パズル&ドラゴンズ ~Sundara Alabēlā Lā'iṭa Pānī lilī ~ (ネイキッド無駄八)
しおりを挟む

登場人物紹介

いちおう、登場人物をさらっと紹介しておきます。
といっても、この二人だけですが。
それ以外のキャラは後々。


『神戸 智己』 (かんべ ともみ)

 

 主人公。

 男。

 身長170センチ後半程度の中肉中背。

 強面で目つきが悪く、見た目で損をすることが多々ある。

 イメージとしては、短髪にした桐生 佐馬斗先生。知らない人は『対○忍 ア○ギ』で検索……しなくていい。

 好物はドリンク系全般。特に、とある人物の影響でガス入りミネラルウォーターを愛飲する。

 

 ある日突然、己が死んだことを『カミサマ』より告げられ『元の世界での蘇生』の条件として、人気ソーシャルゲームである『パズル&ドラゴンズ』によく似た世界へと送り込まれ異世界での冒険を強いられることになる。サブカルチャーに対してそこそこの造詣を示すが、異世界において自分がファンタジー体験(命がけ)をするという現在の境遇はあまり歓迎していない。

 

 自他ともに認める『減らず口』。

 「話せば分かる」が信条であり、「言葉が話せる相手ならば、例え神が相手だろうがやりこめられる」と自負し、時には挑発し怒らせ、時にはおだて持ち上げ、時には情に訴えお涙頂戴と、舌先三寸を地で行き、話術で相手を『落とす』。

 パズルによるモンスターの魔導補佐はおろか、魔力の類を扱う事すら彼自身単独ではロクにできないなど魔導に関しては全くの無能だが、持ち前の話術と生き汚さ、ダーティ仕立てのケンカ殺法でもって魔導の徒と渡り合う。 

 また、サブカルチャーに比較的明るいことから、カーリーを始めモンスターたちに様々な『輸入技』を使わせたがる傾向にある。

 

 何かと理屈を並べ立て素直に認めようとしないが、本来は無益に血が流れることを嫌い、争いを好まない思考の持ち主。「話せば分かる」という彼の信条も、無血で済むなら可能な限り穏便に争いを収めたい、といった彼の潜在的な意識によったところがままある。

 しかし、自らに降りかかる危険が回避不能だとひと度認識したら最後、相手を徹底的に潰すことを躊躇しない非情さも併せ持っている。

 

 異世界に飛ばされるまでの自らの人生を、「語るところのない、取るに足らないもの」だったとしつつも、『生きること』それ自体にはひどく固執し、病的なまでの『死』への恐怖を抱えているなど、どこか破綻した生命観を持つ。

 そんな彼が、どうして死ぬに至ったのかは本人も覚えていないため不明。

 現在、目下のところ絶賛異世界探索中。

 

 

 

 

 『秘女神・カーリー』 (ひめがみ・かーりー)

 

 主人公である神戸の相棒。

 時々ヒロイン。

 女。

 好物は日本のカレーとライチ。

 インド神話においては凶暴にして残虐な戦いの女神であり、だいぶグロ勇ましいルックスの持ち主のはずだが、パズドラの世界においてはふんわり系女神なルックスにクラスチェンジしている。

 

 はじまりの塔をクリアした神戸が最初のレアガチャで出会った、唯一無二の『相棒』。

 花のような可憐な雰囲気を纏う美しき女神。立ち振る舞いこそ基本的に上品だが、戦いの女神の本分である好戦的でアクティブな気質も持ち合わせており、それが原因でしばしば神戸を振り回す、我侭な一面もある。

 

 パズドラのゲーム本編においては、フェス限の神タイプという激レア枠であり、多色系最強クラスの強さの持ち主。

 その強さはこの世界においても例外ではなく、他の神タイプをすら圧倒する絶対的な力を誇り、秘めたるポテンシャルは計り知れない。

 しかし、パズルによる魔導補佐がロクにできない神戸の影響からか、現状大幅な弱体化を余儀なくされており、本来の実力を発揮することができていない。

 

 当初は神戸の能力に不満を見せていたが、だんだんと彼の取る『枠にとらわれない戦い方』に対し、理解を示していく。

 

 神戸との契約のせいか、彼と知識の共有が少なからず為されており、彼のマニアックなネタに対しツッコミを入れることができるこの作品の良心。

 

 あまりにも異質で強大な潜在能力を秘めていることや、パズドラの住人でありながらこの異世界についての知識に乏しく、にも関わらず神戸が異世界に送り込まれた経緯そのものは理解していることなど、その存在には謎が多い。

 

<技>

 

 【五色の秘術】

 カーリーの固有スキル。

 場の魔力のエレメントを火・水・木・光・闇の全ての属性で満たす。

 全ての属性の顕現は全ての『可能性』の顕現であり、全属性のエレメントで満ちた戦場は、カーリーが真の力を十全に発揮することができる彼女の独壇場となる。

 どんなに絶望的な状況であっても超克し、逆転の目を生み出し打開する力を秘めたカーリーの切り札。

 

 【四源の掌】

 カーリーのリーダースキル。

 火・水・闇・光の四色のエレメントを四つの掌にそれぞれ集め、膨大な魔力に変換するカーリーの最大にして最強の技。

 発動には四色の属性が必要であり、術者の魔導補佐によるアシストが不可欠。 

 発動してしまえばそれだけで戦いの終止符を打つに足る大技中の大技だが、彼女が本来の実力を発揮できていない現状では、練度不足な神戸の魔導補佐と、仲間のモンスターたちの支援を受け、ようやく発動することが可能になる。

 

 ・【四源の掌・閑花素琴】

 『四源の掌』で生み出された絶大な魔力を、極大の閃光に変え照射する技。ビッグバンか○はめ波やマスター○パーク、ジェノサ○ドブレイヴァー並びに○動砲のようなものだと思ってくれればそれでOK。

 閑花素琴という名前は、「撃てば最後、残るは沈黙のみ」といった意味で神戸が皮肉を込めて名付けた。

 

 【神聖魔法】

 神戸の趣味でカーリーが使用する(させられている)、タクティクスオウガ由来の輸入技。

 ・スピリットサージ…光の矢を撃ち出す。

 ・ジャッジメント…落雷のごとく光を打ち落とす。

 ・ヘブンリージャッジ…光の禁呪。原作のような除霊効果はない。

 ・シャイニングアタッチ…光の付呪(エンチャント)。

 

 現在、神聖魔法繋がりでティアーズ・トゥ・ティアラの「カンディド」を覚えさせようと神戸が奮闘中。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0話.キャラのつかみというか、プロローグというか、パズドラのパの字もない話。

先に言っておきますと、この話はプロローグです。
パズドラのパの字もなければ、ヒカーリーも出てきません。
えらく抽象的な上にエセシリアスな駄文の羅列です。
耐えられんわ!という方には、迷わず「1話から読んでバクシーシ!」とお願いしたい所存です。
面倒くさかったら飛ばしてくださって結構ですが、主人公の転生事情についてはこの0話にまとめておきます。


 

 

 「さて、仕事柄、まず最初に君にはこれを聞かなくてはならないんだが、今まで生きてきた人生について、何か思い返すこと、あるかね?」

 

 「……さぁ。別段、これと言っては」

 

 「え、無いの? 楽しかった思い出とかは?」

 

 「そりゃありますが、思い出ですし。過ぎ去ったもんは戻りやしません。過去ばかり省みたところで、意味なんぞ無いでしょう」

 

 「それじゃあ、会いたい人は?」

 

 「会いたくない奴なら山のくらい居ますがね。特別会いたい奴は……んー、すみません。ちょっと、考えさせてくれませんかね……」

 

 「愛する家族は? 愛する恋人は?」

 

 「ほっといてくれませんかね。ちょっと考えさせてください、って言っとるでしょうが」

 

 「やり残したことは? 未練は、無いのかね?」

 

 「……あー、ダメだ。これと言って浮かばねぇ。で? なんですって? また苦労して思い出さなきゃならんことじゃ無いでしょうね?」

 

 「どうにもやる気の感じられない返事だねぇ、君。今の自分の立場、理解してるのかね?」

 

 「理解もなにも、俺には、ここがどこで、どうやってここに来て、そもそも、どうしてここに来たのか、俺が話をしているこのヒゲのおっさんは何者で、さっきからなんでおかしなことばかり聞いてくるのか。なにもかも一切合切が理解出来てないんですがね」

 

 「分からないなら分からないなりに、想像力を働かせ給えよ。見晴かせ、この神々しい光に、神々しく広がる雲海に浮かぶ神々しい宮殿、そして神々しい私。説明は不要というもんだろう」

 

 「ダメですな。俺にはうさんくさい光に、うさんくさい雲、うさんくさい建物に居る、うさんくさいヒゲのおっさんしか見晴かせないんですが」

 

 「あれ? 私、今だいぶカチーンと来ちゃったよ? このクソ生意気な小僧に、うっかり神罰加えたくなっちゃったよ?」

 

 「いいんですか? 仮にも『カミサマ』が、そんな下賎な言葉遣いをしちまって」

 

 「うるさいやい! 先に仕掛けたのはそっちのほうだろうが! てか、分かってんなら余計な茶々入れんじゃない! さっきから話がずっと進んでないんだよ!」

 

 「大目に見てくれませんかね。俺もこれで、結構動揺してるんです。半畳入れないと、やってられんのですよ」

 

 

 

 「……ふむ、それもそうか。まぁ、誰しも『死』は初体験であるからな。無理からぬことか」

 

 

 

 「……やっぱり、俺は『死んだ』んですか。やーれやれ、ホント、参ったね……」

 

 「やはり、死ぬのは怖いかね?」

 

 「……別に。これといっては」

 

 「先にも言ったが、私は業務規程上、義務だから君にさっきのような質問をしたわけなんだが、実のところ、君のことはある程度、資料に目を通したから、もう分かっているのだよ、大体はね」

 

 「お見事。さすがは『カミサマ』ってわけですな。それで?」

 

 「……君の性格に関する欄には、でかでかと『とんでもない嘘つき』とあるわけだよ。ついでに言うと、堂々のトップを飾っている項目は、『減らず口』であるわけだ」

 

 「なんだか、随分と俗なんですな、神様のレジュメっていうのは。もっと他に書きようがなかったんですかね?」

 

 「事実なのだから仕方なかろう。そして、これによれば、見かけより、君はずっとクレバーだ。減らず口を叩くのも、相手に揺さぶりをかけ、自分のペースに相手を持ち込むためであり、情報を引き出すための君の処世術に過ぎない、と」

 

 「そこまで計算して喋っちゃいませんよ。口から先に生まれたような男だ、とはよく言われますがね……って、そうか、もうバレてるから、くだらねぇトークは要らないのか」

 

 「変な隠しだては出来ないと心得給え。神の眼はごまかせんよ。そして、『死ぬのが怖くない』、これもまた、真っ赤な嘘だ。違うかね?」

 

 「……違いやしませんよ。えぇ、違いませんとも」

 

 「…………」

 

 「確かに俺は死ぬのが、どうしようもなく怖い。恐ろしくて、たまらない。あんたの前じゃなけりゃ、身も世もなく泣き崩れたいくらいだよ。ああくそっ、なんだってこんなことに……」

 

 「そうだ、それが偽らざる、君の本音だ。―――しかし、タチが悪いことが、まだ1つ、残っている。……それは……」

 

 「……構うこたないですよ。とっとと言ってください。このやり取りにも、いい加減、うんざりしてたところです」

 

 

 

 「『これまで生きてきた人生、何か思い残すことはないか』という、あの質問。あれに関する君の答えは、――――全て本当のことだ。違うかね」

 

 「…………」

 

 

 

 「君の死に対する恐怖、これは疑いようもなく真実だ。しかし、君の人生に思い残すことは何もない。これもまた、真実だ。いったいこの矛盾は、どういうことなのだろうかね?」

 

 「…………」

 

 「やり残したこともなく、思い残すこともない。なのに君は、こんなにも死を拒絶する。奇妙奇天烈極まりないとは思わんかね?」

 

 「……未練がなけりゃ、生きてる意味は無い、とでも言いたいわけですか。良いじゃないですか、別に。目標がないのに、生きてても……」

 

 「君の場合は、それとは全く意味が違う。君には、言ってしまえば、『生きたい』という明確な目標すらもない。それでも、『死ぬこと』、それだけは絶対に許容できない、ときている。いったい、この感情の出処は、なんなんだろうかね? 君にだって分かるだろう。生きたい、ということと、死にたくない、ということは全く別物だ、ということくらい」

 

 「あぁもう、ごちゃごちゃと……結局、何が言いたいってんですか? 事実、俺はもう死んじまったわけでしょう? ならここで俺がぐちぐちごねることと、あんたから聞きたくもない説教を聞かされること、どっちも意味なんぞ無いでしょうが。何がしたいんですか、いったい」

 

 

 

 「そこで、だよ。君に1つ、チャンスをくれてやろう」

 

 

 

 「……チャンス?」

 

 「今こそ、君の質問に答えよう。これこそが、私が君をここに呼んだ理由に他ならないのだよ」

 

 「……ここまで来たんなら、もったいぶらずにとっとと、そのチャンスとやらを、俺にご講釈くださいよ。もうこの際だ、毒を食らわばなんとやらまで、ですよ」

 

 「私としては、君の得体の知れなさを、解明せずに捨て置くことが出来そうもない。―――だから、君を少し、泳がせることにする。これまでより更に、『死』と隣り合わせの世界で、ね。それがチャンスというわけだ。私を満足させるに足る結果を出せたなら、君にとって最も喜ばしいプレゼント、つまりは『元の世界での蘇生』を叶えさせてあげようじゃないか。悪い話ではあるまい?」

