妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード (秋月月日)
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Trial1 コーネリア=バードウェイ

 七月十八日。

 それは翌日が一学期最後の日と言う事で学生たちがそわそわと浮足立つ日であり、迫る最後の日に向けて教師たちがより一層気を引き締める重要な日でもある。学生と教師という正反対の立場だからこその違いではあるが、ほとんどの者たちはその違いを自覚してはいないだろう。それらの違いはあくまで深層心理における違いなのだ。

 そんなさまざまな違いが錯綜するこの日、学園都市のとある高校に通うコーネリア=バードウェイは二年二組の教室でもぎゅもぎゅと幸せそうにサンドウィッチを頬張っていた。

 

「ああ、平和とはなんと幸せなものなのか……ッ!」

 

 じーん、と目を潤ませながら意味不明な感動に包まれているのは、綺麗な顔立ちが特徴の金髪の少年だった。

 さらさらとした質感ながらに無造作な金髪は目にかかるほどに長く、男子高校生にしては華奢な体躯は彼に中性的な印象を与えている。外国人特有のエメラルドグリーンの瞳は教室の明かりと日光を吸い込んでキラキラとした光沢を輝かせていて、中性的に整った顔は「平和」という甘美な響きに甘く蕩けそうになっている。

 そんな、微妙に漫画チックな外見のコーネリア=バードウェイは口の周りについていたマヨネーズを手の甲で拭い、それを見ていた彼の友人二人が思い思いのリアクションを返し始めた。

 

「あははっ。コーネリアっちは大げさすぎるよ~。基本的にこの街は平和じゃ~ん」

 

「その意見にはボクも同意だな。この街の治安は警備員が守ってくれているのだから、基本的には常に平和だと言ってもいい。というかそもそも、平和という言葉はあまりにも曖昧すぎるとボクは――」

 

「はいはい~。無駄に壮絶な無駄話はまたの機会にね~」

 

「無駄話ではない! この世に無駄なものなど存在しない!」

 

「あ~も~。相変わらず面倒くさいな~苅部(かりべ)っちは~」

 

 苅部と呼ばれた男子生徒は「面倒くさい」という言葉に「うぐっ!」と胸を押さえ、悲しそうな顔で小柄な少女から顔を逸らした。

 苅部結城(かりべゆうき)菱山琴音(ひしやまことね)

 彼らはコーネリアが校内で最も親交のあるクラスメートであり、休日や放課後などのプライベートでもよく遊んでいる親友である。俗にいう仲良しトリオというやつだ。

 結城を撃破した琴音は「うん~」と可愛らしく考え込み、

 

「コーネリアっちはあれだよね~。もう少し緩く生活するべきだよね~」

 

「緩く? 俺、これでも結構毎日をだらだらと過ごしてる気がするんだが……」

 

「そういう訳じゃないんだよ~。あたしが言いたいのはね、え~っとね……う~ん……何だっけ?」

 

「あんまり気を張らないようにしろ、と言いたいのでは?」

 

「そう! それだよ! 苅部っち、さっすが~」

 

 びしっ! とほんわかとした笑顔で親指を立てる琴音。

 なるほど、彼女の言う事ももっともかもしれない。この街は得体の知れない能力者がうようよといる。しかし、だからといって、毎日のように緊張する必要はない。もっと普通の学生らしく、普通に平和に平穏に、時に固く時に緩く、青春を謳歌すればよい。――琴音はそう言いたいのだろう。

 それは分かる、凄く分かる。

 緊張のし過ぎは青春の楽しさを半減させる――そんなことは重々承知だ。

 しかし。

 そう、しかしなのだ。

 普通で平和で平穏な学生と違い、コーネリア=バードウェイには気を緩めることができない理由が二つほど存在する。その二つはこの世界でも確実に彼にしか当てはまらないであろう属性であり、その二つこそが彼の普通で平和で平穏な生活を脅かしている元凶なのだ。

 それでは、その二つの元凶をこの場を借りて発表しよう。

 一つ。

 コーネリア=バードウェイは前世の記憶を持った俗に言う転生者である。

 一つ。

 コーネリア=バードウェイの生意気な方の実妹レイヴィニア=バードウェイは――

 

(とりあえずは毎日が命の危機なんだよな、実は…あのバカ妹のせいで)

 

 ――イギリス屈指の魔術結社のボスなのである!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリア=バードウェイは前世の記憶を持ったまま生まれてきた転生者である。無論、この世界についての知識――『とある魔術の禁書目録』についてもある程度把握している。前世の話をしても仕方がない事ではあるが、『新約編』と呼ばれる展開までの知識はうろ覚えながらに頭に入っている。

 ……と言っても別に『原作知識を使ってチート無双じゃーっ!』だとか、そんなマンガのような展開は存在しない。転生というトップレベルで漫画チックな経験をしてしまっている希少種が言えたことではないのだが、そんなご都合主義な展開は漫画の中だけでしかありえないのだ。

 彼が『コーネリア=バードウェイ』という人間として生まれる前は、普通の大学生であった――と記憶している。この場で言うのも何だとは思うだろうが、自分がどういう経緯を経てこんな立場になってしまったか、その記憶は全くと言っていいほど残っていない。

 ぶっちゃけた話、気づいたときには『コーネリア=バードウェイ』だった。

 それが、彼がこの世に生を受けるまでの緩くて現実離れした経緯である。

 最初、二度目の生を受けた時、彼はこの世界がどんな世界なのかが全く把握できていなかった。自分の名字が『バードウェイ』であることなんかまったく気にしていなかったし、そもそも幼い身では周囲の情報を集めることすらままならなかった。ああ、二度目の人生かぁ――ぐらいのものだった。

 しかし。

 五歳の時に『レイヴィニア=バードウェイ』なる妹が生まれた時、初めて彼は気づいたのだ。

 

 ――もしかしてこの世界って、『とある魔術の禁書目録』なんじゃね?

 

 それに気づいた瞬間、彼は自分が置かれている状況の最悪さに気づいた。

 自分が『レイヴィニア=バードウェイ』の実兄である――という最悪な事実。

 レイヴィニア=バードウェイとは、後に『明け色の陽射し』という超強大な魔術結社のボスに就任することになる最強無敵の女魔術師である。その実力は折り紙付きで、多くの魔術師を爆発魔術でぶっ飛ばしたり証拠が残らない暗殺系魔術を冗談で人にかけたりするというハイレベルにデンジャラスな人格までもを持ち合わせていたりする。

 そして、そんな彼女は魔術結社のボスであるが故にイギリス清教から狙われていて、さらに彼女の妹であるパトリシア=バードウェイは何度も命を狙われたりしているのだ。

 その点を踏まえて、考えてみてほしい。

 

 『明け色の陽射しのボスの兄』であるコーネリア=バードウェイがイギリスの魔術師たちから命を狙われることになるのは当然のことではないだろうか?

 

 ぶっちゃけ、すっげぇ運命を呪いましたね。

 俺をこんな訳の分からない立場にした奴をボコボコにしたいと、結構マジで思っちゃいましたね、ええ。

 しかし、レイヴィニアが生まれた時点でその事実に気づけたのは幸運だった。

 イギリス屈指の魔術結社『明け色の陽射し』は魔術結社の名の通り、魔術サイドに位置している。元々は魔術と科学の垣根のない、自然科学的を主としていたのだが、『黄金』系の魔術結社に取り込まれてから魔術サイドに染まってしまった。――コーネリアは、そこを逆手に取る事にした。

 レイヴィニア=バードウェイは魔術師として存在し、その妹パトリシア=バードウェイは一般人として存在する。魔術サイドと一般サイド。それでは、残る一つを埋めてしまえばいいんじゃないか? つまりはそういう事だった。

 つまり。

 

 コーネリア=バードウェイは科学サイド――つまりは能力者になる事を決意したのだ。

 

 当然、色々と弊害はあった。『明け色の陽射し』のボスの家系であるバードウェイ。そこの長男であるコーネリアは次期ボスとして期待されていて、そのための教育なんかも幼いながらに受けさせられていたのだ。

 しかし、コーネリアは周囲からの反対を押し切る形で学園都市行きを勝ち取った。『魔術サイドと一般サイドだけのカリスマなんて不安定すぎる。敵である科学サイドの事を知り尽くして初めて、「明け色の陽射し」が求める真のカリスマ性が手に入るのでは?』というやや無理矢理な暴論を突きつけ、コーネリアは無事に科学サイドへと移動する事を許されたのだ。

 今更科学サイドを選ぶことに何の意味が? と思うかもしれないが、彼のこの選択にはちゃんとした思惑があった。――科学サイドの総本山である学園都市にいれば魔術師からも狙われなくなるんじゃね? という思惑が。

 確かに、イギリス屈指の魔術結社のボスの実兄であるコーネリアが能力者になる事にはあまりにも大きすぎるリスクがある。兄を通じてレイヴィニアに科学サイドの情報が入ってしまうという危険性が。魔術結社のボスの兄が能力者開発用の時間割に参加して科学的な能力者になれば、魔術と科学の間で政治的な問題に発展しかねない。

 しかし、それについては問題はなかった。

 バードウェイという特殊な家系の長男に生まれたせいか、レイヴィニアやパトリシアといった天才を生み出す一族故か、コーネリアには生まれた時から特殊な能力が備わっていた。魔術でも科学でも説明の付ける事が出来ない、特殊で特異で特別な能力が。

 そんな自分の立場について、コーネリアは十分すぎる程に知っていた。

 自分が『原石』と呼ばれる世界でも五十人ほどしかいない特殊な存在であることを、この時のコーネリアは原作知識により知っていた。

 能力者は魔術を使えず、天然の能力者である『原石』もその例には漏れない。

 故に、魔術結社のボスになる事が出来ないと、自分は科学サイドを選ぶしかないと、コーネリアは『明け色の陽射し』の面々を説得した。魔術師になれない以上、魔術サイドの人間になることは出来ない。そんな針の穴の如き緻密な抜け穴を見つけたコーネリアは、自分の命を護る為に必死の説得を試みた。

 結果。

 コーネリア=バードウェイは当初の思惑通り、学園都市の学生になる事に成功した。

 これで命の危機に晒されることはない。これからは平和で平穏な生活を送っていくのだ―――

 

 ―――しかし、彼の思惑は思わぬ所で瓦解する。

 

 『とある魔術の禁書目録』とは、禁書目録と呼ばれる少女を狙う魔術師たちと上条当麻という少年が激闘を繰り広げる事が主軸となっている物語だ。勿論、上条当麻は学園都市の学生であるため、物語の主な舞台は学園都市となっている。

 さて、勘の良い人はもうここで気づいただろう。

 ぶっちゃけた話、学園都市という箱庭の中にいようがいまいが、魔術師からの襲撃が無くなる事などないのだ。

 そんなあまりにも分かり易すぎる欠陥にコーネリアが気づいた時には時すでに遅く。

 能力測定で『誤差』だと看做されつつも能力だけは使えるという、『原石』としての特性を無駄に発揮したことで異能力者認定されてしまったコーネリア=バードウェイは、魔術師という脅威に脅える日々を過ごすことになってしまった―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 終業式前日という重要なのかそうでないのか微妙な一日を終えたコーネリアは、第七学区にある学生寮への帰宅の路に着いていた。周囲には人影がない事から、彼が一人だけの帰宅をしている事が窺える。しかしこれは彼が寂しいぼっち系という事ではなく、単に魔術師からの襲撃に友人たちを巻き込まないようにするという彼なりの気遣いの表れだったりする。

 能力測定でひ異能力者と判定されているが、一応は『原石』であるコーネリアは一般人よりはそこそこ戦えるし、事実、これまで襲撃してきた魔術師のほとんどを迎撃する事に成功している。それだけでコーネリアがある程度の実戦経験を積んでいる事は明らかだろう。

 まぁ別に、好きで戦ってる訳じゃねえんですけどね。

 「はぁぁ」と力なく溜め息を吐くコーネリアの背中は、仕事終わりのサラリーマンの様な悲壮感に包まれていた。

 と。

 

「……ん? なんか、いつもよりも人気がないような…………ッ!?」

 

 夕日に照らされる学園都市で、コーネリアが気づいた一つの違和感。

 自分の立場を十分に承知している彼は一人での下校を心掛けているが、だからといっていつもいつも周囲に人影がない訳ではない。彼が暮らしている学生寮には同じ高校の男子学生たちが大勢住んでいるため、否が応でも誰かしらが近くにいる事になる。――今の様に人影がゼロになるなんて、通常ならば有り得ない。

 つまり、今は異常事態という事。

 そして、こんな芸当をできるのは、世界中でも魔術師と呼ばれる人種しか存在しないという事。

 その二つの結論を即行で導き出したコーネリアは苛立ちを発散するかのように頭をガシガシと掻き、

 

「ほんっっと、レイヴィニアの悪名には迷惑させられるぜ……なぁ、魔術師さん?」

 

「……やはり気づかれていましたか。あの子(・・・)を探すついでで請け負った仕事ですが、中々どうして鋭い御方ではありませんか。流石は『明け色の陽射し』のボスの実兄、予想以上の勘の良さです」

 

「別に。単に臆病なだけだよ」

 

「噂に聞くレイヴィニア=バードウェイとは正反対な謙虚さですね」

 

 その声は、二十メートルほど後方から聞こえてきた。

 コーネリアが振り返ると、そこには日常からは大きく逸脱した女の姿があった。

 ポニーテールに纏めても尚、束ねた分が腰の辺りにまで届く程の黒髪。身長は百七十センチ後半で、女性にしては長身だ。肌は物語のお姫様を連想させるぐらいに白く、スタイルは贔屓目で見なくてもかなり良い。上は白い半袖シャツをヘソが見えるように余分な布を脇腹の辺りで縛っていて、下は着古したジーンズ――何故か片足だけが太腿の付け根までバッサリと切り落とされている――を穿いている。足には西部劇にでも出てきそうなブーツが着用されていて、腰にはウェストを締めるものとは別にもう一本、これまた西部劇の拳銃でも収まっていそうな太いベルトが斜めに掛けられている。―――そのベルトには、二メートルほどの長さの日本刀が収められていた。

 そんな露骨にイレギュラーな少女の姿に、コーネリアは迷う事無く絶句した。

 その大胆すぎる格好の女性の正体を一瞬で看破出来ていたが、脳へと走った衝撃の方が大きすぎたコーネリアはショート状態から数秒を経て帰還した後、小刻みに震えながら目の前の女を指差し、青褪めた顔でこう叫んだ。

 

「へ、変態だぁーっ!」

 

「だ、誰が変態ですか誰が!」

 

 その無駄に敬語な口調で、コーネリアは確信した。

 顔を真っ赤にして抗議の声を上げている女の名が神裂火織である事。

 そして、神の子としての性質を持つ聖人である神裂には絶対に勝てないであろう事を、コーネリアは確信した。

 その確信を十分に噛み締めた後、魔術結社『明け色の陽射し』のボスを実妹に持つコーネリアは実は十八歳である神裂を気だるげな瞳で見つめながら―――

 

(あ。これは流石に無理ゲーだわ)

 

 ―――人生の終わりを悟っていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回、コーネリアという男に似合わない名前の由来が明らかに!


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Trial2 神裂火織

 今回、コーネリアの名前の由来が明らかに!

 え、本編? も、勿論、そっちも重要ですよ! あ、あははーっ!


 イギリス清教所属の聖人・神裂火織が刺客として現れた。

 それはコーネリア=バードウェイにとってはただ絶望するしかないだけの現実であり、これまで必死に守り続けてきた命が散ってしまうと諦めてしまうぐらいの悲劇だった。

 コーネリアから「変態だぁーっ!」と不本意な評価を下された神裂はひくひくと頬を引き攣らせ、爪が食い込むぐらいにギュッと拳を握り締めながら怒りに震える。

 

「出会い頭にここまでの屈辱を受けたのは生まれて初めてです……とりあえず骨一つ残さないように切り刻みます」

 

「怖ッ!? そんなちょっと口が滑っちまっただけで酷くねえっ!?」

 

「口が滑ったと言っている時点で、貴方が私の事をどう思っているかが丸分かりなのですがッ!?」

 

「ハッ! しまった!」

 

 口を開けば開く程無駄に墓穴を掘っていくコーネリア。こういう残念なところがレイヴィニアより劣ってる理由なんだろうなあ、と心の中で静かに泣くことも忘れない。

 チャキ、と無駄に長い日本刀――七天七刀の柄に手を掛ける神裂。

 そんな彼女に焦ったコーネリアは、僅かでも延命するために自分の得意技を早々に行使する。

 

「そ、その行動はフェイクだろ? お前の本命は鉄糸による攻撃で、刀は『唯閃』とかいう必殺技を発動する時にしか使わないはずだ」

 

「なっ……!? 何故、私の戦闘術をそこまで詳細に把握しているんですか!?」

 

「さあな。俺の能力で心を読み取ったのかもしれねえぞ? はたまた、お前の仲間が俺にお前の情報を予めリークしてたって事もあり得るな」

 

「…………っ」

 

 予想外の展開に驚愕する神裂は、射抜くような視線をコーネリアに向ける。

 自分の戦術を戦闘前に暴露されたことで警戒態勢に入った神裂に飄々とした態度を見せつけるコーネリアはニヤリと悪い笑みを顔に張り付け―――

 

(よ、よかった……神裂の攻撃パターンをちゃんと覚えてて、マジでよかった……ッ!)

 

 ―――顔中にびっしりと冷や汗を浮かべていた。

 そう。

 別に、コーネリアは心を読み取る能力を使った訳でも、イギリス清教の魔術師から情報をリークされた訳でもない。というかそもそも、イギリス清教に命を狙われている身であるコーネリアがイギリス清教の魔術師から情報を得る事なんて不可能なことである。故に、後者については端から有り得る訳がないのだ。

 彼が神裂の戦闘パターンを知っていたのは、彼が転生者であることが大きく関係している。もはやあえて言うまでもないだろうが、前世から引き継いだ『原作知識』から情報を引っ張り出してきただけに過ぎない。

 つまり、先ほどのコーネリアの行動は、表も裏もないただの虚言。

 格好悪い言い方をするならば、コーネリアは唯一のアドバンテージを駆使してハッタリを張っただけに過ぎない。

 原作知識を生かしたハッタリ。

 これこそが、コーネリア=バードウェイが最も得意としている戦術なのだ!

 

(……といっても、流石にハッタリだけじゃあ状況打破にはなりゃせんしなぁ)

 

 ハッタリだけで勝負に勝てるなら、この世に異能や魔術などは必要なくなる。やはり勝敗の行く末を握るのは異能や魔術、それと暴力や武器といったバイオレンスな要素が必要不可欠となる。世界に五十人ほどしかいない『原石』の一人であるコーネリアには一応『異能』と呼ぶべき能力があるにはあるが、ハッキリ言ってあまり戦闘向けな能力ではないので使用は出来るだけ避けたい――というのが彼なりの要望である。

 しかしまぁ、逃走のための牽制をメインとした能力ではある為、結局は使う羽目にはなるのだが、そこを指摘してしまっては元も子もないというものだ。ハッタリと微妙な能力を駆使してこの局面を乗り切る。これこそがコーネリアが何よりも最優先としている戦術なのだ。

 自分のハッタリが上手く効いた事に安堵の息を零しながらも、コーネリアは神裂に話しかける。

 

「っつーか、いくら俺がレイヴィニアの実兄だからって別に命まで狙う事はねえだろ? せめて生け捕りとか、そういう感じにしてくれると助かるんだけど?」

 

「生け捕り、という事はイギリス清教名物『処刑塔での拷問コンボ』を味わう事になってしまいますが、よろしいのですか?」

 

「ああやっぱりなし今のなし生け捕りとかやっぱり駄目だよね命を懸けた戦いこそが至高だよね!」

 

 なんか結局は人生ハードモードなのには変わりがない気がした。おのれレイヴィニア、元はといえばお前が魔術結社のボスなんかになるから悪いんだぞ! もっとこう、普通の人生を歩んでくれれば俺も平和に過ごせてたはずなんだ! こんな毎日のように命を懸けたバイオレンスイベントをこなさなくても良かったはずなんだ!

 しかし、そんな事を今更呪ったって今の状況は改善されないし、明日以降の刺客の数が急激に減るわけではない。レイヴィニア=バードウェイの兄としてこの世に生を受けてしまった時点で、彼の平和な生活は始まる前に終了してしまっているのだ。無い物強請りをするなんて、もう一度転生を望む以上に無駄な行為でしかない。

 挙動不審なコーネリアに神裂は「はぁ」と呆れたような息を零す。

 

「今までの対話で十分に分かりましたが、貴方はレイヴィニア=バードウェイとは正反対の人格をしているようですね。残酷で嗜虐的で凶悪なレイヴィニアとは違い、貴方は思慮深くて被虐的で善良です。上からの命令が下っていなければ、私と貴方は仲良くなれていたかもしれませんね」

 

「いや、それはねえわ。俺、そんな変態的な服装の痴女はちょっと受け入れらんないです」

 

「だから私は変態でもないですし痴女でもないです! この服装には魔術的な意味合いがあり、そのような侮辱を受ける事は余りにも心外です! 撤回を求めます!」

 

「俺のことを被虐的だとか言った奴に撤回を求められても……お前、俺をマゾ呼ばわりしといて自分は痴女じゃねえとか、流石に都合が良過ぎると思うぜ? しかもそんな奇抜な格好しといて、だ。今のお前の姿を見て、十人中十人が口を揃えて『変態』『痴女』って言っちまうのは自明の理だと思う訳だけど?」

 

「な、何をぅ!」

 

 歳に似合わず可愛いリアクションだな、とは流石に口にはしない。だってそんな事を言ってしまったが最後、七天七刀の錆びに変えられてしまうだろうから。

 ハッタリの次は口八丁を駆使して何とか状況の打破を図るコーネリア。今までの無駄な会話で事態は完全にコメディへと向かっている。今の状況であれば、コーネリアの微妙な能力を使って逃走を図る事も可能かもしれない。

 ―――しかし、イギリスの聖人はコーネリアが考えているほど甘くはなかった。

 ジャリ、とコーネリアが僅かに後退したのを遠目で確認した神裂は指をくいっと動かし―――

 

「『七閃』」

 

 ―――コーネリアの背後の道路をいとも簡単に引き裂いた。

 

「…………ッ!?」

 

 予想していたよりも素早い攻撃に、コーネリアの呼吸が一瞬だけ停止する。今の攻撃がもし道路ではなく自分の身体に命中していたらと思うと、背筋がぞっとして冷汗が身体中の毛穴から噴き出してくる。

 神裂は、その気になればコーネリアをいつでも殺せる。

 しかしあえてそれをしないのは、コーネリアに考える時間を与えるためだ。投降するか抵抗するか。その究極の二択を、威嚇という手段でコーネリアに強いている。

 猶予はない、とコーネリアは悟った。

 時間はない、とコーネリアは感じた。

 このままこの対峙を続けていたら、逃走のタイミングを失うかもしれない。こんな所で死ぬ訳にはいかない以上、延命のチャンスを逃す訳にはいかないのだ。

 しかし、今は待つ以外の選択肢はない。

 故に、コーネリアは頬を伝う汗を手の甲で拭いながら言葉を並べて機会を待つ。

 

「……意外と短気なんだな、お前って。もっとこう、大和撫子な感じかと思ってたよ」

 

「無駄なお喋りで隙を生もうとしても無駄です。私は一切気を緩めないし、貴方をここで逃がす気はありません。『あの子』を早急に見つけないとならない身ですので、あまり時間をかける訳にもいきません―――ここは大人しく捕まってください」

 

「っ」

 

 その時、コーネリアの頭に電流が走った。

 今の状況を打破するための、最後のチャンス。その切り札を生み出すための重要なピースが、神裂の言葉の中に含まれていた。そのピースを適切に使うことが出来れば、今の状況を打破するどころか神裂と共同戦線を張る事すら可能となるかもしれない。

 もはや、これしか手段は残されていない。

 レイヴィニアに匹敵するほどの閃きを発動させたコーネリアは汗が浮かぶぐらいに両手を握り締め、焦っている心内を悟られないように口を三日月型に裂けさせる。

 そして、彼は言う。

 「なぁ、神裂」と落ち着いた口調を意識した前置きを提示し、彼は最後の一手に身を委ねる。

 神裂火織がわざわざ学園都市まで出張って来ることになった理由に大きく関係する言葉を、コーネリア=バードウェイは優越に溢れた笑みと共に言い放つ。

 

「禁書目録の記憶を消さないで済むハッピーエンドについての手段を俺は持ち合わせているんだが、話だけでも聞いて行かねえか?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『禁書目録の記憶を消さないで済むハッピーエンドについての手段を俺は持ち合わせているんだが、話だけでも聞いて行かねえか?』

 

「くくくっ……相変わらず面白いな、私のコーネリアは。よもやそんな打開策を隠し持っているとは……流石の私も驚いたよ」

 

 ロンドンのランベス区にある平凡な石造りのアパートメントの一室で、レイヴィニア=バードウェイは悪の親玉のような笑い声を上げていた。ロッキングチェアに座る彼女の傍には大して珍しくもないラジカセが置かれていて、先ほどの声はそのラジカセから響いてきていたものだった。

 くくく、と笑い声を漏らすレイヴィニアに、彼の部下の一人であるマーク=スペースは和風の湯飲みに紅茶をどばどば淹れながら冷静な言葉をぶつける。

 

「盗み聞きなんてストーカーみたいですよ、ボス」

 

「兄の生活を見守るのは妹の義務。それが分からないとは、マーク、貴様に妹属性は微塵も含まれてはいないようだな」

 

「いやいや、そんな属性が自分の中にあったら自殺物ですって」

 

 いい歳した男が妹キャラ全開で「お兄ちゃん☆」とか言ってたら気持ち悪いに決まってる。しかもそれが自分だと想像したら……吐き気を催すレベルで気持ち悪い。

 頭に浮かんだ悪夢のような想像を紅茶で身体の奥へと流し込んだマークは「そういえば」と前置きし、

 

「今更な疑問なんですが、どうしてボスの兄は『コーネリア』って名前なんですか? アレ、イギリスでは女性につける名前だと思うんですけど……もしかして何か重要な意味合いでも込められているんですか?」

 

 その疑問に、レイヴィニアはニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべる。

 

「なに、あいつの名前に深い理由なんてものは存在しないさ。ただ、あいつの顔が男というよりも女みたいで、更に男よりも女が欲しかったうちのバカ親があいつに『コーネリア』って名前を付けた。――ただそれだけの浅くてバカな理由なんだよ」

 

「……今もそうですが、コーネリアさんって生まれた時から十分すぎるくらいに不幸だったんですね」

 

「確かに名前と今の状況を考えればあいつは不幸なのかもしれないが、私はあえてその意見を否定するぞ? あいつは不幸ではなく、むしろ幸運な立場だと、私は胸を張ってここに宣言しよう」

 

「はぁ」

 

 何言ってんだこの人、という気持ちを込めて、マークは間抜けな声を漏らす。

 レイヴィニアはフフン、と鼻を鳴らして薄っぺらい胸をトンと拳で叩き、

 

「この私の兄として生まれたのだぞ? これが幸運じゃなくて何が幸運だと言うんだ?」

 

 それ以外の全てが幸運でしょうよ、とは流石に口が裂けても言えないマーク=スペースであった。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial3 レイヴィニア=バードウェイ

 禁書目録。

 魔道書図書館。

 そんな二つ名を持つインデックス――正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』――という少女は、完全記憶能力という人並み外れた能力を持っている。それは一度見た者は絶対に忘れないという絶対の記憶能力で、彼女が魔道書図書館に選ばれることになった大きな理由でもある。

 そんな能力を持つ彼女だが、とある事情により一年周期で記憶を消さないと死んでしまう身体になってしまっている。その『とある事情』とは、彼女の脳内に魔道書が詰め込まれすぎたことにより記憶の圧迫――という事になっているが、真実は全く異なる。

 イギリス清教が施した魔術的な『首輪』。

 その『首輪』のせいでインデックスは一年周期で記憶を消す羽目になり、更には記憶の圧迫が原因だと勘違いした――いや、させられた神裂たちが無駄な努力と奔走を続ける事になってしまった。彼女の記憶を何とかしようと自分の人生を犠牲にした魔術師全てが、イギリス清教の罠によって無駄なものとなってしまったのだ。

 ―――というのが、とある魔術の禁書目録という物語における、インデックスという少女の簡単な事情だ。

 

「『あの子』を救える方法を、知っている……?」

 

「ああ」

 

 そんな事情を知っているコーネリアは、信じられないと言った風な表情の神裂に冷や汗交じりながらも笑みを返す。

 ここから必要となってくるのは、焦燥でも困惑でも混乱でもない。

 絶対的な自信。

 例え、『嘘を言って助かろうとしている』と疑われようとも、『そんな事を知っているのは、イギリス清教にスパイ行為を働いたからだ』と濡れ衣を被せられようとも、自分が持っている情報を相手に信じさせるために諦めずに揺らがずに、ただ堂々とする――そんな自信が、今この場に置いては必要不可欠だ。

 コーネリアは前世の記憶を持つ転生者だ。

 故に、彼はインデックスという少女を救う方法を知っているし、そのためには何をしなければならないかも十分に承知している。自分の命を護る為にインデックスという少女の境遇を利用している感は否めないが、結果的に彼女を救う事が出来れば何の問題もないだろう。運が良ければ、イギリス清教からの刺客を失くせるかもしれない。

 頬を伝う汗を手の甲で拭い、コーネリアは言う。

 

「だが、そう易々とこの情報を開示する訳にはいかない。俺が持つ情報が知りたけりゃ、お前だけでも今後一切俺に危害を加えないと約束しろ。別にイギリス清教に約束させる訳じゃねえんだから、大分安い買い物だろ?」

 

「『あの子』の命と引き換えに、私にイギリス清教を裏切れ、と?」

 

「別に裏切れって言ってる訳じゃねえ。ただ一つ、『レイヴィニアの兄であり、『背信者』であるコーネリア=バードウェイを生け捕り、もしくは殺害しろ』っつー命令だけには従うな、って要求してるだけだ」

 

 そこまで言い、コーネリアは少女のような顔を悪意に歪める。

 

「別に、この要求を呑まねえなら呑まなくても俺は構わねえんだぜ? その代わり、インデックスは今後一切、未来永劫報われねえし救われねえだろうがなぁ!」

 

「ッ!?」

 

 脅しのようなコーネリアの言葉に、神裂は怒りに顔を歪める。

 ただ、勿論の事、コーネリアの言葉に真実は存在しない。彼が行動しなかろうがインデックスは結局的には報われるし、上条当麻という少年が勝手に救う。コーネリア=バードウェイはあくまでもイレギュラーな存在であり、インデックスを救う物語には一切関係ないキャラクターでしかない。

 一応は『滞空回線(アンダーライン)』の事も考えて発言には気を付けた方が良いのだろうが、コーネリアは『魔術結社のボスの兄』という絶対的な立場があり、それが彼が魔術サイドの情報に詳しくても罰せられない免罪符となっている。

 しかも、科学サイドの親玉であるアレイスターが彼を勝手に殺せば、レイヴィニア=バードウェイが『明け色の陽射し』の部下たちを引き連れて学園都市を滅ぼしに来る可能性もある。あの無自覚系ブラコンが兄の死を知って復讐しないなど、虫が良過ぎるにもほどがある。

 つまり。

 コーネリアは自分の立場と事前に知っている情報を駆使して、張りぼてのようなハッタリを自信満々にぶつけなければならないのだ。

 ニヤニヤと、悪役のような笑みを浮かべるコーネリア。

 そんな彼の言葉に数十秒ほど逡巡していた神裂は七天七刀の柄から手を離し、

 

「……分かりました。誠に遺憾ではありますが、貴方の言葉を信じる事にしましょう。勿論、貴方が述べた要求も全て呑みます。私の全ては『あの子』を救う事にありますし……」

 

「そうか。それはまぁ、良い選択をしたと思うぜ?」

 

(イィィィヤッッッホォォォオオオオオオオッッ!!!)

 

 脳内コーネリアが大歓喜していた。それはもう、喜び勇みすぎて死んでしまいそうなぐらいの喜色満面っぷりだった。あまりの嬉しさに、顔をキリッと保させるのが困難で仕方がなかった。

 ひくくっと頬を引き攣らせながらもギリギリの線でシリアスフェイスを作るコーネリア。正直、あと十秒ともたない張りぼての笑みであるのだが、神裂の意識が自分の顔から逸れるまではなんとかこれをキープしなければならない。バードウェイの血よ、今こそ俺に力を!

 ぎぎぎぎぎぎ、と顔中の筋肉を痙攣させるコーネリアから神裂はようやく視線を外し、「そういえば……」と再び彼の顔に視線を向ける。

 

「男なのにコーネリアという名前、似合わないと思うのは私だけでしょうか?」

 

「こ、コーネリアが男の名前で何が悪いッ!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「コーネリアが男の名前で何が悪い!」

 

「ダメですよ、ボス。ブラコンも大概にしないとぐぎゅっぱぁっ!?」

 

「次は顎を爆散させる。いいな?」

 

「い、いえっさーっ!」

 

 要らぬ口を叩いたマーク=スペースの顔面をフリントロック式の銃で引っ叩いたレイヴィニア=バードウェイは、相変わらず態度がなっていない部下に大きく溜め息を吐いた。

 ロッキングチェアに座り直したレイヴィニアはマークが用意していた紅茶を呷り、肘置きの上で不機嫌そうに頬杖を突く。

 

「ったく……大体、コーネリアが学園都市の住人になるのは私は端から反対だったんだ。あいつは自分の手元に置いておくからこそ面白い人間だというのに……」

 

「ボスはただ単純にコーネリアさんを自分の好き勝手に扱いたいだけで―――おっと黙ります、黙りますからこっちに銃を構えないで!」

 

「チッ」

 

 やっぱりツンデレでブラコンじゃねぇか、とマークは両手を上に挙げながら心の中で愚痴を零す。

 

「っつーか、コーネリアさんの体内に盗聴術式を直接組み込むとか、相変わらずボスのやる事ってえげつないですよね。人権シカトというかプライバシーの侵害というか、年頃の男の子には秘密もいっぱいあるというのに……」

 

「あいつは過去に魔術を使って死にかけた経験があるからな。私が術式を組み込むしかないんだよ」

 

「いやいや、私が言いたいのはそういう事ではなくてですね。そもそも実兄に盗聴術式組み込む事自体がおかしいだろって話なんですよ」

 

「ふん。兄の生活を見守るのは妹としての責務だ。一日二十四時間三百六十五日閏年も含み、コーネリアの生活は私が一秒の見逃しも無く監視もとい管理する! 女友達まではセーフ、恋人は普通にアウトだ!」

 

 どうしよう。このヤンデレの言っている意味がよく分からない。

 

「そ、それじゃあ、ボスはコーネリアさんが一生独身でも構わない、と思ってんですか?」

 

 これ以上の墓穴は掘ってはならないと分かっているが、それでも気になる疑問は解決しないと気が済まない性格のマークは危険な領域にあえて足を踏み入れる。勿論、ポケットの中に忍ばせているタロットカードに手を伸ばすことも忘れない。

 警戒するマークの疑問に虚を突かれたのか、レイヴィニアは「……」と数秒ほど呆然とするも、すぐにいつもの悪役のような笑みを顔に張り付けて堂々と自分の意志を彼に伝えた。

 

「コーネリアの妻は私が決める。私が認め、私が選んだ女しかあいつの妻には相応しくないッッ!」

 

 ドンッ! という効果音が背景に出てきそうな程の自信だった。

 それと同時に、「やっぱこの人重症だよな」とマークは思ってしまった。いや本当、ツンデレでヤンデレでブラコンだとか、流石に属性盛り過ぎだろ。下手しなくても胸焼けするっての。

 実兄が絡むと相変わらずだなぁ、とマークはブラコン根性全開なボスの少女に軽い頭痛を覚えてしまう。……いや、まだ『兄の嫁は私だ!』とかいう戯言を言っていないだけマシなのか? いやいや落ち着けマーク=スペース、それは激しい勘違いだ。実兄の体内に盗聴魔術の術式を組み込んでいる時点で、このレイヴィニア=バードウェイという少女は手の施しようがない程のブラコンなのだ。それを絶対に忘れてはいけない!

 

(パトリシア嬢もコーネリアさん大好き少女だけど、流石にここまで酷くはないしな……)

 

 結局、この胃の痛みの原因はコーネリア=バードウェイの存在のせいなんだな――と今更過ぎる結論を出す哀れな部下A。

 これ以上この話を続けたら精神不安定になりそうだな、と早急に判断を下したマークはここで話題を変える事にした。

 

「そういえば、ボス」

 

「なんだ?」

 

「九月に学園都市で開催される大覇星祭についてなんですけ―――」

 

「それ以上その事を口にしてみろ? 貴様は右目とおさらばしなくてはならなくなるぞ?」

 

「―――ひぃぃぃぃっ!」

 

 な、なんだ、何が起きた!? 何で俺はボスに右目を人質にとられてんだ!?

 まさに一瞬の出来事で頭の整理が追い付いていないマークに、レイヴィニアは冷や汗交じりながらも凶悪な笑みを向ける。

 

「コーネリアの晴れ舞台、大覇星祭。勿論私は参加するつもりだったさ。パトリシアも応援に行くようで、もうこの時期から九月に一週間休みを取ろうと躍起になっている。……さて、ここで貴様に問題だ、マーク。私はどうしてここまで不機嫌になっていると思う?」

 

 そう言いながら右目に突き付けられる人差し指に、マークは涙目ながらに解答する。

 

「え、ええと……大覇星祭期間中はちょうど別件が入ってしまっているから応援には行けない、という事だったと記憶してますが……」

 

「そうだ。私はそのせいでコーネリアの応援に行けず、あろうことかパトリシアとコーネリアの仲良しシーンをリアルタイム音声で耳にしなくてはならないのだ。これが不機嫌にならない訳がないだろう!?」

 

 じゃあ盗聴術式外せや、とは流石に口にはできません。

 と、そこまで言って何か思いついたのか、マークの右目を解放したレイヴィニアはニィィと口を三日月状に裂けさせ、

 

「……そうだ、その手があった」

 

「ぼ、ボス? 私個人としては凄く嫌な予感がするんですが……?」

 

「なに、別に大した事じゃあないさ」

 

 そして、マーク=スペースは後に振り返る事になる。

 この時のボスの機転のせいで地獄を見る事になった、とマーク=スペースは遠い眼をして振り返る事になる。

 レイヴィニアはマークの胸板を人差し指で突き、絶対的権利を全力で行使するために金髪の部下にこう言うのだ。

 

「明日だ。明日、九月に予定していたスケジュールを全て消化する!」

 

 次の日、『明け色の陽射し』の部下たちは号泣しながら職務を全うしたという。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial4 上条当麻

 二話連続投稿です。

 感想を見て、みんなカ○ーユ大好きなんだなぁ、って思いました(笑)


 インデックスを救う手段を教える代わりに、停戦協定を結ぶ。

 そんな約束をイギリス清教の聖人・神裂火織に受け入れさせたコーネリアは、何とか五体満足で自宅へと帰還していた。最初は神裂も彼の家まで同行する予定だったのだが、話の最中――メールアドレスを交換した直後の事だった――に電話を受けた神裂が「分かりました。すぐ向かいます」と言って何処かへ行ってしまったため、こうして一人で帰宅することになったのだ。多分ステイル=マグヌスにでも呼び出されたんだろうなぁ、と学生鞄を床に放り投げながらコーネリアは溜め息を吐く。

 

(……にしても、この世界ってマジで『とある魔術の禁書目録』の世界なんだな)

 

 妹がレイヴィニア=バードウェイだったり自分が暮らす街が学園都市だったりと、『とある魔術の禁書目録』に関係している要素をコーネリアは既に確認済みなので、別に今更その事実に気づいた、などという事は決してない。この世界があの物語の中である事は妹が生まれた時から知っているし、これから起きる事も全てとは言わないが一応は記憶に残っている。

 しかし。

 しかし、だ。

 先ほどの神裂との出会いでようやく真実味が増してきた、という気持ちがあまりにも強すぎるのは何故だろう? ようやく明日――七月十九日から物語が開始されると改めて自覚した瞬間、頭の中にあるピースがやっとの事で綺麗に収まった気分になってしまった。

 簡潔に言えば、ようやく自覚が出てきた、という事。

 それと同時に―――もう自分は部外者だとか言ってられない、という自覚がコーネリアの臆病な心に突き刺さっていた。

 

「…………夕飯でも作るか」

 

 ぐちゃぐちゃ、というよりも、もやもや、としていた頭を乱暴に乱雑に掻き、コーネリアは台所へと移動する。彼が暮らしているこの部屋は台所とリビングが接している造りなため、移動にはそう時間がかかる事はない。

 冷蔵庫の扉を開いたコーネリアに冷気が襲い掛かる。「っ」と僅かに顔を顰めるが、すぐに平常モードへと回帰したコーネリアは冷蔵庫の中の様子を怠そうな瞳で確認し始める。

 

「思ってたよりも材料は残ってる、か……麺と野菜があるし、焼きそばでも作るかな」

 

 その後、ある程度の空腹を満たしたコーネリアは入浴を済ませ、普段よりも少し早く就寝した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『From:神裂火織

 今日の午後十一時に昨晩の場所で待っています』

 

 得意の話術で命の危機を何とか乗り切った翌日の朝、寝起きのコーネリアの携帯電話にそんな文章が書かれたメールが受信された。まだ七時前なのに送信早ぇな、と寝癖頭をガシガシと掻きながらコーネリアは「ふわわぁぁ」と欠伸を零す。

 洗面所で寝癖を直して制服へと着替え、朝食のトーストと牛乳を数分足らずで完食。それでも未だに眠そうなコーネリアは何度もウトウトとなりながらも歯を磨き、起床から三十分後には玄関でスニーカーの爪先をトントンと地面に打ち付けていた。

 低血圧の癖に準備だけは早いコーネリアは扉を開き――

 

「よっす、先輩。今日もいい天気だな!」

 

「…………運命のクズ野郎」

 

 ――そっと扉を閉めた。

 直後、扉を激しく叩きながらツンツン頭の少年が叫び声を上げ始めた。

 

『ちょっと先輩!? 俺の顔見た途端に運命に呪いを捧げるとか流石に酷すぎませんかねぇ!?』

 

「うるせえぞ不幸野郎。お前と一緒に登校してっと碌な事ねえんだよ」

 

『それはそうかもしれないけども! 図星過ぎるから何も反論は出来ないけども!』

 

「……はぁ」

 

 流石にこれ以上は近所迷惑――というか低血圧な自分の脳に響く。

 そう判断したコーネリアは面倒臭そうに頭を掻きながら扉を開き、ツンツン頭が特徴の少年の前に姿を現すことにした。

 眩しい日差しに顔を顰めながら扉を施錠するコーネリアにツンツン頭の少年は清々しくも爽やかな笑顔を向ける。

 

「おはよう、先輩! 何だかんだでツンデレなのは相変わらずだな!」

 

「うるせえ脳に響くちょっと黙ってろ……三枚に卸すぞ」

 

「先輩の能力じゃあ無理だと思うけどな。確かに使い勝手が良いとは思うけど」

 

「お前のチート能力程じゃねえよ」

 

 そんな会話を繰り広げながら、二人は階段を下って学生寮の外へと向かう。

 学生寮の正面玄関から右へと曲がって駐輪場へと移動したコーネリアは自分の自転車の鍵を開錠し、駐輪場の出入り口付近で待ってくれていたツンツン頭の少年の傍まで自転車を移動させる。

 傍まで近づいてきた自転車の籠にツンツン頭の少年は学生鞄を放り投げ、

 

「いやぁ、何も言わずに乗せてようとしてくれる時点でやっぱりコーネリア先輩って優しいよなぁ。流石はツンデレの代表格、やること為すこと素直じゃない」

 

「じゃあ今日は乗せんでもいいか? 正直な話、二人乗りの状態でチャリ漕ぐと疲れんだよ」

 

「ごめんなさい! 今日は定期が切れちまってるから乗せてもらえないと学校まで歩く羽目になっちゃうんです!」

 

「知らねえよ」

 

 そう言いながらも視線で乗車を促すコーネリアはやっぱり重度のツンデレな訳で。ぱぁぁっと表情を明るくさせていそいそと後輪の上に跨る少年に、コーネリアは「はぁぁ」と疲れたように息を吐く。

 と、その時。

 少年の右手がコーネリアの肩に触れた瞬間、コーネリアの体内からガラスが割れるような音が鳴り響いてきた。

 それは少年の能力が何かを破壊した音で、コーネリアの体内に何かしらの異能が組み込まれていたことを示す合図でもあった。

 自分の右手をまじまじと見つめながら、ツンツン頭の少年は苦笑する。

 

「え、えーっと……何か俺、まずい事しました?」

 

「その質問に対する答えを俺は持ち合わせてねえが、まぁ別に大丈夫なんじゃね? 体に異常はねえし」

 

「そ、それなら別にいいんだけど……」

 

「じゃあ気にすんな」

 

 そう言って、少年がちゃんと乗ったのを確認したコーネリアはペダルを踏み込み、学園都市の道路へとその車体を向かわせる。

 そして、コーネリアは言う。

 自分の肩を持って体勢を安定させている不幸すぎる少年に、コーネリアは今更過ぎる警告を飛ばす。

 

「今日も一日、死なねえようにな――上条」

 

「ははは……ま、まぁ、善処しますよ」

 

 上条。

 フルネームは、上条当麻(かみじょうとうま)

 それは、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という不思議な右手を持つ少年の名で、『とある魔術の禁書目録』の主人公でもある不幸野郎の名前だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 同時刻。

 部下全員を引き連れて超絶的なスケジュールを消化していたレイヴィニア=バードウェイは突然発生した異常に気づき、顔を青褪めさせると同時に頭を抱えて悲鳴のような叫び声を上げていた。

 

「わ、私の盗聴術式が!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 その日の放課後。

 もっと詳しく言うならば、午後十時五十分の事。

 完全下校時間などぶっちぎりで過ぎてしまっている夜遅く、コーネリア=バードウェイは学生寮近くの道路でジャージ姿でボーっと立ち尽くしていた。一応は携帯電話を使っているから完全に棒立ちという訳ではないが、それでも今の彼が待ち惚けをくらっているという事実は変わらない。

 神裂火織にメールで呼び出された訳だが、思ったよりも早く現地に着いてしまった。集合まで残り十分ほどあるので一旦学生寮に戻っても良さそうだが、その往復の途中に神裂が来てしまっては元も子もないのでその選択は端から論外である。

 ――と。

 

「まさか私の方が遅く到着するとは、夢にも思いませんでした」

 

「っ……だ、だから、何の前兆も無く突然登場すんのやめてくんね? 心臓が止まるかと思ったわ」

 

 しかも上から跳んできたぞ、この聖人。あとその時に胸が大きく上下に揺れてたのが個人的にはごちそうさまです。

 涼しい顔で登場した神裂火織に顔を引き攣らせるコーネリア。やはり天然の気があるのか、愚痴を垂れるコーネリアに神裂は「???」と可愛らしく首を傾げるだけだった。

 まぁ、そんな事は置いとくとして。

 弄っていた携帯電話をジャージの上着のポケットに仕舞い込み、コーネリアは彼女に問いかける。

 

「それで? 俺をこんな深夜にわざわざ呼び出した理由ぐれえは説明してくれるんだよな?」

 

「それについてはお手を煩わせて申し訳なく思っています」

 

 ペコリ、と神裂は礼儀正しく首を垂れる。

 

「あなたをわざわざ呼び出したのは、どうしてもあなたに聞かなくてはならない事があったからです」

 

「聞かなくちゃなんねえ事? ああ、確か、インデックスを救う方法をまだ話してなかったっけ……」

 

「いえ、それも確かに重要事項ではありますが、今回は別件です」

 

 「別件?」と首を傾げるコーネリアに、神裂は芯の通った口調で言う。

 

「あなたの本当の狙いとは何か――その疑問を解消するために、私はあなたをここに呼び出しました」

 

「…………なるほど。それは流石に予想外だ」

 

 コーネリアは苦笑しつつも悲しげな声を零した。

 そんな彼に、神裂は自分なりの見解を述べる。

 

「昨晩あなたは、自分の安全の保障と引き換えにインデックスを救う方法を教える、と言いました。その言葉に関しても言いたいことは山ほどありますが、私が一番気になったのはそこではありません」

 

「…………」

 

「何故、インデックスを助ける事に協力してくれるのか。今まで何度も刺客を送りつけてきたイギリス清教は、はっきり言ってあなたの敵です。その敵からの刺客を抑制するためとはいえ、その敵の一人に協力するなど普通の判断とは思えません。―――あなたの本当の狙いは何ですか?」

 

「…………」

 

 神裂のその質問に、コーネリアは沈黙を返した。しかし別に、彼が答えを持ち合わせていない訳ではない。神裂の質問に対する答えをコーネリアはちゃんと持ち合わせているし、それ以上の質問が来ても迷わずに堪えられる自信もある。

 ただ、答える事に躊躇っている。

 それは、神裂火織の魔法名でもある『救われぬ者に救いの手を(Salvare000)』という彼女の信念が大きく関係している。

 自分以外の誰かしらが救われない立場にある時、彼女は自分を犠牲にしてでもその者を助けようとするという性質を持っている。それは強大な力を持った聖人である彼女だからこそできる所業で、弱者には決して真似できない偉業でもある。――だが、ここで重要なのは彼女の実力ではない。

 コーネリアが毎日命の危機に晒されている事を直接聞かされたら、彼女はどんな行動に出てしまうのか。

 百パーセントまではいかないだろうが、ほぼ確実にコーネリアを救うために奮闘するだろう。――それも、イギリス清教に牙を剥く形で。

 イギリス清教から自分を守ってくれるのは素直に嬉しい。それで命の危機が無くなるのなら、是非イギリス清教を裏切ってもらいたい。それがコーネリアの本心だ。

 しかし、本当にそれでいいのか?

 自分の都合に神裂を巻き込み、彼女をイギリス清教から離反させていいのか?

 そんな葛藤がコーネリアの胸で渦巻き、彼に解答を躊躇わせている。

 前世の記憶持ちの転生者であり、『明け色の陽射し』のボスの兄であるコーネリアは、その境遇故に他人を自分の不運に巻き込むことを極端に避けようとする性質を持っている。今朝にも上条当麻から言われていた事だが、彼は自分が望むことの正反対を他人に求めてしまうツンデレだ。素直じゃない、とはよく言ったもので、コーネリア=バードウェイはいかなる状況においても他人を自分の事情に巻き込もうとはしない。

 だから彼は、神裂の質問には答えられない。

 だから彼は、神裂を巻き込まないためにココでもあえて虚言を張る。

 

「別に、深い意味なんてねえよ。ただ、俺は命が惜しいだけだ。死にたくねえからインデックスの救出に協力する形でお前という脅威を排除し、少しでも延命できるように努力してる――ただ、それだけを望む臆病者なだけだよ、俺は」

 

「…………そう、ですか」

 

 きっと、神裂はコーネリアの嘘に気づいている。

 しかしそこで嘘を指摘しないのは、彼の心境を僅かながらに悟っているからだ。他者を巻き込まないようにとあえて彼が虚言を張っている理由を、口には出さないがちゃんと理解できているからだ。

 コーネリアが解答を避けた時点で、今回の呼び出しは無駄になった。

 だが、彼の本心に気づく事が出来ただけで価値はあった、と神裂は思う。出会ってからまだ一日しか経っていない、しかも立場的には敵である少年に思い入れをするつもりは毛頭ないが、それでも救われない者であるコーネリア=バードウェイを彼女は放っておく事が出来ない。

 だから、彼女は彼に告げる。

 遠回しだけど少しでも鋭かったらすぐに気づく事が出来るであろう言葉を、神裂火織はコーネリアバードウェイに告げる。

 

「もし本当にインデックスを助ける事が出来た時、私はあなたに必ず恩を返します。それだけは忘れないようにしてくださると、協力のし甲斐があるというものです」

 

「…………善処するよ、覚えてたらな」

 

 素直じゃない人ですね。

 そんな言葉を飲み込みながらも、それでも神裂は寂しそうな笑みを浮かべていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial5 原作開始

なんか、『教えて、レイヴィニア先生!』みたいなQ&Aのコーナーを作ってもいい気がしてきました(笑)


「私の盗聴術式がぁああああああああッ!?」

 

「ちょっとボス! 今忙しいんですからそんな唐突にバーサーカーモードに入らないでください!」

 

「貴様は正気で言っているのか!? あの盗聴術式にどれだけの手間と運が注ぎ込まれていると思っている!」

 

「織姫と彦星の伝説を利用した術式でしょう? 一年毎にしか会えない織姫と彦星が『相手の声だけでも聴きたい』という気持ちを抱いていると仮定し、術式とする魔術だったと記憶してますが? それと、滅多な事で破壊されないように体全体に術式を浸透させるという追加効果もあったはずです」

 

「そうだ! しかも、その術式は七夕――しかも琴座の一等星ベガとワシ座のアルタイルが完璧に視認できる晴天の七夕の日にしか作り上げる事が出来ない術式なんだ! それを、それを、このタイミングで壊されてしまうだなんてーっ!」

 

「まさかの十日あまりでの消失でしたね」

 

「くそっ! 学園都市には魔術を切り裂くジャパニーズサムライでも生息しているのか!? もしそうだとするならば、ちょっと華麗に学園都市に調査に行かなくてはならないのだが……ッ!?」

 

「そんな意味不明な事に時間を潰す暇なんてないんで、さっさとスケジュール消化しましょう、ボス」

 

「は、離せ! 私の思考はまだ終わっていない!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂火織と待ち合わせし、彼女の疑問に遠回しながらに応える作業は終了した。

 その後、コーネリアの「立ち話もなんだし、どっか座って話せる場所にでも移動しねえ?」という言葉を受けて場所を変えた訳なのだが……

 

「あえて言おう。どうして俺の家がエントリーされてしまったのか!」

 

「時間が時間で学生は外出できないから自宅にしようと言ったのは他でもないあなただったと思いますが」

 

「そんな的確な指摘すんのやめてくんね? ちょっとはこう、俺のボケに乗るとかさ、そういう気遣いが欲しい所なんだよ」

 

「ボケ? 先ほどの発言はボケだったのですか?」

 

「…………もういいや、すまん。唐突にボケた俺が悪かった」

 

「何故だか小馬鹿にされているような気がしてならないのですが……」

 

 図星だからあえて反論はしませんよ、とは流石に口にはしないコーネリア。

 リビングの中央にあるテーブルの前で神裂が正座するのを横目で確認しながら、コーネリアは二人分の麦茶を用意する。イギリス人である身としてはここで紅茶を出すのがベストなんだろうが、前世が麦茶好きであった彼はハッキリ言って紅茶よりも麦茶派だ。その為、彼は客人には基本的に麦茶を用意するようにしている。美味しいよね、麦茶。冷たいまま用意できるのがベストポイントです。

 麦茶が入ったグラスを神裂の前に置き、自分は彼女の向かいに腰を下ろす。

 

「わざわざすみません、お茶まで用意していただいて……」

 

「いや、いいよいいよ気にすんな。お前と停戦協定を結ぶための賄賂とでも思って気兼ねなく飲んでくれ」

 

「その例えをされると逆に飲みたくなくなってきます」

 

「お前は本当に真面目だなぁ……」

 

 原作で知っていた以上に真面目なんじゃねえか? 体裁を気にするというか常に正しく在ろうとしているというか、もう少し応用性と柔軟性を持ってもいいと俺は思う訳なんだが……まぁいいや。

 それでも俺からの厚意を無碍にするのはポリシーに反するのか、神裂は躊躇いながらも俺が用意した麦茶を飲み始めた。

 

「あ、美味しい……」

 

「だろ? 素材にだけは気を遣ってるかんな。……まぁ、レイヴィニアが無駄に高級なやつを俺に送りつけて来てるだけだけど」

 

 そう言って、コーネリアは苦笑を浮かべる。

 

「じゃあ、そろそろ本題に入るとすっかな。お前としてもできるだけ早くインデックスを救う方法が知りてえだろ?」

 

「それはまぁ、彼女を救うのは早ければ早いほど好ましいですからね。是非お願いします」

 

「オーケー、分かった。聞き逃しすんじゃねえぞ?」

 

「当たり前です」

 

 それから約十分ほどかけ、コーネリアは自分が知っているインデックスの救出法を懇切丁寧に神裂へと伝授した。

 その間、神裂は驚いたり怒ったりと無駄に表情豊かだったが、そんな彼女を見てコーネリアは初めてこんな事を思ったのだった。

 

(なんだ、意外と普通の女の子じゃん)

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアから話を聞き終わった後、神裂は彼の家から学園都市のとあるビルの屋上へと移動していた。左脚の部分が大胆に切り落とされたジーンズのポケットには彼から与えられた情報を記載した紙切れが仕舞い込まれていて、それがなんとも言えない達成感を彼女の心に与えていた。

 夜に染まる学園都市を見下ろしながら、神裂火織は呟きを漏らす。

 

「……これでようやく、『あの子』を救う事が出来る」

 

 長かった、と神裂は思う。

 あの子――インデックスと出会ってからというもの、色んなものを犠牲にして彼女を救おうと奮闘してきた。自分の時間、精神、人生。その全てをインデックスという少女のために捧げてきた。

 しかし、それもようやく終わる。

 コーネリア=バードウェイとの出会いのおかげで、今までの苦労がようやく報われる時が来たのだ。これが嬉しくない訳がない。

 だが、一つだけ。

 一つだけ重要なピースが欠けている。

 それは――

 

「『インデックスを救う事が出来る人物の名前』だけは結局教えてはくれませんでしたね……」

 

 ――それは、最も重要なピースだと言ってもいい。

 インデックスを救う事が出来る人物。それは彼女を救う上で最も大事な存在であり、その人物を用意しない事にはインデックスを救う事が出来ない。

 何度も名前を教えてくれと要求はしたのだが、コーネリアは首を横に振ってこう言うだけだった。

 

『あいつは俺にとって凄ぇ大切な奴だ。そんなあいつを俺の意志で魔術に巻き込ませたくはねえ。――だから、そっから先はお前らが何とかしろ』

 

 やはり優しい方ですね、と神裂は小さく笑う。

 レイヴィニア=バードウェイの兄――そんな立場であるコーネリアだが、神裂の予想としてはそれ以外にも何かしらの境遇を抱えている気がしてならない。これまで多くの魔術師たちを撃退してきたという実績からも、彼が何かしらの能力を持っている事が簡単に予想できる。能力開発を受けている身であるから魔術を使ったわけではないのは分かるが、話によると彼は異能力者――つまりは申し訳程度にしか能力が使えないただの学生だ。

 しかし、それでも彼は今日という日まで無事に生き延びている。

 レイヴィニアの部下が護衛をしている気配はなかった。だからコーネリアが自力で自衛しているという事になるが、その方法がいまいち分からない。

 

「あの方が持つ自衛法とやらが、あの方の不運な境遇の全貌に繋がっている気がしますね」

 

 それは一体どんな自衛法なのか。

 今はまだ分からないが、彼が自分の口から話してくれる日まで待ち続けよう――そう、神裂は誓う。相手が話そうとしない事を強要するのは間違っていると思うし、そもそもまだ知らなくても良い事だと思うからだ。

 コーネリアが話してくれるのを待つ。

 それが、彼に対して神裂ができるたった一つの気遣いだ。

 

「……さて、と」

 

 ジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、一緒にこの街に来ている同僚に電話を掛ける。

 呼び出し音が一回鳴った直後に回線が繋がり、神裂は真面目な顔で同僚に向かってこう言った。

 

「ステイル。あの子を救う手立てがようやく見つかりました」

 

 コーネリア=バードウェイという存在により、物語は僅かながらに歪曲する。

 しかし、だからといって大筋が変わる訳ではなく、物語は歪んだ分の軌道修正を図りながら進んでいく。

 これは、そんな物語。

 イレギュラーな臆病者が介入する事によって歪みはするが、それでも原型が崩れる事はない物語。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『え、ええええええええええッ!?」』

 

 七月二十日。

 その朝早く、コーネリアは一階下の部屋に住んでいる不幸野郎の大絶叫で目を覚ました。

 「ん……?」と相変わらずの低血圧を全開にしながら大口開けて欠伸を零し、コーネリアは寝癖まみれの頭をガシガシと掻きながら呟きを漏らす。

 

(…………ああ。やっとインデックスと上条が邂逅したんか)

 

 ようやくというか、長かったなぁ、とコーネリアは思う。

 これでようやく序章が終わり、物語の本編が開始される。上条当麻という少年とインデックスという少女を中心とした物語が、今この瞬間からようやく開始されるのだ。

 自分もまた、その物語の中のキャラクターだ。決して無関係という訳にはいかないだろうし、事実、昨日の時点で大きな役割を果たしてしまっている。どう避けようがいつかは物語の本筋に巻き込まれるのは流石の彼でも予想できる。

 しかし。

 そう、しかしだ。

 いつかは巻き込まれることになるとはいえ、別に自分から巻き込まれに行く必要はないだろう?

 

「…………もう一眠りしよう。出来れば翌朝に起きれたらいいな……ふわわぁぁ」

 

 そう言って、コーネリアは再びベッドへと崩れ落ちる。

 不幸で不運で不遇で不憫な人生を生まれつき約束された、不遇な要素が多すぎて笑えてくる『原石』の少年は自分の身を護る為に、あえて物語開始の瞬間をスルーする。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 期待に反し、コーネリアが目覚めたのは七月二十日の夕方の事だった。

 ジリリリリ、と火災報知器が学生寮中に響き渡り、それが彼のアラーム代わりとなったのだ。

 寝惚け眼を手で擦りながら、コーネリアはベッドの上でぐぐっと背伸びをする。

 

(……ああ、そういえば、ステイルと上条の戦闘がここで起きるんだったっけ……)

 

 まだ寝惚けているのか、その表情に緊迫感は微塵もない。下手をすればそのまま三度寝に入ってしまいそうな様子だ。

 今頃、外ではスプリンクラーが作動してステイル=マグヌスが上条当麻に打ん殴られている頃だろう。そしてその後に消防車とか警備員とかが来て、出火の原因を見つけるために学生寮を隈なく捜索するのだろう。勿論、この部屋の中にも入ってくるかもしれない。

 ぶっちゃけ、面倒くさい。

 起きたばかりで動きたくないし、警備員が来るなら来るで起こしてもらえばいい気がする。

 

「……やっぱり起きるのやめよう。今外出したら上条と鉢合わせしちまうかもだし」

 

 しかしまぁ、それを許さないのが彼の不遇な人生な訳で。

 パリーン! という破砕音。

 窓ガラスを砕く形でダイナミックに入室してきたのは、大胆で奇抜な服装が特徴の少女だった。

 神裂火織。

 希少性で言えば『原石』以上の『聖人』である神裂はベッドの上でもぞもぞと芋虫のように動いているコーネリアを視認するなり、ビキリと青筋を額に浮かび上がらせる。

 

「ステイルが向かった先があなたの学生寮だったのでこうして来てみた訳ですが……どうして火災報知器が鳴り響く中で爆睡しようとしているんですか!? ほら起きて、さっさと外に逃げますよ!?」

 

「いやいや別に無理して起きる事ねえっておやすみー……」

 

「やかましいこのド素人が!」

 

 結局、神裂に抱きかかえられる形で強制的に外出する事になったコーネリアは寝間着であるジャージ状態の自分を他人事のように確認しながら、彼女に抱きかかえられた状態でこんな事を思っていた。

 

(胸の感触柔らかい……)

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial6 荊棘領域

今までのコーネリアの迂闊な発言を心の声に変更しました。


 神裂から強制的に外へと連れ出されたコーネリアは、第七学区のとある建物の屋上にいた。夕方から夜へと移行するこの微妙な時間は言い表しようもない程の暑苦しさがあり、体温を少しでも下げるために彼はシャツの襟元から手でパタパタと風を送っている。それでも体温が下がる事はなく、仕方なしにとコーネリアはジャージの上着を腰に巻いた。

 それにしても暑いなぁ、と言いながら隣の神裂に視線を向ける。

 右足の部分が切り落とされた大胆なジーンズ(涼しそう)。

 臍の辺りで結ばれた薄手のTシャツ(涼しそう)。

 ……………………………………いや、流石にあの格好はねえわな。

 

「俺はそこまで恥知らずな格好は流石に選択できねえなぁ」

 

「いきなり失礼すぎやしませんか!? というか、この服装には魔術的意味が込められており、別に私が好んでこういう服を着ている訳ではありません! 何度言ったら分かってくれるんですか!」

 

「まともな服でも着てくれたら分かるんじゃねえかな。ひらひらのワンピースとか」

 

「そんな服を着て戦える訳がないでしょう? 恥ずかしい!」

 

「いやそんな服で戦う方が恥ずかしくねえ!?」

 

 お前の羞恥心がどこに向いているのかが俺には分かんねえよ!

 夕暮れの学園都市でギャーギャーと子供のような口喧嘩をした後、数分ほどでクールダウンした二人は夜の街並みを見下ろしながら真面目な会話を始める事にした。

 

「それで、お前はこれからどうすんの? お前の相棒が倒されちまったみてえだけど」

 

「ステイルを撃破したあの少年の実力が分からない以上、何の策も無しに攻めるのはあまり好ましいとは言えません。……先に聞いておきますが、あの少年はあなたの知り合いですか?」

 

「まぁ、同じ学生寮の人間だし、そうなんじゃねえの?」

 

 はぐらかすようなコーネリアの言葉に、神裂はひくっと頬を引き攣らせる。

 それを横目で確認したコーネリアは「はぁ」と溜め息を吐き、

 

「昨日も言ったけどさ、俺はお前らに全面的に協力する訳じゃねえんだよ。俺はお前に『インデックスを救う方法を教える形で協力する』って言っただけで、『俺自体がインデックスを救うために行動する』とは言ってねえ。ステイル=マグヌスを倒した学生が俺の知り合いかどうか、なんつー質問にも答える気はねえ。その領分は既にお前らの領域であり、魔術サイドの人間じゃねえ俺には何の関係もねえんだよ。正直な話、インデックスが助かろうが助からなかろうが、俺には全く関係ねえ事だし――ぐ、ぅっ!?」

 

「……それ以上は、言わなくていいです」

 

 一瞬。

 まさに一瞬で、コーネリアの襟首が神裂に掴み上げられた。目にも止まらぬ、というよりも、目視不可能というレベルでの行動に、コーネリアは抵抗する事すらできなかった。

 聖人としての特性を生かした超高速運動。

 生身で音速機動を実現させる事が出来る存在である聖人は、一般人の動体視力に捕捉されるほど甘い攻撃は放たない。

 「が、はっ……」神裂から解放されたコーネリアは何度も咳き込み、肺の中に空気を取り込む。

 

「かふっ……さ、流石に言いすぎた。すまん」

 

「別に、謝罪は必要ありません。気にしないでください」

 

 そう言う神裂だが、彼女の瞳は明らかに怒りに染まっている。親友であり同僚であるインデックスが救われなくてもいい――その発言が心の底から許せなかったのだ。怒るのも無理はないだろう。

 流石に考えなしな行動だったな、とコーネリアは反省する。インデックスの救出法を教えた立場とはいえ、不用意な発言を多用すれば神裂の圧倒的な力技によって粉砕されてしまう可能性は否めない。正直な話、抵抗できずに殺されてしまう結末を迎えてしまうだろう。コーネリアが持つ『原石』としての能力は、『聖人』である神裂火織を撃破できるほど強大なものではない。

 強弱に関わらず、人工能力者と比べて遥かに希少な能力を持つ――それが天然能力者、通称『原石』だ。その中でもコーネリアは牽制系の能力を所持している『原石』である。強弱で言い表すとすれば、弱い部類に入るだろう。そんな彼が神裂を倒す――それはまさしく夢物語と言える。

 

(今後の発言には気を付けた方が良いかもな)

 

 垣間見えた神裂の怒りに恐怖したコーネリアは激しい鼓動を奏でる心臓を服の上から押さえつけ、大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 「あの少年の身元を調べてくる」と言って神裂がどこへともなく跳躍して去って行き、コーネリアは一人屋上へと残された。

 それは別にいい、大した問題じゃあない。ここから普通に一階へと降りて自宅へと帰ればいいし、その後は新しい窓の手配でもした後に寝ればいい。

 そう。

 ただ、それだけをすれば万事解決。すぐに元の生活へと戻れるのだ。

 ―――しかし。

 

「……流石に屋上の出入り口のカギが施錠されてる且つ頑丈だとは予想外だったな」

 

 ガチャガチャドンドンといろんな方法で扉の破壊を試みたが、扉が開かれる気配はゼロ。最後の希望として梯子か何かが無いかを探しては見たが、結果は言うまでも無し。

 屋上に閉じ込められた。

 頭上は開放的な夜空だというのに閉じ込められたとは、なんだか矛盾しているような状況だ。飛び降りれば脱出は可能なのだろうが、不幸な事にこのビルは十三階建てのようなので、着地と引き換えに体がミンチに変わってしまうのは火を見るよりも明らかだ。

 さて、どうする?

 ここにきてまさかの展開に軽い頭痛が止まらない。自分のホームでこんな目に遭うとは流石に予想外だった。これはアレか、今日の星座占いはダントツのビリだったとかそんな感じかふざけんな。

 しかしまぁ、いつまでもこんな所で足止めを食う気もないし、こんな無駄な時間を強制されるいわれもない。

 はぁ、とコーネリアは屋上からビルの真下を見下ろしながら面倒臭そうに溜め息を吐き、

 

「……自力で降りるしか、ねえよなぁ」

 

 それは、コーネリアの言葉が放たれた直後の事だった。

 ビルの壁――詳しく言えばコーネリアの足元の壁が軽く振動したかと思うと、そこから一本の荊が生えてきたのだ。それは人の腕の太さほどの荊で、蔓には無数の棘が縦横無尽に生えている。

 その棘塗れの蔓を両手で掴み、コーネリアは「痛っ」と涙目を浮かべる。

 

「はぁぁぁ……本当、何つーか……自分にもダメージをくらうこの性質だけはなんとかして欲しいよなぁ」

 

 そう言いながらも屋上から跳躍し、ビルの壁へと足を着ける。

 直後。

 するすると、荊が下へ下へと伸び始めた。ビルの壁に根を生やしているのか、荊は壁から抜ける事も無くただただその長さだけを増長させていく。

 荊を命綱代わりに掴み、コーネリアは十三階建てのビルを降りていく。

 これが、この荊こそが、コーネリア=バードウェイが生まれもった希少な能力である。

 

荊棘領域(ローズガーデン)

 

 能力の詳細としては、『人工物に荊を生やし、自由に使役する』という感じだ。それは衣服だろうがアスファルトだろうが文房具だろうが関係なく、人工物であるならばありとあらゆるものから荊を生やす事が出来る。勿論、その対象の数に制限はない。

 蔓の固さは人並みレベルの剣士がロングソードを使った時の一撃ぐらいならなんとか防ぐ事が出来るが、神裂やアックア、それに騎士団長といった手練れの剣士が一撃を放つと、荊の蔓はいとも簡単に両断されてしまう事だろう。

 人工物ならどこにでも荊を生やせる、且つ、ある程度の防御が可能、という利便性。

 しかし、その利便性に反し、この能力にはあまりにも多すぎる欠点が存在する。

 まず、この荊の棘に触れるとダメージを受けてしまう。それは他人も自分も関係なく、触れた者に等しくダメージを与える。この荊を身体に巻いて鎧にでもしようものなら、身体の表面全体に棘が刺さって非常に痛い目を見ることは間違いない。――つまり、自分の衣服に直接展開する事はただの自滅と言ってもいい。

 次に、この能力は素早い挙動を得意としていない。ある程度のスピードで荊を生やす事が出来るのは出来るのだが、正直言ってそれは一般人のパンチの速度と大差ない。ぶっちゃけた話、戦闘中でのメイン攻撃としてはあまり期待できない仕様だ。――つまり、戦闘中は牽制として使う事が主となる。

 これが、コーネリア=バードウェイの能力の全貌だ。

 こんな中途半端――というか長所に比べて短所があまりにも致命的すぎるこの能力は正直な話、逃走するために相手を足止めするぐらいにしか使えないのである。

 

「うあー……痛かった、マジで痛かった」

 

 荊の棘によって傷つけられた両手からどくどくと流れ出る血液に、コーネリアは涙目を浮かべる。

 応急処置(?)にとジャージのズボンで血液を拭い取ったコーネリアは「うーん」と数秒ほど思考の渦に身を投じ、

 

「……とりあえずコンビニで絆創膏と消毒液でも買うか」

 

 自分の能力によって傷だらけになった手を癒す為にコンビニへと向かうコーネリアからそう遠くない場所で、ズガガガガッ! とアスファルトが何かで切り裂かれる音が響き渡っていた。

 

 




『教えて、レイヴィニア先生!』

 よぉ、貴様ら。
 みんな大好きレイヴィニア=バードウェイだ。
 貴様らの要望によって不定期でこのコーナーを開くことになった訳だが、正直に言って面倒臭い事この上ない。すぐに本編に帰ってコーネリアの背中にむぎゅーっと顔を押し付けて匂いを堪能したい気持ちでいっぱいだ。
 しかしまぁ、今回は初回だからな。特別サービスで頑張ってやろう。
 それじゃあ、初回の質問を見てみるとするか。

《コーネリアの『荊棘領域』の能力について教えて》

 これはまた、凄い質問が飛んできたな。
 本編を読めよ、と言ってしまえばそこまでなんだが、それではこのコーナーの意味が無くなってしまうからな。私が一応の能力説明をしておいてやる。ありがたく思え!

 コーネリアの能力、『荊棘領域』は【ありとあらゆる人工物から荊を生やす能力】だ。それはコーネリアの視界の中にある人工物ならばどんなものでも対象にでき、生やす荊の数に限界はない。
 しかし、素早い相手だとか純粋に強い相手だとか……ぶっちゃけた話、コーネリアよりも速くて強い敵にはあまり通用しない能力でもあるのだ。
 この使えない能力をコーネリアは《相手の足に荊を絡みつけて足止め》とか《曲がり角の直後に金網のように荊を展開して足止め》とか、そういった牽制に使っているらしい。……あー後、相手の周囲に無数の荊を展開させて《牢獄》や《アイアンメイデン》のように相手を閉じ込めるといった荒業も可能のようだ。

 この『荊棘領域』という能力は、まさに『荊の道を歩む宿命』を背負ったコーネリアに相応しい能力だと私は思っている。――思ってはいるが、こんな能力でしか自衛できないあいつは本当に悲しいなぁ、とも思っているぞ。

 とまぁ、ここまでが今回の質問に対する私の答えなんだが……ハッキリ言って、あいつを私が手元に置いて守ってやれば何の問題もないと思うんだがな。それを望まないのが私の兄というツンデレなのだ。こればかりはどうしようもないだろう。

 ……おっと、どうやら時間が来てしまったみたいだな。コーネリアのことを話すとつい時間が経つのを忘れてしまう。
 それじゃあ、次の質問が来る時まで、このコーナーの私とはおさらばだ。
 コーネリアの荊多き人生に不幸と不遇と不憫な事件が絶えん事を、皆で願っていこうではないか! そして私があいつを元気づけて慰めてしっぽりと……くくくくくっ!



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Trial7 御使堕し

 もうお気づきの方もいると思いますが、コーネリアの能力強度を『異能力者』に変更しました。



 コーネリアが我関せずを通していた傍ら、インデックスという少女を巡る物語は幕を下ろした。その解決の過程は確かに正史とはやや掛け離れたものとなってしまっていたが、結果は変わらず、インデックスという少女を救う代わりに上条当麻という少年の記憶が消滅した――という形で落ち着いていた。

 そんな物語の序章が終わってから約一ヶ月後の八月二十八日。

 コーネリア=バードウェイはイギリスのロンドンにいた。

 

「…………帰りてえ、激しく帰りてえ」

 

 炎天下のロンドンはランベス区。約三十万人が暮らすこの特別区はロンドンの中央付近にあり、新しさと古さが混在する観光地としてそこそこ有名だったりする。

 そんなランベス区に何故コーネリアがいるのかというと、それは彼の実妹――レイヴィニア=バードウェイが彼に里帰りを強制もとい要求してきたからだ。本当は夏休みの間ぐらいは学園都市に籠ろうと思っていたのだが、さすがにあの無敵の妹を前にしては拒否の姿勢を見せることはできなかったため、こうして渋々ながらにイギリスへと帰国してきたという訳だ。

 薄手のシャツの襟元をパタパタと仰ぎながら、コーネリアは頬を伝う汗を手で拭う。

 

「にしても、レイヴィニアの奴、遅っせえなぁ……いつもだったら俺が来るよりも早く出迎えに来てるってのに……今日は調子でも悪いんかね?」

 

 極度のブラザーコンプレックスを患っているレイヴィニアは逸早く兄の顔を見るために最高のコンディションで最速の出迎えを行うのがいつもなのだが、何故か今日は彼女の姿どころか彼女の部下の姿すら見えない。自分が集合時間に間に合わないと分かった時点で保険としての迎えを寄越すのがレイヴィニア=バードウェイという少女であるが、今回はどうやら例外となっているらしい。

 はぁ、と疲れたように溜息を吐く。

 そして周囲を見渡し――

 

「……え?」

 

 ――ワンピースを着た屈強な黒人男性が目の前を横切って行った。

 

「………………」

 

 たった今目撃した光景が信じられず、ぽかーんと口を開けて間抜けに呆然とするコーネリア。もしかしたら女装趣味の黒人男性だったかもしれない、と頭の中をクールダウンさせ、コーネリアは再び周囲に視線を向ける。

 

 激しくスケボーに乗るよぼよぼの老人。

 

 タクシーに寄り掛かってタバコを吸う五歳くらいの子供。

 

 歩道の端の方で熱い抱擁と接吻を交わす黒人男性と日本人男性。

 

「………………まさか」

 

 とてつもなく嫌な予感が頭の中を走り回る。これはまさか、『あの魔術』が発動しちまったってことなんじゃあ、と軽い頭痛に見舞われる。

 身体が小刻みに震えるのを自覚しつつも、コーネリアは携帯電話で今日の日付を確認する。

 八月二十八日。

 流石に前世の記憶なので詳しい日にちは覚えていないが、『あの魔術』が発動するのはもしかしなくてもちょうどこの日ではなかったか……ッ!?

 ツツー、と一筋の汗が彼の頬を伝う。しかしそれは先程とは別ベクトルの汗――暑さではなく言いようもない寒気から発生した汗だった。

 まずい、これはまずい、とコーネリアは頭を抱える。何が一番まずいかというと、『自分が一体誰の見た目になっているのか』ということが分からない事が一番まずい。さっさと人に聞けばいいんだろうが、もし自分が有名人の見た目になっていたとしたら、絶対に大変なことになる気がしてならない。

 さぁ、どうする? この状況下で俺はいったい何をすればいい?

 そんな事を考えて頬をひくひくと引き攣らせていた――まさにその瞬間。

 

「な、何故こんなところに私が!?」

 

 嫌な声が聞こえた。

 その声色だとかそのセリフの内容だとか、もう完全に嫌な予感しかしない。自分がどんな人物になっているかなど、今の言葉を聞いただけで完全に理解できてしまっていた。

 頭を襲う頭痛に顔を顰めながらも、コーネリアは声が聞こえてきた方向に顔を向ける。

 そこには。

 そこ、には――

 

「……よお。望まぬ形で華麗に再会しちまった気がすんな、神裂」

 

「その乱暴な口調と表情……もしかしてあなた、コーネリア=バードウェイですか!?」

 

 ――神裂火織。

 一ヶ月ほど前に何故か知り合いとなってしまった女魔術師であり、世界に二十人と存在しない聖人の一人でもある幕末剣客ロマン女がそこにいた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 御使堕し(エンゼルフォール)

 その魔術の効果を分かりやすく言うと、人間の外見と中身を無差別に入れ替えてしまうといったもの。その術下にいる人間は他人や自分の入れ替わりに気づくことはできず、何が起きたのかも分からないままに他者との入れ替わりを実体験してしまう――という訳の分からない境遇に身を投じることになる。

 この術の効果から精神だけでも守るためには強力な結界で身を守るしか方法はない。それでも外見と中身の入れ替わりだけは防ぐことができず、他者の入れ替わりに気づいてはいるが、他者からは自分は他の人間だと認識し判別されてしまう。――この効果に例外はなく、世界中の人間が凸凹アベコベの大惨事となっているのはまず間違いはない。

 しかし。

 そう、しかしだ。

 何の結界も張っていないし結界の中にいたわけでもないコーネリアが他者の入れ替わりに気づくことができたのは、一体何故だろうか? もしかしたら彼には魔術を抑え込む性質があり、今回はその性質のおかげで最悪の事態を回避することができた、と言う事なのだろうか?

 そんな疑問を抱いた神裂はその旨をコーネリアに問うが、コーネリアは「有り得ねえ」と首を横に振るだけだった。

 

「俺の能力――『荊棘領域』は人工物に荊を生やすしか能のねえ能力だ。そんな能力でこんな大がかりで強力な魔術を防げると思うか? っつーか、魔術を防げる能力だってんなら、魔術師相手にもっと上手く立ち回れるっつーの」

 

「……それはまぁ、確かにそうかもしれませんね」

 

 やはり偶然なんだろうか? と神裂は首を傾げる。

 そんな彼女の顔を見ながら、コーネリアは現在の自分の状況についてとても不機嫌そうな表情で問い詰めることにした。

 

「なぁ、神裂」

 

「はい。どうかしましたか?」

 

「いや、どうかしましたか? じゃねえよ」

 

 コーネリアはびきりと額に青筋を浮かべ、

 

「何で偶然お前と再会しただけの俺が無理やり飛行機に乗せられて日本にとんぼ返りさせられてんのかについての質問をぶつけてもいいですかねぇ!?」

 

 そう。

 凶悪な実妹の指示でイギリスに里帰りしたはずのコーネリアは、神裂の強力な怪力に逆らえずにまさかのとんぼ返りを強制させられているのだ!

 「俺、普通に無関係だよなぁ!?」と怒りを露わにするコーネリアに、神裂は申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「申し訳ございません。……しかし、あなたを飛行機に乗せたのには大きな理由があるんです」

 

「は? 理由?」

 

「ええ」

 

 神裂は一拍間を置く。

 

「どういう訳か、あなたは『あの魔術』の効果を中途半端ながらも回避している。それはあまりにも想定外な事態です。もしかしたら今回の魔術を破壊するための鍵となる可能性も否めません。だから私は――というか、このにゃーにゃーサングラスがあなたを無許可かつ独断で連れていくことを決定したんです」

 

「にゃー。流石にその呼称には悪意が感じられるんだぜい」

 

 そう言うのは、コーネリアの前の座席から顔を覗かせた金髪サングラスの少年だった。

 土御門元春(つちみかどもとはる)

 学園都市の高校に通う学生でありながら、イギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属している魔術師でもある少年。――それが、土御門元春の簡単なプロフィールだ。

 ニヤニヤと何を考えているかよく分からない笑みを浮かべた土御門は猫のように口をにんまりと変形させ、

 

「コーネリア=バードウェイの外見がねーちんと同じであるという事態を重く見たオレの、僅かながらの心遣いの結果だと思ってほしいんだにゃー。ねーちんの姿になったこの不遇先輩が行く先々で問題を起こしたとしたら、その全てがねーちんの責任になっちまうんだぜい? ねーちんはそれでもいいっていうのか?」

 

「ぐっ……それは確かに、そうかもしれませんが……」

 

 悔しそうに顔を歪ませる神裂。

 土御門は相変わらずのニヤケ顔を少しだけ真顔に戻し、

 

「それに、この不遇先輩の能力について、ちょっと試してみたいことがいくつかあるってのも理由だな。そう考えてみれば今回の偶然は願ってもないチャンスだったんだぜい。――そういう訳で、事件解決までオレたちの実験動物になってもらうんで、そのつもりでお願いするにゃー」

 

「いやいやそんな勝手なこと言われても! ほら、あれ、イギリスでは今もレイヴィニアが俺が来るのを待ち続けてるっぽいし? 今すぐにでも行かねえと後が怖いんだって! どうすんだよ、あいつがキレたらもう止めようがねえんだぞ!?」

 

「イギリス清教の敵である『明け色の陽射し』のボスがいくら困ろうがオレたちには関係ない事なんだにゃー」

 

「て、テメェェエエエエエエエエエエエッ!」

 

 八月二十八日。

 世界規模の魔術の効果を何故か中途半端にしか受けなかったばかりに事件へと巻き込まれることとなったコーネリア=バードウェイの絶叫が、空を駆ける飛行機の中に響き渡った。

 

 

 

 

 …………とりあえずレイヴィニアの事は頭から避けておこう。自分の安全のために。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial8 かんざきさんじゅうはっさい

 土御門さんの霊圧が、消えた……ッ!?


 目の前に拡がるは、夏終盤に差し掛かっても尚、美しく輝く青い海。砂浜のところどころには巨大クラゲの死骸が確認できるのに対し、一般客の姿はほぼゼロと言ってもいいほどに確認できない。大方、巨大クラゲのせいで客足が遠のいているんだろう。クラゲに刺されるリスクを冒してまで海に行きたがるような希少種はそう多くはないはずだ。

 しかしまぁ、コーネリア=バードウェイは誠に遺憾ながらもその希少種の仲間入りを果たしてしまっている訳で。

 きゃー、とか、ひゃー、とか言って砂浜や海ではしゃぎまくっている銀髪碧眼の女の子(超きわどい水着着用)やどこぞの第三位にそっくりな少女(スク水着用)を海岸外の道路に腰を下ろして眺めながら、コーネリアは「はぁぁ」と落胆気味な溜息を零した。

 

「望まぬ形だったが一応は海に来たんで巨乳ビキニの美人さんでも見られるかと思って期待してたのに……相変わらず俺は不遇な人生を誘引する体質をお持ちのようだ」

 

「なに不純な動機で観察しているんですか死にさらせ。『御使堕し』を発動させた憎き術者を探すことが最優先だと何度も言っているでしょう爆散しろ?」

 

「言いてえ事は分かるが何で俺がお前に罵倒の嵐を浴びせられにゃあならんのだ」

 

 フン、と何故に神裂が不機嫌になっているのか理解できません。

 と、頭の中で疑問を放り投げていた――まさにその瞬間。

 

「あのツンツン頭の間抜け面は……おのれ上条当麻、私の怒りを受けなさい!」

 

「あ、ちょっと神裂!? その展開は流石に予想通りだがちょっと落ち着け馬鹿野郎!」

 

 ぴゅぴゅーっ! と聖人特有の音速機動全開で波打ち際へと走っていく神裂火織(ねーちん)。その姿は他者からは『二メートル級の赤毛イギリス人が全力疾走している』光景に見えることはまず間違いない。―――なんか、音速で通報される未来しか見えないんですが。

 そんな事よりもこのままじゃあの不幸野郎の命が危ない! 混乱していながらもなんとかその判断に至ったコーネリアは「あーもー!」と面倒くさそうに頭を掻き毟り、

 

「ちょっと落ち着けやこの幕末剣客ロマン女!」

 

「あ痛ぁっ! いだだだだだだだだだだだだっ!」

 

 神裂の衣服から荊を十数本ほど生やし、彼女の体をぐるぐる巻きに拘束した。

 荊の棘が露出している肌に突き刺さり、彼女の肌から僅かながらに血が流れ始める。流石にやりすぎだとは思ったが、相手は魔術界最強と言われる聖人の一角だ。普通の攻撃なんか効かない存在なので、何の問題もないだろう。

 ………………普通の攻撃なんか、効かない?

 待て、それはおかしくないか?

 そうだとしたら、どうして俺の荊が神裂にダメージを与えているんだ…………ッ!?

 

「何だ、何がどうなってんだ!?」

 

「それはこちらのセリフです! 自分の疑問を解決する前にまずはこの荊を消しなさい!」

 

「お前聖人なんだから荊ぐれえ自力で引き千切れんだろうがよ!」

 

「それができたらとっくにそうしています! しかしどういう訳か、体に力が入らない……いや、これは、常人レベル(・・・・・)の力しか(・・・・)引き出せない(・・・・・・)……ッ!?」

 

 まさに衝撃的――というか、予想外すぎる展開だった。

 常人とは比べ物にならない身体能力を持つ聖人である神裂が、ただの少女と同じぐらいの身体能力しか引き出せなくなっている――それはまさしく想定外な事態だった。

 とにかく今は落ち着こう、と神裂に纏わりつく荊を消滅させるコーネリア。

 全身血だらけ傷だらけで荒い呼吸を繰り返す神裂を見てガシガシと頭を掻いたコーネリアは傍に置いてあったキャリーバッグからジャージの上着と救急箱を取り出し、砂浜に座り込む神裂の傍まで歩み寄る。

 そして、手にしたジャージを神裂に軽く放り、

 

「……とりあえず沁みるとは思うが、一応の手当てはしといてやる。あと、そのジャージは上にでも羽織っとけ。傷を隠すための間に合わせ品ぐらいにはなんだろ」

 

「元はと言えばあなたが私に荊を纏わりつかせたことが原因だと思うのですが?」

 

「うっせえな、分かってるっつーの! お前は聖人だから別に何の問題もねえって思ったんだよ!」

 

「そうだとしても、普通、乙女の肌に荊を纏わりつかせますか? しかも傷だらけにされましたし」

 

 そう言って、神裂はコーネリアに腕を差し出す。

 コーネリアは消毒液を箱から取り出しながら、人を小馬鹿にするような表情でこう返した。

 

「はぁ? お前の歳で乙女とかねえだろ。とっくに結婚適齢期過ぎてるくせに」

 

「……今、何と言いましたか?」

 

 突然の悪寒。

 「あ」と自分の失言に気付いた時には既に遅く、ゆらぁ、と幽鬼の如き立ち上がりを見せる幕末剣客ロマン女の手には二メートル級の日本刀・七天七刀が。まだ彼女は何も言っていないが、刀と表情から「お前殺す」という殺気が駄々漏れすぎててもう笑いとか起きる気配もない。

 自分よりも高い位置から見下ろしてくる神裂にコーネリアは青ざめた顔でだらだらだらと大量の冷や汗を流す。

 そして。

 この最悪な状況を打破する方法なんか浮かばなかった失言男は「……ふぅ」と無駄に爽やかな笑顔を浮かべ、

 

「俺は別に年齢なんて気にしないから気にすんぶぎゅるわぁっ!」

 

 言葉も半ばに七天七刀で顔面を打ん殴られた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「え? え? 同じ顔ってことはもしかして双子? それにしては体格とか完璧に似すぎてる気がするんだけど……あ、もしかして最近流行りの体細胞クローンだったりしますかね!?」

 

 目を覚ましたら、やけに見覚えのある不幸野郎が訳の分からない事を口走っていた。

 ――そんな現実を目の当たりにしたところで、コーネリアは自分が誰かに背負われている事に気付いた。あまり大きいとは言えない背中の上は言葉にできないぐらいに心地良く、このまま二度寝もいけるんじゃないかと再び瞼を閉じようとしてしまうぐらいの安心感すら感じられる。

 しかし、その背中の持ち主が神裂火織だと気付いた瞬間、コーネリアはゴキブリもビックリな瞬発力で彼女の背中からテイクオフした。

 その離陸の際に彼女の背中を押してしまったのか、ぐしゃぁっ! と砂浜に顔面から倒れこむ神裂。着地と同時に彼女を確認したが、背中が小刻みにプルプルと震えているのは果たして俺の気のせいだろうか?

 

「…………一度ならず二度までも……あなたは本当に怖いもの知らずなんですね」

 

「ふ、ふかっ、不可抗力ですよ神裂さん!? そんなわざわざ自分の寿命を縮めるような真似を俺がする訳ねえじゃねえですか! つまりこれはセーフ、セェェェェ―――ッフ!」

 

「……まぁ、先程の荊をもう一度纏わりつかせられるのも癪ですし、今回は特別に見逃してあげましょう。これ以上、乙女の体に傷をつけさせる訳にはいきません。―――お・と・め・の・か・ら・だ・に!」

 

「お前、絶対にさっきの失言根に持ってんだろ」

 

 返事はない。

 かんざきさんじゅうはっさいはただただそっぽを向いて無表情を貫き通すのみ。

 まぁ、これ以上の会話は不毛だわな……と的確な判断を下したコーネリアは自分と神裂を何度も交互に見てくるツンツン頭の少年に向き直り、面倒臭そうに口を開いた。

 

「あー……お前から見たらそこの幕末剣客ロマン女と同じに見えんのだろうから、今更過ぎる自己紹介をしとく。っつーか、今月は何度も飯を奢ってやったんだから流石に雰囲気で気づけよな」

 

 そう言って、コーネリアは頭を掻く。

 

「コーネリア=バードウェイだよ、この鈍感不幸な後輩めが」

 

「……………………………………え゛」

 

 上条当麻の濁った驚愕の声は、波打ち際ではしゃぐ彼の親族の声に掻き消されていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ロンドンのランベス区にある『明け色の陽射し』の隠れ家にて。

 レイヴィニア=バードウェイは部屋のど真ん中で大の字になって荒い呼吸を繰り返していた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……さ、流石に、急ピッチ且つ遠隔で結界を張ると体力の消耗が激しいな……」

 

「…………こんな事をしても無駄だと思うのは私だけでしょうか?」

 

 そう言うのは、壁に背中を預けて力なく崩れ落ちているマーク=スペースだ。今回の結界展開は彼とレイヴィニアしかいない時での出来事だったので、彼女の部下であるマークも想定外の苦労と疲労をボスと共有する羽目になってしまっていた。

 顔に浮かぶ汗を拭いながら、レイヴィニアは上半身を起こす。

 

「無駄ではない。事実、この結界のおかげでコーネリアは自分の異常に気付き、イギリス清教の犬どもと共に『御使堕し』の解決へと向かうことができたのだ。これを無駄ではないと言わずしてなんという?」

 

「いや、私が言いたいのは、『別にコーネリアさんに調査に行かせる必要なくね?』ってことなんですが」

 

「コーネリアだからこそ、なんだよ」

 

 え? というマークの声を、レイヴィニアは言葉で遮る。

 

「コーネリアは私の兄であり、私の駒でもある。故に、あいつは私の言う事には逆らえない。そして更に、私は予めあいつに『「天使の力」が関係する事案について分かった事があれば逐一報告しろ』と命令を言い渡している。―――つまり、私は自分が動かずして『明け色の陽射し』としての本分を全うできるのだ!」

 

 どっぱーん、と某日本映画会社特有の映像がマークの脳内に再生された。

 やっぱりこのボス駄目人間だよなぁ、という今更過ぎる愚痴を心の中でだけ呟く金髪の部下。その失言を口にしたが最後、自分の命が危なくなることを分かっているマークは、やや表情を引きつらせるだけで自分の感情を表に出すのは回避した。

 そんな努力が実ったか、マークの気持ちになど気付く様子もないレイヴィニア。

 しかし、レイヴィニアは「……しかしだな」と言うや否や、額にビキリと青筋を浮かべ――

 

「私の楽しみだったコーネリアの里帰りが消滅してしまったのもまた事実! あーくそ、これは大覇星祭期間中にコーネリアからのキスでも貰わないと怒りが収まらないぞ! うがー!」

 

 知らんがな、と思わず口にしてしまったマークの顔に、レイヴィニアの渾身の右ストレートが炸裂した。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial9 正反対な彼と私

 二話連続投稿です


 自分が『幸運』であるのが許せなかった。

 『幸運』である自分が許せなかった。

 自分が『幸運』であるが故に周囲の人々が『不幸』になってしまう現実が、どうしても許せなかった。腸が煮えくり返るというか、自分という存在を抹消したい気分にさせられていた。

 自分さえいなければ、周囲の人々が『不幸』になる事はない。

 そんな自覚はあったが、周囲がそれを自覚する事を許してはくれなかった。自分が『幸運』であるのが当然だと言わんばかりに、『幸運』な自分こそが当然だと言わんばかりに、周囲の人々は自分を大切に扱ってくれていた。

 それが、どうしても受け入れられなかった。

 我が儘だと、ただの愚痴であると、自分でも分かっていた。自分が特別なのは分かっていて、周囲が特別でない事も十分承知していた。

 それでも、私は特別である事を受け入れる事が出来なかった。

 理由もなく銃弾が外れ、それが大切な仲間の命を奪った。

 至近距離で爆発した爆弾でも奇跡的に傷一つ無かったが、それが無関係の他人の手足を奪った。

 自分が『幸運』であるが故に、他人が『不幸』になってしまう。

 だから私は、『運命』だとか『運勢』だとか、そんな曖昧なものを信じる事をやめた。『幸運』か『不幸』かは本人の力量次第で、運命や運勢には左右されない―――そう、無理やりにでも思う事にした。

 しかし。

 そう、しかし、だ。

 大切な親友を追って、敵である科学サイドの総本山・学園都市に訪れた際――私は出会ってしまった。

 生まれながらにして『不幸』で『不運』で『不遇』で『不憫』な人生を約束された、一人の少年に。

 その少年は言うまでも無く、私とは正反対の存在だった。

 『幸福』な私とは正反対に、『不幸』な少年。

 『幸運』な私とは正反対に、『不運』な少年。

 『屈強』な私とは正反対に、『虚弱』な少年。

 『聖人』な私とは正反対に、『常人』な少年。

 何もかもが私とは正反対で、何もかもが私とは違う年下の少年。

 だから。

 そう、だから、だ。

 私は自分と対極の存在にいるその少年に、どうしようもなく興味を抱いてしまったのだ―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 海の家『わだつみ』。

 それが、上条当麻御一行が泊まっている小さな宿の名前だと、コーネリアは宿に入ってから知った。流石の原作知識でも上条当麻が泊まった宿の名前までは思い出せず、(意外と普通な名前だったんだなぁ)となんだか複雑な気持ちになってしまったのは記憶に新しい。

 ……とまぁ、そんな嬉し悲しい回想話は別にいいのだ。

 今はそんな事よりも優先すべき事案が、目の前で現在進行形で繰り広げられているのだから。

 

「へー。ステイルさん、御姉弟なんですかー。……それにしては似てない、いや、似てるのか……?」

 

「あらあら。刀夜さんは人様の容姿にケチをつけるタイプの人間な感じなのかしら?」

 

「い、いや、違うんだ母さん! や、やっぱりそっくりですよね、流石は姉弟! 血縁の神秘とはまさにこの事なんじゃないだろうか! あははははーっ!」

 

「…………そう、ですか。私とこの人は『そっくり』ですか……ヨカッタデスネ、オネエサン?」

 

(怖ぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 外面は笑顔なのになんか怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)

 

 ギギギギギ、と錆びた機械のような笑顔がどうしようもなく怖ろしい。きっと気のせいではないだろうが、彼女の顔から尋常じゃないぐらいの殺気が漏れ出てきている気がする。

 確実にお怒りモードな神裂から視線を外し、自分の隣に座っている上条に視線で助けを請うコーネリア。彼の視線に気付いた上条は首を横に振るが、同じ学校の先輩であるコーネリアには流石に逆らえないと悟ったか、嫌々ながらに神裂に身振り手振りでフォローを入れ始めた。

 

「(いやいやそっくりと言ってもそれは単純に社交辞令ですからね!? そんなステイルが神裂とそっくりだなんて地球がひっくり返ってもあり得ないことだから! っつーかお前は日本人でステイルはイギリス人なんだから似るはずがねえんだよイイ加減に気づ―――)」

 

「でも、弟の方が女っぽい日本語を使ってるのって違和感が凄いよねー。仕草も『ちょっとだけ』女っぽいし……ニュアンスをもうちょっと変えれば男っぽくなるんだろうけど」

 

 ビギッ! と神裂の額から何かが引き千切れるような音がした。

 それを間近で聞いた上条とコーネリアの顔が一瞬で青く染まる。今のは聖人サマの堪忍袋がエクスプロージョンしてしまった音ではないだろうか。いや、きっとそうに違いない。

 二人で横目で確認し合う先輩と後輩。今この場にいない土御門が死ぬほど羨ましかったが、そんな事を考えたってこの状況が好転する訳ではない。

 直後、神裂が幽鬼の如く立ち上がった。

 あわわわわわわ! と動転する高校生コンビの襟首を掴み上げ、彼女は丸テーブルから離れていく。

 

「…………。(ちょっと付き合いなさい)」

 

「(え、ちょ、バッ……シメられますか? 今から宿の裏で先輩諸共雑草の肥料に変えられる感じですか!?)」

 

「(嫌だまだ死にたくねえ責任は上条の命で取りますからどうか命だけはお助けをーっ!)」

 

「(アンタやっぱり最低だな!)」

 

 ずるずると。内緒話で内輪揉めする不幸コンビを引きずりながら、神裂火織は店の奥へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 特に行く先も無く店の奥へと移動した神裂は、ここまで引き摺って来た上条とコーネリアに苦情と文句をぶつけた後、無意識に向けた視線の先に曇りガラスの引き戸があるのを発見した。

 

「そういえばトラブル続きで、湯浴みもろくにできていない状況です。まぁ、こんな事を明言するのもどうかと思う訳ですが……あなた方相手なら特に問題はないでしょう」

 

「なに? それは俺達に裸を見られても大丈夫ってこ――おっと黙りまーす」

 

 不必要な事を言おうとした金髪中性顔男に、幕末剣客ロマン女の軽蔑の視線が突き刺さる。

 

「っつーか、そんな風呂とかやけに余裕じゃね? 『御使堕し』はどうすんだよ」

 

「……それは分かっていますが、いけませんね。私情を挟んではいけないと分かってはいるのですが、私はあの子に笑顔を向けられる事にどうしても慣れる事が出来ないようです」

 

 悲しげな顔でそう言う神裂に、コーネリアと上条は思わず言葉を失う。

 インデックスという少女の親友だった神裂だが、彼女が記憶を消去してしまったが故に前のような関係には戻れないという状況に身を置いている。それは神裂にとっては悲劇以外の何物でもない。しかも、神裂はインデックスの記憶を消去してきた張本人であり、その事実が彼女にどうしようもない程の罪悪感を与えてしまっている。

 これは、あまり深入りして良い事ではない。

 そう、持ち前の直感で感付いた不幸コンビは無理やりにでも話題を変える事にした。

 

「……それで、どうして俺らは風呂まで連れて来られたわけ? 今から作戦会議とか?」

 

「いやいや決まってんだろ上条。今の神裂はステイルの外見なんだぜ? どうせ俺たちに見張りでもやってろって言いてえんだろうよ」

 

「…………あなたの相変わらずの鋭さには悪寒すら覚えます」

 

 そう言いながらも小さく笑う神裂に、コーネリアたちはほっと胸を撫で下ろす。どうやら、深い傷を抉るという最悪な事態だけは避ける事が出来たようだ。

 神裂は照れ臭そうに頬を掻き、

 

「まぁ、概ねはコーネリアの言った通りです。いきなり不躾なお願いとは重々承知していますが、見張りを頼んでもよろしいですか? いくらステイルとして見られていると言っても、異性に裸を見られるのは流石に恥ずかしいので……」

 

「ま、俺は別に構わねえよ。ここらでお前に恩を売っとくのも良策だろうしな」

 

「アンタ本当に最低だな」

 

「策士と言えよこのクソバカ後輩」

 

 バチバチバチ! と火花を散らすコーネリアと上条に溜め息を吐いた後、「それでは頼みましたよ」と言い残し、神裂は曇りガラスの奥へと消えて行った。

 とは言ってもガラス越しではシルエットが丸見えであり、中途半端なシルエットが妙な生々しさを感じさせる。これはいけない、と二人はガラスに背を向けるが――瞬間、浴室の中から神裂がこんな事を言ってきた。

 

『……そういえば、コーネリア。あなたもまだ風呂には入っていないのでしたよね?』

 

「んぁー? まぁ、そりゃあな。お前らに無理やりここまで連れて来られて宿に移動して、今ここに至るって感じだしな。それがどうかしたか?」

 

 神裂は数秒ほど沈黙し、

 

『今更過ぎる再確認ですが、上条当麻。コーネリアの姿は誰に見えますか?』

 

「え? そりゃあ、神裂に見えるけど? さっきまで神裂が二人いるように見えてたから、ちょっと混乱しそうになってたなぁ。……で、それがどうかしたのか?」

 

『…………。コーネリア、これは質問です』

 

「???」

 

『あなたはどのタイミングで風呂に入るつもりなのですか?』

 

「はぁ? 何言ってんだよ、神裂。そんなの男湯のタイミングに決まって―――」

 

 ―――そこで、コーネリアは気づいた。

 今、コーネリアは『神裂火織』という十八歳の少女の姿を偶然ではあるが借りている。『御使堕し』の影響を中途半端に受けてしまっているせいで上条当麻や他の一般人からは『神裂火織』として見られ、神裂と土御門からは『コーネリア=バードウェイ』として見られるという凄く複雑な状況に身を置いている。

 さぁ、ここで問題。

 外見:女、中身:男なコーネリアくんが男湯に入ると、どうなってしまうでしょう?

 

「…………俺が神裂に七天七刀の錆びに変えられる所までは容易に想像できた」

 

『奇遇ですね。私もあなたを七天七刀の錆びに変える所までは容易に想像できました』

 

 つまりは、そういう事だ。

 女としての外見を借りているコーネリアが男湯に入る事は常識的に考えて不可能であり、逆に女湯に入ったとしても、実母の裸を見られた上条が鬼気迫るスマイルで殺しにかかる事は考えるまでも無く明白だ。これが意味するのは、コーネリアは男湯と女湯のどちらでも風呂に入る事が出来ない、というあまりにも悲しすぎる状況である。

 うそだーっ! と頭を抱えて絶叫を上げるコーネリア。

 そんな彼を曇りガラス越しに見ていた神裂は十秒ほどの沈黙の後、引き戸を少しだけ開いて顔――何故か赤くなっている――を覗かせながら、かなり恥ずかしそうにこう言った。

 

「私とあなたで入浴時間を無駄に引き延ばす事はほぼ不可能でしょう。誠に遺憾ではありますが、これはどうしようもない事です。―――私と一緒に入浴する事を許可します」

 

「…………………………Pardon?」

 

「二度も言わせないでください。恥ずかしいのはこっちだって同じなのです……」

 

 顔を紅蓮に染めた神裂の声が尻すぼみになっていく。

 彼女の言った事が信じられないコーネリアは「フッ」と全てを悟ったような表情を上条に向け、

 

「上条。俺の顔面を一発ぶん殴る許可を与えよう――気絶しない程度にやれ!」

 

「言われるまでも無く殴るわこのラッキースケベ先輩!」

 

 原始的な暴力の音が、海の家の奥だけで響き渡った。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial10 荊と神の子の関係とは

 かぽーん、と温泉特有の平和な音が聞こえてきそうな空気だった。

 しかし、コーネリア=バードウェイとしては、狭い空間で銃火器をぶっ放している方が平和なんじゃないかというぐらいに緊迫した空気でもあった。

 その理由は、至って簡単。

 

「…………こちらを見たらぶち殺します」

 

「了解しましたぁ!」

 

 スタイル抜群の聖人少女と一緒にお風呂に入っているからである!

