそ発揮されるものだ。

 

 

 つまり、素手の蒼月潮はあくまでもケンカの強い中学生でしかないのである。

 

 

 

 潮が宿泊の代金として何かしたいと提案した結果、提示されたのは修行僧の組手の相手であった。その程度ならと請け負った潮であったが、予想外に柳洞寺の修行僧は強かった。槍を持てればまともに戦えたのだろうが、そんなことができるはずもなく、逆に稽古をつけられるような状態となってしまい、最終的にはのされていた。気が付いたころには組手は終わっており、修行僧たちはそれぞれほかの修行へと移っていた。それに気付いた潮は邪魔をしないようソロソロと道場を後にする。

 

 気がつけば夕刻に近い時間になってしまっていた。

 昨晩この柳洞寺に辿り着き、山門をくぐった瞬間からこの場の空気の異様さは感じ取っていた。早めに周辺の様子を確認しようとも思ったが、どうも結界自体に人に害をなす気配が感じず、後回しにしていたのだった。槍は相変わらず警戒しろとは訴えてくるものの、明確な反応を示すことはない。一先ずはと、適当に周囲を見てみるかと柳洞寺内を歩き回ってみるも、特にめぼしいものもない。木々に囲まれたこの場にあるのは柳洞寺そのものと池程度のもので、それ以上何かを探そうと思えば森に足を踏み入れる以外にない。森の中に入るのは柳洞寺の人々に話を聞いてからでもいいか、と柳洞寺外の探索のため、山門を潜り、階段を下りようとして――。

 

「童子よ、何か面白いものでも見つかったか?」

 

 唐突に、声をかけられた。

 

「うわっ!?……え、あれ?あんたどこから……?」

 

 先ほどまで人の気配すらなかった場所に、一人の男が立っていた。藍の美しい、雅な陣羽織を羽織ったその姿は、現代にすれば異様。けれど、山門を背後に佇むその姿は一つとの完成された絵画のようにすら思わせる。

 

「先ほどまで寺の連中と手合せしておったろう?どうだ、私とも手合せ願えんか?此度はその槍も使って、な」

 

 侍だった。

一振りの五尺余りもあろうかという長い刀を携えたその姿は、見紛うことなく侍であった。その侍から放たれるそれは、言葉遣いこそ提案であったが、その実彼の言葉には有無を言わせぬ気迫が込められていた。

 

「ち、ちょっと待ってくれよ!一体何がなんだか……」

 

「私は剣を嗜むのだがなかなか相手をしてくれるものがいなくてな。童子の実力を測る意味もあるが、単純に私が楽しみたいのよ。付き合え」

 

 

 ――駕禁――

 

 

 と、鉄と鉄が擦れ合う音が響いた。

 言うが早いか、何の構えを取っていなかったはずの侍から放たれた一撃。蒼月潮は反応できず――けれど、槍が独りでに防いでいた。

 

「ふむ、奇怪な槍よ」

 

「ああもう!怪我しても知らねえからな!」

 

 その一撃で、相手が話を聞く気がないと潮は判断した。今までも話を聞かず襲いかかってくる相手は数知れずいたが、そういう手合いは少しやり合って怯ませれば何とかなる。今回もその程度でいいか――なんて、軽い考えでいた。

 

 潮が槍を握ると、突如彼の髪が身長を超えるほどの長さまで伸びる。そんな光景に、侍は目を見張るも、同時に潮から発せられる先程までは感じなかった希薄に興味を持ち始める。

 

「げに珍妙な童子よ」

 

 侍は自然と笑みを浮かべ切りかかってくる。潮は今度こそしっかり反応し、受け流し、攻撃に転じようとし――、それより早く放たれた攻撃を避けるために身を転がす。辛うじて避けたが、それでも頬を掠めた剣先。一瞬でも回避が遅れていれば首が落とされていただろうその一閃に、潮はぞっとする。

 

 手合せ?真逆。これでは只の殺し合いだ。先程まで修行僧達と行っていたような、負けても最悪気絶するだけのような日常とはかけ離れている。

 

 怯ませればなんとかなる?何をばかな。自然体で、当たり前のように軽く放ってくる侍の一閃は全てが文字通り必殺。

 

 飄々とした物言いでこそあったが、潮は数合で彼が本気であることを理解した。手合せをしたいと言ったのは真。実力を測りたいと言ったのも真。彼自身が楽しみたいと言ったのも真。彼は別に嘘など一つも言っていない。彼が手合せと言った言葉を潮が軽く打ち合うだけと勘違いしたに過ぎない。それはいい。いや、もちろんよくはないが、良いということにしておいて、だ。相手の意図が理解できない。なぜ自ら死線に身を寄せるようなことをするのか。そもそも素性すら知れない相手のことを理解できないのも当然ではあるが、しかしこの場合、潮は侍のことを知ったうえでも理解はできないかもしれない。

 

 目前で剣を振るう侍の動きは、常人を遥かに卓越したもの。僧たちの動きで既に常人には理解及ばぬものであった。けれどそんな僧たちでさえ、この侍の動きと比べれば赤子の如き所作と判じざるをえない。それほどの実力を持つ侍相手に、潮は防戦一方となっていた。――いや、防戦一方であれど、持ちこたえていると言うべきか。

 その剣閃はさながら獲物を狙う燕の如く空を奔る。

 

 一閃が最速。

 一閃が必殺。

 

 故に、防戦一方とはいえ、それらを全て躱し続けているだけでも潮の実力は理解できようというもの。しかしやはり、それだけでは満足できまい。侍は唯仕合いたいだけではない。死合える相手が欲しいのだ。極微の死。瞬間の生。刹那の美を感じ得る相手こそが彼の望みだ。

 ひるがえって少年の実力はどうか?かなりものであることは確かだが、しかし、まだ足りない。

 速さが足りない。

 力が足りない。

 経験が足りない。

 覚悟が足りない。

 見張るべきものを持ってはいるが、まだ習熟しきってはいない。遥かな頂。究極の一となる素質は持っているが、彼はまだその途上であろう。

 将来、大樹と成り得る新芽。

 

 ――もの足りない。

 

 ――勿体ない。

 

 と、侍は感じた。

 

「ここで摘み取るはあまりに贅沢が過ぎるか」

 

 そんな呟きとともに、侍は剣を止めた。彼の動きに潮は警戒を続けるも、率先して動こうとはしない。そも、潮には相手の意図すら理解できず、仕合う理由など元からない。理由もなく殺し合うような酔狂な性格はしていない。手を止めてくれるというのであれば、潮としてはその方がありがたい。

 

「この程度でよかろう?キャスターよ」

 

「いつ勝手にやめていいと言いましたかアサシン。と言いたいところですが、まあ許しましょう。……それにしても、その歳でなかなかの強さね、坊や」

 

 虚空に投げかけられた侍の言葉。それに返したのは、闇から出でたフードをかぶった女性――柳洞寺に住んでいる一人、葛木宗一郎の妻として紹介された女性だった。

 

「あんた、一体……」

 

 戸惑いながらも、潮は耳聡く彼らの互いの呼び名に気付いていた。

 

 アサシン。

 

 キャスター。

 

 そして、ランサー。

 

 それら名称の意図するところまではわからないけれど、何かしら共通する記号のような印象を受けた。

 

「蒼月潮。今日一日、貴方のことを見ていたのだけれど……、この街で起こっていることについて知りたいようね」

 

「な、何か知ってるのか!?」

 

 昨日も似たようなことを聞かれたことを思い出す。

 

――この街の空気に気付いているか?

