凄惨なる天命への反逆 (未奈兎)
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序章

序盤シリアス気味な恋姫†無双:逆行&女体化物。

序盤だけとはいえ恋姫キャラ死亡要素があったり
キャラが安定してなかったりします。

苦手と思う方はここでバック推奨です。

このSSは理想郷のチラ裏にもマルチ投稿しています。


【外史】というものがある、それは一人の異分子によって様々な三国志の英雄がその生き方を変えていく歴史。

 

その異分子の人間の名を『北郷 一刀』【天の御使い】と呼ばれその知識を持って英雄たちを導いた、

時には仁君の桃園の誓いを見届け、彼女の目指す優しい世を創り出す手助けをしたり、

時には覇王の覇道を支えながらも時に覇王を一人の女性として居ることのできる居場所となり、

時には絆を重んじる王のために様々な奔走をしながら、遺志を汲み取り、成長していく。

 

だが・・・そんな外史の中にも、悲しい結末を辿ったものも少なくはなかった。

 

仁君が羽ばたくための両翼をもがれ、悲しみに暮れながらも憎しみを押し殺し病に倒れた蜀漢の皇帝、

尊敬する親、憧れていた姉、付き従ってくれた重臣たち、親しい物を次々と失い立ち直れなかった孫呉の王、

そして、巨大な大国を築き、三国の中で一大勢力となった曹魏の覇王もまた例外のない末路をたどる。

 

最初に起きた悲劇は袁紹との戦いに勝利し、北の烏丸の討伐中に張遼と行軍していた郭嘉が急死、

親友でもあった程昱と一刀は病に倒れた親友の床で泣き、覇王も悲しみに暮れた。

 

次に起きたのは赤壁の戦い、一刀は天の知識によって呉蜀の火計を警戒したが

乾坤一擲、敵将黄蓋の燃える船による特攻で船が炎上、更に吹かないはずの東南の風が

曹操軍を襲い、命からがら逃亡する曹操を援護するために殿となった典韋が討死にする。

逃走中に一刀に肩を貸されながら曹操は「郭嘉が生きていれば」と嘆いたそうだ。

 

相次ぐ曹操軍の主力の死に嘆く暇はなく、西涼の馬家が魏に侵攻、曹操は主力と共に迎撃するも

馬超との一騎打ちにて許褚が重症を負い、その傷が悪化しての病死、曹操の親衛隊が相次ぐ死に、

曹操は怒り狂い侵攻するが攻め滅ぼした馬家の主力は討ち漏らし、劉備が手に入れた蜀の軍と合流した。

 

更に休む暇もなく合肥が孫呉の侵略を受ける、張遼、李典、楽進の奮闘により呉軍を退けるも、

甘寧との戦いで楽進が討たれ、蜀が漢中に向かう報を聞くと呉軍と和議を結び軍を返すが時既に遅かった。

 

漢中は曹操の信頼する名将夏侯淵によって護られていた、しかし蜀軍の法正の知略により漢中は危機に陥り、

逆落しを仕掛けてきた蜀の弓神、黄忠との一騎打ちにより夏侯淵、討死。

 

更に追い打ちを掛けるように、曹操軍で最も曹操に頼りにされ、その知で幾度となく曹操を助けた

曹操軍の知恵袋、荀彧、病によりこの世を去る。

 

しかし悲劇は終わらなかった、劉備の義姉妹にて、曹操が最も欲した将、関羽が荊州に攻め寄せる、

曹操は夏侯惇、李典、張遼らを守勢に置き、自らも樊城守備のために軍を向ける、足取りは重かった、

そして荊州を占領する蜀に不満を寄せた呉が同盟を破棄し荊州に背後から攻め寄せ挟撃。

 

窮地に陥った関羽が籠城していた麦城から特攻、夏侯惇に一騎打ちを申し入れ、

夏侯惇が承諾、百合以上もの打ち合いの末、夏侯惇、関羽、両者相討ちとなる。

 

曹操軍を支えてきた数多の将が次々とこの世を去り、曹操は膝から崩れ落ち、一刀は茫然自失となってしまう、

やがて、曹操も病に倒れ、涙を流す一刀と程昱に看取られながら、覇道道半ばに曹操、許昌にて没する。

 

後を追うように程昱もこの世を去り、曹操軍を盛り立てて来た将達が次々と散っていった。

 

許昌の屋根の上で、たった独りとなった北郷一刀は自らの存在が薄くなるのを感じていた、

ああ、これが終わりかと朧けになった手を見る。

 

天の知識を持って、幾度と無く曹操軍を助けて、幾度と無く感謝された、だがこの有り様は何なのだ?

決められた絶対的な天命には逆らえないというのか、大切な者は救えなかったのか?

 

・・・ふざけるな。

 

この手で一体何ができた・・・?

 

この手で一体何を守れた・・・?

 

この手で一体何を変えた・・・?

 

「なにも、変えられて、ねえじゃねえかああぁぁァァァァァ・・・!!!!」

 

断末魔とも言える叫び声を上げて、北郷一刀も三国志から幻が消えるように去った。

 

その後結局三国はどの国にも勝ち切れず、英雄たちが去った後に中国大陸として統一された。

 

 

 

 

目を開ける、白い天井、命を計る機械の音、そのどれもが、あの国にないものだった。

 

(また・・・あの夢か。)

 

生命維持装置に繋がれ、余命いくばくもない一人の老人、彼こそ三国志の天の御使い、北郷一刀。

今日も多くの者が彼を心配して見舞いに来た。

 

三国志から現代に戻った後、無気力で何もする気が起きなかったが、ある日思い直して剣道を再開、

歴戦の勇将達と比べれば全国大会の腕も霞んで見えた、それぐらいの差があったのだろう。

 

数年後、彼は平成に舞い戻った剣聖の再来と言われ、世界でも有数の腕を持つ武道家となる。

だが、彼はそんな名声すら虚しく感じた。

 

(俺は、届かないのか?あいつらに・・・。)

 

どれほど己を苛め抜き鍛錬に身を注いでも一向に遠く見える彼女達の強さ、

腕だけではないのだろう、何が足りなかったのかと自問自答する毎日、

後年、三国の英雄の生き様を書で読みながら何故あの時行く前に読まなかったのかと後悔もした。

 

幾年悩んでも答えは出ず、気まぐれで道場を築き弟子をとった。

鍛錬に勤しみ自らを慕う弟子たちをどこか懐かしい目で見ていたのを自覚する一刀。

 

(ああ、この目を覚えている、春蘭や秋蘭に追いつこうと必死になったあの時の俺の目だ。)

 

三国志での懐かしき日々、あの日を思い出さない日はなかった、あの時こうしていればよかったと

後悔したのは既に数え飽きるほどに思い、そして北郷一刀は、倒れた。

 

(あれから、もう数十年も経ったんだな・・・。)

 

すっかりしわくしゃになった自分の手を見て思う、あの時と変わりない無力な手だ。

 

(あの時、あの場所に、もう一度でいい、どうか神が居たのなら、この老いぼれの願いを聞いてくれ。)

 

生という気が自分から抜けていくのを感じる、もうすぐ、彼女達と同じ天に逝くのだろう。

 

(俺に・・・またもう一度・・・チャンスをくれ・・・華琳を、皆を守りたい・・・最後の・・・願、い・・・を。)

 

天井まで手を伸ばし・・・全ての気が霧散した時、北郷一刀は老衰により、現代から世を去った。

 

 

 

 

「・・・ぅん?」

 

目を開けてみれば、今度は真っ暗闇の空間だった。

 

「此処があの世か?随分と殺風景だな。」

 

「あらん?御主人様、此処はあの世じゃないわよん?」

 

「うお!?ちょ、貂、蝉・・・?」

 

見間違うはずはない、この筋肉盛々とした肉体美、何十年経とうが変わらないこのインパクト。

 

「覚えててくれたのね、やっぱりご主人様と私は結ばれていたのね♪」

 

鳥肌が立つようだがその言い方もはや懐かしいものだ。

 

「貂蝉、久しぶりだな、その物言いもすっかり懐かしいものになってしまった。」

 

「御主人様はおじいさんになってもかわらないのね。」

 

「ああ、変われなかったよ俺は。」

 

「・・・。」

 

「此処に戻ってどれだけ研鑽を積んでも俺は・・・。」

 

「ねえ御主人様、やり残したことがあるんでしょう?」

 

「ああ、でももう何もかもが遅いんだ。」

 

「遅くなんかないわん、この貂蝉がもう一度御主人様を連れて行ってあげる。」

 

「・・・え?」

 

「いわばもう一つの外史の過去、前回の三国志と全く同じだけどだからこそなのよ。」

 

「全く同じだと・・・!?いやまて、ならば俺がまた魏に介入すれば・・・!」

 

「そう、御主人様が魏に行けばまた同じことが起きるわ、どれだけ御主人様が魏で頑張ってもね。」

 

「そんな外史に連れて行って、貂蝉は俺に何をさせたいんだ・・・?」

 

一刀にとっては半ば絶望が決まったような外史である、しかし貂蝉は白い歯をキラリと輝かせる。

 

「言ったでしょ、魏に介入すればの話よ、それ以外に介入すれば全く違う外史になってしまうのよ。」

 

「それ以外に、介入。」

 

「なんだっていいのよ、蜀にも呉に入っても、御主人様が国を立ち上げて、彼女達を配下に加えてでもね。」

 

「最後だけ強調したなおい・・・。」

 

「それがある意味一番魏を救う手立てだもの蜀と呉じゃ遅すぎるわよん?」

 

「ぬぅ、確かに。」

 

前回を知っているからこそ知っている、呉蜀に介入しても魏に干渉できるのはあまりに遅い。

だが、最後のチャンスをこうして叶えに来てくれたのだ、ならば存分にあがいてみせようではないか。

もう、死ぬほど悩んだのである、ならばこの未知の領域で、彼女達に勝利し、救ってみせよう!

 

「解った、ならばその茨の道、突き進んで見せよう!」

 

「さすが御主人様、私ズキュンってきちゃったわ!」

 

「だが、どうしようか、俺は見ての通りジジイだし・・・。」

 

「心配いらないわよ、御主人様の身体も若返らせてあげるわ、ただし!」

 

「ただし?」

 

「あの外史に戻っても、御主人様は以前と同じようには過ごせないかもしれないわ。」

 

「それってどういう・・・わわ、身体が崩れて・・・!?」

 

「じゃあね御主人様、あの悪夢のような乱世、見事打ち砕いて見せて?

ちなみに時代は黄巾の乱が起こる前、たどり着いたら近くに町があると思うわん。」

 

北郷一刀が消えて、残ったのは貂蝉のみ。

 

「そうよ、御主人様にしかこの外史は変えられない。」

 

貂蝉は真剣な顔で一刀の消えた先を見据えていた。

 

「それに言ってなかったけど、御主人様は一人じゃないのよ?御主人様もモテモテねん♪」

 

意味深な言葉を残して・・・。

 

 

 

 

再び目が覚めれば見覚えのある荒野、現代的な建物などどこにもない雄大な大地。

 

「帰ってこれたんだ俺は、ここに・・・!」

 

何十年も経ったというのにまるで昨日のように思い出されるあの日々。

 

「おお、それに自分の体のなんと軽いことか。」

 

これが若さの特権なのだろう、身体の芯から湧き出るようなこの力。

 

「今なら、俺にもできることがあるんだ・・・。」

 

感慨極まり空を眺める、雲一つ無い晴天の青空、焼けつく太陽が今は心地よい。

 

「しかし俺は若いころこんなに声が高かったか・・・!?は、はは、なるほど、貂蝉が言っていたことはこういうことか。」

 

乾いた笑いが漏れる、姿はたしかに若く、餞別なのか、路銀と日本刀を携えているが、

一番変わっていたのはその姿、見た目変わったところはないが、たしかに変わっていた。

 

顔は見ていないがどこか中性的な体つきで、男にあったモノがなく、男にない小さな膨らみがそこにあった。

 

「まさか女になっていようとはな、まあ、これでもいいかもしれない、俺には男である必要なんて無いし。」

 

戻れた歓喜に身を震わせて存外自分に起きた異常を軽々と受け入れられた。

 

「とりあえず、街を探すか。」

 

消える間近、貂蝉が近くに街があるといった、ならばそう遠くないところにあるのだろう。

軽い足取りで足を進める一刀だった。

 

「しかし、これは季衣といい勝負かもしれないな、まああっても邪魔なだけだが。」

 

覇王と親衛隊の片割れの逆鱗に触れそうな余計な一言を漏らして。

 

 

 

 

歩いて数刻もせずに辿り着いた街を見る、門衛に聞いたところここは新野の街らしい、

見渡せば圧政というわけでもないが善政な雰囲気でもない。

 

「中途半端な太守なのかな、でも俺が治めたとして、これ以上の街にできるのか?」

 

文官の仕事や内政の仕事もやったことはあるが、太守という仕事はやったことがないのだ、

しかし勢力を立ち上げるなら速い方がいい、ひどい話だが黄巾の乱ならば名を挙げるのにうってつけだ。

 

「しかし宿はどこにあるのか・・・?」

 

まずは名を上げるために様々な行動をしなければならない、路銀は暫く余裕はある。

 

「さて、ならば街を探索するか。」

 

 

 

 

「へへへ、人にぶつかっといて謝りもなしかい嬢ちゃん?」

 

「もう謝ったではないですか、しつこい人は嫌われちゃいますよ?」

 

「生意気なこと言うじゃねえか、これはお仕置きが必要だよなぁ?」

 

(うーん、これは困ったことになりました、稟ちゃんの言うとおり一人で散歩するのは危険でしたね。)

 

逃げようと思えば逃げられるが、走るのがめんどくさい、しかしこのままだといけないことになるし・・・。

 

「・・・?」

 

そういえば、何時になっても何もされない、一体どうしたのかと顔を上げてみれば

眩くような一本の刃が男の首を捉えていた。

 

「ひ、ひぃ!?なな、なんだよお前!?」

 

「どう見ても合意のようではなかったようでな、勝手ながらちょっかいを出させてもらっただけだ。」

 

刃の元をたどってみれば一人の女性が鋭い視線で男を睨んでいた。

 

「ま、街の往来でそんなもの振り回してただで済むと思ってんのか!?」

 

「その言葉そっくり返そう、路地裏とはいえ女を襲った男がただで済むと思うのか?」

 

「ち、畜生!」

 

典型的な捨て台詞とも言える言葉を吐き捨てて男は逃げ出した。

 

「・・・大丈夫か?」

 

「あ、え、はい、ありがとうございます、お姉さん。」

 

「おねっ・・・!?いや、そうだった、済まない粗相をした。」

 

目を開いて首をふる少女を不思議に思うが悪い人ではなさそうだった。

 

そうだよ、俺は女だったんだよ・・・と奇妙な言葉をぶつぶつと言っていた。

 

「しかしこの街を一人で散歩か、不用心では済まんぞ?」

 

「すみません、太守が居ない町並みを見渡そうと思いまして、少し軽率でした。」

 

「宿をとっているのならば宿まで送りするが?」

 

「ふむ、ならお願いしましょうか、変わったお姉さん、私は程立と申します。」

 

「かわっ!?いや、自業自得か・・・俺は北郷一刀、旅のものだ。」

 

「ほんごうかずと・・・かわった名前ですねー。」

 

「ああ、よく言われたよ・・・。」

 

悶絶する少女を見て思わず面白い人だと思ったのは間違いではないだろう。

 

 

 

 

(やれやれ、まさか戻っていきなり風に逢うなんてな、そして風がまだ華琳に仕官してないなら当然・・・。)

 

程立を宿に連れて行くと彼女を探していたのだろう、一方的によく知る女性がカンカンに起こっていた。

 

「風!あなた私が一人では行っていけませんとあれほど言ったのに!」

 

「くぅ・・・。」

 

「寝た振りでごまかさないでください!」

 

(くく、ははは、なんていうか、懐かしい光景だな・・・。)

 

郭嘉、程昱の友人で曹操軍の中で、最初に没した仲間、病のことを知っていても、治す方法がわからなかった、

結局郭嘉は烏丸の討伐に行ってしまい、病の話を聞いて駆けつけた時には何もかもが遅かったのだ、

その後程昱は郭嘉の分まで働き、一刀にとってはすっかりと懐かしいやりとりとなってしまった。

 

「全く・・・どうやら貴殿には世話になったようだ、風を助けてくれて感謝します。」

 

「いや礼には及ばないよ、困ったときにはお互い様というやつさ。」

 

「そう言ってくれると此方も気が楽です、それにしても風変わりな武器ですね。」

 

「・・・俺の故郷の武器さ、珍しいとはよく言われるよ。」

 

わずかばかりに抜き、波打つような模様に輝くような刃、日本刀職人ならではの業前だ、

物珍しそうに郭嘉が日本刀を観察していると近くで可愛らしい腹の音がなった。

 

「・・・風、おなかがすいたのですか。」

 

「ふふふ、ばれてしまっては仕方がありませんねー。」

 

「何なんですかその言い回しは。」

 

「ふふ、気にしないほうがいいのだろう、食事で良ければ俺が持とう。」

 

「おおう、よろしいのですかお姉さん。」

 

「いえ、流石に其処までしていただかなくとも・・・。」

 

「気にしないでくれ、少しばかり手持ちに余裕が有るんだ、持て余していてもいいことはないからな。」

 

 

 

 

その後、宿の食堂に寄り、食事をしながら雑談に興じていた、気がつけばすっかり空も闇に染まっていた。

 

「なるほど、見識を広めるために二人共旅に出ているのか。」

 

「ええ、いつしか我が知を捧げるに値する方を見つけるまでは続けるつもりです。」

 

「そういうお姉さんは何故一人で旅をしてるんですか?」

 

「むぅ、俺が旅をする理由、か。」

 

風に問いかけられて天井を見る、言われるまでもないだろう、この身は既に覚悟を決めている。

顔を引き締めて、二人を見据えてはっきりと言った。

 

「俺には絶対に成し遂げたいことがある、そのために今は放浪の身かな。」

 

「ふむ、成し遂げたいことですか?」

 

「あいにく言えないけどね、口に出したら恥ずかしいし。」

 

「お姉さんはなにか目標があるんですね。」

 

「ああ、絶対に譲れない想いなんだ、たとえ何が前に立ち塞がっても俺は・・・。」

 

どこか遠いところを見る一刀の顔に、程立と郭嘉は何かが締め付けられるものを感じた。

 

(?今、風は何を感じて・・・。)

 

「さて、そろそろ寝たほうがいいな、郭嘉さんも程立さんも見識を広めるのなら頭も休めなくてはいけないぞ。」

 

にこりと笑って席を立つ一刀、二人は一刀の背中をずっと見ているだけだった。

 

「不思議な御仁ですね、どこか惹き込まれるものを感じました・・・風?」

 

「・・・くぅ。」

 

「風、寝た振りするほど眠いのなら早く部屋の床に行きますよ。」

 

郭嘉に引きずられながらも程立は考え事をしていた。

 

(お姉さんのあの目、何かを懐かしむようでした、でもあの時お姉さんは旅の途中で

此処に来たのも初めてと言っていた、ならばあのお姉さんの目は一体・・・。)

 

結局答えは出ずに郭嘉に床に放り投げられて風は眠りについた。

 

 

 

 

その夜、程立は不思議な夢を見た、泰山の上で自分が太陽を掲げていたのだ、なんとも不思議な夢である。

 

だが、夢はそれで終わらなかった、掲げた太陽が徐々に縮み始めて、やがて掌に収まるほどの小ささになった、

そして、小さくなった太陽は風の身体の中に入り込んで膨大な熱となって風を襲った。

 

夢の中に関わらず、まるで本当に全身が焼け焦げるような熱さに気を失いそうになると、

風の目にあるものが見えてきた、どこかの城だろうか、自分と友人である稟が臣下の礼をとって

金色の髪の女性に頭を垂れていた、驚くべきは彼女の後ろに今日会った女性とそっくりの少年が居た。

 

(これは、風の、未来?)

 

これは自分がたどる未来の姿なのだろうか、声が聞こえないので何を話しているかはわからない。

しかし映像は止まらない、誰かもわからない敵と戦うために連合を組み洛陽に侵攻、金髪の女性の軍との

将達と交流を深めながら日常を過ごし、件の少年とともに閏を共にしていた、正直、顔が熱くなった。

 

それが終わると今度は変な笑い声が特徴な女性との戦である。

 

辛くも勝利を治めたが其処で信じられないものを見る、何故か稟が病に倒れて亡くなっているではないか、

それも、自分と金髪の女性、少年とともに稟の最後を看取っていた。

 

(稟ちゃんが・・・死ぬ?)

 

余りに信じられなかった、それからも交友を深めていた人物たちが次々と戦で亡くなっていった。

そして、風が仕えた金髪の女性も後を追うように没する、傍らで自分と少年が涙を流していた。

 

(風が泣くほどに敬愛したのですね、あまり実感がわきませんが・・・。)

 

そして、とうとう自分も亡くなった、少年に手をしっかりと握られて謝るように自分は死んでいった。

 

だが、自分が死んでからも映像は止まらない、今度は少年が映る、どこか姿が朧気だ・・・。

 

「なにも、変えられて、ねえじゃねえかああぁぁァァァァァ・・・!!!!」

 

(・・・!!)

 

少年のその声だけははっきりと聞こえてきた。

なんという悲痛な声、なんという無念が篭った声、吐き出すように声を出した少年は姿を消した。

 

そして、映像に夢中になっていたせいだろう、身体を覆っていた熱さはすっかりと冷えて、

立っている場所は泰山でもなんでもない暗闇、否、目の前には自分が、『あの風』が居た。

 

『これが、風とお兄さんが辿った末路です。』

 

自分のこんな顔は見たことがなかった、後悔と苦痛、様々なものが混じった切ない顔。

 

『お願いです、あの『お兄さん』を助けてあげてください、お兄さんはたった一人で乱世に立ち向かおうとしてます、

風は直接は行けませんけど、風の全てを、あなたに、風に託します、どうか・・・あなたの『お姉さん』を・・・。』

 

泣きそうになった声を押し殺しながら霧散した風は青い光となり視界を埋め尽くした、

あまりの眩しさに目を閉じ、そっと開けると、風の目の前の景色は、まだ夜も深い深夜だった。

 

「・・・夢、だったのでしょうか?・・・!?」

 

つぶやいたのもつかの間、寝ぼけ眼の風の頭蓋が割れるほどの情報が頭に入り込んできた。

入り込んできたのは先程の夢の映像がそのままで、声がついて、彼女達の名前を知って、辿った未来を知った。

 

「ぐ、ぁ・・・!」

 

永遠にも感じられた情報の流入が終わった時には、自分が涙を流しているのに気がついた。

そして気が付いてしまった、自信の会う自分の知が更に磨きをかけて推測できてしまった。

夢の中に出てきた少年の名前は、そう、北郷一刀・・・。

 

「あ、あぁ・・・!」

 

理解できてしまうともう止まれなかった、寝間着を着替えて部屋を飛び出して、

彼女の泊まっている部屋に走っていた、息が切れているがそんなことは知ったことか。

自分の目の前の扉の向こうで、あの人の泣く声が聞こえてしまったのだから。

 

「・・・お姉さん、少し、いいですか?」

 

扉の向こうに居るであろう、あの人は、とても狼狽えただろう。

 

「あ、ああ、大丈夫だよ、何か用かな、程立さん?」

 

胸が締め付けられる思いだった、これほどまでに追い詰められても、

風たちを優先するのかと嬉しい半面切なくなった。

 

「いえ、不思議な夢を見たものでして、興奮して寝られないんです。」

 

「そうか、俺で良かったら話し相手になるよ。」

 

「では失礼しますねー。」

 

扉を開き、一刀の部屋にはいると、床に腰掛けながら一刀は座っていた。

顔に泣き荒らした跡が、残っているのに気が付かないままで。

 

「夜分遅くにすみませんねーそれで変わった夢なんですが、なんとお日様を持ち上げていたのです。」

 

「お日様って、あの上で輝いてる熱い奴か。」

 

知ってるくせに、あえて知らないふりをするんだ、なら少し揺さぶりをかけてみよう、

『風』を置いて此処に来てしまった甲斐性なしに少しばかりのイタズラと朗報を送るために。

 

「稟ちゃん。」

 

「?それって・・。」

 

「・・・流琉ちゃん。」

 

「な!?」

 

一刀の顔が驚きで目が見開いた、でも止まってあげない、何よりも自分が泣きそうなんだから。

 

「季衣ちゃん、凪ちゃん、秋蘭ちゃん、桂花ちゃん、春蘭ちゃん・・・華琳さま・・・そして、『風』」

 

「うそ、だ、そんなはず・・・ない、だって、まだ会って・・・!?」

 

「そして、最後に消えてしまったお兄さん、おかえりなさいといえば、いいので、しょうか?」

 

よくわからない感情がごちゃごちゃになってくる、涙を流しながら、

既に一体化してしまったもうひとりの自分の記憶を辿るように、名前を上げていった。

 

「ふ、風・・・本当に、俺の知っている・・・風なのか・・・?」

 

「少し複雑なんです、夢から覚めたらいつの間にか風の中にもう一人の風が居たんです。

でもその風は、お兄さんと一緒に過ごして、稟ちゃんと華琳さまを看取った風なんです・・・。」

 

今の自分は間違いなく、目の前の女性と初対面の、今迄稟と旅をしてきた自分なのに、

こうして一刀にもう一度会えたことに、今この時に戻れたことに、感涙して震えが止まらない自分がいる。

 

ああそしてもうひとつあった。

 

「・・・風!」

 

目の前の彼女が風を抱きしめた、苦しくない力加減で、風に痛みを感じさせない程度に。

 

「ふふ、未来の風は随分愛されていたんですねー少し嫉妬しちゃいます。」

 

そう、彼女は風が痛くない力加減を知っているのだ。

 

「あ、あはは、なんなんだろう、別人だって覚悟は決めていたのにさ、まさか、俺の知ってる風に

もう一度会えるなんて思わなくてさ、俺、もうなんて言っていいのかわかんないや!」

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔で精一杯笑った一刀、夢と全く変わっていないあの笑顔だった。

 

二人は暫く、泣くことをやめずに、抱き合いながら時を過ごした。

 

 

 

 

一瞬のようで長い時間の間、抱き合っていた二人は離れると風はいつもの顔で一刀に問いかける。

 

「それで、お兄さんはこれからどうするつもりなんです?」

 

「・・・お先真っ暗だけど、太守になろうと思うんだ、きっと、俺が魏に行っても何も変えられないから。」

 

「ほほう、ならばどうやって太守になるおつもりなんですか?」

 

「此処の街さ、広い割にあまり管理されてないじゃないか、きっと指導者みたいな人を求めてると思うんだ。」

 

「おおう、そういえばそうでした、なんと都合のいい話なんでしょうかね。」

 

「ご都合良くて嫌な予感しかしないけどさ、それでも、俺にできることがあるなら全部やろうと思うんだ。」

 

「ならば足りないところを補うのが風のお仕事ですね。」

 

「・・・辛い道のりだぞ、絶対に華琳達と、もしかしたら稟とも戦わなくちゃならない道だ。」

 

「あ、ご心配なく、稟ちゃんはこっちに引き込む予定なんで。」

 

「え、いや待て待て、そしたら魏の頭脳担当は桂花だけになってしまうだろうが。」

 

「大丈夫ですよ、桂花ちゃんのことですし、華琳さまには私だけで十分よ!

みたいなことを平然と言ってのけそうですからねー。」

 

「不覚にもあっさり脳内にその声が流れたぞおい・・・。」

 

「調教されてますねー。」

 

「罵声されるのが快感みたいな言い方するな!」

 

気がつけばいつものノリである、余りにもおかしくてふたりは笑い出してしまった。

 

「さてさて、そろそろ戻らないと稟ちゃんが起きてしまったら説明するのが面倒ですね、

お兄さん、詳しいことはまた明日互いに決めましょう。」

 

「ああ、おやすみ、風。」

 

「これから忙しくなりますね、華琳さまに狙われそうなお姉さん♪」

 

「うぐっ!?」

 

痛いところを突かれて引き攣る一刀を面白そうに見ながら風は部屋を後にした。

 

「全くあいつめ・・・。」

 

苦笑いだがその顔は心底安堵した顔だった、なにせ最も頼りになる文官が最初から味方にいるのである。

 

「だからこそ、俺は絶対にあんな未来をぶっ壊してやる・・・!」

 

二度とあんな結末は御免だ、決意を新たに一刀は布団にもぐる、今日は、久しぶりに心地よく寝れそうだ。




・・・風が風らしいかが一番の問題ですorz

ここまで読んでくれて本当にありがとうございました!


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1話 対等になるための一歩

兵法や内政の方法があっているかな?


「風、本気で言っているのですか?」

 

「はい本気です、実は昨日の夜あのお姉さんとお話をして、風はあのお姉さんについて行くことにしました。」

 

もう一人の自分の記憶を得て日が昇った後、風は稟と向かい合っていた。

 

「できれば事情を伺いたい、なぜたった一晩であの御仁についていくと?」

 

「そうですねーあのお姉さんはいずれ凄い事をする、そんな気がするんです。」

 

「凄い事ですか・・・。」

 

「それに稟ちゃんも感じたのではないですか、お姉さんと話した時に何かを。」

 

「む、たしかにそれは否定しませんが。」

 

「お姉さんは今日此処の名士の方と相談して太守についての相談をするそうです、

此処には太守が居ませんからね、交渉と仕事次第では新野の新しい太守になるかもしれませんね。」

 

「風は一刀殿とここで名をあげるつもりなんですね。」

 

「はい、でもきっとお姉さんは今の世の中すら変えれると思います。」

 

「そこまで、見込んだのですね。」

 

「本音を言うと稟ちゃんにも来て欲しいんですが無理強いはできません、

其処で提案があるんですが稟ちゃんにもお姉さんを見極めて欲しいんです、

交渉の席には私も同行するんですが、稟ちゃんにも同席して貰いたいんですよ。」

 

「ふむ・・・。」

 

顎に手を当てて考える素振りを見せる稟、しかしある程度の考えは決まっているのだろう。

 

「私としても風が其処まで見込んだ一刀殿に興味があります、直に見極めてみましょう。」

 

「ありがとうございます、稟ちゃん。」

 

正直な話申し訳ないとも思う、自らの勝手で親友の運命をねじ曲げてしまうことに、

一度未来を見て、一刀の人となりを見た風とは違って稟は何も知らないのだから、

それでも一刀と同じく風にも譲れないものができたのだ。

 

(稟ちゃん、私も稟ちゃんをあんな形で絶対に死なせたくないのです。)

 

 

 

 

話を終えて風と稟は一刀とともにこの街の名士の家を訪ねていた。

この名士の男は街を管理しているわけではないが多くの人脈を持っている。

その証拠に治安が乱れた新野の街で中々の財を蓄えている有力名士だった、

風と稟の二人は後方で控えて風は必要あらば援護する体勢で居た。

 

「なるほど、ではあなた方はこの街を繁栄させる術を知っていると?」

 

「はい、あなたにはその支援をしてもらいたいんです、決して損はさせません。」

 

「たしかにこの街はあまりよい環境とはいえませんが、あなた方にこの街を立て直せる力があると?」

 

「そうです、治安の見直し、農地開拓、商業の発展の方法の見当もついてます。」

 

北郷一刀は曲がりなりにも三国時代の黄巾の乱から樊城の戦いの戦後までを戦ってきた一人の将、

曹操軍の一員として働いていたが人手不足の時に荀彧に内政業へと引っぱり出されることも少なくなかった。

 

その仕事の中には外交官として地方豪族や名士たちとの交渉についたこともある、

経験は何よりも大切な財産だ、その財産をここに持ち込めたことを感謝せずにはいられない。

 

「それにあなたが一番ご存知のはずです、お金は使わなければ廻らず、懐に留まらないことを。」

 

「ほほう、あなたは私が出資すれば私にも利があると。」

 

「言わずもがなです、あなたはここの町の商人に土地を貸し出すなど多くの投資をしています。

当然商人の利益が出なければ損にしかならず、商いがうまく行けばあなたの懐も潤う。」

 

「お願いです、俺には太守としてこの街でやりたい事があるのは否定しませんが、

この街の現状、指を咥えてみていることも俺にはできないんです。」

 

「・・・。」

 

名士の男は目の前にいる女性、一刀を感心の目で見ていた、ただ太守になりたいから援助しろと

言っているではなく、此方にもしっかりとした利を提示して尚且つその具体案すら述べている。

 

「お話は解りました、ですがすぐに信用するわけにも行きません、まずは仕事ぶりを見せてもらいましょうか、

この街にも形だけですが政庁があるので其処で暫くあなた方の仕事ぶりを試させてもらいます、

前金としてある程度の工面は致しますが現状での支援はそれのみとさせていただきますよ。」

 

「私にとってはそれだけでも十分です、機会を与えて頂き感謝します。」

 

一刀は恭しく頭を下げると部屋を後にした。

 

「不躾な訪問でしたが、概ね好意的に受け止められましたね、しかしよく投資などの情報を集めましたね。」

 

「まあね、情報は何よりの武器さ、あると無いじゃぜんぜん違う。」

 

「それにしてもお姉さん、試させてもらうと言ってましたが、どんなことを提示されたんですか?」

 

「大したことがあるようでない感じかな、治安の回復と番兵達の指導、まずは信用を勝ち取らないとな。

風には手伝ってもらうことが多くなるけど、郭嘉さんもあてにして大丈夫かい?」

 

「ええ、いいでしょう、あなたがどこまで行けるのか、私も興味が出ました。

それと私のことは稟とお呼びください、風が其処まで信頼するなら真名を預けるに値する方でしょう。」

 

「ふふふ、風と稟ちゃんがいれば頭脳面で怖いものなしですよ、お姉さん。」

 

「ああ、ありがとう稟さん、風も頼りにしてるよ!」

 

三人は手を取り合い、目指すもののためにまずはこの街を復興させていくことから始めていくのだった。

 

「それで、一刀殿はまず何から着手するのですか?」

 

「それについては決めていることがあるんだ、この文面を街中に掲示しようと思う。」

 

「これは・・・なるほど、まずは何よりもすべきことですね。」

 

「しかしこれは斬新な、一刀殿はどういう考えで?」

 

「俺の尊敬する人が出した考えかな、前金としては十分すぎるし、早速行動に移していこうか。」

 

 

 

 

その日の翌日、新野の街にある看板が立てられ、その看板を民衆たちが読みながら何かを話していた。

 

「おい、俺は字があまり読めないんだが、お前解るか?」

 

「どれどれ、あーこれは人材募集の触れ込みだな、働く意欲のある奴を集めて街の復興を始めるらしいぜ。」

 

「本当かよ、報酬はどれぐらいになってんだ。」

 

「かなり良い待遇だな、俺力仕事に自信があるし政庁に申し出ようかな。」

 

「あ、ずるいぞ、俺も知りあい誘って行ってみようかな。」

 

「食料に乏しい者達に配給もするらしいぞ、これは行かなきゃ損だぞこれは!」

 

「兵としても働き場所があるんだな、よっしゃ、仕官してみるのもいいかな。」

 

 

 

 

数日後、街の民衆が熱心に復興に向けて働き始め、外からの商人、嘆願や意見書が来る様になり、

山のように積み重なった竹筒を一刀が整理しているのを稟は手伝っていた。

 

「しかし、何故いきなりこのようなことをしたのです?この街には困る者は多いですし、

施しなどをすれば人が一気に溢れて混乱状態になります。」

 

「それでいいのさ、この状況。逆に言えば押し寄せるくらいに困窮してるってことなんだから、

名主様にも言ったけど、お金は使わないと廻らないし、このお金が商人たちにも回ってるんだ、

そして炊き出しを雇った人たちにも給金は回したし、何をするにも人を集めないとね。」

 

「それでも。前金としていただいたお金を半分以上も使ってしまって大丈夫なんですか・・・っ!?

