問題児たちが異世界から来るそうですよ?~えっ、俺も問題児?~ (しましまテキスト)
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(仮)洗礼編 
とある邂逅


初めまして、しましまテキストです。
今回一念発起して小説にチャレンジしてみました。
不定期、亀更新、処女作、駄文と三拍子超えて四拍子そろったダメ筆者ですが、生暖かい目で見てやってください。
疑問、批判、感想等受け付けております。
返信はできない場合があるかもしれませんが、寛容な心で対処して頂ければ幸いです。



真っ白な病室。

 

その無機質で汚れ一つない部屋のベッドに彼は横たわっていた。

彼の近くにはおよそ凡人には理解し得ないだろう治療機器が所狭しとならべられ、また彼の身体にも同様の様々な治療機器が取り付けられている。

この光景を見るだけで、この世界の技術力がいかに優れているか容易に想像できる出来るだろう。

 

しかし同時に、それほどの技術をもってしても彼の病を止める手立てが一向に見つからない事実は、彼の病が人智を超えた物であることを如実に物語っていた。

 

シミ一つない彼の白い肌には焼け焦げたような黒い稲妻状の模様がいくつもはしり、今やその症状は身体全体にまで及んでいる。

便宜上の命名さえされない彼固有のその病は、時間とともに彼の身体を侵食し身体能力の低下を引き起こしていった。

末期に至っては立つことはおろか視ることや聴くこともままならない程の障害をひきおこし、彼の主治医や科学者たちは最早彼のことを死にゆくサンプル程度にしか考えてはいなかった。

 

 

 

そしてそんな彼自身も薄れていく意識の中で、しかしはっきりと自らの運命を理解していた。

齢わずか10を超えたばかりの少年とは思えない程冷静に、客観的に自らの現状を把握していた。

 

ここが己の死地であることを。

 

意識が今よりももっとはっきりしていた頃は惨めな自分を嘆き、死を恐れ、なぜ自分が生まれてきたのかと泣きながら考えたこともあった。

結局その時に答えは出なかったが皮肉にも意識さえ鈍り始めた今になってようやく、彼はその答えに辿りついたのだ。

 

ー自分が生まれてきた事に意味などなかったのだ、と。

 

その結論に辿りついた時彼は満足げに微笑むと、自ら死を受け入れるように思考を放棄し混濁の中へと消えていった。

 

 

 

そう、そのはずだった。

 

 

 

彼の耳がその音を捕えるまでは。

 

 

 

「…………………せん。」

 

最初はノイズか何かだと思った。

本来聴覚がいかれている彼の耳に何か音が届くはずはない。

ならばこれはそう、混濁した意識が引き起こした幻聴だと、彼は無理やりに解釈する。

 

「………………ありません。」

 

だがそんな彼の思い込みも虚しく、いやむしろそれに反比例するかの様にその音は意味のある言葉を紡ぎ始める。

鼓膜を越えて、神経を越えて。

まるで心の中に直接語りかける様に、その言葉は今にも沈んでいこうとする彼の意識を必死に繋ぎ止めていたのだ。

 

ー止めてくれ、俺はもう疲れたんだ。

 

彼を死なすまいと紡がれる言葉に、残された気力で彼は精一杯の抵抗を試みる。

 

思い出すのは何時だって同じ表情だ。

数多の高名な医者が彼に治療を施し、そして挫折していった。

数多の名の知れた科学者が彼の身体中を調べ回り、そしてその結論は毎回決まって同じだった。

 

そして手の施しようがないと諦めた彼らは、いつだって同じ言葉を口にするのだ。

 

 

『かわいそうに』と。

 

 

ウンザリだった。

人を憐れむような同情の視線が。

 

ウンザリだった。

毎回毎回訳の分からない治療という名の拷問を強いられ、そしてその結果が悉く裏切られていくのが。

 

ウンザリだった。

何よりありもしない希望に縋る事でしか、今を生きてけない自分自身の弱さが。

 

もう何もかも、投げ出してしまいたかった。

 

 

 

ーだからもう、俺に意味はいらない。

 

 

 

そんな彼の独白は、誰に聞こえる事も無く消えていった。

もう音は聞こえない。

やはりあの声は最期に自分の弱さが見せた幻影だったのだ。

 

そして何故か漠然とした物寂しさを感じながらも、今度こそ彼が意識を手放そうとした正にその時ー

 

 

 

「甘えるんじゃありません!」

 

 

 

 

今までの雑音が嘘だったのかと思える程クリアな声が彼の耳元で響き渡り、今度こそ完全に彼の意識は覚醒したのだった。

 

 

 

 

 

「ようやく…、ようやく見つけ出す事ができました。」

 

 

混濁から目覚めた彼は、先の言葉を発した本人を確認するためにベッドの右側を見やる。

彼が視線を運んだそこには、一見して人外であるとわかる女性がいつの間にか佇んでいた。

 

腰まで伸びた銀の髪に、背中に生える2対4枚の純白の羽。

整った顔立ちに、翡翠色の瞳。

誰もが心奪われるであろうその美貌を眺めながらも、しかし彼の思考は彼女の美しさでも、またなぜ視力をほぼ失った彼が彼女を視る事ができるかという事でもない、全く別の物にむけられていた。

 

そう、つまり彼女が何者か(・・・・・・)ということであった。

そんな彼の思考を読んだかの様に彼女はうっすらと微笑むと、しかし残念そうな表情のまま口を開いた。

 

「申し訳ありませんが、私の事を事細かに説明している時間はもう残されていないのです。最低限の仕事しかできない事をお許しください。」

 

そう一方的に語りかけると、彼女の手にはいつの間に取り出したのか黒いルービックキューブ程度の立方体の箱のような物が握られていた。

そして彼女が身動き一つ取れずベッドに横たわる彼に近づき、その箱を胸の中央付近に置いた途端、箱は目も眩む程のまばゆいの光をあげて彼の身体に吸い込まれていった。

 

 

 

彼女の言うところの最低限の仕事とやらが終わったからだろうか。

ホッと溜息をついた彼女はにこやかな表情を浮かべて彼に告げた。

 

「これで貴方の今置かれている状況は改善されるはずです。二、三日もすれば目に見える身体の症状も無くなっていくでしょう。」

 

たったそれだけ言い残すと満足したように彼女は背を向けて部屋を去ろうとする。

しかし数歩歩いたところで、彼女はそれが不可能であることを悟った。

なぜなら…

 

「まさか、ほんの数秒で適応するとは流石に思いませんでした…。流石にあの方のご子息でいらっしゃってもこれは予想外でございます。」

 

そこには彼女の翼をしっかりと掴んで離さない彼の姿があったから。

 

想定外の事態にも彼女は顔をほころばせながら振り返り、しかし確固とした面持ちで最期のメッセージを告げた。

 

「今私が何者かを貴方にお伝えしている時間はありませんが、しかし心配する事もございません。今後貴方の人生には必ず大きな転機が訪れます。その時、勇気と知恵、そして知的好奇心の導くままに貴方が正しいと思う道を進めば、きっと我々と相見えるでしょう。それまでは、しばしのお別れでございます。」

 

どこか寂し気な表情で言いたい事を言い残すと、彼女は彼の手をやさしく解き、そして病室を出ていったのだった。

 

 

 

 

 

この邂逅が、後に英雄と呼ばれる彼 大宮祖国が箱庭に赴くためのプロローグであることは、今の彼には知る由もないことだった。

 

 

 




はい、こんな駄文を読んでいただいてありがとうございました。
舌の肥えている方には稚拙な文章に映ったかもしれせん。

短い分ですが、読了ありがとうございました。


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最低な歓迎

こんにちは、しましまテキストです。
投稿したものを読み返して、改めて文章力のなさを痛感しました。
今後とも精進していきたいです。
前話を読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。
今話も生暖かく見てくださるとうれしいです。


さて、現状をどう解釈したものかと祖国は現実逃避にも似た回想を行っていた。

 

いつもの通り学校から帰った彼は、いつもの通り近くのコンビニで夕飯を買い、いつもの通り帰宅した。

ただいつもと違ったのは、帰宅したマンションの自室に宛先も何も書いていない手紙がポツンとおいてあったことであった。

彼の部屋に住んでいるのは彼一人。

もちろん窓、ドアともにロックは完璧だった。

何かの手違いでポストに入っていたわけでもない。

そして、それだけで祖国がその手紙を不信に感じるのには十分だった。

しかし宛先もないため、中身を確認しなければ始まらない。

そう思い立ったのが今思えば運の尽きだったのかもしれない。

 

その手紙には、次の様に記されていた

 

 

「悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試す事を望むのならば、己の家族を、友人を、 財産を、世界の全てを捨て、我らの”箱庭”に来られたし」

 

そして祖国は、先ほどまでの不信感はどこへやら、心底愉悦に満ちた表情でこう呟いた。

 

「上等じゃねーか。」

 

次の瞬間、自分が高度4000メートルの上空に投げ出されるとも知らずに。

 

 

 

そして現在に意識がフィードバックされる。

よくよく回りを見てみると落下しているのは自分だけではないようだ。

だからといって状況が改善される訳もなく、祖国を含めた4人は重力に従い落下を続けていく。

このままだと間違いなく死んでしまうと、祖国は打開策を見つけるためとりあえず落下地点を見下ろし、そして泣きたくなった。

 

”あっ、こりゃ詰んだわ”

 

と、内心思った彼はやはり常識人なのだろう。彼が見下ろした先には、大きな湖が待ち構えていたのだ。

 

祖国の思考を一応説明しよう。

人間の落下速度の限界は時速200キロ、またこの速度に到達するには約高度400メートルが必要であるといわれている。

祖国たちは軽く見積もっても高度4000メートルあたりからコードレスバンジージャンプをお楽しみ中であり、余裕で限界速度に達している。

そして、その速度のまま水面に衝突すれば、水はコンクリート並みの硬さとなる。

生身の人間が時速200キロでコンクリートに直撃。

結果は言うまでもないだろう。

 

”しょっぱなからこんなふざけたイベントとか………逆にもう笑うしかねーわ”

 

と自嘲気味な笑みをこぼした彼はやっぱり常識人。

そして、彼らは速度を保ったまま水面に衝突し、真っ赤なオブジェに成り果て……

 

 

ることはなかった。

原理は良くわからないが、彼らは水面の直前で何かに包まれるように減速。

結果として水中には至極丁寧にたたき落されたのだった。

水中で祖国は自らの懸念が外れた事への安堵と、しかしあんまりにもあんまりな歓迎方法への怒りを胸に、湖畔へと泳いで行くのであった。

 

陸に上がると、先についていた3人が何やら話していた。

 

「信じられないわ!まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空中に放りだすなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃ、その場でゲームオーバーだぜコリャ。石の

中に呼ばれたほうがまだマシだぜ」

 

「石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「そう、身勝手ね」

 

”お嬢さん、君とは仲良くなれそうだ。そしてそこの金髪君、君はどこの孫〇空だよ。”

 

祖国が内心呟いていたのはここだけの話。

とりあえず、残りの方々もこの歓迎にはご立腹のようだ。

もう一人の少女は、飼い猫?が無事だったようで安堵の溜息をつくと

 

「此処、どこだろう?」

 

つぶやくように尋ねた。

生憎とこの中には明確な解答を持っている人はいないようで、例の金髪君が、

 

「さあな。さっき、世界の果てっぽいのが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねーか?」

 

などと冗談めかして答えていた。

 

”金亀のことかな?いや違うか……どちらにしろマニアックなボケだな。”

 

と思いつつも、それを単なる冗談だと一笑に付せないのもまた事実だと、祖国は思考をめぐらしていた。

ついつい考えこんでしまっていたのか、祖国以外は服を絞り終え、いつの間にか自己紹介を開始していた。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前たちにもあの変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずその『オマエ』って呼び方を訂正してちょうだい。私は久遠飛鳥よ。以後気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえているあなたは?」

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう、よろしくね春日部さん。で、そこの見るからに野蛮で凶暴そうなあなたは?」

 

「高圧的な自己紹介ありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義者と三拍子そろったダメ人間なので、用法と用量を守ったうえで適切な態度で接してくれよお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、まじかよ。今度作っとくから覚悟しとけよ、お嬢様」

 

「ええ、楽しみにしてるわ。じゃあ最後にそこの人一人くらい殺してそうなほど目つきの鋭いあなたは?」

 

”なんで初対面でディスられなきゃならんのですかね。”

 

いきなり自身の顔面を貶された事に内心ぼやきながらも、外面上は何事もなっかたの様に自然な態度で告げた。

 

「フッ、衣食足りて礼節を知るとは良く言ったもんだな。ここにオマエの親族がいれば、今頃お前の社交性を見て涙していることだろうよ。いやはや全く大した御令嬢だな。」

 

慇懃無礼ここに極まれり。

ここまであからさまな皮肉は受けたことがなかったのか、久遠嬢は怒りで絶句している。

さしもの十六夜も祖国の予想外の発言に苦笑いを返すので精いっぱいの様子だ。

そして当の祖国はといえば、これ以上不毛な口論を避けるために本題に素早く移っていた。

 

「まあそんな事はさておき、自己紹介させてもらおうか。俺の名前は大宮祖国だ。どれくらいの付き合いになるかは分からんが、まあ一つよろしく頼むぜ。」

 

簡潔に自己紹介を終えると、祖国は顔色一つ変えることなく空を仰ぎ、そして思うのだった。

 

”ああ、またやっちまった”と。

 

そう、この大宮祖国、内面は立派な常識人。しかし外面は、十六夜たちにも引けをとらない立派な問題児という、非常に残念な男なのであった。

 

 




飛鳥さんファンの方、本当にすいません!
祖国君には弱ツンデレを付与したいと思います。

祖国君の基本ステータスは以下です
・身長175㎝、体重59キロ
・黒髪で目は切れ長、容姿としては中の上~上の中程度。ただし、やや目つきがきついため、初見の人の印象は、イケメンor犯罪者顔の二つに大別される。
・内面は常識人、外面は問題児。ただし、祖国本人は自らを常識人側だと思っている。
・好物は紅茶と洋菓子。嫌いな物は野菜系。

とまあ、こんな程度です。
疑問、批判、感想受け付けております。
それではまた。


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遭遇と期待

こんにちは、しましまテキストです。
この場をお借りして、前話の設定補足をさせていただきます。
祖国君の年齢は16歳で、箱庭召喚時の服装は青のジーパン、白いTシャツに黒いパーカーです。
あと、「外面は問題児」という表現は、他人から見ると問題児という安易な意味です。

さて、前話も読んでいただきありがとうございます。
なかなか戦闘やギフト解説の話に入れませんが、もう少しおつきあいして頂ければとおもいます。
それでは、今話もよろしくお願いします。


飛鳥がようやく冷静さを取り戻してから、金髪君もとい十六夜は周囲を見渡し、一同が思っているであろう疑問を口にする。

 

「で、どうして呼び出されたのに誰もいないんだよ?こういう場合、手紙に書いてあった箱庭ってのを説明するやつがいるもんじゃねえのか?」

 

「そうだな、逆廻のいう通りだ。このままじゃどうしていいか見当もつかん。」

 

祖国も相づちをうつ。

その発言を聞いた十六夜は、いつも通りの茶化した態度で、

 

「ヤハハ、俺のことは下の名前で十六夜様って呼んでくれてかまわないぜ。」

 

祖国を見て呼び方を変えるようにと暗に告げる。

勿論、祖国は十六夜が本当に”様”をつけて呼んで欲しい訳ではなく、ただ単にフレンドリーに下の名前で呼んで欲しいという意図を汲み取っていた。

だが祖国のポリシー上、そうもいかないのが苦しい所。

内心ほんのりと罪悪感を感じながらも、

 

「悪いな、俺は認めた奴しか下の名前で呼ばない事にしてるんだよ。」

 

彼はまたしても爆弾を投げ込んだ。

しかも飛鳥のケースならばギリギリ正当防衛と言い張れるが、今回は文句なしの先制攻撃である。

完全になめていると勘違いされても致し方ないこの場面。

 

「ハハハ、おもしれえ。まあ、すぐに様付けで呼ばせてやるから覚悟しとけよ。」

 

しかしながら、そこはさすがといった所か十六夜は非常に大人な対応で全面戦争を回避した。

先ほどの祖国と飛鳥の会話で耐性ができていたのか、あるいは最年長者の貫録か、どちらにせよ最悪の事態は避けられたことに、飛鳥と耀は内心ほっと安堵の息をつくのだった。

 

 

 

余談であるが、祖国の発言に悪意は一切込められていない。

祖国の記憶する限り、祖国が箱庭に来るまでいた国‐日本国で、祖国はその強力無比な恩恵のために、その力を利用しようとする多くの国、機関から狙われ続けた。

中には正攻法では難しいと判断し、友人や知人として近づき抱き込もうという者達もいた。

その様な環境で育ってきた祖国は、害意をもって近寄ってくる輩か否かを判別するために一定期間その人物を観察し、害意なしと判断した場合のみ友人となるという特殊な方法を採用していた。

そして、友人となった者のみ、祖国は初めて下の名前で呼んだ。

しかしこの時、祖国の言った”認める”と、十六夜たちが認識した”認める”が同じではないことを祖国は理解していなかった。

つまり、祖国は”友達として認める”という意味で言ったつもりが、十六夜たちは”実力を認める”と認識しているという事に。

後日、祖国がこのことに気づき、内心青ざめてどうしようかと悩んだ挙句、考える事自体を放棄したことは本人以外誰も知らない。

 

 

 

「まあ、このままじゃどうしようもないし、とりあえずそこの草むらに隠れてる奴にでも話を聞くとするか。」

 

十六夜が鋭い眼光を向けると同時に、彼の視線のその先にある草むらがガサゴソと音をたてる。

 

「なんだ、あなたも気づいていたのね。」

 

「当たり前だ、かくれんぼじゃ負けなしだぜ?春日部と祖国も気づいてたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でも分かる。」

 

「まあ、あんなお粗末な隠れ方じゃな。」

 

耀は自慢の嗅覚で、祖国は今までの人生で(いやいや)培った索敵技術で不審者の存在に気づいていたことを告げる。

 

「へえ、面白いな、お前ら」

 

十六夜が呟いた数秒後、ついに草むらから不審者が正体を現した。

 

というか、ウサ耳っ子だった。

 

ウサ耳をはやしたその少女は、恐る恐るといった言葉がピッタリあてはまる様子で一同に話しかける。

 

「や、やだなぁ、皆様。そんな怖い目で見られるとウサギは死んでしまうのですよ?出るタイミングを逃したことは謝罪しますが、ここはひとつ私のお話を聞いていただけませんか?」

 

と下手にでるウサ耳っ子のお願いを、4人は

 

「断る。」

 

「嫌よ。」

 

「無理。」

 

「今夜はウサギ鍋か。」

 

と一刀両断したのだった。

 

「あは、取り付く島もないのですね。というより、最後の方!黒ウサギを食べるつもりですかっ?!」

 

若干一名の不穏当な発言にツッコミをかます黒ウサギと名乗る少女。

表面上は彼らに対して下手に出てはいるが、実のところ内心では、

 

”ここでNOと言える肝っ玉は合格ですね。あとは、この方々の実力を…”

 

などと祖国たち問題児組を値踏みしていたのだった。

が、しかし問題児たちの前で考え事など悪手以外の何物でもない。

彼女は自らの行いの愚かさをすぐに知る事となる。

 

そう、つまり、

 

「えいっ」

 

「フギャ」

 

背後に回り込んでウサ耳を引っ張った春日部耀によって。

それはもう全力で引っ張られた黒ウサギは、断固として拒絶の声を上げる。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを。初対面で黒ウサギのステキ耳を引き抜きにかかるとは、一体どんな了見ですか!?」

 

「好奇心のなせる業」

 

「自由にもほどがあります!!」

 

黒ウサギは文字通り脱兎のごとく耀から逃げ出した。

確かに逃げ出したのだが…、

 

「へぇ、このウサ耳って本物なのか」

 

「じゃあ私も」

 

先回りしていた十六夜と飛鳥がそれぞれ左右の耳を引き抜きにかかる。

そして唯一暴挙に参加していない祖国も、

 

「つーか初対面以前の人間をいきなり空中に放り出す方がどういう了見だよ」

 

とどめの一撃にを加え、黒ウサギは身も心もノックダウンされたのだった。

 

 

 

 

 

「あ、あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうのに小一時間もかかるとは…。学級

崩壊とはこのことを言うに違いないのデスヨ。」

 

「崩壊してんのはお前の服装だろうが。痴女か。つーかさっさと始めろ。」

 

全くもって酷い暴言を投げかけながら、祖国はいらだたしげに話を促した。

 

ちなみに祖国はウサ耳いじりに参加していない。

ゆえにこうして近くの岩に腰かけて小一時間ほど待っていたのだが、一向に止める気配を見せない十六夜たちに痺れをきらし、つい先ほど止めたのであった。

その時の黒ウサギには、祖国がまるで彼女の崇拝する帝釈天にさえ見えたという。

 

 

だが悲しいかな、祖国がウサ耳いじりに参加しなっかた理由が

 

”初対面の人の耳を触るなんて非常識だろ。”

 

などという、いたって常識的な理由だとは助けてもらった黒ウサギですら考えさえしなっかたのだった。

 

 

 

「気を取り直して、ようこそ”箱庭”の世界へ。すでにお気づきかもしれませんが、皆様は特別な才能を持っていらっしゃいます。それは修羅神仏、果ては悪魔から星など様々な人智を超えた存在から与えられたギフトでございます。我々は皆さまのような特別な才能をお持ちの方々のみが参加できる”ギフトゲーム”への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと、皆様を招待したしだいです。」

 

「ギフトゲーム?」

 

「はい、皆様がお持ちの才能(ギフト)を用いて競うゲームのことでございます。この箱庭は強大なギフトを持つ方々がオモシロオカシク過ごしていただくためだけに作られた世界なのです。」

 

すると、飛鳥が手を挙げて質問をした。

 

「まず初歩的なことからいいかしら?”我々”という事は、あなたを含めた誰かという事?」

 

「YES!皆様には箱庭で暮らしていくにあたって、数多ある”コミュニティ”に必ず属して頂きます。」

 

「嫌だね」

 

「属して頂きます!ギフトゲームの勝者は”主催者(ホスト)”が提示した賞品を獲得できるというシンプルな構造です。」

 

すると今度は耀が疑問を口にする。

 

「主催者って誰?」

 

「それは様々でございます。修羅神仏が人を試すための試練として行われたり、コミュニ「ちょっと待て。」ティが、ってはい?」

 

突然の祖国の乱入に黒ウサギだけでなく、全員が驚いたようだ。

だが祖国は一向に構わまいといった素振りで、黒ウサギに問いかける。

 

「修羅神仏ってことは、天使やそれに類するものも箱庭には存在するのか?」

 

祖国のあまりにも真剣なまなざしに、黒ウサギは話を中断されたことへの怒りも消え去り祖国の質問に答える。

 

「はい、天使といった高位の生物も箱庭には存在します。勿論、そうそう御目にかかれる存在ではありませんが…。皆様がギフトゲームで名を挙げていけば会える確率もずっと高くなるはずです。」

 

そんな黒ウサギの答えに満足したのか、祖国がそれ以降口を開くことはなっかた。

それどころか、黒ウサギの話も全く聞こえていないようだった。

だが、祖国の隣にいた十六夜はしかと見ていた。

祖国の口元がほんの少しではあるが、釣りあがっていることに。

 

 

 

 

やはり間違ってはいなかった。

この世界-箱庭に来てからずっと考えていたこと。

つまり、これが”転機”なのだと。

一度として忘れたことはなかった。

あの女の顔も、行動も、そして言ったことも。

一字一句覚えてる。

そしてあいつは知っている。

俺が………何者かという事も。

 

必ずお前を見つけ出す。

それが俺の唯一生きる理由なのだから。

 

 

 




今回も最後まで読んで頂きありがとうございます。
次話は十六夜君とランデブーです。
ようやく祖国君のギフトの一端を書くことができそうです。
しかしこうして実際書いてみると、全く文字数が増えないですね。
毎回何万字もかいていらっしゃる方々は、本当にすごいと思います。

疑問、質問、感想など頂けるとすごいうれしいです。
それでは今日はこれにて。



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怒りと蹂躙

こんにちわ、しましまテキストです。
この定型文もタブで出てくる程度になりました。
前話も読んで頂きありがとうございます。
今話は祖国君のギフトの一端を書いていければなぁと思います。
しかしほかの方々の作品を読んでいると、上手な言い回しであったり、伏線回収であったりと、勉強になることが多々ありますね。
自分の文才のなさは如何ともし難いですが、皆様に楽しんで頂けるように、これからも頑張っていきたいと思います。
それでは、今話をどうぞ。



現在、黒ウサギは上機嫌で後ろを歩く問題児たちを自らのコミュニティがある東側へと案内していた。

自らのコミュニティが極貧のがっけぷち状態にあることもばれず(黒ウサギがそう思っているだけであるが)即戦力級の人材を確保できれば、上機嫌になるのは当然といえば当然であった。

しばらく、歩いていくと前方に大きな石造りの門が見てきた。

良く見ると、その門の前に小さな人影が見えるではないか。

その人影を見つけると、黒ウサギは嬉しそうに

 

「ジン坊ちゃま!新しいお仲間の皆様をお連れいたしましたよ!」

 

と、ジンというその少年に声をかける。

 

「おかえり黒ウサギ。その女性お二人が?」

 

「はい、こちらの四人の方々が…って、あれ?」

 

とジンの言葉に後ろを振り返ってみると、なんとそこには耀と飛鳥の姿しかないではないか。

 

「あれ、もう二人ほどいらっしゃいませんでしたか?1人は金髪の『THE問題児』って方で、もう一人はおっしゃる事がいちいち容赦無い方が?」

 

あわれ祖国、黒ウサギを助けた恩もどこへやら。

黒ウサギの祖国への第一印象は爆弾投下魔に決定したのであった。

 

「十六夜君なら『ちょっと世界の果てを見てくるぜ!』って言って、駆けて行ったわよ。」

 

「そっ、祖国様は?」

 

「あの男は十六夜君に二つ返事でついていったわ。」

 

と、飛鳥が忌々しげに答える。

この場に祖国がいれば、

 

「はっ、”あの男”とは、またずいぶん嫌われたものだな」

 

などと軽口を言って、また飛鳥と一悶着起こしそうだなぁ、などと耀が考えていると、

 

「た、大変です!世界の果てにはギフトゲームのために野放しになっている幻獣たち

が!」

 

ジンが顔を蒼白にして叫ぶ。

黒ウサギも世界の果てがいかに危険な場所であるかは先刻承知している。

すぐさま問題児二名を連れ帰らなければという判断を下す。

 

「ジン坊ちゃま、お二人をお願いします。」

 

そう言うやいなや、黒ウサギは髪を緋色に変化させてこう宣言した。

 

「箱庭の貴族の名にかけて、あの問題児様2名は必ず連れ帰ります!」

 

そして、黒ウサギは地面にクレーターを作りながら、すさまじい速度で駆けて行くのであった。

そして祖国は本格的に黒ウサギに問題児認定されたのであった。

 

 

 

 

 

 

箱庭-とある森の中を”高速で移動”する二つの人影があった。

1人はおよそ人間では出せない様な速度で爆走する男、逆廻十六夜。

もう1人はお気に入りのパーカーに”手を突っ込んだまま”、悠然とした態度で”歩く”男、大宮祖国。

二つの影は一定以上離れることはなく、猛スピードで森を貫通していくのであった。

 

 

 

”どういう事だ?”

 

と十六夜は新幹線並みの速さで移動している自分に、パーカーに手を突っ込んだまま、しかも事もあろうに歩きながら、しかししっかりと付いて来ている隣の化物を見て考えていた。

 

”こいつの移動方法、いや最早移動とさえ呼べるのかさえ分からねえが、とにかくこいつ

の移動は目で追いきれねぇ。一体どうなってやがるんだ?”

 

と、十六夜は目の前で起こっている出鱈目な現象、現れてはすぐに消える祖国のギフトを分析していく。

 

”こいつの移動は俺みたいな高速移動じゃないな。髪が風圧で全くなびいてねぇ。それに俺の目の前の現象を素直に受け入れるなら、こいつは間違いなく”消えて”いる。って事は、テレポートとか瞬間移動系のギフトか?いや、それなら何故空中に放り出された時使わなかった?何か使用条件があるのか?”

 

と高速で思考をめぐらせていく十六夜。

しかし、決定的な答えを得られず、くしゃくしゃと頭をかく。

 

十六夜の眼前で起こっている祖国の移動方法の特異さを説明しよう。

数直線を思い浮かべるといいだろう。

十六夜の場合、数直線上の始点と終点を仮に0から100とすると、0からスタートし等速で移動し続けて100へ至る。

これは我々が普段行うのと同じごくごく自然な移動方法であり、当然であるが始点から終点の間にある1から99という点も通過する。

 

しかし祖国の移動方法は全く違う。

祖国は0からスタートすると1から9を素っ飛ばしていきなり10へ出現する。

つぎは10から20、20から30へと、十六夜が等速で線上を移動するのに対して、祖国は点から点へと移動する。

十六夜が”線”で移動するのに対して、祖国は”点”で移動する。

あるいは、十六夜はアナログ式に、祖国はデジタル式に移動しているとも言える。

もちろん、点から点への移動など常人には不可能なのだが、祖国のギフトがそれを可能にしている事は言うまでもない。

 

 

十六夜が高速で祖国のギフトを考察している間、祖国も十六夜の性能について考えを巡らせていた。

 

”まじかよ、あいつちょー早いじゃん。軽く時速300キロくらいはあるんじゃないか?でも、普通なら、あんな速度で移動したら身体が速度や風圧についていけずにボロボロになるはず…。だが、そんな様子も見たところは無いって事は、あいつの身体の頑丈さは半端ねーな。それにあれだけの速度を出す脚力…いや、足だけじゃないだろうな。恐らくあいつの筋力全般ヤベェ。パンチの威力は相当なもんだろう。さらに、高速で移動しながらも木々を確実に避けているあの動体視力と反射神経。はぁ、なんなんだよあのチート性能は。”

 

などと、十六夜の身体能力の性能をざっと考察する。

この大宮祖国、実は十六夜にも引けを取らない考察力をもっていたりするが、本人の性格と周囲のイメージもあわさり、知能派であることは極少数の者達しか知られていないのであった。

 

 

そんなこんなで森を爆走?していた二人であったが、不意に足を止めた。

もちろん疲れたからなどと言う理由ではない。

二人の目の前には、巨大という言葉すら生ぬるい、そんな圧倒的な大瀑布がそびえ立っていたのだ。

 

「ヤハハ、なんだよこれ!さすがにありえねぇだろ。」

 

と十六夜は楽しそうに笑い声をあげる。

 

「ああ、流石にここまでとは思っていなかったな。」

 

と、祖国も素直に驚きを口にした。

そして二人は気付く。

これからこの箱庭が自分たちの日常になるという事に、内心ワクワクしている事実に。

 

だがそんな感動に満ちた時間は総じて長く続かない物である。

突然、感慨をかみしめていた彼らに見知らぬ声がかかった。

 

「ほぉ、こんな所に人が来るのは一体いつ以来だろうな。」

 

声の方を見ると、大瀑布の滝壺から巨躯の大蛇が現れてきたでは無いか。

その様子を見た十六夜はさらに嬉しそうに声をあげる。

 

「おいおい、最高じゃねーか。まさかのサプライズプレゼントかよ!」

 

自らの身長の何倍もある白い大蛇を、しかし臆する様子もなく睨み付ける十六夜。

 

「ふん、人の子の分際で、不遜な輩よ。まぁいい。すぐに自分の身の丈を教えてやろ

う。小僧共、試練を選ぶがいい!」

 

そう大蛇が言うと、十六夜の目が怪しく光った。

 

「試練を選べだと?つまり、俺らを”試そう”って事か?」

 

「いかにも。神格保持者が人に試練を課す。それがこの箱庭における節理であろう。」

 

その大蛇の返答を聞くと、十六夜は先ほどまでの笑顔とはうってかわって悪い笑みを浮かべると、

 

「それじゃあ、お前が俺らを”試す”に値するか、試させてもらうぜ!」

 

そう言うやいなや、先程とは比べ物にならない速さで大蛇に近づき、その腹部を殴りつけた。

その威力たるや絶大で、自身の何倍もある大蛇を中に浮き上がらせ、事もあろうか大瀑布にたたきつけた。

その光景を見ていた祖国は

 

”いきなり腹パンとか鬼畜すぎだろ。つーかお前ら二人とも、俺を勝手にカウントしてんじゃねーよ。俺は無関係だろうが。”

 

と、至極当然の感想を抱いていたのだった。

 

ほどなくして先程の轟音を聞きつけたのか、髪を緋色にした黒ウサギが猛スピードで祖国の所へやってきた。

しかし何故か目が笑っていない。

黒ウサギはその勢いのまま祖国に近づくと、どこから取り出したのかその手には大きなハリセンが握られている。

そしてそのままの速度で祖国に近づくと、彼のの側頭部を何の躊躇もなく打ち抜いた。

かわいそうな祖国は自分がハリセンで吹っ飛ばされるなど夢にも思わなっただろう。ガードすることさえ忘れて頭に軽くはない一撃を受けた祖国は、そのまま吹っ飛び、大蛇のいた滝壺へとたたき落されたのだった。

この時、祖国が

 

”なんでやねん…”

 

と関西弁で思ったのは想像に難くないだろう。

 

 

祖国を滝壺にたたき落した後、黒ウサギは十六夜の方に向き直り、

 

「もう、いったいどこまで来てるんですか!?」

 

と抗議を開始した。

 

”あれっ、俺の時と対応違いすぎね?”

 

という祖国の心の声はもちろん届くわけはなく、黒ウサギは十六夜に文句を言い続けている。

しかし祖国はめげない子。

いつまでも水中で不貞腐れている訳にもいかず、陸地を目指そうと泳ぎ出した。

しかし運命は無情にも祖国を更なる不運へと巻き込む。

 

それは大蛇の復活。

十六夜に倒されたはずの水神は、人間風情に殴り飛ばされた怒りから起き上がり、己の誇りを守るために渾身にして最後の一撃を繰り出した。

その水神の全力は、自身の周りに3本もの大きな水の竜巻を発生させ、さらにそれらが一つに纏まり、到底人間では耐えられない威力を有する巨大な水の台風と化した。

台風は必死に泳いで(逃げて)いた祖国を巻き込むと、螺旋状の回転で祖国をもちあげ、たかだかと彼を上空へと放り出したのだった。

 

 

バッチャーン

 

 

そんな音と共に本日3回目の水面ダイブを完了する祖国。

二次被害を受けないうちにさっさと陸に上がった彼の顔には能面のような表情が張り付いている。

祖国を巻き上げた水神の全力の一撃は、どうやら十六夜の攻撃により霧散していたらしい。

 

祖国が服を絞り終えると、ちょうど十六夜が大蛇の頭部に蹴りをいれていた。

しかしその時の祖国には、もはやそんなことはどうでもよかった。

祖国はただ静かに、しかしかなり………キレていた。

どれくらいキレていたかというと、黒ウサギが愛用のハリセンを金剛杵で燃やして証拠を隠蔽し、十六夜が背後に感じた祖国の怒気によって水神の急所への攻撃をずらしてしまうぐらいにはキレていた。

 

頭部への蹴りで決めきれなかったことを悟った十六夜は、態勢を立て直すために蹴りの反動を利用して、祖国たちがいる陸へと着地した。

そして次の一撃で決めるべく大地を蹴ろうとし、しかし十六夜はそれを行動に移すことは出来なかった。

なぜなら目の前には、確実に今回の一番の被害者であろう彼 大宮祖国が明らかに怒気を含んだ瞳で十六夜を睨み付けていたが故に。

 

「後は俺にやらせろ」

 

と、有無を言わさぬ威圧感で祖国は十六夜に告げた。

断ればお前から殺すとでも言わんばかりの眼光を向けて。

流石の十六夜も、今の祖国に対してNOなどとは言えなかった。

黙って両手をあげると、せめてもの強がりにいつもの軽薄な笑みを浮かべながら、しかし素直に頷いた。

同時に水神も十六夜から受けたダメージが幾分回復したのか祖国たちを睨み付けると

 

「まだだ、まだ終わっていないぞ、小僧共!!!」

 

と雄叫びをあげ、

 

 

 

その直後、祖国が無造作に右腕を上から下へと振り下ろした。

と同時に、今まで見たことも無い程巨大な雷が、水神へと降り注いだ。

その威力は、がけを抉り、岩を砕き、水神は今まで感じた事のない程の苦痛に声さえあげられない。

そして数秒間にも及ぶその落雷は、その場所に小隕石でも落ちたのかと思えるほどの爪跡を残した。

滝壺はクレーターと化し、あまりの熱量に水が完全に蒸発してしまっていた。

現世の地獄絵図と言われれば、誰もが納得するだろう。

 

そんな惨劇を引き起こした張本人は、辛うじて生きている(だろう)水神に向かって無慈悲な言葉を吐き捨てた。

 

「うるせぇんだよ、蛇風情が。」

 

 

 




はい、祖国君大暴れですね(笑)
祖国君のギフトは白夜叉回と、そのあとちょくちょく補足していきたいと思います。
あと、今回の祖国君の移動説明でわからない箇所、質問等があれば、感想で送っていただければ返信させていただきます。
その他の質問、感想、批判、誤字脱字も受けつけております。
感想とか質問頂けると、超うれしいです。
それでは今回はこれにて。


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困惑の黒ウサギ

こんにちは、しましまテキストです。
前話の解説はお分かりいただけたでしょうか?
分かりにくければ随時補足させていただくので、遠慮なく質問してください。

さて、今回はサウザンドアイズあたりまでいければなぁ、とかんがえています。
白夜叉と祖国君が戦うかは未定ですが、とりあえずそこら辺のやり取りは次話ぐらいになると思います。
それでは今話をどうぞ。



黒ウサギは眼前のトンデモ現象を目の当たりにして、それでも大声でこう突っ込まずにはいられなかった。

すなわち

 

「なにしちゃってくれてんですかーーー、この問題児様!!!いくら試練でも主催者を殺害とかありえないのデスヨ!!!」

 

と。しかし十六夜が黒ウサギをなだめるために口を開いた。

「落ち着け黒ウサギ、これは試練じゃねえ。ただの喧嘩だ。」

「なお悪いのですよ!このおバカ様!」

と、黒ウサギが声を荒げる。

「ギフトゲームですらないのに人間が神格保持者を殺害だなんて、前代未聞なのです!

一体どんな処罰がくるか…。」

「殺してなんかねーよ。」

「はい?」

「だから、殺してなんかねえって。」

と、十六夜は確信を持った声で告げる。

「なんなら、確認してこりゃいいだろ?」

と、十六夜は小クレーターの中で倒れている水神を指さした。

黒ウサギは恐る恐る倒れている水神に近づくと、顔を覗き込みながら尋ねた。

「あのー、水神様?もしご存命でしたら返事をして頂けないでしょうか?」

水神はそんな黒ウサギの声に反応し目を開けたが、返答はなっかた。

おそらく身体が麻痺して上手く喋れないのだろうと察した黒ウサギは

 

「申し訳ございませんっ!!!」

と祖国も十六夜も、そして水神すらも見た事か無い程、完璧でダイナミックでアクロバティックな土下座を決めたのだった。

 

「我々の同胞がとんだご無礼を!彼らは異界から召喚されたばかりでして、箱庭の常識を全く知らない身でございます。勝手なお願いではございますが、どうか、どうかっ、寛大な御心で!」

と必死に十六夜と祖国の無礼を詫びる黒ウサギ。そして水神は

 

黒ウサギの目の前に大きな水樹の苗を召喚した。

黒ウサギが驚いて水神を見やると、水神はその静謐な瞳で黒ウサギを見つめていた。

それは勝者への賛辞。

自らを破った者達への神格保持者からの恩恵。

そしてそれは言外に祖国たちの暴挙を許す事と同義であった。

水神-白雪姫-、彼女は神格保持者としての誇りと矜持を胸に、倒れてもなお最後までそうあらんとしていたのだった。

そんな水神の意志を黒ウサギは瞬時に理解し、一礼して祖国たちの元へと帰っていった。

 

 

「な、死んでなかっただろ?」

と十六夜は帰ってきた黒ウサギに意地の悪い笑みで問いかけた。

「そんなものは結果論です。偶然生きていらっしゃったからいいものを、あんな威力の雷を落とすなんて非常識です!」

と祖国を見て糾弾する黒ウサギ。しかし十六夜がその言葉を否定した。

「いや、あれは必然だ。偶然なんかじゃねぇ。お前も分かっててやったんだろ?」

と祖国を見つめて言い放った。

「あいつの攻撃に巻き込まれた時に、かなり身体を近くで観察することができた。奴の鱗は蛇というより、魚のそれに近かったからな。」

と祖国は頷きながらそう返した。

十六夜は合点がいったという顔をしているが、唯一話を理解できていない黒ウサギが二人に問うた。

「一体どういう事でございますか?」

すると十六夜はめんどくさそうに説明した。

「いいか、一言に鱗といっても爬虫類、魚類、鳥類などによってその性質、構成は様々なんだよ。爬虫類の鱗の主な構成要素は角質というタンパク質だ。タンパク質は電気を通すから、俺も最初はなぜあの蛇が生きているのかわからなかった。だが、祖国が言うには、あいつの鱗は魚類の物に近いらしい。それなら納得がいく。」

「なぜですか?」

「魚の鱗は、構造的に数層に分かれているんだが、一番外側の層はエナメル質でできているからだ。エナメルは絶縁体、つまり電気を通しにくい性質だから、ある程度の電気耐性はあったんだろう。」

この時、黒ウサギはようやく十六夜の言いたい事を理解した。

そして同時に祖国という人物がますます分からなくなっていった。

”黒ウサギを助けてくれたかと思えば、キツイ言葉を投げかけてきますし、怒りに任せて攻撃したかと思えば、きちんと殺さずに相手のことを気遣っている。やってる事がチグハグなのですよ!”

 

 

そんな黒ウサギの悩みを知りもしない祖国は

「そんな事より黒ウサギ、それなんだ?」

と黒ウサギが抱いている水樹の苗を見て問いかけた。

”そんなこと!黒ウサギが貴方様のせいでこんなに悩んでいるのはそんな事程度なのでございますか!?”

と叫びたくなる気持ちを抑え、黒ウサギは祖国の問に答える。

「これは水樹の苗といいまして、非常に上質な水源でございます。これがあればもう遠くの川まで水を汲みにいかなくてもいいのでございますよ!」

「へえ、そんないい物だったのか。」

「YES、しかもこれほどの大きさとなればかなりの間水には困ることはありません。」

と、嬉しそうに告げる。

「あと、もう一つ。水神ってのは、やっぱり水中のほうが強いのか?」

祖国の質問の意図が分からない黒ウサギはあたりさわりのない解答をする。

「はい、水神は水の神。水中の方がより強く水の恩恵を受けられると聞いております。」

「治癒能力もか?」

「はい、より上質な水中であればあるほど強大な恩恵を得られると文献にはございます。」

「ならピッタリだな。」

「はい?」

最後の祖国の言葉の意味が分からず困惑していた黒ウサギの腕の中から、素早く水樹の苗をかっさらった祖国は、クレーターの端にいくと、いきなり水樹の苗を使って水神が倒れているクレーターを水で満たし始めた。

「おおっ、こりゃすげぇ量だな。」

「なにやってらっしゃるんですか!?無駄使い反対なのですよ!」

「なに言ってんだ。けが人放置していく訳にはいかねぇだろうが?」

「えっ?」

「だーかーらー、なんか後味悪いからアフターケアしてんだろーが。」

 

ますます祖国という人物が分からなくなってきた黒ウサギはとんでもない質問を投げつけた。

「そ、祖国様?もしや3回も水中に落ちたことで、ついに頭の中が吹っ飛んでしまわれたのですか?」

「お前は俺を何だと思ってんだよ?」

「えっ、問題児様では無いのですか?」

という、黒ウサギの誠心誠意、まごころ込めた素直な解答に

 

 

”えっ、俺も問題児?”

 

 

と、祖国が人生で三指に入るショックを受けていたことは、修羅神仏蔓延る箱庭においても、彼一人しか知らないのであった。

 




すいません。
今話はきりがいいので、ここまでにさせていただきます。
前書きをいきなり裏切ってしまい申し訳ないです。
今日中にもう一話をアップする予定なので、ご勘弁頂ければとおもいます。
次で白夜叉の直前になると思います。
感想、疑問、批判まってます!
それではこれで。


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悪役の救済

こんにちは、しましまテキストです。
本日二話目になります。

お気に入りが10件を突破いたしました!
こんな駄文を気に入っていただき誠にありがとうございます。
何度も感想を書いていただいている方もいて、筆者は本当に恵まれていると思います。
これからも、頑張って執筆していきますのでよろしくお願いいたします!

それでは今話をどうぞ。


祖国がクレーターを水でみたし終えると、黒ウサギが祖国と十六夜に

「それでは、お二人様。そろそろ東側へとご案内させていただいてもよろしいですか?飛鳥様、耀様にもお待ちいただいていることですし。」

と切り出した。しかし祖国には、どうしても確認しておかなければいけない事があった。

恐らく十六夜も気づいているだろうと目を向けると、十六夜も同じ事を考えていたようであり、

「その前に、一つだけいいか?黒ウサギ、お前俺らに何か決定的なことを隠してるだろ?」

と、確信的な物言いで言い放った。内心動揺しながらも、黒ウサギは平静を装って

「なっ、何の事でございますか?」

というが、声が上ずっている。

黒ウサギの返答にお構いなく、十六夜は自分の考えをまくし立てる。

「これは俺の勘なんだが、お前たちのコミュニティとやらは崖っぷちのギリギリなんじゃないか?しかも、この世界でかなり肩身の狭い思いをしている。じゃなきゃ異世界からわざわざ俺たちを呼んだりなんかする必要がないもんな?そんで、俺たちみたいにおかしな才能を持った奴らに助けてもらおうと、そういう考えなんじゃねえか?」

「そ、それは…」

「言いよどむって事は、図星か?」

黒ウサギはしばし沈黙した後に

「その通りでございます。」

と沈鬱な表情で頷き、自らのコミュニティに何があったか、そしてその現状を語り始めた。

まあ長くなるので話の要点だけを抑えると、

・かつて黒ウサギのいたコミュニティは東側最大級の物だった。

・しかし、”魔王”と呼ばれる存在に滅ぼされ、名と旗印を奪われた。

・今は主要メンバーは黒ウサギしか残っていない。

・残りのメンバーはゲームにも参加できない子供ばかり。

という、よくまあ今まで持ってきたものだと思える内容だった。

そして最後に黒ウサギは

「どうか、お二人のお力を貸してはいただけないでしょうか?」

と今にも泣き出しそうな表情で祖国と十六夜に懇願した。

そんな黒ウサギの必死の訴えを

「ヤハハ、魔王から名と旗印を奪い返すだと!最高に燃えるじゃねーか!」

と一方は快く引き受け、もう一方は

「えっ、嫌だけど。」

と、にべもなく断ったのだった。

どちらがどちらかは言うまでもないだろう。

 

 

「じゃ、俺もう行くわ。」

と、祖国は黒ウサギの申し出を断ったのち、すぐにその場を去ろうとした。

もうここには用はないと言わんばかりに。

しかし、黒ウサギも諦めるわけにはいかないと、必死に食らいつく。

「待ってください祖国様!水神様をも一撃で屠るその力、黒ウサギのコミュニティの再建の為に是非とも貸していただけないでしょうか?」

すると祖国はハァとため息をつくと黒ウサギに問いかけた。

「お前さあ、どうして自分を騙してコミュニティに入れようとしてた連中を信用できると思うわけ?」

「それは…」

「それにお前のさっきの話も何ら根拠はない。一体どうやって証明するんだよ?」

「今は黒ウサギを信じていただくしか…」

「はっ、信じる?お前は俺らを信用してないのに、俺らには信用をしろだと?身勝手な話だな。」

「皆様を信用していないなど!」

「ならどうして、最初から全てを話さなかった?俺らがお前らの現状を知ったら助けを拒むと、俺らを信用していなかったからだろ?」

「………」

「それにもし俺らが何も気づかずにお前のコミュニティに入ったとして、実際にコミュニティがボロボロだったら、俺らが不満の一つも感じないとでも?そんな騙すような方法で入れられたコミュニティに献身的に奉仕するとでも思ったのか?」

「……ならば、どうすればよかったと言うのですか!?」

と黒ウサギは瞳にうっすら涙を浮かべながら祖国に叫んだ。

しかし祖国は、心底失望した様子でかぶりを振った。

「そんな事もわからねぇのか?お前らには最初から選択肢なんて無かったんだよ。お前たちに出来ることはただ、全てを包み隠さず伝える事。そしてお前らの窮地を理解し、それでも尚手を差し伸べてくれる、そんな信頼しあえる仲間を作ること。ただそれだけだ。」

そして祖国がとどめの一言を言おうとしたその時、

 

「まあ、そこら辺にしとけよ祖国」

 

と十六夜が止めに入った。

「お前の言い分は往々にして正しい。だがな、」

十六夜は咎めるような目でこう続けた。

「やりすぎだ。」

と。

実際黒ウサギは自慢の耳をへにょらせて、背後には黒いオーラをまとい、この世の終わりのごとく沈鬱な表情をしていた。

流石に祖国もやりすぎたと思ったのか、軽く肩をすくめると

「はぁ、分かったよ。」

と十六夜に謝罪した。

 

そして祖国は、涙目で座り込んでいる黒ウサギに近づくと、自身の右手を黒ウサギの頭のうえにポンと置き、彼女の頭をなぜながらこう言った。

 

「だからな、黒ウサギ、二度目は無いぞ。」

 

その表情には一切の敵意も悪意もなく、ただ純粋に許しに満ちていた。

その行動に、その言葉に、その表情に、黒ウサギは心から救われた気がした。

黒ウサギとて、祖国たちを騙すような真似は、本当はしたいはずがなかった。

だが、コミュニティのため、そして多大な負担を強いている子供たちのため、そう自分に言い聞かせて黒ウサギは自分の気持ちを封じ込めた。

しかし目の前の男 大宮祖国はそんな黒ウサギの偽りの気持ちを見破った上で、許すといった。

その瞬間、黒ウサギの封じ込めていたはずの感情が一気にこみ上げてきた。

罪悪感、後悔、うしろめたさ……

そのすべてを含めて目の前の男は、それでも「許す」とそういったのだ。

 

いつの間にか黒ウサギは祖国の胸で泣いていた。

自らの胸の中にたまっていたものを全て吐き出す様に。

それと同時に、彼女はようやく大宮祖国という男を理解した。

 

なんだ、そんな事だったのか。

 

考えてみれば簡単なことだった。

 

そう、彼はただどうしようもないぐらい底抜けに、

 

”優しい”

 

ただそれだけなのだと。

 

 

 

 

数分後、ようやく黒ウサギが落ち着くと、

「んじゃあ、そろそろ東側へ行くとしますか。」

と祖国は黒ウサギに提案した。

「ヤハハ、そうだな、誰かさんが黒ウサギを号泣させるから、大分時間くっちまたぜ。」

「うっせーよ。」

「号泣なんてしてないのですよ!」

と黒ウサギは顔を真っ赤にして否定するが。

「「いや、してただろ。」」

という男性陣のデリカシーのかけらもないツッコミをうけ、

「と、とにかく急ぎますよ!」

とその場を文字どおり脱兎のごとく走り出したのだった。

 

 




今話も読んで頂きありがとうございます
すいません。
やっぱサウザンドアイズまでは無理でした(笑)
恐らく、次の次くらいになると思います。

一応、祖国君があんまりにも悪者みたいだったので救済してみました。
断じてフラグではない………はずだ。
そもそも筆者に恋愛描写は無理ですので(笑)
批判、感想、質問待ってます!
それでは今回はこれにて。



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苦労人 店員

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入り件数が20を突破いたしました!
ありがたい限りでございます。
これからも、より多くの人に気に入って頂けるように頑張っていきます。


感想でも聞かれたのですが、ヒロインは未定といいますか、今の所導入予定はないのですが、
要望があれば書いていきたいと思います。

もしヒロイン導入を希望するかたがおられましたら、感想欄にその旨をお書きください。

それでは今話もよろしくお願いします。




「な、なんでこの短時間でフォレス・ガロのリーダーと接触して、しかも喧嘩まで売る状況になってるのでございますか!?」

 

祖国、十六夜という二大問題児を連れ帰った黒ウサギは、次から次へと起こる災難に胃が痛み始めるのを感じていた。そんな中、当事者である飛鳥と耀は

「「腹が立ったから後先考えずに喧嘩を売った。反省はしていない。」」

と全く悪びれる様子もなく言った。

「このおバカ様!」

と黒ウサギのハリセンが快音をならす。

”あれ、さっき燃やしてたよな?”

と素朴な疑問を祖国が抱いているなか、黒ウサギはなおも続ける。

 

「そもそも、このゲームで得られるのは自己満足だけなのですよ?」

そう、これが黒ウサギの最も気に入らない事だった。

 

「”参加者”が勝利すれば主催者は参加者側の言及する罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散か……。なるほど確かに自己満足だな。こちらの物的なメリットは何もない。」

 

「YES。時間をかければ立証可能なものを、わざわざ時間短縮のためだけにリスクをおかすなど…」

 

「ヤハハ、でもまあいいんじゃねえか?何だかんだで楽しそうだしな!」

 

「十六夜様は黙っていてください!」

と怒る黒ウサギに今度はジンが口を開いた。

 

「ごめんなさい、黒ウサギ。でも僕もあいつの事はどうしても許せなかったんだ。」

 

「そうよ、黒ウサギ。それに私は道徳なんかよりも、あの外道が野放しになっているのが許せないの。このまま放置しておけば、いつまた子供たちが狙われてもおかしくないもの。」

 

「わ、分かりました。確かにこのままガルドを見逃せば、無用な被害が増える恐れもあります。それに”フォレスガロ”程度なら十六夜様一人で十分でしょう。できれば保険として祖国様にも参加してほしいのですが…」

 

「何言ってんだ黒ウサギ?俺らは参加しねーぞ。」

 

「当然よ、貴方たちなんか参加させないわ。特にそっちの男はね。」

と、十六夜の言葉に怪訝そうに返事をする。祖国に至っては、そっち呼ばわりである。

 

「その喧嘩はそいつらが売ったもんだろ?なら俺らが邪魔するのは無粋ってもんだ。」

 

「あら、分かってるじゃない。」

 

という十六夜と飛鳥の会話を聞き、

 

「はぁ、もうどうにでもしてください。」

と黒ウサギは丸投げしたのだった。

 

 

「それはともかく、いったい何のつもりかしら?さっきから口元が笑っていてよ?言いたい事があるならハッキリ言えばいいじゃない。」

と突然飛鳥は祖国に言い放った。そんな飛鳥の発言を受けても、祖国はいつも通りの態度だった。

 

「いや別に、大したことじゃない。ただご立派な事だと思ってな。」

 

「馬鹿にしているのかしら?」

 

「とんでもない。それどころか俺はお前の認識を改めなければならないと思っている。」

 

「どういう事かしら?」

 

「俺は最初お前の事はプライドだけのお嬢様だと思っていたが、いやはやどうして立派な正義をもっているじゃねえか。」

 

「そ、そう。どうもありがとう。」

と飛鳥は祖国の唐突な賛辞に困惑しながらも返事を返す。

 

「だが例えどんな素晴らしい信念をもっていても、実力が伴わなければただの理想にすぎねぇ。」

と祖国は一転して厳しい真実を突きつける。そして

 

「お前が自らの信念を実現しうるかどうか、次の戦いで証明してみせろ。」

 

「望むところよ。貴方に私を”認め”させてあげるわ。」

と、互いに顔をみて笑った。

 

 

 

 

 

 

さて、フォレス・ガロのひと悶着を終えた後、祖国たちは自らのギフトを鑑定してもらうべく、箱庭最大級の商業コミュニティである”サウザンドアイズ”へと向かっていた。途中で十六夜たちが桜について討論を始め、どういう訳か最終的には世界論の話になっていたのだが、そんな中でも祖国は一人東側の街並みを堪能していた。取り立てて目を引くような建物は存在しないが、それでも整備された道路、趣のある建築物、そして穏やかそうな人々。実に自分好みの所だと祖国は素直に楽しく感じていた。

しかし楽しい時間は長くは続かないもので、十数分後、祖国達一行はサウザンドアイズ支店に到着した。どうやら閉店ギリギリだったらしく、黒ウサギが慌てて止めに行った。

 

「待っ…」

 

「待ったなしですお客様。ウチは時間外営業はいたしませんので。」

 

”止めれてないやん!”

という祖国のメタいツッコミはさておき、あまりにもそっけない店員の態度に今度は飛鳥が口を開いた。

 

「あら、ずいぶん商売っ気のない店なのね?」

 

「そ、そうです。閉店5分前に締め出すなんて!」

 

「文句があるならどうぞ他へ。今後一切の出入りを禁止させていただきますので。出禁です。」

 

「これだけで出禁とかお客様をなめすぎでございますよ!?」

 

祖国も少しいらだちを覚え加勢にはいる。

 

「まあ、硬い事言わずにちょと通してくれませんかね?」

 

「お断りします。私はサウザンドアイズ支店の一従業員として、どこの馬の骨とも分からないコミュニティに、この暖簾をくぐらせる訳にはいき「じゃ、お邪魔しまーす。」ませ、ってはい?」

 

店員は後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには今にも支店の暖簾をくぐろうとしている、さっきまで目の前で話していた男の姿があった。

祖国のギフトを始めてみた見た飛鳥、耀、ジン、そして従業員は驚いて目を見開いていた。すでに見た事のある十六夜を黒ウサギもやはり驚きを隠せないようだ。

 

「なっ、いつの間に?」

 

と、いち早く正気に戻った従業員は祖国に警戒の色を示す。

しかしそんな従業員を嘲笑うかの如く、祖国は悪意に満ちた表情で

 

「あれ~、暖簾はくぐらせないんじゃなかったのかよ?ダメだぜ、自分の言った事に責任持たなきゃ。」

 

と実にうざく言い放ったのだった。

あまりの祖国の言いように顔を真っ赤にした従業員は、祖国を拘束しようと臨戦態勢に

 

「いぃぃぃぃやっほおぉぉっぉ!!久しぶりだの、黒ウサギィィィィィ!!」

 

入る気は瞬時にして無くなったのだった。

そのあと、飛び出してきた美少女(笑)が黒ウサギとともに川へダイブしたり、店員と十六夜が何やら話し込んだり、美少女(笑)が店員に怒られたりと、まあ様々な事があったが取りあえず祖国たちには、支店内に入る許可が下りたようだった。

 

 




今回も読んで頂きありがとうございます。
何度も書いて申し訳ないですが、ヒロインは感想欄にお願いします。

できれば今日中に次をアップしたいとおもっています。
批判、感想、疑問待ってます。
それでは今回はこれにて。


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決闘or挑戦

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが増えていくのは実にうれしい物ですね!
あと投票とかもしてくれたら嬉しいな~なんて…
すいません調子のりました許してください(泣)

では今話をどうぞ。




「生憎店は閉めてしまってな。私の部屋で勘弁してくれ。」

 

と、美少女(笑)もといこの店の店主である白夜叉は5人を自室に通した。

部屋の中は実に趣味のいい和風内装であり、特に部屋の中から見える中庭は素晴らしいの一言だった。

 

「改めて自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えておるサウザンドアイズの幹部の一人白夜叉じゃ。この黒ウサギとは少々縁があってな、コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸している器の大きい美少女である。」

 

「外門って何?」

 

「箱庭の階層を示す、外壁にある門でございます。数字が若い程都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つモノたちが住んでいます。ちなみに、私たちのコミュニティは一番外側にある七桁の外門ですね。」

 

「そして私がいる四桁以上が上層と呼ばれる階層だ。その水樹を持っていた白蛇の神格も私が与えた恩恵なのだぞ。」

 

「へえ、じゃあお前はあの蛇より強いのか?」

 

”あっ、なんかすごい嫌な予感がする”

 

「当然だ。私は東側のフロアマスター。この東側の四桁以下にあるコミュニティで並ぶもののない、最強のホストだからのう。」

 

”おいおい、そんなに煽っちゃ隣の三バカが反応するだろーが。”

 

「そう…フフ。ではつまり貴方のゲームをクリアすれば、私たちのコミュニティが東側最強ということになるのかしら?」

 

「無論、そうなるだろうな。」

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けたな。」

 

”ほらみろ、このバカチンが。空気よめよ!”

 

と、祖国は内心で三人を焚き付けた白夜叉を罵倒していた。

白夜叉の実力を知っている黒ウサギは慌てて三人を止めに入る。

祖国も今回ばかりは十六夜たちでは分が悪いと察し助け船をだす。

 

「ちょ、ちょと皆様!?何言っちゃてるんでございますか?」

 

「逆廻、今回ばかりは止めといた方が身のためだぞ。」

 

「はっ、悪いな祖国。こちとらお前に水神とられて欲求不満なんだよ。目の前にこんな強そう(楽しそう)な奴がいるのに、みすみす引き下がれるかよ。」

 

「よい気概だの、小僧。こちらもゲーム相手に窮しておる故、お前たちと遊ぶこともやぶさかではない。だが、ゲームの前に一つ聞いておく事がある。」

 

そういうと白夜叉は懐から一枚のカードを取り出した。

向かい合う双女神のカードを優雅な仕草で口元にもっていくと、圧倒的強者としての威厳ととも白夜叉は問うた。

 

「おんしらが望むのは”挑戦”か?…あるいは対等な”決闘”か?」

 

突如起こったその天変地異にも等しい変化に流石の祖国も驚愕を隠せなかった。

白い雪原と凍る湖畔、そして水平に回る太陽。

そんな見たことのない世界に一瞬にして連れてこられた十六夜たちは驚愕で声も出ていない。

唯一、早くも平静を取り戻した祖国は、

 

”こいつとは極力戦いたくねーな”

 

と、意外と呑気な感想をいだいていたりした。

唖然と立ち尽くす十六夜たちに白夜叉はこう言った。

 

「私は”白き夜の魔王”ー太陽と白夜の星霊・白夜叉。今一度問おう。おんしらが望むのは試練への”挑戦”か?あるいは対等な”決闘”か?」

 

その白夜叉の圧倒的な力量を前に、十六夜たちは唾をのんだ。

そして少しの静寂の後に、十六夜が笑いながら手を挙げた。

 

「参った、やられたよ。降参だ白夜叉。」

 

「ふむ、それは決闘ではなく試練を受けるという事でよいかの?」

 

「ああ、これだけの物を用意できるんだ。あんたには資格があるからな。今回は黙って”試されて”やるよ。」

 

「ほらな、無理だったろ?」

 

「ヤハハ、自分で実際に体験しないと信じないたちなんでな。」

 

「して、そこの二人も同じかの?」

 

「…ええ、私も試されてあげてもいいわ。」

 

「…右に同じ。」

 

「最後に、そこに座ったままのお主はどうするのだ?」

 

と、白夜叉が祖国に尋ねた。

すると祖国は心底心外といった表情で白夜叉に言った。

 

「俺をそこの三人と一緒にすんじゃねーよ。お前に喧嘩うった覚えはねーぞ。」

 

「しかし、これから同じコミュニティで共に戦っていく身であろう?今のうちに、おんしらの力量を見定めておきたかったのだが…」

 

「俺はまだ黒ウサギのコミュニティに入ると決めたわけじゃねぇ。逆廻たちと違って俺にはやることもあるしな。」

 

白夜叉は内心、祖国の事を高く評価していた。事前に白夜叉の力量を感じ取ったことからも、祖国が少なくとも白夜叉に近しい実力を持ち合わせていると考えていたからだ。それほどの実力を持った彼が黒ウサギのコミュニティに入らないのは余りにも惜しいと考えた白夜叉は、話を続けた。

 

「やる事とな。いったいそれはなにかのう?」

 

「…人探しみたいなもんだな。」

 

「ふむ、それなら私も協力できるやもしれぬぞ?」

 

「どういう事だ?」

 

「知っておろうが、わたしの属するサウザンドアイズは東西南北の上層から下層まで、いたるところに進出しておる超大型コミュニティだ。これだけの規模ならば、おんしが望む情報も提供してやれるかもしれん。」

 

「どうすれば教えてくれる?」

 

「箱庭に来た以上、その方法も箱庭のルールに基づいたものである事は当然であろう?」

 

「つまり俺に試練を受けろと?」

 

「惜しいの。おんしには”決闘”を受けてもらう。安心せい、命までは取らんよ。」

 

「なんで俺だけ?それにそもそも”試練”と”決闘”の違いは何だ?」

 

「簡単に言うなら、試練は主催者に得は無い、決闘にはそれがある、といった所かの。」

 

”試練は参加者が勝てば恩恵がもらえるが、主催者側には目立ったメリットはない。それに対して、決闘は主催者と参加者が対等、つまり勝者にさえなれば主催者、参加者共にメリットがあるって事か…”

 

「つまり、俺に何かしてほしい事でもあるのかよ?」

 

「察しが良くて助かるのう。勝者に与えられるのは”敗者に対して一度のみどんな要求でも行える。”という権利でどうかの?」

 

この時、祖国の頭の中では高速でリスクとリターンの計算が行われていた。

 

”この広くてよく知らない箱庭の中から天使1人を自力で探し出すのは至難の業だ。箱庭全土に精通しているサウザンドアイズなら、情報源として文句なしだ。だが奴が俺に何を要求するのかが分からない以上、不用意にYESと言うのはリスキーだ。ここはちょっと探るしかねえな。””

 

そう考えた祖国は、軽い態度で白夜叉に質問した。

 

「つってもなー、俺みたいな人間風情に何ができるんだよ?」

 

「そう卑下することは無い。私はお主を高く買っておるよ。」

 

「それって俺じゃなきゃダメなわけ?黒ウサギとか、逆廻とかは?」

 

「無論、お主だからこそ頼むのだ。」

 

「それだけの実力があるなら自分で出来るでしょ?」

 

「私では立場上無理なのだよ。」

 

そして、祖国は今までの白夜叉の発言からピースを拾い上げ、形にしていく。

 

”黒ウサギに手を貸している白夜叉が、ここにいる他でもない俺に要求すること。白夜叉では立場上無理だが俺には可能なこと。なぜ他のやつらではダメなんだ?他の奴らには無く、俺にあるもの?”

 

その時祖国は不意に、自らの発言を思い出した。

そして白夜叉の要求を理解した。

 

”なるほど、逆か。俺だけが持っていないもの。俺だけが唯一満たしていない条件ってことか。”

 

白夜叉の意図に思い至ると、祖国は

 

「オーケー白夜叉、決闘だ。」

 

と不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

十六夜たちが白夜叉の試練を受けている間、祖国と白夜叉は…

呑気に茶を飲んでいた。しばらく黙っておいしいお茶をすすっていた祖国だったが、「茶菓子が欲しいな」といきなり無理な事を言い出し、しかし白夜叉は動じることも無く「わたしも丁度そう思っておった所だ」と言うと、袖から一本のカステラを取り出すというビックリもあったのだがそれは今回置いておこう。そんな二人は和やかに間食を楽しんでいたのだった。

 

「白夜叉、お前って本当におせっかいだよな。」

 

と突然祖国は白夜叉に切り出した。いきなりの発言に驚いた白夜叉だったが、祖国の発言の意図を察し

 

「まあ、それほどでもあるかの。以前のノーネームには色々借りもあったしの。」

 

と答えた。

 

「それよりおんし、本当に良かったのか?」

 

「何が?」

 

「本気でわたしに勝てるつもりでいるのか?」

 

「さあな、自分の目で確かめたらどうだ?」

 

「それもそうかの。おっ、ようやく試練が終わったようだの。」

 

「ああ、どうやら春日部が勝ったようだな。」

 

「そのようだな、では私たちも準備するかの。」

 

「おう、いいぜ。」

 

という和やかな会話をしながら、しかし二人の目は真剣そのものだった。それこそ、2人が互いの実力を認めていることの何よりの証拠だった。

 

そして数分後、

白き夜の魔王と大宮祖国の激闘の火ぶたが切って落とされたのだった。

 

 




読了ありがとうございます。
やっとここまで来ることができました。
次回祖国君が大暴れしますので、期待してください。
ギフト解説はその次になるとおもいます。

あと、私用ですが、来週一週間はまるまるバイトなので、アップが遅れるかもしれません。

感想、批判、質問まってます。
それでは今回はこれにて。


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極夜の終わり 前編

こんにちは、しましまテキストです。
ようやくアップすることが出来ました。
バイトのセールが終わればまた継続的にやっていけると思うので、ご了承ください。
お気に入りが30件を突破いたしました。ありがとうございます。
あと、投票してくだっさた方、本当にありがとうございます。
まさか本当に来るとは思っていなかったので、正直ビックリしています(笑)

さて、今話はようやく戦闘らしい戦闘が書けると思います。
筆者の拙い文章力でどこまでいけるか分かりませんが、頑張っていきたいと思います。
それでは今話をそうぞ。


「さて始めるとするかの。」

 

という白夜叉の一言が言い終わると同時に祖国の前に一枚のギアスロールが現れた。

 

【ギフトゲーム名”極夜の終わり”

・プレイヤー一覧:大宮祖国

 

・クリア条件:白夜叉の打倒。

 

・クリア方法:白夜叉の殺害、屈服。

 

・敗北条件:プレイヤーの戦闘続行が不可能となった場合。

 

宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名のもと、ギフトゲームを開催します。

”サウザンドアイズ”印】

 

書かれた内容を見て、祖国は軽口を叩く。

 

「はっ、脳筋丸出しな内容だな。」

 

「策を弄す余地のないゲームで、圧倒的な力をもってして敵をねじ伏せる。それが魔王のあり方だからの。」

 

「まあ、負けた時に下手に言い訳されないだけマシか。」

 

「なに?」

 

と、祖国の勝利を確信しているかの様な物言いに白夜叉は不快感をあらわにする。

だが、そこは元といえど最強の魔王。余裕を持った物腰で「まあよいか」と笑みを浮かべ、そして祖国に言い放った。

 

「来るがよい人の子よ!元”魔王”にして人類最終試練の一端を担うこの白夜叉が全力で相手になろうぞ!」

 

「そうかい、なら遠慮なく。」

 

そういうやいなや、祖国は自らの右腕を上から下に振り下ろした。

とたんに白夜叉を巨大な雷が襲う。

水神をも一撃で倒したその一撃は、しかし白夜叉の持っていた扇子に軽々と弾かれる。

 

「ほお、雷の恩恵か。これ程の威力とは、おんし良いギフトをもっておるの。」

 

「そりゃどうも。」

 

口では祖国のギフトを褒めながらも、だがいとも簡単に彼の雷を弾いた白夜叉を忌々し気に睨みながら、祖国は次に自身の右手の指をパチンと弾いた。

すると今度は凄まじい威力の爆炎が白夜叉を襲った。

その威力たるや凍った雪原一帯を一瞬で焦土と化し、むき出していた岩石が所々溶けてマグマとなっている。

しかしそんな祖国の一撃を受けても

 

「今度は炎熱系の恩恵か。なるほど、これもなかなか。」

 

と服が多少焦げた程度で、傷らしい傷を負っていない白夜叉が悠然と立っていた。

 

「ちっ、まじで効いてねえのかよ。」

 

と祖国は白夜叉の圧倒的なタフさに心底ウンザリしながら、追撃をかける。

祖国が自らの左腕を右から左に横に振るうと、突然、常人では立っている事さえ出来ない程の暴風が発生した。

風速にして80メートルは下らない暴風は進路にあるもの全てを巻き込み、砕きながら、白夜叉へと肉薄する。

だが白夜叉は相変わらず余裕の笑みを浮かべたまま扇子を開くと、事もあろうにただの一振りで殺人的な暴風を相殺して見せた。

 

「雷、炎に続き風とは、天災を引き起こす恩恵か何かかの?」

 

と、淡々と祖国のギフトを解析していく白夜叉の発言に耳も貸さずに、祖国は先ほどの三つの動作を同時に展開する。

つまり、右腕を上から下に振り下ろすと同時に右手の指を弾き、さらに左腕を右から左に振るったのだ。

すると、白夜叉の目の前に圧倒的な熱量と雷を纏った暴風が、一瞬の内に完成する。

触れた物全てを灰塵に帰さんほどの威力をもつその攻撃に、問題児たちや黒ウサギも驚きを隠せない。

流石にこれなら白夜叉にも届きうると、白夜叉の数々の伝説を耳にしている黒ウサギでさえ思ったその攻撃を、

 

「なるほど、合わせ技まで会得しているとは芸が細かいの。だが、………小賢しい!」

 

と、一瞬だけ神格を莫大に膨張させて放った扇子の一閃により、白夜叉は祖国の攻撃をあっけなく霧散させた。

 

「ヤハハ、あの和装ロリこんなに強かったのかよ。」

 

と口では軽い態度で言っているが、十六夜も内心は驚愕していた。

祖国のギフトもかなり強力な物である事は間違いない。

雷、爆炎、暴風という最悪クラスの威力を持つ天災を、あそこまで十全に使いこなす祖国は間違いなく強者であろう。

だが、そんな祖国の全力をもってしても、まともに傷一つ付けることの叶わない白夜叉に十六夜は内心畏怖さえ覚えていた。

 

「ご愁傷様だな祖国。あの和装ロリはトンでもねえ化物だぜ。」

 

「で、でも祖国様の攻撃もすさまじい物ばかりでございます。それに白夜叉様は防戦一方。まだ勝負はどうなるか…」

 

「いや、このゲームは”詰み”だぜ黒ウサギ。もうあいつに勝ちの目はねえ。」

 

と、必死にフォローしようとする黒ウサギを十六夜はバッサリと切り捨てる。

十六夜が理由を説明しようをしたその時、戦っている白夜叉が高らかに宣言した。

 

「いやはや、全く素晴らしい攻撃であったぞ、小僧よ。あれほどの威力を持つギフトを、これ程までに使いこなすおんしの戦闘センス、あっぱれの一言だ。」

 

「そりゃどーも。」

 

「だが、この勝負私の勝ちだ。おんしの攻撃が私に届くことが無いのは分かったであろう?」

 

「俺がそれだけで諦めるとでも?」

 

「それだけでは無い。おんしのギフトには二つの大きな欠点が存在する。」

 

「へぇ?」

 

そう、それこそが十六夜が”詰み”と断じた理由であった。

決して長くはない攻防の間に垣間見えた欠点を、白夜叉は淡々と述べていく。

 

「まず一つ目に、おんしのギフトは発動時に一定のモーションをしなければならない。雷を落とす時は、右腕を上から下に振らなければならぬ様にの。これでは敵に、次何の攻撃を仕掛けるか教えているような物であろう。」

 

「もう一つは?」

 

「その威力じゃ。おんしの攻撃は威力が高く、広範囲に及ぶ。それは裏を返すと自身の周囲ではギフトを発動出来ない事を意味しておる。下手に発動すれば、おんし自身も自らの攻撃に巻き込まれてしまうからの。つまり近距離戦闘に持ち込めば、おんしを倒すのは容易いということ。」

 

「………」

 

「悪い事は言わん。諦めろ。おんしには才能がある。これ以上戦っても勝てぬ敵になおも挑み続けるほど、おんしは愚かではなかろう?早く敗北を宣言するのだ。」

 

そう、これこそがこのゲームにおける唯一の白夜叉の優しさであった。

プレイヤーの敗北条件は”戦闘不能になる事”。

つまり、プレイヤーの戦意喪失も敗北に含まれるのだ。

痛い思いをする前に諦めろという白夜叉の提案を、だがこの男 大宮祖国は

 

「はっ、くだらねえ。」

 

と、一蹴した。

 

「大体、白夜叉。お前の態度からして気に食わねえ。」

 

「なんだと?」

 

「お前最初に言ったよな?”全力で相手になろう”って。だがなんだ、その戦い方は?それがお前の全力かよ?俺たちがやるのは”対等な決闘”なはずだろーが。」

 

祖国がこのゲームが始まってから胸の内にずっと感じていたこと。

そう、つまり白夜叉は大宮祖国をナメている。

一方的に攻撃を受け続けたのも、祖国を格下と断じての行為。

祖国のギフトの弱点を指摘し敗北宣言を勧めたのも、自らがの方が強いと断じたが故。

そんな白夜叉の、とても対等とは思えない横暴な態度に祖国は強い憤りを感じていた。

そして、白夜叉をにらみ

 

「俺は絶対に負けを認めねえ。」

 

と、不退転の覚悟を口にした。

そんな祖国の決意を耳にした白夜叉は、1人静かに………失望していた。

彼我の実力差を理解してもなおも挑み続けるその愚かさに、心から失望していた。

せめてもの手向けに、殺さぬ程度には手加減してやろうと手に持つ扇子に力をいれると

 

「ならば、実力で黙らせるしかないの」

 

と言い放ち、一瞬で祖国に近づいた。

その小さな身体からは想像もつかない程の速度で近づいた白夜叉は、手に持った扇子を横に薙ぎ払い、確かに祖国の意識を刈り取る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずであった。

だがそのの扇子はむなしく空を切り、当の白夜叉は目の前で起こった信じられない現象に目を見開いている。

そう”消えた”のだ。

祖国は白夜叉の攻撃を予測していたのか、白夜叉が迫る中バックステップをした。

本来ならばその程度の回避で避けきれるはずはない。

祖国の動作を感じ取った白夜叉はもちろん、祖国の移動後の位置に攻撃を変更した。

多少前後の差異はあれど、扇子を振りぬく初動のタイミングを少し遅らせる、それだけでよいはずだった。

白夜叉も祖国の行動を苦し紛れの回避だと断じ、気に留めさえしなかった。

だが、白夜叉は確かに見た。

彼 大宮祖国が不敵な笑みを浮かべているのを。

そして次の瞬間、既に祖国の姿はそこには無かった。

と同時に、白夜叉の上空から凄まじいという比喩すら生易しく思える程の雷が降り注いだ。

いや、それは雷と呼んでいい物かさえ分からない。

その威力は先ほどの白夜叉の一閃と比べても何ら劣らぬ威力を有しており、祖国が消えた事に気を取られていた白夜叉を容赦なく呑み込んだ。

白夜叉を呑み込んだ雷は、さながら巨大な光の柱の如き様相を呈し、白夜叉と共に大地をえぐり取ったのだった。

 

 

まばゆい光が止み、問題児たちと黒ウサギが状況を確認するために目をあけると、落雷地点の大地が消失していた。

水神の時の様なクレーターではない。

まるで筒状の物で抉り取られたかの如く、直径10メートルほどの円柱型の穴がすぽっりと大地に開いていたのだ。

流石の問題児たちも言葉が出ないのか、ただ目を見開くばかりだった。

だが、そんな中でも1人祖国は厳しい顔をしていた。

そしていまだ煙が立ち込めている落雷箇所を睨み、鋭い声で言い放った。

 

「いるんだろ?こそこそしてないで出て来いよ?」

 

「ばれているなら仕方ないの。まあ、そうピリピリするな。」

 

という声と共に、煙の中から白夜叉が現れた。

だが、さしもの白夜叉も先ほどの一撃は無傷と言う訳にはいかなかったようであり、所々に目に見える傷がついていた。

 

「私に傷をつけた英傑は何百年ぶりであろうかの。」

 

「はっ、そりゃ丁寧に仕込んどいたかいがあるもんだぜ。」

 

そう軽口をいうと、祖国は空を指さした。

白夜叉は祖国の指さす方向を見ると、合点がいったという表情をしている。

問題児たちの中では唯一十六夜が祖国の意図に気づいたようだ。

 

「なるほど積乱雲とはのう。爆風の時から仕込まれておったのか。」

 

「ご名答。初手で倒せなかった時から狙ってたんだがな。お前の方こそ、さっきの攻撃受けて五体満足とか、マジありえねぇ。」

 

「私は星から発生した星霊だぞ?私を殺したくば、星を砕く一撃を用意するのだな。」

 

「そうかよ。」

 

「だが、今の一撃はよい攻撃じゃった。私にギフトを使わせた事、誇ってよいぞ。」

 

「へえ、何のギフトだよ?」

 

「素直に教えると思うか?それに私が真実を伝えるとも限らんぞ?丁度おんしが私をはめた様にな。」

 

「俺は何も言ってないぜ?お前が勝手に勘違いしただけだろ?」

 

「小童が言いよるの。」

 

二人にしか分からない会話を終え、互いにケタケタと笑い終えると祖国が切り出した。

 

「で、白夜叉。俺もそろそろ”本気”で戦いたいんだけど、まだ俺は格下か?」

 

「いや、すまなかったの。大宮祖国、おんしは強い。この白夜叉に傷をつけ、あまつさえ恩恵まで使わせた者が、どうして強者ではなかろうか!今こそ白き夜の魔王は大宮祖国を対等な相手と認め、持てる限りの力全てを駆使して汝の前に立ちはだかろうでははないか!」

 

長いプロローグの末、大宮祖国と白夜叉の真の”決闘”の幕がようやく開こうとしていた。

 

極夜の終わり 前編(完)

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
ようやく前編が終わりました。
後編もできる限り早くアップしたいと思います。
後編は決着と、出来ればギフト解説までいければなぁとおもいます。

感想、批判、疑問待ってます。
それでは今回はこれにて。


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極夜の終わり 後編

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが40飛んで50件突破!
ありがとうございます!

ようやく後編をアップすることが出来ました。
バイトのセールも終わり一段落したので、これからできる限り継続してアップしていきたいです


それでは今話もよろしくお願いします。


白夜叉は歓喜していた。

己が目の前に立つ英傑に歓喜していた。

自らをいとも簡単に欺き、騙し、計略にハメたその男に心の中で最大の賛辞を送っていた。

しかも、その計略自体が白夜叉に本気を出させるためだけに仕組まれていたのだから最早笑うしか無い。

人智を超えた存在である白夜叉を前に、だが目の前の男 大宮祖国は不敵に笑う。

 

”お前を騙す事など造作もない”

 

とでも言いたげな表情を向けながら。

そしてこの男は分かっているのだ。

白夜叉がー魔王がーここまで挑発されて乗らないはずがないと。

今まで全てが茶番。

今まで全てがこの男の手の平の上。

そうと分かってもなお白夜叉の心は歓喜をやめなかった。

 

”これほどまでに心躍る戦いはいつ以来じゃろうな。”

 

記憶の糸をたどり、白夜叉はかつての戦いを思い出す。

天動説を司る太陽神として数多の宇宙観の中心にいた自分を白夜の地平にまで追いやった英傑たちとの長きにわたる死闘を。

圧倒的な暴力を嘆き、苦しみ、それでも歩みを止めなかった愚かしくも愛しき人間たちを。

そして今、白夜叉は目の前の男にかつての英傑たちと同じ光明を見ていた。

 

”そうだ、これこそが私の愛した人類だ”

 

と、白夜叉は久しく忘れていた感情に笑みをこぼす。

 

”なればこそ妥協はすまい。人類の壁として、越えねばならぬ試練として、おんしの真価をここで見定めようぞ!”

 

そして白夜叉は宣言する。

 

「今こそ白き夜の魔王は大宮祖国を対等な相手と認め、持てる限りの力全てを駆使して汝の前に立ちはだかろうではないか!」

 

途端に白夜叉の霊格が莫大に膨張した。

先程までとは比べ物にならない存在感に白夜叉を除いた全員が息を飲む。

否一人だけ、口元に笑みを絶やさない男がいた。

それどころか白夜叉の霊格が高まるにつれて、その笑みは鮮明になっていく。

そんな不遜な男 大宮祖国は白夜叉を指さし、

 

「来るがいい。その巨峰、この大宮祖国が上りつめてみせよう!」

 

と、傲岸不遜に、だが不退転の覚悟を持って言い返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

祖国と白夜叉の問答が終わると、二人の間に一瞬沈黙が流れた。

そして次の瞬間、先に仕掛けたのは白夜叉だった。

 

”今までやつが使用したギフトで最も危険なのはあの空間移動のギフト。一瞬で私にも感知されず移動できる性能はまさに脅威。だが、あれほどのギフトなら何か使用条件や制限があるはず。ならば…”

 

白夜叉が右手を上にかざすと、突然白夜叉の上空がまぶしく光り輝いた。

祖国が上空を見上げると、そこには巨大な青白く光る球体が発生していた。

その球体は周囲の空気を巻き込み、さらに膨張し続けている。

問題児と黒ウサギはもはや眼前で何が起こっているか理解できていないが、白夜叉の攻撃の危険性を直感で理解し青ざめていた。

”この攻撃はヤバい”と。

しかしそれ程の攻撃をもってして白夜叉は

 

”この恩恵で奴の限界移動距離を測る!”

 

と、祖国をこの一撃では決めきれ無い前提で思考を重ねていた。

そこには祖国に対して微塵の油断もない。

目の前の敵を全身全霊をもって屠る。

その為に己が全てを賭す。

そんな白夜叉の全力の一撃を見て、だが祖国は笑みを絶やす事は無かった。

そして突然祖国が口を開いた。

 

「へぇ、プラズマか。そういや、太陽の中心核はプラズマ体だっけか。」

 

まさか初見で看破されるとは思いもしなかった白夜叉は一瞬たじろぐが、すぐに返答する。

 

「いかにも。これは太陽のプラズマを恩恵として昇華したものだ。名を”第四態光球”という。」

 

「んじゃ、プラズマ爆発でも起こそうってか?俺の移動限界を調べるためにしちゃ派手じゃねーか?」

 

祖国の発言にこちらの意図が見透かされている事を悟った白夜叉は軽口を言い返そうとするが、それよりも早く祖国が口を開いた。

 

「ま、やらせねえけどな。」

 

次の瞬間白夜叉は信じられない光景を目の当たりにする。

先程まで白夜叉の上空にあった超高密度のプラズマ体が一瞬で無くなっていたのだ。

”霧散”ではない。

”移動”などという生易しい物ですらない。

言葉にするならそう、この世界との関係性ごと”切断された”かの如く、”消えた”のだ。

驚く白夜叉を後目に、祖国は不遜に言い放つ。

 

「そんな遅え攻撃が当たるとでも?」

 

「ならば、次は対処できない速度の攻撃でもしてみようかの。」

 

そういうやいなや、祖国の上空を超巨大な爆発が包んだ。

 

それは太陽系最大の爆発 太陽フレア。

 

爆発規模数万キロ、水素爆弾1億個ともいわれるその爆発は数千万℃の熱を発し、余波だけで世界が崩壊するかとさえ思われた。

もちろん、仏門に帰依し神格を落としている今の白夜叉では、完全なる太陽フレアを再現する事は出来ない。

だがそれでも、その一撃はたかだか人間一人風情を屠るには十分すぎる威力を有していた。

数百万℃の熱風が吹き荒れ、衝撃波が大地を砕き、降り注ぐX線、ガンマ線はとうに人間の致死量を超えている。

ゲーム盤は自動修復が始まる度に壊され、最早何度壊されたか分からない。

ようやく爆発が収束し、ゲーム盤が最後の自動修復を終えるが、その光景は見るも無残な物だった。

大地は焼け爛れ、山は溶け、美しかった氷雪は見る影もない。

今回決闘に参加していない問題児たちと黒ウサギはゲームルールによって守られて身体は無事だが、あまりの出来事に頭がオーバーヒート寸前である。

 

余波で発生した砂煙が収まっていくと最初に見えたのは白夜叉だった。

流石に、先程の爆発は相当体力を消耗したらしく、ハアハアと息を切らしている。

だがその白夜叉の目は、勝利を確信したかの様な自信に満ちていた。

爆発直前、祖国に目立った行動は無かった。

仮に転移しても、世界を燃やし尽くさん規模の爆発から逃れられる訳がない。

そう確信し、勝利宣告のギアスロールが下りてくるのを待っていた白夜叉に

 

「おいおい、いまのはちょっと危なかったぞ。死んだらどうしてくれんだよ?」

 

と、腕を組み、まるで何事も無かったの如く気軽に話しかけてくる男 大宮祖国に白夜叉はもはや絶句するしかなかった。

 

「にしても、すげー威力だな。今のはなんだったんだ?」

 

祖国の問にようやく正気を取り戻した白夜叉は、動揺を必死に隠しながら答える。

 

「今のは太陽表面の爆発、太陽フレアを模したギフトだ。」

 

「なるほどな。それならあの威力も納得だ。」

 

「わたしとしては、おんしが無事な理由を知りたいのだがな。」

 

「タネがばれてる手品ほどつまらない物はないだろ?」

 

”手品のような小手先で私の攻撃が防げるものか!”

 

と内心叫びたくなる気持ちを抑えて、白夜叉は鋼の如き意志で自らを律する。

そして冷静になった頭で全ての状況を把握しようと、持っていた扇子を一仰ぎした。

それだけで砂埃は消え去り、祖国と白夜叉の姿が互いにあらわになる。

すると白夜叉は決定的な、今までの祖国では残さなかっただろう痕跡を目撃した。

 

”奴の足元。あそこ一帯が完全に無傷とは。奴のギフトの影響か?”

 

そう、祖国を中心として一辺約2mほどの正方形が地面に出来上がっており、その内部が全くの無傷だったのだ。

一瞬またミスリードかと考えるが、すぐに心の中でそれは無いと判断する。

 

”本来ミスリードは戦いの主導権を握る者が仕組むトラップ。そして先ほどの攻防の主導権は完全に私だ。ならば、あれはミスリードの為の痕跡ではなく、奴のギフトの副産物と考えるのが妥当。とすれば、あの痕跡は奴のギフトを推し量る有力な材料になるの。普通に考えれば、一定空間を保護する恩恵か何かであろうが…”

 

そして白夜叉は今までの祖国のギフトを考察を交え列挙する。

・空間移動のギフト

・攻撃を消し去るギフト

・一定空間において攻撃を無効化するギフト

 

”こうして考えてみると奴のギフトの真に恐ろしい所はその防御性能だの。第四態光球の様に発動まで時間がかかる攻撃は消され、瞬間的な広範囲攻撃も奴には届かん。”

 

白夜叉は刹那の間に祖国のギフトを考察し、眼前の敵を打倒すべく思考を巡らす。

幾通りもの可能性を想定し、シミュレートし、そしてとうとう一つの結論にたどり着いた。

その結論に辿り着いた白夜叉の顔は

 

”ふふ、小童よ。今度は私がハメさせてもらうぞ”

 

と、まるで悪戯を思いついたかの如く、悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、祖国はどうしたものかと頭を悩ませていた。

先程の太陽フレア時に咄嗟にギフトで身体を守ったのはいいが、決定的な痕跡を足元に残してしまった。

勿論、原理がばれたからと言ってどうにかなる様な物ではないが、祖国のポリシー的にはあまり宜しい事ではなかった。

 

”もし俺がアイツなら次に取る行動は…”

 

そう、この思考方法こそが、祖国が白夜叉の意図を見抜いた単純にして、だが中々バカにできない方法であった。

もし祖国が白夜叉ならば、最後の空間移動のギフトを最も危険視し、その詳細を知ろうとするだろう。

そして、白夜叉が次に使った恩恵はプラズマ爆発を引き起こすギフトだった。

プラズマ爆発は広範囲に及ぶため、恐らく一回の移動距離を調べようとしているのだろう、と祖国はあたりをつけたのだ。

 

”もし俺がアイツなら一手ずつ詰みに行くな。”

 

と祖国は結論を出す。

そして、同時にもう一つの大きな問題に取り組み始める。

”いかにして白夜叉を倒すか”という問題を。

そう、このゲームはいくら攻撃が当たらなかろうとも勝つことは出来ない。

殺害は論外故に、ダメージを与えて屈服、つまり負けを認めさせる以外方法は無い。

だが唯一当たった雷撃ですら、白夜叉に少ししかダメージを与えられいない。

そして祖国は思考を加速させる。

 

”奴にまともにダメージを与えるには、どれくらいの攻撃をすりゃいいんだ?雷もほぼ無傷となると…。いや待てよ。アイツもプラズマ使ってたよな?てことは、俺の雷はそれで防いだのかもしれん。たしかあの時恩恵を使ったって言ってたし。なら、もしかして………”

 

そして祖国は、

 

 

 

 

 

 

 

 

”アイツ本体はそんな強くないんじゃね?”

 

というとてつもなくアホな結論に行き着いた。

勿論、祖国がそんな極端な結論に行き着いたのには訳がある。

だが今回においてその結論は悪手だった。

 

”とりあえず、アイツ本体に軽く一発攻撃をきめて反応を見よう。もし予想通りなら、あまり強い攻撃だと死んじまうかもしれねえしな。”

 

などと、本人が聞けば激怒しそうな内容を考え、そして祖国はそれを実行に移す事を決め右手を虚空に伸ばす。

するとそこには、いつの間に取り出したのか、祖国の身の丈程もある大剣が握られていた。

白夜叉は祖国のデタラメっぷりにもはや慣れたのか、呆れたような表情さえして尋ねる。

 

「おんし、いったいいくつギフトを持っておるんだ?」

 

「いくつだと思う?」

 

「質問に質問で返す出ないわ。」

 

「まあ、そう怒んなって。」

 

「して、その刀はなんだ?」

 

「ああ、これか?これは人工的にダイヤモンド、カーボン、黒鉛を合成して作ったブレードだ。素材で強度と粘りを再現し、ブレードの薄さで軽量化に成功した逸品だぜ。俺みたいな非力な人間でも片手で振り回せるくらいには軽いな。」

 

「ほう、それはなかなか。流麗なフォルムといい、黒く光るその刀身といい、かなりの名品だの。何なら、良い値で買おうではないか。」

 

「お断りだなっ!」

 

そう言うと、祖国はギフトで一瞬の内に白夜叉に近づき、大剣を振り下ろす。

しかし白夜叉はそれを読んでいたのか軽々と避けると、いったん祖国との距離を開ける。

 

「なるほど、本格的にゲームクリアを狙いに来たな。ならば私も、そろそろおんしを攻略するとしよう!」

 

途端に白夜叉の周りに6本の極太の炎柱が発生した。

そして次の瞬間炎柱がユラユラと揺れたかと思うと、6本の炎はまるで独立した意志を持っているかの如く、”別々”に祖国を襲いかかった。

瞬時に祖国は転移し攻撃を避けるが、あまりにも厄介な攻撃にたまらず白夜叉に問う。

 

「くそが。なんだよそれ?まるで蛇みたいにヌルヌル動きやがって。」

 

「ほお、勘にしてもよく当てたのう。この恩恵の名は”紅炎の六賢蛇”、太陽と蛇をモチーフにした恩恵である。」

 

「紅炎だと!?じゃあ、その炎はプロミネンスか!?」

 

「おんしはつくづく博学だのう。だがこの恩恵の厄介な所はそこではないぞ?」

 

「んじゃ、なんだってんだよ?」

 

「蛇は古来より賢者の象徴として信仰されてきた存在だ。」

 

「だから何だよ?」

 

「まあ、端的に言うと、その炎はおんしの行動パターンを”学習”し、それを踏まえた上で次の攻撃を繰り出す。さらに6匹の蛇の意識、思考、視野は共有されておるから、その学習速度は凄まじいものだぞ。」

 

祖国は絶句した。

詰みに来るとは予想していたが、ここまでとは想定していなかった。

数分もすれば自分は行動パターンを見切られ捕まるだろう。

そうなれば即ジ・エンドである。

唯一の打開策は短期決戦。

時間が経つほど不利になる現状で、その結論に行きつくのは当然であった。

だが

 

”それも想定のうちだろうな。”

 

と忌々しげに白夜叉の思考を予測する。

白夜叉ほどの手練れとなれば二手三手先を読んでいても不思議ではない。

しかし同時に短期決戦しか祖国に勝機が無いのもまた事実。

 

”ならば罠と知りつつ乗るしかねえか。ま、せいぜい足掻いてやるよ。”

 

次の瞬間祖国の動きが豹変した。

今までは必要最低限しか転移を使わず、極力白夜叉に自らのギフトに関する情報を与えてこなかった。

だが今は違う。

まるで特攻にも似た様相で祖国は転移を繰り返し、白夜叉と6匹の蛇の周囲を移動し続けている。

時には平面に、時には上空に、あるいはフェイントを織り交ぜながら白夜叉の超近距離に。

空間のありとあらゆる場所に現れては消える祖国に、賢神たる炎蛇も未だ対応できていない。

 

”まだだ、まだ早い。”

 

と、祖国は”わざと”自らの行動パターンを単調にし蛇たちに”学習”させる。

そして数十秒ほどが経ち、蛇たちが徐々に祖国の行動を学習し始めたとき、祖国は目にした。

蛇たちが一斉に”次の”祖国の移動地点を予測し、白夜叉の”左前方”にすでに移動し始めているのを。

 

”さすが賢神様。思ったより早かったな。”

 

と祖国はほくそ笑むと、次の瞬間”白夜叉の背後”に転移した。

そう、これが祖国の狙っていた一瞬。

蛇たちにわざと単調な行動パターンを見せつけ、”学習”させる事により、祖国の次の転移場所を”理解”したつもりにさせる。

そして、頃合いを見計らって白夜叉から離れた場所にミスリードし、その間に白夜叉に攻撃をしかける。

賢神をも騙した事に、内心してやったと歓喜した祖国は

 

”まあ、死なない程度には手加減してやるよ”

 

と勝利を確信した面持ちで、白夜叉の背後から大剣を振り下ろした。

そして次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

と、初めて祖国はこの決闘において明確な驚きの声を上げた。

なぜなら彼の握る大剣がその刃の中央あたりから完全に折れていたのだ。

いや、折れていたというのは正確ではない。

まるで触れた箇所が圧倒的な熱量で溶かされたかの如く蒸発したのだ。

何が起こった?

だが祖国が疑問の原因を突き止める暇もなく

 

「ようやく、おんしに近づく事ができたの。祖国よ。」

 

という白夜叉の満面の笑みと共に、彼女の星をも揺るがす拳が祖国の腹部に深々と突き刺さった。

祖国は苦悶の表情を浮かべ、その勢いに押され吹き飛ばされる。

問題児たちは遂に白夜叉が祖国に一撃をいれた事に、黒ウサギはその威力が到底人間には耐えられる物ではない事に声を上げた。

白夜叉も自身の一撃に手ごたえを感じ、口元に笑みをうかべる。

 

しかし次瞬間、白夜叉の腹部にまるで先程の自分の拳をくらったかのような衝撃がはしった。

 

「がはっ!」

 

と、口から空気を吐き出しながら吹き飛ばされる白夜叉。

正体不明の攻撃に困惑しながらも、白夜叉はその眼でしっかりと見ていた。

白夜叉の拳をくらい吹き飛ばされたはずの男が、口からは血を流し、腹部に手を当てながらも、しかししっかりと両の足で立ち上がったのを。

しかもその顔が、苦悶ではなく心底楽しそうに笑っているのを。

 

”この状況で笑うか。まあ、私も楽しんでおるゆえ、お相子だがな。”

 

と白夜叉は素直に感想をもらす。

そして、

 

”なればこそ、この祭りをこんな所で終わらせる訳にはいかぬ!”

 

と白夜叉は自らの身体に鞭を打ち、吹き飛ぶ勢いを己の脚力だけで止めてみせた。

そして巻き上がる土煙の中からゆっくりと立ち上がると、愉悦に満ちた双眸で祖国を凝視し、

 

「いやはや、まさか今ので決めきれぬとはな。それどころか反撃までされるとは…。」

 

と、決して軽くはないダメージを負った身で軽口を叩いた。

 

「はっ、そうかよ。こっちはお前にハメられて愛用の剣が真っ二つの上、とんでもないボディーブローをくらったんだぜ?つーか、なんで折れたんだ?」

 

「おんしの手品とやらを教えてくれたら、教えてやらん事もないぞ?」

 

「ま、大方の予想はついてるから別にいいんだけどな。」

 

「つれない小童だのう。美女の誘いは断るべきではないぞ?」

 

「幼女は範囲外なんでな。」

 

「それは残念。」

 

そして二人に沈黙が流れる。

互いに軽口を言いあっているが、二人とも身体的にも精神にも限界寸前だった。

白夜叉は大規模なギフトの連続使用による体力切れ。

祖国に至っては、最後の白夜叉の攻撃であばらが何本かご臨終していた。

さらに目の前の敵から一瞬たりとも気を抜けない緊張感が二人の精神を著しく削っていた。

そんな中、突然口を開いたのは祖国であった。

 

「はぁ、俺もう限界だわ。」

 

「それは敗北宣言と見なしてよいのかの?」

 

「そうだな、”次の”攻撃で決めきれ無かったら、俺の負けでいい。」

 

「ほう、よほど自信があるのかの?」

 

「やるのは初めてだが、威力は保障するぜ。」

 

「そうか。なら尚更逃げる訳にはいかぬの。」

 

「なぁ、白夜叉。」

 

「なんだ?」

 

「感謝するぜ。」

 

「急にどうしたのだ?」

 

「いやな、俺が元いた世界じゃ俺を傷つけられる奴なんかいなかったからよ。だから本気を出せるお前との決闘はすごく楽しかった。」

 

「そうかそうか。私もこれ程心躍る戦いは久しぶりであったぞ。」

 

「そうかい、そりゃよかった。だがな…、いやだからこそ、俺は最後まで手を抜くつもりはないぜ?」

 

「当たり前だ。ここで手を抜くのは、今までの戦いを無に帰すと同義であろう。」

 

その白夜叉の言葉に、ついに心の中で最後の"何か"を決心した祖国は

 

「ああ…、そうだな。」

 

と返し、そして静かに目を閉じた。

 

「終わりにしよう、白夜叉…」

 

そう呟くと、祖国は両手を広げて大空にかかげ、そして厳かに死刑を宣告する。

 

「下りて来い…。-----Jupiter-----」

 

途端にあたりが暗くなった。

それは奇しくも、太陽が沈んだかの様な暗黒。

何事かと一同が空を見上げ、そして本日最凶の驚愕が白夜叉たちをおそった。

 

そう、星が落ちていた。

 

比喩ではない。

厳然たる事実として、それはそこにあった。

太陽系最大の惑星ー木星ー

それが白夜叉のゲーム盤の空を覆うように、落下してきていたのだ。

 

「ウソ…」

 

「なっ…!?」

 

「おいおい、これはさすがに…」

 

「あり得ないのですよ…」

 

そう絶句する問題児たちと黒ウサギは、規格外の怪物 大宮祖国の”本気”に、本能レベルで畏怖を覚えていた。

 

そんな中、白き夜の魔王 白夜叉は、嬉しそうに眼前に迫る星を眺め、そして瞳を閉じた。

 

”よくぞ、よくぞこの巨峰を登り詰めた!

認めよう…。おんしの勝利だ、大宮祖国よ!”