 現在、コーネリアと神裂は互いの背中をくっつける形で身体を反対に向けて入浴している。体の洗浄は既に終了していて、二人の髪からはシャンプーの香りが漂ってきている。それがまたコーネリアの理性を激しく刺激するのだが、今はそれについて考えるのはやめようと思う。はっきり言って、意識すると気絶する。

 背中に感じる神裂の肌の感触と体温にバクバクと心臓を鳴らしながら、コーネリアは顔を紅蓮に染める。さっさと風呂から出ればいいんだろうが、不幸にも出入り口までの道は神裂によって塞がれてしまっている。こんな状況で無理やり風呂から出ようとしたが最後、裸を見ようとしたと勘違いされて全力の聖人パンチをお見舞いされてしまうであろうことは火を見るよりも明らかな事実である。

 つまり、神裂が風呂から出るまで、この天国もとい地獄を耐え続けなければならないのだ。

 神裂の裸体を視認しようとする本能に必死に抵抗しながらも、コーネリアは理性を保つために会話をスタートさせる。

 

「そ、そういえばさ、神裂」

 

「はい」

 

「今日、海岸での事についてなんだが……あの時、俺の荊がお前の聖人としての力を抑え込んだ、って事で間違いはねえんか?」

 

「…………はい」

 

 ちゃぷ、と神裂の周囲に波紋が起きる。

 

「これはあくまでも想像の域を出ない話ですが……あなたの能力によって生み出された荊には、『神の子の処刑』と同様の性質が宿されています。……『神の子の処刑』についての説明は、必要ありませんよね?」

 

「ああ。それについては大丈夫だ」

 

 かつては『明け色の陽射し』のボスとしての教育を受けさせられていて、尚且つ前世での知識もあるコーネリアは神裂の言葉に頷きを返す。

 神の子の処刑。

 それは、イエス・キリストの処刑を異なる言葉で言い表しただけのものだ。神の子――聖人として扱われていたキリストが処刑される。その伝承を言い表したのが、この『神の子の処刑』である。

 しかし、この『神の子の処刑』は、魔術的な意味合いで言うと少しばかり事情が変わる。

 生まれた時から神の子に似た身体的特徴と魔術的記号を持つ人間を、魔術サイドでは『聖人』と呼ぶ。それは神裂火織やブリュンヒルド=エイクトベルなどが主な例として挙げられるが、それについては今は置いておこう。

 問題なのは、『聖人』が魔術サイドでは『神の子』として扱われる、という事だ。

 神の子、つまりはキリストと同じように扱われる聖人はその名の通り、『神の子の処刑』に関連する意味合いに滅法弱いという性質を持っている。

 槍による『刺突』で『処刑』された神の子と同じ意味合いを持つ聖人は、『刺突』と『処刑』に対しての耐性が無いと言っても過言ではない。

 つまるところ、『神の子の処刑』というのは、無敵だと言われている『聖人』を倒すための唯一の手段であると言える。

 『聖人』の一人である神裂は自分の身体にお湯を掛けつつ、説明を続行する。

 

「おそらく、あなたの能力は、『神の子の処刑』の伝承に登場する『荊冠』を荊として具現化させる、というものだと推測されます。私は能力者についてはあまり詳しくありませんので分かりませんが、『原石』というのは学園都市製の能力者に比べ、説明不能で希少で現実離れした能力を扱えるのですよね?」

 

「まぁ、大まかに言えばそんな感じだな。俺達『原石』は科学と魔術の枠組みの外にいるような常識外れな存在だ。上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』や姫神秋沙の『吸血殺し(ディープブラッド)』なんか、まさに良い例だと思う。科学と魔術の関係なく全ての異能を打ち消す『幻想殺し』と、科学と魔術の両方で存在が認められていない吸血鬼を殺す『吸血殺し』。ぶっちゃけた話、上条と姫神に関しては『原石』の中でもブッチギリに異常な領域ではあるんだが……そんな奴らが『原石』なんだっつーことを分かってれば問題ねえよ」

 

 分かりました、と神裂は小さく呟く。

 

「これもあくまで推測なのですが、『荊冠』と偶像の理論で関係づけられているであろうあなたの荊は、『聖人』に対して絶対の効果を発揮するようです。その効果を具体的に言うのなら……」

 

「―――聖人の力だけを抑え込む、って感じか?」

 

 コーネリアのその言葉に「おそらくは」と神裂は返す。

 

「聖人は体内の天使の力(テレズマ)によって常識離れの身体能力を獲得しています。その前提を念頭に置いて考えると、あなたの荊は天使の力をも抑え込める可能性が浮上しますが……あまり期待しない方がいいかもしれません」

 

「何でだ? 別に何かに対して試した訳じゃねえんだぞ?」

 

「まぁ、『聖人の力を完全に抑え込む』という効果の副次効果で天使の力を少しは抑え込めるかもしれませんが……『神の子の処刑』はあくまでも聖人に対してしか効果を発揮しないので、他の天使の力にはほぼ無力だと思います」

 

 それは確かに、神裂の言う通りかもしれない。

 聖人の力を発揮するための天使の力を抑え込む事が出来る。しかし、だからといって、他の天使の力までもが能力の効果の領域内にあるとは限らない。もし本当に『荊棘領域(ローズガーデン)』が『「荊冠」を荊という形で具現化させたもの』だとするのなら、神の子に対してしか効果を発揮しなくて当然だ。『神の子の処刑』はあくまでも『神の子』を対象としたものであり、『天使の力』を対象としている訳ではないのだ。

 ここまでの話をまとめると、『荊棘領域』はまさに聖人の天敵だと言える。

 そう。

 コーネリア=バードウェイが持つこの能力を別に言い方で表すのなら―――

 

「―――『聖人殺し(セイントキラー)』とでも言いましょうか。まぁ、荊が絡みついている間でしか聖人の力を抑え込めない様なので、『聖人抑制(セイントバインド)』の方が的確な気もしますが」

 

「『聖人殺し』、か……」

 

 『幻想殺し』と『吸血殺し』と同じ、『聖人殺し』。

 …………………………なんか、能力名をそれに改名した瞬間に魔術サイドからの刺客が増えそうだよなぁ。

 大勢の魔術師に囲まれた自分を想像して、コーネリアはひくひくと頬を引き攣らせる。

 

「……お願いだから、他言だけはしねえでくれよ? イギリス清教以外の組織からも刺客を送り込まれそうで、悪寒が止まらねえ」

 

「当然です。私としても、ここであなたと同盟を結んでおいた方が後々何かと良い方向に事が動く気がしていますので」

 

「お前最低だな!」

 

「あなた程ではないですよ」

 

 そう言って、神裂はクスッと可愛らしい顔で笑う。

 普段の凛々しい姿とは打って変わって年頃の女の子のような姿を見せる神裂に、コーネリアの心臓がとくんとくんとくん、と早鐘を鳴らす。普段とのギャップの差というかなんというか、とにかく反則級な可愛さだった。

 ……そう考えた瞬間、神裂火織という少女が妙に艶やかに認識されてしまった。

 視界の端でしか確認できないが、玉のような水滴が浮かぶ白い柔肌と女の子特有の丸みを帯びたボディラインが妙な色気を放っている。湿った黒髪が自分の首を軽く擽り、それがコーネリアが神裂を意識するのを掻き立てている。

 自分で分かっているのが何か癪だが、どう考えても体温が上昇している。おそらくだが、顔なんかは耳の先まで真っ赤になっている事だろう。

 それ故か、なんだか頭がボーっとしてきた。心なしか、視界もぐらぐらと曖昧なものに変わって、き……て…………

 

「(ぶくぶくぶくぶくぶく……)」

 

「ちょっ!? そんな真後ろでのぼせられたらこちらとしてもリアクションに困るのですが!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 午後十時―――になるまであと数分と言った頃。

 海の家二階の客室で、神裂火織は正座していた。風呂上りの彼女からは妙な色気が漂っていて、身体からは僅かながらに湯気が上がっていた。

 そんな神裂の前には布団が敷かれていて、その上には仄かに顔を赤く染めたコーネリア=バードウェイが寝かされていた。風呂でのぼせた彼をここまで運んで布団に寝かせたのは神裂で、今は彼の看病をしている、という状況だ。無論、裸の彼に服を着せたのも神裂である。

 とは言ってもコーネリアに着せたのは和服なので、彼の裸体の全てを目撃するという最悪の展開だけは回避する事に成功した。……まぁ、ちょっとだけ、いや、微かにだが、見てしまった気はするのだが。というか、今のコーネリアの見た目は自分なのだから別に裸を見たところで大してなんの感情も抱かないはずなのだが、やはり相手が異性だと分かっているとどうしようもなく恥ずかしくなってしまう。

 元の姿でもこんな感じなんですかね、とコーネリアの寝顔を見て小さく微笑む神裂。目にかかるぐらいの長さの前髪を指で掬い、感触を楽しんだ後にそっと手を離す。

 そんな事に夢中になっていたせいか、彼女は背後への警戒が緩んでいた。

 

「何だにゃー? ついにあの堅物ねーちんが『明け色の陽射し』のボスの実兄に夜這いを仕掛ける時が来たのかにゃー?」

 

「ひゃぁああああああああああああああっ!」

 

 なんか、凄く間抜けな悲鳴が飛び出した。

 どくんどくんどくんっ! と激しく鼓動を打ち鳴らす心臓を服の上から抑え込み、神裂は背後からの襲撃者――土御門元春に顔を向ける。

 

「い、いきなり意味の分からない事を言わないでください! というか、夜這い!? わ、私はそこまで淫らな女ではありません!」

 

「なーなーねーちん何で顔が真っ赤になってんの図星なの図星なのーですにゃー?」

 

「赤くなどなっていません!」

 

 ああもう、どうしてこんなに動揺しているのですか!

 うああああ……、と熱くなった顔に両手を這わせる神裂火織。夜空に浮かぶ月からの光で照らされた彼女の顔は、暗闇でも分かるほどに真っ赤に染まってしまっていた。

 明らかな動揺を見せる神裂にニヤニヤ笑顔な土御門は追い打ちをかける。

 

「そういえば、コーネリア=バードウェイは間接的にはインデックスの命の恩人だったっけ? おお、これはねーちん、あれですたい。日本特有の恩返しを駆使する時が来たんじゃないの?」

 

「そ、それは、分かっています。分かってはいるんです。自分の命の安全を保障するためとはいえ、インデックスを助ける手立てを教えてくれたコーネリアには、同等の価値ある恩を返すのが筋だと、分かってはいるんです」

 

 しかし、その恩返しのタイミングがどうしても訪れない。

 言い訳でしかないとは分かっているが、タイミングが来ない事には恩を返しようもない。

 それが、神裂火織の言い分だった。

 しかし、まぁ、そんな言い訳を土御門が許すわけもなく。

 

「あれー? 自分の都合で風呂に連れ込んでコーネリアをこんな状態にしたねーちんに、そんな事を言う資格があるのかにゃー?」

 

 うぐっ、と神裂の口から呻き声が漏れる。

 

「あれあれー? ねーちんにとって、コーネリアに抱いていた恩は、そんなものだったのかにゃー?」

 

 ぐっ……ッ! と神裂は親の仇を見るような目つきで土御門を睨みつけた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial11 科学と魔術に振り回されて

 前回の話で指摘された部分を修正しました。

 あと、某掲示板に晒したことで重要かつ為になるアドバイスを貰う事が出来たので、今後に生かしていけたらなと思います。

 と、とりあえず、文字数増やすぞ、少しずつだけど増やしていくぞ……っ!


 神裂が土御門にからかわれるよりも少し前、上条当麻は海の家一階でぼーっとテレビを眺めていた。

 『くっ……外見は私の癖にだらしがない……ッ!』という言葉とドタドタという足音が聞こえてくるが、まぁあえて気にするような事でもないだろう。あの二人はああ見えて結構お似合いな気がするし、こちらが口を出したら泥沼になってしまうというものだ。ここはあえて放っておき、土御門と共に野次馬根性を全開に差せておくのが得策だ。

 

「…………そういえば、コーネリア先輩も一応は魔術サイドの人間なんだよな」

 

 一応、というのは彼――コーネリア=バードウェイが完全に魔術サイドの人間である、という訳ではないからだ。

 魔術サイドの人間でありながらも学園都市で能力開発を受けている例として、上条の同級生である土御門元春がいる。彼はイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属している魔術師で、イギリス清教と学園都市の二つに探りを入れている多角スパイでもある。能力開発を受けたことによって無能力者(レベル0)の『肉体再生(オートリバース)』という能力を得ている土御門だが、それでも彼は魔術サイドを基点としている。

 その点、コーネリア=バードウェイは少し事情が異なる。

 彼はイギリス屈指の魔術結社『明け色の陽射し』のボスの家系の人間である――らしい。詳しい話は聞いていないからよく分からないが、彼の二人の妹の内の長女は現在、その魔術結社のボスに就任している――という事を聞いている。本当はコーネリアがボスになる予定だったらしいのだが、『原石』という特別性がその予定を破壊した。『能力者は魔術を使えない』というのとはどこか違うのだろうけど、結局は魔術が使えないコーネリアは能力者の街である学園都市へと基点を移した。

 そんな事情を持っているせいか、コーネリア=バードウェイは魔術サイドと科学サイドの両方に関与する事が許されている。一応は『異能力者(レベル2)』という風に学園都市の学生簿に登録されてはいるから魔術サイドとの関わりは避けるべきなんだろうが、『「明け色の陽射し」のボスの実兄を殺せば、隠れてるボスが姿を現すぜヒャッハー!』という精神全開の魔術師に毎日のように命を狙われているらしいので、それは叶わぬ事なのだろう。

 俺以上に不幸かもな、あの先輩――と上条は薄ら笑いを浮かべる。

 

「……俺とコーネリア先輩って、前はどんな関係だったんだろうか」

 

 ふと、そう思う事がある。

 インデックスという少女を救う際に記憶をごっそり破壊されている上条当麻には、七月二十八日以前のエピソード記憶が存在しない。それ故、七月二十八日以前に知り合っていた人々との思い出が存在しない。――それは、コーネリア=バードウェイも例外ではない。

 記憶を失くした後――というか、三沢塾攻防戦から数日後の事だったと記憶している。

 突然、自宅にコーネリア=バードウェイが訪れてきたのだ。

 それは上条が記憶を失くしてから初の接触であり、見覚えのない来客に上条は思わず狼狽してしまっていた。上条と同じ学校の男子生徒用の制服を身に着けているのに女顔な金髪イギリス人に、上条はただただ困惑と沈黙を垂れ流すしかなくなっていた。

 そんな彼に、コーネリアは言ったのだ。

 

『……なぁ上条。ちょっと先輩と後輩の交流を深めるために、一緒にファミレスにでも行こうぜ』

 

 そう言うコーネリアの顔は、どこか寂しそうなものだった。

 言葉を放つまでの数秒の沈黙が、明らかに様子がおかしい上条を見るコーネリアの悲しげな瞳が、上条当麻に一つの核心を抱かせた。―――この人は俺が記憶喪失だと気づいている、と。

 誰かに言った覚えはない。誰かに気づかれたこともない。一番近くにいるインデックスに気づかれないように、必死に懸命に『記憶を失う前の上条当麻』を演じてきた。

 しかし、コーネリア=バードウェイは気づいていた。

 別に、本人がそう言っていたわけではない。故に、ただの気のせいだという可能性もある。これはただの思い違いで、コーネリア=バードウェイは上条が記憶を失っているという事に気づいているわけではない。――その可能性は、ゼロではない。

 そんな葛藤が胸に渦巻きながらも、上条はコーネリアについて行った。貴重な外食だからついて行く、と駄々をこねるインデックスをどうしようか迷ったが、そんな自分にコーネリアが悪戯っぽく笑いながらこう言ったのを覚えている。

 

『禁書目録も連れてきていいぞ。一応はお前よりも奨学金が多いんで、金に少しぐれえなら余裕あるしな』

 

 禁書目録。

 それは、インデックスという少女の別名だ。正式名称を『Index-Librorum-Prohibitorum』という銀髪碧眼シスターの、魔術サイドにおける異名と言ってもいい。

 それを、科学サイドの人間であるコーネリアが知っていた。

 先輩というのは実は嘘で、インデックスを狙う魔術サイドの刺客かもしれない――そう思った上条は、インデックスを背中に庇いながら、コーネリアに警戒の視線をぶつけた。

 その時だったはずだ。

 心の底から悲しそうな表情を浮かべながらも、コーネリア=バードウェイが自分の事情を懇切丁寧に話してくれたのは。

 

「……今思えば、俺、結構酷い事したかもなぁ」

 

 結局、コーネリアが上条の記憶喪失に気づいているのかどうかは分からなかった――というか、インデックスが同席していたので、上条はその事をコーネリアに聞く事が出来なかった。

 ただ一つ、分かった事。

 それは、コーネリア=バードウェイが科学サイドでも魔術サイドでも中々に複雑な存在として扱われている、という事だ。

 『イギリス屈指の魔術結社のボスの実兄』

 『世界に五十人と存在しない天然能力者』

 その二つの称号が、その二つの楔が、コーネリア=バードウェイという優しい先輩の人生を大いに狂わせてしまっている。

 それが、コーネリアとの話で上条が知った、コーネリア=バードウェイの不幸で不遇で不憫で不運な人生の概要である。

 

「学園都市に、しかも俺の学校に二人も魔術サイドの人間がいる、か……バイオレンスでデンジャラスすぎてあんまり笑えねえな」

 

 願わくば、校内で魔術戦を繰り広げないでくれたらいいな。いやまぁ、二人とも能力者だから、魔術は使えないみたいだけど。

 はぁ、と溜め息を吐き、「……不幸だ」といつもの口癖を吐く上条。相も変わらず自分の周りには不幸な事が多いなぁ、と自虐的な事を思いながらも、上条の顔には少しばかりの笑顔が張り付いている。

 ―――と、その時。

 ブツン、と海の家の全ての電気が消えた。

 停電か? と上条は眉を顰め、今し方活動を停止した蛍光灯に視線を向ける。座った状態だと少し遠かったため、上条は腰を少しながらに浮かせていた。

 直後。

 ガスッ! と三日月状のナイフのようなものが、上条の足元から突き出してきた。

 

「――――――っ、な」

 

 思わず、呼吸が止まった。

 喉は一瞬で干上がり、声を出そうにも擦れた音しか零れてこない。両脚は床に縫い止められてしまっていて、身体は完全に硬直してしまっている。

 ギチギチ、とナイフが前後に揺れ動き、床板を荒く激しく雑に切り裂いていく。

 瞬きを忘れて足元をただただ見つめる上条。今すぐ逃げ出さないといけないのは十分に承知しているが、その心に反して身体が全く動いてくれない。

 そして。

 そして、そして、そして。

 突き出していたナイフが床の中へと――フッ――と消えた。

 しかし、問題はその直後、床に開いた大穴からやってきた。

 血走ったような、腐ったような、狂ったような、焦ったような――

 

 

 ―――そんな眼球が、ぐるり、と上条の目を確かに捉えた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻が火野神作に襲われた。

 そんな衝撃的な事実を寝起きの状態で告げられたコーネリアは軽い頭痛を覚えながらも、海の家『わだつみ』の二階でぐだーっと項垂れていた。既に布団は片付けられているので眠る事はないが、畳の上でごろごろとするその姿は日がな一日寝て過ごす駄目人間の様だった。

 電気が消えた蛍光灯を眺めながら、コーネリアは溜め息を吐く。

 

「……うあー」

 

 理由は分からない。上条当麻という大切な後輩を守れなかった、という事が原因なのかもしれないが、それが全てではないという事だけは、まぁ理解している。

 ただ、やる気が出ない。

 夏バテ、という訳でもない。――これは、コーネリアの発作のようなものだ。

 今更すぎるが、コーネリアは転生者だ。この世界の異物であるというのは言うまでもない。

 そんな異物である彼がこの世界に生まれ落ちた訳だが、世界はどうしようもないほどに変わる事はなかった。結局は元の原形を保ったまま、コーネリア=バードウェイという異物を軽く受け入れてそのままの形を保っている。

 別に、未来が変われば、だとかいう事を願っているわけではない。

 ただ、自分の存在意義が分からなくなっている。

 レイヴィニア=バードウェイの実兄という絶対の立場でありながら、結局は命を狙われることしかしていない自分が、どうしようもなく無駄な存在であると思ってしまう。

 それ故の、やる気の無さだった。

 天井に向かって右手を伸ばし、プラプラと上下に振る。何の能力も宿っていない右手は、世界に何の影響も与えない。コーネリアの能力は『人工物』という自分以外の存在がいて初めて効果を発揮する能力なので、彼一人では何かが起こることはない。せいぜい身に着けているものから荊を生やす程度のものだ。彼自身の身体には、何の能力も宿されてはいない。

 それも、コーネリアの存在意義をぶれさせる要因の一つだ。

 結局、俺は自分だけじゃ何もできないし、俺がいたところで世界は何も変わらない。

 そう、思ってしまっている。

 

(…………我儘で身勝手なのは重々承知してんのだけどな)

 

 ただ、何かしらの展開が欲しい。

 原作の展開に振り回されるだけではなく、自分という異物を中心とした物語が欲しい。

 言ってみれば、コーネリア=バードウェイは『主人公』になりたかった。

 (……ま、期待するだけ無駄だがな)異物はあくまで異物であり、物語の主軸にはなれない。異物であろうと脇役であることは変わりなく、この世界の物語は『上条当麻』という存在を中心に進んでいく。

 実は、それが、その我儘な期待が、彼の物語を開始させるきっかけとなるのだが、この時の彼はそんな事などまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ―――そんな異物な少年を、『彼』は海の家近くの木の上から眺めていた。

 存在しているのに背景のように感じられる『彼』は、そばかすが浮かんだ顔をニィィと歪め、心の底から面白そうにこう呟いた。

 

「――――あいつ、良いなぁ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局のところ、『御使堕し』は正史の通りに終結した。

 コーネリア=バードウェイもある程度は絡んだが、大まかな流れとしては正史の通り。ミーシャ=クロイツェフと名乗った女魔術師の中身が実は『神の力』で、神裂火織が『神の力』の足止めとして奮戦し、土御門元春と上条当麻が命を懸けた戦いを繰り広げ、土御門元春が儀式場ごと『御使堕し』を焼き払い、物語は終結した。

 しかし、ここまではあくまでも序章に過ぎない。

 コーネリア=バードウェイの立場が明らかとなった。

 コーネリア=バードウェイの能力が明らかとなった。

 コーネリア=バードウェイの葛藤が明らかとなった。

 その前提を確かなものにするための序章は、これで終わった。

 ここからは、僅かながらに正史と外れた物語が幕を開ける。

 上条当麻(ヒーロー)が救う物語のすぐ横で。

 一方通行(ダークヒーロー)が抗う物語のすぐ横で。

 浜面仕上(ジャイアントキリング)が戦う物語のすぐ横で。

 

 

 コーネリア=バードウェイを中心としたたった一つの物語が、誰にも気づかれる事なく開始された。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial12 大覇星祭開幕

 二話連続投稿です!

 ついに大覇星祭開幕。

 それと同時に『オリキャラ』タグを加えておきました。


 九月十九日。

 九月二十五日までの七日間で繰り広げられる大覇星祭の初日。

 真っ白なハチマキと半袖短パンの体操服に身を包んだ金髪女顔系イギリス人男子ことコーネリア=バードウェイは、大量の汗を垂れ流しながら今にも死にそうな表情を浮かべていた。長時間水分を取っていないせいか、妙に喉が干上がっている気がする。

 今、彼がいるのは、学園都市のとあるエリアにあるサッカースタジアムだ。どこぞの体育会系学校が所有しているスタジアムであるらしいが、この炎天下のせいで人工芝が解けてしまっているような錯覚に陥ってしまう。

 コーネリアがそんな錯覚を覚えてしまいそうになっているのは、大覇星祭における開会式での校長先生の話の連発が原因だ。既に六人目だと記憶していて、しかも一人につき十分ぐらいは話すので既に約一時間が経過してしまっている。数多の教育機関が集う学園都市であるから仕方のない事だとは分かっているが、それでもこれは流石に酷すぎる。来年こそはもう少し校長先生を厳選するべきだよな、と溶けてしまいそうになっているコーネリアは心の中で愚痴を零す。

 

「…………あー無理。これ以上は耐えらんねえ」

 

 もう出よう。俺の命が尽き果てる前に。

 既に何十名かの脱走兵が出ているから問題はないだろう、と言い訳の言葉を並べつつ、コーネリア=バードウェイは学生たちが生み出したビッグウェーブに乗る事にした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「おっ兄さぁ――――ん!」

 

「ぐぼぁああっ!」

 

 スタジアムを飛び出して少しぶらぶらしていたら、鳩尾に誰かが突撃してきた。

 腹部への激しい衝撃で肺の中の空気が完全に消滅してしまったコーネリアは、青褪めた顔で必死に酸素を取り込み始める。やっぱり荊を生やす能力なんかよりも防御系の能力の方が欲しかったなぁ、とかいう今更過ぎる願望を抱くコーネリアは全身の毛穴から噴き出す冷汗に悪寒を感じつつも、自分に闘牛顔負けの捨て身タックルを決めた襲撃者の姿を確認する事にした。

 その襲撃者は、コーネリアに顔のよく似た少女だった。

 十二歳ぐらいであろうその少女は、ふわっとした金髪が特徴的だった。首元には大きくて無骨なヘッドフォンが欠けられていて、凹凸の乏しい小さな体はジャージのような衣服に覆われている。コーネリアは怠そうで眠そうな目つきが特徴であるが、その少女は人懐っこいぱっちりとした目つきをしている。

 少女の姿を完全に視認した瞬間、ぶわぁっ! とコーネリアの全身の毛が逆立った。

 しかし、そんなコーネリアの様子に気づくことはない少女はぱぁぁっと満面の笑みを浮かべ――

 

「お久しぶりです、お兄さん!」

 

 ―――むぎゅっとコーネリアに勢いよく抱き着いてきた。

 だらだらだら、と大量の冷や汗を流すコーネリアに構わず、その少女はニコニコ笑顔を彼に向ける。

 

「いやぁ、学園都市って意外と広いですね。西へ東へ彷徨って、ようやくお兄さんを見つける事が出来ました!」

 

「そ、そうか。そりゃあ大変だったろうな、パトリシア」

 

「いえっ、大丈夫です。お兄さんに会うためならこれぐらいの苦労、どうという事はありません!」

 

「あ、あはは……」

 

 パトリシア。

 フルネームは、パトリシア=バードウェイ。

 コーネリアの事を『お兄さん』と呼んでいる事とそのファミリーネームから分かる通り、彼女はレイヴィニア=バードウェイとコーネリア=バードウェイの実妹だ。

 学園都市に身を置く『原石』であるコーネリアとイギリス屈指の魔術結社『明け色の陽射し』のボスであるレイヴィニアの実妹、という考えてみればコーネリア以上に危ない立場に身を置く彼女はそんな立場に見合わず、能力者でも魔術師でもない普通の一般人である。一応は十二歳とは思えないぐらいの天才的な頭脳を持ち合わせていて、それ故にいろいろな研究機関から『ストック』として目を着けられていたりするが、基本的にパトリシアは『殺し合うぜうがー!』みたいな荒事とは無縁の人生を歩んでいる。それは実姉のレイヴィニアがパトリシアを『魔術』に関わらせないように手を回しているからなのだが、今はそれについての説明は置いておくことにしよう。

 ロンドンにいるはずのパトリシアが学園都市にいる理由はおそらくだが、コーネリアの応援をするためだ。基本的には外の人間を歓迎しない学園都市であるが、大覇星祭期間中だけは学生たちの家族や旧知の関係の人間たちを例外的に学園都市の中に招待している。それを利用して、パトリシアはこの街にやってきたんだろう。

 それは分かる。パトリシアはコーネリアの実妹だから、その理屈は分かる。

 問題は、そこではない。

 彼が一番問題視しているのは、パトリシアと同じ立ち位置に存在するもう一人の少女の事だ。

 ぎゅーっと自身の身体を抱きしめているパトリシアの肩を掴んで引き離し、コーネリアは引き攣った笑顔をパトリシアに向ける。

 

「え、えーっと、パトリシア? これはあくまでも確認なんだが、もしかして『あいつ』もこの街に来てんのか……?」

 

「『あいつ』? ああ、お姉さんの事ですか? それについては問題ありません、大丈夫です」

 

「そ、そうか! まぁ、そうだよな! 『あいつ』は学園都市が嫌いだから……」

 

「今、現在進行形でお兄さんを背後から睨みつけています」

 

 

「……よぉ、バカ兄貴。貴様の大好きなレイヴィニアちゃんが応援に来てやったぞ」

 

 

「―――全然大丈夫じゃねえってうおおマジでいたァアアアアアアッ!?」

 

 背後――というか本当に真後ろから聞こえてきた可愛らしい声(言葉は凶悪)に、コーネリアは跳ねるという露骨なリアクションを発動させる。

 そして、恐る恐るといった様子で後ろを振り向くと―――そこには、コーネリアが世界で一番恐れている十二歳前後の少女が仁王立ちしていた。

 小さなその少女はコーネリアやパトリシアと同じ雰囲気の金髪を持ち合わせていて、シックなブラウスやスカート、それにストッキングなんかの配色が彼女に古いピアノのような印象を与えている。小動物系なパトリシアと怠惰系なコーネリアとは違い、彼女の目つきはまさに肉食系といった感じだ。

 そんな可愛らしい容姿に反して目付きだけは獰猛な少女の名は、レイヴィニア=バードウェイ。

 コーネリア=バードウェイの実妹にして、イギリス屈指の魔術結社『明け色の陽射し』のボスであるトンデモ魔術ガールである。

 コーネリアの人生が狂う直接の原因となった少女は背後に金髪の黒服部下(確か、マーク=スペースという名前だったハズだ)を従えていた。流石はVIPというべきか、大覇星祭の応援に来るだけなのに護衛を着けてきている。……まぁ、どう考えてもパトリシアのための護衛なんだろうけど。

 存在するだけで威圧感を感じられるレイヴィニアはコーネリアに一歩近づき、

 

「先程からの言動で気になるところが満載なんだが、とりあえずぶん殴ってもいいか?」

 

「良い訳ねえだろこのバイオレンス娘!」

 

 九月十九日から二十五日までの七日間で繰り広げられる、学園都市最大の行事――大覇星祭。

 温厚シスターと凶悪シスターの来訪により、コーネリア=バードウェイの一週間が地獄になる事が決定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 レイヴィニア=バードウェイ。

 パトリシア=バードウェイ。

 極度のブラコン及びトラブル誘引体質な姉妹を黒服部下の代表格であるマーク=スペースに押し付けるようにして逃げ出したコーネリアは、第七学区の東側にあるエリアへと移動していた。ここら辺一帯は競技出場者以外は立ち入り禁止となっており、他の場所に比べて少しばかり静かな空間となっている。

 入り口に立っていた警備員(アンチスキル)のお兄さんにIDを認証してもらい、自分のクラスが集まっているであろう控えエリアへ歩を進めていく。三十秒ほど歩いたところで見知った顔を見つけたコーネリアは「よーっす」と手を軽く上げて挨拶をし―――

 

「ええい、いい加減にやる気を出さないか君たち!」

 

 ―――なんか、親友Aがクラスメイト達に叫び声を上げていた。

 滑らかな黒髪と黒縁メガネが特徴の長身男子は、眼鏡のブリッジを人差し指で抑えながら堅苦しい口調でクラスメイト達を激励している(?)。その表情は軽い怒りに染まっていて、額には青筋までもが浮かんでいる始末だ。

 なに、これってどういう状況? とコーネリアは思わず顔を引き攣らせる。

 そんな彼に気づいたのか、眼鏡をかけた長身男子――苅部結城(かりべゆうき)は「ん?」とコーネリアに顔を向ける。

 

「おお、遅かったじゃあないか、コーネリア! そして聞いてくれ我が友よ! 我が級友たちが『相手校が強豪校だから』という理由でやる気を喪失させてしまっているんだ! これは由々しき事態だと、そうは思わないか!?」

 

「と、とりあえず落ち着けって、結城。今がどういう状況なのかは十分に分かったから……」

 

 ずいっ、と詰め寄る結城を手で押し戻すコーネリア。

 と。

 彼らの近くの木陰で涼んでいた小柄の少女がゆらぁーっと立ち上がり、トテトテとコーネリアの傍まで歩み寄ってきた。

 その少女は、ゆるふわな茶髪とアホ毛、それと平和そうな目つきが特徴の小柄な少女だった。

 菱山琴音(ひしやまことね)

 コーネリアと結城といつも一緒にいる少女であり、彼らが在籍している二年二組のマスコットキャラクターとして級友たち全員から可愛がられている癒し系でもある存在だ。

 アホ毛をぴょこぴょこと揺らし、琴音はにへらと笑顔を浮かべる。

 

「も~、苅部っちは少し落ち着いて~。コーネリアっちが呆れちゃってるから~」

 

「む。それは誠に遺憾だぞ、琴音。ボクは極めて冷静だ」

 

「本当に冷静な人はクラスメイトにそんな睨みを向けないと思うけど~?」

 

「ぐっ……」

 

 このほんわか少女は、他人の名字か名前のどちらかに『~っち』という愛称をつけることを好む性質を持っている。普通に考えれば『コーネリアっち』などという長ったらしい愛称は避けるのが当然なのだが、彼女曰く「人の名前を略すなんてダメだよ~」という事らしい。意外と考えてるんだよな、このマスコット――と感激したのを覚えている。

 とまぁ、そんな事はさて置いて、だ。

 二人の――というか、結城の様子から察するに、どうやら我が級友たちは相手校を知ってしまったが故に絶望のどん底へと落ちてしまっているらしい。コーネリアも先程確認したからよく知っているが、今回の競技の相手は確か『能力をスポーツに生かすことを目的とした高等学校』だったはずだ。確かに、学生の大半が無能力者で構成されているコーネリアの高校では、太刀打ちできない可能性が極めて高い。やる気をなくしてしまうのも当然だろう。コーネリアも個人的には落ち込みたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし、それが出来ない理由がある。

 それは、レイヴィニア=バードウェイが競技を観戦しているという理由だ。

 ぶっちゃけた話、コーネリアが参加した競技で敗北したが最後、特大の大魔術で頭を消し飛ばされてしまう未来しか見えない。流石にそこまではないにしても、骨の一本ぐらいは覚悟する必要があるだろう。――レイヴィニア=バードウェイという実妹は、サディスト精神全開な笑みで実兄であるコーネリア=バードウェイにそれぐらいの暴挙を働く事が出来る人間だ。

 故に、コーネリアはこの状況を何とかしなければならない。

 故に、コーネリアは考える。自分の級友たちがやる気を出してくれる方法を、自分が延命できる方法を、持ち前の頭脳をフル動員して思考する。

 と。

 地面に項垂れ、木に寄りかかり――という状態だった二年二組の面々の下に、一人の来訪者が現れた。

 

「ちょっ!? こ、こここれは一体どういう状況なのかなーっ!?」

 

 それは、凹凸が悩ましい身体をジャージで包んだ女教師だった。

 しっかりと上まで閉じたジャージの上は豊満な胸で盛り上がっていて、悩ましいヒップと太腿がジャージの上からでも判別できる。ショートヘアの黒髪は彼女に活発な印象を与えていて、若干頼りないが常人以上に整った顔立ちが彼女が美人だと教えてくれる。

 干支夏珪(えとかけい)

 またの名を、学園都市一頼りにならない女教師、とも言う。

 豊満なバストを揺らしながら現れた夏珪に「……あたしにもきっと希望はあるんだから~」と琴音は自身の薄っぺらい胸をペタペタと叩く。

 二年二組の担任教師である夏珪にコーネリアは溜め息を吐き、

 

「ちょうどいいタイミングでの登場っすね、干支セン。早速ですが、この牙の折れた教え子たちを立ち上がらせてください。はい、教師としての本領発揮!」

 

「い、いきなり凄い要求だね!? でもでも、これも教師の役目。はいっ、私、頑張っちゃうよーっ!」

 

 ああこりゃあんまり期待できねえなぁ、と二年二組全員の心が一つになる。

 あわあわおろおろと身振り手振りを繰り広げていた夏珪は「そうだーっ!」と人差し指を立てて得意気な表情を浮かべ、

 

 

「大覇星祭で良い成績を残せたら、私が何でも一つだけ言う事を聞いちゃうよーっ!」

 

 

「よっしゃ聞いたかテメェら! これはもうやるしかねえんじゃねえの!?」

 

『ったりめえだ! 全ては干支センのおっぱいのためにぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!』

 

 メラメラと闘志――もといエロ心を燃やして団結する二年二組男子を見て女子が総じてドン引きし、自分がとんでもない事を言ったと即座に気づいた夏珪が「あわわわわ!?」と焦りを見せる。

 そんなこんなで大覇星祭一日目、スタートである。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial13 バルーンハンター

 世界規模で注目を集める学園都市の大覇星祭は、期間中の七日間だけ例外的に全世界に中継される。それは学園都市の外の人間が超能力を目撃する事が出来る唯一の機会であるため、その七日間は大覇星祭の中継が他の番組の視聴率を根こそぎ持って行ってしまうのだ。

 とまぁ、そんな悲しい番組競争については置いておくとして。

 日本時間で午前十一時、現地時間で午前二時。

 ほぼ深夜のイギリスのロンドンにて。

 それは、イギリス清教の図書館で紅茶を用意していたオルソラ=アクィナスの一言で始まった。

 

「そういえば、今は大覇星祭の中継が行われているのでございますよ」

 

「ああん? あのクソッタレな街の運動会とか見る必要ねえだろ。それよりも、さっさと仕事の続きをするわよ。今日は本棚の整理が山ほど残ってるんだから……」

 

「ぴっぴっぴー、っと」

 

「テメェ私の話聞かずにテレビ点けてんじゃねえぞ!」

 

 相変わらず怖ろしくマイペースなオルソラに、彼女と同じく図書館の住人であるシェリー=クロムウェルの怒号が飛ぶ。ライオンのような形の金髪は逆立ち、不健康気味な瞳はストレスでやや吊り上がってしまっている。

 そんなシェリーの怒りをいつもながらにスルーしたオルソラはリモコン操作でチャンネルを切り替え、大覇星祭の特集をしている番組をテレビ画面に映し出した。

 画面には多くの学生達(体操服ver)の姿があり、今はちょうど競技の説明をしているところのようだった。

 

『今回の競技である「バルーンハンター」は、各校から選出された三十名同士で競い合う形式となっております。競技のルールは至って簡単。相手の学校の生徒が被っているヘルメットの上にある風船を、支給されたボールで割ればイイと言うもの。さぁお前ら、相手の頭を目掛けて競い合えーっ!』

 

「……はぁぁ」

 

 うおーっ! と一人で盛り上がっている解説の声に軽い頭痛を覚えつつも、シェリーは注意するのも怠くなったのかオルソラと一緒に競技を観戦する事にした。最近働き詰めだったので良い休憩ではあるのだが、これはテレビを観終わった後に地獄を見る事になる展開だろう。……徹夜を覚悟しとくか。いや、既に徹夜なのだが。

 ボロボロのゴスロリ女と天然巨乳シスターはカップに入った紅茶を飲みながら、じーっとテレビに注目する。

 

『さて、今回の競技の解説はこの私、騒音電波DJと!』

 

『え、えーっと……本当は参加する生徒達の応援をしないといけないんだけど……き、教師の干支夏珪が任されています! はいっ、頑張って、みんなーっ!』

 

『元気イイですねー、干支先生! 胸も大きいし、彼氏とかいないんですか? あ、因みに私は彼氏いない歴十年の寂しい女教師だけど、本名は伏せておくぜ!』

 

『か、彼氏!? いやぁ、彼氏なんていた試しがないから分かんないなーっ。……って、そんな事よりも解説解説! ほら、もう競技始まっちゃいますよ!?』

 

『おぉっと、これは失敬。ちょうど生徒達への競技説明が終了したみたいだな!』

 

 騒がしい解説だな、と紅茶を啜りながらジト目を浮かべるシェリー。

 そこで画面は切り替わり、参加する生徒達の様子が流れるように映されていく。今回の競技は、半袖短パンの高校生たちと青一色のジャージに身を包んだ高校生たちが戦うようで、画面にはジャージを着ている高校生たちの方が余裕ありげな表情で映し出されている。学園都市の事情はよく分からないが、どうやらジャージ高校の学生たちの方が有利な立場であるらしい。おそらくは、所有している能力の差、とかだと思われる。

 そこでシェリーは気づいた。

 半袖短パンに身を包んでいる高校の男子学生たちが、競技開始を前に円陣を組んでいる事に。

 競技前の気合い入れか? とある程度の予想を立てるシェリー。そんな彼女が見守る中、半袖短パンの男子たちの中にいた女顔な金髪イギリス人が画面を通してでも騒がしく思えるほどの大声で叫び声を上げた。

 

『この勝利を俺たちの夢と希望に捧げんぞ、テメェらぁああああああっ!』

 

『『『全ては干支センのおっぱいの為にぃぃいいいいいいいいいっ!』』』

 

 …………………………………………………………Pardon?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 イギリスのロンドンでゴーレム使いの女魔術師が呆気にとられている事など知る由もない男子高校生たちの一致団結の掛け声の直後、遂に競技が開始された。

 元から作戦などというものは持っていないし用意もしていないコーネリアたちは競技開始を知らせる空砲が鳴り響いた直後、蜘蛛の子を散らすように広場からの逃走を開始した。

 

「とりあえず正面きっての勝負とか無理だから! 陰険に卑怯に勝利を掴む!」

 

「無能力者の卑怯さをその身にしかと教えこんでやらぁ!」

 

「能力者が何ぼのもんじゃい! 自分だけの力で日々を生き抜いている俺達無能力者の方が強いに決まってるぜぇっ!」

 

 そんな自虐的な叫び声を上げながら、半袖短パンに身を包んだ高校生達は数秒足らずで広場から消滅した。それを見ていた相手校の生徒達は敵が完全にいなくなった後にようやく我を取り戻し、慌てたように止まっていた足を動かし始めた。

 

「……お、追え、追えーっ! 地の果てまでも追いかけろーっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 競技開始早々から女々しい戦略に出た半袖短パンの高校生たちに、シェリーは思わず頭を抱えていた。学園都市に奇襲を仕掛けて戦争を起こさせようとしたシェリーも卑怯な人間のジャンルではあるが、流石にここまで女々しい戦術を率先して取ろうとは思わない。実はかなり有効且つ相手の虚を突けるような戦術を隠しているのならば、話は別だが。

 ほわぁぁぁ、と子供のようにキラキラと顔を輝かせながら画面を食い入るように見つめるオルソラに、シェリーはひくくっと頬を引き攣らせる。彼女たちが知り合ったのはここ最近の事ではあるが、その短い間にシェリーはオルソラの恐ろしさを嫌と言う程痛感させられている。人の話を聞かないところとか会話が無限ループを繰り返す処とか、最早苦行とか言うレベルではない。頭のネジが予め外されてるんじゃないか? と思ったのも一度や二度では済まないだろう。

 胃に穴が空きそうね……、とシェリーはストレスを静めるために紅茶を啜る。

 と。

 テレビの近くにある本棚の陰から、奇抜な服を着た黒髪ポニーテールの少女がひょこっと顔を覗かせてきた。

 

「おや? 図書館でテレビ鑑賞とは珍しいですね、シェリー=クロムウェル」

 

「……ああ、なんだ、極東宗派のジャパニーズサムライガールじゃねえか。どうした、図書館に何か用でもあるの?」

 

「ええ、まぁ。少し調べ物をしようかと思いまして……」

 

 極東宗派のジャパニーズサムライガールこと神裂火織はシェリーの問いに返事をしながら、彼女の隣の椅子に腰を下ろした。常に腰に差している七天七刀は、長机の上に手荷物の様に置かれていた。

 相変わらず怠そうなシェリーに苦笑を浮かべつつも、神裂はテレビの画面に視線を向ける。

 

「ああ。何を見ていたのかと思えば、学園都市の大運動会ですか。確か名前は『大覇星祭』でしたか? このように全世界で報道される運動会など、世界広しといえどもあの街ぐらいのものでしょうね」

 

「科学の奴らは祭が大好きなんだろうよ」

 

 確かにそうかもしれませんね、と神裂は微笑みを浮かべる。

 そういえば、学園都市と言ったら、『刺突杭剣(スタブソード)』の件がある。神裂も本当は学園都市に行く予定だったのだが、色々な事情で学園都市への選抜から漏れてしまった。個人的にはすぐにでも学園都市に言って『刺突杭剣』を破壊したいのだが、それを望んでも叶う事はないだろう。学園都市に無関係な魔術師を何人も招待することは出来ないという理由もあるが、それ以上に、神裂が『刺突杭剣』と相性が悪すぎる、という事情がある。

 『聖人』を殺すための霊装である『刺突杭剣』と神裂の相性など、あえて説明するまでもないだろう。

 そういえば、と神裂は思う。

 『聖人』の天敵とも言える能力を持つコーネリア=バードウェイも、そういえば学園都市の住人だった。彼は『刺突杭剣』の事情には全く関係ないが、大覇星祭には大いに関係している。

 運が良ければ、テレビ画面で見れるかもしれない。

 

(…………いやいや、どうして彼を目撃する事が運が良いの括りに割り振られるのですか。あの少年には何の感情も抱いていません。何ですか、もう)

 

 一人で無駄に悩み始める幕末剣客ロマン女。実はその顔は仄かに朱く染まっていたりするのだが、テレビに夢中なオルソラと何気なくテレビを観ているシェリーが指摘しないので彼女がその事に気づくことはない。

 ぷしゅー、と神裂は脳天から湯気を上げる。

 そんな時――そう、そんな時での話だった。

 テレビを観ていたオルソラが「あら? あらら?」とワザとらしい声(本人は至って真面目)な声を上げたかと思うと――

 

「この女の子のような顔の学生さんは、どうやらイギリス人の様でございますねー」

 

「な、なんだってー!?」

 

 ――大覇星祭視聴決定! と脳内ねーちんが音速で決断し、神裂は真剣な表情でテレビの画面を食い入るように見つめ始めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「っ!? ……な、何だ? 妙な悪寒が……」

 

 建物の陰から外の様子を窺っていたコーネリアは、ぶるるっと背筋への寒気に身震いした。

 競技開始からおよそ五分。未だに味方の脱落者は一人もいない。しかしそれは相手校も同様で、五分が経過した今でも勝負が全く進んでいないことの何よりもの証明だった。

 このまま何事もなく終わってくれりゃあベストなんだけどなー、とコーネリアは小さな声で弱音を吐く。

 と、その時。

 

「見つけたぁっ!」

 

「っ!? 俺が最初とか予想外ですっ!」

 

 道路を走っていた相手校の生徒が、こちらに向かって全速力で走ってきていた。どうやら建物の陰から飛び出していたコーネリアの顔を発見したらしい。相変わらず不幸だなオイ! とコーネリアは弾かれたように逃走を開始した。

 しかし、相手はスポーツと能力開発に力を入れているエリート校。弱小高校の学生を逃すつもりはないのか、早速と言わんばかりに持ち前の能力を放ち始めた。

 それは、この競技における最悪の能力だった。

 念動使い(テレキネシスト)

 念動力でありとあらゆる物体を操作するその能力で、相手校の男子学生は数多のボールをコーネリア目掛けて撃ち始めた。

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ! そ、そりゃあ流石に反則だろうがぁっ!」

 

 背後から飛んでくるボールを必死に回避しながら、コーネリアは全速力で逃走する。ここは荊で相手を拘束して反撃に出るのが一番なんだろうが、相手に触れる=相手にダメージを与える彼の能力では、相手を拘束したと同時に『能力を攻撃に使用しました。反則です』とかいう判断を下されかねない。

 だったら地面から荊を生やして靴を拘束すればいい、という意見があるが、そもそも今の彼は相手学生を視界内に収める事が出来ていないため、相手に能力を発動させる事が出来ない状況にある。一瞬だけ相手を見ればいいのかもしれないが、その挙動の途中で風船が割られてしまったら元も子もない。

 結局のところ、ここは逃走一択だったりする。

 魔術師相手に毎日のように命がけの逃走劇を繰り広げていた(ここ最近は刺客の数も減ってきたが)コーネリアは持ち前の体力と速度を最大限に生かし、背後から迫る最悪の敵からの逃亡をスタートさせる。

 

 




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Trial14 交錯する荊と最終信号

 十分ほどの逃走劇を繰り広げ、ようやく念動使い(テレキネシスト)の生徒を撒くことに成功したコーネリア。公園の木の幹に背を預けて乱れた呼吸を必死に整えつつも、彼は周囲からの襲撃に警戒を散らしていた。

 頬を伝う汗を手で拭い、腰に装着されたバスケットから球を掴みとる。

 

「……相手が『念動使い』って所がネックだよな。球を投げようにも念動力で逆に操作されちまうし……」

 

 さて、どうしたものか。

 物体を念動力で自由に操る念動使いを相手に、人工物から荊を生やす事しかできない自分が果たして対抗できるのか。別に他の生徒と戦えばいい訳でもあるが、貴重な異能力者(レベル2)であるコーネリアが相手校の能力者を打倒した方が状況的には得策だろう。味方の士気を上げることにも繋がるので、多少の無理をしてでも相手校の念動使いを討伐するべきだ。

 さて、本当にどうしよう。

 球に荊を生やしたとしても、それが相手の紙風船を割る事に繋がるとは思えない。荊で相手の紙風船を割れたらいいと思うが、そもそもこの競技では『球を使って紙風船を割る事』という規則があるので、荊で相手の紙風船を割るのは事実上の反則となる恐れがある。

 さて、どうしたものか。

 木陰に隠れてから何度目かの問答を、コーネリアは乱れた呼吸を整えながらも続ける。

 彼の荊が攻撃として判断される恐れがある以上、何か別の方法を探らなければならない。荊を使っても攻撃と判断されず、尚且つ相手の紙風船を割る事に繋がる作戦を。

 回避については問題はない。今まで何度も魔術師と戦ってきたので、攻撃を回避する事と逃げ足にだけは絶対の自信がある。――故に、今考えるべきなのは攻撃についてだけだ。

 荊。

 紙風船。

 球。

 この三つを関連付け、この動かない状況を優勢に変える。そして相手校を打破して自校の成績を向上させ、干支夏珪の豊満な胸を男子みんなで揉みしだくのだ。

 

「干支センの胸が俺たちに押し潰される様子を拝む為に……」

 

 ブツブツと、エロ心から生じる言葉を呟くコーネリア。女顔である彼がそんな呟きを漏らすと『あれ、この子ってレズか何か?』という誤解が生じる気しかしないのだが、残念、彼は正真正銘、骨の髄から思春期のエロ男子である。おっぱいが嫌いな男子などいない! という過去の格言を座右の銘にするほどに、彼は豊満な胸が大好きだ。

 やはり、干支センを拘束して動けなくしてから胸を揉むのが一番だ。両手両足を拘束し、赤面する干支センに複数の男子で襲い掛かる。普通だったら強姦の罪で即逮捕だろうが、今回ばかりはそれを気にする必要はない。――何故なら、これは干支センの合意の下での行いだからだ!

 

「拘束、拘束、拘束……くくっ」

 

 レイヴィニア=バードウェイ譲りのドSな笑みを浮かべるコーネリア。

 と、そこでコーネリアは気付いた。

 通常の運動会では絶対に気付いてはいけない事を、コーネリアは気づいてしまった。

 

「あ。荊を相手の服から生やして地面かどっかに拘束してから紙風船を割ればいいんじゃね?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 競技開始から五十分が経過した。

 能力者の絶対数の差から、コーネリア=バードウェイが在籍している高校が敗北すると、観客と審判と運営委員の誰もが思っていた。努力と根性さえあれば何とでもなる、という根性論ではどうする事も出来ない壁がある事を、この街の学生たちは他の誰よりも知っていたからだ。

 しかし。

 その予想は、大きく外れる事になる。

 

『おおーっと! コーネリア選手、ついに十九人目を撃破ァーッ! 凄い、これは凄い快進撃です!』

 

 熱気が篭った解説に、周囲の観客から歓声が放たれる――と同時に、「うわぁ」というドン引きな反応も飛び出していた。

 そんな観客たちの視線の先には、道路のど真ん中で仁王立ちする女顔の金髪イギリス人の姿がある。その周囲には彼のクラスメイト達が数人ほど立っていて、その全員が両手に球を所持している。

 そして、そんな彼らの周囲には――

 

「くっ……服が荊に縫い付けられて、動けねぇ……っ!」

 

「こ、ここから動いたら、荊で服が破けて下着が見えちゃう……っ!」

 

「け、頸動脈に当たりそうなんだが……これは流石に反則じゃねえのか!?」

 

 無数の荊によって拘束された、憐れな学生たちの姿があった。

 その全ての学生たちが身に着けているジャージとインナーウェアからは無数の荊が地面へと伸びていて、そこからもがく事ができないように皮膚に触れるギリギリのところに荊が展開されている。女子高生に至っては動くと同時にジャージが破れるように施されているが、これは単純にコーネリアの趣味だ。いつもは被害者な立場が多い彼だが、実はこのようなドSな行為をするのが好みだったりする。まぁ、言うまでも無く、レイヴィニアと同じ性癖の持ち主と言う訳だ。

 両手に球を構えた半袖短パンの高校生達はニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「俺たちを下に見てたやつらを蹂躙するのは気持ちが良いなぁ!」

 

「動きたくても動けない、いい気味だわ、いい気味だわーっ!」

 

「ほら、やられたい奴からかかってこい! こっちには加虐趣味の荊紳士が待ち構えてるぜ!」

 

「誰が荊紳士やねん」

 

 「クケケケケ!」と漫画の悪役のように笑う級友たちに、コーネリアの冷静なツッコミが飛ぶ。

 

「こ、このサディスト野郎ぉおおおあああああああああっ!?」

 

「はい、一丁上がりー&任せたぜお前らー」

 

『ひゃっほぅ! 下剋上万歳!』

 

 仲間の仇を打とうとして飛び込んできた相手校の男子学生を荊でダメージを与えないように気を付けながら拘束――コーネリアの級友たちが四方八方から顔面(紙風船に非ず)目掛けて弾を本気でブン投げた。相手が女子学生だったら少しは手加減するのだが、相手が男子学生となると彼らは非情な鬼と化す。

 これで、二十人目。

 全部で三十名がエントリーしているこの競技でその損失はかなり痛い。しかもコーネリアの学校は四、五名ほどしか脱落していないため、ここから逆転しなければならないという点でもエリート校側はかなりの劣勢に置かれている。

 更に悲報だが、コーネリアによって駆逐された学生の中に今回の競技で重要な役目を負っていた『念動使い』の能力者たちが全員含まれている為、念動力で球を遠距離からブン投げる、という奇襲行為が事実上不可能となってしまっている。まぁ、飛んできた球に荊を生やして地面に縫い付ける、と言う芸当が可能なコーネリアが相手を待っているこの状況でその奇襲が成功するとは思えない訳ではあるが。

 ぐぬぬ、と荊によるネズミ取り作戦を前に二の足を踏み出せないエリート校の学生達。無能力者が大半を占める落ちこぼれ高校に敗北するのはかなりの屈辱であるので出来れば避けたいのだが、あの荊紳士の存在がその屈辱を回避不可能なものへと変貌させてしまっている。

 バルーンハンターは『念動使い』の為にあるような競技である。

 しかし、あのように色々な処から荊を生やされて動きを止められてしまっては、その常識がぶち壊されたも同然だ。能力を使おうとしても、荊の棘を肌に触れるギリギリのところに展開させられて集中を切れさせられるのが関の山だろう。

 つまり、この競技に勝機はない。

 既に過半数の人員が脱落してしまっている今、ここからの逆転はほぼ不可能と言っていい。

 ポトッ、とエリート校の学生たちの手から、球が地面へと落ちていく。

 その数分後に競技終了の空砲が鳴り、コーネリアたちの高校の勝利が決定した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 日本では午前だがイギリスでは超深夜。

 長机の上で爆睡モードに入ったシェリー=クロムウェルと、ゆらゆらと左右に揺れながらもテレビを観ようと奮闘しているオルソラ=アクィナス。彼女等二人は徹夜で作業を行っていたために体に蓄積されている疲労はかなりの物で、このように睡眠モードへと移行してしまうのは致し方ない事だと言える。

 そんな、凸凹解読班コンビの傍らで。

 目の下にくっきりと隈を浮かばせた神裂火織はひくひくと頬を引き攣らせ、拳をギュッと握りしめながら身体を小刻みに震わせ―――こう呟いた。

 

「全世界に中継されている状態で拘束プレイを堂々と……あ、あの少年には羞恥心と言うものが無いのでしょうか……っ!?」

 

 神裂火織、十八歳。

 自分が複雑な感情を向けている卑怯でドSな十七歳の少年に更なる複雑な感情を抱いてしまっている彼女は、思春期街道まっしぐらな乙女だったりする。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリア=バードウェイが在籍するとある高校の勝利で学園都市が盛り上がる中、『彼』は観客に交じってその様子を観察していた。

 無造作な銀髪とサファイアブルーの瞳、それと少しのそばかすが唯一の特徴と言える『彼』は奇抜な外見であるというのに、何故か周囲の人々から注意を向けられる様子がない。

 確かにそこに存在しているというのに、『彼』は背景のように周囲から注目されていない。

 そんな『彼』は「くくくっ」と悪戯っぽく笑う。

 

「やっぱおもしれーな、あいつ。見た目が違げーから探すのに手間取ったが……この面白さの為だと思えば安いもんなんじゃねーの?」

 

「……そんな事よりもお腹空いた」

 

「おめーは本当に自分勝手だなー。少しは空気ってモンを読めよなー」

 

「……空腹を満たす事こそが最優先だから」

 

「あーはいはい、そーでございますねー」

 

 青褪めた顔と長い黒髪のせいで不健康そうな印象を感じさせる小柄な少女に引っ張られ、『彼』は雑踏の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『From:レイヴィニア

 第七学区のファミレスで待っている』

 

「…………あいつ、この学区にファミレスが幾つあるのか知らねえのか?」

 

 何処のファミレスなのかの指定ぐらいしとけよなー、とコーネリアは苦笑を浮かべる。

 荊を駆使した戦いで大覇星祭一日目を白星スタートさせたコーネリアはクラスメイト達と別れた後、屋台が並ぶ第七学区の歩道のど真ん中で実妹からのメールを確認した。――確認したのは良いのだが、よりにもよって実妹たちがどこにいるのかのヒントが『ファミレス』という超絶的な曖昧っぷりを見せており、これから実妹探しの旅に出なければならないと思うとかなーり面倒臭い。ぶっちゃけ、あんまり動きたくないです。

 とは言っても、コーネリアとの昼食を楽しみにしているであろう実妹たちと合流しない訳にもいかない。実の兄に対して兄妹愛以上の愛情を向けてきているあの姉妹にはいつもリアクションに困らされているが、あれでもコーネリアにとっては世界で最も大切な家族である。家族の厚意を無碍にできる程、コーネリアは非情に育った覚えはない。流石のレイヴィニアでもそんな事はしないはずだ。…………しない、よなぁ?

 さて、さっさとレイヴィニアとパトリシアと合流しよう。あー後、ついでにマークさんとも。

 携帯電話を短パンのポケットに仕舞い込み、駆け足気味に一歩踏み出―――

 

「わぷっ!」

 

「んっ?」

 

 ―――前方から走ってきた小柄な少女がコーネリアに激突した。

 コーネリアの腹部に顔面を打ちつけた少女は「おおおおお!?」と大袈裟なリアクションを取り、バックステップでコーネリアとの距離を取る。元気な子供だなー、と小さく微笑みながら、コーネリアは自分に激突してきた少女の姿を視界に収める。

 その少女は、どこぞの『第三位』を幼くしたような外見だった。

 肩の辺りまでの長さの茶髪の天辺にはひょこっとアホ毛が君臨していて、空色のキャミソールの上には男物のワイシャツを袖を通して羽織っている。

 正直な話、この少女とコーネリアとの間に繋がりはない。

 正直な話、コーネリアはこんな少女と面識はない。

 しかし。

 この少女について、コーネリア=バードウェイは知っている(・・・・・)

 予想外の展開に無意識ながらに硬直してしまうコーネリア。そんな彼の顔を下から見上げ、どこぞの常盤台中学のエースを幼くしたような外見の少女は元気いっぱいにこう言ってきた。

 

「『あの人』を探してたんだけど、その過程でぶつかっちゃったことをここに謝罪する! ってミサカはミサカはお利口さんアピールを全開にしてみたり!」

 

 打ち止め(ラストオーダー)

 またの名を、最終信号(ラストオーダー)

 それは、『妹達(シスターズ)』と呼ばれる量産型クローンの司令塔であり、学園都市最強の超能力者の唯一の弱点である少女だった。

 

 

 




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Trial15 現実逃避

 妹達(シスターズ)の司令塔・打ち止め(ラストオーダー)と邂逅した。

 それはコーネリアにとってはかなり予想外の展開であり、あまり目立ちたくない身としては最悪な出来事だった。打ち止めという少女と出会ったキャラクターたちがその後にどのような段階を踏むかをこの世界の誰よりも知っているコーネリアだからこそ、彼女との出会いはまさに背筋が凍るぐらいの衝撃だった。

 そんなコーネリアの心境など知る由もない打ち止めはシュタッと右手を挙げ、

 

「出会ったばかりのあなたに聞くのもどうかと思うのだけど、『あの人』を見たりしなかった? ってミサカはミサカは可愛さアピール全開で質問をぶつけてみる!」

 

 あの人、というのは考えるまでも無く、学園都市最強の超能力者・一方通行(アクセラレータ)の事を指しているのだろう。八月三十一日に演算能力を失ったものの、妹達からの代理演算によって能力を制限付きながらも取り戻した、あの二人目の主人公こそが、打ち止めの言う『あの人』に違いない。

 ここであんな化物と接点を作るのは得策じゃない。

 瞬時にそう判断したコーネリアは踵を返してその場からの逃走を図――

 

「あっ! そこにいるのはもしかしなくてもコーネリアなんだよ!」

 

「ぐえぇっ!」

 

 ――ろうとした瞬間に背後から強烈なタックルを入れられた。

 ぐぎぃっ! と腰から嫌な音が響き渡り、それと同時に激痛が脳まで突き抜ける。もしかせずとも今後の競技に影響が出そうな程のダメージが、コーネリア=バードウェイの腰を襲っている。

 ヒキガエルのような悲鳴を上げるコーネリア。彼を突き飛ばした人物が一体誰なのか、それはあえて確認するまでもない。この特徴的な喋り方と可愛らしい声だけで、背後に誰がいるのかぐらいは容易に想像がつく。

 だから、後ろを振り返りたくない。

 これ以上の面倒事は勘弁だから、後ろにいる銀髪シスターを視認したくない。

 しかし、世界はあくまでもコーネリアに反逆する。

 

「コーネリア! 私、お腹が空いちゃったかも!」

 

「『空いちゃったかも!』じゃねえよ! 何だよその不自然な話の切り出し方! どう考えても俺がお前に屋台の飯を奢る感じの流れじゃねえか!」

 

「ぶー! いいじゃんいいじゃん! とうまがどこかに行っちゃってるから、ご飯を買う事も出来ないんだからー!」

 

「何でお前の保護者はお前を保護しねえんだよいつもいつも……」

 

 何故だ。原作通りならばこの時間、上条当麻とインデックスは行動を同じくしているはずではないのか。ステイル=マグヌスと土御門元春の二人の会話を聞くのはもっと後の事であるはずで、今のこの時間帯ではまだ二人は一緒にいるはずだ。――それなのに、これは一体どういう事だ!?

 

(もしかすっと、少しずつ正史が歪みつつあるって事なのか……?)

 

 正史には存在しない『コーネリア=バードウェイ』という存在のせいで、世界が少しずつながらも歪みつつある――という予測。まだ憶測の域を出ないが、それは十分にあり得る事だ。そもそも、『コーネリア=バードウェイ』という存在自体が世界の大きな歪みの一つであり、そこからの余波が他の歪みを発生させないとは限らない。もしかしたら後に、今回のような小さな歪みを遥かに凌ぐほどに巨大な歪みが発生してしまうかもしれない。

 全てが可能性の話だが、全てがあり得る話でもある。

 ――しかし。

 

(まぁ、ンな事は俺にゃあ関係ねえけどな)

 

 世界に歪みが発生しようが何だろうが、自分には関係ない。別に自分で望んで歪みを起こしている訳ではないので、ここで無駄にシリアスモードで『世界の歪みを止めなくては!』とか盛り上がる必要なんてないのだ。

 故に、コーネリアは逃避する。

 前方の少女と後方の少女、それと現実という敵から、コーネリア=バードウェイは全力で逃避する。

 

「うははははははっ! 俺はこれから行く所があるんでな、さらばだ諸君!」

 

「あ、こら、コーネリアぁあああああっ!」

 

「凄い速度だね、ってミサカはミサカは驚愕を露わにしてみたり!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 打ち止めとインデックスというある意味ではかなりの重要人物コンビからの逃亡を成功させたコーネリアは、数十分ほどの苦労の末、ようやく目的地であるファミレスへと辿り付くことに成功した。勿論、中には実妹二人と黒服の部下の姿もあった。

 人でごった返す店内を通り抜け、四人掛けの席を三人で占拠している実妹たちの前まで移動する。

 

「遅い。私が連絡してから何十分が経過したと思っている?」

 

「む、無理言うなっての……これでも結構飛ばしてきたんだから……」

 

「そ、そうですよ、お姉さん。お兄さんも頑張ってくれたんですから、ここは責めるのではなくてしっかりと褒めてあげないと……」

 

「む。それもそうだな。――褒めて遣わすぞ、我が愛しの兄貴よ」

 

「テメェはどこぞの英雄王かよ」

 

 その内『王の財宝(ゲート・オブ・バ○ロン)』みたいな魔術を開発しそうで怖いんだけど。しかも根幹での人格は結構似ている所があるから、その魔術を使っても違和感とかなさそうだし。……どっちもジャイアニストっていう共通点、マジで要らねえんだけどなぁ。

 相も変わらず我儘で高圧的なレイヴィニアに、コーネリアは「はぁ」と疲れたように溜め息を吐く――脛を蹴られた。しかもわざわざ座席から立ち上がってから、渾身の威力でローキックを決められた。

 脛から込み上げてくる激痛に悶えながらも、コーネリアは空いていた席に腰を下ろす。隣にいたパトリシアはぱぁぁっと表情を明るくし、むぎゅーっとコーネリアの腕に全力で抱き着いてきた。確実に胸が当てられているのだが、年端もいかないパトリシアの貧乳(しかも実妹)を押し付けられたところで欲情することはない。レイヴィニアとパトリシアが極度のブラコンであるために隠れているが、コーネリアは別にシスコンではない至って普通の人間なのだ。

 そう、レイヴィニアとパトリシアはブラコンだ。それも自他共に認める程に、生粋のブラコンである。

 そんな彼女たちが今この場において、コーネリアを巡って争わない訳がなく……

 

「パトリシア。姉からの命令だ――私と席を代われ」

 

「お姉さんからの命令だとしても、こればかりは譲れません! あぁっ、お兄さんの温かみが伝わってくる……」

 

 ぎりぃっ! と怖い方の妹から嫌な音が聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。

 心の底からどうでもいい駆け引きのせいで、コーネリアたちの座席に妙な静寂が訪れる。完全無欠に被害者であるコーネリアとマークの顔にはだらだらと大量の冷や汗が流れていて、心成しか顔色は青褪めていて優れない。臆病者であるコーネリアはまだ分かるが、凄腕の魔術師であるマーク=スペースさえもが恐怖してしまうこの状況は一体全体何事なのだろうか。なんだ、これからこのテーブルで戦争でも開始されるのか!?

 バチバチバチィッ! とレイヴィニアとパトリシアの間で意味の分からない火花が散る。次の競技までそんなに時間がある訳ではないコーネリアとしては今すぐにでもここから逃げ出したくて仕方がない訳だが、この空気でそんな事を切り出せるほどコーネリアの神経は図太くない。大きなジャンルで括れば草食系に割り振られるコーネリアは、肩を抱えてぶるぶると情けなく震えるしか選択肢が残されていないのだ。

 姉妹の無言の駆け引きで、時間が無駄に過ぎていく。周囲は学生やその保護者達の雑踏で騒がしいというのに、何故か自分たちの席だけ音を失ったかのように静寂に包まれている。

 まさに窮地、そして絶望。

 このままでは頭がおかしくなってしまう、と言っても過言ではない程の重圧がコーネリアとマークに圧し掛かる。

 

 

 しかし、ここで珍しく世界は彼に味方する。

 

 

 それは、コーネリアの携帯電話がきっかけだった。

 静寂を切り裂くようにけたたましい着信音を鳴り響かせる携帯電話。それはきっかけを待ち続けていたコーネリアにとっては願ってもいないチャンスだった。

 故に、コーネリアはパトリシアの腕を振り解き、席から立ち上がって携帯電話を耳に当てる。

 

「はい、こちらコーネリア!」

 

『わざわざ電話を掛けて申し訳ない。しかし、次の競技が近いということを伝えておいた方がいいと思っての行動だ、許してほしい』

 

 電話の相手はコーネリアの親友の一人である苅部結城だった。

 相変わらず無駄に堅苦しい口調で謝罪の言葉を口にする親友にコーネリアは「いや、お礼を言うのはこっちだよ」と返し、「んじゃ、すぐに会場に向かうわ」と言って結城との通話を終了させた。

 そして。

 後ろからの氷のような冷たい視線が背中にビシビシと突き刺さっているのを感じながらも、「ふぅ」と息を整えたコーネリアはシュバッ! と彼女たちに手刀を切り――

 

「じゃ、そういう訳だからまた昼休みに!」

 

「「話はまだ終わってねえぞこのバカ兄ィィィイイイイイイッ!」」

 

 ――三十六計逃げるに如かず、という名言を全力で実現する事にした。

 

 




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Trial16 巨乳好きVS貧乳少女

 レイヴィニアとパトリシアの追撃を全身全霊で回避し、次の競技が行われる会場まで全力疾走したコーネリアは、息も絶え絶えの状態で地面に崩れ落ちていた。

 

「し、死ぬっ、マジで死ぬ……ッ!」

 

「気のせいだと思いたいんだが、君はいつも死にかけているな。なんだ、君は疫病神にでも憑りつかれているのか?」

 

「疫病神っつーか、世界が俺に敵対してるっつーか……」

 

「???」

 

 コーネリアの言葉の意味が上手く理解できなかったのか、彼の親友の一人である苅部結城は不思議そうに首を傾げていた。まぁ別に誰かに分かってもらいたい訳じゃないからそのリアクションでも構わないだが、このやるせない気持ちの行き場がない状態なのは個人的に少しだけ悲しかったりする。

 数分ほどかけてようやく呼吸が整ってきたところで、コーネリアは結城に問いかける。

 

「ンで、次の競技って何だっけ?」

 

「君は自分が出場する競技も把握できていないのか……?」

 

「場所を頭に入れるだけで限界なんだよ」

 

「それでも異能力者(レベル2)だというのだから、やはりこの世は間違っているというか凄まじく理不尽だな。無能力者(レベル0)であるボクの方が頭が良いと思う時があるぐらいだ」

 

「心配すんな。普通にお前の方が俺よりも優秀だよ」

 

 謙遜とかではなく、本気でそう思っているし。

 学園都市の能力者のほとんどは脳内演算の性能で能力強度が左右されるが、生まれついてからの能力者である『原石』――つまりはコーネリアのような例外たちにその常識は当てはまらない。何故なら、『原石』という天然能力者は例外なく、能力の発動に演算式を必要としないからだ。

 はぁ、と小さく溜め息を吐き、結城は眼鏡をくいっと指で整える。

 

「君がこれから参加する競技は『借り物競争』だ。ルールについては説明の必要はないだろう?」

 

「移動以外に能力を使うのは禁止、って感じだったとは記憶してる」

 

「そもそもの話、この大覇星祭では能力の使用は移動と牽制と防御にしか使えないのだがな」

 

 呆れたように言う結城にコーネリアは乾いた笑いを返す。

 能力開発を主とする学園都市の代表するイベントの一つがこの大覇星祭であるが、その中で学生同士で傷つけあう――だなんて真似はもちろんご法度となっている。能力は使えど申し訳程度なもので、基本的には通常の運動会と相違ない。まぁ、『念動使い(テレキネシスト)』や『風力使い(エアロハンド)』などといった使い勝手の良い能力者ならば話は別だが。

 ――そして、数分後。

 

《それでは、次のプログラム、『借り物競争』に出場する選手は、速やかに所定の位置まで集合してください。繰り返します。次のプログラム、『借り物競――》

 競技中に靴が脱げないで良い様にコーネリアが靴紐を結び直していると、近くに設置されていたスピーカーから集合を知らせるアナウンスが響き渡って来た。それを聞いた数人の生徒達は多種多様な表情を浮かべながら、スタート地点へと移動を始めていく。

 「よし、っと」靴紐を結び終えたコーネリアはトントンッと爪先で地面を突き、

 

「ンじゃ、ちょっくら行ってくるわ」

 

「一位になれなかったら罰ゲームでも受けてもらうことにしよう」

 

「なにそれ、俺に拒否権とかない感じなの?」

 

「なに、君の事を信じているからこその冗談だ。――応援と期待をしておくよ、親友」

 

「おう! 任せとけよ、親友!」

 

 パァン! と手を打ち鳴らし合い、コーネリアはスタート地点へと移動した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 この競技に出場する事を三秒で後悔した。

 

「何よ、私と一緒の競技がそんなに嫌な訳?」

 

「上条に対するお前の普段の態度を知ってっから、お前と一緒の競技に出るのが嫌なんだよ! このツンデレールガン!」

 

「誰がツンデレですってぇぇぇぇぇっ!?」

 

 バチバチバチィッ! と前髪から電撃を放つ茶髪の女子中学生から、コーネリアは数メートルほど距離を取る。

 高校二年生であるコーネリアに敬語を使わないこの女子中学生の名は御坂美琴(みさかみこと)と言い、実はこの学園都市の第三位の超能力者だったりするトンデモ電撃ガールである。大きな特徴をあえて挙げるならば、すぐに電撃をバチバチと放つ短気がまず最初に挙げられる事だろう。

 蟀谷をヒクヒクと引き攣らせる美琴。そんな彼女にコーネリアはガシガシと頭を掻き、

 

「お前、上条に会う度に顔を赤くするか電撃を浴びせるかの二択しかねえだろ? 前者はまぁ普通だとしても、後者に関しては照れ隠しか『私に構って構ってー』のどっちかじゃんか。この事を前提として考えりゃ、お前が上条の事をどう思ってるかなんて……分からない訳がないだろぉ?」

 

「ニヤニヤニマニマうざったいのよこの女顔! 金髪とその態度のせいでムカつく第五位を思い出すから更に腹立たしいし!」

 

「俺をあんな運動音痴牛乳女と一緒にすんな、この貧乳!」

 

「アンタも女は胸が一番だと思ってるクチか! 最低! 溝に落ちて海まで流されろ!」

 

「胸がどうでもいい男なんていませんからぁ! 男は全員、包容力のある巨乳が大好きな野蛮人なんだよ! 巨乳サイコー! あの弾力が溜まんないね! ま、お前は一生かかってもあの弾力とは無関係だろうがな!」

 

「殺すわ。炭化のより上まで、アンタを燃やすッッ!」

 

 悪魔のような笑みで電撃を放つ美琴と巨乳の素晴らしさを語り続けるコーネリア。実はこの中継を見ている彼の妹二人が『よし、殺そう』と一致団結していたりするのだが、絶賛口論中のコーネリアはそんな事など知る由もない。昼食時にレイヴィニアとパトリシアからお仕置きされるのを願うばかりである。

 ギャーギャーわーわー! と子供のような口喧嘩を繰り広げる超能力者と異能力者。年齢差としては三歳差だが、精神年齢はどちらも小学生レベルで拮抗している。これで実は二人ともがこの街での重要な歯車の一つだというのだから、この世界はやっぱり間違っていると思う。

 と。

 スタート地点に立っていた運営委員の学生が二人の傍まで歩み寄ってきた。

 

「……あのぅ。既に他校の選手たちはスタートしてしまっているんですが……」

 

『な、なんだってー!?』

 

 そんなこんなで第二種目、借り物競争スタートである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 場所は変わって某図書館。

 コーネリア=バードウェイに何かと縁がある幕末剣客ロマン女こと神裂火織はくっきりと隈が刻まれた目をギンギンと開きながら、テレビ画面――大覇星祭の生中継を視聴していた。どこから用意したのか彼女の傍のテーブルの上には健康ドリンクの瓶が何本も転がっていて、そう言っている傍から彼女は健康ドリンクをもう一本数秒足らずで飲み干していた。

 美容の大敵であるはずの徹夜をリアルタイムで経験しつつ、神裂はズキズキと痛む頭を両手で抱える。

 

「あのド素人はまったく……全世界に生中継されている中で巨乳談義とか、怒りを通り越して最早呆れの領域です。しかも心の底から本気で巨乳の素晴らしさを語っているし……大馬鹿野郎とはまさにあの少年の事を指すのでしょうね」

 

 そうは言うが、彼が出場する競技から目を逸らせないのが自分でも悲しい。なんやかんやであの少年の事を気にしてしまっている自分に呆れてしまう始末である。

 しかも意味の分からない事に、あの少年の事を思っていると、胸の辺りが妙に暖かくなってしまう。誠に遺憾な事であるが、コーネリア=バードウェイという少年が神裂にとってどうでもいい存在ではなくなっている。恥ずかしさを堪えて言うのならば、大切な者の一人として数えられるぐらいの存在となってしまっている。

 この感情は、一体何なのか。

 そもそも私は、あの少年の事をどう思っているのか。

 今まで感じた事も考えた事もない無理難題に頭を悩ませながら、寝不足で痛む頭を抱えながら、神裂火織は僅かに紅潮した頬を膨らませ――小さな声でこう呟いた。

 

「…………まぁ、巨乳好きというのは評価に値しますが」

 

 結局の所、彼女もある意味では素直ではない人間だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 小学生レベルの口喧嘩であまりにも遅すぎるスタートを切る事になってしまった借り物競争。既にスタート直後にクラスメイト達から罵倒の嵐を浴びせられたコーネリアは目尻に涙を浮かべながらも、自分が選び取ったメモ用紙を落とさないように気を付けながら学園都市の第七学区を走り回っていた。因みに、同じタイミングでスタートを切った御坂美琴はメモ用紙を選んだ瞬間に「あの馬鹿は何処じゃーっ!」と叫びながら何処へともなく走って行った。これが原作通りであるのなら、彼女の目的は上条当麻ただ一人。こりゃあ流石に負けたかな、とコーネリアは競技開始早々に勝利を諦めるような呟きを零してしまう。 

 

「あーくそ、あのビリビリ女のせいで心に謎のダメージが入っちまった……」

 

 御坂美琴のせい、というよりも完全無欠に自分が原因であるのだが、自分至上主義であるコーネリアは絶対に自分の非を認めない。それが幼稚な行いに繋がる事であるのならば尚更だ。

 呼吸が乱れないように気を付けて走りながら、周囲に視線を張り巡らせる。

 

「にしても、『青褪めた顔の黒髪長髪の少女』がお題って……その少女を見つけたとして、どうやって説明すんだよ……」

 

 「何も言わずに俺についてきてください!」と言って返事を待たずに引っ張っていくか? 全世界に中継されている大覇星祭で誘拐モドキを実行するなんて命がけな行いではあるが、そうでもしないとこのお題をクリアできないような気がするのは俺の気のせいか。原作での御坂美琴のように勢いで押し通す、という案も中々に良いとは思うのだが、『青褪めた顔の黒髪長髪の少女』を相手にそんな野蛮な事が出来るかどうか。……絶対に社会的に死ぬよな、俺。

 

「あーもー、何で俺はこんな無駄にハードルの高ぇお題を引いちまったんだぁ――っ!」

 

 流石に今更だとは自覚しているが、それでも叫ばずにはいられない。せめてアイテムがお題だったらよかったというのに……こういう時に人物がお題となってしまう俺はやっぱり上条に次ぐ不幸者だと思います。

 ――とまぁ、後悔と自虐はここまでにして、だ。

 さっさとお題に該当する少女を見つけてゴールをしよう。ただでさえ上位を狙える学校ではないというのにこんな簡単な競技で得点が得られなかったら、クラスメイト達から罵倒の嵐を浴びせかけられてしまうに決まってる。しかも既にスタートを失敗してしまっているこの状況、流石に自分でもヤバいということは十分に分かっている。

 さてさて、一体どうしたものか。

 罵倒の嵐に傷つく未来と無事にゴールインして喜ぶ未来の二つに頭を悩ませていた――まさにその時。

 

『あ』

 

 目が合った。

 しかも、同時のタイミングで思わず声までもを上げてしまっていた。更に朗報で、目が合ったのは彼が引いたお題の条件を完璧にコンプリートした外見を持つ少女だった。

 まさに幸運、そして強運。

 このチャンスを逃すわけにはいかないとコーネリアは迷うことなくその少女の方へと近寄っていく。コーネリアの目的が自分だと分かったのか、その少女は傍にいた無造作な銀髪とサファイアブルーの瞳、それと少しのそばかすが特徴の少年の背後へと隠れてしまった。

 

(ん? 何つーか、この男、背景みたいな印象だな……)

 

 そこに確かに存在しているのに、注意を向けようとしても存在感を感じる事が出来ないという不思議な感覚。何かの能力かと思ったが、今はとにかくお題をクリアしなければならない為、コーネリアは深く考える事をやめた。

 じーっと警戒の色を示す少女に苦笑しながら、コーネリアは妙な雰囲気を持つ少年に声をかける。

 

「えーっと、あのー……借り物競争のクリアにそこの女の子が必要不可欠となっている訳なんだけど……協力、してもらってもいい?」

 

「あ、コイツ? オーケーオーケー、なーんの問題もねーよダイジョーブ」

 

「……勝手に決めないで」

 

「ダイジョーブだろよー別に、なんかが減るもんでもねーんだしさー。後で焼きそばでも何でも奢ってやるから、ちょっと手伝ってやれってば」

 

「……たこ焼き」

 

「あーはいはい、たこ焼きも追加だな? ダイジョーブダイジョーブ。太っ腹なオレは、おめーのそんな要望にもばっちり応えられるぐれーの懐事情だから、ダイジョーブだ」

 

「……それなら、問題ない」

 

 そう言って、少女はコーネリアに右手を差し出す。

 

「……すぐに終わらせてほしい」

 

「え……あーっ、さんきゅーな、君! そんでそこのアンタも! 競技の後に必ずこの子を送り届けるから、とりあえず何処かで集合しねえか?」

 

「おうよー。そーゆー事なら、この自然公園って所で合流って事でダイジョーブか?」

 

「了解! そんじゃ、とりあえずはまた後でな!」

 

「はいよー。嬢ちゃん、おめーも頑張れよー」

 

「……その呼び名、気に入らない」

 

「相っ変わらず口が悪りーなおめーはよー!」

 

「と、とりあえず、ゴールまで走るぞ!」

 

 常人と比べてかなり変わり者な二人のやり取りに困惑しながらも、コーネリアは青褪めた顔の不健康そうな黒髪長髪の少女と共にゴールに向かって走り始めた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial17 借り物競争

 背景のような印象を持つ銀髪の少年から条件に合った少女を拝借したコーネリアは、少女をお姫様抱っこした状態で一般道路を駆け抜けていた。普段は多種多様な車両で賑わっているこの道路だが、現在は大覇星祭期間中であるために競技の会場として空疎な状態を保つことを強いられている。分かりやすく言えば、ここも競技場でのコースの一つなのである。

 普段から魔術師たちから逃亡しているおかげで無駄に鍛え上げられたスタミナと脚力をフル活用して走りながら、コーネリアは抱きかかえている少女に話しかける。

 

「そういえば、自己紹介とかまだだったな。俺はコーネリア=バードウェイ。こんな見た目だがれっきとした男で、一応は高校二年生だ」

 

「……ヴァンプ。ヴァンプ=ブラッドリィ」

 

 変わった名前だな、という感想よりも先に、魔術関係の人間か? という疑いの方が浮かび上がった。それは彼女――ヴァンプの名前から『吸血鬼』という存在が連想されてしまったからだ。それは吸血鬼が魔術サイドにおいてかなり重要な役割を担うものであるが故の疑いで、魔術結社『明け色の陽射し』に深く関わってきたコーネリアだからこそ咄嗟に浮かんだ疑いだった。

 しかし、彼はここであえて彼女に疑いを掛けたりはしない。

 確かに、気になる事は聞きたい事はすぐに多く浮上した。もし吸血鬼だとして、吸血鬼の天敵である『吸血殺し』がいるこの街に何故滞在しているのか、という疑問。どういう経緯で学園都市にやってきたのか、という疑問。――そして、あの背景のような印象を持つ青年は誰なのか、と言う疑問。『ヴァンプ=ブラッドリィ』という名前を聞いただけでこれだけの疑問が浮かび上がってくるというのだから、やはり彼も魔術サイドの関係者であることが改めて思い知らされる。

 聞きたい事はあるが、面倒事が怖いのであえて聞かない。

 そんな臆病者で負け犬根性抜群なコーネリアはヴァンプ=ブラッドリィと名乗った少女を抱えて走りながら、

 

「それじゃあヴァンプ、ちょっと速度上げるから準備をしといてくれな!」

 

「……善処する」

 

 何事も無かったかのように競技に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 借り物競争の観客という名の人混みを流水のように滑らかに掻き分け進んでいた、不自然に印象の薄い銀髪の少年はニィィと口を三日月のように裂けさせ、誰かに聞こえること訳もない音量で呟きを漏らす。

 

「やっりー。これで、とりあえずのラインは確定、かねー」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ヴァンプ=ブラッドリィという少女を抱えてゴールを目指していたコーネリア=バードウェイ。当初予想していたよりも事は進み、このまま順調にゴールできると思っていた――まさにその時の事だった。

 

「どけどけどけぇええええええええええええっ! ケガをしたくない奴は私の為に道を開けろぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ふ、不幸だぁあああああああああああっ!?」

 

 遥か百メートルほど後方から、現在時点において最も聞きたくない声が響き渡って来た。声の主などあえて予想するまでもない。この可愛らしさの中に猛々しさが込められている声は、常盤台中学を代表する超能力者の少女に決まっている。

 相変わらず不幸だなオイ、と自嘲気味に笑うコーネリア。腕の中のヴァンプが不思議そうに首を傾げるも、コーネリアは苦笑いを返すだけで留めておいた。

 そして。

 数秒足らずで十メートル付近にまで距離を詰めてきた電撃娘に、コーネリアは露骨に嫌そうな溜め息を吐く。

 

「はぁぁぁ……こんな所でビリビリ中学生とか、流石に笑えんわー」

 

「誰がビリビリ中学生だッ!?」

 

 女子中学生とは思えないスピードで走りながらもコーネリアの発言にツッコミを入れる御坂美琴。実はそんなスピードにコーネリアは問題なくついて行っているのだが、そもそもの話、男子高校生が女子中学生に走りで勝つというのは当たり前の話であるので、今の状況は大して注目するようなことではないと言える。

 それ以上に注目するべきなのは、上条当麻と言う男子高校生を引っ掴んでいるのにコーネリアと同等の速度で走っている美琴のスペックの高さだろう。この街には大の男を軽々と持ち上げる女性が少なからずは存在するが、それでも女子特有の細腕でここまでの怪力を披露できるとなると話は別。やはり超能力者は格が違うというか、これは明らかに常識外れな力技だ。ギャグ補正って凄ぇなぁ、と感嘆するばかりである。

 後ろ首を掴まれて呼吸困難に陥ってしまっている上条当麻をあえて見なかったことにしつつ、コーネリアは言う。

 

「お前さぁ、何でそんなに負けず嫌いな訳? 少しは弱者のために負けてやろうとは思わねえの?」

 

「愚問ね。勝負はいつでも真剣に! 相手が無能力者だろうが超能力者だろうが、私は常に全力で相手をするって決めてんのよ!」

 

「戦いを挑まれる方にとっちゃ良い迷惑だって事を気づけこの戦闘狂!」

 

「その点については大丈夫よ。ちゃんと相手ぐらいは選んでる! このバカとアンタと、時々食蜂!」

 

「お前の選出基準がもう俺には分かんねえよ!?」

 

 あの精神系最強女に勝負を挑める時点でもう次元が違うと思います。っつーか俺、あいつ苦手なんだよな。心を読まれるのが嫌ってのもあるけど、あの絶対的な自信に満ち溢れてるって感じが苦手です。

 去年ぐらいまでは貧乳でちっこくて可愛らしかったんだけどなぁ、どうしてああなっちまったんだろうなぁ――どこぞの不幸なツンツン頭の少年は絶対に覚えていないであろう過去に思いをはせるコーネリア。

 しかし、そんな事が場の好転に繋がる訳もない。ゴールが徐々に迫ってきているこの状況で最も必要なのは、隣を並走しているこの電撃姫を如何にして足止めするか――この一つに限る。

 さて、どうする? ――そんな事はあえて考えるまでもない。こと足止めにおいて、コーネリアの右に出る者などこの世界には存在しない。

 そして、コーネリアは動き出す。

 

「御坂、お前は確かに強い。強すぎて普通の奴じゃ相手にならず、そこのバカな後輩とか常識外れな第一位と第二位ぐれえでしかお前を倒すことは叶わねえだろう」

 

「いきなり何? ここにきて勝負を捨てるって訳?」

 

「いや、勝負は捨てねえ」

 

 コーネリアと美琴の視線が交差する。

 

「むしろ、この勝負は俺が貰った」

 

 その、直後の事だった。

 がくん! と美琴の両脚が不自然に地面に縫い付けられた。

 驚愕に目を見開きつつも、美琴は自分の両脚を確認する――そこには、荊で地面に縫い付けられている自前のスニーカーの姿があった。

 『荊棘領域(ローズガーデン)

 この世に生を受けた瞬間からコーネリアに内包されていた天然の能力であり、説明不能理解不能解析不能の三拍子が揃った聖人殺し(セイントキラー)とも呼べる唯一無二の能力――そんな能力から発生した荊が、美琴の両脚を地面に縫い付けていた。

 『それが視界内であるのなら、コーネリアが人工物だと判断したもの全てに荊を生やすことができる』という能力にまんまと嵌ってしまった美琴は、ぎりぎりぎりぃっと悔しさに歯を噛み締める。今すぐ荊を電撃で焼き切って走りを再開するのが得策な訳だが、日々の生き残り戦争によって常人離れした逃げ足も持つコーネリアにココから追い付くことはまず不可能だろう。

 つまり、敗北が決したという事。

 

「油断大敵ってね。んじゃ、この勝負は俺が貰っとくぜー!」

 

「こ、この野郎……ッ!」

 

 学園都市の五本の指に入る、とさえ言われている常盤台中学。その名門中学のエースと言われている第三位の超能力者・御坂美琴は学園都市の底辺校に所属している生徒に敗北するという現実を前に、心の底から悔しそうな顔で腹の底から叫び声を上げる。

 

「お、覚えてなさいよ、この女顔ぉおおおおおおおおおっ!」

 

 そんな叫びをBGMに、コーネリアは一着でゴールテープを切った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 大覇星祭の優勝候補の一つである常盤台中学に勝利したコーネリア。それは彼の級友たち――というか彼の高校の生徒たち全員にとって予想もしなかった嬉しい誤算であったため、競技後、コーネリアは百を超える生徒達からもみくちゃにされた。その中で女子生徒の胸が身体に当たるという嬉しいハプニングがあった訳だが、あえてそれについては誰にも喋ってはいない。ここで正直に自分の行いを暴露する程コーネリアはおろかに育った覚えはない。

 

「ええいもう、あのアホ共と先輩たちのせいでタイムロスした……こりゃかなり待たせちまってるよな……」

 

「……大丈夫。アイツをいくら待たせたところで問題ない」

 

「罪悪感を覚えてるこっちとしちゃあそうはいかないのだよ、ヴァンプくん」

 

 背負われている状態で冷たい発言を零すヴァンプにコーネリアは冷静な指摘を返す。

 現在、コーネリアは第七学区のとある自然公園へと向かっている。それはこのヴァンプ=ブラッドリィという少女を銀髪の少年に返却する、という目的を果たすための行動だ。別に彼が自然が大好きだからと言う訳ではない。いくら荊を司る能力者だと言えども、心の底から植物に愛着を持っているわけではないのだ。

 昼食前で賑わう歩道を駆け足で通り抜け、自然公園へと辿り付く二人。公園内にはちらほらと人の姿が確認できる。おそらくは昼食のための場所取りでも行っているのだろう。ファミレスや喫茶店が人でごった返すのをあらかじめ予想してからの行動だと言える。

 そんな場所取り戦争参加者たちから意識を逸らし、コーネリアは周囲を見渡す。あの不自然な印象の薄さを持つ銀髪の少年を探すのは骨が折れる作業だ。何で銀髪なのに目立たないのかが不思議でたまらないが、他人の印象にわざわざ指摘を入れるのは失礼極まりない行為であると思っているため、コーネリアはそのことを頭から消去させることにする。

 そして、公園内を散策する事約五分。

 コーネリアはようやく目的の人物を発見した。

 

「ご、ごめんな! ちょっと遅れちまった!」

 

「いや、別にダイジョーブダイジョーブ。オレもちょうど今来たところだしよー」

 

 恋人同士か! というツッコミをコーネリアは寸での所で飲み込む。

 ヴァンプはコーネリアの背中から飛び降り、銀髪の少年の傍までトタタッと小走りで駆け寄る。

 

「……疲れた。たこやき」

 

「おめーは本当に可愛くねーな! オレを財布か何かと勘違いしてんじゃねーの!?」

 

「……??? 四葉は財布じゃなくて人間、だよ?」

 

「いや、そんなマジなリアクションなんて求めてねーんだけどなー」

 

 四葉と呼ばれた銀髪の少年は苦笑を浮かべる。

 

「え、えーっと……とりあえず、ありがとな。アンタ達のおかげで競技に勝てたよ」

 

「いんやー、別にいーって事よ。ダイジョーブ、気にすんな」

 

「そ、そうか。それじゃあ、俺はこの辺で――」

 

「あ、ちょい待ち。オレたちはおめーに用があるんだわ」

 

 へ? と疑問に首を傾げるコーネリア。

 四葉はニィィと妖しい笑みを浮かべ、

 

「『荊棘領域』。またの名を、『聖人殺し』。そんな世界で唯一の絶対的な力を持つアンタに、突然ながらオレからの提案でーす」

 

 そして、四葉は言う。

 ずっと脇役から主人公になる事を願い続けてきたコーネリア=バードウェイのシナリオを大きく変動させることになるきっかけとも言える言葉を、四葉という不自然に印象の薄い銀髪の少年は友人に話しかけるかのように軽い調子で口にする。

 

「この世の聖人を皆殺しにして、オレ達二人と一緒に新しい世界を作らねーか?」

 

 




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 次回もお楽しみに!


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TrialEX 聖なる夜に振り回されて

 お久しぶりです。

 応募用の小説の執筆の間を縫って、クリスマス特別編投稿です。

 今度発売される禁書の原作がクリスマスを舞台としているらしいですが、知りません。この話とは一切関係ありません。ただのパラレルワールドです。

 そして、この特別篇は本編とも一切関係ありません。いや本当、コーネリアと神裂がラブラブすぎても、本編には一切影響しません。

 そんな感じの諸注意を頭に入れながら、どうぞ読み進めて行ってください。

 それでは、皆様の聖夜に幸福が在らん事を―――。


 神裂火織は緊張していた。

 片袖が切り落とされたジーンズ生地のジャケットに腰元を強く縛った白いシャツ。そして相変わらず片足が大胆に露出するように生地が切り落とされたジーンズと時代錯誤なウエスタンブーツを身に着けている天然露出魔術師は、大きな日本刀と小さな袋を抱えた状態で、顔中にビッシリと冷や汗を浮かべていた。

 十二月の気温は薄着の神裂には響くのか、彼女の身体は小刻みに震えている――いや、この震えは寒さのせいではない。極寒の二月でも同じ格好を平気で出来る神裂が寒さで震えるということなど絶対にありえないからだ。

 それでは、何故彼女は震えているのか。

 それは、今自分が一人の少年の家の前に立っているから。

 それは、今日という日を無性に意識してしまっているから。

 それは、持参してきた衣装のインパクトがあまりにも強烈すぎるから。

 

「つ、土御門が『その服を着ればあの先輩も大喜びするはずだにゃー』と言うから仕方なく持ってきただけです。今までの恩を返し、彼に喜んでもらう。この目標を達成する為にこの服を持ってきただけなんです……」

 

 一人でブツブツと言い訳しながら、神裂はチラッと袋の中身に視線を向ける。

 堕天使エロメイドサンタセット。

 何でメイドとサンタが融合してるんだ、とか、製作者は絶対にイカレている、だとかいう疑問を浮かべてはいけない。考えたら負けなのだ。考えたが最後、激しい羞恥の余りに全てを切り刻んでしまいそうになるであろう事は火を見るよりも明らかな事実だ。だからここはあえてその疑問を消し飛ばし、自分を騙す必要がある。

 はぁ、と息を吐き、ふぅ、と冷たい空気を肺の中に取り入れる。

 

「…………よし」

 

 覚悟は決まった。

 ゴクリ、と固唾を戸惑いと共に無理やり飲み込み、インターホンをゆっくりながらに指の腹で押す。

 ピンポーン、という機械音が一回。

 何故か、返事はなかった。

 

「あ、れ……? も、もしかして、寝ているのでしょうか……?」

 

 それとも学校? と一つの可能性を思い浮かべるが、それは有り得ない、と一蹴する。何を隠そう、神裂はつい十分ほど前にコーネリアから『家に来ても大丈夫』という連絡を貰っている。だから彼がまだ学校にいるというのは絶対にありえないのだ。

 寝ていて聞こえなかっただけかもしれませんね、と再びトライ。

 そして、コーネリアの返事はなかった。

 

「………………」

 

 ひくっ、ひくくっ、と神裂の蟀谷が痙攣する。

 そして、常人よりも圧倒的に脆い彼女の堪忍袋の緒は十秒と経たずにズタズタに引き裂かれた。

 

「七閃!」

 

 ズガガガガッ! と天草式十字凄教特製の鉄糸(ワイヤー)が頑丈な扉を豆腐の様に切り裂いた。

 防壁を無理やり突破した神裂は靴を脱ぐ事もせずに部屋の中へと上がり込む。

 ――上がり込んだ、訳なのだが。

 

「……………………………………あれ?」

 

 部屋の中にはコーネリアはおろか、人の気配すら存在しなかった。

 ただ一つだけ、この部屋の中に存在するイレギュラー。

 それは、テーブルの上に置かれた一枚の紙きれだった。

 「…………」不思議に思った神裂は紙切れを掴み、自分の視線の先へと持ち上げる。どこにでも売っていそうな何の変哲もない紙切れの中には、でかでかと日本語でこう書かれていた。

 

『しゃしゃり出るな、この年増』

 

「………………あの毒舌幼女、ぶっ殺す」

 

 ブチィッ! と堪忍袋の緒がオーバーキルされた音が響き渡った。

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 十二月二十四日。

 俗に『クリスマスイブ』と呼ばれるその日は、世界各国で『クリスマスパーティ』なる催し物が行われる日でもある。何とも悲しい事ではあるが、クリスマス当日よりも重要視されていると言っても過言ではないかもしれない。

 ある者は恋人と二人で過ごし、またある者は家族と共に楽しい時間を送る。

 ある者は一人寂しくケーキをやけ食いし、またある者は聖夜だというのに仕事に勤しむ。

 クリスマスイブの過ごし方は人によってさまざま――まさに多種多様といった感じだ。独り身の憎悪とリア充の幸福感が入り乱れる混沌とした特殊な日――それこそがクリスマスイブである。

 そんなクリスマスイブを迎えたイギリス、ロンドンのランベス区にあるアパートメントの一室にて。

 

「んー! んーんんー!」

 

 ――コーネリア=バードウェイ(ボールギャグ装着)は椅子にぐるぐる巻きに拘束されていた。

 学校にでも行っていたのだろうか、彼の身を包んでいるのは黒の学生服だ。羽織っていたと思われる厚手のコートは部屋の隅に投げ捨てられていて、「俺の出番はもう終わりですか? そうですか」となんだか悲しいオーラを漂わせている。

 ただでさえ美少女顔なコーネリアが椅子に縛り付けられているというだけでも背徳感が凄いというのに、現在の彼はボールギャクまでもを加えている始末だ。これが一体何を引き起こすのか――それが分からない人は比較的少数だろう。

 つまり、今のコーネリア=バードウェイの姿は――

 

「――SMもののAVでよく見る光景だな。まさに絶景!」

 

「その発言と邪悪な笑みでコーネリアさんの好感度がダダ下がっているのを自覚した方がいいですよ、ボス」

 

 目尻に涙を浮かべて睨みつけてくる愛しの兄に、十二歳ぐらいの金髪美少女――レイヴィニア=バードウェイは恍惚とした表情を浮かべる。因みに、彼女に鋭い指摘を入れているのはレイヴィニアの代表的な側近であるマーク=スペースという男性だ。別名『世界一の苦労人』とも言う。

 コーネリアの実妹であるレイヴィニアはわざわざこの日の為に休暇を取り、万全の準備を行ってきた。全てはコーネリア=バードウェイと言う最愛の実兄との夜を過ごす為に、レイヴィニアは過密なスケジュールを死力を尽くしてこなしてきたのだ。……因みに、一番下の妹であるパトリシア=バードウェイは後から合流することになっている。やはりクリスマスは家族全員で過ごさなければならないからなぁ、とレイヴィニアは邪悪な笑みの下で妙な家族愛を発揮する。

 げへ、げへへへへ! と外道すぎる笑い声を上げるレイヴィニアに頬を引き攣らせるマークを見ながら、コーネリアは青褪めた顔で溜め息を吐く。

 

(あーもー、何でこんな事に……本当だったら神裂と一緒に夕飯だったのに……)

 

 幕末剣客ロマン女という通称を持つ黒髪ポニーテールの美少女を頭に思い浮かべるコーネリア。

 事の始まりとしては、午前授業から家に帰宅していた途中のコーネリアが最高にゲスイ笑みを浮かべたレイヴィニアに意識を刈り取られて誘拐された、というあまりにも非日常すぎる展開が原因だった。事の始まり、という割には数秒足らずでクライマックスとなってしまっているが、あまり気にするような事ではないだろう。

 とにかく。

 コーネリアはレイヴィニアによって学園都市からイギリスへと拉致されてしまったのだ。

 神裂の奴、絶対に怒ってるだろうなぁ――と思いながら、コーネリアは遠い目を浮かべる。約束を何よりも重視する(病的に)義理堅い神裂がどういうリアクションを取るのかが目に浮かぶ。

 コーネリアの心境など露知らずなレイヴィニアはフンスと貧しい胸を張り、

 

「クリスマスとは家族で過ごさなければならない日だ。それなのにこの愚兄はイギリス清教のジャパニーズ巨乳サムライと二人で食事に行こうとしていたんだぞ? よりにもよって!」

 

「世間様ではそれを『出刃亀』と言うんですがね」

 

「シャラァップッッッッ!」

 

 相変わらず勝手なボスだな、とマークは肩を竦める。

 

「分かりました。ボスの我が儘は今に始まった事ではないですし、ここは私が折れる事にします」

 

「お前後で覚えとけよ」

 

「それよりもボス、これ以上の好感度下落を防ぐためにもコーネリアさんの拘束を解いてあげた方が良いと思うのですが」

 

「馬鹿め。これぐらいの事でコーネリアが私を嫌う訳がないだろう?」

 

「じゃあさっさと解いてみろや」

 

「お前マジで後で覚えておけよ!?」

 

 まぁ、試すだけは試してみるか、とレイヴィニアはコーネリアからボールギャグを撤去する。

 「ぷはっ」と唾液が付着した口を開き、コーネリアは額に青筋をビキビキと刻みながらアルカイックスマイルを浮かべ、

 

「俺、レイヴィニア嫌い。コーネリア、嘘吐かない」

 

「……………………………………………………………………………………はうっ」

 

 サーッと青褪めると同時に、ぱたん、と静かに意識を失う魔術結社のボス。コーネリアを心の底から愛している極度のブラコン少女にとっては、どうやら今の攻撃が一撃必殺だったようだ。――レイヴィニア=バードウェイ、殉職。

 「お騒がせしてすみませんねぇ」「いや、いつもの事だから別に良いよ」やれやれといった様子で縄を解くマークに、コーネリアは苦笑交じりに言葉を返す。レイヴィニア=バードウェイと言う自由奔放唯我独尊自分至上主義な少女に毎日のように振り回されている二人の間には、鎖よりも強固な絆が生まれていた。

 締め付けられていた手首をぺらぺらと振りながら、コーネリアは言う。

 

「予定が入ってなかったらレイヴィニア達と過ごすんだけどな。残念ながら今夜は先客がいるんだよ」

 

「コーネリアさんもお年頃ですからね、仕方ない仕方ない。恋人は大事にしないと」

 

「あいつとはそんな関係じゃねえっての」

 

 と、言いつつも、彼女に好意的な感情を抱いているのは事実な訳で。恋仲だとか恋心を抱いている相手だとか、そういう関係ではないにしろ、やはり神裂火織と言う少女はコーネリアの中では特別な存在となってしまっている。

 だから、妹の我が儘よりも彼女の事を優先してしまっている。

 つまりは、そういう事だった。

 その場に腰を下ろし、床に転がって意識を失っているレイヴィニアの柔らかな金髪を優しく撫でるコーネリア。その表情はまさに兄そのもので、彼がどれだけ妹の事を大切にしているかが一目で分かる姿だった。

 「んにゃんにゃ……」子供の様に(いや、実際子供なのだが)寝息を立てるレイヴィニアに苦笑を浮かべつつ、コーネリアは立ち上がる。

 

「んじゃ、俺は行くよ。とりあえずは神裂に連絡を取らなきゃだからな」

 

「パトリシア嬢が来るのを待てば良いのでは? パトリシア嬢、この日をずっと楽しみにしていらっしゃった事ですし……」

 

「このツケは明日にでも払うさ。だからさ、マークさん。明日はレイヴィニアも休みって事にしてあげてくんねえかな? 一生のお願い!」

 

 両手を合わせて頭を下げるコーネリアに、マークは「ハハッ」と軽く笑う。

 

「ボスの兄からの直々のお願いとあっては断れませんね」

 

「と、いう事は……ッ!?」

 

「察しの通りです。どうせ明日の仕事は比較的楽なものですし、私たち部下だけでこなしますよ」

 

「さ、さんきゅーな、マークさん! この恩は一生忘れねえ!」

 

 そう言ってドタドタドターッ! と騒がしく部屋を後にするコーネリア。

 ゆっくりと閉じていく扉を遠目で眺めながら、マークは頭をガシガシと掻き――

 

「ったく……手のかかる兄妹だな」

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 まずは神裂に連絡を取らなければならない。

 そう判断したコーネリアは携帯電話を手に取り、アドレス帳から『神裂火織』と書かれたファイルを選出し、迷う事無く電話を掛けた。日本にいるであろう彼女にイギリスから電話を掛けるのは(料金的に)気が引けたが、今はとにかく彼女に事情を説明しなければなるまい、と国際料金を諦める事にした。

 プルルルル、と通信中の効果音が鼓膜を刺激する。

 そしてそのまま接続されることも無く、通信は切断されてしまった。

 

「あ、れ……? もしかして、電源でも切ってんのか……?」

 

 だったら『電源が入っていない為、かかりません』みたいなアナウンスがはいるはずなんだが……どうなってんだ? 可愛らしく首を傾げ、コーネリアは頭上に大量の疑問符を浮かべる。

 ――と、その時。

 コーネリアの背中に激しい衝撃が襲い掛かって来た。

 

「ぐ、ぎぃっ!?」

 

 ごろごろごろーっ! とコーネリアの小柄な体がイギリスの街を転がる。積もっていた雪が髪や服に付着し、壁に激突して止まる頃には彼の身体は雪で塗れてしまっていた。

 何だ何だと揺れる脳を抑えるように頭を抱えるコーネリア。

 そんな彼の視界に、とてつもなく見覚えのある少女の姿が映り込んできた。

 

「探しましたよ、コーネリア=バードウェイ」

 

「か、神裂!?」

 

 そこにいたのは、彼と食事の約束をしていた――現在は日本にいるはずの――幕末剣客ロマン女だった。

 どうしてここに!? と驚愕を露わにするコーネリアに神裂はムスッとした表情を浮かべる。

 

「あなたの部屋にクソ腹立たしい挑戦状が置かれていたので、ちょっと日本からイギリスまで戻ってきました」

 

「…………あの愚妹、自分で死亡フラグを建ててたのか……」

 

 自らフラグを建てていくスタイル、という言葉が脳を過るも、コーネリアはすぐに意識を目の前の少女に戻した。

 

「いや本当、ごめんな、神裂。ちゃんと約束してたのに……」

 

「本当ですよ。何で私がわざわざ地球を半周しなくてはならないんですか、もう」

 

 ぷくーっと頬を膨らませて拗ねる神裂にコーネリアの心臓がトクンと跳ねる。

 あークソ、可愛いなぁコイツ――僅かに紅潮した且つ温度も上がってしまっている顔を隠すように立ち上がり、コーネリアはあくまでも平静を装いながら彼女に言う。

 

「悪かった、本当に悪かったよ。今日は俺が奢るから、許してくれねえか?」

 

「……日本食」

 

「は?」

 

「我がイギリス清教の女子寮の近くに美味しい日本食のお店があるんです。勿論、味に似合った値段ですので、貴族なんかに人気があったりします」

 

「いや、それは分かったけど……え、うそ、もしかしてその店を奢る感じな」

 

「美味しいんです」

 

「いや、だから」

 

「凄く美味しいんです!」

 

「………………はぁぁぁ」

 

 ずいっと詰め寄ってくる神裂にはどうやっても逆らえない訳で。

 ガシガシと面倒臭そうに頭を掻き、「あーもー!」とやるせない気持ちを叫びとして外に吐き出し、コーネリアは神裂の手をガシッと掴んだ。

 

「っ、なぁっ!?」

 

「ええい、顔を赤くするな顔を!」

 

「い、いや、しかし……」

 

「飯、食いに行くんだろ!? だったらさっさと行った方が良いだろ!? あんまり遅くなると混むかもだし! 夜はゆっくりしたいし! しかも家には帰れねえから宿を探さなくちゃなんねえし!」

 

 うがー! と大声で畳みかけるコーネリアに神裂は動揺するも、彼の顔が紅蓮に染まっているのを目撃し、抗議の声を上げる余裕が無くなってしまっていた。

 彼も、私の事を意識してくれているのですね――

 

「(―――って、彼『も』って何ですか、彼『も』って。わ、私は別に、この少年の事など意識していません。何なんですか、もう……)」

 

 しかし、そう言う神裂の顔(仄かに赤く染まっている)には小さな笑みが浮かんでいて。

 

「(……あのふざけた服を着るのは、またの機会になりそうですね)」

 

 コーネリアの部屋に置いてきてしまっている事ですし、と神裂は心の中で安堵する。

 世界はとても理不尽で、時にはどうしようもなく落ち込んでしまう事もある。

 彼との出会いもそんな時の事だった。

 しかし、別にその出会いを否定する気はさらさらないし、この理不尽な世界を拒否するつもりもない。逆に感謝の意を表明したいぐらいだ。イエス・キリストでも天照大御神でも誰でも良いが、もし本当に神様というものが存在するというのならば、彼と出会えたこの奇跡をくれてありがとう、と感謝の意を伝えたい。

 手を引いてずんずんと先行するコーネリアの手に包まれた自分の手を愛おしそうに眺めながら、神裂火織は小さく笑う。――彼の手を握り返しながら、彼女は頬を仄かに赤く染める。

 そして、彼女は言うのだ。

 今この瞬間、世界中の誰もが誰かしらに言っているであろう、世界共通の感謝の言葉を。

 

「メリークリスマスですね、コーネリア」

 

「……メリークリスマス、神裂」

 

 無愛想に言葉を返すどこまでも不器用な普通の少年に、どこまでも素直じゃない聖人の少女はとびっきりの笑顔を浮かべていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial18 カインの末裔

 四葉くんのイメージは『世界で好き勝手に暗躍するチートなオリ主』です。
 いやまぁ、別に、転生者とか、そんなトンデモ設定はないですけどね。あくまでも一人のキャラクターです。転生者はコーネリアだけですのであしからず。


 聖人を皆殺しにして新しい世界を作らないか?