 

 「それはそれは。大層ご立派な趣味でございますね、そいつは。もしかして俺の死因、あんたが自分の無聊の慰めに俺を殺したから、とかじゃないでしょうな?」

 

 「冗談も休み休み言い給え。こちとら君一人にかかずらっている暇などありはしないさ。とっとと君に関する案件を終わらせたいというのが、正直なところでもあるんだよ」

 

 「ケッ、徹頭徹尾ふざけてやがるな、あんた。で、俺はどんなモルモットをやればいいんです?」

 

 「ロケーションは、そうだね。君の薄っぺらな人生において、多少なりとも君が取り組み続けた、『ゲーム』の世界にするとしよう。君に相応しい舞台だろう?」

 

 「もはやなんでもありですな。いいですよもうなんでも。とっととここから解放してください」

 

 「言われなくても、そうさてもらおう。しかし、神である私をここまで辟易させるとは、正直、それだけで君の価値が窺い知れそうなものだよ」

 

 「お褒めに預かり、光栄の至り。んで? この門から出てけばいいんですかい?」

 

 「そうだ。鳥になって来給え。幸運を祈るよ」

 

 「なんでそんな細かいネタ知ってんだよ……それじゃ、カミサマ。シーユーレイター、アリゲーター」

 

 「うむ。精々、気をつけてな」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「……やれやれ、行ったか。全く、口の減らない男だったな。どれくらいぶりだろうかね、あれほど長く会話したのは」

 

 「しかしよくよく、本当に薄っぺらい人間だ、君は。それだけに、その異様な死への恐怖だけは、どうにも異常だ。まったく」

 

 

 

 「さて、見せ給え。そして、私の期待を裏切らないでくれ給えよ。人間」

 

 

 

 

 ―――これはまだ、物語が始まる以前。

 

 減らず口な男と、光の睡蓮が出会う前。

 

 物語はここより始まり、睡蓮は間もなく目を覚ます―――

 

 

 

 




はい、さっそく冗長でした。
「主人公神様の前に呼ばれる、主人公パズドラの世界にリンクスタート」の一言で済む話をここまで引き伸ばすのが、作者クオリティ。
常にこんなに会話文ばかりにはならないはずなので、どうか愛想をつかさず、お付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1話.減らず口と睡蓮 ~邂逅~

ついに主人公とヒカーリーの出会いです。
といっても、これを出会いと呼んでしまってもいいものでしょうか。
まぁ、深く気にしないことにして、どうぞ本編をお楽しみください。


 

 目を開くと、そこは暗黒の世界だった。

 いや、いっそ魍魎の世界、魔物の世界と言ったほうが適切かもしれない。

 

 吸い込むだけで力を奪われるかのような粘つく大気。見渡す限りの死の静寂。骸の迷宮。光の差し込まぬ暗く冷たい世界。

 

 何故自分はこんな場所に居るのか。ここはどこなのか。いったい、何が起こっているのか。

 当然口をつくべき疑問は、しかしそれよりもまず、

 

 ――おぞましい――

 

 という、激しい生理的嫌悪により阻まれた。

 

 一刻も早くここから逃げ出さなければ。その思いに駆られ、あたりを見回した男は、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 

 そこに『在った』のは、見上げるほどに巨大な、2頭のダイオウイカだった。

 ギョロリ、と黄色い目玉がこちらを向き、青白く透き通った肌をしたソイツは、男の体を爪先から頭まで簀巻きにしても、なお余りそうな長大さの触手を、二匹揃って男の方に伸ばした。

 

 かろうじて、ほうほうの体で駆け出した男は、無様に転ぶような形でダイオウイカの触手を避けることができた。運動が贔屓目に見ても得手ではない男からすれば、奇跡に近いアクロバットだったが、しかしこれによって、ほぼ死に体となってしまった。

 

 次はない。そう悟った男は、それでもダイオウイカ―――クラーケンから逃れようと、後ずさった。

 獲物の足掻きを鬱陶しく思ったのか、クラーケンは触手を一旦撓めた後、一気に槍のように男に向けて突き込んできた。

 往生際の悪い男は、それでもなお、最後の抵抗とばかりにクラーケンを睨み据えた。

 クラーケンの触手が、獲物を貫かんと男に殺到し―――

 

 

 ――――中空で、突如降り注いだ眩い閃光によって真っ二つに両断された。

 

 

 「――――――――――!!??」

 

 

 突然自らの一部を失ったクラーケンは、その身を戦慄かせ、男がそうしたように――何かを恐れるように、後退りをした。

 

 驚愕したのは、男もまた同じだった。

 しかし、男が驚愕したのは、恐怖からではない。

 この地獄の底のような冷たい世界に、暖かな光が差し込み、己を救ったことに対してだった。

 そう、光は圧倒的な威力で触手を散らしたものの、男がその光から感じたのは、暖かさにほかならなかった。

 立ち尽くす男の目前で見る間に、無明の世界に光が、染み渡るように広がっていく。

 広がる光の源を確かめるべく、男が目を細めたその時、背後から身も凍るような咆哮が上がった。

 

 男が振り向いた先では、三つ首の巨大な狂犬と、恐ろしい大鎌を携えた妖しげな女がこちらに肉薄していた。

 

 耳障りな哮りと共に、三つ首の犬は大口を開けて闇色の衝撃を放ち、大鎌の女は大上段に構えた鎌を、轟音とともに振り下ろした。

 クラーケンの触手とは比べ物にならない速度で襲来する二つの攻撃に、男は今度こそ覚悟を、――男が最も恐れるもの、『死』への――した。

 

 耳を劈くような爆音が鳴り響き、爆風が男を吹き飛ばすことは、しかし、なかった。

 

 呆然とする男の目の前で爆風を塞き止めたのは、光の花―――睡蓮だった。

 闇に花開いた睡蓮が、男を守るように、柔らかな光を伴って咲き誇っていた。

 手を伸ばして触れてみると、確かな暖かさが、男を励ますように掌に帰ってきた。

 眼前では、狂犬と妖女が自らの一撃を容易く阻んでいる睡蓮を睨みつけ、歯噛みするように力を込め続けているが、花はびくともせず、力強く男を守り続けている。

 焦れた狂犬と妖女が、吼え声とともに更に力を込めようとしたその時、再度空から降り注いだ閃光が、狂犬と妖女を眩い光と共に灼き焦がした。

 

 「――――――――!?」

 

 睡蓮の障壁を破ることしか頭になかった二匹の怪物は、不意打ちのように真上から照射された光に対し、何の備えもないまま直撃の憂き目に遭い、白煙を上げながら倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

 ただただ圧倒的な眼前の光景に対し、立ち尽くしたままだった男の前で、広がる光は秒刻みで強く、力強く光量を増していった。

 

 そして、広がる光は形を成し、ついに男の前に人型を象って顕現した。

 

 

 

  ――――花開いた――――

 

 

 

 そうとしか形容できないような光景だった。

 大輪の睡蓮が咲き誇り、花弁が宙を舞うように乱れ散った。

 男に背を向けるように、男を守るかのように降り立ったのは、光り輝く睡蓮の女神だった。

 すらりと均整のとれた肢体を包み込む薄桃色の衣が、結い上げられ長く長く流れる金色の髪が、花風に揺れるようにたなびいた。

 女神は、その美しき後ろ姿において、そこだけは人間とは異なっている、()()()()腕を、広げた。

 広げた六本の腕のそれぞれには、色とりどりの睡蓮の花が捧げ持たれていた。

 腕を広げた女神は、捧げ持たれた睡蓮たちと相まり、一つの優美な『花』として、男の前に咲きこぼれた。

 そして、美しさにただただ見上げるばかりだった男の方へ、睡蓮の女神が振り向いた。

 

 見蕩れる、というのはまさにこのことだろう、と男は心のどこかでそう感じていた。

 

 美麗な花のように、たおやかでありながら、どこか幼くもあるような可憐さを併せ持った、そう、正しく神々しい、闇夜の迷宮の中でさえ霞むことのない、気高き美しさを湛えた顔が、微笑みをもって振り返り、男と視線を絡ませた。

 

 途端、睡蓮の女神は、湛えた微笑の中に、確かに驚愕の色を見せた。

 

 

 ―――どうして―――

 

 

 と女神の唇はそう紡いだかのように、男には見えた。

 

 しかし、驚きを見せたのも束の間、女神はどこか得心したかのように、また微笑を――今度は、寂しさを滲ませた――浮かべた後、男から視線を外し、波打ち始めた眼前の空間を見据えた。

 

 現れたのは、黒外套をはためかせ、一斉に携えた剣の切っ先を女神に向けた、青白き三体の吸血鬼の騎士だった。

 

 現れた三体は、先兵として仕掛けてきた魔物たちとは違い、闇雲に突貫してくることはなく、様子を窺うようにじっと屹立している。

 仕掛けてくる様子のない吸血鬼たちに、女神は中空に浮かんだ睡蓮を煌めかせ、三度閃光を照射せしめんと、力を漲らせた。

 

 

 しかし、女神には光を発して吸血鬼の騎士を灼くことは叶わなかった。

 粘つく大気が、重く、のしかかるように、女神を押し潰さんと質量を持って上空から殺到したからだ。

 

 「―――――――――っ!!」

 

 そこで、今まで全く揺るぐことのなかった女神の威容が、初めて崩された。

 のしかかる超重力に、女神の表情が苦悶に歪む。

 女神をしてここまで苦しめる超重力に、しかし男はなんの痛痒も負いはしなかった。

 男の全天を覆うように、巨大な睡蓮が花開き、超重力から男を庇っていたからだった。

 先の狂犬と妖女の攻撃を阻んだ時とは違い、凄まじい超重力に睡蓮が悲鳴を上げるように軋む。 

 男を守るための睡蓮の障壁の展開で精一杯なのか、身動きが取れない女神を嘲笑うように、ケタケタケタと、凶悪な鎌を携えた黒衣の死神が虚空から現れた。

 

 明らかに今までの怪物とは格が違う冥府の死神に対し、女神は唇を噛み締めた。

 そして、今の今まで整列していた吸血鬼の騎士たちが、この機を待っていたかのように、その手に闇色の炎を作り出して女神に向けて翳し、死神はケタケタケタと高嗤いし更に重圧を強めた。

 

 喘ぐ女神を前に、昏い喜びを浮かべた怪物たちが総攻撃を開始せんとし、場の空気が澱みを増した、その時、

 

 プチン

 

 と何かが切れるような、この場には似つかわしくない音を、男の耳は捉えた。

 ついでに、美しい彫刻のような女神の横顔が、ありありと怒りの表情を浮かべるのも。

 

 直後、凄まじい轟音と共に女神から発せられた極大の閃光が、目の前を覆いつくした。

 

 「――――――――――――!!!!」

 

 あまりにも激しき光の奔流に、自らには全くダメージが無いにも関わらず、勢いに圧されるように、男は尻餅をつき後ろに倒れ込んだ。

 眼前では、吸血鬼の騎士たちが総身を大きく傷つけ膝をつき、死神はケタケタ嗤いを止めて警戒するかのように女神を睨みつけている。

 しかし、女神もまた無事ではなかった。

 超重力に押さえつけられ、ただでさえ余力の無い状態であれだけの力を振り絞ったためか、女神は背を丸め、荒い息をつき、立っているのがやっとの状態だった。

 息を乱し、肩を震わせながら、女神は男の方に顔を向け、苦しげながらも確かに微笑んだ。

 

 大丈夫、と。

 

 そして、男の足元で睡蓮が花開いた。

 花開いた睡蓮はくるくると回り、男を包むように花びらが吹き上がった。

 視界を埋め尽くさんばかりに舞い上がる花びらの奥に、男は確かに見た。

 

 地獄の奥底に、冷たく輝く恐るべき魔王の慧眼を。

 

 決意と泣き笑いを綯交ぜにしたような表情を浮かべ、それでもなお微笑む、女神の顔を。

 その唇が、言葉を紡ぐ。

 

 

 ――――、――――――――。

 

 

 男はたまらず、手を伸ばした。

 女神もまた、応えるように手を差し伸べた。

 

 魔王の慧眼が妖しく煌き、世界を闇で覆い尽くしていく。

 花びらが激しく乱れ舞い、男の視界をついに完全に覆い隠した。

 

 

 そして、男の意識は光と闇の混濁に呑まれて掻き消えた。

 

 

 

 




はい、そんなわけで一瞬の邂逅でした。
ホント表現力のなさに凹みます。
もっと上手くヒカーリーの神々しさを描写できたら良かったんですが。
自分の文章力と想像力ではこれが限界でした。仕方ないね。

次回から、本格的に冒険開始です。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話.減らず口と幼龍

1話を読んでくださった方、大変申し訳ないです。
始まる始まる詐欺です。
まだバトルしません。今回は”あいつら”とのお話です。


覚醒は、唐突に訪れた。 

 

「っぶはあっ!?」

 

 ちょうど長い潜水から上がってきた時のように口から盛大に息を吐き出しながら、勢いよく上体を跳ね上げ、男は唐突に目を覚ました。

 

 「っ、ぜーっ……はーっ……はーっ……ふぅー……」

 

 長い潜水から、というのはあながち比喩でもなく、男の動悸は暴れに暴れ、全身からは嫌な汗が流れ、さながら水でも被ったかのような有様だった。

 中々正常に戻らない呼吸を整えつつ、男は座り込んだまま、周囲を見渡した。

 