なるほど、そのための【税収】ですか、涼しい顔をして考えることは恐ろしいですね。」

 

「そ、なんだかんだで【税収】もここに来るようにしたんだ、俺達はこのお金をうまくやりくりしないとな、

人事の担当には風を頼ってるし、俺はこの書類を片付けないと、嘆願が多いけど処理できない領域じゃない。」

 

「内政にも明るいのですね、字の書き取りもそうですが、貴殿は随分と学に明るいようだ。」

 

「ははは、師匠とも言える人に随分と扱かれたからなぁ。」

 

「だとすれば、その師匠というのは恐ろしい人だ、単独でこれほど仕事をこなせる人物を育ててしまうとは・・・。」

 

「ああ、そうだね・・・。」

 

その時、稟は確かに見た、誇るべきほどの事なのに、一刀の顔に影がさしていたのを。

 

(そりゃそうさ、その師匠は病の中で、俺に一つでも残そうと必死になって教えてくれた稟なんだから。)

 

 

 

 

確かに内政の基本師匠といえるのはあの事あらば罵倒してくる華琳の軍師様だったが、

以前の一刀の内政、知略、軍略の最大の師匠は間違いなく稟だったと断言できる。

 

あれほど無力を呪ったことはなかった、否、それ以降も呪ったがあれが初めての事だった、

病に倒れ、数日も持たないと申告された稟は一刀を部屋に呼び出して講義を始めた。

 

『もはや私には猶予は残されていません、ならば一刀殿、ゴホッ!

この私の我儘を聞いてください、私の一片でもいい、貴殿に託したいんです。』

 

『・・・体に障るからダメだって言ったら俺はとんだ大馬鹿だな、覚えは悪い頭だけど、詰め込んでみるよ、

頼む、俺に稟の少しでもいい、知略の一片を残させてくれ。』

 

『ええ、こんな身体ですが、容赦はしませんよ、早速初めますから筆を取りなさい。』

 

必死だった、とにかく稟の不安を取り除きたかった、自分がその一助になれるなら一刀はなんだってした。

それから、華琳や風、一刀に看取られながら、稟はその生を全うしようとしていた。

 

『一刀殿、全く貴殿は覚えが悪くて苦労しましたよ、及第点まで行ったのが奇跡に思えるほどです、

華琳様、申し訳、ありません、できることなら最後までこの知略をあなたのために、捧げたかった・・・。』

 

『何を弱気なことを言っているのよ、あなたはまだ、いいえ、最後まで私の側に必要なのよ、

それなのに、稟は、あなたは私の許可無く先に逝ってしまうの!?』

 

『稟ちゃん、まだです、きっとよくなりますから・・・だから!』

 

『弱気になっちゃ駄目だ!気をしっかり持ってくれ、お願いだ、稟!』

 

『ふ、ふふふ、無念です、身体は全く言うことを聞かないのに、私の頭蓋は、華琳様の覇道、

これから、南へと進み劉備、孫呉の討伐への策謀が溢れて止まりません、本当に無念、で、す・・・。』

 

『駄目よ!逝っちゃ駄目よ、稟ー!』

 

『そんな、こんなの、嘘です、稟・・・ちゃん…!』

 

『畜、生・・・!なんで、なんでこうなっちまうんだぁぁぁぁぁー!』

 

 

 

 

「一刀殿、いかがした?」

 

「っ!いやなんでもないよ。」

 

本当にどうしてあんな結果になってしまったのだろうか、稟も自覚症状もなく病気が杞憂だったのかと思いもした、

でもそれは間違いだった、稟は自分の先を知っていた、一刀や風、華琳にすら申し出もしないで隠していたのだ、

烏丸討伐には稟の知略と霞の武が絶対に必要な状況だった、そして討伐が佳境に差し掛かった時には・・・。

 

一刀はひたすら後悔した、たとえ隠し通されようとも何故病のことで稟を気遣わなかったのか、

華琳に、風に申し出れば、もう少しいい結果に導かれただろうか?

 

「俺は、師匠の誇れるような、そんな奴になりたいんだよ。」

 

「ならば貴殿の師は誇らしいでしょうね、これほどの奇抜な内政を私は今まで見たことが無いですから。」

 

(ありがとう、稟にそう言ってもらえるだけでも、俺は少し救われる気分だよ。)

 

あれから、桂花の教えが見違えて吸収できるようになったのは、間違いなく彼女のおかげなのだから。

 

 

 

 

その夜、一刀と風は政庁の一室で話をしていた。

 

「しかし、お姉さんの、華琳さまの考えが見事に的中した形ですねこれは。」

 

「元々この街は名主様のお陰である程度自立できていたんだよ、だったら俺達はその地盤を作ればいいだけさ、

風にはお見通しだったみたいだけど華琳のやり方を自分なりに変えてみたんだ、どう思う?」

 

「まあ確かにこの街は広いですから埋もれている人材も少なからず居ましたけど、

一つだけ見当違いなことがあります、この街【武官】に値する方が全く居ませんでした。」

 

「まあ無理ないかもな、門衛も腕は立つって言っても卒伯ぐらいの実力だったし。」

 

「ここにいるくらいなら今諸将が募ってる武官招集に応じているでしょうね。」

 

「あーあ、俺の知る武官が仕官してくれれば話は違うんだろうけど、其処まで話はうまくいかないよなぁ。」

 

「・・・ぐぅ。」

 

「おぉい!?」

 

「おおう、余りにも荒唐無稽な話につい眠気が。」

 

「・・・考えなしの話じゃないんだけどな、ほら後に対立した三国ってさ黄巾の乱から既に人材がある程度

基板ができていたんだよ、俺たち魏には春蘭、秋蘭、桂花、蜀には関羽、張飛、趙雲、諸葛亮、龐統、

最初は袁術に属していた呉にだって孫策は勿論知恵者の周瑜、そして雌伏の時に揃えた名将たち。」

 

「確かに、考えてみればその時にはある程度自立しても問題ないほどの人材が揃っていたんですね、

そして後は魏、呉、蜀、それぞれが更に人材を集めて飛躍の時を待つだけだった。」

 

「今の俺も風と稟が居る、焦りは禁物だってのは知ってるけど、やっぱり一人でもいいから武に長じた人がいればなぁ。」

 

「そう言えば、お兄さんは今どれぐらい強いんですか?」

 

「・・・わからない、風を看取った後俺は元の世界に戻っていたんだ、そこで有数の武道家にはなったけど、

この国でどれだけこれが通用するのか、それがわからないんだ。」

 

一刀はそばにある日本刀を握る、女となってしまった身体でも、問題なく振り回せた。

しかしこの武が果たして一刀が知る英雄たちに通用するのか・・・。

 

「それと、お兄さん、とうとう黄巾賊の活動が活発化してきました、黄巾の乱はそう遠くないうちに起きるでしょう。」

 

「まあ黄巾賊の本当の姿はただの歌姫たちの熱烈な追っかけだったけどね、それに便乗して一部が暴れてるだけで、

あーそれだったら尚更武官がほしいな、俺が覚えた付け焼き刃の兵法じゃまだ通用しないよ・・・。」

 

「しかしお兄さん、付け焼き刃と申しましたがどれ位できるんですか?」

 

「動きとしては問題ないんだけど、実戦を交えてないからどうにも判断に困っていてね・・・

兵として志願してきた人たちと訓練を始めてね、鍛冶屋の人たちも積極的に協力してくれたんだ、

槍とか弓なんて大事だしすぐに量産してくれたよ、やっぱり戦をしたことがないときには長い得物の方がいいし、

剣は多く鉄を使うけど弓矢とか槍なら少ない鉄材でも質のいい木もあれば量産できるし。」

 

「なるほど、資源の節約も兼ねれるんですか。」

 

「木材もだけど鉄材だってとても貴重なんだ、闇雲に多く使うわけにも行かないよ・・・。」

 

「ふむふむ、お兄さんも中々成長してるようで、嬉しいですね。」

 

「今を乗り切ればいいって話じゃないんだ、これからもこの街を発展させていかないとな。」

 

「そしてこの街を起点として、ですね。」

 

「まだその舞台にすら立ってないからな、焦らないで、それでも時には大胆に行動していかないと。」

 

「道は険しいですよー最低でも華琳さまを超えるのが絶対条件ですから。」

 

「うへー・・・気が遠くなる話だけど、やるしか無いんだよな。」

 

「華琳さまは自分よりも無能の下には付きませんからねー。」

 

ふふふーと笑いながらジト目な彼女と話していると、一刀は昔を懐かしんだ。

それからも、暫く二人は談笑をしながら夜を過ごして、魏軍に居た時のことを語り合った。

 

 

 

 

それから更に数日後、偵察に出していた斥候から街に一報が入る、数は多くないが、黄巾賊が迫ってるらしい、

町の住民は少なからず動揺が走るが其処を一刀や稟達が鎮める。

 

「落ち着け!今までの訓練を忘れたのか!?」

 

「賊の規模も決して多くない数です、皆さんの奮戦があれば勝機はあります!」

 

「しっかりと訓練を思い出せば絶対負けませんよ―。」

 

この街を見違えるほどに良くしてくれた一刀達の言葉の影響力はとても高く、動揺は鎮まり、

自らが住む街を守るためにそれぞれが槍や弓を取り準備を始めた。

 

「これがお姉さんがやってきた成果ですね―。」

 

「よしてくれよ、稟や風の助けがあって事さ、俺はまだまだ未熟だよ。」

 

「現状に満足しないのは結構なことですが、今は目の前に集中しましょう、賊は待ってくれませんから。」

 

「よし、皆!よく聞いてくれ、これから黄巾賊を撃退するために策の準備をする!」

 

「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」

 

「信頼は十分のようですね、これなら一刀殿の命は皆よく聞くことでしょう。」

 

「相変わらず人心掌握がお上手ですね、お兄さんは。」

 

「む、風なにか言いましたか?」

 

「・・・ぐぅー。」

 

「まあいいでしょう、そう言えば一刀殿、策と言いましたが一体?」

 

「ああ、大したことじゃないよ、ちょっと【釣り】に行くだけさ。」

 

「・・・?ああ、なるほど欲に目がくらんだ賊なら間違いなく成功しますね。」

 

(ふふふふーまさかお兄さんから策が聞けるようになるとは、稟ちゃんも鼻高々ですね。)

 

 

 

 

新野の街、その近くで賊の一団が下卑た笑みを浮かべながらじわじわと迫っていた。

 

「へへへ、もうすぐ街につくぜ、あー早く暴れてえな―。」

 

「街なら女もたくさんいるだろうな、今から楽しみだぜ。」

 

「他のあいつらよくわからねえよなー歌や踊りのどこがいいんだか。」

 

話していることは街についたらどう暴れるかなどでありとても平和的なことではなかった。

しかし、賊達の目にある一団が目にとまる。

 

「う、うわぁ!黄巾賊だ、積み荷を奪われる訳にはいかない、すぐに逃げるぞ―!」

 

見たところ商隊だろう、馬車を引きながら賊から遠ざかるように逃げている。

 

「お、あんな所に商隊が居るぜ、行き掛けの駄賃だあいつらも頂いていこうぜ。」

 

「おっしゃ!まちやがれ、積み荷を置いていけ!」

 

「・・・よしうまく釣り出せたな、後は一定の距離をとって北郷様の言うとおり森へと引き込まねば。」

 

賊達は気がつかない、欲に眩んで行動して、自ら虎穴に飛び込んでいることを。

 

 

 

 

商隊と黄巾賊との逃走劇は続き、やがて深い森に入ると、賊達は商隊を見失った。

 

「ちっ見失ったな、仕方ない、街を襲いに戻ろうぜ。」

 

「とんだ無駄足だったな・・・がっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

「や、矢だ、木から矢が降ってくるぞ!」

 

気がつけば木上には矢を番えた弓兵達が賊たちを狙っていた。

 

「しまった、こりゃ罠だ!戻れ戻れ!」

 

「ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

気が付いた時には手遅れ、一刀と稟が率いた兵たちが矢継ぎ早にと黄巾賊を襲う。

 

「今だ!第二陣、一斉に放て!」

 

「うわわぁぁぁこっちにも弓兵が居るぞぉぉぉ!」

 

「慌てるな!数は多くない、蹴散らして進め!」

 

賊の頭だろう、彼が指示を出すと数人が弓兵達に突撃するが、更に横から槍を持った兵が奇襲してきた。

 

「よし、かかれ!敵は浮き足立っているぞ!」

 

「ひぃぃぃぃ!こっちにもいるぞ!?」

 

「な、なんだってんだ!こいつら一体どこから!?」

 

「森というのは隠れるのにとても適した場所なんです、まあ教訓を活かす機会はもはや無いでしょうかね。」

 

「かかれ!ひとりとして死ぬのは許されないぞ!生きて街に帰るんだ!」

 

「「「おぉぉぉおおお!!」」」

 

「・・・戦国の強者、島津の得意戦法【釣り野伏】、うまくいったな、誘い出し、静かに備えて、かかる時は烈火のごとく。」

 

自分の学んだ日本の兵法、これによって今を戦える、そう思うと今までの研鑽は無駄ではなかったことを感じると、

日本刀を握り、首をふる、感慨に耽るのは今ではないのだから。

 

「くっそぉぉぉ!せめてお前だけでも道連れにしてやる!」

 

「・・・悪いが、俺は死ぬ訳にはいかない。」

 

賊の頭目が此方に特攻してきた、迫る殺気は凄いが、闇雲に剣を振り回してくるだけなら

簡単にさばける、刀を峰にして、相手の脇腹にめがけておもいっきり打ち付けた。

 

「ご、がぁ・・・!」

 

「今殺しはしないが、罪は償ってもらうぞ、他にも生きている黄巾賊がいたら拘束しろ、この戦い俺達の勝ちだ!」

 

「う、おぉぉぉぉぉ、やったぜ俺達黄巾賊に勝っちまった!」

 

「信じられねえ、俺たち勝てたんだ!」

 

黄巾賊を無力化して、勝利の喜びに浸る新野の兵たち、彼らは戦いを知らず怯えるだけだったが、

今間違いなく、一刀や稟、彼らの力で敵を倒せることに成功したのだ。

 

「見事な手並みですね、釣りだしから奇襲までの算段も見事でした。」

 

「ありがとう!稟にそう言ってもらえると凄く嬉しいよ!」

 

「!・・・・ななななな!?」

 

一刀は出来る限りの笑顔で稟に笑い抱きつくと稟は見事に顔が赤く染まり・・・稟の鼻管から大量の血が吹き出した。

 

「うわっ!あー・・・忘れてた、あははは、締まらないなぁ、俺・・・。」

 

稟を抱き上げながら兵たちに指示を出すと黄巾賊たちを土に埋めて一刀達は馬に乗り新野の街に戻り始めた。

 

「ああ、もう・・・足が今更震えてきた、俺の指示で、この黄巾賊達は死んだんだよな、運が悪ければ街の皆も死んでいた、

華琳と居た時だって兵を率いていたけど、重さが全然違う、華琳はいつもこの重さに耐えていたのかな?」

 

「でも振り返らないよ、俺はここで死んでいった人のためにも、目指さなくちゃな・・・!」

 

決意を新たに、一刀は足を進める、自分の成したい目的と、後ろからついてきてるれる兵達のために。

 

 

 

 

新野の街に戻った兵たちを街の民衆は大歓声で迎えた、一刀たちも勝鬨の声を上げて街を凱旋した、

そして今日ばかりは皆の完勝を祝って宴会を開いた。

 

「いやぁ、お見事ですねーお姉さんも稟ちゃんもお疲れ様でした。」

 

「ありがとうございます、風、街の方は異常はありませんでしたか?」

 

「大丈夫ですよ、何も変わらず皆の帰りを今か今かと待ってました。」

 

「よかった、兵が居ない間に街に異常があったら事だったよ。」

 

《そのために残したんだろうが、信用ねえなおい。》

 

風の頭に乗っている奇妙な物体が話し始めた。

 

「いえ、何なのですかその言い回しは?」

 

「ぐぅー……。」

 

「だから何故其処で寝るんですか!?」

 

「今に始まったことじゃないさ、ほら、稟も飲みなよ。」

 

「ととっ失礼、しかし本当に快勝でしたね。」

 

「皆の奮闘あってのことさ、俺は戦う力を教えて策を立てただけさ。」

 

「いえ、それだけできれば十分です、改めて確信しました、私のこの知をあなたに預けましょう。」

 

「・・・ありがとう稟、頼りにさせてもらうよ。」

 

そして、黄巾賊討伐で一刀達の実力は街の多くの人達に認められて名士も支援するに値する者と認める、

とうとう一刀は新野の街の太守となった。

 

 

 

 

「俺はようやくここまでこれた、形だけとはいえこれで新野の太守として黄巾賊討伐を対等に参加できる、

何か言われた時には、まあ何とか出来るさ、今の漢王朝じゃ諸将の勢いを止められない、

せめて武官が居ればもっと有利に進んだだろうけど、そんなことを言ってられない、俺の全力で行こう。」

 

「なにより、稟や風にあれだけ期待されてるんだ、俺は女にはなったけど、男として応えないとな。」

 

満月が照らす夜、一刀は満月を見上げながら笑い、次の戦いに備えるために、書類をまとめ始めた。

 




一刀さんがようやく太守に、これからが本番ですね。


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2話 集う諸将と運命の転機

皆様感想本当に有難うございます!


 

 

一刀が新野の太守となって時が経ち、各地で暴れていた黄巾賊が大規模に集結、

これを知った官軍は諸将に黄巾賊討伐の命を発する、新野太守、一刀のもとにも檄文が届いた。

 

「いよいよ、か・・・この時に備えて準備はしていた、結局武官は仕官してこなかったけど贅沢は言えない。」

 

「お姉さん、戦いのための準備は全て万端ですよ。」

 

「兵糧、野営の備えも十分にあります。」

 

「お疲れ様、さて少し気合入れるか。」

 

一刀の目の前にはこの新野の街のみならず移住してきた住民たちも兵として志願している、

多くの命をこの一身に背負う、ここに再び来た時から、覚悟は決めていた。

 

「皆、ここにいる思いは人それぞれだと思う、この街を守りたいと思ってくれる者、黄巾賊に恨みを持つ者、義で立つ者、

出世がしたい者、自分を高めたいって思う者、それでも一つ一緒の思いがあると思うんだ、【生きたい】って気持ちだ。」

 

「だからこそどんな時だって訓練の教訓を思い出して欲しい、一人で勝てないと思うなら二人で、

二人で無理だと思うなら三人で、ここにいる者達は一人ではないんだ、隣には一緒に戦う仲間がいる。」

 

「全軍、行くぞ!俺達は生きて明日を掴むんだ!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

刀を抜刀して天に突き上げればそれに呼応するように集まった兵たちが声を上げる。

 

「士気は高いですねーこれなら十分諸将に劣らない活躍ができるでしょう。」

 

「それに一刀殿の統率力もあって兵達一人ひとりが中々の練度を持っています、これなら行けるでしょう。」

 

「さて行こうか、稟、街の方を頼んだよ。」

 

「お任せください、何があっても対処してみせましょう。」

 

一刀達は稟にいざというときのための守備を頼み、新野から出立した。

 

 

 

 

黄巾賊の本拠地に行軍するまでに結構な道のりがあった、行軍中脱落者が出ないように数回の休憩をはさみ

兵達の疲労を気遣ったり、義勇軍が加入させてほしいと申し出てきたため受け入れたりもした。

 

「しかし、義勇軍にしては中々精錬されてますねー。」

 

「確かに、熟練兵までとは行かないけど中々の練度を持ってるな。」

 

「戦力を腐らせる理由もありませんし、兵たちと交流をさせて連携が取れるようにしましょうか。」

 

行軍中の思わぬ戦力増強に二人は頬を緩めたが、偵察兵からの通達された思わぬ事態に驚愕することになる。

 

「軍に保護を申し出ている人達が居る?」

 

「はっ!行軍中であるのは理解しているそうですが路銀が尽きて娘が心配だそうです。」

 

「どうします、お姉さん?」

 

「聞くまでもないだろ、数人余分に養っても平気なくらいには備えはあるし、俺には見捨てることはできないよ。」

 

「まあ、お兄さんならそう言うと思いましたよー。」

 

「了解しました、すぐにお連れするのでお待ちください。」

 

偵察兵が離れると数人の人がいるようで説明をしているようだが、その数人には二人にとって凄く見覚えがあった。

 

「なあ風、俺目が疲れてんのかな・・・?」

 

「ぐぅー・・・。」

 

風もこれには予想外だったようで夢の世界に逃げてしまった、仕方なく一刀は一人で保護を求めている者達に向かった。

 

 

 

 

「どうも、俺がこの軍を率いている新野の太守、北郷一刀です。」

 

「ありがとうございます、私の名は黄忠と申します、此方は娘の璃々です。」

 

「よろしくお願いします、太守さま!」

 

「ワタシは魏延だ、これでも腕が立つぞ。」

 

「楽進です、よろしくお願いします一刀様。」

 

一刀は正直顔が引き攣る思いだった、以前の三国志で黄忠に夏侯淵を討たれた過去もあって

今対峙している黄忠に若干の苦手意識があったがここでは彼女は何もしていないのだ、

ここで夏侯淵の仇敵である彼女になにか言ってもただの八つ当たりであり、詮無きことである、

そんなことよりも更に魏延とか凪まで連れているのはどういうことなのだろうか・・・?

 

「一応聞いておきたいんですが何故保護を?路銀の件はともかく腕も立つようですが。」

 

「はい、元々私と魏延は襄陽などを治める劉表様に仕えていたのですが、事情があって放浪の身なのです。」

 

「劉表様は別に悪い人じゃなかったし、あのまま劉表様の下にいるのも良かったんだが蔡瑁の奴にな・・・。」

 

(蔡瑁・・・たしか劉表が亡くなった後に魏に降伏してきた水軍に優れた将だったけど、赤壁で甘寧に討たれた将だったな。)

 

一刀の知る以前の蔡瑁は劉備達を追い出して魏に降伏、南征に対して水軍の調練が進んでいなかった魏軍には

荊州水軍は魅力的なもので蔡瑁を厚く遇したが、赤壁の戦いの際船が炎上し、乗り込んできた甘寧に討たれてしまう。

魏軍に居た一刀にとっては天の知識がありながら防げなかった上に流琉まで喪った敗北で苦い記憶のある戦いだった。

 

「蔡瑁は優れた将で彼なくして劉表様は成り上がれないほどの将だったのですが最近野心を燃やすようになったのです。」

 

「元々上を目指すのに躊躇のないやつだったんだがどんどん手段を選ばなくなってきたんだよ。」

 

「蔡瑁は黄巾賊が頭角を現してきたのに対して軍力強化していたのですが自分の思い通りになる軍を編成し始めたのです、

その際私達にも声をかけてきたのですがこれを断ると私達が討伐に赴いている中謂れのない罪を着せられてしまい・・・。」

 

「蔡瑁は黄巾賊の仕業に見せかけてワタシ達を暗殺しようとしてきたんだが危ないところをこの楽進に救われてな、

劉表様がそれを受け入れる人じゃないのは知っているが身の危険を感じてそのまま劉表軍を抜けだしたんだよ。」

 

(それが真実だとしたら蔡瑁は何を考えてるんだ?黄忠や魏延は多少の事があっても手放すのはあまりに惜しい人材だ、

それに何より、なんで其処に凪が加わって俺達に保護を求めることになるんだ?)

 

凪に再び会えたのは嬉しい事なのだが一刀が疑問に思い首を傾げると楽進が前に出て説明を始める。

 

「其処から先は私が説明します、私は友人の二人とともに旅をしていたのですが途上で大規模の賊に襲われてしまい、

全員が散り散りになってしまったのです、元の場所に戻っても二人に合うことはできずに一人で充てなく旅をしていたところ

襲われていた此方の二人に出会い助太刀をして行動を共にしています。」

 

「・・・なるほど経緯はわかりました、今は行軍中ですがあなた方を養うことはできます、人を匿うには不出来ですがね。」

 

「いいのお姉ちゃん!」

 

「こ、こら璃々!太守様にそんな口を・・・。」

 

「ははは、気にしないでください、それに俺は困った人は見過ごせない質でして。」

 

「ふーんお人好しの変わりもんだな、あんた。」

 

「焔耶も何を言ってるの!」

 

「いいですよ、変わり者なのは自覚してるんで、それにそれだけ言うなら腕も立つのでしょう?」

 

「勿論さ、あんたらこのまま黄巾討伐に行くんだろ?なんなら軍に加えてくれれば大暴れしてやるよ。」

 

「それは頼もしい、うちの軍には武官が不足しているので、お望みなら遇しますよ。」

 

「あの、でしたら私も末席に加えていただけませんか?弓の腕なら自信があるので。」

 

「それならば私もお願いします、何もせずに世話になるのは忍びないので・・・。」

 

(・・・思わず決めちゃったけど、これはある意味諸刃の剣だな、行軍中にどれだけ兵たちと馴染めるかが勝負かな。)

 

武官が優秀でもそれに兵がついて行けなければなんの意味もない、行軍中で立て続けの戦力増加に

一刀は嬉しさとそれに劣らない悩ましさで今も尚寝た振りをしている風を睨むがなんの意味もなくため息が漏れた。

 

 

 

 

集結した黄巾賊を討伐するために各地の太守達が集い、黄巾討伐のための軍議を開こうとしていた、

・・・が、集ったうちの一人の将、曹操孟徳は護衛である夏侯淵を連れながら苛立ちを募らせている。

 

「全く、これからあの袁紹の長話を聞かなきゃならないなんて・・・。」

 

「しかしこれはしかたがないかと、今の袁紹の軍力は最高峰ですから。」

 

「ふん、金と名声に任せた大軍勢ね・・・そう言えば秋蘭、あなた新野の太守のことを知ってるかしら?」

 

「はっ、最近黄巾賊を討伐して、捕えた黄巾賊を引き渡した際に官軍に納税を渡して太守と認められた女性で、

治安の乱れた新野の街を見違えるように復興させるなど、武力もあり優れた内政の手腕の持ち主でもあるようです。」

 

「そう、この黄巾賊が跋扈する中堂々と太守の一人となって頭角を現している、どんな娘か凄く気になるわ。」

 

「ならばすぐにでも知れるかと、この黄巾賊討伐の軍議にその太守が参加しているそうですので。」

 

「そうね、いずれこの曹孟徳自らその太守を見てみましょうか。」

 

好奇心と期待の導くまま、曹操は己の信念に生きる女性であり、欲しい人材は必ず手に入れる主義でもある、

治安が乱れた新野の街を復興、黄巾賊を討伐した手腕、連れている軍師、どれもが曹操の好奇心を刺激した。

 

「まあ、まずはあのやかましい高笑いをやり過ごさないとね。」

 

「心中お察しします、しかし本陣の留守を姉者と桂花に任せてよろしかったので?」

 

「構わないわ、なんかいざこざが起きても季衣や真桜達が止めてくれるわよ。」

 

特に気にしていないようで軍議のために建った天幕に入っていく曹操を夏侯淵は苦笑いしながら追った。

 

 

 

 

「おーほっほっほっほ!皆さんよくぞ集まってくれました、これより華麗に優雅に黄巾の皆さんを蹴散らして差し上げましょう!」

 

ここまで来るともはや個性だろう、耳に残りそうなほどの高笑いとともに冗長な解説が始まった。

 

(はぁ、よくもあんなに言葉が出るわよね。)

 

曹操は嫌になりながらも聞き流しながら卓上に置かれた対黄巾賊のための地図を眺める。

 

(連合軍にとって有利なのはそれぞれに優秀な将が居ること、あの袁紹にだって二枚看板の二人がいるほどだしね、

それよりも今私が気になるのは、あの義勇軍ね・・・。)

 

曹操が傍目で視線を移すとそこには公孫賛の客将であり、義勇軍でもある劉備軍、背後に控える黒髪の武人は、

まだ戦における彼女の腕を見てはいないが、己が信頼する夏侯惇にすら負けるとも劣らない風格がある。

更にその武人関羽を従えている劉備という将、目立つところはないがその関羽を従える何かがあるのだろう。

 

(あの義勇軍は伸びるわね、そして今この中で集っている軍で袁紹に次ぐ強さを持つ【孫文台】・・・。)

 

袁紹の妹である袁術を膝に乗せて袁術も笑い合いながら孫堅と話をしている。

 

(袁術の父親などの家族が亡くなった後基盤が揺らいだのを父《袁逢》と交友があった孫堅と袁術の側近張勲が立て直した、

それもあって袁術は母同然に慕って孫堅もそれを受け入れている。)

 

大軍を擁している袁術軍に孫堅の統率力が備わって袁紹にも引けをとらない精強な軍となっている。

 

(ふふ、この黄巾賊討伐の後でどれほどの英雄が私の前に立ちはだかるのかしら。)

 

他にも立ち並ぶ官軍の器の中に収まらない大器達を見ながら曹操は一人薄く笑みを浮かべていた。

このまま官軍のような無能の下に甘んじるなど御免こうむる、それならそれら官軍や阻む英雄を押しのけ自ら望む世を創る。

 

(・・・ん?)

 

反対側に居る将に視線を移すと自分と同じく地図に目線を移して何かを考えこんでいる一人の将。

夏侯淵との話題に上がった件の新野の太守が側の軍師と何かを話していた。

 

(彼女が新野の街を復興させた太守ね、そしてその側にいるのはあの程昱と真桜が話していた楽進・・・。)

 

密偵を出して噂話として聞いた日輪を持ち上げる夢を見て名を変えた賢才の少女と真桜達の旅の仲間である武将。

 

(更に聞いた話が確かなら彼女の側にはあの郭嘉も居る。)

 

最近太守になった北郷一刀、その彼女のどこに軍師にすらなれる奇才の二人を惹きつける魅力があるのか・・・。

 

そんなことを考えていたら此方の視線に気がついたのだろう、一刀が顔を上げて此方を見た、

一刀は真っ直ぐな目で曹操を見ながらニコリと綺麗に笑って手を振ってきた。

 

何故かその顔を見てると顔に熱が登り顔を背けると面白そうに笑って、傍に控える程昱もふふふーと面白そうに笑っていた。

ただ楽進は二人を不思議そうに見ていたが。

 

(なんなのよ、あいつらは・・・。)

 

どうにも調子が狂うしそれに何より悪い気がしないのだ、一体自分に何が起きたのか、今の曹操には全く理解できなかった。

曹操の、華琳にとって一刀への第一印象は調子を狂わせる変わった奴、だった。

 

「さあそんなわけで皆さん、我が袁家御旗の元、大いに働いてくださいな!おーっほっほっほっほ!」

 

 

 

 

「さーて、俺達の受けた配置は董卓軍の援護だけど・・・。」

 

「そうですねー。」

 

「正直言ってお荷物確定じゃないか?」

 

「まあ袁紹さんは知りませんからねー董卓軍には天下無双が居るなんて。」

 

「一応活躍の場はあると思うけど、その少ない活躍の場をしっかり掴まないとな。」

 

「黄巾の乱に参加しましたけどなんの活躍もありませんでしたってのは不味いですしねー。」

 

この黄巾の乱には後に英雄となる将達が多数集った三国志始まりの戦と言ってもいい重要な戦だ。

期待の新星である劉備、雌伏の時を過ごしながら虎視眈々と牙を磨いた孫呉、この時から頭角を示した曹操、

天下無双の呂布を仲間にする董卓軍や当時呉を従えていた大軍を擁す袁術、精強な騎馬隊、白馬義従の公孫賛。

そして、その名声と財力をあらん限りに使った現在最大の兵数を誇る袁紹だ、この中で自分たちがどこまで行けるのか。

 

「ははは、まあ俺たちは戦功を上げながら董卓軍の援護をしてればいいだけさ。」

 

決して容易に進む戦ではないが普通に戦うよりも味方にあの天下無双が居るなら幾分かは気が楽である。

 

「にしても劉表の件といい、前回に比べて随分と変わっていたな・・・。」

 

「そうですねー確か孫堅さんは黄巾討伐の時期には既に亡くなっていたはずなんですが・・・。」

 

「更に言うならその影響で孫家と袁術の間に確執が無いってのも大きく違うな。」

 

「何はともあれ袁術と呉軍が本来の知る歴史よりも大きく躍進してますね、これは少し面倒ですねーぐぅ・・・。」

 

「こらこら、面倒なのはわかるが寝ないでほしいな。」

 

「おおう、これから辿る未知の面倒さを察するについ眠気が。」

 

「まあ、それでもやりがいはあるだろ?」

 

「そうですねー困難な道をあらゆる手段で通りやすい道にして切り開くのが軍師の本懐ですから。」

 

「お話中に失礼します一刀様、董卓軍の進軍準備が整った模様です。」

 

「ん、じゃあぼちぼち行こうか、進軍前に董卓軍へ挨拶しに行かないとな。」

 

「お供させていただきます。」

 

「よし頼んだ、楽進。」

 

 

 

 

董卓軍の天幕に向かうとメガネを掛けた少女が出迎えた。

 

「ボクが董卓軍を仕切る賈駆だよ、今回の戦では後詰をよろしく。」

 

「ご丁寧にありがとうございます、俺は新野を治める北郷一刀です、」

 

「賈駆殿ですか、私は楽進と申します、此度の戦ではどうぞよろしく。」

 

(うん、やっぱり董卓本人は出ないか、仕方ないよな、本当の彼女は戦が嫌いな優しい少女だし。)

 

「さて、一応確認だけど・・・。」

 

「ご心配なく、袁紹の指示通りに動けば味方に無用な被害が出てしまうだけです。」

 

「それがわかってるならこっちからはなにもないよ、討ち漏らしはそっちに任せるね。」

 

「承知しました、うちの軍は偵察兵も優れているので董卓軍の背後はお任せください。」

 

ある程度の言葉を交わすと賈駆は天幕の中に戻っていった、おそらく中にいる董卓と話をしているのだろう。

一刀達も本陣に戻り戦力となった将達に指揮を託す。

 

「よし、じゃあ董卓軍と足並みをそろえながら進軍するか、楽進、魏延は槍兵達を、弓兵は黄忠に任せたよ。」

 

「はっ、歩兵達の指揮は任せて下さい。」

 

「ようやく暴れられるな、腕がなるぜ!」

 

「皆さんの足を引っ張らないように奮戦しますね。」

 

「ではではー武将も揃った新野軍、改めて出撃しますかねー。」

 

北郷一刀が新しく太守となり、以前の歴史とは大きく食い違った黄巾の乱が幕を開けようとしていた・・・。

 

 

 

 

「さーて孫武の強さ、黄巾の奴らに刻み込んでやるか!」

 

「大殿、儂もお伴しますぞ!」

 

騎馬に跨がり威風堂々とした振る舞いで先陣を駆る孫堅と側を固める孫家の重臣たち。

それに追従しながら孫堅の娘、孫策はため息をこぼしていた。

 

「はぁ、母様は本当に元気よね・・・。」

 

「なんじゃため息なんぞつきおって、らしくないぞ雪蓮。」

 

「おっと美羽じゃない、大したことじゃないのよ、子ども三人産んどきながら未だに現役張れる母様に呆れてるのよ。」

 

「あーなるほど、義母上は黄蓋と同じく生涯現役を謳っておるからのう・・・。」

 

「全くどこから来るのよあの活力。」

 

「それでも嫌いではないのじゃろう?」

 

「当然じゃない、私は孫家長女孫策伯符、いずれあの大きな背中を継がなくちゃならないんだから。」

 

あの背中を追い続けていつかは越える、王の器としては及ばないとしても、自分にも信頼できる親友がいるのだから。

 

「さて、妾たちも出陣するぞ!手柄をあげて義母上に褒めてもらうのじゃ!」

 

「・・・無理した進軍はやめなさいね、七乃にものすっごい負担が行くんだから。」

 

「いえいえー美羽様のためなら例え火の中水の中、お望みならば黄巾賊すら殲滅してみせましょう!」

 

「何時から居たのよ・・・?」

 

この連中と居ると退屈しないなぁ、そう思いながら苦笑いする孫策であった。

 

 

 

 

「華琳様ー!この春蘭の活躍をご覧あれ!」

 