 

そして白夜叉が心の中で惜しみない勝者への賛辞を送り終えるとほぼ同時に、世界が崩壊を始める。

極光が世界を包み、何もかもが崩れゆく世界のなかで、

 

「終わらぬに極夜に終止符を…。」

 

そんな祖国の手向けの言葉を聞き取れた者が果たしていたのだろうか。

 

 

 

祖国の全力の一撃は白夜叉のゲーム盤に衝突するやいなや、もはや人類の有する言葉では形容できない衝撃で世界を砕き尽くした。

その世界をも屠る一撃は、ゲーム盤の修復速度すら凌駕し、世界の相補性すら破壊し、森羅万象の根源を無に帰し、そしてー

 

 

 

 

ーパリンー

 

 

 

 

ーそんな音と共に、白夜叉のゲーム盤を粉々に粉砕したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

極夜の終わり 後編(完)

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
書いてて、白夜叉を強化しすぎたかとも思いましたが、そんな白夜叉を圧倒した祖国君のチートさが分かって頂ければと思います。
ギフト説明は次話にさせてください(泣)
さすがにちょっと疲れました。
ちなみに筆者至上最長です(笑)

感想、意見、批判まってます!
それでは今回はこれにて。


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ギフトと願い

こんにちは、しましまテキストです。
ようやく祖国君のギフトの説明回まで来ることが出来ました。
長かった…。

あと、これは筆者の好みの問題なのですが、筆者は個人的にオリ主にギフトが大量にあるのは好みません。
限られたギフトで知恵を絞り、打開策を切り開くパターンが好きであり、そのため祖国君のギフトも初期は2~3で抑える予定です。
もちろん、強化イベント等は今後入れていく予定ではありますが、それでも基本祖国君の主力ギフトは1つでいこうと思っています。

前置きが長くなりましたが、これが筆者の基本スタンスです。
それでは今話もよろしくお付き合いください。


一同は気が付くと、いつの間にか元の白夜叉の部屋に戻っていた。

どうやらゲーム盤の崩壊と共に、箱庭に引き戻されたようである。

まるで先程の戦いが夢だったかの様な穏やかな雰囲気に、問題児たちと黒ウサギはようやく張りつめていた意識の糸を緩める事が出来た。

そしてそんな張りつめた空気を作った張本人の一人である祖国は、中庭が見える縁側ですでに二杯目のお茶をすすっている。

 

「おんし、いくらなんでも和みすぎではないか?」

 

「馬鹿言え、強がりに決まってんだろ。」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、実際お前に殴られた腹が痛すぎて死にそ………がはっ」

 

「うおぉぉい!しっかりせい!メディック…。メディィィクッ!」

 

などという茶番じみた、しかし結構命にかかわっていたりするイベントを起こす二人を、問題児たちは生ぬるい目で見ていたのだった。

 

祖国の傷の手当が終わり、問題児たちを黒ウサギ、そして祖国が白夜叉に向かい合うようにして座ると、ようやく真面目な様子に戻った白夜叉が話を切り出す。

 

「ふむ、とりあえず傷の方は安静にしておれば一週間ほどで完治するようだ。くれぐれも無茶をするでないぞ。」

 

「誰のせいでこうなったと思ってんだよ?」

 

「むしろ、おんしがその程度の傷ですんでおるのが不思議なくらいだぞ?私はあの時確かにおんしを殺すつもりで殴ったのだがな。」

 

「まあ、それはな。それよりお前こそどうして生きてんだよ?あの攻撃で確実に殺したはずだぜ。」

 

「直撃しておれば、流石に私とて生きてはおらぬよ。だがおんしの攻撃がゲーム盤を破壊したおかげで、私は強制的に箱庭に送還され無傷というわけだ。」

 

「んじゃ、まだ決着はついてないのかよ。」

 

と、祖国は拳に力を込めかけるが、

 

「いや、それには及ばん。」

 

白夜叉がそういうと、祖国の前に勝利宣告のギアスロールが出現した。

 

「おんしの勝ちだ、祖国よ。文句のつけようがない、完璧な勝利であったぞ。」

 

「はぁ、マジでよかったぜ。お前とやるのは当分遠慮願うわ。」

 

と、心底ほっとした祖国の人間らしい一面を見て一同は苦笑する。

これが先程までの圧倒的な存在と同じかと思うと、なんだか馬鹿らしく感じたのだ。

白夜叉は次に試練を選択した残りの問題児を見ると、同様に賞賛を口にする。

 

「おんしらも、グリフォンの試練をよくクリアした。ホストとして何か褒美をやらねばならんの。」

 

「あ、あの白夜叉様。そのことなのですが。」

 

「なんだ、黒ウサギ?そういえば、おんしらの要件をまだ聞いておらんかったか。」

 

「はい。今日は白夜叉様にギフトの鑑定をして頂きたくここに参りました。」

 

「ギフトの鑑定だと?専門外もいいところなのだがな。」

 

と、白夜叉は本心から困った顔をする。

どうやら戦闘においては無類の強さを発揮する白夜叉にも、苦手な事の一つや二つはあるようだ。

うーん、と困ったように髪を掻き上げると、白夜叉は一同をまるで見透かすような瞳で見つめる。

 

「うむ、祖国は言わずもがな、残りの3人も破格の恩恵を宿しておる事は分かるが…。なんとも要領を得んのう。おんしら、自分のギフトをどれぐらい把握しておる?」

 

「企業秘密」

 

「右に同じ」

 

「以下同文」

 

「勘」

 

「うおおおい!いやまあ、確かにさっきまで対戦相手であった者にギフトを教えるは、気持ち的に複雑な所もあろうが、それでは話が進まんだろう!というより祖国!勘で私に勝てれば誰も苦労せんわ!」

 

という白夜叉の渾身のツッコミに十六夜が真面目な様子で答える。

 

「別に鑑定なんか必要ねえよ。他人に名札を貼られるのは趣味じゃない。」

 

十六夜の発言に同意するように頷く飛鳥と耀。

そんな中、祖国は

 

”逆廻うざよい”

 

などと言う、本人が聞けば激怒間違いなしのダジャレを考えていた。

 

「ふむ、何にせよ試練を見事クリアしたおんしたちには”恩恵”を与えねばなるまい。ちょいと贅沢な代物だが、コミュニティの復興の前祝いには丁度好かろう。」

 

そう言って白夜叉が手をたたくと、祖国たち4人の前にそれぞれカードが現れた。

4枚のカードにはそれぞれ自身のギフトの名前が記されていた

 

逆廻十六夜 コバルトブルーのカード

・ギフトネーム”正体不明(コード・アンノウン)”

 

久遠飛鳥 ワインレッドのカード

・ギフトネーム”威光”

 

春日部耀 パールエメラルドのカード

・ギフトネーム”生命の目録(ゲノム・ツリー)””ノーフォーマー”

 

そして祖国が自分のギフトカードを見ようとしたその瞬間、

 

「ギフトカード!」

 

と、黒ウサギが驚愕の声を上げる。

 

「なにそれお中元?」

 

「お歳暮?」

 

「お年玉?」

 

「茶菓子が食べたい。」

 

「違います!と言うか祖国さんは最早何の関係もないのですよ!いいですか、このギフトカードは顕現しているギフトを収納できる超貴重なカードなのです!」

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「ああもう、そうです。超素敵アイテムです!」

 

「つーか、俺もノリでもらってるけど大丈夫か?俺は別に試練に勝ったわけじゃないぞ?」

 

と祖国が素朴な疑問を口にする。

 

「よいよい、どうせ3人も4人も大差ないでの。」

 

「じゃあ、ついでに俺の折れた刀弁償しろ!」

 

「では、おんしは壊したゲーム盤を弁償してくれるのか?」

 

「あれは不可抗力だろ。」

 

「ならば私のも不可抗力だの。」

 

祖国を論破した事に白夜叉は嬉しそうに笑っている。

愛刀が戻らぬことを知り若干不機嫌になるも、祖国はさっさと話題を切り替える。

 

「ちっ、まあいいや。で、このギフトカードってどういう原理なわけ?」

 

「うむ。そのギフトカードは正式名称を”ラプラスの紙片”、即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームは、おんしらの魂と繋がった恩恵の名称だ。鑑定は出来ずとも、それを見れば大体のギフトの正体がわかるという物だ。」

 

「へえ、じゃあ俺のはレアケースってわけだ?」

 

と十六夜が得意気に声を出す。

白夜叉が訝し気に十六夜のカードを覗きこむと、そこには”正体不明”の文字が浮かんでいた。

 

「なっ、バカな。全知たる”ラプラスの紙片”がエラーを起こすなど…」

「何にせよ鑑定は出来なかったって事だろ。俺的にはこの方がありがたい。それに…」

 

十六夜は心底楽しそうな目で祖国を見つめながら言う。

 

「俺はお前のギフトの方がよっぽど気になるんだがな、祖国?」

 

「そうです!あんな無茶苦茶な恩恵、黒ウサギも聞いたことすらありません!」

 

「それに、白夜叉をハメたとかハメられたとか、よくわからない事も言っていたわね?」

 

「説明要求。」

 

「わたしもおんしのギフトが気になって仕方がないのだがな?」

 

と、一同はいつの間にか店員から厚かましくも茶菓子をもらっている祖国に詰め寄る。

 

「はぁ、なんでみすみす個人情報教えなくちゃいけないんだよ?戦いにおいて情報ってのは、命の次に大「祖国よ、旨い羊羹はいらんか?」事とかいうボケは今すぐ死刑でファイナルアンサー!!」

 

と、むしろすがすがしい程の手の平返しをした祖国は白夜叉に自らのギフトカードを投げつける。

そして、そのシルバーグレイのギフトカードには

 

大宮祖国

・ギフトネーム”カット&ペースト””黒箱(ブラック・ボックス)~コンフリクター~”

 

という文字が刻まれていた。

 

「カット&ペースト?」

 

「なっ、ブラック・ボックスだと!?」

 

と十六夜は疑問の声を、白夜叉は驚愕の声を上げる。

 

「ブラック・ボックス…。ああ、あれの事か。」

 

「祖国よ、おんしはこのギフトについて知っておるのか?」

 

「まあ、一応。て言っても、俺も詳しい事は全然知らないんだけどな。むしろ驚き具合からするに、お前の方がよく知ってそうじゃねーか?」

 

「まあの。黒箱は一般的には神造の機械箱、人智を超えしその力で、人の手では起こしえない奇跡を起こす恩恵と伝えられている。」

 

「”一般的には”って事は、本当は違うって事か?」

 

白夜叉は沈鬱な面持ちで頷くと、重たい口を開いて告げた。

 

「黒箱…。それはかつて箱庭全土を蹂躙した最強にして最悪の魔王、ラストエンブリオが1人魔王ディストピアの遺産の一つだ。」

 

「ま、魔王ディストピア!?」

 

と、その伝承だけは伝え聞いている黒ウサギは驚愕で髪が緋色に変わっている。

 

「なんでそんなもんを祖国が持ってんだ?」

 

「これは俺が小さい頃にもらったもんだ。」

 

「貰った?誰に?」

 

「分かんねぇ。だからそいつを探しに箱庭へ来たんだ。」

 

「おんしの言っていた人探しとは、もしや黒箱を渡した人物か?」

 

「ああ、そうだ。まあその詳細はおいおい話すさ。」

 

と祖国が話を打ち切って、白夜叉の羊羹に手を伸ばそうとするが、

 

「おいおい祖国、まだお前のギフトについてなんも聞いてないぞ?」

 

と、十六夜が祖国の羊羹を取り上げて言った。

 

「はぁ?聞くも何も、文字通りそのままだろうが?」

 

「だから、それが分からないのですよ!」

 

はぁ、と面倒臭そうに溜息をつくと、祖国は自らの恩恵の概要を説明を開始した。

 

「俺のギフトは”カット&ペースト”。読んで字のごとく、事象を”切り取り”、そして”貼り付ける”恩恵だ。俺が出した雷、爆風、暴風は全て、元の俺がいた世界で起こった自然災害を”切り取って”ストックしておいたものだ。」

 

「あの空間移動はなんなのだ?」

 

「あれは目の前の空間を”切り取り”、別の座標に”貼り付けた”だけだ。まあ言わば、簡易的なワームホールってとこだな。数直線で言うなら、点10の座標を”切り取り”、点20の座標に”貼り付けた”って訳だ。これで、点10と点20はゼロ距離になるだろ?」

 

「で、でもそれでは白夜叉様の太陽フレアでも無傷だった理由が分かりません!」

 

「ああ、あれか。うーん、どう説明したもんかな。例えばサイコロを思い浮かべてみろ?」

 

「サイコロですか?」

 

「ああ、大体一辺が2mくらいの巨大なサイコロだ。そして俺はそのサイコロの中にいる。俺はギフトでサイコロの”1の面”と”6の面”を空間的にゼロ距離にする。他も同様に”2の面”と”5の面”を、”3の面”と”4の面”をそれぞれゼロ距離に。するとどうなる?」

 

「全方位からの攻撃を完全に無効化できるわけか…。」

 

「さすがだな逆廻。」

 

「えっと、どういう事?」

 

「例えば、祖国が作ったサイコロの”1の面”に向かってボールを投げたらどうなる?」

 

「”1の面”に触れた瞬間、ワープしてサイコロの反対の面である”6の面”から出ていきます。」

 

「ああ、つまり、1→6に攻撃がすり抜ける訳だ。残りの面も全て同様。2→5、3→4って感じで、全部サイコロ内部の祖国に当たらず反対側にすり抜けちまう。逆もまた然り。6→1、5→2、4→3にすり抜けるって訳だ。」

 

「なんなんですか、その反則級のギフトは!?」

 

「まあ、全方位をカット&ペーストするのは、演算処理時に負荷が多くかかるから、連発は出来ないがな。」

 

「のう、祖国よ。最後のおんしの攻撃は木星をゲーム盤上空に”貼り付けた”という事でよいかの?」

 

「そうだが。」

 

「という事は、おんしは元いた世界から木星を”切り取った”のだな?」

 

「おいおい、それって犯罪じゃねえか?」

 

「窃盗?」

 

「いえ、この男なら強盗ではないかしら?」

 

「言いたい放題だなお前ら。あれは不可抗力だったんだよ。」

 

「ほう、不可抗力とな?いったいどんな止むに止まれぬ事情があって木星を”切り取る”などしでかしたのだ?」

 

「はぁ。まあ端的に言うと、俺の元いた世界のマッドサイエンティストが地球を滅ぼすために木星の公転軌跡を捻じ曲げて、地球にぶつけようとしたんだよ。んで、俺はしぶしぶ木星をカットしたわけ。地球を救うためにな。」

 

「なんだか、予想以上に壮絶な話でございましたね。」

 

と一同が沈黙する中、次に口を開いたのは飛鳥だった。

 

「白夜叉をハメたっていうのはどういう事かしら?」

 

「ああ、それか。ちょうどいいや。答え合わせしようぜ、白夜叉。」

 

「構わんぞ。どちらからいく?」

 

「お前の方がハメられた回数多いし、お前からでよくね?」

 

「いちいち勘に触る小童だの。」

 

と白夜叉は青筋を立てながらも、祖国の仕掛けたミスリードを紐解いていく。

 

「まず第一にわたしが引っかかったのは、おんしのギフトの発動条件だ。私はおんしの”ペースト”には予備動作が必要と判断したが、それは間違いであろう?」

 

「正解。実際、おれはギフト発動時には何のモーションも必要ない。」

 

「第二に、おんしが自身の近くで恩恵を発動できないと断じたのも誤り。おんしがギフトで攻撃をすり抜けさせる事が出来るなら、そんな心配は毛頭ない訳だの。」

 

「そしてこの二つの誤認から、お前は二発目の雷をくらってしまった。」

 

「ちょっと、いいかしら?確か二発目の雷の後に、積乱雲がどうとか言っていた気がするのだけど…。」

 

「ああ、俺は一発目の雷で決めきれ無かった時点で、白夜叉に届く次の手を考えていた。まず爆炎で周囲の氷を蒸発させ、次に爆風で水蒸気を上空へと持ち上げる。急速に上空へと持ち上げられた水蒸気は雲を形成する。さらに派手な合体技で白夜叉の気をそらしている間に、上空に出来た大量の雲を風で一か所に集中させ、巨大な積乱雲を作り出した。最後に、白夜叉を愉快に挑発している間に、積乱雲内に雷を貼り付け、増幅させる事で威力をあげ、タイミングを見計らって白夜叉を落雷地点に呼び込んだのさ。」

 

一気にまくし立てる祖国に飛鳥は頭がついていかなかったのか、うーんと悩んでいる。

 

「そして最後に私の拳がおんしに当たった後、わたしが吹っ飛ばされたのも、おんしのギフトのせいだの。」

 

「まあ、あれはハメたって言うよりは、反射的にそうしたって言う方が正しいな。」

 

「おおかた、私の拳から伝わる”衝撃”を”切り取って”、私の腹部に”貼り付けた”のであろう?」

 

「ヒュー、やるね。そこまで見抜くとは。まあ、俺が切り取れるのは知覚できる物だけだからな。俺が衝撃を”感じる”頃には、すでに身体はダメージは受けている。反射速度と合わせると、切り取れるのは全体の9割程度の衝撃だけだ。」

 

「9割も削れば十分であろう!」

 

「でも俺一応身体は生身の人間だからな。あんまりヤバい奴くらうと死んじゃうぜ?」

 

「まあよい、次はおんしの解答を聞こうかの。」

 

「ああ、お前が俺の刀を折った恩恵。コロナを模したギフトだろ?」

 

「大正解だの。どうしてその解答に行き着いた?」

 

「俺が背後から切りかかった時、確かに俺は何も見えなかった。だが見えないからと言って”存在しない”訳ではない。それに俺の刀は折れたというより、焼き切れていた。目に見えず、高温で、太陽に関係する物。」

 

「それでコロナに辿り着いたか。いやはや全くもってあっぱれだの!その通り。コロナの恩恵”無色の炎王”は、身体の周りに不可視の鎧を纏うギフト。そしてその鎧の表面温度は約200万度にも及び、触れた物を蒸発させるカウンター型のギフトだ。」

 

「いやはや、お前も中々の策士だよ。まさか”紅炎の六賢蛇”とやらは囮で、俺にわざと接近させるのが狙いだったなんてな。」

 

「そこまで理解しておるのか。これは正真正銘、私の完敗だの。」

 

かかか、と白夜叉が愉快そうに笑い終えた後、ようやく部屋に静寂が戻った。

問題児たちも一通り祖国の説明に納得したのか、今は静かにお茶を飲んでいる。

黒ウサギがそろそろ帰る事を提案しようとしたその時、白夜叉が真面目な様子で口を開いた。

 

「おんしらは黒ウサギのコミュニティに入ると決めたのだったな。ならばそのコミュニティが今どういう状況にあるのかも理解しておるか?」

 

「ヤハハ、極貧崖っぷちなんだろ?」

 

「名と旗印の話は?」

 

「聞いたぜ。魔王を倒さなきゃいけない事もな。」

 

「うむ、魔王と戦う事を承知で加入するなら最早なにも言うまい。だがな、一つ忠告だ。そこの小僧はまあ及第点として、そこの小娘2人。おんしらは確実に死ぬぞ。」

 

白夜叉の一切の偽りのない断言と、その瞳の威圧感に二人は何も言い返せない。

白夜叉はそのままの真摯な瞳で今度は祖国を見つめ

 

「そして、祖国よ。おんしに一つ頼みがある。」

 

「何だ?」

 

「黒ウサギに手を貸してやってくれんか?」

 

と、深々と頭をさげた。

 

「負けた身で勝者に頼むなど不敬と承知でお願いする。黒ウサギのコミュニティの現状を打破するには、おんしの力が必要なのだ。」

 

「…」

 

「頼む…」

 

「加入はしない。」

 

「そこをなんとか…」

 

「…だが助力ならしてやる。」

 

「本当…か?」

 

「ああ、黒ウサギにも1度目は許すって言っちまったしな。あいつのコミュニティが加入するに値するか見極める時間が必要だ。その間は、まあ、力を貸してやる。」

 

「感謝する…。」

 

と白夜叉は心の底からそう言葉を紡いだ。

 

「ただし!」

 

「な、なんだ?」

 

「毎週茶菓子を俺に送る事!」

 

そんな祖国の照れ隠しを、しかし白夜叉は愉快に、そして心から感謝しながら

 

 

ー笑ったのだった。




読了ありがとうございます。
祖国君のギフト解説はいかがでしたか?
もし分からなければ、どんどん質問してきてください!
一応、次回に最初に祖国君のギフトの概要は説明する予定です。
それでは今回はこれにて!


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ノーネーム

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが60件を突破いたしました!
ありがたいかぎりでごぜーます。
100件を超えたら本格的にヒロインを考えようと思います。
決して後回しでは無い!

今回は祖国君の能力概要をざっと最初にまとめておきたいと思います。
前回の話で要領をえなかった方に目を通して頂ければ幸いです。
それでは今話もお付き合いお願いします。


<ギフト解説>

ギフトネーム”カット&ペースト” ”黒箱(ブラック・ボックス)~コンフリクター~”

 

・”カット&ペースト”

 知覚した存在を世界から一時的に切り取り、任意の座標、任意の方向ベクトル、任意のタイミングで再び世界に貼り付ける恩恵。切り取られた現象は、時間、空間、劣化、変質などの概念が存在しない祖国の内在世界に完全保存される。(本人はこれをストックと呼ぶ。)内在世界に保存されるため、意識せずとも祖国本人は切り取った現象全てを完全に把握している。また主観的な判断ではあるが、祖国は切り取った存在をその危険度からSランク~Eランクにまで分類している。(作中登場の自然災害はCランク、木星衝突はAランク。) 

 理論上、視認など祖国本人が感じる事の出来る存在は無制限に切り取る事が可能であり、視認できない物(太陽フレアの熱風等)も、切り取る対象をそれが存在する空間に変更すれば付随的に切り取り可能。ただし、空間、時間等の世界構造の根幹をなす存在を切り取るのはかなりの負担がかかる為、あまり本人は好んで使用しない。(作中で祖国が使用した空間転移は、切り取った空間を内在世界に保存せずそのままノータイムで元の世界に貼り付けているので、負担はかなり少ない。)

 悪用すればチート同然の恩恵だが、祖国の良心によりその脅威はかなり引き下げられている。原理的には、対象者の心臓を問答無用で握り潰したり、相手の体内から核爆発を起こすことも可能だが、祖国の常識的思考がそのような物騒な発想をセーブしており、今のところ実行するつもりは本人には無い。

 また、他の問題児たちと同様に祖国のギフトにも伸びしろがあり、使用している祖国本人も能力の一端しか使いこなせていない…らしい。

 

 

 

・”黒箱(ブラック・ボックス)~コンフリクター~”

 祖国が白銀の天使からもらい受けた恩恵。”カット&ペースト”以上に謎が多いギフト。祖国の認識としては昔の自分の病気を治してくれた程度であり、なぜ白銀の天使がそれを所持していたのか、なぜ祖国の病気が治ったのか、その他もろもろは一切不明。魔王ディストピアの遺産であり、箱庭史では”コンフリクター”とは別の種類の黒箱が存在していたという記録もあるが、真偽は定かではない。

 

 

 

とまあ、こんな感じです。

書きもらし、追加設定等があれば随時変更していきます。

それでは本文をどうぞ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一同が黒ウサギの提案でそろそろ帰ろうという事になり店の暖簾を出た所で、祖国は何かを思い出したかの様に振り返ると白夜叉に尋ねた。

 

「ああそうだ、白夜叉。明日暇か?」

 

「なんだ?明日は特に用事もないが…、まさかデートの誘いかの?」

 

「鏡見て出直して来い。」

 

「なんじゃと!おんしには女子への接し方を教えてやる必要がありそうだの!」

 

「いらねーよ、そんな物。別段モテる訳でもないしな。時間の無駄だ。」

 

という祖国の発言に一同は耳を疑った。

確かに服装はおしゃれとは言い難いが、祖国の素材自体は決して悪くないからだ。

寧ろかっこいいと言っても差し支えないだろう。

東洋人には珍しいスラっと長い足で、スタイルは非常にいい。

髪も扱いは雑であるが、少し長めのストレートの黒髪は女性の物かと思うほど艶やかだ。

そして顔も目つきこそ少し鋭いが、逆にそれが祖国独特のクールな雰囲気を醸し出しており、彼の実力も相まって、言葉ではなく背中で語るという表現がピッタリの切れ長イケメンを作り出している。

しかしそんな一同の評価を知ってか知らずか、祖国は我関せずといった口調で続ける。

 

「そんなんじゃなくて、報酬だよ、報酬。決闘の褒美の件だ!」

 

「なんだそんな事か。」

 

「そんな事じゃねーよ。取りあえず報酬の件で明日また来るから店にいろよ!」

 

「うむ、分かった。旨い茶菓子も用意しておこう。」

 

「明日は紅茶がいいな。」

 

「ふむ、たまには趣向を変えてみるのも良いかな。」

 

「じゃ、そういう事で。」

 

という最後の方はふてぶてしさすら感じる祖国の発言に、店員は胃がキリキリと痛むのを感じていた。

そして現在問題児一行は、

 

「くっあああ、マジで疲れたぜ。もう当分戦いは遠慮するわ。」

 

「ヤハハ、そりゃ白夜叉とあんなに派手にドンパチやったら疲れるだろうぜ。」

 

「全くだわ。見ているこっちが疲れてしまったもの。」

 

「祖国、すごかった。」

 

「でも、もう少し威力をわきまえて欲しいのですよ。」

 

と、談笑しながら黒ウサギのコミュニティに向かっていた。

最初は険悪な雰囲気だった飛鳥も、目の前で規格外の力を見せつけた祖国を認め、少しではあるが態度を柔和させていた。

他の面子も先程までの絶対的な存在感を出していた祖国が、打って変わってただの人間の様な雰囲気を醸し出している事に苦笑している。

当の祖国も

 

”こういうのも悪くないな”

 

と、つかの間の談笑を楽しんでいたのだった。

そんなこんなで半刻ほど歩いていると、一同は”ノーネーム”の居住区画の門前に到着した。すると黒ウサギが辛そうな面持ちで告げる。

 

「ここから先が我々のコミュニティの領地です。我々が住む本拠まではもう少し距離があるのでご容赦を。それと、今から見るものは皆様に不快な思いをさせてしまうかもしれません。この近辺は戦いの名残がございますので…」

 

「戦いの名残?噂の魔王って奴とのか?」 

 

「はい」

 

「へぇ、そんなに凄いなら見てみたいわね。」

 

「興味ある。」

 

「なんか白夜叉がありなら、何でもありな気がしてきたぜ。」

 

と遠回しに気にするなと告げる4人の返答を聞くと、黒ウサギは門をあけ放った。

そしてその先の光景に

 

「「「なっ…」」」

 

「こりゃまたエグいこったな。」

 

と絶句する問題児たちと、顔をしかめる祖国の姿があった。

 

「…おい黒ウサギ、魔王との戦いは何百年前だ?」

 

「…わずか3年前のことです…」

 

「…3年前?300年前の間違いじゃないの?」

 

「…いいえ」

 

「…八ッ、こりゃ本格的にいい感じだぜ。この風化した街並みが3年前のだと?断言するぜ。こんな事は自然には絶対にあり得ない。」

 

「ベランダにティーセットがそのまま出ているわ…。まるで人がそのまま消えたみたい…」

 

「…生き物の気配も全くない。土地そのものが死んでるみたい。」

 

「ああ、そこらじゅうに死が溢れてやがる。嫌な空気だ。」

 

「それだけ魔王とのゲームは未知のものだったのでございます。彼等がこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び感覚でゲームを挑み、二度と逆らえない様に屈服させます。わずかに残った同志も心を折られ…コミュニティを去りました。」

 

「なるほど、ゲーム盤を用意するだけ白夜叉はマシって事か。」

 

そんな祖国の軽口に反応する者は誰もおらず、一同を沈黙が包む。

だが、そんな中祖国はあえて空気を読まずに続ける。

 

「ま、魔王の努力も結局は無駄だけどな。」

 

「…どういう事でございますか?」

 

「人類はバカって事だ。」

 

「なっ!」

 

「そしてバカだからこそ”諦めない”。」

 

「えっ?」

 

「どんな理不尽な事があっても、生きる事を諦めない。

 どんなに辛くても、いつか報われると信じて諦めない。

 いくら涙を流そうとも、明日のために諦めない。

 そんな愚直さこそが、唯一人類に与えられた”恩恵”なら、

 

 人類の不屈は、いつか魔王をも殺す。そうだろう?」

 

祖国のそれは、限りなく希望的観測に近い物だった。

だがなぜか祖国の言葉を聞いたものは、それが叶わぬとはとても思えなかった。

それはきっと祖国の目が、それを信じて疑わない強い光を宿していたから。

 

人類こそが魔王を屠る。

 

そんな人間主観の、傲慢な、だがいかにも祖国らしい考えに、他の問題児たちも感化されたのか、

 

「ヤハハ、そうだな。いい感じに魔王様を屠ってやろうじゃねえか!」

 

「ええ、今度は人類が魔王が屈服させて、二度と逆らえなくしてあげるわ!」

 

「絶対に負けない!」

 

と、胸の内に湧き起こる”バカな”感情を口にした。

そして黒ウサギは、そんな大それた、しかし決して夢物語とは思えぬ、そんな未来を想像して

 

「そうですね、皆様方ならきっと実現できるのですよ!」

 

と、彼女もまた”バカな”感想を口にしたのだった。

 

 

 

 

 

黒ウサギたちは居住区を抜けると、水神からのギフトをさっそく利用するために巨大な貯水池にやってきた。

よく見るとその周りにある貯水施設の汚れを、小さな子供たちがせっせと掃除していた。

どうやら長らく使われていなかったため、汚れがたまっていたようだ。

そんな中、こちらをいち早く見つけたジンが声をかけてきた。

 

「あ、皆さん!水路と貯水池の準備は出来てますよ!」

 

「ご苦労様です、ジン坊ちゃん。皆も掃除を手伝っていましたか?」

 

「はい!一生懸命頑張りました!」

 

「黒ウサギのねーちゃんお帰り!」

 

「ねえねえ、新しい人たちって誰?」

 

「強いの?かっこいいの?」

 

「YES!とても強くて、頼りになる方々ですよ。紹介しますから、みんな一列に並んで下さい。」

 

そう黒ウサギが言うと、まるでどこぞの軍隊のごとくキビキビとした動きで子供たちは一列になる。

 

”まじでガキばっかだな。半分ぐらいは人間じゃねえな。”

 

”実際に見てみると本当に多いわね。これで6分の1だなんて。”

 

”私子供苦手だけど大丈夫かな…”

 

”俺がいた世界の北〇鮮の軍隊みたいな動きしてたなw”

 

と一人だけ明らかに場違いな感想を抱いている男がいた。

 

「それでは紹介します。右から、逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さんです。もう1人お隣の方は大宮祖国様。祖国様は客分としてコミュニティに滞在されます。我々のコミュニティが加入するに値するか見定めるためです。皆様にくれぐれも失礼の無いように気を付けるのですよ!」

 

「「「「はい!」」」」

 

「あら、私はもっとフランクに接してもらっても…」

 

「ダメです!それではこの子たちの為になりません!」

 

と絶対に譲れぬとばかりに言い放つ黒ウサギ。

 

「コミュニティではプレイヤーたちがゲームに参加し、彼らの戦果で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭にいる以上避けられない掟。子供のうちから甘やかせば、この子たちの為になりません!」

 

「分かった、分かったよ。ただ、あんまり無茶はさせるなよ?」

 

とだけ祖国は釘をさし、その会話は手打ちになった。

 

結局、十六夜が水神から貰った水樹の苗を貯水池に設置し、見事コミュニティの水不足は当分解決、子供たちも大喜びだった。

その後、祖国は客分として本拠の中を黒ウサギに案内されていた。

 

「祖国様の部屋はこちらになります。」

 

「へぇ、きれいな部屋じゃん。」

 

「こちらは昔、貴賓室として使われていたのですよ。」

 

「そんないい部屋使っていい訳?」

 

「構いません。祖国様は客分ですから。」

 

「つーかさ、俺の名前を様付けで呼ぶの止めてくんね?背中がムズムズするわ。」

 

「で、ではなんとお呼びすればよいのですか!?」

 

「いや、フツーに祖国でいいだろ。」

 

「そ、そんな呼び捨てだなんてっ!」

 

「じゃあ、”さん”で呼べ。様は禁止な。」

 

「わ、分かりました。祖国…さん?」

 

「なぜに疑問形…」

 

と、髪を緋色にし、上目づかいで恥ずかしそうに祖国の名前を言う黒ウサギ。

そんな黒ウサギを見て

 

”俺の名前って、”さん”付けだと卑猥な意味にでもなるのか?”

 

とアホな事を考えていた祖国に、今度は黒ウサギがお願いをする。

 

「じゃ、じゃあ黒ウサギの事もきちんと”黒ウサギ”と呼んで欲しいのですよ!」

 

「あん、何いってんだ?」

 

「とぼけても無駄です。祖国さんは今までずっと黒ウサギの事を”お前”呼ばわりして、一度も名前で呼んでくれて無いのですよ!」

 

”そりゃ、お前。俺は認めた奴しか名前で呼ばないからな…”

 

と心の中で呟き、そして反芻する。

確かに黒ウサギの初手は、祖国の信頼を失うのに十分だった。

だが祖国の忠告の後、態度を改めて、可能な限り祖国に誠実であろうとしている。

それに黒ウサギのコミュニティが苦しい状況なのも事実だった。

祖国を騙してまで加入させようとしていた理由も分からなくもない。

それに何より、子供たちを思いやり、また慕われる黒ウサギが悪い奴とは思えない。

 

そんな結論に行き着いた祖国は

 

「分かったよ、黒ウサギ。」

 

と、初めて彼女の名を読んだ。

 

ーのだが、祖国が名前を呼ぶと黒ウサギは顔を真っ赤にして俯いてしまい何もしゃべらない。

痺れをきらした祖国が

 

「もしもーし、聞いてる?」

 

と、うつむく黒ウサギを下から覗き込むように聞くと、

 

「ひゃっ、ひゃい。な、な、な、なんでございましゅか?」

 

と、かみ過ぎてなんといっているのかよく分からない返事が返ってきた。

 

「いや、なんだじゃないだろ。大丈夫か?顔真っ赤だけど…」

 

「だ、だ、だ、大丈夫でございます!そ、それより祖国…さん、食事はいかがなさいますか?」

 

「あー、今日はいいや。」

 

「それでは湯殿は?」

 

「パス。疲れたから寝るわ。」

 

「そうでございますか。明日の朝食は何時にされますか?」

 

「起きたら食べる。」

 

「それでは予定が…」

 

「自分で作るからいいよ。取りあえず寝かせてくれ。」

 

「…分かりました。子供たちに一言申して頂ければ、”リリ”という子が食事を用意いたしますので。」

 

「分かったよ。んじゃな。」

 

そう言ってドアを閉めると、祖国は着ていた服を脱ぎ、しわにならない様にハンガーにかける。

 

そしてシャツを脱ぎ上半身裸になると、

 

そこにはあの忌々しい病の兆候ー黒い電流の様な模様ーが祖国の心臓部から右肩にかけて侵食していた。

 

「やっぱりか、まあちょっと今日はやり過ぎたかな…」

 

そんな独り言をつぶやくと、祖国はベッドに倒れこみ、襲い来る眠気に身をゆだねるのだった。




読了ありがとうございます。
ちょっと恋愛描写をいれてみました。
上手く書けたかは…、分からないw

祖国君は客分として滞在する事になりました。
これからは、ちょくちょくやらかしていってもらう予定です。

それでは今回はこれにて。 


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会談

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが70件を突破いたしました。
お気に入り登録をしていただいた方々に心から感謝しております。
もちろんご一読して頂いている皆様にも。

さて、今回の話は地味ですw
それでも構わないという心優しい方はどうぞお付き合いください。


翌朝、祖国はカーテンの隙間から射す日の光で目を覚ました。

祖国はけだるげな身体をゆっくりと起こすと、未だ眠い目をこすりながら、カーテンをあけ放つ。

空を見ると太陽はすでに高々と昇っており、窓の外では子供たちが集まって、何かの作業をしていた。

 

「だりぃ」

 

そう呟く祖国の身体には、昨夜の様な病気の症状はすでになく、病的なまでに白い彼の肌があるだけだった。

祖国は昨日ハンガーにかけておいた上着に袖を通すと、ぼさぼさの髪を掻きながら廊下に出る。

 

”食堂は…確か1階って言ってたっけ…”

 

と、あくびをしながら階段を降りる祖国。

昨日は疲労のあまり気にもとめ無かったが、この本拠はかなり広い。

今こそ主力を失い没落したコミュニティだが、昔の栄華を想像させるには今祖国のいる本拠や、昨日歩いてきた広大な耕作地は十分すぎた。

 

”盛者必衰か…。儚いもんだな。”

 

などと考えるが起きてすぐに暗い話題もどうかと自問し、結局祖国は白夜叉が用意しているであろう茶菓子に思いをはせる事にした。

 

そんな不毛な事を考えているうちに、祖国は食堂らしき場所に到着する。

ーが、

 

「誰もいねえじゃん…。」

 

なぜかそこには人っ子一人いなかった。

 

”まぁ、起きてくる時間を指定しなかった俺が悪いわなぁ”

 

と直接の原因が自らにある事を眠い頭で理解した祖国は、しぶしぶと言った様子で隣の台所へと入っていく。

そしてそこで適当な茶葉とティーセット一式を見つけ、いかにも手慣れた感じで紅茶をいれダイニングルームへ戻って来ると、祖国は

 

”この後どうするかな…”

 

と椅子にもたれ、今回も上手にいれる事が出来た紅茶を飲みながら今後の予定を立ていたのだが、

 

「そ、祖国様ですか?」

 

という後ろからの甲高い声に思考を中断した。

 

「ああ、そうだけど。どちらさんだ?」

 

「はい、私はここで主に給仕をさせてもらっている”リリ”といいます。」

 

”ああ、この子が黒ウサギが言ってた…”

と人知れず合点している祖国にリリは続ける。

 

「先ほど祖国様の部屋にお伺いしたのですが返事がなく、朝食を用意しようとここに来たら祖国様がいらっしゃたもので。」

 

「そうか、入れ違いになったみたいだな。」

 

「そのようですね。今すぐ朝食の準備をさせて頂きますので…」

 

「いや、朝食はいい。あと、もう紅茶も貰ってるけど問題ないか?」

 

「はい。他の子に頼まれたのですか?」

 

「いや、自分でだけど?」

 

という祖国の言葉を聞くと、今まで元気だったリリの顔が一変して蒼白になる。

 

「も、申し訳ありません!祖国様自らにお茶をいれさせるなどとんだ失礼を!どうか御慈悲を!」

 

「慈悲ってお前、俺を何だと思ってんだよ…」

 

「で、でも他の方が「祖国を怒らせると木星が落ちてくるぜ」と、子供たちに言って回っていましたし、黒ウサギのお姉ちゃんも否定していなかったので…」

 

”あいつら何時かシバく”

 

と心の中で祖国は誓うと、リリに向かってできるだけ威圧感の無いように笑いかけた。

 

「大丈夫だって。俺は基本的にギフトに頼り過ぎないようにしてるし、何よりそんな事でいちいち怒ったりしない。俺の事は出来るだけ特別扱いしないでくれ。」

 

「で、でもそれでは祖国様の面目が!」

 

「まあ、心の持ちようの話さ。あんまり気負うなよって事だ。」

 

「…分かりました。」

 

「それより黒ウサギたちはどうしたんだ?」

 

「黒ウサギのお姉ちゃんと他の方々は”フォレス・ガロ”とのギフトゲームの為に既に外出されました。」

 

「そういや、今日だっけか。」

 

「祖国様も観戦しに行かれますか?もしそうなら、道案内を用意させますが?」

 

「いや、俺はこの後白夜叉との用事があるからパスだ。」

 

「そうですか。何時ごろにお帰りになられますか?」

 

「んー、未定だな。遅くなりそうならまた連絡するわ。」

 

「かしこまりました。あ、食器は私が片付けておきますので。」

 

「そ、じゃよろしく。」

 

と祖国は空になったティーカップをリリに預けると、白夜叉の店に向かうべく、ゆっくりと本拠を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今、祖国はサウザンドアイズ支店の前に来ていた。

今日も不愛想な店員がせっせと箒で店の前をはいているのを見て、

 

”ご苦労なことで”

 

と思いながらその前を素通りし店の暖簾をくぐろうとしたその時、

 

「お待ちください、お客様。」

 

と、店員が箒を持ったまま祖国の前に立ちふさがった。

 

「お客様の御用件をお聞きしても?」

 

「茶菓子を食べに来た。」

 

「甘味処ならば反対の通りですが。」

 

「はぁ、ほんとお堅いよね。昨晩の件だよ。」

 

「昨晩の件とは?」

 

「白夜叉との決闘に勝った報酬だ。ったく、本当に融通が利かない奴だな。」

 

「これが私の素ですから。」

 

「疲れねーの?」

 

「仕事ですので。」

 

と言いながらも、祖国のからかっているかの様な態度に眉をひそめる店員。しかし、次の瞬間

 

「そんなしかめっ面するなよ?せっかくの美人が勿体ない。」

 

という祖国のいきなりの口説き文句(本人曰く社交辞令)に、女店員は顔を赤くし口をパクパクさせていた。

そしてそんな恥ずかしい言葉を吐いた本人である祖国は、さも当然といった様子で店員を見つめてる。

店員はいきなりの事に混乱して中々言葉を発せずにいた。

このままではらちが明かないと祖国が強引に入口を突破しようとしたその時、

 

「おお祖国よ。やっと来たのか。」

 

と奥から白夜叉が現れた。

 

「ああ、茶菓子を食いに来たぜ。」

 

「そうか、そうか。ならばこちらへ来い。」

 

といって、祖国を店内に招きいれる白夜叉。

 

「おんしが何時に来るか言わぬから、ずいぶんと待ちくたびれてしまったぞ。」

 

「悪かったよ。昨日は誰かさんのせいで疲れてたんだ。」

 

「ふむ、確かに黒ウサギのボディがエロすぎて、ついつい理性を失い、襲い掛かりたくなる気持ちを抑えるのに苦労するのはよくわかるぞ。」

 

「一ミリもかすってねえよ。つーか、お前昨日モロ黒ウサギに抱き付いてただろが。」

 

などと言う下らない会話をしているうちに、二人は昨日の白夜叉の和室に到着する。

何度見ても良いセンスだと祖国が部屋の内装を再評価していると、店員が二人にお茶と茶菓子を持ってきた。

律儀にも祖国の要求通り、紅茶とそれと相性のいいクッキーをつまみに出してくれていた。

祖国が嬉しさのあまり店員に笑顔で感謝を述べたのだが、なぜか店員は顔を赤くするとソッポを向いてしまった。

 

”こりゃまた酷く嫌われたもんだ。”

 

と内心祖国が苦笑していると、真面目な様子で白夜叉が切り出した。

 

「して祖国よ。念のために今回の褒美をもう一度確認しておこうかの。」

 

「ああ、俺の要求は人探し。探して欲しい人物は、俺に黒箱を譲渡した奴だ。」

 

「容姿は分かるかの?」

 

「昔のままなら、そいつは銀髪で翡翠色の瞳。背中には二対四枚の羽があった。」

 

「他に手がかりは何かないかの?」

 

「そういや、世界にいられる時間がもうないとか言ってたな。」

 

「ふむ…。ちと手がかりが少ないが…。まあよいだろう。サウザンドアイズの情報網を駆使して、それらしい人物がいればその都度おんしに報告しよう。」

 

「助かる。」

 

「なに、勝者に敗者が従うのは当然のことだ。それはそうとして祖国よ、黒ウサギのコミュニティはどうだ?」

 

「良いコミュニティなんじゃないか。あんな状況にいても全員が諦めず、前を向いて今を生きている。そしてそれを支えてきた黒ウサギも。尊敬に値するぜ。」

 

「では本格的にコミュニティに加入する気になったのか?」

 

「悪い考えではないと思う。だが今の俺はどこかに属するより、フリーの方が何かと都合がいい。客分という立場はうってつけだ。」

 

「確かにの。自分の時間を確保しつつ、いざとなれば黒ウサギたちに力を貸してやれる立場ではあるの。」

 

「そういう訳だ。ま、本格的にヤバそうなら加入もやぶさかでは無いな。」

 

「そうか…。くれぐれも黒ウサギをよろしく頼むぞ。」

 

「分かってるよ。」

 

「それともう一つ、おんしに頼みたい事があるのだ。」

 

「あん?」

 

「近々、サウザンドアイズの傘下である”ペルセウス”というコミュニティが大規模なゲームを行うのだが、おんしにはそのゲームに参加してもらいたい。」

 

「何でだよ?。」

 

「そのゲームの商品は、かつての黒ウサギのコミュニティの主力なのだ。」

 

「おいおい、ギフトゲームってのは、人もチップにできるのかよ。」

 

「ああ。そやつがいればコミュニティの復興も大いに前進するだろう。ゆえに、そのゲームは絶対に負ける訳にはいかんのだ。」

 

「俺が楽しめるレベルのゲームなのか?」

 

「いや、おんしが満足できるレベルではあるまい。だがおそらく、黒ウサギの所からも数名参加者が出るだろう。おんしには、そやつらが勝てる様に裏方としてサポートしてほしいのだ。」

 

「俺が直接手を下せば早いだろ?」

 

「それはダメだ。恐らくおんしがギフトゲームでほんの少しでも実力を出せば、ここら一帯ではゲーム参加を拒否されてしまうだろう。おんしの実力はそもそも最下層にあって良い物ではないからの。」

 

という白夜叉の忠告を聞き、祖国は頭の中でリスク&リターンを計算し終えると、

 

「…分かった。カステラ3本で手を打とう。」

 

と、最早おなじみに成りつつある茶菓子要求宣言を言い放つのだった。

 

 

 




読了ありがとうございます。
やはり今回は地味でした。

次回からペルセウス編に入ります。
哀れなルイオス君には生贄になってもらいますw

感想、疑問、批判まってます。
それでは今回はこれにて。


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悪人 祖国

こんにちは、しましまテキストです。
突然で申し訳ないのですが、急なバイトの欠員が発生したため明日から5日間程はアップできない可能性が出てきてしまいました。
継続しか能のない筆者がたびたび自分のアイデンティティを無視していますが、どうかご勘弁ください。

今回は前々から書いてみたかった、本編とは一切関係のない、ゆるーい話を混ぜたいと思います。暇つぶし程度に読んで頂ければ幸いです。

それでは今話をどうぞ。


白夜叉との会談が予想以上にさっくりと終わってしまい店員に店を追い出された祖国は、現在暇をつぶすために町の中をうろついていた。

人間や獣人が入り混じって暮らしているこの町の文化様式は、それだけで祖国の知的好奇心をくすぐるには十分だった。

元の世界では見られぬ景色をその目に焼き付け、じっくりと堪能しながら街を歩く祖国の表情は心底楽しそうなものだった。

と、突然歩いていた祖国に後ろから声がかかった。

 

「そこの兄ちゃん、ちょいと遊んでいかないかい?」

 

周りをよく見るといつの間にか街並みは先ほどの穏やかな光景とは変わって、カジノや賭博場などの店が軒を連ねていた。

興味のある事を見つけると周りが見えなくなる自らの悪癖を戒めながらも、祖国は声をかけてきた恰幅の良い男性に答える。

 

「悪いが今は手持ちが少ないんだ。また今度にさせてもらうわ。」

 

実際、祖国が現在所持している金額はリリが念のためにと渡してくれた銅貨5枚のみ。

これでも貧困に窮するコミュニティにしてみれば大切なお金に変わりはないのだろうが、いかんせんギャンブルをするには少額すぎる。

それに他人から借りた金をギャンブルに費やすほど祖国自身堕落した覚えもなかった。

だが、そんな祖国の解答は想定済みかの様に男は構わずに続ける。

 

「いやいや、別に金をかけるだけがギャンブルじゃねぇ。見たところ兄ちゃんは箱庭に来たばかりのようだが、そこんとこどうだい?」

 

という男の発言に祖国は心底驚いたという表情で言葉を返す。

 

「へぇ、どうして分かったんだ?」

 

「そりゃ、その身なりを見れば誰でも分かるってもんだよ。」

 

と言う考えてみれば当たり前の発言に、祖国もそりゃそうかと納得すると先程の男の発言の意味を問う。

 

「金だけじゃないってどういう事だ?」

 

「兄ちゃんみたいに箱庭の外から召喚される奴は極稀にだが存在する。そしてそいつが外側から持ち込んだアイテムは、この箱庭では非常に高値で取引されるんだ。」

 

「珍しいからか?」

 

「その通り。この箱庭はあらゆる世界に遍在しているが、裏を返せば一つの世界を特定する事は非常に難しい。それが出来るのは箱庭広しといえど、上層の”クイーン・ハロウィン”くらいだろうな。」

 

「つまり、偶然現れるよそ者が持ち込む物は非常にレアってことね。」

 

「おうよ。兄ちゃんがいた世界の文化や流行を反映したものだと尚良いな。」

 

「で、それを担保にギャンブルに参加しろってことか。」

 

「もちろん強制はしねえ。だがどのみち箱庭で生きていく以上、金があって困ることはねえだろ?」

 

男の言葉も一理あった。

ノーネームに客分として招待されてはいるが、世話になりっぱなしというのは常識人の祖国としては心苦しい物があった。

それにノーネームの家計は火の車。

祖国1人の負担もバカにならないはずである。

せめて食費ぐらいは負担しようと考えていた祖国にとって、今回の男の提案は決して悪いものでは無かった。

何よりー

 

「俺にギャンブル(イカサマ)で勝てるとでも?」

 

と祖国は自信に満ちた表情で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在、祖国はテーブルの前に座っている。

彼の前にはディーラーの顔が見えない程高く積まれたチップの山が出来上がっており、祖国が只者でない事を周囲の人間が理解するには十分すぎた。

祖国がやっているのはブラックジャック。

もちろんイカサマだらけである。

祖国は自身の恩恵でディーラーの手札をのぞき見し、時にはバストするように、時には自分より手札値が低くなるように山を入れ替えるだけ。

それだけで相手は次々とチップを落としていく。

ディーラーも自身のフォールスシャッフルがなんらかの形で妨害されているのには薄々気づいている。

しかしだからと言って、それを追及しては自らがイカサマをしているのを自白するような物。

そしてそんな出口のない出来レースで祖国が23連勝という輝かしい記録を打ち立てる頃には、既に彼の名はその界隈でブラックリスト入りしていたのだった。

 

ちなみに祖国が担保として差し出したのはタッチ式の通信端末。

もちろん箱庭に電波が来ている訳もなく、こちらに来てからはただの時計程度にしか使っていなかったので最早無用の長物だったのだが、その機能性の高さから金貨5枚という大金を得る事が出来た。

 

余談だがその日の祖国の戦果は、利子つきで担保の端末を取り戻してもなお金貨が軽く30枚程度余るほどだったという。

さらに祖国がその金貨のほとんどを食費としてノーネームの金庫に勝手に突っ込んで、後で本拠が大騒ぎになったこともついでにここに示しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

祖国がギャンブル街から追い出され、もとい泣きつかれてそこを去る頃には、日はすっかり沈んでいた。

リリの夕食を楽しみにしながら祖国が本拠に帰ると、やけに建物の中がバタバタしている。

そこら辺にいた子供を捕まえて事情を聴くと、どうやら今回のフォレス・ガロとのゲーム、勝った事には勝ったが完勝とはいかず、耀がゲーム中に傷を負ってしまったようだ。

幸い命に別状はなく、安静にしていればすぐに回復するとのことであった。

祖国はほっと安堵の溜息をつきながらも、ガルド程度に負傷したという耀に内心失望を隠せなかった。

もちろん祖国はガルドを直接見たわけでもなく、ゲーム内容も二人のギフトを封じるような設定になっていたため、多少の苦戦は想定していた。

しかし個人プレーでガルドに挑み、挙句の果てに傷を負わされるなど祖国にしてみれば愚の極みであった。

そして祖国は白夜叉の言葉を思い出す。

 

「おんしら二人は確実に死ぬぞ。」

 

まさにそれが証明されたかの様な結果に、祖国は本格的に危機感を募らせる。

 

”逆廻はまあ良いとして、久遠はこれから自分の戦い方を学んでいく必要があるな。本人が生身の人間であるという事を前提とした戦略が必要だ。それから春日部。あいつは…、それ以前の問題だな。”

 

と手厳しい評価を下すと、祖国は本来の目的である夕食をいただくために食堂へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、祖国が談話室で1人考え事にいそしんでいると、十六夜と黒ウサギが何やら会話をしながら部屋に入ってきた。

 

「十六夜さんがペルセウスの主催するゲームに出てくれるのでしたら、これ程心強いことはありません。このゲームはもう勝ったも同然なのですよ!」

 

「ま、おチビと約束しちまったしな。っと、祖国。こんな所にいたのかよ。」

 

「ああ、ここのソファが気持ちよくてな。聞かれて困るなら席を外すが?」

 

「そうだな、今から黒ウサギと夜の営みをするから外してもらえるか?」

 

「しません!」

 

「そうか、節度を守った範囲でやれよ。」

 

「だからしませんってば!」

 

「「なっ、節度を守らないだと…。黒ウサギ恐るべし…。」」

 

「そっちじゃありませんっ!」

 

スパーンと悪乗りする二人にハリセンでツッコム黒ウサギ。

 

”毎回思うけどそれどこから出してんの?”

 

と言う祖国の素朴な疑問は解決する事なく、黒ウサギが真面目な話を切り出す。

 

「もう、二人とも大概にしてください。今は次のゲーム攻略について話し合うべきでしょう。」

 

「次のゲームって、お前らの元仲間が出品されるっていうやつか?」

 

「はっ、はい。ですがその情報をどこでお聞きになったのですか?」

 

「今日、白夜叉と会った時にな。俺も参加するように言われたぜ。」

 

「それでは、祖国さんもノーネームとして参加して頂けるのですか!?」

 

「ヤハハ、こりゃますますもって勝ち確定だな。俺と祖国でクリアできないゲームとかあんのかよ。」

 

「いや、俺は主に裏方としてサポートに回るつもりだ。」

 

「えっ、それはまたどうしてでございますか?」

 

「さっきフォレス・ガロとのゲーム結果を聞いて思ったんだが、逆廻はまあいいとしても女子二人は圧倒的に戦闘経験が少ない。少しでも多くゲームに参加して、戦いの経験を積む必要がある。俺が速攻終わらしたら意味ないだろ?」

 

「確かにな。このまま今回みたいな無茶な戦い方を続ければ、いつか取り返しのつかない事になるかもしれねえ。」

 

「で、ですがそれでもしゲームに負けてしまったら元も子もありません!」

 

「そのために逆廻がいるんだろ。仲間の実力を少しは信じろよ。」

 

軽い口論の様になってしまい、祖国と黒ウサギの間に嫌な沈黙が流れる。

そんな二人を気遣ってか、十六夜がすぐさまフォローをいれる。

 

「ま、本格的にヤバそうなら祖国が本気を出せばいい。それまでは俺たちができる限り経験を積むって事でいいんじゃねえか。ところで黒ウサギ、出品されるお前の元仲間ってのはどんな奴なんだ?」

 

「っえ、はい。その方の名前はレティシア様。黒ウサギの先輩で非常に思慮深く、たくさんの事を教えてくださいました。それに加えて非常に美しい方で、黒ウサギもよく面倒をみて頂きました。」

 

と懐かしそうに話す黒ウサギに十六夜は

 

「それって、あいつの事か?」

 

と窓の外を指さした。

 

「そうです、丁度あのように綺麗な金髪をして…って、レティシア様!?」

 

「久しぶりだな黒ウサギ。」

 

と金髪幼女もといレティシアは3人を見渡しながら軽く挨拶をすると、窓から部屋の中へと入ってきた。

 

「どうしてレティシア様がここに!?」

 

「様はよせ。今の私は他人に隷属している身。”箱庭の貴族”ともあろう者が、他人の所有物に敬意を払っていては笑われるぞ?」

 

「んじゃ、レティシアはどうしてここに?」

 

「ていうより、なぜに窓から?」

 

とさっそく相手を呼び捨てにする十六夜。

常識人祖国は初対面ということもあり名前をぼかして問う。

 

「…君たちが十六夜と祖国か。いや、用事という程の事でもない。ただ新生コミュニティがどれ程の力を持っているか確かめたくてな。窓から入って来たのはジンに見つからないようにするためだ。今の私では合わせる顔がないからな。」

 

「そんな綺麗な顔をして合わせられないとなると、ジンの好みのハードルは相当高いようだな。」

 

「そうだな、今度実際に調べてみるとするか。祖国、お前も手伝えよ。」

 

「いいぜ。子供のくせにませた野郎だぜ。」

 

「いやいや、そういう事ではありませんよ!」

 

「「いや、知ってますけど?」」

 

と息ピッタリな二人にウガーとウサ耳をたてて起こる黒ウサギ。

そんな三人を愉快そうに眺めるレティシア。

そんなどこにでもありそうな、しかしだからこそ尊いこの瞬間を祖国は心の底から楽しんでいた。

 

”家族ってこんな感じなのかもな。”

 

ふとそんな事を考えついた祖国は、柄にもなく無い物ねだりをする自分を戒めレティシアに改まって問う。

 

「で、新生コミュニティの程はどうだ?」

 

「ああ、ガルドに鬼種を与え当て馬にしてみたが、何とも評価に苦しむ結果だ。二人とも才能は認めるが、今のままでは使い物にならないな。」

 

「で、次は俺たちを試そうって事か?」

 

「いや。試すのは十六夜一人だ。ここに来るために白夜叉に色々と助力を頼んだのだが、その時に祖国、君の実力は事細かに聞いている。」

 

「へぇ、白夜叉がな。」

 

「非常に高く君の事を評価していたぞ。特に茶菓子のセンスがいいそうだな。」

 

”そっちかい!?”

 

「「そっちかよ(ですか)!?」」

 

「冗談だ。自らを真正面から打倒した存在と言っていた。最初聞いたときはわが耳を疑ったぞ。まさかあの白夜叉を打倒できる人間がいるなど、しかも単独でだ。何かの冗談かと思ったが彼女の目は真剣その物だったよ。」

 

「はい、祖国さんが白夜叉様を打倒した所を黒ウサギたちも目撃しております。正真正銘、祖国さんは単独で白夜叉様に勝利されました。」

 

「だからこそ惜しい。君はまだ黒ウサギのコミュニティに加入していないのだろう?」

 

「ま、今のところはだけどな。その方が俺個人としても都合がいいんだ。」

 

「そうか、最後に信用できる者にコミュニティを託して行きたかったのだがな…。」

 

「おいおい、何言ってんだレティシア。次のペルセウスのゲームで優勝すれば、お前をを取り戻せるんだろ?」

 

「そうか、お前たちはまだ知らないのか…。…ペルセウスのゲームは中止になったのだ。」

 

「「「えっ?」」」

 

とレティシアの言葉にその場全員が、-祖国さえも絶句したのだった。

 

 

 

”俺のカステラ…”

 

 

 

 

ーもちろん違う意味で。

 




読了ありがとうございます。
うーむ、なかなか話が進みませんね。
とりあえず、頭の中ではストーリーの形は出来ているのですが、それをいざ言葉で表すと中々思い通りいきません。
今回もほぼ原作通りですし、文章力の無さが嘆かわしいです。

さっさとルイオス君をひどい目にあわせてやりたいw
別に嫌いじゃないけどね。

感想、意見、疑問お待ちいしています!
それでは今回はこれにて!


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覚悟

こんにちは、しましまテキストです。
アップ遅れて本当に申し訳ありませんでした。
そしてこんな駄文を待っていてくれた方、本当にありがとうございます!
今後とも可能な限り早くアップしてきたいとおもいます。

お気に入りがいつの間にか90件を突破していました!
登録して頂いた方、本当にありがとうございます。
皆様のご期待に応えられるように頑張っていきたいです。

さて今回もよろしくお願いします。


祖国たちは現在ノーネーム本拠の中庭に来ていた。

ペルセウスのゲームが中止になった件は現状ではどうしようもないと考えた祖国が、とりあえずレティシアの用件だけでも済ませてしまおうと提案したのだ。

時間的余裕がない現状を理解し最前だろう行動を提案した祖国に、レティシアは人知れず感心していた。

だが表情にこそ出していないが、十六夜も黒ウサギも未だにペルセウスの急なゲーム中止に納得していないようだった。

 

”まぁ、分からなくもないがな…”

 

と、祖国も自身の胸の内に存在する言いようのないモヤモヤに眉をひそめる。

そして二人も自分と似たような感情を抱いているであろう事を祖国が推し量るのはさして難しい事ではなかった。

実際、十六夜はちょっとは楽しめそうなゲームがいきなり中止になった事に、黒ウサギは長年待ち続けた同胞を取り戻すチャンスが水泡に帰した事に、それぞれ強い憤りを感じている。

 

しかし、現状を嘆く事に甘んじず、今できる事をやろうという祖国の提案は決して間違ってはいないだろう。

レティシアも祖国の前向きな意見に感化されたのか、十六夜とのゲームのモチベーションが上がってきている。

そしてかく言う十六夜も、ゲームと聞いては我慢できないのか、或は旧ノーネームの主力だったレティシアの実力に期待しているのか、とにかく彼の周りにはゲームが楽しみでならないといった雰囲気が漂っている。

そんな中、突然口を開いたのは祖国だった。

 

「で、いったいどんなゲームをすんだよ?」

 

「ああ、ルールは簡単だ。ランスを互いに投擲しあい、受け止められなかった方が敗北だ。」

 

「ヤハハ、シンプルでいいじゃねえか。こういう真正面からの勝負は嫌いじゃないぜ!」

 

と十六夜が獰猛な笑みを浮かべる。

そしてレティシアは十六夜の準備が整ったのを確認すると、

 

「では、私から行くぞ。」

 

と言い放ち、背中から翼を出現させ空中に跳躍する。

次の瞬間、レティシアの霊格が一気に肥大化した。

その霊格は祖国の様な人間にも視認できるほど濃く、夜空に映えるそのダークブラッドはまさに吸血鬼の姫にふさわしき様相を呈していた。

そしてレティシアは自身の霊格を手に持つランスに纏わせると、

 

「ハァァッ!」

 

と、一切の容赦なく十六夜に投げはなった。

その速度たるや弾丸にも引けをとらず、空気との摩擦でランス全体が熱量で赤く輝いている。

常人ならば受け止める事はおろか、避ける事すら不可能だろう。

ーそう常人ならば。

しかしそんな殺人的な一撃をもってしても十六夜は笑みを止めず、そして飛翔するランスに対して大きく手を振りかざすと、

 

「ハッ、しゃらくせえ!」

 

ー殴りつけた。

 

「「ーは?」」

 

「おいおい、マジかよ…。」

 

黒ウサギも、当事者であるレティシアでさえも瞬間的にだが十六夜のデタラメっぷりに素っ頓狂な声をあげてしまう。

唯一平静を保っている祖国も、十六夜の常識破りな行動に嘆息をもらす。

しかしそうしている間にも、十六夜に殴りつけられ鉄塊となった元ランスはレティシアのそれを遥かに凌駕する速度で対象にむかって進んでいる。

 

”なっ、まさかこれ程とは。だが、これなら…。”

 

といち早く正気に戻ったレティシアは、

 

 

 

ー避ける事を諦め、静かに目を閉じた。

 

一同はまさかのレティシアの行動に十六夜以上の衝撃を受ける。

そして悟った。

そう、レティシアはこのゲームで死ぬつもりなのだと。

 

「レティシア様!」

 

と黒ウサギが必死になって駆け付けようとするが、スタートが遅れたためか

 

”クッ、このままでは間に合わない…。”

 

このままでは、間違いなくレティシアの方が先に鉄塊に打ち抜かれてしまうだろう。

それでも諦める訳にはいかないと黒ウサギは最後まで手を伸ばした。

長年待ち続けた仲間に、共にコミュニティを再興させる同志に、そして何より自身が慕うレティシアに、最後の最後まで黒ウサギは手を伸ばし続けた。

だが無情にも黒ウサギの伸ばした手がレティシアに触れるより先に、十六夜の打ち出した無数の鉄塊がレティシアの身体を打ち抜いた

 

 

 

 

 

はずであった。

だが、いつまで経ってもレティシアに鉄塊は到達しない。

どうした事かとレティシアが目を開けると、

 

「ゲームに手出しするつもりは無かったが…。それはちょっといただけないな、吸血鬼のお姫様。」

 

そこにはレティシアの小さな企てを真正面から叩き潰した男が立っていた。

祖国のしたことは至極簡単。

ギフトでレティシアの前の空間を切り取り、背後の空間に貼り付ける、ただそれだけである。

だが、レティシアは目を閉じていたため何が起こったのか理解できていなかった。

レティシアが何が起きたかを尋ねるよりも早く、眼前の男 大宮祖国が口を開いた。

 

「で、いったいどういうつもりだ?」

 

”どういうつもり、か…”

 

とレティシアは自身の絶望的な状況を黒ウサギに告げなければいけない心苦しさと共に、他人の心を土足で踏み荒らすような祖国の言動にいらだちを感じた。

 

”私の覚悟も知らぬ分際で。そんなに知りたければ教えてやろう!”

 

といらだちの余り少しやけくそ気味なレティシアは祖国に言葉を投げかける。

 

「ペルセウスのゲームが中止になった理由は知っているか?」

 

「いや。」

 

「そうか、ならば聞け。もともと次のゲームの商品が私だったのは知っているな?だがある時、私の所有元であるペルセウスに私を高く買うという通達が来たのだ。」

 

「そんなにいい値だったのか?」

 

「ああ、それこそペルセウスがゲームを中止してまで取引に応じるほどにな。」

 

「でもそれだけじゃないんだろ?」

 

「もちろんだ。その取引で私は…箱庭から外界へ出品されるのだ。」

 

「なんですって!?」

 

と驚きの声をあげる黒ウサギ。

祖国もレティシアの言葉が何を意味しているか、それは良く分かっていた。

 

「もう箱庭には戻って来れないって事か?」

 

「それだけではありません!吸血鬼は箱庭の天幕の下以外では日光をあびる事が出来ません。もしレティシア様が外界で日光を浴びられたら…」

 

「それにルイオス、現ペルセウスのリーダーが言っていたよ。私の買い手は重度のペドフィリアだそうだ。ま、命に比べれば貞操など安いものか…」

 

「そ、そんな事って…。あんまりでございます!」

 

「おい、お姫様。」

 

悲嘆にくれる黒ウサギを無視して、祖国は更なる言葉を投げかける。

 

「で、それだけか?」

 

「「なっ…」」

 

今回の言葉には今まで平静を装ってきたレティシアも動揺を隠しきれ無い。

 

「祖国さん、それはいくら何でも見過ごせないのですよ。」

 

と黒ウサギも怒りで髪が緋色に変わり、その手にはギフトカードが握られている。

だがそんな黒ウサギの様子を見ても、祖国は表情一つ変えず、

 

「黙ってろ、黒ウサギ。俺はこいつと話してんだよ。」

 

と冷たく言い放った。

 

「それに俺の質問の答えもまだ聞いてないしな。」

 

「答えだと?」

 

「まあ、俺の質問の仕方も悪かったか。じゃあこう言い直そう。」

 

祖国は静かに、だが確かな憤怒の色を持った瞳でレティシアを見つめる。

その瞳の威圧感は百戦錬磨の戦士であるレティシアをもってしても一瞬たじろぐ程のものであった。

そして祖国は厳かに問うた。

 

「なんでお前が諦めてんだ?」

 

「それはさっきも言っただろう!私は「そうじゃねえ。」これから…何だと?」

 

「俺が聞きたいのはそんなんじゃねえ。どうして俺たちがお前を取り戻す事を諦めてねえのに、当の本人が諦めてんのか聞いてんだよ。」

 

その祖国の言葉にレティシアは耳を疑った。

 

「まだ私を取り戻せる気でいるのか?」

 

「当たり前だ。」

 

「ゲームは中止になったのだぞ?」

 

「なら別の方法を探すだけだ。」

 

「不可能だ…。」

 

「そんな事誰が決めた?」

 

まるで現状に絶望していない祖国の様子にレティシアの心の中は疑問でいっぱいだった。

 

”どうして、どうしてお前は最悪の未来を想定しない?どうしてそんなに前ばかり見ていられる?どうしてお前は諦めない?どうして…”

 

そんなレティシアの内心を見透かすかの如く祖国は静かに、だが穏やかに告げた。

 

「信じているからな。」

 

「…え?」

 

「俺は俺を信じている。黒ウサギたちの事も信じている。そしてお前もだ”レティシア”。俺はお前を信じている。だからお前も俺を信じろ。」

 

言外に仲間を頼れと告げる祖国の言葉に、レティシアの口から二度と言うまいと決意したはずの弱音がこぼれる。

 

「…すがってもいいのか?」

 

「ああ。」

 

「…迷惑もかけるぞ?」

 

「承知の上だ。」

 

「…私のせいで傷付くかもしれんぞ?」

 

「くどい。」

 

レティシアの言葉をにべもなく一刀両断すると、祖国は最後の言葉を投げかける。

 

「お前がどんなに絶望しようが、お前の現状がどんなに絶望的だろうが関係ねえ。」

 

祖国はレティシアの瞳を見つめ、迷いない決意と共に宣言した。

 

「俺はお前を(カステラを)絶対に諦めねえ。」

 

もはや頭の中でレティシア=カステラという謎の方程式が完成してしまっている祖国は末期なのだろう。

あながち間違っていないのが腹立たしい所であるが、結局祖国はどこまでいっても祖国なのだった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
久しぶりの執筆なので、あまり上手に書けませんでした。
猛省します。

今回も話が進まなかった。
反省します。

祖国君が相変わらず腹ペコだ。
キャラ設定ミスったかなw

とにかく、今後とも精進していきますので、どうか見捨てないでください(泣)
それでは今回はこれにて。


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戦う理由

こんにちは、しましまテキストです。
昨日はアップできなくてすいませんでした。
今話がうまく書けず、推敲しているうちに寝ていました。
マジで申し訳ないです。

結局、上手に書けた分かりませんが、一応読める形にはなってるとおもいますw
相変わらずの駄文ですが、優しい目で見守ってやってください。
それでは今回もお付き合いお願いします。


”どうしてこうなった…”

 

目の前の混沌たる状況を見て、はぁ、と祖国は大きなため息をついた。

箱庭に来てから溜息をつく回数が日に日に増してきている事を自覚しつつ、祖国は目の前の状況を理解しようと、その聡明な頭脳をフル回転させる。

 

”なんでちょっと目を離した隙にこんな事になんだよ…。”

 

それが祖国の偽らざる心の声であった。

たかだか数分いなかっただけで、モノの見事にトラブルを発生させるノーネーム一行に祖国は心底呆れながらも現状を頭の整理していく。

事の発端は数分前。

レティシアにプロポーズまがいの説得をし終えた祖国は、お手洗いを借りるために本拠へと一時的に戻って来ていた。

そこで偶然会ったジンにレティシアの一件を大雑把に説明し、黒ウサギたちの元へと再びやって来たのだが…

 

「こりゃいったいどういう事だ?」

 

そこには不自然に石化した大地、髪を緋色にして激怒している黒ウサギ、その黒ウサギの耳を引っ張っている十六夜、そして

ー肝心のレティシアの姿がどこにも無かった。

 

そんな異常な光景を見ながらも、何が起こったのかを淡々と逆算していた祖国に十六夜が声をかけてきた。

 

「よお祖国、遅かったな。」

 

「よおじゃねえよ。何があったんだ?」

 

「ペルセウスの連中がレティシアを取り戻しに来た。」

 

「で?」

 

「ペルセウスの奴らの態度があんまり酷かったもんで、黒ウサギがキレちまったぜ。それを俺がなだめてたって訳だ。」

 

「耳引っ張ってたようにしか見えないんだが。」

 

「物事は見る奴によっていくらでも見方があるもんだぜ。」

 

「都合のいい事を。」

 

そんな軽口を叩きながらも、祖国は十六夜の説明から大体の状況を把握した。

と同時に、自分の危機管理の甘さに心底嫌気がさした。

そもそもレティシアがペルセウスの所有物ならばノーネームにいる事自体おかしい。

ペルセウスがレティシアを取り返しに来る可能性など容易に予測できたはずだと、祖国は己を叱咤する。

 

”くそが。レティシアの姿が見えないって事は、ペルセウスに連れていかれたか…。”

 

表情こそクールな面持ちのままであるが、内心は自身がいない間にまんまと出し抜かれた事に祖国は腸が煮えくりかえる様な気持ちであった。

 

”やってくれたなペルセウス。………いいぜ、二度と俺らにちょっかい出せないぐらい粉々に叩き潰してやるよ。”

 

そんな物騒な事を考えている祖国に黒ウサギがなぜか怯えながら話かける。

 

「そ、祖国さん。お願いですからその殺気をどうにかして欲しいのですよ。本気でシャレにならないのです。」

 

「ああ、そうか。悪かったな。」

 

「いえ、腹がたっているのは黒ウサギも同じですので。」

 

「さて、今からどうすっかな。」

 

「とりあえず、白夜叉様の所へ相談に行くのはどうでしょう?あの方ならサウザンドアイズ幹部として顔も効きますし、何かしら手段を講じてくださるはずです。」

 

「なら一度本拠に戻ってから出発するか。他の連中にも詳細を話さないとな。」

 

という十六夜の提案を祖国、黒ウサギともに受け入れ、一行は本拠への道を歩きだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在、祖国は本拠のソファで1人ぐったりとしている。

十六夜たちは既にサウザンドアイズに到着している頃だろうか。

いや決して祖国がハブられた訳ではない。

ハブられた訳ではない…はずだ。

 

”おい、そこ言い淀むなよ。”

 

冗談である。

もちろんこれにはキチンとした理由があった。

レティシアの件の顛末を事細かにジンと他のノーネームのメンバーに伝えた後、祖国たちはすぐさまサウザンドアイズに乗り込もうとしたのだが、

 

「まってください。ペルセウスから再び襲われる可能性も捨てきれません。祖国さんは本拠に残って有事の際に備えてください。」

 

というジンの最もな意見に祖国が異を唱えられるはずもなく、現在こうして暇を持て余しているのだ。

ちなみに、十六夜だけでは何かと不安が残るため、黒ウサギの補佐といして飛鳥が指名されたのだが、

 

”久遠のやつ、何もやらかさなければいいが…。”

 

と祖国は言いようのない不安に落ち着きなくソワソワとしていた。

 

”ま、最悪の場合は逆廻がなんとかするか。”

 

と祖国は自らを強引に納得させ、今自分に出来る事をしようと決意する。

 

「寝るか…」

 

まあ大げさに言ったが、結局はただの仮眠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にしてどれ程たっただろうか。

数分かもしれないし、あるいは数時間かもしれない。

決して不快ではないまどろみの中にいた祖国は誰かに名前を呼ばれた気がしたが、気のせいだと結論づけて再び眠りにつこうとし、

 

「いい加減起きてよ、祖国。」

 

と今度こそハッキリ聞こえた声に、完全に意識を覚醒させた。

重たい瞼をこじ開け、声の主を確認すると

 

「おはよう、祖国。」

 

と無表情なままで祖国の顔を覗き込む耀の顔がそこにあった。

通常時の祖国ならば余りの至近距離に間違いなく声をあげて驚いていただろうが、寝起きで頭の働いていない今の状況では、

 

「…おはよう。」

 

と耀の行動にツッコム気力すらなかったのだった。

 

 

 

耀の用意してくれた紅茶を飲み、ようやく頭が回り始めた祖国は状況を整理する。

 

「俺はどれくらい寝ていた?」

 

「ざっと小一時間くらい。」

 

「十六夜たちの方はどうなった?」

 

その質問を聞いた途端に耀の表情が暗くなった。

だが祖国もそこまで空気が読めない男ではない。

十六夜たちの方の結果が芳しくないと察し、これ以上の詮索は無意味と悟った祖国はすぐに別の話題に切り替える。

 

「傷はもう大丈夫なのか?」

 

「うん。黒ウサギが用意してくれた治療用のギフトのおかげで、大分よくなった。」

 

「そりゃよかった。傷跡が残ったら大変だからな。」

 

「祖国って意外と女の子に気を遣うんだ。」

 

「今更何言ってんだよ。俺の信条はレディーファーストだぜ?」

 

「嘘くさい。」

 

「よく言われる。」

 

互いに顔をみてクスクスと笑う祖国と耀。

何も知らない人が見れば仲のいい兄弟の様にも見えたかもしれない。

だがそんな楽しい時間に終わりを告げるかの様に、祖国が重苦しい話題を切り出した。

 

「なあ春日部。どうしてあんな無茶な戦い方をした?」

 

そう、それがどうしても祖国には理解できなかった。

耀が無謀ともいえる戦いを挑んだ理由をどうしても探り当てる事が出来なかったのだ。

だが耀は下を向いたまま答えない。

 

「言えない事情でもあるのか?」

 

「それは…。」

 

そう言って耀は再び下を向いて黙ってしまう。

余りの膠着状態に埒があかないと考えた祖国が、

 

「ま、言えないなら無理しなくてもいいさ。」

 

と言って席を発とうとしたその時、耀が絞り出す様な声で呟いた。

 

「認めて欲しかったから…。」

 

そう、耀にとってはただそれだけだった。

耀がもともと箱庭に来た目的は”友達”作りであった。

勿論、自分に与えられた特別な力を使って何かしら競う必要がある事は薄々理解していた。

だが生命の目録という破格の恩恵を持つ自分に敵う相手などそうそういないだろうと、心のどこかで高を括っていた。

そんな中、その男 大宮祖国が現れた。

自らに戦わずして降参と言わしめた白夜叉に、たった一人で勝利した男。

そんな男と同じ地平に立ちたくて、同じ景色を見てみたくて、男と同じように”単独で”ガルドに挑んだ。

そしてその結果がこのざまだ。

無様としか言いようがない結果に、他ならぬ耀自身が一番ふがいなさを感じていた。

 

”こんなことで認めてくれなんて言える訳がない…。”

 

心に溢れる惨めさを、だがせめて顔には出さないようにする事。

それが今の耀にできる唯一の事であった。

そんな耀の気持ちを祖国はどれ程分かっているのだろうか。

一切何も読み取れない表情のまま祖国は今日何度目か分からない溜息をつくと、耀に近きそして尋ねた。

 

「なあ春日部。”強さ”って何だと思う?」

 

「”強さ”?」

 

「ああ、お前の求める”強さ”とはなんだ?」

 

祖国の唐突な質問に戸惑う耀。

だが祖国の真剣なまなざしに他意が無いことを悟ると、素直に自らの思う強さを答える。

 

「私は…祖国と一緒に戦いたい。肩を並べて戦いたい。そして、それが出来るだけの力が欲しい。それが私の求める”強さ”。」

 

「そうか…、では質問を変えよう。お前はなぜ戦う?」

 

「私は…」

 

と耀は返答に窮してしまう。

そう、戦う理由を深く考えるには今までの耀の人生は余りにも短すぎた。

たかだか10余年しか生きていない少女にとって、しかもその大半を争いとは無関係の世界で過ごしていた者にとって、その命題はとてつもなく深いものだった。

だが、それでも耀は答えを口にした。

理論ではない。

合理性など微塵もない。

だが心の底からそうしたいと思える明確な理由が、耀の中にはあった。

即ちー

 

 

「私は…、守るために戦う。」

 

 

ノーネームを、皆の居場所を守りたいと。

その答えを聞いた瞬間、祖国は口元にうっすらと笑みをうかべた。

そして真っ直ぐに耀を見つめ、

 

「フッ、合格だ。お前を信じるぜ、春日部耀。」

 

と、まるで自分の事のように嬉しそうに告げた。

耀の返答がよほど嬉しかったのか、祖国は珍しく饒舌気味に話始めた。

 

 

「戦う理由なんて人それぞれだ。名誉、快楽、金、趣味。いくら力があろうとも理由が腐ってちゃ意味なんざねえ。力なき理想は夢でしかないが、理念なき力はただの暴力だ。そんな奴に背中を預けるなんて、俺には出来ねえさ。」

 

「それじゃあ。」

 

「ああ、お前の戦う理由。守るために戦うお前だからこそ、俺は背中を預けられる。」

 

素直に認めると言えないのは、きっと恥ずかしいからだろう。

そんな事を考えながらも、耀は確かに心の中が満たされていくのを感じていた。

 

信頼される事。

 

相手に信用され、相手に頼られる事。

 

言葉で表すのは簡単だが、それを本心から実行できる者がどれ程いるだろうか。

信頼を口では声高に謳っても、いざとなればすぐに欺瞞、不信が溢れかえる。

口約束では信頼できないからと、すぐに契約書類を差し出す者。

何かを差し出す対価にすぐにその場で金を要求する者。

もはや全幅の信頼を金にしかおけなくなった者。

人間社会が発展し整合性を追い求めるうちに、いつしか信頼という言葉は形骸化し、やがては死んでいくのかもしれない。

 

 

だが目の前の男は違った。

実力の遥かに劣る自分を、会って間もない自分を、だがそれでも信じると言ってくれた。

信じて、自らの背中を預けられると言ってくれた。

これ程までに嬉しい事があるだろうか。

 

きっとそこには合理性なんて物はないのだろう。

だがそれが正解なのかもしれない。

信頼とは形の無いもの。

人と人とが繋がるために根源的に必要なもの。

ならば証明などできないし必要もない。

なぜなら人がそれを、他人と繋がる事を本能的に望んでいるのだから。

 

だからこそ、その信頼を裏切りたくないと思う。

失望させたくないと思う。

期待してくれている祖国につりあう人間でありたいと思う。

そのためにもー

 

「私、”強く”なるから。今よりずっと。」

 

耀は自らに誓いを立てるかのように祖国に宣誓した。

その瞳には数分前の沈鬱とした影は微塵もない。

ただ強く、強く自らの信念を貫かんとする瞳があるだけだった。

そしてそんな耀の誓いに、

 

「ああ。信じてるぜ、”耀”。」

 

と、若干恥ずかしがりながらも、だがしっかりと祖国は耀の名前を呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
予定としては次話にはゲームinしたかったのですが、案の定無理でした。
申し訳ないです。

今までほぼ空気だった耀を一応書いてみたのですが、思いのほか膨らんでしまったのが理由です。
元をたどれば筆者の文章力が足りないせいですが…。

なにはともあれ、今後ともできる限り善処して参りますので、お付き合いの程、よろしくお願いします。

感想、疑問、批判待ってます!
それでは今回はこれにて。


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ヤンデレ?登場

こんにちは、しましまテキストです。

お気に入りが100件を突破いたしました!!!
超うれしいです!
誠にありがとうございます!



突破しましたが…
前に言った通りヒロイン考えないといけませんね…。
全くいい案が思い浮かばないw
まあ、ゆっくりと案を練っていきたいと思います。

あんまりにも思い浮かばなかったら、アンケートしたいな~と思います。


前置きから何だか緩い感じになってしまいましたw
どうぞ今話もよろしくお願いします。



耀は一人自室のベッドで横になっていた。

祖国との会話が一段落つき、帰ってきた黒ウサギたちの所へ向かおうとした耀を祖国が心配して引き止めたのだ。

 

ー今は安静にしろ、と。

 

もう大丈夫だと文句を言う耀に対して、しかし祖国はまるで耳を貸さなかった。

 

「ペルセウスからレティシアを取り返すにはお前の力がきっと必要になるはずだ。その時のためにも今は回復に専念してくれ。」

 

という祖国の推測だらけの言い訳に今更ながら頬を膨らせる耀。

 

”心配ならそう言ってくれればいいのに…。”

 

と内心で祖国の不器用さに少し不満を覚えるが、だがその祖国の言い分が全くの嘘っぱちとも思えなかった耀は、しぶしぶ祖国の言葉に従ったのだ。

そう、従ったのだがー

 

”なんでだろう?”

 

耀は自らに疑問を投げかける。

なぜ祖国の言葉は不思議と信用できるのだろうか?

さっきの苦し紛れの言い訳にも従おうと思えたのは何故だろうか?

 

だがいくら考えても答えは出ない。

祖国を信じているからか?

祖国が強いからか?

祖国が自分を認めてくれたからか?

 

思い浮かぶ限りの解答を頭の中で列挙してみるものの、どれもいまいちピンとこない。

 

”うん、分かんない。”

 

そしてついに考える事を止めた耀は、今までの人生で経験した事の無い胸の高まりを感じながら、深い眠りについたのだった。

 

 

 

所変わって本拠の廊下。

耀を強制送還させた張本人である祖国は、ただいま黒ウサギたちの元へ向かっている所だった。

耀が未だに体調万全でない事は、医学の専門的な事など何も知らない祖国ですら容易に見て取れた。

 

”会話で耀の返答が遅かったのは、きっと貧血で脳に血液が回ってないからだろう。ガルド戦ではかなりの血を流したらしいしな。それに最後の方は顔もわずかに赤かったな。変な病原菌が体内に入っていなけりゃいいが…。”

 

などと見当違い甚だしい事を考えている祖国は一度本格的に乙女心を学んだ方がいいだろう。

つーか祖国まじ爆発しろ。

 

”おい、関係ない事書いてんじゃねえよ。”

 

おっと失礼。

とにもかくにも、耀にはペルセウスのゲームには万全の体調で参加してもらう必要があるため、祖国は少し強引ではあったが彼女を休養させたのだった。

 

”まったく、世話がやける奴だ。”

 

そんな事を考えながらも、祖国は黒ウサギたちがいるであろう部屋の前に到着し、そのドアを開けようとノブに手を伸ばした。

その瞬間、

 

「本気なの黒ウサギ!?あんな外道の物になるつもりだなんて!」

 

「しかし、もうそれしかレティシア様を救う方法が…。」

 

という飛鳥のお嬢様にあるまじき大声と黒ウサギの泣きそうな声が聞こえてきたではないか。

 

”はぁ。面倒事しか起こせねえのか、こいつらは…。”

 

と地雷臭がプンプンする部屋(戦場)へと、祖国は重たい足を引きずりながら入っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どういう事だ?」

 

祖国はソファに座り、足を組みながら対面のソファに座る二人の女性に問いかけた。

いきなりの祖国の乱入に頭を冷やしたのか、飛鳥も黒ウサギも今はしおらしく座っている。

自分が居ずとももう少し冷静に話し合いが出来ないものかと、祖国が真剣に悩んでいる所に黒ウサギが口を開く。

 

「白夜叉様の所に相談に行った件ですが…」

 

「ああ、上手くいかなかったんだろ?」

 

「……はい。」

 

「一応詳細を教えてくれるか?」

 

「YES。ペルセウスの現リーダー、ルイオス様はペルセウスの同志がノーネームに行った無礼の数々を全て証拠不足として闇に葬るつもりです。それどころか、レティシア様を持ち出した事自体が我々の策謀ではないかと…。」

 

「そりゃまた、とんだゲス野郎だな。」

 

「それだけじゃないわ。あの外道、黒ウサギが自分の物になるならレティシアを返すなんていうふざけた取引を提案してきたのよ!」

 

「で、キレたお嬢様が先に手を出したと?」

 

まるでその場に居合わせたかのような祖国の発言に黒ウサギは驚きで目を見開いている。

飛鳥も驚いてはいるが、それよりも自分の失態を知られているという羞恥心の方が上回ったようだ。

 

「ど、ど、ど、どうして貴方がそれを知っているわけ!?」

 

と顔を真っ赤にしながら尋ねる飛鳥を見て、

 

”こういうのも新鮮でいいな。”

 

と自身のSっぷりをいかんなく発揮していた祖国であった。

だがいつまでも無駄な時間を費やす訳にはいかない事は祖国も理解していた。

少々名残惜しい気もするが、祖国は自身の推理の軌跡を飛鳥に告げる。

 

「お嬢様の性格とさっきのルイオスの提案、それからルイオスを外道呼ばわりしていた事を総合して考えた結果だ。ま、半分以上は勘だがな。いい反応が見れたぜ、ご馳走様。」

 

「---っ!」

 

祖国にまんまとハメられた事に気づいた飛鳥は怒りで肩を震わせるが、祖国がそれを制するように話題を黒ウサギに切り変えた。

 

「で、黒ウサギはどうすんだ?」

 

「はい?」

 

「だから、ルイオスの物になりたいのか?」

 

「そ、そんな事あるはずが無いのです!」

 

「そうよ黒ウサギ。あんな外道に貴方は渡さないわ!」

 

「しかし、それしかレティシア様を取り戻す方法が無いのも事実です。…やはりここはルイオス様の案を受け入れるしか…。」

 

「はぁ、黒ウサギ。」

 

「…なんでございますか?」

 

「お前バカだろ?」

 

毎度のことながら祖国の唐突な暴言に驚く二人。

いったいどんな思考をすればその様な結論に行き着くのかと二人が疑問を口にする前に、祖国がその答えを告げんと口を開く。

 

「黒ウサギ、お前はレティシアが魔王に奪われた時、いったい何を感じた?」

 

「…仲間を失った悲しみでございます。」

 

「じゃあ、お前は同じような悲しみを残されたノーネームの奴らに与える事も分かってんのか?」

 

「それは…。」

 

「お前が仲間を失えば悲しい様に、仲間もお前を失えば悲しい。お前のそれは現状に対する逃げでしかない。真に辛いのは残された者だという事を決して忘れるな。」

 

「………はい。」

 

祖国の言葉に自らの決断がいかに愚かであったかを痛感する黒ウサギ。

ー真に辛いのは残された者。

全くその通りだ。

それは自分がこの3年間身をもって体験してきたはずであった。

ー自分の決断は現状からの逃避。

返す言葉もない。

献身的という言葉にかこつけて自己犠牲に酔っていただけだ。

 

祖国の言葉は確かに厳しい。

だが、だからこそ正しい。

厳しい現実から逃げないからこそ、祖国の言葉はこんなにも自らの心に響く。

 

そして黒ウサギは決意する。

 

「申し訳ありません、祖国さん。黒ウサギも、もう少しだけ足掻いてみます。」

 

ーもう逃げない、と。

 

その言葉に込められた覚悟を理解したのは、祖国だけでは無かった。

先ほどまでの弱々しい雰囲気は消え去り強い決意に満ちた黒ウサギの様子に、飛鳥も少し驚きながらも嬉しそうに視線をむける。

同時にたった数分で黒ウサギを劇的に変えてみせた祖国の手腕に嫉妬を禁じ得なかった。

 

”本当にこの男は…。ここまで純粋にすごいと思える人は初めてだわ…。”

 

だが当の本人は先程までの真剣な雰囲気はどこへやら、いつもの気軽な態度に戻り、部屋に入った時から感じていた疑問を口にする。

 

「そういや、逆廻は?」

 

「十六夜さんなら白夜叉様に話があると支店に残られました。」

 

「でも、それにしては時間が経ちすぎていないかしら?あれから1時間は過ぎているわ。」

 

「…そっか、なら意外と早く打開策がやってくるかもな。」

 

意味がいまいちよく分からない祖国の言葉に、二人とも首をかしげる。

なぜ十六夜がいない事が打開策につながるのか。

それに打開策が見つかるではなく、やってくると表現した理由も。

祖国の説明不足は毎度のことではあるが、あまりの突拍子の無さに祖国は実はコミュ障なのではないかと疑ってしまう二人は決して悪くないだろう。

 

だが祖国はそれ以上の言葉は必要ないとばかりに立ち上がると、

 

「じゃ、俺寝るわ。逆廻にサンキューって伝えといてくれ。」

 

と、だけ言って部屋をさっさと出て行ってしまったのだった。

そして十数分後、取り残された二人が十六夜の帰還によって祖国の言葉の真意を理解し、祖国が未来予知のギフトでも持っているのではないかと本気で考えたのは此処だけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー翌日 ペルセウス本拠

 

「くそっ!!!ノーネーム風情が調子に乗りやがって!!!」

 

バンと近くにあった椅子を蹴飛ばすペルセウスの現リーダー ルイオス。

彼がここまでイラついているのはやはり、

 

「あのウサギ野郎!僕の事をなめた目で見やがって!身の程を思い知らせてやるぞ!」

 

ペルセウスのギフトゲームへの挑戦権を持ってきた黒ウサギが原因であった。

 

ペルセウスはその伝承に則って、常時二つのギフトゲームを開催している。

クラーケンとグライアイ、どちらもペルセウスに縁がある試練である。

そしてそのギフトゲームをクリアすることで、ペルセウスへの挑戦権が得られるのだ。

先日、十六夜の帰りが遅かったのもこの二つのゲームに参加していたからであった。

 

だが、ルイオスにとっては最下層のノーネームに試練がクリアされた事など最早どうでもよかった。

彼の頭の中は彼のプライドを踏みにじったノーネーム一行をどのように処刑するか、ただそれだけだったのだ。

 

「そうだ。あいつらまとめて全員石化して、粉々に踏み潰してやる!」

 

「いやーん、物騒ね♪」

 

と、突然自分しかいないはずの部屋に場違いな声が響いた。

驚いたルイオスが声が聞こえてきた方を確認すると、どこから侵入したのか、1人の可愛らしい少女が先ほど蹴飛ばされたはずの椅子に腰かけている。

その少女の特徴的な黒いゴスロリ服はあどけなさの残る可愛らしい顔とマッチして、まるで物語の中の存在が飛び出してきたかの様な印象さえ受ける。

だがルイオスはその少女の可憐さに目を奪われる事はなかった。

なぜなら彼は本能的に理解していたのだ。

 

この少女はヤバい、と。

 

なにがヤバいのか、それすら分からない程圧倒的にヤバい。

理屈ではなく本能が、直感的にそう告げていたのだ。

プライドで辛うじて自分の強気を保つと、ルイオスは少女が何者か言及しようと口を開こうとするが、

 

「でも、大丈夫なのぉ?」

 

と、それを制するように少女は特徴的なしゃべり方でルイオスに尋ねる。

 

「何がだ?」

 

「今のノーネーム、すっごーく強いのよぉ?」

 

「はぁ?僕が高々名無し風情に負けるとでも?」

 

「うん♪」

 

と少女は何の躊躇いもなく断言する。

 

「今のままじゃ、ノーネームには絶対に勝てないわぁ♪それどころかノーネームに本気を出させる事もできないんじゃないかしら?」

 

「何だと!お前調子に乗るのもいい加減にしろよ!」

 

「いやーん、怒っちゃったぁ?でも私も何の根拠も無しに言ってるんじゃないのよぉ?

 

「あ?」

 

「あそこのノーネームにはね、新人が4人加わったのぉ。♪まあ正確には一人は客分なんだけどねぇ。」

 

「だから何だ?」

 

「その新人がとっても強いのぉ!女の子2人でレギオンマスターのフォレス・ガロを潰しちゃったりねぇ、男の子1人でグライアイとクラーケンの試練をクリアしちゃったりしたんだよぉ♪」

 

「なっ!?」

 

いくら世間知らずのルイオスでも、その新人の異常さは簡単に理解できた。

特に男の方。

グライアイとクラーケンを単独討伐など、もはや最下層にいて良い実力ではないはずだ。

だがそんな事を考えながらも、目の前の少女に動揺を悟られまいと虚勢を張るルイオス。

 

「はっ、確かにノーネーム風情にしてはやるようだ。だが、僕のとっておきを持ってすれば、その程度の奴らなんてなんの脅威にもならないね!」

 

「アルゴールの悪魔でしょ?ダメダメ、そんなんじゃ彼等には勝てないわぁ♡」

 

少女の言葉に一気に二つのショックを受けるルイオス。

一つは自分の切り札が知られていた事について。

だがこれは箱庭にいる者ならば、決して知りえない情報ではない。

問題は二つ目。

その切り札、星霊アルゴールをもってしてもノーネームに勝てないと断言された事であった。

ルイオスがどういう事かと尋ねるよりも早く、少女は再び語り始めた。

 

「確かにさっき言った3人だけなら、まだほんの少しだけ可能性はあったわぁ♪」

 

「じゃあなんで!?」

 

「最後の1人、大宮祖国って言うんだけどねぇ、その子が桁違いに強いのよぉ♡どれくらい強いかっていうと、1人で白夜叉との決闘に勝っちゃうくらい強いのぉ♪」

 

「………!」

 

絶句。

もはや言葉も出ないルイオス。

白夜叉の強さは同じサウザンドアイズに属するルイオスもよく知っている。

千の神群を退け、万の天災をもたらしたという元魔王。

太陽と白夜の星霊にして、太陽主権の過半数を持つ最強の太陽神。

そんなふざけた存在にたった一人で挑み、勝利した?

それは最早最低でも3桁以上の実力者に相当する。

最下層にいてはパワーバランスがおかしくなるどころの話ではない。

そんなバグがノーネームに助力している以上、アルゴールでは勝ち目がないのも当然だ。

 

 

 

一人ルイオスが自身のおかれた状況に絶望していると、

 

「さて、そこで一つ提案がありまーす!」

 

と、その場にそぐわぬ陽気な声で少女が話しかけてきた。

 

「提案だと?」

 

「うん。私がお兄さんに力を貸して、あ・げ・る♡」

 

「何?」

 

「そう、だからちょっとギフトカードを出してくれる?」

 

ルイオスは少女の言う通り懐からギフトカードを取り出し手に持つ。

すると少女は、カツカツとルイオスに歩みよると、

 

「じゃあー、お兄さんにはこの恩恵を貸しちゃいまーす♪」

 

と言い、ルイオスのギフトカードを人差し指でピンと弾いた。

その瞬間、ルイオスのギフトカードに今まで存在していなかった名前が浮かびあがる。

そしてその恩恵の名前を見た途端、ルイオスは

 

「なっ、この恩恵は!?どうしてお前がこれを持っている!?」

 

と驚愕の声を上げた。

だが少女は相変わらず笑みを浮かべたまま、

 

「それは言えないのぉ~♪でもいいでしょ?これで星霊アルゴールは本来どころかそれ以上の力を発揮できるんだものぉ♡」

 

とルイオスの疑問には答えられないと告げる。

少女の雰囲気からこれ以上聞いても無駄だろうと悟ったルイオスは、全く別の角度からの質問をした。

 

「お前はどうして僕に力を貸す?」

 

「あなたの目的が私の目的を達成するために丁度いいからよぉ♡」

 

「目的だと?ではお前の目的はいったい何だ?」

 

その質問を聞いた瞬間、少女の美しい顔には狂喜の色が浮かびあがった。

その瞳には、まるでその目的の為だけに生きているかの様な狂気が溢れていた。

そのあどけなさが残る顔には、まるでそうしたくて堪らないといった願望が張り付いていた。

 

そして少女は満面の笑みでルイオスに告げた。

 

「私はねぇ、祖国君を殺したいのぉ♡」

 

 

 

かくして祖国のあずかり知らぬところで、彼の運命の歯車は回り始めたのだった。

 

 




読了ありがとうございます!

いや~、ようやくオリキャラを出す事ができました。
具体的なイメージ像が欲しい方は、パズドラのパンドラちゃんみたいな子だと思っておいてください。
もちろん病んでる子ですw

この子にも今後とも暗躍していってもらいましょう。
因みに名前はまだ未定ですw

批判、感想、ご意見まってます!
それでは今回はこれにて。



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作戦

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが110件を突破しました!
毎度の事ながら、ありがとうございます!

さて、感想欄でヒロイン候補とちらほらと提案して頂いています。
本作に興味を持っていただいている事は非常にうれしいのですが、ストーリー進行上ヒロインを容易に決定する事は筆者のスペック的に難しいので、今は貴重な意見の一つとして対応させていただいております。
ふがいないですが、どうか寛大な心でご対応ください。

ヒロインは構想が決定しだい告知させて頂きます。
それまでは、まあ、祖国君には基本的にみんなと仲良くしていってもらう予定ですw。

前置きが長くなりましたが、どうぞ今話もお付き合いください。



そしてその日が訪れた。

ペルセウスとのギフトゲーム当日。

問題児たちは珍しく朝から談話室に集合していた。

ペルセウスのゲームはその性質上、開催時間が夜からになっているがノーネームの面々も当然それは事前通達で承知していた。

ならばなぜ問題児たちが今談話室に勢揃いしているかと言うと、

 

「じゃ、第一回が最終回、ペルセウス攻略会議を開催したいと思いまーす。」

 

そう、ギフトゲームにおける事前打ち合わせのためであった。

祖国のしょっぱなから締りの無い声に一同苦笑するも、全員この会議の重要さは理解していた。

 

「で、今回のペルセウスのゲームはどういった内容なのかしら?」

 

「YES。それは黒ウサギがお答えするのですよ!今回のゲームはペルセウスの伝承になぞらえたゲームです。参加者は主催者を打倒すれば勝利という比較的シンプルなゲームなのですが…」

 

一瞬黒ウサギが気まずそうに言葉を濁す。

だが、すぐに決心したような面持ちで再び言葉を紡いだ。

 

「今回のゲームには一点だけ制約事項がございます。」

 

「制約?」

 

「はい、参加者はゲームマスター以外には姿を見られてはいけません。もし相手側のプレイヤーに姿を見られれば、その時点で挑戦資格が剥奪されます。」

 

「なるほどな、ペルセウスの暗殺にちなんだゲームって事か。」

 

と十六夜が相づちを打つも、予想外の面倒な条件にどうしたものかと頭を悩ませる問題児たち。

姿を見られずにルイオスの元までたどり着くためには、少なくとも何らかの形で相手の五感を欺くギフトが必要になる。

そう例えば、

 

「ちっ、厄介な条件だな。つーかペルセウスなんだからハデスの兜ぐらい貸せってんだよ。」

 

祖国が言ったように不可視の恩恵を持つギフトなどである。

祖国の発言の意味がよく分からない飛鳥は、どういう事かと説明を求める。

 

「ハデスの兜とは何かしら?」

 

「ハデスの兜ってのは、ペルセウスがゴーゴンを退治した時に着けていた兜の事だ。それを着けた者は不可視の恩恵を得るらしいが、俺は見た事ないな。」

 

という祖国の半ば投げやりな解答に、飛鳥たちはそんな便利な物を相手がみすみす貸してくれる訳がないと溜息をつく。

だが、そんな中、一人十六夜だけは祖国の言葉に引っかかる物があったのか顎に手を当てて何事かを考えている。

そしてたっぷり数分考え込んだ後、十六夜は口元をニヤリとつり上げると、

 

「よし、今回のゲーム方針が決まったぜ。」

 

と自信あり気に告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜、問題児たちはペルセウス本拠の城門前に来ていた。

ゲーム内容は城門にギアスロールとして貼られていたが、その内容は事前の黒ウサギの情報通りであった。

ゲーム開始はプレイヤーの任意のタイミング、つまり門をくぐった瞬間であるため、開始前に十六夜は城門前で今回のゲームの作戦を再度確認していたのだった。

 

「おさらいするぜ。まず、今回のゲームは少なくとも3つの役割分担が必要になる。失格承知で囮として敵を引き付ける役、不可視の恩恵を持っている奴の索敵役、そしてルイオスの野郎をブッ飛ばす役の3つだ。」

 

これが十六夜のたてた作戦。

ペルセウスの襲撃時に不可視の恩恵を相手側が所持している事を既に見ていた十六夜は、今回のゲームのカギはその恩恵だと推察しこのプランを提案した。

そう、今回のゲームでは相手の所持する不可視のギフトを奪う必要があるのだ。

そしてこのゲームメイクはそれを実行するのに最も効率が良いようにできている。

実際、祖国も十六夜のプランメイキングの綿密さに感心していた。

 

「確かに、いい作戦だな。陽動で目視できる敵を呼び寄せ、索敵で不可視の敵を倒す。そして最後の奴が不可視のギフトで安全にルイオスの所まで到達する、と。シンプルだがベストだと思うぞ。」

 

「ヤハハ、祖国にお墨付きを貰えるならこの作戦は成功したも同然だな。」

 

「そうね、今回私たちは地味な役だけど目をつむっておいてあげるわ。」

 

「うん。後で埋め合わせしてもらう。」

 

「悪いな。だが、今回はこれが適任なんだ。春日部の五感の鋭さは索敵に非常に有効だし、お嬢様のギフトも人目を引くにはもってこいだ。黒ウサギがジャッジマスターの制約でゲームに参加できない以上、この配役はかえられねえ。」

 

十六夜が珍しく素直な謝罪の言葉を告げる。

彼も今回ばかりはスタンドプレーではゲームクリアできないと十分理解しているのだろう。

今までバラバラに戦ってきた面々が力を合わせて攻略するという意味では、このゲームは真の意味で新生ノーネームの実力を測るいい機会だといえる。

そして祖国も、戦闘経験が圧倒的に少ない3人にとってこのゲームは非常に有意義な物だと考えていた。

 

「今回俺は主に裏方のサポートとして立ち回る。いつでも各役回りをヘルプ出来るように準備はしているが、極力俺の力なしでクリア出来るのが望ましいな。今回の様な実戦はとても貴重だ。皆には本物の戦いから自分の課題を見つけだして欲しい。」

 

という祖国の意見を聞いた一同は真剣な面持ちで頷く。

最初こそ祖国の趣旨に反対した黒ウサギであったが、残りの問題児たちの後押しと、この意向が白夜叉の物でもある事を知り、今はある程度納得していた。

それに何より、

 

”祖国さんは仲間を信じろと仰いました。ならば私は仲間を、祖国さんを信じるだけです!”