 

 

「ええ、とてもよく。……お話しするわ、何が起こっているのか、私たちが何者か。その話を聞いた上でいいから、もしよければ私たちに協力してもらえないかしら?」

 

 そうして、潮は知ることになる。この街で起こっている事。聖杯戦争という名で行われる儀式のことを。

 

 




キャスター視点でちょっと説明回?
獣の槍が気付かれやすいとか、でも詳細はわからんとか、
そこらへんの加減はとらに対する印象と同じく都合のいいように。
あと、紫暮さんと零観さんが知り合いとかあってもおかしくないかなとか、
何となく思っただけで特に意味はない。


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04.縁-スコア-

 昨日、アーチャーと呼ばれた赤い弓使いと赤い少女との遭遇は、とらに興味を抱かせていた。会話しようとしたところにあの不意打ちを受けたこと自体は、怒髪天を衝く寸前までに苛立たせていたが、それはそれ。潮には勝手にしろと言った手前、合流するような考えは今のところないが、しかしとらもこの街で起こっていることを探り始めていた。

 とらは“匂う”場所を飛び回った。街のはずれの森と、森全体を囲むように張られている結界。住宅街立ち並ぶ中に見つけた、異様な雰囲気を放つ屋敷二つと、同じく屋敷を囲むように張られた結界。結界と森を鎧のように着込んだ寺。獲物を捕えんと結界張り巡らされた学校。結界こそ張られていないものの、妖しい空気を孕んだ教会。そして、この公園。ほかにも、ガス漏れ事故と称され封鎖されているビルや、殺人事件現場と言われている家など――今まで出会ったことのない存在。曖昧な、それでいて強固な存在、姿形こそ人間だが、明らかに異なるモノ、けれど妖とも違う、とらの知る限りであれば、幽霊と例えるのが最も近いのではないかと考えている――ソレらの残滓が、感じ取れた。

 

 凡そ2000年。詳細な年月など些末事でしかなく、どのようなことがあったかなど余程印象的な出来事以外は摩耗し切った記憶ではあるが、それでもそれだけの年月生きてきた経験は馬鹿にはできない。あらゆる体験から様々な知識を身に着け、人の一生程度では知り得ない事柄を数多く知っている。けれど、その経験の中においてもソレに似ていると感じる存在はなかった。

 とらはその外見と言動から粗暴で暗愚と思われがちだが、実際はその正反対と言える。戦いでは普段は力押しが多いものの、それは其れこそが己の強みだと自負している故に過ぎない。必要あらば策を弄し、小細工を仕掛け、騙り、騙す。日常においても、閉じ込められた500年の間にとらの知る世界とは別物のように変化し、最初こそ戸惑ったものの、今ではそんな世界を楽しみ学習し、彼なりに節度を守り適応している。それは高い知能を持つ証左と言えよう。

 

「500年もの間閉じ込められていたんだ。あいつも気になってるみたいだし、少しぐれえ楽しんでも良いだろ」

 

 面倒くさい、と最初は思った。厄介事には関わりたくないし、関係ないことに巻き込まれるのは御免だと思う。

 

 ――それは、高い知能故だ。

 

 けれど、“楽しそうに”している者達を引っ掻き回し、暴れ回るのは好きだったりする。

 

 ――それは、彼の性格故だ。

 

 2000年生きてそれでもなお出会ったことのない未知の存在に対する忌避感。

 

 ――それは、生物の本能故だ。

 

 同時に抱く、未知の存在に対する好奇心。

 

 ――それは、知能持つ者の性だ。

 

「なにもんだ、てめえ」

 

 最初に訪れたこの公園。再度ここに戻ってきたのは、冬木の中で一番匂いが強かったから――ではない。

 

 誘われている感覚が在ったからだ。

 おそらくは、昨日出会ったアーチャーと呼ばれる存在か、その同類。明らかに、ここにいるぞと発してくるそれは、誘い以外に在り得ない。喧嘩を売っていると言ってもいいほどに強烈な其れは、ある意味殺気と相違ない。

 

「ほう、人語を解するか獣畜。しかし獣風情が王に対しその言辞、無礼に過ぎるぞ」

 

 現れた一つの影。人型を模したその存在は、確かに昨日の者と同類に違いない。けれど、五感に訴えかけるその圧力は格が違った。存在の核から違った。金の鎧を纏いし彼の第一印象は傲岸不遜。とらをしてそんな感想を抱かせるその存在は自らのことを王と称した。朱い輝きを放つその相貌は神に等しき美を内包し、見た者全てを魅了し跪かせるだろう。存在そのものが忠誠を誓うに値するカリスマを擁しており、そこに他者の感情が介在する余地など皆無。しかし、そんな彼の眼は己以外の存在を塵芥程度にしか認識していない。

 

「あん?王というには、その程度も許せねえたあ随分器のちいせえ王だこったな」

 

 そんな脅迫が如き神聖さを前にして、しかしとらは、己が同等の存在とでもいうかのように、不遜に振舞う。

 

 王とは、人の世を統べる存在だ。

 

 神とは人が崇め奉る存在だ。

 

 その“人”に仇成す妖怪が、王に傅くはずもない。

 

「よく宣うな獣畜。しかしこれは我が反省すべきか、このような下等生物に我の偉大さ等理解できようはずもなかったな」

 

「理解したくもねえな。わしは化物だぜ?人の理なんざ知ったことじゃねえ。王だろうと何だろうと、わしに喧嘩を売るやつはぶち殺すだけよ」

 

 ――相容れない、ととらは感じた。

 

 元より、人の頂点に立つ王という存在であるに加え、彼の者は英雄なのだ。

 

 英雄は人に仇成す存在を討破る存在。

 

 化物を打倒し人々を救う英雄と、倒されるべき化物。

 

「獣畜どころか害獣であったか。本来ならば害獣の駆除は民草の仕事なのだが、手に負えんと成れば仕方ない。我が自ら駆除してやろうではないか」

 

「今までにも、似たような言葉は嫌になるほど聞いてきたぜ?」

 

「感涙し逝くがいい」

 

「てめえがな――!!」

 

 先に動いたのはとら。突進と言い表しても違和感ないほどの勢いで、とらは金の王へと迫った。数十も離れていた距離を詰めるは、瞬きよりも刹那。そして、詰めると同時に振り上げられる腕。鉄をも切り裂く爪の斬撃は、けれど王に容易く弾かれる。気にせず、二撃、三撃と攻撃を続けるが、王は躱し、去なし、何処からか取り出した手に掴みし剣を振り下ろす。それをとらは、身体を捻り躱し、素早い動きで翻弄せんと駆る。