「姉者は随分と張り切っているな、しかし流石に脆いな、大して鍛えていない兵ならばこの程度か。」

 

「・・・。」

 

曹操が信頼する夏侯姉妹が奮闘する中、曹操はなにか思案顔で考えていた。

 

「華琳様、いかがなさいましたか?」

 

「ああ桂花、あなた新野の太守についてどう思う?」

 

「はっ、少し前に旗揚げしたにしてはあまりにも成長速度が速い軍です、内政も奇抜で斬新な発想が目立っています。」

 

「それだけじゃないわ、彼女は才人を求めて街に人材を募る触れ込みを出して僅かな間で街を復興させたわ、

あっという間に太守になれた器を持つ才人が何故今まで世に埋もれていたのかしらね?」

 

「それは、確かに・・・。」

 

「ふふふ気になるわ、北郷一刀。」

 

曹操は気がつかない、一刀の将の基板を作り上げたのは未来の曹操自身、内政の応用は己が信頼する桂花だということに。

 

 

 

 

「進め!幽州に白馬義従ありと黄巾の賊達に知らしめろ!」

 

白馬の波が黄巾賊を踏み荒らし、公孫賛が先陣を切る部隊の勢いは止まる気配がなかった。

 

「うりゃりゃー!邪魔する奴には手加減しないのだ―!」

 

「我が名は劉備玄徳が義妹、関雲長!死にたくなくば道を開けろ!」

 

「ふむ、血気盛んだな、これはもたもたしていると常山の昇り龍が霞んでしまうではないか。」

 

それに負けないほどの勢いで劉備の義妹と公孫賛の元から引き抜いた趙雲が黄巾賊を蹴散らしていた。

しかし、それを見守る義勇軍の長、劉備は浮かない顔をしていた。

 

「と、桃香様、どうしたんですか?」

 

「あ、ごめんね朱里ちゃん、少し気になったことがあってね、この黄巾の乱って本当は防げたのかなって・・・。」

 

「桃香様・・・。」

 

「変な事言ってるのは分かってるの、でも朱里ちゃんや雛里ちゃんには解るかな、こうなってしまった理由って。」

 

黄巾の乱が始まる少し前に劉備軍に加わった臥龍、鳳雛と呼ばれた諸葛亮、龐統、二人は劉備に答えを話す。

 

「・・・結論から言ってしまえば黄巾賊達が立ったのは漢王朝の権威の失墜、それに追い打ちを掛けるような

飢饉や疫病の蔓延、そして太守達の不正によって民が苦しんだ結果に起きたことです。」

 

「でもでも、ほんとはしっかりと内政を整えてればここまでは行かなったと思うんでしゅ・・・あう。」

 

説明をしたいのに思わず噛んでしまって帽子を目深にかぶる龐統を劉備は優しくなでた。

 

「あわわ、そのですね、つまり治安や内政をしっかりと管理してれば未然には防げたはずなんです・・・。」

 

「・・・そうなんだ、私にはできるのかな、皆が笑って居られるような、平和な天下。」

 

「で、できます!桃香様ならぜったいにできましゅ!」

 

「ふふ、ありがとね、朱里ちゃん♪」

 

劉備は二人を優しく抱きしめると意を決したように立ち上がった。

 

「よーし、私も頑張らないと!」

 

部隊を率いて劉備も戦場の中に飛び込む・・・が。

 

「いかん!桃香様が前線に出ている、急いで援護に行くぞ鈴々!」

 

「わかったのだ!」

 

「桃香様!勇気と無謀は違いますぞ!」

 

「えぇー!?みんなひどい!」

 

ご覧の有様である、皆を惹きつけ、仁の世を目指す劉備玄徳、彼女道のりはまだまだ険しそうだ。

 

 

 

 

一方、董卓軍の援護をしながら黄巾賊を倒していく一刀達は人が吹き飛ぶさまを遠い目で見ていた。

 

「いやー・・・なんていうか言葉に出来ない状況だよな。」

 

「人間はあんな感じにぽんぽん飛んでいきませんからねー。」

 

董卓軍の後を追って従軍すると天下無双、呂布奉先の部隊が黄巾賊を文字通り蹂躙していた。

 

「訓練されている兵じゃないけど、あれを見て同じ武に生きる人間としてどう思う楽進、魏延。」

 

後ろに控える二人に話を振ると二人は震えていた、だがその震えは決して恐怖から来ているものではないのを知っている。

 

「・・・正直、勝てる気がしません、正面から当たってもあの一撃のもとに散るでしょう。」

 

「ああ、それでもさ、やっぱワタシたちは武人なんだ、あいつが恐ろしく強かろうとさ、戦場で武を交えてみたいんだよ。」

 

「はい、魏延殿の言うとおりです、できることならあの武に挑み、乗り越えてみたいと思うのが私達武人なのですよ。」

 

「・・・だよな、そう言うと思ったよ。」

 

あれを見て臆するのではなく、逆に戦意高揚してしまう彼女達は間違いなく三国に生きる武人の顔をしていた。

 

「おっと、話は終わりかな、呂布軍の討ち漏らしを黄忠隊で射かけて威嚇するよ、槍部隊は弓部隊の護衛を頼む。」

 

「え、当てなくてよろしいんですか?」

 

「多分、あの黄巾賊達は今自分の目の前に矢が刺さったら心が折れると思うんだよね・・・。」

 

(元々呂布さんの武に怯えて絶望状態の敵に弓なんて射掛けたらどうなるかなんてわかりきってるんですけどねー。)

 

一刀の指示を受け、黄忠は黄巾賊の部隊近くに弓を射かけた、逃げた先にまで敵がいるのかと黄巾賊は混乱に陥った。

 

「ひぃ、こっちにも敵がいるぞ!」

 

「お、俺は死にたくない!降伏するから助けてくれぇぇぇぇ!」

 

「俺もだ、武器を捨てるからどうか命ばかりはお助けください!」

 

「ん、懸命だね、君たちの身は保証させてもらうよ。」

 

呂布の勢いをその目で見て完全に心を折られた黄巾賊を降伏させるのは容易なことだった。

 

「しかし一刀様、彼らを降伏させることになんの意味があるんですか?」

 

「まあ、無駄に被害を出したくないし、元々黄巾賊の実情は賊も多いけど、朝廷に不満を持った農民も居るしね、

この人達もどうみたって戦うのに慣れてないし、こんな戦いで無駄に命を散らせる必要もないでしょ。」

 

「やっぱあんた変わってんなー。」

 

「そうかな、言ってる間にまた一部隊来たよ、あの部隊は殲滅して構わないか、あいつらが向かってる方向には村落だし。」

 

「あーたしかにありゃ見るからに生粋の賊だな、呂布を見ても怯えるどころか火事場泥棒目論んでる顔してるぜ。」

 

「大方董卓軍の目があっちに向いてる隙にって感じなのでしょうけど浅はかですね―。」

 

「楽進、魏延、あの部隊を止めてくれ、その間にこっちはすることがあるから。」

 

「了解しました、楽進隊行くぞ!」

 

「よっしゃぁ、暴れるぜ、楽進隊に遅れを取るなよ!」

 

勢い良く駈け出した二人の部隊が突撃してきたのを賊は気が付いたようだがもう遅い、後は任せるだけで大丈夫だろう。

 

「さて、君たちには少し聞きたいことがあるんだ。」

 

「は、はいぃ!なんでしょうか!」

 

「落ち着いて、答えられなくても命は取らないから、君たちこの付近で黄巾賊が兵糧貯めている場所知っているかい?」

 

「は、はい・・・。」

 

 

 

 

「北郷軍から伝令?」

 

「はっ!降伏し捕虜とした兵から中規模の兵糧庫の場所を聞き出したので落とすべきかの判断を伺っています。」

 

「ふぅん・・・兵を降伏させて情報を引き出したんだ、でもなんであいつ等こっちに情報を寄越したの?」

 

「あ、それについてなんですが、呂布将軍が暴れていたからこそ成功したので董卓軍に判断を任せるとのことです。」

 

「・・・まあいいか、真偽はどうあれ場所を聞くに進軍箇所とそれほど遠くないし、とりあえず呂布はそのまま進軍、

兵糧庫の攻撃へは張遼隊に委任するから北郷軍には張遼隊を援護するように伝令を送って。」

 

「は、承知いたしました!」

 

「なんや、別行動とってええんか?」

 

「あんたのことだから出番なくて寂しいんでしょ、機会作ってあげたあいつ等に感謝しなさい。」

 

「ま、ええけどな、恋っちばっかが暴れてて暇してたところや、ひと暴れさせてもらうで!」

 

張遼が一声かけると従軍する騎馬隊が駈け出した。

 

「あ、こら!北郷軍と足並みそろえなさいって!?」

 

「わかっとるでー。」

 

「はぁ、大丈夫かな・・・?」

 

親友を前線に出さないために董卓軍総大将を務めたが自由奔放ぶりに頭を抱える賈駆だった。

 

 

 

 

「そらそらそらぁー!一気に行くでぇ!」

 

「張遼隊に遅れを取るな!俺達も続くぞ!」

 

「あらら、これはもはや虐めですねー。」

 

風は離れた所から戦場を眺めているが黄巾賊にとっては地獄の様相だった、張遼の騎馬隊が黄巾賊を蹂躙して

一刀率いる魏延、楽進隊は堅実に包囲しながらジリジリと軽被害で乗り切っていた、そこに黄忠隊が後方弓部隊を

先に仕留めているので弓に対する被害は軽微になっているためもはや一方的な殲滅戦だった。

 

「やはりしっかりと練兵さえしてれば黄巾賊はものの数じゃないですねー。」

 

熟練された兵が少なく、元が賊徒や農民上がりの兵たちだ、練兵を怠らずに統率をしっかりと整えていれば

ただ数の多い賊の群れと大差がないのだ、それでも彼女達の熱狂的な信仰者はそんな話では片付かないが。

 

「普段もそうですが、被害は軽微に相手に大打撃を、できれば戦わずに勝つ、そういう戦法を練るのが私達軍師ですしね。」

 

そもそもこの戦いは多少食い違っていても経験済みなのだ、ここで躓いていたら全く話にならない。

 

「まあ、今はいいかもしれませんが、戦場の情報に限ってはこの先は全く役に立たない知識かもしれませんね。」

 

空を見ながら風は思う、ただ一刀が太守になっただけでこれほどまでに運命がねじ曲がるのだとしたら、

元々太守になる前から生きていた、孫堅の生死もそうだが、もし更なる改変が起きたら魏呉蜀でなされた三国鼎立すら・・・。

 

「報告!兵糧庫を完全に陥落させました、火をつけるべきか接収すべきかの判断を求めています!」

 

「おおう、風としたことが余計なことまで考えてました、接収は持ちすぎない程度にして残りは火をつけてください。」

 

必要以上に持ってしまうと逆に軍の動きが鈍る、運送のための人員も考えると多すぎても駄目なのだ。

 

「はっ!」

 

「さて、接収が終わり火をつけたら董卓軍と合流しますかね。」

 

先の事は気にはなるが今を集中しなくては意味が無い、そう思いながら風は一刀達と董卓軍に合流しに向かうのだった。

 



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3話 情と謀

兵糧庫を制圧して董卓軍と合流した一刀達は日も暮れてきたため野営の準備を始めることにした。

 

「よーし、全軍野営の準備だ、周囲を警戒しつつ迅速に作業に入ってくれ!」

 

「承知しました!」

 

一刀達の軍の建設員は材料を丁寧にまとめて必要な資材のみで作業に入り始めた。

 

「はぁ、建築速度速いなー姉さんの軍は随分と統率が撮れてるんやな。」

 

「これは張遼殿、まあうちは数も武将も足りませんからね、必然的に統率や練度をあげなければならなかったんです。」

 

「そんなもんかいな、しかしあんたの指揮は中々のもんやったな、見てくれ地味でも被害を抑えた戦略は目を見張ったで。」

 

「ありがとうございます。」

 

前回の歴史で散々魏の武将たちに扱かれ、現代に戻ってからも後悔とともに学んだ兵法、人の運用方法、

現代からここに戻っても使える内政や建築方法を頭を痛くしながらも学んだ一刀だ、知識だけとはいえその量は膨大だった。

 

(しかし驚くべきはこの世界の職人の技量な高さだよなぁ、味噌は作るわ、天幕用の布はせっせと編むわ万能すぎる。)

 

なんだかんだでメイド服があったり李典の現代も腰抜かす発明品があったりと外史には吹っ飛んだ技術に事欠かないようだ。

 

「さて、俺はそろそろ仕事に入ります、俺もやることがあるんで。」

 

「お、なにをするんや?」

 

「大したことじゃないですよ、ちょっと炊き出しをするだけです。」

 

 

 

 

「ワタシってさやっぱあの大将変わり者だと思うんだよな。」

 

「そうですかー?」

 

「だってさ、見たこと無いぜ、あんたは見たことあるのかよ?」

 

「んー別にいいんじゃないでしょうか、あんな太守様が居ても。」

 

風と魏延が見ているのは割烹着を着て炊き出しをしている一刀だった、黄忠や璃々が手伝う中自然に溶け込んでいた。

 

「はーい、並んで並んで、急がなくてもまだまだあるから順番を守ってくれよ。」

 

「皆さんお疲れ様です、疲れた体をこれで癒してくださいね。」

 

「えーと、あと配ってない人は―・・・。」

 

多くの兵たちが並び、董卓軍の兵たちや黄巾賊の捕虜も混ざって雑談に興じている。

 

「はー・・・うめえ、こんなにうまいの初めて食ったぞ。」

 

「ははは、そうだろ、うちの軍の料理はうまいんだぜ。」

 

「確かにな、お前さん達董卓軍だろ?董卓様ってどんな太守様なんだ?」

 

「董卓様はお優しい方なんだ、俺たち兵たちだけじゃなくて農民たちにも心を砕いてくれるお方だ。」

 

「そうだぜ、俺達は董卓様の助けになりたいと決めて農民から兵になったんだ。」

 

「俺達の太守様もそうだぜ、北郷様は働いただけ俺たちに報いてくれる良い太守様だ。」

 

「ほらお前たちも食えって、捕虜だからって遠慮することねえぞ?」

 

「い、いいのか?」

 

「うちの太守様はそんな小さい人じゃないぜ?気にせずに食えや。」

 

「・・・ああ。」

 

捕虜たちは一口ごとに噛みしめるように炊き出しの食事を味わった。

 

「やっぱ変わってるって、董卓軍どころか捕虜の分まで食事を出すなんてさ。」

 

「そうでしょうか、軍の評価は捕虜の扱いにも関わってきますよ、例えば戦に勝って敵の兵が投降してきます、

でも捕まえた捕虜たちをなんの理由も無くすぐに殺してしまうような太守様に魏延さんはついていけるのですかー?」

 

「む・・・確かにな。」

 

「そういうことですよー風はそういう太守様よりもお姉さんのようなお人好しの軍についていきます。」

 

いつものような胡散臭い笑顔ではなく、微笑んだ笑顔で風は炊き出しを頑張る一刀を見ていた。

 

「それに、指揮官の賈駆さんにも董卓軍の分の兵糧は提供してもらってますしねー。」

 

「ああ、そういや器二つ持って天幕に戻っていったな。」

 

 

 

 

「ふぅ、中々に好評で嬉しいや。」

 

「一刀やったか、ほんまコレうまいで、酒が欲しくなってしまうわ。」

 

「あはは、まだまだ戦は続きますからね、今は活力をつけるために、酒は勝った後の祝勝会のための楽しみにしてください。」

 

「そう言われたら張り切らざるをえんなぁ。」

 

配膳をしながら張遼と雑談する一刀だったが、ふと袖をクイクイと引かれる。

 

「ん?だれ・・・っ!?」

 

「・・・。」

 

(え、ちょ、呂布!?なんでこっち見てんだ・・・ってもしかしてこれか?)

 

袖を引かれた方を見てみれば呂布が居て、その呂布の視線は一刀、というよりも給仕をしている器に向けられていた。

 

「えっと・・・食べます?」

 

「ん。」

 

短い肯定の返事とともに器を受け取ると黙々と味わいながら食べ始めた。

 

実は一刀にとっては呂布はそれはもう恐怖の存在であり、前回の歴史では蜀軍に合流した呂布に魏軍を大いに悩ませた、

多くの兵で囲もうがどれだけ奇策を練ろうがその天賦の才と小さい軍師に完膚なきまでに打ち砕かれ、軍師たちを苦しめた。

 

そのため、最初は呂布を打ち倒すには最低でも張遼と夏侯惇、夏侯淵の三人が居ないとまるで話にならなかった、

しかし、前回の張遼は合肥で無双したばかりか、樊城の時にはたった単騎で呂布と渡り合っていたのだ、

そう考えるとよく前回の張遼は魏に来てくれたものだと改めて前回の張遼に感謝した・・・が。

 

(なんだろうなーこの呂布から漏れてる筆舌しがたいなんか癒される感じは。)

 

現代で言う所のマイナスイオン?のようなものが食事中の呂布から溢れており、このトラウマを帳消しにして余りある何か、

周囲を見渡してみれば呂布を見ている兵たちが例外なく癒やされた顔をしているという謎の光景が広がっていた。

 

「あーらら、すっかりやられちまっとるなぁ。」

 

「なんなんでしょうかこの空気は?」

 

「恋っちが飯食っとると大概こうなるんや、ある意味どんな戦略兵器よりもおっそろしいで。」

 

「・・・おかわり。」

 

張遼の話を聞いていると綺麗に空になった食器を一刀に渡しておかわりをせがむ呂布、

 

「あ、はい、どうぞ呂布将軍。」

 

「恋でいい。」

 

「へ!?」

 

「・・・一刀はいい人そうだし、そう呼べ。」

 

「えーと・・・?」

 

前回を含めても最短最速真名預けに戸惑うも、恋の意識はとっくに器に行っているのでこれ以上何も聞けないだろう。

 

「ははは、姉さん随分と懐かれたなぁ、陳宮が見たら蹴り入れてきそうやわ。」

 

「陳宮さんですか?」

 

「そや、こんな小さいくせして蹴りの強さだけは侮れんのや。」

 

張遼が手を下にかざして陳宮の背を表現してるようだが、かなり低くかった。

 

「今は華雄ってやつと一緒にウチらの本拠地を守ってもらってるんや、まあ実際本人ごっつ歯噛みしてたけどな、

「呂布殿を連れて行ってねねを置いていくとは何事ですか!メガネが残ればいいではないですか!」って喚きおってなぁ。」

 

かなりご立腹だったらしい、肩を竦めて愚痴を漏らす張遼からは苦笑いが出ていた。

 

「ま、こんな後味悪い戦はさっさと終わらせて帰るに限るな。」

 

「そうですね。」

 

この連合軍が戦っているのはただの賊ではない、朝廷の腐敗が招いた民達の不満が爆発したものなのだ。

賊も多数を占めているが、その中には賊となることしか生き永らえることすらもできなかった者も居ただろう。

 

「やっぱり、このままじゃな・・・。」

 

「せやな、この戦に勝っても根本的な解決にならん、世の中を根本から変える何かが必要やな。」

 

(そうだ、そう思ったからこそ、華琳は立ち上がって、劉備や孫策も目指す目標ができたんだ。)

 

だが、三英雄歩みあえず、譲れぬものがあるからこそ三国が争い泥沼に陥った。

 

(でも、その前提が崩れればどうなるんだ?あまり影響がなかった俺や多分華琳のところに行くであろう楽進はともかく、

魏は既に二人の軍師が欠けてしまった、孫呉だって袁術との中は良好で孫堅が健在だから前以上に伸びるだろう、

そして劉備に至っては魏延と黄忠はかなり後に加わるはずなのに今別勢力でここにいる。)

 

この時点で魏呉蜀はある程度の変革が起きている、もし一刀がこのまま更に目的のために進むのならば・・・。

 

「どうなっちまうんだろう、この天下・・・。」

 

「そうやなぁ。」

 

ふと漏らした言葉が張遼に聞き取られたが、張遼が解釈したのは別の意味だろう。

 

 

 

 

その夜、松明が照らす野営の陣の中で二人の人影があった、一人は張遼、もう一人は董卓軍の大将董卓。

 

「すみません霞さん、眠れないからといって散歩に付き合ってもらって。」

 

「別にええで、夜の見回りも兼ねてるんや、月が気にすることやない。」

 

「はい・・・。」

 

親友にくれぐれも張遼から離れるなと厳重に注意されながら陣内を歩く董卓達。

実は先ほど北郷軍の軍師が訪ねてきて賈駆はその相手をしていたので張遼が護衛を買って出たのだ。

 

「でも、捕虜にも安易ながら天幕が用意されているのですね。」

 

「ああ、あれは驚いたで、捕虜たちが風邪引いたらあかん言うて寝るための場所は用意してあるんや。」

 

捕虜が寝ている場所は兵達よりも隔離されて見張りの兵が居るが、少なくとも捕虜の待遇ではない。

 

「一刀様は、やさしい太守なのですね。」

 

「そうやな、甘いって風にも取れるがウチはああいう奴は嫌いやない。」

 

「ふふ、私もです。」

 

「おっ?さっきまで沈んどった月が笑った。」

 

「へうぅぅ・・・。」

 

張遼が月の頭を撫でると顔を仄かに染めて照れる董卓。

 

「・・・お?あそこに居るのは一刀やないか。」

 

「あ、あの方がですか?」

 

董卓達が視線を向けると、天幕から少し離れた樹の下で刀を構え、目を閉じたまま微動だにしない一刀が居た。

 

「あ、あのー。」

 

「待てや月、今声かけたらあかん。」

 

「え・・・?」

 

ふと一枚の葉が木から落ちる、ひらりと地に向かい降下する葉、一刀の眼前に落ちてきた時、一刀は刮目し抜刀。

 

「ふっ!」

 

一閃の下、月明かりに照らされ反射した日本刀の鈍く光る銀色の閃光が降下していた葉を両断した。

 

「ほぉ・・・。」

 

「えっと、今のは何を?」

 

「精神統一して一撃にえらい力込めとった、やさしい姉さんかと思うとったが武も中々できるな。」

 

口角を上げる張遼に董卓は慌てるが一刀が二人に気がついた。

 

「おや、こんばんは張遼殿に・・・えーと?」

 

「おう、随分と集中してたようやな、ほれ挨拶ぐらいしてやれや。」

 

「は、はい、えっと、はじめまして一刀様、私は董卓軍を纏める董卓です。」

 

「おお、あなたが董卓殿ですか、俺は北郷一刀と申します、董卓殿の統治は新野まで届いてますよ。」

 

実際、一刀が太守をしている時に商人伝いに董卓の善政が伝わるほどだ、その信頼は郡を抜くものだろう。。

 

「ありがとうございます一刀様、この戦い、最後までよろしくお願いします。」

 

「はい、俺も皆の助けを借りながらできることを尽くします。」

 

陽だまりのようなきれいな笑顔で笑った董卓とそれを見守る張遼、二人と言葉を交わして董卓達は天幕に戻っていった。

 

「・・・やっぱり間違ってるよな、あんなに優しい子なのにあんな理由で連合軍から攻められるなんて。」

 

元々、宦官の専横を止めるために董卓は洛陽入りして大功をあげたがそれを嫉妬した袁紹や他勢力により

洛陽で帝を独占して暴政を敷いた逆賊とされ連合軍に攻められる、劉備軍に保護されて事なきを得たが多くの者を喪った

彼女の心境は察するに余りある、曹操軍として洛陽に攻め寄せた自分たちにもそういうことを言える資格はないが・・・。

 

「でも、俺も前とは違うんだ、できることを尽くせばきっと・・・。」

 

何ができるかわからなかったあの頃の自分じゃない、戦う力と率いる知識、それを携えて戻ってきたのだ、仲間とともに。

 

「そろそろ俺も寝ないとな、寝坊したら風に笑われてしまう・・・この戦、違う結果で勝利してみせる。」

 

風にはこれからのための秘策を託して賈駆に接触してもらっている、正直賭けのようなものだがうまくいく確率は十分ある。

明日も早い、警護をしている兵たちを労うと一刀も自分の天幕に戻っていったが・・・。

 

「おやお兄さんお帰りなさい。」

 

「いや、なんでここにいるのさ風。」

 

「少しあちらの軍師さんと【お話】してきましたよ、お兄さんの要望を聞いてもらうのに少し頭を使いました。

なのでご褒美に添い寝してください、お兄さんの温もりが恋しいのでー。」

 

「それは本当にありがとうな、でも俺女になってるけどいいのか?」

 

「閏の相手をするわけでもなし、でもお兄さんとなら吝かではないですが、お兄さんは華琳さまのことをお忘れのようでー。」

 

「ああ・・・すまん。」

 

それだけで全てを察した一刀は寝台に潜り込んでいた風と眠りに落ちた。

 

 

 

 

「さて本日は快晴也、進軍するにはちょうどいいけど、楽進準備はいいかい。」

 

「はい万事滞り無く、ですが一刀様、何故程昱殿が背中で寝ているのですか?」

 

「えーとな、昨日夜遅くまで策を練っていてくれて少し寝不足らしいんだ、寝かせてやってくれ。」

 

「なるほど、程昱殿はお疲れでしたか。」

 

「それに進軍するとなれば直ぐに目を覚ましてくれるさ。」

 

「あんたほんとにそいつのこと信用してるんだな。」

 

「旗揚げの時から一緒にいてくれる大切な仲間だからね、もう一人軍師が居るんだけどその人に留守を任せているから

俺達はこうして新野から離れて黄巾族討伐に来れるんだ。」

 

「まあ、北郷様は二人も軍師が居るのですか。」

 

「まあ実は武官が全く居なかったから三人が来てくれて助かったよ本当に。」

 

「もったいないお言葉です。」

 

「まあ、居て居心地が悪くないのは否定しないな。」

 

「焔耶、あなたはまた・・・璃々、兵隊の皆さんの言う事よく聞いているのよ?」

 

「はーい!」

 

「さぁて、黄巾討伐、続きと参りますかー。」

 

「あ、起きた。」

 

「まあ今回は露払いでなく合同軍として行動しますからね、昨日の合同食事が効きました。」

 

「あいつ等と一緒に行軍すんのか、手柄を取られないように気張っていくぜ。」

 

「今回は捕虜の皆さんも連れて行きます、来るべき策のためにも各自しっかり護衛してくださいねー。」

 

「じゃあ、行くぞ、董卓軍と足並みを揃えて前進だ!」

 

「全軍進撃!」

 

「「「「「おおおおおおお!!」」」」」

 

一刀と賈駆の号令とともに野営地からの撤収を終わらせて北郷軍が董卓軍と合同で進軍を始める。

 

 

 

 

「弓兵第一隊は右翼に向かって斉射!槍兵第二隊は左翼から攻めてくる挟撃狙いの歩兵に対処して!

後、絶対に呂布隊の邪魔はしないで、最悪巻き添えを食うよ!」

 

「はっ!」

 

「俺達は左翼の敵軍が到達する前に威嚇も兼ねて敵の数を削る!黄忠隊、援護射撃だ!

楽進隊は董卓軍の弓兵第一隊を護衛しつつ前進してくれ!」

 

「了解しました!」

 

昨日同じ釜の飯を食べたのもあるだろう、二軍は連携を取りながら着実に進軍している、その速度と撃破数は

他所で進軍している連合軍でも随一となるほどだった、まあ撃破数の大半を恋が占めているのは仕方がなかったが。

 

「行く・・・。」

 

一振りで何人の命が刈り取られただろうか、彼女の進軍する道が敵兵の血や死体で埋まる。

方天画戟が振るわれるたびに黄巾族が吹き飛ばされすさまじい進軍速度となって董卓軍は進む。

 

「負けてられるか、ワタシたちも進むぜ!」

 

「そうやな、恋っちに手柄を取られてばかりじゃ気がすまんわ!」

 

対抗心を燃やす魏延と張遼も負けじと獅子奮迅の働きをする。

 

「おっと、あちらの敵陣に隙が、歩兵さん達はあちらの方々に突撃してくださいねー。」

 

「はっ!お前たち、俺に続け!」

 

風の指揮で百人隊長が号令を上げるとともに敵陣に突撃を仕掛ける、

北郷軍と董卓軍が連合した結果、互いの死角を埋めて余りある強靭な軍となった。

 

「しかしここまで来るとさすがに抵抗が激しいですねー。」

 

「そりゃそうさ、流れで黄巾賊になったものはともかくここにいるのは確固たる目的で張角達に従う軍なんだから。」

 

賊やあやかるために黄巾賊になったものではない、心の底から信じる者は時として恐ろしい底力を発揮する。

 

「「「「うおおおおおお!」」」」

 

「うわっと、敵さんの抵抗も凄いな。」

 

「敵も後がないからね、でもこのくらいの抵抗は織り込み済みだよ、それにしても北郷一刀、何を考えているんだろ・・・?」

 

「まぁ、ええんやないか、普段偉ぶってる官軍連中に一泡吹かせられるしウチは賛成や。」

 

「まあ其処は同意するけど、物好き過ぎじゃない?【黄巾賊の中枢を保護する】ってさ。」

 

賈駆という少女は親友である董卓に関わらなければ基本何が起きても構わないのだ、

無論、董卓が望むのであればどのような手段だろうと迷わずに行使するといった気概もある、

その気概が以前の董卓軍をあそこまで押し上げたのだ、その手腕は推して知るべしである。

 

「それに、月でも迷わずにそんな手段を取るやろ?」

 

「そうだね、月なら黄巾賊の総大将でも助けちゃうか・・・それにこの策はボク達にとっても利があるしね。」

 

賈駆の指揮によって統率のとれた軍勢が黄巾賊の数を着実に減らす、呂布隊の奮闘もありその速度は破格だった、

結果、北郷・董卓連合は以前の董卓軍よりも圧倒的な速度で張宝の本隊に到達した。

 

「嘘!?こんなに早く討伐軍が来るなんて!?」

 

「張宝様、お逃げください、我々が足止めを致します!」

 

「い、嫌よ!応援してくれる皆から逃げちゃなんのために歌ってきたかわからないわ!」

 

「張宝様・・・。」

 

「それにわたしが逃げたら先に居る天和姉さんが困るわよ、絶対ここは通さないんだから・・・!」

 

「了解しました!ならば我々親衛隊が命をかけてお守りします!」

 

「おい・・・なんか話だけ聞いてるとこっちが悪者じゃないか?」

 

「間違っては居ないのではないですかー?風達はあっちから見れば只の攻めてきた敵ですし。」

 

「「!?」」

 

いつの間に接近されたのだろうか、すっかり囲まれてもはや逃げ道はない。

 

「くそっ、張宝様には手を触れさせんぞ!」

 

「あー身構えるのはわかるけど、できればおとなしくして欲しいんだよね、こっちにはそっちを害する理由はないし・・・。」

 

「な、何言ってんのよ!皆を討ってここまで来たんでしょ、そんなやつ信用出来ないわよ!」

 

「なるほど、ですかそれならば安心してください、降伏した人の身の安全は保証するのでー。」

 

「その証拠というわけでもないけど、捕虜の皆は全員ここに来てもらったよ、ほら。」

 

「っ!?お、お前ら!」

 

「皆・・・!」

 

張宝と親衛隊の男は驚いた、なぜなら其処には黄巾賊の親衛隊から農民上がりの兵まで無事な姿で来たのだ。

 

「隊長、張宝様、恥を忍んでここに来た無礼をお許し下さい・・・。」

 

「そんなことより大丈夫なの皆!そいつらに酷いことされてない!?」

 

「はい、北郷軍では我々は破格の待遇で保護をされました、ですが北郷一刀にこうも言われました。

【ここでどんな待遇で迎えられても降伏は勧めるな】と・・・。」

 

「え・・・?」

 

「正直言ってこういうやり方はダシにしてるみたいで好きじゃないんだ、でも少しでも安心できる材料があるなら

俺は遠慮無くできることをするつもりさ。」

 

「張宝さんに決めてもらいたいのですよー此方に来て安全な道を取るか、それとも・・・。」

 

「・・・っ!」

 

言葉の先に含まれた意味を察したのだろう、思わず固まる張宝だが一刀が風の頭に手を置く。

 

「脅すなって、降伏が無理なら俺達はこのまま進む、でも約束はするよ、君の姉妹は助けてみせるってさ。」

 

「なんで・・・?」

 

「まあ大した理由じゃありません、官軍のおしり拭きでこんな戦をするのも少し抵抗がですねー。」

 

「女の子がおしりとか恥ずかしげもなく言うな。」

 

一刀が軽く風に体重をかけると「おおう」と風はおどけてみせた。

 

「本当に、姉さんたちを助けてくれるの?」

 

「まあそのための神速行軍でもありますしねーそろそろ・・・。」

 

風が再び意味深に言葉を切ると連合軍の伝令が慌ただしく入ってきた。

 

「報告!劉備軍と連合した曹操軍が敵将張梁軍を撃破!張梁は本陣に逃亡し、軍は一部を除き崩壊した模様!」

 

「そ、そんな、人和も負けちゃうなんて!」

 

「でも本陣には逃げた・・・か、ここまでは予想通りだね。」

 

「そうですねー曹操軍と劉備軍には【今は】あまり変化はないですしね。」

 

「何言ってんのよ、あんた達一体何なの・・・?」

 

「ちょっとした戯言さ、でも今なら【間に合う】この早さで行けば連合軍が来る前に本陣に行けるな。」

 

前回の黄巾の乱では劉備、曹操が協力して張梁を追い詰めたが後に地形の調査にて進軍が若干遅れたのだ。

だが、本陣に一番乗りしたのは曹操軍とそれに従軍した劉備軍だった、尤も、その時には張角三姉妹は一時的に逃亡、

その後残党となった張角達を曹操が保護、残る黄巾の者達が青州兵として曹操に帰順し大兵力を得るに至る。

 

「さて張宝さん決断の時です、このまま逃げて最終決戦とするか、私達と来て助かる道を選ぶかです。」

 

「言っておくけどどっちも困難な道だよ、だから決めて欲しいんだ、当事者の張宝さんに。」

 

「・・・張宝様。」

 

「うん、心配してくれてありがと・・・北郷一刀だっけ、信用していいのね?」

 

「張宝さんが協力してくれるなら、3人と言わずに観客たちもできるだけ助けてみせるさ。」

 

自身に満ちた笑みを浮かべる一刀に張宝は表情を崩して頭を下げる。

 

「お願い・・・姉さんたちを、みんなを助けて・・・!」

 

「任された!風、始めるぞ!」

 

「はい、伝令さん、至急他の軍にこの伝令を送ってほしいのです。」

 

伝令を受け取った兵は内容を確認すると驚いた様子で顔を上げる。

 

「はっ・・・え!?で、ですがこれでいいのですか?」

 

「だいじょうぶですよー・・・これからそれを真実にするので。」

 

風の顔は今までの風ではない、一刀とともに衰退していく魏を支えた真剣だった頃、奇才と謀略の軍師の顔だった。

 

「さて、董卓軍に合流するぞ、俺達の目的のために、行くか!」

 

振り向き号令を上げる一刀、そして董卓軍の天幕に向かい呂布と賈駆に頭を下げで頼み込んだ。

 

「恋将軍、少し負担を強いることになりますがよろしくお願いします・・・。」

 

「ん、月のためにもがんばる、任せて。」

 

相変わらず表情は読めないが、策に対して協力してくれるようだ。

 

「でもいいの?これだとあんた達の手柄ってすごく小さいものになっちゃうよ?」

 

「まあ領地がほしいってわけでもないですから、今は新野の街の内政で忙しいですし、最低限の手柄があればいいんです。」

 

 

 

 

「敵将討ち取ったりーってね、あーあ、こんな弱い賊ばっかじゃ腕が鈍っちまうよ。」

 

「いや、母様、一人で敵陣に突っ込んで悠々と敵将の首持ち帰らないでよ・・・。」

 

「流石は義母上なのじゃ!」

 

「孫堅様の単騎戦力だけでも他の勢力からずば抜けてますからね。」

 

「やれやれ、こんな退屈な戦なら俺が出ないで蓮華辺りも出して実戦を覚えさせるのも良かったか?