 

 

 そこにあったのは、”平和”そのものだった。

 見渡す限りに広がるは、鬱蒼とした木々が形作る林、上を見上げれば抜けるような青さの透き通った空。おだやかな風が吹き抜け、胸深く吸い込めば爽やかで、とても空気が美味しく感じられた。

 自分がいるのは、そんな林の中にぽっかりと空いた天然の広場のようだ。

 そして、眼前には見上げなければ頂上が窺えない、大きな塔がそびえ立っていた。

 どうやら、その塔のエントランス真ん前に、男は打ち捨てられていたようだった。

 

 いくらか呼吸が落ち着いた男は、目頭を揉みながら、脳裏にこびりついた記憶を思い返す。

 

 フラッシュバックするのは、恐ろしい怪物たち。暗き迷宮。

 そして―――思い出すことは叶わないがとても、そう、『暖かかった』、何か。

 

 どれもこれもが現実離れした光景だったが、男はそれらをすんなりと――傍目から見れば、異常なほど抵抗なく――受け入れられていた。

 

 「やーれやれ……とんだ世界に放り込んでくれやがったな、あのヒゲ野郎め」

 

 男は誰とは無しにぼやき、立ち上がりざま尻をパンパン、と払った。

 そのまま、周囲を見渡した際に目に止まった、小さな泉の方へと足を向けた。

 バシャバシャバシャと、不快な汗を洗い流すために男は泉の水で顔を洗った。

 いくぶんさっぱりとした気分になれた男は、なんの気なしに、泉の中から自分を見返してくる姿を見やった。

 

 体格は特に評するところもない中肉中背。身の丈は170センチ後半程度、太っているわけでもなければ筋肉がついているわけでもない、極めて平凡な体つき。

 ルックスの方も、決して美男子なタイプの顔面ではない。

 鬱陶しく感じられない程度の長さに刈り上げられた黒髪の下で、良く言えば鋭く、悪く言えば目つきの悪い眼差しが水底からこちらを睨み返し、更にその下では、なにか面白くないことがあるかのような様で、唇がへの字気味に引き結ばれている。

 有り体に言ってしまえば、偏屈と、その一言で表すのがしっくりくる、そんな顔立ちだった。

 

 「うむ、相も変わらずいつもどおりの、面白みもなんともない俺の顔だな。せっかく異世界に飛ばされたんだから、少しくらいアニメナイズ、もしくはハリウッドナイズされてもバチは当たらんと思うんだがね。重ね重ね、不親切なヒゲだよ、ったく」

 

 不満たらたらな様子でまたもぼやき、男は水面から目を外した。

 もう一度、深く深呼吸をし、頬をパシンと張った。

 そして、眼前にそびえ立つ塔を下から睨め上げた。

 

 

 

 「いざ、『はじまりの塔』へ、ってか……まぁ、やってやろうじゃねぇのよ」

 

 

 

 そう呟き、男は塔に向かって一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 塔に入ってすぐ、男に向かって3つの影が、とてとてと駆け寄ってきた。

 影の正体は、小さな獣――そう、例えて言うなら、龍の幼子だった。

 小さな龍たちは、男の眼前で脚を止めると、ポーズを取って整列した。

 

 一番左は、赤き幼龍、小さなティラノサウルスだった。

 元気よく吠えると、口からはチロチロとこれまた小さな炎がこぼれた。

 

 真ん中は、青き幼龍、小さな首長竜だった。

 小さな噴水を吹き上げると、愛らしい音色で、一声鳴いた。

 

 右端は、緑の幼龍、小さなトカゲだった。

 ぴょこん、と跳びはねると、勇ましい様子で可愛い雄叫びをあげた。

 

 要約して言えば、めっちゃ可愛いちびドラゴンが、男の前にそろい踏みしていた。

 

 「お、おおう……これが、御三家の破壊力か。不覚にも、クラっと来たぞ……」

 

 男はめまいを覚えたかのように軽くふらつきながらも、その顔にはっきりと、隠しきれない喜びの色を見せた。正直、強面気味の男が軽く身をくねらせつつ、半笑いを浮かべているその様は、だいぶ気色が悪い。

 

 気色の悪さはそのままに、ちびドラゴンたちに手を差し伸べた男は、しかし何を思ったのか、唐突に、はたとその手を宙で停止させた。

 

 「……待てよ。やっぱこいつらって、一匹しか()()()()()()()、のか?」

 

 男の頭に飛来した一つの疑問に、答える者はいない。

 居なかった、のだが、不自然な格好で静止している男の目の前では、ちびドラゴンたちが何かを待ちわびているかのように、ドキドキワクワク、といったオノマトペを添えたくなるような表情で男を見上げていた。

 その瞳には、実に無垢で無邪気な、宝石のような煌きが浮かんでいた。

 

 先ほどとは違った意味でめまいを覚えつつ、男は大層困った様子で天を振り仰いだ。

 

 「おいおいおいおい、残酷すぎるだろうよ、これは…… 俺に選べってのか? この中から? 一匹だけを? そりゃいくらなんでも、無体が過ぎるぜ……」

 

 ここが、男の想像通りの世界なのだとしたら、このちびドラゴンたちの中から『1匹』のみを連れて、この塔を上へと登っていく。そういう手順を踏まなくてはならないはずなのである。

 

 そう、このちびドラゴンたちの中から1匹だけを選び、他の2匹とは無論、ここでさようならをしなければならない……

 

 もちろん、自分が知るそのルールにあえて背き、三匹まとめて『お持ち帰りー♪』することも、可能なのかもしれない。しれないのだが、そこで男の脳裏には、暗く冷たき迷宮に巣食う、あの怪物たちの恐ろしい姿がよぎる。何故か、本当に何故なのかは分からないが、あの場所から生還した体験は、この世界において危ない橋は可能な限り避けて通らねばならない、という意識を男に植え付けるには十分すぎるものだった。

 

 あるいはそれは、男が元来持っている、『極端に死を忌避する』という性質が為せる業、なのかもしれないが。

 

 ともあれ、こんなちびドラゴンたちに限って何かが起こることは考えにくいが、それでも触らぬ神に祟りなし、どこに地雷が埋まっているのか不明な以上、慎重に行動すべきだ、というところを男は思考の落としどころとした。

 

 したの、だが……

 

 「…………♪」

 

 「……………」

 

 「…………?」

 

 「……………」

 

 「…………??」

 

 「ええい、そんな目で俺を見るな!! お前らまさか罪悪感で俺を殺す気か!? ちくしょう、かわいいなぁこいつら!!」

 

 しかし、男にとってこの選択は、相当精神的に堪えるものがあるらしく、あくまで無邪気なちびドラゴンたちの前に、男のハートは既に尋常ならざるダメージを受けていた。

 

 まさかこんな場所でいきなり試練に立ち向かうことになるとは。露とも思っていなかった男にとって、なんと恐ろしい世界だ、と再び自らの状況に対する認識を改めざるを得ない機会だったようだ。

 この男、事を構えるに当たっては比較的肝の据わった方なのであるが、どうもこういう手合いは苦手のようである。

 

 そして、ヤケ気味に地団駄を踏み鳴らし散々大騒ぎした挙句、男はついに決断を下した。

 

 「よし、決めた! 決めたぞ! 決めちゃったもんね! 一世一代の清水ダイブだ! 悪く思うなよお前ら! 俺の、最初のパートナーは……!!」

 

 




正直、いっそのことダーーーーっと長々く書いて投稿するのと、細切れにしてこういう風に投稿するのと、どっちがいいのかよくわかっていません。
ただ、これだけ駄文が冗長してるのに、その上長いとなると、果たして読了してくれる人は居るんだろうか、と心配になります。
ので、とりあえずはこんな感じで行きたいと思います。
さて、次回はお待ちかね。運命のレアガチャです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話.減らず口と幼龍 ~ファーストブラッド~

またもまたしても前回を読んでくださった方、誠に申し訳ありません。
予告詐欺です。
今回、ガチャまで行きませんでした。
これだけ詐欺を重ねるともう愛想もなにも尽かされかねませんが、どうか平にご容赦くださいということで、本編をどうぞ。


 

 「はぁー……」

 

 塔を上へと登りながら、男は何度目かの溜息をこぼした。

 その表情は例え冗談でも、「溜息つくと、幸せ逃げるゾ✩」などとは決して言い出せないほどに、お通夜じみてどんよりとしていた。

 

 原因は言うまでもなくエントランスでの一件だ。

 男に選ばれることがなかった二匹のちびドラゴンたちが、見るからにしょんぼりとした面持ちで、すごすごと元来た方へと帰っていった様など、その場で跪いて懺悔でも始めたくなるくらいには男の心にトラウマものの衝撃を与えていった。

 もう二度とあんな目に遭うのはごめんだ、と男は後に語ったという。

 

 ドナドナド~ナ~と哀愁を込めて口ずさみ、しかしいつまでも辛気臭いムードではいかんと男はようやく少しだけ立ち直りを見せた。

 

 「まぁ、またどっかでドロップ…じゃねぇや、会えるだろきっと。気にしたら負けだ負け。まだ何とも戦ってないけどな」

 

 気づけば男は階段を登り終え塔の二階にたどり着いていた。

 時間にして三分も経っていなかったので、この塔は外観よりも意外と小さいのかもしれないなどと男が思いつつ、歩を進めた時だった。

 

 フロアに一歩を踏み出した男の前に、ぷよんぷよんと軽快に跳ねながら、一言で形容するなら『スライム』のような生き物が現れた。

 数にして三体。それぞれ体色が異なる赤青緑のスライムが、ぷよんぷよんと男の前に並び立った。

 男にとって、この世界に来て初の会敵の瞬間だった。

 

 「ふふん、出たな三色スライムめ。お前たちに恨みは無いがここでいっちょう、華々しくデビュー戦を飾ってやるぜ」

 

 いかにも「ボクたちザコです」と言わんばかりのぷよんぷよん達の前で余裕しゃくしゃくに啖呵を切りつつ、男は懐から球状の物体、さらに言えば「タマゴ」のようなモノを取り出した。

 

 「記念すべき初陣だ! 派手に行くぜ…!」

 

 そして上空にタマゴを放りつつ、男は高らかに名乗りを上げた。

 

 

 

 「俺に勝利を見せてくれ! 頼んだぞプレシィ先生!!」

 

 「ピィーー!」

 

 

 

 宙空のタマゴから解き放たれた光が像を結び、可愛らしい雄叫びと共にそこに現れたのは、青き小さな首長竜、プレシィだった。

 

 このプレシィこそが、男がエントランスで悩みに悩んだ末に選んだ幼龍だった。

 

 「くぅ~、やっぱりめんこいぜ! なんたっていっちゃん可愛かったからな! お前を選ばざるを得ないってもんだ! なぁ!」

 

 「ピィーー!」

 

 男の褒めちぎる声に、得意げに応えるプレシィ。出会ってまだ間もなかったが、男と幼龍のチームワークは万全のようだ。

 

 「であるならばだ! 眼前で跳ねてるあのプリン体どもを俺たちのファーストブラッドとすることに、なんら問題はあるまい! さぁ! ここより、伝説の始まりだ!」

 

 「ピィーー!」

 

 「さればいざ! 行くぞプレシィ先生!」

 

 「ピィーー!」

 

 男の鬨の声に、力強く応えるプレシィ。相変わらずぷよんぷよんとそのゼリー質を最大限に生かすスライムたち。

 

 

 今ここに、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 が、

 

 

 「よぉーーし!」

 

 「ピィーー!」

 

 「ぷよんぷよん」

 

 「よぉーーし! よぉーーし!」

 

 「ピィーー!」

 

 「ぷよんぷよん」 

 

 「よぉーし! よぉーし……!」

 

 「ピィーー!」

 

 「ぷよんぷよん」

 

 「………」

 

 「……ピィ?」

 

 「ぷよんぷよん」

 

 

 

 

 「ちょっと待て! これ、この後、どうすればいいんだ!?」

 

 

 

 「ピィッ!?」

 

 

 男は空を仰ぎ、誰とは無しに絶叫した。

 

 いざ名乗りを上げたはいいものの、これから何をすればいいのか男には皆目見当がつかなかった。

 

 男をここに連れてきた人物の言によればここは、ある「ゲーム」の世界なのだという。

 ここが男の知るような「ゲーム」の世界なのだとしたら、すぐさま戦闘に入ったプレイヤーは手元で「パズル」をするはずなのである。

 そのパズルが攻防の、ひいては戦闘の全てだと言っても過言ではない。

 それほどに、そのゲームはパズルがなければそれそのものが立ち行かないシロモノだったハズなのだ。

 

 男の眼前にはそのようなパズルの類が出現している様子がない。

 手持ちのモンスターの属性に合わせた「ドロップ」を揃えて消し、モンスターに攻撃をさせる。

 そのために使用するパズルは、しかし男の手元に存在していなかった。

 

 「いやいやいやいや、待て待てちょっと待て。どうなってるんだ、こりゃ? どう見たってここは、『パズル&ドラゴンズ』の世界に間違いないはずなんだが。だってのに、パズルの盤面にHPゲージ、キャラクターアイコンその他もろもろ。インジケータの一つも見当たらないってのは、全体どうしたってんだ?」

 

 てっきりゲームと変わらずパズルで戦うものだとばかり思っていた男は、想定外の事態に軽くまごついていた。

 

 その隙を狙ったのかは定かではないが、ぷよんぷよんと跳ねていたスライムたちがついに、主と同じくおろおろして軽いパニック状態にあったプレシィに殺到した。

 