 

 やりずれえな――と、ポーカーフェイスを崩さぬままとらは舌を打つ。何が、と明言こそ出来ぬものの、普段戦う際とは明らかに異なる重圧を感じていた。ソレは、獣の槍を相手取る時にも感じられる、見えない何かからの重圧。恐らくは同種のものだろう、ととらは勘だけで判ずる。

 

「どうした、その程度か獣畜」

 

「うっせえんだよ金ぴか野郎!」

 

 奔り、跳び、駆けるとらに対し、相手はほとんど動くことがない。威嚇程度に放った攻撃は去なし躱され、フェイントには無反応。隙を見つけ一撃を入れようとした瞬間、在り得ないはずの方向から剣や槍が飛んできて阻止される。

 

「くらいやがれ!!」

 

 と、とらの口より吐き出されるは灼熱の業火。燃ゆるもの全てを焼き尽くさんばかりのその炎を浴びれば、いかなる生物であれ一溜りもないだろうその攻撃、しかし――。

 

「温いな」

 

 炎散った後にもその場に、何事もなく佇む金色の王。

 

「これならどうでえ!!」

 

 と、とらの全身より放たれる雷。天より墜ちる其れに匹敵する輝きは、一瞬にして身体を内部から焼き尽くし細胞から崩壊させる一撃。

 

「ふん、つまらぬな」

 

 それすら効かず、平然と、厳かに佇む人の王。

 さて、どうすっかなぁ……と、動きは止めず思考する。只者ではない雰囲気は感じていたが、しかしここまでとは思い至らなかった。

 様子見程度に考えていたが、それはイコールで手加減していたということにはならない。ジャブ程度に繰り出される攻撃ですら死に至らしめるほどの威力を持ち、軽く走った程度の速度ですら、瞬きするよりも刹那である。それらに軽く対応できることこそが、眼前の男が英雄である証左にほからならない。

 

 そんな金の獣と金の王の交わりは、慮外のことだった。

 それは誰も予期せぬ邂逅で。

 互いの間に礼儀など欠片もなく。

 言葉は不躾にもほどがあり。

 そして何より、急劇だった。

 

「飽きた」

 

 唐突に呟いた、そんな一言。

 その声をとらが聞き取った時には、既に王の全てが完了していた。

 

「な――――」

 

 王の背後から突如として現れた、数多の武器。

 剣。

 槍。

 斧。

 鎌。

 矢。

 まるで統一感のないそれらは、何もないはずの虚空から生えるように現れていた。

 

 ヤバい――。

 と、思った瞬間には、既に内の一本が体を貫いていた。

 

「が――ぁッ――――」

 

 身体に穴を空けられながらも避けようと体を捩り、篠突く雨の如く降り注ぐ武器の中を掻い潜り――けれど、傷負った身体は思った以上に動かなかった。

 

 平時であれば、身体に穴が空こうとも四肢千切れようとも衰え知らぬその体躯。それほどに頑強な身体を一撃にて弱らせた其れは、名も無き武器だった。おそらくは持ち主たる王でさえ名を知らぬ其れ。万に一つも意図はなく、一欠けらの理解もなく選択された其れは――皮肉にも、一本の槍だった。

 

「――ッ――――ァ――」

 

 次いで次々体抉る武器の数々。一瞬の怯みが決死を分ける致命傷となり、数多の武器がとらを地に縫い付けて、縫い付けた先から消えるそれらをなぞる様にまた武器が突き刺さる。

 

「ッ―――――――――」

 

 そして、終に刃の雨が止んだ時には、その体は千々となっていた。身体の部位毎以上に細かく分けられたそれらは、既に原型解らぬただの肉片としか判じえない。

 

「ほう、まだ息があるのか。しぶといやつよ」

 

 それでもまだ、とらは生きていた。それどころか、津波の如く押し寄せる衝撃に幾度となく意識が飛びそうになりながらも、それでも意識を失ってすらいなかった。

 

「――ん?言峰か。……ふん、後は知らん、勝手に逝くだろうさ。心配ならばお前が止めを刺しに来ればよかろう。害獣退治にここまで我の宝を使ってやったのだ、奉謝されこそしても文句を言われる筋合いはない」

 

 一指動かす力もない身体で、ただ誰もいない虚空に向かい一人話す王の声を聞き、姿消え去るその瞬間をただ見送った。

 

 屈辱だった。2000年以上生きてきて、それでもこれほど虚仮にされたことは一度もない。戦い方も何もない、武器を飛ばすというただそれだけの攻撃。しかし圧倒的なまでのそれ。蹂躙という言葉がこれほど似合う攻撃はないだろう攻撃で、とらはその通り完膚なきまでに蹂躙された。これまで蹂躙する側にいたとらにとって、それはこれ以上ないほどの屈辱。

 

 腸煮えくり返る怒りを刻む。

 煮えくり返る腸の無いその身に刻む。

 心に刻む。

 魂に刻む。

 

 そうして、とらは敗北し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、珍しい生き物ね。こんなになってまで生きてるなんて……バーサーカーとどっちが強いのかしら?」

 

 

 

 雪のような少女と、出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応、当然ですが獣の槍ではありません。
獣の槍の原点とされるような同じような性能を持つありえないはずの名前のない槍です。
訂正→獣の槍の原点とされてもおかしくないような同じような性能を持つありえないはずの名前のない槍です。
在り得ないはずだけどまあギル様なら持っててもまあおかしくないかなと。
あと、書いてる通り狙ってその槍を出したわけではなく、
恐らくは魔獣系に効果が抜群なやつ投げときゃいいだろう程度でしょう。

あと、今更ですが感想返しは活動報告にてさせていただきます。
真勝手ながらご了承願います。


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05.夜-フェイト-

 聖杯戦争。

 此度で五回を数える冬木の聖杯戦争は、7人のマスターと7体のサーヴァントによる殺し合いにて勝者を決める。勝者には万能の願望器である聖杯が与えられることとなり、どのような願いでも叶えられるという。

 そんな聖杯戦争に参加する彼ら彼女ら、7人のマスターと7体のサーヴァントは、それぞれ思惑を抱き参加者となる。

 

 辿り着くため。

 待望を叶えるため。

 過去をやり直すため。

自尊心を満たすため。

 役割を果たすため。

 日常を得るため。

 過ちを正すため。

 勝利するため。

 楽しむため。

 信念のため。

 戦うため。

 己がため。

 

 そんなところに現れた、一人と一匹。

 とある妖怪を倒すためだけに2000年前に創られた、現存する宝具ともいうべき獣の槍。その槍の現代の担い手である蒼月潮。

 そんな少年に憑いており、獣の槍と深い因縁を持つ生きた神秘そのものであるとら。

 