 

と目の前の男の頼りになる背中に、自らの全幅の信頼を置いていたからであった。

そしてー

 

「んじゃちょっくら、英雄狩りといきますか!」

 

という祖国の掛け声と十六夜の派手な城門破りにより、ゲーム開始の賽は投げられたのだった。




読了ありがとうございます!
今回は短いですが、なんか切がよかったのでここまでにさせて頂きます。
大した内容じゃなくてすいません。

後、このストーリーの題名を変えようかな~とか本気で悩んでます。
だって祖国君もうどう考えても問題児じゃないですかw
筆者ではフォローできない領域まで来てしまいましたw

もし面白い題名があれば感想欄までお願いしますw

感想、意見、批判待ってます!
それでは今回はこれにて。



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手洗おう…

こんにちは、しましまテキストです。

アップが遅れてしまい申し訳ありません。
今週は何かと用事ができてしまいました。

知らないうちにお気に入りが120件突破いたしました!
ありがとうございます!

さてようやく前話でゲーム開始が出来ました。
今回も祖国くんには暗躍していってもらいましょう。

それでは今話もお付き合いください。


「不可視のギフトか~。いくらで売れるかな?」

 

そんな場違い甚だしい感想を抱きながらも、祖国は見えない敵を迎撃せんと気配を絶つ。

十六夜たちと別れた祖国が今潜んでいるのは見晴らしのよい大廊下の天井付近。

柱上部に施された無駄に凝った装飾で下からの死角が生じ、人1人が隠れるには十分なスペースが形成されていたのだ。

 

「見晴らしが良いって事はこっちからも敵を見つけ安いって事なんだぜ、ペルセウス諸君?」

 

そんな独り言を呟きながら祖国は自らの恩恵を使い元いた世界からストックしていた、今回においては反則級のアイテムを取り出した。

 

”俺がいた世界では光学迷彩なんてとっくに実用化されてんだよ。それならそれに対処するための道具もあって然るべきだろ?”

 

そして祖国が空間から取り出したのは何の変哲もないサングラス。

だがただのサングラスと侮ることなかれ。

これこそ祖国のいた日本国で開発された対ステルス用サングラス。

この開発により幾人もの覗き犯が逮捕され、男の夢もといアガルタが永久封印されたのだがそれは今回おいておこう。

 

祖国はこのゲーム開始前からある程度、不可視のギフトの性質とそれに対する攻略法の目星をつけていた。

 

”気配や足音等を絶つ方法は分からねえが、視認できない原理ならなんとなく分かる。おおかた、電磁メタマテリアルみたいに光の負の屈折を起こすことで光を迂回させてるんだろう。が、それには欠点がある…”

 

そう、この方法では互いにステルスしている相手を認識できない。

つまり、不可視の恩恵を持っているペルセウス兵同士でも仲間をお互いに視認できないのだ。

そしてこれは有事の際には味方の足を引っ張りかねない大きなデメリットだ。

仲間で互いに視認できず連携がとれなければ、最悪敵を取り逃がしかねない。

 

”俺だったらそれをどう解決するか?もちろん不可視の兵士の配置位置を工夫する。不可視の恩恵を持つ兵士には、”単独”で王宮の”各ブロックごとの”守りを命じるだろう。こうやって不可視の兵士同士を隔離すればいい。つまり一つの区画には必ず一人不可視の恩恵を持つ兵士がおり、そいつにさえ気をつければ知らないうちに資格を剥奪される事はまず無いって事だ。”

 

そして祖国はおもむろにサングラスをかける。

すると、

 

”おっ、ビンゴだ。”

 

そこには廊下の向こう側から武装した衛兵が歩いて来る姿があった。

 

祖国のサングラスは不自然な光の屈折を感知し、それを逆算する事により対象の姿を捕捉する機能をもっている。

もちろんこのサングラスでは光の色彩等は再現できず、得られるのは対象の位置情報と輪郭だけであるが、それだけでも今回は十分であった。

十分であるのだが…

 

”あの兜作った奴マジで空気よめよ…。”

 

と祖国は心底うんざりとした表情を浮かべる。

そして慎重に気配を絶ちながら手元の空間と兵士の局部(別名男の尊厳に関わる部分)の空間を恩恵でつなげると、なんと右手を力の限りそこへ叩きつけた。

哀れかな、祖国がハデスの兜を剥ぎ取りに近寄ると、不可視の兵士はあまりに理不尽な攻撃に口を開けたまま意識を失っていた。

 

そして兵士からまんまとハデスの兜のレプリカを強奪した祖国は、

 

「悪いな。恨むんなら、ご丁寧に首の後ろまで守ってるこの兜を恨んでくれ。」

 

と届くはずの無い言葉を衛兵に投げかけたのだった。

 

念の為に言っておくが、もちろん祖国はホモでもなければゲイでもない。

誰が喜んでムサイ兵士の局部を触りたがるだろうか。

少なくとも祖国にはその様な趣味は無い。

祖国も最初は首への手刀で、それこそマンガやラノベの中みたいにカッコ良く相手の意識を刈り取るつもりであった。

だがサングラス越しによくよく見てみると、ハデスの兜の親切設計であろうか、首の後ろまで丁寧にガードしてあるではないか。

もちろん兜内部に空間をつなげる事も出来るが、精密な座標設定は通常よりも多く体力を使う。

こんな所で無駄な消費は出来ないと考えた祖国は泣く泣く、そう泣く泣く(大事な事なので二度言いました。)兵士への局部攻撃を決行したのだった。

 

そして祖国は決心する。

 

”帰ったら手洗おう…”

 

 

 

 

 

 

そして今、祖国は飛鳥が陽動戦を行っている大広間へと来ていた。

飛鳥の戦況、戦い方、戦いに臨む姿勢などを第三者からの目線で観察すべく、祖国は大広間の二階からこっそりと観戦していたのだ。

もちろん、先ほど手に入れたハデスの兜を着けているため、誰かに目撃される心配はない。

 

そして肝心の祖国の評価はというと、

 

”うーん、戦略は悪くないが…。バリエーションと危機察知能力がおろそかだな。”

 

ギリギリ及第点といった所だった。

祖国の見た限り飛鳥の戦い方は、やはりというか初心者その物であった。

彼女の戦略は水樹による遠距離飽和攻撃。

彼女自身の戦闘力はほぼ皆無であるため、敵を近づかせずに倒すという方針は間違ってはいない。

しかしペルセウスも水上歩行のギフトをもつ兵士を中心に、徐々に水樹の攻撃パターンに慣れつつある。

さらに現在の戦況は飛鳥を中心にかなりの数のペルセウス兵が彼女を取り囲んでいる。

矢などの遠距離武器は水樹が水壁で自動防御しているが、それがいつまで持つかも定かではない。

ぶっちゃけ言ってしまえば、飛鳥は結構ピンチだったりする。

 

”水樹一辺倒ってのはいただけないな。そんなんじゃすぐに見切られるぞ…。”

 

と祖国が戦略のバリエーション不足を懸念している最中、ついに飛鳥の後方のペルセウス兵数人が水樹の攻撃パターンを見切り飛鳥に接近する。

しかし周りの戦闘音や水の音が大きすぎて、飛鳥はペルセウス兵が接近している事に気づかない。

その様子を見た祖国は、

 

”チッ、やっぱ気づかねえか…。視覚だけに頼るんじゃなく、もっと殺意や敵意に敏感にならなきゃいけねえぜ、お嬢様。”

 

と内心で毒づくと、ギフトで一瞬の内に飛鳥と兵士の間に割って入った。

不可視の恩恵で視認されない祖国は無防備に突っ込んでくる兵士たちを一瞥し、

 

”ま、仮にもペルセウスの兵士ならこれぐらいは耐えて見せろよ。”

 

と心の中で念仏を唱え終えると、右手の指をパチンと弾いた。

すると次の瞬間、

 

「「「なっ!?」」」

 

接近していたペルセウスの兵士たちが一斉に何かに弾き飛ばされた。

いや、接近していた兵士だけではない。

飛鳥の周りを取り囲んでいた兵士全員が何か見えない物に圧迫されているかの様に、地面に、壁に、天井に、ありとあらゆるところに叩きつけられる。

しかもその謎の力は途切れる事なく、それどころか逆に力を増し、兵士たちは例外なくメキメキを音を立てながら壁面や地面にめりこんで行く。

唯一謎の力の影響を受けていない飛鳥も、眼前で起こっている事に理解が追い付かず、ただただ茫然とするだけだった。

 

そんな光景を作り出した犯人はというと、視認されない事をいいことに飛鳥のめったに見られない表情をじっくりと堪能していた。

 

”無音カメラで写真撮っとこっと。”

 

そんな緊張感の欠片もない感想を抱きながらも、飛鳥の表情を電子端末にしっかりと焼き付けた祖国は、

 

「いつまで呆けてんだ、お嬢様?」

 

とようやく飛鳥を現実に引き戻しにかかった。

 

「えっ!?その声は、まさか…」

 

「おう、俺だ。不可視のギフトを拝借してるから、今のお前には見えないかもな。」

 

「そ、そう。ところで、この現象もあなたが起こしてるのよね?」

 

「そうだが?」

 

「いい加減止めてあげたらどうかしら?気絶している相手をいたぶるのは良い趣味とは言えなくてよ?」

 

「おっと忘れてた。」

 

と言って祖国が再び指をパチンと弾くと瞬く間に謎の圧力は霧散し、ようやく解放されたペルセウス兵は力なく地に伏していく。

何人か優秀な兵士は辛うじて意識を保っているが、それでも到底戦闘を続行できる様子ではなかった。

飛鳥はそんな状況を見て、先程まで自分が手間取っていた相手をものの数秒で壊滅させた祖国に半ば感心、半ば呆然としながらも疑問を問う。

 

「今のは何をしたの?」

 

「別に大した事じゃない。互いの存在に斥力を貼り付けて相互干渉させただけだ。まあ名前が無いのもなんだし、”マグネティック・フォートレス”とでも呼んどくか。」

 

「…毎度思うのだけど、あなたは他人に理解してもらおうという気はあるのかしら?」

 

「簡潔な説明で相手が理解してくれれば手間が省けるだろ?」

 

「相手が分からなければ二度手間よ?」

 

「それもそうか。」

 

と祖国はそれは思い至らなかったという表情をする。

もちろん飛鳥には見えないのだが。

 

「まあ簡単に言うなら、そうだな。磁石のN極とN極を近づけたら反発するだろ?それと同じようなもんだ。」

 

「ペルセウス兵にN極の性質を貼り付けて、私たちにも同様のを貼り付けたという事かしら?」

 

「ご名答。賢い奴は好きだぜ?」

 

「でもそれでは近くにいる私たちも反発しあうはずじゃないの?」

 

「正確に言うなら、俺がN極を貼り付けたのは俺たち自身ではなく、俺たちの周りの空間だ。俺らを中心に直径3m程度の同心円状の空間が強いN極を帯びていたんだ。」

 

「なるほど、だからその空間内にいる私たちは無事なのね?」

 

「そういう事。そして俺たちの空間に反発して兵士が吹っ飛んだって訳だ。」

 

相変わらず底が知れない祖国のギフトの応用性に、頼もしさを通り越して一種の恐れさえ感じる飛鳥。

それはただ単に力ではない。

きっと飛鳥が祖国と同じギフトを持っていても彼ほど十全には使いこなせはしないだろう。

カット&ペーストというギフトは大宮祖国が使ってこそ真価を発揮する。

ギフトを理解し、それを使いこなす祖国の圧倒的戦闘センス。

それこそが祖国を強者たらしめる最大の要因。

そして、そんな自分に持ちえない物を持つ祖国に飛鳥は憧憬の念さえいだきつつあった。

だがそんな内心をプライドのみで一気にかみ殺すと、飛鳥は祖国になるべく自然な態度で尋ねる。

 

「それで、いったい何をしに来たのかしら?」

 

「おいおい、そりゃねえぜ。わざわざ後ろに接近していたペルセウス兵を退治してやったてのに。」

 

気づいていたかと言外に問う祖国の言葉に、飛鳥は驚きと接近に気付けなかった自身のふがいなさを噛みしめる。

 

”まったく…、足りない物だらけじゃない…。”

 

そんな苛立ちにも似た感情を抱きながらも、飛鳥は接近に気付かなかった事を示すために首を横にふる。

きっと自分の不甲斐ない戦いに幻滅している事だろうと、飛鳥は内心少しメランコリーになりながら祖国の次の言葉を待つが、

 

「ま、こればっかりは慣れだしな。」

 

という意外な返答が返ってきたことに、飛鳥は今日何度目か分からない驚きを覚えた。

 

「慰めならいらないわ。」

 

「別に慰めてるつもりは無い。そもそもお前は上辺だけの言葉は嫌いだろう?」

 

という祖国の言葉に、つくづく人をよく見ているなと感心する飛鳥。

だがそんな事を知る由もない祖国は、淡々と飛鳥につげる。

 

「だから俺は思ったことしか言わねえさ…。さて、単刀直入に言おう。今のお嬢様に最も足りていない物は、俺が見た限りでは2つある。一つは戦術の幅、もう一つは危機察知能力だ。」

 

「ええ。」

 

「だがこれらは本来経験に基づいて自らで鍛え、試行錯誤し作り上げていく物だ。決して人から教えられるような物じゃない。」

 

「それじゃ…」

 

「ああ、だから俺は今回ヒントだけを伝えよう。」

 

「ヒント?」

 

「そう、ヒントだ。つまり俺の言葉を生かすも殺すもお前しだいって事だ。」

 

そんな祖国のステキな挑発に、

 

「いいわ。あなたの想像以上の答えを見せてあげるわ!」

 

と3大問題児の一角である彼女が反応したのは、まあ当然の結果だろう。

 

「それじゃまず一つ目のヒントだ。お嬢様はトランプの大富豪ってしたことあるか?」

 

「ええ、あるけど…。それが何かしら?」

 

祖国の言葉に関係性を見いだせない飛鳥は怪訝そうな表情をする。

 

「そうか、なら話が早い。設定はプレイヤー2人、お互い手札は10枚。さて、お嬢様ならまずどうする?」

 

「とりあえず、一番少ない数字を…。」

 

「あー、ダメダメ。それじゃ話にならないぜ。」

 

祖国の即答に困惑する飛鳥。

まさか初手から間違えるとは思っていなかったのか、反論も出来ずにいる飛鳥に祖国はやれやれといった表情で告げる。

もちろんこれも飛鳥には見えていないのだが。

 

「お嬢様はまず自分の手札を”知る”必要がある。」

 

「そんな事はもちろん…」

 

「出来ていないから言っている。」

 

そう、飛鳥はもっと知る必要がある。

自らのギフトという”手札”を。

自らのギフトが何なのかを。

自らのギフトで何が出来るかを。

自らのギフトでどんな組み合わせが作れるのかを。

 

ー自らの手札、つまり戦術の幅をもっとよく”知る”必要がある。

 

勿論きれる手札は多い方がいい。

そのためにも考えなければいけない。

自らの恩恵が世界にどう干渉しうるのかを。

自らの手札を増やすために日々思考を重ねなければならない。

しかし今の飛鳥には圧倒的にそれが足りていない。

 

ーつまりは考える事。ただそれだけ。

 

考えて、考えて、考え抜く。

それしか出来ないゆえに自らを知り、それしか出来ないゆえにどこまでも強くなれる事を、祖国は身を持って知っていた。

 

そして祖国は自らの考えを、思いを、そのまま言葉にする。

 

「ま、つまり頭使えって事だよ。」

 

いつも通りの茶化した態度で、うざったくそう言う祖国の表情を飛鳥が視認できなかったことは、不幸中の幸いだろう。

これが飛鳥の琴線に触れると祖国は分かっているのだろうか?

 

いや、残念系人類代表の祖国に少女の心の機微が分かるはずが無かった。

 

そして遠回しにノータリンと言われた飛鳥は目に見えて態度を悪化させるが、祖国の様子はどこ吹く風。

 

「じゃ、二つ目のヒントな。」

 

とさっさと話題を変えてしまう。

どこまでいっても変わらない祖国の奔放さに飛鳥は少し頭痛を覚えながらも素直に頷く。

 

「まあ、二つ目はそれこそ自分で経験するしかないしな…。」

 

と祖国にしては珍しく言葉を濁す。

 

「なにか言いにくい事なの?」

 

「いや、どう伝えた物かと思ってな…。強いて一番近い言葉で伝えるなら”勘”か?」

 

「悪いけどオカルトは信じていないの。」

 

「箱庭来といてオカルト信じてないのかよ?」

 

祖国の最もな発言の言葉を詰まらせる飛鳥。

 

「まあ、勘て言ってもただの勘じゃない。圧倒的戦闘経験に基づいた、それこそ未来予知に比する刹那的なインスピレーションだ。」

 

「…?」

 

「例えばさっきのペルセウス兵の背後からの攻撃も、視覚以外の何らかの要因で知る事ができるって事だ。」

 

「それがあなたの言う”勘”?」

 

「そうだ。殺気とか敵意への反応と言い換える事もできるな。本来五感以外では知りえない情報を経験から帰納法的に導き出す事。それが”勘”だ。」

 

「でもそれじゃ、今の経験が足りない私ではどうしようもないじゃない。」

 

「ああ、確かにそうだが。だが視覚だけが全てではないという事だけは分かっておいて欲しかった。戦場を俯瞰的に”感じる”という事を出来るだけ意識してくれ。」

 

「分かった。出来る限り善処してみるわ。」

 

とアドバイスを聞き終わった飛鳥は自らに足りない物を自らでつかむために、自身の足で戦場に戻って行くのであった。

 

 

 

全体的に見てみれば比較的真面目だった祖国のアドバイスを飛鳥が頭の中で反芻していると、

 

「いたぞ、ノーネームの小娘だ!なっ、我々の仲間がこれほどやられているとは…。」

 

宮殿の奥から騒ぎを聞きつけたペルセウス兵が続々と現れてきた。

 

数分前に、

 

「じゃ、お嬢様。あとは頼むぜ!」

 

と言い残して去っていったため、祖国は既にここには居ない。

 

だが、今の彼女にはその程度の事は眼中になかった。

ただ彼女の頭の中には祖国の2つのヒントがあるのみ。

 

ー考えろ。そして感じろ。

 

そんな抽象的極まりない事を要求された飛鳥は、だが不思議と悪い気分ではなかった。

 

”見てらっしゃい。いまにぎゃふんと言わせてあげるんだから!”

 

とまだ見ぬ祖国の驚愕の表情に思いを馳せる飛鳥。

そして彼女は次々とやってくるペルセウス兵を見て不敵に微笑むと、

 

「いらっしゃい。私のための実験台になってもらうわ!」

 

と、高らかに宣言したのだった。

 

 

 




読了ありがとうございます。

久しぶりの投稿でまた無い腕が下がった気がしますw
本格的な戦闘は…、筆者のスピードを考えると次の次ぐらいかと。

批判、感想、意見お待ちしています!
それでは今回はこれにて。


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天災

こんにちは、しましまテキストです。

お気に入りが130件を突破いたしました!
語彙力が無いため他にどういえばいいのか分かりませんが、本当に嬉しい限りです!

また他作品の方から次元を超えて茶菓子の贈り物も頂き、祖国君も大喜びです。
元ネタが知りたい方は、コメント欄をご覧ください。

さて、今回はガチバトルの少し前までいければと思います。
オリジナルのギフトゲームを考えているのですが、中々難しい物ですねw
まあ、ゆっくりとやっていきたいと思います。

それでは今話もお付き合いください。





飛鳥へのアドバイスを終えた祖国は、次なる面談を開始するためにネクストターゲットである耀を探してした。

 

”今度久遠をこの写真でおちょくってやろう。”

 

と手に持つ端末を見ながらニヤニヤする祖国。

傍から見ればただの変態である。

まあ、小賢しいことに不可視の恩恵で見られる事はないのだが…。

 

”にしても、耀の奴はどこにいんだよ?”

 

と祖国は無駄に広い宮殿を恨めしく思いながらあたりを見まわす。

飛鳥は陽動であるため作戦上派手な戦いをする必要があり、それゆえに見つけるのにもそれほど手間はかからなかった。

だが耀は別働隊、つまり飛鳥程派手な動きは出来ない。

もちろん本命である十六夜たちを送り届けるためにそれは必要不可欠なのだが、同時に一度別れてしまえば見つけにくいというデメリットもあった。

 

”俺の予想だともうそろそろ見つかってもいいはずなんだけどな…。”

 

祖国はそう考えながらも、もう一度自分の思考に穴がないか再確認する。

 

”この宮殿は外から見た限りでは完全なるシンメトリー、つまり左右対称だ。そして飛鳥が陽動を行っているのは宮殿の左翼棟。ならば耀たちが向かったのは兵士が少なくなっている右翼棟のはずだ。”

 

だが右翼棟といえども、そこはペルセウスの宮殿。

尋常ならざるその広さに、最近運動不足気味の祖国は早くも身体のだるさを感じつつあった。

そんなバカ広い場所を素直にしらみつぶしに探していく訳にはいかないと考えた祖国はさらに思考を加速する。

 

”でだ、基本条件として耀は逆廻とリーダー、2人分のハデスの兜を入手する必要がある。んでもって逆廻の事だから、不可視の兵の配置の工夫にも気づいてる事だろう。なら奴らは見つかるリスクを最小限にするために、必ず配置領域のクロスポイントで戦闘を行っているはずだ。”

 

そう、そのクロスポイントこそ祖国が今目指している場所であった。

簡略化して説明しよう。

分かりにくい人は「田」という字を思い浮かべればいいかもしれない。

「田」という字には4つの小さな四角がある。

左上、右上、左下、右下の四角を順に便宜上、①、②、③、④としよう。

祖国が予測していた不可視の兵士の配置工夫とは、①~④の領域にそれぞれ一人ずつ不可視の恩恵を持つ者を配置するという方法だ。

例えば①の領域に2人も不可視の兵士がいれば、互いに視認できないため、ぶつかったり、最悪敵を取り逃がしてしまう可能性もある。

だが上の様にそれぞれ持ち回りの領域を設定すれば、基本的にトラブルになる事は皆無といえる。

ではこの配置をいかに逆手にとるか、という問題に移ろう。

最低条件として耀たちは2つのハデスの兜を入手しなければいけない。

ならば①~④を移動しつつ兵士から兜を入手するという方法はどうか?

もちろんNOである。

不可視の恩恵を持つ者がいる領域を移動するというリスクを冒すほど十六夜はバカではない。

では聡明な十六夜なら、リスクを極力回避しつつどうやって複数個の兜を手に入れるか?

恐らくその答えは”ある一点”に留まる事。

その一点こそ、祖国が目指すクロスポイント。

そう、それは①~④の全ての領域が交わるある一点。

「田」の中心点で「十」という2線が交わるその座標であった。

この点付近に十六夜たちは身をひそめ、耀は自身を囮に兵士を呼び出す。

五感の鋭い耀ならば不可視の恩恵を持つ相手でも十分に対処できるだろう。

四つの領域全てに接するその場所ならば、兜を入手できる確率も速度も4倍。

さらに無駄に移動しないため、知らないうちに挑戦資格を剥奪される危険性も激減する。

 

”とまあ、賢い逆廻ならこうするはずだが…。おっ、いたいた。ようやく見つけたぜ。”

 

となんとか目標を見つけた祖国は思考を中断する。

祖国のおおかたの予想どおり、耀はクロスポイント付近で戦闘を行っていた。

だが一つだけ祖国の予想以上だった事、それは、

 

”へぇ、見晴らしのいい中庭に誘いだして迎撃か。囮の役割をよく分かってんじゃん。”

 

より効率的に囮をこなせる場所を耀がチョイスしていた事だった。

囮がうまくいくとは、言い換えれば本命の成功率がグンと上がる事を意味する。

今回の場合では、十六夜たちへの意識をそらす事に成功したという事になる。

 

”戦闘スタイルも悪くない。ゲノム・ツリーの特性を生かした多種多様な近接戦闘。自分のギフトを理解した良い戦い方だ。”

 

と祖国は惜しみない賞賛を送る。

実際、鋭い五感とゲノム・ツリーを使いこなす耀に、ペルセウス兵は手も足も出ない。

戦闘技術自体は荒削りだが、それでも歴戦の戦士を相手に立ち回れている時点で彼女の戦闘センスの良さをうかがい知る事ができる。

そんな耀の安心感さえ感じられる戦いを、祖国は二階のバルコニーからまったりと眺めていたのだった。

 

数分後。

耀の周りにペルセウス兵の屍(もちろん死んではいないのだが)が出来上がり、戦闘が一段落ついた頃合いを見計らうと、

 

”ま、俺から特にいう事はないんだが…。普段偉そうにしてるし、こういう時ぐらいは一応レクチャーしてやるか。”

 

そんな事を考えながら祖国は、はぁと溜息をつく。

そしてギフトを使い耀から10メートルほど離れた場所に転移すると、

 

”あんまり気乗りしないんだがな…。ま、悪く思うなよ…”

 

内心ほんのりと罪悪感を感じながらも、

 

「…フッ!」

 

と突然特大の殺意を耀に向けて解き放った。

それは近くにいる耀はもちろん、ルイオスの元へ向かっている十六夜や、左翼棟で戦っている飛鳥、宮殿の最奥に鎮座しているルイオスにさえも明確な死を感じさせる程圧倒的な殺気。

彼の前に立つに能わない者ならばそれだけで正気を失ってしまう程の途轍もない殺意。

高々一人の人間が発する事の出来る殺意の領分を軽々を超えるその”死”に、宮殿内の全ての者がまるで死神に首元をつかまれているかの様な悪寒を感じずにはいられなかった。

 

 

そして、そんな出鱈目な殺意を一番近くで浴びた耀は、

 

「……………ぁ。」

 

と声にならない悲鳴と共に、その場に力なくしゃがみ込み、うなだれていた。

もちろん耀の精神力が弱い訳では断じてない。

祖国の殺気あてられ、目にはうっすらと涙を浮かべながらも、だがしかし辛うじて正気を保っている耀のメンタルは十分に賞賛に値するだろう。

そして眼前の耀の様子を見た祖国は思う。

 

”あ、やべ。やり過ぎた…。………ま、いっか。”

 

と。

 

いやダメだろ…。

 

 

 

 

 

 

 

数分後、ようやく耀が正常な状態に戻り普通に会話が出来るまでになった。

…なったのだが、

 

「だから悪かったて。そんなに怒んなよ。」

 

「…。」

 

祖国のいきなりの暴挙に耀が不機嫌になるのはごく自然な事であった。

考えてみて欲しい。

いきなり何の脈絡もなく理不尽な程の殺気を突きつけられ、挙句の果てに自らの恥ずかしい状態をマジマジと眺められていたと知った時の耀の気持ちを。

これで怒るなをいう方が無理な話である。

祖国も多少やり過ぎたとは感じており、なんとか耀の機嫌をとろうと苦心している所であった。

 

「ちょっと近かったかな~。今度はもうちょっと離れてからやるから…。」

 

「…。」

 

祖国のもはや弁解にすらなっていない発言に耀はますます機嫌を悪化させていく。

そもそも殺気をぶつける事自体を全く反省しない祖国に耀が許しを与えるはずもない。

言えば言う程泥沼にはまっていく祖国は、ついに断腸の思いで最後の手札をきる。

 

「分かったよ。白夜叉からくすね…、頂いた白金屋の超絶品カステラを一口やろう。だから機嫌をなおせ。」

 

全く原因を分かっていない祖国の発言に耀はやれやれといった様子で首を横にふると、

 

「半分。」

 

と祖国に交渉を開始した。

…ていうか許すのかよ。

 

「なっ!半分だと!?こっちが下手にでれば調子に乗りやがって!」

 

「こっちは被害者。本来なら全部貰ってもいい所を半分で妥協してる。それとも祖国は被害者に誠意を示せない人?」

 

耀の痛い所を突く言葉に顔をしかめる祖国。

状況的にどう見ても悪役は祖国であるため、これ以上の駄々は自らの沽券に関わると判断した祖国は深々と溜息をつくと、

 

「分かったよ。帰ったら半分やるから許してくれ。」

 

と心底疲れたといった様子で耀の折衷案を受け入れた。

祖国からの言質をとった耀はさっきまでの不機嫌はどこへやら。

茶菓子好きの祖国が一押しするカステラを半分も手に入れた事にすっかり機嫌をよくしていた。

 

「はぁ、気の迷いでちょっとレクチャーしてやろうなんて思うんじゃなかったぜ…。」

 

「レクチャー?」

 

耀は祖国の何気ない呟きに疑問を呈す。

 

「ああ、別に何の理由もなくお前に殺気をぶつけたりなんかしねーよ。」

 

そう、祖国の行動には何かしらの考えがあった。

もちろん祖国の事を信頼している耀も、祖国が理不尽に殺気をぶつける様な人間ではない事ぐらい理解している。

それゆえに祖国の行動の理由が未だに分からなかったのだ。

 

「そもそも祖国はどうしてあんな事したの?」

 

「まあ、なんだ。お前の戦闘に関しては特にいう事はない。技術は未熟だがセンスはあるし、実際にペルセウス兵相手に傷一つ負っていない。お前の五感の鋭さと相まって、近接戦闘では非常に高いレベルにある。」

 

「じゃあ…」

 

「だが、その五感が逆に足を引っ張る可能性もある。」

 

「どういう事?」

 

「お前は何て言うか…、久遠と真逆で勘がいい。つまり殺意や敵意に敏感すぎるんだ。裏を返せば、もしお前のキャパシティ(容量)を越える殺意を向けられたら、それこそ戦うまでもなく戦闘不能になる可能性が大きい。」

 

「さっきみたいに…?」

 

「ああ、お前の五感は武器であるとともに弱点。いわば諸刃の剣って奴だ。そこんとこを理解していて欲しかったんだよ。」

 

「…分かった。」

 

祖国の説明でやはり彼が考えも無しに酷い事をするような人間ではない事を再認識した耀。

だが同時に、祖国の発言で別の疑問も発生する。

 

「じゃあ、私はどうやってその弱点を克服すればいいの?」

 

「そうだな…。考えうる方法は二つだ。一つ目は自らの意志で五感をon、off出来る様になる方法。だがこれは余りお勧めしない。」

 

「うん。五感をoffにするって事は一切の認識を絶つという事。そんな事をしたら戦闘が成り立たない。」

 

「その通りだ。ならば必然的に二つ目になるな。二つ目の方法は、お前自身のキャパシティの拡張、つまり殺気に対する耐性を上げるという方法だ。」

 

「耐性の向上…。具体的にはどうすればいいの?」

 

「慣れろ。」

 

「…それだけ?」

 

「それだけだ。」

 

祖国のあんまりな解答にどう口を開いていいか分からない耀。

言いたい事だけ言って肝心な所は丸投げでは耀が納得できないのも当然であった。

祖国も自分の言葉が足りなかったと思い直し補足説明をする。

 

「別にいじわるで言ってる訳じゃないぞ。実際にこればかりは自身で体感するしかないんだよ。」

 

しかしなおも祖国に不服そうなジト目を向けてくる耀。

女性経験がそれ程豊富ではない祖国はどうしたものかと思案し、

 

「はぁ、分かったからその目を止めろ。」

 

と、とうとう耀の態度に折れたのだった。

 

「といっても俺が言える事なんてほとんどないが…。そうだな、キャパシティを上げる手っ取り早い方法は、自分より実力が上の相手と戦う事だ。実際の戦いの中で常習的に相手の殺気を受け、それに慣れていくほかないな。」

 

「格上の相手と?」

 

「ああ、だが実力が離れすぎてもだめだ。さっきみたいになるだけだからな…。丁度いい相手との戦闘が一番いい方法だ。」

 

祖国の言葉に耀は少し悲しそうな表情で俯く。

先ほどの殺気を受け止めきれ無かった時点で、祖国と耀は戦うまでもなく優劣が決定していた事になる。

いくら信頼されているとはいえ、自分と祖国の実力が近くなるわけではない。

未だに天と地ほどの力量差が存在する二人の関係が変わるわけでは無いのだ。

 

”私本当に祖国にふさわしい人になれるのかな…。”

 

改めて大宮祖国という男との差を実感し、自信喪失気味な耀。

祖国はあからさまに凹んでいるその様子を見ると、

 

”ったく、本当にしょうがねえな。”

 

と内心で愚痴をもらすと、耀に歩み寄りいきなり頭をガシガシとなで始めた。

祖国の当然の暴挙に耀が困惑していると、

 

「ガ、ガンバレ。」

 

と祖国のとてつもなくぎこちないエールが聞こえてきたではないか。

不可視の恩恵で顔は見れないが、今祖国がどのような表情をしているのか耀には鮮明に想像できた。

そんな祖国の態度がおかしくて、だが心の底から嬉しくて、

 

「うん。頑張る。」

 

と耀は満面の笑みで頷くと、

 

「でも祖国、レディーの頭を無許可で触るなんでマナー違反。」

 

といつも通りの軽口を叩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや逆廻たちはどうした?」

 

耀に粗方のアドバイスをし終えた祖国は次なる対象の位置情報を問う。

 

「十六夜とジンには先に兜を渡したから、もう先に行ってるはず。そろそろルイオスの所に辿り着いてるかも。」

 

「そうかい。まあアイツには本当に教える事とか無さそうだし、別に急ぐ必要も…」

 

祖国が次の言葉を告げようとした瞬間、

 

ー祖国は途轍もない寒気を感じた。

 

言うならばそれは”死”の具現。

まるで”死”がむこうから足音を立てて迎えに来るような恐怖。

先ほどの祖国の殺気とは完全に質が違うその殺気は、さしもの祖国さえ不気味さを感じざるを得ないほどの物であった。

これはマズイと判断した祖国は、殺気に敏感な耀を抱き寄せると、白夜叉の太陽フレアを防いだのと同じ方法で殺気から自身と耀を守る。

 

「祖国、これって…。」

 

耀が不安そうな声で祖国をみると、

 

「ああ、これはちょっとヤベエかもな…。」

 

と珍しく祖国も焦燥の色を表情に浮かべる。

 

「この殺気は…宮殿の奥の方からか!」

 

「そっちには十六夜たちが…。ていう事は、この寒気は黒ウサギが言ってた魔王アルゴールの物?」

 

「分からねえ。白夜叉から聞いた話だと、今は霊格が圧倒的に縮小してるからそれほど脅威ではないとか言ってたが…。」

 

事態が全く呑み込めない二人。

だが運命はさらに負の状況へと加速していく。

 

その異変に先に気付いたのは耀だった。

 

「祖国見て!空からギアスロールが!」

 

「あ?」

 

祖国が空を見上げると、そこには確かにギアスロールが、しかも白と黒の二種類という奇妙なコントラストが出来上がっていた。

 

祖国が一瞬だけ空間をつなぎ落ちてくる二種類のギアスロールを手に入れると、まず白い方から眼を通す。

 

「えーなになに。

『ギフトゲーム”Fairytail in Perseus”

上記のゲームがクリアされた事をおしらせします。

勝者:ノーネーム

達成条件:ゲームマスターの打倒。

主催者側は速やかに恩恵の授与に移行してください。』

てことは俺たちの勝ちじゃん。やったな耀!」

 

祖国は陽気な発言とともに、かぶっていたハデスの兜を脱ぎ棄てる。

(後で聞いた話だと、あの兜、かなり臭かったらしい。)

だが、そんな祖国の発言を聞いても耀は反応するどころか、一層顔を青ざめさせている。

何事かと祖国が耀の持っているもう一枚の”黒い”ギアスロールを覗き込み、その内容を朗読する。

 

「えーと。

『ギフトゲーム名”The Venus with Andromeda”

・プレイヤー一覧:宮殿内に生存している全ての参加者

・ホストマスター側勝利条件:全プレイヤーの殺害、及び屈服

・プレイヤー側勝利条件:

 一:ゲームマスター 星霊アルゴールの打倒。

 二:天地をつなぐ逆理を暴け。

・プレイヤー側注意事項:

 ・本ゲームは開始から三時間後に自動的に終了となります。

 ・本ゲームが自動終了した場合ホスト側の勝利と見なし、その時点でゲームルールに乗っ取り参加者をすべて殺害します。

 

 宣誓:上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                         ”       ”印』。

…意味わかんねえ…。」

 

いきなりやって来たゲームの理不尽さに、さすがの祖国も動揺を隠しきれない。

 

”黒ウサギが魔王を天災と言ってた理由がようやく分かったぜ。こんなアホみたいなゲームに強制参加させられるんだから、理不尽以外の何物でもないな…。”

 

だがそんな事を考えていられるのも祖国だからこそだろう。

現に隣の耀はゲームの理不尽さ、でたらめさに心が萎縮していまっている。

齢10余年の少女にとっていきなりの死刑宣告はかなりこたえる所があったのだろう。

 

”ま、いきなり余命3時間宣言されたら無理ないわな。”

 

と祖国も耀のもっともなリアクションに首肯する。

 

”だが、こんな調子じゃとても参戦させられないな。しょうがないが置いていくか…。”

 

そう心の中で結論付け、祖国は口を開く。

 

「じゃあ耀は飛鳥と合流してくれ。」

 

「祖国はどうするの?」

 

「俺か?俺はとりあえずアルゴールの所に行くわ。逆廻が心配だしな。」

 

「私も一緒に行く。」

 

この場面では一番聞きたくなかった耀の発言に顔をしかめる祖国。

いくら祖国といえども、これ程不気味な殺気を発する存在を相手に、仲間を守りながら戦うのは厳しい所があった。

ゆえに祖国は決断しなければならなかった。

 

”いくら綺麗な言葉で言った所でこいつは聞くまい。ならば分かりやすい言葉でダイレクトに言うしかないか…。はぁ、本当に損な役回りだぜ。”

 

心の中でまで溜息をつくをいう芸当を会得した祖国は、一切の感情を切り捨てて、一切の慈悲もなく耀に言い放つ。

 

「来るな。足手まといだ。」

 

「でも!」

 

「邪魔だと言っている。」

 

「…!」

 

祖国の手厳しい言葉に、だがそれでも耀は下がろうとはしなかった。

ここで下がれば、気持ちでまで下がれば、一生祖国と対等など言えない気がしたのだ。

耀は怯える心を奮い立たせ、あらんかぎりの勇気をもって言葉を紡ぐ。

 

「祖国は言った、私を信じると。なら私を信じて一緒に連れて行って欲しい。戦闘では役に立たないかもしれないけど、サポートくらなら…」

 

それが彼女の、春日部耀の全身全霊の言葉であった。

そして彼女の気持ちを聞いた祖国は、本当に本日何度目か分からない溜息をつくと、

 

「先に言っとくぜ、耀。ありがとう。そしてすまない。」

 

と耀の瞳を真っ直ぐ見つめたまま謝罪した。

 

そしてー

 

次の瞬間、耀の腹部を痛みを感じる暇がない程の強打が襲った。

 

「そ…こく、どうしt…」

 

耀はその攻撃の張本人である祖国に途切れていく意識の中で必死に問いかける。

だが祖国が耀の方に振り返る事は無かった。

彼は自らの背を耀に向けたままヒラヒラと手を振ると、

 

「悪いな、耀。恨んでくれても構わないぜ。」

 

とだけ言い残すと宮殿最奥の魔王を倒すべく、一人歩き去るのだった。

 

 

 




読了ありがとうございます!

次回からオリジナルゲーム開始です。
もしかしたら矛盾があるかもしれませんが、そこはまあ、暖かい目で見てください。

批判、感想、疑問、タイトル変更の案等ございましたら、コメント欄までお願いします。

それでは今回はこれにて。


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魔王

こんにちは、しましまテキストです。

投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
風邪で一週間?程度ダウンしていました。
皆様も風邪には十分お気を付けください。

さてお気に入りが150件に到達いたしました!
ありがとうございます!

今話は白、黒のギアスロールが振ってくる裏事情を説明していきます。
つまらない方は読み飛ばしていただいても結構です。

それでも構わないよ~という方は、今作もお付き合いください。


祖国の目の前に広がる状況。

それはまさに惨劇という言葉が相応しいだろう。

広く開け放たれた闘技場は、いたる所が破壊され原型は見る影もない。

怯える黒ウサギ。

なぜか石化しているルイオス。

身体中から血を流し、地に伏せている逆廻十六夜。

そして、唯一祖国の知らない人物。

その美しい顔や整った身体つきとは到底相容れるとは思えない程の異常な雰囲気を纏った女性。

そして祖国は一瞬にして悟る。

 

”奴がアルゴールか…。”

 

彼女の身体からにじみ出る殺意が、底知れない敵意が、彼女の正体を雄弁に物語っていたのだ。

だが祖国は、あえて断定的な口調で問う。

 

「お前が、魔王アルゴールだな?」

 

そんな祖国の言葉に彼女はフッと笑みを浮かべると…

 

「そうだよ。うちがアルちゃんだし!」

 

とマジでシリアスな空気を一瞬でぶち壊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は数刻前に遡る。

 

「ヤハハ。こんなもんじゃねえだろ、”元”魔王様!」

 

と高らかに哄笑をあげる十六夜。

彼が見つめる先にはいましがた彼が殴り飛ばし壁にめり込んでいる、おぞましい姿をした怪物メデューサ・アルゴールの姿があった。

 

それは戦闘というよりも蹂躙と言った方が適格かもしれない。

それ程までに十六夜とアルゴールの戦いは一方的だった。

序盤こそ相手の力量を見定めるために十六夜が手を抜いていた事もあり、戦況は拮抗している様に見えた。

だが本気を出した十六夜と、霊格を圧倒的に縮小させた今のアルゴールでは勝負になるはずもない。

地殻変動に比する膂力、第三宇宙速度に迫る速度、そんな反則級の恩恵を惜しみなく駆使する十六夜との勝負において、最早勝敗など明白だった。

最後にして最大の切り札である石化の恩恵も、もちろん十六夜には通用しなかった。

避けるでも、逸らすでもなく、”砕く”。

そんなバカげた方法でアルゴールの切り札を打ち破った十六夜に、敵だけでなく味方の黒ウサギやジンさえ驚愕の色を浮かべていたのだった。

 

「おいおい拍子抜けだぜ。こんなもんなのかよ魔王ってのは。」

 

と軽口を叩く十六夜の胸中には、だがしかし言いようのない不安が渦巻いていた。

 

”どういう事だ?たしかに押してるのは俺のはず…。なのにどうしてルイオスの野郎に焦りの色が見えねえんだ?”

 

そう、十六夜の懸念通りルイオスの表情には驚愕こそあれ動揺はない。

そしてルイオス自身アルゴールが敗れた事はやはり想定の範囲内であった。

いや、そう知らされていたという方が正しいかもしれない。

 

”やはりあの女の言う通りになったか…。”

 

とルイオスは目の前の状況を実に冷静に観ていた。

奥の手があるからか、はたまたこの事態をすでに知っていたせいか、どちらにせよルイオスは自分でも驚くほどに冷静であった。

 

”あの女の思い通りになるのは癪だが、いまはそんな事はどうでもいい。この不愉快なノーネーム奴らを完膚なきまでに叩きつぶす!”

 

そしてルイオスは玉座に鎮座まま十六夜を見下ろすと、軽薄そうな笑みを浮かべながら、だが瞳は真面目な様相のままに口を開いた。

 

「おい、そこのノーネームの小僧。」

 

いきなりの外野からの声に十六夜は怪訝そうな顔をするも、ルイオスの呼びかけに応じる。

 

「なんだよ?ご自慢の魔王様はこの通りのありさまだぜ?次はお前が相手してくれるのかよ?」

 

「馬鹿が。どうして僕がノーネーム風情にわざわざ手を下す必要がある?それより小僧、一つだけ忠告しておいてやる。」

 

「?」

 

「悪い事は言わない、降参しろ。そうすれば黒ウサギだけで手を打ってやるよ。」

 

「ハッ、寝言は寝ていいな!追いつめられて遂に頭までおかしくなっちまったのかよ?」

 

と十六夜はルイオスの突然の勧告をはねつける。

だが十六夜自身、ルイオスの言葉が狂想にとりつかれて出てきた物ではない事を直感的に理解していた。

 

”こいつは本当に何か奥の手を持ってやがる…。だが!”

 

そう、たとえ奥の手があろうと、それこそどれ程絶望的な状況に陥ろうとも、十六夜の頭に撤退の二文字はなかった。

こんな所で引けるはずが無いと、こんな楽しい事を逃す訳にはいかないと、そして何よりここで引けば…

 

”ここで引いて、後であいつにどんな面さげて会えるってんだよ!”

 

と獰猛な笑みを浮かべていた。

 

かつて金糸雀は言った、

 

ー感動に素直であれ、と。

 

そして彼の目下最大にして最強の好敵手である祖国も同じことをいっていた。

 

ー楽しかったぜ、白夜叉、と。

 

ならば自分も素直になろう。

湧き上がるこの衝動を、本能が求める欲求を、自らの力をいかんなく揮えるこの場所で、全力を持って対峙しようと。

 

「こいよルイオス。てめえがどんな策を持ってようが関係ねえ。俺の全力で叩き潰すだけだ!」

 

その言葉に込められた思いは、今まで真剣という言葉を一度も体現したことがないルイオスですら何か感じる所がある程であった。

そしてルイオスも自らの威厳を、ノーネーム風情に負けられないという意地を、ペルセウスという御旗を、すべてを賭けたこのゲームにふさわしい態度で応じる。

 

「いいだろう。後悔するなよ、名無しの小僧!!!」

 

そしてルイオスはギフトカードを胸元から取り出し天高く掲げると、高らかに宣言する。

 

「さあ覚醒しろアルゴールよ!旧約聖書に記されし原初の悪魔よ!今こそその暴威をもって、立ちふさがる英傑に引導を渡す時だ!!!」

 

瞬間、ルイオスのギフトカードから黒い光が溢れだす。

いや、矛盾した言い方かもしれないが、闇の様な光と言った方がいいだろうか。

それ程までにその光は濃く、黒く、禍々しかった。

そしてその光に呼応するかの様に、アルゴールの身体も劇的なまでに変化していく。

化物の如き巨体は、少し小柄な女性のそれに収縮していき、

浅黒く生理的な嫌悪感さえ抱かせるその肌は、まるでシルクの如き美しい物へと変わり、

そして蛇のように乱れたその髪は、誰が見ても美しいと断じる事が出来る上質な黒髪へと変貌した。

そう、

 

ぶっちゃけ言ってかなりの美少女になっていた。

 

だが、その場にいる誰一人としてその美しい姿に見とれてなどいなかった。

それは単に彼女から発せられる殺気が、敵意が、そして何より絶対的強者としての威圧感が、その場を完全に支配し、誰一人として彼女に警戒せずにはいられなかったからであった。

そんなアルゴールの異常さに、十六夜はまるで白夜叉に挑んだ時と同じ感覚を味わっていた。

絶対的な力の差、幾通りもの敗北のイメージ、そして死。

そして目の前の怪物が、人間の人智の及ばぬ存在である事を直感的に理解した十六夜は、

 

 

 

だがそれでも笑っていた。

逆にその笑みはアルゴールの姿が変化する前に比べて、より一層鮮明になっている。

 

”なるほど、確かにワクワクするな。己の全てを賭してもまだ届かない相手。そしてそれにいかに勝利するかというこの緊迫感。いいぜ、いいぜ、いいなおい!最高に盛り上がってきたぜ!”

 

そんな人生で初めての感覚への歓喜を十六夜が心の中で噛みしめている一方で、ルイオスもまた同様に歓喜に包まれていた。

 

”素晴らしい。これ程までの力とは…。これだけの力があれば、4桁だって夢じゃないぞ!”

 

そんな俗物的な欲望にまみれながらも、ルイオスは自らの僕と”思い込んでいる”アルゴールに大声で目の前の敵を排除せんと指示を出す。

 

「やれアルゴール!その不遜な小僧を地に這いつくばらせてやれ!」

 

「………。」

 

だがアルゴールはルイオスの言葉など聞こえていないかの様に、サイズが縮んだためにダボダボな服ばかりを気にしている。

一向に反応を示さないアルゴールに対して痺れをきらしたルイオスは、いらだたし気に声を荒げる。

 

「聞いているのかアルゴール!さっさとその小僧をやってしまえ!」

 

その言葉にようやくルイオスの方に振り返るアルゴール。

だがそんな彼女の口から出て来たのは、

 

「うるさい。」

 

という真向からの拒絶の言葉であった。

まさか主人に逆らうとは思っていなかったのかルイオスはアルゴールの言葉に顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「お前、立場が分かってるのか?隷属しているお前が僕に逆らうなんて、あり得ないんだよ!」

 

だがそんなルイオスの言葉を鼻で笑うと、

 

「バーカ。」

 

といって、ルイオスをその魅惑的な瞳で睨みつけた。

その瞬間、ルイオスの身体が足の部分から徐々に石化し始めたではないか。

まさか僕と思っていた者に裏切られるとは思っていなかったルイオスは、必死になって叫ぶ。

 

「おい、どういう事だ、アルゴール!こんなことしてただですm…。」

 

だが残された者たちがルイオスの言葉を全て聞く事はなかった。

アルゴールは心底つまらないといった様子で全身石化したルイオスを見やると、

 

「ほんとバカだし。アルちゃんはもうお前の物じゃないんだつーの。」

 

とさらっととんでもない事を口にする。

十六夜は目の前で起こった謀反に一瞬呆然としかけるが、それよりも大事な事をすぐさま思い出し、黒ウサギに問う。

 

「おい、黒ウサギ。これってゲームクリアって事になるんじゃないか?」

 

「えっ、そうですね。少々お待ちくださいね。」

 

そう言うと黒ウサギは自慢の耳をヒョコヒョコと動かす。

そして数秒後、箱庭中枢からの返答が得られたのか黒ウサギは十六夜の方を向くと、

 

「箱庭の裁定が下されました。本ゲームはゲームマスターが正式な方法で打倒された故、クリア条件を満たしたと判断されました。ここにノーネーム側の勝利を宣言いたします!」

 

と嬉しそうな表情で宣言する。

その瞬間、上空一面にゲームクリアを知らせるギアスロールが舞い散る。

その様子を見て、イレギュラーな事態であったために内心ヒヤヒヤしていた十六夜もほっと安堵する。

 

「ヤハハ、そりゃよかったぜ。正式なクリアじゃないからどうなるかと思ったが。」

 

「はい。これでレティシア様を取り戻す事が「お楽しみの所悪いけど、まだ終わりじゃないし。」出来ま…。」

 

だが、やはり箱庭の問題児と呼ばれていたアルゴールがみすみす彼等を逃がすはずも無かった。

もちろん十六夜はそんな事を知る由もないのだが、だが彼も本能的にアルゴールとの戦いは避けられないと理解していた。

それ程までに、アルゴールという存在はその場において異端だったのだ。

無駄とは知りつつ、十六夜はなんとか穏便に事を済まそうと口を開く。

 

「おいおい、まだ終わりじゃないって言ってもどうすんだよ?俺らはゲームクリアしちまってんだから、お前を構ってやる義理はねえんだぜ?」

 

「お前、さっきアルちゃんを思いっきり殴っただろ!?あれちょー痛かったんだけど?」

 

「お、おう。」

 

アルゴールのいきなりのテンションについて行けない十六夜は、不覚にも少したじろいでしまう。

 

「アルちゃんみたいないたいけな少女の顔を殴るような奴には、キツイお仕置きをしてやるし!」

 

「ハッ、いったいどうするんだよ?」

 

「もちろん、こういう事!」

 

突如上空に黒いギアスロールが降り注ぐ。

それは試練の具現。

天災の襲来を告げる不吉な鴉。

そしてアルちゃんことアルゴールは高らかに告げる。

その姿には先ほどまでの軽い様子など欠片も無かった。

 

「我が名は星霊アルゴール。原初の悪魔の名を冠する、元3桁の魔王。今こそ人類の天敵として、倒すべき悪として、貴様たちに試練を課そう!」

 

そう言い放つ彼女の姿は、まさしく魔王という名に違わぬ圧倒的な存在感を有していたのだった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!

寝込んだせいで、またまた腕が落ちた気が…。
執筆も全然速度が上がらないです(泣)
さっさと祖国君の戦闘に入りたいのですが、このペースではまだ少しかかりそうです。
大変申し訳ございません。

批判、意見、質問等ございまいしたら、コメント欄までどうぞ。

それでは今回はこれにて。


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全力

こんにちは、しましまテキストです。

お気に入りが160件を突破しました!
ありがとうございます!

今話の前に投稿が遅れた言い訳をさせて下さい。
文が…書けないんです。
端的に言うなら、文才がないんです。
頭の中で構成は出来ているんですが、いざ書こうと思うとどうやって書いたらいいのか分からないんです。
今話も結構悩みました。
オリジナル展開という事もあるかもしれませんが、それでも中々話が進みません。

という訳で、もしこれから投稿が遅れる事があっても、サボってるのではなく、文章考えるのが遅いだけだと思っておいてください(笑)
もし投稿だ著しく遅れるようでしたら、その都度告知させて頂きます。

それでは悩みに悩んだ今話をどうぞ。



白亜の宮殿闘技場。

そこには常軌を逸した戦いを繰り広げる二つの存在があった。

一つは身体中に傷をおい、口からは血を垂らしながらも、しかし顔には依然として獰猛な笑みを浮かべたままの少年、逆廻十六夜。

もう一つは十六夜とは対照的に目立った傷もないが、しかし顔には心底つまらなそうな表情を浮かべている妖艶な少女、星霊アルゴール。

両者の力量差は彼らの現状を見るだけで誰もが容易に想像できる。

それ程までに星霊アルゴールの力は圧倒的であった。

 

彼等の戦いは箱庭の貴族たる黒ウサギをもってしても得ないと思わせる程の代物。

第三宇宙速度にせまる速度で移動する十六夜。

その足場は砕け、空間には視認できる程のソニックブームが発生し、その余波だけで闘技場は見るも無残な姿に成り果てている。

だが、そんな常人には視認すら難しい速度をもってしても、

 

”遅い…。”

 

アルゴールには全く通用しない。

十六夜がいかに高速のフェイントを織り交ぜようとも、完全にランダムなパターンで移動しようとも、それに反応できるアルゴールの性能の前ではその様な策は無いも同然であった。

 

アルゴールの戦法は至極単純。

十六夜が攻撃をしかけて来た所を、それ以上の速度をもって返り討ちにする。

ただそれだけだ。

だが単純であるが故に、それはつまり彼我の実力差を如実に示している事になる。

 

ーお前程度、策を弄す必要もない。

 

アルゴールの戦法が、態度が、表情が、それを無言で十六夜に告げていた。

 

だが、そんな屈辱極まりないはずの状況においても十六夜の心は躍っていた。

 

ー届かぬ物に手を伸ばす事。

 

ー考えて、行動し、失敗し、そしてまた考える事。

 

ー数えきれない失敗の末に、成功をつかむこと。

 

元居た世界では決して満たされなかった彼の心は、今ようやく最後のピースを手に入れたかの如く歓喜していた。

 

だが、同時に聡明な十六夜は当然ながら気づいていた。

自らよりも相手の方が圧倒的に格上である事を。

そして、この楽しい楽しい祭りが徐々に終焉を迎えつつあるのを。

 

”認めてやるよ、アルゴール。お前は強い。俺なんかよりもずっとな…。”

 

だが、十六夜の瞳には絶望や諦めの色など微塵もない。

それどころか、これ程までに実力差を見せつけられても、未だに勝利を諦めていない様にさえ見える。

 

”だがな…、強い奴が勝てる程、世の中単純じゃないんだぜ!”

 

そんな十六夜の内心を見透かしているかの如く、同様にまたアルゴールも十六夜に諦めの気配が感じられない事を訝しく思っていた。

 

”あいつ、まだアルちゃんに勝てる気でいるわけ?ちょームカつくんですけど!”

 

十六夜の様子に一層苛立ちをつのらせるアルゴール。

かつてはクイーン・ハロウィンにも比肩しうると言われ、いまやその頃を遥かに凌ぐ力を持つ自分に、だが未だ勝てると思っている目の前の人間がとてつもなくアルゴールには不快だったのだ。

 

”なら、もっと力の差を教えてやるだけだし!”

 

そう結論付けるやいなや、アルゴールの姿が消失した。

いや、消失したと思える程の速度で、高速移動する十六夜の背後に回り込んでいたのだ。

その速度たるや十六夜の第三宇宙速度さえ凌駕し、宇宙を置き去りにする彼女のそれは第六宇宙速度という尋常外の速度に達していた。

 

「なっ!?」

 

十六夜がようやく背後に見失ったアルゴールの気配を察知する。

が、それでは…

 

「遅すぎっ!」

 

そう、遅すぎるのだ。

圧倒的に遅すぎる。

十六夜が防御の構えさえ準備出来ない刹那に、アルゴールの拳が深々と十六夜の背中を打ち抜く。

 

「…ガハッ!」

 

「十六夜さん!」

 

そんな呼吸さえままならない苦悶の声と共に、そして黒ウサギの叫び声と共に、十六夜は闘技場の地面へと叩きつけられる。

そのあまりの威力に地面はクレーターを作る事も出来ずに瓦解し、局所的な天変地異かと見紛う程の様相を呈している。

だが、それ程の攻撃を繰り出してもアルゴールは攻撃の手を緩めようとはしない。

高々と舞い上がった土煙を自らの翼で一瞬の内にかき消すと、更なる追撃をかけんと十六夜の落下地点に近づき、止めをさすために拳を振りかぶるが…

 

”いない…。”

 

彼女が予想した場所に十六夜の姿は無かった。

そのかわりそこにあったのは、

 

「へぇ、こんな所に地下空洞があったんだ。」

 

人1人が通るには十分な広さの穴と、その先には巨大な地下空間が広がっていた。

 

「悪運まであるとか、マジむかつくし!」

 

箱庭においてこの様な言い方が正しいのか分からないが、とにかく天が十六夜に味方している事にアルゴールは理不尽な憤りをあらわにする。

確かに、十六夜が運よく助かったのも事実。

先ほどのアルゴールの攻撃は十六夜の強靭さをもってしても必殺と言わしめるだけの威力を有していた。

仮に地下空洞がなければ、十六夜は地面に叩きつけられた際にエネルギーを拡散できず、致命傷あるいは死んでさえいたかもしれない。

しかし幸運にも地下空洞のおかげで十六夜は落下する途中で態勢を立て直す時間が発生し、最悪の事態を逃れる事が出来たのだった。

 

「まあ、寿命がちょっと延びただけだし!」

 

だがアルゴールには運など関係ない。

敵が天を味方につけているなら、それごと打ち破ればいいだけの話。

運が介入する余地がない程の暴力で、敵を屠ればいいだけの話だ。

そしてアルゴールは、目の前の穴をくぐって地下へ自由落下する。

意外にも地下空洞は底が深く、アルゴールが最下層まで到達する頃にはまるまる十数秒も時間が経過していた。

 

”チッ、面倒な。あいつに隠れる時間をやっちゃた訳か…。”

 

最下層に降り立ったアルゴールは、周りの空間を認識するために集中力を研ぎ澄ます。

どうやらこの空間は全体としては球体を半分に切ったような構造をしており、天井を支えるための柱が円状に12本並んでいるだけの比較的シンプルな構造のようだ。

唯一の光源である天井に開いた穴からは、心もとない月光がわずかに差し込むだけで、空間は全体的に暗闇に覆われている。

 

「どこいった!こそこそしてないで出てくるし!」

 

完全に気配を絶っているのか全く十六夜の居場所を捕捉できないアルゴールはいらだたし気に問うが、もちろん返答があるはずもない。

 

”ほんとウザったいし!いっその事、ここら一帯全部石化しちゃおうか…。”

 

そんな物騒な案が一瞬頭によぎるも、アルゴールはすぐにその必要はないと悟る。

なぜなら、彼女の鋭い五感がある決定的な手がかりを掴んでいたがゆえに。

 

”この匂いは…血。しかもまだ新しい…。”

 

彼女の嗅覚が、十六夜のものと思われる血痕のありかを察知する。

 

”血の匂いの源は…、そこ!”

 

アルゴールは自身の身体能力を限界まで発揮し、匂いの元である彼女の右前方を凝視する。

すると、そこにはわずかではあるが確かに真新しい血痕がポツポツと地面にこびりついており、一つの線を形成している。

決定的な痕跡を見つけたアルゴールはわずかに口元をつりあげると、その血痕が続いていく先に視線を移す。

そしてその視線の先には、天井を支えるために設置されている巨大な柱のうちの一本があった。

 

”間違いない。あそこだし!”

 

人1人程度ならば楽々死角を作る事ができる柱を利用して隠れているのだろうが、そんな小手先の隠匿でアルゴールは欺けない。

アルゴールは獲物を見つけた捕食者のごとく獰猛な笑みを浮かべると、その柱に向かって殺気を放つ。

アルゴールから放たれるそれは、まさしく星の殺意。

白夜叉や祖国が放つ”威嚇”としての殺気とは話が違う。

まるで既に死が確定しているかと思われる程のその殺気は、気の弱い者なら即座に発狂してしまうだろう。

 

そしてそんな殺気を浴びた者の気配が揺らいでしまうのもまた当然の結果であった。

先ほどまでは完璧な隠形をなしていた柱の陰に、ふわりと何かが動く気配を感じたアルゴール。

それを察知するやいなや、彼女は自身の拳を強く握りしめると、

 

「かくれんぼはもう終わり!」

 

そんな勝利宣言とともに、一瞬のうちに気配の主をその拳で柱の反対側から、”柱ごと”打ち貫いた。

柱をまるで紙切れのごとく貫いた彼女の拳は、気配の主を巻き込みなおも止まらない。

音さえ置き去りにする彼女の拳にようやく爆音が追い付く頃には、彼女の拳は空洞壁面に深々と突き刺さり、壁一面を覆う程のクレーターを作り出していた。

 

立ち上る土煙の中で、アルゴールは確かな手ごたえを感じていた。

逃げるタイミングはない。

そもそも逃げれる速度ですらない。

そして確かにやわらかい”何か”をとらえた感触もあった。

 

”勝った…。”

 

そう確信するアルゴールは、十六夜の骸を確認しようと翼で土煙を吹き飛ばし…

 

「…はぁ!?」

 

この戦いにおいて初めて驚愕の声をあげた。

彼女の拳のその先。

打ち付けられたその拳の先にあったのは、彼女が思い描いていた人間の死体ではなく、

 

「これは…、あいつが着ていた上着!?」

 

そう、十六夜の一張羅にして、皆様おなじみの学ランの上着であった。

 

それは皮肉としか言いようのないミス。

全盛期の彼女の本気の一撃を受けた者は、皆ゴーゴンの威光も相まって必死、最悪塵も残さず消し飛んでしまっていた。

そんな必殺の一撃を放つ彼女が、手ごたえ云々を熟知しているはずもない。

つまるところ、それは彼女が強者であるがゆえの過ちであった。

 

だが、今のアルゴールはそんな事を考える余裕はない。

彼女の頭の中は、たかだか人間にはめられた事への怒りであふれかえっていた。

冷静さを欠いたアルゴールは、怒りのまま口を開く。

 

「どこだ!どこに行った!アルちゃんをこんなにコケにして…、絶対許さないし!」

 

アルゴールの怒号が宮殿内に響き渡る。

シルクの様に白く美しい彼女の肌は憤怒のあまりに赤みがかり、滑らかな黒髪は怒髪冠を衝くという言葉がふさわしいだろう。

だが彼女自身は気付いていないだろうが、箱庭においてアルゴールの美貌は静的な時よりも動的な時のほうが美しいと噂になるほど、今の彼女は美しかった。

端的に言ってしまえば、生き生きとしているのだ。

その切っ掛けは戦闘という血生臭い物であっても、それが彼女を最も輝かせる瞬間には変わりない。

その美しさを一目見ようと、マニアックな趣味をお持ちの神様がアルゴールに挑戦し、

 

「我々の業界ではご褒美です!」

 

という遺言を残して散って行ったという伝説があるほどである。

まぁ、それ程極端な行動にはしらないまでも、生気あふれる彼女の姿は誰もが美しいと断じる事ができるものであった。

 

それはともかく、

アルゴールの怒号に対して、

 

「おいおい、そんなにひっかかった事がお気に召さないかよ?意外とお子ちゃまなんだな?」

 

十六夜の挑発的な声が空洞内に響き渡った。

まさか返答があると思っていなかったアルゴールは一瞬たじろぐも、すぐに自らがバカにされている事を理解し、さらに躍起になって叫ぶ。

 

「べつにお子ちゃまじゃないし!いい加減姿をみせろ!」

 

そう、空洞内は出入り口が天井に開いた穴だけというほぼ密閉空間。

先刻アルゴールが吹き飛ばした土埃も、十分な換気が出来ないこの空間内では循環するだけ。

光源も心もとなく、さらに土埃で視界が最悪の現状では、十六夜を捕捉するのはアルゴールの性能をもってしても至難の業であった。

 

「ヤハハ、格上相手にそりゃ自殺だろ。もしかしてお頭もゆるいのかよ?」

 

十六夜の声が空洞内に反響する。

半球状という反響しやすい空間構造上、音声を発した者の居場所が特定しにくい事もアルゴールが苛立ちを覚える一つの要因となっていた。

 

「だ~か~ら~、アルちゃんをバカにするなーーーーー!!!」

 

十六夜の挑発と、苛立ちのつもる現状、そして格下相手に手間取っているという事実に、ついにアルゴールが癇癪を引き起こす。

そして、それゆえに彼女の次の反応が悪手になったのも当然といえば当然の結果であった。

 

ーカツン

 

彼女のすぐ真後ろで何かが動く気配と共に、乾いた音が鳴り響いた。

まさかそんな近くに接近されているとは思いもしなかったアルゴールは、瞬時に反応すると、音源と気配から敵位置を逆算し、必殺の一撃を振り返り際に放つ。

避けるという選択肢は無い。

相手の策謀、挑発、実力、そのすべてを真向から打ち破って勝つ。

そしてそれが自分には叶う。

そんな彼女の魔王としてのプライドから放たれた一撃は、

 

「はずれだぜ、魔王様!」

 

虚しくも空を切った。

そう、それは間違えて十六夜のブレザーを攻撃した時と全く同じ。

冷静な判断力をなくした今のアルゴールは、フェイクの二重性に気付けず全く同じ罠にかかってしまったのだ。

 

「こっちだぜ、メデューサ・アルゴール!」

 

同時に、フェイクの裏に隠れた本命の十六夜が彼女の頭上から拳を振りかぶりながら第三宇宙速度で迫る。

いまだ攻撃モーションのままのアルゴールに避ける術はない。

そして心の中で自らの失態をアルゴールが理解するよりもはやく十六夜の拳がアルゴールの背中に突き刺さり、彼女を地面へと叩きつけた。

 

「…ぐっ!」

 

地殻変動に比する彼の拳に、さすがのアルゴールも苦悶の声をもらす。

だが十六夜の攻撃はまだ終わらない。

叩きつけられ、腹ばいになっているアルゴールの背中から生える翼を左手でつかみ固定すると、

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

星をも揺るがす拳をあらんかぎりの力を込めて乱打した。

秒間数百発に及ぶ拳打の嵐が目視可能な衝撃はをまき散らしながらアルゴールに叩きこまれていく。

あまりの衝撃に地盤が崩落を始め、余波で空洞内のあちらこちらが崩壊していく。

だがそれでも十六夜は拳を止めない。

すでに彼の拳はくだけ、手からは血がとめどなく流れている。

しかしそんな事は関係ないと言わんばかりに十六夜は渾身の拳打を叩きこみ続ける。

 

そして、

 

ーグチャッ

 

そんな生理的に嫌悪感を催す音と共に、ついにアルゴールの翼が背中からもがれた。

十六夜の拳の威力に耐えきれ無かった翼は鮮血を纏いながら無残な物体に成り果てる。

それと同時に、アルゴールと自分の位置を固定する物がなくなった十六夜もようやく攻撃の手を止めると、念のためすぐさまアルゴールから離れる。

今やアルゴールがいた場所は超巨大なクレーターと化し、十六夜の猛攻がいかに凶悪なものであったかを如実に物語っていた。

 

”くっ、やったか?”

 

砕けた右手の激痛に耐えながら、いまだ土煙が止まないクレーター中心部を凝視する十六夜。

全身打撲、切り傷、骨折などなど、決して軽くはない傷を負った十六夜の姿はまさに満身創痍という言葉がふさわしいだろう。

 

”これで勝てなかったら、本格的にヤバいな…。”

 

そう頭では考えるが、十六夜は心のどこかで確信していた。

 

ーまだ決着はついていない、と。

 

そしてその直感は数秒後に現実となった。

突如巻き上がる規格外の旋風。

一瞬にしてクレーターから湧き上がっていた煙はかき消され、その現象の中心が露わいになる。

 

「なっ!?」

 

クレーターの端からその姿を確認した十六夜は驚愕の声をあげる。

そう、そこには身体はボロボロになりながらも、背中にはちぎれたはずの翼が再生し、いっそう禍々しいオーラを纏ったアルゴールの姿があったのだ。

 

「おいおい、再生とかありかよ…。」

 

そんな十六夜の嘆息を無視してアルゴールは静謐な声で告げる。

その声音は、いつものふざけた口調でも、癇癪をおこした時の口調でもない。

魔王として、星霊アルゴールとして、人類への試練としての、厳かな口調であった。

 

「あっぱれだ、人の子よ。星霊にして魔王たる我にここまでの傷を負わせる貴様の実力、高く評価しよう。」

 

「そりゃどーも。」

 

いきなりの賞賛に困惑しながらも、しっかりと応答する十六夜。

だが、その胸中は決して穏やかではなかった。

 

”やべえな…。あの野郎、この上なく冷静な目をしてやがる…。”

 

そう、怒りでもなければ慢心でもない。

アルゴールの瞳に宿るそれは極めて冷静にして冷徹な物であった。

そんな十六夜の焦りをよそにアルゴールは再び口を開く。

 

「貴様と最後の拳を交える前に、一つ聞いておく事がある。」

 

「なんだよ?」

 

「貴様、名は何と言う?」

 

「逆廻…、逆廻十六夜だ!」

 

予想外の質問に一瞬言葉を詰まらせるも、十六夜は確固とした面持ちで自らの名を高らかに告げる。

十六夜の真っ直ぐに自分を見据える瞳に、アルゴールはコクコクと愉快そうに頷く。

 

「そうかそうか。かような小僧が十六夜とは、むしろいっそすがすがしいの。」

 

「ヤハハ、全くだ。名付け親を見てみたいもんだぜ!」

 

さも愉快といったアルゴールの発言に、全く持ってその通りだと同意する十六夜。

アルゴールは最後に面白い問答が出来た事に口元を緩めながら、だがしかしその美しい眼は荘厳な光を宿したままに告げる。

 

「では行くぞ、逆廻十六夜!我が存在を越えてみせろ!」

 

そう言い終えるやいなや、アルゴールの霊格がさらに膨張する。

限界など知らぬかの如く膨らみ続けるその力に、十六夜はいよいよもって自身の危機を理解する。

心なしか自らの拳が揺れている様に感じる十六夜。

 

”ハッ、今更何ビビってんだ!元々アイツが強い事なんて分かり切ってるだろーが!”

 

そう自らを叱咤するも、彼の拳の震えは止まらない。

 

”クソが!肝心な時に何やってんだよ!”

 

悔しさと不甲斐なさの余り、唇をかみしめ、目を閉じる十六夜。

彼が心の中で自らの死期を悟ったその時ー

 

ふと彼の瞼の裏側に、彼がいつか越えてみせると誓った男の姿が浮かんだ。

 

その男は問いかける

 

ーそんなものか?

 

違う。

こんな所で終われるはずが無い。

終わっていいはずが無い。

 

なおもその男は問いかける。

 

ー諦めるのか?

 

バカを言うな。

諦める訳にはいかない。

こんな所で諦めれば、あの男を、貴様を、大宮祖国を超えるなど夢のまた夢だ。

 

ーならば怯えるな逆廻。死すのは己の全てで敗した時のみだ。 

 

そうだ。

まだこの身に宿る力全てを出し切っていない。

死者の世界さえ切り裂いた必勝の光。

己が身に眠る奇跡を使わずして死んでやる事など出来はしない。

 

ー勝ってこい、逆廻!

 

「おうよ!」

 

そう呟いた十六夜はゆっくりと瞼を開ける。

拳は依然震えている。

だが恐怖は無い。

その震えはむしろ武者震いに近いだろう。

そして真っ直ぐとアルゴールを見据える十六夜の瞳は、何物にも折れぬ力強さを有していた。

 

「いくぜ、メデューサ・アルゴール!これが最後の一撃だ!」

 

そう言い放った十六夜は、ボロボロの身体に最後とばかりに力を込めると、自らの限界速度で空中に飛んだ。

十六夜が目指す場所は、この空間唯一の出入り口である天井の穴である。

十六夜の不可解な行動に眉をひそめるアルゴール。

 

”地上戦に持ち込むつもりか?いや、見晴らしが良い場所での白兵戦は我に分がある事ぐらい奴は承知しているはず…。まさか、逃げる気か?”

 

だが瞬時にそれはないとかぶりを振るアルゴール。

 

”奴は何時でも我を虎視眈々と狙っておった。奴に逃げの選択肢は無い!”

 

ならばどうするか?

十六夜の跳躍は何らかの作戦である可能性が極めて高い。

ここはいったん様子を見るか?

 

ー断じて否だ。

 

策があるなら策ごと打ち破る。

罠であるなら、それを破って勝つ。

自分は何時だってそうしてきたし、これからもそうだ。

魔王の一端を担う者として、星霊アルゴールの威信を賭して、かの英傑を真正面から打ち破る。

 

そう決心したアルゴールは十六夜を追って跳躍する。

十六夜の速度もあり得ないが、アルゴールのそれは更に速い。

第六宇宙速度を誇る彼女のスピードをもってすれば、穴を抜けた直後に十六夜に追いつくだろう。

 

”その時が貴様の最後だ、逆廻十六夜!”

 

数秒後に訪れるであろうその瞬間を恍惚とした表情で待ちわびるアルゴールの表情は、それはそれは生き生きとしていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその瞬間はやって来た。

一瞬にも永劫にも思える時間。

だが確かにその時は来た。

 

”今だ!いましかチャンスはねえ!”

 

それは天井の穴を通過した直後。

十六夜は遂に自らの最後の切り札をきるために砕けた右腕を天に構える。

次の瞬間、あたりを極光が包む。

十六夜の右掌から顕現するその極光は、天さえ貫かんとする巨大な光の柱と化しなおも膨張していく。

 

「なっ!?まさかこれは!?」

 

十六夜のすぐ後ろに迫っていたアルゴールは、まぶしさと驚きの余りに減速の判断を一瞬遅らせてしまう。

そしてそれこそが十六夜の狙っていた一瞬。

光がほとんどない地下空間から出た瞬間では、流石のアルゴールもまぶしさで一瞬反応が遅れると仮定した十六夜の作戦。

それがドンピシャにはまったのだ。

 

「これで終わりだ、アルゴール!!!」

 

身体を半回転させた十六夜は、自らを凌駕する速度で向かってくるアルゴールに向かって、特大の極光を振り下ろす。

彼女をまるまる呑み込まんとする必勝の光。

避けるタイミングは既に逃した。

どうあがいても避ける事は不可能。

 

”俺の勝ちだ、アルゴール!”

 

そしてそんな勝利を確信した十六夜の一撃は、

 

 

 

 

 

 

 

ー「聖書偽典”ピルケ・アボス”起動ー円環巡りて壊せ、”疑似創星図”………!」

 

 

 

 

 

 

アルゴールの厳かな死刑宣告と共に、音を立てて壊れ去った。

比喩ではない。

そう、十六夜の極光が粉々に砕け散ったのだ。

 

「なっ!?」

 

目の前で何が起こったか理解できない十六夜。

自らの切り札が破られた事も、それを砕いた方法も、何もかも理解できない。

だが何よりも彼が理解できなかったのは、

 

”なんだよ、お前のその光輪は…。”

 

アルゴールの背後に突如出現した漆黒の光輪であった。

彼女の背丈ほどもあるだろうその禍々しき光輪は、それを一目見ただけの十六夜でさえ敗北を確信する程の異常さを漂わせていた。

 

「ハッ、参った。お手上げだぜ…。」

 

正真正銘全てを出し切った十六夜は満足気な、だが少し悔しさをにじませる表情で呟く。

そして同時に刹那のうちに十六夜の全てを打ち砕き、彼を呆然自失とさせたアルゴールは高らかに告げる。

 

「誇るがいい、逆廻十六夜!我にこれを使わせた事を!そして…、」

 

瞬間、十六夜の身体をアルゴールの拳が打ち抜く。

 

「我に手ずから殺される事を!!!」

 

アルゴールの星をも揺るがす一撃を受けた十六夜は、爆音と共に闘技場のフィールドへと墜落する。

爆散した瓦礫を巻き上げながら、砕ける闘技場。

立ち上る煙の中からは十六夜が動く気配はない。

 

「終わったか…。」

 

どこか物悲しそうに呟いたアルゴールは、せめて骸を一目みようと翼で煙をはらう。

視界がよくなった闘技場のそこには、地に伏して動かない十六夜の姿があった。

 

「せめてもの手向けだ。我が手にかかって死んでゆけ…。」

 

そう漏らすと、最後のとどめをさすためにアルゴールは十六夜にゆっくりと近づいていく。

そしてアルゴールが十六夜のすぐ近くに来た時、彼女を本日3度目の驚きが襲う。

いや、予想外の出来事と言ったほうがいいかもしれない。

なぜなら、

 

「…うっ…。」

 

地に伏し、最早立ち上がる力さえ残されていない十六夜の目には、未だに希望の光がともっていたが故に。

 

「いやはや、驚いたぞ。未だに意識があるとは。それに貴様の目。まだ我に勝てる気でいるのか?」

 

「そんな訳…ねえだろ…。俺の…負けだ…アルゴール。」

 

眼前の魔王の問に消えかける意識を必死につなぎとめながら、辛うじて言葉を紡ぐ十六夜。

だが、その目は確かに消えぬ光があった。

 

「ああ…最高に…楽しかったぜ。」

 

「我もだ、逆廻十六夜よ。貴様との決闘は実に心躍る死闘であった。」

 

アルゴールはうそ偽りの無い気持ちを告げる。

だが同時に、魔王たる者として無情な現実を告げねばならなかった。

 

「だがこのゲームは我の勝ちだ。貴様程の英傑を超える猛者がノーネームに残っているはずもなかろう。ゆえに後は再びつまらぬ蹂躙に興じるとしよう。」

 

心底つまらなそうな表情をするアルゴールに、十六夜はうっすらと笑みを浮かべると、

 

「それは…違うぜ…アルゴール。」

 

とアルゴールの言葉を全否定した。

そう、それこそ十六夜の瞳に宿る希望の源。

安心して後を託せる男の存在であった。

 

「なんだと?」

 

「あいつが…俺の越えるべき目標が…最大の好敵手が…お前を倒すぜ…アルゴーr…」

 

そして遂に意識を手放す十六夜。

だがその表情は、苦悶でもなければ、苦痛でもない、ただただ穏やかな様子であった。

 

「我を倒す、か…。」

 

十六夜の最後の、万感の思いを込めた言葉を咀嚼するアルゴール。

虚栄では無い。

偽りでも無い。

ただ純然たる信頼から生まれた言葉。

十六夜程の強者が羨望し、己の後を託す事ができる人間がいる。

その事実がアルゴールを、

 

ーとてつもなく歓喜させていた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその男は現れる。

 

ーお前が、魔王アルゴールだな?

 

不遜な態度で彼女を見下ろす人間が。

十六夜が全幅の信頼をおく人間が。

ノーネームの最後の希望が。

 

 

 

そして彼の男 大宮祖国は、戦場に立つ。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!

いや~、長かった。
そして全然話が進まないw

色々言いたいことがあるかもしれませんが、そこはまあ、生暖かい目で見守ってあげて下さい。

感想、意見、批判、疑問等はコメント欄までお願いします。
それでは今回はこれにて。


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KYウサギ

こんにちは、しましまテキストです。
投稿がかなり遅れてしまい申し訳ありません。
PCが不調で起動できなくなったので、修理に出していました。
連絡も送れず、申し訳ありませんでした。

さて今回の話には、独自設定がてんこ盛りです。
実は筆者、問題児シリーズは第1巻だけ読んでないので、本作と原作に相違があるかもしれません。
致命的なミスの可能性もありますので、気になる事がありましたら、コメント欄までお願いします。

それでは今話もよろしくお願いします。


「ほう、流石はペルセウス。中々いい茶菓子を出すじゃないか。」

 

「全くだし。アルちゃんは星霊だから本当は食事は必要ないんだけど、こういうのも悪くないし。」

 

ムシャムシャという擬音語が聞こえそうな勢いで咀嚼を繰り返す祖国とアルゴール。

彼らの目の前にはこれでもかという程に高く積まれた茶菓子の数々。

洋菓子、和菓子、その他もろもろ。

世界のありとあらゆる茶菓子を結集したかの様な光景に、茶菓子好きの祖国はもちろん、本来食事を必要としないアルゴールですら目を輝かせながら茶菓子をむさぼっている。

 

「もう、いい加減にしてください!これじゃ審議か進まないじゃないですか!」

 

黒ウサギの悲痛な叫び声がペルセウスの談話室に響きわたる。

そう、祖国達が現在いるのは闘技場ではなくペルセウスの談話室。

メンバーは祖国、アルゴール、黒ウサギ、ジンの四名だ。

どうしてこの四人がこんな仲良く(?)談話室で呑気に休息をとっているのかというと、

 

「うるせーぞ、黒ウサギ。そもそも俺らの戦いを邪魔したのはお前だろうが。」

 

「そうだそうだ!ジャッジマスターを持ってるからってあんま調子乗んなし!」

 

まあ、上の二人のいう事が全てであった。

 

 

 

 

 

 

 

半刻程前、闘技場にて。

 

「そうだよ。うちがアルちゃんだし!」

 

そんな場違い極まりない声が闘技場に響き渡る。

どれくらい場違いかというと、アルゴールの化物っぷりをすぐ目の前で見ていた黒ウサギでさえ思わずズッコケてしまう程場違いである。

さしもの祖国もアルゴールの初見印象があれすぎて苦笑いを浮かべている。

 

「そこに倒れてる逆廻を倒したのはお前か?」

 

祖国はあまりの気まずさに見れば分かるはずの事をわざわざ問いただす。

そうしなければ場の雰囲気がぶっ壊れてしまう事を直感的に理解していたのだ。

 

「ん、こいつ?フッフッフ、こいつを倒したのは何を隠そうこのアルちゃんだし!」

 

そんな祖国の苦し紛れの質問につつましやかな胸を張って答えるアルゴール。

彼女の態度と殺気のギャップでますます頭が混乱していく祖国に、今度はアルゴールが質問を投げかける。

 

「それよりお前。お前が逆廻の好敵手か?」

 

「なんだそりゃ?なんで俺と逆廻がライバルみたいになってんだよ?」

 

アルゴールの質問にまったく訳が分からないといった表情で祖国は返答する。

実際祖国は天上天下唯我独尊を形にしたようなあの逆廻十六夜が、自分の事をそこまで評価しているとは考えていなかった。

それどころか、十六夜はどちらかと言うと自分の力以外は心からは信頼していない男だとさえ感じていた。

それゆえ、十六夜が祖国に自らの後を託して行くほどに信頼していると気付けなかったのも当然の結果と言えよう。

 

だが祖国の心当たりがないといった態度にもかかわらず、アルゴールの胸中には確信めいた答えが存在していた。

そう、目の前の男こそが逆廻十六夜の言っていた目標だと。

彼から充溢する強者としてのオーラが、隠しても隠し切れない超越者としての存在感が、そして何より彼の瞳に宿るそれが、彼の力量を雄弁に物語っていたのだ。

 

「じゃ、質問変えるけど、こいつとお前どっちが強い?」

 

「あ?そりゃ、そこに転がってる逆廻だろ。」

 

「ダウト!」

 

祖国の息でもするかの如く滑らかに出てくる嘘にアルゴールは思わず声を荒げる。

この一触即発の場面におかれても未だ平然と嘘をつこうとする男に、アルゴールの本能は一層警戒の色を示す。

 

ーこの男は危険だ、と。

 

だが当の祖国はと言うと、まるで嘘がバレた事など意に介していないかの様に飄々と答える。

 

「ハァ、分かってんなら最初から聞くなよ。」

 

「確認の為だし!ていうか、なんで嘘つく訳!?」

 

「そりゃ、お前とあんまりガチで戦いたくないからな。周りを巻き込まない保障もないし。」

 

それは祖国の本心からの言葉。

敵が十六夜を倒す程の化物ならば、正攻法で打ち破る第一条件は好ましくない。

ギアスロールに示された第二条件をクリアする方がセオリーである。

それに万が一戦う事になったとしても、黒ウサギやどこかに隠れているであろうジン、宮殿に残っている女子二人やペルセウス兵を巻き込まない保障は無い。

ゆえに祖国の見解としては、本気の戦闘は極力避け、第二条件でゲームクリアを目指すという方法が最有力であった。

 

だが、現実はそう上手くはいかない物である。

祖国が十六夜よりも強いという言質をとったアルゴールの美しい顔は心底楽しみだといった表情をしている。

これでアルゴールとの戦闘はほぼ不可避になってしまっただろう。

祖国は深い深いため息をつきやれやれといった表情でアルゴールを眺めると、しぶしぶと言った表情で口を開く。

 

「だがまあ、こうなった以上やるっきゃねえわな。」

 

そんな祖国の宣戦布告を受け取ったアルゴールは顔を嬉しそうに輝かせると、

 

「当たり前だし!絶対に逃がさないんだから!」

 

全く状況を知らない人がいれば勘違いされそうな口上を述べた。

 

そしてそんな中、黒ウサギの心の中は、

 

”言えない、言えないのですよ。まさか既に審議決議開催の申請を箱庭中枢部にしてしまったなんて…。”

 

素晴らしい程にテンパっていた。

それはもう普段の黒ウサギからは考えられないような動揺っぷりだ。

額には大粒の汗がにじみ、目は浮ついて焦点が定まっていない。

傍から見れば完全に変質者である。

 

”神様、仏様、帝釈天様!いえ、いっそ今なら白夜叉様にすら願い奉ります!どうか空気読んだタイミングで審議決議が受理されてください!”

 

そう、これこそが黒ウサギの最大の懸念材料。

なんかいい感じにバトルパートに突入しそうな二人に、

 

「審議決議が受理されました~、戦闘中断してください。」

 

などと今更言えるほど黒ウサギの心臓は丈夫に出来てはいない。

完全に空気が読めない奴だと勘違いされて、二人から冷やかな目線を送られる事間違いなしだ。

 

”そんな事になったら、黒ウサギはホントに羞恥死してしまうのですよ!”

 

黒ウサギは最悪の未来図を頭の中で思い浮かべ身震いする。

戦いにおける矜持という物をよく理解している彼女だからこそ、そんな無粋な真似は望むところでは無かったのだ。

 

そんな黒ウサギの心の内を知ってか知らずか、祖国はなおも口を開く。

 

「お前の目的は何だ、アルゴール?」

 

「目的?そうだなー、最初はそこの逆廻十六夜と戦うため事だったけど、今はお前と戦う事かなー。」

 

「そうじゃない。」

 

「へ?」

 

「そうじゃねえよ、アルゴール。なぜ三千世界の神々に喧嘩をうった?」

 

祖国は今回のペルセウスのゲームに参加するにあたって白夜叉から魔王アルゴールの概要をある程度伝え聞いていた。

つまりアルゴールの伝承や能力、霊格など様々な内容を事前に知っていたのだ。

そしてその中の一部に、どうしても解せない内容が含まれていた。

 

”魔王アルゴールは旧約聖書に原初の悪魔として取り込まれた時に覚醒し、三千世界の神々に宣戦布告した。”

 

文章の前半は全く持って問題ない。

問題は後半である。

なぜアルゴールは三千世界の修羅神仏に無謀な喧嘩を挑んだのか?

いくらアルゴールが星霊として絶大な力を有していたとしても、コスモロジーを形成する程の神群相手に勝てるなど到底考えられない。

現にアルゴールは激闘の末に封印され、ギリシャ神群の預かる所となった。

そんな勝ち目のない戦いを冒してまで彼女の手に入れたかった物は何か?

それが祖国にはどうしても理解できなかったのだ。

 

「俺も多少はお前について勉強したからな、お前の伝承は大抵知ってる。なぜ勝ち目のない戦いに身を投じたんだ?」

 

祖国の質問にアルゴールは黙ったままだ。

だが心なしか彼女の様子が会話前よりも剣呑な物になりつつある。

そう、それはまるで憎い敵を目の当たりにしたかの様な、信じていた者に裏切られた様な、そんな負の感情が作り出す雰囲気。

ただでさえ禍々しかった彼女の殺気は、感情の変動によってさらに鋭さを増してきている。

祖国は強まる殺気に危機感を覚えながらも、アルゴールの返答を待ち続けた。

 

そして数秒間の沈黙の後に、ようやくアルゴールが静寂を破った。

 

「お前、多少はアルちゃんの事を知ってるっぽいね。だけどわざわざそんな事を教えてやる義理はないし!」

 

「ま、そうだけどな。だけど一つだけ忠告しといてやるよ。」

 

「なに?」

 

「復讐なら止めとけよ。虚しくなるだけだ…。」

 

「!!」

 

祖国の言葉に驚愕をあらわにするアルゴール。

自らの心の内を読んでいるかの様な発言に、アルゴールの脳内はアラームを一層強くする。

 

”あいつ…、他人の心を読むギフトでも持ってんの!?”

 

もちろん祖国にそんなギフトは無い。

ただ慣れていただけだ。

そう、”慣れて”いただけなのだ。

 

祖国が元いた世界。

そこは技術が飛躍的に進み、人類が地球の支配者として君臨していた世界。

だが同時に戦争が絶えない世界でもあった。

理由は単純明快、無計画に乱用された残り少ない希少資源の奪い合い。

もちろん祖国がいた日本国も例外ではない。

既に断絶した国交も多く、国境など無いかの様な狼藉が至る所で発生していた。

そしてそんな状況で、祖国の強大な力が武器として注目されないはずもない。

身寄りのない祖国は軍部に身元を引き取られ、兵士として15歳までを過ごした。

当然戦場にも幾度も赴いた。

多くの惨状を目の当たりにしてきた。

仲間が知らない異国の敵を殺しているのを見た。

そして彼自身も直接的に、あるいは間接的に多くの人間を殺めて来た。

けっして幸せな少年期だったとは言えないだろう。

 

だがそんな祖国だからこそ、悪意に、敵意に、殺気に、殺意に、憎悪に、ありとあらゆる負の感情に敏感に反応出来た。

そうしなければ真っ先に戦場で殺されていたから。

慣れなければ、そうしなければ、すぐに死が迎えに来る。

そんな極限状態に彼の日常はあったのだ。

 

しかし最近では、祖国はその事に感謝している部分もある。

人の感情に敏感になれたという事は、相手の心理を推し量り、状況を有利に進める材料にもなるからだ。

今が非常に良い例だろう。

祖国の洞察力がアルゴールの感情の変化を感じ取り、その負の感情の要素を推察していく。

怒り、憎しみ、悲しみ、驚き…。

アルゴールを観察して読み取れた主な兆候は上の4つ。

そして祖国の経験上、これが意味する事は…

 

”…近しい者による裏切り。”

 

そしてそれに対するアルゴールの予測される行動こそが”復讐”。

 

”何者かに裏切られたアルゴールは、その復讐の為に必敗の戦いに身を投じた。”

 

これが祖国の頭の中に導き出された解答であった。

そしてこの解答も、アルゴールの動揺っぷりから察するにはずれではないようだ。

祖国はしてやったりという表情を浮かべると、警戒の色をあらわにするアルゴールに問いかける。

 

「どうやら当たりみたいだな。」

 

「だから何?あんたには関係ないし!」

 

祖国の表情にイラッときたアルゴールは少しムキになって言い返す。

その返答が祖国の推察を正解だと暗に告げているとも気づかずに。

だが祖国はアルゴールの返答にゆっくりと首を横に振り、否定の意を示す。

 

「そういう訳にはいかないんだよ。戦う理由が出来ちまったからな…。」

 

そう、祖国は止めなければならない。

アルゴールの復讐という行為を止めなければならない。

その行為の愚かさを、虚しさを、そしてその結末として何が残るのかを、身を持って知っているが故に。

 

”誰かが受け止めるしかねえんだよ。どんなに理不尽でもな…。”

 

憎悪の連鎖は誰かが絶ち切らねばならない。

激情に任せて復讐を成せば、それはまた別の復讐を生む。

終わらぬ円環に終止符を打つには、誰かがその恨みを”許す”必要がある。

それがどんなに辛い決断であろうとも。

 

「だから…、俺がお前を止めてやるよ!」

 

そして祖国は臨戦態勢に入る。

その構えには微塵の隙も無く、そこに映るは虎視眈々と敵を屠らんとする姿のみ。

祖国が臨戦態勢に入ったことで、アルゴールも雰囲気を豹変させる。

今までの軽い様子はどこへやら、その瞳には最早祖国との戦闘の事しか頭にないような愉悦の色が映る。

スイッチが切り替わったように鋭い威圧感を放つ彼女の姿は、まさしく魔王のそれに相応しいだろう。

翼を広げ、臨戦態勢に入り終えたアルゴールは凛とした面持ちで最後の口上を述べる。

 

「来るがいい英傑よ!最早言葉に意味は無し!己が信念を貫きたくば、互いを討つより他は無い!」

 

もとより話し合いで解決できると考えていなかった祖国もアルゴールの提案に頷くと、

 

「そんじゃ、いくぜ!」

 

という掛け声と共にアルゴールに接近し…

 

 

 

 

 

 

 

 

「本ッ当に申し訳ありません!!!審議決議が受理されましたので、どうかっ、どうか戦いを一時中断してください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その足は強制的に止められる。

本当に空気を読めないタイミングで割って入ってきた黒ウサギにげんなりとした表情を向ける祖国とアルゴール。

二人は互いに顔を見合わせコクリと頷くと、

 

「「黒ウサギ、マジKY…。」」

 

といきピッタリな感想と共に、これまたいきピッタリな程の冷やかな目線を黒ウサギに向けるのだった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!
結局、話が進まないですね。
もうペースは気にせずゆっくりと更新しようかなw

今後は多分今までくらいの更新速度にもどれるかな~と思います。
本当に今回は更新遅れてすいませんでした!!!


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提案

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが190件を突破いたしました!
ありがとうございます!
目指せ200件!

さて私事ですが、もうすぐ30話に迫ろうというのにまだ第一巻分すら終わっていない本作に本格的に危機感を募らせつつありますw
まじで話進まないです(泣
こんなはずじゃないんですよ~。
もっとサクッと終わるはずだったのに…。

まあ精々グダグダにならない様に頑張りたいです。
これからも進行速度は亀通り越して、ナマケモノ級ですがよろしくお願いします。
別に筆者が怠けてるわけじゃないですよw

それでは今話もお付き合い下さい。


さて時系列は現在、ペルセウスの談話室に戻る。

黒ウサギのジャッジマスターのよりアルゴールのギフトゲームは一時中断。

一向はペルセウスの幹部兵士によりあてがわれた談話室で審議決議を行うためにテーブルに向かい合って座っていた。

そこではゲーム再開のタイミング等が事細かに話し合われるはずであった。

そう、そのはずだったのだが…、

 

「おいアルゴール!そのマカロンは俺が大切にとっておいたラスワンだぞ!」

 

「アルちゃん魔王だから~、欲しい物は力ずくで手に入れるの!パクッ。」

 

「てめぇ、やりやがったな!それなら俺ももう容赦しねえ!」

 

「あっ、それアルちゃんのショートブレッド!いつの間に!?」

 

「ハッハッハ、常世全ての茶菓子を統べるこの俺に勝てるとでも思ったか?」

 

「意味わかんない!アルちゃん激おこだし!」

 

「ハッ、よかろう。ならば戦争だ!」

 

そこには一心不乱に茶菓子を奪い合う人智を超えし馬鹿共の姿があった。

というか、片方は本作の主人公だった…。

 

第六宇宙速度でテーブルからお菓子を奪取するアルゴール。

十六夜すら置き去りにするその速さで、彼女はテーブルの茶菓子を次々と手中に収めていく。

ことスピードという点においては、祖国とアルゴールには天と地ほどの力量差が存在している。

だが祖国も負けてはいない。

常世全ての茶菓子を統べる者として敗北は許されないという重圧が、祖国の集中力を極限まで研ぎ澄ます。

 

”速度で勝てないなら、速度で勝負しなければいい。”

 

そう結論付けた祖国は、どこぞの某スポーツマンガのゾーン状態にさえ匹敵する集中力で、アルゴールが奪い取った菓子箱の中から茶菓子だけを”カット”していく。

本来祖国のギフトは正確な座標設定が必要なため、知覚(今の場合は視認)しえない物は100%正確にカット出来ない。

だが研ぎ澄まされた集中力と茶菓子マスターとしての誇り、そして何より茶菓子への愛が祖国に未知なるパワーを与えていた。

 

「「うおぉぉぉぉ!負けるかぁぁぁぁ!!!」」

 

二人の雄叫びと共に戦いは加速していく。

相手が既に手に入れた茶菓子を敵陣から空間転移で略奪するという反則的な技を使う祖国。

そしてその速度を凌駕し、なおも茶菓子を奪い続けるアルゴール。

両者の戦いは不可視の火花を散らし、この上なくギフトを無駄使いした争いは遂にその時を迎えた。

そうー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてください、このおバカ様!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒ウサギのお説教タイムであった。

 

 

 

そしてようやく地獄の時間が終了した。

黒ウサギの拷問まがいの所行に内心涙目の祖国とアルゴール。

互いに叱られたことで妙な仲間意識が生まれたのか、テーブルの上に用意された茶菓子を仲睦まじく(?)分けあっている。

傍から見ればこれから殺しあう関係になど到底見えない光景だ。

こいつら実は仲がいいんじゃないかと黒ウサギが本気で考えていたのも当然の成り行きといえよう。

 

だがいつまでもグダグダと時間を費やす訳にはいかない。

先延ばしが問題の解決にならない事ぐらい、その場にいる者ならば全員が理解している事であった。

そして黒ウサギは本題に入る前から疲れ切った表情でアルゴールに尋ねる。

 

「まず”主催者”に問います。此度のゲームにおいて、貴方がゲームマスターの星霊アルゴールでよろしいですか?」

 

「だからそうだって何回も言ってるじゃん!いい加減覚えてよ!」

 

黒ウサギの今更感たっぷりな質問にアルゴールはイラつき気味に答える。

十六夜との戦いで一度、祖国への口上で一度、そしてその両方を見ている黒ウサギは二度アルゴールの自己紹介を聞いている事になる。

これだけ聞いておいて尚も確認する黒ウサギを、アルゴールが面倒くさい奴だと感じたのも尤もな反応だ。

だが、アルゴールが苛立っている理由はそれだけでは無い。

 

「だいたい、なんでわざわざゲーム中断されなきゃならないわけ!?アルちゃん別にゲームルールでズルなんてしてないし!?」

 

そう、これもアルゴールを不機嫌にさせている大きな要因。

アルゴールにしてみれば、この審議決議は言いがかりに等しい。

訳の分からない理由でゲームを一時中断され、祖国との戦いはおあずけになり、挙句の果てに何度も既知の事を確認される始末だ。

これで不機嫌になるなという方が無理な話である。

 

「大方審議決議をやっている間にギアスロールに書かれた第二条件の謎を解いちゃおうっていう考えだろうけど、そうはいかないし!」

 

黒ウサギの策謀を完全に読み切っているアルゴールは、彼女の思惑通りにはさせまいと止めをさしにかかる。

そう、方法は至極簡単。

黒ウサギに箱庭中枢へと現状を報告してもらい、アルゴールのゲームに不備・不正が無い事を証明してもらえばよいのだ。

それだけでこの審議決議は終了し、祖国との心躍る戦いが再開できる。

そしてアルゴールがそれを実行に移そうと口を開いた瞬間、

 

「まあそう焦んなよ、アルゴール。俺からも少し提案があるしな。」

 

それを遮るかの様な祖国のまったりとした声が談話室に響く。

あてがわれたソファに深々と腰を掛け、足を組んだ状態で紅茶をすする彼の姿はまさしく場違い。

完全にこのままgo to bedしていまいそうな雰囲気だ。

あまりのゆるさにアルゴールの苛立ちもどこかへ吹き飛んでしまっている。

そんな状況の中、祖国はなおも続ける。

 

「お前だって十六夜との戦いで無傷って訳じゃないんだろ?俺としては万全の状態のお前と戦いたいんだが。」

 

確かにアルゴールは十六夜との戦いで多少の手傷を負っている。

決して万全の状態とは言えないだろう。

だがアルゴールは祖国の発言が決してアルゴールの事を思ってのものでは無い事を瞬時に見破っていた。

 

「ふーん、どうしても第二条件を解く時間が欲しいみたいだね?でもお生憎様!この程度の傷、アルちゃん何ともないし!」

 

そう、目の前の男はあからさまに時間稼ぎが狙いだ。

ならば相手の目論見通りに動いてやる必要はないし、なによりアルゴールが望んでいるのは祖国とのタイマン勝負である。

第二条件がクリアされてしまえば元も子もない。

そうならないためにも、相手に謎を解くだけの時間を与えてはいけない。

ゆえにアルゴールは相手に時間を与えず、今すぐ勝負を持ちかける必要があったのだ。

 

そんなアルゴールの思惑を知ってか知らずか、祖国はアルゴールに告げる。

 

「まあお前がそれなら別にいいけどよ。じゃ、次の提案だ。」

 

そして祖国はわずかに口元をつり上げる。

その仕草を何度も見て来た黒ウサギとジンは経験的に知っていた。

祖国のその表情は相手を罠にはめる時のそれだと。

自らのとっておきを出す時の様相であると。

そして次の瞬間、祖国はとんでもない爆弾を投下する。

 

 

 

 

 

 

「ゲーム参加するプレーヤーを俺一人に変更してくれないか?」

 

 

 

 

 

 

「…はぁ?」

 

あまりにも突拍子の無い発言に、魔王であるはずのアルゴールも気の抜けた返事しか返せていない。

それほどまでに祖国の提案は無謀極まりない物であったのだ。

なぜならその提案は、

 

「ちょっと待って下さい、祖国様!それはつまり一人で星霊アルゴールと対峙するという意味ですか!?」

 

黒ウサギの言う通り単独でアルゴールと相対す事を示しているからだ。

だが、当の本人は自らの提案を全く持って正当な物だと言わんばかりの顔をしている。

そしてその余裕を保ったまま、黒ウサギの確認に答えを返す。

 

「当たり前だろーが。それ以外にどう解釈すんだよ?」

 

「無茶です!いくら祖国様が強大な恩恵を宿していても相手はあの星霊アルゴール!しかも、今の彼女は最盛期を遥かに凌ぐ実力を有しています!単独での勝ち目なんて皆無です!」

 

黒ウサギは祖国に提案を取り消すように必死に訴える。

彼女の言い分は誰の目から見ても当然のものだ。

魔王に、しかも星霊を司る相手に単独で挑むなど死にに行くようなものである。

箱庭における魔王の恐ろしさをよく理解している黒ウサギだからこそ、それがいかに無謀な考えであるか痛い程に理解していたのだ。

 

だが祖国はまるで分っていないという風に首を横に振ると、鋭い眼光で黒ウサギに問う。

 

「じゃあ逆に聞くが、今の参加者の中で俺以外に戦力になりそうな奴がいるのか?星霊アルゴールと俺の戦いについてこれる奴が、この中に一人でもいるのかよ?」

 

祖国の問に、ようやく黒ウサギは自らの失念に気づく。

原初の悪魔とさえ呼ばれた星霊アルゴールと、白き夜の魔王たる白夜叉を打倒した大宮祖国。

両者の戦いに参加するだけの資格をもつ者が果たしているのか?