 知り合って間もない銀髪の少年――四葉にそんな提案をされたコーネリアは思わずぽかーんと口を間抜けに開いて呆然としてしまうも、数秒後には「ハッ」と鼻で笑う様に苦笑を浮かべてこう言った。

 

「思春期の奴にとっては心躍る勧誘かもしれんが、お生憎様だな。俺は聖人を皆殺しにするつもりはねえし、新しい世界なんてものには興味すらねえんだ」

 

 ごめんな、と付け加える事も忘れない。

 この銀髪の少年がどういうつもりでそんな事を言ってきたのかは分からないが、『聖人』という存在を敵視しているという事だけは一瞬で把握した。少し前のコーネリアだったら『話だけでも聞かせてくれ』ぐらいは言ったのかもしれないが、神裂火織という『聖人』と出会ってしまった【今の】コーネリア=バードウェイがそのようなバカな選択をすることは絶対にない。更に言うのなら、『聖人殺し』と言っても過言ではない能力を持つ【今の】コーネリアは『聖人』の味方はすれど敵に回る事などないのだ。

 軽い調子で応対するコーネリアに四葉は「やっぱりかー」と頬を掻く。

 

「分かっちゃいたけど、今のおめーは神裂火織に惚れちまってるんだもんなー。別にダイジョーブだけど、予想通りの対応で困っちまうなー。うーん」

 

「惚れッ!? い、いいいいいいいやいやいやいや! お、俺は別に、神裂に惚れてなんかねえし!? アイツとの間にあるのはただの同盟関係だけだし!」

 

「ダイジョーブダイジョーブ。そんな顔を真っ赤にして叫ばれてもオレの発言を肯定してるようにしか見えないぜー? 『聖人殺し(セイントキラー)』なんつー世界最強とも言えるジョーカーを持ってる奴なんだから、もちっと冷静になってくれや」

 

「俺が肯定した流れで話をまとめんな! 俺は神裂に惚れてなんかねえ!」

 

 うがー! と咆えるコーネリアを四葉は「はいはーい」と軽く流す。……コイツ、絶対に分かってねえ。

 ぐるるるる……と喉を鳴らして威嚇するコーネリア。まだ出会ってそんなに時間が経った訳でもないというのに、コーネリアの中で四葉は『警戒対象』にカテゴライズされてしまっている。今までそのカテゴリに含まれていたのは『レイヴィニア=バードウェイ』だけだったのだが、ここに来てまさかの新規加入だった。俺の人生難易度がどんどん上がっていってんだけど、とコーネリアは心の中で深く溜め息を吐く。

 「ま、とりあえず話を戻そーや」「誰のせいだ誰の!」四葉は得体の知れない笑顔を浮かべ、

 

「新しい世界を作る、っつってーもそんな大それた事をする訳じゃねーんだよ。ただ『聖人を皆殺し』にして『世界最強の存在』から引き摺り下ろす。――オレたちがやりてーのはただそんだけなのさ」

 

「世界最強の存在から引き摺り下ろす、って……」

 

 確かに、魔術サイドからの見方で言うのなら聖人は最強の存在と言える。たまに聖人じゃないくせに現実離れした強さを誇る魔術師が出てくるせいで目立たないかもしれないが、根本的に考えれば神の子である聖人は様々な点でぶっちぎりの強さを誇っているのだ。

 その聖人を皆殺しにできれば、確かに世界の強さのバランスは大きく変動する。普通の魔術師ではどう足掻いても勝てなかった存在が消滅すれば、我こそはと最強の座を巡って争いが始まるであろう事も予想できる。

 ただ、一つだけ。

 ただ一つだけ、分からない事がある。

 それは――

 

「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 

「ダイジョーブ、お好きにどーぞ?」

 

「お前達は聖人を皆殺しにしたい。それは分かった。……それで、その後の話だ」

 

 コーネリアと四葉の視線が交錯する。

 

「誰を聖人の代わりに置くつもりだ?」

 

 そう、つまりはそういう事だ。

 世界最強の存在である『聖人』。

 神の子として扱われる彼らの代わりに相応しい存在が果たしてこの世界に存在するのか。

 その一つの疑問だけが、コーネリアの頭にもやもやと残ってしまっている。少し腕の立つ魔術師では絶対に担えないその役回りを、一体誰が担うのか。

 それが、コーネリアの唯一の疑問だった。

 真剣な表情で――それでいて可愛らしい少女のように首を傾げるコーネリアに四葉は「いい質問だな」と妖しい笑みを浮かべ、大袈裟に両手を拡げながら質問への答えを提示し始めた。

 

「その質問をされるんだろーなーって事は予想できてた。だからダイジョーブ、心配は要らねー。その質問に対する答えをオレはちゃーんと持っている」

 

「…………」

 

「聖人の代わり。聖人に匹敵する――いや、聖人をも(・・・・)超える存在(・・・・・)。それこそが、オレたちが世界最強の座に就かせようとしている絶対無敵の存在だ」

 

 話ぐれーは聞いた事あるだろ? と四葉は言う。

 

「魔術サイドでは『カインの末裔』だなんて言い方をされてるみてーだけどな」

 

 そして、彼は言った。

 

「吸血鬼。それが、オレが世界最強だと信じて疑わない伝説の存在だ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 吸血鬼。

 その名前だけは世界的にも有名だということは分かるが、その存在を信じられるかと聞かれたら「NO」と答えるものが大半であろう。コーネリアのその内の一人であり、『吸血殺し(ディープブラッド)』という能力の存在を知っていても尚、吸血鬼の存在を肯定する気にはとてもじゃないがなれなかったりする。

 曰く、胸に杭を打たれると死ぬ。

 曰く、姿が鏡に映らない。

 曰く、太陽光や十字架に弱い。

 曰く、死ぬと灰になる。

 曰く、噛み付かれた者は眷属にされる。

 そんな非現実的で空想的な伝承しか現代に存在しない空想上の生き物の存在を信じろ――そう言われたところで信じる者など極々少数だ。はっきり言うが、俺だって信じようとは思わない。

 そんな伝説上の生き物を。

 そんな空想上の存在を。

 そんな怪異の一端を。

 四葉という少年は世界の王に仕立て上げようとしている。

 

「…………馬鹿馬鹿しい」

 

 コーネリアの対応は極めて冷静なものだった。溜め息交じりに頭を掻きつつ、顔には憐みの表情までもが浮かんでいた。

 しかし、銀髪の少年は怒るどころか笑顔を浮かべていた。

 それは、コーネリアが本気で憐れんでいる訳ではないと見抜いているような態度だった。

 ニヤニヤと得体の知れない笑顔を張り付け、四葉は相変わらずの間延びして口調で言う。

 

「おめーがそんな事を言いてー気持ちは分かっけどさー……おめーも薄々気づいてんだろ?」

 

「は? 何がだよ」

 

「そこの嬢ちゃん――ヴァンプ=ブラッドリィが吸血鬼だっつー事実によー」

 

 返事はなかった。

 ただ、沈黙だけがコーネリアの答えだった。

 

「沈黙は肯定を表す、ってね」

 

 心の底から面白そうな表情を浮かべながら、四葉は話を続ける。

 

「嬢ちゃんは世界で唯一かもしれない吸血鬼の生き残りでね。それはもー人間離れした身体能力と魔力量を誇っている訳よ」

 

「…………運動は好きじゃない」

 

「そうは言ってるけども、実は前に聖人との勝負に勝ってるぐれーには強いんだぜ? ほら、あの、なんて言ったかな……そうそう! シルビアとかいう凶暴なメイドを軽く捻ってみせたんだぜ!」

 

「なっ――――」

 

 シルビアというのは、魔神になれなかった男・オッレルスの相棒である聖人だ。元々はイギリスの王室に務めていたメイドなのだが、今は何故かオッレルスの相棒として世界の何処かで平和に暗躍している。その実力は言うまでも無く世界トップレベルであり、イギリス清教『必要悪の教会』での最強と言われている神裂火織を遥かに上回る戦闘力を誇っている。

 そんなシルビアを、この小柄な少女が叩きのめした。

 それはコーネリアの頭に激しい衝撃を与えるには十分すぎる情報だった。

 驚愕のあまり言葉を失っているコーネリアにヴァンプは小さく溜め息を吐く。

 

「…………別に大した事はしてない。ちょっとムカついたからやっただけ。……それに、倒したと言っても殺せてはいない」

 

「ダイジョーブだって嬢ちゃん。謙遜なんてしねーでもおめーは世界で一番強えーんだ」

 

「…………四葉がそう言うなら」

 

 ヴァンプはすごすごと四葉の背後に移動する。

 

「で、どーする? オレは世界中の聖人を皆殺しにして嬢ちゃんを世界最強に仕立て上げ、吸血鬼が支配する世界を作るぜ? その結果この世界がどーゆー風に変わるのかは知んねーけど、今よりは最高にスリリングな世界に変わるって事ぐれーは分かってるつもりだ」

 

「……もし本当に聖人を皆殺しにできて、尚且つ吸血鬼を世界最強の座に就かせることができたとしても、そんな未来が来るとはとてもじゃねえが思えない。聖人がいなくたって、この世界には怖ろしい奴らがゴロゴロと存在してるんだしな」

 

 特にウチの怖い方の妹とか。

 

「なーに、心配は要らねーよ。嬢ちゃんに勝てる奴なんか存在しねー。嬢ちゃんこそが世界最強なんだ。これはオレが保証する」

 

「……お前は随分とヴァンプを持ち上げるんだな」

 

「そりゃーそーさ。オレにとって嬢ちゃんは希望の星だ。嬢ちゃんの存在を世界中の馬鹿共に知らしめ、上から思いっきり見下してやる――それこそがオレの悲願であり念願なんだよ」

 

 そう言う四葉の目からは、今までのふざけた感じは抜けていた。あくまでも真面目に、あくまでも真剣に、ヴァンプ=ブラッドリィという少女を世界最強の座に就かせようと目論んでいる目をしていた。

 だからこそ、コーネリアは何も言えなかった。

 そして、だからこそ、コーネリアは迷う事無く首を横に振った。

 

「…………素晴らしい夢だとは思うが、俺はそのチケットを受け取る訳にはいかねえ」

 

「ふーん? 理由は?」

 

「頭ン中でまとまってる訳じゃねえからあんまり上手くは言えねえけど、俺はお前らに協力しちゃいけねえ気がするんだ。俺はもっと違う道を選ばなくちゃいけない――そんな気がするんだ」

 

 だから、俺はお前達の誘いには乗れない。

 そう、確かな口調で言い放ったコーネリアに、四葉は面白くなさそうに表情を消すも――

 

「ま、そー言うとは思ってたけどな」

 

「…………四葉」

 

「ダイジョーブ、ちゃーんと分かってんよ、嬢ちゃん。オレたちがコイツに関わるのはこれで終わり、ここからはコイツの与り知らぬ所でのらりくらりと目的を達成していくんだーってな」

 

「……一つだけ、言わせてもらってもいいか?」

 

「あん?」

 

 コーネリアはすぅと目を細める。

 

「聖人に手を出すのは構わねえ。別に俺にゃあ何の関係もねえ事だしな」

 

 ただし、とコーネリアは付け加え、

 

「神裂火織には手を出すな。あいつが負けるなんて事はねえと思うが、もしあいつに何か起きてみろ? 俺は持てる力の全てを使ってお前らを叩き潰す。『人工物に荊を生やすだけ』のクズみてえな能力しか持ってねえ俺だが、どんな手を使ってでもお前らを叩き潰す。――それだけは忘れるなよ」

 

「おーう、怖い怖い。恋する思春期は言う事が怖いねぇー」

 

 あくまでもへらへらと、そして裏では真剣に。視線で警戒を示すコーネリアに四葉は飄々とした態度を向け、直後にはくるっとターンをして彼に背中を向けた。

 そして、四葉は言う。

 自分の誘いを断った、世界で最も危なっかしい立場に身を置く脇役に四葉はいつも通りの軽い調子でこう言った。

 

「おめーと戦える日が楽しみだよ――コーネリア=バードウェイ」

 

 言葉は返さなかった。

 ただ、遠くなっていく二人の革命者の背中を眺めながら、コーネリアは静かに沈黙するだけだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 四葉とヴァンプという不思議な二人と別れたコーネリアは極度のブラコンを患っている妹達の元に戻るのではなく、次の競技が行われる競技場へと移動していた。申し訳ありませんマークさん、後で胃薬を1ダースぐらいは差し入れさせていただきますので。

 人でごった返す入り口を抜け、観客席へと足を進める。まだ次の競技までは三十分ほどの猶予があるため、コーネリアが所属する高校の生徒の姿は見られない。しいて言うなら、先ほどまで《棒倒し》を行っていた長天上機学園と霧ヶ丘女学院の生徒達の姿があるぐらいか。

 「もうちょっと早く着ければ見れたかもなー」観客席の椅子にぐでーと腰を下ろし、如何にもやる気の無さそうな声を漏らすコーネリア。

 と。

 そんな彼の肩を叩き、横からぬぅっと顔を覗かせてくる人物が現れた。

 

「これはこれは、また珍しい奴を見つけてしまったのだけど」

 

「そりゃあこっちのセリフなんスけどね――雲川芹亜(くもかわせりあ)さん?」

 

 眉を顰めながらのコーネリアの台詞に、でこ出しカチューシャの美人女子高生はククッと喉を鳴らした。

 

 




尚、四葉くんたちはオッレルスには会ってない模様。

 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial19 雲川芹亜

 時間的には二話連続投稿です。

 大賞用の作品を仕上げている最中ではありますが、ちょっと気分を変えたいねん……ちょっと煮詰まってしまったんで、こっちの更新して気分を変えたいねん……(泣)






 あ、そういえば、祝☆二十話目です(笑)


 雲川芹亜の特徴を一つ挙げるとするならば、それは『得体の知れない女』であるという事だ。

 学年不明、年齢不詳、正体不明、理解不能。彼女に関する全ての情報が曖昧で、彼女について詳細に知っている人間はほぼ皆無に等しいとまで言われている。唯一の確定事項は『上条当麻たちが通っているとある高校に在籍している』という事ぐらいのもので、しかし、その情報もダミーなのか真実なのかが判断できないといった曖昧っぷりを誇っている。

 そんな、得体の知れない存在ぶっちぎりのナンバーワンな雲川はコーネリアの隣の席に腰を下ろし、まじまじと彼の目を覗き込み始めた。

 

「……何ですか? 俺の顔なんか見ても腹は脹れませんよ?」

 

「いや、特に理由はないけど。ただ、失礼な事を考えているんだろうなと思っただけだ」

 

「…………相っ変わらず能力者みてえな荒業をしますね。無能力者の癖に」

 

「その発言は時と場合を考えた方が良いけど」

 

 私に対してだから許されたようなものだけど、と雲川は特に面白くもなさそうな顔で言い放つ。

 正直な話、コーネリアは雲川芹亜の事が苦手だ。激しく苦手だと言ってもいい。流石に『警戒対象』にカテゴライズするまでではないが、それなりに苦手な人物トップ5には軽くランクインしてる程には苦手としている。

 大きな理由としては、何を考えているか分からないから。

 小さな理由としては、心を見透かされているようだから。

 そういう点では食蜂操祈(しょくほうみさき)も苦手のカテゴリーに入るんだろうなぁ、と常盤台の女王様を想像しつつ、コーネリアは手で首元に風を送っている雲川に視線を向ける。

 

「それで、俺になんか用ですか?」

 

「別に、特に深い理由はないけど。ただ後輩の姿を見つけたから話しかけただけだ」

 

「アンタが上条当麻以外の奴に何の理由も目的も無く話しかけるとは思えねえんですが……」

 

「お前は少し勘違いをしているけど」

 

 雲川はつまらなそうに爪を弄る。

 

「私はこれでも普通の女子高生なんだ。朝に起きて学校に行き、授業が終わったら家に帰ってゆっくりのんびりと過ごす。特に能力者という訳でもないからどっかのふざけた研究所で身体を調べられる事もない。私はそれぐらいに普通の女子高生な訳だけど」

 

「どこの世界にアンタみてえな普通の女子高生がいますか。ちょっと辞書で『普通』と『女子高生』って単語を調べてきたらどうっすか?」

 

「生憎だが。私は自分の頭の中にある辞書以外は信用していないけど」

 

「俺はアンタのそういう所が苦手なんだよ!」

 

 あーくそ、話になんねえ! 休憩をしに来たのに何故か逆に疲労を溜める結果を迎えてしまったコーネリアは「あーもー!」と叫びながら頭を掻き、跳ねるように椅子から立ち上がった。

 

「なんだ、もう行くのか?」

 

「アンタの相手をするよりもそこら辺を散歩してた方が何倍も休めますからね」

 

「先輩に向かって皮肉とは……これがイギリス美女の常識か」

 

「何度も言うけど俺は男ですがッ!? こんな顔だけどれっきとした男なんですがッ!?」

 

「まぁ、それぐらいにキャラクターが確立されているという事なんだから、そう躍起になる必要はないけど。どこぞの巫女服が似合いそうな無個性女子よりは何倍もマシと思うけど」

 

「謝れ! 誰とは言わないがアンタは今ここでそいつに謝れ!」

 

 あれは自他共に認める無個性だから逆に手に負えねえんだよ。

 

「とにかく! 俺はもう行きますからね! そんなに一人が寂しいんなら上条でも見つけて絡んでください!」

 

「そうしたいのは山々だけど。今日のあいつは妙に忙しそうだからなぁ……だからお前で妥協していたけど」

 

「本人を目の前にしてマジで失礼だなアンタ」

 

「そう目くじらを立てるなよ。お前もお前で良い暇潰しにはなったけど」

 

「おお、いつの間にか俺の右手が握り拳に」

 

「別に喧嘩を買うぐらいはやっても良いけど。しかしまぁ、私が負ける事はないだろうな。お前弱いし」

 

「だからアンタのそういう所が苦手だっつってんだよ!」

 

 あーもー! とキリキリ痛む胃を押さえて叫ぶコーネリア。この先輩と話すといつもこんな感じになるんだよなぁ、というのがコーネリアの意見である。

 これ以上は胃が持たん。そう判断したコーネリアは呼び止められるまいと素早い挙動で席を立ち、ズカズカと競技場の外へと繋がる階段に向かい始めた。

 そんな、コーネリアの背中に。

 得体も正体も思考も情報も、何もかもが不明な雲川芹亜は心なしか楽しそうな声色でこんな言葉を投げかけた。

 

「お前は苦手かもしれないが、私は結構お前の事を気に入ってるけど」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 玉入れ。

 その競技についての説明は不要であろう。高い位置に設置された籠に向かって拳大程のサイズの玉を投げ込み、入った数の多さを競うという競技である。競技難易度は比較的低めで、学園都市の外なんかでは小学生がメインとして行う競技なんかで有名だったりする。

 しかし。

 これが天下の学園都市となると、難易度は急激に跳ね上がる。

 その理由は言わずもがな――超能力だ。

 流石に相手校の生徒に能力で攻撃する事は許可されていないが――いや、違う。この玉入れという競技と棒倒しという競技に限り、ある程度の攻撃行為は認められている。四肢を吹き飛ばしてしまう程の攻撃はもちろん禁止だが、掠り傷や打撲程度であれば「ま、超能力者の街だし、しょうがないんじゃね?」と許容されてしまう事だろう。

 故に、学園都市における玉入れの難易度は非常に高い。

 それも学校対学校――つまりは全校生徒対全校生徒で行うというのだから、その危険度は更に跳ね上がる。

 ―――しかし。

 生徒のほとんどが無能力者であるはずのとある高校の生徒達は、相手校(能力開発に重点をいている高校らしい)に何故か勝ち誇った顔を向けていた。

 その理由は、至って簡単。

 それは、コーネリア=バードウェイの『人工物に荊を生やすだけの能力』が最高に役に立つ競技だからである!

 

「よっしゃお前ら! バードウェイが相手校の玉を使用不能にしてる間に全身全霊を掛けて玉入れすんぞオラァッ!」

 

『イエッサーッ!』

 

「…………いや、あの、そんなに期待されても困るとい」

 

「バードウェイがいる限り、我らの勝利は揺るがない! 学園都市屈指の最底辺がなんだ! 我々の本気の下剋上を優等生どもに見せつけてやろうではないか!」

 

『劣等生なめんなぁあああああああああああああッ!』

 

「………………」

 

 なんか、死亡フラグが凄い件について。

 同級生や先輩、それに後輩たちの妙な盛り上がりに圧倒されてしまい、発言する事が出来ていないコーネリア。無駄に高いハードルを課せられた状態で競技を迎えなければならないというのがかなーり嫌な訳だが、流石にこの状況から「やっぱり無理でしたー」なんて言葉は流石に言えない。ここは早々に覚悟を決めて自身に秘められた真の能力を覚醒させるしかない! とコーネリアは涙目で拳を握る。

 全校生徒入り乱れての競技であるためか、コーネリアの周りに彼の級友たちの姿はない。――というか、本当は級たちと共に最後尾にいたのに他の生徒達によって無理矢理最前列に置かれてしまったのだから、そりゃあ級友たちの姿はないもんである。

 

(願わくば、無事に競技が終わりますように……)

 

 心の中で十字を切り、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 そして数秒後、運営委員の『始め!』という合図が響き渡り―――

 

「かぼしゅっ!?」

 

 ―――コーネリアの顔面に無数の玉が直撃した。

 何だ何だ!? と動揺しつつも、生徒達は相手校の様子を探る。――そして、その謎はすぐに解けた。

 まぁ、簡単にぶっちゃけると。

 

 多数の念動使い(テレキネシスト)が無数の玉を全力念力投球☆

 

 ……なんかもう、玉に荊を生やして妨害とか、端から関係が無かったようです。

 開始早々に顔面に直撃を受けたコーネリアはサンドバックのように宙を舞い、何の抵抗もすることも無く地面に背中から崩れ落ちた。その途中に発生した砂埃が晴れた時には彼の瞳は瞼の向こう側――つまりは白目を剥いていて、考えるまでも無く彼の意識はフェードアウトしてしまっていた。

 

『………………………………………………』

 

 妨害の要が倒れ、唯一の作戦が失敗した。

 そんな現実を受け止める事が出来た時には時既に遅く、圧倒的大差をつけられ、とある高校は近年稀に見る大敗を喫してしまっていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「いたたたた……あーくそ、二千人強からの制裁は流石に堪えた……」

 

 身体のあちらこちらに傷を抱えたコーネリアは公園のベンチに腰を下ろし、痛む体に顔を顰めていた。

 玉入れの後、競技開始早々に意識共々離脱してしまったコーネリアに対し、とある高校の生徒達は見事なアルカイックスマイルと共に思い思いの右ストレートを叩き込んできた。それは男子とか女子とか、そういう括りは取っ払われた状態での制裁で、男子生徒と女子生徒を合わせた二千人強からの渾身のボディブローにコーネリアは為す術もなく屈してしまっていた。魔術師対策にと日頃から体を鍛えてて良かったな……、とコーネリアはしみじみと涙を流す。

 時刻としては既に三時を回っていて、しかもコーネリアが参加する今日の分の競技は先ほどの玉入れで終了している。

 つまり、半端なく暇なのだ。

 それはもう、空を飛び交う鳥類をぼんやりとした目で観察してしまう程には。

 

「ああ、平和って素晴らしい……」

 

 その一言から零れ出る感慨は尋常ではない。特に七月後半―――神裂火織と出会ってからのトラブルの数はちょっと常識を軽く外れていた。しかもその全てが魔術師関連である。これはもう神裂云々というよりもあの怖い方の実妹こそが大きく関係しているようでならない。

 しかし、不思議と、以前よりは嫌悪感を持っていない。

 こんな生活も悪くはないかな、とまで思ってしまっているぐらいだ。

 トラブルに慣れるってのも考え物だな――美少女のような顔に苦笑を張り付け、コーネリアは頬を掻く。

 と。

 鳩や鴉、それに雀などをぼんやりと観察していたコーネリアの耳に、男女の言い争いの声が聞こえてきた。

 

「いい加減にしてくれないかしら? 私は何も悪い事はしていないわ!」

 

「テメェはそう思ってるかもしれないけど、事実、俺達に通報が来てるんだよ!」

 

「今はそういうご時世だから通報が来ただけの話でしょう? 私はただ、小学生の男の子に声を掛けただけ。これのどこが罪に問われるというのかしら!?」

 

「事実、その小学生が俺達に通報したんだという現実がここにはある訳だけど?」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「馬鹿はテメェだろうがッ!?」

 

 なんだなんだ痴話喧嘩は他所でやってくれよ殺したくなるから、と寂しい独り身のイギリス人は妙に日本人染みた思考を浮かべる。いや、別に寂しい訳ではない。男一人の生活もなかなか良いものである。……別に強がってなんかない。

 五月蠅くなってきたから移動しようかな。痛む体に鞭を打ち、ベンチからゆっくりと腰を上げる。この後にまだ競技が控えていたならもう少し手加減してもらえたのかもしれんけど、と既に遅い期待に胸を馳せるコーネリア。

 そんな時の事だった。

 先程から痴話喧嘩(?)を繰り広げていた男女の内、サラシの上にブレザーを着たおさげの髪の少女が「あーもー!」と子供のように声を上げ、白のカッターシャツの右袖に緑の腕章を付けた黒髪の少年に向かって必死な形相でこう言ったのだ。

 

「私はただ、男子小学生に半ズボンの素晴らしさを熱く語っていただけなのよ!?」

 

 走った。

 それはもう、トラブルの香りが凄かったから全力で公園から逃げ出しました。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial20 風紀委員

「ま、まさか、こんな時期にあのショタコンテレポーターと遭遇しそうになるとは……」

 

 トラブルの香りがすると同時に持ち前の逃げ足を駆使して公園から飛び出したコーネリア。とにかく目につかないように距離を取らなければと一心不乱に走ったせいか、気付いた時には第七学区のとある場所にある歩道橋の上にまで辿り着いていた。

 あー、つっかれたー……、と呟きながら、コーネリアはぐぐーっと背伸びをする。今のような何気ない動作が美少女顔のせいで妙に可愛く見えてしまうというのだから、やはり顔というのは重要なステータスだと改めて思い知らされる。まぁ、コーネリア個人としてはもう少し男らしい顔立ちを望んでいる訳なのだが。

 それにしても、先程の会話は随分と度肝を抜かれる内容だった。あのサラシ女――大能力者の『座標移動(ムーブポイント)』として有名な結漂淡希(むすじめあわき)がショタコンだというのは原作知識で知ってはいたが、まさかあそこまでガチのショタコンだというのは流石に――というか、普通に予想外だった。同じ空間跳躍系能力者である白井黒子(しらいくろこ)や暗部組織『メンバー』の査楽(さらく)なんかも結構な趣味を持っているし、もしかしたらこの街の空間跳躍系能力者には『変態でなければならない』という制約が課せられているのかもしれない。

 はぁ、と溜息を吐き、コーネリアは何気なく歩道橋の下を見下ろす。そこでは今まさに借り物競争が行われていて、『リンゴを持ってる方はいませんかーっ?』とか『そこのスーツの人ぉー! 我々の勝利のために物理的に一肌脱いではくれませんかーっ!?』などの叫び声を上げる学生の姿がちらほらと確認できていた。

 借り物競争は運次第だからなぁ。既に参加し終えた競技を前にコーネリアは苦笑を浮かべ――そして、自身の借り物競争もいろんな意味で辛かった事を思い出し、ずーんと暗い空気に襲われてしまっていた。

 

「…………もうやる事もねえし、家の掃除でもしに帰ろうかな」

 

 どうせレイヴィニアたちはホテルじゃなくて俺ン家に泊まるだろうしなぁ、と学園都市の何処かにいるであろう凶悪な妹と小動物系な妹を想像しつつ、コーネリアは面倒くさそうに頭を掻いた。……あ、それとマークさんも。

 とりあえず変な怒られ方をされないレベルで綺麗にするかな。これからの方針をある程度固めたコーネリアはズボンのポケットに両手を入れて足を踏み出し、

 

「ちょっとそこの美人な外国人さん! あたしのゴールのために協力してください!」

 

「え? ちょ――ぐべぇっ!?」

 

 どこからともなく表れた黒髪長髪の女子中学生に襟首を掴まれて引き回しの刑に処されたのだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 幻海天海(げんかいあまみ)は風紀委員活動第一六八支部に所属している風紀委員(ジャッジメント)である。仕事の態度は至って勤勉で、正義感も高い事から、先輩や後輩問わずにかなーり頼りにされている。あまりに頼られているものだから大覇星祭期間中である今も風紀委員としての仕事を押し付けられ――もとい全うする羽目になっているが、しかし、別に好きでやっている事なので不満や文句がある訳ではない。

 つまり、幻海天海は根っからの生真面目野郎なのである。

 

「事実、俺は別に人の趣味嗜好にケチをつけるつもりはないけどさ……」

 

 長点上機学園指定の夏服の袖に緑色の腕章を装着している天海は大きく肩を落としながら溜息を吐き、目の前で「何で私が風紀委員なんかに捕まらなくちゃならないのよ」という表情を全力でアピールしているサラシinブレザー女に目元をひくひくさせながら説教を垂れる。

 

「それが他人に害を為すレベルまで進化しちゃいけないと思うんだよ。いや、確かによくある事案ではあるよ? 『小さな女の子が好きだからつい話しかけた』だとか、『美少女が好きすぎてナンパした』だとか、そういう事案。でも事実、そのほとんどが他人にとっては迷惑な事なんだよ。テメェはそれを分かってる? ちゃんと理解できてるの?」

 

「その説教に対する私の答えを提示するのなら、私は何も悪くない、の一点張りよ。通報された? 迷惑が掛かってる? そんなの、私以外の誰かが勝手に判断した結果に過ぎないわ」

 

「他人が判断した時点で迷惑行為だっつってんだよ」

 

「私とあの男の子の間の問題なのだから、他人に口を出してほしくはないわね」

 

「事実、その男子小学生が俺達に通報したんだって何度言ったら……」

 

 駄目だコイツ、話にならない。

 今は学園都市二大行事の一つ『大覇星祭』の期間中だが、先程も言った通り、天海は別に無理やり仕事をやらされている訳ではない。風紀委員というものはあくまでもボランティアではあるものの、学園都市の治安維持活動の一端を担うという仕事自体にはやりがいを感じることができる大事な職務である。

 だが。

 そんな仕事の一環で、こんなどうしようもない変態と口論をしなければならないと思うと、今すぐ転職しようかなぐらいの事は考えてしまう訳である。まぁ別に、学生だから転職よりも辞職すれば良いだけの話なのだが。

 しかしまぁ、道を踏み外してしまった者を更生させるのも風紀委員としての役目。少しばかり職務内容を越えてしまっている気がしないでもないが、誰にも見られていないのだから大した問題ではないだろう。要は穏便にこの場を収めれば良いだけの話なのだ。

 おさげと巨乳が特徴的な――それよりも大胆すぎる服装の方が特徴ではある――高校生ぐらいの少女に呆れたような視線を向け、天海は心に語り掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「いいか? 事実、世間というものはテメェが思っているよりも厳しく理不尽なものなんだ。あれは駄目これは駄目、それは普通じゃない適当じゃない――そんな指摘が溢れかえっているのが当然な世界なんだ。まだ俺も若いからテメェに偉そうに言えた立場じゃないけど、事実、これだけはテメェに言えるとは思ってる」

 

「…………」

 

「テメェを想ってくれてる人の為にも、もう少し自分を抑制する事を覚えた方が良い。事実、テメェが酷い目にあったとして、悲しんでくれる人がいるだろう? その人の為にも、テメェは常人を目指して自分自身を抑制していく必要があるんだ」

 

 分かったか? と視線で問う天海。

 サラシ女は数秒程沈黙し、「うー……」と腕を組んで唸り、頭をガシガシと掻いて複雑な表情で天海にこう言った。

 

「貴方、もしかしなくても説教臭いとか良く言われない?」

 

「テメェ喧嘩売ってんだろ」

 

「喧嘩を売るも何も、私は正直な意見を言っただけなのだけど……」

 

 そう言って、サラシ女は首を傾げる。

 

「だから事実、少しは自分を抑制しろってさっき言ったばっかりだろうがッ!? なんでそう数秒足らずで天邪鬼みたいな真似をするかなぁ!」

 

「ごめんなさい。私、意外と不器用なの」

 

「知らないよ!? そんな可愛い子ぶって言い訳されても知らないよ!? テメェが俺に与えた心の傷はそう簡単には消えねえんだよ!」

 

「ごめんなさい。私、意外と毒舌なの」

 

「謝りながら弁解すれば何でも許されると思ってんじゃねえよな!? 事実、今の俺はテメェへのヘイトがぐんぐん蓄積されていってんだよ!」

 

「……貴方、もしかしなくても気が短いって良く言われない?」

 

「もぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 牡牛のような叫び声を上げながら、天海はガシガシガシーッと頭を掻く。

 そしてそれが彼の我慢の限界だったようで、不思議そうな顔を浮かべているサラシ女の手に懐から取り出した手錠をかけ、もう片方の輪っかを自分の手首に通してしまった。

 

「とりあえず、テメェを更生させるためにちょっと支部まで来てもらうから」

 

「そんな!? これから体操着姿の男の子たちを写真に収めようと思っていたのに!」

 

「それじゃあ尚更テメェを拘束しておく必要があるわボケ!」

 

 「ほら、さっさと行くぞ!」「くっ……能力抑制手錠なんて卑怯よ!」「あーはいはいそうですねー!」ぎゃーぎゃーわーわーと暴れ喚くサラシ女を引きずりながら、苦労人の風紀委員は学園都市の男の子たちを守るために自分の時間を犠牲にする。

 

 




 天海君は立場としては裏主人公的なアレです。……まぁ、出番はあまり多くはないと思いますが。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial21 特別賞

 柵川中学の体操服を身に纏った長い黒髪の少女に引きずり回された後、コーネリア=バードウェイは満身創痍で公園のベンチの上に崩れ落ちていた。いつもは無造作な金髪は力なく萎れていて、金髪に良く似合う碧眼には光が微塵も灯っていない。無理やり犯されたヒロインの様な目だと言える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………もうやだ、動きたくねぇぇぇぇぇぇぇ……」

 

 ベンチの冷たさを頬で感じながら、溜め息交じりに呟きを漏らす。ここで『ママ、あの人ナニー?』『しっ! 見ちゃいけません!』という一般人からのありがたいお言葉が来るお決まりの展開が最も望ましいのだが、残念、今は既に夜であるため、親子連れはおろか、小学生の姿すら確認できない。今はちょうどナイトパレードの時間なので外に入るのかもしれないが、少なくとも、こんな人気のない公園に小学生が来ることはまずないだろう。というか、そんな小学生がいたら迷わず風紀委員に通報するが。

 競技から解放されてから何時間も生きる屍と化していたコーネリアはベンチに寝転がったまま空を見上げ、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。スマートフォン型の携帯電話の電源を入れると、その液晶画面には『19:05』という時刻表示が。そろそろ家に帰らないとレイヴィニアが怒るだろうなぁ――身体に溜まった疲れを二酸化炭素と共に吐き出しつつも、コーネリアはベンチから体を起こそうとはしなかった。

 ぶっちゃけ、ここから動きたくない。

 叶うのならば、この状態のまま明日を迎えたい。

 しかし、この街においてその行為が不可能な事であるという事を、コーネリアは重々承知している。完全下校時刻は既に過ぎているので風紀委員は来ないにしても、夜間パトロールで公園を訪れた警備員がコーネリアを発見して詰所まで連行するという可能性は極めて高い。はっきり言って、九割方はそうなるだろう。

 故に、ここは自分に喝を入れ、地を這ってでも家に帰る必要がある。――たとえ、鬼のような妹と天使のような妹(それと被害者も一名)が待っていようとも、だ。

 

「…………とりあえず、今日の晩飯はマークさんに作ってもらおう」

 

 今日だけは勘弁してください、と今頃レイヴィニアにいびられているであろう黒服の青年に頭を下げるコーネリア。……今何処かから『俺の負担が増えてんじゃねぇか!』という叫びが聞こえてきた気がするが、きっと気のせいなので華麗にスルー。

 ベンチの肘掛けに手を置き、体重を掛けながらゆっくりと立ち上がる。

 そしてふらふらと左右に揺れながら一歩踏み出し――

 

「いつまで待たせてんだこの愚兄ぃいいいいいいいいいいいッ!!!」

 

「ぶぎゅるぐわっぱぁあああああっ!?」

 

 ――白い悪魔の飛び蹴りにより、コーネリアは宙を舞った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局の所、祭りは何事もなく終了した。

 上条当麻は何度も死にかけて、御坂美琴は学園都市を滅ぼしかけて、食蜂操祈は親友を救って、削板軍覇はいつも通りに巻き込まれた――しかし、コーネリア=バードウェイの大覇星祭はいつも通りに何事も無く、恙なく終わりを迎えた。

 一日目に借り物競争で常盤台中学を制したが、彼の高校が上位に食い込むことはなく。

 魔術サイドの問題児とさえ言われているレイヴィニア=バードウェイには毎日のように殴り飛ばされていたが、特に何かしらの騒動が起きる訳でもなく。

 ただ、普通に現実的に常識的に。

 コーネリア=バードウェイの大覇星祭は彼に楽しさと苦労だけを与えたが、しかし、苦しさと感動だけを持ち去ってしまっていた。

 しかし。

 そう、しかし、である。

 彼の大覇星祭は終わったが、彼の物語は終わらない。

 逆に。

 コーネリア=バードウェイの物語はこれからだった。

 大覇星祭最終日。

 第七学区の、とある抽選会場にて。

 

「おっめでとうごっざいまぁーっす! 大覇星祭最終日恒例来場者ナンバーズ! あなたの指定した数字が『最も正解から遠い不正解』だったため、なんと! 特別賞が与えられまぁーっす! よっ! この不幸野郎! 持ってけドロボー!」

 

「…………………………………………………………………………んんっ!?」

 

 訳が分からなかった。

 訳が分からなかったが、霧ヶ丘女学院の制服を身に纏った女子高生から渡された商品は、何故か無意識に受け取ってしまっていた。

 「次の方どうぞー!」抽選会場の受付の少女の声を背中に受けながら、コーネリアは近くのベンチに腰を下ろす。とりあえずは頭の中を整理したい。喜ぶ(?)のはその後からでも大丈夫だろう。

 ガシガシと無造作な金髪を掻き、金髪に良く似合う碧眼を細め、女性寄りだがあくまでも中性的な顔を顰める。百七十センチには届かなかった小柄な体躯を背凭れに寄りかからせ、恒例の『魔術師からの逃亡大会』によって程良く鍛えられた肉体の力をこれでもかという程にリラックスさせる。

 そして、彼は見る。

 先程渡された大きな封筒にデカデカと書かれた、これでもかという程に主張の激しい文章を。

 

『特別賞

 三泊四日、イタリア、ヴェネツィアの旅(ペア)』

 

「………………………………………………え゛」

 

 再び、コーネリアの頭がショートした。

 特別賞に当選した――それはまだ分かる。何故に特別賞というものが存在するのかは知らんが、とにかく、その現実は受け入れた。だから大丈夫、問題ない。

 だが。

 何故、その特別賞がよりにもよって『ヴェネツィア行き』なのかッッ!?

 

(ふ、ふざけんなよ……イタリア旅行は一等に当選した上条当麻のものだろうがよ……ッ!?)

 

 別に――イタリア旅行が悪い――そんな事を言いたい訳ではない。イタリアが悪い所ではないという事は重々承知しているし、世界的にも大人気の観光地であることも理解している。ローマ正教とかいう頭のイカレた連中の巣窟ではあるものの、基本的には頭の隅に置いておいていい情報である。

 問題なのは、場所ではない。

 問題なのは、時期なのだ。

 この時期――大覇星祭最終日以降の事だ。上条当麻という不幸な少年は来場者ナンバーズの一等に当選し、インデックスという少女と共にイタリアのヴェネツィアへと旅立つ。そして少しの観光の後に『女王艦隊』と呼ばれるローマ正教の大艦隊に関わり、ビアージオ=ブゾーニという魔術師を撃破する。

 それが、これからヴェネツィアで起きる騒動の概要である。

 その事を知識として所有しているからこそ、コーネリアはこの特別賞を素直に喜べないでいるのだ。

 

(どうする? 他の奴に売り捌いて学園都市に篭るか? ……いや駄目だ。それだと他の学生が何かしらの形で巻き込まれちまう可能性がある。最悪の場合、魔術に関わっちまうかもしんねえ)

 

 それだけは何としてでも避けなければ。魔術とは縁も所縁もない学園都市の学生達を無駄な騒動に関わらせる訳にはいかない。……まぁ、自分の命の方が大事ではあるのだが。

 自分と上条当麻、それと土御門元春以外の学生が魔術に関わる必要はない。そんな考えを持つコーネリアは自分の命至上主義であると共に、他者を魔術サイドの騒動に巻き込むことを無意識に避ける性質を持っているのだ。

 とりあえず、このイタリア行きの切符は自分が何とかするしかないだろう。破り捨てる、という案が最も良いと思うのだが、他にイタリアに行きたがっていた学生がいるんだろうなぁと思うとなんというか、こう……良心が痛む。

 故に、このチケットを捨てるのは論外。

 故に、別の策を講じる必要がある。

 

(あーもー……もう腹ァ括るしかねえのかなぁ)

 

 腹を括って、巻き込まれる事前提でヴェネツィアに行く。

 しかし、何らかの怪我を負って病院に搬送されたら学園都市に強制送還されてしまうので、最後にはこっそりトンズラする。

 もはやこれしか策はないだろう。他に妙案があるというのなら、誰でもいい、すぐにでも念話か何かで俺に教えてくれ。

 さて、とりあえずの方向性は定まった。

 定まったのだが、しかし、一つだけどうしても決めておかなくてはならない事がある。

 それは――

 

「イタリアかぁ……ペアチケットだから、誰かしらを誘わなきゃなんだろうけど……」

 

 他の学生を魔術に関わらせない。そう誓った以上、知り合いの学生を旅行の相方として起用する訳にはいかない。それでは一人で行くか? と言われると、せっかくのペアチケットなのだからペアで使わないともったいないと思ってしまう。今は魔術結社のボスの兄という極めてリッチな立場にいるコーネリアだが、前世では比較的貧乏な学生であったため、こういう時に『もったいない精神』が無駄に存在を主張し始めてしまうのだ。

 さて、どうする?

 この危険度Aランクの旅に、一体誰を連れて行く?

 ―――そんな思考を働かせていた、まさにその時の事だった。

 ズボンのポケットからの、突然の音楽。

 それは彼の携帯電話が音源であり、周囲の視線を集めつつも、コーネリアはすぐに携帯電話を取り出して液晶画面を見る事も無く電話に出る事にした。

 

「はい。コーネリアですけどー」

 

『お久しぶりですね、コーネリア=バードウェイ。「御使堕し」以来でしょうか』

 

「??? えーっと、どちら様、ですかね……?」

 

『ああん!? な、何を言っているんですか? 神裂ですよ、神裂火織! 忘れたとは言わせませ――』

 

 ブツンッ!

 チャララララーッ!

 

『な・ん・で・切・る・の・で・す・か!?』

 

「い、いや、すまん。つい、思わず……」

 

『思わずで通話を切断するアホがいますか! まだ私は前口上と名前しか言ってません!』

 

「声がちょっと違う感じがしたんだけどなぁ……単に電波が悪いだけなんかな?」

 

『学園都市内で電波が悪いエリアなどほとんどないと聞いていますが?』

 

「分かった、少し話し合おうぜ神裂さん。その声の裏に潜んでいる怒りを抑える為にも!」

 

 流石に本気で人違いを疑ってしまったのは不味かったか。国際通話で音声機能に少しバグが出てしまっただけなんだろうが、そのせいで天下の聖人サマの怒りを買ってしまったのは想定外すぎた。これはすぐにでも機嫌を直させなくてはなるまい。例えば、料理を奢るとか。

 ……ん? 料理を、奢る?

 

「そういえばさ、神裂」

 

『なんですか? せっかくこちらから電話をしたというのにあろうことか人違いを疑いやがった挙句に通話をブチ切りしやがった愚か者へのお仕置きを考えるので忙しいのですが』

 

「だからさっき謝ったじゃねえか! そんな小さい事をいつまでも引き摺ってると皺が増えんぞ!? ただでさえ年より多く見られがちなんだからさぁ!」

 

『ぶち殺しますよ!? 私はまだ十八歳だッ!?』

 

「知っとるわ!」

 

 いかん。さっきから口を開けば開く程、墓穴を掘ってしまっている気がする。

 

「とりあえず今度土下座でも何でもしてやるからさ、今はとにかく俺の話を聞いてくれ」

 

『……分かりました。この怒りは土御門にでもぶつける事にしましょう』

 

 さらば土御門。お前の事は明日までは忘れない。

 

『それで? 私に話とは?』

 

「個人的にはお前が何で俺に電話を掛けてきたのかが気になるけど、とりあえずは聞いてほしい」

 

 そう言って、コーネリアは一拍置く。

 そして視線を泳がせながら、電話の向こうにいる神裂に上ずった声でこう言った。

 

「お、俺と一緒にイタリアに旅行にでも行かねえか?」

 

『………………………………………………え、デートの誘い!?』

 

 違ぇわバカ。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial22 主人公の与り知らぬ所で

 今回は後半にオリキャラが数人登場しますが、まぁ物語はあんまり関与しないと思うので、かるーくスルーしてくださって構いません。


 九月二十五日。

 コーネリア=バードウェイからイタリア旅行に誘われた。

 しかも、まさかの二人きりでの旅行である。

 そんな突然の――あまりにも想定外で予想外すぎる誘いに混乱と動揺を併発させた神裂火織は三泊四日分の荷物をまとめた後、迷う事無くイギリスのとある空港へと全力疾走。イギリス清教が学園都市から譲渡された高速旅客機(この二日後ぐらいに上条とインデックスが搭乗するであろう超音速旅客機に非ず)で数時間足らずで学園都市へと移動した彼女はキャリーケースと七天七刀を抱えたまま、コーネリア――ではなく、土御門元春の部屋へと上がり込んでいた。

 大覇星祭最終日ではあるが自分の競技は既に終了しているので部屋で漫画を読み耽っていた――そんな感じの休みを過ごしていた土御門は神裂(ねーちん)の突然の登場に驚愕するも、しかし、これはただ事じゃないし弄り甲斐がありそうな展開かも! と悪戯っ子精神を爆発させ、神裂を歓迎する事にした。

 

「おぉっ、これはこれは、ねーちんじゃないかにゃー! え、なに、ついに学園都市に引っ越す事にしたの?」

 

「違います! これにはその、深い理由がありまして……」

 

 ニヤニヤ笑顔がとりあえずムカつくが、内に燻る怒りを抑えつけて神裂は土御門に学園都市へとやって来た理由を説明開始。コーネリアからイタリア旅行に誘われ、ペアチケットを使うために学園都市に一旦来てほしい。そんな言葉をコーネリアから言われたのだと、神裂は身振り手振りを加えながら懇切丁寧に土御門に説明した。

 マシンガンの様に放たれた説明言語に気圧されるが、しかし、土御門は持ち前の冷静な頭脳でこれを完璧に理解。つまりはねーちんがコーネリアにデートに誘われたんだろう? と数秒足らずで把握した。

 そして、把握の次は彼女を弄るターン。

 サングラスの下で目を歪め、ニヤニヤと緩んだ口に手を当てながら土御門は「ぷぷーっ!」とワザとらしく噴き出した。

 

「ついにこの日が来たって事かにゃー? あの堅物ねーちんが、ついに同年代の異性と二人きりで旅行とは……しかもイタリア! 水の都・ヴェネツィア! テンションが上がっちまった二人は月夜の下の海を眺めながら、そっと口づけを交わす……うん、ねーちん大胆!」

 

「私がコーネリアを口説き落とす前提で話を進めないでください! なんですか、どいつもこいつも私とコーネリアをくっつけようとしやがって……ッ!?」

 

「でもさでもさ。コーネリア以外の奴から誘われたとしたら、ねーちん、首を縦には振らなかったんじゃないかにゃー?」

 

「うぐ」

 

「コーネリアから誘われたからこそイギリスから直送便で学園都市(こっち)まで来たんじゃないのかにゃー?」

 

「っ……」

 

「おや? おやおやおや? 顔が赤いですよねーちん?」

 

「あ、赤くなどなっていません! 口から出任せも大概にしなさい、土御門!」

 

 否定はしているが顔は紅蓮に染まってしまっている神裂火織。赤い顔と怒号が合わさって彼女が本気でキレているように見えるが、残念。これは照れやすいという彼女の特別な性質が引き起こした状態である。故に、神裂火織はまだキレてはいない。まだ口調も乱暴じゃないし。

 土御門は手に持っていた漫画をベッドの上に放り投げ、

 

「ま、これは予測に過ぎないが……あの不遇先輩の事だ。ねーちんという護衛(ガイド)をつけて安心安全な空の旅をしたいってだけなんだろうけどなー」

 

「……それは重々承知しています。あの少年が素直な気持ちで私を誘ったという訳ではない事ぐらい、重々承知してるんです」

 

 そう言って、しゅん……と傍から見ても分かる程に落ち込む神裂さん。人の言葉を否定する割にはコーネリアからの好意が欲しいとか思っちゃってんじゃん、と思わず口にしそうになるが、流石にこの一線を超えると七天七刀を抜き放たれそうなので土御門はそっと口を噤むことにした。

 七天七刀と膝を抱いて部屋の隅で縮こまるイギリス清教の聖人に、多角スパイの少年は「はぁぁ」と溜め息を吐く。あの先輩も大概だが、この聖人も大概だ。互いの好意が空回りしている。空回りしまくって全く噛み合っていない。なんだこれ、背中がムズムズする。

 擦れ違う想い――そんなどこぞの恋愛小説にでも出てきそうなキャッチコピーが最適そうなコーネリアと神裂。これはやはりお互い共通の知り合いであるオレが立ち上がらなくてはならないのかにゃー? と土御門は面倒臭そうに眉を顰める。基本的に義妹にしか甘くない土御門は、義妹以外の人間に尽くす事を本気で面倒臭がる傾向にあるのだ。

 ま、面白そうだからいいか。相変わらずの快楽主義者っぷりを発動させた土御門は露骨に落ち込んでいる神裂にこう言った。

 

「別に、今は護衛としての関係でもいいんじゃないかってオレは思うぜい?」

 

「……それは、どういう意味ですか?」

 

 いや別に、それ以上の関係を望んでいる訳じゃないのですが――最後に付け加えられたそんな言葉を土御門は華麗にスルーする。

 

「護衛に選ばれるって事は、ねーちんの事を信用してるって事だ。あのコーネリア=バードウェイが信用できない奴を護衛に就ける訳がない。一応はレイヴィニア=バードウェイが奴の周囲に数人の護衛を付けているようだが、コーネリアとしてはその護衛も完全には信用できてはいないんだろう。だからあいつは、心の底から信用できる実力者――つまりはねーちん、お前を指名したって事だ」

 

 まぁ、これも口から出任せだがな。

 出任せではあるが、あながち外れてはいないと思う。

 さてさてねーちん。お前はここからどう切り返す? あの何を考えているのかが分かり易すぎる故に頭の中が理解できないレイヴィニア家の長男に、イギリス清教最強の聖人サマはどういう返しを見せるんだ?

 サングラスの下で密かに目を細める土御門。

 そんな彼の視線の先で、神裂は、神裂火織は、「…………」と数秒間ほど沈黙し、

 

「……そう、ですね。私はどうやらネガティブになりすぎていたようです。あの少年から護衛として選出された。それだけで大きな一歩であると、私はそう判断しなければならなかった」

 

 漏れてる漏れてる。内の気持ちが零れ出ている。……しかし、あえて指摘しない。こっそり録音はしているが、ここで指摘する事はしない。お楽しみは後まで取っておかなくては。

 神裂は七天七刀とキャリーケースを掴み、その場に立ち上がる。

 そしてそのまま玄関に行き、ウエスタンブーツを履きながら土御門にこう言った。

 

「感謝します、土御門。誠に遺憾ではありますが、珍しくあなたから喝を入れられました」

 

「ま、貸しだと思ってくれれば助かるぜい。――で、これからどこに行くのかにゃー? どっかで宿を取るとか? なんならこのまま明日まで泊まっていってもいいぞ?」

 

「いえ、その必要はありません」

 

 荷物を掴み、扉を開き、神裂は後ろを振り返る。

 長いポニーテールを揺らしながら、神裂火織は付き物が落ちたような笑顔で土御門にこう言った。

 

「隣の部屋に、ちょうど良い宿がありますので」

 

 さらば不遇先輩。お前の犠牲は無駄にしない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアが神裂火織をイタリア旅行に誘った。

 そんな情報を黒服の部下(コーネリアの護衛の一人)から仕入れた魔術結社『明け色の陽射し』のボスであるレイヴィニア=バードウェイはイギリスのランベス区にあるアパートメントで大いに怒り狂っていた。

 

「ふざけるなぁあああああああああああっ! なんで! よりにもよって! イタリアへの相方が! イギリス清教の聖人なんだぁあああああああああああっ!?」

 

「相変わらず無自覚にラブラブな様ですねぇ。ずずずー」

 

「暢気に茶を啜っている場合か、マーク! これは由々しき事態だ。すぐに私もイタリアへの準備をしなくては……っ!」

 

「朝っぱらからなにバカな事を言ってんですかボス。そういうのを出刃亀って言うんですよ。ここは大人しく傍観者を気取ってください。大人らしく」

 

「私はまだ十二歳だから大人らしく振舞う必要などない! だから私はイタリアでコーネリアに全力で甘えてやるのだ! 子供らしくッッ!」

 

「子供なのに大人しく兄に好意を向けているパトリシア嬢を少しは見習った方が良いのでは?」

 

「あいつは裏に想いをひた隠しにしているヤンデレ気質だからな。想いが表にはあまり出てこないんだよ」

 

 まぁ確かに、パトリシア嬢はヤンデレの素質がありそうだよなぁ。目のハイライトが消えた状態で包丁を構える姿が容易に想像できる。

 その点、この五月蠅い幼女はヤンデレよりもツンデレの素質ありだな。それもデレよりもツンが大幅にデカい最悪なパターンのツンデレだ。

 

「とにかく! 私は行くぞ、イタリアに! 何が何でもあの聖人の暴挙を止めてやる!」

 

「何ふざけた事言ってんですか。明日から我々にはブラジルに行って魔術結社を一つ潰す予定が入っているという事をお忘れですか? 私を始めとした部下だけではちと厳しい相手だから、ボスも一緒に来るとつい昨日言ったばかりじゃあないですか」

 

「じゃあ訂正する。お前らだけで行って来い!」

 

「認められるかそんな横暴!」

 

 結局その後、苦労人マークの全力の抗議によってレイヴィニアのイタリア行きは中止されることになるのだが、その事実をコーネリアが知る由はない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 レイヴィニアが部下からの説得を受けていて、コーネリアが幕末剣客ロマン女に部屋の扉を蹴り破られている頃、学園都市にて。

 風紀委員活動第一六八支部はアツく燃えていた。

 

「第一回! 天海ちゃんの本命が誰なのかを当てようぜ選手権~♪」

 

『いぇーい!』

 

「………………」

 

 この人たちは何を言っているんだろう。

 学園都市一真面目な風紀委員の通称を持つ黒髪の少年・幻海天海は引き攣った――というよりもドン引きの表情を浮かべながら、キーボードを叩いていた両手の動きをぴたりと制止させていた。

 その原因は、部屋の中央にあるテーブルとソファを陣取っている女性陣。巨乳ツインテールの先輩(霧ヶ丘女学院の制服を装着)やら小柄な貧乳の後輩(長点上機学園の女子用制服を装着))やら、その他数人の少女たちが変に盛り上がっていたからである。因みに追加情報だが、この第一六八支部には天海の他に男性はいない。都市伝説の一つ『ハーレム支部』こそが、この第一六八支部なのだ。

 都市伝説になるぐらいに美少女がいっぱいです――というキャッチコピーが売りである第一六八支部の実質ナンバー2である天海は「はぁぁ」と露骨に溜め息を吐く。

 

(今から長点上機周辺についての報告書をまとめなきゃならないのに……事実、この状況じゃ厳しいかなぁ?)

 

 学園内の図書館にでも移動しようか。いやいや、ここでしか監視カメラの映像とかは確認できないから無理だろう。真面目ゆえに融通が利かない天海は結局、移動することもせず、手の届く位置にあった電気ポットからコップに麦茶を注ぎ始める。

 そんな彼から数メートルほど離れた位置の休憩エリアにて。

 短髪巨乳の霧ヶ丘女学院生・立神葭葉(たてがみよしは)は豊満な胸を揺らしながら、すらりと長い両手を広げる。

 

「未だに判然としない天海ちゃんの本命。本日はその本命ちゃんを私たちで当てちゃおうって感じの選手権よ!」

 

「はいはいはーい! 天海先輩の本命は普通にこのあたしだと思いますです!」

 

「自意識過剰な貧乳ちゃんはちょっとばかり黙っててほしい感じよー?」

 

「貧乳じゃないです百木田艶美(からきたえんび)です!」

 

 アホ毛が付属された長い茶髪と貧乳が特徴の長点上機学園所属の少女は片手を上げながら声を荒げるが、葭葉はこれを華麗にスルー。

 さっさと終わってくれないかな仕事したいんだけどー? とジト目を浮かべる天海を完全蚊帳の外まで追いやり、葭葉は紅茶を啜って言葉を続ける。

 

「私としては天海ちゃんのタイプって包容力のある女性な感じがするのよねー。そこんとこどうなのよ、天海ちゃん!」

 

「蚊帳の外じゃなかったのかよ……えーっと、そうですね。事実、俺は女性にとって包容力は大切だとは思っています」

 

「ほぅら見なさい! 私の見立てに狂いはないって感じよ!」

 

「そんなの誰でも予想できると思うっちゃけどねぇ」

 

「……ほーぅ? 天神(あまがみ)ちゃん、随分と余裕綽々って感じねぇ?」

 

 天神と呼ばれた少女――肩の辺りで切り揃えられた黒髪とキャスケットが特徴の少女。因みに胸のサイズは平均並みである――は霧ヶ丘女学院の制服を意味も無く払いながら、葭葉の疑問に答えを提示する。

 

「いや、余裕って訳でもないんやけど……なんかね、あのー、包容力のある女性って言うのがね、そこら辺におる男性の好みのタイプとそう変わらんっちゃね? って話なんよ」

 

「つまり、私の予想は別に鋭かったって感じじゃない、と? 天神ちゃんはそう言いたいのね?」

 

「ま、そういう感じかなぁ。まぁ別に、だからってウチが鋭い考察を述べられるかって聞かれると、そうでもないっちゃけどねー」

 

「相変わらず普通に古都(こみや)先輩はケチをつけるのが上手いです」

 

「おうコラ喧嘩売っとうとや? 買うぞコラ!」

 

 後輩と同級生の睨み合いに、天海は疲れたように溜め息を吐く。

 

「分かったです! ここはとりあえず、天海先輩の好みのタイプを全力で聞き出す方面に普通にシフトした方が良さそうです!」

 

「良い考えって感じね艶美ちゃん! そら天神ちゃん、あなたの能力『遠隔操作(ワイヤレス)』で天海ちゃんを操作してあげなさい!」

 

「無理無理無理! ウチの能力は生物以外にしか効果が無いっちゃん!」

 

「ええい、まさに役立たずって感じね!」

 

「良いから少しは黙れよテメェらァアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 第十八学区のとある場所にある、第一六八支部。

 無意識に騒動を引き起こす主人公が紡ぐ物語の裏で、騒動も何もない平和な日常を彼らは誰よりも騒がしく過ごしている。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial23 着せ替え人形

 二話連続投稿です。
 ちょっとスランプというか、いつもより地の文が上手くいっていない気がします。違和感があるというか……まぁ、よく分からんレベルで違和感があるという感じですが、物語的には納得できる話にはなっていると思います。
 うーみゅ。早くこのスランプ(?)を脱せねば……。

 何か違和感を感じられた方がおりましたら、思ったままを感想欄か何かで伝えてくだされば幸いです。今後の糧にする必要もありますしね……。


 神裂火織が家に来た。

 いや、それは別にいい。二十六日に学園都市に来てくれと伝えていたので、それよりも一日早くこの街に彼女が来てしまっているとしても、それはまぁ受け入れられる現実だ。何の問題もない。

 しかし、だ。

 その神裂火織が明日までの間、この家で寝泊まりするという当たり前の現実に気付けていなかったという悲劇が、どうしようもなく問題ありまくりなのである。

 

「……洗濯物でも取り込みましょうか?」

 

「いやいやいや、神裂は座ってていいから! 何もせんでいいから! 客なんだからお前は部屋でゆっくりしててくれ!」

 

「そ、そうですか。分かりました……」

 

 人の家で何もしないでゆっくりするという行為に慣れていないんだろう。床に正座モードな神裂は不自然に視線を彷徨わせている。因みに、コーネリアが彼女を止めた理由としては、自分の衣服を彼女に見られるのが恥ずかしいという感じだ。特に下着。あれだけは絶対に異性には見られたくはない。

 テレビの電源も着けずにただ沈黙して視線を右往左往させる神裂に、コーネリアはやや引き攣り気味な苦笑を浮かべる。ありとあらゆる借りを恩だと解釈して『恩返しをしなくては!』と暴走してしまう彼女の事を知っているからこそのリアクションである。……そういう所が彼女の魅力であるとは思うのだが。

 とりあえずはやる事も無いので、二人分の麦茶を用意し、コーネリアは神裂とテーブルを挟んで床に腰を下ろす。

 

「ほれ。これでも飲んで少しは気を和らげろよ。さっきから挙動不審で緊張しまくってるのが丸分かりだぞ?」

 

「あ、ありがとうございます。そう、ですね。緊張していたって何かが変わる訳ではありませんし……」

 

 そう言って、少しではあるが肩の力を抜く神裂。しかし正座を崩す事はなく、教科書にでも載ってそうな程に完璧な姿勢で麦茶を啜る美少女の姿はそこにはあった。育ちが良いからなぁ神裂は――自分も大概だというのに、コーネリアは心の中で神裂火織を絶賛する。

 麦茶で喉を潤し、緊張を和らげたおかげか、二人の間にあった堅苦しい空気は霧散した。

 それからはいつもの二人であり、何気ない会話が始まると、数分後にはイタリア旅行についての話題に話がシフトし始めていた。

 

「行き先はヴェネツィアですか……水の都として有名な観光地だと聞いています。『アドリア海の女王』という別称も存在しますね」

 

「俺もいろんな国を訪れた事があっけど、イタリアの、しかもヴェネツィアは初めてなんだよなぁ。ほら、なに? レイヴィニアってあんまりイタリアが好きじゃねえから、そのせいでイタリアは極力敬遠してたって感じなんだよ。ローマ正教もあるし」

 

「確かに、イタリアを訪れるのならばローマ正教の事を頭から外す訳にはいけませんね。必要最低限、自衛が出来る程度には装備を整えていく必要がありそうです」

 

「装備、ねェ……」

 

 俺の装備は能力オンリーだから、何の準備も要らねえんだよなぁ。コーネリアは頬杖を突きながらぽけーっと心の中で呟きを漏らす。

 聖人に対してのみ強大な効果を発揮する『荊棘領域(ローズガーデン)』という能力を内包しているコーネリアは、基本的には武器や防具といった装備を必要としていない。戦闘が必要なときは能力でそれなりに戦えるし、強敵と当たってしまった場合には能力を駆使して全力で逃亡するようにしている。その時に武器なんか持っていたら逃亡の邪魔になってしまう。――故に、コーネリア=バードウェイは分かりやすい武器をなるべくもたないようにしているのだ。

 しかし、魔術師である神裂はそうはいかない。

 七天七刀を始めとし、魔術的意味を持つ衣服や天草式十字凄教特製の鋼糸など、彼女は身軽に見えて実は多くの武器を隠し持っている。だから彼女の必要最低限というのは、コーネリアが考える必要最低限とは比較にならないほどに重装備なのである。

 ――と、そこでコーネリアの頭に一つの疑問が浮かび上がってきた。

 

「なぁ、神裂。一つ聞いてもいいか?」

 

「何ですか?」

 

「今回のイタリア旅行についてなんだが……お前、イタリアにその服装で行く気なんか?」

 

「当然です。魔術師と戦う事を想定している以上、この服を置いて行く訳には行きません」

 

 キリッと表情を引き締めて真面目に返答する神裂さん。

 そんな彼女にジト目を向けながらも、コーネリアは今の彼女の服装をテーブル越しに上から下まで確認する。

 臍の上あたりで裾を縛った白の半袖シャツ(大胆)。

 左脚が股関節の辺りまでばっちり露出してしまっているジーンズ(大胆)。

 全体的にむちっとしたエロすぎる体つき(大胆)。

 

 結論。

 こんな人と一緒に観光なんてしたら凄く周囲から勘違いされてしまう可能性が極めて高いのではありませんか?

 

 これは由々しき事態だ。中身は乙女でも外見は痴女というこの凄まじい程のギャップを持った少女を勘違いの嵐から護る為にも、明日までには彼女の服装を変更させなくてはならない。

 まさに、ミッションインポッシブル。

 しかし、コーネリアは必ずこのミッションを成功させる必要がある。自分の為にも、彼女の為にも……。

 そうと決まれば何とやら。幸い、時刻はまだ六時にもなっていない。これなら完全下校時刻には余裕で間に合うし、今日は大覇星祭最終日なので服飾店などは比較的空いているはずだ。

 (出発は明日だし、チャンスは今しかない!)これからの方針を瞬時に固めたコーネリアはテーブルを叩きながらその場に勢いよく立ち上がり、

 

「よし、神裂。今から服を買いに行こう! お前の服を! 今からすぐに!」

 

「え、あ、はい……え?」

 

 コーネリアの気迫に圧され、思わず了承してしまう聖人の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 セブンスミスト。

 それは第七学区にある服屋であり、学園都市に住んでいるものなら誰でも知っているという程に有名な店でもある。第三位の御坂美琴をして『普通』という評価の服屋ではあるものの、その品揃えたるや学園都市随一と言っても過言ではない。

 基本的には男物よりも女物の服の方が品揃えが良いというのも一つの特徴として挙げられる。それは単純に『女物の服の方が季節による移り変わりが激しいから』という理由であるのだが、まぁそのおかげで女性客が大半を占めているのだからあまり気にするような事ではないだろう。大事なのは売り上げと客層。これ以外は基本的には重視する必要が無い。

 とまぁ、セブンスミストの説明はこれまでとして。

 大覇星祭最終日で客の姿がほとんどないセブンスミストに、コーネリアと神裂は二人っきりでやって来ていた。

 何だ何だこんな日に客なんて珍しいな、と店の奥から姿を現す女性店員さん。せっかくの大覇星祭なのに悪かったかな? とコーネリアは一瞬思うも、彼女たちは学生ではないので基本的には大覇星祭であろうが仕事を全うする立場にある事を思い出し、胸に浮かんだ罪悪感を見せの端へと投げ捨てた。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのような服をお探しですか?」

 

「いや、今日は俺じゃなくて……こいつの服を買いに来たんです」

 

 そう言って、背後の神裂――物珍しそうに店内を見渡している――を親指で指し示すコーネリア。

 「え、と……」全体的に大胆でパンクな装いの神裂に店員さんは一瞬戸惑いを見せるも、すぐに接客モードへと意識を切り替えた。

 

「そちらのお客様の服を買いに来た、と……分かりました分かりました。それで、どういったコンセプトをお考えですか? これから冬服の季節になりますので、こちらのセーターなどがお勧めですが」

 

「それは凄く興味がありますけど、遠慮しときます」

 

 コーネリアは肩を竦める。

 

「俺達、明日からイタリアに旅行に行くんですけど、こいつ、旅行に向いてる服を持ってなくて……だから観光に似合いそうな服を探しに来たんです」

 

「……コーネリア。その言い方には侮蔑が感じられるのですが?」

 

「話がややこしくなるから今だけは黙ってろ」

 

「……むぅ」

 

 口を尖らせてすごすごと引き下がる神裂。

 店員さんは神裂の頭から爪先まで視線を彷徨わせ、パンッと軽く両手を叩いた。

 

「そうですか、イタリアですか! イタリア旅行という事でしたら、こちらの薄手のワイシャツなんかは如何でしょう? 暑い時には袖を捲れるように二の腕の辺りにボタンがついているんです。下にインナーシャツを着るだけでおしゃれな雰囲気がバンバン醸し出せますよ!」

 

 スイッチが入ったのか、店員さんは商品を手に取りながら話をヒートアップさせていく。

 

「お客様はスタイルが良いので、長い美脚を生かす為にこちらのタイトパンツなんかがオススメです! 靴は、そうですね……イタリアは水に縁のある国ですから、こちらのレディースサンダルですね! いやもうこれしかないですよ! 是非、是非こちらをお買い上げください! 上はもちろん、先ほどのワイシャツで! あ、インナーシャツもこちらで準備いたしますか? それでしたらあちらの黒のシャツがお客様にはお似合いかと! まさに、仕事のできる女がちょっとリラックスした――そんな感じの仕上がりが予想されます!」

 

「いや、その、もう少し考えさせて欲し」

 

「試着室はあちらです! ほら、どうぞどうぞ、こちらでご試着を!」

 

「あ、あの、えと……こ、コーネリア!」

 

 藁にもすがる思いで神裂は相方に助けを求める。その瞳には涙が浮かんでいて、聖人だというのに店員さんの怪力に敗北しかかっている姿がなんとも言えない悲しみを醸し出している。なんだ、一般人は夢中になると聖人をも超えるというのですか!?

 ずるずるずる、と徐々に遠ざかっていく神裂にコーネリアは満面の笑みを向け、

 

「店員さんの言う通りにしてりゃあもっと可愛くなれんだから、ここは諦めて着せ替え人形になってこいよ」

 

「こ、この薄情者!」

 

 必死の叫びも虚しく――しかし『可愛い』とコーネリアから言われたいという欲求も少なからずは作用していた――神裂火織はハイテンションな店員さんに拉致されてしまい、あれやこれやと多種多様なコーディネートを試され、最終的にはその全てをお買い上げする羽目になっていた。

 そして、時間は過ぎて行き。

 ついに、二人がイタリアへと出発する、九月二十六日へと物語はシフトした。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial24 義理と責任感

 九月二十六日。

 驚異的なフラグ建築能力でまさかのイタリア行きを決めたコーネリアは神裂火織という用心棒もとい相方をゲットし、ついにイタリア行き当日を迎えていた。

 三泊四日分で使う最低限の荷物が入ったキャリーケースに腰を下ろし、コーネリアは頭上にある電光掲示板をぼけーっと見上げる。

 

「……意外と時間が余っちまってて暇だなぁ」

 

「私を流れるように置いてけぼりにしておいてそんな気楽な事をよく言えますねこの野郎」

 

 背後から掛けられたそんな声にコーネリアは「ん?」と振り返る。

 そこにいたのは予想通りに神裂火織その人で、何故か彼女の額にはビキリと青筋が浮かんでいる。何に怒っているかは知らないが、よっぽど気に食わない事があったんだろう。

 コーネリアはキャリーケースを駆使して体の向きを変え、神裂に話しかける。

 

「どしたんそんなに怒って? 何に対しての怒りな訳?」

 

「何に対して!? あなたが私を颯爽と置いてけぼりにしたことに対しての怒りに決まっているでしょうッ!? 七天七刀の郵送手続を行っていた私を放置してさっさとゲートを潜りやがったあなたへの怒りですッッ!」

 

「いやだってお前、金属探知機に引っかかりそうで怖かったし……」

 

「検問で引っかかる恐れのある霊装は全てバッグごと預けてあります! 勿論、七天七刀も同様にです! 今まで私が何度飛行機に乗っていると思っているんですか? 今更そのようなケアレスミスなど起こす訳がないでしょう!?」

 

「ま、まぁまぁ、そんなに怒るなよ神裂。せっかくの旅行なんだしさぁ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 顔を赤くしながらも頬を朱く染め、神裂は仕方がないなと一旦引き下がった。

 神裂が黙ったところで再び電光掲示板を見上げてみる。

 搭乗時間までまだ結構時間の猶予があるようだった。

 「うーん」とコーネリアはキャリーケースごと回転しながら唸るように声を上げ、この暇な時間をどうやって潰すかのアイディアを模索し始める。このまま神裂を弄っててもいいが、それだと向こうに着いた後に地味な嫌がらせをされそうで嫌だしなぁ。神裂がそんな事をする人間だとは思っちゃいねえが、もしかしたらがあるし……歩いている時に後ろから七天七刀で背中を突く、なーんて嫌がらせを考えているとも限らんし……。

 さてさて、一体どうやってこの時間を潰すかね。

 トントントン、と無意識下で貧乏ゆすりをしている神裂をちらちらと気付かれないように見ながら、コーネリアは中途半端な頭脳をこれでもかという程に回転させる。

 と、その時。

 

「あっぶねー間に合った! 一時はどうなるかと思ったぜ!」

 

「とうまとうま! あそこに凄く美味しそうなお弁当があるんだよ!」

 

「その大魔王のような胃袋は登場するまで休めておくんだインデックス。どうせ機内食が出るだろうから!」

 

 凄く五月蠅い隣室コンビがコーネリア達に徐々に近づいてきていた。

 いつもだったら面倒事を避けるために全力で気配を消すのだが、今はとにかく暇で暇でたまらない状況だ。故に上条当麻とインデックスという面白コンビの相手をするのも今回に限ってはやぶさかではない。正直言って、あの二人と話してれば時間なんてすぐに過ぎていくだろうって事ぐらいは思っている。

 しかしその場合、こちらに一つだけ問題が浮上する。

 それは――

 

「……ちょっと用を足しに行ってきます」

 

「はいはいさっきトイレに行ってたのは確認済みだから逃げようとすんなよ元女教皇」

 

 ――神裂火織の面倒臭い罪悪感である。

 この幕末剣客ロマン女は過去にインデックスの記憶を何度も消しているという経歴を持っている。それはあくまでも上からの命令で仕方なくやっていた事だが、責任感が無駄に高い神裂は『あの子の幸せを奪っていた私にあの子と話す権利はない』だとかいう謎の罰を自分に与え、なるべくインデックスを避ける選択をしてしまっている。

 別に、過去の罪を無かった事にしろとか、そんな事を言いたい訳じゃあない。

 ただ、自分が犯した現実から逃げるような行動だけは、どうしても許可する訳にはいかない。

 辛い現実から逃げるのは、俺だけで十分なのだ。俺以外の奴が、しかも別に自分が悪い訳でもないのにコソコソと逃げるような暮らしをする姿を見るのは、どうしようもなくやりきれない。はっきり言って胸糞が悪い。

 故に、コーネリアは神裂を引き止める。

 辛い現実から逃げる事だけを人生の目標としているコーネリアだからこそ、胸を張って生きるべき人間である神裂の逃避行動を無理やりにでも引き止める。

 

「ちょっとは話してみろよ、神裂。どうせあいつは覚えてねえんだしさ」

 

「し、しかし、私にあの子と話す権利など……」

 

「少しは前に進んでもいいんじゃねえか? お前もステイルも流石に考え過ぎだ。実はお前達が考えているよりも結構フランクに接してくれるかも知んねえぜ?」

 

 だからちょっとは挑戦してみろよ。

 最後にそう付け加え、コーネリアは肩を竦めるように笑いかける。

 最初は逡巡していた神裂だったが、数秒程の沈黙の後、ガシガシガシーッと激しく頭を掻き、先ほどとは打って変わって普段の彼女らしい冷静な笑顔を浮かべた。

 笑顔を維持したまま、神裂は言う。

 

「あなたにまた一つ借りが出来てしまいましたね」

 

「借りとかそういうのはもういいってば。お前のその無駄に固い所、マジで治した方がいいと思うぜ? 今後の為にもさぁ」

 

「それを言うのなら、あなたのその楽観的思考も少しは改善すべきだと私は思います。そのような調子ではいつか足元をすくわれますよ?」

 

「そん時はそん時だよ。なるようになりゃあ良いって事さ」

 

「まったく……しかし、それこそがあなたの魅力なのかもしれませんね」

 

 最後に付け加えられたその言葉を、コーネリアはあえて聞かなかったことにした。

 その言葉に反応してしまったら、自分の中での神裂火織という存在が急激に大きくなってしまいそうに思えてしまったからだ。

 現実から逃げるだけの人生に、彼女を加える訳にはいかない。

 今回のように要所要所で関わる事はあっても、これからずっと彼女と共に歩む訳にはいかないのだ。神裂のインデックスに対する謎の責任感と似ているが、コーネリアは自分以外の人間が自分の人生に大きく関わる事を心底嫌う。自分以外の奴が不幸になるという現実を、彼はどんな艱難辛苦よりも嫌うのだ。

 不幸にはなりたくないが、他の奴が犠牲になるくらいなら俺が不幸になる方がよっぽど良い。

 それは奇しくも神裂火織の自己犠牲精神と同じであると、この時のコーネリアはまだ気付かない。

 彼がその事実に気付いた時、この物語は大きく変動する事になるのだが――それはまた後の話である。

 

「そんじゃまぁ、あいつらも俺たちに気づいてるみてえだし、ちょっくら前に進んでみるとしようぜ」

 

「フフッ。あなたに先導されるのも案外悪くはないかもしれません」

 

 そう言って笑い合う二人の道は、気付かぬ内に重なり合っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 偶然にも、コーネリア&神裂の座席は上条当麻とインデックスの座席の隣だった――といっても彼らが手に入れたチケットはどちらも学園都市で用意されたものであるため、凄く作為的な何かを感じてしまうが、ここはただの運であると考えた方が妙な悩みの種を抱えないで済む。そう判断したコーネリアはすぐに思考回路を切り替えた。

 機内のど真ん中の四人列に運良く(?)並ぶ事となったコーネリア達四人は、中央に神裂とインデックスで、通路側に上条とコーネリアが位置するように座席を決めた。その時にも神裂が何か言いたそうにしていたが、コーネリアは知らんぷりを突き通したのだった。

 だが、神裂の心配はコーネリアの予想通り杞憂だったようで、最初は警戒していたインデックスもすぐに警戒を解き、離陸してからしばらくたった今では神裂と仲睦まじげにガールズトークを繰り広げるまでに仲を進展させていた。

 

(本当に、コーネリアには感謝してもし足りません)

 

 食事の話で盛り上がっているインデックスに笑いかけながら、神裂は隣で爆睡しているイギリス人の事を考える。自分の悩みをいつも華麗に処理してくれるコーネリアに、神裂はいつの間にか好意的な感情を抱くまでになっていたのだ。――まぁ当然、彼女はそれに気づいてはいないのだが。

 コーネリアに返さなくてはならない借りが、気付かぬ内にどんどん蓄積されていく。返そう返そうと思っているのに、ずるずると時間だけが過ぎていく。このままではいけないと分かってはいるが、こちらが借りを返す前にコーネリアが行動を起こしてしまうのだから手に負えない始末にまでなっている。

 これでは当分、コーネリアとは無関係ではいられない。

 この借りを返すまでは無理矢理にでも彼と接触する必要がある。もし彼がそれを嫌がったとしても、こちらの気が収まるまでは無理を通してでも借りを返すために行動する所存でもある。

 おそらく――というか確実に、コーネリアは神裂の義理堅い性格に迷惑している。彼は適当で面倒臭がり屋故に、正反対の性格を持っている神裂の行動を心の底から嫌がっている節がある。

 だが、しかし。

 正反対だからこそ、神裂は何かと理由をつけてコーネリアと接触しようと行動してしまう。それは彼女にとっても無意識な事で、勿論、コーネリアも気づいていない事であるが、そんな理由だからこそ彼らは今のような程良い関係を築けているのかもしれない。

 必要な時だけ一緒にいて、基本的には別離する。

 そんな程良い関係だからこそ、コーネリアと神裂は切っても切れない間柄になってしまっているのかもしれない。

 

(迷惑かもしれませんが、まだ私に関わってもらいますよ。少なくとも、私の恩返しが終わるまでは)

 

 その心の声は、届かない。

 しかし不思議と、神裂の顔は僅かに綻んでいた。

 

 




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TrialEX 錯綜するチョコと愛(上)

 今回からバレンタインデー特別編です。

 何話か続きますので、悪しからず。


 二月十四日。

 聖バレンタインデー。

 それはローマ皇帝の迫害の下で殉教した聖ヴァレンティヌスを祈念する日であり、恋人たちの愛の誓いの日でもある――まぁいろんな意味で全人類がいつもよりも浮かれ回る日なのである。

 ある者は本命チョコを渡す為に奮闘し、

 ある者は本命チョコ欲しさに立ち上がり、

 ある者は誠実な愛を誓い合い、

 ある者は我関せずを貫き通す。

 立場が違えば行動も違い、それはまた逆も然りである。愛する者がいない者にとっては何の意味もないただの一日でしかないが、逆に愛する者がいる者にとってはそれはそれは特別な一日へと一気に様変わりする。

 それが、聖バレンタインデー。

 二月十四日――つまりは今日の話である。

 世界には争いが満ち溢れているが、今日というこの日、この世界では至って平和な争いが勃発する事になる。

 コーネリア=バードウェイという異物を受け入れたこの異質な世界は、誰が予想するでもない世界へと、誰が望むでもなく変わっていく―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 幻海天海(げんかいあまみ)は困惑していた。

 本日二月十四日はいつも通りの時間に起床し、いつも通りの手順で支度を済ませ、いつも通りの態度で家を出た。それは真面目な彼だからこそ憶えている事であり、律儀な天海だからこそ意識している事でもあった。

 いつも通りで相変わらずな真面目な手順。

 それを確かに間違える事無く踏んだはずなのに、天海は学生寮を出たところで激しく困惑する羽目に陥ってしまっていた。

 ぽかーん、と間抜けに口を開いて固まる天海に、『緑の腕章を着けた三人の少女』は三者三様の態度で彼に言う。

 

「天海ちゃん! 私からのチョコを受け取って欲しい感じよ!」

 

「天海先輩! あたしのチョコを受け取って欲しいです!」

 

「天海! ウチのチョコ、受け取って欲しいっちゃけど!」

 

 返事はない。

 ただ、天海は沈黙するのみ。

 そういえば今日はバレンタインデーだったなぁ、と今更過ぎる事を思いつつ、天海は軽い頭痛に見舞われる。彼女たちが自分にどういう感情を抱いているのかが分からない程鈍感ではない天海は、この状況を打破する方法を全身全霊を持って模索する。

 天海が持ち前の頭脳をフル回転させる他所で、三人の少女は何故か内輪揉めを開始する。

 

「艶美ちゃん? ここは年長者である私に譲るべきな感じなんじゃあないかしら? 年下として!」

 

「それは聞けぬ相談です、葭葉先輩! あたしは年下だからこそ子供っぽく我儘一直線なのです!」

 

「うぐ。そ、それじゃあ天神ちゃん? 別にあなたが譲ってくれてもいいのよぉ?」

 

「は? 何言っとうと? 天海と同い年であるウチに譲るのが道理ってもんっちゃないと? しかも幼馴染みだし、ウチ!」

 

「幼馴染みがメインヒロインの時代はとうの昔に終わってるです!」

 

「おうコラ喧嘩売っとうとやクソガキこらぁっ!」

 

「「「ぐぎぎぎ……ッ!?」」」

 

 ……打開策を考える余裕というか、目の前で繰り広げられているしょうもない交戦のせいで思考に集中できない件について。とりあえずは仲良くしてくれないかなぁ、という視線を送ってみはするものの、残念ながら彼女たちは天海の視線に気づくどころか三人で睨み合いの均衡状態である。これでは天海の訴えにも気づくことはできない。

 さて、どうやってこの状況を打破しようか。

 再び思考の渦に飛び込もうとトライしてみるも、どうしても同僚トリオの口喧嘩が天海の集中を掻き消してしまう。集中すれば周囲の音が聞こえないとはよく言うが、流石に自分についての話題を、しかも目の前でやられてしまっては集中しようにも集中できない。

 そんな訳で、幻海天海。

 長点上機学園二年生である彼は面倒臭そうに頭を掻きながら溜め息を吐き、

 

「……先に登校してますねー」

 

「「「あっ、逃げんなこの臆病者ぉっ!」」」

 

 所有能力である『空間移動』でその場から脱走した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂火織は時を窺っていた。

 今日は待ちに待ったバレンタインデー。今日という日のために神裂は色々と準備をしてきた。コーネリアの好きなチョコのタイプを独自のルート(極秘)で調べ上げ、その味を再現できるように毎日のように料理の腕を磨き上げ、彼にチョコを渡すまでの流れを何度も何度もシュミレートしてきた。その努力のおかげで脳内イメージは完全に固まっており、今の神裂の顔は絶対の自信に満ち溢れている。

 だが。

 今日、二月十四日は普通に平日、つまりは学校の登校日である。

 そして今は、午前の十時を回った辺り。

 ぶっちゃけた話、チョコを渡そうにも渡せない状況下にあるのだ。

 

「失敗しました……まさかこのような展開が待ち受けていようとは……」

 

 コーネリアが通う高校の校庭に聳え立つ木の上部に身を隠しながら、神裂は悔しそうに歯噛みする。そんな彼女の様子を『滞在回線』によって監視していた学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリーが『今回はなんか危険もなさそうだし放置しててもいいや』とまさかの投げやり判断をしてしまっている事など、今の彼女は知る由もない。

 さて。

 現在、彼女が身を隠している木は校舎に隣接するように聳え立っており、しかもそこからはコーネリアの在籍しているクラスの教室が見事なまでに丸見えとなっている。まさか自分がこんなストーカー染みた行為をすることになろうとは、と罪悪感に胸を締め付けられる神裂であるが、それでもこれは今回の任務を遂行するためだと中々に自分勝手な言い訳で自分を襲う罪悪感を無理やり消滅しにかかった。

 (置く場所がないからと)胸の谷間に差し込んでいたチョコを愛おしそうに眺めた後、彼女は数メートル先にある教室の一角――窓際の一番後ろの座席に視線を定める。

 詳細には、その席で爆睡しているコーネリア=バードウェイに視線を集中させていた。

 

(まったく……学生の本分は勉学だというのに、あのように情けなく爆睡して……ほら、起きなさい。青春の一ページを無駄に消耗するんじゃありません!)

 

 お前は母親か、というツッコミが入りそうな心の声をどうにかしてコーネリアにぶつけようとする神裂の姿は、まさに意中の人に付き纏うストーカーそのものだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 今日は待ちに待ったバレンタインデー。

 普段はイギリスを中心として様々な研究機関に協力して世界を飛び回っている天才少女・パトリシア=バードウェイは小振りのリュックサックを揺らしながら、学園都市の第七学区を鼻歌交じりに歩いていた。

 その隣には彼女の姉の側近である金髪の黒服男性ことマーク=スペースの姿がある。実はこのマーク、彼のボスであるレイヴィニア=バードウェイから『妹が学園都市に行くそうだから護衛してこい』と命令されてしまったためにパトリシアに同行しているのだが、その顔には心底やる気の無さそうな表情がくっきりと浮かび上がってしまっている。それはパトリシアの目的が『愛しの兄にチョコレートを渡す』という凄く胸焼けが止まらなくなるレベルを誇っている事が原因だったりする。

 

(何が悲しくて人の恋路を見届けなきゃならねぇんだか……しかもまさかの近親愛だし)

 

 兄妹愛もここまで行くと異常だよなぁ、とマークは引き攣った笑みを浮かべる。

 そんな彼の表情には気づいていない様子のパトリシアは周囲をキョロキョロと見渡しながら、頬を膨らませて唸り声を上げる。

 

「うぬぬ……お兄さんの通うハイスクールの位置はこのあたりのはずなんですが……マークさん、ちょっと地図を確認してくれませんか?」

 

「一応言っときますけど、パトリシア嬢。もしコーネリアさんの学校に辿り付いたとしても、今は普通に授業中です。故にチョコレートを渡す事は不可能だと思うんですが」

 

 パトリシアは「ちっちっち」と人差し指を横に振る。

 

「その点についての抜かりはありません。ちゃんと手は考えてあるんです」

 

「へぇ。で、その手とは?」

 

「じゃじゃーん! 見知らぬ親切な金髪サングラスのにゃーにゃー口調の人から頂いた保護者証でっす! これさえあればたとえ授業中だろうと授業参観と称してお兄さんのクラスに入り込むことができるんです!」

 

「わーすごーいってなに見知らぬ怪しい奴と流れるように関わっちゃってるんですかパトリシア嬢!? いつ? いつの間にそのような愚行を犯しやがったんですか!?」

 

「マークさんが途中、コンビニのトイレに寄った時ですけど?」

 

「くっそあの数分の間に俺の命を左右するレベルのイベントが起きてたのかよ! しかしよかった、無事で良かった! パトリシア嬢に何かあったら俺の命が消し飛んでたわ!」

 

「あははっ。マークさんは相変わらず心配性ですねぇ。流石のお姉さんでも流石にそこまではしないと思いますよ?」

 

「あなたは本当に天使のようですねパトリシア嬢……ッ!」

 

 それに比べてあの悪魔は本当にもう……純度百パーセントの悪意しか持ってないものなぁ。悪意の象徴だよ権化だよ原石だよ。

 

「それと今更なんですけど、本当にごめんなさいマークさん。私の我が儘に付き合っていただいちゃって……」

 

「いや、それについては何も問題ないですよ。私もボスからの用事で学園都市に来なきゃいけませんでしたし」

 

「それって……お兄さんへのチョコレートですか?」

 

「お察しの通り、コーネリアさんへのチョコです」

 

 そう言って、マークはジャケットのポケットから丁寧にラッピングされたハート形のチョコレートを取り出し、パトリシアに見せびらかす。

 

「本当は自分で渡したかったみたいなんですが、どうしても外せない用事が入っちゃいましてね。だからこうして私に代わりを頼んだって訳なんですよ」

 

「あははっ。お姉さん、お兄さんに会う事が一番の楽しみみたいですもんね」

 

 実は修羅も裸足で逃げ出すような表情で『私のお楽しみを奪いやがったメキシコの魔術結社をぶっ潰してくる!』と地獄の底から響き渡って来るほどの気迫を伴っていたのだが、それについては黙っておこう。パトリシア嬢の中のボスのイメージを崩す訳にはいかねぇしな。……というか、ボスの場合は絶対に予定を早めに済ませてこの街にいつの間にか現れそうで怖いんだよなぁ。あのガキ、コーネリアのためなら時差すらも捻じ曲げちまいそうだし。

 それにしても、本当に面倒臭い事に巻き込まれちまったなぁ。今日はゆっくり暇な時間を過ごそうと思ってたってのに……まぁ別に、久しぶりにコーネリアさんに会うのも心の癒しにはなるけれども。

 まぁ、さっさと用事を済ませて帰る事にするかな。礼儀正しく真面目な部下Aの面の下で、マーク=スペースは心の底から面倒臭そうに苦笑を浮かべる。

 

「よーっし! 今日こそお兄さんに私の想いをぶつけるぞーっ!」

 

 凄くギリギリな発言を放ちながら盛り上がる妹様に、マークは再び苦笑を浮かべる。

 

 

 

 本日は、二月十四日、聖バレンタインデー。

 コーネリア=バードウェイを中心とした生温い攻防戦が、彼の与り知らぬ所で始まろうとしていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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TrialEX 錯綜するチョコと愛(中)

 今日は華のバレンタインデー。

 しかし、それは絶賛独り身の寂しい男子高校生ことコーネリア=バードウェイには全く微塵も関係のないイベントである。実は毎年妹コンビからチョコレートを頂いてはいるのだが、その度に何かと酷い目に遭わされているのでコーネリアとしてはバレンタインデーの事などあまり考えたくはなかったりする。

 去年は全身チョコ塗れにされたっけなぁ――などという過去回想をしながらチョコクロワッサン(購買でご購入)を細かく千切り、それを口へと放り込むコーネリア。その表情は極めて無表情で、成程、心の底からバレンタインデーに興味が無いという事を全力でアピールしているようだった。

 平常比三割増しで気怠さに満ち溢れているコーネリアに、彼の前の席の持ち主且つ彼の級友その一である苅部結城はカレーパン(これまた購買でご購入)の袋を開けながら相も変らぬ堅苦しい口調でこう言った。

 

「して、コーネリアよ。君がバレンタインデーに興味が無いのは昔から知ってはいるのだが、一つだけ聞かせてほしい」

 

「ンだよ」

 

「チョコなんて貰わなくてもいいぜこの野郎とでも言いたげな表情の癖に、何故君は『チョコ』クロワッサンを食しているんだ? いつもはサンドウィッチだとかおにぎりだとか、チョコとは縁遠いものを食していると記憶しているんだが……」

 

「……………………」

 

 ピシリ、と凍りつくコーネリア=バードウェイ、十七歳。

 「???」と眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げながら首を傾げる結城に、ずぅぅぅぅんと露骨に落ち込みオーラを身に纏ったコーネリアは全てを呪うような瞳を彼に向ける。

 

「普通に強がってるだけだよチョコが欲しいけどがっつくのは格好悪いかなって強がってるだけだよ察しろよこの野郎……」

 

「君は時々どうしようもなくバカな時があるな。チョコレートぐらいどうでも良いだろうに……」

 

「貴様ァァッ! それは世のモテない男子に対しての当てつけかッ!? チョコがどうでもいい? オイオイそれは何の冗談だよ、最高だなオイ!」

 

「バレンタインデーに託けて異性にチョコレートを渡す行為に意味なんてないと思うのだがなぁ。所詮は駄菓子なのだ、大して腹の足しになるとは思えん」

 

「オイオイ随分と面白い言い分じゃあねえか結城さんよぉ! オイ、聞いたかお前ら! 苅部結城はチョコレートなんてどうでも良いって思ってるらしいぜ!?」

 

 ガタタッと勢いよく席から立ち上がって叫ぶコーネリア。

 そして、彼の級友たち(男子限定)は驚異的なノリの良さを披露する。

 

『チョコレートがどうでもいい? 我がクラスきってのモテ男さんは言う事が違いますねぇ!』

 

『今日という日にチョコレートが貰えるなら一年間駄菓子を我慢してもいいぐらいの覚悟でこっちは登校して来てるんだがなぁ!』

 

『これは噂であるが、苅部氏の下駄箱には三十個ほどのチョコ(包装済み)が入れられていたと聞きましたぞ?』

 

『もうやっちゃわない? この男、そろそろやっちゃわない?』

 

『この際男でもいいから可愛い奴からチョコを送っていただきたいものです』

 

『『『それだッッッ!』』』

 

 そして、彼の級友たちは驚異的な話の転換を披露するってちょっと待て。

 

「いやいやいや、お前ら急に何言ってんの? 可愛い男の子からでもいいって何? そして凄く鬼気迫る表情で俺に迫って来てるのって何ィッ!?」

 

「コーネリアよ。君の可愛さは筋金入りだ」

 

「結城さぁん!? なんでこのタイミングで、しかもよりにもよってそんな何のフォローにもなってねえ褒め言葉をお送りになるのかなぁっ!? 俺、ちょっと分かんない!」

 

「……ああ、これは失言だったな。すまない、この通りだ」

 

「そんな真面目に謝られても俺を取り囲んでいるあの野獣たちは止められませんよ!?」

 

 シュタッと手刀を切る結城に叫ぶコーネリアの周囲には、いつの間にやら二十人近い同級生たち(男子限定)の姿が。全員が全員飢えた肉食獣の如き視線をしていて、口からはなんか煙のようなものが出ちゃったりしている。

 あっれえいつからこのクラスはジャングルになったのぉ? ひくひくと頬を引き攣らせ、コーネリアは一歩後ろに後ずさる。

 直後、彼の背中に固い感触が。どうやら窓まで追い込まれてしまったらしい。そもそも最初っから窓の傍にいたので追い込まれたもくそもないとは思うのだが、これはあくまでも気分の問題だ。背中が窓に当たってしまった、だから追い込まれてしまっていると感じた。謂わば、それだけの話なのである。

 さぁ、ここからどうするべきか。幸いにもこの昼休みの後の授業は予め自習と決まっている。このクラスの担任である干支センが「午後の授業を担当していた先生方は腹痛でお休みでーす!」と豊満なおっぱいを揺らしながら言っていたので、おそらくは間違いはないだろう。お前の義理チョコが原因なんじゃね? と言いたくはなったが、真実を知るのが怖ろしかったので口を噤んだのは良い思い出である。

 って、そんな過去回想はどうでも良いのだ。

 今はとにかく、この状況を打破しなければ。

 そういう訳なので、とりあえずコーネリアは後ろ手で勢いよく窓を開け放ち、

 

「たったひとつだけ策はある! とっておきのヤツだ! いいか? 息が止まるまでとことんやるぜ! フフフフフフ。逃げるんだよォォォォォォーッ!」

 

『あぁっ! マイエンジェル!』

 

 全力で窓から飛び降り、全力で学校の外へと走り出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリア=バードウェイが窓から飛び降りて逃走を図ったまさにその直後、窓の傍の木の上部でウトウトと舟を漕いでいたイギリス清教の聖人こと神裂火織は目を白黒とさせながら、焦ったようにこう叫んだ。

 

「わ、私のこの努力が一瞬で無に帰されてしまった、だと!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 舞台は変わって十八学区の長点上機学園にて。

 幻海天海は大いに頭を抱えていた。

 

「天海先輩天海先輩天海先輩。あーんしてくださいです、あーん」

 

 そう言いながら、箱から取り出したトリュフチョコを天海の頬にぐいぐいと押し付けるのは、彼の二重の意味での後輩である百木田艶美だ。因みに、一つ目は同じ長点上機学園の生徒であるという意味で、二つ目は同じ風紀委員(ジャッジメント)の支部に所属しているという意味である。

 一年生の癖に二年生のクラスに、しかも堂々と悪びれる訳でもなく入り込んでいる艶美に、天海は心の底から疲れたような表情を浮かべる。

 

「あのさぁ、百木田。事実、テメェは一年生なんだからこのクラスにいるのは事実、おかしいと思うんだが?」

 

「あたしは単純に遊びに来ただけなのです。だから、あーんしてくださいです、あーん」

 

「恋人同士でもないのにそんな事する訳ないだろうが。アホらしい」

 

「でもでも天海先輩。いつも第一六八支部では古都先輩にあーんしてもらってるじゃないですかー。恋人同士でもないのにー」

 

「それはアイツが幼馴染みだから、事実、こっちも慣れちまってるんだよ」

 

「それじゃああたしにも今から慣れてくださいです。だからあーん、あーんして!」

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 可愛い後輩ではあるが、流石にここまでしつこいとは思わなかったなぁ。いや、はっきりしない俺が一番の原因だと分かってはいるのだが、しかしやっぱり流石にチョコレート一つでここまでしつこいとは思わなかった。

 やはり、女性との関係についての問題処理は苦手だなぁ。昔から恋愛事を避けていたせいか、こういった時の対処法が思いつかない。第一七七支部の変態テレポーターにでも聞いてみようか――いや、あいつにまともな受け答えを期待するだけ無駄だな。やめておこう。

 しかたがない、ここは素直に折れてさっさとこの場を収めよう。

 そうと決まったら何とやら。天海はガシガシと頭を掻きつつも、口を大きく開いた。

 ようやく折れてくれた尊敬する先輩に艶美はぱぁぁと表情を明るくし、

 

「受け取ってくださいです、あたしのおも」

 

「「させるかぁあああああああああああああっ!」」

 

「びぶるち!?」

 

 突然の乱入者(×2)に天井に向かって蹴り上げられた。

 ごがしゃぁぁっ! と天井に勢いよく突き刺さる艶美。最初はあたふたともがいていたが、流石に首が締まったか、数十秒後にはぷらーんと力なくぶら下がる結果となってしまった。

 後輩の突然の退場にサァーッと青褪める幻海天海。

 そんな彼の目の前で、突然上がり込んできた霧ヶ丘女学院の制服を身に纏う二人の女子生徒――立神葭葉と天神古都はゼーハーゼーハーと大きく肩を上下させつつ、真っ赤になった顔と全力疾走による辛さで発生した涙目を天海にぐるん! と見せつける。

 

「天海ちゃん!? 私たちを差し置いてあのですです女のチョコを受け取ろうとするなんて一体全体どういう感じなの!? 万死に値する感じの罪だと思うのだけど!?」

 

「チョコを食べようとしただけなのに!?」

 

「チョコが食べたいんならウチのチョコを食えば良かろうもん!? ほら、アンタの為にたっくさん作ってきたけん! しかもアンタ好みの味付けよ? これを食べずして一体何を食べるというのか! 泥でも食ってろ!」

 

「チョコを差し出しながら泥を食えとか言うなよ連想しちまうだろうがッ!?」

 

「「いいから、私(ウチ)のチョコを食べなさい!」」

 

「ががんぼっ!?」

 

 恋に突っ走る乙女二人は止められず。

 口にチョコレートを勢い良く突っ込まれた天海は段々と表情を青くする。

 コーネリアとは打って変わってとても平和で幸せな青春を送る風紀委員の少年のバレンタインデーは、どこぞの不幸で不運で不遇な金髪中性男とは打って変わって恙なく進行されていく。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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TrialEX 錯綜するチョコと愛(下)

 鬼気迫る男性陣からの決死の逃亡を図ったコーネリア=バードウェイは無事に校外――第七学区への脱出に成功していた。

 ……と言っても別にやる事がある訳でもなく、しかも今は昼且つ授業日なので友人たちと時間を潰す事も不可能となっている。そもそも授業直前の学校から逃げ出してきているので、暇を潰すとかそういう以前の話なのだ。

 人の姿がほとんどない第七学区を歩きながら、コーネリアは周囲を見渡す。

 『バレンタイン記念! チョコ製品全品半額!』と書かれた幟を上げているコンビニが視線に入り、どうしようもなくイラッとした。やはり天下のバレンタインは他の記念日に比べて扱いが破格すぎるらしい。いいなぁ俺もチョコ欲しいなぁ、と思ってはみるが、残念ながら彼に(普通の)チョコレートを(普通に)恵んでくれる異性の存在は彼の記憶上確認されてはいない。

 

「そもそもの話、俺は誰からのチョコが欲しいんだろうか……」

 

 バレンタインにて、自分以外の誰かにチョコレートをあげる行為は極々当然の事となっている。昔は女性が男性にチョコをあげる日だったのだが、今は友チョコやら義理チョコやら、取ってつけたような名前を持つチョコレートが増えてきたため、異性がどうのこうのという問題は端からなかった事として考えるべきだろう。

 そう考えて、そう前置きして、改めて思考する。

 俺は果たして、誰からのチョコレートを望んでいるのだろうか――という一つの疑問について、コーネリア=バードウェイは思考する。

 まず、怖い方の妹――レイヴィニア=バードウェイ。

 彼女は自他共に認める重度のブラコンであるため、必ずどんな手を使ってでもチョコレートを渡してくるに違いない。そのチョコレートの中に惚れ薬を入れたり何かしらの媚薬系魔術を放り込んでいたりしそうなのがとても怖いが、まぁチョコレートをくれる人と言う点では第一に挙げられる存在ではあるだろう。……まぁ、普通のチョコを普通に渡してくれる訳じゃあないので、本心としては断りたくて仕方がないのだが。

 次に、大人しい方の妹――パトリシア=バードウェイ。

 彼女は無自覚系のブラコンであるが、レイヴィニアに比べたらまだ良心的なブラコンである。しいて言うならヤンデレの才能が有りそうで鳥肌が止まらないのだが、バレンタインにチョコレートを渡すという行為だけで考えると危険度は比較的低いと思われる。普通のチョコレートを普通に渡してくれそうなので、チョコレートを渡してくれる人の中では最も信用できると言ってもいいかもしれない。

 と、ここでコーネリアは気づいた。

 誰からのチョコが欲しいか、という疑問を解決しようとしているのに、何故か、誰が普通のチョコをくれるのか、という疑問に思考がシフトしてしまっているという事に。

 これはいけない。一つの事を考えている途中に他の事を考えてしまうのは俺の悪い癖だ。今はとにかく『誰からのチョコレートが欲しいのか』についての考えを巡らせることに集中しよう。

 まずは、そうだな……俺の周囲の異性を挙げていく事から始めてみるとしようか。

 俺と仲が良くて、且つ義理じゃなくて本命を貰いたいのは…………

 

 照れながらチョコを差し出す、幕末剣客ロマン女の姿が頭に浮かび上がってきた。

 

「…………どうしてそこで神裂の顔が出てくるのかなぁ」

 

 どうして、などと恍けるのは間違っているのだろうか? やはりこういうタイミングで彼女の顔が出てきてしまうという事は、やはりそういう事なのだろうか。

 俺は、神裂からのチョコを求めているという事なのだろうか。

 俺は、神裂の事を―――――という事なのだろうか。

 そう考えた途端、コーネリアの胸元がチクリと痛んだ。それは彼女に対する感情への罪悪感か、それとも彼女に対する想いが引き起こした切なさが原因か。その答えはすぐには出せそうにないが、一つだけ言える事がある。

 コーネリア=バードウェイの人生に神裂を巻き込む訳にはいかない――という事が。

 自分で言うのもなんだが、コーネリア=バードウェイと言うのは全ての試練から逃げる事を信条としている存在だ。この世界でこれから起きる事を知っているが故の判断ではあるが、結局は臆病な選択をしているという事に変わりはない。

 そんな逃げの人生に、敗者の人生に、正直で勝者で可愛らしいあの聖人の少女を付き合わせるわけにはいかない。彼女にはもっと自由に生きていてもらいたい。原作上での彼女よりももっと自由に、重い責任に、無駄な重荷に縛られずに自由気ままに生きていてもらいたい――そう、コーネリアは考えている。

 だから、彼女に心を置く訳にはいかない。

 だが、どうしても、彼女の事を考えてしまう。

 これは、この感情は、この気持ちは、やはり―――

 

「……あー、やめよやめよ。複雑な事を考えてたら頭ァ痛くなってきた。とりあえずは家に帰ろう。そして今日という日が――バレンタインデーとかいうクソ退屈なイベントが終わるまで寝て過ごす事にしよう」

 

 よーっし、今日は惰眠デーだー。

 自虐的で逃避的な選択をし、コーネリアは自宅である学生寮へと歩を進め始める。

 

 しかし、世界はあくまでも彼に試練を与える。

 

「や、やっと追い付きましたよ、コーネリア=バードウェイ……ッ!」

 

 背後からの、突然の呼びかけ。

 そしてその声は、コーネリアの心を大きく揺さぶった。

 それは、『とある少女』に酷似した声だった。

 いや、酷似と言うレベルではない。――それは、その『少女』当人の声だった。

 思わず、背後を振り返る。

 そこにいたのは、極めて異質な魅力を持つ少女だった。

 ポニーテールにしても尚、地面に届きそうな程に長い黒髪。

 物語のお姫様のように整った、小さな顔。

 冬場だというのに片袖が切り落とされた、ジーンズ生地のジャケット。

 痴女かよと言われんばかりに大胆に片足が露出された、ブルージーンズ。

 一昔前のカウボーイが履いていたものと同じ見た目の、ウエスタンブーツ。

 どうやって扱うのかが甚だ不思議な、二メートル級の日本刀。

 どこからどう見ても――上から下まで見下ろしても異質で異様で異常な少女が、コーネリア=バードウェイの背後に立っていた。

 何故か、荒い呼吸を繰り返しながら。

 

「…………何でこの街にいるのかっつー野暮なツッコミは今更しねえけど……お前、何で息が荒れてんの? 今ってフルマラソンの時期だっけ?」

 

「相変わらず焦点の外れた感想ですね、あなたは……」

 

 乱れていた呼吸をすぐさま整え、少女――神裂火織はコーネリアに向き直る。

 

「今日はあなたに用があってきました」

 

「――――――、え?」

 

 求めては、いけない。

 考えては、いけない。

 求めれば求める程、考えれば考える程、自分の意志が揺らいでしまうから。

 ここで自分をしっかりと確立しなければ、ここで自分をしっかりと律さなければ、もう後戻りはできなくなる。

 神裂火織と言う無関係な少女に、心を許してしまう事になる。

 だから、言わなければならない。

 俺は、この無垢な少女に、責任感に溺れやすい少女に、俺は伝えなければならない。

 

「……ごめん。俺、ちょっと急いでるから」

 

「聞こえません」

 

 ぐいっ、と腕が引っ張られた。

 コーネリアは立ち止まってしまうも、再び彼女に告げる。

 

「これから用事があんだよ。だから、すまねえけど、またの機会って事にしよう」

 

「聞こえません」

 

 神裂は、拒絶する。

 コーネリアの拒絶を、神裂は拒絶する。

 

「何でだよ……駄目なんだよ、俺に関わっちゃ、ダメなんだよ……」

 

「聞こえません」

 

「俺はお前にとって害にしかならねえ。俺は、お前の人生の邪魔にしかならねえんだ」

 

「聞こえません!」

 

 神裂は、叫ぶ。

 自分の方を振り向いてくれないイレギュラーの少年に、聖人の少女はあらん限りの叫びをぶつける。

 

「聞こえません聞こえません聞こえません! あなたの泣き言なんて聞こえません! あなたの弱音なんて聞こえません! あなたの拒絶なんて聞こえません!」

 

「…………」

 

「どうして、あなたはいつもそうなのですか? 全てを自分で抱え込んで、全てを自分に押し付けて! 他の人たちに放って置かれたくないくせに、深く関わろうとする者を全力で拒絶しようとする……そんなの、私は我慢できません!」

 

 握られた手に、力が籠められる。

 彼女が叫ぶ度に、コーネリアの手に痛みが走る。

 

「あなたが何を抱え込んでいるのかなんて、私には分かりません。だって、それは、あなたが私に何も押し付けてくれないから……私は……私は……もっとあなたの力になりたい!」

 

「だから、やめろって言ってんだろ……お前だけは、嫌なんだよ……」

 

「私は、あなたに拒絶される事が一番嫌です!」

 

「ッ!?」

 

 顔は、見えない。

 顔は、見ない。

 ただ、声だけで分かった。

 彼女の声は、どうしようもなく震えていた。震えていたからこそ、彼女が今どんな状態なのか、背中を向けていてもすぐに判断できた。

 神裂は続ける。

 自分勝手な少年に、神裂火織は我儘を続ける。

 

「私の人生がどうなったって構わない! 私に不幸が訪れたって構わない!」

 

 神裂は、少年を自分に振り返らせる。

 涙がいっぱいに浮かんだ目を彼に向け、彼女は精一杯にこう叫んだ。

 

「私はあなたと共に在りたい! だから、どうか、どうか……私を拒絶しないでください……ッ!」

 

「……ッ!」

 

 少年の肩が震え、頬を暖かな水滴が伝う。

 もう、後戻りはできない。

 彼女の気持ちを知ってしまったから、彼女の願いを聞いてしまったから、彼はもう元の道には戻れない。

 だけど――だけど―――だけど。

 何故だろう。

 頬を伝う涙の感触は、不思議と嫌悪感の欠片もない。

 

「何で、俺なんだよ……バカじゃねえの、お前……」

 

「バカですよ……バカだからこそ、あなたを選んでしまったんです……」

 

 不運な少年と幸運な少女は互いに泣きじゃくりながら、互いを強く抱きしめる。

 そして二人は顔を見合わせ―――

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「結局、物語と言うものはどんなものにだって変わる事が出来るのさ」

 

 そこに、人は一人しかいない。

 そこにいるのは、金髪で小柄な少女と、巨大なビーカーの中に入った男が一人。……いや、『彼』は男なのか女なのかの判別がつきにくい外見をしていた。男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、怒っているのか笑っているのか、全ての判別が曖昧な――そんな外見をしていた。

 そんな異様な『彼』に、金髪の少女は続ける。

 

「有り得ない話――いや、有り得たかもしれない物語は、結果としてこの世界にやって来る。それは『もしも』の話だが、アレイスター(・・・・・・)。お前はこれについてどう思う?」

 

『……興味深い話ではあるが、生産性に欠ける話でもあるな。「もしも」についての論議を醸したところで我々には何の得もない。「もしも」はあくまでも「もしも」でしかないのだからね』

 

「そう。『もしも』というのはあくまでも『もしも』でしかない。――だが、だからこそ通常では考えられない程に強大な魅力を持って生まれて来てしまう」

 

 そう言って、金髪の少女は『彼』に背を向ける。

 そんな少女の背中に、『彼』は声をぶつける。

 

『そんな「もしも」が「もし」存在したとして、君はどう動くんだ?』

 

「なーに、それは簡単な話だよ」

 

 少女は、言う。

 『彼』に見えない位置で邪悪な笑みを浮かべた少女は、当然の事だと言わんばかりに言い放つ。

 

「私の思い描く『もしも』に改編する。――ただそれだけだよ」

 

 

 

 

 二月十四日。

 聖バレンタインデー。

 それは、存在するはずのない愛の物語を生産する、たった一つの特別な記念日である―――。

 

 




 次回から本編に戻ります。

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 次回もお楽しみに!


