銀河天使な僕と君たち (HIGU.V)
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空白期
空白期1 413年


お久しぶりです。
のんびり誤字修正していこうと思います。



 戦争が終われば、英雄はいらない。その言葉が真実かどうか、それは誰も知らない。なにせ英雄なんてものは、頻繁に現れないからだ。危機を救うのが英雄とすれば、英雄だらけの国は一般市民が疲弊してしまうであろう。

 書籍に頼ろうにも、その時代の一個人の意見をまとめたものでしかないそれは、信憑性という時点で難がある。英雄が無用の長物か、将又災いの種か。それを知っているのは、その時代を共に生きた民衆だけだ。

 

 

「少なくても不要ってことはないよな。こんなに忙しい」

 

 

個人用にチャーターされたシャトルの座席に深く腰を掛けながら、青年は独りごちる。背の丈はヤードポンドなら6ft.を優に超える恵まれたものであったが、どこか疲れを感じさせる。服装はフォーマルに儀礼用の軍服を身に着けており、細部の真新しさから、滅多に着ないか下ろし立てであることが推測できる。

 

 

 「中尉、あと数分で式場の近くにあるシャトル発着所に到着します」

 

 「ああ、了解です」

 

 

強張った体を解しながら、青年はそう受け答えする。連日の多忙な任務で蓄積されていった疲れという強敵は、その位では倒せないが、少なくとも気分は晴れやかである。最近笑うことが少なくなってしまい、強張ってしまった顔の筋肉も、今日ばかりはリラックスできるであろう。なにせ、尊敬する上官達の第二のスタートの日なのだから。

 

 

「結婚式……見たかったな……ミルフィーさんの花嫁衣裳はきっと綺麗だったんだろうし」

 

 

その式自体にはそもそもスケジュール的に無理があった青年は、強行軍でその後のパーティーだけでも参加しようと仕事を半場放置する形でここに来た。周囲からあまりいい目で見られてなかったのだが、理由が理由だけに暗黙の了解はあったとみている。

国の重鎮が、それも最も勢いのある派閥の面々が一堂に会する場所なのだ。

彼等も、なんとか立ち上がり、ようやく軌道に乗りかけたプロジェクトであり、今が最も忙しい時期なのであるので。頭で理解しても感情で彼を恨むのは仕方がない。

 

 

「到着しました。どうぞ」

 

「ありがとう、いい操縦だった」

 

 

彼は、自分のシャトルを操縦していた専属の運転手に礼と賛辞を述べて地面に降り立つ。その言葉を受けた運転手(操縦士)は、苦笑してしまうのだが、これも仕方がない。

 

 

「あなたに言われると、嫌味にすら聞こえますよ────ラクレット・ヴァルター中尉殿」

 

「本心さ。安全運転なんて、生まれてからしたことないからね」

 

 

青年の名前はラクレット・ヴァルター。皇国最強の一角であり、数々の異名を持つこと戦闘機によるドッグファイトに関しては、並べるものは一人しかいないといわれる英雄の一人だ。

 

彼がなした功績は枚挙に厭わない。戦闘機による近接武器の運用という冗談めいた概念を持ち込んだ人物。不可能とも思える戦場において、最前線で戦い常に生還している。旗艦を落とした数は個人では皇国でトップ、ついたあだ名は『旗艦殺し(フラグ・ブレイカー)』そして何より彼の年齢は若干15歳であるということ。

 

子供が夢想するヒーローそのものであり、生ける英雄なのだ。皇国において、英雄といえば、彼ともう一人を指すのだが、もう一人が英雄という人物像から離れているのに加え、あまりメディアに出てこないというのもあり、彼は時の人であった。

連日のように取材やスピーチ。番組への出演。パーティーへの出席。他多数の本職とは関係ない仕事をしつつ、現在進行しているあるプロジェクトの一員として動いている。

 

そんな彼は、シャトルの発着所から数分一人で歩き、会場に向かう。彼ほどの立場なら護衛が必要であろう。結婚式への道中、ひったくりを見つけて、花束もちながら捕まえたりして、ナイフでさされ、空が目にしみたら冗談では済まされないからだ。

だが、彼はひとりであった。これには簡単な理由がある。現状彼に何らかの害を与えられる人間が確認できていないのだ。彼は、周囲に人がいないことを確認すると、2,3回屈伸運動をした後。走り出した────車道を。

 

車の法定速度ほど出ている彼の走りは、10秒ほどで失速することはなく、20,30秒と距離を伸ばしていく。運が良いのか、信号などには一切引っかからずに、会場まで彼の足で2分ほど走り続けた。

 

そう、彼の肉体には、科学の力では解明できない不思議な何かが宿っていた。勢いをつければ、壁を走ることができるという常識外れの脚力。逆立ちでの移動で、某司令の全力疾走を優位に置き去りする腕力。肉体的な能力、特に持久力と瞬発力が異常なまでに発達していたのだ。彼の外見は岩のような印象を受ける筋肉の鎧衣をまとった男性だが、それにしても常識はずれにも程があった。

 

 

「よし到着。皆いるね。テロの的にされたら、国が亡ぶな」

 

 

そういったわけで、この星は本日関係者以外立ち入り禁止である。式典用の星なのだ。1組の結婚式に、2組の男女の結婚祝いのパーティーなのだ。

ラクレットの兄カマンベール・ヴァルターは。婚約者であったノアと既に先月二人きりで式を挙げていた。と、いうのも今回さすがに2組合同というのは、いろいろなところに無理があったらしいというのと。

新婦たっての希望で、EDEN星系の既に人が住んでいない無人の星の、空き家と思われる建造物跡で、二人だけの挙式をしているのだ。それでもパーティーだけは合同で行われている。誘っておいて、自分たちだけでやるというのもアレな感じであったが、まあそれは余談であろう。

 

会場の入り口から、華やかな屋外での立食パーティーに興じている面々を見渡しながら、知り合いを探していると、ラクレットは偶然、本当に偶然一人の少女と目が合った。

10歳ほどのその少女は、左右をせわしなく見渡しながら、会場の隅にあるベンチで不安げな表情をしていた。ラクレットには彼女がなにかしたいことがあるのに、それができないでいるように見え、昔の自分と重ねてしまったのかもしれない。その少女に向けてゆっくり歩を進めていく。

 

 

「どうしました? お嬢さん」

 

「え!? あ、あの私ですか……」

 

 

彼女は、セミロングほどの長さのオレンジ色の左右で二つに縛っていた。服装は白いワンピースのようなドレスであり、少女らしい、可憐な、可愛いという印象をより強くしていた。そんな少女は、声をかけられたことに一瞬気づかず、遅れて驚いたような反応を返した。

 

 

「何か、お困りですか? 」

 

「あ……その……」

 

「無理に話さなくても平気ですよ。知らない人と話してはいけませんと教わっているなら特に。ですが、もし話したいのでしたらどうぞ、ここで聞きますよ」

 

「え、あ……はい……」

 

 

ラクレットにしては非常にらしくない行動であった。人見知りである彼が、異性に話しかけるというのは大変珍しいことなのだ。この時に、異性っていうのもあるよねと思った方、60点だ。彼は10歳程度の少女を異性としては扱わないし扱えない。

子供と接する感覚である。最近喃語が増えてきた、姪のマリアージュちゃん(0歳)と本質的な対応は変わらない。なお、多忙の中、嫌味の様に通信をつないでくる上の兄に対する文句も、薄れるくらいに姪は可愛かった。

 

そして、少女にとっても非常に珍しいらしくない行動をとっていた。彼女はとある『事情』を抱えている。そのせいで、非常に生活に不自由している女の子だ。

しかし彼女にはその事情を乗り越えてしたいことが今あった。新しく『兄』になる男性へなにかプレゼントを送ってあげたいのだ。その行動目的があったからか、非常に男性的な(男性的魅力があると同義ではない)目の前の人物から逃げようとするのではなく、相談を持ち掛けようとしていた。

 

付け加えておくと、彼女は彼のことを知らないわけではない。『姉』から定期的に着ていたメールや手紙などで話題になったり、写真に写っていたりとしていたからだ。そして、ニュースやテレビで何度か見たこともある。そういう人物だったのだ。

 

 

「ラ、ラクレット・ヴァルターさん……です……よね?」

 

「……ええ、そうですよ」

 

 

ラクレットは周囲をちらりと一瞬だけ確認した後、そう答えた。視線を感じたのだ。納得したが、しかし気にせず続けることにする。やましいことはしていないのだから。

 

 

「わ、私『アプリコット・桜葉』です!! お、お姉ちゃんの妹です!!」

 

「ミルフィーさんの? いつもお姉様にはお世話になっています」

 

「あ、いえ、こちらこそ。お噂はお聞きしてます!」

 

 

ラクレットは目の前の少々慌てている少女を改めて見つめなおす。髪の色はミルフィーの桜色とは違う橙である。

しかし、可愛らしいその外見は確かに彼女の妹といっても納得できるものであった。ラクレットは、緊張しているのであろうか、必死な様子の彼女をゆっくり急かさず、うまく促すようにして話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、タクトさんへのプレゼントがしたいと……」

 

「は、はい!! お、お兄ちゃんになるので!! その……」

 

「いえ、立派な心がけだと思いますよ。優しいですね。桜葉さんは」

 

 

 

アプリコットは、何度も途中で詰まりつっかえながらも、ラクレットに事情を話すことができた。彼女からすれば、自分の偉業に驚いているくらいだ。

彼女からしてみれば目の前の自分の倍はありそうな巨大な男性は恐怖の対象であった。しかしなぜかいつも男性に感じている圧迫感はそこまで感じず、逆に安心できる気持ちが心に溢れて来るのだ。どこか懐かしい面影すら覚える。

そんな彼女の様子に気づいたのか、ラクレットは安心させるべく、少し悩んで居た為険しくなっていた表情を緩め、口を開いた。

 

 

「そうですね、タクトさんならば、なんでも喜びそうですが……その前にいいですか?」

 

「え……? あ、はい」

 

 

アプリコットは、ラクレットの言葉に半場無意識にうなずいてしまう。条件反射のようなものだ。ラクレットは、とりあえずその反応に苦笑しながら、先ほどから感じていた視線の方向へと体を合わせた。

 

 

「そろそろ出てきたらどうですか? 皆さん、別に僕だけが頭を悩ませる必要はないでしょう?」

 

「あ、やっぱりばれてた?」

 

「ランファさんは、隠し過ぎですね。それで警戒センサーが逆に上がったみたいです。それで皆さんの視線に気づきました」

 

 

その言葉に悪びれた様子もなく、この場に姿を現したのは、ドレスに身を包んだ5人の可憐な女性達であった。エンジェル隊のメンバーである。

本日の主賓であるミルフィーユ・桜葉はここにいないものの、それ以外の全員がこの場に揃っていた。

 

彼女たちは、先ほどまでアプリコットに付き合い、タクトをよく知る人物として、元教官で現上司のルフト将軍のもとに話を聞きに行っていたのだ。しかし有力な情報を得ることができず、次はタクトの友人のレスターに聞きに行こうと、すこし男性との会話で疲れてしまったアプリコットをベンチに座らせ、飲み物を取りに行くものと、レスターを探すものに分けて行動していたのである。

 

本当はこの場にアプリコットとヴァニラの二人で残るつもりであったのだが、先ほど気分を悪くした女性が現れたので、ヴァニラはそちらに向かっていたのである。

そして、レスターの居場所を見つけ、飲み物を手に戻ってきたところ、懐かしい顔が、なんと少女に話しかけているのだ。これは面白そうだと様子をこっそりうかがっていたのである。

 

 

「ラクレットさん、どうぞ」

 

「ありがとうございます。ちとせさん」

 

 

ちとせから飲み物を受け取り、ラクレットはそれを口につける。彼女たちの服装を褒めるべきなのかなーと考えつつ、それよりも目の前の少女の悩み事相談に対応するのが先だと思い直し、アプリコットに向き直る。

 

 

「先ほども言いましたが、タクトさんはきっと、なんでも喜びますよ。あの人なら、かわいい妹が欲しかったとか言いそうですね」

 

「そうですか……」

 

「ラクレットさん、こういった場合具体的なアドバイスこそが正解ですわ」

 

 

若干誤魔化すような答えになってしまい。ミントにダメ出しをくらってしまう。しかしながら、このくらいしか思い浮かばないのも事実なのだ。

タクトが好みそうなものと言ったら、かわいい女の子とおいしい食事である。この場においてはたくさんの女の子に祝われながら、パーティーで食事もおいしいと両方充実できているのだ。そうなると新たなものを考えなければならない。

 

 

「ですが、その何かをしてあげたいという気持ちだけで喜んでくれるような人ですよ。タクトさんは。大事なのはその気持ちだと僕は思います」

 

「おいおい、それじゃあ答えが変わってないじゃないか。全く成長がないねーラクレットは」

 

 

今度はフォルテからのダメ出しだ。全く持って理不尽な気持ちにすらなってくるのだが、仕方がない。この場には男一人なのだ。男の立場からの意見となると、自分しかできないのである。ある意味アウェーな状況であった。

 

 

「それじゃあ……ああ、うん。タクトさん本人に欲しいものを聞いてみればいかがでしょうか?」

 

「タクトさんにですか?」

 

「ええ、サプライズをしたいというのでなければ、彼本人に聞いてしまうというのがいいかもしれません。ないといわれても、それを探すのに出かけるなどで、より仲を深める事もできるでしょう」

 

 

「へぇ……アンタにしては建設的な意見が出たじゃない」

 

 

ようやく好印象をご意見役として周囲を囲んでいるエンジェル隊から貰えたラクレット。最近こういったエンジェル隊からの評価が厳しい気がすると頓に思う。自分で考えて自分の意見を言うといったことを強要されたり、距離感を指摘されたり、私服を持っていないことに文句を言われたりと、色々なのだ。

 

 

「タクトさんに直接……そうですね!! ありがとうございます!! 私、行ってきます」

 

「そうですか、頑張ってください」

 

 

元気よくそう答えると、会場の中心の人だかりに向かうアプリコット。その背中を見つめながら、ラクレットは呟く。

 

 

「人見知りの様ですが、いい娘ですね。ミルフィーさんと、一生懸命なところが似ていますね」

 

「そうよね、それにしても……」

 

「ええ、ラクレットさんは平気だったようですわね、これはひょっとすると……」

 

「ああ、この外見なのに、逆にスムーズだった……もしかするかもね」

 

「そうなりますと、問題は……接点ですか?」

 

「? どうしました、皆さん」

 

 

何か、意味深に彼の周りで会話を始めるエンジェル隊。何やら自分が関わっているようだが、今一内容のつかめないものだ。そう、まるで自分だけ別の前提で動いているような……そんな印象をラクレットは受けた。

 

 

 

「それよりも後を追いかけないと」

 

「そうですわね」

 

「ええ」

 

 

誤魔化されているように思いながらも、ラクレットは、小さくなっているアプリコットの背中を追うのであった。

 

 

「オレは、リコみたいな、かわいい妹が欲しいかったんだー!!」

 

「……え? 」

 

 

アプリコットが、ミルフィーと二人でいるタクトのもとにたどり着き、タクトに話があると姉に許可を取り、そのまま目の前のタクトに「欲しいものありますか? 」と尋ねた結果帰ってきた返答がこれである。

 

その言葉と共にタクトは、目の前で少しきょとんとして待っているアプリコットを思い切り抱きしめた。結婚式の日に新郎が新婦の妹を抱きしめるというのは、どうなのであろうか? 他の女よりはましなのか、他の女よりひどいのか判断に困るところだ。それも新婦の目の前で。

 

 

「きゃぁぁぁーーー!! 」

 

 

瞬間、タクトの体が宙を舞った。そう音を置き去りにして彼女の一撃は振るわれた。多くの人物には、彼女がタクトに触れた瞬間、タクトが吹っ飛んだように見えただろう。しかし鍛えられた軍人たちには、一瞬で少女が打撃を加えタクトを弾き飛ばしたと見えた。

 

そして、その両方が不正解である。考えてみてほしい、10歳前後の少女の腕力で成人男性を空中に飛ばすことができるであろうか? 否、それは不可能に近い。では、彼女はその不可能をどう成し遂げたのか、それはまだわからない。

しかし彼女が行ったのは、打撃ではない。投げであった。技の残身が打撃と酷似していたが、彼女はタクトの軍服をつかみ上に投げ飛ばしたのである。それを理解できたものは本当に一握りであった。

 

まぁ、それは一先ず置いておこう、重要なのはタクトに危害が加えられたことである。それにラクレットは半場無意識的に反応してしまった。

誰が加えたというのが重要ではない、タクトに害を加える存在が目の前にいるという事実に体が無意識に反応してしまったのだ。

 

数m先にいる少女目掛けて、地面を踏み込み距離を詰める。瞬間景色がまるで手ぶれした映像を見ているようなものに切り替わる。数瞬の後に少女のもとについてしまうであろう、そう気づいた段階で彼は、自分のしている行動にようやっと気づいた。

まだ彼は自身の力に対する認識と制御の甘い所があるので、急停止などできそうもない。

既に体は完全に宙に浮いている、踏み切った後である。ランファは気づいて静止しようとしたみたいだが、彼との位置関係が悪かった。間にミントがいたことで、速度に加減が入ってしまったのだ。

 

ラクレットは瞬間、判断する。このままでは、衝突は不可避である、ならばと、ラクレットはその場で思いっきり『空』を踏み込んだ。筋肉を動かしているのとは違う何かが体の中を駆け巡る、それは常識というものを打ち破る、不思議な力であった。

 

乾いた破裂音が鳴り響き、ラクレットの体は急上昇する。彼の体の進行方向は、上向きに急上昇したのだ。さながら、スキージャンプのような起動で、彼は先ほどの姿勢のまま硬直しているアプリコットを飛び越える。

ギリギリであったが、接触はなかった。そのまま、ついでとばかりに、空中で落ちてきていたタクトを見事両手でキャッチし、前方にそのまま体を捻り一回転し勢いを殺したのち、地面に着地した。

 

 

「大丈夫ですか? タクトさん」

 

「え、ああ……うん、いやーこうすれば治ると思ったんだよ、ショック療法的にさ」

 

 

ラクレットの行動をあまり気にしていないのか、地面に卸されると頭をかきながら、そう答えるタクト。話を今一理解できてない、ラクレット。

 

 

「治る? ショック療法? 」

 

「あ、ラクレット君、あのね私の妹のリコは、男性恐怖症なの」

 

「す、すみませんでした。タクトさん、お怪我はありませんか? 」

 

「ああ、平気さ。この通りラクレットが助けてくれたからね」

 

 

タクトに近寄り、謝罪するアプリコット。そして少々呆然としているラクレットに事情を説明するミルフィー。ラクレットは珍しくミルフィーの言うことを信用できていなかった。

なにせ、男性恐怖症である、程度は知らないが、どうやらそれなりというかなかなかに根深いレベルの恐怖症のようだ。触られた男性に無意識に一撃入れてしまうという。ミルフィーから話を聞くに、男性とはうまく話すことができず、怖くて萎縮してしまうそうだ。

 

それならばとラクレットは考える。彼女が最もダメな男性像とは何かだ。それは普通に考えるならば、より男性的な存在、たくましく筋肉質で高身長といったものであろう。もしかしたら毛深いなどもあるかもしれないが。

その毛深いは兎も角として、自分は全部該当する。自慢ではないが、この場に来ている人間の中では上から10番以内に入る背の丈であろうし、肩幅はアプリコットの倍にすら見える。腕周りも彼女の腰ほどだ。

 

それなのに、彼女は自分から彼に相談を持ち掛けて、距離があるとはいえ会話もしていたのだ。見ず知らずの男性とはまともに口を利くことすら難しいのとミルフィーが説明している彼女がである。

 

 

「ショック療法かと思ったんだけどねー、やっぱダメみたいだね」

 

「そんな、危ないですよ」

 

「いや、これからもオレはスキンシップを取っていくつもりだよ? 」

 

「え?」

 

「だって、このまま何もしなかったら、ずっとリコがびくびく触らないように気を使っちゃうだろ? それじゃあ疲れちゃうからね、これからもオレは気にせずコミュニケーションをとるから。リコも気にしないで慣れるまでゆっくりやっていこうよ。体は丈夫だからさ」

 

「タクトさん……」

 

 

などと考察している間に、早速タクトが義理の妹を攻略している。まあ彼は自然体で接しているだけであるのだが。ラクレットはとりあえずタクトをキャッチしたが、そのまま地面に落ちても、昔から異常に受け身だけは上手かったタクトがダメージを受けるということは、あまりなかったであろう。

 

 

「それに、さっき言った妹が欲しいっていうのは本心さ。末っ子だからね、オレ。これからよろしく、リコ」

 

「はい! お義兄ちゃん」

 

 

そういって二人はお互いの手を伸ばし握手した。

 

 

 

 

そのままタクトは空中を舞ったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、タクト君、写真でもとらないかい? 」

 

「エメンタール! そうだね、全員そろったみたいだし」

 

 

 

その後宴もたけなわになった辺りで、エメンタールがタクトに声をかける。だいぶ前からいたのだが、長時間のパーティーであったので、入れ代わり立ち代わりといったものであった。

具体的にはこの会場に、ココ・アルモ・クロミエ・ケーラ・クレータ・梅さん・ノア・カマンベール・シヴァ・ルシャーティ・シャトヤーン・ルフトがいる。パルメザン(ヴァイン)はさすがにこの場にはいないものの、祝辞が届いていた。各自それなりに話があったりするのだが、必要な時に回想で語ることにしよう。

 

 

「ん、君がさっきの騒ぎの?」

 

「あ、はい。えーとその……」

 

「ゆっくりでいいよ。俺はエメンタール・ヴァルター」

 

「ア、 アプリコット・桜葉です!!」

 

 

自然に、顔の知らなかったアプリコットとあいさつを交わすエメンタール。彼は先ほどの光景を当目に見ていたし、それどころか、実はラクレットの到着からずっと彼のことを映像で見ている。

なにせこの星で一定の速度以上で動いたものは自動的に上空から衛星で確認されるのだ。故に彼は、ラクレットが到着する前から彼のことを確認していた。

 

そして、アプリコットの反応を観察するエメンタール。軽くあいさつを交わした後、すぐに周囲に流されるまま、撮影の準備をしている。どうやら彼女は、ラクレットのすぐ前で、ミルフィーの隣に並ぶようだ。

ラクレットとかなり近い位置に立っており、何か話しているようだが、彼女の表情には緊張が見られるものの、恐怖による引きつりはほぼない。さきほどタクトと話していた時よりも、強張っていないくらいだ。

 

 

(偶然にも撒いた種が育ったか……)

 

 

エメンタールはそう内心で呟きながら、二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、僕はもう帰りますね」

 

「あれ? 今日はオールナイトでカラオケの予定だったのに?」

 

 

各自解散なり、この星にとってある宿泊施設なりに移動といったとき、ラクレットは、エンジェル隊およびエルシオール首脳陣は、ここ数日間は実質完全にフリーであった。忙しいのだが、名目上はシャトヤーン様およびシヴァ女皇陛下の護衛なのだ。

『エルシオール』が儀礼艦故、移動は『エルシオール』で行うのだ。そのため、『エルシオール』所属の人間は、今回の結婚式は久方ぶりの休暇にも近かった。一時的に所属を離れていたものも合流したのだから。

 

しかしラクレットは、すでに『エルシオール』を降りていた。もちろん有事の際は一戦力として、皇国の剣の一角としての職務のため合流するであろう。しかし、彼は今完全に別の任務に就いているのだ。

 

 

「はい、残念ながらここに来るのも、かなり無理してきましたので。同僚からの悲鳴が今も来ています……」

 

「そう、やっぱり忙しいのね、ご苦労様だわ」

 

「全くですわ」

 

「それにしてもまさかねぇ……」

 

「はい、ラクレットさんがあのようなお仕事に付かれるとは」

 

「ラクレットさんは、優秀ですから」

 

 

口々に仕方ないと惜しんでくれるエンジェル隊に感謝しつつ、この場にいないタクトとミルフィーによろしく言っておいてくれと伝え、ラクレットは、迎えのシャトルに向けて歩き出した。

 

 

「頑張りなさいよー!! 『教官殿』」

 

「はい!! 行ってきます」

 

 

 

ラクレット・ヴァルターは現在、ノアとカマンベールが筆頭の『次世代人造紋章機製造計画』の一員として働いていた。テストパイロット育成の為の教官として。

 

 

 




伏線ばらまきタイム
エメンタールのは、どっちかといえば回収ですが。
前作の最序盤を、刻までやった人が読めば……


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空白期2 413-414年

「ラクレット、調子はどう? 」

 

「ああ、義姉さん。忙しいですけど、順調です。報告書の通り」

 

 

 結婚式会場でのリコの騒動が終わった後、ラクレットは様々なところに顔を出していた。その一つが今の直属の上司になっているノアの元だ。

 

 彼女はすでに、ラクレットの義姉であり、そう呼ばれることに抵抗はない。一応家族になるのだから。自分より活動している時間で見れば年上の弟だが。それでも周囲の『白き月』の人間の中では素直で物わかりが良くからかう事もしない。それでいてエンジェル隊に比較すれば理解できる範疇に在るラクレットの事を、ノアは決して嫌いじゃないからだ。

 

 そんな二人が話しているのは、現在のラクレットの仕事である、『次世代人造紋章機製造計画』についてだ。通称『HB計画』は、現在EDENとトランスバール皇国における共同の一大プロジェクトである。

 

 なお、トランスバール皇国という名称は、今後より薄れていく。これは皇国民が自分たちはEDENの一員であるといった意識を持ち始めるといったことに起因する。政府の名前や軍の名前はこのままであるが、将来的には『EDEN』という一つの集まりになるのだ。それはこの人物たちが歴史上の人物として語られるようになってからなので省くが、今後EDENという表記には、そういった意味も込められてくることをご了承いただきたい。

 

 話を戻そう。そんな、一大計画は少し前に、発令されたものである。ラクレットは、その時のことを思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクレット・ヴァルター中尉、到着しました!!」

 

「うむ、入るが良い」

 

 

 その声に促されてラクレットが入室する。ここは白き月の奥にある、機密ドックだ。一般人はもちろん関係者ですら用事があるときしか立ち入ることはできない。そのドックを見下ろせる管制室のような部屋に、彼は今呼び出されていた。

 

 室内にはシャトヤーン、シヴァ、カマンベール、ノアの4人がいた。ルフトは現在本星において政治活動を行っているので不在であった。

 

 

「ご苦労であった、ヴァルターよ」

 

「楽にしてください」

 

「はい」

 

 

 とりあえず、促され、4人の目の前に立つ。ラクレットがここに来たのは、『エルシオール』を降りるように辞令が下りた直後であった。まだ荷物の整理は終わってないのだが、呼び出しをされたので急いでここに来たのである。現在彼の部屋では、クロミエおよびエンジェル隊の有志が彼の荷物を整理しているであろう。見られて困る疚しいものはないので特に心配はいていない。

 

 

「回りくどいのは嫌いよ、アンタに今日頼みたいこと、それはある計画の一員として動いてほしいってこと」

 

「計画ですか? 」

 

「Holy Blood計画 通称HB計画だ。簡単に説明するならば、現代の科学力で紋章機を量産する計画」

 

「そう、その紋章機は今まで見たいな、専用機じゃない。誰にでも操縦できるような、そういったものを作るつもりよ」

 

 

 カマンベールとノアによって説明される言葉をかみ砕いて理解する。要するに現代人の手により量産型の紋章機を作る計画が動き出したということであろうと理解する。

 

 

「これはまだ極秘なのだがな、世界には銀河が複数あるということがわかったのだ」

 

「その為、手数が足りなくなってしまう可能性を危惧し、ノアさんとカマンベールさんが立案したのがHB計画です」

 

 

 シヴァ女皇により、衝撃的過ぎる事実が開示されたのだが、今一理解できていないラクレット。GAⅡの知識はあまりないのだが、設定として平行世界と呼ばれる複数の銀河が発見されたことは知っている。

 それと関連していることは察しがついたが、どうにも重要な情報を隠されているようだと彼は考えた。隠されているなら知るべきではないであろうと、無理矢理納得することにしたのだ。

 

 

「それで、自分はテストパイロットでもすればよろしいのですか? 」

 

「いいえ。というか、アンタ基準に作ったら結局ワンオフ機体しかできないわよ」

 

「ああ。それにH.A.L.Oシステムの代わりになるAIの理論はあるのだが、まだ実現には少し時間がかかる。そして完成予想とされているスペックはこれだ」

 

「……これは……汎用機でこれですか? 」

 

 

 ラクレットが不正解したものの話は続く。彼の目の前に提示されているデータを見る限り、相当に高出力高性能高価格の3K揃った機体のようだ。ラクレットの総資産、全額投資して1機作れるかどうかといったところか。そして何より特筆すべきは、これを操縦するパイロットは、相当な技量を要求されるであろうといったことだ。

 

 

「アンタには、この機体のテストパイロットを育成してほしいの。なるべく若い人間がいいわ、そして既存の機体を操縦したことがない人物。先入観が欲しくないの」

 

「ぼ、僕が教官ですか……? 」

 

「そうだ。ここに半期の基礎課程を修了した空軍のパイロット候補生の名簿がある。皇国とEDEN全ての空軍学校の前期課程首席に『新型機体のテストパイロット候補育成計画』を持ち掛けたところ、ほぼ全員からいい返事がもらえた。この中から5人前後を一期生として選べ」

 

 

 ラクレットに要求されているのは、こういうことだ。現在空軍学校で半年間の基礎訓練を終えたものの中から、成績および適正の優秀なものをピックアップしたリストがあり。その中から5人ほどテストケースとして育てるといったものだ。

 

 

「いや、でも僕が教官って……」

 

「ラクレットよ、余はお前の実力をかっている」

 

「女皇陛下……」

 

「そうですよ、貴方は『エルシオール』で誰よりも努力を重ねて、自分で技術を身に着けていました。エンジェル隊と違い貴方は操縦の為の勉強もしています。きっと貴方ならばできるでしょう」

 

「シャトヤーン様……」

 

 

 とりあえず、自分にできるかわからないので一歩引いてみるものの、どうにも逃げられないようだ。彼が昔から感じていたように、シャトヤーン様とシヴァ女皇陛下は彼のことを随分とかっているようだ。

 ちなみにこの場にいる4人が期待しているのは、ラクレットという人間が育てたことによってできる『規格外』のエリートパイロットの誕生である。まともな腕利きではないものを期待しているのだ。白き月理論である。

 

 

かくして、この計画は始動したのであった。

 

通称HB計画

プロジェクト主任 ノア・ヴァルター

副主任 カマンベール・ヴァルター

技術部門総責任者  シャトヤーン

テストパイロット 未定

 

テストパイロット育成担当 

特別訓練学校 校長 ウォルコット・O・ヒューイ

実技最高責任者 カトフェル

実技指導特別教官 ラクレット・ヴァルター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から君たちの訓練の指導をする、ラクレット・ヴァルターだ。階級は中尉。所属はトランスバール皇国軍、白き月『エルシオール』所属の戦闘機クルーだ」

 

「ヴァルター中尉は忙しいお方だ、貴様らのすべてを見ることはできない、だが、彼の卓越した操縦技術を近くで見ることは、必ず貴様らの糧となるであろう」

 

 

 EDEN近くのとある衛星。まるごと全て軍が管理する子の星は基地に訓練学校に演習場にと、軍事関連施設と彼らの為の歓楽街が一定ごとにあるという少々特殊な星だ。その中でも新しい訓練学校の区画の奥に彼は今いた。

 訓練の初日、厳密には皇国やEDENの訓練学校から精鋭の選りすぐりの候補生が集められたので、彼等からすれば所属が変わっただけで、初日ではないのだが。ラクレット着任の日、彼が受けたのは、尊敬の眼差し……だけではなかった。

 

 今この部屋には5人の訓練兵がいる。彼らはなんの偶然かすべて男だ。選抜段階では女性もいたのだが、くじを引いたり直感で選んだりした結果、男性しか残らなかったのだ。

 最も次世代人造紋章機なので、女性のほうが適用しやすいという風潮を打壊すにはちょうど良いのも事実であった。ラクレットは名簿として渡されたデータに目を通す。

 

 

ジンジャー・エール 16歳 出身は皇国本星

ロゼル・マティウス 15歳 出身はEDEN

コーク・C     16歳 出身は皇国

ラムネ・マーブル  15歳 出身はEDEN辺境

ビオレ・ドーフィン 17歳 出身は辺境

 

 

 半分は年上という事実に少し頭が痛くなってくる。ついでに自分が15歳だという事を思い出して驚く。自分の名前を知らない人物は恐らくいないであろう。仮にも空軍のパイロット志望の訓練兵だ。だが、この不遜な視線はどうやら歓迎されていない様子だ。

 

 

「それでは、あとは中尉の指示に従うように」

 

 

 担当教官のその言葉と同時に全員が見事な皇国軍式の敬礼の姿勢をとる。ラクレットは既に反射的にそれをとれるようになっているが『エルシオール』に来て暫くはまともに敬礼すらできなかったのを思うと個々の人物は全員優秀のようだ。ラクレットは早速全員に向き直る。

 

 

「紹介に会った通り、私がラクレット・ヴァルターだ。今後君たちの訓練を担当する。多忙のためいくつかは先程の担当教官が見ることになるが、私も全力で指導していくつもりだ。よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします!! 教官!!」

 

 

 ラクレットのその言葉にそう返したのは、右から2番目に座る、ロゼル・マティウスだけであった。他の4人はどこか微妙な態度を示している。まあ、当然かともラクレットは思う。

 彼らはまだ訓練兵だ。基礎課程とはいえ首席であったためプライドも高い。上官である自分に対して敬意は払っているものの、年下であるということから教官になることに対して抵抗があるのであろう。自分だって、年下の上司が突然できたら狼狽してしまうであろう。ヴァニラさんは別だが。天使だし。

 

 

「まあ、色々思うところはあるだろう。何らかの罰則にはしないから、本音を言ってくれたほうが良い。初日の内に納得してもらわないと長引くからな」

 

 

 ラクレットは、用意してきたセリフを言う。規律に厳しい軍において、このやり方はどうなのかと疑問視されるであろう手法だが、尊敬する上官のやり方なのだ。マイヤーズ流である。

 

 

 

「それじゃあ言わせてもらっていいですか? 中尉殿」

 

「どうぞ、コーク」

 

「教官は、本物なんですか? あんなバカみたいなコト全部やったとか、冗談かプロパガンダか何かじゃないんすか?」

 

 

 ラクレットの言葉に真っ先に反応したのは、コーク・Cであった。全員についての細かいデータについては既に熟読しているので、人間性も過去の担当教官からの主観ではあるが把握してある。彼はやや単純馬鹿なきらいがあるが、命令には素直に従う青年であったらしい。

 

 

「……私も同意です。とても人間だと信じられない。この単純馬鹿と同じなのは尺ですが」

 

「人間じゃないみたいだがな」

 

 

 同調してきたのはジンジャー・エールとビオレ・ドーフィンであった。ジンジャーは冷静沈着だが、皮肉屋のためトラブルを起こしたこともあるそうだ。ビオレは辺境出身で言語が異なる地方であったそうで、敬語が苦手との記載があった。

また、今の会話から察するに、訓練兵同士の顔合わせは済んでいるようだ。ジンジャーとコークの相性が悪そうだと心のメモに加えつつ口を開く。

 

 

「そうだ。人間でないという事については同意しよう。ラムネ、君はないのか? 」

 

「……実力を見るまでは信じられない」

 

 

 ラムネ・マーブル。成績は良いのだが、協調性に欠ける。コミュニケーション能力に欠陥あり。どこか昔の自分を思い出す評価だが、その通りのようで、とりあえず資料の情報を信用しつつ、ラクレットは考えてあったセリフを口にする。

 

 

「まあ、だろうね。正直自分でも、自分の噂が酷いくらい流れているのは知っているからね」

 

「そんな!! 教官はあれだけの偉業を成し遂げたと伺っています!!」

 

 

 ロゼル・マティウス。成績人柄交友関係すべてに関して満点の評価がされている。彼とは少しだけ面識があった。だが、どうにも自分を盲信しているように見える。このままではほかの4人と対立なり孤立してしまいかねない。ラクレットは続ける。

 

 

「まあ、噂は各自が何を知っているのかによって真偽が違うだろうけど、僕が今の君たちよりも優秀なのは事実だ」

 

 

 その瞬間、信用できないようなものを見るような4つの視線が、敵意を現してくる。こんな簡単な挑発に乗るようじゃだめだな。あとで進言をしておこうと決めた。

だが、彼らからすれば信じられないとも当然であろう。ラクレットが達成した伝説は正直人間業ではないのだ。信じられないのも当然である。

 

 

 

 

全盛期のラクレット伝説 

 

・14歳にして戦闘空域に突然単騎で乱入、劣勢の状況で旗艦を落とすことによってひっくり返した。

・戦闘機にリミッターをかけたまま、紋章機と同等の戦闘をこなし、撃墜数こそ劣るものの数多の艦を沈める。

・旗艦のみで計算すれば、皇国の歴史上最も多くの旗艦を撃沈している。

・全長数十キロメートルの剣で敵の艦を切り裂いた。

・常人ならば3日で根を上げる、カトフェル式ブートキャンプを2週間やって生き生きしていた。

・味方の機体が敵の手に落ちたとき、迷わず斬撃で沈める。しかも操縦士は無傷で。

・実は亡命して来た敵対種族の末裔であり、限定的ながらその能力を使用できる。

・上の兄は皇国でも有数の商会のトップ、下の兄は月の管理者クラスの科学者。実家は代々総督の家系。

・1対100は当然、多いときは1対150も。

・皇国の決戦兵器クロノブレイクキャノンを一人で撃つことができる。

・これだけすごいのに彼女がいたことがない

 

 

15歳の少年の経歴といっても誰も信じないであろう、そんなものの羅列なのだから。だからラクレットは、一つ提案、いや挑発をした。

 

 

「それじゃあ、証明してあげよう。ひよっこ共」

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、グラウンド。ここでは屋外で行われる走り込みなどの訓練のための場所である。もう少し離れた場所まで行くと、射撃訓練用の場所まである。この軍学校はできたばかりであり、前述の通り星の半分ほどは軍事施設である。なので土地は非常に多く余っているのだ。

 

 もちろんこの学校には5人しか訓練兵がいないわけではない。新設したエリート軍学校のテストパイロット育成コースがこの5人なのである。他にも多くのエリートがこの星で訓練している。

 

 ラクレットはその場に訓練兵たちを移動させて、自分は装備を取りに行っていた。既に形式上だけになっているものの、軍人たるものの、重たい荷物を持って走れなければだめなのだ。正式に任官さえすれば、前線に出る兵士でも軽量化小型化に成功した最新装備になるのだが、訓練兵には古き良き十数キロのものである。

 彼等も流石エリートなのか、そのわずかな時間で準備運動は各自終わらせていたようだ。

 

 

「まずは、君たちの体力が見たい。だが時間がもったいないのでグラウンド一周のタイムを計るだけだ。各自装備を装着した後開始する」

 

 

 ラクレットはさらっと言ったが。このグラウンドは一般人が歩くと1周で30分近くかかる距離である。おおよそ2kmといったところか。軍人的には速く走るよりも長く走るほうが重要なのだ。だからタイムを計るというのは、気絶するまでのタイムのほうが実戦向けであろう。

 

 しかし彼らは優秀な既に基礎課程を終えたものたちだ。初日で意地も張るであろうし、そうそう終わらないであろう。そのためのこのやり方なのだ。整備したグラウンドであるし、まあ、10分前後で走り終えるであろう、そうラクレットは予想し、各自を走らせたのだ。

 

 

 結果、ラクレットの予想通りであった、順位は意地を張ったのか、全員がまるで短距離走のような団子状態でゴール。さすがは首席生たちであろう。ラクレットは満足げに頷く。

 

 

「それで、実力差を、見せて、くれるんじゃ、ないのか」

 

 

 息切れしながら、コークがこちらに向かってそういう。まあこれで各自自分の全力というものを認識したであろう。手を抜いていたならそれでも良いのだが。

 

 

「ああ。それじゃあ各自装備を外してここで見ていろ」

 

 

 ラクレットはそういうと、余分に持ってきていた、二人分の装備を無理矢理担ぐ。当然抱えきれないので、手で無理矢理抱きかかえるようにする。そして各自のウィンドウの前にタイマーを出す。

 

 

「計測は各自がやれ。その必要もないであろうが」

 

 

 ラクレットは、そう言って走り出す。慌てて5人はタイムを測定し始める。ラクレットは何も背負っていないかのごとく自然なフォームで走りだし、どんどん加速する。トップスピードになるであろう距離に差し掛かった辺りで、訓練兵たちも少し見直した。

 なにせそのフォームは完璧であり、速度も申し分なく、このままのペースで走っていれば、自分達たちよりも確かに早いであろうことが優秀な彼らにはすぐに分かったからだ。

 

 しかしそこで訓練兵たちは違和感に気づく、加速が止まらないのだ。中距離を走る適正速度を超え、短距離走のようなフォームに切り替わる。そしてぐんぐんと速度を伸ばし続ける。

 グラウンドを半周した辺りには、すでに人間が出せる速度の限界であろうと思われる速度に達していたが、さらに加速は続く。そして瞬く間にこちらに戻ってきた。

 

 

「タイムは?」

 

「え……?」

 

「あ、あ?」

 

 

完全に信じられないものを見たような目でラクレットを見ている、コークとジンジャー。ラムネと、ビオレも同様だが、声に出してはいない。

 

 

「1分45秒です」

 

「ありがとう、ロゼル」

 

 

 まともにタイムを計れた、というより、停止ボタンを押すタイミングで、集中力を切らさないでいたのは、ロゼルだけの様だった。まあ、こんなもんかとラクレットは納得する。やろうと思えば、2秒で最高速まで加速できるのだが、今回は自然な加速を行ったのだ。

 なお今のところ出してみた最高速度は120km/hなのだが、あまり気にしてはいけない。何せそのうち水の上を走れるようになるし。

 呆然としている4人を見てラクレットは追い打ちをかけるように言う。

 

 

「それじゃあ、今度はもっと大事な、戦闘機の操縦のほうで君たちの実力を見ようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シミュレーター室。紋章機のような特殊なもの、通常の戦闘機用のもの、皇国にあるすべての戦闘機のデータがあるこの部屋は、マニアからすれば天国であろう。ここにいれば、シミュレーターとはいえ、再現率99.9998%であらゆる機体に乗れるのだから。

 

 

「それじゃあ各自乗り込んでくれ、機体は今度ロールアウトするステルス戦闘機だ。汎用機で一番高スペックのやつ」

 

 

 容赦ない指示を出しているラクレット。彼らはまだ適性検査と、簡単な操縦訓練しか受けていないのだ。まあ、それでも皇国軍においてパイロットの腕は問題ないのであるが。

この時代、既に戦闘機は半ば時代遅れとなっていた兵種である。艦隊よりも装甲は薄く、火力に乏しい戦闘機は、偵察や陽動、妨害といった要素にしか使えないとされてきた。

 

 なにより状況支援システムが優秀なので、空間把握能力と基礎的な操縦知識があり、一般的な体力があればパイロットとしては十分といった、エリート意識の薄い兵種であった。

 

 現に訓練兵たちも基礎課程の後、適正が高かったものは3か月から半年ほどの教習を受ければ、すぐに任官してしまうのだ。現代における大型車両の運転位のハードルだ。努力すれば、よっぽど不向きでない限り無理じゃないといったレベルである。

 

 しかし、それをこの度のエンジェル隊の活躍が大きく変えた。いや厳密にはエンジェル隊だけであったら、そこまで大きな意識の変革は起きなかったであろう。紋章機はそれだけオーバースペックなのだ。駆逐艦1隻よりお金がかかるとされている位の代物である。

 

 そう、この流れを作り出したのは、ラクレットのエタニティ━ソードだ。彼の機体はクロノストリング搭載機体であり、Vチップによる管制が可能ではあるが、使っている材料のコスト的には、かなり安いものである。戦闘機としての範疇に入るのだ。

 

 そんな機体が大活躍し、戦闘機は足の遅い旗艦や母艦といった敵に対して相性が良い、そういった風潮が生まれたのだ。事実ここ1年の飛躍的な技術の進歩により、戦闘機にも火力が出るようになってきており、その風潮は決して誤りではなかった。

 

 基本的に艦隊を用い闘いにおいて重要なのはシールドを破ることである。同性能の艦であったら現状砲撃よりもシールドの方が強い。継続して当てれば無効化できるものの、一瞬で破壊できるわけではない為に撃ち合いになる。つまり攻撃をシールドがあれば耐える事ができるのだ。

 戦闘機もシールドを張れる以上、一定以上の装甲を持つわけで、それがシールドを破壊する火力を内包できるのならば、それはすなわち脅威となるのだ。

 

 

 

 話を戻そう。要するに、戦闘機は再評価されている、そしていまだに一般的な戦闘機乗りは、簡単な適性検査と操縦訓練だけで動かせている。故にマニュアルを読み込んでいるであろう訓練兵たちも操縦できなくはないという事だ。

 

 普通であれば、基礎課程を終えただけの訓練兵など、それこそ動かせるだけで戦闘などできないであろう。しかし彼らは、各学校の首席であったのだ。しかもテストパイロットの話が出るくらいだ。自主トレは当然欠かさなかったし、マニュアルもすでに暗記しきっている位だ。

 現にテスト飛行をしている仮想空間において、見事に指示通り隊列を組み障害物を華麗にかわして飛行している。なお彼らが操縦しているのは、今度ロールアウトするステルス戦闘機というのは大ウソである。

 彼らがテストパイロットになるであろう『人造紋章機』の予定スペックをそのままギリギリ今の科学力の水準まで落とし込んだ仮想機体である。

 

 

「それじゃあ、はじめようか」

 

 

 ラクレットはその言葉と共に、機体を選択し仮想空間に入る。周囲の景色がすぐさま宇宙空間に切り替わる。彼が登場しているのは、愛機エタニティーソードではない。既に型遅れとなってしまった、シルス戦闘機である。

 

 

「作戦を説明する。各員には2機ずつの自動操縦の随伴機を伴い目標を撃破せよ。成功条件は、敵シルス戦闘機の撃破。失敗条件は、全有人機の戦闘続行が不可能になった場合だ。作戦開始は300秒後、それまで作戦を立てるように」

 

────了解!

 

 

 さすがに戦闘機のテストパイロット志望だけあって、よどみない返事だ。先ほどの狼狽は鳴りを潜め、ラクレットの教官機として表示されている、各員のバイタルはすべて正常値の範囲内だ。

 ラクレットは、こちらには聞こえないことになっている、訓練兵たちの通信にこっそり耳を傾ける。シミュレーターだからできることだ。

 

 

「とりあえず、隊長機を決めよう、だれか立候補は? 」

 

「オレがやろう。指揮官適正の値は僅差だがオレが一番高かった。もちろんこの作戦のみだ、今後はまた時間のある時に考えよう」

 

 

 ロゼルの提案に、同意したのはジンジャーだった。時間が惜しいので、全員とりあえず納得する、データがあるなら反対の理由はないのだ。隊長は点数が高いであろう故、なりたいのは山々だが限られた時間で作戦を立てる能力もまた、重要であろうとの判断である。

 

 

「作戦を決める前に状況の整理だ。こちらの戦力は各有人機が5機、それぞれに随伴機が2機ずつ計10機で15機だ。対して敵戦力、これはシルス戦闘機1機しか線上には確認されていない。以上のことから考えて、向こうには教官が搭乗している、または伏兵の用意がある可能性が高い」

 

「まあ、前者だろうよ。教官の実力を証明するっていう口実なんだからよ」

 

「同意するぜ、それと今調べたけどよ、随伴機は自動操縦だが、こちらから指示した場合その通りに動くようだ。後方で各随伴機のコントロールを移して指揮に専念する奴がいてもいいかもしれないな」

 

 

 コークが同意すると同時に、ビオレは意見を提案してきた。随伴機は何もしなければ、対象の護衛と支援をするだけだが、こちらから指示をすれば、大まかな行動ながらその通りに行動できるのだ。それならば戦力を有効活用するために、一人が後方で全体の指揮をとるべきではないか、そう彼は提案したのだ。

 

 

「……賛成だ」

 

 

 無口なラムネも声に出すほどに、この作戦の有用性は理解したのか、同意を示す。隊長であるジンジャーも首肯することで同意を示し、ロゼルもそれに倣う。

 

 

「それなら、隊長であるオレがやるべきだな、次は陣形を決める、敵は一機という前提だが、伏兵に気を付けるとすれば……」

 

「単純な敵とこっちのスペック差は、相当にある。それに数も上だ、無人機で押し込みつつ削れば……」

 

 

 

 

 ラクレットは、訓練兵たちがかなり優秀であることを認識すると、通信を聞くのをやめた。シルス戦闘機のチェックをすることにしたのだ。スペックの差はかなりある。 それは事実だ。だが型遅れのシルス戦闘機とはいえ、Vチップを搭載してある、彼専用のこのシミュレーターにかかれば、化け物になる。

 

 チートということなかれ、それでも機体スペックは同等にすら並べないのだ。何せ、武装は物理的なもののみの為、いくら底上げしても火力が上がらないのだ。その分機動に全て集中できるというのは、ある意味で最も凶悪なのだが。

 

 

「まあ、とりあえず現実をわからせますか……本当にこれでよかったのかな」

 

 

 決意してからなんだが、弱音が出てしまうラクレット。彼がこれまで行って来た実力を見せて強制的に黙らせるといったのは、元々この計画でどうしても同年代の少年たち、下手したら年上を指導することを懸念したカトフェルからのアドバイスであるのだ。

 

 既に銀河人類最強というレベルの彼の力を存分に生かして、立場をわからせる。同時に首席生たちのちっぽけなプライドは一度砕いておけ。そんなもの戦場では毛ほどに役に立たない。

 

 との言葉である。ラクレットも若干乗り気ではなかったが、ロゼル以外の4人の態度を見て決めた。こいつらは下に出ればつけあがると、そう強く感じ取ったのである。

 

 

「今更引けないし、仕方ない。徹底的にやろう。『戦力差があると、どんな作戦も無意味になるんだ作戦』開始」

 

 

 設定していたタイマーが0になり状況が開始される。敵は先ほどの話のように、ジンジャー機が最後尾に位置し、残りの4人が錨のような陣形を汲んでいる。無人機は全く同じ陣形でその上下に展開しており、1層に5機の3層の立体的な陣形をとってきた。

 

 これにはラクレットも舌を巻く。簡易戦略マップは基本的に2Dの表示であり、それを基本として隊列を組むものだ。上下方向への整列は、戦闘中の詳細マップでの確認が困難なため、なかなかに難易度が高い。足りない実力を埋めるために、各自が機体に自機のトレースをさせているのであろう。彼らの適性は決してまがい物ではないとそう確信できたのだ。今日の共同はそれだけでも有意義であろう。

 

 

「いいね、でも正面から近づいてくるだけなのは減点かな」

 

 

 そういってラクレットは、戦闘可能距離になっても散会しない彼らに照準を定める。陣形を維持することを第一としていて、そこまでできていないのであろう。確かに陣形は大事であろう、だが戦闘時にはそれよりも臨機応変な対応が求められる時が多い。あくまで陣形と言うのは初期対応を有利にするためのものだ。

 

 特に紋章機という個人戦に特化した戦闘機に乗る予定なのだから。などと考えるが、それはおいおい訓練で正していけばよいか。そう思いつつラクレットは『今まで通り30%の出力で』接敵する。

 

 壁のように迫ってくる戦闘機たちに射程の外から軽く牽制の攻撃を入れる。すると向こうは浮足立ったのか、コーク機が隊列から乱れた挙動をとってしまう。それにつられたのか、他の機体も少しずつ陣形から外れてくる。通信は聞こえないのだが、おそらく言い争いをしていることは考えるにたやすい。このまま距離を詰めようとすると、敵の動きの質が変わったのをラクレットは肌で感じ取った。

 

 まるで流れている曲が変わったようなそんな感覚なのだが、これはやはり実地で経験を積まないと見に付かないものだ。その感覚は正しかったのか、無人機10機のうち半数の5機が速度を上げ強襲してくる。その間に回り込むつもりなのか、ジンジャー機を守るように、ラクレットから見て右に方向転換し時計回りに動き始める。

 

 

「うーむ、60点。陣形をそこまで維持したなら数にものを言わせて突っ込むべきだった。わずかな望みにかけてね」

 

 

 ラクレットはそのまま、囮であろう無人機5機に突っ込む。散発的な攻撃が加えられるが、すべて難なく躱し。そのまま単調な動きしかしてこない無人機に攻撃を加える。機銃の火力は低いものの、今回は弾薬数、制限時間は共に無限である。

 確実に1機2機と数を減らしていき、あと2機となったところで、ようやく訓練生たちが仕掛けてきた。

 

 

「ふむ、囲んできたか。教えてないのに、わかるものなんだね戦闘の中で」

 

 

 彼らは────ラクレットを中心として────来た方向を時計の12とすると、2,4,6,8,10の位置でそれぞれ1機ずつ随伴機をつけて待機していたようだ。シルス戦闘機の制度の低いレーダーだと戦闘中にはさすがに追いきれない。

 その気になればシミュレーター筐体自体につないで常に全域マップを頭に入れながら行動できるのだが、今回は自ら禁止にしているラクレットである。さすがにそこまでやると、お話にならないのだ。

 

 10機はラクレットが止めを刺そうと、大きく旋回したタイミングで、こちらがしたように射程より遠距離から実弾兵装を使用して牽制してきた。悪くない手だ、だがラクレットにとってはもはやその程度の攻撃、止まって見える。戦闘機程度の火力での5方向からの牽制射撃程度では、気にすら留める必要はないのだ。

 

 

「はい、無人機5機撃破。次は指揮官機からだな」

 

 

 ラクレットは、通信で聞いていたから知っているものの、今までの戦闘で一番後ろについていた機体を目標と定めた。仮に通信を知らなくとも、そうしたであろう位、バレバレであったのだから。

 

 

「んじゃ、仕掛けるか」

 

 

 相手にするのは訓練兵とはいえ、有人機。遠隔操作と簡易AIのみの無人機とはわけが違う。ラクレットは抑えていた出力を大幅に引き上げる。

『3割に抑えていた』とはいえ、シルス戦闘機のスペックとしては、7,8割程度の速度を出していたのだから、彼等からすれば戦闘速度を出していたように見え、不審には見えなかったであろう。

 

 それこそが油断につながった。Vチップを通じて無理矢理出力を上げたシルス戦闘機は今までの倍以上の速度で4時方向のジャンジャー機に接近。機銃やミサイルをばら撒き一瞬でシールドを削りきった。一瞬のテンポミスがすべての敗因につながる、それが戦闘機にて行われるドッグファイトの基本である。

 

 ジンジャーが沈んだことにより浮足立っている様子の訓練兵たち。そのまま時計回りで6時方向のビオレ機を沈めにかかる。

 

 

「落ちろ!!」

 

 

 ラクレットは、すれ違う瞬間にそう呟いた。シルス戦闘機の火力は低いものの、至近距離で先ほどと同じように一斉照射(フルバースト)すれば、問題なく沈められる。弾薬が無限だからできる技だ。

 爆発四散したビオレ機を尻目に、しめやかにコーク機、ラムネ機と素早く仕留めにかかる。このくらいになると向こうも適応して来たのか、二人ともラクレットのほうに逆に向って来た。

 Vチップでブーストをかけてもスペックは向こうの機体の方が上、それを生かすために、接近戦で二方向からしとめることにしたのであろう。無人機は別の方向に向かっていることから、無鉄砲というわけでもないようだ。

 

 

「だけど、甘い。性能を生かすなら、一撃離脱がベストだ。速度と火力、そしてステルス性能まであるんだ。そもそも、ここじゃなくて初期位置近くのアステロイド帯で待つ戦法をとればよかったんだよ」

 

 

 ラクレットは無慈悲にそういいつつ、攻撃を回避しながら、じりじり削っていく。2対1という状況だが、シールドの減りは有意に早いことに焦れたのか、一機がうまい具合に組んでいた連携を自ら崩し突撃を仕掛けてくる。

 

 コーク機のようだ。単純馬鹿で突撃嗜好有というのは本当の様であると、心中で評価しつつ、ひらりと回避しつつ180度回頭。後ろのスラスターに打ち込みクリティカル判定で沈める。ビオレ機も意を決して1っ気のまま先ほどと同じ攻撃を続けるが、消耗戦には勝てず、そのままラクレットは沈めた。

 

 この時点でシルス戦闘機のシールドは7割ほど残っている。これははっきり言って、一般的な観点からすれば、異常なまでの事実なのだが、エンジェル隊やエルシオールクルーなどのラクレットをよく知る人物からすれば、こう評価するであろう。

 

『訓練兵がラクレット相手に3割も削れた』

 

 

 考えても見てほしい、いくらハイスペックの機体とはいえ、彼が行っていたことは常に先陣を切り敵を仕留めるという事だ。装甲は標準以上、回避性能はトップクラスで、旋回速度共に秀でている、冷静に考えれば頭のおかしい機体なのだが、一番火力の集中するところで敵のヘイトを稼ぐ盾役をやっていたのだ。

 火力を削ぎ、足の遅い相手を沈めながらである。そんな彼は現在エンジェル隊の全ての機体と1VS1では引き分けることに成功している。ノアたちの手によって修理(という名の魔改造)されている愛機は、この前彼が考案した、フル出力のエネルギー運用に耐えうるものになってしまった、その結果がこれだ。

 ちなみに現在機体は月において、HB計画の資料として用いられているので実機は手元にない。

 

 

 ラクレットは残るロゼル機に接近する。しかしどうやら先ほどの二機は、無駄死にではなかったようだ。彼らが向かわせていた無人機は既にロゼル機の指揮下に合流している。最後の鍔迫り合いになるであろうことを感じ取ったのか、ロゼル機は突撃に躊躇があるようだ。

 

 待つ義理もないので、果敢に仕掛けるラクレット。対するロゼルもようやく迎撃行動をとる、前方に転回させた、3機の無人機を盾に接近するつもりであろう。ラクレットはそう『誤認したふり』をして突っ込む。

 そしてお互いの火器を交差させながら、あわや接触といったところで、ロゼルの無人機達はある行動をとる。その瞬間、眩い閃光が走り、衝撃を空間が襲った。

 

 無人機全てが爆発四散したのである。彼が先ほど躊躇っていたのは速度と時間の計算をしていたのであろう。なにせ自爆までは時間がかかるのだ、起動即爆破とはいかない。彼我の距離、敵のスピード、無人機の速度、それを計算して交差するタイミングで爆発するように仕掛けたのだ。

 

 もちろん賭けの要素も大きい、敵が正面から突っ込んでくることが絶対条件だし、最後に回避行動をとらないことも重要だ。故にロゼルは、盾に見せかけた無人機の隊列にスペースを作ったのだ。そう『シルス戦闘機が、ギリギリ通り抜けられるような大きさの穴』をだ。

 ロゼルはラクレットの実力を信頼しているため、彼がその穴を通り抜けて自分を破壊に来るであろうことにかけたのだ。

 

 

そして彼は賭けに勝った。

 

 

「チェックメイト」

 

 

 

勝負には負けたが。

 

 

 ラクレットは爆発する寸前、スラスターを超過駆動『オーバーロード』させた。それにより、一時的に爆発的な推進力を得たのだ。勿論そんな事をすれば直ぐに壊れる。しかし、それまでに勝てば問題ない。

 ロゼルの計算を上回る速度で、隊列の盾を抜け、爆発の衝撃でさらに加速、一瞬レーダーからすら誤認されるような速度で、ロゼル機の背後に回り、旋回。こちらの機影を爆風から探している、足を止めてしまっていたロゼル機を撃破したのだ。

 

 

そう、5対1の戦いはラクレットの完勝に終わったのであった。

 

 

 

 



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空白期3 414年

少しだけ設定変更。
ゲートの初期位置とヴァル・ファスクの技術力を調整。


 

 どちらが各上かきっちり決めるために、訓練兵をシメた後、目に見えて彼らの態度は変わった。それはそうであろう。自分より格下の相手でも、数と質の両方で劣っているのならば、勝利することは難しい。それを軽々とやって見せたのだ。

 

 普通の神経を持っていれば、理解する、自分の目の前にいる人物が途方もなく高みにいることを。元々従順であったロゼルはともかく、他4人も隙さえあれば反抗といった態度を見せることなく。それどころか真摯な態度で訓練に打ち込むようになった。

 

 どのような時代文化においても、力とは一定以上の権威と上下環境をもたらすのである。

 

 最もラクレットとて暇ではなく常につきっきりで訓練を与えることはできない。しかし、そうでなくても銀河中の優秀な人材が集うこの訓練学校で、訓練兵たちは着実に地力を上げていった。

 

 ちなみにラクレットが行った数少ない訓練は、訓練兵たちにとって地獄のようなものであることが多かった。

 例えば、鬼ごっこ。これはラクレットがふと童心に帰って遊びたいと思いついて企画したものだが、鬼であるラクレットにつかまらないように制限時間の間逃げ続けるといったシンプルなものだ。

 最初はグラウンドで行っていたのだが、だんだん本格的になり、最終的には迷惑になるのでシミュレーターで戦闘機を用いて行うようになった。はたから見れば通常の訓練に見えるというのがラクレットらしいミラクルである。

 

 他にもカトフェルブートキャンプの内容をアレンジした短期間の集中訓練や、集中力の訓練と称したひたすらジャガイモの皮むき。この時代、大規模なところだと基本機械がすべてやるので罰則に近い。

 バランスの訓練と称した、一日中頭に水の入ったバケツをのっけての行動など、様々な人を絶望に陥れる過酷な訓練をこなさせていった。

 

 その結果、訓練兵とラクレットの間には、見事な絆が生まれた。まあ、プライベートでもそれなりに仲良くなったという事である。

 

 ここひと月の付き合いで各々の大凡の性格がわかってきた。ロゼルは、礼儀正しく真面目で一番優秀だがシスコンであり、妹の自慢を始めると長い。

 コークは積極的な攻勢といった面では優秀だが、だまされやすく頻繁におかずを強奪されている。

 ジンジャーは指揮官向けな素質に優れているが、ムッツリスケベである。

 ラムネはいかなる時でも冷静な判断を下せるが、少女漫画を読むのが趣味でここの司令とお茶会をしていた。

 ビオレは型破りな作戦を思いつくが、女癖が悪く既に二股がばれて制裁が加えられている。

 

 エリートなのに、癖が強い。どこか自分の上司とかぶる特徴にラクレットは苦笑を隠せなかった。全員ルックスはA+~S-であったのも(紋章機でいうとシャープシューターの射程以上ハッピートリガーの攻撃未満)因果を感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『ラクレットさんへ

 この前は相談ありがとうございました。おかけでお義兄ちゃんとも仲良くなれました。でも、スキンシップを取られるたびに投げてしまうので、すごく申し訳ないです。

 それと私、お姉ちゃんみたいになりたいから、軍に入るためのお勉強を始めました。まだまだ分からないことがいっぱいありますけど、お姉ちゃんの妹だから、紋章機の適性が期待されているみたいです。

 ちょっとズルした気持ちになって、もやもやします。ラクレットさんは、そういう事ってありませんか?

 

 

追伸 クラスの友達にラクレットさんのことを自慢したら、サインもらって来て!! って言われちゃいました。本当に有名人なんですね! すごいです!』

 

 

 

 

 

 はにかんだ笑顔の橙色の髪をした少女の写真が添付されたメッセージをラクレットは、少し表情を緩めながら見つめる。この前会った時に連絡先を聞かれたから教えたのだ。

 

 アプリコット桜葉という少女はラクレットからすれば、恋愛の対象外である。なにせ、年下でまだ11歳になるかならないかといった蕾である。どっかの司令官とは違うのだ。9歳下に本気でプロポーズなどできない。ミルフィールートだからいいかと思いがちだが22歳の社会人が17歳の恋人を作ったのだ。

 というかそれ以前に尊敬する上司の妹など無理であるのだから。しかしこういった風に兄に頼るような相談やお願い事を持ち掛けられると嬉しくもある。

 

 女性の好みは年上長髪であるが、小動物的なかわいさも嫌いではない。好みなんて弱点と同じなのだ、火力があれば問題なくダメージは通る。その位賢い諸兄等はお分かりであろう。最強の萌え要素はギャップ萌えであることと同じくらい明白だ(要出典)

 

 

『リコちゃんへ

 わざわざありがとう。もしもわからないことがあったなら、聞いてくれれば答えるよ。これでも軍の先生をやっているからね。

 それと、ズルじゃなくてそれを含めて本人の才能なんだ。そんな事を言い出したなら、僕なんか生まれからすごいずるをしていることになるしね。

 

 この銀河は数兆人いるし、スタート時点で誰かと差があるのは当然だよ。大事なのは、その下駄で満足せず努力を続けていくことさ。

 

 僕が有名人かどうかは、まあ。一部の人に人気らしいけど、実感はないかな。エンジェル隊の皆さんもそんな感じだと思うよ』

 

 

 彼がそんな風に返事を窘めているところを、偶然通りがかったロゼルが見つける。今は自由時間だ、何をしていてもかまわないが、わざわざラクレットの教員机のそばまで来たのだから、何か用があったのかもしれない。

 

 

「教官、どうしましたか? 」

 

「ああ、ロゼル。元上司の妹さんからメールが来てね、この前の結婚式であった娘なんだけど」

 

 

 ラクレットはそう言いながら、ロゼルに写真を見せる。メールの文面も見せることになるのだが、別段気にしていないラクレット。まあ同い年の少年であるし、親しいのならばよいのであろう、ラクレットがそもそも気にしなさすぎなだけだが。

 

 

「かわいい娘だろ。正確に言うと従兄弟の奥さんの妹になるんだ」

 

「ええ、本当に、可愛らしい娘ですね」

 

 

 それはもはや、親戚と言えないくらい遠いような気もするのだが、ラクレットは口を開けば妹の自慢をするようなロゼルが、素直にリコの容姿を褒めたのはたぶん妹と年齢が同じくらいであろうからだと、偏見をもった目で見つめていた。

 

 

「そういや、妹さんの具合はどうなんだい? 」

 

「ビアンカのですか? まあ、悪くはなっていませんが良くもなっていないって具合ですね」

 

 

 ロゼルの妹ビアンカ。ラクレットは何度も写真は見せられているので、身近に感じているのだが。彼女は体が弱く、何度も入退院を繰り返しているような少女であった。

 そんな彼女には空を自由に飛んでみたいという、可憐な夢がある。それを叶えるためにロゼルはパイロットを志した。

 妹の体に負荷のかからないような、振動や負荷を限りなく0にした正確な操縦技術を身に着けるために、自らの操縦技術を高めているのだそうだ。ロゼルの長い話を要約するとそういった具合であったのだ。

 

 

「そうか……僕の兄が君の話にえらく感動したらしくて、旧式とはいえ家庭用の小型機を僕名義にしてくれたんだ。Gキャンセラーを改修したら、次の長期休暇に君に貸し出すように言い含めてね」

 

「本当ですか!?」

 

「あ、ああ。別に僕が個人で出しても良かったんだがね……まぁご褒美だと思ってくれ」

 

 

 ラクレットは、ロゼルのモチベーションが上がればよいと、兄に対して少し言ってみたのだ。もちろん言った通り。彼個人でも小型機など買う資産はある。

 だがラクレットが高い買い物をすると、企業側がお値段を0にしてしまう。その代り、偉い肩書を持ったオジサンがきれいなお姉さんを二人くらい連れてやってきて、CMに出ていただけないでしょうか? やら、感想をコメントしていただけないか? やら、イメージキャラクターとして使って良いか? などとうるさいのである。

 なので兄経由で頼んだのだ。ロゼルはラクレットから見ても、非常に優秀な教え子5人の中で最も優秀な成績を維持しており、ラクレット的にもその位の親切心なら問題ないと判断したのだ。これでモチベーションが上がるのならば、安いものだ。プロジェクトの予算に比べれば特に。

 

 唯一引っかかったのは、その話をエメンタールにしたときの、微妙に固まった表情であろう。しかし気にしても仕方ないであろうとラクレットは割り切ったのだが。

 

 

「まあ、このところ世間は忙しいけど、君は実家に帰るのだろう? 」

 

「ええ、直接は関係ありませんからね」

 

 

 そう今世間は新たな世界の発見に大騒ぎであった。

 

────ヴァル・ファスクの本星、ヴァロ・ヴァロス星系のヴァル・ランダル。そこで『Absolute』という異世界が発見された。

 

 そう女皇陛下自らの発表があったのだ。ラクレットには一応情報がある程度知らされていたが、これは皇国を騒然とさせるような一大事であった。

 

 EDENが発見された時ですら、かなりの混乱が起こったのだ。何せ異世界だ、自分たちの星から遠くても、そこにワープゲートがあることが確認されたならば、大騒ぎになる。

 

 現実においても、太陽系からおおよそ、トランスバールからからヴァル・ランダルの距離である30光年程離れた場所に異世界につながる扉があった。とNASAが発表したならば、まあ、多くの人は眉唾物だと疑うが、真実と解れば世界が揺れるであろう。 

 

 

 

 

 

 

 Absolute

 

 この異世界とも呼ばれる存在の皇国側の認知は、意外にも早くヴァル・ファスク戦役の途中である。

 具体的な時期は、ダイゴの正式な亡命を女皇が承認した頃である。そう、この情報は、ダイゴからもたらされたのだ。

 

 そもそも『Absolute』とはなにか、それは複数の銀河をつなぐ、ゲートの集合がある世界だ。通称は絶対領域。どことなく男心をくすぐる名前であるが、一切関係ない。

 その世界には『セントラルグロウブ』と呼ばれる施設がある。これは正体不明の強大なエネルギー源とつながっており、このAbsoluteの管理機構である。

 

 複数の銀河をつなぐといっても、物理的につながっているのではない。Absoluteには無数の銀河につながるゲートがあるのだ。

 

 例えるのならば、ゲームのホームに近い。そこからステージを選び移動できる。ステージからステージへは、ホームを介さないと移動できないといった具合だ。

 

 尚、Absoluteは宇宙空間ではなく、異空間と呼べるような謎の物質で構成されているのだ。その中にあるゲートがヴァル・ランダルにあるゲートとつながっていたのである、600年以上前には。もっと厳密にいうならば、EDEN本星ジュノーにゲートはあったが、それをヴァル・ファスクが移動させていたのである。

 

 

「だがの、タクト君。我々の先達たちは力を過信しすぎたのだよ」

 

「力を過信?」

 

 

 不思議なガスのような空間に包まれたAbsoluteを、セントラルグロウブに向けて航行中の『エルシオール』

 

 今回の航程には、現ヴァル・ファスクの首相ダイゴが同乗していた。『エルシオール』メンバーはラクレットが抜けたものの、それ以外は全員のフル装備フル人員である。

 

 ただしノアやカマンベールはいない。彼らは本星近くの白き月に居た為、EDENにいた『エルシオール』に合流すると、非常に時間と手間がかかってしまうためだ。

 

 

「あのセントラルグロウブは巨大なエネルギーを使いゲートを開閉し、この空間を支えている。そんな莫大な施設をだれが管理していたと思う? 」

 

「……ヴァル・ファスクのVチップですか? 」

 

 

 ダイゴの問いに答えたのは横で話を聞いて居たレスターだ。既に話の7割ほどが彼の中で推論として組みあがっているのだが、大人しく聞いている。

 

 

「正解だよ。あの巨大な施設のオペレーター階級とでもいうべきか、それが私たちヴァル・ファスクだったのだよ」

 

「それでは、なぜEDENに? 無数に銀河があるのに」

 

「ああ、それは、私がヴァル・ファスクで最高齢なのと同じ理由だ」

 

 

 ダイゴは過去を思い出すかのように、セントラルグロウブを見つめながら話を続ける。それはもう数世紀前のことであった。ヴァル・ファスクにとっても一昔という単位が付く年月だ。

 

 

「セントラルグロウブを何者から任せられたヴァル・ファスク達は、気の遠くなるような長い時間、管制という仕事に努めてきた。しかしある時当時の最高指導者は気が付いたのだ。『このセントラルグロウブをコントロールしているのは自分たちだ。故に顔すら見せないこの使命を命じた超文明でなく、自分たちこそがこの全平行世界の支配者になるべきではないか』 とね」

 

 

「それは……なんというか、今と変わらないんじゃ……」

 

「感情が薄い種族だからな、合理主義故に恩やら奉仕やらの概念が希薄なのだ。兎も角そう思い立った先達たちは実際に反逆を起こした。しかしここを作った超文明は優秀だったようで、セーフティー装置を用意していたようだ。その超文明の下位種族の一つに、あっけなく起動され、何もできずに鎮圧されたらしい。断定ではないのは、当時それに関わった10世紀以上の齢を重ねていた全てのヴァル・ファスクを超文明は廃棄処分してしまったからだ」

 

 

 そう、それは奇しくも今のヴァル・ファスクと酷似した成り行きであった。力を得て助長したヴァル・ファスクは、支配するために動き出したのだ。しかしその行動は、安全装置を起動した一人の古代人によって止められてしまったのである。

 その後のヴァル・ファスクは衰退の一途をたどっていく。首脳陣である10世紀以上の人物全てを殺され、当時罪人の流刑地とされていたEDENに留置されてしまったのだ。

 ゲルンもダイゴも又聞きや自分で収集した情報であり、経験したことではないので断定はできないが。当時流刑されたのは事実だ。

 

 当時はまだゲートこそ空いていたものの、EDEN側からの人員の流出は厳しく監視されていた。

 

 

「EDENに流された私たちは、ひとまず、適当な星を開拓し、本拠地とした。何とか若い力だけで統治体制を整えると、私は外交官として現地の人間と交流を図った。EDENの人類は先祖こそ罪人であったが、彼らは普通に文化を形成し、贖罪であるライブラリーの完成を終えて、その管理と防衛をしている平和な民族だった」

 

「……それを、ゲルンが」

 

「ああ、ヴァル・ファスクの総力を結して作られたCQボム、それを爆破させ、EDEN銀河の侵略の第一歩にした。あいつにとっても予想外だったのが、ゲートを通じてすべての平行世界、およびAbsoluteにも影響範囲が及んだことだ」

 

「……なるほど、元々はEDEN銀河を封鎖するだけだったのだな」

 

 

 クロノクェイクボムによる次元断層の影響範囲が、偶発的に全ての平行世界を襲ってしまった。その結果セントラルグロウブから、ゲートへの信号すら立ち消えてしまい、ゲートは閉じてしまったのだ。

 加えて他の平行世界でも次元断層が発生しEDENと同じように全ての世界に暗黒時代が訪れたというわけだ。

 

 

「戦略自体はそのまま、むしろ好都合な結果であり、ゲルンはEDENを滅ぼした後、時間をかけて力を蓄えていたのだ。その為にゲートをこちら側開放する研究を主に行わせていた。しかし、おおよその目途が立ったあたりでトランスバール皇国が隆盛してくる。白き月という外部保存されていた技術によって文明のリカバリーが行われたからな」

 

「なるほど、ゲルンがすぐに平行世界統一に目を向けなかったのは、そういう事だったのか」

 

 

 EDEN文明を傘下に置いたゲルンは、閉じてしまったゲートを開けて、乗り出すための研究を優先させた。400年前後そうしていたのだが、その頃にトランスバール皇国が力をつけてきたのを観測したのである。

 

 既にクロノクェイクボムの効果と影響に関しては、実体験によるデータも取れていた。カースマルツゥなどの仕事である、未開文明の調査と管理などがこれにあたる。資源回収だけなら無人の鉱『星』を探ればよいのだ。

 

 白き月のような規格外の保険がない限り、文明は数百年では宇宙進出まで復活できない。その為、ゲートを繋げた後、ヴァル・ファスクより優れた文明が存在する可能性は低く、今度は他の平行世界対策にCQボムを発動させる必要がないと想定した。故に彼らは皇国への処理にシフトしたのだ。

 

 結果的に敗北してしまったが、本来の計画では、皇国を下した後ゲートを開き、セントラルグロウブを手中に収める。その後各ゲートを開き、文明レベルを調査。必要があれば再度CQボムを使用するが、あくまで保険であった。後に制圧といった流れだったのだ。

 

 

「といっても、こちら側からAbsoluteへのゲートを開くのにかかった時間は400年だ。それも『このゲート自体への干渉』であり、他の銀河へのゲートを開くのはまだまだかかるであろう。セントラルグロウブ側には恐らくヴァル・ファスクへのロックはまだ続いているであろうからな」

 

「なるほど、だから……」

 

 

 今回の『エルシオール』が来た目的、それは平行世界の銀河形態を復活させるためである。すでに、ライブラリーからの地図で、彼らの銀河にある辺境と呼ばれる人々が住んでいる星はすべて確認してある。

 中には宇宙空間への進出ができない文明もあり、隠れて監視にとどめている星もあるのだが、ともかくEDENの全てを統一したのだ。暗黒期の間に宙域移動手段を保持して、かつ新天地へと移動した者達などを除けばだが、いないとされているので除外した。

 

 ヴァル・ファスクともすでに表面上は友好的な関係を築けている。ダイゴは自己申告であと300年は生きるそうなので、しばらくは安定であろう。

 故にシヴァ女皇は外に目を向けたのだ。他の文明との交流による、先史時代の人類黄金期を取り戻すという壮大な目的を掲げながら。

 

 セントラルグロウブから、ゲートを開くには、ゲートキーパーという特別な資質を持った人物が必要だ。以前はヴァル・ファスクがそれを行っていたのだが、追放されてから、ゲートキーパーである人間が交代制でやっていたという。

 非常に稀有な素質であり、伝え聞く情報では、当時でも10人前後しかいなかったそうだが、全員に共通する特徴があった。それは、『非常に強運』である。

 

 今回、そのゲート解放をミルフィーが行えるかどうか、それを試しに行くのだ。解放できた場合、開いたゲートの先に調査部隊を送り、生存文明があるかを確認する。

 発見した場合、必要があれば支援ないし援助を行う。そうして長い時間をかけて強い結びつきを作っていこうというわけだ。

 もちろん、白き月のようなバックアップがあり、対等ないしこちら以上に高度な文明が発見されても、友好な関係を築くのが先決である。その為のヴァル・ファスク代表のダイゴだ。ヴァル・ファスクの遍歴を開示し、600年前の次元断層について謝罪や贖罪をすることができるのだから。

 

 最悪遙かに文明レベルが上回っていた場合、首を差し出すことになるであろう。ヴァル・ファスクと皇国の関係が冷えてしまう可能性があるが、脅威度を考えれば止む無いことだ。スケープゴートこそが今のヴァル・ファスクの最大価値なのだから。

 

 

「『エルシオール』は今後、稼働し続けている自動防衛衛星などを相手に探索活動を行うわけか」

 

「まあ、ゲートが開けたらだけど」

 

 

 そうしてエルシオールは、セントラルグロウブに向かうのであった。そこで、コールドスリープされていた、一人の老人と出会う。数年後、新たな騒動の渦中になるその存在が目覚めるまであと数時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




説明会、あまり長くするとだれるし、疲れますので
次回にも少し続きます。


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空白期4 414年

 

 

 その出会いは、偶然だったのか、それとも世界が必要とした必然だったのか。

 そんな、運命論じみた議題は後にロマンチストが語り合うものであって、その時を生きた当事者からすれば、主観的にそんな天文学的偶然を運命と感じるだけであり、一言で言うならば個々人による。そう感じる人もいれば、そうでない人もまた。という事だ。

 

 

 ヴェレルという自称Absolute人の老人が、コールドスリープで眠っていたのを発見した後。EDEN側は彼に多くのことを説明させた。勿論協力を促す形であり、強制的にではないが。

 ヴェレルの事を自称としたが、ヴェレルには現存の人類にはない黒い翼が背中から生えていた。少なくとも、一般的な人類ではない有翼種である。それがAbsolute人の特徴かどうかは、ダイゴを含め知らなかったために一定の疑念をはらんだものであったが。青い鳥がいてもそれが幸せの青い鳥なのかはわからないと同じだ、

 

 そもそも現代に生き残っているヴァル・ファスクは、全て以前の反乱とは関連のない人物のみである。そういった者達は、Absoluteに立ち入ることすらままならない若輩だった。勿論それは彼らの物差しでであり、数百歳の個体ばかりである。故に伝聞程度の事実しか知らないのだが、それでも裏を取るには十分であった。

 情報は多角的な面での検証をして初めて武器に成り得るのだ。そう言った意味で多少でもヴァル・ファスクからの情報と重ねられたのは幸運であった。

 

 ヴェレルは自分が生き残りであること。他のAbsolute人たちは、謎の災厄に巻き込まれてしまい死んでいったこと。生き残った数人で急ごしらえのコールドスリープ装置を使い生き延びようとしたこと。そういったことを説明したのだが。既にEDENの調査隊がくまなくこのAbsolute唯一の天体を精査した所、他のAbsolute人は既に息絶えているのか、少なくとも此処に存在しない事を説明した。

 彼自身もそれが事実であると確認すると、意気消沈したのか、災厄の原因がヴァル・ファスクにあると聞いても特に反応を示すことはなかった。

 

 故に彼も知らなかったのだ。『セントラルグロウブ』にある、宇宙の始まりから終わりまでかかってもなくならないエネルギー源の正体や、この先文明の作った本当に意味でのロストテクノロジーの正体を。

 

 

 ともかくヴェレルの導きで、セントラルグロウブ内のクロノゲートのコントロールルームと呼ばれる、平行世界のゲートを開放する場所へとたどり着いた。マスターコアとも呼ばれるこの部屋では、ゲートキーパーと呼ばれる人物たちがゲートを管理していたという。

 

 そもそも、なぜわざわざ常に開け閉めをする必要があるのか? それは、168ある複数の銀河はあくまで平行世界であるからだ。無数の銀河が存在しているこの平行世界で繋がり続けるのは、どうしても無理があるというわけだ。故に一定の情報だけが通じるようになっており、ゲートの前でコントロールルームと通信を行い、ゲートをその時だけ開けてもらうといったシステムであった。

 

 他の理由としても一定以上の交流を嫌う銀河もあったのだ。たとえばEDEN銀河には魔法の技術もなければ、戦艦を切る剣術の技術もなかった。しかしそれが普通に存在する世界もあるのだ。一定の交友、技術の支援や専門職の派遣ならばよいであろうが、便利な世界へと自分の銀河の人間が大々的な移民などをされては困る。

 発展した文明の兵器を持ち込まれて、1つの星の中の小国の内乱や国間の戦争で使用されても困る。故に常日頃から厳しい管理のもとにあったとされている。各々を尊重し尊敬しあって構成されていた文明だったのだ。

 その一定の情報、『クロノスペース』を用いた通信技術はゲート間を開閉関係なく行き来できるというシステムが、ヴァル・ファスクのCQボムによる悲劇を生んだわけだ。つまりはこういうことだ。

 

 普段は通信などの情報しか通さないくらいにゲートは閉じられており、その通信によってセントラルグロウブ側から管理されていた。

そこにEDEN銀河でヴァル・ファスクがCQボムを起動。CQボムはクロノスペースをズタズタにするものであり、通信と同じ経路で伝わった。その為Absoluteを経由してそのまま全平行世界に伝播してしまう。

 その結果、セントラルグロウブからゲートへの通信も妨害されてしまい、クロノゲートはただの円状の建造物に成り下がってしまっていた。

そして今、なんとかこじ開けてAbsolute側に帰還。セントラルグロウブへと到達し、ゲートの開放を行う。

 

 そう、この後タクト達が行うのは、平行世界の文明の探査活動だ。要するに辺境探査任務の発展版である。

 ミルフィーが無事ゲートを開けることができた為、タクト達の探索活動は無事始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ラクレットさんへ

リコです。最近トランスバールはEDEN製の日用品とかが流通しています。ブラマンシュ商会とチーズ商会がシェアを独占しているって、お父さんが言っていました。便利なものも多くて、お姉ちゃんの為にお菓子作りの道具を一式そろえちゃいました。

でも最近お姉ちゃんは、すごく忙しくて会えません。何をやっているかも教えてくれないので、少し心配です。おうちに帰って来たお姉ちゃんのお菓子が食べたいな。

ラクレットさんは、お姉ちゃんのこと何か知っていますか?』

 

 

 リコからのメッセージを読み終えて、ラクレットは端末からキーボードを投影し、返事を書き始める。空いた時間を有効に活用するのも有能な軍人としては正しい行いだ。それにしてもすでに結婚して家を出ている姉が、帰ってこないと表現されるとは……ラクレットは、将来が怖いような気がしたが、すぐに思い直す。成るようになるであろうと。

 彼がいるのはEDENのスカイパレス。高度に発展し都市化が進んでいるEDEN中枢部の中で珍しい緑あふれる場所だ。

 本日ここは、超厳重な警備が敷かれており、関係者以外は立ち入り禁止である。といっても、この場にいるのは10人にも満たないのだが。

 

 

『リコちゃんへ

ラクレットです。知っているかもしないけど、チーズ商会は僕の兄の、ブラマンシュ商会はミントさんのお父上の商会だよ。EDENに最初に行って復興支援を始めたから、その関係で独占して大儲けしているみたいだね。

ミルフィーさんの事は、何処で何をやっているかは知っているよ。でもそれは言えないんだ。軍事機密って言って、広めると不利になる可能性があることは外に言えないんだ。軍に入るっていうのはそういう事もある。厳しいけど覚えておくといいよ。

 

追伸 ミルフィーさんのお菓子は病み付きになるよね』

 

 

 

 自分もまだまだ若輩者ではあるが、軍人を目指している少女に対して先輩風を吹かせるくらいは良いであろう。ラクレットはそう自分に言い聞かせる。

 

 

「最近本当、結婚ラッシュだな。平和になったからなのか」

 

 

 今日この場で執り行われるのは、結婚式というか婚礼の儀である。少々文化が違うらしく、婚約というか夫婦になる誓いをする場所らしい。それって結婚式だと彼は思うが微妙に違うという。まあ、結婚の定義から考えなければいけないのであろう、そんな細かい話をするのならば。なので翻訳機が結婚式と言ってもの当人たちがNoと言えばそうなのだ。今後違う文化と接触する以上、今の内から慣れておく必要がある。

 人物が人物であるために、このような重々しい警備のもとに執り行われているのだ。そんな式に今度はきちんと休みを取って出席しているラクレット。しかし微妙に気分が乗りきっていないのは、仕方がないことなのかもしれない。

 

 

 最近の訓練兵たちは、ようやく5機編成でラクレットの駆るシルス戦闘機を撃破できるようになってきた。無人随伴機を無しにしても、それなりの前線をするようになっているのは、彼らの実力もあるが、定期的にアップグレードされ続けている彼らの乗る機体の性能にも要因があるのは推測に容易い。

 ノアとカマンベールの尽力もあって、シミュレーターで動かす分には9割型完成したのである。後はH.A.L.Oシステムを使用しないで、疑似的にクロノストリングを統制するためのコンピューターの開発が重要になってくるのであろう。理論と試作品は完成したので後は改良がメインだそうだ。

 さすがのラクレットも、型遅れの戦闘機で5機の紋章機を相手にすると、2,3機を撃破した段階でシールドが剥がされてしまう。火力では10倍機動力でも7,8倍の速度差があるのだ。というか、普通相手にならない。それでもおおよそ訓練開始から半年でここまで来た彼らの実力は確かなものだ、予定よりも上達速度は早く、今回の休みにつながったのである。休めなくても来るつもりではあったのだが。

 

 初めての敗北の後、少し悔しくて、カースマルツゥの無人エタニティーソードブレイカー100機とやらせたのは、いい思い出である。20機ほど落としたあたりで全滅したのは仕方ないといえよう。リーチは優っていても速度で劣る。あれは性能を知って慣れていないと厳しい。逆に知っていればエネルギーが続けば1000機を相手にしようと問題ないと豪語したら周りが頭を抱えていた。なぜだ、行けるのに。

 

 

 

「ラクレットさん、今日はわざわざお越し下さりありがとうございます」

 

 

 そんなことを考えていたラクレットは、接近は気づいていた気配から声をかけられ、振り向いた。そこにいたのは、トランスバール製のものとは、つくりもデザインも受ける印象もだいぶ違う。しかし、ゆったりとした花嫁衣装だと理解できる洋装に身を包まれた少女であった。

 

 

「いえ、おめでとうございます。ルシャーティさん。大変御綺麗ですよ」

 

「ふふ、お上手ですね。こういった衣装をミルフィーユさんもノアさんも着たのでしょうか? お忙しいようで、皆さんはいらっしゃいませんが」

 

 

 今日この場で執り行われるのは、銀河の英知の集合体『ライブラリー』の管理者ルシャーティと、その彼女を救い出した工作員であるパルメザン・V・ヴァルターの結婚の儀である。タクト達は『エルシオール』でAbsoluteからの平行世界探索任務に就いている。本当なら戻ってこられる計算だったのだが、予定が伸びてしまい、残念ながら参加できなかったのだ。

 一応銀河的に大きなことなのだが、ルシャーティはライブラリーの管理者としては知られていないという事実がある。これは彼女の身の安全を考えてのことだ。ライブラリーの管理者という存在は有名であるが、彼女がそうだというのはあまり知られていない。故に世間的に、本日はライブラリーの管理者と、彼女を助け出したヒーローの式なのだ。

 

 これも、最近の新発見に揺れるEDEN、トランスバール皇国として共同体であることのアピールだ。公式記録上トランスバール人とEDEN人の結婚であるのだから。二人の関係はまだそこまで発展していないのだが、銀河の為にとりあえず形だけの婚姻であるわけだ。

 最も時間の問題の様にラクレットは思える。さきほど二人が仲好さそうに式典の行事をこなしていたのを見ていたのだから。

 この場にいるのは数少ない顔見知りのみであるが、これは公式な行事である。ラクレットは、改めてルシャーティに心からの謝辞を送る。

 

 

「色々これから大変でしょうが、お二人で協力すれば、きっと乗り越えられるでしょうね。あれを乗り越えたのですから」

 

「……そうですね。今思うと様々な方に迷惑をかけたのかもしれません。私たちのわがままで」

 

「何かあったら言ってください、なんでも力になりますよ」

 

 

 『私達』その言葉がラクレットには遠く感じられた。もう完全に吹っ切れているし、元々傷が小さい失恋であった。だが、気持ちの方向はまだ彼女の方向を向いているようだ。現状最も気になっている女性ではあった。彼女の幸せが一番彼の望むところであるのだから。97%ほどの祝福の気持ちと、残りの良くわからないもやもやこそ今の彼の心である。

 

 

「姉さ……ルシャーティ、議長が呼んでいたよ。ラクレットさん、わざわざ出席してくれてありがとうございます」

 

「やあ、パルメザン叔父さん。ご成婚おめでとう」

 

 

 二人の間だと、まだたまに姉さんと呼んでしまうヴァイン、そんな彼は、ルシャーティに伝言を告げに来ていた。この二人はたぶん姉弟プレイとか普通にやって、たまにはそれを逆にしてみようとかで兄妹プレイとかもしたり結局は名前で呼ぶのがいいよねとかに落ち着いたりとかマジでうらやましい様な関係なのであろう。偏見というか妄想だが。

 ヴァインに対して、彼の嫌っている書類上の名前で呼ぶラクレット。彼自身意識したわけではないし、普段はヴァインと呼んでおり、公の場だからそう呼んだのだと理論武装する。本当のところどうなのかは本人にもわかってなかった。

 

 

「大きな声では言えないが、その呼び方はやめてほしい。ミドルネームはヴァインのままですから」

 

「……そうですが、一応公の場ですから。叔父さん」

 

「ラクレットさん。貴方には色々迷惑をおかけしました。それでも今日『プライベート』でお越しいただいたことに、僕はすごく感謝しています」

 

 

 40cm近い身長差の二人が、微笑を浮かべながら会話をしている。ホンワカな雰囲気ではあるのだが、あたたかみがなかった。お互い思うところがあるのだ。

 

 ラクレット的に失恋はともかく、形式上叔父になって、何度か自分を騙したり利用したりしようとしたヴァインに思うところがないわけがない。なにせまた華麗なる一族ヴァルターの伝説が生まれてしまったのだから。ジョースター家じゃないのだから突然叔父とか勘弁してほしいものだ。

 

 ヴァインも自分の旧姉で現婚約者にストーカーまがいな行動をしていたラクレットには若干の苦手意識がある。その間に挟まれているルシャーティは既に自分の中で折り合いをつけているのに。戦後におおよその裏に有った物は理解したが納得がいってない。ヴァインは恐らく最も感情と理屈の齟齬を経験したヴァル・ファスクであろう。

 

 ちなみにルシャーティの中で、自分はヴァインによって、情報を得るためにタクトに近づかされた。ラクレットは、上からの指示でその可能性を妨害する為に動いていた。となっている。夢にもラクレットが恋慕していたなんては思っていないのだ。そもそも彼の失恋を知っているのは、ランファ、ミント、エメンタール、カマンベールの4人だけなのだから。あくまで確信をもってという冠詞はつくが。

 

 

「二人とも、その位にしなさい」

 

 

 ルシャーティが間に入り二人を止める。ラクレットは彼女の実際の年齢を知らないが、どうやら自分よりも上だという事は察しており、なんとなく逆らえない。ヴァインも同様に彼女には頭が上がらないのだ

 

 

「それでは、失礼しますね。ラクレットさん」

 

「あ、はい」

 

 

 そうしてルシャーティはヴァインを伴い人の集まっている方に去って行った。ラクレットはなんとなく、彼女をもう今までと同じ目で見ることはできないのだろうなと思いながら、その背中を見つめていた。

 

 この二人の結婚は止まっていた彼の心に最初の一石を投じることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今回こそは、見つかるといいんだけどね」

 

 

 既に諦めの境地を越えて、ただただ作業を見つめるような感覚でタクトは黒のゲートを見つめる。いつも通りやる気は感じられない声だった。

 

 トランスバール皇国暦414年も終わりに差し掛かった頃。すでに50以上の平行世界を探索したのだが、知的生命体が残っている平行世界は存在していなかった。EDENやトランスバールが残っていたのは、ひとえに文明のバックアップが整っていたことと、そもそも普段使用している文明への依存度が低かったこと。なによりも、時の統治者が積極的に文明を破棄する英断をとったことが大きい。

 EDENは既に、より効率的な探索を実現するのと同時に、平行世界というより大きな領域に対応できるように軍拡を続けている。新造艦の生産計画。そして極秘の軍事施設再生計画。HB計画はそれらより一歩先に開始されたものだ。

 来る平行世界時代へ向けた戦力増強は確実に進行している。

 

 話を戻そう。それだけヴァル・ファスクのCQボムの爪痕は大きく。人間が存在する世界はあったものの、中世どころか、石器時代のような生活をしているものを唯一発見できた程度である。とても接触などはできない。

 

 

「運次第であろう。このペースだと、1年もあればすべての世界の探索が終わるはずだ。それまで根気強くやろう」

 

 

 レスターの言うことは確かに正しい。6か月強で55/168とすでに1/3程度の世界を探索し終えているのだ。『エルシオール』という戦力が行かないといけないので効率は悪いが、安全が確認されたら、軍の調査艦隊が細かい探査を行うので、全てを一隻で回るわけではない位からだ。

 事実システムが生きていた防衛衛星数十基がクロノゲートのそばに配置されていて、苦労したこともあり、紋章機は必須であった。

 

 

「ミルフィー頼むよ」

 

「はーい!」

 

 

 通信越しに聞こえる元気なミルフィーの声と同時に、56番目のクロノゲートが解放される。

 

 

「みんなー、一応警戒よろしくね。この前みたいなこともあるし」

 

────了解!

 

 

ミルフィーを除く5つの声が唱和する。一番危険なのは、ワープアウト直後なのだ。既に全員紋章機に登場している。全盛期のエルシオールからラッキースターとエタニティーソードとCBキャノンを引いてはいるが、それでも星系の一つ二つ余裕で支配できる過剰戦力である。

 

 

「────ドライブアウト。目の前に衛星有り……司令!! 多数の生命反応を確認しました!!」

 

「モニターに拡大します!!」

 

 

そこに写っていたのは、人の営み。白亜の宮殿やそれを取り囲む広大な庭、そして形こそ異なるが無数の家々に整備された宇宙港。星系間移動を可能としている人類文明の証左であった。

そうして、タクト達は56番目の平行世界、後にNEUEと呼ばれる銀河と接触したのであった。

 

 

 

 

 





NEUE復興計画は次回から。


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空白期5 414-415年 (おまけ有り)

おまけは3周年記念だった奴


 

 

 

自分たちの銀河をNEUEと称する者達。それが、この平行世界の住人達であった。『エルシオール』が出現したクロノゲートの出口は、セルダールと呼ばれる比較的発展レベルの高い星の衛星軌道上にある。

セルダールの伝承では、天に浮かぶあの円環は、開くことがあるとされていたそうだが、CQ以後1度も開かれたこともなく、先文明の与太話とされてきたのだ。しかし今二つの文明が出会う運びになった。

 

セルダールはセルダール連合と呼ばれる、このNEUEにおける最も栄える集合体の盟主を務めている星であり、扱いとしては首都星に近く、『エルシオール』への対応も混乱のわりにまともなものであった。『エルシオール』に搭乗していた外交官を中心に、この歴史的出会いを発端とする会合は開かれた。

全くの余談だが、外交官はようやっと自分の仕事ができると満足気な様子であった。エルシオールで半年間のんびりするだけだったのだ。タクトが偶に羨む仕事だったと言えば通じるであろうか。

 

会合で得られたものは多く、このNEUEと呼ばれる平行世界は、すでにクロノストリングエンジンを兵器に転用するレベルの技術は持っていること。しかし圧倒的にそれを扱える人物が少なく、しかも多くの星が過疎や衰退により人口を減らしており、緩やかな滅びに向かっている。

セルダール連合は、3つの星を中心とした集まりであること。その3つはセルダール、マジーク、ピコであること。

セルダールは剣の星。王族が存在し、近隣のいくつかの星系を領域としている。

マジークは魔法の星。魔女が統治する星系である。

ピコはナノマシンの星 防衛衛星に守られているが幾つもの研究衛星がある。

 

また、セルダール連合に対抗する勢力『アームズ・アライアンス』があること。まだ戦争直前といった雰囲気ではないものの、いずれぶつかり、お互いが損耗し合い人類が亡ぶといった終末論が実しやかに噂されていること。そういった社会情勢を多く知ることができたのは大きい。

 

 

そうして、セルダールの王や重役たちとの情報交換を終え、後日本格的に、セルダール連合の首脳とEDENの首脳陣が話し合う場を設ける事、その際今後の方針をどうするかを決めるなどが決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ラクレットさんへ

この前、久しぶりにお姉ちゃんが帰ってきました!! なんでも「調査から支援に方針が変わったの」って言っていました、女皇様と一緒にNEUEまで行くそうです。なんとなくしかわからなかったけれど、数日だけでもお姉ちゃんと会えて、すごい嬉しかったです。

 でもこれからもっと忙しくなるから、もっと会えなくなっちゃうみたいです。少し悲しいけど、私が軍人になったなら、お姉ちゃんと同じ場所でお仕事できるかもしれないから、頑張ります

 

追伸 ラクレットさんは、苦手なことを克服したことってありますか? 私にできることがあれば教えてほしいです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新暦初の平行世界間の首脳会談はつつがなく行われた。トランスバール皇国からはシヴァ女皇とルフト宰相のトップ2が、EDENからも代表議員が参加。ヴァル・ファスクもダイゴが参加する形になった。

セルダール連合からも、セルダール国王ソルダム・セルダールと、彼が王族の戒律で親族以外と会話ができない為に彼の言葉をテレパシーで伝える『妖精』ケルシーとサンタローザ。マジークの代表にしてNEUE随一の魔女キャラウェイの二人を筆頭にその側近が固めてきた。

 

会談では特に問題はなく、先に提出しておいたお互いの状況について質問し合い、相互理解を示した。その後ヴァル・ファスク代表ダイゴによる謝罪と詳しい説明も行われたが、セルダール連合からすれば、600年前の出来事など、歴史書にもほとんど残っていない上に、原因も不明だった位だ。今後足場が固まり対等な関係になった後改めて、ヴァル・ファスク側からの保証をするという約束を結び付けただけにとどまった。

 

これは、NEUEにおいて、ヴァル・ファスクが直接的な侵略を行っていないことが大きいであろう。EDENからすれば、脅威となる敵であったが、NEUEからすれば600年前の謎の大きな災害の原因であり、文明を衰退させた伝説の存在にすぎないのだ。過去の事など経験すらしてないのなら、追及するという概念が出るのがおかしいといった所か。現代日本において応仁の乱をおこして戦国時代に突入したことを責める人物などいない。それと同じである。

 

 

その後、シヴァ女皇は今後の理想とする平行世界間交流を復活させ、人類に再びの黄金の時代を取り戻すといった計画を伝えた。

これは平行世界の存在が示唆されたころから考えられていたもので、彼女が自分の代の女皇として人生をかけて取り組むつもりの一大プロジェクトだ。

 

彼女はそのための第一歩として必要な技術や物資の支援は惜しまないという主張した。連合側もこれを快諾。彼らからしても、技術力で100年ほど先に行かれており、勢力としてもまとまりがあり規模の大きいEDENと戦争するなどナンセンスであり、協力的であるのならば、有難く受け入れるのが得策だとわかっていたためだ。

 

また、トランスバール皇国、EDEN、ヴァル・ファスクは今後、統括しEDENという集合体を作っていくことを正式に表明。EDENとNEUE(の大多数)間の最初の取り決めとなったのである。

 

 

今回の取り決めで、多くの人員が第一次交換留学生という形で相互に動くことが決定した。特に造船技術に関しては、NEUE側に大きな関心があった。『エルシオール』という儀礼艦は600年前の遺物であるのだがそれでも彼らからすればオバーテクノロジーであった。

 

連合側の『船』がクロノドライブをすることができない艦が多く存在するような技術水準だったのも大きい。それ自体は、EDEN銀河に比べ、アステロイド帯が多く、高度な軌道計算が必要であるという事も関連しており、莫大なコストをかけるほど重要視されていないのが背景にあったわけだが。

 

ともかく、EDENに設立した大学でクロノストリング技術を学ぶ体制を迅速に整えた。これにより、NEUEの現職の技術者から、技術者志望の学生まで凡そ200人がこの留学という形でEDENに来たのである。

 

実際の所、魔法や剣といった独自の技術体系を持っており、単純な生活レベルに関してはNEUEとEDENの間に、そこまで大きい差はなかった。EDEN内においても首都星に住んでいる人と辺境に住んでいる人では大きな生活のレベル差はあった。EDENにおける上の下から中の下程度の水準にセルダール連合の星々はあったくらいである。故に重大かつ、焦点であるクロノストリングに関する技術が優先された。

 

食やファッションといった文化はゆっくりと取り込んでいけばよい。細々とした人員のやり取りから彼らの興味の持ったことを少しずつ取り入れていけばよい。NEUEにも良い所は沢山あるのだから。それがセルダール連合の考えであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、皆。今日から各自特別任務だ」

 

「わかってるわよ。アタシはマジークで親善大使をする」

 

「あたしはセルダールで軍事顧問の準備」

 

「私はピコでナノマシンの技術支援及び研究」

 

「私とちとせさんは『エルシオール』にて必要な時に支援ですわね」

 

「そしてミルフィーはゲートキーパー……皆、バラバラだ」

 

 

タクトは、全員を見つめながらそう溢す。この場にいるのはエンジェル隊からミルフィーを引いたメンバーだ。場所はAbsoluteのNEUE行きのクロノゲート近辺。これからの予定を再確認しているのだ。

ワープアウト後、セルダールの宇宙港に寄港。そこでフォルテとランファは下艦する。ランファはそこからマジークに向かう船に乗り込み正式に招待されるのだ。彼女は魔法という文化いや、技術をこの目で見るというのが任務である。

逆にフォルテは軍事顧問として就任する準備の為セルダールの近衛軍との会談があるのだ。彼女は愛機ハッピートリガーと一緒にこの艦を降りる。

 

ミントちとせヴァニラはそのまま『エルシオール』に乗り惑星ピコまで向かう。そこには多くの研究用の宇宙ステーションが残っているが、防衛衛星もまだ動いている。彼女たち3人でそれを無力化した後、ヴァニラはピコで研究及び技術支援をするのだ。

 

ミントとちとせはしばらく残るものの、ミントは彼女の父親から、EDENにおけるブラマンシュ商会の支部長をやらないかという話が出ており、彼女はこれを受諾、近いうちに軍を抜け(立場上予備役という扱いになる)その任に就く予定だ。

 

そう、エンジェル隊の解散の時期が迫ってきた。

 

 

 

既に白き月の聖母近衛隊という任務は形骸化している。各自が自分に適した仕事を見つけて、それをこなす方向に動いている。

ミルフィーはシヴァ女皇の平行世界交流をする上で必須なゲートキーパーだ。ヴェレルがふらふらと余生を過ごしているセントラルグロウブに、ずっと詰める仕事なのだ。全員で戦闘をする必要もなければ機会もなかった。

 

 

「なんか、不謹慎だけど、戦争をしていたころの方がまとまりあったね」

 

「それは言わない約束でしょ? まあ、このメンバーにミルフィーとあのバカを入れれば、宇宙広しって言っても敵なしだったわね」

 

 

彼女たちはラクレットの事を思い出す。17歳になった彼は、教官任務に追われている。1年という期間を終え、一定の形に仕上がってきた訓練兵たちを彼は今必死に指導しているであろう。

 

 

「まあ、あと数か月はみんな、ここを拠点にするんだ。解散まで近いけど、それまでがんばろう!! 」

 

────了解!!

 

 

 

そうしてエルシオールはクロノゲートを通過したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

『リコちゃんへ

 ミルフィーさんは忙しいみたいだからね。同じ場所でお仕事っていうのは難しいかもしれない。厳しいことを言うと、彼女はすごい特別な才能があってそれを生かす仕事をしているからね。

でも君ががんばることで、それがミルフィーさんの助けになるっていうのは本当だ。だからこれからも続けるのが大事だよ。

苦手の克服というと、男性恐怖症かな? それについては専門家じゃないから何も言えない。でも、苦手をなくすために僕もいろいろなことに挑戦したよ。まずは長い目で見て一歩ずつ始めることが大事だね。今日は意味なくても100日続ければ変わるかもしれない。そうやって少しずつ頑張ることが大事。でも、無理をしないで自分のペースで頑張ってね』

 

 

 

 

 

「ほらほら!! かかってきなよ!! コーク、ビオレ!! 」

 

「っくっそー!! くらえぇ!! 」

 

「馬鹿!! コーク突っ込むな!! 仕方ない!! ビオレ、フォローを頼む!!」

 

「あいよ!」

 

 

ラクレットの挑発的な攻撃を紙一重で躱すことに成功したコークはここぞとばかりにスラスターを全開に吹かして接近を試みる。当然彼らの畏怖する優秀すぎる教官がそのことを読んでいないはずがなく、指揮官であるジンジャーは同じく前衛を務めるビオレを僚機に着けさせた。言葉で言ってももう止まらないであろうと一瞬で判断しベターな策をとったのだ。遅れてスタートしたビオレは巧みに機体を操り、コーク機に追従する。よどみない連携を見せる彼らにラクレットは内心舌を巻いていた。

 

 

シミュレーションの空間、しかしいつものランダム形成とは違うこのマップ。この空間は、NEUEのセルダール近郊の宇宙空間が再現されていた。若干セルダールの引力に引っ張られる程度だが、それ自体は問題ではない。

訓練兵5人は既にスペックを100%余すことなく再現されたホーリーブラッド試作機に搭乗していた。機体カタログ的にスペックは驚異の一言であり、攻撃、防御、機動ともに高い水準でまとまっており、標準装備しようであるのならば。

 

速度A+ 加速A 旋回A 燃費B- 射程C 攻撃A 装甲B 回避A-

 

といったところか。ラッキースターのいいところを残しつつカンフーファイターに近づけたようなスペックと言えばわかるであろう。武装は近距離用のビームファランクスと遠距離誘導レーザーネットが主となっている。

H.A.L.Oシステムは搭載されておらず、量子コンピューターを用いた疑似的なAIがその代用として機能しているのだが、操作性が非常にシビアであり、非常に玄人向けの機体になっている。

それを、息を切らしながらも十分乗りこなしている訓練兵たちは十分化け物だ。ラクレットが言える事でないが、平均年齢が17歳強の彼等は皇国基準でいえば十分化け物だ。現に今も残りのロゼルとラムネの二人は天頂方向から威嚇射撃を続けて、ラクレットを妨害し、コークとビオレの接近を支援している。

 

 

 

 

そんな彼らは現在絶望的な状況であった。このシミュレーターの状況は前述のとおりNEUEでの戦闘を想定されている。味方戦力は無し。5機のホーリーブラッドのみだ。優しいことにテンションゲージが最初から半分ほどチャージされている。条件としては十分破格だ。最近は無人機による支援はないので、いつもより優しい位だ。

勝利条件もシンプル。15分生き残るか仮想敵の殲滅だ。空間の広さも一般的な40万km四方であり、極端に狭いわけではない。では何が問題なのか、それは仮想敵だ。

エタニティーソード 出力リミッターなし、機体疲労なしの理論上最強の状態である。

 

EDEN防衛戦で見せた、片腕の速度を2倍で動かすといったことを両腕でやってくることも可能だ。剣の長さは通常時で10kmほどであり、(宇宙空間の戦闘においては)非常に短い射程なのだが、問題なのはその射程に入ると即ち死に間違いないという事だ。先ほどコークが避けられたのはラクレットに当てる気がない挑発に過ぎなかったからだ。

 

速度で上回られている以上、逃げるのは現実的ではない。5機で散開してもラクレットから一人頭で3分間。速度で劣る機体で逃げ切れなど不可能だ。ラクレットもわかっているのか、訓練兵の作戦を様子見して評価中といったところであろう。

 

では撃破はどうであろう? 幸いにもテンションゲージが高く設定されており、特殊兵装を全員が使える状態にすぐにでもなるであろう。問題なのはホーリーブラッドの特殊兵装だ。

 

その名も『フォトンダイバー』機体に高出力のバリアを纏い、機体を流線形に変形させ超高速で体当たりするこの技は、圧倒的な破壊力のもとに、旗艦だろうが母艦だろうが貫通してダメージを与えるものなのだ。エタニティーソードもまともにくらえば一撃で破壊されるのだが。

 

体当たりという事は、接近する必要があるという事だ。

 

 

訓練兵には、闇雲に突っ込んでも、特殊兵装を紙一重で避け一刀両断される未来が容易に想像できた。

事実ラクレットはその位はやってのける技量はあった。だが、さすがに複数の数が別方向から来られると厳しい。ジンジャーは最低でも3機同時発動による撃破が必要であろうと考えていた。そう、彼の作戦としては、上手く牽制攻撃でテンションを高め、一転攻勢に出るといったものだ。

 

 

「さて、そろそろこっちからも仕掛けるよ? 」

 

「────っく、コーク戻れ!! ロゼル!! ラムネ!! コークと合流! 後は頼む!! 」

 

「任せろ!! 」

 

「……ん! 」

 

 

ラクレットの無慈悲な勧告にジンジャーは作戦を早めること決めた。今テンションの高い、ロゼル、ラムネ、コークの3人を攻撃役に指名した。リーチギリギリのところで削り役に徹していたビオレと合流し3人が攻撃するまでの時間稼ぎをするつもりだ。

こういった自分が前に出るといった作戦を立案できる能力がジンジャーの売りだ。ロゼルは副隊長として二人に声をかける。

 

 

「ラムネ、コーク17秒後、4時方向から仕掛けるぞ!! 」

 

────了解!!

 

 

 

3人が配置につくために移動していると、戦略マップから突如二つのマーカーが消えた。それに気づいた瞬間3人の機体に衝撃が走り周囲が真っ暗になった。

 

 

────作戦失敗、デブリーフィングを待て

 

 

機械音声が流れて初めて5人はエタニティードの特殊兵装『コネクティッドウィル』に5機同時にたたき切られたことを理解したのであった。

言葉の通り、仕掛けたのだが、彼等にはまだ特殊兵装を耐えうる実力がなかった。

 

 

 

これが彼らの今の実力である。訓練計画と比較すると40%以上高いのだが、まだまだ壁は遠かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから当SS 3周年記念のおまけ

ひどいネタですのでご注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【旗は】ラクレット・ヴァルターについて語るスレpart114【折るもの】

 

1:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:31:04

ここはラクレット・ヴァルターとその周辺の人物および彼自身の伝説について語り合うスレです。

 

 ■理由やソースもなしに語るのは止めましょう

 ■エンジェル隊員の実名を出すのも止めましょう

 ■あからさまな批難、理由のない中傷は止めましょう

 ■レイシストは帰ってどうぞ

 ■作り話だと決めつけるのは止めましょう、生ける伝説です

 

次スレは>800を踏んだ人が立てる事

誤って踏んだのなら、スレ立て出来ない場合は素直に謝って誰かにお願いしましょう

 

【旗艦を】ラクレット・ヴァルターについて語るスレpart113【駆逐】

 

 ■関連スレ

【解散】ムーンエンジェル隊について語るスレ 459【目前?】

 皇国の有名人を愛でるスレ

 筋肉自慢が集うスレ

 

2:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:32:14

 たて乙

 

3:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:34:29

 1乙

 

4:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:35:58

 1乙

 いやーまさか、訓練学校の教官をやっていたなんて

 

5:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:37:27

 1乙

 まあ、フラブレさんならなんでもありだろ。

 旗艦殺しの異名を持ち10kmの剣を自在に操る孤高なる神速騎士だもんな

 

6:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:44:59

 >5 フラブレさん、主人公説とな

 それともしまむらで服をそろえる独身青年の?

 

7:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:49:47

 あの人は主人公だろ、設定が面白すぎる

 

8:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:50:49

 >7 設定とか言ってやるなよ!!

 確かに作り話みたいな境遇だが

 

9:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:52:54

 いつもの

 ・5歳で戦闘機を動かす。小学校に通いながら自己流の特訓を200時間以上こなす

 ・ミドルスクールをスキップして、ハイスクールに飛び級。その後1年半でハイスクールを卒業して従軍

 ・14歳にして戦闘空域に突然単騎で乱入、劣勢の状況で旗艦を落とすことによってひっくり返した。

 ・戦闘機にリミッターをかけたまま、紋章機と同等の戦闘をこなし、撃墜数こそ劣るものの数多の艦を沈める。

 ・数多の紋章機が沈んでいく戦場で他の機体を庇い撃墜される。その後庇った機体が覚醒し勝利

 ・旗艦のみで計算すれば、皇国の歴史上最も多くの旗艦を撃沈している。

 ・常人ならば3日で根を上げるカトフェル式ブートキャンプを2週間やって生き生きしていた。

 ・しかもその後それよりハードな訓練を自分に課す。

 ・全長数10kmの剣で敵の艦を切り裂いた。

 ・味方の機体が敵の手に落ちたとき、迷わず斬撃で沈める。しかも操縦士は無傷で。

 ・実は亡命して来た敵対種族の末裔であり、限定的ながらその能力を使用できる。

 ・その際体に紅く光るラインが走りなんか格好良い。

 ・上の兄は皇国でも有数の商会のトップ、下の兄は月の管理者クラスの科学者。実家は代々総督の家系。

 ・1対100は当然、多いときは1対150も。

 ・皇国の決戦兵器を一人で撃つことができる。

 ・新型機に搭乗した訓練兵を初日から旧式の戦闘機でフルボッコ

 ・100kgの重りをもって時速50kmで1時間走れる

 ・これだけすごいのに彼女がいたことがない

 ・というか、人妻に恋して失恋したらしい(未確定)

 

10:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:54:21

 >9 俺の知っているのより進化してるwww

 

11:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)10:55:34

 >9 人妻wwwまじか、彼女がいないってそういう……

 

12:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:01:05

 >11 人妻とか、お前ノンケかよぉ!(驚愕)

 

13:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:05:13

 相変わらずの伝説。まるで「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう」だな

 

14:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:07:01

 >13 それなら、彼女どころか、ハーレムがあって然るべきだろ

 なので、俺はエンジェル隊フラブレさんのハーレム要因説を……ん? こんな時間に郵便か?

 

15:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:13:37

 >14 まだ昼だが

 

16:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:15:08

 この時間は、標準時だからね

 星によって誤差あるし、ま、多少はね?

 

17:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:23:12

 フラブレさん今年で17歳か、まだ若いな……

 俺の半分以下とか

 

18:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:23:54

 >17 ようおっさん

 たぶん稼ぎでも負けてるんだろうな

 

19:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:24:42

 長者番付の端っこに乗る人と比べてやるなよ

 この人が出てた玩具のCM、ギャラいくらだったんだろうな?

 

20:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:25:53

 ああ、光る剣の奴な。俺も持ってるわ

 この前出荷本数が300億本超えたんだっけ?

 

21:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:26:30

 >20 俺の星の人口の10倍なんですが、それは

 

22:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:27:26

 30億とか、田舎かよ

 まあEDENも含めればおかしい位人いるからな

 

23:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:29:16

 >19 CMでも本人も二刀流なのに

 販売しているのは1本なのがあくどいよな

 

24:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:29:29

 >19 そのCMの関係者だが、あれノーギャラだぞ

 本人が「この剣くれるならタダでいいです」って言ってた

 

25:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:30:29

 >24 まじかよ、本当かどうか疑わしいけどフラブレさんだからな

 叙勲式の時も腰に模造刀さしてたし、そういうの好きなのかも

 CMでもノリノリで戦ってたしな。

 

26:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:42:30

 なあ、ここ初めてなんだが、なんでフラブレさんなんだ?

 というか、さすがにネタだろ? もしくはプロパガンダ

 なんで、ブレオン機体で戦えるんだよ。常識的にないだろ。

 

27:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:56:43

 >26 旗艦殺し(フラグブレイカー)だからな

 今の中将閣下が大佐の頃に名付けたらしいぞ。その中将は本星でルフト派のN0.2やってる

 それが事実なんですよ、ええ。

 

28:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)11:57:59

 >26 信じられないのはわかる。だがこの英雄に救われたのは事実だ。

 俺も戦場でクロノドライブしてきた母艦に挟まれたときは死を覚悟したが

 この人が一刀両断したときは乾いた笑いしか出てこなかったね

 

29:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:02:42

 >26 俺も>28と同じで戦場であったことがある。

 戦略マップで見ると敵艦と完全に重なるほど接近して戦っていた。

 それで殆ど被弾しないで銃器を黙らせる腕があるんだよあの人には

 そうして無力化した艦を俺たちが沈める。税金泥棒と言われても仕方ないな

 

30:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:03:31

 こんなすごい人なのに、エンジェル隊とか『英雄』と比べると見劣りするんだよな

 

31:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:04:17

 >30 そりゃ指揮官のほうが偉いしな。紋章機は奇跡を起こすシステムがついているって噂だし

 スペックが紋章機の方が上なのを、Vチップでブーストかけて同じ土俵に立っている。

 その代り火器管制システムがついてないし、武装も足りない。エネルギーが足りないからな。

 それを予知能力を使いながら、敵と0距離まで接近して戦うとか マジでロマンの塊

 

32:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:04:23

 噂だけど、エタニティーソードのスペックが公開されたのは

 改修が終わって新型機になるかららしいぞ。

 これでスペックでも紋章機並になるらしい

 

33:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:05:44

 >32 ソースもなしに(ry

 まあ、本当なら楽しみだが

 今度のギャラクシーエンジェルズで使える機体が増えるってことだし

 

34:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:08:01

 >33 GAは神ゲー。ストーリーパートは指揮官としても動けるし、整備兵やパイロットにもなれる。

 靴下を集めることだってできるしな。

 対戦だと、タイマンならラッキースター最強、チーム戦だとハーヴェスターとトリックマスターの二強だよなぁ

 エタニティーソードぇ……

 

35:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:08:33

 >34 ハーベスターな

 ストーリーで主人公機をハーベスターにした時は鬼のような難易度だが。

 それとESは弱いわけじゃない。忠実に再現されているだけだ!!

 戦闘速度を10%にすると、むちゃくちゃ強いぞ。誰でも旗艦に張り付いて削ぎまくれるからな

 1ミッションに1時間半かかるが

 

36:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:14:38

 >34 同意。

 搭乗員たちは全員オリジナルだそうだけど、DLCのラクレットパッチは最高だった。

 フラブレさんの追体験とか、軍事機密すれすれだったらしいし。難易度は鬼だったが

 開発者インタビューに宰相とフラブレさん出てきて笑ったな

 

37:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:16:08

 >36 まあ、戦意向上と、人集めだろうな。

 NEUEも発見されて軍の増員は必須だし。最終決戦のCQボムへの対策以外はおおむね真実なんだろ?

 ああ、『英雄』の恋路は再現してないみたいだが。エンジェル隊の一人と結婚したのは有名なのにな。

 

38:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:17:49

 『英雄』は貴族だけど、エンジェル隊はプロフィール極秘だし一軍人だからね。

 最近は公然の秘密になってきたけどね。解散が近いのかな?