ノーネームの実質No2である十六夜ですら勝てなかった相手だ。

生半可な者では彼らの前に立つ事は許されないだろう。

一番望みがあるのは黒ウサギだが、彼女は審判権限の制約によりゲームに参加する事が出来ない。

かといって今の耀や飛鳥では荷が重すぎるであろうし、彼女たちに敗れたペルセウス兵などもっての外である。

結論として、現状祖国に少しでも助力しうる味方は存在しない。

 

その答えに行き着いた黒ウサギは悔しそうに歯噛みする。

 

”黒ウサギはついこの間フォレス・ガロとの審判をしてしまいました。そして審判を務めた日から15日間、ジャッジマスターを持つ者はゲームに参加できません…。”

 

どうあがいても主戦力たりえるのが祖国しかいない現状が、黒ウサギには悔しくてたまらなかったのだ。

 

祖国に認められるように、祖国の期待を裏切らないように、出来る事は全てやろうと心に決めた。

だが一番肝心な時に、”自らに出来る事が何もない”のだ。

頼り、頼られる、そんな関係になろうと決めたのに、結局大事な場面では自分は頼るだけになってしまう。

そんな自分が不甲斐なくて、心の底から情けなくて、だけどどうしようも無くて…。

 

負の感情ばかりが頭の中をどうどうめぐりし、沈鬱な顔になる黒ウサギ。

どよーんという形容詞が似合いそうな程あからさまに凹んでいる黒ウサギを見て、祖国は大きくため息をつく。

 

”黒ウサギのメンタルは豆腐か!?”

 

とこの時、内心毒づいて祖国は決して悪くは無いはずだ。

だが、ただでさえ凹んでいる黒ウサギをさらに追撃する程祖国も鬼では無い。

そもそも彼女がここまでブラックになった原因が自分の発言という時点で、祖国は多少ではあるが罪悪感を感じていた。

 

”なんでこうノーネームの奴らにフォローばっかしなきゃならんのだ!?俺か!?俺がませてるからか!?”

 

半ばやけくそ気味になりながらも、だがしっかりと黒ウサギのために口を開く祖国。

まあそれこそが祖国の優しさであり、長所なのだが…。

 

「なんで凹んでんだよ、黒ウサギ?もし自分には何も出来ないとか思ってるなら、今のうちにそれは否定しといてやるぜ。」

 

「!?」

 

自らの心境をドンピシャで言い当てた祖国の言葉に注意を向ける黒ウサギ。

彼女が見つめるその先、祖国の瞳には同情も憐憫もない、ただ純然たる事実を告げてる時の真摯な眼差しがあるだけだった。

そして祖国はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「そもそも、アルゴールと俺の戦いに中途半端な奴はいらねえ。そんな奴、いても邪魔なだけだからな。」

 

「はい。」

 

「それにそんな奴が仮にいたらいたで、そいつを守る事に気が行ってとても集中なんて出来ねえし。」

 

「…はい。」

 

未だに祖国の言葉の要領を得ない黒ウサギは小首をかしげるばかりだ。

そんな様子をみた祖国は、なんとなくだが少々いらだたし気に見える。

 

”まあ、この駄ウサギに察せと言う方が無理な話か…。”

 

あくまで口できちんと伝えないと理解しそうにない黒ウサギの鈍感さに少々疲れを感じながらも、祖国は自らの考えをありのままに口にする。

 

「つまり、”何もしないという選択”も時には必要って事だよ。お前は何も出来ないし、それでいい。俺にとってはそれがベストなんだ。」

 

そして祖国は多少ぎこちなさが残りつつも、だが彼の人生史上5指に入る程屈託のない笑みでこう告げた。

 

「なあ黒ウサギ。俺が全力で戦えるように協力してくれないか?」

 

と。

 

ある人には祖国の言い分は詭弁に思えるかもしれない。

 

ー結局は何もしていないではないかと。

 

その通りだ。

祖国の言葉で決して黒ウサギの選択が変わるわけでは無い。

依然として”何も出来ない”という選択しか彼女には残されていない。

 

だがその選択肢に”意味”を与えてやる事は出来る。

逃げと無力感から生まれる選択肢ではなく、それが祖国にとってベストな結果をもたらす選択肢へと変えてやる事は出来る。

彼女の選択に、彼女の決断に、祖国は意味を与えたのだ。

 

行動は変わらない。

だが意味は変わる。

 

そんな当たり前の、だが見落としがちな事。

祖国が黒ウサギに伝えたかったのは、つまりはそういう事であった。

 

そしてようやく祖国の意図に気が付いた黒ウサギは、しっかりとした面持ちで頷く。

悔しさが消えた訳ではない。

祖国に無茶をさせる事に心から納得したわけでもない。

相も変わらず胸の中にある黒い感情は残ったままだ。

だがそれでもいい。

今がダメなら次に、それでもダメならさらに次に、何度だって足掻いてみせる。

いつか祖国に背中を預け、預けられ戦う、そんな関係になるために。

だから今は言わねばならない。

どんなに嫌でも、辛くても、そうしなければならない。

そして黒ウサギは深々と頭を下げると、

 

「申し訳ありません祖国さん。いつも肝心な時に頼ってばかりですが、しかし現状を打破できるのは祖国さん、貴方をおいて他にはおりません。どうか無理を承知でお願いします。…我々を助けて下さい。」

 

心からの謝意を述べた。

そして祖国はそんな黒ウサギの言葉に、チクリと胸に痛みを感じながらも、普段通りの笑みでこう答えるのだ。

 

「ああ、任せろ。」

 

と。

彼を黒ウサギたち以上によく知る者ならば、もしかしたら見抜けたかもしれない。

だがそんな人物はここには居ない。

だれも気づかない祖国の思惑。

自分一人を生贄に残り全てを救うという狂った偽善。

それを見抜ける者がいるなら、それはー

 

”あいつだけだろうな…。”

 

そして祖国はアルゴールに提案に対する了承を得ようと彼女に問いかける。

当然の事ながらゲームルールの変更は両者の合意の元で行われる。

参加者側が一方的に納得したからといってルール改変が出来るわけでは無い。

 

「って事だがアルゴール。別に構わねえよな?むしろお前にはメリットしかないんさから。」

 

「うん、こっちも雑魚の処理はどうしようか考えてた所だし。参加者がお前だけならサクッと終わりそうかも。」

 

祖国の言葉に即座に承諾するアルゴール。

彼の言う通り今回の提案にはアルゴールにとってメリットしか存在しない。

一つは祖国以外の有象無象を相手にしなくてもいいという事。

もちろん3時間後には強制的にゲーム終了なのだが、それまで雑魚をプチプチつぶしていく程アルゴールも暇ではない。

さっさとゲームを終わらして復讐劇の続きに身を投じるほうが、彼女にとっては有益であると判断したのだ。

次に、全力の祖国と戦う事ができるという事だ。

彼女が望むのは心躍る死闘であり、他者を気遣って全力を出せない状態の祖国を倒しても何ら面白くはない。

全身全霊、命を賭した勝負が出来るというメリット。

これもアルゴールが提案を飲んだ大きな要因であった。

 

そしてアルゴールはようやく全てが終わったとばかりに大きな伸びをすると、黒ウサギに問いかける。

 

「ねえ、もうこれでいいでしょ?これ以上特に話し合うことも無いし、そろそろそいつと戦いたいんだけど!」

 

今か今かと身体中から溢れ出す闘気が、アルゴールの祖国への期待の大きさを示している。

まぎれもない強敵に、あの逆廻十六夜をして目標と言わしめる存在に、アルゴールの闘争本能は今にも爆発しそうな勢いだ。

 

だが祖国は動かない。

いまだソファに腰かけ、本日何杯目になるか分からない紅茶を無駄に優雅な仕草で飲み続けている。

まるで今から死闘を繰り広げる男とは思えない落ち着きっぷりに、仲間の黒ウサギやジンですら怪訝な表情を示していた。

アルゴールなどは言うまでも無いだろう。

余りにも戦う気が感じられない祖国にアルゴールは堪らずいらだたし気に問いかける。

 

「ねえ聞いてるの?もうお前の提案は吞んだんだから、さっさとアルちゃんと戦おうよ!」

 

アルゴールの尤もな発言に祖国はようやくティーカップを置くと、この上なく真剣な瞳で彼女に返答する。

 

「ああ、確かに俺の”提案”についてはもう終わりだ。これ以上話す事もねえ。」

 

そう厳かに言い放つ祖国の瞳は、黒ウサギや他のノーネームの面々ですら見た事が無い程の真剣味を帯びている。

祖国が命を賭けると心に決めた時にのみ見せるそれは、どこまでも深い、暗い、呑み込まれてしまいそうな”黒”その物であった。

始めて見せる祖国の姿に動揺を覚えながらも、アルゴールはなおも祖国に問う。

 

「じゃあそんな所でくつろいでないで…」

 

「ーだが、俺の”話”が終わったわけじゃねえ。」

 

アルゴールの発言を祖国の言葉が遮る。

提案は終わったが話は終わっていない。

一見言葉遊びにも思える祖国の言葉。

それが意味するところは、

 

「なあ、アルゴール。俺と”交渉”しようぜ?」

 

詰まる所そういう事であった。

 

そして祖国は瞳を閉じる。

 

ー俺の戦いは、ここからだ…。

 

そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!
マジで話すすまね~w
交渉も今話内にツッコム予定だったんですが、まさかこんな事になるとは…。

祖国君の自己犠牲ですが、内容分かった方も心の中にとどめておいてください。
まあ、読んでたらふつうに分かるかもしれませんが。

頑張って、第一巻分は30話以内に収めたい!と思いますw
あくまで思うだけですが。

感想、質問、意見、批判待ってます。
それでは今回はこれにて!


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交渉

こんにちは、というより久しぶりです。
しましまテキストと申す者です。

このたびは毎度の事ながら、投稿がアホの様に遅れてしまいました。
一応事情はあるのですが、この場を借りてまずは謝罪をさせて頂きます。
(今回の投稿遅延理由はあとがきに書かせていただいております。)

さて、今回も地味な話ですが、お付き合い頂ければ光栄です。
出来る限り更新ペースも上げていきたいです。

それでは今話もよろしくお願いします。



 

”ーああ、本当によかった…。”

 

顔にこそ出していないが、祖国は心の中でほっと溜息をつく。

彼の心に溢れるその感情はこれから戦う常識外れの化物への恐怖でも、圧倒的暴力になげく弱者の嘆きでもない。

ただ純粋なる安堵。

仲間を守る事が出来たという達成感。

そして自らを犠牲にして勝ち得た虚しい満足感であった。

 

”これで黒ウサギたち”は”助ける事が出来た…。”

 

そう、祖国が先ほどアルゴールに持ちかけた提案。

参加者を祖国だけにするという内容に隠された彼の真意に、その場の誰一人として気づく事は無かった。

そして、それは祖国にとって幸運だったと言えよう。

なぜならそれは、祖国が”敗北を前提として”打ち出した考えであったが故に。

 

”後でバレたらハリセンじゃすまないかもな…。”

 

祖国は黒ウサギの手痛いお仕置きを想像しながら心の中でクツクツと笑う。

だが同時に、”生きて帰れたら”という前提がそこには付きまとう事を当然ながら理解していた。

 

祖国の真意。

それはギアスロールに書かれたもっとも危険な条項から仲間を遠ざける事。

そして祖国が尤も危険視した物…、

 

”3時間以内にクリア出来なければ参加者は強制殺害という一文。これがどの内容よりもぶっ飛んでやがる…。”

 

それがこの一文であった。

ギアスロールに示された第一条件が達成困難である以上、必然的に現実的なクリア方法は第二条件の謎を解く事になる。

三人寄れば文殊の知恵ということわざがあるように、参加者が多ければ多い程武力を用いない第二条件はクリアの確率が上昇する。

それを阻止するのがこの注意事項の役割であると祖国は考えていた。

 

”本来、正解確率ってのは人数と時間に比例する傾向がある。ゲーム開始時に不特定多数を参加者として巻き込むこのゲームにおいて、時間制限をつけるのは当然の流れだ。だが…、”

 

そこでいったん祖国は思考を中断する。

その表情には忌々しいとか、苦々しいといった言葉がピッタリ似合いそうな表情が貼り着いている。

まあ実際そう思っているのだから仕方がないだろう。

テーブルから手ごろな茶菓子を手に取って糖分を補給し終えると、再び祖国は思考の海へと沈みこむ。

 

”だが、最後の一文がこのゲームの難易度をありえないぐらい押し上げてやがる。まあ、アルゴール側の勝利条件が参加者の殺害、屈服である以上、全員殺害という結論に帰着するのも分からなくはないが…。それにしてもあんまりだろ…。”

 

当然の事ながら参加者側だけでなくホストマスターもゲームに勝利する前提で対応しなければいけない。

アルゴールのゲームにおいては、人数が多くかつ時間無制限ではプレーヤー側に大きなアドバンテージを与えてしまう事になる。

故にゲームルールに時間制限を設けるのも当たり前の対策といえよう。

 

だが同時に、考慮しなければいけないある問題も発生する。

そう、タイムアップ時に両者とも勝利条件を満たしていない場合、どちらが勝者となるのかという問題である。

個人間で行われるゲームとは異なり、魔王の開催するゲームにおいて基本的に”引き分け”は存在しない。

両者が条件を満たさない状態でタイムリミットを迎えた場合、どのような裁定が下るのか?

これがこのゲームの最大にして最悪のポイントであった。

 

魔王のゲームとは人類に対しての試練である。

下層から上層の魔王、はたまた人類最終試練まで、形や方法、影響の大小は違えどそれは人類への信頼の証であり、霊長としての進化を促す物だ。

そしてそれらは総じてクリアに厳しい条件を課す。

人類の進化を促す試練がそう安々とクリアされてはならない。

この不文律が魔王の試練を天災とまで言わしめる理由である。

 

ならば今回はどうか?

もちろん今回のゲームもこの考えの基づいて作成されている。

タイムアップした時点でどちらの勝ちかを決めなければいけない時、もし時間切れを参加者の勝利と見なすならば、これは最早ヌルゲーでしかない。

最悪ハデスの兜をかぶってじっとしてさえいれば勝利する可能性もありうるからだ。

あるいは数に物を言わせて物量で押せば、三時間以内にアルゴールが全員を殺しきれ無い可能性もある。

 

だがそんなものを試練と呼んでいいのか?

断じて否である。

魔王たる者の試練が烏合の衆に敗するなどあってはならない事だ。

それは自らの権威を引き下げ、ひいては存在の神性を否定する蛮行である。

自らの内的宇宙を解放する主催者権限とは魔王にとってそれ程重要な物であるのだ。

 

ゆえに彼らのゲームが鬼畜仕様なのも当然の事。

今回ではタイムアップはホストマスターの勝利となり、ホストマスターの勝利条件を満たすために参加者を皆殺しにするというとんでもない結果となっている。

もちろん祖国はそこまで込み入った事情を知っていた訳ではないが、自分にとって大切な事はいち早く理解していた。

 

つまり仲間を一人でも多く守るためには、自分以外を参加者から外す必要があるという事を。

 

ゆえにこそ祖国はアルゴールに対して先ほどの提案をしたのだ。

あくまでも自分が全力で戦うための提案として。

自らが死ぬかもしれないという可能性を感じさせないための前向きな提案として。

 

”ま、それが同時に最善でもあるからこそ、だれも俺を疑わなかったんだろうけどな…。”

 

そして皮肉にもそれこそが祖国の最も生き残る確率が高い選択肢でもあったのだ。

黒ウサギたちが祖国の真意を見抜けなかったのは、祖国が嘘を言っていないからだろう。

嘘も言っていないが、真実も言っていない。

少なくとも祖国がそう思っているからこそ、祖国が嘘だと思っていない以上、黒ウサギがそれを嘘だと断じる事など出来るはずもなかった。

 

だが祖国の決断は同時に自らを捨て駒として切り捨てる事を意味する。

自分以外全員の安全を確保するために、祖国はアルゴールとのムリゲー臭ただよう戦いに臨まなければならないのだ。

 

常人ならばこれから死地に赴く重圧に眉ひとつ動かさないなど不可能であろう。

心の中に湧き上がる不安は常に身体を支配し、表情や雰囲気など何かしらの支障として現れる。

ゆえに100%気持ちを、ましてや自らの生死にかかわることなど、本来は隠し通す事は不可能なはずなのだ。

しかし祖国にはそれが出来た。

いや出来てしまった。

 

もし彼が他人に自分という人間を打ち明ける事ができたり、自身の気持ちを隠す才能がなければ、あるいは彼という存在はもっと人間らしさを持っていたかもしれない。

自らの弱さを他人に伝え、それでも他人と繋がる事を望んだなら、彼は人と人との有機的な関係を知る事ができただろう。

 

だが、彼はそれをしなかった。

いや、彼の才能が、彼を取り囲む環境が、彼の生きる世界が、それを許さなかった。

彼の中で人と人とのつながりは足し算でしかない。

どこまでいっても1+1は2でしかない無機的な関係でしかないのだ。

だから彼は今回も自らの思考にしたがって、一人で戦う事を選んだ。

人々のつながりの可能性を、1+1が100になる可能性を知らないからこそ、彼にはその選択肢しか残されていなかった。

たとえそれが彼自身の命を失う物であっても…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーそして大宮祖国は”信頼”を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、アルゴール。俺と”交渉”しようぜ?」

 

祖国の不敵な声が談話室に響く。

提案の話も煮詰まりこれ以上話す事は無いと思っていたアルゴールはウンザリとした表情を、祖国の意図が読めない黒ウサギたちは怪訝そうな表情をしている。

だが、そんな事を気にしていてはそれこそ話が進まないという物だ。

祖国は一向に構わないといった表情のまま淡々と告げる。

 

「別に難しい話じゃねーよ。ちょっとした取引をしようってだけだ。お前にとっても悪い話じゃねえよ。」

 

「まあ、話くらいなら聞いてやるし。」

 

渋々といった表情のままではあるが、一応アルゴールも祖国の話を聞く気はあるようだ。

にべもなく断られた場合を想定していた祖国は、思いのほか手ごたえを感じながら口を開く。

 

「端的に言おう、アルゴール。ゲーム再開までに少し時間が欲しい。」

 

「却下。」

 

あからさまに嫌そうな顔をして、祖国の申し出を一蹴するアルゴール。

彼女にとっては祖国との戦いが第一。

それを引き延ばそうなどという無粋な申し出を受け入れるほど彼女の気は長くは無かったのだ。

だが断られたにもかかわらず、祖国の表情に失望の色は無い。

それどころかまるで意に介していないかの様にアルゴールになおも語り掛ける。

 

「まあ、話ぐらい聞けって。もちろんタダでとは言わない。こちらもそれ相応の対価を支払おうじゃないか。」

 

「対価?」

 

祖国の予想外の言葉にアルゴールはわずかながら興味を示す。

目の前の人間が自分の望む物を持っているのか?

そもそも自らの望みを知っているのか?

そんなとりとめのない事を考えながらもアルゴールは目線で祖国に話を続けるように促すと、それに気づいた祖国も再び口を開く。

 

「ついでに最終確認だ。やっぱり復讐を止めるつもりはないか?」

 

「当たり前だし。アルちゃんはあいつらを絶対に許さない!」

 

アルゴールの鬼気迫る物言いに、祖国もやはりかという表情を浮かべる。

彼女の怒りを最も近くで感じていた祖国は、もとよりアルゴールが復讐を止めるなどとは考えていなかった。

彼が知りたかったのは、彼が対価として支払う物の有益性。

彼の対価がどれくらいの可能性でアルゴールに受け入れられるかという一点のみであった。

そして今の会話で脈ありと判断した祖国は、アルゴールの興味を引くような言い回しで問いかける。

 

「でもよぉ、このバカでかい箱庭からどうやって復讐相手を見つけるつもりだ?なんたって、お前が殺したがってんのは”たった二人”なんだからよ?」

 

「!?」

 

「ちょっと待って下さい!そんなはずありません!」

 

祖国の予想外の言葉にアルゴールは驚愕の色をうかべ、今まで空気だったジンは納得がいかないと抗議の声をあげる。

どうしてその結論に行き着いたのか、と。

自分の予想が間違っていると信じられないのか、あるいは解答に自信があるのか、ジンは自らの主張を祖国に述べる。

 

「そもそも箱庭の史実に基づいて考えれば、アルゴールが憎んでいるのは三千世界の神々かギリシャ神話群のはずです!」

 

箱庭史を詳しく知ってい者であれば、この結論に行き着くのは当然の事だろう。

幾星霜の戦いの末に彼女を封印した三千世界の神々。

あるいはたわいない口論から全面戦争となり、最終的にペルセウスと組んでアルゴールを暗殺したギリシャ神話のアテナ。

このどちらかをアルゴールの復讐対象と考えるのが筋というものだろう。

 

だが祖国の予想はそれを真向から対立するものだ。

セオリー通りに導き出された模範解答を、だが違うと完全に否定してみせたのだ。

そして祖国はジンの抗議を聞き終えると、ゆっくりと首を横に振った。

 

「それは違うぜ、ジン。何もかも史実から理解しようなんて考えは今のうちに捨てとけよ。」

 

そう、ジンは文章や文献に頼り過ぎている。

もちろん祖国はそれを悪い事だとは考えていないし、持っている知識量は多いに越したことは無いとも思っている。

だがそれだけに頼り過ぎるという事がいささか以上に危険である事を、祖国は経験上知っていたのだ。

 

ではどうしてジンの予想を祖国は否定し得たのか?

そもそも思い出してほしい。

祖国がアルゴールの様子から読み取った彼女の憎しみの原因は、身近な者の裏切りであったはすだ。

だが、ジンの解答の中にその様な者は一切存在しない。

三千世界の神々やギリシャ神話群はアルゴールの戦う相手でこそあれ、彼女の身近な存在という訳ではないのだ。

よってジンの予想が誤りである事はこのことから容易に判断できる。

 

ではアルゴールの本命は誰なのか?

これを考えるにあたって彼女はその発言の中で重要なキーを残している。

 

ーアルちゃんは”あいつら”を絶対に許さない。

 

この発言から、アルゴールが復讐したいと考えている存在は少なくとも2人以上である事は自明の理だ。

アルゴールの身近な者で、かつ2人以上の存在。

そんな者は、祖国の知る限りではただの一組しか考えられない。

そう、その者達こそ、

 

「お前の復讐対象はお前の姉妹。ステンノーとエウリュアレーじゃないのか?」

 

ゴーゴン三姉妹の長女と次女たるステンノー、エウリュアレーであった。

 

祖国の問いかけにアルゴールは俯いたまま答えようとはしない。

今の彼女の頭の中は目の前の男に対する警戒心と怒りであふれかえっていたのだ。

 

この男は知っているのか?

自らを甘言で惑わし、都合が悪くなった途端に裏切ったあの女たちを。

 

この男は分かっているのか?

あの女たちの裏切りによって、自分がどれほど惨めな状況へと貶められたのかを。

 

この男はそれを理解したうえで、それでもなお許せというのか?

自らを絶望の底に叩き落した奴らを忘れろというのか?

 

ーそんな事、出来るはずない!

 

そうだ、許せるはずが無い。

許せるはずが無いのだ。

たとえ千の英雄が立ちはだかろうとも、万の神群が行く手を阻もうとも、この憎しみは止まらない。

必ずやこの手で憎き奴らの喉元をかき切って見せる。

もし、それでも邪魔をするというのなら…。

 

「アルちゃんはあいつらを絶対に殺す!それを邪魔するというのなら、誰であろうと容赦はしない!」

 

祖国の質問に暗に肯定しながらも、止めたければ実力で止めてみせろと告げるアルゴール。

その美しい双眸に宿る憎悪は歴戦の英傑ですら怯ませるほどの力強さを有し、真っ直ぐと祖国を見据えていた。

そしてその視線の先。

彼女を止めんとするその男もまた、静謐な瞳で彼女を見つめていた。

相も変わらずその瞳は何も読み取る事の出来ぬままだ。

そして、いやだからこそ次の祖国の発言をアルゴールたちが予想できなかったのも当たり前であった。

 

「ああ、知っていたさ。お前を言葉では止められない事はな。」

 

祖国の言葉に一同が一斉に腑に落ちないといった表情をしている。

だがその感情はものの数秒後に更なる驚愕によって塗り替えられることになる。

もちろん祖国の言葉によって。

 

「だからこそ俺の対価にも価値がある。…俺が差し出す対価は情報、ステンノーたちの居場所だ。」

 

「「「!?」」」

 

驚愕。

祖国ほどの読心術を持つ者でなくとも分かるほどに、今のアルゴールの表情はその感情でいっぱいであった。

だが祖国の言葉は止まらない。

今がチャンスとばかりに自らの対価の有益性をアルゴールに語り掛ける。

 

「まあ正確に言うなら、そいつらの居場所を知る手段なんだがな。」

 

「手段?」

 

「ああ、俺は白夜叉に…、いやお前には白夜王と言った方がいいか。白夜王に一つ貸しがあってな。その対価として人探しを依頼しているんだ。」

 

祖国の言葉に未だ要領を得ない表情をするアルゴール。

反対に黒ウサギとジンは祖国の対価の全貌を理解したようである。

こちらを見つめる黒ウサギに目で心配するなという合図を送ると、祖国は言葉を続ける。

 

「だが俺の依頼はまだ完了していない。ならば途中で捜索対象を変更する事も可能って事だ。この意味が分かるな?」

 

「なるほどね。つまりそれで捜索対象をあいつらにすればいい訳か。」

 

アルゴールの言葉にわずかに笑みを浮かべながらその通りと告げる祖国。

祖国が持つ捜索”権利”をアルゴールに完全譲渡する事。

それが祖国の対価の正体だ。

 

そしてこの対価は、もちろんのことながらアルゴールには非常に魅力的のものに映った。

なにせ殺したい程憎む相手の居場所を知ることが出来るかもしれないのだ。

この広大な箱庭から特定の人物を探し出すなど、いかに原初の悪魔たるアルゴールでも骨の折れる作業である事には間違いない。

それに自らの復活を知れば、もちろんステンノーたちが姿を隠す事も視野に入れなければいけなくなる。

アルゴールが可能な限り早く彼女たちを見つけなければ、時間を追うごとに目的達成はどんどんと難しくなっていくだろう。

 

これらの事を総合的に考えれば、祖国の申し出は決して悪い物ではない。

それどころか、アルゴールにとってみれば願っていない好条件だ。

祖国にゲーム開始まで多少の時間を要求されるだろうが、長い目でみればそれも微々たるものだ。

 

だが、ここでがっついてはこの男の思う壺だとアルゴールは自らを戒める。

そして外面上はあくまでも冷静を装いつつ、祖国に尋ねる。

 

「確かに情報源が得られるのは嬉しいけど、白夜王って情報収集に長けてたっけ?アルちゃんのイメージだと、脳筋って事しか思い浮かばないし。」

 

「その点は大丈夫だ。」

 

まさかアルゴールにまで脳筋認定されていると思わなかった祖国は、内心爆笑を必死に堪えながら言葉を続ける。

 

「さっきも言いかけたが、アイツ今は白夜王じゃなくて白夜叉って呼ばれてんだよ。どうしてだか分かるか?」

 

「夜叉…?って事はまさか!?」

 

アルゴールが結論を口にするよりも早く祖国は首を縦に振り、その予想が正しい事を示す。

だが、それを導き出したアルゴールは未だに自身の結論が信じられないといった様子だ。

それほどまでに彼女にとって白夜王とは絶対的な存在なのだろう。

 

「お前の予想通り、今のアイツは自ら仏門に帰依して意図的に霊格を下げている。フロアマスターとして活動するための条件だそうだ。そして現在の白夜叉の所属はサウザンドアイズ。これでもう十分だろ?」

 

「…っえ!?うん、サウザンドアイズなら情報収集能力も問題ないし。いいよ、その条件のんだ!」

 

半ば動揺気味ではあるが、そんなアルゴールの声とともに、とうやく長い長い審議決議が終了した。

互いが互いの欲しい物を手に入れる事が出来たためか、どことなく二人とも満足気な表情でその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!

やはり地味な話になってしまいました。
筆者の拙筆さがモロに出てますねw

さて今回の遅延理由ですが…

挿絵を描こうとしたんですw
そして案の定挫折というorz

まあ紆余曲折あってこうなりましたw
遅れてしまい本当に申し訳ないです。

誤字、脱字、感想、意見、批判等、受け付けております!
それでは今回はこれにて。


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罰と枷

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが220件を突破しました。
ありがとうございます!

さて、前作ではずいぶんとお気にいりの方が入れ替わってしまい複雑な気分です。
まあ結局筆者の実力不足ですので、今後とも精進してまいりたいと思います。

今話なのですが、どうもうまく書けなかった感があります。
けっこう難産だったので、これ以上は今の筆者の文章力では厳しいかと(泣)
読んでいて分からないなどが発生するかもしれませんが、そこは寛大な心とコメント欄を駆使して頂ければと思います。
(後で加筆、修正するかもしれません。)

それでは稚拙な文ですが、今話もお付き合いください。


アルゴールとの審議決議が終わった後、祖国、黒ウサギ、ジンの三人はペルセウス兵に連れられて医務室へと向かっていた。

目的はもちろんアルゴールとの戦闘で負傷した十六夜と、祖国が気絶させた耀のお見舞いである。

十六夜は当然の事ながら、目立った外傷のない耀も念のためにとペルセウス兵が医療室に運び込んでいてくれたらしい。

ペルセウスの予想外の対応に驚きながらも、祖国は道案内として彼らの前を歩く幹部兵士に謝辞を述べる。

 

「感謝するぜ、ペルセウスの兵士さん。あんたの所の優秀な衛生兵にウチのも奴らもずいぶん世話になったらしいな。」

 

「なに、気にするな。今は目の前の脅威に一致団結して立ち向かう時。敵だ味方だと小さな事を気にしている場合ではないからな。」

 

幹部兵士のあっけらかんとした発言の中、祖国は内心その対応の柔軟性に感心していた。

変わりゆく戦況を理解し、臨機応変に対応する能力。

それは戦場で生き残る最も大切な力の一つだ。

本来倒すべき敵である祖国たちを、アルゴールの出現に伴い同じ脅威に立ち向かう味方と判断したその視野の広さは十分賞賛に値するだろう。

 

祖国が心の中で人知れず幹部兵に賞賛を送っていると、今度はその幹部兵の方が口を開いた。

 

「しかしあの金髪の少年には此方も驚かされたぞ。あれだけの重症を負いながらも一命をとりとめるとはな。衛生兵も彼の生命力にはずいぶん驚いたそうだ。」

 

「まあ、あいつはそういう奴だからな。」

 

兵士の言葉に祖国はクツクツと笑いながら言葉を返す。

後ろの方ではジンが十六夜の規格外っぷりに苦笑いを浮かべている。

まあ、それほどまでに十六夜の傷が酷かったという事だろう。

 

実際衛生兵によると、担ぎ込まれた時の十六夜は虫の息だったという。

骨折6か所、内臓損傷2か所、筋断裂9か所に加え全身打ち身と切り傷だらけ。

むしろ生きている方が不思議なくらいの重症だったそうだ。

 

だがそれでも十六夜は助かった。

それが偶然なのか、あるいは祖国の言う通り助かるべくして助かったのか、それを知る方法は無いし、きっとそれでいいのだろう。

結果からあれこれ類推するのは詮無き事。

十六夜は助かったという事実。

今はそれだけで十分であり、それこそが全てなのだ。

 

祖国が一人そんな取り留めもない事をつらつらと考えているうちに、一向に再び静寂が訪れる。

十六夜のいる医務室は現在彼らが移動している左翼棟にあり、先程までの談話室とはさほど離れていないはずなのだが、そこは流石ペルセウスの宮殿というべきか左翼棟だけでもやはりかなりの広さだ。

移動中の会話がもたないのは何とも居心地の悪い物だが、先程敵として知り合ったばかりの相手と共通の話題が無いのもまた当然の事。

それに現状が現状なだけに相手側も緊張感を拭い去れていないのだろう。

下手な話題を切り出すくらいならまだ無い方がまだマシと判断した祖国も、一人アルゴールとの戦いに備えて脳内で対策を講じていた。

そして…、

 

 

 

 

 

「…どうして平然としていられるのですか?」

 

 

 

 

 

何の前触れもなく、突然彼らの静寂は破られた。

一向の重苦しい雰囲気を霧散させた人物、それはまさかまさかの黒ウサギであった。

思い返せば彼女は談話室を出てからずっと不安そうな表情のままだった。

祖国も一応は黒ウサギの態度に気づいていたが、何か彼女なりに気負う部分があるのだろうと深く考えてはいなかった。

それゆえ祖国がその言葉が自身に向けて発せられた物だと理解するまでに若干の時間がかかったのもしょうがない事だろう。

ワンテンポ遅れた祖国が口を開くよりも早く、彼女は次々と胸中の気持ちを吐き出していく。

 

「審議決議で得られた猶予はあと1時間しか無いのですよ!どうしてゲームクリアの為に最善を尽くさないのですか!」

 

そう、黒ウサギの言う通りアルゴールがゲーム再開までに設けたインターバルはたったの1時間しかない。

あの後、最終的に交渉は、

 

『ホストマスター星霊アルゴールはゲーム再開までに1時間の猶予を認め、プレイヤー大宮祖国はゲームに敗れた場合、自身の持つ権利を一部アルゴールに譲渡する。』

 

という規定が両者間で取り決められる事となったのだが、黒ウサギとジンはこれに猛反対。

ゲーム難易度と猶予として得られる時間がつりあっていないと抗議し、挙句の果てにせっかく決まりかけた交渉がもう少しでおじゃんになりかけた程だ。

結局祖国が他人は引っ込んでいろと言わんばかりの眼光を向けて二人を黙らせ、さっさとギアスロールで交渉締結してしまったのだが、どうやら黒ウサギはそれが未だに納得いかないようだ。

 

「ただでさえ1時間しか無いのですよ!?十六夜さんたちのお見舞いは私たちに任せて、祖国さんは第二条件の謎を解くために少しでも尽力すべきです!」

 

そこまで聞いて、ようやく祖国は自分と黒ウサギの見解齟齬の理由に行き着いた。

どうやら黒ウサギは祖国がゲーム再開までに時間を要求した理由を勘違いしているようだ。

その事を諭すために、祖国は黒ウサギに若干気まずそうに説明する。

 

「あー、黒ウサギ。お前多分勘違いしてるわ。俺が再開までに時間を要求したのは、別に第二条件の謎解きの為じゃないぞ?」

 

「へ?」

 

祖国の言葉を聞いた黒ウサギはまるで狸に化かされたかの様な表情を浮かべている。

彼女の中ではアルゴールのゲームクリアは第二条件が前提となっていた。

それゆえ残された時間で特に何もしようとせず、あまつさえ見舞いに行こうなどと言い出した祖国に強い焦燥と憤りを感じていたのだ。

 

だが、眼前で告げられた事実。

祖国が要求したインターバルは、実は第二条件をクリアするための物ではないという発言は彼女の前提を完全に覆すものだ。

前提が違えは、後の全てが違うのも自明。

祖国の意図が別のところにあると知った黒ウサギは、次々と湧き出る感情を抑え、最も知りたい要所を簡潔に問う。

 

「そ、それでは祖国さんはいったいこの1時間で何をなさるつもりですか?」

 

「そりゃ、お前…、いろいろだろ。」

 

「だからいろいろって何ですか!?」

 

祖国のあまりにも要領を得ない解答についつい声を荒げる黒ウサギ。

実際彼女の憤りも分からなくもない。

事実これから死闘に赴くにも関わらず全く緊張感のない祖国に、黒ウサギはかなりの不安感を抱いていた。

さらにいつもの事ながら、大切な事ははぐらかして他人に教えようとしない彼の態度が余計に彼女の感情を逆立てていたのだ。

まあ、どれもこれも元をたどれば祖国の身を案じての事なのだが。

 

黒ウサギが祖国の解答に不信感をつのらせ、祖国を問い詰めようとどこからともなくハリセンを取り出したその時、

 

「お取込み中悪いが医療室についたぞ。患者の身体に障るから、ここでは大声は控えてくれ。」

 

だが彼女の目論見は不運にもタイミングを逃してしまう。

この時の祖国の気持ちは推して知るべし。

 

”兵士の兄さん、マジGJ!”

 

後ろでどす黒いオーラを纏う黒ウサギに肝を冷やしながら、祖国は人知れずペルセウス兵に感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルセウスの医務室。

宮殿外観の巨大さに違わず、その医務室もまた十二分な大きさを有していた。

清潔感漂う白いベッドは手入れが行き届き、またその量も負傷した兵士を受け入れてもなお余裕があるほどだ。

祖国のいた時代ほどではないが医療機器も十分にそろっており、ペルセウス衛生班のレベルの高さをうかがい知る事が出来る。

 

そしてそんな医務室の一角に彼らはいた。

一人は目立った外傷はないが念のためにと運び込まれた少女、春日部耀。

衛生兵の話によると見た目通り大したダメージも無いため、もう少しすれば目を覚ますだろうとの事だ。

そしてもう一人、全身に包帯が巻かれ所々から血が滲んでいる重症患者、逆廻十六夜。

こちらはなんとか一命をとり止めたが、未だに予断を許さない状況である事に変わりはなく、いつ危険な状態になってもおかしくないらしい。

 

「ままならえねえ物だな…。」

 

そんな仲間の痛々しい惨状を見た祖国は、珍しくやりきれない思いを吐露する。

めったに感情を素直に表さない彼がそうまでしたのは、やはり自責の念が大きいからであろう。

結果的に耀は無傷だったからいいとしても、問題は十六夜の方だ。

アルゴールの危険性を過小評価し、十六夜に無茶な戦いをさせてしまった事に、人知れず祖国は責任を感じていたのだ。

 

もちろん今回の作戦を立てたのは十六夜であるし、その役割・戦いから逃げなかったのも十六夜自身だ。

だが彼の作戦にゴーサインを出したのは祖国であり、十六夜が戦いから逃げるような性格でない事も重々承知していたはずだ。

にも関わらず、祖国は対策を怠った。

最悪の事態を考慮せずに、大した事はないと高をくくっていた己の慢心が今の惨状を招いたのだ。

 

”ったく、日本国で戦争が終結してから1~2年しか経ってねえだろ。どこまでポンコツになってんだ、俺は!”

 

自らがいた国での戦争が終結してからは、祖国がまともな戦場に復帰する事は二度となかった。

それゆえ危機管理能力や想定外への保険・対策といった、戦場で必要とされる諸能力の鈍りはある程度覚悟していた。

しかし何事にも限度という物はつきものだ。

レティシアの一件といい今回の十六夜での失態といい、あまりにも酷過ぎる自身の危機管理能力に祖国は心の底から憤慨していたのだ。

 

 

 

 

ー誰よりも臆病でありなさい。あなたが誰かといる事を望むならね。

 

 

 

 

かつて耳に胼胝ができるほど聞かされた恩師の言葉が彼の胸をよぎる。

それをなぜ今思い出したのか、それは祖国自身が誰よりも分かっていた。

その事を誰よりも理解し、そしてだからこそ悔いていた。

 

”ああ、お前の言う通りだよ…、真由。また俺は大切な事を忘れてたみたいだ。”

 

彼の握る拳は、あまりにも力を入れ過ぎていたせいか血が滲んでいる。

他でもない自分が犯したミスだからこそ、祖国はそれをどうしても許す事が出来なかったのだ。

 

”結局どこまでいっても俺は…。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、祖国は自らの右手をふわりと何かやわらかい物が包み込む感覚を覚えた。

祖国が驚いてその方向を向くと、そこには悲しげな表情を浮かべ彼の手を優しく握る黒ウサギの姿があった。

祖国のミスを責めるでも、あるいは嘲笑するでもない、ただ純粋な悲しみの表情。

悪意も何もない、ただただ祖国を心配そうに見つめる瞳がそこにはあった。

まさか黒ウサギにそんな顔をされるとは思っておらず上手く思考が働いていない祖国に、彼女は悲し気な面持ちのまま語り掛ける。

 

「また、何も話して下さらないのですね…。」

 

その言葉を聞いた瞬間祖国は、だが何も口に出来ないままでいた。

黒ウサギの瞳の真摯さに、その言葉の甘美さに、心が揺らいでしまっていたから。

そしてそれほどまでに彼女という存在が祖国にとって大切なものになっていた事に、彼自身が誰よりも驚いていた。

 

”ああ、お前の言いたい事は分かっているつもりだ。悩んでいる事があるなら自らに相談して欲しいと、優しいお前はきっとそう言うのだろう…。”

 

だが、

 

「…悪い。」

 

それは出来ない。

自分にはその資格がない。

他者を殺めその上で生きて来た自分が、誰かと苦しみを分け合うなど、ましてや許しを得ようなど、あってはならないのだ。

 

”そう、これは俺の罰なのだ。”

 

そんな祖国の言葉を聞いた黒ウサギは、だがこれと言って表情に変化はない。

依然として悲し気な瞳をしたまま、祖国の顔をしっかりと見つめている。

まるで祖国の答えが想定済みであったかの様に。

そしてその予測は、あながち間違いでもなかった。

 

「ええ、分かっていました。」

 

そう分かっていた、彼が自分の苦しみを話さないだろう事は。

 

本当は悩みがあるなら打ち明けて欲しい。

苦しんでいるなら、その苦しみさえも分けて欲しい。

それであなたを少しでも楽にする事ができるなら。

 

”だけど祖国さんはきっとそれを許さないのでしょう。”

 

けれども彼はきっと自分を許せない。

だからこそ、

 

「だから私は待ちます。祖国さんが話してくれるその時まで。」

 

待ち続けましょう。

あなたが心を開くその時まで。

あなあがあなたを許せるその日まで。

いつまでだって待っていますから。

 

そして黒ウサギは祖国の手を握ったまま、ゆっくりと微笑んだ。

彼が握る手はいまだ血が滲み、痛々しい様相のままである。

だがその震えに先ほどのような怒りはもうどこにもない。

徐々に祖国の拳から力が抜けていき、数秒後にはいつも通り脱力した状態に戻っていった。

 

「まったく、世話が焼ける問題児さまですね。」

 

いつもなら祖国がたたく軽口を、今回は黒ウサギが先んじて口にした。

本来の祖国なら、何かしら軽口を言い返していたに違いない。

だが今日に限ってはそれも許そうと、そんな気持ちに祖国がなっていたのもまた黒ウサギのおかげなのだろう。

 

 

 

そして祖国はまた一つ”心”を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!
もう話が進まないのはデフォです。
諦めましたw
今後はゆっくりやっていこうと思います。

祖国君の過去編が長くなりそうなので、別の作品にしようかな~なんて考えてたんですが、今の作品ですらこんな進まないのにどうして他が作れようかと没になりました。

この話、いつ終わるのかな…。
読む人が少ないなら打ち切りもw

とにかくこんな作品を最後まで読んで頂きありがとうございます!
感想、意見、誤字、脱字、批判はコメント欄までお願いします。
それでは今回はこれにて。


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閑話 お正月回

あけましておめでとうございます。
今更感あふれる定型文ですが、やはり読者様にはご挨拶をさせて頂きます。
今年も皆様に幸多き年でありますように。

さて、今回は本編とは全く関係ないお正月回です。
興味の無い方は、読み飛ばしてください。
内容もほぼほぼメタいものになっております(笑)
基本的には筆者のグチだったり、グチだったり、グチだったりetc。


…冗談です(笑)
本編の次話がシリアス回なのですが、年明け一発目が暗いのもどうかと思ったため、このような閑話をはさんだ次第です。
まあ、だらっと読んでやって下さい。

それでは、今年もよろしくお願いします。



 

side~祖国~

 

真っ白な空間。

まるで夢か何かを見ているようだ。

もしかしたら夢かもしれないと思える程に異質な空間で、だがしっかりとした意識がある事が、これが夢でない事を如実に示している。

………のかもしれない。

 

まあどちらにせよ、ここがどこだろうと俺の知った事ではない。

そんな事はどうでもいいし、一々考察する様な気分でも無い。

今はただ、この気持ち良いまどろみの中でいつまでもウトウトしていたい。

そんな気分だ。

 

だからまあ、今日は寝かせてくれ。

これにてお正月回は終わり。

 

「お疲様でした~。」

 

そんな誰に言っているのか分からない事をぼやきながらも、俺は再び眠りに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳ねえだろ、起きろやコラ。」

 

ハイハイ、なんとなく分かってましたよ、文字数的に。

まだ300字ちょっとだもんね。

これじゃ投稿出来ないもんね。

なんとなく分かるわー、文字数的に。

 

「メタいわボケ!」

 

そんな怒鳴り声とともに惰眠をむさぼっていた俺は、次の瞬間空中に蹴り上げられたのだった。

 

 

 

そう、この物語の”筆者”によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、わざわざ筆者様が何の用だよ?」

 

「そりゃ、お正月回だから来たにきまってるだろ。」

 

臆面もなくメタい事を言うやつだ。

こういう輩は本来無視するのが一番なんだが…。

いかんせん相手が相手だけにそんな事も言ってられないだろう。

下手をすれば筆者がグレて、この物語自体が消えかねん…。

 

「で、お正月回って具体的に何すんだよ?メタい事を話せばいいわけ?」

 

「ああ、その事なんだがな。今回は是非とも祖国君に直接聞きたい事があるんだ。」

 

そういって独特な笑みを浮かべる筆者。

ああ、知っているぞ。

こいつのこの笑顔は何かとんでもないモンをぶち込んで来る時の顔だ。

 

そして俺のその予感は、やはりというか残念な事に的中してしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祖国君、ヒロイン誰がいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。」

 

ふむ、ちょっと聞き間違えたようだ。

最近年の割には耳が遠いからな。

きっとヘロインとかコカインとか、そんな感じの言葉と間違えたんだろう。

いや、きっとそうだ。

まあ、念の為に聞き返してみるか。

 

「すまん、もう一度言ってくれ。」

 

「だから、ヒロインだよヒロイン。君の恋人は誰がいいかって話だ。」

 

Oh…

もう間違えようがない。

こいつは一番面倒くさい事を俺に押し付けようとしてやがる。

そう、それは…

 

 

 

ーヒロインの決定

 

 

 

 

この野郎、自分じゃ決められないからって最終的に俺のところにぶち込みやがった。

新年一発目から厄介な事持ち込むんじゃねえよ。

これは断固として抗議せにゃならん。

 

「おいおい、冗談きついぜ。それはお前の仕事だろ?」

 

「それがさ~、なかなか決まらないんだよね~。各ヒロインルートは考えてあるけど、最終的な決定が出来なくてさ。そこで今回この場を借りて、主人公の祖国君に直接ヒロインを選んでもらおうを考えた訳だ。」

 

ドヤァと背景に文字が浮かんでいそうなほどのドヤ顔をする筆者。

正直言ってうざい。

朝寒い布団から強制的に息子を引きずり出すオカンぐらいうざい。

まるでこいつの性根が透けて見えるようだ。

 

「そもそも、お前に恋愛描写が出来るのかよ?ただでさえ文才ないうえ、恋愛経験0だろーが。」

 

「ゴハッ!中々痛い所をついてくるね。確かにそれもある。が、しかし、まずはヒロインを決めなければ何も始まらないのだよ!」

 

始まる以前に終わってんだよ。

いい加減身の程を知ろうぜ?

下手に範囲を広げても、どうせまともな作品にならねーよ。

このバカ(筆者)が自爆する前になんとか無謀な事は止めさせなければ。

 

「なれない事はするもんじゃねえって。まずは更新ペースを上げよう。な?基本的な事からコツコツ変えていこうじゃないか。」

 

「グベラッ!またまた痛い所を…。だがもう、元には戻れないのだ!コメント欄でも前書きでもヒロイン考え中と言ってしまった以上、ここで引き下がることなど私のプライドが許さない!」

 

そんなゴミみたいなプライドはそこら辺のごみ箱にさっさと捨てちまえ!

ったく、これじゃ止めようがねえな…。

 

しょうがねえ、こうなったら…

 

 

 

 

 

 

 

「分かったよ。取りあえず俺の好みは置いといて、お前の考えたヒロインの個別ルートを教えてくれ。その中で一番まともなルートを選ぶ。」

 

「なるほど、自分の好みよりも数字をとりに行くんですねわかります。」

 

お前の面目の為に言ってやってんだよ!

つーか、いまさら数字とりに行ったところで大して変んねえだろ、この駄作は!

いい加減このバカの相手するのは疲れてきた…。

 

そんな俺の気苦労も知らずに目の前のバカは喜々として語り始める。

 

「それじゃ、まずヒロイン案其の一、黒ウサギルートです。」

 

「まあ手短に頼むぞ。」

 

「はいはーい。黒ウサギルートでは、祖国君はヤンデレ化した耀ちゃんに背後から刺されてアボンで~す。」

 

「………。」

 

神様、俺何か悪い事しましたか?

子供が親を選べないように、オリ主は筆者を選べない。

そんな事は分かっている。

けれども、けれども…

 

 

 

いくらなんでもこれは酷いだろ!?

 

 

 

なんなの?

バカなの?

死ぬの?

俺死ぬの?

なんで耀に背中から刺されるの?

ていうかそもそも、なんで黒ウサギルートなのに耀が出てきてんだよ!?

もう訳分かんねーよ!

 

「…ちょっと待て。ヤンデレからのバッドエンドに行き着いた理由を聞きたいんだが?」

 

「いや、だって純愛とかマンネリじゃん?斬新で前衛的な作品にしようと思ってさ~。オリ主が痴情のもつれから亡くなるって新しいかなと。」

 

「却下だ、却下!そんな精神衛生上よろしくない作品にせずとも、もっと別の道があるはずだ!」

 

とりあえず黒ウサギルートは却下だ。

こいつのアホな作品のために死んでやる義理はない。

というかむしろコイツが刺されてしまえ。

筆者がリアルに刺されれば、それこそ前衛的な作品だろうに。

なんにせよ、筆者の目を第一案から遠ざけなければ…。

 

「じゃあ、次の案を聞かせてもらえるか?できればさっきとは違った感じの案で頼むぞ。」

 

「は~い。ヒロイン案其の二は、耀ちゃんルートでーす。」

 

「概要は?」

 

「祖国君の浮気がバレて耀がヤンデレ化。浮気相手の黒ウサギももれなくヤンデレ化。最後は二人の心中自殺に巻き込まれてアボン。」

 

「さっきよりヒドくなってんじゃねーか!?つーかお前は俺を殺さないと気が済まないのか!?」

 

ダメだダメだ。

この筆者は本格的にダメだ。

早く何とかしないと…。

連れて行く病院が無い?

よし、諦めよう。

 

 

 

 

 

…いやいやいや、諦めたらだめだろうよ!?

諦めたら死ぬ!

俺が死ぬ!

とんでもない鬱展開に巻き込まれて死ぬ!

そんな人生は断固阻止だ、クソッタレが!

なんとか、なんとかこの窮地を脱出せねば!

考えろ、考えるんだ、俺!

 

 

 

 

…飛鳥。

そう、飛鳥だ!

今までのルートの中で飛鳥だけが唯一ヤンデレ化していない!

あの強靭な精神をもつ飛鳥なら、きっとまともなお付き合いが出来るはずだ!

俺はそこに希望を託す!!!

 

「あー、ちなみに飛鳥とのルートは無いのか?」

 

「ん?ない事は無いけど…、もしかして何か気に入らない事とかあった?」

 

気に入らない事しかねーよ!

お前のシナリオに満足したら、俺の人生終了だからね?

仲間に刺されてアボンですからね?

むしろ誰得だよ、いやマジで…。

 

だが、仮にも奴は筆者。

言わばこの作品の神だ。

下手に喧嘩をうって作品打ち切りとかになったら堪ったもんじゃない。

ここは不本意だが下手に出るしかねえ。

 

「いやいや、そういう訳じゃないんだけどな。一番いいルートを選ぶなら、お前の案を全部聞いた方がいいと思ってな。」

 

「確かに、それもそうだね。といっても次が最後だから、そんなに急かさなくても大丈夫だよ。」

 

「ハハー、タノシミダナー。」

 

いかんいかん、セリフが棒読みになってしまった。

”大丈夫”とか現状一番信用できないワードが飛び出して来たから、身体が勝手に反応してしまったぜ…。

とは言え、飛鳥ルートも一応は確保されているようだ。

それがまともな物だとは、とてもじゃないが考えられない。

が、黒ウサギや耀のルートよりは危険性は少ないはずだ…。

…少なくあって欲しいなぁ、マジで。

 

「それじゃあ、発表しま~す。ヒロイン案其の三、飛鳥ちゃんルートでーす。」

 

「………な、内容はどんな感じですか?」

 

「えーと、祖国君は一生飛鳥ちゃんに束縛されて生きる事になりまーす。あっ、もちろん束縛って物理的な意味でね。」

 

「結局ヤンデレじゃねーか!?ヤンデレの種類が変わっただけで、ヤンデレ自体を回避出来てねえよ!」

 

…神は死んだ。

そういえば飛鳥はなんというか束縛系な感じがするしな…。

なんかこう、鎖もって「うふふ」とか言ってそうだし。

一生部屋に縛られたまま閉じ込められるってのも、なんとなく分かるな…。

 

 

 

いやいや、分かっちゃいかんだろ俺!

なんか一瞬自分でも認めかけた気がするけど、そんな事はどうでもいい!

今は目の前の巨悪(※筆者)の野望を阻止しなければ。

主に10割ほど俺の為に。

 

とりあえず、俺の生存ルートを探さなければ…。

 

「ま、まあ斬新的ではあるがな…。でも目新しさを狙ってオリ主殺すのはやり過ぎじゃないか?ストーリー終わっちゃうじゃん?」

 

「そこは大丈夫だよ!新しいオリ主登場させるから!」

 

「まさかのオリ主使い捨て!?」

 

あっ、なんか涙出て来た…。

 

いや別に筆者が俺に愛着がないとか、そういう事を悲しんでるんじゃないから。

次のオリ主が大変だろうなって、不憫に思っただけだから…。

だから別に悲しくなんかねえからな!(涙目

 

「嘘だよ~。うそ、うそ。祖国君以外にオリ主なんか登場させないよ。どう、ビックリした?」

 

「………ほんとう?」

 

あれ?

なんか一瞬幼児対向した気が…。

 

うん、気のせいだ。

この俺がそんな豆腐メンタルな訳がない。

天下の白夜叉と渡り合い、魔王アルゴールに対して一歩も譲らない交渉をしたこの俺が幼児退行なんてするわけないだろ!

今一瞬退行したとか思ったやつ表出ろ!

 

「ほらほら祖国君。怖い顔してないで、どのルートがいい?ねえねえ、どれがいい?」

 

嬉しそうな顔して聞くんじゃねえ!

どれもまともな選択肢がねえよ、バカが。

 

とりあえずは苦笑いで返しておくが、いつまでも渋ってる訳にはいかない。

ここはやはり与えられた選択肢で一番まともな…

って、ねーよ!

まともなルートが一つもねえから悩んでんだよ!

 

どうする、大宮祖国?

このままじゃ俺はもれなく死ぬ。

あの狂人によって俺の人生は破滅への道をたどる事になる。

そんな事を許していいのか?

 

いや、断じて否だ。

俺は生き残る。

絶対に生き残って、家族に囲まれて大往生してやる!

そのためにも、考えろ!

ありとあらゆる可能性を考え尽くすんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ…

奴の一味違った作品にしたいという欲望と、俺の生き残りたいという生存欲求。

この二つを同時に成立させる新たなルートを作り出せばいい!

 

「なあ、やっぱり前提から見直さないか?」

 

「というと?」

 

俺の提案に訳が分からないといった表情をしているな。

それもそうだろう。

実際俺も平常時ならこんな発想はしない。

だれが好き好んでこんなルートを提案するもんか!

 

だが、今はしょうがない。

そう、しょうがないんだ!

命を引き換えにするぐらいなら俺は!

 

「…男同志の友情もいいと思わないか?」

 

「それってつまりBLってこと?」

 

「………あぁ。」

 

まだ俺の生きる可能性があるこのルートに賭ける!!!

賭ける!

賭け…。

 

 

 

 

 

やっぱやだあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

ムリムリムリ、無理だから!

俺ノンケだから!?

BLなんかやだよおぉぉぉ………

 

「へ~。祖国君ってそういう趣味があったんだ~。意外だな~。」

 

「あっ、やっぱ今のなs」

 

「実はね~、僕もそのルートは前々から考えてたんだよ~。でも祖国君が嫌がるだろうと思って今回は言わないつもりだったんだけど…。」

 

「なんかさらっと爆弾発言しなかった!?てゆーか、だからさっきの話はじょうd」

 

「でも祖国君がそこまで言うなら、僕ももう迷わないよ!さあ今こそ開帳しよう、最後のルートを!」

 

「話を聞けえぇぇぇぇぇ!」

 

なんかもう踏んだり蹴ったりだよ!?

なんだよ、男の友情ルートあったのかよ!?

てゆーか、どうせアイツが作ったんだからまともなルートじゃねえよ、絶対に。

あーもう、こうなったらヤケクソだ!

行けるとこまで行ってやんよ!

 

「で、ルートの内容は?」

 

「じゃあ、紹介しまーす。最終案ルートBLは、十六夜君との友情を越えた絆から始まり、最終的に箱庭中の屈強な男たちから(ピー)されて祖国君の尻がアボンで~す。」

 

「俺のケツがアボンってなんだあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

奴の答えは、俺の想像の遥か上を行っていた…。

 

ていうか、なんで箱庭全土から俺のケツを狙う漢が集結してんの!?

なに、俺のケツにそんな価値でもあるの?

いやだよ、そんな無駄な魅力。

そもそも、俺の事言いふらした奴誰だあぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ、もう限界だ…。

こんな世界うんざりだ。

ルートも筆者も更新も作品も、もうどうなろうが知ったこっちゃねえ!

全部ぶっ壊してやんよ!

さあ、今こそ声を大にして言おう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっざけんな、このクソ筆者アァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺の意識は余りのストレスに耐えかねたのか、自分の怒号とともにフェードアウトしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…。」

 

目を開けると、そこには見慣れた景色が広がっていた。

見慣れた天井、見慣れた部屋、見慣れたテーブル、そして見慣れたウサ耳の美少女、黒ウサギ。

そう、まぎれもなくここはノーネームの談話室だ。

さっきまでいた白い空間の名残は何一つない。

 

「俺はいったい…?」

 

だが同時に、現状に対する疑問もふつふつと湧き上がって来た。

そもそもなぜ俺はソファで横になっているのか?

さっきのは本当に夢だったのか?

もし現実なら、俺の死亡ルートは回避できたのか?

 

考えるだけ無駄と分かっていても、心の安寧を求めて思考は止まらない。

いっその事もう一眠りしたらまたあの空間に行けるかも等とアホな考えをしていると、俺が目覚めた事に気が付いた黒ウサギが話かけて来た。

 

「あっ、祖国さん。ようやく目が覚めたのですね?いきなりでしたから、黒ウサギもビックリしました!」

 

「何のことだ?」

 

「あれ、年越しパーティーでの事を覚えていらっしゃらないのですか?」

 

年越しパーティー。

その言葉を聞いた途端に、俺の頭は霧が晴れたように全てを思い出した。

 

そうだった。

十六夜がいた世界の慣習にならって、ノーネームで年越しパーティーを開いたんだ。

そしたら途中で白夜叉が乱入してきて、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ。

かくいう俺も白夜叉が持って来たお神酒にドハマりして、それから…

 

「白夜叉様が持ってこられたお神酒のほとんどを、祖国さんと白夜叉さまで飲まれてしまったのですよ!?少しは自重してください!」

 

「ああ、悪かったよ。反省するから、大声を出すな。頭に響く…。」

 

どうやら俺は酒の飲み過ぎでぶっ倒れてしまったようだ。

通りでさっきから頭痛がひどい訳だ。

頭のそこからジンジンする。

 

だが同時に俺の心にも平穏が訪れた。

どうやらさっきのは、酔ったついでに見た悪い夢だったようだ。

まあ、最初から分かってたけどね?

ホントだよ?

 

そんなこんなで冷静さを取り戻した俺は、ふと自分の右手が何か紙切れのようなものを握りしめていることに気が付いた。

ずっと握りしめていたせいか若干しめっているその紙を広げると、そこには二重の意味で俺を驚愕させる内容が書かれていた。

 

『 おはよう祖国君。この手紙を読んでいるという事は、君も現実世界に帰ったらしいね。断っておくけど、さっき僕らの過ごした時間は夢なんかじゃないからね?

 さて、ここからが本題。今回君の最後の言葉に深く傷ついた僕は、カッとなって君を気絶させちゃったんだ。最初は君の言動を非難ばかりしていたけど、後々になって考えたら僕もいささか浅慮が過ぎたようだ。本当に申し訳なく思っている。なにせ大宮祖国という大切なオリ主の人生を決める大切なルートだ。焦って不完全なまま決めようといすれば、当然君も怒るだろうし、君の言動はまっとうな物だったと今では思うよ。

 だから僕も決めたよ。自らの中で納得したルートが完成するまで、君に気に入ってもらえるようなルートが作れるまで、君には一切干渉しないと。つまりは全て君の自由意思だ。もちろん僕なりに納得のいくルートが出来れば、その路線に変えさせてもらうけど、それは当分先になりそうだ。

 では、それまではしばらくのお別れだ。ルートの無い世界で、無限の選択肢の世界で、楽しく過ごしてくれたまえ。        ”筆者”より』

 

ずいぶん長ったらしい手紙だったが、俺は何よりもその手紙に向けられた奴の真摯な態度に驚いていた。

あの筆者が、オリ主を平然と鬱ルートへ追い込もうとする鬼畜筆者が、反省しているのだ。

これを驚かずにいられようか?

まあ、少なくとも俺には出来なかったよ。

 

だが同時に、筆者の行為も決して俺を不幸にするためにやっていた事ではないとも思えて来た。

アイツはアイツなりに、俺の為を思ってルートを作ってくれていた事が、文面からヒシヒシと伝わってきたから。

まあ、センスは絶望的だったけど。

それでも気持ち程度なら、まあ受け取ってやらない事もないかなぁと、今なら思えるよ。

 

 

 

ん?

どうやら裏にも追伸があるみたいだな…。

えー、なになに。

 

『p.s ヤンデレ系BLって良くない?』

 

……………。

前言撤回だ、コンチクショウ!

あの野郎、絶対に反省とかしてやがらねえ!

少しでもあのバカを信用しかけた俺が愚かだったよ!

今なら、何も憚らずに言えそうだ。

そう…、

 

 

 

 

 

 

 

「あの、クソ筆者アァァァァァァァァァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら今年は俺にとって厄年らしい…。

 

 

 




読了ありがとうございます!

もちろん本編のルートでヤンデレ化なんてしませんよ(笑)
今回は完全なる別枠と考えて頂ければ。

さて、連絡なのですが…

テスト期間です(笑)

一応筆者も学生ですので、お勉強しなきゃならんのですわ(泣)
なので次回投稿は、2月頭から中旬ぐらいになるかと思います。
こんな駄作&亀更新でも見捨てないでくださる方々には申し訳ないのですが、どうかご理解のほどをよろしくお願いします。

誤字、脱字、感想、批判はコメント欄までお願いします。
それでは今回はこれにて。


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broken heart

こんにちは、しましまテキストです。
お気に入りが250件突破しました。
ありがとうございます!

あと本作に評価をしてくださった方、本当に感謝感激です!
筆者からの好感度が上がりましたよ!

えっ、いらない?

…どうもすいません(笑)

さて、今年になってから初の本編です。
気合い入れて頑張りたいですね。

テストはいいのかって?

ハハハ、ナンノコトデショウ…

まあ、嫌な過去は捨て去って、新しい未来に生きましょう!

それでは今話もお付き合いください。


心は硝子。

硝子は化粧。

それはありとあらゆる外的事象を取り込み、感情と言うフィルターを通して喜怒哀楽という様々な光を放つ。

 

心は硝子。

硝子は憧憬。

心という存在そのものが至高であるがゆえに、それは何よりも不可解で、何よりも尊く、誰もがそれに恋い焦がれる。

 

心は硝子。

硝子は硬脆。

何物よりも強く、何物よりも儚いそれは、その存在をもって諸人に真実を語る。

 

心を摩耗し続けた末路を。

感情さえ消え去った心の残滴を。

何も映さなくなった硝子の向こう側を。

 

そう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…砕けた心は二度と元には戻らない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほの暗い一室。

わずかに灯る光は小さなランタンのみ。

だが、それが今の彼には丁度良いのだろう。

わずかに諦観を含んだその顔には、さもありなんといった表情が貼り付いている。

 

そこはペルセウスから割り当てられた一室。

祖国が決戦前に一人になりたいと無理を承知で頼み込み、急ごしらえで用意させた小部屋だ。

唐突な依頼であったため、このようにろくな整備もされていない部屋になってしまったのだが、そんな事は関係ないといった様子で一人祖国は部屋に入っていった。

 

 

部屋自体は広さにして四畳半といったところか。

物が無ければもう少し広く感じるだろう等とくだらない事を考えながら、一室の中心あたりで祖国は周りを見渡し…

 

フッと、唐突に屈託のない笑みをこぼした。

 

必敗の戦いの前だからだろうか。

心なしか目に入る物全てが感慨深く映るような気がしたのだ。

 

”世界なんざクソッタレだと考えていたが、こうしてみると存外名残惜しいと思えるもんだな。”

 

自身の意外と女々しい一面に自嘲する祖国。

だが同時に悪い気もしないと、そうどこかで認めている彼もいたのだから、彼はきっと天性のツンデレなのかもしれない。

 

そして彼はその場でそっと腰を下ろすと、足であぐらを作り、その上で手を合わせる、いわゆる座禅のポーズをとった。

これから”会いに”行く相手を考えると何とも気が進まないが、最後の別れぐらいは告げてやってもいいだろう。

なんせ今から会うのは、彼が”過去に切り取った彼自身”なのだから。

 

祖国はフゥと一つ溜息をつくと、ゆっくりと瞳を閉ざし、自らの意識を暗い暗い深淵へと沈めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識の最下層。

己の心象風景。

そんな場所があるなら、まさしくここがそうなのだろう。

祖国の意識が行き着いた場所は、そう思わせるには十分な程異質で、無機質で、そして無感動な場所だった。

 

陸地という物は無く、一面に広がる水面。

一寸先は光も通さぬ分厚い闇。

そしてそこに立つのは彼一人のみ。

ただそれだけの何もない空間が大宮祖国という人間の心のありようだと言うのなら、これほど虚しい事はない。

 

だが当の本人は、そんな事全く気にしていないかの様子のまま、彼以外聞き取れない程の小さな声で、ポツリと呟いた。

 

「いつ以来だろうな、ここに来るのは…。」

 

そう、来ようと思えば彼は何時でもここに来る事が出来た。

にも関わらず、祖国は”とある一件”を除いて、ここに来ることは決してなかった。

いや、本来ならば二度と来ようとも思っていなかったのだが…。

 

その理由が単にここに来るのが嫌だっただけなのか、あるいは…

 

『お前が俺を恐れているからだ。そうだろう?』

 

突然、祖国の心情を見透かすかの様な声が空間に響く。

腹の底から嫌悪感を抱くようなその声の主の姿は依然としてどこにも見えない。

だが祖国は初めから分かり切っていたかの様に、泰然とした態度を保ったまま一つ溜息をつくと、

 

「俺の心を勝手に見てんじゃねえよ。」

 

相も変わらぬ軽口と共に、彼が今立っている水面に”映る彼の姿”にしゃべりかけた。

 

 

そこにあるのは、何の変哲もない水面に反射した彼の虚像。

そう、そのはずであった。

 

しかし現に今、水面に映る彼のその虚像は大宮祖国という人間を知っている者ならば決して想像出来ないほどに…

 

 

 

 

 

 

…”冷たい”目をしていた。

 

 

 

 

 

 

それはこの世に救いなど無いのだと、人類とはかくも愚かな存在なのだと、人の善意は決して報われないのだと、そう悟った悲しい瞳。

 

人の善性を信じ、人の可能性を信じ、人の心を信じ、そして裏切られ続けた、絶望の果てに行き着いた者の瞳。

 

残酷な現実に挑み続け、そして敗北した、”かつての大宮祖国”の瞳がそこにはあった。

 

 

 

「よう、久しぶりだな。」

 

心の底から湧き上がるような不安に押しつぶされそうになりながらも、祖国は努めて冷静に”祖国”へと語りかける。

そんな祖国の心中を知ってか知らずか、いや恐らく知っているであろう”祖国”も、全く無表情のままに応答する。

 

『ああ、”あの時”以来だ。お前は意図的に俺を避けている様だったしな。ここに潜って来ること自体、片手の指で足りる程だ。』

 

「まぁ、そりゃな。お前は俺の…、いや大宮祖国という存在の”負”の部分だ。下手に手出しして、あの頃みたいに人を信じれなくなるのはゴメンだね。」

 

『確かに、大宮祖国の”負の側面”である俺を”切り取った”お前は、人を信じる事に特化した存在なのだろう。人類を信じ、仲間の為に全てを捧げる聖人の如き存在だ。だが…』

 

そこで”祖国”は言葉を一度切る。

だが彼のその目は、何も語らすとも分かるはずだと、その先は既に知っているはずだと、そう静謐に告げていた。

 

そして祖国自身もまた、その答えを知っている。

いや、むしろ”祖国”よりも良くその事実を理解している。

聖人の如き人生を送って来た”今の”大宮祖国だからこそ、その意味を誰よりも理解していたのだ。

 

「ああ、分かってる。今の俺では、………足りない。」

 

そう、足りない。

今の祖国では足りない。

悲しみを知って喜びを知るように、憎しみを知って慈しみを知るように、人は相反する感情を知って初めて本当の感情を知る。

人は己が知らない事を知って初めて、既知に対する真の意味を理解出来るのだ。

 

だが、大宮祖国にはそれが足りない。

己の汚い感情を、賤しい未練を、うちに秘めたる残酷性を、そのすべて”切り取って”心の奥底に封印した祖国では、真の尊さを、希望を、優しさを、何もかもを知る事が出来ない。

上辺だけの、薄っぺらい偽物。

それが今の大宮祖国の正体。

 

「それでも俺は二度と昔に戻るつもりは無い。俺はお前を絶対に認めない。」

 

ゆえに彼の言葉は何もかもが虚しく響く。

どれだけ綺麗な言葉を並べようとも、どれだけ理想に忠実であっても、どれだけ彼が崇高な理念を掲げようとも。

彼の言葉は決して本物にはなり得ない。

 

そしてそんな祖国の言葉は、

 

『フン、やはり所詮は贋作か…』

 

心底つまらなそうな瞳をした”祖国”の言葉と共に、虚空へと虚しく消えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで、こんなところまでいったい何の用だ?』

 

しばしの静寂の後、先に口を開いたのは意外な事に”祖国”のほうであった。

あいも変わらず冷徹な瞳を向ける彼であったが、確かにその挙動からは突然の訪問に対する疑問の色もうかがえた。

まあ、自らを封印して時以来ほとんど来た事がなのだから、その疑問も当然といえは当然なのだが。

 

「俺の心が読めるんだろ?なら俺の用件も分かっているはずだ。」

 

『バカめ、他人の心が読めるはずが無いだろう?お前と同じで推察したにすぎん。』

 

「ハッ、もとは同じ存在だったていうのに”他人”とはな。皮肉な話だ。」

 

『くだらん戯言はいらん。さっさと用件を言え。お前もここに長居したくは無いだろう?』

 

祖国の精一杯の虚勢を鼻で笑う”祖国”。

今彼の目の前にいる偽物が何の用でここにいるのかは知らないが、くだらない話をするためにわざわざここに来たというならば相手にする価値もない。

自らの負の部分に恐怖し身の丈にあわない態度をとる存在に、まるでゴミを見るかのような態度のまま”祖国”は再度問いかける。

 

『生憎と俺にはよく吠えるだけの犬をかまってやる時間は無いんだ。用件が無いならさっさと帰る事だ。』

 

「………チッ、分かったよ。今はまだ、お前に勝てそうもないしな…。」

 

そして祖国はゆっくりと今回の経緯を”祖国”へと説明し始めた。

 

仲間を取り戻すためにペルセウスと戦った事。

その途中でイレギュラーが発生し、これから一人で戦わねばならない事。

その戦いで自分が生きて帰れる可能性が限りなくゼロである事。

そして最後になるかもしれないからと、一応”祖国”に別れの挨拶を告げに来た事。

 

祖国がその一つ一つを大雑把ながらに説明し終え、フゥと一息ついた瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フッ、フハハハハハハッ!』

 

唐突に遠慮のない笑い声が空間に響きわたった。

それはまるで侮蔑のような、嘲笑のような、憐れみのような、そんな笑い声。

大宮祖国の命を賭した英断に対する侮辱に他ならなかった。

 

「…何がおかしい?」

 

いきなりの反応に少々狼狽しながらも、自らの決断を笑い飛ばされた祖国の態度にはまぎれもない怒気が満ちていた。

並みの者ならばそれだけで戦意をそがれ萎縮してしまいそうなほどの怒気。

 

だがそれ程の感情の奔流を受けながらも、やはり”祖国”の口元から笑みが絶える事は無かった。

 

いやらしくつり上げられた口元が開く。

値踏みするような目線が祖国をとらえる。

その何もかもが祖国に言いようのない嫌悪感を抱かせる。

 

”気に入らねえ、何もかもがだ!”

 

祖国と”祖国”はコインの表裏だ。

決して相容れる事は無い。

そんな事は祖国もここに来る前から納得していたはずであった。

 

だが現状の前にはそんな物何の役にも立たない。

理論をすっ飛ばして湧き上がるこの感情は、決して抑えることなど出来ない。

ここは、この場所は、自らの心の奥底なのだから。

 

「お前に何が分かる!人に絶望し、人を殺す事に何の抵抗も感じないお前が!誰かを守りたいっていうこの感情を笑う資格があるっていうのか!!!」

 

祖国は激情のままに問いかける。

たとえ相手が誰であろうとも、自らの胸の内に宿るこの感情は否定させない。

そんな万感の思いを持って発された言葉は、

 

『クククッ、哀れだなぁ。』

 

だがやはり”祖国”に届く事はなかった。

それどころか、祖国に向けられる笑みは一層深く、一層不気味な物へとなっていった。

まるで祖国の中の不安を掻き立てるかの様に。

 

『そうやってお前はいつまで報われない戦いを続けるつもりだ?』

 

「………何だと?」

 

『考えてもみろ。お前の価値とは何だ?容姿か?カリスマか?それとも財力か?どれも違うだろう?お前という存在に見いだされてきた物はいったい何だ?』

 

「それは……。」

 

『とっくに分かっているはずだ。お前が周りから慕われ、求められてきたのは単に、その力だけだ。世界にとって大宮祖国の存在意義は”武力”に過ぎないのさ!』

 

「そんな事は無い!」

 

『いいや、違わない。だからこそお前は、いや俺たちは、常に戦いの中にいるのさ!今が良い証拠だろう?』

 

「…だが、それでも俺はこの力が必要とされる限りは、その人のために力を揮うだけだ。」

 

『ハァ、だからお前は哀れなんだよ。他者のために力を揮い、他者のために命をなげうち、そして最後は守って来た者によって捨てられる。俺たち大宮祖国の人生はいつだってそうだったろう?』

 

「………。」

 

『断言しよう。もし今回生き残る事が出来たとしても、お前は遠くない未来に存在そのものを疎まれ、そしてノーネームを去る。それでもまだお前は他人のために戦うのか?』

 

 

最後の問いかけに答える気力は、もう祖国には残されていなかった。

たった数秒の舌戦。

だがそれだけで、祖国の中の”小奇麗な”価値観にひびが入るのには十分であった。

 

”そうか、だから俺は奴をここまで拒絶していたのか…。”

 

ここになって初めて祖国は理解した。

なぜ”祖国”にここまで嫌悪感を…、いや恐怖を感じていたのかを。

それはきっと本能的なアラームだ。

”祖国”に会えば、きっと今までの自分の価値観が、信じて来た物が、すべて否定される事を祖国はどこかで理解していたのだ。

理解していてなお認めようとはしていなかった。

 

だが、実際に会って認めざるを得ない。

祖国と”祖国”とでは、何もかもが違いすぎる。

味わった絶望も、過ごした孤独も、背負った罪も。

今まで祖国が感じて来た仮初の優しさや、絆などでは補いきれ無いほどに、”祖国”の感情は淀んでいる。

そして彼の絶望の前には、祖国の信念などゴミ同然であるということも。

 

 

 

 

 

そして祖国は…

 

 

 

 

 

 

 

それでも諦める事が出来なかった。

 

今まで歩いてきた道を、助けて来た人々を、感謝されてきた事を、すべて偽物だと投げ捨てる事など祖国には出来なかった。

 

それは甘えかもしれない。

あるいは執着かもしれない。

はたまた泡沫に消える幻想かもしれない。

 

だがそれでもいい。

それが自己満足であろうとも。

こんな所で諦める事だけは、絶対に認める訳にはいかなかった。

 

”俺はきっとこの結末を知っていた。知っていてなお、俺はここに来る事を選んだんだ。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それでも俺は他人のために戦うよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”だからこそ俺は、俺の信じた道を行く。それがアイツとの、真由との約束なんだよ。”

 

そう、それは彼の人生におけるたった一つの約束。

彼が恩師、安里真由と交わした唯一の契り。

 

ー人をもう一度信じて欲しい。

 

それを違うことなど、祖国には出来ない。

ただ、それだけの理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんな祖国の答えに、

 

『ククク。まあ精々死なないようにする事だ。』

 

相も変わらず”祖国”は、何も読み取る事のできない表情で答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖国が空間から去った後、そこには水面に映る”祖国”の姿があるだけだった。

そしてその姿も、祖国が去った後から徐々に薄くなっていっている。

彼がこの深層心理の空間に顕現していられる時間も残りわずかなのだろう。

 

だが、そんな事は今の彼には関係ない。

彼の表情には、祖国には決して見せないであろう程の笑みが張り付いていたのだ。

それは久しぶりの邂逅のためか、あるいは…

 

『ククク、ようやく始まるのか。とは言え、人を殺める事も出来ない分際で、今回の戦いに勝てるとは到底思えんが…。まあ、どちらに転ぼうが結末は同じことだ。』

 

そしてその言葉を最後に、薄暗い空間には再び静寂が訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!
相も変わらす進まないですね(笑)

今回はもしかしたら読みにくかったかもしれません。
それは筆者の責任ですので、分かりにくかった点、改良点等ございましたら、感想欄までお願いします。
一応、補完説明は数話後に上げる予定です。

補足までに、文中に登場する
祖国=通常の祖国君です。
”祖国”=深層心理に映る、もう一人の祖国君です。
遊〇王の主人公とファラオみたいな感じで考えてもらえれば分かりやすいかな?(笑)

それと感想、批判、意見等も受け付け中です。
御用の方は、同じく感想欄までお願いします。
それでは今回はこれにて。


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謎解きはおやつと共に

お久しぶりです。
しましまテキストです。

お気に入りが280件を超えました。
毎度の事ながら誠にありがとうございます!

目指せ300件!

さて、春休みなのに休みが無いとはこれいかに。
リアルが多忙すぎてマジで泣けるorz
とりあえず、更新遅れてすいません。
※タグに不定期更新をつけました。

さて、今回は謎解き回です。
分かりやすい説明に出来ればいいのですが、いかんせん筆者の語彙力ですので、皆様の読解力に頼らせて頂きたいと思います。

それでは今話もお付き合いください。


 

コンコンコン

 

控えめなノックの音が静かな部屋に反響する。

その音を聞いた部屋の主は、ゆっくりと意識を覚醒させた。

 

ー約束の時間だ。

 

外から聞こえてくる声が彼にタイムリミットを告げる。

 

「…ああ、分かった。」

 

そして今にも消え入りそうな声で呟いた男は、虚空から黒い着物を取り出すと、一気に袖を通すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーム再開まで、残り20分。

 

場所はペルセウス会議室。

祖国がアルゴールと交渉を行った、まさにその部屋である。

対アルゴール用の作戦を練るためにこの部屋を事前に予約した祖国は、現在絶賛対策を思案中だったりする。

 

”ハァ、マジで帰りたい…。”

 

頭に糖分が足りていないと、近くの菓子箱からチョコレートを一つ取り出して頬張る祖国。

濃厚なチョコの甘さの余韻に浸りながら、すかさず右手に持ったティーカップの紅茶を無駄に優雅な動作ですする。

瞬間、品の良い紅茶の香りとカカオの風味が祖国の鼻腔をくすぐり、それがまた新たな祖国の…

 

”食レポかよ。少しは自重しろや。”

 

おっと、失礼。

とにもかくにも、適度な糖分を補充し終えた祖国は、再びその思考をフル回転させ、アルゴール対策を組み立てていく。

 

「とりあえず、十六夜との戦闘映像から見た限りで分かった事は…」

 

そう言って祖国は、近場にあった紙にアルゴールの特徴の中でも、特に厄介な性能を箇条書きにしていく。

 

・逆廻十六夜を越える身体スペック。

・もげた翼を瞬時に回復する程の耐久性能。

・ルイオスを石化させたギフト。

・十六夜の極光を無効化した、謎の黒い光輪。

 

自分で書き出しながらも最後の方はやや頬がひきつるのを感じた祖国。

聞きしに勝るチート性能に、流石の祖国も苦笑いが隠せないようだ。

実際、半分人間を止めている十六夜をも凌駕する身体能力に、石化の恩恵、さらには高い耐久性能や、極め付けには謎の光輪を使えると来た。

これでドン引きするなと言う方が無理な話だろう。

 

「上3つは…まあ何とかするとして…、問題は最後のギフトだな…。」

 

特に最後の能力は詳細が一切分からない事を差し引いても、かなりのヤバさだと祖国は結論付ける。

上の3つは、その正体や出自が比較的分かりやすい上、祖国は白夜叉の持つ知識と蔵書で予習済みであるため、対策もそれなりに立てやすい。

上2つは、アルゴールの霊格増加に伴う基本スペックの上昇と考えるのが妥当だろう。

3つ目は、予習段階である程度仮説を立てていたが、今回のルイオスのおかげでほぼ正体と本質まで掴むことが出来た。

 

だが、最後の光輪だけは異様だ。

その能力が何に由来し、どのような効力を持ち、どのような対策を立てればいいのか、何もかもが現状分かっていない。

 

”逆廻の極光を砕いたって事は、相手の攻撃を無効化するギフトか?だがその前、逆廻の極光を見たアルゴールの動揺っぷりから推察するに、逆廻のアレはただの光じゃねえな。恐らく見た目以上に凶悪な性能してやがるに違いねえ。とすると、アルゴールのソレも単なる無効化ではなく、もっと上位の、それこそ神性を帯びた何かって事か…?そう言えば、たしか発動時のキーワードに「聖書偽典」って言ってたな…。って事は、あれはヤツがもともと属していた旧約聖書に関する能力か…?でも「偽典」って事は…、ああクッソ、やっぱり情報が少なすぎる!”

 

頭の中でちっとも考えが纏まらない祖国は、いらだたし気に頭をガシガシと掻く。

いかんせん情報が少なすぎるし、白夜叉との予習で知りえなかった物の正体をこの場で暴こうという事自体が無茶な話である。

闘いにおいて情報は大事なファクターの一つであるが、それによって視野狭窄になるのはむしろマイナスだ。

そんな事なら必要最低限の情報だけを持ち、その場で臨機応変に対応する方がまだマシという物だ。

断片的な情報でけで物事を決めつけて分かったつもりになる事がどれだけ危険かを理解している祖国は、一度冷静になろうと再び菓子箱に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

と、その瞬間。

 

「祖国君いるの?入るわよ?」

 

そう言いながら、一人の可憐な少女、久遠飛鳥が唐突に部屋に入って来たではないか。

扉の前の気配に気が付かない程思考に入りびたりになっていた祖国は、突然の飛鳥の登場に驚いたのか一度つかみかけたチョコを手元でファンブルさせてしまう。

辛うじて床スレスレでキャッチした祖国は、大切な茶菓子を危険な目に合わせた張本人に非難するかの様な目線を向けつつ口を開いた。

 

「おいおい、お嬢様。部屋に入るならまずノックが基本だろ?」

 

「ノックしたけど返事が無かったから、こうやって確認しに来たんでしょ?むしろレディをドアの前で待たせるなんて、そちらこそ基本を見直して見たらどうかしら?」

 

有無を言わさぬ完全論破に押し黙る祖国。

まさか気配だけでなく、ノックの音にまで気が付かなかったとは思いもしなかった祖国は、彼にしては珍しく素直に謝意を伝える。

 

「そりゃ悪かったな。考え事に熱中して気づかなかったわ。」

 

「考え事というのは、やっぱりこの後の戦いの?」

 

「ご名答。」

 

そう言いながらも、いつの間にか祖国の対面のソファに座り茶菓子を一つまみしている飛鳥に、祖国はそっと新しい紅茶を差し出す。

それを受け取った飛鳥も、お嬢様に違わぬ気品に満ちた所作で紅茶を飲むと、

 

「…なかなか美味しい紅茶を淹れるじゃない。」

 

これまた珍しく素直な感想を口にするもんだから、祖国が驚きのあまり飛鳥の顔をマジマジと見つめてしまったのもしょうがない事だろう。

 

 

~黙々休憩中~

 

 

 

「ねえ、少し聞きたい事があるんだけど。」

 

お互いに茶菓子と紅茶をもくもくと楽しんでいると、唐突に飛鳥が真剣な表情で切り出した。

その表情は、なんだか不安げで、しかし聞かねばならぬといった使命感に駆り立てられているような、そんな表情。

決して似合っているとは言えないその表情のまま、まずはジャブといった感じの軽い話題から飛鳥は話しかける。

 

「黒ウサギに聞いたわ。貴方、ゲームクリアの第二条件をあまり重視していないみたいだけど、何か理由があるのかしら?」

 

「いや、別に重視してない訳ではないぞ。隙あらば、いつだって解いてやろうと今だって思ってる。」

 

「でも貴方、今回のインターバル中に本気で謎解きをしてないじゃない?ペルセウス兵や私たちで力を合わせれば、何かヒントぐらいは見つかるかもしれないのに。」

 

飛鳥の提案は、一般的に見れば合理的な選択だろう。

人海戦術で、第二条件の解答を見つけ出す。

解答まで至らずとも、何かしらの手がかりぐらいは見つかるはずだと、そう飛鳥は考えたのだ。

 

だが、

 

「いや、恐らくそれは無い。」

 

あくまでそれは”一般的”な話である。

およそ一般的という単語が最も似つかわしくないであろう男、大宮祖国は飛鳥のまともに思える意見を真向から否定すると、チョコを右手で弄びながら問う。

 

「そもそもお嬢様は、今回のクリア条件”天地をつなぐ逆理を暴け”って、どういう意味か理解してる?」

 

「…いいえ。」

 

「そっか、ならそこから説明するとしますか。」

 

そう言って祖国は、弄んでいたチョコをパックと口に含み糖分を摂取し終えると、そばにあったギアスロールを手に持ち、考察を開始する。

 

「じゃあ、いっちょやりますか。まず、この第二条件の文言にある”逆理”。この単語その物は矛盾やパラドックスといった意味を持っているんだが…、それじゃあ質問。この場合の”矛盾”とは何か?」

 

「えっ、それが今回の解答ではないのかしら?」

 

「いや、条件文をよく読もうぜ。今回”暴く”のは矛盾の正体ではなく、矛盾を”つなぐ”何かの正体だ。矛盾の正体は謎を解く過程でしかない。」

 

「…確かにその通りだね。」

 

そう呟くと、飛鳥はギアスロールに書かれた内容をもう一度吟味していく。

そしてたっぷりと数秒考え込むと、自信なさ気な様子だがおもむろに口を開いた。

 

「…詳しい内容は分からないけれども、文章から考えるに”天地”という単語に矛盾があるように思うの。」

 

「へぇ、理由を聞こうか。」

 

「ええ。逆理、つまりパラドックスには基本的に二律背反の存在が関係するわ。たとえはコインの表裏や生き物の生死のようにね。そしてこの条件文の中で唯一、対となる存在が同時に語られている単語、つまり”天地”だけが矛盾を内包し得るのよ。」

 

「おお、意外にやるじゃないか、お嬢様!」

 

飛鳥の意外にも的を得た発言に、祖国は内心彼女の評価を引き上げる。

たった一言のアドバイスでここまで条件を読み解いた飛鳥は、やはり多才な少女と言えるだろう。

 

正鵠、飛鳥の言は合理的でかつ正しい。

”逆理”が存在するからには、何かしらの”矛盾”が無ければならない。

ならば”矛盾”が存在する場合、それがどの単語に反映されているか?

その答えは、飛鳥の言う通り”天地”にある。

 

矛盾とは基本的に、二律背反の命題を同時に満たしている必要がある。

飛鳥の例ならば、コインが同時に表かつ裏を満たす事、あるいは生き物が生きながらかつ死んでいる事。

これらは明らかに同時に達成し得ない”矛盾”をはらんでいる。

そして条件文において、唯一その身に対の意味を含む単語、すなわち”天地”のみが矛盾を抱える存在として成立しうるのだ。

 

祖国はうんうんと頷くと、飛鳥の言をまとめる。

 

「そう、つまりこの条件文において”天地”とは何かしらの矛盾を持っていなければならない。より正確に言うならば、”天”と”地”という物は同時に成立し得ない、という事を意味している。」

 

「ええ、そうね。だけど私に分かるのはそこまでよ。”天地”が具体的に何をさしているのか見当もつかないもの。」

 

そう言って飛鳥は少し悔しそうな顔をした。

キーワードが”天地”であるという事は分かったが、それが具体的に何を指し示すのか分からない以上、問題解決にはならないからだ。

 

だが、そんな中でも祖国は全く落胆していない。

そしてそれは単に飛鳥がその才能の片鱗を垣間見せたからに他ならない。

今回はそれだけでも十分な収穫だと、彼自身納得していたからだ。

 

「まあ、そこまでできれば十分だろ。これ以上読み解くには、ある程度の知識や情報は必要不可欠だからな。今のお嬢様には情報が足りてないだけだ。そんな物は後からどうにでもなるさ。」

 

「…そうかしら。」

 

「ああ、今はお嬢様がそれだけ頭がキレるって事が分かって安心した。だからここから先は俺が説明しよう。」

 

そう言うやいなや、祖国はピシッと人差し指をたてた。

突然の祖国の行動にいぶかしむ飛鳥を後目に、祖国はさっさと考察の続きを開始する。

 

「今回の条件文を理解するにあたって、クリアしなければいけない物が三つある。まず一つ、キーワードの特定。これはさっきお嬢様がやってくれた。」

 

コクリと飛鳥が頷くと、祖国は次に中指を立てる。

 

「次に二つ目は、アルゴールの出自、由来、伝承、特性などを知っている事。だがお嬢様にはこの情報が圧倒的に足りていない。だからこそ、お嬢様がここから先に進めない理由でもある。」

 

歯がゆそうな表情を浮かべる飛鳥。

だがそんな事はお構いなしに、祖国は最後の指、薬指をスッとあげ再び口を開く。

 

「そして最後のカギ。現状のアルゴールと伝承に伝わるアルゴールとの違いに気づく事。この三つが条件文を読み解くための最低条件だ。」

 

「昔と今のアルゴールの違い?」

 

「ああ、だがまあそれは後においておこう。二つ目と三つ目の条件は俺の仮説の裏付けとして使うからな。とりあえず今は、”天地”の正体を暴くとしよう。」

 

そう言っとドップリとソファに座りなおした祖国は、先程までとは打って変わって真剣な面持ちでしゃべり始めた。

 

「まず簡単な確認だけど、実際問題”天地”を”つなぐ”ことが物理的にできるかって話だ。お嬢様はどう思うよ?」

 

「”地”ならまだしも、”天”をつなぐなんて到底出来るとは思えないわ。そもそも”天”の範囲がどこかという定義すら無いもの。」

 

「その通りだ。ならばここに書かれている”天”と”地”は、何かの比喩あるいは置き換えと考えるのが妥当だ。」

 

「確かにそうね。」

 

「ここで忘れちゃいけない事だが、これはアルゴールのゲームだ。という事は、この”天地”も必然的にアルゴールと何かしら関係がある物って訳だ。」

 

「それがどうかしたの?」

 

「”アルゴール”、”比喩”、そしてさらに”彼女の来歴”。これら三つの事を統合して考えると、ある一つの仮説が浮かび上がってくるんだよ。」

 

「仮説?」

 

「ああ。この”天地”が指し示す内容ってのは、アルゴールの”霊格”に関係している可能性が高い。」

 

その断言の力強さに、もはや可能性でなく事実なのではないかと錯覚してしまう飛鳥。

それほどまでに、彼女の目の前にいる男の瞳には自信が溢れていた。

 

「ふぅん、”霊格”ね。でも仮に彼女が霊格的に何かしらの矛盾を抱えているとして、じゃあその矛盾って何かしら?いくら”天地”の正体がわかっても、矛盾の正体が分からないんじゃ意味が無いわよ?」

 

「ああ、その通りだ。だが矛盾の正体の正体を語るためにも、事前にお嬢様には知っておいて欲しい事がある。」

 

そう言うと祖国はどこからともなく一冊の本を取り出した。

茶色いなめし革に金の刺繍が施されたそれは、一目見て貴重な蔵書であることが見て取れる。

どこから取り出したという飛鳥の疑問も知らずに、祖国はあるページを求めてパラパラと紙をめくっていく。

 

「この本は見た通りアルゴールの伝承や来歴が事細かに書かれている。彼女がどこで生まれ、何を行い、そしてどうなったのか。その全体の内容が大まかに纏められたのがこのページだ。」

 

そう言いながら、祖国はとある見開きのページを飛鳥に差し出した。

そしてそこには以下のような内容がまとめられていた。

 

『元来アルゴールとは生まれながらの星霊ではなく、後天的な星霊である。

彼女の霊格の本来の姿は、古代メソポタミアにおける地母神であった。

しかし天文学が発達するにつれ、彼女の霊格は地母神としての性格を失っていき、最終的に旧約聖書に取り込まれたことで、原初の悪魔を冠する星霊として覚醒する。

 

そしてほぼ同時期に星霊アルゴールは三千世界の神々に宣戦布告。

持前の恩恵で神話群に大打撃を与えたものの、最後には封印される形となる。

だが封印された彼女を旧約聖書の神々が引き取る事を拒否。

神話形態にたらい回しにされた結果、最終的に彼女を引き取ったのはギリシャ神話群だった。

 

しかしそこでもアルゴールの問題児っぷりが遺憾なく発揮され、後見人であるアテナと口論の末争う事となる。

だがギリシャ神話群に取り込まれて霊格が劣化していたアルゴールは十全に力を揮う事ができず、結果としてアテナと組んだペルセウスに泥酔時に暗殺された。

そしてそれ以降、アルゴールはペルセウスに隷属される事となる。 著:筆者』

 

 

 

「(最後のバカにはつっこまんぞ…)これがアルゴールのざっくりとした来歴と伝承だ。」

 

「(最後の筆者って誰よ…)彼女の人生が壮絶な物だった事は分かったわ。でも、これを読んでも矛盾の正体は分かりそうにないのだけれど。」

 

「ま、そうだろうな。この謎を解くにはもう一つ重要な事を理解していなきゃならんからな。」

 

「重要な事?」

 

「ああ。つっても、お嬢様はすでにそれを体現した奴に会ってるんだがな?」

 

「…?」

 

祖国の言葉に、一瞬全く心当たりがないといった表情をする飛鳥。

だが、それもほんの数秒の事だった。

すぐに彼女は思い当たる人物に気が付いたのか、自信に満ちた口調でその答えを口にした。

 

「分かったわ。白夜叉でしょ?」

 

「ご名答。まぁ、お嬢様が知ってる星霊なんてアイツぐらいだろうがな。」

 

飛鳥の会心の答えに、しかし当然といった表情で応答する祖国。

星霊アルゴールに最も共通項が多い星霊白夜叉を飛鳥が導き出せたのは、彼女の聡明さを前提に考えれば当然の結果と言えるからだ。

せっかくの正解したにも関わらず釈然としない気持ちの飛鳥を後目に、祖国はさっさと話しを進めていく。

 

「でも、ここで一つの疑問が浮かんでくる。お嬢様はこの”星霊白夜叉”って表現おかしいと思わないか?」

 

「えっ、どうして?」

 

「いや、だってさ、この表現じゃ”星霊”なのか”夜叉”なのか分からないだろ?」

 

「それは白夜叉が星霊であると同時に夜叉でもあるからじゃないの?」

 

「いや、それはおかしい。そもそも”星霊”ってのは星を司る程莫大な力を持った存在だ。それに対して”夜叉”ってのは、数多ある神群の中の一つである仏門、しかもその中の一柱の神にすぎない。それを同格として扱うなんて無理があると思わないか?」

 

祖国のもっともな質問に押し黙る飛鳥。

内容をよくよく反芻していくと、確かにおかしい部分が浮上してくる。

 

霊格の強弱とは、ひとえに信仰の大小によって決まる。

星全体の信仰に匹敵する規模の星霊は、箱庭においても最強種と呼ばれるほどであり、ギフトを与える側の存在でもある。

それに対して夜叉は、星の一部の宗教である仏門の、さらに一柱に過ぎない。

もちろん夜叉が弱いという訳ではないが、星霊と比べると役不足感が否めないだろう。

 

だが実際問題、星霊であるはずの白夜叉は夜叉という名を冠している。

このパワーバランスの不均衡こそが、祖国の言う”表現がおかしい”ということであった。

白夜叉にしてみれば星霊である自分が、わざわざ格下である夜叉の名を冠する理由は無いはずだからだ。

 

「だから、実際に本人に聞いてみたんだよ。なんでそんな変な名前してるのかってな。」

 

「直接白夜叉に聞いたって事?」

 

「ああ、そしたら意外と面白い事がわかったんだ。なんでも白夜叉はフロアマスターとして下層に干渉する条件として、仏門に帰依し夜叉の霊格を得ることで、本来の星霊としての霊格を一部封印しているらしい。」

 

「霊格を封印!?」

 

「おいおい、お嬢様。確かにそれはビックリするかもしれねえが、問題はそこじゃねえよ。今回大事な事は、同一人物が二つ以上の異なる霊格を持つ場合、その人物の霊格はより格が低い方の霊格に依存するって事だ。」

 

「…つまり箱庭独特の法則みたいな感じかしら。」

 

飛鳥は流石と言うべきか、今の解説で一応は理解したようだ。

 

念の為に解説しよう。

箱庭において同一人物が複数の霊格を持つ場合、その本人の霊格は相対的にランクが低い方の霊格に依存することとなる。

例えば、人物Xが二つの霊格、αとβを有するとしよう。

この場合、この人物の霊格はαとβのうちより霊格としての格が低い方に決まる。

条件分けして考えるなら、α>βならばXの霊格はβに、α<βならばXの霊格はαとなる。

 

まあ、つまるところより格の低い霊格は”枷”として作用するという事だ。

 

「そしてそれこそが、アルゴールの霊格の矛盾の正体でもある。」

 

「どういう事?」

 

「そうだな…、端的に答えを言おう。アルゴールの霊格の矛盾、それはつまり奴が未だ地母神としての霊格を残しながらも、星霊として十全に力を発揮できているという事だ。つまり、地母神という”地”の霊格を持ちながらも、”天”である星霊として完全に成立している矛盾。それこそが奴の矛盾だ。」

 

あまりにぶっ飛び過ぎた解答に唖然となる飛鳥。

いや、決して解答がぶっ飛んでいる訳ではなく、むしろ彼女が呆れているのは祖国の思

考なのだが。

 

祖国の解答はつまりこうだ。

霊格が同一人物に二つ以上ある場合は、霊格の低い方が枷として作用する。

例えば白夜叉が夜叉の霊格に引っ張られ、星霊としての力を十全に発揮できない様に。

だが、アルゴールはこの枷が当てはまっていないというのが彼の答えだ。

彼曰く、アルゴールはその霊格の内に地母神としての霊格を秘めている。

本来ならばこれは”地”の霊格で、星霊という”天”の霊格よりも劣るため、地母神の霊格という枷によってアルゴールは完全な星霊として成立せず、その力を完全には発揮できない。

にも関わらず、アルゴールは現に完全な星霊として顕現している。

これこそがアルゴールの霊格の矛盾の正体であると祖国はふんでいたのだ。

 

しかし過程をいささか以上に省略しすぎたためか、飛鳥は未だに納得いかないといった表情をしている。

いかにしてその様な解答にたどり着いたのか、解答を聞いても逆算さえ出来ない答えを信用できないのも、まあ当然の事だろう。

とりあえず祖国の解答を理解するためにも、飛鳥は一つずつ疑問をつぶしにかかった。

 

「えーと、いろいろ聞きたい事はあるのだけれど…。どうしてアルゴールの霊格に地母神としての霊格があるって分かるのかしら?」

 

そう、祖国の解答はアルゴールが未だに地母神としての霊格を有している事が前提だ。

だがアルゴールの伝承にあった通り、彼女はすでに地母神としての霊格を失っているはず。

彼の主張の根拠がいったいどこにあるのか。

それを問いたださずして、彼の答えを認める訳にはいかなかったのだ。

 

だが、そんな飛鳥の問は予想済みだったのか、祖国はいっさい迷う様子もなく口を開いた。

 

「ああ、それな。最初は俺も自信なかったんだがな。さっき逆廻の戦闘を録画していた物を見て確信したんだ。やっぱりアルゴールは地母神の霊格が混じってるってな。」

 

「だからその根拠を聞いてるのよ。」

 

「ルイオスの石化の仕方だ。」

 

「石化?」

 

「ああ、お嬢様も見ただろ?ノーネームがペルセウスに荒らされた時に、庭の一帯が石化していたのを。」

 

「ええ。」

 

「星霊アルゴールが石化の方法として使用するのは主に”ゴーゴンの威光”だ。つまり星霊の場合は、石化は光を媒介にして行われる。これはその特性上、石化対象の周囲一帯も巻き込んでしまう。ノーネームの庭が良い例だ。」

 

「…確かに。」

 

「だが、ルイオスが石化した場所を見ても、そんな痕跡は見当たらなかった。これはつまり、威光以外の方法で石化したという事を意味する。ここまではいいか?」

 

「…問題ないわ。」

 

「ならば威光以外でアルゴールが有する石化のギフト。そんなものは俺が知る中でたった一つ、………ゴーゴンの魔眼だ。」

 

「…それくらいなら聞いた事あるわ。たしか目に見た人を石に変えてしまう瞳でしょう?」

 

「多少違うが…、まあ概ね正解だ。」

 

「でもそれがどうして地母神の証明になるの?」

 

「簡単な話だ。アルゴールがゴーゴンの魔眼を持っていたのは、彼女が地母神キュベレーだった頃だけだからだ。」

 

そう、それが祖国の主張の根拠。

星霊アルゴールはその名を冠する前は、メソポタミアの地母神、名はキュベレーと呼ばれており、五穀豊穣を司る神であった。

そしてその頃に彼女が有していたギフト、それこそがゴーゴンの魔眼。

裏を返せば、アルゴールがゴーゴンの魔眼を持っているという事実は、そのままアルゴールが地母神キュベレーとしての神格を有している事を意味する。

つまり、アルゴールには”地”の霊格が混ざっている事の証明となるのだ。

 

「…いつから気が付いていたの?」

 

「最初に違和感を覚えたのは、やっぱり石化されたルイオスをみた時だな。そんでもってさっき録画をみたが、やっぱりゴーゴンの魔眼で間違いないみたいだ。ルイオスが睨まれただけで石化してやがるしな。」

 

この男の頭の中はいったいどうなっているのかと本気で溜息をつきたくなる飛鳥。

ハッキリ言って洞察力云々のレベルを超えている様な気がしなくもないが、そこはもう気にしたら負けだと割り切っているのか、彼女はさっさと次なる質問に切り替える。

 

「アルゴールが完全に星霊として成立しているという根拠はどこにあるのかしら?貴方は彼女の実力を完全に知っているとでも言うつもり?」

 

恐らく何かしら根拠があるのだろうという事を予期しながらも、飛鳥は気になった事を口する。

アルゴールが星霊として成立していると言い切れるその根拠がどこにあるか?