 彼らはそれぞれ思い思いの行動をとり、聖杯戦争へと関わっていく。それが、彼らの意図するところのあるなしに関わらず。最初こそ、些細なことかもしれない。けれど、その影響は加速度的に増加していき、例えば、彼らが訪れなかった世界とは大きく異なった運命へと導くだろう。

 

 

 

 

 弓道場の掃除と道具の手入れに集中していて、気付けば日が暮れていた。片づけを終えて外に出る。暗くなった学校は、すでに人の気配はなく電灯の付いている教室は一つもない。そんな学校内に聞きなれない音が響いていた。音に引かれ足を向けた先に在ったのは――。

 

 

 ――しかし、それでも決して変わることのない夜がある。

 

 

 確かに刺されたはずだった。振り向いた瞬間、一突きにされた心臓。その証拠に、足元には血だまりがあり、服は胸の部分に穴が開いている。訳が分からず思考は全く追いつかない。とにかくこのままにしてはおけないと思い、朦朧としたまま近くの教室から掃除用具を持ち出し床の血だまりを掃除した。近くに落ちていた赤い宝石を拾い、片づけを終えた後はそのまま自宅へと向かい――。

 

 

 『第五次聖杯戦争が始まった夜』

 

 

 家にまで殺しに来た青い槍兵。普段は失敗ばかりの強化の魔術が辛うじて成功し命を長らえさせた。明らかに手加減し楽しんでいる槍兵に苛立ちを感じながらも、なんとか一瞬を生き残るだけで精一杯だった。ガラスを割り外に逃げ蹴り飛ばされ、転がるように逃げ込んだ先は――。

 

 

 『全てのサーヴァントが揃った夜』

 

 

 もう逃げ場はなかった。土蔵の中は薄暗く、光は入り口から差し込む月光のみ。それすら入り口に立つ男で遮られ、己の身の上に影が落ちる。終わりだと男に告げられるが、それだけはどうしても受け入れられなかった。おそらくは自信を救ってくれただろう赤い宝石の持ち主は誰かわからず、一言の礼すら言えていない。そして何より、この身にはまだ果たすべき義務が在った。そしてなにより――。

 

 

 『最後のサーヴァントが召喚された夜』

 

 

 ――理想が在った。

 

 より多くの人を救い、世界を平和にするという理想が在った。

 

 ――願いが在った。

 

 人を救い、平和のために戦う正義の味方になりたいと願った。

 

 ――憧れが在った。

 

 より多くの人を救うという行為。そのためだけに生きた男の、その生き方に憧れた。

 

 ――想いが在った。

 

 自らを救ってくれた恩人の、その無念を果たしたいと想った。

 

 ――誓いが在った。

 

 理想を追い求めると誓った。

 ついに叶わなかったその願いを叶えると誓った。

 あの時感じた憧れを抱き続けると誓った。

 その切実な想いを受け嗣ぐと誓った。

 正義の味方になると誓った。

 

 ――月下にて、誓った。

 

 

 『二人が出会った夜』

 

 

 彼女は魔力の奔流とともに現れた。

 青いドレスに白銀の鎧を纏うそれは少女だった。輝く金色の髪。決意の籠った碧眼。月の光は只そのために在るとでもいうように、闇の中に彼女の姿を浮かび上がらせ、土蔵の空気は只静かに、彼女に傅いていた。

 恐らくは一瞬にも満たない光景。

 けれど、地獄に行こうと一生忘れることのない記憶。

 

 

 『運命の夜』

 

 

「問おう――、貴方が私のマスターか」

 

 

 

 

 

 その夜―運命―だけは、変わらない。

 

 

 




短くてすみません。
ここまででプロローグ、もしくは一章、的な。


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06.意図-トリック-

 朝食を食べ終わった後、意外な人物から声をかけられた。

 

「蒼月潮、と言ったな」

 

 葛木宗一郎。年齢の割には非常に落ち着いた雰囲気で、よく言えば寡黙、悪く言えば近付き難い雰囲気の男性だ。

 

「キャスターから話は聞いた。アレに協力してくれるそうだな」

 

 しかし彼がキャスターのマスターであることを考えれば、彼が潮に接触するのは当然だろう。むしろ昨晩から今まで話をしなかったことの方が意外なくらいだった。

 

「協力と言うか、助けて欲しいって言われた時に助けるだけさ。むしろ俺が協力してもらってるようなもんだしね」

 

 昨晩、キャスターから話を聞いた潮は、最終的にキャスターたちと協力関係を結ぶことに決めたのだった。

  聖杯戦争という殺し合い。魔術師がどうとかサーヴァントがどうとか言っていたけれど、全てを聞いた潮の結論は「よくわからん」。7人の人達が7人の昔の人を召喚して、殺し合いをしていて、関係ない人を巻き込む可能性がある。その程度の認識で、聖杯やサーヴァントという存在の仕組みなどその他色々については聞いたけれど理解できず、

 

『坊やと言ってもさすがにおバカすぎるわよ貴方』

 

『気にするな、私も聖杯とやらの補助を受けていなければ理解しようとも思わん』

 

 キャスターには呆れられ、アサシンにはフォローされる始末であった。

 むしろ潮が気になったのは、キャスターの立場だ。彼女はひどいマスターに召喚され、殺して逃げはしたけれど今のマスターに惚れて、尽くし、このまま日常生活を送れればそれでいいと言う。

アサシンの召喚というルール違反を犯したのはキャスターという座の不利を補い守るための一要素と言うだけで、山門から動くことはできず、柳洞寺の結界も外敵からの守りのみ。降りかかる火の粉は払うがこちらから攻勢に出ることは極力しないつもりだと主張する。

 

『そういうことなら、助けが必要な時には言ってくれ。どれくらい助けになるかはわからないけどさ、他のやつが仕掛けてきた時には一緒に戦うよ』

 

 横で聞くアサシンの意味深な笑みは気になったが、潮はキャスターの言うことを信じた。そうして、能動的でこそないものの潮からキャスターに対する協力関係は結ばれた。

マスターである葛木は実質事後報告と言う形でその内容を聞くこととなったのだが、お前がそうと決めたのならそうすればいい、とただただ受け入れた。

 

「そうか。――しかし、蒼月も学生であることに違いはない。くれぐれも無理はするな」

 

 言葉の真意はわからなかったが、心配してくれていることは潮に伝わっていた。潮はそんな葛木を性格はあわなそうだと感じたけれど、しかし嫌いにはなれそうにないなと感じていた。

 その後、葛木は仕事があるからと柳洞寺を出て学校に向かった。その後ろ姿をキャスターと見送り、自分も街の散策にでも向かおうかと槍を持ち、門を出ようとしたところでキャスターに止められた。

 

「ちょっと待ちなさい坊や、何処へ行くつもり?」

 

「どこって、街中歩いて何か手がかりでも探してこようかなと思ってさ」

 

「こんな朝っぱらから動き回ってるようなやつらなんてそういないわよ。それに、それをそのまま持って歩けば確実に警戒されるわよ」

 