冥琳達を留守番させないでこのまま目の前の本陣に攻め寄せてしまえばこの戦あっさり終わってた気がするぞ。」

 

「母様、何言ってんのよ、蓮華や小蓮は戦をするにはまだ少し早いわよ。」

 

「しかしのう、そう言って先送りにしてたらさすがに不味いのではないか?」

 

「うっ、そうだけどさ・・・。」

 

「まあ、この戦が終わっても黄巾賊の残党は確実に出ると思うのでその鎮圧で実戦経験を積ませるのがよろしいかとー。」

 

「ああそうだな、しかし、この軍の総大将さんは随分とのんびり進軍してるねぇ。」

 

「多い軍ほど、多く食さなければならぬもの、補給が一番困難なのではないでしょうか。」

 

「しかし袁紹は妾よりも多くの物資を持ってきたぞ、あれならば飢える心配はないのではないか?」

 

「そうですね、ですが美羽様、こんな戦で物量を使いすぎるのはあまり上策とはいえません。」

 

「むむ、そうなのか、七乃?」

 

「でもそんな数が波のように押し寄せたら将の強さなんか関係なさそうね、まさに人の波に呑まれる感じかしら。」

 

「お話中申し訳ありません、董卓軍から伝令が届きました!」

 

粗方片付いた賊達を前に雑談に興じる孫堅・袁術軍だったが一報の伝令が入りその顔は驚愕に染まることとなった。

 

「・・・なんですって!?」

 

「さ、さすがに偽報じゃろ!そんなことはありえんぞ!?」

 

「いえ、十分な備えがあれば不可能ではありません、それでもこれは信じがたいことですね、並みの速さではありません。」

 

「こりゃ、俺達が遅かったとかそういう話じゃないな、だとしても早過ぎるね・・・。」

 

孫堅が進軍しようとしていた場所、黄巾賊の本陣には陥落したであろう証の黒煙が上がっていた。

 

「こりゃ、戦が終わった後に一悶着あるかもしれんな。」

 

 

 

 

一方曹操、劉備軍は他の軍より先んじて黄巾賊の本陣に向かって進軍を始めようとしていた、その時に伝令が入る。

 

「伝令!董卓軍からこのような書筒が届きました!」

 

伝聞を読みながら顔を上げた曹操は黒煙が上がる敵本陣を睨みながら言葉を漏らした。

 

「・・・まさか。」

 

「華琳様、黄巾賊の本陣から黒煙が・・・。」

 

「ええ、見えているわ。」

 

「え、え?曹操さん、何があったの?」

 

顔をしかめる曹操と荀彧を前に慌てる劉備、その劉備に諸葛亮が重い口を開いた。

 

「桃香様、黄巾賊総大将張角、董卓軍とそれを援護する北郷軍に撃破され敗走、張角は行方不明であり

残党となった黄巾賊は次々と討たれ逃げ出しています、事実上、連合軍の勝利です・・・。」

 

「・・・なんだと!?」

 

諸葛亮の報が信じられず伝聞を奪い読む関羽、その顔は徐々に険しくなった。

 

「馬鹿な・・・。」

 

「いくら何でも早すぎるわ、私達もかなりの速さだというのに・・・。」

 

「地図を作り地形を把握したからこそ、これほどの速さでこれたのですが、事実董卓軍はそれを上回る速さで

黄巾賊本陣を陥落させました・・・誰か此処の地理に詳しいものを雇い入れたのでしょうか・・・?」

 

荀彧と龐統が顎に手を当てて思考に浸る、それを見ていた伝令が伝えづらそうに口を開いた。

 

「あの、もう一つ報告が、董卓軍が撃破した黄巾賊、降伏兵を足しても、この戦における黄巾賊を多数撃破しています、

董卓軍が進軍した道には黄巾賊が多数討ち倒されていました、更に恐るべきことにその大半は一人の将によるものです。」

 

「・・・誰なの、その将は?」

 

「呂布奉先、単騎でおいて恐らく並ぶものは居ないと思います、あの武はまさに、鬼神です。」

 

「鬼神呂布・・・その強さで敵を迅速に蹴散らし敵本陣まで駆け上がったのか、恐ろしい将だ。」

 

戦で勝利したのに鬨を上げるのも忘れ、両軍は暫くの間唖然とした、ただ一人劉備は別のことを考えていた。

 

(この戦で、敵も味方もどれぐらいの人が死んじゃったのかな・・・?どうすれば助けられたのかな・・・?)

 

この黄巾の乱で董卓軍は軍中に鬼神呂布ありと連合軍に知らしめた、北郷一刀と暗躍した奇才の軍師程昱の策は、

呂布の強さに隠れて諸将に気づかれること無く、黄巾の乱は連合軍の勝利で幕を閉じた。




展開が少し早すぎましたかな?


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4話 果報者

「風、張角達の様子はどんな感じだい?」

 

「討伐軍に見つからないように少々変装させて捕虜の中に混ぜています、みなさん素直に受け入れてくれました。」

 

「良かった、このままだと色々まずいからな。」

 

董卓軍、北郷軍の連合によって黄巾賊は崩壊した、賊などの残党なども出没するだろうが今の連合の太守達の敵ではない、

しかし、戦功を上げた片方の軍、北郷軍の総大将、北郷一刀は今まさに人生の瀬戸際に立たされていた。

 

「・・・ところで、風。」

 

「何ですかお兄さん。」

 

「このいかにも女性が着る服はなんだ?」

 

「祝勝会でお兄さんが着る服ですがー?」

 

「この服じゃなきゃ駄目なのかよ!?しかも採寸がしっかりとれてるし!」

 

「ふふふーお兄さんが太守になった時から作った服でして、採寸は風がやっておきました。」

 

「まじかよ・・・。」

 

頭をがくりと落として服を手に取る、少なくとも生地としては上質で並みの服ではないだろう。

今着ている服は女性風だがどちらかと言えば男が着るような服だった。

 

「あー気持ち的にはまだ男のつもりなんだけどな・・・。」

 

「諦めてください、男性物の服だとそれはそれで目立ちますがー。」

 

「明らかに悪目立ちするだけって話だよな、わかってる、わかってるさ。」

 

仕方なく今まで着ていた服から着替えようとする一刀だが・・・。

 

「おい風、なんでこっち見たままなんだ?」

 

「いえいえ、中々の、と思いまして。」

 

「何がだ!?」

 

しかし元男性なのもあるが外史特有の服なだけあって着つけを泣く泣く風に手伝ってもらった裏話があるが割愛する。

 

「しかし祝勝会か・・・董卓もでるのかな。」

 

「出ざるを得ないですねー他の軍に軽く見られてしまいますし。」

 

(あれ?つまりそれって、前回賈駆が使った董卓の亡命の成功率が思いっ切り下がらないか・・・?)

 

曹操軍の自分達は後で知ったことだが、董卓は顔を知られていないのもあって他の死体を董卓として代わりにした、

その後、劉備たちが董卓らを保護し、呂布なども合流する、しかし今回の祝勝会で顔を出すのならばその手は使えない、

服を着替えながら今回の戦での重大な事実に気がついてしまった一刀はこの先の展開に頭を悩ませた。

 

 

 

 

袁紹の作った豪華な天幕、そこで黄巾討伐の祝勝会が開かれており、他の将兵たちも天幕の外で賑わっている。

 

「おーっほっほっほ!本日はお手柄でしたね董卓さん!」

 

「へ、へぅ、そのありがとうございます・・・。」

 

(姫あんな感じにごきげんに見えるけど内心穏やかじゃないよな?)

 

(う、うん、ゆっくりと前進してたから手柄とか雑兵をなぎ倒しただけで他の手柄は無かったようなものだし・・・。)

 

袁紹が董卓と話をしている中、顔良と文醜が密々と話をしていた。

 

そんな中、太守の一人曹操はある一人の太守をじっと見ていた。

 

「北郷様、あまり気分が良くないようですがなにかあったんですか?」

 

「聞かないでくれ、こういう服の着替え方もわからない自分の無知に呆れているところだ・・・。」

 

「ふふふー♪」

 

(北郷一刀・・・。)

 

祝勝会の中、董卓軍に混じって少し沈んでいる一刀とそれを見守る護衛の黄忠と風。

他の太守達からしてみれば一刀達の存在は董卓軍の猛将、呂布の存在で霞んだが曹操には逆に興味を惹かれた。

 

(推測とはいえ、いくら呂布という将が強くてもあそこまでの速度で到達したのは董卓軍だけではまず不可能、

強い将単騎で戦況が覆るなどまずありえない、地形を把握し、将を率いる統率がなければ暴れまわる獣と何ら変わらない。)

 

一人思考に耽る曹操、考えて見ればいつの間にか頭の中は一刀への興味が尽きなかった。

 

(おかしいのよね、董卓軍があれほどもてはやされているのに従軍した彼女達は全く触れられていない、

もし董卓軍だけが手柄を手に入れたのなら彼女達のあの落ち着き様はなんなのかしら?

周りを見渡せば戦功を奪われて心中穏やかでない太守達が尽きないというのに。)

 

この戦で朝廷への忠を示し、あわよくば領地の増加、恩賞にありつこうとしていた太守達の面目が丸つぶれだ、

自分や劉備は敵将張宝を打ち破り、孫堅も多数の将を討ち取った功績こそあるが董卓軍の前にはそれも霞む。

 

それに何故か、曹操にはある確信があった、今回の董卓軍の行軍の速さに北郷軍が絡んでいると。

 

「桂花、あなたの知謀を持ってすれば、我が軍はあの速度で本陣まで行けたかしら?」

 

「無論です、と言いたいのですが、それにはかなりの準備が必要です、事前に進みやすい地形の把握、

それを含めて襲撃や伏兵など周囲の予測と警戒、行軍用の装備、様々なことをしてようやくです。」

 

「そう・・・桂花、董卓軍と平行して北郷軍の情報もできるだけ集めなさい、それと今外で北郷軍に属している

楽進と言う将に真桜と沙和を接触させなさい、運が良ければ此方側に来るかもしれないわ。」

 

「・・・・・・はっ。」

 

「あら、不満かしら?」

 

「め、滅相もありません!この桂花が華琳様にご不満など・・・!」

 

「ふふ、相変わらず嫉妬をしていても愛おしい子ね、桂花。」

 

「華琳様ぁ・・・。」

 

(さて、桂花に調べるように言ったけど、やっぱり直に接触してみないとね、覚悟していなさい北郷一刀。)

 

艶麗に笑い陶酔した荀彧を愛でながら一刀を見る、どうやら董卓軍の張遼に絡まれてるようだ。

 

「ははは、中々可愛くなっとるやんか一刀!」

 

「張遼殿、からかうのはやめて欲しいんですけど・・・。」

 

「まあまあ、ほれ、つれないこと言わんとあんたも飲めや!」

 

「ちょ、ま、俺はあまり呑まないんですって!?」

 

(他軍の将だというのにあんなに馴染んでいるのね、ふふ、本当に面白い娘ね、楽しみだわ。)

 

 

 

 

祝勝会が終わり、それぞれの軍が戦後処理や撤収準備を始める中、一刀は再び刀を振るっていた。

 

思い知った気がする、歴史を変えるというのがどれほどの事かを、前回は魏が保護した張角達は此方で保護することになり、

董卓も表には出てこなかったが今回の黄巾討伐で名が上がり、祝勝会が開かれて彼女の存在が明るみに出た。

 

これが後にどう響くかは分からないが、少なくとも大なり小なりの変革が起きるのは確かだろう、

この状態で反董卓連合が起きるのか、もしかしたらを考えるだけでも予想がつかない。

 

「結局、どんな事だって一筋縄じゃいかないんだよな。」

 

「あら、一人で何の話をしているのかしら?」

 

「っ!?」

 

後ろから突如聞こえた懐かしくも威厳に溢れた声、振り向けば彼女は居た。

 

(華琳・・・。)

 

突然の曹操の訪問に意表を突かれたがすぐに佇まいを直して向き直る。

 

「不躾に済まないわね、私の名は曹操孟徳、陳留の太守をしているわ。」

 

「ご丁寧にありがとうございます、新野の太守をしている北郷一刀です。」

 

「あなたは董卓に従軍していたようだけど、随分早い到着だったわね。」

 

(流石・・・いきなり其処に切り込んでくるか。)

 

「軍に地理に詳しい者がいたんです、あれほどの速さで本陣までいけたのはほぼ偶然でした。」

 

「へえ、もしそれが真実なら大した知識人ね、連合の地図だって精巧とは言えずともたった一人が

あんなに広い戦場の地形を把握してるなんてね、私の所に欲しいくらいよ。」

 

「・・・そうですね、正直驚きました。」

 

ある程度言葉を交わすと曹操は鋭い視線で一刀を見つめている、品定めをされているのか、器を測っているのか。

 

「なるほど、ところであなた、随分と斬新な政治をしているのね、太守になって間もなくいきなりこんな戦に出るなんて。」

 

「元々、太守になった街はある程度自立出来ていましたからね、俺はその後押しをしただけです。

兵にも畑を耕してもらいながら商人から買い付けて兵糧の確保もしまして十分な準備をしてきました。」

 

「兵に畑を耕すか、あなた面白いわね、近いうちにこの戦が起きると思った先見にそれを行うだけの手腕もね。」

 

「買いかぶりすぎです、俺は今はまだ未熟ですから。」

 

「まだ、ねぇ・・・。」

 

「いつまでもそのままではいられませんからね、俺は俺のやり方でまだまだ強くなります。」

 

「ふうん、あなたは強くなったその先に何を目指すのかしら?」

 

「成し遂げたいことがあります、たとえだれが立ちふさがろうとも、俺はそれを超えてみせます。」

 

「ふふふ、ならば、その生き様貫いて見せなさい、いずれ私がその前に立ちふさがろうともね。」

 

「・・・言われずとも、やってやりますよ。」

 

(そうだ、例え華琳が立ち塞がっても、俺は止まれないんだ。)

 

「楽しみだわ、もしあなたが私に敗れたなら可愛がってあげるわよ?」

 

「それは、どう受け取ればいいのでしょうか・・・?」

 

「言葉のままよ。」

 

艶やかに笑った曹操が去った後に改めて刀を握り、空を見上げた一刀だった。

 

(それにしてもさすが華琳というべきか、護衛も付けずに俺に会いに来るとはなぁ・・・秋蘭とか一緒に来ると思ったけど。)

 

去った後に思わず苦笑い、話そのものはとても短く、曹操にとっても挨拶程度に軽く言葉を交わしただけだろう。

しかしその会話の最中に感じた威圧は並のものではなかった。

 

(これが、曹操孟徳と対峙するってことか・・・。)

 

この手が震えるのは、恐怖から来るのか、興奮から来るのか、一刀は小さく笑うと刀を握り、素振りを再開した。

 

(そうだ、まだまだ!こんな程度じゃ、華琳には届かないんだ・・・!)

 

かつて見た彼女の姿、誰よりも強く、誇り高く、気高く、されど覇王という重荷がなければ一人の繊細な少女だった。

 

(絶対に譲れない、二度と華琳にあんな思いをさせてたまるものか!)

 

できることならすぐにでも彼女のもとで一人の将として働きたい、しかし、それが許されない、

支えられないもどかしさ、やるせなさを感じながらも一心不乱に刀を振るっていると突如聞こえた声。

 

「あの、一刀様、鍛錬中に申し訳ありません、少しよろしいでしょうか?」

 

「・・・楽進か、どうしたんだい?」

 

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、少し悩みを感じるような顔で此方を伺う楽進が居た。

 

 

 

 

時は少し遡る、楽進は外を歩きながらこれからの事を考えていた。

 

(今まで行動していた黄忠殿と魏延殿はこのまま北郷軍に残るようだ、だが私は・・・。)

 

先ほどの祝勝会で予想外の出来事、賊徒の遭遇ではぐれた仲間であり友人でもある李典と于禁との再会、

二人はあの後曹操軍に保護され、一軍の将として活動をしているそうだ、そして楽進も此方に来ないかと誘われた。

 

(正直に言って二人の元に行きたい、しかし、私の中の何かが必死に何かを訴えている。)

 

放浪の所を保護してもらいとても世話になった人物であり、戦場で生死を共にした少し変わったお人好しの女性、

北郷一刀は関わった時間は短いがその為人は素直に好感を持てるし、去るといっても無理に引き止めはしないだろう、

 

「だというのに、何故私の気はこれほどにも乱れている・・・?」

 

こんなことは初めてだった、体中の気がざわめくような乱れ、まるで自分の選択が間違っているような錯覚。

恩を返しきれていないのもあるのだろう、それでもこれほどの気の乱れはおかしい。

 

「あ・・・。」

 

外を歩いていると一刀と曹操の二人を見かけた、何かを話しているのだろうか、しかし話は終えたのか曹操が去った・・・が。

曹操が去った後に気が付いたことがある、一人立っている一刀を見ていると、乱れていた気がすっと落ち着いた。

 

(?・・・何故、先程まで不自然に乱れていた気が。)

 

様子を窺ってみれば刀を握り真剣な顔で振る姿は、普段の穏やかさはまるで無く、戦場に立つ強かな武人の気を感じた、

そして、そんな気に当てられれば己が武人の気が先ほどとは違うざわめきを見せる。

 

(らしくない、いったい私は一刀様に何を感じている・・・?)

 

楽進は自分に起きた不可解な事情がわからないまま前に進む、暇を貰うために・・・。

 

 

 

 

「そうか、探し人が見つかったのか、よかったな楽進。」

 

「ありがとうございます、ですが少し悩みがありまして・・・。」

 

「悩みかい?」

 

「はい、私は一刀様に恩があります、その恩も返さないままに此処を去るのは・・・。」

 

「なるほどな、でも俺はそういうのは気にしないかな、寧ろ俺のほうが楽進には世話になったよ。」

 

「ありがたいお言葉です。」

 

「それでも、未だ少し迷いがあるかい?」

 

「・・・はい。」

 

「よし!じゃあ少し俺に付き合って欲しい、すぐそこだから。」

 

「え・・・解りました。」

 

一刀は楽進を連れて陣の外に出た、伝令に風への伝言を忘れずに。

 

 

 

 

夜、月と近くの陣にある松明の明かりが照らす中、一刀と楽進は向かい合っていた。

 

「さて、ここならいいだろ、始めようか。」

 

刀を木に立てかけて素手で構える一刀。

 

「え、いやその、何をですか?」

 

「見れば解るだろ、悩みがあるなら一度体を動かすのが一番さ、俺で良ければ相手になるよ。」

 

「・・・え!ですがそれは流石に!」

 

「遠慮することはないさ、俺は素手でも戦える、それにもしかしたら、次は敵同士も知れないぞ?」

 

「!!」

 

構えたまま笑う一刀、しかし楽進には一刀を通してある人物が見えた。

 

(い、今見えたのは・・・わた・・・し・・・?)

 

幻覚にしてははっきりと見えた、一刀の姿に、自らの姿が重なった。

 

(何故だ、何故私が見える?一刀様、あなたは一体…!?)

 

「えっと、どうしたんだ楽進、なんか凄い驚いてるけど?」

 

「・・・いえ、確かに体を動かすのも大切かも知れませんね、お手合わせを願います。」

 

武を交えれば、彼女のことが知ることができるのか、拳を構え、一刀に向かい合う楽進。

 

夜の冷たい風が二人を撫でると、楽進が先に駈け出して仕掛ける。

 

(様子見も大事だが、まず此処は一気に打ち込む!)

 

牽制を意識した一撃を繰りだそうとしたがその手を一刀に取られた。

 

「甘い!」

 

取られた手をそのままに引かれ繰り出した拳の勢い以上の速度で投げ出された。

 

「なっ!?」

 

思わぬ反撃に驚き、辛うじて受け身を取るも地に叩きつけられ、起き上がった身体には若干の痛みが走った。

 

「俺の故郷の武術でね、覚えるのにかなり苦労した。」

 

笑いながらも油断なく構えを解かない一刀、相当な修練を積んだのだろう、其処には一切の驕りがない。

 

「くっ!」

 

もし戦場での一騎打ちであのまま刀を使われていれば終わっていた、それぐらいの隙を晒した。

更に何度も仕掛けるも当たった攻撃にはあまり手応えはなく、見切られ反撃を受ける楽進。

 

(強い・・・!しかし、一刀様の強さは一体どこから・・・。)

 

それと同時にある違和感を感じる、まるで此方の手の内が最初から相手に筒抜けのようで一方的な展開。

更に言うなら一刀の攻撃中に自らと似たような攻め手があることを、その攻撃に面食らいもしたがなんとか捌けていた。

 

「楽進、俺には仲間であって師匠といえる人たちに恵まれていてね、俺がここまで来れるのはあの人達がいたからだ。」

 

「俺に今できるのはただ、ひたすら前に進むこと、彼女達の思いを胸にその先へと行く、それが俺の夢だ。」

 

自分と違い気を纏ったわけでもない、しかし彼女から発せられる覚悟の度量は並のものではない。

そしてまたしても聞こえた、見えた、一刀の声と姿に、何故か自分の声が姿が混じっていた。

 

「ただ、ひたすら前に・・・。」

 

手合せの最中なのにふと自らの拳に目が行く、今まで以上に気が満ちている、今の一刀の言葉が染みわたるように、

思わず笑いが漏れる、世話になった恩人だというのにこうして武を交えていれば自然と気が昂った。

今なら出せる気がする、今までの自分よりも、もっと強く、もっと速い一撃が。

 

「一刀様、次で・・・決めます!」

 

「ああ・・・来い楽進!」

 

気を集中させて一撃に全てを込めるように、迷いがこれで振りきれるように、全身全霊、全ての力で一刀に向かう、

そして一刀もそれを迎え撃つべく待ち受ける、その時楽進ははっきりと見えた、一刀の姿に自分が映った、

自分よりも一回り武人として習熟した、楽進の繰り出した拳が・・・。

 

その自分に、一刀に拳が届きそうな時、楽進の意識は白く染まり、そのまま闇に沈んだ。

 

 

 

 

「う、うう・・・あれ、私は・・・?」

 

意識がようやく戻った時、楽進は周囲を見渡した。

 

「こ、ここは、一刀様は・・・?」

 

そこに一刀は居らず、先程まで夜だった景色は夕闇に包まれ、周囲の景色はまるで知らない場所だった。

 

『『はぁぁぁああぁ!!』』

 

「!?」

 

その景色の突然の声、声のする方を向いてみれば驚くべき光景が広がっていた。

 

「あ、あれは、私!?」

 

先ほどの一刀との手合せの時に見た一回り大きく見えた自分、その自分が兵たちが見守る中、誰かと一騎打ちをしていた。

 

『魏の将楽進、その首貰い受けるぞ!』

 

『やれるものならやってみるがいい甘寧!この楽進、華琳様の覇道のため一歩も退かぬ!』

 

圧倒だった、呉の将の強さもだが自分も全く引けを取っていない、互いに傷だらけだがそれでも気炎は寧ろ燃え上がっている。。

 

『ほざけ、天下を統べるのは蓮華様唯一人だ、赤壁で大敗し勢いを無くした曹魏に何ができる。』

 

『・・・これだけは覚えておけ、この楽進、隊長と華琳様のためにこの身全てを捧げている、

私が何を言われようとも構わないが、華琳様と隊長の築き上げてきた曹魏を侮辱するのは許さん!』

 

それからは只々打ち合うだけだった、自分の武器と甘寧の武器の交差する音のみが戦場に響いた。

 

(なんて・・・世界が違う・・・!)

 

自分はあれほど早く動けない、強い一撃を繰り出せない、瞬時に気を高められない、あそこまでの域に達するまで

一体どれほどの修羅場や死地をくぐり抜けてきたのだろうか。

 

何合打ちあっただろうか、互いに疲労困憊、だが尚も覇気衰えず、気がつけば瞬きを忘れて手汗握り戦況を見守っていた、

しかし互いに出せる一撃は後一太刀だろう、互いに踏み出してその一撃に残り全てを懸けるように。

 

『終わりだ、楽進!』

 

『これで最後だ、甘寧!』

 

互いの一閃、二人の姿が重なった刹那、最初に動いたのは楽進、否、【斃れた】のは楽進だった・・・。

 

『全ての、武を尽くした・・・悔いは、無い・・・だが、すまない、真桜、沙和、申し訳ありません、一刀さ、ま・・・。』

 

(私が、あの楽進が負けたのか・・・。)

 

『敵将楽進、甘興覇が討ち取ったぞ!』

 

甘寧の兵たちが勝鬨をあげる、自らが率いていた兵たちは倒れた自分を助けだすと足早に撤退、

進軍を始めようとした甘寧の軍を命懸けで引き止めていた。

 

(兵にまであそこまで慕われている、あの私はどれほどの高みに・・・。)

 

しかしその楽進は甘寧に討たれて死んだ、だが死んだにもかかわらずその顔はとても穏やかだった。

 

その後、どこかの陣に自分は運ばれた、兵たちが帰還すると陣の入り口で数人が待っていた、

兵も少なく、将も僅か、だが陣で待っていたのは、張遼、真桜と、一刀によく似た男性だった。

 

『凪!』

 

『凪・・・嘘やろ・・・なんで、目ぇ開けへんねん?』

 

真桜が信じられずに凪を抱く、その様子を張遼と男性が見守っている。

 

『楽進様は、敵将甘寧と一騎打ちとなり、善戦空しく、お見事な散り際でした・・・。』

 

『黙らんかい!凪が、凪が死ぬなんてありえへんやろ!?』

 

泣いていた、真桜が泣きながら兵に食って掛かった、それを男性が止める。

 

『やめろ、真桜。』

 

『隊長!』

 

『凪は帰ってきただろう、それもこんなに、穏やかな顔でさ・・・。』

 

男性が自分を抱いて起こす、その体に数滴の雫が落ちながら。

 

『う、うぅ・・・凪、なぎぃ・・・なんでや、なんでやぁぁぁ・・・!』

 

兵を降ろしその場に崩れ落ちる真桜、やり場のない怒りが地面を叩く。

 

『一刀・・・。』

 

張遼も近づいて凪のそばに寄る。

 

『霞、なんでこうなってしまうんだろうな、俺はまた・・・!』

 

『一刀が悪いんやない、戦場で戦い死ぬのは武人の本望や、羨ましいで、見てみぃ、こんなに満足そうな死に顔しおって。』

 

『・・・ああ、眠るように、今にも起き上がってきそうだ。』

 

少しの間、一刀達が祈るように凪の前でただ静かに過ごすのを、楽進は見ていた。

 

(一刀・・・一刀様と同じ名、偶然なのか?)

 

『・・・行ってくるで。』

 

『霞・・・?』

 

『ウチらの大事な仲間を討たれて黙ってられんわ、華琳が来る前に、呉の奴らに思い知らせたる。』

 

『待てや霞、だったらウチも行くで。』

 

『ええで、なら凪っちの弔い合戦と行こうや、調子に乗りに乗った呉軍の鼻っ柱へし折ったる。』

 

『へし折るだけじゃ足りひん、文字通り砕いたるわ・・・!』

 

『ならまずは準備せんとな、呉の連中が前線の砦に来たら一気呵成に奇襲するで。』

 

『『応!』』

 

『凪、見守っていてくれ、三羽鳥は一人欠けてしまったけど、凪の思いは俺達といつまでも一緒だ!』

 

3人は立ち上がり凪に一礼すると、来るべき時に備えて牙を研いた。

 

『伝令!孫権軍が合肥城付近に布陣、攻城兵器などを揃えて合肥城に攻撃を開始しようとしています!』

 

『来おったな、行くでお前ら、溜まりに溜まったもんと凪っち殺られた分の怒り、余すこと無くぶつけたれや!』

 

『『『『うおおおおぉおおぉおおおおおぉおお!!!』』』』

 

手勢というにはあまりに少数、しかしその少数の奇襲が攻城兵器を砕き、呉の将兵たちを尽く討った。

 

(凄い、圧倒的な大軍を、真桜や一刀様、張遼殿だけで・・・!)

 

『まだまだぁ!凪を殺ったお前らへの怒りはこんなもんやないでぇ!?』

 

『真桜!怒るなとは言わない、だが絶対に凪の後を追うようなことはするなよ!』

 

『当たり前や隊長!凪と沙和の分まで暴れてやるで!』

 

『その意気や一刀、真桜!』

 

その後も、魏軍と呼ばれた軍は呉軍相手に圧勝、大軍であった孫権軍を追い返した、

戦が終わり、曹操が率いる魏軍の本体らしき軍が来ると、張遼らを労い、凪を丁重に弔った。

 

数日後、一刀と呼ばれた男性が真桜とともに花を持って凪の墓に供えた。

とは言っても一刀と真桜は毎日のように手を合わせに来たが。

 

『凪、俺達はそろそろ行かなくちゃならない、漢中に蜀軍が迫ってるって伝令が入ってな、秋蘭だけじゃきっと危険だ。』

 

『漢中には沙和もおる、呉と和睦すんのは正直しんどかったけどな。』

 

『今までありがとう凪、こんな俺を隊長と慕ってくれてありがとう、好きだって言ってくれて・・・ありがとう・・・!』

 

『凪、見ててな、ウチ凪の分まで頑張って、絶対隊長と一緒に魏に天下取らしたるからな・・・!』

 

二人は凪の墓に深々と頭を下げると、手を上に掲げて最後にこう咆哮した。

 

『魏の三羽鳥はまだ死んでいない!凪の思いも、俺達の胸の中にある!』

 

『凪と一緒に過ごした時間、ウチらは死んでも忘れへん!』

 

(・・・。)

 

二人が去った後も正直顔が赤かった、あそこまで思われている自分自身が羨ましく思えた。

 

『随分と面白い顔をしているな、【楽進】。』

 

(な!?)

 

振り向けば、今までの景色はどこにもなくて、先程まで見ていた自分が、甘寧に討ち取られた凪がいた。

 

『これが私の死に様だ、隊長を、一刀様を慕い華琳様の下で武を振るった凪としての生き様だ。』

 

「慕い・・・!?」

 

『そうだ、愛している、たとえこの身合肥に朽ちようとも、隊長をお慕いする心は一切変わらん。』

 

笑いながら恥かしい事を臆面もなく言い出す凪に顔が赤くなった。

 

『ははは、初なことだ、これなら真桜達がからかうのも無理はなかったか。』

 

「うぐっ。」

 

身に覚えがあるがそれを自分と同じ顔にそれを指摘されるとなんだがやるせない気持ちになる。

 

『だが、その中で自分が最初に散ってしまったがな・・・。』

 

『北郷隊の楽進は最後まで前に進み死んだ、凪として一刀様の側で添い遂げられられなかったのが唯一の無念だが、

武人としての楽進ならば、あれほどの武人と戦い最期を迎えられたのは悔いはない。』

 

「北郷隊・・・北郷一刀。」

 

楽進は思う、今自分が世話になっている一刀と同じ名、女性なだけで姿もよく似ている。

そして、彼女が言っていた、多くの師のうちの一人は・・・もしかしたら・・・。

 

『ふっ、お前がどういう道を歩もうと自由だ、于禁、李典と共に曹操様に仕えるのも、一刀様に着いて行くのもな。』

 

「ま、待ってくれ!私が見たのは、これからの未来なのか!?」

 

『違うな、あの未来を変えるために一刀様は戻ってきた、軍師とともにな。』

 

「軍師・・・まさか!」

 

『進め楽進、お前にはそれが似合いだ、迷わず、唯前に進む道を信じろ、どんな道でも一刀様は応援してくれるぞ。』

 

凪から創りだされた一発の気弾、見たこともないほどに精錬された気だった。

 

『これは、私なりの手向けだ、遠慮なく受け取れ、楽文謙!』

 

凪から繰り出された気弾が自分に当たった時、再び楽進の視界は白く染まった。

 

『もし、覚えていたのならば伝えてくれ。』

 

『「隊長、私も一刀様と共に居られて幸せでした」と。』

 

 

 

 

「うっ・・・。」

 

「お、気が付きましたよお姉さん。」

 

目が覚めてみると仰向けで寝ていたようで上から風がジト目で見下ろしていた。

 

「ああ、楽進、大丈夫か?」

 

「一刀様、程昱殿?」

 

「楽進さん、あなたはお姉さんと手合わせして気を失ってしまったんですよー。」

 

「すまない、いい具合に技がかみ合ってしまってな・・・。」

 

「女の子を平気で投げ飛ばすなんてお姉さんは人でなしですねー。」

 

「ちがうからな!?」

 

「ふふふ。」

 

「おおう、楽進さんが笑いました、まあ風の定位置にいますし当然ですが。」

 

「・・・え?」

 

「あーいやその、ちょうどいい枕がなかったからな?」

 

頬を掻く一刀、その時楽進はようやく一刀に膝枕をされていることに気がつく。

 

「あ、あわわわ!すみません!?ってうわ!?」

 

思い切り起き上がって頭を下げる・・・つもりだった、しかしどういう訳か距離を取ろうとしたら予想以上に身体が動いて転んだ。

 

「おおう、すごい反応ですよー。」

 

「おいおい、楽進、本当に大丈夫か?」

 

「あ、私は大丈夫です、でも、これは・・・?」

 

不思議なことに身体に力が漲る、気が満ち渡る、先ほどとは比べ物にならないほどのこの力・・・。

 

『私なりの手向けだ、遠慮なく受け取れ、楽文謙!』

 

「・・・!」

 

(ただの夢じゃ、無かったのか・・・。)

 

そして楽進の中で何かが融解した、夢の中であった凪の話が全て理解できた。

 

「一刀様、程昱殿、お二人にお話があります、でもこれは内密にして欲しい話なんです。」

 

「・・・?なんだかわからないけど、風、人払いを頼めるかい?」

 

「お任せくださいお姉さん。」

 

風が少し出てくと、見張りの兵に言付けをして人払いを頼んだ。

 

「さてこれで安心です、どうしたんですか楽進さん?」

 

「実は・・・一刀様に投げ飛ばされて、気を失った時、不思議な夢を見ました。」

 

「夢ですか、風みたいにお日様でも持ち上げましたか?」

 

「いえ、戦場にいました。」

 

「戦場?随分と物騒な夢だな。」

 

「そこで、将達の一騎打ちを見たのですがその将は、甘寧と、楽進でした。」

 

「!?」

 

「何!?」

 

一刀もそうだが風も珍しく驚いた顔で楽進を見る。

 

「戦場の場所は合肥と言う地で、兵たちが見守る中、二人が互いに武を尽くした戦いをこの目で見ました、

そして、最後に倒れたのは楽進でした。」

 

「「・・・。」」

 

「不思議な気分でした、自分が死んでいるのに、それを別の視点から見ていて、真桜や張遼殿、そして、

一刀様に似た人に自分の死を悲しんでもらった事も。」

 

「それは・・・。」

 

一刀にとっては、忘れ得ぬ記憶、しかし、何故それを楽進が見たのか・・・。

 

「その後、自分に会いました、色々と話しをしましたが、最後に思いっきり気弾をぶつけられました、ただ前に進めと。」

 

「それはまたすごい夢だな・・・。」

 

少し懐しそうに笑う一刀に楽進は確信する、夢で見た楽進が慕った一刀と、この一刀は・・・。

 

「一刀様、教えてください、あなたは、あの【隊長】と呼ばれ、私達三人を従えた、北郷隊の一刀様なのですか?」

 

「そこまで、知ったのか・・・。」

 

頭を押さえる一刀、その後、意を決したように向き直る。

 

「解った、説明させてもらうよ、確かに俺は曹操軍にいた男だ、なんで女なのかとか、説明すると長いけどね。」

 

「構いません、私は知りたいです、あの楽進が、凪が慕った北郷一刀様のことを。」

 

「おおう、熱烈ですね、とふざけてられませんか、それは風も知っているので解らないことがあれば補足させてもらいますよ。」

 

そして楽進は知った、目の前の二人はあの曹操に仕えて、魏という国の衰退を見守り無念ながらにその生を終えたことを、

その中には、自分達凪、真桜、沙和も居て、魏の三羽鳥として一刀の下で働いていたが、最後の残った一刀以外は・・・。

 