 

39:チーズ長兄:415/XX/YY(木)12:29:50

 おい! クリオム星の文部省のジュニアスクール作文コンクール405年度見てみろwww

 優秀賞にラクレット・ヴァルターのが載ってるぞwwwww

 

40:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:37:28

 >39 まじだwwwやべぇww

 

41:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:37:43

 >39 本当だwwぱねぇwww

 流石フラブレさんwww内容もやべぇぇwww

 

42:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:40:00

 くそ!! 見れん

 

43:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:45:28

 重いー。お前らが凸しすぎるからだろ、普段のアクセス数の何倍だろ

 

44:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:46:35

 >将来の夢 2年1組 ラクレット・ヴァルター

 >僕の将来の夢は全てを救う英雄だ。その為には今の腐敗しきった政治体制を変える必要がある。

 >しかしながら、そのようなことは大きな内乱でも起きない限り不可能だ。それでも僕は力を求めたいと思う。

 >いつの日かそういった血が流される時が来た時に後悔しないように。

 

 序文からすでに漂う英雄臭

 

45:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:51:15

 >44 やべぇww見れなかったらどうしようかと思ったが出だしでこれとかぱねー

 やっぱ本物なんだな。未来予知持っているらしいし、小さいころから何か見えてたんだろうな。

 

46:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:52:57

 俺らがやると、黒歴史だが

 フラブレさん、本当に英雄になっちゃった人だからな

 ネタになってない

 

47:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)12:59:44

 >『人生は死ぬまでの暇つぶしだ』

 >というが、僕はそう思わない

 >人の人生は短い、1秒も無駄にできない

 >歴史への介入の時は近い

 

 いや、これマジで洒落になってないだろ。完全に分かっていたんだな。

 あの頃は貴族が腐った国を牛耳っていたし、いずれ不満が爆発すると言われてたけど。

 

48:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)13:00:26

 >45,47 未来予知っていうのは基本的に集中したとき0,5秒位自分の認識が進んじゃうっていうのだから。

 たまにフラッシュバック的に過去じゃなくて未来が見えたりするけど、夢みたいにすぐ忘れちゃうものだ

 まあ、中には覚えてる人もいるみたいだが、それがフラブレさんなんだろうな

 

49:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)13:05:25

 >39 どうしてそんなところを見ようと思ったんだよww

 

50:名無しのEDEN人:415/XX/YY(木)13:12:44

 >49 コテハン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教官!! 」

 

「なんだいロゼル? 」

 

「まとめサイトを巡っていた友人から聞いたのですが、教官は7歳の時から政治体制を変える目標があったんですね? 素晴らしいです!! 」

 

「え? え? 」

 

 

 

そんな日常の一コマ

 



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空白期6 415年

空白期6

 

 

厳しい師弟関係のように見えるラクレットと訓練兵たちであるが、別段関係が陰険なわけではない。公私は割ときちんと分けるラクレットからすれば当然だが彼等とは年も近く仲良くなる要因はいくらでもあった。暇があれば妹かラクレットの話ばかりしているロゼルがいたという事もあり、プライベートでは友人のような関係であった。呼び名は教官であったが。

例えば週末には、ラクレットが英雄的お仕事のため忙しいのだが、そうでない日例えば、訓練の後にある戒律上の休みの日である安息日などは、ラクレットを伴って、歓楽街として作られたスペースに出かけたりしている。年も近い上に同性であり、趣味というか職業も似ているため専門的な話ができる関係は、実際親しくなるのに時間はかからなかった。

 

訓練の時は慈悲と容赦という言葉が無い鬼のように強い教官も、プライベートでは若干人見知りをするが当たりの良い青年に過ぎないことを知った訓練兵たちは、少し驚いたものの、受け入れたのであった。

 

 

そういったわけでロゼルは、明日の安息日に、また出かけませんかとラクレットを誘いに彼の部屋に向かっていた。

 

前回ビオレが面白がって、綺麗なねーちゃんがお酒を注いでくれる系統の一番高いお店に皆を連れて行った。訓練兵とはいえ立場上稼ぎはいいのだ。使い道も少ないので特に。皇国においてもEDENにおいても年齢制限などないので、全く問題はなかった。

 

そこでテンションが上がり調子に乗りすぎてしまったコークとビオレとジンジャーが備品等を壊してしまい、目玉が飛び出るようなお値段を請求された。

顔を真っ青にしていた3人だが、遅れて合流したラクレットが平謝りしつつ全額弁償し、さらにワビを入れる甲斐性を見せると、店側はすぐに手のひらを返したのだった。というか、ラクレットの正体を知った事が大きいのかもしれない。彼としては体の良い金の捨てる場所ができたという感覚なのが恐ろしいことこの上ないが。

さらにラクレットは全員分の会計をカードで済ませ立ち去ろうとしたのだが、何がどうなったのか捕まってしまい、夜通し騒ぐことになってしまったのはご愛嬌であろう。最後まで素面だったのは一番勧められていたラクレットだけであった。

その騒動でラクレットが総額払ったお金は自家用シャトル1隻分くらいなのだが、涼しい顔をしていた教官に、我に返った訓練兵たちが土下座しつつ、改めて尊敬を深めたのは余談だ。

 

このように、毎回何かしら面白いことが怒るのが、ラクレットの教え子たちのお約束だった。ラクレットとしてはそんなところもエンジェル隊に似なくてよいのにとは思っているのだが。

 

 

「教官、今よろしいでしょうか」

 

「ロゼルか、入ってくれてかまわないよ」

 

 

ラクレットの私室についたロゼルは、プライベート時間の対応でラクレットの許可をもらい入室する。訓練兵たちの部屋と造りは変わらないシンプルな部屋だが、今日はそこに先客がいた。

 

 

「丁度よかった、今お前たちの話をしていた所なんだ。ロゼル」

 

「はぁ、そちらの方は? 」

 

ロゼルが目にとめたのは、ラクレットが座っていたであろうソファーの正面に腰かけている小柄な人物だ。柔らかい栗色の髪を耳にかかる程度に伸ばし、緑色の帽子をかぶっているが、向きの関係で顔までは見えない。

ラクレットに招き入れられ、回り込むことで初めて顔が見えた。

 

 

「貴方がロゼルさんですね。ラクレットさんからよくお話を聞いています。クロミエ・クワルクと申します」

 

「……! 失礼しました!! クワルク少尉!! 自分はロゼル・マティウス訓練兵であります!! 」

 

 

そこにいたのは、温和な少年という言葉が、これでもかというくらい当てはまりそうな人物だった。名はクロミエというらしい、どうやらラクレットと親しい仲だとまで分析と観察したところで、クロミエの階級が視界の端に表示された。

胸ポケットに入れることを義務付けられている軍の階級章代わりの身分証明用のカードを、ロゼルの端末が認識し、視覚に直接投影したのだ。階級によるトラブルを防ぐために、基本的に階級章をつけることが義務付けられているが、軍で働いてはいるものの、制服や衣服の関係でそうできない人物もいる。そういった時スムーズに処理するための機構だ。ARのように、初対面だと視界に重ねて表示されるのである。

 

 

「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。民間からの協力のような形ですし、所属は白き月の特別研究員……飼育係です」

 

「は! ありがとうございます」

 

「まだ固いって、ロゼル。今はプライベートだ」

 

 

優等生であるロゼルは、もちろん上官がそういってもポーズとしてそういった態度を維持した。この場の最上位の権限を所持しているラクレットがそういうまでは。

 

 

「クロミエは『エルシオール』の頃からの仲間でね、数少ない親友の一人なんだ。今回はEDENからの帰りに立ち寄った、というか拾いに来たというか……」

 

「あれ? ラクレットさん、僕以外に親友居たのですか? 」

 

「こんな風に微妙に腹が黒いが悪いやつじゃないんだ」

 

「ロゼル・マティウスです。教官の戦友に出会えるなんて光栄です」

 

 

ラクレットの紹介に軽口を挟むクロミエ。彼はこの度『第一回宇宙生物学会主催意見交換会』に特別研究員として招かれていた。もちろん宇宙クジラのエキスパートとしてである。その帰りにラクレットの星に立ち寄ったのである。

ロゼルも、ラクレットの赦しも出たので、いつものようにさわやかな好青年の態度を崩さず挨拶をする。

 

 

「ラクレットさん曰く、非常に優秀なようですね。お話は聞いています。『教え子』の中に非常に優秀な人物がいて、一人に絞るならばそいつにする心算だと『親友』の僕に話していましたから」

 

「僕もラクレットさんから、なかなか会えない茶目っ気のありすぎる『友人』がいると聞いています。『愛弟子』として、一度お会いしてみたかったです」

 

「はは、この部屋にいるのは全員一人称が僕だな」

 

 

ラクレットは二人の会話を目の前で見て、そういった感想しか覚えなかった。それが幸運だったのか、不運だったのかは誰も知らない。

 

 

 

 

 

「それで、ロゼルはどうして……あー、明日のお誘いか? 」

 

「ええ、ビオレとコークにジンジャーがこの前の謝罪を兼ねて、どっかで飲もうと……ご予定が? 」

 

「ああ、うん。クロミエがここに来た件もなんだけど。あーまあいいか。すぐにばれるし」

 

 

ラクレットは勘の良いロゼルの言葉に、どうしたものか悩むものの、すぐに別に大丈夫であろうと判断した。別段口止めされていることではないのだから。公表がまだなだけで。

 

 

「エンジェル隊の解散式を本星でやるから、それの出席のためにね……まあ、移動を抜いても2,3週間は向こうにいるんだ。明日からね。実家にもさすがに顔を出さないといけないし」

 

 

ラクレットは17歳になったわけだが、家からハイスクールに通っていたのは14歳の時である。そして卒業して従軍して以来一度も帰っていないのだ。ヴァル・ファスク戦役前は長い休みは訓練に使ってしまったし、その後は精力的にEDENでヴァル・ファスクへの排斥活動の沈静化のために動き、タクト達の帰還と共に『エルシオール』を拠点に治安維持を数か月した後、HB計画に抜擢されその準備に追われる。

その後教官としての仕事の為、EDEN星系近くの星に滞在。これらの間に、様々な講演会やメディアへの露出の仕事もしているのだ。人外的な体力がなければ勤まらない

そしてその人外的な体力でも、家に帰るまでの時間を作り出すことはできなかった。長男は二人と結婚し、子供も生まれた。次男も結婚した。ラクレットは年齢のこともあるが、そういう浮いた話もないので、一端家に帰ることにした。あと数年帰らなかったら、ものすごくうるさく言われるであろうし、帰れるうちに帰るのだ。

 

 

「そうですか……それでは仕方有りませんね、皆には伝えておきます」

 

「ああ、頼むよ」

 

 

ラクレットは、ふとエンジェル隊のメンバーのことについて思い返す。出会ってから3年と少し。彼女たちの背中を追いかけ続けて、ようやく並べるようになった。それでも追い抜かせたという自信はない。そんな彼女達が解散し伝説の存在になるのだ。

最後のムーンエンジェル隊。白き月の近衛という役目に縛られた古い慣習を完全になくす。その為に解散するのだ。今後紋章機を操る人員を集めたエンジェル隊を組織しても、そこにムーンという冠詞はつかない。新たな時代への改革であった。

胸に残るこの感情は寂しさなのか悲しさなのか。それは彼にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解散式はつつがなく行われた。さすがは軍人ともあって、堂々としたものであり、涙を見せるような雰囲気ではなかった。久しぶりに全員が集合した場所であったが、ミルフィーはすぐにAbsoluteにとんぼ返りする必要があった。ここにいる間完全に平行世界間の物流が止まってしまうからだ。

最近では一部の商会が輸出入を始めていた。EDEN製の製品をNEUEで売ることにはそれなりの制限がかかる。NEUE製の製品は珍しくはあるが基本的に性能が悪い。魔法の品などは貴重なために輸入ができない。そういった制限の中でも生き馬の目を抜く商人たちは逞しく通貨の交換を行っている。ミントもその中の一人だ。

彼女は、軍を抜けブラマンシュ商会のNEUE銀河支部長に就任した。親の七光りではない、実力でつかんだ彼女の立場であろう。今後民間側からのNEUEでの補給や支援はブラマンシュが行うことになる。

チーズ商会もそれに追従するようで、NEUEエンターテインメント発展部門という謎の部署を立ち上げ、部長に自ら就任したエメンタールは現地の風俗や文化の勉強をしている。今後も商会同士は二人三脚で行くのであろう。

 

軍に残る面々もフォルテ、ちとせを除けば今までの職務とはだいぶ変わってくる。ランファは、本格的にマジークに親善大使として滞在し、魔法について学びつつ、今後EDENに魔法使い、魔女が来たときにどういった法や規則を用意すべきかなどをまとめるのが仕事になるそうだ。個人が自らの力だけで逸脱した力を持つことができる為に、重要な仕事であろう。

ヴァニラは完全に研究員待遇でピコでの仕事に付く。廃れてしまったナノマシン技術を復活させつつ、古代の研究プラントを稼働させるようにと、皇国のナノマシン医師団の部下数名を引き連れて活動をするそうだ。

フォルテは、セルダールにて軍事学校の教官職に就任。叩き上げである彼女らしく現場にもきちんと重点を置きつつ、EDENにおける艦隊戦のノウハウを伝える仕事だ。エンジェル隊の訓練は彼女の管轄であったために、そこまで大きな差はないであろう。極秘だが、新生エンジェル隊を組織する際の短期集中訓練も彼女が行う予定だ。

ちとせは今まで通り、『エルシオール』勤務。EDENでの探索活動を行う『エルシオール』は最低1機の紋章機を搭載していないと危険が大きいのだ。半年後完成を控えた新型戦艦ルクシオールに、タクトやココが移籍してしまうため、そういった補充人員との連携の準備もすでに始めている。

 

それが彼女たちの今後であった。ラクレットは式が終わった後6人が楽しげに集まって話している様子を、少し離れた位置から見つめていた。

 

 

「皆さん、お疲れ様です……結局追い抜けなかったなぁ……」

 

 

ラクレットは思う。エンジェル隊より自分は強くなることはできなかった。エンジェル隊とは別の戦闘機部隊員として、彼女たちの下で戦ってきた。何度か思うときがあった。自分はなぜエンジェル隊ではないのか? と。

 

それはきっと自分が子供だったからであろう、あの頃の自分はまだ14歳で実力も局所的なものでしかなかった。経験もなく世間知らずな道化の様だった。

自分が男だったからであろう、あの頃はそういった慣習があった、性別は重要なファクターだ。

そして自分に力がなかったからであろう。あの頃の自分は、エンジェル隊のお助け要因のような、そんな助力しかできていなかった。

 

 

ならば、もしもだ。

もしも仮に『新生エンジェル隊』が結成されるとすれば、その中に自分が入れるであろうか?

 

白き月の女性信奉はなくなり、社会的経験を経て大人になり、銀河でも有数の実力をつけた。そんな今の自分ならば……

 

そこまで考えて彼は気づいた。自分が力を求めた理由、彼女たちと対等になりたかった理由。

 

結局は、エンジェル隊になりたかったのだ。ラクレット・ヴァルターという人間はどこまでも『エンジェル隊』というものを崇拝する人物だという事。

 

それと同時に、彼の心に一つの不安が残った。自分は新生エンジェル隊ができたときに、それを認めることができるのか。そんな疑問が彼の中を渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あら、ラクレットお帰りなさい」

 

 

数日間式典やTV番組などの取材に答えて(いままでありがとうエンジェル隊的なもの)ようやく本来の予定だった、帰省を済ませたラクレット。たまに通信で顔を見ていたものの、この家で会うのは3年ぶりの母親だが、反応は軽い。精々予定とは違う時間に帰ってきた息子を迎える反応だ。自立しすぎると子離れできないと聞くが、うちの親は子離れしすぎだなと、ラクレットは思った。

 

 

「疲れたよ、本当。オフで突然帰ってきたのに、港で地元の新聞社が待っていたとかね」

 

「あなたは本当に有名人ですからね」

 

「まーねぇー。そろそろ戦争の混乱もなくなったし、求人目的以外では露出無くなると思うけどね」

 

 

そんな会話をしながら、ラクレットは玄関ホールを見渡す。自分がいたころに比べて、少し明るくなっている印象を受ける。あの頃はまだ自分を主人公だと信じて疑っていなかったような頃だ。見え方が違うのは当然かもしれない。

 

 

「僕の部屋ってまだある? 」

 

「一応あるわよ、物は何もないけど」

 

「あー……」

 

 

ラクレットは14歳まで私物などほとんど持っていなかった。趣味であったジグソーパズルも完成させたら、家のどこかに飾られて家族の公共物になってしまう。本などもデータで入手できる。そして何より、『エルシオール』で暮らすつもりであったため、極力ものを持たなかった。

あの頃から変わらずある物は、既に小さくて体を丸めないと眠れないベッドに、机と椅子。そして、ギターだけであった。なお、いまだに彼はコードを抑えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、こんなものかな」

 

 

一応されていたが、数日のんびり滞在するために掃除を改めて行い。予想通り小さかったベッドを分解し運びだして、代わりのベッドを持ってきて組み立てる。着替え……と言っても軍服しか服を持っていないのでそれと下着だが、それをカバンからだし、一段落と息をついていると、小さな影が、半分ほど空いたドアからこっちを見つめていることに気が付いた。

 

 

「ラクレット、おきゃくさんきてる。はやくでる」

 

「あ、マリーちゃん」

 

 

ラクレットの姪、エメンタールの一人娘マリアージュだった。今年で3歳になる彼女は、少々おしゃまな娘であり、両親が仕事の為長期で家を空ける時でも、そこまで泣いたりはしない良い娘である。父親はおとうさま。母親はおかあさまと呼び、カマンベールはおじさま、ノアをおねえさまと呼ぶのだが、ラクレットは主に父親の影響によって呼び捨てである。それでもラクレットからすれば、かなり可愛い姪っ子であった。年が離れていることと、自分より下の親族がいなかったとことが大きい。

 

ともかく、マリアージュに礼を言って、部屋を後にした。彼女はそのまま祖母のところまでとてとてと走って行ってしまったので、転ばないようにと後ろから声をかけ、玄関を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには随分と懐かしい顔があった。

 

 

 

「英雄よ!! 援軍を求む!! 余は光の混沌により支配された!! 魔の職工により、契りを強要とさr……あー!! 閉めないで!! 閉めないで!! 普通に話す!! 本当に大変なんだ! 」

 

「サニー、君の話し方は、思い出したくないものを思い出させるから、本当に控えてくれ。2年半ぶりじゃないか」

 

 

サニー・サイドアップ 幼少時火傷した片目に眼帯をつけ、ゴスロリ衣裳に身を包んだ少女、いや、もう女性という年齢か。御年20になる彼女は、ラクレットのハイスクールの同級生であり、唯一の友人といって良かった。

あの頃は、改造制服に合うように、紫紺の髪は首の後ろで一つに束ねていたが、今はストレートとなり、黙っていれば、眼帯+ゴスロリ衣装に身を包んだ美少女コスプレイヤーに見える。そんな彼女であったが、非常に焦っていた。

 

 

 

「ああ、久しぶりだ。TVとかでよく見ていたが、本当に大きくなったじゃないか。それにだいぶ……そう、大人になった」

 

「まぁね。戦争を経験したからってことにしてくれ」

 

 

ラクレットは自室ではなく、応接間にサニーを通しお茶の用意をして向かい合うように座った。彼女は少し落ち着いたのか、その間に冷静にどうやって説明するか考え込んでいた。

 

 

「それで? どうしてここに? 」

 

「ああ、友人が新聞社に居てね、君が帰ってきたことを知らせてくれたんだ」

 

「なるほど。聞き方が悪かった、何の用でここに? 」

 

 

ラクレットのその言葉に、サニーは重たい口を開いて状況を説明しだした。

 

 

「祖父のつてで紹介された人とお見合いをすることになったんだ……」

 

「あー、うるさかったもんな、オマエの実家。お祖父さん退役軍人だったっけ? 」

 

「そうなんだ。でも、僕には、その……」

 

「ソルトさんな。あーもう付き合ってたり? 」

 

「実はまだなんだ……」

 

「あー、なんかごめん」

 

 

サニーの実家は、愛娘であるサニーに対して結婚しろと、ハイスクールの頃からうるさかった。たちの悪いことに、結婚するならば、べつに相手の家柄は問わない、だからとにかく孫の顔を見せろというスタンスだったのだ。

サニーはそれが嫌で自分の世界に引きこもり、中二病、というか邪気眼を発症させたのである。その気になれば、ナノマシン医療で火傷の跡など消せるのだが、彼女的にはあえて残している。その方が格好良いというのもあるが、もう一つ大きな理由がある、それがソルトだ。

サニーの幼馴染のソルト・ペッパーは、彼女の火傷が原因でいじめられた時に、彼がそれを気にしないで、庇ってくれたという何ともテンプレな過去を持つのだ。結局それが原因であとは『お察し』な感じだったのだが、中二病キャラをしているために、進展がなくずるずると、今更やめることもできずきっかけがつかめないままでいるという残念な関係なのだ。

 

ラクレット的に、こういう関係の二人が、片方お見合い話が出た場合、一悶着あってくっ付くのがお約束だし、そうなったのだろうと思っていたのだが

 

 

「それが……実は……」

 

 

サニーの話をまとめるとこういう事である。

 

サニーはお見合いが決まったと、ソルトに相談した。今まで見合いの話は蹴っていたが、祖父がコネを使いこぎつけたと豪語していたために断れなかったのだ。その相手が驚くことに、有名な軍人であり少しミーハーなところがある彼女は、「会うのが楽しみだ」と言ってしまう。もちろん楽観主義というか、悲観的な状況から目をそらした逃避的発言であり、当然断る気満々であった。しかしソルトは『お見合いに好意的だと』勘違いしてしまう。勝手にすればと冷たい発言を残して連絡拒否。途方に暮れて明後日に迫ったお見合いの為に出発の準備をしていたところでラクレットが帰ってきたのだ。

 

 

「普通に断ればいいじゃないか、ミーハー根性だけで会う位ならさ」

 

「それが、先方はすごく多忙な方で、今回時間が取れたことも奇跡に近いんだ」

 

「だから、ドタキャンでいいじゃないか」

 

 

ラクレット的にはもうどうせ、

『この後ソルトが僕の帰省を知ってやって来て、お前の友人のサニーが~~とか言って、僕のつてを使って、宇宙船を用意してお見合い会場に乗り込むことに協力させられる。その後『卒業』的にサニーをさらって、二人は幸せなキスをして終了』

なんだろとか考えていたのだ。割と投げやりだった。移動と掃除で疲れているのだ。

 

 

「それがその……私……いま……家事手伝いで……」

 

「……行かなかったり、意図的につぶしたりしたら追い出されると? 」

 

「ハイ、そうです。すいません」

 

 

ラクレットはため息をついた、自分だって親の金と親族の金が頭痛くなるくらいあるが、自分だけでも頭のおかしいくらい稼いでいる。それを目の前の同級生(20歳 女性 独身)はニート暮らしで無収入という。

 

 

「君ねぇ、まさか、永久就職しか考えてなかったけど、卒業の後告白しようと思ったら勇気が出ず失敗。そのままフリーター生活を続けて趣味に生きつつ、友人以上恋人未満の関係のままずるずる。でも花嫁修業はしているから大丈夫とか考えてないよね? 」

 

「さ、さすがに違うぞ!? ただ……その……火傷を直さないと就職でとってくれなかったし……君を見ていると、その、自分にも向いた職があるんじゃないかと思ってしまって……資格とかは沢山持ってるんだぞ!! 」

 

「ハイハイ、いいから。それで君はどうしたいの?」

 

「その、相手は軍人……というか、君も知っている人だと思う。だからそのせめて成立しないように、相手のダメなタイプとかを聞きたいんだ」

 

 

もちろん、ヴァルター的 けんりょくぱわぁ に期待していなかったわけでは無いであろう。それでもサニーは藁にも縋る思いでこの場に来たのだ。

 

「へぇ、誰だい? 」

 

「ああ、それが、叩き上げで人員不足だったとはいえ前線で佐官まで行った祖父の元戦友の教え子の中で一番優秀だった人で、今では『エルシオール』のクルーで優秀なブレインとしてサポートしている人なんだ。本人があまり目立たないせいで世間的な知名度は低い。それでも興味がある人なら知っていて当然、いや彼無くして先の戦役は────」

 

「……あー、うん。サニー」

 

「な、なんだい? 」

 

「たぶん、何もしなくても大丈夫だそれ」

 

 

ただ一つだけわかったことは、ラクレットは、この休暇も面倒事に巻き込まれてしまったという事だけであった。

 

 



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空白期7 415年

 

空白期7

 

 

 

お見合い当日、なんだかよくわからないうちに、護衛として雇われてしまったラクレットは、サニーに同行することになった。まあ、半分以上は、サニーの祖父と同じ仲人のようなものだ。そう自分に言い聞かせる。

サニーはさすがに実家から待ったがかかったのか、普通の令嬢然とした服だ。ヴァルターの家には及ばないものの、彼女の祖母はクリオム第11星の大地主であり、非常に広大な広さの畑を有しているのだ。故にそこそこ良いところの御嬢さんでもある。

そんな彼女はせめてもの抵抗か、黒を基調としたワンピースである。お見合いに黒を着ていく彼女が、二重の意味で気が進まないというのを現しているのだが、ラクレットは今日の相手がそこまで気付く人なら苦労はしてないのにと密かに思っていた。

 

 

「サニー、そう言う格好も似合うね」

 

「そ、そうかい? うーん、ボクとしては、あまり可愛いのも困るのだがね」

 

「口調がそのままなら問題ないと思うけど」

 

 

そして同時に、そう言った彼女の格好を素直に可愛いと感じていた。そして同時に気づく。異性のことを純粋に可愛いと感じたのはどれくらいぶりなのだろうか? と。エンジェル隊には、美しいといった印象が強く、ヴァニラやミントに対しても、可愛いというよりも、可憐だ(彼の中では微妙にニュアンスが違う)といった感想だったのだ。他の周りの女性は、須らく年上であり、可愛いというのは失礼にあたる人が多かったのだ。

というか、ナチュラルに友人に対して可愛いといえてしまう自分に、割と戦慄していたのだった。おそらくタクトやエメンタールの影響であろうと、彼は冷静に分析する。実際には、割と情熱的な人物が多いヴァルターの血の影響も多々あるのであろう。

祖からして、種族の差がある愛であり、父は半場駆け落ち、幼馴染と見受けした年上の女の二人の妻を持つ長兄はともかく、10は離れた少女に対して積極的にアプローチをかけている次兄もいるのだ。

 

そんなことをしているうちに、会場としているこの周辺の星系の中でも最も有名な店の一つであるレストランに到着する。人工的に作られたステーション丸々一つの店となっており、宇宙に浮かんでいる様はアニメ版でたまに見るタイプの店だ。

あまりこういった所に来なかった故に、感慨受けているラクレットを尻目にサニーは店内に祖父を伴って入店していく。それをラクレットは外で見送ることにした。

 

 

「つ、ついて来てはくれないのかね? 」

 

「うん、部外者だし、大丈夫だって確信も持てたし」

 

「本当に平気なのだろうね!? 」

 

「まあ、レスターさんは、女に興味ないって言われるくらいだからね」

 

 

確信した理由はそれだけではないのだが、納得はされないであろうからそう誤魔化す。この後ラクレットは、既に自分が何時帰ってもいいように、宇宙ハイヤーを呼んでいる。この中で適当に時間をつぶすつもりだ。1日丸々契約したのである。

 

 

「そ、それじゃあ行ってくるよ」

 

「頑張れよー」

 

「う、うむ」

 

 

終始緊張しっぱなしで会った、サニーを見送り、ラクレットはかなり広いドックの中で先ほどから意識の端に引っかかっていた存在の方へ向かう。既に習慣となっている、新たな場所に付いたら周囲を探るという漫画的行為の際に、見事に引っかかり見つけたのだ。

 

 

「どうも、ココさん、アルモさん。偶然ですね」

 

「ラクレット君!? 」

 

「久しぶりねー」

 

 

『エルシオール』に搭載されているシャトルと同方の機体を見つけて、警戒していたのだ。案の定というべきか、ココとアルモのブリッジクルーの二人がその場所にはいた。

話を聞くと、彼女たちはレスターが先の解散式典の後、ここの近くの軍事衛星で補給を受けている間に、非常に珍しいことに休暇申請をしたので、面白そうと思い、こっそりレスターに隠れてついてきたのだ。

実際今のエルシオールは特に仕事がないので問題はないのだが、人の尾行の為に一日潰せるのはすごいなぁとラクレットは変なところに感心していた。

 

 

「レスターさんがなんで今日ここに来たのか知っているのですか? 」

 

「それが全くよ。いつもの服じゃなくて、儀礼用の軍服で出かけるから、お偉いさんとの会見でもするのかと思ったら、おしゃれなレストランじゃない? 」

 

「このお店はちょっと私達には敷居が高くて」

 

 

どうやら、レスターが来た目的は知らないようだ。どうするか悩んだのだが、観察とありえないだろうが万が一のフォローもかねて、店の中に入るのはアリなのであろうか? そんなことを考えているラクレットとは裏腹に、ココとアルモはちょうど良いとばかりにラクレットを引っ張って店の中に入ろうとしていた。

 

 

「じゃあ、行きましょうか? ラクレット君たぶん大丈夫だと思うけど、足りなかったらお会計宜しくね」

 

「ちょっと、ココ! 流石にそれは……」

 

「お二人にご馳走するのは構わないのですが、店に入るとお見合い中の二人に邪魔になると思うので、ここで待っていませんか? 」

 

「え? お見合いですか? 」

 

「えぇぇぇ! 副司令がお見合い!? 」

 

 

目を輝かせるココと、驚きのあまり大声で叫んでしまうアルモ。そんな二人に事情を説明しながら、ラクレットは、サニーがうまくやっていることを祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、レスター・クールダラスと申します。職業は第一方面軍所属の軍人で階級は中佐です」

 

「サニー・サイドアップです、よろしくお願いします」

 

 

レスターは正直、このお見合いなんぞ受ける気はさらさらないと、自分の中で言い聞かせるくらいであった。運が良いのか悪いのか、上や下から働き過ぎなので休みをとれと言われ続けていたこと。その為ちょうど『エルシオール』の補給及び整備中の日程に休みを入れていたこと。そして、恩師であるルフト宰相から話をするだけでも良いと言われながら懇願されたこと。その3つが重なり、こうして目の前の女性と会いまみえることになった。

 

女性の美醜には非常に疎いと自覚のある彼だが、目の前のサニーはそんな彼から見ても十分魅力的な女性であろうと判断できるものであった。目の火傷を眼帯で隠しているが、自分も眼帯をしているので、その件については何も言えない。華奢な体に、繊細な印象を受けて、周りにいる女性達とはだいぶ違うものだなと感じたのだ。

 

そんな彼だが今日の見合いの成否と彼女の印象は一切の関連性を結ぶつもりはなかった。有体に言えば、断る気満々である。確かに両親からも無事に就職し、世間に貢献するような功績も上げ、あとは結婚して子供を授かるだけだと言われているし、これは恩人であるルフトが用意してくれた場である。加えて目の前の女性に対する不満は少なくとも外見と態度からはない。よくいる自分のどうやら女性受けするであろう外見と、地位や名誉に給与を目的で言い寄ってくる一山幾らの女性とは違った。

 

それでも、内面から感じる覇気というか、確固たる意志のようなものがないのだ。エンジェル隊を筆頭に、『エルシオール』のクルーにはそういった強固な目的意識のようなもので、強い結びつきがあったとレスターは思う。

崇高な任務と言えば大げさだが、負けられない戦いをしているという自信が、末端のクルーに至るまで精神を輝かせていた。前にラクレットにそういった『何か』を感じないか話を振った時に帰ってきた、『潜ってきた修羅場の差』という回答は、なる程強ち間違っていないものなのかもしれない。

レスターはそう言った強い意志をサニーに対しては感じられずにいたのだ。元々乗り気でなく、相手の女性に恥をかかさずに、穏便に断るつもりであったが、その思いを強くしただけであった。

 

 

 

そんなことを考えながらも、簡単なプロフィールの交換をしあうと、先方の祖父と見られる人物が退席し、二人だけになる。ここは予約が必須の席であり、周囲からはインテリアなどで少々隔絶されているのだ。近くにあるガラス張りの壁からは、近隣の星々の輝きが見え。常に素晴らしい景色を眺めながら食事がとれることがこの店の魅力である。

 

 

「あの、改めまして、その本日はありがとうございます」

 

「いえ、構いません。元々休みにすることもない身です」

 

「……その実は私、クールダラス副司令のその……ファンでして……」

 

「自分のですか? マイヤーズや、ヴァルターではなく」

 

「はい、そうです。もちろん英雄達も尊敬していますが……」

 

 

ラクレットがいたら、このような状況で切り出すサニーに呆れていたであろう。事実レスターもかなり驚いている。自分は神輿になるのは面倒というか向いていないので、それを担ぐ方が気が楽だという人物なのだ。と彼は評価している。故に今までも極力公の場や、前に出ることはなく、補佐に徹してきたのだ。それなのに、目の前の女性は、自分のことを知っているという。どうやら、軍事方面に関して造詣の深い女性らしい、ならばとレスターは話を切り出してみる事にする。

 

 

「それは光栄です。しかしどうして自分の事を? あまり有名だという自覚はないのですが」

 

「その、私はラクレット・ヴァルターの同級生なんです。ハイスクールが同じでした」

 

「それはすごい偶然ですね」

 

 

レスターは素直に驚く。しかし同時に納得もする。ラクレットはレスターの記憶が正しければ、クリオム星系でハイスクールを飛び級で卒業している。彼よりは年上のこの女性も彼と同級生であることはおかしくない。そしてラクレットが身近にいるのならば、友人の活躍を調べる過程で『エルシオール』の詳細に行き着くのも、疑問を持つ流れではなかった。

もちろん心のどこかで、都合のよすぎる状況であると断じて、サニーが何かしらの勢力から送り込まれた間諜である可能性を考慮し始めた。極々低い確率であるが、用心深い彼の性である。

 

 

「はい。ですからその……サインと握手をお願いできませんか? 」

 

「構いませんよ」

 

 

サニーの要望に応えて、手を差し出すレスター。恐縮しながらもサニーは手を伸ばしレスターの手を握った。お互いがお互いとも想像通り対極な手だという感想を持っていたのだが、もちろん口にはしなかった。

その後は、先の戦争に関する詳細は兎も角、主にラクレットの事について話す二人。共通の話題というか、共通の知人がいると、話が弾みやすい。その知り合いが突飛な人物であればなおさらだ。

1時間半ほどの間、最初に頼まれていた料理を口にしながら会話をしていると、ふとした拍子にお互いの会話が止まる。

 

こういった場合は、会話をとぎらせないようにすべきと、人心掌握の本で読んだことがあるなどとレスターは思い出しながらも、雰囲気を察してあえて何も口にしないことにする。

すると案の定サニーは意を決したかのように、膝の上で手を握りこむと顔を上げてまっすぐ彼の目を見て向かい合った。

 

 

「あの、クールダラスさん。今日は本当にありがとうございました。ボ……私はその、色々尊敬する人からお話が聞けて楽しかったです。ですが……その。今回のお見合いそのお断りさせていただいてよろしいでしょうか? 」

 

「それは構いませんが……理由を伺っても?」

 

 

彼的には問題はないどころか、歓迎すべきなのだが、一応は向こう側が中心に立っての席だ。お互いが納得の上ご破算になったほうが向こうにも角がたたないであろう。もちろん自分が泥を被っても良いとは思っている。なにせサニーはレスターにとって、守るべき一般市民の一人なのだから。

 

 

「はい、その私……いえ、ボクには好きな人がいるので。この席も祖父がどうしてもというのと。一度お会いしてみたかった、クールダラスさんだったから受けることにしたんです」

 

 

一先ずレスターは黙って聞くことにする。一人称が変わり雰囲気が変わったことを察してであるが、彼女の雰囲気にのまれたというのが大きかった。

 

 

「ですが、その、やっぱり駄目ですね。住む世界が違います。ボクなんかとは、すごく。強い決意というか、使命があるんだなぁって感じました。だからその、ボクも自分に素直になりたいと思いました。その人は、ボクにとっては大事な人で、でもボクの事を好きでいてくれているのかはわかりません。だけど、思いを伝えたいと今日クールダラスさんとお話していて強く思ったんです。今日はわざわざ来ていただいたのに何もできず申し訳ありませんでした」

 

 

一呼吸で早口にそこまで言うと、サニーは頭を下げて謝意を表した。レスターは先ほどまで感じていた。儚げな印象が払拭され、周りの女性と遜色がない、強い意志を持った女性に代わったことに驚きつつも、顔を上げさせる。

 

 

「いえ、謝るならこちらもです……いや、こちらこそ謝罪すべきだな。角が立たないように断ることだけを考えて、君を見ていなかった。失礼ながらその辺の有象無象と同程度の扱いだった。もし、これが勝負事だったならば、不意を打たれた俺の負けだな」

 

「フフ、それならボクは英雄の右腕を破った初の民間人ですね」

 

「まさか、最初に負けるのが、こんなに綺麗な女性だったとはな。俺もまだまだ精進しないとな」

 

 

冗談めかしてそう言うサニーにレスターも皮肉気ながら笑みを浮かべつつそう返す。自然と二人の間に温かい雰囲気が生まれていた。

 

 

 

 

 

「一人で帰るのか?」

 

「ええ、祖父は気を利かせた何なのか、近隣の知り合いの所に行っていますので。このまま帰って、好きな人に気持ちを伝えてきます。端末は着信拒否されちゃっていますから。レスターさんが背中を押してくれた勢いを殺さないうちに」

 

「そうか、サニー。君の未来に幸運を祈るよ」

 

「ありがとうございます。それでは」

 

 

レストランの入り口でそう別れを交わすレスター。男性として最後までエスコートしないのは失格であろうが、彼女の背中を見つめながら改めて彼は思った。

 

 

恋というのは素晴らしいものだと。

 

 

そんな彼の視界の端に見知った人影が3つほど引っかかる。

 

 

「ん。どうした、こんなところで? 」

 

「どうしたもこうしたもありませんよ!! 」

 

 

お見合いの最中ずっと気が気でなく、ラクレットから詳細を聞き出そうとしたり、レストランの中に入ろうとしたりしていたアルモは限界が来たのか、思わず詰め寄ってしまう。それをまぁまぁと諌めつつ、ココが用意していた言い訳を口にする。

 

 

「私たちは買い物の帰りがてら、レスターさんがここにいると聞いてきました」

 

「そうか、ラクレットは……いいのか? 」

 

 

レスターはすんなり納得すると、すれ違いざまに、サニーと一言会話を交えたラクレットにそう問いかける。

 

 

「ええ、元々ボディーガードという名目で立っていましたからね。花嫁泥棒ならぬお見合い泥棒が来ないようにと」

 

「そうか」

 

 

レスターは小さくなっていくサニーの背中を見て、彼女の恋がうまくいくように小さく祈ることにした。信心なぞ命の足しになるならいくらでも捨ててやるし、祈ってやるという彼ではあるが、久方ぶりに純粋にそう思えたのだ。

 

 

「よし、アルモ。これから飯でも食いに行くか。俺が奢ろうじゃないか」

 

「え? 今食べてきたんじゃ? 」

 

「正直食べた気がしない量しか出なくてな。食べたりないんだ」

 

 

それは事実であろう。軍人で男性なレスターは過渡期を抜けた今はきちんと健康的な食生活をしており、それなりの量を筋肉の維持のために摂取しているのだ。

問題なのは、声をかけたのはアルモに対してという事だ。もちろん顔の方向からして、一番近かったアルモに声をかけつつ、ココとラクレットにも同意を求めているのがわかったのだが。

 

 

「すいません、副司令。私はこの後ラクレット君と約束があるので、アルモと二人で行ってきてください。アルモは暇だと言っていましたから」

 

「え!?」

 

「えぇ?」

 

「そうか、よしアルモ、この辺に上手いラーメン屋の宇宙屋台があるんだが……」

 

 

ココの言葉に素早く反応し我に帰れたのはレスターだけであった。さり気無く彼基準では問題にならないように、アルモの肩に手を置いて向き直らせて、『シャトル』バス乗り場へと歩いていく。それを見送るラクレットとココ。この頃にはさすがのラクレットも出汁に使われたことを自覚した。

 

 

「ラーメン屋台って女性的にはあまりよろしくないと思うんですけどね? 」

 

「まあ、それでも今夜アルモからのろけ話を私は聞かされるのよね。ああ、明日の朝になるかも」

 

 

ぼそりとつぶやいたラクレットの言葉をきちんと拾ってくれるココ。まあ、アルモの応援のために使われたのならば問題ない。実際に最近お金を使わないといけない使命感に囚われているラクレットからすれば、奢るのも問題ない。

額が大きすぎて、下手な星に拠点を作ると経済活動に支障が出かねないのだ。結局1年ほど後に面倒なので、EDEN内の無人の星やアステロイド帯の権利を買いあさり、全てを女皇陛下に献上するのだが。閑話休題。

 

 

「今日明日でどうにかなる関係でもないでしょう。帰りが遅くなって外泊になっても、アルモさんがへんに意識して空回りする未来が見えます」

 

「あら? ラクレット君、恋話結構行ける口なの? 」

 

「そうですねー……」

 

 

ココの疑問にラクレットはここ最近の出来事を思い返しながら、自分の事を考え直す。初恋の人が結婚して、唯一の異性の友人がお見合いをした。尊敬する副司令もどうやら心境の変化があった様子。そんなことを思っていると自然に口が動いた。

 

 

「いいなぁ、恋って。僕もまたしてみようかなぁ」

 

「また!? 確か、エオニアの乱の頃聞いたときには、初恋もまだだったよね、ねぇ、お姉さんに教えてくれない?」

 

「えー……割と国家というか、銀河的な機密に抵触しちゃうので……」

 

「スリリングな恋!? いいじゃない! 」

 

「まぁ、詳しい事はご飯でも食べながら、奢りますよ。なんならこの店ででも」

 

 

ラクレットは、少し詰め寄ってくるココを上手くあしらいながら、最近届いた、自分用にチューニングされたVチップ付きの汎用端末から、近隣の飲食店を検索しつつ、宇宙ハイヤーに足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度時を同じくして、重大な知らせが立て続けにEDENに届いた。

NEUEにて、紋章機と見られる大型戦闘機が、各地で数機発見された と。

新たな天使たちの翼、それは新たな戦いの兆しか、それとも……

 

 

 

 

 

 



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空白期8 415-416年

ラクレットさんへ

 

リコです。ご無沙汰しています。最近は忙しくてお返事できませんでした。私もついに任官しました。いきなり少尉になるそうです。士官学校の予備学校に通っていたのに、いきなりで驚いています。ラクレットさんはご存知だと思いますが『例の件』だそうです。

 今は正式な所属の為に訓練を受ける予定になっています。NEUEのセルダールという所で高名な教官に教わるそうで、今からついていけるか心配です。

 ラクレットさんは、つらい訓練を乗り切るコツとか知っていますか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紋章機

元の定義は『翼の紋章が印された、大型戦闘機。クロノストリングという未知の基幹を搭載した超高性能機体であるが、H.A.L.Oシステムによる適性が必要とされる為に、専属のパイロットが必要になる機体』である。

この定義は時間が経過するにつれて、クロノストリングエンジンを搭載した戦闘機。になっていく。その為当初はラクレットのエタニティーソードも紋章機とされていたのだ。

 

しかし技術的進歩およびサルベージや復活が進むにつれて、厳密な定義の方がより広く知られ認知されるようになった。その為新たな紋章機というのは理論上発見されることはないとされていた。7号機(決戦兵器)と6号機(シャープシューター)は白き月のサルベージによるもの。これ以上はないと考えられて当然であろう。

 

しかしそれが覆されたのだ。現在進行中の人造紋章機製造計画通称HB計画とは別にだ。そう、NEUE世界において、4機の紋章機が確認されたのである。実はかなり初期の内に1機の機体が確認されていた。しかし、紋章のようなものはあったものの、確証はなかったのだ。しかし今回、中心的な星セルダールからは、『RA-002 イーグルゲイザー』。ナノマシンの星ピコからは『RA-003 ファーストエイダー』。魔道惑星マジークで発見された『RA-004 スペルキャスター』。この3機と同様の紋章が描かれていた機体。『RA-001 クロスキャリバー』この4機をもって、RAシリーズとされ、GAシリーズに代わる新たな紋章機。EDENではなくNEUEの紋章機とされた。

 

 

「これは新たな戦いの兆しでしょう」

 

「真なのか、エメンタールよ」

 

「ええ、私の予見にそう出ております」

 

「うーむ……」

 

 

紋章機が発見された当初、NEUE側もそれがEDEN側の超戦略級の兵器だという事を理解し、自分たちの手には余るものとした。その為、軍で厳重な管理をして、NEUEの為に運用してくれるなら。という条件を付帯し全面的に10年ほどの契約でEDEN側に貸し渡したのだ。

『エルシオール』と本気になったエンジェル隊とラクレット。これに補給のための船数隻に占領地を維持するための戦力があれば、EDENはNEUE銀河を容易に占拠できるほど軍事力に差があるのだ。今更であった。

EDEN側も、どうせならば、なるべく適性の合うものをNEUE側から選考してほしいという条件に最善を尽くし、適合物を探したのであるが、それはまた別の機会に。

 

現在、その紋章機をどうするかという話であった。女皇と宰相を筆頭に政府の重鎮で構成されているこの会議に、なぜか参加している珍しい人物。それがエメンタール・ヴァルター。肩書はテクニカルアドバイザーであった。

彼は今EDENで唯一の魔法使いである。

 

商会長という役柄から、NEUEエンターテインメント発展部門部長になり、現地の風俗を学んでいる間に、魔法使いに目覚めたというのが筋書であり、非常に珍しいケースであった。

マジークの魔法形態とも違い彼自身が使う『異常なまでに戦闘に特化している魔法』はマジークに術式提供され、マジークの名誉A級魔法使いの称号を得た彼は、知識人ならばもはや銀河中で知らない人がいない伝説的な存在になっていた。

 

もちろん、怪しまれない程度に勉強した後、習得していた魔法を案内していた現地の付き人に披露しただけだ。エメンタールという存在の役割遂行のための一環である。

 

そんな彼が、あたかも『魔法で予知しました』といってしまえば。魔法的には未熟なEDENからすれば信じざるを得ないのだ。実際皇国の有名な自称他称問わずの『予知能力(プレコグニッション)』所持者も同じような終末論を、口をそろえて唱えているのももちろんあるが。

 

 

「私個人の意見ですが、新生エンジェル隊は結成すべきです。主戦場は『再誕した理想郷』NEUEになるでしょう。現地人を主体とした搭乗者で構成しろという向こうの意見にも合致します」

 

「そうだな……だが、エメンタールよ。あまりにも都合がよすぎないか? エンジェル隊を解散すれば、NEUEの紋章機シリーズが発見され。新たな戦いと災いが予見された。その場所もNEUEだ。まるで其方の商会のアニメーションのような筋書きだ」

 

「我が商会の作品をご覧いただき有難く存じます。ですが、恐れながら女皇陛下。あのヴァル・ファスクすら隷属せざるを得なかった、先進文明の上位存在は、痕跡こそあれど発見されておらず。加えて我々の技術力でも理解不能なAbsolute関連の技術があります。そういった存在の遺物が未知の勢力に渡るなどは非常に考えやすい事態です。この国でも同じことが起きました故に」

 

「エオニアか……」

 

「はい、EDENとNEUEは平行世界。古来の言葉の意味では、鑑写しの世界という意味です。そういった点から考えればおのずと……」

 

 

尤もらしくエメンタールがそう告げる。会議の場の雰囲気は完全に彼に飲まれていた。まるでそう決まっているかのように。

この後1時間もせずに、新生エンジェル隊の結成および、新造艦ルクシオールの格納庫をRAシリーズに合わせて改造する旨が描かれた書類に女皇の印が押された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リコちゃんへ

任官おめでとう。『その件』についてはまあ、僕の所にはさすがに来ているよ。こういった立場だし色々ね。ちゃんと学校に通って士官になったわけじゃない僕としては、あまりえらいことは言えないけれど、今後任務で一緒になった場合はお互い全力を尽くそうね。

訓練に関してはまあ、自分が成長している喜びをかみしめるのが大事かな。

任官で思ったのだけど、任官のお祝いをあげなきゃいけないね。何か欲しいものはあるかい? 嫌な話だけど、お金で買える物だったら何でもいいよ。リゾート惑星丸々は無理でも、ひと月貸し切り位ならできるし。お互い行く暇なんてないだろうけどね。』

 

 

 

 

 

ラクレットによる訓練を受ける訓練兵が『まとも』に育つのかと尋ねれば、苦笑いをしながら肯定をするか、怒りか恐怖を現しながら否定する。の二択であろう。実力人間性共に、軍人として最低限節度をもったものになるであろう。しかしまともの範疇に実力が収まらず、異常なまでの性能になり、軍隊向きではないスペシャリストになって戻ってくるのである。

 

卓越した状況把握能力を持ち、指揮システムを操りつつ敵艦の主砲に攻撃を当てるジンジャー・エール

神速の如き突撃を得意とし、5隻の巡洋艦の猛火を掻い潜り攻撃するコーク・C

柔軟な発想で、変幻自在に機体を操り敵の裏を突くビオレ・ドーフィン

冷静な判断力を有し、シミュレーターで類稀なる生存率を誇るラムネ・マーブル

あらゆる方面で優れており、ラクレットの良い所だけを受け継いだロゼル・マティウス

 

この前丁度エンジェル隊の解散式と同じころに行われた模擬戦では、全皇国の5機1チームの戦闘機部隊が一堂に会した大規模なものであったが、彼らに勝てるチームは存在しなかった。

平均年齢18歳弱の訓練兵がである。もちろん機体性能もあるが、彼らが平然と行えると師から学んだものは、たいていの部隊において、エースがかろうじてできるかもしれないものであった。そもラクレットの機体コンセプトが冗談のようなものなのだから、仕方がないと言える。

 

そんな訓練を受ける中、ロゼルが1週間ほど実家に帰省していた。急なことであったが不思議なほどに反対されることはなく、訓練も特別任務扱いで休みどころか別単位が来るといった異常なまでの待遇での突発的な休みであった。

戻ってきたロゼルを囲む4人の同期は、彼の疲れたそして弱った瞳を見て事情をなんとなく悟った。そしてそれは、ロゼル自身の言葉によって、より肯定された。

 

 

「妹の葬儀だったんだ……明日から復帰する」

 

 

ビアンカ・マティウス。齢12の少女。その人生の幕が閉じられるには早すぎる年齢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の訓練。ロゼルはいつもと一切変わらないパフォーマンスを見せた。事情を知る同期が先にラクレットに対して伝えて居た為、彼の方でも若干注意を払っていたが、顔色が悪く寝不足であろうことと、泣き腫らしたのか目の周りが腫れていることを除けば、普段の彼そのものであった。

 

 

「ロゼル、本当に大丈夫なのか? 」

 

「ああ、教官。ええ、長くないのは、心では否定しましたが、頭のどこかではわかっていたんです。この前機体を貸していただいて、夢を叶えてあげられただけでも、僕は満足ですから。ありがとうございます。」

 

 

訓練の後、自室にロゼルを招き、会話を切り出したラクレットに返ってきたのは、そんな感謝の言葉だった。ラクレットは、ロゼルが強がっているのではないかと訝しんでしまう。仕方のないことであろう、肉親を失ったことなどない彼だが想像しただけで、辛いようなことだ。しかもロゼルはかなりの愛情を彼の妹に注いでいた。彼にとって最も大切な存在だったに違わないのだから。

 

 

「それでも、肉親の死は辛いものだろう。僕は体験したことないが辛いことは無理にため込むべきじゃない」

 

「……そうですね。ビアンカがいなくなったと思うのは辛いです。ですが、僕はそう思えないのです。彼女はどこか遠い所で僕を見守ってくれている。そう感じるのです」

 

 

ロゼルはそう言って、首からかけていたロケットを開く。中には金髪の少女の写真が入っており、ロゼルが操作すると、ホログラムが浮かび上がった。そしてそのホログラムが微笑み、ロゼルに向かって話しかける。

どうやら過去の映像を見せてくれる録画媒体のようだ。そういった機器に疎いラクレットが感心していると、ロゼルはビアンカの言葉が途切れたところで、そっとロケットを閉じた。

 

 

「これは映像ですが、ビアンカがこうやって僕のそばにいるような、そんな気がするのは本当です。まるでそう神に選ばれた聖人のような気分です」

 

「……危ない変な宗教にはまってくれるなよ」

 

 

どうやら本気で言っているようで、ラクレットはそう返すことしかできなかった。彼が本当に寂しさやむなしさを感じていないのだとすれば、変に掘り返して蒸し返すのは良くないであろう。現にロゼルは呼吸の速度が落ち不規則になり、少し眠そうにしている。寝不足が解消されようとしているのであろう。既に精神は平常運転のようだ。

 

 

「ああ、もう似たようなのには入ってますよ」

 

「え? そ、そうなのか」

 

「はい、旗を折る英雄を讃える感じの宗教です。それはもう精力的に活動しています」

 

「ん? ああ、そうか。金は払うなよ。それと困ったら言えよ」

 

「はい」

 

 

違和感を覚えたが、精神衛生上関わらないほうが良いと判断しラクレットは会話を打ち切ることにした。

ロゼルは次の日から一切変わらない様子を見せる。それでもたまに思い出したように、妹の写真を見つめているが。彼がそうなった理由を知るのはずっと後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

訓練校に入った時には15から17歳だった彼らも2年経過した今では一端の戦士になっている。3年の予定だったこの訓練期間も、彼らの成長速度と予定よりも早く終わった機体の製造により、半年繰り上げされる予定だ。

そう、彼らも順調に成長を重ねたのである。

 

 

「それじゃあ始めようか。制限時間なし、ハンデなし。戦闘領域は40万四方。場所はNowhere設定。機体リミッターはお互いになしで。準備はいいかい? 」

 

「…………」

 

「うん、良いみたいだね。みんなすごい集中力だ」

 

 

上官であるラクレットの問いかけに答えない。訓練兵としてはかなりの問題行動だ。しかしながら、彼等は今精神統一によるセルフマインドコントロールをしている。一種のイメージトレーニングでもある。彼らが共通して行っている事それは

 

 

「もちろん、お互いの特殊兵装の使用は無制限だ。テンションゲージは標準設定」

 

「────っ! 」

 

 

エタニティーソードの特殊兵装を打ち破る自分の姿だ。普通の人は想像するだけなんて容易いと思うであろう。しかし考えてみてほしい、現実に直何か問題が発生した場合に、解決した後のんびりしている自分は想像できても、問題を解決する過程を想像できるというのは、即ち問題に対する対応力と解決策を導き出すものであり、立派な能力である。

 

彼等にとってコネクティッドウィルは、絶対に回避できない絶望的な困難なのだ。しかしながら彼等はそれを乗り越える必要がある。今回の敵は本気のラクレット一人。対して彼らは5人。補給がない短期決戦の条件ではどちらが有利か一目瞭然だ。これで勝てないのはおかしいのだ。

 

 

「それじゃあ行くよ。第13回非制限演習開始! 」

 

 

ラクレットのその言葉と共に、機体が『何も無い』空間に浮かび上がる。シミュレーターによるものだ。障害物が一切なく戦略ではなく個々の腕を重視する演習であるのだ。

 

 

ラクレットは小手調べにと、2万キロ離れた敵集団に最初から接近を試みる。敵はこちらの接近には当然気づいているであろうが、レーダーで確認すると1機がこちらに先行している。もちろんラクレットは敵が小隊編成を組んで接近していることを理解し、最初からやる気かと思い迎え撃つ心算で接近する。

 

 

「へぇ……ロゼルとジンジャーが両翼か。何か考えているかな」

 

 

戦闘形態でもカメラによる目視が可能になると、ラクレットは敵の陣形を確認した。どうやら四角錐を縦に押しつぶしたような陣形のようだが、ポジションがいつもと異なる。ラクレットはその事実を頭に入れつつ、ひたすらに一番近い先頭にいるコーク機に狙いを定めて接近する。お互いが距離を詰めているために、1万キロという距離も数秒で0になる。

 

「まず1機!! 」

 

すれ違いざまに最小限の動きで敵機達からの攻撃を躱し一撃を叩き込んだ。狙い通りスラスター部分にかなりの損傷を与えた様子。まともな戦闘行動はもう取れないであろう。刹那の一瞬交差で正確に剣を当てる彼も大概だが、急所とはいえ致命傷だけは避けたコークも流石だ。それでも果敢な攻撃が長所であるコークをつぶせたのはラクレットからすれば満足であった。

 

その後旋回性能で勝るホーリーブラッドが最小の距離でUターンを決め4機が背後に付くのを感じとった。すぐさま振り払うべきであるがそれは『想定されているであろう』事柄。ラクレットはあえて、後ろを取らせて、攻撃をかすめながらも回避を続ける。リーチで勝る相手に後ろを取られている。そんな状況だ。

 

そう、パイロットのテンションが加速度的に上昇するのだ。

 

ラクレットの狙いに気づいたのか4機は2機の編成を組み直し上下に分かれて逃げる。さすがのラクレットも、そうなってしまえば『コネクティッドウィル』により同時に4機を落とすことはできない。だが1機ごとに分散してしまえば、実力の関係で通常駆動で問題なく処理できる。敵の頭数は多いが、その為に個々のテンションが溜まり難いという欠点がある。

紋章機の操縦者のテンションは基本的に与えたダメージと受けたダメージと攻撃を回避したことによって決まるのだ。実機では機体とのシンクロであるため、もっと流動的なものだがシミュレーターではそのように表現されているのである。

 

しかし、かといって前述の通り、訓練生たちが1対1でラクレットを破るのは困難だ。単純な実力の差だけではなく、特殊兵装の相性の問題だ。1対1で戦えば、お互い1度は特殊兵装を撃つ機会がある。基本的に先に撃ち当てれば勝ちである。しかし、体当たりである『フォトンダイバー』は対戦闘機、しかもエタニティーソードに対しては絶望的に相性が悪い。まず当たらないのだ。

発動可能な距離があるため、宇宙嵐でレーダーが正常に作用しない状況であれば、味方機からのデータリンクを頼りに、射程距離ギリギリから当てるなどもできるが、現状では不可能だ。

 

閑話休題、ともかく二手に分かれた機体達を、残しておくと厄介かつ、故に模擬線において、彼らの中で相対的に生存時間の短い傾向にあるロゼルとジンジャーの機体を狙うことにした。頭から潰すのは当然の作戦だ。

急上昇をして追従すると、下方に逃げた機体が翻って背後を取ろうとする。ラクレットは口元を緩めて機体を移動形態に変更させた。狙い道理だ。急加速をつけて、背後の2機を振り切り、前方の2機すらも追い抜く。そしてその場で形態を切り替える際の自動減速を利用しつつ反転する。

狙いに気づいたのか『1直線状に並んだ』4機の機体が逃れるために方向を急転換する。

 

 

「だが遅い。コネクティッドウィル」

 

 

そう呟きラクレットは特殊兵装を起動。まず縦に一振り唐竹に振り下ろし、下から逃れようとしたジンジャー機めがけて左に切り上げる。ジン ジャー機は苦し紛れにミサイルを全発放ったが、ロックが甘かったのか半分ほどは明後日の方向に消えていった。

ジンジャー機がしめやかに爆発四散したことを確認すると、さらに連撃でロゼル機を落としにかかる為に右に振りかざそうとする。しかしここで遠方からビオレ機とラムネ機がミサイルとレーザーにより機体と刃への攻撃を開始した。瞬間的にラクレットは刃をそのまま限界まで左に振り切り機体の左肩から背中に隠すようにした後に全力で右に振りかざした。

 

「消え去れぇ!! 」

 

 

ラクレットがそう強く念じて、能力を用いてエネルギー出力を調整。短く太くしこちらに迫るすべての攻撃を薙ぎ払った。その余波だけで、ロゼル機は中破するものの撃破には至らなかった様で、大量のカートリッジをまき散らしながら攻撃をしているのが直接H.A.L.Oシステムとつながっている脳に入って来た。

そのまま技後の硬直を好機と見たのか、それともロゼル機を救援に来たのか、ラムネ機とビオレ機は急接近を仕掛けてくる。出鱈目なまでにミサイルをばら撒く様子からするに、彼らの機体の兵装はミサイルを中心としたものに換装した模様だ。そういったことがある程度できるのも人造紋章機のメリットであろう。

 

 

「だが甘い!! 」

 

 

ラクレットはすぐさま直線的に突っ込んで来る2機の進路を読み取り、剣を構える。そして再びエネルギーを調整し剣の長さを変える。特殊兵装が消えても、瞬間的に長さを変更することは可能なのだ。

正面から延びる光の杭に向かい2機は爆発的な加速を伴って突っ込んで行く。2機のシールドも装甲も数秒と持たずに蒸発してしまうが。ラクレットは剣のエネルギーを一時的に失ってしまう。そう、瞬間的に増やしたのならば、その後数瞬は実体剣を覆う程度しか展開できなくなる。そうその瞬間であった。

 

ラクレットが強烈な衝撃を感じ取ったのは

 

 

「っく!! なんだ!! まさか!? 」

 

 

すぐさま思い出すのは、これほどのダメージを与えることができるのは特殊兵装のみであることだという事実だ。反射的にラクレットは、こちらを削っているであろう、下方からの物体に向かって剣を突き刺した。そしてそれが命取りになる。

 

その瞬間、エタニティーソードのシールドが0になり、周囲が暗転する。リザルト画面に出てきた文字を見てラクレットはすべてを察した。

 

 

6”07 ジンジャー機撃墜

6”14 ビオレ機撃墜

6”14 ラムネ機撃墜

6”19 コーク機撃墜

6”19 自機撃破 戦闘終了。

 

 

 

ラクレットの敗北であった。

 

 

 

 

 

 

その日の晩、ラクレットは一人自室で寛いでいた。眺めているのは今日の演習のデータだ。訓練兵たちの勝因。それは無理矢理に発動させたコーク機の特殊兵装であった。最初にスラスターを切られることを彼らは予想していたのだ。ラクレットが最初の一撃は様子見をするであろうことをジンジャーは見抜いていたのだ。あとは最も近接戦において腕が優れるコークが可能な限り被害を小さく受けるという風に決めたのだ。

 

その後は単純だ。コーク機は戦闘が激化し注意がそれたら、自機のシールドを機銃で削り始めた。しかしそれでは予定よりもテンションがたまらず、ばら撒かれたミサイルを受けることにしたのだ。ロゼル機が発生されていたのはジャミング用の装置であり、小規模の空間に限定的な妨害を行うものだ。そして、スラスターが壊れていた機体に攻撃を加えた結果、爆発。特殊兵装のダメージも相成ってエタニティーソードは撃破されたのだ。

 

まとめると、各自が使用した兵装はコークがシールドエネルギーと軌道制御に優れる標準型、ビオレとラムネがミサイル搭載とシールドエネルギーに優れる防御的な型、ジンジャーがミサイル搭載数を増やした攻撃型、ロゼルは完全な支援型であった。

 

正直実戦で使える運用ではない上に、装備が各自偏りすぎている。特にロゼル機は問題であろう。しかしそれでもだ。五分の条件で彼らが初めてラクレットを打倒したのだ。これは教官として誇るべきことであろう。

 

それでも、どこかに悔しいという気持ちはあった。戦闘後のデブリーフィングで戦略自体を窘めた後、大いに功績については褒めておいたのだ。その際ちゃんといつもの顔でできたか不安だが、彼等は浮かれていて覚えてはいないであろう。

 

そんな、微妙なラクレットの心を見透かしたかのように一つの通信が彼のもとに入る。

 

 

「アンタの機体の改修終わったわよ」

 

 

いうなれば主人公強化フラグの為の負けイベントだったのかもしれない。

 




原作だとブレイブハート発見から1年で機体まで組み上がって
紋章機と同等のレベルの出力になり
そこから半年で古代の戦闘機との互換性までつける。

そんなノア様テクノロジーなら
パッケージ分けしたの効率的な運用位構想の時点で考えていそう。
それどころか、専用の無人AIの学習用プログラムすら仕込んでそう。


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空白期9 416年

空白期9

 

 

 

 

 

「よーし、今日はここまでだ。各自今日やったことの意味について考えてきな。レポートは毎度のように読むのが面倒だからいらないよ」

 

「ありがとうございました! 」

 

 

連日の事で既に定型文となっているこの会話。訓練が始まって毎度のいや、訓練の終わりに毎度繰り返されるやり取りだ。リコ、アプリコット・桜葉達、新エンジェル隊、通称『ルーンエンジェル隊』の訓練教官フォルテ・シュトーレンは合理主義で締めるところは締めるが、抜くところはとことん抜くのだ。元エンジェル隊の中で唯一の叩き上げの経歴を持つ彼女らしい考え方でもある。

 

「今日も疲れたのだー」

 

フォルテが退出した後最初に口を開いたのは、10歳程度の背丈の空色で、髪を短く切りそろえた活発な印象を受けるような少女だ。名前はナノナノ・プディングという。しかし彼女の外見には大きく平均規範から外れたものがある。それは、尻尾である。

彼女の臀部からは、レオタードのようなものに穴が開き、太めの長い猫のような尻尾が生えているのだ。そして左の耳の部分にヘッドセットをつけている。これは彼女の母親であるヴァニラ・Hからもらったものだ。

そう、名前からわかるかもしれないように、彼女はヴァニラの娘であるのだ。と言っても彼女が腹を痛めて産んだ子ではない。ヴァニラが研究員として、惑星ピコの衛星フェムトにて発見された大量のナノマシン集合体の内、唯一起動したのが彼女なのだ。そう、彼女は正真正銘のナノマシン集合体という存在であり、複数の銀河においても唯一の意思を持ったナノマシンなのである。起動時間はまだ1年と少々であるが、彼女の精神的な年齢は、ヴァニラの献身により10歳前後となっている。それでもだいぶ無邪気な態度が多い幼い猫のような印象を受ける少女である。

 

 

「えぇ~そうですわね~」

 

 

それに答えるのは、20歳程の金色の長い髪を背中まで伸ばした、おっとりとした美女である。背丈はムーンエンジェル隊でいえばランファと同程度、体型もランファとおなじくグラマラスでありながらスレンダーでもある矛盾した物。そんな彼女の名はカルーア・マジョラム。出身はマジーク勢力圏内の外れの星だが、現在はマジークにも12人しか存在しない公認A級魔女である。端的に言えば超一流の魔女だ。そんな彼女の二つ名は「一成る二者」である。その名前の由来はとして挙げられるのが彼女の特殊性だ。

 

 

「カルーア様は、半分テキーラ様にやってもらっているのにかにー? 」

 

「あら、ミモレットちゃん『あの人』がやっていようと、疲れるのですよ~ 」

 

 

猫の顔を饅頭のように大きくしたような形の使い魔、ミモレットの問いにはそう答える。彼女は俗にいう多重人格のようなものだ。しかし、それだけではない。魔法の性質や外見すら変化してしまう。もはや変身能力と言っても良いものだ。変身後の名前はテキーラ・マジョラム。おっとりとしたカルーアに対して彼女、テキーラは女王様気質というべきものであり、髪は赤みがかった紫色で、目尻もつり上がりまた別の魅力が見られるのだが、性格も大きく違うために、初見であったリコは大きく動揺する羽目になった。

 

 

「それにしても中佐は全く隙のない身のこなしだったな」

 

 

この微妙にずれた発言をしたのは、これまたなかなかの美女である。カルーアよりも少しだけ小さいが、体型は凹凸のはっきりした物でありながら、しなやかな筋肉がついていることがわかるある意味で理想的な肉体である。前は片目が隠れるほど長いものの、全体的に短めの濃い蒼の髪がナノナノとは違った活動的な女性の魅力がある。そんな彼女はセルダール王国の騎士である。

しかも、最年少近衛隊長を務める凄腕の騎士である。七重の護剣の二つ名があり、今ではほとんど廃れてしまった特殊な剣技『練操剣』の使い手である。名はリリィ・C(カラメル)・シャーペッド。年齢は19歳。少々堅物なところが見受けられるが、EDENの感覚でいうのならば、軍人であり、新エンジェル隊の中で現在唯一の軍経験者である。将来的にはEDEN軍(旧トランスバール皇国軍)のルーンエンジェル隊に所属する予定だ。

EDENと初接触の際には良い印象を持っていなかったようだが、フォルテとの剣対銃の獲物での決闘により、フォルテの事を信頼するようになったという経緯を持つ女性だ。

 

この3人にアプリコット・桜葉を加えた4人を訓練終了後に正式に新生エンジェル隊隊員として結成されるのが『ルーンエンジェル隊』である。

 

彼女たちは日夜訓練中なのである。もちろん訓練だけやるなど、エンジェル隊には合うわけがない。そのような人物はお呼びではないのだ。そう、彼女たちに求められるのはいかに一定以上与えられるストレス環境の中で良いパフォーマンスを出せるかという哲学的、自分に対する問題、そういったものなのだ。

紋章機は、搭乗者のテンションで大幅に力が変動してしまう、非常に軍に向かない機体なのだ。だからこそパイロットは現在最低限の軍規などの座学を学び、自衛のための銃の扱いを受ける合間、『息の抜き方』を自分なりに見つけるのがお仕事なのである。

 

だからこそ、現在彼女たちは、セルダール王城の中にあるカフェテリアへと足を運んでいるのだ。これも仕事だという大義名分をもって。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦ルクシオール完成 そのニュースは軍関係者の中では非常に大きな注目をええた。全長が1km近い艦なのだが、横幅、全高も同じような大きさであり、正面から見ると十字架のような形をしているそれが、ルクシオールだ。

過去の艦の系譜には含まれない試験艦のようなものであり、最新の技術を惜しげなく使った非常に高性能なものだ。

 

そして、皇国初のVチップ搭載艦である。これには多くの保守派の反対があったものの、優秀なヴァル・ファスクが操舵した場合、数m単位での精密な操作が可能になるというメリットは絶大であり、また今後の平行世界間の交流も考えての事である。

この艦の格納庫には、NEUE製の紋章機が搭載されるように調整が施されており、実質ルーンエンジェル隊の紋章機の空母であった。そんな艦は現在タクトと数人のブリッジクルーが試験的な航海の練習を兼ねてトランスバール本星からNEUEまでの移動をしていた。丁度セルダールにつくころには、エンジェル隊が正式に配属になる運びである。

 

 

そんな新造の戦艦にラクレットはいた。すでに彼の教官としての仕事はほぼ終了している。半年繰り上げられた予定の為、訓練兵5人は現在白き月において実機を利用した開発実験。要するにテストパイロットとしての仕事を始めたところだ。一応身分上は訓練兵であるが、時期に正式に任官する運びだ。また、形骸化したとはいえEDEN製紋章機のパイロットとして白き月の聖母シャトヤーンへの顔合わせの意味も大きい。

事実数週間の逗留の後、機体と共にEDENへと再び戻ってくるのだから。そうしてEDENにおいて正式に任官した後に各自配属先が決定するという訳だ。

 

 

さて、ラクレットが今ルクシオールにいる理由は、ノアとカマンベールが彼の機体を届けにやってきたからだ。EDENに寄港したタイミングでラクレットに機体の実物を提示するのである。一応機体自体はラクレット個人の所有物であるために、軍が民間から兵器を借り受けている扱いになるのだ。その為にこのような面倒な手続きになる。

それと、ホーリーブラッドの最終調整の山場を終え、ちょっとしたEDENへの帰省という名の遅めの新婚旅行が目的の夫婦もいるのだが、それは置いておこう。

 

 

「来たわね、ラクレット。ようやく完成したわ。ホーリーブラッドの調整の合間にいじったりしていたからすごい時間がかかったわ」

 

「あはは、確かに実機に乗るのは、マイヤーズ夫妻を迎えた日以来ですね」

 

 

413年からなので丸々3年ほど搭乗していない計算だ。シミュレーションは欠かさなかったので、問題はないであろうが。彼の機体はEDEN防衛戦で損傷して以来、ノアやカマンベールを筆頭に優秀な科学者が常に弄り回してきたのである。実際エタニティーソードを長期にわたって研究することができた為にホーリーブラッドは大幅に早く、そして強力に製造することができているのだから。

 

 

「結局、いろいろ試したのだけど、火器をつけることは不可能だという結論に落ち着いたわ。ミサイル位なら、とも思ったのだけれど、そのスペースがあったら、スラスターに回した方がトータル火力が高いというふざけた仕様よ」

 

 

そもそも機体コンセプトが、戦闘機による近接戦闘を観戦して楽しむためのもの。と推測されている位なのだから、仕方ないと言える。そんな、彼の機体エタニティーソードは最近の研究でNEUE系統の戦闘機であることが判明した。NEUE紋章機にも同様に巡航形態(クルーズヴォイス)と戦闘形態(バトルヴォイス)に形態分けされるという点で同一なのだ。しかしエタニティーソードには、紋章が印されていなかった。

 

 

「それじゃあ、早速実物を見てもらうわよ」

 

そういって、ノアがラクレットを連れ添って、ルクシオールの格納庫にある巨大なコンテナの前に立つ。ノアが手元のコンソールを操作すると、コンテナが展開しまるでアニメの戦闘機が出撃するかのように、コンテナ内部の床がせり上がる。顔には出さないものの、ラクレットが興奮していると、出てきたエタニティーソードはまず色が違った。濃い蒼色だった機体は完全な黒に染まっておりマットブラックであった。そして形状も変化していた。全高12m 全幅20m 全長20mの平たい形の機体だったのが、一回り大きくなり、全体的に装甲が増えている。確認してみると、ギリギリ中型戦闘機の範囲に入るが、本当にギリギリの規格であった。

そして、何よりも彼が目に行った変化。それは

 

 

「剣が太く両刃になって真ん中に切れ目……まさか」

 

「驚いた? アンタ前から手数が足りなさそうにしていたからね。強度を実用レベルまで持っていくのに苦労したわ────剣の本数を可変にするのは」

 

 

元々、エタニティーソードは特殊兵装を使用する際に、双剣を一つにまとめて、高出力のエネルギーを収束させて繰り出すものだ。しかし最近ではシンクロ率が上限まで高まっており、これ以上の強化が図れないでいた。ラクレットの人間(パイロット)としての成長は打ち止めになってしまった。

しかし、今回の改修の目玉となる物、それは、剣の形態の変化だ。双剣がそれぞれ2本の剣をベースとした剣になったのだ。そうそれはつまり

 

 

「今のエタニティーソードは4刀流までできるわ。状況次第で本数の可変が可能。そして特殊兵装の時も、そもそも剣を1つにする必要がなくなったわ。アンタのシンクロ率ならば2分割しても十分に出力が出し切れる。機体自体の性能上限も上がったから、将来的には4本で撃てるかもね」

 

 

そう、機体側の限界まで追いついたのならば、今度は機体を発展させるだけだ。エタニティーソードは生まれ変わった。剣と一体となっている腕まで分離できるので正面から見れば、Xを描くようなフォルムになる。加えて腕の稼動域を人間の腕と同じだったものを、360度動くようにもしたため、全方位に瞬時に対応できるようになった。これが攻撃面での強化。

機動面では機体を大型化したために、スラスターやブースターを追加で搭載できるようになった。加速力は落ち、旋回性能も若干低下したが、最高速度と何より回避性能が上昇した。今まで以上に敵艦の群れに突っ込み場を荒らすという事に特化している。役割遂行能力が上がったともいえる。

操縦に関しては、トリックマスターと同じように思念操作を採用した。もちろん従来通りに2本レバーを主体とした操作だが、4刀流にすると無理があるのだ。これによりしばらくの訓練は必要なものの、慣れれば、自分の思い通りに4本の腕を駆使することができるのだ。

 

 

「この機体の新しい名前、と言っても改修機だからバージョン違いね。まあとにかく、機体名は『Eternity Sword Variable』略してESVにするのも エタニティーソードVにするのも自由よ」

 

「ヴァリアブル……可変機体ですね。元々その方向でしたから。うん、しっくりくる。よろしくな! 相棒!! 」

 

 

最近成りを潜めていた彼の子供っぽい感情。新機体を手にした高揚感が身を包む。幸福感と共に、彼はまた一段高みに昇ろうとしていた。愛機と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

この機体を用いた実機演習を、最後に訓練兵の実力を試す名目で行ったところ。ラクレットがはしゃぎ過ぎてしまい、新型紋章機ホーリーブラッドの性能が一部反対派から疑問視されてしまうことにまで発展してしまったのだが、それは完全に余談であろう。

 

 

 

 

そして少しの時は流れる

 

 

 

「やあ、ラクレット。久しぶり」

 

「タクトさん、お久しぶりです。ココさんも」

 

 

ルーンエンジェル隊が結成され、正式にルクシオールに配属された。艦には4機の紋章機と4人の隊員がいた。『ルクシオール』は『エルシオール』と共にNEUE復興計画に力を入れており、NEUEを忙しく行き来していた。まずは交通網の整備、その後起動している古代遺跡の防衛装置の停止や無力化など多くの仕事があったのだ。

そんな中、Absoluteに一時的な補給および、タクトのミルフィーと会いたいがための行動もあり立ち寄ったのだが、その艦が見える執務室らしき場所にラクレットは呼ばれていた。正式な命令で、秘密裏に来るようにと指示を受けたのだ。

 

此処の所は、EDEN各地にホーリーブラッドのコンバットプルーフと、同時に実戦経験を獲得するために散っていった教え子達と要所で合流しながら、小型の巡洋艦を母艦に海賊討伐に励んでいたのだが、かなり上の方からの命令の為彼は素直に従うことにしたのだ。

 

 

「さて、ブレイブハートについては、一通り知っているね? 」

 

「……はい、最後に発見された紋章機。しかもブースターとして合体をする機能を持ったそれですね」

 

 

そう、エンジェル隊の正式発足とほぼ同じころ、最後に見つかった紋章機それは『ブレイブハート』という名のものだった。その紋章機はクロノストリングもH.A.L.Oシステムも搭載していない。武装も機銃程度と貧弱であるが、NEUE製紋章機と合体することによって、凄まじい戦闘力を発揮することができるのだ。

紋章機の全ての性能が底上げされるというのだから、その強力さがわかるであろう。各紋章機には得手不得手があるため、状況に応じてチームの短所を補ったり長所を伸ばしたりといった運用ができるのだ。

 

 

「重要なのは、操縦者さ。紋章機側の操縦者との信頼関係が大きくなればなるほど、より強い力を発揮できる。まあ、パイロットは前のオレみたいな仕事ができなきゃだめだね」

 

「僕には無理そうですね。それは」

 

「うん、上の方からは是非に中尉がやるべきだって来たけど、まあ、新しく選ぶことにしたんだ。NEUEで公募を募って、ミルフィーが抽選する。そういう形になった」

 

「それが良いかと」

 

 

さすがに、新生エンジェル隊の面々と絆を築き上げともに高め合う関係になれるとは思えなかった。現状の実力に大きな隔たりがあるのに加えて、初対面の異性と仲良くなるまでの時間が、彼の年齢の男性の平均から『少々』遅いというラクレットには不向きな仕事であろう。

彼は、誰とでもすぐ仲良くなるタイプではない。だが仲良くなってしまえば本気で相手に良くしようとする。そういった人物なので、向いていないという事もないであろうが。とタクトは内心思っていたが、本人が乗り気でないために自分の決定は間違っていなかったことを改めて確信した。

 

 

「だけどね、どうしても不安が残るわけさ。EDEN最新鋭の艦に、まあオレという世間一般では英雄とされる人物。NEUE銀河に少なくない数居るEDEN排斥派からすれば格好の対象さ」

 

「そうですね、そしてそれを守るのはNEUE側の人間を主体とした数機しかない戦闘機部隊。性能はピカイチですが、人員の実力と経験に不安が残ると」

 

「そういうことさ。Vチップでも揉めたというのに、まあ女皇陛下に意見を言える人員が育ってきているという事を喜ぶべきだと先生も言っていたけどね」

 

 

そう、皇国で懸念されているのは、この『ルクシオール』の『戦力の低さ』である。最新鋭のルクシオールは艦足も速く、セルダール連合を中心に活動する『エルシオール』とは違いより広い範囲を活動領域と定められた『ルクシオール』には連合の統治領域から外れた地域も回るのだ。

そして、搭載されている戦闘機は艦のサイズからすると極端なまでに少ない。大型戦闘機であり、整備にも場所にもかなりのリソースを割くことになる紋章機は、他の戦闘機とは相性が悪いのだ。いくら『ルクシオール』が最新鋭艦だとしても、現在鋭意制作中の専用武装ができるまでは戦力的に不安が残るであろう。

 

 

「『ブレイブハート』のパイロットは丁度今エンジェル隊立ち合いの元、ミルフィーの抽選をやっていると思う。パイロットはこれから半年の集中訓練を受けた後、ルクシオールに来る。そうしたら、本格的な活動が始まる。それまでにこの艦のパイロット達を保守派のお歴々が納得するレベルまで伸ばすのは難しい。実戦経験があればいいんだろうけどね。だから優秀な護衛と万が一の時に対応できる人員を配属させることにした」

 

 

タクトはそういいながら、自分の手元から極秘と記されたデータが直接端末を接触させ有線でラクレットに渡されるのを眺める。ラクレットは一応周囲を確認してから、それを開封した。

 

 

「その人物には普段はオレ専属のボディーガード兼秘書のような扱いで艦では雑用をしてもらうことになる。戦闘時もよっぽどの事がない限り戦力としてはカウントしない。実際エンジェル隊だけで十分な戦力ではあるからね、エンジェル隊には彼が戦闘機パイロットだという事も伏せておく。保険があると知られればどこか油断が生まれるからね。彼女たちの成長の為にも最後の最後まで切らないジョーカーとする。これには保守派の歴々も納得している」

 

「あのー、この人物のプロフィールどこかで見たことがあるのですが……」

 

「名前は『織旗楽人(おりはたらくと)』旧文明の系統の名前だが出身は不明。階級は中尉。首にチョーカーのようなものをつけている。これは皇国のとある研究者が秘密裏に研究していた、変身器具『影首輪』を改良したものと酷似しているが関連は不明」

 

 

タクトは先ほどまでの真面目な顔を止め、いつもの少々へらへらした笑みを浮かべてそういう。いつから決まっていたことなのか、それっぽい理由も何者かの陰謀によってはめられただけで後付なのか。久しぶりに誰かの陰謀に知らず内に巻き込まれたこの感覚をラクレットは懐かしく思いながら、叫ぼうとしてやめた。『自分の事ではない』のだから。

 

肩を落として前向きに考え直すことにする。最新鋭の艦のクルーだ。しかもNEUEを拠点とする。艦の中の通貨はギャラであろうし、金銭に困ることはなかろう。休みの日にどこかに講演に行ったりCMやインタビューの為に出かけたりも無くなる。いいじゃないか。そう思い直すことにしたのだ。

 

 

「なるほど、彼でしたら少々縁がありますので、必要な道具や命令等があれば伝えておきます」

 

「ああ、それじゃあ、これが例のチョーカー。説明はさっきのファイルに入っているから。彼のコンテナに厳重に隠された機体が物資として搬入される4か月後に着任。それまでは今まで通りの任務を続けるように。それじゃあよろしくね」

 

 

こうしてラクレットは面倒な任務を伝えるために、彼の自室へと戻ったのである。

これが銀河を、いや全ての生きとし生けるものが望む選択だったのか、それともその友としての因果なのか。それは誰にもわからなかった。

 

わかっているのは、計画が一歩前進してほくそ笑むタクトがいることと、今後数か月の間にEDENにおける海賊の発生率が大幅に低下し検挙率が9割を超える事だけであった。

 

 

 

 




織旗楽人……何者なんだ……


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空白期おまけ +各人の現状

 

・タクト・マイヤーズ 稀代の謀略

 

 

「では、これより、第13回定例会議を始める。欠席者はⅠとⅣとⅤ。4人しかいないけれど各自屈託のない意見を聞かせてほしい」

 

 

薄暗いブリーフィングルーム。その卓を囲んでいるのは一人だったが、通信ウィンドウが空白の席の上に3つほど浮かんでいた。暗い室内に光るその明かりがその場の重々しさを一層際立てており、新兵であったら立っている事もできないような重圧すらこの場にはあった。

ルクシオールは現在マジークに停泊中だ。エルシオールも同じくマジークに停泊している。NEUEの銀河全ての戦力を結集してもこの2隻を相手取るのは至難の業とされているような超戦力が集結している。そんな状況だ。

 

 

「あの0さん、やめませんか? 数字で名前を呼ぶの」

 

「あら? 私は秘密結社のようでなかなか気の利いた演出と思っていたのですが、Ⅵさん? 」

 

「でもⅢ、わかりにくいじゃない。紋章機の番号だなんて、結局機体名で呼ぶ方がわかりやすいし」

 

 

しかしながら、会議が始まると先ほどの雰囲気は一変、ワイワイと、それぞれのウィンドウから楽し気な声が聞こえてくる。お察しの通り、このマジークに寄港中の3人が返答しているのだ。ルクシオールに直接来るような用事ではないが、彼らがここ数年続けている集まりであるゆえに。

Absoluteへ迎える唯一の手段クロノゲートがヴァル・ランダル近郊からEDEN本星ジュノー近郊に移されて交通の便が良くなったとはいえ、そうそう集まることができるわけでは無いのだ。この機会を逃すことはできない。

 

 

「本題に戻そう、各自コードネームは自由にしていいから」

 

「了解よ、0。それじゃあアタシから。全く新しい報告はなし。この前アタシ宛のメッセージがミルフィー経由で来たけど、お礼の内容だけだったわ」

 

「確か、ミルフィーさんの……ん、Ⅰさんの妹さんの任官のお祝いに女の子が喜ぶものを教えてほしいと、この前Ⅱさんに来たのでしたわね? それに関してですか? 」

 

「会う暇ないから郵送した。喜んでもらえたと返事が来た。それだけ書いてあったわ。月一の文通はしているけど、直接会ったのは0とⅠの結婚式だけというのはちょっと弱かったわね」

 

 

彼等が話していること、それはラクレット・ヴァルターの異性関係に関する話であった。

 

事の次第はかなり前に遡る。タクトはラクレットが当時戦争中であったヴァル・ファスクであるという事を知り、名目としてラクレットを知ろうといった企画をいくつか考え実行していた時期だ。その頃に軽く調べたというよりは冷静になって考えたのだが、ラクレットには今まで仲の良い異性の影がないのであるという、タクトからすれば驚愕の事実であった。

 

エンジェル隊とは先輩後輩のような関係であり、ココやアルモも似たような関係。整備クルーやほかのエルシオールスタッフも年上の為友人ですらないのだ。かといって学校の友人がいるのかと軽く調べると、一人特殊とはいえ美少女が友人であったが、どうやら思い人がいる様子。タクトが一瞬考えた『ラクレットに所帯を持たせて人間側に取り込みましたというポーズを作る作戦』は成立しそうもなかったのだ。

 

その後は忙しくて特に何もせずにいたが、EDENが解放されラクレットとレスターが忙しく星系中に講演活動に回っている時、ランファとミントから提案があったのだ。「ラクレットってこのまま彼女ができないかもしれない」というものである。

タクトは何かがあったことを察したが、詳しく聞くことをしなかった。ただ彼も思うところがあった。生まれてから14までを勉学と訓練に励み、文武両道を体現し戦争で活躍、その後も精神的鍛練を加えて自己研鑽を欠かしていない。

年ごろの少年が好む異性と交流や非生産的な娯楽にも興味を見せず、闇雲に仕事に精を出している。異性としてみた場合、正直自分より評価が高いであろう、そんな人物だ。いやだからこそ、本気で彼の事を好きになる女性が現れたとして『女性側から自分では釣り合わない』と身を引いてしまう可能性すらあろう。

 

冗談のような可能性だが、エンジェル隊からも、タクトからも『可愛い弟分』にふさわしい相手ができるようにちょっと世話を焼きつつ出歯亀をしようとしてこの集まりは結成されたのだ。ここ数年の最有力候補であったアプリコット・桜葉、通称リコはこれ以上の関係の発展が認められないという結果になってしまったが。まあ、彼らも暇ではないので、解散以降集まるのは初めてである、文章で面白そうなことがあったら報告を回す程度の事はやっていたが。

 

 

「んーとなると、やっぱり新エンジェル隊に期待するしかないかなー。ココなんかも怪しいと思ったけど、結局ご飯食べて帰ってきただけだったみたいだし」

 

「旧知の女性以外では、『戦友』と呼べる以上に信頼関係を気付かないことには始まらないでしょう」

 

「ですわね。私の商会に、自分の娘をラクレットさんに~という頼みをする取引先は沢山おりますし」

 

「まあ、アイツも最近は異性に興味を持ち始めたようだし、楽しくはなりそうね。それに」

 

 

ここでⅡのウィンドウから笑いが堪え切れないのか、噴き出した声が聞こえる。声が震えてコメディーショーを見ている客のように息も絶え絶えになっていく。

 

 

「織旗楽人……何者なのでしょう……」

 

「いやー、本当誰なんだろうねー」

 

「こんな重要なポジションを、ぽっと出の新人に任せるなんて……」

 

「ちょっと、皆! や、やめて」

 

 

織旗楽人の存在を知った時に一番反応が大きかったのはランファである。彼女は何が面白かったのか、外見のデータを見て爆笑してしまったのだ。渡された外見のデータはカマンベールがとある英雄の『女性だった場合』の外見ととある女性の『男性だった場合』の外見データにできるであろう子供を25歳まで成長させたものである。それが妙にツボにはまってしまったのだ。

 

 

兎も角元エンジェル隊は、『ラクレットに彼女を作ろう計画』をタクトの指揮でてきとーに実施していた。

 

 

 

 

 

 

ラクレット・ヴァルターの一日 簡易版

 

 

彼の一日は5割の確率で自室以外から始まる。シミュレーターの座席か、実機の座席の上で目を覚ますという事があるのだ。改修が終わった愛機に一秒でも早くなれるために、多くの時間を操縦に費やしているのだ。 現在いる新型の高速艦にももちろん自室はあるが、ノア作のパッチを当てたシミュレーターに数年ぶりの実機が愛おしすぎるのだ。戦艦のクルーからは微妙な扱いを受けているのは、仕方ないのかもしれない。

 

この日目が覚めたのは自室であった。つけられた副官の2等兵の少年に口うるさく自室に戻るように言われたことを思い出しながら彼は動きやすい格好に着替えることにした。

 

現在の海賊討伐の日々は、ラクレットにとって実戦から離れたブランクで鈍った精神を研ぎなおすにはちょうど良い刺激であるのだ。だからこそ、彼は人生で最も自分の体を意識して動かしている。

特に考えずに自己流で訓練していた戦前、挫折の後プロの指導を受けて訓練していた戦中、他人を指導しながら客観的に分析していた戦後。そのどれとも違う、自分で自分を昇華させていくスタイルだ。積み上げるのよりも磨き上げるのをメインとしたところか。

18歳の体は既に戦士として円熟期を迎えている。この後50年ほどほぼ老けることもないのだ。まるでサイヤ人である。だからこそ、これ以上変化は起こりづらい体を100%自分の操作の下に置く訓練を心掛けている。

 

まあ、簡単に言うと今までのおさらいをしつつ違和感を探しているだけであるが。艦での階級は艦長、副艦長に次いで3番目に高い彼は周りに気を使っているつもりでも、周囲に本人が気にしていない圧力をかけてしまうこともある。加えてネームバリューも実績もあるのだ。日課のランニングをトレーニングマシンで行っていると、日に日にクルー達の早朝の訓練に参加する割合は上がっていった。良い事なのであるが、集団の中には正直つらいと思っている人がいることも事実であった。

 

しかし、ラクレット的にはもはや朝起きて顔を洗うのと同じ感覚で行っているのだ。30km/hの20分ランニングから始まる2時間弱のメニューは。

 

 

 

朝のトレーニングが終わり朝食やシャワーを済ませると、事務仕事をすることが多い。討伐した海賊の規模や被害総額、彼らの拠点にあった物資。被害届が出ている船の積み荷との符号を確認。ただ戦場で蹴散らすだけならば、誰でもできる。大事なのはこれ以上起こさないことと、解決の着地点を探ることだ。

海賊と一口に言っても規模はまちまちで、オーソドックスな艦一隻を拠点に略奪するもの、船団を組んで商船や備蓄拠点衛星を強奪するものなど様々だ。海賊団のトップは大抵殺す必要があるが、末端に関しては攫われて強制されていた、生まれた船や星が海賊の物であったなど、情状酌量の余地があるという場合もあるのだ。そういった者達を再教育用の施設に入れて、軍人や民間企業への就職できるように取り計らうなど、やろうと思えばどこまでもできるのである。

 

ラクレットとしても、書類をいじっている間は頭を使うので、嫌いではない。彼は自分の力を生かせる労働環境が何よりも大事だと考える人なのだ。エルシオールでも女性スタッフと親しく話すよりも、レスターの後ろをひょこひょことついていき、手伝える仕事を探す方が性に合っている位なのだから。

また、ヴァル・ファスクとしての力の訓練も兼ねているのだ。かなり限定的で劣化もしてしまっているために、自身の為に調整されたものでない限り、直接手に触れても完全に支配下におけないといったレベルの能力であるが、十分書類仕事には有用なのだ。

 

客観的に見てもらいたい。ラクレットは軍人であり、兵科は戦闘機のパイロット。実力は銀河最強(要出典)。自分の担当以外の仕事も積極的に手伝い、事務能力も標準以上にはある。人柄は温厚で礼儀正しく、部下からの信頼は厚い。上司からも高すぎる能力に目をつぶれば非常に優秀な部下である。私生活にも酒癖やギャンブル癖などもなく、いたってクリーン。そんな人物なのだ。

功績は枚挙に厭わない程あり、平時の任務でも確実に結果を残している。自分を磨くことに余念がなく、格闘術から重火器の取り扱い、要人護衛技能から尋問の方法まで軍人なら持っておいて損はないであろうものをかたっぱしから習得しているのだ。

 

そんな彼の階級が中尉から一切の昇格がないというのを疑問に思う事があるかもしれない。しかしこれは彼が昇進を蹴り続けているからというシンプルな答えが存在する。

彼は自分に指揮官としての才能というよりは適性がないことに自覚があった。軍の上部の中の一部では、ヴァル・ファスク能力所持者の中で信頼が置ける人物という面が評価されたのか、戦艦の艦長か操舵主にならないかという誘いも来たのだが、ラクレットは非常に心惹かれつつ断った。

現状、一般的な戦場の主役は戦艦だが、超常的な戦場では紋章機こそが主役なのだ。自分の軍人、戦士としての直感がまだその時ではないと囁いた為に、戦闘機乗りとして中尉階級でいることにしたのである。それでも限界があるのか、近いうちに大尉になる予定もあるが。

彼を高い地位にしすぎても、彼に陶酔する人物は多く派閥を形成してしまう可能性があるのだ。人間関係というのはかくも面倒なものである。

 

 

そんな事情を頭の隅に置きながら書類仕事を終えると、軽い昼食をとり、体を使った特訓に移る。格闘術の型の復習から、武装した人間を無力化する方法など、護衛任務の際に役に立ちそうなことを重点的にである。

一応過去のそれなりに学んだが、本格的に講習プログラムシミュレーションを用いての特訓を行っているのだ。特に他意はないのだが。

 

おおよそ、海賊の拠点に付くのもこのくらいに時間に設定されて動いているので、軽く切り上げた後、遭遇すれば出撃し海賊を駆逐。そうでないのならば、戦闘機のシミュレーター訓練を始めるのである。

4本腕という、人体とは違う構造になってしまった紋章機だが、そもそも体のように動かしていた前がおかしいのであり、機体を操るだけであれば、すぐにそれなりのレベルに習熟した。しかし、冷静にラクレットが考え直した結果、4本にした時は足を動かす感覚にすればどうかという発想により、動かしてみたところ、人間の動きにとらわれてしまうといった問題が発生した。現在はそれを直すために、試行錯誤中である。

 

そうして、夕食をとった後、体力が残っているか、明日の予定は などを加味して次の訓練のメニューを決める。これがラクレットの現在の一日である。

 

女気など微塵もない、この道5年の男の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

エンジェル隊以外の現在の各キャラの状況

 

ラクレット 18歳

海賊討伐でまた伝説を作った後、故郷クリオム星系近辺に駐留して警邏部隊の名誉隊長をするような命令を受けた。一日中オフィスの奥の厳重に鍵がかかった部屋に閉じこもり食事やトイレの形跡すら見せずに物音を立てずにいるらしい。

彼には今後起こることに対する知識はほぼない。カズヤという少年が、紋章機でヒロインの機体と合体してイチャイチャする位にしか。当然Ⅱエンジェルの顔も絵くらいしか見たことがなく、名前も知らない。

 

カマンベール 25歳

ジュノー近郊にある極秘研究施設でノアといろいろ作っている。最近の悩みは子供を作る時間が果たしてくるのであろうかという事と、身長を伸ばす研究をしたら負けなのであろうかという事。

 

エメンタール 27歳

NEUEにて就学を積み、その経験を活かしてブラマンシュ商会デパートシップの建造などにアドバイザーとして参加。その後は商会のオリジナルエンターテインメントが十分育ってきたことを確認し、完全にNEUEに拠点を移す。現在はマジークで魔法関連の資格を取得しそれを生かしてまたいろいろ作らせている。現在EDEN(トランスバール皇国)所属の唯一の魔法使いの為いろいろ重宝されている。

今後起こること全てを知っているからこそ、ラクレットのサポートに回ることにしている。ラクレットが自覚しないままに、物語が壊れないように。

 

ルシャーティ&ヴァイン ???

最近肩書ではなく、本当に結ばれたらしい。NEUEの調査のサポートとして先文明時代の資料を探す日々。ノアが1回しかカズヤの座学訓練の時間を取れなかったために、ヴァインが行くことになった。その際、マスターコア内部のミルフィーに改めて謝罪をし、あっけからんと許された結果、吹っ切れたものがあったらしい。ルシャーティとしては、他の女が大きな要因という事に若干思うところがあったようだが、おおむね夫婦仲は良好のようだ。

 

 

タクト 26歳

史実通りルクシオール艦長の准将

レスター 26歳

同じくエルシオール艦長

ココ&アルモ 23歳

それぞれタクト、レスターについていく。というか、どちらかがルクシオールに移動、どちらかがエルシオール残ることを決められて、そのまま流れで。

 

ノア 15歳

カマンベールとほぼ同じだが、若干プライベートも大事にするように。そのほうが研究効率が上がることを認めたようだ。暇つぶしに元から興味のあった民俗学や考古学の学術書を閲覧しているあたり、割とあれであるが。

 

カトフェル、エロスン等

カトフェルは軍学校に収まり、日がな一日エリートをしごきながら、ウォルコットとチェスをうつ。エロスンは実は、皇国の若手で最も出世した士官(大佐→中将)軍のトップであり、宰相でもあるルフトの右腕として忙しく働いている。

 

 

織旗楽人

謎の人物、経歴不詳だが年齢は20代半ばほどの何処にでもいそうな筋肉質な男性。いったい何者なんだ。

EDENの偉い人たちが書いたとされるプロフィール覧にはこれでもかというくらい胡散臭い事実が載っており、何か秘密を隠すため、また秘密を探ろうとする者へのデゴイ兼牽制ではないかと噂されている(例・特技、壁を走り抜けること、ヘイトを稼ぐこと)いったい何者なんだ。

その為、エンジェル隊や事情通などは、彼の事を口にするたび、『織旗楽人、一体何者なんだ……』と口をほころばせながら言うのが流行り。

 

 

 

 



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絶対領域の扉
第1話 着任/確認


カズヤ・シラナミ。銀河一の幸運に、銀河中から集めた候補者の中から選ばれた人物。ある意味では超幸運な存在だが、コインを10枚投げてもすべてが同じ結果になったりはしないという意味では本人の運はいたって平凡であった。

20億人ほどの過疎惑星出身であり、エレメンタリーをそこで卒業。その後近隣の大きな星にある料理学校で学び、パティシエとして非凡な才能を示す。卒業後故郷で働いていた所、二人の女性客がからかい半分に、彼の女性的中性的外見を理由に新エンジェル隊員募集に勝手に応募。結果彼が選ばれる運びになった。

 

特技は前述のお菓子作り。NEUEの料理学校でNEUEのお菓子については一通り学んだが、EDENのお菓子にも興味を持っており、プロ級の腕前と豊富なレパートリーが自慢である。趣味はギターであり、アコースティックギターを私物として持ち込んでいる。

 

戦闘機乗りとしての技能、および平行世界に関連する知識、軍人としての心得を叩き込むことを中心とした突貫的な教習であったために、軍人としての自覚や技術は不足気味。己の欠点を自覚しているが、やや内罰的であり、自分の容量を超えた困難に対峙した場合、逃避行動をとる傾向がある。

人柄は真面目で礼儀正しく社交的。質問があれば積極的に挙手をする姿勢は担当した教官に高く評価されている。

 

統括

能力は発展途上で不安はあるが、人柄でカバーができる範囲。彼のようなタイプが生きるのは、信頼できる仲間ができた時であろう。ルーンエンジェル隊において、他隊員と良好な関係を築く事が出来れば、大きな成長が見込めるであろう。

 

評価者の追記

タクトとラクレットを4・6で混ぜた感じだね。良い意味でも悪い意味でも。

 

 

 

 

 

カズヤ・シラナミにとって幸運だったのは、正史よりもよりEDENが強力な存在であったことであろう。技術力においては、超一流の研究員が増えたことと、電子系の作業に強いヴァル・ファスクの多くが協力的であったことが大きく。人員面でも、英雄が広告塔として熱心に仕事をした結果、若い力が育っており、末端の新兵の士気が高い。民間の商会も活発に動いており、経済的にも裕福であった。

故に彼にはフォルテ・シュトーレンを中心としながらも、優秀な講師陣に囲まれた半年間を過ごすことができた。タクトのやり方に慣れやすいように、上官に対する礼儀作法と口の利き方程度をしこんだくらいで省略。彼は主に平行世界の仕組みを学びつつ、戦闘機の操縦に、戦闘機部隊の指揮を叩き込まれたのだ。

その結果、多少は自分に自信がついたのか、現在シャトルから見える巨大なルクシオールの艦影を見ても、浮かんでいる表情は緊張よりも期待と興奮が大きい。フォルテはミルフィーの運だけで選ぶのも悪くないと改めて思いなおした。彼女の運で選んだ場合、最悪の人物か最良の人物の二択になることが懸念されていたが、どうやら彼は後者のようだと。

 

 

「これからエンジェル隊に入隊するんですよね、教官? 」

 

「ん? ああ、そうさ。正しくはルーンエンジェル隊だがね」

 

「もう一つは教官が所属していた、ルーンエンジェル隊の前身。ムーンエンジェル隊ですね」

 

 

基本的ながらも教えたことをきちんと覚えているようで、フォルテは安心しつつ、あと10分ほどで着くことを確認すると、発破をかけてやるかと思い口を再び開いた。

 

 

「今『エンジェル隊』と言えば、ムーンエンジェル隊を指す。これはアタシらがしたことが大きいのもある。だからといって、ルーンエンジェル隊がそのままでいいとは思うんじゃないよ」

 

「教官? 」

 

「ルーンエンジェル隊はフォルテ・シュトーレンが教習を施した部隊。じゃなくて、フォルテ・シュトーレンはルーンエンジェル隊の教官だった。そういわれるようになるくらい頑張りなよ」

 

「はい! 」

 

カズヤの元気の良い返事に、フォルテも口元が緩む。この位真っ直ぐだとやり易いのだ。そういった意味では教え子の中ではリコの次に良かったともいえるかもしれない。フォルテはそう思った。

 

 

「まあ、困ったらあいつがフォローしてくれるだろ。最初は頼りな。存分にね、借りなんてそのうちに返せば良い」

 

「あいつですか? 」

 

「ああ、ルクシオールには『英雄様』が乗っているからね」

 

 

含みを持たせた言い方で、少々からかいが含まれているのだが、カズヤは純粋なのかそれに気づかずに、質問を続ける。

 

 

「英雄といえば、司令官のタクト・マイヤーズ准将ですよね。これから僕の直属の上官になる」

 

「んー。まあそうさだがね、カズヤ。タクトは『EDEN解放の英雄』さ。人前に出たがらないから、ネームバリューが独り歩きしている。本人はそれを作戦に使っているから良いんだろうけど。おっと、話がそれたね。英雄っていうと『旗艦殺し(フラグブレイカー)』の事を指すのさ」

 

「旗艦殺しですか? 」

 

「ああ。おっと? もう着くようだね」

 

 

フォルテがそう言うと、シャトルはルクシオールに着艦し、格納庫へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁ!!!! 」

 

「ぬぐわぁぁぁぁ」

 

 

カズヤはシャトルから降りて、司令官と同僚になるらしい先任の少尉に出迎えられ、少しばかり言葉を交わした後、司令官の『タクト・マイヤーズ』が『アプリコット・桜葉』少尉に天高く飛ばされる風景を見る羽目になった。

あまりの理解の外の事態の中、何とかまだ正式な配属が認可されていないため、直属の上官のままであるフォルテを見ると、頭に手を当ててため息をついていた。

え、その程度なの? という疑問が喉まで出かかるが、言葉にできなかった。さらに驚くべきことが起こったのだ。

 

 

「うぁぁぁぁぁぁ! っと」

 

「全く、桜葉少尉。投げるなとは言わないが、触られる時に避ける努力位はできるであろう。司令は少々お戯れが過ぎます」

 

 

格納庫の高い天井を掠めるほど高く飛んだタクト。彼が落下して危うくぶつかる!! という瞬間に気が付いたらその場所に男性が立っていたのだ。まるで映画のフィルムを繋ぎ合わせて無理やり書き込んだかのように、しかし最初からその場所にいたかのように自然に表れた男は、タクトを危なげなく受け止め、地面に降ろしたのである。

 

 

「す、すみません! 織旗さん。タクトさんも大丈夫ですか? 」

 

「オレはついでなのね。いやー助かったよ楽人。ああ、カズヤ紹介するよ」

 

 

その男性は、カズヤが相対した人物の中で最も背が高かった。自分の若干のコンプレックスである160cmの身長よりも20cm以上高い。そして何よりも肩幅や胸板の厚さ、腕の太さ、胴回り、足の太さ大きさ。全てにおいて自分の倍はあろうかというほどの、すごい漢だ。

 

 

「織旗楽人だ。階級は中尉。役職は司令官付秘書官兼護衛官といったところだ。ああ、姓と名の順で名乗るのが故郷の慣わしでね。ラクト・オリハタになる」

 

「カ、カズヤ・シラナミ少尉です!! 宜しくお願いします」

 

 

巌のような男を前に、少々たじろいでしまうカズヤ。それも無理はなかろう。彼が今までに会った中で最も『軍人』らしい外見をしている人物であった彼に、歴戦の戦士といった印象を受けたのだ。また、同時に何処か探られているような感覚を覚えたのだ。不快とまではい合わないが不躾な視線に思わず背筋が伸びる。

 

 

「カズヤ、楽人は確かにこんな外見だけど、取って食ったりはしないよ。ねぇ、リコ」

 

 

ヘラヘラと笑いながら楽人の胸板をぺしぺしと叩きつつ、タクトはリコにそう同意を求める。それを無表情で何ら反応も見せない楽人。威厳も感じられないようなタクトだが、これは演技でなく自然体であるからだ。楽人とタクトは名前の響きはどことなく似ているが正反対であった。

 

 

「はい、真面目でいい人ですよ! 織旗さんが来てから、タクトさんのお仕事が滞ることがなくなりましたし」

 

「そうだよ、カズヤ。リコやタクトの言う通り、見かけほど怖い奴じゃない。一体何者なんだ……」

 

 

周囲の言葉に安心したカズヤは改めて楽人の事を観察してみる。一部の隙もなくピシッと着こなしているのは、シミや皺一つない軍服であり、階級章にも汚れ一つない。装飾品らしきものは、首元からわずかに見える首輪のようなチョーカーだけだ。

 

周りの言う通り、真面目な人だけど、マイヤーズ司令の部下でやり方にも従っているから、お堅い人じゃないみたいだ。ちょっと怖いけど。

 

カズヤはそう楽人を評価し、いつの間にかさしのばされていた右手に合わせるように右手を伸ばし握手をした。先ほどから、楽人が動く瞬間を見ることができないことに、カズヤが気付くのは少し後になってからになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく機は熟す。ルクシオールはNEUEの外れ。エルシオールも紋章機をすべて連れてEDENへオーバーホールに戻る。待ちに待った時が来たのだ。我が千年の大望が果たされる」

 

 

Absolute。銀河の中心であり、セントラルグロウブという、無限のエネルギーを生産し続ける超古代技術と共にあるそれは、これからの時代より人類が高度に発展していくことの象徴のような扱いを受けていた。そのセントラルグロウブに、住居を構えている老人それが表向きのヴェレルの立ち位置だ。

 

 

「くく、影の月も既に必要数の準備を終えている。抜かりはない。我が計画に一つの誤算も生じることはないであろう……あの男『タクト・マイヤーズ』のみが気がかりであるが」

 

 

彼は暗がりの中、紫と黒い光に照らされながら。一人伏せたカードを表にするタイミングへのカウントダウンを開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズヤ、よろしくなのだ!! 」

 

「よろしくお願いしますわ~」

 

「うん、よろしく、ナノナノ、カルーア」

 

 

格納庫での出向明けが終わり、フォルテが仕事の為にセルダール本星に一足先に戻るのを見送った後。カズヤはリコに案内されながら艦内を回り、そして同僚となるルーンエンジェル隊と顔を合わせていた。

リコからは、まだシラナミさんと呼ばれ微妙に距離を感じているが、タクトですら半年以上かかったのだ。焦りは禁物であろう。

 

 

「ナノちゃんはナノマシン生命体なんです」

 

「え、ナノマシンって、あの? うわぁ! すごい! 生きているナノマシン……というか人間だよ」

 

「そうなのだ! だから治療とかはお任せなのだ。カズヤもケガをしたら医務室に来るのだ! 」

 

「うん、その時はよろしく頼むよ」

 

 

無邪気に青い短い髪と尻尾を揺らしながらナノナノは元気にそう言った。カズヤとしては、ナノマシン生命体という時点で、少々頭の知識の倉庫を探る必要があったが、座学の講義の講師が雑談的に口にしたのを思い出し納得した。今思えば機密故に直接は語らなかったが、この時の為だったのであろう。

しかし、ナノナノを目の前にしてみると、思っていたものよりもずっと人間。嫌、全く人間と変わらないその姿に若干驚いてしまったのである。

 

 

「次はわたくしですわね~」

 

「カルーアさんは、マジーク出身で、12人しかいない公認A級の魔女なんですよ」

 

「はい~。そのとおりですの~。ですがそんな大層なものじゃありませんよ~」

 

 

カルーアは魔女である。NEUE宇宙をNEUE宇宙足らしめている要因の一つ。魔法の使い手なのだ。魔法世界と一部のEDEN人が揶揄するように言うのも、個が強力な魔法を使うことができるからである。魔法への造詣が深くない人物は魔法使いを必要以上に恐れることもある。

その為にカズヤはNEUE人であるのに、EDEN人の民間の講師が招かれ魔法に関しての教習を受けた。辺境の出身であるカズヤよりもその『民間のEDEN人』の方が魔法に詳しいことにも驚いたが、エンジェル隊員と彼が乗る機体の特性上絆を深める必要があるカズヤが、魔法に対する抵抗感から彼女に対して恐怖を感じないように。

 

 

「そうか、魔女なんだね。すごいや!! 僕は本物のNEUE魔法を見たことはないんだ! 」

 

「あら~。カズヤさんも魔法が怖くないのですか? 」

 

「うん、教習の座学時に大まかな原理を説明してもらったからね。最新の化学プラントでなら、凡そ似たようなことを費用と時間かければできるって聞いてさ。科学者みたいなイメージがあったんだ」

 

「そうですか~。私は理論や実験中心ですので、間違ってはいませんわ」

 

 

カルーアも新任の隊員が自分を必要以上に怖がらない様子に安心した。彼女の心の奥がチクリと痛んだことを彼女自身も気づかないままに話は続く。

 

 

「よかったですね、カルーアさん! 」

 

「ええ、リコちゃん。最近来る男の人は、魔法が怖くないみたいで~嬉しいですわね~」

 

「あれ? リコ、最近僕以外にも着任したの? 」

 

カズヤがカルーアの言葉に疑問を覚え、リコに尋ねる。リコは男性から急に話しかけられても、既にカズヤに慣れ始めたのか、肩をビクッと跳ね上げることもなく、彼に向き直り口を開いた。

 

 

「はい。先ほどお会いした織旗中尉も2か月ほど前に着任されました」

 

「ナノナノはちょっと苦手なのだ。楽人は怖いのだ」

 

「それは、ナノナノがタクトにいたずらをしようとしたのが悪かったのですにぃ」

 

「むぅー! ミモもうるさいのだ! 」

 

「うにぃ! 顔を引っ張らないでほしいですにぃ!! 」

 

 

カルーアの使い魔である黒い饅頭に猫耳が生えたような形のミモレットが答えるものの、口を引っ張られ横に引き伸ばされ物理的に黙らされてしまう。カズヤは自分で尋ねた質問を頭の隅にやりその仲裁に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、こっちは順調だ。そっちは……聞くまでもなさそうだな」

 

「まあね」

 

「失礼します! 桜葉、シラナミ入ります」

 

 

リコが先導するルクシオールツアーも最後の目的地である、ブリッジに到着した。途中に立ち寄った食堂で、料理学校で同期であり鎬を削ったライバルである『料理部門主席卒業』のランティ・フィアドーネが居たことにお互い驚くなどのハプニングがあった。

しかし、それは嬉しい誤算ではあったので、再会を喜び合い────ランティが、美少女ばかりのエンジェル隊にカズヤが所属すると聞いて一波乱あったが────ここに至るのだ。

ブリッジに入ったカズヤは周囲を見渡す、エレベーターと直結されており、素早く移動できる機能性の考えられたデザインのブリッジには、クルーが10名程、かなり間隔が開いているものの、連携は保たれているようで、司令官が通信中であるというのに全員問題なく航行を続けている。

 

 

「ん、ああ、カズヤにリコか丁度良い、レスター。こいつが例の新人だよ」

 

「おお、『公式初』の男性エンジェルか! 俺はレスター・クールダラス。エルシオールの艦長をやっている。横にいるのはアルモだ。俺の副官をやりつつ通信担当をしている」

 

 

横のアルモをちらりと見ながら、レスターはカズヤにそう軽く自己紹介をする。当然初対面のカズヤは知る由もないが、二人の立つ距離は年々縮まっているのだった。カズヤは階級が5つも離れている雲の上の人なので、失礼のないように緊張しながら口を開いた。

 

 

「はい! エンジェル隊に配属されました、カズヤ・シラナミ少尉です!! マイヤーズ司令の元で、誠心誠意任務に励みます!! 」

 

「おお、まともだ。いやー心が洗われるようだ」

 

 

えぇー。と心の中で思いながら、カズヤはレスターに対する評価を少し変えた。フォルテや周囲の人物からは『とにかくお堅い男、だけどタクトが働くにはああいうのが一人いないとだめな、縁の下の力持ち』という評価だったので、もっと堅い人物と思ったのだが、案外ユニークな人のようだ。

 

 

「エンジェル隊は、ちとせを除いて破天荒な奴が多かったからな。カズヤこれからも、自分を曲げずに育ってくれよ。くれぐれもそこのおちゃらけ司令官を見習うなよ」

 

「なんだよ、レスター。エンジェル隊なんだからさ、もっとこうフランクで柔軟な感じで行くべきなんだよ。」

 

「え、えーと」

 

 

着任早々、上司同士の確執────彼にはそう見えていた────の板挟みになってしまい、返事に窮するカズヤ。その様子をリコは口元に手を当てて小さく笑いながら見ていた。

 

 

「レスターさん、新人さんが困っていますよ」

 

「司令、シラナミ少尉をからかうのは越権行為かと申し上げます」

 

 

そんなカズヤを救ったのは、それぞれ司令官の後方から現れた人物達であった。ルクシオールからは楽人。エルシオール側からは麗しい黒髪を腰あたりまで伸ばした淑やかな美女、烏丸ちとせ大尉であった。

 

 

「貴方がカズヤ・シラナミ少尉ですね。元ムーンエンジェル隊員の烏丸ちとせ大尉です」

 

「カ、カズヤ・シラナミです!! よろしくお願いします!! 」

 

 

すごく綺麗な人だなぁと思いながら、カズヤは何とかそう返した。教官から始まりムーンエンジェル隊は綺麗な大人の女性しかいないのだろうか? そんなことを彼は心の中でそっとつぶやいた。そしてそれは事実であった。

 

 

「お久しぶりです、タクトさん。楽人さんも一体何者かわからなくなる程ですね」

 

「ちとせ、レスターの下でこき使われてない? 」

 

「烏丸さん、お久しぶりです」

 

 

ちとせの挨拶に二人は個性を象徴するように返す。懐かしさを感じるやり取りに、元エルシオールクルー達は、一瞬過去に返ったかのような錯覚を覚える。

 

 

「全く相変わらずだな、その不真面目さは。楽人、ココ、フォローを頼むぞ。チャランポランな司令官で大変であろうがな」

 

「ちとせ、アルモ、カチンコチンな司令官の下で気苦労は絶えないだろうけど、頑張ってね」

 

 

そんな懐かしい空気も、Absoluteのエルシオールが、EDENゲートへとアウトする時間になり終わりを告げる。エルシオールは紋章機のオーバーホールを受けるために一度戻るのだ。

 

 

「それじゃあなタクト。達者でな」

 

「ああ、レスターもね」

 

 

二人がそう言い合うと通信は切れた。そこにはそれを惜しむ空気もない、いつも通りの物であった。皆わかっているのだ、今の時代を生きていく必要があると。既に彼らが1つに結束して1つの艦で孤軍奮闘する時代ではなくなったのだと。そんな平和はとても尊く大切であるが、少しだけ寂しくもあった。

 

 

「やあ、カズヤにリコ。ブリッジへようこそ。これからも何かがあったら呼び出すと思うから、場所は真っ先に覚えるように」

 

「あ、了解です」

 

「うん、いい返事だ。それじゃあクルーを紹介しようか、ココ」

 

「はい、司令。どうもカズヤ君。私はココ・ナッツミルクよ。階級は大尉でこのブリッジのチーフオペレーターをしているの」

 

「ココは他にもいろいろ出来てね、実質的に副艦長、No.2だと思ってくれて良いよ」

 

「よろしく願いします! 」

 

 

 

 

カズヤはそのまま、紹介されるクルーの名前を何とか覚えるために努力した。しかしさすがに全員は無理なので、時間と共に覚えようと心のメモに書き込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、ここが魔法研究室かー」

 

「あら~、本当にいらしてくださりましたの」

 

「こんにちは、カルーアさん、ミモレットさん」

 

 

カズヤはブリッジを後にしようとした際に、タクトに司令官室へと招かれた。そこで、カズヤのセンスで掛け軸を選ぶように頼まれたので『運も実力のうち』と書かれたものを選び、タクトからテレパスファーを受け取り部屋を後にした。

テレパスファーとはざっくり言ってしまえば、ミントの耳である。彼女はこのテレパスファーを用いて心を読んでいるのだ。ブラマンシュの人々のESPは単純なサイコメトリーではなく、この『植物』との共生能力である。テレパスファーこそが周囲の生物の心を読むことができ、それが宿主に伝わるのだ。

テレパスファーのおかげで、エンジェル隊の大凡の自分に対する好意の量と位置がわかるようになったので、カズヤは艦内を探索することにしたのだ。すると、魔法研究室とデータにある部屋にカルーアの存在を感じたので足を向けたところ、倉庫から出てきたリコと合流したので、一緒に入ることにしたのであった。

 

 

「うん、興味があったからね」

 

「あら~、嬉しいですわ~。そうですわぁ! カズヤさんにエンジェル隊員を紹介しないといけませんわ~」

 

「え? 他に誰かいるの? 」

 

「テキーラさんですね!」

 

「はい~。ミモちゃ~ん」

 

「了解ですにぃ」

 

 

カズヤが理解する前にとんとん拍子で話は進んでいく。そうやら『テキーラ』という人物がいるようだ。しかしながら、この部屋には人が隠れられるスペースはないこともないが、だとしても机の下に隠れるようなおちゃめな人物が、まだ紹介されていないのも可笑しい話だ。

そう考えていると、力んでいたミモレットが、口から茶色いものを吐き出した。それをカルーアは慣れた手つきで受け取る。カズヤがその茶色いものを市販されているチョコレートボンボンだと理解するのと同時に、カルーアはボンボンを口に運んだ。

 

────その時不思議なことが起こった!