「一応、布巻いてるしわからないかなと思ったんだけど……」

 

「一般人相手でもそんな長物を持ってれば不審物扱いされるでしょうし、そもそもそれだけの神秘を曝け出してる時点で布に巻いていようと絶対に気付かれるに決まっているでしょう」

 

 そう言って指差されたのは獣の槍。槍には布を巻いているが、確かに傍目から見て普通に持ち歩く物としても不審である。それどころか一種の宝具の域にまで達する獣の槍の存在は非常に強く、サーヴァントでなくとも魔術に関する知識が在るものからすれば十分に脅威と判断する代物だ。例え中学生であろうとそんなものを持っていれば警戒されてもおかしくはないだろう。

 

「必要なければ関わろうとしないか、興味を持って襲ってくるか、利用しようと考えるか、それは貴方を知ったマスターとサーヴァント次第でしょうし、それで巻き込まれるのは坊やだから別に好きにしたらいいでしょうけれど、私と宗一郎様にまで被害が及ぶ可能性は看過できません。」

 

「あー。確かにそうだよな、ごめん。でも、こいつを置いていくのは流石になぁ……」

 

「――はぁ、わかりました。ではせめて昼まで待ちなさい。その槍用に隠蔽魔術をかけた物を作ってあげますから」

 

「えっ、いいのか!?」

 

 何か後悔するように溜息を吐いたキャスターはそう提案した。それはキャスターの道具作成スキルを利用したものであり、Aランクの道具作成スキルを持つ彼女にとっては容易いことである。

 ただし――、とキャスターは続ける。

 

「その槍の神秘性を考えると、完全に隠蔽することは難しいでしょうけれどね」

 

「いやいや、それだけでも十分だって!……でも、なんでそこまでしてくれるんだ?」

 

「もし仮にですけれど、貴方がほかのサーヴァントを倒してくれれば私と宗一郎様に対する危険が減りますからね。それに、未熟とは言えサーヴァント相手に戦える戦力が増えるのは助かるのよ。貸しといてあげるから絶対に返しなさいねってことよ、坊や」

 

妖しく笑うキャスター。

 

「うわっ、腹黒いなぁ。そんなことしなくても手伝ってほしいって言えばいくらでも手伝ってやるのによ」

 

「な――――」

 

 けれど、そんな脅しに邪気ない答えを返され、キャスターは呆気にとられた。

 

「いいぞ、もっと言ってやれ童子」

 

「何か用かしら?アサシン。用もなく姿を現していいなんて言った覚えはないけれど?」

 

 そんな二人の会話に割り込んできたのは、藍に染まる雅な着物姿のアサシン。キャスターは忌々しげにアサシンを睨むが、彼は飄々とした笑みを浮かべるのみで気にした様子もない。

 

「かと言え姿を現すなとも言われておらん。誰やらの面白い姿が見れたのでな、少々茶化したくなったまでよ」

 

「面白い姿?」

 

「――ッ!?と、ともかく!!昼には仕上げてあげるから坊やは昼までは外に出ず待ってなさい、いいわね!」

 

 アサシンの言葉を聞いて怒り出し、けれど無視して最後にそれだけ言った後、キャスターは寺の中へと戻っていった。どうして怒り出したのかわからず呆然とする潮の横で、アサシンはくつくつと笑う。

 

「あ奴にはこんな一面もあったのか。一度はつまらん奴と思うたが……ふむ、女はわからんものよ」

 

「なにがどういうことなんだ?」

 

「なに、童子も女を知ればわかる。……いや、わからないのだがな」

 

「はあ?」

 

 アサシンは疑問に答えてくれず、潮はわけがわからず疑問が増えるばかりで、結局まあいいやと気にしないことにした。

 

「ところで童子、昼間で暇なら手合せせんか?」

 

「手合せって、昨日みたいのは嫌だぞ?」

 

「安心せい、本気ではやらんよ」

 

 

 

―――――――

 

―――――

 

―――

 

 

 

「……何をやっているの貴方達」

 

 数時間後。

 山門の前で呆れたように呟いたキャスターの前には、いつもと変わらず優雅に佇むアサシンと、疲れ果て地面で大の字になっている潮の姿だった。

 

「いやなに、運動がてら少し手合せしていただけよ」

 

「手合せってあんた基本の攻撃全部首狙いじゃんかよ!しかも昨日と変わらず真剣だしさ!あと本気ではやらねえって言ったじゃん!」

 

「真剣を使って私のいつも通りの戦い方で手合せをしたまでよ。もちろん本気ではござらん。凡そおぬしが耐えうるであろう程度に手加減はしておる。傷を受けてないのがその証拠にはならんか?」

 

「首狙いの攻撃受けてたら俺死んでるって!」

 

「…………」

 

 潮は悲鳴のような訴えをあげるが、アサシンは小鳥のさえずりを聞くかのように楽しそうな表情を浮かべている。潮はまだ未熟で満足させるような強者ではないが、それでも生涯剣の鍛錬のみで、他者と打ち合うことすらなかったアサシンにとってはそれなりに楽しいものであった。

 対して潮は、しかし文句は言いつつもサーヴァントという存在の強さを認識するためには重要な手合せでもあり、さらには対人間との戦いになれていない潮にとって良い修行になっている。

 

 そんな二人の姿に、キャスターは判断を間違ったかと早くも後悔をし始める。アサシンは自分がルールを破り召喚した存在で、潮は自ら引き入れた存在だが、二人そろって能天気にもほどがある。戦力としては申し分ないと言えなくもないが、頭を悩ましている自分の方が阿呆かと思ってしまうほどに深刻さに欠けていて不安要素が大きすぎた。戦力が増えると同時に悩みの種まで増えるなんて想定していない。

 

「アサシン!貴方は用がなければ消えてなさい!蒼月潮!貴方はもう少し大人しくなさい!」

 

「ご、ごめん……」

 

「……うむ、現世ではヒステリックと言ったか。そのような女は嫌われらしいぞキャスターよ」

 

「ああもう減らず口を!!いい加減にしないと今すぐ存在事消すわよ!?」

 

「それは御免被る。まだ好敵手と出会えておらんのでな」

 

 キャスターの言葉にアサシンは憎まれ口を叩いて姿を消した。アサシンには苛立ちを感じつつも、キャスターは心を静め落ち着きを取り戻す。

 

「さて、蒼月潮。朝に言っていたものよ」

 

 そう言って何もないはずの場所から取り出されたのは、キャスター自身の羽織るフードと同色の大きな布。その布は大人一人を包み込めるほどの大きさで、獣の槍くらいの大きさであれば余裕で包めるだろう。

 

「これには隠蔽魔術をかけてあるから、これでその槍を包めばそうそう気付かれることはなくなるはずよ」

 

「おお!さんきゅな!」

 

 受け取った布で獣の槍を包む。それまでは武器らしい形が浮き出ていたが、余計に大きな布で包んだ分、だぼついて形が分かりにくくなっている。知らなければ長い棒状の何かとしかわからないだろう。