それから、ある仙人(?)の力で女として黄巾の乱が始まる前に戻ったこと、合流した風が前回の事を思い出したこと。

 

「俺はずっと悔やみ続けてきた、皆を助けられなかったのもそうだけど、何もできなかった無力な自分が許せなかった。」

 

「お兄さんはずっと皆の心の支えでした、それでも、華琳様も稟ちゃんも・・・。」

 

「ありがとうございます、でも、少なくとも私は、凪は後悔はしていませんでしたよ。」

 

「え・・・?」

 

「だって言ってましたから、私も一刀様と共に居られて幸せでしたと。」

 

自分の事でもないのに、まるで自分が言っているようで顔が赤くなる楽進。

 

「私の心は決まりました、曹操様の天幕に行き、断りを入れてきます、一刀様、これからもこの凪の武、お役立てください。」

 

吹っ切れた顔で笑って一刀の陣から楽進は去っていった。

 

「は、はは、俺ってほんとに幸せ者すぎるよなぁ、あーくそ、年取ると涙腺脆くてやってられねえ・・・。」

 

「そういえばお兄さんはおじいさんになってたんでしたっけね。」

 

「見た目身長は華琳と同じくらいだけど、実際年齢全部足したら中身は軽く三桁行くんじゃないかなぁ。」

 

「おおう。」

 

自分でも不思議な気分になる、余命僅かの爺さんから女に若返ったのだ不思議体験もいいところだ。。

 

「さてお兄さん、凪ちゃんが戻ってくるまで少し枕になってもらえますか、眠気が来てまして。」

 

「やれやれ、いいけどさ。」

 

しかし一刀は知っている、この寝ている間にも、風という少女は考えている、この先の展開を。

 

「・・・頼りにしてるよ、風。」

 

「任せて下さい、お兄さん。」

 

 

 

 

「そう、それは残念ね、振られちゃったわ。」

 

「申し訳ありません、ですが自分で決めたことです、後悔はしていません。」

 

「それにしても律儀ね、何も言わずに去ればよかったのに。」

 

「どんな形であれ、私を欲してくれたことには変わりありません、ならばその礼には答えなくてはなりませんから。」

 

「本当に残念だわ、あなたが私の下に来れば大きな躍進になっただろうに。」

 

「「か、華琳様、華琳様にはこの桂花(春蘭)が・・・ああん!?」」

 

全く同じ台詞を言って互いに睨み合う二人とそれを諌める夏侯淵。

 

「落ち着け。」

 

「全く、済まないわねこんな騒がしくて。」

 

「いえ、忠義に厚い素晴らしい方々だと思います。」

 

「・・・臆面もなくそういうことを言えるなんてね。」

 

「本心ですから、もし機会があれば二人にお伝え下さい、例え敵として会っても後悔はしないと。」

 

「上等ね、その言葉、確かに伝えさせてもらうわ。」

 

「ありがとうございます、曹操殿。」

 

「そして私からも伝言をお願いするわ、北郷一刀、あなたは必ず私が手に入れるってね。」

 

「承知、必ずお伝えします。」

 

夢で見た誇り高く気高い魏の王、曹操孟徳、その覇気には確かに惹きつけられるものがある、あの楽進が仕えたのも頷ける。

 

(それでも、こんな私にだって、進むべき道が見つかった。)

 

曹操の陣から出て空を見上げる、あの高み、必ず到達し超えてみたい、理由はそれだけで十分だった。

 

(ああ、やっぱり私はどうしようもない、友との友情よりも、武人としての高みと、あの人と進んでいきたい気持ちに逆らえない。)

 

体中で高揚する気、それらを拳にかき集めて集中する、そして・・・。

 

「はぁぁあああ!」

 

天を衝くように撃ちだす気弾、今まで放ったどの気弾よりも力強く遠くに飛んで行く、空に溶け込み消えていくまで・・・。

 

「もしも天が続いているのなら、お前もどこかで見守っているのだろうな、見ていてくれ『楽進』、私は一刀様と共に行く。」

 

「迷わず真っ直ぐに、唯前に突き進むのみ!」

 

力強く歩き出す凪、彼女もまた運命に逆らい、自らの道を行く。

 

 

楽進が去った後、曹操の陣に劉備一行が入ってきた。

 

「曹操さん本当にお世話になりました、兵糧の提供や共同での進軍で私達はとても助かりました!」

 

「そう、処で劉備、あなたはこれからどうするの?」

 

「えっと、とりあえず皆と相談して一旦どこかの村に身を寄せようと思ったんですけど・・・。」

 

「ならば劉備、行くあてがないのなら私の客将にならないかしら?」

 

「曹操さんの、ですか?」

 

「何も配下になれとは言ってないわ、あなた達が寄るべき地を見つけるまで、私のもとで働きなさい。」

 

「うーん、確かに村に寄っても長い間皆を養える自信はないし、皆と相談はしますが、よろしくお願いします!」

 

「ええ、此方こそよろしくお願いするわ。」

 

 

 

 

数日後、ほとんどの太守達が去った後、一刀達も新野の街に戻ろうとしていた。

 

「さて、戦後処理と撤収準備も終わったことだし、帰るとするか!」

 

「ねえねえ一刀さん、だっけ、これから行く一刀さんの街ってどんなところなの?」

 

顔が隠れるほどのフードに身を包んで一刀に話しかけるのは元黄巾賊首魁、張角達。

 

「んーそこそこ栄えた街だよ、広い街だしここにいる降伏した観客さん達を受け入れることはできるかな。」

 

「そっか、皆を受け入れてくれてありがとね!」

 

「でも、働かざる者食うべからず、降伏してくれた人達もやってもらうことがとても多いよ。」

 

「まっかせて!私が疲れた皆を歌で応援してあげるんだから!」

 

「はは、頼もしいことだね。」

 

「お姉さん、準備が出来ましたよ。」

 

「ああ、ありがとう風。」

 

「天和姉さんも言っていたけど、ありがとうね、保護してくれて。」

 

「張宝さんが勇気を出してくれたからだよ、本陣への近道を教えてくれたからあそこまでいけたんだ。」

 

「でも、ほんとうに助かったわ、あのままだったら最悪捕まって処刑もされていたかもしれないし。」

 

「3人が完全に悪くないってわけじゃない、だからその分、償っていく道も探していこうな。」

 

「・・・うん、私頑張るね!それと、これからは天和って呼んでね一刀さん!」

 

「私は地和よ、よろしくね一刀さん。」

 

「・・・人和よ、姉共々よろしく頼むわ。」

 

「解った、しっかりと預からせてもらうよ。」

 

天和三姉妹の真名を預かる一刀、その後ろから魏延が声をかける。

 

「おーい大将、こっちも準備出来たぞー!」

 

「おお、って魏延、何だその大将って?」

 

「・・・ワタシ達もこれからもあんたの所で世話になるからな、それなりのけじめってやつだ、これからは焔耶って呼んでくれ。」

 

「おいおい、そんなに簡単に・・・。」

 

「簡単な気持ちで預けるわけ無いだろ、それぐらい知ってるはずさ、なあ紫苑様。」

 

「そうですよ、女の子の気持ちはそんなに気軽ではありませんよ北郷様?」

 

「あーいや、黄忠、俺も一応女なんだが?」

 

「あら水くさい、紫苑と呼んでいただいていいのですよ?」

 

「君もか・・・。」

 

「お姉さんモテモテですねー。」

 

「解って言ってないか風、だから俺女だからね?」

 

「一刀様、早く行かなければ、新野で待つ郭嘉殿の負担が増えますよ。」

 

「凪もかよ、うう、俺の味方が少ない・・・。」

 

「大丈夫でしょう?お姉さんは強い子ですから。」

 

「あーもう、これから賑やかになりそうだな、本当に。

じゃあ皆、帰ろうか!俺達の街、新野に!」

 

「「「「「おぉぉおおぉお!!」」」」」

 

新野から出立して、何故か出立前よりも倍近く戦力が増えている不可思議な現象を稟は信じてくれるだろうか・・・?

 

自分が思っている以上の急速な軍の強化を御せるのか、少しばかりの不安を胸に一刀達は新野へと戻る。

 

(でも、華琳だって同じ道を歩いているんだ、俺なりの方法で、絶対に追いついてみせるさ。)

 

その不安もある心に確かな意志を宿らせて。




ちなみに凪は記憶はなく経験値だけ持ち越した感じです。


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5話 さらなる歪み

孫堅もそうでしたが、今回出てくる数人の武将は恋姫英雄譚のキャラを参考にしています。
因みに何進、何太后、霊帝、劉協も恋姫化していますが、キャラが掴めなかったので無しの方向で行きます。
因みに恋姫をプレイして思うことは風と華琳は一刀の嫁


新野、稟が一刀に代わり治める街では一刀の元の善政もあり、他の街とは段違いに活気があった、

街へと移住し商売を始めたいと言う申請や治安に関する意見書が政庁にひっきりなしに来るようになった。

元々広い街で廃れていただけである、開いた土地は多いため、農地や空き物件にも事欠かない。

 

「ふむ、一刀殿が言っている嬉しい悲鳴とはこういう事なのでしょうね、この活気なら移民をもっと受け入れられます。」

 

(しかし、出立前に一刀殿が記したこの計算方法やこの算盤でしたか・・・今までと違い計算効率が段違いです。)

 

出立前に一刀が残した様々な書や算段方法、覚えるのが少し手間だが一度覚えてしまえば後は簡単、

読み上げてもらいながら算盤をはじき、結果を記載するだけで計算が終わる、なんとも驚きの便利道具だ。

 

(ここまでくると、本当に一刀殿は何者だ、軍略、治世、そのどちらもが太守となって直ぐに結果を出せる程の教育、

だが何故それほどの人間の名が全く知られていない、これほどの才を持つものならばすぐにその名が知れようものを・・・。)

 

しかし、今は仕事が最優先だろう、気持ちを切り替えながら書類に目を戻し仕事を再開する、その師の一人が自分とは知らないで、

街から募った文官たちと竹筒を適切に整理しながら仕事をしていると、街から歓声が上がり、一人の伝令が駆け込んできた。

 

「伝令!太守様率いる黄巾討伐軍が戻ってきました、街を凱旋しながら到着とのことです!」

 

「思ったよりも速い帰還ですね、しかし随分と慌てているようですがどうしました?」

 

「帰還してきた軍なのですが、明らかに出立前よりも数が増えています!」

 

「驚くことではありません、一刀殿の事ですから黄巾賊から降伏したものも連れているのでしょう。」

 

「ですが太守様から伝言を預かっていまして、「色々あって兵が倍近く増えて進軍中に武将も増えた。」とのこと!」

 

「・・・はい?」

 

伝令から聞いたありえない報告に目が丸くなった稟だった。

 

 

 

 

新野に戻ってからの北郷軍の忙しさは半端なものではなかった、軍備強化は勿論の事、黄巾を受け入れる方針との民への説得、

後者の方は新野が比較的黄巾賊の猛威に晒されていないのと天和らが一刀の求めで親睦ライブを開いたき驚くくらいに収まった。

 

賑わう新野に建つ政庁で一刀は風とともに事の次第を稟に説明していた。

 

「・・・では、彼女達は黄巾賊の首魁ではあるが、実際にはほぼお飾り同然だったと?」

 

「そうなるかな、でも彼女達がしたことははっきり言えば許されるものでもない、それでも、償う意志のある人を殺すのはね・・・。」

 

「それでも驚きが隠せません、何故進軍して戦闘もあったのに逆に戦力が増えているのですか?」

 

当然だが兵には戦死者もいるし、それに対する慰安も大切だが、何故か戦力はほぼ倍増していた。

 

「あーまあ、それは俺が聞きたい、かな?」

 

「ですねー。」

 

「構え!払え!構え!突け!」

 

気合の入った練兵の声が聞こえてくる、兵を指揮しているのは焔耶、元劉表軍の将なだけあって練兵の姿が様になっている。

 

「一糸乱れずに、掛け声とともに一斉に放ってください・・・斉射!」

 

弓兵の指揮を取るのは紫苑、一刀や稟とは違い彼女は弓の名手だ、二人とは段違いに弓兵達の練度が上がる。

 

「一刀様、警備方針で少し相談が・・・。」

 

治安関係に凪まで居るし、更に知者に風と稟まで居る、正直言って何が不足してるんだと言わんばかりの充実ぶりだ。

極めつけは天和三姉妹の力添えもあって娯楽もあるなど街の活気の高さは当事者たちからしても望外の極みであった。

 

「貴殿だからこそ言えるのですが、恐ろしさすら感じます、この状態、状況が噛み合えば他太守とも渡り合えるでしょう。」

 

「だからこそ、御さないといけないな、強いということは慢心と傲慢を招く。」

 

「そのとおりですよー。」

 

初めの立ち上がりはたった三人だ、だというのにそれからたったの半年、今や太守の一人として遜色ない実権を一刀は得ていた。

 

「そして、次に思うのは近隣の太守との連携なんだよ、黄巾賊の残党はまだいるし、周囲の治安は万全とはいえないからね。」

 

「我々の付近にいるのは北の董卓と、南に劉表ですか・・・。」

 

「まあ陽平関を挟めば漢中に張魯さんが居ますが、あちらは領土欲が少ないですからねー。」

 

「だから、黄巾賊の残党が暴れてるうちに近隣の太守達といざこざがあったら不味いですし、今のうちに友誼を結ぶのですね。」

 

「そうなる、董卓軍とは一緒に戦った仲だけど、劉表がわからない。」

 

「わからない・・・とは?」

 

「凪はともかく保護してきた焔耶と紫苑は元劉表軍の人間だ、稟も見たらわかると思うけど、あれほどの将達は得難いものだ。」

 

「貴殿の言いたいことはわかります、ならば何故不本意に手放した将を探さないのか、ですね。」

 

「そうですねー聞いた話ではあの二人は蔡瑁の独断で離れた将たちです、ならば蔡瑁を罰する、というのが当然ですが・・・。」

 

「気になって放った密偵の話だと、未だに蔡瑁は軍の実権を握ってるってことだ。」

 

「不気味です、何故劉表は蔡瑁を放置しているのでしょうか?」

 

「まあ、そのことは密偵の皆さんにお任せして、風達はこれからを考えましょうかー。」

 

風がパンっと小気味良く手を叩いて話題を変える。

 

「治安維持、農地開拓、物件建設、兵役強化、法制整備、まあ確かにこれからやることは山積みだね。」

 

「これからですか、此処はともかく、中央はどうなるかは自明の理ですけどね。」

 

「中央は太守の力がなければ賊軍を抑えることができない、それを世の中に認めさせてしまいましたしねー。」

 

「洛陽の荒れようはさらに進むばかり、十常侍と何進の対立が更に進んでるってのもあるけどな。」

 

「其処で考えつくのは黄巾の乱で大功をたてた者を中央に呼び込み後ろ盾として使うこと。」

 

「有力なのは董卓や、元からいる曹操や袁姉妹じゃないかな、袁術の下には孫堅もいるし。」

 

「貴殿がその候補に上がるということは?」

 

「え、ありえなくないか?俺達董卓軍に追従しただけで、それらしい功なんてあげてないぞ?」

 

《自惚れてねえのか、それとも先が見えてねえのか判断に困る姉ちゃんだなおい。》

 

「え、いやいや、だって、俺達はまだ太守になったばかりの田舎者で新参者だぞ?」

 

「・・・だからこそ、使い捨てにはちょうどいいとは思わないのですかー?」

 

「げ。」

 

言われて気がついた、あの連中がそんな個人的な事情に構うものかと今更思い出す。

 

「そうだった・・・董卓と連携が取れてたからついでで呼ばれる可能性もあるんだった・・・。」

 

「それに、事情はどうあれ新野はとても栄えてます、連中から見れば、【持っている】と思われるでしょうね。」

 

稟が小さい金を握り指で弾いて掴む、顔はとても嫌そうにしながら。

 

「まあ、その方向で話を進めたほうがいいでしょう、そうで無くとも、軍力強化は急務且つ必須ですし。」

 

「なんだよなぁ・・・。」

 

残党もそうだが賊の多さに目を覆う一刀、どうやら前回と違ってとんでもない飛躍を遂げてるが目下問題がそれ以上に山積みだった。

 

(て言うか、その前に!劉備と華琳が手を結んだままってどういうことだよ!?)

 

前回ではあっさりと解消された同盟のようなものが続いているのが一刀にとっては不思議だった、なんせ、劉備と華琳の下には・・・。

 

 

 

 

「・・今すぐにでも関羽を切りたいって感じね、春蘭。」

 

「あ、あはは・・・愛紗ちゃん・・・。」

 

二人は思わずため息を吐いた、主に騒いでいる前方の二人に対しての愚痴でいっぱいである。

 

「華琳様に気に入られるだけでは飽きたらず閨に誘われるなど笑止千万、私が貴様より上だと華琳様にーー!!」

 

「だから変な言いがかりはやめろと言っている夏侯惇!私がお仕えするのは桃香様ただ一人だ!」

 

「姉者、いい加減に・・・いや、止めても無理か。」

 

「愛紗ー!夏侯惇に負けちゃダメなのだー!」

 

建前は鍛錬らしい、しかし現状どう見ても一騎打ちのそれと変わらない気迫を放つ二人だった。

 

「おまけにあっちも、こっちとは別方向に問題ね・・・。」

 

 

 

「むがー!凪のやつなんで北郷軍に行くねん!」

 

「そうなの、これはもうお仕置きじゃ勘弁してあげないのー!」

 

怒ってた、友人が他軍に行ったことに李典と于禁は少なからず、否、めっちゃ苛立っていた。

 

 

 

「戦力は増えたけど、そろそろ規律を厳しくしないといけないのかしらね・・・?」

 

「あ、えっと、愛紗ちゃんそろそろやめてー!」

 

こめかみを押さえる曹操とますます争いが過熱する二人に劉備は慌てて関羽を止めに入った。

 

 

 

 

「む・・・?」

 

「いかがしましたか、楽進隊長?」

 

「いや、見知った声が聞こえただけだ。」

 

(楽進隊長・・・か。)

 

あれから新野に来て早数カ月後、凪は思う、今に不満はない、それでも不意に思ってしまう、まるで自分が経験したかのように。

 

(前と、隣が寂しいな。)

 

北郷隊として活動していたのなら、間違いなく、あの人と、自分の友人達が居たのだろう。

 

「さて、居ない分は私が頑張らねば、お前たち、行くぞ!」

 

「はっ!!」

 

後悔はしない、そうでなければ一刀にも、曹操達にも申し訳がないと凪は知っているからだ。

 

「だ、だれかー!物盗りだ!」

 

「くそ、どけぇ!」

 

ひったくりの類だろう、女性から荷を奪い逃走を図ろうとしている。

 

「・・・そうはさせん!」

 

夢の中で学んだ、ひとつの技法、気を脚部に集中する。

 

「はぁ!」

 

一度跳ねれば瞬時に犯人に追い付き回りこむ。

 

「ぬ、なぁ・・・!?」

 

突然現れた凪に対応できずに足を取られて転ぶ犯人。

 

「取り押さえろ!」

 

「ははぁ!」

 

あっという間だった、犯人ですら何が起きたか理解できなかっただろう。

 

「おーさすが楽進様だぜ!」

 

「よっ、楽進様、お見事!」

 

「疾いなぁ、まるで疾風だぜ!」

 

いつの間にか集まった野次馬が凪を讃えている。

 

「ああ、ありがとうございます、楽進様!」

 

「いえ、お怪我はないですか?」

 

「はい!」

 

「それと荷は確認して下さい、足りないものなどはありますか?」

 

「えーと・・・大丈夫です、楽進様、本当に有難うございます!」

 

深く礼を言いながら女性は去っていった・・・。

 

「・・・うん、だいぶ馴染んできたな。」

 

拳を握り開いてを繰り返す凪、記憶からもらった餞別と自らの身体がようやく噛み合ってきた。

 

(一刀様の足手まといにはなりたくはない、力はあって困るものではないからな。)

 

だからこそ自身を諌める、技に酔うな、力に溺れるな、気に呑まれるなと。

 

(一刀様や真桜たちに、あんな顔はされたくないしな。)

 

あの凪が弱いと思わない、だが驕り、慢心すれば容易に屍を晒すだろう。

 

(もっと、もっと強くなってみせる!)

 

警備隊を率いて街の警備に戻る楽進、だが一人の伝令の通達の内容を聞き、楽進は急ぎ政庁へと戻る。

 

【北郷一刀、大将軍何進の要請あり、至急董卓と共に洛陽に参じられたし】との事。

 

かくして北郷一刀はまたしても歴史の歪みを起こし、その渦に巻き込まれていく。

 

 

 

 

一方、洛陽のある一室、二人の女性が話をしていた、一人は皇甫嵩、もう一人は十常侍の一人趙忠。

 

「それで趙忠、陛下の容態は?」

 

「うぅ・・・思わしくありません。」

 

「まあ、あの中で唯一帝に忠誠を誓っている貴女からしてみれば耐えられるものではないわね。」

 

「あの方が亡くなったら私は劉協様と劉弁様以外にこの身を捧げることしかできません・・・。」

 

「御二人とも女性だけど捧げる相手がいるだけいいじゃない、私なんて、私なんて・・・。」

 

 

 

(うわぁ、なんか部屋の中から陰鬱な空気が・・・。)

 

人払いを頼まれた兵は部屋の中から漏れる嫌な気に思わず引いていた。

 

「あら、こんな所で何をしているのかしら?」

 

気は伝染するようで少し気分が暗くなった兵の目の前に黒い犬耳フードを被った女性が通りかかり話しかける。

 

「これは荀攸様、いえいえ、鼠が入らないように見張っているだけです。」

 

「あら、なら鼠ではない私が入っても問題ないわね?」

 

「いいですけど、あまりおすすめは出来ませんよ?」

 

「・・・うわぁ、何やっているんですかあなた達揃って机に突っ伏して。」

 

「ほっといてください、私このまま独身なんて嫌なんですぅ・・・。」

 

「なんで張譲達は劉協様達を傀儡にしようとしてるのか・・・。」

 

「はいはい、あなた達の言い分はわかってますから、いつまでもうだうだしないでください。」

 

荀攸はこれから共謀する者達がこんなので大丈夫かと頭を抱えた。

 

「相も変わらず、劉協様達以外には厳しいですね、荀攸ちゃんは。」

 

「ちゃん付けしないでください、劉協様達は別なのです、だいたいこの私が何故あの無能どもに媚売らなきゃいけないのですか。」

 

「うわぁ、身も蓋もない、公の場では完全な猫被りがなんでこんなにばれないのですかね。」

 

「あなたが言わないでくださいドM趙忠。」

 

「どえっ!?いくら何でもそれは酷いです!?」

 

「事実ですよね、罵声されて喜ぶ変態娘。」

 

ふん、と鼻を鳴らしながら歯に衣着せない物言いをする荀攸・・・流石あの荀彧の姉である。(※実際の荀攸は族子)

 

「これで陛下や十常侍以外の文官たちからの信用が厚いと言うんだから世の中わからないわ。」

 

「私が下手を打つような真似をすると思ってるんですか・・・はっ!今劉協様が私を呼ぶ声が、今すぐ参じます劉協様ぁぁぁぁ!」

 

突然立ち上がったと思うと先ほどまでの冷静ぶりはどこへやら、部屋から飛び出して駆け出していった。

 

「それでいて、あの忠犬ぶり、どうでもいい話ですが荀攸さんも人のこと言えませんよね。」

 

「こんな調子で十常侍の魔の手から帝達をお守りできるのかしら・・・。」

 

「まあいいんじゃないですか、愚鈍に思われた時のほうがいい時もあります。」

 

「確かに、この有り様なら連携が取れていないと誤認されても無理ないわね。」

 

「あ、そういえば新しい料理ができたんですよ、帝達にご賞味頂く前に味を見てもらいたいんですが。」

 

「・・・今更だけどなんで貴女十常侍やってるのよ、料理人になればよかったじゃない。」

 

「只の料理人では帝達にお近づきになれないじゃないですか!」

 

「その行動力を別方向に活かしてほしいわ・・・。」

 

色物しか居ない都の一室に苦労人のため息が響いた。

 

 

 

 

所戻って新野。

 

「・・・マジで来た。」

 

頭を抱える一刀、そしてそれを横から見る風。

 

「おおう、名を見るだけでも壮観ですねー。」

 

「太守の中でも有力な者達が召集されてますね。」

 

「まあ百歩譲って行くのはいいんだ、問題は誰を此処に残すかってことだ。」

 

「はい、風、天和ちゃん達、紫苑さんが留守番するので、稟ちゃん、凪ちゃん、焔耶ちゃんはお姉さんが連れて行ってください。」

 

風は兵数のなどの所属配置を含めて書き記すと一刀に渡す。

 

「ん?こんなに連れて行って大丈夫か?」

 

「そうですよ風、貴女と紫苑殿だけで此処を守るのは些か・・・。」

 

「ぐー。」

 

「「寝るなぁ!」」

 

「おおう!予想外の挟撃を受けて慌てふためく夢を見たのですよ―。」

 

「頼むよ、今大事な話をしてるんだからさ・・・。」

 

「まあ冗談は置いときまして、警備隊の練度も上がり、治安もだいぶ見違えましたし、降伏兵もこの数カ月でこの街に馴染みました、

いざ賊が来たとしても、風と紫苑さんだけで十分対処できますよーそれにそれほど長い間は居ないでしょうし。」

 

「それにお姉さんには助言役が必要なので、どうしても稟ちゃんは必要です。」

 

「其処まで言われれば吝かではないですが・・・。」

 

「安心してください、お姉さんが政変に巻き込まれて死んだら責任持って風が太守になるんで。」

 

「風さん、それのどこに安心しろと?」

 

「ふふふー♪まあ困ったことがあっても稟ちゃんが助けてくれますよ。」

 

一刀にとって風は一番頼りになる軍師だが、おそらく一生頭が上がらないだろう。

 

 

 

 

その夜

 

「はぁ、今日も仕事が終わったかぁ。」

 

「お疲れ様です一刀様。」

 

「いやー今日も働いた働いた。」

 

仕事が終わり、一刀は焔耶と凪を連れて最後の見回りを終えたところだった。

 

「よし、どうせ出し何処かで食べて帰るか、金は俺が持つよ。」

 

「お、大将いいのか?」

 

「一刀様、それは少し申し訳が・・・あと焔耶、お前は少し遠慮したらどうだ?」

 

「気にするなって、お、此処が良さそうだな、ふたりとも此処に寄って行こう。」

 

「よっしゃ、たらふく食べて明日に備えるぞ―!」

 

「はぁ、じゃあお言葉に甘えます。」

 

一刀達が入ったのはありふれた食堂で、夜もまだ開店しているようだ、そのせいか、休憩中の兵の姿もちらほら見れた。

 

「さて、何を食おうかな・・・。」

 

「じゃあワタシは・・・。」

 

「ふむ、これは美味しそうだな。」

 

互いに注文を決めて、運ばれてきた料理の前で手を合わせる一刀。

 

「いただきます。」

 

「んあ?大将、そのいただきますってのはなんだ?」

 

箸を伸ばして口に運ぼうとした手を止めて気になったことを聞く焔耶。

 

「俺の故郷での習慣かな、食べるってことは恵みを貰うってことだから、食べ物に対する礼は欠かせないんだ。」

 

「へぇーじゃあワタシも、いただきます。」

 

「私も、いただきます。」

 

二人も一刀に倣い、手を合わせて食べ始める、周囲の人も聞いていたのか、それに合わせるように頭を下げた。

 

「お!美味いなこれ!劉表の所に居た時もこんなの食べたことなかったぞ。」

 

「・・・美味しい。」

 

(?・・・この味は、どこかで?)

 

二人が美味しそうに食を進める中、一刀は一人あることを思い出していた。

 

(そうだ、この味、忘れるわけがない、流琉と同じだ。)

 

前回の曹操の親衛隊の片割れにして怪力の持ち主、この料理の美味しさは彼女を思い起こさせる。

 

一刀が感慨深く料理を味わっていると、一人の少女が厨房から出てきた。

 

「あの、お客様、おかわりとかどうしますか?」

 

「ん、じゃあ、これをお願いしようかな。」

 

(・・・やっぱり、でもなんで君がここにいるんだ、流琉!)

 

振り向けば小柄な少女、そう、彼女こそが幼い見た目ながらも魏軍屈指の親衛隊、典韋だ。

 

「はい、わかりました・・・少しばかり、お待ちくださ・・・?」

 

しかし、話していると少女が徐々に声が小さくなって、その視線は一刀に集中していた。

 

(あれ、なんか流琉、ずっとこっち見てないか?)

 

訝しんでいると、典韋の方から口を開いた、一刀にとって全くの予想外の言葉とともに。

 

「・・・兄・・・様・・・?」

 

「え・・・?」

 

洛陽出発を明日に控えた一刀、しかし彼女の夜はまだまだ続くようだ。




因みに現話の時点では荀攸のみオリキャラです


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6話 急転

少し時は遡る

 

典韋という少女は傍目で見れば料理が好きな只の村娘だった、ただ他の人と比べてれば驚くほどの怪力の持ち主だったが、

親友に許褚と言う少女がいて彼女とも仲がよく典韋が作って許褚が美味しく食べる光景が村の癒やしだった

 

だが許褚はある日、賊を追って村を飛び出して行方が知れなくなった、典韋は心配にはなったが、その夜・・・悪夢を見た。

 

夢の中は、人が溢れかえっていた、その人達が揃って自分に殺意を向けている、いつの間にか持っていた武器を振り回して

とにかく身を守る、どれだけなぎ倒しても切りがなく、人が群れのように襲いかかってくる。

 

【曹操軍を生かして返すな!此処で魏の命運を断つ!】

 

【立ちはだかる猛将一人に呉の精兵が遅れを取るな!】

 

気がつけば、自分自身が血に濡れていた、返り血、手傷も数えきれない、それでも何故か自分は倒れない。

 

『体中が痛い、私、なんで、こんなこと・・・。』

 

何故この人達は襲いかかり、自分が人を殺しているのか、疲労した心には次第に恐怖が生まれる。

 

『いや、こないで・・・。』

 

逃げ出したい、倒れたい、それでも自分の体が倒れてくれない、その時、声が聞こえた。

 

【流琉!・・・流琉!】

 

自分の真名を呼ぶ声が聞こえる、声からして男だろうか、聞き覚えのない声なのに、不快感はなくて、寧ろ心地よかった。

 

『誰、私を呼んでいるの・・・?』

 

声のする方に手を伸ばした時、次第に光が大きくなり、典韋は目が覚めた。

 

「・・・!」

 

起き上がった時には体中が嫌な汗で濡れていた。

 

「ゆ、め・・・?」

 

寝間着から着替えて汗を拭いてもあの夢が引っ付いてはなれなかった、思い出す度に体が震える典韋。

 

(夢・・・だよね、ただ、夢見が悪かっただけ・・・。)

 

その後、許褚から手紙が届く、許褚は夢で見た曹操軍に居るようで、典韋も来てみてとの文面だった。

典韋は許褚を追う旅をするために必要な旅費を稼ぎながら夢を見た、それは悪夢ではなく、自分が曹操軍で過ごした夢を・・・。

 

 

 

 

(曹操様と季衣と、天の御遣い・・・兄様・・・?)

 

自分が様々な人と共に過ごした日常を外から見た、厨房で鍋を振るって美味しいと言ってもらった、時には戦場にも出たがその度に、

北郷一刀、兄様と慕った男性、曹操、真名を華琳と言う女性に労って貰い、親友の許褚と共に掛け替えの無い日常を過ごしていた。

 

(私、とっても楽しそう・・・。)

 

だが、少しずつその日常は終わりを迎えていた、そしてとうとう夢はあの悪夢に追いついた・・・。

 

船が燃えて、命からがら陸に付けた自分達は必死になって逃げた、敵の追撃を振り切れず、追いつかれるのは時間の問題だった。

 

『このままじゃ、皆が死んじゃう・・・ここから迂回する道はあまりない、なら私ができることは・・・!』

 

狭い崖に挟まれた道に差し掛かった時、典韋は武器で崖の岩を崩した、ぶつかった衝撃で岩の雪崩が起きて、自分だけ残された。

 

『!?流琉!何をしているの!?』

 

『流琉!』

 

『季衣、来ちゃ駄目!兄様、華琳様、ごめんなさい、どうかご無事で・・・!』

 

『何を馬鹿なことを言ってるんだ!?流琉!』

 

『兄様、華琳様、季衣、また、私が作った料理、食べて貰いたかったです・・・。』

 

『私に・・・私に貴女を置いて行けというの!?』

 

『華琳様!私は典韋です!私の役目は、この身を持って華琳様をお守りすることです!』

 

『・・・。』

 

『そして、季衣!季衣は私と同じで華琳様を守るのが役目でしょう!早く行って!』

 

『流琉の・・・馬鹿、絶対生きて帰ってきてよ!ボク泣くよ!』

 

『・・・ごめんね、季衣。』

 

『季衣!?なにをするの、放しなさい!』

 

外から見ているからわかる、許褚は泣きながら、曹操を抱えて走りだした・・・。

 

『流琉・・・!』

 

『兄様、華琳様と、季衣をお願いします、大好きです!』

 

『俺もだよ流琉・・・任された!』

 

一刀も走りだして、いよいよ残ったのは自分と、目の前の満々たる大軍。

 

『・・・此処から先は、私の命に代えても通しません!』

 

其処から先は、夢で見た光景そのままだった、ただひとつ違うところは、あの典韋は、襲いかかる敵の大群を恐れていなかった。

ひたすら敵を倒し、矢が刺さろうとも自分は倒れなかった、傷からながれた血と返り血に濡れたその姿は自分ですらも恐ろしくなる。

 

【何故倒れん・・・!奴は悪来の生まれ変わりか!?】

 

『はぁ・・・はぁ・・・まだまだ、時間を稼がなきゃ・・・!』

 

どれほどの敵を倒しただろうか、山のように積み重なった屍、それでも途切れない敵が典韋が死地に居るを物語る。

その時不意に刺さった、一本の矢、身体の奥深くまで刺さり、苦悶の声すらあげず、典韋はただ、空を見た。

 

『ごめんね季衣、私此処で、終わりみたい、泣かせちゃう、なぁ・・・華琳様・・・にい、さ・・・ま。』

 

血に濡れた身体に一滴の雫が溢れる、それを最後に、典韋の身体は動かなくなった。

 

【・・・なんてやつだ、立ったまま、死んでいる!?】

 

武器を構え、光を喪った目を開き、その目で尚も敵を見据え、立ったまま少女は死んだ、最後まで守るために其の身を賭して・・・。

 

 

 

 

死んだ自分から、別の場所が見えた、許褚に護られ、一刀に肩を貸されて満身創痍の曹操が見えた。

その道中、一人の伝令から、呉軍が典韋を討ち取ったと宣言していた報を聞く。

 

『無様ね私は、ふふふ、稟が生きていたら、こんな無様な姿を晒さずに済んだのかしら・・・?』

 

『いいや、無様でもいいさ、流琉のためにも、俺達は生きないといけないんだ。』

 

『私よりも幼かったのよ、私よりも、背が低かったのよ・・・許せないのよ私は、火計を防げず、流琉を死なせた、無様な私がぁ・・・!』

 

曹操にも涙がこぼれていた、威厳にあふれていた彼女の姿は、どこにもなかった。

 

『流琉・・・馬鹿、ばかぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

せき止めていたものが、壊れ、許褚も鉄球を落として涙を流した。

 

『く、そ・・・ふざけんな・・・こんな、こんなことを、認めろっていうのかよ・・・ふざけんなぁぁぁぁぁ!』

 

 

 

 

 

『お願い、あなたは生きて、私は、もう季衣や華琳様、兄様を泣かせたくないの・・・。』

 

夢の最後に、自分と同じ声が聞こえて、流琉の視界は、白く染まった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「兄様・・・華琳様・・・季衣・・・!」

 

目が覚めた時、なにもかも思い出した、何故忘れていたのだろう、許褚を追いかけなかった自分が信じられなかった。

 

「すぐに行かないと、私も華琳様のところに・・・!」

 

思い出した時には、黄巾賊は壊滅していた、商人伝いに噂が広まるのは速いもので、張角が行方不明なことも・・・?