 「ぷよよん!」

 

 「ピッ!?」

 

 ゼラチン質の体当たりを受け、幼龍が弾かれたようにのけぞる。

 のけぞったプレシィに対し、スライムたちは更に、

 

 「ぷよよん、ぷよよん」

 

 「ピ、ピィ~…」

 

 連続で体当たりを仕掛けた。たまらずによたよたと逃げ出すプレシィ。

 なにやら、犬猫に絡まれて半泣きになっている子供のようである。

 

 あ、ちょっと可愛い、などと心の片隅でちらっと考えつつも、男は思わず駆け出していた。

 

 「ああっ、大丈夫かプレシィ先生! ええいこいつらめ! せぇい!!」

 

 そして駆け出した勢いそのままに、青いスライムに向かって飛び蹴りを浴びせた。

 

 「ぷよよっ!?」

 

 ぷよん、とした手応えと共に青いスライムは吹っ飛ばされていった。

 

 「ぷよっ!」

 

 「ぷよよっ!」

 

 仲間が吹き飛ばされたことに対し、まるで仇を討とうとするかのように、残りのスライムたちが男めがけて突進を繰り出した。

 

 咄嗟にガードの構えを取った男を、突進の衝撃が襲う。

 

 が、しかし、

 

 「はっはっは! きかぬ! きかぬぞスライムどもが!!」

 

 「ぷよっ?」

  

 「ぷよよっ……」

 

 こともなげに衝撃を殺しきって仁王立ちした男を前に、スライムたちは警戒するかのように動きを止めた。

 

 そこを見逃す男ではなかった。 

 

 「竦んだな…? その一瞬こそが、貴様らの敗因だ!」

 

 即時、スライムたちにダッシュで近づき、男が最後の引導を渡す。 

 

 「そぉい! 猛虎硬爬山!! トドメだ!でぇりゃああ! 昇!竜!けぇえええん!!」

 

 「ぷよよっ!?」

 

 「ぷよよっ!?」

 

 続けざまに男が放った版権ギリギリ、というかもうまんまのコンビネーションに赤と緑のスライムもまた、ぷよんぷよんと吹っ飛ばされていった。

 ゼラチン質の体はよく弾み、バウンドを繰り返して地面に落ちた後、

 

 「ぷよよ……」

 

 と力なく霧散していった。

 

 「ぬあっはっはっは!! アーイムウィナー!! 爽快痛快! 笑止千万! スライム風情がこの俺様に勝とうなどと、千年早いわ!! せいぜい、ぷより加減にでも磨きをかけて出直してくるんだなぁ!!」

 

 両の拳を天に突き上げ、コロンビアとばかりに高らかと勝鬨を上げる男。

 

 「ピィーー! ピィピィーー!」

 

 すかさず擦り寄ってきて、全身で喜びを表現するプレシィ。

 よしよしと頭を撫で男がタマゴを近づけると、プレシィはまた光となってタマゴに吸い込まれていった。

 

 

 

 そして、フロアには男が一人佇むのみとなった。

 

 

 「………ふっ」

 

 しばし立ち尽くし、勝利の余韻を味わった後、男は俯き肩を揺らして笑うとすたすたと次の階への階段へ足を進めた。

 先程までと同じ、来訪者をじっと待つ静けさを背中に感じながら、男は一言ポツリと呟き、歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

 「………なんか、違くね………?」

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで、主人公チート(?)回でした。なんじゃこりゃ。
今度こそ流石に、次回はガチャ回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話.減らず口と睡蓮 ~開花~

WARNING!!
長文である!!
いつにもまして長い!!
しかし切りたくなかった!

では、覚悟の上、本編をお楽しみください。


なにやら言い知れぬもやもやを抱えて開幕した男の「はじまりの塔」探索は、その後もやはりもやもやしたまま続いていった。

 

 それは例えば、いくらスライムポジだとは言え人ならざるモンスターが運動音痴な男にワンパンされたことであったりだとか――

 

 

 

 「…そういえば、三階でヒカリんからタマゴがドロップしたっけか。どれどれ?」

 

 ゴソゴソ、スッ。

 

 ポロッ

 

 「おおっとっと」

 

 ハシッ、コツン。

 

 「ふぅー… 危ない危ない、あやうく落とすところだった。いや、別に落として割れるような素材じゃないとは思うんだが、肝が冷えるのは確かだなこりゃ。その証拠にほら、プレシィ先生のタマゴとちょっとカチあっちまったけど、別段異常は……」

 

 ヒュィイーーン

 

 「あ」

 

 ダン! ダン! ダン!

 

 「……お、大成功?」

 

 パッパラパパパー!

 

 「おお、レベルアップ?」 

 

 フワァ…

 

 「あ、ヒカリんのタマゴが光の粒となって…」

 

 ぷよよ……

 

 サァァァ……

 

 「……ヒカリんの霊圧が、消えた……」

 

 「……なんか、スマンかった」

 

 予期せぬアクシデントで合成大成功して、若干一名の犠牲者(?)を出したり――

 

 

 

 

 「ガァアアアアア!!」

 

 「ついに出やがったなチュートリアルのトリ、ブラックコドラ! てめえを下して、いい加減この塔からもおさらばだ! ヒアウィーゴー! プレシィ先生! イエローカーバンクル! ブラックファイター!」

 

 「ピィーー!」

 

 「クル!」

 

 「ぬーん」

 

 「ガァアアアアア!!」

 

 ドドドドドッ!

 

 「ははっ、さすがはボスだ。馬力は雑魚どもとは違うみたいだな。よけろ先生!」

 

 「ピィッ!」

 

 とててっ、ひらりっ。

 

 「ガァァッ!?」

 

 「よくかわした! すかさず叩き込め! カーバンクル!」

 

 「クルッ!」

 

 ヒュオーン、ぽいっぽいっ。

 

 ドカッ ドカッ

 

 「ガァッ!」

 

 「動きが止まったな! チャンスだ! ブラックファイター!」

 

 「ぬーん」

 

 タタタッ、ブゥン。

 

 ドギャッ!

 

 「ガァァァッ!」

 

 「いいぞブラックファイター! ついでに俺もチェイスアタック! うりゃああああ!!」

 

 「ガァッ!」

 

 コォオオオオオ……

 

 「うわぁああああタンマタンマ!! それはさすがにダメだろ! 人に向けてダークボール撃っちゃダメって、お母さんから言われなかったのか!? ガード! ガードだブラックファイター!!」

 

 「ぬーん」

 

 タタタッ、チャキッ。

 

 「ガァァッ!!」

 

 バヒューン!

 

 「ぬーん」

 

 ガキィイイイン!!

 

 「あああああぶねぇ…… おっちぬかと思ったぞ。しかし再びアタックチャンス! ここらで畳み掛けるぞ! 気張れよ諸君!」

 

 「ピィーー!」

 

 「クルル!」

 

 「ぬーん」

 

 「プレシィ先生! コールドブレス!!」

 

 「ピィーーーー!!」

 

 ピュオオオオオ…

 

 「……ガア?」

 

 「まだまだぁ! こごえるかぜ!!」

 

 「ピィーーーー!!」

 

 ピュオオオオオ…

 

 「……ガア」

 

 「続けてオーロラビーム!! れいとうビーム!!」

 

 「ピィーーーー!!」

 

 ピュオオオオオ…

 

 「…ガ、ガァアーー……」

 

 「違いが全くわからない上におそらく効いてないが、可愛いぞ先生! 続いてカーバンクル! ……そうだなぁ。よし! スピードスターだ!」

 

 「クルルー!」

 

 ヒュオーン、ぽいっぽいっ。

 

 ドカッドカッ

 

 「ガアアアア!?」

 

 「スピードスターでもなんでもないなやっぱり! 知ってたけど! まぁ気にすまい! トドメだブラックファイター! ……うーん、じゃあ…… 切り刻め! バーチカル・スクエア!!」

 

 「ぬーん」

 

 ブォン

 

 ドグシャアッ

 

 「うん、期待してなかったけど、やっぱりただの棍棒だったな! だが! しかし!」

 

 「ガァァアアアア………」

 

 ズズゥン……

 

 「……くっくっく、あっはっは、はぁーっはっはっはっは!! やったぜ! ブラックコドラ、討ち取ったりぃ!! 素晴らしい働きだったぞお前ら!!」

 

 「ピィーーー!! ピィピィーーー!!」

 

 「クルー! クルクルー!!」

 

 「ぬーん」

 

 「はっはっは! 決着ゥゥーーーーーッ!!」

 

 

 

 ――などという、もうひどすぎて何から突っ込めばいいものかも分からないようなバトルを繰り広げたりしていた。というか、ここはパズドラの世界ではなかったのか。

 

 ただ、一言言えることがあるとするなら――

 

 

 

 

 「結局、一切パズルをしないままにここまで来ちまったな……」

 

 何やら『お約束』を外してしまったような申し訳ないような気分を、特別誰に向けてというわけではないがなんとなく抱きながら、男はおそらくこの塔で最後になるであろう階段を登る。

 

 なにやら色々と想像していた展開とは異なっていたがともあれ、男はついに『はじまりの塔』を踏破しようとしていた。

 男の記憶通りであれば、おそらく最後の敵であった先の黒龍、ブラックコドラを討つところまでがこの『はじまりの塔』、いわば『パズル&ドラゴンズ』というゲームのチュートリアルイベントにあたる。

 ゲームであればここで『CLEAR!』というキッチュなポップフォントが踊り、チュートリアルは終了するはずなのだ。

 

 今までの流れから鑑みれば当然というべきか、男にそういった類のアナウンスがもたらされることはなかった。

 しかし、今回はまるっきりノーヒントだったかと言えばそうでもなく、ブラックコドラが光と霧散した後、その背後に存在していた扉が軋むような音を立てて開いたのだった。

 それまでのフロアでは、特に断りもなしに開きっぱなしだった次階への扉が、今回は敢えて目を引くかのように、誘うように開いた。

 見るからに警戒心を誘発させるようなギミックだったが、他に手もないということで男はその扉をくぐり先に進み、現在に至る。

 

 「チュートリアルが終わったということは、お楽しみの『ガチャ』タイムってことで…… 期待してもいいのか、これは?」 

 

 これもまた男の期待通りなら、このゲームにおける最上の楽しみといっても過言ではない、あるイベントがこの先には待ち受けている。

 階段を一段踏みしめていくごとに刻々と強くなっていく外の匂いを感じながら、男は心なしか歩調を早めていた。ほどなくして、

  

 「見えたぞ…! お天道様だ…!」

 

 ついに見えた塔の終わり。

 屋上への出口。四角く切り取られ差し込んでくる光。

 逸る気持ちが更に男の足を急がせる。

 男の歩調は、既に走っているも同然だった。

 

 「うはは、ゴールだ……!」

 

 勢いもそのままに、男は光に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 そこは、一つの『場』だった。

 

 漂う空気は清浄にして静謐。そよ風の一つも吹かないほどの徹頭徹尾の静寂。

 霊感など欠片もない、そういった事象に関しては全く鈍感であった男をして、ある種の『畏れ』を抱かせるに足る雰囲気が、そこにはあった。

 山奥にひっそりと建つ、苔むし古びた神社がこんな感じだったっけか、と男は昔の記憶をちらと思い出す。

 

 しかし、その静寂の水面下。

 まるで途轍もなく大きな”ナニカ”が、生まれ出る時をじっと待ち、胎動するかのように脈打つこともまた、男は感じていた。

 いつ噴火するか分からない休火山。

 眠れる獅子を前にしたかのような得体の知れない緊張感を、男は心の中でそう定義づけ中空を見やる。

 

 塔の屋上、その中心部の円型の床はどういう仕掛けか、5メートルほどの高さで()()()()()していた。

 支えとなるような柱の類は見受けられず、階段がひとつ、浮遊する足場から男が立つ屋上へと伸びるだけであった。

 

 神秘的な場の空気に拍車をかけるような眼前の光景に、男は怯みつつも一歩を踏み出した。

 見た目危なっかしい浮遊階段は、意外にもと言うべきか足裏にしっかりとした感触を返し、男はとりあえずそのことに安堵を覚えた。

 

 そして階段を登り終えた先で、男はこの場所が何であるかを理解した。

 

 浮遊した足場に、ぽつんとひとつだけ存在していたモノ。

 それは『祭壇』だった。

 

 大理石とも御影石とも全く違う、まるで見当もつかない濁った光沢を放つ材質の石材で建立されたソレには、十字架もなければ盤境も神籬もなく、ただその表面に五つの窪みが円を描くように彫り込まれているのみだった。

 

 「…これは、ここで使えってことなんだろうな、きっと…」

 

 呟きながら、男は懐から道中で手に入れていた”ソレ”を取り出した。

 

 男の手に握られていたのは、七色の光を放つ美しい石。

 男が知っているゲーム本編、『パズル&ドラゴンズ』では、『魔法石』と呼称されるシロモノである。

 数にして五つ。祭壇に存在する窪みの数と一致するそれを、男は手の中で弄んだ。

 

 「疑う余地もなく、チュートリアル終了後の初ガチャ、ってわけだ。やれやれ、らしくもなく緊張してきたな… 俺の引きが試されるぞ、こいつは」

 

 嘯いた男は、掌中にあった石を窪みに嵌め込んでいった。

 

 まずはひとつ。

 

 「ここはやはり、どーんとでっかく、強力な神タイプが欲しいところだな。ホルスにイシス、ばすにゃん。それと、アヌビス、ラー… はちっと俺のパズル力では難しいか。うん、やっぱエジプト神だと、後々まで楽だな。ここらが大本命か」