 

「あともう一つ。これも持っておきなさい」

 

 潮が渡されたのは、幾つもの小さな石のブレスレットだった。統一感のない白い石らしきものが幾つも連なっていて、開けられた穴に紐が通されている。一目で手作りとわかる簡単なものだ。

 

「これは?」

 

「こちらから貴方がどこにいるかわかるようになっているわ」

 

「うえー、もしかしてストーカー?」

 

「違うわよ!通信もできるようになっているのよ。貴方は魔術的なものはわからないのでしょう?それをつけておいてくれれば助言はしてあげられるし、何があれば連絡が取れますからね」

 

「おお~、あんたすごいんだな!」

 

「この程度のことで褒められても嬉しくもないですけれどね」

 

 フードで表情は窺えないが、言葉とは裏腹に声色は満更でもなさそうにキャスターは言う。

もっとも、潮に伝えていることに嘘はないが全てではない。蒼月潮の動向を監視するという一番の目的があるわけで、当然本人に言うつもりなど毛頭ない。

そもそもキャスターは蒼月潮のことを信用も信頼もしていないのだ。昨夜のアサシンとの戦闘から彼のことを戦力として使えると評価はしていても、うまく使えれば儲けものと考えている程度でしかなく、それ以上期待しているわけでもない。むしろ彼の行動次第で厄介事を持ってくる可能性もあり、その対策として監視し、助言と言う名の誘導を行うことにしたのだ。

 

 ――あわよくば、サーヴァントの一体とでも同士討ちさせられるように。

 

「さて、渡して早々ですけれどあなたにはやってもらいたいことがあります」

 

「やってもらいたいこと?」

 

「それら魔術道具をあたえているのですから――その対価として、私の命令の一つや二つや三つくらいは聞いてもらってもよろしいわよね?」

 

 そうして、蒼月潮を利用する。

 



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07.疑心-ワンダー-

「――って、ただのお使いじゃねーかよぉ~!」

 

 そんな愚痴を零しながら、潮は坂道を上っていた。キャスターが作ってくれた布に包まれた槍を担ぎ、その槍の先には風呂敷に包まれた箱が入っている。

 時刻はもうすぐで正午となる。――つまり、中身はお弁当だった。

 

『私が届けたいのはやまやまですが、おいそれと学校に行けない理由があるのよ。だからとても、非常に、甚だ不本意ですが貴方に託します。貴方の身に何があろうとそれをとどけるのですよ』

 

 なんて言われ方をするからどれほど重要なことかと思えば、葛木宗一郎に弁当を届けるだけという内容を聞いて肩透かしを食らったような気分となっていた。キャスター本人はむしろ大真面目なのだが、あいにくにも潮にその思いは通じていない。

 

「そんなに行きたいなら自分で行けばいいのによ」

 

『聞こえているわよ坊や。その腕輪には通信機の役割があると言ったのに、もう忘れたのかしら?』

 

「おわっ!?」

 

 唐突に頭に響いた声はキャスターのもの。それは獣の槍を包む布と一緒に渡された腕輪の効果によるものだった。

 

「キャスターか……、あーびっくりした」

 

『テストのつもりで声をかけたけれど、念話に問題はなさそうね』

 

 タイミングがいいのか悪いのか、潮が呟いたその寸前にラインを繋いだところのようだった。

 

「しっかしあんたほんとにすげえな。こんなの半日で作っちまうなんてさ」

 

『この程度の魔具で褒められても――と言いたいところですけれど、どうせ理解できないでしょうし、言葉そのまま受け取っておいてあげます』

 

「……嫌味言われてる様にしか聞こえないんだけど」

 

『そう言ったのよ。それすら理解できなかったかしら?』

 

「ひでえなぁ……」

 

 キャスターとしては、魔術師の英霊として呼ばれたのだからこの程度当然だ、と言いたいところなのだが、先に察した通り、魔術師の存在すら最近知った潮にその意味が解ろうはずもない。しかし、キャスターがたった半日で作り上げたそれらは現代の魔術師が聞けば仰天してもおかしくない代物だ。時間をかければ同様の物を作り上げる魔術師はいるだろうが、半日で作り上げる者はまずいない。故に、その所業はキャスターなら当然ともいえるし、同時にキャスターだからこそとも言える。そういう意味では潮の賞賛は的外れではないのだが――、しかし再三になるが、潮がそこまで理解しているはずもない。

 

「ところでさ、ほんとにそんなに行きたいならどうして自分で行かないんだよ?」

 

『はあ……、私の存在がどういうものか、この街で何が起こっているのか忘れましたか?』

 

「さすがに覚えてるよ。俺のことどんだけ馬鹿だと思ってるんだよ失礼な奴だな。……理解してるかは怪しいけどさ」

 

『ならわかるでしょう?出歩けば襲われる可能性が高まる、それだけよ。もちろん隠蔽などで誤魔化すことは可能ですけれど、それも完ぺきというわけではありませんからね。あなたのその槍ではないけれど、どれだけ隠そうと残り香は消せない。ましてやサーヴァント同士となれば気付かれる可能性は格段に高くなるわ』

 

「ふーん、そういうもんか」

 

「そういうものよ。――まあ、それだけではないのだけれどね」

 

「他にも何かあるのか?」

 

「ええそうね……、行ってみればわかるのではないかしら?」

 

 意味深に笑うキャスターは気になるがどうやら答える気はないようだった。いずれにせよ、行けばわかるというのであれば無理に聞き出す必要はない、と潮は学校へと続く坂道をのぼる。

 住宅街の中を通るこの道は昼間ということもあり人は多く、また部活動か補習か学校へ行く生徒、帰る生徒がたびたび見られた。少々長い坂道となるこの通学路は毎日通う生徒にとっては憎らしい相手だが、初めて通る潮にはそれなりに新鮮な気分を味合わせていた。その一番の理由は、眼下に一望できる町並みだろう。ここまで通って来た家々立ち並ぶ深山町は当然のことながら、新都と住宅街を結ぶ冬木大橋、そして新都に立ち並ぶビルすら眺めることができるこの光景は、住み慣れた人ですら時折はっとさせられることがある程度には美しい。

 そんな道のりの先に在るのが私立穂群原学園だ。生徒の自主性を重んじる自由さが校風であるためか部活動は一般の学校よりも活発で、特に弓道部が優遇されているようである。休日特有の響く部活動の掛け声と、まばらに聞こえてくる生徒たちの話声がそれらしさを醸し出している。そんな雰囲気に、潮は自分の通う学校を思い出し、そして友人たちのことを思い出していた。それほど長い間離れているわけでもないが、それでも懐かしさを覚えて「あいつらは今頃何してるかなぁ」なんて思いに浸る。

 他校、しかも自分より年長の人達が通う場所とあって流石に潮も少し緊張しつつ、

 

「おじゃましまーす」

 

と誰にともなく声をかけて正門を跨いだ、その時。

 

 