 

「行方・・・不明・・・?」

 

典韋は違和感に気がつく、確か曹操軍は外面は張角を討ち取ったはずだ、それなのに何故、そう思った時に信じられない話を聞く。

 

【黄巾賊を倒したのは董卓軍と、それに追従した、『北郷軍』】

 

金鎚で頭を殴られた気分だった、曹操軍が撃破したのではなく、倒したのは連合の時に倒した、董卓軍と・・・。

 

「兄様・・・?」

 

見間違う筈はない、この字の名は、間違いなく彼の名だ、何故彼が曹操と別の軍に居る・・・?

 

(兄様、新野に居るんですよね?)

 

曹操軍のことも気になったが、それ以上になぜ彼が別の地にいるのか、典韋は気になって、居てもたっても居られず、新野行きの

商隊に頼み込み連れて行ってもらった、賊の襲撃などはあまりなく、遭遇しても記憶を取り戻した典韋には賊など相手にならない。

 

「ここが・・・新野・・・。」

 

たどり着いて、思ったのが活気の凄さだ、前回の陳留にも劣らないその活気は民が満たされた生活をしているのかがよくわかる。

さらに、広場で聞こえる歓声に典韋は目を見開いた。

 

「みんなー!今日も私達の歌を楽しんでいってねー!」

 

「「「「「ほわあああああああああああああああああああああ!!」」」」」

 

「・・・うそ!?」

 

典韋が広場で見ているのは三姉妹のライブだ、驚くぐらいの歓声で典韋の声をかき消されたが・・・。

 

(なんで天和さん達がこっちにいるの!?)

 

本来ならば曹操軍が保護したはずの彼女達が何故か此方にいる。

 

「楽進様、今のところ周囲は大丈夫です。」

 

「そうか、だが警戒は怠るな、彼女達がライブをすると稀に収集がつかなくなるからな。」

 

「はっ!」

 

「以前の私もこうしてあの姉妹のライブ警備をしていたのだろうか・・・。」

 

「っ!?」(凪さんまで!?)

 

思わず物陰に隠れ様子をうかがうと、あそこに居るのは間違いなく凪、彼女までここに居る、

 

(なんでここに天和さんや凪さんが・・・。)

 

典韋の疑問は増すばかりだった、こうなると益々一刀に接触を試みてみたい典韋だったが如何せん一刀に会う方法がない、

飯店に駆け込んで雇ってもらったのは良かったが、前回の自分と全く変わらない行動に思わず落ち込んだ・・・が。

 

 

 

 

そして時は戻る

 

「兄・・・様・・・?」

 

「え・・・?」

 

目の前に居る女性、あの白い服は着ていないが、あまりにも酷似したこの女性。

それは一刀にとっても同じである、何故典韋は前の自分の呼称を知っているのか?

 

「おい、お前大将のことをいきなり男性扱いとは・・・。」

 

「いや、待て焔耶、あの子なにか様子がおかしいぞ。」

 

身を乗り出す焔耶を一旦落ち着かせる凪。

 

(あ、そうか、焔耶は当然だけど凪も記憶を持ってるのは合肥の戦いだけだからその前に死んだ流琉のことは知らないのか。

いや、うーん、典韋って将の話はしたけど、これはすごい話がこじれそうな・・・風も交えて話さないとな。)

 

「あの、すみません、私のよく知る人に似ていたものでして、つい・・・あの、あなたに似たような男性の方を見ませんでしたか?」

 

「あーなるほど、説明はしたいんだけど、とりあえず政庁に来てくれるとありがたい、かな?」

 

「わかりました、必ず伺わせていただきます!」

 

「じゃあ、この割符を持って政庁に来て、それで見張りの兵は通してくれるから。」

 

典韋としては渡りに船であり、一刀は焔耶を何とか宥めて政庁に戻っていった。

 

「それしても一刀様、先ほどの少女とはどういう知り合いですか?」

 

「・・・凪と同じ境遇の子って言えばいいかな?」

 

「なるほど、私と同じということは、あの子も魏の・・・。」

 

「ぎ?なんだそりゃ?」

 

「大したことじゃないよ、ただ、掛け替えの無い知り合いってだけさ。」

 

「本当になんだそりゃ??」

 

わけがわからないと首を傾げる焔耶に思わず笑ってしまった二人だった。

 

 

 

 

その後少し時が経ち、典韋は見張りの兵に割符を見せると、兵に案内されながら一室の前に通された。

 

「えーと・・・。」

 

部屋の中に居たのは、先ほどの女性と・・・風。

 

(ふ、風さんまで!?)

 

「何やら驚いているようですがいかがなさいましたか?」

 

「あ、いえ、その・・・。」

 

「ははは、でも、その慌てぶりからするに、あたりじゃないかな、風。」

 

「ですねー自己紹介もしておらず失礼ですが、おひとつ貴女に伺いたいことがあります。」

 

「なんでしょうか?」

 

「【赤壁】。」

 

「・・・!!」

 

ある種トラウマのような単語を風から出されて思わず固まる典韋。

 

「・・・ごめん。」

 

「あなたは、いったい誰なんですか?」

 

「俺は北郷一刀、華琳に拾われて、秋蘭や春蘭達にしごかれて、桂花に罵倒されて、季衣と一緒に流琉の料理を美味しく食べて、

凪や真桜や沙和と天和達のライブとかの警備隊の仕事をして、霞に振り回されて、風や稟に何度も囲碁で負けた、北郷一刀だよ。」

 

「な!?そんなまさか!だって兄様は男ですよ!?」

 

「なんでかしらないけど、女になっちゃったんだよ、こればっかりは信じてくれってしか言えないな・・・。」

 

「きっとお兄さんが前回とってもたくさんの魏の人達と関係を持っちゃったから天罰じゃないでしょうかねー。」

 

「はぐっ!?」

 

飴を舐めながら半目で呟く風に思わず顔が引き攣る一刀。

 

「なんだかよくわからないけど、あなたが兄様だというのはわかりました・・・。」

 

「それで理解されるのも、なんだか遣る瀬無い・・・。」

 

「種馬故致し方なしですねー。」

 

「うぐぬぬぬ・・・。」

 

「ふふ、でも不思議な気分です、あんな後にまたこうして兄様と会えるなんて・・・。」

 

「あ・・・。」

 

一刀が少しうつむくが、それを支えるように流琉は一刀の手をとった。

 

「兄様、先に言っておきますけど、私は赤壁から逃亡する時のあれを後悔なんて全くしてません。

それでも一つだけ、記憶が戻ってからどうしても気になっていることがあります、あの後季衣は、華琳様はどうなりましたか?」

 

「季衣は、あの後西涼の馬家が攻めてきて、その時に馬超の攻撃から守るために傷を負っちゃってね。

後にその傷が悪化したせいで季衣は・・・その後も魏は勝ち切れないで、華琳も、皆も・・・。」

 

「そっか、季衣も・・・。」

 

「だから、きっと流琉も記憶を思い出したのは理由があると思うんだ、陳留に、華琳のもとに行くなら護衛をつけるけど?」

 

「ありがとうございます兄様、でも私は行けません。」

 

「何故でしょうか、流琉ちゃん?」

 

「だって魏の記憶がある兄様がこうして華琳様のところから離れて居るのも、理由があるんですよね?」

 

「っ・・・ああ、俺もできることなら、華琳の所に行きたかったよ、でもそれだと、前と同じことが起きるらしいんだ、皆が死ぬ未来がね。」

 

「そんな・・・。」

 

「でも、これ以上華琳のところから皆が離れたらどうなる?下手を打てば魏を建国する以前の問題になるんだ。」

 

「ここの将は、風に稟ちゃんに凪ちゃんに流琉ちゃん焔耶ちゃん紫苑さんに・・・おおう、そう言えば天和ちゃんたちもいました。」

 

「それでも、私だけ兄様から離れて華琳様のところに行くわけには・・・それとも、私では兄様の側に不足ですか?」

 

「う・・・。」

 

流琉からの上目遣いに思わずたじろぐ一刀だったが、そこに風が話を切り出した。

 

「あーそれなんですがねお兄さん、実を言うと、其処はあまり問題にならないかもしれません。」

 

「え?」

 

「どうしてだよ風?」

 

「お兄さんも知ってのとおりですが、現在劉備さん率いる義勇軍と曹操軍は黄巾の乱が終わって尚同盟してます、

普通に考えるならいずれ劉備さんは離れると考えられるのですが、状況を鑑みるに既に二軍は合併してると言ってもいいでしょう。」

 

「何故ならば、劉備軍が既に曹操軍の中核まで携わっており、陳留の民心も劉備さんが貢献して支えられています、

これで天和ちゃんが居た頃とは及びませんが、曹操軍、そして劉備さんのために陳留に流民が集まっています。」

 

「この状態で劉備さんに何かしらの官位を渡してどこか領地を渡すと陳留がかなり弱体化します、更に劉備さんですが、

義理堅く優しい劉備さんが陳留のために残ってくれと民達に嘆願されれば残らざるをえません。」

 

「事実上、劉備さんが曹操軍の一角を担ってしまっているので、これは最早客将という身分では落ち着きません。

尤も、華琳さまのことですから劉備さんを飼い殺しにする、などという手段を用いていることはありえませんけどね、

劉備さんの二大軍師、諸葛亮ちゃん、龐統ちゃんや人の気を知る星ちゃんもそういうことには機敏に反応して進言するでしょう、

まあ、華琳さまが関羽さんをどうしても欲しいのであればその可能性も無きにしもあらずなわけですがー。」

 

風が現在の状況を的確に把握しているのに思わず口が開く二人である。

 

「ん?じゃまさか今の曹操軍って劉備軍との合併軍だから・・・。」

 

「はい、兵の多さは前と比べて大きく差が開きましたが、将の厚さ、晩成の見込みはある意味孫堅・袁術軍よりもやばいです。」

 

「うへー・・・。」

 

心配していたつもりが実はとんでもない強敵が誕生していたのを知る一刀、劉備と華琳の連合を考えるだけでも寒気物である。

 

「ということは、別に私が華琳様のもとに行かなくても大丈夫ということですね。」

 

「もう一度言うけどいいのか?季衣と、華琳と戦わなくちゃいけない道を行くんだぞ?」

 

「大丈夫です、私が華琳様の元から離れて変えられる運命があるのなら、この流琉、兄様を守るために季衣とだって戦います!」

 

「はぁ・・・華琳も俺も、恵まれてるよな、あははは。」

 

「ですねー♪」

 

「ふふ♪じゃあこれからは姉様って呼ばせてもらいますね!」

 

「っておおい!?マジかよ・・・。」

 

「諦めてください、しかしお兄さん、こうして確認すると記憶を取り戻す人には何らかの切欠があると思います。」

 

「切欠ですか?」

 

「はい、風は多分お日様を持ち上げる夢の時、凪ちゃんはお兄さんと対峙する時に断片とはいえ合肥の戦いを思い出しました。

流琉ちゃんは多分季衣ちゃんから手紙をもらった時か、曹操軍を認識した時、天和ちゃんたちは置いといて、そう考えると・・・。

その人にとって何らかの運命の転機が訪れた時に、記憶が戻るようですが・・・この辺りで解せないことがひとつ。」

 

「稟・・・それどころか他の魏軍の皆のことだよな。」

 

「考えたくはありませんが、稟ちゃんの場合は病気が発症するか、華琳さまに会うか、稟ちゃんにとって転機が大きいのはこの2つ。」

 

「まずいな・・・華琳はともかく、病気の方は発症前に対策を取りたいんだが、今も仕事の無理をさせないように負担は減らしてるし。」

 

「うーん・・・私も色々やることが多いですね・・・。」

 

「そうだな、改めて、これからもよろしくな、流琉。」

 

「はい!」

 

その後、流琉が正式に北郷軍に加入することになり、流琉に話をせがまれ、今に至るまでを話すことになった。

 

 

 

 

流琉は夜も深くなり、今日は店主に断りを入れるため帰っていったが、その翌日、流琉が荷物を纏めて戻ってきて、

早速と言わんばかりに料理を作り北郷軍の舌を唸らせた、軍の士気も程良く上がり、北郷軍は洛陽に向けて出発する。

 

「ではお姉さん、道中ご注意を、稟ちゃんもどうかお気をつけて。」

 

「ああ、風、紫苑、新野は任せたよ。」

 

「天和達も、ライブをするのならば節度を守ってくださいね。」

 

「はーい♪」

 

「お任せください北郷様、ご武運をお祈りしていますわ。」

 

「お姉ちゃん頑張ってねー♪」

 

「行ってまいります皆様。」

 

「しかし、飯店のこの娘も一緒に行くに行くのか、大丈夫か?」

 

「心配するな焔耶、見たところ彼女も中々できるようだ、下手を打つとお前も危ないぞ。」

 

「うげ・・・ワタシもおたおたしてられないってことかよ・・・。」

 

風や紫苑、天和率いる大勢の民に歓声をもって見送られながら、北郷軍は洛陽に向けて出立した。

 

進軍中、賊の襲撃などもあり、若干の死傷者が出て脱落者などはでたが、基本野営の時に流琉の料理で士気は高かった。

 

「しかしこれはどういうことなのでしょうか、洛陽に進むに連れて逆に治安が悪くなるとは・・・事情は理解できますが。」

 

「それだけ末期ということだろうな、やれやれ、権力抗争なんかに巻き込まれる暇があるなら此処の治安を改善したいね。」

 

「同意、ですね、こんなくだらないことに巻き込まれる暇があるなら賊を討つ策の一つでも考えたほうが建設的です、

仮に何進、張譲のどちらが生き残っても最早漢王朝の復権は難しいでしょうね・・・。」

 

「お前ら、恐れ多いことをよくもまあつらつらと言えるよな・・・。」

 

一刀と稟の歯に衣着せぬ物言いに思わず顔が引き攣る焔耶。

 

「別に漢王朝に忠がないわけではありません、ですが霊帝は政治に明るくなく洛陽での暴挙を許しています。

【主、乱れるとき国乱れる】、漢王朝の腐敗が賊を蔓延させ、権力抗争まで巻き起こっているのです、

霊帝が崩御すれば劉弁様、劉協様で後継者争いでさらに混沌とするでしょうね、本人の意志を全く無視して。」

 

「帝のご子息のそのどちらもがまだまだ幼い、教育が行き届いていても、傀儡政権のいい的だな。」

 

「そして、それに泣くのはなにもできない民衆、ということですか。」

 

「たしかに改めて確認すると、それは許せないな・・・。」

 

内心義憤が募り、拳をきつく握りしめる凪と焔耶、話を聞いている兵たちも同じような心境だろう。

 

「姉様、これから洛陽で私達ができることはないのでしょうか?」

 

「厳しいな・・・田舎太守にできることなんてたかが知れてるしな。」

 

「難しい話ではありますが、帝の側近たちに直談判できる機会があれば、あるいは・・・。」

 

進軍をしながら洛陽でどう行動するかを側近たちで煮詰めながら一刀達は董卓軍との合流地点に向かった。

 

 

 

 

その後、宛と洛陽の中間辺りで董卓軍と合流した一刀達、挨拶もそこそこに進軍をしながら互いに雑談に興じていた。

 

「お久しぶりです、一刀様。」

 

「こちらこそお久しぶりです、董卓殿。」

 

挨拶もそこそこに互いの将達を紹介していく二軍、ある程度面識もあるが数人今回は見覚えのないものも居た。

 

「華雄だ、武には自信がある。」

 

「陳宮ですぞ、恋殿の一番の軍師です!」

 

「郭嘉です、黄巾の乱では不在でしたが、知謀には自信があります。」

 

「典韋と申します、料理と力強さが自慢です。」

 

他にも賈駆や張遼や恋、黄巾の乱にも居た董卓軍の主力も居るようだ、聞く所に寄ると統治は李儒という将に任せているらしい、

しかし、挨拶をしていて驚くのは北郷軍の将たちだ、董卓という少女を見たのは初めてだが、その容姿に驚いた。

 

(なあ凪、あの娘が董卓・・・なんだよな?)

 

(そうらしいが・・・あの方が太守で善政を敷いているのか。)

 

(更に将の厚さも眼を見張る者があります、彼女も人望があるのでしょう、しかしにわかには信じられませんね・・・。)

 

(すごくきれいな子ですねー。)

 

「そこ、何こそこそ話してんのよ?」

 

「いえ、なんでもありません。」

 

「しかし、こんだけぞろぞろと引き連れて洛陽の方は大丈夫なのかな?」

 

「心配ないやろ、うちらかて自炊するだけの兵糧は持ってきとる、いざって時には民衆にも配れるようにな。」

 

「董卓軍もですか、我々も何があってもいいように多めに兵糧を持ってきたのです。」

 

「まあ洛陽付近がこんな有り様じゃあっちでの補給なんて見込めそうにないよなぁ。」

 

付近の村落や村の現状を見る限り、とてもいい状態とはおもえなかった、どうやら腐敗の侵食はとても根深いようだ。

 

「私達が何とかしていきたいですね・・・。」

 

「そうだね・・・。」

 

 

 

道すがら、董卓軍と北郷軍は民衆に施しをしながらも洛陽に近づいていった、それと同時に時は近づく、避けられない大戦の時が。

 

 

 

 

 

一行は洛陽が目視できる所まで迫ってきたが、先行している焔耶があるものに気がついた、疾走する馬車、宮中の物だろうか、

派手な装飾はないが使っている布はそこらでは見かけないほどの材質だろう。

 

「おい、なんか凄い勢いで馬車がこっちに来るぞ?」

 

「(まさか・・・。)嫌な予感がするな、馬車を止めて事情を聞いてみるか。」

 

しかし、一行が馬車に近づこうとすると、急停止した馬車は別方向へとかけ出した、まるで逃げるように。

 

「あ、おい!」

 

「只事じゃないわね、霞あの馬車を追って!」

 

「合点や!」

 

「凪、単騎ですまないが先行して欲しい、今の凪の足なら馬車を追い越して先回りできるはずだ、もしものときに備えてくれ!」

 

「承知しました!」

 

賈駆の指示とともに張遼、そして一刀の指示を受けて凪も追従するように馬車を追った。

 

「おかしい、なんで逃げる必要があるんだ?宮中の者なら逃げる必要なんて無いはずなのに。」

 

「確かに、我々が賊でないのは一目瞭然なのですが・・・。」

 

それから馬車の追撃が始まり、途中馬車についていた護衛が無言で切りかかってきたりなどで驚愕するも撃退して

二軍は馬車を補足した、凪の姿は近くには見えなかったが、一刀の指示通り一刀の見える範囲で備えて茂みに伏して居た。

 

「おかしいぞ、なんで護衛が襲ってくるんだ!?」

 

「ああ、これはいよいよ持って怪しいな。」

 

護衛を蹴散らした華雄と焔耶が訝しんでいると馬車が止まる、それを見計らい張遼が馬車に向けて声を張り上げた。

 

「おい!なんで逃げるんや、事情があるならでてこんかい!」

 

張遼が威圧するように声を出すと馬車の中から四人の人間が出てきた男女二人づつで全員が身なりの良い服装をしていたが

様子がおかしかった、男性二人が少女とも言える二人の首筋に剣を近づけながら出てきたのだ。

 

「な!?」

 

「動くな!動くとしょ、少帝達を殺すぞ!?」

 

「く、離せ!」

 

二軍は騒然となった、今この男はなんと言った?小帝、その言葉が突き刺さり華雄が声を荒げる。

 

「貴様ら!それが事実なら何故そのような愚を犯す!?」

 

「知るか、元々お飾り同然の無能な帝だろう!そんな小帝を我々のために使って何が悪い!」

 

「諸将、小奴らは十常侍の夏惲、郭勝だ!父が崩御し都で政変が起きて張譲の指示で何進や母も殺されてしまった!」

 

「ええい黙らんか!」

 

「協!」

 

小帝の一人から話された事実に一刀はいくらか憶測はできたがそれでも驚きを隠せない。

 

(くそっ!凪を伏せているとはいえ、二人同時に救援なんてできるのか・・・?)

 

奴らが話しているのが事実なら彼女達は霊帝の娘、劉弁、劉協なのだろう、それに憤る焔耶や華雄が今にも飛び出しそうになる。

 

「貴様ら恥を知れ!宮中で専横を振るうだけでは飽きたらず幼い帝を拐かすとは!」

 

「ふん!無能な帝の代わりに漢王朝を管理してやったのだ!それぐらい当然の報酬だろう。」

 

「ふざけんな!民を苦しめ貴様らが贅を貪るさまが管理であってたまるものか!」

 

小帝に剣を近づけながらも開き直った下卑た笑みで笑う十常侍の二人を尻目に一刀は思考に没頭していた。

先程ならば緊迫していたが、徐々にだが密かに凪が十常侍たちとの距離を縮めていた。

 

(凪・・・よし、今なら奴らの注意は小帝と焔耶達に行っているか。)

 

一刀が凪に視線を向けると、既に気を気取られない程度に充満させた凪が頷く。

 

(あの距離なら十分凪が不意を打てる、後もう少し確実にしたい、此方に注意を向けないと。)

 

そう思い、一刀が救出への段取りを決めて更に稟へと視線を移すと、読み取ったように稟も頷いた。

 

「このまま逃げられると思っているのですか?付近に備える諸将を退けてまた返り咲けると?」

 

「そうですぞ、すぐに討伐軍が起こりお前たちを討ちに軍が向かう事になりますぞ!」

 

「は、はははは、いいんだよ、小帝さえいれば全てこっちのものだ!」

 

「早く道を開けろ!帝がどうなってもいいのか!」

 

(へぅ・・・詠ちゃん・・・。)

 

(大丈夫、北郷軍に策があるみたい、ボク達もそれに備えるよ。)

 

詠も恋と張遼達に目配せをしながら備える、その間にも少しづつ二軍と四人の距離が離れるが、突如、茂みから気が爆発した。

夏惲達はこのまま逃げきれると油断していた、だからこそ、その不意打ちに気が付かなかった。

 

「はぁあああああああ!!」

 

茂みから凪が爆発的速度で飛び出し夏惲、郭勝の側面を急襲、凪の両の拳が二人を穿った。

 

「ながぁ!?」

 

「ば、馬鹿な、ぐふ・・・。」

 

「今だ!」

 

「応!」

 

その隙を突いて華雄と焔耶が小帝達を救出する。

 

「助かったぞ・・・。」

 

「こんの外道どもがぁぁぁ!」

 

「・・・死ね。」

 

更に一気に距離を縮めた張遼と恋の一撃で二人の首は宙に舞った、二軍の連携で小帝達は危機を脱した。

 

「劉弁様、劉協様、ご無事ですか!」

 

北郷軍、董卓軍が共に平伏する、ある程度落ち着いた二人は立ち上がると、共に諸将を労った。

 

「よい、面をあげよ、そなた達誠に大儀であった。」

 

顔を上げれば、幼いながらも皇帝としての威厳を備えた小帝二人が居た。

 

「そなたらの軍の責任者は何処か。」

 

「はっ!私は天水太守の董仲穎と申します!」

 

「私は新野太守、北郷一刀と申します。」

 

「うむ、此度の功績、言葉では表せぬ、洛陽に戻りし時相応の褒美を約そう。」

 

「では、我々の馬にお乗りください、洛陽まで御身をお守りいたします!」

 

「頼む、姉上。」

 

「ええ、お願いします。」

 

二軍は小帝達を護衛しながら、洛陽へと急いだ、政変が起きているのならば、都洛陽も無事では済まないはずだから・・・。

 

「・・・何進に呼ばれたはずが、その何進は政変で既に亡く、まさか我々が小帝を救うことになるとは。」

 

稟は一人呟く、新野太守の軍師の一人になり、驚くほどの躍進ぶりに驚愕を禁じ得なかった。

 

「風、まさかあなたはこれを見越して、残ったのですか?」

 

そもそもあの親友は言っていた、政変に巻き込まれたら・・・と。

 

「あの言葉が冗談ではなく、将兵を多数連れて物資も多めに積んで行かせたのは洛陽での備え、とも考えられます・・・。」

 

考え過ぎだとは思うが、風は無駄な手は打たない軍師だ、親友である自分ですらその真意は測りきれない。

これほどの物資があれば洛陽での活動も滞りなくできるし、民たちへの施しだって可能になるのだ。

 

「もし、あなたがこれを見越していたのであれば・・・ふふ、少しあなたに嫉妬しますね。」

 

新野に居る親友の胡散臭い笑みが映る、対抗意識が生まれたのは否定しない、さながら味方にいながら競い合える好敵手だろう。

 

「一刀殿、ご存知かもしれませんが洛陽はかなり荒廃としているでしょう、到着次第董卓軍と連動してすぐに復興に当たりましょう。」

 

「そうだな、ここから見える洛陽の城壁は、綺羅びやかに見えるんだがな・・・。」

 

二人は洛陽を見る、もうすぐ到着するであろう都は、恐らく思っている以上に只事ではすまないようだ。

 

「俺には理解できないこともあると思う、その時には稟、その知謀で俺達を助けてくれ。」

 

「お任せを、ご期待に必ず応えてみせましょう!」



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7話 躍進と外れ始めた定め

遅くなりすぎましたが拠点会話も盛り込んでみました
○obage恋姫プレイ中なんですが色々大丈夫かと心配になります
女主人公イベント絵巻で衝撃を受けたのは私だけじゃないと信じたい


小帝を護衛し洛陽に到着した一刀達。

 

それを出迎えたのは禁軍を率いた犬耳フードの女性だった。

 

「劉弁様!劉協様!」

 

「蘭花!」

 

「おお、蘭花か!心配をかけた、不覚にも十常侍に捕まってしまったが此方の太守たちに助けてもらったのだ。」

 

「なんと・・・陛下の身をお守りいただき誠に有り難うございます!」

 

陛下の前で恭しく頭を下げる女性に一刀と流琉は思わず首を傾げた。

 

(ん?んん?あの人・・・猫耳フードに変えたら桂花そっくりじゃないか?)

 

(は、はい・・・私もそう見えます。)

 

「申し遅れました、私は荀公達、陛下のお側で侍女と教育係を兼任させてもらっています。」

 

(じゅ、荀攸!?桂花にとって族子にあたる人だけど、この人以前は見なかったような・・・?)

 

以前の外史では知り合わなかった荀彧の親戚に思わず驚きながら一刀達も自己紹介を返した。

 

「両陛下、此処で話をするのはあまり得策ではありません、十常侍派閥が行動を起こしたことで、袁紹らが宦官達を排除しました、報告のために宮殿にて趙忠らがお待ちです。」

 

「うむ、北郷、董卓、ともに宮殿に来てほしい。」

 

「「はっ!」」

 

「あれ、でも今趙忠って言わなかった?そいつってたしか十常侍の一人じゃ・・・?」

 

「間違っていませんよ一刀殿、十常侍の派閥一人が何故未だ健在なのでしょうか?」

 

「疑うのも無理もないですね、ですが黄は張譲と違い父の代から忠厚き文官で私の教育係です、信頼しても大丈夫ですよ。」

 

その言葉に偽りはないのだろう、微笑む劉弁の顔には全幅の信頼の証であろう笑顔があった。

 

(謎だ・・・この世界・・・。)

 

こめかみに指を当てながら以前と全く違う流れに頭を悩ませた、自分が引き起こした流れであったとしても・・・。

 

 

 

小帝二人を護衛し宮殿に入った両軍だが陛下達が暫くやることがあると一刀達は一室に通され待つこととなった。

 

「だいたいの事情は察してるけど・・・やっぱり宦官排除の件かな。」

 

「間違いないかと、宮殿の一部に血痕もありましたしね。」

 

「詠ちゃん、私なんだか私まだ夢見てるみたいで信じられないよ。」

 

「無理もないよ、ボク達は何進に呼ばれたはずなのに、その何進は死んでいて、両陛下を救うことになるなんて。」

 

「全くだ、ワタシらだって陛下の御身を救うことになるなんてな・・・。」

 

「あの時はとっさに体が動いたが、思い返せば体が震える思いだ。」

 

「そやなぁ、あん時の華雄の動きは早かったなぁ。」

 

「ん、華雄かっこよかった。」

 

「恋殿の言うとおりですぞ。」

 

「う、あ、あまり褒めるな。」

 

「焔耶も本当にお手柄だったよ、凪が隙を作ったとはいえ無事陛下を救出できた。」

 

「ああ、合わせてくれて感謝する焔耶。」

 

「よせやい、恥ずかしい。」

 

両軍の突撃要因が揃って照れていると流琉が少し顔を曇らせた。

 

「でも姉様、やっぱり都は・・・。」

 

「ああ、荒れ放題ってやつだな。」

 

「へぅ・・・。」

 

護衛中にわかったことだがやはり表向きは豪華に見える都だが、裏を探ってみれば相当の格差が伺える、一刀達がやや沈黙していると一人の使者が入室してきた。

 

「お待たせしました、両陛下が謁見の間にてお待ちです。」

 

気になることもあったが一刀と董卓は共に稟と賈駆を同行者として謁見の間に向かった。

 

 

 

一刀達が謁見の間に通されると数人の宦官たちが一刀達に揖礼をし、劉弁、劉協らが玉座に座り出迎えた、その側には先ほど見た荀攸、緑髪の女性に、メガネを掛けた真面目そうな女性3人が控えていた。

 

「此度はそなた達の働きにより無事洛陽に戻ることができた、感謝する。」

 

「ありがとうございます。」

 

劉協が口を開くと劉弁も微笑んで一刀達に感謝の意を伝えた。

 

「勿体無いお言葉です。」

 

「御身がご無事でよかったです。」

 

「さて、父が崩御し、政変が起き十常侍らが行動を起こしたが袁姉妹やそなたらの功により乱そのものは極めて小規模なもので収まった、しかし、その後の後始末が少々厄介なものとなってしまってな・・・。」

 

劉協が悩ましげな顔を浮かべると緑髪の女性が口を開いた。

 

「ここからは私、趙忠めがお話します、袁紹殿が宦官を排除したのは良かったのですが、その影響で今洛陽は深刻な人手不足と治安悪化が巻き起こっています、格差や治安の悪化は元より起こっていましたが今回の騒動で民衆も不安を感じています、幸い我らが未だ漢室への忠を持つ臣を予め保護したことで戦力はあるのですが、如何せんその纏め役が不足しているのです。」

 

「そこで、そなたらへの褒美へとつながるのですが、受け取って欲しいのです。」

 

劉弁、劉協が玉座より立ち、二枚の詔書をそれぞれ荀攸と趙忠から受け取るとその内容を読み上げた。

 

「天水太守董卓!これより相国の位を授ける、その内政力の高さで洛陽の復興にあたってほしい!」

 

「新野太守北郷一刀!何進亡き後の大将軍の位を授けるそなたはその類稀な発想力をもって洛陽を発展させてほしい!」

 

その幼い身から威厳のある声を出し、一刀と董卓らに玉璽の印が押された詔書を渡した。

 

董卓は受け取った詔書をまじまじと見ながら賈駆に焦点のあってない目で口を開いた。

 

「・・・詠ちゃん、私相国になってる夢を見てるんだけど?」

 

「月ー!?目を覚まして、現実だから、ボクも信じられないけど現実だから!?」

 

董卓達の驚きは当然だが、一刀達も驚きを隠せない、つい最近太守になった田舎者が更なる大出世だ。

 

「・・・謹んでお受けします、ですが一つだけ、袁紹殿はどうしたのですか?」

 

唖然としている稟をよそに一刀が気になったのは袁紹の存在だ、以前の袁紹の性格を知る一刀は宦官を排除した功のある彼女が官位に執着しないわけがないと思っていたのだがここでもさらに予想外な答えが入ってきた。

 

「うむ、それなのだが、実は先ほどそなたらの前に袁紹と袁術、彼女にも相応の官位を与えようとしたのだ、袁術は受けとったのだが、袁紹は今は受け取れないと辞退されてしまったのだ。」

 

(へ・・・?)