 

 続けてふたつ。

 

 「いや、現時点最強の呼び声も高いパンドラとか、新英雄神あたりなんかも捨てがたいな。なんてったって列パは楽で強いし。もっとも無課金勢だった俺にはあんな廃課金PT、ついぞ組めなかったんだけどな。しかし、俺は絶賛異世界トリップ中。夢くらい見てもバチは当たるまいさ」

 

 さらに三つ。

 

 「…ん? 待てよ。そういえばこの先、魔法石っていったいどのくらい手に入るんだ? ゲーム通り、ダンジョンクリアでちゃんと貰えるものなのか? さすがにDL記念イベント魔法石毎日配布、なんてのはありえないとしてもだ、ダンジョンクリア報酬の魔法石は絶対数が限られてる。その上、この世界で確実に入手できるという保証も、無論ないわけだ。となると結論、廃課金御用達のPTはやっぱり組むのが難しい? …なんだよ、異世界トリップしても結局は無課金貧乏PTなのか、俺は? どうにもロマンのない話だな、ったく…」

 

 

 重ねて四つ。

 

 「つーことは、パンドラなんぞ当たってもどうしようもないのか… あとは、この世界にあるかどうかは分からんけど、コストの問題か。確か、リアルでパズドラ始めたときは、最初のガチャで緑ソニアが当たったんだったな。しかし、コストが高いから初期PTには入らなかったわ、進化させなきゃステータスも話にならないわで、永遠の倉庫番だったんだよな、あいつ。となると、いくら当たりの神やフェス限が当たろうが、殆どのレア枠は無用の長物になる可能性があるわけか。ホント、どうしようもないな…」

 

 最後に五つ。

 

 「やっぱり狙うはエジプト神か。さすが無課金の味方、パズルさえできればどんなPTでも戦える……って、オイ。そもそも実際問題、パズル自体ができないのか。いや、俺のパズル技量が残念なのは確かだが、それをさっ引いても、この世界に存在するであろうパズルシステムの、起動方法すらいまだに俺は掴めてないんだぞ。弱ったな… そこらは上手く調整されてることを祈るしかないか。いやいやいや、そんなことよりもまず、金卵が当たる前提で話を進めてたが、その保証がそもそも無いじゃねぇか。初ガチャがゴーレムとか、勘弁だぞ… あぁ、どんどん未来に暗雲が立ち込めていく……」

 

 

 

 そして、力の奔流が爆発した。

 

 

 「ぬああっ!? なんだなんだ!?」

 

 それまでの凪が嘘だったかのように、場の空気は凄まじいまでに大荒れに荒れ始め、先ほどまで青かった空も急に夜になったかのように真っ黒に変じた。

 

 と同時に、立っていることが困難なほどに凄まじい圧が、男を横殴りに襲った。

 突然の衝撃に、吹き飛ばされまいと踏ん張り耐え、目を細めた男の眼前では更に驚異的な光景が広がっていた。

 

 祭壇だった。

 

 祭壇が目を眩まさんばかりの光を放ち、いよいよもって肌で体感できるまでの激しさを得て脈を打ち始めた”胎動”と呼応するかのように、得体の知れないどこか神秘的な力、そう、『魔力』とでも呼ぶべき力の奔流を流れ出させている。

 

 そして、濁った光沢を放つのみだった祭壇の表面は今や、美しい七色の光を放ち燦然と輝いていた。

 その七色の輝きは、先ほど祭壇に嵌め込んだ魔法石と同じものだった。

 

 「あの祭壇は、魔法石で出来てたのか…!?」

 

 誰にともなく口を突いた男の疑問を前に、ついに胎動は最高潮に達し、七色の煌きは光の柱となって天へと登った。

 光の柱はやがて、ひとつの形を得て中空にその身を固定した。

 

 それは、巨大な金色の龍だった。

 どことなく愛嬌のある姿にデフォルメされたその龍に向かって、場を満たしていた霊気は収束されていき、不可思議な文様をあしらったこれまた巨大な図形を、もっと言えばそう、巨大な『魔法陣』を象った。

 そして見上げる男の手前にもまた、龍の手前に浮かんだものと同じ、ただし少し小さな魔法陣が浮かび上がった。

 円の外周にあしらわれた文様は解読不能だったが、中心に浮かんだ印、下向きの矢印だけは男にも意味がよく分かった。

 

 「ハッ…!こりゃあもう、引くっきゃ、ないよなぁ……!」

 

 意を決し、男は魔法陣に手を重ねた。

 

 「さぁ、お立ち会い…! 今宵現れるは神か悪魔か、鬼か蛇か…! 願わくば、俺を助ける神であれ…!!」

 

 格好をつけて見得を切り、男は魔法陣に置いた手を勢いよく振り下げた。

 

 

 

 ――ガコン――

 

 

 

 大気を震わす音と共に、上空の大魔法陣から光が迸り、男の眼前を白に染め上げた。

 

 白き閃光に視界を染められながら、男はふと、意識の底から『なにか』が浮かんでくるような、そんな感覚に襲われた。

 それは塔の前で目を覚ましたときと同じ感覚。

 

 とても『暖かかった』、『なにか』。

 

 

 

 ――――そう、それはまるで――――

 

 

 

 

 

 「………花………?」

 

 閃光が掻き消え、黄金の龍も消え去った塔の屋上。

 

 暗雲立ち込める漆黒から、抜けるような元の青色に戻った空から舞い落ちる”ソレ”を、男は手のひらで受け止めた。

 

 それは一片の花びらだった。

 触れれば暖かく、握りこむと淡く消えていく。

 

 ひらひらと舞い落ちてくる花びらたちへ視線を巡らせた男は、ほどなくしてその花びらを散らせているのが何であるかを見つけた。

 

 

 それは、睡蓮。

 

 空にひとつ咲いた、睡蓮の花だった。

 

 「…んだ、あれ? いったいなんだって……っ!?」

 

 見上げた先の光景に胡乱げな眼差しを向けた男は、細めたその目を大きく瞠目した。

 

 ”なにか”が、落ちてくる。

 

 花開いた睡蓮から、花びらとは違った、なにかもっと大きなものが零れ落ちるのを、男は見た。

 

 男はそれを見ながら、どうやらその”なにか”は人型であること、そしてその”なにか”はどうやら男の方に向かって落下してくるようであることを理解した。

 

 「っていやいや待て! 呑気に実況してる場合じゃねぇ! どうすんだ!? これ、どうすんだ!?」

 

 にわかに慌てた男は、避けるべきか否か、いやそもそもあれは人か人ならば避けてしまったらえらいことになる気がするぞいやしかしけっこうな高度から落ちてきてるぞあれ受け止められんのかもしかしたら俺もあれも丸ごと潰れて終わりじゃないのか、などと考えを錯綜させ、そうこうしているうちに、空から落ちた”なにか”は既に男の鼻先まで迫っていた。

 

 瞬間、目に飛び込んできたのは美しい女性の顔。

 ひそやかに閉じられた瞼に、薄く開かれた唇。

 刹那、なぜかそれらが男の目に焼き付いた。

 

 そして、避けることも受け止めることも忘れた男は、落ちてきた彼女に対し、完全に無抵抗で押し倒されるに任せる形とあいなった。

 

 

 

 

 衝撃は思いのほか軽かった。

 しかし、確かな重さと暖かさをもって、”彼女”は男の上にしだれかかっていた。

 

 背中からは塔の屋上の石床の固さが、胸上からは寄りかかっている”彼女”の身体の柔らかな感触が伝わってきた。

 

 左横からは吹き抜けるそよ風が、右横からは肩にもたれ掛かった”彼女”の息遣いが、男の頬を撫ぜた。

 

 男はしばらくの間、視線も身体も動かすことを忘れて、青い空を眺めていた。

 

 そうして、どれくらい経っただろうか。

 

 

 

 

 「………ん………」

 

 

 

 男は、右頬には息遣いに混じって発せられた”彼女”の小さな声を、胸上からは”彼女”の小さな身じろぎを感じた。

 

 ほどなくして、男の胸上から”彼女”の暖かさと重さとが離れていった。

 

 そして、空の青一色だった男の視界に、美しい”彼女”の顔が写り込んだ。

 

 見蕩れる、というのはまさにこのことだろう、と男は心のどこかでそう感じていた。

 

 美麗な花のように、たおやかでありながら、どこか幼くもあるような可憐さを併せ持った、そう、正しく神々しい、気高き美しさを湛えた顔が、微笑みをもって男と視線を絡ませた。

 

 微笑と共に、”彼女”は言葉を紡いだ。

 

 

 

 「アープセー・ミルカール・クーシー・フーイー(はじめまして)」

 

 

 「私は、カーリー。『秘女神・カーリー』。あなたは?」

 

 

 

 

 

 男もまた、斜に構えた笑みと共に、言葉を返した。

 

 

 

 

 「神戸……… 神戸 智己(かんべ ともみ)だ」

 

 

 

 

 

 

 ―――これは、物語のはじまり。

 

 減らず口な男と、光の睡蓮の出会い。

 

 ここより全てがはじまり、睡蓮はついに開花の時を迎えた―――

 

 

 

 

 

 

 




はい、というわけで第4話、カーリーと再会の予定調和ガチャ回でした。
薄々気づいていたか? いまだプロローグに過ぎんということを!!
…早くプロローグ抜けて本編始めたいです。

あと、今回からSAOやポケモンのタグを加えました。
今回のを読んで、「こんなん詐欺じゃねーかザッケンナコラー!!」とお怒りのモータル諸君、落ち着いてザゼンを組むのだ。
今回はこんなんですが次回以降、これらの輸入技は大活躍することになります。
そこらへんも本作品の売りにしたいと思っていますので、今後も是非ご期待ください、ということで、また次回。
お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話.減らず口と睡蓮と襲来 ~おっぱい見えるって辛いな~

このところ、予定が立て込みに立て込んで、全く筆が進みませんでした。
本当はこんなん書いてる場合じゃないんですがね。でも書かずにはいられない。
というわけで第五話です。
ところで、やっぱりお色気成分がないと読者って着かないもんなんですかね?


 『あおーい空 ひろーい海・・・・・・ こんなにいい気分にひたっている私をじゃまするのは・・・だれだーーー!!』

 

 突然何のモノローグが始まったのかと驚いた奴もいるかもしれないから説明しておくと、今のセリフは俺が愛してやまないゲームである『FIN○L FANTA○Y』シリーズの五作目に出てくる魔物武人、ギルガメッシュが三回目に主人公たちの前へ登場した時に放つ一言である。

 

 ちなみにこのシーン、彼はこんなに呑気なセリフを吐いて登場するのだが、この時彼の友人であり、彼に随伴して共に主人公たちの乗船している船へ襲撃を掛けた魔物エンキドウは、『暁の四戦士』という最強人類四人衆の一人と熾烈な戦闘を繰り広げることになる。その途中、戦友であるギルガメッシュが主人公たちの攻撃によりピンチに陥ると、エンキドウは彼の加勢に自らの勝負を捨て、助太刀にやってくるのである。

 景色がうんぬんかんぬん宣っておきながら敵に負けそうになっているオマヌケな親友の元へ助太刀に走ったエンキドウの胸に去来した感情とは、いったいどんなものであったのだろうか。

 

 

 閑話休題。

 彼についてのみならず、FFについてはいろいろと語りたいことが山ほどあるが、その話は今はいいだろう。

 なぜこのセリフが思い浮かんだのか、そっちの方が重要だ。

 失敬、別に重要でもなかった。所詮は戯言だ。

 

 

 空が、綺麗だ。

 地面に背を預け仰向けに寝転がった俺の目には、のびのびと広がる青空が視界いっぱいに飛び込んでくる。雲一つない青空なんて、久々に見た。オールブルーが目に痛いほどだ。

 そう、空が綺麗。

 

 

 「どうしたの? 私の顔、何かついてるかしら?」

 

 

 

 そして澄み渡る青空をカンバスに、小首を傾げる美しき女神がひとり。

 

 ああ、良きかな。たいそうイイ。

 できることなら、このまましばらくこうやって寝そべって眺めていたい。

 そんな気持ちにさせられるような、有り体に言えば『絵になる』ワンショットだ。

 

 「ねぇ、ちょっと。黙ってないで何か言ったらどう?」

 

 黙して語らない俺にしびれを切らしたのか、彼女――カーリーは詰め寄るように身体を接近させてきた。

 彼女の美しい顔が、距離が狭まることで更に視界に大写しになる。

 近い、近いぞ。うっかりすると鼻面がぶつかりかねない距離だ。

 そして、俺の胸上のあたり。こっちも近い。

 何がとは言わんが、触れ合うか触れ合わないか微妙な距離で、近い。

 

 「もう、どうしちゃったの? ねぇ、聞いてる? 感じ悪いわよ?」

 

 どうやら、俺が若干不埒な視線を巡らせていたことには気づかなかった様子だ。

 彼女は変わらずだんまりを続ける俺に対し、そろそろイライラし始めているようだ。

 もうこのくらいでいいだろう。

 

 「……ふたつ、言いたいことがある」

 「あ、やっと喋った。急に黙り込むから、ナニゴトかと思ったじゃない。で、なにかしら?」

 

 ようやく沈黙を破った俺に対し、安堵するかのように顔をほころばせながら、カーリーは応えた。

 

 「ひとつ、あまりにも綺麗だったもんで、つい言葉を無くして見入っちまったよ。青空が目に眩しい。綺麗な空だ」

 「なによそれ。そんな理由で貝になってたの? 空模様に見とれる前に、もっと他に讃えるべき美が目の前にあるんじゃなくて?」

 「ははは、そりゃ確かにそうかもしれないな」

 