もしかしたら彼女はただ地母神のままパワーアップしただけかもしれないという事だ。

確かにこれはアルゴールの実力を、過去から現在に亘って把握している必要がある事なのだが…

 

「ああ、まあなんだ。勘かな?」

 

そんな事はこの男には関係ないようだ。

あまりにあっさりとした回答に、少し勢いをそがれた飛鳥は困惑気味に問う。

 

「勘って…、まあ貴方の事だから、その勘にも何か根拠はあるんでしょ?」

 

「一応な。って言っても、単なる推論ゲームだ。」

 

そう言うと、祖国は飛鳥に見える様に右手でピースを作ると、その二本の指をユラユラ器用に揺らしながら説明する。

 

「同じ星霊同士、白夜叉とアルゴールを比較してみよう。まず霊格の枷が無い場合では、確実に白夜叉の方が強い。信仰の数が圧倒的に違うからな。そんでもって、互いに霊格の枷がある場合も、仮に二人の枷を同レベルの物だと考えると、白夜叉の方が上なのは当然。ここまではいいか?」

 

「…なんとか。」

 

「んでもって、俺は枷をした白夜叉に勝った。って事は、枷をしたアルゴールにも当然勝てるわけだ。だがアイツから感じるプレッシャーを考えると、今の奴との勝負はどっちに転ぶか分からん。だから今のアイツは霊格的束縛を受けていない可能性が高い。」

 

祖国の言い方で分からなければ、数式で表した方が分かりやすいかもしれない。

自力の実力的に考えると、

(白夜叉)>(アルゴール)

とという事は、信仰数の違いからも明白。

また霊格的な枷が彼女等から同じだけの力を制限するとするなら、

(白夜叉+枷)>(アルゴール+枷)

というのも当然の事である。

そして、祖国の実力は枷を着けた状態の白夜叉よりも上なので、

(祖国)>(白夜叉+枷)>(アルゴール+枷)

と言える。

つまり、通常ならば祖国が霊格的に制限を受けたアルゴールならば負ける道理は存在しない。

 

しかし、祖国が実際に相対し、彼自身の目せ確認した彼女の威圧感は決して勝利を確約できるほど生易しいものでは無かった。

これは即ち、上の不等式が成立しない可能性を意味する。

そしてそれが可能な方法は、アルゴールの枷が存在しない事。

つまり

(アルゴール+枷)-(枷)>(祖国)

という状況以外あり得ないだろうという事だ。

 

「だけどまあ、そんな事考えなくても証明は出来るんだけどな。」

 

数学的な方面は少しお出来が芳しくないのか、頭をうーんと悩ませている飛鳥を見かねたのだろう。

祖国は今回のゲームのギアスロールを取り出して、飛鳥に差し出して見せた。

 

「一つ目のクリア条件にあるだろ?”星霊”アルゴールの打倒って。」

 

「あっ…。」

 

灯台下暗しとはまさにこの事だろう。

何てことはない。

アルゴールは既に彼女のギアスロールの中で、自らの霊格の正体を言及していたのだ。

 

「文章をよく読むって大切なのね…。」

 

「うん、まあ、あんまり落ち込むなよ。」

 

彼女なりにプライドがあったのだろうか、羞恥のあまりにどこか遠い目をしている飛鳥。

そんな感情豊かな彼女を見て、一瞬嗜虐心をくすぐられた祖国は悪くないはずだ。

いや、そんな事も無いか。

 

とりあえず無難な解答をした祖国は、これまでの総まとめとして大雑把に会話をまとめる。

 

「まあ、つまるところ今回のゲームの第二条件の解答はアルゴールの霊格的矛盾、もっと言うなら地母神の霊格を持ちながらも星霊として成立している矛盾を解き明かせって事なんだが…。」

 

「どうかしたの?」

 

「ハッキリ言って全然分からん。」

 

ハァ、と後ろにどんよりとしたエフェクトが見えそうな位大きな溜息をつく祖国。

彼にしてみれば戦わずに済めばそれに越したことは無かったのだろう。

まあ、死ぬかもしれない戦いに身を着たがるほど彼には死亡願望は無かった。

だが、そんな彼の様子を見ていた飛鳥は、納得がいかないといった表情のままだ。

 

「ねえ、思ったんだけれど、最初に聞いた私の質問の答えまだ聞いてないわよ?」

 

そう尋ねる彼女の声には、明らかに憤りが含まれていた。

 

「質問?」

 

「なんで皆で手分けして答えを探さないかって事よ。そこまで第二条件が分かってるなら、後は人海戦術でどうにかなるはずでしょ?」

 

そう、祖国がそこまで問題の核心に迫っているのならば、後は手分けして解答にたどり着けばいいし、そっちの方がより確実なはずである。

だが、祖国はそうしなかった。

その理由が、未だ飛鳥には分からなかったのだ。

 

”どうして私たちを頼ってくれないのよ!”

 

そんな言外の気持ちに気づかないのか、あるいは気づいていてそうしているのか…。

祖国の態度や表情に全く変化は見られない。

 

「あー、それね。少し考えれば分かると思うんだが…。もしお嬢様が誰かを拘束する時、わざわざ抜け出す手段がある方法で捕えておくか?」

 

「どういう意味?」

 

「つまりな、何かしらの抜け穴がある方法で相手を縛るくらいなら、もっとより確実な方法を選ぶだろ?」

 

「ええ、そうね。」

 

「それと同じさ。現状白夜叉は夜叉の霊格によって力をセーブしてる訳だが、アルゴールみたいな裏技が存在するなら、それはもう枷としての意味をなさない。もっと別の、確実に相手の力を削ぐ方法を採用するはずだし、アイツが所属するサウザンドアイズならそれくらいできるはずだ。」

 

「それでもそうしないって事は…」

 

「そう、少なくともサウザンドアイズは今の霊格による方法が安全だと考えている。つまりアルゴールの裏技はサウザンドアイズさえも知りえない方法って事になる。」

 

「…さすがにペルセウスの情報網がサウザンドアイズに勝るとは考えにくいわね。」

 

「ああ、だがサウザンドアイズ程の大規模コミュニティがこんな危険な情報を全くつかめないとは思えん。」

 

「確かに。具体的な方法は知らなくとも、”裏技が存在する可能性”さえ知っていればこんな方法をとるはずないものね。」

 

「その通りだ。この事から総合的に判断すると、おそらく今回の裏技は極最近に発見された可能性が高い。いかにサウザンドアイズでさえも情報をキャッチ出来いはずだ。なにせ情報そのものがまず出回っていないんだからな。」

 

祖国の推測は、予測される中で最悪の部類だ。

なにせサウザンドアイズでさえも知りえない情報に加え、最近発見された可能性が高いときた。

これではいかに過去の蔵書や伝承を漁ろうとも答えなど出るはずが無い。

なざならそれは過去に存在していないのだから。

 

「なるほど、蔵書でも伝聞でも知りえない。さらにサウザンドアイズでさえ得られない情報なら、ペルセウスが持っているはずもない、か…。調べても分からない事に時間を割くのは無駄だから、最初から人海戦術を却下したのね?」

 

「そういう事。つーか、改めてこのゲーム鬼畜すぎだろ…。」

 

現状確認が済んだところで、事態は一向に好転しない。

というより寧ろ今祖国が置かれている状況がどれ程厳しいものか再認識させられたためか、部屋の空気が心なしか淀んでいる。

主に祖国の背後が。

まあ、実質答えの知りようが無い第二条件に、死闘必至の第一条件と、これ程までにキツイ状況はそうそう見当たらないだろう。

 

同時に遅まきながら、今回のゲームに参加する直接の原因となった白夜叉にフツフツとどす黒い感情が湧き上がる。

 

”とりあえず、あのロリババアは許さん。今度筆者に会ったらアイツの鬱エンドを提案してやろう。”

 

中々にメタい事を考えていらっしゃる祖国君の悪い顔といったら。

 

 

 

 

 

 

 

まあ、そんな主人公のダークサイドはさておき、部屋に再び一時の静寂が訪れる。

祖国は飛鳥への説明を終えたためか、すでにアルゴールに対する作戦を練り始めている。

彼女の弱点、死角、パターン等を読み込み、そして頭の中で戦闘をシミュレーションしていく彼の表情は真剣そのものだ。

 

一方飛鳥はというと、部屋に入って来た時と変わらず、どこか落ち着かない態度のままソワソワとしている。

まるで言い出しにくい事を切り出す前の、一番勇気がいるタイミングの様な感じである。

 

「どうしたお嬢様?トイレか?」

 

「もう!レディに対してそんなデリカシーの無い事を言うなんて最低よ!」

 

流石に目の前でそんな雰囲気をされては堪らないと思った祖国。

飛鳥の緊張気味な態度を軟化させるため小粋なジョークを一発挟み…、と言うのは嘘で特に何も考えず発言しただけなのだか…、彼女の気分を幾分か解消させる。

 

そして飛鳥も、祖国の超奇跡的なミラクルアシストのおかげか、幾分気分が楽になったようである。

比較的いつも通りの口調で。

 

だが真剣な瞳はそのままに。

 

 

 

そして彼女はついに口を開いた。

 

 

 

「ねぇ、一つ確認したい事があるのだけれど。」

 

「ん?」

 

「貴方、死ぬつもりじゃないわよね?」

 

 

 

 

 

 

 

ー瞬間、祖国の中で何かが砕ける音がした。

 

 

なぜだ?

 

なぜバレた?

 

どうして彼女はそれに辿り着いた?

 

いや、そもそもどうして彼女なのだ?

 

 

ー心に押しとどめていた感情の波が、わずかに入ったヒビから表に流れ出ようと押し寄せる。

 

 

今はダメだ。

 

今だけはダメだ。

 

ここで失敗したら全てが水の泡なのだ。

 

ここで甘えてしまえば、彼女たちは必ず自分を許せなくなるから。

 

だから今だけはダメなのだ。

 

 

ーそして彼はペルソナになる。

 

 

いつも通りに演じよう。

 

そう、簡単な事だ。

 

俺はいつも通りの、愚かな英雄。

 

皆の未来を明るく照らす、天下無双のヒーローを。

 

 

心の波が荒れ狂う中、祖国はいたっていつも通りの表情、いつも通りの態度、いつも通りの言葉遣いで応答する。

 

「………ハハハ、笑えない冗談だな。だいたいお嬢様には、俺が誰かのために死んでやるような聖人に見えるのかよ?」

 

「…ええ、見えるわ。」

 

ハッキリと彼を見据えるその瞳は、それ以上の隠し事を不義理だと感じるほどの眼差し。

感情を隠す事に特化した大宮祖国が、まるで心の底まで見透かされているのではないかを思うほどに、それは真摯な光を帯びていた。

 

 

 

「…どうして、そう思うんだ?」

 

 

 

だからだろうか。

彼がそれを否定できなかったのは。

いつも通りそんな事は無いと、ただの考え過ぎだと、そう一笑に付す事が出来なかったのは、きっと彼女の瞳がただただ他意もなく、

 

 

 

ー祖国の事を案じていたからに他ならなかった。

 

 

 

「…目がね、似ていたのよ。小さい頃によく面倒を見てもらっていた人がいたんだけど。その人が死地に赴く時の目に、とてもよく似ていたの。」

 

「ハハ、なんだよそりゃ。」

 

 

 

本当に何だよ、それ。

 

そんなのズルじゃねーか。

 

そんなの騙せるはずが無いだろうよ。

 

始めっから、答えを知ってるなんてさ。

 

 

もはや防波堤に意味は無い。

どれだけ押しとどめても。

どれだけ直しても。

その先の答えが知られているなら、これ以上は無意味だろう。

 

 

 

 

 

 

なればこそ、最後くらいは俺らしく、気障で嫌味な俺らしく、彼女に言葉を贈ろうじゃないか。

それが俺の心を暴いてくれた少女に対する、最後で最大の意趣返しだから。

 

 

「………フゥ。まったく、この俺が心を読まるとはな。ああ、世界は暮れて世も末か。」

 

「…やっぱり、そういう事なのね?最初から一人で戦うって提案したのも、ペナルティから私たちを守るためなの?」

 

「さあて、なんのことやら。」

 

「真面目に答えなさい!」

 

突然、彼の身体に謎の強制力が働き、瞬間的にこれが彼女の”威光”だと理解する祖国。

だが悲しいかな、彼女の未熟なギフトが祖国に本当に届く事は無かった。

それは単に格の違い、意志の違い、背負ってきた全ての違い。

大宮祖国の人生が、軽々しく他人に真実を語らなかったそれであることに他ならないからだ。

 

「悪いが、他人にペラペラ自分をしゃべる様な軽い人生は送ってないんだよ。」

 

 

そんな祖国の非情な言葉が彼女の胸に突き刺さる。

自らのギフトが、いや一縷の願いが絶たれた飛鳥は、それでもまだ諦めきれぬ表情で、ただただ祖国を睨みつけていた。

 

 

 

「だからお嬢様も気にすんなよ。全部俺が悪いのさ。」

 

 

 

そうだ、悪いのは俺だ。

 

だからもう諦めてくれ。

 

そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

 

お前らが笑っていられるように、俺はこの道を選んだんだから。

 

 

そんな祖国の惰弱たる願いは、だが聞き遂げられる事はなかった。

それはこれ以上踏み込んで欲しくないという彼の拒絶をとって捨てるかのごとく。

彼の諦観を踏みにじり、ただただ生きて、生へ縋り付くかのごとく。

 

ー大宮祖国に生きていて欲しいというそれだけの願いを。

 

彼女はポツリと呟いた。

 

「…苦しむ事になるわ。黒ウサギも、春日部さんも、十六夜君も、もちろん私も。」

 

「………。」

 

「貴方にすがる事でしか生き残れなかった自分を。貴方を犠牲にして享受する生を。誰も彼もみんな、許すことが出来ないはずよ。」

 

「………。」

 

「それでも貴方は行くというの?」

 

「…悪い。」

 

「みんなを悲しませると承知で?」

 

「……悪い。」

 

「…どうしても変えられないのね?」

 

「………悪い。」

 

 

それ以上の会話は続かななった。

もはや言葉を交わす必要もない程に、聡明な飛鳥は理解してしまっていた。

 

もう変えられないのだと。

 

彼の意志も、現状も、何もかもが。

 

全ては既に終わっていたのだと。

 

 

 

 

そして祖国もそうだろうと確信していたのだ。

 

 

 

 

 

だからこそ、彼女の次の言葉は祖国さえも予期し得ないものだったのだろう。

 

 

「生きて帰ってきなさい。」

 

 

去り際に放たれた、たった一言。

ただそれだけの言葉に込められた意味。

 

勝たなくていい。

 

どんなに汚くてもいい。

 

ただ、生きて帰ってきて欲しい。

 

 

 

 

そんなどうしようもなく優しい言葉に。

久遠飛鳥という人間の底なしの優しさが垣間見える言葉に。

 

 

「…ああ、約束だ。」

 

 

彼は最後まで、小さな嘘をつくのだった。

 

 

 

 




読了ありがとうございます!

まさかの一万字オーバー。
そして安定の話の遅さ。
マジでこれ完結するんかいなw

まあ、気長にやっていきたいと思います。

感想、批判、質問などお待ちしています。

それでは今回はこれにて。


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黒幕

こんにちは、しましまテキストです。

今話でなんと30話に到達いたしました!
これまで読んで下さった読者様、本当にありがとうございます!
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

お気に入りも290件を突破いたしまして、嬉しい限りでございます。
まだまだ至らぬ点が多い駄文ではございますが、なにとぞご指摘等もお願いします。

さて、今話は独自解釈、独自設定のオンパレードでございます。
文章力の無さで分かりにくいかもしれませんが、そこはお許しください。
設定がおかしいよ、これどういう意味、という方はコメント欄までよろしくお願いします。

それでは今話もお付き合い下さい。


ここはとある屋敷の中。

ヴィクトリア朝様式の趣が垣間見えるその部屋には、その文化に相応しい絢爛たる装飾品が所せましと並んでいる。

絵画、燭台、寝台、小物などなど…。

総じて装飾過多になりがちなそれらを、しかし全く厭味を感じられない程に部屋にマッチさせている事実はこの部屋の主のセンスの高さを如実に示していた。

 

そんなほんのりと蝋燭の明かりで照らされた部屋の中。

今回の騒動の黒幕である彼女は笑う。

 

「これでやっと始まるのねぇ。まったく、ほんとに時間がかかったわぁ♪」

 

黒をベースとしたゴスロリの服装に、まだあどけなさが残る可憐な顔立ち。

十人に問えば十人ともが美少女と答えるであろうその可愛らしい顔には、しかし彼女の年齢では考えられ無いほどの妖艶な笑みが張り付いている。

 

「ああ…、愛しの愛しの祖国さん。貴方はどんな声をあげて死んでいくのかしらぁ?絶望?恐怖?それとも諦め?ハァ、早くその端正なお顔を苦痛でゆがませてあげたいわぁ♡」

 

この上なく物騒な事を口走りながら、うっとりと恍惚の表情を浮かべる少女。

常人が見れば一瞬で異常と断ずるであろうその言葉が、だが決して気まぐれで発せられたものでない事は彼女の瞳を見れば容易く理解できた。

 

淡い栗色の髪に映える琥珀の様な黄金の瞳。

その中に渦巻く底なしの狂気。

幾重にも織り重ねられたそれは、見る者を彼女と同じ快楽へと引きずりおろす魔性の闇。

 

そんな神秘的とも幻想的とも、あるいははたまた悪魔的とも言える瞳で、彼女は遠く遠く、遥か彼方で行われているペルセウスでの一部始終を”眺めて”いたのだった。

その姿はまるですべてを掌の上で操っている様な、図った物事が全て計画通りであるかの様な、そんな全能感さえ漂わせながら。

 

 

 

 

「ハッ。相変わらず悪趣味だな、ティレス。」

 

 

 

 

突然、彼女がいる部屋に鋭い男の声が響く。

ティレスと呼ばれたその少女が、まるでいいところで邪魔をされた子供の様な表情をしながら声をかけて来た男の方を振り返ると、そこに立っていたのは水色の髪を綺麗に切りそろえた峰麗しい青年であった。

 

「あらぁ、まさか貴方が来るとは思わなかったわぁ。お久しぶりね、アンデルセン。」

 

彼の非難の声は見事にスルーしながら、軽く挨拶を交わすティレス。

当のアンデルセンと呼ばれた男も、その反応は想定内であったようで、さして気にする様子もなく少女にしゃべりかける。

 

「当たり前だ。この俺がわざわざ唄まで謳ったのだぞ?ならばその結末を知るくらいは当然の権利というものだ。」

 

「別に見るななんて言ってないわよぉ。ただ貴方がわざわざ出向くほど、この戦いに価値があるとは思えないのだけれどぉ?それとも何か貴方のお気に召すものがあるのかしらぁ♪」

 

「戦い自体に興味は無い。まあ、貴様があの原初の悪魔に何か細工をしているのは気付いていたからな。せいぜいそれを確かめに来ただけだ。それよりも…」

 

そこでいったん言葉を切るアンデルセン。

瞬間、その髪と同じ色をもつ瞳で冷やかな目線を目の前に座る少女に向ける。

言葉にせずとも明らかに彼女を糾弾しているその目線は、返答次第では最悪の事態も辞さないという圧力だ。

 

そして彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「今回の一件、貴様が黒幕なのだろう?洗いざらい吐いてもらおうか?」

 

「あらぁ、物騒ね。そんな怖い目で見なくても、ちゃんと喋るわよぉ。今回は貴方にも手伝ってもらった訳だし、それなりに感謝しているのよぉ?…それで何かが知りたいのかしらぁ?」

 

「すべてだ。今回貴様が関わった事、目的、手段、知り得る事全て教えてもらおうか。」

 

「あらあら、欲張りねぇ。けど、まぁいいわぁ。面倒だし最初から説明してあげるわよぉ♡」

 

そう言うと、少女はアンデルセンの方へと椅子ごと体を向けた。

安楽椅子にゆったりと腰かけたまま、黒幕たる彼女は自分以外知りえない真実を語り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めに聞いておくけれどぉ、今回に限らず私の本質的な目的を貴方は理解しているのかしらぁ?」

 

「フン、何を今更。あの小僧を殺す事だろう?」

 

「ええ。と言っても、それもほんの過程に過ぎないのだけれど、まあいいわぁ。とりあえず今回は彼を殺す手段としてアルゴールを利用する事にしたのぉ。」

 

「何故わざわざそんな遠回しな方法をとる?貴様が出向けば一番確実なはずだろうに。」

 

アンデルセンの無粋極まりない解答をうけたティレスは、分かっていないとばかりにかぶりを振る。

物事には何事にも順序という物が存在する。

基礎の土台を疎かにして高層ビルを建てれば容易く崩れる様に、彼女の目的を果たすためにも、今彼女が祖国を手ずから殺すのはリスクが高すぎたのだ。

 

「分かってないわねぇ。器が未完成な彼を殺しても意味が無いのよ。何事も下準備は大事なのよぉ。」

 

「だが何故アルゴールなのだ?他にも奴を殺すのに適した方法は幾らでもあったはずだろう?」

 

「そこは本当に偶然なのよぉ。祖国君がノーネームに身を寄せたのは、こちらとしても想定外だったし。彼ならあんな胡散臭い所は入らないと思ってたんだけれどぉ。で、しょうがないからノーネーム関係で当て馬を探していたら、丁度よさそうな星霊を発見したからぶつけてみただけよぉ。」

 

「ちょっと待て。”ぶつけてみた”という事は、今回のペルセウスとノーネームの戦い自体も貴様が仕組んだ事なのか?」

 

「ええ、元ノーネームの吸血鬼が商品になっててねぇ。次のゲームの商品だったから、ノーネームから何かしらのコンタクトがあると思って。だから外界の人間に情報をリークして、高く買い付けるように誘導してあげたわぁ。おかげでノーネームもホイホイと単独で乗り込んで来てくれたし、計画通りよぉ♪」

 

ティレスの発言に小さな嘆息を漏らすアンデルセン。

彼女の悪癖は今に始まった事ではないが、今回もそれが遺憾なく発揮されているらしい。

全てを手のひらの上で弄ぶ様な知略、未来予知かと見紛う先見。

ギフトを使わずしてもこれ程までに厄介かつ面倒な相手はそうそういないだろう。

暫定的には仲間である彼ですら、彼女とはなるべく争いたくないと感じるほどである。

 

実際彼女の策謀は緻密に練りあげられていた。

 

彼女が言った通り、今回ペルセウスが恥や外聞を捨ててまでレティシアを売りたくなるほどの大金を積んだ外界の人間は、ティレスの進言によって購入を決めていた。

実質、彼女がレティシアを外界に追放しようとした犯人に等しいだろう。

 

ではなぜわざわざそんな事をしたのか?

目的は複数あるが、最も大きな答えは星霊アルゴールの出番の有無である。

 

本来ペルセウスが開催する予定であったゲームは、当然のことながら今回祖国たちが参加したゲームとは違い、もっと大衆向けにレベルを落としたゲームのはずであった。

これはペルセウスのホストマスターとしての資質を見極めるためのゲームでもあり、それが大衆向けにレベルを意図的に下げた以上、星霊であるアルゴールの出番は存在しないはずであった。

最下層の人々に星霊と戦えという事がいかに無茶な事かは、常識的に考えればすぐに理解できるだろう。

つまり、もしティレスが今回レティシアの買取りにちょっかいを出さずに本来通りのゲームが行われていれば、そこにアルゴールの出番は無いはずであったのだ。

 

だがしかし、実際問題祖国は今回アルゴールと戦っている。

そしてそれがティレスがレティシアに手を出した目的。

 

もしレティシアが外界の人間に買い取られ箱庭を追放されるとなれば、ノーネームのメンバーは必ずペルセウスが常時開催している挑戦権をかけたゲームを逆手に取り、レティシアが売却される前にペルセウスに挑んでくるとティレスはふんだのだ。

そして同時にこのゲームはペルセウスの威信をかけた物でもある。

それゆえルイオスがアルゴールの使用を躊躇しない事は火を見るよりも明らかであった。

プライドの高い彼ならば、必ずや力を誇示するために星霊アルゴールを使うだろうと。

 

さらに今回のゲームは非常に突発的な物だ。

ゆえに対策や攻略方法を考える時間自体が少なく、ノーネーム側としては最大戦力で臨むのが最も勝率が高い。

ならばノーネーム最強である祖国がゲームに参加するのも当然の事。

彼がゲームに参加する可能性はほぼ100%と言い切って良いだろう。

 

これらの考察からティレスはレティシアの買い手をそそのかすという結論に至ったわけである。

そして実際、事は彼女が望んだ通りに進んでいる。

アンデルセンも彼女の一石二鳥ならぬ一石三鳥の手際に、悔しいながらも賞賛の念を送らざるを得なかった。

 

「フン、相変わらず小賢しい事を考えるのだけは得意なようだな。その気に食わん態度も簡単には変えられそうに無いか。」

 

「貴方の憎まれ口も相変わらずねぇ♡そんな言い方じゃ、褒めてるのか貶してるのか分からないわよぉ。」

 

「口が減らないのも相変わらずの様だな。…まあいい、話を続けるぞ。」

 

「あらぁ、案外素直に引き下がったわねぇ。昔ならもっと盛り上がったのにぃ。どういう心境の変化かしらぁ?」

 

「別に大した事ではない。貴様との口論が不毛だと気付いただけだ。いいからさっさと続きを話せ。」

 

「つれないのねぇ、…まあいいわぁ。どこまで話したかしらぁ?…そうそう、私が今回アルゴールを当て馬にしたのは、単なる偶然のたまたまって所までだったわねぇ。」

 

「ああ、貴様が殺したい男が入ったコミュニティの現状を鑑みた策という事は分かった。そして奴を殺す刺客としてアルゴールを利用したことも。」

 

「そう。じゃ次は彼女のパワーアップの秘密についてでも話しましょうかぁ。」

 

そういって立ち上がった彼女は軽快な足取りで席をたつ。

まるで流麗なダンスを踊るかのような調子でアンデルセンの横を通り過ぎ、ようやく彼女が立ち止ったのは壁際に設置され豪華な本棚の前であった。

沢山の蔵書が収められた本棚から、ある一つの本を取り出すティレス。

そしてその蔵書は奇しくも祖国が飛鳥に見せたのと全く同様の、アルゴールの伝承をかいたものであった。

 

「その本がどうかしたのか?」

 

「いいえ、これ自体は別に大したことはないわぁ。数は比較的少ないけれどぉ。」

 

「ならどうしたというのだ?」

 

「このページを見て頂戴。」

 

そう言うとティレスはアンデルセンにある見開きのページを開いたまま本を差し出す。

アルゴールの来歴、概要が時系列にそって表に整理してあるページだ。

特段変わった事が書いてあるわけでもないページだが、彼女はその中の一点を指さしながら説明を開始した。

 

「今回アルゴールを当て馬にするにあたって、私はとりあえず彼女の最大スペックを引き出すのを目標にしたのぉ。つまり彼女の星霊として最盛期を迎えていた時期を再現しようとしたのよぉ。」

 

そう言ってティレスはある一点を何度も指でタップする。

そしてその一点は、時系列的には”現在”を指し示していた。

 

「だけど”今の”彼女は霊格が圧倒的に縮小しているわぁ。その主な要因は二つ。彼女の所属が旧約聖書ではなく、ギリシャ神話となっている事。もう一つは、ペルセウスのボンボン坊ちゃんに隷属している事。」

 

彼女の声とともに、彼女の指はページの時系列をなぞりながら遡る。

一つ一つ、アルゴールに起こった出来事を遡りながら、彼女の最盛期へと逆流していく。

 

「ならどうやって彼女の最盛期を再現するか?簡単よぉ。彼女の霊格を引き下げる事となったイベントを一つ一つ遡って、解決していけばいいのよぉ。」

 

そう、彼女が行ったことは至極単純。

アルゴールが霊格を落とした要因を時系列に逆らって取り除いていくことで、彼女の最盛期を再現しようとしたのだ。

 

例えば今回アルゴールの霊格変化原因を並べると、

①最盛期

②神話形態移動による劣化

③ペルセウスに隷属による劣化

④現在

という大まかな時系列を作ることが出来る。

この時系列に逆らい、④→③→②→①という順番で劣化要因を逆順解決していけば、最盛期にたどり着けるという考えだ。

 

「だからまず、私が着手したのはペルセウスからの隷属解放よぉ。まあこれは比較的簡単だったわぁ。」

 

「何をしたんだ?」

 

「大した事じゃないわぁ。ボンボン坊ちゃんの身の丈に合わない程にアルゴールの霊格を引き上げただけよぉ。」

 

その言葉を聞いたアンデルセンはさして驚いた様子もなく、逆に合点がいった表情を浮かべている。

まあ、これは箱庭に長くいる者ならば比較的容易に理解できるのだろう。

 

隷属という物は、無条件に相手を使役できる訳ではない。

自らの身の丈に合わない者、自らが御する事が出来ない程に大きな力を持つ者を隷属する事は当然ながら不可能である。

極稀にジーニアーという恩恵を持ったものは、このルールに当てはまらず格上の魔王さえも十全に使役できるのだが、もちろんルイオスはこの恩恵を持ってはいない。

それゆえ星霊であり魔王でもあるアルゴールを最盛期のままでは使役できず、ルイオスの使役できる範囲にまで霊格を劣化させることでしかアルゴールを隷属させる事が出来なかったのだ。

そしてこれこそが隷属による霊格劣化の正体である。

 

ルイオスが使役可能な範囲にまで隷属対象であるアルゴールの霊格を引き下げた事。

第一の霊格劣化原因がこれである。

 

ならばこれをどのように解決するか?

ルイオスに隷属されていては決して全力を出せない現状をどのように打破するか?

 

簡単な話だ。

扱う者が未熟ならば、その者の手から解放すればいい。

ルイオスとの隷属関係を解消させればいいだけの話である。

 

そしてその方法こそがアルゴールの霊格を増加させる事。

ルイオスが御する事が出来ないレベルにまでアルゴールの霊格を引き上げる事で、ルイオスの隷属条件を未達成化し、彼女を解放したのだ。

 

分かりにくければバケツを想像するといいだろう。

ルイオスは今バケツを抱えている。

そしてそのバケツの中には半分だけ水が入っている。

これが今のルイオスの持つことが出来る限界量としよう。

ここでさらにバケツに水を注げばどうなるか?

もちろんルイオスはバケツを抱えきれずに落としてしまうだろう。

 

ここでバケツを器、つまりアルゴール、水を霊格と置き換えてみたらどうだろうか?

イメージだけでも想像できたのではないだろうか。

 

そして今回ティレスがやったのはそういう事だ。

バケツに水を注ぐ事。

ルイオスが隷属条件を満たせなくなるほどに霊格を引き上げる、ただそれだけ。

それだけでアルゴールはルイオスの手を離れ、力を制約される事無く発揮できるようになったのだ。

 

「まぁ、最終的に”アレ”を使う事を選んだのは彼自身なのだけれどぉ。といっても、相手が原点候補者の彼なら仕方ない事かもねぇ。」

 

「貴様にとってはそれも計算の内だったのだろう?あれだけ切り札のアルゴールが圧倒されている状況ならば、たとえ得体が知れないギフトでも使ってしまいたくなるものだ。だからこそ貴様も、惜しげもなくペルセウスの小僧に”あの”霊格を譲渡した、違うか?」

 

「さぁ、どうかしらねぇ。まぁ、おおかたの予想はしてたけれどぉ、原点候補者の力量は不確定だったから100%とは断言できなかったわぁ。でも、どっちみち彼で無理なら祖国君が出張って来てただろうから、結果は同じだろうけどねぇ。」

 

コロコロと歌うような声で告げる少女の瞳には、依然としてゆるぎない自信が浮かんでいる。

まるで他者の思考や行動さえも、彼女にしてみれば誘導することなど造作もないと言わんばかりの瞳だ。

まあ、実際ルイオスは彼女の誘導に引っかかり、彼女から与えられたギフトを何の疑いも無く使用している。

使うか使わないか、最終的な決定権は彼にあったにも関わらず、だが彼のとれる選択肢は最初から一つしか用意されていなかったわけだ。

 

「フン。まあ原初の悪魔がペルセウスの小僧の手を離れた事は分かったが、それだけであそこまで霊格が上がるとは思えん。何か他にも手を打っていたのだろう?」

 

「ええ、もちろんよぉ。ついでに言うなら、貴方に手伝ってもらった事ともかなり関係しているから、けっこう興味があるんじゃない?ねぇ、”人類最巧”のクリエイトさん?」

 

「愚問だな。むしろ下らない理由ならば、貴様といえど覚悟しておく事だ。なにせこの俺直々に唄まで謳わせたのだからな。」

 

「あらぁ、怖いわぁ。とは言っても、聡明な貴方なら自身がこなした依頼の意味も、もう分かってるんじゃないのぉ?」

 

「…大体はな。」

 

そう、今回ペルセウスのギフトゲームが行われるにあたって、アンデルセンはティレスから”とある依頼”を引き受けていた。

そしてその依頼内容とは、

 

「旧約聖書の神話群に掛け合い、アルゴールの所属をもう一度ギリシャ神話から旧約聖書に戻す事。そしてその見返りとして、旧約聖書の神話群が外界で最大宗派に匹敵する程の信仰を得られる様な唄を謳う事。この二点が俺に課された依頼だった訳だが…、貴様の今までの計画から考えると、これもアルゴールの最盛期を再現するための布石だろう?時間軸を遡って劣化要因を解決するならば、避けては通れぬ道だ。」

 

「流石ねぇ、概ね正解よぉ。」

 

「概ね、だと?」

 

ティレスの言葉を聞いた瞬間、アンデルセンの眉がピクリと動く。

含みのある彼女の物言いが気に障ったのか、あるいは完璧な正解を求める彼の探求心か。

自身の解答が完璧では無いと告げられたアンデルセンは実に不機嫌そうな表情で尋ね返した。

 

「そうねぇ、70点って所かしらぁ。私の計画をしっかり把握してくれてる事は理解したわぁ。」

 

「…では残りの30点分は何だと言うのだ?」

 

「フフッ、どうして私が見返りまで指定したと思う?」

 

「…まさか貴様、アルゴールの霊格を引き上げる為に!?だが、それならあの力の上昇幅も納得が…。」

 

「分かってくれた様で何よりだわぁ♡」

 

ティレスのたった一言で完全な解答に辿り着いたアンデルセン。

答えが分かっていてもトレースする事さえ困難な彼女の思考を、これ程までに容易く見抜く聡明さは、人類最巧と呼ばれるにふさわしいだろう。

極々小さなヒントを送ったティレスでさえも、まさかここまで早く解答にたどり着くとは思っていなかった様で、内心若干テンションが上がっていた。

 

さて、総じてアンデルセンの解答は正しい。

彼が受けた依頼、アルゴールをもう一度旧約聖書預かりにする事は、アルゴールの最盛期を取り戻す上で必要不可欠なファクターだ。

 

だが、その見返りを”わざわざ此方から提示する必要は本来ない”はずである。

相手が何を求めているか。

それを的確に見切るのは至難の業だ。

もしかしたら、こちらの提示した見返りが気に入らず、別の物を要求されるかもしれないからだ。

ならば最初から見返りの決定は相手側に任せ、自分たちは不干渉の方が合理的というものだ。

 

にも関わらず、今回はこちらから見返りの条件を提示した。

それ即ち、”見返りの条件にも何かしらの狙いが存在している事”を意味する。

そしてその狙いとは…

 

「俺が奴らの信仰を増やす唄を謳ったことで、外界から旧約聖書に信仰が集まりつつある。つまり旧約聖書の神々の神格は大幅に上昇したことになる。そして、その神格上昇は当然”旧約聖書に再び取り込まれたアルゴールにも及ぶ”。なるほど、今のアルゴールの霊格が最盛期の時よりも圧倒的に上回っているのは、これが理由という訳か。」

 

「ええ、いくら最盛期を再現したところで所詮は3桁。祖国君を確実に本気にさせるには些か実力不足だわぁ。だからこそ、アルゴールを最盛期以上にパワーアップさせる必要があったのよぉ。それも貴方のおかげで比較的楽に達成できたけどねぇ。」

 

そう、発言にある通りティレスはアルゴールの最盛期を取り戻す過程である結論に辿り着いていた。

それこそが、アルゴールの役不足である。

 

とは言え、もちろんアルゴールは強力な星霊である。

純粋なパワーやスピード、霊格ならば、たかだか人間に過ぎない祖国に負ける道理は存在しないだろう。

では、なぜ彼女が役不足なのか?

その答えは祖国のギフトとの相性の悪さ。

この一点に尽きるだろう。

 

良くも悪くもアルゴールの戦い方は単純である。

圧倒的な速度、圧倒的な力、圧倒的なギフト。

彼女の戦法は自らのハイスペックな性能によるゴリ押しが主体であり、細かい作戦などはほぼ皆無近い。

 

しかし祖国は違う。

彼はアルゴールの様に高い身体スペックを有していない代わりに、彼の唯一のギフト”カット&ペースト”を駆使して戦術的に戦う事を主とする。

肉体的に弱い分、頭脳を使って相手をハメる戦術をメインにしているのだ。

そして厄介な事に、彼のギフトは頭を使えば使うほど、それに呼応するかの様に戦術が増える。

まさに彼のためのギフトと言えるだろう。

 

さて、これを統合して考えてみよう。

ゴリ押しのアルゴールと、戦術的に絡め手を使う祖国。

どちらが有利か、考えるまでも無いだろう。

これが彼女の至った結論である。

 

力量は十分だが、相性が悪い。

かと言って、アルゴールが細かい戦法を覚え、絡め手を使う事はあり得無い。

このままではアルゴールの負けは必然。

 

ならばどうするか?

分かり切ったことだ。

 

”相手の作戦や相性に左右されないぐらい、アルゴールの霊格を引き上げてしまえばいい。”

 

脳筋丸出しな解答である。

だが、これがアルゴールを勝たせるためにベストである事も事実。

小難しい作戦を1からアルゴールに叩き込むよりは、よっぽど現実的だからだ。

 

ゆえに、ティレスは旧約聖書神話群への見返りを”唄”と指定した。

それがどれだけ破格の見返りか、どれだけ魅力的な提案か、十分理解した上で。

目の前のエサにつられた愚昧な神が、その裏に隠された真意に気づかないだろうと断じて。

 

案の定、旧約聖書の神々の中で、神格の上昇が彼等だけでなく、再び旧約聖書預かりになったアルゴールにも及ぶ事に気づいた者は殆どいなかった。

一握りの神は薄々気づいていた様だが、最終決定を下す老害たちは目の前の欲に負け、彼らの忠告を受け入れる事はなかった。

問題児の再所属と、人類最巧の唄。

裁量の天秤は後者を選んだのだった。

 

「いつの世も闇弱な老害は物欲に弱い。旧約聖書の神も、所詮はその程度だったという事だ。」

 

「手厳しいわねぇ。まぁ、貴方はああいう輩は嫌いだものねぇ。」

 

「ハッ、何を白々しい事を。貴様が俺に何をさせたかったかぐらい、この俺が気づいていないとでも?気づいた上で乗ってやったのだ!精々感謝するのだな。」

 

「あらあら、ずいぶんご立腹ねぇ。まぁ、私の思惑に気づいて尚、計画通りやってくれたなら感謝するわぁ。ちなみに、今回は何を仕掛けたのかしらぁ?」

 

「…”強欲なる王の右手”だ。奴らには相応しい結末だろう。」

 

そう言って、心底不機嫌そうな態度を見せるアンデルセン。

まるで親の仇とばかりの不機嫌さである。

 

実際、アンデルセンは老害と呼ばれる存在を非常に嫌っている。

それは彼のクリエイトとしての在り方に根ざしているのだが、今回はそれはおいておこう。

兎にも角にも、今回彼が交渉を持ちかけた旧約聖書の神々は十分にその部類に入っていた訳で、それが彼の機嫌をすこぶる悪化させていたのだ。

 

そして、そこに着目したティレスは彼の老害嫌いを利用して”あるトラップ”を仕掛けようと画策していた。

老害を嫌うアンデルセンならば彼等に一泡吹かせるために、必ず唄の中に”トラップ”を仕掛けようとするだろうと踏んだのだ。

人類最巧のクリエイトたる彼ならばそれぐらい造作もない事であろうし、実際彼の気に触れた者は、ことごとくそういった類の罠にはめられていたからだ。

まぁ、肝心のアンデルセン本人には思惑がバレてしまっていた様だが…。

 

今回アンデルセンが仕組んだトラップは”強欲なる王の右腕”、別名ゴールデン・マイダストラップと呼ばれているトラップであり、これは箱庭と外界における相互干渉関係を利用したトラップだ。

 

基本的に箱庭において、力とは信仰の多さに比例する。

外界で信仰が集まれば、その信仰を受ける神、あるいは宗派は箱庭において影響力を持つようになる。

つまり、外界→箱庭という影響のベクトルが存在するのだ。

 

一方箱庭の中で起こった事象も、当然外界に何かしらの形で反映される。

例えば、人類最終試練は外界での人類の破滅を体現した存在であり、箱庭でそれがクリアされれば、外界の世界も破滅から救われる事となる。

つまり、箱庭→外界という逆方向のベクトルも存在する。

 

したがってこれらの事から分かる様に、箱庭と外界は相互干渉的な関係にあり、互いに依存している状態にある。

そしてアンデルセンの仕掛けはこの性質を利用したトラップだ。

 

ここで例えばの話をしよう。

もし星霊であるアルゴールが人間である祖国に敗れる様な事があれば、それはどれ程の影響を外界に与えるだろうか?

 

仮に星霊や、神霊、百歩譲って英雄に敗れたのならば、まだその影響は想像の範囲内で収まるだろう。

神同士の争いや、英雄による討伐などは、外界の人類にとっても比較的メジャーな話であるからだ。

しかし只の、しかもたった一人の人間風情に敗れたとなると、その影響は到底計り知れないものになる。

それこそ敗れた神だけの問題ではなく、その神が所属する宗派全体の威信をひどく失墜させ、ひいてはその宗派の衰退や、信仰の減少を引き起こしかねない程に。

 

今回アンデルセンが仕組んだのは、そういった外界への負の影響を唄を介してより拡散させやすくするトラップ。

アンデルセンの唄によって得た信仰の上昇分と、アルゴールが祖国に敗れた場合に起こる信仰の減少分が丁度プラマイ0になるようなトラップだ。

 

ゴールデン・マイダス。

目先の欲に溺れ、最愛の娘さえ黄金に変えた愚王。

神に泣きつき、自らギフトを手放した愚か者。

その話は、浅慮な者は最後には何も得ぬ事を示す教訓。

 

それを模したこのトラップは、アンデルセンの精一杯の皮肉が込められた物と言えるだろう。

 

「私の思惑通りに踊ってくれたのは予想外だけれど、それでも罠を仕掛けてくれた事は本当に感謝しているのよぉ。貴方ほどの唄なら信仰の上昇も半端ない分、いろいろと目立っちゃうからぁ。」

 

「分かっている。今の時点で俺たちの存在がバレるのは得策ではない。だからこそ、俺も貴様の茶番に付き合ってやったのだ。」

 

「ええ、本当にありがとうねぇ。貴方のおかげよぉ。」

 

「…貴様がそこまで素直に感謝を表すとは珍しいな。不気味さを禁じえんぞ。」

 

「それぐらい貴方のトラップは価値があるってことよぉ。祖国君が勝って信仰の増加分を帳消しに出来れば、旧約聖書神話群が目立つ事はなくなるし、そうなれば背後の私たちも気づかれにくいわぁ。まぁ、祖国君が負けたら負けたで、アルゴールを此方の手駒にして、そっちに注目が行く様に誘導するだけだから、結局そこまでマイナスはないけれどぉ。」

 

「用心に越した事はあるまい。とは言え、俺たちの存在はバレても実態までは掴めんだろうがな。」

 

「そうねぇ。じゃあ、感謝ついでに貴方にした依頼の最後の目的、教えてあげちゃおうかしらぁ。」

 

「何だと?」

 

まさかティレスからの依頼にこれ以上の目的が隠されていたとは、流石のアンデルセンも思い至らなかったようだ。

だが、そう言われれば何だかその様に感じてしまうのは、やはり彼女との付き合いの長さから来るものだろう。

 

基本的にティレスという存在は物事の効率を重視する。

彼女自身は表舞台に上がる事は無い代わりに、舞台裏であらゆる事象を把握し、そして自身に都合のいいように誘導していく。

そしてその過程で、複数の目的を一つの手段で解決するという方法を彼女は好んで使っている。

いわゆる効率厨に近い人種である。

 

ゆえに彼女の思考を全て読み切るのは至難の業だ。

付き合いが長いアンデルセンでさえも、大抵何かしらを見落としてしまいがちであるのだ。

だからこそ、彼女がさらなる目的を持てっいたとしても何ら不思議はない様に感じてしまうのだろう。

 

そして彼女はゆっくりと口を開く。

誰もが見抜けなかった真実を告げるために。

 

「貴方にした依頼の最後の目的、それはアルゴールに預けた疑似創星図を成立させる条件を満たす事よぉ。」

 

「なに?」

 

「貴方も知ってると思うけど、疑似創星図は神群の秘奥、その宗派の宇宙観そのものよぉ。そしてそれが顕著に表れるのが、聖典やアヴェスターといった”書物”関連に多いのよぉ。だからこそ、世界各地に眠る宗教関連の書物は少なくとも疑似創星図になり得る”可能性”を持っているわぁ。」

 

疑似創星図とは、それつまり一宗派、一宗教の宇宙観である。

コスモロジーという現実世界では実現し得ない法則、概念をその内に具象化している代物だ。

あるいはコスモロジーの孕む内的宇宙を現世に解放する媒体、手段と言い換える事も出来るだろう。

つまり疑似創星図を使うとは、既存の法則を超越したコスモロジーを現世に投影するおいう事を意味しているのだ。

 

当初、宇宙観はその性質上変質しやすい性格をもっていた。

なぜならそれは、元をたどれば人類の想念であり、信仰であり、願いであったからだ。

”気持ち”という不定形な物ほど、変わりやすいものは無い。

代を追うごとに変質する口伝えの宇宙観では一定の安定性を得られず、同宗派内でも意見の対立や見解の差異が発生するようになったのだ。

 

そしてこれを解決するために、書物が重要な役割を担う事となった。

書物に記載してしまえば、口伝による変質は起こらない。

書物によって宇宙観の解釈を一律化してしまえば、対立や差異も発生しない。

つまり、コスモロジーの書物化、あるいは物質化は、そのコスモロジーを安定させるための当然の帰着だったと言える。

それゆえにコスモロジーを反映した書物は、少なくとも疑似創星図たりえる可能性をもっているのだ。

例外的な存在として逆廻十六夜やウロボロスの殿下が挙げられるが、彼らは原点候補者という特殊なカテゴリーに属するので、今回は誤差として語る事にしよう。

 

「だけれども、それはあくまで”可能性”の話よぉ。実際に疑似創星図として成立しているのはごくわずかしか存在しないわぁ。どうしてだか分かる?」

 

「単純な話だ。信仰量が足りな………、なるほど、そういう事か。旧約聖書に信仰を集めさせたのは、単にアルゴールの霊格を引き上げるだけでなく、奴に預けた偽典を疑似創星図として成立させるためか。」

 

「話が早くて助かるわぁ。」

 

そう、ティレスの発言にある通り、先程までの話はあくまで可能性に過ぎない。

現在、疑似創星図として成立しているコスモロジーは、三千世界、アースガルド、アヴェスター、旧約聖書など、名のある有力宗派の数点しか存在していない。

そしてかく言う、アルゴールが有する聖書偽典ピルケ・アボスも本来なら疑似創星図として成立はしていない、ただの可能性の一つに過ぎなかった。

 

では、疑似創星図と疑似創星図の”可能性”の存在では、決定的に何が違うのか?

ただの可能性が、どのような条件を満たせば疑似創星図として顕現できるのか?

 

その答えこそ、”信仰の大きさ”に他ならない。

 

この事は、なぜ現状最大級の宗派だけが疑似創星図を保持しているかを考えれば簡単に理解できるだろう。

弱小宗派と有力宗派の違い。

それは、信仰している人間の数である。

数が増えれば信仰の総量も増える。

単純な話だ。

つまるところ、箱庭における宗派間のパワーバランスは、外界の信仰勢力に依存していると言っていい。

 

ゆえにこそ、ティレスはアンデルセンに唄を見返りとして提示させた。

旧約聖書神話群の信仰増大の副次効果として、ピルケ・アボスの疑似創星図化条件を満たすために。

 

「いくらピルケ・アボスが聖書といっても所詮は偽典、つまりは外伝の様な物。圧倒的に信仰が足りていなかったから、私が手に入れた時も創星図としては成立していなかったわぁ。だからこそ、貴方には旧約聖書”全体”の信仰を増やす唄を謳ってもらったのよぉ。」

 

「なるほど、全体の信仰を増やせば、結果的にはその末端の偽典も信仰されやすくなる訳か。相変わらず抜け目のない奴め。」

 

宗派は樹に似ている。

その宗教内における主流派は幹であり、そこから派生した外伝や傍流は枝に該当する。

太い幹には根から吸い上げた信仰という名の養分が大量に存在し、その先の枝へと届けられる。

栄養が多いほど幹は太く、樹は立派に育ち、その先の枝もより大きくなる様に、宗教でも主流派への信仰が増えれば必然的にその派生への信仰も増えるのだ。

 

今回ティレスが狙った副次効果とは、この宗教の樹における主流派をより信仰させることで、その派生宗派への信仰量も増やそうというものだ。

それこそ、一つの派生体が疑似創星図を確立しうる程に。

 

「つまり、今回の依頼の見返りには合計3つの目的、所属移動、霊格向上、疑似創星図化が含まれていたわけか。」

 

「その通り、100点満点の解答よぉ。とは言っても、最後のなんて言わなきゃ分からないでしょうけどねぇ♪」

 

「一ついいか?今回アルゴールに預けた偽典…ピルケ・アボスと言ったか…、あんなマイナーな物は俺でも知らないぞ。いったいどんなコスモロジーなんだ?」

 

「ああ、アレは流石に知らなくても無理ないわぁ。私ですら言われるまで気が付かなかったからぁ。でもアレ、知名度に反してかなり凶悪なコスモロジーよぉ。性能だけなら多分、いえ確実にアヴェスターを凌ぐわぁ。アナザー・コスモロジー同士の喰い合いなら、性質上無敵じゃないかしらぁ?」

 

「そんなバカな!?アヴェスター…相剋のコスモロジーを凌ぐだと!?…確かに、あの原点候補者の疑似創星図をいとも容易く砕いていたが、アレは基本性能の差だと…。いったいピルケ・アボスとは何だ?」

 

「聖書偽典ピルケ・アボス。その真名は”ピルケ・アヴォート”…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『根源化』のコスモロジーを有するユダヤ知識の神髄よぉ♪」

 

「な!?根源化だと…。」

 

ティレスの言葉に絶句するアンデルセン。

これほどの動揺っぷりは、長い付き合いであるティレスでさえも数える程しか拝んだことが無い。

それ程までにティレスの言葉は信じがたい物であったのだ。

 

とはいえ、アンデルセンの驚きも尤もなものだ。

なにせ、彼女の言葉の意味する所はつまり…

 

「ピルケ・アボスは人智で到達し得る事象を解析、根源化し、瞬時に無へと帰えす疑似創星図。その性質上、人の想念によって作り出された物である疑似創星図は完全に無力化できるわぁ。」

 

「つまり疑似創星図キラーとしての性質が濃い訳だな。」

 

「ええ。もちろんギフトも少し時間をかければ根源化が可能よぉ。経験、学習、予測、対処という4つの円環を巡り、そして壊す。それこそがこのコスモロジーの本質よぉ。」

 

「化物だな…。」

 

ピルケ・アボスの性能はまさにアンデルセンの一言に集約されるだろう。

なにせその疑似創星図も前では、あらゆる事象が無力になるのだから。

 

疑似創星図は、元となったコスモロジーを反映する以上、様々な種類が存在する。

例えば善悪二元論というコスモロジーを反映したアジ・ダカーハの相剋のコスモロジーなどがある。

 

そして今回アルゴールに預けられたピルケ・アボスは根源化のコスモロジー。

これは人智で到達、理解できる事象を解析し、無に帰すという凶悪な性能を持っている。

特に同じ疑似創星図に対しては圧倒的な優位性を持つ。

なぜなら、疑似創星図とは元を辿れば人々の宇宙観、つまり人の信仰が生み出した物。

そしてそれが人によって作られた以上、人智の及ぶ範囲である事は当然の事。

ゆえにピルケ・アボスは疑似創星図殺しとしての側面をもつ珍しい疑似創星図でもあるのだ。

 

まあ、今回戦う祖国は疑似創星図など有していないのでこの点は余り心配する必要はないかもしれないが。

しかし、多少時間をかければギフトさえも根源化できるのだから、やはりこれ程アルゴールにうってつけな力はないだろう。

なにせ、これを使えば祖国の戦略的な硬い防御を容易く突き破れるのだから。

 

「と言っても、流石に常時発動できるわけじゃないし、使いどころを見極める必要はあるわねぇ。」

 

「当然だ。寧ろこんなトンデモ技を無制限で使えるとなれば、上層の神話群ですら裸足で逃げ出すぞ。」  

 

「そうねぇ。今のアルゴールの実力を箱庭の階層で表すなら…、最低でも3桁最上位。疑似創星図やゲーム難易度を考慮すると2桁中間って所かしらぁ?まあ、そう簡単には倒せないレベルには仕立てられたかしらぁ。」

 

「悪くはないだろうな。何より、もともとアレだけ劣化していたのだ。どれだけ強化しようとも、結果はたかが知れている。」

 

「それもそうねぇ。何より今回は祖国君の現状を知るためのチュートリアルに過ぎないのだものぉ。運よく殺せればいいけれど、無理なら無理で構わないし、あまり気負うのもよくないわよねぇ。」

 

ティレスの余りにもぶっちゃけた物言いにアンデルセンは苦笑いを隠せないようだ。

実際ここまでアルゴールを強化しておきながら、なお当て馬として考えている彼女の軽さには、呆れを通り越して賞賛さえ覚えつつある。

それが彼女の性格によるものなのか、あるいは彼女の”実力”を考えれば当然の事なのか…。

彼女の未だ見ぬ実力に本源的な畏怖さえ覚えながら、アンデルセンは短くため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして舞台は整った。

 

方や最盛期を越えるスペックを持つ原初の悪魔アルゴール。

 

対するは数奇な運命を持つ少年、大宮祖国。

 

そしてその戦いの先に待つ結末は、

 

 

 

 

 

 

ー未だ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます!

若干詰め込み過ぎた感が否めません…。
分かりにくければ、気楽にコメント欄までお願いします。

次話からは、ようやく戦闘に入ります。
この調子だと一巻終わるのに40話くらいかかりそうですね(笑)
遅すぎて泣ける。

とりあえず更新は頑張って速度あげたいですね。
フラグじゃないよ!

それでは、今回はこれにて。
感想、意見、批判等コメント欄までよろしくお願いします。


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開幕 祖国vsアルゴール

こんにちは、しましまテキストです。

お気に入りが300件を突破いたしました!!!
ありがとうございます!

もはや思い残す事は何もない。
いつでも失踪できる。

祖国「やめんか。」

はい、冗談です。
とりあえず、一巻分は根性で終わらせますとも。

祖国「以後は?」

………テヘッ☆

祖国「(゚Д゚;)」



という茶番はさておき、お気に入り300件突破は本当にうれしいです。
一応、私個人としましては300件を初期目標としていましたので、それが突破でき本当に驚いています。
こんな駄作を読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
ひとえに皆様のおかげですので、この場でお礼申し上げます。

それでは今話もお付き合いください。


~回想~

 

それはアルゴール対策のため、白夜叉がマスターを務めるサウザンドアイズ支店に祖国が顔を出した時の事。

手当たり次第に支店においてある文献を読み漁っていた祖国に、突如白夜叉が声をかけて来た時の話だ。

 

「のう、祖国よ。おんし、戦闘時自らの技に“名”をつけておらぬ様だが……何か理由でもあるのか?」

 

「ん?いきなりどうしたよ?」

 

「いやな、ふと気になっただけだ。おんしは自身のギフトを説明する時も、それから技を説明する時も、一度も名を出しておらなんだからな。意図的に名を伏せているのかとも考えたが…、そんな事をする意味もあるまいて。」

 

「へぇ、だから俺が名を付けていないと?」

 

「うむ、確信というほど大した根拠ではないが…どうかの?」

 

「………んー。戦いにおいて情報ってのは命の次に大事って、前に俺言ったよな?」

 

「確かに聞いたの。その言葉には、私も全面的に賛成だ。」

 

祖国の言葉にその通りだと首をふって賛同する白夜叉。

何千年と戦いを繰り広げて来た彼女だからこそ、祖国の言葉には深く共感できる所があったのだろう。

まあ、実際祖国が言った言葉は

 

「戦いにおいて情報ってのは、命の次に大事とかいうボケは今すぐ死刑でファイナルアンサー!!」(第11話より抜粋)

 

なのだが、まあ今回は大目に見て欲しい。

 

「本来、戦いにおいて情報漏洩は最も避けるべき事だ。そしてそれは何も戦いの前後だけじゃ無い。むしろ戦いの中でこそ、手札の本質を隠すべきだ。」

 

「その心は?」

 

「簡単な事だ。戦闘中の方がより多く情報を得られるからだ。なにせ目の前で技が繰り出されるんだからな。」

 

「なるほど。」

 

祖国のいう事は至極まっとうな主張だ。

情報を基本的に隠して行動している相手が、常日頃から他者に自分の情報を開示する様な事など考えられない。

特に祖国の様に日常的にギフトの正体を隠している場合は、それを日々の所作から読み取る事など不可能に近いだろう。

 

だが、必要に迫られれば話は違う。

その技、本質的にはギフトを使う事を強要される場面になれば、その情報は格段に得やすくなるのは当然の事。

そしてその場面こそが戦闘中に他ならない。

 

「戦闘中ってのは、いわば命の駆け引き場。そんな中で命よりも情報を大事にして死んでいくのはバカのする事だ。だからこそ、戦場では俺もギフトを使わざるを得ない。」

 

そう、あくまでも大事なのは命で、情報はその次なのだ。

故にこそ、命の危機が迫れば彼も自らの手札をきるしかないし、それこそが情報の開示でもある。

いわば、戦闘とは情報の塊と言えるだろう。

 

「戦闘中にギフトの情報が断片的に漏れ出てしまう事は、ある意味必然。逃れられない運命だ。ならばこそ、それを逆手に取った戦い方という物に行き着くのは当然の事だろう?」

 

「耳が痛い話だのう。」

 

そういって、白夜叉はクツクツと自嘲気味に笑う。

なにせ彼女もその戦略にまんまとハマった当事者なのだから。

 

「戦いの最中に何かしらの情報が漏れるのは当然の事。だったら、その漏れていく情報を意図的に操作することで、相手の思考をミスリードし、むしろこちらの都合のよい状況へと持っていけば良い。そしてそれこそが、俺の戦い方の根本にある物だ。」

 

「…ふむ。」

 

自身が思いもよらなかった考え方に、興味深そうに頷く白夜叉。

戦いとはただ単に力のぶつかり合いだけでは無い事を説かれ、軽いパラダイムシフト状態にあるようだ。

だが生まれながらの強者である彼女にしてみれば、確かに思いもよらない事でもあるだろう。

なにせ祖国のこの思考は、自らの脆弱さを理解した、卑屈なまでの臆病さから来ているのだから。

 

さて、祖国の戦略は白夜叉との戦いを思い出せば容易に想像が出来るだろう。

例えば、最初に祖国が落雷、爆炎、暴風といった攻撃範囲の広い技を偏って使用したことで、白夜叉は祖国が自身の周囲ではギフトを使えないと判断した。

また攻撃時に全く無駄なモーションを織り交ぜることで、それがギフト発動のトリガーだと誤認させる事に成功した。

自らの情報を断片的かつ、偏向して見せる事で、白夜叉に誤った認識を植え付けたのだ。

そしてその結果は、もはや言うまでも無いだろう。

 

「おんしの言いたい事は分かった。だがそれと名を付けない事とは、何の関係が?」

 

「おいおい、それくらい察しろよ。俺は散々情報漏洩の危険性を説明してきたんだろ?だったら、答えは一つしかないだろ?」

 

「そう言われてものう…。」

 

「はぁ、技に名なんてつけたらその本質がバレまくりだろーが。」

 

「!」

 

もしかしたら若干お頭が弱いのかもしれないと、白夜叉の認識を下方修正しかける祖国。

祖国の様な特殊な考え方は彼女にしてみれば未体験の見地なのだろうと、かろうじて修正を取りやめたが。

 

「名は体を表す、とはよく言った物だな。物の名前は総じてその中身や本質を映し出すという意味だが、それは裏を返せば”名前は物事の本質を知るヒント”って事だ。情報を隠匿したい側からしてみれば、たまったもんじゃねえだろ?」

 

「う、うむ。」

 

そう、名を付けるとは、即ち物事の本質を言い表す事に他ならない。

例えば祖国が自らの技である雷撃にふさわしい名前ーここでは仮にαとしようーをつけると、それを聞いた相手はそれだけで無条件に有益な情報を得た事になる。

仮称αが何かは知らないが、名前から攻撃内容を予測する事が可能となるためだ。

そして名が体を表している以上、名が本質への導となっている事も事実。

つまるところ、ギフトの本質をしられてしまう可能性が増してしまうのだ。

 

もちろん、名を偽りミスリードを図る事も出来るが、それは中々現実的では無い。

というのも名とは、多かれ少なかれ”他者へ伝える”事を想定した存在であり、それを覆してまで命名するのは他者との混乱を招くきらいがあるからだ。

簡単に言えば、犬を指して猫と呼び、猫を見て犬と呼ぶ。

これが自身の中でルールとして成立していても、コミュニケーションをとる他者からしてみればややこしいだけなのと一緒だ。

 

「つまり、バレた時のデメリットを考えれば、技に名前がついていない事なんざ大した問題じゃないって事だ。」

 

結論としてはリスク&リターンの問題に集約される訳だ。

名前が無いのは不便ではあるが、名前が漏れた時にデメリットに比べたらまだマシという事である。

事実、祖国はこのやり方で幾つもの戦場を生き残ってきており、彼の方法が決して理論だけではない、経験に基づいた物である事は疑う余地も無いだろう。

 

「なるほど、その様な考え方もあるのだな。まったく、齢幾何かの小童にここまで諭されるとは、いやはやどうして愉快なところがあるのう。………だがの、祖国。おんしが思っている以上に、”名”とは重要な役割をもっておるのだぞ?」

 

「と言うと?」

 

「そうじゃな、一般論で語るのもアレじゃし…。おんしが技を発動するまでに必要なプロセスを教えてくれるかの?」

 

「あんまりこういう事は言いたくないんだが…、しょうがねえか。」

 

そういって祖国はしぶしぶ白夜叉に彼のギフトの発動条件を語り始めた。

条件といっても、あくまで”正確に”発動する条件なのだが。

 

「…俺のギフトが発動するには3つの過程が必要になる。切り取る対象の座標設定、形状把握、そして俺の…なんて言ったらいいかよく分からないが、内在世界?への同質化だな。貼り付けの手順も、これと全く一緒だ。」

 

「内在世界とな?おんしまさか、自身一人でコスモロジーを形成して…?いや、だがまさか…。」

 

「おい、話ずれてるぞ。俺もそこらへんの事はよく分かってないんだよ。あんまりツッコムな。」

 

「…まあ、よいだろう。今回私が伝えたい事は、そこではないしの…。」

 

「んで、結局メリットて何なんだよ?」

 

いい加減答えが知りたい祖国は、若干いらだたし気に問いかける。

自らのギフトの本質に関する情報を提供したのだから、くだらない解答だったら許さないとその目で告げながら。

そしてそんな冷やかな目線を受けた白夜叉も、いい加減話がそれていた事に気が付いたのか一つ咳払いをすると、いたって真面目な様相で再び語り始めた。

 

「うむ。つまりおんしはギフトを発動するまでにその3つの過程を経ている訳だが、技に名を与えればその過程を一つにまとめる事が出来るのだ。要は、ギフトの発動速度を上昇させることが可能という事だ。」

 

「は!?いや、確かに、それは願ってもないメリットだが…。…本当なのか?」

 

「まあ、疑うのも無理はないかの。実際の効果は自分自身で感じる以外ないからのう。だが、理屈だけなら説明してやれるぞ?」

 

「…頼む。」

 

「とは言っても、何も難しい話ではないがの。本来おんしの発動条件、座標設定、形状把握、同質化は別々のプロセスとして処理されておる。だが技に名をつければ、その名の下に各プロセスを一纏めに集約して一括処理できるという訳だ。」

 

白夜叉の言はこうだ。

祖国のギフトは発動の為に、座標設定→形状把握→同質化という流れ(プロセス)を順次満たさなければならない。

そしてこれは当然別々の処理であり、個々の対応に応じて一々喚起する必要があった。

機械のスイッチon/offで言うならば、個別の3つ機械にそれぞれ処理が始まる際に電源をいれ、そして終われば切る様なものだ。

 

だが、名を得るとこれがガラリと変わる。

つまり、上記のプロセスが技の名の下に集約され、一つの塊のプロセスとなるのだ。

スイッチで言うなら、個別だった機械の電源が一括化され、ひとたびスイッチをonにすれば全ての機械が作動し、そしてoffにすれば全ての機械が停止する状態だ。

 

つまるところ、名を付けてプロセスを一元化する事で、スイッチを一々on/offする手間が省けるのだ。

これはプログラム処理高速化の基礎、処理ステップ数の減少に通じる理論であり、そして同時にその効率化こそがギフト発動速度の上昇に他ならない。

 

「本来、これは名を付けた事の副次的な効果に過ぎん。が、人類が命名という行為を行ってきた目的の一つでもある。もちろん偶然の産物だろうがの。」

 

「つまり命名にはそれなりのメリットがある、って事か…。」

 

「その通り。おんしは名を付けるデメリットばかり気にしておったが、一概にそうとも言い切れぬであろう?それにおんしの言うデメリットも杞憂ではないかの?」

 

「…んー、まあ確かに俺が名を口に出しさえしなければ、どうと言う事もないな…。」

 

確かに白夜叉の言い分にも一理ある。

名を付ける事によるデメリットは確かに致命的だが、それは祖国が名を口にしなければバレる可能性は殆どない言っていい。

なにせ名を知っていいるのは彼一人なのだから。

そこさえクリアしてしまえば、命名によるメリットは祖国にとっても非常に魅力的である。

 

ギフトとは命綱だ。

悪鬼羅刹、数多の人外が蔓延る箱庭においてこれ程心強い物は無い。

それをさらに確実な物にするためにも、発動速度の向上は欠かせない物だと彼も考えていた。

 

「うーん、悪い話じゃないな。ギフトを早く発動できるって事は、その分主導権をとりやすいって事だしな。」

 

「うむ、おんしのギフトは確かに強大だが、おんし自身は生身の人間だ。そういった意味でも、わたしとしては名を付ける事を勧めたいのだが…。どうかの?」

 

そして祖国がその問に答えるのに、それ程時間を有する事は無かった。

 

そう、それ即ちー

 

 

 

 

 

「そうだな、暇な時にでも適当に名前考えてみっか。」

 

 

 

 

 

是也、であった。

 

 

 

~回想完~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に閃く凶刃の如き一撃を紙一重で躱しながら、祖国の頭には走馬灯にも似た回想が浮かんでいた。

それは決して彼が意図していた事ではないのだが…、しかし彼の無意識を反映していた事はやはり否定できないであろう。

なぜならー

 

”ハッ、まさか白夜叉のアドバイスがこんな早々に生きてくるとはなっ…。”

 

ー眼前の敵から繰り出される一撃一撃は、今までの彼ならば対処できなかったであろう速度を有していたのだからー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時はあっけない程自然に訪れた。

 

ー開戦の時。

 

別段時間が長く感じたり、あるいは逆に刹那の如く過ぎ去ったりといったマンガ特有の現象が起こる訳もなく、ただあるがままにその時は訪れた。

それは祖国が特段リラックスしている訳でも、あるいは戦いたくてソワソワしている訳でも無く、ただ単に彼のポリシーによるもの。

 

”なる様になる”

 

そんな無為自然を体現したかの様な信念は、しかし彼に特有の不動の冷静さを与えていた。

そしてだからこそ、彼はその時が来てもごく自然な態度で受け入れる事が出来たのだろう。

 

 

 

「時間通りに来るとは感心感心。ビビって逃げたかと思ったし。」

 

闘技場に現れた祖国に放たれた第一声は、まさかまさかの挑発であった。

あからさますぎる挑発の言葉に若干苦笑しながらも、すぐさま祖国は平常通りに切り返す。

 

「下らない挑発してんじゃねーよ。そもそもギアスロールは絶対遵守。契約した時点で逃げれる訳ねえだろ、バカが。」

 

「バッ…、アルちゃん別にバカじゃないし!」

 

「あー、ハイハイ。テンプレテンプレ。」

 

再開場所である闘技場の中心で繰り広げられる舌戦。

いや、あからさまに見え見えな挑発を、祖国が効果的な言い回しで切り返しているだけなのだが…。

はっきり言って低レベルな口喧嘩程度のそれは、聞く者が違えばこれから命のやり取りをする者同士の会話とは決して思わないだろう。

 

そうして数刻程続いた他愛ない口喧嘩も、だが当然の如く終わりを迎える。

ギャップから弛緩しかけた空気が一瞬にして引き締まると、先程までの軽い様子はどこへやら、魔王アルゴールは悠然とした態度で祖国へと歩み寄る。

 

「アルちゃんそろそろ飽きて来たし………最後に締めの問答でもするとしよう。」

 

「ああ、構わないぜ。」

 

その言葉と共に突然彼女の雰囲気がガラリと変わり、同時に爆発的に彼女の霊格が膨れ上がる。

まるで霊格その物が質量をもっているかの様に、殺気だった空気がピリピリと祖国を刺し貫く。

その貫録はまさしく百戦練磨、一騎当千の猛者の覇気。

今までとは打って変わった威圧感に、流石の祖国も背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。

 

「問おう、人の子よ。貴様はなぜゆえ我が眼前に立ちふさがる?貴様が非情なれば、貴様”だけ”は逃げ切れたであろうに。」

 

その言葉に込められた言外の意味に、祖国も思いつく所があるようだ。

彼にしては珍しく表情をゆがめると、忌々し気な瞳でアルゴールを睨み付けた。

まるで余計な事をしてくれたと言わんばかりに。

 

だが、実際アルゴールの疑問も真っ当なものだ。

祖国は交渉の時点でサウザンドアイズに対する捜索権をダシにして、彼だけでも逃げれる様にアルゴールに提案する事も出来たはずだ。

そして彼の交渉力とアルゴールの本来の目的を照らし合わせてみれば、成功する可能性は決して少なくは無かった。

 

にも関わらず、祖国は迷わず自らが盾になる事を選んだ。

限りなく勝ち目の戦いに、自らの意志で参加することを選んだのだ。

 

その信念に、その決断に、遥か太古に同じ決断をした彼女もまた、恐らく惹かれたところがあったのだろう。

例えその決断の本質が、アルゴールと祖国では決して交わらないとしても。

 

そして、その問に対する答えは

 

「ハッ、下らねえ事聞いてんじゃねえよ。」

 

酷く淡泊な物だった。

仮にも魔王との問答という事さえ忘れているかのような、明らかに拒絶の色を含んだそれは、画面越しでこの戦いを見ているであろう他者にもはっきりと伝わるほど寒気を含んでいた。

誰もがその解答に落胆する中、だが祖国だけはまだ終わっていないとその口を開いた。

 

「そんなもん、自己満足に決まってんだろ。」

 

瞬間、空気が変わった。

いや、張りつめていた空気がほどけた訳でも、あるいは殺気だった訳でも無い。

具体的にどうとは言えないが、確かに空気が変わったのだ。

そしておそらくその原因であろう彼女は、無機質な表情で問いかけた。

 

「貴様、そんな事の為に我が道を阻もうというのか?」

 

「愚問だな。だから俺はここにいる。」

 

間髪入れない祖国の解答に押し黙るアルゴール。

 

数秒続いた沈黙の後…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フ、フハハハハハ。よもやその様な心算で我が前に立つとな!」

 

心底愉快そうに笑うアルゴールの声が響きわたった。

悪意も何もない、純粋な哄笑。

それ程までに笑うの彼女は、箱庭史においても類を見ないイベントであろう。

 

「だが、なればこそ許そう。貴様のその傲慢なまでの自己満足、他の誰が認めずとも我が認めようではないか!」

 

「…別にお前に許しを請うつもりは無い。」

 

「フフ、よいぞよいぞ。やはり人類とはかくあるべきだ。どこまでも貪欲に、どこまでも傲慢に、己が欲望に従うその姿、その心!際限なき貪欲こそが我ら魔王を討つ唯一の武器ならば、やはり人類こそがそれを担うに相応しい!」

 

その迸る言葉に、堰を切って流れ出る感情に、アルゴール以外の全てが沈黙する。

まるで世界が今、彼女を中心に動いているかと錯覚せんばかりの異様さだ。

 

「だが、我にも我の渇望がある。成し遂げるべき欲望がある。貴様がその道をふさぐというのなら…、力ずくで退かす以外にはあるまいて。」

 

もはや激突が避けられぬ運命ならば、それも止む無し。

この一本道には、互いが互いを排斥する未来しか残っていない。

 

「お前の欲望なんざ知らん。ただ、俺が俺であるために、俺はお前を止める。それだけだ。」

 

それでも退かぬと言うならー

 

「よかろう、ならば是非もなし!互いに譲れぬ欲望を賭けて、力の限り死し合おうぞ!」

 

ー相手を退かして押し通る!

 

かくして、ペルセウス戦最大の火ぶたは切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先陣を切ったのはアルゴールであった。

互いの距離はおよそ10メートル。

だがこの程度の距離、二人にしてみれば有って無い様な物。

どちらか片方が望めば、すぐにでももう片方の間合いに入る事が出来るだろう。

 

”ならばここは臆さず攻める。”

 

事前にそう決めていた彼女は、底上げされた身体能力で一瞬の内に祖国へと肉薄する。

それと彼女が拳を打ち出したのはほぼ同時だった。

常人では見切ることさえ不可能な速度を持った拳が祖国へと襲い掛かる。

そのたった一撃が大陸を揺るがす程の威力を持って。

 

だが、その攻撃はむなしく空をきる事となる。

 

それも当然、その程度の攻撃は予測の範囲内だ。

ギリギリながらもバックステップでしっかりと攻撃を躱した祖国は、カウンター気味に初速の早い雷撃をくらわせようと座標設定しかけー

 

 

 

 

戦慄した。

 

 

 

 

なぜなら彼の眼前にはすでに二発目の拳が迫っていたのだから。

 

”クッ、いくら何でも早すぎる!?”

 

完全に攻撃を避けた事に慢心していた己を叱咤すべきか、あるいは座標設定するために彼女の方をもう一度見た自分の幸運を喜ぶべきか。

かろうじて彼女の攻撃に気づいた祖国は、白夜叉の秘策、その技の”名”を唱える。

 

”部分装甲…直列型神経回路(ダイレクト・サーキット)

 

刹那、思考が加速する。

無駄な時間がそぎ落され、最小限の時間で伝達された信号はきわめて速くかつ冷静な分析を可能にする。

その反射速度たるや脊髄反射をも優に凌駕し、およそ生身の人間では到達しえない反応スピードを叩き出していた。

 

直列型神経回路(ダイレクトサーキット)

これは祖国がかつて編み出した戦闘状態(・・)の一つである。

 

人間は物事を認識する時、必ず”神経”を通じて電気信号が送られる。

例えば我々が物を視認する場合、物に反射した光を目が吸収し、それが電子信号となって脳へ伝えられる。

また皮膚に何かが触れたと感じるのは、皮膚の感覚器が刺激を受けると感覚神経を通じて中枢神経に電子的信号が送られ、そこでようやく脳が触れられた事を理解する。

つまり、本来生身の人間の身体では、外部からの刺激を感じてから脳がそれを理解するのに若干のタイムラグが存在している。

一般に、この時間は片道およそ0.5秒とされている。

 

また無意識に、特に命の危機が迫った場合に、これよりも早い反応現象である”脊髄反射”という物も存在する。

これは信号を脳まで伝達せずに脊髄で処理をしている為であるが、これは決定的な欠点として高度な情報処理が出来ない。

せいぜい事前にインプットされた行動を信号として送り返す程度で、大脳と比べると処理が非常に劣っている。

ゆえに、通常反射という物は総じて簡単な動作ー目の前にボールが飛んできたから目をつむったり、熱い物に触って思わず手をひっこめる等ーに限定されるのだ。

 

高度な情報処理と素早い情報伝達。

本来ならば、この二つは人間の身体構造上絶対に両立し得ないものだ。

 

だが大宮祖国ならば、彼の”ギフト”ならば、話は別だ。

 

原理は至極簡単。

彼のギフト”カット&ペースト”は、彼が知覚しうる事象を自在に切って貼る事が可能。

ならば、神経そのもの(・・・・)をギフトでつなぎ変えてしまえばいい。

受容体から発生する神経回路を”切り取り”、大脳へ直接”貼り付ける”。

つまり、電子信号が感覚神経やその他器官を介さず、ダイレクトに大脳へと到達する。

それが直列型神経回路(ダイレクトサーキット)の正体。

これにより祖国は脊髄反射を越える速度を維持したまま、かつ情報処理能力を低下させる事無く戦闘が可能となったのだ。

 

そして今祖国が展開しているのはそれの部分装甲、つまり局所的な神経のつなぎ変えだ。

今回は主に、目の神経と大脳をリンクさせているのだ。

 

”まさか初っ端からコレを使う羽目になるとはなっ…。”

 

アルゴールの実力を過小評価していた訳ではないが、それでも予想以上であった事に変わりは無い。

確かに祖国は一度バックステップ時にアルゴールから視線を切っていたが、それこそ刹那に等しい時間である。

高々ゼロコンマ数秒の内に態勢を立て直し、さらに追撃までしてきたとなると、彼女の評価を大いに見直さなければならないだろう。

 

一瞬の内に気を引き締めなおした祖国は、加速した神経と研ぎ澄まされた思考の中で、眼前に迫る脅威の対処を考えていく。

 

”この一撃を避けることは……可能だ。だが避けたとしても、結局は同じ繰り返しだろうな…。ならばこの主導権を取るためにも………やるか。”

 

そう結論付けるやいなや、祖国は直列型神経回路を部分装甲から全体装甲へと切り替えた。

これで身体中のありとあらゆる神経は直に大脳へとリンクされた事になる。

もちろん部分装甲よりも全体装甲の方が脳に負担がかかるのだが、今回祖国が狙うのはカウンターだ。

それもホンの一瞬の事なので、万全を期して全体装甲へと切り替える。

この刹那のやり取りで、主導権を取るために。

 

対するアルゴールも祖国の不用心な態度に一瞬眉をひそめる。

今の祖国からは一切避けようという意思が感じられないからだ。

 

”回避を諦めた?…いや違う。コイツはアルちゃんの攻撃を誘っている!”

 

瞬間、彼女の中で本能という名のアラームが鳴る。

 

ー今攻撃するのはマズイ、と。

 

祖国の不敵なオーラに、言い知れぬ不気味さに、彼女の背中に悪寒がはしる。

幾千の戦場を生き抜いて来た勘が、彼女の頭に”撤退”の二文字を浮かび上がらせる。

必然、彼女の動きに迷いが生じた。

 

 

 

 

 

 

その時だった。

彼女が祖国の変化に気づいたのは。

 

それはとてもとても小さな変化。

目のふちに留まるか留まらないかといった程度の、ほんのわずかな表情の変化。

そうー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー彼は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、彼女の感情はある一点に集約された。

 

ーそれすなわち憤怒。

 

まさにその言葉に違わないであろう激情が、一瞬で彼女の頭の中を染め上げた。

 

それは嘲笑だったのかもしれない。

表情一つで攻撃をためらってしまった臆病な彼女への嘲笑。

 

それは優越だったのかもしれない。

彼女程度の攻撃ならば避けるまでもないという傲慢なまでの優越。

 

それは挑発だったのかもしれない。

彼女にの攻撃をあえて受けるために見せた挑発。

 

だが答えなどどれでもいい。

正解などに意味はない。

なぜなら、それらすべての選択肢は必ずある答えに辿り着くのだから。

そう、

 

”な・め・ん・な!!!”

 

魔王アルゴールへの侮辱である。

星霊であり、強者であり、勝者である彼女への、寸分たがわぬ侮辱である。

祖国の笑みは彼女のプライドを一瞬でへし折り、同時に魔王としての誇りを地に落としてみせたのだ。

 

故にこそ、彼女は直感を無視した。

故にこそ、彼女は引かなかった。

故にこそ、彼女はどこまでも魔王たらんとした。

 

アルゴールは再び強く拳を握りしめた。

目の前の不遜な人間に、己の在り様を示すために。

魔王アルゴールはいかなる策謀をもってしても更にその上を行くと、己が拳で証明するために。

 

そしてその拳は振り下ろされた。

一撃が大地をも容易く砕く威力を秘めた一撃が祖国を襲う。

もはや回避は不可能、避ける術はない。

鎧袖一触、第三宇宙速度という常識外れな速度を叩き出して祖国の胸元へと吸い込まれたそれはー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の予想だにしない結末を迎えた。

 

 

~side 祖国~

 

アルゴールの攻撃が繰り出されてから、ほんの数秒。

大宮祖国の眼前には、目の前で起こった事を未だ呑み込めていないであろう彼女の姿があった。

彼女の全霊をもって振るわれた拳が、あのような結末を辿れば当然の事だろう。

なにせ、防がれるでも、避けられるでもない。

まるで拒絶されるかの如く、弾かれた(・・・・)のだから。

 

”リフレクター”

 

祖国がアルゴールの一撃を弾いた技だ。

その名の通り相手の攻撃をそのまま運動ベクトルを反転させて反射する荒業。

どこぞの魔術と科学が交差する世界の一方〇行さんよろしくな技名なのは、もちろん筆者が悪い。

(筆者「一度やってみたかった。反省も後悔もしていない(キリッ」)

 

原理は白夜叉との戦いで見せたダメージ転写と全く同じだ。

外部から受け取った衝撃を”切り取り”、そして相手に”貼り付ける”。

これによって、相手の攻撃によるダメージを大幅に減らす事が出来るというシンプルな技である。

 

だが、本来ならばこれは祖国が衝撃を知覚した時には既に身体にダメージが通っているため、決して反射(リフレクター)などという御大層な名前を冠する様な技では無かった。

なぜならダメージ転写と違い反射(リフレクター)は殆どダメージを受けないのだから。

そして、その秘密こそが直列型神経回路にある。

 

とは言え秘密といっても本当に大した事ではないのだが。

先ほども説明したが、人間の身体は構造上刺激が脳に伝わるまで若干のタイムラグが存在する。

そしてそのタイムラグのせいで、祖国が衝撃を切り取ろうと思う頃には、すでに数割のダメージが発生してしまっているのだ。

 

だが直列型神経回路では、すべての刺激はノータイムで大脳へと送られる。

つまりタイムラグが極小、数学的に見ればほぼ0と言っていい状態にある。

ゆえに外部からの衝撃を即座に切り取ることができ、身体へのダメージも皆無と言えるのだ。

 

そして祖国のもう一つの狙い。

わざわざアルゴールの攻撃を避けるのを止め、そして挑発がてらに笑顔を振りまいてみた目的も、上手く事が運んだらしい。

 

”いい感じにテンパってるな。まあ、全力の一撃が効かなかったら焦るのも当然か。”

 

そう、祖国が回避ではなくカウンターにした理由がこれ。

攻撃を弾かれた後の、驚愕による硬直である。

 

相手が強ければ強い程、自尊心という物は膨れ上がる。

それは何も根拠ない自身では無い。

勝利という揺るがぬ証拠により積み重ねられてきた実績が、その者のプライドを形作る。

 

そしてそれは同時に、相手のプライドが高ければ高い程、それを打ち砕いたときの反動が大きい事を意味する。

今回が良い例で、目の前のアルゴールは決して戦闘中にさらしてはいけない、呆然とした顔をしている。

もちろん、それは時間にすれば1秒にも満たない刹那であろう。

だが、戦闘中にそれは悪手。

これ程大きな隙はそうそうやって来ないだろう。

 

”悪いが、このチャンスを逃す程、お人好しじゃ無いんでね!”

 

そして決定的な隙をさらしたアルゴールの懐に潜り込んだ祖国は、

 

「とりあえずは一発!」

 

渾身の正拳突きを繰り出した。

低い姿勢から繰り出されたそれは、武錬の跡が見える洗練された一突き。

無駄なく最小限の動きから突き出された拳は、最大限の威力を発揮し、アルゴールへの腹部へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

攻撃をうける直前、アルゴールは慢心していた。

先ほどはいかなる手品を用いて回避したか知らないが、所詮相手はたかが人間。

人類最高峰のギフトを持つ逆廻十六夜の乱打をもってしても多少の傷で済むほどの耐久性能を持つ自分に、一介の人間がダメージを負わせられるとは考えられない。

 

相手がいかなる攻撃を繰り出そうとも、ほとんどダメージが無いなら恐るるに足らず。

相手の攻撃を受け次第、反撃に転じる。

 

必然的に導き出された答えに従い、”あえて”彼女はその攻撃をその身に受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~side アルゴール~

 

 

 

 

 

「…カハッ!」

 

瞬間、乾いたうめき声が口から洩れる。

だがそれ以上は言葉にならない。

言葉に出来ない。

 

”あり…えない…。”

 

身体が宙を舞う。

こんなこと想定さえしていなかった事態だ。

目の前の景色が一瞬で過ぎ去っていく。

 

 ドォォォォォン!!!

 

身体が闘技場の壁にめり込み、衝撃で一帯が硝子の様に砕け散った。

だがまだ体は止まらない、止まれない。

その衝撃は未だ衰えず、何層にも囲われた壁を容易く身体ごと貫いていく。

 

”クッ…おかしい。これ程の威力…ただの人間に出せるはずがっ!。”

 

油断していた、慢心していた。

言い訳はいろいろあるが、この状況を説明できる材料は何一つない。

ただ一つ言える事。

 

”フッ、あの金髪君の言う通りーーーーーーーーーーーー、強い。”

 

その結論に辿り着いた時、私の身体はペルセウス城の最外部のそのまた先、荒れ果てた荒野へと打ち付けられた。

 

「…いい塩梅だ。」

 

フッと漏れた感想に自然と納得できる自分がいた。

 

なるほど、ここならば、彼ならば、久しぶりに(・・・・・)思いっきり暴れられそうだ。

 

口元が緩む。

 

久々の鉄の味だ。

 

 

 

 

 

to be continue

 

 




読了ありがとうございました。

なんと今回から、読み仮名をつけてみました!
導入初めてなので上手くいってるかな?
変な所あったら、コメント欄までよろしくお願いします。

さて、ようやくアルゴール戦開始です。
なんとか40話くらいで一巻分を終わらせたいですね。
フラグじゃないよ!

フラグと言えば、見事に前話のあとがきのフラグをへし折りましたねw
なんと更新が10日以内という快挙!
いや~、筆者頑張りましたねw
自分でもビックリですw
最初のころは毎日更新してたって?
…ナンノコトデショウ。

まあ、一話にダイブ詰め込むようになりましたし、ご愛嬌という事でw

感想、意見、批判、質問等も待っています。
それでは今回はこれにて。


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魔眼の正体

こんにちはしましまテキストです。
お気に入りが320件を突破いたしました。
誠にありがとうございます!

さらに投票もいただきました。
ありがとうございます。

評価自体は1と低評価で、中々にショックでしたが、まあこれも愛情の内と割り切って頑張りたいと思います。
そもそも作品に興味自体もって頂かなければ、投票しようなんて思いませんもんね?
だから、これも激励の内という超ポジティブ思考でいこうと思いますw

あ、皆さんもよろしければ評価お願いします。

さて、今話はなんだかよく分からない話になってしまいました。
祖国君の使う武術の説明と、ゴーゴンの魔眼のネタバレ回なのですが、少し物足りなくて戦闘シーンも少し付け足してみました。
本格的な戦いは次話からです。

それでは今話もお付き合い下さい。



彩撃流拳闘術

 

それは身体科学、生体科学、生物物理化学などの見地から確立された最新の拳闘術。

極限まで合理を突き詰めたその流派は、開祖である黛剛健を初めとして世界中に数多の逸話を打ち立てる程の高名を成した。

武術で大成する事を志す者ならば一度はその門下に下るとさえ言われた、まさに至高の対人特化型拳闘術である。

 

彩撃流拳闘術は、その名の通り技名に”色”に関する言葉が必ずつけられる。

基本三色の白、青、赤を初めとし、有段色の黄、緑、紫、師範色の黒など、彩撃の技には必ずそれに相応しい色名がつけられていた。

ちなみにその安直な命名こそが祖国の名づけ嫌いの主な要因なのだが、まあそれは後々語る事にしよう。

 

さてこの彩撃流なのだが、上にも書いた通り色によってレベル分けがなされている。

基本三色を収めた者は正式に彩撃流の名を名乗る事が許され、同時に一個大隊が大手を上げて歓迎する程の好待遇が確約されていた。

有段色ともなれば各地、各組織からスカウトが絶えず、師範代などは最早語るまでも無いだろう。

それ程までに彩撃流を収めた者は対人格闘において無類の強さを誇っていた。

 

しかしスカウトに頼らざるを得無い程、彩撃流を名乗る絶対数が少ないのは何故か?

 

その答えは簡単。

彩撃流の門下生の内、実に9割以上もの生徒が基本三色の白さえ取得できず、その道を諦めるからである。

 

基本三色の内、最も単純で最も基本的な技、”白撃”。

 

その習得に近道は存在しない。

ひたすらに正拳突きを繰り返す、ただそれだけ。

雨の日も、風の日も、極寒の日も、灼熱の日も、その拳が休まることは無い。

その一突き一突きが無駄を削ぎ落とし、極限まで磨き抜かれた一撃が容易く岩をも穿つまで。

そしてそんな洗練された一突きを習得して、ようやく彩撃流の一歩を踏み出したと認められるのだ。

 

故にこそ、白撃習得には”才能”という物が多大に関係する。

習得するのに10年かかったという老達もいれば、たった一週間で自分の物としたという神童も存在する。

最初の関門にして、才能を選別するふるい。

それが基本色其の一、白撃の役割でもあった。

多くの門下生は早々にこの壁で挫折し、夢半ばで涙をのむこととなるのだ。

 

 

さて、そんな彩撃流にはいくつか奇妙な噂が残っている。

拳一つで山を打ち砕いた猛者がいるだとか、歴代師範代が残した奥義書がどこかに隠されているだとか、荒唐無稽な話から意外と現実味を帯びた噂まで様々だ。

その中の一つに、とある少年の話がある。

 

曰く、争いを好まぬ平和主義者。

曰く、まともに修行もしない怠け者。

曰く、茶菓子の選別眼は師範代をも超える。

 

そんな凄いんだか凄くないんだがよく分からない逸話が多い少年だが、武錬においても同様に数多の噂を残している。

 

曰く、たった二年で基本三色と有段色、黄、緑を習得した天才。

曰く、総師範代と打ち合える数少ない人物。

曰く、黛剛健の直系にして今代最高の神童、黛壮健も一目置く怪物。

 

そして、噂はその少年の名はこう締めくくられていた。

 

 

 

ー茶菓子係り『大宮 祖国』と。

 

 

 

つーか、茶菓子係りって何だ。

 

 

 

 

 

 

 

~side 祖国~

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に突き出した拳を見る。

何てことは無い、ただの正拳突き。

基本中の基本であるがゆえに、その実力が一番反映されやすい白の拳だ。

 

非才の身ではありながらも、一度は武の道を歩んでいた事もある。

武術に対する知識は少なからず持ち合わせていると自負しているが、彩撃流に関しては別格だろう。

おそらく徹底的に合理を追い求めていくあの流派とは、個人的見解ではあるが中々に馬が合っていたと思う。

だからこそ飽き性な自分が嫌々ながらも続けてこられた理由でもあるのだが。

 

「酷いもんだ…。」

 

もう一度放った突きを見る。

無駄が多い。

削ぎ落としたはずの不合理がいつの間にか拳に纏わりつき、白撃本来の威力を減衰させている。

今の一撃を見たら壮健あたりが修行不足だと小言を言いに来るに違いない。

 

事実白撃本来の威力を知る者ならば、今の白撃がいかに拙いかすぐに見抜けるだろう。

なにせ本来の白撃は山をも貫くのだ。

ドーピングした(・・・・・・・)一撃がこの程度では、元の一撃では岩をも砕けないだろう。

 

”白撃・纏”

 

それが今の俺の一撃の名前。

彩撃流の技にギフトの威力を組み合わせた我流の拳闘術だ。

 

元々白撃は彩撃流の技の中でも貫通力に特化した物だった。

そこにギフト”カット&ペースト”でさらに威力を上乗せし、およそ生身の人間では発揮できない威力まで昇華させた拳。

それが白撃・纏の正体だ。

普通は威力が高すぎて滅多に使用しないんだが、白夜叉の同類ならば手加減は不要だろう。

あのふざけた耐久力を持つ奴らが、この程度でやられる訳も無いしな。

 

余談だが、白撃・纏は直列型神経回路(今の状態)と非常に相性がいい。

知覚が鋭敏化されているおかげで、反作用のダメージも相手への攻撃へと転化できるからだ。

 

当然のことだが、いくら腕を磨こうとも拳という物理的な媒体を用いている以上物理法則と無縁ではいられない。

相手を殴れば手は痛いし、強く殴ればその分痛みも増す。

小学生でも知っている作用と反作用の原理だ。

 

だが直列型神経回路は衝撃をタイムロスなく切り取る事が出来る状態だ。

そして切り取った反作用を作用方面のベクトルとして貼り付ければ、単純計算で威力は2倍。

強く殴れば殴るほど、反作用が大きければ大きいほど、この直列型神経回路の恩恵が受けられる訳だ。

その分ギフトの併用と演算処理で脳に負担がかかるのだが、それを補って余りある凶悪さだし、何より相手はあのアルゴールだ。

現状では直列型神経回路を解除する訳にはいかないだろう。

 

「ふぅ…。」

 

緊張していた筋肉が弛緩する。

全身から力みが消えていく。

 

拳に痛みは無い。

上手く切り取れたようだ。

久しぶりの同時演算だったが、何とか無事に成功したらしい。

気を取り直してアルゴールが吹き飛んだ方向を見てみると、城壁を幾重にも貫いて外野まで貫通しているようだ。

 

「さすがは貫通力に特化した技ってか。でもまぁ壁にヒビが入ってる様じゃまだまだだな。」

 

そう、闘技場の壁にはアルゴールが激突した余波で多数のヒビが入っているが、それじゃまだ甘い。

力を効率的に伝導出来ていない証拠だ。

同じ条件でも師範代クラスが放つ白撃ならば、ヒビさえ入らずに壁を貫通させるだろう。

それだけ打撃時に無駄がないのだ。

 

これは圧力と面積の話と似ているだろう。

例えば常人が段ボールをグーで殴れば凹む程度だが針で刺せば穴が開く様に、同じ力でも一点にそれを集約出来れば貫通性能は向上する。

白撃もこれと似たような原理を応用しており、力の収束と極小の一点に伝導という2点がこの技のネックだ。

 

「ま、今反省しても意味ないし。タイムアップになる前にさっさと決着付けに行きますか。」

 

だがこれは一朝一夕で身に付く様な技術では無い。

少なくとも、今回の戦闘中でどうこうできる問題では無いだろう。

それこそ彩撃流門下生だった頃の様な、厳しい武錬が必要となる。

思い出しただけでゲンナリしてしまいそうだ。

まあー

 

「生きて帰れたら、それもありか。」

 

柄にもなくそんな事を考えながら、俺はギフトを使って荒野へと足を運んだ。

今思えばこれが俗にいうフラグだったのかもしれない…。

 

 

 

 

~side out~

 

 

 

 

どこまでも広がる寂寥たる荒野。

不毛の地という言葉がピッタリ似合いそうな大地に降り立った祖国が目にしたのは、ほぼノーダメージで健在なアルゴールの姿であった。

多少衣服が破けてはいるものの目立った外傷もなく、むしろその瞳には先ほどよりも強い闘気が宿っている。

猛禽類の如く研ぎ澄まされた瞳は、いまかいまかと強者の到着を待ちわびているようだった。

 

”チッ、予想はしてたけど無傷とはな…。少しへこむぞ。”

 

そんなアルゴールを見つめる祖国の瞳は、対照的に冷え切っていた。

冷静に、着実に、相手を分析するかの様に。

直列型神経回路を全身装甲で展開しながら、いつ再開の火ぶたが切って落とされても良いように身構える祖国。

微塵の油断もないその風貌にアルゴールはますます喜色を濃くしながら喋りかける。

 

「いやー、目覚めの一撃にしては効いたし。少年、本当に人間?」

 

「失礼な。俺ほど人間してる人間はそうそういないだろうよ。」

 

もう人間という単語の使い方が色々と間違っているが、そこにツッコミを入れる者はいない。

ツッコミ不在というある意味危機的なこの状況の中で、会話はドンドンと進んでいく。

 

「いやいや、ただの人間がアルちゃんのパンチを弾いたり、ここまで殴り飛ばせたりする訳ないし。てかさっきの一撃、金髪君の奴よりもチョー痛いんだけど!」

 

「ハハ、そりゃそうだ。」

 

祖国の言葉に怪訝な顔をするアルゴール。

まあ、とある事実を知らない者ならば、彼の言葉の真意を知る事は出来なくてもしょうがないだろう。

ーーー彼が白撃に貼り付けたエネルギーが、”逆廻十六夜のそれである”という事実を。

 

ペルセウスとのギフトゲーム前にテンションが跳ね上がった十六夜が「祖国、少し準備運動しようぜ!」という口実のもとノーネームのだだっ広い庭で暴れ回り、後で黒ウサギに説教され、例に漏れず祖国もそれに巻き込まれたという訳だ。

殆どの物的被害は十六夜が原因で、祖国はほぼ彼の攻撃のストックに努めていたのだが、目下問題児認定されている彼の言い訳が黒ウサギに信用される事は終ぞ無かった。

哀れなり祖国。

 

「まったく、どいつもこいつも俺を何だと思ってんだ。勝手にやれ問題児だの、やれ人外だの…、そういうのはあのバカ(いざよい)だけで十分だっつーの。」

 

「少年も十分人間止めてると思うし。むしろ金髪君よりも人外じゃない?」

 

「ふざけんな!…つーか、そんな事お前が一番分かってんじゃねえの?」

 

唐突な祖国の言葉に、首を傾げるアルゴール。

この場でそんな事を言い出した祖国の思惑を探るも、まともな解答さえ思いつかない。

いや、一つだけ(・・・・)思い当たる節があるが、それはどう考えてもあり得ない。

故に彼女は胸中の疑念を払拭すべく、ごく当然の言葉を口にする。

 

「………何言ってるか分かんないし。」

 

「とぼけんなよ。なんなら俺の口から言ってやろうか?」

 

「だから何の「ゴーゴンの魔眼」話を……」

 

途端にアルゴールの美麗な顔が驚愕で歪む。

自分の思考が読まれたのかとさえ錯覚する言葉に、瞬間的に彼女の口が凍り付いた。

 

彼の少年の言いたい事は分かる。

いや、分からざるを得ない。

が、それは彼女以外は誰一人として知らぬ事。

生涯誰にも伝えた事の無い、自身のギフトに関する最奥の情報のはずだ。

 

それがバレているかもしれない。

その事実に、彼女の心中は一気にざわめきたったのだ。

 

そんな彼女を見下す様に、元凶がその口を開く。

 

「俺も色々勉強してきたからな。お前の伝承や伝記、やらかした事とかを掘り返して来た訳よ。そしたらさぁ、ちょっと興味深い事に行き着いたんだよ。」

 

「…へぇ。アルちゃんも知りたいなー。」

 

「いいぜ、教えてやるよ。」

 

ニヤリ、と悪い笑みを浮かべる祖国の顔は正しく問題児のそれに相違ない。

やはり彼はノーネーム問題児sの一角を担う人材に相応しいのだろう。

自身のあくどい笑みがモニターで垂れ流されている事も知らず、祖国は得意げに話を進めていく。

 

「お前に関する蔵書を手当たり次第に漁ってる時にな、ふと気づいたんだよ。書かれている本によってお前の特筆されている箇所がバラバラな事にな。」

 

「…それが何?書き手によって心象が変わるのは当然だし。」

 

「俺も最初はそう思ってたんだけどな…、でもアレは流石に不自然過ぎだ。不思議に思って同じ点にフォーカスしてる書籍別に分けてみたらアラ吃驚。ある法則性が見えて来たんだ。」

 

「法則性?」

 

「ああ、カテゴライズされたお前の特記事項は主に2パターンに別れていたんだ。一つ目はその身体能力に焦点を当てた物、もう一つはさっき言ったゴーゴンの魔眼を特筆していた物。どちらもお前が有するギフトの内で強力な部類だが、問題はそこじゃなかった。………お前が”誰に対して”ギフトを使ったか?それが一番の問題点だったんだ。」

 

祖国の表情に依然変わりは無い。

だが、アルゴールの表情は当初と比べ明らかに不信感が増している。

まるで話の全貌が見えてこない事に苛立ちが募っているらしい。

そんな彼女の内心が言葉となって荒野に響く。

 

「だったら何?言いたい事があるならハッキリ言えばいいし!」

 

「あっそう、ならハッキリ言わせてもらおう。お前のギフト、ゴーゴンの魔眼は……………ただの(・・・)人間には効かないんだろう?」

 

瞬間、アルゴールの表情が再び驚きで染まる。

嫌な予感を当ててしまった己の勘を呪いつつも、すぐに平静を装った彼女は祖国に言葉の真意を問う。

 

「どういう事?」

 

「そのままの意味だ。お前のゴーゴン魔眼は普通の人間には効かない。いや、正確には”霊格を持たない存在には効かない”と言うべきか。」

 

その言葉に対する衝撃は先ほどの比では無かった。

隠していた情報が看破されただけでなく、その詳細まで見破られたのだ。

祖国のゾッとするような鋭い視線を感じながらも、アルゴールは辛うじて心中に浮かんだ問を口にした。

 

「根拠は?」

 

「さっきも言ったが、お前が誰に対してどのギフトを使っているかが一番重要な点だ。お前と他の神や天使とかの戦いを書いた伝記ではゴーゴンの魔眼が非常に脅威として語られていたが、他愛もない話、例えばお前が村一個を滅ぼしたなんていう話ではお前の身体能力がメインで語られていた。----でもよくよく考えると、これっておかしいよな?」

 

そう言って祖国は、ポケットからとある物を取り出した。

それは何の殺傷能力も無い、我々もよく知るアレ。

搬送用の梱包に使われる、あの魅惑的感触のアレ。

プチプチシート、正式名称・気泡緩衝材であった。

 

とりだしたシートをプチプチと潰しながら、祖国は魅惑的な感触に酔いしれる。

一瞬いけない世界にトリップしそうになるが鋼の意志でそれを阻止すると、つぶれた気泡を見せつける様に話しかける。

 

「お前が村人を殺すのは、きっとこんな感じなんだろう。」

 

ープチン、プチン。

 

「確かにお前程の力を持つなら、そこら辺の奴を殺すなんざ訳ないだろうが。」

 

ープチン、プチン、プチン。

 

「いいかげん、飽きて来たな。」

 

そう言うやいなや、プチプチシートを雑巾の水を絞る様に捻りあげる祖国。

当然シートは耐えきれずにプチプチと音を立てながら潰れていく。

ヘニャヘニャになったシートを広げると、大分広範囲を巻き込んだのか生き残っている気泡の方が少ないようだ。

 

「つまり、こういう事だ。お前が身体能力で村人をプチプチ潰して行く描写は多々あれど、村人を魔眼で石化させた描写は一度も無い。それも一度や二度ならともかく、目を通した蔵書全てがそうだった。いくら何でも不自然過ぎるよな?普通なら途中で飽きて、もっと効率的に相手を戦闘不能に出来る石化の魔眼を使うはずだろ?ちょうど俺がさっき気泡を一気に絞り上げたようにな。にも関わらず、蔵書のお前は決して魔眼を使わなかった。どうしてだろうな?」

 

祖国の問いかけにアルゴールは答えない。

いや、答えられない。

不用意な言い訳や解答は自らの首を絞めるだけだと、彼女自身これまでのやり取りから感じ取っていたからだろう。

 

だが祖国の主張も的を射ている。

いくら相手が弱かろうとも、有象無象の処理には時間がかかる。

最初こそ苦ではないかもしれないが、慣れてしまえばルーティン・ワーク、悪く言えば作業ゲーだ。

より効率的な方法で相手を屠ろうという考えに行き着くのは当然の帰着と言える。

 

なのにアルゴールは魔眼を使わなかった。

見るだけで対象を石化できるというならば、それほど効率のよい方法は無い。

いや、むしろ使わない方が非合理的とさえ言えるだろう。

 

そしてその非合理にこそ、魔眼の秘密を解く鍵である。

祖国はそう睨んだのだ。

 

「考えられる可能性は三つ。一つ、お前が凄い根気強い奴でプチプチ殺すのも苦にならない場合。二つ、魔眼にはそれ相応の代償が必要で格下相手に使うなんて割に合わない場合。そして三つ目、----------そもそも魔眼が村人相手に効かない場合。」

 

そう、使わないのでなく使えない。

使った所で効果が無いのならば、村人に魔眼を使わない理由も納得できる。

 

「一番目の可能性はお前の性格を鑑みるにまず無いだろう。二番目の可能性が中々払拭できなかったんだが、それもさっき解決済みだ。」

 

「さっき?」

 

「ああ、だってお前ルイオスを魔眼で石化させたよな?お前の実力なら苦も無く倒せる相手にわざわざ魔眼を使ったんだ。これで二番目の可能性もボツだ。」

 

「チッ…」

 

自分の失態に毒づくアルゴール。

隷属から解放されて調子に乗っていたのが仇となった事に苦虫をかみつぶした表情になる。

 

そしてその表情は次の祖国の言葉により一層濃い物となった。

 

「おいおい、後悔するのはまだ早いぜ。なにせお前がルイオスを石化してくれたおかげで、俺はさらに魔眼を考察する情報が得られたんだからな。」

 

アルゴールの失策は可能性の絞り込みを可能にしただけでなく、魔眼の秘密さえも導くヒントだったと告げる祖国。

その表情には慢心も嘲笑もない、ただ力強い確信が浮かんでいる。

なにより今、この現状こそがその証明であるが故に。

 

「お前の魔眼は神には効いても人には効かないと分かった。ならばこの両者の違いは何かを考えれば、必然的に魔眼が何に作用しているのかが分かるはず。が、神と人の違いなんてあり過ぎて分かる訳がなかった。……………お前がルイオスを石化するまでな。」

 

祖国の仮説は以下のような物だ。

神には作用する魔眼がただの人には作用しない理由。

それは魔眼が、神が持っていて人が持っていない要素、その何かしらの要素αに働きかけているのではないか?