 

カルーアの体が緑色の光に包まれ、下からまるで風が吹いているように髪と洋服が風になびいたのである。彼女がきちんと着用している制服の上着の前のボタンがすべて外れ、羽織るような格好になる。服の上からでもわかった豊満な胸元の谷間が見えるように強調される。そして髪の色が変わってゆき、目が若干つり上がる。

 

そう、そこにいたのはカルーアではなく、全く違った印象を受ける別人であったのだ。

 

 

「ハァーイ、シラナミ。アンタの事はあの娘を通じて見ていたわ。アタシはテキーラ」

 

「え、えぇー!! 」

 

 

魔法については常識的な知識しかないカズヤは、カルーアと名乗る女性に動揺を禁じ得なかった。声の調子はどこか似ているところはある物の、トーンや張り方は別人のそれだ。すっかり狼狽してしまったカズヤはヘルプとばかりにリコを見る。するとリコは苦笑しながら解説を始めた。

 

 

「シラナミさん、カルーアさんとテキーラさんは二重人格なんです。意識と同時に体も入れ替わっちゃうんです」

 

 

そう、おっとりしたほんわか系のカルーアと、女王様気質のテキーラは一つの肉体を共有している二重人格だ。と言っても、二人ではそもそも身体が違う。変身の際に髪の色が変わるのはそもそも身体が入れ替わっているからだ。

所謂『もう一人の僕』ではなく、『私のかわいいドッピオ』なのだ。実際3サイズとかも違うし。カルーアとテキーラだとテキーラの方が若干胸大きくなるし。

 

 

「カルーアは魔法の実験を中心にやっているけど、私は実践、使う方をメインにしているわ。ついでに荒事もアタシ担当。紋章機で戦う時はアタシだから」

 

「そ、そうなんだ。よろしくね。テキーラ」

 

 

超常現象が起こった場合、理解ではなく『そういう事だと』納得し対応しな。それが生き残るコツだよ、エンジェル隊でのね。という師の言葉を思い出して、なんとか対応するカズヤ。しかし彼を待ち受けたのはさらなる揺さぶりの言葉であった。

 

 

「ふーん……シラナミ、アンタ結構可愛い顔してるじゃない? 」

 

「え、ええ!?」

 

 

そう言いながら彼女はカズヤの顎を、手袋をしたままの指でなぞった。テキーラは可愛いものが好きである。リコも初対面の時は散々からかわれた思い出がある。今でも若干身の危険を感じているのだが、さすがにこれは見てられないので行動に移る。

 

 

「だ、ダメですテキーラさん!! シラナミさんが困っています!!」

 

「あら、そうかしら? 案外こういうのが好きだったりして?」

 

「シラナミさんはそんな人じゃありません!!」

 

 

テキーラがからかい100%の為険悪ではないのだが、軽い口論に発展してしまう。カズヤはというと、先ほどから、自分の方に体を傾けているが、横のリコを向いている為、顔から視線を外したテキーラの胸元の谷間や白い肌に視線を強制的に奪われていた。テキーラには気づかれていたが。

 

 

「マジョラム少尉、入らせてもらうぞ。おや、テキーラ少尉だったか。頼まれていた物資を持ってきた」

 

 

そこに新たな人物が立ち入ってきた。両手に結構な量の荷物を抱えているが、体格のせいもあって、別段大した量でないように錯覚してしまう。織旗楽人である。どうやら、ミモレットが対応しドアを開けた様であった。

 

 

「あら、楽人じゃない。どうもありがと。その辺に置いてくれて良いわ」

 

「ああ、ここだな」

 

 

テキーラは適当な指示を出し、慣れた様子で楽人もそれを開いている場所に置く、こういったことは初めてではないからだ。楽人の仕事はタクトの護衛と秘書だが、ずっとかかりきりでないために各部署の助人のようなことや雑用をこなしているのだ。

調理室での下ごしらえから、搬入時の現場指揮、MPの真似事、倉庫の管理などが中心である。エンジェル隊に関しては優先度が高いため、こうして要求されていた物資を持ってきたのである。

そして、基本苗字+階級呼びの彼がテキーラと呼ぶのは、至極単純。テキーラ・マジョラム少尉と呼ばれることを嫌がられただけだ。マジョラム少尉ではカルーアとかぶってしまうので、テキーラから『長ったらしいのは嫌』という意見を汲んだ結果である。テキーラ本人は礼なのか、代わりなのか、彼の事を織旗ではなく、楽人と呼ぶのであった。

彼女曰く、楽人の方がなぜかしっくりくる。魂(アルマ)に近い名であるという魔女的な直感もあるという。どういうことなのかさっぱりだ。

 

 

「それでは失礼する。貴官らの自由意志を信用はするが、各員節度を持って行動するように」

 

「りょ、了解です!!」

 

「はい! 織旗さん」

 

「相変わらずお堅いわね、了解よー」

 

 

その返事を背中に受けながら彼は退出した。楽人がいなくなると、カズヤは安堵のため息を吐いた。彼の前にいると、見透かされているような、量られているような気分になり、重圧を感じるのだ。

 

 

「ふぅー。リコもカルーアも良く平気だね。織旗中尉が」

 

「良い人ですよ。戦後にタクトさんの部下になったらしいですけど、古参の人は皆信用していますし」

 

「そうそう、いかにも軍の上官みたいなしゃべり方だけど、こっちには強制してこない。タクトの教育が行き届いているわね」

 

「うーん、まぁそうなんだろうけど」」

 

 

どうも自分と二人の楽人に対する印象は違うようだと心の中でカズヤは呟いた。確かにカズヤが小さいころに見た映画に出てくる軍人の図そのままだ。高い背に筋肉質で鍛えられた肉体。油断と隙が伺えない動作。部下に対する口調と上官に対する口調の差。まさに軍人さんと呼ばれるような存在だ。

しかしマイヤーズ流と呼ばれる、軍規は最低限で良いという考え方に同意しているのか、こちら側には強制してこない。部下からしてみれば理想の上官であろう。

目で見たわけでは無いが、能力も高いらしく、艦のクルーからも評価は高い。リコの『ちょっと怖いけど、真面目で懐の大きい人』というのは、ほぼクルー全員共通の認識だ。しかし何か引っかかるものがあるのだ。

 

そんなことを考えていると、アラートが鳴り響く。この音は招集であることに気が付くとリコとテキーラと顔を合わせてからブリッジに向けて走り出した。

 

 

直前までリコが彼の手を握っていたことに二人とも気づかないまま。

 



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第2話 感心/改心

 

 

 

 

 

「ちくしょー! 覚えてろよ」

 

 

何処までも小物チックな捨て台詞と共に、個人商船サイズの略奪を目的とした艦は去って行った。急なアラートに過敏に反応し緊張した顔を浮かべていた10分前のクルー達はすでになく、微妙に白けたゆるい空気が周囲を支配していた。

 

 

「司令、追いますか?」

 

「んーいいよ。なんかまた会いそうな気がするし。悪い娘じゃないみたいだしね」

 

 

たった1 隻の民間レベルの武装しかしていない艦であったため、経費の削減も兼ねてRA‐001『クロスキャリバー』に新人隊員であるカズヤの初陣に丁度良いとRA‐000『ブレイブハート』の2機のみが出撃した。

合体機能を持つ新しい概念のブレイブハートは、リコの操るクロスキャリバーと合体し、全ての能力を引き上げた。その圧倒的な機動力と攻撃の命中精度に翻弄され、接敵から物の5分で敵は戦闘行動が不可能になり撤退していったのである。

 

もちろんブレイブハートは真の意味で万能なブースターではない。合体先の紋章機の搭乗者との信頼関係が築けているかという、非常にデリケートな要因が介在している。それに加えて、燃費に関しては上昇値がそこまで劇的ではない。推進力に関してはかなり持続性が上がるが、攻撃はあくまでブーストであり『1回の出撃で倒せる敵の数』はそこまで増えるわけでは無い。『全滅させるまでの時間』はかなり短縮させてくれる。それがブレイブハートだ。

 

ともかく初陣に出た新人隊員にしては、破格の活躍をしたカズヤは整備クルーなどに格納庫でもみくちゃにされてちょっかいを出されている。報告に指令室来るには時間がかかるであろう。タクトもそれを見越してリコに報告は後回しで良いから、初陣祝いにパーティーを開くための手配をしてくれと頼んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で厳しい表情を浮かべている部下の対応をする時間を作る事も兼ねて。

 

 

「この程度……ですか?」

 

「まあ、そう言うなって。初陣なんだから」

 

戦闘終了後の司令官室。ブリッジをココを筆頭としたクルーに任せて、新人の実力を見るのにちょうどよい不明艦との戦闘が終わった今、楽人とタクトの二人はそこで密談していた。

 

 

「エンジェル隊、しかも初の男性隊員。加えて正規の訓練を簡略とはいえ受けている。その彼があの程度で不安と不満が生まれないとでも?」

 

「あのねぇ、楽人。確かにきな臭い予感はしているよ。でも今は仕方ないだろう? カズヤはまだ16歳で実戦は初めてだったんだ」

 

 

謎の男織旗楽人は先ほどの戦闘に対して強い不満があるようだ。逆に我等が救国の英雄タクト・マイヤーズは、むしろ上出来だという評価であった。これは相互に互いの立ち位置を認識しているが故の、半ば茶番のような会話であったが、二人にとっては必要であった。この会話をしたという事が噂でも艦内に広まれば良いのだ。

 

タクトの立場からすれば、カズヤは優秀な大型ルーキーだ。何せ彼の愛妻ミルフィーユ・桜葉に選ばれたのだ。争いなんて幼少時の玩具の取り合い程度の平和な少年が選ばれ、そしてわずか半年の訓練で突然の遭遇戦。相手は小型船舶でこの巨大最新鋭戦艦ルクシオールに喧嘩を売る『危機管理意識の乏しい』盗賊のようだ。丁度良い初陣になるであろうと、リコと共に出陣させた結果、見事ブレイブハートの合体機能を使いこなし、わずかな被弾と時間のみで敵を撃破した。拿捕や撃沈させることなく逃走を許してしまったが、木端盗賊程度問題はないであろう。

 

だが、楽人の考えも分かるのだ、彼は極秘事項だが、過去にわずか14歳にして戦場に乱入し、旗艦へと特攻を敢行し、1分程度で撃破している経歴を持つ。その前には自己流の特訓しかしていなかったのにだ。ある意味で才能の塊であり、タクトはその時点から1日と欠かさずに自分を鍛えるための努力を欠かしてないこの謎の人物を良く知っている。

そんな謎の人物から見れば、カズヤのレベルには顔をしかめざるを得ないのであろう。全くいったい何者なんだ……織旗楽人。

 

 

「エンジェル隊に拘りすぎるのが、君の良くない癖だ。最初に命じたはずだ、ルーンエンジェル隊とは友好な関係を築くようにと」

 

「ええ、実際に友好的な関係を築けている自負はあります」

 

「うーん、オレの中の友好的と、ラク……との中の友好的って意味が違うんじゃないのかな?」

 

「と仰いますと?」

 

 

むきになっているようにも見える楽人の態度にタクトは上官として、年長者として一言申しておくことにした。この目の前の堅物は、変なところで人見知りをする。前に尋ねてみると、100万人の前で演説するほうが、2人の女の子と同時に会話するよりずっと楽と言いやがったのだ。タクトからしてみれば、非常に疲れるお仕事と楽しい時間の対比になるものが、日々のルーチンワークとストレスと緊張に苛まれるお仕事になるのだ。

 

 

「うん、例えば特に示し合わせたわけでもなく、一緒に食事をしたかい?」

 

「いえ、数名と偶然同席したことはありましたが、歓談中でしたので完食後退席しました」

 

「お茶会に参加した?」

 

「いえ、この艦に来てからは全く」

 

「休み時間や休日にお出かけや、部屋に御呼ばれしたりされたりは?」

 

「いえ、休日こそ鈍った身体に鞭を入れています」

 

 

タクトは呆れ果てて言葉も出なかった。というかこいつ分かってやってるんじゃないのか? とすら思えて来る。確かに実は偽名である織旗楽人の本名を知っている人物は現在この艦に2人しかいない。

所属としてはもう1人いるが、任務のために艦を離れている。そんな状況で親交を深めるのは確かに至難の技であろう。だがそれにしたって楽人はこちらの意図を理解して避けるために行動しているのではないかと思う時があるのだ。

 

 

「楽人、君にやってほしい事はね、エルシオールに乗っていた頃のラクレット・ヴァルター中尉の仕事じゃないんだ。タクト・マイヤーズの仕事をしてほしいんだよ」

 

「ええ、現に司令官の書類を整理することから始まり、定期的なパトロール。士気上昇の為に各部署への手伝い。全て滞りなくこなしています」

 

「そうじゃない。確かにオレは散歩が仕事だったとレスターにもミルフィーたちにも言われた。でもそれはエンジェル隊が緊張しないように、エルシオールを安心して過ごせる場所にするためさ」

 

 

タクトは昔を懐かしむように、司令のデスクの端に置いてある写真立てを見ながらそう呟く。楽人もつられて見ると、そこに映っていたのは、タクトを中心にエンジェル隊が囲っている集合写真だ、隅にはレスターが腕を組みそっぽを向いているが入っており、ラクレットもタイマーをセットした後端っこに駆け込み映り込んでいる。

 

 

「楽人、今の君はエンジェル隊に背中を預けられる存在になっているかい?」

 

「……」

 

「君はなまじ何でも出来過ぎた。オレなんかよりずっと優秀だった。初めて会った時の君でさえ、きっと今の俺より仕事ができただろう。それでも君には足りないところが多い。君は────オレ達以外を信頼できてないんだ」

 

「それは、司令の考えすぎでしょう」

 

「……まあ、今はいいよ。ともかく、エンジェル隊ともっと仲良くするように。リリィがいないけど、そのクリアは出来るでしょ?」

 

「了解です。それではそろそろ失礼します。先ほどからシラナミ少尉がドアの前で待っていますから」

 

 

楽人はそう言って、その場で反転しタクトが気付いた時にはドア付近にいた。最近タクトは楽人の動作の初動を見る事が出来ないでいた。何でも修行の末に編み出した移動法だそうだ。声をかける間もなく、楽人はドアを開いて、カズヤたちの脇を通り姿を消したのであった。

タクトは、笑顔でカズヤとリコをねぎらう事にした。自分の言葉が通じたことを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で僕が僕のパーティーの料理を作っているんだろう?」

 

「あぁ!? あれだけ可愛いエンジェルに囲まれておいてまだ高望みするのか?」

 

 

カズヤの初陣記念パーティーは戦闘の直後に行われたが、カズヤの着任祝いも兼ねたパーティーは結構な規模で行おうという司令官の提案により、数日たった今日まで伸びていた。

その間にカズヤは各部署の世話になりそうな人とは大よその面通しを済ませている。医務室のカウンセリングを専門とする医者モルデン先生。整備班のおやっさん的存在の整備班長クロワ。そのクロワといつも張り合う女性整備班員のコロネ。機関整備員で無愛想な女性ステリーネ。ティーラウンジのウェイトレス、メルバ。

出会いやここ数日のエピソードだけで日が暮れてしまうような濃い人物ばかりだとカズヤは思ったのだが、それを流せる自分も大概図太いとはまだ本人に自覚はなかった。

 

 

「にしても、まさかランティがこの艦にいるとはね。今更だけど本当驚いたよ」

 

「まあ、お前と同じ料理学校を俺は総合首席で卒業した後、EDENに料理修行に行きたいとか思っていたら、丁度話が来てな。後はとんとん拍子だ」

 

「そうなんだ……僕は故郷に戻って仕事してたら、気が付けばエンジェル隊員だよ」

 

「それは自慢なのか、え? 喧嘩を売ってるのか」

 

 

カズヤとは旧知の中であり、年齢が少し上の為に兄貴分でもあった、ランティはそう毒づく。彼は綺麗な女性が好きという特徴があるのだ。実際面接では偶然来ていたタクトにそこを気に入られたのだ。なんだかんだで彼も持っているものはあるのだ。

料理部門を首席で卒業したカズヤからしてみれば、料理ではライバルであり、尊敬しているが、女性ばかり追っているのは直した方が良いと常々思っているのだった。

 

 

「フィアドーネ、ジャガイモ100個の皮むき終わったぞ」

 

「ああ、ありがとうございます。いやー早いですね。というか機械でやっても良いのに」

 

「機械だと味気ないという客もいるからな。ジャガイモの皮むきは軍に入るにあたって練習した特技でね」

 

いつの間にかランティの横に立っていたのは、籠一杯の宇宙ジャガイモをもった楽人であった。カズヤは最初この調理場に入った時には驚いたものの、ランティ曰く暇なときに手伝いに来てくれているとのことだ。

主な仕事はフルコースメニューを頼んだ人への給仕や皿の片づけ、そして調理の下ごしらえだが、カズヤの目から見ても、慣れた手つきで皮むきをしており、先ほどの言葉に嘘はないのであろう。本当に多芸なんだなとカズヤは感心しながら、少し自分と比較してしまう。

微妙に織旗中尉が自分への当たりが強い気がするのは、特に能力が無いのに、エンジェル隊に抜擢されたからではないかと、そんなネガティブな思考に入りかけるのを必死に振り払いながら、カズヤはケーキのトッピングに意識を集中するのであった。

 

 

 

「うわー。すごーい!」

 

「お店に並んでいる物みたいなのだ!」

 

「すごいですわ~。カズヤさん」

 

「えへへ、喜んでくれるとうれしいよ」

 

 

暇を持て余している各クルーが、時間の許す限り入れ代わり立ち代わり参加する立食パーティー形式で始まったのだが、やはり主役であるカズヤの料理に注目が集まる。カズヤの周りには綺麗所であるエンジェル隊がそろっているのに加えて、クロノドライブだというのを良い事に、タクトまで来ているのだ。パーティーの華に違いはなかった。

 

 

「うん、やっぱりミルフィーが選んだ隊員に間違いはなかったね」

 

「ミルフィー……ミルフィーユ・桜葉さんの事ですか?」

 

「ああ、そうそ「はい! お姉ちゃんです!」

 

タクトの口から洩れた名前が、聞き覚えのあるもの、具体的には半年の教習で習った名前であったので、思わず聞き直したら、答えようとした彼を遮るように突然リコが割り込んできた。

 

 

「お、お姉ちゃん? リコのお姉ちゃんなの?」

 

「はい! お姉ちゃんはゲートキーパーでお菓子作りが上手で優しくて格好良くて可愛くて優しくて笑顔がステキで、世界で一番のお姉ちゃんなんです!」

 

何時もの気弱で真面目そうな印象とはだいぶ趣が異なる、そんな彼女に少し引いてしまいそうになりながらも、カズヤは理解した。

 

「リコはお姉ちゃんが好きなんだね」

 

「はい! 大好きです。お姉ちゃんは良く私がお勉強をしている時に休憩しようっておやつのケーキを焼いてくれたんです……美味しいケーキを」

 

「ミルフィーは、ゲートキーパーっていう、EDENとNEUEを繋ぐ彼女にしかできない仕事をしてるんだ。そのせいでAbsoluteから離れられなくてね」

 

 

先ほどの喜色満面の表情から急にしぼんでいくように、声に力が無くなっていくリコ。それを見たタクトは苦笑しながら引き継ぐ。彼としても非常に遺憾な事態ではあるのだが、むしろ彼の探索と復興という任務を考えると、母港として利用しているAbsoluteにいるのはそこまで都合が悪くはないのだ。

 

 

「あっ! わかりました! シラナミさんはお姉ちゃんに似てるんです! 雰囲気とお砂糖の匂いが」

 

「え? 」

 

すると突然閃いたかのように、リコがそう叫んだ。カズヤもタクトも、近くでケーキに舌鼓を打ちながら様子を見守っているエンジェル隊と楽人も理解できないほど突拍子のないものであった。

 

 

「えーとどういう事だい? 」

 

「はい、タクトさん。シラナミさんはお姉ちゃんに似てるんです。きっとお姉ちゃんが選んだからなんです!」

 

「あー……楽人、解説してくれない?」

 

全く理解ができない理論に思わず自分の秘書兼護衛の楽人に助けを求めるタクト。楽人の方は、そのタクト達が呆然としている間に、こっそりケーキのお代わりをしようとしているナノナノを視線でたしなめていたが、名前を呼ばれたので反応することにする。

 

 

「推測ですが、ミルフィーさんが選んだから私にとっても良い事。という前提に理由づけをしようとした結果、お菓子作りという共通点から拡大解釈したのでは?」

 

「なるほど……そういう解釈は出来る癖に、君は女の子苦手だよね」

 

「事実ですので、誹謗中傷とは言いませんが、階級の下の者の前では止めていただきたいのですが」

 

楽人の特技である、冷静な観察により、咄嗟に下した分析を報告し助け舟を出したのに、突如こちらに攻撃が飛んでくる理不尽さを抗議の為に、楽人はそう告げた。

 

 

「あら? 楽人。あんたもしかして……ダメなの? それともアッチ系?」

 

「……感情と自分の価値観だけで動く生き物が苦手とだけ言っておく。深読みはしない」

 

 

いつの間にかカルーアから入れ替わっていたのか────カズヤのケーキの中に入っていた飛ばしたブランデーに反応したのであろう────テキーラが、早速面白いおもちゃを見つけたとばかりに、からかいに来た。カズヤは先ほどからの空気の急激な高低差に酔いそうに成りながら、目の前で自分の手を取り、目を輝かせているリコの対処を考えるのだった。

それがマイヤーズ流と呼ばれるタクトの下の部隊の独特の空気であり、慣れる必要があることと、楽人の口調がいつもと違った事に、未だに気づかないままに。

 

 

 

 

 

『ルクシオール』は現在一定の成果を認められたのと同時に、予定された期間を終了したので、現在NEUEの中心的惑星であり、ゲートの近くにあるセルダールに向かっている。既に確立され整理されたクロノドライブ航路を乗り継いで進んでおり、最新鋭のこの艦はかなりの速度で向かっている。

しかしそれでも、クルーには暇な時間ができるものであり、その時間をどう過ごすかは非番のクルーにとっては自由である。

カズヤ・シラナミはティーラウンジで注文したケーキに舌鼓を打ちながら、友人のランティ作であるそれの評価を頭の中でしていた。それは、目の前で繰り広げられている状況をかみしめながらである。

 

 

「はいあ~ん、ですわ」

 

「あむ! ん~~!! おいしいのだ」

 

「カルーアさん、私もほしいです!!」

 

 

デザートは別腹であるが、スイーツと体重は別件ではない。しかしいろんな味を楽しみたいのも乙女心。エンジェル隊の3人の内1人はまだ子供であるのと、ナノマシン生命体でもある為に気にしていないが、皆で自分の品を交換し合うという事が楽しいのか、ご機嫌でカルーアの手からベイクドチーズケーキを食べさせられている。

 

 

「うーん……」

 

「どうしたんですか? シラナミさん」

 

「いや、こんなにのんびりしていていいのかなーって」

 

「今は待機中ですから~問題ないですわ~」

 

いまだ新入隊員で配属したばかりであり、自分のイメージにあった軍隊とのギャップに戸惑っているカズヤなのだ。訓練期間はまるで学生のような生活であり、規則正しいものであったが、ここでは緊急の呼び出しが無い限り自由行動というまるで天国のような職場である。

 

 

「カズヤはしんけーしつすぎるのだ。将来はげるのだ!」

 

「ハゲないよ! どこでそんな言葉覚えたんだよ! 」

 

「モルデン先生はカウンセラーなのだ」

 

 

唐突に見た目10歳程度の女の子からハゲる、神経質であるなどと言われて、天性のツッコミ気質が働き反射的にそう返してしまう。その様子をカルーアとリコは小さく笑いながら見つめている。穏やかな午後の風景であった。

 

 

「あ、そうだ。ミルフィーさんの事で思ったんだけどさ」

 

「お姉ちゃんですか?」

 

カズヤはふと思いついた、『為になり』『時間が潰せる』事を口にした。切り出し方がリコの琴線に触れるものであり、すぐさま食いつく姿勢に若干戸惑いつつ、続きを口にする。

 

 

「うん、というかエンジェル隊。ムーンエンジェル隊の事を知りたいんだ。フォルテ教官はあんまり教えてくれなかったし、他には烏丸大尉しかお会いしたことないし」

 

「そういえば~私もお会いしたことあるのはフォルテさんだけですわ~」

 

「そういうのはリコたんが詳しいのだ!」

 

「うんうん、オレもリコから聞いてみたいね、エンジェル隊の評価を」

 

「タクトさん!? 」「司令!?」

 

 

自然に会話に混ざってきたのはタクト・マイヤーズ。普通であれば、ブリッジか司令官室で仕事をしているべき人物である。当然の如くサボり逃げ出したのだが。というか、そういうサボり気質が楽人の仕事を増やし、プライベートの時間を取れなくしている大きな要因でもある。

しかしながらm本人は見事なダブルスタンダードの使い手であり、気にしていないのか、気づいてないフリなのか。

 

「タクトさんの方が詳しくお話しできるのでは?」

 

「うん、でも俺のバイアスを抜きにした、新エンジェル隊員としての視点での意見を聞きたいな。カズヤもそのほうが理解しやすいだろ?」

 

 

暇つぶしにはちょうど良いから。ココがいれば今のタクトの言葉はそう翻訳したであろう。口は達者であり、まだ経験の足りていないルーンエンジェル隊の面々ではそこまで察せていない。

 

 

「じゃあまず、ミルフィーユ・桜葉。私のお姉ちゃんで今はゲートキーパーをしています。エンジェル隊の頃はなんでも万能機に乗るエースだったけど、普段はとっても優しいお姉ちゃんです!」

 

「なるほど、立派な人なんだね」

 

「うん、ミルフィーは最高の女性だよ……普段どころか戦闘中もいつも通りだったけどね」

 

 

カズヤも名前は知っているのと、妹であるリコが目の前にいるので、リコがそのまま育ったしっかりしながらも、優しい素晴らしい女性を想像する。

 

 

「2番機のパイロット、蘭花・フランボワーズさん。格闘術の達人で白兵戦では大の男の人にも負けない人です。機体も近接格闘型だそうです。すごい綺麗な人でした」

 

「格闘かー。やっぱり僕も鍛えたほうが良いのかなー」

 

「はは、ランファのレベルにはよっぽど努力しなきゃだめだよ」

 

 

カズヤは自分の全体的な軍人向けのスキルの低さを反省しつつそう呟いた。タクトはエンジェル隊というかエルシオールクルーは皆能力が尖りすぎなんじゃないかと思いながらカズヤが無茶をしないようにたしなめた。

 

 

「ミント・ブラマンシュさん。テレパシストで、その能力を使った偵察もできる機体を使っていたそうです。私が言うのも失礼かもですけど、可愛らしい方でした」

 

「超能力かー。EDEN人の一部にでる特殊能力だよね。すごいな」

 

「リコ、ミントの前で言わないようにね、本人気にしているところあるから」

 

 

NEUEにはEDENにないものがあるが、その逆もまた然りだというのを改めてタクトは理解しつつ、リコを窘めた。カズヤは今一つ理解しきれていないようだ。

 

 

「フォルテ・シュトーレンさん。カズヤさんも知っての通り銃器のスペシャリストで、エンジェル隊では唯一の叩き上げだそうです。機体は高火力重装甲のロマンが詰まってる奴って仰ってました」

 

「うん、教官は知ってるよ。銃の扱いは手馴れていたよね」

 

「必要経費だからと言って年代物の火薬銃を買うのは勘弁してほしかったな。NEUEのは安いからまだ良いけど」

 

 

まだ火薬式の銃が現役である星もある為に、NEUEの火薬銃はEDENのアンティークや芸術品という側面が無く、実用的であり安く。フォルテはいくつかをカズヤの訓練に必要と称して買いそろえているのだ。

 

 

「ヴァニラ・Hさんは 「ママなのだ! ママはナノマシンが使えて、すごいのだ。あとすごい美人ですごいのだー!」ふふ、ナノちゃんのいう通りです。機体もナノちゃんと一緒でナノマシンによる修復ができたそうです」

 

「はは、ナノナノのお母さんなんだ……あれ?」

 

「カズヤ、厳密には眠っていたナノナノを起こしたのがヴァニラで、ナノナノって名づけて世話をしたのも彼女だっていう事だよ。親子のように仲が良いのは事実だけどね」

 

 

誤解をしそうであったカズヤのフォローを入れつつ、ナノナノを稼働時間2年で考えると、17歳のヴァニラが母親でもおかしくはないんだと、ふと頭の片隅で考えるタクト。自分たちはいつ子供を授かる余裕ができるのかと遠くを見つめて考えてしまいそうになるのを振り払った。

 

 

「烏丸ちとせさん。弓道という古武術をやっていて、機体も狙撃を得意とするものだそうです。真面目で誠実そうな方という印象でした」

 

「この前お会いしたけど、背筋が伸びていて綺麗だったな」

 

「最近少し茶目っ気が出てきたけど、昔からちょっと天然だったよ」

 

 

日記に書いておきますね、の言葉や、レスターに褒められるほどの真面目な面と今一空気が読み切れてない言動。なによりもムーンエンジェル隊内でミルフィーと一番良く噛みあうというのが、彼女の天然性の証左であろう。

 

 

「まとめると、バランスが良い編成のチームで、皆綺麗な人だったのか……本当僕がエンジェル隊に入ってよかったのかな」

 

「大丈夫です! シラナミさんはお姉ちゃんが選んだ人ですから!! 」

 

「そうなのだ! カズヤも頑張れば大丈夫なのだ」

 

「ええ、この前の初陣でも活躍したそうですし、すぐに追いつきますわ~」:

 

「うん、ありがとう皆」

 

 

見事に結束力を増したルーンエンジェル隊を満足げに見つめながら、タクトは先ほどから周囲のテーブルの『EDEN出身』のクルーが耳を傾けているのを感じていた。タクトは苦笑しながら、リコに水を向ける事にした。

 

 

「リコ、忘れてる人がいるよ。お世話になったって聞いているけど?」

 

「え?……あ! はい! ラクレットさんですね!」

 

「ラクレット? 」

 

 

カズヤは聞いたことの無い名前に思わず聞き返す。何せその名前は男性の名前の響きだ。そのぐらいカズヤにもわかる。出身がEDENかNEUEかまではわからないが。

 

 

「ラクレット・ヴァルターさん。エンジェル隊じゃないんですけど。エルシオールの戦闘機部隊にいた人です。今でも私と文通してるんですよ」

 

「へー、でもラクレットって男の人の名前だよね」

 

「そう!! ラクレット・ヴァルターはEDENの英雄!! 」

 

「え、英雄ですか?」

 

 

カズヤの質問にタクトが先ほど確認していたEDEN出身のクルーが突然立ち上がりそう唱和した。驚いたリコは手にしていたフォークをテーブルに落としてしまう。カズヤは突然すぎる乱入に驚いてそう尋ねるが、タクトは諦めたように記憶の中からルクシオールクルーの一部には旗艦殺しに憧れて配属を希望した人物がいたのを思い出す。思想・宗教の欄には、最近若者の間でジョーク半分に広まっている新興宗教の名前が書いてあったことも。痩せた男、小太りの男、ロン毛の男の3人は立ち上がり、演説するかのように声を張り上げた。

 

 

「その通りだ!! 武装は剣2本。クロノストリング適正は最低限レベル。そんな逆境の中、本人の弛まぬ努力により培われた実力であらゆる逆境をねじ伏せてきた戦士!!」

 

痩せ細った青年がそう叫ぶ。

 

「然り!! あらゆる戦場で先陣を切り強大な敵に0距離まで接近した後、剣で武装を落としていく。その戦法は敵が巨大なほど有効!」

 

呼応するように、長髪の青年もそう続ける。

 

「そうだ! 混血の生まれによる異邦人でありながら、平和を願い大衆に訴えかける姿はまさに英雄。二つ名の『旗艦殺し』に相応しい!」

 

二人に続き小柄でがっちりとした青年がそう締める。息の合った流れであった。

 

「はいはい、君たち、煩いから静かにねー」

 

 

タクトにそう促され彼ら3人組は、見事な敬礼を決めてカフェテリアから退出していく。一応清掃員として雇ったはずなのだが、趣味と思想の影響か、軍人の真似事が多いのだ。前職は洗車屋で歌を歌いながら洗うサービスをしていたせいか後が良いのであろう。

 

 

「とまあ、狂信的な人がいる程、オレ達の仲間で露出が多かったんだ。実際EDENでは知らない人はいないよ」

 

「それはタクトさんもですよ。ラクレットさんはCMとかにも出てましたから……」

 

「あの、司令……」

 

リコとタクトの会話に少し考えるしぐさを見せていたカズヤが、躊躇いながらも切り出した。

 

 

「ん、どうしたの? カズヤ?」

 

「いえ、『旗艦殺し』と呼ばれているのってラクレット・ヴァルターさんですよね」

 

「うん、そうだけど。いろんな意味が有るけどね」

 

「フォルテ教官から、困ったらその人が力になるから頼れと言われたんですけど、この艦にいるんですか?」

 

 

カズヤの言葉に一瞬、本当に一瞬だけ、瞳孔が少しだけ大きくなるタクト。当然ながらそれを気付くものはこの場に居なかった。

 

「カズヤさん、ラクレットさんは乗っていませんよ。乗員名簿にないですから」

 

「うん、『乗員名簿にラクレット・ヴァルターの文字はない』よ」

 

「なんだぁ。それじゃあ教官はどうしてそういったのかな?」

 

「きっと、困ったら助けに来てくれるからなのだー!」

 

「まぁ~それは心強いですわね~」

 

「もう、NEUEに来てないんですから、さすがに無理ですよ」

 

 

タクトの言葉の意味に気づかないまま、再び和やかの雰囲気に戻るテーブル。タクトは内心でまだまだ注意力が足りないと評し、自室で代りに仕事をしているであろう、楽人の為に明日からはもう少し仕事を頑張ろうと決意するのであった。

 



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第3話 挑戦/奮戦

「ジャミングを受けている?」

 

「はい、宇宙嵐の可能性も考慮しましたが、この艦が通信できない規模となると、周辺に情報が来ているか、この艦でも観測できているはずです」

 

「その両方もないと」

 

 

『ルクシオール』ブリッジ。NEUE宇宙に存在する最も優秀なテクノロジーの塊であるこの艦は、現在調査計画をこなし、一度NEUEの中心星でもあるセルダールへの帰路をたどっていた。そんな中クロノドライブ航路の間にある通常宙域のある場所で、本星に経過連絡を取ろうとした結果、通信が不可能であったのだ。

 

ココはすぐさまそれを司令であるタクトに報告。二人はその時点で機材のトラブル、本星側のトラブルの可能性に思い当たり、他のクルーに指示を出す。ココ自身は次のタクトの指示を予想してレーダーの確認ができるようにインターフェイスを操作する。

 

 

「嫌な予感がする。楽人を呼び出してくれ。エンジェル隊はまだいいよ」

 

「了解……宙域のスキャンもしますか? 」

 

「ああ、頼む」

 

「お呼びですか? 」

 

 

タクトがココとそう話していると、呼び出しを受けた楽人が司令室での仕事を中断して駆けつけた。楽人は入った瞬間に、久しぶりに感じる不穏な空気に顔をしかめるものの、邪魔にならない位置について状況に備え始める。

 

 

「ああ、楽人。セルダールと通信ができない。宇宙嵐は観測されていない。どう思う?」

 

「この艦の性能を考えるのならば、戦闘宙域の外5万キロほどからジャミングをかけなければ、妨害をすることは出来ないでしょう。あるいは……」

 

だが、その距離はパッシブのセンサーで探知する距離の範囲内である。その事を言外に示しつつ。楽人はタクトにそういった。

 

「船団を組んでの妨害や宙域封鎖の可能性が高い……やっぱりそう見るよね。まあ、杞憂で済んだなら笑い話だ。ココ、スキャンと並行して第2戦闘配備を敷くよ」

 

「了解……ヒビキ君通達お願い、スキャンは引き続き行います」

 

「頼むよ」

 

 

ブリッジクルーとしての仕事のギアが上がっていくのを肌で感じつつ、タクトと楽人は厳しい表情で中央スクリーンに表示されている周辺宙域の地図を見つめていた。

 

 

「! スキャン完了、前方20万キロに8隻からなる小型船団を確認しました」

 

「通信を繋いでくれ」

 

「すでに呼びかけていますが、反応がありません。一切の反応が無い事から無人艦の可能性も考慮されます。生体スキャンも試みましたが、反応有りません」

 

 

タクトの考えをすでに分かり切っているココ。その言葉を言いながら、艦内放送ができるように手元で操作をしていると、やはり指示が飛んでくる。

 

 

「監視を続けるように、エンジェル隊を呼んでくれ」

 

「了解、エンジェル隊各員はブリッジに集合してください」

 

 

また発する熱気が強くなるのを感じる。エルシオールからついてきた人員も、そうでない者も確信ではないが予感はあった。既にルクシオールは何度か反EDEN勢力とも呼ばれる存在や、実力差を理解できない宇宙海賊などを相手にしている。8隻の駆逐艦規模のエンジン出力を持つ、所属不明の船団との相対は初めてではあるが、下積みは出来ていると言っても差支えないのだ。

 

 

「新人隊員が着任して1週間で2回の戦闘、しかも今回はNEUE調査任務開始以来最大規模。仕組まれたものを感じますね」

 

「ああ……でもまあ、軍人っていうのは受け身にならざるを得ない。やるべき仕事は変わらないのは楽でいいかな?」

 

「現場の苦労はともかく、上官としての事後処理位はしてほしいものですね」

 

 

軽口を叩き合う楽人とタクト。周囲の緊張をほぐす意味よりも、本人たちの儀式的な意味合いが強い。20代の半ば、軍としては中堅にまだ届かないくらいの年代層に見える二人はこうして調子を整えていくのだ。

 

 

「不明艦、こちらに向けて接近を開始しました! 速度は戦闘出力。司令! 」

 

「軍規に基づく、3度以上の勧告を済ませているのに所属を明かさない武装駆逐艦。理由は十分だな。総員第1戦闘配備。迎え撃つよ。いないと思うけどもう一度生体反応のスキャンもお願い。エンジェル隊はブリーフィングルームに……」

 

────エンジェル隊、到着しました!

 

 

事態が動きタクトが決断したタイミングでエンジェル隊が全員同じエレベーターでブリッジに入り込んできた。良いタイミングであるが、今までの事もあり若干苦笑を浮かべつつ、彼らを引き連れながら移動するのであった。

 

 

 

 

 

「敵襲ですか!? 」

 

「シラナミ少尉、戦闘時だ。質問は司令の説明が終わってからにしたまえ」

 

「す、すいません」

 

 

ブリーフィングルームに着席したエンジェル隊とタクト。楽人はタクトの左隣に立ち、円卓状になっている机の中央にあるホログラム投影装置を操作できる位置にいた。カズヤが興奮のあまりか、タクトが口を開く前に尋ねたのを楽人はたしなめる。

 

「まあまあ、まずはリラックスしないとダメだよ。楽人は堅いんだから」

 

「……承知しました」

 

 

了解ではなく、承知したを使うのが楽人の精一杯の譲歩であった。兎も角まだ距離があるとはいえ、状況は緊迫しているのだ。話を続ける必要があった。

 

 

「それじゃあ簡単に説明するよ……織旗中尉、頼む」

 

「……所属不明の船団がこちらに戦闘速度で接近をしています。数は8、駆逐艦程度の出力が確認されています」

 

「まあ、紋章機の敵ではないよ」

 

神妙な面持ちで聞き入るカズヤたちに気を配り、そうフォローするタクト。カズヤは初めての大規模な戦闘の予感を前にして、喉の奥に苦いものがたまるのを感じていた。

 

 

「現在ナッツミルク大尉から来た情報によりますと、ある程度の武装も所持している模様。艦の形状がデータベースにない物であり、また無人艦であることも再確認されました」

 

「そういう訳で思いっきり戦ってくれ。まあ、負ける事はないと思う。現在の敵の陣形は……」

 

「このようになっています。密集し鋒矢に近い陣形をとっていますが、無人艦故の物であり大した脅威ではないでしょう」

 

その言葉と同時に8個の赤い矢印が投影される。確かにかなり密集しているのがわかる。この時代のNEUEにおいて、艦が距離を詰めて航行することは高い練度を要求されるものであったが、無人ならばAIの制御で問題なく行えるので、こけおどしに過ぎない。

 

 

「作戦目標は『敵艦の全滅』通信ジャミングがあるけど、強化されているルクシオールの通信機材なら戦闘距離で専用チャンネルを作れば問題ない。逆に言うと戦闘宙域から出ちゃダメって事さ」

 

 

ここまでタクトが言うと、質問を受け付けるようにルーンエンジェル隊へと目で促した。リコは真剣に敵艦の詳細データを頭に叩き込んでいる。問題ない様子だ。

ナノナノは少し興奮しているのか、尻尾が激しく揺れており目が合うとニッコリ笑うだけだった。

カルーア……いや、既に変身しているためにテキーラは不敵に笑いながら手袋の指先を弄っている。

カズヤだけが初めての本格的な『戦争』のためにかなり緊張した面持ちだ。だがそれは自信が無いからの物ではなく、未知のものに対する若干過度ではあるが許容できる範囲のものであった。

フォルテを筆頭とした、トランスバールの最高峰の教師陣に囲まれて訓練を受けた彼は、心構えをする下地はできている。基礎工事は終わっているのだ。

 

 

「通信は出来ると思うけど、高速指揮リンクシステムの方に妨害が来た場合、カズヤ、君が指揮を執るんだ。いや、もうこの際カズヤにやってもらおうかなぁ」

 

「えぇぇ!? ぼ、僕がですか!?」

 

 

そこに追い打ちをかけるように、いつもと変わらないトーンでタクトから告げられたのは現場指揮官への任命であった。もちろんこれは無茶振りなどではない。

カズヤの紋章機『ブレイブハート』は合体紋章機であり合体以後は火器の管制が主な作業だ。機体を操るという最もリソースを割く作業を行わない為に、指揮官の仕事に向いているのだ。現に通信やレーダーも紋章機の中では優秀な物が搭載されている。

 

 

「反対ですね。シラナミ少尉は初陣を済ませたとはいえ、集団戦闘は初めてのはず。訓練課程に戦闘機の集団戦闘のシミュレーションはありましたが、付け焼刃にすぎません。用兵家としての彼は素人と言っても過言ではありません」

 

一方で楽人の口調は断固として譲らないものであった。もちろんこれはカズヤが憎いから言っているのではない。彼が危惧しているのは指揮系統を二本用意することによる混乱と、新人に対して荷が勝ちすぎる役目を与える事だ。

初の大規模戦闘、火器管制をして合体相手と同調しさらに現場で指揮を執るのは、無謀と言わざるを得ないであろう。

 

 

「んー。カズヤならできると思うよ。それに、カズヤにまかせっきりにするわけでは無いよ。まあ、悪手を打った時はオレがフォローするし。将来的には絶対必要なはずさ……ね?」

 

「それは、そうですが。しかし……」

 

 

二人にしかわからないことを前にだし、丸め込もうとするタクト。そんな中、カズヤは迷っていた。タクトが言っていることにも、楽人が言っていることにも理はあった。どっちを選んでも間違ってはいないのであろう。

タクトの案は、最上位者からの命令であり、自分の能力の成長も見込める。だが、自分がうまくやる自信が無い。自分の指示が滞りエンジェル隊の誰かが怪我をしたり、最悪死んでしまうなどと考えると背筋が凍ってしまう。

カズヤの考えは、少なくとも今は自分にできる事ではないと認めたうえで、例えばタクトのもとで時間を作ってもらい訓練を受ける、そうでなくても頼めばシミュレーターくらいあるであろう。だが、自分の能力が疑われているような気もするし、会った時からこちらを疎んでいるような気配がある楽人に負けたような気持にもなる。そんな2択の葛藤の中にいたのだ。

そんな彼の背中を押したのは、左隣に座るリコであった。

 

「カズヤさん、大丈夫です。皆協力します」

 

「そうなのだ! カズヤもナノナノたちと一緒に頑張ればいいだけなのだ」

 

「シラナミが気にする必要はないわ」

 

 

いやルーンエンジェル隊の面々全員が彼の背中を押した。彼女たちの言っていることは簡単だ。ルーンエンジェル隊というチームとしてより高みを目指す。その為にみんなで頑張ろう。それだけだ。カズヤは3人の思いを感じ取り、タクトを真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

 

「やります! 司令ほどに上手くできないでしょうけど、精いっぱい頑張ります。僕にやらせてください!! 」

 

「うん、わかった。時間もないしそれでいいよね? 楽人」

 

「当然です。司令の命令は絶対でしょう。常識的な物であれば」

 

 

先ほどとは打って変わった態度をとる楽人。カズヤは自分が試されていたのかもしれないと思ったが、本当に時間が無いのは事実なので、起立し敬礼をとる。

 

 

「それじゃあ、ルーンエンジェル隊出動。指揮はカズヤがとるように、ただオレから文句をつけられた時は大人しく従ってくれ。たぶん大丈夫だろうけどね」

 

────了解!!

 

 

この日、ルーンエンジェル隊という一団が、本当の意味で仲間になった。後世において歴史上の最強の集団を語る議論では、必ず名前の挙がる者達の、小さくて大きな一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け足で去っていく4人の背中を見つめながら、タクトは楽人を連れ添ってブリッジに戻る。二人の間に会話はなかった。カズヤは勝手に納得したようだが、先ほどの会話は一切の打ち合わせなどなく、本人たちが真面目に議論していただけだ。動機は不純なものが1名居たが。

 

 

「さあ、戻るか」

────これでいい。これで君はルーンエンジェル隊をより意識せざるを得ない

 

 

タクトはそう言いながら、内心で呟き顔に出さないようにほくそ笑んだ。おくびにも出さないでの腹芸に、楽人も何かを考えている事は察せるが、流石に悟らせないようにしている内容までは察する事ができなかった。

 

 

────いずれ、ルーンエンジェル隊はオレの手から離れたものになる。その時に自分たちで立てなければ意味がない。そしてこいつは……こうでもしないと彼等の所に行かない

 

 

タクトが指揮するムーンエンジェル隊と公式初の男性エンジェルが指揮するルーンエンジェル隊。新しい天使たちには新しいものを取り入れていくことが必要であり、加えてその彼らを育て高めていく目標がいるのも確かであった。

 

 

「こんなウルトラ人事、天使でもなきゃできないのに、気づかないのかね?」

 

「何か仰いましたか? 」

 

「何でもないよ、さあブリッジに戻ろう」

 

タクト・マイヤーズが舵を取った最後の戦いはこうして幕を上げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズヤさん! 今回は私と合体してください! 今ならすごい力が出せる気がするんです!! 」

 

「うん、わかった! リコ頼むよ」

 

 

その言葉でカズヤの乗る『ブレイブハート』はリコの『クロスキャリバー』と合体し出撃することになった。既に敵との距離は戦闘可能なほど縮まっており、1分ほどすれば下記の射程範囲になる計算だ。カズヤは思わず現在は機銃を操作するために用いる操縦桿を握り、下唇を軽く噛んでいた。

 

 

「この前の小型海賊『船』1隻とはわけが違う。戦争なんだ……」

 

 

カズヤは何度も頭の中で想定して来た事態が来たことを、肌で感じながら豆粒ほどにすら見えないであろう不明艦。否、敵艦をカメラから投影される映像で手が届くような距離で観察していた。

ブレイブハートは他の紋章機のように球場の全方面に空間を投影することが可能な操縦席ではなく、旧世代の戦闘機の様なつくりになっている。その為カメラが映し出す光と上部の照明だけが光源であった。

 

 

「カズヤ、心配することはない。思いっきりやればいいだけさ。駆逐艦8隻程度で怯んでちゃだめさ」

 

「司令、要求が高すぎです!」

 

「ココさんのいう通りですよ、タクトさん。カズヤさん 私も頑張りますから大丈夫ですよ」

 

「うん、リコ一緒に頑張ろう!」

 

 

カズヤとリコはいい感じにお互いを高め合っている。そのことに満足げな笑みを浮かべながら、タクトは通信ではなく肉声でココと楽人に指示をする。

 

 

「ココ、周辺のサーチを欠かさないように、ステルス艦や増援の反応があったら一番に知らせてくれ。楽人……主機をここから入れることは出来るかい?」

 

「了解です」

 

「可能です。待機場所はここで良いでしょうか? 」

 

「保険だからね、ブリッジで平気だよ。さあ始まるぞ」

 

 

タクトのその言葉と同時に合体により速度が増しているクロスキャリバー最初に接敵する。その様子をブリッジから眺めるというのは楽人にしてはかなり新鮮な経験であった。

クロスキャリバーは先頭の艦に右下から回り込み機体を反転させ滑らせるように、周回軌道に入る。合体紋章機特有の火力を効率的に運用するために、ルーンエンジェル隊の機体はかなり直径の小さい円を描ける。隊員たちもそれを可能とする訓練をしているのだ。

 

 

「うん、問題なさげだね。さあ、カズヤはどうするかな」

 

「ファーストエイダーを支援につけつつスペルキャスターは攪乱。合体した自機で数を減らしていくといったところでしょうか?」

 

「まあ、そうするだろうね」

 

 

楽人の予想通り、基本に忠実な動きで敵に相対していく。敵の火力は紋章機よりも少ない程度しかないのだ。戦力を分散させるのは悪手ではあるが、そもそも戦力最小単位の紋章機1機ですら彼女らの技量でも1,2隻相手に危なげなく戦うことは出来る。

紋章機は個として捉えるのでなく、一つの兵団としてみるべきである。また機動力に大幅な利がある為に包囲に気を付けつつ乱戦に持ち込むことが得策であろう。

カズヤはそれを理解しているのか、砲門の稼動域が最も広いスペルキャスターに攪乱をさせ、それを修復機能のあるファーストエイダーでフォローさせているのだ。

 

 

「うーん、指揮の能力を見たかったけど、これじゃあね」

 

「合体紋章機……先の戦闘では目立ちませんでしたが、ここまで強力なものだとは」

 

 

そして何よりも目立っていたのは、ブレイブハートと合体したクロスキャリバーであろう。圧倒的な火力により、敵艦の周囲を非常に低速で周回していながら、火線と弾幕で圧倒している。

周回軌道に入り10秒もすれば砲門の半分は沈黙するのだ。最も駆逐艦相手だから使える手段ではあろう。戦艦クラスの火力を有する艦相手にあの速度での周回は、敵の砲火に耐え切れず、シールドをはがされてしまうであろうから。機頭を敵に向け続けてサイドスラスターを用いた集会をとっているために、軌道に難があるのだ。

また紋章機側の砲門に負荷をかけすぎて、頻繁な補給が必要にもなってしまう。強力であるが、運用には課題は多く思考を停止して良いものではないのは明白であった。

 

ともかく、強力無比な合体紋章機の能力をかなり前面に出すことでクロスキャリバーだけで5隻を落とし、ENを残り13%まで消耗した頃には、敵の艦は全て宙域の塵と化していた。

 

 

「調子の良い時のミルフィーくらいはありそうだね」

 

「ええ、普通に調子が良い時の彼女程で……いえ、なのでしょうね」

 

 

まるで見てきたかのように同意しかける楽人。一体彼は(中略)。ともかく、二人が感心している間に、敵はすっかり殲滅された様子で、カズヤやエンジェルたちの喜びに溢れた声が聞こえてくる。ココも周囲の熱源が消えたのを確認する。

 

 

「よし、エンジェル隊は帰還してくれ。状況は第3戦闘態勢まで下げてくれ。ココ、通信は繋がるかい? 」

 

「いえ……敵艦からの直接的なジャミングは消えましたが、セルダール方向に何らかの問題があるのか、セルダールおよびAbsolute方面への通信はいまだ断絶したままです」

 

「そうか、とりあえずエンジェル隊をねぎらってくるよ。楽人後は任せる」

 

「了解、総員第3戦闘体制に移行した後、A,C班を除き通常業務及び、クロノドライブの準備に入るように。ナッツミルク大尉は引き続きお願いします」

 

「了解よ。皆、今の中尉は司令官代行だからいう事を聞いてあげてね」

 

 

タクトはそんな声を聴きながらブリッジを後にした。彼の耳には決してその後の一般クルーの「いやー実質的に中尉の方が司令っぽい仕事してますしー」「そうそう、全く問題ないっすよー」「そうよね、織旗中尉の方が仕事にミスもなくて速いですし」「さすがに中尉は格が違った」「すごいなー、憧れちゃうなー」という声達は聞こえてこなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

その後、結局セルダールとの通信が回復することはなかった。クロノドライブに入ったルクシオール内ではいくつか不安の声も聞こえ始めていたが、業務に支障をきたすほどではなかった。

セルダールとの通信断絶は、実質的なAbsoluteとの交信断絶であり、補給を断たれ孤立無援となったともいえるが、NEUEで受けられる補給でもまだ半年以上は戦える余裕があり、士気が落ちる事はなかったのである。

なによりも、セルダールに行く前に補給を受ける予定であり、その際により詳細な情報が入ると期待しており、希望がついえたわけでは無いのだから。

しかし、それが別の意味を持つ少女、アプリコット・桜葉にとっては、大きな問題であった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 

彼女は心配で一杯であった。姉がいるAbsoluteの『方向』で問題が発生しているのだ。自他ともに認めるお姉ちゃん娘である彼女が意気消沈してしまうのも無理はない話であった。勿論それは私人としてのものだ。軍人として、特にテンションが戦力に直結するエンジェル隊の彼女は落ち込んでいる訳にはいられない。

 

 

「大丈夫かなぁ……」

 

 

ミルフィーは強いから大丈夫だよ。彼女の義兄はそう言ったし、彼女もその通りだと思う。紋章機を操ったお姉ちゃんが銀河を3回も救ったことを彼女は知っているのだ。

今の自分では逆立ちしたって勝てっこないのは解っているのだが、それでも心配はぬぐいきれない。ちなみに普通の軍人としての仕事では既にリコの方が優秀なのを彼女自身はまだ知らない。閑話休題、そんな風に彼女がピロティで考え込んでいると、エレベーターホールから一人の少年がこちらに歩いてきた。

 

 

「リコ、やっぱりここにいたんだ」

 

「カズヤさん? どうしてここが?」

 

「テキーラから聞いたんだ」

 

カズヤである。本当はテレパスファーを用いれば場所はわかるのだが、立ち寄ったトレーニングルームでリコの場所を聞いたのは事実なので、そう答えたのだ。

 

 

「お姉さんの、ミルフィーさんの事?」

 

「はい……お姉ちゃんがどうしているのかなーって」

 

 

カズヤに内心を吐露するリコ。カズヤは懸命に彼女の気持ちに寄り添おうとする。彼の言葉で、彼なりの精一杯でだ。決して上手な言い回しや的確な答えが生まれるわけでは無い。だが、カズヤが本当にリコの事を心配しているのが感じ取れるものだ。

その誠実さと賢明さがカズヤの美徳であり、持ち味ともいえる。純粋さが残る少年だからこそできるのかもしれない。

その様子を少し離れたところから見つめるタクトは満足げに頷き、一言つぶやきその場をばれないように後にした。

 

 

「さて、あいつはどうやるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングルーム。ランニングマシンからボクシングやプロレスのリングまで多種多様の室内用のトレーニングマシンが揃えられているこの場所は、非番のクルーが主に利用する場所だ。男女それぞれに更衣室とロッカーがあり、クルーならば誰でも利用できるものであるが、一部の人間が利用している時は近寄らないほうが良いという暗黙のルールができていた。

その3人のうちの一人でもあるテキーラ・マジョラムは、使い魔のミモレットを伴い、先ほどのリングの隣の、剣術などで利用する広いスペースに居た。

 

「んー! やっぱいいわね! 思い切り身体を使うのは」

 

普段の胸部を大きく露出する扇情的な格好ではなく、トレーニングウェアである。しかし、両腕を上に伸ばすと彼女のその豊かな双丘が上を向き、より自己主張をしている。本人は気にしているのか、いないのかわからない辺りが彼女の魅力なのであろう。

だが、こちらが意識している素振りを見せれば、それをからかってくることは短い付き合いで彼は正確に察していた。

 

 

「テキーラ様、結界の補修は大丈夫ですに。後1回くらいなら大丈夫ですに」

 

「ん、ありがとミモ。それじゃあ、もう1回付き合ってもらっても良いかしら? 楽人」

 

「構わない。エンジェル隊を心身ともにケアすることは、この艦のクルーの最優先事項だ」

 

 

テキーラの前に立っているのは織旗楽人。彼も同様に軍服ではなく、支給されている訓練用のタンクトップとパンツだ。首の黒いチョーカーはそのままであるが。体を動かすのを目的としているのが誰の目からでも容易であり、加えてよく観察すると、うっすらと汗をかいているのも分かる。また右腕に刃渡り80cm程の分厚い剣を持っている。

 

 

彼等が今している事はテキーラのストレス解消と体型維持を兼ねた運動である。彼女は元々自分の周りに魔法で作った『一定のリズムで点滅する球体』を複数浮かせ、それに合わせて手で触れるといった、自作のリズムゲームのような方法で魔法と体力を養っているのだ。だが今日は、楽人がこの場に訪れたことによって少し事情が変わっていた。

 

 

「魔法訓練なら的を用意するが?」

 

 

普段は、ルーンエンジェル隊を見ても、向こうから話しかけて来る事は稀であった楽人の行動に、テキーラは少々驚きつつも、彼の話を聞くことにした。

 

楽人は広いスペースに彼女を招くと、彼女に周囲に被害が行かないようにできるかと尋ねた後、手にしていた袋から剣を取り出した。

 

「練操剣は使えないが、この剣には特殊な加工がしてある。現象化した魔法に干渉することができる。最も制限もあり、技量もいるがな」

 

そう言いながら楽人は軽く素振りを始める。テキーラは状況を飲み込めないでいる事も出来たが、聡明な彼女は彼が言外に言っている事を正しく認識した。

 

「ふーん楽人。アンタ、アタシに『稽古をつけてくれる』つもりなの? 」

 

「……好きに解釈すると良い。そして無理に付き合う必要はないぞ」

 

「アンタなら、魔法の怖さも知ってると思ったんだけど、良いわ、体で覚えなさい!」

 

 

そして、こういったノリが実は嫌いではないテキーラは、楽人の挑発のような行為に乗ることにした。数音節の呪文を唱えて試合場を覆う結界を作り上げる。そしていつもは練習用に使う魔法球を展開する。

そもそも魔法というのは一般人に向けるモノではない。公認A級魔女の資格を得る時の御前試合においては、実力主義の為決闘という形であったが、それはお互い命を懸けているのと、一定の実力があってからこそできるものなのだ。

だからこそ彼女は攻撃性のない魔法球を選んだ。自分の意思で動かせる上に当っても『多少』の衝撃と音と共に弾けるだけなのだから。しかし彼女はすぐに後悔することになる。

 

 

「ミモレットさん、開始の合図を頼みます」

 

「了解ですに」

 

「アンタ、ミモには敬語なのよね」

 

「軍に所属していない知的生命体は、軍が守るべき存在だからな」

 

 

軽口を叩き合いつつ、4m程度の距離をとり向かい合う二人。そしてミモレットが声を上げた瞬間、テキーラは目の前で何かが動いたのを感じ取った。すぐさま反射的に自身を守る障壁を展開する。彼女だって素人ではないのだ。

しかし彼女の対応力の上をいかれた結果となった。なぜならば彼女が次に認識したのは首筋にあたる冷たい感触であった。

 

 

「楽人、アンタ本当に人間? 」

 

「……さあな」

 

 

楽人は一瞬で4mの距離を詰めるどころか、障壁を予想していたのか、背後に回り込みまるで強盗犯が人質を取るかのように、後ろから首筋に刃を突き付けていたのだ。嫌味たらしく、峰の方をだ。

 

「侮っていたのは悪かったけど、さすがにその速度で動かれ続けるなら、捕捉できないわよ」

 

「問題ない、テキーラ少尉に合わせた速度に抑える」

 

 

にべもなくそういう楽人。テキーラの心は挑戦者のそれのように燃え上がった。気分屋であり気まぐれな彼女だが、負けず嫌いな所もあるのだ。仕切り直しと二人は先ほどの距離に立つ。

ミモレットの合図と同時に、楽人は後ろに飛ぶ。あえて距離をとっているのはどういった意図なのか、ともかく魔女であるテキーラにとっては喜ばしい事態に変わりはない。すぐさま魔法球を飛ばしつつ、別の呪文の詠唱を始める。

 

「……っ! 」

 

飛んできた魔法球を持っていた剣で払うと、球は弾けるが、テキーラの想定よりも多少小さい。どうやら本当にある程度魔法への干渉をする能力があるようだ。テキーラの頭の中に、最近現れた外様の魔法使いの理論に似たようなものがあったと引っかかるが、すぐさま追撃をかける。一瞬の輝きと共に紫電が迸る。本物の稲妻よりも遅いが、少なくとも人間が避ける事が出来るそれではない。

 

 

「これならっ!」

 

 

楽人は回避することは出来なかったが反応は出来たのか、テキーラが視認したときには右腕が振り切られたポーズで止まっていた。彼女の放った稲妻は彼女が作った結界にその威力の殆どを吸われてしまったのが彼女にはわかる。

 

「受け流したの。ねぇ、楽人アンタ本当に何者なのよ?」

 

「いや、受け流しきれてない。一般的な成人男性ならば、スタンして無力化されてしまう程度のダメージは受けた。だが打たれ強さには自信があるのでね」

 

 

そんなことを事も無げに言う楽人。テキーラからすれば練操剣の使い手以外で自身の魔法を受け流す非魔法使いなど想像できないものだ。だが、いやだからこそ興味がわくのを感じた。

自分は学者のような気質はあまりないが、もう一人の自分が知れば研究対象として興味深いであろう。身近にこんなものがいたことに彼女は唇の端を釣り上げた。

 

結局その後テキーラが魔法で牽制しながら、偶に近寄って来る楽人から逃げ、楽人はひたすら魔法を受け流しながらテキーラを無力化しようという動きがずっと続いた。そしてひと段落ついたところで先ほどに戻るのである。

 

 

「ねぇ、今度アンタの血を貰っていい? 魔法薬の媒介になりそうよ。幻想種の血の代用になったりして」

 

「構わないが、カルーア少尉が希望したらだな。また、何か分かった場合に私に伝える事も守ってほしい」

 

そんな会話を交わしながら、二人はもう一戦としゃれ込むのであった。少し相互理解が進んだような気もするが、テキーラは普段カルーアの中にいる人格であるので、一人と仲良くなったとすら言えないのが、不器用な楽人のやり方っぽかった。

 

 

 

そしてクロノドライブが開けたあと、ルクシオールどころか、EDENとNEUEの両方を揺らがす宣言が飛び込んできた。

 

 

 

「我が名はフォルテ・シュトーレン。この宇宙NEUEに新たな秩序をもたらす存在だ」

 

 

 

その通信元はセルダール。内容はクーデターの成功。そしてこの通信を行ったのは、ルクシオールのクルーならば知らない人はいない人物。フォルテ・シュトーレンであった。

 

 

 



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第4話 不敵/無敵

フォルテ・シュトーレン。白き月という女性研究員が多い環境ではなく、戦場という特殊な状況で自分を磨き、ある意味で実力により今の地位を掴んだと言える女傑である。ムーンエンジェル隊の中では最年長であり、まとめ役。本人も一歩引いたところで見守っていることが多い。かと思えば、最高のご飯の友はなにかで喧嘩したり、おでんを食べたいという理由で屋台を用意するように権力を利用したりと、しょうもない所でエンジェル隊らしさを見せる、そういった自他ともに認める魅力的な女性だ。

 

 

エンジェル隊員の中で、タクトやレスターが私情抜きに、シンパを集めて軍に反旗を翻された場合、誰を相手にしたくないかと聞かれれば、彼女の名前はミルフィーユ・桜葉(大将の持つべき強運および、交通の要所を抑えている)ミント・ブラマンシュ(軍の民間に出す補給の4割、全体の2割程の補給を担っている)の二人とは別の意味で上がるであろう。

彼女の場合はその冷静でいながら積極的な戦略眼が恐ろしい。なにより勝利のためにならば貪欲に手段を厭わないという面もあるのだ。そこまで話した時点でエンジェル隊が裏切ったら皇国どころかEDENとNEUEが終わるのではないかという結論が出たために二人はその会話を打ち切ったのだが。

 

ともかく、敵にしたら厄介な彼女だが、敵に回るかと言われれば否であろう。彼女は人一倍任務に忠実であり、誇りをもって軍に皇国に仕えていた。誰よりも誇り高く誰よりも任務に忠実であったのだから。

 

だからこそ衝撃は大きかった。

 

 

「兎も角正確な情報が欲しいな、セルダール方面に向かうのが先決だ」

 

「賛成です、私もフォルテさんがあんなことをするなんて……」

 

「先生どうしちゃったのだ……」

 

 

ブリーフィングルームに集う面々の表情は暗い。この艦の主要な人員全員と所縁ある人物が反旗を翻したのだ。もちろん全員そんな筈はなく、何かしらの理由があったり偽物だったりといった可能性を考慮している。

しかし事実として『フォルテ・シュトーレンを名乗る、外見も本人そのものの人物が王国にクーデターを起こした』という事実は否定できないのだ。王国方面からの通信は途絶という現状、状況証拠ではクーデターは既に起っているのが無理ない見方である。

 

 

「現在『フォルテ・シュトーレン』を名乗る人物による発表では、セルダール本星は艦隊により包囲されている、加えてゲート近辺も既に支配下にある。要求はNEUEにおける全勢力の隷属と外部戦力……EDEN軍やEDEN人のNEUEからの例外を認めない撤退です」

 

「無茶苦茶な言い分ね。シュトーレン自身もEDEN人じゃない」

 

「テキーラのいう通りだ。確実に何か事情がある。楽人、どう思う?」

 

 

ココが先ほどの通信を改めて読み上げると、呆れた様な表情でテキーラはそう呟く。なにせ要求されている事は、実現不可能なレベルのそれであるのだから。タクトも理解しているのか、先ほどから通信や操作ウィンドウを開き作業している楽人にそう尋ねた。

 

 

「シュトーレン中佐の真贋や思想は兎も角、幾つか分かることがあります。先ほど民間の情報提供者に問い合わせたところ、一切の不正船舶がセルダール方向に航行した形跡は存在しません。しかしEDEN排斥派の活動が水面下で活発であった事実はあるそうです」

 

楽人はここで一度言葉を区切り、理解するための時間を置く、優秀な軍人が多いこの部屋の全員が理解したことを確認すると、再び口を開いた。

 

「以上の事から、今回のクーデターはEDEN排斥派が、何者から支援を受けて決起したこと、EDEN方面またはAbsolute方面からの軍事力提供が成されている事、そして矢面に立っている人物達とは別に黒幕がいる事が推測できます」

 

「……なるほど、要求が偏っているのはいい具合に利用されている排斥派への餌、戦力を提供した黒幕の目的は恐らく……」

 

「はい、ルクシオールの撃破、もしくはNEUEに封殺する事。丁度いい具合にエルシオールがEDENに帰港していることから、Absolute、EDEN本星、ヴァル・ランダル等で政変があった可能性があります」

 

 

楽人、そしてタクトの二人は同じ結論に至った。何かしらのゲート近くに存在した勢力が、排斥派を支援扇動しフォルテにクーデターを起こさせた。狙いはルクシオールの無力化であり、このクーデターはその黒幕にとって手段でしかない可能性が高いという事だ。

 

二人の頭の中で今一番考えられているのは『未確認のゲートから生存していた文明がAbsoluteに到達し制圧、その後支配を目論見Absoluteの人員を人質に取りフォルテを利用してクーデターを起こす』といったものだ。

勿論EDEN側の誰かの手引きがいるが、その文明が密かに工作員などを通じて連携をとっていれば難しいものではない。

フォルテの人となりを知っていれば、彼女自身がこのような凶行に走る理由を持ちえないのは自明だったからだ。それでも尚彼女がこちらに敵対するというのならば、それはそうせざるを得ない事情があってこそであろう。

 

 

「ミルフィーが……」

 

「ええ、Absoluteは交通の要所、確実に抑えられているとみて良いでしょう」

 

「そんな! お姉ちゃんが!! 」

 

 

タクトの呟きを無慈悲に肯定する楽人。リコには酷であるが、はっきりさせておく必要があったのだ、土壇場になって動けなくなるよりはある程度受け入れる時間の余裕があった方が遙かにましだ。

 

 

「リコ……大丈夫さ、君のお姉さんは、ミルフィーユさんは、銀河で一番の幸運の持ち主なんだよね? 無事でいるはずさ」

 

「カズヤさん……そうですよね……」

 

 

カズヤは蒼ざめているリコの表情を見てなんとか励ます。一番事情に疎い時分だからこそ、無責任なことが言えるはずだ、そう彼は思ったのだ。そして今渦中の人物であるフォルテから学んだのだ。どのような時でも仲間を気遣い前向きであることがエンジェル隊のメンバーの心得だと。

 

 

「兎も角、先に決めたようにセルダールに向かうことが先決だ、できればリリィと合流して正確な情報が欲しい。エンジェル隊各員は艦内で待機していてくれ。ココ、イーグルゲイザーの反応を最優先で探すように指示をしたら、セルダールに全速前進だ」

 

「了解です! あ、タクトさん」

 

 

司令官らしく堂々と指示を出すタクト、こういった時は彼が動揺する姿を見せてはいけないのだ。しかしそれを遮るような声がココから帰ってきた。

 

 

「リコちゃんからの報告だと、先の戦闘やルート変更の影響があってエンジン機材の一部に不調が出ているそうですが」

 

「……え?」

 

「あ、はい。ステリーネさんからそう報告受けて、この前タクトさんに提出した報告書に『長期航行するなら速力が半分程しか出なくなる』と書いてますけど」

 

 

事実であった。新造艦でもあり、一応技術試験艦も兼ねているルクシオールは油断できないトラブルが多い。性能が高いので仮にメインエンジンが死んだとしても手はあるのだが。

ともかく数日前にルクシオールの機関士であるステリーネがエンジンの不調を確認し、あと2度ほどのクロノドライブが限界だとリコに伝えている。アステロイド帯が多いNEUE銀河では細かいクロノドライブが必要であるので、目的地であるセルダールまでは倍近い時間がかかるという試算を提出していたのだ。

 

 

「……えーと……マジで? 」

 

「はい、その際に後で何とかしておくと言われたので」」

 

「私も一度タクトさんに確認しましたが、ケーキに合う茶葉を選んだら取り掛かると言われました」

 

 

リコとココの二人から『前から言っていましたから、勿論やっていますよね?』といった視線と言葉を受けて固まるタクト。記憶の片隅に適当に返事をしたような記憶がある。最近まともな戦闘が無くて気を抜いていた所に先の戦闘があったのだ。

最低限の事をした後は適当に今後のプランを考えながら過ごしていた彼は、このクーデター騒ぎは寝耳に水であった。そしてそんな彼の行動が銀河と多くの人命に影響しかねない状況を招いてしまっていた。彼はもう神に祈るしかなかった。

 

 

「その件でしたら、『私の権限で』既に補給の手続きは済んでいます。1度クロノドライブをした先で、丁度近隣まで来ているブラマンシュの艦が請け負ってくれる手筈です。航行スケジュール的には半日程度の遅れが出てしまいますが、このまま航行した場合に比較すれば、十分許容範囲内でしょう」

 

 

しかし彼には幸運の女神のほかにも、勤労の化身が付いていたようだ。いや同時に作用した結果かもしれない。タクトがサボり積み上がった事務手続きは全て滞りなく彼の権限と裁量と判断で遂行されている。タクトに任されるのは、本来の彼のするべき仕事全体の5%にも満たないのだ。つまり全ての仕事の中の5%の中にある書類の決裁。それすらさぼるのがタクトである。

 

 

「う、うん! そうそう、そんな感じになってるよ。いやー楽人きちんと通達しなきゃだめじゃないか」

 

────貴方のサインの入っていない「契約書を開示しましょうか? 」

 

 

前半部分は口の形だけで、そう言いった楽人はデータをタクトの端末に送る。流石に開示はしなかったようだ。

 

 

「っ!……後で自室で見せてくれ。(ごめんなさい)」

 

 

釘を刺されたので、とりあえずクーデター終わるまでは頑張ろうと自戒しつつ、同じく形だけで答え、タクトは今後の事を考えるのであった。周囲もいつもの事だなぁと呆れながらも和やかな空気に戻った。ただ一人ココだけが二人のやり取りの意味を見抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、これ本当? 」

 

「ええ、いつもの筋からの情報です。型番に欠損はなかったので気にしていませんでしたが、EDEN製の機体が7機あったのですから、5機目があってもおかしくはないでしょう。ナッツミルク大尉はどうお考えでしょうか?」

 

「そうね……確かにおかしくはないわ、これならこの前のも威力偵察ってことで納得ができるし」

 

 

エンジェル隊の4人が退出した後、ココとタクトと楽人というこの艦の事実上の上位3人は示し合わせたように、艦長室に場所を移し機密レベルを上げた後、タクトが楽人に確認するようにそう尋ねる。

 

 

「うーむ、この前のを使って『平和的な話し合い』で引き込めるといいね」

 

「……やはり融和ですか。まあ司令の判断に異を挟みません。しかし最低限の自重と仕事をしていただきたい」

 

「そうですよ、タクトさん。休むのも優しいのも必要ですけど、最低限はやってもらわないと。今回の補給だってあの放送の後すぐに楽ッ……人君がミントさんに頭を下げて頼んだんですよ。緊急を有する事態だからって」

 

 

まだ10代としか見えない少女が単身単艦で『ルクシオール』を強襲。駆け出しの命知らずかと思えば、口上や不遜な態度は堂に入ったもの。しかも引き際をきちんと弁えていた。

そんなアンバランスなアニスと名乗る宇宙海賊の少女。あまりにちぐはぐな態度と状況に違和感を覚えた楽人は、個人的な伝手でとあるNEUEを拠点に活動しているEDEN人の魔法使いの部下に調査を依頼したのだ。快く引き受けられたその医らの成果は、先ほど近隣の惑星から情報が送られてきたのである。

 

 

アニス・アジート 年齢16歳

・現在ブラマンシュ商会の提携会社から多額の借金あり。(確定情報)

・自称トレジャーハンターであり、海賊稼業に手を染める事はなかった。(同上)

・彼女の元に所属不明の人物から接触があった後、ルクシオールを狙うために計画を立てた模様。(目撃者1名に故信憑性に疑問あり)

・NEUE製の戦闘機より遙かに速い紅い大型戦闘機を所持している。(確認済み下に画像添付)

 

 

これが先ほどタクトに送った情報である。問題なのは最期であろう。まるで導かれるような具合であるが、事実であるとすれば。彼女が何を狙って『ルクシオール』を攻めたのか考えるべきであろう。

楽人は先ほどミント・ブラマンシュとは、秘匿レベルを規定の下限に下げて通信した事をタクトに伝えた。きっとそうすれば自然と誘蛾灯に導かれるが如く、この英雄の前に集うであろうと考えたからであろう。

 

 

「今必要なのは戦力だ。将来を見れば特にね」

 

 

それを聞いたタクトはそう言って二人を見た後、すべきことをもう一度考え直すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライブアウト、通常空間に戻ります」

 

「よし、待ち合わせのポイント周辺をスキャン、まだ時間まで結構あるから周囲を警戒しつつ待機」

 

「了解です。あら? 前方にEDEN船籍の艦ありです」

 

「……繋いでくれ」

 

ドライブアウトした際に、すぐさま正面に艦が存在した。ポイントは少々先であり、時間にもまだ早い。

 

 

「怪しんでいるのですか? ですが仕事が早く、顧客満足度を優先する優良企業、永久割引の付くお得な会員制度もあり、今なら入会費が無料で、年会費も10万ギャラキャッシュバック。お買い物の際はぜひご利用下さい。なブラマンシュ商会です。不思議なことではないでしょう」

 

「……ねえ、楽人手配の際に変な条件付帯されてないよね? 」

 

「まさか。クリーンな経営で、従業員満足度も昨年度1位を記録し、社会貢献活動に多額の費用を投じるブラマンシュ商会ですよ? そのようなことは一切」

 

「それが怖いんだよ、楽人」

 

 

タクトと楽人のやり取りにブリッジクルーは少し強張っていた全身の力を抜いた。このような状況だからこそ、いつもを忘れないことが大事だ。ボケとツッコミが入れ替わっているのは、それを気付かせるために二人があえてしている事だと思うと小さな笑いまでこみあげて来る。

 

 

「通信スクリーンに出ます」

 

「どうも、こちら『エルシオール』艦長タクト・マイヤーズ『大佐』だ。ブラマンシュ商会の補給だよね? 」

 

「はい、補給船の責任者のスニアと申します。シャトルハッチの解放をお願いします」

 

「了解、それじゃあ頼むよ」

 

 

タクトはそれだけ言って通信を切る。へらへらとした締まらない表情が、一瞬だけ謀略家の顔になるが、ココを除くブリッジクルーはそれに気づかないでいた。

 

 

「もう、タクトさん。ここはルクシオールですし、もう准将ですよ。さすがに気を緩めすぎです」

 

「ごめんココ。珍しく楽人がボケるものだからさぁ……それじゃあ『皇国軍の規定通り』民間船を受け入れている間、重要ブロックのセキュリティレベルを上げておいてくれ、俺は部屋で楽人に手伝ってもらって報告書作ってるよ」

 

「了解です!! この場はココさんや僕たちに任せて、ちゃんと仕事をしてくださいね」

 

「織旗中尉も、タクトさんを見張って下さいね、シエスタしないように」

 

 

ココ以外のクルーからも、司令がきちんと仕事をするように言い含められながら、二人はブリッジをココに任せ後にした。扉が閉まった瞬間二人は顔を見合わせることなく、口を開いた。

 

 

「露骨すぎでしょう、クールダラス大佐なら鼻で笑っています」

 

「いいんだよ、あれ位で……オレは部屋にいるから、あとは手筈通りに。頼むよ」

 

「────了解! 」

 

 

そう言い合って二人は指令室の前で別れた。楽人は一人格納庫へと移動を開始したのである。通り過ぎる人物の視界に入らないように素早く無音で。そしてその数分後、ルクシオールにアラームが鳴り響く。侵入者有り、各員適切な行動をとれ。その命令が下されたのである。

 

 

 

 

 

「っへ、ちょろいもんだぜ! 」

 

 

アニス・アジート 16歳。おとめ座で血液型はB型の少女であり、自称・トレジャーハンターであり、現在『ルクシオール』への侵入者であった。彼女は本来お宝の噂を聞きつけては様々な手段を用いてそれを手に入れる『グレー』な職業をしていたが、現在の彼女はブラックだ。

紅い、燃えるような髪は肩の所でまとめられ二房が伸びているが、古代地球文明で言う所のアラビア風の露出が多い踊り子の様な衣装も相成って、非常に活動的な美少女に見える。外見に違わぬ男勝り、いや男顔負けの行動力を持つ彼女は自分の企みが上手く行ったことを確信し勝利の味をかみしめながらも、油断なくルクシオールの中を走り回っていた。

 

彼女の目的は、最近知り合った仲介屋で情報屋であり、形式上は雇い主である女からの指示通り、ルクシオールである物を入手することだった。ブラマンシュ商会のEDEN製の最新鋭小型船を100年ローン(途中返済可)で購入した彼女は早急に金が欲しかった。加えて前まで使っていた艦を下取りに出す前に、この艦に壊されてしまったのだ。

こういった堅気の人間に多大な迷惑をかけるのはあまり好ましくないが、女から

「侵略者であり、善人ぶって隷属を要求してくる傲慢で金を持っているEDEN軍人」

と聞き、軍人であるのならば多少手荒でも問題ない。と判断したためにこういった手段に出たのだ。

 

 

「さーてぇ? 次は……こっちだ!」

 

彼女は目的を遂行するために、ルクシオールのMPや職員を攪乱していた。素早く無規則に多くの場所へ移動し 情報を混乱させる。そしてその間に把握した重要な部屋に行くように見せかけて誘導し、真の目的を果たすというのだ。

 

 

「まてぇ―!」

 

「まつのだー!」

 

「待ってくださーい!」

 

「ま~てぇ~ですわ~」

 

「カルーア様、ここはテキーラ様に代わるべきですにぃ」

 

 

そんな声を後ろに聞きながら彼女は二つ角を曲がり、空き部屋に飛び込む。適当に入った部屋だが、どうやら衣服やリネンのクリーニングの為の部屋の様で、都合がいいとばかりに適当な服を羽織ると足跡が聞こえないことを確認して再び走り出す。本命の格納庫に

 

 

「戦闘機の奪取なんて、楽な仕事だな!」

 

 

彼女の狙いはブレイブハート。彼女の持っている機体と合体することができると女からは聞いているが、大事なのはこちらの言い値で買い取るという確約だ。それさえあればそれこそなんだって手に入れて見せる。そんな心意気だった。

 

 

「あー! いたのだ! 」

 

「あ、おい! アンタなにをやって……」

 

 

格納庫に入り、帽子で顔を隠しながら堂々とブレイブハートの鎮座されているブロックに近づくと、素早く操作コンソールを弄り発進シークエンスに入る。しかしそれを先ほどからしつこく追い回している尻尾と耳の生えたガキに見つかったようで、大声で指を刺される。整備クルーらしき人間にもばれたようだがもう遅い。

素早い身のこなしですでに発進用のレールに固定されているブレイブハートに乗り込む。

 

「へへ、来れるもんなら来てみやがれ!! 」

 

「待つのだー! カズヤのヒコーキとっちゃだめなのだー!!」

 

「ナノナノ! 危ない!!」

 

「うわ、こいつ何すんだ! 」

 

 

勝ち誇るアニスだったが、それはナノナノの無謀とも思える行動によって中断せざるを得なかった。なんと彼女は計器や隔壁そしてクレーンを経由して猫のように発進シークエンスに入っているブレイブハートに飛び移ったのだ。

まだ締まり切ってなかった操縦席のハッチもセンサーが感知したのか一時的に停止している。ナノナノは操縦席に馬乗りになり、アニスの髪を引っ張り、止めようとしたのだ。ここまで来る手腕と行動力は見事だが、制止しようとする手段は外見相応の物であった。

 

そんなナノナノがいい加減鬱陶しいアニスは、思い切り彼女を横に追いやった。格納庫の天井から吊るされているブレイブハートは高さ30m程の位置にある。当然落下したらひとたまりもない。しかし頭に血が上った彼女はその事をすっかり失念していた。鍛え上げた彼女の腕はまだ軽いナノナノの体をブレイブハートの外に追いやってしまったのだ。

 

 

「あ……」

 

「あぶねぇ!!」

 

 

ナノナノの体が空中に投げ出された瞬間、アニスは咄嗟に体を捻り彼女の手を掴んでいた。突き飛ばし立ての勢いを殺さなかったためにまるで投げ技をかけたかのような連続とした動きであった。

 

 

「ったく、動くんじゃねぇ、じっとしてろ」

 

「う、わ、わかったのだぁ」

 

 

アニスは空いている手でブレイブハートの発進シークエンスを解除し、鎮座されていた台座の真上まで来ると手を離した。台座はかなり高くなっているために身軽なナノナノは問題なく着地で来た。

そのまま無言で既にブリッジが察知し勝手に開いたハッチを閉めようとしているのを確認すると、素早く発射シークエンスに戻り、閉まりかけのハッチの合間をすり抜けて、ルクシオールを脱出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレイブハートの操縦席ハッチが閉まる瞬間天井から何者かが滑り込んだのに彼女が気付いたのはアステロイド帯に飛び込み安全を確保して気を緩めた瞬間であった。

 

 

「動かないほうが良い、アニス・アジート。君が操縦桿を離すか無理な操作を加えた瞬間に、君は死ぬ」

 

「っち! このアニス様も焼きが回ったか、あんな艦の奴に後れを取るとはな」

 

 

アニスは口でそう言いつつも、自分の後ろから聞こえた男の声を分析しながら、太腿に隠してあるナイフと、服の金属製の飾りの下に縫い込んでいるナイフを確認していた。

 

「ナイフ……それが2本て所か、まあ良い。既に君が入力した座標は確認している。そのままそこに行け」

 

「何が目的だ」

 

「取り引きだ。君の身柄と一部の所有物を貰い受けるためのな」

 

 

アニスはその声に勝ち誇った優越感が含まれていると判断した。それは彼女にとって好機だった。人は勝ち誇った瞬間に敗北するのだ。今までそうして油断して散っていった同業を見ている彼女は、身をもって知っているし、それを後ろの相手にもわからせてやろうとしたのだ。

 

 

「へ、 そうかい、そいつは光栄だねぇ! 」

 

 

その声と同時に、彼女は操縦桿を足で蹴飛ばし機体を揺らすと同時に振り返った。上げた足からナイフを抜き取ることも忘れずに、一切の無駄のない動きで自分の後ろで笑っている人物に奇襲を仕掛けたのだ。

その手腕は見事であり、事実その男に油断はあった。だが彼女にとって不幸なことに彼女のその攻撃は

 

 

「遅すぎる。全く手間を掛けさせるな」

 

「んな……ざけん……な!」

 

 

いとも簡単に止められることになる。男は、右手の親指と人差し指で軽く組み、アニスが振りかざしたナイフをもつ手の甲に、いとも簡単に叩き付けて落とすと、もう片方の手で彼女の首を掴んだ。

はたき落とされた手はナイフの感触が無いどころか、痛みで骨が外れたような感覚すらある。首を万力の様な力で締め付けられるアニスは声を絞り出すのがやっとであった。そう、油断していたのはアニスの方であった。

 

自分の経験に裏打ちされた実力と自信は確かなものであった。ルクシオールという艦の殆どの人員が優秀であるが荒事への対処能力や危機感に欠ける人物であった。しかし目の前の人物を侮ってはいけなかった。

その男は片手間で油断しているアニスを無力化できる化け物であることを彼女は不幸なことに知らなかったのだ。

仮に彼女が油断なく男と相対したならば、打倒こそ不可能かもしれないがここまで一方的な結果にならなかったであろう。

 

 

「なにもんだ……てめぇ……」

 

「軍人だ」

 

 

その言葉と同時に男は床に落ちていたナイフをへし折り、アニスの2つ目の隠し持つ用のナイフも取り上げた。彼女の服の飾りの下の不自然な膨らみの下に隠されているそれを回収する際に、アニスの顔には朱が差したのだが。対照的に彼は一切表情を変えなかった。TPOは弁えている。

 

 

「話をしよう、それが君の未来にとっての最良のものだ」

 

「分かった……だから離せ……」

 

 

アニスは既に抵抗する気を失くしていた。その一因として男の姿をきちんと目で確認したからでもある。男は六尺豊かな大柄で筋肉質だった。そんな男とこのコックピットの、立ち上がることすら困難な狭い環境では、自身の身軽で素早い身のこなしも生かせず、弱点である金的に一撃加える事も難しい。

それならばまだ相手がこちらに利用価値を見出しているうちに要求を聞いておくべきだと判断したのだ。勿論到底不可能であったりするものであれば、蹴るつもりであったが。

 

 

「了解した。それでは聞かせてもらおう、君に話を持ち掛けてきた人物の事を」

 

「確かデータって呼ばれてる女だ。いけ好かねぇ神経質そうなババアだ。それしか知らねぇ」

 

「そうか、それなら良い。さてこれからの事を話そう」

 

 

アニスの事をきちんと評価している男────織旗楽人は、この盤面で彼女が嘘を言うメリットはないと自覚できていると判断し先を促すことにした。

 

 

「君の目的は金の為にこの機体を奪取する事で違いないか?」

 

「筒抜けだったってーのか。そうだよ。おめーらのせいで下取りに出す艦がなくなっちまったんだ」

 

「君の所持している戦闘機は、紋章が刻まれた可変機能のある大型戦闘機であってるな? 」

 

「ああ、レリックレイダーの事ならそうだ」

 

 

楽人は素直に答えているアニスを見つめて今までの情報を総合していく。純粋な敵対意思はなく、紋章機を所持しており、度胸や実力は十分。全く持って不本意で認めたくなかったが、タクトの示してきた条件には合致していた。

アニスは既に情報が筒抜けならばと、半ば自棄になっていたが、正確な情報を楽人に呈示していた。目の前の男が少しでもその気になれば自分がどうなるかわからない。生憎タダでやられるつもりはないが、先ほどの動きとこの戦闘機に入ってきた能力から、勝てる見込みは限りなく薄かったのだ。

 

 

「アニス・アジート。君は正式な命令を受け行動しているEDEN軍に敵対行動をとった重罪人だ。君が所属する星系国家に照らし合わせた罰則のほかにEDEN側からも制裁を加える事ができる」

 

「…………」

 

「だからこそ、取引がしたい、君の2回の襲撃を無かったことにした上で、君はルクシオールに所属してもらう」

 

「命令に従えって事か? それならお断りだぞ」

 

「否定はしないが、おそらく誤解があるであろう。君の戦闘機とそれを操縦できる人材を軍(サービス)は欲している。君には各種特権が与えられる、非常時以外の局面においての自由行動、軍の所有するサービスを優先的に受ける権利。そういった物を持つ特殊部隊に君は所属してもらう……予定だ。最後に君が助けた少女もその部隊一員だ」

 

 

不本意ではあるが、全て見ていたであろう、楽人の上官である救国の英雄はナノナノを助けたその一点だけで、クルー全員を説得できる程度には弁が立つし力もある。と言うよりそれで人柄を認めてしまうだろう、この目の前にいる反抗的な少女の。

 

 

「なんだ、つまりレリックレイダーを使って暴れる代わりに、あの艦で好き勝手やっていいって事か。金は出るのか?」

 

「概ねそうだ、常識の範囲内でな。給料の件は応相談だが……各種手当を除いた上で月50万ギャラは確約できるだろう。出撃があれば危険手当、そうでなくとも2割増しの乗艦手当はつく」

 

 

アニスは今聞いた話を脳内で整理する。彼女には借金があり即急に返す必要はないが、返す目途をつける必要はある。頭金にするつもりで下取りに出すつもりだった艦がなくなった以上、危ない橋を渡る必要があった。

この話を受ければ、毎月最低60万ギャラが手に入る。額は大したものだが、負債持ちで一攫千金狙いの彼女の感覚的に、微々たるものとも言える。勿論もらえるのならば欲しいが。

やらされることはあの気の抜けた艦で自分の愛機を使った荒事。自分の何時ものやっている事と大差はないが、人の下につくという事が彼女には大きな抵抗があった。

アニスは自由気ままな暮らしを愛していたからだ。だが、そうも言っていられないであろう。彼女が了承する前に、せめて生存権くらいは確約してもらおうと口を開こうとした時に目の前の男が付け加えるように口を開いた。

 

 

「こちらの条件を飲んでもらった場合、君の現在の借金をこちらが肩代わりして返済する用意が「乗った!! 乗らせてもらうぜ!」……そうか、ではデータとやらの捕獲が最初の任務だ。協力してもらうぞ」

 

「ああ!! 俺に任せとけ! 」

 

「では、その間に契約書を用意しておこう」

 

 

手に平を返したような態度に狼狽しつつも、楽人はアニスの協力をこぎつけた。楽人はブレイブハートから文書通信で状況と行先をルクシオールに伝えると、そのままアニスの操縦で彼女の艦に向かったのである。 

 

 

 

 



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第5話 覚醒/達成

第5話 覚醒/達成

 

 

 

楽人が無事潜入している間、先ほどの混乱とは打って変わってルクシオールは平和であった。怪我人もなければ、壊された設備もない。Mサイズの女性制服が1つ無くなっていたが、格納庫で発見された。勿論物的証拠として付着した毛髪と共に押収されたが。

加えて、混乱が収束し始めた時に本物のブラマンシュ商会の艦が来たことも大きい。要するに構っていられなくなったという訳でもあるのだが。なにせ

 

 

「あら、タクトさんどうしましたの? 鳩がストライクバーストを食らったような顔をしていらっしゃいましてよ?」

 

「ミント!! 久しぶり! 相変わらず笑顔が素敵だね」

 

「ミントさん! 」

 

 

補給に来た艦は何と、偶然この近辺の視察と配達に来ていたミント・ブラマンシュ。ブラマンシュ商会NEUE支部長御本人の乗る艦だったのだから。船ではなく艦だ。護衛船団を組むくらいならば、EDENの技術力で武装した艦1隻の方がコストも減るし、巨大化すれば容積も多くなる。加えてNEUEの木端海賊程度など話にならない強さがある。責任者も軍上がりの戦場経験者であり、退役軍人を数人雇えば問題なく自衛できるのだ。

そんな彼女は半ばサプライズでルクシオールに来ていた。無理して来たのでなく本当に一番近かったのだが。このことは楽人にも伝えていない。彼には近くの艦が向かう事と、極々自然に商会を礼賛するようにとしか伝えていないのだ。ちなみに後者の要求だが、律儀な彼はこの後購入した商品のレビューを知り合いの魔法使い経由で提出するのであった。

 

 

「あら? 例の何者かはいないのですか?」

 

「ああうん。何者かが来たから何者かがそれを抑えに。今はその何者かと一緒に行ってる」

 

「……なるほど。私も楽しみにしておりましたのに」

 

 

聞いているリコやカズヤたちルーンエンジェル隊には理解できないものであったが、ミントはタクトの心を読むことで察した。件の人物は侵入者が来て、その人物の対応で外している。という事だ。

先ほど織旗楽人が通信の秘匿レベルを下げて繋げてきた時点で何か狙いがあるのを読んではいたのだが。さすがに画面越しに心を読むことはできないのだ。

しかし、心を読める彼女は表情や動作、息遣いと、対象の心理状況を常に『対応させてコミュニケーションをとっている』為、既に経験則でテレパシーを使わないでもある程度は心が読めるようになっている。

考えても見てほしい、言うなればミントはゲームで言うと、彼女だけ敵の次の『行動名』と『チャージゲージ』が見えた状態で、普通の人も見える『準備モーション』を見て戦ってきたのだ。『チャージゲージ』と『行動名』が見えなくても、そのモーションだけ見ればすぐに『経験則で』何が来るか対応させるゲーマーのようなものだ。人のちょっとした仕草や、声の質からかなり正確に心理状態を察することができるのである。そして、そんな恐ろしい事ができるという事実を知るものは、本人のみである

 

 

「この後の予定は? 」

 

「補給をしたらとんぼ返りで本星のNEUE支店本拠地に……の予定でしたが、状況が状況ですので……船速では追いつけそうもないのですが、迎えをセルダール方面から呼んでいます。よろしいでしょうか?」

 

「うん、いいよ。こっちも都合が良い」

 

 

タクトの問いかけに言葉足らずでそう告げるミント。タクトの問いかけの本質を理解し、問答を省略しているのだ。それに対応しているタクトも流石であるが。

 

 

「えーと、タクトさん? どういう事ですか? 」

 

「あ、うん。ミントは来た艦は残りの人員に任せて、彼女自身はルクシオールでセルダール方面に途中まで同行するって。これから1戦交えるし、セルダール前でもう一度補給を受けられるならこちらとしても有難い」

 

「なるほど……」

 

 

要するに、ミントはここでルクシオールに乗り換えて、迎えに来る別の艦とセルダール近くで合流し素早く中央近くに移動する。ルクシオール側も何が起こっているかわからないセルダールに突入する前に万全の体制にしたいという思惑もある。両者の合意を先ほどの会話でこぎつけたのである。

リコの質問に答えている間にミントは端末で指示を終えていた。あとは作業員が機械と協力して補給品の運び込みを行えば作業終了である。

 

 

「それでは、暫くお世話になりますわ」

 

「うん、積もる話も、交換したい情報もあるしね。歓迎するよ」

 

 

ちょっとした同窓会……には少し面子に欠けるが、ミントはルクシオールに同行することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついたぜ」

 

「ふむ、これか……確かに紋章機だな。それとこの契約書で問題が無かったらサインを頼む」

 

「ヘイヘイ……ほいっと! んで、これからどうするんだ? 」

 

「こちらが聞きたい。どうやって取引をする予定だったんだ? 」

 

 

鈍足であるブレイブハート。クロノストリングは搭載していないので単体でのクロノドライブもできないのだ。しかしながら2時間という時間とアステロイド帯を突っ切るというショートカットがあったおかげで、無事アニスの艦に到着した。

彼女の艦は特に変哲のないEDEN製の高速小型船であり、数年前に流行った物を若干の廉価版として調整し、NEUE人でも手の届く範囲にデチューンされたものだ。それでもシャトル2隻分の格納庫と、数名が問題なく暮らせる船室。1人でも動かせるように簡略化された操舵システムと、彼女が望むもの全てを兼ね備えていた。

 

そんな艦の格納庫に無事着艦した後、アニスは慣れた手つきでブレイブハートに艦のエネルギーを供給し始めた。楽人はそんな彼女の仕草の合間に完成した契約書を提示していたのである。ほぼ読まないでサインするあたり、彼女の無頓着さが知れるが、彼女は一杯食わされそうだと思った場合『勘』が働くのだ。

彼女の勘は最早ESPの領域であり、知覚できない存在や運命すら無意識にかぎ分けているのだ。それが働かない契約書、事実特に騙すつもりのない正当なものであった故に彼女は無頓着であった。

 

 

「手に入れたら連絡しろって言われてる。ただ座標やチャンネルは暗号化されててリダイヤルしかできねぇ」

 

「そうか……座標指定通信のようだな。なるほど広域放送を拾うのか。原始的だな」

 

 

手段としては例えるのならば、あらかじめ決めておいた、寂れた飲食店の男子トイレの奥から3番目の個室にメッセージの書いた紙を残すといった所か。彼等EDEN人の感覚としても、手段としてもその位原始的なのだ。

 

楽人が懸念しているのは、既にこの一帯は敵の領域である可能性だ。ルクシオールと一度通信し、詳細を埋めたいのだが、全ての通信を傍受されている可能性は十分考慮すべきものだ。補給の所要時間、此処までの航行時間を考慮するとあと30分ほど待てば向こうも配置につくであろう。

 

もう少し待ってから通信するようにアニスに伝えようと顔を上げると、彼女は既に通信を開始していた。慌てて止めようとするものの、万が一にでも相手が応対し自分の姿が映ったら不味いと、機体の陰に飛び込んだ。

 

「例のブツは手に入れた。取引がしたい。場所は何時もの所にいる」

 

 

彼女はそれだけ言って通信を切った。本当に一方的なやり方だが、相手はこれをキャッチする手はずなのであろう。

 

 

「勝手な行動は控えてほしいのだが、できればもう少し待ってからが望ましかった」

 

「ん? ああ、わりぃわりぃ。なるべく早くやった方がいいって思ってな」

 

「……そうか」

 

 

恐らくだが、彼女の勘がそう判断したのだから間違いではないのであろう。例えば期限が決められている可能性、一定時間以上の経過を失敗とみなして取引がなくなるといったものだ。そういった事もあったのかもしれない。

 

 

「データとやらの到着まであとどれくらいだ?」

 

「ん? 多分30分かからない位じゃないか? なぁなぁ、それよりよぉ、このブレイブハート? ってのはオレのレリックレイダーを強化できるんだろ? 」

 

「……そうだ。一種のブースター……いや、拡張パーツの様に紋章機と合体し、飛躍的に戦闘力を上げる。もちろん問題点もあるがな」

 

 

好奇心旺盛なのか、一応の成果物であるブレイブハートに彼女は興味津々である。楽人は律儀にもそれに答えている。今の彼女の立場は『もうすぐ軍に入る民間人』なのだ。罪科は先ほどの『入るにあたっての契約』で相殺しているわけで。無下にできないのだ。

内々定を受けた途端に、至れり尽くせりのサービスをしてくる企業みたいなものだ。ほら、資格も取れるし、うちに決めなよ? ね? 他の所はもううけないでさ? みたいなものだ。

 

 

「なぁ! 合体させてみて良いか?」

 

「構わないが、持ち逃げができるとは思わないことだ。まあ万が一にはこの機体で脱出するからな。そういう意味ではむしろ歓迎すべきだ」

 

「よっしゃぁ! 」

 

 

子供のようにはしゃぐアニスだが、彼女の提案は悪くない。例えばブレイブハートの引き渡し交渉の際に、問題が発生しアニスがより高額なところに買ってもらう! 等と相手側に撃という事は『データ側』も想定しているであろう。そうなった場合、恐らく敵の目的はブレイブハートの入手ではなく、無効化……破壊にシフトする可能性もある。

 

つまり相手がこちらを攻撃する可能性も十分にあり得るのだ。であれば、鈍足で装甲火力共に貧弱なブレイブハートは紋章機と合体させておいた方が、都合が良いであろう。

アニスがクレーンを操作して合体作業を行っている間、楽人は周囲の宙域のMAPを頭に叩き込み状況に備えるのであった。

 

 

 

 

「ようやくおいでなすったか。おいデータ!」

 

「ディータよ! しっかり覚えなさい」

 

「おぉ、わりぃわりぃ」

 

 

しばらくしてターゲットが現れる。楽人にとっては予想外なことに、武装した大型の艦とはいえ単艦であった。勿論姿を見せない伏兵の可能性はあるが。アニスにはできるだけ交渉を長引かせるように先ほど伝えた。モチベーションになればと、「仮に先に金を受け取った場合、その金額そのまま君の物にして良い」と独断で指示した為非常に上機嫌だ。

実際ブレイブハートを渡すわけにはいかず、金を巻き上げたとしても処理が面倒なのでアニスの物にして構わないのだ。賞金稼ぎと賞金首と保安官の関係みたいなものだ。

 

 

「約束の品は用意したぜ……ほらよ」

 

「……さすがねアニス。見込み通りの腕よ」

 

「へへ! 当然だぜ」

 

 

調子が良い事だ。実際には失敗しているのに。アニスが画像を送信しているのを影から見ながら彼はそう独り言ちた。

この後、ターゲット側から迎えの人員が来て回収するのならば、乗り入れのタイミングで反旗を翻す。逆にこちらから渡せと言われ場合、合体させたまま敵艦に向かう。その間にこの艦は自動操縦で遠ざけておき、時間稼ぎの戦闘に入る手はずだ。

 

 

「ところで、アニス」

 

「なんだ? 売値ならまけねーぞ」

 

「……どうして艦に生命反応が2つあるのかしら? 」

 

 

楽人はその言葉を聞いた瞬間背中に氷柱を突き立てられた錯覚を受けた。よく考えれば当たり前だ。生体反応の数をサーチされる可能性をすっかり失念していた。これは完全に楽人の油断であろう。

NEUEの艦を操る勢力がそこまでの技術と判断力を持っているであろうか? といった慢心があったのかもしれない。ともかく、良くない状況なのは確かだ。このことに関しては一切打ち合わせをしていないのだから。

 

 

「ん? ああ。今回ので金が手に入るからな。鑑定士を雇った。これで貯めこんだ物を捌けるってもんだぜ」

 

「そう……それで、その戦闘機の事だけど……」

 

 

どうやら、アニスが誤魔化してくれたようだ。楽人は止めていた呼吸を通常に戻す。最近動揺をするという事すらしていなかった為、久しぶりの感覚であった。冷静さを取り戻すと、先ほどのアニスの切り抜け方は見事であると言える。彼から見ても嘘を言っているように見えない見事なとぼけ振りだ。やはり経験を積んでいるというのは嘘ではないのであろう。

 

 

「約束通り、こっちの言い値で買ってくれるんだよな? まあ、アタシも鬼じゃねぇ。800万ギャラってところで勘弁してやる」

 

「ククク……フフフ……アハハハハハ!!」

 

 

そうこうしていると、突然気がふれたように笑い出すディータ。フードをかぶってよく見えない顔も口が大きく開いているのだけはわかる。アニスは突然のことに目を丸くしているが、楽人にはわかった。こいつは悪人だと、裏切るつもりだと。

 

 

「何がおかしい! 」

 

「フフ、こっちの目的はねぇ、奪取じゃないの。無力化なのよ!! 」

 

「なんだとぉ! 」

 

 

その瞬間、艦内にロックオン警報のアラームが鳴り響く。楽人はすぐさま脱出の準備に取り掛かる。

 

「それじゃあ、バイバイ。トレジャーハンターさん」

 

それだけ言うとディータは通信を切る。ロックオン警報が、敵艦に高エネルギー反応を確認といったものに変わる。もう時間的猶予はない。

 

 

「このクソ女がぁー! 」

 

「アニス・アジート、プランBだ。急ぐぞ」

 

「あ? お、おう」

 

 

そんなものはない。わけでは無く、脱出の手筈であった。彼女が機体に乗り込んだ瞬間、シールドに初弾が命中艦に震動が走る。すぐさま発射シークエンスを終え、エンジンを稼働させたタイミングで艦は爆発に飲み込まれた。

 

 

「……しぶといわねぇ!……あのガキ、紋章機を持ってたわけ」

 

「ヘヘーン。ざまぁみやがれぇ!! ってオレの艦がぁ!! 」

 

「…………」

 

 

喜怒哀楽の激しいアニスは、挑発した次の瞬間にショックを受けている。自分に素直なのはいいのだが、もう少し集中すべきであろう。楽人は無言で乗り込んでいた『ブレイブハート』の中で救難信号を全方面に向けて送信。エルシオールに向けて専用回線を開いて交信を試みている。

 

 

「まあ、いいわ。アンタが下手したときの為に、こっちも単艦で来たわけじゃないの」

 

「んな! 隠れてたってわけかよ!! 」

 

「……」

 

 

ディータの余裕たっぷりの言葉と共に、彼女の艦の背後にステルスを解除した7隻の駆逐艦と巡洋艦の艦隊が現れた。この前の無人艦より性能が良いのであろう、艦のレーダーでは感知できていなかったが、レリックレイダーの物ならば十分感知できているはずのお粗末なステルスだったが、嘆いても敵の数は減らない。

 

 

「さぁ、宇宙の塵に消えなさい」

 

「っへ、やれるもんならやってみなぁ!! 」

 

「…………」

 

 

既に一触即発。どちらが先に動くか牽制しあっている。そんな空気だ。だからこそ投げ込まれる小石は大きな波紋を生む。

 

 

「やぁやぁ、楽しそうなパーティーじゃないか」

 

 

その言葉と同時にルクシオールがドライブアウトし、すぐさま射撃を開始した。射程距離外であるために命中はしないが、増援の存在に焦るディータ。上役から絶対直接戦闘するなと厳命されているのだ。通信に割り込んできたタクト・マイヤーズとは。

 

 

「どうやら間に合ったようだね。楽人、お疲れ様。カズヤいった通りだったろ? 任せておけば問題ないって」」

 

「ルクシオール!! それにタクト・マイヤーズ……救国の英雄でもこの登場は無礼ね」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

 

和やかな会話をしているが、ルクシオールは紋章機の発進シーケンスに入っており、ディータ艦も回頭を開始している。お互いの思惑が少しばかりの時間が欲しいという所で合致したからこそのやり取りであった。そしてそのやり取りはルクシオールに大きな成果をもたらすこととなる。

 

 

「あら、懐かしい顔ね」

 

「!! お前はぁ!! テキーラ・マジョラム!! 」

 

「はぁい。お久しぶりね。公認A級の御前試合以来かしら? 」

 

「おや、テキーラ。顔見知りかい? 」

 

「ええ、昔ちょっとね」

 

 

ディータという人物、そのバックグラウンドの一部がつかめたのだ。これは大きい。彼女に接触した勢力や思想経歴。そういった物から敵の黒幕の事情を推察する事は、決して不可能ではないのだから。

 

 

「ふん、いいわ。今回は引いてあげる。最も貴方たちがここを切り抜けられないのなら無意味だけどね」

 

 

時間は平等で、ディータの方も撤退準備が整ったのか、そう捨て台詞を残して宙域から離脱していく。追うのにはなかなかにコストがかかるであろう。であるならば

 

 

「それじゃあ、敵は7隻。こちらの戦力は紋章機3機と合体紋章機が1。ってところだね。アニス君だっけ? 君もそれでいいよね?」

 

「ああ、かまわねーぜ。オレは今ムカついてんだ!! 」

 

「それじゃあ、こっちの指示に従ってもらうよ」

 

 

この場でできる事は敵の殲滅であろう。紋章機の数は揃っているのだから。現在仮隊員である彼女も協力に応じている。それならば敵戦力の磨耗をすべきであろう。何より都合がいい事に

 

 

「楽人、色々頼むよ。カズヤ、今回はここから指揮をしてほしい。ブレイブハートに乗り換えている時間はないからね」

 

「了解! 司令ご指導お願いします! 」

 

「了解です。アニス・アジート君。支援は任せてくれ」

 

 

カズヤに直接指揮の指導をしながら実戦ができる事だ。100の演習よりも1の実戦である。タクトは、カズヤを将来的には指揮官にするつもりであるのだから、こういった経験を積ませるのは大事であろう。勿論操縦しながら指揮をする必要はあるが、それは今後の課題で良い。

 

 

「アニスで構わねぇぞ。一々長ったらしいだろ」

 

「そうか、アジート君」

 

「おい! 」

 

「冗談だ。アニス君。だが軍属になった以降は……」

 

「あーはいはい、それじゃあ行くぞ! 」

 

 

楽人の方も小粋なジョークを出すほどの余裕があった。ブレイブハートの実機操縦は初めてであるが、実は彼は、戦闘機の操縦経験があった。

その上ブレイブハートに関しては、とある理由で機構を頭に叩き込まされていたのだ。カズヤが使用不可能になった時の予備でもあるのだが。故に操縦することは不可能ではない、勿論カズヤ用に調整してあるので、十全の能力は行使できないが。

 

 

「カズヤ。頼んだよ」

 

「はい! 総員戦闘開始! 目標は敵艦隊の殲滅だ!」

 

────了解!

 

「リコ、テキーラは左翼の敵の殲滅を頼む。ルクシオールはその背後を追従。ナノナノは織旗中尉と合流してくれ」

 

 

カズヤはまず7隻の敵の編成に目を向けた。速度に優れるが相対的に火力、装甲に乏しい駆逐艦。対戦闘機への火力もある巡洋艦。巡洋艦は1隻しかいないがこちらから見て右翼に展開している。

速度で優れる合体紋章機のレリックレイダーがそれを相手している間に、左翼の敵を殲滅。厳しい戦いになるのは右翼側なので、修復ができるナノナノの機体ファ-ストエイダーをそちらに行かせて支援をするといったものだ。

レリックレイダーは早速敵に向かう。元々の位置関係と速度もありもうすぐ到達するであろう。その時間にタクトはカズヤに尋ねた。

 

 

「全機を巡洋艦に突っ込ませるという手もありだと思うけど? 」

 

「あ……はい、でもルクシオールの守りを薄くするのは、増援の可能性が捨てきれない以上避けるべきかと思いまして。」

 

「なかなか、慎重な指揮を執りますのね」

 

 

ちゃっかりブリッジにいるミントもそう評する。来賓席の様にタクトの後ろに座り地面に届かない足を浮かせている。カズヤは二人のいう通り若干慎重な手段を好んでいる。もちろん必要だと判断した時は大胆な奇策も必要であるが、大きな成果を得る必要が無いなら確実に行くべきだとも考えているのだ。

 

 

「よーし、レリックレイダーいくぞ! おい楽人! 狙いを外すなよ!」

 

「難しい注文だな『射撃は専門外』だというのに!」

 

 

レリックレイダーが早速目標の巡洋艦に取り付き周回移動に入る。合体によりスラスターの数が増え精密な動作ができるようになったからこその技だ。

アニスは何時もよりも火力の増している自分の機体を満足げに滑らせる。圧倒的な火力の前に敵の装甲とシールドが見る見るうちに捲れていく。

 

 

「へへっ、ちょろいもんだぜ! 」

 

 

しかしそこでアニスは気づいた、ブレイブハートの砲門の操作権限は渡されているので、火力が高いのはわかる。しかし対空砲を搭載している巡洋艦相手に、特に敵の砲門を狙わないでいたのに、こちらの被弾が異常なまでに少ないことを。

 

 

「全く、わがままな子だな、君は」

 

「おぉ、やっぱりそうだったか、お前やるじゃねーか。本当は射撃もできんじゃねーの? 」

 

 

その要因は彼女の後ろの機体に搭乗している、織旗楽人に存在した。彼は射撃を一切行わない代わりにすべてマニュアルで軌道計算を行い、アニスの周回軌道を邪魔しないようにしながら砲門の稼動域、冷却のためのタイムラグなどすべてを読み切って、被弾を限りなく少なくなるルートを算出。そこを誤差0.51%単位で正確にトレースさせていたのである。

 

 

「いや、射撃は本当に苦手でな」

 

「どーだか」

 

 

楽しそうに笑うアニス。男女を何よりも近づけさせるのはスリルと戦闘における連帯感だ。と先の大戦の『旗を 折(織)る英雄』も言っていた。厳密には言わされていただが。

 

 

「楽人の奴、鬱憤が溜まっていたんだな」

 

「タクトさんのお仕事ぶりが問題なんですよ」

 

「それにしても、あの卓越した技能……いったい何者なのでしょう? 見当もつきませんわ」

 

 

ブリッジでも楽人の技量を見て、ほのぼのとした空気が流れていた。最もそれは3人だけであって、多くのブリッジクルーはそもそも操作ログまで見ていないので、アニスの技量が並外れているとしか見えない。他に分かるのは指揮を執っているカズヤだけだ。

 

 

「し、司令。僕より織旗中尉の方が……」

 

「カズヤ、それはないよ。君は選ばれたんだ。それに射撃をしないなんて言うのは合体紋章機の良さを殺している。砲門が元々そう多くないレリックレイダーだから扱いきれているけれど、他の紋章機ならブレイブハートの火器まで扱いきるなんて無理だ。そういう意味で、エンジェルと息を合わせて攻撃するのが大事であって。それができるのは君なんだ」

 

「ほら、カズヤさん指揮をお続けになって下さいませ。戦況は動いていますわ」

 

「りょ、了解です」

 

 

カズヤは自分に求められている事を改めて自覚し、指揮に戻る。少し釈然としなかったが、指揮をしながら頭の片隅で考えていると、なんとか納得出来て来る。

 

確かに織旗中尉の軌道制御はすごいものだった、できれば後で師事を受けたいほどに。だけどあの人の持ってる軌道制御だけだと、ブレイブハートのパイロットに求められている物とは違う。合体先の搭乗者との信頼、射撃能力、指揮能力、軌道制御能力。それらを持ち合わせる必要があるのだ。

 

カズヤは手を強く握り締めて、決意を新たにする。今この指揮に専念できる状況で多くを学ぼう。目の前には銀河最強と謡われる指揮官がいるのだから。多くの事を学び取れるはずだ。

 

 

「ナノナノは17秒後にリペアウェーブ。リコは悪いけどそのまま2隻を足止めしておいてくれ。テキーラは後方の敵にヘキサクロスブレイクを。アニス! 君は次の駆逐艦を! 」」

 

「おや? 」

 

「あら? 」

 

 

カズヤの指揮の質が変わったのをタクトとミントの二人はすぐに感じ取った。場所まで細かい指定はしないで大まかに方針を指示する、タクトのそれ。そして特殊兵装のリチャージ時間を予測と経験に基づいて弾き出し、その回復をあてに一機壁役をやらせている。

もちろん時間的余裕は見ている、リコのクロスキャリバーはこのままのペースで30秒は余裕で持つであろう。そういった意味で彼の安全策を取るという方針も変わっていない。

 

 

────了解!!

 

「……さすがはミルフィーさん、なのでしょうか? 」

 

「いやー。これはカズヤがすごいんだよ、ミント。若い世代が育つとオレが楽できるからうれしい限りだ」

 

 

タクトはそう満足げに笑う。いつも通りであるが、今回はすべて順調に運んだのだ。アニス・アジートを隠れ蓑にさせて、楽人は実力をカズヤにだけ見せる事が出来た。それが良い刺激になったのかカズヤの目に男の子特有の闘志が燃え上っている。

これならば問題なかろう。楽人が実は腕利きのパイロットである事も、カズヤにしか伝わってないであろう。エンジェル隊にもカズヤ経由かこの戦闘に違和感を覚えて伝わるかもしれないが、楽人頼みになるという事はないであろう。

こうして、合体紋章機の活躍とカズヤの指揮もあって、ハイペースで敵を倒していき戦闘は大勝利で終了したのであった。

 

戦闘終了後、満足のいく結果だと、にやけていたタクトだが、ここで一つだけ予想外なことが起きた。

 

「さて、オレはずらからせてもらうぜ! 従うのは勘弁なんでな! 」

 

「な、アニス!! 」

 

 

アニスの逃亡である。まあ彼女からしてみれば、一刻も早く艦を壊したディータに仕返しをしてやらなければ気が済まないという理由もあったのであろうが。契約違反であることには変わりがない。楽人は内心ため息をつきながら、合体を解除する。

 

 

「っち、さすがにそれ事持っていける程甘くはねぇか……って、おい! 楽人ぉ!」

 

「……すまないが、仕事なんでね」

 

「はい、お疲れ様だよー」

 

 

しかし合体を解除した瞬間レリックレイダーの主機はダウン。辛うじて航行ができるが、これ以上の戦闘は不可能であり、クロノドライブなんてもってのほか。そんな状況に陥る。原因は単純だ、エネルギー切れである。勿論無尽蔵にエネルギーを生み出すクロノストリングなので、時間経過か整備をすれば問題なく戦闘行動をとれるが、暫くはまともに動けないのは事実である。

こうなった原因は簡単だ。事前の打ち合わせ通り、火器管制をすべて任せる代わりに、周回軌道中のスラスター操作の多くの権限を持っておいた楽人がコンバーターに一時貯蔵してあるエネルギーをブレイブハート側に移動させた上で、全ての挙動をレリックレイダー側のエネルギーで行っていた。それだけである。やろうと思えばカズヤでもできる。何せ設定を弄るだけなのだから。

これは先ほどタクトの『色々頼むよ』の言葉を受けた彼が行ったことであり、命令通りに行動した結果ともいえる。

 

 

「それでは、1名様ごあんなーい!」 

 

「ちくしょー! 覚えてやがれ! 」

 

 

流石のアニスも紋章機3機と戦艦に囲まれてエネルギーを起こしている状況じゃ反抗をするという事はしない。大人しくエルシオールに収容されるのであった。しかしアニスの受難はこれで終わらなかった。

 

 

「いやくきん?」

 

「ええ、アニスさんが商会の艦を購入する際に『EDEN軍に害する目的での利用をした場合』違約金として1000万ギャラが請求されますの」

 

「ん? オレの借金はチャラになるんだし、それも肩代わりしてもらえるんじゃねーのか?」

 

 

当然の如く、ブラマンシュ商会はアニスを追いつめに行った。彼女は購入する際に少しでも安くしようと色々と余分な契約まで付帯していた。その1つがEDENとの敵対行為を禁ずるという物だ。

これは敵対した人物が捕まった際『なんだかよくわからない口座(意味深)』に多額の金額振り込むことで、あら不思議、武器を売った商会側には一切責任はいきません! という仕組みであり、その一部を強制的に違反者の負債にするのだ。

勿論払えないので、ブラマンシュの息がかかったクレジット会社から借りる。そうすると刑務所内での労働の金が長期にわたって流れ込む仕組みだ。刑務所の中なので踏み倒しもできない仕組みである。皆幸せになるシステムです。

 

 

「あら? この契約書には、『過去の2回の攻撃を無かったことにする』と『その前までに有った負債の肩代わり』ですわね。違約金が発生したのは、貴方の身柄が軍に置かれたときですので『借金がチャラになった上に違約金が発生する』形になりますわね」

 

「楽人ぉ!! てめぇ! 」

 

「自業自得であろう、我々(サービス)との契約書に嘘もなかった。商会との契約書の細部まで読まなかった君の責任であろう」

 

「くそ!! 1000万ギャラかよ……」

 

 

実際、楽人の契約書に不備はなかったうえに、彼女をはめる意図などなかった。彼女の罪科を消したので、それより前に借金を肩代わりする形をとっただけであるし、違約金のことなど知りもしなかった。故にアニスが騙されたのだが。

 

「何を勘違いしていますの? 貴方は2度敵対していますから2000万。さらにブラマンシュ商会の名を借りての犯罪行動。これも許しがたいので訴訟を起こさせていただきます。あら? 軍人さんは任務中の場合、慰謝料で解決するのでした。そうすると……」

 

「ちくしょー!! 」

 

 

アニス・アジート現在3つの会社に、合計月額60万ギャラのローンあり。

 



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第6話 偽悪/飛躍

 

 

「ドライブアウトまで90秒、総員持ち場につき最終確認をお願いします」

 

 

ミントと引き換えに最後の補給を受けたルクシオールは、セルダール帰路における最終クロノドライブの佳境にあった。後1分と少しすれば、目の前にセルダールが現れる。

 

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

「その両方やもしれません」

 

 

何せ相手はフォルテ・シュトーレン。それに彼女が率いる、謎の武力集団である。相手がこちらの手の内を知る指揮官というのは、タクトからすれば非常にやり辛くはある。だが戦闘することを踏まえてでも、セルダールの解放は必要だ。

にこやかなタクトと、無表情な楽人だが、内心には複雑なものが渦巻いている。ブリッジクルーもそれをわかっているのか、口数は少なく、表情も少し硬い。

 

 

「ルーンエンジェル隊の皆、出撃準備は万全かい? 」

 

「1番機 クロスキャリバー。準備完了です」

 

「0番機 ブレイブハート。こっちも行けます!」

 

「3番機ファーストエイダーもばっちりなのだー!! 」

 

「4番機スペルキャスター。任せておきなさい」

 

「5番機レリックレイダーもいけるぜ……ったく」

 

「親分、元気出すのだ! 」

 

 

5人からそれぞれの返事が返って来る。ちなみにナノナノの親分というのは、命を助けられた彼女がアニスの事を、尊敬をこめてそう呼んでいるのである。まだ不満があるアニスは恨めし気に楽人を睨みながら、ため息をつく。

彼女の主観ではこいつが騙して悪魔(ミント)に売り払ったとなっているのだ。しかし一切表情を変えることなく、それどころか反応を返さない彼の姿に、まずます苛立ちが募る。だが彼女も今の状況がわかっているので大人しく操縦桿を握り締めるだけで堪える。

 

 

「ドライブアウトまで後3秒……2……1……! ドライブアウト!! 」

 

「周辺スキャンを急げ! 」

 

「司令! 通信が入りました!」

 

「気の早い事で」

 

 

ドライブアウトし、緑色の空間から馴染みある星の海に漂着した途端。こちらのスキャンが終わる前に不明艦からの通信が入る。タクトは継続して捜索する様に伝えながら、気を引き締めて繋ぐ。

 

 

「はいはい、こちらルクシオール、タクト・マイヤーズ」

 

「相変わらずだねぇ、その人を小馬鹿にしたような態度」

 

「フォルテ。やはり君か」

 

 

通信をつなげてきたのは、やはりというべきかフォルテであった。自信に満ちたその瞳は何時ものそれであり、洗脳を受けているといったことはなさそうに見る。だがそんな事より火急の問題なのは、モニターに表示されているスキャンの結果だ。

彼女はこの場所で待ち構えていたようで、既にルクシオールが200隻の無人艦に囲まれているという事だ。方向のみを限定すれば四面楚歌ではないが、周囲に敵しかいない孤立無援であった。

 

 

「ああ、そうだよ。それと『隣にいるのは新しい副官』かい? お得意の人心掌握だが、『4機の戦闘機』しか持たないんじゃ意味ないし、そもそも出させはしないよ」

 

「ふーん。歓迎パーティーでもして「総員攻撃開始!! 目標はルクシオール!!」やり辛いなぁ! 出撃は中止、緊急退避だ!」

 

 

もう話すことなどないと、有無を言わせずにタクトの時間稼ぎの会話を封じた有効な攻撃を仕掛けてきたフォルテ。要するにタクトの得意技『相手を挑発し冷静な判断を失わせつつ分析。ついでに出撃時間を稼ぐ』を、会話を断ち切ることで無効化してきたわけだ。

ならばやることは一つ、数と武装で劣るこちらが、辛うじて勝るシールドと船速を生かし

 

 

「撤退だぁー!! 」

 

「ルクシオールは艦底部のシールド出力が高い、操舵主、予定通り天頂方向に転進後、クロノドライブ準備だ!!」

 

「逃がさないよぉ! とにかく撃ちまくるんだ! こっちに向いた土手っ腹めがけてねぇ」

 

 

タクトのその言葉で急激に状況が動き始める。ルクシオールには200もの艦からの砲火が注ぎ、衝撃と轟音に苛まれていく。いくら高性能なシールドと分厚い装甲を誇っており、かつ直前に補給を受け万全の状態でも、飽和状態の火力に見舞われてしまえば、幾ばくもなく溶けてしまうであろう。

事実、フォルテは鶴翼の陣さながらルクシオールを包み込み、十字砲火の要領で1点に火力を集中させているので、最も苛烈に攻撃に晒されている部分では、シールドの回復が追い付いていない。旧式の戦艦では全弾を撃ってもジェネレーターからのエネルギー供給でシールドが捌ききれるとすら言われる、堅牢なルクシオールの防御が抜いてきている以上、時間的猶予はあまりない。

 

見事な敵の采配であるが、ルクシオールも元々撤退のサブプランを持ち合わせていた。通常航路よりもやや天頂方向にドライブアウトし、敵がいたとしても、対面するのは2つ目のシールドジェネレーターのある艦底部。シールドと装甲の分厚い方面で攻撃を捌けるように限定させつつ、素早く退路へと転進出来る。タクトの采配であった。

これで事前の準備では互角、あとは時間との勝負であった。

 

 

「クロノドライブまで17秒!! ですがシールドが後15秒しか持ちません!! 」

 

「なにがなんでも逃げ切るんだ!! 」

 

 

そして戦況の天秤はフォルテ側に傾きつつあった。2秒程間に合わない試算が出たのである。タクトは居住区へのエネルギー供給を司令権限でカット。非生活区域の重力発生装置も同じくカット。と手を回しているが、それでも足りない。

 

 

「通信切れぇ!! 」

 

「りょ、了解!!」

 

 

まだ開いていた通信ウィンドウを、全ての通信回線事切らせるタクト。フォルテはもちろん、状況を見ている紋章機の操縦席や格納庫など全てとの通信が一時的に途絶えた。ブリッジクルーはエネルギーを少しでも捻出する為であろうと理解し、他にも各自の判断で動いきエネルギーの捻出を急いでいる。

 

 

「頼むよ」

 

「了解」

 

 

だからこの瞬間、織旗楽人の事を視線に入れる者は何処にもいなかった。彼がタクトの命令を受けて、コンソールに触れた瞬間、エンジンの出力が瞬間的に上昇したのだ。

 

 

「これはっ! エンジン出力が急上昇!!……これなら、行けます!! 」

 

「クロノドライブだ、短時間でいい、戦域から離脱さえすればこっちの物だ!! 」

 

 

ルクシオールは、そもそも安定しないクロノストリングを無数に積んでいるが、それでも一定の波はある。調子の良い日悪い日があるのだ。多くのクルーは運が良い事にそれが来たと判断した。

タクトの生来の運の良さは有名であり────ミルフィーが付いていることもあるが────それが今も加護のように守ってくれたと、オカルトめいた事を思った。故にココ以外のクルーはVチップに1件のアクセス履歴があることに気が付かず。また彼女の手によってそのログは、提出様に外部媒体に保存された後、一切の痕跡を残さず消去されたことも知ることはなかった。

 

 

 

 

「逃がしたかい……」

 

「おい、貴様! 手を抜いたわけではあるまいな?」

 

「まさか? 今の攻撃に躊躇があったように見えるかい? 」

 

「……ふん! 次こそは仕留めるんだな」

 

 

フォルテはそう悪びれずに自分の後ろで常に銃を携帯しているNEUE人にそう返す。彼女から見ればこの人物など小物で3流だ。戦略や戦術どころか戦闘の一つも知らないような男だ。ただ声の大きさに自信があるという事だけで上に立っているつまらない男だ。

だが、それでも今は従う必要がある、自分を止めてくれる英雄達が来るまで魔王の手先の一悪魔でいるべきなのだ。

 

 

「まかせたよ、皆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「重傷者はほぼいませんが、クルーの3割が打ち身などの軽傷を訴えています。艦の方は現在エンジン稼働率70%、スラスターは53%。まとめると、怪我人多数。エンジンを含め多くの箇所に損害があります。特に第3以降の倉庫ではロックが甘かったのかコンテナの一部が壊れています」

 

「勝ったはいいけど、無傷という訳にはいかなかったか」

 

 

現在のルクシオール司令室で楽人とタクトの二人は現状を考えていた。既に今後の進路は独自戦力を持ち、援軍を出してもらえる可能性のあるマジークに向かうと、先ほど艦内に通達している。しかし軽症者が100名程出てしまった上に、それなりに損傷を被ったルクシオールは小さくない混乱がある。

先ほどのフォルテとの会話で心の底から敵対しているわけでは無い事を確信できたが、現状何かしらの理由で敵なのは事実だ。200隻をぽんと出せるほどの戦力が敵にある以上、単艦で強襲をかけるのは難しいと言える。

故に今必要なのは同盟相手だ。既に各国に何らかの敵対勢力が蔓延した場合、共同で戦線を開く防衛同盟は締結している以上、マジークは確実に力になってくれるであろう。

 

 

「まあ、幸い紋章機にはダメージが無く、搭乗者にも同じです。大艦隊に遭遇しなければ無事マジークに到達できるでしょう」

 

「ああ、今大事なのは時間だ。出来るだけ早くセルダールを奪還する必要がある。無いとは思うけど民衆が迎合して正式な政府だと認めてEDENと同盟を求められると、戦う大義名分がなくなってしまうからね」

 

 

現在の敵はあくまで反乱軍である。しかし、仮に彼らの革命が成り、国として足元を固められてしまった場合、政権が変わった扱いになる。その場合EDENと協力姿勢を表面上でもとられると、世論の都合上EDEN側(強者)がセルダール(弱者)と戦うのは侵略戦争になってしまうのだ。

セルダールの解放を名目に戦争を行うことは出来るが、NEUE側から見れば立派な内政干渉となってしまい、関係がこじれる可能性もある。戦力差は理解しているであろうが、自棄になってNEUE対EDENの全面戦争に縺れ込んで、得する者だと居ないのだ。最も現在のセルダールは無人艦隊があり、戦力がどれほどあるかは未知数であったが。

 

 

「マジークに急ごう」

 

「了解です」

 

 

だが、彼らの決意は思わぬところから水を差されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む!! 艦長さんよぉ!! 」

 

「この通りや!! その分ウチらが万全の状態にしたる!! 艦も紋章機も! 」

 

「司令!! 」「司令!! 」「タクトさん!! 」

 

 

事の発端は多くの軽症者が出たことであった。この艦ルクシオールにおいて艦医は精神科が専門のモルデンしかいない。彼にも一通りの医療知識と技術はある、ルクシオールという最先端の艦の医療を一手に携わっているのだ。

だが、多くの場合彼は精神的なケアしか行わない、それはナノマシンという特に外傷に対して万能に近い治療法と、そのエキスパートである、意思を持ったナノマシン集合体のナノナノがいるからだ。

 

多くの怪我人が出た以上、モルデンは自分も患者の対応に追われていた。ナノナノも同じようにナノマシンで多くの人を治療していたのだが、何時もならばまだまだ子供な彼女についてアドバイスをしているモルデンはなく、彼女一人でだったのだ。

彼女にはスキャニング機能をはじめとした、人にない知覚を持っている。人よりもむしろ、とても高度なアンドロイドの方が近い生命体であるが、まだまだ精神的には幼かった。

 

彼女が利用する治療用ナノマシンだが、それは彼女の持っている猫のような尻尾の部分を用いる。彼女自身もナノマシンなのだが、『彼女自身の情報』と『生命を維持する部分』を司るナノマシンもある為に、治療用のナノマシンは別にある。

ナノマシンは消耗品であるために、使えば無くなるし、補充すれば増える。多くの患者を続けて治療することになったナノナノは懸命にも治療を続けたが、尻尾がなくなってしまう。もちろん倉庫に行けばストックはあるが、患者の想定以上の数に医務室にある分をすべて使い切ってしまったのだ。

加えて先の戦闘の影響もあり、倉庫からの補充の見込みはまだ立っていなかった。そんな彼女は速く治してあげたい一心で、あとで足せばいいと思い、自身の体のナノマシンを治療に使用してしまったのである。

 

その結果、彼女は意識を失い、人間でいうと植物状態になってしまったのである。専門家ではないが、医者のモルデンの見立てでは生体電位が低下しているスリープ状態になっており、このままだと数日で機能を停止する。現状この艦にある方法で治す手段はないという絶望的なものであった。

しかし、様子を知って駆け付けていた多くのクルーの中の一人が彼女の出身地であるピコに行けば、彼女がいた培養ポッドがあるのでは? と思い付いたのである。

 

先ほどマジークに急行すると宣言していたタクトだが、仮にマジークに行って協力を取り付けてからピコに向かった場合、ナノナノの生命が間に合う保証はなかった。それどころか確実に間に合うはずはなかった。

それを知った多くのクルーがタクトに頼み込んでいるのだ。だがここで、はいそうですね、ピコに行きましょう。と言えないのが司令官としての責任だ。

 

彼の、というよりも軍の至上目的は、セルダールの解放によるNEUE銀河の騒乱を終焉させることだ。その目標遂行には、ルクシオール単艦では不可能であり、マジークに応援を求める必要がある。

しかも時間的余裕はなく、長引かせるほどに相手が有利になる。希望的に見ればEDEN側からの増援の可能性もあるが、Absoluteとの連絡も取れない以上期待すべきではない。

 

ピコに行くことも、もちろんデメリットだけではない。ナノナノが助かるかもしれないというのに加えて、ピコの保有する戦力も得る事ができるかもしれないからだ。

しかし、ピコはセルダール連合の主要3か国において、殆ど名目上と言って良いほどの力しかない程にクロノクェイクによって衰退していた。纏まり持たない自治星に比べればナノマシン技術によって結ばれた集合体ではあるが、セルダールを30とするとマジークが20、ピコは5といったほどの戦力差がある。

ピコの増援を貰いに行ってマジークに行っていたら、相手が足元を固め、国として成り立ちました。ではお話にならないのだ。

 

しかし、ルクシオールとして、タクト・マイヤーズとしての彼はクルーの一人を、少女の命を見捨てる事は出来ない。故に彼は迷ってしまったのだ。最終的にピコに行くとしても、それを『自分自身』が納得できる理由が必要なのだ。

その事を説明しようと、医務室に押しかけているルーンエンジェル隊と整備班をはじめとしたクルーの前で言おうとすると、彼の横に控えていた楽人から声が上がった。

 

 

「司令、私は反対です。プディング少尉がこうなったのは非常に痛手ですが、マジークに急行するべきでしょう。現状ボトルネックなのは時間です。戦力的にはアジート少尉が入った為、先に比べて損失は大きくありません。もちろん戦闘中の修復ができなくなったのは痛手ですが、許容範囲です」

 

 

なんとなく、楽人が口を開いた時点でそういうのは予想できたタクト。そしてこの後の状況も予測できた。静かにそのまま、対応策を頭の中で練り上げ、タクトはタイミングを計ることにした。

 

 

「だが、ナノナノの嬢ちゃんは俺達を治療したからこうなったんだ! 何とかしてあげるのが筋だろうが!? 」

 

「その点に関しては同意する。だが我々はEDEN軍人だ。任務をこなす事が仕事であり、決して少女の為に銀河を戦争の渦に落としてはならない」

 

「ナノちゃんを見捨てる気なのかよ!」

 

「否定する。だが優先順位の関係で結果的にそうなってしまう可能性が高い。そういう事だ」

 

「こんなちっちゃい女の子が死にそうなのに、アンタはそれしか言えないのか!? 」

 

「司令、当艦のモラルチェックを提案します。ここは学校でも馴れ合いの場でもない。感情論で女の為に動く人物が艦にいるというのは、外部から籠絡される可能性を考えると、非常に脅威です」

 

 

織旗楽人を中心として、彼を睨みつけているクルー達から、剣呑な気配が蔓延していく。まあ、当然であろう。織旗楽人中尉は正論しか言っていないのだ。彼を睨んでいるクルー達は親の仇でも見るような目で彼を睨みつけている。

彼が此処でもう少し主観的な反論をしたのならば、もっとひどいことになっていたであろうが、彼の口から紡がれるのは、客観的に軍人がすべき判断でしかないのだ。

そんなことを一切気にせず涼しい顔で提案する楽人は、特にいい意味でも悪い意味でも平和なルクシールのNEUE人クルー達には一層異様に見えた。その証拠にEDEN人のクルーは悲しそうでいて悔しげな表情で下を向いているのが殆どだ。一部は縋るような目でタクトを見ている。

 

タクトは内心ため息をつく。そういえばこの目の前の人物は俺にも少し崇拝が入っているんだよな。というか、特技に冗談で書いたヘイトを稼ぐを忠実に実行しすぎだ。そんなことを考えながら右手を上げる。

 

 

「コホン。えーみんな注目。当艦はこれより、進路をマジークからピコに変更する。その代り整備班はマジーク到達まで非常事態シフトに移行する。ナノナノを助けてほしいならそれが条件だ」

 

 

タクトのその言葉に色めき立つ整備班のクルー達。司令はナノナノを見捨てるなんてことはしなかった。「流石は英雄タクト・マイヤーズだ!!」 そう讃える声すら聞こえる。

 

 

「ピコで戦力を借りるのは、決して悪い事ではない。敵の戦力規模がわからない以上はね。ほら、何してるの、君たち。もう非常事態なんだよ」

 

「もちろんだ!! こうしちゃおられん、コロネ!!」

 

「ありがとなぁ、艦長さん。わかっとるわ! いちいち言われなくとも!! 」

 

「よし、皆行くぞ! 」「恩返しだな!!」「72時間を2交代……屁でもねぇぜ!!」

 

 

熱い闘志を燃え上がらせて整備班クルー達と、彼等の手伝いをしようとする手の空いたクルー達も医務室を出ていく。この場に残っているのは、今やタクトと楽人にエンジェル隊だけだ。楽人はタクトに向き直る。彼もタクトが楽人を察したように、言われることは半分以上分かっているからだ。

しかしタクトはエンジェル隊しかこの場にいないことを確認した後、楽人の予想外の行動に出た。楽人に向かって歩み寄ってきたのだ。大凡楽人の正面1.5mまで来ると

 

 

「きゃぁ! 」

 

「……ヘッポコだなぁ」

 

「そうね、腰が入ってないわ」

 

「し、司令?」

 

 

タクトは『ラクト』の顔を殴ったのである。ルーンエンジェル隊は各々わかりやすい反応を見せている。殴られた楽人は反射的に大した力ではない攻撃であったので、オートで迎撃しようとする体を押さえつけて、顔を下げ頬への一撃を額で受けた。

 

 

「お疲れ様……って言いたいけど、あれはやりすぎ」

 

「申し訳御座いません。あの方が早いと思いました故に。このままマジークに行ったら暴動が起きかねません。かといって司令の軍事的手腕に禍根を残すのは得策でない以上、自然と」

 

「分かって言っているだろ。君はオレの身代わり人形じゃない。見縊るな。あの位の不和なんてオレだけでも十分解決できた」

 

「……司令」

 

 

エンジェル隊は、珍しいタクトのシリアスな口調と表情に少々驚いていた。そして楽人がばつが悪そうな顔をしている事も意外であった。彼彼女達からすれば二人とも、常日頃から片や飄々とした、片や無表情を変えない人間だと思っていたのだ。

子供は無意識に師や親を完璧なものだと思い込んでしまう。それと似たようなものであろう。

 

 

「君には期待しているし、任務も言い渡している。『その為に必要なこと』を最優先にしろ」

 

「了解です……失礼ですが、司令」

 

 

タクトは、自分が悪者になろうとした楽人に対して、この艦で適任者ではあると思ったが、その役割自体が要らないのだと考えていた。だからこそ、ルーンエンジェル隊との信頼関係を密にしろと言明したのだ。この一連『パフォーマンス』、楽人は整備班が退出するまで、タクトにとっては楽人を殴るまで想定の流れであった。

 

タクトの株を落とさないで、艦内のクルーの甘い考えに一石を投じる事が目的の楽人。そしてそれを利用して、不器用で任務に忠実だが、優しさといった人間味が楽人にもあるとルーンエンジェル隊に示す。そこまで目的だったタクトである。ただ一つ誤算があったとするのならば

 

 

「拳、大丈夫ですか?」

 

「……痛い」

 

 

楽人は迎撃せずに受けるとは踏んでいたが、その彼のガードが、というか体があまりにも堅かったという事だ。あとタクトの殴り方が下手だったともいえる。今まで格好つけるために我慢していたが、正直泣きたい位痛かった。タクトは士官学校でも痛い事はなるべく近寄らなかったのだ。その後は艦の艦長である。格闘なんてまともにしたのは10年近く前だ。

 

 

「あー痛いなぁ。ナノナノがいないとこれも治してもらえないのか」

 

「助ける理由が増えました。航路の再計算をしましょう」

 

 

そんなタクトの少し情けない様子を見て、暗いイマジネーションに飲まれかけていたルーンエンジェル隊は、微笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナノナノの生まれた、厳密には発見された場所、それは惑星ピコの衛星軌道上にある人工の衛星フェムトだ。フェムトはNEUEの先文明時代に作られた、いわば遺跡にも近いものである。衛星自体はただのナノマシン研究所であるのだが、特徴的なのは未だに防衛システムが生きているという事であろう。

 

ナノナノと出会ったのもピコの人員からの要請と報告を受けて、人工衛星フェムトを守っている防衛衛星を紋章機とエルシオールで蹴散らしたからである。たちの悪いことにフェムトの防衛システムは『ナノマシンによる自己修復機能』を持ち合わせているのだ。内部にナノマシン生産工場と、エネルギーを質量に変換する装置、クロノストリングと全て揃っており一定の時間が経過すると防衛システムが生き返ってしまうのだ。

研究所内部も同様で警備用のドローンが巡回していたが、こちらは研究室側から既にオフにしてある。

 

防衛衛星は、NEUEが安定するまで、EDEN人やEDENから武装を借りたよからぬ奴らによって、ナノマシン研究所を壊されないようにあえて起動を続けていたのだ。それが今回、行く手を阻んでいるのであった。

 

 

「でも司令、紋章機があれば問題ないのでは? 」

 

「まあね。あの時ムーンエンジェル隊も4機だけだったし、苦戦もしなかった。だから今待っているのは別件」

 

 

 

カズヤの問いかけにそう答えるタクト。ルクシオール今、惑星ピコの周辺に到達し通信で用件を伝えた後、現状のセルダールの内乱に対して戦力を融通することはできないかと要求をしていた。

 

ピコ側も現状セルダールに政変が起こった場合被害を免れる確信はなく、強力には比較的前向きであった。しかし彼らの戦力だけでは焼け石に水であるのも事実。マジークが協力した際に連合軍を組織するといった形で落ち着いたのだ。タクトはまず目的の物をテーブルに置かせたのを満足した。この後フェムトに行っている間に続きをと、そこで一端通信を終えた。

 

そして、いざフェムトへ。と行くかと思えば、フェムトではなく人工の宇宙ステーション近くで停泊させたのである。

 

 

「まあ、ナノナノとナノマシンの事なら、適任がいるからね」

 

「司令! シャトルから着艦要請が来ています」

 

「おっけー。全部許可しちゃって構わないよ。それじゃあ皆行こうか」

 

 

そう言ってタクトはブリッジに詰めていた、ルーンエンジェル隊を伴って、格納庫に降りて来るであろうヴァニラ・Hを迎えに行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未だAbsoluteとは連絡つかずか」

 

「はい、ゲートが閉じられてしまって、何も情報が入ってこないままです」

 

 

場所は変わってEDEN。クロノゲートを移し文化や流通の中心になり、過去の栄光を取り戻しつつあるEDEN本星ジュノー。そこの衛星上に新設された軍用宇宙港、そこにエルシオールは停泊していた。

白き月に向かい紋章機とエルシオールのフルメンテナンスを終え、NEUEに戻ろうかと、トランスバールから帰る途中で、Absoluteからの通信が途絶えたのだ。その為に現在レスターとアルモは港にあるカフェテリアで向かい合っていた。

 

アルモとしては仕事モードが抜け切れてないレスターでも、二人だけで向かいあって席につけるのは嬉しい事であった。あのお見合いのあと、偶に停泊した星で飲食店に誘われるようになり、彼女的には大変満足していたのだが、最近は少し忙しくなってしまい、そのような機会が無かったのである。勿論状況は弁えているが。

しかし、そんな彼女のささやかな幸せは、儚く散ることとなる。

 

 

「ここ良いかしら? 」

 

「ノア!? どうしてここに?」

 

「ノアさん! 」

 

 

二人の前に現れたのはノア・ヴァルター(15歳既婚)であった。疲れた様な表情で返事も利かずに、レスターが引いた席に座ると、ウィンドウを開いて注文を手早く済ませると、二人に向き直る。

 

 

「たぶん、アンタらと同じ。足止めを食らったのよ。例のルクシオールの主砲を届けようとしたらね」

 

「ああ、完成したのか。にしてもタイミングの悪い」

 

 

ルクシオールは本来、専用の主砲を搭載する予定であったのだが、制作段階で技術的な革新が起き、別々の工場で制作していた主砲と艦で完成まで大きな差が開いてしまったのだ。故に遅れながらも、納期通りに漸く完成した主砲を届けに来たのである。

責任者であるノアがAbsoluteのドックまで届けるだけの簡単な仕事についているのは、それだけ重要なものだからだ。

 

 

「桜葉の運がまたなくなったとか、体調崩したとか。そんなところかしらね? 」

 

「さぁな。まさかクーデターでも起こっていたりしてな」

 

「もー、止めてくださいよ副司れ……じゃなかった司令」

 

「アルモ、あんたまだ名前で呼んでないの? 」

 

 

何が起こっているか知らないEDEN側は平和であった。もちろん一部の人間はゲートの開放に尽力していたが、Absoluteの事、NEUEの事を知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が先行し安全確認を行う、アジート少尉は後方確認だ。アプリコット少尉、シラナミ少尉、カルーア少尉は、ナノナノ少尉のストレッチャーを頼む。よろしいですね、アッシュ少佐」

 

「はい、指揮権は織旗中尉に一任しています。皆さんも彼のいう事を聞いてあげてください」

 

「了解です! ヴァニラさん」

 

「おう、まかせとけ!」

 

「わかりましたわ~。ナノちゃん、あとちょっとですからねぇ」

 

「了解です!! 」

 

 

無事フェムトにたどり着いた一行は、現場指揮官兼要人護衛として織旗楽人、そしてエンジェル隊の全員がヴァニラと共に研究室を目指していた。隊列を組んではいるが、既に警備用の防衛ドローンはいない。厳密にはこちらの使用する進路上では警備用ドローンに遭遇しないように、巡回ルートを外すように設定しているだけで、システムは自体はまだ生きているのだ。

そんなわけで、カズヤが神秘的で美しいヴァニラに見惚れていたり、それをリコがどこか綺麗な人ですよねぇと言いながら割り込んで来たりと、いろいろあったが、無事ナノナノが発見された無数の培養ポッドが鎮座されている部屋に到着する。

 

 

「ナノナノをこの中に」

 

「了解」

 

 

ヴァニラの指示で、彼女が操作し蓋を開放した培養ポッドにナノナノを入れる。彼女の服も同様にナノマシンであるために、別に脱がす必要はない。そのことを明記しておこう。

彼女が入った後、ヴァニラは黙って操作を続ける。カズヤ達には何をやっているのかさっぱり理解できなかったが、彼女の操作は淀みないまま進んでいき、培養液に何かしらの物質が入りナノナノの体を包み込んでいく。すると、彼女の目がうっすらと開く。ガラス越しの為分からないが、口の動きから察するに驚いているようだ。

 

 

「ナノナノ、出てきなさい」

 

「はいなのだ! ママ!」

 

 

ヴァニラの言葉にそう答えたのか、ナノナノは解放された上部から出てきた。いつもと変わらない様子の彼女にひとまず安堵する一行。

 

 

「ナノナノ、私の姿になりなさい」

 

「え! それは嫌なのだぁ……」

 

「いけません、きちんと『なおった』かを確認しなくては」

 

「うぅー……わかったのだぁ」

 

 

ヴァニラの言葉にしぶしぶ従うナノナノ、カズヤは状況が読み込めずにいたが、すぐに理解する。ナノナノが一瞬光ったかと思うと、ヴァニラの姿そっくりそのまま同じに変身したのだ。

 

 

「これでどうでしょうか?」

 

「はい、もう大丈夫です。戻って良いですよ」

 

「わかりました」

 

 

同じ顔、同じ声、同じ目の色同士の会話であったが、ヴァニラがすぐにそう言ったためナノナノは元の姿に戻る。

ナノナノはこの変身能力を嫌っている。その理由は変身する際にその対象の性格情報まで読み込むので、自分が変わってしまったように感じるのが嫌だと言っている。この変身は姿を映すのではなく、相手に成るものなので、自身の性質事変化させる高度なものなのだ。

 

 

「へー、ナノすげぇのな。オレにも化けて見てくれよ? な? 」

 

「むぅー、いくら親分でもそれは嫌なのだ!! 」

 

「いいじゃんかよー! 」

 

「親分なんか、嫌いなのだー!!」

 

 

やや無神経なところがあるアニスは、単純に興味本位でナノナノにそう言ってしまう。ナノナノは拗ねて近くの培養ポッドの反対側に回り込む。アニスも面白がってそれを追いかける。しかしその際に彼女の手が隣のポッドのコンソールに触れてしまった。

その瞬間アラームが鳴り響くと同時に、入ってきた入り口とは逆の方から警備用ドローンが入ってきた。運の悪いことにその入り口は追いかけっこをしている二人に近かった。突然の事にナノナノはビックリしてしまい、動きを止めて呆然とドローンを見上げている。

 

 

「ナノ! あぶねぇ!! 」

 

「お、親分!! 」

 

 

全高3mを越す、ずんぐりとしたドローンを前に動けなくなったナノナノを救ったのは、今まで追いかけまわしていた故に、彼女と距離が近かったアニスであった。素早い身のこなしでタックルをかけるように小柄なナノナノを抱え込みそのまま床に滑り込んだ。

アニスは後にわかることなのだが、この施設のドローンはナノナノに一切危害を加える事はない。ナノナノがコンソールから操作すれば、問題なく命令に従うものだ。しかしナノナノは変身や、寝起きであるなどといった状況から混乱しており、そんなことをそもそもアニスは知らない。故に彼女の身を挺しての行動であった。

ドローンは培養ポッドを傷つけないようにしながら、侵入者であるアニス目がけて鈍重な歩幅で近づきアームを伸ばして拘束しようとする。火器も搭載しているが、まだ使用する段階にない判断だ。ナノナノを庇って体勢が崩れているアニスはよける術もなかった。

 

 

「ふ────っ! 」

 

 

しかしアニスがナノナノを庇った時間は、十分なもので。誰の目にも映らぬ間に、ヴァニラと施設の様子をチェックしていた織旗楽人が、ドローンの懐に入り込んでいた。彼の姿がさらに一瞬ぶれ、掌底の残身の形になっているのと、ドローンがワイヤーアクションの様にほぼ水平に吹っ飛び、入ってきた入り口の向こう側に消えていくのは同時であった。

施設保全のためにドローンは破壊するわけにはいかないので、手加減した結果がこの掌底である。慈悲なく壊せるのならば蹴りで済んだのだが。

 

 

「む? やりすぎたか。壊れてないと良いが。プティング少尉、解除を」

 

「ラクト!! 凄いのだ!」

 

 

ナノナノの心配そうな顔が一転、喜色を露わにしたので、アニスうつぶせの状況から振り向く。するとドローンの姿はそこになかったのだ。

目を白黒しているアニスだがナノナノが動きたがっているので、一先ず身体をどけた。ナノナノはすぐに近くのコンソールに、自身のヘッドセットから延びるケーブルを接続すると、アニスの警戒レベルを下げるように設定したのである。

 

 

「リ、リコ。あんなに大きいロボットが飛んでったよ……?」

 

「え? でもまあ楽人さんですし」

 

「はい~。楽人さんは、力持ちですから~」

 

 

その様子を見ていたカズヤは、何転もする状況の中正確に一番突っ込むべきところを見出していたものの、同意を得られなかった。人間が初動を一切見せないで高さ3mの恐らく数tはある金属製ドローンに近づき、1アクションで吹っ飛ばすというのは、あり得ないことだ。常識人の彼はそう思った。今まで散々その片鱗は見てきていたのだが。

 

そんな中、ヴァニラだけは

 

「リコさんも無意識にならあれ以上の事が出来ますね」

 

と心の中でつぶやいていた。ああ、ヴァニラさん。貴方は非常に美しい天使だ。

 

 

 

 

 

 

 

「皆! 戻ってきてくれ、敵襲だ。まさかこっちにも来ているとはね。急いで迎え撃つぞ!! 」

 

────りょ、了解!