 ふむ、ストレートに褒めるべきだったか。相変わらず、女というのは難しい。

 

 「では失礼ついでに、ふたつめ。よろしいか?」

 「聞いてあげましょう。言いなさい」

 

 促すように、彼女が目を細めた。

 俺はひとつ息を吸い込み、答えを発した。

 

 

 

 

 「とりあえず、まずはこの恥ずかしい体勢をどうにかしたほうがいいと思うんだ、俺は」

 

 「……あら、ごめんあそばせ」

 

 

 

 

 指摘されてから気づいたのか、カーリーは俯瞰気味に上体を起こした後、気まずげな様子で目を逸らした。

 

 簡単に状況を説明しよう。

 俺は今、仰向けで地面に寝そべっているのだが、その上には彼女、カーリーが俺を地面とサンドイッチするようにのしかかる形になっている。

 その上さらに、彼女が間合いを詰めてきたせいでふたりの距離はより縮まり、とりあえず、なんだ、いろいろ近い。

 一言で言うならあれだ、俗に言う『床ドン』だ。

 ついでに言うと、彼女のマウントポジションが、なんというかその、腹の辺りではない。

 より正確に言うなら、彼女は俺の下腹部下方、丹田のさらに下らへんに腰を下ろしている。

 うん、傍から見たら、非常に正常位な感じに見えているはずだ。

 青空の下で身体を重ね四肢を絡ませる男女。うーん、問題しかないな。

 この世界に警察があるのかどうかは知らないが、異世界に来ていきなり犯罪を、それも性犯罪をやらかすのは、さすがに節操が無さすぎるというものだろう。

 ハーレム上等のラノベ主人公ならいざ知らず、モテた経験皆無の俺のような根暗には、このエロハプニングな状況は辛すぎる。嫌な汗と嫌な動悸が止まらないだけで興奮など欠片も湧いてこない。やんぬるかな。

 

 

 ひとまず、俺は俺の俺が俺を抑えられなくなる前に手を打つことができ、安心したものだった。

 

 

 「むぅん。私、あまり魅力無いのかしら。あなたのあなた、まるで平常心だったわ。これはもっと修行する必要があるわね」

 「節操が無さ過ぎるのはお前かよ」

 

 

 ――――――――――――――

 

 再び、閑話休題。

 

 「さて、改めまして……」

 

 はじまりの塔、その屋上。おだやかな陽光が心地よい、抜けるような青空の下。

 居住まいを正し咳払いをひとつした後、神戸は切り出した。

 

 「まさかいきなりフェス限の、それもだいぶ強力な神を引き当てることになるとは思わなかった。大変嬉しいよ。歓迎しよう、カーリー」

 「ええ。戦いの女神たるこの私を召喚できたこと、光栄に思いなさい。今この瞬間より、全ての戦の勝利はあなたのものよ、カンベ」

 

 神戸の歓待の言葉に、得意げな様子で女神は応じた。

 

 「さすがはインド神話における戦いの女神、血と殺戮のカーリー・マー(黒い母)。戦いにおいてあなたに敵う者はいますまい。その闘志、凄絶の一言に尽きますな」

 「あら、私は光の女神よ。血と殺戮だなんて、そんな野蛮なものは私の領分じゃないわ。私が望むのは華麗なる勝利、それだけよ。この私を召喚せしめたあなたの力、単なるクジ運だけではなかったと、そう期待してもいいのかしら?」

 「ははは、せいぜい善処させていただきますよ。美人の前で張り切るのは、男の性ですからな」

 「お上手。力だけでなく美しさも讃えられたとあっては、私も張り切らざるを得ないわね」

 

 はははは、ほほほほ、と青空の下でしばし笑声が響く。

 

 「……さて、茶番はこのくらいにして」

 

 ひとしきり笑いあった後、神戸は先のおどけた口調を戻し、話題を切り替えた。

 

 「二、三、質問がある。ずっと誰かに尋ねたくて仕方がなかったんだが、生憎と機会に恵まれなくてな。ようやく話ができる相手と巡り会えたんだ、答えてくれるよな?」

 「断る理由もないわ。言ってみなさい」

 

 神戸の言を受けたカーリーは、腕組みしつつ続きを促した。

 

 「ありがとよ。じゃあまずはひとつ、これが一番気になってたんだが……」

 

 周囲に視線を、とりわけ空に巡らせて神戸は問いを投げかけた。

 

 「ここは、というより、この世界はなんなんだ?」

 

 はじまりの塔の前で目を覚ました時から今に至るまで、彼の頭を悩ませ続けていた疑問の最たるものがそれだった。

 自分が今見上げている空は、今座り込んでいる石畳は、今まで出会った『モンスター』たちは、そしてこの世界は、いったいなんだというのか。

 彼をここに送り込んだ、とある人物によれば、ここは『ゲーム』の世界であるという。

 この世界の正体。抱えた数多の疑問を解決するには、それを解明することこそ最善だと神戸は判断した。

 答えを待つ神戸に対し、カーリーは唇に微笑を乗せつつ応じた。

 

 「ある程度、察しは付いているんでしょう? 概ね、あなたの予想している通りの世界よ。ここは」

 「へぇ… 俺は今、かーなり突飛なこと考えてるんだけどな。それが、当たっていると?」

 「あなたは一度、死んでいるんでしょう? なら、今こうして私と会話できて存在している以上、もう何が起こっても不思議ではない、とは思えないかしら」

 「それはそうなんだが、俺も一応いい歳を過ぎた男としては、にわかに認めがたいもんで… マジで、そうなのか?」

 

 頭痛をこらえるようにこめかみを抑え、神戸は反駁した。

 

 

 「じゃあここはマジで、『パズル&ドラゴンズ』の世界ってことなのか…?」

 「ティーケ (そのとおり)」

 

 カーリーは笑顔で首肯した。

 

 

 「マイ、ガー……」

 

 辟易したかのように空を見上げ、盛大に息を吐き出す神戸。

 

 「とんだファンタジーもあったもんだな。一度死んだと思ったらカミサマに呼ばれて転生、そんで生き返った先はゲームの世界、加えてロケーションはソーシャルゲームと来たもんだ。俺の命はそんなに軽いってのか?」

 「いいじゃない。生き返ってまでつまらない資本主義学歴社会に戻りたいの? 転生した先は魔法と冒険の世界、そこで男は勇者となる。夢があって素敵だと思うわよ」

 「小市民根性が抜けないもんでね、おとぎ話の大冒険は俺にはちっと荷が重い。とっとと懐かしき資本主義学歴社会に帰りたいんだよ。……で?」

 「で?」

 「………」

 「………?」

 「…いや、もっと他に無いのか?」

 「他にって?」

 

 不思議そうに首を傾げるカーリーに、神戸は頭を振って質問を続ける。

 

 「この世界についてだよ。もっと説明してくれ」

 「説明、ねぇ。例えば?」

 「えーっと、まずは世界観だな。この世界では様々な神々が覇権を賭けて争っているだとか、伝説の大地には龍王が君臨していたりだとか。そういうの」

 「知らないわ」

 

 一刀両断だった。

 

 「いや、知らないってお前…」

 「知らないものは知らないわ。仕方ないじゃない」

 「…じゃあ、もっと根本的な話だ。この世界、作ったのはいったい誰なんだ。やっぱりあの『カミサマ』か? だとしたら、いったい何のために?」

 「知らないわ」

 「……この世界がパズドラ準拠だとして、俺みたいな人間族は存在してるのか? やっぱりモンスターしか居ない感じか?」

 「知らないわ」

 「………いったい、俺はこの世界で何をしたらいい? どうすれば、元の世界に帰してくれる?」

 「知らないわよ。それはあなたの事情じゃない」

 「じゃあお前はいったい何なら知ってるんだ!!」

 

 痺れを切らし、神戸は思わず声を荒らげて怒鳴り散らした。

 やれやれ、と言いたげな様子で肩を竦め、カーリーは落ち着けと手で神戸を制した。

 

 「考えてもみなさい。私は、なにかしら?」

 「あぁ? なにって…… 戦いの、女神?」

 「そうね。戦いの女神、カーリーよ。この私にとって、戦いこそが全て。俗世の有象無象なんて、戦神である私の歯牙にもかからない瑣末なこと、ってワケ。決して私が無知だからとかではないわ。わかったかしら?」

 「一瞬納得しかけたけど、かなり無茶苦茶なこと言ってるなお前」

 

 エッヘンとばかりに胸を張りあくまでも自信満々な様子のカーリーに、こいつ本当に大丈夫なんだろうか、と神戸は胸中に疑念が渦巻くのを禁じえなかった。

 

 「お前さっき言ってただろ、ここはパズドラの世界って。じゃあ何かしらあるだろ、モンスターの生息地、ダンジョンの場所、ゴッドフェス、エトセトラ… なんでもいい、情報があるならなんでもいいんだ」

 「確かに、ここはパズドラの世界とは言ったわ。だけど、私が持ってるのは『パズル&ドラゴンズ』ゲーム本編の知識、その程度よ。私は、あなたに召喚されて()()に降りてきた。この世界の事情に関して言えば、あなたと大して認識に変わりはないと思うわ。ここは、私の世界じゃない。私の戦場じゃあ、ないもの」

 

 カーリーの応えに、神戸はこれまでで一番の驚愕を覚えた。信じられない、といった面持ちで続ける。

 「嘘だろ…… てことはお前、本当の本当にカーリー・マー、マジモンの神様だってことなのか?」

 「最初からそう言ってるじゃない。戦いの女神との拝謁の誉、光栄に思いなさい、って」

 

 口を尖らせて抗議の表情を見せる目前の女神の姿に、しかし神戸はただただ頭を掻くしかなかった。

 

 「そうは言ってもなぁ… いきなり私が神様ですなんて言われて、それをハイそうですかと受け入れられるほど、俺はオメデタイ思考は持ってないんだが」

 「くどいようだけど、あなたは一度死んで、『カミサマ』によってここに跳ばされてきたんでしょう? あなたはもう、一人目の神に出会って、その御業に触れているじゃない。その『カミサマ』は信じられても、私のことは信じられないの?」

 

 尖らせた口に、プラスして頬も膨らませてカーリーは不満を露わにする。

 神戸は頭を掻いたまま、困惑した表情でそっぽを向いてぼやく。

 

 「俺はそもそも、あのヒゲにしろお前にしろ、どちらも信じちゃいないんだがね… 今も、さっさと夢から醒めないかと期待して待ってる真っ最中だ」

 「往生際が悪いわよ、受け入れなさい。それとも、受け入れたくないのかしら?」

 「正直な。ゲームの世界だなんて、もっと他にましな場所がいくらでも……」

 「己の死は、受け入れられない?」

 「………………」

 

 カーリーの反駁を受け、神戸は押し黙った。表情は変わらなかったが、そっぽは向いたまま眼差しは細められている。

 場にしばし沈黙が流れる。

 神戸はカーリーの言に否定こそ示さなかったが、その沈黙が全てを物語っていた。

 カーリーもそれ以上追及することなく、ただ彼が口を開くのを黙して待った。

 しばらくし、何事もなかったかのような調子で神戸は再び口火を切った。

 

 「まぁ、あのヒゲは露骨に胡散臭かったけど、お前が神様だってことはなんだか信じてもいい気がするな。それより、この世界については知らないのに、俺がこの世界に転生したっつう事情の方はご存知みたいだな。それはどういうことなんだ?」

 

 話を逸らそうという神戸の意図は見えたが、敢えてそれには触れることなくカーリーはクスリと笑って答える。

 

 「私はあなたに喚ばれたのよ。あなたに関してなら、多少はね。もっとも、あなたをここへと跳ばした『カミサマ』の方はさっぱりよ。少なくとも、インドの神ではないわね」

 「そして、パズドラの神タイプモンスターでもない?」

 「そのとおり」

 

 やれやれ、と嘆息しながら神戸は立ち上がり、尻を払った。

 カーリーも風を巻いて、その場で浮き上がった。

 

 「結局、収穫はなし。裸一貫でこの世界に挑むことになったわけだ。いよいよ、気合入れて掛からなきゃな。改めて、よろしく頼むカーリー」

 「はいな。合点承知、よ。カンベ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる神戸に、カーリーもまたニコリと笑みで返す。

 うーん、と伸びをし、神戸は塔の屋上から眼下を見下ろした。

 

 「さて、ひとまずここを降りるとして、その後だな。どこを目指そうか。とりあえず、森を出なきゃ始まらないか。で、とりあえず落ち着ける場所を………あ」

 「ん? どうかした?」

 

 突然何かを思いついたかのように呟きを洩らした神戸に、カーリーが反応した。

 

 「そういえばカーリー、お前は知らないって言ったが、この世界に人間が居るのかどうかはまだなんとも言えない段階なんだよな。ひょっとしたら、街みたいなのが存在して、人間も居るかもしれないじゃないか」

 「なるほど。まずは人間を探して、情報および助けを仰ごう。そういうことね」

 「おうよ。最初の目標が見えたな。よっし、そうと決まれば!」

 

 

 

 

 

 

 「おっと。そうはいかねぇなぁ、よそ者(ストレンジャー)

 

 

 

 

 

 

 「なっ……!?」

 

 突如として、神戸のものでもカーリーのものでも無い、第三者の声が場に響き渡った。

 声のした方角へと目を向けた神戸は、瞠目して一歩を下がった。

 