そしてそのαは神と人の違いを考えれば導けるはず。

 

だが、ここで問題が発生した。

神と人の違いという問いに対して、複数の解答が存在したのだ。

それこそ神という存在の定義いかんによっては無限に等しい程に。

そこで登場するのがルイオスだ。

 

「ルイオスという存在は非常に有意義なサンプルだった。アイツの祖先、元祖ペルセウスはギリシャ神話の主神と人間の間に生まれた子供らしいが、アイツ自身は違う。アイツが何代目だったかは流石に知らないが、代を追うごとにペルセウスに流れる神の血は薄まり、今代に至っては搾りかすみたいな物だ。つまりルイオスは限りなく人間に近い神サイド、いわば人間と神の境目的なポジションにいる訳だ。」

 

彼の言う通りルイオスの存在、いや正しくはルイオスが石化される要因αを持っているという事実は今回において非常に重要であった。

神と人間というブレ幅の大きい二者の間に位置する存在。

これ程良いサンプルはそうそう居ないだろう。

 

イメージならば数直線が良いだろう。

1から100の数直線で、人間が1、神が100とする。

神と人の子である初代ペルセウスはさながら中間の50、そして代々神の血が薄まっていく事は限りなく人サイドの1へと近づいて行く事を意味する。

ルイオスが何代目かは知らないが、数直線で言うならば精々5程度と言ったところか。

つまりルイオスという存在は、人間と毛が生えた程度しか要素的な差異が無いのだ。

 

「限りなく人に近いはずのルイオスはゴーゴンの魔眼で石化が可能だった。つまりルイオスを要素別に区分して、そこから人間が持つ要素を引けば石化要因αの候補が導ける訳だ。数学で言うなら要素の部分集合ってところか。」

 

ルイオスを構成する要素を全体集合とし、そこから人間が有している要素を引けば残りはルイオスしか持っていない要素のみ。

そこからさらに常識的要素と他サンプルをすり合わせて考えれば、ある程度の解答まで絞り込むことが可能だ。

 

「残った可能性はいくつかあった。物的な要因ならば、アイツが持つ神霊殺しの鎌ハルパーやハデスの兜。付随的要因ならば、コミュニティの長という地位やペルセウスという組織そのもの。だが、どれも決定打に欠けるし、そもそも他の神や天使たちはそんな物持たなくとも石化条件をみたしていた。ならば石化要因は外的な物ではなく、ルイオスという存在に起因するもの、ルイオスを構成する内的要因の可能性が高い。」

 

「なるほど、それでアイツの霊格に目を付けた訳か。」

 

「ああ、今でこそ無きに等しいが曲がりなりにも主神の子孫だ。霊格という要素ならば間違いなく持っている。ていうか、それ以外であのボンボン坊ちゃんと人間の要素的な違いなんて思いつかなかったしな。」

 

「それって、遠回しにアイツがしょぼいって言ってるよね?」

 

「ハハ、違いねえ。」

 

アルゴールの思いのほか鋭いツッコミに苦笑する祖国。

彼としてはその様な思惑は微塵もなかったのだが、よくよく考えれば彼女の言う通りだ。

存在レベルでdisられたルイオスも中々に哀れな物だ。

 

「ま、アイツという存在のおかげでここまで来れたんだ。しょぼい奴でもしょぼいなりに役に立ったんだから文句ねえだろ。」

 

もはや言いたい放題である。

フォローどころか止めをさしにかかる祖国に画面の向こうのペルセウス兵たちは涙目である。

かく言うノーネームメンバーも、祖国のギリギリをブッチして完全にアウトな発言に頬を引きつらせている。

 

「と、まあこんな感じでお前のギフトに対する考察は終わりだ。これらの事からお前のギフトは”視た対象の霊格を石化させる”、あるいは”視た対象の霊格を介して相手を石化させる”ギフトって推察した訳だが………、何か訂正があるなら聞いてやるぞ?」

 

「いや別に。…てか少年、本当に頭大丈夫?」

 

「あ?何で正解者が貶められてんだ?つーか、もっと別の感想あるだろ!」

 

拗ねた様に不機嫌な顔をする祖国と、クツクツと笑うアルゴール。

きっと出会い方さえ違えば良い飲み友達にでもなれたであろう二人が、しかし戦場にて相見える皮肉。

世界の神という者はどうも性悪な気がしてならない祖国であるが、箱庭においてはそれも必然なのかもしれない。

 

だがそんな感傷はこの場では百害あって一利なしだ。

緩みかけた気を一転して引き締め直すと、

 

「ま、そういう訳だから、人の顔色伺いながら戦うの止めたら?」

 

冷やかな眼差しと、最大限の侮蔑を込めて言葉を送った。

そしてその言葉に込められた意味を悟ったのか、アルゴールも一転、星霊の名に恥じぬ威圧感を放つと、

 

「ハァ、やっぱり少年はーーーーーーー殺りにくい。」

 

彼女以外聞き取れない様な、蚊の鳴く程度の声で、ぼそりと小さく呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして二人の姿が掻き消えた。

爆ぜる大地は瞬時にクレーターと化し、巻き上げられた大地は余波のみで粉々に吹き飛ぶ。

地盤が砕け、大気が揺れ、世界が軋む。

前座を終えた二人のエンジンはすでに十分すぎるほど暖まっている。

全力全開、二人のぶつかり合いが荒野一帯の全て揺り動かした。

 

 

 

祖国の白撃・纏がアルゴールを襲う。

貫通性能に特化したその拳は、下手なガードでは抑えきれ無い程の威力を秘めている。

いかに星霊と言えど、研鑽されたその一撃をまともに受け切る事は至難の業だ。

 

しかし、その程度の事はアルゴールにとって先刻承知。

ガードが不可ならば、ガードしなければ良いだけの話だ。

突き出された祖国の拳を一切の迷いなく左手で下から跳ね上げると、がら空きになった右脇へとカウンターで強烈な蹴りを放つ。

 

が、今の祖国の速度は並みの反射を凌駕する。

武錬の跡も無い単調な攻撃など何ら脅威になりえない。

彼の視覚が情報を認知するやいなや、跳ね上げられた右腕を瞬時に引き戻し、アルゴールの蹴りを右ひざと右腕で上下で挟み込んだ。

同時にアルゴールの蹴りに込められていたエネルギーを切り取り、挟み込むエネルギーへと転化する。

 

 

 

蹴りが止められただけでなく左足まで封じられたアルゴールは瞬間的に困惑するも、すぐさま切り替えて攻撃に転じる。

左足が祖国を起点に封じられているならば、逆にそれを利用する。

自身が使えないのは左足のみだが、相手はそれを維持するために右腕と右足を使用している。

相対的に見れば断然こちらが有利だ。

 

瞬間的に相互の状況を判断したアルゴールは、星をも砕く膂力でもってその右腕を祖国へ向かって突き出す。

当然弾かれる前提で(・・・・・・・)

 

 

対する祖国も瞬時に状況を再計算する。

右半分が使えない以上、状況は圧倒的に自分が不利。

かといって右を疎かにすれば、彼女の膂力は容易に彼の防御を突破するだろう。

 

眼前に迫る拳を見る。

左半身だけでの防御では間に合わない。

ならば…

 

”ちっ、リフレクター”

 

苦渋の決断でリフレクターを発動する。

乱発は後々の演算に負荷がかかるので使用は控えるべきなのだが、状況が状況だけに致し方ない。

命と後の負荷を天秤かける程祖国も愚かでは無い。

 

 

ーキィィィンンン

 

 

眼前に迫っていた拳が彼の眉間に触れるやいなや、一切のダメージを与える事無くはじき返される。

全てが予定通り。

拳が弾かれた反動でバランスを崩すアルゴール。

瞬間、彼女の足から力が抜けるのを確認した祖国は、右半身の拘束を解くとアルゴールの脇腹へと回し蹴りを放つ。

 

 

だが弾かれる事はアルゴールにとっても予定通りだ。

弾かれたエネルギーを利用して身体を半回転させると、身をかがめる事で攻撃の軌道線上からずれ、振り向き際に両翼で暴風を巻き起こした。

巻き上がる突風は祖国のかつて巻き起こしたソレと比較しても何ら遜色ない威力を有しており、もはや暴風に近い力の奔流は祖国のみならず地盤さえ巻き上げながら天へと昇って行く。

自身の攻撃を避けるどころか逆にリフレクターを予想されてた祖国は一瞬の驚愕から回避行動が遅れ、爆風を避け切る事が出来ない。

刹那、時速3桁を誇る暴風が一瞬にして祖国を呑み込むと、まるで紙切れを舞い上げるかの様な勢いで軽々と天へ吹き飛ばした。

 

 

 

数十秒後。

ようやく暴風が収まり、嵐が止んだ。

削り取られた大地は岩盤ごと吹き飛び、舞い上げられた土塊は粉々になって舞い落ちている。

舞い上げられた土埃が薄らと天を覆い、星光が届かぬ大地はまさに暗雲低迷といった様子である。

 

そしてその中心。

岩盤さえ削り取られたクレーターの最深部。

そこには身体中に細かい切り傷を負い、お気に入りのパーカーを失いながらも、だが目には依然として燦爛とした闘気をみなぎらせる大宮祖国の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continue




読了ありがとうございます。

さて、問題児シリーズ最新刊が5月に発売ですね。
凄い待ち遠しいです。
ええい、角川、さっさと発売せんか!

とまあ、おふざけはさておき、両生類先生本当にお待ちしておりました。
これからも面白いお話を期待しています。

感想、意見、質問、批判、それから評価も、どんどんお待ちしています。
それでは今回はこれにて。


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ハッピーエンドはあり得ない

こんにちは、しましまテキストです。
何故かお気に入りが、30件ぐらい増えていますね。
本当にありがとうございます。
そして怖いです。
いったい何があったんでしょう?

あと、投票ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

さて、本格的な戦闘回です。
筆者の戦闘描写なんぞこんな程度なので、過度な期待は度遠慮ください<m(__)m>

心優しき方、今話もどうかお付き合いください。


「ッ、やってくれる…。」

 

未だ吹き止まぬ暴風の渦中。

舞い上げられる自身の身体。

砕け散った岩石が砲弾にも劣らぬ速度で飛来する状況の中で、祖国は忌々し気に愚痴をこぼす。

 

”まさか、こんな欠点があったなんてな…。”

 

自らのギフトの思わぬ弱点に動揺を隠せない祖国。

彼自身もこんな方法で防御を突破されるとは微塵も考えていなかったために、その心的影響は決して少なくない様だ。

 

通常、祖国のギフトを用いた回避方法は主に3つ存在する。

一つ、空間ごと相手の攻撃を切り飛ばす方法。

二つ、空間を転移して攻撃範囲から離脱する方法。

三つ、白夜叉戦で見せたサイコロ状の無敵フィールド、通称透過空間(クリアー・ダイス)

だがこのどれもにメリット、デメリットが存在する。

 

一つ目の長所は演算の負担が少ない所だが、欠点として依然挙げたギフトの発動条件、座標設定、形状把握、同質化をクリアしなければ発動出来ないという点がある。

今回の場合、祖国は形状把握を行う前に既に竜巻に巻き込まれており竜巻全体を視認できていないのでこの方法は使えない。

 

二つ目もほぼ同様の理由で今回は不可。

空間の転移も一つ目と同様に転移先の座標を認識していなければならないが、竜巻に巻き込まれた現状で離脱場所を視認する事は至難の業である。

 

それに万が一座標設定がうまくいったとしても、今の彼は一瞬も気を抜けない切迫した状態にいた。

暴風は未だ威力を落とさず、巻き上げられた岩塊はおよそ生身の人間には耐えられない威力を有して不規則に、かつ四方八方から祖国に襲い掛かって来ている。

そしていくら彼の脳内処理スペックが優れていようとも、同時に数十か所の攻撃を全て切り取る事は不可能だ。

必然的に祖国は致命傷クラスの衝撃以外はすべて生身で受けざるを得ない事となる。

 

感覚で言うなら、全方位から飛んでくる150キロの剛速球を避け続けるのに近いだろう。

全方位からのアトランダムな衝撃を感知し、解析し、そしてカットするか否かを即座に判断する。

そんな極限の集中状態の中、転移の為に脳の演算領域を割けるほど彼の頭は人外染みた作りをしていなかったのだ。

 

ならば三つ目ならばどうだろうか?

三つ目の選択肢はこの中で最も脳に負担をかける方法だが、同時にそれを補って余りある凶悪性能を有している。

そう、”サイコロの外部から内部には干渉できないのに対して、内部から外部への攻撃は可能”という鬼畜性能を。

 

これは言い換えれば外からサイコロ内に入る事は出来ないが、中から出る事は出来るとも言える。

そして聡明な方ならばこれがいかほどに性悪かすぐに理解できるはずだ。

 

極端な例なら、サイコロ内部から銃をぶっぱし続けていれば負けないという事になるだろう。

なぜなら相手の攻撃はこちらに通じず、こちらの攻撃のみが一方的に相手様に向かう事となるのだから。

疑似ずっと俺のタ〇ン状態である。

 

だが今回においてはその性質が仇となった。

空間から出る事が出来るならば、空中(・・)で展開すればどうなるか?

答えは簡単、落下である。

外部からの干渉を一切受けない代わりに、内部に発生した重力で自然落下する事は必定。

風という浮力を無くし、重力によって自由落下した彼は当然サイコロ内部からはじき出されてしまうだろう。

全く持って無駄な事だ。

 

結論として、現状において祖国には決定的な防御手段が存在しない。

致命傷クラスの巨大なダメージこそカットしているが、比較的小さな衝撃や非致命傷クラスの裂傷は甘んじて受けざるを得ない状況にあった。

 

”この状況で他の物をペーストする余裕もねえ。”

 

何とか致命傷になる攻撃だけは回避しながらも、祖国の身体中には無数の傷跡が刻まれていく。

鋭く切り取られた岩盤は並みの刃物など容易く上回る鋭利さで、彼の白い肌に裂傷を残す。

切り裂かれた肌からは血が滴り、暴風が鮮血を容赦なく祖国から奪い取っていく。

 

”いってーな。貧血気味の人間からこれ以上搾り取るんじゃねーよ。”

 

案外余裕そうに見えるかもしれないが、これでも当の祖国は真剣である。

かつて自身が貧血のくせに粗品のジュースに目がくらみ献血した結果、血が足らな過ぎてぶっ倒れた過去を持つ彼にとってみれば中々に重要な点であった。

真面目な話をすれば、何よりも頭の回転に重きを置く彼にしてみれば失血は極力避けるべき事案でもあったのだ。

 

”だがまぁ、今この竜巻は抜け出せないとしても行き着く所まで行けば大丈夫だろう。”

 

かすかに垣間見た景色から上空が近いと判断した祖国は気を引き締めなおすと、来たるべき時に備えて防御を固めた。

間違ってもこれ以上酷い傷を負わない様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何事にも始りがあれば終わりもある。

たまに未完のままエタった作品などがあるが、それはそれで乙な物であると思う。

まあ、何が言いたいのかと言うと竜巻にも始りと終わりがあるという事だ。

そう、巻き上げられた暴風もいつかは拡散し、霧散する。

祖国が見通していた通り、地上から発生した竜巻は上空で形を崩し、崩壊を始めていた。

 

”ようやく終わったか。さて、これからどうするか…。”

 

暴風が収まり体勢を立て直した祖国は、暴風の浮力で限界まで上昇すると、そのまま上空で立ち上がった(・・・・・・)

一見すれば空中に浮いている様にも見えるが、もちろんこれも彼のギフトによるもの。

足元の空間を切り取り、遥か眼下に見える地面へと貼り付けたのだ。

これにより祖国は空中という点においても翼を持つアルゴールに劣らない機動力を実現していた。

 

”はぁ、アイツ超強いじゃん…。普通に近接格闘で一本取られるとか何時以来だよ?”

 

アルゴールとの近接戦闘を思い出し、祖国は苦々しい表情を浮かべる。

その表情には、彼が今まで味わったことの無い感情が色濃く映っていた。

 

大宮祖国の人生の中で、およそ全力と呼べるような戦闘は片手で足りる程の経験だった。

凡百の兵は言うに及ばず、一国をもってしても彼にギフトを使わせるには至らない。

極稀に現れる猛者も、彼の全力の前には成す術なく敗れ去った。

彼は常に勝者であった。

常勝にして不敗。

それが生きていくために不可欠な唯一の要素だったからだ。

 

だが今回、全力の戦いにおいて彼は負けた。

ゲームの中の、それも無数にあるうちの一つに過ぎないが、だが確かにその一瞬において祖国はアルゴールに劣っていたのだ。

 

ギフトは使った。

彩撃流の技も使った。

状態も万全だった。

それでも届かなかった。

 

そんな今まで経験したことのない事態にさしもの祖国も今更ながら動揺を禁じ得ない。

ざわめき立つ感情を必死に押し殺しながら、まるで自己暗示でもするかの様に祖国は眼下の脅威に対する策を思案する。

 

”近接でアイツとやるのはマズイ。身体スペックが違いすぎる上に、レフレクターにも反応してきやがった。となると白兵戦は圧倒的に不利か…。”

 

直近の戦闘でアルゴールは祖国がリフレクターを使う前提で戦闘を組み立てていた。

そしてそれを看破した上で祖国に反撃を仕掛けて来たのだ。

恐らくだが、彼女は幾千にも及ぶ莫大な戦闘経験から似たようなパターンを導き出して対処しているのだろう。

こと戦闘経験という点においては祖国もかなりの量だと自負しているが、アルゴールのそれは文字通り桁が違う。

そもそもの土台からして祖国はアルゴールに大きく劣っているのだ。

 

”ならわざわざ相手の得意分野で戦ってやる義理は無い。いつも通り相手をハメつつヒット&アウェイで行く。”

 

ざっくりとした戦略を決め終えるとほぼ同時に、暴風の渦が完全に崩壊を始める。

細かい戦略は詰めきれていないが、この後の展開はアルゴールの思考をトレースすれば大方予想可能だ。

ならばいつも通りそれを利用して対処していけば良いだけの事。

力で及ばぬのなら、智謀で打ち勝てばいいだけの話だ。

 

兎にも角にもこのままでは居られない。

自身が空中移動が可能という事実を隠すために一瞬で渦の中心に転移すると、再戦までの一時、祖国は静かに牙を研ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて暴風を巻き起こした張本人であるアルゴールだが、実際のところ先ほどの攻撃はそれ程効果があるとは考えていなかった。

相手は星霊である自分を殴り飛ばし、あまつさえ謎のギフトで攻撃を跳ね返した男だ。

この程度の攻撃はなんらダメージになっていないだろうと、むしろこの後の展開をいかに有利に進めていくかについて考えていた。

最悪の場合、奥の手の使用も考える程に。

 

だからこそ、暴風が止んだ時に見えた彼の姿はその予想を色々な意味で上回るものであった。

身体中に残された切り傷に、ボロボロの服、そして未だ目に見えて衰えぬ闘争心。

なんとも反応に困るシチュエーションだ。

 

だがそんな事など容易に忘れてしまう程、次の祖国の行動は彼女の予想を大きく裏切るものであった。

 

”ッ!?…少年って慎重派だと思ってたけど、意外と安直なのかなっ!”

 

そう、そこにはクレーターの中心からアルゴールの元へと高速で迫りくる彼の姿があった。

 

ひとっ跳びに間合いを詰める彼の速度は正に神速。

踏みしめた大地が大きく陥没している事から、かなりの膂力を持っていることは容易に想像できる。

おそらく以前戦った金髪の少年、逆廻十六夜と同等かそれ以上の身体能力だろう。

確かに人間にしてみれば破格のスペックではあるが…、

 

”…まだ遅い。”

 

星霊たるアルゴールに通用する速度では無い。

先ほどの近接格闘も、技術こそあれ圧倒的に速度が足りていなかった。

アルゴールの身体能力をもってすれば、あの程度の攻撃をいなすことなど造作もない話であったのだ。

 

第三宇宙速度という非常識な速度で迫る祖国が拳を引き絞る。

研鑽されたその拳から放たれる衝撃は絶大。

星霊であるアルゴールさえも吹き飛ばしたそれは、常人ならば余波だけで絶命させるに至るだろう。

 

だがその軌道は単調。

アルゴールの反射速度をもってすれば逸らす事など朝飯前だ。

軽く30メートルはある間合いを瞬間的に詰める祖国をしっかりと視認しながら、アルゴールは迎撃の態勢に入る。

狙うは攻撃を躱した後のカウンター。

それも翼と拳を使った、多方面からの同時攻撃である。

 

目下、使用された祖国の技で最も厄介なのは間違いなくリフレクター。

威力や攻撃方法を度外視し完全にはじき返すそれは、星霊アルゴールをもってしても正面突破は難しいだろう。

だが、先程の突風で切り刻まれた祖国を見たアルゴールは一つの仮説を立てていた。

 

”多分、少年のあの技は複数同時に発動出来ない。なら身体の違う箇所を一斉に攻撃すればいいって事だし!”

 

そう、何故祖国が暴風の中でリフレクターを発動しなかった理由。

それを彼女は、祖国の技は同時展開出来ないからだと踏んでいた。

あれほど強力な技ならば何かしらの制約や発動条件があるのは当然の事である。

解答としては中らずと雖も遠からずと言った所だが、対処方法は中々どうして的確であった。

 

 

祖国の拳が放たれる。

音さえ置き去りにするその一撃をアルゴールは安々と見切り、眼前に迫る拳に右手を添えると、その軌道を右へと受け流した。

それとほぼ同時にアルゴールの左肘が祖国の鳩尾を、両翼が彼の両肩をそれぞれ穿つ。

自発的に力を込めた訳ではないが、高速で突っ込んで来る彼の速度を逆に利用した攻撃だ。

 

祖国はなんとか鳩尾への一撃は跳ね返すも、翼という視覚外からの攻撃は完全に切り取る事が出来ず、重心を崩され大地に叩きつけられてしまう。

辛うじて致命的な衝撃こそ切り取ったものの、それでも両肩へのダメージはかなりの物だ。

軋む身体に鞭うちながらも激突の寸前に受け身をとり衝撃を受け流すと、迫る追撃も紙一重で躱していく。

時には受け流し、時には躱し、また時には反撃さえ交えながら、両者の攻防は不可視の火花を散らす。

 

”チッ、悔しいがやっぱ接近戦じゃ不利か…。何とか一度距離を取らねえと!”

 

だが、その攻防も徐々に均衡が崩れ始める。

アルゴールの圧倒的な身体能力の前に、だんだんと防戦一方になっていく祖国。

彼の思惑も虚しく、アルゴールは自身の戦いやすい間合いを一向に崩さない。

祖国もギフトを上手く活用して決定打こそ回避しているが、このままでは捕まるのも時間の問題だ。

必死に現状を打開しようと聡明な頭脳をフル回転させるも、今の(・・)状態ではジリ貧が関の山だと結論付ける。

 

”やっぱギフトの正体隠して出し惜しみしてちゃ無理か。なるべく情報は与えたくないんだが…、やむを得ん!”

 

そう心に決めるやいなや、祖国はすぐさま行動に移った。

目の前で放たれたアルゴールの翼撃を掻い潜りながら、彼女の懐へと潜り込む。

同時にアルゴールの足元の地面を全力で踏み抜きバランスを崩すと、彼女の腹部めがけて全力の白撃・纏を打ち放った。

 

だが、その程度の攻撃はアルゴールも予想済み。

そもそも今までの戦闘で使われた技が打撃のみである以上、祖国の攻撃パターンは予測しやすい部類に入る。

打撃が躱されるのなら、それを当てるための状況を作るのは基本中の基本である。

 

体勢を若干崩されながらも、アルゴールに焦燥の色は見えない。

体勢的に不利な状態ではあるが所詮はその程度だ。

確かに洗練された一撃ではあるが、彼女の身体スペックをもってすればこの程度のハンデなど意味をなさないのだから。

 

アルゴールは放たれた白撃を完全に見切ると、軽く後ろにバックダッシュする事で攻撃範囲から逃れ、同時に地面を蹴りあげる。

ひび割れた地面が一瞬でえぐり取られ、巨大な土砂津波となって祖国を完全に呑み込むー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーそのはずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なめんじゃねえぞ、アルゴール!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ーまるで津波をすり抜けた(・・・・・)かの様に何事もなく、いやそれどころか次の攻撃モーションに移っている彼を見るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

”マズイ!”

 

一瞬判断が遅れてしまった自身を呪いながらも、アルゴールは辛うじて防御の構えを取る。

先ほどの攻撃が効かなかった以上、互いの間合いに変化は無い。

既に攻撃準備を終えている祖国を迎え撃つには、流石のアルゴールも時間が足りなかった。

結果として彼女には防御以外の選択肢は存在しない。

が、それは悪手だった。

 

ードゴォォォォオオン!!!!

 

およそあり得ない爆音と共に、アルゴールの腕に白撃が突き刺さる。

 

「ーグハッ!…くっそ…。」

 

同時にガードしたはずの衝撃がアルゴールの身体をいとも簡単に貫くと、堪らず彼女は苦悶の声を上げた。

 

祖国の白撃・纏は貫通性能に特化した一撃。

いくら星霊といえど、ガード貫通という性能までは無効化できない。

防御を越えて突き刺さる衝撃に足の踏ん張りがきかないアルゴールは無様にも彼方へと吹き飛ばされてしまう。

 

”…チクショウ!いったい何が!?”

 

勢いに負け吹き飛ばされながらも、両翼を使って勢いを削ぐアルゴール。

瞬間的に被害を最小限に押しとどめた彼女は現状を理解しようと思考を働かせようとしー

 

 

 

 

 

 

「おいおい、どこ見てんだよ?」

 

 

 

 

 

 

ー更なる驚愕が彼女を襲った。

先ほどまで眼前で拳を打ちだしていたはずの祖国が、既に彼女の背後に回り込んでいたのだ。

 

”…なっ!?ちょっと早すぎない!?”

 

そんな彼女の驚愕を後目に、再び祖国が拳を振るう。

減速しているとはいえ、吹き飛ばされた直後では流石のアルゴールも体勢を立て直す事が出来ない。

防御する事も叶わず背後を完全に打ち抜かれた彼女は、あまりの衝撃に地面に叩き付けられる。

砕け散った地面は余波で軽々と捲れ上がり、一撃でアルゴールを中心とした巨大クレーターと化していく。

 

「まだまだぁ!!!」

 

だがまだ足りない。

星霊たる彼女を追いつめるには決定的に威力が足りない。

事実、背後からの強襲では確かに拳は直撃したにも関わらず、さほどダメージが通っていない様には見えない。

 

だからこそ、祖国は追撃の手を緩めない。

 

ー持てる力の全てを込めて

 

ー有する技術の粋を集めて

 

ー脳が焼き切れるかと思う程の激痛さえ耐えて

 

彼はその拳を振り下ろした。

 

 ”これで止めだ、アルゴール!-白撃・重纏!!!”

 

瞬間、まばゆい程の極光が世界を包む。

今までの白撃とは比べ物にならない程の威力を秘めた一撃。

触れるだけで全てを壊し、余波だけで全てを砕くそれは、大陸一つ程度なら容易く沈める事が出来る代物だ。

そして遮る物全てを打ち壊すその一撃は、荒れ果てた荒野を砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、砕き、何もかも砕き尽くしー

 

 

 

 

 

 

ーそして大陸が二つに裂けた。

 

 

 

 

 

 

 

~side 黒ウサギ~

 

「すごい…。」

 

画面の向こうに映し出される光景に思わず言葉がこぼれてしまいました。

恥ずかしくなって周りを確認してみると、やはり皆さん同じ感想を抱いていらっしゃるようで安心しました。

私たちを案内してくださった幹部兵士さんなんか、さっきから口が開きっぱなしになってますし。

 

「本当にアレは人間なのか…?」

 

戦いを観戦しているうちの誰かが、その場全員の気持ちを代弁したような問を口にしました。

かく言う私も、本当に祖国さんが人間なのか自信がなくなってきています。

それ程までに画面の向こうで行われている戦いは常軌を逸したものでした。

 

黒ウサギも自慢ではありませんが自分の実力にはそこそこ自信があります。

ですが、あれは流石に無理です。

ていうか魔王アルゴールの速度もあり得ませんが、その速度に反応出来る祖国さんも大概です!

なんであんな速度に対応できるのですか!?

そもそも、どうして十六夜さんと同じくらいの速度で移動してるんですか!?

もう、あの問題児様には驚かされてばっかりです。

 

「本当にすごいわね。あれが祖国君の実力…。」

 

隣で食い入るように画面を見入ていた飛鳥さんも、祖国さんの規格外っぷりに驚きが隠せない様ですね。

しかし、それもそうでしょう。

彼女にしてみれば二人の戦いは未知の領域。

特に近接戦闘においては黒ウサギでも目で追うのがやっとなのですから、飛鳥さんには二人が現れてはすぐに消えている様に見える事でしょう。

それ程までにあの二人の戦いは次元が違うのですから。

 

「YES。白夜叉様の時とは完全に闘い方が違いますが、これが祖国さんの本気という事でしょう。魔王アルゴールの前では生半可な攻めは逆効果になりますから。」

 

「なるほどね。確かに白夜叉に効かなかった攻撃をアルゴールにしても結果は見えているものね。時間制限がある以上、非効率だわ。」

 

「その通りでございます。」

 

飛鳥さんの言う通り今回のゲームでは制限時間が設定されているため、白夜叉様との時の様に悠長に闘っている暇はありません。

今回祖国さんが自然災害をあまり多用せずに白兵戦にこだわっているのは、きっとその事を考慮したのでしょう。

そもそも、星霊であるアルゴールに自然災害クラスの攻撃が効くとも思えませんし。

 

それにしても飛鳥さん、最近妙に物わかりが良い気がします。

いえ、元々聡明な方ではあるのですが、なんだか最近は特にゲームに関する造詣が深くなっている様な…。

誰の影響なのでしょうか?

 

そんな事を考えている間にも戦いはどんどん激化して行きます。

二人とも全力を尽くしている様ですが…、やはりアルゴールの方がまだ余裕がある様に思われます。

その証拠に互いに決定打こそもらっていませんが、やや祖国さんの方が押され始めてしまいました。

 

「厳しいな。」

 

隣の幹部兵さんが苦々し気な表情で呟きました。

飛鳥さんも祖国さんの手番が減っているのが分かるのか、心なしか表情が厳しくなってきています。

かく言う黒ウサギも、きっと後で見れば酷い顔をしているのでしょうね。

 

部屋にいる全員が祈るように画面を見つめていたその時、突然祖国さんが反撃に転じました。

今までとは全く違う攻撃パターンで、まるで別人の様にアルゴールを圧倒していきます。

空間をまたいだ攻撃透過に、瞬時に彼女の背後を取った空間転移。

どれもこれも初見殺しの反則くさい能力ですが、祖国さん曰く脳への負担がシャレにならないからあまり乱用は出来ないそうです。

そしてそんな技をこの場で使ったという事は…、

 

「畳みかけて来たな。」

 

そういう事なのですね。

祖国さんは、この一連の攻撃で勝負を決めるつもりなのでしょう。

このまま戦ってもジリ貧は目に見えていますし、その判断は正しいと黒ウサギも思います。

ただ、アルゴールを倒しうる威力の攻撃を祖国さんが持っていればの話ですが…。

 

 

 

 

 

ーですが、そんな黒ウサギの心配は杞憂だったようです。

 

 

 

 

 

瞬間、祖国さんの振り上げた腕に極光が灯りました。

 

溢れる力の奔流が、暴力的なエネルギーが、世界を白く染め上げていきます。

 

その場にいる誰もが分かる、いや分からざるを得ない程に。

 

そう、あの一撃は神をも屠る一撃なのだと。

 

 

 

ーゴゴッゴゴゴッゴゴゴッゴゴゴオ

 

 

 

 

世界が軋む音と共に、それは振り下ろされました。

未だ地に叩きつけられたままのアルゴールに避けれる道理はありません。

収束したその力は、敵を、大地を、岩盤を、すべてを穿ち、尚もとどまる事を知らずに世界を犯していきます。

世界の悲鳴が地震となり、大地の血潮がマグマとなり、大気の涙が風雨となる。

そんな地獄という言葉さえ生ぬるく感じる様な景色が、画面の向こうには広がっていました。

 

 

そんな時です。

突然、飛鳥さんが何だか焦ったような表情で口を開きました。

 

「ね、ねえ黒ウサギ?一ついいかしら?」

 

「なんでございましょう?」

 

「一応確認なんだけど、画面の向こうもココも同じゲーム盤(・・・・・・)なのよね?」

 

「………そうでございます。」

 

「………マズくないかしら?」

 

「………大変マズいですね。」

 

黒ウサギの最後の言葉が切っ掛けだったかのように、ペルセウスの大宮殿にも地震の余波が訪れました。

並みの地震ならいざ知らず、大陸を砕く一撃の余波は軽々と宮殿を破壊していきます。

無駄に広いおかげで黒ウサギたちのいる左翼棟には未だ大きな被害は出ていませんが、それも時間の問題でしょう。

 

………。

ていうかヤバくないですか!?

これ結構マズいパターンじゃないですか!?

黒ウサギたちも巻き添えになるじゃないですか!?

 

「各人、急いで持ち場に着け!!!今すぐゲーム盤から離脱するぞ!!!」

 

「「「りょ、了解!!!」」」

 

事の重大さを悟った幹部兵が周りにいた兵士に指示を出すと、それに従い部屋にいた一般兵もすばやく各々の役割を果たしていきます。

さすが腐っても五桁のコミュニティですね。

各人が非常に優秀でいらっしゃいます。

って、そんな事を考えている場合じゃありません!!!

黒ウサギも出来る事をしなければ!!!

 

「すいません。黒ウサギも何か手伝える事は?」

 

「おお、ありがたい。では黒ウサギ殿には負傷者の運びだしと避難をお願いしたい。幸いこちら側は軽傷者が多い。重症の者も今医務室にいる分だけだ。」

 

「分かりました。では、黒ウサギはそちらに。」

 

「頼んだ。」

 

手短に分担を決めると、飛鳥さんには一言自力で避難する様にお願いしてから廊下に飛び出しました。

全く、祖国さんったら、ずいぶんと物騒なプレゼントをしてくれやがりますね?

 

フフ、フフフフフフ。

 

アトデタップリトオセッキョウナノデスヨ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ですからー

 

 

 

 

 

 

 

ーですから、どうか、無事に帰ってきてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

一抹の不安を胸に抱えながら、黒ウサギはそう祈らずにはいられませんでした。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

いやー、戦闘シーンって難しいですね。
なにかアドバイス等ございましたら、コメント欄までよろしくお願いします。

あと、今更ですが、活動報告を始めましたw
そこ、遅いとか言わない。
指摘されるまで知らなかったんですよ!

感想、意見、質問、批判等ございましたらコメント欄までお願いします。
それでは今回はこれにて。


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You'll soon see your Maker

皆様お久しぶりです。
しましまテキストと申す者です。

お気に入りが370件を突破!
毎度のことながらありがとうございます!
目指せ400件!

さて唐突で申し訳ないのですが、活動報告にて読者様へのアンケート?的な事を行う予定です。
今後の執筆活動に大きく関わる事ですので、よろしければ覗いてやってください。

それでは今話もお付き合い下さい。


修羅神仏、悪鬼羅刹が蔓延る箱庭において尚、最強と謳われる存在がいる。

 

一つ、生来の神仏である神霊

一つ、鬼種や精霊、悪魔等の最高位である星霊

一つ、幻獣種の頂点にして系統樹が存在しない龍種の純血

 

人外が闊歩する箱庭においても隔絶した強さを誇り、時には歴戦の魔王にすら忌避される存在。

それが箱庭における三大最強種と呼ばれる者達であった。

 

 

そして今、祖国の目の前に広がる光景。

幾千、幾万、いやそれ以上か。

数えるのもバカらしく感じる程の魔獣の軍勢が荒れ果てた陸を蹂躙し、陸を抜けたその先にはー

 

「GYAaaaaaaaaaaEEEEEeeeeeeeeeYYYAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAaaaaaa!!!」

 

天地を揺るがす程の雄叫びを上げる最強種、龍の純血。

海から生える様にして伸びたその巨躯は、かつて打倒した蛇神の比どころでは無い。

比べる事すら烏滸がましいその巨体は最強の名に違わぬ絶対的存在感を身に纏い、その一動作が天災クラスの破壊力を秘めている。

 

だが彼の怪物が恐ろしいのはもっと他の要因。

本来それだけで十分すぎる程化物じみた存在であるにも関わらず、なお天より与えられたある性質(・・・・)

そう、それ即ちー

 

「……不死の怪物……ケートス……。」

 

不死性。

箱庭においても滅多に見る事の無い特性の一つ。

不死性という反則的な恩恵に、純血の龍という最強種の性能をもった怪物。

それが彼方に召喚された化物、不死龍ケートスの正体であった。

 

「…おいおい、これは流石に……冗談でもキツイぜ…。」

 

祖国はガンガンと痛む頭を押さえながら、絞り出すような小声で一人呟いた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

時は数刻前。

アルゴールもろとも大地を引き裂きいた祖国の白撃・重纏によって緩やかに、だが確実に大陸は崩壊しつつあった。

砕けた岩盤、揺れる地面、そして底が目視出来ない程に穿たれた巨大な穴。

あちらこちらから巻き起こる二次被害はまるで湯水の如く天災を振りまき、穿たれた穴からは粉塵が絶間なく上る。

その景色だけで先の一撃に秘められた威力が容易に想像できるだろう。

 

ーハァハァハァ

 

そんな天変地異の中心で、息を切らしながら右腕を抑え蹲る一人の少年がいた。

派手に焼け爛れたその腕は見るも無残な様相を呈し、痛みを堪えているのか少年の表情も苦悶の色に染まっている。

 

「……痛っ…。やっぱ……全部は無理……だったか…。」

 

頭が上手く働かないのか、途切れ途切れながらに言葉を紡ぐ少年、大宮祖国。

内心では薄々こうなる事は予想していたが、やはりそれでも痛いものは痛いらしい。

辛うじて呻き声を漏らす程度で我慢した彼の意地とプライドは流石と言ったところか。

 

さて、何事にも反動というモノは存在する。

大きな力はそれだけ自身の身体に負担をかけ、身に余る力は当然自身をも呑み込むだろう。

そう、今の祖国の様に。

 

彼が最後に放った白撃・重纏。

これは本来1コである貼り付ける事象を同時に複数個重ね掛けする技である。

分かりにくければ、白撃を例に出そう。

従来の白撃・纏は祖国の白撃に十六夜のパワーを”一回分”貼り付けた攻撃だ。

それに対して今回祖国が貼り付けたのは十六夜戦で切り取った全ての衝撃、具体的に言うなら十六夜の打撃計184発分の威力だ。

つまり白撃・重纏には理論上、十六夜のパンチ184回分のエネルギーが込められていた事になる。

 

だが当然のことながら、この大技にはデメリットが存在する。

それは一度に184発分の威力を貼り付ける事は出来ないという点だ。

これは祖国のギフト発動時において、貼り付ける対象と貼り付けられる対象は1対1でなければならないという演算上の制約に起因する。

例えば、物体Aに事象Bを貼り付ける。

これは物体と事象は1対1を満たしているため、ギフトを何の問題もなく行使できる。

しかし物体Aに事象Bと事象Cを同時に貼り付けるとなると話は別だ。

この場合1対1の原則を満たしておらず、同時に一つのプロセス上で処理する事は出来ないからだ。

 

プロセスが分かりにくければ、ベルトコンベアでも思い浮かべればいいだろう。

ギフト発動条件というコンベア上では、事象に対し座標設定、形状把握、同質化という処理を施す。

だがこの処理は非常に重く、一度に複数の事象を扱う事は出来ないのだ。

車の生産ラインなどが良い例かもしれない。

車生産においても流れ作業が採用されているが、車体の溶接等の作業で一人の人間が同時に複数の車両を加工してはいないのと同じだ。

これを怠れば品質が低下し、欠陥品が出来てしまうように、祖国のギフトでもこの処理を疎かにするとイメージ通りの発動が出来ない。

 

では、実際問題これをどのように解決するか?

方法は2つ。

一つ、コンベアの絶対数を上げるパターン。

つまりは、一般的に言うところの並列思考だ。

二つ、コンベアにおける処理速度を早くして、矢継ぎ早に加工していくパターン。

いわゆる処理速度の向上化である。

後者は完全なる”同時”とは言い難いが、速度を極限まで早めれば誤差の範囲に収まるだろう。

 

当然その程度の問題を祖国が把握できていないはずもなく、彼は人知れずコレに対する対策、訓練を続けて来た。

その成果も相まって、前者の方法はギフト発動限定ではあるが同時に7個まで並列処理が可能となった。

後者は決定的な練習方法が見つからず結局慣れの範疇でしか上達してこなかったが、それでも秒間5コという速度に達している。

どちらも脳に負担をかける行為だが、その分戦闘のバリエーションを格段に上昇させる結果となった。

 

さて、今回の話に戻ろう。

先ほど祖国は184発分のエネルギーを拳一つに貼り付けたのだが、当然完璧に成功した訳ではない。

むしろ完璧に成功していれば、祖国はダメージなど負わないはずである。

ならなぜ失敗したか?

それはアルゴールに確実に攻撃を当てるためのタイムリミットに原因があった。

 

祖国とアルゴールの最後の攻防。

アルゴールが地面に叩きつけられてから体勢を整えて反撃に転じるまでの時間は、祖国の見立てでは精々2~3秒といった所であった。

だが彼の処理速度と並列思考をフルに使用しても7×5=35/sが最速であり、マックス3秒見積もったところで約100発分が限度である。

当初はそれでもいいかと考えていた祖国であったが、ゲームでアルゴールとの戦闘を重ね彼女の力量を見定める内に、一抹の不安が彼の頭を支配する様になった。

 

ーそう、100発程度では足りないかもしれないという不安が。

 

なにせ相手は星霊アルゴール。

規格外を絵にかいた様な存在だ。

先の十六夜戦といい白撃の件といい、耐久性能はそれこそ星にも匹敵するだろう。

下手をすれば全弾ぶち込んでも倒せないかもしれない、いや恐らく倒せない可能性が高い。

 

そう結論付けたと同時に、祖国は決意した。

 

”チッ、右腕くらいくれてやるよ!”

 

反動を覚悟した一撃を。

発動条件が未達成にも関わらず、演算をすっ飛ばした強引なギフトの発動を強行したのだ。

 

せいぜい100が限度だった処理をかなぐり捨て、自分の能力を超えた力を引き出す祖国。

己が内在世界に存在する184発のエネルギーをただの一事象としてあえて誤認し、そして貼り付ける。

そんな反則技を躊躇なく行使した。

 

だが当然、それは諸刃の剣。

完全に貼り付けられなかったエネルギーが腕から溢れ極光と化して漏れていく。

本来運動エネルギーとして貼り付けたはずが、いつの間にか光エネルギーとして腕から逃げていく。

それだけではない。

明確な原因は分からないが、祖国の腕が絶え間なく彼の脳に激痛を訴えてきていたのだ。

筋断裂か、骨折か、あるいは神経損傷か。

変質したエネルギーが腕の構造に干渉し、内部から破壊したのだろう。

その激痛たるや大の大人が泣いて許しを請う拷問さえ生易しく感じられる程だ。

 

それでも彼はためらいなく腕を振り下ろした。

激痛に苛まれ、もはや感覚さえ無くなりつつある腕を。

この一撃を逃せば勝機は無いと、彼の本能が訴えかけてきていたが故に。

 

”これで止めだ、アルゴール!”

 

勝利を確信した一撃がアルゴールに突き刺さる。

慢心も無い。

傲慢もない。

ただ純然たる事実として彼は判断する。

 

ー決まった

 

決定的な手ごたえを感じながら、それでも祖国に油断の二文字は無い。

 

”…まだだ…、リフレクター!!!”

 

反作用として腕に伝わる衝撃さえも切り取り、そしてアルゴールへのダメージへと転化する。

白撃・重纏。

単純計算で十六夜の拳撃368発分の威力を秘めた一撃。

その一撃は星を揺るがし、余波だけで大地を沈めるだろう。

 

そしてそんな規格外の一撃を放った祖国もまた、確かな勝利の余韻と共にその余波に巻き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして舞台は始めに舞い戻る。

マグマをまき散らしながら崩れゆく大地の中心。

円柱状にえぐり取られた巨大な深淵の端で、祖国は一人、ある種の不安感に駆られていた。

 

”…おかしい…、どうして…ゲームクリアーが宣言されない…?”

 

酷使しすぎた反動か、未だに回転が遅い頭をそれでも懸命に振り絞って現状を認識しようとする祖国。

霞む思考の中で彼が行き着いたのは、とてつもなく理不尽な現実であった。

 

”…おいおい…、今のでもまだ…足りないってか…?”

 

流石に何かの悪い冗談だと笑いたくなる結論だ。

これだけわが身をなげうって未だ届かない相手など、これまでの人生で相対した事すらない。

必殺を覚悟した一撃でさえ彼女を倒せないとなれば本格的に手詰まりだ。

 

だが現状を説明できる仮説がそれ以外ないのも事実。

彼が先の一撃でアルゴールを倒せていたのなら、今頃ギアスロールで勝利宣言がされてゲーム終了のはずである。

そしてそれが成されないという事実は即ち、ゲームクリア条件の不達成に他ならない。

 

冗談にしても笑えない。

そう感じざるを得ない程の現状だ。

ただでさえ先の攻撃は彼の存在理由を犯すギリギリの一撃であるのに、それさえも通じないのか。

そんな軽くない絶望感に襲われながらも、祖国は大陸に穿たれた大穴、その深淵を覗き込んだその時ー

 

 

 

 

 

 

ーゾワッ

 

 

 

 

 

 

彼の本能が今まで経験したことの無い程のアラームを上げた。

根拠は無い、確証も無い。

だが確かに何か(・・)、とてつもない存在が来る。

 

”…ヤバいヤバいヤバい…アレはヤバい!!!”

 

朦朧としていた彼の意識を強制的に覚醒させる程の絶対的な何か。

一瞬でも気を抜けば魂と身体をバラバラに引き裂かれそうな程の何か。

彼の貧弱な想像力さえ軽く凌駕する存在が、今正に地の底で胎動しているのだ。

 

”…ッツ…透過空間(クリアー・ダイス)!!!”

 

その行動は迅速だった。

悲鳴を上げる脳を理性で抑え込み、強引にギフトを発動する祖国。

限界が近い事は彼自身が一番理解しているが、出し渋って致命傷を負えば元も子もない。

元より彼の本能が告げる危機感は、そんな事さえ些細なモノだと感じる程のレベルである。

そうして彼のギフトが発動し終わった瞬間ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー世界が停止した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比喩では無い。

荒れ狂う大地も、乱風巻き上がる空も、呼応するように震える大気さえも、何もかもが静止していたのだ。

それはまるで…

 

「……世界を石化するギフト…だと…!?」

 

まるで世界その物が石化したかの様な静寂だった。

有機物も無機物も、現象さえも石化させるそのギフトは正しく彼女の代名詞に相違ない。

アラビア語で「悪魔の首」を意味し、ペルセウス座におけるゴーゴンの首に位置する変光星の主、魔王アルゴール。

彼女の本当の力の片鱗を垣間見た祖国は、自身の無事に安堵すると同時に、先のギフトに驚愕を隠せなかった。

 

”…世界を石化するギフト…、これはまだいい。…問題は…さっきのギフトを認識できなかった(・・・・・・・・)事だ…。”

 

そう、認識できなかったのだ。

視覚も、圧覚も、嗅覚も、ありとあらゆる感覚器官をもってしても知覚できなかったのだ。

気が付いたら世界が止まっていた。

気が付いたら世界が石化していた。

そんなもの、どうやって対処すればいいと言うのか?

 

先程は直感的に透過空間を行使したが、今後も同じ手が通じる訳も無い。

戦闘中に突発的に発動でもされれば即詰みである。

いやそもそも現状の負担からして、正常時の速度でギフトを発動できるなどと考える方がおかしい。

強引な攻撃の反動と大技の使用によって、彼の脳は既に満身創痍であるのだから。

 

”…マズイ…。”

 

背中から冷や汗が流れ落ちる。

額には大粒の汗が浮かび、本能は今すぐに逃げろと囁いている。

彼のささやかな勇気など容易く消し去ってしまう程に、現状は最悪の遥か先を行っていた。

 

”…まぁ…ここで逃げるなんて…だせぇマネは出来ねえよなぁ…。”

 

そんな誰にも届かない言い訳で辛うじて意志を繋げようともがく祖国。

恐怖で震える脚を己のプライド一つで抑え込むと、彼はおもむろに頭を上げ…

先の決断など塵ほどに無意味であった事を知る。

なぜならー

 

 

 

ー現実は常に弱者に対して非情であるのだから。

 

 

 

彼が見上げたその先。

大地を穿った巨大な穴の真上。

いつからそこにあったかすら分からない。

純然たる事実として、それはそこに浮かんでいた。

 

漆黒の月が。

 

見るだけで吸い込まれていく様な感覚さえ抱かせる黒月。

灰色に染まった世界で唯一色を持つその球体は、今までのアルゴールでさえ霞んで見える程の圧倒的な存在感を放っていた。

 

それは世界の終焉を象った闇であった。

原初故に確約された終わりであった。

そしてそれがーーーーーーーーーーーーー祖国の限界であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁ!!!!!」

 

愚策であろう。

目に余る愚行であろう。

だが、本能が、理性が、攻めぎ合う二律背反が、彼から冷静な判断をとうに奪っていた。

逃げ出したい、だが逃げ出す事は出来ない。

そんな強迫観念にさえ似た義務感こそが彼の存在理由の根底をなす物なのだから。

 

もはや悲鳴に近い雄叫びが死んだ世界に響きわたる。

脳を埋め尽くす恐怖を振り切るかのように、臆病な自らを叱咤するように。

そして彼は地を蹴った。

 

限界など越えてギフトを行使した祖国は一瞬で月へと肉薄する。

ボロボロの右腕を振り上げ渾身の力で白撃を放つも、それはあっけなく外殻にはじき返されてしまう結果となる。

それどころか大部分の衝撃を切り取り損なった反作用が、彼の拳を無残な程に破壊していく。

 

「ぁぁああああ!!!…ッ…クソが!!!」

 

激痛に耐えかねて苦悶の声を上げる祖国。

だがそんな苦痛に浸っている暇は無い。

瞬時に己のプライド一つでそれをかみ殺し、衝撃を切り取りながら着地すると、祖国は次なる攻撃手段を装填する。

 

”…Load…100 straight…電磁砲(ガウス・キャノン)!!!”

 

響き渡る轟音と共に、無数の閃光が球体に迫る。

その一つ一つが第三宇宙速度さえ凌駕するそれは、人類が生み出した最強の兵器の一角。

電磁力だけでなく地球の磁力さえも利用したその閃光は、一説によれば第五宇宙速度さえも軽く超えるとさえ言われる代物だ。

そんなバカげた速度で打ち出された弾頭が100 straight、つまり100発のガウス・キャノンが球体に襲い掛かった。

しかもただむやみに打ち出したのではない。

その100発の着弾点全て、外殻上の同一点上で集約されるように計算されていたのだ。

 

”…喰らいやがれ!!!”

 

轟く爆音。

まるで金属同士が激しくぶつかり合った様な甲高い音をまき散らしながら、閃光が次々と球体へと襲い掛かって行く。

狙いを同一箇所に定められたそれは寸分違わず同じ場所に着弾し、本当に少しずつではあるが着実に外殻へのダメージを蓄積させていた。

 

が、所詮その程度だ。

些細な損傷こそあれ決定的なモノなど一つも無いそれは、明らかに祖国の火力不足を露呈していた。

故にこそ、彼の次なる行動も必然な事であった。

 

”…load…火山雷(volucanic lightning)!!!”

 

”…load…マラカイボの灯台(catatumbo lightning)!!!”

 

一瞬にして灰色の世界が地獄で塗りつぶされる。

大地に穿たれた虚構から湧き出る火山雷と、天から降り注ぐ何十という数の稲妻が球体を上下から挟撃する。

本来決して交わることの無い両者であるが、その相乗効果は凄まじく、その一撃一撃がかつて白夜叉をして回避せしめた雷撃に匹敵する威力にまで昇華されていた。

火山雷時に発生する火山ガスには細かい粒子が含まれており、それが摩擦し帯電する事で舞い降りる稲妻の威力を極端に増幅させていたのだ。

 

”…まだだ…load…大寒波(deep freeze)!!!”

 

だがその程度では終わらない。

その程度でアルゴールをあの球体から引きずり出す事など出来ない。

そしてそれは他でもない祖国自身が一番理解していた。

 

だからこその追撃。

火山雷も、無数の稲妻も、全てを呑み込んで展開されたそれは一面の銀世界であった。

優にマイナス100℃を下回るそれは、並大抵の生物なら10分と持たないであろう死の世界。

今までの熱気が嘘のように影を潜め、史上最悪の寒波は球体からドンドンと熱を奪っていく。

そしてそれこそが彼の狙い。

今まで散々加熱されたであろう外殻を急速冷却する事で、物理的に変質・変形させ、脆くなった所を破壊しようという作戦であった。

キーとなる楔も既に打ち込んである。

 

”…電磁砲で多少なりとも傷があれば…そこから加速的に変質していくはずだ…。”

 

そう、彼が事前に打ち込んでいた電磁砲もこの時の布石。

破壊まで至らずとも外殻の一部さえ傷つけられれば、そこから容易く変質を引き起こせる。

少しでも穴があれば水が漏れる様に、切っ掛けさえあれば科学的な変質は飛躍的に加速するのだ。

が…

 

”…チッ…いつまで…引きこもってんだ…”

 

彼の予想に反して球体に変化は見られない。

いや、外殻にはわずかにヒビが入りつつあるのだが、肝心の中身が一向に動向を示さないのだ。

思惑通りに事が運ばない現状に焦りを思えながらも、外殻の変質自体は上手くいっていると祖国は無理やり自身を納得させる。

 

”…だったら…いやでも引きずり出してやるよ!!!”

 

超高温で加熱された後の急速冷却で、外殻にはあちらこちらにヒビが見受けられる。

ヒビ割れて弱体化した外殻ならばもうひと押しで破壊出来るはずだと思考し、再び電磁砲を装填しかけた正にその時であった。

 

 

 

 

 

世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

世界が切り替わる。

ゲーム盤が再構築されていく。

 

 

 

 

 

彼が再び瞼を開けた時、そこには寂寥たる荒野の面影は微塵も無かった。

彼の瞳に映る光景。

それはどこまでも続く広大なる海と、そこに君臨する最強の暴君の姿。

崖下に臨む海辺を跋扈する幾千、幾万もの魔物の軍勢。

そしてそれらの後ろ、彼らを見下ろすかの様に佇む異様な黒い月であった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと頭をもたげ空を仰ぎ見る。

闇夜に映える黒い月(・・・)は依然として異質に浮かび続けている。

当のアルゴールがアノ中で悠々と回復に勤しんでいると思うと、やたらと腹が立つのを感じる祖国。

今すぐ殴りかかりに行きたい欲望に駆られるが、まるで彼女を守護するかの様に陣取る魔獣と龍の軍勢がそんな事は許さないだろう。

 

「…ったく…俺としたことが…。」

 

ガンガンと脳内に響く鈍い痛みを押さえつけながら、安直に決着をつけようとした数分前の自分に後悔する祖国。

彼にしては珍しく勝ち急いだのが裏目に出たようだ。

確かにまだアルゴールがこんな奥の手を残していると予想出来ていたなら、今これ程までに追いつめられてはいなかっただろう。

 

「……右腕は……まだ動くか…。」

 

内心で反省会を手早く済ました祖国は、頭以上に激痛を放つ右腕を見やる。

先ほどの白撃・重纏の反作用を完全に切り取れなかった反動か、まるで腕の内部から爆ぜたような火傷痕が至る所に刻まれている。

外傷こそ焦げ痕程度で済んでいるが、おそらく内部はもっと酷い。

筋裂傷に骨折、下手をすれば神経がいくらか消し飛んでいるかもしれない。

辛うじて動かせてはいるものの、右手での攻撃はもう不可能だろう。

 

「痛っ…。」

 

ギフトを使って取り出した応急手当用の包帯と気休め程度の痛み止めを使用すると、軋む身体に鞭を打ち立ち上がる。

このまま座しているのも一興ではあるが、どうせ死ぬなら魔獣よりも星霊の方が箔が付くというものだ。

 

「…ま…せいぜい…派手に散ってやるよ…。」

 

そんな彼の呟きは、誰に届くことも無く虚空に消える。

せめて最後にひと暴れしてやろうと、彼の者は一人、魔獣の軍勢へと駆け出すのだった。

 

 

 




読了ありがとうございます。

今回登場した火山雷やマカライボの灯台は、実際にネットで見る事をお勧めいたします。
筆者も実際の画像を見ながら、かなり感動いたしましたのでw

さて、ようやく折り返しですね。

…嘘です。
40%くらいです。

いい加減終わる気がしないですね、本気でw
まあ、1巻分は絶対書き切りますのでご安心を。

感想、評価、批判、誤字・脱字、質問等ありましたらコメント欄までよろしくお願いします。
それでは今回はこれにて。




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殲滅戦

お久しぶりです、しましまテキストです。

更新がかなり遅れてしまい申し訳ありません。
言い訳も何も特に無いので、コメントのしようもありませんが(泣)

さて、お気に入りが390件を超えていました。
毎度のことながらありがとうございます。
同時に活動報告にてアンケートも行っております。
ぜひとも皆様の解答をお待ちしております。

それでは今話もお付き合い下さい。


地を踏みしめて大地を駆ける。

 

眼前に蔓延るは巨龍の眷属、その鱗より生まれ落ちた多種多様な魔獣の混成軍。

バジリスク、キマイラ、トロールにサイクロプス、遠くに見えるはケルピーの類か。

およそ一枚の鱗片から生まれたとは考えられない量の化生が祖国の行く手を阻むように立ちふさがる。

 

「…ッツ…邪魔だあぁぁぁ…!!」

 

しかしそんなモノは些細な事だ。

今更何匹加わろうと、道を阻む敵に容赦はしない。

さながら威嚇する咆哮の如く、祖国は雄叫びと共に魔獣の群れへと切り込んだ。

 

 

 

 

 

開戦は一瞬。

敵の接近にいち早く気付いたバジリスクが、その強靭なアギトで祖国をかみ殺そうと首を伸ばす。

およそ外界では類を見ない程巨大なそれは、人一人の身体など容易く丸呑みに出来るだろう。

が、所詮は化生の攻撃だ。

知性も持たぬ一直線上の攻撃など、百戦錬磨の祖国のとっては脅威にすらなりえない。

 

祖国は完全に余裕を持って半身で躱すと、通り過ぎ際にギフトで顕現した刀で難なく首を切り落とす。

噴き出した血潮が噴水の様に巻き上がり、無骨な岩肌を鮮血で染め上げる。

首から先を切り落とされたバジリスクは、その研ぎ澄まされた一閃を認識する暇さえなく絶命した。

 

それとほぼ同時に、左右から挟み込む様に追撃が迫った。

祖国から見て右からは棍棒を振り上げるサイクロプスが、左には今にも口から炎熱を吐き出さんとするキマイラが、それぞれ祖国の命を刈り取らんと攻撃を仕掛ける。

しかし挟み撃ちという場面に直面しても尚、彼の思考はいたって冷静であった。

振り下ろされる棍棒の軌道を刀を添える事でいなすと、無防備な姿を晒すサイクロプスの背後に素早く回り込み両足の腱を切断する。

同時に身体を支える脚がやられ地面に膝をつくサイクロプスを肉盾とすることで、キマイラから放たれる豪火をやり過ごす。

多少の熱波は防ぎきれずとも、直撃さえ避けられればそれでいい。

嫌な音と共に燃え落ちる巨人を後目にキマイラの攻撃圏内から距離を置くと、祖国は握っていた刀を地面に突き刺し次なる武器を現出させる。

 

”…威力はバジリスクで確認済みだ。…喰らっときな…!”

 

彼の手に握られたのは何の変哲もない3つの短剣。

特徴らしい特徴を強いて挙げるならば、投擲用に空気抵抗が少なくなる様流線型にデザインされているといった所か。

良くも悪くも脅威性を感じさせないそれら短剣を、だが祖国は何の躊躇いも無くキマイラに向かって投げ放った。

 

短剣の迫る速度は精々100キロ。

キマイラの身体は巨大なれど、その俊敏さをもってすれば避ける事は造作も無いだろう。

いやそもそもの話、あの短剣本体(・・)に当たったところでダメージなど無きに等しい。

 

故にこそキマイラが短剣よりも祖国の行動を注視していたのも当然の事。

短剣を投げ放った直後、地面に刺さった刀を引き抜いてキマイラに肉薄しようとする祖国にキマイラは犬歯をむき出しにして威嚇する。

 

ー今はこの人間が最優先だ

 

キマイラはそう本能的に理解していた。

そして理解していたが故に…

 

「GYAAAAAAAAaaaaaaaa!?」

 

その短剣の本当の脅威を察知する事が出来なかった。

 

ドスッ

 

一瞬だった。

いつの間にか胸に突き刺さった短剣を驚愕に揺れる眼で見つめるキマイラ。

その短剣から伝わる激痛に、肉を直接溶かされるような不快感に、キマイラは堪らず苦悶の雄叫びを上げる。

狂ったように地面に身を打ち付けては、理性を失った瞳で口から溢れんばかりの業火をまき散らす。

周りの魔獣たちさえも巻き添えににして。

 

だがそれも所詮は最期の悪足掻き。

全ての余力を使い果たしたのかパタリと力なく地に倒れる頃には、キマイラは既に息絶えた骸と化していた。

それと時を同じくして、キマイラの背後に陣取っていた魔獣2匹も同じように絶命する。

全ては祖国が打ち出した短剣が生み出した結果であった。

 

「…日本国の科学は…世界一…!」

 

そんな某ルドル〇フォン〇シュトロハイムさんが飛び出て来そうなセリフを吐きながら、祖国は新たに取り出した短剣を左手でクルクルを持て遊ぶ。

そしてさながら曲芸じみたそれは一瞬の閃きの内に姿をかき消すと、祖国を背後から狙っていた魔獣の額に突き刺さり又もや容易く命を奪う結果となった。

 

”…ほんと…大したモンだぜ…ウチの技術はよ…。”

 

神話に名を刻んだ魔獣さえも容易く屠る文明の利器に内心ビックリの祖国。

彼にしてみれば思惑が当たればいいなと期待程度の採用だった訳だが、ことのほか効果がてきめんだったようだ。

嬉しい誤算に頬をほころばせながら、彼は喜々として魔獣狩りに専念し始めた。

 

 

 

さて祖国が使っている武器であるが、当然のことながら普通のモノである訳が無い。

確かに大宮祖国という人間は武芸全般に秀でた素質を持ってはいるが、あくまでもそれは十全な状態における話。

利き腕である右腕を使い潰しまともに動かせない状態で、霊格は低いとはいえ魔獣を一刀両断出来るほど彼の剣術は優れていない。

拳術ならまだしも戦場で人を斬るためだけに覚えた我流の剣術など、せいぜい二流が良い所だろう。

 

にも関わらず、どうして祖国は魔獣の首を安々と斬り落とせたのか?

それこそひとえに彼の元居た世界の技術力の結晶の賜物であった。

 

実は今回使われた刀も短剣も、刃部分にある同じ物質が塗布されていた。

それは超強酸と呼ばれる物質。

およそ硫酸の1000倍の酸性度を誇り、ほぼ全ての有機物を溶解すると言われる酸性を越えた酸性物質だ。

本来ならば刃である鉄部分も腐食してしまうのだが、今回の刀と短剣には人口ダイアモンドのコーティングが施されており、これが刃の溶解を防いでいる。

さらに短剣に至っては塗装部分が二重となっており、内側には猛毒であるボツリヌス毒を即効性に改良したモノが仕込まれている。

2ナノグラムで成人男性を死に至らしめる改良型ボツリヌス毒をこれでもかという程ふんだんに塗りたっくた仕様となっているのだ。

毒で表面を溶かし、毒で内部から殺す。

先ほどのキマイラも、空間を転移して到達した短剣が突き刺さった瞬間酸により肉を溶かされ、同時に仕込み毒で即死したという具合だ。

外界の技術の粋が箱庭の魔獣を凌駕した瞬間だった。

 

 

 

そんな危なっかしい事この上ない得物を自在にとは言わないまでも洗練された動きで使いこなす祖国は、現状着々と魔獣の数を減らしつつあった。

接近する敵は溶かし斬る事に特化した刀で、遠距離から攻撃する敵が溶解と猛毒を含んだ短剣で、それぞれ相手取っている。

右腕は依然として使用不能で非利き腕である左腕のみの戦闘であるが、それでもなんとか致命的な損傷だけは受けていない。

連携も無く、個々の力のみで押し切ろうとする魔獣の群れが彼に致命傷を与えるなど到底不可能な話であった。

 

心に比較的余裕を持った祖国は、同時に脳内で今後のプランを画策する。

アルゴール、巨龍、そして魔獣の軍勢。

これら3つの勢力を踏まえたうえで、残り時間を加味したシミュレーションを並列思考で行っていた。

 

”…残り時間が2時間弱って所か…雑魚共は特に問題ないとして…疲労回復は…もう少し時間がかかるか…。”

 

自身の状況を改めて客観的に鑑みて、予想以上に疲労が蓄積している事を認識する祖国。

脳の疲労はもちろんの事、手足の筋やアルゴール戦で無理をした右腕など現状は余りにも損傷は激しすぎる。

一応応急手当として止血剤や回復剤、痛みどめ等は打ったが、それでも思った以上に治りが遅い。

現在の魔獣狩りも極力ギフトを温存しているし、使用するにしても単一解答の簡単な方法でしか使用していないが、それでも疲労回復は常時よりも数段劣る。

ある意味アルゴールが一時戦線を離脱したのは、祖国にとっても都合がよかったのかもしれない。

 

”…そんな事より…一番厄介なのは…あの野郎だ…。”

 

自身の状況把握はさておき、祖国は未だ不気味な程に静観を保っている巨龍を横目でチラリを見やる。

顔は確かにこちらを見ているし、着々と隙を狙うような雰囲気は決して油断出来た物ではないが、それでも積極的にこちらの戦闘に関与しようとはしてこない。

祖国としては有り難い限りだが、それでも空恐ろしい事に変わりは無い。

まるで何かを待っている様な、そんな泰然自若とした態度である。

 

”…チッ…隙がねぇな…歴戦の猛者みたいな貫録出しやがって…。”

 

恐らくあの巨龍には魔獣と違い知能がある。

自らの役割を理解し、それを達成するための状況判断を成すだけの知能が。

だからこそ今はその時ではないと静観を貫いているのだろう。

 

”…面倒な事だ…ただでさえアイツは不死…不死殺しの武具を持たない俺とでは相性が悪い…。”

 

さらに面倒な事に祖国と巨龍ケートスの相性は最悪に近い。

それは単純にギフト相性もあるのだが、箱庭にゲームにおける不文律に由来するところが大きい。

 

箱庭のゲームは良くも悪くもホストが有利だ。

クリア条件でどんな無茶な命令を下されようとも、基本的にはそれを実行できなかったプレイヤーの過失となる。

ゆえに不死を殺せないのは不死を殺す手段を持たないプレイヤーが悪い、星を砕けないのはそれだけの力量を持たないプレイヤーが悪いと裁定される。

今回の場合、不死殺しの恩恵を持たない祖国が実力不足と判断される訳だ。

 

さらに付け加えると、多少なりともギフトの相性も関係している。

祖国のギフトは基本的に手段の差はあれ直接攻撃系である。

雷も爆炎も突風も星落としもその他諸々も、相手を物理的に殺す事を主とする方法だ。

それに引き換えケートスの有する不死性は物理耐性が極めて高い。

煮ようが焼こうが斬ろうが貫こうが、根本的な打倒にはなりえない。

不死を殺すにはそれを運命付けられた対極のギフト、つまり不死殺しの恩恵を宿した手段が必須とされている。

あるいは他の手段として、不死性を保証する歴史的な何かを紐解く方法があるが、これは対象の伝承を事細かに熟知している必要がある。

 

”…俺に不死を殺す手段は無い…それに俺の記憶が正しければ…ケートスは歴史上未だ一度たりとも殺されては(・・・・・)いない…。”

 

一瞬険しい表情を作ると、突っ込んで来た巨人の腕を切り落としながら祖国は思考を加速させる。

彼がケートスの考察を続けている間も、魔獣群はその数を着々と減らしつつある。

彼の周りを取り囲むように陣取る軍勢の前には、死屍累々、数多の屍が積み上げられていた。

 

さて、ではそもそもの話、不死龍ケートスとは何ぞやという話をしよう。

これに関しては祖国もそこまで専門的な知識は持っていないので、ここでは彼の有する知識内で語る事となるが今回はそれで十分だろう。

現状、祖国の有するケートスの主な知識は以下の3つだ。

 

一つ、ギリシャ神話において女神アンドロメダを生贄として喰らおうとした存在である事。

一つ、ペルセウスをその高い不死性で苦しめるも、彼が掲げたアルゴールの首により石化・退治された事。

一つ、外界ではクジラやアザラシとして語られる事が多いが、それはケートスが信仰を得やすくするために意図的に霊格を下げた姿である可能性が高い事。

 

ここで二つ目の記述に注目して欲しい。

これが祖国の表情を険しくさせた根本的な原因だ。

彼の懸念した通り巨龍ケートスが歴史上殺されたという事実は箱庭において観測されていない。

初代ペルセウスによって退治された(・・・・・)という記述があるだけで、どこにも殺された(・・・・)という記述は示されていないのだ。

そもそもいくら星霊アルゴールの石化の魔眼であろうとも、さすがに不死殺しの恩恵までは宿していない。

つまりケートスという存在は打倒こそされたが、正式に殺された事実はただの一度も確認されていないという事になる。

この事実がこそがケートスの不死性にさらになる絶対性を与えているのだが、それは今回置いておくとしよう。

 

同時に、今回アルゴールがケートスを召喚できたギミックもこれで理解できただろう。

ゲーム名”The Venus with Andromeda”

自身と女神アンドロメダにまつわる伝承をゲーム名に組み込む事で巨龍ケートスを呼び出し、さらにそれを石化させたという神話的功績からケートスに対する優位性を確保する事で、一時的にではあるが最強種を従える事を可能にしたのがこのゲームの”一面的な”正体である。

 

そして当然のことながら祖国はこのゲームギミックに気付いていた。

アルゴールとアンドロメダの共通項をゲーム名に組み込むことで、その功績の一部を試練として再現する。

それがこのゲーム”The Venus with Andromeda”に仕掛けられたギミックであると、彼は巨龍が召喚された時点で既にあたりをつけていたのだ。

 

”…唯一の救いは…あの巨龍を殺す必要は無いって事だ…ゲームルールに則って召喚されてはいるが…あくまでそれはギミック…ゲームクリア条件に何ら変更は無い…。”

 

十中八九倒す事になるだろうがなと、自らの希望的観測を自嘲気味に笑う祖国。

まあ彼の感想も理解できないことも無い。

いくらゲームで倒す必要がなかろうと、アルゴールに手を出そうとすれば巨龍は確実に彼の行く手を阻むだろう。

そうなれば戦闘は必至。

巨龍の攻撃を掻い潜りながらアルゴールだけ狙い撃ちするなど、無理難題もいいところだ。

それならば先に巨龍を対処し、それからゆっくりとアルゴールを倒す方がまだ現実的というもの。

実際問題としては、どちらの成功率も大して変わらない様な気もするが。

 

と、その時、祖国は何かが頭の底で引っかかる様な奇妙な感覚にとらわれた。

 

”…ん…?…待てよ…何か…おかしくないか…?”

 

何がおかしいのか分からず、違和感だけが彼の脳内をもんもんと駆け巡る。

痒いところに手が届かない様なもどかしい感覚に、祖国は堪らず今までの思考を中断する。

 

”…何がおかしい…?…俺は今何を考えていた…?”

 

即座に今までの思考の一部始終を思い出し、反芻し始める。

残り時間に始り、自身の状態、ケートスの不気味さ、そして巨龍が召喚された方法…。

一つ一つの思考を隅々まで見渡し、吟味し、そして彼はとうとうその原因に行き着いた。

 

”…そうだ…名前だ…!…今回のゲーム名…どうしても何か違和感がぬぐえないんだ…!”

 

それはとても小さな違和感。

本来ならば気が付くはずもなく、当然の様に見過ごされてしまう程度の存在。

それを見落とさなかったのは単に彼の運が良かったのか、あるいはその他の要因か。

ただ過程はどうあれ、彼がそれに気が付いたという事実。

それがこのゲームの真のクリア条件を探る第一歩だった事に変わりはないだろう。

 

”…今回のゲーム…もしアルゴールとアンドロメダの伝承をベースにしたものなら…本来は…”

 

ーそう、本来のゲーム名は”The Venus "and" Andromeda”であるべきだ

 

これこそが祖国の感じていた違和感の正体。

たった一つの英単語の違いがもたらす、決定的な差異であった。

 

”…アルゴールとアンドロメダは系譜的にも交わることが無い存在…だがこの”The Venus with Andormeda”というゲーム名…これではまるでアンドロメダとアルゴールが存在の要素レベルで(・・・・・・)関係がある様な…そんな印象を受けてしまう…”

 

巨龍を召喚した先のゲームギミック。

これは今回のゲーム名でAndoromedaがアンドロメダ女神を、The Venusが美の女神の比喩、つまりアルゴールを指し示すモノと仮定し、二人が登場する伝承を試練として再現したものだ。

その際にアルゴールの生首を見てケートスが石化・打倒されたという功績をゲームメイク時に組み込む事で、アルゴールにケートスを従える権能を付与するという構成になっている。

 

が、それならばゲーム名は”The Venus with Andromeda”よりも”The Venus and Andoromeda”の方が相応しいはずである。

なぜなら英語における前置詞withは「特徴・状態・様子を示す」場合に多々利用され、withが結ぶ二つの存在の間に要素レベルで密接な関係がある事を暗示させるからだ。

しかし先に述べた通り、アンドロメダとアルゴールには系譜的にも歴史的にも、何ら関係性を見出す事が出来ない。

ならばこの場合、要素レベルの結びつきを示すwithではなく、単なる付加情報を示すandの方が相応しいはずだと、祖国はそう考えたのだ。

 

”…だが実際はゲーム名がwithとなっている…これは俺の考え過ぎか…あるいはもっとゲーム深部に関わる何かが…!?”

 

それは祖国がさらに考察を進めるために、更なる思考を割り振ろうとした時であった。

突如として魔獣の動きに変化が生じた。

今までは統制も何もなくただ個の力で押しつぶそうとしていた魔獣軍が、全方位から互いを補完しあうように動き始めたのだ。

しかもどれもこれもが祖国を倒す事を前提をしない動き。

玉砕覚悟の特攻に流石の祖国も動揺を禁じ得ない。

 

”…いきなりなんだってんだ…!?…まるで俺を足止めする様な…足止め!?”

 

導き出した結論に、不快な汗が流れおちるのを感じる祖国。

根拠は無い。

しかし戦場の勘は時に合理的な判断よりも優先されるべき事だ。

祖国は胸に渦巻く嫌な予感に従い即座にその場を離脱しようとするが、絶え間なく特攻を繰り返す魔獣軍にことごとく機会を逃してしまう。

 

”…畜生…抜け出せねえ…!”

 

急に動きが見違える程変わった軍勢に戸惑いを隠せない祖国。

命すら顧みないその猛攻に、流石の祖国も防戦一方になってしまっている。

 

そしてそんな祖国の苦戦を遠くからじっと見つめる存在がいた。

そう、今まで静観を続けて来た巨龍ケートスだ。

理知的な光を宿すその瞳は彼方で起こっている戦闘を見据えている。

それはまるで決定的な隙を伺うような、猛禽の如き鋭い視線の如き眼光であった。

 

 

”…クソが…キリがねえぞ…。”

 

あれから何匹の魔獣を仕留めただろうか。

ハァハァと息を荒げながら、左手に持った刀を振るう。

打ち込まれた錬鉄が優れているのか、あるいは塗布された超強酸のおかげか。

軽く三桁は切り結んだ刀は刃こぼれ一つ起こさず、未だ鋭い切れ味を保ち続けている。

 

が、それを扱う人間は別だ。

長らく戦場から離れていた祖国の体力は、巨大な軍勢を前に今にも尽きかけようとしていた。

 

”…こんな引っ切り無しじゃ無理に決まってんだろ……こうなりゃ大技でここら一帯を一掃するしか…”

 

このままではジリ貧が目に見えている状態で、祖国の思考には焦りが生まれていた。

 

命を捨てる前提で突っ込んで来る相手と、一つしかない命を守りながら戦う自分。

そもそもの条件が相手の優勢にも関わらず、それに加えて途中から連携のとれた物量作戦だ。

未だ辛うじて均衡を保っている現状は最早奇跡に近いだろう。

 

”…幸い連携の取れていなかった時間があったおかげか、脳の疲労はだいぶ軽減できた…今なら確実にこいつらを仕留められる…!”

 

全快とまではいかないが、戦いに支障が出ない程度には体調も回復している。

今なら残りの魔獣共を殲滅する威力のギフトを放っても、後々に響く事はなさそうだと祖国は判断する。

 

”…急に動きが良くなったのは気になるが…今はこの状況を打開するのが先決だ…!”

 

背後からの一撃をいなし、振り向き際に逆袈裟斬りで斬りつける。

肉を抉りながら進む刃は、まるでバターでも切断するかの様に抵抗なく敵を切り裂くと、その最後の一撃と共に役目を終え虚空に消え去った。

 

”…今だ…load…暴風(tempest)!”

 

瞬間、祖国を中心として突風が巻き上がる。

敵の侵入を拒むかの様に展開された見えざる防壁は追撃を仕掛けようとしていた魔獣を吹き飛ばし、あるいは弾き返し、途切れる事のなかった猛攻に終わりを告げる。

当然この程度の突風などでは抑えきれ無いレベルの魔獣も存在したが、今回は突発的な暴風により不意をつければ十分であったのだ。

 

そして数十秒後

 

嵐が吹き止んだその中心。

魔獣たちが見つめるその先。

そこにいるはずの存在、標的である人間の姿はーーーーーーすでに消え失せた後であった。

 

 

「…ハハ、いい感じにテンパってやがんな…。」

 

自身の姿を見失った魔獣たちがざわめき立つのを、上空で(・・・)心底愉快そうに見下ろす祖国。

現在彼がいるのは先ほどの座標のちょうど真上。

雲の高さとほぼ同じ対流圏と呼ばれる空間だ。

 

暴風を目くらまし兼防御壁として貼り付けた後、祖国は瞬時にギフトで真上に転移していた。

当然、足元の空間を別座標にある地面と貼り付ける事で、足場も確保している。

 

「…しっかし、こうやって改めて見てみると凄い数だな…。ま、足りたからいいんだけど…。」

 

誰にも聞かれる心配が無いからか、彼にしては珍しく饒舌気味であるようだ。

 

今回祖国が上空に転移した理由は主に2つある。

一つは地上からでは把握しきれ無かった敵軍の残り勢力を確認するため。

そしてもう一つは、可能な限り脳への負担を少なくしながら次の攻撃を繰り出すためであった。

 

なにせこの次の一手は貼り付ける対象がとてつもなく多い。

まあ魔獣軍全体を対象としている以上、それも仕方がないことではある。

だが貼り付ける数が多いだけならば、時間をかければ脳への負担は減らす事が可能だ。

そしてそのための目くらましでもあったのだから。

 

「…たっぷりと時間は貰ったからな…」

 

嵐が止むまでの数十秒間。

祖国はひたすら次の一手の仕込みに専念していた。

 

そしてそれが完了した今、眼下に戯れる魔獣たちの運命は決したも同然であった。

 

「…じゃ、いっちょやりますか…」

 

そんな気の抜けた掛け声と共に、祖国は自らの左腕を天高く掲げる。

 

望むは勝利。

圧倒的な殲滅。

立ち上がる事さえ許さない、理不尽なまでの暴力だ。

 

掲げた左腕に力を込める。

ロードは完了。

処理工程も滞りなく完了している。

後はただいつも通りにギフトを発動するだけだ。

 

にも関わらず未だこの手を振り下ろすのを戸惑っているのは、きっと、そうー

 

ーデジャヴというやつに違いない

 

”…全く…馬鹿げた話だ…”

 

かつて今と同じような光景を目にし、そして同じような方法で人々を殺して回った頃の記憶が幻影を見せる。

これから訪れる結末はかつての彼が望んだ答え。

そして今の彼が拒むべき未来だ。

 

だが現実はどうだ。

あれだけ奴を否定しておきながら、不都合な部分と切り捨てて封印しておきながら、結局同じように平然と敵の命を奪っているのはどこの誰だろうか?

今まさにそれを再現しようとしているのはいったい誰だろうか?

 

唐突に突きつけられた現実に、もはや自嘲する気さえ起きない祖国。

 

憎みもしよう。

償いもしよう。

断罪ならばどうぞ好きにするがいい。

 

だが、今だけは。

成すべきことがある今だけは。

この蛮行を許して欲しい。

 

そして今日も今日とて曖昧な言い訳で答えを濁したまま、彼はその名を口にする。

 

「…load…万剣(million blades)!!!」

 

突如、大地が陰に覆われた。

魔獣が闊歩する荒野に差し込んでいた光が途切れ、突然の異変で地上の軍勢に動揺が走る。

何が起こったのかと、いち早く我に返った一匹が原因である空を睨み…

 

 

 

 

 

ーそしてその瞳が驚愕で揺れた。

 

 

 

 

 

そこに浮かんでいたのは紛れもない剣であった。

ただし驚愕に値するのはその数だ。

一本や二本とか、そんな次元の話では無い。

地上に蔓延る魔獣を飲みこまんばかりに展開されたその兵装たるや、もはや数万という言葉ですら生ぬるいだろう。

 

そんな天空に浮かぶ無数の刃軍も当然見かけ倒しなどでは決してない。

その一つ一つが当たり前の様に先の短剣を凌駕する殺傷能力を秘めている。

超強酸、猛毒などは可愛い部類。

怪しく光る光剣や、禍々しい瘴気を放つ突剣、あげくの果てにはプラズマ膨張を始める奇剣など、ありとあらゆる殺戮兵器が顔をのぞかせている。

 

当たれば必殺。

例外は無い。

 

対象を殺すことだけに特化した外界の技術の結晶が今、大空を埋め尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

そしてー

 

「…あばよ…」

 

無慈悲な宣告と共に、祖国は天に掲げていた左腕を振り下した。

 

マグネティック・フォートレス同様、磁力の反発で空間に浮いていた数多の刃が一転、吸い寄せられるかの様に地面へと降り注ぐ。

弾丸にも引けをとらない速度を叩き出しながら、天を覆っていた無数の刃軍が地を穿つ。

その様相は正に刃の嵐。

絶え間なく降り注ぐ死の兵装は地上を這う魔獣を貫き、切り刻み、溶かし、壊し、ありとあらゆる方法でその命を奪っていく。

 

悲鳴など聞こえない。

一切合財悉く、声を出す暇さえなく死んでいく。

いや、出したところでこの喧噪の中では彼に届く事はないのだろう。

 

地に突き刺さる金属音だけが響き渡る。

時々聞こえるわずかな断末魔や、肉を引き裂く生々しい音。

そんな僅かな雑音さえもかき消すように、更なる刃が天より降り注いでいく。

 

そして十数秒後

 

全ての武器が打ち尽くされ、鮮血で染められた大地に再び静寂が訪れたその時ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー極大の閃光が祖国を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

さて今作なのですが、自分なりになんでこんなに進むのが遅いのか考えてみた結果…

詰め込み過ぎたという結論にいたりましたw
いやまじでw

もう、色々詰め込み過ぎてそれを消化するのにあれやこれや書いてると、軽く1万字越えてるとかマジ筆者無能スグルw

一章はもうこのままやりたい放題でいこうと思いますが、二章以降はテンポ重視で内容薄めにするかもしれません。

返信が遅くなるかもしれませんが、感想やコメント待ってます。
あとアンケートもw

それでは今回はこれにて。




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思惑のち誇り、所により試練

皆様お久しぶりです。
しましまテキストです。

またまた更新日が開いてしまいましたね…。
うん、もう何も言うまい(遠い目

さて、お気に入りがついに400件を超えました!
こんな駄作を読んで頂き、本当にありがとうございます。
これからも遅筆ながら、頑張っていきます。

あと評価してくださった方、アンケートにお答えいただいた方にも、ここでお礼を述べさせていただきます。
本当にありがとうございます。

アンケートには個別返信はしておりませんが、一つ一つしっかり読まさせて頂いております。
個別返信はしても良いのですが、多分ハンコを押したように似たり寄ったりの受け答えになってしまうので(汗
あと、アンケートはまだまだ受付中です。
是非とも皆様の意見を、よろしくお願いします<m(__)m>

それでは前置きも長くなってしまいましたが、今話もお付き合い下さい。


淡々と。

 

ケートスはその時を待っていた。

 

彼方で暴れるは自身の鱗より生まれ落ちた魔獣たち。

そしてそれを相手取りながらなお、自身への警戒を緩めない一人の人間。

およそただの人間とは思えない御業を体現したようなその姿は、かつて箱庭を席巻した軍神を思い起こさせる。

 

そんなある種の郷愁さえ感じながら、ケートスはただひたすらにその時を待っていた。

 

 

 

 

 

ー魔王アルゴール覚醒の時を

 

 

 

 

 

巨龍ケートスには理性があった。

自身が召喚された意味も、こなすべき責務も、このゲーム盤に呼び出された時点で須らく理解していた。

 

そして同時にケートスには記憶があった(・・・・・・)

 

幾千年を経てもなお色褪せる事の無い、自身を打倒したその光景を。

生首一つでありながらも、不気味な眼光で石化の呪いを植え付けた星霊の顔を。

 

なればこそケートスにとってこのゲームは屈辱以外の何物でもない。

自身を打倒した伝承を具現化し、あまつさえその功績で自らを従えるゲームなど、最強種たる彼女には許容しがたい屈辱であった。

 

このゲームは、そう、侮辱だ。

 

自身の死に際を再現したフィールドで、たかが時間稼ぎ(・・・・)として召喚された事実。

そしてたとえ最強種と謳われる存在であってもなお逃れる事が出来ない箱庭の理不尽な掟。

それら二つの現実がいかに彼女のプライドを貶めたかなど今更語るまでもないだろう。

 

そして必然、ケートスはアルゴールへの忠誠心など微塵も持ち合わせてはいなかった。

彼女を突き動かすのはただの呪い。

ゲームルールという名の拘束力なのだから。

 

だからこそケートスはこのゲームを静観しようと心に決めていた。

自身の鱗から魔物を生み出しそして彼方の敵と戦わせるという必要最低限の役割を終えた後は、一切戦いに関わるつもりなど無かったのだ。

もとより望まず呼び出された身だ。

そこまでゲームマスターに尽くしてやる義理は無い。

それが憎むべき仇敵であるなら尚更である。

 

ー叶うならば早く終わって欲しい

 

それが彼女が唯一持つ感情であった。

誰が勝とうが、誰が死のうが、全く持ってどうでもいい。

このゲームと言う名の呪いから逃れられるならば、その結末など彼女にとってみれば些細な問題だったのだ。

 

だが現実は彼女の望まぬ方向へと進んだ。

 

彼女の主から、星霊として完全なる覚醒を遂げるために眠りについたアルゴールから、ケートスに対して一つの命令が下ったのだ。

 

「手を抜くな」

 

傲慢な物言いで自身を見下す彼女に、そしてその言葉一つにも逆らえぬ自分への不甲斐なさに、ケートスの感情は今にも激昂しそうな高ぶりを見せる。

 

何が魔王だ。

何が星霊だ。

ゲームルールという拘束さえなければ既に貴様は無様な骸に成り果てていたはずなのに。

 

だがそんな憤怒の感情の一方で、ケートスは冷静にもアルゴールの命令の意図を理解していた。

そして皮肉にも彼女が至った解答がその冷静さの源でもあったのだ。

 

ーそう、つまりこの魔王は恐れているのだ、と

 

 

本来、今回のゲームにおいて第二条件のクリアを判断するのは魔王アルゴールの役割であった。

必然、参加者側はギアスロールに示された謎の解答及び仮説をゲームマスターに何かしらの手段で伝える必要があった。

そしてその解答が正しいかどうか、ゲームマスター自身が吟味しそして裁定する。

これが今回変則的な方法で組まれた第二条件のクリア方法だ。

 

しかし実際はどうか。

アルゴールは黒い月の中に引きこもり、参加者側が意志疎通を図ろうとしても叶わない状況だ。

つまり現状、参加者側がもし正しい解答に辿り着いていたとしても、彼等にはそれをゲームマスターへと伝える手段が存在しない。

要はそもそもの第二条件クリア方法がゲーム的に成り立っていないのだ。

 

これはゲームメイクにおいて重大な欠陥を意味する。

そしてそれが魔王という強力な存在の与える試練であるなら、尚更その欠陥の意味するところも大きくなるだろう。

 

故に箱庭においてはゲームルール上重大なかつ予期し得ないミスが発生した場合、それを補うため自動的に補正がかかる様になっている。

補正を拒めば待っているのはロジックエラーによるゲーム破綻、そして同時に最悪の未来であるのだが、当然アルゴールはその様な事は望んでいない。

当然の事として、逆に喜々として受け入れた程だ。

 

さて、ゲームの話に戻るとしよう、

今回の場合休眠状態にあるアルゴールは、その状態中は参加者側がどの程度クリア条件を満たしているかを随時知る事が出来る補正を受けていた。

そして参加者がクリア条件を満たしたならば、たとえ休眠中であっても参加者の勝利を認めなければならないという制約も同時に受けていたのだ。

 

そしてそれは同時にアルゴールが参加者の、今回においては大宮祖国のクリア進展度合いを逐次把握できるという事を意味していた。

 

だからこそアルゴールは恐れたのだ。

彼が第二条件をクリアする事を。

ケートス召喚という派手な演出の裏に隠された、ある法則性に気づいてしまう事を。

 

事実、彼はゲーム名の違和感に気が付いた。

些細な違和感を見逃さず、本来あるべきゲーム名を言い当て見せた。

それだけで、アルゴールがその恐れを抱くには十分過ぎたのだ。

 

故に彼女は命令した。

 

これ以上祖国が思考を進めない様にするため、ケートスに祖国をけしかける命令を下したのだ。

 

最悪殺しても構わないと。

 

もちろん惜しいと思った。

間違いなく大宮祖国は歴戦の勇士だ。

叶うならばアルゴールも覚醒した自らの手で決着をつける事を望んだだろう。

それ程までに彼との戦いは彼女の心に愉悦をもたらしていた。

 

だがアルゴールにとって最重要目的はあくまでもその先。

かつて苦楽を共にした姉たちへの復讐にあった。

今回の戦いもその情報を掴むための手段でしかない。

 

なればこそアルゴールが最も危惧すべきはゲームクリアが成される事だ。

それが起こる可能性がある第二条件は、万が一にも解き明かされてはならない。

例え祖国を自らの手で倒すという楽しみを失ってでも、絶対に阻止しなければいけない条件であった。

 

それにそもそもの話、ケートス程度(・・・・・・)に勝てなければ覚醒後の彼女に勝利することなど到底不可能だ。

もし仮に敗れたならばその程度の実力だったというだけの話。

アルゴールにとってみれば当たるも八卦当たらぬも八卦といった所だろう。

 

これらの思惑からアルゴールはケートスに対し本気で祖国に対処する様に命令した。

ケートスが非協力的であるのは重々承知していたが、それを補って余りあるほどに彼女の力は強大だ。

龍種にして不死。

そしてあまり知られていない事実であるが、ケートスは神霊としての側面も持ち合わせている。

大宮祖国の本気(・・)を推し量るには丁度良い試金石だろう。

 

かくして大宮祖国の身に最大級の試練が降りかかる事となる。

 

 

ケートスは生まれながらにして強者であった。

その動作一つが天災を生み、その咆哮一つで海が逆巻く。

圧倒的な不死性を有し、ゴーゴンの魔眼という相性最悪のギフトを用いてなお完全に殺しきれない存在。

そんな彼女が大宮祖国という人物に興味を持ったのは、ある意味必然であったのかもしれない。

 

彼女の祖国に対する第一印象は”少し強い程度の人間”であった。

確かに魔獣軍を圧倒してはいるが、隙の大きい個体を一匹一匹倒しているに過ぎない。

手にしている武器は強力なれど、使い手自身の技量は良くて二流といった所だ。

この程度の人間がアルゴールの目に留まるとは思えない事を考えると、何かしら強大なギフトを持っているのだろう。

が、肝心のギフトを使う様子を見せようとしない事から何かしらの事情で今は使えない、あるいは使わない様に心がけている様に見える。

 

ーくだらない

 

無聊をかこつ様にケートスは目を細める。

彼女にしてみれば、この程度の敵をひねるなど造作もない事だ。

今の状況は祖国が若干有利だが、それはケートスの怠慢によるもの。

眷属である魔獣共に交信して連携を取らせれば、すぐにでもその均衡は崩れ去るだろう。

 

その結論にたどり着くと即座にケートスは地に蔓延る眷属に命令を下した。

目の前の敵を殺すために共闘せよ、と。

声になど出さずともそれを察知した眷属たちは、今までの戦いが嘘のように連係が取れた戦いを開始する。

 

全にして個、個にして全。

そんな言葉を体現したような連携。

時には自身の命すら顧みずに攻め込む魔獣たちは着々と祖国を追いつめ疲弊させていく。

この戦況も遠くないうちに崩壊する事になるだろう。

 

ーあとは貴様次第だぞ、人間

 

彼方で激化する戦場を俯瞰しながらケートスは思案する。

このままギフトを出し惜しみして魔獣の群れに押しつぶされるなら、それはそれでいいだろう。

所詮は人間、その程度の相手だったという話だ。

 

だがもし彼に現状を打開する手札があるならば。

そしてその刃がケートスの喉元に届きうる程のものならば。

それはきっとケートスにとっても至高の数分間になるに違いない。

 

ーさぁてこの博打、鬼が出るか蛇が出るか

 

そんな事を考えながらも、だが彼女の予想はやはり何か運命めいたものを感じていた。

博打と銘打ってはいるものの、この感覚はもはや確信に近いだろう。

それは何千年と生き抜いて来た強者の勘であり、今まで彼女が最強を名乗り続けてきた所以でもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数刻後、その予感は現実のモノとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に浮かぶは無数の剣戟。

打ち出される刃は弾丸の如く、その一撃一撃が禍々しい程の威力を秘めて大地を蹂躙する。

微かに聞こえる程度の悲鳴をあげて、絶命していく魔獣たち。

そのどれもこれもが原型を留めておく事も出来ずに肉体的に瓦解していく。

その残虐なまでに殺戮に特化した攻撃には、さしもの最強種も目を見張るものがあった。

 

ー捨て鉢に赴いた身でこれ程の余興に出会えるとはな

 

矮小なその身に宿る(ギフト)は、贔屓目に見ても人間というカテゴリーに属する者には過ぎた代物。

そんな小さき者がしかし精一杯それを扱おうとする姿は、超越者たる彼女かた見れば最早微笑ましく思える程だ。

 

それでもだ。

それでもケートスは不覚にも見入ってしまったのだ。

天より降り注ぐ刃はあたかも神罰の如き閃きを見せ、それを統べる彼の者の立ち姿はかつての軍神さえ彷彿とさせる。

過ぎた力を身に宿したその人間から、しばしの間ケートスは目を離す事が出来ないでいた。

 

なればこそ、ケートスの決断は早かった。

彼の者がアルゴールの認める英傑と言うならば、そして業腹ながら己がその前座と言うならばー

 

ー貴様の真価、ここで見定めてくれよう

 

それをするだけの価値があの人間にはあった。

これから彼女という箱庭においても最大級の試練を、彼の人間はいかにして打ち破るのか。

はたまたあっけなくその命を散らす事になるのか。

いずれにせよ、彼女にはその結末を見届ける責務があった。

 

ー戯れだ、耐えて見ろよ人間

 

狙いを定めるかの如くケートスはゆっくりと頭をもたげ、

 

 

 

 

 

 

そして剣戟が鳴り止んだその時、彼女の口から極光と見紛う程の莫大な水刃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

「…やりたい放題かよ、クソが。」

 

額から大量の汗と共に、真っ赤な鮮血が流れ落ちる。

この場での治療は出来ないが、せめて視界を遮らないようにと乱雑な態度で額の血を拭い去る。

 

「…本体は完全に避けてこの威力か…マジで勘弁してくれ。」

 

口調こそいつも通りを装っているが、内心では先ほどの一撃に動揺を隠せない祖国。

話には聞いていたが、実際に目の当たりにした箱庭最強種の実力は彼の予想を遥かに超えるものだ。

アルゴールを打倒するどころかそこまでたどり着く事さえ困難な現状に、さしもの祖国も苦笑いを浮かべていた。

 

先のケートスの一撃を祖国が回避できたのは、ほとんどまぐれに近い奇跡であった。

恐らくは目の端がケートスの行動の一端を捉えていたのだろう。

それを理性が攻撃と判断するよりも早く、祖国は本能的に回避行動へと移っていたのだ。

 

にも関わらず、祖国は今こうして手傷を負っている。

そしてそれは単にケートスから放たれた攻撃の初速が異常なまでの速度を有していたからに他ならない。

彼が直前までいた場所を、たった数コンマ差で極光の本体が駆け抜けていったのだ。

 

だがそんな事でさえ、今の祖国には小さな問題に過ぎなかった。

何よりも彼を慄かせた事実。

それは彼の肌を切り裂いた一撃が先の極光によるものでなく、そこから漏れ出た余波、そのたった一粒の水滴(・・・・・・・・)によるものだという事実なのだから。

 

彼にしては珍しく、心底困ったような表情で天を仰ぐ。

そこには天災の通り道が、空に揺蕩っていた雲を貫通する巨大な穴が、さきの極光の軌跡をありありと映し出している。

 

「…ざっけんなよ…」

 

祖国の口から忌々し気な呪詛が漏れる。

 

本体から派生した、ただの水滴でこの威力だ。

先ほどの一撃をまともに喰らえば、確実に彼の肉体はバラバラの肉片に成り果てるだろう。

しかもその威力を裏付けるように放出時の速度も尋常ならざるものだ。

何度も運よく逃れられそうにはない。

 

だが現状はなにも悲観すべき事だけでは無かった。

今の攻撃をごく間近で観察できた事、そして余波として発生した水滴の弾丸の存在を知った事。

この二つから祖国は先程の極光の正体に迫りつつあった。

 

”…おそらくさっきの攻撃はウォーターカッターに近い性質だろう。超高密度に圧縮された水を極小点から射出する事で、破壊力を増幅する方法だったはずだが。”

 

そこで一瞬、祖国の表情が曇る。

彼の知るウォーターカッターとは違いあまりにも桁外れな威力であるために、どうしても彼自身が信じ切れていない様子だ。

いやそもそもの話今の攻撃をウォーターカッターと仮定すると、どうしても納得いかない点が発生してしまう。

 

第一にウォーターカッターはその性質上、遠距離攻撃に用いるには向いていない。

ホースの水がそれ程遠くまで飛ばない様に、また仮に飛ばしたとしても途中で霧散して勢いが逓減しまう様に、ウォーターカッターも遠距離に対しては十全にその威力を発揮できない。

今の祖国とケートスの距離は目算で数百メートル程度だが、その距離を威力を損なうことなく飛ばす事が物理的に可能なのか甚だ疑問だ。

 

第二に先ほども説明したが、ウォーターカッターは水を極小点から発射する必要がある。

ならば必然的に、水の軌跡も線の様に細いものでなければならないはずだ。

だが先ほどの攻撃は、祖国の身長分を丸々呑み込んでもまだ余裕がある大きさであった。

これでは一点特化の利を活かせず、あれほどの威力を叩き出すなど不可能なはずである。

 

だが仮にアレをウォーターカッターとするなら、一つ説明のつく事がある。

極光の正体だ。

通常ウォーターカッターで射出される水は純粋な水ではなく、その切れ味を上げるために研磨剤代わりに混ぜ物を加えた水が使用される。

その際よく用いられるのはガラス粉やダイヤモンド粉など光物関係であることが多いのだ。

もし先ほどの極光がそれらに反射して発せられたものだとしたら、一応の説明はつける事が出来る。

 

”…まぁとにかく分からない物は考えてもしょうがねえ。今はアノ攻撃を連発させない事が最優先だ。”

 

思考にいったん区切りをつけ、彼方に泰然とたたずむ巨龍を睨む。

その姿はさながら挑戦者の登場を待つ師の如く、圧倒的強者の雰囲気を醸し出していた。

 

”…正直勝てるビジョンが見えないんだがな。”

 

彼我の力量差は圧倒的だ。

正攻法ならば確実にケートスに軍配が上がるだろう。

だがそれでも未だに祖国の瞳に諦めの色が映らないのは、彼もまた強者である故の矜持からだ。

 

強者たる者、己の勝利を疑ってはならない。

 

勝者とは常に傲慢なほどの勝利を確信した者である。

なればこそ、祖国の思考の中には一片の諦めも存在しないし、してはならない。

たとえ命散らす事になろうとも、その瞬間まで勝利を渇望する事を止めてはならないのだ。

 

「…上等だ。やってやるよ、ケートス!」

 

そう、ならばもう出し惜しみ(・・・・・)はしない。

全身全霊でこの試練に対峙しよう。

そんな渾身の決意と共に、祖国はケートスへと向き直った。

 

二者の間に静寂が流れる。

 

開戦のゴングなどありはしない。

彼方に佇むケートスにも変化は無い。

ならば祖国が先に行動を起こしたのも当然の結果だ。

 

駆け出した足裏にストックしていた事象の一つ、粉塵爆発を貼り付ける。

四方八方に四散するはずの運動ベクトルをすべて推進方向へと纏め上げ、文字通り爆発的な加速力を得る祖国。

だが今回はそれだけでは終わらない。

加速する毎に自身に加わる空気抵抗さえも切り取り、そして反対方向の運動ベクトルとして貼りなおす事でさらに累乗的に加速を続けていく。

初速において既に十六夜のそれを優に凌駕するその速度は、瞬きする間に祖国をケートスの元へと運ぶだろう。

 

だが相手は最強種にして海の覇者ケートスだ。

いくら速かろうとも直線的な動きでは彼女を出し抜く事など出来はしない。

ケートスは人間などとは比較にすらならない圧倒的な動体視力で祖国の動きを視認すると、先程と同様、口から超高圧のブレスを祖国めがけて打ち放った。

 

狙いは必中。

放つは神速。

本来ならば目視してから逃れるのでは遅すぎる。

 

そう、本来ならば(・・・・・)

 

超高圧の水刃が空を切る。

彼女がブレスを放った時、十六夜を越える速度で迫る祖国は既に彼女が狙った場所には存在しなかった。

彼がいるのはその遥か左。

荒々しい岩肌と鮮血で染められた大地が印象的な荒野の中心だった。

 

ーいつの間に移動した

 

そんなケートスの疑問をよそに、依然として祖国のは減速するどころか加速を続けて接近する。

もはや海岸までの距離は半分を切り、さらに数秒もすればケートスのいる海域に到達するだろう。

それはそれでケートスの独壇場ではあるのだが、一発も攻撃が当たらないのは癪な話だ。

一種のプライドにも似た意地でもって、再びケートスはその口を開くのだった。

 

 

 

さて、祖国がケートスの攻撃を回避した手段であるが、当然ギフトによる空間転移がネックとなっている。

しかし上述した通り、ケートスの攻撃は目視してから行動しては遅すぎる。

ならばどうするか?