 

「聞こえたな。総員撤収! アッシュ少佐、我々も急ぎましょう」

 

「はい。何者だかわからない、織旗さん」

 

 

タクトからの通信により、状況は一変した。敵の襲撃、しかも指揮官はこの前アニスを裏切った小悪党ディータであったのだ。燃えるアニスを先頭に、ナノナノ、カルーアから変身したテキーラ、カズヤ、リコと来た道を戻っていき、シャトルに次々乗り込んだ。

各自が席に着くと、操縦席に楽人が、お決まりのセリフを言えてちょっとご満悦のヴァニラの手を引いて乗り込む。ヴァニラは何も言わずにまず『シートベルト』を締めた。その間に楽人が起動シークエンスを完了させすぐさま離港する。

 

 

「皆さん、シートベルトを締めましょう」

 

「でも、ママ。ナノナノたちは急いでいるのだ!! 」

 

 

そんな問答の横で楽人はシャトルのエンジンリミッターを解除していた。現状可能な限り早く移動しないと、いくら敵とこちらの位置の間にはルクシオールが存在しても、流れ弾が来たり接近を許したりする可能性があるからだ。故に躊躇なくシャトルの出力を楽人は引き上げたのである。その音を聞いて無言で新たに3人がシートベルトを締めた。

 

そう、きちんとシートベルトをしたのは、全員ではなかったのだ。その結果が

 

 

「にゃゃあああああ! 」

 

「うわああああ、楽人ぉ!! てめええぇ!! 」

 

「緊急事態だ。各自シートベルトをするように。それと私は生まれてこの方安全運転をしたことが無い」

 

「言うのがおせぇえ!! 行きは普通だったじゃねーか!! 」

 

「自動操縦でしたから」

 

「目が回るのだぁああ」

 

 

シートベルトを着けていなかったのはどうやらアニスとナノナノだったようで、二人はまず前の座席に頭をぶつける羽目になった。Gキャンセラーはもちろん搭載しているが、それの許容範囲を大きく超える操縦だったのだ。

最短距離を最高速で慣性を利用して障害物をよけて進んでいるという、シャトルにあるまじき軌道である。

 

一つだけわかるのは安全運転と シートベルトは大事だという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッへ! データ! てめぇみたいな奴じゃあ、このアニス様を倒すことなんてできないんだよぉ! 」

 

「おばさんは帰れなのだ! 」

 

「アンタ、私にA級魔女の試合で負けた時から、まるで成長してないわね」

 

「ディータよ! 誰がおばさんよ!! マジョラム! 今に見てなさい!! 」

 

 

ディータが率いる艦隊による奇襲じみた攻撃ではあったが、正直なところナノナノを助けたことによりテンションが上がっているルーンエンジェル隊の敵ではなかった。

 

直前の敵がフォルテ率いる大艦隊であったためでもあるかもしれない。戦闘が始まってしまえば、特殊兵装が連打された結果、紋章機が瞬く間に敵を蹴散らして、ディータの旗艦は逃げていく羽目になっていたのだから。

もしかしたら、搭乗するまえから、戦闘機のような動きをするシャトルに乗っていたので身体が誤認したのかもしれない。

 

さて、あっさり敵を倒した以上、この場にとどまる理由はルクシオールにはない。素早くマジークを目指す必要があるのだ。最もディータが此処に追撃して来たというのは、彼女の独断ではなく、組織的行動であれば、逆に考えると『まだ時間的余裕はある』とも取れなくはない、楽観視はできないが。

 

 

「ナノナノ、元気でやりなさい」

 

「ママも一緒に来て欲しいのだぁ! ミントも途中まできたのだ! ママと公園でお散歩したいのだぁ! 」

 

「だめです。私には私の、ナノナノには貴方のやるべきことがあります。貴方はルクシオールが寄り道した時間の分頑張ってほしいのです」

 

「うぅ~」

 

 

別れを惜しみわがままを言うナノナノと、厳しくも優しくそれを窘めるヴァニラ。本物の親子では無くても、本物以上の愛が二人の間にはあった。ナノナノは少しぐずりながらも、最後にヴァニラに抱きつき、頭をなでられると納得したのか、一歩ヴァニラから離れ、掴んでいた袖を離した。

 

 

「それじゃあ、そっちの方は頼んだよ」

 

「はい、艦隊の指揮は経験がありませんが、全力でこなして見せます」

 

 

タクトは、カズヤたちがナノナノを救いに行く間に、ピコの政府とかなり詳しい所まで話を詰め、ASAPで増援をマジークに送ることを取りつけていた。

 

決め手は、「敵の艦隊は、防衛システムで十分守り切れる戦力しかピコには来ないであろうことと、仮に許容以上が来た場合、それはもう詰みの状況に入っている。ならば最初から戦力はマジークに集中させておくべきであろう」と言う主張だ。既に増援を出すことを合意していたピコの意思を誘導してあげたのである。

 

この後マジークに着き応援要請を出したのなら、ルクシオールは先行偵察を兼ねてセルダール方面に進路をとる予定だ。ゲリラ戦ならば、レーダーと速力で勝り、局所的な打撃力でも優れるルクシオールは最適だからだ。

ヴァニラは艦隊の編成が終わり次第、マジークへと艦隊を引き連れて移動する。戦争を経験している人物がヴァニラと彼女の部下の医師団のみなので、外様とはいえピコの彼等から見れば餅は餅屋なのである。

 

 

「アッシュ少佐、ご武運を。『私達の姉』は、我々が」

 

「はい、織旗さんもお気をつけて。カズヤさん」

 

「は、はい!!」

 

「肩の力を抜いて、手本を見習い、貴方のやるべきことをしてくださいね」

 

「了解です! 」

 

 

ヴァニラは男二人にそう言うと、シャトルに乗り込みルクシオールを後にした。そしてルクシオールは進路をマジークへと変える。魔道惑星、魔法使いと魔女の星へと。

 

 

 

 



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第7話 硬化/萌芽

 

 

 

マジークまでの道中、カズヤがルーンエンジェル隊に占いと称して好みの女の子のタイプを聞きだされそうになったり、それに途中までだがリコの特徴を挙げてたり。そんなカズヤ君のラブコメの一幕があったが、艦としては特に敵の妨害に合う事もなく無事到達した。

その占い騒動の場には珍しく織旗楽人も相席していたが、彼等にとっては意外にも別段注意されることはなかった。心境の変化があったのやもしれない。

 

 

「ともかく、漸くマジークに着いた。細かい折衝はこっちでやっておくから、エンジェル隊の皆はマジークの観光でもしてきなよ」

 

「お? マジでか!? よっしゃー! 休暇だ!! 」

 

「親分嬉しそうなのだ!! 」

 

「ふふ。あ、カルーアさん。なんかお勧めのお店ってありますか? 」

 

「そうですわね~。空港の近くに美味しいカレー屋さんがあったはずですわ~」

 

「へぇー。カレーかみんなで行ってみようよ!」

 

 

各々早速盛り上がり始める。楽人はそれを一歩引いた目で見ていたが、タクトが近寄って来て彼の肩を叩いた。

 

 

「はーい皆、引率……じゃなかった護衛として楽人をつけるから言う事を聞いて団体行動をするように」

 

「ちぇー。お目付け役付きかよ」

 

「マジークでの費用は公私問わず、全て楽人持ちだから」

 

「よっしゃー!! 食べ歩きだー! 」

 

「なのだー! 」

 

 

変わり身が早いアニスはおごりと聞いた途端に、一瞬落ち込んだテンションを回復させる。他人お金で気兼ねなく食べるごはんより美味しいものは中々ないのだ。タクトは加えて気にしている良心的なメンバーにこの前の罰だから気にしないでいいよと告げる。

 

 

「でも、本当にいいんですか?」

 

「そうですわ~。カレー屋さんも人気店ですので、今朝のレートでは一人前5000ギャラはしますわ~」

 

「ふむ、NEUEの方の口座には5000人前程度しか預金はないが、足りるであろうか?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 

ともかく、楽人は甘んじてお目付け役兼財布を受け入れた。ボソッとこぼした文句を真面目に取り合うメンバーは、少し煤けた目をしているタクトしかいなかったが。

 

 

「あいつ、献上した星からレアメタルが出たとかで、報奨金貰ったんだよなぁ……それがオレの予想生涯収入より多いんだ……」

 

 

エンジェル隊が出て行った後に彼はそう漏らし、ココに慰められていたのは余談であろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ああん? なんだぁ!? ここのカレーショップは!? 贋金で釣銭を払おうたぁ! 許せねぇなぁ? おい?」

 

「い、いえ、決してそのようなことは……」

 

「ザケンナオラー! この500マジコイン、裏の模様が表に、表の模様が裏に描いてあんじゃねーか!! 」

 

「そんな、お客様困ります」

 

 

ルーンエンジェル隊と楽人がカレーショップに入ると、そこでは誰がどう見ても、いちゃもんをつけているチンピラです。の様なモヒカン男がいちゃもんをつけていた。大方料金を踏み倒すつもりか、あわよくば慰謝料を請求するつもりなのであろう。というか文句の付け方がいまどきのプレティーンでも考えない程幼稚であった。

何処の銀河のどの時代にもこんな輩はいるのだなぁ。と逆に冷静になる一行。もちろん、見て見ぬふりは出来ぬと、近寄って制止しようとする。

 

 

「おい、オッサン」

 

「オッサ!? んだよガキが! おうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

 

「んだとぉ! 」

 

「ア、アニス。落ち着いて」

 

 

喧嘩っ早いが、冷静ではあるアニスが気を引き付けている間に他のメンバーは絡まれていた店員を逃がす。楽人は万一に備えてやや腰を落として備えていたが、アニスが懐に入り足払いを見事にきめ、体勢を崩させるのを見ると、チンピラに扮した刺客ではないと警戒レベルを少し下げる。

 

 

「っへ、口ほどにもねーぜ」

 

「んだと、このクソガキャア!!」

 

「っちょ、てめぇ!」

 

 

見事に組み伏せていたが、怒りで痛みすら無視できるようになったのか、肩が外れながらもチンピラは起き上がりアニスを撥ね飛ばす。根性はあるようだ、それなら肉体労働でもすればよいのにとも思う。そんな事を考えながら助けに入ろうとした瞬間。

 

 

「ここは美味しい激辛カレーを食べるところよ? おイタはよしてちょうだい!」

 

 

見惚れるような美女の、見惚れるような御御足による、見惚れるような美しい蹴りが決まった。正確に顎を貫くように入った一撃は、見事にチンピラの脳を揺らしたのかその一撃で昏倒まで持って行った。

 

 

「全く、最近こういうの多いのよね。はぁーいリコ! 久しぶりじゃない」

 

「ランファさん!」

 

 

そんな芸術的なまでに美しいハイキックを繰り出した中華風な衣装に身を包んだ美女は、100人に問えば100人が美女と答える程の存在感を放っていた。細いが引き締まっている美しくすらっと長い脚。女性らしさを主張するヒップと見事に括れた腰。男女問わず見惚れるような豊満な胸とエキゾチックな魅力あふれる鎖骨からうなじのライン。金糸のような髪と、名匠が作った芸術品の彫刻の様に整った目鼻立ち。当然のようにスーパーモデルのような等身で顔も驚くほど小さい。そんなパーフェクトな美女。

そんな彼女の名前は 蘭花・フランボワーズ。通称、ランファであり、現在絶賛彼氏募集中の恋を夢見る乙女であった。

 

 

「あ、もしかして元ムーンエンジェル隊の?」

 

「正解! アナタがカズヤね。ふーん……なかなか可愛い顔してんじゃない」

 

「かわいいって……」

 

 

本人としては気にしている事を言われたのだが、上官扱いであるために強くは出れない。実際彼の身長と彼女のデータ上の身長は5cm違う。残酷なことに彼の方が低く。そこに女性の武器であるヒールが加わるので、頭一つまでとはいかないが、目線を合わせるのに首を使う程度には差が出てしまうのだ。

 

 

「ご協力ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、今回の皆様のお代をただにさせていただきます」

 

「こちらは当然の義務をしただけです。きちんとお代はお支払いします」

 

 

そんなやり取りをしている間に、チンピラを後ろ手に手首を外側に向けて縛り上げ、ビルの騒ぎを聞きつけ駆けつけた警備員に引き渡し、織旗楽人が合流して来た。

 

 

「ついに来たわね! 織旗楽人!! 此処であったが……あった……が」

 

「…………何か? 」

 

「だめっ!!……やっぱり無理っ。その顔は反則よ。やめ、やめて。本当何者なのよ!!」

 

 

ランファは彼の顔を見た途端に笑い出してしまう。前からそうなのであったが、この外見は彼女にとって何故かツボに入ってしまうのだ。まあ、特攻馬鹿ととある女性の面影を本当にわずかに残している彼の顔に少し思う所があるのであろう。

 

しかし、憮然とした楽人とお腹を押さえて笑うランファの姿を見てルーンエンジェル隊の面々は目を白黒させるのであった。

 

 

 

 

「なぁなぁ、ランファ姐さん!! 」

 

「なーに、アニス。アンタこの激辛100倍カレーが欲しいのかしら?」

 

「い、いやぁ、流石にそんな真っ赤なのは……」

 

 

ランファが落ち着いた後は当初の予定通りルーンエンジェル隊は食事をとることにした。予定と違ったのは二つだけ。1つはランファも同席したこと。もう1つはサービスで全員にラッシーが付いた事だ。

 

 

「マンゴーラッシーも無料らしいぞ。シラナミ少尉」

 

「そ、そうなんですか? 」

 

「カルーアさん、美味しいですね!」

 

「カルーアナイスなのだぁ!」

 

「ふふ、ありがとうございます~」

 

 

和気藹々と食事を続ける一向。アニスは先ほどのランファの見事な蹴りにほれ込んだのか、舎弟のように姐さんと読んでおり、ランファも最初は戸惑った物の、こういうのも悪くないと思ったのか、好きに呼ばせることにした。

 

 

「それにしても、まさかマジョラム様が、本当にルーンエンジェル隊に入っているなんて! アタシ感激です」

 

「あら~。ランファさん私の事をご存じでしたの? 」

 

「ねぇ、リコ、カルーアってそんなに有名なの?」

 

「はい、私もこっちに来るときに公認A級魔女については勉強しましたよ」

 

「NEUEのある意味顔だからな。む? このマンゴーラッシーいけるな」

 

「ちょっと、アンタNEUE人でしょ!? この高名な『一なる二者』様を知らないなんてもぐりよ、もぐり」

 

 

アニスとナノナノがカレーのおかわりに夢中になっている間、話題は自然とそう流れて行った。ランファは魔法とか占いとかそう言ったものが好きだ。乙女チックな趣味である。それもあるのか、現在マジークで駐在大使をしている。そんな彼女は趣味と仕事のアンテナ両方に引っかかる公認A級のクラスを持つ魔女は、全員記憶しているのだ。

 

 

「そんなに大した者ではありませんよ~」

 

「そんなことありません!! アタシ大使になってあの認定戦の映像見ましたけど、あのディータの攻撃を華麗に躱し、素早い詠唱で勝利を勝ち取ったのは本当にしびれました!」

 

「お、落ち着いて下さい」

 

「ら、ランファさん、声が少々大きいです」

 

「ミス.フランボワーズは昔から集中するとこうだったからな。あ、すみません、マンゴーラッシーのお代わりを下さい」

 

 

目を輝かせて語るランファに、少し引き気味のカルーア。実際の試合はテキーラに任せていたのもあるが、彼女にとって先輩であり目上の人物がぐいぐい迫って来るという状況の居心地の悪さも、若干ながらあった。

 

 

「もしルクシオールにこれから来られるのでしたら、私の研究室に招待しますわ~」

 

「え!? 本当ですか!? やった! これから意見の調整に立ち会うからルクシオールに行くんですよ!」

 

「ふふ、お待ちしていますわ~」

 

「良かったですね、ランファさん」

 

「そうだね、リコ。あの、それで中尉は先ほどから何杯飲んでるんですか? それ」

 

「ん? 6杯目だぞ、シラナミ少尉。この店は良いマンゴーラッシーを出すな。実は好物なのだよ、マンゴーラッシーが」

 

「楽人―。ナノナノも飲みたいのだー」

 

「あ、楽人オレの分も頼めよー」

 

「そう言われると思って既に人数分の追加注文を出している。持ち帰りも用意してもらった」

 

「流石仕事が早いぜ!!」

 

「なのだ!!」

 

「どんだけ気に入ったんですか!? ここはカレーショップですよ!?」

 

「カレーショップに来たら、マンゴーラッシー。常識であろう?」

 

「知りませんよ!?」

 

 

そんな何時ものような────最も楽人がボケに回るのは珍しいが────まったりとした空気が漂う中、突如団欒を害する喧噪が漂って来た。

 

 

────火事だ!!

 

 

その瞬間彼女たちは素早く席を立つ。訓練された動きである、すぐさまこの場での最上位権限を持つ楽人の指示を待つ。視線が集まった彼は静かにするようにジェスチャーをとっている。まだ煙も流れてなければ、ただの勘違いの可能性も十分あり得るのだ。

 

 

────ヒャッハー、オレ様に楯突こうとした店は消毒だー!!

 

 

その声が聞こえると同時に発火の魔法石が投げ込まれ、飾りのカーテンに引火する。どうやら誤報等ではないようだ。

 

 

「あのチンピラか。各員一般客の避難誘導を優先してくれ。ミス.フランボワーズもお願いします」

 

「わかったわ、アンタ達ついてきなさい」

 

「私は従業員を逃がしておく。下手に残られると逆に邪魔になりかねないからな」

 

 

瞬く間に役割を決めると同時に各員が動き出す。パニックになりかけている客の誘導だ。煙が充満してきており、やや擦れる視界のなか、薄暗い店内も相成って走ると大変に危険である。だからこそ非難を誘導する彼女たちの存在は非常に有効であった。

 

各員が必死に誘導し列を管理している中、カルーアだけが動けずにいた。通路にうずくまり、頭を抱えて俯いているのだ。そんな彼女の様子に気づいたのは楽人だった。

 

 

「マジョラム少尉? 大丈夫か!?」

 

 

蹲ってしまって動かない彼女が、負傷ないし煙を吸ってしまった可能性が考えられる。無事避難を開始した従業員を尻目に、彼は彼女に近づく。両手で頭を押さえている。見るからに本調子ではないのがわかる。

 

 

「いやぁ! 燃える! 燃えちゃう!! ミモちゃん!!」

 

「落ち着くんだ! マジョラム少尉! ミモレットさんは、っく、どこに行ったんだこんな時に!」

 

 

半場錯乱したようにミモレットの事を呼んでいるカルーア、その当の本人はこの場にはいなかった。先ほどまではペット&使い魔がOKな店であったために、テーブルでマンゴーラッシーを飲んでご満悦であったが、いつの間にか居なくなっている。周囲を見渡しても煙が充満してきており視界が悪く発見できない。

 

 

────うにゃあああですにぃ!

 

「ミモちゃん!! 」

 

 

その時、無人であるはずの厨房から声が聞こえてくる。楽人は一瞬で救出が可能かを計算した。既にこのフロアには自分たち二人しかいない。今しがたエンジェル隊がランファに連れられて最後の客と避難していくのが見えたからだ。しかしその思考に入った僅かな時間に、普段ののんびりとした動きからは見られないような、俊敏な反応でカルーアは駆け出していた。

 

 

「っく、仕方がない!」

 

 

楽人は今のまともな精神状態ではなさそうな彼女に同行することにする。そしてミモレットを回収し次第すぐさま避難する必要がある。道すがらに有ったピッチャーの氷水を頭からかぶり、別のピッチャーを確保しながらキッチンに急行する。

 

 

「ミモちゃん! どこ!?」

 

「カルーア様ぁ、助けてほしいですにぃ」

 

「ミモちゃん!! 」

 

 

キッチンに入ると既に火の手がすぐそばまで迫っているため、非常に煙にまみれていた。何とか目を凝らすと、先程の混乱で倒れてしまったのか、足が折れている調理台の下敷きになったミモレットと、必死にそれをどかそうとしているカルーアがいた。

 

 

「どいてくれ! ふっ!」

 

「た、助かったにぃ カルーア様、楽人早く逃げるですにぃ!」

 

「ええ、そうですわね……きゃぁ!」

 

 

楽人がすぐさまカルーアを脇に避けて机を持ち上げると、ミモレットはカルーアの胸元に飛び込む。すぐさま逃げようと入口の方を見るとフロアは既に火の海になっており、それどころかキッチンにも火の手が入り込んできている。

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

その光景を見たとたん、視界に入れるのを拒むように、絶叫して再び蹲るカルーア。ミモレットもそんな何時もと違うカルーアに、極端なまでに火を恐れている様子の彼女に、驚いているがこの状況は非常にまずい。

蹲った女性を持ち上げて走ることは出来なくないし、そのまま火の中を一瞬で突っ切ることもできる。だが、この様子の彼女が抱えられて火の中に突っ込んだらパニックを起こさない保証はあるであろうか。下手したらショック症状を起こしかねない。大きく息を吸い込んで灰を火傷ないし、一酸化炭素中毒になる可能性もある。

流石の楽人もリミッターが外れた力で暴れる、それなりに長身の女性を抱えながら火の中をかける事は避けたい。だが今の彼女を失神させてしまうのも、非常にまずい。

 

 

「ミモレットさん、マジョラム少尉につかまってくれ。それと冷たいが我慢してくれ」

 

「わ、わかったですにぃ!」

 

 

楽人は持ってきていた水を彼女に頭からかける。悲鳴を上げた後はひきつけを起こしたようになっていた彼女を落ち着かせると同時に、少しでも燃えるのを遅らせるためだ。

 

 

「やるしかないか、すまない、マジョラム少尉」

 

「いやぁぁ……いやぁ!!」

 

 

彼女の肩に手をかけるのだが、非常に明確に拒絶されてしまう。これは自分にじゃなく、何かしらのトラウマに対してであろうと自分に言い聞かせ無理矢理抱きかかえる。ばたつかせている手足を抱えるべくもう一方の手を膝に手を回すと、手は暫く暴れたものの、自然に体勢が落ち着いたにつられて大人しくなった。そのまま暴れるのをやめたカルーアの意識は既に朦朧状態で危険な兆候が見える。

 

 

「楽人、火の中は無謀ですにぃ!!」

 

「分かっている、少し時間をロスしすぎた、だから!!」

 

 

カルーアの抵抗などにより、既にフロアの炎は人間が生身で生存できる規模を超えている。だが彼は冷静に、目の前にある業務用冷蔵庫を見つめた。

 

 

「そ、そうですにぃ! 一か八かこの中で火が消えるまで耐え忍ぶですにぃ!?」

 

「いや、そんな運否天賦には頼らない、運は悪い方なんでね」

 

「にゃああ!?」

 

 

彼がそう言うと同時に左足を軸にして右足で地面を後ろに蹴った。その勢いを殺さずに体を捻り、カルーアを抱えたまま『全力で』冷蔵庫に回し蹴りを打ち込んだ。するとまるでコメディのように冷蔵庫が凹み、それどころか背面の壁に大きな亀裂が入る。

 

 

「ま、まさか!?」

 

「そのまさかだ! いくぞ!!」

 

「無茶ですにぃ!!」

 

「違う! 可能な手段だ!」

 

 

そして今度は後ろに少し下がり助走をつけて飛び上がる。彼が初動を隠すことなく全力で飛び掛かったのだ。そう、彼はこの建物の見取り図を頭に入れていた。キッチンの奥側の壁、そこはそのままビルの裏に通じている。要するに内装の壁ではなく、一枚で外と分けられている外壁であった。

 

 

「ブチ抜けぇええ!」

 

「ぎにゃあああああぁぁぁ!!」

 

 

先程入れた亀裂を切り取り線に見立てて、彼は最も力を入れるべきポイントを見抜き、そこに全力全開で渾身の蹴りを放った。真横に吹っ飛んだ冷蔵庫が外壁などなかったかのように吹き飛び、向かいのビルにぶつかりめり込んだ。それからほんの刹那遅れて、天地が割けた様な轟音と衝撃がビルを襲うと同時に、2人と1匹は外壁の穴から外に出る事が出来た。そう、彼の作戦勝ちだ。

唯一誤算があるとすれば

 

 

「む?」

 

「このカレーショップは6階ですにぃぃぃ!!」

 

 

一般人向けでない高さがあった事であろう。しかし楽人は冷静に開けた視界の眩しさに怯むことなく、カルーアの足を抱えていた左手を離し、右手で胸に抱き寄せる形にすると、隣接しているビルの排水パイプを掴む。

流石にそれだけで体重と勢いを支え切れる事もなくずり落ちていくが、このまま落下するよりずっとましだ。

 

 

「ッくぅ!? 」

 

「が、頑張るですにぃ!! もう少しですにぃ!! 」

 

 

腕への負担と落ちてくる瓦礫からカルーアを庇うということはかなり至難の業だった。未だに壁にめり込んでいる冷蔵庫の破片も落ちてくるし、時間をかけると本体も落ちてきかねない。焦らずかつ急ぐという極限の状況で、限界が近かったが、何とか気合で4階分の高さを降りる(落ちる)頃には勢いが止まっていた。彼は脱力したように手を離し、そのまま地面に着地した。

 

 

「な、なんとかなったな」

 

「無茶しすぎですにぃ!」

 

「ん……ここは……ミモちゃん?」

 

 

着地した楽人は今まで強く抱えていたカルーアを下ろすと地面に座り込んだ。流石に消耗が激しかったのだ。彼女の肩に手の形の痣が残ってしまったのは申し訳ないが、非常事態だった故に仕方がない。

 彼女の意識が朦朧とだが、戻って来たと同時に、楽人は上から降って来た冷蔵庫本体を蹴りで迎撃し軌道を逸らして難を逃れた。その音を聞きつけたのか、遠くから駆け寄ってくる足跡が聞こえる。何とか助かったと安堵しながらその場に腰を下ろして、彼女に向き直る。

 

 

「カルーア様、無事ですかにぃ!?」

 

「はい……それでその私はどうして? ……あら~?」

 

 

意識を取り戻したカルーアが、その場から起き上がり、胸に抱いていたミモレットから視線を外し同じ目線の高さにある青年の顔を見る。

 

 

「無事だった……ッ!」

 

「あの~? どちら様で~? あら~?」

 

「何を言ってるですにぃ、楽人ですにぃ……にぃ?」

 

 

しかしそこに居たのはいつも見慣れている仏頂面に定評のある二十代半ばの青年の顔ではなかった。カルーアはまだ若干ぼやけた頭で観察する。年のころは、ぴんとは来ないが、楽人よりも若く見える。魔女としての勘が、自分よりも少し下であろうか? と判断しているが、定かではないが。

服装は軍服であり階級は中尉、というか織旗楽人と全く同じものだ。彼のトレードマークになっている『首黒いチョーカー』も『外れかけている』が首にかかっている。声もいつものバリトンの効いた声ではなく、少々それより高い。

 

 

「すまない、何も聞かないで貰えるとありがたい」

 

「え~と?」

 

「どど、どういうことですにぃ!?」

 

「────こういうことだ」

 

 

青年は内ポケットから新たに黒いチョーカーを出すと、壊れかけていた今の首に引っかかっているそれの代わりに付け直す。そうするとそこに居たのは見慣れた織旗楽人のそれだった。

 

 

「申し訳ないが、今は何も言えない。高度な軍事機密に抵触する。君たちは何も見なかった、いいな?」

 

「あっはい。ですにぃ」

 

「ふふ、わかりましたわ~」

 

 

カルーアはそう言うと安心したのか再び気を失った。その事に彼が気付くのと、物音を聞きつけた既に周囲に展開していた消防隊が、彼らを発見するのは同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くく、仕留め損なうまでは計算の内よ」

 

 

その魔女の名はディータ。現在セルダール連合に反旗を翻した謎の勢力の構成員であり遊撃隊を任されている幹部の一人だ。彼女を語るのに欠かせないのが先にも述べた魔女だという事であろう。彼女は公認A級の資格こそ持っていない者の、それに次ぐ実力者である。勘違いしてはいけないのは、公認A級というのは12人しかいないという事だ。これは星や国にではない、「銀河に」だ。その1人を決める選考過程で最後の2人まで残った魔女が弱い存在であろうか? いやそんなことはあり得ない。

魔女は今古巣であるマジークに潜伏していた。彼女の目的はただ一つ。自分を選ばなかった魔女魔法使い組織への復讐と、マジョラムたちへの復讐だ。その為に彼女はセルダール連合を裏切ったのだから。彼女は先ほどから進んでいる状況にご満悦であった。焼き殺すことは失敗したが、もとより焼殺などという『楽な』死に方で死なせてやるつもりはない。自分に絶望し悪夢に苛まれ後悔と懺悔と共に自ら惨たらしく死を選ぶ。それが彼女の最も与えたい死に方だ。

彼女が得意とする魔法は『催眠』と『洗脳』そして『呪い』魔法的な抵抗力の無い一般人に対して比類なき影響力を誇る反面、一般以上の魔法使い達にはあまり効力のない分野の魔法であるが、彼女のそれは規格外であった。数百人以上の人間を支配下におさめる事も、それを潜伏させトリガーを用意し条件が満たせれば発動といった、『プログラムのような』催眠と洗脳そして呪いをこなせるのだ。時代が時代なら彼女を女王とする一大星系位ならやすやすと造れたであろう。それ程の器だ。

 

彼女がA級を逃した理由は単純だ。直接戦闘能力がマジョラムよりも低かった。それだけである。カルーアとテキーラは1なる2者という称号の通り、魔法による作用で人格が2つある。これ自体が再現することのできない高度な魔法であり、あくまで『その年の魔導学園での首席程度』に過ぎない彼女を公認A級に押し上げたのだ。

理論専門で魔力の貯蔵量に優れるカルーアと実戦と実践に優れ行使に定評のあるテキーラは、その状況をなしている魔法現象が凄まじいのであって、単良く言えば万能、悪く言えば平凡な能力なのだ。しかし催眠と洗脳に特化しており、その分野に関しては右に出る者はいないディータは逆に言うとその分野以外は人並に優秀と言うレベルであった。故に逃したのだ、そのための復讐だ、

 

話が長くなった。そう、つまり先程のチンピラの放火騒ぎも彼女が仕組んだことだ。騒動を起こし動機が十分な鴨が目の前にいたから、戯れのように警備員共々催眠をかけたに過ぎない。彼女は混乱さえ起せればそれでよかった。

カルーア・マジョラムが一人で意識を失う状況が作れればそれでよかった。そして今狙い通りの状況があった。

 

 

「くくく、のんきな寝顔だこと……」

 

 

カルーアは火災現場から救出された後、極度の緊張と疲労で気絶。救急車両は来ていたが、搬送されるほどではなかった。周囲を警戒している人物はなく、エンジェル隊なども事情説明などをしている。ディータは適当な人間を操り車両の中にいる医師を外におびき寄せ、同じく洗脳。そうしてカルーアの眠る横にたどり着いた。彼女の前では人を立たせても意味がない。むしろ、暗証番号などを聞き出せるため『人が守っているところの方が危ない』のである。

 

 

「いいわ、テキーラ・マジョラム。アンタの方から苦しんでもらいましょうか」

 

 

そう言いながら彼女は懐から小瓶を取り出す。先ほど拝借した消毒用のアルコールが入っているそれをカルーアの鼻に近づけると、反射的にテキーラに変身してしまう。気を失っている間は、中の人格も意識が無い。その事はマジョラムたち自身の論文にあった事である。わざわざ先にテキーラにしたのは、彼女に直接土をつけた憎き相手だからである。

彼女は知らないが、カルーアは梅干を食べると、強制的にテキーラになる。アルコールと違い一度変身すると暫く元に戻れないショックを受けるのである。

 

 

「さあ、苦しんで、苦しみぬいて地獄に落ちるといいさ」

 

 

ディータはそう言いながら陣を整え、呪文を紡ぐ準備をする。手早くそろえた後はお手の物だ。彼女は『自らが最も残酷だと思う呪い』をかけたのだ。

 

 

「んっ!……」

 

「ククク、上出来さ。次は……カルーア・マジョラム、あんたにはどんな呪いがお似合いだろ────っ!!」

 

 

カルーアに取り掛かろうと意識を切り替えた瞬間。彼女は自らの魔術的な勘を信じ万が一のために用意していた転移用の魔法を発動させた。転移魔法は多くの魔法使いによって研究されているが数mの距離が限度である。しかし車の外にさえ出られればよい彼女はそれで充分であった。なにせ彼女が消えた瞬間、織旗楽人が入ってきたのだ。

 

 

「無事か! ……逃げられたのか?」

 

 

彼はカルーアについているはずの医師が、現場検証をしている警官と話しているのを見て嫌な予感を覚えると同時に、ミモレットの姿を視界の端にとらえた。ミモレットはナノナノの膝の上に居た。そう、カルーアについているべき人物が一人もいなかったのだ。

心配しすぎかもしれない、だが自分の感覚を信じカルーアの元に行ったのである。車両に近づく途中で魔法が発動した時のような光が漏れたのが見えたのが、今の血相を変えている彼の主な原因だ。

 

 

「いや、気のせいだったかもしれないな」

 

 

何事もない、しかしいつもより『髪の毛のウェーブが強い』カルーアと、彼女の横に置かれたアルコールを含んだ脱脂綿を見て、テキーラに変身しかけたのであろうかと結論づけてその場を後にした。

後に彼はこの行動を後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呪いがかけられた?」

 

「ええ……どういった物かはわからないけど、痕跡があったわ」

 

 

場所は移りルクシオール。事情を説明した後にカルーアはそう言った。モルゲンからのチェックでは、火事に対するトラウマが再発したことによるパニックと判明した彼女だが、問題はそれだけではなかった。

現在テキーラが外に出ているのは、彼女の方が説明に適している口調だからではない。カルーアが塞ぎ込んでしまったのである。彼女自身が再発したトラウマに苛まれてしまったのだ。

彼女のトラウマ、それは幼少時に友人に覚えたての魔法を見せようとした結果、暴発してしまい、友人を傷つけてしまった。その事で周囲から責められ彼女自身も自分を許せないでいた。その際にテキーラという人格が生まれている。弱い時分が耐えられないトラウマを乗り越えられる強い人格を形成したのだとカルーアは考察しているのだが。

閑話休題、その暴走の際に彼女と友人は火に包まれた。炎の魔法が遊び場だった小屋を燃やしてしまったのである。

 

その結果カルーアは『一切の魔法を使えなくなった』魔法薬の制作などはするが、魔法研究や理論の構築に専念し、自分で魔法を使用することが『できないのだ』。その結果使用するのはテキーラという役割分担になった。因果なことに、座学に専念できた為に素晴らしい成績を残せたのだから皮肉であろう。

そして今、カルーアはそのトラウマが再発し、非常に不安定な精神状態になってしまっている。端的に言えば弱り切ってしまっているのだ。自分が行動すれば他人を魔法で傷つけてしまうかもしれないという強迫観念で、艦に戻ってから人前ではテキーラに切り替わって中に引っ込んでいる。

しかし、テキーラが呪いをかけられている以上、このままではいられないのだが。

 

 

「魔法に関しては門外漢だからあまり言えないんだけど、それは命に関わるものなのかい?」

 

「簡単に調べたけど条件を満たすと発動するみたいで、後はさっぱり。こんな芸当ができる魔女をアタシは1人しか知らないわ。マイヤーズあんたも知ってるあいつよ」

 

「ディータか……やってくれる」

 

 

現在呪いをかけられた等本人であるテキーラ自ら、自身の症状に関して説明していた。呪いは何かしらの条件を達成したら発症するものであり、規模もその条件も不明であること。解呪は現状不可能であるという事。専門の魔法研究所で数か月を有すれば問題はないであろうが、少なくとも近々で自力の解呪は困難であることだ。

辛うじて良い知らせは、万が一何かしらの兆候が見えた場合、人格を切り替える事によって、一時的に無事なカルーアで生活すれば問題はない事であろうか。しかしそれは紋章機に乗ることも魔法を発動することもできないことと同義であった。なにせカルーアは魔法が使えない上に紋章機の操縦もできないのだから。加えて今は人前に出てこない。

 

 

「まあ、いいや。兎も角、魔法の専門家は君しかいないから、この件については君に一任する。必要なものがあったら、いつも通り楽人に言ってくれ」

 

「了解よ。まあ、直ぐにどうこうってわけじゃないでしょうね。呪いをかける時間があれば、ナイフ1本で私を殺すこともできた。何かをさせたいのでしょうね。あのオバサンの考えそうなのは、私を苦しめる事でしょうし」

 

 

結局は専門家に当事者に任せるしかない現状に不満を覚えつつも、次話題に進む必要があった。此処はルクシオールミーティングルーム。タクトが大筋での話がまとまったので、先程の騒動に関することを尋ねるのと通達の為に集めたのであった。

 

 

「さて、それじゃあオレの方からの報告。マジークは大よその情報を持っていたけど、俺たち以上のものはなかった。だけどピコと合流してセルダール解放軍を組織することに関しては、キャラウェイ女史と大筋の合意を得たよ」

 

「先生は聡明な人よ。厳しいけどね」

 

 

マジークの責任者であるキャラウェイは、カルーアとテキーラの直接の魔法の師匠である。彼女たちの才能を見出してスカウトした本人でもあるが、厳しい教えは正直思い出したくないものまである。だが戦略的に物を見誤る人物ではないという事だ。

 

 

「ただ、本格的な軍事行動、それも国を挙げての規模は経験が無く、技術的なアドバイザーが欲しいとも言って来た。これに関しては」

 

「ハーイ! アタシが引き受けるわ。用兵に関してはあれだけど、タクトとの繋ぎにもちょうど良いしね」

 

 

こちらもピコと同じように組織的な派兵経験がなく、軍人である蘭花に指揮権を貸し渡す形になるであろうと、タクトは告げた。

 

 

「今後、ルクシオールは情報収集に入る。集合場所と日程を決めて決戦に入るまでの斥候って所だね」

 

「予定通りってわけですね」

 

「うん、だからまあ補給と修理のために明日の正午まではここにいる。各員適度に羽目を外す様に」

 

「そこは外さないようになんじゃ」

 

 

そんな何時もの会話で締めると、タクトは席を立ちルーンエンジェル隊も部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、楽人。何か言いたいことがあったら聞いてあげるけど?」

 

「……今回の件はすべて私の力不足です」

 

 

場所は司令室でもブリッジでもない。織旗楽人の私室だ。据え置きの家具と本当にわずかな私物しかない部屋に今はタクトと二人きりであった。

 

 

「火災に巻き込まれたこと、まあ避難誘導は完璧だった。でもわざわざ壁を貫く必要はなかったよね? オレ言ったよね、君は『正体を気取られる行動』をなるべくしてはいけないって。今まで見たいな秘匿された空間じゃなくて、市街地でこんな無茶をされるとは思わなかったよ」

 

 

楽人のフォローをするのならば、壁を破ったのはカルーアの魔法。と言う風に現地警察には通達している事。非常事態であったこと。マジークでは人が壁をぶち破るのはそこまで珍しい事では無い事であろうか。

 

 

「そして、カルーア、いやテキーラの件。呪いがかけられるとは思わなくとも、どうして彼女を一人にしたんだい?」

 

「恐らく敵の催眠魔法によって、警備や医師をどけられたのでしょう。数名が記憶に欠如が見られました」

 

「そうだね、でもディータの得意魔法に関してはカルーアかテキーラから聞いていたんじゃない?」

 

「…………」

 

 

今回、織旗楽人中尉の行動は、お世辞にも良いと言えないものばかりだ。確かに彼がいなければ危うい局面もあった。だが例えば壁を壊さずとも料理酒を嗅がせるなどをしてテキーラに変身させ、彼女を抱えて避難することもできた。

要するに彼は少し天狗になっていたのであろう。自分の力があればこの程度の物事など無理やりにでも乗り越えられるであろうといったものが。勿論油断していたわけではない、だが、最善策を探す前に次善策の力技に移行してしまった感は否めない。

 

 

「まあ、現場にいなかったオレがあんまりいえる事はないけどね。もう少し秘匿してくれ。君の本名はこの銀河だとあまり知られていないけれど、念には念をだ」

 

「了解です」

 

 

帰還してからの織旗楽人は、一応自室待機という罰を受けている名目だが、実際には休息をとらせているに近い。軽傷とはいえ擦り傷などはあったし、事後処理に追われて疲労が溜まっているのは誰の目にも明らかであったからだ。

 

 

「それと、首輪が新しくなっていることに関しては?」

 

「救出の際、恐らくマジョラム少尉に引っ張られ、壊されました」

 

「つまりばれた訳か……あーでもエンジェル達で本当の顔を知ってるのはナノナノとリコだけだし、リリィには元々教えているし」

 

「はい、誰だかわかっていない様子でした。それとナノナノ少尉は変装している事を知っているだけで、私の顔は知らないはずです」

 

 

ナノナノはスキャニングができる。それ故に織旗楽人が黒いチョーカーによって変装していることは知っているが、顔自体が帰られているためにスキャンで読み取ることはできていない。

 

 

「なら問題ないか、後でそれとなくフォローしておいてね」

 

「はい、この後部屋に招かれています」

 

「え? テキーラに?」

 

「いえ、先程旗艦する道すがら、落ち込んだ様子のマジョラム少尉に」

 

 

分かりにくいが、マジョラム少尉がカルーアでテキーラはテキーラ少尉だ。

 

 

「ふーん。さっきはテキーラの中に引っ込んで、オレ達の前には出なかったのに」

 

「そうだったのですか? ですが恐らく疲れていただけでは?」

 

「……さてねぇ?」

 

 

少し面白そうなことになりそうだと『タクト・マイヤーズの直感』が告げた。それをほんの少しだけ表情に出してはぐらかしておく。既に説教は終わり雑談モードに入っている。

 

 

「個人的な興味だけどさ、カルーアとテキーラ付き合うならどっちが良い?」

 

「司令はどちらが?」

 

「んー。どっちもいいよね。ほんわか系のカルーアは和むし、可愛い系だし。雌豹みたいなテキーラに振り回されるの良さそう。あー悩むな」

 

 

にやにやと妄想しているのか、いつも以上に締まりのないヘラヘラした表情を浮かべるタクト。もう慣れているので何も言わないが、謎のコネクションが働き、今の彼の様子は、彼の妻の耳に入るかもしれない。

 

 

「マジョラム少尉の方が司令の奥方に近いのでは?」

 

「ああ、確かに。うーんでもなぁ、テキーラも捨てがたい」

 

 

面倒な話題から、いい感じに話を逸らせたので満足する楽人。タクトは脳内で何を考えているのか知らないが一安心である。

そんなタクトは表面上へらへらしているが、脳内できっちり楽人の評価を一段下げていた。優柔不断な一面ありと。要するにタクトが一枚上手であった。

 

 

「何と言っても、あのスタイルがいいよね!! 二人とも。そう言えば抱きかかえたんだっけ? どうだった? いい匂いだった?」

 

「タクトさん、さすがにそれは問題発言です」

 

「はい、ごめんなさい」

 

「全く、素に戻らせないでください……ん、んっ!! 司令そろそろお時間が」

 

「そうだねー。あ、最後に1つだけ」

 

「なんでしょう?」

 

 

席を立ちドアの所まで来ていたタクトが振り向き口を開く。その顔は真面目度8割ほどのもので、楽人としては何を言われるのかわからないので居住まいを正した。

 

 

「女の子を抱くときはもっと優しくね?」

 

「肝に銘じます。ナノマシンで治せましたが、内出血していたとは……失態です」

 

「責任取りなよ?」

 

「……示談金の方向で何とか……」

 

「初めて抱きしめた女の子は柔らかかったかい?」

 

「シャトヤーン様に報告させていただきます」

 

「ごめんなさい」

 

 

緊張感のない二人であった。

 

 



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第8話 打倒/確答

「失礼するぞ、マジョラム少尉」

 

「はい……いらっしゃいませ」

 

 

ルクシオール、場所はカルーア&テキーラ・マジョラムの私室。織旗楽人は見舞いのケーキを片手に訪れていた。押しかけたのではなく、約束を果たす為であり、きちんと招待されての来訪だ。

 

ここに来るまでに多くの事があった。まず手持ちぶたさに成り自室を出てみたものの、約束の時間にはまだあった。だから彼は先ほどの騒動の後、この艦はどうなったかを司令官であるタクト以外の口からも聞こうとルクシオールを散策したのだ。

 

当事者であるルーンエンジェル隊とランファが中々捕まらずに歩き回っていると、何故か魔法研究室前でカズヤとランファを見つけたので、捕まえて話を聞く。するとカルーアはこの艦に戻ってきてからは直ぐにテキーラに切り替わり、様子を知ることは出来なかったという。そして、そのまま先ほどの作戦会議の後は自室に戻ってしまったという。おかげでランファは見たかった魔法研究室の見学ができないと少し不満げであった。

 

タクトが笑みを含んでいたのはこれであろうと楽人は理解した。塞ぎ込んでいる彼女の元に、先ほどの口約束だけで、こちらの都合を大きく含む形で訪ねるというのは、彼の苦手とするところである。その苦労する姿を思い浮かべ笑っていたのだと。まるで見当違いな結論に至っていた。

 

次に手ぶらで行くのも格好が悪いと思い、ティーラウンジに赴き丁度鉢合わせしたアプリコットにカルーアのケーキの好みを聞いた。それに合う紅茶を自分なりに選んで、それらをメルバに注文したのだ。彼は紅茶に関しては周囲の影響のせいでなんとなくの相性位ならわかるのだ。

しかし、出来上がりに少し時間がかかるそうなので、実は紅茶よりも好みであるコーヒーを片手にカウンターに腰かけていると、様々な会話が聞こえてきた。

 

 

「おい、ジョナサン聞いたか?」

 

「ああ、あのお方の目撃情報がマジークであったらしい」

 

「だがガスト、あのお方は今EDENで防衛の任についていると聞くが」

 

「まあ見間違いか何かであろうよ、パトリック。この銀河ではまだ数少ないシンパがビルの壁を人が破壊したというのを誤解しただけだろうさ」

 

 

何がという訳ではないが、清掃員3人の会話を聞いて自分を戒める事にした。そう言えばラクレット・ヴァルターのサイン&握手会にもいたような気がする3人組だなと思い出しながら。

 

 

 

そうしてお土産を受け取った後、時間もそろそろ都合が良いので、彼女の部屋に向かう事にした。すると見慣れない作業着を着た人間が、多数格納庫に出入りしていた。少し気になって格納庫付近を巡回していたMPに尋ねると、マジークで補給と修理を受ける事になったのでその作業員が何人か搭乗しているとのことだった。

出身はNEUEだがブラマンシュ商会のマジーク支店から紹介された人物であり、身元はしっかりしていた。しかしながら先ほどの失態もあり楽人は『洗脳の魔法を使う魔法使いが潜伏している可能性があるので、彼等の動向に気を払うように』と指示をしておいた。そう言った紆余曲折有り、ようやっとカルーア&テキーラの部屋に向かったのである。

 

 

「どうぞ、座って下さい……」

 

「ああ、失礼する。これはつまらないものだが」

 

 

意外と言えば意外であり、ある意味当然であるが、出迎えたのはカルーアだった。楽人は少しばかり気分が高揚するのを感じ取った。原因は分からなかったが、頭の一部を使って推察した結果、カルーアの場合、テキーラも聞いているので説明する手間が省ける。という仮説を採用した。

 

 

「あ……ありがとうございます」

 

「好みを選んだつもりであったが、無理に食べる必要はない。体調も万全ではなさそうだしな」

 

 

そもそも、スイーツを分け合って色々な味を楽しむという工夫をしている女性に対して、カロリーの計算をしているであろう女性に対して、全く考えない物を送っているのには気づいていない彼。まあ、どんなに食べても筋肉になってしまう男にはわからないであろう。

 

 

「急かす形になってすまないが、何か話したい事、聞きたいことはないか?」

 

「え? ……あ、はい」

 

 

言い淀みなかなか言い出せない会話は、長引くほど打開し難くなる。故に彼は先ほどから気後れというか、迷っている素振りのある彼女に主導権を渡さず、招かれた身でありながら、自ら話を進めているのだ。

 

 

「あの、私は先程のお方を、どちら様なのか存じ上げないのですが、あの人は心当たりがあるとミモちゃんに伝言がありまして」

 

「ふむ、そうか。テキーラ少尉は……ここで伝えればいいのか。ルーンエンジェル隊の他の隊員には内密の方向でお願いしたい。そして私からは肯定も否定もしない」

 

 

楽人は冷静に考えなくても、自身の身体能力どころか、魔法を減衰させる剣(デバイス)を見せている。その理論は名誉A級魔法使いの称号をもつ『異世界の術師エメンタール・ヴァルター』のものに基づいているのも、恐らくは察されているであろう。座学はカルーアに任せているものの、興味が有るモノには詳しい彼女のことだ、パーソナルデータを読み込むこと程度はしているのであろう。

 

 

「あの……」

 

「なんだ?」

 

 

これから本題に入るのかと、彼女の切り出しを聞きながら少しだけ身構える楽人。内出血の跡は消えているが、もし何か魔法的に障害が出た場合、その補償をしなければならないのだ。それが可能か不可能か分からない以上身構えるのも無理はないであろう。

一先ず一般的な女性が一生遊んで暮らせる金額を一括で払う用意をすべきであろうか? しかしその額になると、NEUEの口座では足りない上に、それほどの金を移すのには手続きが必要である。そんな事を考えていたのだが、彼女の口からもたらされた言葉は、全く予想外の物であった。

 

 

「あの人の事は名前で呼ばれるのですね」

 

「ん? ああ、混同してしまうからな。フルネームは長いと苦情も来たからの措置だ」

 

「それでしたら、私もカルーア少尉と……」

 

 

予想外の要望であった。嫌恐らく本題ではないのであろうが、そう言った事を言われるとは想定していなかったために、少々反応に困ってしまう。呼び名など相手と『周囲』が不快に思わなければなんでも良いであろう。呼び名の交換に憧れていた過去もあるが、そんなことはもう過ぎた過去の残滓だ。忘れちまったよ……呼び名交換なんて言葉。もとより偽名でもある。

彼女がそう望むのならば、別段構わないのだが、彼女は魔女だ。何か儀式的な意味合いがあるのかもしれない。悪意や害意があるとは思えないが、名前を偽っている以上何かしらの不都合が起きるかもしれない。呪いとかかけられたらどうなるか少し興味がある。

まあ、テキーラとも既に交換しているし問題はなかろうと、口を開こうとしたら、まるで躊躇しているかのように見えたのか、ミモレットが突如口を挟んでくる。

 

 

「楽人はカルーア様にもテキーラ様にも平等に接するべきですにぃ! お二人は同じ人物でもあるのですにぃ!」

 

「いえ、そうですね。ミモレットさん。それではカルーア少尉と以後は呼ぶことにしよう。私の事も好きに読んで構わな……いや、『織旗か楽人の何方かで』呼んでくれ」

 

「わかりましたわ、楽人さん」

 

 

場の空気が先ほどまでのどこか壁があるものから少し和らぐ。もしかしたらそれを見越しての物であったのかもしれない。そう楽人は考えた。なる程名前を呼び合うのにも意味はあるものだな。楽人は改めてそう感じる。まあ偽名なのだが。

 

 

「その、お話なんですが、聞いていただけます?」

 

「ああ、構わない……いや、聞かせて欲しいカルーア少尉」

 

 

無理にリードする必要が無いので、少し態度を砕けたものにする楽人。カルーアの顔も笑顔とまではいかないが、沈痛なそれは少し和らいでおり、正解であったと判断する。

 

 

「私は……『魔法を使うことができません』の」

 

「……そうだったのか」

 

 

カルーアから語られた話は彼女の在り方の根幹に関わるものであった。辺境とまではいわないが、マジークの勢力圏としては端の方に生まれたカルーア・マジョラムと言う少女。彼女はその魔法の稀有な才能を見出されていたが、その実まだ幼い少女であった。

彼女は親友であった『ミモレット』という名の少女と共に遊んでいた。その際に覚えたての魔法を見せようとして制御に失敗してしまう。遊び場は火に包まれ、その結果ミモレットを怪我させてしまい、彼女は大きく悔やむことになる。また同時に周囲も彼女の異質さ魔法の強さを知り彼女と距離をとるようになる。そんな周囲の環境と自分自身の弱さに耐えられなくなった彼女はその素質を開花させ『強い自分』を作り出した。

しかしそれはその自身の弱さからの逃避に他ならず、彼女はその当時の自分が起こしてしまった火事のトラウマを克服することができていない。彼女は魔法を使わない座学担当なのではなく『魔法を使えない』座学専門なのだ。

 

 

「楽人さんにはその、迷惑をおかけしましたから、聞いてほしかったのですの……」

 

「そうか、話してくれたのは嬉しいが、別段迷惑だと思ってはいない。それにこのことを聞いても態度を変える事はないであろう。勿論良い意味でだ」

 

 

楽人はカズヤやルーンエンジェル隊の面々の顔を思い浮かべながらそう言った。君の仲間は誠実な連中ばかりであり、君の事を受け入れるであろう。そう思ったのだ。カルーアはその言葉を聞くと、少し驚いたような表情になった後、静かに笑みを浮かべた。

 

 

「私の事を怖がりませんのね」

 

「む? 既に知己になり良好な関係を築けているのだから、不安がることは無かろう」

 

 

事も無げにそういう楽人。重ねながら彼の中ではルーンエンジェル隊とカルーアの話であり、上官としてみている限り今更その程度の事で揺らぐ仲ではないであろうという評価の話である。重ねて言うが自分自身の事ではない。

 

 

「そうでしょうか……?」

 

「君は、いや、君たちは魔法使いである前にルーンエンジェル隊でもあるのだ。そう恐れる心配はないであろう。そしてその前に私から見れば『少々個性的な女性』でしかない。魔法は脅威だが、見える範囲で発動されたものは私にとって脅威とは言えない故な」

 

「ふふ……そういえば、お強いのでしたねー」

 

 

少しいつもの元気が戻って来たのか、間延びした口調に戻って来たカルーア。彼女もいろいろ思う所があったのだが、それはまた今度でいいであろう、大事なのはいま彼女が少し持ち直したことだ。

 

 

────ただ、その穏やかな空気と前向きになった彼女へ、まるで挑戦状のようなアラームが突如響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だ! 空気が漏れてる!! 」

 

「障壁が閉まっちゃっています! 私たちだけ居住区に閉じ込められたみたいです!! 」

 

 

ルクシオールは訓練を除いて初めて聞く『艦内の危機』を伝えるアラームの音に包まれていた。原因は既に一部区画を除いてアナウンスされているし、各自の端末でも確認できている。

シールドの出力が一部で低下、さらに外壁の一部が破損し、そこからエアーが流失しているというのだ。通信障害も発生しているために、当該地域にはその事は通達されていなかったが。

 

ルクシオールには2重のシールドが張られている。1つは戦闘時のシールドで、外壁のようなものだと思ってくれれば良い。そしてもう一枚はルクシオールを包む被膜のように展開しているシールドだ。格納庫などの開閉の際に、整備班などが一々宇宙服を着て作業を行ったり、エアーの再注入などは予算や時間の都合でできない。故に宇宙空間の面している場所でも問題ないようにシールドが張られているのだ。

今回問題が発生したのはこの被膜のようなシールドの方である。運の悪いのかそれはエアーの流出の原因となっており、その場所は居住区。さらにその場所にはカルーアを励まそうと、あーでもないこーでもないと話し合っていたルクシオールにいるルーンエンジェル隊の全メンバーの4人であった。

 

エアーの流出だけなのならば大きな問題はない。しかし不幸なことに空気を制作循環しているシステムまでもが動かなくなってしまったのだ。それはすなわち、彼らの顔を撫でる緩やかな空気の流れは、即ち命の砂時計の砂が落ちて行く感覚であるのと同義であった。

 

 

「どうする! このままだと空気が持たねぇ!! 」

 

「ナ、ナノナノはスリープに入れば平気だけど、カズヤ達はこのままだとやばいのだ!」

 

 

事態は軽視できるようなものではない。総員に避難命令と当該区域にいる人員は有事に備えるように指示は出ている。シールドの再展開までの時間はまだかかりそうであり士官用居住区の共有スペースに穴がある為に、対策としてはどこか個人の部屋に入れば良いのだが、全ての部屋の扉が何者かにロックされてしまっている。

そのロックは少なくとも此処から、今すぐに外すことはできない。艦内通信も通じない為に救援を呼ぶこともできない、八方塞がりだ。

 

 

「そうだ! カルーアたちの部屋には絶対誰かがいる!! 」

 

「そうです! 急ぎましょう!!」

 

 

彼等は少しずつ薄くなっている空気の中カルーアたちの部屋に走るのであった。

 

 

 

 

「マジョ……カルーア少尉、非常事態の様だ」

 

「え、ええ。ミモちゃんボンボンをお願いできますか?」

 

「……それは無理ですにぃ」

 

 

カルーアはひとまず事態がどういった物であろうが、多くの盤面に対応できるテキーラに変身しようと、先程から横にいたミモレットに問いかける。しかし帰って来た返事は予想とは違い否であった。

 

 

「そんな、どうしてですの?」

 

「今日はもう打ち止めですにぃ、ストックが切れてますにぃ」

 

「この部屋に代理品はないのか?」

 

 

ミモレットは既に今日何度も テキーラで居続けるためにチョコレートボンボンを提供している。ストックが無いのも頷ける話であった。そして楽人もアシストをかけるために尋ねたのだが結果は芳しくなかった。

 

 

「お二人とも自室ではお酒を飲まないですにぃ。それに梅干しなんてないですにぃ」

 

「ど、どうしましょう?」

 

「落ち着くんだ。兎も角状況を確認しなければ」

 

 

楽人がそう言った途端にドアの向こうに人の気配があることに気づく。それは敵性存在というわけではなく、助けを求めているようだ。楽人はすぐさま緊急時なので部屋の主である彼女の許可なく、部屋の外部カメラの映像を出す。

 

 

「カルーア!! 開けてくれ!」

 

「カルーアさん!! 」

 

「おい、カルーア! こっちの隔壁に穴が開いたみてぇなんだ! あと少しでここの空気が無くなっちまう!」

 

「カルーア! みんなが大変なのだぁ!」

 

「皆さん! そんな」

 

 

楽人はすぐさまドアを開放しようとするが、ロックがかかっている事に気づく。幸いながらここの区画の制御している『特殊なチップ』にアクセスし無理矢理ドアのロックだけを外させることは出来そうだ。

 

だが、その後はどうするのか、それが問題であった。無理矢理開けるというのは現在のロックがかかり固定もされているドアのロックを外した後、固定を『壊す』という事であり、当然ドアを閉める事はできない。

コントロールが奪われているので、流石に手動で壊せないロックを裏技で外し、きっちり密閉されている扉を力技で開けるという行為なのだから。例えるのならば、接着剤で固定されて、鍵が閉められているドアの鍵を外し、ドアを蹴破るといったものだ。蹴破った扉を閉めても密閉は完璧ではなくなってしまう。

 

この空気の流出がどれだけ続くか分からない以上、辛うじて正常に動いているこの部屋すらも危険な場所になってしまう。室内にもシャワールームといった別の部屋があるが、密閉は完璧でない上にこの人数だ。リスクが高い。

 

 

「カルーア少尉。いくつか尋ねる。人間に適した空気を製造しつつ、それを一か所に留める結界のようなものの構築は魔法的に可能か?」

 

「は、はい。結界は基本魔法ですし、空気も問題ありませんわ」

 

「そうか、それを作るのにどのくらい時間がかかる?」

 

「え、その……」

 

「一般的にで良い、仮に詠唱や事前準備等を含めてどれ程かかる」

 

「詠唱だけですので、20秒もあれば大丈夫だと思います」

 

 

捲くし立てるように話しかけて来る、いや問い詰めて来る楽人。表情は真剣であり、非常時という事もあり余裕はない、しかし焦った様子もなかった。カルーアは正直仲間の安全が脅かされているという状況で狼狽の中にいたが、彼の低く有無を言わさない声に反射的に答えて行くうちに幾分か冷静さを取り戻していく。

 

 

「私はこのドアを開くことはできる。だが、そうした場合閉じる事は出来ない。既に外の大気は限界に近く目測だが1分もすれば危険域だ。この部屋をただ解放した場合、部屋の空気のおかげでもう1分は持つであろうがそれまでだ。あと2分でシステムが復旧する可能性は正直あまり高くない」

 

 

事実であった。未だブリッジと通信が取れない以上、トラブルが生じている可能性が高い。こちらの事態を向こうが把握しているかも怪しいのだ。故に今彼が選べる選択肢は2つ。1つは彼らをこのまま放置し1分以内の事態解決を祈る。その場合3人の命が犠牲になる可能性が高い。もう1つはこの部屋を開放し自分を含む5人の命を賭けに加え、もう1分の時間を得て、その間に復旧することを祈る。それだけであった。

 

 

「だから君に頼みたい、いや命令をする。これからドアを開放する。その際全員が入れる結界を構築し、ルーンエンジェル隊の生命活動を保全せよ」

 

「む、無理ですわ! 私は! 魔法が!」

 

「上官命令だ。君に逆らう権利はない。そうでなくとも既にロックは外している。後は私が無理矢理この扉を破るだけだ。君が結界を構築しなかった場合、私を含む『4人』は死亡する可能性が高い」

 

 

有無を言わさない。ここは軍隊である。中尉である楽人の命令はたとえ理不尽でも、軍規と照らし合わせて正統性の有る物であれば守る義務が発生する。

 

 

「仮に魔法が暴走しても、その責任は私に有り、その場合はみんなで死ぬだけだ。それと君にはこれを渡しておこう。成功率を上げるためだ」

 

 

彼はそのまま追いつめるように言葉を告げた後、懐からマスクのようなものを取り出す。

 

 

「簡易的な呼吸器だ。独立電源で10分ほどしか持たないがな。手持ちはこれしかない上に1人用だ」

 

「そんな! 楽人さんの物です。私には」

 

「作戦遂行に有効な装備だ」

 

「そ、そうですわ。楽人さんがそれをつけて他の居住区のドアを開放し続ければ……」

 

「開放できないとは言わないが、恐らく2つか3つ目あたりで私の力が尽きる。ロックを外すというのは、負担が大きい作業だ」

 

 

カルーアはついに言葉を失ってしまう。よく見れば鉄皮面のように見えていた楽人の頬には珠のような汗が浮かんでおり、頬は紅く上気している。精密な操作を要求されたのか、それとも強制的にアクセスするという行為がそうさせたのかは、門外漢の彼女にはわからないが、見たことが無いほどに憔悴している。

楽人は特殊なチップとの適正が高くない為に、遠距離での行使は使い慣れた物でないと難しいのである。これでも最初は使い慣れたものにしか適性が無かったので、成長したのである。

 

「カルーア少尉。命令だ。やれ。責任はとる」

 

「わ、私は……」

 

 

時間が無かった。既に映像越しのカズヤたちは床に突っ伏している。ナノナノですら呼吸活動を低下させスリープに入りかけているのだ。もはや一刻の猶予もなかった。

 

まだも悩む姿勢を見せるカルーアに、楽人は一端息を吐いて口を開いた。

 

 

「カルーアさん頼みます。僕個人としても貴方に縋るしかない。大丈夫、失敗しても死ぬだけです。暴走で怪我させることもないでしょう」

 

「楽人! そんなネガティブな奴だったですにぃ!?」

 

「まさか。こんな状況でジョークが言えないと、この先生きのこれないだけです。いいですか? カルーアさん。口では強がるんです。心の不安はみんなで分け合っても良いから、せめて周りを魅せる自分を強くする。そうすればおのずと結果に行ける。経験談です」

 

「口では強く? 」

 

 

軍人の業務的な口調をやめて、彼の恐らく素であろう口調で彼はそう言った。カルーアはそんな彼に無限のエネルギーで、先の見えない暗闇に踏み込むことのできる。そんな何かがあると感じた。その方法を自分も知りたい、彼の言う通りに強がって見たい。そう切に願った。

 

当然彼女の中ではまだ不安はある。自分が失敗すればみんな死ぬかもしれない。そんな恐怖もある。今だって歯の根は合っていないし、立っている感覚が無いほどに足が震えている。

 

だが確かに『魔法が失敗したら、その魔法『で』誰かが怪我する』という中で、自身の魔法が怪我をさせるという因子の比重が低くなっているようにも錯覚した。

魔法が失敗し誰かが傷つくことが、その時点で既に起こりえない可能性が高いからだ。魔法が失敗しても結局成功しなきゃ死ぬ以上、死因の横の文字が数文字変わる位の差しかないのだ。そんな皮肉な状況なのだ。彼女は無意識に可笑しくなってしまい、少しだけ口の端を釣り上げる。

 

 

胸に秘めたるは皆を救うという意思。

自分を苛む不安は過去のトラウマという足枷

支えてくれる人は……尊敬するちょっと変わった男の人

頼ってくれたのは、守りたい皆

 

 

 

そんな自分や周りの感情が彼女の中の何かを切り替えた。まるでエレベーターの行き先が下りから突然上りに切り替わったかのように、彼女の中のサイクルが切り替わった。気が付けばいつの間にか扉はこじ開けられている。背中から急激に廊下に向けて風が吹き、髪が風に舞う。その髪を払い、彼女は呪文を口にした。

 

 

 

────魔に宿りし精霊たちよ、我がふたつなる心を糧とし理を覆す法をここに顕しめよ。

 

────火を司るものよ我が求めに応え深淵の叡智より熱をもたらせ。

 

────水に遊ぶものよ神秘の炎に身を委ね暫し沸き立て。

 

────風に躍るものよ満ちたる水気を含みて猛る渦となれ。

 

────地に眠るものよ堅牢なる枠組みを我が盾として貸し与えよ。

 

────空虚を棲処とするものたちよ掟に従いて我が法理の執行に助力せよ。

 

 

────Imperium sine fine dedi!

 

 

 

その言葉と共に 廊下に出た彼女の周りを優しい緑の光が包み込む。それは彼女がその領域を支配したという事だ。その領域において彼女の意思は絶対であり、空気を生み出すことなど造作もない事であった。

 

そう、彼女の『魔法(ことわり)』は正常に作用し、この世の『摂理(ことわり)』を凌駕したのだ。

 

 

「わぁ……! カルーア すごいよ!」

 

「すごいのだぁ!」

 

 

緑の光に包まれて徐々に意識を取り戻していくルーンエンジェル隊の面々が見たのは、自分たちを救った優しい魔法使いの少しだけ不安げな目だった。

 

 

「皆さん、ご無事でなによりですわ」

 

「はい、カルーアさんありがとうございます!」

 

「流石魔女だなぁ!」

 

 

だが彼女の仲間たちはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼女を怖がることなどなく、唯々礼を述べ彼女を讃える。カルーアは自身の魔法陣の上で周囲を警戒している楽人の方を向き彼のいう通りであったことを理解した。

 

 

「各々周囲を警戒しろ。体調の悪い者は申告するように」

 

「りょ、了解です。皆大丈夫?」

 

 

しかし、誰も彼女のそんな安堵に気づく事は無かった。それは彼等にとっての当たり前だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、皆。いろいろあったけど無事みたいだね。早速だが総員出撃体勢をとってくれ。敵奇襲艦隊が工作員に呼応するように来ているんだ」

 

 

ひと段落したのか、シールドが再展開しロックが解除された後、楽人は自分の権限でルーンエンジェル隊を格納庫に向かわせたのだった。自分はミモレットにボンボンを補給させた後にブリッジへと向かったのだが。タクトも既に状況は把握していたようであり、すぐさま彼女たちを出撃させた。

 

 

「どうやら随分と大がかりな計画だったみたいだね。かなり深いところまで手が伸びていたようで、マジークのシステムが落ちてる。増援は絶望的だ」

 

「既にルクシオールのクルーは全員相互の監視をさせている。先ほどの騒動の直接的原因と、今回の外部人員は拘束済みだ」

 

 

やはり先ほどの騒動の原因は外部の人間たちであった。それどころかマジークの要所要所に洗脳された人間がいるようで、マジークの宇宙港のシステムが完全に落ちている。それと合わせるようにディータの旗艦と彼女を護衛する船団が集結しており最悪な状況と言っても良いであろう。

ディータの魔法の腕はやはり本物だったのだ。もし彼女が本気で長期的なスパンをかけて星を乗っ取ろうとしていた場合、確実に彼女を絶対王者とする文明が構築されていたであろう。

しかしルクシールは健在であり、ルーンエンジェル隊の4機+1機は既に展開している。まだ戦いで敗北したわけではなかった。

 

 

「まあ、どうやら敵さんからお話があるみたいだ。必要以上に挑発しないでくれよ。その辺はオレの役目だから。それじゃあ通信に出して」

 

「了解です!」

 

 

タクトがそう言うとルーンエンジェル隊の紋章機にルクシオールと通信している敵船団の旗艦との通信が映し出された。

 

 

「ルクシオール。ここがあなたたちの墓場よ」

 

「気が早いねぇ、おばさん」

 

「ッな! ……ふんっ! 強がっていられるのも今の内よ。いくら英雄と言えども、流石にこの状況を覆すのは無理よ。私はあの方からマジークに関するすべての権利を貰っているの。私を追い出した老害達を追い出して新たな魔法惑星という秩序を作り出すのよ」

 

 

通信に出たディータは勝ち誇っていた。既に彼女の中ではこの後のビジョンが見えているのであろう。だが正直タクトやその後ろに控えるランファ、楽人からすればこちらの勝ちパターンに入っているとも思える状況だ。

 

特に後ろの2人は知っている。本気でタクト・マイヤーズに勝ちに行くつもりならば『この場に来てはいけなかった』のだから。

 

 

「ふーん。なに? アンチエイジングの魔法でも極めるの?」

 

「一々むかつく男ね。マジークの宇宙港はあと1時間は増援を送ることはできない。そんな中でこちらの全勢力に囲まれているというのに」

 

「一斉攻勢って奴かい? ものすごい数だね。全て統率取れるのかい?」

 

「ふん、この数を見てそう言えるの? まあ良いわ。そのまま飲み込んであげる」

 

「そんなに変な陣形なのに攻勢をかけて来るのかい? それこそ驚きだよ」

 

 

ディータの艦隊はタクトの知識にはない布陣を敷いている。まるで魔法陣のような形だ。勿論既にタクトはテキーラからその旨が送られてきているのを目すら動かさずに読んでいる。

魔法をサブ動力としているマジーク艦隊と同じようにディータの護衛艦も魔法で動いている。それを用いて宙域に結界を張っており、万が一宇宙港から救援が来ても入れないようにしているのだ。

 

 

「所詮は異世界人。魔法も使えない下等な生物。この布陣も理解できないなんてね。精々苦しみなさい」

 

「通信切れました」

 

「うん、十分情報は集まったね」

 

 

ニコニコ笑いながらそう言うタクト。後ろにいる二人もなんとなく理解していた。やはりここにディータが来た時点で、彼女は苦戦を強いられるのであろうと。

 

 

「え? 司令何か分かったんですか」

 

「うん、まず敵に伏兵はいないのと、あの布陣を構築している艦は動かせないこと。他の宇宙港の支配は完全ではないから、結界を作ってるみたいなんだ。テキーラ曰くあの結界は同時に旗艦も守っているらしいんだけど、その魔法を展開している艦は動かせないから、見かけ程の圧倒的な戦力ではない。恐らくあれをブラフにして常に一定の数で囲むとかいう作戦なんだろうね」

 

 

スラスラとそう答えるタクト。彼曰く『こちらを倒せるか本心の所では自信が無いから、はったりで揺さぶろうとしてた』ということだ。カズヤは今一つ理解が追い付いていないみたいだが、実際一部の艦が動くと結界が維持できないのはテキーラも保証している。

 

結界は外部からの増援を防ぐと同時に、ディータの旗艦にステルス機能のようなものを発生させている。ロックオンシステムが一切認識しなくなる類のものである。攻撃を当てるには手動で狙いを定めるか、結界を破壊する必要がある。ルーンエンジェル隊にはまだ前者をとる実力と経験と適した機体がない。

 

故に

 

 

「揺さぶって速攻をかけるよ。目標は結界の破壊と敵旗艦。こちらは戦闘宙域の外周を周回して、護衛艦を釣り出してひたすら速度に任せた引き撃ちをする。んで結界を張ってる艦の守りが薄くなったらそれを壊して、そのままのタイミングで旗艦を落とす。多分それが一番早いかな」

 

「りょ、了解。それじゃあ、アニス合体よろしく」

 

「おう、任せとけ! 」

 

 

星どころか、結果次第では全銀河の趨勢が決まる後が無い戦いではあるが、タクトには気負ったところなどなかった。カズヤは改めてその英雄の凄さを肌で感じてた。このような状況で気取った様子が無いなんて……といった感じである。

 背中すら見えない歴戦の英雄の自然体に、カズヤは思わず自分の背筋が冷たくなるのを感じていた。

 

 

 

 

「あー! 我慢できないー!! 出たい―! エースの血が騒ぐー! ねぇタクト? 予備の機体無いの?」

 

「ははは……出せる機体はないから、我慢してよ」

 

 

一方ブリッジは平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の戦闘はスムーズに進んだ。というよりディータは謀略や工作という事に関しては一級品であった。それは間違いのない純然たる事実だ。洗脳も呪術も確かに有効であった。だが、しかし、全く以て歴戦の軍人であり、現状戦略家として銀河で最も優れているとすら言われるタクト・マイヤーズを相手取るには程遠く、少々荷が勝ちすぎていた。

 

ディータには自身の魔法に自信もあった、そして何より魔法でマジークを見返すことに意義があった。そういった所に付け入る隙があったのだ。わざわざ戦闘宙域に出てきた時点で、魔法による結界を作戦の重い所に置いた時点で、彼女の勝率は半減さらに半減と下がっていってしまっていたともいえる。

 

もし仮にディータが冷徹に工作による切り崩しのみを狙っていた場合、疑心暗鬼になり、信用と信頼。結束こそが力とするタクトのやり方にとっては非常に不都合であり、敗れていた可能性は高い。まさに餅は餅屋であった。相手の土俵で挑む形に図らずともなってしまったのだ。

 

 

「ククク……」

 

「おや? とっておきの秘策かい? 」

 

「いえ、どうやらこちらの負けの様ね」

 

 

タクトは出来ればディータを捕縛するつもりであった。先ほど彼女は誰かしらに仕えている事をほのめかしている、故に情報的価値はあるとしたのだ。だから、心を砕いてしまって投降を呼びかけるつもりであった。

 

しかし普段は感情的であろうディータの、その不気味な代り様で、彼は投降を呼びかける事は無意味だと感じ取ってしまった。あの冷静に見える態度。そして今通信で映っている敗者の目は、全てを呪い自身が地獄に堕ちようとも、憎い相手を破滅させようとする狂ったそれだったのだ。

 

 

「ハハハハ。マジョラム!! 聞きなさい! アンタへの呪いの解除法も効果も影響も何も言わないで死んでやるわ!! アンタは何がトリガーか、自分の意識が本当に自分のものであるのか。それに怯えながら惨たらしく生きて行くのよ!! そして呪いが目覚めた時。それがアンタの絶望の始まりよ!! アハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

それがディータの最後の言葉であった。彼女はそのまま旗艦を自沈させたのだ。宙域上の敵艦は一切の犠牲を省みずバラバラの方向へ撤退していった。合流ポイントで落ち合うのであろう。今は追うべきではないと判断したタクトは、すぐさまルーンエンジェル隊に帰還命令を出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ランファ。少々予定が変わったけど打ち合わせ通りに」

 

「ええ。アンタも気をつけなさいよ」

 

 

混乱が落ち着いた後、彼らが行ったのはマジークの損害確認であった。幸いにして一部宇宙港が機能不全になっただけであり、人的被害はなかった。洗脳を受けていた人物、その疑いがある人物は、魔法的な処理がなされるようであり、実際にEDENを良く思わない工作員も発見され捕縛されている。

 

最も切り捨てること前提の末端であるようで、有力な情報は得られそうもないが。ルクシオールもテキーラや、派遣されてきた魔法使いによってクルーの潔白が証明され、一先ず事態の鎮静はなった。

 

マジークの人員に被害はなかったが、宇宙港が機能不全になった結果、艦同士のトラブルが幾つも報告されており、軍勢の結集に若干の遅れが生じるとの見通しである。タクトはその辺の対応をランファに投げ、もといまかせ。予定通り情報収集及び斥候として今後動くことにした。

 

それ故にランファとはしばしの別れとなるのだ。

 

 

「Ⅱ、例の件だが若干面白そうなことが」

 

「え? 本当!? 後で聞かせなさいよ!」

 

「ああ、もちろん」

 

 

この後ルクシオールは、ブラマンシュのデパートシップと合流し紋章機の整備や補給をうけながら情報収集をする。それはつまりミントと再び会い見えるという事だ。ランファは暫く会えていないミントに期待を込めて心で祈る。

 

 

「それじゃあ、また今度ね」

 

「ああ、ランファも頑張って」

 

「カズヤ、あんたも頑張んなさい。男の子なんだから」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

そうしてランファはシャトルに乗り込み去って行った。

 

ルクシオールも次の目的地へと舵を切る。

 

ディータの呪いという少しばかりの不安を残したままに。

 



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第9話 忸怩/人事

忸怩(じくじ)


 

 

 

 

ゲリラ的抵抗活動と、斥候活動を同時に行うことになったルクシオールは、現在アステロイド帯の中にポツンとある、空白宙域に潜伏していた。この場所はEDENの支援により航法が発展した結果発見された場所であり『一定以上の精度のクロノドライブ』ができないと到達することができない。故にEDEN製の艦にとっては最適な補給ポイントであった。

 

 

「すごーい!」

 

「もはや星だな……」

 

 

ルクシオールの『窓』から見える、今回補給を施してくれる艦はとんでもないものだった。それは目視という行為が最早無意味な相対速度で動く宇宙においても、こちらからの目視を可能とする。そんなバカげた大きさの代物であった。

 

 

「1kmの立方体が余裕で収容できるデパートシップ。まぁ、安全を考えてルクシオールを入れる事はしないけど、それもできる大きさの船だよ」

 

 

ブラマンシュ商会のデパートシップ。その大きさと民間船であるという事からEDENの豊かさの象徴ともいえる船だった。名前の通りデパートでもあるが、基本的には移動できる巨大倉庫という扱いであった。

 

 

 

ルクシオールはここ数日で小規模の戦闘をこなしながら情報収集に努めていたが、わかった事は敵の大凡の規模程度であった。多くの地域の警戒網の厚さを計り、そこからその地点の要所の度合や宙域面積などから逆算したのである。その結果1000前後の戦闘艦をかなり中心に寄せて配備しており、セルダールの防衛に重きを置いている事がわかった。

セルダール近郊の宙域で艦隊決戦を挑んだ場合、相手の動員可能数は500を下ることはないであろう。700-800といったところだとタクトは見た。マジークとピコの動員可能な艦隊数は良くて500といった所。拙速を尊ぶ現状400が良い所であり、倍近い差がある。それを覆すためにはもう1枚は手札が欲しい。タクトはそう考えて、一端補給のためにミントと合流することにしたのである。

 

 

「紋章機は順次フルメンテしてくれ。損傷の少ない順にね」

 

「おいタクト! レリックレイダーに触らせるな!!」

 

 

しかしタクトの『一先ず戦力を整えよう』とする試みは意外なところで頓挫した。それはレリックレイダーの『所有者』であるアニス・アジートの抵抗である。彼女はレリックレイダーを決して他人にばらされることを良しとしなかったのである。

 

少々複雑なのだが、アニス自身の身柄は既に軍が正式に預かっており、彼女はれっきとした軍の人間である。しかしながらレリックレイダーという兵器は彼女自身の所有物であり軍の任務に支給品ではなく自身の所有物を使用しているに過ぎない。

大地主が小作人にトラクターを使わせて耕作をさせている中、自身のトラクターを持ってきている小作人といった所か。耐久年数的に定期メンテではなく車検が必要なのだが、走るのが公道じゃないから地主も強く言えない。少々無理はあるがそう言ったものだとイメージしてほしい。

 

仮に壊れても彼女自身が悪いのではなく、彼女に専用のトラクターを用意できない大地主が悪い。というのは感覚的に理解できるかもしれない。地主がトラクターをまとめて知り合いの業者にメンテに出そうとしている時に、それが祖父の形見だから自分の信頼できる整備工にしか見せないと彼女は言っているのだ。彼女の言い分に特に問題がある訳ではないであろう。『今が戦時であることを除けば』だが。

 

仕方がないので重点的にではあるが、いつも通りのメンテナンスをするに留め、他の機体のフルメンテナンスを重点的にやるようにタクトは指示したのである。

 

 

さて、そんな事情とは裏腹に、ルクシオールでは特権階級の扱いをされているともいえるエンジェル隊。隊長であるリリィ・C・シャーベットがいない為にカズヤ・シラナミが臨時隊長に命名されるなどはあったが普段通り過ごしていた。

普段通りというのは『エルシオール的普段通り』であり要するに休暇を与えられていた。臨時隊長のカズヤはタクトに司令室に呼び出されたのだ。

 

 

「やぁ、隊長殿。調子はどうだい?」

 

「ま、まだその呼ばれ方にはなれません」

 

「そうかー。まぁ早く慣れるように」

 

 

カズヤが部屋に入ると少しご機嫌なのか何時も以上に真意の読めない笑みを浮かべて机に向かっているタクトと。その後ろで難しい顔をして今回の補給品の確認をしている楽人がいた。

 

 

「さて、カズヤ。君に任務を与える」

 

「了解です!」

 

「はやいよ」

 

「す、すみません」

 

 

隊長としての初任務に張り切るカズヤだったが、タクトはのってくれなかったようだ。

 

 

「コホン。えーカズヤ。エンジェル隊の隊長としての仕事。それはなんだと思う?」

 

「仕事ですか? そうですね……チームワークが強まるように隊員間での交流を深めたり問題を解決するでしょうか?」

 

「んー75点。難しく捉え過ぎだけど、大体あってるよ」

 

 

普通隊長の仕事と言えば報告書の制作や、作戦指揮などが先に出てくるはずであろうと、内心考えている楽人がいたが口には出さなかった。彼自身がルーンとはいえエンジェル隊に向かって何を言っているんだと自己解決したからである。

 

 

「エンジェルと仲良くなること。それが君の仕事だ!」

 

「そ、そうですね」

 

「うんうん。わかったようでオレも嬉しいよ」

 

 

ルクシオールに来てからカズヤが一番伸びたのはスルースキルと世渡りの上手さであろう。半分聞き流しながらそう答えるが、それでいてカズヤ自身、なるほどとも思っていた。それはリコと合体する度にお互いの力が段々段々段々段々高まっていくのを感じているからだ。

カズヤの主観だと 合体相手と仲良くなる程強くなるといった単純なものであるが、理屈をすっぽかしてはいるが結果的にはそれが正しい。タクトの言う通り間違いではないのだ。普段の態度や言い方に問題はあるが。

 

 

「そういう訳でこれからいう事は『命令』ね シラナミ少尉、当艦時間ヒトサンマルマルよりエンジェルの誰かを誘ってデパートシップでデートしてくるように」

 

「りょうか……えええぇ―!!」

 

「反論は認めない。厳守する様に。誰を誘うか教えてほしいなぁ。あ、これは命令じゃないよ、『お願い』さ」

 

 

既に読めていた楽人は力抜けることもなく仕事を続けていたが、カズヤはまだ慣れていないようだ。良いリアクションをするほどからかわれるのだから、いい加減慣れればよいのだが、それが彼の良い所であり指摘すべきではないのであろう。

 

 

「え、ええぇ……」

 

「気になる子いるんだろ? え? カズヤが義々弟になっちゃったり?」

 

「ハラスメントはお止め下さい、司令」

 

 

流石に酒の席の親戚のオッサンレベルになってきた故に、楽人は口だけ動かして窘める。わかって聞いているタクトとよくわかっていないカズヤ。場は混沌としていた。

 

「まぁ、はっきりしないやつは嫌われるよ。ほら、行った行った。あ、誘わなかったエンジェルたちも時間ずらして休憩取らせるから。紋章機のメンテと合わせてね」

 

「りょ、了解です」

 

 

カズヤは少し釈然としていなかったが、歩みに迷いはなかったので、タクトの睨み通りリコを誘いに行くのであろう。それを見越していたタクト、メンテナンスもクロスキャリバーからと指示してある。手配したのは楽人だが。

 

 

「あ、そうだ。ねぇ楽人、君先月の労働時間規定超えてたでしょ?」

 

「そんなことはないですよ。なんでそんなことをする必要があるんですか」

 

「嘘だぁ。ここに艦内カメラから算出した各クルーの行動記録があるんだけど」

 

「……司令の働いてない時間で相殺です」

 

 

織旗楽人は仕事人間であった。彼は直ぐに合える友達0、私服0、端末の私的使用0、恋人0と、今どきの若者がドン引きする0具合だった。他にも預金額の0の数もドン引きだと専ら噂である。

司令官が仕事をさぼりがちというのもあるが、それ以上に仕事が好きというのもあり、空いた時間の他の部署の手伝いという彼の行動は、プライベートに時間を削って行われている物だった。趣味がボランティアと労働と言っても信じてしまいそうであった。

 

 

「そういう訳にはいかないのが軍だよ」

 

「それならば、司令も働いていただきたい」

 

「そういう訳にはいかないのがオレだよ」

 

「それならば、私も多少の超過労働は不文律でしょう」

 

「そういう訳にはいかないのが君のプライベートだよ」

 

 

お役所仕事であった。台詞が定型文であった。楽人は形だけの抵抗をやめて話を聞く姿勢をとることにした。彼自身最初に労働時間を指摘された時点で内心白旗を上げている。今までの会話はタクトになるべく仕事をさせるようにしろと各方面────主に現エルシオール艦長────からの要請を実行したという口実欲しさである。何せ楽人が甘やかすのが最大の要因なのだから。

 

 

「というわけで楽人中尉、君はヒトゴマルマルからデパートシップでエンジェルの買い物の荷物持ちだ。可哀そうだから相手はこちらで決めてあげるよ」

 

「了解です」

 

 

そう言った経緯で楽人の人生初のデートが決まったのである。最も彼はそれがデートであるという認識は薄かったが。

 

 

 

 

 

 

 

「だが、それでもこれは流石におかしいと理解できる」

 

「ちょっと、ラクト。どうしたのよ突然」

 

 

場所はデパートシップ。先ほど仲睦まじ気に戻って来た、リコとカズヤと入れ替わるような形でやってきたのだが。物事を事前に考える癖がついた彼にとっても予想外の事があった。

まず彼は自分が誰の荷物持ちをすることになるかという事を対策すべく整備スケジュールの確認を行った。最も手続きは自分でしたために念の為であるが。そうして時間から見ると恐らくカルーア&テキーラ、または常にフリーのアニスの何方かだと想定しプライベート用のカードと経費として落とせるもの両方を用意した。自信の記憶をたどるとそうすべきだという情報が出てきたからである。例えば、女性の買い物はお金がかかる(R.F談) 支払いは女性が気を使わないレベルで男性がすべき(R.F談) 私そろそろ新しいオーブンが欲しいです(M.S談)といった具合だ。

 

次にミント・ブラマンシュEDEN支部長から案内図を受け取り、恐らく恋人同士で行くような区画や若い女性向けの施設の位置を頭に叩き込んだ。化粧室やエレベーターは勿論、かつての教え子から雑貨屋の場所と、人通りが少ないが皆無ではないベンチを抑えておくと良いと聞いたのを思い出しそれも叩き込んだ。また限られた時間を有効活用できるようにシャトルの使用許可は勿論、デパートシップ内での移動用直通ゲートの使用許可をとった。

そして失礼の無いよう程度には服装を整えて30分ほど前にはシャトルに赴き、動作確認まで行っていたのだ。

 

だから

 

 

「ねぇ、どっちが似合うかしら?」

 

「テキーラ様は派手なものを好まれますにぃ」

 

 

相手がテキーラであり、ペット同伴であったことも想定内だ。最初に見たいものがあると、彼女は下調べをしていたようだ。それも問題はない。迷いなく歩く彼女の横を進むのもまあ予想できていた。しかしながらその彼女が見たいものが。

 

 

「艦内の店もそれなりなんだけど、こういう大きな所じゃないと、サイズとデザインが両立するものがなくて困るのよね~」

 

「去年よりもまだ成長している証拠ですにぃ」

 

 

女性用というか彼女自身が付けるインナーを選ぶための店。所謂ランジェリーショップだった事は想定していなかった。まるで魔境であった。数多の戦場を駆け抜けた経験はあるが、それらは敵意や異物感はあったが自分が戦う場所であり阻害されるといった感覚はなかった。

 

ところがここはどうだ。自分があまりにも場違いすぎて酷く落ち着かない。世の中の男性たちは彼女ができるとこういった経験をするのであろうか。ならば自分は一生独り身で良い。冗談じゃない、自分は男同士の行き過ぎた友情に戻るぞ! そう思えてしまう程度には地獄であった。

女性向けの店と言っても小物やインナーウェアでない洋服を扱う場所を想定していた。ジュエリーストアでホシイモノをねだられてもプライベートのカードの一括で会計する覚悟は決めてきた。だがこの方向は想定していなかったのだ。

白と肌、清潔感のある店内、少し強い白い照明。全てが彼を威圧し萎縮させていた。

 

 

「あら? このデザインもいいわね。色は紅、悪くないわ」

 

「……」

 

「あら、サイズもぴったりじゃない」

 

 

何も言えなかった。彼女が手にとっていたのは彼の乏しい認識からしても派手であり勝負下着と彼が定義するものであった。誤解を恐れずにいうのなれば、娼婦が付けるようなものとさえ元上司が皮肉気に言いそうなものだ。

 

 

「ねぇ? どうかしら? 異性の意見というのも聞いておきたいのだけど?」

 

「……」

 

 

あろうことかテキーラはそれを自分の胸に当てて見せた。勿論服の上からだが。胸元が開かれている服なので、むしろ露出度は減るのだが、彼には限界が近かった。こう、色々想像できるのが問題なのであった。例え性欲が非常に薄くてもそう言ったのとは別に恥ずかしいのだ。彼は未だに思春期を殺しきれてなかった。

 

 

「黙ってたらわからないわよ ラク・ト?」

 

 

名前の不自然な区切り方に、脅しのようなものを感じた楽人は意識を切り替える事にした。この状況を切り抜ける手札は今彼の中にはない。だが過去の彼の経験から次の瞬間に引き当てればよいのだ。真の軍人の判断は全て必然。困難な状況への対処案すらすぐに思いつく。

 

彼は自分の脳を酷使し、こういった場合どうすればよいのかを思考し試行した。その結果やはり自分の過去に受け持った多くの女性に優しい教え子の言葉が出てきた。

 

 

「とても似合っている。非常に魅力的だ。君に合っていると思う」

 

────まず全肯定してください。わざとひっかけて来るような面倒な女はこれで弾けますから

 

「そのデザインの別の色もきっと似合うと思う」

 

────そして褒めること。アドバイスは意見を求められない限りは避けるか、非常に無難で抽象的なものに

 

「支払は気にせず、好きなだけ選ぶと良い」

 

────最後は贈り与えるというのを恩着せがましくない様に言えば大丈夫です。

 

 

最もそれを実行できているかどうかは微妙であったが。しかしテキーラは急に饒舌になった楽人に驚いたのか、少しだけ目を大きく開いたのち、そう。とだけ言ってミモレットの頭の上にあった籠にそれを入れる。

彼女はもっと慌てふためく楽人を見ようとからかったのだが、実際にそれ自体は気に入っていたのだ。もっと普段からは考えられないようなとりみだした姿が見れると思ったが、少々当てが外れたようだ。しかしこの店に入ると告げた時の彼の顔が傑作だったので満足したようだ。

 

「ラクト、アタシの時間はここで終わり。後はあの娘に代わるからエスコートよろしく頼むわよ」

 

「む? もう良いのか?」

 

「ええ。楽しめたわ。アンタのおかげでね」

 

 

ニヤリと。ニコリではなくそんな擬音が似合いそうな笑みを浮かべて彼女は笑った。楽人は素直に対応する事にした。

 

 

「それは光栄だ。私も綺麗な女性と買い物と言う、中々ない経験ができたことに感謝する」

 

「……フン!」

 

 

テキーラは楽人の言葉に答える様に鼻を鳴らすと、カルーアへと切り替わった。その魔法の光を眺めながら彼は何処までの情報を彼女たちは共有しているのであろうかと少し考え込んだ。

休憩中であることは兎も角デパートシップに行くこと、誰と同行するか、今どこにいるのか、それは誰のせいなのか。そのあたりは明確にせねばならない。特に最後。

 

 

「あら~? ここは? ってまぁ!」

 

 

カルーアになった彼女は、自分の置かれた状況を直ぐに理解できている様子だった。なにせ楽人が口をはさむ前に彼女は目の前に陳列されていたインナーに手を伸ばしたのだから。事実彼女はミモレットに『休憩でデパート行くならランジェリーショップに行きたいですわ~』と告げておいたのだ。テキーラはカルーアのおおよその感情を読むことができるが彼女はあえてミモレット経由で伝える事にしたのである。

故に彼女の主観では突然ランジェリーショップの真ん中にいる自分に対して感謝こそすれ驚きはしなかったのだ。

 

 

「このデザインで~紅いのは素敵ですわ~」

 

「ふむ……興味深いな」

 

 

楽人はカルーアの手にしたインナー見てそう呟いた。何せ彼女が選んだのはテキーラが選んだものと全く同じそれであったのだ。これは単純に好みが似通っているというのであろうか。性格が違う2人だが実は同じ好みというのも考えさせられるし、他にはカルーアにはテキーラの記憶が継承されないが、潜在レベルでは残っているのではないかという仮説も思いつく。中々に面白い現象だと彼は思ったのだ。

 

 

「あ、あの~楽人さ~ん? そんなに見つめられると~流石に恥ずかしいのですが~」」

 

「……ん? 」

 

 

しかし彼が発した言葉と状況は、そう言った人間の精神や人格に対する深い考察をしている人物とは見えないものであった。

場所はランジェリーショップ、自身のインナーを選んでいる女性を目の前に、その女性を深く観察しながら、彼女が商品を選び手に取った状態での興味深いという発言。人物が人物なら事案ものである。

 

 

「あ、いや。そう言った意図が全くなかったわけではないのだが、少々別の事に思考をとられていてな」

 

「カルーア様、それはテキーラ様も同じものをキープしましたですにぃ」

 

「同じものを選ぶのだなと思ったのでな」

 

「あら~? そうでしたの~」

 

 

何とか取り繕う事が出来て安堵する楽人。先ほどの状況でも表情一つ変えなかったが、内心ではかなり焦っていた。変身器具と日頃の鍛錬で外に出難いだけなのである。

そうこうしている間に彼女が支給されたカードで会計を済ませ、店の外に退避していた彼の元へやって来る。

 

 

「ふふ、先程は驚いてしまいましたわ~。楽人さんはあのようなインナーがお好みなのかと」

 

「いや、不快な思いをさせたのなら謝ろう。意図に関わらず結果的にでもな。ただ勿論似合ってはいたぞ?」

 

「いえ~大丈夫ですわ~。むしろ意外でしたの~」

 

「意外? それはどういったことで?」

 

 

形だけではない謝罪をする楽人。エンジェルであるものの、カルーアは実際に紋章機に乗ることはない。しかし彼女の精神状態にテキーラは引っ張られると過去に明言しており、彼女のテンションを万一にも下降させてはいけないのだから。ちなみにいうと下着のデザインに明るくはないが、着た姿を想像したらそそるものがあるのは否定できなかった。

そんな彼の内心とは裏腹に、帰ってきたのは少し楽しげなそんな文句であった。

 

 

「いえ~。楽人さんが私のプライベートなこと興味を持ったのかと思いましたので~。楽人さんはあの人とは良くお話をされるようですが、私にはあまり興味が無いのかと思いましたわ~。ああ、でも私の勘違いでしたのね」

 

「……そうか、そういう風に思っていたのか。こちらとしては距離感がうまくつかめなくてな。シャーベット中尉もそうだが、自分より年が……すまない、失言だった。単純に女性の相手をするのが苦手なのだ。体を動かすといった物が入らないとな」

 

 

カルーアとテキーラは、いたずら好きで、研究者のように興味があることに一直線といった、猫のような性格であるが、同時にルーンエンジェル隊では最年長であり大人である為、比較的会話がしやすい。だがそれは同時に成熟した女性でもあるというのと同義であった。

要するにテンションを下げてはいけないという事がある以上、必要以上に会話することにリスクがあると彼は捉えていた。それは偏に彼自身の会話スキルから導いた結論だ。彼は無意識に地雷を踏み抜いてしまうのだから。

最近ではもはや原形をとどめないほどに改造され魔法に対して優位性を持つようにすらなった愛剣である『求め』を用いた、軽い運動という名の模擬戦で、テキーラとはどうにか会話の距離感をつかみ始めていたが、カルーアはまだであった。

 

 

「そうでしたの。ふふ、今もそのような事を言いかけてしまっていますし、本当に慣れていませんのですね~」

 

「恥ずかしながらな」

 

 

前述の通り表情には出ていないが、本当に気恥ずかしそうに彼はそう言っているように彼女は見えた。故にふと少し前にミモレットを経由せず手紙で『テキーラ(あの人)』が伝えてきたことを思い出す。

 

 

「それでしたら、この際ですから私に聞いてみたいことってございますか?」

 

「ふむ、それならば。あー少々ぶしつけな質問になるのだが」

 

 

楽人の方は、何も疑うことなく良い機会だと、少し前から疑問に思っていたことを口にすることにした。

 

 

「君たち2人の場合身体ごと入れ替わっているようだが、服などはどうしているのだ?」

 

 

ギリギリの質問だった。彼は変身する瞬間を何度か見たが、テキーラになる際には上着の前が開くなどの変化が一瞬で行われ、戻る場合はその逆だ。魔法で高速で着替えているのかもしれないという予想だった。

 

 

「ふふ……それは秘密ですわ~」

 

 

「そうか。いやすまない。変な質問をしたようだ。学術的な興味が主だが全部ではなかったので謝罪しておこう」

 

 

そしてそれはカルーアの、そしてテキーラの予想していた質問であった。テキーラは変身をする際に楽人が興味深そうな様子で見ている事に気づき、何度か繰り返すうちにそれは服の事であると察したのだ。故にカルーアにもし聞かれたらこう答えるとジョーク半分に書き残したのだ。

 

 

「どうしても知りたいのでしたら~。ご自分で確かめてみてくださいね~?」

 

「……え」

 

「あら~、お顔が真っ赤ですわ~。ふふ、あの人のいう通りの言葉でしたが、ここまではっきりでるのですね~」

 

 

効果はてきめんであった。彼女は微笑みながらそう言っただけなのだが、楽人は無表情を崩し呆気にとられたような気の抜けた顔で固まっており、徐々に頬が赤く染まっていく。彼女はそんな変化を楽し気に見ていた。

一方彼はその言葉で最初から自分は掌の上だった事を自覚し、やり場のない感情の向ける先を失ってしまう。まあ、要するに『年上でエンジェル』でさらに2人で1人の女性に勝てるわけがないのである。

 

 

 

 

 

 

そんな風にナチュラルに仲良くやっている間にルクシオールでは動きがあった。

 

 

 

 

 

 

ルーンエンジェル隊 隊長 リリィ・C・シャーベットの帰還である。

 

 

彼女は追手に食らいつかれそうになりながらも、ボロボロの機体でどうにかセルダールから脱出してきたのである。ルクシオールのいるアステロイド帯に来たのは、サイズや技術的に通行できない艦を振り切る為であり、偶然であったがこれはまさに僥倖であった。

数機の戦闘機に追われていたものの、既に整備の終わっていたクロスキャリバーとレリックレイダーによって余裕をもって迎撃されたのである。

 

リリィ・C・シャーベット。階級は中尉であり前所属はセルダールの近衛で、しかも最年少で隊長職に就いていた。現在は19歳である彼女はセルダール最強の騎士であり王の信任も厚い。彼女がルクシオールを離れていたのもそう言った事情絡みの仕事であった。

本来の予定ではフォルテ・シュトーレンがセルダールの軍事顧問兼近衛隊長代理に就任することで、完全にルクシオール所属、ルーンエンジェル隊としての立場だけになる為の最後の仕事であったのだ。

 

そんな彼女がもたらした情報。それはルクシオールにとっての吉報と、即急に懸念する必要のある凶報だった。彼女はこのクーデターが起こる前からセルダールにおり、かなり詳しい情報を持っていた。ここに来られたのもその実力と彼女の紋章機である『イーグルゲイザー』があったからだ。

そんな彼女がまず告げた吉報は『フォルテ・シュトーレンは彼女の意思によって反乱を起こしたわけではない』という事であった。ではどういった意図があっての物なのか。それが凶報である『セルダール星そのものを質としている』ということだ。

 

クロノクラスター。地殻を貫通し核に至って破砕するそれは、1つの星の活動を停止させ粉々に砕くことができる超兵器だ。それをセルダール衛星上に設置されてしまったのである。

そのような超兵器がなぜあったのか。それは謎の勢力がAbsolute由来のものであったからだ。

 

 

ヴェレル。Absolute人の最後の生き残りであり、今では無害なご隠居としてAbsoluteで生活していた老人だった。名前を聞かなければ存在をも思い出せない程に彼は何もしていなかった。しかしそれは力を蓄えていたにすぎなかったのだ。

超文明の兵器であるクロノクラスター。そして無人艦隊。それを用意した彼はEDENをよく思っていない人物と組み此度のクーデターを起こしたのである。

 

そう、タクト達は倒すべき悪を見つけたのである。であるのならば、まずはクロノクラスターの位置を確認し無力化。その後セルダールを開放する必要があるのだ。しかし今までの暗雲が立ち込めている五里霧中の状況からは抜け出した。あとは断崖絶壁を上るだけで円満解決だ。

 

ルクシオールの気持ちは1つになりつつあった。

 

 

 

 

 

 

────のだが、臨時隊長と名目上の隊長の間には若干のすれ違いが存在していた。

 

 

 

「えーと。シャーベット隊長が戻ってきましたし、臨時隊長は終了ですよね?」

 

「シラナミ少尉、それはNGだ。まず1つに我々は同じ仲間だ。私の事はリリィでよい。そして私もカズヤと呼ぶことにする。次にマイヤーズ司令がカズヤを隊長と認めたのならば、それが適任なのであろう」

 

 

そんな会話から始まったのであるが、その時点では別にカズヤも苦手意識といった物はなかった。ただ例えるのならば『自分の技能を認められ新人ながらプロジェクトチームで中核の人物となりつつあった時に、自分が配属される前からいた上司が出向から戻って来た』という若干複雑な状況だが、会話で解決するレベルだった。

事実リリィは階級が中尉であり、軍属歴が長い、性格的に最も適している。といった程度で臨時として選ばれていただけなのだから。本人も肩書に執着を持つ性格ではない。

問題なのは、一度解散し休憩時間を利用していつものようにカズヤがルーンエンジェル隊のメンバーの元へと訪れようとした時だった。

 

 

「邪魔するぞー!」

 

「はい、リリィさ……な、何ですかそれ!」

 

 

まずカズヤの目の前に飛び込んできたのは丸であった。次は肌色のなにか。それが扉一杯に来ていたのだ。

 

 

「む? これは着ぐるみだが」

 

「き、着ぐるみぃ? 」

 

 

全く自分におかしなものはない。そう言った確信と共に答えられ狼狽するカズヤ。勘違いしないでいただきたいのはNEUEにもセルダールにも、着ぐるみを着て誰かの部屋を尋ねるといった文化はない。

 

 

「うむ。そうだ。これから深夜の散歩に行くぞ」

 

「え? ちょ、待ってください! 今は昼ですし ってわぁ!!」

 

 

リリィ・Cシャーベット。真面目で忠誠心に溢れる騎士。高い剣の腕を持つ優秀な軍人だが思い込んだら猪突猛進な面あり。

彼女の目的、それはカズヤとの仲を来る決戦の前に急速に深める事だ。その為に彼女はどうしたらいいのかを深く考えた。そうして尊敬する上官の模倣をすることに至ったのだ。

 

そう彼女はこの後お互いの名前とLOVEの文字が入ったペアルックを着てランニングをしたり、彼女のお手製の(殺人)料理で公園でピクニックをしたり、動物と戯れたり、花火をしたりしたのである。その間のカズヤの精神的な疲労具合はかなりのものであった。途中から突飛なことを繰り返している為か見物人が付いてくることにもなった。

 

そして今二人とそれに付き従う集団はシミュレータールームで実際に合体紋章機を用いた訓練を始めていた。ようやっと自分の理解の範疇に収まる親睦の深めかたに安堵したのもつかの間、リリィは突然自らの目を抑えて叫び出したのだ。

 

 

「ック! 疼く! 我が左目に封じられし紅の力がぁ! 」

 

「え、えーと」

 

 

カズヤは理解できなかった。鍛えられた剣のような冷たい印象を受ける美しさを持ったリリィが突然左目を抑えて叫び出したのだ。声を張り上げているのだが、カズヤには棒読みに聞こえた。

そしてカズヤは知る由もないが、外側で男性が一名壁に思いきり頭を打ち付けていた。

 

 

「貫け!! イーグルゲイザー!! 私は未来を繋ぐ力になるのだぁ! エクストリーム! ランサァー!!」

 

「ラ、ランサー?」

 

一応合わせて唱和してみるカズヤ。しかしそれを気に食わなかったのかリリィはなおも叫び続ける。とある男性は頭を打ち付け続ける。

 

 

「声が小さいぞぉ! カズヤ! 私たちが守る銀河の平和の為には、足りない! まだ足りないのだぁぁ!! 力を貸せ!! ポンコツがぁ!」

 

「ぶ、ブレイブハート!! ぼ、ぼくは最強だ―!」

 

「そうだ、いいぞ、その調子だ! ククク……AI風情が我々の前に立ちふさがるだと……塵芥すら上等と知れぇ!!」

 

「いけー! 全門斉射━! 消え去れ―!」

 

「全てのエネルギーを1点に集中! クロノストリングよ! 光の矢となりて敵を貫け!!」

 

「……え、えーと、当たらなければどうという事はない!」

 

「私にできる事は戦う事……それだけしか能が無いのでねぇ!」

 

 

そんな風に叫びながら声も枯れかけた頃に二人はシミュレーターを止めて出てきた。カズヤは疲労困憊であったが、リリィが装いを正して目の前に立つので、何とか目線を合わせる。

 

「カズヤ……」

 

「は、はい」

 

 

落差のある空気に最早酔いそうになっているが、カズヤは身構える。しかし彼の予想をはるかに超える言葉が飛んできた。

 

 

「私は、お前のそんな素直なところと、柔らかい栗色の髪。そして少し香る甘い匂いが好きだぞ。フォーリンラブだ」

 

「……え、あ、あのありが……とうございます?」

 

 

思わずそう頷いてしまうが、リリィは満足げに頷き、メモ帳の項目の1つに線を引いて顔を上げた。

 

 

「うむ、OKだ。これで番外編も制覇。最後は教官の教えに頼るぞ。公園に移動だ。駆け足!」

 

「りょ、了解!!」

 

 

カズヤは疲れた足を引きずって、シミュレータールームを後にした。

 

────ああ! 中尉がついに倒れたぞ!

 

────急患だ! ナノナノちゃんとモルデン先生を連れてこーい!

 

そんな言葉があったことなど露ほど知らずに。

 

本日、胃薬頭痛薬湿布を処方された患者が1名居たことも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





凄い昔の
将来黒歴史で死にそうになる
伏線回収。誰とは言わないが


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第10話 比較/自覚

 

 

リリィの帰還から数日が経過する。ルクシオールは決められた期日に近づいたために、マジークへと進路をとっていた。彼女の機体であるイーグルゲイザーも無事修理され、ついにルクシオールの保持する戦力は現状最善のものとなったと言って良い。最も艦の主兵装はまだNEUEに届いていない為飽く迄現状だが。

そうしてここの所続けていたゲリラ的な抵抗活動の戦果を計算しながら、次のクロノドライブ可能なポイントまで進んでいた所、銀河全体に向けられた広域通信が入ったのだ。

 

 

────抵抗を続けるEDENの異邦人どもに告ぐ。これ以上の抵抗は寛大な我々にも許容できない。服従か死を選んでもらおう

 

 

フォルテのそれは無機質で感情が全く見受けられないそれだった。前まではそれこそが彼女が本気で滅ぼそうとしていると判断する要因の1つになっていたが、リリィから報告された彼女の立場を知ると、必死に無心でいようとしているように聞こえるから不思議だ。

放送が始まった時点で念のために集められたルーンエンジェル隊も歯がゆい表情を浮かべてそのまま彼女の演説を聞いていた。

 

 

────EDEN人よ。帰りの船ぐらいは出してやろう。最も冥府へ続く船に自ら乗り込む自由はあるがな

 

その言葉を最後に通信は切れた。タクトはこの後どうするかを思考しようとエンジェル隊を振り返る。しかしそこには彼の予想と違ったものが1つあった。

 

「ん~~? プッツッ? だったのだ?」

 

「どうしたんだい? ナノナノ。難しい顔して」

 

それは一番無邪気であり明るいと言っても良いルーンエンジェル隊の最年少であるナノナノであった。そんな彼女が珍しく何かが引っ掛っているように考え込んでいたのだ。

 

 

「タクト。今の通信の最後の部分をもう1回流してほしいのだ」

 

「ああ、構わないよ」

 

「おい、ナノ。そんなことして何の意味があるんだよ」

 

「親分ちょっと静かにしてて欲しいのだ」

 

 

アニスもいつもと違うナノナノ様子に引っかかり問いかけるものの、ナノナノは真剣であった。彼女には違和感があったのだ。前の通信の時は偶然だと思ったが、今回の通信でその疑念は大きくなった。

 

 

「最後の3秒でいいのだ」

 

「あいよ。ココ」

 

「了解です」

 

────乗り込む自由はあるがな

 

その言葉で再び通信は終わる。そしてナノナノはその通信が終わった途端に目を大きく見開いた。

 

 

「やっぱりなのだ! プツン!じゃなくてプッツッツンになってるのだ!」

 

「ナノナノ、それはどういう事だい?」

 

「プディング少尉。それは通信の最後のノイズが通常の物ではないという事か?」

 

「そうなのだ! 他の通信と違って、先生の通信だけ変な終わり方するのだ!」

 

「おい、どういうことだよ!」

 

 

ナノナノの言い分は、フォルテの通信は終了するときのノイズが普通の通信と違うというのだ。正直タクトは他のエンジェル。それどころか全てのクルーがその違和感を持つことはなかった。

しかしナノナノは音を耳で聞いていない。彼女はあくまでナノマシン生命体であり音に関しても映像に関しても別処理を行っている。故に気づいたのである。

 

 

「3回の音が断続的になって終わる……という事かい?」

 

「そうなのだ! すごい短い時間に普通じゃしないような音がするのだ!」

 

「ココ解析お願い。楽人どう見る?」

 

「3つ……座標を表す暗号……場所を教えたいもの……まさかっ!」

 

「やはり、そう見るよね」

 

 

タクトは考え込んでいる楽人が自分と同じ結論に至った事を察した。3つの音で表せるようなものは少ない。しかし音を数字に置き換えたとしたならば?