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Trial25 キオッジア

 前回の誤字のせいか、お気に入り数が急激に減少してしまいましたね……うーむ、誤字には気を付けなくては……


 バスが来ない。

 

 旅客機での長ったらしい空の旅を終えて初っ端に伝える事ではないとは思うが、あえて言わせてほしい。このどうしようもないやるせなさを自分の身体から是非とも解き放ちたいため、声を大にして言わせてほしい。

 

 バスが来ない。

 

 空に浮かぶは、秋時の太陽。どこぞの砂漠の様に灼熱ではないが、それでもまだ半袖が主な服装となっている程に本日は温暖な気候である。コーネリアも半袖の黒の上着やら薄手のシャツやらを身に纏っているため、数多い半袖軍の一員に数えられる事だろう。彼と似たような薄さの上条当麻はもちろんの事、年がら年中極度の薄着である神裂もまた、半袖軍の一員である。因みに、年がら年中分厚いシスター服を着まくっているインデックスは長袖軍に所属していたりする。

 そんな薄着三人、厚着一人というこのパーティは、比較的暑さには強い様に見える。事実、コーネリアは寒さよりも暑さに強いし、神裂に至っては気温による不都合を感じた事が無い程だ。上条はどんな気候でも愚痴を零すが、まぁそれなりに我慢強い方ではあるので大丈夫だろう。インデックスは言うまでもない。

 そんな彼ら四人でも、今の状況はかなり精神的に堪えてしまう。

 今の状況――ツアー専用のバスがいつまで経っても来ないという状況に、四人は傍から見てもすぐ分かる程に疲弊しきっていた。

 

「分かってた……分かってたんだ……俺が不幸な目に遭わない訳がないって、分かってたんだ……」

 

「しかも不幸トップ2の俺と上条が一緒にいるんだもんな。そりゃあ巨大な不幸が襲うってモンだよ……」

 

「まさか私の幸運を打ち消す程だったとは、流石に予想外でした……」

 

「お前、それって禁句なんじゃなかったっけ?」

 

「こうでも言ってないとやり切れないんですよ……」

 

「あー、成程」

 

「とうまー。お腹減ったー……」

 

「すまんインデックス。今はその決まり文句に答える気力もねえ……」

 

 心の底からローテンション。熟年夫婦も真っ青なレベルで抑揚の欠片もない会話を、未成年カルテットは展開する。彼らの横を観光客が訝しげな視線と共にそそくさーっと通り過ぎていくが、今の彼らの目には留まらない。

 せっかくのイタリア旅行が初手で躓いてしまった事で、四人の顔には死人かよと疑いたくなるレベルの疲弊が刻み込まれている。一応はツアー会社にも連絡をしてみたのだが、何の不幸かまさかの不在。その時点で神裂が七天七刀片手に暴れようとしたものだから、コーネリアが自分の肉体と体力と能力を駆使して聖人の少女を止めるという始末。

 これは流石に過去最強レベルの不幸なんじゃね? と不幸コンビが思う中、女性コンビは空港前のベンチで生きる屍と化してしまっていた。

 

「ツアー客を完全スルーしているというのに気づかない会社なんて滅べばいいんです……」

 

「お腹空いたお腹空いたお腹空いたー……」

 

 神裂の言い分はともかくとして、インデックスは相変わらず空腹を訴えるばかりなのはどういう了見なのだろう。この長期的な待機時間に対する辛さよりも自身を襲う空腹の訴えの方が重要だというのだろうか。あんなに大量に機内食を食べていたというのに空腹とか、魔道書図書館恐るべしである。

 相変わらず空腹魔神な銀髪シスターに上条当麻は苦笑を浮かべ、自分の傍でガイドブックを見ていた先輩ことコーネリアにその顔を向ける事にした。

 

「それで先輩。これからどうしましょうか? 今からツアーのバスに合流するのは流石に厳しいと思うんスけど……」

 

「もし後で合流できたとしても俺ァ絶対に拒絶するわそんなモン。客をほったらかしにしてる事実に気づかない会社とか信用できるかってんだ」

 

「おおう。先輩が久しぶりに本気でイラついてる……」

 

 ひくひくと頬をヒクつかせている辺り、彼の怒りはマジモンと思われる。

 眺めていたガイドブックをバッグの中に乱雑に押し込み、コーネリアはキャリーケースの取っ手を掴む。

 

「よし決めた。もう俺たちで勝手にイタリア旅行するぞ。ツアー? そんなもん知らんわ! 俺たちなりのルートで勝手にキオッジアを観光してやらぁ!」

 

「流石は先輩! そこに痺れる憧れるゥ!」

 

 そんな訳で不幸なイタリア旅行一日目、スタートなのである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 迷子になった。

 いや、コーネリアが、ではなく、上条当麻とインデックスが、である。コーネリアは神裂と共に並んで歩いていたため、迷子になるという子供のようなミスを起こす事はなかった。

 旅行初日から襲いくる不幸の連続に激しい頭痛を覚えてしまい、コーネリアは重い怨嗟を口にする。

 

「マジ滅べ神様滅べこんな不幸を与えるぐらいならお前が先に不幸な目に遭え神様この野郎……ッ!?」

 

「狂信的な連中の巣窟であるこのイタリアでその発言をするのは流石に自殺行為だと思いますが……」

 

「こうでも言ってねえとやり切れねえんだよ。あのクソ後輩、合流したら一発ぶん殴ってやる」

 

「あなたは本当にあの少年に対してだけはかなり厳しいですね」

 

 そんなバカな。こんなにも後輩に優しい先輩が世界のどこにいるというのだろうか。ただちょっと飴と鞭の差が激しいだけで、ただちょっと飴よりも鞭の方が何十倍も多いだけだというのに。

 コーネリアは建物の壁に背中を預け、考える。

 とりあえず、インデックスが迷子になった原因は考えるまでもない。あの空腹大魔神の事だ、美味しそうな食べ物の匂いに釣られてゆらゆらとどこへともなく行ってしまっただけだろう。ハーメルンの笛吹きよろしく虚ろな瞳で美味しそうな匂いに連れて行かれる彼女の姿が容易に目に浮かぶ。

 問題は、上条当麻の方である。あのツンツン頭の後輩は何だかんだで意外としっかりしている奴だ。そんな彼が迷子になってしまったというこの事実に軽く疑問を覚えてしまうが、おそらくは物珍しさにいろんな店を見学している内にコーネリアと神裂に置いて行かれた、という悲劇が起きたと考えられる。後輩の管理を徹底していなかったこちらに非があるような気がしないでもないが、間違いを自覚するのはなんだか悔しいのでここは上条当麻が全面的に悪いという事で証明完了である。

 さて、二人の迷子の原因の予想がついたところで、考えよう。

 どうやってあの二人と合流し、更に今後の迷子を防ぐために動くか――という解決策と予防策を。

 …………無理ゲーじゃね?

 

「あーもー! 何で俺の前には不幸しか転がってねえんだぁーっ!?」

 

 天下の往来で頭を抱え、道行く人々の視線の先で咆哮するコーネリア。

 そんな彼に苦笑を浮かべつつも、神裂は申し訳なさそうにこう言った。

 

「あの少年はともかくとして、インデックスの管理ができていなかったのは私の責任です。あの子の友人を名乗っていながらこの不手際……謝罪しても許されません」

 

「だからお前は何でそんなに重く受け止めるんだよ……ただの迷子だろ? あいつ等を見つけてから一言言ってやるだけでいいじゃんか」

 

「ですが、このメンバーの中では私が最も年上ですし……」

 

「そうだな。確かに成人なのは神裂だけだ」

 

「…………今、少しばかりイントネーションが――って、歳の話をしているのに『せいじん』という言葉が出てきたのは、つまりはそういう事ですか!? 私はまだ十八歳です! 成人になど達していません!」

 

「またまたぁ。お冗談を」

 

「ぶち殺しますよコーネリア=バードウェイ!?」

 

「そういえば上条が言ってたんだが、既に結婚適齢期を過ぎてるって話、本当か?」

 

「分かりました。とりあえず先にあなたを始末し、次にあのクソど素人を七天七刀の錆びに変える事としましょう」

 

「心の底からごめんなさい!」

 

 瞬時に五体投地で、コーネリアは全力の謝罪を敢行する。流石に七天七刀を構えて狩人の瞳を向ける聖人サマには逆らえなかったよ……。

 汚物を見るような目を向けてくる神裂に頬をヒクつかせて脅えるコーネリア。やはり彼と彼女の力関係は明白で、コーネリアはいつまで経っても神裂には逆らえないという現実がそこに軽く爆誕していた。

 ……とまぁ、自分に危険を与える形でどうやら話を逸らす事には成功したようだ。意味の分からない責任感で自分を痛めつける神裂をこれ以上見たくなかったので、この結果はまさに望ましい結果だと言える。

 ――などという考えを内側に秘めたまま、コーネリアは立ち上がる。

 ズボンに付着した汚れや埃を手で払い、不遇な少年は聖人の少女に言う。

 

「それじゃあとりあえず、あの迷子コンビを探すとしようぜ。まだ逸れてからそんなに時間も経ってねえ事だし、本気で探しゃあすぐに見つかんだろ」

 

「それもそうですね。あなたへの制裁はその後に行うとしましょう」

 

「……か、神裂さん? さっきのは本気の冗談なんですよ?」

 

「聞こえません」

 

「そう言いながら刀を鞘から抜こうとするなよこの切り裂き魔! こんな街中で聖人フルパワーの唯閃とか流石に非常識だと俺は思いますッッ!」

 

「あ、そこにちょうど良い路地裏が」

 

「ちょうど良くねえ! 俺の命にとっては全く全然完全無欠にちょうど良くねえよ!?」

 

 後輩と魔導書図書館を探す、というミッションを頭の隅に追いやり、二人はギャーギャーと道の端っこで命のやり取りを繰り広げる。それは傍から見たら凄く微笑ましい光景でしかない為、誰かが止めに入る事はない。

 くっそ流石に失言を重ねすぎたか!? 顔面に迫ってくる七天七刀(In鞘)を両手で押し留めながら、コーネリアは目を白黒させる。やはり神裂に年齢関連の冗談を言うのは禁句だったようだ。これからは気を付けよう――この命のやり取りに勝利する事が出来たらな!

 聖人の怪力によって徐々に押し負けそうになるも、コーネリアは根性だけで抵抗する。

 と、その時。

 

「あ、あなたはもしかして……女教皇様(プリエステス)!?」

 

「「はい?」」

 

 突然の呼びかけ――しかも日本語である――に、神裂はおろかコーネリアまでもが間抜けな声を上げる。

 それは、彼らの横から飛んできた声だった。

 七天七刀を押し付け合っていた二人は体勢を崩すことなく、自分たち――いや、神裂火織に声をかけてきた人物へと視線を向ける。

 そこにいたのは、肩の辺りまでの長さの黒髪が特徴の、東洋人の少女だった。

 ピンク色のタンクトップに膝上ぐらいの長さのパンツ――という服装の、二重瞼が特徴の少女。全体的にほっそりとしたシルエットだが、外見を崩さない程度に程良く肉体は鍛え上げられている。

 彼女の事を、神裂火織は知っている。

 そして、コーネリアもまた、彼女の事を知っていた。

 彼女は、二重瞼が魅力的なこの美少女の名は――

 

「――い、五和!? どうしてあなたがここに!?」

 

 驚き十割と言った神裂の言葉に、五和と呼ばれた少女は申し訳なさそうに笑った。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial26 五和

 ついに記念すべき三十話目です。

 これからも『妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード』をよろしくお願いします。


 天草式十字凄教が一人、五和と出会ったコーネリアと神裂。天草式から出奔した立場である元女教皇・神裂火織は予想もしなかった再会に驚愕の声を上げ、イギリスのとある魔術結社関係者であるコーネリアは「あちゃー」と顔を手で抑えていた。

 

「こんな所で女教皇様とお会いする事が出来るなんて……今日はなんて幸運な日なんでしょうか!」

 

 予想にもしなかった神裂との再会がよほど嬉しかったのか、目をキラキラと輝かせる五和。二重瞼が特徴な少女は憧れの存在である神裂に羨望の視線をレーザー光線の如く送っており、それが神裂の精神をガリガリと削ってしまっている。

 「うっ……」といろいろと複雑な罪悪感に襲われ、神裂は思わず顔を顰める。抜け忍状態である自分が天草式の人間と接触する展開を必死に避け続けていた神裂にとって、今ほどマズイ状況はないのだろう。願わくば、さっさとこの場から離れ、五和の目の届かない場所まで全力逃亡を図りたい所である。

 だが、しかし。

 神裂との再会による嬉しさがあまりにも高すぎたのが不幸だったか、気味が悪い程のハイテンションを振舞いながら、五和は神裂の腕を掴んでぐいっと引っ張った。

 

「今、ちょうどオルソラさんの引越しの手伝いをしている所なんです! 皆も女教皇様に会いたがってます! 是非、是非、顔だけでも見せて行ってあげてください!」

 

「お、落ち着きなさい五和! 私はもう天草式の人間ではありません! それなのに天草式の方々と今更顔を合わせたところで、どんな顔をすれば良いか……」

 

「皆さんは今も女教皇様の帰りを待っています! 教皇代理を始めとし、牛深さんや対馬さん……天草式全員が女教皇様の事を心待ちにしているんです!」

 

「で、ですが……」

 

 このチャンスを逃すわけにはいかないと、五和は必死に神裂に食い下がる。

 神裂としては、五和の誘いに乗る訳にはいかない。自分の弱さに託けて出奔してしまった以上、今更のこのこ元の鞘に収まる訳にはいかない。彼女が天草式を出奔した時の覚悟は、そんなに簡単に撤回してよいほど軽いものではない。

 感動の再会に目を潤ませる五和と、罪悪感に胸を痛める神裂。

 そんな二人の少女のやり取りを傍で眺めていたコーネリアは五和から神裂の腕を引っ手繰り、

 

「ごめんな、天草式の五和さん。俺たち、ちょっと急いでんだ。――ちょっと走るぞ、『火織』」

 

「あ、え……こ、コーネリア!?」

 

「ま、待ってください! せめて顔を出すだけで――って、荊が壁と服を縫い付けていて、動けない!?」

 

 わたわたもたもたと拘束に苦戦する五和から、少年少女は手を繋いだまま走り去る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 五和からの逃走に成功した後、二人はヴィーゴ橋に体重を預けて乱れた呼吸を整えていた。――といっても聖人であるが故に人外レベルの身体能力を持つ神裂は息一つ乱しておらず、肩を激しく上下に揺らして荒い呼吸を繰り返しているのは常人であるコーネリアだけだったりする。

 運河を跨ぐ石橋であるヴィーゴ橋から見えるアドリア海を視界に収めながら、失った酸素を取り入れようと必死になっているコーネリアに神裂は言う。

 

「……ありがとうございます、コーネリア。汚れ役を買っていただいて……」

 

「べ、別に、そんなつもりでやったんじゃねえ、よ……」

 

 ようやく呼吸を整える事に成功したコーネリアは神裂の方へと向き直る。

 

「お前をこの旅行に付き合わせちまったのは他でもないこの俺だ。そして、この旅行の最中にお前は天草式の連中と鉢合わせしちまった。それについての罪悪感からの行動だった、ただそれだけだよ」

 

「五和との鉢合わせにあなたが罪悪感を覚える必要は――」

 

「無理を通してお前を旅行に付き合わせちまった俺が悪い。今はそれで納得してくんねえか? このままだと言い分が堂々巡りになっちまうからさ」

 

「…………あなたは、卑怯です。そのような言い方をされてしまうと、私は何も言えなくなってしまう……」

 

「すまんな、本当」

 

 しゅん……とやや俯く神裂にコーネリアは謝罪の言葉を口にする。

 確かに卑怯だよな、とコーネリアは心の中で自分を卑下する。神裂の正直すぎる性格を利用して話をまとめようとするところなんて、まさに卑怯の極みだと言えるだろう。

 だが、たとえ自分が卑怯だと、卑劣な奴だと言われようと、コーネリアは構わない。神裂火織という少女は悪くない――という結論をどんな形であれ提示できるのならば、どんな汚名も被る覚悟はある。

 神裂は、コーネリアにとって大切な存在だ。

 何故、彼女の存在が自分の中で大きくなってしまったのかなんて分からない。神裂と出会ってから二ヶ月ほどしか経っていないのに何故彼女の事がこんなにも大切に思えてしまえるのかなんて、未熟な自分には分からない。二度目の人生とか前世の記憶だとか、そんな大層なものを持っているくせに、コーネリアは何も理解できていないし把握できてはいない。

 ただ、神裂は俺を認めてくれたから。

 卑怯で卑劣な敗北者であるコーネリアを、神裂火織という少女は認めてくれた。

 気遣いのつもりで言ったのかもしれない、慰めるつもりでかけた言葉だったのかもしれない。

 だが、神裂が自分の事を認めてくれたという事実が、どうしようもなく嬉しかった。

 コーネリアは基本的に人の事を信用していない。

 信用している人間はせいぜい二人の妹とマーク=スペース、それと上条当麻ぐらいである。学校の友人たちとは仲が良いが、心の底から信用しているかと言われれば答えはノーだ。人は、小さなきっかけで簡単に人を裏切る生き物だ。

 そんな彼が、純粋に、心の底から信用しても良いと思えた人間――それが神裂火織だった。

 最初はただの停戦協定だったのに、今は共同戦線を張るほどにまで進展している。自分の弱音をぶつける事さえできている。

 それは、神裂火織がコーネリアにとって大切な存在になっている、何よりもの証拠だった。

 

(……俺はコイツを巻き込みたくねえと思ってるくせに、何故かコイツを巻き込む道を選んでしまってる。……本当、自分勝手で卑怯な奴だよ、俺は)

 

 どこまでも矛盾した、自分の行動。

 神裂火織を翻弄させてしまっている、自分の身勝手な選択。

 彼女を自分の人生に巻き込みたくはない――それは紛れもない本心だ。

 しかし、それと同じぐらいに――いや、それ以上に、彼女に自分を支えていてほしいと思ってしまっている。

 辛いときは、傍にいて欲しい。

 苦しいときは、声をかけて欲しい。

 泣きたいときは、抱き締めて欲しい。

 結局、自分は何処までも弱すぎるのだ――と、コーネリアは自虐する。

 だけど、弱すぎる自分を変えなくてはならない事は重々承知しているけれど――

 

(強くなっちまったら神裂と居られなくなる……そんな事を考えちまうから、俺はきっと強くなれねえんだろうな)

 

 どこまでも身勝手なのが、コーネリア=バードウェイという弱い少年なのである。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえず、上条当麻とインデックスを探そう。

 ヴィーゴ橋の上で重い空気を展開していた二人は気持ちを切り替え、一度、来た道を戻る事にした。

 からからころころ、とキャリーケースを転がしながら、コーネリアは隣の神裂に言う。

 

「さっき五和が『オルソラの引越しの手伝いをしている』っつってたろ? っつー事ァ、この街にはあのオルソラがいるって訳だ。そしてオルソラと上条は知り合いである――そう考えると、一つの可能性が浮かび上がってくる」

 

「オルソラが上条当麻と接触している可能性がある、という事ですね?」

 

「Yes,that's right.」

 

 無駄にネイティブな発音で、コーネリアは神裂の言葉を肯定する。

 

「あくまでも一つの可能性でしかねえが、あの不幸で一級フラグ建築士の上条の事だ、きっとオルソラの家にまで上がり込んでいるに違いない。オルソラはアイツの事を信用してるらしいしな、姿を見つけ次第家にまで連れて行くと思われる」

 

「それよりも私はどうしてあなたがオルソラとあの少年の関係について知っているのかを小一時間ほど問い詰めたい気分ではあります」

 

「……とにかく、だ」

 

 なに目を逸らしてんだよこの女顔は、とコーネリアに神裂はジト目を向ける。

 コーネリアは立てた人差し指を宙に彷徨わせながら、

 

「まずはオルソラの家を訪れない事には話が進まねえ。俺はとりあえずその道を選択するが、お前はどうする? 天草式の奴等がいる可能性が極めて高いから、街の方を探しててもいいけど……」

 

「いえ」

 

 神裂とコーネリアの視線が交錯する。

 

「私もあなたに同伴します。――そろそろ私も強くならなくてはなりませんしね」

 

 お前は十分強いよ、とコーネリアは思わず苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 迷子になった。

 いや、今度は上条とインデックスが、ではなく、コーネリアと神裂が、である。

 

「そもそもの話、俺たちってオルソラの家の場所すら知らねえじゃん。それなのにどうやってあいつの家までいくんだよ、流石に無理ゲーすぎるわ……」

 

「まさか第一段階で躓くとは予想外でした。せめて住所だけでも五和から聞いておくべきでしたね……」

 

「あの状況で住所が聞けたら苦労はしねえって」

 

 そんな精神状態じゃなかっただろ、とは言わない。何故なら俺は空気が読める男だからだ。

 今思うとなんか悲しくなることではあるが、せっかく旅行に来ているというのになんだかずっと歩きっぱなしな気がする。そもそも旅行というのは歩いてなんぼなイベントであるとは思っているが、流石に迷子を捜して延々と歩かされるのは予想だにしなかった。これじゃあイタリア旅行ではなくただの迷子探しの旅である。

 キャリーケースを壁の傍に置き、コーネリアはその上に腰を下ろす。

 

「とりあえずは休憩しようぜ。流石に何時間も歩いてるから疲れちまったよ」

 

「そうですね。私も少し足が疲れてしまいました」

 

 そう言って、神裂は自分のキャリーケースをコーネリアのキャリーケースの隣に置き、彼に寄りかかるように腰を下ろした。

 

「…………もしもし神裂さん? この状況は一体どういう事ですかね?」

 

「別に大した意味はありません。あなたは黙って休んでいればいいのです」

 

「いや、そう言われるとこちらとしては何も言えなくなっちまう訳なんだけど……」

 

 しかし右腕に何か柔らかいものが当たっていて以下略。ここで無駄な事を口走って痛い目を見る程、コーネリアは鈍感で馬鹿な男ではない。

 神裂のおっぱもとい柔らかな感触が理性をガリガリ削っているというこの状況――だが、それに畳みかけるように、神裂の髪が風に揺られ、コーネリアの鼻に軽く触れた。

 直後、コーネリアを襲う女の子の香り。

 

(ひっきゃぁあああああああああああああっ!? めちゃくちゃ良い匂いがするぅぅうううううううううううううううううううううううっ!!???)

 

 なんだこれ、なんだこれ!? 女の子ってこんな香りがすんの!? 最早男とは別の生き物じゃん! 種族が違いますって言われても素直に頷けるレベルだよこれ!

 しかも何故か、神裂の息遣いまでもが聞こえてきてしまっている。これは何だ、俺がコイツを意識しすぎているから、こんなに感覚が鋭敏になっちまっているって事なのか!? 最悪だな、このエロ男!

 と、とにかく、今は自分を落ち着かせよう。心頭滅却すれば女の子の魅力など大した事はなし。煩悩退散煩悩退散煩悩退散――――ッ!

 心の中で巨大な滝にコーネリアが打たれようとしていた――まさにその時。

 

 

 大地が、揺れた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial27 女王艦隊

 女王艦隊。

 その旗艦の名は、アドリア海の女王。

 今から数百年前に作られた、アドリア海の監視を目的とした魔術的帆船艦隊――というのは建前で、ローマ正教の囚人たちを無理やり働かせる強制労働施設という実態を持つ施設。

 それこそが、アドリア海の女王である。

 ――しかし、それすらもまだ、表の肩書でしかない。

 女王艦隊の本当の役割とは、機関であるアドリア海の女王に収められた同名の大規模魔術及び儀式場の護衛である。その下準備の為に囚人たちが働かされている訳であって、別に端から囚人たちの為だけに手間暇かけて作られた施設という訳ではないのだ。

 労働とは、何か別の目的があるからこそ成り立つものである。

 例えば、工事現場を例に挙げよう。工事現場では日夜忙しく厳しい労働が課せられている。そこでは人間の労働が発生するが、その工事現場の本当の意味は新たな住居を作る事である。――つまり、住居を作るという別の目的の為に、人々は工事現場での労働に身を投じるのだ。

 女王艦隊もまた、その仕組みを利用した巨大艦隊なのである。

 

(――という知識があるのはいいんだが、如何せんそれを知ったところでどんな対策を取りゃあ良いのかは全く分かんねえんだよな)

 

 過去からの遺産によってローマ正教の、しかも一部の者しか知らない知識を内包しているコーネリア=バードウェイはキオッジアの街を走りながら、陸を抉る形で浮上している真っ最中の氷の軍艦を眺めながら、他人事のように心の中で愚痴を零した。

 現在、彼は神裂火織と共に運河の方へと引き返している。

 それは運河の方から轟音が響き渡ってきたからであり、更にはそこから常識外れのサイズを持つ船が飛び出してきたからである。知識としては知っていたが、こうして自分の目で確かめると……確かに、大きいという言葉では測りきれないほどのサイズがある。

 

「っ……あのようなサイズの船を運河の中に隠していただなんて……流石に規格外すぎます……ッ!」

 

 ばちゃばちゃばちゃ、と海水を踏みながら、神裂が叫ぶ。氷の船の出現により運河周辺が無理矢理噛み砕かれた結果、溢れ出た海水が街の方にまで流れてきているのだ。どうやらその溢れた水は家屋の中にまで達してしまっているようで、突然の浸水に周囲の家屋からイタリア語がひっきりなしに響き渡ってきている。

 キャリーケースは適当な場所に置いてきたため、彼らの手に目立った荷物はない。しいて言うなら神裂の七天七刀が目立つ荷物と言えるのだが、それをさて置いたとしても二人は必要最低限の状態での走行を強制されていた。

 海水に沈んだ石床を走りながら、コーネリアは考える。

 

(あの船が浮上したって事は、上条とオルソラは既に船の中って訳だ。インデックスは道のどっかで置いてけぼりを食っている最中って感じか? 俺がこっから参加したところで何かが変わるとは思えんが……)

 

 この世界で起きる大規模な事件は基本的に、上条当麻という少年の手によって解決される。時には一方通行や浜面仕上、それと御坂美琴や白井黒子と言った人物が中心となる事があるが、基本的にほとんどの事件は上条当麻一人で間に合っている。

 そこに、コーネリア=バードウェイは含まれない。

 元々存在しなかった少年の役割は、この世界には存在しない。

 ――――だが、

 

(事件の解決は出来ずとも、『あいつ』の負担を減らす事ぐれえなら俺にもできる! ビアージオ=ブゾーニ以外の脅威を俺が倒しちまえば、あいつが元々喰らうはずだったダメージを無かった事にすることだって可能なはずだ!)

 

 矮小な考えかもしれない、身勝手な判断かもしれない。

 だが、存在するはずのない人間だとしても、コーネリア=バードウェイはこの世界に現在進行形で存在している。

 世界は変わった。

 だから次は、介入者が変わる番だ。

 

(レイヴィニアみてえな黒幕にならなくてもいい、上条みてえな主人公にならなくてもいい)

 

 巨大な氷の船が、徐々に近づいてくる。

 険しい表情で並走する神裂が、視界の端にちらちらと映る。――どんな事があっても守りたいと思える存在が、隣にいてくれる。

 

(ただ、俺がやれる事を全力でやる。――それが俺の役割だ!)

 

 少年は、主人公である事を諦めた。

 しかし、彼は知らない。

 他者の為に自分を犠牲にする覚悟を持った人間は、大切な誰かを護る為に立ち上がった人間は――

 ――時として、『主人公』と言われるという事を。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 海水に沈んだ石道を進んでいくと、そこにはインデックスの姿があった。

 

「インデックス!」

 

「あ、コーネリア! とうまが、とうまとおるそらが連れて行かれちゃったんだよ!」

 

「事後報告は今はいい! とりあえずあの艦隊が何なのか、その説明をしてくれ!」

 

「わ、分かったんだよ!」

 

 インデックスは十万三千冊の魔導書を記憶している魔導書図書館だ。そんな彼女に、魔術に関わる事で知らない事はない。十万三千冊の知識を使用する事で魔神にまで匹敵する事が出来るこの少女に、カバーできない問題はない。

 そして、コーネリアがインデックスに説明を求めたのには他に理由がある。女王艦隊についての知識があるコーネリアは説明を不要としているが、彼の相棒――神裂火織に女王艦隊についての知識はない。コーネリアは自分が無知であるという振りをして、実は神裂に自然な形で情報を与えようとしたのだ。ローマ正教の上層部ぐらいしか知らない知識をイギリスの一回の魔術結社の関係者が話すなど、不自然極まりない事であるし。

 

「あれは女王艦隊の一隻――つまり、動いているのはローマ正教だね」

 

「ローマ正教……」

 

 インデックスの懇切丁寧且つ簡易的な説明に、神裂が相槌を打つ。

 すぐ傍で展開されるインデックスの授業を聞く――というのはあくまでも様子だけであるコーネリアは彼女たちに気づかれないように徐々に距離を取り、ダッ! と勢いよく駆け出した。

 向かう先は、アドリア海へと向かう氷の帆船である。

 

「ローマ正教も馬鹿な事を――って、何をしているのですか、コーネリア!?」

 

 背後から神裂の声が聞こえるが、コーネリアは無視して先を急ぐ。彼女にはインデックスがついているから、後は任せっぱなしにしても大した問題はないはずだ。どうせこの後、インデックスは天草式を呼びに行く。そこに神裂が同行する事で彼らの間の確執が少しでも解決されれば、それは願ってもない好結果だ。

 アドリア海へと突き進む帆船に、持ち前の脚力で近づいていく。

 しかし、今の速度のままで帆船に追い付くことは不可能だ。船の進行速度に追いつけるほど、常人は優秀に造られてはいない。

 だからコーネリアは、ここで常人ではない能力を投下する。

 

「長袖じゃねえのが残念だが……――伸びろッッ!」

 

 叫ぶと同時に、彼の服の袖から無数の荊が出現する。

 生まれた荊はそのままぐんぐんと伸びて行き、遂には氷の帆船に勢い良く突き刺さった。

 

「痛ぅ……っ!」

 

 腕に荊が刺さり、コーネリアに苦悶の表情が浮かぶ。彼の能力『荊棘領域(ローズガーデン)』は《人工物から荊を生やす》という便利な効果を持つが、その反面、発生させた荊の棘が能力者自身にすら牙を剥く、という不便な追加効果も持っている。それ故にコーネリアはこの能力をあまり使いたがらないのだが、今回のような緊急事態となると話は別だ。

 腕を襲う激痛を我慢しながら、コーネリアは帆船に突き刺さった荊を収縮させ、船の壁へと接触する。

 更に船の甲板へと荊を伸ばし、命綱によるクライミングウォールの要領で壁をよじ登っていく。

 そしてついに甲板へと辿り付いたコーネリアは揺れる船の上で安堵の息を漏らし、

 

「……待て、よ? この先ってヴィーゴ橋があったような……――ッ!?」

 

 思わず、船の縁にしがみ付く。

 ゴガァッ!! という轟音が響いた。

 それは石橋を一撃で粉砕した音であり、その轟音が耳を劈いたと思った瞬間、コーネリアは船の中央へと人形のように吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 場所は移って、南アメリカはブラジルにて。

 レイヴィニア=バードウェイは心底不機嫌な様子で攻撃魔術をバンバンぶっ放していた。

 

「お前らのせいで! お前らのせいで! 私とコーネリアの新婚旅行が! 水の泡と化したんだぞ!?」

 

 小太りした偉そうな中年のおっさんの顔面を踏み躙りながら叫び倒すレイヴィニアに、彼女の側近が一人マーク=スペースはタロットカードの小アルカナを利用した魔術で雑魚共を蹴散らしながらも、至って冷静な指摘をぶつける。

 

「ボスボス。なに勝手に結婚しちゃってるんですか実の兄妹の癖に」

 

「二人の愛の間に血縁関係など問題ではない!」

 

「血縁関係程問題視される条件もないと思いますがね。実の兄妹で結婚とか、どこの漫画だよって感じですし」

 

「家族愛が恋愛へと進展したに過ぎない。愛の形など人それぞれだからな、何も問題はないんだよ」

 

「そもそもボスの愛とコーネリアさんの愛では形も中身も違うのでは? ボスのは恋愛ですが、コーネリアさんのはただの兄妹愛……」

 

「シャァラァップッッッッッ!」

 

 キュガッ! と爆発魔術が炸裂し、ブラジルの魔術結社の魔術師たちが棒切れの様に蹂躙される。

 そんな中、マークは考える。

 この超絶ブラコンの機嫌を直すには、やはりコーネリアの存在が必要不可欠だ。あの少年をレイヴィニアの前に放り込むぐらいはしないと、このお子様魔術師の機嫌が直る事はないと考えていい。それほどまでに、今のボスはイラついている。

 何が悲しくて禁断の兄妹愛に振り回されにゃあならんのかね。マークは迫り来る魔術師の集団を軽く迎撃しながら、疲れたように溜め息を吐く。

 

「マーク! この仕事が終わったら我々もイタリアへ乗り込むぞ! そしてあのジャパニーズサムライガールの暴挙を止めるのだ!」

 

「ボスって意外と、いつかマジで馬に蹴られて地獄に落ちそうですよね」

 

 軽口を叩き合う二人の魔術師の周囲には、場違いとも言える程にグロテスクで闇社会の象徴とも言えるような光景が広がっているのだが、空気の読めない凄腕魔術師たちはあくまでもマイペースを突き通す。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial28 信頼

 二話連続投稿です。


 コーネリアが一人で氷の帆船に乗り込んでしまった。

 そんな現状を目の当たりにした神裂火織は既に届かない程に遠くなっている氷の帆船の後ろ姿を睨みつけながら、悔しそうに歯噛みしていた。

 

「また、なのですか……私はまた、あの少年の傍にいられないというのですか……ッ!?」

 

 コーネリアは弱い。弱いからこそ神裂が守ってあげなければならない――だが、コーネリアはいつも自分一人で先へ先へと進んで行ってしまう。

 何か打開策がある訳でもないくせに、何かを救えるだけの力がある訳でもないくせに、コーネリア=バードウェイはあくまでも一人で全ての問題を背負おうと行動してしまう。――神裂火織という少女を、置いてけぼりにした状態で。

 悔しかった、悲しかった。

 あの少年に置いてけぼりにされた事が、何も言わずに頼ってすらもらえない事が、神裂はどうしようもなく悲しかった。

 既に、コーネリアの姿は見えない。彼が乗り込んだ船はアドリア海へと進んでおり、ここからではいくら聖人の身体能力を駆使したところで追いつくことも到達する事も出来ない。

 何が世界に二十人といない聖人だ、何が天草式の元女教皇だ。私は大切な人の傍にいる事すらできていないではないか……ッ!

 七天七刀の鞘を握る手に力が入り、ギチギチと音が鳴る。

 そんな彼女に、言葉を掛ける者がいた。

 インデックス。

 魔道書図書館としての役割を持つ少女は隣で震えている神裂に、まるで聖母が従順な仔羊たちに語りかけるかのような声色で言う。

 

「多分だけど、コーネリアはあなたを何の意味も無く置いて行った訳じゃないと思う」

 

「……え?」

 

 夜の街に立っていた純白の少女の言葉に、神裂は反応を示す。

 

「こーねりあはとうまと違ってちゃんと考える人なんだよ。あの『明け色の陽射し』のボスに選ばれるはずだった存在だって聞いてるしね。そんなこーねりあが何の考えも無しに聖人であるあなたを置いて行くなんて、ちょっと考えられないんだよ」

 

「……それでは、コーネリアはどうして私に何も言わなかったのですか……?」

 

 分かっている。この少女に、コーネリアと知り合い程度の関係でしかないこの少女にそんな事を問う事自体が間違っているなんて、私だって分かっている。

 でも、尋ねずにはいられなかった。

 自分だけでは分からなかったから、自分ではない誰かから答えを提示して欲しかったから、神裂はインデックスに一つの疑問をぶつけたのだ。

 コーネリアは、どうして神裂を置いて行ってのか。

 答えられるはずのない、ここにはいない金髪の少年の考えを示した疑問に、しかしインデックスは迷う事無く返答する。

 

「あなたを信じているからだと思う」

 

「私を、信じている、から……?」

 

「あなたは強い。世界に二十人といない聖人だから、その強さは筋金入り。――でも、だからこそ、コーネリアはあなたを信じて任せたんだと思う」

 

 インデックスは一拍置き、

 

「きっと、あなたならこの状況を打破できるって、コーネリアは信じてる。それなら、次はあなたの番だよ、天草式十字凄教の元女教皇。あなたなら――どうする?」

 

「私なら……」

 

 コーネリアが信じてくれている。コーネリアが遠回しに頼ってくれている。

 その現実をかつての友人である少女から言い渡された神裂は頭を働かせながら、自分に言い聞かせるようにこう呟いた。

 

「私、なら……」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 氷の帆船の中は意外と広く、ちょっと道を逸れただけで迷子になってしまいそうな程に複雑な造りをしていた。

 ヴィーゴ橋を噛み砕きながらの進行によって船の中央にまで吹き飛ばされたコーネリアはぶつけた身体を擦りながらも、船内への侵入に成功していた。

 

「ここのどっかに上条とオルソラがいるはずなんだが……探すのはかなり骨が折れるかもなぁ」

 

 先程からローマ正教の修道士たちの叫び声が聞こえてくるあたり、彼らは追われている状況と見て良い。確かオルソラと上条は、ローマ正教の修道士たちからの襲撃に対処している最中にこの船に半ば強引に乗り上げてしまったはずだ。となると、彼らの逃走はまだ続いていると考えた方が無難である。

 願わくば正史との齟齬が生まれてねえ事を祈るばかりだな、とコーネリアは肩を竦める。ここ最近になって歴史が変わりまくっている気がするので、その影響が今回ばかりは発生しない事が何よりも望ましい。実は本日上条当麻が死んでしまいます、なんていう具合に歴史が動いてしまったら流石に目も当てられない。

 船内を忙しなく動き回る修道士たちの目に着かないように隠れながら、コーネリアは傍にあった扉を開いて中の部屋へと足を踏み入れる。

 そこには、七人前後の男女の姿があった。

 その内の二人は女性で、黒と金が織り交ざった特殊な配色の修道服に身を包んでいる。会った事はないが知識としては知っている。この二人の名はルチアとアンジェレネ――ローマ正教のアニェーゼ部隊に所属する大小シスターコンビだ。

 残る五人は如何にも不健康そうな男たちで、彼らの傍のサイドテーブルには怪しげな道具が転がっている。ペンのような形状のそれは室内の特殊な照明により、その不気味さを増していた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 イタリア語での叫び。

 しかし、イタリア語の挨拶すら知らないコーネリアは極めて冷静な様子で男たちを見据え、

 

「何言ってんのか分っかんねえからとりあえず沈んどけ」

 

 直後。

 無数の荊が男たちに襲い掛かった。

 その荊は修道士たちの衣服から生えたものであり、まるで意志があるかのように男たちの両手両足を完全に拘束していた。しかも荊の棘が素肌にズブリと刺さっているため、男たちは自身を襲う激痛に思わず叫び声を上げてしまう。

 

「だから、何言ってんのか分かんねえんだって」

 

 コーネリアがそう言うと、修道服から更に荊が増え、まるで猿轡かボールキャグのように男たちの口を縛り付けた。勿論、男たちの顔面は荊によって赤く染まっている。

 二十秒にも満たない制圧。

 ある条件下において――相手が比較的弱く、更に荊を生やす対象が存在する場合においてのみ凶悪な効果を発揮するコーネリアの『荊棘領域』だからこその、超短時間制圧だった。

 「さて、と」床に転がった修道士たちを部屋の隅まで蹴り飛ばし、コーネリアは二人の修道女――ルチアとアンジェレネへと向き直る。一片の容赦すらなく――しかも敵を蹴り飛ばしながらも僅かにほくそ笑んでいる辺り、やはり彼もバードウェイ家の人間である。血は争えないと言ったところか(パトリシアを除く)。

 ぷるぷると小刻みに震えながら、超絶涙目でコーネリアを見ながら、ルチアとアンジェレネは彼と向き合う。小鹿のように脅えるアンジェレネを庇うようにルチアが前に出てきている辺りから察するに、どうやらルチアはアンジェレネの姉のような存在であるらしかった。

 アンジェレネを抱き寄せながら、ルチアはコーネリアに問いかける。

 

「あ、あなたは、何者なんですか? 見たところ、ローマ正教でもイギリス清教でも――ましてや魔術師でも無いようですが……」

 

「お前らを助けに来た正義の味方だ――ってのは流石に俺の台詞じゃねえな。ええと、そうだな……」

 

 困ったような表情を浮かべるも、しかし、コーネリアはその表情を維持したままこう言った。

 

「救われぬ者に救いの手を差し延べに来た、ただの通りすがりの脇役だよ」

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そういえば、コーネリアから買ってもらった衣服をキャリーケースに入れっぱなしにしてしまっている。

 そんな今更過ぎる現実が頭を過ったが、神裂火織は涙を呑みつつ、インデックスを抱えながら夜のキオッジアを駆けていく。

 

「後で回収すれば大丈夫後で回収すれば大丈夫後で回収すれば大丈夫……ッ!」

 

「は、はやっ……早すぎるかもぉおおおおおおおおおおおっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ルチアとアンジェレネの救出をとりあえず終えた後、少し遅れて上条当麻とオルソラ=アクィナスがコーネリア達がいる部屋にやってきた。コーネリアの姿に上条は「な、何で先輩がこんな所に!?」と驚いていたが、コーネリアとしてはそんな事よりもまず優先するべき事案がある。

 上条の肩に勢いよく両手を置き、コーネリアは額に青筋をビキリと浮かばせながら、上条にニッコォォォとアルカイックスマイルを向ける。

 

「テメェ上条この野郎……よくも俺と神裂を置いて何処へともなく消えやがったな……ッ!?」

 

「ひぃっ!? そういえば迷子になってからオルソラに合流したせいで、先輩たちの事をすっかり忘れてた!」

 

「今の台詞をそっくりそのまま神裂に聞かせるから、せいぜい短い余生を楽しむんだなこのクソ後輩」

 

「死ッッ!?」

 

 絶望の表情を浮かべる後輩に、先輩はニィィと心の底から愉悦の笑顔を浮かべる。

 上条たちとコーネリアが合流してから最初に行われたのは、ルチアとアンジェレネの説得だった。かつて『法の書』を巡って対立した関係にある彼女たちは当然、上条とオルソラの言葉を信じなかった。敵であるはずのあなた方が私たちを助けに来る訳がない――そう言って、ルチアとアンジェレネは上条とオルソラの言葉に耳を貸さなかった。

 しかし、そこでオルソラ持ち前の話術が炸裂。敵である私たちがリスクを負ってこんな場所にまで来ている理由を考えて欲しい――そう言った挙句、アニェーゼの名前を出したことで、ついにルチアとアンジェレネはオルソラ達を信じる事に決めたのだった。

 そして決められた通りに脱出方法についての説明が行われ、更にその後、修道服に仕込まれた術式によってルチアとアンジェレネが苦しみ始め、それを解決しようとしたところで上条がオルソラに殴られる――という凄く覚えのあるやり取りが目の前で展開され、コーネリアは思わず安堵の表情を浮かべていた。

 だが、問題はここからだ。

 彼ら――つまりはコーネリア以外の人々は知らないが、これからこの船は女王艦隊からの砲撃によって轟沈させられる。結局は全員助かるので心配は要らないだろうが、問題はそこではない。コーネリアはこの場の全員を救えるほど、器用でも優秀でもない。

 問題なのは、自分の事だ。

 ここにコーネリアがいて、歴史が変わってしまうという問題である。異物が一人紛れ込むだけで歴史というものは簡単に変わってしまう。コーネリアがこの部屋にいると言うだけで、もしかしたらこの内の誰かが助からなくなってしまうかもしれないのだ。

 無論、コーネリア以外の誰かがこの部屋からいなくなってもいけない。あくまでも上条当麻とオルソラ=アクィナス、それとシスター・ルチアとシスター・アンジェレネ、更にはローマ正教の修道士たちの全員をこの部屋から移動させないようにする必要がある。

 コーネリアだけがこの部屋から出る。

 時間はあまり残されてはいない。なるべく早く行動し、不確定要素を少しでも減らす必要がある。

 

「ちょっと待て。そもそもこの『女王艦隊』の本当の目的は結局何なんだ?」

 

 四人の話が進展を続け、ついに『女王艦隊』の真相へとシフトする。その話に集中しているせいか、四人の意識はコーネリアには向いていない。

 ――今が、チャンスだ。

 四人に気づかれないようにこっそりと忍び足で後退りし、遂にコーネリアは部屋からの脱出に成功する。

 

「とりあえずはこの船が沈む前に他の船に乗り移る! 後の事はそん時になって考えりゃあ良い!」

 

 氷で構成された通路を抜け、侵入者に反応して動く氷の鎧の攻撃を難なく避け、コーネリアは船の甲板へと移動する。船の周囲には似たような形状の氷の帆船が無数に展開されていて、そこに搭載された全ての砲台がこちらの船に照準を向けられていた。

 

(普通に泳いで到達できる状況じゃねえ。だったら……普通じゃない方法を取るまでだ!)

 

 キュガッ! と周囲の帆船から無数の砲弾が発射され、コーネリアがいる船へと勢い良く突き刺さる。今頃、船内にいる上条たちはさぞ焦っている事だろう。コーネリアの姿が無い事もまた、彼らの焦燥に拍車をかけているかもしれない。

 「後で謝らねえとな」崩壊し始めた船の縁によじ登りながら、コーネリアは一人呟く。

 ―――そして。

 身に着けた衣服のありとあらゆる箇所から荊を生やして自分自身を覆い尽くし―――

 

「こっから先は運勝負ってね!」

 

 ―――そのまま迷う事無くアドリア海へと身を投げた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial29 天草式十字凄教

 探しものは、意外とすぐに見つかった。

 インデックスを抱えた状態で夜のヴェネツィアを駆けていた神裂火織は煉瓦造りの家の屋根を壊さない程度に踏み込み、聖人としての力をフルに使って跳躍した。――その落下地点には、夜の街を疾走する一台のトラックが。

 迷わず、神裂はそのトラックの目の前に着地した。

 そして運転席で驚愕の表情を浮かべる三人の少年少女の目の前で、怪力のみを駆使して無理やり強引にトラックの走行を受け止めた。

 言葉では形容しがたい鈍い衝撃が、夜の街に響き渡る。

 「なんだなんだ!?」と突然の衝撃音に周囲の家からイタリア語で困惑と焦燥の声が上がっていく中、トラックを両手で受け止めた体勢のまま、神裂は荒い呼吸と共に運転席の少年少女に言い放つ。

 

「身勝手な事だとは分かっています、決して許されるような事ではないと分かっています。……ですが、今一度だけ、私に力を貸してください――天草式十字凄教!」

 

 返事なんて、必要なかった。

 彼らの名は、天草式十字凄教。

 救われぬ者の為ならばどんな状況でも救いの手を差し延べる――そんな純粋一辺倒な集団である。

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 氷の帆船の一隻に無理を通して侵入する。

 それが、荊に包まれることでボールのようになったコーネリア=バードウェイが取った、たった一つの打開策だった。

 氷の帆船の壁に荊を張り巡らせて、それを伝って船の中への侵入を試みるコーネリア。彼の能力の対象はあくまでも『人工物』なので、氷の壁に荊を生やす事は出来ない。その為、コーネリアはボール状の荊を分解し、そこから壁に這う様に荊を展開する事でその問題を無事クリアする事に成功していた。

 音も無く、暗闇の中、コーネリアは荊をただただ黙って登っていく。しかしそれはある意味での自傷行為であり、その証拠に荊の棘が刺さって彼の手からは大量の出血が起きていた。勿論、彼の両手には耐え難い程の激痛が走っている。

 だが、コーネリアは泣き言を言うでもなく、手を離すでもなく、ただひたすらに荊の蔦をよじ登っていく。ここで諦める訳にはいかないからと、上条当麻の負担を減らすためだと、自分に言い聞かせながら、脇役は口を噤んで食い縛って無駄に巨大な氷の帆船の壁を痛みと共に登って行く。

 そして、時が経つ事約五分ほど。

 気配を消す且つ痛みによる減速を余儀なくされていたコーネリアは、ついに船の甲板への侵入に成功していた。

 

「っ……はぁーっ! は、はは……力、入んねえ……」

 

 真っ赤に染まった両手を震わせ、痛みに顔を歪めるコーネリア。どこぞの幻想殺しの様に痛みに強い訳でも、どこぞの第一位のようにダメージを反射できる訳でもない、そんな異能力者(レベル2)の原石は、自身を襲う痛みにただただ身を震わせるしかできないでいる。

 こういう所が、主人公として選ばれない要因なのかもしれんな。

 大量の出血と激痛のせいで痙攣を繰り返している両手を力なくだらしなく下げ、コーネリアは立ち上がる。

 そして、彼は気づいた。

 自分を中心として、無数のシスターが巨大な円を築き上げている現状に。

 

「……随分と大胆な歓迎だなオイ。こんなに大人数でだなんて誠に魅力的だわ」

 

 震える両手は武器としては機能しない。

 申し訳程度の能力が覚醒する気配はない。

 誰かが助けに来る様子はない。

 主人公になれない脇役は、こんな絶体絶命な状況においても、勝利を導く運命にほほ笑まれることはない。脇役はあくまでも脇役らしく、今の状況と手札を現実として受け入れるしかないのだ。

 ――それがどうした、問題ない。

 こんな状況なんて今まで何度も経験してきた。毎日のように魔術師には命を狙われたし、妹に何度も死地に送り込まれたりもした。『明け色の陽射し』のボスを妹に譲る前なんて、まだ幼いのに殺されかけたりもしたぐらいだ。

 そんな状況に比べれば今のこの窮地なんて、難易度を設定する事すら烏滸がましい。考えるまでも無く遥かにイージーな試練だ。

 確かに、手札は少ない。しかもその唯一の手札は『人工物からただの荊を生やすだけ』というお粗末な手品のような芸当でしかなく、そこそこの腕を持つ敵にすら絶対に勝てないようなものだ。正直な話、浜面仕上にすら勝てない自信がある。

 だが、それでも、コーネリアはこの手札だけで今までやってきたのだ。この手品のような手札一つで、ありとあらゆる敵を撃破してきたのだ。

 使い物にならない両手を動かす事も無く、コーネリアはシスターたちを見据える。

 そして鋭い眼光を浮かべると共にニィィィと口角を吊り上げさせ――

 

「だけど誠に残念ながら、一途な俺は『あいつ』以外に折れる訳にはいかねえんだわ」

 

 ――物語を盛り上げるような音や描写なんて無かった。

 ただ、衣服から生えた荊がシスターたちを縛り上げる音と描写だけが、船の上に展開されていた。どこまでも地味でどこまでも映える事はない、漫画で言うのならページ端に数コマだけ申し訳程度に描き出される様な、そんな地味で映えない光景が、そこには拡がっていた。

 荊による痛みで悶えるシスターたちをサディスト精神旺盛な瞳で見下ろしながら、コーネリアはこう言った。

 

「お前らが何人いるかなんて知らねえが、ボスキャラ以外は俺が纏めて相手してやるよ」

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 天草式を伴ってアドリア海に向かった神裂とインデックスは、上条当麻やオルソラ=アクィナス、それと大小シスターコンビやローマ正教の修道士たちを回収した。それは天草式が誇るお手製上下艦だからこそ為せる救出劇であり、神裂が恥を忍んでかつての仲間たちに協力を要請したからこその結果だった。

 

「ぶー! とうまは相変わらずとうまだよねとうまとうまとうまー!」

 

「そ、それは悪口を言われてるのか俺にはよく分からねえよインデックス!」

 

「修道女を裸にする右手を持ってるエロとうまには一生かかっても分からないんだよ!」

 

「俺の右手をエロ専用アイテムみたいに言うなそれとルチアとアンジェレネを裸にした件で怒られるのは理不尽すぎ――って言ってる傍から噛み付こうとするなこの猛獣がァあああああああああああああああああああああああああああッ!!???」

 

 ガッチンガッチンと歯を鳴らす純白シスターから珍しく逃走するツンツン頭の少年。少し離れたところでは名前を出されたルチアとアンジェレネが顔を赤く染めていて、インデックスと上条のやり取りを眺めている天草式やオルソラには生暖かい笑顔が張り付いている。今がどんな状況であるかは全員重々承知だとは思うのだが、今この瞬間においては、自分たちが日常の一ページにいるのではないかと錯覚してしまう。

 そんな平和な時間の中、神裂火織は一つの異常事態に頭を悩ませていた。

 

(船から叩き落された面子の中にコーネリアがいないのは何故なのでしょうか……?)

 

 上条当麻から聞かされた話だと、確かにコーネリアは沈められた船に乗っていたはずだ。コーネリアが氷の帆船に乗り込むところは神裂も目撃しているし、それはまず間違いはない。実は別の船だったんじゃね? という可能性も無い訳ではないが、状況から察するに、彼が乗り込んだ船は上条当麻とオルソラ=アクィナスが乗っていた船と同じものである可能性が極めて高い。というか、確実に同じだったと言えるだろう。

 そうだというのに、コーネリアは落下組の中に含まれていなかった。既に海深くまで沈んでしまっている――そんな『もしかして』が一瞬頭を過ったが、すぐに「それは有り得ない」と神裂は首を振った。

 海中に投げ出された面々を回収したのは他でもない神裂だ。船が沈められたのを目撃した直後に海に飛び込んで全員助け出したので、コーネリアだけを取りこぼすなんてことは絶対に考えられない。そもそもの話、神裂がよりにもよってコーネリアを見逃すなんて絶対にありえない。

 それでは何故、コーネリアはいなかったのか。

 そんな疑問を浮かべてから数秒後、早々に神裂は一つの答えを導き出すことに成功していた。

 

(……他の船に乗り移った、と考えるべきです。あの人の事だ、何が何でも生き延びようとするに違いない。その為に取るべき手段と方法を考察すれば、あの人が他の船に乗り移って生き延びた、という答えが必然的に浮かび上がってくる)

 

 他に何か目的があるのかもしれませんが、と神裂は心の中で付け加える。

 そして、それと同時に、彼女の顔に浮かぶは小さな笑顔。

 

(彼の事が少しだけですが理解できた――それがどうしようもなく嬉しく思えてしまうのは、私がコーネリアの事を憎からず想っているからなのでしょうか)

 

 答えなんて、分からない。

 想いなんて、分からない。

 ただ、彼の行動を考えて一つの答えを導き出す事が出来た――ただそれだけの事が、どうしようもなく嬉しくてたまらない。

 彼は常に神裂の一歩先を歩いている。

 その事実は変わらないし、その現実は覆されない。――だから、それについてはもう諦めた。

 とりあえず、彼に追い付けるように努力する。努力して努力して努力して、いつか彼と肩を並べられるにまで成長して見せる。それが私の、神裂火織のとりあえずの目標だ。

 だから、まぁ、まずはその為に――

 

(――あなたが救いを求めていなくとも、私はあなたの傍であなたを救います。それが私があなたにできる精一杯なのですから)

 

 それで彼の傍に並ぶことができた時、私はこの想いの正体を知るのかもしれない。

 敵地のど真ん中、何処で何をするべきか、その全てが分からない状況の下、しかし神裂火織の顔に浮かんでいるのは、遠くの誰かを想う乙女のような微笑みだった。

 そんな彼女――元女教皇(プリエステス)の様子に気づいた教皇代理こと建宮斎字(たてみやさいじ)はニヤニヤニマニマと人をおちょくる表情を顔に浮かべ、

 

「どうしたのよな女教皇様。もしかして噂の金髪女顔少年の事でも考えていたのかニヤニヤ?」

 

「な――っ!? だ、誰がコーネリアの事など考えますか! 何の証拠も無しに意味の分からない予測を立てないでください建宮斎字!」

 

 うがー! と目頭を立てる神裂に、しかし建宮――いや、彼を始めとした天草式の面々はニコニコニヤニヤニマニマと生暖かい笑顔を浮かべつつ、

 

『『『(面白いネタを見つけちまったなぁ)』』』

 

 とても場違いな発見に胸を躍らせていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial30 魔術

 多数のシスターを一瞬で鎮圧した後、コーネリアは近くを並走していた船に乗り移り、敵戦力の殲滅に精を出していた。それは囚人としてこの女王艦隊で働かされているシスターの鎮圧と同義であり、彼は手品のような能力を駆使して確実にローマ正教の戦力を削り取っていた。

 敵戦力の総数はおよそ二百五十人。それに対して天草式の人数はおよそ五十人程なので、出来れば二百人ぐらいはこの手で鎮圧しておきたい。ざらっとしか数えてはいないが、残り七十人ぐらいで目標の数値に届くと思われる。しかし、それもどこまで上手くいくかは分からない。何かの攻撃魔術で簡単に倒されてしまうのがコーネリアであるため、この猛攻が直後に終了してしまうことだって十分にあり得るのだ。

 

「邪魔ァ……ッ!」

 

 荊で橋を構築して船と船とを渡り歩きながら、自分に襲い掛かってくるシスターたちを殲滅していく。今ので合計百五十人と言ったところか。まだまだ目標の人数には足りていない。

 甲板でのた打ち回るシスターたちに脇目を振ることなく、次の船へと乗り込むコーネリア。

 ――と。

 

「あン? この船だけ、シスターたちがいねえぞ……?」

 

 周囲を見渡してみると、船の甲板にはコーネリア以外の人間は存在していなかった。ただ淡く輝く氷の甲板だけが拡がっていて、周囲の船からシスターたちがこちらを睨みつけている、という状況が確認できるだけである。

 もしかして、ここが旗艦なんかな? 一隻だけ特徴がありすぎる事に感付いたコーネリアは、数メートルほど先にある扉――船内に繋がっていると思われる――の存在に気付くや否や、迷う事無くその扉に接近する。

 そして、扉を開こうと手の伸ばしたところで、コーネリアは気づいた。

 

「チッ。魔術的な錠を掛けてやがるな……」

 

 流石は元『明け色の陽射し』のボス候補だっただけはあるのか、コーネリアはすぐに扉の仕掛けに感付いていた。しかもその城がどんな魔術であるかも既に気付いており、彼が魔術師として育っていればどれだけ優秀になれていたかが顕著に表れていた。原石としての能力が無かったら魔術師にもなれてたんだがな、とコーネリアは今更過ぎる現実に吐き捨てるように舌を打つ。

 この魔術的な錠を開くためには、こちらも魔術的な開錠方法を取る他ない。しかし、その方法を取ったが最後、能力者であるコーネリアの身体は悲惨な結末を辿ってしまうことになる。全身の血管が破裂し、皮膚は裂け、場合によっては死に至る事だろう。

 例えそれが、超天才魔術師・レイヴィニア=バードウェイの実兄だったとしても。

 例えそれが、天才的な魔術的センスを持っている少年だとしても。

 『能力者』である限り、その法則からは誰も逃れる事が出来ないのだ。

 

「……別に、俺が無理してここを開ける必要はねえんだよなー」

 

 どうせもうしばらくしたら上条当麻がやって来て、この扉を『幻想殺し』で壊す事だろう。だからここでコーネリアが無理をすることは完全に無駄骨であり、もっと酷い言い方をするならば何の意味もない余計な行動という事になる。

 だが、しかし。

 誰にも望まれていない行為だとしても、誰かに怒られてしまうような無謀な行為だとしても、そこに『自分がやった行為』としての証を刻み込むことができるのなら、これほど意味のある無駄骨はないのではないか――と、コーネリアは思ってしまった。

 無謀にも、無残にも、無意味にも、コーネリアはそう思ってしまった。

 だからこそ、コーネリアは扉に右手を当て――

 

「期待以上の働きはしてみせるさ――――!」

 

 ――振動が、『アドリア海の女王』に襲い掛かった。

 それはコーネリアの右手から放たれたものであり、彼が唯一使える攻撃魔術であった。

 その名は、振動術式。

 対象の魔術を解析し、特定の振動を与える事でその魔術を破壊する――彼オリジナルの術式である。

 コーネリアの手から放たれた振動を受け、『アドリア海の女王』に大きな亀裂が入っていく。甲板が割れ、帆は裂け、船体が破壊されていく。

 破壊力で言うのなら、中々の高位魔術だと言える。それもそのはずで、これはコーネリアが『明け色の陽射し』のボスになるために育てられていた過程で身に着けた希少で強力な魔術なのだ。

 レイヴィニア=バードウェイが最強クラスの魔術師になっているのだから、その兄であるコーネリアが最強クラスの攻撃魔術を使える事もまた当然の事なのだ。

 だが、その代償として、彼の身体はいとも容易く崩壊する。

 

「ぎィ、ァアああああ……ッ!?」

 

 扉に押し当てた右手の血管が裂け、大量の出血が発生する。その奔流は徐々に彼の全身を蝕んでいき、一分も経たない内に彼の身体は血で真っ赤に染め上げられてしまっていた。

 だが、まだ、コーネリアは倒れない。

 まだ俺は、期待以上の働きをできちゃいない―――!

 

「ぶっ壊れろよ、クソ霊装――――ッ!」

 

 能力者としての実力は乏しく、魔術師としての才は既に潰えた。その末に手に入れたチカラは手品のようなお粗末なもので、自分の身を護るにはかなり心許ないものでしかなかった。

 大切な人すら守れない力は、自分の身すら守ってはくれない。

 申し訳程度に残された強力な武器(魔術)は、一度きりの博打技。しかも、下手を打てば死んでしまうというまさかの諸刃の剣である。

 だが、そんな事なんて関係ない。

 ここで大切な奴らの負担を減らす為に動くことに、理由なんて必要ない――――!

 大量の出血のせいで力が抜けそうな身体に喝を入れ、気力だけで魔術を行使する。頭部の血管が破裂したか、頭が妙にズキズキと痛む。片眼には血液が入ってしまっていて、視界が半分埋まってしまっている。

 だが、まだコーネリアは倒れない。

 振動が『アドリア海の女王』を支配していき、蹂躙していき、凌辱していく。ローマ正教屈指の攻撃霊装が、たった一人の中途半端な少年の手で破壊されていく。

 『アドリア海の女王』を壊すのは、上条当麻の仕事である。

 ビアージオ=ブゾーニを倒すのは、上条当麻の仕事である。

 アニェーゼ=サンクティスを救うのは、上条当麻の仕事である。

 ―――だからどうした、奇を衒え。

 別に、コーネリア=バードウェイが『アドリア海の女王』を壊したっていいじゃないか。

 別に、コーネリア=バードウェイがビアージオ=ブゾーニを倒したっていいじゃないか。

 別に、コーネリア=バードウェイがアニェーゼ=サンクティスを救ったっていいじゃないか。

 方法は違うかもしれない。

 経緯が省かれているかもしれない。

 望まれちゃいない結果かもしれない。

 だが、そのレールから外れた行為のおかげで良い未来が生まれるというのなら、それはまさに結果オーライなのではないかと、少年は思うのだ。

 俺がここで頑張れば、上条はこの後もイタリア旅行を続けられる。

 俺がここで踏ん張れば、天草式が傷つくこともない。

 それは小さな変化に過ぎない。結局は結果論だと誰かに責められる事になるのは火を見るよりも明らかだ。

 だけど、それでも、それで誰かが笑ってくれるのなら、俺は喜んでこの身を犠牲に捧げよう。

 

「自分が傷つきたくないとか言っといて、結局はただの目立ちたがりだったって事なんかね……」

 

 我が儘だと言われてもいい。

 自分勝手だと罵られてもいい。

 だけど、今、この瞬間だけは―――

 

「残念だけど、お前の出番を奪っちまったみてえだよ―――上条当麻(主人公)

 

 ――俺が主人公(ヒーロー)である物語を紡がせてくれ。

 

 ガギィイイッ! という鈍い音が、アドリア海に消えていく。

 それに呼応するように巨大な氷の帆船が二つに裂け、次の瞬間、粉々になって海底へと沈み始めた。

 突然の事態にビアージオ=ブゾーニは混乱し、アニェーゼ=サンクティスはこれ幸いにとビアージオの胸元の十字架を叩き壊し、クソ憎たらしい神父をぶん殴って気絶させていた。

 そんな中。

 最早立ち上がる事すらできなくなったコーネリア=バードウェイはぼんやりと目を開きながら、アドリア海の底に向かってゆっくりと沈んでいく――――

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見覚えのない病院だった。

 しかし見覚えがないというのはコーネリアがあまり入院を経験してこなかったからであり、その病院自体で言うのなら見覚えが無いどころかよく知っているものであった。

 第七学区の、とある病院。

 『冥土返し』と呼ばれるカエル顔の医者が運営しているその病院は、上条当麻という少年が死ぬほどお世話になっている第二の自宅でもある場所だった。

 そんな一人の少年的にはとてつもなく意味のある病院の一室で、コーネリア=バードウェイは白いベッドに寝転がったままぼんやりと真っ白な天井を見上げていた。

 

「……あれ、何で俺、こんな所にいるんだっけ……?」

 

「あなたの記憶力は猿以下ですか。あんな事があったというのに、もう忘れてしまっているだなんて……」

 

「あ……神裂か……」

 

 ベッドの傍の椅子に腰かけて呆れ顔を作る黒髪ポニーテールの少女に、コーネリアは力のない声を返した。

 目覚めたばかりで記憶が混乱している様子のコーネリアに小さく溜め息を吐き、神裂は簡単な説明を開始する。

 

「あなたは昨夜、『アドリア海の女王』をたった一人で轟沈させたのです。そのおかげでヴェネツィアは救われ、ローマ正教のビアージオ=ブゾーニは無事捕縛でき、おまけにアニェーゼ=サンクティスと他多数のシスターを我がイギリス清教に取り込むことが出来ました。事件の後、天草式はイギリスへと帰還し、上条当麻とインデックスはそのままイタリア旅行を続行しました。あなたについては、あえて言うまでもありませんね?」

 

「……まぁ、な。こうして病院送りにされてる訳だし、説明なんて不要だわな」

 

 絶対に使ってはならない最終手段のおかげでイタリア旅行がパーになってるって事だよな、とコーネリアは神裂に苦笑を浮かべる。

 しかし、その苦笑に神裂が笑う事はなく、逆に顔に怒りを含んだ状態で神裂はコーネリアに言葉をぶつけ始めた。

 

「……何故、あのような無理をしたんですか?」

 

「あン?」

 

「能力者であるあなたが魔術を行使したらどうなるかぐらい分かっていたはずです。いくらあなたに魔術師としての才能があるとしても、今のあなたは能力者なんですよ? そんなあなたが魔術を使うなんて……運が悪かったら死んでいたかもしれないというのに!」

 

「そりゃまぁ、そうかもしれんけどさ……」

 

 コーネリアは気まずそうにそっぽを向く。

 

「俺は確かに死ぬかもしれねえぐれえの馬鹿をした。こうして生き延びてる事だってもしかしたら奇跡なんかもしれん。……でも、そのおかげで、俺が無理をしたおかげで、他の奴らが傷つくことを避けられてるっつー現実がある」

 

「何を言って――」

 

「俺がやらなかったら、きっと上条があの事件を終わらせてたよ。そして、その為に上条が傷ついちまってたと思う。他の奴らもそうだ。天草式や大小シスターコンビ、オルソラ=アクィナスだってどんな大怪我を負っちまってたかも分からねえ。もしかしたら死んじまってたかもしれねえんだ。……そう考えたら、さ。俺一人が傷つくだけで皆が笑ってられるなら、命を張っても悪くはなかったかもな、って思えんだよ」

 

 それは、彼の本心なのかどうなのか。

 それは、コーネリア本人にすら分からない。

 ただ、すらすらと言葉が口から零れてきていて、ただ、ひたすらに言葉を紡いでいた。

 自分が誰かのために頑張れた。そんなどうしようもなく小さな証をこの世界に刻み付ける事が出来たんだから、自分が死にそうになる事なんてどうでもいい。――そう、気付いた時には思ってしまっていた。

 勿論、今でも怖いものは怖いと思っている。自分から進んで傷つきたい訳じゃないし、あえて誰かの身代わりになりたい訳じゃない。見捨てられるものは見捨てていきたいし、関わらないでいい事には全力で離れていきたいとさえ思っている。

 だけど。

 大切な人たちが笑ってられる未来の為だからこそ、きっと体が勝手に動いてしまうのだ。

 言葉じゃ上手く説明なんてできない。それはあくまでも曖昧なものであり、ふわふわとした概念的なものでしかないからだ。

 だが、人の心なんてものは、曖昧で概念的なものなのだ。それに関する事を的確に説明するだなんて、きっとこの世界の誰にもできない芸当だと思う。

 人の役に立つことができた。

 誰かの笑顔を護る事が出来た。

 その事実にコーネリアは純粋な笑顔を浮かべ、

 

「……ふざけないでください……ふざけないでください……!」

 

 神裂火織は純粋な怒りに震えていた。

 

「確かに、あなたのおかげで傷つく人は減ったかもしれない。あなたの頑張りのおかげで被害は少なくなったかもしれない」

 

 だけど、と付け加え、神裂は続ける。

 

「あなただけが犠牲になる事で作られた未来に、笑ってられない奴だっているんです!」

 

「…………神、裂?」

 

 泣いていた。

 世界屈指の実力者で、世界に二十人といない聖人で、イギリス清教『必要悪の教会』の最終兵器で、天草式十字凄教の女教皇である神裂火織が、涙をぽろぽろと流しながら泣いていた。

 呆気に取られているコーネリアの襟首を掴み、神裂は真っ赤に充血した目で彼を真っ直ぐと見つめる。

 

「頑張るな、だなんて野暮な事は言いません! そんな事を言ったところであなたが止まらない事ぐらい、私は重々承知しています! だけど……だけど……少しで良い、あなたが倒れる直前だって良かった。私の事を頼って欲しかった!」

 

「―――――、」

 

「あなたが頑張ってくれている間に、私は天草式との確執を軟化させることができた。それについては感謝するしかありません。……ですが、あなたが頑張っている他所で自分の事しか出来なかった私は、あなたにどんな顔を向ければ良いと言うんですか!?」

 

 ああ、そうか。

 そもそもの話、俺は大きな勘違いをしていたのか。

 

「自分一人で何もかもを背負い込もうだなんて思うな! もし世界中の人類全てにあなたが命を狙われるようなことになったとしても、私は、神裂火織だけは絶対にあなたを救ってみせる!」

 

 そう言って、強く俺を抱き締めてくる神裂に、俺は一つの確信をした。

 俺を抱き締めたまま号泣する、俺に怒りながら嗚咽を漏らす、そんな聖人の少女に、能力者にも魔術師にも主人公にもなり損ねた俺は、たった一つの確信を得た。

 きっと俺は、コーネリア=バードウェイは、神裂火織という少女に―――

 

「だからどうか、コーネリア。……私を置いて行かないでください……っ!」

 

「…………ごめん。なるべく善処するよ、今度からは……」

 

「そういう言い方をするから、私はあなたが大嫌いなんです……っ!」

 

 ―――恋をしてしまっていたんだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バチカン、聖ピエトロ大聖堂の外にて。

 『彼』は、一人の男性と向き合っていた。

 その男性は無駄に豪華な装束に身を包んだ、老人だった。世間は彼の事を『ローマ教皇』と呼ぶが、『彼』にとってそんな事は至極どうでもいい事だった。

 『彼』は、肩書きを気にしない。

 『彼』は、小さなことを気にしない。

 腰の曲がった老人は疲れたように溜め息を吐き、『彼』に向かって言葉を並べる。

 

「まったく……ヴェントの事で頭がパンクしそうだというのに、次は貴様と来たか……なんだ、『神の右席』というのは常識が大きく欠落している者達の集団なのか?」

 

「ヴェントは少々極端に考えてしまう性質だからな。こんな言い方をするのは気が引けるが、私をあの女と同じにしてほしくはないのである」

 

 その声は、静かに荘厳としていて、何処か優し気のある声だった。

 闇の中でずっしりと佇む『彼』に、ローマ教皇は静かに眉を顰める。

 

「あえて聞くまでもないことかもしれないが、あえて聞かせてもらおうか。……ここに――いや、私に何の用だ?」

 

「傭兵としての血が騒いだ、というのは流石に納得してもらえないであろうから、ここは形式的な言い方をさせてもらおう」

 

 『彼』は、肩書きを気にしない。

 『彼』は、小さなことを気にしない。

 『彼』は、無駄な争いを好まない。

 しかし、『彼』は、イギリス屈指の傭兵は、確かに現在、ローマ教皇の目の前で、少しばかり楽しそうな笑顔を浮かべて、こう言った。

 

「『幻想殺し』及び『聖人殺し』の処分。……今までの戦いで十分に理解した。やはり戦いに一般人を参加させる訳にはいかず、更に脅威と成り得る者は即刻処分するべきであると、私は十分に理解したのである」

 

 それはつまり、『彼』が重い腰を上げたと同義の台詞であった。

 予想もしない『彼』の言葉にローマ教皇は驚いたように目を見開き、更に彼の特性を思い返し、思わずこう呟いていた。

 

「『後方のアックア』。『神の右席』にして聖人である貴様が、ついに出るか」

 

 

 動き出した歯車は止まらない。

 狂った歯車は、もう後戻りできないところまで噛み合ってしまっている。

 イギリス屈指の傭兵が、不遇で弱者な少年に、ついにその鋭く重い牙を剥く―――。

 

 




 次回から『0930編』のスタートです。
 そしてついに、お待ちかねのあの『天使』がメインに――


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial31 九月三十日

 二話連続投稿です。

最後の一文を修正しました


 コーネリア=バードウェイの朝は早い。

 ――といっても普段は遅刻ギリギリまで寝ているし、起きたとしても極度の低血圧で頭がボーっとしている状態が何十分も続くので、彼の朝自体が早いという言い方には少し語弊があるかもしれない。

 あえてここは『本日、九月三十日の朝は早い』という言い方に変更する事にしよう。

 さて、現在時刻は朝の五時十分。

 普段であれば始業時間を軽く無視するレベルで惰眠を貪るはずのコーネリアが、何故これほどまでの早起きをすることができたのか。その理由を述べる事にしよう。

 別に彼はこの時間に目覚まし時計をセットしていた訳ではない。目覚まし時計なんてものは端から信用していないコーネリアは、自分の体内時計に頼って寝起きをする少年だからだ。

 それならば、何故、彼は早起きする事が出来たのか。

 それは、朝早くに彼の携帯電話からけたたましい着信音が流れ始めたからだ。

 

「んぁ……? こんな時間に誰だよ、もう……」

 

 モゾモゾとベッドの上で芋虫の様に這い回りながら、傍のテーブルの上で充電状態にある携帯電話に手を伸ばす。――しかしそれでは届かなかったため、コーネリアはベッドから上半身をだらしなくはみ出させ、崩れ落ちるように携帯電話をその手に掴んだ。

 そして、着信相手の確認もせずに、通話モードに切り替える。

 

「ふぁい……もしもし、コーネリアですけど……」

 

『こんばんわ、お兄さん! あ、いや、時差があるんだからそっちの時間じゃあおはようございますなのかな?』

 

「……………………っ!?」

 

 とてつもなく聞き覚えのある可愛らしい声に、コーネリアの眠気が面白いぐらいにあっさりと消し飛んだ。ベッドからだらしなく崩れ出ていた上半身を起き上がりこぼしの要領で起き上がらせ、ベッドの上に胡坐を掻きながら電話という行為に集中する。

 コーネリアの様子など分からないであろう通話相手は彼の沈黙など露知らずといった様子で、言葉を続ける。

 

『こんな朝早くに誠に申し訳ないです、お兄さん。でもでも、私としてはそれなりの用事があっての通話な訳なんです。だからこれは仕方がないというか、このタイミングしかなかったというか……』

 

「いや、何が言いてえのか全然分かんねえんだけど。結局どうしたんだよ、お前」

 

『いやー、あははは……実はですね』

 

 何処か言いづらそうな通話相手に、コーネリアは軽く首を傾げる。天使のような性格のコイツがわざわざ常識外れの時間帯に電話してくるぐらいだ、何か理由があるとは思うんだが……。

 電話片手に自分なりの考察を始めようとするコーネリアに、しかし通話相手は彼の思考を遮る形で超ド級の爆弾をフルスイングで投げつけた。

 

『この間、北海での研究作業のお手伝いに行きましてね! その時に購入した御土産をこれから(・・・・)お兄さんに渡しに行こうかなーって思ってるんです!』

 

「……………………は? これから? お土産?」

 

『はい! 調べたところによると、そちらは本日、午前授業なんですよね? だからその後、お兄さんと合流してお土産渡して、できれば学園都市の案内とかしてもらえないかなー、って思ってるんです!』

 

「ちょ、ちょっと待て待て待て待て。話が突飛過ぎて上手く頭が追い付かんからちょっと待て。え、何? お前、今からこの街に来るって、それマジで言ってんの?」

 

『マジというかなんというか、既に飛行機でそちらに向かってる途中です』

 

「………………」

 

 予想もしなかった返答に、コーネリアがビシリと凍りつく。

 現在時刻は、午前七時二十三分。

 十月を目の前にした衣替え前日の早朝にて。

 

『私チョイスのお土産を持っていきますので、是非是非楽しみにしていてくださいね――お兄さん!』

 

 コーネリア=バードウェイの元に、パトリシア=バードウェイという名の天使が舞い降りようとしていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 妹コンビの内の片割れ、パトリシア=バードウェイが学園都市にやって来る。

 そんな冗談であってほしかった告白を早朝から言い渡されたコーネリアは疲れたように学生寮の階段を下っていた。その手には薄っぺらい学生鞄が掴まれていて、無造作な金髪には心なしか力が無いようにも見える。

 基本的には朝早く起きる事が出来ないと先ほど言ったが、不幸で不遇な運命を背負っているコーネリアは、結構な頻度で知り合いから無理やり起こされるという経験を多くしている。それは神裂火織からの電話を始めとし、遅刻したくないからチャリに乗せてくれと懇願する上条当麻にまで達する勢いだ。ぶっちゃけた話、朝ぐらいは放って置いてほしいと心の底から思っている。

 

「はぁぁ……まぁ、レイヴィニアじゃなかったってとこに少しだけ安心できるんだがな」

 

 あの唯我独尊凶悪無比の妹が学園都市に来ると知らされたら、全力で海外にまで逃げる自信がある。あの妹の事だ、絶対に訳の分からないレベルの荒事を持ち込んでくるに決まっている。それならば平和の象徴・パトリシアの訪問の方が何百倍もマシというものである。

 いや別に、レイヴィニアの事が嫌いとか、そういう訳じゃねえんだがな。

 家族なんだから好きなのは好きなんだけど、俺はアイツが苦手なんだよ。

 そんな言い訳を心の中で零しながら、コーネリアは学生寮の階段を憑かれた様子で下って行く。

 

「にしても、ようやく衣替えか……いや、俺にゃあ関係ねえけどさ」

 

 本日九月三十日は九月末という事もあってか、学園都市全体で大規模な衣替え合戦が開催される。といっても単純に明日からの衣替えに向けて学生たちが冬服を新調するための日ぐらいのものであり、言葉通りの合戦が行われる訳ではない。しいて言うのなら学生たちを取り合って商店同士の合戦が行われるぐらいのものだろう。

 この衣替え前日は全ての学校が午前授業となり、無理やり空いた午後の時間を使って学生たちは自分たちの冬服を手に入れるために奔走する事となっている。しかしそれは学生服を購入したばかりの新一年生にはほとんど関係ない行事であるため、彼ら一年生は「よっしゃ午後が空いた遊ぼうぜーっ!」と子供らしいハイテンションで一日の半分を遊び倒すのが恒例となっている。

 しかし、例外というものは確実に存在する。

 それは他でもない、コーネリア=バードウェイの事である。

 身長百六十五センチ以下で体重も五十キロ前半という、お前マジで高校二年生かよと言わんばかりの低身長低体重であるコーネリアは、悲しいかな、高校一年生時点からあまり身体的数値が変化していない。

 言った話が、全く成長していないのだ。

 その為、コーネリアは冬服を新調する必要が無く、今年の後期シーズンも昨年と同様の状態で迎えなければならなかったりする。

 

「……俺よりも背が高い連中が全員死ねば俺が高身長って事になるよなそうだよなきっとそうだ」

 

「朝早くから何怖い事言ってんだよ先輩」

 

「あン?」

 

 駐輪場の前あたりで突然声を掛けられ、反射的に背後を振り返る。

 そこに居たのは、ツンツン頭が特徴の少年だった。

 普段であれば白のカッターシャツに黒のスラックスという格好なのだが、現在の彼は既に冬服に身を包んでいる。黒の詰襟に同色のスラックス、おまけに上着のボタンを留めずに中にある赤糸のTシャツを出している――という少年の姿に、コーネリアは冷めた視線をじーっとぶつけ、

 

「……お前、寒いんか寒くないんかどっちなんだよ」

 

「それどういう意味ですか!? こ、これは俺なりのお洒落なのであって、別に寒さとかそういう事を気にした服装って訳じゃないのですのことよ!?」

 

「冬服って言葉をもう一度辞書で調べ直してこいよ割とマジで」

 

「えー。まだ九月なのにそんな『冬!』って感じの服装を強制されてもなぁ」

 

「明日から十月だけどな」

 

 そう言うコーネリアの姿は黒の詰襟と同色のスラックスで、中に黒を基調としたジャージとその更に下に黒のTシャツを身に着けるという完全無欠の防寒状態だ。

 そんな先輩の姿(自転車を開錠中)をまじまじと観察した上条当麻は「ふむ」と腕組みをし、

 

「先輩は寒さに弱い現代っ子と見た」

 

「お前はとりあえず先輩に対する態度を改めろよ」

 

 呆れたようなコーネリアの言葉の直後、ガチャッと自転車が開錠された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 午前の授業は何事も無く呆気なく終了し、コーネリアは遂に運命の時を迎えようとしていた。

 

(財布の中身はばっちり補充済み、パトリシアが寒さを訴えたとき用のカイロも準備万端だ。……あれ? 気温で言うならイギリスのが寒いんだっけ? いやまぁとにかく準備だけはしといても損はねえはずだ)

 

 自転車を学生寮の駐輪場に戻した後、彼はとりあえずの集合場所である第七学区のファミレスへと向かっていた。何でよりにもよって集合場所がファミレスなんだと言いたい気持ちは察するが、パトリシアがその場所を指定したのだから文句を言っても仕方がない。十二時間ものフライト時間と九時間もの時差ボケを乗り越えてまでわざわざ来日してくる妹の頼みぐらいは聞いておかないと、兄としての威厳や尊厳が脆くも崩れ去ってしまう事は火を見るよりも明らかな事実である。というか、レイヴィニアに殺されかねないのでパトリシアの言う事ぐらいは聞いておかないとマズイのだ。

 指定のファミレスは学生寮からそう遠くない場所にあり、コーネリアの足ならば五分とかからずに到着する事が出来る。それは彼が日々色々なものから逃走を繰り返しているからであり、「こんな事に役立つってのも皮肉なモンだよなー」とコーネリアはちょっぴり泣きそうになってしまっていた。

 そんな悲しみを背負いながら、走る事約五分。

 コーネリアはファミレスの前で周囲をキョロキョロと見回している妹の姿を発見した。

 

「パトリシア! 悪い、ちょっと遅れた!」

 

「あ、お兄さん! 大丈夫です、私も今来たところですので!」

 

 漫画のデートかよ、と言わんばかりにベタな会話劇を繰り広げるバードウェイ兄妹。しかし驚く事なかれ、これは彼らの素である。

 久しぶりに――と言っても二週間ほどしか経っていないが――再会した兄にパトリシアは満面の笑顔と共に勢いよく抱き着いた。

 

「んふふ……久しぶりのお兄さんの匂い……っ!」

 

 どうしよう。俺の妹が匂いフェチに目覚めつつある!?

 「と、ともかく、だな!」絶対に向かってはいけない変態への道に一歩踏み出してしまいそうになっていた妹を身体から遠ざけながら、コーネリアは焦ったように彼女に言った。

 

「が、学園都市の案内をして欲しいんだったよな!? それじゃあ早速街を回ろうぜ! 今日だけでお前を学園都市通に変えてやんよ!」

 

「いや、別にそこまでは望んでないんですけど……」

 

 苦笑を浮かべるパトリシアの手を引きながら、コーネリアは学園都市案内をスタートさせた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial32 ひよこ

 ついにお気に入り件数が四千件を突破しました。

 まさかここまで多くの方々にお気に入りしてもらえるとは夢にも思っていませんでした。……明日にでも轢かれるのかな(汗

 そういう訳で、『妹が魔術結社のボスなせいで人生ハードモード』を今後もよろしくお願いします。




 そういえば、思い出した事がある。

 可愛い妹の片割れの手を引いて学園都市を回っている最中の事だった。

 コーネリア=バードウェイは地下街へと繋がる出入口階段の前でふと足を止め、ビシリというかビキリというか、とにかく大胆かつ大袈裟にその場に凍り付いてしまっていた。

 

(そ、そういえば! 今日って九月三十日じゃねえかぁああああああーっ!?)

 

「??? お兄さん?」

 

 いきなり立ち止まった実兄に首を傾げるパトリシアだが、そんな彼女の様子にコーネリアは気づかない。

 九月三十日。

 暦で言うなら特に何かしらのイベントがある訳ではない、至って普通の日だ。学園都市でも衣替え以外には特に重要視されていない日付であり、妹のエスコート中にわざわざ立ち止まってまで思い返すような特別な日という訳でもない。

 それならば、何故コーネリアはそのような大袈裟な反応を取ってしまったのか。

 それは、『九月三十日』に到来する巨大な事件が関係していた。

 その事件の名は、『〇九三〇事件』。

 名前だけならそこまで大事ではなさそうな事件であるが、その概要を挙げていくと物騒な事この上ない最低で最悪で災厄な事件である。

 

(前方のヴェントが上条当麻を殺しに来て、木原数多が一方通行と激戦を繰り広げる最悪な日! ヴェントの『天罰術式』によって学園都市で大規模な集団昏睡事件が発生しちまう、災厄の日! そんでもって、科学サイドと魔術サイドの大合戦――第三次世界大戦のきっかけになっちまった最低な日! あーくそ、何でこんな大事な事を今の今まで忘れちまってたんだ!?)

 

 科学サイドにおいても魔術サイドにおいても大きな意味を持つ事件が起きる、九月三十日。そんな日に、よりにもよって戦う術を持たない小さい方の妹・パトリシアを学園都市に滞在させてしまっているというこの現状。先程は『レイヴィニアじゃなくてよかった』と胸を撫で下ろしていたが、今となっては百八十度逆の意見を全力で提示したい。――レイヴィニアじゃねえとヤバすぎる!

 ちら、と手を繋いだままこちらを見ている妹の顔を確認する。これから大規模な戦闘が起きるだなんて微塵も思っていない表情だった。それもそのはず、この未来を知っているのはこの世界でコーネリアだけなのだ。パトリシアだけじゃなく、事件の中心人物である上条当麻や一方通行なども今のこの時間は平和な様子で日常を過ごしているはずだ。

 どうしよう、非常にヤバい事になった。

 正史を振り返ってみると、パトリシアが事件に関与したという記述は一切存在しない。故に彼女が巻き込まれる事はない――そう判断したいのだが、そうはいかないのが今のこの世界である。

 この世界は既に後戻りできないところまで歪んでしまった。

 『アドリア海の女王』を沈めたのが上条当麻ではなくコーネリア=バードウェイだった、という事からも分かる通り、既にこの世界は大きく歪み始めている。そんな世界の出来事を元の正史に准えて考えようとする事自体、大きく間違っているのだ。

 運が良ければ、パトリシアは事件に巻き込まれずに済む。

 しかし、運が悪ければ、パトリシアに危害が及んでしまう可能性がある。

 それならば、すぐに部屋に戻って今日一日を室内で過ごすように提案してみるか? ――いや、それは無理だ。何で室内で過ごすのかについての説明がそもそもできない。学園都市を案内すると啖呵を切っている以上、今から自分の部屋に移動するのは流石に難易度が高すぎる。

 部屋に戻れない以上、自分がパトリシアを護らなければならない。

 事件が起きてから彼女を部屋に連れて行く――その順序で無ければ、彼女を無傷で守り通す事は不可能だろう。

 コーネリアに、ヴェントを倒す技はない。

 コーネリアに、木原数多と対抗する手段はない。

 自分すら護れない力で大切な妹を護る事なんて不可能で、更に敵を撃破するだなんてことは考えるまでも無く無謀な無理ゲーだ。それならば命乞いをして妹だけでも逃がしてもらう方が何百倍も成功率が高いと思う。

 ――なるべく逃げやすいルートを回るようにしよう。

 学園都市を案内しつつも荒事から遠ざかる手段を、コーネリア=バードウェイは頭の中で徹底的にシュミレートする。レイヴィニア=バードウェイが舌を巻く程の考察力が、白昼堂々の学園都市で密かに発動されていく。

 そして自分なりの対策をシュミレートし終わったところでコーネリアはパトリシアに向き直り、

 

「それじゃあ行こうぜ、パトリシア。まずはこの街の地下街を紹介してやる!」

 

「??? あ、えと……よ、よろしくお願いします!」

 

 兄の違和感に頭を捻るも、パトリシアはすぐに考える事を放棄した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第七学区の地下街は意外と広く明るい造りとなっており、更には平日の昼間だというのに多くの学生で賑わっていた。

 それは今日が大規模な午前授業であることが関係していて、更には地下街に巨大なゲームセンターが存在している事も混雑の原因の一つだった。他の理由を挙げるとするならば、女子学生向けのアクセサリーショップがいくつも並んでいる事ぐらいだろうか。やはり男子よりも女子の方がショッピングを好む訳で、地下街の比率もよくよく見て見れば男子よりも女子の方が多く確認できる。

 そんな第七学区の地下街にて。

 パトリシア=バードウェイは洋菓子売場の前で目をキラキラと輝かせていた。

 

「ふおぉ……学園都市は最新鋭の集合体と聞いてましたけど、食の面でも最新鋭なんですね……っ!」

 

 子供の様に(十二歳なので実質子供なのだが)目を輝かせる彼女の前には、ひよこや犬と言った動物の形をしている洋菓子が多数置かれている。見た目はたこ焼きのようだが、置かれている器具や材料などから察するに、おそらくはホットケーキと同類の洋菓子なのだろう。どこぞのひよこ型のお土産がコーネリアの頭にふと浮かんだ。

 天使のように可愛らしい妹の頭にポスンと手を置き、コーネリアは売り子の女性(大学生ぐらいと思われる)に声をかける。

 

「すんません。これって味の違いとかあるんすか?」

 

「いえ、味は全て統一されてます。これは味が主要というよりもどの動物を選ぶか、という事に重点を置いてるんですよねー。誰がどの動物を選ぶかのアンケートのようなものなんです」

 

「成程……それを洋服関係の商売にも対応させる、という事ですね? 流石は科学の最先端、ちょっとした買い物だけで心理学に触れる事も出来るなんて凄いです!」

 

 天才児の宿命なのか、全然子供らしくない事で喜び勇むパトリシア。何で俺の妹は揃いも揃って変わった感性を持ってるんだろう、と可愛い妹達に少しの悲しみを覚えるが、まぁ可愛いからいいや、とコーネリアはすぐに深く考えるのをやめた。

 とりあえずはパトリシアの輝く目に応えるとしようか。

 コーネリアは看板に描かれている動物たちをずらーっと眺め、

 

「やっぱりひよこが一番良い気がすんなぁ。それじゃあひよこください、ひよこ」

 

「はーい。ひよこは四十八票目です。まいどー」

 

 その無駄に生々しい情報開示は何なんだ、とジト目を浮かべるコーネリアに構わず、売り子のお姉さんは慣れた手つきでテキパキと商品を用意し、代金と引き換えにそれをコーネリアに手渡した。

 受け取った商品をパトリシアに差し出し、コーネリアは笑顔を浮かべて言う。

 

「ほら、食いたかったんだろ? そこに食事スペースがあっから一緒に食べようぜ」

 

「流石はお兄さん! そういう気が利くところも大好きです!」

 

「はいはい。ありがとうございますー」

 

 パトリシアのブラコン的発言を華麗にスルーしつつ、コーネリアは食事スペースに移動する。

 食事スペースは学生達(カップルが主)で賑わっていたが、幸運にも二人が座る分のスペースは十分に空いていた。よってコーネリアはパトリシアの手を引きながら、丸テーブルを挟む形で椅子に腰を下ろした。

 そして、テーブルの上でパックを開き、先ほどの洋菓子を曝け出す。

 

「こうして見ると結構可愛いもんだな、洋菓子なのに」

 

「お菓子にとってビジュアルは命ですよ? やっぱり可愛いからこそ思わず買っちゃうって言うのが女の子だと思います」

 

「そういうもんなんかね。女の気持ちはいまいちよく分からんわ」

 

「お兄さんは鈍感ですもんね……だから私とお姉さんが苦労する」

 

 複雑そうにそう付け加えるパトリシアに、コーネリアはプラスチックの小さなフォークを手に取りながら返答する。

 

「言っとくが、お前とレイヴィニアの気持ちにはちゃんと気づいてるかんな? 気づいてる上で対応してんだよ。兄妹愛の上位互換なんて俺にゃあ必要ねえもんだからな」

 

「それは分かってます。お兄さんは年上好きだから、年下である私たちに靡くことはないって事ぐらい……」

 

「その言い方だと年上の姉だったら靡くみてえに聞こえんだけど気のせいか?」

 

「違うんですか?」

 

「年上好きってのは認めるが、そもそも血の繋がった家族を恋人として選ぶほど俺は特殊性癖じゃねえんだよ、って事をまず分かってもらいてえんだけど?」

 

「あーダメです。そこを認めてしまったら立ち直れなくなりそうなので聞こえない振りを貫き通します。あーあー聞こえませーん」

 

「そう言う変に頑固なところはやっぱりレイヴィニアにそっくりだよな」

 

 そして多分、俺も同じぐらい頑固なんだと思う。よく神裂からも似たような事を言われるし。

 「とりあえずこの話はここまでにしようか」ひよこの洋菓子をフォークで突き刺し、そのまま口に放り込む。

 

「うん? おお、実験品なのに意外と上手いなコレ。ほれ、パトリシア、お前も食ってみろよ」

 

 そう言って、コーネリアは次のひよこをフォークで持ち上げ、迷う事無くパトリシアにそれを差し出す。

 

「……私たちに興味が無いとか言う割には結構あざとい事をしますよね、お兄さんって」

 

「兄妹での『あーん』ぐらい普通なんじゃねえの? 俺たちみてえに無駄に仲の良い兄妹だったら尚更な」

 

「……ぶー」

 

 不服そうに頬を膨らませるも、愛する兄からの『あーん』を断るだなんて選択肢はパトリシアには存在しない。

 故に、パトリシアは――やや頬を朱く染めながらも――テーブルに身を乗り出し、「あむっ」とコーネリアが差し出したひよこを一口で頬張った。

 

「…………(もっきゅもっきゅもっきゅ)」

 

「どうだ? 意外と美味いだろ、コレ」

 

「……(ごくんっ)。天国に昇ってしまいそうなほどの美味しさでした」

 

「お前それ絶対に味以外の部分での感想言ってんだろ」

 

 顔を引き攣らせながらコーネリアは指摘するが、恍惚とした表情のパトリシアには届かない。

 

 




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Trial33 多人数型妹キャラ

「おっ、やけに見覚えがあると思ったら先輩じゃん。こんな所で奇遇だなー」

 

 いろんな意味で心臓が止まるかと思った。

 パトリシアにひよこの洋菓子を『あーん』で食べさせている時の事だった。

 パトリシアに食べさせながら自分の分のひよこをフォークで突き刺して口に運ぼうとしていた――まさにその瞬間、コーネリアは今日だけは絶対に再会したくなかった一つ下の後輩に見つかってしまった。

 上条当麻。

 〇九三〇事件の中心人物にして生粋のトラブルメーカーであるツンツン頭の少年の登場に、コーネリアは思わず反射的にどぐしゃああっ! とテーブルに頭をぶつけていた。

 そして、ぐわんっ! と頭を上げ、

 

「……何でお前がここにいるんだよ不幸野郎」

 

「不遇な先輩に言われるとちょっと引っかかるんだけどなぁ」

 

 上条は頬を軽く掻き、

 

「御坂美琴って知ってる? 勿論知ってるよな? そんで、その御坂美琴に付き合わされてこの地下街に来ちまってるんだけど……あ、因みに、コイツは御坂美琴の双子の妹です」

 

「ああ。あの罰ゲームがうんたらかんたらって奴か……ご愁傷様」

 

「そうそう。……あれ? 俺、先輩に罰ゲームについて話してたっけ?」

 

「……話してたよバッチリと」

 

 まぁ、当然それは嘘なのだが。コーネリアが罰ゲームについて知っているのは前世からの遺産のおかげであり、別に上条本人から聞かされたからという訳ではない。更に言うのなら御坂妹――通称『妹達(シスターズ)』についての情報も詳細的に持っているのだが、まぁあえてそれを口にする程コーネリアはおろかな人間ではない。『滞在回線(アンダーライン)』で学園都市を二十四時間体制で見張っているアレイスターの存在がある以上、ここで自分の身を危うくしてしまうような発言を零すわけにはいかないのだ。

 「まぁいいや。とりあえず隣失礼しまーす」「隣っつってもテーブルは別だがな」仲が良いのか悪いのか判断に悩むやり取りの後、上条当麻は御坂妹と共にコーネリア達の隣のテーブルを確保した。

 そしてそこで、上条当麻はコーネリアの向かいに座っている可愛らしい金髪少女の存在に気付いた。

 

「うん? 先輩もしかして、その子って例の妹?」

 

「ん? ああ、そうだよ。ほらパトリシア、自己紹介」

 

「は、はい! イギリスから来ましたパトリシア=バードウェイです。好きなものは勉強と研究とお兄さん、趣味は勉強と研究とお兄さんです! よろしくお願いします!」

 

「…………ちょっと保護者さん?」

 

「コイツが勝手にブラコン発言してるだけだから俺に他意はねえからだからそんな怖い顔で詰め寄ってくんな!」

 

 コイツは本当もう、すぐに変態的な発言に反応する! 土御門元春と青髪ピアスとの交友関係のせいで昔よりも酷くなってるし!

 「妹との恋愛とか、アンタは土御門か!」「俺をあんなにゃーにゃーサングラスと一緒にすんな!」この場にいないというのに何故か貶される土御門(にゃーにゃーサングラス)。今頃、上条とインデックスに食い荒らされた鍋の前で崩れ落ちているであろう土御門にはご冥福をお祈りします。

 コーネリアと上条が男子高校生レベルの話題で盛り上がる傍ら、パトリシアと御坂妹という妹コンビは別ベクトルで盛り上がっていた。

 

「あなたもミサカと同じく妹キャラなんですか? とミサカは確認作業に入ります」

 

「妹は妹なんですけど、私の他にもう一人の妹がいましてですね。そっちは私の姉に当たるんですけど、もう凄くパーフェクトな姉なんです。だから私はちょっと影が薄いというか、そのせいでお兄さんへの想いが成就しないというか……」

 

「他にも妹が!? ど、どこまでもミサカと同じ境遇のあなたにミサカは既視感を禁じ得ません!」

 

「え? もしかして、ミサカさんも多人数型妹キャラなんですか!?」

 

「いえす、同士よ。やはりあなたとはどこか通じるものがあるようですね、とミサカは予想外の同士の出現に胸がほっこり熱くなります」

 

「ですです! よ、よかったら御坂さん、私とお友達になりませんか? 私、学園都市でのお友達が欲しいんです!」

 

「お友達……ッ! なんと良い響きなのでしょうか……もちろんです、ミサカとあなたは今この瞬間からお友達です、とミサカはマイソウルフレンドに親指をぐっ! と立ててみます」

 

「ミサカさん!」

 

 ひしっ! と熱い抱擁を交わす妹コンビ。高校生テンションで騒ぎまくっているコーネリアと上条が気づかない内に、二人の少女の新密度が鰻登りになっていた。流石は天使のパトリシア、人と仲良くなることに関しては姉と兄よりも遥かにレベルが高い。

 ――しかし、その友達イベントが、コーネリアにとって予想外の展開を巻き起こす。

 初めての同性の友達にテンションが上がったのか、御坂妹はパトリシアの手を掴み、胸元のネックレスを揺らしながらその場に勢いよく立ち上がった。

 

「え、と……もしもし御坂妹さん? いきなりどうしたというのでせうか……?」

 

 恐る恐ると言った風に疑問をぶつける上条当麻。

 人生初の友達獲得に興奮冷めやらぬ御坂妹は頬を仄かに赤く染め、

 

「ミサカはこれからお友達とのデートイベントに興じます。さぁ、パトリシア。ミサカとの親密度を上げる為に平日の学園都市へと向かいましょう! とミサカは有無も言わさず走り出します!」

 

「え? え? ええええええええ!?」

 

「んなっ!? ちょ――ぱ、パトリシアぁあああ!?」

 

 兄の叫びも虚しく、可愛い天使は地下街の雑踏の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻はどこかへ行ってしまった。

 それは別に彼が異世界への扉を潜っていってしまったとか、そんな大それた理由がある訳ではない。御坂妹によってパトリシアが連れ去られてしまった直後、御坂美琴がコーネリア達の前に現れ、『私との罰ゲームの最中によりにもよってその女顔とBLデートとか頭湧いてんのかゴルァ!』『ひぃっ! 本日の御坂さんはいつにもまして御乱心!?』みたいなやり取りをしながらパトリシアたちと同じように地下街の雑踏へと消えて行ってしまったのだ。

 そういう訳で現在、コーネリア=バードウェイは絶賛一人ぼっちな訳なのだが……

 

(パトリシアと逸れちまったぁあああああ! 今日は何が何でもアイツの傍から離れちゃダメだってのに、開始早々に離脱されちまってんじゃねえか! おのれ御坂妹、こんな形で俺の計画を破綻させるとはッ!?)