 

簡単な話だ。

ケートスがブレスを放つ直前に、その軌道を予想すればいい(・・・・・・・)

彼女の攻撃はその性質上必ず直線的な軌道となり、攻撃を打ち出してからばそれを変更する事は出来ない。

ならばケートスの口の角度と自身の位置を照らし合わせれば、ブレスが飛来するタイミングも予測が出来るはず。

 

もちろん並大抵の人間がぶっつけ本番で成功する様な技術ではないが、彼の場合は外界で数多の戦地を駆け抜けた経験がその神業に近い弾道予測を可能にしていた。

 

 

 

”…あと半分!”

 

更に加速を続ける祖国が、ついにアルゴールとの距離を半分まで詰める。

目の前には既に海岸線が迫り、彼のフィールドがここまでである事を告げる。

これから先、ケートスが本領を発揮できる海ではこれまで通り安々と接近する事は出来ないだろう。

そう、正攻法(・・・)ならばの話だが。

 

そもそもの所、そこまでして祖国がケートスへと接近を試みる目的はただ一つ。

 

”…本体に近づいてりゃ、そうそうブレスは打てないだろ!”

 

あの殺人的な遠距離攻撃を防ぐためである。

確かにケートスのブレスは強力で速いが、それでも無敵という訳ではない。

とくに今回の様に相手との体格差が大きい場合は、小回りの効かない大技は近接戦闘には向かない事が多いのだ。

 

さらにケートスはその巨体からも想像できる通り、あまり俊敏性に特化してはいない。

その原因の内、そもそも圧倒的な不死性を有する彼女は相手の攻撃を避ける必要性がないという理由が大部分を占めているのは最早皮肉としか言いようがないが。

 

とにもかくにも生半可な攻撃がケートスへ通じない以上、必要最低条件として祖国はケートスへと接近する必要があった。

当然彼女もその目論見に気づいており、ゆえにこそ執拗に祖国を撃ち落そうと躍起になっていたのだ。

が、彼女の攻撃は悉く祖国の先読みによって躱されてしまう。

左に、右に、上に、下に、四方八方に転移し迫る祖国の動きに、流石のケートスも未だ対応できていなかった。

 

そうしてかくしている間にも、祖国は既に最後の大地を蹴り発っていた。

 

ー速いな、止むを得んか

 

祖国の圧倒的なアジリティ。

その人間ならざる加速度にケートスが警戒を示し、いよいよ迎撃に本腰を入れようとした、その時ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー祖国の姿は、既に彼女の眼前にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、ケートスは自身の失態を悟った。

何てことは無い、基本的な見落とし。

むしろ今になって考えれば、どうして思いつかなかったのかすら疑問に思える程だ。

 

そう彼女は気付くべきだった。

祖国が空間転移のギフトを有する以上、彼にとってみれば距離など常に無いに等しいのだと。

彼が望めば直ぐにでも、その手はケートスへと届き得たのだと。

 

ー不覚

 

だが時すでに遅し、だ。

彼女の対応が後手の回る様に、この人間の読みは常にケートスの一歩先を行っている。

現に今、彼は既に彼女の懐へと速度を落とす事なく潜り込み、そして次なる一撃を放とうとしていた。

 

ーおもしろい

 

元より素早さには特化していない身だ。

今更この攻撃を避ける事は出来ないし、そもそも避ける意味も無い。

それこそ己の不死性を上回る一撃を放とうものならば、潔く敗北を認めるだけの器量をケートスは持ち合わせていた。

 

ーさぁ、来るがいい

 

己を出し抜いた人間の次なる一撃に期待(・・)しながら、ケートスはその巨体に霊格をみなぎらせる。

そして祖国の一撃が彼女の巨躯を打ち抜いたのは、それとほぼ同時の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

その常軌を逸した光景に、祖国の瞳が大きく見開かれる。

 

驚愕。

 

その一言に尽きるだろう。

理不尽の塊がウロウロしている箱庭に来て尚、今回の驚愕は彼の印象に深く残っていた。

 

が、それもしょうがない話かもしれない。

なぜならば、

 

「…なっ!?本体が…水!?」

 

こんな光景、外界では決して視る事すら出来ないのだから。

 

 

 

祖国の攻撃、その一撃は確かにケートスへの巨躯へと突き刺さった。

今までの高速移動分のエネルギーを全て拳に貼り付けリフレクターと共に放ったその一撃は、白撃・重纏とまではいかずともかなりの威力を有していた。

なにせ直前の移動速度は優に十六夜を凌駕し、もはや第五宇宙速度にさえ迫りつつあったのだ。

それをエネルギー変換して放たれた攻撃が弱い訳がない。

 

もちろん左腕で技を放った分、技術や精度は落ちるし無駄もある。

エネルギー全てを効率的に伝導出来た等とは露ほどにも思わないが、それでもその威力は折り紙つきだ。

実際、彼の左手は最強種の鱗さえ安々と砕き、貫通し、巨大な胴体の一部をごっそりと吹き飛ばしていた。

 

が、その先(・・・)が問題であった。

 

巨躯に開いた大穴から見える、ケートスの内部。

なんとその内部すべてが海水(・・)で満たされていたのだ。

つまりケートスの本体は、鱗や皮膚の内部はすべて液体で構成されている事になる。

 

それだけでも十分突飛な話であると言うのに、しかし彼の目の前ではそれを遥かに越える事態が起こっていた。

 

再生だ。

 

ケートスの欠損した身体が内部から再生していく。

失われた部分を補うかの如く周りから水が集まると、数秒後には何事も無かったかの様に重厚な鱗に覆われた身体が甦っていたのだ。

 

「…んなバカな話があってたまるかよ…」

 

絶望的な現実を目の当たりにした祖国の口から、驚愕の言葉がこぼれる。

いくら否定しようとも覆らないその事実が、彼の目の前に壁の如くそそり立っていた。

そして同時に、聡明な彼は気付いてしまったのだ。

 

ケートスの不死性は大宮祖国では攻略出来ない、と。

 

つまりはそういう事なのだ。

 

ケートスの不死性。

それの正体は液体ゆえの圧倒的耐久性と回復力を再現したものだ。

衝撃伝導率が高いという水の性質を利用し、本来ならば自身を殺しえる程の一撃さえも衝撃を分散、流動させる事で即死を防ぎ、さらに水の表面張力を利用した回帰性質で、圧倒的な再生力を実現する。

要するに、水の性質を模した力こそがケートスの不死性の本質なのだと、祖国は瞬時に推測した。

そしてその推測は、理論部分だけならば、ほぼ正解に近かった。

 

ゆえにこそ大宮祖国は理解した。

不死殺しの恩恵を持たない今の自分では、ケートスを物理的な方法で殺すことはほぼ不可能だ。

主な攻撃方法が物理的な手段しかない己のギフトでは尚の事。

 

”…っ、まずは一時撤退だ!有効打が見つからない以上、不用意に接近するのはマズイ!”

 

ここに至って勝利を諦めないのは流石の胆力といった所か。

自分がいる立ち位置を思い出し、祖国は瞬時に今成すべきことを判断する。

 

今は一時の猶予が必要だ。

 

現状を打破する作戦を練るのも、あるいはケートスの弱点を探るのも、まずはいったん冷静になる必要がある。

攻撃が通じない以上、ケートスへ張り付いての攻撃は無意味どころか最悪だ。

このまま命知らずに闘うよりも一度この場を離脱するべきだと、彼はそう結論付けた。

 

そしてそれが既に逃げ(・・)の選択であるとも気づかずに…。

 

 

 

だが彼がギフトを発動するよりも早く、その異変は訪れていた。

何時の間に広がっていたのだろうか、彼の周りには数メートル先すら見えない程の濃霧が発生していたのだ。

その霧は祖国とケートスがいる海域一帯に展開され、外から見ればまるで何かを閉じ込める様な、三角形をした牢獄を形作っていた。

 

”…クソ、目視できねぇ。”

 

転移に必要な外部情報が手に入れられず脱出が出来ない祖国は、一か八か情報を抜きにしてギフトを発動しようと試みる。

この手段は最悪の禁じ手。

運が悪ければ岩の中や、マグマの中に転移してしまう可能性さえある技だ。

 

だが、そんな彼の最終手段をもってしても…

 

「…な…に?空間に干渉できない…だと?」

 

彼がその牢獄から抜け出る事は叶わない。

それどころか今まで彼が切り取って足場にしていた空間さえもがいつの間にか消え去り、海面へと落下しているではないか。

今までの人生で一度たりとも経験したことが無いこんな事態は、流石の祖国であっても理解の範囲外であった。

 

 

 

 

そして、そんな彼を嘲笑うかのように、

 

 

 

 

『逃がさぬよ、人間。私の庭に土足で踏み入った無礼、黙って見過ごす訳がなかろうて。』

 

 

 

 

霧の空間に爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

ハナシガイッコウニススマナイ( ;∀;)

進まな過ぎて、もうそれが慣れて来た自分がいる程です。

更新速度だけは何とかしたいよ…。

感想、意見、批判、あと要望は、コメント欄にお願いします。
それでは今回はこれにて。


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魔の海域

ハーメルンよ、私は帰って来た。

お久しぶりです、しましまテキストです。
投稿期間が開いてしまい申し訳ないです。
失踪では無いですよ、断じて。

今回は少しリハビリもかねて短めとなっております。
今後は依然程度にアップしていけたらと思っていますので、読んで下さる読者様方も、まったりと待っていただけたらと思います。

それでは今話もお付き合い下さい。


突然だが、少し余談に付き合って欲しい。

あまりなじみの無い話かもしれないが、箱庭における神霊はその成り立ちから2つに区分する事が出来る。

一つは精霊からの成り上がりとして神霊へと至った場合。

もう一つは生まれながらにして神霊として誕生した場合。

具体例を挙げるならば前者はクロア・バロンが、後者は有名どころなら帝釈天が挙げられるだろう。

 

だがこの区別は、実のところ正確では無い。

いや正しくは、後者は更に二つに分類する事が出来るのだ。

 

一つ、対象とする概念そのものへの信仰によって発生したパターン。。

一つ、神霊として先に誕生した者が後から司る権能を付与されたパターン。

 

例えば今回は”海”という概念を念頭に置いて話を進めるとしよう。

まず前者。

これは全ての生命の起源であり、人類史において時には災害を時には恵みをもたらした偉大な母たる”海”への信仰。

この信仰が積み重なり、神聖化され、そして神という形を与えられた場合に相当する。

海への信仰がその神を生み出したパターン、いわば概念神という存在に近いだろう。

そして何を隠そうこの海への信仰を一身に受け発生した個体こそ、神霊としての女神ケートスである。

 

次に後者。

これは神話における系譜を考えると分かりやすい。

例えばギリシャ神話では主神ゼウスが存在し、その兄ポセイドンとハーデスが存在する。

ゼウスは天空を、ポセイドンは海を、ハーデスは冥界を、それぞれ統治する神として語られるが、これは先に述べられたように海という概念ありきの話では無い。

神という存在が先にあり、そのあとその神が何を統べるかが決定されたパターンだ。

つまり簡単に纏めると、互いに海を司る神であるケートスとポセイドンも、その発生の仕方が異なるという話だ。

 

さてこの両者、一見して大差ない様に思うかもしれないがそれは大きな間違いだ。

海→神という順で生まれたケートスと、神→海という順番で設定されたポセイドン。

この二者の内、より海という概念への親和性(あいしょう)が高いのはどちらだろうか?

 

無論ケートスに決まっている。

 

海から生まれた神と、後付けで海を統べるように決められた神。

その存在レベルからして前者の方がより海との相性が良いのは語るまでもないだろう。

実際ある事件よりも以前は、人類における知名度も影響力もそして神としての信仰も、全ての点においてケートスはポセイドンやその他の神々を遥かに凌駕していた。

海という地球の7割を占める概念への信仰を独占し、ともすれば星霊にさえ匹敵する程の力を有していたケートスは他の海神と比較しても別格の存在であったのだ。

 

だが、華々しい時は長くは続かなかった。

 

確かにケートスは強者であったが、さりとて賢神では無かった。

ありていに言うならばハメられたのだ。

他ならぬ海神ポセイドンの手によって。

詳しい話はここでは省くが、手法だけならありきたりな話だ。

他者を貶め、その信仰を略奪する。

北欧神群の主神オーディンが他宗派のプロパガンダによってその神威を貶められたという話は有名だが、手法だけならばそれに近いかもしれない。

 

ギリシャ神話を信仰する民へ教えを説き、ケートスの神威を削ぐように信仰を誘導する。

その時代ヨーロッパを中心に文明が発達し、急速にギリシャ神話群が力をつけていたのも一役買っていたのだろう。

瞬く間にその信仰は各地へ拡散し、ケートスへの信仰は急速に衰えていった。

 

そして決定打となったのが、ポセイドンがとある詩人と結託して起こした事件ーーーギリシャ神話の改変であった。

あろうことかポセイドンは女神ケートスをギリシャ神話へと組み込み、その信仰を丸々自身の物として奪い去ったのだ。

現在に伝わるギリシャ神話において、ケートスがポセイドンによって作られた存在として語られている理由がここにある。

 

被造物は創造主には及ばない。

 

この決定的な力量関係をギリシャ神話の系譜に刻み込む事で、ポセイドンは半永久的にケートスを上回る事に成功した。

そして同時に、これこそがケートスが巨龍種として語られるようになった所以でもある。

つまり”巨龍という強大な存在を作り出す事が出来る程に、ポセイドンという神は圧倒的な力を持っている”と、暗に信仰者へと示唆する事が出来るのだ。

 

これによってポセイドンの神格はケートスへの信仰が増えれば増える程膨れ上がっていった。

ケートスへの畏怖が、信仰が、そのままポセイドンの神威へとつながるのだ。

必然、ポセイドンは海神の中で抜きんでた神霊として頂きへと登り詰め、今や最も有名な海神として今日まで語られる事となった。

かくして人智の関与しえないところでとあるヒエラルキーが崩壊し、また新しく作り出されて来たのだった。

 

だがケートスは諦めていなかった。

 

海という概念神であった彼女はポセイドンの策謀によってその存在を巨龍へと変えられ、かつて所有していた権能の全てを彼の神に簒奪された。

当然信仰も低下し、めぼしい海域の主権はポセイドンが独占している。

傍から見れば一縷の望みも無い状況だろう。

そんな絶望的な状況において、だが彼女は未だに諦めてはいなかった。

 

なぜなら彼女は知っていたのだ。

いずれ発生するその信仰を。

未だポセイドンさえ感知しえない海域において、だが確実に発生するそのパラダイムシフトを。

 

それは20世紀、最期にして最新の”海”にまつわる歴史の転換期。

移民開拓という背景があったからこそ特定の宗教が広がる事無く、それゆえにギリシャ神話さえも感知し得なかったその海域。

巨龍と化したケートスが、唯一最期に獲得する事が出来た海の主権。

 

その名をバミューダ・トライアングルと言う。

 

 

 

 

 

 

”クソが!何だってんだ!”

 

貼り付けていたはずの足元が消え去り宙を落下する中で、大宮祖国は混乱の最中にいた。

なぜ足場が消えたのか、なぜ空間転移が出来ないのか、そもそもこの濃霧はいったい何なのか。

いやそれ以前に最悪ギフトが使えないと仮定すれば、この高さから海面に叩きつけられて生きていられるのか。

そんなある種の極限状態において尚、彼がその一撃の兆候に気が付いたのは幸運以外の何物でもなかった。

 

ーあのブレスが…来る!

 

かつて戦場でいやと言うほど味わったその気配。

己の命を刈り取ろうとする圧倒的な意識。

それが今、自分に向けられているとすれば…

 

「下か!!!」

 

頭から落下する姿勢で真下の海面へと視線を向けると、わずかに霧が揺らめいて見える。

そして彼がそれに気づいたコンマ数秒後、予想通り蠢いていた濃霧の中心点から極大のブレスが放たれた。

先ほどと何ら遜色ない威力の水刃が祖国の身体を貫かんと瞬く間に肉薄する。

無防備に落下している今のままでは物理的に避ける事など不可能だろう。

 

”…あーもう、こうなりゃヤケだ!グダグダ考えてる暇はねえ!”

 

だから彼は考えるのを止めた。

どうせ自分が一生懸命考えたプランも、相手の理不尽なまでのゴリ押しで打ち破られてしまうのが関の山。

ならば自分もあれこれ考えず今できる事を成すのみだと、半ば投げやりになりながらも行動に移る。

 

”どうせ既存のリフレクターじゃ、あのブレスは打ち返せねえ!とすれば……展開、直列型神経回路!”

 

瞬間的に神経をつなぎ変えて一気に戦闘態勢へと移行する祖国。

それとほぼ同時に祖国へと水の凶刃が到達する。

彼の身体に凄まじいという言葉も烏滸がましい程の衝撃がはしるが、次の瞬間にはそのすべてがギフトによって切り取られていく。

 

もちろんこのままではジリ貧は目に見えている。

無限に使い続ける事が出来る道具が無いように、祖国のギフトもいつまでも発動し続ける事は出来ない。

ギフトが途切れた時が最期、彼の身体は無残な肉塊へと成り果てるだろう。

が、そんな事は本人ならば百も承知。

今の状況を切り抜けるためには、行き当たりばったりでもやるしかないのだ。

 

”リフレクターは継続的な攻撃とは相性が悪い。弾丸みたいな単発ならまだしも、水みたいな非固形物とは尚更だ。とすれば俺が今回成すべき事は!”

 

そして次の瞬間、彼の身体は見えない何かに引っ張られるようにブレスの射線上から弾き出されていた。

 

祖国の行った事は単純明快。

デフォルトで来た方向とは真逆側に貼り付けていた運動エネルギーを、今回は射線から離脱するために横方向に貼り付けただけ。

自分に加わった衝撃を切り取り、そのエネルギーを横方向に利用して軌道から逃れたのだ。

一見したところブレスによるダメージも皆無であり、ひとまずは思惑が上手くいった事に安堵の息をついた祖国はギフトを使って速度を増大させながら落下する。

数秒後、着水時全ての衝撃を切り取り静かに海上に着地した祖国は、ギフトで表面張力を操作して海面上にゆっくりと立ち上がるとブレスの発生源めがけて…

 

「吹っ飛べ!!!」

 

なさけ容赦ない爆撃をお見舞いした。

海上にも関わらす勢いよく燃え上がる火柱は周囲の海水を即座に沸騰させ、同時に周囲の気温が高まった事で周囲の霧もある程度薄らいで見える。

そしてその爆炎の中心点。

本来そこにあるべき巨龍の姿は、

 

「チッ、外れか。」

 

影も形も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

ーほぉ、今のを防ぐどころか反撃までしてくるか…。

 

立ち込める濃霧の中で、この現状の元凶である巨龍はフッと笑う。

つい数秒前まで不測の事態に陥っていたにも関わらず不意打ちを回避し、あまつさえ反撃までしてきた人間など彼女の記憶の中でもそうはいない。

そもそも彼女がこの領域を展開すること自体が稀である以上絶対数が限られるのは当然ではあるが、それでもただの人間がそれをやってのけたのは少なくともここ数百年の間では一度たりとも存在しなかった事態だ。

 

ーあの気に食わない星霊が認めた以上何かあるとは思っていたが…、中々どうして期待できそうではないか。

 

西欧の海神に服従させられてから数百年。

躍る戦いなど久しい彼女にしてみれば、此度の祖国との戯れは極上の愉悦に等しい。

だからこそゆっくりと。

楽しみを一つ一つ噛みしめるように、ケートスはその時間を味わっていた。

 

ー先程のを避けたからと慢心しないのは良い心構えだ。まあ、この程度で油断する様な輩ならば、所詮残りの試練は越えられないだろうがな。

 

そう、何も焦る事はない。

たかがバミューダに関する”仮説”の一つを乗り越えたに過ぎないのだ。

これから訪れる災難にとってみれば先程の攻撃はあいさつ代わり程度の代物。

それすら越えられない様な者に、この先を行く資格は無い。

 

 

 

ケートスが展開した結界。

これは結界の内外を空間的に断絶し、疑似的なバミューダ・トライアングルを形成する権能だ。

そしてこの結界内部において、ケートスはバミューダ・トライアングルの正体と目される複数の”仮説”をギフトとして行使できる。

 

例えば先程のケートスの攻撃は、バミューダ仮説の一つである「歪三角形説」をギフトとして昇華した「ワープド・トライアングル」を利用したモノだ。

歪三角形説とはバミューダトライアングルの3つの点を結んでみると、正三角形より僅かに歪んでおり、この歪みが空間の歪みとして影響するのではないかという説である。

この仮説をギフトとして昇華したワープド・トライアングルは、結界内のみという制約こそあれど、その内部ならばほぼ無制限に空間操作を可能にするという強力極まりないギフトだ。

先の攻撃などはケートスのブレスを空間操作で祖国の足元へと展開しただけの、彼女からしてみれば可愛らしい使い方の部類。

本来の殺し合いならば、否、彼女が祖国との戦いを戯れと認識してさえいなければ、それこそ一瞬でケリがついてしまっても何ら不思議が無い程にそのギフトは凶悪なのだから。

 

ひっそりとその巨体を潜ませながら、巨龍は神妙な態度で思案する。

 

ー残る試練は3つ。早々にここを探し出さねば貴様に勝機は巡って来んぞ、人間。

 

数メートル先さえ不明瞭な濃霧の中からケートスを見つけ出す。

それが祖国に課された最低にして最大の勝利条件。

しかしその最中は敵の未知のギフトによる攻撃に晒され続ける事となる上に、濃霧のせいで方向感覚も失いやすくなるというデバフ付き。

そんな傍から見れば絶望的な状況を、彼の人間はどのように攻略していくのか、あるいはたまたあっけなく死んでゆくのか。

その結末だけが、きっと彼女の無聊を慰めるのだろう。

 

ー所詮は戯れ、愉悦だ。どのような結末になろうとも、私も、人間も、そしてあの星霊も、後悔する事はあるまいよ。

 

なればこそ自分が倒されるという得難い経験も悪くはないのかもしれないと、柄にもなく自虐的な考えに至るケートス。

未だかつて攻略されたことの無いこの海域を、不死性を、存在を、ことごとく凌駕する者がいるのならば、そしてもしそれがこの胸の内にくすぶる無聊をかこつと言うのならば…

 

ーそれはそれで悪くはない。

 

そしてそんな一抹の期待を抱きながらも、いや抱くからこそだろう。

 

淡々と、あくまでも淡々と、ケートスは侵入者に対して次なる試練を課すのだった。

 

 




読了ありがとうございます。
やはり5000字じゃ短いですね。
次話は今まで通り10000字程度を目安に投稿したいと思います。

感想、批判、質問等、コメント欄までお待ちしております。
それでは今回はこれにて。


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彼にとっての矜持とは

こんにちは。
お気に入りが謎に伸びてビビりまくっているしましまテキストです。
身の丈に合わない評価、ありがとうございます<m(__)m>

さてようやくケートスとの決戦です。
白夜叉時と同様に前後編に分けて書いており、今話は前編にあたります。

後編も近いうち(※筆者主観)にアップしますのでよろしくお願いします。
それでは今話も付き合い下さい。




 

気に食わない。

 

率直な感想としてはそれが一番しっくりとくるだろう。

箱庭で最初に死闘を演じた白夜叉もそうだったが、例に漏れず箱庭のお偉方は人間を試すことが大好きらしい。

こんな馬鹿げた空間を作ってまで尚殺し合いでは無く試練を課すのだから、彼等の傲慢さは箱庭の天蓋さえも優に超えるのではないだろうか。

 

確かに、此度の敵は今までの人生でも類を見ない程に強大だ。

特に致命傷クラスの損傷でさえ一瞬で回復してしまう程の不死性は今の祖国では対処する手段が無い。

いや正確には無い事はないのだが、今の祖国がそれを使うという選択肢を無意識の内に外してしまっている以上結果としてみれば同じことであった。

故にケートスからしてみれば今の彼はただの弱者。

戦いの場においてなお傲慢にも試練を課すにとどまる、ただの一人間に過ぎなかった。

 

”まぁ相手が勝手に油断してるならそれに越した事はない。こっちがその間に寝首を掻くだけだ。”

 

だがその傲慢さが足をすくわないと誰が言えるだろうか。

否。

むしろ弱者が強者を屠る事が出来るのは、相手の慢心からの隙をついた場合が大多数を占める。

今回の様にはなっから油断してくれると言うのならば、その伸びきった鼻を叩き折って差し上げるのは当然の礼儀というものだろう。

 

それにー、と彼は一つ苦笑する。

 

戦場とは何も正攻法だけがまかり通る世界では無い。

強者が下らない理由で弱者に打たれ、強国が一夜にして弱小国に敗れ去る。

理不尽な理が横行し溢れかえる、そんな世界だ。

 

だからこそ、

 

「別にお前の不死性をバカ正直に攻略する必要はねえんだよ。」

 

彼は再びその拳を振り上げるのだ。

 

賭けの分は悪い。

仮定に仮定を重ねたその可能性は作戦と呼ぶにはあまりにも稚拙な代物だ。

それでもそこに勝機があるのなら、彼の巨龍を打倒する可能性があるのなら、喜んで命を差し出そう。

彼が再び立ち上がる理由など、それだけで十分なのだから。

 

「いつまでもそんな態度でいられると思うなよ。」

 

そんな不遜な呟きと共に祖国は濃霧を睨み付ける。

まずはこの濃霧を皮切りに敵様の余裕を剥いで行く事としよう。

ケートス(やつ)が己の焦燥に気づく頃にはきっと、事態はもっと愉快な事になっているはずだから。

 

 

そして祖国は不敵な笑みを口元に浮かべながら、彼の巨龍を打倒するため次なる一手を打ち出した。

 

 

 

 

ケートスがその異変に気付いたのは、彼女が次の試練を選定し終えた正にその時だった。

 

ー霧が薄く…気温が上がっているのか?

 

そう、些末な変化など気にしない彼女が気が付く程度に、この空間全体の温度が上昇し始めているのだ。

当然これは彼女の意図したことではない。

そもそも彼女が有するギフトの中で炎熱系統のギフトは存在しない。

ならばそう、これは必然的に、

 

ー仕掛けてきたか…。

 

あの人間の仕業に違いない。

そう結論付けたケートスは周囲に展開した濃霧からもたらされる情報を読み取って、異変の発生源を探索しにかかる。

この濃霧、ケートス以外のプレイヤーには視界遮断の役割を果たすが、本人にとっては周囲の状況を広範囲で察知できる性質を持つ。

むしろこの空間の主であるケートスにとって濃霧の届く範囲こそが彼女の認識できる範囲に他ならないのだ。

 

そんな彼女の知覚の延長線とも言える濃霧が、遂にこの異常事態の中心を捕捉した。

何てことはない。

敵は不遜にも堂々と、まるで一切隠れる様子も見せずにそこにいたのだ。

 

彼女が見上げ、彼が見下す、その空高くに。

 

だが彼女が注視したのは彼の人間がいる場所では無い。

彼女がその目を奪われたのは彼が手を掲げたさらに上空、その先に渦巻く膨大なエネルギーの塊である光球であった。

 

 

 

ーバカな…、あの技はまるで…!

 

 

 

「まるで白夜王のソレだ、とでも言いたいのか?」

 

 

 

心の内を見透かしたような祖国の言葉が朗朗と響く。

無機質に、だがどこか嘲るように、確信的な物言いで彼はそう言い放つ。

 

対称的に、ケートスの瞳は驚愕に染まっていた。

 

彼女が驚くのも無理はない。

周囲一帯に熱波をまき散らし所々があまりの高温故にプラズマ化し始めているその光球は、かつて箱庭でも最強との呼び声高かった彼の星霊の御業。

生まれながらの絶対者である星霊の中で尚”最強”の名を欲しいままにした、白夜王の第四態光球に他ならないのだから。

 

そしてケートスはここ数百年において初めて、一人間に対して明確な意志を持ってその口を開いた。

 

『問おう、人間。何故貴様がその御業を手にしている。』

 

「さあね、少しは自分で考えろよ。といってもまあ、箱庭でそれが出来る方法なんて限られてるだろうがな。」

 

祖国の遠回しな解答に、確かにそうだと内心苦笑するケートス。

箱庭における他者の技を再現する方法など、ギフトをおいて他には存在しないだろう。

そんな彼女の思考をよそに、いつもの飄々とした態度で今度は祖国が問いかける。

 

「逆に聞くけど、お前この状況大丈夫な訳?第四態光球の熱で霧も蒸発したし、視界も良好。濃霧に隠れてコソコソと狙い撃ち出来なくなっちまったんだぜ?」

 

『構わぬ、何も問題は無い。むしろ問題があるとすれば貴様の方だろう?濃霧さえ消さなければ、その中に隠れて闇討ちする事も出来たろうに。』

 

「ハッ、よく言うぜ。あれだけの濃霧の中、俺の位置をピンポイントでスナイプしてきたんだ。どうせあの濃霧の中でもお前はキッチリ俺の動向を把握してたんだろ。」

 

『否定はせぬ。しかしならば貴様は何故そう堂々としていられる?貴様が逃げ(・・)の一手を打った時と状況は何も変わっていないであろうに。』

 

至極まっとうなケートスの言葉に「逃げの一手ねぇ」と祖国は一人小さく呟いた。

 

確かにそうだ。

初撃でケートスの不死性に圧倒され、異常な回復力を一目見ただけで撤退を決断した。

当然その決断に後悔などしていない。

もしあの時引き際をわきまえなければ、今の自分が五体満足でいれたのかすら怪しいだろう。

 

だが結果論をいかに述べようとも、あの決断が逃げであった事に変わりは無い。

 

大宮祖国はあの時、あの場所で、確かにケートスに背を向け、そして逃げた。

 

それは紛れも無い事実だ。

覆しようのない現実だ。

 

 

そしてー

 

 

だからこそ彼はここに帰って来た。

何一つ変わらない状況へ、いや寧ろ悪化しているとも言える現状へ。

 

それを越えねば見えない景色があるが故に。

 

かつては逃げた存在だからこそ、ソレを乗り越える価値がある。

逃げた己自身を越えるというのならば、ソレを乗り越えてこそ初めて成したと言える。

 

状況が悪い?

 

好都合だ。

賽の目ならば好きなモノをくれてやろう。

 

敵が強大?

 

知った事か。

必要とあらば神だろうと殺してみせよう。

 

だから越える。

今ここで。

己が生んだ汚点など、この道に一点たりとも残しはしないのだから。

 

 

「何故か、と聞いたな。良いぜ…教えてやるよ。」

 

 

そして彼は言葉を紡ぐ。

依然として堂々と、不遜な態度のまま腕を広げ、そして大仰に謳う。

 

 

「それが俺の矜持(プライド)だからだ。」

 

 

そんな彼の言葉がケートスに届くのとほぼ同時。

彼の頭上に展開されていた第四態光球も遂に自身の超高温に耐えられなくなったのか。

剥離しプラズマ化したその暴力が周囲一面に拡散・伝播し、そして彼等のあたり一帯を眩い程の極光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「それが俺の矜持(プライド)だからだ。」

 

その言葉を皮切りにしたように、周囲一帯に力の嵐が吹き荒れた。

踊り狂う熱波は容易く海を焼き、叩き出される衝撃波はそれだけで海面を切り裂く。

暗夜に映える太陽の化身のそれは、正しく疑似的な小太陽に等しい威力を有していた。

 

そしてそんな攻撃に晒され続けたケートスも、勿論無傷という訳にはいかなかった。

焦げ付く様な熱風にその体表は焼け爛れ、美麗な竜鱗は余りの高温に溶解を始めている。

生半可な神霊程度なら存在ごと消し炭にしていたであろうその光は、さしものケートスを持ってしても身体の大部分に深い傷を負う程度にはダメージを与えていた。

 

 

 

が、

 

 

 

ー所詮はこの程度か。

 

 

 

それ程の一撃をもってしても、ケートスの不死性は更にその上を行っていた。

極光を避けもせず、ただ一身に受け切った彼女の瞳には、心なしか落胆の色が映っている様にさえ見えた。

 

ー先の一撃…仮に白夜王と同等なれば流石の私も危なかったかもしれぬ。だが所詮はまがい物、贋作だ。この程度では…正直期待外れだ。

 

実のところ先程の一撃、ケートスにとって回避する事はさして難しい事では無かった。

歪三角形説のギフトを使用すれば、空間ごと熱波や衝撃を遮断する事も出来たからだ。

 

それでも彼女がそれをしなかったのはーーーーーーーーーーーーーひとえに彼の人間へのささやかな期待に他ならなかった。

 

彼ならば、悠久の時を生きながらえるこの身に終止符を着けてくれるのではないか。

彼ならば、未だ歴史上誰も無しえなかったその偉業を成しえるのではないか。

 

そんな儚くも淡い期待は、だがしかし彼女自身の不死性によってあっけなく散り行く事となった。

 

ー此度の徒もまた凡百か…。

 

彼女の心境を笑うように、燦々と輝いていた小太陽も徐々に光を失いつつある。

あと数十分もすれば、か細いこの光源も完全に消えてなくなるだろう。

 

ああ、タイムリミットだ。

もはやこれ以上この人間に期待するのは酷というモノだろう。

此度の戦もまた既存のルールを、彼女の勝利を覆す事無く、つまらない結果に落ち着くのだ、。

 

そんな絶望にも似た諦観を抱きながら、彼女は依然として上空で佇む人間に厳かに告げた。

 

『もう良い…。貴様が何度挑もうとその牙が私の首に届く事は無い。』

 

そう、何も難しい事はない。

元々彼女がその気になりさえすればダース単位で消える命だったのだ。

それを彼女が無意味に期待し、勝手に失望し、そしていつも通りの倦怠を抱いてその役目を終わらせる。

ただそれだけの事だ。

 

彼女がせめてもの慈悲にと。

死んだことさえ気づかぬほどに、せめて苦しまぬ様に、彼女の持ちうる最凶級のギフトを持ってこの戦いに終止符を打とうとしたー

 

 

正にその時、

 

 

『…なんだこれは?』

 

 

自身が投げかけた視線の先。

己の瞳に映る想像だにしていなかった光景に、ケートスの口から驚嘆の声が漏れる。

 

当然だ。

 

広大に広がる海があろうことかスッパリと、ある一定地点から、何かに遮断された様に途切れている(・・・・・・)のだから。

それも決して一面だけではない。

祖国とケートスを中心として、一辺およそ数キロ程の正方形状の何か(・・)が、海水の侵入をことごとく遮絶していたのだ。

 

例えるなら、そう。

プールの中に巨大なアクリル板で四角形を作り、その中の水だけ抜いたような、そんな光景。

およそ人の力をもってしては到底実現しえない光景が、だがそこにはあった。

 

そんな光景にー

概ね予想通りのその景色にー

ほのかに口元を吊り上げながら、彼はケートスの問に応える。

 

「さっきの攻撃の直前、ここら一帯を囲うように特殊な結界を作らせてもらった。」

 

『…結界だと?』

 

「ああ、そうだ。そんでもってこの結界はちょっと特殊でな。内側からは特に何の影響もなく外に出れるんだが、外からの影響は一切をシャットアウトする性質をもってるんだよ。」

 

それゆえに引き起こされた、いや引き起こしたこの光景。

 

全方位を取り囲む透過空間(クリアー・ダイス)の内部でプラズマ爆発を引き起こし、その余波で空間内部の海水、水蒸気、もとい水分の諸々を結界外へと弾き出す。

透過空間は先の祖国の言葉にもある通り、内側から外側へ出る事は出来るが、外側からは一切の干渉を受け付けない。

ゆえに弾き出された水は結界内には不可逆、この透過空間内部にはすでに第四態光球の余波を辛うじて免れた少量の水分が点在するに過ぎない。

当然気化したり、水滴となって空気中をさまよっている水分も存在するが、それらもじきに上昇し、この結界内から出て行くだろう。

 

そしてここまで語れば先の一撃の意味も、もはや明確だろう。

そう、祖国の放った第四態光球は決してケートスを打倒するために放たれたのではない。

濃霧を払い去り、さらにその余波で結界内から可能な限りの”水”を弾き出す。

 

何を隠そう水を取り払ったこの空間こそが、彼の望んだフィールドに他ならないのだから。

 

ではどうしてそこまでして水を取り払う必要があったのか?

なに、簡単な話だー

 

「さて不死性自慢のケートスに聞こうか?おまえの不死性はあくまで”水”を媒介にして再現されているが…、はてさて、その水が極端に少ない(・・・・・・)空間では、その不死性はちゃんと機能するのかね?」

 

彼女の不死性の元を断つ、それだけの話。

 

祖国がケートスの回復力を眼前で目撃した時、ケートスの欠損部位は水によって補完されていた。

つまりそれは彼女が不死性を再現するための媒介としているのは”水”であるという事を意味し、海がある限り彼女はほぼ無敵の存在である事を示す。

 

だが、もし彼女を水の無い(・・・・)空間へ引きずり込めれば…

もし彼女の不死性を根源から機能不全にすることが出来れば…

 

 

「おまえは後何回不死身でいられるかな?」

 

 

あるいはケートスを打倒することは可能かもしれないと、祖国はそう賭けたのだ。

 

そしてその賭けの答えはー

 

 

『…フッ、フハハハハハハ!!!良い、良いぞ人間!!!知略、策謀、そしてその胆力…、なるほど確かにそれらも”力”であろうな。………だが惜しい』

 

 

是也と応えるその口で、だがと告げるその理由。

 

 

『空間操作のギフトならば私も所有している。その気になれば水を得る事など何時でも可能だ。それにそもそもの所、私がこの空間内に留まる保障はなかろう。』

 

 

ケートスから告げられる最もな主張。

本来ならば論破されて、うなだれるべきであろう場面においても、しかし祖国の態度には些かの変化もない。

 

「ハッ、それこそ笑い種だぜ。おまえの回復には見た所かなりの量の水が必要だ。そんな大量の水の侵入、この俺が見逃すとでも?ギフトで空間操作するってんなら、こっちも同じように空間操作でそれを封殺してやるだけだ。」

 

出来るか出来ないかを論じるまでも無く、そうやってのけると断じた上で、彼はなおも巨龍に語る。

 

「それに後者はもっとあり得ない。」

 

『…というと?』

 

「そりゃ、そんなことしたらおまえは俺から逃げた(・・・)って事になるんだぜ?ギリシャ神話において海の怪物とされ、不死身と恐れられたあの巨龍ケートスが、たかが一人間(・・・)から逃げた。たとえそれが一時的なモノであろうとも、プライドの高いおまえらにとってみればこれ程屈辱的な事はない。そうだろ?」

 

ま、プライドないならご自由に、と若干の煽りを加えながら、祖国は静謐な瞳でケートスを見やる。

見極めるように、問いかけるように。

巨龍が己が予想した通りの矜持を持つならば、必ずやこの駆け引きに応じると信じて。

 

『…つくづく飽きさせぬ人間よ。』

 

そんな彼の態度に対し、溜息交じりにこぼした言葉と共にケートスは苦笑する。

 

ああ、なるほど。

これは逃げられぬ、と。

 

これだけあからさまに挑発されて、その意図さえ明言されてなお、逃げるなどという選択肢がこのケートスにあろうはずも無く。

 

ましてや挑む側の人間が逃げ(ソレ)を乗り越えてここに立っている以上、

 

ー…勝利したとて、なんと虚しい事か…。

 

そんな後味の悪い結末を彼女が認めるはずもない。

ならば必然、ケートスの成すべき事は一つのみ。

そうー

 

『よかろう、ならば貴様の思惑通り踊ってくれる!』

 

まんまと状況を一転され、だがそれすら関係ないとばかりに彼女は傲慢に吼えた。

 

瞬間、空気が圧迫された様に激しく振動する。

ビリビリと肌に伝わるその咆哮は、一吼えで屈強な勇者の心をへし折ってきた代物。

音自体が質量を持っているのかと錯覚する程の声が空間に響き、存在レベルでの彼我の力量差を明確にしていく。

 

 

『呑まれるなよ、人間!!!さぁ、今こそ最後の試練の時だ!!!』

 

 

その声に比例するかの如く、天より数多の烈風が下り堕ちる。

無作為に、無造作に、手当たり次第に触れた物を瓦解させていくその暴風は、干上がった海底さえもめくり上げ、そして粉砕していく。

ああ、まさに天災、破壊の化身。

 

 

巨龍ケートスの最後の試練がついに幕を開けた。

 

 

 

 

天から吹き降ろす暴風を前に、一瞬大宮祖国は思案する。

 

如何にしてあの理不尽な暴力の渦を突破するのか、と。

 

もちろん直撃は論外であるが、触れただけでも裂傷はかたいだろう。

何よりこの空間全体に展開された数がおかしい。

目に触れただけでも軽く二桁、最悪三桁あっても頷ける数量だ。

 

ならば当然ここは空間転移を、と言いたいところだが、数キロにも及ぶ透過空間を常時発動し続けている今の祖国にそんな演算をする余裕が残されているはずも無く。

結果的に彼に残された方法は反射神経に頼った気合い避けしかないのだから、笑えないにも程がある。

 

「ま、いいか。存分に死に合おうぜ。」

 

呟くように零したその言葉が空気に溶けるやいなや、彼は自身の足場を蹴放った。

 

瞬間、彼の身体が加速する。

十六夜にすら遅れをとらないその初速は空気抵抗を鼻で笑うようにさらに加速し、次々と吹き降ろす爆風を歯牙にもかけない様子でケートスへ接近する。

暴風よりも速く、音さえも彼方に置き去りにして。

そして、およそ一瞬と呼ぶにふさわしい速度で彼女の懐に潜り込んだ彼は、

 

「遠慮は無しだ!歯喰いしばれぇ!」

 

非利き腕とは思えない程に洗練された一撃を、彼女の胴体めがけて躊躇なく打ち放った。

 

ドオォォォォォンと鈍く、しかし決して軽くは無い音が空間に木霊する。

白撃の時の様な破裂音では無い。

身体の内部から響き渡るソレは、身体の内部破壊に重きを置いた一撃。

貫通に使用していた衝撃を内部で暴発させ、肉体を共振、破壊することに特化したその一撃の名はー

 

「ーーーーー赤撃!」

 

次の瞬間、ケートスの胴体が内部からーーーーーー爆ぜた。

爆散するように、四散するように。

体内でダイナマイトの爆発でも起こったのかと見紛う程に盛大に、ケートスの胴体が内部から吹き飛んだのだ。

 

胴体の一部を失ったケートスは、当然その身体を維持する事は出来ない。

爆発した部分を中心にその巨体は完全に真っ二つに分断されて崩れ落ちていく。

 

そんなグロテスクな惨状を生み出した本人は、だがまだ足りないとばかりに攻勢をかける。

飛び散った肉片を焼き尽くし、灰と化し、足で踏み砕き、そしてその足で干上がった海底を蹴って裂かれた本体へと駆ける。

こんなモノ、ケートスには蚊に刺されたのと大差ないのだと言わんばかりに。

 

そして彼の想定は往々にして正しかった。

 

ケートスの肉体は、爆ぜて、千切れて、裂かれたその胴体は、ものの数秒後には何もなかったかの様に元の通りになっていたのだから。

そこに傷跡などは無く、まるでその攻撃自体が無意味だと嘲笑うように、完全な体表が再生していた。

 

”ハッ、それくらい想定内だよ!”

 

そんな傍から見れば絶望的な状況にも関わらず、一撃、また一撃と、祖国は暴風の中を掻い潜りながらケートスに赤撃を放ち続ける。

そう、その程度は想定内なのだ。

あの圧倒的な再生能力を見た時から、そしてその再生能力が水に依存していると看破した時から、こうなる事は半ば必然であったといえるだろう。

つまりはー

 

”おまえが再生に必要な水を使いきるのが早いか、それともおまえが俺を仕留めるのが早いか…。根競べといこうじゃないか!”

 

殺しきるか、殺されるか。

至極単純にして明快なその答えが、同時に両者の共通認識であることなど疑いの余地もない。

 

現状、透過空間内部に海水はほぼ存在し無い。

先ほどの第四態光球の熱波と衝撃波で、大部分の海水は蒸発かあるいは結界外部へと押し出されてしまっているからだ。

ならば必然、ケートスが回復のために使用できる水分は空気中のモノという事になるだろう。

 

だがいかに展開された透過空間が広大であろうとも、空気中の水分など海と比べれば微々たるものだ。

もし再生に使用される水が欠損部分と体積比的に同値であると仮定するなら、大規模な肉体破壊はそう何度も耐えれるはずも無い。

よしんば同値より少ないにしても、再生回数に制限がある以上ケートスの不死性は有限となる。

そしてケートスが全ての水を使い切った時こそが、大宮祖国の勝利に他ならないのだ。

 

「さぁ、どんどんいくぜ!」

 

その言葉を体現する様に、祖国の攻撃はどんどんと苛烈さを増していく。

後の疲労など考えずに、ただひたすらに拳を振るうその姿は正しく一騎当千。

彼が与えた損傷具合を鑑みれば既にケートスが2、3度死していても何ら不思議はないと、そう思える程に彼の攻勢は激しく、そして破壊的であった。

 

 

 

だがそれ程の攻撃の嵐を受けてなお、ケートスに焦りの色は見えない。

当然だ。

彼女もただ無策に攻撃を受け続けていた訳では無いのだから。

 

 

 

いやむしろ本人である祖国を除けば、彼女程この空間の性質を理解し、順応し、ましてや逆手にとろうと考えた存在などいないだろう。

彼女はこの空間の性質を聞いた時、その欠点をいち早く理解したのだ。

 

生命線が絶たれるのは、何も自分だけでは無いのだと。

 

もし外部からの干渉が一切絶たれるのなら、彼はどうやって息をする(・・・・)のだろうと。

 

先も述べたが透過空間においては外部からの影響は完全にシャットアウトされる。

その対象は当然有害な物だけでなく、流れ込んでくる光や風といった無害な物、そして人間が生命活動上欠かせない空気(・・)までも含まれるのだ。

つまりこの空間内の空気が外へ流出し続ける以上、時間を追うごとに結界内は限りなく真空へと近づいていく事になる。

 

そう、人間にとって絶望的な状況へとこの空間は刻一刻と姿を変えているのだ。

 

呼吸など必要としないケートスでさえも真空など遠慮願いたいのに、人間がその中で生命維持を続けるなど不可能以外の何物でもないだろう。

だが、いやだからこそか、

 

ーこの期に及んで妥協など…無粋どころか軽蔑に値する蛮行だ。彼の人間もその様な勝ち方を望む男ではあるまいて。

 

一切の慈悲なく、彼女は試練を振りかざすのだ。

 

彼女がこの考察を行っている僅かな間にも、彼の人間は暴風をものともせず既に二回ほど致命的なダメージを与えている。

そのたびに身体は自動的に修復を始めるが、この空間ではそれがいつまで機能するかも分からない。

こちらがそれを理解してなお躊躇っていれば、瞬く間にこの戦いの決着がついてしまうだろう。

 

ならば彼女がする事はただ一つ。

 

『あまり図に乗るなよ、人間!!!』

 

徹頭徹尾、全身全霊で、完全無欠に、その人間の前に試練として立ちはだかる。

 

ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

ケートスの咆哮。

それを皮切りに戦いの様相は180度逆転した。

先ほど烈火の如き攻勢を見せていた祖国は一転、今度はケートスの猛攻に防戦を強いられていた。

 

”クソッ!やっぱなんか調子良過ぎると思ったぜ!”

 

彼女の余りの豹変ぶりと放たれる一撃の鋭さに、思わず祖国は悪態をつく。

 

だが彼の心境ももっともだろう。

なにせ彼女の変化に呼応するかのように、無造作に吹き降りていた暴風が一斉に祖国めがけて(・・・・・・)迫って来たのだ。

上下だけでは無い。

前後、左右、斜め、挟撃、時間差、不意打ち。

ありとあらゆる角度から死角を狙って吹き荒れる爆風には、流石の祖国をもってしても防御で手いっぱいであった。

 

しかし辛うじてでも防戦を保てているのは、やはり百戦錬磨の祖国だからこそだろう。

圧倒的な暴風を時には回避し、目視可能な場合は切り取り、回避不能と判断すればストックしていた暴風で相殺し、それでも避けれないならばリフレクターで軌道上から避ける。

一瞬の迷いも一分のミスも許されない状況においてなお、彼はその猛攻と不完全ながらに渡り合っているのだ。

 

「…しっかしこの暴風、一向に止む気配がねえな。」

 

おそらく回避数が二桁後半に届こうかというタイミングで、祖国は忌々し気に呟いた。

天地を踊る暴風には彼の言葉通り一向に衰えは見えない。

それどころか風圧、風速ともにますます上昇しているようにさえ思える。

 

そしてこの展開は祖国にとっては非常にマズい。

なにせこの結界内は時間制限付き、時間超過者にはもれなく死というペナルティー付きなのだ。

ならば祖国の作戦は必然的に制限時間内での決着、つまりは短期決戦という事になる。

 

しかし彼の現状、攻撃はおろかケートスの攻撃を回避するので精一杯。

彼女の攻勢以降まともに接近する事すら叶わない状況だ。

 

”このままだと…ジリ貧は確定的!”

 

後方から迫り来る暴風を相殺しながら、祖国は打開策を懸命に思案する。

 

”遠距離は…ダメだ。今の手持ちじゃ決定打に欠ける。せめて白夜叉の第四態光球くらいじゃないとケートスに水を使わせる事は出来ない!なら武器庫(元の世界の兵器)は?却下だ、どれもこれも今までの戦いで消費しすぎてまともなのが残ってねえし、そもそもこんな状況で呑気に数百発単位のストックを貼り付けてる余裕もない!”

 

たどり着く解答はしかし悉く却下されていく。

悪化する状況への焦りからか、はたまたすぐ眼前を切り裂いていった暴風への動揺からか、彼の思考も次第に冷静さを欠いていく。

 

 

 

”どうする、どうする、どうすれはいい!!!完全に詰みなら、最悪この結界を解除してでも…!?”

 

 

 

瞬間、祖国は漫然と思考に浸っていた自身の愚かさに激しく後悔する事となった。

 

 

 

そう、彼が真に警戒すべきは荒れ狂う暴風でも、ましてや数十分後に訪れる死でも無かった。

今そこにある敵。

この事態の元凶であり、最悪にして最凶の存在がすぐそこに居る事を、彼は一瞬でも意識の内から外すべきでは無かったのだ。

 

 

だが、もう遅い。

 

 

彼の瞳に映ったソレは。

途切れた暴風の間から垣間見えた光景は。

 

 

 

祖国へ向かって既にブレスを打ち放った(・・・・・)ケートスであったのだから。

 

 

 

 

「あーあ、やっちまった。」

 

 

 

彼がリフレクターを展開するよりも早く。

ギフトを発動する暇すら与えずに。

辛うじて捻り出したその言葉がこぼれるその頃には既に、彼の左腹部には見るも無惨な程の大穴が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

さて今話は意外にも難産でございました。
というのも今回重要な作戦の一部を占める技、透過空間にて重大な欠点といいますか設定不足が発見されまして、それをどうカバーするのか苦心していたためです(泣)
しかも作品の都合上、一部理論上おかしいが表現がそのまま残っております。

なので頭のキレる読者様には、ここの表現はおかしいやろ!と思う方がいらっしゃると思いますので、そこは流石駄作と生暖かい目で見て頂ければと存じます。

あとようやく一巻完結が見えましたね(笑)
予定(※当然筆者主観)通り、おそらく40話で切りがつくと思います。

それでは今回はこれにて。
感想、批判、意見、疑問等はコメント欄までお願いします。


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彼女にとっての望みとは

またまたお久しぶり、しましまテキストです。

詰め込みに詰め込んだ今話。
もはやどこへいくのか筆者自身も分からない迷作と化す。
どうしてこうなった。

それでもよければ、お付き合い下さい。


その光景にケートスは驚愕していた。

 

見つめる先に佇むのは腹部を大きく欠損してなお不敵に笑う人間。

およそ一般的な人間ならば激痛のあまり苦悶し泣きわめくであろうその状態で、しかし未だに余裕ぶった仕草を見せるその姿はなるほど確かに驚愕に値する。

 

だが彼女が真に驚いたのはそこではない。

先ほどの一撃を受けて、たかだか腹部欠損程度(・・・・・・)で済んでいる事実。

彼が未だ五体満足で存命している事自体が、彼女にしてみれは到底信じられない事であったのだ。

 

ーまさか…外したのか?この私が?

 

真っ先に思い浮かぶ原因にケートスの表情には難色が浮かぶ。

あり得ないと、本来ならば一笑に付すところだ。

しかし地面に大穴を穿っている先の攻撃の爪跡が、彼女の予想していた着弾地点から少しばかりずれているその光景が、彼女の仮説の有力さを雄弁に語っていた。

 

ー直撃ならば跡形も無く消え去っていた一撃だ。奴の負傷の程度を見るに飛来した飛沫にでも当たったか…。

 

状況整理の傍らで、彼女は思考を巡らしていく。

そもそもこの出来事が偶然で起こり得る状況なのか?

あれだけお膳立てされた状況で、このケートスがたった一撃を外す可能性。

そんなもの広大な海原から一粒の砂を見つけるにも等しい、いやそれ以下の確率だ。

 

ーならば…やはり奴が何かしたと考えるのが妥当か…。

 

そんな虚数の彼方にしかない可能性に賭けるくらいならば、彼の人間が何かしたと考えた方がよほど合理的というもの。

いくらあの状況で彼女がギフトを3つ併用していたと言っても、その程度でブレスを外すほど彼女の狙いは甘くない。

 

そんな思考の傍らで、フッと彼女の表情に喜色が浮かんだ。

 

ーああ、実にしつこい人間よ。いかなる方法をとったか知らぬが悉くこちらの手を掻い潜って来る。

 

例えるならそう、チェスでチェックを何度も外されるような、そんな感覚。

あと一歩の所まで追い詰めながらも、だが結局取り逃がしてしまうようなもどかしい気持ちに似ている。

本来ならばイラつきや焦燥に変わるはずのその感覚も、悠久の時を無為に生きる彼女にしてみれば単に物珍しい事だったのだろう。

久しく出会えなかった感覚に思わず頬が緩むのも無理はない。

 

だが彼女の気が緩みかけたのもほんの一瞬。

まばたきをした次の瞬間には彼女の表情はいつもの泰然とした面持ちに戻り、思考も眼前の敵の対処へと全て注がれる。

 

ーだが小手先の技術が何度も通じると思われるのは癪にさわるな。

 

そして彼女の意志に反応するように、再び空間は暴風で満たされる。

バミューダ・トライアングル第二の試練にしてダウンバーストを司る恩恵、堕天の御風(フォールン)

天から吹き降ろすという事象を堕天になぞらえる事で、接触した相手の霊格を一時的に封印する性質をもった神霊殺しの突風だ。

今回に限ってはただの強烈なダウンバーストに過ぎないが、それでも直撃すれば人間である祖国では致命傷は避けられないだろう。

 

何より脅威なのは、本来「ダウンバーストを発生させる恩恵」にすぎないそれに指向性を与えている第一の恩恵ワープド・トライアングルとのシナジーだ。

吹き降ろす地点を正確には指定できないはずの恩恵を、二つの恩恵を併用する事で疑似的に「ダウンバーストを操る恩恵」として成立させている現状、この空間内はほぼケートスが掌握しているといっても過言ではない。

さらには祖国の関与し得ないところで今もなお第三の恩恵が着々と空間を侵食しつつある。

 

ー急げよ人間。貴様が思っている程、この空間の余命は長くはないぞ。

 

ケートスを彼と同じ次元まで引き落とすために作り上げらた空間が、同時に彼自身の首をしめるという皮肉。

それだけならいざ知らず、まさかそれをケートスに逆手にとられているなどとは彼の人間も夢にも思わないだろう。

どこまでも不遜な態度を貫く彼の表情を今度こそ苦悶へと変えるべく、彼女は再び動き出した。

 

 

 

 

一方表情にこそ出してはいないが、祖国もケートスの一連の攻撃に動揺を禁じ得ないでいた。

 

”おいおい、この状況でブレスとか…正気か?”

 

それも自らの状況を顧みるよりも先にそんな感想が浮かんでくる程には、彼も混乱状態にあると言えた。

 

だが実際、彼の感想も筋は通っている。

この空間における戦いはケートス視点から見ればいかに水を切らさないかという点に帰着する。

ゆえにこの状況で水を大量に消費するブレスは最も警戒に値しない、言ってしまえば使用されるはずが無い(・・・・・)攻撃だと、祖国はそう予想を立てていた。

そしてその予想を裏付けるように、先程の一撃まではケートスも一切ブレスの兆候を見せないでいたはず。

そのはずだったのだ。

 

”読み違えたか…。いや、何が奴をそこまでして駆り立てるのか…読みきれ無かったのか…。”

 

いずれにしても、とそこまで考えてようやく彼は負傷した左腹部へと意識を移した。

見るも無残に削り取られた傷跡は、一目見ただけで致命傷と分かる程に痛ましいありさまだ。

あばら骨も何本か消し飛んでおり、十二分な手当てが出来ない以上タイムリミットがそう残されていない事は誰の目から見ても明白だった。

 

”とりあえず傷口は焼いたから失血は…なんとかなるか。痛覚もギフトで遮断済みだし、痛みは問題ないが…”

 

考えうる限りの手当ては尽くした。

だが腹部の損傷をカバーしながら戦うとなると今まで通りの戦闘が出来るはずも無い。

ただでさえ後手に回っていた攻防が防戦一方へとなってしまえば、祖国の勝ちの目は完全に潰える事になる。

空間的タイムリミットもある現状、祖国としてもこれ以上数少ない攻撃の機会を減らす訳にはどうしてもいかなかった。

 

「…きっついな。」

 

珍しく彼の口から弱音がついて出る。

確かに戦況としては、ケートスの猛攻を掻い潜りながら同時に少ないチャンス時には即死級の攻撃が必須という状態だ。

祖国でなくとも客観的にみればほぼ詰みに近いと誰もが判断するだろう。

 

”奴が空間操作系のギフトで暴風を誘導している以上こっちの手番は限りなく少ない。まぁそのおかげでさっきは助かったんだから俺の悪運も尽きてはいないようだが…。”

 

これを何かしら利用できないかと再び策を練り始める祖国。

こんな状態の中でも、しかし決して諦めず勝機を見出そうと思案する彼の精神力には目を見張るものがあるだろう。

さしあたっては祖国が先の一撃による即死を免れた要因、ケートスが空間操作を行うたびに感じていた”空間的な違和感”に思考を割いた。

 

彼が感じていた違和感、それは彼が彼女と同様に空間操作系のギフトを所有していた事に起因する。

そもそも空間操作とは読んで字の如く空間を自由自在に操る事。

自然にそこに存在している空間を、人為的な力によって捻じ曲げ、そして改変する能力の事だ。

ならば改変した空間は当然”不自然”な歪みとして、常時それを意識している空間認識能力の高い人物ーつまり同系統のギフトを持つ祖国の事なのだがーにとってみれば何かしらの兆候、つまり違和感として感覚的に認識出来ても何らおかしくは無い。

 

そして彼が最後の一撃を逃れる事が出来たのは、意識的にしろ無意識にしろ、その違和感を発する座標にギフトで干渉していたからに他ならなかった。

単なる悪運か、それとも戦闘経験による直感か、彼はケートスの挙動を見た瞬間ブレスを転移させた空間にギフトで座標への干渉を行い、そして最悪の結末の一歩手前で踏みとどまったのだ。

 

”…今もそこかしこに感じる違和感。それを一つでも捻じ曲げる事が出来れば!”

 

先ほど体感した祖国だからこそ言える事だが、ケートスの一連の攻撃は非常に計算されたモノであった。

避ける方向を誘導し先回りして暴風をぶつける事で、彼女の望んだ場所へ祖国を誘導し、そしてフィニッシュとしてブレスで止めをさすつもりだったのだろう。

だがそれは裏を返せば彼女の攻撃の誘導しない方向へ回避出来れば、そのあとの事前に予定された攻撃は全て無駄、つまり想定外の事態にはめっぽう弱い事を意味している。

 

ならば一手、たった一手でいい。

その一手の座標干渉にさえ成功すれば、それ以降はなし崩し的にケートスの攻撃を逃れることが出来るはず。

よしんばケートスが空間操作を再度使用しても、後手に回っている以上主導権はこちらにある。

 

”問題があるとすれば…。”

 

そこまで考え至ると、忌々し気な表情で彼はふたたび傷口を睨み付けた。

 

”消し飛んだ箇所が箇所だ…、まともな挙動が出来るかどうか…。”

 

そう、いかんせん損傷個所が致命的であった。

彼が吹き飛ばされたのは外腹斜筋という上半身の体幹を司る筋肉。

いくら止血と痛覚遮断で応急処置をしたとしても欠損した筋肉を無視して今まで通りの動きが出来るはずも無い。

仮にケートスの攻撃を躱すことが出来たとしても、その後彼女に致命傷を与える事が可能かどうかもまた別問題だ。

 

”かといってそれ以外の方法…今の俺には思いつかねえし、結局やるっきゃない訳か。”

 

だがどうあがいてもこの方法が今とれる選択肢でベストチョイスである事は確実。

となればどこまでも合理的な彼がとる選択も当然の帰着。

 

そして祖国は一つ、ハァと心身ともに大きくため息をついた。

内心からこぼれた愚痴を器用に使い分けて。

 

まぁ、とりあえずはさしあたって…

 

「甘いものが欲しいな。」

 

そんな至極場違いな発言を残すと、ゆらりと幽鬼のような挙動でもって彼も再び動き出した。

 

 

 

 

両者に流れたわずかな沈黙とその間に成された一連の思考。

それは客観的な目で見れば実に数秒の出来事。

だが彼等が一瞬の内に決めた凡その指向は、恐ろしい事におよそ最善に近い解答を叩き出していた。

 

そして空間が再び爆音に包まれる。

先手はまたもやケートス。

暴れ狂う風の刃が再び統率された動きで祖国の命を刈り取らんと肉薄する。

 

だが彼の意識は既に迫りくる暴風などには向いてすらいなかった。

その程度は避けて当然、否最早視認するまでもない。

祖国の瞳が見据えていたもの、それはケートスが次に予定しているであろうその座標。

一連の攻撃に隙を生むであろう座標への空間干渉なのだから。

 

”干渉!!”

 

さらに威力を増したダウンバーストを右足を軸に身体ごと半身ずらすという最小限の動きで躱しながら、彼はギフトで空間干渉を仕掛ける。

だが…

 

「…くそっ!」

 

暴風の渦はそんな事などまるで無かったかのように祖国の元へと降り注いだ。

いや実際に干渉できなかったのだろう。

一ミリたりとも狙いを外さずに迫る暴風が、祖国の背後から大地をめくりながら肉薄する。

 

”失敗か!”

 

迫る暴風を視認すらせずに、祖国は残り少ない暴風のストックでそれを相殺する。

やはりぶっつけ本番は無茶があると思いながらも、だがそれ以外の選択肢すら残されていない事に歯噛みする祖国。

無意識に出来たなら次は意識的に出来るはずだと、そうなんの根拠もなく自らを鼓舞しそして狂信して、彼は試行を繰り返した。

 

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

   ・

   ・

   ・

   ・ 

   ・  

   ・

   ・ 

   ・ 

   ・ 

   ・ 

   ・

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

”干渉”ーーー失敗

 

 

 

極限状態で行う命がけのトライ&エラー。

それは気が狂いそうな程の悠久にさえ感じられる試行だった。

終いには永遠に成功など来ないのではないかと、そう祖国自身が認めてしまいそうな程に。

何度も何度も何度も何度も何度も、もはや祖国さえ成功を信じきれ無くなりかけていたその時ー

 

 

 

”干渉”----------成功

 

 

 

気まぐれな神がその顔を見せた。

 

突如として一陣の突風が乱れる。

全くもって見当違いな方向へと暴れ出したその風は他の暴風へとぶつかり干渉し、そして統率された突風の空間に混沌をもたらした。

干渉された暴風がさらに他の暴風へと干渉し統率を乱し、まるでドミノ倒しのように全ての風が混然一体となっていく。

 

”ここだ!!!”

 

そして唐突に訪れたその時を、大宮祖国は見逃さなかった。

これが正真正銘最後のチャンス。

ケートスが慢心し、そして驚愕しているであろうこのタイミングを逃せば、二度とこんな決定的な機会は回っては来ないだろう。

そう判断した彼の行動は早かった。

 

尋常外の速度で大地を跳躍する祖国。

足場は反動のみで崩れ去り、吹き荒れる風すら瞬時に置き去りにしてケートスへと肉薄する。

およそ今回の戦いでも最速に近いそのスピードは、唯我独尊を地で行く十六夜はおろか星霊アルゴールですら驚嘆に値する代物だろう。

だがケートスの行動も早かった。

祖国の策を見越してか、あるいは彼ならば暴風程度越えてくるはずとの信頼からか、既に彼女はブレスでの迎撃態勢に入っていたのだ。

 

閃光ー

 

そして打ち出された極大のブレス。

自らの不死性を引き換えにして放たれた諸刃の剣は、一分のブレも無く祖国を撃ち落しに迫る。

 

互いに迫る祖国とブレス。

凡人ならば反応どころか認識すら出来ないであろうその体感速度。

そんな常識など既に鼻で笑う速度で迫りくるブレスをー

 

「うおおおぉぉぉおおおおリフレクタァァァアアアアアア!!!」

 

ー大宮祖国は強引に捻じ曲げた(・・・・・)

 

瞬間的に直進していたブレスが折れ曲がる。

跳ね返すのでは無く折り曲げる。

必要以上に既存のベクトルと対立しない様に横方向へと設定されたそれは、ほんの一瞬ではあるが射線を祖国から外す事に成功する。

 

そしてその一瞬さえあれば、彼がケートスの元へとたどり着くには十分すぎる時間だった。

 

瞬きよりも速く数十メートルの距離を詰めた祖国は、滑るように体を動かしてケートスの懐へと入り込む。

振り上げる左腕。

溢れ出す極光。

もはや彼自身も何を貼り付けたのか理解するよりも速く、巨大なエネルギーの塊と化した左拳がケートスの巨体へと叩きこまれた。

 

ズドォォォオオオオオオオオン

 

腹の底に染み渡る重低音が空間中に響き渡る。

伝播し・拡散した衝撃だけで大地に十数メートル級のクレーターを作り出した一撃は、ケートスの巨体の一部をごっそりと削ぎ落としていた。

 

ーGYAaaaaaaaaaAAAAAAAAaaaaA!!!

 

次いで絶叫。

此度の戦いで初めてケートスが明確な意志を持って苦悶の叫び声をあげたのだ。

その兆候から不死性の限界が近いと感じ取った祖国は、よろめきかける身体に鞭を打って追い打ちをかける。

 

「まずは一回!!!」

 

最後の攻勢に持てる全てを注ぎ込むように、祖国が怒号にも近い声で吼える。

だがその言葉がケートスに届くよりも速く祖国は次の行動へと移っていた。

爆散する大地だけを残し、再度ケートスの巨体へと潜り込む。

 

西洋竜よりも東洋竜に近い姿形をしているケートスは、当然その全長もバカにならない。

一目見ただけでも軽く数百メートルはありそうな巨体が彼女の強大さの証と言うのならば、なるほど納得という他無いだろう。

しかし当然巨体にもデメリットはある。

例えば今回の様に…

 

「懐がお留守だぜ、ケートス!!!」

 

堅牢な防御を掻い潜って、かなり内部まで侵入を許してしまった場合などだ。

複雑にとぐろを巻いた内部では、小さな人間一人など見つけ出すのは至難の業。

ましてや身体を貫かれる痛みに悶えている内など、そんな事に気を回す余裕もないだろう。

 

そして振るわれる第二の拳撃。

ケートスの巨体の丁度中央部を打ち抜いた一撃は、先程と同じくいやそれ以上の爆音を響かせながら、彼女の巨体を真っ二つに引き裂いた。

もはや激痛のあまり声も出ないのかケートスは巨体を大きくくねらせると、無造作に暴れまわりながら大地を蹂躙していく。

巻き込まれればひとたまりも無いその暴力の渦中からギリギリのタイミングで抜け出た祖国は、暴れ狂う巨龍に相対し不遜に叫ぶ。

 

「次いで二回!!!」

 

だがまだ彼女の不死性は機能中だ。

一度目のダメージは当然ながら、二度目に吹き飛ばされた箇所も既に何事も無かったかの様に回復し、完全に再生している。

祖国の破壊規模が小さいのか、それとも回復のコスパが良いのか。

ずいぶんとまだ水分が残っていた物だと苦笑しながら、巨体付近から抜け出た祖国はそのまま空中に足場を貼り付けると、それを反動だけで粉々に破壊し再々度ケートスへと接近する。

 

しかし百戦錬磨のケートスがそう何度も易々と接近を許すはずも無い。

敵を見失ったのなら手当たり次第に壊せば良いだけ。

攻め入られるのなら360度全方位を守護すればよいだけだ。

 

そしてその言葉を体現するが如くケートスの周囲一帯に再び暴風が舞い降りた。

その数たるや数十を優に超え、軽く三桁にさえ達する暴風の壁は正しく鉄壁。

おそらくこの壁を貫通するにはケートスのブレス級の破壊力が必要だろう。

 

もちろん、正面突破ならばの話だが。

 

「あんま安く見られちゃ困るぜ!!!」

 

ケートスに接近していた祖国が暴風間近でその方向を急変更する。

目指すは上空、暴風が吹き降ろす基点よりもさらに上。

筒状に展開された暴風壁では絶対にカバーできないケートスの真上(・・)であった。

 

数百メートルはあるであろう暴風の渦を一瞬で登り詰めた祖国は一転、上空からケートスを見やる。

流石に痛みへの耐性はある程度あったのだろう。

数秒前まで悶えていた姿は既にそこには無く、態度そのものは落ち着きを取り戻してはいる。

が…

 

「俺はここだぞ、ケートス!!!」

 

未だ祖国の姿だけはとらえ切れてはなかった。

 

足場を蹴って一気に加速する祖国。

初速の運動エネルギーは言わずもがな、重力加速度さえ味方につけ、ありとあらゆる運動ベクトルを下方向へと従えた彼の速度はもはや音速すら生ぬるい。

あえて言葉で例えるならそう、それは烈火の如き流星の一撃であった。

 

そして彼の怒号がケートスに届くよりも速く、祖国の一撃がケートス胴体へと直撃する。

武錬などとは程遠い、ただただ莫大なエネルギーに任せた一撃は、ケートスの耐久性さえ紙同然という常識外の威力となって彼女の身体を吹き飛ばした。

 

耳をつんざく爆音と次いで巻き起こる衝撃の余波。

ケートスの周囲を覆っていた暴風の壁はその余波のみで完全に吹き飛ばされ、ケートスの巨体があったであろう(・・・・・・・)箇所は超巨大なクレーターとなり果てている。

肝心かなめのケートス本体も直撃した一撃の威力が凄まじかったせいだろう。

その巨体の実に数割も吹き飛ばされた状態では、さしもの彼女といえど満身創痍を隠せないでいた。

 

「これでっ!…三回…!」

 

疲労困憊なのは祖国も同様ではあったが、可能な限り強がった態度で祖国が高らかに宣言する。

何より今この状況において、ケートスを一時的にではあるが圧倒しているという事実こそが、彼の身体を未だ奮い立たせている最大の要因であった。

 

”押してる!”

 

握る拳に力が入る。

無茶な挙動の連続で欠損した部位を中心に身体がいう事をきかなくなってきているが、今の彼にはそれですらどうでもいい。

 

”この勢いなら…勝てる!!”

 

勝つこと。

今の彼にとって至上にして絶対の命題。

その到達点に、目指すべき解に、今彼は最も近いところにいるのだ。

 

”絶対に…勝つ!!!”

 

この勢いを逃せば、恐らく勝機は二度とめぐって来ないだろう。

だからこそ容赦なく、一切の慈悲なく、ケートスが疲労しきっているこのタイミングで討つ。

 

「そんでこれで四回目だぁぁあああ!!!」

 

そして彼は大地を蹴った。

いつも通り足裏にエネルギーを貼り付けて、いつも通り大地を爆散させ、いつも通り空気抵抗というベクトルすら加速方向へと貼り変えて、そしていつも通りケートスの懐へと接近する。

 

 

 

 

 

 

 

そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

ードシャリ

 

 

変わりに彼が感じたのは酷く鈍い痛み。

激痛なんて大層なものでは無い、頭をどこかにぶつけてしまった様な、そんな軽い痛みだ。

 

いや、”様な”では無い。

なぜならば彼は実際にこうして地面に倒れ伏しているのだから。

だからこの痛みは、こけて地面に頭を打った痛みで相違ない。

 

「……………は?」

 

だがそんな至極単純な状況を、大宮祖国は呑み込めずにいた。

 

”…っ、おいおい勘弁しろよ。いくら満身創痍だからって、こんな絶好の機会逃すわけにゃいかねえんだ!さっさと動けよ、このポンコツが!”

己の身体を叱咤するが、身体の方は一向に思い通りに動こうとしない。

全身の力を腕に込め、這いずるように立ち上がるも、足に力が入らずに再度転倒してしまう始末だ。

這いつくばる様に倒れ伏した状態で、なおも彼が起き上がろうと再び身体に力を込めた、ちょうどその時だ。

 

『限界の様だな。人間よ。』

 

頭上から重厚な声が響いた。

 

わざわざ顔をあげて確認するまでもない。

そう思いながらも視線を移したその先には彼が予想したのと全く同じ、無傷(・・)で見下ろす巨龍の姿があった。

いい加減心が折れそうになるその不死性に、若干八つ当たり気味な口調で応じる祖国。

 

「ああ?まだまだ余裕だっつーの。なんなら二次会どころか朝まで付き合ってやろうか?」

 

『この状況でその不遜さ、感服すら覚えそうだ。…だがな人間よ、刻限だ。この空間はもはや貴様が生きていける状態では無い。』

 

「ざっけんな。この規模ならまだ十数分は理論的には行動可能なはずだ。今動けないのは、単に俺の身体がなまけてるだけなんだよ!」

 

『いや、貴様の身体はよくやっている。それだけの重症でこの私を三度も殺したのだ。その身体的負担、推して知るべきであろう。』

 

「っ、勝手に他人の限界決めてんじゃ『通常の状態ならば、まだ希望もあっただろう。』

 

差し挟まれたケートスの言葉から、一瞬で彼女が何か仕掛けていた事を察した祖国。

ケートスの傲慢な物言いに対する怒りもどこへやら。

突きつけれた突然の事実に彼の目が驚愕で見開かれる。

 

が、今の状態の彼がその正体を看破する事はなかった。

空間内の酸素がそろそろ尽きて来たのか、先程から集中力が乱れていまいち思考が纏まらない。

こうして会話をしている最中でさえも軽くめまいを感じる程だ。

 

「…いったい何をしやがった?」

 

『貴様の言葉を借りるなら”少しは自分で考えろ”と言いたい所だが…、その状態では無理も無いか。…よい、私をここまで追い詰めた褒美だ。少し語ってやろう。』

 

どこか遠くを見つめていた双眸が、満身創痍の祖国を射抜く。

この構図こそが当然の在り様とでも言うように、王者然とした態度でケートスは口を開いた。

 

『貴様が展開したこの空間は確かに私の不死性を封じる手立ての一つとしては有効だ。不死殺しさえ持たぬ身でよくここまで対等に渡り合えたと褒めてやっても良い。』

 

これまでの戦いから祖国の実力に一定の評価を示すケートス。

だが、と続ける。

 

『だがこの空間は、同時に貴様にも多大な制約を課した。その最たるものが人間の生命維持に欠かせぬ空気、その中でも重要な酸素だ。貴様の空間は最終的には真空へと行き着く事になるが、その前に重度の酸欠で大抵の生物は絶命する事になる。』

 

ケートスの読みに誤りは無い。

伊達に年をくっていないという事か、その洞察力も元神霊の名に恥じない鋭さだ。

 

『そして貴様にとって最も不運だった事。それは私が揮発性の物質を生成する恩恵を有していた事だ。確か貴様たち人間は…メタンハイドレートと呼んでいたか。』

 

バミューダ・トライアングルにまつわる第三の仮説にして、メタンハイドレート及びメタンガスを生成する恩恵「燃える氷(アンチ・フリーズ)」。

本来は対神群規模で猛威を誇り、特に炎神を含む神群の場合、可燃性という性質から大規模なフレンドリーファイアを誘発する効果を持つ恩恵である。

さらに「氷が燃える」という概念を昇華する事で、パッシブスキル的に展開した海域内部を不凍状態へと変化させる副次的恩恵も持っているこのギフト。

透明、無臭、そしていつの間にか仕掛けられている時限式の爆弾としては非常に厄介な部類に入るだろう。

 

そしてケートスの言葉を聞いた祖国は、全てを悟ったように口を開いた。

 

「…ああ、なるほど。つまりお前の本命は酸欠(こっち)だった訳だ。突風だのブレスだのは全て囮。派手な攻撃で俺の目をそらすことで空気中のメタンガスの増加を悟らせず、さらに暴風自体も空間から酸素を押し出す役割をしていたと。…たしかに俺を酸欠に追い込むならこの上なく合理的なやり口だ。」

 

『然り。そしてそのためには貴様が常に何かしらの行動をしている必要があった。戦闘以外に気を回されては勘づかれる恐れがあったからな。』

 

「…ハッ、そうかよ。」

 

そう毒づく彼の表情には、負け惜しみにも近い乾いた笑みが浮かんでいた。

 

まあ彼の気持ちも分からなくはないは無いだろう。

智をもって武を制する事を心情とする彼が、こともあろうに策謀で敵に後れをとったのだ。

これが笑わずにいられようか、と。

 

”力で負けて、智でも負けて。あーあ、ほんとに格好悪りぃな…。”

 

全てが全て彼女の手のひらの上。

彼がどのような行動をとろうと、彼女にしてみれはそれは想定の範囲内。

さしずめ釈〇に玩具にされるどこぞの猿の様な道化っぷりに、自身のバカさ加減が嫌になる。

 

「…ここまで全てお前の計画通りって訳か。」

 

『然り。敵が智をもって戦いを成す者ならば、その土俵で打ち負かしてこその勝利であろう。』

 

「…カッケェな、お前。」

 

ぐうの音も出ないとは正にこの事だろう。

悔し紛れで捻り出した言葉に帰ってきた返答は、一筋の矢となって彼の胸を貫いた。

 

憧憬

 

彼が抱いたその感情は、この言葉こそが相応しいだろう。

ただ純然に、自惚れも卑下もなく語るその態度に、歳外もなく憧れを抱いた。

どうあがいても、どれだけ手を伸ばしても届き得ないその存在に、だがそれでもと必死に追いすがった。

 

そしてだからこそだろう。

 

彼は生まれて始めて、こんなにも、それこそ己の全てをなげうってでも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー勝ちたいと、そう思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…ああ…けどやっぱ…まだ負けを認める訳にはいかねえわ。」

 

ポツリと漏れたその声音を聞いた瞬間、ケートスの脳裏に今まで何度も目にしたはずの、その不遜な表情が浮かびあがった。

倒れ伏してその表情を読み取る事が出来ないにも関わらず、彼女の直感はそれが既成事実だとでも言わんばかりに警告を鳴らす。

 

そして彼の表情には確かに、ケートスの予想に違わない薄ら笑みが浮かんでいた。

強がるように、だがどこか今までの不敵な態度では無く。

心の底から湧き上がる衝動、愉悦、そしてそれに身を任せた者の面持ちがそこにはあった。

 

ーもしここまでが(・・・・・)全て計算通りと言うのなら――――――――――――――――この先はまだ白紙なんだろう?

 

顔をあげキッと睨み返した祖国の双眸。

その双眸が言外に告げる威圧感に、そしてそこに込められた意志に、ケートスの身体が緊張する。

 

これ以上満身創痍の身体で何が出来るのか、と。

 

常識的に考えれば彼の言動は戯言に等しい。

かたや瀕死の大けがを負い、今なお地に伏せた状態で吼える人間。

かたや追い込まれてはいるが状態としてはほぼ無傷で敵を見据える巨龍。

どちらが優位に立っているかなど改めて語るまでもないレベルだ。

 

それでも、とケートスの本能は語りかける。

この人間の進化は彼女の目から見ても異常な所がある。

そしてこの人間の真価を見まがう程、ケートスの目は節穴では無い。

 

ならばそう、彼の言動は妄想や虚言などではないと、そう彼女が思い至ったのと、彼が最後の言葉を紡いだのはほぼ同時であった。

 

「…泥仕合だろうが何だろうが…最後に生き残った方が、勝ちだ!」

 

その言葉がこぼれた瞬間。

ケートスが何事か行動を起こす暇さえ与えることなく―――――――空間内部を爆炎が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

空間が軋む。

透過という性質上本来軋みなど発生するはずが無い結界内部で、それでもと空間は悲鳴をあげる。

それ程までに彼が引き起こした爆撃は鮮烈極まる一撃だった。

 

だが実のところ、彼が貼り付けた事象そのものにそれ程の威力は無い。

せいぜいが粉塵爆発レベルであり、決してそれ単体ではケートスの耐久力を上回ることなど出来ない程度の破壊力であった。

 

ではどうやって彼はこの惨状を引き起こしたのか?

その解答は至極単純、ケートスの生み出したメタンガスにある。

言わずもがなであるがメタンガスは可燃性の気体であり、そして空間内部には祖国が酸欠になる程にガスが充満している。

そんな中で火種、もとい爆発という事象を貼り付ければどうなるか。

 

その答えがこの惨状である。

 

水素ほど爆破規模は大きくないものの、それでもメタンガスの誘爆性能は非常に高い。

加えて彼が意図していた事ではないが、空間内部がもっとも爆発に適したガス濃度になっていたのも大きな要因であった。

日頃の行いのおかげか、はたまた単なる悪運か。

彼の引き起こした爆発は様々な要因が重なり合い、結果として白夜叉の第四態光球に勝るとも劣らない程の圧倒的な熱量となって空間全土を蹂躙したのであった。

 

 

 

 

そして数秒後

 

 

 

 

嵐が止み静寂が訪れる。

干上がった海底は熱波のあまり溶岩と化し、僅かながらに残っていた水も酸素も全て塵芥の如く消え去った。

外部からの干渉を受け付けない性質上冷ますモノが存在しない、つまり依然として灼熱のままの空間内部は、さながら煉獄の如き様相を呈している。

 

そして、そんなとても生命が生きていける状態では無い空間に一つ、鈍く蠢く影があった。

全身に痛々しい傷を負いながら、だがそんな事すら眼中に無い様子で、その影の主は地に倒れ伏したソレに問いかけた。

 

『…最後の最後に自爆とは…。存外以上に興ざめな結末であったな、人間。』

 

応答は無い。

いや、恐らく彼女自身もそれを期待などしていなかったのだろう。

フンとその人間を一瞥した彼女の瞳には、失望にも諦観にも似た眼差が浮かんでいるだけだ。

 

ーああ、まったく…ほとほと下らぬ結末だ。

 

どこで間違えたのだろうかと、らしくも無い悔恨が胸を締め付ける。

当然だ。

こんなつまらない結末を、彼女は望んだわけではなかったのだから。

叶う事ならばそう、彼女はきっと――――――――――。

 

『…ああ、そうとも。私は劇的(・・)を望んでいたのだ。』

 

幾星霜もの年月不敗を貫いた彼女が、最後の最後に求めたモノは。

勝利に意味を無くし、戦いに情熱を見いだせなくなった彼女が、その先にたどり着いた答えは。

 

劇的な幕切れで彼女を打倒しうる、そんなおとぎ話のような英雄だった。

 

そしてだからこそ彼女は大宮祖国に期待した。

数百年ぶりの英傑に、不死殺しさえ持たぬ身でなおも彼女に挑む矮小な存在に。

持てる限りの智と武を勇をもって、彼女を打倒する”劇的”となる事を、知らず知らず彼の人間に求めたのだ。

 

『…だがそれも過ぎた願いだったようだ。』

 

途端、紡がれた言葉に呼応するように空間がそのものが揺らめき始める。

次第にそれは莫大な力の渦となって空間全体と共鳴し、共振し、すべてを呑み込むエネルギーの奔流となって逆巻いていく。

およそ此度の戦いで最大のエネルギー量を誇る何かが、終焉を告げるため静かに胎動し始めたのだ。

 

しかしそんな凶悪な何かを生み出した本人は、ひたすらに寂寞とした瞳でただ一人の人間を見つめていた。

 

ー…なんとまあ、無様な事だ。私自ら手をかける必要も無いほどの重傷ではないか。これでは数刻も持つまいよ。

 

己をここまで追い詰めた人間を、八つ当たりにも似た気持ちで酷評するケートス。

だが彼女の動機はどうであれその判断に誤りはない。

 

無論ケートス自身もかなりの深手を負っているのだが、それを差し置いても祖国の傷は無残なものであった。

ブレスで吹き飛ばされた腹部はもちろんの事、先の爆発で避けきれ無かったのか身体のいたるところに火傷の跡が見受けられる。

彼女が手を下すまでも無いのだ。

このまま放置しておけば、それだけでこの人間の命はこと切れる。

たったそれだけの、小さな命だ。

 

それでもなお彼女自身が止めをさそうと思えたのは

わざわざ終の試練さえ持ち出してまで彼を屠ろうとしたのはー

 

『…決別の時だ。』

 

彼女なりのけじめだったのだろう。

 

己が希求した未来を、己自身の手で打ち砕く。

常人ならば心が折れそうになる所行も、幾度も繰り返せば無味乾燥な作業へと成り下がる。

たとえそれが神霊だろうと巨龍だろうと、そこに例外などない。

 

そして此度もまた無意味な戦いを終わらせるため、なんら感慨も沸かないままにケートスはバミューダ・トライアングル最後の試練を起動した。

 

 

 

『…響き滅びる逆位相 (コラプス・フィールド)

 

 

 

瞬間、うねりをあげていた莫大なエネルギーが祖国の周囲に集約されていく。

無秩序に展開されていた力の渦が統率され、統合され、そして彼を中心にして完全なるピラミッド型が形成される。

黄金に輝くそれは眩い棺、ただ一人の勇者を葬り去るために作られた必滅の空間であった。

 

彼女が創生した最後のギフト、響き滅びる逆位相。

第一から第三の恩恵を使用不能を代償にようやく発動できるそれは、バミューダ仮説の逆位相説をもとにした恩恵。

ピラミッド状の空間内部にある物質全てを有無を言わさず消失させるという、局所的にではあるが全権領域の範囲にある能力だ。

当然その物質が人だろうと神だろうと一切関係なく、悉くを消滅させるそれは正に最凶最悪、絶対の切り札たる代物だろう。

 

出る事は出来ない。

破る事も、逃げる事も、ありとあらゆる手段が封殺されるこの空間を生き残った者は神霊であろうとも存在しない。

ゆえにこの技は、このギフトを使うという事は、ケートスにとって絶対の終焉を意味していた。

 

閉じろ(バニッシュ)。』

 

そして下される無慈悲な宣告。

その言葉に反応するように金色の牢獄が目も眩むような極光を放つ。

神々しくも残酷なその光は彼らのいる凄惨たる空間を満たして、

 

満たして

 

満たして

 

全てを白へと満たして

 

そして――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、知ってたぜ……ケートス。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不遜な声が空間に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だった。

滅びを告げるはずの極光は、その一言とともに跡形もなく消え去り霧散する。

割れるように、裂けるように、溶けるように。

彼女の”絶対”たる黄金の光が、何事も無かったかのように欠片も残さず砕け散ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あっぱれだ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を目の当たりにしたケートスの口から、ついぞ語られることの無かった言葉がこぼれ落ちた。

激情で渦巻いているはずの胸中には、だがおかしなことに自然と焦りは無い。

 

馬鹿げた話だ。

 

驚愕もしている。

矜持に傷もついた。

だがそれ以上に彼女の胸の内に溢れる感情は、

 

 

ーああ、やはり貴様は―――――――――――――劇的であったか。

 

 

どうしようもないほどの満足であったのだから。

 

 

 

 

 

そしてそんな満たされてしまった彼女に。

既に終わってしまった戦いに終止符を打つように、

 

 

 

 

「…そんで正真正銘、これで四回目(ラスト)だ!」

 

 

 

 

巨龍ケートスの身体を祖国は渾身の一撃で打ち抜くのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

ケートスの最後のギフトが説明不足なので、追加説明をば。

・コラプス・フィールド
ケートスが有するバミューダ仮説の最後のギフト。もとになった仮説はトライアングル説(詳しくはwikiを参照のこと)。
対象を中心にピラミッド型の空間を展開し、その内部を物質ごと全て消去するトンデモ攻撃。基本的に脱出は不可。
他ギフトとの併用が出来ないのは、前提から矛盾する歪三角形説と相性が悪いためと、他の仮説へと分散している信仰を集約しなければ発動出来ない程のコスパの悪さゆえ。全権領域へと介入する権能であるため発動コストが高いのも当然と言えば当然だが、トライアングル説があまりメジャーでないという現状もコスパが悪い要因となっている。
ちなみにピラミッドの展開範囲は不明。自身を巻き込まない範囲で発動する必要があるため常識的な範囲にかぎられるが、使い方によっては神群一つを丸々消滅させる事も可能とのこと。


疑問点、感想、批判、その他もろもろはコメント欄までよろしくお願いします。


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今日、この一歩

第一巻分完結!