 声の主は、上空に存在していた。

 その位置は奇しくも先ほどまでカーリーが現れた睡蓮の咲いていた場所、塔の頂上中心部だったが、そんなことは瑣末な問題だ。

 そこに居たのは、まさに今神戸が探そうとしていた、紛う事なき()()だった。

 距離が開いているせいで、表情などの細かな識別はできないが、少し小柄な体格だというのはわかった。そう、極めて普通の、人間のシルエットだ。

 しかし、その人影は空中に浮遊していた。

 そしてその足元を支えるのは、燃え盛る炎の渦だった。

 

 「お、お前… 足が大変なことになってるぞ?」

 「問題はそこじゃないと思うわ、カンベ」

 

 至極真っ当なコメントをした神戸を庇うように、カーリーは前へと進み出た。

 その口元は相変わらず笑ったままだが、眼差しは凛とした厳しさをもって細められている。

 

 「普通の人間は支えも無しに宙に浮かんだりしないわ。ここがファンタジーな世界だってことで、それはまぁ良しとするとしましょう。だけど、あの炎、あれには心なしか見覚えがあるわ」

 「なに? 炎? じゃあお前の知り合いなのか? あいつ」

 

 カーリーの様子から何かを察したのか、神戸も態度には出さなかったが、心の中で警戒の構えを取った。

 それらを睥睨して、上空の人影は大仰に手を広げた。

 

 「おうおう、なんだか構えちゃってるな。そんなに気張るなよ。こちとら、何もとって食おうって来たワケじゃねぇんだぜ?」

 「そうだったのか。なら、そうと言ってくれれば良かったのに。いきなり上から声を掛けられたから、驚いちまったじゃないか」

 

 人影の言葉に、神戸は警戒をやや緩めて応じた。

 故に、話の通じそうな相手で良かった、ひとまず友好的に、と心中でこの後の算段を立て始めていた神戸は、続けられた言葉に対し反応が遅れた。

 

 

 

 「ただ単に、テメェらを燃やしてやりに来ただけ………ってこった」

 

 

 

 「………は?」

 

 反駁しようとした神戸は、しかしそのセリフを終わりまで口にすることは叶わなかった。

 ただ爆炎が視界を染め、身体が宙に吹き飛ばされるのを感じるのみだった。

 

 

 

 

 

 劫、と凄まじい音を上げ、はじまりの塔の頂上は火の海に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、第五話でした。
最近、他の方の投稿作品を見るようになったのですが、みなさんそれぞれに味があっていいですね。自分も見れる作品を書けるように精進したいもんです。

さて、突然の襲撃者。その正体は………!?
ってところでまた次回。セイ、ピース!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話.減らず口と襲撃者 ~開戦~

なんとびっくり、実に一ヶ月ぶりの投稿!
なにをしてたかって?
……デモンズソウルでヒャッハーしてました。楽しかったです。
さて、今話ですが少し慣れない書き方を最後の方でやってみました。
わや、めっちゃいづかったけん。
それでは、第六話。開戦です。


「ケケケ、よぉく燃えてんじゃねぇか。い~い火加減だろぉ?」

 

 はじまりの塔、上空。

 火の海と化した塔の屋上を眼下に、哄笑する人影がひとり。

 

 「このオレ様を相手に余所見で御歓談ってのは、舐めすぎってもんだぜ。うっかり燃やしちまったとしてもそいつは不可抗力、ってやつだ。黙って燃やされる方がワリィ、ってな」

 

 目前の惨状を、自らが引き起こしたものであるにも関わらずまるで一顧だにしない様子で、人影は更に気炎を吹き上げる。

 

  「しかし、あいつが横に侍らせてた女。ありゃあ恐らく、インド神のカーリーだよなぁ。いきなりとんでもないのを引き当てたってことか。あいつ、なかなかど うして運はある方だったのかもな。ま、それもこうやって燃えちまってる以上、関係ねぇか。宝のモチグサレ、残念でした~! ケッケケケ!」

 

 愉快でたまらないといった様で、腹を抱えて宙空で笑声を響かせる人影は、しかし、

 

 

 

 

 「………あっつ!! ちょ、これ、あっつ!! どれくらい熱いって、ガオガイガーのOPくらいあっつ!!」

 「確かに『鋼・鉄・粉・砕!!』のあたりなんて特に激アツだけれど、とりあえず落ち着いたらどうかしら。あなた、全く燃えてないわけだし」

 

 

 

 「……へぇ?」

 

 渦巻く炎の海を押しのける風、その発生源である睡蓮の女神と、その横で大騒ぎする口の減らない男の姿を視認し、警戒するかのように哄笑を少しだけ引っ込めた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 「俺のこの手が真っ赤に燃えるゥ! 勝利を掴めと轟き叫ぶゥ!! ぶぁあああくぬぇええええつぅううう………!」

 「だから、あなたは毛一本たりとも燃えてないでしょうが。いい加減、暑苦しいを通り越してサムイわ」

 「う、うるせぇ! 言ってみたかったんだよ一度! なんならお前も一緒にどうだ? 石破!ラブラブ天驚……!」

 「本気でやめて」

 

 ぎゃあぎゃあ大騒ぎしながらも、一度煮え湯を飲まされた経験から決して警戒は緩めず、神戸は上空の人影を注意深く観察していた。

 外套を羽織っていることでどんな表情をしているのかは見て取ることはできなかったが、見下したような笑いは現れた時から変わらないまま、しかしこちらがたいした傷を負わなかったことが想定外だったのか、心なしか警戒を強めている様子だった。

 

 (おっと、油断が消え始めてるな。もう少しヤラレた感を出したほうが良かったかな?)

 

 ケンカにおいては舐められたら負けだと相場は決まっているが、生憎とここはストリートではなく戦場だ。

 見よ、かの金ピカ英雄王が敗れたのも、慢心のせいだったではないか。相手が油断してくれているならそれに越したことはなかっただけに、神戸は今の状況を、少々良くないと判断した。

 

 (って、おいおい。いきなりバトんの前提で考えてるじゃないか。落ち着け、俺はそんな野蛮な人間じゃないはずだろ?)

 

 デンジャラスな方向に向きかけていた思考の舵を切り直し、神戸はもう一度この後取るべき行動を思案した。

 相手が先に仕掛けてきた以上、こちらもやり返すのが筋なのだろうが、当然それをやってしまえば待っているのはよろしいならば戦争だの一択しかないだろう。

 今はカーリーが防げてはいるものの相手の力量が未知数であることや、カーリーとは出会ったばかりで、己もこの世界での戦闘経験など皆無といっていい現在の状態で事を構えることは危険すぎる、などなどの理由はあるがそれよりもなによりも、

 

 「戦う? ありえないな。わざわざ命を捨てるなんて、アホすぎるぜ」

 

 極めて一般的な理論。行動を決定するに当たって、その一点のみで神戸には十分すぎる理由たりえた。

 咳払いをした後、できるだけ友好的な態度と笑顔を心がけ、神戸は前へと進み出た。

 

 「いやぁ、びっくりした。いきなりご挨拶じゃないか、死ぬかと思ったぞ」

 「こっちはそのつもりだったんだけどなぁ。しぶといじゃねぇか。ちっと舐めくさりすぎたな、あんたらの力を、よぉ」

 「ああああ、ちょっと待ってくれ。いったん落ち着いて、話を聞いてくれないか? なんだか、こちらとそちらとで誤解があるようなんだ」

 

 にわかに闘気を膨らませた外套に対し、神戸は慌てて手で落ち着けとジェスチャーした。

 察しはついていたが、やはり血の気が多い性格のようだ。慎重にいかねば、と思い直し神戸は続ける。

 

 「暴力はよくないぜ? ここはひとつ、穏便に話し合いたいな。こちらの話を聞いて誤解を解いてからでも、戦うのは遅くないだろ?」

 「誤解? ケケケ、んなもんねぇよ。オレの目的はハナっから、あんたらを燃やして灰に変えることだけだよ。話し合う余地なんざ、ねぇな」

 「まず、そこなんだよ。出会い頭にいきなり燃やす、だなんて物騒じゃないか。そもそも、俺たちが争わなきゃいけない理由は、どこにもないだろ?」

 「あんたにはなくとも、オレにはあんだよ。理由がな」

 「理由……?」

 

 発せられた言葉に、神戸はどこか引っかかるものを感じた。

 外套は当初から依然として好戦的な姿勢だが、どうやら理由のない無差別暴力を振るうのが目的ではなかったらしい。確たる目的を持って自分たちに攻撃を仕掛けてきたようなのである。

 

 (ふぅむ。キマってるアッパー野郎だとばかり思ってたが、なんか裏があるみたいだな。まぁ、ちょっかいのかけ方から見ても、どうせマトモな目的じゃあないんだろうが)

 

 キナ臭いものを感じずにはいられず、外套の方も未だに剣呑な雰囲気を崩してはいないが、幸いにもまだ話を聞くだけの余裕はありそうな様子だった。

 もう少し情報を引き出してみるか、と神戸は少し踏み込んでみることにした。

 

 「なにやら、込み入った事情があるみたいだな。どうだろう、よければ俺にも聞かせてくれ……」

 

 

 

 

 

 「せい!!」

 

 

 

 

 

 ……したのだが、突如横から気合が聞こえた後、神戸は耳のすぐ横を何か光弾のようなものが駆け抜けていくのを目撃した。

 ちゅどーん、と実にいい音で光弾が爆ぜ、直撃した外套の姿はもうもうと上がる黒煙に隠れ見えなくなってしまった。

 

 「……………」

 「YES!」

 

 開いた口がふさがらず呆然と立ち尽くす神戸と、その横でガッツポーズを取るカーリー。

 傍から見ればその様は、「俺が奴の注意を引きつける。その隙にマヌケを殺っちまえ!」作戦が成功したようにしか見えなかったことだろう。

 ドシャッ、と不穏な音がしたので見てみれば、煙の中から落下したのであろう、コゲコゲのボロボロな正しくボロ切れとしか形容しようのない物体が、地面で燻っていた。

 黒焦げではあるが、それは先ほどまで神戸が会話していた相手が羽織っていた外套に間違いなかった。

 

 「……一応、聞いておこうか。お前なに考えてんの?」

 「愚かにも戦いの最中にご歓談してたから、隙を突かせてもらったわ。ちょろい奴ね」

 「今の流れで撃つのかよ!? 絶対そんなテンションじゃなかっただろ!! これから俺が華麗なネゴシエーションを見せつけて、無血で初勝利を飾るシーンの予定だったんだよ! 台無しじゃねぇか!!」

 「なによ、こちらはもう機先を制されているのよ? それも薄汚い不意打ちで。今さら話し合いもなにも成立する余地はないわ」

 「憎しみの連鎖は誰かが絶たなければならぬ、って師父も言ってただろ! そんなんだからイシュヴァールの民が死ぬんだよ! あと、『薄汚い不意打ち』って、完全にブーメランだからな!」

 「あえて言いましょう。勝てばよかろうなのだァァァァッ!! 」

 「戦いの神からそんなセリフ聞きたくなかった! もっと正々堂々とした強さを見せつけて欲しかった!」

 

 神戸は嘆きのシャウトを上げた。そのテンションはほぼ素のツッコミではあったが、眼前の脅威が無くなったためであろうか、心のどこかで緊張の糸が緩んでいたのは否めなかった。

 しかし、その余裕も掛け合いの間、ほんのわずかしか持続しなかった。

 いや、できなかったというべきか。

 

 

 

 

 

 ―――――劫―――――

 

 

 

 

 恐ろしい轟音を伴って吹き荒んだ熱波が、もうもうと上がっていた煙を残らず吹き飛ばした。

 

 「……あれ、なんかデジャヴ?」

 「様式美、って言うんじゃないかしら。ギャグの基本は繰り返し、っても言うし」

 「たしかに、今の状況はギャグじみてヤバイかもしれないけどな……」

 

 巨大な炎。

 煙が晴れ渡り、目に飛び込んできたソ(・)レ(・)を、神戸はそう幻視した。

 その火種は、ひとりの人間。

 その人間が纏うは、赤く、朱い、炎の如き力の奔流。

 目視が可能なまでの激しさをもってその身から赤々と吹き上がる力―――魔力は、『巨大な炎』と、そう形容する他なかった。

 

 

 

 「…………テメェら…………」

 

 

  

 

 そして、外套が焼け落ちその素顔を白日に晒した襲撃者は、中空に浮かんだ位置はそのままに神戸たちを睥睨し、ドスの利いた声を発する。

 その声が耳をすり抜けていくのを感じながら、ともすれば眼前の燃え盛るオーラのそれよりも大きな衝撃を、神戸は受けていた。

 

 襲撃者の容姿は、彼の予想を大きく裏切るものだった。

 まずは体格だが、外套のせいで判然としなかったその身の丈は神戸より10cmほど低い160後半。己よりも小柄なその体躯に、まず神戸はひとつ目の驚きを得ていた。

 そして今までで最大の驚愕は、その容貌にあった。

 予想よりも遥かに若かったその年の頃は、おおよそ18、19と神戸とはほぼ同年代。

 切れ長の凛とした眼差しに、頭頂部でポニーに結われた長い黒髪が目を引く、隙のない刃を感じさせる美貌。

 

 そう、『美貌』。

 中性的な顔立ちではあるものの、それは見間違えようもなく美しい女性そのものだった。

 そう。襲撃者の正体は、

 

 「女だったのかよ……」

 

 声質や口調、態度など諸々からすっかり男だと決めてかかっていた神戸は、その素顔に驚きを隠せなかった。

 あるいは平和な場であったなら、結構な美人の類に入るその相貌に見蕩れていたかもしれないが、しかし残念ながら今の神戸にはその余裕は許されなかった。

 