 

今度は一刀も唖然とした、以前の彼女であれば高笑いで喜んで受け取ることはあれど辞退するなど考えられない事だった、

 

「彼女は宮殿を血で汚してしまったことと、未だ今以上の官位を預かるには不足の身、と言う理由で最低限の報酬のみ貰い袁術らと既に互いの領地へと引き払ってしまったのです、以前の評はあまり良くはなかったのですが彼女も思うところがあったのでしょう。」

 

(うそ、だろ・・・あの袁紹がそんな謙虚な姿勢で辞退したのか?何があったんだよ。)

 

曹操と劉備軍の連合、孫堅生存によって起きた袁術軍と孫堅軍の合併、更に今回の袁紹の豹変ぶりに一刀はある決心をする。

 

(居るかどうかはわからないけど、少なくとも居る可能性が高い、話を聞きに行くぞ、貂蝉。)

 

「突然の出世に戸惑っては居るだろう、しかし、今の洛陽には民の信頼厚きそなたたちの力が必要なのだ、洛陽より遠いがそなたたちの評判の良さはこの耳まで届いている、どうかこの洛陽を復興するのに力を貸してほしい。」

 

一刀と董卓が平伏すると劉弁達は謁見の間を後にした、自らの大出世、それによって洛陽に留まることになったのだ、漢女に話を聞きに行く時間は取れるはずだと一刀も謁見の間を後にした。

 

一刀らが退室した後に廊下を歩く劉弁にメガネを掛けた女性が口を開いた。

 

「劉弁様、此度の昇進本当によろしかったのでしょうか?」

 

「ええ、彼女たちなら信用できます、楼杏(皇甫嵩の真名)にはこれからも苦労をお掛けすることになりますが・・・。」

 

「いえ、我が身のことはお気になさらず。」

 

「劉弁様、楼杏が気にしていることは其処ではないかと。」

 

「はぁ、蘭花にはなんでもお見通しね。」

 

「私も荀家の一人ですから。」

 

「頼りになる言葉だ、古き大樹にもまだ望みはあるか・・・。」

 

「気掛かりな事があります、袁紹が排除した宦官らの中に未だ張譲の死体が見つかっていません、恐らく逃げおおせたか、最悪どこかの太守達に接触している可能性があります、まだ気を緩められません。」

 

「張り切りさんですねーだから仕事熱心に見られて婚期が・・・。」

 

「ちょ!それとこれとは関係ないでしょ黄(趙忠の真名)!?」

 

「あんたら漫才もいい加減にしてください。」

 

「ははは、そなたらは頼りになるが、見ていて飽きさせもせんなぁ。」

 

「ふふふ♪」

 

「りゅ、劉協様、劉弁様までぇ・・・。」

 

荀攸、趙忠、皇甫嵩らを伴い歩く幼い帝達の姿はその見た目よりも大人びて見えた。

 

 

 

 

「すぐに足の早い伝令に頼んで風に伝えないとな、明日から今まで以上に忙しいぞ。」

 

「一刀殿は、冷静ですね。」

 

「そんなこと無いぞ?俺だって今も驚きと不安でいっぱいだ。」

 

「・・・大将軍ですよ大将軍!?元の座に居た何進も元は肉屋の豪族でしたがこの出世は異例です!」

 

謁見の間から皆のもとに戻る際に郭嘉は興奮しているようだったが一刀は苦笑いを返す。

 

「あ、あはは、たしかにそうなんだけどさ、俺よりも深刻そうなのが隣にいるし・・・。」

 

「隣ですか・・・あっ。」

 

郭嘉が視線を伸ばせば詔書を持った手が震えながら覚束ない足取りの董卓が居た。

 

「相国・・・私が・・・相国・・・・。」

 

「どうしよう、李儒に頼んで天水の方は何とかなってるけど、この広い都の管理・・・。」

 

「あ、あー董卓、殿?」

 

「あ、すみません!なんだかまだ夢を見てるみたいで・・・。」

 

慌てる董卓だがその顔は不安で一杯だ、無理もないだろう、自分と同じで先ほどまで一太守に過ぎなかったのだ、しかし、董卓は次第にその顔を引き締めていった。

 

「でも現実なんですよね、それに、私が相国になったことで陛下、洛陽の民、皆さんの助けになれるなら・・・。」

 

「董卓殿はやさしいですね。」

 

「へぅ。」

 

一刀が微笑むと董卓はその薄い肌をほんのりと赤らませて両手で頬を覆う。

 

「それにしてもあんたはずいぶんと冷静ね?大将軍出世に驚かないの?」

 

「稟にも言ったけど、俺も驚いてる、董卓殿たちと違って俺達は元々旅の人間だからね。」

 

「・・・はあ!?」

 

「間違っては居ませんよ、一刀殿は元より私も元は見聞を広めるために旅をしていましたから。」

 

「それが自分で立身出世を志したとはいえいきなりの大将軍って驚かないわけがないよ・・・。」

 

「じゃあなんでそんなに落ち着いてるのよ?」

 

「大した理由じゃないかな、俺は皆を信じてるから、みんなといっしょならどんな困難だって乗り越えられる。」

 

本当の事を言えば、あの大国、それでも衰え始めた魏を支えた時の重圧と比べれば少しマシである、ほんの少しだが・・・。

 

「嬉しい言葉ですが、少々過分なお言葉な気が・・・。」

 

「そう言うなよ、俺は稟の知謀を頼りにしてるよ?」

 

「な、ちょ、だからって撫でないでくださいよ!?」

 

稟の頭を撫でると面白いぐらいに慌てた。

 

「ふふ、一刀さんのお陰で、少し元気が出ました。」

 

「え?」

 

「そうですよね、私にも詠ちゃん、霞さん、恋さん、音々音さん、華雄さんや李儒さんも居るんですよね、詠ちゃん、私も洛陽の人たちの笑顔を取り戻してみたい、そのために相国の座に着いてみる。」

 

決意を決めた董卓の意志は固く、それを見た賈駆はため息を付きながらも微笑んだ。

 

「はぁ、止めても無駄だね、うん分かった、ボクは月のためならどんな策だって紡いでみせるよ。」

 

「ありがとう詠ちゃん。」

 

(微笑ましいなぁ。)

 

両軍の将たちはそれぞれの太守達の異例の出世に驚いたがそれと同時に出世を祝い、焔耶は興奮し、張遼は月を抱きしめて、両軍はそれぞれが洛陽復興のために一丸となることを誓った。

 

「一刀様、これから長いお付き合いになると思います、これよりは私のことを月とお呼びください、」

 

「じゃあボクも、ボクの真名は詠よ、月のことを裏切ったら許さないよ?」

 

「ああ、ありがたく預からせてもらうよ・・・俺には真名がないから、好きに呼んでくれ。」

 

 

 

 

拠点 稟 未来であり過去の君を知るからこそ

 

董卓達は新野に居る風達に伝聞を送ると早速月達と今後のことを煮詰めるために、洛陽の再建を目指して陛下お墨付きの文官たちと今後の方策を練ることにした、すでに多くの人達が集まっていてやや騒然としている、其処には稟も混じっていた。

 

「しかし驚きました、これほどまでの文官がまだ残っていようとは・・・。」

 

稟がさりげに口に出した事を聞き取った皇甫嵩が稟に密かに耳打ちした。

 

「宦官と言っても風評通りの愚者ばかりではないわ、漢の復興を夢見て都に来たものも居る、でもそんな人がいるなんて解らなかったら、袁紹の精鋭に一緒に殺されていたでしょうね。」

 

「あ、貴殿は、皇甫嵩殿?」

 

「ええ、堅苦しい言葉は要らないわよ、私達は陛下直属だけどそれらしい権限は持ってないし。」

 

「では私も、一刀殿の軍師故に郭嘉とお呼びいただければ。」

 

「皆様静粛に、これより洛陽復興のための物議に入ります!」

 

荀攸の声が響くと一瞬にして室内が静寂とした、それほど全員が復興のために熱を入れているのだろう。

 

「さて、此度袁紹殿の功により十常侍を筆頭とした悪官たちが罰せられ、本格的な復興に当たれるようになりました、ですが御存知の通りこの漢王朝は民にとって最早なんの希望もなく、ただ贅を毟り取る恐怖の対象として見られても全く反論の取れない状況となってしまっています、そこで漢王朝に忠ある皆の意見をまず一つ一つ上げていこうと思います、上策下策問いません、まずは浮かぶべきことを一人一人順に浮かべてみてください、あげた策の反論も認めますが、具体的な案件も含んだ上でお願いします。」

 

荀攸の言を切欠に静寂とした室内が再び熱を吹き出した。

 

「まずはなんといっても民への政策でしょう、予算の件は問題ありません、位を解き罰した者達から没収した資金を使えばしばしの間洛陽の民達の税を無税とすることも可能なはずです!」

 

「それも大事ですが区画整備や格差の問題も山積みです、なんといっても洛陽の町は今や廃墟も同然、仕事もなく一日の食事をまともに取れぬものも居ると聞きます、飢えた民への食料の配給も視野に入れたほうがよろしいかと。」

 

「禁軍の編成も大事だと思うんだよね、ボクが思うに練度が低いし、精強な兵は警備にも使えると思うんだ。」

 

「道理、練兵や治安改善の方は相国様や一刀殿にも手を貸してもらうのがよろしいかと。」

 

「しかし、今や我々の信用が低いのは明らかですぞ、まずは付近の太守にも助力を願うのはどうですか?例えば西涼の馬騰殿です、彼女は月殿とも交友があると聞きますし、漢王朝に忠ある馬家の助力を得られれば民に信を得られると思うのですぞ。」

 

「下策ですが、見た目も大事です、廃れた都や虎牢関や汜水関再建の目処を立てねば賊から攻められることも考えられる!」

 

(これはなんとも、知者がこれほど集まれば流れるように意見が出る、不覚にも少しばかり熱くなって来ますね・・・!)

 

稟やねね、賈駆に荀攸も時に混ざり次から次へと文官たちが意見を出し合い、欠点を補い昇華させていくさまは一刀が見れば小規模ながら魏が最も勢いを振るっていた時の文官同士の論争に酷似していた。

 

「みなさーん、喉が渇かぬようにお茶をもってきましたよー。」

 

「え!?あれは趙忠殿では!?」

 

「黄は内政や武よりも料理に通じているからね、毒味役としても優秀なのよ。」

 

「はぁ・・・。」

 

「陛下のお側に控える人達は特徴的ですぞ・・・。」

 

(あれ?まさかその中に私も入っちゃってる?)

 

 

 

 

「お疲れ様稟、その様子だと随分収穫が多かったみたいだね。」

 

「一刀殿、多くの方と語るのは良い刺激になります。」

 

「それにしても、洛陽の文官の質も侮れないなぁ、まさかここまでとは。」

 

「もし、袁紹達が理性的な判断をせずに宦官全員を虐殺してしまったらもっと悲惨なことになったでしょうね。」

 

(それが一番意外なんだよ、俺の知る未来、歴史共に宦官虐殺が起きたからこそ洛陽が廃れて権威を失った、それを狙い上洛した董卓が暴政を敷いて曹操の呼びかけによって袁紹を主体とした連合が成立、かと思えばこっちじゃ月は優しい女の子、単に上洛して権力を得た月に対する諸侯の嫉妬だった。)

 

「だからこそこんなに事態が好転してるって言える、だからこそ稟、無理をしないでくれよ、もし疲れたのなら休むことも必要だぞ。」

 

「お気遣い大変嬉しく思います、ですが、こうしている間にも水面下では恐らく他諸侯が動いているはずです、十常侍筆頭の張譲も行方不明であり、何をしているかわからない以上気を抜くわけには・・・。」

 

「あーうん、分かったからちょっとこっちおいで。」

 

「?一体何を・・・。」

 

一刀は稟を近くに座らせるとその肩に手を置いた。

 

「え、一刀様、なにを・・・んっ!」

 

「ほら、こんなに硬くなってる、無理のし過ぎだよ、風が見たらからかわれるよ?」

 

「あ、でも、これ、くぁ・・・。」

 

(か、一刀殿の上手な手つきが・・・!)

 

「俺は稟に無理をしてほしくない、過労や病気になったらどうするんだい、もう少し自分の体をいたわってほしい。」

 

「あう・・・。」

 

(も、もう無理かも・・・!)

 

一刀の手技を変な方に考えてしまい、妄想が広がった結果・・・。

 

「ぶはぁ!」

 

「うわった!またかよ!?」

 

「ふがふが・・・。」(す、すみません!)

 

(うーん、変な話だけどこっちじゃあまり出してないからこの鼻血が逆に新鮮に見えるなぁ・・・。)

 

仕事をまじめに取り組んでいるせいか欲求不満なのかもしれない、前回は艷本を購入しては町中で流血事件が起きるという珍事もあったが。

 

「あーもう俺が悪かった、ほら。」

 

「ふが?」

 

一刀は稟に膝枕をすると楽な姿勢にさせた。

 

「あ、ちょっと一刀殿!?」

 

「なあ、本当に大丈夫なのか稟、何かあったら新野のみんなも悲しむし、特に風は泣くよ?」

 

「・・・はい、寧ろ病気になっている暇すらありませんよ。」

 

「そっか・・・。」

 

安心するように微笑む一刀の顔を見ると稟は先程とは違う意味で顔を赤らめた。

 

(なんでしょう、この気持ちは・・・まさか、私は一刀殿の事を・・・。)

 

(って何を考えているのですか私は!?一刀殿は私と同じ女性ですよ!?)

 

(あ、でも以前旅の中で読んだ艷本のなかに女性同士があられもない姿を晒して・・・。)

 

そう思ったが最後、稟の頭のなかではその艷本の内容が自分と一刀に置き換わり・・・。

 

『稟、綺麗だよ。』

 

『一刀・・・殿・・・。』

 

「はぶぅ!?」

 

「えぇ!?今度はなんで吹き出した!?」

 

稟、本人に自覚はないが、その心は既に一刀に奪われているのだった・・・。

 

 

 

 

拠点 焔耶 汚点あればこそ

 

此方は禁軍の練兵所、しかし此方では文官たちとは別の形で熱気があった。

 

「ふん!そんなものか魏延!」

 

「くっそ、まけるかよ!」

 

「あ、あー君たち、手本を見せろって言ったけどもう少し抑えて・・・。」

 

「・・・zzz。」

 

「そんな中で寝ている恋っちはさすがやなぁ。」

 

現在絶賛華雄と焔耶が打ち合い中で二人の武器を木製で模造したものだが、さながら一騎打ちの様相である、それを見る禁軍の兵たちは畏れ半分憧れ半分の様子で一騎打ちを観戦していた。

 

「まあええんやないか?兵たちにもええ刺激になるわ。」

 

「そりゃそうだけどさ、確かに休憩がてら少し武将たちの動きを見てみるって言ったのは俺だし。」

 

「おらおらおらぁ!!」

 

「ぐっ・・・まだまけんぞ!」

 

「そーこーまーでーだっ!!」

 

「う、大将、すまん。」

 

「むぅ、いい感じに熱が入っていたのだが。」

 

いい加減見ていられなくなったので一刀が仲裁に入り事態は収まったのだが二人はやや不完全燃焼気味だった。

 

「ほほう、其処まで身体が動かしたいって言うなら俺とやるか?ただし負けたら暫く恋の食費負担だが。」

 

「そ、それは勘弁だ!」

 

「え、おい華雄、呂布ってそんなに食うのか?」

 

「そんなになどというものではない、見ていて癒されはするが、それとこれとは話が別だ。」

 

「・・・まあ、でもそんな話とは別に、ワタシは大将と一戦やってみたいかな。」

 

「焔耶?」

 

「ワタシさ、なんだかんだで大将が前線で戦うのを見たけど、大将の腕がどんなかしらないからさ。」

 

「お、それはウチも気になるわ。」

 

いつの間にか練兵所の空気はいつの間にか新しい大将軍の腕はどれほどのものなのかという興味でいっぱいだった。

 

「はぁ、仕方ない、俺も対人戦を久々にやりたいしね、お手柔らかに頼むよ?」

 

「そうこなくちゃな!」

 

武器を構えて此方の出方を伺う焔耶、その表情からは油断や慢心はない。

 

(ある意味、俺にとってもいい機会だ、焔耶クラスの人とはまだ手合わせしていなかったし、自分の腕を確かめられる。)

 

木刀を構えて意識を集中させる、凪のように気を扱うことはできないが集中力なら此処の武将たちにも劣らない。

 

「行くぞ大将!」

 

「こい焔耶!」

 

焔耶は跳ねだし一刀に向けて武器をふるう、その一撃を真向から受けきる。

 

「っ!」(木製の武器でもさすがに重いな!)

 

「な!?」(受け切られた!?)

 

「おお、正面から受け切りおった、一刀の膂力もあなどれんなぁ。」

 

「・・・。」(パチっ)

 

「む、起きたか呂布。」

 

「ん・・・。」

 

「さすがに一撃が重いね、手がしびれるかと思った。」

 

「ワタシはまさか防がれるとは思わなかったよ、避けられるとは思ってたけどな。」

 

(魏で戦ってた時には猪武者のイメージが強かったけど、実際に戦ってみればやっぱり格が違う・・・。)

 

彼女とて三国乱世に名を連ねる立派な武将だ、侮りなどという感情など元より無い。

 

「今度はこっちから!」

 

剣道の面の手法で踏み込んで剣道の型そのままに焔耶に技を繰り出す。

 

「くっ!」(速い、いまのが真剣だったら・・・!)

 

辛うじて防御が間に合い距離をとったが焔耶の脳裏によぎったのは今の技が真剣で繰り出されたら、そう思っただけで背筋が凍る。

現代で研鑽を積んで、現代に蘇った剣聖とまで言われた一刀だ、その技量はまさに老練な武術の域だ。

 

「北郷も相当だが、今のが防がれるとはな・・・力は魏延だが、北郷には技があるな。」

 

「そやな、今のはかなり速かったで、動きに全く無駄があらへん。」

 

「・・・。」

 

華雄と張遼が戦況を見守る中、恋は無言で観戦していた、禁軍兵達も大将軍とそれに従う武将の強さに息を漏らした。

 

(どうする、剣道の技が防がれた以上速さに頼ってもカウンターで返される危険があるな。)

 

(大将の実力は本物だ、守りに入っても次が防げるかわからない、だったらいっそ!)

 

「でやぁぁぁぁ!」

 

「なんの!」

 

ひたすら攻撃を繰り出し一刀に反撃の暇を与えないように攻撃を繰り返す焔耶とそれを受け流したり避けたりで後の先を取るべく機を伺う一刀

 

(くそ!あれから高めるために修行をしたのに、まだまだワタシは・・・!)

 

「む!」

 

焔耶が見せた一瞬の隙を見逃さず縦振りの攻撃を横回転で避けてその遠心力を利用して焔耶に叩きつけた。

 

「っ・・・しま!」

 

とっさに防ごうとしたが手に攻撃が当たってしまい武器を落としてしまった、そして木刀を焔耶の前に突き出した。

 

「勝負あり、かな?」

 

焔耶は一瞬だけ悔しそうな顔を浮かべたが、はぁ、と溜息をついて頭を下げた。

 

「・・・参った。」

 

「「「おおおおお。」」」

 

練兵場が歓声で湧いた。

 

「おつかれさん、何やあんたら随分やるやんか。」

 

「そうだな、いいものを見させてもらった。」

 

「二人共、お疲れ。」

 

「ありがとね、焔耶もお疲れ様。」

 

「ああ、ためになったよ。」

 

「じゃ、ぼちぼち休憩もいい具合やろ、さっき見た戦い方までいけとは言わん、最低限生き残る技を磨くんや。」

 

「強さなど後からついてくる、その前に死んでは元も子もないからな。」

 

「死んだらごはんも食べれないし、悲しい。」

 

「じゃあ、班を分けようか、騎馬、槍兵は張遼と、戟兵は華雄と、剣兵は焔耶、弓兵は俺だ。」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

 

その夜、一刀は焔耶に呼び出されて焔耶の私室に向かった。

 

「大将、悪かったな、夜遅くに呼びだしちゃって。」

 

「気にしてないさ、話ってなんだい?」

 

「ワタシは少し前に益州の劉焉様に仕えながらき・・・厳顔様に師事していたんだ。」

 

「していた?そういえば前は劉表に・・・?」

 

「恥ずかしい話なんだが、益州にでた賊討伐の時にワタシがとんでもない失態をして勘当されてしまったんだ。」

 

「賊討伐そのものは結果的には終了した、でも生き残ったのは、率いていた兵の半分も居なかった。」

 

項垂れて後悔の表情を浮かべる焔耶、その顔には一筋の涙が浮かんでいた。

 

「ワタシのせいなんだ、たかが賊と侮って前に出すぎた結果、挟撃を受けて兵を無駄死にさせてしまったんだ。

その時は、戦況もろくに見てない猪武者でさ、厳顔様に横っ面ぶん殴られておもいっきり怒られた。」

 

『貴様は何をした!貴様は策の警戒を疎かにして死ななくていい兵まで死なせたのだ!』

 

「散々怒られた、最後に自分を越せるぐらいに将として成熟するまで儂の元に戻ることと真名を呼ぶ事を禁ずる!

って言われて追い出されてどうしようかと死人みたいに放浪してた時に紫苑様に拾われたんだ。」

 

「・・・そうか。」

 

「それから、将としてどうすればいいか必死に鍛錬を積んだり勉強をしても全然解らなくてさ毎日あの時の後悔ばかりだった。」

 

「でも、大将と会えてなんとなくわかった気がするんだ、将にとって大切なのは兵を死なせず自分も生き残ること。」

 

「どんな時も戦況を見極めて策を警戒するだけの冷静で居ること、何よりも、色んな意味で強くなくちゃ守れない。」

 

「焔耶・・・。」

 

焔耶は少し笑うと一刀に向き直り拝礼をする。

 

「一刀様、改めてお願いします、この焔耶の武、どうぞお役立てください、一刀様の道にワタシはついていきます。」

 

「勿論だ、俺こそよろしくな焔耶、いつかその厳顔って人に胸を張って会える将になろう。」

 

「はい!」

 

(厳顔様、いつか、貴女を越えるぐらいの武人となって、堂々と貴女に会いに行きます。)

 

焔耶は遥か遠くにあるであろう益州を見て、かつての師を越えるべく再び決意を新たにした己のせいで犠牲になった兵の償いのためにも。

 

 

 

 

拠点 凪 流琉 ?? 真実を知る者

 

一刀達が大将軍として洛陽の警備についた時には民達が不信な状態でここまで信用を得るにはかなりの時間を要した。

 

復興もまだまだ半ばもいいところで人も少ない状態、辛うじて無税が効いて商業はにぎわいを取り戻し、

食材も配給などをして民衆に配るなど、少しづつ洛陽の機能を取り戻し始めていた。

 

「一刀様、洛陽の復興作業は順調に進んでいます。」

 

「そうか、これからが大変だからね、気を抜かずに行こう。」

 

「・・・やはり一刀様の経験した董卓様を打倒するための連合が組まれてしまうのでしょうか?」

 

「どうだろう、袁紹の動きが読めないから別の人が盟主になるかもしれないし、連合が起きないかもしれない。」

 

「それでも、洛陽の復興は民にとって必要なことだからね、治安改善、施設改修、魏での事を活かしていこう。」

 

「はい!」

 

「それにしても、こうして凪と歩いていると北郷隊として町の警備をしていたのを思い出すよ。」

 

「北郷隊、ですか。」

 

「色々あったよ、真桜が絡繰りで色々やらかしたり、沙和がまれにサボって凪の雷が落ちたりとかさ。」

 

「うう、記憶が無いのにその時のことが容易に浮かんでしまう・・・。」

 

「ははは、でも、俺にとってはあれほど楽しい日常はなかったよ、ずっと続いてほしいと思うくらいにさ。」

 

「一刀様・・・。」

 

「凪、多分連合軍が攻めてきたら間違いなく曹操軍が来るだろう、名を上げるために。」

 

「そして間違いなく其処には、真桜達がいるということですね。」

 

「虎牢関か汜水関で相対するだろうな。」

 

「その時には武で語りますよ、多分、二人共相当頭にきているでしょうしね。」

 

「真桜とかは『凪のやつ勝手にいなくなってからに!次あった時にはその顔ひっ捕まえて尻にお菊ちゃん突っ込んだる!』とか言ってそうだね。」

 

「さすがによくご存知で・・・。」

 

頭を抱える凪の頭をポンポンと撫でながら警備に戻る一刀達。

 

 

 

「あ、姉様、凪さん。」

 

「おお、流琉か、仕事はどんな具合だい?」

 

「はい、食事の配給の他にも農耕に感心を持っていただくために頑張っています!」

 

「・・・そう言えば流琉も過去の記憶を持っているんですよね?」

 

「ああ、凪みたいに一部分だけじゃなくて風みたいに完全に以前の魏の記憶を持っているんだ。」

 

「魏・・・。」

 

「凪さんは合肥の戦いだけでしたね、魏は曹操様が建国した許昌を首都とした強国の一つで蜀、呉と天下を三分した・・・らしいです。」

 

「尤も、均衡があったのは結構短くて最終的には三国はどの国にも勝てなかったんだ。」

 

「勝てなかった?」

 

凪が首を傾げると一刀が説明を続けた。

 

「最後は政権を奪取した一族に統一され、まもなく異民族が攻めてきて魏呉蜀はあえなく滅亡、後に一つの国として統一されちゃったんだ。」

 

「そうなんですか・・・。」

 

「あらん、興味深い話をしているわねん。」

 

「「!?」」

 

「・・・・!」

 

三人が振り向けば其処には引き締まる肉体美、盛り上がった筋肉は強者の証、ピンク色のビキニと三つ編みおさげは漢女の証。

 

「な・・・化け物!?」

 

「だーれが一目見れば韓信も裸足で逃げ出す化け物ですってぇ!?」

 

「いや、貂蝉誰もそこまで言ってないから、と言うか韓信っておい。」

 

「え!姉様お知り合いなんですか!?」

 

「まあね、俺の恩人。」

 

「お、恩人でしたか、知らずとはいえ失礼なことを・・・。」

 

「気にしないでいいのよん、この貂蝉の心の広さはこの大陸並なんだからん。」

 

「しかし、復興がてら探しては居たけどそっちから会いに来てくれるなんてね。」

 

「当然よん、私はご主人様の愛の奴隷なんだからん。」

 

「!!!!????」

 

「誤解を招くこと言うな、凪が混乱してるだろ。」

 

「ああん、ご主人様のイ・ケ・ズ、でもごめんなさい♪」

 

「な、なんだかすごい人です。」

 

「とりあえず立ち話も何だから、お茶でもいかがかしら?」

 

 

 

「さて、これからの話しは周りの人には聞こえないから心配しなくていいわよん。」

 

「心遣い感謝する、さて紹介するよ、こいつは貂蝉、俺が此処に来た切欠でもあってもう一度来るときに世話になったんだ。」

 

「よろしくねん♪」

 

「楽進・・・です。」

 

「典韋です、よろしくお願いします。」

 

「さて、楽進ちゃんと流琉ちゃんは魏の頃の記憶があるのよねん?」

 

「はい、私は一刀様と手合せをした時に一刀様に仕えていた楽進に会いまして。」

 

「私は、夢で赤壁で負けたことが映って、そこから魏の記憶が少しづつ蘇りました。」

 

「因みに風も太陽の夢を見て蘇った感じだね。」

 

「なるほどねん。」

 

「って、ちょっと待て、自然と凪と流琉を会話に混ぜているけど大丈夫なのか?」

 

「問題ないわよん、だって此処はとっくに外史の楔とは切り離されているのだから。」

 

「「外史?」」

 

聞きなれない単語に首を傾げる凪と流琉。

 

「ちょ、ちょっと待て!切り離された!?どういうことだよ!」

 

不穏な言葉に慌てる一刀だが貂蝉は親指を立ててサムズアップする。

 

「言葉のままよん、この外史ではもう管理者とか天の御遣いも関係ない、ご主人様も消えずに英雄たちと雌雄を決するだけねん。」

 

「あ、あの、一刀様、外史とは一体・・・?」

 

「外史っていうのは一概に黄巾の乱が始まる前からこの大陸統一までの時期の事をまとめた事を言うんだ、でも切り離された、か。」

 

「うーん、時を戻って今にいる時点であまり驚きはしませんが。」

 

「因みに管理者とは私みたいに外史を観測するものを指して、天の御遣いはまさにご主人様その人よん。」

 

「管理者って・・・貂蝉さんはこの世界を作った人なんですか?」

 

「はずれよん、私達はただ観測するだけ、いい結果悪い結果関係ないの、それこそご主人様が体験したようにね。」

 

「・・・。」

 

「だからこそ、その定めを覆すためにご主人様はこの外史に舞い降りたの、可愛い女の子になってね。」

 

「可愛い言うな。」

 

「あの、戻ってきたのはわかるんですが、何故私達も記憶を持ってるんですか?」

 

「良い質問ねん、外史はそれこそ大樹の葉のように無数にあるの、ご主人様が蜀や呉に降りたりする外史も有るわよん。」

 

「俺が、蜀や呉に・・・。」

 

「一刀様と戦うなんて、考えたくもありません。」

 

「私も・・・。」

 

「そしてさっきの記憶の話になるんだけどご主人様がこの外史に舞い降りた特に数人の思いが一緒に流れて来たの。」

 

「思い、ですか。」

 

「ご主人様一人だけが戦わせることに耐えられない、そんな尊い思い。」

 

笑みを浮かべる貂蝉はそのまま話を続ける。

 

「程昱ちゃんがその最もな娘ね、ご主人様とずっと一緒に居た娘だしねん。」

 

「そこまで見てたのかよ。」

 

「でも、だったらなんで華琳様や他の皆様の記憶は戻らないんですか、こういうのもあれですけど、華琳様は兄様のことを・・・。」

 

「それはねん、外史から切り離されても外史の鎖と言う名の呪いが解けていないからよん。」

 

「外史の呪いはとても強いわよ、切り離されても尚住民たちにその役目を課そうとするの。」

 

「つまり・・・まだまだ気は抜けないってことか。」

 

一刀が浮かべるのは前回での外史での悲劇の数々、もう一度経験するなど考えたくもない

 

「そういうことよん、曹操ちゃんをその呪いから開放したいなら覇道を諦めさせなくちゃならないわん。」

 

「そこら辺は予想してたけど、すっげえ難易度高いじゃん・・・。」

 

顔を覆って物憂げにうつむく一刀、曹操が、華琳が自分に戦いで屈するシーンが全く浮かばない。

 

「私は、合肥で弔ってもらった時と黄巾討伐の天幕で見かけただけですが、あの方を完敗させるですか。」

 

「華琳様を、負かす、難しそうです・・・。」

 

「それとねん、最後に一つだけアドバイスをあげる、ご主人様は他国から事前に武将を引き抜いているけど、今の時点じゃ他国に取ってマイナスには絶対にならないわ、それが外史の修正力ってやつよん。」

 

「外史の修正力・・・。」

 

「近いうちにその修正力はなくなるから、その後はもうご主人様の実力次第、私は陰から応援しているわん。」

 

バッチン♡っとウインクをしてその場から消える貂蝉。

 

「なんだか、すごい人でした・・・。」

 

「でも俺の恩人だよ、あいつが居なかったら俺は此処にはいないんだから。」

 

「一刀様・・・。」

 

「さぁて、休憩終わりだ、見回り再開と行こうか。」

 

「はい一刀様!」

 

「がんばってくださいね!」

 

「ああ。」

 

(外史の修正力・・・もしかして、荀攸や趙忠がヒントか?)

 

以前は居なかった歴史の名将、もしそれが更に増えていて、他国に加入していれば?

 

(戦力差を考えていたけど、寧ろこっちが不利になるかもしれないな。)

 

見回りを再開しながら、一刀は空を見上げる、空の先につながる彼女を案じて・・・。

 




劉皇帝姉妹がやや聡明すぎるように思いますが、大体荀攸と趙忠のせい


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8話 蠢く野心 結ばれし絆

劉協、劉弁(劉宏として)の真名は英雄譚からお借りしています。
実際の炎蓮は娘相手だろうがクソガキ言ったり一刀さんは小僧呼びで真名を呼ぶことは滅多にないのですが此処では少しキャラを変えています根本はあまり変わりませんが。


一刀達が洛陽で復興作業に勤しんでいる頃、それを快く思わないものが居た。

どこともしれない薄暗い一室でその男達は憎々しげに拳を握る。

 

「おのれ・・・飾り物の皇帝の分際で・・・!」

 

「全くですな。」

 

見てくれは初老の男性が二人、片方は風貌はやせ細り、その顔は憤怒で染まっていた。

 

「洛陽を管理していた我らを廃し、何処とも知れぬ田舎者にその座を奪われ、ただ黙っていると思うな・・・!」

 

「では動くのですな?」

 

「当然だ!あれはできたのか?」

 

「滞り無く、本物と見間違えてもおかしくない出来です。」

 

一人の男は机の上の包みを開けば、そこには・・・『玉璽』。

 

「おお・・・実に良く出来ておる、見慣れた儂でも見間違うかと思ったぞ、無論始末はつけたのだろうな?」

 

「勿論ですとも、手がけた職人たちは皆既に骸、これを知るのは我ら二人のみです。」

 

「よし、すぐに取り掛かれ、漢王朝の栄光を再びわれらのものとするために動く時が来たのだ!」

 

禍々しく光る玉璽が反射した光で男の顔が映る、その男の名は張譲、十常侍を束ね、専横を振るった悪官である。

 

「私は奴らに接近し、準備を整えておきましょう。」

 

「うむ、荀攸よ、後悔するがいい!儂を仕留め切れなかったことを!」

 

椅子から立ち上がり包みから顕になった『それ』を両手で持ち上げ狂気に染まった張譲の笑いが部屋に満ちる。

 

 

 

 

 

陳留

 

 

曹操が劉備軍を迎え、陳留は目覚ましいまでの発展を遂げていた。

曹操の統率力と劉備の求心力がいい方向に噛み合い、の人材面でも充実している。

 

内政では荀彧を筆頭として諸葛亮と龐統が敏腕を振るい。

 

練兵、軍事面では夏侯姉妹に許褚、劉備の義妹、更には劉備配下、関羽と張飛や趙雲。

 

警備の面では李典、于禁。

 

それぞれが信頼を築き、真名を交換するまでに至った、まあ仲が悪いところは真名を交わさずとことん悪いのだが・・・。

 

人材面でも充実しており風の推察通りかねてより風評のある劉備によって民の流入などもあり、更に曹操の親戚も加入した。

 

「華琳姉ー実家から許可が出たから手伝いに来たっすよー。」

 

「お久しぶりですお姉様。」

 

「華侖姉さんともどもよろしくお願いします。」

 

「華侖(曹仁)、栄華(曹洪)、柳琳(曹純)、よく来てくれたわ、あなた達が来てくれるのは心強いわ。」

 

「ふぇー華琳さんって親戚多いんですねー。」

 

「全員従姉妹だけどね。」

 

「あら、お姉様、此方の方は?」

 

「以前義勇軍を率いていた劉備玄徳よ、彼女は信頼に値するから真名も預けているわ。」

 

「そうですの、私達はお姉様の従妹、曹洪と申します、お姉様が預けるのなら信頼のできる方でしょう、どうぞ柳琳とお呼びください。」

 

「曹仁で真名は華侖っす、よろしくっすよ。」

 

「曹純です、どうぞ柳琳とお呼びください。」

 

「わ、わ、ご丁寧にありがとうございます、劉備玄徳です、真名を桃香といいます、よろしくお願いします!」

 

思い切り頭を下げる劉備に曹操が微笑みながらひそりと耳打ちする。

 

(気をつけなさい、華侖や柳琳はとても優しくいい子だけど栄華は桂花並みの男嫌いで、女の子を着飾らせて侍らせるのが趣味だから。)

 

(え゛・・・?)

 

「よろしくお願いします、桃香さん♪」

 

顔が引き攣った劉備が顔を上げて見たものは、微笑んだ曹洪で、その笑みに背筋が凍る物を感じた劉備だった。

 

 

 

 

「はぁ、華琳さんの親戚だけあって変わった人が多いなぁ。」

 

「あの、桃香様・・・。」

 

「ん、どうしたの愛紗ちゃん?」

 

「いつまで曹操殿の元に留まるですか?」

 

「・・・。」

 

「曹操殿の下ではいつになっても桃香様の理想は「愛紗ちゃん。」・・・?」

 

「みんなが笑って暮らせるって、難しいよね。」

 

「桃香様?」

 

「私達は、黄巾との戦いで沢山の賊を討ったよ、でも、その賊達は元々何だったっけ?」

 

「それは、元は賊徒や生活に困窮した民では。」

 

「そうだね、でも、なんであの人達は死ななくちゃならなかったの?」

 

「罪を犯した賊は・・・討伐されて当然だからです。」

 

「うん、頭ではわかってる、でもね愛紗ちゃん、華琳さんだったら私達にこう問いかけると思うよ。」

 

【ならば桃香、関羽、あなた達に問うわ、あなた達が討った賊は、あなた達の言う『みんな』に入らないのかしら?】

 

「っ!!」

 

「朱里ちゃんたちにも聞いた、賊は改心することは珍しくて、討ったほうが世のためだって。」

 

「でもね愛紗ちゃん、あの人達だって元々は民なんだよ?」

 

「で、ですがそれは・・・!」

 

「うん、只のこじつけかもしれないって頭ではわかってるよ・・・仮に私達が華琳さん達の元を離れて、どこかで旗揚げをしたら、華琳さんとは戦わないって保証は?」

 

「理想が相容れないからって戦うの?それで泣くのは、私達じゃないんだよ、付き合わされる民や兵なんだよ?」

 

「桃香様・・・。」

 

「私、甘えてた、理想に、愛紗ちゃんに鈴々ちゃんに、みんなに、先生に教えてもらったことを全然理解しないで、現実を見ていなかった。」

 

「きっと、華琳さんと一緒にいても、私達の理想は実現できるよ、私はそう信じてる、だって行き着く先は同じだから。」

 

「・・・わかりました、ならばこれ以上私からは何も言いません。」

 

「ありがとう、愛紗ちゃん。」

 

劉備たちが話をしていると扉から黒髪の少女が入ってきた。

 

「桃香様ー!」

 

「『明命』ちゃん、どうしたの?」

 

明命と呼ばれた少女、彼女は名を周泰と言い、明命は真名、猫と戯れている所を劉備が見つけ、仕官先を探しているところから曹操に推挙した。

 

「華琳様がお呼びです!緊急の招集だそうですよ!」

 

「そうなの!?急いでいかなきゃ!」

 

 

 

 

玉座の間に集まったのは曹操、荀彧、夏侯姉妹、劉備、関羽、諸葛亮といった面々。

 

「さて、まず急な召集済まないわね、桂花、説明を。」

 

「はっ・・・先ほど都から使者を通して勅書が届いたの。」

 

「勅書だと?」

 

「そうよ、それも陛下直々の勅命なのよ。」

 

「その勅命とはなんなのですか。」

 

「桃香・・・洛陽で宦官が排除されたのは知っているわね?」

 

「はい、明命ちゃんと雛里ちゃんからも情報はもらっています。」

 

「それから洛陽は落ち着きを取り戻してるそうだけど、なんだか妙なことが起きているらしいわ。」

 

「一見平穏に見えるらしいけど、その裏では宦官に変わる脅威が居るらしいわ。」

 

「はわ、脅威ですか。」

 

「ええ、その脅威は・・・董卓と北郷一刀らしいわ。」

 

「ええ!?」

 

「董卓らが来たことで確かに洛陽が発展しているけど、陛下達を蔑ろにして強硬な政策をしているらしいわ。」

 

「今でこそ洛陽は平穏だけど、そのうち民に重税や雇った民の人身負担がかかる危険があるともされてるの。」

 

「それを重く見た陛下から勅命が来たのよ、麗羽を始めとする諸侯の連合で董卓と北郷一刀を討てと・・・。」

 

「で、でもそれっておかしくないですか!?確か都には荀彧さんのお姉さんが居るって聞きましたが。」

 

「私だってわからないわよ・・・。」

 

「何はともあれ、私達の行動は、連合に参加するかしないか・・・よ。」

 

「曹操殿が渋るということは、やはりこの連合裏があると?」

 

「当然よ、どう見ても怪しいじゃない、麗羽の嫉妬とみなしても不思議じゃないわ。」

 

「では、静観するんでしゅか?」

 

「いえ、参加するわ、それに、場所が悪いのよ。」

 

「此処陳留は袁紹と陶謙と劉表の領地に挟まれる形になる、静観すれば逆賊とみなされ連合に踏み潰される可能性もあるのだ。」

 

「そんな・・・。」

 

「なんにせよ、戦うのならば名声も得られるわ、戦う準備を欠かさないように、裏で何が蠢いていようとも、最後に笑うのは私達よ!」

 

「「「はっ!」」」「「「はい!!」」」

 

 

 

 

建業

 

 

「冥琳これどう思うー?」

 

「怪しい・・・が少なくとも選択肢はないだろうな。」

 

「それ以前の問題なんだよ、今の孫家は豪族の集まりだ、他の豪族に侮られる動きを見せると一気に崩壊しちまう。」

 

「どちらにせよ、いい機会ではあるんですよね、孫家の威容、名声の獲得という点ではこの連合はうってつけです内容はともかく。」

 

「むむー・・・部族問題は面倒なのじゃ・・・。」

 

「美羽の言うとおりねー。」

 

「其処のお前ら、考えるのを放棄するな。」

 

「まあ南のことを考えて人選はしっかりしておくぞ、睨みを効かせられる奴らは重要だからな。」

 

「蓮華や小蓮はどうする?」

 

「粋怜や雷火、穏を副官に付けて本拠地に待機だ、豪族もそうだが、山越にも警戒が必要だ。」

 

「穏がいれば山越には十分対抗できるはずです、十分な配置かと。」

 

「よーしお前ら、戦いに向けて牙を研いでおけよ、戦いは食うか食われるかだ。」

 

「「「「応!(なのじゃ)」」」」

 

 

 

 

涼州

 

 

此処涼州で馬一族が揃い、届いた勅命を驚いて

 

 

「母様大変だ!」

 

「・・・ああ。」

 

「月や北郷ってやつが陛下を蔑ろにしてるってどういうことだよ!?」

 

「えー?あの月が?お姉様、流石にそれはないんじゃないの?」

 

「わ、私だって信じられないけどさ・・・。」

 

「ですが、台頭しているのが北郷一刀で、月さんが手出しできないのも考えられますね。」

 

「もしかして、その北郷って人が月のことを調略してあのきれいな肌を好き放題・・・。」

 

「お、おま、蒼!そういうのを考えるのやめろっつの!?」

 

「はぁ、言っておくが私は行かんぞ。」

 

「母様!?」

 

「私がいなくなったら誰が五胡に睨みをきかせる?翠、蒲公英、お前たちは私の名代で連合に行け、そして、真実を見てこい。」

 

「真実って・・・?」

 

「これだけは忘れるな、我が馬一族は漢王朝に従う者、見極め、動け。」

 

「うー・・・私はそういうのは苦手なんだがなぁ・・・。」

 

「お前にはそういうのは期待していない、蒲公英の仕事だ。」

 

「ひでえ!?」

 

 

 

 

???