あとがきに色々書いてあるので、読んで頂けると嬉しいです。

それでは今話もお付き合い下さい。


遥か遠く。

 

戦場にはられていた結界が解け、割れていた海があるべき姿を取り戻していく。

灼熱の地獄と化していた地が再び海の底に沈みこむ様子を眺めながら、アルゴールはフムと思案する。

 

”あーあ、なんかすごい中途半端。こんなんで倒しても後味悪いし。”

 

自分が招いた結果でありながらこの思考。

まずもって祖国があの激流に呑み込まれて生存しているかどうかすら怪しい状態で、なお後味云々が真っ先に思い浮かぶあたり流石は箱庭の問題児といったところか。

なんとも現金というか、彼女ほど魔王らしい魔王もそうそういないだろうとさえ感じさせる。

 

そんな魔王然とした彼女の感想が、だが至極まっとうな物である事も残念ながら事実であった。

実際こうして完全体になってまで祖国との戦いを所望していた彼女にしてみれば、こんな結末はなんとも不本意なのだろう。

当然それを差し置いても彼女の願望はゆるぎない物ではあるが、漁夫の利のような形でこのゲームを終結させる事は些か抵抗があったようだ。

 

「どうしたもんかなー。」

 

黒く光る月の中で、所在なさげに呟くアルゴール。

もはやこの殻も用済みなのだがこれはこれで居心地が良い。

とりあえずはしばらくの間様子見に徹しようと、再度彼女は遠方に視線を移した。

 

「ほぉーんと、どうしたものかしらぁ♡」

 

「ッ!?」

 

ちょうどその時だ。

唐突に背後からいやに特徴的な声が響いた。

 

瞬間的に振り返るアルゴール。

いつからそこにいたのだろうか、彼女の視界に入ったその二人の姿は大胆にも目と鼻ほどにしか離れていない。

あまりにも異常な事態に、アルゴールの警戒心も最大まで引き上げられる。

 

「あらぁ~、そんな怖い顔してどうしちゃったのぉ?可愛いお顔がだいなしよぉ♡」

 

「馬鹿が、ゲーム中にいきなり乱入したんだ。警戒して当然だろう。」

 

まるでアルゴールの事など取るに足らないかの様に振る舞いながら、正体不明の二人組は勝手に話を進めていく。

いや実際そうなのだろう、彼等の態度や仕草からは一切アルゴールへの警戒が伝わってこないのだ。

そして彼等がそんな余裕を持っていられる理由、それはー

 

「…お前たち、いったい何者?」

 

この完全体アルゴールをもってしても絶対に敵わないと、そう感じざるを得ないほどの圧倒的な力量差がそこにあったからだ。

 

尋ねた声はわずかにではあるが震えていた。

当然だ。

こんな化物は過去を遡っても片手の指で足りるほどしか拝んだことは無い。

特にヤバいのは黒のゴスロリ衣装の少女だ。

この少女とだけは何があっても敵対してはいけないと、そう本能が絶えず警報を鳴らしていた。

 

「だとさ、答えてやるといい。俺は貴様が急にここに来ると言いだして、しぶしぶついて来ただけだからな。」

 

「んもー、それじゃ私がわがままを言っているみたいじゃないのぉ。」

 

「そう言っている。」

 

彼女の警戒とは裏腹に、相も変わらず気の抜けた会話を続ける二人。

傍からみれば夫婦漫才に見えなくもない会話だが、当事者のアルゴールは一瞬たりとも気を抜く事が出来ないでいた。

 

そしてようやく彼らの会話が一区切りついたのか、コホンと少女が咳払いをする。

あどけなさが残る顔に美しい笑みを浮かべながら、少女は喜々としてアルゴールに喋りかけた。

 

「それじゃちゃっちゃと用件を済ませてしまいましょう。と、その前に♡」

 

そう言うや否や、彼女は片手の指をパチンと弾いた。

途端、ブチッとまるで何かの線を切断したような音が空間に木霊する。

 

「趣味の悪い覗き見にはここで退場してもらいましょう。」

 

「…なにしたの?」

 

「大した事じゃないわぁ~。ただテレビ越しに私たちの言動を観察している質の悪い神様がいたものだから~、ちょちょいと回線を切断させてもらいましたぁ★」

 

それのどこが大した事がないんだと毒づくアルゴール。

少なくともそれは切断系統のギフト、しかも視認できない事を考慮すると概念か何かに作用するレベルの高位恩恵にあたるはず。

それを惜しげもなく晒すあたり、この少女にとってはそれすらも取るに足らない事らしい。

 

「では仕切り直しまして、まずは自己紹介からねぇ。私の名前はティレス。ティレス・バッドイーター。下の名前は嫌いだからティレスって呼んでちょうだいねぇ♡そしてこっちのムスッとした表情したのが…」

 

「H.C.アンデルセンだ。しがない執筆家をしている。」

 

「もー、人の紹介に割り込むなんて無粋な人ね。余裕のない男性はモテないわよぉ?」

 

「ふん、下らん。貴様の紹介は御託が多いんだ。さっさと進めろ。」

 

あらあらと笑うティレスという少女に、眉を顰めるアンデルセン。

あっという間に二人の空間が出来上がってしまうのが最早デフォになりつつあるが、アルゴールの頭の中では既にそんな事を気にしている余裕はなかった。

彼女の思考を占めていたモノ、それは目の前の男、かつて人類最巧と謳われた詩人であったのだから。

 

「アンデルセンって、もしかしてあの?」

 

「ええ、貴方が想像しているアンデルセンで間違いないと思うわぁ♡こちらでしかめっ面を浮かべている男こそ、人類最巧と呼び声高い詩人!そして今回貴方のゲームをリメイクした張本人でーす★」

 

予想だにしなかった事実にアルゴールも動揺を隠せない。

彼女自身もどうして己の霊格がここまで跳ね上がっているのか疑問には思っていたのだが、まさかここまでの大物が絡んでいるとは思ってもいなかったのだ。

 

だが考えて見ればいくつか納得のいく点もある。

今回の様に大規模なゲームリメイクに関してはそれこそ詩人の助力は必要不可欠だ。

特に巨龍を従えるほどのゲームギミックを見事に内包した改変など、生半可な詩人では絶対に成しえないだろう。

 

「それで…そんな大御所引き連れて、いったい何の用?」

 

背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じながら、アルゴールは努めて冷静に問いかける。

彼女の願いをかなえるためにも、なんとしてもここは無事に切り抜けねばならない。

この化物二人を相手に勝ち目など見えないが、それでも今のアルゴールならば片腕一つ犠牲にすれば逃げ切るだけの自信はあった。

 

「だからぁ、そんなに警戒しないでちょうだい。何も取って食べちゃおうなんで考えてないわぁ♡」

 

「じゃあ一体…?」

 

「んー。端的に言うとね、貴方と取引しに来たのよぉ、変光星の悪魔さん♪」

 

「取引?」

 

怪し気な少女の言葉に怪訝な表情を浮かべるアルゴール。

 

彼女の反応も当然だ。

人類最巧の詩人と、さらにはそれさえ凌駕する異質さを放つ少女。

そんな二人がいったいアルゴールに何を求めているのか、少なくとも彼女自身は考え付かなかった。

 

「ええ、貴方にとっても悪くない内容のはずよぉ。」

 

「それは中身を聞いてからじゃないと何とも言えないし。」

 

「ふふ、それもそうねぇ。それじゃ星霊さんーーー

 

 

 

 

 

ーーーーー私たちの仲間にならない?」

 

「…は?」

 

「もちろんタダとは言わないわぁ。もし貴方が仲間になってくれるというなら、貴方が望むモノ全て私たちが準備しましょう。力でも、名誉でも、何でも、貴方が欲する一切合財を与えましょう。どう、悪い話ではないでしょう?」

 

「…………。」

 

その口から洩れる甘美な響きが、アルゴールの精神を揺さぶりかける。

 

いきなり告げられた話にしては、あまりにも怪しい勧誘だ。

だが、それを差し置いてもその誘惑は抗いがたい魅力に満ち満ちていた。

少なくとも祖国との交渉以前に持ち掛けられたなら、ためらいもせずに首を縦に振っていただろう。

 

「悪いけどその必要はない。アルちゃんが欲しい物は、あの少年を殺せば手に入るし。」

 

だが今は別だ。

彼女が望むモノ、ステンノーたちの情報についてはゲーム前の取り決めによって入手の目途は既にたっている。

後は海に沈んでいるであろう人間を探し出して止めをさす、それだけでいいのだ。

故にわざわざこんなあからさまに怪しい取引に応じる必要性は、彼女にしてみれば皆無といっていい。

 

「そういう事だから、今回の話は無かったことにして…」

 

「ハァ…。ティレス、本当にこんな脳筋を仲間にするつもりなのか?いい加減、聞いていて呆れ果てそうなんだがな。」

 

「言葉がキツイわよぉ、アンデルセン。ここは私に任せてちょうだい。」

 

アルゴールが勧誘を蹴ろうとした瞬間、それを遮るように男のいらだたし気な声が響いた。

次いでそれをたしなめる少女の声。

内容から察するにアルゴールは何か決定的な間違いをしているようだが、彼女がそれを考えるよりも速くティレスと名乗る少女が口を開く。

 

「一つ勘違いしているみたいだから、まずそこを正しておきましょうか。貴方が祖国君と交わした契約『自身の持つ権利の一部譲渡』だけれど、確かにこの中にはサウザンドアイズへの捜索権が含まれているわぁ。けれどね、その契約の中には、いえ、その権利の中のどこにも”サウザンドアイズの捜索の正当性”を保障するモノが明言されていないのよ。」

 

「…つまり、何が言いたい訳?」

 

「だからね、極端な話サウザンドアイズがギリシャ神群と結託して情報操作し、貴方を望んだ場所におびき寄せる事も可能って事よぉ。」

 

「!?」

 

ティレスの意見は極端すぎるにしても、サウザンドアイズが魔王に有利になる情報を素直に差し出す確率は低い。

恐らくは捜索段階で可能な限り時間を引き延ばし、その間に天軍に魔王の討伐依頼を出すのが現実的なところだろう。

どちらにしてもアルゴールの目算ほど事が容易く運ばない事だけは確実である。

 

「それにねぇ、さっきも言ったけれど今までの戦いはぜーんぶ覗き見されてたのぉ。つまり魔王アルゴールの復活は上層部にしてみれば周知の事実ってわけ。ならそういった関連の有力コミュニティが何かしらの行動をとっていてもおかしくないと思わない?」

 

「…天軍が既に動いているってこと?」

 

「その可能性は高いと思うわぁ。少なくとも今回のゲームに関わっていたペルセウスとその親玉サウザンドアイズは善神側だから、貴方をみすみす見逃すマネはしないでしょうねぇ。」

 

「…チッ。」

 

「加えて貴方と因縁深いギリシャ神群の事よぉ。あそこはまず確実に敵対行動に出るでしょうねぇ。それこそステンノーとエウリュアレーなんか、もうどこかに逃げ込んでるかもしれないわよぉ?」

 

次々と告げられる不都合な事実にアルゴールの表情が曇る。

彼女自身そこまで頭の出来が良くない事は自覚していたが、ここまで目算が甘いとは思いもしなかった。

アンデルセンが彼女をこき下ろしたのも、この事実を知っていれば当然の事だったのだ。

 

「ふふ。…さてとぉ、それじゃあ星霊さん。現状把握はここまでにして、もう一度貴方の答えを聞かせてもらえないかしらぁ?」

 

そんなアルゴールを愉快そうに見つめながら、少女は蠱惑的な瞳でアルゴールに問いかける。

 

ーこのまま朽ちるかそれともこの手を取るか、と。

 

既に状況は逆転した。

祖国の提示した条件に穴がある以上、それにこだわるのは愚策中の愚策。

かと言ってアルゴールにこれといった名案がある訳でも無い。

このまま何も手を打たなければ上層の連中によってアルゴールの旗色がどんどん悪化していくのは火を見るよりも明らかであった。

 

「仲間になるって、具体的な内容は?」

 

だからこそアルゴールがその誘いになびいてしまったのも当然のこと。

唯一提示された条件を吟味するために、今度はアルゴールがティレスに問いかけた。

 

「そうねぇ、実は別段これといって明確な策がある訳でもないのよねぇ。一応私がトップって事になってるから私の言う事には基本的に従ってもらう予定だけれど、それ以外で貴方に何かを求める事はないわぁ♡」

 

「そう…。そもそもお前たちは一体何のために行動しているわけ?」

 

「それはぁ………、まだ言えないわねぇ。ただ現状で言えるのは、私たちの存在は公には認知されてはいけないという事、そしてその性質上少数かつ精鋭で行動する必要があるという事よぉ♪」

 

「そういう事だ。だからこそ俺はこんな脳筋を引き入れるのは自殺行為だと言いたいんだが?こいつのミスで俺たちの存在が知れたらどうするつもりだ、ティレス?」

 

「その時はその時よぉ♡それにそんなに心配なら貴方が面倒見てあげればいいんじゃない、アンデルセン?」

 

一向に耳を傾けようとしない少女に対し、やれやれとこめかみを抑えるアンデルセン。

こうなっては手が付けられないとばかりに、明後日の方向を見やって思案に暮れてしまっている。

そして当の少女はというと、そんな事既に関係ないとばかりにアルゴールに詰め寄っていた。

 

「それでどう?私たちの仲間になる気になったかしらぁ?」

 

「…一つだけ聞きたいんだけど。欲しい物全てを与えるって、本気で言ってる?」

 

「ええ、本気よぉ。貴方が望むなら主神の座でも、外門二桁の地位でも、なんだったら現存する全てのコスモロジーを収集しても構わないわぁ♪もちろん貴方が知りたくて知りたくてしょうがない姉たちの行方もね♡」

 

「…………………はぁ、分かった。お前たちの甘言にのってあげるよ。」

 

そしてとうとうアルゴールが折れた。

 

客観的に見てティレスの申し出は悪い話では無い。

秘匿性が高いという事は、その分正体や居場所が察知されにくいという意味だし、なにより祖国との契約に仕掛けられたトラップを知ってしまった以上、彼女にとれる選択肢はほぼ無いも同然。

そんな中で命令遵守という制約はあるものの一定の安全性が確保されている彼女の申し出は渡りに船であった。

 

なにより本来ならば”アルゴール程度”必要とさえしないだろう二人が、曲がりなりにも取引の体を成して来たのだ。

力づくでいう事を聞かせるという手もあったにも関わらずそういった手段をとらないあたり、まだアルゴールに一定の配慮を示していたのだろう。

 

「あらあらあらぁ、本当にいいのねぇ?念のためにもう一度言っておくけれど、これは純然な取引。別段強要するつもりはないのよぉ?」

 

「いいよ、今更。別に他にあてがある訳でもないし。」

 

「そう、なら良かったわぁ♡アンデルセンも異論ないでしょう?」

 

「勝手にするといい。」

 

「ありがとぉ、貴方のそういう所好きよぉ♪」

 

喜色満面で二人に告げるティレス。

その仕草だけを見れば、無邪気にはしゃぐ年頃の女の子そのものだ。

少なくとも、この可愛らしい少女が片手間で神霊をダース単位で消し飛ばすことが出来る化物だなどとは、箱庭の神々でさえも思いもよらないことだろう。

 

そしてそんな見惚れる様な笑みを浮かべながら、少女はアルゴールの方へと向き直ると、

 

「それじゃ改めてぇ、ようこそー■■■■■■へ♡」

 

その言葉を最後に、空間から三人の姿は完全に掻き消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

『まったく、無様な事だな。』

 

一面に広がる水面に一寸先も見通せない暗闇。

その中から酷く耳障りな声が語りかける。

 

『あれだけ啖呵を切っておきながらこの始末。その上いやしくも生き延びたその悪運。ああ、どれをとっても最悪だ。』

 

返事は無い。

ただ死んだように横たわるその身体は微動だにせず、水面を見返すその瞳は力なくうなだれているだけだ。

生気のないその姿を見れば、おおよその人間はそれを屍と判断するだろう。

 

そんな死体に鞭打つように、不愉快な声は依然として彼に語りかける。

 

『それで、どうだった久々の殺戮(快感)は?』

 

「…黙れ」

 

『戦闘中の甘美な陶酔、雑魚を駆逐した時の爽快感、そして何より殺した時の背徳感!実に素晴らしい刺激だったろう?』

 

「…黙れ」

 

『ああ、これではお前が”こっち側”に来てしまうのも時間の問題だろうな。ならばどうだ、いっそのこと全て俺に預けてみないか?』

 

「黙れって言ってんだろっ!!!」

 

瞬間、死んだように淀んでいた瞳が激情で染まる。

一気に沸点まで到達した感情にまかせると、彼は無造作に水面を殴りつけた。

 

バシャン

 

舞い上がった激しい水しぶきが虚空へと消える。

そしてそんな姿を見つめていた”彼”は、やれやれといった表情で再び口を開いた。

 

『…はぁ、まったく手のかかる奴だ。-----存外以上に動けるじゃないか。』

 

「………。」

 

『さあさあ店じまいだ。動けるならさっさと出て行くがいい。そんな辛気臭い面を見せられるこっちの気も考えて欲しいもんだ。』

 

「…なぁ。」

 

『店じまいと言ったはずだぞ。それ以外の言葉は聞く耳持たん』

 

「俺たちは間違っていたのか?」

 

その質問は唐突に。

邪見に追い払おうとする”彼”を無視して、一方的に問いかけられたものだった。

 

ー彼等の軌跡を問うたソレ

 

彼等が辿って来た道のりは、彼等が成して来た所行は、はたして正しかったのかと。

平和という言い訳の元に、正義という不平等をかさに、彼等が切り捨てた命は意味があったのだろうかと。

 

なぜ今そんな疑問を口にしたのか、彼自身も分かってはいなかった。

ただ一つ言える事。

それは彼が、大宮祖国の中の何かが、この箱庭に来て、そして大きな試練を乗り越えた事で、少しずつではあるが確実に変わりつつあるという事であった。

 

そして、そんな彼のすがる様な問いかけは、

 

『………知ったことか。』

 

案の定”彼”によってにべも無く切り捨てられた。

実に面倒臭いと表情で語りながら、今度は”彼”の方から問いかける。

 

『例えばだ。俺たちのしてきた事が間違っていたとして………それでいったい何だと言うんだ?悔いた所で結末は変わらないし、俺たちが切り捨てた命も戻りはしない。』

 

「けど…」

 

『ま、今のお前には何を言っても無駄だろうな。少なくとも、誰かの答えにすがっているうちは。』

 

「………。」

 

”彼”から放たれる言葉は往々に厳しい。

だがそれ以上に彼が感じたそれは。

言外に含まれた”彼”からのメッセージは、確かに彼へと届いていた。

 

そう。

 

それは決して誰かに与えられるものでは無く。

”彼”でも、かつての師でも、ましてや他の誰のものでもない。

彼自身の、大宮祖国なりの”答え”を、これから先探していかなければならないのだと。

そしてその先にしか、きっと彼の納得のいく結末はないのだと。

 

”彼”はそう告げていた。

 

そんな”彼”の言葉に、ようやく何か決心したのだろう。

少し気だるげながら、だがしっかりとした足取りで、彼は再び水面に立ち上がった。

 

「じゃあ、俺そろそろ戻るとするわ。」

 

放たれる言葉に濁りはなく、そしてその瞳に最初の様な無気力さは無い。

あるのはただいつも通り、不遜で不敵なその表情。

いかにも大宮祖国な大宮祖国が、そこには佇んでいた。

 

『是非ともそうしてくれ。いい加減こっちも休みたい気分なんでな。』

 

「そうかい、邪魔して悪かったよ。」

 

相も変わらず放たれる言葉は厭味ったらしいが、今はそれが丁度いい。

”彼”への嫌悪は決して消える事は無いだろうが、それでも今なら、ほんの少しくらいならば呑み込んでやれる気もする。

そんならしくないも感情を抱きながら、彼は一歩足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその数刻後、サウザンドアイズ支店で目覚めた彼の第一声が「甘い物が欲しい」であったり、

彼の休養中、さんざん看病していた黒ウサギや耀、飛鳥、店員への感謝を差し置いて、白夜叉が持ち込んだ茶菓子に彼が大いに感激したり、

それにプッツンきた彼女たちが、言葉にするのも恐ろしい形相で祖国に説教をたれたりと、

 

彼の人生には意外と身近な災難が待ち受けていたのだった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

中の”彼”はツンデレ。
はっきり分かんだね。

<言い訳フェイズ>
さて。
おそらく、というより確実に多くの読者様方はアルゴールとの直接対決を望んでいたでしょうが、それは後日に持ち越しです。
なかには納得されない方もいらっしゃるでしょうが、この展開は最当初から予定していた事ですので、変更する予定は今のところありませんので悪しからず。

<補足>
前話に続き、今回も少々説明をば。
作中の祖国君の自問シーンですが、ここは彼の背景をほぼ説明していないので、この場をかりて補足させて頂きます。

まず祖国君は元いた世界では日本国軍に所属しており、幼いながらに戦争に駆り出されていました。もちろんその背景には、彼のもつ超常的な力(ギフト)を利用しようという大人たちの魂胆があったわけですが。
それはともかく、彼はそのギフトの汎用性もあり、もといた世界ではほぼほぼ無敵。ゆえに戦場においても命の危機にさらされる事もほぼなく、命のやり取りという事に関する認識をいまいち掴み切れていませんでした。
しかし今回、星霊、巨龍という人外との戦いを経て命の危機を幾度も感じ、さらにはそれに対する根源的な恐怖を知ったことで精神的に一歩前進。同時に今まで彼が殺めてきた人々も同じような感情を抱いたのではないかと思い至り、人を殺す事の意味を遅まきながら考え始めた次第です。
そしてそれに対する答えは、作中にある通り。

<最後に>
ここまで長々と書いて来た今作、お読みいただき本当にありがとうございました。
思い返せば一年前、なんか面白いアイデア浮かんだから書いてみよという安易な発想から始まったこの話。
処女作のくせに色々詰め込んだ挙句、消化不良気味の文章たち。
筆者の文才の無さがヒシヒシと伝わる迷作を、よく最後まで読んで頂いたものだと…。
読者様方の忍耐力には感服の極みであります。
そして気付けば500件を超えるお気に入りもいただいており、本当に感謝の意が絶えません。

さて第二巻分に関しましては、筆者のモチベーションやら後は今までの手直しやら、色々たまっている問題を解決してから臨むつもりです。
が、何分才能乏しい身。
果たして生きて帰って来れるか、その結末は神のみぞ知る所であります。
それでもまぁ、気長に待つよって方は、次アップした時読んでくれると嬉しいです。

それでは皆様。
またお会いするかもしれないその日まで('◇')ゞ


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(仮)火龍編 別名設定を小出しにしていく章ともいう
そも大宮祖国とは何者か


お久しぶりです。
おそらくしましたテキストという者だった気がします。

チラシ裏に移行して一発目の投稿。
まったりと更新していけたらいいなと思います。

まあ投稿間隔があきすぎて復帰しずらいムードなのは否めない。

あいも変わらずこんな作品ですが、読んで頂ける方はこれからもお付き合いくださいm(__)m


 

「はてさて、いったいどうしたものか…」

 

西日のまぶしい光を手に持った扇で遮りながら白髪の美幼女、白夜叉はうーんと首をひねる。

彼女の悩みの種は手元の資料、その中に記された一人の人間に集約されていた。

 

「今回のゲームで奴の特異性がつまびらかになった以上、誰かが奴のバックアップとして支える必要がある。が、そのための資料作成でこんな事になるとは…。」

 

再度資料に目を落としながら、白夜叉は心底困ったといった風にため息をつく。

普段からは考えられない真面目な態度は、こと現状がそれほどまでに深刻であることを暗に告げていた。

 

 

 

事の発端は大宮祖国と魔王アルゴールとのギフトゲームまでさかのぼる。

 

 

 

彼、大宮祖国が文字通り最後の一撃で不死龍ケートスを打倒し、その後気絶した彼を魔王アルゴールは始末せず逃走。

その際の回線が何者かにジャックされていたせいもあり、当時の詳しい状況はいまだに把握できてはいないが、おそらくアルゴールは何者かの手によって匿われていると箱庭の者達は予想していた。

実際、各階層のフロアマスターが自身の管轄地を血眼で探し回ったが手がかり一つ掴めなかったことから、その線が濃厚である事は周知の事実となっている。

 

だが今回、真に特筆すべきはそこではない。

此度のゲームで最も神々の目を引いたのは魔王アルゴールや不死龍ケートスですらなかった。

彼らが注目したのはただ一人の小さな英雄、大宮祖国(・・・・)、そして彼の持つギフト”カット&ペースト”であったのだ。

 

「英雄が必要とされておるのかもしれんの。人類最終試練のタイムリミットが近い事はどの神話体系も気付いておるだろうしな…。」

 

そう呟いた白夜叉は、今回の褒美として用意していたはずの白金屋の茶菓子に手を伸ばした。

これを受けとるはずであった本人は、あまりの重体にとある保養施設に強制隔離状態だ。

まあ、あそこは変人だが腕の良い者がゴロゴロいることで有名な場所であるし、いかな重篤といえど彼らの腕を信用している彼女にしてみればそこまで大宮祖国の容体は懸念事項ではなかった。

 

「それよりも、今なすべきことは。」

 

糖分を補給し、ペラりと再度白夜叉が資料に目を通そうしたその時。

 

「白夜叉様、ただいま戻りました。」

 

暖簾の下から、清楚な和服に身を包んだ店員が姿を現した。

普段は割烹着姿が板についている彼女だが、今日の恰好もなかなかに似合っている。

今回出向いた先の相手が相手だけに致し方ないことではあるが、たまには和服で店番をさせようと密かに白夜叉は決意した。

 

「おお、ご苦労だったな。して、クイーンはなんと言っておった?」

 

「存じ上げないと。そもそもギフトを下賜するにしても見ず知らずの、しかもあんな不安定な形で渡すことはないとおっしゃっていました。」

 

「やはりか…。じゃがクイーン以外であのギフトを小僧に与えられる者など、この箱庭でもいるかどうか。」

 

半ば予想通りの店員の解答。

それがある種一番厄介な解答でもあるがゆえに、白夜叉は再度深いため息をつくのだった。

 

さて、今回のゲームで大宮祖国という存在が箱庭に知れ渡るに従い、必然的に神々はとある仮説に行き着いた。

その仮定はひどく当然で、真っ当なモノ。

 

『大宮祖国はクイーン・ハロウィンと関係があるのでは』

 

そう。

星の境界を支配する太陽と黄金の魔王。

かつて白夜叉と共に箱庭三大問題児として名をはせた女王(クイーン)との関係性である。

 

大宮祖国が使用するギフト"カット&ペースト"は、その性質上空間と大きな関わりが存在する。

対象を切り取る、切り取った対象を張り付ける。

その基本的な構成のどれもが対象との"境界"を基準にしてギフトを発動している以上、その大本となる権能を持つ神でなければ同系統のギフトは下賜できない。

 

加えて"カット&ペースト"は木星という大質量の物体さえも切り取ることができる上位種。

そんな規格外のギフトを授けることが出来るのも、あるいは可能性があるのもクイーン・ハロウィンをおいて他にはいない。

そう予想立て、白夜叉は女性店員をクイーンの元まで遣わせたのだが、

 

「当てが外れてしまったの。」

 

「ですが白夜叉様もそれはある程度予測されていたのでしょう?ですからこうやって私に外界の(・・・)彼を調べさせたのではないですか?」

 

「まあ、の。だが目下その調査結果資料に頭を悩ませているのも事実じゃ。いっそのことクイーンが下賜していたらどれだけ楽だったことか。」

 

厄介なことよとボヤきながら資料を捲る白夜叉。

箱庭でも最古参の存在としてかなり深い知識を持ちながらも、なお今回の事態は彼女の上をいくものであるらしい。

 

そもそも、人間がギフトを持つにいたる道筋は大別して2つある。

 

一つは世界に必要な事象を起こすために、神々が人間にギフトを「授ける」というパターン。

織田信長を歴史的舞台から退場させるために、明知光秀により強大なギフトを与えて確実に討伐させる例がこれにあたる。

もう一つは英雄と呼ばれるに至った存在が、自身の人生のイベント、あるいは人生そのものをギフトとして「昇華させる」というパターン。

アキレスの一部を除いた無敵装甲が良い例だろう。

 

このうち大宮祖国のギフトは前者、つまり誰かから与えられたモノではない。

となると残る可能性は一つ。

 

「自身の来歴をギフトとして昇華した場合、ですね。」

 

「そう、だがこうも特殊な来歴では見当もつけられんぞ…。」

 

「そうですね。彼には申し訳ないですが、私も調べていくうちに不気味さを禁じえませでした。」

 

「仕方あるまい。まさか紀元前数千年頃から最新の年代まで、外界のあらゆる収束点(・・・・・・・・・・)に偏在する人間など聞いたことがない。いや、そもそもあの小僧は人間なのかのぉ。」

 

白夜叉は彼の正体を探るにあたって、サウザンドアイズのコネをいかんなく発揮し店員に外界の大宮祖国をすでに調べ上げさせていた。

そして、その中で彼の出生における極めて高い異常性につき当たったのだ。

 

それが外界で彼が存在する「時間軸」。

観測する世界ごとに紀元前数千年から最新までと、ありとあらゆる世界の様々な時間軸に彼が存在したのだ。

例えば、Aという外界では16世紀の地動説発表に関わったり、またBという世界では20世紀の核開発に関与したりといった具合に、大宮祖国という存在が確認された時間軸が外界毎にバラバラであったのだ。

 

通常ならばこの様なことはあり得ない。

英雄や神の出生、あるいは発生の時期は、どの外界の時間軸においても多少のーそれこそ数年程度の誤差こそあれど、今回の大宮祖国のような大規模な誤差は生じ得ない。

 

逆廻十六夜の出生が第三種星辰粒子体開発に深く関わるように。

久遠飛鳥の出生が第二次世界大戦後の日本をけん引するように。

春日部耀の出生がゲノムツリー計画の末の世界であるように。

彼ら英雄は、その時代で果たす「役割」と「場所」が与えられてこそ英雄たりえるのだ。

そしてそれは神とて例外ではない。

 

しかし、こと大宮祖国にいたってはそれが当てはまらない。

彼はあらゆる外界の、あらゆる時間軸の、あらゆる収束点において、その存在が確認されている。

 

とある外界では世界最古の戦争と呼ばれる戦いの中、勇猛果敢に敵将を討ち

 

またとある外界では世界最大の発明を成しえる偉人を陰ながら支え

 

そしてある外界では史上最悪と呼ばれる天災を人智を集結して踏破したりと。

 

人類史が経験してきた歴史の転換期すべて(・・・・・・・・・)において”必ず出現する存在X”。

それが彼、大宮祖国の正体であったのだ。

 

「やれやれ。私も色々と経験してきたつもりだったが、まさかこの様なやつがおるとはな…。」

 

「そこについては同感です。いくら箱庭広しといえど、この様な来歴を持つ人間はあの方だけだと思いますよ。」

 

「当然じゃ。こんな奴がポンポンいて堪るか!」

 

白夜叉の軽口に対し、それはそうだと肩をすくめる女性店員。

この様なイレギュラーがそうそう何人もいては、彼女も彼女の上司もたまったものではないだろう。

 

「して、今回の件、おんしはどう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「決まっておろう。あの小僧の正体、おんしはどう考えておるのだ?」

 

手に持つ資料から目を離し、白夜叉は店員に問いかける。

実はこの女性店員、サウザンドアイズ大幹部白夜叉のお目付を任されるだけありかなり優秀であった。

一般的な礼節から審美眼、ひいてはギフトゲームへの造詣まで様々な分野において精通しており、白夜叉の懐刀としての役割も担っている。

そんな彼女に、白夜叉が意見を求めたのもある種当然といえば当然の事であった。

 

「…そうですね。」

 

白夜叉の無茶ぶりに眉を寄せる店員。

たっぷりと十数秒考え込んだのち、おもむろに、だがしっかりとした口調で、彼女は自身の仮説を口にした。

 

「あくまで私の考えですが…、現在の情報で考えられる可能性としては2通りのパターンが考えられます。そしてそのどちらの場合でも、大宮祖国という存在は…」

 

「人間ではない、か?」

 

「はい。まず一つ目の仮説ですが、”大宮祖国とは歴史の転換期に発生した影響αを後世に正しく導くために生まれた存在の総称である”というモノです。ですがこれですと、彼は神霊かそれに近い存在という事になりますので、神格がほぼ感じられない今の彼の状態と矛盾します。加えて、アルゴールの魔眼で彼が石化しなかったのも気になるところです。」

 

「確かに、あれは霊格の大小に関係なく作用する厄介なモノじゃからの。あれが反応しないとなると霊格がほぼ無いに等しいことになる。そんな状態で並みの神霊が生きていけるとは到底思えん。」

 

女性店員の適格な読みに、白夜叉も首肯する。

 

彼女の第一の仮説。

それは歴史の転換期に必ず大宮祖国が現れる理由が、どの外界でも共通して望まれる”何か”にあると仮定して導かれたモノだ。

それはつまり”大宮祖国は歴史の転換期において何かしらの役割を与えられて生まれてくる存在である”という事。

 

ではその役割とは何か?

それこそが”転換期に発生した影響αを後世に正しく導く”というモノであると、彼女は予想したのだ。

 

これはなにも不思議なことではない。

人類が常に新しい歴史、新しい革新、新しい力を手に入れるごとに、その影響から負の連鎖が発生することは珍しくないからだ。

 

新しいエネルギーとして人類を導くはずが、兵器に転用され時に猛威を振るった核エネルギー。

炭鉱夫の作業効率化を図って生み出されたはずが、結果として大量虐殺につながったダイナマイト。

もはや善悪で判断できない状況さえも、時には戦争という方法で戦勝国が歴史をねつ造する近代戦争。

 

歴史の転換期は必ずしも、全ての人類に救いの手を差し伸べたりはしない。

 

そういった負の面の、ある種抑止力として望まれた存在。

それが大宮祖国ではないかというのが、この第一の仮説であった。

まあ実際は、店員も白夜叉もこの可能性は極めて低いと考えていたのだが。

 

「それで、おんしの言う二つ目の仮説とやらを聞かせてもらおうかの。」

 

「はい。私の仮説の二つ目、それは”大宮祖国とは個人の名称ではなく、各外界で歴史の転換期を起こした組織の総称である”という仮説です。」

 

「ほう。つまり大宮祖国は特定の人物ではなく、その歴史の転換期に関わった群体であると?だが奴が関わっている歴史の転換期は外界で発生したすべての転換期だ。それに共通して関わっている組織など箱庭で感知できないはずがなかろう?」

 

「ええ。私もそれについては未だに明確な解答を持てていないのですが…。ただその組織が共通のものであれ、あるいは別物であれ、組織として何かしらの志を共にしていた以上根底部分では共通する何か(・・)があったと考えるのが妥当です。」

 

「では、その何か(・・)が大宮祖国の核となる部分であると?」

 

「仮定に仮定を重ねた話ですが。共通の組織ならばそれこそ目指す理念があるはずですし、組織が外界毎に別物だとしても根底部分では通じるものがあってもおかしくはないかと。彼ら組織の核とする何か(・・)が次第に信仰を帯び神格化されていったとしたなら。そしてその神格化された存在が大宮祖国という形で外界に顕現していたとするなら。彼という旗頭を筆頭に、大宮祖国という組織が外界で確認される可能性は十分考えられるかと。」

 

「…なかなか興味深い意見よの。」

 

店員の第二の仮説に深く考え込む白夜叉。

大宮祖国が個人ではなく群体なのだとしたら、彼女の説明のとおり彼が転換期すべてに出現することの一応の理由はつくだろう。

 

だが外界の転換期すべてで観測されるほどの強い思想の核ならば、それこそ並みの神霊以上の神格をもっていなければ説明がつかない。

思想ゲームの域を出ないラプラスやマクスウェルですら、この箱庭においては強大なギフトや神格を持つ。

もし外界の転換期すべてに共通する思想ならば、それこそ第三桁(全能)の域にいなければパワーバランスとしては成り立たない。

 

「当然この考えが100%正しいとは考えていませんし、おそらく我々の知らない何かがまだ彼にはあるのでしょう。」

 

「…そうじゃな。どうも情報が断片的すぎていかん。」

 

「同意見です。もう一度外界の情報を収集してみることにしましょう。それにそろそろラプラスの小悪魔が目覚める頃合いです。彼女にも協力を申し出てみるのも一計かと。」

 

「ああ、好きなように調べてくれ。必要ならば親書もこちらでそろえよう。」

 

白夜叉の気の利いた申し出に、女性店員はぺこりと頭を下げ謝意を伝えるとそそくさと退室した。

 

同時に、ちょうど白夜叉も集中力が切れたのだろう。

コキコキと肩を回すと、懐からお気に入りのキセルを取り出して仕事終わりの一杯をふかした。

やれやれ参ったことだとボヤきながら、未だ眩しい西日の空に煙が溶ける。

 

 

 

はたして大宮祖国とは何者なのか。

 

 

 

その問いの答えを、彼は、そして彼の仲間達は、これからこの箱庭で知ることとなるのか。

 

 

 

そこはかとない疑念を胸に抱きながら、白夜叉は今晩の女性店員の晩御飯に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





なんかだいぶ前の事過ぎて、自分で作った設定すら危うい今日のこの頃。
原作と食い違う部分があれば、適宜ご連絡ください。
修正可能な範囲で直していきたいと思いますので。

ご感想、批判、疑問等はコメント欄までよろしくお願いいたします。


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エウレカ

今晩は。
しましまテキストという者です。

あれだけ長い間休載していたにも関わらず、最新話を結構な方に読んでいただいて非常にうれしく思っています。
個人的には100pvぐらいいけば御の字かな~とか思っていたので、すごく感激しております。

さて今回はまたもやオリジナル展開。
いい加減原作に合流したくてうずうずしております。

そして祖国君の無双が始まるのだッ!!!(予定は未定)

まあ、今話もだらっとお付き合いください。

※あとがきに登場コミュニティの紹介が載っています。よろしければそしもご覧ください。


 

 かつてどこかの誰かが言ったセリフにこういうのがあった。

 

「力を持つ者は、その力を持たざる者のために振るうべし」、と

 

 ああ、ご立派な事だ。

 自らを律し、力におぼれることなく人々を正しき方向へ導こうとする。

 

 誰にでもできる事ではないし、その考えに異議を挟むつもりも毛頭ない。

 

 だが時代が変わり、人間が変わり、そして世界が変わっていく中で、その理念がいつまでも正しいとは限らない。

 特に俺がいた時代。

 いい年こいた大人たちが必死に世界中に戦火をばらまいている時代には。

 

 守るべき国民。

 愛すべき仲間達。

 

 本来己の力を振るう責任の所在であったはずの彼らは、だがいつの間にかその理念に則り、こう声高に主張するようになった。

 

「貴様は力があるのだから、力なき我々を守るべきだ」、と

 

 おかしい、と最初のころは感じた。

 己の力のあり方は、ただ己の信念によるべきだと青臭い理想を口にしたこともある。

 だがそれを口にしたところで何が変わる訳でもなかった。

 

 俺が戦いを放棄すれば戦争は止むのか?

 

 答えはノーだ。

 

 俺がこの力を振るおうと振るうまいと、この戦争は止まらない。

 戦争の原因が残り少ない資源の争奪という国の存亡に関わるモノである以上、俺一人が不戦を訴えたところで何が変わるはずもない。

 むしろ俺が戦うことを放棄すれば、本来守れたはずの存在が守れないかもしれない。

 

 そんな俺に残された道はただ一つ。

 押しつけられた理念に恭順し、思考を放棄して、ただ職務を全うする事だけ。

 

 

 そう。

 俺は、大宮祖国とは。

 彼らからしてみればただの大量殺戮兵器となんら変わりなどないのだ。

 

 

 

 そこに理念の善悪や、責任の所在など、小難しいことはいらない。

 戦火に投入し、必要な戦果を得る道具。

 それ以上でも、それ以下でもない兵器。

 

 それこそが、大宮祖国の本質だった(・・・)

 

 

 

「今日付けで君の直属の上司になった安里真由だよ。呼ぶときはお姉ちゃんって呼んでね!」

 

 

 

 あのお節介で底抜けに明るい、のちに師と仰ぐことになる彼女と出会うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタ…

 

 それなりに広い部屋一面にびっしりと敷き詰められた機械類。

 足の踏み場もないほどに散乱した何かの研究資料と、絶えず高速演算を続ける外界でも最先端の電子機器たち。

 およそ神秘に満ち溢れた世界であるここ箱庭では異質としかとられない光景に、長い眠りから目を覚ましたばかりの大宮祖国は思考が追い付かないでいた。

 

(…どこだここ)

 

 全体的に黒を基調としたその部屋には、いったいどこのスパコンだと言わんばかりに配置された機器たちが異様な存在感を放っている。

 窓一つない部屋の中、機械類からわずかに漏れる光だけである程度の配置を理解した祖国は、とりあえずここがどこかを確認しようと体を動かし激痛に顔をしかめた。

 

(痛ッ、なんだってんだ本当に…)

 

 激痛を訴える体を見やれば、頭から足までありとあらゆる箇所に包帯やらの治療のあとが見える。

 どうやら自分がやたらと重体である事だけは理解した祖国は、無理に体を動かすべきではないと判断し再びベッド(らしき診療台)へと身を任せた。

 

(はてさて、いったい何がどうなっているのやら…)

 

 まだ十全とは言えない体調ながら、現状を把握しようとする祖国。

 とはいえ別段彼が記憶喪失だとか決死の戦いがあったことを忘れたわけではない。

 彼の疑問はただ一つ。

 

「…なんで俺まだ生きてんだ?」

 

 ふいに口をついた言葉。

 ケートス戦で力尽きたはずの彼が、なぜアルゴールに殺されていないのか。

 それこそが彼にとって目下最大の謎であった。

 

(ケートス戦で気を失った俺をヤリ損なうなんてアルゴールがするはずねえ。となればわざと見逃したってことになるが…、奴が俺を見逃すメリットなんざあったか?あるいは第三者の介入でそうせざるをえなかったとかか…。まぁ、誰かに聞けば分かる話だな。)

 

 案外さっくりと事案が片付き、若干手持ち無沙汰感が否めない。

 傷に気をつかいながらモゾモゾと身体を動かすと、固定化のためか腰回りにベルトがまかれているらしい。

 しかもご丁寧に祖国からはちょうど手が届かないポジションにバックルがあるため、どうあがいても正攻法では脱出出来そうにない。

 

「おいおい、俺は珍獣か何かですか?さすがにこの状況は看過できんのですがね。」

 

「それはすまなかったね。だが我々からしてみれば珍獣というのはあながち間違いでもないんだよ、大宮祖国君?」  

 

 まさか返事が返ってくるとは思っていなかった祖国は驚いて声の聞こえた方向へと首をもたげた。

 同時に身体を大きく使ったせいか、再び激痛に顔をしかめる。

 

「ああ、あまり無理をしないほうがいい。いくら一週間近く寝込んで回復したとはいえ君の体は所詮人間なんだ。それに我々も貴重な実験体をこんなくだらないことで失いたくはないしね。」

 

「ご忠告痛み入るね。ついでにこの状況を説明してもらいたいもんだが。あと実験体云々の話もな。」

 

「なに、そんな怖い顔をしないでくれ。我々は一応サウザンドアイズ大幹部、白夜叉殿直々に君の面倒を任された者だ。べつにとって食ったりはしないよ。」

 

「…そうかい。あいつが頼んだ奴等なら、まぁ大丈夫か。」

 

「おやおや、そんなに簡単に信用してしまって大丈夫かい?もしかしたらただの偽者かもしれないよ?」

 

「偽者がそんなこと自己申告するかよ。それに寝たきりの俺をどうにかする機会なんていくらでもあっただろ。今俺が無事なのがなによりの証拠だ。」

 

「…ほぉ。」

 

 実際、祖国の弁は的を射ている。

 むしろ無茶をしないように勧める姿勢からも、この人物は少なくともあからさまな害意をもってはいないと判断していた。

 

 そして突如現れた謎の存在もまた、彼の洞察力に舌を巻いていた。

 自身が軽度ではあるが拘束されている状態でなお、このように的確な答えを導ける胆力は称賛に値するだろう。

 

「それで実際ここはどこでお前は何者なんだ?」

 

「これは失礼、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名はアルキメデス、そしてここは私のコミュニティ"エウレカ"の研究所本部だ。一応箱庭第四桁に籍を置いているが、我々のコミュニティはちょいと特殊でね、決して戦いに優れているわけではないんだ。そういう訳だから物騒なことは控えてくれよ、大宮祖国君?」

 

 流れるような説明の中にさらっと混ぜられた言葉で、彼の表情が驚愕の色に染まる。

 箱庭第四桁、研究所本部…、驚く単語は多々あれど今注目すべきはそこではない。

 

「アルキメデスって、お前()じゃんよ。」

 

 そう、目の前のアルキメデスと名乗る人物はまごうことなき女性であった(・・・・・・・)のだ。

 

 よれよれの白衣にいったい何徹目だと突っ込みたくなるようなひどいクマ。

 ぼさぼさにの髪はゴムで適当にまとめられており、本来美しいであろう黒髪は見る影もない。

 だがそれほど酷い有様であろうとも、彼女を一目見て女性と判断できるほどに美しい容姿をしていたのだから、なお一層たちが悪いと言わざるをえないだろう。

 

 そんな彼の驚いた顔が面白かったのか、アルキメデスは笑み隠すこともせずにクスクスと笑いながら告げた。

 

「ふふ、その反応も久しいね。もともと研究で引きこもりがちだったから誰かに自己紹介すること自体少なかったが、そこまであからさまに驚いてもらえるならこれはこれで悪くない気もするよ。」

 

「じゃあ、お前が本物の…」

 

「なんだ、まだ信じてくれていなかったのかい?正真正銘、私がアルキメデスだ。外界にはどうやら私が男だと伝わっているようだがね、それならそれで弟子が上手くやったんだろうさ。」

 

「弟子だと?」

 

 またもや聞き逃せないワードに、反射的に疑問が口からこぼれる。

 アルキメデスはその言葉にうむと鷹揚に頷くと、祖国のすぐ近くに置いてあった椅子へと腰かけた。

 そして机の上に置かれ、もとい放置されていた、いつ淹れたのかも分からない冷めきったコーヒーをすすりながら疑問の答えを口にする。

 

「まあ、なんだ。現代っ子の君には理解しづらいかもしれないが、私がいた時代、紀元前の古代ギリシャは男尊女卑が徹底していた時代でね。女の私が科学者のマネ事なんて到底世間的に褒められたものじゃなかったのさ。女の役割といえば男に嫁いで子供を産むことだけ。そんな風潮だったもんだから昔は私も肩身が狭くてね。」

 

「ずいぶんと苦労したんだな。」

 

「まぁ、それなりにはね。そんな訳だからいかに研究で理論を完成させようとも世に普及する事はないし、機械を発明しようともそれが誰かの目に映ることもなかった。ただ私自身も根っからの研究者気質だったようでね、あまりそういった事には興味がなかったんだが。」

 

 空になったコップをコトリと置くと、含みのある苦笑いを浮かべるアルキメデス。

 その時代は彼女なりに思うところがあったのだろう。

 それ以上詳しく触れる前にさっさと次の話を切り出した。

 

「ただどの時代にも変わり者というのはいるみたいでね。私のことをどこから聞きつけたのやら、女と知っていながら私の門下に加わりたいと名乗る男が一人現れたのさ。」

 

「それが弟子か。」

 

「ああ、最初は私も断ったんだが、私が趣味で考案した機械やらを自分が広めると言って聞かなくてね。私も研究資金には困っていた時期だったから、ちょうどいいと思って強くは止めなかったのだよ。」

 

「それが思いのほか上手くいってしまったと?」

 

「察しがいいね。実物を見たり、実際に機械の汎用性を知った者の中からも私の門下に加わりたいという酔狂な奴等が出てきてしまってね、数年後には私の研究所は大所帯になっていたよ。」

 

 自身の人気を誇るべきか、あるいは強く止めれなかった優柔不断さを嘆くべきか。

 良くも悪くも彼女のコミュニティは目立ち過ぎた(・・・・・・)

 

「当然、旧態依然とした者たちには我々の存在は不愉快だったんだろう。女性の科学者とそれに教えを乞う男性たち。この構図は世間的に見ても到底受け入れられるものではなかった。」

 

「………。」

 

「だが私はともかく、私の門下たちがうるさくてね。アルキメデスの名を不当な理由で貶める者たちに屈するつもりはないと、あれやこれやと様々な方法を打ち立てていったのさ。そしてその中でも最も効果的で、そして後の人々が"アルキメデス"を男だと思い込むようになった方法、それが…」

 

「襲名性、か。」

 

 祖国の解答に今度はアルキメデスが驚嘆する番だった。

 たったこれだけの情報から正解を導き出した彼に、彼女は素直に称賛の言葉を贈る。

 

「驚いたな、まさかたったこれだけで正解にたどり着くなんてね。なるほど、あの白夜叉が贔屓する訳だよ。」

 

「別にそこまで難しい話じゃない。"アルキメデス"という名を世に認めさせるだけならば、誰かほかの"男"がその名を継げばいい。だが次ぐにしても無条件という訳にはいかない。アルキメデスが偉大な科学者の象徴とするならば、その名を冠する奴は相応の実力が必要だ。」

 

「その通り、だからこその襲名性だ。肥大化した研究所にはたくさんの優秀な科学者たちがいたからね。その中から数年か十数年おきに最も優れた科学者を選び、その者に"アルキメデス"という称号を与えることにしたのさ。私が男だと思われていた理由はそこだろう、"アルキメデス"に選出されていたのは全員が男性だったからね。」

 

 彼女の言葉に、人知れずなるほどと合点する祖国。

 アルキメデスが数学や物理、工学、天文学、発明など多くの分野で多大な功績を残したのは、これが理由だったのだ。

 つまり襲名した"アルキメデス"の中には、数学に特化した"アルキメデス"であったり、発明に尽力した"アルキメデス"など様々な人間が存在していたのだろう。

 

 つまり、彼がアルキメデスと考えていた存在とは、

 

「無数の優秀な科学者の集団、それが俺の知る"アルキメデス"。そして俺の目の前にいるのは、その元凶となったオリジナルのアルキメデスってことか。」

 

「元凶とは言ってくれるね。どちらかといえば私は被害者なんだが。」

 

「門下生の手綱をコントロールできなかった時点でお前の責任だろ。っと、そんで他の"アルキメデス"たちも箱庭に召喚されてんのか?」

 

「いや、呼ばれたのは私一人だ。おそらくアルキメデスという称号に功績が集約されたせいで、その元となった私がほとんどの手柄を得てしまったのだろう。実際君がいた外界でもアルキメデス一人が様々な分野で活躍していたことになっていただろう?」

 

「まあな。著作権とか印税とかそんな感じか。」

 

「そんな大したモノじゃない、これは盗人みたいなものさ。彼らの手柄はすべて私に集約されてしまう。おかげで私などより優秀な"アルキメデス"でも箱庭に呼ばれたことは一度もない。彼らとも久しく会えていないよ。」

 

 どこか自嘲気味に笑いながら、彼女はそっと目を閉じた。

 

 今でも鮮明に思い出せる、むさくるしくとも楽しかった外界の生活。

 彼ら同士とともになら、たとえ狭量な世間にだって相対していけると意気込んでいたあの時代。

 聡明なくせにどこか馬鹿で、それでいて結末はいつだって愉快だったあの頃。

 

 そのすべてが、彼女にとってどうしようもなく輝く、最高の思い出だ。

 

「ああ、いけない。どうも若い子といるとついついおしゃべりが過ぎていけないね。」

 

「あんたも見た目的には十分若いけどな。」

 

「肉体の方は召喚時に最盛期のモノで呼び出されたからね、それ以来これで固定されたままさ。」

 

「そういうものか。」

 

「そういうものさ。」

 

 いったんの区切りがついたのか、二人の間に沈黙が流れた。

 

 それにしても、とアルキメデスは思案する。

 自己紹介を兼ねていたとはいえ、ずいぶんと込み入った事情まで話したものだ。

 本来は彼がここに来た理由や、彼女らが彼の面倒をみる経緯を話すはずだったのが、どうしてこうなったのやら。

 

「本当に不思議な子だよ、君は。こうやって話すのは今日が初めてだっていうのに、ずいぶんと話し込んでしまったよ。聞き上手というやつかな?」

 

「そんなつもりは毛頭ないんだがな。ただまあ、あんたの気が晴れるならそれでいいさ。」

 

「そうかい、どうやら思っていた以上に君は優しい人間のようだね。いやいや、見た目で判断して悪かったよ。」

 

「…それは遠まわしに喧嘩を売っているって解釈でいいんだな?」

 

 暗に見た目がアレだと告げられて、一瞬訴訟も辞さないと脳内提訴しかける祖国。

 彼女がからかっているであろうことは明白であったが、だからといってそれを聞き逃すほど祖国はできた人間ではないと自覚している。

 

「そんな怖い顔をしないでくれよ、素直じゃない年上のかわいい照れ隠しだろ?」

 

 そんな彼の反応を見てクスクスと笑いながら、アルキメデスは冗談だと告げる。

 よほど彼のリアクションがツボにはまったのか、彼女の笑いが収まるまでたっぷり十数秒も要したのだった。

 

 

 

* 

 

 

 

 

 

「さて。少し真面目な話をしようか、祖国君。」

 

「俺は今までいたって真面目だったんだが。」

 

 ようやくと彼女の笑いが収まると、先ほどの雰囲気とは一転、至極真面目な表情でアルキメデスは語りだした。 

 

「まあ今までの会話は軽い自己紹介の延長だと考えてくれ。私たちは君のことを知っているのに、君が私のことを知らないのはフェアじゃないだろう?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「順を負って説明しようか。君は今回、あの魔王アルゴールのゲームで神々の注目を集めた。その影響でこれから色々な神話からの接触やら干渉があるだろうが、それを避けるためにも強力なバックアップが必要な状態となっているんだ。」 

 

「…あの負け試合を見て、そんな評価が出回っているなんてな。不当評価もいいところだ。」

 

「謙遜はよくないよ。確かに結果こそ君からしてみれば屈辱的なモノだろうが、ゲーム内容や難易度を考慮すれば称賛されてもおかしくない出来だった。」

 

 実際、アルキメデスの評価はここ箱庭における評価と基本的に相違ない。

 

 素の性能で第3桁クラス、擬似創星図を考慮すればあるいは2桁にさえ迫るかもしれないパワーアップを遂げた魔王アルゴール。

 そしてゲームルールで召喚された、極めて高い不死性を有する魔龍ケートス。

 しまいには某クリエイトの関与さえ疑われる超難易度のゲームメイク。

 

 それを箱庭に召喚されて間もないただの人間が、たった一人で生き延びてみせたのだ。

 これで称賛されない方がよほど不自然といえるだろう。

 

「あのレベルのゲームを正面きってクリアするには、それこそ神霊級がこぞって出向く必要があるよ。」

 

「だがあいつの魔眼は神霊キラーだ。数を揃えても意味はない。」

 

「そうだね。だからこそ君や、君たちノーネームのように人間の英雄が必要とされているんだよ。っと、また話題がずれかけたね。要は君のバックアップをするために君の身元を調べて、君がどういった英雄なのかを知る必要があったのさ。」

 

「だからさっき俺のことを知ってるって。」

 

「まあね、半分正解だよ。」

 

 曖昧な解答に、半分?と怪訝な視線を送る祖国。

 彼の視線に気が付いたのか、質問を先回りするようにアルキメデスは口を開く。

 

「厳密にいうならば、君の身元調査はサウザンドアイズの仕事なのさ。なんせ彼らが君のバックアップの最有力候補だからね。」

 

「じゃあ、お前の(・・・)仕事はいったいなんだよ?」

 

「ああ、それについてはね…。」

 

 彼女がその答えを切り出そうとした瞬間、ピピピピッと部屋に設置されていたアラームが鳴り響いた。

 

「おやおや、グッドタイミングだね。君を我々に預けてくれた方が直々にお出ましだよ。」

 

「白夜叉か?」

 

「正解。ちょうどいい機会だし、3人一緒に話し合おう。そちらの方が色々と都合がいいしね。私はちょっくら白夜叉殿を迎えに行ってくるよ。」

 

「おっ、おい。ちょっと待てよ!話合うっていったい何を?」

 

 質問の途中で会話を投げ出されたうえに、勝手にどこかへいこうとするアルキメデスを呼び止める祖国。

 彼からしてみれば中途半端な状態でおあずけをくらったまま生殺し状態である。

 投げかけた言葉に多少力がこもってしまったのも致し方ないことだろう。

 

 そんな彼の疑問に対し、何をいまさらといった態度でアルキメデスは告げた。

 

 

 

 

「何ってそんなの、君の正体(大宮祖国)についてに決まっているだろう?」

 

 

 

 さも当然のごとくそう言い残すと、彼女はさっさと客人を迎えに部屋を去るのだった。

 

 

 

 

 

 




<設定>
コミュニティ:エウレカ
 箱庭において信仰や武力ではなく、技術的、文化的、あるいは学術的革命や発見をした偉人たちが集まって結成されたコミュニティ。頭脳集団としての側面が強い一方、戦闘にはそれほど秀でておらず、同じ第四桁からは階層がふさわしいかどうか疑問視する声もある。
 だが一方、アインシュタインの相対性理論のように外界に影響を及ぼしかねない理論・法則も多数発見しており、理論的面からの箱庭への貢献度は群を抜いて高い。またその博識さから、知能を主にしたギフトゲームでは無敗という伝説を誇る。
 現在の活動は、数学上の未解決問題や量子力学の命題など、人類史上の難題とされる課題に取り組んでいる。活動の性質上、研究拠点には最新の研究機器やスパコンなどが
みっしりと設置されている。(ちなみに研究所は男性が多く、部屋は基本的に掃除されず汚いらしい。)




読了ありがとうございます。
だんだんと文字数が増えてきた感じがしますね。
考えていた祖国君の正体の布石もだんだんと回収せねば(使命感

あと、感想をくれたかた本当にありがとうございます。
感想や評価は筆者のモチベーションにも影響しますので、コメント等を頂けると非常にうれしいです!

それでは今回はここまで。
感想、疑問、批判等はコメント欄までよろしくお願いいたします。




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怪我人と天才と幼女(前編)

こんにちは、しましまテキストと申すものです。

いまさらなんですが、チラシ裏って通常投稿と何が違うんですかね?
チラシ裏検索で探せば色々ヒットしますし、コメントも評価も普通にできますし。
私の場合は更新停止期間もあってチラシ裏に移行していましたが、違いとはいったい…。
どなたか詳しい方がいらっしゃたら、教えてくださると助かりますm(__)m

さて、今回は一章のゲーム解説(第29話)の時のように、オリジナル理論・解釈が多々あります。
それでもいいよーという方は、今話もお付き合いください。





 

 

 

 カタカタカタカタカタカタ…

 

 

 

 あいも変わらず機械音だけが正確に部屋内を反響する。

 アルキメデスが白夜叉を迎えに去ったその部屋で、祖国はしばし彼女の言葉を反芻していた。

 

 

『何ってそんなの、君の正体(大宮祖国)についてに決まっているだろう?』

 

 

 さも当然とばかりに告げられ言葉に、だがいまだに実感がわかない祖国。

 いったい自分の何が謎だというのか、本人はこれっぽちも理解できないでいた。

 

(…俺の正体って。そんなの大したモンでも無いだろうに。)

 

 自身の記憶を呼び起こしてみても、別段大したことをした覚えもない。

 せいぜいやった事といえば、子供の頃から従軍して戦地に駆り出されたり、師に巡り合ってからは武術の真似事をしたり、なんやかんやで戦争を終結させたりと所詮その程度だ。

 まったくもって凡庸(仮)な経歴に、いったい何の不満があるというのだろうか。

 

「……おんし……のだぞ!」

 

「…いやそれは………だと。」

 

 そんなことをツラツラと考えていると、扉の外側からわずかばかり話声が聞こえてきた。 

 詳細は分からないが、お互いに廊下を歩きながら何か話でもしているのだろう。 

 どちらも聞き覚えがある声で事を鑑みるに、どうやら無事合流して部屋に戻ってくる途中のようだ。

 

 そして数秒後、勢いよく開け放たれたドアの向こう側には、予想通り彼もよく見知った白髪美幼女とくたびれた服の科学者の姿があった。

   

「なんじゃ相変わらず小汚い部屋じゃのう。」

 

 開口一番にしてはいささか皮肉が効きすぎた白夜叉の言葉に、アルキメデスは苦笑して答える。

 

「勘弁してやってくれよ、ここは男所帯なんだ。それに君のところだってあの店員がいなければ一週間後には似たようなことになっているだろう?」

 

「ぐッ、それは否定せんが…。じゃが男所帯と言えど、おんしは仮にも女じゃろう!」

 

「私の恰好を見て、同じセリフが言えるのかい?」

 

「…うん、なんだ。すまんかった。」

 

「分かればいいのだよ。」

 

 決して威張れたことでは無いはずだが、どういう訳か偉そうに豊かな胸をはるアルキメデス。

 まあ彼女のよれた白衣やその下の私服を見れば、彼女の家事能力がいかに悲惨なものであるかは一目瞭然であった。

 白夜叉にスカウターがあれば「ピピピピ…、家事力…たったの5か、ゴミめ。」と辛辣な言葉を投げかけていたに違いない。

 

「祖国も元気そうでなによりじゃ。このタイミングでおんしが目覚めておるのは好都合だったの。」

 

「この恰好をみて元気そうに見えるなら眼科をおすすめするぜ。」

 

 アルキメデスとのやり取りで若干気まずくなったのか、助けを求めるように祖国へと話題をふる白夜叉。

 その意を汲んでか、祖国もその場を和ませようと軽口で対応する。

 

「ま、好都合ってのはお互い様だな、白夜叉。お前には色々と聞きたいことがあるからな。」

 

「分かっておる。今回のゲームの顛末についてであろう?どうやらアルクの奴からはまだ聞いておらんようだしの。」

 

「アルク?」

 

「ああ、白夜叉と私はかなり長い付き合いでね。最初の頃こそちゃんとした呼び名だったんだが、ここ最近はめんどくさくなったのかアルクと呼ばれることが大抵さ。」

 

 祖国の疑問にアルキメデスが補足説明を加える。

 どうやらアルクとはアルキメデスの愛称らしい。

 意外なところでの繋がりに驚くと同時に、どうして自身がアルキメデスの元へと預けられたのか祖国はようやく理解した。

 

「なるほど、旧知の仲だから安心して俺のことを預けられたってことか。」

 

「もちろんそれもある。が、今回にいたってはこやつらエウレカの助けがどうしても必要だったのだ。」 

 

「それって、こいつがさっき言ってた俺の正体とやらと関係があるのか?」

 

 何気ない祖国の疑問に白夜叉もアルキメデスもそろって首を縦に振る。

 二人の真面目な態度から察するに、己の正体とは自身の想像以上に厄介な問題らしい。

 

「この部屋に来るまでにどの程度まで話したのかは既にアルクから聞いておる。」

 

「白夜叉にあらましは伝えたがね。これから話す内容は君にも、そして白夜叉にも聞いておいて欲しいことだ。そしてそれこそが今回私が白夜叉から託された仕事(・・)でもある。」

 

 そう告げるアルキメデスは、いかにも科学者然とした面持で二人を見据える。

 そしてそれの視線がこれから彼女の告げる内容の重大さをそのまま表している事を、直感的に二者ともが理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に入って早々。

 

 まずー、と白衣を靡かせながらアルキメデスは口を開いた。

 

「そもそもの前提から話をしようか。祖国君も気になっていたように、君がケートスを打倒して意識を手放した後の話だ。」

 

「ああ。」

 

「まずアルゴールが君を殺さなかった理由だが、現状では不明でね。ただその時の回線が何者かによって妨害されていたり、その後のアルゴールの足取りがつかめていない状況から、第三者がアルゴールに接触して彼女を匿っていると推測されている。」

 

 アルキメデスの言葉に、祖国の表情が若干曇る。

 殺す価値もないと見逃されたのか、あるいは単なる気まぐれか。

 いずれにしても命がけの戦いを真っ向から否定したアルゴールの行動は、戦場を生き抜いてきた祖国からしてみれば侮辱に等しい行為である。

 

 そんな祖国の心情を察してか、扇をパチンと閉じながら鋭い眼光で白夜叉が釘を刺す。

 

「おさえよ祖国。おんしの気持は分からんでもないが、今は話を進める方が先決じゃ。」

 

「…別に、何も言ってないだろ。」

 

「そんな顔をして言われても説得力の欠片もないよ。まぁ、そちらの方は別で伝えなきゃいけない事もあるし、今はこちらの話を聞いてもらおうか。」

 

 本人はあのゲームの結末に納得が行かないようではあるが、今はそれを掘り下げるべき時ではない。

 その点は祖国も理解しているのか、相変わらず憮然とした表情ではあるが、一応アルキメデスの話を聞く気はあるようだ。 

 

 アルキメデスは乱雑に髪をかき上げると、やれやれといった態度で話を再開する。

 

「で、君が意識を失った後の話に戻ろうか。ゲーム盤を構成していたケートスが打倒されたことにより、君が呑まれた大海原も消失。これに関してだけは重体の君を探し出す手間が省けて助かったよ。」

 

「…その話を聞いていると、まるで俺を助ける前提で事が動いていたように感じるんだが?」

 

「その通りさ。そこに座っている白夜叉を含め結構な数の神霊、英霊があの戦いを注視していてね。なにせあの問題児が最盛期を超える力をもって蘇ったんだ、無理もない話さ。」

 

「あやつの厄介さは箱庭におる者ならば誰もが知っておる。だからこそ被害を最小限にとどめるためにも、ペルセウスの元締めである我々サウザンドアイズに出動要請がかかったのだ。」

 

「そういうことさ。いくらペルセウスの医療班が優秀でも限度がある。十六夜君の件もあったし、サウザンドアイズ直属の医療班及び討伐班がすぐに助けに入れるよう組織されていた訳だ。」

 

 互いに必要な情報を補足しあいながらも、言外にあくまでも保険のためだと告げる二人。

 ただでさえ不機嫌な祖国にこれ以上拗れられては堪らないという配慮だろう。

 

 そんな二人の配慮を知ってか知らずか、祖国は未だ不可解な点をアルキメデスに問う。

 

「…それで俺が助かったなら文句はねえよ。ただそこでどうしてアルキメデス(お前)が関わってくるんだ?」

 

「そこじゃ、私がアルキメデス(こやつ)を呼んだ理由は!こやつにはおんしが患っている病を解明するように頼んだのだ!」

 

「…病だと?」

 

「白夜叉、話が進まないから少し黙っていてくれたまえ。」

 

 いきなりハイテンションに切り替わった白夜叉を面倒くさそうにアルキメデスが一刀両断する。

 さすがに言い過ぎだろうと祖国が白夜叉を見やるが、実際はそこまで気にしていなさそうだった。

 いったいこの二人の交友関係はどうなっているのやら、きっと自分には想像もつかない付き合いに違いないとコンマ2秒で思考を放棄した。

 

「コホン。それで祖国君、私が呼ばれた理由だったね。それはね、サウザンドアイズの治療班が総出で取り組んでも君の傷が一切回復しなかった、いやそれどころか治療やそれに準じるギフトを使用すればするほど、逆に君の身体組織が崩壊を始めるというあり得ない事態が起こったからだよ。崩壊に伴って身体中が黒い亀裂で覆われていくという極めて不可解な事態が、ね。」

 

「それは…」

 

「どうやらが覚えがあるようだね…。我々がサウザンドアイズに呼ばれた理由がこれさ。未知の現象に対する究明は常に我々が目指すところでもある。サウザンドアイズの医療班で手が付けられない病状を、白夜叉の伝手と独断で我々が引き受けることになったのさ。」

 

 どうやら過去に彼を苦しめていた病魔が今回も盛大にやらかしてくれたらしい。

 いつまでも隠し通せるとは思っていなかった祖国だが、まさかこれ程早く誰かに露呈するとは想像していなかった。

 面倒なことになったと内心舌打ちしながらアルキメデスへと会話を戻した。

 

「…そうかい、それでアレの正体は分かったのか?」

 

「当然だ。我々エウレカをなめないでくれたまえ…と言いたい所だが、今回に限っては既に知っていた(・・・・・・・)という方が正確かな。」

 

 その言葉に、白夜叉と祖国の瞳が驚愕で見開かれる。

 白夜叉はあの理解不能な病状がすでに解明されていた点に、祖国は長年彼を苦しめてきたアノ病気が完治しえるかもしれないという期待に。

 

 だが次に彼女から告げられた言葉は、二人の驚愕のさらに上を行くことになる。

 

 

 

「あの現象、我々が便宜的に"黒呪"と名付けたアレはーーーーーー厳密に言えば病ではない。」

 

 「「何(だと)!?」」

 

 意図せずして白夜叉と祖国の声が被る。

 祖国に至っては体を動かしすぎて激痛に苛まれているが、そんなことはどうでもいいとばかりに意地で噛み殺した。

 一方のアルキメデスは二人をその知的な目で見据えると、淡々とした表情で事実のみを端的に告げる。

 

「黒呪の正体、それはエウレカが2年前ほど前に立証した法則"世界の矛盾補正機構"、その中の現象の一部だよ。」

  

「…素人にも分かりやすく説明してくれると助かるんだが。」

 

 ただしそれが万人に歓迎されるとは限らないが。

 いくら自頭がいい祖国であっても、さすがにアルキメデスの説明は専門性が高すぎるようだ。

 はい?と呆れた声をあげなかっただけ褒めてほしい。

 

 かくいう白夜叉もこういった範囲は専門外なのか、ちゃんと説明しろと言わんばかりの眼光をアルキメデスに投げかける。 

 当の本人もさすがに省略しすぎた節を理解しているのか、分かっていると白夜叉に目配せして解説をし始めた。 

 

「さてどこから説明したものかね。話したいことを話せば小一時間はかかってしまう内容だが、せいぜい頑張って分かりやすくまとめてみようか。」

 

「よろしく頼んだ。」

 

「心得たよ。さて、祖国君。君は世界があまりにも"整然"としすぎていると感じたことはないかい?まるで超常の力が働いたかのように循環し、機能する環境サイクル。いったい誰が決めたと思うかのような惑星の自公転。いやそもそも人類が存続しているという事実自体が奇跡的だと、そう考えたことはないかい?」

 

「…まぁ、一度は。」

 

「そうだろう。かくいう私も同じ考えでね、古代ギリシャ時代には神々のおかげだなんて考えていたんだが…、ここ箱庭の存在を知って一つの可能性を考えた。ーーーーー箱庭という人智を超えたモノが実在するならば、我々の住んでいた外界にだって"世界の意思"と呼べるモノがあってもおかしくないと!」  

 

 外界で叫べば狂言と断じられて終わる話も、ここ箱庭を知れば一笑に伏すことなどできない。

 こんなファンタジーな世界があるならば、世界が個としての意思を持っていても何ら不思議ではないではないかと。

 ただ真実を探求することを身上とする彼女の瞳は、まるで楽しいことを楽しいと笑う子供のような純粋さであふれていた。

 

「もし世界に意思があり、星の内部機構を円滑にすすめる事を是とするなら!そこには必ず"取捨選択"があるはずなのだよ!環境変化である種が淘汰され、またある種が後の世を築いたように、星は常に不純物を取り除いて理想的な機構を完成させようとしているのさ!」

 

「…それが星の意思?」

 

「そう、そしてそれこそが黒呪の正体。世界が持つ矛盾を補正する機構が、矛盾を内包する大宮祖国という存在を淘汰しようとしているのさ。」

 

「ちょっと待て、アルクよ!」

 

 あまりにも行き過ぎた話に、白夜叉がいったんストップをかける。

 彼女の判断は間違いではない。

 

 なぜならアルキメデスの結論ではー

 

「こやつを蝕んでいる病魔は、世界そのモノの意思だと!?それではまるで世界が大宮祖国の存在を認めないと言っているようなモノではないか!?」

 

 大宮祖国はどうあがいても死す運命にあるはずなのだ。

 だがしかし彼はいまだここに存命し、さらに今回も黒呪に打ち勝ってみせた。

 強力なギフトホルダーとはいえ一介の人間が世界の意思に逆らって生き延びていられるはずがないと、白夜叉は彼女の仮説に反論を突きつける。

 

「そもそも、なぜこやつが世界から淘汰されねばならん?確かにこやつの外界での経歴は異常という他ないが、それでも今の話を聞く限り世界が淘汰するのは"矛盾"を抱えた存在のみのはずだ!こやつのどこにそんな要素がある!?」

 

 そう、世界が排斥するのはあくまでも世界が看過できないほどの矛盾を孕んだ存在のみ。

 ただの15歳の人間を世界が認めないなど、あまりにも異質なことではないか。

 

 そう必死に反論する白夜叉を後目にアルキメデスはカツカツと祖国に近づき、ゆっくりと人差し指を彼の胸に突きつけ、そして宣言した。

 

「"矛盾"ならあるじゃないか?目の前に特大の特異点を持った、この少年が。」

 

「何だと?」

 

 アルキメデスの言葉に、白夜叉の表情が怪しく曇る。

 パチンパチンと打ち鳴らされる扇子は、そのままの彼女の内心をありありと映して出していた。

 

 一方のアルキメデスはといえば、祖国の近くにある戸棚をごそごそと物色しながら何かを探しているようだ。

 使われないモノがごちゃ混ぜに詰め込まれた戸棚を物色しながら、彼女はまるで昼下がりのティータイムのような軽さで白夜叉に問いかけた。

 

「そういえば。彼のギフトを鑑定したのは君だったね、白夜叉。」 

 

 唐突に振られた話題に共通性が見いだせない白夜叉であったが、尋ねたれた質問には返すのが礼儀だ。

 いったい何をと考えながらも、アルキメデスの問いに応える。

 

「うむ、こやつを含めノーネームのメンバーをちょいと鑑定したが、それがどうかしたのか?」

 

「その時出た彼のギフトネーム、今も覚えているかい?」

 

「なにを今さら、"カット&ペースト"じゃろ?」

 

「そう、それが"矛盾"の正体だよ。」

 

 あまりにも軽々しく告げられた真実に、「は!?」と今度こそ二人とも呆けてしまっていた。

 アルキメデスの今の発言は、それくらい完全に想定外であったのだ。

 

 だが元凶のアルキメデスはどこ吹く風。

 「あったあった」とようやくお目当てのモノを戸棚から引きずりだすと、元いた己の席へと帰還して口を開いた。

 

「何を呆けているんだい、二人とも。それに祖国君ならまだしも、白夜叉は今までどれだけのギフトを目にしてきているんだい?アレはギフトとしても非常に異端…、いや取り繕うのは止めよう。そもそもアレはギフトとして成立するはずがない代物だ。」

 

「馬鹿な!現にこやつのギフトはきちんと作用しているだろう!?」

 

「そう、それこそが彼が根本的に孕んでいる矛盾なんだよ。成立するはずがない力をギフトとして所持し、あまつさえ十全に使いこなしている。こんなバカげた矛盾、世界が放置する訳がないだろう?」

 

「話に割り込んで悪いが…専門的な事はよくわからなくてな。俺のギフトがそもそもギフトとして成立していないってどういう意味だ?」

 

 白夜叉とアルキメデスの討論が白熱していく中、今まで沈黙に徹していた祖国がふと冷静に疑問を差し挟んだ。

 今まで釈然としない表情をしていた白夜叉も、確かにと頷くとアルキメデスに説明を求めるような表情を向ける。

 

「そうだね、確かにそこもちゃんと説明しなきゃならないだろう。」

 

 そう告げたアルキメデスは白衣の内側からメモ用の紙切れを取り出すと、何事かをサラサラと書き記していく。

 それ自体はさほど時間はかからない作業だが、時間短縮のためかそれと並行してアルキメデスは白夜叉へ質問を投げかける。

 

「白夜叉、先ほど君にした質問だがね。もう一度彼のギフトネーム"カット&ペースト"について問おう。君はこの名前を聞いたとき何も疑問に思わなかったのかい(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「何が言いたい?」

 

「本来、彼のギフトネームはこうあるべきなのだよ。」

 

 そういって彼女は祖国と白夜叉にもしっかりと見えるようにメモ用紙を差し出す。

 

 そしてそこにはただ二つの単語が、しかし同時に彼らが気づかなかった事実が、実に端的に書き記されていた。

 

ーーーーーー『"カット" "ペースト"』と

 

 その紙を見た瞬間、白夜叉が驚嘆と合点が入り混じった声を上げた。

 

「そうか!確かにその通りだ!本来相反するはずの二つのギフトが"&"記号で並列して扱われることなどあり得ない!」

 

「そうさ。そんなことをすればギフトが本来の機能を正常に発揮しないのはもとより、様々な齟齬が生じることになる。特に今回のケースは致命的だった。なにせ"カット"と"ペースト"という、言ってしまえば真逆の効果を持つ単一のギフトを無理やり合成しているんだからね。これではマクロ的な目線でみれば極論"何もしていない"と同義なのさ。」

 

「うむ…、確かにおんしの言う通りだ。どうして鑑定したときに少しも違和感を抱かなかったのかの。」

 

 アルキメデスの指摘に、腕を組んで考え込む白夜叉。

 いくら彼女自身が鑑定は専門外とはいえ、数百ではくだらないほどのギフトを見てきた彼女ならば気づいてしかるべきの違和感であった。

 

 祖国も二人の会話の全貌を理解できたわけではないが、多少の問題点は理解できたようだ。

 確認と補足説明を求めて、ガサゴソと先ほど戸棚から取り出した缶詰の中身をあさっているアルキメデスに言葉を投げかけた。

 ちなみに彼女がさっき必死こいて探していたのはどうやらクッキーのようだ。おいしい。 

 

「つまるところ、世界が補正しにかかってるのは俺のギフトってことでいいんだな?なんかよく分からんがこのギフトが欠陥持ちで、世界の意思とやらはそれが容認できんと。だからその持ち主である俺を黒呪なんていう方法で殺そうとしたと。」

 

「ああ、その解釈で構わない。君にも分かりやすく説明するとね、ギフトというのは人間の手では成しえない事を成す超常の力なんだ。発生の仕方で差異こそあれ、それがギフトと認められるモノならば大なり小なり世を変える力を持つ代物だ。」

 

 だけどねー

 

 そう言うとアルキメデスは手に持った缶詰の中から一枚のクッキーを取り出し、祖国へと差し出す。

 しかしそこは流石に現代っ子の大宮祖国、賞味期限とか管理方法とか絶対ヤベェやつだという判断から、その差し入れを首を横に振って断った。

 そんな祖国のリアクションは予想通りだったのか、なぬ食わぬ顔でアルキメデスはクッキーを缶詰に差し戻すと、一言ーーー

 

「君のギフトは言ってしまえば今のやり取りと本質的には同じなのさ。」

 

 実に完結な言葉ですべてを一刀両断した。

 

「当然これはかなり単純化した例だけどね。さっき差し出したクッキーが君の"カット"した事象、そしてこの缶詰は君が事象を切り取った世界だとしようか。そう考えるとどうだい?」

 

「確かにイメージはしやすいが、それと俺のギフトが矛盾してる事とどう繋がるんだ?」

 

「いい質問だ。まあ、君の本来のギフトネームが"カット"と"ペースト"だったら何の問題もなかったんだがね。だがどういう訳か"&"で結ばれてしまったために、君のギフトはその性質上ある制約を受けてしまったんだよ。」

 

「制約?」

 

「そう。君のギフト"カット&ペースト"はね、"カット"した事象は必ず(・・)世界へと"ペースト"し直さなければいけないんだ。さて、この意味が分かるかい?」

 

 意味ありげなアルキメデスの問いかけに、遅まきながらようやくと祖国も納得がいったらしい。

 なるほど、だから彼女は先ほどの白夜叉とのやり取りで「何もいていない」などと表現したのだろう。

 

「なるほど、つまり俺のギフトはカットしたものを必ずどこかしらにペーストまでが能力なんだな?あんたの例なら、差し出されたクッキーを突き返すまでが効果のうちってことだ。だがその場合、缶内部の総量はクッキーが取り出される前と突き返した後で変化がない。言い変えれば、俺のやった事は大局的な目線で見て缶の総量に一切影響を与えていないって訳だ。」

 

「ああ。君の力は世界から事象を"取って戻す"、そこまでが一連の動作として制約付けられている。マクロ…もとい長期的な目線から観測すれば、質量的にもエネルギー的にも世界になんの影響も与えていないのさ。そんな中途半端な力がギフトとして成立している矛盾、それが世界の意思の排斥理由になったんだろう。」

 

「…何となくは理解した。ちなみにギフトかそうじゃないかの基準って何かあるのか?」

 

「一つの基準としては、外界の物理法則であったりエネルギー法則を著しく逸脱した事象を起こせるかどうかってのがあるね。当然これ以外の測定基準や違ったベクトルの恩恵もあるけど、そのどれもがやはり人類では成しえない現象を司るレベルなんだよ。」

 

「つまり俺のこのギフトもどき(・・・)は、そのどの条件もクリアしていないって事だな。」

 

「そのはずなんだけどね。どうしてか白夜叉のギフト鑑定でも反応があったみたいだし、まるで訳が分からない。ああ、実に興味そそられる存在だよ、君は!」

 

 最後の方の言葉は華麗にスルーし、渋い表情のまま祖国は再びベッドへともたれかかる。

 さすがにアルキメデスに告げられた内容は胆力に定評がある彼にもきついモノだったようだ。

 ふぅ、と一息大きな深呼吸をすると、疲れきったような表情で天井を仰いだ。

 

 そんな彼の様子を見ていた白夜叉だが、ふと思い出したように未だ怪しいテンションのアルキメデスに問いかけた。

 

「じゃがアルクよ、結局この小僧が世界の意思に反して生き残れたのはなぜなのだ?言っては悪いが、世界の排斥力なんぞ人間一人がどうこう出来るモノとは思えんがの。」

 

「それだよ白夜叉!!!それこそが今回君に伝えたかった事なんだ!!!」

 

 もともと怪しかったアルキメデスのテンションが、白夜叉の質問を聞いた瞬間一気に天元突破した。

 ハァハァと息を荒げながら、すごい勢いで白夜叉へと詰め寄る。

 およそ結婚前の女性がすべきではない恍惚とした表情でもって、一言。

 

 

 

 

「白夜叉!!!…彼を私の実験体(ペット)にしてもいいだろうか?」

 

「「いいわけあるか!!!」」

 

 本日2度目のシンクロと共に、祖国は一刻も早くこの施設から逃げ出さねばと決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

        




書いているうちに文字数が膨らんでしまったので前後編に分けさせて頂きました。
後編も半分ぐらいはプロット出来ていたりするので、なるべく早く(※主観)投稿したいと思います。

やー、やっぱりオリジナル要素はどうやって説明したらいいか悩みますね。
願わくば、読者の皆様に言いたいことが伝わっていますように…。

でもまぁ、問題児シリーズって結構謎解き要素強いですし、原作読んだり見たりされてる方なら大丈夫なはず!(責任放棄

何か分からない点や、原作との矛盾点などございましたら、お気軽にコメント欄までよろしくお願いいたします。
それ以外でもコメント待ってますので、気が向いたら書き込んでやってくださいm(__)m

それでは、次話でお会いしましょう。


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怪我人と天才と幼女(中編)

こんにちは、しましまテキストという者です。
前回から投稿が少し遅れてしまい申し訳ありません。
理由はあとがきにありますので、もし良ければ覗いてやってください。

さてタイトルからも分かる通り…
今回で終わりませんでした!!!(土下座
いや、無理矢理ねじ込んで終わらせることもできたにはできたんですが、ただでさえややこしい説明回なのでこれ以上文字数こじらせるのもという苦肉の策でございます。
誠に申し訳ありません。
許してください、なんでもしまry)

とりあえず、今回も説明が多いですので、それでも構わないぜって方はお付き合いください。
それでは今話もよろしくお願いいたします。 


 一瞬でテンションがいけない方向に吹っ切れたアルキメデスと、それをドン引きした顔を向ける二人。

 先ほどまでのデキる女といった雰囲気はどこへやら、今は単なる痴女としか思えないと恍惚とした表情を浮かべている。

 比較的個人の趣味嗜好に寛容な祖国ではあったが、この豹変っぷりには流石に冷や汗を浮かべていた。

 

「おい、白夜叉。こいつはいったいどういうことだ?」

 

 たまらずに旧友であろう白夜叉に助言を求める。

 長い付き合いの彼女ならばアルキメデスの豹変っぷりにも心当たりがあるだろうとの思惑だった。

 

「…科学者という肩書から考えても分かるとは思うが、あやつは昔から人よりも知的好奇心が強かった。それこそ三度の飯よりというやつだ。実際コミュニティを結成する前は研究に没頭しすぎて色々と危ないところまでいっていたそうだ。」

 

「…それはそれは。つまりなんだ、あいつが変にテンション上がってるのは俺の中にあいつの知的好奇心を満たす何かがあったって事か?」

 

「そうなるの。しかもあやつの雰囲気から察するによほど好みの研究対象だったのじゃろう。量子工学…いや機械工学系統のなにかかの。」

 

「その通りだ白夜叉!!!」

 

 いつの間にこちらの会話を聞いていたのか、白夜叉の呟きに対して食い気味に返答するアルキメデス。

 しかも両の手をワキワキとさせながらベッド方面へとにじり寄って来ており、顔はすでに犯罪者のそれである。

 本格的に自身の貞操、もとい失ってはいけない何かの危機を感じ取った祖国は一瞬で白夜叉をリアル壁にして交渉を試みる。

 

「おい、まずその両手を下ろせ!そして必要以上にこっちに近付くな!」

 

「なんだい、そんな冷たいことを言わないでおくれよ!ほんの少し…先っちょだけ、先っちょだけでいいから!」

 

「中年のおやじかお前は!てか先っちょって何だ!?」

 

 いや、もはや交渉ですらなかった。

 ハァハァと息を荒げながら近づく白衣の科学者と、幼女を使って(物理)戦線を押し戻さんとする重症患者。

 いったい何の構図だと心の中でツッコミを入れながら、謎の火花を散らす両者の狭間でもみくちゃにされていた白夜叉がようやく口を開いた。

 

「こら、やめんか二人とも!祖国は私を盾にするな!アルクも重症患者を少しは気遣え!」

 

「し、しかしだね、白夜叉!」

 

「しかしも何もあるか!ここで良好な関係を築けねば、おんしは金輪際この小僧を研究することは叶わなくなるぞ!」

 

「むぅ、言わんとすることは分かるが…。だが科学者として研究対象が目の前にあるのに見過ごすわけには!」

 

「こやつの怪我が治るまでは身柄をここに預ける契約じゃろうに。その間に本人の了承を得て研究をすればよかろう。」

 

 興奮さめやらぬアルキメデスを諭すように白夜叉がゆっくりと語り掛ける。

 本来ならばアルキメデスもその程度の事は理解しているのだろうが、いかんせん状態が状態だけに冷静な判断ができていなかったのだろう。

 ようやく当人もそのことに気づいたのだろう、コホンとひとつ咳払いをして乱れた服装を瞬時に修正すると、さも何事もなかったかのような態度に立ち返った。

 

「それで、そいつは落ち着いたのか?」

 

 一区切りついた二人を見計らって、依然白夜叉を盾にしている祖国が両者に問いかけた。

 恐る恐るといった態度で白夜叉の背後から問いかける祖国に対し、アルキメデスは不自然なまでに麗しい笑みを浮かべながら応答する。 

 

「うむ、すまない。少々見苦しいところを見せてしまったね。」

 

「そう思うなら少しは自重してくれ。さすがにアレは身の危険を感じたぞ。」

 

「悪いとは思っているよ。けど科学者としてあんなモノ(・・・・・)を見せられれば黙っていられないのもまた事実なんだ。」

 

「それでじゃ、アルクよ。結局おんしは祖国の何にそこまで惹かれたのだ?」

 

 ようやく会話が成り立つ状況になったのを見計らって、白夜叉がとうとう本題へと切り込んだ。

 祖国もあのアルキメデスをしてここまで豹変させる何かが気になっていたのだろう、白夜叉の言葉に同調する様にコクリと頷くと彼女に疑問の視線を送った。

 

「ああ、私がなぜこれ程までに興味を惹かれたか。それはね、祖国君ーーーーーーーー君の持つもう一つのギフト"黒箱"が原因さ。」

 

「…黒箱、ね。」

 

「…やはりそうか。」

 

 およその原因は二人とも察していたのだろう。

 確かにカット&ペーストを除いて祖国に特筆すべき点があるとすれば、もう一つのギフトという答えにたどり着くのはさして難しくはない。

 加えてー詳細は祖国のあずかり知らぬ事ではあるがー黒箱はかつて箱庭をおよそ手中に収めたといっても過言ではない魔王ディストピアが生み出した遺産の一つだ。

 白夜叉の過剰なまでの反応といい、また黒箱(ブラックボックス)というギフトネームからしてもアルキメデスが興味を持つことは想像に難くなかった。

 

「それで、こやつの黒箱はどういったギフトなのだ?黒箱シリーズ(・・・・)は種類によってそれぞれ効果も千差万別であろう?」

 

「ああ。その事なんだがね、白夜叉ー」

 

 ごく自然な白夜叉の疑問に対して、アルキメデスの答えは珍しく歯切れが悪い。

 乱雑にセットされていた髪の毛をガシガシとかき上げると、苦虫をかみつぶしたような表情で言葉を続ける。

 

「ー実は何も分からなかったんだ。」

 

「なっ!?おんし程の頭脳をもってしても、こやつの黒箱の効果が分からんと言うのか!?」

 

「いや、そこだけは科学者の誇りに賭けて否定させてもらう。確かに今回は彼の黒箱の正体を突き止めるには至らなかったが、その主な原因は彼が重体にあったからだ。」

 

「………アルクよ、それはいったいどういう意味(・・・・・・)だ?」

 

 どうしても聞き逃せない発言に、白夜叉の鋭い眼光がアルキメデスを貫いた。

 これから先は一切の虚偽を許さないと言外に告げる視線は、たとえ万を数える神群であっても虚偽を述べる事は叶わない。

 

 対するアルキメデスは渋々といった表情を白夜叉へ、そして若干の罪悪感に満ちた表情を祖国へと向ける。

 いかに悪意があった訳ではなくとも己の罪に変わりない。

 ならばせめてもの償いは隠匿ではなく全てを包み隠さず打ち明ける事だと判断すると、覚悟を決めたように隠された真実を打ち明けた。 

 

「祖国君、最初に断っておくが私はこう見えても一応自身のことを分別のつく人間だと思っている。確かに知的好奇心は人より強いかもしれないが、それと誰かの命を天秤にかけるなんてことは断じてしない。その点だけは信じてほしい。」

 

「……………………。」

 

「その上で今から話す内容を聞いてくれ。祖国君、私は既に一度君の中からーーーーーーーーーー黒箱を取り出していたんだよ。」

 

「っ!?アルク、それはー」

 

「分かっているよ、白夜叉。罰なら後でいくらでも受けるさ。だが今はこちらの話を聞いてほしい。」

 

 白夜叉がアルキメデスを糾弾しかけた理由、それは彼女が無断で祖国からギフトを徴発していた点にあった。

 基本的にギフトの移譲はギフトゲームの景品であれ、あるいは単純な売買であれ、両者の合意に基づいて決められる。

 今回のような場合はただの窃盗、しかも話を聞く限り祖国の意識が回復する前の話だと推察できる。

 言ってみれば、意識もない重体患者からギフトを盗み取ったに等しい行動である。

 そんな事態を善神筆頭とうたわれる白夜叉が目を見逃せるはずもなく、加えて今回扱っていたのが黒箱という箱庭でも危険度が一級品の代物だ。

 どう見積もっても、またアルキメデスにそれを悪用する思惑がないと分かっていても、到底黙認できる事実ではなかったのだ。

 

 閑話休題

 

 さて、有無を言わさぬ威圧感と共に白夜叉の発言を遮ったアルキメデス。

 美麗なその顔を罪悪感でにじませながら、罪を告白するような口調で尚も祖国に語りかける。

 

「知っていると思うが、私はサウザンドアイズから君のギフトを調査するようにとの依頼を受けていた。が、やはり黒箱の正体を完全に証明するのは至難の業でね。他のエウレカメンバーとも議論した結果、一度黒箱を嫡出するのが最も効果的な手段だという結論に至ったんだ。もちろんその時には容態も大分安定していたから、これならギフトを取り出しても大丈夫だろうと考えたんだが……見通しが甘かったみたいでね。」

 

「何かあったのか?」

 

「…あぁ、取り出した瞬間ーーー治まっていた黒呪が一気に進行し始めたんだ。重症箇所が次々と再発していってね…、あと数刻対応が遅れていたらあるいは…。」

 

「なるほどな。取り出せなないんじゃ、そりゃ研究も出来る訳ないな。」

 

 場の雰囲気と余りにもかけ離れた祖国のあっけらかんとした対応に、アルキメデスの表情が奇怪なモノを見るかの様にポカンと固まった。

 彼女からしてみれば勝手にギフトを取り上げた挙句に、もう少しで人を殺しそうになったのだ。

 叱責なり何かしらの糾弾があってもおかしくない、いやむしろそうあるべき事態である。

 

 にも関わらず目の前の少年はさも当然と、それどころか彼女がギフトを解析出来なかった原因の方に意識が向いている模様だ。

 まるで自身の命など鴻毛よりも軽いと言わんばかりの態度にアルキメデスも怪訝さを禁じ得ないのか、たまらずカツカツと祖国にじり寄って胸内の感情を問いただす。

 

「君は私を恨んではいないのかい!?私の勝手なミスで死にかけたんだよ!?」

 

「あー、まぁなんだ。結局俺が重症だったところを救ってくれたのはあんたなんだろ?だったら一回は拾って貰った命だ、それとこれでチャラにしようぜ?」

 

「しかし…」

 

「いいんだよ細かいことは。結果として俺は今生きている。それが全てだしその過程なんざ俺の知ったこっちゃねえよ。」

 

「………本当に君は。」

 

 彼のその返答を聞いた瞬間アルキメデスは直感的に理解した。

 

 ーきっと

 

 彼にとっては自身の命は本当にその程度の意味しかないのだろう。

 それが彼の育った環境や価値観によるものなのかは知る由もない事だが、きっと彼にとって命などそんなもの(・・・・・)なのだ。

 いつ失ってもおかしくないモノ、仲間やあるいは下手をすれば敵のために擲っても構わないモノ。

 そう、彼の中で常に庇護すべき対象は仲間であり、弱者であり、見ず知らず誰かであり、 

 

 ーそしてきっとその中には大宮祖国という文字は存在しないのだろう。

 

「ーだがそんなのは嘘だよ、祖国君。」

 

 そう呟いた彼女の言葉は、誰に聞こえる事もなく空気に溶けて消えた。

 彼女の胸中に、ただ一つ強い思いを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、おんしでも黒箱を解析出来んとなると本格的に手詰まりじゃの。」

 

「いや、俺が全快した後でもう一回取り出してみてもいいんじゃないか?」

 

「「却下だ(じゃ)!!!」」

 

 祖国とアルキメデスのやり取りが数分続いた後、白夜叉がようやくと事の要点へ会話を移した。

 現状祖国の内に存在する黒箱が取り出し不可能となっている以上、摘出して解体という最も原始的かつ効率的な手段は使えない。

 

 ならばと祖国が代替案を発するも、残りの2人に強く反発をくらい議論は膠着状態にあった。

 

「そもそも祖国よ、おんしはいささか自身を軽んじ過ぎじゃ。自己犠牲も行き過ぎれば身を滅ぼすぞ。」

 

「白夜叉の言う通り。外界ではそれでまかり通っていたかもしれないが、この箱庭は神魔はびこる人外魔境だ。そんな甘い考えではー」

 

「分かった、分かったよ!善処するよ!それより今は俺のギフトの正体を突き止めるのが先決だろ!」

 

 女性陣2人のありがたい説教が始まりそうになったところを無理やり遮ると、祖国はやや強引だと自覚しながらも話をもとに戻そうとする。

 彼女らが自身のことを案じてくれての事とは分かっているが、やはり忠言耳に逆らうといった所か。

 そんな事ないと思うがなー、と呟いたのをバッチリと聞かれ、絶対零度の視線を二人から頂戴した祖国はきっと何も学習していない。

 

 そんな彼の態度にやれやれといった様子で首を横に振る女性陣。

 これ以上言っても今の祖国には意味がないと悟ったのだろう、なんとか建設的な意見をひねり出すために互いに知恵を絞り合っている。

 

「とはいえ本当に困ったことになったの。上層部からも此度の顛末の報告書とともに、こやつの黒箱の詳細を寄越せとせっつかれておってな。エウレカに依頼して分からずじまいでは本格的に上が動きかねんぞ…。何か手立てはないのか、アルクよ?」

 

「…ないことはないが。科学者としても依頼を受けた身としてもあまり褒められた手段ではなくてね。」

 

「他人からギフトを無断徴発した時点で褒められた事ではないと思うがの。」

 

「…それは言わない方向で検討してくれたまえ。」

 

 白夜叉のあまりにも尤もな意見に、アルキメデスはたまらず目線をそらして苦しい笑みを浮かべる。

 しんとした空間に気まずい空気が流れること実に数秒、根負けしたのは白夜叉であった。

 はぁと一つ大きなため息をつき「処分の沙汰は追って連絡する」とだけ言い残すと、アルキメデスにその手段とやらを説明するように催促する。

 

「して、おんしの言う"手段"とはいったい何なのだ?」

 

「まぁ、あえて言葉で表現するなら"保留"かな?君が上層部へ上げる報告書には黒箱の件は鋭意解析中とでも書いておけばいいのさ。」

 

「それは私も考えた。じゃがあのゲームからすでにかなりの時間が経過しておる。そんな状況でまだ正体を突き止められないとなるとエウレカにとっても不味いのではないか?」

 

「だからこそ褒められた手段じゃないのさ。クライアントの要望を、しかも自分たちの得意分野で未だ完遂出来ていないなんて、恥さらしも良いところだからね。」

 

「ならばー」

 

「だけどね白夜叉。」

 

 自己評価を不当に貶めるような行為は避けるべきだと忠言する白夜叉の言葉を、アルキメデスの鋭い声が遮った。

 

 いかな不測の事態が起ころうと、それを踏破しクライアントの依頼を達成してこその一流だ。 

 それを成せなかった以上いかなる釈明もただの言い訳に過ぎず、なればこそその責任を引き受けるのは当然の帰着。

 それが彼女の、いやエウレカの科学者としての誇りであり矜持なのだ。 

 

 それにー、と彼女はうっすらと微笑みながら告げる。

 

「確かに今回黒箱の正体を証明する(・・・・)ことはできなかった。けどね、それを推察する(・・・・)事はさして難しい事ではないんだよ。」

 

「何だと?」

 

「といってもあくまで推察の域を出ないがね。彼から黒箱を取り出した時の症状、そして彼のゲーム時の特徴的な挙動から導いた仮説にすぎない。それでも良いと言うならご拝聴願いたいが、どうするかね?」

 

 アルキメデスの問いかけに、残された二人は神妙な面持ちでコクリと首肯する。

 彼女のその科学者然とした風格に、まるで今から語る仮説こそが真実であると錯覚してしまいそうになりながら。

 

 そんな二人の真剣な視線を感じ取ったのか、あるいは科学者としての矜持故か、一層凛とした雰囲気をまといながらアルキメデスは己が仮説を展開する。

 

「まず祖国君に眠る黒箱の効果だが表面的な(・・・・)部分を察するのは実のところ簡単だ。祖国君も外界で実際に経験している事でもあるし今回私が取り出した時の症状からも逆算できるが、君の黒箱は"黒呪"の進行を抑える効用を持っている。」

 

「ああ、それは俺も薄々感づいていた。昔このギフトを譲渡されてからあの病状が嘘みたいに良くなったからな。」

 

「その話は私も白夜叉から事前に聞いているよ。これほどまでに巧緻なギフトを譲渡した天使、確かに気になる部分ではあるがそれは後に措いておこうか。」

 

 だがその時はきっとその天使について言及せずにはいられないだろうとアルキメデスは思考する。

 なぜならもし彼女の仮説が正しいとするならば、それはあまりにもー

 

 否、それを考えるのは今ではない。

 

 そう判断したアルキメデスは一人頭の中の思考を切り替えると、今成すべき事へとリソースを割く。

 

「さて、これらの事から黒箱の効果は『"黒呪"を無効化する』という仮説が導ける訳だけど…これが本当に正解だろうか?白夜叉はどう思う?」

 

「おんしがそう質問する時点で、答えはNoだと言っているようなものじゃろうに。」

 

「そういう捻くれた解答を期待していたんじゃないんだけどね…。でも答えがNoだと言うのなら、その点は私も同意見だよ。」

 

 そう言ってアルキメデスは席を立つと、部屋中に乱雑に積み上げられた実験結果のレポート中から一枚の用紙を探し出した。

 顔写真と比較的簡素な文字が綴られているその用紙には、どうやら祖国のプロフィールが記載されているようだ。

 その用紙を祖国と白夜叉に手渡すと、二人に目を通すように促しながら再び席に着いた。

 

「では考察を再開しようか。今回君のギフトを推察するにあたって私は一つ疑問に思う事があったんだ。」

 

「疑問?」

 

「そう。知っての通り黒箱とはかの大魔王ディストピアが作り上げた遺産、有名所で言うならばゲノムツリーに似た系譜を持つ。どちらも神の威光を削ぐために魔王ディストピアから外界に与えられた超技術がギフトの核となっているからだがーーー、はてここで一つの疑問が浮かび上がる。黒箱を作り上げる元になった外界に流出した超技術とはいったい何かという疑問がね。」

 

 アルキメデスの疑問は特別難解なことを問うている訳ではない。

 例えばゲノムツリーというギフトが完成された背景には、春日部耀のいた時代にDNAひいてはゲノム情報を自在に操作する技術が確立されていた事実がある。

 ならば祖国の持つ"黒箱(ブラックボックス)~コンフリクター~"とは、いったい外界のどんな技術が背景としてあるのか。

 彼女の疑問の本質はじつにシンプルなモノだ。 

 

 そしてその疑問を考えれば必然的に結びつくもう一つの疑問がある。

 

「いや、そもそも何故このギフトは"ブラックボックス"なんていう命名がされているんだろうね?」 

 

 そう、既に命名からしてこのギフトシリーズは異常(・・)なのだ。

 

 ブラックボックス、内部原理を理解せずとも外部からの操作のみを知っていれば望んだ結果を得ることができる機械装置。

 転じて内部構造や原理を観測あるいは理解できない物を指す言葉。

 その意味を額面通りに受け取ってこのギフトを解釈するならばー

 

「外界の人類は魔王ディストピアから与えられたこのギフトの元となった超技術を結局解明できなかった。故にブラックボックス、ついぞ人類が到達出来なかった一つの極致がこのギフトの原点ってことになるね。」

 

 アルキメデスのこの推論は実際魔王ディストピアの討伐方法から考えても矛盾なく説明できる。

 あまりにも強大すぎた魔王ディストピアは苦肉の策としてディストピアへと至る外界の流れを消滅させることで間接的に打倒された魔王だ。

 その影響で自身の霊格を確立できないノーフォーマーが発生したように、そもそもノーフォーマーにも成れずに消滅した外界も数多く存在した。

 

 もし消滅した世界の一つにこの黒箱の原点たる技術が流出していたとしたら、そして超技術を解明する前にその世界が消滅してしまったとしたら。

 魔王ディストピアを変則的な方法で討伐した結果、終ぞ人類が解明できなかった超技術の数々。

 魔王の庇護下という状況でこそあれ、本来ならばいつか日の目を見るはずであった科学の結晶たち。

 それが黒箱シリーズの正体だとしたら。

 

「…まさかこのギフトシリーズも"カット&ペースト"と同様にギフトの成り損ないということか?」

 

「恐らくーとは言っても本質的には全く別物だ。本来ギフトとして成立し得ないはずの"カット&ペースト"とは違って、こっちはきちんと証明(・・)さえされればギフトとして完成するんだからね。」

 

 「証明」という言葉に一層の熱意を滲ませながら、アルキメデスは実に楽しそうな表情を浮かべる。

 まるでその役目は自分のモノだと主張するかのような雰囲気に、白夜叉も祖国もやれやれと苦笑した。

 

 さてアルキメデスの発言にもある通り、技術や理論がギフトあるいは存在を確立するためには万人がそれを理解し再現するだけの理論を証明する必要がある。

 ラプラスの悪魔やマクスウェルの悪魔といった思考実験から生まれた存在が、それを"実証"するだけの技術によって霊格が認められたように。

 あるいはかつて人類が夢見た第三永久機関が、熱力学第二法則やエントロピー増大則によって"否定証明"されたように。

 技術やそれにまつわる霊格の所存は、それが理論的に矛盾なく証明されることが必要不可欠かつ最大条件であるのだ。

 

「科学者としてこれほどまでに心躍る瞬間はない!未知の問題!手も付けられぬ難問!その全てを己が頭脳一つ解き明かす快感こそ私が科学者たる所以!………なのだが、今回に限って重要なのはそこでは無くてね。」 

 

 黒箱の謎を解き明かすという愉悦に再びテンションが天元突破しかけるも、そこは学習する大人アルキメデス。

 フッーと一つ深呼吸で意識を整えると、いよいよ最後の考察へと話しを差し向ける。

 

「祖国君。私が君のギフト"カット&ペースト"について話した時、ギフトとそうでない物の基準をなんと言ったか覚えているかい?」

 

「…確か既存の物理法則を超えた事象を起こせるかどうかだっけか?」

 

「その通り。そしてその基準が今回この黒箱を推察する大きな手掛かりになるんだよ。」

 

 あまりにも簡素なアルキメデスの発言に、残された二人の頭には疑問符が浮かび上がる。

 おそらくここからは彼女に一任した方が効率的と早々に判断したのか、白夜叉と祖国は口を開くことも疑問を差し挟む事もなくアルキメデスの次の言葉を待つ。

 そして当の本人も彼らの意図を理解したのだろう、ではーという言葉と共に黒箱の最後の秘密を解きにかかった。

 

「さて。さっきの話からも分かるように黒箱シリーズはギフトの一歩手前、謂わば未完のギフトだ。ゆえに必然、君の黒箱が起こせる事象も物理法則やエネルギー法則に従ったモノでなければならない訳だが…、その場合先の"黒呪を無効化する"という仮説はどうしても成り立たないんだよ(・・・・・・・・・・・・・)。」

 

「なぜじゃ?」

 

「エネルギー総量が前後で食い違うから、だろ?」

 

 唐突に告げられた祖国の解答にアルキメデスは二重の意味で驚愕をあらわにした。

 一つはずっと考え込む様な素振りをしていた彼がいきなり口を開いたことに対して。

 そしてもう一つはー

 

「ー驚いたね、大正解だよ。」

 

 それが寸分違わず彼女の解答と同じ結論にたどり着いていたことに対してであった。

 

「祖国君も今言ってくれたけどね、さっきの仮説は"黒呪の無効化"。つまりは世界の意思によって祖国君へと向けられた何かしらのエネルギーを無にする(・・・・)っていう仮説さ。だけどそれはエネルギー保存の法則に反する力、要するにエネルギー法則を逸脱していることになる。これは前提条件と大いに矛盾しているだろう?」

 

 そう、それこそ最初の仮説が成り立たない明確な根拠。

 

 元来、祖国が患っている黒呪は世界の排斥力に起因する。

 言い換えるならこれは世界が大宮祖国を排斥するーつまりは殺害するために何かしらの働きかけを行っているということだ。

 その働きかけがいかなる手段や方法をもって行われているかは不明ではあるが、実際にアクションとして表れている以上それを成すだけの"エネルギー"が必ず必要となる。

 例えば祖国の病状を考えるなら、世界が何かしらのエネルギーを使用して黒呪を発症させていたといった具合にだ。

 

 しかしその場合、"黒呪の無効化"という仮説には一つの矛盾が発生する。

 もし黒箱によって黒呪が無効化されて発症しなかったというのなら、黒呪を発生させるために使用したエネルギーはいったいどこへ消えたのか(・・・・・・・・・・・・)

 エネルギー保存の法則という小学生でも知る世界の理に従うなら、黒呪発生に使用したエネルギー総量と同等の"何か"がエネルギーであれ物理現象であれ、何らかの事象として観測されなければおかしいはずなのだ。

 つまり"黒呪の無効化"という、言ってしまえば入出力後でエネルギー総量の辻褄が合わないこの仮説は、黒箱という未完のギフトが外界の法則を逸脱した事象を起こせない以上必然的に破綻する。

 

「ならばこの矛盾点を補足するにはどうすればいいか?そう考えたとき導かれた答えは実にシンプルな物だった。黒呪に使用したエネルギーを消すのではなく転化(・・)、つまり何か他の事象へと転用しているとしたらこれら全てを矛盾なく説明出来るのではないかと、そう考えた訳さ。」

 

 エネルギーが消えていないならどこかにあるはず。

 要は黒呪に使用されたエネルギーは大宮祖国を害するためでなく、もっと他の用途で彼に作用しているのではないかと仮定したのだ。

 そしてそれが黒呪という膨大なエネルギーを転用している以上、他の人間では成し得ないほど特徴的な"何か"が大宮祖国にあるはずなのだ。

 

「だから私は調べた、大宮祖国(きみ)の特異性をね。もちろん箱庭に召還されるだけあって目を見張る点はいくつもあったが、その中でも特に正攻法では説明できない事象があったんだ。」

 

 そう言ったアルキメデスは祖国たちに先ほど手渡した資料を捲るように促す。

 

 そのレポート一枚一枚には、祖国のゲーム中の発言が一言一句正確に記録されていた。

 数センチはあろう分厚いレポートを捲るうちに、二人はふと付箋が張り付けられたページが点在していることに気がついた。

 どうやら付箋でマーキングが施されているページには彼女の言う特異性へと至るヒントが隠されているらしい、ご丁寧に特に重要と思しき部分には赤い線まで引かれている。

 

 二人が渡された資料を読み進める事数分後、両者の顔には次第に納得の表情が浮かびだした。

   

『強いて一番近い言葉で伝えるなら"勘"か?』

 

『それこそ未来予知に比する刹那的なインスピレーションだ。』

 

『本来五感以外では知りえない情報を経験から帰納的に導き出す事。それが"勘"だ。』 

 

 理由は簡単にして明確。

 赤線で記されていた部分はヒントでもなんでもない、彼らが捜していた答えその物であったからだ。

 

「どうやら二人とも理解したようだね。そう、祖国君の言動で特に目を引いたのが彼の言うところの"勘"だよ。観測された事例だけでも殺意や敵意といった害意の感知、対象感情の推定、戦闘面の補助など…。いくらなんでもこの精度と汎用性は一人間の能力を越えている、そう思わないかい?」

 

 アルキメデスの問いかけに、祖国の脳内で今までの光景がフラッシュバックされる。

 

 思い返せば当てはまる節は多々あった。

 久遠飛鳥や春日部耀に敵意や殺意のレクチャーをしていたように。

 アルゴールの挙動から彼女の感情や思考を読み解いたように。

 視界の悪い状況や嵐舞う海底でケートスの攻撃を避け続けていたように。

 

 勘というにはあまりにも鮮明でーしかし何故か何よりも信用できるその感覚に、彼は今までの人生幾度となく助けられてきた。

 その閃きがもし人智を超えた力によってもたらされていると言うのなら、-ああ…なるほど、と納得する以外に道は無い。  

 

「…確かにな。俺自身あの戦いの最中、この能力を直感と言い張るのは少し違和感を覚え始めていたところだ。」

 

「恐らく極限の戦いの中で生き残るため、本能がより正確な情報を求めたんだろう。もはや君のソレは第六感と言っても差し支えないレベルだよ。」 

 

「それではアルクよ、今までの話を総評するとこやつの黒箱は"黒呪の無効化"ではなく、黒呪に使われていたエネルギーを五感の強化へと転化する力ということか?」

 

「今観測されている事象からはそう推測できるけど…本質はもっと別にあると思う。まぁこれ以上は別方面からのアプローチが必要になるだろうけどね。それはさておき白夜叉、今の話で上層部に送るレポートのネタは足りそうかい?」

 

「…あっ、ああ。十分過ぎるほどじゃ。これなら上も納得させられるだろうて。」

 

 アルキメデスのへの返答に一瞬どもってしまう白夜叉。

 どうやらこの考察が始まった理由を忘れかけていたらしい、アルキメデスから上層部へのレポートの話を持ち出されなければ完全に話が頭から流れていたところだった。

 

 何はともあれアルキメデスの考察はここに完結、祖国の黒箱の効能も少しは検討をつけることが出来た。

 しかも黒箱シリーズの正体までも推察するというおまけ付きでだ。

 これなら口うるさい上層部の連中も色々な意味で黙らせることが出来るだろうと、白夜叉は一人胸中爽やかな気分を感じていた。

 

 だがしかし因果な事かな、何事も確率とは収束するものだ。

 人間万事塞翁が馬というように、良い事があればその後には不幸な事が待っている。

 

 とどのつまり、白夜叉のすがすがしい気分はたった数秒後には消え去ってしまっていたのだ。

 

 

「それじゃ、祖国君。これが最後の質問だーーーーーーーーー君はいったい誰に作られた(・・・・・・)?」

 

 

 心地よい静寂を切り裂いた、ひどく無機的なアルキメデスの声音によって。 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
いや~、後編でまとめられませんでした。
本当に申し訳ない。
いい加減火龍誕生祭へカチコミに行きたくてタイピングする指がプルプルと…

あと今回投稿が遅れた理由は、実は以前書いていた文章に決定的なミスといいますかロジックエラーがありまして、全没になったからでございます。
なので新しい理由もとい設定を矛盾なくつなげるために酷く苦心しました(汗

何かミスがない事を切に祈る(割とマジで

とはいえミスがあれば訂正するのは当然ですので、ここどういう意味?ここ原作と違うんじゃないの?ここの説明が分からない! などありましたらコメント欄までお気軽にどうぞ!
その他の意見、疑問等も受付ておりますので、そちらも気楽に書き込んでやってください。

それでは今回はこれまで。
また次話でお会いしましょう。


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