 「ずいぶん、舐めたマネこきやがったじゃねぇか、オイ……?」

 

 その表情をありありと憤怒の色に歪めながら、襲撃者は爆発寸前の怒りを無理やり堰止めてでもいるかのような恐ろしい声音で神戸たちに言葉を投げかける。

 

 「こっちが大人しくしてりゃあつけ上がりやがって…… テメェ、いい度胸してんじゃねぇか…… アァ?」

 

 それを受け、はっと何かに気づいたかのようにカーリーの方へ向き直った神戸。

 

 「オイィイイイイイイイイイ!! 生きてんぞあいつ!! なんでキッチリ始末しとかねぇんだ!! なんのための不意打ちだったんだよ!?」

 「それについては面目次第もないわ。流石にあれで決まるとは思ってなかったけど、まるでこたえてないなんてね。ちょっと驚いたわ。ところであなた、たった今ものすごい勢いで馬脚が現れてる気がするけど、大丈夫かしら」

 「結果論だよ結果論! 俺は元々ふっかけるつもりは無かったんだ! それを勝手にお前が! しかもちゃっかり討ち漏らしてんじゃねぇか! どうしてくれんだ! 考えうる限り最悪の状況だよ!」

 「ちょっと自分の思い通りにならないとすぐにキレ出す。まったく、ゆとりはおそろしいわ。少しは胆の据わったトコロを見せなさいよ。男じゃない」

 「さては開き直る気だな!? お前ホントにタチ悪いのな!」

 

 またしてもわぁわぁと騒ぎ始めた神戸とカーリーを前に、襲撃者の忍耐は限界を迎えていた。

  

 「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ……うるせぇんだよ、やかましいんだよ。ペラ回してんじゃねぇぞ雑魚野郎が……」

 

 こめかみをヒクつかせ、獰猛に犬歯を剥き出して低く、低く唸る。

 

 「もういい加減やめにしようや。こちとら散々我慢してやったんだ、そろそろいいよな…? 燃やしちまって、イイよなァ…?」

 

 それが、フラッシュポイント。導火線の終着点。

 火が点いてしまえば、もう止まらない。

 一層激しく燃え上がる赤き揺らめきと共に、叫びが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 「終わらせんぞォォ!! シヴァァァァア!!!!!!」

 

 

 

 

 

 哮りと共に、空を爆焔が駆け巡り覆い尽くし、赤く染め上げた。

 

 「うぉおお…………!?」

 「ッ…! 思ったとおり…! この炎、やっぱりあなたしか居ないわよね…………!!」

 

 今までとは比較にならないほどの熱量に、神戸は思わず目を覆い後退し、逆にカーリーは目を細め不敵に笑み、一歩を前へ進み出た。

 そして炎は収束し、ひとつの形を得て襲撃者の背後に傅いた。

 

 たなびくは赤き衣に、流れるは銀の髪。纏った炎とは対照的な青色の身体は筋骨隆々と逞しく。その手に携えるは三叉の戟。主の敵を見据える峻厳な眼差しは、抱えた矛のそれより鋭く――

 

 

 

 「―――仰せのままに、我が主よ」

 

 

 

 炎を司りし破壊神、ここに顕現せり。

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 「いやっははは…… 『覚えがある』って言ってたのは、これのことだったのか。カーリー…」

 

 眼前に現れた新たな、そして大きな脅威に、神戸はひきつり気味な調子で問いかける。

 射抜くような破壊神の視線に対し、臆することなく向き合っていたカーリーは投げかけられた問いに対し、正面に向けていた視線を、ちらと横に滑らせる。

 

 「全てを破壊し、無に帰す0(ゼロ)の炎。あれほどのものを扱える奴はそうそう居ないわ。でも、正直信じられなかった。まさか、人間風情に従いてるとはね。そんなタマじゃ無いと思ってたんだけど、人も、もとい、神も変わるものね」

 「ん? …あー、そっか。シヴァ神って、確かお前の……」

 「そ、だーりん。ね?」

 

 にこっと笑みを浮かべて、しなを作ってみせたカーリーに対し、シヴァはその厳格な眼差しをピクと僅かに動かしただけで、応じることはなかった。

 彼もまた、視線を相対している神戸たちから切り、傍らの主に語りかける。

 

 「…とは言え、我が主よ。この戦、おそらく生半には行きますまい。ゆめ、油断召されぬように」

 「ンだと? オイオイ、しっかりしてくれよ。日和ったか? 破壊の神の炎は弱火か? いくら相手が殺戮と暴力の女神だからって、それでびびるなんざぁ、情けないとは思わねぇのか?」

 「ご冗談を、我が主よ。申し上げているのは女神ではなく、あの口の減らない男の方です」

 「ケッ、ますますもってありえねぇぜ。俺があの雑魚相手に遅れを取るってんのか? 笑わせんじゃねぇよ」

 「貴方の気性は、時に炎の神のそれよりも激しく燃え上がる。その怒りが貴方の足元をすくうことになりかねないと、そう申し上げているのです。ああいった手合いは、そういった技に長けていると見える」

 「へいへい、了解了解。要は、ノせられんなってことだろ? せいぜい気をつけといてやるよ。もっとも、そんな暇があるほど長引けばだけど、なァ? オイ」

 

 五月蝿そうに話を切り上げた襲撃者は、改めて眼下の神戸たちを睥睨し、ニィと肉食獣の如き笑いを浮かべた。

 

 「なぁカーリー。なんかお前、シカトされてないか? 旦那と何かあったの?」

 「まぁ、失礼しちゃう。我が家は家族円満ハーレムそのものよ。側室たちとは多少険悪でも、だーりんとはラブラブちゅっちゅだわ。脱線したけど、要するに言いたいのは、あれはたしかにシヴァ神には違いないけど、私が知っている『彼』ではないってことよ」

 「んん? 私が知ってる『彼』とは違う? どういうことなんだ?」

 「パズル&ドラゴンズのシヴァ神は、リアルゴッドである私の旦那とは何の関係もございません。二次創作です、ってことね」

 「あー……リアルゴッドって、お前まだその設定続ける気なのか?」

 「かさねがさね失礼ね。私はホンモノよ、ホ・ン・モ・ノ! おわかり?」

 「はーい、わかりましたー。あなたはほんものの神様、カーリーでーす」

 「どうしましょう。ほんの一瞬、とても口には出来ない低俗な衝動に襲われたわ。このやり場のない気持ち、どこにぶつけてくれましょうか。とりあえず、あなたのドテッ腹でいいかしら?」

 「すみません本当にゴメンなさい。もう二度といたしません」

 「なぁシヴァ、あいつら見てると異常に焼き尽くしたくなるんだが、どうすればいいと思う?」

 「敵のペースに乗せられてはなりません。と言いたいところですが、私もたった今同じ心を抱いてしまいました。これは早急にあやつらを消し炭にしなければなりますまい」 

 

 両陣営共にお互いのパートナーとコミュニケーションが取れたところで、場の空気が一気に緊張感を増した。

 

 「やれやれ。できることなら、戦いは避けておきたかったところなんだけどな。ままならないもんだよ、ホント」

 「安心しろ。戦いになんざなんねぇよ。これから始まんのは、ただの蹂躙なんだからな。ちっとは抵抗してくれよ? つまんねぇから………」

 「あんたを殺したくない、そう言ってるんだ」

 

 襲撃者の台詞に割り込むように、神戸はきっぱりと言い切った。

 しばし呆気に取られた後、襲撃者は愉快そうに話の接穂を継ぐ。

 

 「……聞き間違いかもしれなぇからもう一度聞くが、テメェ、ひょっとしてオレらに勝つ気でいやがんのか?」

 「逆に聞くけど、負ける要素はどこにあるんだ?」

 「あまつさえ、オレらを殺せる気でいやがんのか?」

 「くどいな。耳が遠いのか? 二度も言わせるなよ」

 「………ケッケッケ。ホント、おもしれぇよ。テメェ」

 

 あくまでも不敵な態度を崩さない神戸と、俯いて肩を震わせ静かに笑う襲撃者。

 

 「あら、あっちはなんだか楽しそうね。ほら、あなたもそんな仏頂面してないで、私と楽しく御歓談でもしましょうよ?」

 「……抜かせ、軽佻浮薄な女狐が。貴様との会話など、何の意味もあるものか」

 「ひどい言い様ね。ウチの減らず口とは違って、私は真摯な精神の交流の機会を設けたいだけよ。これからやり合おうという相手の心様くらい、知りたいと思うのが当然じゃないかしら」

 「ならばなおさら言葉は必要あるまい。精神の語らいこそ、戦いの中であるべきだ。戦いの女神である貴様なら、それが分からぬ道理はないだろう?」

 「……ふふ、今ので十分よ。あなたは私の知る彼ではないけど、その心意気、ただただ見事。あなたの言うとおり、後は拳で語るに限るわね」

 「貴様に褒められたところで、何も生まれんよ。俺はただ、我が主の命を果たすのみ」

 

 破壊の神は三叉戟を翳し、女神はその瞳に闘志を漲らせる。

 臨界点は、すぐそこだった。

 

 「………イタミ」

 「え?」

 

 不意に、顔を上げた襲撃者が独り言のような調子でぽつりと何かを口にした。

 聞き返す神戸に、襲撃者は続けて言葉を投げる。

 

 「イタミ=ストラーロ。今からお前を消し炭にする奴の名前だ。冥土の土産に持ってけや、雑魚野郎」

 「………俺の名前は雑魚野郎じゃない。神戸、神戸智己だ。覚えてお家に逃げ帰りやがれ、バーサーカー女」

 

 名乗りを上げた襲撃者――イタミに、あくまで飄々と神戸は応じた。

 そのまま己が相棒、カーリーに歩み寄る。

 

 

 「…へっ? あら? あらら?」

 「後悔すんなよ? 言っておくが、俺たちには勝利が約束されてるんだ。戦いの女神は、今まさに俺に微笑んでくれてるんだぜ?」

 

 驚くカーリーの腰を右腕で抱き寄せ、左手でビシッと敵を指差し、神戸は高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 「これより、全ての勝利は俺の物、ってな!!」

 

 

 

 

 

 「………吹くじゃねぇか。つくづく、くだらねぇ……」

 

 対するイタミも、全身に戦意を剥き出しにして、高らかに吼える。

 

 

 

 

 

 

 「これより、一切合切燃やして壊す!! 灰も残さねぇ!! 全壊しだ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 「ちょ、ちょっと驚いたわ。大人しそうな顔して、結構やるのね、あなた……」

 

 唐突に神戸に抱き寄せられたカーリーは、覚えず顔が熱くなるのを感じた。

 突然のことに心臓が跳ねまわり、いつもの余裕がどこかに吹き飛んでしまった。

 大いに焦ったカーリーは、次いで起こった新たな刺激に、更に余裕を失った。

 

 「ひゃ、ひゃん!」

 

 腰を抱き寄せた神戸の指が、今度は背中を撫でるようにつつーっとなぞり始めたのだ。

 腰砕けになりそうになりながら、カーリーは吐息混じりに神戸を叱責した。

 

 「ちょ、こら! どうしちゃったのよ! あんまり調子に乗ってると、お、おこるわよ!」

 「…………」

 「あ、や……! ……んん!」

 

 その声が聞こえているのかいないのか、構わず神戸の指は彼女の背を這い回り続ける。

 よりにもよって戦いの火蓋が切って落とされんとするこの時に、なんでこんな……!

 意図も掴めない神戸の行動と、湧き上がる謎の感覚に、カーリーは理性の手綱を手放す寸前だった。

 

 「も、もう許して! 背中は、背中は弱いの! おねが………い?」

 

 刹那、カーリーは何かに気づいた。

 

 「………………」

 「……………?」

 

 神戸の指は、相変わらず無言のまま、背中を撫で回すのを止めていない。

 しかし、その動き。その動きに、カーリーは気づいた。

 

 「……………パ?」

 

 神戸の指は今、たしかにカーリーの背でカタカナの『パ』と、そう動かされた。

 指運は、まだ止まらない。

 

 

 

 『ズ、ル、デ、キ、ナ、イ、ダ、セ、ナ、イ』

 

 

 「………………ええっと」

 

 パズルデキナイ、ダセナイ。

 

 「……………」

 

 つつーっ。

 

 『ド、ウ、ヤ、ン、ノ、ヤ、リ、カ、タ、×』

 

 「……………」

 

 ドウヤンノ、ヤリカタ、×。

 

 「……………」

 

 

 

 

 『パズルできない、出せない。どうやんの、やり方、×』

 

 

 

 「……………………………」

 「……………………………」

 

 息も絶え絶えだったカーリーは、ぴた、と唐突に全ての行動を停止させた。

 ぎぎぎ、と神戸の方へ顔を向ける。

 

 冗談でしょう? とその顔は語っていた。

 神戸は、つとめて彼女の顔を見ないようにしていた。

 

 

 

 

 「いぃいいいいいいくぜぇえええええええええええ!!!!!!!!」

 

 

 眼前では、檻から解き放たれた獣のように凄まじい速度で、イタミとシヴァが進撃を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――神戸&カーリーvsイタミ&シヴァ。

 

 はじまりの塔、屋上。召喚の場。

  

 二柱の神の激突の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 




後のあたりは書いてて非常にカユくなりました。もう二度とやらない。
さて、不安要素満載で開幕した唐突のボスバトル、どうなってしまうのでしょうか。
それでは次回、シーユーレイター、アリゲーター!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。