 

 

「司令、不規則な3つの周波数出てきました」

 

「リリィ、セルダールのMAPを移すから、その数字を入力してくれ。EDEN式じゃなくてセルダールで元々使っていた方式でね」

 

「了解だ……これは……!」

 

 

そしてリリィに入力させて出てきたのは『ラグランジュ点の1つ』一見何も意味の無いものでしかない座標だが、彼女がこのような暗号を用いてまで伝えたかったもの。それを考えると、このポイントの価値がわかるであろう。

 

 

「ねぇリコ……これってまさか」

 

「はい、たぶん……」

 

「ここにあのクロノなんたらって爆弾があるって事か!」

 

「ああ……さすがフォルテだよ。やってくれるね」

 

「彼女の意思を無視して御せる人間はいないってことですよ司令」

 

 

タクトの手札にさらに1枚、しかも強力な切り札足り得るものが加わった。これで準備は整ったと言える。ここからは彼の反撃のターンだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて集まってもらったのは他でもないわ」

 

「Absoluteへの通信の断絶。これは流石に何かが起こっているとみるべきであろう」

 

EDENのジュノーにある会議室。そこに集まっていたのは任務のためにAbsoluteを一時的に離れていた者をはじめとする、Absolute関係者だ。会議のテーマは単純、Absoluteとの通信が断絶してしまっている事に関する対策会議だ。

 

 

「しかし、現状待つ以外には何もできる事はないぞ」

 

「まあ、司令そう苛立たないで下さいよ。ほら、ノアさん続けてください」

 

「いいわ、アルモ。事実だもの。だからこそ有事の際の備えをしておきましょうって会議よ」

 

 

そうAbsoluteはAbsolute側からしか解放できない。ゲートキーパーがいて、ある程度の事前準備があればこちら側からこじ開ける事もできるのだが、そのゲートキーパーごと締め出されてしまっている以上何もできないのだ。

 

 

「既に遊兵になってしまっているAbsolute駐留艦隊でローテーションを組んでゲートの前を警戒しているが……これ以上何か必要か?」

 

「ええ……最悪の最悪の場合『月』を動かすわ。そうしない為にもあの子たちを集めたから。エルシオールに入れておいてあげて」

 

「シャトル用の場所でいいんだったな。格納用に小さくなれるというのはやはり便利だな。ちとせが張り切って教習案を組んでいるぞ。することないからな今は」

 

 

そんな会話がEDENで話されていた。なにせ本当に最悪の場合、敵対的な先文明によって制圧されてしまっており、その場合は突然クロノクェイクを起こされる可能性すらあるのだ。ヴァル・ファスクへの報復が動機として掲げられてしまえばEDENとしては何も言えないし、そもそもメッセージを届けられない。

兎も角できる事は備える事だけであった。

 

 

「踏ん張りなさいよ。何が起きてるか分からないけど」

 

 

恐らく戦いに巻き込まれているであろう英雄たちを想いノアはそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルクシオールはピコとマジークの連合艦隊と合流し、ラグランジュ点の1つを目指す為、最短ではない迂回ルートをとっていた。恐らくいずれ察知されるが400の大艦隊だ。相手の方が数が上でも防衛戦を構築する必要がある。星という球体を守っている以上、攻めて側の方にむしろ戦場を決める主導権はあるのだ。

各艦隊との連携も既に話はついていた。精鋭艦────と言っても戦争の経験には乏しいが────をルクシオールの周りに配備しておき、後はひたすらに狭く厚く陣を敷くこと。10隻ほどの別働隊を作ること。これさえ守ればよいとタクトは宣言したのだ。ランファとヴァニラも何かしらの意図があるのであろうと納得し各陣営に通達し、後はセルダールにつくまでに各員が役割を遂行するだけであった。

 

 

当然のように局所戦における要となるエンジェル隊はテンションを高めるべく各々好きなように行動していた。目安として紋章機5機の編隊と最新鋭戦艦のルクシオールは1時間程逃げながら戦うのであれば100隻の艦を相手取っても問題はなかった。

しかし今回のは陣形を敷いている敵に突っ込む必要があるのだ。故にクロノクラスターを破壊することが彼女たちの仕事であり、そこまでルクシオールを辿りつけさせるのが戦略上の目標であった。

 

カズヤはリコのダイエットに巻き込まれた後食堂に来ていた。あんなに痩せているようにしか見えないのに、女の子は本当何故ダイエットをするのであろう? それはカズヤの長年の疑問であった。

甘い物を作る彼は美味しく食べた客が、ふと冷静になり自己嫌悪するのを何度も見てきた。別段太っているようには見えないし、少しくらい太った方が健康的で良いのになと、常々思っているのだ。

 

 

「馬鹿野郎。好きな人に少しでも可愛く思ってもらいたい。好きな人には羽のようだねって言われたい女性の気持ちがわからんのかお前は」

 

「そうはいってもさ。美味しそうに食べる女の子は見てるとこっちも幸せになるじゃないか」

 

「まぁ、それは同意だ。だからこそヘルシーな料理とかを作るのが良いんだよ。悟られないようにな。本当に山菜が好きなレディがどれだけいるのかね」

 

 

そんな話を丁度休憩だった様子で暇そうなランティとしているカズヤ。場所は厨房のバックヤード。午後の仕込みも終わりキッチンの責任者である彼もカズヤの来訪を歓迎していたのだ。

 

 

「にしても、リコちゃんとあんだけいちゃついときながら、まだそれ以上を求めるか、この野郎」

 

「そんなことはないよ……それにリコとはそんな関係じゃないし」

 

「ッケ! 恵まれている奴はその位じゃ満足できねぇってか!?」

 

 

カズヤからすれば十分容姿が整っており、料理の腕もピカ1。職業は軍艦の調理師と少々マイナスは付随するが肩書は立派。さらに女性にも優しい兄貴分のランティ・フィアドーネも、その僻み癖と軟派過ぎる点を直せば彼女の一人や二人は直ぐにできそうなのだと思うのだが。それは何度も口にしているが自覚がないのか治らないので仕方がない。

 

 

「それならさ、最近カルーアとテキーラが、なんか織旗中尉といい感じだけど。ランティ的にそれはいいの?」

 

「……お前何にもわかってないのな。いいか、お前はお菓子作りが上手いのと背が低い以外はすべて平均的な男だ」

 

「せ、背は関係ないだろ!」

 

 

カズヤ・シラナミの身長は160cmの16歳であり、平均規範からそれなりに外れて小さくあった。

 

 

「そんなお前が、運でエンジェル(可愛い女の子)たちと仲良くなるお仕事。しかも高給取りについて、実際にイチャイチャしてたらむかつくだろ」

 

「……うーん」

 

「あんま理解してないようだが、続けるぞ。織旗中尉は見ての通り軍人だ。経歴は軍事機密になってるが、それでもあの外見から察するに20代の半ば。それで中尉っていうのは士官学校卒じゃなかったら、よっぽどの実力が無きゃなれない。キャリアがあってもそれ自体が有能な証左だ」

 

「そうだね。僕たちの少尉の階級だって、幹部候補生の教育を受けた人が最初になる階級だし」

 

 

エンジェル隊という特務部隊である以上、ある程度の権威は必要であり、最低限の士官教育を追えれば少尉に任官するのだ。そのため脇が甘い所もあり、それもまた顔出しNGの一因になっていたのではないかという見方もある。

 

 

「それであの人の仕事ぶりだけど。有事以外は少し頼りない艦長の補佐を完璧にこなして、古参クルーとの連携もばっちり。軍人らしい格闘や捕縛技術は一通りマスターしていて、噂だと戦闘機の腕もあるそうじゃねーか。空いた時間は艦内の忙しい所の手伝いまでしてる。そんな人間がきれいなお姉さんの彼女がいてお前はずるいと思うのか?」

 

「確かに……思わなくないけど納得しちゃうね」

 

「そういうこった」

 

 

ランティはそう締めくくりながら、目の前にある自分のティーカップに手を伸ばす。香りを楽しもうと水面に視界を移すと自分の頭の上に影が差したのに気が付き、後ろを振り向く。

 

 

「面白い話をしているな。フィアドーネ。シラナミ少尉」

 

「お、織旗中尉! 」

 

「はは、スンマセン」

 

 

噂の織旗楽人その人であった。先ほどまで魔法研究室で水晶磨きの手伝いをしていたのだが、一区切りついたために厨房の手伝いでもしようかと赴いたのだ。尤も当てが外れた為にバックヤードに来ているのだが。

 

 

「いや、気分を害したわけではないから気にしないでくれ。それに堅くならなくても良い。エンジェル隊の今の仕事はリラックスすることだ」

 

「りょ、了解です」

 

「それじゃあ、許可も出たところ何で聞いちゃいますけど、どうなんすか? 実際の所テキーラ&カルーアとは」

 

ランティは元々民間の人間であり、料理の腕と女の子には等しく優しくあれという考えを艦長に気に入られて乗艦している。その為織旗楽人は『よく手伝ってくれる気さくな別部署の上司』という認識程度である。ルクシオールでなかったら問題になりそうだが、ルクシオールであるということが、半場軍では無い様なものなので問題ない。

 

 

「そうだな……ノーコメント。では面白くないか。エンジェル隊でなければ口説いていたかもしれないと言っておこう」

 

 

楽人らしからぬ発言であった。タクトがいないからこそ出た言葉なのかもしれない。ランティ・フィアドーネはある意味で対等な友人になりえる男だからなのかもしれない。

また誤解しがちだが、彼は格好良いことも、可愛いものも大好きなニンゲンだ。ナチュラルに異性の友人を可愛いと褒めちゃう奴でもある。意識しなければ、普通にいける口なのだ。本番に弱いが。

 

 

「マジすか。それって逆に言うと今は特にそう言うのはっていう事すか?」

 

「まあ、そんなところだ……せっかくだからEDENにおいて、エンジェル隊がどれだけのタイトルなのかを説明しようか」

 

 

その言葉にカズヤは少しトリップしていた意識を戻して話を聞く態勢を作った。それは直感的であるが、目の前にいる織旗楽人という人物の自分への態度に関する物だと思ったからだ。

そう、カズヤ自身、エンジェル隊という名前の大きさは大まかに知ってはいる。しかし実感が伴ってこないのだ。リコに尋ねてもお姉ちゃんは凄いんですと。妹フィルターがかかった意見しか聞こえてこない。タクトやココに聞いても自分たちで考えるべきだと突き放されてしまうのだ。

現存する最も長く続いている皇室がいかに凄いか。それを説明しても歴史に興味のない人は凄そうだなぁという感想が限度なのと同じだ。

 

 

「まず、これから話すのはルーンではなく、ムーンエンジェル隊についてだ。彼女たちは元々月の聖母の近衛隊という位置づけだった」

 

「月の聖母というと、確かEDENの信仰対象っすよね?」

 

「厳密にはトランスバール皇国だ。NEUEの人間にはまとめてEDENと名乗っているが、文化や歴史にかなり差がある。まあ、セルダールとマジーク程には差があるかな。おおよそ3つの文化があるのだ」

 

 

白き月の聖母を崇めるという行為、そう言った思想は未だに皇国民に根付いていた。日々のテクノロジー全てが白き月から実際にもたらされているのだ。白き月は神であり、その神の代弁者たる聖母が信仰の対象になるのはおかしな話ではない。

 

 

「エンジェル隊は元々殆ど名誉職だった。月の聖母は非常に美しい方であったが、似顔絵が残っていない程に外に出る事をしなかったからだ。そもそもその白き月という天体自体が研究所であり神殿のような場所だったからな」

 

「ああ、絶世の美女だと聞いてますよ。俺も会ってみたいっすね」

 

「非常に御美しく御優しい方だ。まさに聖母というのに相応しい」

 

「え、中尉あったことあるんですか?」

 

 

カズヤがそうこぼすものの、楽人は無視して続ける。答えられないからである。直ぐにカズヤも察したが。

 

 

「聖母を守ることが仕事ではあったが、実際のエンジェル隊は遺産発掘隊の護衛や、危険な過去のテクノロジーの護送といった仕事が主であった。研究員であった者もいるが、基本的には名誉職で雑用だったんだ」

 

「ああ……なる程、尊敬はされていたし、貴重だったけど重用されていたわけじゃない。そんな部隊が銀河を救っちゃったと」

 

「そうだ。いくつかの戦争を潜り抜け、彼女たちは本当の意味での『天使(神の使い)』になったんだ」

 

 

結果を見てから理由をつけるとしたならば。エンジェル隊は解散せざるを得なかった。それは聖母という『月』と人の間にあった仲介者よりも、『月』の力を使い人を守る『天使』になってしまったからだ。それはエンジェル隊を『白き月神話』の1部としていた今までの体制が崩れてしまう事に他ならなかった。

的確に一致する事例はないが、創造神という偉大な父がいるとして、それの教えを用いてあまねく地上を導いていた予言者。その予言者を信仰するという形の宗教があったが。その予言者の母を信仰するようになったものもある。このケースにおいては実際に奇跡を起こしてしまい、その予言者と同等以上の恩恵を人々に与えたのである。

 

そうなれば、今後EDENという集合体になり異文化を受け入れる中で、内輪においても信仰がまとまっていない非常に面倒な事になってしまう。宗教と武力が絡み拗れるとどうなるかは察せるだろう。

 

そして月の聖母への信仰心が薄れる事はある程度の識者には1つの事と同義であった。

 

────女皇陛下の威信の減衰

 

まだ秘密であるが、彼女にはそれをいずれ公表する準備があった。その際自分は女皇であるが独立した権力ではなく、あくまで最高意思決定者としての位置につく予定であったのだ。

 

長くなってしまったが、エンジェル隊信仰という物が生まれてしまい、それは火種になりえたのだ。故に解散し今でも銀河のために働いているとした。そう言った裏側の事情があったのである。

 

 

「それなのにエンジェルという名前を再び使ったのは、この先にまた大きな戦いの可能性があると見ているからだ」

 

「それって……相当不味い話なんじゃ」

 

「いや、所詮はオカルト的な理論だ。そう言った筋の雑誌ではずっと言われている。まあ、願掛けの意味もあるのだよ。エンジェル隊という看板を背負ったのなら偉大なことを成し遂げるであろう、というな」

 

「そうだったんですか……それじゃあ、中尉は僕の事が」

 

「別に嫌いだという事はないただ『気に食わない』だけだった。今はまあ、今後に期待はしてみようとは思っているぞ」

 

 

楽人は内心をそう吐露した。カズヤもなんとなくだが納得した。エンジェル隊というのは人々の心の拠り所。希望の代名詞であり、その一員に特に秀でた能力はなく、運で選ばれてしまった自分。それを歴戦の軍人が気にいるであろうか? 知人が勝手に応募してしまって……という理由が受けるのはそれこそアイドルのオーディションでしかない。

 

誰だって自分が信仰している神様の末席に「なんで僕が!?」とか言いながら未熟な面を見せる者が加わったならば抵抗があるであろう。もっと落とし込むのならば好きな原作のアニメ化にオリジナルキャラが追加され、それがあーでもないこーでもないと話をややこしくしている。そんなところか。

 

そして、カズヤはそこで自分の気持ちに気づくところがあった。

 

(ああ、そうか……僕は『選ばれたのは運だから』 って言い訳してたのかもしれない)

 

上手く行かなくても、仕方がない。そんな気持ちが彼のどこかに合った。勿論全力でやっていたし、今まで順調だった。しかし今後全力を尽くしてそれでもだめだった場合、所詮自分は運で選ばれた人間だから仕方がないと、最後の最後で踏ん張れなかった可能性は否めない。

 

(そうか、この人凄く遠まわしだけど『エンジェル隊の名前に誇りを持て』って言ってるんだ)

 

そう言う事である。カズヤはきっと目の前の織旗楽人という人物もエンジェル隊を信仰する人間の一人なのだろうな。そう思った。そしてその不器用さに笑った。

 

 

「まあ、そう言ったエンジェル隊である以上、彼女たちはテンションの管理の義務がある。些細な痴話げんかで紋章機の性能が1/10になることだってあり得るんだ」

 

「ああ、だから今はってことすか。確かに絶対にご機嫌取りしなくちゃいけないってのは……いやそれでもあのレベルの娘なら……」

 

「喧嘩して減る戦力を、物理的な破損に置き換えるのならば、即刻銃殺と言うレベルの損害になってしまうのだぞ?」

 

 

先ほどの発言にそう補足する楽人と考え込み始めるランティ。カズヤは決意を新たにする。まずは自分のできる事をしよう。そう思い立ったのだ。

 

 

「中尉! お話ありがとうございました! 僕はみんなの調子を見てきます! 」

 

「ああ、それがいいさ。私も失礼させてもらおう。先ほど呼び出しが入ったものでね」

 

 

そうして突発的な男3人の本音トークは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────中尉! なぜです! それが最善だという事は承知のはずです!」

 

「シャーベット中尉。彼はこの艦にいない。そう言う事になっている」

 

「しかし、セルダールの民を救うには貴方の力が! 」

 

 

場所は司令室。ミーティングルームやブリッジと同じで入るのには権限および内部からの許可がいる場所だ。防音もしっかりしているためにこの場にいる人間にしか会話が耳に入ることはない。タクトとココは二人のやり取りを見詰めながらやはりこうなったかと内心ため息をついていた。

 

織旗楽人。その正体を知っている者は銀河でも十数名しか存在しない。ここにいる本人を含めた4名は『確証』をもっているこの艦の人間全てであった。織旗楽人の正体である人物は、こういった非常事態において抜群の対応力を持つ人物であり、それを知るリリィは直ぐにでもセルダール解放の為に力を貸してもらうつもりであった。

しかしながら告げられた言葉は無情にもNo. 一切表情を変えずに断られてしまったのだ。これは別に楽人がリリィの事を嫌っているわけではない。むしろ剣を交える際にお互いの実力を感じ取り尊敬しあってすらいる間柄だ。

 

 

「これは軍の決定なのだ。『余程の事が無い限り』私の存在は伏せられるべきだと」

 

「その余程のことが今起こっているではないですか!」

 

 

NEUEのいう銀河を揺るがすクーデターだ、一大事であることは事実であろう。しかしこのNEUEという戦場にヴェレルという黒幕はいるが、未だ刃の届く位置ではなかった。

 

 

「私はもともと反対でした。貴方の存在があれば我々は油断してしまう。それが心の成長の阻害になる。確かにその可能性はあったかもしれませんが、目標であり、刺激として最適な手本にもなりえた筈です」

 

「それは同意する。私だって好きでこのようなまどろっこしい恰好しているわけではない。だが」

 

そう言って楽人は横を見る。その目線の先にはあきれた表情を浮かべるタクトと、苦笑するココがいた。

 

 

「リリィ、オレの勘が言ってるんだ。まだこのカードを切るべきじゃないって。今は1機が増えたところで意味が無いってね」

 

「そんな、直感がッ!」

 

「意味があるのだよ、シャーベット中尉。そうでなくとも現状の戦力でセルダールの解放は可能であると司令は見ていられるのだ。問題はその先Absoluteを抑えられているという事だ」

 

 

そういくらNEUEを救った所で『敵の兵器入手先』があるAbsoluteの『方向』を抑えられてしまえば、何度でもこう言った事が起こり得るのだ。その為にはヴェレルを討ち因果関係を明らかにする必要がある。

織旗楽人というカードが1度だけ戦術的に非常に有意になる、その後は継続的に少し有意になる。そう言った特性を持っているとしたならば、最後まで取っておくべき切り札の1つだ。セルダール解放してすべて解決ではない以上今が解放の時ではない。現状の戦力でも十分戦うことができる。タクトはそう見ているのだ。

 

 

「司令の決定には従わなきゃだめよ?」

 

「それは承知だが……」

 

 

それを告げてもまだ納得した様子がないリリィ。彼女からすれば故郷である星も、主君である人も全て抑えられているのだ。猫の手程の助力でも欲しい。そして目の前にあるのはネコの手なんてものじゃない、鬼『と』金棒だ。ならば求めるのは当然であろう。

まだ折れないリリィに楽人は仕方なくタクトから事前に入れ知恵されていた事を実行することにした。誠に遺憾ではあったが。

 

 

「決して君が虎視眈々と私の機体を狙っているといった私的な理由から拒絶しているのではない。決してな」

 

「っな! 中尉! それは……そのNGだ! そのような理由で拒絶されるいわれはない! それとまた今度乗せていただきたい! 中尉の乗り心地は最高なのだ!」

 

「剣士の君が狙撃用の機体に乗っている事は、少々不憫に思うが、あれは私の愛機だ。そう簡単には渡せない。また正体を暴かれる可能性につながるために、シミュレーターも禁止だ」

 

「それはあまりにも殺生だぞ! 中尉!」

 

 

タクト命名。おちょくって空気を壊そう大作戦。

別に彼にも思う所があったとかそう言うのではない。決して自分より早く正確に攻撃を当てる事に成功したことを妬んだわけではない。軌道制御ではまだまだこちらに一日の長があるし。

 

そう自分に言い訳しながら、コロコロ表情を変えてこちらに詰め寄るリリィの対応に追われるのであった。

 

 

そしてそんな平和なときは終わりを迎え 

決戦が始まる。

 

 

 

 

 

400と少しのセルダール解放艦隊と700を少し下回る革命軍が相対したのはセルダールにほど近い宙域であった。タクトや真実を知る一部の物からは敵の布陣がひたすらにクロノクラスターを守るために何重にも分厚く張られている事を見抜いていた。

恐らく敵はフォルテの内通を疑うか不運を嘆いているのであろう。しかしフォルテの残した暗号に気づくことは早々ないであろう。ここまでは恐らくフォルテの予想通りだ。

 

 

「それにしても司令」

 

「なんだいココ?」

 

「いえ、随分思い切ったなって。最短ルートを艦隊で進行させて、ルクシオールだけでクロノクラスターに奇襲をかけるのかと思いました」

 

「んー、まあ悪くないけど、その場合フォルテが危ない気がしてね」

 

 

敵の弁慶の泣き所がわかった時点で、幾つか策を考えた。作戦会議ではタクトに任せると言われたので、あえてココの提案しているその案を採用しなかったのだ。敵はルクシオールを特別視している。ルクシオールが戦場になかった時点で、フォルテが何かしらの裏切りを働いたと判断し、彼女を害する可能性は十分あり得た。

 

 

「たぶん、フォルテは本気で殺しに来る。そこに一切の手加減はない。だから俺は裏切り者のフォルテ・シュトーレンを正面から撃ち倒すEDENの英雄タクト・マイヤーズにならなくちゃいけない。誰が見てもそう思えるね」

 

「敵に悟られないようにするためですか」

 

「敵を騙すには味方からじゃなくて、敵の味方を騙すには敵から。ってことさ」

 

 

フォルテを見捨てるのならば、より安全性の高い策をとれたかもしれない。しかしそれでは意味が無いのだ。彼女が裏切りの末、背後から撃たれ戦死という不名誉な最期で終わる訳にはいかない。ならば勝てばよいのだ。敵がフォルテの内通に気づいた時には既に遅い状況にしてやるのだ。

 

「マイヤーズ司令」

 

「これは、キャラウェイ女史。作戦の確認ですか?」

 

「はい、要請の通り我がマジーク艦隊と、ピコの艦隊は中央に集中する様に配置しております」

 

「はい、それで問題はありません。あの強固な守りは、一見堅そうに見えても『破られることを考えていない』のです」

 

 

フォルテが敷いた陣は数にものを言わせた陣形だった。防御力殲滅力に秀でたそれは下策ではない。しかし艦を集中させて遊びを無くしている以上。一度崩れたら総崩れになるというリスクを孕んでいた。それをさせないために、堅い中央で受け止め、薄い両翼で包囲殲滅ができるといった対応策はとっていたが。

 

 

「我慢比べになります。シールド艦もローテーションを組んでもらい敵の中央での決戦に挑み、数隻で無理矢理抜き去ります。その後ルクシオールはクロノクラスターの破壊に、艦隊は背後からの挟撃に移行する。シンプルな作戦です」

 

 

力比べ。それがタクトの出した結論だった。数で劣る以上長期戦になれば最悪。短期決戦を挑むべきであり、接着面積当たりで戦える数は密集してしまえば大差はない。もちろん、体力で勝る敵に正面からの殴り合いだけの、ノープランではないが。

 

 

「それでは、間もなく作戦開始です。お互いに幸運を祈ります」

 

「ええ、よろしくお願いします。NEUEの民としてセルダールを救う闘いの助力、あらためて感謝いたします」

 

 

そうしてタクトは閉じたウィンドウから、目の前のスクリーンに映る無数の艦隊を睥睨する。今まで戦ったどんな敵よりも恐ろしく思える、そんな威圧感があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げずに来たようだね。だがどうやら死に場所を探しているようだ」

 

「そっちこそ。オレが来るまでに財産を接収して撤収してるかと思ったけどね」

 

 

冷たい目で睨みつけて来るフォルテと、いつもと変わらない閉まらない笑みを浮かべるタクト。少なくともフォルテに仏心を出すような雰囲気があるようには見えなかった。

 

 

「まさか、おちゃらけ司令を怖がるなんて、臆病な奴だけさ」

 

「裏切り者の言葉なんて聞いても意味ないよ、フォルテ。一回畳んであげるからその後反省するんだね」

 

 

そう言いながらタクトは少しの間隔を明けながら指を『3度』鳴らした。戦いのゴングだとでも言いたいのであろうか。フォルテの後ろにいる督戦隊の一人はその合図を見てそう思った。それ程優雅で挑発的な行動だったからだ。知りたくもないがあれがEDENのスタイルなのであろうと。しかしフォルテには真意が伝わっていた。

 

(やはり、気づいてたんだね。タクト頼んだよ)

 

 

その瞬間、お互いの最前衛が砲撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

世紀の決戦ではあるが、そこには目覚めるような活躍をする部隊も、舌を巻いてしまうような奇策もなかった。原始的な取っ組み合いのような正面衝突だったのだ。

 

 

「左翼! 遅れているぞ! 援護射撃と可能であれば中央との吸収を急げ!!」

 

「上方にいるマジーク艦隊、7隻が戦闘不能です!」

 

「後続の衛生艦との合流を急げ! 兎に角中央突破だ! 敵の両翼は大した脅威じゃない、側面シールド艦隊は恐れるな!」

 

ルクシオール率いる艦隊は自然な形で突出し始めていた。元々中央程精鋭であったために当然であろう。ただでさえ1点に集中していた集団がさらに細く鋭く伸びるのだ。例えるなら皮がむけて細くなっていくタケノコのようにだ。しかしそれは攻撃がより集中すること同義であった。

 

 

「まだ、飛び出るな! 速度を同調させて、この速度を相手に『慣れさせるんだ!』」

 

「「────了解!」」

 

それでもギリギリまで耐える必要があった。ルクシオールだけでの突破は無理なのだから。局面では有意だが全体的には不利という状況に解放軍艦隊はあった。

 

 

 

 

「シュトーレン! 手を抜いているのではないか!? 押されているぞ!」

 

「煩い! 死にたくなきゃ黙ってな! 右の部隊は囮だ! 中央との結びつきを割くように攻撃! 兎に角分割して各個撃破だ!」

 

しかし、それは敵側からも同じであった。彼等からすれば中央を抜けられさえしなければよいのだ。いくつかの部分で勝っても意味が無い。時間をかければ両翼で殲滅は出来るが、中央を抜けられてはたまったものではない。

 

「っく! 旗艦につけている軍で戦線を補強するぞ! このままじゃ抜かれる!」

 

「なんだとっ! それではこの艦は誰が守る!!」

 

「どのみち抜かれたら負けなんだ! グダグダ言ってんじゃないよ! 護衛艦の指揮権はアンタにあるんだ! 死にたいなら勝手に『玩具』に囲まれてな! 敵の衛生艦が近づいてくる、優先してねらえ!」

 

 

督戦隊の男は自己顕示欲の強い偉ぶった臆病者であった。自分を守る戦力は惜しい、だが、ここで自分を守って負けては意味が無い。苦渋の決断で部隊を中央に向けさせた。まるで自らの命を賭けて世界を救う英雄のような自己陶酔と共に。

 

そんな小さな男のくだらない決断を尻目にフォルテは本気でタクトを殺そうとしていた。監視の目は後ろの男だけじゃない、あの『羽の生えたジジイ』からも向けられている。あのジジイは軍略の知識もあるのだ。下手は打てない。

 

それでも彼女は願っていた。英雄がこの邪悪な自分の策を破ってくれることを。

 

 

「よし! 分隊に支援を要請しろ!」

 

「了解! 15秒後に到達予定です!」

 

「展開したらその場で旋回行動を取るようにと通達! もちろん、危なくなったら逃げろともね」

 

タクトは機を逃さず次の札を切った。敵の主力級が動いた気配を感じ取ったのだ。

 

それは、コスト辺りのリターンが最も大きい策、シンプルで居て大胆。そして何より稚拙なものだ。

 

その名もブラフ。ようはハッタリだ。

 

 

「でも司令、フォルテさんにはすぐばれてしまうのでは?」

 

「それでいいんだ、ばれても問題ない、フォルテにはね?」

 

 

タクトは不敵にそう笑った。

 

 

 

 

 

 

「あれは囮だ! 気にしないように通達しろ!」

 

「だ、だが、敵は策略家と聞く。裏があるのじゃないか!?」

 

「そう思わせるのが狙いなんだよ!」

 

 

そう、フォルテがいかに通達しようと、受け取った本人たちが納得しなければ、意識は割かれてしまう。そこまで多くの人間がこの無人艦隊を率いているわけで無い。だが指揮官の中に臆病な人間が居たとしたならば?

敵の英雄がなんぼのものだ! と全員が断じられるわけでは無い。EDENが脅威だからこそ、排斥している人間もいるわけで。必然のように動きが鈍る隊が出てくる。

 

意識を天頂方向の別働隊に割かれてしまっては、目の前の敵に集中出来なければ、そこを敵の起点にされてしまう。

 

 

タクトの策は、見破られていても意味がある、自身の名声を利用したものだったのだ。

 

 

 

 

 

「目標地点まで、距離6000!」

 

「4000になったら急加速だ! 総員! 捕まれぇぇぇ!!」

 

 

そんな策を弄しても、ルクシオール と共に目標に来れたのは50隻にも満たない艦だった。しかしそれでも1割以上がポイントに到達したのだ。敵のど真ん中を少し抜け、此処からは敵の密度は下り坂の場所までに。

 

 

「4000! スラスター全開!!」

 

「いっけぇぇええ!」

 

 

そうして、ルクシオールは急激な加速と共に、残りの敵集団そのものを抜き去った。艦の周り2000には敵影が無い、そんな戦場の中の空間。目の前には触れそうなほどの距離に目標のクロノクラスター。

 

 

「ルーンエンジェル隊! 出撃!!」

 

「了解!!」

 

それはつまり、紋章機の間合い。エンジェルたちのダンスフロアなのであった。

闘いの流れが切り替わったのを戦場にいる者達は感じていた。

 

 

 




解散に関してはオリ設定です。
捕捉するなら 白き月信仰だけじゃ縛れなくなった民衆が
エンジェル隊を神聖視しすぎないように
自らの足で歩けるように 意識誘導の第一歩的な?


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第11話 成就/上手

 

 

 

 

「状況開始だ! 各機散開し目標に急げ!」

 

────了解!

 

 

カズヤはそう言うと自らも合体しているクロスキャリバーとブレイブハートの制御に入った。戦闘は中盤から終盤に差し掛かっているところか、自分たちの役目はこの宙域の全てのクラストブレイカーを破壊する事。

そしてこの行動の成否こそが戦闘全体の流れを決めると言えよう。既に敵側にも狙いは仕掛けられている爆弾だと悟られている。慌てて気づいた敵を囮と正面突破の緩急をつけて突破し、何とか解除できる場所まで来たのだ。足止めが利いているうちに破壊しなければならない。

 

 

「時間との勝負だ! アニスは先行して左の目標を! リリィさんは右の目標の狙撃をお願いします。ナノナノはアニスの支援、テキーラはリリィさんに近づく敵を片端から頼む!」

 

「へへっ! 任せときな! 行くぞナノ! 遅れるなよ!」

 

「ガッテンなのだ! 親分の事は任せるのだカズヤ! 」

 

「OKだ! イーグルゲイザーも最高の機体だという事をカズヤにも見せてやろう! 」

 

「了解よー! シャーベット後ろは任せておきなさい」

 

「行きましょう! カズヤさん!」

 

 

ルーンエンジェル隊の調子は上々。彼女達は問題なくミッションをこなせるであろう。現在5+1機編成の彼女たちは比較的バランスが良い特化型機体の集まりだ。

クロスキャリバーは万能型だがラッキースター程の爆発力はない。レリックレイダーは高速型だが装甲は薄い。スペルキャスターは中距離戦や索敵が得意だが接近戦は不得手だ。ファーストエイダーは修復ができる機体だが火力が低い。イーグルゲイザーは遠距離狙撃ができるが、旋回性能に難がある。ムーンエンジェル隊におけるフォルテのハッピートリガーのような火力重装甲機体が無い為に火力と局所戦に難があるというチームとしての弱点がある。

しかし、それを覆せるのが合体紋章機だ。その状況で最も必要とされる能力を飛躍的に伸ばし対応力を上げる事ができるのだ。ブレイブハートこそがまさにチームの中核であるのだ。

 

 

「うん! 行こうリコ! 教官を、セルダールを救うんだ!」

 

 

そのパイロット、カズヤ・シラナミ率いるルーンエンジェル隊の華々しい活躍の第一歩はここから始まったと言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう! タクトの指示はわかるけど、もどかしいわね!」

 

「自分の手足のように動かせた紋章機が懐かしいです」

 

 

同じ戦場別の領域。紋章機たちが戦う場所へと敵の陣形に空けた穴。それが閉じないように維持するのがヴァニラとランファに与えられたタクトからの指示だった。別段奇策を用いて状況を覆すのではない。紋章機の戦闘のように矢継に敵を屠り、反撃でこちらのシールドが削られるといった時間との闘いでもない。

彼女たちがしているのは、任されている艦を使った境界線の押し引きだ。戦えなくなった艦は可能な限り退かせているが、基本的には2を失った後に3を取るのを繰り返しているだけだ。

連携した火線で敵の弱い所を叩き、連携を乱していく。紋章機同士での戦闘が肉体を使った殴り合いならば、これは自分の操縦するラジコンで戦っているようなものか。そのラジコンの中にも人は載っているためにそれなりに思い通りには動く。しかしタイムラグやニュアンスのずれといった物があり、二人は非常にもどかしさを覚えているのだ。

 

 

「しかし、これも必要なことです。努力いたしましょう」

 

「そうね、ヴァニラ。まぁ向こうも混乱しているみたいだし、言うほど辛くはないのが幸いね」

 

 

彼女たちにも勿論複雑な思いがあった。敵はAbsoluteの末裔のヴェレル。フォルテを脅し従わせているのは事実であり、そしておそらくミルフィーも奴の手に落ちているであろう。

戦友が2人も敵の手中にあるという状況で、表面的には少し心配をしているといった程度までしか変化しない二人はそれでも、この戦いに即急でけりをつける必要があると考えていた。

 

 

そして彼女たちの望みは叶えられる。新しい天使たちによって。自分たちの意思を継いだ後輩たちの活躍で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! どういう事だ! なぜクラストブレイカーの位置がばれていた! 」

 

 

快進撃を片方が続けるのならば、相対している側としては聞きたくもない現実が目の前を覆い尽くしていくのは道理だ。フォルテの後ろにいた督戦隊の男は数で勝っている自軍が、相手よりも速い速度で戦力を低下させていくのを知らせるスクリーンを信じられない目で見ていた。

いやそれだけならば良かったのかもしれない。自分たちの崇高な誓いに若干の汚点を残すが、脅迫という手を取ることで強制的に勝利することのできる『ジョーカー』を彼らは持っていたのだから。

そういたのだ。現在彼の目に映るのは極秘であったクロノクラスターの周囲に展開し順調に破壊して回る紋章機の姿なのだから。

 

 

「さてね。アンタら程度があのEDENの英雄『達』を出し抜けるわけが無かったことじゃないかい?」

 

「ック! 貴様ぁ!」

 

「別にアタシと一緒に死にたいのならいいけど。早く逃げないとここまで攻撃が来るよ?」

 

 

激情した男だが、自分の命を守ることに関しては一級品なのか、フォルテに向かって去り際に射抜くような視線を送ると、すぐさま緊急脱出用の艇に乗り込みに走った。それをしっかり確認した彼女はルクシオールに通信を送った。

 

 

「おいタクト、降参さね。頼むから殺さないでくれよ? アタシゃ大事な証人だからね」

 

 

 

 

フォルテの通信を受けたタクトはすぐさま艦隊の進路を反転。既に統率を失った無人艦たちを尻目に、Absoluteへのゲートへと急いだ。元を断たねばならない。その思いが彼らを迅速に動かしていた。

 

しかし、戦場をクラストブレイカーの破壊優先の位置に定めた。いや定めるように仕向けられたのが、問題だったのだ。

 

 

「タクト・マイヤーズよ。流石だな。出来ればかつての中心であったNEUEこそ欲しかったのだがな」

 

 

ルクシオールに通信をつなげてきたのはゲートの近くにぽつんと1隻だけいた艦であり、搭乗していたのはヴェレル────この騒動の黒幕であった。追いこまれた状況でありながらも一切の余裕を崩さないのは、その位置取りのせいであろう。

 

 

「ヴェレル!! 」

 

 

タクトは直ぐに意図を察して呼び止めるように叫んだ。しかしそれは全てが遅すぎた。彼がすることは数キロメートルを移動しながらボタンを1つ押すだけ。対してこちらは十万kmを追いついて破壊する必要があった。間に合うはずが無かったのだ。

 

 

「ククク、さらばだタクト・マイヤーズ。貴様の天使は死ぬまで使ってやる」

 

 

ヴェレルはそう言うと、無人艦の全てをその場で爆発させた。タクトからすればその行為は何度もされた最後っ屁であるが、問題はその後だ。こっちの足並みが乱れたことも問題ない、速度の関係ですでに単艦で駆けていたからだ。

そう、ヴェレルはこの宙域からではなく、この銀河から撤退したのだ。そしてそれと同時に解放されていたゲートは閉じられてしまったのである。

 

ゲートを開放できるのはゲートキーパーだけ。

ゲートキーパーは銀河にミルフィーユ・桜葉しか確認されていない。

 

 

「畜生! やられた! クロノクラスター自体がやはり餌だったか!」

 

 

ルクシオールは既存の方法によってAbsolute、ひいてはEDENへと帰還する方法を失い、締め出されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織旗楽人は自分のスタミナが無尽蔵ではないことを自覚している。もちろん人の数倍はタフだという自覚もある。24時間走り続けても息が乱れないし、48時間書類と格闘しても瞼の重さは変わらない。ただ起きているだけならば100時間程度の活動が可能だ。

だからこそ、彼は自分が追いつめられているのをひしひしと感じていた。

 

あの戦闘が決着した後。こちら側の被害も0ではなかったために再編作業をこなす必要があった。当然各地から戦力を持ってきているために、元の場所に戻し健全な活動をさせる必要もあった。もっと言うと残党が多くはないが一定数いるのでその処理にあたる部隊も必要だった。それらの編成作業をこなしたのは彼自身だ。エキスパートが少ないのと忙しいのでほぼ全部を一人でこなした。ミスをすると人が死ぬ繊細な作業である。

 

そんな編成作業を彼は滞りなくこなしている間、フォルテ・シュトレーンがルクシオールに帰還した。いや連行されたと言っても過言ではなかろう。彼女がしたことは動機に情状酌量の余地があっても、直ぐに許されるようなものではない。

彼女は彼女の知る全ての事柄に関して丁寧に説明したらしい。その場に彼は立ち会っていないので伝聞であるが。判明したことはやはりヴェレルが糸を引いている事。彼に賛同して従っているのはEDEN排斥派であること。Absoluteは既に奴の手に落ちている事。とあまりポジティブなものではなかった。

そんな彼女に下された処分はとりあえずの保留。EDEN軍側からは最高責任者が現状タクトであり『自分には決めかねるような重大な案件だ』とすっとぼけたのである。セルダール側からはこの混乱が収まった後に改めて処罰が要求されるという運びになった。

 

ルーンエンジェル隊を含む多くのルクシオールクルー。特にEDEN出身の者の落胆は大きく、通常業務にもミスが目立っている。雰囲気は沈んでいっているあまり良くない状況だ。

 

その中で先にも述べた通り織旗楽人は、非常に多くの繊細な業務を進行させながら、艦内のクルーのフォローをしながら、さらに通常業務としてタクト・マイヤーズの仕事も肩代わりしていた。

タクトはフォルテの件と今後についてセルダールやマジークとの意見調整の会議に出席したり、珍しく公の場で現状を説明して民意を安定させたりなどの、EDENの顔役としての英雄の仕事が多かったのだ。

 

楽人にもオーバーワークだった理由は精神的な負担があったのが大きい。仕事の合間にエンジェル隊が訪ねて来て、ストレス発散に付き合えだの、金を貸してほしいだの、機体に乗せてほしいだの、女の子の気持ちが分からないのでどうすればいいだの、お姉ちゃんが心配だの。そんな相談や要求がきたのだ。

信頼されているのは嬉しくはあるものの、この疲れた状況に来られると辛いものがある。かといって無下にして現在不安定なテンションを下げる訳にもいかなかったのだ。

 

 

だからこそ、限界が見えていた彼こそが、今後一先ず休暇をとるという方針が打ち立てられた時に喜んだ人物であろう。

ルクシオールはホッコリーというリゾート衛星にしばらく停泊するそうだ。それに合わせて流石の彼も休暇を申請した。艦が止まっているのならば、彼の仕事は格段に減る。そのわずかなものを可能な限り今こなしておき、残りは申し訳ないがブリッジクルーなどに交代でこなしてもらうようにして、停泊中の日程全てに無理やりねじ込んだ。

権限も使ったが、彼に不満を持つ人物はいなかった。仕事を押し付けられた側は今までの恩返しだと不満を漏らすことなく張り切って見せ、人事担当の事務職員からは、ようやっと監査の時に指摘を受ける心配が減ると感謝されたくらいだ。

 

そして休暇が取れた後に、彼は普段は絶対にしないようなことをした。それは散財である。リゾート衛星は簡単に言うと常夏の楽園だ。ハワイに近いものをイメージしてもらえばよい。それが星の規模であるのだ。彼は疲れていたのだ。

姿を偽っている事やら、部下からの愚痴やら、日々の業務や、人間関係やら、女性に。だから彼は貸し切りで宿をとったのだ。目的に定めているホテルのある島とそこの周辺の島々の全ての宿泊施設を。

幸いだったのは戦争中で予約キャンセルが乱立していた事であろう。彼が選んだ島は無人島で宿泊施設もレジャー施設もすべて機械が担当している場所だ。

 

これで漸く羽を伸ばせる。彼はそう確信していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、カズヤ頑張ってね」

 

「しっかりやるんだよ」

 

「は、はい!」

 

 

タクトとフォルテのその言葉にカズヤは緊張した面持ちを隠さずに退出した。場所は司令室、他のエンジェル隊のメンバーは1時間の自室待機を命じられている中、カズヤは呼び出されていたのだ。

それはタクトからのちょっとしたご褒美だった。ここまで頑張ってきた、セルダール解放の立役者であるカズヤに、リゾート衛星ホッコリーへのスペシャリティチケットをプレゼントしたのである。これはあらゆる施設やレジャーを無料かつ最優先で利用できるチケットである。提供元はブラマンシュ商会だ。

その際にエンジェルの誰か(という建前であの娘)を誘うように彼に厳命したのである。ちなみにフォルテからは、そのまま誘うんじゃ格好がつかないだろうと、花束を渡されている。

 

 

「いやー、頑張った子にはご褒美が無いとね」

 

「それに関しては同意するよ。だがもう一人の方には何もないのかい?」

 

 

タクトは連日の会議で何とか今後の方針を打ち立てた。ルクシオールは中核戦力として今まで酷使した分、メンテナンスおよび人員の休暇だが、セルダール連合としてはゲートの近辺に防衛戦を置き、こちらから開いて攻めるというものだ。

敵が引いたのだから、もう良いではないかという意見も出たが『敵が100万の艦を用意して再び攻めてこない保証があるのですか?』というタクトの意見の前には黙った。何よりもタクトの追い風になったのは、古代の文献やセルダール王家の伝承にゲートを開放した記録が残っていたという事だ。現在研究チームが組まれ急ピッチで解析中であり、その期間が大凡ルクシオールの休暇なのである。

 

 

「あいつは、なんか勝手に休もうとしてるからなぁ」

 

「おいおいタクト。アタシが言うのもアレだが、どうせ仕事の殆どを押し付けていたんだろ?」

 

「まぁ、それはオレだしね! でもホッコリーの土も踏めないんだぜ? オレ」

 

 

緊急時に備えるというよりは、各所からの軍事的な指示に対する処理をするためにHQとしての役割がルクシオールにはあった。先に楽人が配備した残党狩りなどにも指示を出す必要がある為にタクトは艦に残る必要があったのだ。

ココに言わせればむしろ当然の職務です。ということだが、目の前にご馳走があって食べられないのに、自分の部下がそれを食べるために、いの一番に仕事を他人に任せたというのはいただけなかった。

 

 

「でもまあ、オレは優しいからさ。ほら」

 

「タクト……流石にそれはアイツが気の毒だよ」

 

「それがそうでもないんだなぁ……実はさ、この中にあいつの本命がいてさ」

 

「ほほう? 詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 

タクトの画面に映っていたもの、それは指令書だった。ルーンエンジェル隊から4名を織旗楽人中尉の周辺警護として、休暇中『タクト・マイヤーズの指揮下』で彼の近くで行動を共にしろというものであった。

 

 

「たぶん、苛立ちとオレに対する怒りと、微妙に嬉しい気持ちで複雑な葛藤が生まれるだろうね」

 

「ったく、素直じゃないんだから、ここの男共は」

 

 

フォルテはそう小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ! すごい綺麗ですね!」

 

「うん、そうだね、リコ!」

 

 

カズヤはリコと二人でホッコリーに来ていた。フォルテの操縦するシャトルで送られた時はデート気分のドキドキなんてなかったが、いざ青い海と白い雲を前にすると流石に気分が高揚するものだった。

 

「それにしても、僕たちだけ先に休みを貰っちゃって悪かったかもね」

 

「あれ?カズヤさんは聞いてないんですか?」

 

「何のこと?」

 

 

リコは小首を傾げてそう言う。カズヤはその可愛らしい姿に見惚れながらも、違和感を持たれる前に、何とか返すことのできた自分を褒めてやりたかった。今のリコの格好は淡いオレンジのキャミソールなので、首をかしげると白い肌と、少し浮き出る鎖骨が何とも言えない視線を引き付ける魅力があったのだ。

 

 

「私たち以外の隊員は、警護任務に就いてるんですよ?」

 

「そんな! なおさら悪い事をしているような気がしてきたよ」

 

 

カズヤは小心者というか、いい意味でも悪い意味でもいい子ちゃんなので、そういう感情を第一に覚えた。しかしリコは笑みを浮かべたまま、カズヤの不安をきちんと消し去ってくれた。

 

 

「ふふ、大丈夫ですよ。織旗さんがホッコリーの島を10個くらい貸し切っているそうで、その織旗さんの護衛です」

 

「ああ、つまり実質休暇かぁ……島10個?」

 

 

カズヤはふと気にかかった単語を口にしてみる。島10個とは何だろうか? そもそも貸切りというのはお金がかかるものではないか? それを島10個? 全知になりそうだ。

 

「はい。多分ですけど、休暇は建前で機密保持がされている艦以外の場所が必要なのではないでしょうか?」

 

「ああ……確かに。軍の予算からなら納得だね。そう言う事ならあんまり詮索しないほうがいいね」

 

 

人間は、目の前に精神的安定ができる解答が置かれると、そこで思考を停止してしまう生き物だった。戦いが終わった後の彼が真相を知った時、固定資産税で払う金額が自分の生涯年収より多い人間を見る事になる。

 

 

 

 

「おおすげぇ! この島レストランまで無人だぞ!」

 

「会計は先払い一括(オールインクルーシブ)だそうだぞ、アジート少尉」

 

「リィちゃんは物知りなのだ!」

 

「まさかこの辺りの島全部貸し切るとはね? 流石資産家ね」

 

 

頭を抱えたくなるほどの頭痛を抑えながら、何とかホテルのロビーまで来た織旗楽人中尉は、休暇中部屋にこもるという選択肢をとる誘惑と戦っていた。彼の計画では一人で思う存分リラックスするつもりだったのだ。

 

ちなみに内容は命綱無しで片手片足だけで断崖絶壁を登ったり、深海の水圧を利用した加圧トレーニングとか、無人の歓楽街の屋根の上をスタイリッシュに駆け抜けたり、そんな周りに迷惑がかかるから無人じゃないとできない、『本格的男の子の遊び』をして過ごすつもりだったのだ。

 

 

「あー……各員ご苦労だった。ここからは自由行動だ」

 

 

とりあえず、各自に自由行動を伝えて自分にまとわりつかれるのを避けようとする。上手くいくとは思ってないのでダメもとだが。

 

 

「お? マジか! うし!じゃあ泳ごうぜ! ナノついて来い!」

 

「親分だめなのだー。タクトからはラクトと遊んできなさいって言われてるのだぁ!」

 

「うむ、それはNGだ。だが泳ぐというのはいいな」

 

「そうね。30分後にこのホテルのプライベートビーチに集合しましょう。泳ぐのならあの娘も得意だし丁度いいわ」

 

 

やっぱりダメだったよ。せっかく『漢の無人島サバイバル~汗と筋肉とスーパーパワー! 砂まみれの中彼が見た光を追え!~』なんて感じの休暇でリフレッシュしようと思っていたのに。

彼の中では

1同年代のイケメン集団とトレーニング

2同世代の同性と二人っきりでドキュメンタリー番組を徹夜視聴

3一人で自由に過ごす

4日々のルーチンワーク 

の順で楽しい休暇がランク付けされており、エンジェル隊と一緒にサマーヴァケーションは気疲れしそうだという印象しかない。女性たちの中に男一人だと? 冗談じゃない僕はイケメンパラダイスに帰らせてもらう!

 

一応言っておくと嫌というわけではなく、楽しいけど疲れるから苦手。ということなのだ。お酒は大好きだけど上司との飲み会は微妙だよね。といった日本のサラリーマンの気持ちを考えるのだ。でもまぁ、男同士の気疲れしない関係になれているから仕方ないね。

 

明らかに肩を落としながら彼はせめてもの抵抗でホテルの自室へは階段を使い、自らの足で最上階のVIPルームまで上り、キングサイズのベッドに倒れ込む。窓から見える高さ120mの雄大な眺めも彼の心を癒してはくれなかった。

仕方なく持ってきたトレーニングウェアと一応水着に着替えようと鞄に手を伸ばして、ふと彼は気づく。一人でいる予定だったので、水着に気を使っていなかった。ブーメランと呼ばれる彼の持っているそれは、ボディビルの大会ならば最適かもしれないが、未婚の令嬢たちの前に出るにはいささか刺激が強い様な気がした。

しかしながら持ってないものは仕方がないよね。あ、そうだそれを理由に部屋にいようか。そんな事を考えながら開くと、見覚えの無い小包が入っていた。

 

 

「……司令の匂いがする」

 

 

この場合の匂いは手口や行動というのがタクトのものであって、付着していた僅かな匂いを嗅ぎ取ったわけではない。彼の名誉の為にそこは強調しておこう。

ご丁寧に裏側にタクト・マイヤーズ参上! というメッセージカードが挟まっていたために彼は警戒心を薄めながら開いた。そこにあったのは新品の水着だった。あまりの先見性に戦慄しながら、メッセージカードを裏返すと彼の見覚えのある字で書かれているメッセージがあった。

 

『物事が全部自分の都合通りいくとは思わないことだね。まあ、オレからの荒療治だと思って観念してくれよ。それとここから下は命令、織旗楽人中尉、貴官はホッコリー在留中に5枚以上の自分を含む2名以上が写った記念写真を撮り提出する事。ホログラムでも化

 

追伸 それっぽい理由をつければ、思いっきり体を動かしてもいいよ。』

 

その一言だけで彼の表情はだいぶ晴れやかなものになった。

 

40分後そこには4人の水着の美少女達が乗ったバナナボートを海の上を走りながら引っ張る織旗楽人の姿が!

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ! もう! カズヤさん!」

 

「さっきの仕返しだよ!」

 

 

リコは顔に掛かったベタつくしょっぱい海水を手の甲で拭うと、自分も反撃をするようにカズヤに向かって水をかける。カズヤもやり返されるのがわかっているので、避けようとバックステップを踏むが、海底の砂地に足を取られて尻もちをついてしまう。

 

 

「うわー、びしょびしょだ……って、リコ! 」

 

「うふふ、仕返しです。えい!」

 

 

傍から見れば仲の良い中高生のカップルにしか見えない。しかしながら二人はあくまで友達で同僚であり、少女の方は少年にだけは触れても平気だが、触られたら問答無用で投げ飛ばしてしまうほどの男性恐怖症である。

 

リコはカズヤが倒れていようがお構いなく、狙いやすくなった彼の顔目がけて水をかける。カズヤは急いで立ち上がろうとするのだが、やはりどちらかと言えばインドア趣味であることが災いしたのかまたバランスを崩してしまい。

 

 

「うわぁ!」

 

「きゃっ!」

 

 

訂正。幸いしてバランスを崩していしまい、近くに来ていたリコを巻き込み崩れ落ち、彼女を浅瀬に押し倒してしまう。

 

膝をつき四つん這いになっているカズヤの腕の間には、仰向けに倒れ込み、耳の当たりまで波が来ているリコの顔だった。白い肌、水着の間から見えるきわどい胸元。波に揺れる髪に彼は見とれて……いや、見惚れてしまっていた。

 

ちなみに彼女は中々ご立派な『もの』を持ちながら、セパレートタイプの水着をチョイスする、14歳の男性恐怖症の女の子である。清廉潔白な政治家と同じ程度に現実に存在するかもしれない。

 

 

「あ、ご、ごめん!」

 

「いえ……」

 

 

我に返り、慌ててその場をどくカズヤ。普通の16歳の少年がこうなったならば、女性側に声をかけられるまで固まってしまうか、思わず踏み込んでしまうかもしれないが、彼は自分で我に返ることができた。その理由は偏に女性を押し倒してしまう経験が今までに数度あったからである。ランティ曰く、こいつはそう言う星の下に生まれた許されざる奴なのである。

 

しかし、そんな経験があっても完璧に冷静に戻れるわけではない。カズヤはしきりなおす為にも、いったん飲み物を買ってくることにした。リコをその場においてだが、緊急回避故仕方があるまい。

 

そして戻ってくると案の定リコがナンパされていた。染めてある金色の髪に日焼けした浅黒い肌。筋肉はついているがやせ気味の体格という、いかにもな青年であった。EDENでもそうだったが、NEUEにもあまり年の差恋愛に対する忌避感は少ない。

稼働歴2年のナノマシン生命体に手を出しても怒られない16歳とかいるし。青年はどう見ても20代の成人男性であったが、14歳のリコを軽い言葉で誘っていた。まあ、リコが14歳らしからぬ見事な肢体の持ち主であることにも起因しているが。

 

 

「ねね、いいじゃん? キミみたなかわいい娘をさ、一人で残しちゃう奴なんてさ?」

 

「あ、あの、その、えっと」

 

「はははっ、焦っちゃって可愛いねぇ?」

 

「すみません、僕の彼女に何か用ですか?」

 

 

カズヤは少し躊躇したが、それでも足並みに迷いなくリコの前に立った。彼女発言は、ランティからの「絡まれたら面倒だから恋人って事にしておけ、それで引かないやつはナンパのマナーがなってない最低野郎だ」というアドバイスである。ちなみにその後に彼のナンパ美学について語られたが、カズヤに脳細胞は一切記憶していない。

間に立ったことで遮蔽物ができたリコは、カズヤの背中に隠れて不安げな目で二人の間を見つめている。そしてその小動物な様子が、ナンパ男の嗜虐心やら征服欲やらなにやらに火をつけたのか、引こうとはしなかった。

 

 

「なんだよ、ガキは家に帰ってゲームでもしてな。そこのお嬢ちゃんにお前みたいなもやしは似合わないよ」

 

「もや……いえ、あなたにそう言われる筋合いはありません」

 

 

カズヤは今の言葉が挑発だと直感で理解したが、思わず反応してしまった。こういった場合先に手を出してはいけないのである。興味なさげにその場を立ち去るのが正解だ。

 

 

「それでは失礼します。いこう、リコ」

 

「あ、はい」

 

「あ、おい。ちょ、まてよ」

 

 

リコの手を取り踵を返して一先ず場を離れようとするが、ナンパ男は諦めが悪かったようで他をのばし肩に手をかけた────アプリコット・桜葉の右肩に。

 

 

「きゃあああああ! 嫌ああぁぁぁ!!」

 

「ぬわあああぁぁぁ!!」

 

 

リコの反応は素早かった。すぐさま肩をびくつかせて縮こまると、それでも乗っかったままの腕に強い生理的嫌悪を抱き、気が付いたら天高く投げ飛ばしていたのである。幸いにもここは砂浜であり、彼女の無意識の産物なのか男は海の方に投げ飛ばされた。

 

「ぁぁぁぁん! 」

 

「やば、あの人頭から落ちた! 」

 

 

カズヤはドップラー効果を残して消えた男が、少し離れた沖に落下したのを見ると、急いで波打ち際まで駆け寄った。案の定直ぐには浮かんでこない。慌ててリコの制止も聞かずに海に飛び込む。

休暇中とはいえ自分たちは軍人であり、相手に切掛けがあるが、危害を加えたのはこちらだ。障害が残ってしまったり、最悪帰らぬ人になってしまったりしては非常にまずい。そんな考えよりも、目の前に生命が危ない人がいるという事実そのものでカズヤは動いていた。

あまり得意ではないが必死に泳ぎ、男が落ちたであろう場所までたどり着く、カズヤが来たときには背中を上にして浮き上がっていたが、意識が朦朧としているようだ。

 

 

「カズヤさん! えい!」

 

「あ、ありがと!」

 

 

カズヤと男の近くにリコが浮き輪を投げ込む。カズヤは必死に漢を肩にのせてうきはまで泳ぐ。何とかたどり着き男の体に浮き輪を被せたところでカズヤの足に限界が来た。

 

 

(あ、足が!)

 

 

急な運動、熱い砂浜から冷たい海水の温度差。それが彼の足にこむら返りを起こしたのだ。端的に言ってしまえば足がつったのである。動かない足を必死にばたつかせるように動かすも、もがきながら沈んでいく身体。

視界に広がるのは幻想的な海の水色。海面が波で揺らめくために非常にきれいだが、そんなものを見ている余裕はなかった。しかし足の激痛がただでさえ難しい片足と両手での浮上を阻害する。運の悪い事にこの海岸は急に深くなり、水深は3m程だ。

 

 

(あ、だめだ……息が……)

 

 

遠くなる意識の中、彼が見たのは橙色の天使の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ズヤさん! カズヤさん!」

 

「っ! げほっ! って、あれリコ?」

 

 

そして次に見たのは、その天使が目に涙をいっぱい溜めた顔であった。頭の中で状況を整理しようとすると、脳裏に浮かぶのは人魚のように泳いで自分を抱えて水中を上る女の子の姿だけ。

しかしそれでなんとなく理解した。

 

 

「そうか、僕まで溺れちゃったんだ」

 

「もう! 心配したんですよ!」

 

「あはは、ごめん」

 

 

カズヤはせっかく格好つけていたのに情けないな。なんて思っていた。例えばこれがランティだったら、リコに触らせることなくナンパ男を処理していたであろう。友人は口が達者で綺麗な女子が隣りに立っていても似合う顔だちをしている。

 

マイヤーズ司令なんかは、そもそも女の子を一人にしてドリンクを買いにいかないであろう。実際には女の子に買わせに行かせている間に、他の女の子と仲良く談笑しちゃうが。

 

水着の織旗中尉をみたらナンパ男は逃げる。カズヤもトレーニングルームで一緒になったとのシャワーでドン引きしたほどだし。

 

そんな馬鹿な思考は、自分の現実逃避なんだろうなとも自覚しながら、ぼーとリコをみる。

 

 

「でも、私があの人を投げたから……」

 

 

不安げな表情を見せる彼女の顔、それすらも魅力的だが、彼女に合うのは笑顔だ。タクトに言わせればミルフィー(姉)のは大輪のような笑顔だとすれば、リコ(妹)は静かでたおやかに咲く花みたいな笑顔と言っていたけど、カズヤからすればリコの笑顔こそがこの世で一番の大輪の花だった。

 

 

「ねえ、リコ」

 

「は、はい」

 

「好きだ!」

 

「……え? え、ええええええええ!!」

 

 

彼女のころころ変わっていく表情にカズヤは満足気に微笑み、再び意識を失った。

 

次に目覚めた時には膨れ面のリコの機嫌を取ることになったが、その後の充実した『彼女』とまわる休暇の前には小さなことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、二人は仲好く手をつなぎながらルクシオールに戻った時に、目に入ってきた光景に驚くことになる。

楽人の首を憎しみの籠もった表情で、殺す勢いで絞めているテキーラがいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




人工呼吸(描写)キャンセル
シャトル事故キャンセル
早い段階からカズヤ呼びだったのは好感度が高かった故
積極的なのは少しばかりの危機感があったから。
次は楽人サイド


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第12話 文量にしてここまで1.8MBもかかっているから質が悪い。

 

織旗楽人は、何とか休暇の一日を終えてホテルのラウンジにいた。何とかという表現をしたが、彼自身悪くない休暇だと思い直す程には楽しい経験であった。

初日はナノナノが騒ぐものだから調子に乗って10個の島をすべて周回する程度にバナナボートを引っ張って走り回り。次の日はアニスやカルーアの二人のスキューバにボンベレススキューバ────要するにスキンダイビングで付き添い。今日はリリィとガチンコのスイカ割りおよびビーチバレーで盛り上がった。

 

 

「冷静に考えればすごい事だな」

 

 

複数のかわいい女の子と一日中海でのバカンスを心からエンジョイするなんて、いくらお金をつんでもできない経験である。半分が未成年となればなおさらだ。そう考えるとやはり自分は恵まれているのであろうが、それでもやはり思うのは気疲れをしたという事だ。

女性だけの環境は本当に居心地が悪い。リゾート地しかも無人なので基本的に水着でずっと過ごしているというのが、かなり目の毒なのであろうし、何より常に浮ついた心のタガをかけなおさねばならない。

調子に乗ってバナナボートを引っ張っている際に落ちたら怪我をする速度まで飛ばしてしまったり、水中でのハンドシグナルがもどかしくて叫んで意思疎通を図ろうとしたり、振り下ろし外れた棒が砂を巻き上げクレーターを作ったりしたのは、まだまだ自制が足りない証拠であろう。十分タガが外れているとは言ってはいけない。

 

 

「む? すまない、そろそろ日課の瞑想の時間だ」

 

「そう? アタシはもう少しここに残るわ」

 

「明日寝坊しないように頼むぞ。中尉」

 

「問題ない。中尉達こそな」

 

 

アニスは既に寝ぼけ眼を浮かべ目をこすっていたナノナノと共に部屋に戻っており、リリィが戻れば、この場に残るのは楽人とテキーラだけだ。既に二人ともお酒が入っており、リリィにとってはそれが心配の種となっていた。

リリィを見送った楽人は先ほどから思考の渦に埋まっていたのを自覚し、目の前のグラスの中に入っているセンチュリープラントの蒸留酒をストレートで口に含み、ライムをかじる。ふと気になって隣にいたテキーラの方を見ると、彼女もコーヒーリキュールをベースにしたカクテルを片手にこちらを見ていた。

 

 

「あんた、酔うと独り言が増えるわね」

 

「そうだったか? 」

 

「ええ、ぶつぶつ自分の考えに評価付けるみたいなことばっかり言ってたわよ」

 

「普段はあまり飲まないからな。飲まされることは多かったが」

 

 

酒は好きでもなければ嫌いでもない。だがこの場の酒はどれも中々の物であり、実質タダである(すでに払っているので)。ならば特に飲まない理由もない為に各々好きなものを飲んでいたのである。ちなみにNEUEの多くの星には飲酒の年齢制限はあるが、セルダール領であるホッコリーにはない。

 

 

「どうせ饒舌になるならもっと面白いこと言いなさいよ」

 

「む? そんなに普段無口であろうか?」

 

「自覚無いの? シラナミに比べれば、アンタ置き物みたいなものじゃない。そんなんだからあの娘があんたにあまり話しかけないのよ」

 

 

テキーラの声のトーンが変わる。楽人の妙に貧乏くさい精神で電気系統は最低限以外落ちている為、薄暗いラウンジの中、探るような、それでいて確信を持った声のトーンは、この後何かしら彼女から話が来ることを察せた。

 

 

「ねえラクト。アンタさぁ……」

 

「……なんだ?」

 

「アンタ……あの娘の事、カルーアの事好きでしょ?」

 

 

それはある意味では、中の良い異性の想い人を言い当てる、ちょっとした酒の肴であり、また別の意味では、自分に対する好意への牽制および問いかけであった。

そんな言葉を受けての楽人の感想は自分でも驚くほど冷静で、やはりかという物に過ぎなかった。

 

 

「やはりその話か……否定はしないさ」

 

「アンタはアピールもしてないけど、特に隠せてないわよ。エンジェル隊でアンタが一番目をやってるのがあの娘ってことで誰でもわかるわ」

 

「そんなものか……」

 

 

慌てふためくことも、からかうようなこともせず。二人の間には静かな夜の闇とそれを照らすラウンジの照明があった。誰かの飲みかけのグラスの氷が解ける音が聞こえた。

 

 

「というか、否定しないのは、そのまま肯定してる事になるわよ? この場だとね」

 

「ふむ、かといって否定しても、肯定している事になるような気もするな」

 

「アタシがそう思っている以上はね。安心なさいあの娘は気づいてもないし、伝えてもないわ」

 

 

ミモレットはナノナノの抱き枕代わりに連れ去られている。この場にいるのは本当に2人だけで、この会話を聞いているのも二人だけだった。

どうしたものかと楽人は考え込む。正直な自分の気持ちを考える。取り繕わないこの感情を定義して命名するのならば『欲しい』だ。だが、まだ理性で抑えられるレベルではある。そして、もろもろの事情でこの戦いが終わるまで告白するつもりもない。

しかしそれを口にするのはれっきとした皇国軍規違反なのだ。彼は正直形骸化しており殆どの者が守っていないことも知っているが、それでもだ。

 

 

「それと、もう一つ。アンタは何かの事情があって、言うつもりが無いって事も分かってるわ」

 

「迷惑をかけるな……」

 

 

どうやら全てお見通しの様だ。ならばそれに甘えるというのも手だ。自分の感情でそう簡単に他人を振り回して、その結果銀河の趨勢や、何千という人の運命を歪めてしまうのは褒められたものではないであろうから。

 

 

「あの娘は良い娘よ。すこしぼーっとしてる所もあるけどね。守ってあげたくなる可愛い娘。決心が付いたらいつでも言ってちょうだい。セッティングならいくらでも手伝ってあげるわ」

 

「……意外だな」

 

「あら? 反対されるとでも思ったのかしら? まぁ、今の姿のアンタは兎も角、素のアンタは信用できるとは思っているのよ? 返事自体はあの娘の判断だけどね」

 

 

酔っているのか、少し口数が多いテキーラ。彼女はそこまで饒舌な女性ではなかったように楽人は思えた。どちらかと言えば、猫のようにこちらを伺いながら言葉を合わせ。隙を見せたらそこを付いてくる。そんな印象だった。

 

 

「いや、だがそれでは……君は……」

 

「……少し酔ったみたい。もう寝るわ……おやすみなさい」

 

 

テキーラはそう言ってグラスを置いて席を立った。その表情は暗くてよく見えなかったが、少なくとも悲しげなそれといった物ではなかった。

楽人は一人酒が嫌いな人間ではなく、むしろ一人でいる事も好むような人間であった。既に夜も更けてきて、酔った女性を帰さないというのは誤解を招く時間で、帰る理由も正統性もあった。

 

だから楽人は彼女を引き留めようとしなかったことも。別段意識して行ったことではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも

 

「ねぇ、この手は何?」

 

 

どうやら無意識に理性で留めていたつもりの感情が、鎌首を上げてその勢いで動かしてしまったようだ。彼女の白く細い折れてしまいそうな左手首を、自分の手が掴んでいる事に気がついても彼は驚くという事をしなかった。

 

 

「……聞いて欲しい事が……あるんだ」

 

「……悪いけど、あの娘はもう眠っているわ。それとも予行練習かしら? 雰囲気に飲まれる様じゃまだまだね」

 

 

楽人は小さくそして長く息を吐き出す。それは今まで自分がしてきた暗示のようなもの。戦場に単騎で乗り込んだ時も。自信満々に敵を倒していた時も。自信の全てを打ち砕かれるような思いをした時も。仲間を信じて背中を預けた時も。自分の想いを口にする前には必ずそうして来た。

 

 

想いは言葉にすれば伝わる。それが偽りのものであっても。偽りにしたくないのならば、そうなるように行動をするべきだ。

そうやって彼は生きてきた。負けるかもしれない戦場でも、死ぬかもしれない戦場でも。勇敢な言葉を吐いていても、本当の所は心の底から自信満々な自分なんていない。あの頃から少しも変わっていない弱い自分はまだいる。

 

それでも強がるのと、それを取り繕うのは上手くなったと思う。周りはそれを彼の強さだというのかもしれない。

どんな時でも『自分の思い描く最強』を口にすることができて、それを『成し遂げようと行動する』のは、周りから見れば立派な強い人物だから。彼のその内部でおこっているギミックを見破っても、それでも勇気ある人だと度胸のある奴だと。そう評価してくれた仲間もいる。

それでも彼自身は当たり前だろと口にしても、絶対に弱い心の前に強い自分を作って来た。

 

きっとそれを終わらせることはできないであろう。これから口にするのは銀河が終わってしまう確率を持っているのだ。勿論風が吹いて桶屋が儲かる様な極々低い無視できるほど小さな確立だ。しかしそれでも座して待つよりずっと高い。

その言葉が否定されて負ける事があっても、自分の命が直ぐに死ぬことはないであろう。それでも怖い。恐怖心が心を包むのだ。

 

しかしその言葉は、今までみたいに決して弱い自分の強がりで口にしてはいけない言葉だった。この言葉を武器に使う戦場は二度目だ。遙か昔、世界が違う頃でさえ、自分から『攻撃』を仕掛けたことはなかったのだから。

数年前の1度目の、初めて本気で『戦場』に来た時は、敵の友軍の合流で攻撃すらすることなく人知れず撤退し『戦略目標を達成』できなかった。その被害の爪痕は未だに心にあるだろう。

爪痕を覆う瘡蓋への抵抗感が弱い自分を刺激していく。いつものように強い自分を作れと、何時もの無敵の英雄を演じろと。自分が自分に誇れること。それは単純な戦闘能力の高さと素晴らしい人脈だけだ。だから弱い自分で向き合う必要はない。

 

 

「ああ、まだまだダメみたいだ」

 

「……ちょっと、本当に情けないわよ」

 

 

きっと有史以来無数の人がこの強敵と戦ったのだろう。時に敗れ時に勝ち。もしかしたら戦う事を放棄した者も多いかもしれない。少しでも自分をよく見せようとする努力を、きっと肯定する人の方が多いのだろう。

 

だが彼はその過程を得た言葉を自分の本心と定義できないのだ。かといって、自分は強い自分に頼ってしまいそうなほど弱い。格好つける余裕もない。口が達者なわけじゃない。拙い言葉しか言えそうもない。そう考えてしまう。

 

それなら『自分の強い所』に頼ろう。『作り上げた強い自分』じゃない。自分が勝ち取った力を使おう。思い出すのは冗談のような約束。

星空の下で友人と交わしたたわいのない言葉。既に言葉にしてしまっているのだ。そしてそれを実行するのは、あの強い自分では無理であろう。彼はヘタレなところまで再現された虚構の英雄なのだから。女性関係はてんでダメダメな英雄には無理だ。

 

 

「待っててくれているだろうし、僕も頑張らないと」

 

「酔ってるの? ちょっと大丈夫?」

 

「ああ。それじゃ改めて言いたいんだ。聞いてくれるかい?」

 

 

テキーラは目の前の男の雰囲気から覇気が薄れたのに気づく。自信満々で石像のような存在感ではない。しかしそれでいて、長い時を重ねたエルダードラゴンのような、優しい存在感はしっかりあった。

楽人は大人しく聞いてくれるようだと理解すると、一度手を離して姿勢を正して彼女に向き合う。頭1つ分以上小さい目の前の女性の顔を見詰めて静かに口を開いた。

 

 

 

 

「僕はさ、カルーア・マジョラムの事が好きなんだ。それを君に言いたいんだ」

 

「……60点ね。もう少し飾り気が欲しいわ」

 

 

ああ、やっぱり伝わってない。楽人はそう思った。よく考えたら自分の想いを、きちんと誰かに理解してもらうために口にしたことはそんなに多くなかった。今までは伝わればよかったのだ。深く理解してもらうのは大変かもしれない。しかし落ち始めたのならば底まで落ちるだけだ。

楽人はらしくもないと自覚しながら、もう一度彼女の左手をとった。そして白魚の様な指先を両の手で挟むように包み込んだ。

 

 

「君たちは君だろう?」

 

「あの娘とアタシじゃあ、性格がまるで正反対じゃない。人格が別だからいくらアタシに言っても伝わらないわよ」

 

「2人で1人なんだ。つまり、一人って事じゃないか」

 

「……少し待ちなさい。ねぇ、アンタもしかして」

 

 

結局の所、楽人からすれば、二重人格で正反対の2人というのは『すごく個性的な女の子』に過ぎない。俗な言い方をすれば二重人格属性持ちヒロインでしかない。

どんな人間にだって良い所もあれば悪い所もある。料理が上手で動物が好きだけど、整理整頓ができなくて部屋が恐ろしく汚い、才色兼備で腹黒な家族思いで人見知りの女の子がいたとして、好きに成るとしたらどこだろうか?

あばたもえくぼという言葉もある位だ、部屋が汚いのを自然体で過ごしてくれる。腹黒を計算できて頭が良い。人見知りを一途だと曲解することだっておかしくはない。

 

楽人にとって2重人格は少し人と違う個性に過ぎないし、相反する個性が1人の中にあるに過ぎないのだ。そして彼はそんな女性の全てを好きに成ってしまったのだ。どうしてそうなったかはあまりわからない。ただ何となく惹かれてしまった。それだけなのであろう。

 

 

「アンタ、アタシの事をカルーアって認識してない? アタシはアタシ。あの娘はあの娘なのよ?」

 

「君は君だけど、君たちが君であって。2人でいるから1つの存在だ。テキーラはカルーアでしょ?」

 

「呆れた……アンタだからさっきアタシにって……っ!!」

 

 

何かに考えが至ったのか、急にテキーラが言葉を区切る。彼女がリフレインするのは先ほどの言葉。もし彼が、目の前の男が自分の事をテキーラ・マジョラムでなくカルーア・マジョラムの一部だと認識しているのであれば。

そのこと自体への追及は兎も角、先ほどこいつが言ってきた言葉は────自分に当てられていたのだ。彼女は自分が『告白されていた』という事実に思い当たり、驚きのあまり一瞬頭が真っ白になってしまった。

 

 

楽人は何が起きているのかはわからなかったが、目の前の『テキーラである彼女』の頬が赤く染まっていくのを、直感的にアルコールによるものだけではないと理解した。この場は戦場であり、理由は不明だが『敵(女性)』が混乱している。どうやら自分の『兵士(ことば)』が奇襲を仕掛けているようだ。

そして、ラクト・オリハタ という人物は紛うことなき戦闘のスペシャリストであり、戦場で判断を見誤ることはまずない。攻める時と見れば果敢に針の穴のような隙をつくのだ。

 

 

「僕は好きなんだ。君のことがさ」

 

「や、やるじゃない」

 

────混乱している部分を狙う。そうしたら大きな隙が生まれるはずだ。

 

「ありがとう。照れるとそんな顔するんだね。綺麗な頬が少し紅いよ?」

 

「な!? 酔っただけよ! あんた……あの娘に……そうよ。あの娘の良いところの方が沢山あるじゃない」

 

 

────少し落ち着いてしまったら、一端引いて、あえて体制を少し建て直させてやる。

 

「そうだね。ほんわかした雰囲気とか、守ってあげたくなる女性だね。ああいう所は僕も好きだ」

 

「そう、いい調子よ」

 

 

────そんな凌いだと安心した瞬間が一番危うい。

 

 

「でもさ。テキーラの、強いけど実は偶に不安げにしているところも、守ってあげたいって思うんだ。そういう所も可愛くて好きだな、僕はさ」

 

「────ッ!」

 

 

────止めを刺すときは迷わないで刺す

 

 

「独立した二人だけどさ。やっぱりおんなじなんだ。服の趣味だってそうでしょ? 君たちは2人で1人。テキーラって名前の少しだけ違う雰囲気がある、一人の女性だ。僕はそれが好きなんだ。なんたって、飛び切りの個性じゃないか」

 

彼はそう言いながら握っていた彼女の腕を自分の方に引き寄せた。少しでも自分を意識してほしい。少しでも近くにいたい。そんな彼の思いがそう後押ししたのだ。

 

 

 

 

 

 

少しばかり別の話をしよう。カズヤ・シラナミが『ここではないどこか』でカルーアとテキーラの2人のハートを勝ち取ったのは、「二人は別々の人格であって、そして自分は二人とも好きだ」という自分の気持ちを伝えたからだ。1人には選べないというのを思い切り宣言したのである。

楽人との違いはそこだ。今の楽人からすれば、どれだけ別の行動をしていても、結局の所『一人の女性の別面』にしか認識できないのである。それがちょっと複雑なだけであり二人とも愛するという認識ではなく全てが好きなのだ。

仮に二人が精神リンクしあっている双子という、確固たる別個の存在だと客観(彼の主観)で判断できてしまえば、彼は自身の気持ちの不誠実さにこの時点で気づいてしまい、大胆に内心を吐露できなかったかもしれないのだ。

 

 

「だからさ、僕は……テキーラの部分もカルーアの部分も全部好きなんだ。可愛くて仕方がないんだ」

 

 

ラクトはそう言って手を離した。やれることはやったのだ。後はもう自身の問題ではない。他人に可愛いと平気で言ってしまえる辺り、自分も慣れてきたなぁなんて少し場違いなことを考えながら。

 

テキーラは呆然とした表情で楽人の顔を見詰めていた。仕方があるまい。他人の恋愛相談に乗っているつもりが、その相手から告白されたようなものなのだから。

 

 

「────ありがとう」

 

「え?」

 

 

少しばかりの沈黙の後、テキーラが口にしたのはその言葉であった、勢いという強力な援軍は消えており、精神状態が平常に戻り始めていた彼は、その言葉の意味に戦慄した。それはどちらの意味にも取れたからだ。

 

 

「可愛いだなんて、そんな風に言われたの初めてだったわ。だけど」

 

 

彼にできるのは、ただ待つのみだ。彼女が手にしているのが天使の祝福か死神の鎌なのかは、表情から推察できない。しかし、それがこの戦場でのルールなのだ。最低限のルールを守れない人間は獣と同じだ。そんな存在は戦いに不要なのである。

 

 

「だからこそ、受け止めきれないの……アンタの考えがね。勘違いしないでほしいのは嫌じゃなかったわ」

 

「それは……その……」

 

 

死神の鎌が首に振りかざされたが、うぶ毛を刈り取っただけの様だ。しかしそれはその気になればいつバラバラになってもおかしくないという事であり、それを自覚した以上、彼はオウムのようにそう返すのが限界だった。

 

 

「ちょっと考える時間が欲しいの。今はその、休暇中だけどいろいろやらなきゃいけないことはあるでしょう?」

 

「……そう……だね」

 

 

彼にとってその言葉は、余命宣告に等しかった。彼とて一般的な感性を残していないことはない。それは頭を冷やすという時間の口実を武器に、やんわりとお断りする常套手段なのであろうから。

 

 

「その、嫌じゃなかったのよ。ただ、驚いたのよ。そんな風に考える人がいるんだって」

 

 

 

テキーラ・マジョラムは自他ともに認める気分屋だ。カルーアもテキーラもタイプは違うがそれぞれ男性受けする容姿と性格をしている。口説かれたことが無いわけではない。

 

特にカルーアは顕著であったが、周囲の同性の友人によるガードもあった。加えて本人があまりそう言った事に興味もなかった。などの要素が大きかったのだ。

テキーラはもっと単純で面倒に思われたのだ。外に出てくることはそんなに多くない上に、機嫌を損ねたらカルーアに引っ込む。加えて攻撃的な物言いにあまり免疫がない男性が多かった。何より本人に人格の関係上思う所が当然ある為にあまり積極的ではなかったのだ。

その為に本気で思いを告げられるという事はなかった。ある意味では青天の霹靂ともいえる。

 

 

「お互い少し時間を置きましょう? アタシだって『姿を偽っている男』のものになるなら、もっと盲目にして貰わなくちゃ」

 

「……そうだね。うん、そっか……織旗楽人か」

 

 

その事を言われれば弱い。姿を変えている以上覚悟はしていたが、いざこうなると正直くるものがあるのも事実だった。そんな風に考えていると、テキーラは優しい笑みを浮かべていた。

 

 

「だから今はこれで我慢して頂戴?」

 

「え?」

 

突如テキーラはそう言いながら先ほど自分がされたように、ラクトの指を両手で包み込む。

 

────精霊よ我がふたつなる心を糧に制約を結びたまえ

 

その言葉と同時に少しの痺れが手に走る。本能的に害はない物だと悟ったが、流石に驚いてしまう。

 

 

「簡単な誓いよ。お互い相手を裏切る嘘をつかないでいましょうってね。破ってもそれがお互い分かるだけ。しばらくもしたら効果も無くなっちゃうわ」

 

「そうか。うん。わかった。待ってるよ。返事」

 

「ええ、本当に驚いてるの。アタシと付き合える人は、2人とも愛せる人だけって思っていたのに。アンタのその歪なそれが相応しいかどうか、少し考えてみたくなったのよ」

 

 

テキーラが些細な魔法をかけ終わった後も、二人の手は重なったままでいた。楽人は何となく名残惜しくて、覆われているという事もあり振り解こうともしないでいた。しかしどうやら会話は終わったようなのに、一向に離す様子が無い。

ふと気になってみると、彼女の細い白い指に綺麗に生えた爪が、自分の手首をこすっていた。流石にくすぐったいので楽人は名残惜しくも手を離すことにする。

 

 

「それじゃあ、おやすみなさい。しばらくあの娘が外に出るけど。アンタからきちんと話なさいよ」

 

「うん、わかってるよ。おやすみ」

 

「アタシを惚れさせてみなさい────ト」

 

 

 

それがその日の最後の会話になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宣言通り、彼女たちは残りの休暇中はずっとカルーアのまま過ごしていた。カルーアは少々思う所があったようだが、書置きで心配しないでほしいとあったらしく、騒ぎ立てるようなことはしなかった。

ラクトの方もカルーアに説明しようと時間を作ろうとするが、無人島である事が逆に災いし、常に仲間たちと行動しているのと、あの夜のようにカルーアが酒を楽しむという事をしないので、結局話すことができずに休暇を終えた。へたれてしまったのである。

 

それでも周囲を掻い潜り、なんとか伝えられた情報はある。テキーラと大事な話をした事。その事はカルーアにも関わること。その2つだけである。テキーラに失望されてしまうかもしれないという気持ちが彼を突き動かしたが、流石に衆人環境はハードルが高かったのだ。また、少しカルーアが少しばかり調子が悪そうにしていたというのも大きい。

 

そうして無事ルクシオールに帰還し、カルーアが書置き通り帰還したら変身してほしいと頼まれたのを実行してテキーラになった結果。

 

 

「ラクトオオオォォォ!!」

 

「す、すまなかった。だが、首を絞めるのは流石に……その……」

 

 

首を絞めに来たのである。それも憤怒の表情でだ。

 

 

「ちょ、テキーラ! 何やってんの!?」

 

「テキーラさん!」

 

 

周囲が呆然とする中、少し距離があったカズヤとリコの二人がすぐさま対応することができた。名前を呼びながら駆け寄ってみると、偽物とかそういう事はなく本当にテキーラ・マジョラム本人の様で。さっぱり状況が理解できない。

 

 

「あー少尉。すまない。あの件については謝罪する。だがもう休暇は終わったのだ」

 

「この! アンタが!! 」

 

 

注目を浴びていることが分かったのか、楽人はひとまず首に当っている手を掴み軽い力で外し、そのまま胸の前で手首を一つにするように拘束した。

そして冷静になるように心の中で謝罪しながら額を一度指先で軽くついた。

 

 

「テキーラ少尉。すまない、今夜にでも時間を作る」

 

「え……そうね……わかったわ」

 

「頼む。あー、諸君仕事に戻れ」

 

 

それが功を奏したのか、冷静になった様子で、先程の鬼気迫る様相は鳴りを潜めた。注目していたギャラリーに解散する様に声をかけた後、彼は未だに信じられないようなものを見た表情をしているルーンエンジェル隊に向き直った。

 

 

「おい、楽人。お前なにやらかしたんだよ? あんなに怒った所初めて見たぞ」

 

「うむ、まるでただ事ではない様子であったぞ」

 

「ラクトやらかしたのだ?」

 

「いや……確かに私に落ち度のある要因はあるが、ここまでされるほどではないはずだ……」

 

 

テキーラから少し距離をとったところで話していた3人に合流しそう釈明する楽人。その間にテキーラは姿を消していた。いろいろ思う所が有る物の、彼は休暇明けから早速通常業務に戻るつもりでいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして上司からの嫌味とにやにやした視線を、氷点下の視線で返しながら、軽く仕事をこなし。夜にカルーアとテキーラの部屋に向かう事にした。

カルーアに事情を伝える為であると同時に、テキーラに謝罪をするつもりだ。正直何故あそこまで怒気を露わにしたのかは、いまだにわからない。しかしながらそれでも謝るしかないと彼は思っていた。

 

 

「また無意識に地雷を踏み抜いていたのであろうな……猛省せねば」

 

 

彼には多くの前科があるのだから。考え事をしていると気が付けば目的地の前だ。呼び出しチャイムを押してしばし待つと、応対の返事はなくただドアが開いただけであった。

 

「む? テキーラ少尉、カルーア少尉、ミモレットさん。入らせてもらうぞ」

 

部屋は薄暗く明るい廊下からは中の様子が良く見えなかったが、人の気配はするので招かれているのであろう。この部屋に来るのは2度目だが、踝より高い場所まで届く長い動物の毛絨毯は、掃除に苦労しないのであろうかと思う。そんなどうでもいいことを考えているのは現実逃避なのかもしれない。

 

「少尉? 夜に時間を作ると伝えておいたので来たのだが」

 

「……来たわね」

 

「その声はテキーラ少尉か────ッ!」

 

 

声が聞こえた方に向きなおると、入って来た扉が閉められ、突如魔法陣が部屋に現れる。それと同時に体に急激な負荷がかかったのを彼は感じ取った。その瞬間認識したのはこれが敵性な攻撃であるという事であり。

 

 

「死になさい!!!」

 

 

目の前の女性が敵であるという事だ。刹那意識が切り替わる。体への負荷は相当なもので思わず膝をついてしまいそうになるほどだが『本気で地面をければ』問題ないレベル。ならば

 

「流石に殺される謂れはない筈だ」

 

目の前で今まさに雷撃系統と思われる紫色の光の魔法を放とうとしているテキーラを見詰める。狙うは一瞬彼女の魔法が発動したタイミングだ。運悪く手元に魔法を裁くことができる剣はないために、取り押さえるには回避する必要があるであろう。女性の部屋に尋ねるのに剣をもっていかない程度には彼は常識的であったのだ。

 

「死ねえええ!!」

 

「────対人戦闘経験は多くないのか、いや魔法使い同士しか想定していないのか」

 

確かに速い攻撃で殺傷力も十分だった、足止めの為の拘束魔法なのか? それの影響下にある。しかし所詮はその程度だ。足を切断されたとか、不可視の攻撃だとかそう言うのはない。程遠いのだ。本気で殺そうとするのならば、話しかけずに入って来た途端に大技を決めるか、抱きついてから0距離で攻撃魔法を用いるか。この部屋に毒ガスを充満させておくか。そう言った手段の方がずっと有効だ。

 

 

「避けるなぁああ!!」

 

「流石に避ける。そしてこれ以上部屋を荒らすのは良くないであろう」

 

 

ラクトは退屈気にそう言いながら、魔法を交わしたその勢いでテキーラに肉薄。手荒な真似は控えたかったが、状況的に贅沢は言えず、できる限りの加減をした攻撃で脳に衝撃を送り昏倒させた。

 

 

「一度カルーア少尉越しに話す必要があるかもしれないな」

 

 

流石にここまでされればテキーラが異常な状態にあることは察せる。心当たりはない事もない。門外漢なので断言はできないが、例の『呪い』が発動したのではないかと彼は見ていた。一応彼女の怒りの原因があれだけ言っておきながらカルーアに思いを伝えられていないことではないかという考えも完全には捨てていないが。

 

彼は結論付けた通り、医務室にミモレットを呼び出すように手配しながら向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わからない?」

 

「ええ、呪いは発動していますわ……ですが……」

 

 

カルーアの言葉に思わずそう漏らしてしまったのは仕方のない事であろう。エンジェル隊であるテキーラの部屋は、既に彼女を医務室に連れてきた時点で清掃ロボットが修復を始めたと連絡は受けているし、艦自体に何ら影響は残さなかった。

その連れ出し運び込んだテキーラも、ミモレットが所持していた二人の研究成果である変身予防薬という名前の、変身解除薬によってカルーアに姿が変わってからしばらくしたら目を覚ました。

楽人は念のため事の仔細をタクトに報告した後は、彼女が意識を取り戻すまでぼぅっと彼女の顔を眺めていた。勿論その間に考察していたのだ。

 

テキーラがかけられた呪いは『どういったトリガーで発動しどういった効果をもたらすか』は不明であるとカルーアは言ったのだ。しかし一度発動してしまえば、現在自身に及ぼしている直接的な魔法となる訳で、解析さえしてしまえば原因と効果を知ることはできる。そう以前説明されていたために、明らかに不審な行動をしているテキーラの事はカルーア自身が理解していると踏んでいたのだ。

 

 

「厳密には、その……呪いは完全に発動していませんの」

 

「……不完全だというのか? 呪いの条件も影響も」

 

「はい……影響の方は……たぶん誰かを殺そうとするといった物でしょう」

 

「何か対策はあるのかい?」

 

「司令! こちらは危険かもしれないと申し上げました」

 

 

ラクトは聞き手に集中していたためか、いつの間にかいたタクトの存在に、口を挟まれるまで気付くことはなった。

しかしタクトは手で制すとカルーアの方に向き直る。重大な話なので彼自らこの場に来たのであろう。事実テキーラの精神がまともな状況にないのは、紋章機の1つが失われるのと同義だ。些事だと切り捨てる事は到底できない。

 

 

「はっきりは言えませんが……呪いは行動を指定できても、実現不可能なものであれば発動しませんの」

 

「実現が不可能なもの?」

 

「たとえば30分後にマジークの魔法学校を爆発させろというのは、此処にいる人にはできません。ですからもしかしたら30分というのは無視されて実行されたり、まるっきり不発になったりします」

 

「この前の空調システムやシールドへの細工は、実行の時間まで細かく操作されていた。それは実現可能だったからなのか」

 

「はい……何人かの人に時間を指定して行わせていたそうです……」

 

 

タクトが思い返すのは、ディータと直接戦ったマジークでのことだ。ルクシオールはあわやエンジェル隊を失うかもしれないというピンチだった。それは複数の人間に何時になったらどこで何に細工をするかというものがしっかりと実現可能なものであったからだ。

呪いというのは強制的に人間を動かすプログラムのようなものである。意識を残したまま操るようにできるので呪いという名前が付いているのだ。曖昧な命令程支配はゆるくなる。殺せと刺殺せよなら、術を受けた人物の行動に差が出るのは理解できるであろう。

また、実現不可能な呪いを受ければその呪いの効果は弱まる。先の彼女の例だと。30分後に関わらず爆破しに行く方が強力な呪い、弱い呪いならば、ほころびが有った時点で被術者の精神が打ち勝ち、解除され無力化されるといった寸法だ。

 

 

「ですから、そのあの人への効果が実現不可能になればいいのです」

 

「仮に楽人を殺すならば、こいつが死ぬか、殺せない程遠くに逃げられ消息が分からなくなれば……って事かい?」

 

「ええ……難しい事ですが。あとはもう単純に呪いよりも、強い精神力で打ち勝つのですが……」

 

「精神そのものを疲弊させる呪いも並行してかけられているんだってね」

 

 

カルーアの体調不良もそれが原因であった。二人とも少しばかり精神的に弱っていることは否めない。万全であっても勝てるかわからない程の呪い。しかもそれがどういった物かよくわからないのと戦うというのは不可能に近かった。

 

 

「楽人。とりあえず君なりに対策を考えてほしい。資料は明日にでも請求してマジークの人から持ってきてもらうから。今は通常シフトの仕事を終わらせてきてくれ」

 

「ですが……司令」

 

「命令だ」

 

 

楽人はこの状況でカルーアの傍を離れたくはなかった。しかしこの場にいても無力であるのは事実。ならば自分のすべきことをするための準備をしなくてはならないのは道理であった。

渋々ながらも指示の通り楽人は退席した。それをきっちり確認した後、タクトはカルーアの方をもう一度見た。

 

 

「それで、本当の所を教えてほしいんだけど?」

 

「……おわかりでしたか?」

 

「その通り。って言いたいけどさ。ミモレットがオレの所に来ていただけなんだよね」

 

 

楽人を外したのはこのためであった。タクトはミモレットが医務室に呼び出されたときに、そのミモレットと共にいたのである。

 

 

「テキーラは何かを察している様子だった。ってミモレットが言ってたんだ。君が分からない道理はないよね」

 

 

しかし、カルーアの話を聞いてみると、どこか誤魔化しているような、話しづらい事を口にしている印象を受けた。さらに全く心当たりがないと言っているのだ。もしかしたら楽人に関することで、そして彼が知ると呪いの解除に不都合が生じてしまうのかもしれない。そんな仮説に思い当たったのは直ぐだった。

 

 

「呪いがどういった物かはっきりわからないのは本当ですわ。ですがトリガーは2つあるようですの」

 

「不完全なのは片方の条件は満たしてるけど、もう片方は不完全だからとか?」

 

 

素人考えではあるが、取り合えずカルーアの話を聞いて理解しようとしているとのアピールの為にタクトはそう返した。どうやら正解のようでカルーアは小さく頷いて言葉をつづける。

 

 

「分かっているのは『私たちが何かを成し遂げた場合』に発動するのと。私かあの人の何方かは解りませんが『必要だと思った人』に向けて発動するということですの……効果はあの人がその人物を殺すという事……ですの」

 

「カルーア様……」

 

 

悲しげにそう呟くカルーア。その様子にタクトはある確信を抱いた。恐らく既に嘘は言っていないであろう。確証が無いのは事実なのであろう。しかし思い当たっている節はあるはずだ。

それを濁したこと、楽人の前で言わなかった事。それを踏まえると見えてくるものがある。今も労し気に呟いているミモレットは『テキーラ様はこうなることをわかっていたから自分を遠ざけた』と言った事を言っていた。

テキーラの様子を聞くに、彼女の凶変の対象は楽人一人に絞られている。しかしそれはまだ不完全のようで、彼女は我を取り戻したような理性的側面を見せる事もあった。特に楽人から離れた後ずっと何かを考え込んでいた様子であったらしい。

 

 

(楽人はその『必要とされる人』の当落線上にいる。人物として既に対象取られていて、それでも本当に『必要』なのかどうかで、テキーラはまだ確信をもてていないかもしれない。つまり迷ってるか揺らいでいる状態なんだ。

必要の方向はたぶんあれだとして……成し遂げるというのはそう言う事なのだろう) 

 

タクトの中で1つの仮説が組み上がっていった。それを確証するための最後の確認として彼は口を開くことにする。

 

 

「ねえ、質問だけど。呪いの条件が2つあって両方とも9割こなしている時でも症状って出るの?」

 

「いえ……初期症状のようなものはあるかもしれませんが、少なくとも片方を達成しない限りはそれ以上の事は起こりえませんわ」

 

「それじゃあ、最後に。休暇中にリコとカズヤが付き合うようになったけど。君たちは進展あった?」

 

「いえ……特には。あのぅ……それが何か関係が?」

 

「ああ、おおありさ。これでわかったよ。2つの呪いの条件と、どっちの条件が達成されているのかもね。何より解決策の方も見えた」

 

「本当ですか?」

 

 

不安げな目でカルーアはタクトを見上げた。魔法の専門家である自分が解らなかった事を目の前の司令は解り解決策まで見えたと言っているのだ。信じたい朗報であるが、信じ難い情報でもあった。

 

 

「ああ。それは────愛だよ」

 

 

自信満々にそう宣言するタクトに、カルーアは今度こそ言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「いいかい楽人。君に言う事はただ1つ。全力を尽くして彼女を受け入れる事。それだけさ」

 

「……了解です」

 

「カルーアはもっと簡単。テキーラをそして楽人を信じて梅干を食べる事」

 

「……了解ですわ」

 

 

30分後二人は営倉の中でも、一番奥にあるもはや独房と言ってもいい様な部屋の前に来ていた。目の前にはなぜか真剣なのにどこか上機嫌のタクトがいる。タクトからは呪いの詳細に関して二人には伝えられていない。余計なバイアスは阻害すべきだともっともらしい理由をつけているが愉快犯と思えてならない。

場所がこのような辺鄙なところであるのは納得できる。この部屋は元々魔法犯罪者や、ESP能力者などを留置しておくための場所であり。部屋自体にシールドが展開できる。勿論エネルギーが必要なため、普段は切られているが。要するに保険なのだ。

 

タクトが説明した作戦はいたってシンプル。テキーラに呪いを克服させるという事だ。テキーラにもカルーアにも精神的な負荷がかかる上に。成功するかどうかすら疑わしい。褒められるのは先ほどの保険だけであろう。梅干は簡単にテキーラからカルーアに戻ってしまわない為である。

 

 

「それじゃあカルーアは中に入ってて。オレは少し楽人と話をしたら出て行くから。終わって落ち着いたら通信を入れてくれればシールドを解除するよ」

 

「了解ですわ……」

 

 

未だにどこか不安げな様子だが、他に打つ手がないのも事実なので、カルーアはそう従った。タクトの指揮官としての手腕に疑う所はないのは事実なのだ。もしこれでだめだったならば、その時は昏睡ガスが注入されることになっているので、殺しきってしまうという事はないであろう。

しかし、これが失敗したとしたら、彼女は迷惑がかからないようにこの艦を降りるつもりでもいた。自分やテキーラが楽人を傷つけて周囲の足を引っ張ってしまうのが許せないのだ。

タクトはそんな彼女の背中を見送ると楽人に向き直った。

 

 

「楽人。オレに言いたくないとか、そういう気持ちがまだあるかもしれない。でもね、そうじゃないんだ。大事なのは愛であって。その愛の前にあらゆる障害は意味をなさない。それを覚えておくんだ」

 

「愛ですか?」

 

 

彼が伝えるのは激励の言葉。今までだってそうして来た。天使や英雄達。自信を守る艦隊のクルー達。そう言った人物を戦場に送り出すときにしてきた。士気高揚を目的としたものだ。

 

 

「ああ、君の想いをぶつけて。そして本気の君を見せてやるんだ。そうして後は全部受け入れる事だよ」

 

「全部受け入れる?」

 

「ああ。自分の嫌なところを見せてしまうのは怖いかもしれない。相手の嫌なところを知ってしまいたくないかもしれない。それでもお互いを受け入れる事ができるって信じられるのが愛なんだ。本当これは経験談さ」

 

 

しかし、タクトは心配はしても不安ではなかった。なぜならばこの世界には幸運の女神がいるからだ。この事の顛末によって、きっと彼女も喜ぶであろう。笑顔で祝福するであろうから。

 

 

「オレ達の愛に不可能はないんだ。奇跡を起こして来たのはオレ達だろ?」

 

「……はい!」

 

 

楽人はそんなに細かい想いまでは解らなかった。というより、正直言っている言葉自体はちんぷんかんぷんであった。それでもわかったことがある。それはタクト・マイヤーズが依然変わらず、自分の事を信じて、そして作戦を考えて背中を押してくれている。ということだ。

 

それだけ分かれば十分だという事を思い出した。

 

 

「行ってきます……タクトさん」

 

「ああ、行ってきな……ラク────」

 

タクトの言葉は営倉の扉が閉まったことによって最後まで聞き取ることは出来なかった。それでも伝わる思いは確かにあったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは……いや、それじゃあ始めようか。カルーア」

 

「はい……あのぅ……」

 

 

二人きりの密室に、しかも外からロックされてシールドまだ展開されている状況。そんな中に大男と二人きりというのは、もしかしたら恐怖で包まれるのかもしれない。極端な話をすれば。今のカルーアは目の前の男に襲い掛かられた場合抵抗する術が無かった。

 

 

「なんですか?」

 

「いえ……きっと大丈夫ですよね」

 

「問題ないです。全て僕に任せてください」

 

 

カルーアは一度大きく深呼吸する。自分の気持ちはテキーラに引き継ぐことはできるが、その逆は出来ない。その事に時々思う所が無いわけではなかったが。今このときは感謝した。なぜならば、彼女が強く目の前の人を殺したくないと思えば思うほど、それがテキーラにも伝わるのだから。

 

 

「それこそ、本気で殺す気で来ても構いません」

 

「でも、それでは……」

 

 

しかし帰ってきたのは意外な言葉である。確かに感情の鬩ぎ合いになってしまえば、テキーラの精神に負荷がかかる。呪いと戦う以上疲弊するのは当たり前で、しかしそれをしないというのは、最初から目的を放棄している事に他ならない。

 

「受け止めて見せるから。君の殺意も魔法も呪いも。僕の本気を一度くらい見てもらいたい。他の人達よりも前に『君だけに』」

 

「それで死んじゃったら! 」

 

「死ないよ。その事を分かってほしいんだ。だからさ」

 

 

言う事は言った。これ以上の問答は意味が無い。見てもらわなければ信じてもらえないであろうから。彼はそう思い用意されていた梅干を袋から出して、そのまま彼女の口元に持って行った。

少し驚きながらも彼の手ずからに口に運ばれた。指に少しだけ触れる柔らかい唇の感覚の余韻に浸りながらも、楽人はこの後起こることに対応するために体のギアを上げた。

 

 

「本当。どうしてこうなったのかはわからないけれど。この時ばかりは感謝だな」

 

 

自分の力。謎の人類を超越してしまったような力。それこそかの英雄ラクレット・ヴァルターと100%互角の実力を持つとされている織旗楽人の力。壁も海の上も走れるし、数十メートルの高さを飛ぶこともできる。

かの英雄曰く、既に肉体は完成しているので、紋章機の戦闘には一切役に立たない力である。力自体も軍人として求められている事の助けにはあまりならない。それでもこの力があれば

 

 

「ラクトオオオオォォォォ!!! 死になさい!! 殺す!!」

 

「やれるものならやってみな。この空間ではお互い遠慮する事はない」

 

 

彼女の呪いを解呪できるのだから。

呪いは条件を満たした場合に発動する。完全ではないが、すでに2つあるらしい条件のうち片方は達成された。加えて対象が存在するのでこの呪いは発動しているのだ。ならばその呪いを実現不可能なものだと認識させてしまえば?

 

完璧にかけた呪いが条件を満たしたからと言って、突然ワープができるようになるわけではないし、時を止められるようになるわけでも、ましてや世界を作り直せるようになるわけではない。この呪いの結果である ある条件に適合する人間を殺すというのが、実現不可能だとテキーラに認識させる。それがこの作戦の肝だ。

 

それによって起こることは先に述べたことだけではない。彼女が楽人の力を理解すれば。テキーラ自身にも楽人を殺さないで済むといった心の余裕が生まれる。それは呪いへの抵抗力が上がることと同義なのだ。

呪いに打ち勝つには強い精神力が必要だ。タクト風に言うならば愛の力であるが。楽人風に言うのならば平常心だ。先の呪い自体が陳腐化するのを待つのだけでなく、それに近い状態に彼女を持っていけばよいのだ。

 

きっとカルーア&テキーラ・マジョラムが万全な状態ならば、ディータとかいう木端魔女の呪いに負ける事が無いと信じられる事。そしてそれまで攻撃を耐えられる事。それが条件であり。追い風材料はまだ完全に呪いが達成されていないことだ。

 

 

「アアアアアアアァァァァァァ!!!」

 

「その程度の魔法で! 僕は倒れない!」

 

先ほどよりも強烈な紫電が轟くが、今の彼の前にはただの重い攻撃に過ぎない。精々1発殴られただけだ。無傷とは言わないが10発食らっても問題なく立っていられる。そして彼の予想通りその規模の魔法が連打されるが、十分耐えきれるほどだ。

 

 

「来い! テキーラ。君の全てを僕は受け止める。殺せるものなら殺してみろ!」

 

「────ッ!! 嫌ああああああああ!!」

 

 

その言葉と同時に彼女の周りに今までで一番大きな光の球体が生まれる。最大の1撃を後先考えずに叩き込むようだ。上等だ。楽人はそう思い口角を釣り上げた。

そして刹那彼の目の前は真っ白な光に包まれた。ものすごい熱量であり部屋の気温が上がったのを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

女の荒い息が部屋の中に木霊する。動いている者はその女の肩だけであり。音は良く響いていた。

 

「ふっかぁぁぁぁ────っつ!」

 

 

そしてその女はそう叫んだのである。そしてそれと同時に目の前に有る物を認識しようと視界を凝らす。

そこにいたのは無残な姿になった物だった。襤褸襤褸どころか襤褸襤褸襤褸というほどに原形を保っていない。人相に至っては最早別人で、体の大きささえ違う。特に上半身はひどかった。

 

 

 

その姿にテキーラは咄嗟に声を出すことができないでいるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。首輪も服も予備が少なくなってきたなぁ……」

 

それだけ彼の軍服はズタボロだったのである。

 

 

 

余談だが、タクトに『首輪』と『服』を『営倉』の一番奥まで要請したのと。獣のような女の叫び声が聞こえたという噂が立ったのが原因で、織旗楽人悶絶調教師説が真しやかにささやかれるのだが。真相は謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




────────
二人飲んでいたお酒で落ちてます。


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第13話 大変長らくお待たせしました

 

 

 

 

ここ数日でルクシオール内部ではいろいろあったが、状況は大きく変わっている訳ではなかった。しかしそれでも糸口位は見えて来るものである。

事実ここの所調査を続けていた、セルダール王室側から「ゲートが開いた状況に関する文献等を漁った結果が出た」とのことで現在王宮にある謁見の間まで、タクトとルーンエンジェル隊、そしてそれらの護衛として織旗楽人は来ていた。

 

 

「そう言えばセルダールの王様って確か……」

 

「ん? どうしたカズヤ? トイレか?」

 

「どうしてそうなるんだよ! アニス! そうじゃなくて、セルダールの王様はいろんな戒律を守っている人だった気がしてさ」

 

「うむ、カズヤの言う通りだ。陛下はその戒律故に王家に連なる方々以外と言葉を交わすことができないのだ」

 

既に謁見の間で待機している中、カズヤはふと自分の知識の中から浮かび上がってきたことを口に出す。NEUE銀河出身の自分だが、その知識の元はEDENの講師からというのは、いかに自分が田舎に住んでいた世間知らずだったかと改めて感じるが、知識は知識である。

それに肯定したのは、恐らくこの中で最もセルダールの風土に詳しいリリィだった。

 

 

「でも、それじゃあどうやって話をするのだ?」

 

「それはアタシたちを使うのよ」

 

「そういうことよ」

 

「ケルシー! サンタローザ! 無事だったのか!」

 

 

突如会話に紛れ込んできた声が聞こえるものの、カズヤは周囲に人の気配が無い事もあり状況がさっぱり理解できなかった。しかし、リリィには慣れたものなのか、嬉々として声のした方向の『中空』に笑顔を向けていた。

カズヤはその視線を追って目を凝らすとそこにいたのは『羽の生えた小人』であった。

 

「うわぁ! 妖精だ! すごい、リコ。僕初めて見た!」

 

「NEUEでも故郷の星からは中々出てこないって聞きますし。私も初めてです!」

 

 

ケルシーとサンタローザ。彼女達二人は数少ない妖精たちの故郷『スプライト』から離れた場所で暮らす妖精である。それと同時にセルダール王『ソルダム・セルダール』の側近であった。

 

 

「アタシたちが陛下の言葉を代弁するのよ」

 

「わかったかしら? ……ってあなた、ガラムの娘じゃない」

 

「あ? なんで、お前らがオレの親父の事を!」

 

「あら? 陛下が来られるわ、失礼の無いようにね」

 

 

露骨にアニスに対して含む所がある言葉を残しながら、二人は距離をとり王座の横に控える。人間の肩当たりの中空に止まると。二人は息を揃えて唱和した。

 

────セルダール王、ソルダム陛下の御成りー

 

 

 

 

 

 

「EDENの方々、なによりタクト・マイヤーズ准将」

 

「此度の協力まことに感謝する」

 

「もったいなきお言葉です、陛下」

 

 

謁見の間に現れたのは、どこか退廃的な色気のある美丈夫と言って良い青年だった。恐らくまだ30には行っていないであろうが、それでも貫禄は十分にある。王族特有のカリスマというべきか、貴賓やオーラの様なものを纏う人物だった。

彼が王座の前に立つと、周囲の妖精2人が一瞬輝いたと思うと、まるで陛下の代弁だと言わんばかりに先ほどとは打って変わった口調で口を開いたのである。

 

 

「(なぁ、あれどうなってるんだ?)」

 

「(アニス! 失礼だよ! ……たぶんテレパシーだと思う)」

 

 

小声で尋ねて来るアニスに、小声で怒鳴るという小器用な技をこなしながら、カズヤはそう答えた。家族以外と口の利くことのできないソルダム王は、この様に妖精のテレパシーを用いて意思疎通を図るのだ。

 

 

「すまないが、時間が惜しい。早速本題に入らせてもらう」

 

「此度我々は、ゲートを開ける方法を見つけ出したのだ」

 

「お忙しい所ありがとうございます。してその方法とは?」

 

「マイヤーズ准将。そなたの言葉を借りるのならば。『愛』こそが鍵であった」

 

 

そこからソルダム王が話した内容は、まるで物語のそれであった。ブレイブハートと紋章機を合体させ、それぞれの搭乗者の強い思いを妖精の魔法でリンクさせる。そのエネルギーによってゲートが再び開くというのだ。

ブレイブハートや紋章機が当時のNEUEにあったのかという話は兎も角、強い想いが次元を繋げるのだ。というのがメインであり、その媒介に最適なのが紋章機であり、さらにそれをする上で補助をこなせるのが妖精の魔法というわけだ。

 

 

「そちらの準備が良いのであれば、明日にでも実行したい」

 

「マイヤーズ准将、最適な人材がいるか?」

 

「……はい、今ルクシオールで最もホットな二人がいますよ。しかも片方はブレイブハートのパイロットで、もう片方は紋章機パイロットです」

 

 

トントン拍子に話が進む中、周囲の緯線が自分とその右隣にいるリコに注がれている事に気が付くカズヤ。

 

 

「え!? ぼ、僕ですか!」

 

「うん。それがいいでしょ。ね、皆?」

 

「賛成なのだー!」「ま、それしかねーだろ」「OKだ!」「カズヤさんとリコちゃんならできますわ~」「それ以外の選択肢がない以上は最適かと」

 

「ふむ、どうやら決まりの様だ」

 

「シラナミ少尉。桜葉少尉。ケルシーとサンタローザをつける。何かあったら彼女たちに言うように────って了解でーす」

 

 

結局の所、紋章機に乗れて、恋仲の人間が2人しかいないのだから仕方がないが、少し突然すぎる決定に当事者の二人が目を白黒させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうと決まったが、直ぐに動けるわけではない。事前準備を重ねてきた軍の再編自体はスムーズに移行できるが、二人の準備という事もあり、決行は明日の正午という事になったのだ。

その間の時間を利用してリコは男性恐怖症を乗り越えるべく特訓をすると言いだし、カズヤと多くの暇な男性クルーが駆り出されていたりするのである。

 

 

「全く、司令も非番ではないし、明日の仕事もあるというのに」

 

「まあまあ、ラク────ト君。司令はあれで英気を養っているのよ」

 

「それは存じておりますが。まあ司令がやると二度手間ですし良いのですけどね」

 

「そうそう。それじゃあ私はブリッジに戻るわね」

 

 

そんな中楽人はミーティングルームで明日のゲート解放作戦の詳細を詰めていた。ココも今この瞬間ブリッジに戻るまで手伝ってくれていたが、艦隊の大まかな編成業務が終わったので持ち場に戻ったのである。

静かになるミーティングルームだが、直ぐに彼の鋭敏な聴覚が4つの足音がこちらに近づいてくるのを確認し、何千回と聞いたその音で誰かを察しながらも、一応の為に機密書類をウィンドウのバックグラウンドに隠した。

 

 

「おーい邪魔するよー」

 

「失礼しますわ」

 

「お土産持ってきてやったわよ」

 

「お疲れ様です」

 

 

遠慮なくドアを開けて入ってきたのは、ムーンエンジェル隊の4人であった。彼女たちが此処に一堂に会しているのには理由がある。それは明日の作戦においてミルフィーユ・桜葉救出部隊を任されているからである。

Absolute内の構造を熟知しており、かつ迅速に移動でき、さらに荒事にも対処できる。ミルフィーユ・桜葉と素早い意思疎通も取れて信頼ができる。確かに適任であると彼は思うが、それを通すにはかなりの無理をしている。何せ研究員、大使、民間企業の重鎮、保留中の罪人。死なれては困る人材ばかりだ。

 

 

「お疲れ様です」

 

「いつも通りで構いませんよ。この場には私達しかおりませんし」

 

「そうそう、せめて普通の口調で話してもらわないと、笑っちゃいそうよ」

 

「そうですか。それではこのようにさせてもらいますね」

 

 

敬語には変わりはないが、気持ち砕けた話し方になる楽人。自分自身彼女たちと話すときに口調を変えるというのには違和感があったのだ。

 

 

「それで、アタシの処分はまだ保留かい?」

 

「フォルテさんは、一応NEUEからの追放あたりで落ち着きそうです。EDEN軍側からの御咎めは無事解決したので昇進の取り消しと減棒、それから謹慎あたりで落ち着くと思います」

 

「そうかい……まぁ、いい機会だ。ゆっくり休ませてもらうかね」

 

「それは全部終わらせてからです」

 

 

楽人はお土産と言って渡された缶ジュースの栓を開けながらフォルテの質問に答えた。フォルテのやったことは脅迫されての事であり、EDEN軍としては今までの功績もあり、事を大きくすることはないであろうという。という方向に持っていくつもりだと、タクト自身が言っていたのだ。

 

 

「それで皆さん揃って来たのは、明日の打ち合わせですか? お伝えした通りですが」

 

「そうじゃないわよ。アンタが面白いことになっているって聞いたから。ねぇミント?」

 

「はい。どうやらルーンエンジェル隊のある方と非常に懇意にされていると」

 

「ラクレットさんにも春が来たとタクトさんが」

 

「水臭いじゃないかー。どれ、お姉さんたちに話してみな」

 

 

こっちは真面目に仕事をしているというのに、何だその目的意識は。なんてことを思うはずもなく。もう情報が漏れているのかと楽人は驚いていた。そういえば皆さんまだ独身で男の影すらないのに、大丈夫なんですかねぇそれは。とは少しばかり思ったが。

 

 

「別に恋人ができたとかそう言うのではありませんよ。ただ思いを伝える相手ができた。それだけです」

 

「まだ返事はもらってないのね……で、相手は誰よ?」

 

「あらランファさん、存じ上げませんの?」

 

「アタシはミントこそが知っていると思ったんだがね」

 

「フォルテさんが知っているかと」

 

 

どうやら、タクトから行ったであろう情報は不完全の様だ。あーでもないこーでもないと騒ぎ始める彼女たちを見ながら、彼は先日の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首輪と服が届くまでの間。テキーラと話すのには丁度良い時間だったが、これといった会話を交わすことは出来なかった。それは偏にテキーラが魔力を全開放した反動で、叫んだあと、後ろ向きに倒れ込んだからだ。すぐさま軋む体で瞬時に彼女の背後に回り、受け止め地面に寝かせた。

その後二人とも医務室で一晩検査入院をすることになったのだ。何せ片方は攻撃魔法を何度もその身に受けた男。もう片方は呪いに苛まれて体調不良を訴えていた女だ。当然の事であろう。タクトも流石に周囲への説明や、楽人が動けない分仕事をしたりなど忙しく、ルーンエンジェル隊の残りのメンバーもタクトから事情を聴いて、お見舞いは明日以降にしてあげてという言葉に従った。

 

 

「────ねぇ、起きてるんでしょ?」

 

「その声はテキーラ少尉か」

 

 

広大な大きさを誇るがあくまで狭い艦であり、そもそも入院患者が想定されていない医務室だ。それでもいくつかあるベッドに寝かされている二人。間にはカーテンがあり、常夜灯の明かりはあっても姿など見えるはずはない。しかしテキーラは起きていることを確信していた様子で話しかけてきた。

時刻は既に深夜。日付が変わってすぐといったころ合いで、医師であるモルデン氏が出て行って半刻ほど経過している。航行中の艦ならば夜勤スタッフがいるが、既に港に停泊している以上、急患ならば病院に急げばよい為に、医務室には二人しかいない。楽人は体を起こして胡坐をかいた。

 

 

「今回はその……ありがとね。沢山迷惑をかけちゃったみたい」

 

「気にするな。好きでやったことだ。君は……あー。大事な部下だからな」

 

 

どこか悔やんでいるようなテキーラ。当然と言えば当然であろう。彼女自身が呪いを受けていたとはいえ、殺意をもって魔法を何度もぶつけたのだから。下手したら公認A級取り消しになりかねない。その辺はタクトの詭弁で『彼女が部屋や独房で何をしていたかは織旗楽人だけが知っている』という事にして有耶無耶にしているが。その辺がタクトの仕事だった。なお、マジーク側としても非常に魅力的なコネクションの為に、事実を知ったうえでそう納得し、カルーア&テキーラに絶対にものにしろと通達が先ほど来ていたが、彼女たちはまだそのメッセージを読んでいなかった。

 

そしてそれに返す楽人は、攻めるも責めるもしなかった。それは仕方がないと言える。ここで振り返ってほしいのは、彼は呪いがどういったことを起因しているかを知らないという事だ。彼の中では自分の告白がテキーラに悩みを与え、その結果精神的に弱り蝕まれた。条件自体は不明だがそれで飲まれてしまった。といった考えであった。丸きりの間違いではないのだが、少々真実とは異なっていた。

 

 

「この前のアンタの告白の返事だけど……」

 

「……」

 

「全部終わってからでいいかしら?」

 

 

だからテキーラの言葉もきちんと理解できたし納得もできた。今の自分にはこれ以上愛を囁く資格も、彼女に受け入れられる権利もないであろう。いつもそうして来た。目の前の問題を解決してから次に当たるべきだ。今回先にあったのはこのヴェレルの計略であり、それを解決しないとすっきりしないのだ。

 

 

「ああ、どうせ後数日中には決着がつく。そう言った予感がしているからな。時間を貰えるんだ。少しでも君に好かれる男になって見せるさ」

 

「……ふふ、面白いこと言うじゃない」

 

 

テキーラは魔法をかけている己の小指が『何も感じていない』ことと、そして何よりも今の発言そのものに対してそう言った。彼女は自他ともに認める気分屋だ。そんな彼女は呪いの間自分の負の感情の極みともいえる状態にあった。

そしてそれを全力でぶつけて、物理的にも精神的にも受け止めた相手がいる。そんな相手に対して無関心でいられるであろうか? 彼女の隣に2枚のカーテン越しにいる男は、きっとそんな事全然わかっていないのであろう。

これでアタシたち二人の名実ともに『救世主様(ヒーロー)』になっちゃったわね。そう彼女は思いながら口を開く。

 

 

「アンタの正体だけど……解らなくなったわ」

 

「……勘付いていると聞いたが」

 

「ええ、思い当たっていた節はあったのだけど。その情報だと顔は十人並ってあったから」

 

「ふむ、またどちらに答えても被害が来そうな言い方だ」

 

「……ま、ご想像にお任せするわ『英雄様』。それじゃああの娘に代わるわ。返事待っててもらえる?」

 

「ああ、待つのは得意だ」

 

 

そう言ってテキーラはカルーアの中で眠りについた。楽人は隣から光が洩れて来るのを感じていたが、特に何も言わなかった。カルーアがこのまま寝てしまうのであれば、静かにしていた方が良いからだ。

 

 

「あの~楽人さ~ん。今日はありがとうございましたわ~」

 

「ふむ、どういたしましてだな。お礼は言ったのだ、もう気に病む必要はないぞ」

 

「それでもですわ~」

 

 

カルーアにもお礼を言われる。というかなぜ彼女達は楽人が起きているのがわかったのであろうか。彼には知る由もないが、『何故か』眠ることができそうもないゆえに、ベッドの上に胡坐をかいている彼は、逆側の常夜灯から照らされ、カーテンにスクリーンの様に影が映っているのだ。

そして、そのシェルエットで判別できるカルーア。がその辺にまで彼は頭が回っていない。なんだかんだ言って彼にも疲労が蓄積していた。

 

 

「もし私にできることがありましたら、何でも言ってくださいね」

 

「ん? 何でもか?」

 

「はい。楽人さんは私たち二人の命の恩人ですもの。何でもいたしますわ~」

 

 

その言葉に揺らぐ楽人。好きな年上のお姉さんが『何でも』なんて言えば、揺るがない男はいないであろう。その言葉に含まれる意味も考える余裕がなくなる程には。

 

 

「そうか……それならば、この戦いが終わったら言いたい言葉がある。それを聞いて欲しい」

 

 

何とか自分を律してそう口にする楽人。そう言えたのは自分が彼女に思いを伝えていないことと、そうしたいという強い気持ちがあったからだと言える。軍規スレスレの言葉であるが、それでも今言える最大の科白だ。

 

 

「はい! お待ちしておりますわ。その時はその首輪がきっと……」

 

「ああ、首輪が無い身体で君に伝えたいんだ」

 

「ふふ……楽しみに……しています……わ」

 

 

その言葉を最後に、疲れていたのであろう、カルーアは眠りについた。結局この夜彼はまともに眠ることは出来なかったが。それでも充実した一晩であったことは事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

「────と! 楽人!」

 

「はい、何でしょう、ランファさん」

 

「ようやく戻って来たわね。それで結局誰なのよ? 0の馬鹿は教えてくれなかったのよ」

 

「休暇にも皆さんで行かれたようですし。0さんもしや秘密を独占するつもりでは……」

 

「0? どちらですか?」

 

「いやいや、こっちの話さね」

 

「0は何も答えてくださいません。楽人さんの想い人を教えてください」

 

 

意識が戻った先にはこれまた美少女から美女まで4人に囲まれていた。しかも問い詰められるという形でだ。少し気になることはあったが、彼女たちに言えることそれは

 

 

「秘密です。明日には決着付けますから。それまでは……『二人の』秘密です」

 

 

少しらしくない言葉だった。

 

 

 

この後様々な攻防を潜り抜けて、何とか死守することに成功する。勝因は何と言っても機密保護の為につけられている、首輪のアンタイテレパス能力であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日 カズヤとリコは二人で合体紋章機に搭乗していた。目の前にあるのは閉ざされた大きな輪────クロノゲート。すぐ後ろにいるのはルクシオール。さらにその後ろに整列している艦隊は300にも上る大艦隊だ。あの戦いの後でこれだけの数を用意したのは流石と言えよう。

 

 

「緊張してるの?」

 

「はい、流石に」

 

「大丈夫よ。アタシに任せておきなさい。しっかりあの娘とつないであげるから」

 

 

カズヤは肩に乗るケルシーにそう言われながら、自分のすべきことを思い出す。それはシンプルにリコの事を思うことだ。心の中に彼女を受け入れる事が大事だとソルダム王は言っていたのだから。

 

「カズヤさん」

 

「なんだいリコ?」

 

 

丁度そのタイミングで通信が入る。既に後は秒読みに迫った決行時間を待つだけの中。有線通信を繋いできたのは当然ながら繋がっているリコだ。この後は魔法でテレパシー状態になるので、通信を切る事になるが。

 

 

「私達でできるのでしょうか……」

 

「できるよ」

 

 

さっきまでの少し不安な緊張した彼はいない。ここにいるのは少し年下の大好きな女の子の前で格好つけている。そしてその女の子の事を何よりも信じている少年だ。

 

「昨日だって、リコは男の人と『握手』できるようになったじゃないか」

 

「そうですけど……」

 

 

男性恐怖症克服特訓の成果は、それなりであった。今まで極々数人の例外を除いてどのような形での身体接触をも拒絶していた彼女は、何か心境の変化があったのか、手と手の接触ならば全く以て気にならなくなったのだ。その成果の後ろには多くの男たちが投げられ続け、ナノマシンで治され続けたという犠牲があるが。

 

 

「不可能だって思っていたことだよね? 握手できるようになるまでは。これも同じことだ。出来るはずがないかもしれない、そう思うのは当たり前だけど」

 

 

カズヤはここで一呼吸溜める。今の自分の気持ちを少しだけ背伸びして伝えるために。次にこの場があったら、背伸びしなくてもいいように、今背伸びする。

 

 

「それでもできたんだから。僕たちなら絶対できるでしょ」

 

「カズヤさん……そうです、二人なら。カズヤさんと一緒なら!」

 

「うん!」

 

────作戦開始まであと10秒です

 

 

二人の気持ちが重なった時に、丁度タイマーからの音声が入った。今回は既にタクトも『二人の世界を作ってもらおう』という事で通信を入れてないし聞いてもいない、故にタイマーだった。その声と同時に二人は通信を切って肩に乗っている妖精を見た。

 

 

カズヤさんと────リコと

 

1つに成りたい!!

 

一緒にいたい!

 

そうしたら何でもできる!