 

 唯一の幸運は、パトリシアと一緒にいるのが御坂妹である、という事か。学園都市最強の超能力者・一方通行との戦闘によって得た経験値を持つ彼女は、そこら辺の軍隊と互角に戦えるだけの実力を持っている。故に、何かに襲われたとしても御坂妹さえいれば安心ではあるのだ。

 しかし、ここで思い出さなくてよかった事を、コーネリアは思い出してしまう。

 

(待てよ? この後、打ち止め(ラストオーダー)がウイルスによって倒れちまって、そこからの派生で妹達も意識を失っちまうんじゃなかったか? その場合、パトリシアは一人取り残されちまう訳で――――ッッ!?)

 

 考えるまでも無くヤバい状況になる。あの惨たらしく残酷な戦いの中にパトリシアを孤独にさせるという事は、それ乃ち、彼女を見殺しにすると同義である。あの平和で温厚で弱いパトリシアが魔術と科学の激戦を生き延びれる訳がない。

 これはマズイ。さっさとパトリシアを見つけ出して、早々に自分が保護する必要がある。あの可愛らしい天使に何かあったら、悪魔(上の妹)に殺されてしまう虞があるし、そもそも兄としてパトリシアを見捨てるわけにはいかない。

 そうと決まれば即行動。

 コーネリアは地下街の出口に向かって走り出――

 

「う、へ? ――ぶべらぁっ!」

 

 ――ダイナミック転倒で床に顔面を強打していた。

 ズッダーン! と漫画のような効果音と共に床に転がるコーネリア。こんな何もない所で転ぶなんて俺はアホなのか? と思わず自虐的思考をしてしまうが、コーネリアはすぐに気づいた。

 床に転がっていた白い物体に足を持っていかれた、という事実に。

 何だこれ? と首を捻りつつ、コーネリアは床に転がる物体をまじまじと見つめる。

 その物体は、白の修道服を着た少女だった。

 金の縁取りがされた美しい修道服だが、何故かあちらこちらに安全ピンが装備されている。そのまさにアイアンメイデンのような衣装を身に纏う少女の長い銀髪が、白のフードからうねる様に外へと零れ出ていた。

 一瞬だけ、コーネリアの呼吸が止まった。

 それはコーネリアがこの少女の事を知っているからであり、絶対にやってはならないミスを自分が犯してしまったと理解してしまったからだった。

 動揺によって動けない少年に、白の修道服を着た銀髪の少女はゆっくりと顔を上げる。

 そしてその少女は透き通った(・・・・・)碧眼(・・)を僅かに揺らしながらコーネリアの顔をバッチリとロックオンし、

 

「あれぇとうまじゃないとうまじゃないけどコーネリアだコーネリアは知ってる人だから別に私が何かを頼みこんでも何か問題があるって訳じゃないよねそういう訳だからちょっとお腹が空いたから私に食料を恵んでほしいんだよ敬虔なシスターに思し召しを与えるという事はやはり魔術サイドの人間としても必要不可欠な行動だと思うんだよとりあえずそこの牛肉と野菜がジュージュー焼かれているハンバーガーが食べたいんだけどあれってどうやって食べるのあれ食べたいあれ食べたいあれ食べるにはどうすれば良いのあれ食べるにはどうすれば良いのそうだコーネリアに奢ってもらおう!」

 

「人の許諾も無しに勝手に話を進めんなこの大食いシスター!」

 

 パトリシアを探そうと立ち上がった脇役の前に、回避不能な試練が爆誕した。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial34 ハンバーガー

 ミサカと名乗る無表情系妹キャラに引っ張り回されることになったパトリシアはぐいぐいと引っ張られる腕の痛みに少しだけ眉を顰めるも、初めての学園都市での友人にこれまた少しだけ頬を緩ませていた。いくら天才児と言っても彼女はまだ十二歳の少女なのであり、友達が出来た――そんな小さなことでも心の底から嬉しくなってしまうお年頃だったりする。

 御坂妹は地下街の外――第七学区のメインストリートのとあるコンビニの前で立ち止まり、くるるっとパトリシアの方に向き直る。

 

「ここが第七学区で最も評判の良いコンビニです。やはりその理由は立地と品揃えでしょう。コーヒーの種類やジュースの種類など、やはりここのコンビニは第七学区で断トツのトップを誇る有能さを誇っています、とミサカは学習装置から得た知識をここぞとばかりに曝け出します」

 

「へぇー。やっぱりコンビニといっても違いはあるんですね。学園都市だからどこのコンビニも同じ感じだと思っていたのに」

 

「コンビニも料亭も今はあまり変わらない世の中なのです。どこの社会も競争社会でデッドヒート中なので、品揃えや価格などで他店との格差を作らなければ生き残れないのですよ、とミサカはまるで自分が経験したかのように他人事を語ります」

 

「成程……これはイギリスでの経済学にも役に立つかもしれません……メモメモ」

 

 懐から取り出したメモ帳にペンでスラササーッと何かを書き込むパトリシア。彼女は兄に会うためにこの街に来たつもりだが、その反面、あまり来ることができないこの街に社会見学をしに来たという目的も持っている。科学嫌いのレイヴィニアのせいで学園都市の訪問を避けなければならない身であるので、こういう場はとても貴重なのだ。

 メモ帳を上着のポケットに突っ込み、パトリシアは御坂妹に微笑みかける。

 

「それにしても、ミサカさんってかなり物知りですよね。しかもクールで格好良いですし……まさに完璧な女! って感じで羨ましいです」

 

「ミサカは裏技的というか反則的な手段で知識を大量に得ているので、これはミサカの実力という訳ではないのですが……まぁ、褒められて悪い気はしないのでここは素直に喜んでおきます、とミサカは言い表しようのない喜びを身振り手振りであなたに伝える為に四苦八苦します」

 

 そう言って、千手観音を彷彿とさせる動きに出る御坂妹に、パトリシアは思わず「フフッ」と笑いを零してしまう。

 怪訝に思った御坂妹は「???」と小さく首を傾げ、

 

「何かおかしな点でもあったでしょうか? とミサカは思い当たらない笑いのツボに疑問を提示します」

 

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

 

 パトリシアは、笑う。

 何かがおかしい訳でも、何か面白い事があった訳でもない。今は普通の散歩をしているだけで、今は普通のおしゃべりをしているだけだ。

 パトリシアは、笑う。

 嬉しそうに楽しそうに、まるで幼い子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、パトリシアは不思議そうな顔の御坂妹にこう言った。

 

「やっぱりお友達っていいなぁ、って思っただけですよ?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最悪なタイミングでインデックスと出会ってしまった。

 コーネリアとしてはさっさとパトリシアを探しに行きたいのだが、しかし、ここでこの魔道書図書館を無碍に扱う訳にもいかない。この少女はこれでもイギリス清教を始めとした魔術サイドで最も重要な役処を担っている存在だ。そんな彼女を無碍に扱い、在ろうことか見捨てるような真似をした場合、一体何が起こるかなんて想像もできない。とりあえずはイギリス清教のステイル=マグヌスなんかが襲撃しに来るかもしれない――それだけは絶対に嫌だ。使用戦術の相性の悪さから言って、十秒と経たずに消し炭にされてしまう未来が見える。

 仕方がない、まずはこの少女を処理する事にしよう。

 そんな訳で近くにあったハンバーガーショップにインデックスを引きずりながら入店し、とりあえず片っ端からハンバーガーを大人買いしていくコーネリア。これでも奨学金やらその他諸々の収入で結構お金を持っている方なので、ハンバーガーを大人買いしたぐらいで彼の財布が寂しくなることはない。しかも本日はパトリシアの為にわざわざ補充しているため、財布が空になる可能性はさらに低くなっている。

 ピラミッドを成したハンバーガーを危なげに席まで運んでいく。しかもそれはハンバーガーを要求したインデックスではなくお金を払わされたコーネリアの仕事なのだ。これほど理不尽な話もないと思うが、残念ながら幼気な少女にこんな重い荷物を持たせるわけにはいかないというのが現状だ。レディファーストとは何か違う気がするが、とにかくハンバーガーは男子(顔は女寄りだが)であるコーネリアが運ぶ事となっていた。

 ぷるぷると震える腕に喝を入れ、崩れ落ちそうになりながらもなんとかテーブルまでハンバーガーを運ぶことに成功する。

 ドカドカドカッと乱雑に置かれたハンバーガーに「待ちに待ったんだよーっ!」と叫びながら、インデックスは喜び勇んでがっつき始めた。

 ガツガツムシャムシャーッ! と無数のハンバーガーと超巨大な多数のドリンクをまさに鯨飲馬食といった様子で胃袋の中に流し込んでいくインデックスに、Mサイズのコーラをちびちびと飲みながらコーネリアはとりあえずの疑問をぶつけてみる。

 

「早速核心的な質問をぶつけるが、お前は何であんなところでぶっ倒れてた訳?」

 

「もがが?」

 

「あーもー分かった。食ってから話せよと言いてえけど、大方状況は把握した。どうせ上条を探してる最中に腹が減ったんだろ? もしくは腹が減ったから上条を探す旅に出たと見た」

 

「ごっくん! 流石だねコーネリア、その無駄に鋭い勘は今後も養っていくことをお勧めするんだよ!」

 

「余計なお世話じゃ魔道書図書館」

 

 とりあえずはお礼も言えんのか、と指摘を入れたかったが、ここでお礼を要求するのは何か人間が小さい気がするので言葉はごくんと呑み込んでおくことにする。

 さて、ここで再確認なのだが、コーネリアはこんな所で時間を潰している訳にはいかない身である。〇九三〇事件が起きる前に何が何でもパトリシアを探し出し、意地でも自宅へ引き返さなくてはならないのだ。

 つい先ほどまで一緒にいた可愛らしい天使の事を頭に思い浮かべたコーネリアはズボンのポケットから携帯電話を取り出してパトリシアの顔写真を画面に表示し、ハンバーガーと格闘している大食いシスターの前にずいっと差し出した。

 

「そんでこっちからの質問なんだが、お前、こんな奴に見覚えはねえか?」

 

「ないよ」

 

「想像通りの解答をどうもありがとう」

 

 やっぱりコイツとは会ってねえか。だとすると、何処に言ったのかがマジで見当つかなくなってくるんだが……。

 この店から出たくないからと嘘を言っている訳ではないらしい。その証拠にインデックスは至って真剣な表情を浮かべていた。やはり完全記憶能力者の言葉はかなり信用できるなぁ、『一度会った人の顔は絶対に忘れない』という絶対の根底があるからこその説得力だし。

 しかし、まぁ、インデックスがパトリシアの情報を持っていないならば、ここでずっと時間を潰しておく意味はない。

 ドリンクを一気に飲み干し、コーネリアは疲れたように席から立ち上がる。

 

「あれ? もう行っちゃうの?」

 

「生憎と人探し中でね。早々に見つけねえとならねえんだよ」

 

「それなら私の人探しも手伝ってほしいかも。とうまがどこにいるか、私じゃよく分からないし」

 

「それは俺も同じだという当然の真理を見逃してんじゃねえぞ」

 

「学園都市の様子はまだ良く覚えられてないから、一人だと迷子になっちゃうかもしれないんだよ。どうせコーネリアも人探しの途中なんだよね? それなら一人で探すよりも二人で探す方が効率が良いと思うんだよ」

 

 それに、と最後に付け加え、インデックスは満面の笑みを浮かべる。

 

「ご飯をくれたコーネリアにはちゃんとお礼をしなきゃだしね」

 

「…………あーそうかよ。それじゃあ頼むわ」

 

「うん!」

 

 こういう所がインデックスの魅力なんだろうな、とコーネリアはメインヒロインの笑顔に対して自分なりの評価を下した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 御坂妹との学園都市巡りはここ最近でトップに入るぐらいに楽しいものだった。

 学園都市の外からでは絶対に得る事が出来ない庶民情報から始まり、それなりの科学知識や経済情報など、まさに社会見学ここに在りといった情報をたくさん得る事が出来ていた。しかもその説明が懇切丁寧なため、何度も質問を返すというような落ちこぼれ学生染みた真似をする必要もなかったのだ。

 先生が向いてるかもしれないなぁ、と歩きながら説明を垂れ流す御坂妹にパトリシアはとりあえずの評価をつける。説明が上手く、それでいて対象に合わせたスピードで話をしてくれるこの少女は意外と教師向きだと思われる。

 学園都市情報でいっぱいになったメモ帳にホクホク笑顔を浮かべながら、パトリシアは御坂妹にお礼を述べる。

 

「今日は本当にありがとうございました、ミサカさん。お兄さんと別離になっちゃったのはちょっと残念でしたけど、ミサカさんとの学園都市巡りはかなり楽しかったです!」

 

「フフン。ミサカの観光ガイドスキルにかかればこんなものです! とミサカはえっへんころりと胸を張ります」

 

 このように分かりやすい感情表現をするのは妹達の中でも一九〇九〇号だけのはずなのだが、やはり初めての友達という事で彼女もテンションが上がっているのだろう。上条当麻や御坂美琴などと接する時と比べれば、やはり通常比何割増しも感情表現が豊かになっていた。

 ぺこり、と頭を下げるパトリシアと得意気に鼻を鳴らす御坂妹。

 そんな微笑ましい状況に場の空気は心なしか暖まり――

 

「なんか面白そうな空気を感知したの! ってミサカはミサカは二人の間に割り込んでみたり!」

 

 ――御坂妹を何年か若返らせたような少女が突如として現れた。

 ギョッとしたパトリシアが少女の姿を見て見ると、やはりそこには御坂妹とそっくりな少女の姿が。妹さんの妹さんかな? とパトリシア持ち前の平和ボケした思考が浮かぶが、その答えが彼女に与えられることはなかった。

 答えは簡単。

 それは――

 

「よくミサカの前に堂々と現れる事が出来ましたね、検体番号二〇〇〇一号、とミサカは突然本気モードに移行します」

 

「えっへーん! ミサカはもうそんな遊びには飽きてしまったのだ! ってミサカはミサカは戦利品であるゴーグルをこれでもかと掲げてみる!」

 

「とりあえずはそのゴーグルを返しなさい、とミサカは懐から得物を取り出して構えます」

 

「捕まえられるものなら捕まえてみろー、ってミサカはミサカは新たなるエンターテイメントの発掘に出かけてみたり!」

 

「逃すとお思いですか! とミサカはちょこまかと五月蠅いクソガキの捕獲に全力を投入します!」

 

 ――二人のミサカが流れるように走り去ってしまったからだ。

 『そんな装備で片腹痛いわーっ! ってミサカはミサカは挑発してみる!』『まだまだこれからです! とミサカは最終装備にシフトしますッッ!』二人の少女の似たような叫び声が凄い速度で遠ざかっていくのを茫然と見送るパトリシア。既に二人の背中は見えなくなっていて、周囲にはどんより雲と高層ビルが展開されているだけ。

 そんな学園都市に取り残されたパトリシアはサーッと顔を青褪めさせ、涙目ながらに最悪な現在状況を一言で述べるのだった。

 

「……ここって、何処ですか?」

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial35 別離と邂逅

 二話連続投稿です。


 インデックスが完食するのをわざわざ待って店の外に出た瞬間、コーネリアは気づいた。

 

「そうだ。パトリシアに電話すりゃあ早いじゃん」

 

 言うまでもなく当然の帰結であるが、それでも今の今までその当然の打開策を思いつく事が出来なかった自分が情けなくて仕方がない。何のための携帯電話か、何のための文明利器か。科学サイドの総本山で暮らしているというのに脳内だけは原始時代かよ、とコーネリアは不甲斐ない自分に自虐をぶつける。

 そうと決まれば即行動。

 コーネリアは携帯電話を取り出し、最愛の妹に通話を繋げる。

 ワンコール目で電話が繋がった。

 

『お兄さん! どうしよう、お兄さんのところまで戻れる気がしません!』

 

「とりあえずは深呼吸だパトリシア。そして落ち着いたらお前の周囲の様子を懇切丁寧に説明してくれ。それさえできれば後は俺が何とかしてやる」

 

 最愛の兄に促されるがままの行動に身を投じ、パトリシアは自分が迷い込んでいるエリアの情報を彼に伝達する。

 

『ええと、少し離れたところに薬局があります。それ以外に特徴と言える特徴はないですね。しいて言うならバス停があるぐらいです』

 

「薬局にバス停、か……オーケー、それだけ分かりゃあ十分だ。お前の場所は把握した」

 

 コーネリアは安堵の息を漏らし、

 

「すぐにそっちに向かう。だから絶対に一歩も動くなよ?」

 

『…………ごめんなさい。お兄さんに迷惑ばかりかけてしまって』

 

「なに、お前が謝る必要はねえよ、パトリシア」

 

 「探してた人?」と首を傾げながらこちらを見上げてきているインデックスに手で合図を送りつつ、コーネリアは電話の向こうで寂しい思いをしているであろう妹に優しい声色でこう告げた。

 

「妹に世話を掛けられるのが兄の義務だからな」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 インデックスが上条当麻を見つけたのは、それからすぐの事だった。

 それは極々当然のことで、上条は地下街で行動していたのだからインデックスが地下街で上条を見つける事には何の違和感もない。逆にコーネリアと接触しなければもっと早く見つける事が出来ていたのではないか、と別の道を思い浮かべてしまうぐらいには当然の展開だった。

 「とうまだ……」と思わず口から言葉を漏らすインデックス。

 そんな銀髪少女の背中を軽く押し、コーネリアは言う。

 

「行けよ」

 

「でも、コーネリアの探し人がまだ……」

 

「大丈夫だ」

 

 コーネリアは表情も変えず、

 

「場所は把握してる」

 

「…………そっか」

 

 コーネリアの短い言葉の意味をすぐに理解したのか、インデックスは寂しそうに笑った。『早く合流したいからお前はさっさと上条のところに行け』という、そんな意味を彼女はすぐに悟っていた。

 だからこそ、彼女はあえてひと手間かける事にした。

 胸の前で十字を切り、両手を合わせて数秒間だけ目を閉じる。

 そして聖母のような笑みをコーネリアに向け、

 

「あなたとその周囲の仔羊たちに幸在らん事を」

 

 その言葉を残し、インデックスは人混みの中へと消えて行った。

 銀髪の少女の背中を見送ったコーネリアは、すぐに後ろを振り返る。そこを真っ直ぐ進んで外に出れば、あとは可愛い妹と合流するだけだ。そのミッションさえ達成すれば、あとは何も成し遂げなくていい。

 中高生メインの人混みから離れる様に、コーネリアは一歩踏み出す。

 

『ラストオーダーッ!』

 

 人混みの何処かでそんな声が聞こえてきたが、コーネリアは振り返らない。役目を奪っちまってゴメンな――そんな謝罪の言葉をボソッと口にするぐらいだ。

 三人の道は交わらない。

 三者三様の道は、奇跡的なバランスで交わらない。

 しかし、交わらないからこそ――三人の道は複雑な形で交錯する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 既に、完全下校時間など過ぎていた。

 パトリシアの居場所を聞いたのは良かったが、運の悪い事にコーネリアが通った地下街の出入り口は彼女がいるエリアから随分離れた場所に位置していた。彼の持前の走力を駆使したとしても一時間はかかる場所だ。一時間も妹に寂しい思いをさせる羽目になった自分を呪ったが、だからといって今の状況が好転する訳じゃあない。今はとにかく走る事だけに集中して、さっさとパトリシアと合流する必要がある。

 パラパラと雨が降っていた。

 今朝方の天気予報では雨なんて予報じゃあなかったはずだが、やはり学園都市最高のスーパーコンピューター『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が壊れてしまっている現在において完璧な天気予報をすることは不可能なのだろう。こうして天気予報が外れてしまっている現状が、それを大いに表してしまっている。

 

「本降りになる前にアイツを見つけねえと……」

 

 雨の中に妹を晒すわけにはいかない――それも理由の一つだが、他の理由の方が大きい。

 雨が本格的に降り出した頃に、例の事件は勃発する。

 それまで妹と合流し、安全区域まで逃走する。どこが安全かなんて分からないが、流石に学生寮の自室にいれば誰かに危害を加えられることもないはずだ。物語の展開から言って、学生寮が戦場になるなんて記述は何処にもなかったし。……まぁ、展開通りに行けば、ではあるが。

 徐々に強くなり始めた雨の中、コーネリアは学生服を傘代わりにすることも無く走っていく。雨水が服の上で跳ね、曝け出された素肌の温度を奪っていくが、彼の足は止まらない。

 

「クソッタレが。気ィ抜け過ぎだぞコーネリア=バードウェイ……ッ!」

 

 自分を護る為にこの学園都市に逃げ込んできたというのに、結局は妹を危険に晒す手前にまで展開を進めてしまっているというこの体たらく。自分よりも大切な存在すら護れないなんて、もはや存在価値すら疑われる。これから起きる未来の事を知っている――そんなアドバンテージに何処か溺れていたのかもしれない。

 アドバンテージとは、ある程度の実力を持った者にしか恩恵を与えない。弱者はいくらアドバンテージを持っていたとしても弱者のままであり、強者のように悠然とした態度ではいられないのだ。

 考えを、改めなければならない。

 気合を、入れ直さなければならない。

 最近、魔術師からの襲撃が減ってきていたから、完全に油断してしまっていた。『アドリア海の女王』の時に何やかんやで上手く事を収める事が出来ていたから、甘い考えに溺れてしまっていた。

 脅威は、予想を遥かに上回る形で襲ってくる。

 そんな極々当然の事さえ忘れていたなんて、どこまで平和ボケしていたというのか。

 

「……今度、レイヴィニアに鍛え直してもらうかな」

 

 身体的な鍛錬は勿論だが、精神面での鍛錬も必要かもしれない。もっと柔軟で冷静な頭脳を、もっと完璧で剛胆な精神を。レイヴィニアとして恥ずかしくない自分自身を、すぐにでも取り戻さなければならない。

 (これからの事を考えるのは後にしよう。今はとにかくパトリシアとの合流が最優先だ)徐々に勢いを増す雨に不快感と嫌悪感を覚えつつも、コーネリアは人気のない表通りを走り抜け――

 

「待て、よ?」

 

 ――思わず、走る足を止めた。

 そして、周囲の様子と光景を見渡してみる。

 人の姿はなかった。

 一人も、ただの一人も表通りには存在していなかった。暗くなりつつある表通りには、コーネリア=バードウェイという少年だけが突っ立っていた。

 確かに、今は完全下校を完全に過ぎている時間帯だ。しかも雨が降ってきているため、人が外に居ないのも頷ける。大方、夜遊び派の学生は近くのファミレスや建物の中などでギャーギャーと騒いでいる事だろう。それは重々承知している。学園都市生活が長いからこそ、その辺の事情は把握している。

 だからこそ、違和感があった。

 人がいない事と、人の気配がない事。それは同じような意味に取れるが、実際は大きな隔たりを持っている。その違いに気付けるのは世界でも極々少数の者であるが、それについての説明は今はやめておこう。

 今回は後者――人の気配がない状態だった。

 そしてコーネリアは、そんな状態を作り出せる魔術を知っている。

 

「人払いの、ルーン……ッ!?」

 

「ほう。流石はあのレイヴィニア=バードウェイの実兄と言ったところであるな。魔術に対しての理解もそれなりには深いらしい」

 

 声は、少し離れた後方から聞こえてきた。

 聞き覚えのない声だったが、その声はコーネリアの背筋に悪寒を走らせるには十分の迫力を持っていた。

 何故か震える身体に鞭を打ち、コーネリアは後方を振り返る。

 

「貴様とこうして顔を合わせるのは、初めてであるな」

 

 無骨な男が、立っていた。

 青系の長袖シャツの上に更に白い半袖シャツを重ね着していて、下には通気性の良さそうな薄手のスラックスを穿いている。全体的にスポーティな装束だが、男に元気さはない。白い肌も茶色の髪も、何処か鋭さを感じさせる。

 無骨な男が、立っていた。

 目立った武器は持っていない。しいて言うなら鍛え上げられた肉体が武器の様に見えるが、コーネリアは知っている。この男の武器は二種類あり、その内の一つはこの場には無く、もう一つの武器は彼が魔術を使って隠し持っているという事を。

 無骨な男が、立っていた。

 コーネリアとの面識はない。それは相手方も同じようで、先ほども『顔を合わせるのは初めてだ』と言っていた。――だが、コーネリアはこの男の事を知っている。

 知っている――だからこそ、疑問が浮かんで仕方が無かった。

 何故、この街にあの男がいるのか。

 何故、自分の前にあの男がいるのか。

 何故、この時間帯にあの男がいるのか。

 全てが分からず、理解できず、把握できない。予想なんてできるはずもなく、故に対策なんて建てようがない非常事態。

 無骨な男が、立っていた。

 一瞬だけ。一瞬だけ、コーネリアは頭の中で男との戦闘をシュミレートした。自分の持っている武器を全て駆使して闘った場合のシュミレートを、一瞬だけやってみた。――結果は、見るも無残な敗北だった。

 無骨な男が、立っていた。

 無骨な男が、立っていた。

 無骨な男が、立っていた。

 「お、前は……?」自分の前に立ち塞がる、面識もクソもない男の姿を開いた瞳孔で熟視しながら、コーネリアは口をパクパクと開くしかできなくなっていた。

 無骨な男は表情を変える事すらせず、真っ直ぐコーネリアを見据える。

 そして、彼は提示した。

 コーネリアが切れ切れに放った疑問の言葉に、男は答えを提示した。

 自分を表す名称を――自身に与えられた二つ目の名を、無骨な男はあっさりと提示した。

 

「後方のアックア。ローマ正教が最暗部、『神の右席』の一人である」

 

 勝ち目なんて微塵もない。

 勝負なんて端から決している。

 文字通り赤子の手を捻るような消化試合が、まさに今、始まろうとしていた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial36 一方通行

 何気にあの最強が初登場です。


 雨が降り始めていた。

 ポツポツ、と徐々に勢いを増す雨に怪訝な表情を浮かべつつ、パトリシア=バードウェイはとりあえず雨宿りの場所を探す事にした。

 

「雨さえ凌げればいいから、屋根がある場所に移動しないと……」

 

 絶対にそこから動くな。

 そういう言いつけをされていたが、流石にこの雨の中、道路のど真ん中に突っ立っている訳にはいかない。兄からのお願いだから聞いてあげたいのは山々だが、それでもやはり女の子であるパトリシアは雨でずぶ濡れになる事だけは絶対に避けたかった。

 トタタッ、パシャパシャパシャ。

 地面に作られた水溜りを踏みつけながら、パトリシアは雨宿りが出来そうな場所を探す。

 人通りのない道路を走り、降りしきる雨の中を駆け、夜の街を進んでいく。

 そして、そんな行動が五分ほど続いたところで、

 

「―――――、え?」

 

 パトリシアは異様な光景と鉢合わせした。

 そこには、黒づくめの集団とガラの悪い白衣の男――そして、地面に突っ伏した白髪の男の姿があった。

 黒づくめの集団の手には物騒な銃などが握られている。白衣の男は地面に寝転がった白髪の男を人を小馬鹿にするような表情で見下ろしていて、その手には大きな工具箱が掴まれている。

 明らかに、異様な光景だった。

 だからこそ、パトリシアは思わず口走ってしまっていた。

 

「――――何、しているんですか?」

 

 あ? と白衣の男が怪訝な声を上げ、パトリシアの方を向き直る。それは黒づくめの集団も同様で、更には今にも意識が途切れてしまいそうな様子の白髪の男も同じだった。

 パトリシアは、言う。

 この異様で異常な状況を冷静に分析しつつも、実兄と実姉には似ても似つかない平和ボケした思考を信じ、更には混乱の末に一つの言葉を絞り出す。

 奇しくも、それは先ほどと同様の言葉だった。

 

「何、しているんですか?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 地面に瀕死の状態で寝転がったまま、学園都市最強の怪物・一方通行(アクセラレータ)は歯噛みした。

 場違いなんてレベルじゃない。こんな殺伐で残酷な殺し合いの場に来るような人物とは、とてもじゃないが思えなかった。もしかしたら超能力者級の力を持っていて、更には実戦経験豊富なのかもしれない――そんな淡い期待が浮かぶ事も無かった。

 少女からは、そんな匂いも香りも気配もしない。

 至って温厚、そして平和。表世界でのうのうと日常を謳歌している、そんな気配しか感じられない。澄んだ瞳は『あの少女』とそっくりで、平和ボケしてそうな恍けた表情もまた『あの少女』を彷彿とさせていた。

 そしてどうやら、一方通行を叩きのめした研究者――木原数多も同じ思考に至ったようで、つまらなそうな顔で金髪の少女を眺めていた。まるで戦場に小鳥が入ってきたのを目の当たりにしたような、そんな表情だった。

 首に装着されているチョーカー型の電極に意識を飛ばしながら、一方通行は考える。

 

(どォする? 見捨てるか、助けるか、それとも利用するか。選択次第じゃァここからの脱出も可能だが……)

 

 彼の最強の能力『一方通行』は現在、使用時間に制限が入っている状態だ。それは八月三十一日に起きた戦いが原因なのだが、それについての説明はやめておこう。とにかく、彼の能力にはタイムリミットがある、という事だ。

 まだ、能力は行使できる。

 しかし、痛む体が動くことを拒んでいる。

 少しは身体を鍛えてりゃァ良かった、と場違いな後悔を浮かべていると、黒づくめの集団の内の一人が木原数多に声をかけた。

 

「どうしますか?」

 

「あ? どうするって、お前。そりゃあ……」

 

 木原はつまらなそうに息を吐くと、

 

「消すしかねえだろ」

 

 考え得る限り、最悪の言葉だった。

 少女――パトリシアは猟犬部隊(ハウンドドッグ)の活動を目の当たりにしてしまっている。存在自体が隠匿されている暗部組織の一つの活動を、だ。それが示すのは口封じという名の虐殺行為で、もしこの場から逃げ出せたとしても彼女は既に追われるべき標的にカテゴライズされてしまっている。実力派の能力者ならまだしも、あんな平和の象徴みたいな顔をした少女では二日と保たない事は明白だ。

 一方通行は、歯噛みする。

 そして、これから行える最良の策を、学園都市最強の頭脳で以って導き出す。

 

(どォせこのままくたばってても結局は殺される。だったらやってやろォじゃねェか!)

 

 少女を救うという訳ではなく、木原数多に吠え面をかかせるためだけに、一方通行は崩れ落ちていた身体に力を込める。

 

(あンなヒヨコ女なンざ死ぬほどどォでもイイが、ここで木原の野郎ォの思惑通りに展開を進められるのも気に食わねェ。イイぜ、最高だ。オマエが歯噛みする瞬間が見られるってンなら、どこまでも血みどろに救ってやるよ――木ィ原ァアアッ!)

 

 学園都市最強の状況判断は、極めて短時間で終了した。

 そこから導き出した最初の行動を実現させるべく、一方通行はずっと『能力使用モード』になりっぱなしになっていた電極に注意を向けつつ、アスファルトに片足の爪先を押し付ける。

 そして、蹴る。

 ――と同時にベクトル変換の能力を働かせ、ロケット並みの爆発力で以って十メートル範囲内に停めてあった黒のワンボックスカーの後部スライドドアに激突し、そのまま勢いよく転がり込んだ。

 

「ッ!?」

 

 運転席に乗っていた男が反応するのを待たず、一方通行は破壊したドア部分の金具を毟り取る。ギザギザに尖った急ごしらえの凶器を振りかぶり、そのまま椅子の背もたれの真ん中に向かってその凶器を突き刺した。

「ぎィっ、ぎゃあああっ!?」椅子を貫通する形で凶器が身体に突き刺さり、運転席の男の口から悲鳴が上がる。しかし幸か不幸か急所は免れているようで、即死には至っていなかった。

 苦悶の声と共に身をよじる男に、一方通行はねめつけるような声で言う。

 

「進め」

 

「ぃ、――――ぁ?」

 

「オマエは三十分と経たない内に死ぬ。さっさと病院に行かなきゃだがな」

 

 一方通行は金具の先に軽く触れる。――男の口から悲鳴が零れた。

 

「だが、ここで俺の言う事を聞かなかったとしても、オマエは木原の野郎に殺される。……ここまで言えば分かるな? 死にたくなきゃァ黙って俺の指示に従え」

 

「ひっ!?」

 

 決断するのに、そう時間はかからなかった。

 男は甲高いエンジン音と共にエンジンを噴かせ、暴れるように車を発進させた。

 進路上にいた猟犬部隊の男たちが、転がるように左右に散っていく。そんな男たちに木原数多が何かを叫び散らしていたが、一方通行は気にしなかった。

 暴れる車の後部から、少女の位置を確認する。

 

「右へ寄せろォ!」

 

 後方から迫り来る銃弾に怯む事無く、一方通行は道に突っ立っている少女に向かって手を伸ばす。

 少女が縮こまっているせいで、手を限界まで伸ばしたとしても届く保障はない。もしかしたら手は届かずに、少女が銃弾の雨に倒れてしまうかもしれなかった。

 しかし、それでも怪物は手を伸ばす。

 後方からの銃弾が顔を掠めたが、一方通行は無視して少女の腕を掴む。非力なままでは彼女を持ち上げる事すらできないので、ベクトルを制御して少女の身体を無理やり車内へと引きずり込んだ。

 そして、その挙動の中で、運転席の男に突き刺さっている金具に触れる。

 耳障りな悲鳴が前方から聞こえてきた。

 一方通行は隣で目を白黒とさせている少女に聞こえないように気を配りながら、小さな声で囁いた。

 

「……騒ぐな。イイから黙って前進しろ。時間がねェのはお互い様だろ?」

 

「お、お客さん、どちらまで……?」

 

「そォだな」

 

 少女から金具が見えないように身体を動かしつつ、怪物は告げる。

 

「イイ医者を知っている。普通の医者じゃァその傷は治せねェだろうな。そこまで案内して欲しかったら黙って俺の人形になる事だな、運転手」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 後方のアックア。

 無骨な男の口から告げられたその名前に、コーネリアはただただ恐怖に震えていた。

 

(嘘、だろ……何でよりにもよって、俺との相性が最悪な奴が出てくるんだよ!?)

 

 後方のアックア。

 またの名を、ウィリアム=オルウェル。

 『神の右席』の一人にして後方を司る魔術師。元はイギリス屈指の傭兵で、しかも聖人と聖母の二つの性質を持ち合わせる『二重聖人』――それこそが、コーネリアの知る限りの彼の詳細だ。

 『聖人』

 それはコーネリアが持つ『荊棘領域』の副効果――『聖人殺し』を諸に受ける種族ではある。故に彼との相性は良さそうに聞こえるが、それは大きな勘違いである。

 後方のアックアは、聖人としての力が無くても凶悪な戦闘能力を実現できる。

 コーネリアの能力は荊が対象に絡みついている間しか発動しない。しかも不幸な事に、彼の荊は特別製でも何でもない。アックアほどの怪力が本気を出せば、荊は見るも無残に呆気なく千切れてしまう事だろう。

 圧倒的なまでに最強。

 そして、最悪な事に勝ち目はない。

 雨に濡れた手を握り締め、コーネリアは口を開く。

 少しでも隙を作るために、コーネリア=バードウェイは無駄口を叩く。

 

「……ローマ正教の最暗部がこの街に何の用だよ。観光、って感じの雰囲気でもねえよな?」

 

「私としてもまさかこのタイミングで外野に出向くことになるとは思ってはいなかったのだがね。少々事情が変わったのだ」

 

「事情、だと?」

 

「『幻想殺し』という名前に聞き覚えはあるな?」

 

 その問いに恍けようかと一瞬考えたが、相手の神経を逆撫でする以外に効力はないと判断したため、コーネリアは黙って首を縦に振った。

 

「神の奇跡を打ち消す右手。その持ち主である上条当麻。我々はかの少年をローマ正教の脅威と判断し、必要と在らば処分する為にこの街に来た次第である」

 

「……やっぱりかよ」

 

 神の右席と上条当麻の激戦はしっかりと記憶に刻まれている。彼の『幻想殺し』を巡って学園都市やアビニョン、そしてロシアを舞台に繰り広げられた戦いは、正史の中で最も記憶に残る戦いだった。

 故に、アックアの狙いが上条当麻という事には何の違和感もない。

 だが、ここで一つの矛盾――というか、疑問が浮上する。

 

「上条当麻が狙いだっつってんのに、何で俺の前に現れた? しかもご丁寧にわざわざ人払いまでしてる始末だ。気のせいかな、俺にはアンタがこの俺を狙っているようにしか見えねえんだよ」

 

「―――、」

 

 ぴく、と怪物の眉が微妙に動いた。

 しかし怪物はつまらなそうにコーネリアを上から下まで一瞥し、

 

「少々事情が変わった、と言ったはずだ。そもそも私がこの街に出向く予定はなかったのだよ」

 

「他の『神の右席』が一人で来る予定だった、とか言うんじゃねえよな?」

 

「残念ながらその通りだ。噂通りの推察力であるな。敵としては申し分ない」

 

 アックアの表情は変わらない。

 

「前方のヴェント。そう呼ばれる私の同僚がこの街を訪れている。元の計画では彼女一人での襲撃だったのだが、私も同行する事となってしまったのである」

 

「回りくどい言い方なんてしてんじゃねえよ。ハッキリと簡潔に言ったらどうだ?」

 

「……それもそうだな。私も無駄な時間を浪費したくはない」

 

 アックアの表情は変わらない。

 コーネリアの生意気な言葉にも、アックアが苛立つことはない。

 弱者が必死に虚勢を張る姿に一笑する事も無く、アックアは求められた答えを提示する。

 

「『聖人殺し(セイントキラー)』。神から与えられし奇跡を持つ者達の天敵と成り得る唯一無二の力。――そう、コーネリア=バードウェイ。私は貴様を標的としてこの街にやってきたのである」

 

「………………下手な冗談は嫌いなんだがな」

 

「私が冗談を言うような人間に見えるのであるか?」

 

「……だろうな」

 

 アックアは嘘を吐かない。

 かつては騎士として選定される直前だった存在だ。そんな彼が無駄な嘘を戦場において吐き出すなんて、絶対にありえない。

 どこまでも正々堂々。

 どこまでも直進姿勢。

 『神の右席』の中で最も真面目で、最も頑固で、最も戦闘に向いている。ごろつきの傭兵でありながら魔術師としても一級品で、世界中の荒事を一人で幾つも処理してきた絶対無敵の救世主。

 それが、後方のアックア――いや、ウィリアム=オルウェルと呼ばれる男の称号だ。

 頬を伝う冷汗が雨で流されていくのを感じながら、コーネリアはぼんやりと思う。

 

(おそらく、ヴェントは上条ン所に行ってるはずだ。アックアが俺の目の前に現れてる以上、その予想は外れちゃいない。そもそもの話、ヴェントは上条だけを標的にこの街に来てるんだから、俺にわざわざ接触する理由はない)

 

 状況は察した。

 だが、ここからの一手が見つからない。

 一歩動けば足をねじ切られ、一歩進めば腕を切り落とされる――そんな絶望的な未来しか思い浮かばない。

 最悪な敵だ。

 身体能力でも戦力でも魔術面でも精神面でも。

 全てにおいて、ありとあらゆるステータスにおいて、コーネリアはアックアに軽く及ばない。

 

「……チッ。せめてレイヴィニアがいれば良かったんだが」

 

「妹に頼ろうとするその根性、貴様は中々に腐っているな。しかし、分からなくはない。弱者が強者に助けを求めようとすることは、至って自然の摂理である」

 

 分かっている。

 普段はレイヴィニアを避けているくせに、都合の良い時だけ妹に頼ろうとしている自分が最低な人間だって事ぐらい、自分が一番分かっている。

 分かっているからこそ、折れそうな心を護る為に弱音を吐いたのだ。

 絶対無敵の妹の存在を思い浮かべる事で、自分の弱い心に喝を入れたのだ。

 

(勝ち目はない。そんな事は分かってる。……だが、ここでむざむざと殺される気はねえ!)

 

 何が何でも抵抗する。何があっても生き延びる。

 愛する妹達を残したまま、ここで無残に死を迎えるつもりはない。

 

幻想(ラッキー)なんて起きる訳がねえ。俺は主人公じゃねえから、そんな奇跡が起きるなんてことは絶対に有り得ねえ)

 

 アスファルトに足を踏み込み、震える身体に力を込める。

 絶対に勝てる訳がない敵に少しでも抗うべく、コーネリアは荊を操る能力に意識を向け、

 

 

「―――そこで何してるの?」

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 ん? とアックアは怪訝な表情を浮かべ、声のした方――後方へと振り返る。

 距離は三十メートル程だろうか。そこらの脇道から不意に出てきてしまったのか、それとも『人払い』の魔術に反応してやって来てしまったのか。とにかく、この場には相応しくなく、且つ、最も相応しい少女の姿がそこにはあった。

 その少女は腰までの長さの銀色の髪を持ち、白い肌と緑色の瞳を持ち合わせた美しい少女だった。格好は、紅茶のカップのような豪奢な装飾が施された金と白の修道服。だが、その修道服はアンバランスな安全ピンで留められていて、場違いにもその少女に可愛らしい三毛猫が抱えられている。

 心臓が止まるかと思った。

 よりにもよってこの最悪なタイミングに、よりにもよって最悪な少女が来てしまった。

 不幸と不遇と不運が混ざりに混ざって相乗効果を生んだとしか思えない展開に、コーネリアは思わず呆然としてしまっていた。

 そして、硬直から解放されると同時に、コーネリアは口にする。

 彼女は。

 彼女の名前は、

 

「……何でこんな所にいるんだよ、インデックス……」

 

 十万三千冊の魔導書を内包する魔道書図書館の登場にコーネリアは絶望し、

 

「……ほう?」

 

 最強の聖人は珍しい事に僅かに表情を変化させていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial37 金属棍棒

 二話連続投稿です。



 そこには、絶望しかなかった。

 絶対に勝てない敵。

 戦力にすらならない少女。

 そして――自分すら護れない少年。

 一体どこまで不幸だったらこんな状況が作り出せるのか。ギャグ漫画かよ、と思わずツッコミを入れてしまいそうな、そんな光景がコーネリアを中心に展開されていた。

 最悪で災厄。

 崖から飛び降りる方が何百倍も生き残れそうな状況を前にコーネリア=バードウェイが取った行動は一つだった。

 

「くっそ、がァ―――ッ!」

 

 アスファルトから無数の荊を召喚し、アックアを囲う様に荊の檻を作り上げた。

 こんなものでアックアを倒せるだなんて思っちゃいない。思っちゃいないが、それでもこの『聖人殺し』ならば少しの隙ぐらいは作れるはずだ。その隙をついてインデックスのところまで走り抜け、この場からの逃走を図る。それが、コーネリアが導き出した苦肉の策だった。

 何重にも展開された荊の檻に包まれていくアックアを見る事もせずに、コーネリアは地面を蹴る。距離としては三十メートル強。日々を逃走で過ごしてきたコーネリアにとって、その距離は長いようで実は短い。

 プロの陸上選手のような速度でアックアの横を走り抜ける。荊に囲まれたアックアが動く気配はまだない。

 このチャンスを逃す訳にはいかない。この一瞬の幻想(ラッキー)を生かせなければ、もうコーネリアに為す術はない。

 

「面倒掛けてんじゃねえぞ、この大食いシスター!」

 

「わ、わわっ!?」

 

 突っ立っていた純白の少女の身体をラグビーのタックルの要領で抱え上げ、そのまま勢いを殺すことなく前進する。コーネリアは数えきれないほどの逃走ルートを有しているが、まずはアックアの視界外に逃げない事にはその道に入り込む事すら不可能だ。聖人と常人の身体能力は、そう簡単に覆せるほど小さな差を持ってはいない。

 インデックスの体重に身体が軋むが、コーネリアはお構いなしに突き進む。

 しかし、彼がそのまま離脱する事はなかった。

 

「敵前逃亡とは戦士の風上にも置けぬ行動だな」

 

「ぐ、ぶぅっ!?」

 

 逆に、気付いた時にはスタート地点に無理やり戻されていた。

 腹部が蹴り飛ばされたのか顔面を殴り飛ばされたのか分からなかった。ただ、気付いた時には三十メートルもの距離をノーバウンドで飛んでいた。インデックスを攻撃から庇う事が出来たのは、おそらく無意識による奇跡だ。ここでこの少女を殺させるわけにはいかない――そんな意地が少女を護る為に動いた結果だろう。

 何が起きたか分からなかった。

 ただ一つだけ言えることは、決死の攻撃があっさり破られた、という事だ。

 背中がアスファルトに激突し、肺の中の空気が一瞬で消滅する。しかもインデックスの下敷きになるように着地したため、プレス機で潰されるような痛みがコーネリアの全身を襲っていた。

 声にならない叫びが響く。

 道路の上で悶え苦しんでいるコーネリアに、アックアはつまらなそうな顔で言う。

 

「貴様の『聖人殺し』は確かに強力だ。荊冠を意味する荊によって聖人の力を抑え込み、常人レベルにまで無理矢理力を削ぎ落とす――そんな神の奇跡のような芸当を、貴様の能力は可能としている」

 

「聖人、殺し……?」

 

 コーネリアの能力についてあまり情報を持っていないインデックスが疑問の声を上げるが、アックアは構わず言葉を続けた。

 

「私も聖人である以上、この荊の効果からは逃れられない。そういう点で鑑みれば、貴様の能力は我々聖人にとって脅威でしかない」

 

 無骨な男の表情は変わらない。

 最強の聖人はちら、と左後方――荊の檻が展開されていたエリアを目で示す。

 そこには、見るも無残に破壊された荊の檻が立っていた。無理やり引き千切ったのではなく、内側から無理やり叩き千切ったような、そんな無骨な破壊痕。明らかに人間の手で作り出せる惨状ではない。

 アックアはつまらなそうな表情でこちらを見ていた。

 そこで、コーネリアは気づいた。

 アックアが持つ二つの武器の内の一つ。

 その凶悪で強大な武器ならば、ちょうどあのような破壊痕を作り出せるかもしれない、という事に。

 

「がはっ、ごほっ……荊に触れねえで良い様に、巨大なメイスで檻をぶっ壊しやがったな……」

 

「ほう。既にそこまで看破されているとはな。これは流石に予想外である」

 

 ばれているのなら、わざわざ隠す意味もない。

 そうでも言いたげな様子でアックアは右手を前に差し出し、

 

「武器の存在を看破しているのなら、当然、武器の威力も理解しているのであろう?」

 

 全長五メートルを軽く超える程に巨大な金属の塊が、アックアの影から飛び出してきた。

 これこそが、アックアが得意とする得物の一つ。

 ありとあらゆるものを引き千切り、粉砕し、撲殺し、蹂躙するための絶対凶器。

 武器としての名称はない。ただ、金属棍棒(メイス)、と。鈍器を称する呼び名だけが存在する巨大な得物を片手で掴み上げながら、アックアはあまりにも弱すぎる標的に再び視線を定める。

 

「次はこちらの番である」

 

 アックアとコーネリアの視線が交錯する。

 

「行くぞ、我が標的」

 

「ッ!?」

 

 戦闘はなかった。

 そこにあるのは見るも無残な蹂躙だけだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻は夜の学園都市を走っていた。

 彼の背中には御坂美琴を何歳か幼くしたような外見の少女――打ち止め(ラストオーダー)が背負われている。見ようによっては遊び疲れた迷子の少女を上条が家まで送り届けてあげている光景にも見えるが、その真実は想像以上に残酷だ。

 謎の武装集団からの決死の逃亡。

 それこそが、上条当麻が全力疾走を余儀なくされている現実だった。

 

「畜生! なんだってこんな事になっちまってんだ!? インデックスは見つからねえし命は狙われるしで散々すぎるだろうがッ!?」

 

 金属の擦れ合う音を上塗りするように、上条の背後からサブマシンガンの発砲音が鳴り響く。地面に浮かんだ水溜りを消し飛ばしながら、上条は打ち止めを抱えたまま暗い路地裏の奥へ奥へと走っていく。

 隠れる場所が欲しかった。

 こんな路地裏で延々と走っていても到底逃げ切れるとは思えない。こういう時は逃亡の王者であるコーネリア=バードウェイに頼りたいが、不幸にも彼の頼れる先輩は今この場にはいない。あの人なら絶対に逃げきれる逃走ルートを知ってるはずなんだけどな! と上条は迫り来る銃弾の雨を凌ぎながらも年相応の弱音を零す。

 走りながら、自分の右手にチラッと意識を向ける。

 彼の右手にはありとあらゆる異能を打ち消す『幻想殺し』という能力が備わっている。今まではこの能力を駆使していろんな戦いを終わらせてきた。だから今回もこの右手を頼りたい所なのだが、そう上手くはいかない理由がある。

 彼の右手は異能以外には効果を持たない。

 迫り来る車は止められないし、振り下ろされる刃は凌げない。当然、襲い来る銃弾を防ぐ事なんて不可能だ。

 そんな『幻想殺し』だからこそ、今の状況は極めて不味いと言える。相性が最悪過ぎて笑いすら出て来ない。付け入る隙がないというレベルではなく、下手をしたらボロ布の様にズタズタに引き裂かれてしまうことは明白だ。

 とにかく、身を隠さなくてはならない。

 その為に必要な手段を揃えるべく、上条は背中の打ち止めに声をかける。

 

「打ち止め! 妹達を束ねてるって事は、お前も電気の能力を使えるんだな?」

 

「うん。でも、使えたところでせいぜい強能力者程度だけど、ってミサカはミサカは答えてみたり」

 

「電子ロックは外せるか? とりあえず、どっかの裏口から建物の中に入りたい。この路地はそこまで長くないだろうから、出口で待ち伏せされている可能性もある」

 

 出来るか? と上条は問う。

 分かった、と打ち止めは一言で応じた。

 上条は近くのドアで打ち止めを降ろし、周囲に注意を向ける。打ち止めは所持していた携帯電話の電源を落とし、目の前の電子ロックに集中し始めた。どうやら、能力の使用に携帯電話の電波は邪魔になるらしい。

 装備のぶつかる金属音が、何処からともなく聞こえてくる。

 追い込まれた状況で立ち尽くすというのは中々に心臓に悪く、上条は秒が嵩む毎に次第にイライラし始めていた。

 

(まだか……)

 

 武装集団との距離はいまいち分からない。もしかしたらすぐ近くにまでやって来ているのかもしれない。

 緊張が、彼の心を埋め尽くす。

 戦いようのない脅威が、彼に重圧となって圧し掛かる。

 

(クソッ、まだなのかよ!?)

 

 打ち止めは未だに電子ロックと格闘している。

 まさか幻想殺しが打ち止めを邪魔しているとかって言うんじゃねえよな? と上条が心配になってきたところで、ピー、という電子音が鳴った。

 

「きた! ってミサカはミサカは報告してみたり!」

 

「よし来た!」

 

 打ち止めの小さな体を抱え上げ迷う事無く扉の中へと入り込む。

 普通の高校生の逃走劇は、まだまだ始まったばかりである。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial38 聖人

 死んでいないのが不思議なぐらいだった。

 アックアの冷酷で容赦のない金属棍棒による殴打を諸に喰らったコーネリアは、血だまりの中に沈んでいた。身体のあちらこちらの骨が折れていて、内臓のほとんどが損傷していてもおかしくないほどの重傷。既に虫の息であり、目には一切の力も篭っていない。

 彼は、インデックスに覆い被さるように崩れ落ちていた。

 この少女だけは護らねば、と。

 大切な後輩が大切にしているこの少女だけは絶対に護らねば、と。自分の身を挺して、絶対に避けられない攻撃からインデックスを護り通していた。

 ここで自分が倒れたら、攻撃がインデックスに届いてしまうかもしれない。そうなったが最後、この少女はボロ布のように呆気なく千切れ飛んでしまう。――それだけは、絶対に避けなければ。

 無残に叩き潰されたコーネリアの下で、純白の少女は「……ぇ?」とか細い疑問の声を漏らす。

 

「……コー、ネリア?」

 

「…………」

 

 返事はない。

 意識なんて、ほとんど無い様なものだった。

 人形のように動かないコーネリアの下から抜け出たインデックスは、もう一度彼の様子を上方向から確認する。

 そこにあったのは、今にも死んでしまいそうな友人の姿だった。

 そして、命がけで自分を護ってくれた、脇役(ヒーロー)の屍だった。

 

「う、そ……ねぇ、起きてよ。起きてってば、コーネリア……」

 

 血で汚れる事も厭わずに、少女は少年の身体を揺らす。――返事はない。そこにあるのは、瀕死の屍だけだった。

 少女は修道女であるが、そんな彼女に怪我人の傷を治す術はない。十万三千冊の魔導書という重荷を背負わされた少女は自分の魔力を用いた魔術を行使する事が出来ない。修道女と言っても、神に祈りを捧げるぐらいしか彼女にできる事はない。

 そんな事が今の状況では無駄だという事ぐらい、インデックスにも分かっている。神に祈ったところでこの少年の傷が治る訳じゃないし、この少年を瀕死にまで追い込んだローマ正教の魔術師を倒せるわけじゃない。

 でも、少女はそれだけしかできないから。

 神に祈る事しかできないから。

 胸の前で十字を切り、両手を合わせて目を閉じる。幻想(ラッキー)がこの少年に降り注ぐように、少女は無心に神に祈る。

 

「…………ふん」

 

 それを見ていたアックアは、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 『聖人殺し』だの『レイヴィニア=バードウェイの実兄』だの『原石』だの、大層な肩書きを持っているにしては何と脆弱な事か。弱い、あまりにも弱すぎる。たった一度の攻撃で、もう動かなくなってしまった。

 

(やはり血は繋がっていようとも才能の壁には逆らえないのだな。優秀な妹に遠く及ばず、しかも普通の人間レベルの脆弱と来た。こんな事なら私ではなくもっと下の魔術師にでも相手をさせた方がマシだったのである)

 

 ローマ正教が最暗部。

 そう呼ばれる組織の一人であるアックアがわざわざ出向いたというのに、結局手に入れたのは虚しさと目的達成という誠につまらないものだった。

 いや、まだ、目的達成とは言えない。

 まだこの少年は、死んでいないのだから。

 

「『禁書目録』よ。貴様の命までを取ろうとまでは思ってはいない。この男を渡すというのなら、命だけは助けてやる」

 

「いやだ」

 

 即答だった。

 神に祈るしか能のない魔導書図書館は、涙をぽろぽろと流しながら、絶対に勝てない相手に向かって、それでも強気に拒否の姿勢を示していた。

 少女は言う。

 神への祈りを続行しながら、少女はこの状況を作り出した元凶に言う。

 

「コーネリアは私の友達なの。友達を見捨てるぐらいなら、ここで死んだ方が何倍もマシなんだよ」

 

 芯の通った声に、しかしアックアは表情を変えない。

 後方のアックアは、一切の容赦も油断もしない。

 殺す気はなかったが、仕方がない。この弱き少女が自分の前に立ちはだかるというのなら、全てを一撃の下に撲殺してやろう。

 苦しむ時間を少しでも短く。

 それが、瀕死の少年にアックアが手向ける事が出来る唯一の気遣いだ。

 

「……希少な才能をここで潰すのは気が引けるのだがな」

 

 しかし、踏みとどまる事はない。

 最も得意とする得物――金属棍棒を振り上げながら、アックアは修道女と少年をもう一度視線に収める。昔の記憶――とある王女と傭兵の物語が頭に浮かんだが、無駄な記憶だとアックアはすぐに意識を切り替えた。

 金属棍棒を握る手に力を込める。

 そして一切の容赦なく、その巨大な鈍器を弱者たちに向かって振り下ろした。

 ドゴォオオッ! とミサイルでも着弾したかのような轟音が鳴り響く。

 着弾地点を中心として、周囲に半径三十メートルほどのクレーターが構築され、学園都市が大きく揺れた。たった一人の魔術師による撲殺劇が繰り広げた被害にしてはあまりにも大きすぎるが、これがアックアという聖人の力なのだ。最強の聖人の名は伊達ではない。

 ――終わったか。

 流石に瀕死の重態で今の一撃を耐える事は不可能だろう。今まで何人も頑丈な人間を見てきたが、流石にあの状態では無理だ。自分が少年の立場だったとしても、あれを耐える事は出来ない。

 つまらなそうな表情で、金属棍棒を持ち上げる。

 しかし、地面に縫い付けられたかのように、アックアの鈍器は微動だにしなかった。

 「???」と後方のアックアの脳内に疑問符が浮かぶ。あまりにも激しい勢いで叩きつけたせいで地面に食い込んでしまったか、そんな疑問が浮かんだが、答えはすぐに彼に提示された。

 

「…………」

 

「なん……だと……ッ!?」

 

 全長五メートルを超える鈍器の下から、人間の息遣いが零れ出てきていた。

 絶対に有り得ないはずの現実にアックアは動揺を隠せず、絶対無敵の傭兵にしては珍しく、確固たる意志が揺らいでしまっていた。金属棍棒の下に拡がる光景を見たくない、という心までもが生まれて来てしまっている。

 しかし、アックアの動揺に関わらず、展開は進展を始める。

 ズズズ、と金属棍棒が僅かに動く。それは上から下への動きではなく、その逆――下から誰かが金属棍棒を持ち上げた事による動きだった。

 巨大な鈍器が動いた事で、アックアの視界にその下の光景が映り込む。

 そこには。

 金属棍棒の下に拡がっていたのは――

 

「……ぅ、ぁ……」

 

 ――コーネリア=バードウェイだった。

 全身血塗れで身体のあちらこちらの骨が折れていて、足なんかはがくがくと小刻みに痙攣を繰り返している。目の焦点は合っておらず、口もだらしなく開かれている。

 しかし、彼は立っていた。

 彼の中には、確かな芯が通っていた。

 足元で意識を失っている少女を護る様に、コーネリアは金属棍棒を両手で抑えつけていた。荊を駆使した訳じゃなく、何かの魔術を使用した訳じゃなく、年相応の太さの二本の腕でアックアの攻撃を真正面から受け止めていた。

 有り得ない。

 こんな事は、絶対に有り得ない。ただの少年が、一介の高校生風情が正面から受け止められるような一撃ではなかった。そんな事、攻撃を繰り出した本人であるアックアが最も理解している。聖人の本気の一撃を受け止められるなんて、それこそ聖人で無い事には――

 

(――待て、よ?)

 

 そういえば、この少年の能力は何だったか。

 『聖人の力を抑え込む荊を操る』という、そんな神の奇跡のような能力ではなかったか。

 もしも。

 あくまでも、もしもの話である。

 彼の能力で生み出される荊が、もしも、彼の本当の素質を抑え込んでしまっていたとしたら?

 もしも、荊を制御できなくなったと同時に、その素質が解放されてしまったとしたら?

 彼の荊の効果を受ける対象は、唯一、聖人の力だけだ。

 つまり、ここから生まれる方程式から導き出される解答は、自然に一つに絞られる。

 

「聖人だと、言うのか……この少年が、私と同じ、聖人であると……?」

 

 あくまでも推測にすぎない。

 推測にすぎないが、そうでもないと今の状況は有り得ない。聖人であるアックアの一撃をコーネリアが素手で受け止めたというこの信じられない状況は、『コーネリア=バードウェイが聖人である』という推測が無いと成り立たない。

 しかも、アックアの一撃を受け止められるという事は、聖人の中でもトップクラスの力を持っているという事になる。

 聖人と聖母。その二つの性質を持ち合わせるアックアは通常の聖人の実力の比ではない。そんな男の攻撃を、しかも武器を駆使した一撃を受け止められる。――それは、コーネリアの聖人としての力が底知れない事を顕著に表しているのではないか?

 金属棍棒を腕力と握力と全身の力で抑えつけていたコーネリアは、意識が無いのかあるのか、ふらふらと瞳を彷徨わせながら一歩前に踏み出した。

 

「ッ」

 

 思わず、一歩後ずさってしまった。

 どんな戦場においても逃亡という選択肢を取る事なんて無かったアックアが、ありとあらゆる戦乱を駆け抜けてきたウィリアム=オルウェルが、一人の少年に気圧されていた。

 

「…………面白い」

 

 その一言は、心の底から出たものだった。

 そして、ずっと表情を変えなかった怪物は、心の底から楽しそうに笑っていた。

 

「面白い!」

 

 コーネリアの手から金属棍棒を引き剥がし、遥か後方へと放り投げる。

 最良の敵と認識した一人の少年に、武器は必要ない。相手が素手で来る以上、こちらもそれ相応の装備で対応する!

 砲弾のような拳を握り、筋骨隆々な剛腕と共に振り上げる。後はこのまま拳を振り下ろせば、楽しい楽しい戦闘が開始される。そうなれば、ずっと胸に燻っていた退屈さも消し飛ぶはずだ。何かを期待してこの街に来たわけではないが、これは想定外の贈り物を貰ってしまった。

 

(このアックアと対等にやり合えるだけの素質、試させてもらうぞ!)

 

 言葉はない。

 ただ、ありとあらゆるものを捻り潰す拳を振り下ろす。

 それだけだった。

 それだけの、はずだった。

 

「―――、?」

 

 最初に感じたのは、違和感だった。

 次に感じたのは、拘束感だった。

 最後に感じたのは、脱力感だった。

 何かがおかしい。身体に異常がある訳ではないが、何かが変だ。身体の芯から力が抜けたというか、元々持ち合わせていた力を抑え込まれたというか―――ッ!?

 そこまで考えたところで、アックアは気づいた。

 自分の衣服から生えた荊が、自身の身体に絡みついている事に。

 

「……ぬぅ、っ!」

 

 がくん、と身体から力が抜け、地に膝をついてしまう。

 聖人だけでなく聖母としての素質も持っているアックアは、通常の聖人よりも遥かに『聖人の弱点』に弱い側面を持つ。それはつまり、対聖人の戦術に対して、アックアが滅法弱いという事だ。

 コーネリアとの戦いの最中に、アックアは言った。――触れなければどうという事はない、と。

 その一言が示す答えはただ一つ。

 荊に触れさえすれば、アックアの力を抑え込める、という事だ。

 地に膝をついて動けなくなっているアックアを、コーネリアはボロボロの状態で見下ろす。まだ意識は戻っていないのか、その視線は怖ろしい程に虚ろだ。

 だが、コーネリアが取った行動は至って的確なものだった。

 気絶しているインデックスを抱え上げ、コーネリアは後退する。アックアを視線から外さないように気を付けながら、コーネリアは敵との距離を取る。

 コーネリアの姿をアックアが見失ったのは、それから約十分後の事だった。

 ようやく消滅した荊と、回帰し始めた聖人と聖母の力に調子を崩しつつも、アックアはコーネリアが去って行った方角を真っ直ぐと眺め、

 

「コーネリア=バードウェイであるか。その名前、確かに我が胸に刻んだぞ」

 

 その言葉を合図とし、アックアは夜の学園都市に跳躍した。

 最高の敵と戦うために、最強の傭兵は胸躍る追撃を始めた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial39 優しき少女

 怖い人だと思った。

 それと同時に、優しい人だとも思った。

 謎の武装集団に銃口を向けられていたところを助けてもらったパトリシアは、隣の座席で不機嫌そうに座っている白髪の少年――一方通行に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「先程は助けていただいてありがとうございます」

 

「礼なンざ要らねェよ」

 

 お互い様だからな、という最後の言葉はパトリシアには届かなかった。

 届かなかったが、彼の言いたい事ぐらいは理解できていたので、パトリシアはすぐに謝罪の姿勢を解除した。とりあえずは彼の機嫌を損ねないように気を付けよう。ここでわざわざ険悪になる必要もないのだし。

 疾走するワンボックスカーの窓から、夜の学園都市を眺め見る。この街には完全下校時間という門限のような時刻が存在し、それ以降の時間帯は学生の外出が固く禁じられている――そう、コーネリアから聞いている。

 だからなのかもしれないが、夜の学園都市は妙に静かだった。警備員と呼ばれる大人の組織の姿すら確認できない事には、妙に引っかかったが。

 得るものは何もない。そう判断したパトリシアは後部座席の背もたれに体重を預け、再び隣の少年に話を振る事にした。

 

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はパトリシア、パトリシア=バードウェイと言います。あなたのお名前は何ですか?」

 

「いちいち五月蠅ェガキだな。五分も黙っとけねェのかよ」

 

「親切な人には自己紹介をしろ、というのが兄からの教えですので」

 

「チッ」

 

 その兄貴とやらに出会う事があったらとりあえずは打ん殴ってやろう。心の中で小さな決意をしつつも、一方通行はパトリシアの問いに返答する。

 

「……一方通行だ」

 

「アクセラレータ、ですか? 見た目は日本人なのに結構外国人っぽい名前ですね。いや、逆に最近妙に有名なキラキラネームと言うヤツなのかな……」

 

「……はァァ」

 

 やはり、五月蠅い。

 元々お喋りなのか、それとも今の緊張状態を打破したいがために喋りまくっているのか。とにかく、隣の金髪少女は独り言をぶつぶつ漏らしていて、時々こちらに話を振ってきていて、総合的な答えを出すとこの少女はとてつもなく五月蠅かった。あのクソガキ程じゃねェがな、と一応のフォローは思い浮かんだが、この少女にその話を振ってもどうせ分からないだろう。ここは沈黙を押し通すのが何よりもの最善策だ。

 無理やり引っぺがされた事で吹き抜け状態となっているドア付近から外を眺める。幸運にも、猟犬部隊の姿は確認できなかった。もしかしたら視認できない位置からこちらを狙っているのかもしれないが、その可能性は極めて低いと思われる。木原数多がそんなチマチマした事をするとは思えないからだ。

 いつ、襲撃があるか分からない。

 それを念頭に置き、これから行動しなければならない。

 

(木原の野郎ォが見つける前に、何としてでもあのクソガキを保護しねェと……)

 

 ゴルフボールのように飛ばしてしまったが、着地地点ぐらいはしっかり計算済みだ。故にあの少女が大怪我をしている可能性は極めて低い。あの少女の事だから無茶な行動はしないと思うが、もしかしてのことがある。なるべく早く捜索作業に取り掛からなければなるまい。

 スピード上げろ。そんな意味を込めながら、運転手に突き刺さっている金具を軽く揺らす。びくんっ! と運転手の身体が上下に跳ねた後、アクセルが勢いよく踏み込まれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 薄らと、何があったかは理解していた。

 インデックスを抱えて何とかアックアの索敵範囲外への逃亡に成功したコーネリアは路地裏の壁に背を預け、力なく崩れ落ちていた。

 どうやって、自分がアックアから逃げ出したのか。

 その一部始終は意識のないときに起きていたが、何故か記憶だけは鮮明に頭の中に残っていた。

 

(聖人の力、って奴だろうな。俺の『聖人の力を抑え込む荊』が制御できなくなったから発動した、って絡繰りか? っつー事ァ、荊の制御を完璧にすりゃあ、聖人の力を自在に扱えるって事になるんだろうが……)

 

 だとしても、それはあくまでも机上の空論だ。この手で実現させるまでは完全な答えとは言えない。

 アックアに嬲られた身体が激しく痛む。ここまで逃げ走れた事がまず奇跡に近いのだ。こんな状態でまだ戦闘を繰り広げなければならないと思うと、本当に涙が止まらなくなる。内臓はちゃんと元の位置にあるんだろうな? という疑問が浮かんだが、確かめる術がないのでとりあえず保留する事にした。

 路地裏の壁をぼんやりと眺めながら、能力を発動してみる。――大丈夫。『荊棘領域』を扱えるだけの気力はまだ残っている。そのおかげで聖人の力は今は使えないだろうが、あんな博打の様な力にずっと頼る訳にもいかないので、まぁ今は能力が使えるだけ良しとしよう。聖人の力が身体に与える負担はあまりにもデカすぎるので、あまり多用したくはない。

 その証拠に、身体が不自然に重かった。

 出血多量が原因な様な気がするが、それ以外にも、聖人の力行使による反動が大きな要因となっているのはまず間違いない。神裂火織も聖人の力を長時間使用する事は出来ないらしいし、聖人の力というのはやはり人間の身で扱えるほど簡単なものじゃあないんだろう。

 

(とりあえず、聖人の力については後回しだ。今はとにかくインデックスを安全なところに避難させよう。そうだな、やっぱり安全地帯の代名詞である病院がベストだな。あそこなら、何があってもインデックスを護ってくれるはずだ)

 

 そうと決まれば行動するのみ。

 隣で眠っていたインデックスを揺らして無理やり覚醒させる。

 

「ん……にゃ……?」

 

「こんな時に寝てられるとか流石だな大食いシスター」

 

「あ、コーネリア……って、コーネリア!? き、傷は大丈夫なの!? というか、あの魔術師は一体どこに!? あーもー、訳が分からないんだよ!」

 

「説明はこの争乱が終わった時にでもしてやるから、とりあえずは俺の言う事を聞いてくれ」

 

 出来るだけ懇切丁寧に。

 コーネリアは頭の中に導き出されていた策をインデックスに説明する。完全記憶能力を持つ彼女に説明の二度手間は必要ない。彼女は、言われたことを完璧で完全な形で記憶するのだから。

 コーネリアからの説明を受けたインデックスは、しかし、複雑な表情を浮かべていた。

 

「私がやらなきゃならない事は分かったんだよ。……でも、コーネリアはどうするの? そんな傷で戦える訳がないんだよ!」

 

「だが、俺以外に戦う奴がいねえっつーのも確かだ。レイヴィニアは呼べねえし、上条とも連絡がつかねえ。しかもあいつは怪物クラスの聖人だ。聖人の天敵である俺ぐれえしか戦えねえんだよ」

 

「何が天敵なんだよ! ボロ布みたいにボコボコにされたのに!」

 

「……お前は本当に優しいな、インデックス」

 

 少女の叫びは、コーネリアの心を癒していた。

 しかし、彼が少女の叫びに応える事はない。

 壁を支えに立ち上がり、がくがくと震える足で大地を踏みしめる。折れた骨が体内に刺さり、脳に激しい激痛が信号となって襲い掛かる。保ってあと数分かそれぐらい。戦闘なんてできる訳がないことぐらい、誰が見ても明らかだった。

 でも、コーネリアは戦う。

 一人の優しい少女を逃がす為に、一人の可愛い妹を護る為に。

 そして、一人の強い少女を泣かせないために。

 コーネリアはインデックスの方を振り返らない。

 純白の少女に背中を向けたまま、コーネリアはこう言い残した。

 

アイツ(・・・)に惚れてなかったら、間違いなくお前に惚れてたよ」

 

 さぁ、戦え。

 愛しの聖人と再会する為に。

 さぁ、立ち上がれ。

 最強の聖人と相対する為に。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアが最初に取った行動は、とりあえずの応急処置だった。

 近くにあった薬局に入り、気絶している店員に謝罪の言葉を述べながら、店内にある救急道具を自身の傷に使用していく。学園都市の薬局は薬屋生活用品以外にもしっかりとした医療用品が揃っているのが特徴だ。その中から差し板を選び出し、不恰好だが骨折箇所を包帯を駆使して固定した。動きは制限されるが仕方がない。少しでも痛みを和らげる選択をしなければならないのだ。

 レジカウンターに代金を乱雑に置き、コーネリアは外に出る。

 外は、雨に包まれていた。

 見るからに大雨で、視界は酷く遮られている。動きは制限されるだろうし体温は奪われるだろう。戦いの場としては確実に最悪だと言える。

 だが、それはアックアも同じだ。

 同じ条件、同じ戦場。身体のコンディションの差は歴然だが、それでも対等の条件があるだけで、少しは勝機が見えてくる。

 正面から立ち向かっては絶対に勝てない。

 アックアの予想をどれだけ上回るか。アックアを倒せるだけの卑怯な手をどれだけ使用するか。――それが、コーネリアが唯一行える戦術だ。

 聖人の力には期待しない。荊のオンオフを完全に掌握できていない以上、あんな奇跡に頼るのは流石に愚の骨頂過ぎる。

 持ち合わせた手札だけでこの戦いを乗り切る。

 それこそが、彼に与えられた試練なのだ。

 

「……無事に生き延びたら神裂に会いてえな、ってのは流石に死亡フラグかな」

 

 自虐なのか気休めなのか、コーネリアは雨の中で独り言を呟く。

 そんな中。

 ふと、コーネリアの目に映るものがあった。

 それは――

 

(――猟犬部隊……だが、気絶してる?)

 

 道路のど真ん中でぶっ倒れている数人の猟犬。

 彼がその中で目を付けたのは、日常生活では絶対に無関係な無骨で物騒な凶器の数々だ。銃やナイフ、手榴弾に閃光弾。もしかしたら煙幕なんかもあるかもしれない。ダメージ軽減のための装備なんかは、考えるまでも無くあるはずだ。

 不幸の中に転がっていた、一つの幸運(ラッキー)

 今にも気絶してしまうそうな身体を根性と気力だけで持ち堪えさせながら、コーネリアは思わず呟いていた。

 

「……使える、か?」

 

 




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Trial40 脆すぎる反撃

 アックアは学園都市を上から見下ろしていた。

 大怪我を負っているから、そう遠くまでは逃げきれまい。そんな判断を下してからの追撃を行っていた訳だが、アックアの予想に反し、未だにコーネリアを見つける事は出来ないでいた。流石は日々逃亡に明け暮れているだけの事はあるな、とアックアは楽しそうに口を歪める。

 ビルから見下ろせる範囲に、標的の姿はない。

 武器を持った黒づくめの集団や気絶した人々の姿はこれでもかという程に確認できるが、目的の少年の姿は驚く程に見つけられなかった。おそらくは路地裏や屋内を移動しているんだろう。上から広範囲を見渡しても姿が無いという事は、その可能性が極めて高いという事でもある。

 

「……歩いて探す方が無難であるか」

 

 空気を切る音がした。

 それはアックアが軽い調子でビルの屋上から飛び降りた音であり、凄まじい速度で落下した風切り音でもあった。

 ドゴォオオッ! と轟音が鳴り響いた。

 それと同時にビルの前に巨大なクレーターが構築され、その中心には膝を折り畳んだアックアの姿があった。落下の衝撃を吸収して見せた華麗な着地であるが、言うまでも無く、聖人で無ければ大怪我もしくは死亡していた。コンマ何秒の世界で戦ったり時には空中戦なんかもしちゃったりする聖人は、それほどまでに異常な存在なのだ。

 ゆっくりと、アックアは立ち上がる。

 コーネリアを叩き潰した金属棍棒は、影の中に収納している。移動の邪魔になるし、そもそも狭い所では何の役にも立たないからだ。無理やり薙ぎ払うという選択肢も無い訳ではないが、アックアとしては無駄な被害を出したくはない為、可能だとしてもその選択をする事はないのである。

 降りしきる雨の中、最強の聖人は周囲を見渡す。

 そして異常がないと判断して一歩踏み出した――

 ――まさにその瞬間。

 

 

 コトッ、とアックアの目の前に手榴弾が放り込まれた。

 

 

「ッ!?」

 

 突然の襲撃に目を見開くが、アックアが取った行動は至って冷静なものだった。手榴弾を掴み、空に向かって遠投する。ただそれだけの行動が終わると、学園都市の空に爆発という名の花が咲いた。

 来たか――ッ!

 敵の襲来に胸が躍り、身体に自然と力が入る。戦える状態ではないというのに再び自分の元に戻ってきた標的に、アックアは心の底から歓喜の感情を覚えていた。

 手榴弾が飛んできた方向を瞬時に把握し、コンマ何秒の世界に身を投じる。聖人の天敵であるあの荊は厄介だが、要は少年の視界に入らなければよいのだ。常人が視認できないレベルで動きさえすれば、何の問題もない。

 手榴弾が飛んできた方向――傍の路地裏に、アックアは文字通り目にも留まらぬ速さで移動する。

 しかし、そこに標的の姿はなかった。

 そこにあるのは、凄まじい速度で迫り来るワンボックスカーだけだった。

 

「ぬぅ、っ……ッ!」

 

 アクセル全開で突っ込んでくるワンボックスカーを一撃で粉砕するアックア。常人だったら肉塊に変えられていたであろう攻撃を、しかしアックアは至って冷静に冷酷に残酷に鉄塊へと変貌させていた。

 

「……成程」

 

 アックアの口が自然と緩む。

 正面からでは勝てない。だからこそ、あの少年は隠れながら姑息で卑怯な手段でこのアックアと戦う道を選択した。車や武器をどこで調達したのかは知らないが、この短時間でしっかりと準備を終わらせる辺り、やはり戦い慣れしているようだ。

 アックアはニィィと口角を上げ、瞬間移動に匹敵するほどの高速移動でその場を離れる。

 速度に置いて行かれた声は、こんな言葉を紡いでいた。

 

「……面白い」

 

 と。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアは身を潜めていた。

 彼が現在隠れているのは驚く事なかれ、実はアックアが立っていたビルの屋内である。持ち合わせのピッキングツールで電子ロックを無理やり解除し、アックアに気づかれないように徹底的に計らいながら安全地帯を確保する事に成功していたのだ。

 コーネリアが入ったビルは、電子機械系の会社だった。

 ドラム缶型の清掃ロボや駆動鎧なんかの電子回路を主に制作している会社であり、だからこそコーネリアはこの会社に目を付けたのだ。

 ヴェントの『天罰術式』のおかげか、従業員たちは揃いも揃って気絶していた。何で屋内にいる彼らが『天罰術式』の被害に遭っているのかは甚だ疑問だが――という所で、コーネリアの目に点けっぱなしのテレビが映った。どうやらニュース番組を経由してヴェントの姿を見てしまったようだ。街の大型掲示板の前でも似たようなことが起きているようだし、屋内でこんな事案が発生していても何の違和感もない。

 ご愁傷様、と他人事のように呟きながら、コーネリアは溜め息を吐く。

 

「流石にあれぐらいで倒せるとは思っていなかったが……あそこまで軽くあしらわれるってのも中々に悲しいんだがな」

 

 予め手榴弾を飛ばす簡易的な装置をセットし、そこに向かってワンボックスカーをオート操縦で突っ込ませる――という戦術を取った訳だが、あの規格外れの聖人には全く持って通じなかった。能力で駄目なら科学技術を、と考えての戦法だったが、やはりあの程度の卑怯さでは怯ませることも不可能だった。

 

「……一応、装備だけは整えたんだがな」

 

 そう言って、コーネリアは自分の身体を見下ろす。

 現在、彼は『猟犬部隊』のシンボルである黒づくめの装備に包まれている。一応の防弾性や耐衝撃性能は搭載されている優れもので、しかもそれでいて中々に動き易いという側面も持っていた。ベルトの辺りに銃やナイフと言った武器を接続できるというのも高評価で、しかも全身を覆うタイプの装備であるので自身の荊で自傷するという間抜けな展開を迎える事もないと来た。

 この装備、貰えねえかな。――興味本位という訳ではなく、有用性を鑑みて、コーネリアは呟きを漏らす。

 とりあえずサブマシンガンを腰から外し、安全装置を解除して両手で抱える。

 ここからは、卑怯と姑息のオンパレードだ。能力だろうが凶器だろうがなんだって使ってやる。あの聖人を倒す――とまではいかないにしても、撃退できるまでには展開を運びたい。

 というのも、コーネリアには一つの確信があった。

 それは、アックアが絶対に撤退するタイミングに関する確信だ。

 

(ヒューズ=カザキリの出現。そしてその後のヴェントの敗北。それまで何とか生き延びりゃあ、この戦いを終わらせることはできるはずだ)

 

 学園都市の最終兵器に全てを委ねるのは気が引けるが、だからといってそれ以外にこの戦いを脱する方法がある訳ではない。原石と聖人、そして天才的な魔術師の才能を持ち合わせるコーネリアだが、その正体は最悪の噛み合わせにより普通の常人レベルにまで才能が落ちぶれている不幸者なのだ。あんな純粋な強者に長時間生き残れると思う程、彼はおめでたい人間ではない。

 とりあえずは、アックアに気付かれるまでここに待機して時間を稼ごう。その間に何とか作戦をまとめるしかない。

 それが、コーネリアのとりあえずの判断だった。

 判断だった、はずだった。

 それは、何の前触れもなくやってきた。

 

「隠れる事には長けていても、どうやら気配を消す技量までは身に着けていないようだな」

 

「ッ!?」

 

 声は、空間の入り口側から聞こえてきていた。

 デスクの影で目を白黒させながら、コーネリアは思わず舌打ちする。

 

(もうバレた!? クソッタレが……流石に早すぎんだろ!)

 

 アックアを視界に収めれば再び逃走できるが、それは相手も警戒している事だ。そう簡単に能力を当てる事は出来ないだろう。無数の薔薇で空間を支配する事も考えたが、またあの金属棍棒で蹂躙されてはたまらない。あの攻撃だけは、もう二度と喰らう訳にはいかない。

 コーネリアは、動かない。

 しかし、アックアは言葉を紡ぐ。

 

「私が派手な立ち回りしかできないとでも思っていたか? これでも私は傭兵でな、隠密行動もお手の物なのだよ」

 

「…………」

 

 知ってるよ、とは言わない。まだ、自分の居場所を暴露する訳にはいかない。

 その代わりとして、コーネリアは携帯電話を取り出し、画面を静かにタッチした。

 『起爆』と表示されていた画面を、コーネリアはタッチした。

 キュガッ! と耳を劈く爆音が空間を支配する。アックアが立っていたエリア――つまりはこの部屋の入口付近には予め遠隔操作式の爆弾をセットしてある。それを爆破させたのだから、アックアに少なからずダメージは与えたはずだ。いくら聖人と言えども、この狭い空間内で超至近距離の爆発から逃れる術はないはずだ。だからこそ、コーネリアは近場の中からこの場所を選んだのだから。

 

(逃げるなら今しかねえ)

 

 奇跡的にも、ここはビルの二階だ。この大怪我で飛び降りるのは些か気が引けるが、まぁ死なないで済む高さではある。

 チャンスは一瞬。迷っている暇はない。

 爆発が鳴り止むのを待つことも無く、コーネリアはデスクの陰から飛び出す。窓までの距離はおよそ十メートル。自力での破壊は難しいだろうが、サブマシンガンで窓を破壊すれば外への脱出も可能になるはずだ。

 迷う事無く、サブマシンガンの引き金を引く。発砲による反動が襲い掛かってきたが、コーネリアは根性でそれを耐え切った。ここでこんなものに負けているようでは、あの最強に勝つ事は出来ない――そんな意地だけで、コーネリアは激痛に耐えていた。

 流石に防弾ガラスではなかったのか、窓はあっさりと破壊できた。銃を投げ捨てる事も無く、コーネリアはぶっ壊れた窓へと走り出す。

 目論み通り、窓から外へ出る事は出来た。

 しかし、それはコーネリアの計画に反し、無傷での脱出とはいかなかった。

 

「いい加減、鬼ごっこにも飽きたのである」

 

 超至近距離、しかも背後から、そんな凶悪な声が聞こえてきていた。

 振り返る暇なんて、彼には残されていなかった。アックアを視界に収める余裕など、そこには存在しなかった。

 

「――ん、な」

 

「あのような奇跡が起こられても困るのでな。……少々手荒に打ち飛ばさせてもらうぞ」

 

 コーネリアは見えていなかったが、アックアの手には例の金属棍棒が握られていた。

 見えてない位置から、コーネリアに恐るべき一撃が放たれた。鋼鉄で作られた棍棒が横薙ぎに振るわれ、コーネリアの背中に直撃する。メギメギメギィッ! と黒の装備越しに衝撃が浸透し、コーネリアの呼吸が完全に止まった。

 それは、野球のバッティングのように呆気なかった。

 それは、最早漫画としか思えない程に異常な光景だった。

 空気を薙ぐ音、骨が軋む音、肉が裂ける音。

 ありとあらゆる破壊音が鳴り響いた直後、コーネリアの身体がゴルフボールの様に宙を飛んだ。

 今度こそ完璧に意識の消えた少年の身体が、夜の学園都市に放たれる。着地したところで確実に死亡してしまうであろう高さまで打ち上げられた少年は、もしかしたら既に死んでいるかもしれなかった。

 勝負にすらならない。

 それを改めて認識した時には既に、コーネリア=バードウェイの戦意は完全に喪失していた。

 

 




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Trial41 決着

 幸運だった、という他ない。

 アックアによって長距離弾道に打ち上げられたコーネリアは幸運にもビルの屋上に落下していた。これが地面だったら確実に死んでいただろう。見るも無残な肉塊へと変貌し、彼の物語はここで終わっていたかもしれない。

 しかし、彼は生きていた。

 だが、彼は酷く虫の息だった。

 生きているのが不思議なくらいで、医者が見たら即入院を言い渡す程に彼は傷ついていた。骨は何本も折れていて、それは心も同様だった。

 彼の心は、完全に折れていた。

 彼の戦意は、完全に削ぎ落とされていた。

 精一杯の反撃と渾身の復活。

 その二つを軽くあしらわれ、在ろうことか無に帰されてしまった。この傷では戦う事はおろか動く事すらできないし、そもそも殺されるしか道が無い。今のコーネリアはまさに生きる屍なのだ。

 折れた肋骨が肺に刺さっているのか、妙に呼吸がしにくくて仕方がない。口の中は血の味で満たされているし、もう生きている気がしない。実は死んでいますとか言われても普通に信じられるぐらいにはコーネリアは疲弊していた。

 今、彼が動かせるのは目と口ぐらいだ。一応、必要最低限の内臓は未だに活動を続けているが、だからといってそれがいつまで保つかは分からない。あと数秒後には心臓が止まってしまうかもしれない。――それが、どうしようもなく怖ろしい。

 

(……死にたくねえなぁ)

 

 他人事のように、コーネリアはぼんやりと思う。

 生まれた時から不幸の連続だったが、それなりに楽しい人生だった。可愛い妹がいて、面白い友人がいて、頼りになる後輩がいて――そして、心から愛した少女がいて。

 辛さがほとんどだったが、やはり楽しさも十分に存在した。

 だからこそ、こんな所で人生を終わらせる事が、どうしようもなく悲しかった。

 

(死んだらどうなんのかな。また今回みてえに記憶を引き継ぐとか、そんな奇跡はねえだろうなぁ)

 

 記憶の引継ぎがそう何度も起きる訳がないのは明白だ。誰の仕業かは知らないが、そこまでこの世界が甘くないし優しくない事ぐらいは重々把握している。死んだら次はないのだ。死んだが最後、彼の人生は終わってしまうのだ。

 不思議と、涙は零れてこなかった。

 その代わり、大量の雨がコーネリアの顔を濡らしていた。

 

(ごめんな、神裂。お前に頼る事はなかったみてえだ)

 

 愛する少女の顔を、思い出す。

 自分のことを何よりも考えてくれていた聖人の少女の事を、思い出す。

 もし自分が死んだら、彼女は泣いてくれるだろうか。心の底から悲しんでくれるだろうか。死体を抱いて、遺影に縋って、わんわんと子供のように泣きじゃくってくれるだろうか。

 少しだけ、そんな彼女を想像してみる。

 数秒で、コーネリアは想像を中止した。

 

(アイツが泣いてる姿はもう見たくねえなぁ。アイツにだけは、ずっと笑っててほしいなぁ)

 

 それが、彼の唯一の願いだった。

 別に、このまま不幸で不遇な人生が続いてもいい。腕を切り落とす事になってもいい。思考能力を奪われてもいい。

 ただ、神裂には、ずっと笑っていてもらいたい。

 それが叶うのならば、どんな事だってやってやる。

 

(……そう、だ)

 

 勝てる勝てない、なんて曖昧な事を考えているから駄目なのだ。自分の心が揺らいでいるから、はっきりとした戦いが出来ないのだ。

 勝てるではなく、勝つんだ。

 勝てないではなく、負けないんだ。

 あの少女を、神裂火織を悲しませないために、俺はアックアに勝たなくてはならないんだ。

 

(……動けなくなったっていい)

 

 既に瀕死を超えている身体に力を込める。

 

(……考えられなくなったっていい)

 

 がくがくと震える四肢に喝を入れる。

 

(……みっともなくたっていい)

 

 口に充満していた血を吐き捨て、獣のように四つん這いになりながら、コーネリアは立とうとする。ビルの屋上に足を踏ん張り、最後の力を振り絞って少年は立ち上がろうとする。

 骨が、悲鳴を上げていた――しかし、彼は無視した。

 身体が、限界に達していた――しかし、彼は無視した。

 脳が、警報を鳴らしていた――しかし、彼は無視した。

 そして。

 そして、そして、そして。

 そしてそしてそしてそしてそして。

 

(今だけは、アックアに勝つ為の力を俺に寄越しやがれ――神様!)

 

 コーネリア=バードウェイは、確かに立ち上がっていた。その二本の脚で、彼はしっかりと立っていた。

 誰が何と言おうと、これが最後の反撃だ。これ以上は、彼の身体は動かない。

 能力が発動するのか聖人の力が発動するのか。その二つの選択は彼にはできない――いや、選択なんてする必要が無い。

 どっちも使う、使ってみせる。

 聖人を抑え込む力? そんなものは根性で制御してやる。

 抑え込まれた聖人の力? そんなものは意地で解放してやる。

 そして、最後の反撃は始まる。

 コーネリア=バードウェイはビルの屋上から地面まで荊を伸ばし、それを命綱の代わりにして地面に降り立ち、血塗れの状態でこう咆哮した。

 

「決着着けてやんよ、後方のアックアぁあああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アックアは純粋に驚いていた。

 自分の名前が聞こえてきた方に急ぎで駆け付けた彼は血塗れで瀕死だというのに反撃の意志を失っていないコーネリアに、純粋に驚いていた。

 驚くと同時に、感心していた。称えていた。讃えていた。

 ここまで諦めずに自分に向かってくる存在は、生まれて初めてだったからだ。かつての戦友・騎士団長も、流石にここまでとはいかなかった。――だからこそ、アックアでありウィリアム=オルウェルでもある彼は純粋にコーネリアの事を称賛していた。

 金属棍棒を影の中に仕舞い込み、アックアは言う。

 

「……勝つ算段は固まったのであるか?」

 

「うだうだ考えるのはもうやめたんだ。死なない覚悟でお前をぶっ飛ばす」

 

「死ぬ覚悟はない、と?」

 

「俺が死んだら悲しむ奴がいる。そいつらを泣かせたくねえから、俺はお前と戦うんだ」

 

「やはり貴様は面白いな、コーネリア=バードウェイ」

 

 だからこそ、私の標的と成り得るのかもしれない。

 

「覚悟は良いか? 我が標的」

 

「お前が来ねえならこっちから攻めるだけだ」

 

 やり取りは、それ以上必要なかった。

 近くの水溜りに一滴の雨が降り注ぎ、小さな水音が鳴る。

 それを合図として、二人の男の姿が掻き消えた。

 聖人の身体能力を駆使しての、高速機動型戦闘。常人が追い付ける世界ではない――そこは、コンマ何秒かの戦場だ。

 アックアが砲弾のような拳を放ち、コーネリアは寸での所でそれを回避。返す刀で顎にアッパーカットを決めるが、アックアはそれを真正面から顎で受け止める。流石に重傷なのが災いしたか、コーネリアの一撃がアックアの脳を揺らすまでには至らない。

 

「ッ」

 

「ッ」

 

 言葉はない。ただ、短い息遣いだけがそこには在った。

 コーネリアの黒い装備にアックアの拳が突き刺さるが、コーネリアはそれを避ける事無く正面で受け、彼の腕をがっしりと両手で拘束した。流石のアックアもこれには驚いたか、行動に一瞬だけ迷いが生じてしまう。

 そこを、コーネリアは突いた。

 一瞬のチャンス。

 そこを見逃すことなく、コーネリアは聖人の力を解除すると同時にアックアの服から荊を生やし、彼の肌に絡ませる。『荊棘領域』によって生やされた荊はアックアの聖人と聖母の力を完全に抑え込み、次の瞬間にはアックアの膝を地面に崩れ落としていた。

 アックアの動きが止まったところでコーネリアは荊を更に伸ばし、アックアの全身を完全に拘束する。イエス・キリストが十字架に張り付けられた伝説の様に、アックアはその強固で頑強で屈強な肉体を完全に縛り付けられていた。

 予想通り、勝負は、十秒とかからなかった。

 しかし、予想に反し、勝負の女神はコーネリアに微笑んでいた。

 

「……ぎ、ィ……」

 

 敗北を喫したアックアの前で、コーネリアが膝をつく。そして口から大量の血液を吐き出し、苦しそうに顔を歪める――しかし、アックアから目を離す事はしない。

 勝負は決した。

 コーネリアが最後まで諦めなかったからこそ実現した、まさに奇跡的な逆転勝利だった。

 

「……まさか、貴様がここまでやるとはな」

 

 苦しそうに顔を歪めながら、アックアは言う。

 正直なところ、この勝負はアックアの負けだ。それは認めざるを得ない事実である。――だが、コーネリアが意識を失った瞬間、アックアは元の力を取り戻してしまう。そうなれば、アックアは逆転勝利を実現させることができる。

 しかし、コーネリアは既に限界だった。

 それは当然の事で、彼は動けているのが不思議なほどの重傷を負っているのだ。いつ意識が飛んでしまってもおかしくない状況で、その証拠に、コーネリアの目の焦点は徐々に合わなくなってきていた。

 コーネリアが気絶するまでの、ひと時の勝利。

 それはあまりにも脆く、そしてあまりにも短時間だ。せっかく命がけで手に入れた勝利は、今まさに撤回されようとしていた。

 ――されようとしていた、はずだった。

 

「今回は、私の負けだ。ここで貴様が倒れたとしても、大人しく引き下がる事にするのである」

 

「…………」

 

 コーネリアは、答えない。

 目を開けているのがやっとだから、彼は答えられない。

 

「二週間待つ」

 

 アックアは荊に抑えつけられたまま、それでもコーネリアを真っ直ぐ見つめる。

 

「それまでに、その聖人の力と異能の力を制御し、強くなれ。二週間後、貴様と相対した時――その時は、初めから一切の容赦なく貴様を叩き潰す事にしよう」

 

「……礼なんて言わねえぞ」

 

「私としても礼なんて望んではいないのである」

 

 コーネリアとアックアの視線が交錯する。

 

「良い戦いであった、我が標的。次に戦う時が楽しみである」

 

「そうかよ。俺ァ二度と戦いたくねえがな」

 

 それが、最後のやり取りだった。

 数秒後にはコーネリアの意識は完全に落ちていて、荊から解放されたアックアは同じく学園都市に攻め込んでいる仲間――ヴェントの回収へと向かっていた。

 戦いは、終わった。

 しかし、この戦いこそが新たな戦いの幕開けであると、コーネリアは沈み行く意識の中で唯一確信していた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial42 嫁姑戦争

 二話連続投稿です。

 『主人公がナチュラルにゲスで嫌い』という評価を頂きましたが、評価には返答をできないのでこの場を借りて謝辞と注意喚起を。

 誠に申し訳ございませんが、この物語の主人公は意識的に性格と境遇の悪い人物として設定していますので、ご容赦くださると共にご注意ください。




 また病院(ココ)か、とコーネリアはぼんやりと思った。

 それと同時に全身を激痛と倦怠感が襲い、コーネリアはふかふかベッドの上で「うぎぎぎぎ……」と悶え苦しんでいた。よくよく見て見れば全身に包帯やらギプスやら点滴やら、三大重傷処置のオンパレードが付属されていて、コーネリアの顔が思わずひくくっと引き攣ってしまう。

 そして次に、ベッドに寄りかかる様にして眠っている、可愛らしい妹の姿が目に映った。ふわふわとした金髪と幼い顔立ちが特徴の、天使な方の妹――パトリシア=バードウェイ。そう呼ばれる少女が、コーネリアの目の前ですやすやと寝息を立てていた。

 多分だが、ずっと傍にいてくれたんだろう。

 コーネリアが眠っている間、ずっと傍にいてくれたんだろう。

 やっぱりコイツは天使だよな、とコーネリアは彼女の頭を撫でようとするが、両手がギプスで固定されている事に気づき、残念そうに眉を顰めた。レイヴィニアやパトリシアは極度のブラコンだが、コイツも大概重度のシスコンだと思う。

 あれから、どれぐらいの時間が経ったのか。一日か二日か、それとも一週間か。近くに時刻や日にちを知る道具が置かれていない為、疑問を解消する事が出来ないでいる。

 アックアは「二週間待つ」と言った。

 彼の記憶が正しければ、二週間後、アックアは『幻想殺し』を狙って学園都市にやって来る。その時に天草式十字凄教とアックアの激戦が繰り広げられることになる――そんな記憶が彼の頭には刻まれている。

 おそらくは、それが戦いの場になるのだろう。

 上条当麻と天草式十字凄教と神裂火織。

 それに相対するのは、最強の聖人・後方のアックア。

 そこに、コーネリア=バードウェイという異物が入り込むことになるんだろう。

 叶うのならば、是非傍観者の立場でいたい。

 だが、そうは問屋が――いや、アックアが許さないだろう。彼は絶対に約束を守る男だ。そんな彼との、男と男の約束をこちらが破る訳にもいくまい。

 強くならなくてはならない。

 『荊棘領域』と聖人の力の折り合いをつけ、更には精神的にも強くなる。――本当の意味での強さを、本気で手に入れなければならない。

 時間はない。

 アックアとの戦いまでに、何としてでも次の段階にまでステップアップする必要がある。

 ―――だが。

 

「強くなるっつっても、何をどうすりゃいいのかが皆目見当つかんしなぁ」

 

 アックアとの勝負の際に根性と気力で本領を発揮できていたのだから、不可能という訳ではないんだろう。相性が最悪の二つの能力を上手く制御する方法は、おそらくであるがちゃんと存在しているんだろう。

 問題は、どうやってその要領を掴むか、だ。

 身体を鍛えるのとは訳が違う。精神を鍛えるのとは訳が違う。

 見えないものを、二つ同時に鍛えなければならない。

 それは、考えるまでも無く困難な道だ。

 

「対聖人用の原石と元の原石に抑え込まれてた聖人の力。この二つを上手く使えるようになりゃあ、今までよりももっと上手く立ち回れるのはまず間違いはねえ」

 

 聖人と聖母の素養を併せ持つアックアと、今度こそ互角以上の戦いを繰り広げる事が出来るかもしれない。

 気付くと、心なしか、体温が上がっていた。

 それは、彼がアックアとの戦いに向け、少なからず高揚しているという事だった。

 コーネリアは、窓から空を見上げる。

 彼はまだ知らないが、決戦の日まで残り一週間。

 上条当麻がアビニョンで騒動に巻き込まれている最中、コーネリア=バードウェイはついに強くなる覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂火織は学園都市の病院にいた。

 更に詳しく言うのならば、病院内の購買でじ―――っとスナック菓子を物色していた。

 

(うーむ……やはり彼も育ち盛りなのですし、このような菓子を持っていく方が喜んでもらえるのでしょうか? ……いやいや、彼はあくまでも病人なんですし、ここは心を鬼にして栄養満載のサラダを届けてあげるべきでは……?)

 

「無駄に目立つエロ女がこんな公衆の面前で考え込むなよ目に悪い」

 

「え?」

 

 声は、すぐ右側から聞こえてきていた。

 疑問の声と共に神裂はそちらを振り返り、そして驚いた。

 そこにいたのは、ふわふわとした金髪と古いピアノのような印象を与える服が特徴の少女だった。そして何処か、例の少年に似通った顔立ちの少女だった。

 彼女は、少女の事を知っている。

 少女の名は――

 

「れ、レイヴィニア=バードウェイ!? 何故あなたがこの街に!?」

 

「あまり大声を出すなよ、東端の島国出身。病院では静かにしろと習わなかったのか?」

 

「あ、えと、それは……も、申し訳ありません」

 

「よろしい」

 

 聞き分けの良い奴は嫌いじゃない、とレイヴィニアは邪悪に笑う。

 神裂は手に取っていた『超ぼりゅーみぃ! これであなたもメタボの仲間入りチップス(うすしお味)』を商品棚に戻し、そして気付いた。

 レイヴィニアが持つ籠の中に、林檎やら蜜柑やらの果物類が所狭しと入れられているという事に。

 

「ず、随分と果物好きなんですね。まぁ確かに、果実は肌に良い食物ではありますが……」

 

「現実から目を逸らすなよ。これは私がコーネリアの為に買った見舞いの品だ。切った林檎や蜜柑をコーネリアに食べさせてやると言う、兄妹限定イベントを爆誕させるためのな!」

 

「なん、だと……ッ!?」

 

 レイヴィニアがブラコンだという噂は常々聞いていたが、まさかここまで筋金入りだったとは流石に予想外だった。こんな少女が長に立っているとは、おそるべし『明け色の陽射し』。これは評価を改める必要があるかもしれない。

 

「というか、あなたは包丁が遣えるのですか? 見たところ、その林檎は皮が剥かれていないように見えるのですが……」

 

「フッ。なに、問題はないさ。私には家事万能な優秀な部下がついているのだか――」

 

 偉そうに貧相な胸を張りながらレイヴィニアは周囲をキョロキョロと見渡し、そして沈黙した。

 どこを探しても頼れる部下の姿が無かったからだ。

 ここから彼女が取った行動は極めて冷静で、携帯電話を慣れた手つきで操作し、例の黒服の青年に迷う事無く電話を掛けた。購買の店員が「病院内での携帯電話の使用は御控えくださーい」と怠そうに言っていたが、彼女の耳には届かない。

 電話は、ワンコール目で繋がった。

 

『もしもし、ボスですか?』

 

「ボスですか、じゃねえ! お前、私を置いて一体どこで油を売っている!?」

 

『コーネリアさんの病室ですが。ボスがイギリス清教の聖人に接触しようとしていたので、とりあえずお先にお見舞いに向かわせていただきました』

 

「妹である私よりも先に知り合いであるお前が見舞いをしてどうする!? 順序を考えろ! そしてムードを感じ取れ!」

 

『でもボス、人に怠い絡みを始めると無駄に長いじゃないですか。しかも病院内だってのに遠慮なく大声張り上げますし。関係者だって思われるのが嫌なんですよねー』

 

「よし分かった。病室に着いたらお前に特大の暗殺魔術をお見舞いしてやるから覚悟しておけ」

 

『ちょっ!? それは流石に酷すぎますってボ――』

 

 言い訳は聞きたくないのか、レイヴィニアはマークの言葉を遮るように通話を終了させた。

 上司と部下のやり取りの一部始終を(望んでもいないのに)目の当たりにさせられた神裂は苦笑を浮かべながら、あくまでも大人の対応を心がける。

 

「えーっと……私がその林檎の皮を剥けば万事解決、という事に……」

 

「コーネリアを狙う女狐に借りを作るなんて絶対に有り得ない!」

 

 この幼女は一体何を言っているんだろうか。

 

「だ、誰が女狐ですか誰が! しかもコーネリアを狙っているなどと……そのような根も葉もない言い掛かりは誠に不服です!」

 

「誤魔化そうとしたって私には無駄だ! お前がコーネリアに好意を持っていて、意味もないのにアイツと接触して、あろうことかアイツと二人きりで旅行したという証拠は既にあがっているんだ! しかも、しかも、コーネリア自らお前を誘ったと言うではないか……万死に値する!」

 

「知りませんよ! あなたが何と言おうと私にそのような気はありません! あーもー、土御門といいあなたといい建宮斎字といい、皆して私とコーネリアをくっつけたがる……ッ!」

 

 最近では女子寮でもコーネリアと私の話題で持ち切りですし! 私の周りはバカばっかりか! ――と心の中で愚痴りながら、神裂は面倒臭そうに頭を掻く。

 ええいもう、面倒臭い。さっさとコーネリアの見舞いを済ませてイギリスに帰ろう。そして行きつけの日本料亭でやけ食いしてやるのだ。

 先程商品棚に戻したスナック菓子をもう一度手に取り、ズカズカとレジまで移動し、迷う事無く購入する。これで彼がメタボになろうが知った事か。私にこれだけの迷惑をかけているのだから、少しは罰を受けるべきなのだ。陰険な、そして内側から徐々に体を蝕まれていくが良い!