――キイイィィィィィィン――

 

 

 唐突に、槍が哭いた。

 

「うおっ!?」

 

『な――!?』

 

 一瞬、近くにいた生徒数人に目を向けられたが、キャスターの作ってくれた風呂敷のおかげかすぐに興味を失ったようで自分のやるべきことへと戻っていく。変わらぬ日常。平穏な光景。先程と何も変わらぬ中で、唯一潮の纏う空気だけが変わっていた。

 

 

『蒼月潮、今のは何ですか』

 

「獣の槍が反応したんだ。近くに妖怪がいれば今みたいに槍が教えてくれるんだ。……つまり、この学校に妖怪がいるんだな?」

 

『正確にはサーヴァントよ。――けれど、同じサーヴァントである私やアサシンにそこまでの反応をしなかったところをから考えて、反応した相手のサーヴァントはそういう類のモノのようね』

 

「なんかねっとりするようなイヤーな感じがするんだけどさ、これってもしかしてなんか結界みたいなの張られてたりするのか?」

 

『そういうところは鋭いのね、坊や。結界の邪魔をしている子たちのおかげで大分薄れているのだけれど……。ええ、その通りよ。そして、私が直接行かなかった理由。誰彼かまわず隠す気もなく害意を醜悪に放つこんな結界の中に誰が入るものですか』

 

 吐き捨てるように言うキャスターの言葉には苛立ちと嫌悪が滲み出ていた。

魔術師としての、このような隠す気もないお粗末な結界に対する苛立ちと、彼女の美学に反する唯喰いつくすことを目的とされた結界に対する嫌悪。それ自体は、むしろ『私ならもっとうまくやる』という意図すらこめられたもので、本来潮には隠しておきたい部分でもあるのだが、幸か不幸か潮はその言葉を『関係のない人を巻き込むようなことをするなんて』という正義感的言葉と受け取った。

 

「確かにゆるせねえな。……でも、あんたこれを知っててどうして葛木さんを学校に行かせたんだ?あんたなら止めそうだけど」

 

『止めたに決まっているでしょう。マスターがサーヴァントも連れずに一人のこの子で歩くなんて正気の沙汰じゃないわ。……でも、宗一郎様にあんなことを言われたら――』

 

「あー、なんかもうわかったからいいや」

 

 うんざりした表情を浮かべながら潮は進む。

 

「もちろん、何もしていないわけはないわよ。学校内には監視用の使い魔も置いているし、何かあった時にはすぐに援護できるように――」

 

煉瓦敷きに施工された道に驚きつつ落ち着きなく辺りを見回す。葛木がどこにいるのかはわからないが、とりあえずは職員室に行ってみようと思うものの、その職員室がどこにあるのかさえわからない。それより学校内に自動販売機があるなんて贅沢すげーとか、ベンチが在ったりグラウンドとは別に広場が在ったり公園みたいだなーとか、すでに違うところへ興味が移り始めていた。

 

『目的を忘れてないでしょうね?』

 

「わかってるわかってる。――ん?」

 

 と、そんなとき見覚えのある姿を見つけた。

 

「おーい、ねえちゃーん!」

 

「え――、蒼月……君?」

 

 そこにいたのは柳洞寺に行く途中、道に迷っていた時に案内をしてくれた少女、間桐桜だった。

 

「どうしてここに?」

 

「この学校の葛木さんに弁当を持って行ってくれってお使いを頼まれてさ」

 

「葛木先生に?――ああ、そっか柳洞寺に泊まってるから」

 

「そういうこと。それより、間桐のねえちゃんは?」

 

 そう言う潮の行く視線は桜の着ている袴。

 

「私はこの学校の生徒です。あとこれは弓道着。私、これでも弓道部なんですよ」

 

「へえー、弓道出来るってすげえな!」

 

 彼女が言うには、どうやら今は休憩時間中のようだった。顧問の先生に頼まれて自動販売機に飲み物を買いにきたところで潮と出会ったということらしい。

 

「葛木先生に会いに来たんでしたよね?よければ職員室まで案内しますよ」

 

「案内してもらってばっかで悪いなぁ……でもありがと!助かるよ!」

 

「気にしないで下さい、職員室は弓道場に戻る途中ですから。――頼まれてた飲み物だけ買ってしまうので、ちょっと待っててくださいね」

 

そう言って、桜は自動販売機にお金を入れて目的の飲み物のボタンを押す。押す。押す。押す――。

 

「ってそんなに買うの!?」

 

「私の分も入ってますよ?」

 

「いやそうじゃなくって――、そうだ俺が持つよ。この前のお礼もできてないし、道場まで持ってくよ」

 

「いえいえ、そんなにいっぱい持たせたら悪いですし――」

 

「いいの!女の子が荷物いっぱい持ってんのに、男が手ぶらで横あるけっかい!」

 

 潮は半ば無理矢理に買った飲み物を桜から受け取り、何本もペットボトルを持って歩き出す。多少乱暴にも見えるが、それが照れ隠しであることは会うのが二度目の桜にすらとてもわかりやすくて、思わず笑みがこぼれた。

 

「あの――」

 

「うん?」

 

「弓道場は反対ですよ」

 

 

*******

 

*****

 

***

 

 ずっこけてペットボトルを落っことしそうになっいたりはしたが、気を取り直して二人並んで弓道場へと向かう。

 短い道中で話したことはそれほど多くない。弓道部はこの学校で一番力が入れられているだとか、学校の裏の森は柳洞寺の森と繋がっているだとか、そのくらいのことを話しただけですぐに弓道場へと辿り着いた。

 

「主将、ただ今戻りました」

 

「おう、おかえりー。悪いね、つかいっぱしりさせちゃって――、……その後ろの子、誰?」

 

「おっそーい桜ちゃん!私のどが渇いてもうひからびちゃいそうだよー!って、桜ちゃんがジュースと一緒に男の子買って来た!?」

 

「ちょっと藤村先生!変な言い方しないで下さい!」

 

 弓道場の年季の感じられる木造りの扉を開けて、最初に桜を出迎えたのは大和撫子然とした、けれどどこか力強さを感じさせる顔つきの少女。続いて顔を出したのは一番年上に見えるのに一番子供っぽい雰囲気を醸し出した女性。弓道部の主将、美綴綾子と弓道部顧問の藤村大河だ。

 見慣れない人物の姿に、美綴は単純に説明を求め藤村先生はしあさってな方向の感想を口走る。その言い方に桜は抗議の声を挙げながらも、二人に潮のことについて説明を始める。

 

「柳洞寺に居候している蒼月潮君です。この前、柳洞寺に行こうとして道に迷っているところを案内してあげたんですよ。今日は葛木先生にお弁当を届けにきたそうなんですけど、職員室を探しているところで偶然再会したんです」

 

「どうも、蒼月潮です」

 

「あー、なるほど。しかしまた面白い偶然もあるもんだね。いや、柳洞寺って時点でうちの学校に来る可能性はあるか。……でも、どうして荷物持ちしてるのさ?」

 