 

 

その万能感は世界を塗り替える物であり、結果としてある現象を起こした。

 

 

 

────エンジェルフェザー

 

それは紋章機と搭乗者が最高のシンクロをした時に現れる、勝利の証の翼。まだまだ未熟な二人だが、いや二人だからこそ、その翼はクロスキャリバーから現れたのである。

 

そして宙域が光に包まれた瞬間

 

 

「ゲートの開放を確認!」

 

「総員乗り込め! 二人に続くんだ!」

 

 

 

ルクシオールは決着の場へと進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────Absoluteには敵の罠があることをこの時彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、ルクシオールワープアウト! クロスキャリバーは!」

 

「確認しました。フェザーは既に消えていますが、同調率は良好の模様。」

 

「収容してくれ。ここで後続を待つぞ」

 

 

────その言葉は叶わなかった。なぜならばルクシオールが通過してすぐに、再びゲートが閉ざされてしまったからである。

 

 

唯一の救いが、そのゲートの閉鎖は、Absoluteのセントラルグロウブ側からの指示ではなかったという事か。どうやらセルダールの方法では、 精々艦が1隻通る時間の解放が限界だったのだ。

 

 

「どうします、司令?」

 

「また開けてもらうにはリスクが高いしリターンも小さい。まだ敵に気づかれていないようだし、此処は急ごう」

 

 

タクトが下した結論。それは 単艦による救出作戦の実施であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します! シラナミ入ります!」

 

「桜葉、遅れました! 申し訳ありません」

 

「いや、気にすることはないよ。席についてくれ。これから作戦を説明する」

 

 

ミーティングルームにいるのはルーンエンジェル隊と司令官のタクトであった。現在『ルクシオール』は戦闘速度の全速力で航行中だ。目標は当然セントラルグロウブである。

 

 

「本作戦で重要なのは、シャトルが安全に航行できる時間と空間の確保だ。勿論シャトルはNEUEにある最高性能の物を用意したけどね」

 

「お姉ちゃんの救出部隊が乗るやつですね」

 

「そうそう、ランファたち元エンジェル隊が担当するよ。操縦士に楽人もつける」

 

 

そう言いながらタクトは宙域MAPを表示させる。と言ってもAbsoluteの構成は至極単純。無限に近い空間の真ん中に、無限に近いエネルギーを持つ、太陽ほどの大きさの人工天体があり、そこにセントラルグロウブが隣接されている。というかそれで1つの施設だ。

セントラルグロウブと呼称されているその巨大な天体は、一言で言うならば巨大な雲丹の様な構造である。突起が表面から生えているが、あまりの大きさの為に突起と突起の間は1kmほどある。そしてそのセントラルグロウブの周りには何もなかった。

 

 

「オレ達はグロウブまで接近。そこで防衛艦隊を蹴散らしてしばらく時間稼ぎだ。まあ、問題なく進むであろう。大事なのはこの後だ」

 

 

ルーンエンジェル隊の面々は思わず黙り込み、口の中の渇きを感じていた。その言葉と同時にタクトからプレッシャーのようなものが放たれたからだ。

 

 

「オレはこの作戦を実行するにあたって、幾つか策と作戦を考えた。たぶん半分くらいは実行しないし出来ないと思う。だから、あえて君たちには言わないでおきたい、この意味が解るね?」

 

「臨機応変に……ですか?」

 

「それもあるけど、君たちの僅かな反応や仕草から、ヴェレルに作戦を読み取らせないってのも大きいかな。なにせあのご老人は結構な食わせ物だ」

 

 

タクトの懸念は未だに姿を見せないヴェレルであった。あれは恐らくヴァル・ファスクのように策を弄してくるタイプ。それも自らに慢心することが無いのだ。なにせ発見されてから数年たち自分への注目が薄れたところでこれだ、相当入念に計画して来たのであろう。

 

 

「だからこそ、君たちには頑張ってほしい、1秒でも長く戦い続けるんだ。この後の防衛戦だけじゃない、オレの予想だと『撤退戦』に近い戦いになると思う。だから消耗は最小限に頼むよ」

 

────了解!!

 

「うん、いい返事だ。それじゃあそろそろ自機で待機を頼むよ」

 

 

 

この日最初の勝負の火蓋は切って下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「よし! リコあの巡洋艦を止めるよ! リリィさん! 右の敵は任せました!」

 

「OKだ!」

 

 

タクトの大仰な言葉と裏腹に、グロウブを守る戦力はたいした量ではなかった。恐らく最低限の駐留艦隊しかないのだ。ヴェレル自身まさか、こんな短期間でルクシオールが来るとは予想していないのであろう。

おかげでシャトルも無事、荒々しい操縦と共にグロウブに到着していた。迅速に退避する為、操縦士である楽人を残して4人はマスターコアへと急いでいる真最中だ。

 

 

 

 

 

「不気味なほど静かね。ミント、人の気配はあるかしら?」

 

「それがまったく……ミルフィーさんの微弱な思考以外は感じられません」

 

「順調なのはいい事さね、ともかく急ぐよ!」

 

「ナノマシンを大量に用意できたのは僥倖でした」

 

 

彼女たちは自分たちの足で走っていない。ヴァニラが変形させたナノマシンでできた四足獣に乗っているのだ。そのほうが早いのと、何より体力を消費しないという面で優れていた。近くの非常用ゲートに接舷したとはいえ、建物の大きさは恒星レベルなのだ。

 

 

「見えましたわ、あそこがマスターコアです!」

 

「よし、ランファ!突っ込め! 援護は任せな!」

 

「全く、フォルテさん人使い荒すぎですよー! 」

 

 

流石にコアの前には護衛しているドローンが2機ほど直立していた。侵入者が想定されていないのか、こちらへの反応は鈍い。ランファは構えこちらに向けられている銃口を観察しながら進む。運の良い事にレーザー銃だ。歪曲装置は携帯しているために、数発程度は問題ない。

 

 

「はぁ! 」

 

 

そのまま懐に飛び込み足刀で銃を吹き飛ばすと同時に、もう1機に向き直る。それと フォルテの愛銃の弾丸がドローンの脳天を貫くのは同時であった。

 

 

「マスターキーは持っておりますが……流石にパスが変えられていますわね」

 

「問題ありません、ミントさん」

 

「ええ、この程度のプロテクトでは甘いですわね」

 

 

ミントはすぐさま開閉の為のタッチパネルの操作に取り掛かる。その間に物理的にかけられている鍵に合わせたナノマシンを作り、片端から解除するヴァニラ。フォルテとランファが念のためドローンを完全に無効化し終わると同時に、二人の作業は終わった。

 

 

「開きましたわ、さあ急ぎますよ!」

 

「ミルフィーさん今いきます」

 

 

そうして4人はマスターコアの中に突入した。

 

 

 

 

 

それと同じころ、ルクシオールに1つ通信が入る。発信元は不明だが、この場所でルクシールに向けて通信を行う存在など1つしかなかった。

 

 

「やぁヴェレル。久しぶりだねー」

 

「貴様ぁ!! タクト・マイヤーズ! どのような奇術を使った!」

 

 

驚き、そして何より激昂している様子のヴェレル。彼とて永久にNEUE側からの介入が無いとは思っていなかった。しかししばらくは大丈夫であろうと踏み、彼の『本拠地』に戻り、戦力の補充を最優先していた矢先にこれなのだ。

彼にとって運の悪い事に既存の戦力の多くは前回の戦いで失われ、残った艦の多くも戦闘には耐えられないと判断され、資源回収の為に適当な無人銀河に派遣してある。数百の大艦隊を直ぐに差し向ける事は不可能であった。

 

 

「愛の力かなー」

 

「おちょくりおって! フンッ! 今に見ておれ!」

 

 

それだけ言うとヴェレルは通信を切った。宣戦布告にしては一方的であり、華が無かったが、仕方あるまい。しかしタクトにわかったことがある。

 

 

「とりあえず、ミルフィーが戻ってくるまでの時間は稼げたみたいだね」

 

「はい、ルクシオールのレーダー内での通信の発信は確認できませんでした」

 

 

敵がどのようなステルスを展開していても通信を発すれば感知できる。当然であろう、どれだけ上手く隠れても声を上げてしまえば意味が無い。高性能なルクシオールのレーダーから流石に圏内で通信したままステルスを保つことは考えにくく、急行されても30分以上時間の余裕はある。初戦は一先ず勝利で終わったと言って良い。

 

 

「皆、これからが本番だぞ」

 

 

タクトはムーンエンジェル隊がミルフィーを無事助け出す映像を見ながら小さくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェレル様……どうなされますか?」

 

「うむ、一先ずは手筈通りにするとしよう」

 

 

ヴェレルは目の前に控えるNEUE出身の男にそう答えた。この男の矮小な思想には毛ほども興味が無いが、それでも補佐人員としてはそれなりに使えるのでおいているのだ。

 

 

「恐らくタクト・マイヤーズならば……あの当代最高の戦略家ならば、ゲートキーパーの回収の際に何もしないという事はないであろう」

 

「EDENのゲートを開放するでしょうね」

 

「うむ、故にあそこには防衛衛星を大量に設置してある」

 

 

ヴェレルはそれでも十分とは思えなかった。しかしカードはそれだけではない、Absoluteという空間は彼のホームグラウンドなのだから。

 

 

「知恵比べと行こうか、タクト・マイヤーズよ」

 

 

 

 

 

 

 

ルクシオールは無事シャトルの回収を終えた。ミルフィーは普段と変わらない程に元気な様子であると報告は来たが、この状況でのんきに再会を喜んでいる暇はなかった。彼女達にはこの後やってもらう事がある為に合流をすることはなく、シャトルなどのある第二格納庫で待機させている。

ルーンエンジェル隊も1度補給および休息を少しでも取らせるために、帰艦させている。ルクシオール自体は巨大なグロウブに沿って移動を続けていた。

 

 

「EDENのゲートは開けた……読まれているだろうから、そればっかりはもうアイツ便りだけど」

 

「そうですね、司令。この後は?」

 

「伝えていた通りになると思う。ココには負担をかけるね」

 

「大丈夫です、計算だとできるはずですから、本当は楽人君の補助が欲しいですけど」

 

 

タクトはココと会話しながら、己の勘が告げている警告を受け止めて、モニターを見つめていた。そして予想通りそれは突然現れた。

 

 

 

「周囲に強大な重力反応! 囲まれています!」

 

「そんな、レーダーにはさっきまで何も反応が無かったっていうのに!」

 

 

現在のルクシオールはグロウブという壁で右側面の1面が塞がれているが、それ以外の方向は全て自由であった。しかしその全てにいつの間にか、気が付く間もなく敵が展開していたのだ。レーダーの反応は未だになく、重力探知機に確認された異常によって発覚したのである。そんな異常事態にもタクトは動じず努めて冷静な声で告げる。

 

 

「重力反応があった場所を『目視』で確認してくれ」

 

「りょ、了解!」

 

 

レーダーではなく、カメラを用いた原始的な確認方法だ。しかしそれこそが正解であった。

 

「そんな! 司令あれは!?」

 

「月が……月が出ているのかい?」

 

 

タクトの指示で確認したクルーが見た物、そしてすぐにモニターに映し出されたのは、黒紫に光る『月』だった。

 

 

 

 

 

「タクト・マイヤーズ、どうかね、わが影の月は」

 

「パクリ臭い名前だね」

 

「ふん、ぬかしおる」

 

 

影の月、その中から話しかけてきたのは当然ヴェレルであった。厳密には彼の旗艦にのり、身を隠すようにシールド内部に配置されており、そこからだが。余裕たっぷりなその様子はその月の優位性を『双方が』理解していると知っているからであろう。

 

 

「影の月はその名の通り、ステルス性が高い。作る艦にもその能力が受け継がれる」

 

「ネタばらしありがとう。じゃあ今何隻いるのさ?」

 

「さぁな? 数えてみればよい」

 

 

そして『双方』が想定していた会話を交わすとお互いが同じタイミングで声を上げた。

 

 

「進路変更! ルクシオールは現在よりグロウブの表面を突っ切るぞ! 各員通達通り対ショック姿勢をとれ!」

 

「全軍攻撃開始。標的はルクシオールだ」

 

 

 

ルクシオールは予定通りグロウブの表面を強行突破する。通常艦が通れる大きさではないのだが、精密な操作ができれば本当にギリギリだが通り抜ける事ができる。そして何より、現在囲まれている方面から逃げるように移動すれば、そのままNEUEのゲートの方面に出るのだ。

リスクは大きいがやる意味はあった。各クルーにも本日の戦闘は激しい衝撃が走るであろうと、昨日のうちに荷物や設備へのロックを義務付けている。問題はなかった。

 

 

「ココ頼んだ。皆、情報を逐一通達。敵の砲撃の手は緩むだろうけど0にはならないぞ!」

 

 

これから行くのはグロウブの表面。まるで巨大樹の森のように突起が並ぶ場所をすり抜けて行くのだ。ルクシオールがギリギリな大きさである以上、追撃してくる艦には少しばかり余裕があるが、無人艦が『戦闘しながら』無傷で突破できるほど優しいものではない。

 

 

「死中に活有りだ! 皆行くぞ!」

 

────了解!!

 

 

そう言いながら、ルクシオールはグロウブに突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴェレル様」

 

「うむ、わかっておる。予定通りルクシオールを例のポイントに追い込むのだ。1-3分隊と4-6分隊は手筈通り迂回、7-10は追跡だ」

 

「了解です」

 

 

ヴェレルとて、ルクシオールと戦闘になる可能性はきちんと想定していた。時期が予定より早いだけである。しかも随伴戦力が無いというこちらに有利な条件だ。これ以上のチャンスはないというのは事実である。

 

 

「流石のルクシオール。最小限の接触でグロウブを突破しているようです」

 

「シールドを解除しているのだろう。鎧を着たままで穴倉を通ることはできない」

 

 

ヴェレルの指摘通り、ルクシオールが外部シールドを解除していた。これはシールドを展開したまでは干渉してしまい、グロウブの表面を通り抜けられないからである。敵からの攻撃もある程度距離をとれば、グロウブの突起に阻まれる。散発的な攻撃程度ならば、表面のシールドでも十分耐えうる。必要なリスクであり、リターンは大きかった。

 

 

「流石の『ルクシオール』ですが、先程から何度か小規模な接触を起こしていますね」

 

「破片を作りチャフか何かに用いるための策かもしれぬ。警戒はしておけ」

 

 

ルクシオールも精一杯なのか何度か突起を掠めている。そのたびに外壁の一部と突起の一部がこすれて破片を作っている。チャフとしての効果は薄いが、破片が前から飛んでくるのは後続にとっては脅威であり、牽制程度にはなっているので、恐らくわざとであろう。

ルクシールの外壁や、グロウブの金属は特別堅く重いのだから。それらが無数に降り注いでくるのは恐怖だ。

 

 

「追跡班、半数が中破もしくは撃沈。無傷なのは2割を切ります」

 

「仕方あるまい、追撃の手を緩めるな」

 

 

ルクシオールはそろそろグロウブを抜けつつあった。影の月や迂回部隊が到達するまで数分。それが彼らの手にしたリスクの代価であった。

 

 

 

「よし、ココ! 手筈通りに!」

 

「了解です!司令もご無事で!」

 

 

その言葉だけ交わしてココはブリッジを後にした。そう、全ては計画通りなのだ。恐らくこの場に誘い込まれるであろうことも、少しばかりの時間ができる事も。その時間を用いて彼らが行う事それは。

 

 

「ディバイドシークエンス開始!」

 

「了解、ディバイトシーケンスに入ります:

 

 

ルクシオールの分離機構である。

ルクシオールには2つのパーツがある。1つは紋章機を搭載し多くの機能を持ち、スラスターを多数持つが、出力はそこまで高くない主翼部。

強固なシールドと出力があり、逆に言うとそれ以外ない艦底部。それぞれ独立したクロノストリングエンジンを有している艦なのだ。

ルクシオールは正面から見ると十字架の様な形だが、それがTの字をひっくり返したものとlの形の2つに分かれると言えばイメージが付くかもしれない。

 

ココが向かったのは2ndブリッジ、艦底部にあるブリッジである。最高速度と防御に優れる艦底部はそのまま直進しEDEN方面へと退避するのだ。全ては作戦の通りだ。このあと速度は兎も角旋回性能に優れ回避が得意な主翼部でひたすら逃げながら戦う予定なのだ。と言っても

 

 

「司令、既に包囲網が敷かれているようです。突破は困難かと」

 

「うん、わかってる。この宙域にたぶん敵の切り札でもあるんだろうね。それでも今はとにかく逃げるよ!」

 

 

タクトが今すべきこと。それは手札を補充する事。その為に一度相手に見せている札以外全てを手放した。それは一世一代の博打であると同時に、定石の必勝法でもあるのだ。

今できる最善をして後は待つ。言うは容易いが、彼がしている事の基本はそれである。

 

 

 

 

 

「ルクシオール分離……艦底部はEDEN方面に急行しています」

 

「EDENゲートの状況は……む、裏目に出たか」

 

「はい、不明です」

 

 

Absoluteはただでさえレーダーの利きが鈍る。そう言う空間なのだ。それはセントラルグロウブから発せられる強大なエネルギーによるものだと一説には考えられている。その上彼にはこの後の策の副作用として、先程から一体にチャフをばら撒いている。レーダーの性能が下がるのも致し方あるまい。

勿論悪い事ばかりではない、そのレーダーの低下は相対的にステルスの性能を上げるのだ。常に重力測定装置やカメラによる目視をしながら航行しなくてはならないというのは、ブリッジクルーからしてみれば中々に骨である。

 

 

「いつまで続くかな……ルクシオールよ」

 

 

 

 

状況は流転しつつあった。

 

 

 

 

 

「っち! キリがねーぞカズヤ!」

 

「アニス、此処は耐えてくれ! ナノナノ修理を頼む! テキーラもリリィさんも僕たちの傍を離れないで!」

 

 

何度も敵からの攻撃を躱しながら移動し、それでもなお包囲網は狭まっていく。その状況を打開すべく紋章機によって包囲の一部を食い破るという判断に出たタクトによって、数分前に紋章機はスクランブル発進をしていた。

しかしながら気が付けば戦闘宙域内に入っている無数の艦は彼女たちの精神を確実に蝕んでいた。本日2度目の戦闘機での戦闘。間に有った休憩も息もつかさぬ逃亡劇であったために、精神的な疲労は重いと言える。

 

 

「カズヤ、耐えるだけでいいんだ。敵はこっちの餌に食いついている。艦底部が無事に脱出できただけで目標は達成している。無理はしないでくれよ」

 

「了解! リコ、ハイパーブラスターまでどのくらい?」

 

「あと1分ほどです。カズヤさん」

 

 

合体紋章機越しに聞こえるリコの声に疲労感が感じられるのは、きっとカズヤだけではないであろう。仕方がないと言える。もう見えるところまで影の月が迫っているのだ。

つい先ほど、敵はデモンストレーションのように高速戦艦を50隻造って見せたのだ。その影響もあって、テンションは少しばかり下降の傾向がある。あと何分続けられるかわからなかった。

 

 

「カズヤ、オレが時間を稼ぐから、その間に皆を補給させておいてくれ」

 

「時間を稼ぐって、どうやって!?」

 

「口八丁……かな? 通信を繋いでくれ」

 

 

タクトはすでに包囲網の突破は諦めていた。周囲に『見えている』艦だけで100はある。何とか周囲の艦は片づけたものの、補給をしている間に追いつかれるのは目に見えている。ならば逆にここで構えるべきであろう。

 

 

「先ほどぶりだな、タクト・マイヤーズ。白旗の用意は済んだか?」

 

「何のことだい? そっちこそそろそろ艦の備蓄が底をついたんじゃない?」

 

「ふん、ぬかせ。だがあえて教えてやろう。まだまだ余裕があるとな」

 

 

挑発のように軽く敵の戦力を探ろうとするも、きちんと意図を読まれたうえでどうにでも解釈できる言葉が返されてしまった。タクトは持っていた疑念を確信に変えた。

 

 

「やっぱり、オレの事意識してるだろ。ヴェレル」

 

「なにかと思えばそんな事か。当然だ。影の月に敵対できる戦力そして脅威となる人物。片手で数えるほどだが、だからこそ全員を警戒している」

 

「だよねー。オレのやることにここまで驚かないの、久しぶりでさ。やり難いたらありゃしないよ」

 

 

どの口が。ヴェレルはタクトの言葉を聞いてそう毒づいていた。

タクトが此処まで用意した策はこちらとほぼ互角だ。そうヴェレルは思っている。しかし相違点があるとしたらその策の前提だ。ヴェレルは慎重策として、自身ができる最善の用意をしていた。タクト・マイヤーズならばそれを越えてくる可能性も想定して戦力を蓄えたのだ。

そしてタクト・マイヤーズが仕掛けた策は『ヴェレルが自分を対策取っている』事を前提とした動きだったのだ。グロウブを突破した位置に敵が誘導したがっているであろうから、そこまでの最短の道を進んで分離する時間を稼いだ。言葉にしてしまえばそれまでだが、これは誘導したい場所に戦力がすでに配置されていないという前提が必要だ。

 

どこでも良い訳ではない。ヴェレルが誘導するためにあえて空白の地帯を作るであろうと読んだうえで、そこに行くと決めて、素早く行動し自らの好機を作り出した。懐に飛び込むところまではお互い読んでいた。追い立てたのはヴェレルだが、全力で駆けこまれてしまったのもヴェレルだった。

そんなタクト・マイヤーズと、とにかく全方位に警戒し、自分の思い通りにタクトを追い詰めたヴェレル。結果は兎も角、過程に至っては常にヴェレルの上をいかれている。

 

 

「しかし、その余裕。どこまで続くかな?」

 

「へー隠し玉でも?」

 

「いや、此処は見せ玉だな」

 

 

ヴェレルはその言葉と同時にルクシオールを囲んでいた艦を少し引かせた。そして自身の前に砲撃戦陣形を組ませたのである。これにより、強行すればルクシオールは包囲網を突破できるようにはなった。しかしそれは確実に大きな損害を被ることになるのが確定したのだ。

元々主翼部のシールドはそこまで高くない上に、構造的にもダメージに強い訳ではない。包囲網を突破するのならば穴を作ってそこをすり抜けるのがベストだったのだ。逆に艦底部ならば、砲撃に撃たれながら、少ない艦を抜けたほうが良いともいえる。

 

 

「さて、そろそろ話も飽きたし、決着をつけるとするか……」

 

「……それはこっちの科白かな?」

 

「何!?」

 

ヴェレルがもったいぶっている間、その時間こそがタクトが欲しかった物。手札を補充するための時間をタクト・マイヤーズに与える事がどれだけ下策なのか。それは一度手痛いしっぺ返しを受けなければ学習できないのだ。

誰もが彼を対策取ろうとした時に、追いつめるまでの手順は実行できる。しかしそこから奇跡が起きて逆転されてしまうというのを、本当の意味で理解できないのだ。

ルクシオールの優秀なレーダーは捉えていた。この場最も『それ』に近い位置にいるというのもあったが。それでもタクトには見えていたのだ。

 

 

「クロノブレイクキャノン、発射!」

 

 

最高に『クール』な声が宙域に響くと同時。時空をも壊すような砲撃が影の月とそれを守るように展開していた艦隊へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ック! 馬鹿な! EDENゲートはこちらの防衛衛星で封鎖していたはず!! 100隻の戦艦であろうが1時間は突破できない守りだったのだぞ!」

 

「よぉレスター。遅かったじゃないか」

 

 

レスターはとりあえずクロノブレイクキャンを打ち込んだ。軍規的に言えばかなりブラックすれすれなのだが、状況が状況故致し方なかったとも言える。

 

 

「簡単な話だ。こっちには紋章機があった。それだけだ」

 

「そうか! 烏丸ちとせが……いや! 1機で突破できる布陣じゃないぞ!!」

 

「詳細は軍規故に控えさせてもらおう。おい、タクト。このヴェレルが黒幕って事でいいんだよな?」

 

「そうそう、大体そんな感じ」

 

 

何時もと変わらぬ緩い口調だが、レスターにはわかった。彼の髪がいつもより少しだけくたびれている事に。どうやらかなりギリギリの戦いで苦労していた様子だ。らしくもないことだな。と内心で呟き、アルモの方を一瞥する。

 

 

「どうだ?」

 

「はい、あの『影の月』は依然無傷。ですが80隻以上の艦の破壊に成功しました」

 

 

意思疎通は完璧、何せ長年連れ添った大切な部下だ。レスターはアルモの事を信頼しているし、向こうもそうだろうという確信がある。だからあえて何も言わなかったのだが。

 

 

「ぐぬぬ……だが、たった1隻来たところで何ができる! 他の艦とその紋章機は置いてきたのであろう?」

 

 

ヴェレルこの言葉尤もだ。この場に来られたのはエルシオール1隻のみ。ノアが手回しして搭載していた新型紋章機5機と護衛艦隊はゲート近くで未だに交戦しているであろう。通すべき荷物があるからだ。

激昂しながらの物言いだが、ちゃっかり30隻ほどの艦を増産している当たり、冷静なのかもしれない。そもそもヴェレルは自身が搭乗する旗艦を常に影の月の強大なシールドの中に置いている程の用心深さだ。レスターは皮肉気に笑いながら口を吊り上げた。

 

 

 

「そう、たかが艦1隻さ。────空母だがな」

 

 

 

 

その言葉と同時に『エルシオール』の下部ハッチが開かれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッツショーターイム!」

 

蘭花・フランボワーズはどこか楽し気に拳を突き上げながら。

 

「この感覚……久しぶりです……」

 

ヴァニラ・Hは静かに操縦桿を握り締めて。

 

「私の場合、既に懐かしいというレベルですわ」

 

ミント・ブラマンシュは着座調整を手際よくこなしながら。

 

「こうして、また先輩方と轡を並べる事ができるなんて」

 

烏丸ちとせは気分を高揚させて。

 

「舐めさせられた苦汁、百倍にして返すよ!!」

 

口元を拭うように憤るのはフォルテ・シュトーレン。

 

「私を利用して悪いことしようとしてたなんて、許せません! バーンってやっちゃいます!」

 

怒りとそして満面の笑みを浮かべながら女神ミルフィーユ・桜葉はそう言った。

 

それは6人の天使がこの場に舞い降りたという、最高の援軍の到着であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な! 先ほど紋章機をと……まさか……奴か!」

 

「勝手に想像してな。おい、タクト。こっちはもう一度クロノブレイクキャノンを撃つぞ。その間に敵を削れ」

 

「あいよー了解。って言いたいところだけど。やばいかもしれない」

 

 

 

勢いに乗っているのはこちらだ。ならばそのまま敵を踏みつぶす。それは道理であるが、そう言った時だからこそ、敵が用意した溝に躓いてしまうリスクは上がる。タクトは『正しく』理解していた。

 

 

「ククク……フフフ……ハハハハハハ!!!!! 」

 

 

「うわ、見事な悪人笑い」

 

「失笑を禁じ得ませんわ」

 

「同感だぜ、あんな小物笑いNEUEでも聞けねーよ」

 

「NGだな」

 

 

新旧エンジェル隊が散々な感想を付ける中、それでもヴェレルの心境は晴れやかであった。なにせ

 

 

「すべてが計算の通りだ。感謝するぞ、タクト・マイヤーズ。貴様はここに厄介な存在のほぼすべてを集めてくれたぁ!!」

 

「なにぃ!」

 

 ヴェレルの言葉に驚くのはレスター。何せこちらには11機の紋章機がいるのだ。クロノブレイクキャノンの準備も始まっており、タクト・マイヤーズの用兵にかかればまな板の上のなんとやらであろう。

 なのに余裕を崩さないどころか高笑いまで始めたのだ。気でも違えたと思うが、彼の軍人としての勘は隠し玉があるのかもしれないと、警戒レベルを引き上げた。そしてその直感は嫌なことに正しかったようだ。

 

 

「ゲルンは優秀な王だった。ヴァル・ファスクとしてはだがな。事実奴が使った戦法は効果的な時間稼ぎだった。黒き月も目的と手段はきちんと合致していた」

 

「何が言いたい!」

 

「こういうことだぁ!」

 

 

ヴェレルの言葉と同時に天頂方向に10機の防衛衛星が現れる。どうやら最初からこの場に設置しており、主機を落としてステルスにしていたようだ。ステルスの伏兵が多く、重力反応はあったが、察知しきれなかったようだ。木を隠すなら森の中といったところか。

 

 

「防衛衛星で何ができる」

 

「言ったはずだ、時間稼ぎだとな」

 

 

防衛衛星のシールドが展開されると同時に戦場の天井を覆い尽くすような強大なシールドが発生した。なる程、確かにあれを突破するのは骨であろう。クロノブレイクキャノンは影の月のシールドを破壊するのに用いる為に、正攻法で突破する必要があるからだ。しかし

 

 

「意味ない所に壁を張った所でなんになる」

 

「ククク……貴様らの目は節穴の様だな」

 

「ココ……はいないんだった。サーチを頼む」

 

 

タクトの言葉と同時にスキャニングが始まる。そしてヴェレルも機は熟したとばかりに『ソレ』のステルスを解除した。

 

 

「んな! なんだあの馬鹿デカい砲台は!」

 

「目の前に手本があるのだ、それを利用しない手はないであろう」

 

 

防衛衛星のさらに上にあった物。それは巨大な砲台であった。質の悪い事にそれはクロノブレイクキャノン以上のエネルギーを貯め込んでいる。

 

 

「あれは、クロノブレイクキャノン程の砲撃は出来ない。だが砲撃の範囲はかの黒き月の砲撃にも勝るぞ」

 

 

名称をつけるとすれば宙域破壊砲といった所か。とにかく砲台を大きく作ったそれは、使われている技術レベルが現代相応のものであるために、費用対効果としては効率は悪いのであろう。しかし、かなりの距離があるがそれはわずかな軌道制御でこちらを狙えるという事に他ならない。簡単に言うのならば

 

 

「紋章機ならば逃げ切れるかもしれない、だが、その2隻は回避不可能だ」

 

「っく、馬鹿げた真似を……」

 

 

レスターはそう言う物の、状況が逼迫しているのは事実。ここにきて敵が切り札を切ってきたのだから。あれを無効化するには防衛衛星を突破する必要がある、防衛衛星は特殊兵装でもない限り一瞬では抜くことができない。迂回をする時間はなく、それどころか、クロノブレイクキャノンよりもずっと早く向こうのチャージは終わる計算だ。

 この状況は奇しくも、実質的なタクトとレスターそしてエンジェル隊初陣におけるの最後の戦いに近い。無数の衛星とその奥に鎮座する強大な砲台と言うのは、因縁が深い敵の布陣だ。

 

だが、レスターは先ほどの自分を思い出す。自分が覚えた本当は信じたくもない『軍人の勘』とやらが察知したのは『嫌な予感』ではなかった。『隠し玉がある』という事だけだったのだ。それに気が付き通信越しにタクトの顔を見ると、何時もと同じような、いや何時も以上にむかつく笑みを顔に張り付けていた。

 

何せ彼は状況を『正確に』把握していたのだから。

 

「なる程、最強の矛と最強の盾をいっぺんに揃えましたってやつかー。すごいなー」

 

「くくく、博識のようだな。そしておだてても状況は変わらないぞ」

 

 

ヴェレルは既に『勝ち誇っていた』敵を前にして『勝利を確信』してしまっていた。だからこそタクトは大きな動作で両手を上げて注目を集める動作をした。

 

 

「さぁさぁ皆さんご注目!! ここにあるのは最強の矛と最強の盾を兼ね備えた『自称・最強』の存在です。敵さん自慢の時間限定とはいえ突破されない守りと、宙域を焼き尽くす砲台はまさに最強でしょう」

 

「ふん、気でも違えたか……まあ良い」

 

 

辞世の句位は読ませてやる寛容な心を持ち合わせているヴェレルは、耳障りなその話し方を適当に聞くことにした。

 

 

「さて、そんな最強の存在と『我々EDEN軍』が戦った場合どうなるでしょう?」

 

 

満面の笑みを変わらず浮かべたままに、通信越しにたくさんの仲間たちに目線を向けるタクト。委細を知らない人でも、その動作から察せるものがあった。

 

 

「ふん……くだらんな、タクト、そんなの愚問だろ」

 

「ハイハーイ! タクトさん私分かっちゃいました!」

 

「誰でもわかるわよ、こんなこと」

 

「ええ、ですが役者の登場に場を温めるのも大事ですわ」

 

「っく……いったいどうなるんだ……見当もつかない……」

 

「フォルテさん、お戯れが過ぎます」

 

「先輩方が楽しそうで何よりです」

 

 

タクトの問いかけに笑みを浮かべるのは幾人かの男女。通信には口を出せない立場の人間も期待を乗せた目でスクリーンを見ている。先ほどまでの不安の色は瞳から消えている。それら人物に共通している事は全員がエルシオールに搭乗したことがある者達であった。

 

そうだ、この場にいない奴がいる。今まで一緒に戦って来て、こういう状況にこそ輝くアイツが。向こう見ずな少年だった奴がいるじゃないか。

 

 

「それじゃあ、正解のほどを────どうぞ」

 

 

挑発的な笑みを浮かべてタクトは広域通信でそう言った。そしてその瞬間。遙か天頂方向。砲台よりもさらに先から『声』が帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────答え 剣が勝つ。最強の僕の剣が勝つ!! 僕の前で最強を名乗ろうだなんて片腹痛いんだよぉ!!」

 

 

それと同時にヴェレルは、ルーンエンジェル隊は。この場にいるすべての人間は見た。

 

紅に輝く一太刀が砲台を破壊する様を。

 

 

 

「馬鹿な! なぜ貴様が此処に!! EDENからもうここまで来たというのか!!」

 

「答える義理はない。皆さんお待たせしました。ラクレット・ヴァルター特殊護衛任務の終了につき、原隊復帰します」

 

 

銀河最強の英雄の懐刀であり、銀河最強の『英雄』ラクレット・ヴァルターと黒翼を羽ばたかせるその愛機ESVの登場であった。

 

 

これにて役者はそろった。自称Absolute人のヴェレルの起こした動乱は最終局面へと動き出したのである。

 

 

 

 

 

 




い、いったいどこから現れたんだ―()


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絶対領域の扉 最終話 銀河最強の露払い担当

 

 

 

 

 

「よし、安全宙域まで離脱させたぞ」

 

「あとは手堅く殲滅すればいいんだな!」

 

「艦隊の支援をすべきでしょう」

 

 

AbsoluteのEDENゲート付近。そこでも一つの戦いがあった。こちらの戦力は戦艦や重巡洋艦を主体とした、打撃と防御に優れるが速度に今一つ不安が有る編成だ。しかしこれが功を奏した形になった。

 

 

「待ち伏せされた時はどうなるかと思ったけど、クールダラス司令の采配は流石だったな」

 

「ああ……烏丸大尉の教えも役に立った」

 

 

5人はそう言うが、多くの戦艦クルー達こそ声をそろえるであろう。この場をしのげたのは彼らの力だと。

 

エルシオールにノアの手筈で一時的に搭載された新型紋章機────ホーリーブラッド5機は圧倒的な活躍で戦場を駆け巡っていた。

 

EDENにあるゲート近くの基地で、エルシオールに一時的に配属することになった彼等5人は、ここ数日の暇な時間、ひたすらちとせから指導を受けていたのだ。ラクレットの訓練では疎かになっていた射撃戦の応用を学んだ彼らは、ただでさえ突出した実力を持っていたが、さらに化けたのだ。

まず、開幕早々防衛衛星を2つ速やかに落とし、その穴をエルシオールが抜けて行くまで見事維持したのだ。そして相手が再び陣形を組みなおした直後にまた穴をあけ『荷物』を無事送り出したのである。

 

 

「ホーリーブラッドは近中距離がメインだが、装備換装を受ける時もいずれあるであろう」

 

「教官からは近づきながらの回避ばっかり教わったもんな、俺ら」

 

「私語をしている余裕があるなら、味方の支援をしろ! コークお前は特にだ!」

 

 

彼等5機は全て同じ機体であるが、ある程度の装備換装をすることができる。しかしナノマシンによる戦場での高速修復だけは出来ない為に、防御に重きを置くべきです。というちとせの短期間ながら密度の濃い教習は見事に実を結んでいた。

 

 

「────ッ! この気配は! 」

 

「どうしたロゼル、新手か?」

 

 

順調に数を減らし、彼らのスコアを伸ばしていく中。ロゼルは突如何かを感じ取ったのか血相を変えた様子だ。

 

 

「教官が! 教官がいる! この銀河に来ている! 今楽し気に敵を葬っているんだ!」

 

「こいつもこれさえなければなぁ……」

 

「妹に行っていたのが全部教官に行った感じだし仕方ないかもな」

 

「まあ、あの人がいるならばもう安心だろう」

 

「ああ、早く終わらせないとこっちに来てドヤされかねない」

 

 

軽い雑談をしながらも彼らは(エンジェル隊を除く)EDEN軍の戦闘機部隊が残した歴代最多戦果を易々と塗り替えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェレルが今回の計画を遂行させる上で警戒した人間は、戦いという盤面に出てくる中では4人だった。月の管理者たちも脅威だが、撃ち破る必要はないのだから。戦うことになった場合警戒すべき所を熟考したのだ。

 

まず1人目は言わずと知れた救国の英雄 タクト・マイヤーズであろう。直接妨害してくるのはこちらだ。計画上まずはNEUEを支配下に置き戦力を整えた後に、EDENに乗り込むのだから、NEUEにいる彼は確実に戦う相手だ。こと艦隊決戦において何をしても強いというのは素直に脅威で、対処方法はシンプルに同等以上の戦力をぶつけ『続ける』必要があるであろう。

 

2人目はレスター・クールダラス。彼はエルシオール艦長であるという点で脅威だ。最強の戦闘機部隊の戦艦空母の艦長であるのだから。また彼とタクト・マイヤーズが同じ戦場にいる場合、阿吽の呼吸でタクト・マイヤーズに追従してくる。これは実質的にタクト・マイヤーズの頭数が増えたのと同義であり、それを阻止する必要がある。確実にEDENに留置し分断すべきだ。

 

3人目はミルフィーユ・桜葉だ。神に愛されているとしか言えない程の幸運と紋章機のパイロットでありゲートキーパーという立場は無視できない。尤も彼女を起点に計画を動かすために、最初に隙さえ見つければ問題はない。

 

そして4人目、それはラクレット・ヴァルターだ。彼が恐ろしいのは単騎での生存能力の高さと瞬間的な火力だ。影の月のシールド以外が10秒と持たずに無力化されてしまうというのは、暗殺者として送り込まれた場合に抵抗する術はない。幸いなことにEDENでの任務に就いているようだが、万が一もあり警戒を行う必要があるであろう。

そう言った形で結論づけられていたのだ。

 

だからこそ、この場にその4人が揃ってしまったことは、彼にとってはあり得ないことであった。

 

 

「ラクレット・ヴァルター!! イレギュラーがぁ!!」

 

「その台詞は来るものがあるが、貴様は許さない。ミルフィーさんを監禁してフォルテさんを脅迫なんて、万死しても足りない。本気で貴様を殺す」

 

「おぉ。燃えてるね」

 

「ふふっ、タクトさんが仕事押し付けてたんですね?」

 

「まあ、あんな任務俺でも嫌だな」

 

 

その注目されていた4人は、一人を除いてヴェレルに対して特に興味が無いのかラクレットの事を話している。ヴェレルとしてもそれは疑問であった。何故ここにいるのだということが。

 

 

「その砲台にたどり着くために迂回したとしても、接敵は0ではなかったはず! どのような姑息な真似をした! 答えろ!」

 

「僕が敵に手を教える愚策をすると思われるとは、ヴェレル貴様はとんだロマ「いいよ、教えてあげちゃって」────はい、了解です」

 

 

折角のラスボスとの会話なのにと内心でラクレットはボヤきつつ、そのタクトの言葉が即ち「ルーンエンジェル隊の補給が終わった」という意味だと理解したことは悟られずに口を開く。言外に時間稼ぎはいらないから、思い切りやれと言われたのだ。

 

 

「こういった時の為の備えとして僕はずっとタクトさんの傍にいたんだよ、諜報合戦では最後の最後でこちらの勝ちだったかな?」

 

「馬鹿な! ルクシオールに貴様の乗船記録はなかった。マジークであの魔女に探らせた時も姿は確認できなかったのだぞ!」

 

 

顔を怒りで赤く染めて叫んでくるヴェレル。これ以上隠し玉がある様子には見えないし、本当に言っても問題ないであろう。精神的揺さぶりもこれ以上必要が無い気もするが。

通信モニターに復帰したルーンエンジェル隊の面子の顔を拡大表示するように設定して────こっそり録画機能も起動させて────から、ラクレット・ヴァルターは胸ポケットから黒いベルトを取り出す。

 

 

「────ではこの顔ならばどうかな?」

 

「な、お前はタクト・マイヤーズの側近の!」

 

「え? え? なんで?」

 

 

その顔を見たカズヤは、その瞬間思わず声を漏らさずにいられなかった。ヴェレルの反応など完全に頭に入ってなかったのだ。ラクレット・ヴァルターという名前は聞いたことがある。

前大戦の英雄の一人であり、戦闘機パイロットだったはずだ。しかしその人物が見覚えのある黒いベルトを首に当てた瞬間、顔つきが変わり体が『小さく』なったのだ。

 

 

「お、織旗中尉!? ていうか、あの体格でもとより縮んでたんですか!?」

 

「わぁ! ラクレットさんが楽人さんだったんですか!? すごいです!」

 

「っけ。さっきのが楽人の素顔ってわけかよ」

 

「ナノナノはスキャンで知ってたけど、ママ達のお友達だとは知らなかったのだ!」

 

「中尉!! ついに我々に協力して頂けるのか!」

 

「ふふ……楽人でラクレットね……そのままじゃない」

 

「どう、ヴェレル? これが人類の力『お約束』だよ。織旗楽人を古代語に置き換えてそれを変換すると『旗を折るらくと』 フラグブレイカーのラクレットになるんだ。そんな事にも気づかなかったお前の負けだよ」

 

 

思い思いの反応を返すルーンエンジェル隊と、捕捉してくれるタクトの声を聴きながら、ESVを下降させる。彼の頭によぎるのはここまで来た経緯である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を巻き戻すとしよう。

 

 

 

 

 

「コンテナの中で待機ですか?」

 

「うん、それで艦底部に取り付けちゃうんだ」

 

 

場所はルクシオール司令室。もはや恒例となった秘密会議には適任の場所である。そこにいるのはタクトとラクレット(楽人フェイス)の2人である。

 

 

「ココがグロウブの中を通り抜けるっていうのは聞いてるよね?」

 

「厳密には彼女の操舵で。ですね。存じ上げております」

 

「うん、その時にわざとぶつかって、その衝撃で君を艦からパージしたい。愛機と一緒にね」

 

 

タクトが話しているのは、ラクレットの出撃方法であった。未だに格納庫の片隅に設置されているコンテナ。整備班の中では開かずのコンテナとすら呼ばれているそれは、中にESVが積載されている。それをそのような回りくどい方法で出撃させたいとタクトは言っているのだ。

 

 

「確かに裏はかけると思いますが手間が多すぎる気がします」

 

「まぁ、話はこれからだ。オレの予想だけど、敵は何かしら仕掛けてくると思う。全部上手く行けば11の紋章機にクロノブレイクキャノン。2隻の戦艦を相手にする。周囲の戦力は他の艦にて一杯だろうからね」

 

「まぁ、広域を纏めて葬る手段は用意しているでしょうね。恐らく砲撃に特化した戦艦を遠距離に大量に配備する……辺りでしょうか。旗艦の防御に人員をこちらが取られてしまえば、苦戦は必須ですし」

 

 

タクトも楽人(ラクレット)も敵が何かしらの切り札を用意している可能性を考慮していた。この時点で二人は影の月という存在を認知していなかったものの、それでも何かしらの手は打ってあるであろう。そう考えて動くべきだと。

 

「だからミルフィーを救出した後────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽人さん、発進を!」

 

「ミルフィーは無事に確保したよ!」

 

「了解です!」

 

 

場面は変わってシャトルの中。無事にエンジェル隊がミルフィーを救出してシャトルに戻ってきたところだ。5人は乗り込むと、何よりも先にきちんとシートベルトをするあたり流石であろう。

 

 

「あ、ラクレット君だぁ! 久しぶりー」

 

「ちょっと、ミルフィー。一応変身してるし、アンタお約束守れてないわよ」

 

「あ、そっかぁ! えーと」

 

「すみません、ミルフィーさんに一先ず急ぎでやって頂きたいことがあります」

 

 

ミルフィーの言葉に合わせてラクレットは操縦桿を操りながらも、やるべきことを優先した。何せこの後の戦局に影響があることなのだ。優先度は非常に高いと言える。

 

「え? なになに?」

 

「はい。座席の下に桃色の箱があります。その中にカードが何枚か入っているので、箱の穴から手を入れて1枚引いて欲しいのです」

 

「うん、わかった。はい! えーと……天頂って書いてあるけど……」

 

「ありがとうございます」

 

 

タクトの作戦はこれで整った。正直ズルをしているような気分だが、先に仕掛けてきたのは敵側なので問題は無かろう。

 

 

 

そう言ったわけで彼はこの後帰還してすぐにコンテナと共に艦底部に設置されることになったのだ。後はココがわざとかすらせたタイミングで、破片と共に落下すればよい。なによりセントラルグロウブの辺りはその圧倒的なエネルギーもあり、ステルス潜航すれば敵に気づかれずにやり過ごすことができる。

グロウブの突起の陰で行えばさらに隠密性は高まる。仮にシャトルに乗せて出撃した場合よりも隠密性は高い上に、ぎりぎりまでルクシオールにいれるために奇襲を仕掛けられた場合へのカウンターにもなっていたのだ。尤もその心配は杞憂であったが。

後は敵が通り過ぎ、十分に距離をとった後、ひたすらルクシオールの天頂方向に進み待機していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、そう言う訳だから。ヴェレル、そろそろ年貢の納め時だよ」

 

「ック……だがこちらにはまだ30隻以上の艦がある。まだ破れてなどいない!」

 

ヴェレルのその言葉を肯定するかのように、わらわらと影の月から水を流し込んだアリの巣のように艦が出て来る。戦いの決着自体はまだついていないのだ。

 

 

「あれ? 今の間にまた作ったの。ちゃっかりしてるなぁ。まあいいや。カズヤ指揮を任せた。俺はここでさぼ……ラクレットの方の管制をするから」

 

「りょ、了解! って、もしかして11機全部ですか!?」

 

「当たり前じゃないか、もちろんエルシオールとルクシオールも頼むよ」

 

 

タクトは事も無げにそう言う。まあカズヤにはあからさまにサボりたいという態度を見せたが、彼は本当にやることがあるのだ。ラクレットの管制以外にも。

 

 

「さぁ、カズヤ見せて見なさい?」

 

「カズヤさんの指揮楽しみにしてましたのよ?」

 

「アタシが仕込んだんだ。下手な真似するんじゃないよ」

 

「ご命令をカズヤさん」

 

「ふふ、お手柔らかにお願いしますね」

 

「カズヤ君頑張ってねー」

 

「りょ、了解です……それじゃあムーンエンジェル隊! ルーンエンジェル隊! 出撃」

 

────了解!!

 

 

こうしてヴェレルとの最終決戦第一ラウンドが開幕したのだが、双方があくまでこれは前哨戦に過ぎないという想定の上での戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい! あ、次の目標は敵G,I,Nです。近い人頼みます!」

 

「了解よー、アニスしっかりついてきなさい!」

 

「ガッテンだぜ! 姐さん!」

 

 

カズヤはこの局面において1機1機正確な指揮をすることを放棄した。それは勿論技量といった面もあるのだが、こちらの戦力が圧倒的なので、撃破優先度をつけるだけで回るのだ。特にムーンエンジェル隊の面々が阿吽の呼吸でフォローしてくるので、ダブルブッキングもない。

 

 

「戦場に羽が沢山……綺麗……」

 

「だね……僕たちのと違って、純白の羽なんだねEDENの紋章機は」

 

 

リコが思わずそう漏らしてしまうほどに、縦横無尽に羽ばたく6機の紋章機の軌跡に流れる羽は幻想的であった。クロスキャリバーの羽は機体のカラーと同じオレンジ色が付いていたが、彼女たちの羽は揃って純白だったのだ。

そしてその羽が通った先には何も残らない。跡形もなく破壊されていくのだ。古来より畏怖の対象となる圧倒的な力は、それ自体が美しさの様な魅力を持っていた。それならば彼女たちの6機は、なる程確かに美しいのは道理であろう。

 

 

「防衛衛星からの支援砲火が無いだけで、こんなにスムーズになるなんて」

 

 

だが、カズヤが最も注目したのはそこではなかった。戦闘開始直後、シールドの壁を張っている防衛衛星が致命的ではないが、無視できない攻撃をひたすら仕掛けてきたのだから。

ルーンエンジェル隊と何よりカズヤの最初の目的は、敵の自由戦力と接敵する前にその砲台の無力化で動こうとした。しかしながらムーンエンジェル隊は迷いなく敵艦隊に向かい口を揃えてこういったのである。

 

────あれはアイツに任せればいい。

 

その言葉は直ぐに現実となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクレット、久々の腕の見せ所だよ。こっちはエネルギーの調整に入る。ココがお土産を連れてきているみたいだからね。一人でやれるよね?」

 

「もちろんですよ……今までの鬱憤をたっぷり晴らさせてもらいます」

 

 

その言葉と同時に、自らの周りに漂っていた砲台の残骸が爆発するが、一切気に留めることなく真下に見える防衛衛星に愛機を回頭させ全速力でつっこむ。重力など無きに等しいために、急降下とはいかないが気分的にはそれに近い。

 

 

「まずは2本で試し切らせてもらうぞ!」

 

 

瞬く間に接敵。漆黒の翼を羽ばたかせ、紅い光の宿る黒い機体はさながら死神のそれだった。振り下ろす鎌は真紅に光る2振りの剣。以前の青と銀をベースにしたカラーから一新し、赤と黒という急にラスボスの様なカラーリングになったのは偏に義姉の趣味である。

 

単騎駆けこそ我が常勝の定石とばかりに、迷いなど欠片も見せずに飛び込んでいくラクレット。彼の接近と同時に防衛衛星がルーチンに従い迎撃を開始する。

 

機械的な対空迎撃だが、敵も数だけは十分にいるために散漫な動きでも、大量の弾丸およびレーザーが殺到する。しかし、シールド出力にリソースをとられているのであろうか、同規模の衛星の集団よりも幾分か弾幕が薄い。

それでも激流の川の滝の水量が、土砂降りの雨の水量に減ったようなものだ。水に当たり濡れて、びしょびしょになるという結果に変わりはない。最も

 

 

「この程度の攻撃ではかすりすらしないぞ!」

 

 

当ればであるが。機体の剣の形状が4刀流になり大型化したことで最高速度は落ちた。しかしそれを補って余るほどの手数、火力、なによりも精密な軌道制御に答えるスラスターを手に入れたのがこのEternity Sword Variableだ。

 

「この程度の攻撃じゃ止まらない! 止まれない!」

 

軽々ではなく、美しくもない。しかし効率と成功率だけを重視した、最低限かつ最小限の動きで回避し捌き接近する。敵が無人でなく、有人だったのならばその機械の様な姿だけで脅威に見えたであろう。

 

瞬く間に被弾を0のまま防衛衛星の1つに辿り着く。お粗末なことに────というか、当然ではあるのだが────フレンドリーファイアー防止設定を切ってないようですぐさま攻撃がぴたりと止む。

 

「二刀両断……なんてね!」

 

分厚いシールドをものともせずに、バターを熱したナイフで切り裂くように、一切の抵抗なく己の剣を衛星の中枢に叩き付けた。一点にのみエネルギーが集中している使用上、彼の機体はとにかく分厚いシールドを持つ大型の敵に相性が良いのだ。そのまま自ら剣を振うが如く振りぬく。

 

そもそも他の紋章機や戦艦による攻撃は遠距離のそれだ。破壊力があるのはそれが斉射され続けている間であり、実体弾に至っては一瞬だ。絶え間なく当て続けるならともかく、一瞬ではクロノストリングから供給されるエネルギーですぐさまに修復し切れるのである。その点剣は継続した火力が瞬間的に叩き込まれるのだ。それ故にシールドの出力さえ上回ってしまえば問題なく刈り取れるのである。

 

例えるのならば、艦隊や紋章機での戦いを水鉄砲にする。勝利条件は敵の顔に水をかけるなどをして咳こませるか、顔を拭わせればよい。この場合のシールドは水中ゴーグルやマスクなどであり、武装は水鉄砲だ。

距離と火力を重視するも小回りと速射性を取るのも各々の自由だが、顔にかけてもゴーグルやマスクに阻まれて、直ぐには勝利条件の達成は出来ない。時間をかければ流石に問題はないであろうが。

そしてその場合ラクレットとESVは濡れた手ぬぐいを振り回すキチガイ一歩手前の俊敏な筋肉達磨だ。事案とかそう言った事は置いておくとして、顔に1発当たれば視界は塞がれ呼吸ができなくなるのは必須。リーチが相対的に0というレベルなのだが、防具が厚い鈍重な相手にはより有効なのだ。

 

そして今の彼は自由自在に4つの武器を操りながら、既に懐に入ってしまっている。あとは一方的な殺戮の時間にしかならないのは当然であろう。

元々右の剣で攻撃をはじき返し、返す刀と左の剣で突く。それが2刀流の限界だった。手数が足りないという局面はないとは言えなかったのだ。

 

しかし今は違う、目の前の衛星を破壊した彼はそのまま次の敵の懐に勢いそのままに飛び込む。既に攻撃モーションに入っている為に、上下から殺到する攻撃に対処する余裕はないと見えたのであろう。

 

「次は4本だ!」

 

その言葉と同時に小さな破裂音と共に両刃刀が分離し、前方に有った剣はそのまま勢いを殺さずに攻撃に回る。一方で放たれた裏刃となっていた2本は、待っていましたとばかりに迎撃を開始したのだ。

 

「感度良好、これならいけるぞ!」

 

 

これこそがESVの最大の特徴であり4本の腕による戦闘術だ。攻撃の際の手数を増やすだけではなく、攻防を一体に、本当に同時にすることができるのだ。流石に亞光速で迫って来るレールガンなどは、予め構えて未来予知して合わせる必要があるが、普通に来ている攻撃など物の数ではないのだ。

 

結局足止めにすらならなかった攻撃を対処された衛星に未来はなく、瞬きの間に機械から鉄くずへと姿を変えた。残りの衛星は8基。元々10基は2列に5基ずつ並んでいたのだが、残りは4基が2列になっている。元々かなり密集した配置であったが、戦闘が開始され、より一層密度を上げてきた。恐らくそろそろフレンドリーファイアー防止機能も切られるであろう。

 

「被弾が少なすぎて、テンションが溜まるまで時間がかかったな……」

 

そしてその配置は彼にとって最も都合が良いものであった。一切攻撃を受けないままここまで来て、今日の撃破数は3つ伸びて漸くテンションが溜まったのだから。

 

 

「義姉さんがオミットしちゃった特殊兵装だけどさ。別に問題ないって習ったし」

 

 

ノアはこの機体を解析して1つの結論に至った。それは『この機体には特殊兵装機能は搭載されていない』という事だ。

馬鹿なということなかれ。特殊兵装とは彼女の定義では『超常現象であり、物理を越えた魔法のようなもの』なのだ。

撃ったはずの弾丸を再び三度と放つ。ビームが曲がる。ワイヤーが数千万キロ延びる。搭載してない筈の武装を浴びせる。人間の限界以上のフライヤーを操る。ビームが曲がる。一瞬で宙域一帯にナノマシンが拡散する。ビームが曲がる。そういった奇跡こそが特殊兵装の真骨頂である。

ノアとしては、ただ出力が瞬間的に上がり数千kmの刃ができるだけのそれは再現しようと思えばできなくはないので、彼女からしてみれば特殊兵装としなかったのだ。最近はNEUE製の紋章機という物が出てきて、エタニティーソードはどちらかというとそちら寄りだという事も分かり、考えを改めたのだが。

 

それでも当時は同調率が最大になった時に『コネクティッドウィル』が撃てるようになるといった、ソフトウェア側の機能を削除したのだ。そしてラクレットに忌々しげな顔で告げたのだ。

 

「アンタがその時一番やりたいと思う使い方で剣を振いなさい……か。まあH.A.L.Oシステムがあればいくらでも無茶がきくって事なのかな?」

 

 

故に彼は機体を一先ず移動形態に変形させた。その結果腕とその先についていた剣はコンパクトに格納され翼の下につけられたミサイルのように機体と平行に固定される。これで準備は万全だ。

 

「双剣を重ねた時の間からビームとかって打てそうだよね? という訳でやってみる。そうだな」

 

自分の中でのイメージは固まった。後は心を震わせて飛び込むだけだ。小さく深呼吸をしてさらに機体との同調率を高める。自然と頬や手の甲に紅い刺青のような模様が浮かび上がってくる。これが彼の全力を出すときの状態。

ヴァル・ファスクとしての能力が低いために用途は限定されており、通常のVチップには距離があるとアクセスすら難儀。ヴァル・ファスクの利点である遠距離での同時操作というものを丸々潰しているのだ。それでもいやだからこそ、愚直にこれを極めた。

自分の機体を信じて、自分の機体に全てを委ね、自分の機体を操る術。それこそがラクレット・ヴァルターが最強である所以。感情によって信じ、合理によって操るハイブリットだからこそできる、後に次世代型ヴァル・ファスクと呼ばれる存在の第一号。人馬一体を完全に体現するからこそのクロスレンジ最強なのだ。

想像力とそれを実現しようとする行動力。なによりその際に怯まない心こそが、誰よりも先に戦場をかける事で培った力こそが最強の武器なのだ。

 

気でも狂ったかのような、恐れの見えない急加速から、そのままもはや接触するのではないか程瞬時に『的』に近づく。それと同時に移動形態故に、殆ど動かない剣を唯一動く機体と平行の向きで大きく後ろに下げる。まるで渾身の一撃を叩き込む直前の引き絞りのように。レールの上を勢いをつけるために一度後退させるイメージを籠めた。

そして思い切り叫ぶ。声にすることでイメージでしかないそれを現実に定義する。それこそがこの技のトリガーになるのだ。

 

 

────エターナルレイランサー!!

 

 

 

彼のその叫びと共に突き出された剣から放たれたのは紅の光の矢。重ね合わせてあった剣の刃と刃の間から巨大な杭のように伸びた『血染めの紅』それは、圧倒的な熱量と共にとある属性を持っていた。

 

「────貫け!」

 

不吉なほど紅い光の槍は、接触している防衛衛星を何の障害もなかったかのように貫き、そのまま次の目標へと真っ直ぐ進んでいく。

その直線状に存在するすべてのものに、須らく平等に破壊を与える死の槍。というかもはや杭であった。と言っても3千キロも進めば消えてしまう短い物であり、このように敵が重なってもいない限り1つの目標に当てる必要があるそれではあるが。

 

 

「もう一発だああああ!!」

 

 

しかし、その声と同時にいつの間にか移動していた彼が、ご丁寧に整列したままのもう1列に向けて突っ込んだ。この攻撃はそもそもこういったゲルンの考えた時間稼ぎという紋章機へのメタの様な作戦、それ自体への有力な解決法でもあり、切り替えしの鬼札であるエタニティーソードをより特化させる技だと言って良い。

 

イメージしたのはパイルバンカー。巨大な今まで切って来た艦の血を吸った分の赤さを誇る必殺の杭。剣のエネルギーを一時的に留めて形状化して、剣と剣をレール代わりにして打ち出す。溜めも大きく予備動作も必要であり、なおかつ射程も非常に短い。1本に束ねた剣を思い切り動きながら振り回した方が、広範囲をとらえられるであろう。しかし動かない固まった敵に対してはこれほど有効なものもない。

 

要するに今後ゲルンの猿真似をする反乱勢力が出た際に、効率よく排除するためのカウンターなのである。そう言った意味でヴェレルの準備は紋章機に対して最適解であるがゆえに、ESVにとってはお得意様でしかなかったのである。

 

 

「殲滅完了……ESVのデビュー戦には少し物足りないかな」

 

「あら? やっと終わりましたの? こちらの獲物はもう殆ど残っていませんわ」

 

「そうそう、ブランクで鈍ったんじゃないの?」

 

 

ミントとフォルテからはそんな煽りが飛んでくる。勿論きちんと真意を彼は理解している。さっさと手伝いに来い、一気に畳みかけるぞといったものだ。尤もこれは彼の解釈なので本当かどうかは定かではない。

 

 

「加勢に行きますと言いたいのですが……そろそろ主役のご到着です」

 

 

ラクレットのその言葉と同時にレスターの声が宙域に響き渡った。

 

 

「クロノブレイクキャノン、充填完了。総員進路上から速やかに退避しろ。目標は影の月だ!」

 

 

天文学的なエネルギーが砲身に宿り、今か今かと発射を待ちわびている。周囲の安全を確認するとレスターは静かに宣言した。

 

 

「Unlimitedクロノブレイクキャノン────発射ぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬぅぅ!! あの混血劣化種族の男がぁ!」

 

 

自慢の切り札を試し切りする感覚で壊されたのは、ヴェレルの精神にそれなりの揺さぶりとなっていた。結局のところ彼の敗因は見下してしまったことであろう。ヴァル・ファスクと人間を。自らの部下ですら利用するだけで、活用しようとはしてないのだ。それが彼の限界であった。逆に言うと彼が信じるのは自らのテクノロジー影の月だ。

 

 

「そうだ、この影の月のシールドは黒や白の月など足下に及ばぬ。クロノブレイクキャノンが届くはずがないのだ!」

 

 

彼がそう言うと同時に、クロノブレイクキャノンの砲撃が始まった。圧倒的なエネルギーが目の前のシールドに当たり眩い光を生み出す。カメラ越しだから問題はないが、仮に肉眼で見たならば失明は必至であろう。それ程の光だ。シールドにもすさまじい負荷がかかっているのがわかる。だが事実。彼のいう通り。

 

 

「ふははは、みたか、エルシオール。これが本当に無敵の盾。影の月のシールドなのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っく、フルチャージのクロノブレイクキャノンが利かないだと! 化け物め!」

 

「ふん、下等種族にしては良くやったと言っておこう。だが無限の軍勢を作れるこの無敵な月を前には貴様程度では役不足なのだよ」

 

「くそぅ……俺達にはもう……なす術がないというのかぁ!」

 

 

慟哭するレスターと得意げに誇り見下してくるヴェレル。アルモはめったに見せない少しばかりふざけている彼の様子で、笑いを堪えるのに必死であった。きっと久しぶりに戦友達とまとめて会うことができ、同窓会の様な楽しげな雰囲気がこの場に有るからであろう。

 

 

「我が軍門に下るというのならば、命だけは助けてやろう」

 

「いや、それは断る」

 

「な、なにぃ!? なんだその変わり身は!?」

 

「ん? いや時間稼ぎだが。おいタクトこんなもんでいいか?」

 

「うん、ばっちりだよ。ね、ココ」

 

「はい、無事に到着しました」

 

 

手のひらを返され、目を白黒させるヴェレル。既に自分の感情の波が荒ぶりすぎており、無自覚な疲労が蓄積しているであろう。というかご老体には高血圧に気を付けてもらいたいものだ。と皮肉でも言うべきかもしれない。

ともかくタクトと通信に復帰したココの表情が、まだEDEN軍には手札があることを悟り、すぐさま彼はカメラの映像をルクシオールに移す。

 

そこにあったのは、いつの間にか戻って来たのか艦底部と合体し直したルクシオールの姿だが、先程と違う所が1つある。それは両主翼の先端に巨大なそれこそ直径200m高さ300m程の黒い樽の様なものが接続されているという事だ。

 

 

「な、なんだそれはぁ!」

 

「うん? こっちの最終兵器だよ。黒き月の管理者が白き月の管理者とヴァル・ファスクと協力して作った。EDENの新兵器。その名もデュアル・クロノ・ブレイクキャノン。ついでに教えてあげるけど、退避したほうがいいと思うよ」

 

「な、何故ここにそれがある!」

 

「元々配備してからルクシオールは航行する予定でしたが、艦本体が早期に完成したために見送られていましたからね。タクトさん」

 

「そうそう、ココのいう通り。ここまで来れたのは、新型紋章機部隊が頑張ってくれたらしいよ」

 

 

「な、なななななななにいいいいいいいい!!!」

 

 

ここにきてヴェレルはまともに言語を用いる事ができなくなる程の混乱にあった。いつの間にか副官であったはずの人間が自主的に避難して、この場からいなくなっている事にも気づかないほどには狼狽している。

 

 

「ヴェレル。確かに君は、凄い頑張って色々用意してたみたいだね」

 

 

タクトはそう言ってレスターを見る。続きをという事なのだろうと納得しレスターも同意しながら口を開いた。

 

 

「だがな、EDEN軍はいくつもの銀河と種族の垣根を越えた組織だ。貴様のような一人の存在では到底渡り合える存在ではない」

 

 

レスターは再びタクトに返しながら、親指で首をかき切った後指先を下に向けた。やっちまえ。そうタクトは受け取った。

 

 

「既に艦のエネルギーは調整済みだ。ステリーネ、限界まで出力上げるから見といてね」

 

 

タクトがそう言うと樽のようなものが展開されていく。外壁が花弁のように5つに割れ花柱が折り畳み式の望遠鏡のように伸びて行く。底の部分も後ろに展開され、黒かった表面に紅い光が宿っていく。禍々しく不気味な光景であった。

 

 

「デュアル……ま、まさか、双発の! 何故だ! なぜ貴様はこうまで予想外の事を次から次へと!!」

 

「それはオレ達がEDEN軍で、守るものがあって、きみが敵だからだよ」

 

「やるからには全力で叩き潰す。それが今の俺達の流儀だ。そうならない様にするための活動が今の仕事なんだ」

 

 

その言葉の間にも凄まじいエネルギーが2つの花の中心に集まっていく。ここまでスムーズなチャージができるのは、予めタクトがキャノンモードに移行する様にエネルギーの管理を行なっていたからである。決してサボっていたわけではないのだ。

既にルクシオールの窓からは光の1つすら見えない。紅い不吉な光に照らされた艦はルーンエンジェル隊から見ても少しばかり不気味であった。

 

 

「それじゃあ行くか、レスター」

 

「おう、と言っても発射はお前がやるんだ。2回もオリジナルを撃たせてもらったなら十分さ」

 

「わかった────デュアル・クロノ・ブレイクキャノン、発射ぁ!!」

 

 

その宣言と同時に眩い2つの光がルクシオールから放たれ、影の月のシールドへと襲い掛かる。二つの光が当たったその場所から卵の殻のように亀裂が走っていく。ヴェレルは既に艦を月の下部から退避させていた。そしてその判断は正しかったのであろう。

数瞬の後には光が影を貫き。眩い閃光と衝撃と共に爆発し、衝撃波と真空でなければ聞こえるであろう轟音と共に、彼の最終兵器は塵へと帰ったのだから。

 

 

「さて、カズヤ。お膳立ては十分だろ? 今度は12機だ。敵は旗艦だけ。油断はできないけど、苦戦もないと思う。だから一度経験しておきな。自分たちがどれだけできるのかって事をね」

 

「────了解。みんな、今までの見てたよね?」

 

 

カズヤは先ほどからの息をつかさぬ歴戦の天使達の活躍から、司令達のやり取りまでを見て沢山思う所があった。自分は成長したと思っていた。しかしそんなものはまだまだちっぽけなものであったこと。

 

「きっとさ、ヴェレルとの戦いの前だったら、ボクは今の戦いがどれだけ凄いのかすらわからなかったと思う」

 

 

この戦いがあったからこそ、死ぬかもしれない、勝てないかもしれない。そんな『闘い』を経験できたからこそ、先達との距離がどれほどあるのかを自覚できた。

漠然とした距離感ではなく、はるか遠くの1等星の様な眩い光を。小さいながらも確かに背中が見える事を知ることができた。

星の導きで、道をわざわざ示してくれたのだ。後はそこまで走り抜けて追い抜くだけだ。

 

その道のりは険しくなるであろう。だけど、きっとこのルーンエンジェル隊というチームならばできる。カズヤはそう思えたのだ。

 

 

「でも、今ならわかるよね。皆、目指す先は遠いけど。僕たちにだってできるはずだ。皆の力を合わせれば!!」

 

「カズヤさん……そうですね。私だって、お姉ちゃんみたいになるんです!」

 

「おう、アニス様はまだまだ進化してるんだぜ?」

 

「うむ、その心意気OKだ。収穫は十分にあった」

 

「そうねー。まあ、アタシとしてもあの子も、こんなの見せられたら止められないわよ?」

 

「ママ達は凄かったけど、ナノナノたちも負けてないのだ!」

 

「うん、皆! 行くよ! ムーンエンジェル隊の皆さんもお願いします! 織旗……じゃなかった、ヴァルター中尉も!」

 

 

それがカズヤの心からの言葉だった。

 

 

「まかせて、カズヤ君!」

 

「そうそう、アタシたちに追いつくなんてまだまだ早いわよ」

 

「そう簡単に追いつかれてしまってわ、こちらも形無しですもの」

 

「面子ってものがあるのさ、先達にはね」

 

「頑張りましょう。皆さん」

 

「はい。先輩方。後輩の皆さん」

 

「ラクレットでいい。何せ僕もまだ道中だ。最強のね」

 

 

12機と13人はそうして戦場に降り立った。白い翼が6つに黒い翼が1つ先行し、それを追いかける彼らの背中に翼が生える日を夢見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

「皆、さっき言ったとおりにやろう!」

 

「はーい。それじゃあ、1番ミルフィーユ! いっきまーす!」

 

 

彼女の陽気で威勢の良い声と同時に放たれるのは桃色の光。既に単艦となり、一人で戦うまさに孤軍奮闘のヴェレルの旗艦グラン・ヴェレルは、ルクシオールと同程度には強大な艦であり、彼女には遠慮する義理も道理もなかったのだ。

 

「ハイパーキャノン!」

 

 

その光はすぐさま艦に当たり分厚いバリアに負荷をかける。そしてあっさりと瞬く間にはがされてしまうバリアだが、彼女達はまだまだ止まる気が無かった。

 

 

「ごめんね、ちとせ。先に撃っちゃった」

 

「いえ、お構いなく。それではリリィさん。参りましょう」

 

「OKだ! 烏丸大尉!」

 

 

本来ならば、射程に最も優れる2機が先に動き出すべき局面だが、抑えきれなかったミルフィーはバーンとやってしまったのである。だが問題はない。彼女たち2機はその分時間をかけて狙うべき場所を見据えていたのだから。

 

 

「正鵠必中……フェイタルアロー!!」

 

「穿て我が信念の輝き! エクストリームランサー!」

 

 

2機から放たれた弾は敵のスラスターに致命的な損害を与える。これでただでさえ遅かった敵の足が完全に止まる。まだまだ砲門はあるが、それでも動けないというのは致命的な問題になりえるのだ。

 

 

「次は……」

 

「ああ、教官の出番だ」

 

「あいよ、任せときな!」

 

 

足が止まった相手の下方に、理想的な位置取りをしたフォルテのハッピートリガーが襲い掛かる。敵の艦は巨大なロケットに4つの小さなロケットをくっつけたような形をしている。その小さなロケットこそが砲門を配備した部分であり、堅牢なシールドを展開できるものなのである。つまりそこを破壊してしまえばよいのだ。

もちろんシールドが剥がれていても分厚い装甲と、何よりも内部に展開するシールドが無人区画故に非常に強力になっている。砲門を潰されても本体への攻撃を阻む物理的な装甲として作用するのが特徴なのだ。

 

 

「今までの仕返しをまだ終えてないんでねぇ! 派手に行くよぉ! ストライクバースト!!」

 

 

機体の展開装甲から大量のミサイルが発射され襲い掛かる。さらに自前の砲門からも一斉攻撃。まさにフルバーストという言葉が相応しいその蹂躙によって、4つある砲門区画の1つが完全に消し飛んだ。

辛うじて本体部分から延びる接続部の残骸が見えるほどにしか既に残っていない。えげつない一撃であった。

 

 

「まだまだ足りないんだけど、此処は譲ってやるよ。ミント!」

 

「承りましたわ。私はテキーラさんと合わせればよろしいのですわね」

 

「そうだったはずよ。原理は違えど中距離機同士。仲良くやりましょう?」

 

 

フォルテが攻撃したのは丁度下部についていたユニットであり、打ち上げられた結果、こちらに腹を見せるような形になったのだが、むやみに近づいては的になってしまう。故に射程内ならば自在な角度から攻撃できる2機の出番だった。

 

 

「お行きなさいフライヤーたち……フライヤーダンス!」

 

「ヘキサクロスブレイク! ふふっ、綺麗な攻撃になるじゃない」

 

 

ミントの機体から放たれた21のフライヤーが、生きてるかのように敵の周りを飛び回り、さながらダンスフロアの様な攻撃を作り出しながら、無数のプラズマ砲を浴びせる。

そこに重ねるように、スペルキャスターのクリスタル・ビットが展開しライトグリーンの六芒星をその場に描いた。そしてそれが押しつぶすかのように収縮していき、同じように砲台部をこの世から消し去ったのだ。

青と緑の光が輝く非常に美しく華やかな攻撃であった。

 

 

「そろそろ終わりましたか? ヴァニラさん?」

 

「はい、今まさに充填完了です、ナノナノ行きますよ」

 

「はいなのだ! ママと一緒にできてうれしいのだ!」

 

 

ヴァニラとナノナノは周囲の艦をターゲットに取り終えていた。ナノナノは全ての味方紋章機をメインに、そしてヴァニラは今壊した砲門部分をも対象とっての発動だ。

 

────リペアウェーブ!

 

その言葉と同時に2機からナノマシンのシャワーが散布され一瞬で宙域を包み込む。瞬く間に先ほどの戦闘で傷ついていた機体が修復されていく。癒しの光は味方に安らぎそれと同時に敵の損傷した2か所の砲門の欠損部を強制的に塞いだ。

そう、ナノマシンによってクロノストリングの動力経路を無理矢理つなぎなおしたのである。これによりエネルギーを一時的にカットしなければ、ショートサーキットによって最悪艦のエンジンがすべて止まってしまう。結果的にシールドの出力を弱めざるを得ないのだ、可愛い顔をしてこれまたえげつない方法であった。

 

 

「これで十全ですね。ランファさん」

 

「ありがと、ヴァニラ。それじゃあアニス! もう1回ついてこれるかしら?」

 

「姐さんこそ、こっちの爆発に巻き込まれちゃ困るぜ?」

 

 

その刹那、彗星の如く2機の紋章機が飛び出していく。目標は当然巨大な砲門部分だ。既に半数を無力化しているが、とにかく堅い事に定評があるのか、本体部には損傷が見えない。近づくことができるのは高い機動能力を持った機体だけであろう。

 

「もらった! アンカークロ―!」

 

蘭花のその言葉と同時にワイヤーが無限に等しいほどの長さで伸びていき、ただでさえ加速していた機体よりもさらに高速で飛び出し2つの砲門部をそれぞれで殴りつけた。その衝撃で何とヴェレルの旗艦グラン・ヴェレルは、わずかだが弾き飛ばされたのだ。

 

「こっちももってけ! ジェノサイドボンバー!」

 

断続的に続いている火線も、流石に物理的に場所を動かせばラグが生じる。その瞬間をついて、アニスも負けじと特殊兵装を叩き込んだ。広範囲を爆撃するそれが、残った2つの砲門を爆破し無力化する。既にヴェレルの艦は丸裸だ。あとは堅牢な装甲と本体部分の砲台位しか残っていない。

 

 

「皆さん、完璧です! それじゃあ後は!」

 

「こちらラクレット。位置についたぞ。タイミングは合わせる」

 

 

ここに至るまでの筋道をカズヤは大まかにしか立てていない。しかしそれで十分だったのだ。この銀河最強の力が集結している戦場では。そして最後の仕上げは整った。

 

 

「リコ、行くよ!」

 

「はい、カズヤさん!」

 

 

 

今日何度目かわからないただ名前を呼ぶだけの意思疎通で二人は、操縦桿を握り正面の目標を見る。確実に倒すならば、敵の周囲に取り憑き衛星軌道さながらの周回をしながら、クロスキャリバーの特殊兵装を使う必要がある。

だが、これ以上長引かせて資源を回収に行っている艦隊が増援に来ても困るのだ。この機会で決まらなければ通常兵装でちまちま削ることになってしまう。だから確実に決める必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……くるか、NEUEの紋章機よ」

 

 

ヴェレルは既に戦意の殆どを喪失していた。仕方あるまい、彼の立てた策は、タクトにとって新人の成長に丁度良い教材といった程度にしかならなかったのだ。飛ぶ鳥を落とす勢いで発展し続けるEDEN文明。過去の平行世界連盟が生きていた頃にはまだ及ばない、所詮は罪人の作り上げたものだという侮りこそが敗因だったのだ。

 

一気に接近して周回軌道に入るクロスキャリバー。グラン・ヴェレルの残り少ないが、決して無視できる数ではない砲門を全て向けての斉射を開始するが、既に彼には予感があった。

 

自分が乗っているのは────旗艦なのだから

 

 

 

 

 

 

「旗艦殺し(フラグブレイカー)か……忌々しいな」

 

「全くだ。その名は嫌いなんだ」

 

 

いつの間にか接近していたのか、目の前にいるのはESVだ。特殊兵装を撃つほどの同調率はないようだが、この機体が懐につかれた時点で、旗艦としては終わりなのだ。

 

 

「誰かのための露払いこそが、僕とこいつの十八番なんだよ!」

 

 

その言葉と共に4本の剣が縦横無尽に、自由自在に伸縮しながら振り払われる。残っていた僅かな砲門は、数ミリすら回頭する暇もなく爆発し無力化された。最後に1本にした剣でブリッジ部分を貫き、通信が切れたことを確認すると、ラクレットはその場を離脱した。

 

 

「「ハイパー! ブラスタ――!!」」

 

 

二人のその唱和する声が響き渡り、グラン・ヴェレルの周りを回り出す。その機体の先からは眩いばかりのオレンジ色の光が注いでおり。それが照射されているグラン・ヴェレルは徐々に粉々になっていく。そして、ある瞬間に限界を迎えたように爆発し、塵となった。

 

 

 

 

 

こうして、ヴェレルが起こした騒乱は一先ずの決着を迎えた。

ムーンエンジェル隊とルーンエンジェル隊が介した戦闘として語り継がる

1つの戦いの幕が下りたのであった。

 

 

 




そ、そんな、織旗楽人の正体が……
まさかラクレット・ヴァルターだったなんて……


次回エピローグ

フラグブレイカー ラクレット・ヴァルター


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エピローグ フラグブレイカー ラクレット・ヴァルター

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

 

 

「リコ!」

 

 

戦闘終了後のルクシオール格納庫。エルシオールからシャトルで一時的に合流したエンジェル隊であるが、最初に響いた声は麗しい姉妹の再会であった。ゲートキーパーという仕事柄なのか、妙にフリフリとレースの付いたドレスのような服を着ているミルフィーユ。そんな彼女の胸に、リコは思い切り飛び込んだのである。

 

「ふえええええええん!! お姉ちゃああぁぁん」

 

「よしよし。もぅ、リコは本当に泣き虫なんだから」

 

 

ずっと心配していた訳であり、圧し掛かっていた心の重しが取れたからなのか、感極まって泣き出してしまうリコ。しっかり者ではあるが、彼女はまだ14歳の少女なのである。

そんな彼女にミルフィーは優しく微笑みながら、何度か髪を愛おし気に撫でる。以前より少しだけ傷んだ髪に心配させたんだなぁと思う彼女であった。

 

 

「ほら、リコ。可愛い顔が台無しじゃない。はい、ハンカチ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

受け取ったハンカチを一端広げて顔を包むリコ。その後思い切り鼻をかむ。決して乙女が出して良い音ではない音が響き渡り、苦笑するミルフィー。

尚、先ほどミルフィーが気付いた、リコの髪の痛みの主な原因は、海での初めての恋人とのバカンスが原因である。リコにとって幸いだったのが、カズヤがその音を聞いて苦笑するだけだったことか。

 

 

「ミルフィー!!」

 

「タクトさん!」

 

 

丁度リコが離れたタイミングで、もしくは見計らっていたのか、格納庫の扉が開きタクトが駆け寄って来る。マントは乱れ、息を切らしている事から、シャトルの到着を聞いて必要最低限の事務処理をして駈け出して来たのであろう。ミルフィーもタクトの方へと駆けだした。

 

 

「良かった……本当に……無事で……」

 

「はい……またここに戻ってこれた……信じてましたよ。タクトさん」

 

 

今度は映画のワンシーンのように抱き合う男女。先ほどからその様子を見ていた両エンジェル隊はそれぞれ思い思いの反応を示しているが、目立つのは感動し、もらい泣きで号泣するリリィと、そう言えば司令が既婚者だったと今更ながらに驚くカズヤである。

 

 

「にしても、カズヤ。よくやったね」

 

「あ、君がカズヤ君ね。助けてくれてありがとう」

 

 

ミルフィーはそれこそ今気づいたかのようにカズヤの方へと向き直る。実際今まで二人の世界を作っていたのだから仕方がないが。カズヤは自分と同じほどの────厳密にはヒールを含めると自分より大きい────女性に向き直る。

やはり非常に綺麗な人だと、カズヤは改めてそう思った。こちらに向けられている笑顔は、なるほど司令が銀河1だと豪語するだけはあって、リコと違った趣の良さがある。

 

 

「は、はい!」

 

「うん、指揮の腕も士気高揚の語りも、期待以上だったね」

 

「そうそう、カズヤアンタ本当に悪くなかったわよ?」

 

「ええ。気持ちよく戦える指揮でしたわ」

 

「タクトと比べればまだまだだが、そりゃ酷ってもんさね。成長したね、カズヤ」

 

「見事な指揮でした。自分のできる事をこなせてました」

 

「ええ。流石ミルフィー先輩が選んだだけあります」

 

 

便乗するかのように、口々にカズヤの指揮を褒め称えるムーンエンジェル隊。事実カズヤは良くやっていた。素人に毛が生えた様なものだった彼は、仲間と歩調を合わせて成長し、荒削りながらも操縦しながら指揮をし、さらにパートナーとの同調も高く保った。これは仲間と力を合わせて戦うという、エンジェル隊の流儀においてはベストな行動であった。

逆にカズヤに対して厳しく見るのだとすれば、彼はほぼ手放しに褒められているという事か。それは期待以上であったという事で、最初の期待値が低かった故の評価とも取れる。

彼より2つ下で初陣を済ませた、単騎特攻武力介入旗艦撃墜をしたあの男は、和解後常に高い期待値があったために、厳しい評価が続いていたのだ。少なくとも戦闘においては。

いうなればカズヤは褒めて伸ばし、奴は叩いてのばすという方向だったのである。

 

 

「へへっ、カズヤよかったじゃねーか」

 

「うむ、カズヤは十分頑張っていた。OKだ!」

 

「カズヤはヒコーキも指揮もできて凄いのだ!」

 

「シラナミならもう十分任せられるわ」

 

「カズヤさん。すごかったです!」

 

 

ルーンエンジェル隊からは主にエンジェル隊に認められたという事も後押ししたのか、こちらも高評価だ。全方面が自分を称賛するというのもなかなかやり辛い。彼はどこか居心地の悪さを感じていると、ふと思い出した格好の話題があることに気づく。

 

 

「そうだ! 織旗中尉……じゃなかった、ラクレット・ヴァルターさんは!? というか、どういうことなのか説明してください!」

 

「あぁそうだったね。先に聞きたいんだけど。ナノナノとリコ、それにカズヤとアニスは楽人が誰だかわからなかったんだよね?」

 

 

カズヤが気になっている事。それは織旗楽人────ではなくラクレット・ヴァルターの事であった。なにせ今まで近くにいた人が、実は変装した姿であったのだ。詳しい説明を希求するのは当然の帰結であろう。

本人はシャトル用通用口から、着艦手続がいる紋章機よりも早く帰艦しているので、あれから未だに顔を合わせていなかったのだ。

 

 

「呼びましたか?」

 

「あ、ラクレット。本当丁度良い所に……ってその手はなんだい? 肩に置かれると痛いんだけどなぁ?」

 

 

そして噂をすれば影なのか、この瞬間最初からいたかのようにラクレットがタクトの後ろに現れた。その神出鬼没ぶりは、思わずリリィは無意識のうちに剣の柄に手を置いているし、アニスも腰を落としてナイフを取り出せるように構える程であった。

 

 

「こちらラクレット。クールダラス司令。被疑者タクト・マイヤーズを確保」

 

「ん、了解した。おい、タクトぉ! お前が投げ出したせいでなぁ! NEUEから今来た援軍の扱いに苦心してるんだ! その位はやれ!」

 

「え、あ~うん。そうだねぇ……うん、祝勝会をしよう!」

 

「ふざけるな!」

 

 

彼がここに来た理由はタクトの確保である。彼も先ほどまで急いで戦後処理をしていたのだが、何とか自分の分を終わらせたら、タクトがいなかった為に判断を仰ぐことができなくなったので来たのだ。

正直彼自身疲労を感じてないこともないので、あとは現在のトップ2に任せる事にした。

 

 

「それで、私……いや僕が誰だったかだね? カズヤ」

 

「は、はい!(口調がころころ変わってて距離感掴みにくいんだけど!)」

 

「ラクレットさん。カズヤさんが口調を統一してほしいと考えておりますわ」

 

「そうですか。じゃあ砕けた感じでいくよ。まず僕は織旗楽人としてこの艦である任務を遂行していた」

 

「あ、ラクレットさん。久しぶりです! 任務ですか?」

 

 

リコも気になっているのか、近くに寄って来る。それに目で返しながらとりあえず説明を急ぐことにする。

 

 

「ああ、大きな目的は2つ。1つはタクト・マイヤーズ准将の護衛。というよりこのルクシオールを非常時に防衛する。と言うのがあった。まぁ、これは多分知ってたと思う。どうやって守るかとかは兎も角ね」

 

「確かに、楽人さんのしていた仕事は、タクトさんのお手伝いと護衛って言ってましたね」

 

「うん。もう一つは君たちの護衛さ。ただこっちは少々特殊で、僕がいることで成長を阻害してしまうのではないかという話が出てね。無いとは思うんだけど、慢心したり頼りきりになられたりしても困ったという訳だ」

 

 

自ら口にして思うのは、絶対自分が変装する意味はなかったという事である。しかし既に終わったことだ。ラクレットは周りを見ながらそう言った。ルーンエンジェル隊の事情を知らなかった4人は目を白黒している。今一呑み込めていないらしい。

 

 

「うむ、カズヤ。中尉を責めないでくれ。私たちの成長を促すのには最適だと上層部が判断したのだ」

 

「そうそう、というかアタシは途中で気づいたわよ?」

 

「い、言われて見ればタクトさんも思わせぶりだったし」

 

「名前もそのまんまなのだぁ……」

 

「EDENの英雄なんだっけか? オレもそれを知ってれば勘付けたかもなぁ」

 

 

カズヤ、ナノナノ、アニスは脱力しながらそう答えた。思い当たりそうな節は沢山あったのだ。それを思考を停止して考えなかったこの現状こそが、タクトからの遠まわしな教訓のような気がする。

エンジェル隊にいる以上全てを疑ってかかりつつ、全てを信じろ! みたいな。なにせ正体を隠していた赤の他人が本気で自分たちの味方だったのだ。

最も赤の他人ではない人物もいるが。

 

 

 

「ら、ラクレットさん。そのこんな時に言うのも変ですけど、お久しぶりです!」

 

「ああ、リコちゃん。久しぶり。写真では何度か見てたけど、大きくなったね。乗艦した時にも思ったけどね」

 

 

その筆頭でもあるリコはラクレットの巨大な肉体の前に物怖じせずに立っていた。少しばかり緊張しているのは、久しぶりに会うからでもある。

 

 

「ラクレットさんも、また大きくなりましたね」

 

「うーん? 上にはもうほとんど伸びてない分、腕周りとか胸板がどんどんね。ってそんな事じゃなかった。リコちゃんよく頑張ったね」

 

 

ラクレットの主観的にリコは尊敬する先輩の妹といった所か。大したことは出来ていないが月一での文通をしていた仲でもある。たまに添付される写真でどんどん大きくなっていき、10歳の少女だった彼女は今、立派な恋する乙女になっているのだ。

実際スタイルも十分立派である。何の順番という訳ではないが、リコ14歳>アニス16歳>ナノナノ(推定)10歳である。

 

 

「あ、ありがとうございます。ってあれ? わぁ!」

 

「ああ、頭を撫でるような年でもなかったかな?」

 

「って、中尉! リコに触ってる!」

 

 

カズヤはラクレットが、リコにとって『何時も頼りになるお兄ちゃん』だと前に聞かせてくれたのを思い出して、少々複雑だが静観していた。ちなみに義兄の方は『頼りになることもあるお義兄ちゃん』である。

しかしラクレットの行動には複数の意味で思う所があったので割り込んだ。その言葉と同時に、自分の背後にいる両エンジェル隊数名の視線が冷えた気もするが、気のせいであろうと自分に言い聞かせながら。

 

 

「やはり、これなら平気かな? リコちゃん」

 

「は、はい! 少しびっくりしましたけど。だってラクレットさんだし、触ってませんから!」

 

「え、えーと……」

 

「ああ、カズヤすまないね。君の彼女だというのを失念してた。撫でているように見えるかもだが、1マイクロメートル程浮かしている。まだナノのレベルには行けない。修行が必要だな」

 

 

ただ絶句するカズヤ。要するにギリギリの所で触ってないから大丈夫だよ。と言う事である。リコも手が近くにある事はプレッシャーになるが、長い付き合いがある。もし仮に投げちゃったとしても絶対無傷である。と言う確信もある事により心の余裕があるのか何時もの様な体の強張りもない。

ちなみにラクレットはリコに投げられそうになっても、それに力を合わせて無効化できるのではないかと考えているが、特に意味もないので試してはいない。

 

 

「な、何なんだこの人……」

 

「ラクレットに驚いてたら、幾つ心があっても足りないよ」

 

「あ、タクトさん。お仕事は?」

 

「レスターが全部やってくれるって」

 

 

全く悪びれることなくそう言うタクト。もはや慣れているのだが周囲の生温い視線が彼に集まるのは仕方がないであろう。まあ、今までやり取りをしていたレスターとは、叫び声とともに通信が切れたのではなかったために、本当に最低限をしたのであろう。それと

 

 

「祝勝会をしないとね!」

 

「まあ、レスターさんが許可したことでわかりましたけどね」

 

 

この祝勝会はルクシオールで行われるものだが、きちんと意味のある行為だ。今回の騒動は2つの銀河とその中継地であるAbsoluteまでをも巻き込む大きな物であった。それが終わった直後に、大した戦いではなかったけど解決したということを示すために、そう言った事を行うのは大事だ。

なによりもエンジェルたちのテンションを高く保つためにも。そしてそういった仕事はレスターの苦手とするものでもある。勿論できない訳ではないのだが、故にお互いの合意で分担したのである。

 

 

「皆、改めて言うよ。お疲れ様。各々昇進なりボーナス成り色々あると思うから、それに関しては期待しておいて」

 

「そ、そんな。僕たちは出来る事をしただけです、司令!」

 

 

カズヤが代表する様にそう言うのだが、実際これだけの活躍をした彼女達に何もないというのは、外集団が黙っていないのである。最も流石に任官半年程のルーンエンジェル隊は昇格させるのが難しいものがあるので別の形になるであろうが。

 

 

「それでラクレット。流石にオレの方でもこのままじゃ限界みたいなんだ」

 

「そうですか……まあ、いずれはそうなるとは思っていましたが」

 

「えと、どうしたんですか?」

 

「ああ、ラクレットは中尉なんだけど。それは昇進を無理矢理蹴り続けているからなんだよね」

 

 

タクトが説明したのはラクレットの階級の事だ。彼は本来既に大尉どころか佐官になっているはずの人物なのだ。一部では大佐にして空母の艦長にしようという声も上がっていた。勿論補佐官が必要ではあるが、彼のネームヴァリューと功績と能力は多方からラブコールを受けているのは純然たる事実である。

しかし、彼を旗印に新たな派閥を作る動きがあるというのを耳に挟んだことにより、彼は所謂女皇派の人間であることを強調しつつ、下に入る人間が少ないように中尉でいる事を選んだのだ。

彼の上はガッチリ英雄、宰相兼将軍、女皇が固めているが、彼の下に着きたい人間は多かったのだから。それだけならばまだいいのだが、ヴァル・ファスクの急進派や反貴族軍人を掲げる一般家庭出身者達などの、希望の星や旗印扱いされてしまう可能性もあったのだ。

しかし流石に常識に照らし合わせると今回の功績も加えれば昇進しないというのはあり得ないのである。士官学校を卒業していないという理由だけではもう相殺しきれない。ちなみに、そういった意味では実はミルフィーとランファが学歴という面では優れているのだ。

 

 

「まぁ、そんな訳でさ。一気に中佐ぐらいまでなるかい?」

 

「いや……それは……できればお断りしたいですけどね」

 

「ふふ、実はその方法が無い事もないとしたら?」

 

 

先ほどの言葉と合わせるとしたら、特別な方法であろうが、これ以上偉くなって余計な気苦労を背負いたくないし、なにより階級差がありすぎる恋愛は面倒だなぁ。と目の前にいる尊敬する上司を見ながら思うので、一も二も無く同意するラクレット。そして次の言葉で絶句することになった。

 

 

 

「ルーンエンジェル隊に入る」

 

「…………」

 

「あ、固まったね。というかね、カズヤを入れた時点で、男でもいいならラクレットも入れろよ。って保守派のお偉いさんがせっついたからね。君もう非公式だけどエンジェル隊なんだよね。所属」

 

 

ラクレット・ヴァルターを変装させながら、EDEN銀河の影響の及ばない地域に離すというのは、それだけの事なのだ。単純な任務だけで、そんな超法規的な措置を取ることはできない。ではどうしたか? 簡単だルーンエンジェル隊に入れたのだ。カズヤの入隊が内定した時点でなので、非公式だが、ラクレットの方が早い。

また、これによるメリットはもう1つある。いくら殆どがNEUE製の兵器を用いる部隊だとしても、その搭乗者の多くをNEUEの者で構成しているが、実際はEDEN軍なのだ。

EDEN軍を良く知るものが1人はいないと、軍としての帰属意識がNEUE側に行きすぎても困る。アプリコット・桜葉はEDEN側の人間ではあるが、新兵でありEDEN軍がどういったものかを体感では知らない存在だ。

そういった意味でまさにすべての条件を満たすラクレットは、渡りに『艦』だったのだ。要するに過剰戦力。

 

 

「…………」

 

「アンタエンジェル隊に成りたかったんでしょ? よかったじゃない、ね? ミント」

 

「ものすごく複雑に考えてますが、どうやら名誉ムーンエンジェル隊に入れないことのショックが大きいようですわね」

 

「全く、何時までも姉離れできない弟かい?」

 

「私にとっては年上です。後輩ですけれど」

 

「あはは、確かにラクレット君って弟だよねー」

 

「ミルフィー先輩、弟とは雑用を押し付けるものではないですよ」

 

 

ムーンエンジェル隊は一応このことを知っていた。そしてどちらかというと背中を押す側に回っていた。

彼女達はお気楽極楽を地で行く部隊だが、決して馬鹿でも無能でも鈍感でもない。ラクレットから向けられる。本気の尊敬と敬愛の念が最後まで消えなかった事を、きちんと理解していた。

なんども対等な立場に来いと呼んでも、口だけは並んだと言って、心の中では一歩引いていた男。本当の意味で仲間になったファーゴが落ちた日。結局あの中で変わったようで変わっていない部分が彼の芯の部分にあったのだ。

 

 

「ラクレット君、あのねヴァル・ヴァロスで言った事覚えてる?」

 

「アタシたちは7人で1つのチームだってことよ? 懐かしいわね」

 

「アンタは男だからアタシたちと一緒のエンジェル隊では無かっただろ?」

 

「心では1つのチームでしたが、貴方は名前とおっしゃいますか、肩書を気にする人でしたから」

 

「名前を考えていました。私達のチームの」

 

「先輩たちも私もラクレットさんも。皆入ったチームです」

 

 

そこまで順々に口した彼女たちは一度顔を見合わせて、同じタイミングで口を開いて言葉を形にした。

 

 

 

 

 

 

 

────ギャラクシーエンジェル

 

 

 

 

その名前は、偶然なのか彼が心の底から愛した物。彼が最高に欲して、そして自分を知り、彼女たちの為に動くことを決めてから、最も手の届かないものだと気が付いた名前。

ラクレット・ヴァルターという人間を構成する上で、最も外すことができない最高の名前だった。

 

何せ彼は何処まで行っても銀河最強のギャラクシーエンジェル馬鹿なのだから。

 

 

硬直しているラクレットの瞳が大きく開き、そこからはらりと一筋の涙が流れ落ちた。その様子を見た6人は満足げにほほ笑んだ。どうやら伝わったようだ。

しかし、次の反応を待っているのだが、全く反応を起こさない。不審に思ってランファが一歩近づいて気づいた。

 

 

「こいつ、感極まって気絶したわ」

 

「ええ、思考が先ほど混乱と歓喜に満たされて、オーバーフローしましたわ」

 

 

立ったまま気絶した。人は嬉しすぎても意識を飛ばせるのだ。『天使にお迎えされて昇天する』という彼の伝説に一筆加えるとして、普段は意識的に思考を読むという事をしなかったミントが、今能力を使おうと意識したために、とある思念が彼女たちに向けられている事を受信したのだ。

それは『熱くて冷たい』とある感情だった。それを理解した瞬間に彼女も満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「あら? 大変面白いものを見つけましたわ。本人が口を割らなかったことがわかりそうですわね」

 

 

その言葉を理解したムーンエンジェル隊は、ミントを先頭にその女性の元へと仲良く『お話』しようと向かう。

 

その結果どうなったかはまた後で記すとしよう。一番とばっちりを受けたのは,巧く躱して盾にされた、カズヤとリコであったとだけ今は綴って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ここは……あれ?」

 

 

僕が今いるのは満天の星空が映し出される部屋。水の流れる音が聞こえる事から艦内のどこかであることがわかる。どうしてこの場にいるのか先ほどまでの記憶が全く思い出せない。

 

そうだ、確か物凄い嬉しい事があって、それでものすごく体が緊張することがあったんだ。そんな曖昧な感覚にふわふわと支配される身体。動かないことはないが、妙に重い、感覚とずれているような感じがするのは現実感が無いからかもしれない。

 

 

「って、あれは……カルーア?」

 

 

ふと目の前に人が立っている事に気づく。星明かりしかないから表情までは見えないけれど、体つきと髪型でわかる。あれはカルーアだ。いつの間にいたんだろう? 全く分からなかった。

 

 

「あ、あのカルーア、ここは」

 

「────ラクトさん。私に言いたいことがあるって」

 

 

その言葉を言われて、僕は急に頭に情報が入って来るような感覚が来た。そして思い出したのは、あの夜隣りのベッドの上にいる彼女に伝えた言葉。この戦いが終わったら────僕は────

 

 

「うん、カルーア。君に言いたいことがあるんだ……僕は……」

 

「首輪を……」

 

「ああ、うん。もう首輪が無い、この僕の姿でね」

 

 

そうだった、軍規の、確かトランスバール皇国特別規律その40にある「オレ、この戦争が終わったらあの娘に告白するぜ」といってはいけない。に抵触しそうな事を伝えたんだ。それでも伝えたいことがあったから。

 

 

「その……なんて言うか……僕は……あー」

 

 

しかし、やっぱりいざ伝えようとするとこう、難しい。なんで僕はもっと深く言葉を考えて準備しておかなかったんだ! もどかしい感覚があるけど、どうしても言葉が出てこない。

歯がゆくて仕方がない。どんな強い敵からだって、こんなプレッシャーを受けなかった。体中が重くてうまく動かないし頭もまわらない。まるで重病に侵された気分だ。

 

 

「僕は……ラクレット・ヴァルターは……首輪のない、僕は……君を……君の事が……」

 

 

それでも今までと同じ。僕ができるのは一歩ずつ前へ。恐怖を強く覚える方向にこそ、ひたすらに進むだけ。鼓舞する言葉を今は用意できない? 体が上手く動かない? 上等じゃないか! ここで逃げたら僕はずっと後悔する。

前に、あの人から身を引いた時の思いを振り切るのに3年かかったんだ。ここで引いたら一生引きずる。倒れるならせめて彼女の手によって止めを刺されなきゃいけないんだ!

 

 

 

 

勇気を出せ僕! 僕は誰だ?

銀河最強のラクレット・ヴァルターだ!

 

ギャラクシーエンジェルの一員に『成』れたんだ。

そんな僕が怯えるなんて可笑しい!

 

こんなにも体が重いし、もうなにもかもが怖くて震えているけど

それ以上の勇気をぶつけるのが僕だろ!?

 

 

「僕は君が……君が……」

 

「ラクレットさん、言い難いのなら……私から……」

 

 

きっとその言葉が最後に背中を押したのだろう。冗談じゃない! ふざけるな! っていう強い気持ちが何よりも僕の力になったんだ。

 

 

「首輪の無いこの姿の僕は、君が好きだ! カルーアのが、カルーアのテキーラのが好きだ!」

 

「……私もですわぁ~。ラクレットさん」

 

 

その言葉を聞いた途端僕の膝が折れた。安心感からだと思う。もう力が入らなくて跪く形になっちゃった。格好悪いけど仕方がない。本当今日はいろいろあったんだから。

 

 

「だから……私用意しましたの……」

 

「え?」

 

だから全然反応できなかった。

 

 

 

 

「ラクレットさんは……首輪がお好きなのでしょう?」

 

「────え?」

 

 

僕の首には、ゴツゴツとした無骨な首輪があった。何かしらの魔法がかかっているのか、薄く光っているように見える。しかも正面から太い鎖が伸びている。

 

あれ? これって?

 

 

 

「私も大好きですわ……ラクレットさんの首輪が……」

 

「え? いやその僕は……確かにどっちかと言ったら、そちら寄りだとは思うけど!」

 

 

否定ができないのは辛いけれど、かといって僕がなりたかったのは将来的にはそういう関係ではある。

あれ? 問題ないんじゃないか? なんて一瞬思ってしまうけれど、だまされてはいけない。ペットと飼い主になりに来たんじゃないんだ!

 

 

「ふふ、犬が何か言っても分かりませんわ~」

 

「………………わ、わん」

 

「ふふ、よくできましたわ~」

 

 

だめだった。欲望には勝てなかったよ。ゾクゾクと来た。僕を見るとろんとした顔が恍惚に歪んでいる彼女に、僕は自分の中の新たな扉が開き、次のステージへと覚醒したのを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「してたまるかああああああああ!!!」

 

「あ、起きた。ほら、ラクレットもグラスもって、乾杯するよ」

 

 

良かった。どうやら歓喜のあまりに意識を飛ばしていただけの様だ。場所は食堂。既に飾りつけも料理も終わっている事からそれなりの時間がたっていることがわかる。ぼんやりとある記憶をたどると、言われるがままに会場の設営をしていたようだ。

すごいな無意識の僕、どこまで下ッ端根性が染みついているんだろうか。自分でも恐怖を覚える。

 

何とか乾杯に合わせる事が出来たので、軽くタクトさんに話を聞いてみると。やっぱり気絶していたみたいだ。

 

 

「それでさっきの話の続きになるけどさ。ルーンエンジェル隊に入ってるんだ。君はもう」

 

「決定事項を通達した形でしかないと。まぁ、いいですけどね」

 

 

すこしばかり胸に突っかかるものがあったのも事実だ。何せ僕の至上目標はムーンエンジェル隊というか厳密にはエンジェル隊と共に戦い、彼女達と同じ存在に昇華することだったのだから。

そう『だった』だ。既に僕は満足してしまった。確かにもう二度と彼女達と至高の天使達と同じ場所に着けないのは心苦しいけれど、7人で1つのチームの名前を貰えたんだ。きっと卒業記念というか、手切れ金の様な名前だと思う。立派過ぎる『姉』たちからの、自分の道を行けという事なんだと思う。

なにより、僕には今やりたいことがある。というか、そうルーンエンジェル隊にいるという事は僕にとって大きな意味になる。決して悪い話ではないどころか嬉しい話だ。

 

 

「対外的なリーダーは君になるけど」

 

「はい、カズヤ君ですね。いやカズヤと言ったほうがいいのかな? 同じチームだし」

 

「そこは任せるよ。ブレイブハートは指揮官機としては最適だからね。何より君に指揮は任せられない。そしてたぶん」

 

「ええ、そろそろ例の計画が動く時期ですから」

 

まだまだ宴は始まったばかりだけど、僕は少しずつ気配を消していく。この後にこそ僕のやりたいことはあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、やっと抜け出せましたわぁ」

 

「うん。先輩たちからの追及もあったみたいで、なんかごめんね」

 

「いえー大体はあの人がカズヤさんに擦り付けましたからぁ」

 

 

呼び出した場所は、魔法研究室。厳密には入れてもらったという形になるけどね。ここならお互いに変な意識をする可能性も低いし、確実に2人きりになれる。恐らく最適の場所だと思う。さて、気合を入れよう。

何が幸いをするのかわからないけれど、さっきの夢のおかげでどうにか冷静でいられる。すでに告白をしきった感覚すらある。多分直前で一気に緊張が来ると思うけど。

 

 

「えと。言いたいことがあるんだけどさ。その前に」

 

「なんでしょう?」

 

「自己紹介していいかな?」

 

 

顔を前に見られているけれど、僕の正体までは教えてない。いやもう『彼女』には公然の秘密になっていた感じはあるけど、それでもけじめとしてね。

 

 

「僕の名前はラクレット。ラクレット・ヴァルター。職業は軍人で、階級は中尉。今日の2400付けでルーンエンジェル隊に正式配属になる予定。年は18歳です」

 

「まぁ~! それはご丁寧にどうもですわ~。ラクレットさんとお呼びしても?」

 

「うん、そうしてくれると嬉しい。僕もカルーアさんって呼んでいいかな?」

 

「さんはいりませんわ。あ、でも私の方がお姉さんでしたわ~」

 

何が面白いのか、カルーアは胸の前で手を合わせて、ニコニコ微笑んでいる。確かに僕が年下と言うのは違和感があるかもしれない。僕も忘れそうになることが多いけど確か前世があったような気もする。でも自分の年齢はかなりしっくりきてる。18歳というのはかなり。

 

 

「うん。カルーア聞いて欲しい事なんだけど……」

 

「あのぉ~その前に1ついいでしょうか?」

 

「あ、うん」

 

 

出鼻を挫かれてしまった。けどまだ問題はないだろう。嫌な予感センサーが反応してないんだから。く、首輪じゃないよね、たぶん。

 

 

「ミモちゃーん、ボンボンを1つくださいな」

 

「了解ですに!」

 

「ありがとうございますわぁ~それじゃあ、少し眠っていてくださいね~」

 

「にゃんですとぉ! そんなカルーア様殺生な!」

 

「ふふ、独り占めにしたい言葉もありますの」

 

 

そう言ってミモレットさんの額に人差し指を当てると、一瞬だけ光ってミモレットさんは安らかな眠りについた。れすといんぴーすかな? あれそれじゃあ死んでる気がする。

 

 

「ふふ、お待たせしました。どうぞー」

 

「う、うん」

 

一度深呼吸。大丈夫、少なくとも悪くは思われていない。こっぴどく振られることはないはず。

 

落ち着け、可能性を想定するんだ。

 

今は恋愛に興味が無いと言われたらそれまで待つというんだ。まずはお友達からと言われたら、それ以上に成れるように努力するというんだ。

交渉事だと思え、最初の一手は強く、そこから妥協点を探すんだ。一歩目から妥協してたらまともな成果を得る事は出来ない。

 

 

「その、着任してもう3か月ちょっと経つんだけど。もしかしたらその期間って短いかもしれないんだけど……色々あったよね」

 

「はい~ラクレットさんには驚かされてばかりでしたわ」

 

「はは、少しオーバースペックなところがあるからね、僕。うん、そんな中でさ、その僕は。あぁー結構一緒に行動したよね?」

 

「そうですわねぇ。マジークではお世話になりましたわ」

 

 

来た! その言葉を待っていた!! 心の中で覚悟を決めた。もう走り切るしかない。自分の中で時間が加速していくような錯覚の中、僕は言おうと決めていた言葉を形にする決意を固めた。

 

 

「いや、あれは任務の一環だったし。その格好つけたかったんだ。君の前でさ」

 

「まぁ!」

 

「最初はその、綺麗な人だなぁって思っただけなんだけど、偶にここに荷物持ってきたりする時に、色々な面がある人だなぁって思ってさ……なによりその、テキーラが中にいるっていうのが、すごい個性的でなんか、格好良くてさ。その憧れてさ、彼女にも言われたんだけど、僕にとっては、テキーラもカルーアなんだ。だからその、すごく不誠実に思われちゃうかもしれないんだけどさ」

 

 

 

 

そして僕は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義姉さんからもらった『盗聴、思考検閲能力妨害パルス発生装置』を作動させた。ドアの向こうでたぶん、僕だけにぎゃーとかいう悲鳴が聞こえたのを苦笑しながら、先を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「カルーアが好きなんだ。だから、僕と結婚を前提とした御付き合いをして下さい」

 

「────はいっ! 喜んで! 二人合わせてよろしくお願いされますわ」

 

 

あれ。婚約までOKされた? あはは。なんか現実感が無い。

 

無意識に僕は彼女の両手をとっていたらしく、その手を包んでいる部分から伝わる体温だけが、僕の5感が正しく作用しているって伝えて来る。目の前にいるのは天使だから、幻覚かも知れないと疑ったけど、たぶん天使だから仕方がない。そう天使だからね。

 

 

「あ、えと、その、あの。えーと。本当に?」

 

「はいー。私達もお慕い申し上げていますわ! あの呪いのおかげで確信しましたの」

 

「の、呪い? 」

 

 

どういう事だ? あれは確か、僕の割と身勝手な告白で、テキーラが悩んで弱ったから発動した、原因不明の物だったはず。

 

 

「あの呪いの解析をあの後きちんとしたのですが、すごくシンプルなものでしたの」

 

「どんなのですか?」

 

 

思わず敬語になってしまう。と言うか僕は年上の女性と話すときの素はこちらなのだから仕方ないのかもしれない、

 

 

「ふふっ。『私』の恋が成就した時に、『私』がその人を殺す。ですわ」

 

「え、えーっと……」

 

 

考えよう。今の言葉を。まず恋の成就だ、成就と言うのだから、たぶんこうお互いの気持ちが通じ合っているという確信を、少なくとも呪いを受けた側が誤解でもいいから持つ理由があるであろう。

そして行動として出た対象の殺害。それがその恋が成就した対象を殺害するという物だった。つまり

 

 

「ぼ、僕がテキーラに告白したのって、知ってました?」

 

「いえー。ですが、その……ラクレットさんは結構前から私の事ずっと見てましたわ」

 

 

ば、ばれていた? ってそうじゃない。この呪いはテキーラをベースに掛けられたものだったはず。つまり、あれ?

 

 

「ふふ、それじゃあ、そろそろあの人の番ですわね。ラクレットさん」

 

「は、はい」

 

手を外されて、そしてそのまま頬をなぞられる。指の通った跡がかぁっと熱くなる。

 

 

「私、かわいいものが好きですの。あの人もそれは同じですわ」

 

「え、えと」

 

「ラクレットさんは、とても可愛らしいですわ、意地悪したくなるくらい」

 

 

その言葉を最後にカルーアはボンボンを口に含んだ。その蠱惑的な笑みとセリフで僕は背筋がゾクゾク来た。あ、やばい、もう覚醒してるわこれ。

光が収まると同時にテキーラが出て来る。何やらぶつぶつつぶやいて、少しばかり不貞腐れた顔をしている。少し不機嫌……なのかな?

彼女が口を開くまで黙っていようと、観察してるとこっちを睨んできた。

 

 

「アンタさ、全部わかってて、惚けてるわけじゃないわよね?」

 

「え、うん。勿論」

 

「はぁ……まぁいいわ。それであの娘から返事はもらったのよね」

 

「うん。告白したらOKして貰えたよ」

 

 

自分でも今一実感ないけどね。だって僕だよ? おかしいでしょ? 確かにこのルクシオールという閉鎖環境において、競争率はかなり下がっていたと言えるけど、彼女程の女性が、古巣に恋人や婚約者の一人もいないなんて驚きだし。いないとしてもわざわざ僕を選ぶなんて相当趣味が特殊だと思う。

なにせお金に釣られるような性格じゃないのは知ってるし、筋肉が好きなのだとしたら、確かに僕は好みだと思うが、それ以外はあり得ないだろう。それにテキーラはかわいいものが好きだって豪語してた。リコちゃんやカズヤにちょっかいを出してたし。僕はちょっかい出されたことないし。ついさっきまでは。

あれ? でもデパートシップでのあれは、もしかしたらそうなのか?

 

 

「そ、よかったじゃない」

 

「うん」

 

「……」

 

「……」

 

えーと、この沈黙は何だろう。というかテキーラに対してはどう接していいかわからない。客観的に見て僕は告白して返事待ちの状況で、さらに別の女性に告白したようなものだ。最低の屑じゃないか。

まあ、僕的にはカルーアもテキーラも同じ女の人であるから、意思が2つあるだけで。でももう一回告白するべきなのだろうか?

 

 

「ア、アタシも……その」

 

「え?」

 

「アタシもアンタのこと、好きよ。あの子と同じでね」

 

「あ、その……それってこの前の」

 

「そうよ。やるじゃない。二人とも盲目にしてくれちゃって」

 

 

別に大したことはした自覚はないんだけど。それでも彼女が僕の事を見てくれるのならば嬉しい。というか、本当に現実感がわかない。全部夢だとしてもおかしくない。

 

 

「あはは……うん。僕はただ好きだって言っただけだよ」

 

「まったく……その余裕がむかつくわ」

 

 

 

内心苦笑する。余裕なんてない。もしテキーラに先払いで告白してなかったら、もう1回告白しなきゃいけないとしたら、僕はエネルギー切れを起こしていたと思う。

 

 

「ラクレット、アンタ今日はもう仕事ないのよね?」

 

「あ、うん流石に今日は休めって言われてるよ。明日から後処理で忙しいけどね」

 

 

手伝おうと思って、レスターさんに先ほど尋ねたけど、パイロットはパイロットの仕事をしろ。と短く切られた。やっぱり格好いいよね。ああいう人。アルモさんには悪いけどさ。

 

 

「そう……それじゃあ、今夜は空いてるのよね」

 

「あ、え、ちょっと……」

 

 

僕ももう子供じゃないし、でも流石に速すぎるだろ。とか言いたかったけど、そんな余裕はなかった。ぐいっと懐に入って来るテキーラを跳ね除ける事なんて無理だ。鎖骨の下当たりを指でなぞられると、それでもう何も考えられなくなる。

 

 

「ふふっ……何を想像したのかしら? 一緒にお酒でもどうかしらって言おうとしただけなのに」

 

「あ! うん。そうだね、う、うん。是非お付きあいさせてもらうよ」

 

「アタシの部屋でね」

 

「……え、え?」

 

「ふふ、ムーンエンジェル隊のものじゃなくて、アタシたちのものにしてあげる」

 

 

テキーラに言いたいことがあるとすれば、僕は既にこうやって振り回されることが楽しくなりつつあることか。そんな自分に苦笑してる。

きっと、少なくともこの方向では未熟な僕だし、いろいろ迷惑をかけるだろうけど

 

 

「ああ、僕はカルーアとテキーラのものだよ。ずっとね」

 

「いい心がけね。それじゃ行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

このあと無茶苦茶ドアの前で待ってる人達を蹴散らすのに苦労したけど楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 僕が代表してエンジェル隊に配属ですか?」

 

「ええ、ホーリーブラッドのコンバットプルーフの最終段階でね。頼んだわ────ロゼル」

 




 彼は大変なフラグをブレイクしていきました。それは彼自身のブレイクフラグです。

 ということで残念ながらヒロインゲットです。
 Mは最強だし、主人公は最強厨だし、Mに覚醒。これでもう無敵。あと12話でラクレットが飲んでたのがテキーラで、テキーラはカルーア。つまりそういうこと。
 余裕があったらデートとかも書きたい。書くって決めると筆が止まるから
願望だけにしておく。

あともう没にしたので言いたい事(Ⅱをやった人向け)
ラクレットを鍵に置けるロゼルの立ち位置にして
ESVの改修の時点でVチップ故の外部からの操作の惰弱性を改修させておいて
パルフェ戦でのロゼルのそれを再現させ
刻におけるラスボスにしてロゼルに倒させる。

没理由
ヒロインが泣く。不在で話を書くのが難しい。勝てるビジョンが見えない。
それはそれで面白そうなんですけどね。


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扉と鍵の狭間 平和な世界

ルーンエンジェル隊は、ムーンエンジェル隊とシミュレーターで対戦することになった。原因や理由などは省略するが、ともかく稽古をつけてもらえることになったのだ。

 

「えへへ、お姉ちゃんと戦えるなんて嬉しいです!」

 

「私も負けないよ! リコ。カズヤ君もね!」

 

「あ、はいお手柔らかにお願いします!」

 

 

別段ピリピリした雰囲気などはなく、和気藹々とお互いの実力の再確認をするための場であった。全員がこの場の空気を楽しんでおり、ピリピリとした戦闘前のそれとはまったく違っていた。

 忘れがちだが、エンジェル隊と言うのは戦闘機パイロットのエリート集団であり、それぞれが各々の腕に自信を持っている。バトルジャンキーとまではいかないが、十分に各自の実力を発揮できる場所は決して嫌いではない。

 人間(人間でないのもいるが)、自身が努力した物を披露する舞台が与えられれば嬉しいのである。

 

 

「まぁ、アンタらがどれだけ成長したか見せてもらうとするかね」

 

「先生をびっくりさせるのだぁ!」

 

「ナノナノ、私たちは前に出て戦うだけで驚かれますよ」

 

 

そんな風に楽し気に会話を交えている女性たちだが、アニスの一言が通信に乗った途端空気が変わった。そう彼女の一言は決して言ってはいけない禁忌の言葉。どのような状況においても絶対に悪手とされる魔法の言葉であった。

 

 

 

「ッへ! ロートル共なんかに負けねーぜ。新エンジェル隊の力を見せてやる」

 

 

静寂が支配する。通信ログは一向に進まず、そのまま時間だけが幾ばくか過ぎる。誰もが無言だった。そう、カズヤは自分のつばを飲み込む音が、これほど大きく聞こえたのが初めてである程の静寂に耳が痛くなりそうだった。胃は既に痛かった。

 そして次の瞬間相対している6機の敵の背後に6対の翼が現れた。

 

 

「あ、アニスぅぅ!」

 

「ちょっと、アジート! アンタ、仮にも先輩たちに向かって何言ってんのよ!」

 

「アジート少尉! NGだ! 即急に! 可及的速やかに謝るのだ!」

 

「ナノナノなのだ!」

 

「あぁ! ナノちゃんが錯乱しちゃった!」

 

「え? オレ今なんか変なこと言ったか?」

 

 

アニスは育ちのせいもあるのだが、少々口が悪い所がある。意味をよくわからないで周囲の使っていたスラングを、なんとなくのニュアンスで使ったりするといったそれだ。そしてこの局面において最悪に動いた。

お前らなんかに負けねーぞ! 程度の言葉のつもりだったのであろう。別にロートルでなくとも、良かったのであろう。しかしそこでその言葉を選んでしまうのは、彼女の微妙な不運さか。悪運は強いのだが、最後の最後で損をしてしまう事があるのだ、彼女は。

 

 

「ど、どうするの! あっ! シミュレーターの衝撃設定が実戦レベルまで上げられてるぅ! 権限は向こうが持ってるのに!」

 

「カ、カズヤさん……」

 

「アニス、謝って!」

 

「あの、通信切れちゃいました!」

 

「ええぇぇ!!」

 

「交渉の余地なしか」

 

 

目の前がどんどん暗くなっていく錯覚を覚えるカズヤ。何がどうしてこんなことになったのかも、今ここまで危機感を覚えて理由も良くわからないけれど、冷汗が止まらない。

 ヴェレルと戦った時に誓った、勇気ある心と言う意味のこの機体に見合うような、強い心を手に入れると言っていたあの頃のお前は輝いていたぞ! と脳内のランティが話しかけて来るが、そんなことは言ってもない。

 しかし、彼にはもう祈る位しかすることはなかった。

 

 

「すみません、遅れました。お待たせしたようですね」

 

「ち、中尉!」

 

「ラ、ラクレットさーん」

 

 

 そして、誰かが助けを求める時に、英雄は必ず現れる。そう、もし彼が真の英雄であるのならば、大事な妹分と部下と仲間と恋人たちが待つ場所ならば、そこがたとえ死地であろうと彼は現れるのだ。

 後光が差しているのではないかという、頼もしさと力強さを背に彼はこの場に舞い降りた。14番目のエンジェル……として

 

 

「あら? ラクレットさんはどちらの味方をしますの?」

 

「アタシたちと一緒に戦った仲よね?」

 

「そうそう、ラクレットくんもエルシオールのチームだよねぇ!」

 

「ああ、あの時のお前はまだ14だったけど、その頃からアタシたちに良く懐いてた見込みのある奴だと思ってたよ」

 

「ご決断を」

 

「ラクレットさん。わかっていますね」

 

 

 

 

 たとえ、入った瞬間にそのまま回れ右をしたくなるような恐怖と戦うことになっても、彼は絶対に逃げる訳にはいかなかった。ここで逃げるのは、自分がラクレット・ヴァルターでいられなくなる。そんな沽券に係わる状況なのだから。

 

 漢には人生で何度か決断をしなくてはならない時が来る。大事な何かを天秤にかけて、自分の判断で片方を切り捨て、片方をとらなくてはいけない時がある。

 その決断はいつだって突然現れて、切り捨てた後に、切り捨てたほうの重みを再認識する羽目になる。人の決断は1・0ではないのだから。51と49の決断は2勝っているのではなく、49を失うので大きな喪失感を得るのは必定。彼方が立てば此方が立たないのだ。

 

 

「ぼ、僕は……」

 

「御託はいい、さっさと決めな」

 

「ラクト……」

 

「ラクレットさん」

 

「中尉!」

 

部下たちの声と、尊敬し敬愛し信望し崇拝し信奉している元上司たちの声。その2の重みは嘘偽りなく言えば、後者に傾いていた。だが、それでも自分は、今の自分はようやっとなれたエンジェル隊の一員。それはムーンではなく、ルーン。

 

 それでも彼が迷うのは、恐怖だとか、そう言った問題ではなく、脊髄反射の域でムーンエンジェル隊のお願いを聞いてしまうからだ。

 

古来より、屈しかけた英雄を救う存在は枚挙に暇わない。共に戦ってきた仲間、守るべき民衆、神託を下した神。そしてなによりも

 

 

「ラクレット、アンタはアタシ達の恋人でしょ?」

 

「そうだ! 僕はルーンエンジェル隊所属の中尉のラクレット・ヴァルターだ、この戦いがムーンとルーンの物である以上、僕はルーンと共に戦う!」

 

 

恋人の、愛する者の声であろう。彼の心はそれだけで奮い立ち、100万の敵であろうと立ち向かう勇気を得るのだ。決してだんだん調教されてきているとかそういったわけではない。

元々下端根性と言うか、舎弟としての生活が長かったりしたのもあるからだ。決して彼がこの前見た白昼夢の後、少しずつ被虐的趣味を持つ自身に気づきつつあることとは関係ない。お預けとか待てという言葉にどきりとしてしまうといった程度だ。

 

 

 

 

「ふーん、ラクレットアンタはそっちに着くのかい?」

 

「まあ、これで戦力はようやっと五分と言った所ですわ」

 

「アタシとしてはどっちでも良かったわよ」

 

「ラクレットさんには借りがあります」

 

「私たち全員に勝ちっぱなしでいられるとは思わないでね!」

 

「ラクレットさんと戦うのも久しぶり、心が昂ぶります」

 

 

どうやら元々敵対されることは織り込み済みだったというか、1on1のシミュレーターで引き分け以上に持ち込んだ事を、未だに根に持たれていたようだ。事実彼女達はそれぞれがラクレットへの対抗策をきちんと考えてきている。彼が聞けば泣いて喜ぶであろう。

ラクレットはシミュレーターに乗り込むとすぐさまセットアップする。

 

 

「ルーンの皆、大口を叩いたが実際の所僕の機体は、戦闘機と相性が悪い。チーム戦ならばなおさらだ」

 

ラクレットはすぐさま作戦会議を始める。と言っても彼の作戦立案能力はプロではあるが、あくまで教本にのっとったものになってしまいがちなレベルである。基本指導は向いているが、応用において本当に命を賭ける作戦を立てる自信はなかった。

 

 

「カズヤ、指揮は君に一任するが、恐らくまだ僕の機体の性能は兎も角、性質の把握できていないと思う」

 

「あ、はい。近接機体なのはわかるんですけど」

 

「ああ、その認識で良い。だが絶対に『君の想像以上に』近接機体なんだ。だから本当ならば悪手だが、僕は特攻した後個人でひたすら攪乱をしようと思う。射程のあるシャープシューターと、レーダーに優れるトリックマスターに、回復ができるハーベスターが揃った以上、時間をかければ確実に打ち取られてしまうであろうからな」

 

 

カズヤは早口でまくし立てられるものの、言いたいことは理解した。チーム戦で戦う場合脅威となる存在に数を当てるのは常套手段だ。そしてラクレットはルーンでは最も瞬間火力と技量を持つ機体である。その弱点をつける機体が整っている以上、イニシアチブを取られるわけにはいかなかった。

 

 

「中尉の攪乱が利いている間に僕たちがチームで各個撃破……ですね」

 

「OKだ。連携は追々やっていこう。あとラクレットでいい、カズヤ」

 

「はい、ラクレットさん」

 

 

作戦を手早くまとめてしまえば、後は開始まで待つだけだ。ラクレットは操縦桿を握りながら、精神を統一させる。通信の音量は最小にしながら。

それは単純に集中する為であり、ちゃっかり先ほど自分の口癖を利用された使用料として、機体の搭乗許可を要求してくるリリィを無視するわけではない。

 

 

そして戦闘が開始される。

 

 

「ルーンエンジェル隊! 出撃! みんな行くよ!」

 

────了解!!

 

「来なさい、ひよっこ供!」

 

「お相手いたしますわ」

 

「皆行くよ、ムーンエンジェル隊、戦闘開始だ!」

 

────了解!!