 くっくっく、と邪悪な笑みを浮かべる神裂に、店員(大学生ぐらいの女性)は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げる。

 購入したスナック菓子の入ったレジ袋を片手に、神裂はレイヴィニアの方を振り返る。

 

「それでは、私はお先にコーネリアの病室に向かいますので」

 

「私も大概悪魔だが、お前も中々どうして極悪非道だよな」

 

「それは誤解ですよ、レイヴィニア=バードウェイ」

 

 神裂は「はぁ」と溜め息を吐き、

 

「私が厳しいのはあのド素人にだけです」

 

 それはツンなのかデレなのかどっちなんだよ、とレイヴィニアは思わず肩を竦めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアは複雑な表情を浮かべていた。

 先程見舞いに来ていたマーク=スペースが「ぼ、ボスの機嫌を直さなくては! パトリシア嬢、お手伝いください!」と言って眠っていたパトリシアを抱えて病室から出て行ったのがちょうど二分ほど前の事だ。ボスというからにはレイヴィニアの事だろうし、それはつまりこの病院にあの妹が来ているという事でもある。一発殴られる覚悟ぐらいはしとくかな、と諦めにも似た感情が浮かぶのは誠に自然な流れだった。

 誰もいなくなって一人残された病室に、沈黙が漂う。

 そろそろ寝るか、とコーネリアがベッドに体を倒した――まさにその時、病室の扉が勢いよく開かれた。

 そして、冒頭の表情を浮かべる事となったのだ。

 扉を乱暴に開いて入室してきたのは、コーネリアがよく知る少女だった。

 神裂火織と呼ばれるその少女はズカズカとベッドの傍の椅子まで歩み寄り、腰を下ろしたかと思ったらコーネリアの方に冷ややかな視線を向けてきた。

 訳が分からない、といった様子で首を傾げつつも、コーネリアは神裂に声をかける。

 

「え、えーっと……神裂さん? どうしてあなたは俺を睨みつけているんですかね……?」

 

「別に何でもありません。あなたの妹のせいでもありませんし、あなたがまた勝手に大怪我をして入院している事に怒っている訳でもありません」

 

「そう言いながらまだ俺を睨みつけてる辺り、相当お怒りじゃねえですかねえ」

 

 まぁ、怒られても仕方のない事をした訳だし、ここは甘んじてその怒りを黙ってぶつけられる事にしよう。殴られないだけマシと思えばこれぐらいどうという事はない。

 フン、と不機嫌そうに神裂は鼻を鳴らす。

 そんな彼女に引き攣った笑みを向けつつも、コーネリアはまず最初に言うべき言葉を彼女にはなった。

 

「……ごめんな、神裂」

 

「今回はあなたに非はありません。どちらかといえば、我々の問題にあなたを巻き込んでしまったこちらに非があります。――本当に、申し訳ありませんでした」

 

 と、彼女が謝罪の言葉を述べたところで。

 神裂火織の携帯電話から、けたたましい着信音が鳴り始めた。

 

「うわぁっ!? え、えと、マナーモードは何処に……ッ!?」

 

「……シリアスをぶち壊したその元凶にとりあえずは応対すれば?」

 

「くっ……そうですね。ここは大人しくあなたの提案に乗る事にしましょう」

 

 何がそんなに不服なんだよ、とコーネリアは彼女を睨むが、神裂は彼に背を向けて電話を通話モードへと切り替える。

 

「は、はい。こちら、神裂ですが……」

 

『よーっすねーちん! コーネリアの病室には辿り付いたかにゃー?』

 

 聞き覚えのある――というか、今現在においては絶対に聞きたくない同僚の声に、神裂は心の底から動揺する。

 

「つ、土御門!? 何故このタイミングであなたが出てくるのですか!?」

 

『いやー、どうせねーちんの事だから小難しい話とか責任問題とかの話題でシリアス空気を展開するだろうと思ってな。コーネリアはそんな展開はぶっちゃけ望まないお気楽野郎だから、ここは同じくお気楽野郎なこのオレ、土御門元春がねーちんに素晴らしいアドバイスを授けてあげようと思った訳でしてね!』

 

「必要ありません! あなたのアドバイス程為にならないものはありませんし!」

 

 どうせ例の堕天使メイドセットを着れとか言うんだろうが、そうは問屋が卸さない。いつまでもあのにゃーにゃーサングラスの思う通りに動く気はさらさらない。

 「そんな用事でわざわざ電話を掛けてこないでください!」『まーまーまーまー!』一方的に通話を切断しようとする神裂に、しかし土御門は話を続ける。

 

『今回は堕天使メイドセットは関係ないんだって! 今のねーちんが出来る、必要最低限のご奉仕もとい恩返しを教えてあげるだけなんだぜい』

 

「本当に堕天使メイドセットは関係ないんですね?」

 

『お、おおう。堕天使メイドセットが遠ざかった途端に手のひらを返してきたなねーちんよ』

 

「いいから、さっさとその方法とやらを言いなさい」

 

『はいはーい!』

 

 土御門は心の底から楽しそうに言う。

 

『大人なねーちんのキスをコーネリアにプレゼントしてやるんだよ! 別に口にとは言わないから、額とか頬とか、とりあえず顔のどっかにキスをするんだにゃー。そうなったらあら不思議、ねーちんが今まで築き上げてきた恩とも綺麗さっぱりおさらばという事に!』

 

「は、破廉恥です! そのような事は、愛する者同士が行う事です!」

 

 どういう会話を繰り広げてんだよ、と眉を顰めるコーネリアの目の前で、神裂はいかがわしい会話を続行する。

 

「他の方法はないのですか!? もっとこう、常識範囲内の恩返しみたいな方法は!」

 

『馬鹿野郎! もうそんな常識範囲内じゃ収まりきれねえところまで来てんだよ! いいか、ねーちん? お前はもう、コーネリアのアレを挟んで擦ってご奉仕してやるしか恩返しの手段は残されてねえんだよ!』

 

「??? 挟んで擦って?? ええと、あなたは一体何を言ってるんですか?」

 

『この純朴侍女が! その豊満な双丘、つまりはおっぱいは何の為についてるんだ!?』

 

「少なくとも、何かを挟んだり擦ったりするためではないのですが……」

 

『ねーちんは自分を護ろうとしすぎなんだよ! きっとコーネリアに恩返しする気がないんだにゃー。心の何処かでは「別にそこまで必死になって返すような恩でもねえしなー」って思ってしまっているんだろう!?』

 

「そ、そんな事はありません! 彼への恩は絶対に返さなくてはならないと、心の底から思っています!」

 

『だったらその覚悟を見せてみろよ神裂火織! 女の意地をここで見せなくてどうするよ!』

 

「ぬ、ぬううううううううううううん!!!」

 

 真面目な人ほど押しに弱いとはよく言ったもので。

 土御門の怒涛の言い掛かりに頭がパンクしてしまった神裂は何処からともなく大量の瓦を取り出し、握り締めた拳で瓦全てを叩き割り、下の床にまでその拳を食い込ませた。

 そして、何かが吹っ切れた表情を浮かべた神裂は携帯電話の向こうで動揺している土御門に、憑き物が落ちたような声で言う。

 

「土御門」

 

『は、はい?』

 

「覚悟が決まりました。これから実行に移します」

 

『え……え? え!? え、うそ、マジでやるのねーち』

 

 プツッと無理やり通話を切断し、携帯電話をジーンズのポケットに仕舞い込む神裂。

 

「え、えーっと……話は終わった、のかー?」

 

「はい」

 

 そして、状況が読めずにベッドの上で複雑な表情を浮かべているコーネリアに近づき、「へ? へ!?」と露骨に動揺し始めた少年の顔を両手でがっしりと固定し、

 

「動かないでください。狙いが外れたら大事です」

 

「にゃ、にゃにをするきなんでしゅか!?」

 

「動かないで下さいと言いました。――次はありません」

 

「ひぃっ!」

 

 顔面蒼白なコーネリアを威圧感と言葉で黙らせる。

 そして体の内側で「落ち着け!」と叫んでいる羞恥心を無理やり抑え込み、コーネリアの顔の中心からやや下にあるとある柔らかな部位に唇を近づけ――

 

「こんな事で恩を返せるとは思いませんが、一先ずの区切りとしておきます」

 

 ――この後の事は、天草式十字凄教の女教皇の尊厳を護る為に隠匿する事とする。

 ただ一つだけ言えるのは、神裂火織の中でコーネリア=バードウェイの存在が確固たるものになったという事だけだ。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial43 修業を始めるにあたり

 三話連続投稿です。

 今回は新章のプロローグのようなものですので、少し短めとなっております。

 ようやくヒロインとか女性キャラのお色気シーンに本気を出す新章がやって来たようですね……ッ!



 コーネリア=バードウェイは正座していた。

 彼が九月三十日の戦いで入院してから二日が経ったときの事だった。

 カエル顔の医者の制止を無視して勝手に退院した彼は、痛む体に鞭を打ち、荷物をまとめて学園都市から飛び出した。持った荷物は生活必需品と少しの着替えだけで、学校に休学届を出す事すらしていない。彼の友人が絶対に心配してしまう程に、彼が取った行動は典型的な行方不明だった。

 コーネリアが訪れたのは、イギリスのロンドンはランベス区。レイヴィニア=バードウェイが従える『明け色の陽射し』の拠点がある街だったりするが、今回、彼が向かったのはそこではなかった。

 イギリス清教が『必要悪の教会(ネセサリウス)』。

 そこの女子寮こそが、コーネリアがわざわざ無断退院してまでやって来た目的地だった。

 

「……これは何の真似ですか、コーネリア=バードウェイ?」

 

 そして、「女子寮の前で可愛い顔の少年がキョロキョロしてるわ可愛いー」というどこぞの赤毛シスターの部隊の誰かの言葉を聞き、部屋着である和服のまま慌てた様子で玄関口へと駆けつけた神裂火織はコーネリアの姿を見つけるや否や、腕を組んでの仁王立ちで彼に正座を強要したのだった。下は石畳で彼はまだ入院していなければならない程の怪我人なのだが、ぶっちゃけ今の彼女には関係なかった。

 石畳の上で正座という新手の拷問に顔を歪めるコーネリア。

 そんな少年を上から見下ろしながら、神裂は額にビキリと青筋を浮かべて言う。

 

「何故、学園都市の病院で寝ていなければならないはずのあなたが、よりにもよって『必要悪の教会』の女子寮を訪れてるんですか? しかもあなたは形だけですが『明け色の陽射し』の関係者なんですよ? 関係性で言うのなら、あなたは敵地のど真ん中に武器も持たずにふらふらとやって来たという事になるんですよ!?」

 

「いや、その、これには深い事情がありましてね……」

 

「事情!? ええそうですか、それは今現在腹を立てているこの私の怒りを収める事が出来る程に大層なものなのでしょうね!」

 

「……もしかして、怒ってる?」

 

「見て分からないのかこの鈍感野郎! 自分で暴露するぐらいには私は腹を立てています!」

 

 ゴゴゴゴゴ、という地鳴りは気のせいであってほしい。

 コーネリアとしても自分の行動が無謀で我儘なものであることは重々承知しているので神裂の言葉には何も言い返せないのだが、ここまで来てしまった以上、はいそうですかと学園都市に引き返す訳にはいかない。妹に顔を見せに来た、という言い訳が無い訳ではないが、ぶっちゃけここで諦めきれるほど軟な覚悟であの街を飛び出してきた訳じゃない。

 怒り心頭、怒髪天を衝く。

 神裂のあまりの修羅っぷりに女子寮の住人達が「何だ何だ!?」と奥の方から顔を覗かせているのをあえて意識から外し、コーネリアは地面に両手をセットする。

 そして、頭を地面に着くまでに下ろす。

 それは外国ではジャパニーズDOGEZAと呼ばれる姿勢だった。

 そして日本国内では、心の底からの懇願を表す姿勢として扱われている儀式だった。

 「んなっ!?」と予想外の展開に慌てる神裂に構わず、コーネリアは言う。

 

「聖人であるお前にしか頼めねえ事がある! その為にわざわざここまで来たんだ! 今更帰れと言われたからってのこのこ帰る気はさらさらねえ!」

 

「あ、あの、えっと……え?」

 

「お前にしか頼めねえ事なんだ! だから頼む、神裂! 俺にお前を頼らせてくれ!」

 

「ちょ……と、とりあえず、頭を上げてくれませんかー……?」

 

 周囲の視線が気になりますし、と付け加えるが、彼の頭は上がらない。

 成程、つまりは根気の勝負という訳か。コーネリアが諦めるのが先か、それとも神裂が折れるのが先か。その勝負に勝利した方が、これからの展開を自分で進める事が出来る、という訳か。

 ――と、冷静な分析をしている最中に、神裂は皮肉にも思い出してしまった。

 

(……そういえば、『アドリア海の女王』の一件の時、私に頼れと私自らが言ってしまっていたんでしたっけ)

 

 あの時は感情に任せてわーわーと言葉を並べてしまっていたが、今思えばなんと恥ずかしい事を言っていた事だろうか。私に頼れだとかあなたが傷つくと私が悲しいだとか、おまけにこの間なんかコーネリアに【自主規制】をしてしまった身でもある。なんだ、私は感情に身を任せると誰よりも本能に従ってしまう特性でも持っているのか!?

 とにかく、自分で言ってしまった事がある以上、その言葉を撤回する訳にはいかない。男に二言はない、とは日本のことわざでよく言うが、義理堅い神裂も(女ではあるが)二言はない日本男児の様な真面目な性格を生まれ持ってしまっている。

 これは、私の負けですね。

 疲れたように溜め息を吐き、目の前で土下座をしている少年の前で腰を下ろし、神裂は少年の頭を優しく撫でる。

 「……分かりました」そして複雑な表情を誤魔化すようにぎこちない笑みを浮かべながら、神裂は避けようがない展開に自ら身を委ねる事にした。

 

「あなたがそれで救われるというのなら、気は進みませんが、この手を差し延べる事にしましょう」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 二秒で後悔した。

 とりあえずは寮の前で放置しておく訳にもいかなかったので女子寮の中に彼を迎え入れたのだが、それが非常に不味かった。

 彼が女子寮の中に入った直後に何が起こったのか。

 それを分かりやすく端的に、ダイジェスト込みで説明すると――

 

「なになに? あの神裂火織のボーイフレンド?」

 

「男だというのに女顔……これは新たな可能性が見えてきました!」

 

「んなっ!? あ、アンタは大覇星祭でおっぱい発言していた男じゃねえか!」

 

「あらあら。誰かと思えばあの時の殿方なのですよー」

 

「も、もしかして、神裂さんがいつも話しているお方ですか!?」

 

「シスター・アンジェレネ! 人に指を差してはならないと何度言ったら分かるのですか!?」

 

「うっはぁ。確かに聞いていた通り、どことなくあのツンツン頭の少年に雰囲気が似てやがりますね」

 

 男が珍しいのか神裂が男を連れてきたのが珍しいのか、とにかく女子寮に住んでいる女性陣がわーわーぎゃーぎゃーとコーネリアをもみくちゃにし始めていたのだ。勿論、傍にいたはずの神裂は数の暴力によって絶賛蚊帳の外まで追いやられている。

 「ええっ!? ちょっ、これは一体何事だ!?」九割方シスターである女子の波に密着され、コーネリアが驚きと苦しみの悲鳴を上げる。しかしその中で何か柔らかい――俗におっぱいと呼ばれる女性の魅力の感触に、コーネリアの頭の中は歓喜の声で包まれていた。

 それが面白くないのが、神裂火織という少女な訳で。

 ぶちぃっ! と額の方から何かが千切れる音を放ちつつ、神裂は目を吊り上げて女性陣から引っぺがすようにコーネリアだけを引きずり出し、

 

「私に用があるとか言っておいて結局は女にちやほやされたかっただけかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

「ご、誤解で―――げっぼぉおおおおおおおおおっ!!!???」

 

 完璧なジャーマンスープレックスだった、とシスター・ルチアは後に語る。

 そんな訳でコーネリアの一週間能力制御修行(ポロリもあるよ☆)がスタートしたのだった。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial44 宣告

 渾身の聖人クラッシュによって一時間ほどの昏睡を余儀なくされたコーネリアは「ハッ!?」とお決まりの叫びと共に覚醒した後、女子寮の食堂で神裂火織とテーブルを挟んで向かい合っていた。コーネリアを投げ飛ばすまでは怒っていた神裂だったが、流石に気絶させてしまった事が心苦しかったのか、結構素直にコーネリアの指示に従って話し合いの場に参加していた。

 彼が彼女に伝えるべき事は、ただ一つ。

 コーネリアに隠されていた、例の力についてだ。

 

「……成程。つまり、あなたは実は聖人だったが、『聖人崩し』としての側面を持つ『荊棘領域』によって聖人の力が抑え込まれてしまっていたために、今まで常人レベルの戦闘力しか持てていなかった、という訳ですね?」

 

「ああ」

 

「それで、その聖人の力と原石の力の折り合いをつける為に、まずは聖人の力を制御できるようになろうって事で私を訪ねてきた、と?」

 

「ああ。原石の方は俺自身で何とかできそうだが、聖人の方は専門外でな。だから聖人であるお前にこうして頭ァ下げて頼みに来たんだ」

 

「成程成程。あなたの言いたい事はよーく分かりました」

 

 神裂はトントンとテーブルの面を指で突き、

 

 

「無理ですね」

 

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、え、ちょ、ええ!?」

 

 まさかの一刀両断に思考に空白が生じてしまうも、何とか我を取り戻して困惑の声を上げるコーネリア。

 わざわざ学園都市から飛行機で来たのに!? と泣きそうになっているコーネリアに小さく溜め息を吐き、神裂は「いいですか?」と教師が生徒に説教をする様なテンションで言葉を綴る。

 

「聖人の力というものはそう簡単に制御できるものではありません。私もそうですが、聖人として生まれてきた魔術師たちは皆、身体や衣服のどこかしらに魔術的な意味を持たせる事で基盤を作り、そこから個人の努力や才能で何とかこの暴れ馬の手綱を握っているんです」

 

「それなら、俺も衣服に魔術的な意味を持たせれば……」

 

「あなたは能力者でしょうが。少しでも魔術的な行動をとった時点でどっかーんですよ」

 

「……衣服ならセーフなんじゃね?」

 

「衣服から発生した魔術的な効果があなたの身体に影響を及ぼした場合どうなるのか。実際に試してみますか?」

 

 そう言って自身の衣服を抓んで見せびらかす神裂に、コーネリアは寒気を覚える。

 魔術を使った能力者がどうなってしまうのか。それはコーネリアも重々理解している。というか、実際に魔術を使って文字通り身体のあちらこちらが爆発してしまった経験を持つコーネリアだからこそ、能力者が魔術を使った場合の副作用については背筋が凍りつくレベルで理解しているのだ。

 だからこそ、神裂の脅しに本気で恐怖してしまった。

 それと同時に、自分に内包されている力の凶悪性について再認識してしまっていた。

 説明できない強さには、説明できない程の苦労と努力が付きまとう。

 時々、ほんの稀ではあるが、生まれつき力の制御に優れていて、尚且つ強大過ぎる力を持った例が出てきたりするが、今回はそれについては除外する。ここで述べているのは、そんな異常で馬鹿でどこぞのクソガキの夢物語の俺TUEEE系最強野郎の事ではなく、実際に存在するアックアや神裂火織といった身近な存在についてなのだ。

 世間で名を轟かせている聖人に対抗するには、それに相応しいだけの覚悟と苦労――そして、犠牲が必要となる。何かを犠牲にしないままで強さを得ようなど、それはただの傲慢だ。神への冒涜――いや、生命の冒涜にも等しい。

 能力者であるコーネリアの場合は、それが下手をすれば死んでしまうと言うだけの事なのだ。

 まさかの第一段階目で躓いてしまった事で、コーネリアの周囲の空気が沈む。中心にいるコーネリア自身も大分落ち込んでいるのだから、それは当然の状況であった。

 そんな彼を見て、少なからず――いや、かなり好意を抱いている彼が落ち込んでいる姿を見て、神裂は(本日何度目かも分からないが)溜め息を吐く。

 

「ですが、あなたが本当に聖人だというのなら、可能性はゼロではありません」

 

「………………?」

 

 闇の中に一筋の光が差した。

 

「聖人とは、かのイエス・キリストに酷似した体質を持ってしまったが故に、生まれつき肉体に魔術的強化を施されてしまった者達の事を指します。――つまり、聖人である以上、魔術を使えない訳がないのです」

 

「だ、だが、俺は聖人である以前に能力者だ。しかもその能力は『聖人の力を完全に抑え込む』っつー最悪な効果を持ってる。そんな俺が、魔術を使って無事でいられるって保障はねえと思うんだが……?」

 

「常々思っていた事ではありますが、あなたは自分の可能性を自分で否定してしまう癖がありますね」

 

 その悪癖はすぐに直してください、と付け加えつつも、神裂はコーネリアの疑問を解消するべく口を開く。

 

「あなたが言った事ですが、要は『原石の力』と『聖人の力』に折り合いをつければ良いのです。普段は『原石としての体質』ですが、必要時には『聖人としての体質』に切り替える。スイッチを例に出すと分かりやすいでしょうか。つまるところ、オンとオフの切り替えさえ出来る様になれば、あなたは今よりも遥かに高みを目指せるようになる」

 

 魅力的で、更に言うのなら甘美すぎる言葉だった。

 もっと強くなれる。

 そう言われただけで、何と心が晴れる事か。自分は強くなれない、ここまでだ――そう思っていた自分が、遠い昔のように思えてしまう。それも、実際に聖人で、しかも凄腕の魔術師である神裂火織から言われたという事実が、その精神的興奮の着火剤になっている。

 だが、現実はそう甘くはない。

 喜びの感情が顔にまで出てしまっているコーネリアに、しかし神裂は厳しい現実を突きつける。

 

「ですが、強大な力には制限が付き纏います。他の聖人についてよくは知りませんが、少なくとも、聖人の力というのは長時間の行使には向いていません。この私ですら十五分戦うのが限界でしょう。そもそもの話、聖人の力というものは人間の身で扱うにはあまりにも強大過ぎるんです」

 

 神裂は小さく眉を顰める。

 

「しかもあなたは聖人であると共に能力者だ。もし本当に聖人の力を自由に使えるようになったとして、その使用時間は限りなく短くなることはまず間違いありません」

 

「……因みに、お前の予想じゃあ、何分くらいの見込みなんだ?」

 

「そうですね……これからの修業期間とあなたの体質的強度を考慮するとして……」

 

 眉間に皺を寄せ、豊満な胸の前で腕組みし、神裂は考える。強さを手に入れる為に自分を頼ってきた少年の期待に応えようと、イギリス清教の聖人はその頭脳を真剣に最大限に働かせる。

 ちょうど、一分が経過した頃だったろうか。

 閉じていた瞼を開き、神裂は目の前のコーネリアに全ての指を開いた右手の平を差し出し、こう言った。

 

「五分です。もし予定通り、計画通り、あなたの目標通りに能力を扱えるようになったとしても、あなたは五分程度しか聖人の力を扱う事は出来ないでしょう」

 

 五分。

 それは、あまりにも酷過ぎる宣告だった。

 確かに、少しは覚悟はしていた。聖人の力が容易に扱えるものでないことは承知していたから、覚悟だけはしていた。あまり長くは行使できないんだろうなぁ、と頭の何処かで予想はしていた。

 だが、五分は流石に予想外だった。どこぞの光の戦士の戦闘時間に比べれば約二倍の時間ではあるが、それでも実際の戦闘において武器を五分しか使えないというのは、やはり不幸という他はない。あのアックアとの戦闘をたったの五分で終わらせなければならないと考えると、どうしようもなくやるせない気持ちになってしまう。

 制限ありきの力という点では、一方通行も同じだ。

 だが、あの最強の超能力者は十五分から三十分は能力を使用できるし、電極型のチョーカーを充電しさえすれば制限時間を延長させることができる。能力のオンオフを繰り返せば、もっと長く戦う事も出来るだろう。

 だが、コーネリアの場合、そうはいかない。聖人の力を一回オンにした時点で身体への負担が蓄積されていく。合計五分なのかぶっ続けで五分なのかは知らないが、もし一定の時間間隔を意識して力を使ったとしても、一方通行のように上手くは戦えないだろう。能力云々の話ではなく、コーネリアの肉体が保たないのだ。

 ――だが。

 

「不可能じゃない、って事が分かっただけでも幸運だよ。ここまで来た甲斐があったってもんだ」

 

 短時間の制限付きではあるが、努力すれば強くはなれるのだ。それが死ぬよりも辛い努力になるとしても、強くなることはできるのだ。――それさえ分かれば、何も迷うことはない。

 テーブルの下でこっそり拳を握る。

 そんな彼の様子に気付き、思わず表情を緩ませるも、神裂は絶対に聞いておかなければならない事を彼に尋ねる。

 

「これは……まぁ、私個人のお願いではあるのですが。一つだけ教えてはもらえませんか?」

 

「???」

 

「あなたは生まれつきの天然能力者ですが、かつては魔術師になろうとしていた。そうだとするならば、あなたにも当然『魔法名』があるはずです。別に強制という訳ではありません。……ですが、私はあなたが魔術師になろうとした経緯を――何のために魔術師になろうとしていたのかを知りたい」

 

 それは、流石に予想外の質問だった。

 だが、よくよく考えれば、成程、確かに神裂なら聞いてもおかしくない事だった。

 ぶっちゃけた話、最初、魔術師になろうとしたきっかけなんて、単純に死にたくないからだった。魔術師になりさえすれば死ぬ確率は確実に減る――そう考えたからこそ、昔のコーネリアは魔術を学んでいた。……まぁ、『魔術結社のボスに相応しい魔術師になれ』だの『バードウェイの名に恥じない魔術を覚えろ』だのと幼いころから無理やり教育されてきた、という謎の黒歴史が無い訳ではないのだが。

 結局、『原石』だったが故に、魔術師になれなかった。

 でも、確かにかつては持っていたのだ。

 自分の命を護りたい、死にたくない――そんな自分勝手な思いの外に、確かに人に誇れるだけの理由を、決意を、目標を、願いを、コーネリアは確かに持っていたのだ。

 それこそが、魔法名。

 時には殺し名、時には行動理由、時には存在意義。

 魔術師なら誰もが持っている、自分が普通の道から外れてでも魔術を覚えようとしてしまった、悲しい理由。

 昔の自分が考えた魔法名だから、今となっては恥ずかしくて仕方がない。

 だけど、かつて魔術師としての修練に明け暮れていた自分だからこその覚悟が、その魔法名には込められている。

 今の自分を魔術師だなんて呼ぶ気はない。それは、世界中の魔術師たちへの冒涜だ。自分みたいな半端者が魔術師を名乗るだなんて、そんなふざけた話はない。俺は彼らみたいに確固たる意志や覚悟を持っている訳じゃないから、彼らと同じ立場を自称する事は許されない。

 だけど、だけど、だけど。

 だけどだけどだけどだけど。

 俺は確かに持っている、心の中に、秘めている。

 魔術師になり損なった半端者である俺の、コーネリア=バードウェイの魔法名は―――

 

「――『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)』。これが、俺の魔法名だったハズだ」

 

 それは、あくまでも過去の黒歴史でしかない。

 しかし、過去に決めたものであるからこそ、その魔法名には彼の純粋な願いが込められていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial45 卵焼き

 コーネリアは女子寮の食堂で食事を摂っていた。

 女性しかいない大部屋で、何故か目の前には本気で美味しそうな料理がずらりと並んでいる。視界に入っている女性たち――九割方シスターである――は食事の前の神への祈りに集中していて、とりあえずコーネリアは驚くべきことにぽつねんと孤独を味わっている状態である。

 テーブルの上に並べられた料理に訝しげな視線を向けながら、コーネリアは可愛らしく首を傾げる。

 

「………………え、なにこの状況。訳分からんのだが」

 

「遠路遥々この女子寮を訪れたあなたにオルソラが腕に寄りをかけて歓迎の料理を用意してくれたんですよ。それで、どうせ夕食の時間だからと女子寮の住人達が全員食堂に来た、という訳です。……ヨカッタデスネ、オンナノコガイッパイデ」

 

「もしもし神裂さん? そこで不機嫌になられるのはちょっと予想外ですよ?」

 

 豊満な胸の前で両手を握りながらもこちらにジト目を向けてくる神裂に、コーネリアは思わず頬を引き攣らせる。

 しかしまぁ、何だ。押しかけ女房も顔負けなぐらいの強行手段だった訳だが、ここまで大掛かりに歓迎されると無謀な手段を取った事にもちゃんと意味が見出せているようでなんだか嬉しくなってしまう。神裂の不機嫌そうな言葉を肯定する気はないが、やはり多くの女性から歓迎されるというのは男としてはかなーり嬉しいイベントだったりする。帰国したら上条に自慢してやろう。……そこから土御門に伝わって神裂が知って斬り殺される未来が見えたのでやっぱりやめておこう。

 

「にしても、凄ぇ美味そうだよな、この料理。上条から話には聞いてたが、オルソラって本当に料理が上手いんだな」

 

「料理スキルは女の子にとっての重要なアピールポイントなのでございますよー」

 

 神へ祈りを捧げて終わったのか、コーネリアの向かいに座っていた金髪巨乳修道女ことオルソラ=アクィナスがニコニコ笑顔でそう言ってきた。その笑顔はまさに聖母の様で、年上好きであるコーネリアは思わず頬を赤らめてしまう。

 直後。

 コーネリアの爪先に激痛が走った。

 

「うぎゃぅ!?」

 

「??? どうかしたのでございますか、コーネリアさん?」

 

「い、いや、何でもねえよ……」

 

 心配そうな顔つきのオルソラに虚勢を張りながら、コーネリアは加害者――神裂火織に小声で文句を垂れる。

 

「(オイ神裂、いきなり攻撃とかどういう了見だよ……)」

 

「(べっつにぃ。あなたが巨乳で金髪の美女相手に鼻の下を伸ばしていた事とか、全然気にしてませんしぃ)」

 

「(恋人でもねえくせにそんな事で怒んなよ……)」

 

 何がそんなに気に障ったのか、鈍感なコーネリアは気づけない。神裂火織という少女に恋心を抱いている彼ではあるが、だからといってその少女の心境に鋭いという訳ではないらしい。こういう鈍い所が神裂を怒らせる原因となる事を、コーネリアが気づくのは果たしていつになるのだろうか。

 食堂にいたシスターたちの儀式が終了したのか、徐々に食堂内に喧騒が浸透し始めた。それは敬虔なるシスターというよりも普通の女性たちの会話であり、それがまたコーネリアに妙な親近感を感じさせていた。早い話が、妙に話題が俗っぽいのだ。

 「それじゃあまあ、いただきます」シスターたちとは違って儀式を短く済ませたコーネリアは用意されていた箸を取り、一番近くに並べられていた卵焼きを口に放り込む。何で外国人であるオルソラが用意した料理の中に日本食があるのかが非常に気になったが、大方、日本から来たコーネリアを気遣ってくれての選択だろう――とすぐに難しく考える事をやめた。

 もっきゅもっきゅと卵焼きを咀嚼し、ごくんと呑み込む。

 そして目をキラキラと輝かせ、コーネリアはオルソラに言った。

 

「すっげぇ美味い! オルソラって和食もイケるんだな!」

 

「その卵焼きを作ったのは私ではないのでございますよ」

 

「へ? でも、さっき神裂が『オルソラが腕に寄りをかけて用意した』って言ってたような……?」

 

「確かに私がほとんどの料理を用意させていただいたのは事実でございますが、その卵焼きだけは神裂さんのお手製なのでございます」

 

「神裂の!?」

 

 思わず、隣の少女の方を見てしまう。

 そこには、真っ赤になりながらもとても嬉しそうにニヤけている聖人の少女の姿があった。

 

「そ、そうですか……私の卵焼きは絶品ですか……くふふっ……うふふっ……ま、まぁ、私が本気を出せばこんなものですよ……」

 

(何ですかこれ何ですかこれ嬉しすぎてニヤケ顔が我慢できませんッッッ!!!)

 

 あくまでも平静を装おうと表情筋が抵抗するが、心の内から沸き起こる感情の奔流にはどうやら勝てていないようで。ひくひくと頬を引き攣らせているというのに顔に浮かぶのは何ともだらしないニヤケ顔だった。

 だらしのない自分の顔を隠そうと茶碗に入った白飯をズガガガーッ! と口に流し込み始める神裂さん。それが彼女の照れ隠しであると分かっているコーネリアは、どんな言葉を掛けたら良いのかと頭を悩ませている始末。

 そんなチグハグで微笑ましい二人を見ていたオルソラは「あらあら」とお節介好きのおばさんのように反応し、隣で静かに食事をしていたゴーレム使いことシェリー=クロムウェルの肩をツンツンと突きながら、何とものんびりとした声色でこう言った。

 

「シェリーさんシェリーさん。これが噂の『つんでれ』というものなのでございますか?」

 

「私に聞かれても困るんだけど……でもまぁ、日本のオタク文化によると、そういう事になるらしいぞ。流石は極東宗派と言ったところかしらね、日本の文化を既に自分のキャラクターに輸入済みとは恐ろしい」

 

 少し離れたところでは、大小シスターコンビがコーネリアと神裂を見ながらわーわーぎゃーぎゃーと子供のように盛り上がっていた。

 

「し、シスター・ルチア! なんだか神裂さんとコーネリアさんのところから桃色のオーラが漂ってきています! ま、まさかこれが噂の『Love Comedy空間』というものなのでしょうか!」

 

「だから人を指で差してはならないと言っているでしょうシスター・アンジェレネ! それに、神への誓いを立てている神裂火織が恋愛の道に足を踏み入れるなど、絶対にあってはならない事なのです!」

 

「で、ですが、あのお方は神裂さんのボーイフレンドなのでしょう? それじゃあやっぱり神裂さんは恋をしているという事になるんじゃあ……」

 

「勝手な行いで物事を決めつけるのは許されない行いですよ、シスター・アンジェレネ」

 

「シスター・ルチアも気になっているって言ってたじゃないですか! 神裂さんはコーネリアさんとどこまで進展しているのか、毎日のように気にしていたじゃあないですか!」

 

「お黙りなさい! そのような事を私が考える訳がないでしょう!?」

 

「誤魔化さないでくださいよ~。ほら、今ならその謎が解けるかもしれませんよ? 何と言ったって神裂さんが今までにない程にデレデレなんですから!」

 

「そ、それは、確かにそうですが……」

 

 でもなーここで流されちゃったら修道女的に不味い気がするんだよなーでも気になるなーうーんどうしよー、とシスター・ルチアはフォークとスプーンを握り締めながら一世一代の二択に歯噛みする。

 騒がしい――というか、何とも平和で居心地の良過ぎる空気にコーネリアは思わず苦笑を浮かべる。日々過酷な争いに身を委ねている彼女達ではあるが、やはり内面は至って普通の女の子なのだ。恋愛事に興味があり、人並みに騒ぎたいお年頃。――それこそが、彼女たちの本当の姿なのだ。

 神裂お手製の卵焼きをもぎゅもぎゅと食しながら、コーネリアは神裂を見る。

 「ん?」と箸を咥えたまま(行儀が悪いがここは無視する)顔を向けてきた神裂に、コーネリアは清々しい笑顔を浮かべながらこう言った。

 

「……良い所だよな、此処って」

 

「はい。私の自慢の住居です」

 

 そう返してきた神裂の顔には、純粋に嬉しそうな表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 夜のイタリアを、彼と彼女は歩いていた。

 彼――無造作な銀髪とサファイアブルーの瞳、それと少しのそばかすが特徴の少年は、不思議と影の薄い印象を持っていた。そこに居るのにすぐに見失ってしまいそうな、そんな儚い存在感を持つ、不思議な少年だった。

 彼女――長く美しい黒髪と青褪めた顔、そして小柄な体躯が特徴の少女は、感情の薄い灰色の瞳を前に向けたまま、一定のリズムで足を進めていた。吸血鬼と呼ばれる存在である少女の足元に影はなく、近くの川には少女の姿すら映っていなかった。

 明らかに、日常とは逸脱した二人。

 片や正体不明で、片や宵闇の帝王。

 世界中の聖人を抹殺して、吸血鬼を世界最強の座に据える――そんな野望を持っている二人は夜空を見上げる事も無く、ただただ無言で歩いていた。

 ――と。

 前を歩いていた少女が、ふと歩みを止めた。

 

「んー? どーした、嬢ちゃん? 突発的な腹痛がおめーを襲ったのかー?」

 

「……あそこ」

 

「んー?」

 

 緊張感のない――というか、わざと緊張感を欠けさせているような声を出しながら、少年は少女が指差した方向に視線を向ける。

 そこには、一人の女が倒れていた。近くに酒の瓶が転がっている事から、おそらくは酔っ払いなのだろう。街灯に照らされながらも穏やかな寝息を立てている。見た目は東洋系で、毎夜男で遊んでいるのか、その服装は大胆に肌を曝け出すようなデザインだった。

 「いけない女だなー」少年はつまらなそうな顔で、しかし楽しそうな声を上げる。

 

「……四葉。お腹、減った」

 

「このタイミングでそんな事を言うとは、流石は物事の通りって奴を分かってるねー嬢ちゃん。よーっし、分かった。今日の嬢ちゃんの晩御飯はあそこのアバズレで決定だ!」

 

「……あばずれ?」

 

「あちゃー。そこを気にしちゃったら負けなんだぜ、嬢ちゃん。良い女ってのは小さなことを気にしないんだ」

 

「……よく分からないけど、四葉がそう言うならそうする」

 

「よしよし、嬢ちゃんはやっぱり良い子だなぁ」

 

 四葉と呼ばれた少年はすぅぅ……と目を細め、

 

「――なるべく目立たないように済ませるんだぜ?」

 

「……分かった」

 

 十分後。

 川の傍の道を偶然歩いていたとあるイタリア人の男性が無残な肉塊を発見した時には、既に誰の姿も無かったという。

 

 




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Trial46 ベッドイン

 サブタイトルから迷わずエロい内容を思い浮かべた人は心が汚れていると思います。

 因みに、私もその内の一人です。



 賑やかな夕食を終え、傷口に沁みるお湯に悶えた後、コーネリア=バードウェイは一つの試練に直面していた。その試練は乗り越える事があまりにも困難であり、後方のアックアという最強の敵に辛くも勝利したコーネリアでさえも思わず尻込みしてしまう程の強敵だった。

 ゴクリ、と固唾を呑むコーネリア。

 震える手をギュッと握り――そして、女顔のイギリス系男子は絞り出すように呟いた。

 

「か、神裂の部屋で同居とか、有り得ねえだろうが……ッ!?」

 

「悪気はないんでしょうが凄く腹が立つのはどうしてでしょうねぇぇぇ?」

 

 目を白黒させて驚愕するコーネリアに、神裂火織は目元をぴくぴくと引き攣らせる。額に青筋がビキリと浮かび上がっている所から察するに、余程トサカに来ているらしい。俺が一体何をしたっつーんだか……相変わらずよく分からん奴だ。

 部屋の隅の方に持参した荷物を置き、近くにあった椅子に腰かける。始めはベッドに座ろうと思ったが、お得意の不幸が働いて悲劇が起きてしまいそうな気がしたので椅子を選ぶ次第となったのだ。俺はどこぞの不幸野郎とは違うからな。ちゃんと考えて行動できんだよ!

 不幸だ不幸だと言いながらいつも美人や美少女とのラッキースケベに遭遇しているふざけた後輩の顔を想像して唾を吐き、コーネリアは一人で得意気な顔を浮かべる。

 しかし、そんな彼の思惑など知る由もない天然聖人は「???」と首を傾げ、

 

「怪我をしているのでしょう? 椅子では背中が痛むでしょうし、こちらのベッドに座ってください」

 

 どがぐしゃぁあああああっ! と勢いよく椅子から転げ落ち、床の上で激しく悶える不幸野郎。

 まだ入院していなければならないというのに大分無理を通してここまで来た怪我人は涙目になりながらも、要らぬ気遣いを見せつけやがった聖人にずいっと迫る。因みに、コーネリアの顔が超至近距離にまで近づいてきた事により、神裂の顔は少しだけ朱に染まっている。

 

「っ」

 

「お前の優しさはよーく分かった! 分かったが、しかし、その優しさを受け入れる訳にゃあいかねえ! 理由は言えねえが、その優しさはきっと俺の為にはならねえと思う!」

 

「あ、あなたは本当によく分からない事を言いますね。怪我をしているんですから、文句を言わずに大人しくベッドに座れば良いんです。というか、さっさとベッドで寝て明日からの修行に備えるべきなのでは!?」

 

「それは確かにそうだが、お前はどうすんだよ! この部屋にゃあベッドが一つしかねえんだぜ? 俺がベッドで寝ちまったらお前の寝る場所が無くなっちまうだろうがっ!」

 

「それは私が床で寝れば解決です! 天草式十字凄教は如何なる環境にも適応する事を主軸としている組織。その女教皇である私は例え床の上であろうと熟睡する事が出来るので、どうぞ安心してベッドで爆睡してください!」

 

「天草式の小難しい概要とかどうでもいいっての! ここはお前の部屋なんだ、だったらお前がベッドで寝るべきだろう!? 俺が怪我してるからってわざわざ遠慮する必要はねえって!」

 

「遠慮しているのはそちらの方でしょう! 怪我人は黙って私の言う事を聞いていれば良いんです!」

 

「そうはいかんざき!」

 

「バカにしてんのかこのド素人がッ!?」

 

 ぐぎぎぎぎ! と互いに引かないコーネリアと神裂。似てないようで実はそっくりな性格をしているからこその争いなのだが、それにしても小さな事で子供のような喧嘩をし過ぎだとは思う。どちらかが諦めるまで終わる事が無い口喧嘩など、何も生まない虚しい戦争でしかないというのに。

 ああ言えばこう言い、こう言えばああ言う。言葉の応酬で言葉のドッジボール。投げたら打ち、打ったら叩き落とすの繰り返し。しかもそれが親切心から来る言葉だというのだから余計に手が負えない。

 このままでは口喧嘩だけで夜が更けてしまう――そんな心配が互いの中に浮上してきた、まさにその瞬間の事だった。

 ビターンッ! と部屋の扉が勢いよく開かれる。

 そこに立っていたのは、見るからにお怒りモードの芸術家・シェリー=クロムウェル。

 バカとしか思えない程の露出度(寝間着)を誇るライオン頭の少女はビキビキとマスクメロンのように顔全体に血管を刻みながら、睡眠不足で深いクマがバッチリと刻み込まれた目で二人を睨み付け、百獣の王のような凄味と共に怒りを叫びとして彼らにぶつけた。

 

「うるっせえなもう二人一緒にベッドで寝やがれ! そして騒ぐな、安眠妨害だ!」

 

 

 

 

 

   ☆☆☆

 

 

 

 

 

 怒れる芸術家によって無理矢理争いを終息させられたコーネリアと神裂は、ベッドの上で向かい合っていた。その姿勢は日本固有の正座であり、二人の顔には焦燥と羞恥がこれでもかという程にばっちりと表れている。

 互いの目を見ず、膝小僧の辺りを見つめながら、二人はゴクリと固唾を呑む。

 

((き、気まずい……!))

 

 今更同じベッドで寝るぐらいで気まずくなるような関係ではないと思うのだが、そこはお年頃の思春期、小さなことでも気にしてしまう年代なのだ。片方の侍ガールに関しては思春期どころか外見年齢が結婚適齢期が過ぎている疑惑な訳だが……おっと誰か来たようだ。

 膝の上でもじもじと手指を何度も絡ませ、目をキョロキョロと忙しなく動かす二人。

 このままでは駄目だ――そう判断した二人は羞恥心を心の中に押し留め、互いの顔を見つめる。

 

「「あのっ!」」

 

 バッ! と背けられるお互いの顔。この時点で大分背中がむず痒いコーネリアと神裂であったが、ぶっちゃけそんな事を気にしていられるような状況じゃあない。この初々しい空気の中にこれ以上いたら、マジでどうにかなってしまう!

 ええい仕方がない。激しい妹と静かな妹、二人分の重い愛情を長いこと受け続けてきた無自覚系シスコン野郎は持ち前の精神力をフルに働かせ、この状況を打破するための行動に出る。

 ベッドの枕側に座っていたコーネリアは神裂をベッドから降ろし、そこに寝転がり、身体を半身にしてベッドの空いたエリアを手でぱんぱんと叩きながら、紅蓮に染まった顔で何とか決め顔を浮かべ――

 

「へい、神裂! 俺と一緒にオールナイトしようぜ☆」

 

「………………(汚物を見るような目)」

 

 どうしよう、神裂さんの目が凄く冷たいんですが。

 女性がして良いような顔じゃあない軽蔑顔を浮かべる神裂に恐怖が止まらないが、ここで諦める訳にはいかない――というか、既に引き返せないところまで来てしまったコーネリアは潰れそうな心臓を根性で維持し、ベッドをポンポンと叩きながら再びトライを試みる。

 

「今夜はお前を寝かさないZE☆」

 

「………………(養豚場の豚を見るような目)」

 

 今なら目を瞑るだけで死ねそうな気がする。

 やばい。何がヤバいのかは分からんが、凄くヤバい状況な気がする。あえて言葉で言うのなら、感情の欠片もない表情の神裂さんが非常にヤバい。俺、今まで生きてて(前世も含む)こんな目で見られた事ってねえなぁ!

 くそっ、何で俺にはイケメン属性がねえんだ……ッ! とどこかずれた事で悔しがるコーネリア。

 と。

 必死なコーネリアに疲れたのか、怒る事が馬鹿馬鹿しくなったのか、神裂は「はぁ」と大きく溜め息を吐き、

 

「……仕方がないですね。誠に遺憾ではありますが、あなたと一緒に寝る事としましょう」

 

 そう言って、浴衣姿でベッドに入ってくる神裂さん。

 するり、と鍛え抜かれた忍者のような動作で神裂はコーネリアの隣に寝転がる。その途中で彼女の長い黒髪からシャンプーの香りが漂い、コーネリアの鼻腔を擽った。

 

(おお、凄ェ良い匂い……まさに女の子の香りって感じだ……)

 

 レイヴィニアとかパトリシアもこんな香りだったっけ――とは流石に口にはしない。この状況でそんな空気の読めない発言をしてしまうほど、コーネリアはおろかに育ってはいない。というか逆に、レイヴィニアという末恐ろしい妹と共に育ってきた彼は、どこぞの不幸なツンツン頭とは違って死亡フラグを比較的自力で叩き折る事が出来る仕様となっている。……まぁ、あまりにも強大過ぎる死亡フラグは叩き折るどころかフラグの方から歩み寄って来るので、どうしようもない訳だが。

 ――って。

 

「あ、あの、神裂さん? どうしてあなたは俺の顔を超至近距離且つ真っ直ぐと見つめてきてるんですかね……?」

 

「一人用のベッドなのですから仕方がないでしょう?」

 

「それなら外側を向くとか何か対処法があると思うんだが……」

 

「何ですか? あなたは私に見られて何か困る事でもあるというんですか?」

 

「いや、そういう訳じゃねえけど……でも、なんか気恥ずかしいだろ、こういうの」

 

「問題ありません。私は特に恥ずかしくはないので」

 

「真っ赤な顔で何を虚勢張ってんだか」

 

 強がりだからなぁ、コイツ。耳の先まで赤く染まっている神裂に、コーネリアは呆れの溜め息を零す。

 (コイツにばかり強がらせるのも悪いな)コーネリアはガシガシと頭を掻いた後、足元の位置にあった布団を肩の辺りまで持ち上げ、更に神裂の身体を自分に抱き寄せた。

 当然、そんな事をされた神裂が動揺しないはずが無い訳で。

 

「ッ!? な、ななななななななななな」

 

「うるさい静かにしろまたクロムウェルが怒鳴り込みに来るだろうが」

 

「こ、これは一体何のつもりですか! あなたらしくないですよ、コーネリア!」

 

「それはこっちのセリフだな。お前、こんなに大胆な奴じゃねえだろ。一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「そ、それは……」

 

 訝しげなコーネリアの視線に最初は戸惑いを見せるも、彼の追跡を逃れる事は出来ないと悟り、神裂は諦めたように口を開いた。

 

「……あなたには多くの借りがありますから。だから、あなたに迷惑をかけてはならない――そう判断した上で、あのような行動を取りました」

 

「借りってお前……この間の病室での一件で借りはチャラになったんじゃねえんかよ」

 

「あんな事で返せるほど、私があなたにしていただいた事は小さくありません。もっとちゃんとした形で恩返しをしない事には、あなたに恩を返せたとは言えないんです」

 

「前から思ってたけど、本当に面倒臭ェよな、お前」

 

「…………五月蠅いです」

 

 ぷいっ、と口を尖らせて顔を逸らす神裂火織。

 成程、コイツもコイツでずっと悩んできたんだなぁ。俺にしてみれば凄くどうでもいい事ではあるが、コイツにとっては何よりも大切な事なんだろう。鶴の恩返しの人間バージョンというかなんというか、ここまで律儀だと逆に世界が間違っているように思えて仕方がない。

 (やっぱり俺、コイツの事が好きだなぁ)自分の想いを再認識したコーネリアは神裂の肩を掴み、彼女の身体を抱き寄せ、額と額をコツンと軽く当て、照れながらもこう言った。

 

「それじゃあ、お前が俺に恩を返し終わるまでは、お前の傍にいなくちゃダメだな」

 

「……やっぱり、あなたは卑怯です。そんな言い方をされてしまっては、私が何も言えなくなるという事を理解しているくせに……」

 

 でも、そんなあなただからこそ、私は好きになったのかもしれません。

 神裂はコーネリアの背中に腕を回し、彼と額を接触させながら、静かに目を閉じる。

 そして二人は小さく笑い、互いの目を見る事も無く、襲い来る眠気に身を委ねながら、最後に一言ずつ言葉を交わした。

 

「おやすみなさい、コーネリア」

 

「おやすみ、神裂」

 

 夜は更けていく。

 それは運命の日へのカウントダウンであると同時に、一人の少年が一人の少女の為に強くなろうと努力するための日数の減少を示していた。

 

 




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Trial47 自傷基礎

 懐かしい夢を見た。

 生まれる前から記憶を持つ身としては懐かしいもクソもないかもしれないが、この『コーネリア=バードウェイ』としての人生において、それはかなり懐かしい記憶だった。

 懐かしくて久々で、それでいて最近の事の様に鮮明に刻まれている記憶だった。

 

『お前、みんなと違って達観してるよな。そういう所が嫌われるんだよ』

 

 友達だったか親戚だったか、自分と同じ年頃の少年から言われた、衝撃的な言葉。前世からの記憶を持つコーネリアは当然、周囲の子供たちよりも大人びていて、それが原因で孤独で孤立な状態と化していた。

 友達と呼べる人なんて、いなかった。

 そこにあるのは、言い様もない孤独と――魔術という名の苦しみだけだった。

 原石である彼は、魔術を使う事が出来ない。

 魔術師としての技能は天才的なのに、生まれ持ってしまった特別によってその道は開始早々に断たれてしまっている。

 親すらも、彼を見限っていた。

 教師すらも、彼を軽視していた。

 同年代すらも、彼を軽蔑していた。

 この世界に自分の居場所はなく、この世界で自分を必要としてくれている人なんて言うまでもない。魔術結社のボスの家系の人間として生まれてきた時点で、原石として生まれてきた時点で、前世の記憶を引き継いでしまっていた時点で、彼の人生は意味のない物へと成り下がってしまっていた。

 世界で五十人程しか存在しない『特別』なのに。

 世界で二人として存在しない『特別』なのに。

 世界で唯一と自負できる程の『特別』なのに。

 不幸と不運と不遇が見事に重なり合ってしまったせいで、彼の人生は最悪なものへと変貌してしまっていた。

 ――俺の二度目の人生に意味なんかない。

 魔術師としての道を諦め、死にたくないからと学園都市へ行くための計画を必死に練り、周囲からの冷たい視線に耐える日々。そんな毎日を送っていたコーネリアの精神は既にズタボロで、学園都市行きを勝ち取る直前になっても彼の心が晴れる事はなかった。

 そんな時。

 そんな時の、事だった。

 生まれたばかりの妹、後に魔術結社『明け色の陽射し』のボスとなる少女――レイヴィニア=バードウェイ。

 簡単な言葉しか喋れず、歩く事なんてまだ不可能。そんな実妹がある日、落ち込んでいるコーネリアのところへやって来て、可愛らしい笑顔と共にこう言ってきたのだ。

 

『おーえいあ、あいうい』

 

 最初は、なんて言ってるのかが分からなかった。

 しかし、次の瞬間には、彼女の言葉が理解できていた。

 ――コーネリア、大好き。

 言葉なんて喋れないのに、難しい事なんてまだ考える事すらできないくせに、その可愛らしい妹は、後に凶悪無比になるその少女は、存在意義も存在価値も存在理由もない実兄に、純粋無垢な笑顔でそんな事を言ってきたのだ。

 言葉を受けたコーネリアは驚いた表情を浮かべ、次に儚い笑顔を浮かべ、徐々に表情を崩し、最後には少女を抱き締めて大声で泣きじゃくり始めた。

 これが、彼の本当の始まり。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)

 魔術師にもなれず、半端な能力者にしかなれず、おまけに自分の中に眠る聖人としての力にすら気づけなかった哀れで愚かな少年が、ほんの小さな――手が届く範囲の幸せだけを何が何でも守り通すと誓った、そんな瞬間の記憶だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアは神裂と向かい合っていた。

 朝チュンしたと女子寮の連中から勘違いされたり朝食時に神裂と『あーん』を巡って一波乱あったりオルソラ=アクィナスの胸を揉んでしまうというラッキースケベイベント(粛清され済み)があったりと起きた直後から何日か分の疲労を蓄積してしまったコーネリアだが、今はそんな事で泣き言などいってられる状況ではなかった。

 今日から二週間以内に、聖人としての力をコントロールできるようにする。

 その為の修行が、今まさに始まろうとしていた。

 

「……準備は良いですか?」

 

「まだ本調子って訳じゃねえが、大丈夫だ。いつでもいいぜ」

 

 場所はイギリス清教が必要悪の教会が所有する、とある訓練場。防音や防衝撃など、様々なカスタマイズが施されたその訓練場は必要悪の教会のメンバー御用達の場所である。ステイル=マグヌスの『魔女狩りの王』が暴れても決して壊れなかったほどの逸話を持つここならば、聖人が暴れても大して問題はないと言える。

 常に携帯している七天七刀を今は部屋の壁に立て掛けている神裂は腰に手を当て、片手で身振り手振りを加えながらの説明を開始する。

 

「まず、あなたにしていただくのは魔術師としての基礎練習です。言ってみれば、これからあなたに何でも良いので魔術を使ってもらいます」

 

「能力者である俺が魔術を使ったら、重傷を負っちまうんじゃねえんか?」

 

「聖人の力とはそもそも、体内に蓄積された膨大なテレズマによって身体能力が飛躍的に上昇したものです。故に、聖人の力をコントロールする事とはテレズマを制御する事と同義。テレズマを用いた魔術はこの世界にも多々存在しますし、この方法が最も手っ取り早く効率的なんです」

 

「でも、流石に死に掛けたらマズイ気がすんだが……」

 

「あなたが私に教えてもらおうとしている事は、『普通に歩いている人から歩き方を学ぶ事』と同じです。聖人である身から言わせてもらうと、身体の動かし方をあなたに教えるようなものなんです。たとえどんなにリスクが高かろうとも、基礎を教える他に手段はないんですよ」

 

「つまり、魔術使用による副作用を気にしてる余裕はねえって事か」

 

 うへぇ、と顔を歪めるコーネリアに「しかし」と神裂は前置きする。

 

「それについての対策も、ちゃんと用意してあります」

 

 言いながら神裂がジーンズのポケットから取り出したのは、首から提げるタイプのケルト十字。何処かで見た覚えはあるのだが、それがどこでだったのかがいまいち思い出せない。そしてそれがどんな効果を持つものなのか、それもいまいち分からない。聖人の修行でケルト十字? っつー事は、魔術的なドーピングでもするんかな……?

 にしても、まさかジーンズのポケットから取り出すとはなぁ。巨乳な神裂さんなんだから、胸の谷間から取り出すものだとばかり思ってたよ。……ちょっと残念、いや、かなり残念だ。

 

「……今、あなたの視線が私の胸に集中していたような気がするのですが?」

 

「何でもないですごめんなさい」

 

 ギロリ、と睨みを利かされ、コーネリアは冷や汗交じりに謝罪する。

 「ったく……」と溜め息を吐き、神裂はコーネリアにケルト十字を投げ渡した。

 

「その十字架はかの『吸血殺し』の少女が身に着けているものと同じものです。かつての『歩く教会』の効果の一部を宿した超希少な霊装で、この十字架を付けている間は『原石』としての力を抑え込むことができる……はずです」

 

「何で最後にちょっと自信失くしちゃってんだよ」

 

「誰も試したことが無い事例ですので。『吸血殺し』の場合は周囲に小さな結界を張る事で無理やり能力を抑え込む事が出来ましたが、あなたの場合は体内発生型の能力ではないので、その十字架で能力を完全に抑え込めるかどうかは分からないんです」

 

「成程。つまりは実験台も兼ねている、と」

 

「そうでもないとイギリス清教の敵の実兄なんかに希少な霊装を無料提供などできませんよ」

 

 そりゃそうか、とコーネリアは軽く納得しつつも、渡されたケルト十字を首から提げる。……装備時点で特に何かが変化した感じはしないが、果たして大丈夫なのか否か。

 「まぁ、要は試してみなけりゃ分からんって事だな」ケルト十字を服の中に隠すようにしまい、コーネリアは近くの壁を視界に入れ、『荊棘領域』を発動させる。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………お、おお。流石は高精度な霊装だな。確かに能力が発動しねえ」

 

「………………あまりにも何も起きないのでリアクションに困ってしまいましたね」

 

 何かが起きる、という訳ではなく、何も起きない、という事への反応のし辛さがそこには在った。

 しかし、これでケルト十字の効果を把握する事は出来た訳だ。無事に『原石』としての能力は抑え込まれ、予定通りに修業を始める事が出来る――

 ――と。

 

「なぁ、神裂」

 

「何ですか?」

 

「思ったんだけどよ。たとえ『原石』の力を抑え込めたとしても、俺が能力開発を受けているっつー現実は変わらん訳だが……そこん所はどうするんだ?」

 

「ああ、その心配は不要ですよ、コーネリア」

 

「???」

 

 こくん? と可愛らしく首を傾げるコーネリアに神裂は寒気がするほどの満面な笑みを浮かべ、淡々とした口調でこう言った。

 

「弄られたあなたの脳に聖人としての体質が勝つまで、何度も死にかけてもらいますので」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリアが死に掛けの状態で女子寮に運び込まれたのは、修行開始から三時間後の事だった。

 

「はいはーい! そこを退いて退いて怪我人が通りますよーっ!」

 

「回復魔術が使える者はとりあえず全員集合! それ以外は邪魔だから食堂で飯でも食ってなさい!」

 

 ドタドタバタバタと慌ただしい女子寮。それは救護班と化したシスターたちが原因である。たった一人の少年、しかもイギリス清教の敵の親族である少年の為にイギリス清教がここまでやるのには些か疑問が残るが、予想外にもこれはイギリス清教のトップ――最大教主からの指示だったりする。

 血塗れ、虫の息、意識は朦朧、全身傷だらけ。

 負える怪我は全て負って来ましたとでも言わんばかりの状態のコーネリアが運ばれていくのを興味の無さそうな瞳で見送りながら、ゴーレム使い・シェリー=クロムウェルは傍に立っている天草式十字凄教の元女教皇に視線をやる。

 

「あの年増女も何を考えてんだかなぁ。あの男、『明け色の陽射し』の関係者なんでしょう? そんな奴にイギリス清教が力添えするなんて、正気の沙汰とは思えねえんだが」

 

「曰く、『ここで恩を売っておけば後々こちらに有利な状況に成り得るのよ』という事らしいです。私の個人的な都合に組織を丸ごと付き合わせているようでこちらとしては複雑な反面、少しばかり嬉しかったりもします」

 

「それはあの女顔の役に立てるからか?」

 

「さぁ、どうでしょう。もしかしたら、私がその理由を一番知りたいのかも知りません」

 

 要は、言葉では言い表せない――もしくは、言いたくない。

 例えば、口に出すのも馬鹿馬鹿しい理由で魔神になれなかった男の傍に居続けるメイドがいる。彼女は再三に亘ってイギリス王室から帰国命令を言い渡されているが、その全てを無視して一人の男の傍に居続けている。別に何かの目的がある訳じゃない。――ただ、その男の傍に居たいから。そんな馬鹿馬鹿しい理由で、そのメイドは甲斐甲斐しくも一人の男を支え続けている。

 もしかしたら、神裂火織という少女も、同じなのかもしれない。

 口に出すのも馬鹿馬鹿しい。認めるのなんて癪だ。自覚なんてしたくもない。――そんな理由で、彼女はコーネリア=バードウェイという少年に手を貸したのかもしれない。

 それは、知り合いでしかないシェリーには分からない。勿論、神裂当人も自覚できてはいない。

 だからこそ、二人はそれ以上の話はせず、奥の方へと担ぎ込まれた一人の少年を思い浮かべながら、短く簡潔に言葉を交わす。

 

「ま、手元が狂って死なせないように頑張りな」

 

「その忠告は中々に胸に突き刺さりますね」

 

 後方のアックアが学園都市を襲撃するまで、残り約一週間。

 それまでにコーネリアが生きているかどうかは、今のところは定かではない。

 

 




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Trial48 本心と理由――そして冤罪

 今回はキリが良い所で切ったために短めです。


 闇。

 何処までも、闇だった。

 暗くて昏くて、それでいて寒さは感じない、漆黒の闇。手元すら見えず、自分が何処にいるのかなんて勿論不明。黒のペンキで塗り潰すよりも混沌とした闇。

 完全なる闇だった。

 何も無い、何も感じない、何も見えない、何も聞こえない。誰かが光の存在を示唆しなければ極々自然に受け入れてしまいそうな程に完全なる闇。――いや、これはもはや闇というレベルではない。

 何処までも続く、凶悪な虚無。

 手を伸ばす――本当に手が伸びたかは分からないが、それでも手を伸ばしてみる。当然、何かに触れる感触はない。

 何で、自分はこんな所にいるんだろうか。

 そんな疑問が逆に浮かばない程、この空間の闇は完全で完璧なものだった。意識だけが取り残されている事が、何よりもの恐怖ではあるのだが。

 記憶はある。自分が何者で、意識が途切れるまで何をしていたか――それについての記憶はある。惚れた女の為に強くなると誓った癖に、よくもまぁこんなに簡単にダウンしたものだと肩を竦めたくなる気持ちでいっぱいだ。

 ……目覚めなければ。

 休んでいる暇なんてない。あの怪物が、聖人であると同時に聖母でもあり、更には神の右席という特別に満ちた魔術師が攻めてくる前に、何としてでも聖人の力をコントロールできるようにならなくては。

 目を、開く。

 感覚だけを頼りに、目を開く。

 徐々に光に包まれていき、徐々に光に貪られていく漆黒の闇。

 そんな光景を感じながら――そして、その最中に聞こえた言葉を、俺は忘れる事はないだろう。

 光が闇を食い潰し、俺を元の世界へと回帰させようと温かく包み込む。

 その直後。

 闇が消滅する間際、俺は聞いた。

 

 ―――俺という『罪』があるかぎり、お前の人生は地獄だよ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 コーネリア=バードウェイは極限の状態だった。

 修行を開始してから約一週間ほどが経過。後方のアックアが学園都市に攻め込むまで、残り三日程というカウントダウン直前の頃。

 コーネリアは未だに聖人の力を掌握できていなかった。

 

「……魔術使用による副作用は当初に比べて小さくなりました。それは能力者であるあなたにとっては快挙です」

 

 豊満な胸の下で腕を組み、褒め言葉を吐く神裂火織。――しかし、その表情は優れない。

 それもそのはず。

 神裂が好意を抱いているコーネリアは、今にも死んでしまいそうな程に追い込まれているのだから。

 全身のありとあらゆるところに包帯が巻かれていて、両の瞳には生気すら感じられない。呼吸もままならないのか喘ぐように何度も咳き込んでいるし、そもそも自分の今の状況が本当に把握できているのかすら怪しい所だ。本当だったら気絶させてでも修行を終わらせるべきなのだろうが、神裂はその選択をできないでいる。

 理由は簡単。

 惚れた男が死ぬ気で頑張ろうとしているのに、その努力を水の泡にするような行為を行える訳がない――という彼女なりの考えが原因だ。

 今にも倒れそうで死にそうで、それでいて消滅しそうなコーネリアに肩を貸す事すらせず、神裂は言う。

 

「あなたが指定した期限まであまり時間は残されていません。予定通りにあなたが聖人の力を制御できるようになったとしても、後方のアックアとの戦闘に勝利できる可能性は極めて低いでしょう」

 

 コーネリアは喋らない。

 喋りたくても、喋れない。

 

「私個人としてはあなたに無理をして欲しくない。後方のアックアと戦う? バカな話も大概にしろ、とあなたの顔面をぶん殴ってやりたい気持ちで夜も眠れません」

 

 ギチ、という音が鳴った。

 それが自分の拳が鳴らした音だという事に、神裂は気づかない。

 

「予定通りに修業を終えても、かなりの高確率で死ぬかもしれない。―――それでも、あなたは強くなることを望むのですか?」

 

 禁忌だとは分かっている。

 強くなることを望む存在に対してそんな事を聞くのは禁忌だと、重々に承知している。救われぬ者に救いの手を、などという大層な魔法名を持つ者としては絶対にやってはならない行いだと、心の底から理解している。

 しかし、だからこそ、神裂は聞いたのだ。

 死んでほしくないから、好きだから、これ以上傷ついて欲しくないから。

 自分勝手だと笑われても構わない。我が儘だと軽蔑されたって怒りはしない。――だって、まさにその通りなのだから。図星も図星なのだから、何も言い返せないし言い返す気もない。

 ただ、コーネリアが好きだから。

 好きな男に死んでほしくない思っているだけだからこそ、神裂はあえて自ら禁忌を犯すのだ。

 

「…………」

 

 虚ろだったコーネリアの瞳がグルリと動き、神裂に向く。

 ボロボロな、それでいて傷だらけな顔をくしゃりと歪め―――可能な限りの笑顔を浮かべながら、コーネリア=バードウェイは言った。

 嬉しそうに、言いやがった。

 

「望むよ。俺はもっと強くなりたい。アックアに勝つ為なのは当然だけど、俺は、手に届く範囲だけでいいから、自分が手に入れた幸せを護り抜く為に強くなりたい。レイヴィニアを護りたい、パトリシアを護りたい、上条を護りたい、友達を護りたい――そして何より、お前を護れるようになりたいんだ」

 

 意識は半分ほどしかないのだろう。素直じゃない彼の口から、本心と思われる言葉がつらつらと並べられる。もし完全に意識が戻っていたとしたら、ここまで素直に自分の本意を話す事はしないはずだ。

 つまり、これがコーネリアの本気。

 彼が強くなることを諦めない、本当の理由。

 それは奇しくも、異能を打ち消す右手を持つとある少年の信念と酷く似てしまっていた。

 

「……………………………………分かり、ました」

 

 重い沈黙、昏い静寂。

 自分の心の中で葛藤し、討論し、決着し。

 泣きそうになりながら、実際に目尻に涙を浮かべながら、神裂火織は儚げな笑顔を浮かべ――

 

「こうなったら死ぬまで付き合ってあげますよ、クソ野郎」

 

 ――バカな少年を抱き締めながら、そう言った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 聖人としての力がある事は知っていたさ。

 知っていたけど、俺にはどうする事も出来なかったんだ。だって俺に干渉する力はない。そもそもの話、俺という『罪』が『コイツ』本来の力を抑え込んじまっていたんだから、どうする事も出来ねえのは当然だ。俺に干渉する術はない。俺が出来るのはあくまでも二つの行為だけ。

 『コイツ』に最悪な力を与え、

 『コイツ』に最良な知識を齎す。

 俺が出来る事なんてそれぐらいがせいぜいだ。どうすれば『コイツ』が強くなれるのか、その答えを知ってはいるけど、その答えを『コイツ』に伝える事は不可能だ。

 世知辛いよな、こういうのって。

 でも、よく考えるまでも無く、死者が生者に干渉するなんて重罪も重罪、絶対に有り得ちゃダメな事なんだ。

 ……そろそろ、潮時だと思う。

 楽しくもクソも無かった人生の次に、楽しすぎて毎日が面白すぎる人生を経験する事が出来た。

 俺の意識じゃないけれど、あくまでも『コイツ』の意識下における人生ではあったけれど、漫画や小説を読んで得る事が出来る感傷と似たものがあるけれど、

 最高に楽しかったとは思う。

 だから、そろそろ、俺の時間は終わりにしなければならない。

 云わば、ここは死と生の狭間―――魔神オティヌスが上条当麻に突き付けていた幾千億の位相と同じ種類の空間だ。俺に彼女の様な力はないけれど、一人だけ―――『コイツ』だけを俺が干渉できる空間に引っ張り出す事ぐらいは出来るはずだ。

 その為に必要な段階は、あと一つだけ。

 『コイツ』が聖人としての力を制御できる事は大前提。俺という存在が齎した最悪で最低で最弱な力を完全に制御する事も当然大前提。

 その全てを行え。

 その全てを達成した先の、大きな試練。

 後方のアックアとの戦いの中―――もしそこで本当の本当に死にそうになって、意識が途切れてしまった、その瞬間。

 そのたった一度の瞬間こそが、俺の最後のチャンスだ。

 謝罪はする、お礼も言う、一発殴られる覚悟もできている。

 最良の知識と最悪な力を失う事にはなるけれど、それでもこれが最善の選択だから、何をされても俺の意志が揺らぐことはない。……まぁ、揺らぐも何も、俺自体が意志みたいなもんだしな。

 だから、コーネリア。

 コーネリア=バードウェイ。

 俺という『罪』を知らない内に背負わされていたお前に贈る、俺からの最後のプレゼント。

 お前に枷として絡みついている二つの荊をお前から奪っちまう事にはなるけれど、その時――俺とお前が面を合わせて話せるたった一度の機会が来た時、どうかそのプレゼントを受け取って欲しい。

 お前から枷を奪うという、矛盾したプレゼントを――――。

 

 




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Trial49 集中阻害

 うー、スランプ。
 凄くスランプです。
 以前もこんな事があった気がするんですが、地の文と会話劇が上手くいきません。
 やはり応募用で一人称を、こちらで三人称を、と分けているのが問題でしょうか。……うー、何とかせねば。


 コーネリアは震えていた。

 ――と言っても、別に体調が優れないとか地震が起きているとか、そういう類の震えではない。体調不良に関しては全身に重傷を負っている状態が何日も続いているので完全に違うと言い切る事は出来ないが、それでも現在、彼を襲う震えの原因は少なくとも体の不調によるものではない。

 体調は、とりあえずは問題なかった。

 自然災害が起きた様子もない。

 しいて言うなら――

 

「……うわーお」

 

 ――彼の目の前にある壁が大きく粉砕されている事ぐらい。

 場所はいつも通りの地下空間。外からの光と空気が届く事は少ないこの空間にて、コーネリアは虚空に拳を突き出したまま目を白黒とさせていた。……いや、彼が拳を出している虚空は、先ほどまで壁が存在していた。つまり、正確に言うと、彼は壁を殴ったのだ。

 右手一つで壁を殴り、

 右手一つで壁を粉砕した。

 それが、ここまでにおける経緯と結果である。

 

「…………なんか、自分の身体じゃねえって感じだなぁ」

 

 右手を閉じたり開いたりを繰り返しながら感動したように呟くコーネリアに、傍で見守っていた神裂は腰に手を当てた状態で言葉を返した。

 

「まだ身体が体内のテレズマに慣れる事が出来ていないんでしょう。身体に小さな異常を感じたらすぐに言ってください。気付いた時には身体が爆発四散してました、なんて事にならないように」

 

「いや、え? 聖人って下手すりゃそんな悲劇を迎えちまうの? なにそれ怖い」

 

「あくまでも最悪の事例です。テレズマというものは人の手には余る天使の力。使い方を誤れば身体が破壊されてしまう事など、極々当然の事なんですよ」

 

「うへぇ」

 

 露骨に嫌そうな顔で声を零す愚か者。

 

「そういえば、思ったんだけど」

 

「どうしました?」

 

「テレズマに身体を慣れさせなきゃならねえって事は分かった。分かったんだが、そこで疑問が一つ浮上したんだが……お前って、普通の状態でも人間離れした身体能力を持ってるけど、それは聖人の力を発動してるって事にはならんのか? 前にお前、『聖人の力は長時間使えません。故に、唯閃は最終手段なのです』みたいなことを言ってたが……」

 

「この期に及んであなたはとてつもなく初歩な質問をしてきますね……」

 

 まぁ良いでしょう。

 顔に手を当て溜め息を吐き、しかしそれでも懇切丁寧な説明を、神裂先生は開始する。

 

「まずは身体能力についての答えですが。聖人は総じて、常に身体の中にテレズマを浸透させています。肉体はテレズマによって強化を施され、人並み外れた身体能力を実現できるのです。それは聖人の力を発動するというよりも、聖人であるが故の通常モードという感じですね」

 

「つまり、聖人は力を発動せんでも元からテレズマによって凄まじく強いって事でOK?」

 

「そして、その通常モードを手に入れる為に、今はあなたの肉体を体内のテレズマに慣れさせているんですよ。分かりましたか?」

 

「ハイ先生、分かりましたー」

 

「よろしい。それでは次に進みます」

 

 素直にぶっちゃけると、そこまで完璧に理解できた訳ではない。魔術結社『明け色の陽射し』のボスになる為に育てられていた時に魔術の知識はあらかた頭にブチ込んではいるが、その後に科学の知識を膨大に叩き込まれているのだ。いくら魔術の才能があるとしても、遥か昔に教えてもらった事を覚えている訳がない。それじゃあ何で『とある魔術の禁書目録』の原作知識は覚えてるんだ、と言われてしまうかもしれないが、それはあれだ。『徳川の将軍は覚えられないけど、漫画の登場人物なら百人以上でも鮮明に覚える事が出来る』みたいなのと同じ原理だ。

 肉体にテレズマが浸透していく感覚がこそばゆいのか身体をもじもじとさせるコーネリアに構わず、神裂は説明を続行する。

 

「それでは次に、聖人の力を発動した場合についてです」

 

「発動しない場合の話だけで大体は理解できてんだけどなー」

 

「うるっさいですね。これはあなたの肉体がテレズマに慣れるまでの言わば時間潰しなのです。どうせ高校を無断欠席しているんでしょう? 大人しく私の講義を聞いていなさい」

 

「……なんか、歳食った女教師みてえだな」

 

「誰が結婚適齢期過ぎた女教師だああん!?」

 

「言ってない! 誰もそこまで言ってない! そして苦しい! 更には繊細な作業の最中なんだから乱暴な真似はナッシングでお願いします!」

 

「いっそここで爆発四散してみては?」

 

「アックアと戦う前に死ねってかこのクソアマぁっ!」

 

 冗談ですよ、と言って襟首から手を離されたが、あまり信用はしていない。だってさっきの神裂の目、本気で人を殺そうとしてる人の目だったもん。本気で俺が爆発四散するのを望んでいるような目だったもん。……女って分からねえ。

 ケホケホと咳き込みながらも体内のテレズマに意識を戻し、コーネリアは目を瞑って集中する。

 

「そういえば、あなたはいつになったら私を下の名前で呼んでくれるんですか?」

 

 

 膵臓の辺りで何かが破裂するような音が鳴り響いた。

 

 

「うぎゃァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!? い、今っ、今の音は何ィッ!?」

 

「大丈夫です。ちょっと内臓が傷ついてしまっただけのようです」

 

「ちょっと!? 大丈夫!? 魔術使用による副作用でも傷つかなかった部分が悲鳴を上げちまってるってのに!? ちょっと神裂さんそれは楽観視しすぎじゃあねえですかねぇっ!?」

 

「ほら、また名字。いい加減、私の事は『神裂』ではなく『火織』と呼んで欲しいものです」

 

「別に呼び名なんてどっちでもいいだろうがッ!? しかも別に今じゃなくていいし! 後にしろよ後に! 今は集中させろって!」

 

「こんな事で集中が切れるようでは聖人の力を制御する事は儘ならないですよ?」

 

「ちょっとそれっぽい事言ってるし! でも俺は騙されねえ! 今の暴発はどう考えてもお前の爆弾発言が原因だぁっっっっ!」

 

 ビキリと額に青筋を浮かべ、それでも体内のテレズマから意識を外すことなく、コーネリアは渾身の叫びを少女に放つ。このジャパニーズ侍幕末剣客ロマン女は本当に俺の修行に付き合う気があるんだろうか。いやまぁここまで付き合ってもらっといてそんな事を言うのはどうかと自分でも思ってはいるのだが、何故かここに来て神裂が俺の邪魔をしているのではないかと思ってしまっている。不思議だね、凄く不思議だ。

 しかし、これ以上、神裂に邪魔をされないようにする方法が無い訳じゃあない。なに、簡単な話だ。

 要は、彼女の要望に応えれば良いのだ。

 コーネリアは「はぁ」と溜め息を吐き、違和感が止まらない肉体にムズムズしながらも、照れ臭そうな顔で神裂火織に言う。

 

「とりあえず、そろそろ期限が来る訳だが……修行に付き合ってくれて本当にありがとな、火織」

 

「――――――。……あ、あなたという人は……そのような言葉と共に言われてしまっては、何も言えなくなってしまうじゃあないですか……このド素人が。いつもいつもいつもいつも私を振り回すのですね、あなたという人間は」

 

「俺が珍しく素直に本心を吐露してんだからここは素直に喜べよ、火織。そうだなぁ、ここで一丁、満面の笑みでも浮かべてくれれば御の字だぜ、火織。お前の笑顔というお土産がありゃあアックアとの戦いで死なずに済むかもしれねえしな。そう思うだろ、火織?」

 

「連呼するな恥ずかしい! なんですか、あなたは本当に何なんですか!? コーネリアの分際で私をおちょくるなんて、ふざけているにもほどがあります!」

 

「ああ? お前が下の名前で呼べっつったんだろうが意味分かんねえ」

 

「誰が短いスパンで連続的に言えと言いましたか誰が!? 独自解釈も甚だしいわ!」

 

「あ、なんか身体の違和感が消えたわ。これってあれか? 俺も聖人が持つ身体能力をフルに使えるようになったって事なんか?」

 

「違ぇよ『荊棘領域』のせいで五分しか使えねぇよケルト十字で『荊棘領域』を抑えている間はもしかしたらそうなのかもしれないけれど付け焼刃の聖人の力でアックアに勝てる訳ないからアックアの天敵である『荊棘領域』を使う他ないしそうなったら結局ケルト十字は外さなくちゃならないしそもそも『荊棘領域』の効果があなたの肉体に働いてしまっているんだから結局のところ上手くいったとしても聖人の力は五分しか使えねぇよって話だったろいい加減に理解しろやこのド素人がッッ!」

 

「ちょっと神裂さん? 怒りのあまりチンピラモードが解禁されてますよ?」

 

「誰のせいだ誰の!」

 

 ビキビキビキィッ! と血管が破裂しそうな勢いで鬼気迫る表情の神裂さん。

 コーネリアは「まーまーまーまー」と神裂を宥め、

 

「とりあえず、今までありがとな、火織。お前のおかげで確実に強くなれたとは思うよ」

 

「……あなたが自分で頑張っただけにすぎません。私は特に……まぁ、強くなる方法を教えただけで、結局はあなたが自分で強くなっただけなんです。なので、別にお礼とか、そういうものは必要ありません」

 

「まぁ、お前ならそう言うと思ってたよ」

 

 そう言って。

 コーネリアは一歩踏み出し――神裂の懐へと流れるように入り込む。

 「え?」と驚きの表情で目を白黒させる神裂にニッと笑顔を浮かべるや否や、コーネリアは彼女の顔に自分の顔を急接近させ―――

 

「この間はお前の不意打ちだったかんな。今度は俺が、こうやって恩返しさせてもらう番だ」

 

「~~~! 本当、あなたという人間は卑怯すぎます……」

 

 唇を抑えながら悔しそうに言う神裂。

 しかし、そんな彼女の顔に浮かぶ表情は、何故かだらしなく緩んでいた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 準備は整った。

 予定通り、あくまでも予定通りだ。綻びが生じまくって今にも崩壊してしまいそうな計画ではあるけれど、この調子なら何の問題もないだろう。

 問題なく、アックアに敗北してくれるだろう。

 『荊棘領域』という重荷を使って、あの怪物に負けてくれることだろう。

 原石と聖人。

 科学と魔術。

 たった一人で背負うには、あまりにも重すぎる称号。――正確には一人じゃなくて『二人』なんだが、他人から見たらひとりにしか見えないので特に言及する必要はねえ。

 とにかく。

 コーネリアはアックアに敗北し、自分に絶望し――そして俺と出会う。

 最初で最後の、俺とコーネリアとの本気の語り合い。

 時間はない。

 その瞬間は、すぐそこまで迫ってきている。

 痛い思いをしてもらうことになる。死にそうな思いをしてもらうことになる。挫折感を味わってもらうことになる。

 だが。

 それでも。

 今のままじゃあダメなんだ。

 元の――俺という存在が排除された状態の『コーネリア=バードウェイ』じゃねえと、後方のアックアにはまず勝てない。

 だから俺は――この俺が、全てを背負って消えて引き抜かれて、正真正銘の『コーネリア=バードウェイ』を再び生まれ直させてやらなきゃならねえんだ。

 準備は全て整った。

 物語は既に佳境。

 俺の最後の戦いを、

 俺とコイツの最後の共闘を―――そろそろ始めるとしようか。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial50 体調不良

 ようやく原作十六巻!
 そして特別話を抜けば、ちょうど五十話目です!


 本日の寝覚めは非常に悪かった。

 学園都市は第七学区、とある高校の学生寮の一室にて。

 コーネリア=バードウェイはズキズキ痛む頭を抑えながら、ベッドの上に横になっていた。このまま目を閉じれば夢の世界に旅立つことが出来そうな気がするが、おそらくはこの激しい頭痛のせいで苦しい時間が続くだけだろう。よって、選択肢としては『起床』しか残されていない。

 目元をヒクヒクと痙攣させながらベッドから這うように転げ落ち、顔面から床に激突する。それでも眠気は取れるどころか泥濘に嵌ったように激しくなり、コーネリアの体調も比例するように悪化の一途をたどっている。

 おそらく――というか、断言するが、これはつい昨日まで行っていた『修行』のフィードバックによるものと思われる。

 『原石』という天然能力者でありながら『聖人』という天然魔術体質であるコーネリアは魔術使用による副作用を根性だけで我慢しながら『聖人』の力を制御する――というトンデモ理論が結集したかのような修行を行っていた。それは文字通り死に物狂いで、心臓が止まりかけたのなんて一度や二度じゃ足りない程だ。それほどまでに辛い修行を、しかも入院必須の状態で行ったというのだから、そりゃあドッと疲れが来て体調も崩すに決まっている。

 起き上がる事すらできないコーネリアは寝間着の袖から荊を伸ばし、棚の中から体温計を取り出す。荊を縮めて体温計を手に取るやそれを脇に差し込み、ベッドに背中を預けた状態で機械が自分の体温を測定するまでの短いようで長い時間を待機した。

 結果は最悪。

 三十八度五分という、言うまでも無く最悪なコンディションだった。

 

「…………こりゃあ、大人しく寝てるしかねえか」

 

 アックアが攻めてくるのって、今日なのか明日なのか明後日なのか、詳しい日付は分からんしなぁ。頭の中で物騒な事を考えるも、激しい頭痛の為にすぐに考える事をやめ、コーネリアはもぞもぞとベッドの中に引き返す。学校に欠席連絡すらしていないが、まぁ大した事はないだろう。既に無断で一週間ほど休んでいるのだ、今更一日二日休んだところで何かが変わる訳でもあるまい。しいて言うなら単位がヤバい気がするが、今はそんな事なんてどうでも良い。

 とにかく、休んで体調を改善させる。

 その為に、今は大人しく寝るべきだ。

 寝間着の胸元をだらしなく開け、掛布団の上に倒れ込む。こんな状態で寝たところで大して意味はないような気がするが、もうこれ以上は動けないので今更どうしようもない。誰かが介抱とか看病をしてくれるというのなら話は別だが、残念ながらコーネリアは寂しい独り身の一人暮らしだ。こんな朝から看病してくれる奴に心当たりはない。

 ふかふかのベッドの感触で(科学的根拠はないので実質無意味なのだが)頭痛を和らげながら、コーネリアはゆっくりと瞼を閉じる。

 ―――その直後だった。

 額に、少しだけ冷たい感触が走った。

 

(ん……?)

 

 雨漏りでもしてんのか? と一瞬思ったが、ここは学生寮の上でも下でもない真ん中辺りの階層なので、その可能性は極めて低い。しいて言うなら上の階の奴が部屋を水浸しにしてしまっている可能性があるが、今の感触は水というよりも誰かの手のような感触だったので、その可能性も極めてゼロだろう。

 というか、手? この部屋には俺以外誰もいないはずなのに、手の感触? それってどういう事だってばよ……。

 目を開いて状況を確認したいが、あまりに気怠さに瞼を上げる気力もない。ぶっちゃけ本当ならばまだ入院していなければならない身なので、身体が動かないのも無理はないのだ。

 額に当たるやや冷たいナニカに身を委ねながら、コーネリアは目を開こうと目元の筋肉に全身の力を注ぎ込――

 

「やはり、熱が酷いですね。もしかしてと思って学園都市に来た甲斐がありました」

 

 ――全力で起きた。それはもう、気怠さとか疲れとか、そういうのを消し飛ばす勢いで起き上がった。

 激しい動きに脳が揺られ、意識が朦朧とする中で、コーネリアは自分の額に触れていた人物を視界に収め、頭痛が激しさを増すのを感じた。

 黒く美しいポニーテールに、片袖や片裾が切り落とされた露出度高めの特徴的な衣服。顔立ちは物語の姫のように整っているが何処か鋭く、腰には二メートル程の長さの日本刀を差している。

 そんな幕末剣客ロマン女の姿にコーネリアは大きく溜め息を吐き、やや合わない焦点で彼女を見ながら、心底疲れたような声で呟いた。

 

「……何でお前がここに居んだよ、火織」

 

「決まっています。護衛の為ですよ」

 

 ……………………………………………………………………………………。

 一瞬。

 本当に一瞬、思考回路が停止するが、コーネリアは額に浮かぶ冷汗を拭い、平静を装いながらもう一度神裂に問いかけた。

 

「え、えーっと……お前、何で学園都市に来てんだっけ?」

 

「一人でアックアに挑むとかいう大馬鹿野郎の護衛に来てるんですよ、泊まり込みで」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「お帰り下さい」

 

「断固として拒否します」

 

 既に片目しか開けない程に衰弱しているが、それでも全力でコーネリアが提示した帰宅願いを、神裂は表情すら変えずに一蹴した。両目は鋭く細められていて、その眼光には『ここまで来といて帰る訳ねえだろふざけるな』という裏の心が透けて見えるようで怖ろしい。

 イライラと気怠さと眠気のせいで調子がおかしいコーネリアは顔全体をヒクヒクと引き攣らせるが、神裂は彼の爆発を遮るように彼をベッドに強制的に押し倒した。

 

「あなたが私を危険に晒したくないという心遣いは心の底から感謝していますが、それとこれとは話が別です。第一、今のあなたの体調ではアックアはおろかそれ以下の魔術師にすら勝てません。護衛としての役目の中には看病も含まれていますので、今は黙って私に看病されていなさいこの野郎」

 

「大丈夫、だーっての……こんなの二時間寝りゃあすぐに治る……」

 

「強がっているところ申し訳ないですが、あなたが話し掛けているのは私ではなくグラビアアイドルのポスターです」

 

「嘘を吐くなテメェ! お前がこんなに可愛くて愛想があって笑顔が眩しい女な訳ねえだろ!」

 

「分かりました。とりあえずはそのポスターを処分した後にあなたを暴力的に眠らせますのでご安心を」

 

 ベリベリベリィッ! とかなり乱暴な手つきで壁から剥がされくしゃくしゃに丸められゴミ箱へと投げ込まれるポスター(巨乳アイドルの水着写真)。エロ本を買う度胸が無い為に妥協案として手に入れた宝物を一瞬で処分されたコーネリアは「うぎゃああああああっ!」と叫び喚くが、直後に放たれた神裂火織の「にらみつける」には逆らえず、すごすごとベッドの上に仰向けになる。

 ただでさえ最悪の体調なのに叫び過ぎたか、コーネリアは今度こそ立ち上がれない程に衰弱していた。これはもうあれだ、そろそろ華麗に死んでしまうかもしれんね。

 ようやく大人しくなったコーネリアに神裂は溜め息を吐き、七天七刀を壁に立て掛け、傍に置いていたキャリーケースを開け放つ。

 彼女が素敵なケースから取り出したのは、薄手の白のワイシャツと黒のスリムパンツだ。これはヴェネツィアに行く前にコーネリアが彼女に買ってあげたものであり、戦いの中で流されそうになっていたのをギリギリのところで神裂が回収した思い出の品だったりする。

 そんな厳しい戦いを乗り越えた服を持ち、神裂が浴室の脱衣所へと移動する事約五分。

 今までの痴女スタイルとは打って変わって、キャリアウーマン風の美人さんが登場した。

 

「……普段からその格好でいればいいのに」

 

「私の普段着への異議申し立ては問答無用で死罪ですので悪しからず」

 

「横暴じゃねーか」

 

 そう言って、重い溜め息を吐くコーネリア。

 クラスチェンジを果たした神裂は最後に眼鏡をかけ、ベッドに転がる恋愛対象兼護衛対象に微笑を浮かべる。

 

「それではこれから食料の確保に行ってきますので、あなたはそこで大人しくしててください」

 

「お前、やっぱりどう見ても母親だよな」

 

 直後、フライパンが顔面に直撃し、コーネリアの意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 幻海天海は困惑していた。

 長点上機学園に通う二年生である彼は、同時に学園都市の治安を護る風紀委員(ジャッジメント)という側面も持っている。同じ職場の先輩や同級生、更には後輩の女子に毎日のようにからかわれたりいびられたり求愛されたりする日々を送っているが、まぁそれなりに楽しい毎日を送っている。

 そんな天海は巡回中の第七学区で、現在進行形で困惑していた。

 その理由とは――

 

「だーかーらー、私はただ単純に純粋に青少年の生活を見守っていただけなの。その行いに疚しい気持ちなんてある訳がないでしょう?」

 

 ――見るからに痴女な格好をした女子高生である。

 赤と茶色を雑ぜたようなおさげの髪にかなり可愛らしくも綺麗な顔立ち。スタイルは抜群で胸は豊満、脚は長く街を歩くだけで注目されそうなぐらいには可憐だ。――しかし、胸を覆うサラシや短いスカート、それと前が空いたブレザーなどが彼女の美しさを全力で駄目にしてしまっている。

 天海がこの少女と接触したのは、とある中学生からの通報を受けたからだ。曰く、『公園で男子小学生をいかがわしい表情と目付きで眺めている女がいる』という具合。また変質者かよと重い腰を上げて公園まで来てみれば、そこに待っていたのは本当の意味での変質者。なんだ今日は厄日かよと全てを投げ出しそうになるが、天海は諦めずに自分の職務を全うする事にした訳だ。

 長点上機学園の制服に身を包んだ天海は跳ねの少ない黒髪をガシガシと掻き、それなりに整った好青年然とした顔を呆れと疲れで大きく歪ませる。

 

「事実、変質者は全員が全員そう言うんだが……というかテメェ、よく見てみれば大覇星祭の時のショタコンテレポーターじゃないかよ」

 

「げぇっ!? あなたはあの時の風紀委員!? くそぅ、何故に気づけなかったか私の馬鹿野郎!」

 

「その叫びは俺の心にも突き刺さるから事実、是非ともやめてほしい訳だが……まぁいい、とりあえずは前と同じく屯所に来てもらうことになるけど構わないな?」

 

「そうそう同じ手が通じるとは思わない事ね」

 

「霧ヶ丘学園所属、結標淡希(むすじめあわき)大能力者(レベル4)の『座標移動(ムーブポイント)』で、事実、現在は何故か留学扱いにされてるが……事実、どうしてまだこの街にいるんだ? もしかして一旦帰国してきているとか?」

 

「……へぇ。流石は学園都市の犬という感じかしら。それなりの情報網は持っているようね」

 

「その口調やめろ。事実、知り合いの先輩が被って仕方がないから」

 

「はぁ?」

 

 いや、こっちの話だ――自由気ままで自分勝手な風紀委員の先輩を頭の隅に押しやり、天海は職務に意識を戻す。

 

「ま、そういう事はどうでもいいんだ。事実、テメェは今から俺と一緒に屯所に来てもらう。因みに拒否権はないし、逃走権も黙秘権もない。テメェは今から俺の監視下で反省文を百枚ほど書いてもらうからそのつもりでいろよ」

 

「ハッ! 私はこれでも空間転移系の能力者なのよ? あなたに捕まる前にここから逃げ出せば問題はな――って転移できない!? あっれぇっ!?」

 

「事実、テメェが偉そうに上から目線で喋っている間に例の手錠を掛けさせていただきましたー。俺も一応は空間転移系能力者だからな。テメェの考えなんて御見通しなのさ」

 

「くっ……汚いわよ!」

 

「何とでも言えよ真面目な事は良い事だ。ほら、事実さっさとついてこいよショタコン女。目も当てられない量の反省文と七面倒臭い三人の女子高生がお前を待っているからさ」

 

「あぁっ! 待って! せめて半ズボンとランドセル装備の小学生を写真に収めさせて~!」

 

 ずるずると手錠が装着された手を引っ張られる形で連行されていく奇抜な服装の少女。

 そんな二人のやり取りを買い物袋片手に眺めていた天草式十字凄教の元女教皇は「…………」と複雑そうな顔で沈黙した後、顔を引き攣らせながらコーネリアの部屋に向かって歩き始めた。

 そして空を見上げながら、一言。

 

「……コーネリアから見れば、私もあのような奇抜な格好をしているように見えるんでしょうか?」

 

 




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Trial51 後悔と罪悪感

 凄く家庭的な光景だ。

 冷却シートと氷枕によって少しは体調が改善されたコーネリアは寝た状態で台所を眺めながら、そんな事を思っていた。未だに高熱で頭はボーっとするしとても戦えたり動けたりできる状態じゃないが、それでも目の前の光景を冷静に分析できるだけの思考力はまだ残っている。

 台所には、神裂火織という少女が立っていた。

 何週間か前にコーネリアが買ってあげたビジネスウーマン風の衣服を身に着け、その上にはコーネリアがいつも使っている黒のエプロンを装着している。個人的には桃色のフリフリエプロンでも着て欲しかったのだが、流石にそこまで図々しい事をお願いする訳にもいかない。

 トトトトトトンッ! と何かを千切りにする音が台所から響いてくる。

 コトトトトトトッ! と鍋の蓋が小さく上下に震える音が聞こえてくる。

 テキパキと、慣れた様子で台所を動き回る神裂に、コーネリアはぼんやりとした意識の中で自分なりを感想を述べてみる。

 

(ああ……なんか、凄ぇ幸せな気分だなぁ)

 

 神の右席が一人、後方のアックアとの戦いが間近に迫っている状況で何を言っているんだという話ではあるが、それでも、好きな女に看病してもらえるというこの状況は、不幸続きのコーネリアにとってはかなりの幸せだったりする。二人の妹が風邪を引いた時に看病をする事はあってもされた事はないコーネリアにとって、誰かに、しかも恋心を抱いている相手に世話を焼いてもらえるというのは言葉では言い表す事は出来ない程には幸福な事なのだ。

 (神裂が来てくれてよかったな……)先程は文句をブーブー零していたが、後で冷静になってみれば彼女のおかげで大分体も楽になっている。今も御粥を作ってくれているようだし、今更彼女を否定する訳にもいかない。神裂が来てくれて本当に良かった――今はそれだけしか考えられない。

 ゆっくりと目を閉じ、気怠さと眠気の中に意識を沈める。今はとにかく体を休めよう。アックアがいつ攻めてくるかが分からない以上、体力の補給に専念するべきだ。ふかふかのベッドに身を委ね、コーネリアは穏やかな寝息を立て始め―――ようとしたまさにその時。

 ぴとっ、と右頬に冷たい感触が走った。

 

「ふむ……やはりまだ熱がありますね」

 

「………………流石にもう焦らんわな」

 

「焦る? 何の話ですか?」

 

「いや、こっちの話だ気にすんな」

 

 この状況下で彼の頬を触ろうとする人物など神裂以外には有り得ない。視界の端にチラッと映ったが、テーブルの上に鍋が置いてある。おそらくは御粥が完成したのでコーネリアを起こそうとしたんだろう。そこで声を掛けて無理矢理起こさない辺りがなんとも彼女らしいが、残念ながらよりコーネリアが反応しやすい手段を取ってしまっていた。……まぁ、こういう天然なところも彼女らしいと言えば彼女らしいか。

 ベッドに手を着き、上半身を起こすコーネリア。そこから足を外に出してベッドから降りようとするが、まだ体調が優れないのか、強烈な眩暈により再びベッドの上へと逆戻りになってしまった。

 あうー、と可愛らしい悲鳴を上げる(少女のような外見のせいで彼の現在状態は『火照った美少女』である)コーネリアに神裂は苦笑を浮かべ、

 

「無理はするものではありません。御粥は私が食べさせてあげますので、あなたはそこで大人しく寝転がっていてください」

 

「ああ、そうか、すまんな…………」

 

 ――って、ちょっと待て。

 

「え、食べさせる? お前が? 俺に?」

 

「当然でしょう」

 

 お前は何を言っているんだ? と首を傾げる神裂さん。

 コーネリアは額に手を当てて冷や汗を流す。

 

「いやいやいやいや、流石にそれは想定外ですよ。そこまでお前に頼りきりになる訳にゃあいかんって。大丈夫、一人で食べれるから。一人で食べきれるから! ……つぅっ!」

 

「高熱と体力消耗、それと蓄積されすぎたダメージで身体がやられているんですから大人しくしていなさい。大丈夫、病人の世話には慣れています。あの子が倒れた時はいつも私が看病していましたし」

 

 そう言う神裂の顔には、少しの陰りが。

 冷却シートを剥がしながら、コーネリアは真面目な顔で彼女に問いかける。

 

「……やっぱり、まだ気にしてんのか、禁書目録の事?」

 

「……そう、ですね。既に彼女は救われていて、私も一人の友人として新たなスタートを切る事が出来ていますので、何も気にするようなことはないはずなのですが……やはり、彼女を救えなかったという後悔と、彼女を苦しめてしまったという罪悪感が拭えなくて」

 

 禁書目録。

 そんな名前で呼ばれる少女はかつて、一年毎に記憶を消さなければならない立場にあった。結局それはイギリス清教のお偉い様方が仕掛けた『首輪』によるもので、『ありとあらゆる異能を打ち消す右手』を持つ少年の手によって彼女は呪縛から解き放たれた。

 しかし、その少年が少女を救うまでの間、多くの魔術師たちが試行錯誤を繰り返し、自分の人生と時間を無駄にしてきた。錬金術師アウレオルス=イザード、ルーンの魔術師ステイル=マグヌス―――そして、天草式の元女教皇・神裂火織。

 彼らは少女を救えず、ぽっと出の少年は少女を救えた。

 その違いは努力でどうにかなる問題じゃなかった。少年は少女を救える術を生まれつき持っていて、神裂達は持っていなかった。ただそれだけ、ただそれだけの些細な違いでしかなかったが、それでもそれは永遠に手が届く事がない絶対不可侵の領域だった。

 もし、自分に少年のような能力があれば。

 そうすれば、『あの子』の笑顔は自分に向けられるはずなのに。

 そんな自分勝手で我儘な気持ちが、どうしても心のどこかに燻ってしまう。既に彼女は救われたのだから嬉しくはあっても悲しむ事はないと分かっていても、それでも『もしかしたら』の世界を夢見てしまう。

 自分は弱い。

 いくら周囲から強い強いと評価されても、その根底だけは覆らない。戦力的な話ではない、身体能力の話でもない。弱いのは、彼女の心。――それこそが、禁書目録の名を冠する少女を救えなかった自分をいつまでも苦しめ続ける。

 ギュッ、と膝の上で拳を握る。私は護衛対象の前で一体何を言っているんだろうか。こんな弱音を吐いたところで嫌われるか流されるかの話だろうに。……弱々しく愚痴を零すなんて、やはり私は最低だ。

 自虐と後悔と罪悪感が胸を差し、目頭が徐々に熱くなるのを感じる。ダメだ、こんな所でなくなんて、それこそ弱者にする事だ。私は救われない人々を救う為に強く在らなければならないんだ。

 実は、そういう考えこそが彼女が天草式を離れる事になってしまった【弱さ】だと、弱い彼女は気づく事が出来ない。

 ―――しかし。

 戦力的に弱く身体的に弱く――運勢的にも最弱な、そんな少年。

 運命に見放され世界に見捨てられた少年は熱を持った手を彼女の頭に置き、それを優しく撫で始めた。

 え? と思わず声が零れる。

 潤んだ瞳で見上げると、そこには赤く火照っていながらも安心感のある笑顔を浮かべた金髪の少年の顔があった。

 少年は言う。

 悩み、苦しみ、足掻き続ける少女に、罪に縛られた人生を過ごしてきた少年は言う。

 

「気にすんな――なんて無責任な事は言わねえ。だから、ここは言い方を変える」

 

「…………」

 

「後悔があるなら乗り越えろ。罪悪感があるならそれ以上に誰かを救え。笑顔を向けて欲しいなら俺に言え。俺は、お前の為なら何だってどんなことだってしてやれる。レイヴィニアやパトリシアから何かを頼まれても断れない俺だ。お前一人の頼みを断れるほど意志の強い奴じゃねえ。―――だから、そんなに悲しそうな顔をすんな。お前が笑ってねえとこっちの調子が狂っちまうだろうが」

 

 柄でもない事を言っているな、と思った。

 逃げて逃げて逃げ続けてきた立場の人間が言うにはなんとも飾りつけされすぎているとも思った。自分はこんなきれいごとを言って良いような人間じゃないし、言えるような存在じゃない。自分の命欲しさに妹達を置いて単身学園都市に逃げ込むような奴だ。そんな奴が本当の英雄を慰められる訳がない。

 しかし、言いたかった。

 言わなければならないんじゃなく、俺が彼女に言いたかった。

 神裂はインデックスを救えなかった。自分の手で、一人の少女を救えなかった。――だから、今こうして後悔している。

 そんな後悔なんて真っ平だから、俺は自分で彼女を助けようとするんだ。例え無意味でも、たとえ無価値でも、俺が、コーネリア=バードウェイが神裂火織に手を差し延べたい。――ただ、それだけの自分勝手で我儘な行いに過ぎない。

 火織が好きだ。

 彼女からどう思われているかなんて関係ない。俺は火織が好きだから、彼女の為なら何だってする。火織が悲しむ事を全力で叩き潰すし、彼女が笑っていられる事を全力で護り通す。

 俺は、それぐらいしかできないから。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)

 そんな自分勝手な魔法名をこの身に刻んだのだ。好きな女一人護り通せずして、何になるというのか。

 

「インデックスは救われた。だったら次はお前の番だよ、火織。次はお前が救われろ。お前が救われるためなら、俺はこの世界だって敵に回してやるからよ」

 

「…………」

 

 神裂は沈黙する。

 沈黙する、沈黙する、沈黙する。

 ――伏せていた目を上げ、コーネリアを真っ直ぐと見つめ、彼女は笑った。

 

(ああ、ようやく分かりました)

 

「……私に偉そうに御高説を垂れる余裕があったらさっさと体調を治しなさい、この女顔」

 

「テメェ慰めの言葉を掛けてやってる奴に向かってその態度は何なんだよ!」

 

「分かりました。あなたの言いたい事は十分理解しましたから、今は黙って口を開けなさい。熱々のレンゲが唇に直撃しても知りませんよ?」

 

「地味な脅しやめーや!」

 

 ギャーギャーと叫びコーネリアに、神裂は小さく吹き出す。

 楽しそうに、嬉しそうに、喜ぶように、はしゃぐように。

 後悔はある、罪悪感もある、悲しみなんて言うまでもない。――しかし、今だけは、この瞬間だけは、私は素直に笑っていられる。

 ようやく理解した。

 ずっと否定し続けてきた感情を、私はようやく認める気になった。

 

「あっづあっづぁあああああっ!? 当たってる、普通に熱いのが当たってるから!」

 

「心頭滅却すれば熱さぐらいどうという事はありません」

 

「仙人か! そこまでの境地に至ってない場合はどうしろと!?」

 

「諦めて火傷を負えば良いんじゃないですかね」

 

「テメェ鬼だろ悪魔だろ!」

 

 きっと――いや、これは確定事項だ。

 私は、神裂火織は――

 

「どうですか? 美味しいなら美味しいと笑顔で言ってくれてもいいんですよ?」

 

「美味いけどあまりにも熱すぎて舌が壊れそうな件について!」

 

「そうですか美味しいですかそれならたーんと食べてくださいまだまだたくさんありますので」

 

「おい、馬鹿、やめ……うごごごごごごごごごごごごっ!?」

 

 ――この大馬鹿野郎の事を、心の底から愛してしまっているんだ。

 

 




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Trial52 第二十二学区

 夕方頃――ちょうど学校の授業が終わり、放課後となった頃。十分な栄養と睡眠、そして適切な看病を受けた事で、コーネリアの体調は幾分か回復していた。

 

「三十七度ですか……まぁ、微熱と言ったところですね」

 

 体温計に表示された数値を眺めて安心したように呟く神裂。コーネリアが寝ている間、彼女はこの家の家事と彼の看病を一人でこなしていたのだが、彼女の顔から疲労感は感じられない。やはり聖人であることが関係しているのか、体力は人並み以上に持ち合わせているようだ。

 午前中に比べると大分顔色も良くなったコーネリアは温くなった冷却シートをペリペリと剥がしながら、ベッドの横で膝立ちしている神裂に得意気な様子で言う。

 

「強靭な回復力だけが俺の取り柄みたいなもんだしなぁ」

 

「一応は聖人の端くれですからね。回復力は常人の比ではないのでしょう」

 

「徐々に聖人の身体に変わっていってるって事なんかねぇ」

 

「変わる、というよりも、ようやく元の体質を取り戻し始めた、という方が正しいですね。代わりに『原石』としての能力の方に支障が出ていなければ良いのですが……あなたの『荊棘領域』はアックアに対する唯一の必殺武器のようなものですし、万全の状態を維持しておく必要がありますからね」

 

「既に体調が万全じゃねえからそれはかなり難しい事だと思うがな」

 

「……揚げ足を取らずとも分かっています」

 

 ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませる神裂に、コーネリアは苦笑を浮かべる。

 

「しかし、なんだ。ずっと寝てたからか知らんが、汗が酷いな。服がベタベタするよ」

 

「高熱による冷や汗と寝汗のせいでしょうね。ちょうど熱も下がっている事ですし、少し汗を流してきてはどうですか?」

 

「そうだな。じゃあ、今はお言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 そう言って、少しだけふらつくも、コーネリアは棚から下着とジャージを取り出し、脱衣所の方へと歩いていく。後ろ目で確認したところ、神裂はベッドのシーツの取り換えを始めていた。おそらくは汗でぐっしょりとなったシーツを見て「替えた方が良い」と判断してくれたんだろう。どうしてシーツの置き場所を既に把握しているのかが疑問で仕方が無かったが、大方掃除の最中にでも把握したんだろう。そこまで深く考える事じゃないし、今は詮索しないでもいいだろう。

 部屋着を脱ぎ、下着を脱ぎ、浴室へと移動する。

 そしてシャワーノズルを片手に持ち、空いた方の手でハンドルを回し―――

 

「…………ん? あれ?」

 

 ――何も起きなかった。

 本来ならばハンドルを回したところでシャワーノズルの先から水が出てくるはずなのだが、今回に限っては何故か無反応。水が出るどころか機械が動いた様子すらない。何か詰まってんのか? と思って確認してみるが、素人目で分かるような変化は何処にもない。

 試しに、蛇口から水を出してみる―――結果は同じ。何も起きなかった。

 

「マジかよ……こんままじゃ風呂はおろか水浴びすらできねえじゃんか……」

 

 病み上がりの状態なのだから風呂なんて入らない方が良い気がするのだが、それでもこのこびり付いた汗ぐらいは流し落としたいのが本望だ。タオルで拭えよと言われてしまえばそれまでだが、違うのだ。水浴びによる爽快感とタオルで拭き取る事による爽快感の間には、谷よりも深く山よりも高い違いがあるのだ!