「柳洞寺まで案内してもらったお礼に、これくらいさせてくれってオレから頼んだけど――なんかまずかったかな?」

 

「いやそんなことはないんだけどね。珍しいというか……ふうん、良い子じゃないか。――もしかして間桐、乗りかえたのかい?」

 

 美綴は少し思案顔で潮と桜の様子を見た後、にやりといたずらな笑みを浮かべてそんなことを言った。

 

「な――、なんてこというんですか美綴先輩!?乗りかえるというかそもそも私は別に――」

 

「?」

 

「ぬふう、桜ちゃん顔赤くなってるよー?」

 

「藤村先生!」

 

 言われたことに気付いて焦る桜。対して何を言われているのかわからない潮は隣で戸惑うばかりで、――ただ、なにか言うとやぶ蛇になりそうな雰囲気だけは感じとって黙って成り行きを見守るだけである。

 

 桜はテンパって周囲が見えなくなっていて、藤村先生は先生にあるまじきことに完全に煽る側に寄ってしまい、潮は会話の意図すら理解できておらず――という状況になって、閑話を休題させる人物が自分しかいないことに気付いた美綴が、

 

「まあその話は後にするとして、件の潮君を職員室に連れていかなくていいの?」

 

 と、自分が話を逸れさせる発言をしたことはなかったかのように言った。

 

「そうそう!お願いしておいてなんだけど、できれば早くしてほしいなーなんて」

 

「あっ、ごめんなさい!じゃあ職員室まで案内しますね。主将、先生、少し行ってきますね。……あとでゆっくりお話ししましょう」

 

 にっこり笑った桜の笑顔を見て二人はいらんこと言ったかなーと少し後悔するけれど後の祭り。いや、むしろ帰って来た後が祭りなのだがそれは潮の与り知らぬ話だ。

 それぞれに挨拶をして、桜の案内に従い職員室に向かう。案内と言っても、職員室のある校舎は弓道場からすぐ近くの場所にあった。昇降口で来客用スリッパに履き替えて廊下に出れば、桜の案内通り廊下の少し先に職員室と書かれたネームプレートが目に入った。

 

「なあ――」

 

 振り向けば、桜がちょうど上履きに履き替えるところで――袴姿という見慣れない格好だからということもあるのだろうが――仕草一つ一つが妙に色っぽく潮は一瞬見惚れてしまった。

 

「どうしました?」

 

「あ、ああいいやなんでもないなんでもない!」

 

「……?――多分、葛木先生はこちらにいらっしゃると思うんですけど……」

 

 いいながら桜は職員室の扉へと向かい、潮はそのすぐ後ろをついて歩く。グラウンドは部活動でそれなりの人数の生徒もいて賑わっていたが、校舎内に入ると急に静かになった。もっとも、文科系の部活動で騒ぐようなところは少なく、特別音が大きいものなど吹奏楽部くらいのものだろう。その吹奏楽部は違う校舎となれば校舎内が静かになるのは当然だ。聞こえてくるのはグラウンドで部活動をしている生徒たちの掛け声と、わずかに響いてくる演奏の音程度のもので――少し、遠い場所まで来たかのような錯覚を受ける。

 

「失礼します。葛木先生はいらっしゃいますか」

 

 桜が職員室の扉をノックし開けるとそこにいたのは数人の先生のみで、見渡せば答えが返ってくるよりも早く目的の姿が見つかった。

 

「間桐か、どうした。――む、一緒にいるのは蒼月か」

 

「間桐の姉ちゃんに案内してもらってきたんだ。キャスターからお弁当渡してくれって言われてさ」

 

 そう言いながら、葛木へ近づいていき弁当箱を手渡す。

 

「そうか――、二人とも迷惑をかけたな」

 

「キャスター、さん?」

 

 その声はまだ扉の前にいた桜のものだった。単純に名前らしからぬ名前に驚いたのか、それともほかの何かに対するものか。

その反応に、潮はあまり言わない方がよかったかと焦るが、対して葛木は全くの無表情のままで――。

 

「私の妻だ」

 

「へ――?」

 

『な――――!?』

 

「え――――」

 

 さらなる爆弾を投下した。周囲で知らぬふりをして聞き耳を立てていたほかの教師たちはお茶を吹きだしたり椅子からひっくり返りそうになっていたり。ついでに潮のつけている腕輪から人の驚いたような声が聞こえていたが、幸いにも葛木の言葉に気を取られていて気付いたものはいなかった。

驚きはそれぞれ違う理由によるものだが、うち一人は普段の冷静な思考が失われて頭の中が混沌と化しているものすらいた。……いわずもがな妻扱いされたキャスター本人である。驚きは三者三様。うち一人は普段の冷静な思考が失われて混沌と化しているものがいたが……いわずもがな妻扱いされたキャスター本人である。

 

「公言しているわけではないからな。あまり吹聴しないよう頼む」

 

「は、はあ……」

 

『…………』

 

 これ以上は聞くなという葛木の言外のプレッシャーに誰も何も言うことが出来ず、微妙な沈黙が流れる。

 

「ところで間桐、部活の途中だったのだろう。戻らなくていいのか」

 

 そして、そんな空気の中で最初に発言したのも爆弾を投下した本人だった。

 

「――え、あ……ああそうでした。そろそろ戻らないと」

 

 止まった時間が流れ始めたように、周りの先生たちも個々の仕事をするために動き出す。

 

「蒼月君はどうするんですか?」

 

「えっと、俺は――」

 

 頼まれたことは終わったし、どうしようかな?と思っていると、葛木から声をかけられた。

 

「蒼月はここに残るといい。少し話したいこともある」

 

「そっか、わかったよ。――じゃあそういうことだから。間桐の姉ちゃん、道案内ありがとな」

 

「いいえ、こちらこそ荷物持ってもらってありがとうございました」

 

 ――失礼しました。

 と桜は会釈をして、職員室を後にした。

 

 

 

 

 

*******

 

*****

 

***

 

 

 

 

 

 先ほどの職員室でのことを考えながら弓道場前まで戻ってくると、向こう側から見慣れた憧れの人が歩いてくる姿を見た。そう言えば藤村先生がお弁当を持ってきて欲しいって頼んでいたな、と今更ながらに思い出す。

 

「せんぱ――」

 

 ――と、声をかけようとして、その隣に見知らぬ少女が歩いている姿に気付いた。

 

「セイバー、もし誰かに呼び止められたら何も言わずに首を振るんだぞ。日本語はわかりませんって――」

 

 そして、聞こえてきたその呼称に、思考が数分前と同じような驚きに染められた。

 

 




葛木先生とキャスターが籍入れてるというのはもちろん嘘です。
確か籍入れてるのはホロウ時点だったはず。
腕輪とか槍包んでる風呂敷とかに関しては、まあキャスターだしこのくらいはできんじゃないかなという程度で原作ではそんなのないです。
まあギルえもんほどじゃなくてもこれくらいはできるでしょうと。


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