 

 

 

こうして戦闘の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーまさかあそこでエンジェルチェンジからの、ゴッドギャラクシーエンジェルを成功させられるとは、感服です」

 

「いやいや、ラクレットの方もまた腕を上げたね、オースからワールドに繋げてブレイクまで撃って来るとは」

 

「シンプルイズベストですわ」

 

 

 

 

 

戦闘終了後、満足げなムーンエンジェル隊とラクレットの7人とげっそりとした表情で顔を蒼ざめている残りのルーンエンジェル隊がいたと記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラ、ラクレット・ヴァルター中尉!」

 

「はい、何でしょう?」

 

ラクレットがルクシオールに正式に着任して間もない頃、こんなことがあった。彼が艦橋へ向かうために歩を進めていた時に、急に声をかけられたのだ。別段急いでいたわけでもなく、足を止めてそちらの方向へと直るとそこには3人の男性が立っていた。

 

「あ、あのオレ達その……」

 

「おや? もしかしてジョナサンさん、パトリックさん、ガストさんでしたか?」

 

 

 ラクレットは話しかけてきた3人を見て、見事に名前を言い当てた。特徴的な三人であり、この艦の清掃員として働いている彼等の事をきちんと覚えていたからでもある。

 

 

「お、オレ達の名前を……」

 

「覚えていてくれたんですか!?」

 

「当然じゃないですか。同じクルーですし。あとこれはもしかしたら僕の記憶違いかもしれないのですが、皆さんは以前講演会とサイン会と握手会に来てくださいましたよね? 私のファンになって下さったのですか?」

 

 

流石に誰でも覚えられる程ラクレットは、人の顔を覚える能力が高い訳ではないが、何度も来ている人であり、特徴的な3人組であり、なにより前世で死ぬほど見直したアニメに出ている、わるもの3人なのだから、きちんと覚えていた。

 

 

「そうです! ずっとファンです!」

 

「はい! ラジオの公開生収録も行きました!」

 

「バラエティゲストの時の観覧席は女性限定でだめでした!」

 

「そ、そうですか。嬉しいです」

 

 

 流石にそこまでは知らなかったので、少し驚きながらも笑顔で応対するラクレット・ヴァルター中尉。自分よりも年上の男性に囲まれることが多かったので、あまり問題ではない。ただ詰め寄られるのは少しだけ抵抗があるだけだ。

 

 

「あ、あの握手してもらえませんか!」

 

「お、俺はサインを」

 

「写真を撮ってもいいすか!」

 

「それでしたら。肩を組んで写真を一緒に取って。裏にサインをするというのはいかがでしょう?」

 

 

慣れた対応でかわしていくラクレットは既に年季が入っていた。いつから自分はこんなにスター扱いをされて、それを慣れた対応で躱せるようになったのであろうか。

 

心の中で自分自身に呆れながらもにこやかな笑顔で接してその場を後にするのであった。もちろん、自分が配属されているという事は戦略的な機密情報なので伏せる事を言いくるめながらも。

 それが彼のファンサービスなのであった。

 

 

 

 

「ってことがあったのを見たんだけど、あの人何者なの?」

 

「さーな、本人に聞いてみればいいじゃねーか」

 

 

それを見たのはカズヤ。聞き手に徹しているのはランティであった。二人とも今はオフシフトであり、のんびりと雑談に興じていたのだが、ふとカズヤが先日見かけた光景を話題に出したのである。

 

男二人脈絡ない会話であり、別段答えを求めている訳でもないが、わかりそうなのにそのままにしておくのも歯切れが悪かった、二人は周囲で休憩中のクルーを見渡すが、当の本人は見つけられなかった。

 

 

「あ、カズヤさんに、ランティさん! こんにちは!」

 

「こんにちはですわ~」

 

「やぁ、エンジェルちゃん達! 良かったら一緒にお茶でもどうだい?」

 

「リコ! カルーアも!」

 

 

しかし、丁度お茶とケーキでも楽しもうと入って来た二人と偶然目が合ったことにより、席を共にすることにした。無類の女性好きであるランティは恭しく椅子を引くなどをする程に上機嫌だ。そんな中ふと自分の恋人であるリコの出身を思い出して尋ねる事にする。

 

 

「あ、そうだ、リコなら知ってるかな?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「ラクレットさんの事なんだけど────」

 

 

 ランティにしたような説明と同じものを繰り返す。カズヤはちらりと横目でランティの様子を確認すると、一切嫌な顔をせずに、女性陣と同じようにリアクションを返して場の雰囲気を心地よいものにしている。

 二人とも恋人いるのにすごいなぁ。こういう所をもっと出して言えばモテるのに、どうしてこうなんだろうと、もはや感心しているカズヤであった。

 

 

「有名人なのも知ってたし、英雄だって聞いてたけど。まるでアイドルみたいだなぁって」

 

「確かにEDEN出身の方が、良くラクレットさんの事を話していらっしゃるのを聞きますわ~。でもラクレットさんは、恥ずかしがってあまり話してくれませんの~」

 

 

小声でそこがかわいいのですけど~。と口にしながらカルーアも同意した。自然と視線はリコに集まる。

 

 

「はい! ラクレットさんですね! ふふ、私よく聞かれるんですよ! それじゃあまずカズヤさんとランティさんは、ラクレットさんが何歳だと思いますか?」

 

リコはニコニコ笑いながら、大好きなお菓子の話をするかのような笑顔で二人にそう尋ねる。それはすなわちリコがラクレットの事を好いているのと同時に、お姉ちゃんとカズヤさんの事を話す顔とはまた違った物であるということだった。カズヤはそれでも少しだけ心に引っかかるものがあったが、話に乗ることにした。

 

 

「えーと……タクトさんが26だし、24とかかな?」

 

「そうだなぁ、意外と22とかだったりして?」

 

「ふふっ。カルーアさんはご存知ですよね? 正解をお願いします!」

 

「はぃ~。ラクレットさんは、18歳ですわ~」

 

「は?」 「え?」

 

 

 番組の司会者のようにリコは笑みを浮かべて話を進めていく。そんな様子も可愛いなぁなんて堪能していたカズヤは急に聞こえてきた数字に冷や水を被せられた。

18歳。それは16歳である自分より年上である。ルーンエンジェル隊で言えばリリィの1つ下であり、年齢順に7人を並べると上から3番目下から4番目になる。

 

 

「え? 嘘 あの貫録で?」

 

「ははっ! リコちゃんはジョークが上手なんだねぇ」

 

「いえ、本当ですよ? 14歳で戦場に単騎で介入して旗艦を落として。そのまま戦艦エルシオールに合流してエンジェル隊と一緒にクーデターを鎮圧したんです」

 

「ふふ、私も最初はすごく驚きましたぁ。私の方が3つもお姉さんでしたもの~」

 

「…………」

 

 

カズヤとランティは冗談ではない様子の二人を見て理解してしまった。嘘ではないのだと。つまり本当にあの代々暗殺拳を継承して来た世紀末覇者の様な外見をして18歳なのだ。本当に同じ人間なのかよ……。

A.人間じゃなかった。 しかし彼等にはそれを知る由もなかった。

 

 

「ムーンエンジェル隊、お姉ちゃんたちは当時神聖視されていたのもあって、顔出しNGだったんです。だから戦後のインタビューとかは全部ラクレットさんに集中して。EDENではその後も2回大きな戦いがあったんですけど、どれもそんな感じでした」

 

「あぁ。エンジェル隊の窓口役もやっていたみたいな感じなんだね」

 

「教官たちの分の人気が集まったのか」

 

「ふふっ。ラクレットさんはむしろエンジェル隊に頼りっぱなしだったって言ってますわぁ」

 

 

リコとカルーアは何が楽しいのか、顔を見合わせて微笑み合う。まぁトピックとしてのラクレット・ヴァルターは逸話が多いので会話に困ることはないであろう。

 

 

「その後は、軍の広告塔とあとは実家の商会のキャンペーンキャラクターとして活動してました。写真集に自伝、特撮ヒーローへのゲスト出演、講演会に玩具の広告など。色々していたおかげで、コアなファンが多いそうです」

 

「タクトさん曰く、宗教ができちゃったそうですわ」

 

「もう、なにがなんだか……」

 

「とりあえず、すごい人物だってのはわかったかな」

 

 

 ランティとカズヤはあまりの情報量に、キャパシティーオーバーに成りかけていた。しかしそれでもわかったのは、超が幾つついてもおかしくない人生の成功者だという事か。

 

「あ、カルーアさん。友達がラクレットさんの写真集焼きまわしてくれました!」

 

「まぁ! 嬉しいですわ。これをラクレットさんの前で読むのが最近の楽しみなんですの~」

 

リコとカルーアの間で謎の関係が出来上がっているのを見詰めながらカズヤとランティは心に決めた。

 

 

「ラクレットさんには優しくしてあげよう」

 

「ああ、あと怒らせない様にしよう」

 

 

 

New 知らないうちに風説だけで同僚から畏怖される存在になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短いけど繋ぎの話なので。
カルーアとテキーラがヒロインな理由は色々あるけど
決め手はkiss on the cheek の歌詞です(唐突)
いい歌なのですよ、ええ。


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無限回廊の鍵
第1話 3人の器


 

 

 

 

「同調率良好……と言ってもシステム良好と同じですが」

 

「リラックスしてるわね。始めて頂戴」

 

 

 場所はとあるEDENの星系。管制艦とホーリーブラッドが交わす会話は既に慣れたもので、何度も繰り返されたものだとわかる。ここに彼らがいる目的は一言で言うのならば、お披露目前の最終調整だ。

既に実戦を経験したホーリーブラッドだが、海賊討伐において見えてきた装備の問題などを洗い出し。さらに先日の艦隊決戦において破竹の勢いで敵を蹴散らすことに成功したが。以前から疑問視されていた操作性などの微調整を行うことで、システム面でのアップデートなどを重ねているのだ。

既に量産型紋章機のプロトタイプと言ったものではない、その気になればすぐにでもロールアウトできるし、紋章機のオリジナルと見劣りない実力を発揮できる。だが、それが可能なのは熟練のパイロットのみだ。

 ノアは自信をもって、この人造紋章機ホーリーブラッドが、紋章機と同等以上の性能を誇る機体であると言える。しかし、まだ他の紋章機よりも扱いが難しい事、整備コストは兎も角、手間と時間がかかることなどの問題点があるのは事実であり、今回はその前者である操縦の簡易化を目的としたバージョンアップを行ったのだ。

 

 その機体を操るロゼルは自身の役割をしっかり理解していた。いつもは尊敬し敬愛する教官に習い、可能な限りあらゆる操作をマニュアル化し、最効率で最高の軌道をしているが、今回行うべきタスクは、サポートシステムを用いたセミオートの操作性検証だ。

 ロゼルが担当しているのは、操作の簡略化だが、他の4人もそれぞれ検証している物がある。艦隊との連携であったり、単独での性能であったり、既存戦闘機とのコンビネーションであったりと、銀河に散り散りに今ある5機のホーリーブラッドは活躍していた。

 皇国の超戦力として期待される量産型紋章機ホーリーブラッド。量産するのならば、戦艦1隻を作るよりも、遙かに安いコストで運用できるそれは、銀河の新たな時代における平和の要ともなる重大なプロジェクトであった。

 

 考えても見てほしい、確かに非常に莫大な投資が試作機を作る段階でつぎ込まれた。しかし、機体にどれだけ最新の高級な資源を用いて制作しても、戦艦とは大きさが違う。現状の主流が、AIによる無人化の方向とは逆を行っている。簡易化は兎も角、多くの人間を乗せたほうが性能が上がるという『艦』は、人員を育てるのも維持するのも気が遠くなる額のコストを要求する。

現在その風潮自体への対策も用意しているが、まだまだ時間がかかるのも事実。1機と1人で賄えて、かつ既存の戦艦、巡洋艦、駆逐艦どころか、民間の小型船にすら無理なく搭載することのできるホーリーブラッドは革命的である。だからこそ、その難解過ぎる操作性がアキレスの踵であった。

 

 

「ターゲットもルートもいつもと同じよ。ベストラップのゴーストをこっちはリアルタイムで出してるけど、気にせずやりなさい」

 

「難しい注文ですが、了解です。ノア代表」

 

 

ロゼルはその言葉を口にして一呼吸置くと、機体を発進させた。既に何度も行ったテストではあるので、合図などはいらない。1000キロ先のスタートに差し掛かれば自動で始まるからだ。

ロゼルは構わずそのまま加速させていく。スラスターの微調整ができない以外は、いつもと変わらない愛機にも油断せず、適度な緊張と共にコースに繰り出した。

 

 

「以前よりだいぶ言う事を聞いてくれるようになりましたが、やはりマニュアルを覚えるとどうにも動作が重く煩雑に感じます」

 

「あんたクラスになるとやっぱりそうなるのよね。サポートシステムに段階を作る方向で行くのがやはり正解かしらね」

 

 

 ロゼルは事も無げにそう言い。ノアもロゼルの最速記録と見比べながら以前から考えていた改善策を口にした。反省会ではなく、まさにリアルタイムで配置されている艦や衛星を倒しながらコースを進んでいくが二人に驚きはない。

 ロゼルが感じているのは、やはり不自由さであった。それは違和感ともいえる。いつもならば全て手動で動かして微調整して敵艦の射線を躱すのだが、勝手に動かれてしまい、照準がつけ難い。また、シールドの出力を一時的に下げて、展開面積を抑えて躱すと言った動作は一切できない為に、慣れたはずのシミュレーションが酷く難解に感じる。左右逆にフォークとナイフを持っている気分だった。

 ノアもロゼルが表情にこそ出してないが、非常に苦戦している事は理解していた。しかし同時に彼の操作ログがいつもより入力回数が少なくなっていることと、脳や筋肉の使用率なども低くなっており、トップアスリートの職人芸で操る何時ものそれではないのが解り満足はしていた。

 

「最後の敵は特殊兵装で頼むわ」

 

「了解!」

 

 紋章機における特殊兵装は、H.A.L.Oシステムを用いて機体との同調率を最大にした時にのみ使える技だ。莫大なエネルギーが生まれ、物理的に不可能な現象すら起こしてしまうものだ。H.A.L.Oシステムを搭載していないホーリーブラッドだが、機体との同調率はきちんと存在する。

 H.A.L.Oシステムの代わりに使われているマルチタスク機能に特化した量子コンピューター。それがクロノストリングにある程度の干渉をしている。しかしそれでも波はある為に最低限のラインでエネルギーが出力されている。しかし戦闘を行い大量にエネルギーを使用するようになるうちに、最適化されていき、最大供給になったタイミングで撃てるといった寸法だ。

 ロゼルは油断なく、特殊兵装を最適のタイミングで発動する。すると何時もならばそこから精密な機体制御が要求されるのだが、今回はオートドライブに切り替わり、敵艦に真っ直ぐ狙いを定めると、光速の如き速度での突進が開始した。

 

「フォトンダイバー……自動調整だと逆に怖いですね。障害物に突進させられるのは中々に」

 

「そうね。慣れていてそれなのだから、考えなければいけないかもしれないわ」

 

 

こうして何度目かになるトライアルは無事終了し、各方面からのデータと重ねて分析し、ホーリーブラッドは最終調整に入ることとなった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

訓練とはいえ決して楽な仕事ではない、汗もかくし機体のメンテナンスの手伝いもする以上汚れもする。ロゼルはパイロット故に色々優遇されてはいるが、それでもきちんと自分のすべきことを終えて、宛がわれた自室に戻りシャワーを浴び終えて脱衣所にいた。

彼自身は特に意識したことはないのだが、彼は非常に整った外見をしている。俗な言い方をするのならば王子様系であり、貴公子と呼ぶような優雅で美しい外見と裸体だからこそわかる浮かび上がる筋肉が、奇跡的バランスで調和されている。金色の髪から滴る雫が退廃的な色気を醸し出しており、この手の青年に成りかけた美少年が好きな人物からすれば垂涎ものであろう。

用意しておいたバスタオルを手に取り、一通り体の汗を拭うとバスローブを身に着ける。同期や教官との会話の際に風呂上りにバスローブを着用すると言ったら、流石だなとかすごいな。といった声が帰って来た。

別に趣味ではなく妹が昔誕生日に贈ってくれたのが始まりだともいったら、やっぱり流石だなと似たもの兄妹だったのか。という声が帰って来た。

 

そんな懐かしい事を思い出しながら、彼は服を身に着ける前に、何時も肌身離さず身に着けているロケットを開く。普段から綿密にスケジュールを決めて自己管理を行っているが、休憩時間に何をするかはその日の気分で決めている。日々の中に自身の意識での決断をするという行為を欠かす危険性を、ラクレットでない教官にじっくりと説かれているので、若干の遊びを持たせているのだ。

ロケットからは、ホログラム映像が投影される。それはロゼルの命の次に大切だと豪語してならないものだ。なぜならば、既にこの世にはいない妹の様子が残る数少ない品の1つだからである。

ロケット自体は彼自身が購入した物であり、ホログラム映像が入りきらなくなり相談したらメモリを100倍以上拡張してもらったものだ。このロケットの中にある3時間の映像が彼にとって唯一の妹の残影である。

 

 

────お兄ちゃん、すごい! 私飛んでるよ! お空を飛んでるの!

 

────あまりはしゃぐと体に障るよ、ビアンカ

 

 

何よりもお気に入りである、妹の満面の笑みが見えるホログラムを映し出すロゼル。これは後部座席に座るビアンカの様子が映し出されている。ここで疑問なのは、これを撮ったのは誰かという話である。機体はロゼルが操縦しているのだから。世の中には知らないほうがいい事もあるのだ。

 

────体の調子は大丈夫かい?

 

────うん、お兄ちゃんの操縦がすごくて揺れてる感じもしないよ!

 

────それじゃあ、このまま星系を一周するよ。大気圏外に出発だ

 

────本当? わーい!

 

 

 体が弱く、少々内向的だった妹が、この時は非常にはしゃいでいたのを彼はよく覚えている。昨日のように思い出せるその思い出は、彼に喜びと同時に、もしも彼女の体がもっと強ければ、無邪気で明るい女の子になっていたかもしれないという、少しばかりの悲しさとやるせなさが浮かび上がっていたのを覚えている。

 

 

────すごい……綺麗……

 

────喜んでくれればうれしいよ。

 

 確かこの時の自分は、航行法を厳守しながらも、最低限の振動で進めるように、ほぼ慣性だけでの機体制御をしていたはずだ。ロゼルは横から聞こえてくる自分の声に少し余裕がない事を感じ取って苦笑した。今の自分ならば鼻歌交じりにできる操縦だ。

 

 

────お兄ちゃん、ありがとう。私の夢叶ったよ。

 

────いいんだよ、ビアンカ。ビアンカの夢は僕の夢でもあったからね。

 

────それじゃあ、今度はお兄ちゃんの番だね

 

────僕の番かい?

 

────うん、お兄ちゃんは────

 

 

 その後に続く言葉が、その最愛の妹の言葉こそが、彼の心に何よりも強くある。その言葉が無ければ、自分は生きる事を放棄していたかもしれない。そうでなくとも抜け殻のように惰性で生きていたであろう。ロゼルはそう信じて疑わない。

 

「分かってるよビアンカ。必ず叶えて見せる。何をしてでもね」

 

 

ロゼルはその言葉を聞いた後静かにそう呟き、ホログラムの再生を終了する。自分が行く道の険しさなど疾うの昔に自覚している。それでも彼は誓ったのだから。

彼自身が一番理解している身を焦がすような大望。それでも彼は亡き妹と共に誓った事を叶えるために今日も生きて行く。敬愛する師の教えに従って今は力を蓄える時なのだと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とてルクシオールはNEUEを巡航していた。現在の彼らの目的はヴェレルの部下だった者たちの証言で分かった、NEUE各地に点在する軍事工場の制圧である。影の月は単純な兵器生産だけでなく、兵器生産をする機械の製造にもたけていたという事だ。

 事実、黒き月もコアを除く残骸を回収され、惑星を丸々星に作り替えるという規格外な事をしていた。そう言った意味で軍事工場を作るユニットも制作できるのはおかしい事ではないであろう。

 ほとんどが無人であり、規模も小さく発見され難く、されても損害が軽微であるというのが非常にいやらしいが、見つけてさえしまえば制圧が楽でもあり、『艦長代理』と『ルーンエンジェル隊』の丁度良い経験値稼ぎとなっていた。

 

「シラナミ、桜葉、入ります!」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 少し前まではよく聞いた、おちゃらけた男の声ではなく、優しげな女性の声だ。カズヤは後ろにリコを連れ立って司令室へと入る。そこにいるのはタクト・マイヤーズではなく、現状この艦で最も階級の高い女性であり、司令代行の権限を持っているココ・ナッツミルク大尉であった。

 

 

「お疲れ様、それがこの前までの戦闘資料ね」

 

「はい、ラクレットさんが添削してくれたので、このまま受理してもらって大丈夫です」

 

「ふふ、確かに受け取りました」

 

 

 小さく微笑み、それに合わせて彼女の三つ編みが揺れる。そんな和やかな雰囲気であるが、それも仕方ないのであろう。現在のルクシオールは帰路にあるのだから。

 もしかしたら、帰路という単語に嫌な思い出がある人もいるかもしれない、大きな虫とかと共に。だが、多くの人達は安心するものだ。粗方片付いたという訳ではないのだが、状況が変わったというのが大きい。

 

まず1つは敵が現れたという事だ。アームズアライアンス。元々はセルダール連合に加盟していない勢力の通称であった。様々な国家や星が加盟しているが、筆頭はイザヨイ公爵家である。そんなアームズアライアンスがどうにもきな臭い動きを始めているのだ。

偵察と思われる艦隊が見受けられたり、NEUEにEDENが敷いた星間航路とは外れた場所でのクロノドライブが確認されたりと、タクト・マイヤーズが嫌な予感を覚えるといった具合だ。その為に一度Absoluteに戻り補給を受けるというのが大きな目的である。

 

2つ目にルクシオールの所属が変わった。ということがある。彼らは元々NEUEではなく、EDEN軍に属していた。それはEDENとNEUEの間に圧倒的と言って良いほどの戦力差があったからだ。しかしこの度のクーデターに近い形の内乱により、NEUE側はきちんとした宇宙軍の整備の必要性を認識した。

自分達の宇宙を自分たちで守ろうという意識が活性化したといった所か。実際にEDENの指揮官たちの力が大きいが組織的な軍事行動を経験できたのも大きな自信になっており、セルダール連合では混乱が大きいが意欲的な活動が進んでいる。

EDEN側も様々な理由からNEUEにだけ戦力を駐留させるのは難しいと判断した。NEUEが自衛戦力をもってくれるのは非常に有難く、嬉しい事であった。

しかしルクシオールの所属を丸々NEUE軍にするわけではない。ルクシオールはEDENが莫大なお金をかけて制作した最新鋭の戦艦であるのだ、ポンと譲ることができる訳がなかった。故に元々構想されており、水面下で準備されていた計画が実行されたのだ。

 

 

「UPWですよね」

 

「そうよ、それが私達の新しい所属の名前よ」

 

 

 リコの呟いたUPWという言葉、それが新しい所属の名前だ。United Parallel Worldの略語であり、平行世界連合と言う意味だ。ざっくりいうと平行世界にあるすべての文明の発展と復興を支援する組織である。念頭に置かなければいけないのは、あくまで復興支援のための組織であり、支配組織でないという事だ。しかも復興した側の文明の参加は任意であり強制ではないという。

 全ての平行銀河をUPWの名のもとに! ではなく銀河間の調停とバランサーとしての役割が大きいと言える。良い点はEDENという筆頭文明の支配的な行動が緩和出来る事である。少なくとも名目上はUPWに変わったために、母体組織がEDEN軍の派遣艦隊であろうが、別物だと言い逃れもできる。事実UPW軍の保有戦力は精鋭1個師団をEDENが派遣したが、筆頭としているのはエルシオールとルクシオールだ。エルシオールの紋章機は半分以上の操縦者が直ぐには動けない為に、ルクシオールがメインである。そしてルクシオールのルーンエンジェル隊の殆どはNEUE出身であり、バランスが取れていないこともないのだ。言い逃れに近いが。

また同時に明確な欠点もある、それはその銀河の支配者が変わった場合、それをUPWは排斥することができないというものだ。一応これはヴェレルの乱によって一時的に支配者が変わってしまったセルダール連合の件から学習してはいる。

他の銀河に敵対的であるもの、またその銀河の中に非人道的な扱いを受ける人間が多数いること。実際に他文明や他銀河およびUPWに損害を出したものに対しては、UPWが支配を不適切と認め軍を派遣することができるのだ。

 

基本的に政治や内戦には不干渉であるという姿勢は変わらないが、平行世界連盟を作る上で協力的な文明に肩入れするというある意味で不平等なルールを設けている。仮に今のNEUEのように2つの勢力が拮抗している形で残っている銀河に遭遇したのならば、どちらもUPWに協力的であり、かつその勢力同士は敵対していたらどうするのかという問題はあるが、先送りにしたのだ。

シヴァ女皇陛下は、この方針を打ち出した時に、第2第3のヴェレルを生み出すわけにはいかないと強く言及し、物議を醸したが、EDENでは肯定的、トランスバール皇国でもどちらかと言えば肯定的な意見が多かった。恐らくヴァル・ファスクを未だに脅威に感じている勢力が多い為ともいえる。逆に言うとだからこそ、大きな反対意見は起こらなかったとも取れる。

 

 

「UPWは銀河の発展を目的としているけど、制裁を加えなければならない面も今後出てくると思うわ」

 

「ルクシオールのクルーは丸々移籍ですけど、その理念に賛同できなければEDEN軍へ残留したり下船して軍をやめる事もできるんですよね」

 

 

艦長代行であるココは横目で各クルーの回答リストを確認しながら、カズヤの言葉を聞く。事実数名のクルーがこのタイミングでルクシオールを降りる事は確定していた。と言っても理念に賛同できないというよりも、単純に軍にいる間に資格を取れたのでちょうどキリもいいので移籍しようや、寿退社ならぬ寿退役というものばかりであるが。

 

 

「そういえば、次の補給で着任1名なのよね」

 

「え? わざわざAbsoluteに行く前の補給でって事ですか?」

 

 

 現在帰還中であるが、定期の補給を明後日に受ける予定である。不思議なことに一名着任とだけ通達されており、階級どころか名前すら公表されていないのだ。そこはかとなく感じる艦長兼司令の手口である。

 しかし別段できる事はないので、ただそれを待つだけであろう。

 

 

「それにしても、カズヤ君も大分隊長職が板について来たわね」

 

「そうですか? 僕としてはまだまだ一杯一杯で余裕なんてないんですけど」

 

「そんなことないですよ! カズヤさん!」

 

 

 最近では自覚が出てきたのか何なのか、カズヤは毎朝トレーニングを始めた。リリィには剣を習い、ラクレットをコーチとして基礎トレーニングという、一国の王でもできない贅沢であった。リコは逞しく、頼もしくなっていくカズヤの事を好ましく思っているので、余計に頑張っているのである。そんなリコの逞しい男の人が好きという好みは史実通りなのだ。男性恐怖症とは何なのであろうか。まぁ、厳密には逞しい男性ではなく、逞しいカズヤさんなのだが。

 

 

「カズヤ君はきちんとやっているわ……本当にね」

 

「こ、ココさんも、艦長代行をきちんと熟してますよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ……でも、やっぱりタクトさんと比べると」

 

「ココさんが艦長になって、書類の滞りが0に成りましたよ!」

 

「それが普通なのよ、本当はね」

 

 

 ココにもそれなりに思う所はあるのだが、それは置いておこう。兎も角カズヤは報告を終えて、部屋を後にした。リコと二人でブリッジ直通ではないほうの最上階エレベーターを待っている二人。このエレベーターを利用するものはそれこそ司令室とブリーフィングルームに行く人物だけであり、周りに誰もいない。そんな場所だった。

 

 

「カズヤさん」

 

「なんだい、リコ?」

 

「カズヤさんは隊長さんとしてのお仕事がありますよね」

 

「あ、うん。そうだね。今考えてるとこだよ」

 

 

 そんな中口火を切ったのはリコの方だった。カズヤは丁度頭の中でこの後の予定を組み立てていたのだが、そんな事は後でもできるので聞き手に回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私以外の女の子のご機嫌を取る算段ですかぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!? あ、いや、その……えーと……」

 

 

 が、突然の直球にカズヤは思考がストップしてしまった。仕方がないともいえる。どちらかと言えばポジティブな雰囲気で二人きりだったのだ。声のトーンも一切不愉快だという物が無かったが、内容が直線的過ぎた為である。

 

 

「ふふっ。ごめんなさい、少し意地悪でしたね」

 

「リコ……」

 

「カズヤさん。私、カズヤさんの事大好きです。世界一……ううん、宇宙一! だからカズヤさんの事信じていますし、頼ってもいるんです」

 

 

 笑みを浮かべながらリコはそう言う。カズヤの横に立っていた身体の向きを変えて向き直り、正面に回り込んだ。そのまま流れるようにカズヤの胸に彼女の体重を預ける。カズヤの方も優しく受け止めながら、リコの言葉の意味を反芻していた。

 

 

「信じて……信頼してくれてる?」

 

「はい。だからエンジェル隊の皆と仲良くしても、絶対私の事大切にしてくれるって」

 

「うん、僕もリコの事を信じてるよ」

 

 

 カズヤの仕事はブレイブハートのパイロットである以上に、ルーンエンジェル隊のテンション管理という物がある。それは即ち女性だらけのルーンエンジェル隊のメンバーのご機嫌を取るという事であり、ある意味では恋人がその中の一人にいる人物がすべきものではなかった。

 しかし、リコの信頼パワーはそれを受け入れたのである。カズヤの事を信じているから、彼が他の娘に目移りしないと信じられるから、だからこその言葉である。若干14歳にしてそれだけ信じられる愛の深さはポテンシャルとして姉譲りかも知れない。

 

 

「リコ……」

 

「カズヤさん……」

 

 自然と二人の目が合い、お互いの瞳孔に移る自分の姿が確認できるようになる。エレベーターが到着し、ドアが開いても二人はその場を動くことなく、ドアが閉まるのと同時に二人は瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ! タァ!」

 

「────ッ! クッ!!」

 

 

 所変わって此処はトレーニングルーム。正方形に縁取りされたその部屋の一角では人外の戦いが繰り広げられていた。片側に立つのは我らが剣のラクレット・ヴァルター。彼の表情には余裕がなく、珍しく内心の苛立ちや焦りが表情に出ている。

 そんな彼に相対するのはリリィ・C・シャーベットである。彼女の表情も優れたものではなく鬼気迫るものだが、彼に比べれば余裕があるようにも見える。そう、二人は剣の稽古をしていた。

 

 この二人が剣の稽古をするのは、実を言うと最近始まった事である。手合せ自体は過去に数度したものの、彼の所属が正式にルクシオールのルーンエンジェル隊になってから自然とはじまったものだ。

最初は見物人もいるようなカードだったのだが、観衆曰く「何が何だかわからない」というレベルなので今ではギャラリーもなく、それどころか発生する衝撃波による余波を恐れて近づきすらしないのである。

 戦績自体はほぼ全てリリィの勝利で終わっている。単純な技量で比べるのならば、ラクレットとリリィには雲泥の差がある。それは決してラクレットが弱いのではなく、リリィがある種のその道の到達者であるからだ。彼女は若干18歳にして『七重の護剣』という二つ名を授かり近衛隊の隊長に選ばれる逸材でありながら、エンジェル隊員にいるという。魔法のカリスマであるカルーア&テキーラとある意味対極にいる人物だ。

 

リリィはセルダールに伝わる剣術の所謂奥義である『練操剣』を修めている。これは既に失伝したともいわれるもので、彼女がどういった経緯でその位階に至ったのかは不明だが、その練操剣は魔法をも断つというとんでも業だ。そんな凄まじい技量と技術を有した剣士である。要するに剣を使った勝負で彼女に勝てる存在はそれこそ、銀河中を探しても彼女の師匠しかいないであろう。

 

「うむ、やはりヴァルター中尉との戦闘訓練は良いものだ!」

 

「…………」

 

 

 しかし、彼女のその言葉通り、彼女は類を見ない満足げな表情でラクレットと撃ち合っている。彼女がまだ近衛隊にいた頃、常に彼女はかなり手加減をして訓練にあたっていた。自分を慕う部下はいたが、実力の差もあってか、今一つ本気で撃ち合う事が出来なかったのである。

 相手をしているラクレットの方は、前述の通りかなり苦しい戦いを強いられているのだ。まず、彼が拮抗できるのは人外じみた身体能力の恩恵がある。銀河に存在する人間の99%は彼女が本気とは言わずとも、倒すつもりで振り下ろした剣の一合すら耐え切れずに吹っ飛ぶ。しかし彼にはその膂力などで耐えるどころか弾き返すことができる。スピードもほぼ互角と言って良い。単純な足回りならば彼の方が上であり、反射と反応速度は彼女が上であるからだ。ラクレットが苦しいのは一重に加減の難しさである。

 一度彼が本気で彼女の持つ摸造刀を横から切り付けたらどうなるかを試した結果、衝撃を受けて獲物が吹き飛んだリリィ曰く『直撃を貰えば軽傷では済まない』と発言をしたのだ。これにラクレットは非常に驚いた。貰っても死なないのかよと。

彼女としては本気で加減なしフルパワーのラクレットが相手でも、愛剣があり、殺しても良いのならば、6,7割で勝てると踏んでいるが、ラクレットは本気を出して再起不能にするわけにもいかない。しかし本気に近い力を出さないと相手にならないのである。ラクレットも本気を出して殺してよいのならば、まぁ勝てるであろうと踏んでいる当たり負けず嫌いであろう。

 彼としても自身の力の制御に丁度良いので充実した訓練になるのだが、常に多方面に気を張る必要があり、話す余裕がなくなるのだ。

 

 ラクレットは呼吸を整えると、そろそろ仕掛けるために意識を集中させる。基本的に受けに回ると技量の差がもろに出てしまいジリープワーであるのだ。攻める場合はリリィが全力で防御姿勢をとりながらカウンターを狙ってくるのでやり難いが、速度と歩幅に優れる故にある程度好きなタイミングで引くことができるという点で有利だ。お互い責める方が有利と言う非常にアグレッシブな戦いなのである。

 

 

「むっ! 後ろ!」

 

「ちっ!」

 

 

 残像すら残さない速度で瞬時に踏み出し『そのまま天井を足場に』相手の背後に回り込んだのだが、リリィは筋肉の収縮、踏み込んだ音、何よりも勘で反応して見せた。摸造刀を滑らせて彼の攻撃を裁くと同時に、『逆さまに落ちてくる』開いた脇腹へと流れるように攻撃を合わせようとするが、すぐさまに悪寒の従う通り前へと飛び出した。

 その判断は正しく、中空を足場に彼は空中で姿勢を整え彼女の剣の柄を狙って来たのだ。彼女の黒星は少ないが、全て共通しているのは獲物を弾き飛ばされたことによる敗北だ。

 

────やり難い

 

 双方がそう思いながら、また仕切り直しとばかりに距離をとって構えなおす。全ての戦闘の経験ならば同格だが、白兵戦と剣での戦いの経験はリリィに軍配が上がる。彼女は終始自分のペースで戦えるが、ラクレットは熱中しすぎてはいけないと自制しながら格上と戦う。長引けばリリィが有利なのは明白だ。

 二人ともそろそろ決まると思い、次の合が最後とばかりに力を入れると誰もいなかったはずのトレーニングルームに声が鳴り響いた。

 

「リリィ! 来てほしいですにぃ! テキーラ様が大変ですにぃ!」

 

「むっ? ヴァルター中尉、勝負は預けるぞ」

 

「ああ、構わない。僕もそろそろ……限界が近い」

 

 

 お互い上気した頬だが、息が上がっているのはラクレットであった。彼としても自身よりも実力が高い存在と戦えるのは経験値になるのだが、やはり疲労感が大きい。逆に明確な師がいた彼女は、ある種の化け物退治に近いラクレットとの模擬戦に対して類似の経験がある故に、消耗が少ないのだ。覚醒して以降の白兵戦において、格上との戦闘経験の欠如がラクレットの弱点とも言えた。

 二人は兎も角ミモレットの先導に従い魔法研究室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……結界か」

 

「おぉ。テキーラが向こう側にいる」

 

「そうなんですにぃ、ご主人様が閉じ込められてしまったのですにぃ」

 

 

 魔法研究室には異様な光景が広がっていた。透明なガラスのような壁が部屋の真ん中に生じており、テキーラが何かを叫びながらそれを叩いているといった具合だ。ざっくり説明すると、テキーラが魔法の制御に失敗したために結界の解除ができなくなってしまったのだ。

幸い書庫側である外側にいたミモレットに、魔導書を開かせて解呪の呪文を探させていたのだが、埒が明かなかったのでリリィを呼んでくるように指示したのだ。全て筆談で。

 

「ふんっ! 」

 

ラクレットは一先ず結界を軽く殴ってみる。かなり堅いことが伺えるが本気で殴ったらどうなるかはわからないかな、といった程度の衝撃は感じた。しかし適任がすぐ後ろにいるし、目の前のテキーラの眉が吊り上がりこちらに何かを捲くし立ててきたので、大人しく下がることにする。

 

 

「承知した。二人とも少し下がっていてくれ」

 

「はい。テキーラ少し下がってくれ」

 

 

 ラクレットはジェスチャーで下がるように伝え、自分もリリィと結界の間からそれる。テキーラも察したのか、同じように安全な場所に移動した。

 

 

「はぁ!」

 

 

彼女は一度剣を鞘に戻し、その後何か特殊な力を込めたのか、瞬く間に引き抜くと、それと同時に輝いた斬撃が飛んで行った。そんな非現実な現実を前に驚く人物はいない。何せ世界には魔法もESPも超光速航法もあるのだ。奇跡だって起こるし死人も蘇ってもおかしくはない。

 そしてその斬撃がシールドに届くと同時に、瞬く間に消え去った。まるで相殺されたかのように。そうこれが練操剣。魔すら断つ斬撃なのだ。

 

 そもそもセルダールがセルダール連合の中で最大勢力なのは、この魔法を断つという剣の特性からである。古来の発展していた頃、魔法使いは練操剣の使い手である騎士には勝てない。ナノマシンは魔法によって無力化されてしまい、練操剣もナノマシンを切ることはできない。そんな3竦みの関係であった。

しかしここでもやはりまた出てくるのは大災厄クロノ・クェイクだ。星間航法が失われたことにより、最も大きな損害を受けたのはナノマシン勢力だ。ナノマシンの原材料の資源は届かない。研究室の9割以上が衛星上にある。特に前者は顕著であり、個人の魔力に依存する魔法と、体力に依存する剣と違い、ナノマシンは消耗品である。工場プラントが無事であっても、伝承する技術が残っていようと、優秀な師範がいようと、物が無ければテクノロジーは廃れていく。

 ナノマシンリサイクルシステムはあるが、新しいものが一切作れない、既存の研究所には行けないというのは彼らの技術の多くを失わせた。救いなのはピコに属する人間は、他の銀河や星の人間よりも有意に高いナノマシン適合率を誇るという事か。EDENだと感情のコントロールなどに長けたスペシャリストのみが成れるそれが、ある程度の適正があれば気軽に成れるために技術さえ復興させてしまえばよかったのだ。

 話がそれた。兎も角大事なのは剣が魔法に強いという事だ。

 

 

「ありがとう、助かったわ。流石本物の騎士ね。絶対戦いたくないわ」

 

「いや、誇る訳でもない。セルダールでも練操剣を扱えるものは片手で数えられるほどしかいないのだ、魔法の汎用性と違い、剣の方は人材の先が見えていないのだ」

 

「そう……まぁ、辛気臭い話は後にしましょ。ラクレットとミモ片づけ手伝いなさい」

 

「あいですにぃー!」

 

「了解だよ、テキーラ」

 

 

 無事に解放されたテキーラは、極々自然にラクレットを顎で使いながらリリィに改めて礼を述べるのであった。

 

 

 

 

平和なルクシオールの一日。しかし確実にエオニアの乱を基端とする、激動の時代と呼ばれたこの6年間における最後にして最大の波は、直ぐそこにまで迫っていた。その虚ろな存在をこの全銀河の1人を除いて誰も知らないままに。

 

 

 

 



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第2話 強くなること

 その日のルクシオールは、何時もより少しだけ慌ただしかった。1名謎の人物が着任するというのは、軍としてはあり得ないことなのだが、単純に1人新しい仲間が増えると多くのクルーが受け止めていたのだ。

なにせここはルクシオール。軍の中でもっともゆるゆる規律と言っても過言ではない。上官への暴力? いいよいいよ。病気だし可愛い女の子だし、仕方ない。言葉遣い? 楽なのでいいよ、堅っ苦しいのは嫌いだ。遅刻とサボり? 適度な休憩は効率上げるから自己管理と最低限の仕事さえすればいいよ。

そんなタクト・マイヤーズのマイヤーズ流ともいうべき教えが良くも悪くも蔓延しているこの艦は、新しく着任してきた人物がこの艦に馴染めるようにフォローするつもりでもいた。

 

 

 

その本人が着任するまでは

 

 

 

「初めまして、タピオ・カーさんですね。私は艦長代理の……え!? 嘘?」

 

「…………」

 

 

タピオ・カー。やや細見だが、標準的な範疇に入る体格の彼はおかっぱと言うべきか、あまり流行っているとは言わないが、きっちり切りそろえられた銀色の髪を持ち、細い糸目からは何を考えているかを窺い知ることはできない。

年のころは20代であろうか? やや褐色の肌としわ1つ無く着こなされた軍服。靴にも汚れは見えず輝いている。それどころか靴紐が左右でミリ単位の調整されているのか、立っていれば軍服を着たマネキンにすら見える。

 

しかし別段外見から艦長代理であるココ・ナッツミルク大尉が言葉を失う要素はなく、疑問に思った出迎えに来ていたルーンエンジェル隊の視線が彼女と彼の間を往復していく。ただ一人を除いて。

 

「……このデータに有ることは事実でしょうか?」

 

「はい、先程機内で最終確認をしましたので、全て相違ありません」

 

「……失礼しました……カー中佐」

 

「ふむ……では、改めて自己紹介をいたしましょう。私はタピオ。タピオ・カー。階級は中佐であり、この艦には艦長・操舵補佐並びに副司令として着任する」

 

 

 典型的な軍人ともいえる人物の着任。しかも階級ではココより上であるが、役職はあくまで補佐。誰の眼にもわかる暗雲が広がる人事であった。そんな彼はココに向き直ると口を開いた。細い目も彼女の方を真っ直ぐと見つめているが、一切表情は読めないままである。そんな彼の醸し出している不気味な風格に、ココは思わずたじろいてしまう。

 

「ナッツミルク大尉、私はこの艦に着任する副目的として、マイヤーズ流の内実を学ぶというものがありました。僅か数百年で隆盛した文明が、あのヴァル・ファスクを撃ち倒す原動力となった、階級を感じさせられないフランクな対応。それを実体験で学ぶというものです」

 

やや不明瞭な言いまわしに少しばかり顔を傾げるエンジェル隊のメンバー。彼女達には少しわからない単語が多かったのかもしれない。そんな彼女たちを気にせずに彼は、続ける。

 

「この艦に着任するまでは、私も当然従うつもりでした。ですが、ナッツミルク大尉。貴方は私の階級を見て態度を変えた。階級の上位の者に対して態度を変える様ではマイヤーズ流が最大の効果を発揮するとは言い難い。よって私も通常通り中佐として此処に着任することにしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、どーしてタクトはあんな奴をおよこしたんだよ」

 

「マイヤーズ司令の事だ、何かしらの意図はあると思うのだが」

 

「ナノナノはちょっと苦手なのだ」

 

 

 タピオが着任して数日が経過した。エンジェル隊のテンションは平時よりもやや下回るといった具合で維持されている。単純に戦闘の兆しすら見えない帰路であるので、問題はないが、それだけが理由でなく、先に着任したタピオのこの艦における立ち位置が少なからず原因の一端を担っていた。

 

 タピオ・カー中佐は着任して直ぐに仕事に取り掛かった。彼の階級は中佐であるが、与えられた職務は艦長代行補佐役であり、解りやすく言うならばお目付け役であった。彼はマイヤーズ流と称される、名将タクト・マイヤーズのやり方に異議を唱えている訳ではなく、ただやるのならば徹底すべきだという考えのもとに行動していた。

 

 といっても、彼自身は艦の運営方針などには一切の口を出さなかった。艦長代行が決めた決定には異を挟むこともなく、仕事もいたって通常に熟していた。しかしいままで、ココが己の裁量で曖昧にしてきたことに関しては徹底的にメスを入れた。

朝礼での連絡通知や夜勤シフトとの交代時間がやや曖昧であったことなどは、まずどういった意図でそうしているのかをブリッジにて詰問した。

確かにクルーの行動をきつく縛らないことで成果を上げたマイヤーズ流だが、どの程度まで柔軟に行わせているのか、そう言ったラインを明確にさせようとしたのである。

 

 最初の方は、他のクルーが階級差が有る中でも陳言していたが、タピオの言葉は全て正論であり、また何より階級には最低限乗っ取った言動を艦長代行のココ自身がしてしまったために、ココがココを庇うオペレーターたちを庇うといった状況になってしまっており、ブリッジの空気は非常に悪かった。

 

 全員がタピオに悪意がなく、正統性があるとわかっているので強く出れない。ココも艦長代行なので、強権を振う事をしない。クルーの発言はマイヤーズ流のやり方なので、タピオが正しいと思えばそれを聞き入れる。一見問題なく回っているのだが、ココの表情は日に日に沈んでいった。

 

 そんな艦内におけるタピオの評価は完全に2分されている。ココはあくまで代行であるために、ああいった正規の軍人が厳しくも補佐するのであれば問題はなく、いずれ慣れるであろうといった意見と、あんな可愛いココさんをいじめるなんて許せない。の2つだ。

 全体としては後者が多いのだが、後者を主張する側もタピオの言っている事の正しさを知っているのと、ラクレット・ヴァルター中尉が目を光らせた為に、大きな行動は出来ていない。

噂として流れているタクトが船を降りた場合の次期艦長がタピオになるというものが、彼等を煽っている形になるが、あくまで噂であるために今のバランスでとどまっている。

 

 

「なんで、ラクトはあいつを庇うのかね?」

 

「ラクトはココが嫌いなのだ?」

 

「ヴァルター中尉に限ってそのようなことはないと思うが、桜葉少尉は聞いているか?」

 

「いえ……ただ、タピオさんがEDEN軍において革新派だという事を教えてくださいました」

 

 

 タピオ・カー中佐の経歴はルクシオールからアクセスできる権限では窺い知ることができなかった。それでもアニスの「あのいけすかねぇ匂いはNEUE人じゃねぇ。EDENの坊ちゃんだな」という意見に他のNEUE出身者の賛成もあって────リコのEDEN人ぽくないという意見より有力視されて────EDEN出身であるという事は解っている。

 

 リコがラクレットから聞いた情報は断片的だ。本当は内緒だよ。と言われたのだが、お願いしたら教えてくれたのである。タピオはEDEN軍において革新派と呼ばれる派閥の軍人だということ。その思想はヴァル・ファスクと人間の相互理解を即急に深めて、技術交換をしていくといった、ヴァル・ファスクの危険性を軽視している派閥だという事だ。

融和政策には賛成だが、慎重に検討を重ねるべきだという中立派が現状の主流であるが、ヴァル・ファスク排斥派は少数であるために、革新派は目立つ存在だともいえる。タピオはそこの存在であったのだ。

 

「それだって、タピオさんがラクレットさんと何か話していたのを見たから教えて下さっただけです」

 

「堅物同士話が合うのかもな?」

 

「いえ、少し言い争っていたというか、王子がどうのこうのって。それを止めるようにみたいな話をしてました」

 

 

ルーンエンジェル隊のメンバーは何が起こっているのかよくわからなかったが、結局の所、ココが弱っていっているのと、タピオ・カー中佐が台風の目になっている事は事実であり共通認識であった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな状況でさらに数日が経過する。ルクシオールは無事にAbsoluteに到達したのだが、そこで彼らを待ち受けていたのは、唐突過ぎる実機演習であった。

 

 

「シラナミ少尉入ります!」

 

「少尉、通達の通りブリーフィングを開始しますので着席してください」

 

「は、はい」

 

 

 ミーティングルーム、作戦会議室、ブリーフィングルーム。翻訳装置の影響で様々な呼び方がされているが、ブリッジの隣で司令室とも近いこの部屋は、有事の際や会議の際に用いられてきた部屋であった。そこに集合しているのはルーンエンジェル隊の全員に艦長代行のココ。そしてプレゼンをするように真ん中の投影スクリーンを操作しているタピオであった。

 

「それではブリーフィングを開始します。本演習は実機を用いた実戦と同じ想定での演習となります。敵として用いるのは接収した無人艦であり、正規軍に組み込むことができないものなので破壊しても問題ありません」

 

UPWに属する勢力において、資源は腐る程ではないが、多くの資源を有する星が手つかずで残っている場合が多い。開発の手間もあるが、それでも価値としては優秀な人員が優秀な兵器を上回るのが一般的だ。

誤解を恐れず言えば、艦は余り気味だが、人は足りないのである。

 

 

「敵勢力についての詳細を教え願いますか?」

 

「その要望は受諾しかねます。本演習は艦長代行である貴方、ナッツミルク大尉の指揮によるものです。実戦に近い状況においての判断能力も評価の対象に成ります」

 

ココの質問をにべもなく拒否するタピオ。重ねて言うが彼は別段嫌いだからだとか喧嘩を売るためにしているのではない。そんな彼から通達されるのは、さらに無慈悲な内容であった。

 

「また加えて、2つほどイレギュラーが想定されています。1つはルクシオール主機の不具合。本演習において、ルクシオールは移動を禁じられます。もう1つはラクレット・ヴァルター中尉の不在。こちらはUPWの長官と補佐官から呼び出しが入っているために、この後直ぐ下船して出向して頂きます」

 

「了解です」

 

「そんな! それじゃあルーンエンジェル隊とココさんの実力を見るのには不適切では?」

 

「そうだそうだー! 一々めんどい条件ばかり付けてんじゃねぇ!」

 

「なのだ!」

 

 

 事も無げに同意するラクレット。彼の表情からは何も窺えない。タピオに対する不信感も戸惑いもないのだ。他のメンバーが────恐らく無意味であろうが────タピオに抗議する中、ブリーフィングを聞いているテキーラは彼の表情から、何かしらの取り決めがあることを逆に察することができた。

 

「ルーンエンジェル隊は、ムーンエンジェル隊が解散した以上、事実上最強の戦闘機部隊となっています。そんな皆さんがこの程度の条件もクリアできないのであれば、軍としては方針を転換せざるを得ません。強い不安があるのでしたら、演習の延期をこちらから要請しますが?」

 

「なんだと!? やってやろうじゃねぇか!」

 

「アニス! さっきから言ってることが無茶苦茶だよ!」

 

 

 露骨ではあるが、効果的である挑発に乗ってしまうアニス。カズヤはもうこの流れは変えられないと理解しながらも、形としてアニスに制止をかける。結局演習は執り行われることになるが、詳細な条件がどこか誤魔化された、不透明なものであった。

 ルクシオールは移動を禁じられている。敵の総数は不明。こちらはエタニティーソードを欠く編成。限りなく実戦に近い設定で行われる。あからさまに何かあるものであるが、この時ココはその意味を本当の形では理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラクレット・ヴァルター中尉、ただいま到着いたしました」

 

「あ、丁度いいところに!」

 

「コラ! タクトォ! 話はまだ終わってないぞ!」

 

「まぁまぁ、副し……じゃなくて司れ、でもなくて補佐官。いいじゃないですか」

 

 

 端的に言うのならば、タクトが脱出(さぼる)するであろう数分前に起こりうる状況。それがラクレットが入室したこの部屋の状況であった。この部屋はUPW長官に就任したばかりのタクト・マイヤーズの執務室である。

 公式発表は今日の正午であるが、タクト・マイヤーズは艦を降りる事が決まっていた。それはUPWという組織の軍事力の頂点に彼を据えるのには必須な措置である。ルクシオールクルーには通達こそされていないが、誰もが薄々タクトがもう、司令官としての腕を振るう事はないであろうと、気が付いていた。

 UPW所属、タクト・マイヤーズ長官。トランスバール皇国軍所属の田舎の星系の司令官の大佐だった彼からすれば躍進というほどの出世ではあるのだが、どこまで行っても人は変わらないのか、彼は積極的にサボるための行動をとっていた。

 

「ふぅ、変わりませんね、タクトさん」

 

「まぁねー。そっちは、というか艦の様子は?」

 

「カー中佐は良くやっていますが、空気が読めていません」

 

  久しぶりにあった10年来の親友にするかのような気さくな態度で尋ねるのは、彼が不在の間の艦の様子だ。ラクレットはここ数日の苦労を思い返す。

 

「彼の正体はまだ知られていない感じなのね?」

 

「ええ。そのせいで変な噂が広まってますよ。全く人の事を王子と呼ぶのは辞めていただきたいものです」

 

「はは……保守派が利いたら二心ありと断じそうな状況だね」

 

「笑い事じゃないだろう! お前が無理矢理通した人事だ。隙を見せてどうする」

 

 

 男たちは主語を省きながらの会話に興じている。その間に補佐官付きの秘書であるアルモはお茶の準備を始めていた。きっかり四人分である。

 

 

「ココさんは、完全に委縮しちゃっていますよ。艦内の空気はぽっと出の糸眼野郎が司令官になるのは認められない。という感じが主ですが、頼りになる人がリーダーになるべきだという意見で割れかけています」

 

「うーん。やっぱりサプライズにしたのは間違いだったのかな?」

 

「どうして二人の人事どころか、自分の人事まで全て水面下で進めようとするんだお前は!」

 

 

疲れたように、椅子の背もたれに深く体を預けるラクレット。最近の任務は見敵必殺や、言われるがままに台詞を言うだけ。といったものではなく、クルーのお悩み相談までしていたので、少々疲れがたまっているのだ。

だが、タクトはそれ以外の要因が推察できる情報を握っていた。

 

 

「そんな空気に当てられて、僕に相談する人も出てきました。おかげでプライベートの時間があまり取れません」

 

「へー。ふーん。オレだって知ってるんだぞ。ラクレットが起床点呼の時に外から自室の前に歩いて来たのを目撃した人がいてね」

 

「トレーニングです」

 

「ほう、時間厳守の鬼の様な模範生だったお前が、遅刻する程のトレーニングとはな。さぞかし厳しい教官に仕込まれている事で」

 

「新規分野に挑戦中です」

 

「あはは、ほどほどにね、ラクレット君」

 

「体を痛めても次に残らないように留意してます」

 

 

 一切の表情を変えずにそう言うラクレット。彼も大人になったもので動揺のどの字も見られない。それでもにやにやとした視線が集まるのは苦手である。

そんな和やかな会話をしながら、彼らは先を見据えた話しへと本腰を入れるのであった。

リアルタイムで配信され続けている演習の映像をバックに。

 

 

 

「よし、撃破! これで敵の全滅を確認!」

 

「お疲れ様カズヤ君」

 

 

演習は佳境に入っている。というかカズヤがたった今、不動で築陣されていた、堅牢な布陣の名残すら残さない程に敵艦隊を撃破し終わったところであった

今回の演習では相手は最深部に空母を配置し、それを対空特化の駆逐艦や重戦艦で防護していながら、高速戦艦と艦載機がルクシオールが永続的に攻め続けるというものだった。ココの采配で、序盤は守勢に徹した後、余裕ができ次第攻勢に反転というシンプルなものであった。後方の敵は陣地から動かない為に、一度攻め手を排除し補給してからというのは実に理に適っていた。

作戦のベースはココが考えたが、実行にするにあたっての判断は全てカズヤに一任されていた。カズヤも半年前の実戦とそこからの訓練でそれなりに実力をつけていた。付け焼刃感は否めないが、絶望的な敵というアグレッサーがいる演習を繰り返した結果、逆境の中で戦う事を覚えた。指揮に関しても最初はタクトのサボる口実として(レスターが過去に提出用に作った)エルシオールの経験した戦場の演習を、ルーン機でクリアするということを行った結果、効率的な運用と状況判断能力を身に着ける事ができたと言える。

 

 

それは、実力が付き始めたという事であり、最も足元をすくわれやすい時期であるという事と同義であった。

 

 

 

「ドライブアウト反応! ココさん!これって!」

 

「敵の増援です! ココさん!」

 

 

 ココ・ナッツミルクは非常に優秀な軍人だ。元々は研究職に十代半ばから身を投じているだけの人材であったが、エルシオールのブリッジクルーとしての仕事をこなせる技能から優秀なオペレーターとして第二次ヴァル・ファスク戦役を戦い抜いた。その後情勢が落ち着くにつれ、自分のできる事やりたいことなどを熟考し、操舵士や戦略・戦術と言ったことを多く学んできた。しかし操舵はともかく、戦略や戦術を実際の状況に生かすという機会に『最高のお手本がいたから』こそ恵まれる事はなかったのだ。

 故に彼女はカズヤが全機を引き連れて敵の殲滅に赴くことの愚かしさを、動けない旗艦を丸裸にすることの戦術上の失策と理解したうえで、演習だからと言う油断もあり承認してしまっていたのだ。

 この演習は実戦に近い物であり、それならば当然敵の増援を警戒してしかるべきなのだ。タピオが敵の総数を明言しなかったあたりから疑う所なのだ。

 

 

「み、皆! 急いで戻ってきて!」

 

「敵艦隊砲撃開始! 仮想シールド出力40%消失! このままでは1分持ちません!」

 

「皆、急いでルクシオールに戻るんだ!」

 

 カズヤは敵増援の報を聞いた時点で、リスクを承知でイーグルゲイザーとの合体を解除して、最速であるレリックレイダーとの合体に移行させていた。結果的にそれは英断であったが、それでもとても間に合う距離ではなかった。

 演習であるがゆえに、悲鳴のような声は上がらないが、緊張し緊迫した声のブリッジクルーが状況を正確に読み上げていく。そんなブリッジでタピオは小さくため息をついた。

 

 

「この演習は実戦を想定したものです。当然敵の増援を警戒するべきでした」

 

「はい、おっしゃる通りです……」

 

「この状況を覆す策はありますか?」

 

「シールド出力を全面に集中させて、レリックレイダーの到着を待つ以外有りません」

 

「事実上の無策ですか」

 

 

 繰り返しになるがタピオには悪意や権力欲などと言ったものは存在しない。ただ単純に事実を述べているだけなのだ。現状ルクシオールは40秒もすれば沈む。ココが取れるのは延命措置であって打開策ではないのだ。

 タピオは残念なことに想定通りであったので、そのまま次の段階へ演習をシフトさせた。

 

「特務隊05機、出番です」

 

「────了解です」

 

 

その言葉と同時に、演習として利用している戦闘エリアに1機の紋章機が乱入して来た。流星の如き白き軌跡と共に現れたその機体の名前はホーリーブラッド。

 

EDENの科学力と古代先文明の兵器が結ばれた結果生まれた、新時代の超兵器の名前であった。

 

 

 

 

 

 

「うーん、ココはどうやら緊張しちゃってるみたいだねぇ」

 

「お前の無理やりすぎる人事のせいだ。仕方あるまい」

 

「まぁ、実戦ではこうはならないでしょう。僕も拙いながらに献策は出来ますし」

 

 

 ホーリーブラッドが瞬く間に敵に急降下のように襲い掛かり正確に砲門を沈め、同時にAIからのヘイト(殲滅優先順)を稼ぎルクシオールへの攻撃を和らげる様を見ながら彼らは冷静にそう口にした。

 

 

「一先ず、ルーンエンジェル隊にも苦労してもらわなきゃ。たった一回の戦いを先輩におんぶ抱っこで勝っただけだ。なんて言われないようにね」

 

「その為のタピオ・カーに新艦長に、ロゼル・マティウスか」

 

「アームズアライアンスがきな臭くなっている以上、艦の運営体制が揺らぐのはいただけないのですが」

 

「どうしようもなくなったらラクレット、君が導くんだ。だけどできればカズヤ達には精一杯悩んでほしい」

 

「それは、ココさんにもってことですね。全くなんで僕はたくらむ側に回る羽目になったのですかね」

 

 ラクレット・ヴァルターはルーンエンジェル隊のメンバーとして、少しずつ馴染んできていた。しかしそれは頼りがいがあるからという理由が少なくない。ココや他のクルーにしてもそうだ。この半年間でタクトはあえて積極的にラクレット・ヴァルターという英雄の偉大さを艦内で流布して来た。その結果万が一何かあっても、タクトとラクレットがいれば大丈夫だという空気ができてしまった。

 ラクレットもタクトもそんな空気に苦笑してしまった。二人はエンジェル隊とブリッジクルーに実力をつけさせるために積極的に技術を叩き込んできた。そしてそれは実を結んできていると言える。だが二人の目的はその先に有ったのだ。

 

 二人がクルーに求めるもの、それは自信であった。それは実力と相関関係にあるが、比例するものではない。エルシオールからタクトについてきているクルーもいないわけではないが、少数派だ。彼等彼女達の多くは皇国やEDENを守る仕事についている。そんなエルシオールのクルーの多くはヴェレルの一戦を終えて共通の感想を覚えた。それは歴戦の英雄や元ムーンエンジェル隊がいれば何とかなるということだ。

 タクトはクルーの一人一人の力があってこそだと思うし、そう伝えてきたが彼らは理解はしても納得はしてくれなかったのだ。タクトから見れば十分彼らは困難な坂を駆けあがる力はある。だが彼らはタクトの先導があってこそだと信じてやまないのだ。強すぎるカリスマ性による一種の弊害であった。

 故にあえてタクトは自分やラクレットの凄さを前面に出した。ルーンエンジェル隊にも他のクルーの影響が大なり小なり見えた故に、ラクレットも徹底的にお手本になるように厳命された。そうして一度英雄と言う補助輪で彼らを加速させたのだ。後はその補助輪を外してしまえば彼らは慣性で走り続けられる。タクトがいなくても彼らは平時でも戦時でも仕事をこなせるし、タクトの作戦と強力な友軍戦闘機部隊が無くても十分に敵と戦うことができる。その自信をつけさせるためにまずは実力をつけさせたのだ。

 

「寝顔に書かれた油性マジックは食用油で落とすことができる。ミルフィーが教えてくれたんだ」

 

「確かそのサラダ油をどう落とすんだって、ランファさんにつっこまれてましたよね」

 

「簡単さ、石鹸を外から持ってくればいい。油で保湿もできたんだ。鼻歌交じりで落としてあげればいい」

 

「二度手間ですわね。ミントさんがそう言ってましたね」

 

「全く、タクトお前は回りくどすぎるし、ラクレット、お前も背負いすぎる」

 

「そしてクールダラス補佐官は心配しすぎるですね」

 

 

 アルモがそう笑いながら捕捉する。彼女が思うのは憧れた英雄の背中を追いかけていた自分の親友の事だ。アルモの親友は少々内向的で言ってしまえばサブカルチャーに傾向している気のある少女だった。状況に流されて戦争の最前線で暮らすうちに少しずつ社交的になっていき、目標を見つけてそれに向かって努力していた。その憧れは恋愛感情はないと本人はきっぱり否定していたし、アルモもそうだと確信している。

だけど彼女が少し心配であった。アルモはもう満足できてしまっている。憧れの人の傍にいれられれば幸せなのだ。これ以上の自分を求めないであろう。これ以上の関係は日々進行させたいと希求しているが。

 だが親友は違う。憧れた背中を助けたくて猛勉強して最年少で操艦資格を取った位だ。どこまでも上を見ているしっかりとした娘なのだ。だからこそそれに見合った自信を身に着けてほしい。この一見いじめにも見える人事は、将来を見越したうえではきっと必須なことなのであろう。それはきっと親友を大いに悩ませるであろうが。

 

「私も心配してますけど、きっと大丈夫ですよ。ココも、ルーンエンジェル隊も」

 

「ほう、それはどんな根拠でだ?」

 

「マイヤーズ長官風に言うなら勘。ラクレット君風ならそれができる人達だから。そして私ならココだから。ですかね?」

 

「ふっ。そうだな。不本意だが俺も上手くいくとは思っているよ。結果的にはね」

 

「終わり良ければ総て良しさ、レスター」

 

 

4人が囲むテーブルの上に浮かぶホログラムには、敵艦を見事に無傷で全滅させたホーリーブラッドの姿があった。その映像の下にある書類には3つの人事がかかれていた。

 

 

 

────ロゼル・マティウス少尉 特務隊よりルーンエンジェル隊へ出向。仮入隊とする。

 

────タピオ・カー中佐 ルクシオール副艦長兼チーフオペレーターとして正式着任とする。

 

 

 

 

────ココ・ナッツミルク大尉 昨日、本日、明日にそれぞれ昇進とする。

大佐は明日現地時間正午よりルクシオール艦長代行の任を解き、艦長へと就任するものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 集結の日

お久しぶりです


Absoluteの人工惑星であるセントラルグロウブ。その軍港に停泊したルクシオールは、首脳陣というよりも、ココとルーンエンジェル隊に、先の演習の反省よりも先にUPW長官に面会する様にと指示が下りてきていた。

色々思う所はあった物の、ここは軍隊であり学校ではない。報酬を貰って行動しているのだから、従う義務が生じているのだ。それでもまだ彼女たちの多くが少女と言える年齢であるのもまた事実。不満げな、それでいて悔しげな表情を浮かべている者が殆どであった。

 

 

「おぉ、皆。久しぶりだね」

 

「タクトさん!」

 

 

 呼び出された場所はUPW長官の執務室であったはずだが、そこに向かう道中になぜかタクト・マイヤーズその人は佇んでいた。彼は皆が来る前に少しお手洗いに行ってくるよと、執務室を後にしてそのまま此処まで抜けてきたのである。その証拠にタクトが二の句を継ごうとした途端、ルーンエンジェル隊の端末とココの端末に通信が入る。

 

「誰かタクトを見なかったか? アイツまた抜け出しやがった」

 

「ココさん、恐らくそちらに向かっていると思いますので確保次第、説明責任を追及してください、あなたにはその権利がありますから」

 

レスターとラクレットの片や激しい方や静かな怒りの表情に、此処もエンジェル隊も気圧されたが、目の前のタクトが必死に頭の上で手をクロスさせたジェスチャーをとっているので、なんとか了解しました。と誤魔化すことにした。

 

 

「ふぅ、全く油断も隙もありゃしない」

 

レスターが聞けば、それはこちらの科白だ! と怒鳴りつけそうな文句を悪びれる事もなく言うタクト。そのあまりの変わらなさに、少しだけ沈んでいた気分を忘れて乾いた笑みが出てくる面々。タクト・マイヤーズという人物がいるだけで感じる何とも言えない高揚感と虚脱感。きっとそれこそがマイヤーズ流の原動力にして、タクトのカリスマなのであろう。

 

「さて、皆。積もる話もあるけれど、艦に戻るよ。追手が来ているからね」

 

 

 この場に赴いた7人に与えられた命令はUPWの長官に面通しを行う事だ。そして、それはタクトと会った瞬間に達成されたのである。久方ぶりに会ったタクトを彼女たちが視界に入れた瞬間、情報が更新されて、網膜に自動的に映し出されたのだ。階級が変更されている事。そして、その変更先がUPWの長官、事実上の軍部最高責任者であること。

 誰も言葉に出してはいなかったが、薄々勘付いていたことだ。感情は兎も角、口に出すことはしないままに、タクトを見詰める事しかできなかったのである。

 

 

「それじゃあ全員駆け足! あ、オレの速度に合わせてね」

 

 

 全く今までと態度の変わらないタクトがどこか遠くに行ってしまったように見えるのだが、命令に従い今来た道を回れ右していく彼女達は、心の中でレスターとラクレットに謝罪するのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、何から話したものか。まず、オレは艦から降りてUPWの長官になった。住居も職場も奥さんと同じになって、念願の結婚生活を快適にエンジョイ出来る訳さ」

 

「そうですか……」

 

「タクト本当に降りちゃうのだ? それは少し寂しいのだ……」

 

 

 ティーラウンジの円形のテーブルを囲うように8人は座った。そして一先ず口火を切ったのはタクトのその事実確認の言葉であった。隠すことなくナノナノは感情を吐露する。彼女も根っからの子供でない為にもうどうにもならないことであるのは理解しているのだが、それでも言葉になってしまったのだ。

 

「うん、まぁ……ごめんね。オレがここから離れて、皆が悲しみに苛まれ枕を濡らす姿を見るのは辛い」

 

「そこまで言ってねぇぞ」

 

「でも情勢的にそうも言っていられなくなってね。人手が全然足りないんだ」

 

 

 アニスの冷静なツッコミには一切触れずにタクトは続ける。そしてその理由には心当たりがあった。ある意味で銀河に激震を走らせたニュース。それは新たな平行世界PHOSの発見だ。比較的文化の近かったNEUEと違い、食べ物の色が青や緑で白い食べ物が珍しいという謎な銀河なのだが、UPWとしてもEDENとしても手を回さなければいけない範囲が増えたのである。

加えて一般発表はまだだが、他にも人類文明の残る銀河が連続して発見されてきている。ALTE、RUIN、SKIA。使節団と言うよりも調査部隊を送り込んでいる段階なのだが、ファーストコンタクトに成功している銀河たちである。

 あまりに急激な変化故にでもあるのだが、既にEDENとUPWからしてみれば、NEUEは支援を受けるのではなく与えてほしいレベルなのだ。せめて支援を必要としない様に自立してもらう必要はある。

 

「まぁともかく。オレがAbsoluteでどっしり構えている。そんな状況が求められているんだ」

 

苦笑交じりにタクトはそう言う。安定しかけてきた平行世界情勢。それが傾き始めた時に即応できる人員しかも、孤立無援になってもどうにかしてくれる人物を中心に添える事で、守りをやや手薄にしてもなんとかなるといった形が生まれるのだ。

これでもどこかの世界の物語よりはましなのだ。ホーリーブラッドの量産は目前であり、艦の数も十分やりくりできるほどには存在する。艦乗りや戦闘機乗りに関係なく軍人を志す若者も多く。経済的には十分な程に潤っており、富裕層が慈善活動として寄付する額も凄まじい。数多の資源衛星惑星の開発にも成功し支援に回す余力もあるし、国内の意見はおおむね合意しているのだから。どこぞの僕の考えた最強の帝国かと言わんばかりの発展度合だ、足りないのは英雄と言う切り札と高級士官くらいだ。

 

「まぁ、元ムーンエンジェル隊がいないと意味ないのは言っちゃいけないお約束なんだけれどね」

 

ミルフィーは置いておくとして、元エンジェル隊の面々は現在散り散りとなっていた。ランファは弟の結婚式の為に帰省しており、溜まりに溜まった有給休暇を消費中だ。ブーケを狩りに行くと言った彼女を誰がとめられようか。同じくヴァニラも一度帰省し、恩師の墓参りに赴いている。こちらはそう言った理由がないと休もうという努力を忘れてしまいがちなので、ランファに少し引っ張られたところか。

 

忙しいのはミントであろう。彼女は正式にブラマンシュ商会の代表に就任。父であるダルノーは相談役と言う位置だが一線を引いた形だ。今日も西に東にアンテナを張り巡らせているところであろう。ちとせも教官の真似事をしたことが影響したのか、現在EDENのジュノーでホーリーブラッドの次期パイロット候補たちに教習をつけつつ、自身も艦隊指揮の勉強をしている。ある意味で正統派の出世コースの道中である。

 

一番今を満喫しているのは意外にもフォルテ・シュトーレンだ。彼女はNEUEから立ち退きを命令され(形だけの側面が強いが)軍からも謹慎を命じられ(事実上の特別褒章でもある)『知人の所有するリゾート惑星』でバカンスと洒落込んでいる。タクトがうらやむほどには満喫しているそうだ。

 

 

「まぁそういうわけで、オレは艦を降りる。色々部署替えと言うか人事異動もおこるわけさ」

 

「それじゃあ……やっぱり」

 

「あのいけすかねぇ野郎が艦長かよ……」

 

 

タクトの言葉の意味を察した面々は、この前着任したタピオ・カーと言う人物はどういった意図があっての着任だったのかを思い返しどんよりと沈んだ空気になってしまう。ココなんかは特に顕著で、上手く表情を取り繕うとしたのか、表情が固まってしまっている。

 タクトはここにきて周囲の勘違いを察した。彼の中では『そう』結論づけられていたために『その』勘違いに漸く以て気が付いたのだ。

 

 

「タピオは艦長ではないよ。はいこれ」

 

 

 タクトはそう言って用意してあった書式を表示する。そこに書いてあったのはココ・ナッツミルクが段階を踏んで昇進し大佐になってそのままルクシオールの艦長に就任する事である。

 そのことに理解して、ルーンエンジェル隊が我がことのように喜び、ココも呆然としているのをタクトは横目で眺めながら、入り口から近づいてくる少女の姿を認めた。

 

 

「全く、アンタは勝手に消えるし、公共の場なのにギャーギャーうるさくてたまったもんじゃないわ」

 

「久しぶりなのに随分な言いようじゃないか────ノア・ヴァルター『夫人』?」

 

 その少女の名はノア・ヴァルター。彼女の肩書を説明するのはひどく複雑怪奇な背景がある為に非常に困難であるが、文字だけ羅列していくのならば

「銀河最年長の人間であり救国の英雄の従兄弟の妻であり黒き月の管理者であり英雄の義姉であり平行世界最高峰の頭脳をもつ兵器と民俗学の学者でありながら15歳の軍の重鎮(既婚)」

である。メアリー・スーでも見ないような設定を持つ彼女だが、覚えるべきことは金髪ロングツンデレ系天才美少女(ロリ枠)であるという事だけでもある。

 

 

「おい、タクトなんだこのちっこいのは?」

 

「随分な言い草じゃないの、この山猿は。自分が誰のおかげで今生きていられるかも知らないで」

 

「あーはいはい。二人ともややこしくしない。質問は後で受け付けるから簡単に説明すると、この人はノア・ヴァルター。天才的な科学者でデュアル・クロノブレイク・キャノンの開発者だ」

 

 タクトはさらりと事実を告げる。この目の前の少女は凄い人物なのだと。実際彼女は当初UPWの長官に就任していたのだが、様々な事情と本人たっての希望で技術開発局を設立しそこの局長になっている。

 

「はぁ!? こんなちっこいのがあんな馬鹿デカいものを作ったってのかよ! つかラクトの妹って事か? 全然似てねーじゃねーか!」

 

「アニスさん、この人は「ノアよ」……ノア局長はヴァルター中尉の妹ではなくて……」

 

「では姪っ子さんでしょうかぁ~?」

 

「あれ? カルーアさんも知らないんですか? ラクレットさんのお兄さんの奥さんですよ」

 

「ラクトのお兄さんは若い女の子が好きなのだ?」

 

 

いい感じに場が混沌としてきたので、タクトは咳払いをして注目を集める。こうでもしないとアニスとノアが一触即発な関係になりかねないと彼の直感が告げたからである。

 

「話を戻すけれど、彼女が開発した幾つもある有用な成果のひとつ、それがさっきの模擬戦で活躍したホーリーブラッドさ」

 

タクトはコンソールから空間にウィンドウを呼び出して説明を始める。ノアはそれを呆れた目で見ているがもう何も言わない。エンジェル隊は麻痺しているが、いくら人払いをしているからとはいえ、このような場所(カフェテリア)で話していい様な内容ではないのだ。

 

「ホーリーブラッド……」

 

「そう。今の時代の技術で作りだした人造紋章機さ」

 

「人造……」

 

「まじかよ……」

 

 

彼女達が言葉を失うのも無理はない。この時代に生きる者にとって、紋章機と言うのは神話に出てくる神々が作った武器という感覚なのだ。超常的な力を発揮する奇跡の乗り物なのだ。間違っても便利で格好良いタクシーではない。

それがEDENの文明力によって作られたのだ。これが紛い物や模造品などの劣化物であればそこまでの衝撃はなかったであろうが、先程の模擬戦でその性能が自分たちの乗る機体と比べてなんら勝らずとも劣らない事を理解しているのだから。

 

 

「まぁ、アタシからすればまだまだ改善点は多い物なんだけれどね。操作性、整備性や補給の問題。何よりも運用のドクトリンができていないわ、非常に困難だし。制作コストももう少し下げたいところね」

 

「ノアの言う通り、まだまだ全軍を上げての運用には問題があるんだ。ざっくり言ってしまうと操作がものすごく難しい。簡易化すると紋章機の強みが削がれてしまう。だから動かせる人が少ないんだ」

 

ホーリーブラッドの設計コンセプトは人の作った紋章機というよりも『誰でも乗れる紋章機』のほうが近い。しかし操作性という点で難がある為にフィーチャーされているのが前者のテーマになってしまっているのだ。

 

「それを扱えるのは今の所銀河に5人。超速戦闘に耐えうるという意味ではもう少し増えるし、搭乗機体が別に決まっている人物も含めるのならば、ムーンの皆とラクレットも乗れるけどね。ともかく、その5人のうちの1名が今日付けでルクシオールに、エンジェル隊に入隊することになる」

 

「え、えええ!?」

 

「急すぎんだろ!」

 

アニスのいう事は尤もだが、そんな事でタクトやその上が決めた人事が変わるわけでもない。ともかく今後のエルシオールは全くの新体制で運営されていくという事になる。

 艦長ココ・ナッツミルク大佐 副長(操舵主)タピオ・カー中佐。という首脳陣の下にルーンエンジェル隊9人(書類上は8人)という編成である。

 

 

「それじゃあ、格納庫に行こうか、そろそろ付くだろうし……見つかるだろうし」

 

 

 タクトは経験でそろそろここがばれて連れ戻されるという予感がしていた。その為仕事と言う大義名分で、面倒なスケジュールを飛ばして、ホーリーブラッドの正式な着任の立ち合いと言う仕事に直行することにしたのだ。外回りを半分サボりだと思っているうだつの上がらないサラリーマンみたいな行動だが、それによって捕縛されることはなくなるのだがら。

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって格納庫。額に青筋を浮かべたレスターと苦笑しているラクレットに軽く手を挙げて挨拶したタクトの器はやはり大きいのであろう。どうにも締まらない雰囲気の中、格納庫のシャッターが開き、着艦要請をしていた機体が一機入ってくる。驚くべきことに自走してだ。ホーリーブラッドには自走機能が付いているのだ。これによりアンカーにより固定する必要がなくなり、整備性が非常に向上したうえに、スクランブルへの対応がより迅速に行えるようになったのだ。

ともかく、ルーンの皆が驚きと共に見詰めていると、停止した機体から一人の青年が下りてくる。白を基調としたエンジェル隊の男性制服を完ぺきに着こなしているその姿は平均的な男性の体格を持つ人物であった。よく観察すれば平均よりもやや厚みのある胸板や、しっかりとした重心などに目が行くが、彼女達が何よりも注目したのはその容姿だった。貴公子という言葉が服を着て歩いている。そう思えるほど優雅かつ洗練された所作をたった数十メートルを歩いてくるというだけで見せつけたのだから。近づいて来た顔を見ると容姿も非常に端麗だ金髪碧眼で鼻も高くパーフェクトと言ってよい。一日クルー体験できたアイドルだって此処までではないであろうといった具合なのだ。

 

「1400、ロゼル・マティウス少尉着任しました。書類は全て提出済みですが、一応こちらにも」

 

「はいはい、確認したよ。たぶんレスターが。まぁそう堅くならないでよ」

 

「おっと、マイヤーズ長官の部隊でしたね、失敬。では。ロゼル・マティウスと申します。3人目のエンジェル隊男性メンバーとして配属されました。よろしくお願いします」

 

 

気が付けば目の前まで来ていた青年は、見事なまでの敬礼を決めてきたが、タクトのどうにも気が抜けてしまう声を受けても、一切動じずに少しばかり表情を崩して再び名乗って来た。

この時点で初対面のメンバーへの掴みは完璧であったと言える。お堅い軍人でありながらも柔軟に部隊の空気に馴染むことができる。その片鱗をわずかなやり取りで見せている。恐ろしい手腕だ。なにせ、彼は師匠から全くコミュニケーション術を参考にしなかったのだ。

 

「よ、よろしくお願いします! 隊長のカズヤ・シラナミです」

 

「よろしく。君がカズヤかい? ああ、すまない。名前で呼んでいいかな? 円滑なコミュニケーションの為にも是非そうしたいんだ。勿論僕個人としてもね」

 

「あ、うん。こちらこそ、ロゼル!」

 

二人は握手を交わしてお互いの瞳を見つめ合う。カズヤはロゼルの瞳が自分を映しているようで、どこか遠くを見ているような、そんな違和感を覚えながらも、目じりが下がり笑みを浮かべた途端にそれを見失ったので気のせいと自分に言い聞かせた。

ロゼルはカズヤと離れるとノアの方に向き直る。

 

「代表……ではなく、室長でもなく、ノア局長。お久しぶりです」

 

「そうかしら? まぁいいわ。さっきの演習いい感じだったわ。ようやく形が見えてきたしもう私の手から研究は離れるでしょうね」

 

「僕も所属が変わりましたからね」

 

 

親し気に話すその姿をみて、エンジェル隊の面々は彼が以前より軍の中枢部に面識のある人物であることを感じ取った。自分たちもそうなので忘れそうになるが、政治的要因や所属の背景的事情もある者たちが殆どなので、ある種の実力で立っていると考えると非常にエリートである。

 

「ほら、ロゼルはテストパイロットだったからね」

 

「あぁ、なるほど」

 

タクトが書類の確認をレスターに投げてそう捕捉してくる。カズヤは納得してぼーっとロゼルを見ていた。視線の先のロゼルは一番右端に立っていた人物────ラクレット・ヴァルター中尉────に向き直るとはにかんだ様に微笑んだ。

 

「ご無沙汰しております! 教官!」

 

「あ、あー……そうだね。うん。よし。久しぶりだな、ロゼル。今後は同じ部隊の先輩後輩だからそう堅くならないでくれ、うん」

 

「はい、ですが、教官とお呼びしても?」

 

「それは構わないよ。腕はなまっていないようで安心した。超高速時の制御はもう負けてしまうかもな」

 

距離感を探るような会話で入ったが、非常に親し気な二人だった。このことにカズヤは少しばかり目を丸くした。それは他のエンジェル隊のメンバーも同じだったようで、解説!とばかりにタクトの方を見る。その様子をココは小さな笑みをノアは呆れた表情で見ている。非常に平和な光景だった。

 

「ロゼルはラクレットが見出して2年半みっちり教えた生徒……愛弟子ってところかな」

 

「で、弟子!? 」

 

「なんかすごいしっくりくる響きだな」

 

「暑苦しそうなのだ」

 

「5人いるけど、エンジェル隊を除けば銀河で1番の部隊よ。こいつの弟子たちはね」

 

ノアのフォローを聞きながらカズヤは先ほどの演習を振り返る。明確な自信は実力に裏打ちされたものというのは解っていたが、まさかそんな関係性だったとは。

 

「まぁお互い切磋琢磨していこう、ロゼル」

 

「はい! 教官!」

 

 

カズヤはそのやり取りになにか心の中のなにかしらが重たくなったのを感じた。

 

 

 

こうして、新体制のルクシオールのメンバーは揃い、一同はしばしの休息の後、NEUEへと出立するのであった。

僅かな火種を抱えつつ、これが銀河史上最大の事変の序章であることをまだ知ることもなく。

 

 

 




のんびり再開いくよー。
イチャラブ成分はもうすこしまってくれ・・・


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第4話 兆し

「カルーア、どうしました? 疲れていますか?」

 

「ふふっ、ラクレットさんこそ、お疲れのようですよ?」

 

「やっぱそう見える? まぁね……」

 

 

NEUEを航行中のルクシオールは、現状セルダール連合への挑発的行動が多くみられるようになった、アームズアライアンスへの自粛要請の為に彼らの本拠地近郊であるコフーンへ向けて航行していた。

仮に戦争になった場合でも、この1隻で敵をうち倒すことは出来なくとも、十分に撤退することはできると考えられてのことだ。事実、過剰と言っても良いほどの戦力が搭載されているこの艦を打倒するには、軍事作戦規模での戦力動員が必要であるために、偶発的な遭遇戦で敵の奇襲部隊と遭遇でもしない限り、危機すら存在しないというほどであった。

 

 

「んー、やっぱり似合わないんだよねぇ……肩肘張るのって」

 

「ふふっ、相変わらず冗談がお上手ですわ~」

 

 

そんな中ラクレットは恋人であるカルーア&テキーラ・マジョラムの部屋でくつろいでいた。今は完全なオフの時間であるゆえに問題はないのだが、彼の事を知る人間が見れば非常に驚くであろう。

なにせ彼は今恋人の膝の上に頭を預けて微睡んでいるのだから。だらしなく表情がにやけている訳でもなく、さりとて緊張でガチガチになっている訳でもなく、まるで飼い主の膝の上でまるくなっている猫のようだ。実態は熊か虎かそれに近いのであるが。

 

 

「示しを付けるためにもさぁ。皆に厳しくしなきゃいけない分、カルーアにもテキーラにも最悪死ねって命令しなきゃいけないし……やんなっちゃうよもう」

 

「そうならないように、守って下さるのでしょう?」

 

「そうだけどね。うん。守るよ」

 

 

ラクレットにはある意味で相応の評価と肩書が付いて回っている。それは誰もがうらやみそして尊敬するほど立派なものであるが、それに彼が行動を縛られているのだ。確かに自分はそれだけのことをしたという自負もある。そしてそれに誇りも持っている。だからこそ尊敬する上司のように脳内お花畑状態で場所に関わらずにいちゃつくなんてできないのだ。

ざっくりいうとキャラクターイメージみたいなものだ。タクト・マイヤーズは昼行燈の所まで含めて、実は切れ者というギャップの英雄であり、ラクレット・ヴァルターは質実剛健で実直かつ真面目なタフガイの英雄である。そういった世間体を気にしてしまうのだ。

逆説的に言えば、気にするからラクレットであり、気にしないからタクトなのだが。

 

だからこそ、彼は恋人と二人の時はどんどん取り繕わなくなってきている。反動と言うか、生きてきて常に外面を良くしようとしていた反動なのか。そして、残念なことに普段あれだけ(行動は)格好良く、(戦闘時は)凛々しく、たくましい(これは何時でも)ラクレットが自分たちの前では体裁を取り繕わないギャップを非常に可愛いと感じてしまっているのだ、彼の恋人たちは。

 

 

「あら?」

 

「ん、もう時間かな? にしても早い様な」

 

「いえ~これはちがいますわ~。ミモちゃ~ん?」

 

 

ラクレットがカルーアの膝の上で溶けていると、彼女の端末が突然電子音でアラームを発して来た。一先ず体を起こすものの、体感時間では何かしらの合図にすべき時間にまだ達していない故に頭に疑問符が残る。

しかし、彼女の方は合点がいっているのか、慣れた手でアラームを止めると部屋の隅で構って貰えずにいじけているミモレットを呼び寄せる。

 

「なんですにぃ! カルーア様!」

 

「ボンボンをくださいなぁ~」

 

「ハイですにぃ!」

 

「ん、テキーラに?」

 

 

ラクレットはその様子を見て意図は解らないものの、目的は察したので、雑に省略した単語で問いかける。カルーアも、ボンボンを受け取ながら、ラクレットに笑顔を向ける。

 

「ふふっ、あの人も私も毎日会えないのは寂しいので、1日おきじゃなくて、時間を半分こする事にしましたの~」

 

「そうだったんだ」

 

ラクレットは自分の心の奥底が満たされるのを感じながら、彼女がチョコレートを口にするのを見つめる。紅く潤った唇と白魚のような指が何とも艶めかしく、愛おしい。

ミモレットは既に用済みになったことを感じながら、不貞腐れた様に隅に戻っていく。良くできた使い魔である。

そうしてカルーアはわずかな光と共にテキーラになる。テキーラはカルーアの記憶を継承するので、面倒な説明は必要ないであろう。といっても何して過ごすかなぁと今の今まで時間を無為にしてきた彼は回らない頭でそう考えはじめる。

 

 

「ほら、眠いなら寝ちゃいなさい、無理しないで」

 

「んー、いや大丈夫。起きるよ」

 

 

ぼぅっと膝に頭を預けていたのを見て、眠くなってきたのと勘違いされたのか、テキーラはラクレットの髪の毛をいじりながらそう言った。しかし流石に彼も主観的には今会いに来たばかりの恋人がいる場所で眠る程肝が据わっている訳ではなかった。体を起こしてテキーラの隣に座りなおす。すると彼女はラクレットへともたれかかってくる。

 

 

「ん、そっちもお疲れ?」

 

「いえ、ただアタシがこうしたいだけよ」

 

「うわぁ、凄く嬉しい、そう言ってくれるだけで」

 

「本当大げさよね、アンタ」

 

「僕に喜んで接触したがる人って人生長いけど初めてだからね、肉親以外で」

 

「アンタ年下でしょ……」

 

 

そんな軽口を交わしながらも、ラクレットは実際に歓喜に打ち震えているし、テキーラも弱い自分を晒せる安心感に充足している。この銀河を探しても同意してくれる存在はそんなにはいないであろうが、彼女にとってラクレットとは寄り添っても倒れる事のない大樹のような存在であるのだ。こっそりと肩に預けた頭を少しだけ動かして顔を覗き込むと、ほんのりと赤みを帯びている男の頬を見つけるだけで、心が満たされるのだ。

最初の時ほど緊張はしてないが、それでも取り繕うとするその様子にどうしようもない可愛さと愛おしさを覚えてしまうのだから重症だった。

 

 

「はぁ、ずっとこのまま平和だったらいいのにね」

 

「ん、そうだね。でも今は貴重だから価値があるんだと思うよ」

 

「そんなものかしら?」

 

「そんなものかと思うよ」

 

 

そんなただただ平和な二人は時間ぎりぎりまでのんびりと過ごすのであった。

 

ドライブアウトまでの7時間、そのうちの自由時間である残り5時間を有意義に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズヤ・シラナミ到着しました!」

 

「時間厳守は非常に好感が持てますが、隊長が最後と言うのは……いえこれもマイヤーズ流かもしれませんね」

 

 

カズヤがブリッジに入るとそこにはここ数か月で一気に増えたムーンエンジェル隊のメンバー全員がそろっていた。指定された時間よりも幾ばくかは前であるが、ドライブ中の非番の時間からの集合であるために、切りの良いタイミングで各々が集まっていたためにカズヤは最期になったのである。それを指摘したタピオは嫌味ではなく、単純な考察と言う調子で口を開いたのだが、幾人かにはそれが嫌味ったらしいそれに映ったようで、彼に向ける視線が少しばかりとげを含んだようなものになる。

 

 

「司令、ドライブアウトまで時間がありますが、もう一度状況を確認しておきましょう。我々の行動は外交的な意図が大きく、与える印象の絶対値は非常に大きいものになるでしょうし」

 

「教官の言う通りかと、折角少しばかり時間の余裕ができたのですから、早めに初めて、余裕を持っておきましょう。空いた時間があればもう少し親睦を含めるのも良いでしょうし」

 

 

ラクレットの言葉は対象であるココへの進言と言うよりは、話の起点としてもらうべく火をくべたものであったが、ロゼルにはそれがどう映ったのが、ラクレットに追従するように続けた。言葉を受けたココは何処か遠い所を見ていた焦点を合わせて一度ラクレットの顔を見てから周囲を見渡して、咳ばらいを一つしてから口を開いた。

 

 

「現在ルクシオールはコフーンに向けてクロノドライブ中よ。どうしてコフーンに向かっているか、リコちゃんお願いね」

 

「はい、UPWとして過剰な示威行動を繰り返して秩序を乱すNEUEの勢力アームズアライアンスに対する交渉および警告の為です」

 

「正解よ。では我々に許された裁量範囲はどこまでかしら? これはリリィさん」

 

 

「うむ、自衛に関しては多数の民間人を巻き込まなければほぼ全ての軍事行動を。それ以外では威嚇射撃や応戦行動は許可されている。ただし、先制攻撃や民間人への攻撃は『推奨』されていない。デュアルクロノブレイクキャノンは今回配備されていないが、エンジェル隊および紋章機の運用は完全に全権を持っている」

 

 

「そうよ。私たちの行動が、そのままUPWの平行世界連盟の意思として取られることを念頭に置いて考えるのならば、実質的な全権大使よ」

 

 

ココは明らかにしなかったが、言外に今回の任務は『敵の軍事拠点近くで挑発し、攻撃して来たならばその部隊を壊滅させて身の程を知らせてやれ、なるべく少ない犠牲で』というニュアンスを含まれる命令が下っていた。

色々と建て前はあるが、新たな文明を保った銀河の発見がUPWの本音としてNEUE以上にうまみのある交際相手がいないというものがあった。

 

 

「出たとこ勝負になる、まぁ良く言っても臨機応変な対応が求められるってところかしら」

 

「ナッツミルク艦長の仰る通り、諸君らの双肩には重い期待がかかっている。心して事にあたるように」

 

「考える事を止めない事。同じ命令でも自分で考えて動くことが大事だ」

 

 

ココとタピオに続いて、エンジェル隊員でありながら、タクトのちょっとした悪戯の結果、織旗中尉のポジションの仕事を引継ぎしたためにココ付きの秘書官でもあるラクレットは上位者の立場からそう述べた。

 

各々はブリッジに用意してある席について、ドライブアウト後の宙域データなどを見詰めながら、いくばくかの平穏に身をゆだねた。若干の緊張はあったものの、大きな不安を覚えるものはいなかった。最高責任者である彼女を除いては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当にくるのか、そのUPWとかいう奴らは」

 

「ああ、確かな情報だ。そして奴らは先制攻撃をためらうような甘ちゃんだ」

 

 

EDEN的価値観で言えば、少々流線形すぎる形状をもつその艦のブリッジで暇を持て余した操舵主と砲撃主の二人はそんなやり取りをしていた。彼らこそアームズアライアンスの一員だ。

そもそもアームズアライアンスとはどういった存在か。ざっくりいうのならば3つの星からなる星系国家だ。主星であるハチェットにカジェルとパイクの3つの星からなる。それぞれの星がざっくりいうと貴族制のような身分制度を採用しておりその星の頂点は公爵である。

 

いまこの場にいるのはハチェットから派遣されてきた艦隊である。ちょっとした『お荷物』をつんでいるが、実際彼らは自身が捨て駒に近い扱いをされているという自覚は薄かった。敵との事実上のファーストコンタクト任せられる、そのために最近どういった方法でかは知らないが手に入った最新鋭艦に搭乗している。

初戦から敵は最重要戦力で単騎掛けをする愚かな存在であるため、威力偵察なんてものではなく、そのまま破壊ないし拿捕してしまってその勢いで銀河統一。そんなお花畑の様な考えが彼らにはうっすらあったほどだ。

 

 

「この艦隊の艦はとにかく射程距離に優れているんだ。会話に応じる振りして、安全圏だと思っているところにズドンでおわりだろうさ」

 

「本当それだ。そうしたら一気に昇進して賞与だってでるだろうさ。本当あの『お荷物』さえなければなぁ……」

 

「おい、思っていても口にするなって……いまも通信聞いているんだろう?」

 

 

余裕すら見える彼らの頭上では彼らの艦の格納庫からの映像がライブで流れている。そこには彼らの言うお荷物が騒音を奏でているそれがあり、クルー全員が辟易としていた。

 

 

────妾が出る! この妾の託が聞けぬのか!

 

────危険すぎます! どうか再考の程を!

 

────ならぬ! 悪の逆賊、EDENの手先は妾が撃つのじゃ!

 

 

しいて言うのならば、これだけが彼らの不安要素であり、それ以外の心配は彼らの脳裏の片隅にも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライブアウト! 周囲のスキャン急げ!」

 

「複数の艦影、前方に確認!距離凡そ20万!」

 

「識別コード無し! データベースに類似艦あり! アームズアライアンス所属の艦と酷似しております!」

 

 

ドライブアウト直後、最も無防備なその瞬間だからこそ、ブリッジの慌ただしさは凄まじい。現在も前方に見える艦たちに対しての情報収集が行われている。

そんな様子を見てタピオは眉一つ動かさずに口を開いた。

 

 

「ほぼ確定ですね。どう思われますか? ヴァルター中尉」

 

「待ち伏せですかね、それか歓迎パーティーのお迎えでしょう。艦長?」

 

 

タピオからの鋭い視線に全くひるまずラクレットはモニターに映る艦隊を睥睨しながらそう言う。しかし、話を振られたココは自分が呼ばれたことに一瞬反応できなかった。

 

 

「あ、うん。そうね。一先ず通信で呼びかけてちょうだい」

 

「了解です! 」

 

「エンジェル隊はどうしますか?」

 

「此処で待機していてくれる?」

 

 

カズヤは一先ず隊長としてそう尋ねたが、ココは心ここにあらずと言った具合であった。ラクレットはそんなココの様子を横目でちらりと見た後周囲を見渡す。

案の定、ロゼルは表情に不満気なそれを薄く表している。良く知っているからこそラクレットはそれに気づけたが、自分しかそれに気づいていないであろう。その件に関するフォローは後程するとして、今大事なのは備える事であろう。もとよりラクレットは方向性を決めるのは苦手だ。だが方向を示されれば誰よりも先に走っていけるのだから。とれる選択肢を多くするべき必要がある。

 

 

「カー副長、『もう少し前に立って』状況を見たほうが良いかと。艦長、シールドエネルギーは上げといたほうが良いかと。ステルス性の機雷があったら目も当てられません」

 

「進言感謝します、中尉。確かに備えてしかるべきですね」

 

「そうね、ラクレット君、シールド出力は危険区域航行時と同等を維持して頂戴」

 

 

一先ず最低限の備えを果たした以上、此処からは艦長の管轄であり、自分は出撃命令を待つだけだ。敵からは一度目の通信に対して一切の動きはない。ココは表示されている目の前の艦の情報から数瞬考え込む動作を見せると、ややもたつきながらも恐らく前もって用意していたであろう行動の指針を伝える。

 

 

「一先ず、もう一度通信を試みてちょうだい、同時に広域放送も。内容が当方に対話の意図あり。でお願いするわ」

 

「了解です」

 

 

ココの指示に淀みなく答えるクルーたち。まぁ大方の予想通りまずは建前としてもこちらの歩み寄りを見せる必要があるであろう。それはこの場の総意であった。その程度は各々解釈が違っていたが。

ちなみに、この時代において興味深い事に全銀河全平行世界の存在は同一の言語を用いてのコミュニケーションが可能である。別言語というのは一部の古代遺産にのみ存在する。まるで言語が同じになるようにデザインされたかのような文明発達だが、都合が良い事には変わりなく、問題なくこちらの意思を相手方に伝える事が出来る。

 

 

「どうでるのかしら……」

 

 

思わずといった形でココの口から不安げな文句が漏れる。彼女自身口にしてからしまったというかのように、手を口元に持っていこうとするが、何とか思いとどまる。

 

 

「私見ですが、良くて拒否、悪ければ応じる様子を見せての奇襲と言った所ですかね」

 

「中尉の発言に同意いたします。以前よりこちらの呼びかけに対して恭順の意思を一切見せなかった存在です故に」

 

 

ラクレットは目ざとくその動作をみつけて、自分たちへの問いかけと言う形に持っていけるように考えを述べた。タピオは純粋にラクレットの意見に同意しただけであったが。

 

 

「前方の艦に動きあり! こちらに接近してきます! ですが、代表艦ではなく全艦が隊列を維持したままです」

 

「そう、敵の射程距離に入らないよう気を付けてちょうだい。エンジェル隊の皆は状況が変わるまでここで待機よ」

 

「……了解です」

 

 

ラクレットは内心全員をここに残す必要性はないと思っていたが、恐らく自分をここに残すのと同時に、このブリッジという最も情報の集まるところに、人材を集中させて対処能力を上げたいのであろうと判断し付き従った。

 

 

そのままジワリと艦隊との距離が縮まっていくのを見詰めているが、突如ブリッジにアラームが響く。ロックオン警報だ。

 

「やはり仕掛けてきましたか、艦長!」

 

「ええ、総員! きゃぁ!!」

 

すぐさま反応したタピオにココは指示を出そうとするが、突然の衝撃に見舞われ悲鳴を上げてしまう。完全に油断していた所への一撃だ。

 

 

「前方の艦、いえ、敵艦の射程はこちらの想定よりも遙かに長い模様! シールド出力から計算して暫くは持ちますが……」

 

「え、ええ。一先ずは安心ね。それじゃあ……」

 

 

前もって備えていた甲斐もあり、ある程度落ち着いて対処に当たれているココしかし、彼女の平穏はすぐさま脅かされることになる。

 

 

「新たな敵性反応! 後方および左右にそれぞれ4ずつ! 囲まれました!」

 

 

先ほどの攻撃で目の前の艦隊は既に敵艦と認識されており、それとほぼ同一の型を持つ艦がこの宙域にドライブアウトないしステルスして潜んでいたのであろう。発見が遅れたのはあからさまに添えられた前方の艦への注意が大きくなりすぎた故か。

不幸が重なるように、現れた反応はすぐさまこちらへの攻撃を開始してくる。でたらめな砲撃の雨だが、シールドエネルギーには大きな問題はない、暫くは持ちこたえられるであろう。問題はその暫くの間に打開策を打つ必要があることだけであり。

 

 

「この砲撃じゃ、出撃体制は取れません!」

 

 

その打開策であるエンジェル隊が出せないことだけであった。ある種の致命傷ともいえる。

 

 

「そんな! 」

 

 

ルクシオールは可動式の格納庫を採用しており、事出撃に関しては、エルシオールよりも素早く行える。その代り同時出撃が強要されること、出撃中艦の形態が変わるために、シールドエネルギーの再計算が必要になる事だ。エルシオールは下部ハッチの開閉のみであったために、ルクシオールはざっくりいってしまえば、出撃時が若干もろくなってしまうのだ。

ココはすぐさま敵の砲撃を少しでも減らす策をめぐらせる。幸いなことに左舷前方に中規模な惑星がありそこに身を隠せれば問題ないであろう。しかし、そこまで移動できるかどうかはエンジン出力の調子しだいであった。戦闘航行速度においても好調でないと難しいであろうという距離だ。それを危機的状況に目算ですぐに出せたのは彼女の優秀さたる所以であるが、すぐさまその賭けに自分たちの命運をかける度胸が無いのもまた彼女の経験不足からくる限界であった。

 

 

「エンジェル隊は速やかに出撃準備。後顧の憂いはどうにかします。副長、頼みます」

 

「戦闘時とは言え、指揮権を越権した行動。それが取れるのもまた強みと言う事ですか」

 

 

ココがまごつくも、彼女の目線の先に移る空間をメガネの反射から認識し、すぐさま意図を理解したラクレット。緊急事態と判断し、タクトが用意した手札の一枚を切ることにする。

 

 

「なっ!!」

 

「カー中佐!」

 

 

タピオはラクレットの言葉の真意をすぐさま洞察し、ブリッジの中央に有るマスターコンソールに触れる。するとすぐさま艦に大きな衝撃が走るのと同時に急加速が行われた。そしてタピオ自身にも変化が生じていた。

 

 

「その紅い紋様、ヴァル・ファスク!!」

 

 

そう、タピオの全身、服の上からわかる範囲にはココや、一部のEDEN出身かつ古参のクルーには夢にまで見た恐ろしい敵と同様のそれが浮かんでいた。

すわ、敵のスパイかと咄嗟に腰を浮かせようとするが、こういった時に最も頼りになるラクレットが一切反応を見せずに、それどころか、出撃準備の為にブリッジを後にしようとしているのを見て彼らは気が付いた。

 

 

「いま必要なのは、敵の殲滅でしょう! ココさん命令を」

 

「そうね……一先ず敵の脅威を排除。可能であれば敵艦の無力化と拿捕を」

 

────了解!!

 

 

ココの命令にエンジェル隊の声が唱和する。彼らは直通のエレベーターで格納庫へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タピオのやったことは単純だ。Vチップを用いた艦の全権掌握である。不安定なクロノストリングをVチップで操作することはできない。しかしながら、あらゆるエネルギーを管理し、無駄を省き、さらにセーフティーを解除するなどにより出力を瞬間的に飛躍的に上昇させることは出来る。

同時に艦の操舵に関しても自分が動くかのような精密な動きをも可能とすることができる。目(レーダー)さえあれば、砲撃の当たる瞬間そのポイントのみにエネルギーを集中して防ぐことだってできるであろう。

ルクシオールに保守派の反対を押し切ってVチップを搭載し、さらにそれを扱える人員、ヴァル・ファスクを搭乗させるメリットは凄まじいものであった。だからこそ、ヴァル・ファスクという存在がいかに脅威かと言うものを知らしめているのだが。

 

ともかく、ヴァル・ファスクであるタピオ・カーのおかげで、砲撃の一部から死角になる場所にたどり着いたルクシオールはすぐさま搭載機を全てスクランブルさせる。

現在の搭載機の数は8機であるが1分とせずに全機が宙空へと飛び立った。そして合体紋章機を含め7機がそれぞれ1つの艦隊と同じ戦力なのだ。

 

そう考えると、堅く速力もあり(今はないが)破壊兵器を搭載した空母と、継戦可能時間以外の弱点がない艦隊クラスの戦闘機群が合わさった凶悪さは敵にしてみればやってられないであろう。

 

 

 

「敵集団は4つ。ボクたちの目的は敵の無力化だから、ここに攻撃をしてくる2集団を何とかしつつ防戦すればいいんだけど……」

 

「おいおい、隊長がそんなに弱気でいいのかよ?」

 

「カズヤ!ここはびしっと決めるのだ!」

 

 

現場指揮官であるカズヤは現状の確認をしただけであったが、図らずともこの場にいる隊員たちの意思を感じ取ることが来た。自分の合体しているクロスキャリバーの搭乗者、リコも同じ気持ちのようだとなんとなく感じ取る。

 

 

「うん、その通りだ。これはUPWとして、最初の任務であり、アームズアライアンスとの初戦でもあり、ココさんのナッツミルク艦長としての初陣だ。最高の結果にしたい、だから」

 

 

カズヤは素早く戦略MAPを操作する。カズヤの作戦は至極単純であった。最も遠い集団に対して、合体したクロスキャリバーが突撃。攪乱を開始する。その間に残りの3集団を殲滅と言う形だ。

戦力の分散方法は、ホーリーブラッドとスペルキャスターの2機が最も近いものへ、レリックレイダーとイーグルゲイザー、ファーストエイダーの3機で2番目に近いものと3番目に近いものだ。スピードアタッカーと中距離範囲or遠距離攻撃ができる組み合わせの、撃たれ弱い方に回復を付けるという妥当な判断である。

そしてこの場における最も強力な戦力であるESVはルクシオールの護衛だ。攻勢に出しても良いのだが、敵が散らばっており、既に伏兵がいた以上、増援に備えることと、ルクシオールさえ無事ならどうとでもなる重要性から考えれば、妥当な判断と言える。

 

 

「という感じで行きたいと思う。ラクレットさん、どうですか?」

 

「攻守ともにバランスが取れている。悪くない。しいて言うのならば、クロスキャリバーと3機チームの目標を逆にした方が、時間はかかるが対応力が上がるであろう。あとはルクシオールの移動も視野に入れた指揮が出来れば完璧だ」

 

 

ぶっちゃけた話、ラクレットは此処までの作戦を考えられない。いや厳密にいうのならば、限られた時間でという冠詞がつくが。0から1にするということが苦手なのだ。仮に彼が作戦を立案したのならば、自分とロゼル。合体紋章機とナノナノの2チームを突っ込ませて、その間残りでルクシオールを防衛しながら逃げ回る。と言ったものになったであろう。たたき台に乗った意見に対するアドバイスからでもわかるように、彼は直接戦闘に入らなければ意外と保守的なのだ。だが、安全マージンを取ったうえで、そのマージン以外のリソースを全部攻撃に振るのだ。故にその見極めが銀河一巧みといっても過言ではないタクトの下で戦う際の彼は輝けたのだ。

 

 

「ルクシオールから通信。敵の艦隊から未確認の戦闘機が発艦。クロノストリング反応あり! 教官! これは!」

 

「敵に紋章機?」

 

 

いざ戦闘を開始しようとしたところ、飛び込んできた急報は衝撃的なものであった。しかし、やることは変わらない。

 

 

「それじゃあ、今のを踏まえたうえで、少し変更。僕とリコはあの戦闘機の相手をしてから敵に向かう。ルクシオールはロゼル達を追いかけるように移動しながら戦う。補給のタイミングは指示するけど、要請したら可能な限り答える。それでいいね?」

 

────了解!!

 

 

そうして彼らの戦闘が始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「攪乱は任せてくれ。教官仕込みの近接戦闘を君に見せてあげるよ!」

 

「期待しているわよ、マティウス!」

 

 

最初に敵集団と接敵したのは、速度と距離の関係でロゼルの繰るホーリーブラッドであった。一般的な近接戦闘用の兵装を現在換装している故に、戦闘距離はかなり敵に近寄ることになる。しかし対空カスタムを施していない4隻の巡洋艦クラスの敵が相手の戦闘と言うのは。

 

 

「こんなものか。期待外れだね」

 

「やるじゃない、その大口は伊達じゃないってことね」

 

 

正直、ロゼルからすればあくびが出るレベルの敵でしかなかった。ただただシールドと装甲を削り切るのに時間のかかる作業に過ぎない。ロゼルは余裕を持って敵のレーザーを回避しながら、1つずつ確実に砲門を潰していく。

彼の堅実な動きは、まさにラクレットの挙動さながらであった。ロゼルにはラクレットの様な予知能力もなく、H.A.L.Oシステムが機体に搭載されている訳ではない。しかしながら、彼はスキャンした敵のデータをすべて頭に入れ、戦闘と同時に全ての敵艦の攻撃可能範囲と死角、砲撃可能時間とクールタイムから算出される安全領域および最適ルートを割り出しながら、その範囲で最も脅威度の高い目標から破壊していっている。訓練さえ積めば誰だってできる事だ。と彼は事も無げにいうが、常人の思考ではそのようなことができても、それをしながらの戦闘は不可能に近い。そう言った意味では彼は規格外の天才であった。

 

 

「誰だって、一撃即死の攻撃を持つ自分の2倍速く動く敵を相手にし続ければこのぐらいは身に付くさ」

 

「なんとなく、アンタに何があったかはわかったわ。後で今度から加減するように言っておくわね」

 

 

テキーラはそう軽口をたたきながら、実質的に無力化された敵を虱潰しと言ってもいいように攻撃して沈めていった。そんな彼女は表面に出している態度以上にロゼルの高い腕に驚いていた。H.A.L.Oシステムのアシストがある自分たちと違い操縦の殆どをマニュアルで行っているホーリーブラッドがあれだけ華麗な動きと戦闘ができるのはそれだけ技術が卓越しているという事だ。先代のムーンエンジェル隊ならばともかく、ルーンエンジェル隊でそれができる者は……という驚きだ。

彼女の中には賞賛と若干の嫉妬と大きな対抗心が芽生える。

 

 

「よし、殲滅完了、敵の脅威度は射程こそ長いが、戦闘機で戦う分には非常に低いようだね」

 

「そうね、すぐにアジート達が行ってないほうの敵に向かいましょう」

 

 

二人はMAPとモニターでアニスとリリィが同様に苦も無く敵を圧倒しているのを確認しながら、ルクシオールに接近を続ける目標へと機体を向かわせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「うんうん、いい感じだね。ロゼルもやるようになったもんだ。カズヤだって簡略化したとはいえっ! 指揮と戦闘を同時に行えているっ! しねぇ。『戦場』ではもう問題はなさそうだねぇ! 」

 

 

ラクレットはルクシオールの周囲を飛び回りながらそうひとりごちた。改修が施されて、より高性能になった情報系のパーツが、鮮明にこの戦場の趨勢を伝えてくる。

今しがたアニスたちも敵を難なく破壊し、ナノナノから補修を受けている。問題であった敵の戦闘機も接敵と同時の高火力殲滅攻撃こそ、すわ助太刀がいるかと思ったが、その後ガクンと出力が落ち、シールドこそ削られたが、それ以外は万全であったクロスキャリバーになすすべなく蛸殴りにされている。

 

 

「見た感じ整備不全かな? 動力系に欠陥がありそうだっ!」

 

 

彼には正解を確かめるすべはないが、事実その通りであった。謎の戦闘機。クロノストリングを搭載し、特徴的な紋章が刻まれたその機体は万全な整備環境になかったのだ。これは単純にアームズアライアンスに紋章機を運用する能力が今まで存在していなかったということである。NEUE(セルダール連合)ですら、紋章機を持て余しEDEN側に貸し出しと言う形でNEUEでの活動をさせているのだから、EDENよりの支援を一切受けていない彼らに操る術が無いのは至極当然であった。

 

 

「まぁ、問題なく片付きそうだねっ!」

 

 

そう言いながら、彼は作業を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、艦長」

 

「気にしちゃだめよ。何時もの事だもの」

 

 

ラクレットのその作業とは未だに続く散発的な遠距離砲撃を手持ちの剣で切り落とすという、至極単純かつ単調なものであったが。いつも通り規格外の彼を見て、若干の落ち着きを取り戻したココと表層に感情の見えないタピオを除くほとんどのクルーは、目の前で起こっている有り得ない光景を信じられず、呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

彼らが呆然としている間も、戦闘は粛々と進行していった。不調であろう機体ながらも合体紋章機に対して、敵の戦闘機は必死に食らいついていたといえる。もとより速力よりも重火力重装甲に偏重した機体であったのか、攻撃の為に軌道が直線的になるタイミングを狙い、捨て身での攻撃を繰り返してきたのだ。しかし、この2機が戦闘している間に、敵艦18隻の内16隻をロゼルとアニスたちが沈めていた。

敵は旗艦であろう艦と随伴艦の2隻で大量の通信妨害用のチャフと思わしきものを散布しながら撤退していった。その中に広域放送を繰り返す装置を発見したために回収。同時に実質的に置き去りにされた敵の戦闘機も回収した。

 

 

戦果としては大戦果もいいところであるが、戦略目的の遂行と言う点からすれば、なんら進展が無い、むしろ敵の意思がはっきりした以上困難を極めるということが発覚したに過ぎないという、ココの初陣としてはなんともいい難い微妙な結果に終わってしまった。

 

 

しかし、彼らには休む暇など存在しなかった。それは3つの問題が未だに存在していたからだ。1つは艦長と副長の確執。副長がヴァル・ファスクと判明し、完全に事実を消化できずにいるココ。彼女の試練は終わりが見えなかった。

そしてそれは2つ目の問題にもつながってくる。改修した媒体装置に込められていた映像。それはルクシオールのクロノドライブ中という、わずかな時間で制圧されたセルダール連合の主星たちの映像、そしてUPWへの宣戦布告だった。敵のばら撒いたチャフにより長距離通信どころか、近距離の短波通信すら行えない以上事実確認ができないが、こちらの士気を下げる目的にしてもあまりにも信憑性がない夢物語のような映像が、かえって現実感を表していた。

最期の問題それは────

 

 

「離せ!!! 妾を誰と心えておる! ハチェットを治定すイザヨイ公爵家の22代目公女!ナツメ・イザヨイじゃぞ!悪のEDENの手先の貴様らなんぞが触るなど、恐れ多いのじゃぞ!」

 

 

実質的な敵の最高権力者の肩書を持つ、若干11歳の少女を捕虜としてしまったことである。

 

 



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第5話 彼女ができた途端強気になるやつっているよね

「そちらの公爵が敵に捕まったそうだぞ」

 

 

照明の落とされたブリッジ、その場にはホログラムによって二つの人物が映されていた。一人はずんぐりむっくりとすら言えるほど上半身が発達した粗暴な大男、もう一人は蛇をまいている神経質そうな老人。そしてその老人に今声をかけられたのは、二人の前に生身で立つ細身の美しい青年だった。

 

「ええ、承知していますよ、それが何か?」

 

「ふんっ! あんなガキのことはどうでもいいだろ! それよりいつ始めるんだ!?」

 

「野蛮な……まぁ良い」

 

 

映像の映る彼らはアームズアライアンスの三公爵の2人。相対する青年は拘束されている公女の摂政である。立場としては主星であるためにやや上だが、摂政であるために身分では劣る、だが、権力は実質的に彼の手中に有る。そのためにこの場にいる3人こそがアームズアライアンスの首脳陣であった。攫われた主君のことなど一言の会話で流されるのが、いい証左であろう。

 

 

「1番手はこの剛腕だ! もっとも2番手も3番手もないかもしれないがな」

 

「次は私が行かせてもらおう」

 

「それじゃあ僕は最後だね」

 

彼らが決めている事、それはゲームの手番である。そう、EDEN軍NEUE軍そしてUPW軍であるルクシオールを沈めたものが勝ちという、戦争(ゲーム)である。

 

「ルールは覚えているね、使ってよいのは自分の与えられた艦隊」

 

「敵の戦力とは正面で戦う必要がある」

 

「その場で倒せなかった場合次の者の番になるだな! 全く意味のないルールになるがな、フハハハハ!」

 

 

そう言うが先に野蛮な男は姿を消す。通信を切ったようだ。

 

「ふん、野蛮な。まぁよいいい先兵になれば重々か」

 

そう言い残して老人も消える。

 

「まぁ、ご老体も蛮族も好きにすればいいさ」

 

青年もそう言い残して姿を消した。まるで魔法のようにその場から消え去った。

 

 

 

急転直下の状況にもまれ続けるルクシオール。艦長職についており、UPWという新設の組織ではあるが実質的なNEUE方面軍における最高責任者であるココは自室となった艦長室のデスクで深いため息と共に強い疲労感を覚えていた。

 

彼女が思い出すのは、先の戦闘を何とか終えた後だ。拿捕した戦闘機、いやもうこの際隠さずに言おう、紋章機に乗っていたのは敵の公女である。悪のEDENと戦う正義のアームズアライアンスなんてお題目も掲げている事、幼少時からの世話役がいて、今は摂政をしていることなどから、あからさまな傀儡であることを早々に察せたために、敵側の政治的なダメージはほぼ0に近いのであろう。むしろ戦端を開く大義名分として押し付けられた可能性すらある。

だが、公女ナツメ・イザヨイに関しては一先ず保留でよい。なにせ彼女を利用して交渉をしようにもこちらにはチャンネルすらないのだから。捕虜よりは待遇の良い扱いをして軟禁すればよいであろう。

 

問題なのは他の2つのことだ。1つは先ほど回収したセルダールより来た使者のことだ。彼女は単身高速戦闘艇でルクシオールまでたどり着いたのだ。そんな彼女が伝えた情報は最悪と言ってよい物だった。

 

セルダール陥落、それどころか連合の陥落。加えてクロノゲートの破損という、平時ならば寝ぼけているのかと言えるような衝撃的な事実だった。しかし否定できなかったは戦闘後回収した端末の示唆してきている状況と合致している事。そしてなにより彼女と元セルダールの近衛のリリィは顔見知り程度であったが身分が保証されたということが裏付けとなっていた。

 

彼女曰く、謎の艦隊によってこちらのクロノストリング由来技術が全て封じられ、その上で一瞬にして主要な星を封鎖されたのだという。その報告をきて顔面蒼白どころか色を無くしたココだが、横で聞いていたラクレットがブラックなジョークではあるが、それが本当ならば、既に詰みだし気にすることはないであろう。と持論を述べたことによって少しばかり落ち着けた。

 

なにせ、こちらを待ち伏せできる程度の情報収集能力があるのだ。公の立場では言えないが、セルダール連合を全て抑えられてもルクシオール1隻を抑えられるより、UPWとしてはましなのだ。戦力としても実際とんとんと言っていいレベルだ。そう考えるとルクシールを無効化してこなかったという事が、何かしらの条件があるのかまたは別の狙いがあるかと言うことが察せる。

ロゼルも、もしクロノストリング無力化が一度だけのみだが使えるのならば、連合よりもルクシオールを無力化すべきだと同意していたために、チェックはかけられたがチェックメイトまではいっていないのであろう。

 

恐らく近日中に向こう側からのアクションがあるであろう。それを待つことと、その間に艦の人心を掌握しきることが今のココの仕事であろう。

 

それに対して問題となってくるのが3つ目のタピオ・カーの正体がヴァル・ファスクであったという事だ。これに関してはもう、ココ自体が消化できていなかった。

彼女のヴァル・ファスクという者に対する色眼鏡はないという訳ではないが、必要であれば外せるほどのものだ。しかし、問題なのは、それを隠されて自分の下に配属させたという尊敬する元上官の意図だ。自分なら御せると思われたのか、それとも手綱を握れという意味なのか。

現状どちらもできていない彼女はもうすでに限界が近かった。

 

 

「お疲れのようですね、ココさん」

 

「あっ……ラクレット君。そっか、ここのロックの権限は君なら解除できるわね」

 

 

此処から直接行ける私室は兎も角、あくまでオフィスと言う扱いのこの部屋は、単純なロックと上位のロックがあり、基本的に使われるのは前者である。ラクレットは織旗ラクトの頃の権限で問題なく入る事が出来るのだ。

 

 

「ええ、まぁ。ちょっと色々なことがありすぎて、お疲れのように見えて陣中見舞いと言いますか。愚痴を聞きに来ましたよ」

 

「ふふっ、なんかおかしいわね。ラクレット君が気配りしているなんてね」

 

 

おどけて言うラクレットの言葉と、現状置かれている危機的状況。そんなあまりにもちぐはぐな全てにおかしくなってしまい、乾いた笑いと一緒にそんな言葉が漏れてくる。

 

 

「ひどいですね。かれこれ5年の付き合いですよ。ココさんのキャパシティーはなんとなく理解しているつもりです。そろそろ限界だと思ってきたんですよ」

 

「そうね……じゃあ、教えてくれる? タクトさんの考えを」

 

「もちろんです。と言ってもそんなに詳しくはないですよ」

 

 

ラクレットはそう前置きしながら、いまやっと準備の終えたインスタントのコーヒーをココの前に置きながら最近めっきりと見せなくなった自然な笑みを浮かべた。

 

 

「まぁ、ココがいれば、オレはもういらないよねー。それがタクトさんの意見の全てです。私見ですが、もう教える事が無いという事でしょうね」

 

「そんなことないわ……私はまだまだタクトさんの、マイヤーズ流のやり方っていうのが完璧じゃないわ」

 

「そうかもしれませんね。まぁタクトさんの考えが読めないのはいつものことでしょう?」

 

「それはそうね……」

 

 

ココの言い分に苦笑するラクレット。タクトの言いたいことは少しばかり違う。だが、それはきっと自分が言うべきではないことを彼は知っていた。故にあえて無視して話を進める。

 

 

「ああ、タピオ・カー中佐。彼はうちの爺さんの元教え子ですよ。比較的人間に対して理解を示している、まぁヴァル・ファスクとしては穏健派、ですがこっちの価値観で言うと双方の急速な歩み寄りを望む革新派と言った所でしょうか」

 

「何かの間違いとか、スパイってわけじゃないのよね、勿論頭ではわかっているのだけど……」

 

「不安なのは当然ですよね。大丈夫です、本当に信用できるとタクトさんおよび陛下や義姉さん、兄さん達、宰相閣下も保証しています。まぁ、彼が革新派で僕を旗印にして勢力拡大をしようと考えている事は否定できませんがね」

 

 

それは安心できないのではないか……? ココはそう思うも口には出せなかった。

 

 

「まぁ、ヴァル・ファスクからしてみれば、政治の形態こそ変わりましたが、新しい王はダイゴの爺さん。だから僕は王子になるそうなんですよね。だから僕の不興はかわないんじゃないんですかね?」

 

「王子……ふふっ。ラクレット君が王子様? ちょっと想像つかないわね」

 

「でしょ? ココさんもそう思いますよね。止めてほしいんですよ」

 

 

二人はとっておきのジョークを聞いたように笑い合う。ココも自分が重い雰囲気に捕らわれかけていたことを自覚することができた。そう言った意味では突拍子もない肩書には感謝であろう。

 

しかし、ラクレットはあえて黙っていた。実際何かあった場合自分がヴァル・ファスクのトップに立つ可能性は無視できるほど小さいものではなく、十分に現実味を帯びている話だという事は。ダイゴに協調するヴァル・ファスク以外でも、人間とヴァル・ファスクのハイブリットという新たな可能性は非常に興味深い存在であり、ラクレットの銀河有数のH.A.L.Oシステムを経由し特化したVチップ操作技術は原理を解析できれば非常に強力な力になる。

銀河の激動の時代、変化の速度が遅いヴァル・ファスクでも新たなステージに立つために進化の形としてラクレット・ヴァルターを成功サンプルとして持ち上げる。種の繁栄としては間違っていないそれは、ラクレットが乱心すれば第三次ヴァル・ファスク戦役の火種とすらなる危険なものだということを、ラクレットは解っていて伝えなかった。

 

 

「ようやく笑ってくれましたね。ココさんは可愛いんですから、そうやって笑顔の方がずっと似合いますよ」

 

「あら、ありがとう。彼女ができて随分口が上手になったみたいね」

 

「貴方の様な素敵な女性を楽しませるために、努力の日々ですよ。まぁその笑顔があれば報われるものです」

 

「ラクレット君。貴方って子は……」

 

 

ココは呆れてしまった。この目の前の男は、自分が今すこしだけドキッとしてしまったことをきっとわかっていないのであろうなと。今までひたすらに硬派だからこそ大きな問題なく女性関係をさばけていたのに、彼女ができて女性への若干の苦手意識が薄れてしまったら、考えるのも恐ろしい事が起こりかねない。彼の性根が素直ないい子ちゃんなのを知っている彼女は平気だったが、英雄としてしか見えてない女の子が本気になったらちゃんと責任とって距離を置けるのか。

確かに顔という点からみたならば男性的ではあるが、魅力的なものではないが、巌のように鍛えられた肉体を持つ彼は強い雄の気配を漂わせている。最近の彼しか知らない年若い少女たちにとって、ちょっとしたロマンスでもあればときめける程度の魅力はある。

 

それに、君の彼女は相当嫉妬深そうだと、外野の自分ですら思っているのに、何時か刺されるのじゃないかと心配したが、彼女は胸に秘めておく事にした。

 

 

「まぁ、カー中佐はヴァル・ファスクだって考える方が、逆に気が楽でしょう?」

 

「そうね……確かに言われてみれば、あの言動も私に対して他意があるのじゃなくて、ヴァル・ファスクだからって言ってしまえば、うん納得できなくはないわね」

 

 

ココは思い返してみる。こっちの心情を一切省みない直截的な発言。感情論をほとんど考えない現実的な意見。若干常識がずれているような言動。一切変わらない鉄皮面。これが年上の部下の人間であれば辛いものだ。しかしそれがヴァル・ファスクという、感情的な発露が少ない環境で育った存在だと思えば、そう言うものだと腑に落ちてしまう。

 

 

「あとは少しずつ歩み寄ってみてください。円滑な人間関係の構築に必要なことだと言ったらたぶん彼なんだってしますよ」

 

「そうね……それも時間が取れたらだけどね」

 

「ココさん」

 

 

部下からの進言に素直に従う意思を見せるものの、現実がそれを許さないのも事実であった。現状彼女には報告書の作成や、経緯を詳細に記したレポートの制作などやるべきことが多々あるのだから。

 

 

「やることが沢山あるのは、事実だもの。でもありがとう、少しばかり気が楽になったわ」

 

「そうですか、それは何より。では僕はこれで失礼しますね。『おやすみなさい』ココさん」

 

「? え、ええ おやすみなさい」

 

 

ラクレットはそう言って司令室を後にした。確かに艦内時刻は18時を指しており、ココもシフト上は27時までは非番だ。だが制作すべき書類がある以上そうは言っていられないのが現実でと、目の前の報告書に目を向ける。

 

 

「……もう、本当に格好良い男になっちゃったのね」

 

 

そこには司令官代行権限所有秘書のサインの入った、ドライブアウトからのログ全てを詳細かつわかりやすくまとめた報告書と経緯説明の為の音声映像記録添付済みの詳細データが入っていた。

追伸に良い夢をとだけ書かれている気障加減は、一体誰からの影響かしらと、ココは微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

居住スペースが集まる区画、その中央にはちょっとしたロビースペースの様な、おしゃべりを楽しめる場所がある。非常に巨大なルクシオールは機械の補助もあり乗っている人員は少な目であり、空間に余裕があるのだ。

そんな場所でルーンエンジェル隊の面々は顔を合わせていた。

 

 

「陛下……陛下ぁ……どうかご無事で……あぁ!!」

 

「ったく、辛気くせぇたらありゃしないぜ」

 

「仕方ないですよ、不安なのは皆さん同じことですし……」

 

「親分はもっと感情移入を覚えるべきなのだ」

 

「なんだとコラぁ!」

 

「あ、アニス落ち着いて!!」

 

「随分にぎやかだね、いつもこうなのかい?」

 

「ええ、そうね。まぁ大体こんな感じよ」

 

 

自身の主君の安否が知れず、この中では最も元々の立場への帰属意識が高いリリィは少々不安定であった。しかしそれはこの場が戦場ではないからであり、彼女は今取り乱しても良いからという信頼があるからこそ、心ここにあらずでいられるのだ。

そんな彼女とよく口げんかしているアニスは張り合いのなさに苛立ちらしくもない嫌味を言う。それをリコが諫めて、ナノナノが追従する。導火線の短いアニスがそれに怒り、カズヤが慌てて仲裁に入る。

かくも愉快で若干空気こそ重いがいつも通りの騒ぎである。今この場に来たばかりのロゼルは、一番近くにいたテキーラに対して問いかけるも、これが彼女たちの日常であるとの答えに驚きを隠せないでいた。

 

 

「あ、ロゼル! まってたよ」

 

「待たせてすまない、カズヤ。皆も貴重な時間をありがとう」

 

 

彼彼女たちがこの場に集っているのは偶然ではなく、このロゼルの呼びかけがあってからこそだ。ロゼルはリコを除いてこのルーンエンジェル隊がUPWの母体組織であるEDEN軍、ひいてはEDEN的な思想や価値意識などに非常に疎いことに気が付いていた。

先ほどのタピオ・カーが一時的にこの艦を一人で全てコントロールしたことの意味も今一つよくわかっていない様子だった。

 

別段それは悪い事ではない。ロゼルは生粋のEDEN人としての価値観を押し付ける気持ちはない。しかし、軍のそれも最精鋭部隊として、銀河の勢力図を描く際に確実に無視できない存在に対する知識の不足を見過ごすわけにはいかなかった。

 

 

「さて、それじゃあ現状を整理しよう。まず僕たちルクシオールは現在非常事態にある。本部との通信は断絶された孤立状態。仮想敵勢力とは戦端を交えてしまい、捕虜として敵の最高権力者を確保している。同盟勢力は敵勢力の支配下にあり、Absoluteへのゲートも破壊されてしまっている」

 

「うへぇ、こう聞くとやばいな」

 

「軍事戦略的には無条件降伏と武装解除を要求されてもおかしくないですね……」

 

「あの子も言いたくはないけど交渉材料にはなりそうもないし……」

 

 

暗雲立ち込めるところか、お先が真っ暗である。まな板の上の鯛である自覚をあらためて認識する一行。

 

 

「だからこそ、より一層強固な結束が必要な時だと僕は思う。だからこそ、さっきのカー中佐についてあえて説明したいんだ」

 

「あえて? それはどういうことなのだ? 解らないことは、知っているほうがきっと皆頑張れるのだ!」

 

「ナノちゃん……あのね……」

 

 

ロゼルのやや不明瞭な言葉を正確に理解できていたのはこの場で二人だけだった。リリィは話半分に聞いているのが大きいが。

 

 

「そうだな、カズヤ。マイヤーズ司令の経歴を簡単に振り返ってくれないか?」

 

「え? うん。マイヤーズ司令は元々所属していた国の地方軍人だったけど、クーデターをエンジェル隊の司令官に抜擢されて鎮圧。そのあと、異種族との戦争を最前線で戦い抜いてEDENを樹立するのに一役買った。って感じかな」

 

「へぇ、そう伝わっているのか、それともそう習ったのか。まぁ興味深い話ではあるけど、今は置いておこう」

 

 

カズヤは半年間の集中教育で詰め込まれた知識をなんとか引っ張り出す。それがロゼルには少しばかり面白い形であったが、今それは大事ではない。

 

 

「その異種族っていうのは、ヴァル・ファスクっていうんだけど、この中でヴァル・ファスクについて詳しく知っている人はいるかい、リコ、君を除いて」

 

ロゼルはそう言って周囲を見渡すと、目の合ったテキーラが口を開いた。

 

「現存する長寿人型種族の一つ。特徴として特殊な装置を媒介として同時に遠隔で大量の機械を操作する能力を持っている、感情の機微が薄い種族……よね」

 

「百点の解答ありがとう、テキーラ。まぁ君は知っているよね」

 

 

ロゼルは若干の苦笑と共にそう言った。彼が思い出すのはコフーンまでの旅路の途中、親睦を深めようとルーンエンジェル隊と面々といろいろ話した際に、自分の勘違いでてっきり自分の敬愛する教官の恋人が、写真でも見たことのあるリコだと思い、少々空回った会話をしてしまったことだ。

 

彼としては赤恥をかいてしまったが、そのおかげで、リコともカルーアとテキーラとも心の距離を縮めることができた。自分が完璧な頭でっかちのエリートではなく、じゃっかんそそっかしい所もある血の通った人間であると示すことができた。結果だけ見るのならば十分プラスの出来事である。全て計算通りの動きだ。

 

 

「え、それって」

 

「そう、カー中佐はそのヴァル・ファスク。EDENを支配していた種族なんだ」

 

「それって、つまり、タクトは敵を部下にしてココに丸投げしたってことじゃねぇか!!」

 

「親分、タクトは馬鹿じゃないのだ、きっと平気だからここにきているのだ」

 

「ナノナノの言う通り、カー中佐は味方だよ、スパイとか工作員ではないはずだ」

 

「でもよ、ヴァルなんたらっていうのは、人間じゃないんだろ? しかも5年前まで殺し合いをしていたんだよな、信用できんのか?」

 

「ヴァル・ファスクだから敵。それならばアタシたちはもう死んでいるわよ。アジート、アンタの知り合いにもヴァル・ファスクがいるわよ」

 

「マジかよ。あぁまてよ、話の流れからして……うげぇ、あんなのばっかいる種族によくタクトは勝てたなぁ」

 

「さすがにアイツが標準だったら笑えないわよ」

 

 

勘の良いアニスはロゼルの話を持っていた順番と、いくつかの持ち得ている情報からロゼルの言いたいことを察した。そして苦虫を噛み潰した様な顔をしたのだが、テキーラは微笑を浮かべてアニスを否定した。

 

 

「どういうこと、アニス、テキーラ?」

 

「カズヤさん、ラクレットさんは、ヴァル・ファスクと人間の混血なんです」

 

「あ! そっか、そう言えば習った気がしてきた……」

 

「ナノナノも、ママがそんな事を言っていた気もするのだ」

 

「ヴァル・ファスクだから敵ってわけじゃない。僕の住んでいた星は、直接数百年支配されてきた。だから今でも融和政策を受け入れられない人はいる。教官はヴァル・ファスクと人間の懸け橋としての仕事もたくさんしてきた人なんだ」

 

 

どんどん盛り上がっていく会話。ロゼルはこの場の全員の反応を見ながら、話題として知識を少しずつ提供していく。本当の意味でのEDEN人にとってヴァル・ファスクは悪の代名詞であることは否定できない。しかし、その恨みが強い人たち程、解放の立役者の英雄への感謝が大きく、それがヴァル・ファスク縁の存在故、非常に危ういがバランスが取れている。

ヴァル・ファスクがその英雄たちの系譜である、この艦にいる意味と言うのは、とても大きい事であり、ある意味でこの艦でのんきに暮らしているだけでも、自分たちは平行世界の各勢力の小規模な代理戦争をしているようなものである。

ロゼルの考えはざっくりいうとそう言ったものであった。

 

 

「もちろんこれは僕の私見だ。でもココさんに、僕たちに任されている事っていうのは対外的にも内部的にも非常に大きいんだ」

 

「その通りです、マティウス少尉」

 

 

ロゼルが上手く話をまとめたところで、少々遠くから良く通る男性の声が響いて来た。全員がそちらに視線を向けると、案の定と言うべきか、そこに立っていたのは、タピオ・カー中佐であった。

 

「カー中佐、お疲れ様です」

 

「敬礼は結構です。そしてマティウス少尉の考えは大筋では正しいのですが、少々訂正すべきことがあります」

 

「どういうことですか?」

 

 

突然はなしに入って来たタピオに露骨に反感を見せる者もこの場にいたが、カズヤは一先ずそう尋ねた。

 

 

「私がこの艦に来た理由は2つ、1つはマイヤーズ流と呼ばれる僅か数年でヴァル・ファスクをうち倒した名将の手腕をその身で学ぶため。もう1つはヴァルター中尉の意思確認の為です」

 

「意思確認ですか?」

 

「はい、彼はその気になればこの艦を掌握する事も、それどころか銀河そのものを手にすることができる。ヴァル・ファスクはそう考えております。それがヴァル・ファスクにとっての良いものであるか、悪いものなのかは我々の間でも意見が割れている為に、一先ずの接触が大事でした」

 

「本当壮大な話になってきたね……」

 

「その件に関しては一先ず現状維持で落ち着き、前者の目的、マイヤーズ流の理解をしたいのですが、ナッツミルク艦長があの様子だと……UPW軍としての行動指針がどうなるかが怪しいですね」

 

 

この時点でのタピオからみたココへの評価は微妙の一言に尽きる。どこまでも人間らしく状況毎に狼狽し混乱する。自身に対して恐怖を覚えて萎縮しているようで、艦の指揮にしたって特別なことはできていない。唯一片鱗が見えたのは、部下の指示を一切抵抗なく受け入れているからか、しかしそれもラクレット・ヴァルターの献策であった故に、タピオの芽からすれば期待外れとまではいかないが、今一つ違うのではないかと言う落胆がぬぐい切れていなかった。

 

「結局今我々ができるのは」

 

「ベストコンディションを維持する事、だよね、ロゼル」

 

「ああ。ホーリーブラッドにテンションは関係ないが、疲労や狼狽を極力残さないでおかねば」

 

 

 

 

 

 

 

相手の出方待ちである以上、エンジェル隊は来るときまで体を休めるしかすることが無いのは事実であった。彼女たちは今日もたらされた情報の意味を自分たちの中で消化しながら、もう少しの時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

────無礼者! 妾をここから出さぬか!