 

 

其処にいるのは一人の男、ある一室で、ただ黙して立っている。

 

「私は・・・貴方に決して許されないことをした。」

 

誰に語るわけでもなく、不意にこぼした言葉。

 

「だからこそ、私はもう止まれない、この胸に秘めた野心は、もう私自身止められないのです。」

 

「故にこそ、私は碌な死に方をしないでしょう。」

 

「劉表様ご安心を、私が荊州を安寧に導きます・・・!」

 

振り返った男の瞳に秘めるは、黒く濁った野心だった。

 

 

 

 

???

 

 

「おじいちゃーん、洛陽からなにか届いたの?」

 

「おお、雷々か、どうやら都はこの老骨を休ませてくれんらしい。」

 

「電々達も戦うの?」

 

「うむ、儂ももう長くはない、連合の中にこの地を任せられるものが居ればよいが・・・。」

 

「領主様、弱気なことをおっしゃっては。」

 

「美花よ、自分の身は自分が知っておる、もはや以前のように馬に跨がり戦えん。」

 

「領主様・・・。」

 

「そなた達は儂の孫とも言っていいほどの大切な子たちじゃ、そなたらを託せる領主も居ればよいのじゃがなぁ・・・。」

 

「勿体無いお言葉です。」

 

「おじいちゃんのためなら雷々がんばるよ~。」

 

「電々もー!」

 

老いた男性は微笑んだ後、窓の奥、遥か先にある洛陽を眺めながら一人思案に耽るのだった。

 

 

 

 

南皮

 

 

「その話、信に値するものは?」

 

「何をおっしゃいますか袁紹様、この陛下の玉印が何よりの証拠、田舎者を退け、袁紹様が立つ時なのです。」

 

「・・・。」

 

「迷うことはありますまい、諸侯にとって董卓と北郷はまさに討つべき敵、袁紹様、決断の時です。」

 

「わかりましたわ、すぐに招集をおかけなさい、全ての責は私が持ちます。」

 

「はっ!」(ふん、他愛無い。)

 

袁紹を持ち上げていた男だが、さきほど張譲と話をしていた男である、だがこの男こそ気がついていない、今の袁紹の真意を・・・。

 

 

 

 

そして、話題に上がった洛陽・・・。

 

 

「両陛下、恐れていた事態が。」

 

「何事だ、藍花。」

 

「此方を・・・。」

 

荀攸に手渡された書筒を読む劉弁、劉協の目は次第に驚きに変わった。

 

「・・・なっ!?なんだこれは!?」

 

「はぅ・・・。」

 

「姉上!?」

 

「劉弁様!」

 

「くっ・・・蘭花!直ぐに典医を呼び、一刀と月を玉座の間に集めよ!」

 

「は、ははっ!」

 

「・・・おのれ張譲め!こうまでして未だに権威に執着するか!!」

 

悔しげに床を叩く劉協、その側には本物の玉璽が日光に反射していた。

 

 

 

 

玉座の間に集まったのは洛陽の主要な将全員。

 

「皆、緊急事態だ、詳細は蘭花から話す。」

 

「緊急事態ですか?」

 

「・・・洛陽に向けて連合が組まれ攻めこまんとしている動きがあります。」

 

「なっ連合だと!?」

 

「何が起きとるんや、連合言うたら黄巾の時みたいな事やろ、なんで洛陽に向かってきてんねん!」

 

荀攸の言葉に驚き声を上げる華雄と張遼。

 

「ある意味予測は出来ました、洛陽にて我々が台頭すればそれを快く思わない諸侯は現れるでしょう、しかしこれほど早く・・・。」

 

「ですが此方には帝が健在なのですぞ?攻め寄せた奴らが逆賊になるのでは?」

 

「そうはならん、奴らにはこれがあるからだ。」

 

劉協が忌々しげに取り出されたそれを受け取ると一刀達の表情は驚愕に染まる。

 

「な、陛下これは!?」

 

「してやられた、まさか奴ら玉璽を偽装するとは・・・!」

 

「玉璽の偽装ですって!?」

 

賈駆達が驚くのは無理もない、玉璽、それは持つだけで帝になる資格があるのだ、それを偽装するなど恐れ多いことであり、まず考えられないのだ。

 

「しかもこれは姉上の名で記載され、印の形も忌々しいほどに精巧で本物と見比べてもわからない。」

 

「これをご覧になった劉弁様は、あまりの衝撃に倒れてしまいました・・・。」

 

「劉弁様が!?」

 

口元を抑え驚く董卓。

 

「黒幕は解りきっている、どこに居るかは分からないが、死体が見つからなかった張譲、奴が生きているのならやりかねない。」

 

「問題は、これを偽物と証明できないこと、私が居ても奴らがそなたたちに脅されていると言ってしまえばそれまでなのだ・・・!」

 

無力だと零す劉協の手は固く握られておりその心中は嫌でも推し量られた。

 

「我々の状況は際どいです、禁兵の戦力もまだ不十分な上に諸侯には優秀な将が数多く居ます。」

 

「いかに虎牢関、汜水関が堅牢な関とはいえ籠城だけでは際どいでしょうね・・・。」

 

皇甫嵩と趙忠が現状を冷静に分析する。

 

「ちょっとまてよ、こっちの味方って居ないのかよ、ここに居るワタシ達だけか!?」

 

「残念なことに、馬騰の軍も連合側に居るらしいわ。」

 

「嘘だろおい・・・。」

 

考えるだけでも絶望の度合いが違う。

 

「救いなのは馬騰軍が西の函谷関から来るのではなく連合に歩調を合わせて汜水関から来るといったことでしょうか、安心はできませんが。」

 

「そうか・・・ならまだ望みがあるかも知れない・・・。」

 

「一刀様?」

 

「む、一刀よ、何か妙案があるのか?」

 

「万が一を考えて稟と一緒に煮詰めた案が幾らかですけど、これが成功すれば・・・。」

 

一刀と稟は以前の戦いを踏まえて様々な策を提案していく・・・。

 

「はぁ!?貴女達正気ですか!?」

 

荀攸が思わず素をさらけ出すも、我が意を得たのか劉協は立ち上がった。

 

「いや、だがやる価値はある!」

 

「劉協様!?」

 

「このままでは座して奴らの奸計に陥るだけだ、だが、一刀らの方針で戦えば奴らに痛撃を与えられる。」

 

「それぞれの関の配置はそなたたちに一任する、我らは秘策のために全力で備えよう。」

 

「皆にこの洛陽と我ら姉妹の命運を預ける証として、真名、白湯を預ける、これより我らは一蓮托生、張譲らの奸計を打ち破るぞ!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

劉協はまだ幼い皇帝だ、だがその凛とした姿は皇族としてふさわしい風格を備え、室内の将達は感嘆に震えた。

 

張譲が生み出したそれぞれの思惑を秘めた反董卓・北郷連合と強い結束で結ばれた洛陽連合、決戦の時は近い・・・。




明命流れに流れて曹操陣営まで行ってました


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9話 連合同士の激突

モバゲ恋姫見てると少しぐらい百合描写自重しなくても良くないかと思ってしまった自分は間違っているのだろうか、元々百合属性ない人たちも続々と女主人公とにゃんにゃんしてるし、最近のイベント美羽様か完全アウトだし。(いや男主人公でもアレだが)


反北郷・董卓連合

 

洛陽の後の災いになるであろう二人を排除するために組まれた連合で、現在は集った諸侯が汜水関より奇襲や弓での攻撃の心配のない距離を開けて布陣している。

 

その連合に曹操、劉備も合流し袁紹の建てたであろう天幕に向かおうとしている。

 

「華琳さん、凄く人が集まりましたね。」

 

「そうね、見るものによっては壮観にも見えるわ。」

 

「は、はわ、あの、華琳様、なんだか機嫌が悪い様に見えるのですが・・・。」

 

「大したことじゃないわ、どうせ麗羽のことだから今頃天幕で大笑いしてるでしょうし。」

 

「あ・・・。」

 

「あはは・・・。」

 

「しかし、見るものが見れば諸侯の思惑も透けて見えますね。」

 

「そうね秋蘭。」

 

「やっぱり・・・嫉妬や止むを得ずの参加なんでしょうか?」

 

「はい桃香様、集った諸侯をよく見ると、大半が黄巾の乱で北郷軍、董卓軍に功を奪われて宴席で歯噛みしていた者達が多いように見受けられます。」

 

「義によって立ったというのは少なそうね、それでも真実を知れば道化でしかないのだけれど。」

 

「・・・。」

 

「あら、どうかしたの桃香、やっぱりこういう戦は嫌かしら?」

 

「嫌いです、ですがそれ以上に、嫌な予感がするんです。」

 

「嫌な予感?」

 

「なんだか、連合が勝つとか負けるとか、こんな戦いが許せる許せないの前に、大切なことを見落としてる気がするんです。」

 

「大切なこと・・・ねえ。」

 

「す、すいません、でしゃばったこと言っちゃいました。」

 

「いいのよ、私とあなたは対等なんだから、一理あるし気にとどめておくわ。」

 

「さて、と、麗羽の大笑いを聞きに行きましょうか・・・。」

 

 

 

 

袁紹の天幕に入り席に着く曹操達、劉備は公孫賛を見かけ、手を振ると彼女も苦笑いしながら返していた。

 

「あの、華琳さん、後で白蓮ちゃんと話す機会がほしいんですけど。」

 

「構わないわ、他諸侯と連携が取れるようになるのは悪いことじゃないしね。」

 

「ありがとうございます。」

 

「さて、檄文を送った皆様は全員来てくれましたわね。」

 

(来たか・・・。)

 

内心うんざりとした顔で曹操は袁紹を見ていたがすぐにその思いは裏切られた。

 

「皆様、このたびは私の檄文に応じて遠路お越し戴きこの袁紹、誠に感謝しております、洛陽にて暗躍する者たちを打ち倒し、勝利を掴み取りましょう。」

 

(・・・はぇ?)

 

出鼻をくじかれるとはこの事か、あの袁紹が高笑いもせず真剣な顔で諸侯を労った。

 

「まずは顔見知りの方もいらっしゃるでしょうがこの連合で初対面の方もいるでしょう、それぞれ自己紹介をお願いできますか。」

 

「え、ええ、陳留太守の曹操孟徳よ、こちらは私の盟友の劉備玄徳。」

 

「ふぁ、はい!劉備玄徳です!」

 

「あー・・・うん、幽州の公孫賛だ。」

 

「蔡瑁と申す、主である劉表様のご様態が優れないため名代として参った。」

 

「馬超だ、母の馬騰が五胡との対応で西陵から離れられないから私が名代で来た。」

 

「孫文台だ、んでこっちが袁術。」

 

「陶謙と申す。」

 

他にも挨拶を続けていたが曹操は袁紹の豹変ぶりに驚きを隠せないでいた。

 

「さて、皆様が異論無くば不祥ながらこの私が連合軍総大将を務め、連合の指揮を取りたく思うのですがいかがでしょうか?」

 

「ん、別にいいんじゃないか、麗羽はこの諸侯の中で一大勢力だし、異存がある奴は居るか?」

 

異存もなにもないだろう、連合の総大将ということはその責任を一身に担う大役だ、野心見え見えの連合でそのような面倒事を引き受けるものはいないだろう。

 

「・・・ありがとうございます白蓮さん、では皆様、洛陽へは汜水関、虎牢関と漢を守る堅牢なる関があります、ここでは董卓軍、北郷軍とともに激しい抵抗があるでしょう、真直(田豊)さん。」

 

「はっ!偵察からの報告によれば汜水関には円に十文字の牙門旗(北郷旗)、郭、魏、華、張の牙門旗が見受けられるとのことで・・・。」

 

「ふむ、華琳さんと、劉備さんでしたか、あなた方に先陣を頼みたいのですが。」

 

「私達に?」

 

「はい、華琳さんの将たちは揃って優秀な方たちです、敵方の力を測るためにも先陣をお願いしたいのですわ。」

 

「でもねぇ・・・。」

 

曹操は断る腹積もりだった、初戦は最も敵軍が強くまともに当たれば被害が大きいのだ、しかし・・・。

 

「勿論援助はいたしますわ、我が兵と兵糧もお分けいたしますのでどうか引き受けてもらえませんか?」

 

「ちょちょ、麗羽!?」

 

またしても驚いたあの袁紹が自ら頭を下げて、援助まで申し出たのだ、そこに劉備が耳打ちする。

 

(華琳さん、ここは受けましょう、ここで功を上げておけばきっと私達に利があると思います。)

 

(考え方を変えれば意気軒昂な敵軍相手に功を上げれば後は後方でいいとこ取りに備えられるわけか。)

 

(それもありますけど、他の人達はきっと日和見に入ると思うんです、敵に時間を与えないためにも・・・。)

 

(ここで名乗りをあげて戦果を出せばここの連中の歯噛み姿が見れるわけか、それも一興ね。)

 

(あはは・・・そこですか。)

 

「・・・いいわ、受けてあげる、連合の初陣は我が軍がいただくわ。」

 

「ありがとうございます華琳さん、すぐに兵糧の準備と兵への通達を致します。」

 

「ちょっと待ってくれ、なら私が後詰に入る、弓騎隊がいれば攻城も進み易いだろう」

 

「それはありがたい、是非ともよろしくお願いしますわ。」

 

後詰として公孫賛が入ることになり、その後も軍議はつつがなく進んだ・・・。

 

 

 

 

曹操軍天幕

 

「ありえないありえないありえないありえない・・・・。」

 

軍議の報告を聞き、曹操軍軍師である荀彧は猫耳の頭巾を深く被り呪詛のように言葉を繰り返しその顔は疑心に染まっていた、その姿にさすがの曹操も引き気味である。

 

「あー・・・桂花?」

 

「あ・り・え・な・い・わ!?」

 

ガバっと顔を上げた時には曹操も含む全員が少し後ずさった。

 

「はっ!?申し訳ありません!取り乱しました!」

 

少し息が荒い荀彧を置いて愛紗が言葉を発する。

 

「・・・以前黄巾の時に姿を見て袁紹の為人を見たが、たしかに俄には信じられんな。」

 

「そこなのよ、何があったのかしら・・・。」

 

「でも、変わったというなら、この連合の裏を調べそうだよね愛紗ちゃん。」

 

「む、確かに。」

 

「あら桃香、公孫賛との会合は終わったの?」

 

「はい、色々と話してきました、やっぱり袁紹さんのことで驚いてましたけど。」

 

「一体何が渦巻いているのよ、この連合に・・・。」

 

顎に手を当て考えていると服をくいくいと引っ張られる、視線を移すとやや涙目の龐統がいた

 

「あの、華琳しゃま、先ほどから桂花さんが取り乱していて怖いんでしゅが。」(うるうる)

 

「・・・後で宥めておくわ。」

 

「あわわ。」

 

「雛里ちゃん何を考えたの?」

 

 

 

 

汜水関

 

 

「うっひゃーここから見える敵の旗が壮観やなぁ~。」

 

「しかも数だけじゃなく将の質も高いみたいだ、ワタシ達だけで守りきれるか・・・?」

 

「随分と弱気だな焔耶、数で負けていようと我らの気概は負けていないだろう。」

 

「華雄の言うとおりだな、俺達が汜水関を守ってる間に、虎牢関と洛陽で準備が進められてる、できるだけ時間を稼ぎたいな・・・。」

 

「守勢だけならば我らにも分があるでしょう、最も、敵軍が一斉攻撃を仕掛けてきたら策も手もありませんが。」

 

「おい!?」

 

「まあそれがありえないんですけどね、汜水関の関の広さに対して連合の数が多いので一斉に押し寄せても詰まり気味にしかならない、寧ろこちらの矢玉のいい的になり被害がかさむばかりで無駄にしかなりません。」

 

「ちゅうても矢も無限ってわけやないやろ、資材を抑えて敵も食い止める、むずいなぁ。」

 

「む、敵の旗に動きがあるな、数軍ほどこちらに進軍してくるぞ。」

 

向かってくる旗は、【曹】【劉】【公】。

 

「流れが変わって・・・いきなり君か。」

 

「一刀殿?」

 

「なんでもない、曹操・劉備軍、公孫賛軍は精鋭だ、初戦から強敵が来る、みんな気を引き締めた方がいいぞ!」

 

「「「「応!」」」」

 

迫る大戦に気を引き締め、汜水関の精鋭たちは気炎を上げた。

 

 

 

 

「しかし一刀殿、一つ懸念があるのですが。」

 

「・・・新野だね。」

 

「ええ、まず間違いなく連合を口実に何者かの侵攻を受けるかと。」

 

「そこは問題ないよ。」

 

「なぜ言い切れるのですか、主戦力の大半はこちらにいるのに・・・。」

 

「あそこには風と紫苑や天和達がいるから。」

 

その時の一刀の顔は、一点の揺らぎもない信頼した顔だった。

 

「そしてここには、最高の軍師がいる、苦しい戦になる覚悟はしてるけど、負ける気はしないよ。」

 

そして稟にも同じ笑みを向けている、全幅の信頼であり、迷いない笑顔だった。

 

「・・・全く貴殿は、人誑しですよ本当に。」

 

「うえぇぇ!?なんでそうなるの!?」

 

「自覚無しときました、貴殿が男性であればとんだ罪作りでしょうね。」

 

「ガフッ!?」

 

「なぜそこで傷つくのですか、一刀殿は女性でしょうに。」

 

「あ、あはははは・・・。」

 

 

 

 

新野

 

 

「風ちゃん、火急の知らせよ、南から劉表軍と思われる軍がこちらに向かって北上しているわ。」

 

「ほうほう、おそらく連合を口実に自分の領地を増やす算段なのでしょう、そのまま洛陽に援軍に行くという後の言い訳もできますしねー。」

 

「うふふ、それでも動揺してないのね、もう対策は十分なのでしょう?」

 

「そうですよーお姉さんから恋文を貰って風もちょっと本気になってますから。」

 

「あらあらお熱いのね、羨ましいわ♪」

 

「・・・おお?」

 

「あの仁を大切にする思いと凛々しさの中で見せる憂いのある顔がとても惹かれるものがあるもの、亡きあの人を思い出してしまうわ。」

 

(これは・・・一体?)

 

風はある違和感に引っかかる、同性愛というのは古くから禁忌に触れるものであって【華琳】が異常なのだ、同姓に惹かれるというのは普通に考えるとおかしいのだ。

 

「さて風ちゃん、もう策があるのなら私はどう動けば良いのかしら?」

 

「おおう、そうでした~ではではこれからちょっとした準備に移りますよーまあ風の策が思い通りに描ければ・・・。」

 

感じた違和感を隠して、それを悟らせないように口元に手を当てて不敵に微笑む風。

 

「紫苑さんの矢一本で敵を退けられますよ。」

 

とんでもないことを言ってのけたのだった。

 

 

 

 

「敵の弓が来るぞ!全軍大盾を構えろ!」

 

「ちぃ!小賢しいわ!」

 

所戻り洛陽、曹操軍から数日にも渡り射掛けれられた弓矢をそれぞれ対処する一刀達。

 

「傷が深い者は下がれ!もし足を負傷したというのならすぐに家内で典医の治療を受けてくれ!」

 

(くそっ!敵に華琳と真桜が居るなら間違いなく改造された衝車ぐらいは準備しているはずだ、でもそれについては対策をしてるからまだいい、しかしどうにも今までと比べると苛烈に見えて秋蘭が鍛えたにしては攻めに勢いが足りない、諸葛亮たちの智謀を考えると、絶対にこれは牽制・・・何か裏があるはず・・・まさか!)

 

「焔耶!数隊を率いて兵糧庫や井戸に向かえ!敵の隠密が崖を超えて関に潜入しているかもしれない!兵糧を焼かれるか、最悪井戸に毒を投げ込まれたら耐えることすら危うくなる!後何もなかったとしても暫く兵糧庫と井戸に信用できる守備兵を多めに残して焔耶だけ戻ってきてくれ!」

 

「応!」

 

「一刀!公孫賛の部隊から第二射来るで!」

 

「そのまま耐えるんだ!反撃の機を伺いこちらも弓を射かけるぞ!」

 

「よっしゃ!!」

 

「おい!敵が衝車の準備を始めているぞ!」

 

「いざとなったらそこらの大きい岩を門の近くに落とせばいい!数十人掛かりで持ち上げて衝車の進路を塞ぐんだ、一時的な処置だけど時間は稼げる!」

 

「わかった、時が来たら私も手伝うことにする!」

 

「(敵の軍流に隙が、好機!)今です!全軍斉射!門の外に居る敵を速やかに減らします!」

 

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 

まさに一丸、一刀は全体の指揮を、焔耶は兵を率いて隙を埋め、華雄、張遼が戦況をつぶさに観察し、稟が攻撃の機を読む、それぞれの役目を果たし、連合軍相手に善戦していた。

 

(虎牢関で凪や琉流、月達の、陛下の最後の仕上げまで粘らなければな。)

 

だが、以前は猪武者で劉備軍が挑発した彼女だけが気がかりではあるが・・・。

 

「お、北郷、岩を落としたら衝車に当たったぞ、やはり岩が落ちれば止まるのか?」

 

「いやいや!それ普通にすごいことだからね華雄!?」

 

・・・杞憂かも知れない、一刀は思わず頭を伏せた。

 

 

 

 

「・・・強いわね董卓軍、そして北郷軍。」

 

「あうあう、失敗しちゃいましたぁ・・・。」

 

「気にしないで明命ちゃん、誰にだって失敗はあるんだから。」

 

「ぐっはー酷いで、ウチの衝車に岩落とされてもうた・・・こりゃもう使えん、新しく組み立てんと。」

 

「あれは運が悪かったな、まさか敵が岩を城壁から衝車目掛けて落としてくるとは。」

 

「しかもご丁寧に大盾隊に入念に護衛までさせてな。」

 

「愛紗はん達、其処ちゃうねん、道に岩があるだけで衝車っちゅうのは使いづらなるねん、大将!また組み立ててええんか!?」

 

「構わないわ、今回は一時退くけど、衝車は常に使えるようにもしていて、それで敵の一部は衝車を警戒するはずだから。」

 

「合点!」

 

(・・・均衡を崩すために秋蘭の矢を牽制気味に射掛けている間に明命に潜入と兵糧の焼き討ちを命令したけど看破、おまけにこちらの衝車の対策も万全、まるでこちらの手が筒抜けね。)

 

連合に腕の良い密偵か内通者が居るのかと疑る華琳だが、過去であり未来、魏軍を最も近くで見て、蜀軍、呉軍と何度も戦った【少年】のことを華琳は知るはずもなかった。

 

「華琳さん、朱里ちゃんと桂花さんが一時退くこととこのまま力押しは愚策と見てこのまま連合が攻めあぐねるなら次の戦いにそなえた策謀を一考に入れて欲しいと。」

 

「そうね、一旦本陣に引き返しましょう、明確な功は得られなかったけど、敵が強いとわかっただけ得るものはあったわね。」

 

(今回はこちらの負けね、あの将達は純粋に強いわ、それを率いる北郷一刀、更にあの鬼神呂布やあの楽進、果ては知に秀でる桂花の姉、荀攸も控えている、ふふふ、なんという僥倖なのかしら。)

 

連合による一方的な戦い、そうは思わなかった、鬼神呂布や曹操が認めた敵に値する北郷一刀、それに付き従う優秀な将達、己の前に立ちふさがる強敵を前に己の信ずる配下たちは一歩も引かず打ち破らんと考えを巡らせ、盟友は最善を求め奔走している、曹操は自然と口元を弧に変えていた。

 

 

 

 

 

「お!連合が引いてくで!」

 

「初戦はなんとか勝利、かな?」

 

「こちらの被害も小さくはありませんが、敵を退けただけ良しとしましょう。」

 

「しかしあれだな、敵も相当に強いぞ、次はどんな敵が来るのか・・・。」

 

「どんな奴が来ようと関係ない、我々は来た敵を退けるだけだ、月様の、陛下のためにも。」

 

「ああ、そうだね。」

 

(今回は勝ったけど、一時的なものでしかない、大局的に見れば兵の救援が見込めない此方が不利、でも退けない、まだまだ遠い背中だけど何時か追いついて、君を救うよ、華琳、だから頼んだ、『皆』。)

 

 

 

 

 

虎牢関

 

 

「うおおおおおお!!!」

 

「うっひゃー・・・細工のためとはいえ、常人を遥かに超えてるわね。」

 

「恋殿!あちらの補修資材が足りないそうですぞ!!」

 

「・・・ん。」

 

「あっちはあっちでとんでもない数の資材運んでるし、これ想定しているよりも数倍早く終わるんじゃないかしら?」

 

「こらー!蛇柄女!恋殿が働いているのにサボるなですぞ!!」

 

「へ、蛇柄!?わかってるわよもう・・・。」

 

「はっ・・・はぁ!埒が明かん!氣を全開にする!」

 

「凪!【掘る】のは良いけどしっかりと範囲と深さを計算しなさいよ!?」

 

「言われるまでもない詠!」

 

「賈駆様!流しこみの準備ができました!」

 

「待ってたわ!片側は既に楽進将軍らが作業を終えているから順次流し込んで!」

 

「はっ!」

 

(雨が降って水かさが増していたのが幸いね、これなら川が減水して農作物に影響が出ることはないわ。)

 

「でも、一刀って太守は相当ね、まさか元々堅牢なこの虎牢関を更に改築するなんて。」

 

「悪い策じゃないわ、汜水関でどれだけ守り切れるかって懸念はあったけど、これなら行けるわ。」

 

「でも心配なのよね、この策って陛下が間違いなく危険な矢面に立つわ。」

 

「それを了承したのも陛下よ、ボク達が陛下の意見を蔑ろにしちゃったらダメ、それは月の望みにつながらないし。」

 

「結局月ちゃん一筋なのね。」

 

「当然、ボクにとって月が全てなの、月の意思はボクの意思、ボクが尊重するのは月の意思だから。」

 

「ごちそうさまって言えばいいの?」

 

「ちょ、違うわよ!ボクと月は親友であってそんな関係じゃ・・・!」

 

「だからお前らさっきから何無駄話しているですか!陳宮蹴撃ー!!」

 

「「ぎゃー!?」」

 

「みなさーん!ごはんできましたよー!作業を中断して英気を養いましょう!」

 

 

 

 

連合軍本陣

 

 

「なるほど、北郷軍、董卓軍は我々の予想よりも強く、侮れませんわね。」

 

「麗羽、私たちは初陣で敗退したわ、それについて責はないの?」

 

「ありませんわ、いえ、ありえませんわ、私の兵達から華琳さんの奮戦は聞いています、手を抜いた、何もしていないならまだしも様々な攻め手を打って最善を尽くしたあなた方を罰する権限など誰にもありませんわ。」

 

(・・・こいつだれよ!?麗羽はどこに行ったの!?)

 

思わず失礼な思考をする曹操だったが無理もない、今の彼女はまさに別人、黄巾の乱の高笑いをしていた彼女はどこに行ったと思わず本物かと疑うほどだ。

 

「さて、孫堅さん、お次はあなたに攻略を頼みたいのですが。」

 

「あん、俺か?」

 

「ええ、そろそろ孫堅さんたちの兵たちの疲れも取れたこともあり攻城も可能と思ったのですがいかに。」

 

「はっいいぜ、そろそろ暴れたいと思っていたところだ、美羽、行くぞ。」

 

「わかったのじゃ!」

 

「あ、だったらあたし達が後詰に入るぞ、」

 

「よろしくお願いします馬超さん西陵の騎馬部隊と孫堅さんが合わさったのであれば敵なしですわ、孫堅さんも美羽さんのこと、おねがいしますわ。」

 

「言われるまでもねえよ、娘共より可愛げがあるからな。」

 

(麗羽、貴女に何があったの・・・?)

 

他者をよく観察し、状況を見極める目、それを得ている袁紹の変わりぶりに曹操は底冷えする物を感じていた。

 

 

 

 

汜水関

 

 

連合軍の初撃を退け、つかの間の休息を取る洛陽の軍団、そんな中一刀と焔耶は城壁の上で連合の旗を見ていた。

 

(しかし本当に圧巻だな、前は曹操軍で此処を攻めて、今は逆に此処を守ってる、不思議な感じだな。)

 

一刀は日本刀を握り目を瞑る、瞼の裏で巡るは以前の外史の汜水関、劉備軍や孫策軍が華雄を釣りだし、指揮系統が乱れ陥落した、振り返ってみれば酷くあっさりした戦いだが、今回はまるで状況が違う、孫堅が生きていて、袁術軍と合併し恐らくこの大陸で最高の戦力を揃えていると言っても過言ではない強大な相手だ。

 

(孫堅文台、正史であれば彼が生きていれば三国志という歴史は全く変わったものを辿ったかもしれない、よく言う【IF】の話で孫堅が生きていたら、って話はよく見たけど、やっぱりとんでもないよな。)

 

正史であれば孫堅は洛陽攻略後、玉璽を発見したこと後、劉表との戦いで罠に嵌まり討ち死にする。

 

しかし前回の外史ではそれが前倒しのように黄巾の乱のまえに孫堅は亡くなっていた。

 

(この外史、本当に何が起こってるんだろ、風や琉流や凪が【こっち】に来てくれたり。洛陽のこの変わり様、黃、十常侍にも陛下の派閥がいたってことなんだろうけど、それだと張譲は誰と結託してあの偽玉璽や勅書を作り出したんだ、あんな精巧な印、よっぽどな職人じゃなきゃ作れないはずだし、でもそれは既に詠と蘭花さんが対応してるし・・・。)

 

「あぁー!もう!考えてたらこんがらがってきたぁ!」

 

頭をかきむしり項垂れる一刀、一度老人まで生きた彼だが女の身と成り若返ったことで若干粗行が退行していた。

 

「うお!?どうしたんだ一刀様。」

 

「な、なんでもない・・・って、あれ?あそこに居るのって・・・?」

 

「せっ!はぁ!」

 

「華雄じゃないか、何をやってるんだ。」

 

「おーい、華雄もう夜も深いぞ、どうしたんだ。」

 

「む、北郷に焔耶か、中々寝付けなくてな、少し身体を動かしていた。」

 

「ああそうなんだ、でも華雄のお陰で敵の衝車が無力化できたのは大きいよ、ありがとう。」

 

「気にするな、単なる偶然だ。」

 

その後金剛瀑斧を暫く振り続ける華雄だったがふと口を開く

 

「少し良いか?」

 

「ん、なんだい華雄?」

 

「お前は、孫堅に会ったことがあるか?」

 

「黄巾の後の宴席の時に少しね、かなりの人物だってのはわかったよ。」

 

「・・・かなりの人物か、そうだろうな。」

 

「華雄?」

 

「私は、孫堅が先陣で来るのではないかと思っていた、凶暴な力と英雄の器を兼ね揃えたあいつが先陣をただ見送ることなどあり得んと。」

 

「華雄は、昔孫堅と会ったのか?」

 

「ああ、まだ月様に世話になる前にな、あの時の私は自分の武に誇りを持っていた、だがあの時孫堅に会った時、あっさりと砕かれた。」

 

 

 

 

『ちっ、喰らいがいのない奴だ、ちったあ楽しめると思ったが見当違いだったか。』

 

『ぐ、は・・・。』

 

朦朧とした意識、己が地に這いつくばり、相手は肩で息すらしていない、それだけで実力の差が伺い知れた。

 

『お、のれ・・・!』

 

『はん、空元気で立ち上がったか。』

 

最後の意地で立ち上がり、霞んだ目で孫堅を狙い、その時出せる全力で斬りかかった、だが。

 

『オラァ!』

 

腹部に感じた尋常じゃない痛み、斬られたかと思ったが、打たれたのはただの拳だった。

 

『あ、ぐぅ・・・。』

 

『まあいい、もっと強くなるこった、そんときは、てめえを喰らってやるよ。』

 

踵を返して悠然と立ち去る孫堅、意識が戻った時には、全身の痛みと情けなさで涙が出た。

 

殺す価値もなく、ただ気紛れで見逃された、それを知った時に、頭を地に打ち付けた。

 

呆然とした頭で彷徨いながら、気がつけば天水にいて、月に救われる、それが華雄の経緯。

 

 

 

 

(思い返してみれば、あいつに負けなければ今の自分は此処にいない、か。)

 

「華雄、どうした?」

 

「いや、少し呆けていた、北郷、恐らく次の陣には必ず孫堅が来る、油断はできん。」

 

「当然さ、江東の虎を前に油断するほうがどうかしてる。」

 

「城壁もまだまだ持ちそうだし、気合を入れないとな。」

 

来るべき強敵を前に、益々気炎を上げる将達、来るは虎、猛虎が軍を率いて、一刀達に遅いかかる。

 

 




来たるは猛虎、そして錦馬超

来たるは、因縁二つ


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