 しかし、いくら頑張っても水が出ないのでは仕方がない。ここで諦めるか別の道を模索してみるか。その二つしか自分には残されていない。

 さて、どうしよう。幸いにも、生活費に余裕はある。ここで入浴代として消費したとしても、何不自由なく毎日を過ごせるだけの貯蓄は保有している。どこぞのツンツン頭の後輩の様に常にエンゲル係数との戦いを繰り広げている訳ではないコーネリアは、毎日が貧困生活などという面白おかしい生活とは無縁なのだ。

 ……しゃーねーな。

 とりあえず、今後の選択を決めたコーネリアは下着を身に着け、その上からジャージを着用し、無表情のままガララッと扉を開く。

 びくっ! とコーネリアのあまりにも早いお帰りに驚いた神裂は目を白黒とさせつつも、とりあえずお約束の反応を返してみる。

 

「え、えーっと……随分と早いお風呂でしたね?」

 

「いや、水が一ミリも出なかったから諦めた」

 

「それはええと、給湯器が壊れているとか、そういう事ですか?」

 

「俺も専門業者じゃねえからそこまで詳しくはねえんだけど、多分はそんな感じなんじゃねえかな。なんか変に焦臭かったし、給湯器の中のどっかが焦げ付いてるか錆びついてるかって感じなんだろうよ」

 

「それじゃあ、どうするんですか? 汗はタオルで拭います?」

 

「いや、何も問題はない」

 

「???」

 

 言葉の意味が分からずに神裂は可愛らしく首を傾げるも、コーネリアは意を決した様子でこう返した。

 

「看病の礼だ。汗を流す為に近くの銭湯にでも行こうぜ、俺の奢りで」

 

「こ、混浴ですか!?」

 

「学生の街に混浴入浴施設なんてねえよ不埒すぎるわ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第二十二学区。

 およそ二キロ四方の広さしか持たない学園都市最小面積の学区であるが、そこは学園都市で最も『未来未来した』エリアである。地下に拡がるレジャー施設は一種のアトラクションの様な造りをしており、その全貌を眺めるだけでもある程度の暇が潰せるほどに、その学区は複雑で精巧に作り込まれている。

 そんな、近未来都市・第二十二学区に、コーネリアと神裂は向かっていた。

 しかもあろう事か、交通法をブッチギリで違反するであろう、自転車の二人乗りで、だ。

 

「あなたは病み上がりなんですから、私が操縦した方が良いと思うんですが……」

 

「火織は心配性だなぁ。もう大丈夫だって、治った治った」

 

「三十七度の微熱野郎がどの口で言いますか」

 

「三十七度なんて平熱だって。気にすんな」

 

「……むぅ」

 

 シャー、と第七学区の道路をそこそこの速度で進んでいく。時間帯も時間帯なので人通りと車通りは少なく、自転車を高速度で転がしていても誰かの邪魔になる事はない。自転車の二人乗りはこの街でも普通に違反行為であるため、コーネリアとしてはこの人通りの少なさはまさに願ったり叶ったりだったりする。

 日も沈み、夜風が火照った体をちょうど良く冷やしてくれるのを感じながら、コーネリアは荷台に乗って自分の腰に手を回して密着してきている神裂に質問する。

 

「そういえばお前、着替えとかちゃんと準備してる訳?」

 

「中々にデリケートな質問をぶつけてきますねあなたは……大丈夫です。そもそもが泊まり掛けの予定でしたからね。しっかりと準備してあなたのバッグの中に入れてあります」

 

「…………下着をそのまま?」

 

「袋に入れてです。変な想像をしないでください」

 

 ギチィッ、と腕に力を込められ、腹回りが強く締め付けられる。本当ならばここで呻き声でも上げるんだろうが、今回はその行為によって神裂の豊満な胸が背中に押し付けられているため、呻き声よりも歓喜の感情で頭が埋め尽くされる方が先だった。ぶっちゃけた話、ごちそうさまですぐらいしか言えなくなってしまっている。

 具合や体調が悪い訳でもないのに体温が上がってしまっているコーネリア。その大きな原因である神裂は自分の胸が彼を興奮させてしまっている事になど気づいていない様子だ。天然もここまで行けば一種の才能に思えてしまえるのだから不思議である。

 夜風に髪を揺られながら、神裂はコーネリアに問いかける。

 

「あなたが言っていた銭湯とは、学園都市でも有名なところなのですか?」

 

「うーん、そうだなぁ……一応、何かの雑誌に載ってた風呂ランキングで堂々の三位に入ってた気がするから、有名っちゃあ有名なんじゃねえの?」

 

「学園都市における三位とは……科学技術が結集されたお風呂なのでしょうね」

 

「火織、もしかして、少し楽しみにしてねえ?」

 

「……別に、そういう訳ではないのですが」

 

 少しの間から察する事が出来る。これは図星だ。神裂火織という少女は隠し事が苦手なので、間が空いたりそっぽを向いたりといった簡単な行動ですぐにボロが出る。

 思い付きでの選択だったが、まぁ火織が楽しみにしてくれてるんなら万々歳かな。夜の学園都市に自転車を走らせながら、少しの満足感に浸るコーネリア。

 建物だらけの第七学区の風景から、風力発電のプロペラだけが立ち並ぶ第二十二学区の街並みへと周囲が変化していく様子に神裂は「……ほぉ」と感嘆の声を上げる。地下街が主である第二十二学区は施設の維持に膨大な電力を必要としていて、その電力を賄うために少しでも多くの発電施設を設けている。この風力発電装置の群れもその内の一つであり、その集合体はまさに『大きなジャングルジム』そのものである。

 四角い形状のゲートを潜り、第二十二学区の地下街へと入っていく。

 今回の目的地はこの学区の三階層にある。第二十二学区の地下都市は百階層まで存在しているため、今回に限ってはそこまで長くの移動時間を費やす必要はない。緩やかなカーブ上のトンネルを百階層まで下って行ったらどれだけの時間がかかるのかなんて、考えるだけでも背筋が寒くなるのは彼だけではないだろう。

 周囲の無駄に近未来感溢れる設備に神裂がこっそり目を輝かせている様子を堪能していると、地下九十メートル――第三階層の入り口ゲートが見えてきた。

 地下なのに森があったり川があったりビル群があったりで色々と詰め込み過ぎな印象が強い街並みに「うわぁ」とやや引き気味のコーネリアだが、直後に後方から放たれた神裂の疑問の言葉により、意識を街から彼女に移す羽目になっていた。

 

「それで、そのレジャーお風呂まではあとどれくらいかかるんですか?」

 

「この調子ならあと五分って所じゃね? ま、心配せずともそこまで時間はかからねえよ」

 

「そうですか」

 

 短い言葉ではあるが、彼女の声は不思議と弾んでいた。

 やっぱり楽しみなんじゃねえか、などという余計な言葉をギリギリのところで呑み込みつつも、コーネリアは後ろの神裂には聞こえないぐらいの声量で呟きを零した。

 

「無駄に有名なレジャー銭湯だからなぁ……もしかしたら知り合いに会っちまうかもしれんね」

 

 人それを、フラグと言う。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial53 大浴場

 二話連続投稿です。
 ようやく皆様お待ちかねの、あの男の登場です。


 無事に目的のレジャーお風呂に到着したコーネリアは自分と神裂を合わせた二人分の料金を支払い、受付の近くに置かれていたバスタオルを二枚手に取った。

 そしてその内の一枚を神裂に差し出し、

 

「そんじゃ、俺はこっちだから」

 

「あ……はい。それでは、また後で」

 

 おどおどとした様子でバスタオルを受け取った神裂は、きょろきょろとしながらも脱衣所の方へと消えていった。普通に脅えているようにも見えるが、あれは新鮮な状況への興味と学園都市製のお風呂への期待により発生した行動に違いない。言うなれば、小さな子供が遊園地を前にしてとる行動と同じベクトルの行為である。

 「俺もさっさと入るかね」未だに全快ではないもののそれなりに体調は回復しているコーネリアは暖簾を潜り、脱衣所へと足を踏み入れる。半裸や全裸の男が所狭しと動き回るそこはまさに地獄絵図だが、これからその地獄絵図の仲間入りをする身としてはあまり酷い事は言えないので、脱衣所の端の方にあるロッカーを占拠し、目にも留まらぬ速さでパパッと脱衣を済ませる事にした。

 腰にバスタオルを巻き、長い前髪を手で掻き上げながら浴場へと歩いていく。途中、水浸しの子供と擦れ違ったが、保護者は一体何をやっているんだろうか。ちゃんと体の水分を完璧に拭い去ってから脱衣所に戻してほしいものである。

 

(ああ。分厚い壁の向こうじゃあ天国のような光景が広がっているというのに……ッ!)

 

 全国の性欲に素直な男子全員が夢見る理想郷に辿り付けない愚かさを嘆きつつも、コーネリアは大浴場への扉を開く。

 高層ビルの中にあるというのに、浴場に高さは感じられない。その理由は締め切られた窓にあり、強引に閉鎖的な空間を作り出す事で浴場っぽさを醸し出しているのだ。しかし、決して広いとは言えないながらも大きな浴槽が全部で三つほど展開されていて、その中では老若問わず、様々な年齢の男が恍惚とした表情を浮かべていた。

 とりあえずは汗を流す事が最優先なので、コーネリアは扉の近くの蛇口がたくさん並ぶ一角に腰掛け、ハンドルを捻る。――蛇口の根元にあるパネルに『三十六度』と表示されたのは、身体を洗うのに最も適した温度を機械が勝手に導き出してくれるという意味の分からない機能をこの蛇口が搭載しているためだ。

 

「我が家の風呂にもこの機能を搭載しようかな……いや、その前に修理が先決か」

 

 適当な事を呟きながらシャワーノズルを手に取り、金色の髪を水浸しにしていく。背後を通りかかった小学生ぐらいの子供が(姿は見えないので声で判断)「何でこんな所に外国のおねーさんがいるの?」と中々の爆弾発言を放っていたが、コーネリアはあえて無視する事にした。確かにコーネリアの外見はイギリス女性そのものだが、彼はこれでもれっきとした男なのだ。何を言われようともこの浴場から出て行く理由にはならない。

 「あれが最近流行りの男の娘というやつか……」「あんなに可愛いのに男だなんて、世界は広いなぁ」「まさに学園都市における重要文化財と言っても過言ではないのでは!?」周囲から聞こえる好き勝手な言い分にビキビキと青筋が浮かぶが、コーネリアはあくまでも冷静に身体の汗を流していく。とりあえずはさっさと頭と体を洗い、適当な風呂に逃走しよう。これ以上は耐えられん。

 ズガガガガーッ! と目にも留まらぬ速度で頭と身体の洗浄を終わらせ、コーネリアはタオルで身体を隠しながら浴槽の方へと小走りで移動する。男なのでわざわざ身体の前面を隠す必要はないのだが、三百六十度全方位からの奇異の視線を受けてしまっては、タオルで身体を隠してしまうのも極々当然の事だと思う。というか、いくら男だとしても自分の身体をジロジロ見られるのは流石に居心地が悪すぎる。

 十秒ほど歩いた位置にあった洗面器でお湯を掬い、身体にぶっかけて即座に浴槽の中へと軽くダイブ。高い水温と大きな水飛沫で頭が大きく揺られたが、まぁ大した事はなかった。

 ぶふぃー、とようやく落ち着く事が出来たコーネリアは間抜けな声を零し――そこで思わず動きが止まった。

 真横に。

 ちょうど、向いた先に。

 視線の先に、

 

 

 見覚えがありすぎるツンツン頭の少年の姿があったからだ。

 

 

「うおおおおえええか、かかかかかかか上条!? ど、どうしてお前がこんな所に!?」

 

「どうしてと言われましてもね。インデックスが盛大に給湯器を破壊してくれやがったから、仕方なくここまで来ましたー、としか言えないんだけど……」

 

 風呂に入っているのに微妙にツンツン度を保っている髪の上に畳んだタオルを置いた状態で、ツンツン頭の少年こと上条当麻はコーネリアの質問に返答する。

 と、ここでようやくコーネリアは思い出した。

 アックアが学園都市に攻めてくる日。

 上条当麻はインデックスと五和を伴い、第二十二学区の温泉施設に遊びに行く―――という原作知識を。

 

(うっへぇ……流石に覚悟はしてたが、よりにもよって今日なんかよ……ただでさえ体調が悪いってのに最悪だァ……)

 

 っつー事は、この施設から外に出た途端にエンカウントって事になるな。まだ完全に『聖人』の力を制御できるようになった訳じゃないから勝率は酷く低いが、今更逃げられる訳がないんでもうこれはマジで覚悟を決めて立ち向かうしかないっぽいです。

 最悪のタイミングで最悪な現実に気付いてしまったコーネリアは「うあー」と呻きながら頭を抱え、お湯の中に口元を沈める。

 ぶくぶくぶく……、と子供のような真似をする先輩に上条は苦笑を浮かべつつも、彼を見つけた直後からずっと抱いていた疑問をとりあえずぶつける事にした。

 

「というか、先輩が第二十二学区まで来るのって珍しいよな。なに、一人で来てんの?」

 

「いや、残念な事に一人じゃねえんだなぁこれが」

 

「え? でも見た感じ、先輩の友達の姿は見えないけど……」

 

 キョロキョロと、湯気に支配された大浴場を見渡す後輩にコーネリアは「いや、違う違う」と首を振り、

 

「天草式十字凄教の元女教皇。神裂火織ねーちんと一緒に来てんだよ」

 

「何ィッ!」

 

 直後、女子風呂に向かって全力疾走しようとした大馬鹿野郎の首根っこをコーネリアは冷静に引っ掴み、そのまま湯船に全力で叩きつけた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 手荒い新手のプロレス技によって強制的に上条をダウンさせた後、コーネリアはそそくさーっと大浴場を後にしていた。

 現在、彼がいるのは青一色に支配された第二十二学区の夜の地下街。護衛としてこの街にやって来た神裂は未だに風呂を堪能しているようで、五分ほど待機してみたが彼女からの連絡はなかった。なので一応、彼女の携帯電話に『散歩してくる』とメールを送り、今こうして茹で上がった体を冷めさせていたりする。

 ジャージの襟元を仰いで体内に風を送りながら、コーネリアは周囲を見渡す。

 南国に拡がる海のような、それでいて得体の知れない蝶の鱗粉のような、上手く言葉では説明できない青の世界。科学サイドからしてみれば『目に優しい色』という事になるんだろうが、魔術サイドにも深く関わっているコーネリアからしてみれば、頭に思い浮かぶのは別の答えだ。

 『後方のアックア』

 大天使ガブリエルの青を司り、聖人と聖母の二つを兼ね備えた最高ランクの魔術師。それと同時にイギリス最強とも謳われた傭兵であり、更には『神の右席』というローマ正教の最暗部の一角を担う者。

 そして今夜、この街に攻め込んでくる強大な敵の名前である。

 道の脇にあったベンチに腰を下ろし、上を見上げる。地下街だというのに上方には煌めく星空が拡がっていて、それはまさにプラネタリウムを彷彿とさせる。というか、実際にこれは巨大なプラネタリウムのようなものであり、地下街であっても夜空を楽しみたいという人間の欲求を形にしたまさに大発明の一つでもあるのだ。

 そんな擬似的な夜空をぼーっと眺め、そしてコーネリアは気づいた。

 周囲から、人の気配が完全に消失しているという事に。

 

「…………本当、バカでも分かるぐらいに堂々とした登場だな」

 

「前回とは違い、焦ったり驚いたりはしないのだな」

 

 声は、二十メートルほど前方から響いてきた。

 青に支配された地下街。

 その中に佇む、一つの青い人影。

 ゴルフウェアのような青系の服を身に着けた、茶髪の男。石を削り取ったような顔立ちで、目にはあまりにも強すぎる意志が篭っている。――そしてその目は、コーネリアを真っ直ぐと見つめていた。

 何かを持っている訳ではない、全くの無手。しかし威圧感は感じられる。彼は武器を必要としない程に、世界でも屈指の強さを誇っている。

 今にも傷が開いてしまいそうなほどのプレッシャーに押し潰されそうになるが、それでも虚勢を張ってコーネリアはベンチから立ち上がる。

 二人の男の、視線が交錯する。

 

「猶予は与えた」

 

「ああ。だから、お前に宣言した通り、こうしてお前の前に立ってる」

 

「今回は最初から全力で行かせてもらうが、構わぬな?」

 

「当然……と言いたいところだが、個人的にゃあ手加減して欲しいな。……まぁ、言うだけ無駄なんだろうけど」

 

「当然である」

 

 短く、簡潔に、荒々しく。

 無骨な男は無神経な男の前に立ち塞がり、無神経な男は無骨な男に立ち向かう。

 距離は、二十メートル。

 長い袖をギリギリまで引っ張り、ジャージのファスナーを一番上まで上げ、両手の指をパキポキと鳴らす。

 そして首から提げていたケルト十字をズボンのポケットに仕舞い込み、コーネリアは彼を見た。

 男と男の視線が交錯し、二人は同時に言葉を吐いた。

 

「―――行くぞ、我が好敵手」

 

「―――やってみやがれよ、この筋肉達磨が」

 

 後方のアックア。

 そう呼ばれる最強の傭兵に、コーネリアは中指を立てて挑発した。

 

 




月日「やっとそろそろアックアを出せるよー」

友人「――で、人気投票短編はいつ?」

月日「……………………んん???」

友人「いやお前、まだ自分を主人公とした短編書いてないじゃん。『とある魔術の未元物質の人(ネームは自主規制)』に憧れてるって割に、まだやれてないじゃん!」

月日「(何で人気投票もしてねえのに短編を書けと言ってるんだコイツは……)」




 ……ま、まぁ、皆さんの反応次第ですかね、投票云々は!





 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial54 戦闘開始

 結論なのですが、人気投票はやらない事にしました。

 その代わりとして、旧約編と新約編の間に、十話ぐらい、一話完結の短編を入れようかなーと思っています。

 『こんな話が見たいです』ってリクエストもちょこちょこ来ていますし、出したくても出せていないキャラとかもいますしね。

 それでは、第五十四話、スタートです。



 浜面仕上は大きく溜め息を吐いていた。

 十月九日、学園都市の独立記念日に第四位の超能力者を撃破した経歴を持つ生粋の無能力者である彼はかつて『アイテム』という暗部組織の下っ端をしていた。その組織は同日に事実上壊滅し、残ったメンバーは彼を合わせてたったの三人。その内の一人、滝壺理后という少女を命がけで護り通した浜面は、彼女の身体を侵す『体晶』と呼ばれる薬物を取り除く方法を必死に探していた――

 ――という壮大な粗筋の中で、彼は現在、第二十二学区の第五階層にいた。

 

「うぅ……全然泣けねぇし感動もしなかった映画の為に二時間……これなら滝壺の相手をしてた方が正解だった気がする」

 

 第五階層は主に映画館やゲームセンターと言った娯楽施設が集合するエリアで、彼はつい先ほど、二時間の大スペクタクル(表現に誇張表現あり)を観終えたばかりだったりする。感想は既に彼の口から零れている通りで、映画の内容をわざわざ説明する必要はないだろう。――ぶっちゃけた話、超駄作でした。

 そして、映画館の中にあるベンチに崩れ落ちるように座って溜め息を吐いている浜面の隣で「ふぉおおーっ!」と大量の映画のパンフレットを眺めて目をキラキラとさせていた茶髪の少女は、パンツが見えないギリギリの長さで調整されたセーターの裾を伸ばしながら、ジト目でやや下方から浜面の顔を覗き込み、言った。

 

「あの映画の良さが分からないなんて浜面は相変わらず超浜面ですね。そして、滝壺さんをバニーガールにクラスチェンジさせようと思っている事も、実は私は超看破済みだったりします」

 

「もう今更どうしようもねぇんだろうけどさぁ……俺ってもうバニーキャラなの? バニーガール=浜面仕上って方程式がお前の頭の中に構築されてるの? 確かに嫌いじゃねぇよ、バニーガール。嫌いじゃねぇけど毎日毎時間毎分毎秒バニーガールの事を考えてる訳じゃないからね!? 俺だってまともな事を考えてるんだからね!?」

 

「そんな超気持ちの悪い浜面に超質問です」

 

「何だよ突然という野暮なツッコミはしない。どっからでもかかって来い!」

 

「それでは質問」

 

 じゃじゃーん! とワザとらしい擬音を口にし、茶髪の少女――絹旗最愛は人差し指を立て、

 

「滝壺さんに似合うコスチュームと言えば?」

 

「断然バニーガール! ――ってコレ誘導尋問じゃねぇか卑怯だぞ絹旗テメェ!」

 

「……狙った私も大概ですけど、予想通りの解答を素でやってのける浜面も超大概ですよね」

 

 何処までいっても予想通りでしかない超浜面に、絹旗は心底嫌そうな表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 どこぞの不良少年が自身の性癖を再確認されている頃、二階層ほど上にて。

 コーネリア=バードウェイは激闘を繰り広げていた。

 

「こなくそ……っ!?」

 

 身に着けているジャージから荊を展開し、攻撃と防御、双方の役割を持つ結界を作り上げる。――しかし彼の荊は視界内の人工物にしか生やす事が出来ない為、彼の背後は必然的にガラ空きとなってしまう。流石にその欠点は術者であるコーネリアは熟知済みで、前面から展開した荊を『無理矢理』背後に伸ばす事でその欠点を何とかカバーしていた。

 そして。

 『最初から全力で行く』という言葉の通り、アックアは使い慣れている巨大な武器――金属棍棒を振り回す事で、コーネリアの防御結界を力技で蹂躙し、破壊し、殺し尽くしていた。

 

「ぬぅん!」

 

 ブォンッ! とヘリコプターのプロペラ音にも似た風切り音が響き渡り、何重にも張り巡らされていた荊の結界が無残にも引き千切られていく。『聖人殺し』という大層な効果を持っている荊ではあるが、その強度はそこら辺の森に生えている荊とそう変わらない。金属棍棒を使わずとも引き千切る事が可能な荊を撤去する事など、アックアにとってはその文字通り朝飯前な事でしかない。

 チィッ! と吐き捨てるように舌打ちし、コーネリアはポケットの中のケルト十字にちらと視線を向ける。

 

(やっぱり『荊棘領域』の展開速度と強度じゃこいつには勝てねえ……だからってこんな序盤から聖人の力に頼る訳にもいかねえし……クソッ! 五分っつー制限時間が痛すぎる!)

 

「余所見とは余裕であるな」

 

「なっ!? しまっ――ぐぶぅうううっ!?」

 

 鳩尾へと突き刺さる、弾丸のような回し蹴り。

 荊の結界を展開していた事で油断したか、アックアの攻撃がもろに直撃したコーネリアはノーバウンドで近くのビルの壁に激突した。蹴られた鳩尾と強く打った背中により肺の中の空気が一瞬にして消滅し、コーネリアは胃の中を全て吐き散らしながら必死に酸素を取り入れようと喘ぎ始めた。

 

「おぇ……ひぅ、はー! あー……!」

 

(や、べぇ……やべぇやべぇやべぇやべぇ!)

 

 一週間の修行の成果も何処へやら。圧倒的な実力差を前にコーネリアの心は今にも折れそうになっていた。――しかし、まだギリギリのところで踏ん張っている。九月三十日の時の様にすぐに諦める訳にはいかない理由が、今の彼には存在するからだ。

 痛みを和らげようと右目をギュッと瞑り、片目だけでアックアの姿を捕える。口の中は酸っぱく足はがくがくと震えているが、その瞳には未だに闘志の炎が燃えていた。

 

「先程も言ったはずだ、コーネリア=バードウェイ。――今回は最初から全力で行かせてもらう、と」

 

 傷一つ、汗一つとして見られないアックア。最初から全力という割には随分と余裕そうだな、と減らず口を叩きたかったが、激痛があまりにも酷すぎて言葉を放つ事ができない。

 これが、自分とアックアの間にある実力差。

 分かってはいた、覚悟もしていた――しかし、改めて現実として認識すると、どうしようもなく死にたくなる。

 

(火織とか上条とか天草式とかが救援にでも来てくんねえかな……一人じゃ無理だろ、これ)

 

 その中でも役に立ちそうなのは神裂火織だけなのだが、それでも誰もいないよりは幾分マシだ。攻撃を分散させれば隙も生まれるし、魔術のエキスパートである天草式がいれば多くの不意打ちも可能かもしれない。

 壁に手を当て体重を預けながら、コーネリアはゆっくりと立ち上がる。

 そんな標的を見ながら、アックアは更なる追撃を加えた。

 

「その目。救援を期待しているのかもしれないが、それは無駄な渇望である」

 

「……テメェ、天草式の本隊は」

 

「殺してはいない」

 

 コーネリアの言葉を断ち切るように、アックアは言う。

 

「私の標的は『幻想殺し』と、もう一人――コーネリア=バードウェイ、貴様だけであるからな」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 この男は本当に、心の底から、上条とコーネリアを殺しに来ている。

 壁から手を離し、ふらふらと左右に揺れながらも立ち上がる。

 もう、迷ってなんかいられない。

 体質のタイムリミットが何だ。

 魔術使用の副作用が何だ。

 圧倒的な実力差が何だ。

 絶望的な勝率が何だ。

 自分の手が届く――それぐらいに小さな幸せを護り抜けない方が、よっぽど辛いし悲しいし見っとも無ぇだろうがっ!

 

「……すまん、火織」

 

 ――もしかしたら、死んじまうかも。

 ズボンのポケットに手を伸ばし、ケルト十字の首飾りを手に取り、ゆっくりと首に装着する。

 ん? とアックアが不思議そうに眉を顰めるが、目を瞑って心を落ち着かているコーネリアは気づかない。

 動揺は敗北の元だ。

 修業期間中でさえ、成功したのは一回や二回だった。しかも、失敗の度に死に掛けていたので何処かトラウマにすらなっている恐れもある。更に言うならば、今日は体調不良であり、まともな性能が出せるかどうかも怪しい。

 だからどうした。

 俺がここでアックアに立ち向かわなくたって、火織と上条、そして天草式の連中がアックアを撃破するだろう。どれだけ傷つこうが結局は皆無事で、みんな笑顔のハッピーエンドが訪れる事になるんだろう。

 それが、この世界の宿命で。

 それが、この世界の運命だ。

 ……でも。

 でも、でも、でも。

 でもでもでもでもでもでもでもでもでもでも。

 

「『この物語()』は俺の人生だ! だったら俺のやりたい通りにやるしかねえだろ!」

 

 瞬間。

 まさに、瞬きの間での出来事だった。

 地面を蹴った、まさにその直後、コーネリアの姿が掻き消えた。

 

「なっ……」

 

 アックアの顔が驚愕に染まるが、最強の傭兵はその一瞬の間で標的の捜索を開始する。聖人である彼にとって、一秒は十秒にすら匹敵する。十秒もあれば人間一人を見つける事ぐらい造作もない。

 ――標的が人間であれば、の話だが。

 

「どこ見てんだよ、この筋肉達磨」

 

「―――――ッ!?」

 

 轟音が走った。

 大地に立っていた巨体が、大きく激しく揺れた。

 右の頬に強力な回し蹴りを決められたアックアの目は大きく見開いていて、それが、今の攻撃が彼の予想の範囲外の領域だという事を何よりも分かりやすく表していた。

 気付いた時には、目の前に金髪の少年が立っていた。

 その距離は、僅か一メートルほど。

 まさに目の前、超至近距離。

 口から血を流しながら、

 目を充血させながら、

 鼻から血を垂れ流しながら、

 体中の血管を引き裂かれながら、

 それでも、二本の脚を大地に踏み締め、この物語の主人公(コーネリア=バードウェイ)は強く握り込んだ拳を引きながら――

 

「サービスだ。一番重てェのを贈ってやんよォッ!」

 

 二重聖人の顎に、鋭く重い拳が炸裂した。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial55 愛に溺れる

 大賞用小説執筆により更新が遅れてしまいました。


 渾身の右ストレートがアックアの顎に炸裂した。

 それは『原石』としての力を封じ、制約付きの『聖人』の力に頼った、コーネリアの命がけの攻撃だった。決死の想いでようやく当てる事が出来たその拳は、彼が今繰り出せる真の意味での本気の一撃だった。

 固く握られた拳は、アックアの顎に炸裂した。

 しかし、その拳を受けても尚、アックアは微動だにしなかった。

 

「……おしいな」

 

「ッ!?」

 

「今の拳で私を沈められなかったのは、貴様にとってはあまりにも大きすぎる痛手である!」

 

 自身の顎に突き刺さるコーネリアの腕を掴み、背負い投げの要領でその巨大な体躯を細かく動かし、コーネリアを地面へと叩き付けるアックア。柔道の試合なんかでは有り触れた技だが、それを二重聖人であるアックアが放ったことにより、地面にはクレーターが、コーネリアの背中には背骨を全て砕かれたかのような激痛が走ってしまっていた。

 一瞬で、肺の中の空気が消失する。

 呼吸が出来ず、瞳孔が開き、全身を激痛が襲う。ただの背負い投げ、ただの組み敷き――しかし、そこには兵器をも圧倒するほどの威力が搭載されていた。

 ギシギシと、組み敷かれた身体から骨が軋む音が零れ出る。掴まれた腕は今にも折れそうで、コーネリアの可愛らしい顔が涙と痛みで大きく歪む。

 

「が、ぎィ……ッ!?」

 

「哀れであるな、コーネリア=バードウェイ。自身の持ち得る力を持て余した結果がこれなのだからな。貴様ほど哀れな戦士もそうはいないだろう」

 

 あえての挑発的な言葉なのだろう。アックア―――ウィリアム=オルウェルという男は人を心の底から馬鹿にすることはない人間だ。そんな男がわざわざ悪役を買って出ているこの状況は、彼を良く知るものからしてみれば異様に映る光景なのかもしれない。

 何故、アックアはわざわざ挑発的な態度を取るのか。

 それはきっと、自分を分かりやすい『敵役(ヴィラン)』にしようとしているからだ。

 アックアの本質や信条、生き方を鑑みれば、彼ほど『主人公(ヒーロー)』に相応しい人間はいない。救われぬ者に手を差し延べ、ありとあらゆる脅威をその身体一つで打ち倒し、膝を突く者達に立ち上がる希望を与える英雄のような主人公。

 彼を見た者は勇気を得、

 彼に救われた者は希望を得る。

 今は『神の右席』なんていうローマ正教の最暗部に身を置いてはいるが、傭兵でありながら『盾の紋章(エスカッシャン)』が与えられるような男だった。

 彼は、誰よりも騎士道精神に忠実だった。

 彼は、誰よりも騎士が似合う男だった。

 無骨な男は笑わない。

 不器用で無骨、それでいて慈愛に満ちているウィリアムが何故、『神の右席』に入ったのかは分からない。深い事情があったのかもしれないし、もっと単純明快な理由があるのかもしれない。

 ただ、一つだけ言える事がある。

 アックアが、ウィリアム=オルウェルが取った行動。

 『神の右席』に入るという選択は、酷く間違いだという事が。

 ギシギシと軋む腕と身体に顔を歪めながら、コーネリアは人を小馬鹿にするように鼻を鳴らし、

 

「……お前の方が哀れだっつの。ローマの犬が」

 

 言葉の直後、掴まれていた右腕が棒切れの様にへし折られた。あまりの激痛に咆哮は枯れ、零れ落ちる涙が地面を濡らす。――しかし、アックアはそれだけに留まらず、コーネリアの顔を鷲掴みにし、片手で彼を高々と持ち上げた。

 そして、一撃。

 無防備な腹部に鉄塊のような拳を入れる。胃の中が逆流しコーネリアの口から外に出ようとするが、アックアの武骨な手によって口が強制的に塞がれてしまっているため、口と胃を往復するという最悪な状態と化していた。

 そして、二撃目。

 真下から撃ち上がるようなアッパーカットが炸裂し、コーネリアの脳を激しく揺らす。眼球は飛び出そうになり、頭蓋骨が砕けたのではないかというぐらいに脳が上下左右に大きく揺れ、コーネリアの意識は一瞬の内に暗闇へと誘われてしまう。

 ぐるんっ、と眼球が裏返り、少年の身体から力が抜ける。

 

「……ここまでか」

 

 その言葉を吐くアックアは、一体どんな心境なのか。

 それは誰にも分からないし、誰にも明かされることはない。彼の心が分からない以上、彼を語る事は出来やしないのだ。

 誰にも理解されず、しかし、自らそれを望む元傭兵は不幸な人生に翻弄される少年を宙に放り、

 

「せめてもの情けだ。気絶している間に終わらせてやるのである」

 

 そこから先は、ただの弱い者いじめだった。

 原始的な暴力の音が空気を揺らし、物理的な虐殺が大地を震え上がらせる。

 ただそれだけの、あまりにも単純明快過ぎる暴力の嵐が過ぎた頃には、コーネリアは既に動かぬ屍と化していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 夜の病院は酷く静かだ。

 患者が寝静まっているのは元より、住民の半数以上が学生であるこの街において、夜の病院が騒がしくなることはあまりない。壁の外――つまりは学園都市の外なんかでは急患だ何だで朝も昼も夜も関係なく騒がしいんだろうが、この街においては、夜の病院は比較的静かなものだった。

 第二十二学区の第七階層にある病院だった。

 そこの集中治療室の一角に、『彼』は寝かされていた。

 

 全身に得体の知れない管を付けられた状態の、コーネリアが。

 

 周囲を大量の機械に囲まれた、一つのベッド。そこにコーネリア=バードウェイは寝かされていた。全身のありとあらゆる部分に何かしらの処置が施されていて、右腕には物々しいギプスが装着されている。医者からの話では『綺麗に折れているのが不幸中の幸いだった』という事らしいが、利き腕が折れている時点で彼はもう戦う事は出来ない状態にある。

 そんなコーネリアの両手を包み込むようにして握る、一人の少女の姿があった。

 神裂火織と呼ばれるその少女はベッドの傍で跪くように――それでいて寄り添うように、コーネリアの両手をしっかりと掴んでいた。

 

「…………最低です」

 

 その言葉はコーネリアにではなく、自分に向けてだ。護衛対象を護り通すどころか自分が認知していない時間と場所で戦闘が行われ、気付いた時には全てが終わっていた。絶対に護ると誓った少年が瀕死の状態で地面に転がっているのを発見した時、神裂はあまりの情けなさと悔しさで歯を全て噛み砕いてしまいそうになっていた。

 油断していた。

 あまりにも平和過ぎたから、あまりにも楽しすぎたから、油断してしまっていた。コーネリアと過ごす時間に魅了されすぎていたから、一番重要な時に彼の傍に居る事が出来なかった。

 慢心はしていなかった。

 ただ、油断していた。

 彼と出会う前はこんなに情けない人間ではなかった。もっと冷徹でもっと冷静で、それでいて重要な場面では最適な行動をとる事が出来る――そんな人間だったはずだ。

 全ては、この少年と出会ってから。

 神裂火織は、大切な人を護ろうとして、逆に弱くなってしまっていた。

 

「……私にはもう、あなたと共に生きる資格はありません」

 

 護りたかったのに護れなかった。

 護ろうとしたのに護れなかった。

 悔しくて情けなくて悲しくてどうしようもなくて。コーネリアが今にも死んでしまいそうな状態なのに、自分は傷一つ無く今もこの場で生きている。それが、そんな現実がどうしようもなく悔しくて、神裂の思考をより悪い方向へと誘っていた。

 

「……あなたが好きだった。あなたが好きだった。あなたが好きだった」

 

 好きで好きで仕方が無かった。

 立場不相応とは分かっていながらも、コーネリアの事を好きになってしまっていた。人を処分する魔術師の癖に、救われぬ者すら救えない役立たずの女教皇の癖に、誰よりも優しくて人間らしい少年を好きになってしまっていた。

 もう、一緒にはいられない。

 これはけじめだ。絶対に犯してはならない禁忌を犯した自分への罰だ。愛に溺れた情けない自分をより苦しめる為の、とても分かりやすい処刑手段だ。

 コーネリアの手から自身の手を離し、彼の頬に添える。

 麻酔によって今は寝ているコーネリアに軽い――唇を触れさせるだけのキスをし、神裂は彼に背中を向ける。

 

「ありがとう―――そして、さようならです」

 

 やるべき事が、やらなくてはならない事がある。

 けじめをつけなければならない事がある。

 集中治療室から外へと踏み出し、病院内から外へと移動する。

 新鮮な空気を感じる事も風が吹く事もない第二十二学区の人工的な夜空を見上げながら、血が流れるぐらいに拳を握り締めながら、両目から大粒の涙を零しながら、神裂火織は呟いた。

 

「あなたの為に殺します。私は今日、綺麗な自分を殺します」

 

 少女は愛に溺れる事をやめた。

 しかしそれは間違いであり、事実、少女の進む先に伸びる道は、破滅色に染まっていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial56 夢の帳で

 物語の展開上、上条さんの役割が脇役っぽくなってしまっていますが、ご了承いただけると幸いです。


 暗い闇の中だった。

 自分の腕すら見えず、足元なんかは言うまでも無く真っ暗闇。一センチ前すら真っ黒で、本当に自分の身体がここに存在しているのかどうかすら危うい状態だ。

 しかし、不思議と恐怖はなかった。

 それどころか、どこか懐かしさを覚える始末だった。

 

「……妙な感覚だな」

 

 生まれてこの方、暗闇というものに安息を覚えた事はなかった。常に脅威に脅えていた幼少期、コーネリアは夜になるたびに布団に隠れて恐怖に震えていたぐらいだ。そんな人生を過ごしてきたというのに、この安心感は一体全体何事なのか。コーネリアは暗闇の中で、在りもしない首を小さく傾げた。

 その時だった。

 黒よりも深い闇の中、夜よりも暗い闇の中。

 何かが見える訳もないそんな空間で、『彼』は何の前触れもなくただ突然に――

 

『よう、相棒。やっと会えたな』

 

 ――コーネリアの前に、現れた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第二十二学区。

 一人の少年が瀕死にまで追い込まれた場所で、二人の怪物は退治していた。

 後方のアックア。

 神裂火織。

 所属している組織は違えど、どちらも魔術界では最強クラスの聖人(バケモノ)だ。普通の魔術師では到底太刀打ちできない程の力を持った二人の聖人は人工的に造られた夜空の下で、しかし少しもロマンチックではない空気を放っていた。

 

「……まさか、こんな所で天草式の聖人と相見える事になるとはな」

 

「事情が変わったんです。私が出て来なければならない程の事を、あなたは仕出かしてしまった」

 

 七天七刀の柄を掴む手には血管が浮かび上がり、今にも千切れてしまいそうだ。それは彼女が怒っている事を示していて、その怒りがこれからアックアにぶつけられることを示唆していた。

 静かに怒る神裂を前に、アックアは嘲りの表情すら見せない。

 

「『聖人殺し』の仇討か? 『怒り』の感情は七つの大罪の一つである事を、貴様は知らないと見える」

 

「大層な魔法名を掲げていますから、それぐらいの知識は持ち合わせています」

 

 しかし――そう最後に付け加え、神裂火織は奥歯をギリィッと噛み締める。

 

「私は自分が思っていたよりも幼稚な人間だったようです。大切な仲間、愛する者。その二つが傷つけられただけの事のはずなのに、私の心は! ここまで煮えくり返ってしまっている!」

 

「天草式の聖人は戦闘を嫌う性根であると聞いていたのだがな」

 

「嫌いですよ。私は他人を傷つける事が、世界の何よりも大っ嫌いです」

 

 他人を傷つける事の愚かさを、彼女は誰よりも知っている。

 他者よりも強い力、他人よりも優れた才能。

 望んでもいないのに幸運にも手に入れてしまった最高峰の才能のせいで、彼女は傷つける必要のないものをこれまで幾度となく傷つけてきた。

 本意ではなかった。

 ただ、傷つけなくてはならなかった。

 もうそんなのは御免だ。自分の為に傷ついて、『あなたが無事で良かった』と、死の間際で笑いながら言われるのはもう嫌だ。

 コーネリア=バードウェイのように、自分の為に誰かが傷つくのはもう見ていられない。

 握り潰すように刀の柄を握り、射殺すように眼前の敵を睨みつける。

 心にあるのは巨大な怒り。命を懸けて理不尽な人生に抗おうとした少年の為に、少女は自らを怒りに支配される道を選ぶ。

 

「ぐだぐだ考えるのはもうやめにしましょう。―――黙って私に殺されなさい」

 

「聖人と戦うのは三年ぶりでな。――少しは楽しませて欲しいのである」

 

 二人の言葉がぶつかり合う。

 それが合図となり、そして始まる。

 世界に二十人といない『聖人』同士の戦いが、音も無く開始された。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、見覚えのない青年だった。

 見た目としては何処にでもいる普通の日本人男性。二十代前後と言ったぐらいか、顔にはやや幼さが残っている。何故、暗闇の中でその青年の姿が確認できているのかが甚だ疑問であったが、そんな小さな事を気にしていられるほど、コーネリアは余裕のある生き方をしてきていない。

 まずは、目の前の疑問から解き明かしていこう。

 うーん、と唸るように声を上げ、コーネリアは一つ目のクエスチョンを提示する。

 

「お前は誰だ?」

 

『俺はお前だよ。そして同時に、お前じゃない誰かでもある』

 

「…………………………………………」

 

『そんな「何言ってんだコイツぶっ殺すぞ」みたいな表情はやめてくれよ、相棒。俺は別に、嘘を吐いたつもりもお前を馬鹿にしたつもりもねえんだからな』

 

 飄々と、何処か緊張感の欠けた態度で謎の青年は言った。

 コーネリアは呆れたように溜め息を吐く。

 

「分かった。……それじゃあ、次の質問だ」

 

『ここは何処か、ってか? ここはお前の頭の中であり、世界の境界だよ』

 

「……???」

 

『わっかんねえかなぁ』

 

 分からねえよ。何処の世界にこれだけの説明で全てを理解できる猛者がいるんだよ。

 青年は頭をガシガシと掻きながら、ぽんっと露骨に両手を打つ。

 

『そうだな、もっと簡単に例えてみよう。ここは死と生の境目だ。お前は生で、俺は死。つまりはそう言う事なんだけど……理解できてる?』

 

「いや、微塵も」

 

 だよなー、と青年は肩を竦める。

 本当に何なんだろうか、この男は。いきなり現れたかと思えば詳しい事は何一つ教えてくれないし、説明を始めたかと思えば回りくどい言い方で真実を一向に伝えようとしない。というか、そもそもの話、俺は何でこんな所にいるんだろうか。何か……そう。すぐにでもやらなきゃならねえことがあるはずなんだが……。

 

『そうだ。お前にはまだやるべき事がある』

 

「……人の心を読んでんじゃねえよ」

 

『お前だけの心じゃないからな。読みたくなくても勝手に俺にまで伝わっちまうのさ』

 

「――――――、? ちょっと待て、今のはどういう事だ?」

 

『お前は質問ばっかだなぁ。少しは自分で考えてみろ。そして提示してみろよ、お前自身の答えって奴をさ』

 

 命令されるがままというのが非常に腹が立つが、他に選択肢も無いので、コーネリアは仕方なく思考の渦を展開していく。

 男はコーネリアの心を『お前だけの心じゃない』と言った。つまり、コーネリアの心と男の心は同じものであり、故に男はコーネリアの考えを自分のものであるかのように理解できている。男が精神読取系の能力者だったらこの大前提が瓦解してしまう訳だが、流石にそんなインチキまでもを考慮する訳にはいかないので、今は頭の隅にでも置いておく事にしよう。

 同じ心で、正体不明の真っ暗闇。男はコーネリアの事を『相棒』と呼び、自分たちの関係性を『生と死』で言い表した。

 コーネリアが生で、男が死。

 つまりそれは、コーネリアが生者であり、男が死者であるという事で――

 

「……ん?」

 

 ――何かが引っ掛かった。

 死んだ覚えがない以上、コーネリアは生者だ。それは男からの回りくどい説明からも分かる真実である。

 では、男が死者であるというのはどういう事だ? 男がただの死者だとして、どうしてこんな形で自分と接触する事が出来ているんだ?

 同じ心を持っている、という発言もそうだ。そんな事を言われた以上、自分と男は全くの無関係ではないという事になる。

 ……まさか。

 一つの解答が頭に浮かぶが、どうしても信じる事が出来なかった。いや、そんな、そんな事って……。

 

『何を迷ってるんだ? お前が見つけたその答えが正解だよ』

 

 ――だから、迷わずに言ってみると良い。

 頭の中に直接響くように語りかけられ、コーネリアは導かれるように口を開く。

 信じがたい真実を、言葉としてその場に紡ぐ。

 

「お前は……お前の正体は…………俺の中にあった、過去の記憶……なのか?」

 

『正確には「前世から引き継いだ記憶という名の魂」って感じだがな』

 

 まぁ、それで正解だよ。

 絶句するコーネリアの前で、しかし青年は飄々とした態度で悪戯っぽく笑っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 神裂がアックアとの戦いに向かった後、集中治療室にて。

 麻酔によって死んだように眠るコーネリアを見下ろす、一人の少年の姿があった。

 上条当麻。

 後方のアックアが学園都市にまでやって来た理由の一つであり、彼が標的としている『幻想殺し』という能力を持つ不幸な少年。科学サイドの人間でありながら魔術サイドにも深く関わる事になってしまった少年は、自分と真逆の立場である先輩の寝顔を眺め、しかし悲しげな表情を浮かべていた。

 そもそもの話。

 コーネリア=バードウェイは魔術サイド側の人間であり、上条の様に学園都市で生活している事自体が大きく間違っている。『命を狙われたくないから』という理由で学園都市に逃げ込んできたという話だが、その逃避の末にこんな状態に陥ってしまっているのだから笑えない。

 本来ならば、この場で寝ているのはコーネリアで無く上条のはずだ。

 しかし、それはここではないどこか別の世界での話であり、この世界においては、上条当麻は傷一つ無く五体満足で集中治療室に立っている。

 そして、彼の肩は震えていた。

 爪が手の平に食い込んで血が滲む程に、上条当麻は拳を握り込んでいた。

 それは怒りであり悲しみであり憎しみであり――そして悔しさだった。

 

「……俺が偉そうに言える事じゃないとは思うけどさ」

 

 運が良かった。

 ただそれだけの理由で生き延びた先輩に聞かせるように――それと同時に自分に言い聞かせるように、上条当麻は言葉を紡ぐ。

 

「何で一人で戦っちまったんだよ。少しでも、一言ぐらい……俺に声を掛けてさえくれていれば! こうはならなかったかもしれないのに! 後方のアックアがどれだけの強さを持っているのかなんて知らないけど、それでも! 少しは違う未来が実現できていたかもしれないのに!」

 

 上条当麻は人を頼らない。

 それは他人を傷つけたくないという傲慢であり、自分の力で何とかしたいという我儘から来る選択だ。だからこそ、そんな上条だからこそ、コーネリアの選択は凄く理解できる。同感は当然の事、尊敬すら覚えてしまう始末だ。

 しかし、だからこそ、上条当麻は自分以外の誰かが他人に――その中でも自分に頼らない事を酷く嫌う。

 自分勝手な事は分かっている。人のふり見て我がふり直せ、とはまさにこの事だろう。お前にだけは言われたくない、と怒鳴られるのも当然だ。

 だが、それでも嫌なのだ。

 大切な人が、自分に優しくしてくれる誰かが自分の手の届かない所で傷つくのは、どうしようもなく耐えられないのだ。

 

「……神裂は泣いてたぜ。アンタを救えなかったって、アンタを護れなかったって、神裂火織は泣いてたぜ!? それがアンタの望んでいた事なのかよ。アンタは神裂火織を泣かせないために戦っていたんじゃないのかよ!」

 

 矛盾だ、それは分かっている。これは屁理屈の押しつけだ。大人になれない子供が癇癪を起すような発言であると、重々承知している。

 だからこそ、本気なのだ。

 これこそが、上条当麻の本音なのだ。

 

「仇を取る、なんて大層な真似は俺にはできない。それは神裂の仕事だから、奪う訳にはいかない」

 

 語るように、紡ぐように、吐き出すように。

 上条当麻は後ろを振り返り、そして一歩踏み出す。

 集中治療室の外には、複数の人影がいた。数としては総勢五十人前後。その全ては服のあちらこちらを破き、肌に包帯を巻いている痛々しい状態の人間だった。

 その間を、上条当麻が通り抜ける。

 その後ろを、五十人前後の人間が追随する。

 

「だからこれは、仇討じゃない。俺達がただ、後方のアックアに喧嘩を売るだけだ」

 

 インデックスは争乱に巻き込まれない場所に移動させた。彼女には悪いが、この方法が最善なのだ。上条当麻にとって、インデックスが傷つく事こそが最も恐れる事態なのだから。

 夜の病院から、五十人規模の集団が姿を現す。

 瞳に怒りの炎を宿した彼らを率い、上条当麻は走り出す。

 

「先輩が何処までも不幸だってんなら、俺がこの手でその幻想(現実)を跡形もなくぶち殺してやる!」

 

 戦いは混迷を極め、そして物語は修正不可能な程に捻じ曲がっていく。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial57 託される想い

『そもそもの話をしようか』

 

 青年はコーネリアに宿っていた過去の記憶の結晶体だった。

 コーネリアがその答えを導き出した後、青年は飄々とした態度を崩す事無く、まるで一つの物語を語るかのように話を始めた。

 

『お前が持っている二つのチカラ。「原石」と「聖人」のチカラについての話になるが、そもそもの話、このチカラはお前だけのものじゃないんだ』

 

「???」

 

『ジ○ジョ第三部のDIOか、第五部のディアボロみたいな話だよ。DIOは身体と首で二つのスタンド――つまりは二人分の能力を発現させていて、ディアボロは二つの人格で一つのスタンドを使っていた。俺とお前の関係性もつまりはそんな感じなんだ』

 

 青年は右手を胸の前に伸ばし、そしてそこに何本もの荊を纏わせる。今更見間違えるはずがない。それはコーネリアが赤ん坊の時からずっと使い続けてきた能力『荊棘領域』によって生み出される、『聖人殺し』という副効果を持つ荊だ。

 荊が絡みついた右手を得意気に掲げ、青年は話を再開する。

 

『お前が「荊棘領域」って呼んでるこの能力だが……実のところ、これは俺がこの世界に来てから発現させた能力なんだ』

 

「……………………はぁ!?」

 

 自分の中に宿っていた過去の記憶の結晶体が発現させた能力? それってつまりはどういう事だ? 何で実体がない存在が能力を発現できるんだ? そもそもの話、それなら何で俺がその能力をずっと使い続ける事が出来ていたんだ? 一瞬の間に大量の疑問が頭に浮かび、それと同時に激しい頭痛が彼を襲う。

 くっ……、と苦悶の声を漏らすコーネリアに青年は苦笑いを浮かべる。

 

『まぁ、実のところはトンデモ理論だよな。お前という「憑代」が生まれ持っていた「聖人」としての力を、「中身」である俺が望まぬ形で抑え込んじまってたってんだから、これほど不遇で不幸で不憫な事はねえだろうよ』

 

「それじゃあ何か? お前が俺の身体で二度目の人生を送ってなけりゃ、俺は普通に聖人として最高の魔術師ライフを送れてたって事なんか?」

 

『いっえーす。ご名答だよ、相棒』

 

 へらへらと笑う青年の顔面にコーネリアの拳が飛ぶが、青年はそれを寸での所で回避し、返す刀でコーネリアの小柄な体を背負い投げの要領で投げ飛ばした。今の子棒で自分の身体をようやく把握する事が出来た訳だが、それにしても魂だけの存在に敗北する俺って凄く情けないような気が……。

 

『あはははは! 無理無理、無理だって! ここでの生活は俺の方が何十倍も長いからな。ここに来たばっかのお前じゃあ、俺に太刀打ちすらできねえよ』

 

「それでもお前を一発ぶん殴らねえと気がすまねえ訳だが……ッ!?」

 

『べっつにわざわざ俺を殴る必要はねえんだがなー』

 

「あ? それってどういう意味だよ」

 

『ん? そのままの意味だけど?』

 

 それが当然、それが当たり前。

 そう言いたげな表情でやや恍けた様子を見せながら、青年は軽い声で言う。

 

『お前が殴るまでも無く、俺はそろそろ消滅しちまう運命なんだよ』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 世界が壊れる音だけが響き渡っていた。

 金属棍棒と七天七刀。

 違う材質でありながら、異なる強度でありながら、しかしそれぞれの得物は火花を散らし、二人の怪物は音速の世界で渡り合っていた。

 いや、違う。

 二人は渡り合えてはいなかった。怒りに身を任せた神裂は冷静さを欠いているせいか、アックアの冷静で冷徹で冷酷な攻撃を前に、劣勢を強いられていた。

 

「太刀筋が野蛮であるな。極東の聖人が聞いて呆れる!」

 

「ぐぁっ……!」

 

 横薙ぎに振るわれた七天七刀を金属棍棒で弾き返し、彼女の腹部にアックアは拳を叩き込む。その拳の威力は想像を絶していて、聖人である神裂がノーバウンドで建物の壁にめり込んでしまう程の破壊力を持っていた。

 がはっ、と神裂の肺から酸素が消滅する。

 普段の神裂ならば、ここまでの劣勢は有り得なかっただろう。

 十字術式と仏教術式と神道術式。その三つを切り替える事でありとあらゆる魔術に対応し、そこに天草式の戦闘技術を加える事で敵を圧倒的なまでに撃破してきた神裂ならば、もっと互角の戦いを繰り広げられていたはずだ。

 しかし、今の彼女は冷静さを欠いている。

 コーネリアの仇を取らなければ。

 愛に溺れていた自分にけじめをつけなければ。

 アックアを殺さなければ。

 そんな人間的な感情に踊らされ、翻弄され、神裂は普段の半分の実力も出せないでいる。

 

「貴様は一撃必殺を信条とする聖人だと聞いていたのだがな」

 

「一撃で終わらせるつもりなんて、毛頭ありません……」

 

 砕けたガラスの破片を払う事もせず、神裂は七天七刀を杖代わりにしてふらふらと立ち上がる。

 

「二撃でも十撃でも十数撃でも数百撃でも数千撃でも! 私の気が晴れるまでは! グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャになるまで切り刻んで殴り潰して捻り潰さないと私の怒りは収まらないんですよ!」

 

「それは私が貴様の仲間を殲滅した事への怒りであるか? それとも――」

 

 嘲りの表情なんて浮かべず、アックアは淡々とした態度で言葉を続ける。

 

「――死にぞこないの少年の無念を晴らせない自分に対しての怒りであるか?」

 

「ッ!?」

 

 反射的な攻撃だった。

 跳躍の衝撃で地面は抉れ、刀を振り下ろす過程で風は消し飛び、金属棍棒に刃が激突した影響で空気が爆発した。聖人としての力を極限にまで使用した状態であるために既に体はぼろぼろの限界状態だったが、そんな事が気にならない程に神裂は興奮していた。

 わざわざ挑発的な態度を取るアックアに、怒り狂っていた。

 

「聖人であるあなたが身の程を弁えなかったばかりに、コーネリアは死にかけた! あなたは、あなたは、あなたはあなたはあなたはあなたは私の大事な人を殺しかけたんです!」

 

「身の程を弁えなかったのは私ではなくあの少年の方だと思うのだが?」

 

「コーネリアに聖人の力を本気でぶつければどうなるか、想像できなかったとは言わせません! あなたは結末を分かっていながら、しかしそれでもコーネリアにその力を振り翳した! ただの高校生にそのような力を容赦なくぶつけるような外道に、偉そうな抗弁を垂れる資格などありません!」

 

「そこで怒りを覚える事自体、貴様は生温いのである」

 

 己の血を使った紋様が刻まれた金属棍棒を横に薙ぎ、アックアは神裂を七天七刀ごと弾き返す。同じ聖人でもアックアはその上位互換――二重聖人だ。単純の力のぶつけ合いならば、アックアの方に軍配が上がる。

 金属棍棒を構え直し、アックアは溜め息を吐く。

 

「戦場において、戦車は一人の歩兵に対しても砲撃を見舞うものだ。戦場に紳士のマナーなど存在しない。どんな相手だろうが、どれだけの戦力差だろうが、全力を以って叩き潰すのは極々当然の事である」

 

「それはあなたの論理です」

 

「そうだな。だからこそ、私は私の論理でコーネリア=バードウェイを叩き潰した。そこに何の矛盾がある? 貴様は私の論理の中で展開された勝負に対し、貴様の論理をぶつけようとしている。その行いが無駄な事であると、貴様は何故気づかない?」

 

 アックアはそこで言葉を止め、神裂の目を真っ直ぐと見つめる。

 

「いや、あの少年に関して言えば、本気を出す必要もなかったのであったな」

 

「――――――――――ッ!」

 

 返事はなかった。

 ただ、神裂は音の速さでアックアの懐まで潜り込み、彼の頭を斬り落とさんと七天七刀を横に薙いだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「消、滅……?」

 

『時間切れって奴かな。流石に魂の方が限界みたいなんだよ』

 

 言っている事は重要な事のはずなのに、青年は大した事じゃないとでも言いたげな態度だ。それがどうしようもなく違和感で、コーネリアの心に何処か淀んだ気持ちを抱かせてしまっていた。

 

『そんなに気に病むなよ、相棒。むしろこれは喜ぶべき場面なんだぜ? 俺って言う重荷からようやく解放されるんだからな。うん、これは凄く喜ぶべき展開だと言えるだろう!』

 

「…………」

 

 何で、そんなに元気でいられるのかが分からない。消滅してしまうという事は、死んでしまうという事なのに。死んでしまったら何もかもが終わりになるはずなのに、どうしてそんなに明るくいられるのか、コーネリアには微塵も理解できないでいた。

 そんな彼の心境が手に取るようにわかる青年は溜め息と共に肩を竦め、

 

『俺はさ、ずっと楽しい事をしたかったんだ』

 

「楽しい、事?」

 

『俺の人生は酷く普通でさぁ。山もなけりゃ谷もないっていうか、超普遍的な人生だった訳よ。毎日が同じ事のローテーションで、ただただ時間を浪費するだけの日々だった。ぶっちゃけると、凄くつまらない人生だったんだ』

 

 山も無ければ谷もない。

 それは、極々有り触れた人生だと思う。平和な世界で繰り広げられる、平和で安定した暮らし。それは毎日が命がけなコーネリアからしてみれば、とてつもなく憧れる生活だ。

 だが、青年はそれをつまらない人生だと言った。

 退屈な日々だったと、真面目な顔でそう言った。

 

『そんな人生の半ばで呆気なく死んじまって、気付いた時にはお前の中で生き残ってて。……でも、お前が紡ぐ物語を誰よりも間近で見てたらさ、凄く楽しい気持ちになれたんだよ』

 

「…………」

 

『ド派手な家族事情があって、命がけの戦いがあって、可愛らしいヒロインがいて。そんな物語を「主人公」としての視点で見守ってきて、俺は満足しちまったんだ』

 

 自分の物語ではないけれど、自分がずっと憧れてきた物語に関われた事が、何よりも嬉しかった。

 そこら辺にいる脇役じゃなく、唯一無二の主人公として生きる事が出来た。

 だからこそ、彼は消滅を前にしても、満足気な態度でいられるのだという。

 

『俺の役目はもう終わった。そろそろ魂が摩耗し切って消えちまうしな』

 

「本当に、それしか道はないのか? もっと幸せな、お前が消えないで済むハッピーエンドはないのかよ!?」

 

『どうやら、お前は一つ勘違いをしてるみてえだな』

 

 ニィッ、と青年は子供のように笑う。

 

『俺はとっくに救われてんだよ。今この場でお前に言いてえ事を言って消える事こそが、考え得る限りの最高のハッピーエンドなんだ。これ以外の道はない。っつーか、俺はこれ以外の道を歩むつもりはない』

 

 コーネリアには理解できない、青年だけのハッピーエンド。救われていないように見えて実は誰よりも救われているという、矛盾を体現したかのような異質なハッピーエンド。

 多分だが、彼の覚悟は確固たるものなんだろう。今更変えようがない程に、彼は覚悟を決めてしまっているのだろう。そうなれば、コーネリアからは何も言えないし、彼を止める事は出来ない。

 

「……お前のおかげで俺は何度も生き延びられたんだ。一生かかっても返せないぐらいの恩を、お前から受け取っちまってんだ! なのに、それなのに、やっと会えたのに、そっちの都合で勝手に消滅するとか、ふざけるにもほどがあるだろうが……ッ!」

 

『お前はやっぱり優しいなー。……まぁ、だからこそ、俺が無意識にお前を憑代に選んだんだろうけどさ』

 

 青年は笑う。

 何も思い残す事はないと、全てお前に託したと、青年は邪気のない笑顔を浮かべる。

 そして、青年はコーネリアの前に右手を差し出す。

 そこには一つの光の球が乗っていた。

 見覚えはないが、どこか懐かしさがある――そんな不思議な球だった。

 

『俺はそろそろ消えるけど、その前に一つだけやっておかなきゃならねえ事があるんだ』

 

「やっておかなきゃならない事……?」

 

『ああ、そうだ。俺が消えるっつー事は、お前の中の「荊棘領域」は完全に消滅しちまうって事でもある。そのおかげでお前はこれから聖人の力を思う存分自由気ままに使うことができる訳だが、重要なのはそこじゃあない』

 

 光の球をコーネリアの胸に近づけ、青年は続ける。

 

『俺はここで、一つだけ無理をしてみようと思う。それは消滅前の俺だからこそできる無理であり、多分だが、お前にとってはプラスでしかない事でもある』

 

 そして、青年は言う。

 全てが終わり、全てが始まる。

 そのきっかけとなる言葉を、青年は口にする。

 

『残念ながら、能力開発による脳へのダメージと「前世の遺産」は俺が全部連れて行く事になる。――だけど、その代わりとして、俺はお前に「荊棘領域」を託そうと思う。「聖人崩し」としての面を失くした、ただの荊を生やす程度の能力でしかねえが、それでもお前の力にはなるはずだ』

 

「何で……何でお前は、そこまで俺にしてくれるんだよ!? 俺はこんなに身勝手で我儘で弱いのに、お前はどうして俺にそこまで……ッ!」

 

『だから言ったろ? 俺はお前に救われたって。……だから次は俺の番だ』

 

 ――次は俺が、お前を救ってみせる。

 

『「聖人崩し」の効果が無くなるからな。「荊棘領域」の効果も少し変わっちまう事になるが……それについては問題ねえだろう。お前なら大丈夫だ。お前ならきっとこの能力を掌握できる』

 

 ――そろそろさよならだな、相棒。

 

「待てよ、待ってくれよ! まだ俺は、お前の名前すら聞いてないんだぜ!? お前の事を何も知らねえのに、それなのに、このままお別れなんて……っ!」

 

『なーに、心配は要らねえさ』

 

 そう言って、青年はコーネリアの胸板に光の球を押し込み――

 

『どうせ俺の事なんてすぐ忘れる。過去なんて覚えてるだけ無駄だからな。――だから、お前はお前の未来を進め。それが、お前が俺に対してできる唯一の恩返しだよ』

 

「ちょっ……待っ――」

 

 ――そして、そして、そして。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 気付いた時には、真っ白な天井を見上げていた。

 目尻が熱く、頬が熱く――そして、何よりも胸が熱かった。

 軽い眩暈を覚えながらも、身体中に取り付けられた管を引き剥がし、ベッドから床へと飛び降りる。

 夢を見ていた。

 既にうろ覚えで内容の概要すら危ういが、それでも、凄く大切な夢を見ていた。――二度と手に入らない大切な何かを失う、そんな夢を見ていた。

 右手を上げ、拳をギュッと握る。――素肌に絡みつく様に、数本の荊が現れた。

 左手を上げ、拳をギュッと握る。――自分の身体とは思えない程の力が漲っていた。

 病衣を脱ぎ、ベッドの傍に置かれていた自分の衣服を身に纏う。

 そして目尻に浮かんでいた涙を拭い、少年――コーネリア=バードウェイは集中治療室を飛び出す。

 

「救われた命だ。いろんな人に支えられた命だ。だから無理はしたくねえけど、それでもやらなきゃなんねえ事がある。『どこの誰かも知らないキザ野郎』から託された物語を、全力でハッピーエンドへと向かわせなくちゃならねえ」

 

 目的地なんて端から決まっている。

 今頃、コーネリアの為に戦っているであろう少女、そして、自分以外の人間が傷つくのは見たくないからと拳を握る少年。他にも救われぬ者を救う為に武器を手に取る集団もいるかもしれない。

 その全てを、俺は救う。

 『彼』が俺を救ってくれたように、俺もまた、あいつらを救わなくちゃならない。

 

「もしも、この世界が俺達に牙を剥くってんなら。理不尽で不遇で不憫で不幸な展開をお望みだってんなら」

 

 拳を握り、立ち向かえ。

 最高のハッピーエンドを実現する為に、大切な人を泣かせないために、その拳を振り翳せ。

 

「まずは、その運命を乗り越える事から始めよう!」

 

 さぁ、戦え。

 一人の少女と新たな物語の為に、託された力で理不尽な運命を乗り越えろ。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial58 少女の抵抗

 応募用原稿の執筆に集中していたため、更新が滞ってしまいました。

 約一か月半ぶりの更新で話を忘れてる方も多いでしょうが、その時は第一話から読み返せばいいんじゃないかな(ゲス顔)


 戦況は最悪だった。

 冷静さを欠いた、怒りに身を任せた戦法はアックアには微塵も通じず、ただただ赤子の捻るかのように神裂は軽くあしらわれていた。同じ聖人なのにここまでの差がつくのか、という疑問が浮かぶまでもない、圧倒的な蹂躙がそこには生じていた。

 

「がっ……ぐっ……!」

 

 七天七刀を杖代わりに、倒れそうになる身体をギリギリのところで支える神裂。顔は大きく腫れ上がり、骨の何本かは確実に折れてしまっている。目には力が無く、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうな状態だ。

 そんな神裂の前には、ほぼ無傷な状態のアックアが。

 金属棍棒を肩に担ぎ、アックアは鼻を鳴らす。

 

「この程度であるか。極東を代表する聖人だと聞いていたが、中々に期待外れだったな」

 

「……これ、が、私の限界だと、決めつけられるのは……心外です」

 

「既に満身創痍の癖に口だけは達者であるな。まだ実力の差が理解できていないと見える」

 

「実力の差なんて関係ありません……そんなもので勝敗が決まる程、この世界は単純じゃない……っ!」

 

 一人の少年を知っている。

 どんなに圧倒的な実力の差を前にしても、決して折れず、諦めず、ただ自分の手の届く範囲の幸せを護る為に立ち上がり続けた――そんな少年を知っている。

 世界の誰よりも不憫な境遇で、

 世界の誰よりも不遇な環境で、

 世界の誰よりも不幸な人生で。

 しかし、その少年は世界の誰よりも一生懸命に、目の前の理不尽な運命を乗り越えようと必死だった。

 心を打たれた。

 その必死さに、その姿に、心を動かされた。誰かを悲しませないためにと戦って、結局その誰かを悲しませてしまって、いつも苦悩し後悔し、最後には謝罪の言葉を口にする情けない姿に、心の闇が打ち払われる気分になった。

 実力の差は、勝敗の決定にはならない。

 最後まで諦めない事。

 大切なものを護る為にどれだけ立ち上がれるか。

 それこそが、勝敗を決する重要な要因なのだ。

 

(……そう、か)

 

 ここで、ようやく気付く事が出来た。

 怒りに身を任せてただ闇雲にアックアを殺そうとしていたのは、ただの間違いだという事に。あの少年はただの一度も怒りに身を任せて戦った事はなく、ただ我武者羅に、自分とその周囲の命を守る為だけに戦っていた事に。

 間違っていた。

 怒りによる復讐は何も生まない。確かに怒りは身体のストッパーを解放するファクターであるが、だからといって、それに身を任せて戦えばいいということにはならない。

 誰かの為に戦え。

 救われない者に救いの手を差し延べるために、全力で戦え。

 それが、コーネリア=バードウェイの背中から学んだ、本当の意味での戦う理由であるはずだ。

 七天七刀を杖代わりに、少女はその場に立ち上がる。決して倒れず、諦めず、そして折れない少年のように、神裂火織は後方のアックアという怪物の前に再び立ち塞がる。

 勝てる見込みは少ない。

 相手は聖人で、しかも聖母としての素質を持つ二重聖人だ。その力はまさに魔術界随一であり、一端の聖人である神裂ではせいぜい互角以下の戦いを繰り広げるぐらいが関の山だろう。

 だが、それがどうした。

 自分よりも格上の敵を前に諦めなかった少年がいる。不幸で不遇で不憫な人生を与えられても尚、決して折れなかった少年がいる。

 ただ、同じことをやればいい。

 決して諦めず、絶対に倒れず、断じて折れない。

 刀を握り、道を切り拓く。――それだけでいい。

 

「……む」

 

 神裂が身に纏う空気が一変したのをアックアは感じた。

 先程までが粗い刃だとするならば、今の彼女は研ぎ澄まされた鋭い刀だ。まさに侍、一撃必殺を司る聖人に相応しい気迫。怒りを捨て、正しい何かを掴んだ瞳が、アックアを真っ直ぐと捉えている。

 ―――面白い。

 挑発的な態度を繰り返していたアックアの頬が、微かに歪む。好敵手であるコーネリアの時ほどではないにしろ、同じ聖人である神裂火織が本来の強さを発揮してくれそうなこの気配。まさにそれはアックアにとっては嬉しい誤算であり、互角の戦いを繰り広げる上では必要不可欠なスパイスとなっていた。今までのような蹂躙劇を楽しめる程、アックアは歪んだ人間ではない。戦いは常に互角かそれ以上。圧勝と完敗はクソ喰らえだ。

 金属棍棒を構え直し、無骨な顔を彼女に向ける。

 二人の聖人が再び視線を交錯させる。

 そして、二人の聖人は再び刃を交錯させた。

 

「っ」

 

「っ」

 

 それは音速の世界だった。

 二人の姿は闇に消え、音だけが戦いの流れを教えてくれる。普通の人間では絶対に辿りつけない領域の戦闘。努力や修練では決して到達する事の出来ない才能の世界が今、学園都市で繰り広げられている。

 金属棍棒と七天七刀が火花を散らし、金属音を奏で、互いの身体を打ち合う。痣と傷が増えていくと共に、二人の聖人の戦いは激しさを増していく。

 アックアが金属棍棒を横薙ぎに振るい、それを神裂が背中を大きく逸らして回避し、ムーンサルトの要領でアックアの無骨な顎を蹴り上げる。アックアは持ち前の頑強さでこれに耐え、神裂の脚を掴むや否や、彼女を地面に思い切り叩き付けた。

 直後、地面に巨大なクレーターが現れた。

 叩きつけられた神裂を中心に、放射状に砕けていく人工的な大地。あまりの激痛に視界の中を星が舞い、肺の中の空気が一瞬で放り出されるのを神裂は感じた。いくら空気を吸っても呼吸困難の苦しさが続き、意識が急速に朦朧さを増していく。

 だが、彼女は諦めない。

 混濁とする意識の中、神裂は七天七刀から手を離し、アックアの脚に食らいつく。丸太のようなその足を両手で抱えるようにして掴み、まるで子供の喧嘩のように我武者羅に、その巨体を無理やり地面に転がせた。

 ズゥゥゥゥン、と大地が揺れ、無骨な男が背中から地面に叩き付けられる。

 優雅さなんてどこにもなかった。

 ましてや、戦いの美学なんてものも存在していなかった。

 あるのはただ、勝利への執念だけ。一人の少年がずっと護り続けてきた世界を護る為に、一人の少女が目の前の勝利に向かって我武者羅に突き進んでいるだけ――そんな光景が、人工的な夜空の下で繰り広げられていた。

 アックアの上に馬乗りになり、彼の鼻っ柱を殴りつける。固く握られた拳が命中した鼻骨から、ぐしゃりという破砕音が鳴り響くも、アックアは痛がる素振りも見せずに彼女の腹を下から蹴り飛ばす。

 少女の身体が宙を舞い、受け身も取れずに地面に顔面から叩きつけられた。

 

「がはっ……うぷっ、おええええっ! あぐっ、うぶぅっ……」

 

 胃の中から込み上げてきた吐瀉物を撒き散らし、目尻から涙を流す東洋の聖人。脚はがくがくと震えていて、両手は力なく地面の上に放り出されている。立とう立とうと神裂は悶えるが、身体が言う事を聞いてくれない。腕は動かず足は動かせず、おまけに身体の芯から全ての力が抜けていた。

 聖人の力なんてもうどこにも残っちゃいなかった。

 聖人の力の酷使に身体が耐えきれなかったんだろう。全身から血が噴き出し、左目に至っては視界が完全に真っ赤に染まってしまっていた。口の中は鉄の味しかしないし、鼻から大量の血が垂れ流しにされている為に呼吸困難に拍車がかかってしまっている。

 もう、動けない。

 でも、動きたい。

 意識はまだ勝利を諦めてはいないのだが、如何せん身体の方がついてきてくれない。それもそのはず。彼女の身体は既に臨界点を突破していて、意識が途切れていないのが逆に不思議なぐらいに酷使されているのだ。こうして立ち上がろうと必死に慣れている事自体、最早異常事態と言えよう。

 アドレナリンが大量に分泌されているのか、不思議と痛みは感じない。感じないからこそ、自分の身体が動かせないのが不思議でならない。まだ動く、戦える。何度も何度もそう言い聞かせるが、身体は一向に動いてくれない。

 

「うご、け……動け、動け動け、動いてください、私はまだ、コーネリアの為に、動いてよ……」

 

 意識が朦朧としているのか、神裂の口から支離滅裂な言葉が吐き出される。無事な右目でさえも虚ろな状態となっていて、とてもじゃないがこれ以上戦えるコンディションとは言えない。すぐに意識を失う方が身体の為だ。

 

「……終わりであるな」

 

 そんな彼女の前に、無骨な男が立っていた。

 手には巨大な金属棍棒。鋭い目は彼女を上から見下ろしていて、一文字に結ばれた口からは様々な感情が窺える。騎士になり損ねた傭兵崩れのごろつきは、一人の少年の為に我武者羅に戦った少女に何を想っているのか。その答えが彼の表情には表れている。

 金属棍棒を天に振り上げ、アックアは神裂に言う。

 

「貴様はよく戦った。あれだけの実力差を前に私を大地に寝かせられたのであるからな」

 

「あなたになんか、褒められたくないですよ……称賛なんて、クソ喰らえです……」

 

「そうか。私としても、これ以上無駄な時間は過ごしたくないのである」

 

 無駄な時間。

 上条当麻とコーネリア=バードウェイ、この二人の少年を標的としてアックアはこの街にやって来た。その内の一人、コーネリアの撃破は既に達成済みで、残されているのは上条当麻――いや、『幻想殺し』の奪取のみ。それ故に、標的でも何でもない神裂との戦闘はまさにタイムロスにも等しいと言える。

 だが、改めてその現実を再認識すると、悲しすぎて笑えてくる。あれだけの努力が、あれだけの奮闘が、あれだけの抵抗が、全くの無駄、タイムロスだと言われてしまうことが悲しくて仕方がない。

 きっと、コーネリアもこんな気持ちだったんだろう。

 様々な敵と戦ってきて、大した力も持ってないが故に何度も何度も死に掛けて。抵抗したところで時間の無駄だと、無抵抗で殺される事が一番最良な道なんだと、理不尽な現実を何度も何度も突きつけられてきたんだろう。―――何度も諦めたくなったんだろう。

 しかし、彼は一度たりとも諦めなかった。

 コーネリアは絶対に諦めなかった!

 

「わ、たしも、あきらめない……例えこの身が焼き消えようとも、叩き潰されようとも、私は、私は、絶対に諦めたりなんかしません……!」

 

「…………」

 

 返されたのは、重い沈黙。

 喜怒哀楽の欠片もない完全無欠の無表情を浮かべながら、後方のアックアは金属棍棒をただただ静かに振り下ろす。

 思わず、神裂は目を瞑ってしまった。

 轟音が学園都市に鳴り響き、空気と大地が大きく揺れる。

 しかし、何故か神裂の身体を激痛が襲うことはなかった。もしかしたら痛みを感じる前に死んでしまったのかもしれない――そう思ったが、意識と身体の感覚がある以上、その考察には些か無理があるとすぐに分かった。

 そもそもの話、アックアの攻撃は神裂を捉えていなかった。

 それどころか、神裂はアックアの前に倒れてすらいなかった。

 

(なに、が……?)

 

 恐る恐ると言った風に、ゆっくりと瞼を開く。

 

「ったく……ここまでボロボロになりやがって。そんなに俺が大事なのかよ」

 

 金髪の少年が立っていた。

 眠そうでいて怠そうな印象を持つ碧眼。男のくせに顔立ちは女らしく、華奢な身体が更に彼を女性的にしてしまっている。神裂を抱き上げてはいるものの、その身体は男にしては比較的小柄な方だと言える。

 金髪の少年が立っていた。

 イギリス最強の魔術結社『明け色の陽射し』のボスを実妹に持ち、聖人と原石の両方を生まれ持ってしまったばかりに不遇で不憫で不幸な人生を強いられる事となってしまった少年が、神裂の身体を抱き上げていた。

 少年は言った。

 神裂をゆっくりと下に降ろしながら、少年は言った。

 

「遅くなってゴメンな、火織。ちょっと寝過ごしちまったんだ。でもまぁ、許してくれよ? ヒーローは遅れてやって来るもんなんだからさ」

 

「っ」

 

 彼の声を聴くだけで、目頭が熱くなる。

 彼の目を見るだけで、心臓が痛くなる。

 彼の姿があるだけで、身体が軽くなる。

 ぽろぽろと涙を流し、目を真っ赤に充血させながら、神裂はくしゃりと顔を歪め――

 

「……待たせすぎなんですよ、馬鹿野郎」

 

「何てったって、俺はお前だけのヒーローだからな」

 

 ――運命を乗り越えるための一歩目がまさに踏み出されようとしていた。

 

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial59 四人目

 コーネリア=バードウェイ。

 そう呼ばれる少年が、再び前に現れた。それも今までの彼とは違い、強き覚悟と確固たる意志をその瞳に宿している。かつての彼が弱者ならば、今の彼は強者――まさにヒーローと呼ぶべき存在となっていた。

 痣や切り傷だらけの神裂を地面に降ろし、コーネリアはアックアに向き直る。

 透き通った碧眼で、無骨な男を真っ直ぐ見据える。

 

「在り来たりな台詞ではあるけれど……俺の女が世話になったな、アックア」

 

「…………」

 

「ふぁっ……!?」

 

 『俺の女』という言葉にアックアは無言を貫き通し、神裂はしゅぼっ! と顔を紅蓮に染め上げた。彼の中の何かが変わったのは分かるが、これは流石に変わり過ぎではなかろうか。かつてのヘタレなコーネリアは一体どこへ行ってしまったのか、神裂を『俺の女』呼ばわりする事に躊躇いの一つも覚えていないように見える。

 真っ赤な顔でもじもじと悶える神裂が見守る中、二人の男は人工的な星空の下、対称的な空気をぶつけ合う。

 

「あれだけ痛めつけられておいて、まだ諦めないとは大したものであるな」

 

「痛いのには変わりねえんだけどな。見ての通り、お前に折られた右腕は使い物にならんよ」

 

 言いながら、アックアに見せつけるようにして右腕をプラプラと振る。ギプスに覆われた右腕は何とも痛々しく、戦闘では役に立たないことを分かりやすく示していた。これで彼が左利きだったらまだ良かったのだろうが、残念ながらコーネリア=バードウェイは生まれた時からの生粋の右利きである。

 コーネリアは首の関節を鳴らしながら、

 

「一発は一発だかんな。お前が俺の右腕を折ったんだから、同じだけのダメージは負ってもらうぜ?」

 

「子供のような理論であるな。――だが、面白い。その理論を押し通したいのなら、自分の実力でこの腕をへし折ってみせるがいい」

 

「力加減をミスって両方持って行っちまっても文句言うんじゃねえぞ?」

 

 人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ、わざとらしく肩を竦めるコーネリア。

 無表情と不動立ちを貫き通し、ただただ金髪の少年を見据えるアックア。

 それが、最後のやり取りだった。

 人工的な空と壁に覆われた第二十二学区に風は吹かない。故に、戦いが始まるきっかけとなったのは、神裂とアックアの戦闘によって生み出された瓦礫が落ちる音だった。

 ガタッ、というイレギュラーな音が鳴り、二人の男はほぼ同時のタイミングで地面を蹴った。

 

「っ!」

 

「っ!」

 

 少しだけ、アックアの方が速かった。

 それは聖人としての歴史が深い事が関係しているのだろう。たった一歩の前進で十メートル以上もの距離を詰めたアックアは金属棍棒を横に振るい、空気ごとコーネリアの身体を薙ぎ払いにかかる。それはもはや砲弾や銃弾に近い速度であり、並の人間が喰らえば消し飛んでしまう程の破壊力が込められた一撃だ。あまりの衝撃に冷静な判断を失い、ズタズタの肉塊に代わってしまっても誰も文句は言えないだろう。

 だが、その一撃にコーネリアはあくまでも冷静に対処した。

 金属棍棒が直撃する一瞬前、その小柄な体躯を更に縮こまらせ、寸での所でアックアの攻撃を回避。しゃがみ込む際に膝に溜め込んだバネを一気に解放し、返す刀でアックアの顎に渾身のアッパーカットを叩き込んだ。

 

「が、ァ……!?」

 

 初めて、アックアの身体が大きく揺らいだ。

 それは純粋にコーネリアの攻撃が強かったからではない。

 コーネリアの攻撃に対し、今まで通りの威力だろう、とアックアが油断していてしまったからだ。

 口から血を吐き出しながら、アックアは崩れたバランスを根性と意地で立て直す。ズゥゥゥン、という振動が第二十二学区に響き渡り、大地が大きく揺れ動いた。この戦いのことを知らない人々からしてみれば、地震が発生したとしか思えない程の揺れであろう。それほどまでの力を込めて、アックアは倒れそうになるのを防いだのだ。

 しかし、それは同時に、彼に隙を与えてしまっていた。

 そして、そんな好機を、少年が見逃すはずもなかった。

 

「お前の力はこんなもんだったか? 後方のアックア!」

 

「ぬ、ぅぅ……!」

 

 放たれた右ストレートが、アックアの鋼鉄の筋肉を潜り抜け、鳩尾へと炸裂する。折れているから戦いには役に立たないというのはあくまでもブラフ。聖人としての回復力によって既に骨は繋がっている。そもそも彼は人並み外れた回復力を持っていた。聖人として覚醒した今、その回復力は並の聖人とは比べ物にならない程に高性能なものとなっている。

 放たれた右拳が、減り込み、抉り込み、アックアの内臓を外部衝撃だけで損傷させていく。通常の人間の力では成し得ない、聖人としての力を駆使したからこその一撃が、後方のアックアに確実なダメージを負わせていた。

 そして、二発目の拳が、アックアの鼻っ柱に叩き込まれる。

 続いて三発目、更には四発目。

 五発目六発目七発目八発目九発目十発目――――――目にも留まらぬ速度で拳が放たれ、その度にアックアの身体が大きく揺れる。

 明らかに、今までのコーネリアとは一線を画していた。

 それはアックアへの圧倒っぷりだとか、攻撃の威力だとか、運動速度だとか、そういう単純なものだけの話ではない。

 聖人の力の行使時間。

 コーネリアとアックアの戦いがちょうど五分を過ぎた辺りで、神裂はようやくその異常性に気付いていた。

 

(コーネリアの聖人としての行動制限時間は五分きっかりのはず。それなのに、何故……っ!?)

 

 彼女は知らない。

 コーネリアがとある別れを経験し、本来の力を取り戻している事を。

 彼女は知らない。

 聖人としての力だけでなく、元々の彼の代名詞となっていた能力の方も大きく変化している事を。

 

「ッ」

 

 声は出ない。

 だが、確かに、アックアは掴んだ。

 調子に乗って何発も何十発も何百発も攻撃を叩き込んでいたコーネリアの拳を、アックアは満を持して掴み取った。この少年に何があったのか、何がこの少年をここまで変えたのか、それについては知らないし詮索する気もない。だが、だからと言って、これ以上、青臭い子供に好き勝手やられる訳にはいかない。

 言葉はない。

 ただ、腕に力を籠めた。

 振り上げた腕を少年の顔面に向かって叩き付けた。

 ただそれだけのことだった。

 ただそれだけのことをして、アックアの顔に浮かぶのは疑問の表情だった。

 そもそも、彼は少年の顔面を殴り飛ばしてすらいなかった。拳は少年にまで達さず、腕はピクリとも動いちゃいない。――ピクリとも動いていない?

 

「ま、さか……」

 

 理解した直後、右腕に激しい痛みが走った。それは刀で斬られたとか鈍器で殴られたとか、そういう類の痛みではない。何か小さな針のようなものが、数えきれない程の無数の棘のようなものが、腕に食い込むようにして刺さっているかのような――――ッ!?

 

「もう、かつての力はないんだけど、さ」

 

 コーネリアの声が、アックアの鼓膜を震わせる。

 しかし、アックアは彼の方を振り返らない。――いや、振り返れない。

 アックアの目は、自分の身体に発生した異常事態に釘付けになっていた。自分の力では絶対に為し得ない、コーネリア=バードウェイという少年にしか許されていない異常事態を、アックアはその目でしかと見つめていた。

 右腕に絡みついた、無数の荊。

 『荊棘領域』

 またの名を『聖人殺し』という能力だったはずなのだが、何故かかつてのような脱力感はなかった。聖人としての力は抑え込まれておらず、身体が怠いだとか全力が出せないだとか、そういう類の服効果は感じられなかった。

 ただ、荊の強度が上がっていた。

 そして、何故か素肌を苗床にして、太く頑強な荊が出現していた。

 

「『聖人殺し』は死んだ。お前の腕に絡みついてんのはただの荊でしかない。ちょっと苗床対象が変わって、ちょっと頑丈さが変わっただけの、至って普通で何の変哲もない荊でしかない」

 

「ッ」

 

 気付いた時には、全身に荊が絡みついていた。

 右腕だけならず、左腕も。両脚は地面に縫い付けられていて、そこから延びた荊が身体を完全に拘束してしまっている。聖人としての怪力を駆使しても、何故か荊には傷一つ入らない。

 どう考えてもただの荊ではない。聖人が引き千切れない荊が、何の変哲もない普通の植物であるはずがない。何か裏が、何かトリックがあるはずだ。『聖人殺しは死んだ』というのは実はブラフで……

 

「無駄だよ、アックア」

 

「なん、だと……?」

 

「考えたって無駄だ。これは理論や推論でどうこうできる問題じゃない。その荊は『とある大馬鹿野郎』が最後に残してくれた最高の贈り物だ。自分の命を、自分の魂を危険に曝しながらも俺に託してくれた、最高の贈り物なんだ。俺達みたいな未熟者が引き千切れるほど、この荊の魂は軟じゃない」

 

 荊がアックアの身体を覆い尽くしていく。既に視界は塞がり、彼の目には金髪の少年の姿は映っていない。

 

「それに、『聖人殺し』がなくたって、荊が『聖人』の弱点であることには変わりはないんだ。桂冠に弱く、槍に弱い。そんな聖人の性質までもは変わらない。だから、お前にこの荊を引き千切る事は出来ないよ、アックア。お前が聖人である事をやめない以上、お前は俺には勝てないんだ」

 

 それは、彼の口から告げられた、初めての勝利宣言だった。

 圧倒的な敵、強大な好敵手。神の右席が一人で、イギリスを代表する最強の傭兵。

 ウィリアム=オルウェルに対する、コーネリア=バードウェイの初めての勝利宣言だった。

 

「お前は強いよ、俺なんかよりもずっと強い。もしかしたら世界で一番強いかもしれない」

 

 だけど、それでも、俺は負けない。

 とある少女の笑顔を護る為なら、可愛い妹達の笑顔を護る為なら――周囲の小さな幸せを護る為なら、俺は絶対に敗北なんかしない。

 『Tuentur444(小さな幸せを護り通す者)』という魔法名を刻んだ者として、もう二度と、絶対に負けることは許されない。

 だからこそ、後方のアックアという最強の男になんか、絶対に負けてやるものか!

 

「ありがとう、アックア。お前のおかげで俺は変われたよ。お前のおかげで大切なものを失い、大切な人を護るための力を取り戻す事が出来た。――だから、俺はお前に感謝してるんだよ、アックア。本当にありがとう」

 

 寒気がした。

 荊に覆い尽くされた視界の中で、アックアが感じたのは得体の知れない寒気だった。

 この少年はきっと、壊れてしまっているのだろう。大切な人を護りたい。そんな欲求を叶えるために、少年は自らの意志で壊れてしまったのだろう。

 それは、人間である事を捨てたと同義だ。人の為なら自分の命なんて簡単に捨てられる――そんな考えを持ってしまった時点で、そいつは既に人間である事をやめている。

 

「……面白い」

 

 アックアは笑っていた。

 荊の中で、全身を無数の針に貫かれながら、それでもアックアは笑っていた。

 

「コーネリア=バードウェイ、面白い男である! その名は生涯、我が胸に刻むに値するものとする!」

 

「そうかよ。そりゃあまったく光栄じゃねえわ」

 

 そして、少年は拳を握っていた。

 折れた右腕ではなく、左の拳を、少年は握り締めていた。

 度重なる敗北を、嫌というほど嘗めさせられた辛酸を、その拳に宿しながら。

 

「俺の人生は最高にハードモードだ。運勢は最悪、運命は災厄。人は俺に同情し、世界は俺に牙を剥く事だろう」

 

 だが、それがどうした。

 

「もしも、世界があくまでも俺の敵だというのなら。もしも、不幸で不遇で不憫で不運な運命が俺に襲いかかってくるというのなら――」

 

 握った拳を振り上げる。

 その瞬間、アックアに纏わりつかせていた荊を消滅させ、無骨な男を解放する。

 男は笑っていた。

 傷だらけで、ぼろぼろで、しかし、アックアは――いや、ウィリアム=オルウェルは笑っていた。

 だから、コーネリアも笑い返した。友情はない、愛情もない――しかし、感謝の気持ちを抱きながら、少年は満面の笑みを浮かべる。

 そして、彼は口にする。

 ヒーローになる為の足掛かりを、四人目の語り部になるための言葉を、金髪の少年は口にする。

 

「――まずは、その運命を乗り越える事から始めよう!」

 

 轟音が響いた。

 渾身の一撃が鼻っ柱に直撃し、無骨な男は宙を舞う。新たな聖人の拳が炸裂した二重聖人は人形の様に殴り飛ばされ、金属棍棒が彼の手からぶっ飛んだ。

 男は、人工的な湖に頭からダイブし、そしてそのまま動かなくなった。

 『聖人崩し』でも『天草式十字凄教』でも『上条当麻』でもない。

 コーネリア=バードウェイという一人のヒーローが、後方のアックアという強大な敵を屠った。

 ただそれだけの、簡単な話だった。

 

 




 カミやんと天草式の皆様、まさかの出番なし!

 アックア強襲編は次回で終了です。


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 次回もお楽しみに!


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Trial60 終わりと始まり

 コーネリア=バードウェイが目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 またか、と呟きながら起き上がろうとするが、直後に全身を激痛が襲い、真っ青な顔でぴくぴくと痙攣する羽目になってしまった。いつ死んでもおかしくないほどの重傷を負いながらも聖人の力を行使したのだ、これぐらいのフィードバックは当然の結果だと言える。これだけ身体を酷使しておいて普通に起き上がれる方がどうかしている。

 ぼふぅっ、とベッドに身体を預け、周囲を見渡してみる。そこは最早見慣れた個室であり、自分が第七学区の病院に入る事がすぐに分かる光景だった。第二十二学区からわざわざ第七学区の、しかも凄腕の医師であるカエル顔の医者の病院にまで運ばれている――そんな現実を前にして、実は結構マジにヤバい状況だったんじゃないかと今更ながらに背筋に寒気を覚えてしまう。

 

「……でもまぁ、死なずに済んで万々歳だよな」

 

「バカは死んでも治らないと言いますし、いっそ死んでしまった方が良かったのではないかとも思いますけどね」

 

 そう言ったのは、ベッドの傍のパイプイスに座っている神裂火織だ。見舞客用に用意されたそれに足をぴったり揃えて腰を下ろしているところなんか、なんとも律儀な彼女らしい。

 罵倒を交えた軽口を放つ神裂に文句を言おうとするが、それよりも前に彼女が湿布や包帯のお世話になっている事に気付き、コーネリアは思わず彼女の顔に手を伸ばした。

 そして再び舞い降りる、激痛の嵐。

 

「うごおああああああああ…………っ!?」

 

「あなたは一人で何をやっているんですか……」

 

 脂汗を流しながら悶え苦しむコーネリアに神裂は苦笑を浮かべる。

 五分間ほど涙を流したところでようやく激痛が和らぎ、コーネリアは改めて神裂との話を始めることにした。

 

「にしても、あのアックアを倒しちまっただなんて信じられねえよなあ。二重聖人だぜ二重聖人? 火織の上位互換的な難敵をこの俺が倒しちまったんだ、もしかしたら夢なのかもしんねえな」

 

「サラッと私への意趣返しを含ませる辺り、本当に無事なようですね。死ねばいいのに」

 

「死地を命がけで乗り越えた奴に言う事がそれかよ! 流石に酷くねえ?」

 

「私に頼らず一人で全てを終わらせてしまったあなたがそれを言いますか」

 

「うぐっ。図星過ぎて何も言い返せねえ……」

 

 神裂からしてみれば、コーネリアが取った行動は無謀の一言でしかない。聖母と聖人、二つの体質を持ち合わせるアックアに殺されかけていながら、瀕死の重態で勝利を拾ったことは確かに凄い。しかし、だからと言ってそれを称賛できるかと言えば、首を横に振るしかなくなる。自分の大切な人が無謀で無茶な行動をとる事を何よりも怖れる神裂にとって、今回のコーネリアはまさにその恐怖対象でしかなかったのだろう。

 だから、こうして怒っているのだ。

 憤怒はしていない、激怒もしていない。だが、怒りは覚えている。頼りにされなかった事に対してではなく、自らを危険に曝したコーネリアの行いに対し、神裂は腹を立てているのだ。

 仕方が無かったんだ、という言い訳が浮かんだ。しかし、それは口にするべきではないとすぐに悟った。悪いのは自分だ。彼女に責任を感じさせるような物言いをするのは、流石にお門違いというものだ。

 だから、コーネリアは目を伏せ、謝罪の言葉を口にした。

 

「……ごめんな、火織。心配かけちまった」

 

「……言い訳でもしようものなら殴り飛ばしてやろうと思っていたんですけどね」

 

「それは流石に勘弁してくれ。マジで死んじまうから」

 

「フフッ。冗談ですよ」

 

 そう言って笑う神裂に、コーネリアは思わず頬を朱く染めてしまう。

 ――やっぱり、綺麗だよな。

 彼女は綺麗だ。顔立ちが整っているということもあり、凄く綺麗に感じてしまう。まさに物語のお姫様を現実に引っ張り出してきたらこんな感じになるんだろう。まぁ、乱暴なところや強いところなんかは姫というよりも女騎士のそれだが、それでもやっぱりお姫様の様に綺麗な事には変わりない。

 そんな事を考えていたからか、神裂と目が合ってしまった。

 神裂の透き通った瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えながらも、コーネリアは誤魔化す様に言葉を連ねる。

 

「そ、そういえば、天草式の連中はどうなったんだ? それと上条も!」

 

「無傷――という訳には行きませんが、全員無事ですよ。あの少年に関しては完全無欠の無傷ではありますが、『格好良く出陣したのにいつの間にか全てが終わっていたんですけどそれはーっ!』と悔しがっていたのは凄く面白かったです」

 

「あー……アイツには悪い事しちゃったかなあ」

 

「何を馬鹿な事を。あなたは自分を犠牲にして多くの人を護ったのですよ? それが悪い事だなんて……謙遜にもほどがあります」

 

「…………お前って、時々不思議なぐらいに天然だよな」

 

「だ、誰が天然ですか誰が! その言い方には侮蔑が感じられます、撤回してください!」

 

「じゃあ敏感だってのか? 俺の気持ちにも気づいちゃいないのに?」

 

「あなただって、私の気持ちに気付いちゃいないじゃないですか!」

 

「――――――――――――、え?」

 

「あ」

 

 しまったああーっ! と神裂は真っ赤な顔で頭を抱えるが、時既に遅し。コーネリアに至ってはあまりのショックに激痛を忘れ、勢いよく起き上がってしまっている始末。

 顔を紅蓮に染めて目尻に涙を浮かべる神裂を見ながら、コーネリアはただただ困惑する。火織の気持ち? それってどういう事なんだってばよ……。

 鈍感系主人公を装うとするが、それよりも先に頭の中に一つの答えが浮かんでしまう。神裂の気持ち、コーネリアに対する気持ち、コーネリアが抱いているものと同じ気持ち――という感じの連想ゲームの結果、コーネリアは一つの答えに辿りついてしまった。

 神裂火織はコーネリア=バードウェイのことが好きなのだ、という答えに。

 

「…………ふぇ?」

 

 可愛らしい少年の口から、可愛らしい声が漏れる。

 女顔は徐々に朱く染まって行き、十秒と経たない内に耳の先まで真っ赤になってしまっていた。顔が異常なまでに熱いのは、きっと体調が悪いからではあるまい。恥ずかしさと嬉しさが極限にまで達してしまったからこそ、ここまで顔が熱いのだろう。

 そしてそれはどうやら神裂も同じの様で、東方の聖人は両手で頭を抱えながら、火照った顔をコーネリアの方にゆっくりと向け、

 

「……と、とりあえず、落ち着きましょう。深呼吸を繰り返すのです。スー、ハー、スー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー、ハー…………ッッ!?」

 

「お、お前が落ち着けよ火織! 吸う空気よりも吐く空気の方が明らかに多量だから!」

 

 赤から青へと顔色を変化させる神裂の肩を掴み、窒息の地獄から救い出す事に成功する。あの神裂火織がここまで取り乱すとは、やはり先ほどの予想は的中しているということか。簡単には認められないが、この動揺っぷりを見ていると、流石に認めるしかなくなる。

 今度こそ正しい深呼吸で神裂が落ち着きを取り戻すのを確認し、コーネリアは安堵の息を零す。

 そして漂い始める、居た堪れない空気。

 互いの気持ち――実は両思いであったことに気付いてしまった二人は気まずそうに目を逸らしながら、密かに頬を歪めてしまっている。それは彼らの嬉しさが外にまで漏れ出てしまっている事を現すメーターのようなものだった。

 しかし、その膠着状態はあまり長くは続かなかった。

 最初に動いたのは、コーネリア=バードウェイ。

 こーねりあは熱を持った頬を指で掻きながら、

 

「こ、こんな形でってのは何だか気が引けるけど、言わせてもらうな」

 

 こくん、と静かに頷く神裂。

 口をわなわなと震わせ、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めつつも、コーネリアは勇気を振り絞って思いの丈を言葉に乗せてブチ撒けた。

 

「俺はお前のことが好きだ、火織。何で惚れちまったのかなんて分からねえけど、俺はお前を好きになっちまってる」

 

「…………」

 

「恋人になって欲しい、なんてことは言わない。俺にお前はもったいねえからな、お前を束縛するような真似はしたくねえ。ただ、俺の気持ちを知っておいて欲しい。傲慢な真似だ、それは分かってる。でも、それでも、お前には、俺の気持ちを知っといて欲しいんだ。――俺がお前を愛してるっていう、そんな気持ちをな」

 

 神裂は言葉を発さない。

 ただ、沈黙を返すのみ。

 

「お前の気持ちがどうであれ、答えは保留でも拒否でも構わない。個人的には俺の好意を受け入れてほしいけど、流石にそれは求めすぎだって事ぐらい重々承知してる。面倒臭ぇだろ? でも、勘弁な。これが俺なんだよ。我儘で身勝手で横暴で、それでいて誰よりも貪欲で。お前を誰にも渡したくなくて、お前を独占したくてたまらない。それが俺だ、それがコーネリア=バードウェイなんだ」

 

 神裂は言葉を返さない。

 

「もう一度言うぞ、火織。俺はお前が好きだ、愛している。求めすぎなのは分かっているが――どうか、俺のものになってくれ」

 

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返さない。

 神裂は言葉を返――――

 

「――――――、?」

 

 気付くと、神裂の顔が目の前にあった。ギュッと閉じられた双眸は五センチとない位置にあり、ぷっくりとした唇は何故かコーネリアの唇に押し当てられている。

 キスされた。

 そんな現実を理解するのに、そう時間は要さなかった。ただ、あまりにも想定外すぎる展開に、頭が理解するのを拒否していた。

 神裂の唇が離れたのは、その理解から五秒ほどが経過した頃だった。

 唇に指で触れ、僅かに頬を紅潮させる神裂。うっとりとしていながらも恥ずかしさに瞳は揺れていて、心なしか身体の方も震えている。

 呆気に取られるコーネリアの目を真っ直ぐと見つめながら、神裂は言った。

 

「自分勝手なのは、あなただけではありません。私も同様、あなたと同じ気持ちなのです」

 

「…………火織」

 

「あなたが好きです、コーネリア。いつも一生懸命に生きているあなたが好きです。どんな困難を前にしても絶対に諦めないあなたが好きです。私の為に頑張ってくれるあなたが好きです。そして何より―――コーネリア=バードウェイという少年の事が大好きです」

 

 連ねられるは、少女からの愛の言葉。

 否定でも拒否でも拒絶でもない、コーネリアを受け入れるための告白だ。

 

「あなたを誰かに取られたくない、あなたを私だけのものにしたい。恋人同士になって愛を育みたい。キスをして抱き合って愛し合って求め合って―――ずっとずっと一緒に好き合っていたい」

 

 コーネリアは言葉を返さない。

 返したくても、返せない。

 

「気持ちを知ってもらうだけなんて嫌だ。私は、あなたに受け入れてもらいたいです。私を愛して欲しいんです。恋人がその証だというのなら、喜んでその座に就きましょう。キスが愛の象徴だというのなら、何度だって唇を交わしましょう。あなたが望むのなら、それ以上のことだって……恥ずかしい気持ちはありますが、あなたに愛してもらう為ならば、どんな事だってやり遂げてみせましょう」

 

 だから。

 それぐらいにあなたのことを愛しているのだから、

 

「どうか、私を愛してください。どうか、私に愛されてください。あなた以外の人なんて考えられません。私はあなたに、コーネリア=バードウェイに心を奪われてしまっているのです。―――あなたの隣に立てないなんて、考えたくもありません」

 

 重いだろうか。

 この気持ちは、彼にとって重荷になってしまうのだろうか。

 ただそれだけが気がかりで、胸が締め付けられるように痛んでしまっている。この愛の重さを拒否されてしまったらどうしよう、そんな気持ちが頭を過ぎり、胸の痛みが増していく。

 だが、その痛みはすぐに引くことになった。

 それは、コーネリアに抱き締められたからだった。

 強く、強く強く強く――彼の体温が身体の中に流れ込んでくるほどに強く、コーネリアが神裂火織を抱き締めたからだった。

 

「……馬鹿野郎」

 

「……コー、ネリア?」

 

 少年の肩が震えていたので、包み込むようにして抱き締めた。

 少年は、泣いていた。

 嬉しそうに、笑いながら泣いていた。

 

「卑怯だよ、お前。そんなこと言われちまったら、嬉しいに決まってんじゃんかよ……」

 

「泣いているんですか、コーネリア?」

 

「誰が泣くかよ、ふざけんな……これぐらいのことで泣く訳ねえだろうがよ……」

 

「…………嬉しいです。私を受け入れてくれるんですね」

 

「俺だって嬉しいよ、この馬鹿。ああくそ、どうしてこんなに涙が止まらねえんだよ……っ!」

 

 少年は少女を抱き締め、子供のように泣きじゃくる。

 少女は少年を抱き締め、子供のように笑顔を浮かべる。

 そんなやり取りは日を跨ぐまで続けられ、気付いた時には二人揃ってベッドの上で寝息を立てていた。

 二人の愛を確かめるように手を絡め合いながら、少年と少女は子供のような寝顔を浮かべていた。

 その後、二人は夢を見た。

 少年は、とある少女と笑い合う夢を。

 少女は、とある少年と歩き合う夢を。

 穏やかな寝息と純粋な寝顔を浮かべながら、二人は違う夢を見た。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 学園都市には窓のないビルと呼ばれる建物がある。

 その建物は例え核兵器を用いても傷一つつける事は出来ず、学園都市にある建造物の中で最も頑強だと言われている。

 そんな窓のないビルの中にある、巨大なガラスの容器。

 その中で逆さまに浮かぶ『人間』は灰色のノイズが入った複数の四角い画面を眺めながら、気味の悪い笑顔を浮かべていた。

 

「やはり、あの少年は面白いな。事ある毎に私の計画に影響を及ぼしてしまう」

 

 しかし、『人間』は嬉しそうだった。

 この困難が、この問題が、何よりもの喜びだと言わんばかりに、彼はただただ嬉しそうに笑っていた。

 学園都市統括理事長・アレイスター。

 科学の総本山を束ねる『人間』は複数のモニタを眺めながら、その笑みを更に深くしていく。

 大人にも子供にも、男性にも女性にも聖人にも罪人にも見える『人間』は一人の少年を思い浮かべながら、静かに邪悪に純粋に笑っていた。

 

 

 戦争が始まる。

 科学と魔術が交錯し、イレギュラーが物語の一部へと昇華したことで大きな変貌を遂げてしまった戦争が、ついに始まろうとしていた。

 

 




 次回から『イギリス革命編』に突入です!


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial61 イギリス革命編開始

 今回からイギリス革命編がスタートです!