 

「とまぁ、ずっとこのような感じでして、拘束時に多少手荒に扱ってしまったこともあり、それを庇ったシラナミ少尉以外には文句一辺倒です、はい」

 

「そうか、ご苦労下がって良い。それと捕虜の拘束と言う観点から見て、君たちに一切非はなかった、気に病むことはない」

 

 

ラクレットはそう言って現在軟禁されている、自称ナツメ・イザヨイ公女の部屋の前に立っていたMPを下がらせる。本人の言っている事、所持していた物、本当にわずかだが存在していた公の映像などから99%本人であると考えられている。

 

彼がここに来たのは、情報を手に入れるためである、少なくとも今はやりたくないが、彼には人が『自発的に情報を口にしたくなる』ようにするための術も学んでいる。本当に最悪の場合はそうでもして情報を手に入れる必要があると考えたが、今回ここに来たのはそこまで切羽詰まっていないが、手の付けられないわがまま娘という評判の彼女に、自分の置かれた状況を理解させるためでしかない。

 

 

「中で何があっても、私の許可なくドアを開ける事も、内部のマイクの音を拾う事も禁ずる」

 

「了解です。お気を付けて」

 

 

軽い脅しをかけてから、彼は単身ナツメの部屋に入る。彼女はドアが開けられたことで、自分のお気に入りであるカズヤが来たのか、一瞬喜色に溢れた表情でこちらを見るが、直ぐに別人であることに気づき、落胆と怒りの表情でこちらをにらみつけてくる。

ラクレットはすぐさまドアを閉める。しかし、彼女の反応は変わらず怒りの色をより強くするだけであった。これには彼は少しばかり意外であった、自分の様な見てくれの男、しかも敵国の軍人だと制服を見ればすぐさまわかる、そんな者と密室に軟禁された状態で二人きりになっても一切の怯えや恐れの表情はないのだ。

考えられるのは2つ、本当に恐怖を覚えるのに足りないと考えているのか、それとも根本的に自分に危害が加えられるという想定が無いのか。

 

「なんじゃ、貴様!! ここは妾の部屋じゃぞ! とっとと出ていかぬか!」

 

「…………」

 

「ふん、妾の威光を前に口を開くこともできぬか!」

 

 

直ぐに後者だと理解できたが、さて、どうしたものか。ラクレットの中には冷静に幾つもの選択肢が浮かび上がってくる。人として唾棄すべき方法ならば、1秒で17通りは思いつく。それを取りたくはないが、友好的に下の立場から仲良くなる飴の行為は隊長が適任であり、そつなくこなすであろう確信もある。ならばやはり鞭かと結論付けた。

 

 

「自分の立場を弁えたらどうかね? 君が公女として手厚い待遇でいられるのは、単にこちらの善意でしかないのだよ」

 

「ふん、口を開けばなにをふざけたことを。悪のEDENなんぞ、正義のアームズアライアンスが今にでも蹴散らしてくれるわ!」

 

「そうか」

 

 

彼は公女が御高説を振りかざすその一瞬で彼女の背後に回り込み、襟筋を掴みそのまま摘み上げる。彼女は眼の前から男が消えたことに一瞬驚き、そして次の瞬間に自分が浮いている事に気が付く。驚きと共に振り返り、抵抗を始める。

 

「なっ! ぶ、無礼者!! 離せ!!」

 

「わかった」

 

彼はその言葉と同時に彼女をつまんでいた腕の手首を軽く返す。それと同時に彼女の体は天井スレスレまでふわりと浮かび上がり、そのまま自由落下を始める。彼女はめまぐるしく変わる視界に理解が追い付かないものの、床が近づくことによって、咄嗟に目をつむった。しかし身構えた衝撃は一切来ないので、恐る恐る目を開くと、自分はソファーに座らされていた。

 

 

「理解できたかね? 君の身の保証など、こちらがその気になれば君が認識する前に無に帰すことができる。もう一度自身の立場を考える事を推奨しよう」

 

「お、お主……」

 

「さて、改めて聞こう、君たちアームズアライアンスの背後にいる、技術協力をした存在について何か「もう一度じゃ!!」……は?」

 

ラクレットが極めて事務的に空中から落ちる彼女をソファーに可能な限り衝撃が行かないように投げ飛ばして、詰問をしようと口を開いたのだが、割り込むようにナツメが主張した内容は全く彼の予想とは別のものであった。

 

 

「今のはどうやったのじゃ!? もう一回やってみよ! 妾が許可するぞ!」

 

「あー……どうやら君は本物の公女のようだ」

 

 

彼が始めてあった皇族は今の目の前の少女と同程度の年齢であったと記憶しているが、今でこそ名君の印象が強いが最初は比較的世間知らずであった。しかし器と言うか、妙に懐が深い御方であった。

つまんで、放り投げて、投げ捨ててそれをまるでアトラクションのような反応でとられるとは、確かに世間知らずで妙に許容範囲が広い。そして悪意にいい意味で鈍感だ。彼は冷酷に対応するつもりであり、必要があるならばそのつもりであったが、幼い少女に口にするのもはばかれるようなことをしたくはなかったので、小手調べでと自分に言い聞かせながら、一切の傷を付けていないのだ。

最も、今後外交的な解決に出るのであれば、彼女の身に傷でもあるのは問題なので今すぐそのつもりはなかったが。

 

「そち、名はなんと言う!」

 

「ラクレット・ヴァルターだ」

 

「ほう、不思議な響きじゃの、気に入った、我が名を呼ぶことを許す!」

 

「……有難き幸せ」

 

彼はまとわりついて来る公女をもう一度摘み上げてベッドに向かって投げ飛ばしながらそう口にするしかなかった。まぁ彼は尊い人物や高貴な立場の存在から好かれやすいのかもしれない。

彼女が一先ず満足するまで適当にあやしながら彼は部屋を後にする。若干の苛つきと敗北感を胸に。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その約8時間後、ルクシオールに正式な宣戦布告の通信が入って来た。

 

 

 

 

「我が名はカルバドゥス・カジェル!! 貴様らに決闘を申し込む! 48時間後指定の宙域に来い!」

 

「け、決闘? こちらにはそちらの公爵を捕虜として預かっているのですよ?」

 

「ふん、知ったことか! この件に関してはハチェットのジュニエヴルも納得しているのだ」

 

 

慌てるオペレーターを省みることなく、まるでこちらの話を聞かないその男。名はカルバドゥス・カジュルという。3公爵の一人であり、実質的な敵の軍司令官である。そんな男が一切こちらのリアクションを気にせずに一方的にそう告げてるのだ。どのくらい一方的かと言うと、オープンチャンネルで一方的に布告して来たのをオペレーターがつないだ瞬間に話し始めたくらいだ。タピオはいるが、非番のココはまだブリッジについてすらいない。

 

 

「決闘とはどういうことですか」

 

「我々アームズアライアンスが、NEUEをそして貴様らルクシオールを屠るための儀式だ。来なければ制圧してある星への無差別攻撃を開始する」

 

「脅迫ですか。ふむ、詳しい条件をお聞きしたい」

 

「いいだろう、補給は好きに受けて良い、受けられればな。だが来て良いのはルクシオール1隻のみだ! 持てる力全てで我々に挑んで来い」

 

「なるほど。随分と高圧的ですね」

 

 

冷静に受け止めるタピオ、だが周囲のクルーはあまりにも理不尽な要求に顔色を青くしている。敵は悠々と待ち構えているところに、単艦で突込み打破しなければ他の星を蹂躙するというシンプルな要求と言うより通達だったのだから。

 

 

「アームズアライアンスの公爵にして、剛腕の異名を持つ最強の戦士! 弱兵のEDENやNEUEに恐れが無いのならかかってくるがよい」

 

「最強? 貴様が? 最強?」

 

その言葉に眉を顰める一人の青年がいたが、カルバドゥスは一切気にせず続けた。

 

「そうだ! 銀河の王はこの一人、この俺だ! フハハハッハ!!」

 

 

そう言って彼は通信を切り上げた。それと同時に息を切らした様子で、やや服装の乱れたままのココが入ってくる。

 

 

「ああ、ココさん起きられたのですか、昨晩はお疲れ様です。短い時間ですが良く寝られましたか?」

 

「え、ええ。それで、これは?」

 

「敵からの宣戦布告です、単独で来なければ無差別攻撃を開始するとのことで、捕虜の交換は拒否されました」

 

 

少しばかりよくなったココの顔色はまた、蒼白に染まっていくのであった。

 

 

 




誰だこいつ(作者談)


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第6話 熟成完了

ちょっと短いですが……


「全く、せっかくゲートキーパーが新たに見つかり、しかもキーパー無しでゲートの開閉方法の目途も立ったというのに」

 

「この世界はまだまだ混沌を望んでいるのかね?」

 

「おいおい、そんなオカルトお前らしくもない」

 

「だって、そうも言いたくはなるだろう?」

 

 

Absolute、セントラルグロウブ。平行世界の中心といっても過言ではないこの施設。その最も移動の便の良い場所地区に有る部屋で、二人の青年がぼやいていた。

 

タクトとレスター。彼らは相次いで飛び込んでくる急転直下すぎる事態に、部下たちがてんやわんやしている中で、ある意味落ち着いていた。なにせすることが無い。

現在彼らの直面している事は、まずセルダール陥落の報告が届くと同時に、NEUEへ通じるゲートが断絶したということだ。ゲートの破壊は実を言うと大した問題ではなかった。

平行世界という言葉の示す通り、各銀河が平行に重なっているのを、このAbsoluteという中間地点を通じていき帰している。極秘事項であるがEDENのゲートとAbsoluteのEDEN行きのゲートは『同じ物』なのだ。例えるのならば『どこでもドア』だ。2つの離れた地点に同一の存在が同時に存在し続けているのだ。なので、いったん電源を切った状態で完全に修復して再起動。というような形での修復は可能。それなりの時間はいるが、正直Absoluteを乗っ取られてコントロールを奪われる方が、物理的な破壊よりもずっと面倒なのである。使われているテクノロジーが非常に高度かつ古いものなので、それなりの手間はかかるが、ゲート関連技術のAbsoluteからのデータのサルベージは十分にされている為に、1週間程度での修復ができる。

セルダール陥落という報は、非常にまずい事態ではあるが、現状は介入できるような戦力を用意するといった場当たり的な行動以外にすることはない。UPWといしての意思決定など、安定化の一言でしかないために、本当にすることが無いのだ。

一応エンジェル隊の中の数名をAbsoluteへの帰還命令をだして、エルシオールと量産型ルクシオールの準備だけは進めている。

 

「にしても、ついにお前が恐らく渦中から外れるとはな」

 

「なんだい、レスター」

 

「いや、これも時代の流れなのかもな、ってらしくもなくな」

 

 

レスターは前回のヴェレルの乱において、「自分が中心にいて解決した」という意識は低い。最後こそ、切り札として惨状(ヴェレルにとっては誤字に非ず)はしたが、遅参した故に鎮圧を主導した訳ではない。

そう言った意味で、すでに自分は信じてもいないが、この銀河の大いなる意思とでもいうのか、中心となる騒動の舞台から降りているような感覚を覚えたのだ。そして、今回の件においては、今まで主演男優を務め続けたといっても良い人物、タクト・マイヤーズですら、そのステージにまだ上がっていないというのは、まさに世代交代と言っても良いのではないであろうか? そんな少々ばかばかしい考えが彼の頭に浮かんだのである。

 

 

「ふーん。まぁ、ココとラクレットなら。いや、ルーンエンジェル隊とココ達ならきっと何とかしてくれるさ」

 

「そうだな。それじゃあオレ達は英気を養うとするか」

 

 

現場で働く部下たちは今こそが山場であるが、彼らはまだ出番ではない。

自分たちの出番があるのかすら知らないが、二人とも思うことは一つ。

 

どうか、自分たちが『端役程度でいられること』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かない顔をしていても、仕事から逃れることは出来ない。

ココは今、タピオと、ルーンエンジェル隊の面々と共にブリーフィングルームにいた。当然のように先ほどの通信に関しての今後の作戦指針を決めるためだ。既に数時間が経過している為に進路を目的地に向けて進軍はしているものの、明確なことは殆ど決まっていなかった。戦うしか術はない事は承知しているが、彼女の胃と肩を苛む重圧が、何とか非戦の手段はないかと逃げの手段を見てしまうのだ。

 

 

 

「敵の指定して来た宙域はこちらです」

 

「アジート近辺のアステロイド帯か……敵の数は?」

 

「航法航路監視衛星をハッキングしました。正確な映像こそは見られませんでしたが、およそ50程の群でしょう」

 

「は、ハッキング?」

 

「真似事さ。あの辺りにはEDENが敷いた航路の前に従来あった航路を監視する衛星がいくつか生きている。そこを経由して中継地に入ったら、まぁ無警戒だったみたいであっさりとね」

 

 

 

ブリーフィングルームで、エンジェル隊と司令副指令の両名を前に進行役を買って出ているのは、ロゼルだった。

彼は先ほどの通信という名の一方的な通達の後、禁止されていないですし非合法な情報収集をしたいと、タピオと思わずといった形で頷いてしまったココの許可を取り、その筋の者からすれば2流ではあるが、強引な手段で十分な情報を入手するに至ったのである。

現在ルクシオールの通信状況は良くなってきてはいるものの、周囲数光年範囲が限界であった。しかし、その中でも情報収集に成功した彼の手腕は流石と言うべきか。

 

 

「目視と不鮮明な映像でしか残っていないために、断言はできませんが、巡洋艦を中心とした砲撃制圧能力に優れる編成に見受けられました。私見ですが、対空(戦闘機)に気を配っている様子は見受けられませんでした」

 

「それでも50は……すごい数です」

 

「そうね、加えて場所が悪いわ、相対できるのは敵の砲撃密集地(キルゾーン)しかないもの」

 

 

指定されている場所はアステロイドによってコの字のように囲まれている宙域だ。古典的で手垢がついたような策だが、がっちりと一点に火力を集中できる状況で待ち構えているのであろう。

 

 

「少々戦略的に稚拙な点も見受けられましたが、攻め手に関しては猛将なのでしょう」

 

 

見た目と第一印象通りの分析ですね。とタピオが小さく呟いた。カズヤは周囲を軽く見渡すと、アニスが不敵な笑みを浮かべているのに気づいた。

 

 

「この辺なら、俺の庭みたいなもんだ。紋章機の1機か2機くらいなら気づかれないで回り込むこともできるだろうぜ」

 

「敵が特に何も考えていなければ、この穴倉の最深部にあるであろう本陣を少数ですが強襲することができます、有効な手段かと」

 

 

ロゼルは予めこの辺の宙域に詳しいアニスと話を詰めていたようだ。目の前のホログラムが切り替わると、小型のルクシオール像が直前のドライブ切り替えポイントで紋章機を出撃させ、7時間半後に指定宙域で合流するといったプランが再現されていった。

 

 

「危険すぎるわ!! ステルス性を高めるために、艦との通信もできないのよ!?」

 

「リスクは承知の上です。アニスの先導でアステロイドを突破。速度と力量そして戦力バランスを考えて、合体紋章機とホーリーブラッドの2機が最適かと」

 

「コイツは知らねぇけど、俺は断然やれるぜ?」

 

「教官、どうでしょうか?」

 

 

ロゼルは、反対する艦長を半場無視するような形で、この艦の実質的な戦闘顧問のような扱いを受けているラクレットの方を向いた

 

「作戦としては悪くないが、決められるのは艦長だ。だがあえて言うのならば。50隻『程度』の艦集団なら僕一人でも正面から蹴散らせる。こんな手を使わずともな」

 

 

その声は少々、いやかなり冷たいものであった。普段の真面目で実直だが温厚な彼を知る面子からすれば驚くほどに。だが、ロゼルは先ほどから浮かべている微笑を一切崩すことはなかった。

 

 

「だから焦って選択肢を減らす必要はないであろう。その作戦も準備の時間を含めても今から20時間程度の余裕はある。『参考になる』意見に感謝する。艦長、一先ず決戦に向けて一度エンジェル隊に休息を取らせることを進言します」

 

「そう……ね。一先ずいったん解散しましょう」

 

 

その言葉で一先ず作戦会議は終了した。ロゼルは退出の際に一度ラクレットの顔を振り向いて見てから、何も言わずに出ていった。タピオもブリッジに戻り、ココも疲れた体に鞭を打つかのように自室へと戻っていく。

 

残されたラクレットは一人呟く

 

 

「焦っているのか? いや、まさかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ロゼル、さっきのは良くないと思うよ」

 

「艦長を無視したことかい?」

 

 

ブリーフィングルームから少し離れた廊下で、カズヤはロゼルを呼びとめた。釈迦に説法であるとは思うのだが、流石に露骨にココへと冷たくあたり、ラクレットを盲信しているように見えるのは、少し目に余るように見えたからだ。

しかし、ロゼルは事も無げに、むしろ予想していたかのように言葉を返してくる。

 

 

「一種の政治力学的問題さ。エンジェル隊の一員の僕が艦長を軽んじれば、教官が艦長寄りの立場を取らざるを得なくなる。艦長に必要なのは絶対的な立場と統率力だから、教官が近くにいればそれも容易に手に入れられるだろ?」

 

「えっと……悪意はないけど、わざとやっていたって事?」

 

「ああ、なんだ、やり方が露骨だっていう忠告かと思ったのだけど……僕が教官から何度も伝説されているエルシオールクルーの能力を疑う人物だとでも?」

 

 

二人の間にはちょっとした齟齬があったが、直ぐに氷解したようだ。カズヤは納得した表情を浮かべて、その場を後にする。そしてロゼルは一人、彼の教官と同じように呟いた。

 

 

「そう、強く、鈍った腕なんてものが無いほどに強く在ってもらわないと」

 

 

彼の目に浮かぶ狂気的な光は、彼の敬愛しているラクレットすら存在を知り得ていないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなラクレットは、愛機の着座調整を行っていた。ESVになってからはまだ大規模戦闘を一度しかこなしていない。その前に何度か海賊討伐程度はしたが、初戦は木っ端海賊。戦争とはまるで規模が違う。

加えてそもそも実機に乗っての大規模戦闘にだいぶブランクがあった為か、ヴェレルとの闘いは自己採点するのならばぎりぎり及第点と言うところだった。

 

 

「錆を落としきらなければ」

 

 

恐らくその言葉を聞けば多くの者が苦笑を浮かべるしかないのだが、彼は大真面目であった。実機に乗ることによって鋭敏化された彼のESP、未来予知の力は知覚する時間を数瞬ずらす程度のものだが、高速戦闘において、これほど有利なものもない。

だが、ESVが強すぎるために、全開に発動しなくとも、性能によるごり押しで押し切れてしまう。それは彼にとって好ましい戦いではなかった。

 

 

「常に全力を出す。本番で全力を出すために今全力を出す」

 

 

 

彼の強さは既に精神性の領域に入ってきている。作戦として力の発揮を抑えられても。抑えられた上で必ず全力を出す。その為の努力は怠らない。それで初めて土俵に立てる。

その全ては自身が最強であるために、自分が最強である限り、多くの大切な人が守れて、救われるのだから、彼は最強であり続けるための全力を出せる。

 

 

「皆には悪いが、学ぶのではなく盗んでもらわなきゃ」

 

 

チームと言うのは戦力のバランスが取れてしかるべきだが、現状ルーンエンジェル隊は彼が突出しているのは否めない。自分が下げる余裕がない以上、此処まで来いと自分の限界地点で足踏みしているしかない。

 

ルーンエンジェル隊がムーンエンジェル隊という一番星を見てそこまで走り続ける決意をしたのだから、自分は道案内でもペースメーカーにでもなろう。だが、手を引くことができるほど器用でないから、背中を見せてルートを教える事しかできない。

 

それが彼にとっての優しさであり、傲慢さでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ココ・ナッツミルクはここ数週間を振り返る。激動の期間だった。いやである、か。彼女にとっては、穏やかな凪を優しい船長の手助けをして暮らす日々が、腕を買われて隠居した船長の真似事をするようになり、それが安定して楽しくなっていたころでもあった。

それが新たなクルーがきて、港とそこにいる前船長との連絡も取れなくなり、出先の拠点が海賊に制圧され、海賊から宣戦布告されて、海賊の頭の娘を預かってしまった。

海は大荒れで、海図も役立たず、前船長の懐刀が支えになってくれてはいるが、自分が正式な船長だという自覚が薄いために船もうまくまとめられない。

 

 

「あぁーあ。どうしてこうなったのかしらねー」

 

 

自分の口から洩れる嫌に明るい声。これがその前船長のように意識せずとも漏れたそれならばよかったが、空元気で作ってみた声でしかなく、心は既に沈み切っている。

正直に言うともう投げ出して逃げ出して帰りたかった。自分の肩に数百人のクルーの命が乗っている。誰かが傷つけばそのクルーの家族や友人が悲しむ。そう考えてしまうとその重みは際限なく増えていく気がした。

 

憧れを追いかけて、青春の多くが戦争を生業とする職場で、あまり暴力を感じずに学んだ彼女にとっては。艦長の役職はそれを過不足どころか、100年に1人ほどに熟した逸材を見てしまったからこそ、意味がありすぎるものであった。

 

全て投げ出してしまいたい、そうしたらきっと副艦長扱いのタピオが舵を取り、ラクレットが地図を読み、他のクルーがオールを漕いで行くであろう。それでもきっとそれなりにうまく回るはずだ。自分は船室で座っているだけでもどうにかなってしまうであろう。

 

ある意味でタクトと同じだ、優秀な部下にフリーハンドを与えて自分は神輿で担がれる。違うのは有事の際に軍神になる彼と、そのまま奉られる神で終わる彼女であるかと言うだけだ。

 

 

「だってしょうがないじゃない、この銀河の誰だってタクトさんと同じようには出来ないわよ」

 

 

ココは知っている、実はタクト・マイヤーズという青年は、悪魔的な頭脳を持つ戦略家ではないことを。だが、彼の成し遂げた偉業は逆に彼をその位置に押し上げているのだ。彼が登頂した山岳を登れる人は何人か居ても、同じ道筋を辿れるものはいないであろう。

 

ココは何度目かわからない思考のループに入る。意識のリソースをほとんど割いていない視覚情報に、机の隅に飾られたエルシオールのメンバーでとったフォトグラフが写り、無意識にそれに手を伸ばすと、過去に覚えた想定していた感触と重みと違った質感が帰って来る。覚えた違和感で思考が止まり、意識が目の前に戻ってきた。

 

 

「あら……これって……」

 

 

写真立ての厚みが増している。ひっくり返してみると、露骨に余剰スペースを作りましたという裏蓋が見える。特に意識せず蓋の摘みに手を伸ばして開けると、ハンドクリームの容器の様な平たい円柱の物体が入っている。

爆弾や、盗聴器などの危険物の可能性を一瞬だけ考慮しつつも、すぐさまぬぐい捨てる。そんなものがここに有ればもうお終いだからと開き直った訳ではなく、単純に興味が勝ったからだ。

デスクに置いて少し触ってみると、どうやら二枚貝のように開きそうだ。ココは意を決してというほどでもないが、開いてみる事にした。

 

 

「手紙でも入っていたりして……まさか、そんなベタな」

 

『いやぁ、ベタで悪いねぇ』

 

「タ、タクトさん!?」

 

 

箱の中に入っていたのはタクトであった。それも15cmほどのサイズのまるでこびとか妖精の様なサイズの彼がここに向かって語り掛けてきたのだ。驚きや目を疑うよりも先に呆けてしまった。

 

「え、これ私の行動と思考を読んだ録画映像……!?」

 

『いやいや、そんな映画のトリックみたいなマネは流石にできないから』

 

「ですよね……って、普通に会話している?」

 

『そうそう、詳しい事は同封の説明書でも読んでよ。でもそれは後でね、そんなに時間はないんだ』

 

「はぁ……」

 

『カマンベールとノアの研究成果で、本人をほぼ100%再現するAI……みたいなものかな、記憶も持っているし、思考パターンも同じ、ただ焼き切れちゃうというかそんな感じで、起動して数分で消えちゃうんだ』

 

「なるほど……」

 

 

ただただ頷くしかないココ。タクトの説明はおおざっぱすぎるから後で説明書とやらは読むとしても、目の前のタクトは本物のタクトと同じ考えを持っている事だけはなんとか頭の中に入れた。

 

 

『既に考える事を放棄しだしたね、ココ。まぁいいや。艦長の仕事だけど気楽にやれているかい?』

 

「……状況が……悪化して……私はなにもできていません……とても、タクトさんと同じようには……」

 

『んーと……とりあえず、お疲れ様かな。ほら、無理しないでいいから、ハンカチ持ってるでしょ?』

 

 

タクト(小)は困ったように笑いながらも、彼らしい直接は言わない優しさを見せる。それによってココの肩の震えは止まるどころかより大きくなってしまう。苦笑しながらも彼女が落ち着くまで待てるのが、彼の優しさであろう。たった数分しかない自我を保てる時間でも渡せるのだから。

 

 

『あ、細かい経緯の説明はやめてね、流石にそれを処理しようとすると回路が一気に焼き切れると思うし』

 

「ふふっ……すみません、そうですよね、ずるしちゃだめですよね」

 

『ズル? いいよ、どんどんやっちゃえばいい。面倒な仕事を喜々としてやりそうなのが3人はいるでしょ?』

 

「タクトさんじゃないんですから、そんな風にはできませんよ」

 

『当たり前じゃないか、オレはオレ、ココはココ。君はオレの変わりをやる訳じゃないし、オレは君をオレのコピーに育てたわけじゃない』

 

タクトは事も無げに言葉遊びの様な物言いを始める。

 

 

『ココはさ、オレの何と言うか愛弟子なんだけど、だからこそオレの流儀のいいとこと悪いとこ沢山知っているわけだ』

 

「そうですね、自分なりに改善して見ようと頑張りましたが、マイヤーズ流は私にはとても出来そうもないです」

 

『やらなきゃいいんだよ、マイヤーズ流なんて恥ずかしい名前』

 

 

自分で言い切る辺りが、彼らしくもあり、また彼本人がある意味で言いそうもない事である。

 

 

「え?」

 

『ココのチャームポイントってその、眼鏡と三つ編みだよねって、前にラクレットと一晩語り明かしたんだけどさ』

 

「それは今度彼に聞くとして、それがどうかしました?」

 

『ちょっと、その髪を留めているリボンを取ってみてくれない?』

 

「はい……こうでしょうか?」

 

 

ココは幾ばくか引っかかる所もありながらもその言葉に大人しく従った。

 

 

『うん! やっぱり髪を解いても可愛いね。それでさ、そのリボンがオレなんだよ』

 

「え、えーと……」

 

『君の魅力を引き立てるリボンだけど、それがなくなって別の髪型になったっていいんだ。それがまた別の魅力になっているんだろ? というか、リボンが無いのに無理に三つ編みを作ろうとしないでさ、素材はいいんだから、少しだけイメチェンしても、君はすっごく可愛いんだよ?』

 

「別の魅力……私が可愛い?」

 

 

その言葉は何度も言われているのが、今一つ自信が持てなかった類のそれだが、だが、今はそのままの意味ではなくもっと抽象的な話なのであろう。

 

 

『その三つ編みは確かに、全銀河に誇れる素晴らしいものさ。でもね、リボンを外す勇気があれば、またきっと別の素晴らしいものが君には見つかる。それにココはエスコート役には困らないでしょ? ……って、さすがにヒントを出しすぎたかな?』

 

「もう、遠回しすぎですよ、タクトさん」

 

苦笑しながら髪をなでるココ。タクトは仰々しく声音を作ってから、口を開いた。

 

 

『ココ・ナッツミルク大佐! 本日をもって三つ編み文学少女流を免許皆伝とする!! ただいまを持ってその経験を活かし、ゆるふわ愛され女子でも、イケイケのギャル系でもいいから自分らしい魅力を磨き、次にオレに会った時にみせてくれよー』

 

「最後までそれっぽく決めてくださいよ」

 

『あ、本当にそろそろ時間が無くな』

 

 

そこでタクトの姿が消えて、ただの箱と一枚の紙と金属製の見慣れない部品だけが箱に残った。見慣れた締まらない笑顔のまま消えていったのに、ここまでその笑顔を頼もしく、そして対抗意識を覚えて見たのは初めてだった。

 

 

彼女はそっと手鏡を引き出しかけて、手を止める。やるなら徹底的にだ、道具一式を取りに私室へと彼女は足を向けたのであった。その瞳にはもう迷いなどなく、デスクに置かれた眼鏡とリボンに振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね、総員傾聴!!」

 

 

ブリッジに現れた彼女は柵から解き放たれたかのように髪を下ろして、眼鏡も外して、士官用の帽子を頭にのせている。今までの彼女の控えめで一歩引いたところにいる様なはかなげな印象はなく、百戦錬磨の冷静沈着な若手ながらベテランの女軍人といった出来る女の風格を漂わせている。

 

 

「よくお似合いです艦長、いえ、ナッツミルク司令官」

 

「ヴァルター中尉ありがとう、後で少し聞きたい話があるのだけど、後ろの娘が怖いから勘弁してあげるわ」

 

 

 

「オォ……これが! マイヤーズ准将が仰っていた可能性! マイヤーズ流の持つ人間の力」

 

 

珍しく無表情を崩して感嘆しているタピオ。彼からしてみれば驚くと同時に興味深く考察すべき出来事なのだが、先に来たものが驚きなのは彼が環境に影響されて来たからなのかもしれない。

 

 

「カー中佐、訂正して頂戴、これからはタクトさんから習って、私が昇華したやり方ナッツミルク流でいくから」

 

「畏まりました! 自分の事は是非タピオとお呼びください」

 

「わかったわ、カー中佐。まずは当艦の方針を発表するわよ!」

 

 

 

ラクレットを除いたルーンエンジェル隊の面々は、がらりと印象を変えた彼女に驚きつつも、大切な仲間が高みへと至った喜びと、人誑しでもあるタクトとはまた別口だが、溢れんばかりのカリスマと言うべき魅力を彼女から感じ取っていた。

気まぐれな自然が時々見せる雄々しき力強さとは別な、緻密な計算とそれをあえて外す大胆な芸術作品、そのどちらも魅力的なのだから。

 

 

「ほら? カズヤ、言った通りだろ? と言っても、僕も此処までとは思わなかったけど」

 

「うん、すごい、良くわからないけど勝てる気がしてきた」

 

「はい! 今のココさんなら、私たちももっと頑張れますね!」

 

「ああ! やる気が漲ってきたぜ!!」

 

「なのだ!」

 

「これならOKだ! 全ての障害を切り払える!」

 

 

 

暗雲が晴れたかのように、希望の光が差し込んできて、すぐにテンションを上げていく彼女たち。この人の下で戦えば勝てる。錯覚に近いが上に立つものには必要な要素をココは今全身から感じさせている。エンジェルたちは自然と戦意を高めていくのであった。

そんな中テキーラだけは、タピオの中に自分の恋人と同じ属性がありそうなことを感じ取ってあきれ顔だったのだが、完全に余談であろう。

 

 

 

 

かくして、ルクシオールは一丸となって進路をアジートへと向ける。

待ち受ける敵など鎧袖一触だと、最高に高い士気と、9機という過去最大の艦載機を載せて。

 

 

 

 

 

 

 




このカリスマ美女新米艦長だけど、腐ってる設定は何処に行ったんだろう……


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第7話 最終形態一歩前

お久しぶりです。


「カルバドゥス様。斥候部隊が『ルクシオール』を確認しました」

 

「ほう、臆さず来たようだな。そこだけは評価できるな!」

 

 

艦のブリッジの中央に腰かけた大男は豪快に笑いながら、幾ばくか先に迫った戦いへと思いをはせる。

彼が待ち受けている『ルクシオール』とやらはたった1隻で短期間の航行で多大な功績を上げた艦らしいが、護衛すらつけずに航行している孤立した艦だ

獲物が自ら懐に飛び込んでくるという状況に笑みすら浮かんでくる。

 

 

「部隊は映像を送信後通信途絶。亜光速実体弾による狙撃と見られます」

 

「少しはやるようだ。だが、あまりにも無策だ! この剛腕を打ち倒すのにたった一隻で向かってくるしかないのだからな。最も、策で来ようと捻りつぶすだけだがな!」

 

 

もしこの会話をEDEN軍ないしUPW軍の上層部が聞いていたら3つのことを指摘していたであろう。

1つ、一隻なのは、それで十分だからであるのと、そちら側の制限によるものである

1つ、どういった根拠で捻り潰す事ができるのかご高説願いたい

そして1つ。なぜあなたは勝ちに行こうとして旗艦に乗ってしまったのですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、ココさん……じゃなかった司令官の作戦通り動きますか」

 

 

 

最後のドライブアウトポイントから巡航速度でならば1時間ほどで指定された宙域にはつくのだが、ラクレット・ヴァルターはすでにESVに搭乗して出撃していた。

用意された作戦はここまで嬉しくなるほどはないほど『困難』なものであった。やる気に満ち溢れているラクレットはセンサー越しに見えてきた豆粒ほどの敵影を睥睨しながら、愛機を加速させていく。

 

「楽しくって仕方がない、ああ、ココ艦長あなたは女神だ!!」

 

 

なにせ彼に与えられた任務は単純。

単騎特攻後、限界まで敵を圧倒し続けよ

有り体に言って孤軍奮闘後自決せよに類するものなのだが、二人の信頼関係がその意味をなくしていた。

 

要するに、一人で全部倒してきちゃって。

 

と言われてしまったのである。その時点でラクレットの脳裏には、いくつか彼女の作戦の概要が浮かんだのだが一切追求せずに、自分の欲望の赴くままに最敬礼した。なにせここまで自分好みのオーダーなんてそうそう来ないのだから。

 

その後も幾つか彼女は指示をテキパキと出した後に状況が開始されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各員傾聴」

 

場所は戻ってルクシオールブリッジ。静かなそれでいて雄弁な、鈴の音色のような声が響き渡る。その間もオペレーターたちは一切手を止めないが、耳は限界まで傾けている。

 

 

「これが、本当の意味での私の初陣。百点満点の結果は絶対出せないわ」

 

ココは迷わずにそう言い切る。それは彼女の本心であった。反省点などいくつもこの後現れてくるであろう自覚は有るのだから。

 

 

「でも絶対負けさせはしない。ついてきてくれたあなた達を後悔させたりしないわ。勝って救って帰る。その為に出来ることすべてやる。それがこの艦の方針。だからみんな見て」

 

 

そこまで言って彼女は一呼吸置く

 

 

「EDEN軍が最後まで移籍を渋った、銀河最強のパイロットの活躍を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘の火蓋は極めて静かに切られた。カルバドゥス側が戦闘機の接近に気が付き、極めて儀礼的かつ自然に『旗艦から』入れようとした通信を、受信側が拒否したためである。

戦の前の名乗りを否定された彼は、所詮は蛮人、勇も無ければ粋もない外様の畜生よと、怒りと失望とともに攻撃を開始した。

無論彼とて愚かではない、例えば前方の機体が何かしらの超強力な爆発兵器であり、それを無人機で特攻させるという作戦。そういった可能性を考慮したが、クロノストリング反応こそ有るが有人機であり、アレを捨て駒にされた場合は全滅は免れないかものだが、近づかれる前に落とせば問題ない。一応シールドを展開しながら『一番最初に』後ろに下がり、『他の艦がそれに続いた』。

あとはもうただ目の前で敵が散るのを見守りながら、本命のルクシオールが来るのを待つだけだ。死兵となって斥候に来たが、何ら成果を得ることも出来ずに散っていく無様さを笑うだけだったのだ。

 

 

「カルバドゥス様、敵武装を展開……『砲身』のようなものがエネルギーをまといました」

 

「気にせず攻撃を続行しろ! だが周囲への警戒を怠るな! 本命がどこから来るかわからんからな!」

 

 

その言葉とともに、こちらの砲火の射程範囲へと斥候が入ってくる。それと同時に各武装の使用が自由化された20の前衛艦が攻撃を開始する。流星のような光、津波のような弾幕が瞬く間に敵機に集中していく。戦略MAP上の敵を示す青色の光点は直ぐ様消え去った。クロノストリングエンジンのエネルギーを探知しているレーダーから完全に見失われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エネルギーが一点集中した為の、一時的な発光及び拮抗現象によって。

 

 

「敵機未だ健在。『砲身』に纏ったエネルギーは強力なシールド効果がある模様! 観測数値によれば戦艦のシールドの4倍以上の出力が集中しています!」

 

「少しはやるようだ。そのまま続けてキルゾーンで沈めろ」

 

 

まるで光の濁流を押し返すかのように、ただただまっすぐ回避行動すら取らないで接近してくる敵機。しかし幾ら守れるとしてもその範囲にもエネルギーにも限度があるはずだ。単純なローテーションを組んだ攻撃で消耗させつつ。両側面と天頂と下弦に展開した艦によって腹を叩けば終わる。

 

 

そう、そこまでは信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テンションも十分溜めさせてもらった。そろそろ煩わしい攻撃を避けさせてもらおう」

 

 

ラクレットは、愛機の操縦桿を強く握りしめながら、頬を紅くしてそうつぶやいた。いや、紅いのは頬だけではない、彼の手の甲には血の入れ墨のような幾何学的な紋様が浮かび上がってきている。彼が本気の証左であり、EDEN人にもヴェレルの配下にもAbsolute人にも絶望を与えるであろう、Vチップへのアクセスを行っている事実を表している。

 

 

「反撃開始!」

 

 

刹那、彼は機体を天頂方向に向けると比喩ではなく、光の速さで敵へと駆けた。通常空間と重なるように存在するクロノスペース。そこを利用することによって艦や機体はクロノ・ドライヴを行うことが出来る。単体でクロノ・ドライヴが可能な基本的に紋章機でも撤退かつ、安全な航路でしか行わない。

彼はそれを敵陣に奇襲中に使った。ただそれだけだ。勿論トリックはある。エネルギー出力を上昇し安定させる必要が有るために本当に短時間のみしか使用できない。物質にぶつかれば核融合反応すら起こしうるクロノ・ドライヴを、彼が戦闘中に可能にしたのは彼のESP能力による未来予知による、擬似的な航路計算である。擬似的に感覚が数瞬ずれる程度だが、数瞬ずれた先に生き残っている自身を観測したのである。

彼が落としきった錆、それは自身の観測する未来と今の距離の定量化である。彼は不安定な未来予知のタイミングを限りなく今に近づけた点に固定し続けることを、戦闘中可能にしたのである。

 

これはミントのESPにより自身に寄生する植物との同調率を上昇し、擬似的にテレパスを強化しレーダーの性能を上げていることをヒントにした。H.A.L.Oシステムと同調している自身のESPの強化である。

 

さらに、紋章機搭乗者の中で彼のみがアクティヴな入力操作ではなく、超短時間でVチップに予め発動時間を指示するパッシブな操作が出来るという点。コレが非常に大きい。コレによって人が認識できない刹那より短い時間においての精密な操作を先行で入力できるのだ。あたかもフレーム毎に望むような入力ができるゲームのツールの様な動きだ。そしてそのクロノ・ドライヴの開始とドライヴアウトの入力間隔こそが自分の予知で見る世界と現実の差なのである。

 

ムーンエンジェル隊とルーンエンジェル隊の本気でのシミュレーションにおいて、彼が荒削りながらも行った、この極めて限定的なワープに等しい行動。ミルフィーが「えー、ずるい」とぼやき。ランファをして反則と言わしめたのだが、それは別の話だ。連発できるわけではないとすぐさま見破り、逆手に取ってミントが打ち取ったのだが、二度と相手したくないと言わしめた狂気の技である。

 

 

激しい頭痛が後遺症のように彼を襲うがその程度など、何時ものことだと言わんばかりに、目の前の自分が先程まで居たであろう場所を未だに打ち続けている艦へと右の剣を振り下ろす。1隻目をバターのように抵抗なく切り抜く直前、両刃剣を分離し敵艦を、2つの敵艦だった何かに変えて、その合間を進む。

速く疾くと焦る気持ちを氷のように冷えた頭で押さえつけ、敵集団の合間を蹂躙しつつ進む。草食動物の群れの中を征く生態系の王者の如く、すれ違いざまにふと思い立ったというような動作で、剣から伸びるエネルギーで無力化していく。

 

凡そドライヴ・アウトから7秒で天頂方向に配置された5隻を鉄屑に変えた。そんな冗談のような現実を未だに敵が認識できていないことを、眼下でまだ続く砲火の雨霰で認識しつつ。この戦闘中のドライヴは地形的にもう出来ないと割り切り。奇襲から強襲へと思考ルーチンを切り替える。被ダメージ与ダメージから鑑みて、そろそろテンションがあぶれるので疑似特殊兵装の使用を判断。

 

 

「Back to basics だ。コネクティド・ウィル!!」

 

感覚として急降下を敢行し、敵の前衛を交わして、本体と思わしき集団に接近を開始する。先程会敵した時に動き出しの起点となっていた艦。それが旗艦だと推定して行動指針が決められたのである。通信元こそジャミングが掛けられていた上に、敵艦の造形が同一であるという最低限の対策は行われていたが、旗艦絶対殺すマン事、旗艦殺しのラクレット・ヴァルターは標的にすべき存在を明確に導き出すことに成功していたのだ。

 

強襲をかけつつ、射程の非常に短い武装を使用する準備を行う。流石に敵も急転直下の状況についてこれていないが、回避されたこと、一部隊が壊滅しながらも、敵機健在で本丸に強襲中ということを認識したらしい。

何が起こっている!! どういうことだ!! そんな怒声と罵声を想像して少しだけ背筋を甘く痺れさせながら、彼は到底届かない距離で剣を振るった。4本が1振りの剣となり、凄まじいエネルギーが集中しているそれをだ。

 

彼の剣が動き出したのとほぼ同時に敵の光学兵器が自動照準により補足したのか攻撃が集中する。

そしてまるで予定調和のように吸い込まれていく青白い光を、暗く紅くまるで血液の様な人を不安にさせる光が打ち払う。そう、ESVの擬似的な特殊兵装だ。他の紋章機のような奇跡のような現象はない。事実上特殊兵装は存在しないという結論になったこの機体。ただただ莫大なエネルギーがあれば再現できてしまうそれなのだが、逆説的に言えば彼の思う様な性質を持った剣を作り出す。そういった運用こそがこのEternity Sword Variableの特殊兵装だとも言える。

 

 

1本にまとめあげられた強大な剣こそが、最高の『防御』だと言わんばかりに、縦横無尽に振り払いながら、逆方向に軌跡を描く彗星の如く敵の心臓部へとたどり着く。この時点での彼のキルスコアはたったの11。前述の5隻及びこの本陣集団に接触する際に行き掛けの駄賃と言わんばかりに切り裂いた6艦だけである。しかしその11隻と言うのは敵集団の2割強の戦力であり、一般的な皇国軍人を母体とするEDEN軍において、戦闘機により、重巡洋艦を11隻撃沈と言うのは、生涯撃沈艦数として見ても破格どころか超一流であり、孫にすら誇れるものである。

しかし、彼の輝かしすぎる戦績においては1頁どころか1行で乗るかすら怪しいのだから凄まじいのである。そしてそんな存在が敵軍に存在する場合、軍の上層部はどうするか。簡単だ。

 

 

「単騎で駆けて強襲に成功し全滅一歩手前の戦果、こんな馬鹿なことがあり得るか!!!」

 

 

そんな存在を認めない。それだけだ。そんなものが存在してはいけないのだ。オープンチャンネルをブロックしているラクレットはその言葉を聞くこともなかったが。眉一つ動かさずに自身を取り囲んでいる有象無象の処理に入りながらも、艦の雑木林である此処より、少し先の広場とも言える空域にいる伐採対象の大樹(旗艦)へと進み続ける。

 

しかし敵も決死だ。いや必死というべきか。本能的に彼の弱点をついている。彼のESVの剣の射程である5kmというあまりにも短いその距離。その間隔で艦を並べ攻撃を当てることを重視せずにただただばらまいたのである。

ESVは対艦戦闘に関しては無類の強さを誇る。高い機動性と回避性能から成立する強襲の成功率。シールドをほぼ貫通できる凄まじい収束率のエネルギー兵器と実体兵器。燃費と継戦能力に関しても悪いものではない。

しかし対艦『隊』戦闘に関しては実のところ不得手とも言える。一隻しかその武装で補足出来ない以上殲滅効率が悪いのだ。密集してくれれば擬似特殊兵装で薙ぎ払えるが、そんなことをしなくとも通常攻撃で牽制やら攻撃等ができる他の紋章機のほうがずっと有用だ。

 

故に同時に攻撃されない範囲で密集陣を組み、かつすり抜かれないような攻撃密度を展開してしまえば、ラクレットは多少の消耗を覚悟して突破するか、虱潰しに削るかの2択を強いられるのだ。

 

湯水の如く弾薬と艦隊が消えていくのを見ながらも、ようやく場外乱闘上等のチャンピオンをリングにあげてロープで囲んだステージに立たせて安堵したのか、カルバドゥスは状況を見直す。このままでは押し切られてしまうやも知れぬ。凄まじいことに敵のシールドの減りは遅々として進まず、こちらの被害速度は矢の如しだ。しかしこちらの損耗率よりは敵シールドの減衰率が高いことを知れたのは彼の精神安定に大きな貢献を果たした。

 

「前衛及び周囲に展開する艦をこちらに戻すのだ!!」

 

本陣へと飛び込んできた敵を強襲するために彼は放射状に展開させていた艦隊を『反転』させて、攻勢に転じた。

 

 

 

それが最後の歯車が嵌まった音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーンエンジェル隊! 出撃!!」

 

────了解!!

 

 

限界までステルス性能を上げ接近していたルクシオールから残った天使たちが羽ばたいて行くその様は味方からすれば天の軍勢であり、カルバドゥスから見れば死神の列であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、うんすごいね、リコ。あのワープ、シミュレーターのバグだと思ってたけど」

 

「はい。まさか実機で出来るなんて。ちょっと言葉が出ないというか」

 

「やりすぎだろ、アイツ、いや絶対」

 

「NEUEを平行世界を支配するEDEN軍。味方で良かった。コレに挑もうとするのは絶対にNGだ」

 

「全くよ。アタシも流石にアイツが此処までとは思ってなかったわよ」

 

「でもラクトは言ってたのだ。この程度の敵は一人で十分なのだって」

 

「なのだは言っていたなかったが……成る程これが教官の本気の対艦戦闘か」

 

 

飛び立っていく天使たちは自分達が追いかけている一等星への道筋の険しさを強く感じ取っていた。半年間走り続けて少しは近づいたと思ったのだが、まさかの星までの案内人にして道標であったラクレットの先導が此処まで苛烈なものだとは思わなかったのである。

 

 

「兎も角、敵は背中を見せている! ナノナノとリコとボク達で前衛に突っ込む。ロゼルはアニスと下弦方向の殲滅、終わり次第掃討戦に突入。リリィさんはボク達とナノナノの援護射撃、テキーラはリリィさんの護衛! 」

 

「了解なのだ! 」

 

「おう、任せとけ!」

 

 

それでも彼女たちは走り続けていくしかないのだ。エンジェル隊というネームに押しつぶされないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ラクレット君は相変わらずやりすぎねぇ。もうちょっと地味にしてほしかったけど」

 

「如何なさいましたか? 艦長」

 

「なんでもないわ、総員警戒を続けて」

 

 

思惑通りでは有るが、予想以上のそれに困惑している艦長がいたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱い、ぬるい。運用がなっていない。だが、艦の性能だけは妙に高いな」

 

 

場所は戻って最前線。敵集団をちぎっては投げ、と言わんばかりにスクラップに変えていくラクレット。しかし、彼が口に出したとおり、敵の基本的な陣用は所詮一流未満止まりだった。基本に忠実であり、凡庸な攻め手。崩されれば粘りもなく脆いそんな陣形と動きだったが、艦のスペックが高いせいか、殲滅効率が予想より低いのだ。

きな臭いものを感じるのだが、この戦場レベルで出来ることではない。5年前ならば自分で考えず上に投げればよかった問題であるが、今は立派な首脳陣の末席である故に、この戦闘が終われば協議する必要があると考えると頭が重い。主に恋人との時間が削られるという意味で。

 

 

 

「このままだと、逃げられるか、仕方ないがな」

 

 

流石に彼も文字通り全滅させるのは、シミュレーターでエネルギー無限設定でもなければ無理だ。強襲とは即ち、ある種の勢いというエネルギーを戦況と言うものに変換させる行為である。位置エネルギーと運動エネルギーの関係のように時間とともに移り変わっていき覆されるのだ。壊滅的な被害を与えて手足をずたずたに切り裂いて半身不随にしても、脳だけは無事に逃げ延びられてしまう程度の余裕を残してしまう。

 

最初から敵の撤退は見越していたものである。仮に彼が狙撃特化の英雄であればまた話は違ったのであろうが、性質として真逆。寄って切る。それしか出来ないのだから。敵を前に布陣させるように誘導する策や、敵艦隊が壁として利用しているアステロイド宙域を逆落しが如く突っ切り乗り込んだのならば話は別だが、今回の主目的はそこではない。

ラクレットはまだ気づいていないが、ココはあの嫌らしい(褒め言葉)タクトの愛弟子である。タクトは人の心理の空白や隙を狙った策よりも、意図的にそれを作り出させる策を好んでいた。ヴァル・ファスク戦役後期などの、自身の手腕が警戒されていることを前提とした、思惑を逆手に取ると言ったそれだ。ココはそれを此度の戦いで擬似的に再現しようとしたのだ。

 

まだ情報は少ないが、形式張った戦いの場を用意している風習と、すでに首根っこを押さえられている状況。そういったものから敵が何かしらの狩りのような動きをしているのではないか。彼女はそう感じ取った。何よりもこちらの最新鋭の技術支援を受けていないにも関わらずこちらのよりも射程の長い戦艦を用いている敵など、背後に何かありますと言っているようなものだ。エオニア然り、レゾム然り、フォルテ然りだ。

 

ルクシオールを1隻とエンジェル隊を指定している以上こちらの情報をある程度掴んでいることは確実であろうが、かつてのカースマルツゥのように対策取った陣容ではなく砲戦主体の艦隊で構えていることがロゼルにより分かった。

つまりこちらは強いと認めているが、どれ程かをわかっていない。多少性能が高い艦『程度』で押し切れると侮っているのだ。その認識も1戦すれば拭われてしまう。三公爵のうち一人が我々と名乗り決闘を仕掛けてきたのならば、権力争いのゲームとでも見るべきだ。今後のことを考えると布石を用意したい。

つまりだ、この艦の最大の脅威を敵に意識させたのだ。今後敵はルクシオールのエンジェル隊を相手にするのではなく、ラクレット・ヴァルターの駆るESVとルクシオールを相手にしなければならないと認識させるのだ。不安になり土俵を変えようとすればそれで上々、そうでなくとも今後は彼を見せないだけで周囲全方位に過剰に警戒をする羽目となる。

先のヴェレルとの戦いでは手札でも場でもなくポケットに仕込んであったのが強みであった。今回は山札か手札に眠っているかもしれないという状況が彼女の強みと動く。それがココが一先ず打ちたかった布石なのだ。

 

 

「顔を真っ赤にして捨て台詞とか吐いてくれてると嬉しいのだが」

 

 

追加としてなのか、彼は今回オープンチャンネルに繋がらないようプロテクションがかけてある。故に彼は敵の顔も通信も見えず聞けず、敵も同じなのだ。ココ・ナッツミルク艦長はそのオーダーの際にニコニコと笑みを浮かべていたので後で効果を考察しようと心に誓うのだが、その合間にも敵の置き土産となりつつ有る艦隊を撃破。旗艦へと向かう。

すでにクロノ・ドライブでの撤退態勢に入っているのか迎撃は散発的だ。急げば仕留められるか?と頭に欲がちらついてくる。

 

 

「お疲れ様、ラクレット君。敵の戦意喪失を確認したわ。追撃はいいから宙域の状況を終了させて」

 

「了解です……と言いたいですが、一度補給を要請します。復路を考えると戦闘行動は若干厳しくなります」

 

「許可するわ。既に他の隊員達が仕事を取られないように躍起になっているもの」

 

 

それを見越したかのようなタイミングでの通信に彼は冷静さを取り戻す。一人で全部やっつけちゃって良いと言われたが、大事なのはこの戦場での勝利であり、敵の殺害ではない。紅く光る紋様を鎮めつつ、彼は冷静に分析しつつ応対した。

 

「久々にやんちゃした感想はどうかしら?」

 

「ココさん……いえ、艦長も人が悪い。聞かなくても分かっていらっしゃるのでしょう?」

 

「あら、ごめんなさい。貴方が予想以上に暴れてくれたお陰で、敵の撤退が思ったより早いの。データが不足するかもしれないから、機嫌が悪いのかもしれないわ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極ですよ」

 

 

軽口での会話をご所望だと判断したラクレットは、戦闘中はよく回る口でそう返す。その会話を聞いたクルー達は彼女の思惑通り、映画のような歴戦の古強者の余裕のやり取りで尊敬と安心で心の中を満たした。微妙な表情の変化をブリッジから見える艦内各所のモニターを通してみたココは、成る程と一人納得する。タクトさんの軽口やレスター補佐官との馬鹿なやり取りもあの空気を作る上では大事な儀式でもあったのだと。大一番のしかも事実上の初陣にしては、実のところ手探りで色々やろうぜの精神で試行錯誤している彼女だった。顔に出さないのは流石だといえるが、それも仕方ないと。なにせこの艦で彼女以上経験のあるスタッフがいないのだから、いま会話している相手を除いて。精神的な支柱のような存在に彼女はなる必要があるのだから、弱みを見せることは出来ない。

 

 

「ルーンエンジェル隊の各員はそのままカズヤ君の指揮で敵艦隊の無力化をお願いね。慰労会の準備を勧めておくから、頑張って頂戴」

 

────了解!!

 

 

 

悲壮感はないし、焦りもない。だが、どことなく寂しげな彼女の横顔を一人の目の細い男性が眺めていたことに彼女が気づくことは終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この操作ログ……やはり真似できるものではない……か」

 

 

戦闘と事後処理さらに、その後の慰労会という名のお茶会も終わった激動の日の深夜。艦内の照明は控えめにされており、今は夜であると自己主張している中、シミュレータールームで座先に座ってウィンドウに流れる文字を高速で目で追う青年の姿があった。

 

たしかに勤勉であるが、出撃を終えたパイロットとしては減点されかねない行為である。それを自覚しながらも彼はその彼の至上目的の為に止まれなかった。

濃密な文字と数字の羅列を前に眼精疲労の症状が出てくるものの彼は眼と手の動きを止めることはなかった。

 

 

「流石にこの瞬間ドライブ(仮称)は再現できない、人間には不可能。わかっていたことだけどね」

 

 

そう漏らす声の音には悔しさと無力さが篭っていたが、彼の表情は悲観的ではなかった。なにせ、そこを除けば今の彼────ロゼル・マティウスにとっては実現不可能な動きではないからだ。勿論容易くはない上に、機体特性差から再現する必要性もないであろう。しかし、そう彼にとっての師匠であるラクレットのESVの動きをほぼ完璧にトレースするだけならば、それならば自信を持って言える。

 

「でも、僕ならばそれ以外なら『もっと上手く』できる」

 

ロゼルはそう言い切った。言ってからそこまで言ってしまった自分に苦笑してしまう。しかしながら、それは事実であった。事実としてロゼルの『操縦技術は』ラクレットを上回っている。攻撃や先読み、直感に経験。そういった総合的な戦闘能力ではまだ及ばないものの、ロゼルはラクレットの操縦技術に関しては全て吸収したと言っても過言ではなかった。理由は単純に彼にはESPによる未来予知がない。それだけだ。

 

ラクレットの操縦技術は今のロゼルから見れば最善手を打ち続けているようには見えない。だが『場当たり的に』全ての勝負に勝ち続けているから強いのだ。未来予知によって見える光景を頼りにしている。逆にロゼルはその最善手を打たなければ負けてしまう。だからこそ彼は磨き上げたのだ寸分狂わず自分の思い通りに動かせるように。その思いと言う名の戦闘の流れを構築する能力ではまだ負けているが、少なくとも自分の手足以上に操れなかれば、そこで負けている相手と戦えないのだ。弱兵でも神速の運用が成せれば、強兵を破ることも有る。そんな考えが彼の心根にあった。

 

ロゼルは知らないが、ラクレットもこのことは把握している。Vチップを用いたエネルギー制御と未来予知という反則じみたESP、その優位性がなければ自分の最強という立場は怪しいものだ。しかしラクレットはその事実を飲み込んだ上で、自分の力としてそれを使っている。彼自身全エンジェル隊で最も上手に機体を操っていると尋ねれば自分の名前ではなく、ロゼルかランファ、もしくは機体特性上ミント、ある意味でのミルフィーユを挙げるであろう。(では最強は? と聞かれればノータイムでこの僕だ! と答えるが)

 

 

「まぁ、結局のところ強くなければ、勝てなければ何の意味もないのだけどね」

 

 

真理である、そしてそれこそがこの場に今彼がいる理由であった。

彼の心のなかで2年以上燃え続けている決意にして道標にして、彼は決して認めないが呪いだった。

 

 

「ビアンカ見ていてくれ、今度は僕の番……そうなんだろ?」

 

 

どこまでも貪欲に、操作と操作の合間にある微妙な間すら、意図を考察する。気の遠くなるようでいて、どこまでも遠回りに見える近道。それを彼はただひたすらにこなしていた。

 

 




色々あって遅れました。
言い訳は別のところに書くとします。
のんびり再開です。
何度も言ってますが
私のGA愛は不滅なので作者死亡以外の理由では絶対エタりません。
気長にお待ちいただけると幸いです。


こんなになっちまった主人公ですが
まだ強化(成長に非ず)の余地があります。


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第8話 賽は投げられた

たぶん原作やってる人が あっ(察し ってなります。
だから原作

GALAXY ANGEL II 無限回廊の鍵 (対応ハード PlayStation 2)

をやろう!
でもそれだけじゃ楽しめないから

GALAXY ANGEL II 絶対領域の扉 (対応ハード PlayStation 2)

もやろう!

え? まだわからない? それなら

GALAXY ANGEL (Win,PS2,XBox)

からやろう!!

こんなSSを読むよりずっと有意義だよ!!
ゲームが終わった後のあの読了感で一杯の時
持て余した感情でこのSSをを読んでくれると嬉しいよ!!




「情けない負け方、だが脳細胞まで筋肉でできているやつにはふさわしい最後であった」

 

 

自信の白く長いあごひげと、肩から首にかけて巻き付いている白い大蛇。それらをなでながら老人────ベネディクタイン・パイクは思案する。彼は最後と言ったが、カルバドゥスは死んだわけではなく撤退し、先程の定例会議で、悔しそうな表情で手番をこちらに移すことに合意してきた。

元々そういった取り決めではあったのだが、悔しそうな表情と大言を吐いた手前、恥じ入っているのか普段とはうって変わって弱々しい姿に、溜飲が下がったものだ。

 

 

「さて、陣地の完成度はどの程度だ?」

 

「ハッ! 現在73%程の進行具合でございます。明日の本星標準時1130には終了する予定であります!」

 

「順調のようだな、あの筋肉の塊は理解していないようだが、戦とは兵が会敵した時には既に決まっているのだ。戦の前の軍議程度が戦略レベルになる野蛮人には到底理解できまいがな」

 

 

ベネディクタインの担当宙域はピコ。マジークやセルダールほどの開発が進んでいないために、本星近郊においても宇宙港や主要衛星までの経路以外には、前文明時代のデブリなどが多く存在し、レーダーにおける死角も多々ある。それでいて、大軍が着陣できる程度の整備され他宇宙港近郊と非常に守りやすい星系だ。

 

ただただ有利な陣地がありそうだから。という理由だけでなく、彼は星系一体に機動機雷を莫大な数用意し配置させているのだ。その分『与えられたリソース』の分配を割いた為に、艦の数は15隻と小さくまとまっているが、戦艦35隻分を作る資源や資金をコストパフォーマンスに最も優れると名高い機動機雷に費やせば星系を丸々覆うことすら可能なのだ。

 

 

「不利な状況にいる相手に、戦いの場を用意するということは、救いを与えているのではない、その場にその時に来る選択肢以外を破棄させているのだ」

 

 

たった1隻。本拠地を抑えられて孤立無援。しかし強兵。そのような戦力と相対するならば、絶対にゲリラ戦をさせてはならない。補給路への護衛のコストなど考えるべき点が多く出てくる。しかし、時間と日時を大まかに指定した決戦を受けると、こちらが言えば相手は応じざるを得ないし、死中に活有りと飛び込んでくるであろう。そのほうが処理としてはよっぽど安上がりかつ楽なのだ。

 

 

「まぁ、あの筋肉は偵察部隊として考えれば最低限の仕事をしたといえるか。あの『馬鹿げた戦闘機』へ無策で挑んでいたならばと思うとな」

 

 

当初の予定では間隔を開け、配置する予定だった機動機雷。クロノストリング由来の熱源を追尾し一定距離で爆発するだけの簡単な機構のそれ。それの配置位置を見直し、密度を上げることにしたのだ。それは彼が当然のように自分の配下をカルバドゥスの下に送り込み、情報と映像を流させたからである。このゲームの手番を決める前から、筋肉が先鋒を望むことは想定していたために予め動かしていたのだ。もう一人のジュニエヴルが2番手を取るか3番手を取るかが問題であったが、功に焦っている素振りを見せることで、2人目のカルバドゥスとでも見られるようにしたのだ。既に情報は集まった。このゲームに3番手はいらないのである。

 

彼が集めた方法で想定したのは、敵がすり抜けてくるリスク、さらに簡単に破壊されるであろう可能性。それらに対して、機雷を1つ破壊すれば、他が誘爆する様に配置することにより、こちら側のレーダー性能も阻害されてしまっている宙域においても、素早く発見することが可能である。

それだけで仕留められずとも、時間を稼ぐことが出来る。稼いだ時間で無数の機動機雷をアクティブな操作で集結させ続け、敵勢力の足を止める。後は対空使用の艦達で各個撃破。非常にシンプルだが、少なくとも砲戦カスタムの戦艦50隻よりも何倍も手強い陣容だった。

 

 

「さあ、明後日の決戦に臆せず来れるかな、ルクシオールよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんて事を考えているのかしらね?」

 

「ナッツミルク艦長、敵浮遊機雷の回収部隊が帰投しました」

 

「ありがとう、カー中佐」

 

「例には及びません、そして私のことはタピオと」

 

 

ルクシオールブリッジ、ココははるか先に存在するであろう、ピコの方面を見ながらそうつぶやいた。別段敵のことが見えていたわけでも監視しているわけでもないのだが、彼女がこう言えたのはわけがある。

 

「戦うだけが艦のしごとじゃないのよ」

 

情報を収集した、それだけである。

 

 

 

 

 

カルバドゥスを退けた後、ココは精神的に正式に艦長として着任したと言える。そんな彼女の最初の仕事はまさに大鉈を振るうといえるほどのものであった。それは彼女のマイヤーズ流とは別のナッツミルク流といえるスタイルを確立させる動きであった。

 

幾つか例を挙げるとすると、まず彼女が行ったのは、捕虜扱いで軟禁されていたナツメ・イザヨイ公女の亡命受け入れである。彼女は後ろにラクレットとカズヤを付き従え直接交渉に向かったのである。

ナツメはまだ幼い少女であるが、少なくともパトリオティズムに溢れている少女だった。自分が臣民からの税で生かされていることを自覚し、誇り高く可憐である公女の価値をおぼろげながらも理解している。

そんな彼女が先陣を切って戦いに行くこと自体は好ましくないが、それは決して功を求めてといったものではなく、自信の愛する臣民を虐げようとする、悪の逆賊EDENとNEUEを撃たんとせんからだった。

 

ココはこんこんと自分たちは悪ではない。と説得したのではない。ただ、聡明な公女を連れてルクシオールを視察しただけだ。一度だけこっそりマジークまで密偵のごとく潜入したことは有るが、非常に短い期間であり案内人もいなかったために、非常に他文明の風習に疎い彼女にNEUE文明人の生活を見せる。ココがしたことはそれだけだった。

何を見ても興味深そうに、それでいて子供のようにはしゃぎ、カズヤの『頭を蹴り』アレは何かと質問を投げかける。縦横1kmあるルクシオールを歩き回るとそれなりの距離だが、ラクレットの肩車で移動している以上終始元気よく楽しげであった。

そして見学ツアーを終えた後に、亡命するようにお願いしたのである。この戦いどちらがかっても市井の民草は苦しむ。和平の架け橋の『一つの手段』として貴方の力添えが必要であること。亡命した王族が仲裁とした停戦合意の例は多く有る、ナツメもそれを知識として知ってはいた。故に自分の国のために自分の国を売るという選択肢を取ったのだ。

彼女の亡命によって敵将の性格や文化などの多くが判明し、ココはその頭脳でそれを活かす方策を立てるのであった。やってることが、捕虜にお気に入りの異性を複数つけて娯楽施設を回るという、性別か年齢が違えば、だいぶ露骨なものであったが、彼女は一先ず頭の外にそれをおいた。

 

 

 

情報を得て一先ず指針が決まった彼女が次にしたこと。それは艦内の商業施設や娯楽施設への支援であった。単純に言うならば、値下げと割引である。食料品や娯楽品など物質的に限りがある物品などはともかく、データや音楽映像作品などはかなり極端に安くされた。サービスももちろんそうだ。

現状ルクシオールは客観的に見て絶望的な状況にある。勝利という麻酔で鈍っているが、一歩間違えれば総崩れしてもおかしくないのだ。軍人としての訓練を受けているものは多いが全てではない以上万全を期す必要性が有る。

幸いなことにスポンサーが部下にいたので、資金の提供をこちらに笑顔でお願いしたら、快く了承してくれたのは彼女の人徳というかなんというべきか。戦時であるので仕方ないのだがある意味で職権乱用とも言える。最もスポンサーがその手続きに追われる以外に嫌がる点が存在しなかったのが大きいか。

兎にも角にもルクシオールは豪華客船もかくやとばかりに、ほぼ無料で多くのサービスや娯楽施設が使えるようになったのである。少しでも士気が上がれば、人間辛いところで踏ん張れるのだ。その一歩の踏ん張りで稼いだ時間で、奇跡的に味方の増援が間に合ったことが何度も有る身としては、まったくもって無視できないファクターなのだ。

 

勿論、予防措置及び対症方法としてモルデン医師を筆頭としたメンタルケアスタッフに、定期的なカウンセリングを行うように指示もだしている。元々は長期航海からくるストレスへの対策として存在するチームでは有るのだが、一度戦闘を経験したこともあり、モルデンの部下達は自発的に兵士へのカウンセリングについて学んできていた事も功を奏した。

兎にも角にもクルーのメンタルケアに関しては、タクトよりも細やかな采配が目立った。ステレオタイプ的な価値観では有るが女性的なものの見方とも言える。それがナッツミルク流なのかもしれない。

 

 

 

 

 

そして、その指針が決まり新体制が回り始めた頃、全く面白みのない宣戦布告というよりも呼び出し要求がベネディクタインから届いた。ピコに1週間後に来い。そんな非常に簡素なものであった。その冷徹さ故に、ココは過去の経験から用意周到な罠が仕掛けられているタイプと判断。

 

アニスの昔の知り合いという、ジャンク屋やアウトローとも言える集団へと、停泊していた戦場跡の鉄屑と化した戦艦を売り払う対価として補給を受けた後に、ピコ方面からの最新の情報をその彼ら特有のネットワークで収集するように依頼したのだ。

 

正確な伝達ラインが確立されていれば、公的機関のほうが情報の入手は早い。コレは古今東西変わらない鉄則だ。しかしその伝達ラインがなくとも情報というのは様々な形で運ばれ伝わっていく。トレジャーハンターを自称していたアニスは、同業者やその亜種ないし副業家達の持つ極めて原始的だが、確かな信頼のおける価値ある情報の入手手段を知っていたのだ。勿論それは彼らのホームグラウンドであるこのアジート一帯だからこそ出来た手段であるのだが。

 

それによってピコ本星周囲に大量の機動機雷があるという情報を入手できたのである。この時点で幾つかの方策が彼女の中に浮かぶものの、決定打が欲しいために指定された日時よりも疾くつくようにピコへと急行したのである。

 

敵の索敵に入らない場所を導き出しそこに停泊すると、ジャンク屋から購入したばかりの型落ちした無人偵察機で敵の陣容を把握。ダメ押しのように、マジーク製の違法改造と思わしき魔法動力で動く小型艦で機動機雷の1つを誘導した後接収に成功し今に至る。

 

 

「非常に単純な作りのようですね。そうでなければあそこまでの量産はできませんか」

 

「そうね、ヒビキ君、シュリさん信管の位置はわかったかしら?」

 

「現在解析中です、少々お待ってください」

 

「わかったわ」

 

 

ルクシオールの前方で自身の尻尾を追いかける犬のように、くるくるゆっくりと回り続けている機動機雷。艦の優秀なレーダー及び解析装置により構造が瞬く間に丸裸にされていた。その情報によれば、単純に内部に搭載したエネルギーをショートさせて爆発させる、非常にシンプルな作りであることが判明した。しかもこのご時世に近接信管と識別信号を判明のための機材。そして不明艦に向かって行くだけのプログラムというお粗末な作りである。

 

「この作りであれば、信管部を破壊すれば爆発させずに無力化出来ます。この距離でしたらこの艦の電磁装備でも、1,2分で十分可能です」

 

「許可するわ、カー中佐」

 

「畏まりました。それと私のことは、是非タピオとお呼び下」

 

「ヒビキ君は、構造データを3D化してブリーフィングルームに送っておいて頂戴。シュリちゃんはそうね、ルーンエンジェル隊の呼び出しを」

 

 

「了解しました」「了解です」

 

「それじゃあ少し外すわ」

 

 

ココは信管を無力化するという言葉で少しひらめくものがあった。機動機雷と聞いていた時点で想定していた作戦、それをさらに補強できるものである。勿論それを行うとなると少々エンジェル隊への負担が大きくなるが、全力を尽くせるのならばそれをしたくなるのが人情というものだ。

 

 

「少しだけ嫌な予感がしないでもないけど、切れるカードは切らしてもらうわ」

 

 

 

 

 

ブリーフィングルームに例によって最後に入ったカズヤ。まず彼の目に入ったのはうにのような形をしたもののホログラムであった。

 

「シラナミ少尉、到着しました」

 

「了解よ、それじゃあみんな席について頂戴」

 

ニコリとした笑みを浮かべたままのココに促されて自然にリコの右隣に腰掛けるカズヤ。円卓状のテーブルの真ん中には先程のうにが投影されている。すぐに作戦会議が始まるのであろうと気を引き締める。

 

 

「さて、もうすぐ2人目の公爵との決闘だけれども、イザヨイ公女の情報提供と、回復したセルダールからの使者、二人の情報でおおよそ敵の規模などがわかってきたわ」

 

「本当ですか!」

 

 

明るいニュースにカズヤは思わずそう叫ぶ。他のメンバーの多くも似たように明るい表情を浮かべている。まだまだ希望は潰えていない、少なくとも彼らが諦めない限りは。

 

 

「まず今回の相手ベネディクタインは、相当に用心深いご老人のようよ。星系全部を覆うような数の浮遊機雷を設置して手ぐすね引いて待っているわ」

 

「はぁ!? 何だよそれ! そんなんしたら星系に入れるわけ……うわぁ、まじか」

 

「アニス?」

 

「カズヤ、不戦勝狙いをされてるのだ」

 

「ええ、二人の言うとおり、指定宙域に行くだけでもそれなりの被害は出てしまうわ。行けないことはないのだけれどね」

 

 

カズヤは左側に座るリコの顔を見て、そしてココの方へと向き直った。まだ絶望するところではないが、やはり状況は悪いようだと再認識したのである。

 

 

「逆に艦の数は少ないみたいね、精度の良い画像は手に入らなかったけれど、対空カスタムを施された艦が布陣から逆算して20隻弱てところよ」

 

 

ココのその言葉に反応するように、円卓の中心のディスプレイは、宙域の情報に切り替わる。ご丁寧に戦略マップまで表示されているのが、彼女の事前準備の入念さを表しているといえる。

 

 

「まとめると、質よりも密度を重視した布陣で外周を、逆に本陣は質を高めた編成で疲弊したこちらを打ち取る。非常に基本的な陣容ですね」

 

「ありがとう、ロゼル君。さて、正面から突っ込む以外の切り崩し策、私は2つほど思いついているのだけど、みんなからも聞いてみたいわ」

 

 

ロゼルの補足のようなそれを受けつつ、ココはそうルーンエンジェル隊へと尋ねた。彼女なりの意地悪であり、同時に思考を止めさせないためのモーションだった。

 

 

「え、えーと……囮を用意して牽引する……とかですか?」

 

「う、リコと被った。え、えっとその囮に超加速ブースターをつけるとっと良いかな」

 

「おい、カズヤずっこいぞ。そうだな、上からステルスで切り込めねーのか?」

 

「親分、この図は見やすくしてるだけで、ボールみたいにたくさん配置されてるのだぁ」

 

「そうよ、アジート。そうね、囮は囮でもすごい強いやつが、この辺には有るんじゃない?」

 

「そうか、マジョラムの言うとおり、この星系には周回軌道を取ってる防衛衛星があるはずだ。以前無効化したというそれが」

 

 

カズヤと女性陣がわいわい意見を出し合っている間に、ロゼルは今話題にのぼった防衛衛星達の中から決戦前後に敵の中枢を通過するものを検索している。ラクレットはふと嫌な予感を感じて顔をひきつらせる。

 

 

 

「テキーラさん正解よ。一流の魔女は軍略にも明るいのかしら?」

 

「フフ、最近寝物語に少しね……」

 

「へぇ……そうなの」

 

 

ココは全く右後ろに立っているラクレットの方を見ていないのに、若干のプレッシャーをかけながら、そう返した。正直此処まで早く悪寒が当たるとは思っていなかったが、しらを切るしかないので、表情を完全にコントール下において無表情を作る。

 

 

 

「さて、作戦の2本柱、1つは今みたいに衛星の防衛プログラムを起動させて送りつけることよ。敵の索敵範囲外に現在ありつつ、有効な場所に決戦時に居てくれる衛星はそんなに多くはないわ」

 

「ですが、工作可能な7つのうち、2つは確実に敵軍へ痛手を、最低限の対処を促せるという意味ではもう2つほど対象になるかと」

 

「ナノナノなら、衛星に行けばスイッチオン出来るのだぁ!」

 

「僕も、コンソールに触れるのならば、少しの事前勉強で出来るようにしてみせます」

 

「うんうん、そう言ってくれると思ったわ二人共」

 

 

ココは上手く話の方向を誘導しつつ、一旦まとめるために意見を交換しあっている周囲を軽く見てから咳払いをひとつ。それだけで瞬時に視線が彼女の方に集まるのは流石であり、既に歴戦のやり手艦長の風格があった。5年以上癖の強い面々に囲まれ続けた弊害なのかもしれない。

 

「今後の作戦の1つ目、それはピコ軌道上に点在するナノマシン研究所と、それに付随する防衛衛星の再起動。参加メンバーは、ナノナノちゃん、カズヤくん、アニスさんのA班とロゼル君、テキーラさん、リコちゃんのB班よ。担当するターゲットなどは後で発表するわ。ステルス性を高めての隠密行動かつ、最悪の場合の撤退を加味するとこれ以上は危険なの」

 

A班の編成は合体紋章機のファーストエイダーと足の早いレリックレイダーの2機であり、遠方の目的地へと素早く到達する編成だ。B班は逆に敵の識別距離ギリギリを行動するために操縦技能と探知に優れなおかつ戦闘能力も加味されている。特に疑問の残らないストレートな編成ではあった。

 

 

「えっと、それじゃあ残ったリリィさんとラクレットさんは?」

 

「それが2つ目の作戦よ、さっきまで出してた浮遊機雷の話に戻るのだけれど、これすごく単純な作りなの」

 

ココはそう言ってディスプレイの表示を、先程の機雷の拡大図に戻す。

 

「この部分を破壊すれば、一切爆発せずに無効化出来るの。そして感知範囲は50km程で、爆破半径もおおよそその程度、感知から爆破までには約7秒のタイムラグが有る。最も現代の火器兵器の破壊力的に誘爆させずに『撃ち抜くのは不可能』なのだけどね」

 

「えっと、まさかぁ……」

 

「残っているメンバーは……あっ……」

 

 

察しが良いカズヤとリコは仲良く同じことを口に出しつつ、残っている二人へと目を向けた。顔に表情というものを浮かべていないラクレットと、今にも鼻歌でも歌いだしそうなほど目を輝かせているリリィの二人だ。

 

 

「作戦その2、50cm精度の操作で機雷を無力化しながらの、正面からの本陣奇襲よ」

 

 

ココは作戦をタイムライン順で並べた表を画面に表示させて説明を開始した。

 

 

まずは、この後合体紋章機1機を含む5機が出撃、作戦行動を開始する。

作戦は研究所の防衛衛星を2つシステムを起動させるというものだ。可能であればタイマーなどで敵のど真ん中で再起動することが望ましいが、敵機雷の性能の低さと自動修復が可能な防衛衛星の性質上、そのままでも十分効果が発揮されるので、あくまで副案である。

明後日の開戦までには余裕があるが、主機の出力が制限される以上、往復8時間前後かかる任務で有るために、参加パイロットたちは帰還次第休息に入るように。

 

次に開戦の2時間前に、ESVの1機のみで出撃、指定宙域近くで待機。その後作戦開始30分前にルクシオールが指定宙域ギリギリに姿を表して戦意を表明。それと同時に衛星による撹乱が開始される。浮足立つ敵軍へと、出来た穴からルクシオールで強襲をかける。揺さぶりをかけたところで、潜行したESVによる本陣への強襲。

作戦の都合上、敵がどの脅威に対処を重く置くかによって、決め手となる戦力が変わってくるものの、重要なのは撹乱し混乱させることである。

 

 

「以上が今後の作戦展望よ、何か質問は?」

 

「えっと、イーグルゲイザーによる狙撃での機雷の無効化ではないのですか?」

 

「良い質問ね、リコちゃん。先程言ったとおり、いくら威力を落として正確な攻撃を当てても、亜光速実体弾では爆発を起こしてしまうわ。さらにラクレット君も流石にその精度のコントロールを戦闘しながら維持するのは難しいわ、だから分業するの」

 

「分業ですか?」

 

「ええ、機体の出力提供に1人、機動と機雷の無力化の操縦に1人よ」

 

 

ココの作戦、それはラクレットの膝の間にリリィが乗って戦うという、シンプルなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ、作戦だから、しかたないけれど、アタシとあの娘のテンション管理に関してはどうするつもりなのよ」

 

「ま、まぁ、テキーラ。ココさんも精一杯やってるんだし作戦だからさ」

 

「そうですよ、テキーラさん、作戦には必要なことです。カズヤさんがナノナノちゃんと合体するのも仕方ないことです。ね? カズヤさん?」

 

「え? あ、こっちも! ええと……」

 

作戦会議終了後、早速練習せねば! とシミュレータールームへと、ラクレットの腕を引っ張って走っていくリリィと、引きづられながら後できちんと話しをしたいと伝えて消えていくラクレットの二人を見送りながら、テキーラはそうボヤく。

それをフォローしようとしたら背後から刺されかけているカズヤと、なかなかに香ばしい、タクトがいたら青春してるねぇとでも言いそうな場面。それを見ながら、ココは苦笑して横にいるロゼルへと問いかける。

 

 

「こんな感じのチーム、ラクレット君の下の隊にいたロゼル君だと少しやり難いかしら?」

 

「そんな、とんでもない。いいチームじゃないですか」

 

 

ロゼルのその言葉に偽りはなかった。かつての教官とチームメイトなことはたしかにやりづらさを覚えないでもないが、それ以上に軍事的な観点から見て事実上銀河最強のチームから、個々の戦力として銀河最強のチーム。その両方を体験できているというのは彼にとって非常に価値のある財産になっていた。

 

 

「本当に学ぶべきことと、やるべきことが多い……」

 

 

ロゼルはそうつぶやいて、早速指定された航路の計算に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「OKだ! やはり生身とは違うが! この敵によって切る感覚! 私の経験が生きているぞ! 」

 

「それは重畳だ、だがな、あまり大きく動かないでもらえるとありがたい、いや本当に」

 

 

シミュレータールームの右から3番目の筐体の中、二人は体を密着させていた。もちろん指示された機雷の無効化のための訓練なのだが。

 

書き方を変えると、狭い個室、椅子は一つしかない中に男が一人と女が一人。程よく汗をかきながら、女は男の股の間ではしゃぎ回る。といったところである。

 

ラクレットは既に、リリィが鍛錬の必要が無いことを察していたが、それでもあえて何も言わなかった。それは決して、密着しているリリィの引き締まっている健康的な恵体の感触が名残惜しいからでもない。目の前で視界の大半を遮っている、短く切り添えられた青い髪から香るほのかな女性の汗の香りに抗えないからでもない。肩より下にある大きく実った果実が彼女の操縦のたびにリズミカルに震える様に見とれているわけでもない。断じてないのだ。そう言っておかないとあとが怖いからだ。

実際彼は自分のこの方面に関しての自信がなかったために、独自ルートで入手した一時的に性欲を減退させる薬を使用してから訓練に挑んでいる。なぜかというわけではないが、最近の彼のその辺の事情は人生で最も旺盛だったのだから。

 

さて、大義名分はともかく、本音として、リリィが喜んでいるその声音と表情が彼がこの訓練の中座を控えている一番大きな理由だった。彼女はエンジェルでは有るが、その前はセルダール王国の近衛隊隊長であった。それ故に祖国への帰属心が最も高い人物だ。騎士であるもの、その有り様が騎士なのである。

だからこそ、此度の件において、セルダールが制圧されており、ソルダム王の安否不明という報に彼女は非常に弱っていた。口数も少なく、空いた自分の時間は鍛錬とセルダールから命からがらたどり着いた使者への見舞いで過ごしているほどに。目に見えて彼女は沈んでいたのだ。

 

だからこそ、このようにはしゃいでいる彼女を見ると、どうにも水を指すことが出来ないのだ。

 

 

また、これも彼にとっては無意識的な理由であるのだが、彼女の操縦を学び取っているのだ。やはり本職というか、白兵戦ではともかく、剣の試合においては未だに雲泥の差がある。リリィからみて筋は悪くないという程度の彼の剣技は比較対象が悪すぎるのだ。技量だけならば地区大会優勝者とオリンピック3連覇位の差がある。

 

そんなリリィの方は流石にESVの持ち味である思念操作による四刀流は無理だが、普段の獲物である大剣1本はもちろん、二刀流まで素早く対応してみせた。

 

 

 

ヴェレルの乱よりも前、ルーンエンジェル隊が結成されてしばらく経過し、謎の男織旗楽人がルクシオールに着任して間もない頃。タクトは流石に暫定隊長であり、実質的な軍人としての経験もある彼女には謎の男織旗楽人の正体を開示していた。

見たものを経歴よりも信用する彼女であったが、謎の男織旗楽人の歩き方を見ただけで、大凡の力量を把握し、友好的に接してきたのは、強者が強者を知ると言ったところか。自己紹介の後最初に交わした言葉が「獲物は剣か?」だったのは、彼女の女性としては残念であることも察せられる。

 

 

「そうだ、だが厳密には剣を扱う機体だ」

 

 

そう返してしまったのが、謎の男織旗楽人の運の尽きだったのか、一瞬だけ呆けたように瞬きをした後、ものすごい勢いで「それはどういうことだ!! 」と詰め寄ってきたのだから。その後完全に人払いを済ませたシミュレーターで短時間だけエタニティソードを操った彼女は拗ねたかのように、タクトと謎の男織旗楽人にこういったのだ。

 

「嫌なわけではないが、なぜ私の機体は狙撃型なんだ……」

 

その時の自分に下賜された機体への誇りや感謝と、その相性に関する葛藤が大きく含まれていた。その時の彼女の表情は未だに彼の中に残っている印象的なものだった。

その後隙を見て、機体のシミュレーターでの操作や、実機への搭乗を試みるのは辟易したものの、どこかその件についても本気で止めきれないでいるほどには。

 

 

さて、そんな彼女が、大義名分とともにESVを試し乗りするチャンスを得たのだ。一応機体に対する浮気ではないのか? と尋ねたところ、この程度のことで私とイーグルゲイザーの固い絆が解けるはずがないであろう。と真顔で返されたのだ。

 

兎にも角にも、流石に実機を一人で動かすことは出来ないので、こうして相乗りなのだ。7号機においてのルシャーティ役を自分が、ヴァイン役をリリィが行うのだ。座席が一つしかないだけなのだ。理論武装は完璧なのだ。彼女の心情や背景的事情、作戦遂行への必要性、自分のスキルアップ、いいことづくめなのだ。

 

 

それなのに彼は冷や汗が止まらないのであった。

 

 

ああ、リリィは化粧をしないのか、香ってくる匂いが運動をしている女性の汗の匂いだな。成る程ロングの髪からの香りとショートの髪は頭皮からの匂いの差か? とか、脚や腕の筋肉の付き方がやはり違うのだな。柔らかさと力強さが良いバランスで、絞め落とされたくなるな。とか、それだけ大きいのは剣を扱うときに邪魔ではないのか? でも魔法も案外動くしNEUEテクノロジー三竦みは極めて行くとそこも極まっていくのか? じゃあナノナノも将来安泰だな。そんな疑問一つ一つが自分の処刑台への階段を一段一段と登りあげているような閉塞感と、少しばかりの(彼主観)幸福感を覚えさせるのだ。

 

リリィへとどうしても抱いてしまう成人男性としてのその持て余す感情が原因なのか、それを抱いてしまったことによる今後の彼女からの仕打ちに胸を躍らせているのか、それともその2つの吊り橋効果のような相乗的誤認効果なのか、全くわからなかった。

 

 

彼の割りとどうでも良い葛藤を横に、リリィは確実に2刀を自分の手足の延長線にしていくのであった。

 

「よし、もう一度最初からだ!」

 

「あ、ああ了解だ、だから振り向かなくて良い、満足するまで……いや規定時間まで続けてくれ」

 

「OKだ! 目標再設定! 難易度を実戦レベルにしてシステム再起動! 」

 

 

いい気分だ、ヴァルター中尉は優しいな。と高揚する彼女と、近くで見るとまつげ長いなこの娘と思う彼。一体どこで差がついたのかはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、なんかすごく不快な気分がしたわ」

 

「まぁまぁテキーラさん、作戦前でピリピリしてるだけですよ」

 

「り、リコの言うとおりだよ、ね、テキーラね?」

 

 

現在清掃中のカフェテリアではなく、営業中の食堂にて、ケーキと紅茶を前に3人は4人がけのテーブルでティータイムと洒落込んでいた。ある意味でココにいるメンバーとアニスは事前準備があまりないのだ。ロゼルはシステムに関する事前勉強、ナノナノも使用するナノマシンの補充及びメンテナンスと仕事はあるのだが、やることのメインが護衛であるメンバーは暇であった。

本来ならばテキーラもカルーアに戻ってしかるべきなのだが、微妙にイライラが収まらない彼女が二人を引き連れて、食堂に来ているのである。

 

 

「あんまり言いたくないのだけど、ナッツミルクはアイツをこき使い過ぎなのよ。いや、マイヤーズよりはマシなのだけど」

 

「仕方ないですよ、エルシオールからの古参の人で一番頼れるの、ラクレットさんですから」

 

「まぁ、確かに最近ブリッジかオフィスかコンビニに詰めっぱなしだったよね、ラクレットさん」

 

 

ココの大鉈は、やはり若干の歪みがあったのか、ラクレットがあまりにも便利だから、使いすぎてしまっていた。今まではラクレットが忙しくても誰も不満を産まなかったために、此処に来て初めて表面化してきた問題であるといえる。勤続5年で初めてプライベートが少ないことを不満にもつ人物が出来るのは早いのか遅いのか。

 

 

「アタシは兎も角、あの娘が最近寂しそうにしてるのをちゃんと気づかなきゃだめよね」

 

「そうですねぇ……ねぇカズヤさん!!」

 

「はい! その通りだと思います!」

 

 

何故か背筋が伸びるカズヤ、彼には一切やましいことはないのだが、条件反射でそうなってしまう。別の女性隊員とその場に応じて合体する以外、彼には一切の負い目はないのだが。そのカズヤの様子を見て溜飲が降りたのか、テキーラの唇が少しばかり釣り上がる。

 

 

「おーい、カズやんおる? おぉ! リコもおるやないか!」

 

「あれ? コロネどうしたの?」

 

 

そこに突然現れたのは、コロネ・シュークルート。短い金髪を頭の横で結わえた、そばかすと鼻の絆創膏がトレードマークの女性整備士である。若いながらも腕が良いクルーで整備班長のクロワ(通称おやっさん)とよく熱弁を交わしている(非常にマイルドな表現)スタッフだ。

 

そんな彼女が何かしらの用件を持って話しかけてきたのだ、十中八九機体に関することであろう。

 

 

「それがな、カズやんの機体、最近クロスキャリバーとばっかり合体してたやろ? ないとは思うんやけど、変な癖がついてないか確認して欲しかったんや」

 

「な、成る程……ね? リコほら!」

 

「はい! カズヤさん!」

 

「リコも同じで、合体前提の調整になってるかも知れねぇ! ってあのおっさんが言ってたから手が空いてたら連れてこいってな」

 

 

放送で呼ぶほどの用件ではない為に、休憩がてら食堂まで来ていたコロネが、二人に用件を伝えた形である。

 

 

「わかった、それじゃあテキーラまたあとで!」

 

「失礼します!」

 

 

二人は駆け足で食堂を後にする。ご丁寧に自分の食べていた食器類は完食した後、下げ口に持っていきながらである。

 

 

「あら、ふられちゃったわ」

 

「それなら、僕とお茶でもいかがですか? お嬢さん?」

 

 

二人を見送り、そう小さくつぶやいた彼女に新たな来客の影が見える。振り向けば先程と同じく、またもや短く切りそろえられた金髪。皮肉なことに女性であるコロネよりも、ふんわりとウェーブがきいている。

 

 

「マティウスじゃない。もう終わったの?」

 

 

そんな、ロゼルは紅茶ではなく、グリーンティと芋ようかんをトレーに乗せていた。彼は完全に一息つきに来た様子である。

 

 

「ああ、あのくらいなら……いや、実のところ似たようなシステムを以前学んだことがあってね」

 

 

数は少ないが、ピコ出身の者もいることを思い出し、自慢げに答えるのではなく、きちんと事実を伝えることにする。そういった細かい所が、彼の師匠と違って彼を貴公子然とした雰囲気の持ち主にしているのかもしれない。

 

「それで、何のようかしら?」

 

「暇を持て余したレディを、お茶に誘ったまでだよ」

 

「あら? 待ち人はいないけれど、どうしようかしら?」

 

 

肩をすくめてそう戯けるロゼル。それに合わせるように軽やかな声で返すテキーラ。こういった軽口の応酬は久しぶりだった。

 

 

「貴方のような美しい人が、一人でいることは、我々人類の損失だ……なんてどうですか?」

 

「60点てとこね、捻りがないわ」

 

「コレは有り難い、落第(F) は免れたようだ」

 

 

自然とそう返しながら、彼はテキーラの前に座った。そして手袋を外すと、慣れた手つきで楊枝を使い一口サイズに羊羹を切り分ける。そしてそれを口に運び、ほのかに湯気のたっているグリーンティーに手を伸ばして一息つく。

容姿とチョイスのミスマッチ具合に彼女は思わず吹き出してしまう。

 

 

「ちょっと、それ何よ。アンタの好みなの?」

 

「『尊敬する人の好きなものを見ていたら、それにつられて好きになってしまった。』ってところですかね?」

 

「へぇ……じゃあアイツ、アタシ達にあわせていたのかしら?」

 

「甘いものも刺激物もなんでも好きな人ですから、わかりませんね」

 

 

ロゼルは一息つくと、テキーラへと向き直り、柔らかい微笑を浮かべる。今まで何人の女の子をこれで落としてきたのかわからない、彼のデフォルトの表情である。

 

 

「それで、暇しているなら、この前の約束でも果たそうと思ってね」

 

「約束……ああ、アイツの話ね」

 

「僕としたことが、女性の前で別の男性の話をなんて、どうかとも思ったけれど、君が楽しめるならそれに越したこともないと思ってね」

 

「あら、楽しませてくれるのかしら?」

 

「お望みであれば、いくらでも? レディ」

 

 

楽しげにそう話をしている二人。言葉のキャッチボールは牽制球と変化球が乱れ飛ぶ変則的なものであったが、玄人好みなのか、いいバランスにまとまっていた。食堂の一角で美女と美少年卒業間近の二人が作り出しているドラマのような空間。それは独り身女性クルーの憧れの視線を集めるには十分出会った。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

キッチンで夕食の下拵えをしている、ランティが目撃して驚いているが些細な事であろう。

なにせ会話の内容は誰にも聞こえていなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告の方も含め心配ありがとうございます。
持病の方は、ぼちぼちという具合です。
よくはなっていないのですが、失明を免れる為の手術なので致し方なし
という具合です。


新キャラのように出てきたコロネちゃんですが
原作キャラです。作者の一押しですが 苦手な関西弁キャラです
ちょろっと扉の6話にも出てます。

技量と話のテンポの関係でクルーの多くが名前のみの出演になっていたりします。
一々描写していきたいけれど(特にステリーネとかめちゃくちゃオリ設定で掘り下げていきたい)
ルーン+ラクレット+ココ+タピオですら持て余し気味なので、大人しく話のフォーカスは
この辺にしておきます。

特に今回の話の運びで 色々察せたと思うので

何かわからない? 原作をやろう!


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第9話 蛇の巣を超えて

肉眼では見えない大きさでは有るが、無数に点在する機雷群。素早く飛来した場合、物理的接触による誘爆や、それによって足が止まったところに、追加で誘爆していく────という受動的な罠だ。規模の小ささゆえのステルス性やその在り方から、ピアノ線を筆頭するブービートラップのような、凶悪さが感じられる。

 

そんな物騒なものを惑星の周りに大量に設置した人物は、一体どんな心理状況であったのであろう。

 

 

「侯爵、ルクシオールの反応を確認しました。ご指示を」

 

「総員戦闘準備、周囲への警戒を欠かすな。特に振動波と熱探知を最大にしろ」

 

「了解しました」

 

 

少なくとも表面上は、一切普段と変わらない様子であった。ベネディクタイン・パイクは老獪という言葉が服を着て歩くような人物であり、この程度で狼狽を見せるような器ではなかった。既に戦闘開始時間が近づいているために、部下には少しばかり緊張しているものが見えるが、彼本人はいたって冷静であった。

 

 

「通信要請が来ています」

 

「繋げ」

 

「了解しました」

 

 

彼が集めた部下は事務的な受け答えを返すものが多い。静寂を好む彼らしい選択ではあったが、戦闘前の熱気とは無縁であった。

 

 

「どうも、こちらはルクシオールブリッジよ。10分前行動で到着してあげたわ」

 

「減らず口を」

 

「それで確認したいのだけど、貴方『達』を倒せばこちらの勝ちでいいのよね」

 

「……どうやら公女様はおしゃべりのようだな」

 

 

たった一言のやり取りで、彼は自分たちの情報が、ある程度流れていってしまっているのを感じ取れた。カルバドゥスならばこうは行かなかったであろう。彼の冷静さと聡明さはたしかに一流のものであり、少なくとも侮って良い存在ではない。

 

 

「あら? 何のことかしら」

 

「ふん、まぁよい……好きに足掻くのは自由だ。良い趣味だとは思わないがな」

 

 

そして、この会話のウィンドウに映る敵の女艦長が、ズーム気味なバストアップの映像であること、今の会話の間に少しばかり右肩が動いた事で、彼は何かしらのハンドシグナルを送ったことを察した。病的なまでの観察眼である。

 

 

そしてそれは事実であった。この瞬間からルクシオールの作戦は始まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「反応確認したぞ、リリィ」

 

「OKだ、ヴァル……ラクレット」

 

 

ルクシオールからの信号をキャッチしたESVに搭乗中の二人。実機でもシミュレーターと同等に、いやそれ以上のシンクロ率を叩き出していたのは、二人共に練習を全力でする故に本番で強いというタイプだからであろうか?

 

 

「馴れないなら無理に呼ばなくて良い」

 

「それはNGだ、私たちは仲間でも有るが、今日はバディだ。背中だけではなく命を預けあうのだ」

 

 

自然と、そして無意識で彼女のことを名前で呼ぶことにしたのだが、それに対する彼女の反応は少しばかりぎこちないものであった。しかしながら、彼女にも謎の哲学めいたものが有るようで、少し外れた答えが帰ってくる。

 

 

「……何かの映画でも見たのか?」

 

「ああ、安かったのでな!」

 

 

成る程と納得してしまうラクレット。なにせそちらも含めて自分の関与することだったのだから。戦闘前とは思えないほど弛緩したこの空気を切り替えるようにラクレットは口を開き前を向く。

 

 

「それはよかった、さてお喋りは終わりだ、早く終わらせないとヤバイからね」

 

「何か問題が?」

 

 

振り向いて小首を傾げるリリィ。全くもって自分のすぐ後ろに屈強な男性がいて、密室空間で、身動き取れないような状況にいることを意識していない。それを考えると変な考えが頭に思い浮かびそうで、彼は自分にも、そして彼女にも注意することにした。

 

 

「いや、目の前のことに集中してくれ」

 

「OKだ!」

 

 

二人は機体へと送られてきた作戦開始のシグナルを感じ取った瞬間にスイッチを切り替える。任務は簡単だ。必要な加速を得た後に、ひたすらに慣性飛行でラクレットが敵本陣に向けて進み続ける。その間に、リリィが周囲50㎞の反応し得る機雷を、50cmの精度でひたすら無力化し続けて潜行し先行する。言葉にすれば単純だ。

 

 

「H.A.L.Oシステムの同調率を高める。負荷と処理はこちらで受け持つ。プレコグのヴィジョンの焼付はいらないんだったな?」

 

「ああ、それでOKだ! 体感時間の減速で十分捌き切れる」

 

「化け物じみているな、リリィ。君は本当に」

 

 

1つあたりにかけられる時間は、網目状に均等に配置されていると想定して、最小ルートで約1/80秒。H.A.L.Oシステムとの同調により減速する体感時間で考えても、1モーションで7つまでさばき切れる彼女は人外と言って差し支えないであろう。しかも5㎞先の50cmの目標に寸分狂わず刺突か斬撃を当てるのだ。

 

 

「私に言わせれば ヴァル……ラクレット中尉も大概だぞ、操縦桿をコンマ1ミリも傾ければ、航路は大幅にずれるのだぞ?」

 

「体を動かすのに、神経系しか伝達経路がないなら褒められるであろうが……もう一つの経路があるからな」

 

 

ラクレットの方も、自身の同調率を限界まで上げ、自分自身をESVの回路と化して、Vチップと接続。ヴァル・ファスクとしての能力を十全と使った操作だ。攻撃まではこの方法では適さないのだが、操縦に関して言えば、最高の手法と言えた。

 

 

「敵のMAPの縮小サイズ的に、気づかれるとしたらそろそろだ」

 

「OKだ、ここからは速度を優先したい!」

 

「把握した。ここまでこれれば充分であろう」

 

 

 

作戦予定時間である2分の内、約3/4が経過した辺りで、二人は操縦の質を切り替える。敵艦の感知・探査系統の大凡の目途は立っている。

そこから考えると、艦の周囲ほど正確な情報が入る仕様上、幾ら隠密性を高めても、最終的には発見される。だが、目<センサー>で見て頭脳<クルー>が気づいてから、反射防御の腕<攻撃命令>が上がるまでに、こちらの拳<剣>が顔面<旗艦>を貫けば、その後の拳闘はこちらが有利になるのは明白。

気づかれても、策を練るタイプはまずどういった裏を書かれたのは、策にどのような不備があったのか、まず思考してしまう。これが先のカルバドゥスのようなタイプであれば、即座に攻撃に転身するやも知れぬが、1つの想定外がより大きな致命的な攻撃への布石である危険性が見える以上、二の足を踏むのは仕方ないのかもしれない。

 

 

「して、操縦は?」

 

「エネルギーだけくれればOKだ!」

 

「ふむ、お財布扱いか、それも良し」

 

 

二人の操るESVは隠密潜行から、見敵必殺に切り替える。もうこうなれば、リリィが操縦桿を握る意味は薄いのだが、ラクレットは必要にかられるまで、好きにさせておくことにした。機動制御権を握るまでにはコンマ一秒もいらないし、機体のシールドがある異常、超兵器でもこない限り発見してからの対処で問題だって構わないからだ。

 

 

「さて、タゲ取りの時間だ」

 

「む? 注目を集めるという意味か、OKだ、派手に行くぞ」

 

 

端的に言って二人の状況は最悪と言って良い。敵地に単騎で機雷原のど真ん中である。敵の兵装がミサイル主体であれば、爆破距離設定で誘爆を狙らえれば、爆発の連鎖が瞬く間に起きるであろう。しかし、敵は対空カスタムである以上、主兵装は機銃や歪曲レーザーになる。加えて、そもそも技量の高さでは比類無きエキスパートが得意分野で戦っている以上、簡単にやられるわけがない。

 

そして敵の目が第一の囮に向いている間に、間髪入れず所定の時間になり第ニの囮が到着する。

 

 

「始まったな」

 

「戦場で足もとの死体が襲い掛かってくる心境とは、あのような状況かもな」

 

 

システム再起動を果たした、星系を周回軌道で公転していた防衛衛星が、敵陣のど真ん中で攻撃を開始したのである。本陣で戦況を眺めていたら、騎兵隊が監視をくぐり抜けて目の前まで強襲してきた。それに対処しようと、立ち上がったら、天から矢が降ってきた。そんな急転直下という言葉が生ぬるい状況で、どれだけの将がまともに指揮を取れるか。

そしてラクレットはなんとなくリリィが観た映画のジャンルを察していた。

 

 

────ルーンエンジェル隊、出撃!!

 

────了解!!

 

「お、了解だ!」

 

「了解だ!」

 

 

最高といえるタイミングで姿を表した『ルクシオール』から出撃していく機影が、レーダーに浮かび上がると同時に、通信が入ってくる。後はもう負けることはないであろう。

 

 

「最近完全独立戦力として動くことが多いな。分隊でも作るべきかな?」

 

「ふむ、ラクレット中尉は独り言が多いのだな」

 

「寂しい老人みたいだろう?」

 

「そのジョークは自虐的だな」

 

そんな軽い会話を交えながらも二人は、退路を確保しつつ、最大限敵の注目を引けるように、機雷を恥素子ながら、敵艦隊に接近し続けるのだった。

 

 

既に趨勢の決した戦場から、ベネディクタインが逃げるように去るまでは、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「損害は軽微、補給も禁止されてないから受けられるけど」

 

「やはり、紋章機のパーツや弾薬は特殊規格ですから、節約したいものです」

 

 

戦闘後のレポートを読みながら、ココはブリッジでそう呟く。戦場はピコであり、NEUEの中でも大きな港が有り、比較的発展している故に、勝ったは良いが食料が手に入らず占領地を焼き払うなどと行った、ストラテジーゲーム下手のような行動を取る必要はない。

しかし、まるっきり明るい話題ばかりではない。通常時ならば問題なくEDENから流れてくる物流が途絶えているために、多くのものを現地のものに合わせて補充する必要がある。ネジなどの細かい部品だって、本来ならば製造元を揃えるべきなのだが、贅沢はいっていられない。

UPWの設立前から、共通規格の設立はされていた為に、最新艦の『ルクシオール』でも武装に関しては問題ないが、皇国内でもEDENでも特殊な立ち位置である、紋章機達は乱暴に言ってしまえば、前文明の規格なのだ。

 

そもそも皇国軍を母体とするEDEN軍およびUPW軍の標準規格とは即ち皇国の規格であり、これが今の平行世界のスタンダードだ。

しかし、紋章機やエルシオールは平行世界文明が健在だった、クロノ・クェイク以前のEDEN規格である。皇国の文明の礎となっているのは、そこ由来の白き月だが、リバースエンジニアリングの過程で簡略化ないし変更されたものもある。

 

長々と話したが、紋章機とエルシオールは特注の装備が多いということだ。対策としてあえて相互に互換性をもたせた機体や武装(ホーリーブラッドなどもこれに当たる)を流通させ、平行世界を版図とする商会などに販売させる。NEUEの各勢力付近に駐留する艦隊の輸送艦に搭載しておくと言った手法は取られている。

 

現状、輸送艦はご丁寧にこの場になく、各商会との連絡も取れない。この戦いが後数戦ならば問題ないが、このペースで戦いが続くとなると、一月程でフルメンテが難しくなる。各紋章機の互換性のあるパーツを偏らせて運用しても二月で全機出撃は不可能になる。

接収してある、ナツメの紋章機パピヨンチェイサーをばらして流用しようにも、パピヨンチェイサー自体がメンテナンス不全状態なので余り意味がない。

 

 

「その点ロゼルくんは本当に有り難いわね」

 

「整備クルーも驚いています。さすがは最精鋭部隊出身というところでしょう」

 

 

ホーリーブラッドは、コンセプトの通り、多くのパーツは通常規格で作られている。AIやそれ関連のユニットはともかく、ハード面での大凡は一般的な皇国戦闘機の拡大発展型だ。故に部品の入手が容易い。

更にそれに加えて、ロゼルの操縦技術の高さが、各パーツにかかる負荷を最小限にしており、摩耗や劣化を可能な限り小さいものにしている。

更にロゼル自身も整備に関して本職とまでは言えないものの、基礎的なメンテナンス及びトラブルシューティングが出来るという整備班いらずな状況なのだ。

お財布に優しく、扱いも簡単と素晴らしい機体に、ココとタピオはノアに心のなかで感謝するのであった。

余談だが、ESVとラクレットはその戦闘スタイルのせいで、腕部の摩耗が激しく、整備やコストという点では中々に難がある。弾薬費用まで合わせたトータルの運用コストでは費用対効果では優秀だが、物品対効果では今一つといったところである。

 

「こうなると、ホーリーブラッドにブレイブハートとの合体機構がないことが惜しまれるわね」

 

「そうですね、この動乱が終わったら上申してみましょう。良い意見だと思われます。ある意味でコンセプトの真逆を言っていますが」

 

ブースターとしての役割が強いブレイブハートだが、量産出来ない以上、人が作り誰でも使えるを謳うホーリーブラッドに互換機能を持たせる意味は薄い。しかし現状を鑑みるに、補給線が細い並行宇宙において、継戦応力の高さに特化した機体に映るホーリーブラッドの純粋な強化案は、喉から手が出るほどには欲しいものだ。

 

 

「防衛衛星の再起動作戦でも、98%を慣性飛行だけで移動していますね、驚くべきことです」

 

「今はもう13人いるエンジェルだけど、パイロットの専門課程を修了してるのは彼だけよ。そう考えると当然だわ」

 

「艦長、パイロットの専門訓練を受ければ、誰でもマティウス中尉のようになる訳ではないかと」

 

 

ココは経歴として、紋章機などの超兵器が飛び交う戦場しか経験していないために、やや感覚が麻痺している。そのためこの場合はタピオの意見のほうが一般的である。

 

「さて、カー中佐、補充物品の目録照らし合わせが終わり次第、ピコの政府との対談よ、準備をしておいて頂戴」

 

「畏まりました、艦長。ですが私のことはタピオとお呼び下さ」

 

 

ココはテキパキと指示を出して、次の戦いに備えるのであった。

残る3公爵は一人、過半は過ぎたが油断できる状況ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、衣料品は2番めのコンテナの上に、食料は搬送エレベータの近くでお願いします」

 

「マティウス少尉、この納品書にサインを!」

 

「了解……ん? このコーヒー微糖と無糖の数字が発注書だと逆だ。一度確認してきてくれ」

 

「か、畏まりました!!」

 

「シラナミ少尉! ネムス物販の娯楽品管理は提携店の方ですか?」

 

 

現在大量の補充物資が搬入されてきている格納庫で、ロゼルはなぜか陣頭指揮をカズヤとともに取っていた。

戦闘後の強制的な休息シフトを終えた頃にちょうど始まった補給は、首脳陣がこの後予定されている会談の準備で忙しいために、実のところ数少ない尉官であるロゼルとカズヤがいたほうが、スムーズに決済できるためである。

 

 

「えっと……ごめん、ロゼル! どこだっけ!?」

 

「カズヤ、落ち着いてくれ。娯楽品関係は指示書の17pにあるはずだ」

 

「ありがとう! えーっと……うん、食堂じゃなくてコンビニの管理だから区画を分けておいて」

 

 

何時もならばこの手の雑用を喜んで引き受けるラクレットは別件で動けない為に、本来ならば隊員のテンション管理に行くべきカズヤが手伝っているが、慣れない作業のために少し手間取っている。

とは言っても、問題があるわけではない。元々前職ではキッチンの物品を管理しながらパティシエをしていたのだ。規模が大きくなっているので少し焦っているだけである。

 

黙々と確認とサインを繰り返しながら指示を飛ばしている二人だが、気がつけば砂糖菓子にたかるアリのように取り囲んでいた業者やクルーは消えていた。コンテナ自体の搬入が終わり、荷解きや収納の作業に移行し始めたためであろう。

 

 

「漸く一段落ついたか」

 

「うん、ちょっと疲れたね。それにしてもロゼルは凄いね、慣れてるの?」

 

「いや、雑務経験はないから初めてさ、でもこの程度ならマニュアルを一度読めば充分だろう?」

 

 

さらっと嫌味にも受け取られかねないことを言うロゼル。しかし本人としてはそんな意志は一切ない。

そもそも、育ってきた環境が、EDEN星系有数の大人口星で同世代と常に鎬を削ってきた、エリート系シティボーイと。人口限界が見えてきた過疎星系で育ち、専門学校で部門トップ卒業した以降アルバイトしていたカズヤでは、思考や言動にも文化的差異がある。

自分の優秀さを証明し続ける必要があったロゼルにとって苦労とは、短期間での習得ができないものであり、他人に見せるべきではない。逆に周囲の和の調停を仕事とするカズヤにとって苦労とは、共感性を高めるために全面に出してしかるべきものだ。

 

 

「平然と言える君が凄いよ。この後はどうするの?」

 

「リコとの約束があるから、彼女の用事が終わり次第そこかな?」

 

「ああ、シミュレーターのプログラム設定を教えているんだっけ」

 

 

ロゼルはその知識や経験を頼りにされた場合、自分の時間が許す限り応えようとする程度には人格者である。今回もその件であり、リコから希望されていた簡単な講習を行う予定であった。とは言ってもリコも軍学校を卒業しているために、最低限は出来るのだが、学校で教わったのは一般的なシミュレーションであり、現状では活かしにくいために専門家であるロゼルに教えを請うたのだ。

余談だが数ヶ月前、リコがラクレットに同様の頼みをした際には、ユーザー以上のことは教えられないというシンプルな答えがが帰ってきた。彼が持っているスキルは実のところ座学よりも実戦で培うものが多いのだ。ようするに出来ないのである。

 

 

「というよりも、環境の構築の方だけどね」

 

「僕も興味あるけど、足引っ張るのも悪いかな?」

 

「教えるのは構わないけど、それはリコ次第じゃないかな?」

 

「うーん……いいや、今回は遠慮しておくよ。時間がある時にリコに教えてもらおうかな」

 

「まさか、このタイミングで惚気を聞かせられるとは思わなかったよ」

 

 

君には負けたよと、気障な笑いと肩をすくめる動作が妙に様になる男であった。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、ルクシオール。自己紹介は不要だね? 招待状を送ったからそれに従ってくれ」

 

「あら、ご丁寧にどうも。今度はマジークとは、巡礼ツアーでもさせてくださるのかしら?」

 

 

時間は戻って戦闘直後のブリッジ。機雷処理を防衛衛星に任せて紋章機が帰還した辺りだ。お約束となってきている3公爵からの通信がはいったのだ。

最後の一人はジュニエヴル・ハチェット。アームズ・アライアンス勢力の中心星であるハチェットを治めているイザヨイ家の摂政である。摂政という文字からわかるように、ナツメは次期公女ではなく、既に即位している現役の公女、わかりやすく言えばプリンセスではなくデュークに近いのだ。正確に記すと女公爵である。逆に言うと実質的に政治を取り仕切っているのは彼であるといえる。

長い青白い髪ををまとう細身の美丈夫である彼は涼しい笑みを浮かべており、既に2本取られている側としては迚も相応しくない余裕が、不気味さを加速させている。

 

 

「残骸を牽引してでもいいなら、戦後に考えておこうかな」

 

「……ふーん」

 

 

たったふた言の会話のやり取りでココは少しばかりの情報を掴んだ。それは彼自信に自己顕示欲のようなものを感じるが、それのみが純粋な動機ではなく、別の要因が別方向に作用しているような、少しばかりチグハグな印象を受けた。

完全な直感ではあるが、それでも直感に従った場合大金星を上げる元上司とそこに幸運ブーストをかけるその細君を思うと、馬鹿にできない感覚である。

 

 

「そちらの公女様を預かっているけど、摂政としては何かないのかしら?」

 

「我が身可愛さに亡命した公女なんて、国民の感情に配慮したら無償受け入れなんて出来るわけ無いだろう?」

 

「……そう、その辺りも織り込み済みってわけね。まぁ紋章機をわざわざ送ってくれるお客様には熨斗をつけてお返しするわ」

 

 

戦闘後で、かつ通信を切っておいて良かった。ココは内心でそう呟いた。これほど悪逆非道を絵に描いたようなわかりやすい悪役はなかなかないであろう。まるで型にはまった悪役を演じているかと錯覚するほどだ。

 

 

「ま、ご老人達と一緒にされるのも嫌だから、せいぜい足掻いてくれるとこちらとしても楽しみが増える」

 

 

ジュニエヴルはそれだけ言って通信を遮断した。

ココは既にタピオが目を通していた、詳細の書かれたデータを読み込むが、目的地がマジークであり、補給と移動を加味しても2,3日ほど余裕があるスケジュールであること以外に目新しいものはなかった。

 

 

「艦内を通常シフトに移行! 。ルーンエンジェル隊と整備班は24時間の休息の後復帰。復唱!」

 

「了解、艦内を通常シフトに、ルーンエンジェル隊と整備班は24時間の休息」

 

 

ココはそう言うと、この場をタピオに任せて自分のオフィスに戻る。一時の休息を得るために。

しかしながら、この後に行われたピコの現地政府との情報交換においても有力な情報を得ることはできなかった。

彼らとしても突如現れた艦隊に封鎖され、クロノストリング由来のテクノロジーが封じられたという未曾有の事態だったが、それだけだったのだから。

 

 

幾ばくの不安を残し、ルクシオールはマジークへと進路を取るのであった。

 

 

 

 




お久しぶりです(1年振り)
以前申し上げたとおり作者死亡以外では絶対にエタリません
短いですが、リハビリと復帰がてらの1話です。
勘を取り戻しつつマイペースに書いていく予定です。
詳細は割烹に書いたので簡潔に。


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