 コーネリア=バードウェイはバッキンガム宮殿近郊の街路にあるベンチで、青く晴れ渡った空をぼーっと見上げていた。

 時は十月十七日の朝。

 バッキンガム宮殿の関係者でも何でもないコーネリアがこんな所にいる理由は至って簡単で、ここの近くにある内務省に書類の開示を求めるという用件を任された神裂火織の付き添いに選ばれたからである。彼女一人で行くものと思って散歩に出かけようとしていた所を引きとめられ、「一緒に来てください……こ、恋人なのですし」と真っ赤な顔でぼそぼそと呟かれたときは羞恥心で心臓が爆発四散してしまうかと思ってしまったのは記憶に新しい。

 

「火織と恋人同士、か……うへ、うへへ、ぐへへへへへへへ」

 

 ニヤァ、と気持ちの悪い笑顔を浮かべながら、気味の悪い笑い声を漏らす金髪女顔少年。近くを通りがかった親子が「お母さんあれなにー?」「しっ! 見ちゃいけません!」というお決まりのやり取りをしていたが、幸せの絶頂期にいるコーネリアは気づかない。

 曝け出された右手の上に荊を生やし、ハート型の輪っかを作ってみる。その中に自分と神裂が唇を交わしている光景を嵌め込み、再びニヤニヤと頬をだらしなく緩ませる。ああ駄目だ、ニヤケ顔が抑えきれない――不幸な人生を耐えてきた末にようやく手に入れた小さな幸せを前に、コーネリアはただただ気持ち悪く笑っていた。

 と。

 不審者認定五秒前だったコーネリアがふと顔を上げた先に、二人の男女が立っていた。

 一人は、彼をここまで連れてきた神裂火織その人だ。片袖を切り落としたジャケットと片裾を切り落としたジーンズという最高にロックな衣服を身に纏う少女を見間違う程、コーネリアは耄碌しちゃいない。というか、愛しの恋人なのだから分かって当然、考えるまでも無い事なのだが。

 そしてもう一人は、見覚えのない人物だ。年齢は三十歳半ばぐらいだろうか、少し若作りをしている感が否めないが、流石に四十代という事はないと思われる。整った金髪と目鼻立ち、スーツの質や身に纏う雰囲気など、どこか常人とはかけ離れたフォーマットさを兼ね備えている様に見えるのは気のせいじゃないだろう。何と言うか、全体的にコーネリアとは住む世界が違う存在に見える。

 神裂火織と、見覚えのない金髪紳士。

 そんな二人が会話をしている光景を発見し、そしてコーネリアがまず最初に取った行動は二人の元まで歩み寄る事だった。

 ぐいぐいと食い気味に話しかけている様子の金髪紳士の前にすいーっと流れるようにして移動し、苦笑を浮かべて対応していた神裂を背中に庇うようにして立つ。その姿はまさに美少女勇者さながらで、神裂は驚きながらも思わず小さく噴き出してしまっていた。

 恋人の反応に悲しみを覚えつつも、コーネリアは金髪紳士の前に立ちはだかり、

 

「ふぁっきゅー!」

 

 ブゴハァッ! と神裂は噴き出すも、間髪入れずに大馬鹿野郎の脳天に拳骨を叩き込んだ。

 悲鳴を上げる暇もなく地面に叩き付けられたコーネリアの胸倉を掴み上げ、神裂は額の青筋をビキビキと痙攣させる。

 

「あ、あなたはバカですかぁあああああああああああっ!? 出会い頭に下世話な罵倒を浴びせかけるなんて、正気の沙汰とは思えません!?」

 

「だ、だってさぁ! このいけすかねえイケメン野郎が火織をナンパしやがるから……」

 

「騎士派のトップになんて事を言うんですか! せめて『声をかけてたから』ぐらいに抑えてください!」

 

「へ? 騎士派のトップ? 何の話?」

 

「くっそ無知かよ恍けるなよ可愛いですねえもう!」

 

 可愛らしく首を傾げる彼氏をぎゅーっと抱き締める天草式の聖人さん。

 完全に置いてけ堀をくらっている金髪紳士を手で示しながら、神裂は申し訳なさそうに溜め息を吐く。

 

「こちらは『騎士派』のトップ、騎士団長(ナイトリーダー)と呼ばれる方です。私たち『清教派』で言うところの最大主教(アークビショップ)のようなものですので、口の利き方には十分気を付けるようにしてください」

 

「そこまで大した男ではないが、まあそういうことだ。……ところで、この貴婦人は貴女の知り合いか?」

 

「貴婦人って……確かにこの人は美少女顔で華奢なのでそう見えてしまうのも分かりますが、これでも一応、正真正銘の男性なのですよ?」

 

「なんと! 何処からどう見ても貴婦人だったので、見間違えてしまっていたようだ。これは私に非があるな、本当に申し訳ない」

 

 ペコリ、と何の躊躇いも無く頭を下げてくる騎士団長に対し、コーネリアはヒクヒクと頬を引き攣らせる。この顔に生まれてから何度も経験してきたやり取りではあるが、流石にそろそろ我慢の限界だ。恋人の目の前という体もあるし、ここは一つ、俺が男だという事実を知らしめてやることにしよう。

 そうと決まれば何とやら。

 仲介役として汗を流していた神裂を背中に隠し、コーネリアは騎士団長の瞳を真っ直ぐと見つめながら――こう言った。

 

「どーもどーも初めまして、神裂火織の『婚約者』でありますコーネリアですどうぞよろしく!」

 

「婚約者!?」

 

 因みに、彼がファミリーネームを名乗っていないのは彼の実妹『レイヴィニア=バードウェイ』が少々問題のある人物だからだ。イギリス清教のブラックリストに堂々と名を刻んでいる可愛い小悪魔の名前はなるべく出さないようにする、という方針を取るようにしている訳だが、中々どうして違和感がありすぎる。やはりここは自信を持って名乗るべきなのだろうか……いや、後が面倒臭いからやめておこう。

 コーネリアの爆弾発言に騎士団長は――彼にしては珍しい事に――驚きの声を上げる。

 一方、二人のやり取りを見守る事となった神裂はというと――

 

「婚約者、ですか……うへ、うへへ、き、気持ちの良い響きですね、婚約者……け、結婚式は日本式で良いですかね?」

 

 ――だらしのない顔で夢の世界に旅立っていた。

 白無垢に身を包んだ自分の姿を妄想してニヤケ顔を浮かべている恋人に顔を引き攣らせつつも、コーネリアは再び騎士団長に向き直る。

 

「騎士だか何だか知りませんけど、火織は俺の女です。あなたなんかに譲るつもりは毛頭ありませんから、そのつもりでお願いします!」

 

「いつの間に婚約者なんて……そんな話、私は初耳なのだが!?」

 

「いや、親戚でもねえアンタにわざわざ伝えるような話じゃねえと思うんだけど……」

 

「彼女に英国での立ち振る舞いを教えそびれていた事が今となって仇となったか……っ!」

 

「も、もしもーし? 騎士団長さーん? 俺の話、聞いてますー?」

 

「しかし、私はまだ諦めん、諦めんぞ! 私は騎士だ、騎士なら正々堂々決闘で物事を決着させるべきだ。そうは思わんかね!?」

 

「言いたい事はなんかわかった気がするけど、そもそも俺は騎士じゃねえ問題な訳ですがそれは!」

 

 肩を掴まれてがくがくと前後に揺らされ、ちょっとした吐き気を覚えてしまう。流石は騎士派のトップと言ったところだろうか、簡単には振り解けない程の怪力だ。はっきり言って敵に回したくないタイプの人間である。

 コーネリアが神裂の婚約者だったのが相当ショックだったのか、騎士団長はコーネリアの肩から手を離すや否や、ふらふらとよろめくように二、三歩程後退し、

 

「……今回は出直す事としよう。しかし、これで終わりと思うなよ、コーネリアとやら! 次はバッキンガム宮殿の庭園で貴様を討つ!」

 

 果たし状なのか暗殺予告なのかよく分からない言葉を残し、騎士団長はバッキンガム宮殿の方へと走り去っていった。その際、後姿が非常に悲壮感に満ち溢れていたのはコーネリアの見間違いだろうか。ジェントルメンの象徴とも言える存在の騎士団長の悲しげな背中を見送りながら、少年は可愛らしく首を傾げる。

 嵐のような修羅場を終え、ようやく二人の間にいつもの軽い空気が漂い始める。結局何だったんだろうあの人は、と思いながらも、コーネリアは妄想の世界にログイン中の神裂の頬をぺちぺちと叩き、彼女の意識を現実に強制的に帰還させた。

 

「――ハッ! 温泉近くに建設予定の我が新居は何処に!?」

 

「どんだけ飛躍した夢見てんだよテメェ」

 

 結婚を通り過ぎて新生活がスタートしちゃってる神裂にコーネリアは苦笑する。

 「おら、さっさと行くぞ」「あ、はい」何故だか最近妙に頼りない神裂と手を繋ぎ、コーネリアは街路をゆっくり歩き出した。勿論、手の繋ぎ方は指を絡めさせた、俗に言う『恋人繋ぎ』というヤツである。

 

「……今更ですが、コーネリアがイギリスにいるなんて夢のようですね」

 

「忘れてるかもしんねえけど、俺ってこれでもイギリス人だからね? イギリスに居ることに違和感なんてあるはずがないからね?」

 

「それは分かってます。私が言いたいのは、あなたと共にイギリスにいる事が信じられない、ということなのです」

 

「まあ、三日程度の旅行みてえなモンだけどな。お前と過ごしてレイヴィニアとパトリシアに顔出したら、学生としての生活に戻るさ」

 

「私としてはずっとここに居てほしいのですが……」

 

「流石にそうはいかんだろ。俺、これでも大学進学希望なんだぜ?」

 

「むぅ。それではあなたがイギリス清教に来るまで、少なくとも残り五年は待たないといけませんね」

 

「俺がイギリス清教に入るのは決定事項なんだ……」

 

「当然です。あの『明け色の陽射し』のボスに匹敵する程の魔術師で、世界に五十人程しか存在しない原石の一人で、同じく世界で二十人足らずしかいない聖人の一人でもある超希少な存在であるあなたをみすみす逃す程、最大主教は愚かではありません」

 

「して、本音は?」

 

「夫と同じ職場って憧れますよね」

 

「最近のお前は本当によくデレるよなあ」

 

 しかも彼氏を飛び越えてまさかの夫だし。気分は既に恋人ではなく夫婦ってか、そうですかそりゃあ良かったです幸せですわ。それじゃあこの調子で夜の営みまでいっちゃう? あ、それはまだ早いって? そりゃあ残念。

 新婚を彷彿とさせるバカップルっぷりを披露しながら、通勤・通学ラッシュの中を通っていく二人の聖人。聖人同士のカップルなんて稀少すぎて流石に笑えないのだが、こうして見ていると普通の少年少女にしか見えないから不思議である。

 指を絡め合い、手を繋ぎ合い、幸せを享受し合う二人。長く苦しい戦いの末に手に入れた小さな小さな幸せを、二人は心の底から目いっぱい堪能する。

 そんなバカップル然とした散歩デートを五分ほど続け、辿りついたとある公園。そこのベンチに腰を下ろし、照れ笑いを浮かべながらもキスを交わした後――神裂が持っていた封筒を指差しながら、コーネリアは怪訝な表情を浮かべた。

 

「結局、その封筒って何なんだ?」

 

「……普通は他言無用な事ですが、あなたは部外者でもないですし、特別に教えてあげましょう」

 

 「絶対に他言しては駄目ですよ?」「分かってるって」お決まりのやり取りを交わし、神裂は五秒ほどの間を置く。

 そして真剣な面持ちでコーネリアの目を真っ直ぐと見つめながら、天草式の聖人は封筒の面を指で軽く突き、

 

「今、イギリスはピンチなんですよ」

 

 




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Trial62 金色の悪魔

 青く晴れ渡った空を見上げながら、コーネリアはランベス区の歩道をぼーっと歩いていた。右手には日本土産の饅頭が入った袋が提げられていて、左手は行儀悪くもジーンズのポケットに入れられている。態度だけなら捻くれた不良少年なのだが、顔立ちが生粋の美少女顔なので如何せん『ちょっと悪ぶってみた女の子』という印象から脱せないでいたりする。

 そんな、身体はオンナで頭脳はオトコな聖人原石は石畳の上を進みながら、小一時間ほど前に最愛の恋人・神裂火織から言われたことを思い出していた。

 

『ユーロトンネルの水没事故。事故と銘打ってはいますが、実際は人為的な爆破事件だと推測されます。他にも、イギリス国内に存在する多数の魔術結社の不穏な動きも確認されていまして……』

 

『つまり、イギリスを中心として、大規模な面倒事が起きろうとしてるって事なんか?』

 

『大まかに掻い摘んで言えば、ですが』

 

 秋も半ばとなったイギリスは既に肌寒く、白の長袖シャツの上に黒のジャケットを羽織ることで初めてちょうど良いと思える気温となっている。灰色のジーンズはややくたびれていて、黒のスニーカーなんかはやや煤けているものの、それでも寒さを防ぐ役割ぐらいは果たしてくれている。まあ、見た目よりも機能性を重視する傾向にあるコーネリアにとって、防寒さえ出来ればどんな服でも構わないのだが。

 

『イギリスにとってユーロトンネルはヨーロッパへと繋がる唯一の通路です。そこを爆破されたことにより現在、英国市場は混乱に包まれています。これ以上の騒動を避けるためにも、早く手を打たなければならないのですが……』

 

『爆破犯は何処の国の奴なんだ?』

 

『フランス人という情報が入ってきていますね。ですが、どうやら「ユーロトンネル爆破はイギリス人によるもの。フランスは被害者でしかない」と供述しているようで……一応、真意についての取り調べを行ってはいますが、知らんぷりの完全黙秘だそうです』

 

『拷問もしくは自白剤でも使わねえと駄目って事か……』

 

『……そういう発想がすぐに浮かぶところ、本当にあなたらしいですよね』

 

『卑劣だろうが卑怯だろうが、必要なものは必要な時に使わねえと意味がねえかんな』

 

『…………これは私が真人間に戻してあげる必要がありますね』

 

 背の曲がった老人と擦れ違ったところで、コーネリアは小さく溜め息を吐く。

 

「学園都市でもイギリスでも、何処に居ても面倒事ってのは付いて回るもんなんだなぁ」

 

 そう言って見上げた先には、何処にでもある平凡なアパートメントが。あまり訪れたくはない場所であるが、訪れる必要が出来てしまった。今後の自分の立ち位置を定めるためにも、『彼女』とは詳しい話をしなくてはならない。

 アパートメントの入り口を潜り、汚れた階段を上っていく。一応の掃除は行き届いているが、それでも所々の汚れが目立つ。多数の人間が利用するアパートメントの共有スペースをわざわざ率先して掃除するようなお人好しはどうやらここには住んでいないらしい。

 階段の中央を上りに上り、目的のフロアへとたどり着く。無造作な金髪を掻きながら足を進め、古ぼけた扉の前に立つ。

 そして、ノックもせずに扉を開く――小柄な金髪少女が仁王立ちしていた。

 

「遅かったな、ああ、実に遅かった。お前がこの部屋を訪れるのを今か今かと待ち続けていた身としては、待ちくたびれて仕方が無かったぞ」

 

 煌びやかな金髪と邪悪な印象を持つ碧眼。シックなブラウスやスカート、ストッキングなどの配色がピアノを彷彿とさせる、十二歳ほどの少女。

 玄関を抜けた奥の間で黒服の青年が「また意味の分からん問答してる……」とげんなりする中、少女はコーネリアに悪意と愛情に満ちた笑みを湛えながら、

 

「よく戻って来たな、我が愛しの愚兄よ」

 

「……早速嫌な予感しかしねえ」

 

 レイヴィニア=バードウェイ。

 魔術結社『明け色の陽射し』のボスでありコーネリアの実妹でもある少女の普段通りの偉そうな態度に、コーネリアは大きな溜め息を吐き出していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 部屋に上がってから間もなくして、コーネリアはレイヴィニアと向かい合っていた。

 空間の中央に佇む炬燵の中に足を突っ込み、冷えた足先が温まっていく感覚に身を震わせる。足の裏に当たっているのはレイヴィニアの爪先だろうか、コーネリアに甘えるように指を絡めようと蠢いているのがよく分かる。しかし、実妹といちゃつく為にここに来た訳じゃないコーネリアは彼女の足を軽く蹴り、早速話を進めることにした。

 

「まず、お前に言っておかなくちゃならない事がある」

 

「ほう? それはお前が聖人であるということか? それとも後方のアックアを撃破したということか? どれも興味深い話ではあるが、私にとっては新鮮味のない話題でしかない。この私の時間を奪ってまで話すのだ、さぞ新鮮で興味深い話題なのだろう? 楽しみだよ」

 

「……え、なに、なんでコイツこんなに怒ってんの?」

 

「……コーネリアさんと離れ離れになる期間が少し長かったので、苛立っているんですよ」

 

「……子供かよ」

 

「マーク。世界で最も愉快な死に方で身を滅ぼしたくなかったら、そのお喋りな口をすぐさま閉じろ」

 

 額に浮かんだ青筋をぴくぴくと痙攣させながら言うレイヴィニアにマークは顔面蒼白になりながら、彼女の命令通りの行動に移った。思わず言葉が飛び出ないように手で口を覆ってまでいるが、果たしてそこまでする必要があるのかどうか。結局は喋っちゃうんだろうなあ、と憐れな黒服の部下を見ながらコーネリアは溜め息交じりに苦笑を浮かべる。

 さて。

 五月蠅い部下が黙ったところで、レイヴィニアは炬燵の上のミカンを手に取り、皮を剥き始めた。そして、慣れた手つきで皮を撤去し終えた頃、ようやく彼女は話の続きに乗り出した。

 

「原石でありながら聖人としての力にも目覚めてしまった今のお前は、世界でも特に希少な存在と言える。しかも私に次ぐ程の魔術師の才能まで持ち合わせている始末だ。私が第三者なら、喜んでお前を捕獲しに行くだろうな」

 

「聖人の身体を取り戻す前から割と毎日のように狙われてたんだけど……」

 

「それじゃあ次からは半日毎に命の危機だ、良かったな」

 

「うわーお……」

 

 あっさりと告げられた最悪な未来にコーネリアは思わず頬を引き攣らせる。

 果肉の半分を口に頬張って胃の中に流し込み、マークに口元をハンカチで拭わせた後、レイヴィニアは邪悪な笑みを浮かべて言った。

 

「そんなに死ぬのが嫌なら私の傍に四六時中居ると良い。なに、心配は要らない。この私がお前を直々に護ってやるんだ、命の危機に脅えることはなくなるぞ?」

 

「貞操の危機に脅える日々が始まりそうなんで、それは却下で頼む」

 

「……自分で言うのもなんだが、実の兄から貞操を狙う獣だと思われているのには些か問題があるな。まあ、こんなにもキュートでプリティな完璧シスターを前にして興奮の一つも覚えないお前にも問題があるような気もするがな」

 

「問題があるのはお前とパトリシアの偏愛だっての。俺は至ってノーマルだし、常識外れな訳でも愛を知らないロボットヒューマンな訳でもねえよ」

 

「私がお前の童貞を卒業させてやると言ったら?」

 

「手足を縛って精神病院にダンクシュートだな」

 

「SMプレイと来たか……私は責める方が好きなのだがな」

 

 どうしよう、妹の言っている事が微塵も理解できない。

 鞭でシバかれるという行為に快感を覚えられるだろうか、とかいう意味の分からない不安に首を擡げている可愛い妹に割と本気で心配しつつも、これ以上の脱線は願うところではなかったため、コーネリアは話の軌道修正を図る事にした。

 レイヴィニアの足を爪先で軽く突き、「そんな事より」とワザとらしく話の手綱を掴み取る。

 

「お前がさっき言ってた通り、今の俺は世界的にも魔術界的にも割とグレーな立場に居る。何てったって魔術と科学の融合体・聖人原石だからな、その価値は素人でも分かるぐらいに稀少で強大なモンだと言える」

 

「だろうな。学園都市のイカレ科学者共に解剖されるか、もしくは世界中のマヌケ魔術師共に実験体にされるか……少なくとも人並みの生活を送れなくなる可能性は極めて高いだろうな」

 

「え、ちょっ……流石にそこまでの不幸は予想してなかったんだが……」

 

「世界初の聖人原石だぞ? 科学と魔術が入り乱れた世界の縮図のような存在だぞ? 二つの勢力のバランスを軽く崩してしまうレベルのじゃじゃ馬だぞ? 身体が切り刻まれるぐらい当然だろうが」

 

「流石の幻想殺しでもそこまでの扱いじゃねえと思うんだけど! なにその特別待遇、全然微塵も嬉しくねえ!?」

 

「ようやく自分の立場を理解したかこの馬鹿兄貴め」

 

 魔術サイドにおける稀少存在・聖人。

 科学サイドにおける稀少存在・原石。

 この二つの性質を併せ持つコーネリアは、まさに世界のバランスを崩す可能性を持つ核兵器にも近しい存在だ。科学サイドの味方をすれば魔術サイドは危うくなり、逆に魔術サイドの味方をすれば科学サイドが窮地に立たされる。科学と魔術、二つの勢力に跨っているコーネリア=バードウェイの命を狙うものが皆無だと、誰が言えるだろうか。

 世界は酷く醜悪だ。人間は酷く狡猾だ。自分の夢や目標の為なら簡単に他人を利用し、その過程で何者かが犠牲になろうとも一向に構わない人間がこの世界には多く存在する。学園都市の科学者なんかがその最たる例だろう。暗闇の五月計画、プロデュース、その例を挙げていけばキリが無い。

 そんな醜悪で狡猾な魔の手から、果たして自分は生き延びる事が出来るだろうか。『レイヴィニア=バードウェイの兄だから』という理由で命を狙われていた今までとはまるで難易度が違う。『聖人原石でありながら、世界屈指の魔術の才能を持ち合わせているから』という無茶苦茶な理由で命を狙われる事になる。後方のアックアを撃破したからと言って安堵できる状況ではない。

 それは、十分理解している。

 だからこそ、覚悟を決めて妹の元を訪れたのだ。

 

「……一つ、頼みがある」

 

「ほう? 私の手を煩わせるのだ。値はかなり張るが、それでもいいのか?」

 

「良心的で人道的な対価ならいくらでも払ってやるよ」

 

 ――だから一つ、俺から頼まれて欲しい。

 冗談を言っている顔ではなかった。だからこそ、レイヴィニアも真摯に対応する事にした。邪悪な笑みを浮かべつつ、射抜くような視線を向ける。ただそれだけの行いこそが、レイヴィニアが出来る唯一の真剣な対応だった。

 妹の視線を真っ直ぐに受け止め、コーネリアは彼女に告げる。

 

 

「俺を『明け色の陽射し』に入れてくれ」

 

 

 静かに、静かに――金色の悪魔は邪悪に笑った。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial63 フロリス

 魔術結社『明け色の陽射し』に入れてほしい。

 コーネリアのそんな要求を受け、レイヴィニアは一瞬も迷う事無く首を縦に振っていた。元々は自分ではなくコーネリアがこの魔術結社のボスになる予定だったのだ。彼が戻って来ることに何ら問題は浮上しない。コーネリアが大好きな超絶ブラコン・レイヴィニアとしても、彼が自分が率いる組織に入る事はまさに願ったり叶ったりな展開である。断る理由なんてどこにも存在しない。

 これでようやく、コーネリアを独占できる。イギリス清教のクソ聖人なんかにコーネリアを独り占めされるという耐え難い苦痛から念願叶って解放される事が出来る……っ!

 ぐっ! と拳を握って密かに喜ぶ幼きボスを苦笑と共に眺めていた黒服の部下ことマーク=スペースはガシガシと頭を掻きながら、自分の同僚となったコーネリアに開いた右手を差し出した。

 

「この組織の大変さは誰よりも分かっているでしょうが、まあこれからよろしく頼みますね、コーネリアさん」

 

「よろしくされるっつっても今までもあんまり関係自体は変わりませんけどね……結局は学生を続けますし。変わるところと言ったら、魔術サイドにどっぷり浸かる事になる、ってぐらいですか」

 

「どっぷり程度で済めばいいんですが……」

 

「え?」

 

 意味ありげなマークの呟きにコーネリアは首を傾げる。

 マークは顎で自分の上司――レイヴィニア=バードウェイを示し、促されるがままにコーネリアは可愛い実妹(悪魔)をまじまじと見つめる。そこには先ほどと同様、何ら変わらぬ姿のレイヴィニアが立っていたのだが、何処か様子がおかしいようで――

 

「ぐふ、ぐふふ。これでコーネリアは私のものだ、もう誰にも渡さないぞ。神裂火織がコーネリアのことをどう想っていようが関係ない。コーネリアは私のものだ、コーネリアの貞操も私のものだ! たとえ世界が敵に回ろうとも、私が、私こそがコーネリアに相応しいのだと主張し続けてみせよう! 私にはその覚悟がある。私にはそれを成し得るだけの力がある! ああ、コーネリア、私だけのコーネリア。大好きだぞ、お兄ちゃん……っ!」

 

 様子がおかしいなんてレベルじゃなかった。

 金髪が良く似合う碧眼にはどす黒いピンクのハートマークが浮かんでいて、太腿を不自然に擦り合わせている姿は幼いながらに艶めかしい。スカートの股間辺りをギュッと抑えているのは気のせいではないだろう。コーネリアとの蜜月を妄想して興奮の絶頂に達しているのかもしれない。

 とにかく、妹がヤバかった。

 それも今まででトップランクに異常事態だった。

 艶やかに喘ぎ声を漏らしながら悶えるヤンデレシスターに汚物でも見るような冷たい視線を向けながら、コーネリアは心の中で大きな溜め息を零していた。

 

(……俺が火織と結婚を前提に付き合っている、なんて言ったら殺されるかもしれんなぁ)

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 「が、我慢ならん!」と顔を真っ赤に染めたレイヴィニアがトイレに駆け込んだ隙を見計らってアパートメントから脱出した後、コーネリアは夜のロンドンを歩いていた。

 古めかしい街並みが続く割には排気ガスの匂いが充満しているロンドンだが、ロンドンで生まれ育ったコーネリアにとってしてみれば懐かしい空気だった。学園都市のクリーンすぎる空気も良いが、やはりこの人工的な匂いに包まれた故郷も悪くはない。

 星があまり見えない夜空を見上げ、コーネリアは小さく溜め息を吐く。

 

「レイヴィニアの興奮モードのせいで本題には入れなかったなぁ……」

 

 本題――それは『明け色の陽射し』に入る事ではなく、役に立つ礼装を貰えないか、という要求だ。この世界の聖人はそれぞれが個人の得物を所有している。神裂火織ならば七天七刀、ウィリアム=オルウェルならばアスカロンといった具合に、聖人は自分の身の丈に合った得物を武器とする傾向にある。実は彼らと同じ聖人であったコーネリアも巨大で強力な武器を手に入れたく思い、明け色の陽射しへの回帰を選んだのだが、結果は空振り。妹の見たくもない興奮モードを見せつけられるだけに終わってしまった。

 

「荊を使えばいいんだろうけど、相変わらず使い勝手は悪いしなー」

 

 荊棘領域(ローズガーデン)

 それはコーネリアが持って生まれてきた原石としての能力であり、『今はもう覚えてもいないとある誰か』から託された遺産とも言える異能である。かつての能力の詳細としては『視界内の無機物に荊を生やす&聖人の力を抑え込む』という常軌を逸したものだったのだが、今は『自分の肉体もしくは自分の半径五メートル範囲に存在する無機物に荊を生やす』だけの単純な能力へと劣化してしまっている。その代わりとして聖人の肉体を取り戻せたのだから結局は万々歳だと言えるんだろうが、『聖人殺し(セイントキラー)』というチート能力を失ってしまったのはちょっとばかし残念過ぎた。せめて副効果ぐらい残ってくれてりゃよかったのに、と顔も姿も忘れてしまったとある誰かにコーネリアは愚痴を零す。

 

「そういえば、火織は今頃何してんだろな。バッキンガム宮殿に行ったっきり会ってねえから、心配なんだが……」

 

 というのは建前で、本音としては『火織とイチャイチャしたい!』という今すぐにでも爆発四散して欲しい感じだったりするのだが、それに舌打ちを送れる人間は今の状況ではただの一人も存在しない。夜のロンドンと言ってもコーネリアが歩いているのは比較的人気が少ない道であり、確認できる人間はせいぜいラクロスのユニフォームっぽい衣服に身を包んだ金髪の少女ぐらいのものだ。背中に金属製の翼が生えているなんとも特徴的な少女は茶色の四角い鞄を小脇に抱えながら、ブツブツと何かを呟いている。

 

(うっわこんな夜中に一人とか絶対に不良少女じゃんおっかねえ)

 

 障らぬ神に祟りなし。関わるだけで百パーセントの確率で面倒事を引っ張ってきそうな金髪少女の横をそそくさーっと通り抜け――ようとしたまさにその時、

 

「レッサーの野郎……計画中にトラブルとか頭おかしいんじゃないの……フォワードであるワタシの身にもなって欲しいわ……」

 

 ぴた、とコーネリアの足が止まった。

 しかし、自分の呟きに没頭しているせいか、女顔のイギリス人が目の前で立ち止まっている事に微塵も気づいていない金髪少女は顎に手を当てながら、

 

「とにかく、このままだと計画が総崩れだ。そろそろイギリス清教の犬ドモがワタシたちを見つける頃だろうし……あーもー、こんなコトになったのも全部全部レッサーのせいだか、ら……な……?」

 

 ったくもー、と頭をガシガシ掻いたところで、少女がピシリと固まった。

 正確に言うと、彼女を凝視していたコーネリアとばっちり目が合ってしまっていた。

 あ、と口を間抜けに開く余裕なんてなさそうに、少女の顔に驚愕の色が浮かび始める。だらだらと大量の冷汗が頬を伝い、空色の瞳は不自然に上下左右に揺れている。

 「…………」ひくひくと頬を引き攣らせる、あまりにも怪しい少女と十秒間ほど見つめ合った後、コーネリアはジーンズのポケットから携帯電話を取り出すや否や最愛の恋人である聖人の少女へと電話回線を接続し、

 

「こちらコーネリア。なんか怪しい魔術師っぽい女を見つけたんでとりあえず捕獲するわ」

 

「くそっ! こんなところで敵に遭遇とかやっぱりツイてねえッッッ!」

 

 金髪VS金髪の無駄に眩しい追いかけっこが開幕した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 金髪少女ことフロリスは夜のロンドンを全速力で駆け抜けていた。

 赤と青の入り混じったラクロスのユニフォームのような衣服を汗で濡らしながら、その嫌悪感に顔を歪めながら、しかしフロリスの走りはかなり軽快だった。イギリスを変えるという革命的な計画の真っ最中である彼女にとって、こんな所で捕獲される事は最も避けたい事態であり、その為なら汗の嫌悪感ぐらい喜んで我慢するし、処刑塔送りにされないためにも力の限りの逃走を完遂する必要がある。

 故に、持ち前の逃げ足を駆使して逃げ回っているのだが。

 

「クソッタレ! どうして距離が一ミリも遠ざからないんだ!?」

 

「どうしてって言われてもなー俺が聖人だからだよって返すしかないしなー」

 

「余裕綽々ってかムカつくなあ!?」

 

 怠そうに答えを提示してくる金髪のイギリス人(女か男か分からないが、声的には男)にフロリスは涙目で中指を立てる。秘密兵器の『翼』を駆使すれば逃走できるかもしれないが、不幸な事に現在彼女がいるのは狭苦しい路地裏だ。彼女の『翼』を拡げるには少しばかり広さが足りない。

 余裕な態度で追跡してくる金髪の少年に恐怖を覚えながら、フロリスは仲間に向かって通信を飛ばす。しかし、彼女たちのリーダー格である銀髪少女・ベイロープに繋いだはずが、何故かその通信先は今回の大戦犯であるクソッタレ女・レッサーだった。

 

『へ、へるぷ、へるぷみーですよフロリス! 凄くマズイ! このままだと私は死ぬかもしれません!』

 

「アンタのせいでワタシも死に掛けてんだよフ○ック! 聖人に追われてる最中なワタシに気遣いの言葉一つぐらいかけてくれてもいいんじゃないの!?」

 

『聖人!? きゃははは、なにそれ最高ですねフロリス!』

 

「死ねッッッ!」

 

 怒りの全てを叫びに乗せ、フロリスは通信を切断した。あのクソ女では話にならない。とりあえずはベイロープに連絡を取って、この状況をどう打破するかをアドバイスしてもらわねば。レッサーへの粛清はその後にでも考えればイイだろう。通信術式に意識を向け、フロリスはもう一度連絡を試みる。

 しかし、彼女の通信が成功する事はなかった。

 その代わりとして、凄まじい握力で肩を掴まれ、凄まじい威力で路地裏の壁に背中から叩きつけられてしまった。

 

「が、ァ……!?」

 

「す、すまん、ちょっとやり過ぎた!」

 

 フロリスを壁に叩き付けた張本人である聖人の少年はパッと彼女の肩から手を離し、おどおどとした態度で急ブレーキをかけていた。「聖人の力の制御はまだまだ難しいな……」とか何とか言っていたが、背中への激痛で悶えるフロリスとしてはそんな言葉を認識している様子などない。

 (つ、翼は!?)叩きつけられたのは背中。そこに装着していた『翼』が壊れてはいないかと確認したが、その心配は杞憂に終わった。壁に打ち付けられたのはどうやら背中の下の腰辺りの様で、『翼』へのダメージは微々たるものだった。魔力を込めれば『翼』は開くし、『鋼の手袋』も損傷一つ負っちゃいない。

 

(逃げるためには戦うしかない。けど、相手は聖人だ。ワタシ一人で何とかなるのか……っ!?)

 

 『鋼の手袋』は彼女達『新たなる光』が生み出した高性能の攻撃霊装だ。雷神や農耕神として扱われているトールの神話をモチーフにして作られた、この世界に存在するありとあらゆるものを掴み取る女の子向けの霊装。それが彼女達が持つ唯一の武器である。

 しかし、その『鋼の手袋』を駆使したとしても、聖人に勝てる確率はそこまで高くはない。むしろ低すぎて絶望的だと言っても良いだろう。並の魔術師がどれだけ手段を行使してもそう簡単には撃破できない才能の塊――それこそが魔術サイドにおける『聖人』なのだ。

 フロリスは失った空気を必死に取り込みながら、肩に提げた『包み』に手を回す。そこには『鋼の手袋』が収められている。意識を集中させれば包みを破裂させて使用可能な状態となる絡繰りだ。

 

(やるなら即行、迷うだけ勝率は低下する。あーくそ、全ては神任せって奴だなこりゃ!)

 

「だ、大丈夫なのか? 怪我とかしてねえよな? あーもー、捕獲するだけの予定だったのに……さっさと力の制御をマスターしねえとやりにくくて仕方がねえ!」

 

 頭を抱えてあたふたしながら意味の分からない事を叫んでいる聖人の少年は、誰が見ても分かる程に隙だらけだった。

 そしてそれは、フロリスから見ても同様だった。

 故に、フロリスが取った行動は至ってシンプルなものだった。包みを爆散させる形で『鋼の手袋』を出現させ、手に取るや否や横薙ぎに振るう。その直前に四本の刃で壁を『掴み』取り、少年の側頭部目掛けて『鋼の手袋』と『壁の塊』を叩きつけた。

 思わず目を背けたくなる鈍い粉砕音が路地裏に響き渡った。

 (やったか!?)片目を瞑りながらの攻撃に勝利を予感したフロリスは開いた方の目で少年の頭部を確認し、そして一秒足らずで顔面を蒼白に染め上げた。

 

「痛たたたた……な、成程、聖人だと防御力も向上すんのか……普通だったら死んでたな、今の」

 

 少年は、平気そうな顔で立っていた。

 頭から血を流す事も無く、何かに感心したような表情を浮かべながら、少年はそこに立っていた。渾身の一撃だったのに、少年は傷一つ無い様子だった。

 はあ? とフロリスの口から場違いな声が漏れた。確かに並みの魔術師と比べて聖人は規格外の存在であるが、流石にここまでバカみたいな存在だとは思ってもみなかった。目の前の光景があまりにも信じられないもの過ぎて、フロリスの思考にはぽっかりと空白が生じてしまっていた。

 

「ちょっと前の俺みたいで、かなり懐かしい表情だから心が痛むけど……」

 

 目を剥くフロリスに少年は申し訳なさそうな顔をしながら、

 

「ここでお前を逃がすと恋人にキレられるかんな。ちょっとばっかり眠ってもらうぜ」

 

 かなり俗っぽい理由だなオイ。そんなツッコミを入れるよりも先に、フロリスの意識は深い闇の中へと強制送還されてしまった。

 

 




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Trial64 鋼の手袋

 コーネリアの能力範囲を『半径十メートル』から『半径五メートル』へと変更しました。


 『新たなる光』が一人・フロリスを捕獲したコーネリアだったが、彼女を神裂へと引き渡す前に、彼は更なる騒動に巻き込まれてしまっていた。

 

「くそっ! 考える暇とか落ち着く余裕とかなく『騎士派』の連中が襲ってくるとか……何がどうなってんだ!?」

 

 叫び、走るコーネリアの背後には、甲冑を見に纏った複数人の騎士の姿が。流石に聖人であるコーネリアに追い付くことはできちゃいないが、それでも撒く事が出来ないでいる。重い甲冑を着てるのに何で!? とコーネリアは首を傾げるが、実のところタネは簡単だ。

 『騎士派』に所属する全騎士が、『天使』としての力を振るっているから。

 『天使』としての力と言っても、それは部分的でしかない。しかし、どんなに部分的だろうが、それが『天使』の力である事には変わりはない。流石の聖人でも天使には勝てず、よってコーネリアは彼らから逃げられないでいた。

 この絡繰りの元凶は、『新たなる光』が密かに運んでいた『カーテナ=オリジナル』だ。『カーテナ=セカンド』などという模造品とは比べ物にもならない、英国最大級の霊装。選定の剣とも呼ばれるカーテナ=オリジナルを手にした第二王女キャーリサにより、全ての騎士が物理的にパワーアップしている訳だ。

 かつてのコーネリアだったら、『過去の遺産』によってこの事実に気付くことができただろう。だが、今の彼はとある人物との別れによって『過去の遺産』を失っている。前知識がない今の彼では、現在状況を精密に解析する事すら難しい。

 だから、今はとにかく逃げるしかない。

 捕獲対象であったフロリスを小脇に挟み、『鋼の手袋』を片手に持ちながら、夜のロンドンを駆け抜けるしかない。

 と。

 

「ん、ぅ……ん!? あ、あれ? ここはどこ、ワタシはフロリス!」

 

「目覚めると同時にお決まりの台詞をどうもありがとう! とりあえず能天気すぎてムカつくから殴っても良いですかねえ!?」

 

 寝惚け眼を擦るフロリスに、コーネリアはヒクヒクと頬を引き攣らせる。

 

「え、えーっと……とりあえず、これってどういう状況な訳? 何でワタシを捕まえる側だったアンタが逃げてるの?」

 

「それは俺が聞きてえよ。っつーか、お前らって結局どの組織に協力してたんだ?」

 

「騎士派だけど――って、これって言っちゃダメなヤツなんだっけ?」

 

 まーいいや。クソ公僕は最初っから気に入らなかったしー、と滑った口を塞ぐことも無く更に余計な言葉を吐き出すフロリス。

 そんな彼女がずり落ちそうだったので腕力のみで抱え直し、コーネリアは建物の屋根に飛び移りながら彼女との問答を続行する。

 

「今回の首謀者は!? 場合によっちゃあそいつを真っ先にぶっ潰してこの騒動を終わらせる!」

 

「凄くヒーロー顔負けな事でこっちが恥ずかしいんだけど、それは無理なんじゃないかなー」

 

「分かってると思うが、俺はこれでも聖人だ。並の魔術師が無理だとしても、俺ならやれるかもしれねえ。それを大前提に置いて、さっさと首謀者の名前を吐きやがれ!」

 

 言いながら、馬鹿な事をほざいているなと思った。確かにコーネリアは生まれてからの聖人だ。しかし、聖人として目覚めたのはついこの間、しかも完全に力を制御できるようになっている訳じゃない。そんな不完全な状態だと言うのに、自分を『聖人』だと紹介する。なんて馬鹿らしいのだろう。こんなの、虎の威を借る狐と何ら変わりはない。

 しかし、虎の威だろうが核兵器だろうが、使えるものはとことん使う。それで平和が作れるのなら、それで自分が手に入れた小さな幸せを護れるのなら、どんな手段でも行使してやる。例えそれが卑劣で卑怯な方法だろうと、大切な人たちを護る為ならば行使する事に何ら躊躇いはない。

 そんな覚悟と決意が込められたコーネリアの瞳を見て、フロリスは溜め息を吐く。

 

「成程、アンタは底抜けの馬鹿だって事か」

 

 ―――だけど、最高に面白い馬鹿だ。

 ニシシ、と悪戯っぽく歯を出して笑い、そしてフロリスは言った。

 

「第二王女キャーリサ。ソイツがワタシたちを使い走りにした親玉の名さ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第二王女キャーリサ。

 今回の事件の首謀者は、他の誰でもない、このイギリスを統べる一族の一人だった。

 彼女の協力者――いや、彼女に利用されていたフロリスの口からそれを伝えられたコーネリアは自分の母国を裏切った第二王女に怒りを覚え――

 

「なーんだ。予想通り過ぎて拍子抜けだな」

 

 ――ることもなく、あっけらかんと凄い事を言い放った。

 想定外で予想外。想像以上の反応を見せたコーネリアにフロリスは頬を引き攣らせる。

 

「ア、アンタ……イギリス人のくせにその反応は流石におかしいんじゃない? もっとこう、『まさか第二王女が……?』とか『許さねえ、野郎ぶっ殺してやる!』みたいな怒り演出が妥当だと思うんだけど……」

 

「確かにお前の言う通りかもしれんけどさ。俺を追い掛けてきてんのが『騎士派』の人間で、その『騎士派』に最も関わっているのが第二王女キャーリサなんだよ。『騎士派』のリーダーは騎士団長だが、アイツはこんな事を率先してやるような人間じゃない。っつー訳で結論、今回の首謀者はキャーリサです、っていう推論を持っていた訳だけどどうだろう?」

 

「……アンタ、聖人として前線に出るよりも文官として後方支援の方が向いてんじゃない?」

 

「聖人のくせに文官とか存在価値ねえだろ、そんなモン」

 

 人間離れした身体能力を持つ聖人が前線に出ないでどうすると言うのか。無駄に腕っぷしが強い文官なんて、現実世界では馬鹿みたいに不必要な存在でしかない。強い者は前線に出て、弱き者の為に奮戦する。これこそが正しい世界の在り方だろう。

 屋根から地面に飛び降り、ちら、と横目で後方を確認する。騎士たちは未だに背後から追って来ていて、このまま走り続けたところで逃げ切れるとは到底思えない距離にいた。

 

「さーて、これからどうするか……この逃走劇から脱さねえと、キャーリサのところに行く事すらできねえし……」

 

「アンタ聖人なんだから騎士の一人や二人ぐらい倒せるだろが! ここでそれを使わないとか、宝の持ち腐れもいいところじゃん!」

 

「そうしてえのは山々なんだが、武器がねえんだよ、武器が。一応は『荊棘領域』っつー荊の能力があるにはあるが、これは俺の身体とその半径五メートルにしか使えねえし……」

 

 聖人としての力を振るえば確かにこの状況から脱する事が出来るかもしれない。だが、未だに聖人の力を制御するに至っていない今の彼では、騎士たちを誤って殺してしまうおそれがある。

 それならば、荊で騎士を拘束してしまえばいい。それも選択肢ではあるが、その為には騎士を自分から五メートル以内の範囲にまで近づけさせなければならない。荊を展開するよりも先に霊装『ブリューナク』を使われてしまえば、怪我を負ってしまうのはこちらだ。危険度があまりにも高すぎる。

 聖人原石という唯一無二のチート体質を持っているというのに、その両方が使い物にならないというこの最悪な状況。だからこそ武器を求めて『明け色の陽射し』に戻ったというのに、妹の暴走のせいでそれも叶わず。不幸もここまで行けば笑い話である。

 さあ、どうする? 聖人としては戦えない、荊を使うにはリスクが大きすぎる。しかし普通の人間としての力では簡単に負けてしまう。万事休すで八方塞り。この状況を打破する手段は―――

 

「―――いや、ある。一つだけ、方法はある!」

 

「だったらさっさとアイツら倒しちまえよ! 言っとくけど、この体勢、意外と辛いんだからな!?」

 

「……五月蠅いから置いて行こうかな」

 

「うおおおおおい! ワタシは確かに『騎士派』に協力してたけど、今は用済みなんだ。捕まったが最後、口封じのために殺されちまうよ!」

 

「一緒に居るだけで狙われそうだから、やっぱり置いて行こうかなあ」

 

「袖擦り合うも多生の縁! 最後まで付き合うぜ、女顔!」

 

「やっぱり置いて行こうかなあ!」

 

 余計な事しか言わないフロリスだが、敵の情報を持っているし、一応は捕虜としての価値もある。ここで捨てていくのは簡単だが、せっかく捕まえたのだ。精神的ダメージは大きいかもしれないが、ここはぐっと堪えて同行を許すことにしよう。

 新たな仲間フロリスを獲得したコーネリアは彼女の小脇に挟んだまま、もう片方の手に持っていた『鋼の手袋』を彼女の眼前に差し出す。

 

「この武器! 今の間だけ借りるかんな!」

 

「背に腹は代えられない、か……後で代金徴収するからそのつもりでお願いしまっす!」

 

「お前を武器として振り回してやってもいいんだが?」

 

「いつでもどこでも好きなように使ってくれよ、旦那!」

 

 あまりにも清々しい掌返しに軽い頭痛を覚えてしまうも、コーネリアはすぐに行動を開始した。

 ――といっても、フロリスを背中におぶり、『鋼の手袋』を両手で構え、追ってくる騎士たちの方を振り返るという、至ってシンプルな行動でしかないが。

 

「この霊装の効果はっ? 簡潔に述べよ!」

 

「ありとあらゆるものを掴み取る!」

 

「成程――」

 

 四本の刃をガチガチと鳴らしながら空気を圧縮させて掴み取り、コーネリアはニヤァと妹譲りの邪悪な笑みをその可愛らしい顔に張り付ける。

 

「――凄く俺に相応しい武器な訳だな!」

 

 轟音が響いた。

 『鋼の手袋』によって圧縮された空気を甲冑の腹部に直接叩き込まれた騎士の一人は背中から壁に吹き飛び、一瞬で意識を失っていた。たかが空気と侮る事なかれ。大きく凹んだ甲冑が、その威力の高さを物語っている。

 追ってきていた騎士は全部で二人。その内の一人が一撃で倒された。あまりにもあっけなく劣勢に立たされた騎士(残りの一人)は霊装『ブリューナク』の先をコーネリアに突き付けながらも、彼に近寄れないでいた。

 『鋼の手袋』の四本の刃を何度も開閉させながらコーネリアは騎士に向かって中指を立て、日本語ではなく英語で挑発の言葉を口にする。

 

「どっからでもかかって来いよ、腰抜け野郎」

 

「ッ!」

 

 雷撃が轟き、辺り一面が閃光に包まれた。

 伝説の武器の名を冠する『ブリューナク』は雷撃を放つ霊装だ。その雷撃は神話に登場するオリジナルと比べるとやや威力が落ちるが、それでも人間一人を簡単に焼き殺せるだけの威力は持っている。真正面から受けて耐えられる者など、それこそ一握りであろう。

 コーネリアは、それを理解していた。

 だからこそ真正面から受けるのではなく、『鋼の手袋』でその雷撃を掴み取ることで攻撃から身を護っていた。

 

「生憎と、ビリビリには慣れてんでね!」

 

 雷撃を掴んだ状態の『鋼の手袋』を騎士の足元に叩き付ける。『鋼の手袋』による衝撃と圧縮された雷撃によって地面は紙切れの様に弾け飛び、傍に居た騎士の身体を宙に舞わせた。

 それは、致命的な隙だった。

 そして、そんな絶好の機会を見逃す程、コーネリアは鈍い人間ではなかった。

 

「脇役は大人しく寝てな。――この事件(イベント)はこの俺が終わらせてやっからよォ!」

 

 四本の刃が騎士の甲冑を抉り取り、そのままの勢いで腹部へと突き刺さる。

 腹から大量の血を垂れ流しながら崩れ落ちる騎士に背を向け、『鋼の手袋』を横に振る事で刃に付着した血液を近くの壁に撒き散らす。そして『太いシャフトの中に細いシャフトを収納できる』という機能を駆使して『鋼の手袋』を折り畳み、ベルトの金具にそれを無理やり取り付ける。

 一先ずの脅威を打ち倒したコーネリアはフロリスを背負った状態で、再び夜のロンドンを走り始めた。

 

「気に入った! この武器は俺のものにする!」

 

「武器じゃなくて霊装なんだけどなあってなに勝手に決めてやがるそれはワタシのだぞ!?」

 

「あ、あんまり暴れるなって! 胸が背中に押し付けられて落ち着かねえから!」

 

「んなぁっ!? こ、この変態女顔がああああああああああああああああっ!!!」

 

 ゴスゴスと頭部を襲うフロリスの拳に耐えながら、コーネリアは自分だけの物語へと足を進めていく。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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Trial65 特別でも何でもない

 『騎士派』の進行は思っていたよりも素早く、そして強大なものだった。既にロンドン全域は『騎士派』の手に堕ちていて、街のあちらこちらから炎や煙が上がっている。夜のロンドンにしては騒がしいのも、騎士と民衆の争いによるものだろう。

 そんな慌ただしいロンドンをとある民家の屋根から見下ろしながら、コーネリアはヒクヒクと頬を引き攣らせていた。

 

「甲冑纏った騎士様方がわらわらわらわら……凱旋パレードでも始める気かっての」

 

「そんな事より早くワタシの『鋼の手袋』を返してくれないかなぁ!? 丸腰なんだけど、丸腰!」

 

「背中に翼生えてんだから、それで戦えばいいんじゃね?」

 

「鳥が翼でライオンに勝てると思うなよ!」

 

 隣で同じように寝転がってギャーギャー喚いているのは、事流れ的にコーネリアと行動を共にする事になった『新たなる光』のフロリスだ。先の戦いで『鋼の手袋』という霊装をコーネリアに奪われた彼女は単独行動をする訳にもいかず、こうして何度も返却願いを出しているのだが、コーネリアはそれを棄却。そんなやり取りがずるずると続き、今に至るという訳だ。

 ゴッ! と拳で屋根を叩き、フロリスは目尻に涙を浮かべる。

 

「はぁ……こんな性格破綻者と一緒に居たら、命がいくつあっても足りないっての」

 

「言っとくが、お前を護れるだけの強さは持ち合わせてねえかんな? 自分の身は自分で守ってくれると助かる」

 

「その為の自衛手段を奪っといて偉そうに言うなよな!」

 

「別に返してもいいが、俺を攻撃するのはナシだからな?」

 

「………………ソ、ソンナコトシナイヨー?」

 

「よーし、フロリスミサイル装填準備ー」

 

「笑えない笑えない笑えない! 流石にそれはマジで笑えないってばー!」

 

「チッ!」

 

「舌打ち!?」

 

 身体を担ぎ上げられて投擲される一歩手前のところで、コーネリアは彼女を解放する。撃破されたり重傷を負ったりと様々な逆境に晒されている『新たなる光』のメンバーの中でも、彼女は特に最悪な境遇に立たされているかもしれなかった。これなら普通に『騎士派』の奴らに捕まった方が何倍もマシだったのでは? と首を傾げてしまうのも致し方ない事かもしれない。

 街を歩く騎士に「うへえ」と露骨に嫌そうな声を漏らしながら、フロリスはコーネリアに顔を向ける。

 

「それで、これからどうするのさ。首謀者である第二王女をぶっ飛ばすって言っても、何処にいるかも分からないんだからどうしようもないと思うんだけど?」

 

「そうだなぁ……とりあえず、こういう時だけ頼りになる妹にでも情報提供を求めてみるよ」

 

「妹? なに、アンタの妹は情報屋でもやってるの?」

 

「魔術結社『明け色の陽射し』のボス、って言ったら誰だかわかるな?」

 

「レイヴィニア=バードウェイ!?」

 

 ズザザザッ! と距離を取るフロリスの首根っこをコーネリアは迷わず掴み、自分の傍まで引き戻した。

 

「うぐぶぅっ!」

 

「なに逃げてんだよコラ」

 

「れ、レイヴィニア=バードウェイが妹だって事は、アンタはあのコーネリア=バードウェイなんだろ!? そ、そんなヤツと一緒に行動なんてお断りだ! 世界一不幸な聖人原石は世界屈指の賞金首なんだからな!」

 

「オイ待てコラ待てちょっと待て。誰が世界屈指の賞金首だ! 俺は何も悪事なんて働いてねえぞ!?」

 

「存在自体が騒動の種なんだろが、アンタは!」

 

「ぐっ……」

 

 図星も良い所だった。レイヴィニア=バードウェイの兄として生まれてきた時点で騒動の種だというのに、そこに聖人原石という不幸の象徴が合わさっているのだから、そりゃあ他人から嫌がられるというものだ。聖人は運勢的には幸運な方なのだが、そもそも生まれた時からの不幸者なので、おそらくは聖人としての幸運を純粋な不幸で跳ね除けてしまっているんだろう。

 自身の悲しい境遇を再認識し、目尻に涙を浮かべるコーネリア。

 そしてベルトに接続していた『鋼の手袋』を外し、フロリスにそれを差し出した。

 

「…………え?」

 

「何だよ。お前が返せっつったんだろうが。大人しく受け取れよ」

 

「い、いや、それはそうなんだけど……どういう風の吹き回しなの? さっきまであんなに頑なに返さないって言っていたのに……」

 

「俺と一緒に居たら騒動に巻き込まれるっつったのはお前だろ? キャーリサの共謀者であるお前を解放するのは気が引けるが、既にお前らの役目が終わっている以上、人質としての役割を果たせるとは思えねえ。そんなお前を俺の身勝手に付き合わせる気にもなれねえ。――だから、お前はこれから好きにしたらいい。国外に逃げるでも仲間を助けるでも、お前のやりてえ通りにやりゃあ良いよ」

 

「……アンタ、本当に純粋な馬鹿なんだな」

 

「生憎と、周りに馬鹿ばっかりが集まってたもんでね」

 

 類は友を呼ぶ、とは少し違うかもしれないけれど、おそらくは影響されてしまったんだと思う。誰よりもヒーローな上条当麻や誰よりも優しい神裂火織という馬鹿に、心の芯から変えられてしまったんだろう。

 屋根に手を付き、ゆっくりと立ち上がる。眼下には未だに複数の騎士が見受けられ、ここから動くだけでも見つかってしまうことは自明の理、火を見るよりも明らかな事実だった。

 そんな状況にも拘らず、コーネリアはフロリスに邪気のない笑顔を向ける。

 

「俺はもう行くよ。だからお前も、死なねえように頑張れな」

 

「あ、オイ、待っ――」

 

 フロリスの制止を無視し、コーネリアは屋根から下へと飛び降りた。フロリスが慌てて下を覗き込むと、そこには十人以上の騎士から逃げる金髪の女顔少年の姿があった。

 割とあっさり返却された『鋼の手袋』を胸に抱き、フロリスは僅かに口を尖らせる。

 

「……何なんだよ、アイツ」

 

 そう呟く彼女の顔は、困惑と興味、二つの色を含んでいた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 騎士の追跡は割と簡単に撒く事が出来ていた。

 いくら『天使』の力を部分的に扱えると言っても、相手はただの人間だ。音速での行動を可能とする聖人が本気を出せば、振り切る事ぐらい朝飯前である。先程はフロリスというお荷物を抱えていたから本気を出せなかっただけで、両手が空いている今のコーネリアならば目で捉えられない速度で街を駆け抜けることは容易な事だった。

 まぁ、本気で駆け抜けた結果、街を外れて暗い森の中へと迷い込んでしまっているのだが。

 

「ま、参ったなぁ。まさか急停止に失敗して、こんな所に辿りついちまうとは……マジで早く聖人の力を制御できるようにならんと、まともに戦うことすら難しいぞ」

 

 力の加減はともかくとしても、運動速度ぐらいは手中に収めなければ。移動の度に停止地点が百メートル以上ズレるなんて笑い話にもなりはしない。神裂にこれ以上の迷惑と心配を掛けないようにするためにも、出来るだけ早く制御を完璧にしなければならないだろう。

 と。

 ジーンズのポケットから、けたたましい着信音が鳴り響いた。

 森の中なのに圏外じゃねえのな、とどうでも良い事を呟きながら、コーネリアは通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。

 

「はい、もしもし、コーネリアですけど」

 

『お前の大好きなレイヴィニアだよ、この愚兄』

 

「……お前から電話を掛けてくるとか嫌な予感しかしねえんだが」

 

『人に頼る事が大好きなお前のことだから、私に何かを頼むだろうと思っての電話だったんだが……その様子だと必要なさそうだな。それじゃあ、あとは一人で頑張りたまえ』

 

「ちょっ!? 必要だよ、マジ必要! お兄ちゃん、レイヴィニアの助けを借りたいなあ!」

 

『そうかそうか、お兄ちゃんは私がいないと本当に駄目なんだからなあ、もう!』

 

 レイヴィニアの嬉しそうな声を聴きながら、コーネリアは傍に生えていた木を殴り倒していた。まさか妹のワザとらしい甘えた声でここまでイラつこうとは……いかんいかん、怒りを収めて話に集中せねば。

 深呼吸で憤怒を霧散させ、コーネリアは落ち着いた口調で彼女に言う。

 

「イギリスが今どんな状況なのか、大体は把握してるよな?」

 

『我儘姫が強い玩具を手に入れて調子に乗っている、という事ぐらいはな。ったく、あの王冠ババァが。娘を甘やかしてばかりいるからあのような我儘女に育つんだろうが……』

 

 お前が言うな。

 

「そ、そうか。状況を理解してんなら話は早い。その我儘姫の居場所を教えてくれねえか?」

 

『その前に、一つ聞かせてもらうぞ。まさかとは思うが、お前は一人でこの事件を解決しようとしているんじゃあないだろうな?』

 

「……どういう意味だ?」

 

『もし本当にそうなのだとしたら、やめておけ。いくらお前が聖人だからと言っても、あの我儘姫には――いや、カーテナ=オリジナルを手にしたキャーリサには勝てないよ』

 

 冷たく、それでいて現実味のある言葉だった。

 一瞬だけ、本当に一瞬だけ言葉を失うも、すぐに我を取り戻し、コーネリアはレイヴィニアに抗議の声を上げる。

 

「そ……そんなの、やってみなけりゃ分かんねえだろ。前までの俺じゃねえんだ、もしかしたらキャーリサを倒しちまって、そのまま今回の事件を終わらせる事が出来るかもしれねえだろ」

 

『無理だよ。神裂火織やウィリアム=オルウェルならともかくとしても、お前では無理だ。挑むだけ無駄だ、試すだけ無謀だ。大人しく尻尾を巻いて蚊帳の外まで逃げ帰る事をお勧めするよ』

 

「――――――、な」

 

 今度こそ、何も言えなかった。

 実の妹に、五歳も年が離れている幼い少女を相手に、コーネリアは完全に言葉を失っていた。

 電話の向こうでレイヴィニアは小さく溜め息を吐き、

 

『お前は自分が特別な存在になったとでも思っているようだが、それは全くの間違いだよ。確かにお前は世界に二十人といない聖人だが、何も特別な訳じゃない。――聖人である。ただそれだけの、至って普通の無力な人間でしかないんだ』

 

「ただの聖人でしかない、無力な人間……?」

 

『手に入れた強大な力に溺れるなよ、一般市民。お前は無力だ、お前は平凡だ。ただ、聖人としての体質を持って生まれ、ただ、原石としての体質を持って生まれてきた。ただそれだけの、大した力も持っていない、無力で平凡な一般市民なんだよ、お前は。今までのお前と何ら変わらない。レイヴィニア=バードウェイの兄でしかない、コーネリア=バードウェイ。世界屈指の実力者でも世界最強の魔術師でもない。――レイヴィニアの兄である。それがお前の存在価値なんだ』

 

 コーネリア=バードウェイは、特別でも何でもない。

 その言葉が胸に深く突き刺さり、彼の肉体に激しい脱力感を与えていた。胸にぽっかり穴が開いたようで、呼吸をするのも苦しくて仕方がない。特別でも何でもない、そんな言葉を告げられただけで、何故こうも頭痛が止まらなくなるのか。

 

『今までの様に、私に頼れよ。頼って縋って依存して――それがお前にはお似合いだよ、お兄ちゃん』

 

 それがトドメだった。

 不快な言葉を発する携帯電話を握り潰し、地面に投げ捨て踏み躙る。踏んで踏んで踏んで踏んで、中の機械が土に埋まって見えなくなるまで、地面を蹴り続けた。

 もしかしたら彼女は、コーネリアを気遣ってあんな事を言ったのかもしれない。大切な兄を死地に送り込みたくないから、あんな辛辣な言葉を吐いたのかもしれない。

 だが、そんな『もしかしたら』の本心は、コーネリアには届かない。

 

「俺が、俺が終わらせるんだ……だって、この物語の主人公は俺なんだから。俺がやらなくちゃ、他の誰でもねえ、この俺が、この事件を解決しなくちゃならねえんだ……」

 

 譫言の様に呟く彼の顔は、何かに憑りつかれたかのように霞んでいた。爪が皮膚に食い込む程に握り締められた拳から血が流れ出ている事にも気づかない程に、彼の心は酷く傷ついていた。

 そんな彼に追い打ちをかける様に、物語は先へと進む。

 

 

 何かが、彼の目の前を横切っていった。

 

 

「――――――、え?」

 

 それは、コーネリアの前を通り過ぎると、人形のように地面を転がった。

 それは、ポニーテールと奇抜な衣服が特徴的な少女だった。

 それは、コーネリアが世界で一番愛している、神裂火織と呼ばれる少女だった。

 

「――――――、え?」

 

 間抜けな、それでいて呆けた声がコーネリアの口から漏れる。予想だにしない光景を前に、身体は一ミリたりとも動かなかった。

 そんな彼の視界の外から、男の声が聞こえてきた。

 

「聖人と言っても、こんなものか」

 

 酷く、酷くつまらなそうな声だった。

 声がした方を向くと、そこにはスーツを纏った金髪の男が立っていた。三十代ぐらいだろうか、やや若作りをしている、凛々しい顔立ちの男の姿がそこには在った。

 その男が『騎士団長(ナイトリーダー)』と呼ばれる存在である事に、コーネリアはすぐに気づいた。

 だが、そんな事はどうでも良かった。彼がどんな存在かなんて、コーネリアにとっては些細な事でしかなかった。

 コイツが、火織を痛めつけたのか。

 コイツが、火織を傷つけたのか。

 コイツが、コイツが、コイツがコイツがコイツがコイツがコイツがコイツが――――――ッ!

 

「…………許さ、ねえ」

 

「うん? 貴様は、あの時の……」

 

「許さねえ。許さねえ! 許さねえッッッ!」

 

 ボゴォッ! と地面が大きく歪み、その下から無数の荊が姿を現す。

 実の妹に無力を嘲笑われ、大切な少女を傷つけられた少年の顔は、純粋な憤怒の色に染め上げられていた。

 握られた拳は鉄塊の如く、食い縛られた歯は野獣の如く。

 世界で五十人といない原石でありながら、世界で二十人といない聖人でもあるコーネリア=バードウェイは地面に転がる一人の聖人を背後に庇うようにして仁王立ちし、喉が枯れる事も厭わずにあらん限りの叫びを上げる。

 

「顔が潰れるまで殴り倒してやる! 俺が、この俺が、他の誰でもない、コーネリア=バードウェイが、テメェを殴り殺してやるから覚悟しやがれ!」

 

 冷静さに欠ける暴力的な言葉は、彼がどれだけ怒っているかを顕著に表していた。

 

 




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Trial66 力の差

 今回はキリが良い所で切ったので、普段よりも少し短めです。


 聖人であるコーネリアにとって、大抵の人間は本気を出すには値しない。まだ聖人の力を完全に制御できてはいないが、それでも、蹴りを放つだけで人は吹き飛び、拳を叩き込むだけで意識を刈り取る事が出来る。聖人とはそれほどまでに異常な存在なのであり、騎士団長の様な生まれながらの人間では相手取る事すら難しい存在と言える。

 だが、コーネリアと同じ聖人である神裂は、騎士団長に敗北した。

 どんなトリックを使ったかなんて知らない。ただ、神裂を撃破している時点で彼が油断ならない敵である事は、興奮状態のコーネリアでも理解できている。

 ―――しかし、考えるよりも先に、身体が動いていた。

 

騎士団長(ナイトリーダー)ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 自分の周囲半径五メートルの範囲にある地面から無数の荊を出現させ、騎士団長へと襲い掛からせる。怒りによって能力の制御が緩慢になっているせいか、コーネリアの身体のあちらこちらからも荊が生えている。荊の棘によって皮膚は裂け、所々に血が滲み始めてさえいた。

 雨の如く降り注ぐ荊を、騎士団長は最低限のステップだけで華麗に回避する。まるで舞踏会に参加しているかのように舞い、全ての荊を、棘が皮膚に掠る事も無く避け切った彼の顔には、汗一つ浮かんでいない。

 

「攻撃が単調だな。聖人が聞いて呆れる」

 

「ッ!」

 

 荊が駄目なら両の拳で。地面を勢い良く蹴りつけ、一瞬で騎士団長の前へと躍り出るコーネリア。急停止が困難な移動手段であるが、その障害を地面に足を食い込ませる事でなんとか乗り越え、速度を乗せた拳を騎士団長の顔面に叩き込んだ。

 名状しがたい轟音が、夜の森に響き渡る。

 確かな手応えがあった。渾身の拳を憎き敵にブチ込んだ、そんな感触が確かにあった。聖人の本気の右ストレートを普通の人間が耐えられる訳がない。頭が爆発四散していてもおかしくはないだろう。

 コーネリアの顔に、邪悪な笑みが刻まれる。上条当麻でも一方通行でも浜面仕上でもない、コーネリア=バードウェイが強敵を打ち倒した。達成感と優越感が胸を満たし、彼を笑みを更に深くさせ――

 

 

「……聖人と言っても、こんなものか」

 

 

 ―――笑みが凍りつくのを感じた。

 渾身の力を込めてはなった右拳の先に、騎士団長と呼ばれる男の姿があった。一歩も後ろに下がった様子はなく、まるで地面に根が張り巡らされているかのように、男はコーネリアの拳を真正面から受け止め切っていた。

 頭が爆発四散するどころか傷一つ負った様子のない騎士団長は乱れた髪を手で掻き上げながら、つまらなそうに言った。

 

「今のが貴様の本気か? だとしたら、力不足にもほどがあるな。神裂火織の方がまだ骨があったぞ」

 

「嘘、だろ……せ、聖人の拳を受けて、傷一つねえ、だと……っ!?」

 

「聖人と言っても、所詮は一魔術師に過ぎない。それに対し、私は『騎士派』の長である騎士団長だ。そして現在、私は『天使』の力を行使できる立場にある。私を倒したいのならば、どんな手を使ってでも国外に引きずり出す事をお勧めするが?」

 

 無茶苦茶だった。

 理不尽と言ってもいい。

 いくら『天使』の力を行使できると言っても、聖人と真正面から渡り合い、しかもそれを凌駕してくるなんて誰が予想できただろうか。今、眼前で繰り広げられた光景から察するに、幼い子供が考えた『自分だけの最強の主人公』のような強さを今の騎士団長は所有しているということになる。それ程までに馬鹿げた敵に、果たして自分は勝てるのか?

 ここにきて、『聖人』としての自信が揺らいだ。

 レイヴィニアの言った通りだった。『聖人』だからと言って、全ての者に勝利できる訳じゃない。新たに手に入れた力に溺れ、自分に酔った結果がこれだ。大切な少女を傷つけられ、頭に血が上り、冷静な思考能力を失った結末がこれだ。

 

(何も……何も出来ねえじゃねえか。火織を傷つけた奴を倒す事さえ、出来ねえじゃねえか……っ!)

 

 そもそも、自分よりも強い神裂が敗北した敵に勝てる訳が無かったのだ。そんな騎士団長よりも強い力を得ているキャーリサを倒す事なんて、更に不可能な事だ。レイヴィニアが「やめておけ」といったのも今となっては頷ける。

 たった一撃、たった一発、攻撃を放っただけで力の差を見せつけられたコーネリアの身体から力が抜ける。地面に膝から崩れ落ち、力のない表情で地面をただただ見つめる始末だ。

 そんな彼を上から見下ろしながら、騎士団長はつまらなそうに溜め息を吐いた。

 

「ここで足止めを食らっている暇はないのでな。一撃で、一切の容赦なく打ち倒させてもらう」

 

 指を動かし、関節を鳴らし、最後に右の拳を力いっぱいに握る。

 項垂れるコーネリアの頭に狙いを定め、無粋な男はつまらなそうな顔でその拳を放った。

 ドッ! という轟音と共に空気が震えた。

 周囲の木々は大きく曲がり、地面には巨大なクレーターが構築された。森の中を激しい風が吹き抜け、騎士団長の金髪をバサバサと揺らす。巻き上がった土煙が辺り一面を覆い、無粋な男は思わず目元を手で覆った。

 土煙が晴れ、男はゆっくりと瞼を開く。

 

「…………あ?」

 

 彼らしくない、野蛮な声が口から漏れた。

 それは、ねじ伏せたはずの少年の姿が何処にも確認できなかったが故に発せられた疑問の声だった。

 乱れた髪を掻き上げ、崩れた襟元を整え、無粋な男は深い森の奥を鋭く見つめる。

 

「……逃げられたか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「だーっ! 危ない、危機一髪! あと一秒遅れてたらワタシは木端微塵でジ・エンドだったってのっ!」

 

 深い森にある一本の木の陰で、フロリスは真っ青な顔で毒づいていた。

 彼女の傍らには、コーネリアと呼ばれる女顔の少年の姿が。どうやら意識を失っているようで、固く閉じられた瞼がなんとも可愛らしい。

 木に凭れ掛かって気絶しているコーネリアを横目で見ながら、フロリスは複雑そうに歪んだ顔を手で覆う。

 

「あーもー、なーんでワタシはこんな奴を助けちゃったのかなー」

 

 コーネリアと別れた後、フロリスは『新たなる光』の仲間を探しに行くのではなく、こっそりと彼の後を追っていた。何でそんな行動をとってしまったのかは今となっても分からないのだが、とにかく、彼に気配を悟られないように細心の注意を払いながら、コーネリアを尾行していたのである。

 割と本気で自分の行動が理解できないでいながら尾行を続けていたのだが、その途中でコーネリアと騎士団長が戦闘を開始し、フロリスは慌てて近くの木陰に身を隠した。『騎士派』の長と聖人の戦いなんて、余波に巻き込まれるだけでも命に関わる。故に出来るだけ遠くから二人の戦いを見守っていたのだが、コーネリアがトドメを刺される直前、何故か彼を命がけで助けてしまったのだ。

 

「痛い目に遭わされて無理やり引っ張り回されただけの間柄だってのに、なんでコイツの事がこんなに気になるんだ?」

 

 こんな気持ちは初めてだった。好意がある訳じゃない。憎むべき敵であるはずなのに、どうしてか憎めない――そんな気持ちだった。顔を見た時に胸が締め付けられてしまうのも、理解不能で頭がどうにかなってしまいそう。

 助ける必要なんてなかったはずなのに、気付いた時には身体が動いてしまっていた。見捨てれば良かったのに、どうしてか命がけで助けてしまった。

 

「……はぁぁ。まったく、何でワタシがアンタなんかを助けなくちゃならないんだっての」

 

 隣で気を失っているコーネリアの頭を軽く殴る。僅かに重心をずらされた少年は大きく揺れ、その結果、フロリスの肩に頭を置く姿勢へとシフトしてしまった。

 直後、フロリスの顔面が紅蓮に染め上げられた。

 

「な、なななななななななな……ち、近い、近いって! い、いいいいやいやいや、べ、別に照れるような事じゃないし! あ、相手は気絶してんだ、恥ずかしがることは何一つないはずだ! お、落ち着け、落ち着くんだフロリス。クールになれ、ワタシ。『新たなる光』の中でもワタシはクールなキャラ――」

 

 コーネリアの口から漏れた息が、フロリスの首を軽く撫でた。

 

「ひっきゃぁあああああああああああああああああっ!? い、いきなり何しやがんだこの変態がぁああああああああああああああああああああっ!?」

 

「ぶぐぉおおっ!?」

 

 アツく握られた拳が頬に直撃し、一瞬だけコーネリアに意識が戻るも、あまりの激痛に彼の意識は再び闇の中へと葬り去られた。

 

 




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Trial67 浮気者

 応募用小説の執筆がひと段落ついたので、更新再開です。

 お待たせしてしまって本当に申し訳ありません。


 フロリス渾身の右ストレートによって意識を取り戻したコーネリアは赤く腫れた頬を擦りながら、今の状況に対する問いを提示する事にした。

 

「それで、これってどういう状況な訳? 何でフロリスがここにいんだよ」

 

「うるせえ聞くなワタシにも分からねーんだよ」

 

「何だよそれ……」

 

 そして何故そんなに顔を朱くしているのか。新たな疑問が浮上したが、コーネリアはあえて問い質さなかった。わざわざこの場で聞くような事でもないだろうし、彼女が話したがらないのならこちらも根掘り葉掘り探りを入れるような真似をする必要はない。しかも彼女は命の恩人だ。恩ではなく仇を返すような真似は出来るだけしたくはない。

 口を尖らせて若干不機嫌そうなフロリスに、コーネリアは頭を下げる。

 

「状況は分かんねえけど……とりあえず、さっきは助けてくれてありがとう。お前がいなかったら今の俺はいねえだろう。本当にありがとう」

 

「な、なに畏まってんだよバカ。言っとくけどな、ワタシとアンタは敵同士なんだ。慣れ合いなんて求めてはないんだからな。勘違いするなよ!」

 

「……もしかして美琴属性?」

 

「は? ミコトゾクセイ? なんだそれ」

 

 可愛らしく首を傾げるフロリスにコーネリアは「何でもねえよ」と被りを振る。

 

(……さて、これからどうすっかな)

 

 騎士団長には勝てなかった。これから火織と合流し、二人の力を合わせて騎士団長を打ち倒すという選択が無い訳ではないが、あそこまで圧倒的に負けたのだ、一人が二人になろうが大して結果は変わらないだろう。無責任で悪いのだが、騎士団長に関しては自分と火織よりももっと強い誰かに任せる事で思考を放棄する事にする。

 問題は、第二王女キャーリサだ。

 今回のクーデターの主犯格。カーテナ=オリジナルを手にし、最強の騎士派を従えたことで国内最強の戦力を保有する事になった最悪の敵。王女三姉妹の中で最も凶悪で、それと同時に個人としての戦闘力も高い。そんな敵をどうやって倒すか―――それが一先ずの問題だ。

 カーテナ=オリジナルがなければ事は簡単に運んだだろう。負傷しているとはいえ、こちらには聖人が二人もいる。騎士団長はともかくとしても、キャーリサぐらいなら簡単に撃破できるはず。そう、カーテナ=オリジナルさえなければ、の話だが。

 しかし今更、空想や仮定の話をしても仕方がない。今目の前に広がっている現実を認識し、思考し、行動する事が大切なのだ。甘い夢物語に逃げては駄目だ。辛い現実にどう対処するか、それを考える必要がある。

 

(っつー訳で、とりあえずの標的はキャーリサだ。聞いた話とかから察すると、アイツはフォークストーンに向かってる感じだったが……)

 

 そこでコーネリアは何かを思い出したようにふと顔を上げ、隣でつまらなそうに前髪を弄っていたフロリスの肩を掴みながらずずいっと急接近した。

 勿論、フロリスは真っ赤な顔で悲鳴を上げる。

 

「ふおおっ!?」

 

「なぁ、おい! そういえば、フォークストーン行きの貨物列車は此処から割と近い所を走ってたよなっ?」

 

「え、ええ? ええと、そうね……うん。アンタの言う通り、ここからそこまで離れてない場所に線路が通ってて、そこを貨物列車が通ってるはずだ。でも、今、その列車が何処にいるのかまでは分からないよ? もしかしたらもうフォークストーンに到着しちまってるかもしれない」

 

「そこは賭けだな。お前の『翼』と俺の『速度』を駆使すりゃあ、もしかしたら追い付けるかもしんねえ」

 

「というか、何で貨物列車なのさ。フォークストーンに行きたいのなら自分で走って向かえばいいだろ。アンタ聖人なんだしさ」

 

「線路を辿って走った先がフォークストーンとは真逆でした、なんて展開は御免なんだよ」

 

「アンタ一応イギリス人だよな……?」

 

「げふん」

 

 今世はイギリス人で前世は日本人なので事実上はイギリス人のハーフと言っても過言ではない気がするのだが、とりあえずは咳き込んで目を反らすことで誤魔化した。話をややこしくする必要はない。というか、話したってどうせ信じてもらえないだろう。

 フロリスの肩を掴んだまま、コーネリアは会議を続ける。

 

「フォークストーンにさえ辿りつきゃあこっちのモンだ。あのクソ王女様を殴り倒してクーデターを終わらせられる」

 

「そんな簡単な話じゃないと思うけどなぁ」

 

「慢心はしてねえさ。ただ、それが一番手っ取り早い。それに、お前が協力してくれりゃあ、成功の確率はぐっと上がる。もしかしたらお前らの処分の話も無くなるかもしんねえな」

 

「ああ、そうか。ワタシたちって結局は罪人扱いになっちまうのか……忘れてた」

 

「自分の命の管理ぐらいちゃんとしようなー?」

 

 この世界の人間ってのはどいつもこいつも自分の命を軽んじすぎている気がする。もっとこう、自分に甘い奴らが多くてもいいのではないだろうか。特に上条とか上条とか上条とか。

 

「それじゃあとりあえず、俺たちは今からフォークストーン行きの列車を追い掛けるって事で」

 

「……またアンタの意味不明な走りに付き合わされるのかぁ」

 

「お前の『翼』も使うからな。もしかしたら本当の意味で風になれるかもしれねえぜ?」

 

「ファ○ク!」

 

 よし、それじゃあ行くか―――そう言いながらフロリスと共に立ち上がろうとした、まさにその時だった。

 

 

「――――――その女は誰ですか、コーネリア?」

 

 

 空気が凍りつく音がした。

 呼吸は詰まり、心臓は一瞬だけ確実に停止していた。喉は干上がり、目は渇いている――だが、全身から嫌な汗がこれでもかと言う程に噴き出すのを感じた。

 その声は、コーネリアの背後から聞こえてきた。地獄の底から響いてくるような、そんな声だった。

 コーネリアは振り返る。

 コーネリアは振り返る。

 コーネリアは振り返る。

 コーネリアは振り返る。

 ある程度の予測を立て、それが百パーセント的中している事を自覚しつつも、コーネリアは背後を振り返る。

 

「……よ、よぉ、火織。数時間ぶりだな」

 

「――――――――――――――――唯閃」

 

 デラックス火織ちゃんブチギレスラッシュが周囲の木々をなぎ倒した。

 うおわぁあああああああああっ!? と突然の攻撃に悲鳴を上げるフロリスを庇いながら――その行動が火織の機嫌を更に損ねるとは微塵にも思わないながら――その場に横っ飛びし、我らがコーネリアはギャルゲーの主人公の様な言い訳を並べ始める。

 

「ちょっ……ちょっと待った! お前が何に対してブチ切れてんのかは分かったから言うが、これは誤解だ! お前が思い込んでいるような事は全て想像に過ぎねえ!」

 

「だったら何故、今になってもその女の肩を抱いているのですか……っ!?」

 

「これはお前の攻撃からコイツを庇う為で別に他意があった訳じゃないんだけどなーっ!?」

 

 因みに、コーネリアの腕の中で縮こまっているフロリス嬢は「な、何だこれ何だこれ何だこれ!?」と顔を紅蓮に染めている訳だが、火織の怒りを収めることに必死なコーネリアは気づいていない。

 人斬りの如き殺気を撒き散らしながら、火織はコーネリアを上から見下ろす―――氷の如き冷たい瞳で。

 

「あなたを殺して私も死にます。それで全員がハッピーです」

 

「ヤンデレ的思考はマズイですよ火織さん! 落ち着こう! 俺たちはまだ互いのカードを全て切り終えてはないはずだ!」

 

「それじゃあ、その女を抱いている中、絶対の無心でいた自信はありますか?」

 

「げふん」

 

 目を逸らして咳き込んだのが悪かったんだろう。

 ウェスタンブーツで顔面を蹴り飛ばされた。

 

「がふっ……げふごふっ!?」

 

「辞世の句を聞いてあげましょう」

 

「ま、待った! 待って、ねえ、待って!? 女の子の柔らかい身体を抱いている状態で無心になれる訳ないでしょ!? こ、これは不可抗力、言わば男なら誰でも経験するものだと俺は思うのです! だってコイツのおっぱいって柔らかくて気持ちいいから抱き締めた時に胸板に当たって気持ち良くてとにかくおっぱい!」

 

「唯閃」

 

「だーっ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!?」

 

 デラックス火織ちゃんブチギレスラッシュセカンドエディションが浮気男の身体を打った。

 地面の上でゴキブリの様にぴくぴくと痙攣しているコーネリアの襟首を掴み上げ、そのまま片手で持ち上げると、火織は額にビキリと青筋を浮かべながら絶対零度の瞳をプレゼント。

 

「―――死にたいのですか?」

 

「いやぶっちゃけ今ので死んでないのが不思議でたまらない件なんですけどそれは」

 

「反省の色が無いようですね。それではもう一度―――唯せ」

 

「マジすいませんっした! 自分チョーシくれてましたぁっ!」

 

 火織の手を振り払い、地面に降りるやジャパニーズDOGEZAスタイルへ。大切なのは誠心誠意の謝罪であり、その姿勢を見せるにはこの業が一番合理的である。しかも相手は生粋の大和撫子こと神裂火織だ、これが通用しないはずがない。

 そんな思惑通り、火織は「はぁぁ」と溜め息を吐くとコーネリアの顔面を蹴り飛ばすや否や氷の如き怒り顔を小さく緩めた。

 

「仕方がありませんね。今回はまぁ、特別に許してあげましょう」

 

「は、鼻っ……俺の鼻はまだ陥没してないですか……っ!」

 

「私も随分と甘くなったものですね。自分の怒りをこうも簡単に抑えられるようになったとは……認めたくはありませんが、あなたに出会えたおかげなのかもしれません」

 

「感動的な事を言っている所悪いんだけど、そこのバカが今にも死にそうになってるのは放っといてもいいのか……?」

 

「あ? どこの馬の骨とも知らないド素人は黙っていなさいぶち殺しますよ?」

 

「――――――――――――、」

 

 凄まじい殺気だった。かの正体不明の殺人鬼ジャック・ザ・リッパーなんて目じゃないレベルの殺気だった。いや、正体が不明なのだから実際の殺気がどうだったかなんて知らないのだが、これはあくまでも比喩表現。そんな比喩を使ってしまう程に火織から放たれる殺気は常軌を逸していた。

 目尻に涙を浮かべて顔面蒼白なフロリスは地面でのた打ち回っているゴキブリ野郎の襟首を掴み上げると、

 

「おいいいいいいいいいいいいいっ! アイツ、アンタの恋人なんだろ? だったらすぐにでもあの殺気をどうにかしやがれえええええええええええええっ!」

 

「俺に死ねと? あの状態の火織を止められる奴なんざただの一人も存在しねえよ! どやさ!」

 

「なんだその自信に満ち溢れた表情は! このままだとワタシラ、揃いも揃って土葬だぞ!?」

 

「なーに、心配すんなって―――」

 

「ああ、なんだ。もしかしてちゃんと打開策を考えてるのか……」

 

 

「―――お前に全ての罪を着せて俺だけは生き延びてみせるからよ」

 

 

「イギリス清教の聖人サマ! このクソゴキブリ野郎はワタシの胸を揉みしだきました!」

 

「バッ……て、テメェ、根も葉もない事をォーッ!」

 

「……コー、ネリア?」

 

「区切るな区切るなその謎の区切りはスゲー怖いから!」

 

 だが、怒れる聖人はもう止まらない。再びコーネリアを掴み上げると、マスクメロンの様にバッキバキに大量の青筋を浮かべた火織はアツく握り締めた右拳を天に掲げ―――

 

「こんの―――浮気者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ご、誤解でげふぅっ!?」

 

 満天の星空の下、原始的な暴力の嵐が吹き荒れた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial68 再会

 ロンドン発フォークストーン行き、ユーロスター路線の貨物列車の上にて。

 コーネリアは尋常じゃないレベルの向かい風を受けながらも涼しい顔を浮かべていた。――と言ってもその顔には無数の傷や痣がある。それは浮気を疑ってブチ切れた神裂火織によって負わされた傷であり、彼が油断した事への大きな罰でもある。

 そんな恋人の嫉妬を身を以って思い知らされたコーネリアは時速三〇〇キロが生み出す突風を真正面から受けながら、彼の背後に隠れるようにして天井に身を伏しているフロリスの方を振り返る。

 

「おーい、無事かー?」

 

「ごばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

 

 常識外れの突風によって端正な顔が残念な事になっているフロリスにコーネリアは眉を顰める。

 

「たかが向い風ぐらいで大袈裟だなぁ」

 

「たかが向い風!? 時速三〇〇キロが生み出す突風ですけど!? ワタシは聖人じゃないんだ、襤褸切れみたいに吹き飛ばされてないだけまだマシだろ!」

 

「俺が音速で動く聖人を何度も相手にしてきたからかな。そんなに速く感じねえんだけど」

 

「アンタが聖人だからだと思いますけあばばばばばばばばばばばばばばばっ!?」

 

 バラエティ番組でお笑い芸人が受ける罰ゲームのようなものだろうか。口元の皮膚を大きく歪め、なんだか新手の地球外生命体っぽくなっている。おそらくはこれが常人のリアクションで間違いないんだろうが、既に常人ではなくなってしまったコーネリアにはあまり理解できない。聖人の力が覚醒する前に同じ経験をしていればまた話は違っていたのかもしれないな、とコーネリアは今更どうする事も出来ない結論に至り、小さく肩を竦めた。

 フロリスが割と本気で死に掛けていると、彼女の後ろから新たな影が。

 それは車内の偵察に向かっていた神裂火織だった。

 フロリスを風から庇うように身体の位置を調整しつつ、コーネリアは神裂に成果を問う。

 

「お帰り、火織。んで、どうだった?」

 

「車内は騎士で溢れ返っています。ざっと二〇〇人程でしょうか……制圧することは難しくないですが、余計な犠牲は出来るだけ出したくありません。なので、私としてはこのままここに身を潜め続けることを提案したいのですが……」

 

 神裂はちら、とフロリスの方を見て、

 

「……この女狐を合理的に抹殺するためにも」

 

「怖いよ! しかも誤解だし! ワタシとこの女顔はそんな関係じゃねえ!」

 

「誰が女顔だ投げ捨てるぞこの野郎」

 

 金髪女顔浮気性野郎が抗議の声を上げるが、少女たちは華麗にスルー。直後、割と本気で落ち込むコーネリアの姿が爆誕したが、それすらも彼女たちはスルーしていた。

 ここから飛び降りれば楽になれるかな……、と現実逃避に入り始めたコーネリアを他所に、火織とフロリスは真面目な会話を繰り広げていく。

 

「冗談はさておき、これからどうすればいいと思います?」

 

「ワタシは騎士派の連中に見つかった時点で終わりだから、出来れば隠れてやり過ごしたいけど……流石にこれ以上は身体が持たないしなぁ」

 

「私とコーネリアは割と平気ですけどね」

 

「筏と豪華客船の耐久値が一緒だと思ってる? あと数分後にはワタシは空の彼方に飛ばされてるでしょうよ」

 

 人並み外れた――というか、常人レベルからかけ離れた身体能力と耐久値を持つ聖人の常識を当て嵌めるなよ、とフロリスはわざとらしく肩を竦める。彼女は『新たなる光』という魔術結社予備軍のメンバーであるが、実のところ、魔術を使える程度のただの一般人でしかない。身体の強度は人並みレベル、身体能力なんて『翼』がなければ普通の女の子レベルでしかないのだ。

 二人の少女は頭を捻る様子に、ようやく落胆モードから復帰したコーネリアはガシガシと頭を掻きつつ、

 

「まぁ、このままここに留まってたって埒が明かねえし、俺としては車内に入る事をお勧めするがな」

 

「「ですよねー」」

 

 そんなこんなで三人は貨物列車の中へ。時速三〇〇キロが生み出す向い風とは無縁の車内は拍子抜けするほどに静かで、確かに遠くからは騎士たちの慌ただしい様子が音として聞こえてくるものの、それでもここが敵地だとは一瞬分からなくなるレベルで静寂に包まれていた。

 ようやく地獄から解放されたフロリスは冷え切った身体を両手で擦りながら、周囲に視線を彷徨わせる。

 

「ふーん……どうやらこの車両は武器庫みたいなもんらしいね。武器や霊装がこれでもかって程に詰め込まれてる」

 

「フォークストーンにいる騎士たちへ届けるつもりなのでしょう。もしくは、車内に忍び込んだネズミを狩る為の武器なのかも」

 

「火織さん? 凄く不安になるフラグを自ら建てるのはやめてくれません?」

 

 彼女が持つ異常な幸運性から、そんな不安が的中する事はまずないとは思うのだが、ここには不運の権化ことコーネリア=バードウェイがいる。聖人でありながらも『幻想殺し』の少年の如き不幸レベルを所有しているコーネリアがいる限り、一寸の油断もできない。それが自分で分かっているコーネリアだからこそ、一切の不安要素を取り払っておきたいのだ。

 「とりあえず、武器だけでも貰っていくかな……」目に付いた長剣――無駄に豪奢な装飾が施されているが、何かの儀式用だったりするのだろうか――を拝借し、紐を身体に通して背負う様にして持ちながら、コーネリアは自分の得物をとりあえずは確保する。

 そんな彼を見た火織は一瞬だけ驚いたように目を見開くと、

 

「コーネリア。その剣は―――」

 

 直後のことだった。

 火織の言葉を遮るように、近くの車両から騎士たちの叫び声が響き渡って来たのだ。

 

「な、何だ!? ワタシたちはまだ何もやってねえぞ!?」

 

「しいて言うなら盗みを働いていますが……」

 

「戦場での強奪は無罪だ。それよりも、何があったと思う?」

 

「私たちが彼らに見つかったとは考えにくいです。ということは―――」

 

「―――俺たち以外の侵入者が他にいた、ってことか」

 

 コーネリアの解答に火織は小さく頷きを返した。

 コーネリアたち以外の侵入者。考え得る限りでは、『必要悪の教会』の誰かだろう。このクーデターを止める為に独断専行したのか、もしくは何か他の意図があって電車に乗り込んだのか。どちらにしても、騎士派の連中に見つかった時点で攻撃を加えられるであろう事はまず間違いない。

 最低限の逃走経路を確保しながら、三人は鼓膜に全ての意識を集中させる。怒声と物音は徐々に彼らの方へと近づいてきていた。

 

「どうしますか、コーネリア? ここで迎え撃ちますか?」

 

「そろそろフォークストーンに着く頃だろうから、フロリスを囮にして電車から飛び降りる」

 

「一瞬の迷いもなく最低な事を思いつくなアンタ!」

 

「凄く賛成ですが、この女には事情聴取と言う大事な役目が残っていますので、別の手段を講じてください」

 

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って? え、なに、もしかしてワタシ、どっちに転んでも絶望しかないの!?」

 

 犯罪者が何かワーワーと騒いでいるが、二人の聖人は何処吹く風。

 そうこうしている内に音は隣の車両にまで辿りつき―――そして彼らがいる車両の扉が勢いよく開け放たれた。

 驚くべきことに、車内に駆け込んできたのは、必要悪の教会の魔術師でも騎士派の騎士でもなかった。

 黒い学ランに身を包んだ、高校生ぐらいの少年。

 ツンツン頭が特徴のその少年の姿にフロリス以外の二人――コーネリアと火織は限界まで目を見開き、呆気に取られながらも、悲鳴を上げる様に少年の名を叫んだ。

 

「「か、上条当麻!?」」

 

「あ、え? な、何で先輩と神裂がこんな所にいるんだよ!?」

 

 こっちのセリフじゃボケ、とコーネリアは混乱の中で確かに思った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 上条当麻。

 ありとあらゆる異能を打ち消す右手を持つイレギュラーの少年の突然の登場に驚きを隠せないながらも、しかしここでずっと混乱している暇もないため、コーネリアはなるべく簡潔に事の事情を問い詰めることにした。

 

「オイ上条、何でお前がこんな所にいんだ?」

 

「俺はインデックスを助けに行く途中なんだ―――って、こんな所で悠長に駄弁ってる暇はないぞ!? 騎士派の連中がすぐそこまで来てんだから!」

 

「それについては大丈夫だ。ぶっちゃけ、この場にはお前より強い奴しかいねえ」

 

「センパァイ!?」

 

 断固抗議の声を上げたかったが、それが事実である事には変わりない。かつてはコーネリアと上条の実力はほぼ同格だったというのに……やはり聖人として再覚醒したからだろうか。ずるいよそんなの。

 そうこうしている内に車両の扉が開き、雪崩れ込んでくるは物々しい渦中に身を包んだ騎士の皆様。それぞれが剣や槍といった得物を持っていて、ここが戦場である事を顕著に表している。

 騎士たちの登場を前に、しかしコーネリアは驚いた様子を見せる事無く―――

 

「火織」

 

「なるべく無駄な犠牲は出したくないのですが――――七閃!」

 

 ズガガガガガッ! と七本の鋼糸が宙を舞い、騎士たちを一掃した。

 甲冑の騎士が紙人形のように斬り飛ばされ、そしてそのまま車両の連結部までもが切断された。所狭しと集まっていた事が災いし、騎士派の連中は揃いも揃って列車の外へと放り出されていく。時速三〇〇キロが生み出す向い風は猛威を振るい、あっという間に全ての騎士がいなくなってしまった。

 車内に静寂が漂う。

 大口を開けて呆然とする上条――そしてフロリスを尻目に、火織はコーネリアに問いかける。

 

「敵は排除しましたが、この列車がいつ襲撃されるか分かったものではありません。幸い、既にフォークストーンの近くまで辿りついていますし、そろそろ途中下車しても良いのではないかと」

 

「そうだなぁ」

 

 言いながら、切断部から外の様子を確認してみる。列車はちょうど古い石橋を通過しようとしていて、その下には川が流れていた。

 

「うし、それじゃあ飛び降りるか」

 

「「ま、待て待て待て!」」

 

「大丈夫だって。俺と火織がお前らを抱えて飛ぶからさー」

 

「そういう問題じゃないんだよ! その川は水深が一メートルもねーんだぞ!?」

 

「いくら聖人に抱えてもらってるからって流石に死ぬわ!」

 

「――とか言ってるけど?」

 

「問題ありません。――コーネリアさえ無事ならそれで」

 

「「この恋愛脳(スイーツ)女に抱えられるのだけは絶対に嫌だァーッ!」」

 

「だ、誰が恋愛脳女ですか、誰が!」

 

 勝手な烙印を押された火織が唾を飛ばすが、そんな事には目もくれず、上条とフロリスはじゃんけん大会を開催。

 結果は言うまでも無いだろう。

 上条が一発で敗北し、不幸野郎と恋愛脳女のコンビが爆誕した。

 

「ふ、不幸だ! 流石にこの結果は不幸過ぎる……っ!」

 

「コーネリアの下にまたあの金髪女が……クソ憎たらしい!」

 

「……ワタシの命の為にもセクハラはやめてよ? いやマジで、振りとか冗談とかじゃねーから!」

 

「何をそんなに動揺してんだよお前」

 

 火織に殺されかけたばかりなのにそんな事する訳ねえだろ。

 四人中三人の様子がおかしいが、まぁこのままここで踏み留まっている訳にもいかない。

 なので、コーネリアは即決断。フロリスをお姫様抱っこで抱えると――背後からの恋人の嫉妬の視線が凄く怖かったが――躊躇う事無く列車の外へと身を投げた。

 

「うぎゃああああああ死ぬぅうううううううううううううううううっ!?」

 

「着地の際は黙っとけよ? 舌を噛み切るかもしれんしな」

 

「ふ、不吉なこと言ってんじゃねぇええええええええええええええええええええええええっ!!!」

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial69 頭のおかしいヒーロー

 大変お待たせしました!

 色々とリアルが忙しく、更新が滞っていましたが、久しぶりに更新できました!

 それでは約七ヶ月ぶりの最新話、お楽しみください!


 貨物列車から盛大に飛び降りた後、コーネリア達四人は森の中を黙々と歩いていた。碌な街灯すらない森は馬鹿みたいに暗く、上条とコーネリアが持つ携帯電話のライト機能が無ければ足元すら見えない始末。勢いよく川に着水したってのによく壊れなかったな流石は学園都市製か、と携帯電話の対ショック性能と防水機能にコーネリアは素直に感心する。

 周囲に気を張り、なるべく広範囲をライトで照らしながら歩いていると、後ろから肩を小突かれた。反射的に振り返った先に居たのは、何処か不貞腐れた様子のフロリスだった。

 フロリスは口を尖らせながら、

 

「……それにしても、よかったのかよ」

 

「よかったって何が?」

 

「ワタシを天草式に引き渡さなくてもよかったのかよ、って話だ」

 

 つい五分ほど前、コーネリア達は新天草式の斥候と出会い、そして別れている。その時、火織がフロリスの身柄を斥候に引き渡そうとしたのだが、事もあろうにコーネリアがそれを拒否したのだ。

 フロリスが尋ねているのは、その理由について。

 何故、敵であるはずの彼女の身柄を拘束せず、あろう事か未だに自分の傍に置いているのか。明らかに異常な彼の行動、その理由について、フロリスは問い質しているのだ。

 フロリスの訝しげな表情にコーネリアは眉を顰める。そこに浮かぶのはただ一つ、困惑の表情だけだった。

 

「よかったのかよ、とか言われても……別に深い意味なんてねえよ? 前にお前、『捕まったら殺されちまうよ!』とか何とか言ってたろ? その事を思いだしたうえで、別にそこまでしなくてもいいんじゃねえの? って思っただけなんだが。お前が期待してるような大した理由は、残念ながら持ち合わせちゃいねえよ?」

 

「…………は、はあ? て、てー事は何か? アンタはただ『なんとなく』でワタシを庇ってくれたってのか!?」

 

「まあ、簡単に言えばそうなるな」

 

「はあ? 何でだよ、意味分かんねえ!」

 

「意味分からんとか言われても……」

 

 頭を抱えて唾を飛ばすフロリスにコーネリアはただただ困惑する。

 しかし、彼の態度に納得がいかないフロリスはまだまだ言いたい事が山積みの様で――

 

「ワタシとアンタは敵同士だ、分かってるよな? それなのに、アンタは敵であるワタシを庇ってくれた……これはどう考えてもおかしいだろ! 情けをかけたつもりかもしれねーけど、そんなのはアンタの自己満足でしかない! アンタはさっきの斥候にワタシを引き渡しとくべきだったんだ!」

 

 敵に要らぬ情けをかける事。それは戦場において最も愚かな行動と言える。敵には一切の容赦なく接し、捕獲次第捕虜として身柄を拘束する。これがコーネリアが取るべき行動だった訳だが、彼はまず最初にその正しい選択を破棄してしまった。その矛盾とも言える行動に対し、フロリスは怒りを露わにしているのである。

 だが、彼女は勘違いしていた。

 戦場における当たり前。それは軍人や騎士と言った『戦いを生業としている者』にしか適応されない。上条当麻やコーネリア=バードウェイ……普通の学生でしかない彼らにそれを要求する事自体が間違っているのだ。

 だからこそ、フロリスに襟首を掴まれているこの状況においても、コーネリアは首を傾げ、ただただ困惑し続けるのだ。彼女の言っている事の意味が――戦場におけるルールを全く理解できていないからこそ、コーネリアは綺麗事を貫き通そうとする。だって、それが彼にとっての当たり前なのだから。

 彼女はそれを分かっていなかった。

 分かっていなかったからこそ、直後にコーネリアから告げられた言葉により、彼女はコーネリアの本当の怖ろしさを実感する事となる。

 

「確かにお前の言う通りかもしれんけどさ、俺がこうしたいって思ったからお前を天草式の斥候に引き渡さなかったんだよ。自己満足? 別にいいじゃんか、自己満足で。俺は自分が満足する選択をした。ただ、その選択が偶然、お前の身柄を引き渡さないって結果になった。ただそれだけの話だろ? 深い理由なんて別に必要ねえよ。俺がこうしたいって思ったから。俺はいつだってそんな単純な理由で動いてきたんだからな」

 

「っ」

 

 怖ろしい――なんてレベルの話ではなかった。

 狂っている――それがフロリスが抱いた素直な気持ちだった。

 ただの自己満足? ……いや、違う。それはもう自己満足とかそういう次元の話ではない。無意識の内に綺麗事の方を選んだ。彼女を引き渡すという選択の方が正しいはずなのに、コーネリアはよく考える事もせずに『別にそこまでしなくていいだろ』と彼女の逮捕を断った。

 彼は、気付いていないのだろうか?

 何の疑問も抱かずに綺麗事を優先する。それは何よりも正しい様に見えて、実はどんな事よりも間違った行動なのだという事を。この世界は漫画やアニメではない。実際に自分が生き、自分が選択し、それが全てを左右する――そんなリアルなのだという事に、彼は気づいているのだろうか?

 自己を優先するという点ではフロリスもコーネリアも同じだ。――しかし、根本的なところで何かが大きく違ってしまっている。その違いに気付いてしまったからこそ、フロリスは目の前の少年が狂っている事を理解した。平気な顔をして敵である少女を救おうとしたコーネリアの異常性に気付いてしまったのだ。

 頬が引き攣り、背筋に寒気を覚えた。――そして直後、彼の恋人である神裂火織の顔を凝視してしまった。

 その理由は至って単純。

 神裂火織はコーネリアの異常性に気付いているのか。ただ、ただ、それが知りたかった。

 フロリスの視線に気付いた火織は小さく微笑むと、

 

「彼には何を言ったって無駄ですよ? 彼の言葉に裏はない。彼は正真正銘の大馬鹿者なのです」

 

「そ、そんな奴に惚れてるアンタも大概だと思うけどな……」

 

「そうなのでしょうね。……しかし、そんなコーネリアだからこそ、私は本気で惚れてしまったのだと思います」

 

「……そうかよ」

 

 ――ああ、駄目だ。

 ――この女もまた、相当の大馬鹿者なのだ。

 頭のおかしいヒーローとそれに心酔しているこれまた頭のおかしいサムライ女を前にフロリスは引き攣った笑みを浮かべる。……不思議と、考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 

「あーもー……はいはい、分かった、分かったよ! アンタが相当の馬鹿だって事は理解した! だからもう、これ以上は何も言わねーよ。アンタの勝手にしやがれ」

 

「お前は何をそんなに怒ってんだ……?」

 

「いや、それで気付けない先輩は流石に鈍感すぎると思うぞ……?」

 

「口を慎みなさい上条当麻。あなたは今、世界で一番残酷な悪口を言いました。コーネリアへの謝罪を要求します」

 

「それは上条さんが超鈍感だって言いたいのかな!? 俺は鈍感じゃねえ!」

 

「「……頑張れ、五和」」

 

「へ? 何でそこで五和の名前が出るんだ?」

 

「「いや、別に」」

 

 先ほど再会した時に仲間たちに羽交い絞めにされながら顔を真っ赤にしていた黒髪の少女に思いを馳せる二人。しかし、そんな二人が言いたい事にすら気づけない鈍感野郎こと上条当麻は大きく首を傾げる始末。

 そんな感じでシリアスからコメディ路線へと空気がシフトしようとした――まさにその時。

 四人の耳に衝撃波にも似た爆音が襲い掛かってきた。

 

「っ!? な、何だ!?」

 

「もしかして……インデックスがあそこに……っ!」

 

「お、オイ、上条!?」

 

 突如、音源へと駆け出した上条をコーネリアは慌てて追う。途中までは舗装された道だったが、ある地点からはそれが亀裂へと変わり、最後には地面をひっくり返したような、歩く事すら難しい、そんな道が続いていた。周囲の木々が倒されている事から、この先で何かが起きている事は明白だった。

 街灯の無い森の中を進む。相変わらず灯りはないが、その代わりに小さな光源を発見した。

 視界が安定しない中、それが馬車の灯りである事にコーネリアは気づいた。四つある内の車輪の一つが壊れ、不自然に傾いている馬車。彼らから十メートルほど離れた場所にあるそれが、暗闇をぼんやりと照らしていた。

 

「な、なあ、コーネリア。あれ……」

 

「あン?」

 

 いつの間にか隣に居たフロリスに促されるがまま、彼女が指で指し示す方向を見る。

 そこには、全長三メートルを超す大剣を持った大男の姿があった。

 青系の衣装に包まれた屈強な肉体。短めの髪と冷ややかな瞳――そこまで認識したところで、コーネリアの背筋に嫌な悪寒が走った。

 無骨な男が、コーネリアを眼球だけで見据えていた。

 その男とコーネリアが出会うのはこれで何度目か。九月三十日、命を懸けて戦った。第二十二学区にて、互いの聖人としての力を駆使して激突し、辛くも勝利した。考えるまでも無く、コーネリアにとってライバルとも言える存在だった。

 無骨な男は溜め息を吐いた。脅えたように顔を青褪めさせているコーネリアを見ながら、彼は言った。

 

「ふん。忌々しい顔と出会ったものである」

 

「アックア……後方のアックア!?」

 

 ローマ正教が最暗部。

 神の右席の一つを担う最強最悪の二重聖人との望まぬ再会を果たした瞬間だった。

 

 




 上条さんなんかもそうだけど、ヒーローってやっぱり頭おかしいよね、ってお話でした。



 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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Trial70 挑発と思惑

 後方のアックアが現れた。

 そんな、どこぞのロールプレイングゲームのようなテキストが脳内を三周ほど駆け巡ったところで、コーネリア=バードウェイはようやく臨戦態勢を取ることができていた。

 

「っ……な、何でお前がこんなところに居やがんだよ……後方のアックア!」

 

「それはこちらの台詞である。今回の騒動に貴様は全くの無関係であるはずだが?」

 

「無関、係……っ!?」

 

 ぎりぃっ、と奥歯を噛み締めるコーネリア。

 しかし、それだけだった。

 先の戦いで己の無力さを痛感した。主人公だ何だと胸を張っても無駄だと思い知らされた。聖人として覚醒した今となっても自分はこの物語とは無関係な存在である事は重々理解している。

 だから、コーネリアは怒りを堪えた。

 やるせない気持ちを呑みこみ、沸々と沸き起こる憤慨を抑え込み――そして大きく深呼吸をした。

 

「……ただの偶然だよ、偶然。私用でロンドンに来てたところでこの騒動に巻き込まれちまったってだけだ」

 

「ほぅ……?」

 

「ンだよ」

 

 感心したように溜息を吐いたアックアにコーネリアは眉を吊り上げる。

 アックアは表情一つ変えぬまま――しかし、どこか穏やかさが感じられる雰囲気を身に纏いながら、

 

「聖人としての在り方は未だ三流であるが、人間としての在り方に関しては少し成長したようであるな」

 

「ねえなんなのその上から目線? ケンカ売ってんの? 俺に負けたゴリラ野郎がよくもまあそんな評論家気取りで居られますねえ?」

 

 無骨なゴリラの頬がひくくっと引き攣る。

 それが分かっていながらも――いや、分かっているからこそ、コーネリアは人を小馬鹿にする笑みを浮かべながら、世界最強の二重聖人への挑発を全力で続行する。

 

「つーか、前から思ってたんだけど何なのその無駄に堅苦しい日本語は? 語尾に『である』とか一昔前のサムライかっつーの! ただの傭兵崩れがサムライの真似事とか最高に笑えるんですけど! ぷーくすくす!」

 

「…………」

 

「お、おい、先輩。もうそこまでにした方がいいんじゃねえか……?」

 

 額に影を落とし、筋肉に包まれた巨体を小刻みに痙攣させるアックアを見て、ツンツン頭の少年は場を収めようとひそひそ声でコーネリアに危険を知らせる。

 だが、今回ばかりはいろいろと条件が悪かった。

 心根が割とクズなコーネリア=バードウェイと、見た目に寄らず割と短気な後方のアックア。相性は最悪、まさに火と油のような関係である二人が一つの場に揃ってしまっている時点で、全てはもう手遅れだったのだ。

 

「身体を鍛えすぎて脳まで筋肉になっちまったんじゃねえか? 流石はゴリラ! ミスター・ゴリラ!」 

 

「…………」

 

 静かに……ただの一言も発さぬまま、アックアは大剣の柄をギチリと握りしめる。

 そして、次の瞬間――――

 

「―――ぬぅんっ!」

 

 ――――アスカロンがコーネリアの目の前に振り下ろされた。

 

「…………………………………………………………ふぁっ?」

 

 空気が裂けた、大地が割れた。

 まともに反応する余裕すらなかった。

 気づいた時には足元に大剣の刃が突き刺さっていた。

 

「…………っ!」

 

 何が起きたのかを認識した瞬間、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出してきた。頬は今までにないぐらいに引き攣っているし、足に関して言えばバイブレーション機能でも搭載されたのかというぐらいにがくがくぶるぶると震えている。

 声にならない呻きを漏らしながら、コーネリアは視線を上げる。

 そこには、無骨な男が立っていた。

 ゴリラと呼ばれ馬鹿にされた無骨な男は額にビキリと青筋を刻み込むと、怒りの籠った呟きを漏らした。

 

「…………外したか」

 

「あは、あははは、あははははは…………」

 

 この男は怒らせてはならない。

 瞳の奥で「次は殺す」と物静かに語るアックアを見て、コーネリアはあまりにも遅すぎる学習をした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ロンドンはフォークストーン。

 とあるアパートメントの一室にて、マーク=スペースは盛大に溜息を吐いた。

 

「どうした、マーク? ストリップバーで好みの女にでもフラれたのか?」

 

「そんな特殊な恋愛事情は抱えていませんよボス」

 

 炬燵に足を突っ込み、日本産の蜜柑をもっぎゅもっぎゅと食す上司に軽口を返すマーク。しかしそれはあくまでもただの相槌であり、二度目の溜息を披露した後、マークは頭を掻きながらレイヴィニアにとある疑問を投げかけた。

 

「それにしても、よかったんですかね」

 

「何がだ?」

 

「コーネリアさんへのあの冷たい態度についてですよ、ボス。偉そうに言えた立場ではないですが、もうちょっと言い方とか考えた方が良かったんじゃないですかね」

 

 ぴき、とレイヴィニアの動きが止まる。

 

「……やっぱり気にしてるんじゃないですか」

 

「き、気になどしていない、していないぞこの馬鹿野郎! 私は世界最強の魔術結社『明け色の陽射し』を束ねる世界最高峰の魔術師だぞ? たかが兄の機嫌を損ねたぐらいで動揺するほど軟ではない!」

 

「そう言いながらカタカタ震えているところについて何かツッコミを入れた方がいいですか? ジャパニーズコメディアンよろしくナンデヤネーンとでも言いましょうか?」

 

「…………じゃーん! ミラクルダイナミックスペシャル蹂躙虐殺肉ミンチポメラニアンもふもふアーム!」

 

「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああっ!?!? 嫌な記憶が強制的に掘り起こされるーっ!?」

 

 しかもご丁寧に子犬タイプだし可愛いなもう! やっぱり子犬こそが世界で一番可愛い生き物だよね! と全力で混乱する黒服男マーク=スペース。一回り以上年下である少女にここまで踊らされるなんて真に面白くない話なのだが、そんな事を今さら気にしたってしょうがない事をマークは重々理解している。この少女は、レイヴィニア=バードウェイは、年の差などどうでもよくなるぐらいに圧倒的に強いのだから。

 脅えに脅えて土下座へとシフトしたマークの後頭部をミラクルダイナミックスペシャル蹂躙虐殺肉ミンチポメラニアンもふもふアームで軽く叩きながら、レイヴィニアは邪悪な笑みを浮かべる。

 

「お前は本当に学ばない奴だなあ、マーク。私を馬鹿にすることがどんな悲劇を招くことになるのかがまだ分かっていないと見える。ちょっと地獄にでも実地研修行ってみるか?」

 

「それだけはご勘弁を、ボス! 私にはまだいろいろとやるべきことが残っています!」

 

「知らん。死刑」

 

 とりあえず股間を中心にクソ生意気な部下をぶちのめすと、レイヴィニアは小さく溜息を吐いた。

 

「別にお前が気にするような事ではないのだよ」

 

「ばう、ばばう……」

 

「コーネリアの事は世界で一番この私が理解している。天草式十字凄教の爆乳聖人ではなく、この私がな」

 

 ぴくぴくと手足を痙攣させるマークを見下ろしながら、レイヴィニアは続ける。

 

「聖人原石として覚醒したばかりである今のコーネリアは少しの事ですぐに調子に乗る。悪い意味でも良い意味でもな。だから一旦、私の手で精神的にどん底にまで叩き落とす必要があったのだ。アイツはお前と違って学習する男だからな。一度痛い目を見れば、嫌でも自分の無力さに気付けるだろう」

 

 実際、彼女の企みは成功している。

 レイヴィニアに罵られ、騎士団長に叩きのめされた事で、コーネリアは己の実力を正しく認識することができたのだから。病的なブラコンであるレイヴィニアが己を犠牲に捧げた事は決して無駄ではなかったと言える。

 だから、彼女は自信を持ってこう言える。

 私は間違ってなどいない、と。

 

「……しかしそうは言っても二、三時間ぐらいは全力で落ち込んでいたボスなのであった」

 

「―――唸れ、私のポメラニアンアーム!」

 

 どったんばったん、という愉快な音がとあるアパートメントに響き渡り、そして一人の愚かな青年の命が儚く散った。

 



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